手には弓を 頭には冠を (八堀 ユキ)
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PROLOGUE
生生流転


他にまだ連載中なのに、いきなり新連載開始です。

クソ人生の向こう側でそれぞれ天国と地獄を見た男女の物語。
【ファークライ5】の物語に沿っていますがチョイチョイ【MGS4】が絡んできます。

それほどは長くないので、よろしければ最後までお付き合いくださるとうれしいです。


 神々の手にある人間は腕白どもの手にある虫だ、気まぐれゆえに殺されるのだ

                                   (リア王 より)

 

 

 それは古いテレビの映像だった。

 

『ああ、こんなこと間違っている。ここはそんな場所じゃないんです。

 周りはみんな良い人ばかりだし、子供たちは――いつも笑っていて。たがいをきずつけるなんて、そんなこと……』

『ですが、事件は実際におこったのです。彼らは互いを憎み、銃を手に取って――大丈夫ですか?』

 

 モンタナで起きた銃撃事件について。

 当時の全国ネットワークに流された、インタビュー中に号泣して顔を覆い隠す地元の住人の姿。

 

 

 

 その日のモンタナは、いつもの「輝ける山脈の地」ではなく。「最後の最良の地」でもなくなってしまった。

 あれから10年?いや11年になるのか。

 思い出してみるとあれはひどい年で、前年にはアメリカの英雄。世界を救ったヒーローと呼ばれた男が、あろうことか”またもや”この国に弓を引く裏切り者となって。テロリストと呼ばれるのにふさわしい事件を起こした年だった。

 

 ここに住む人々の誰もが心を痛め、もちろん私もそのひとりであったが。とにかく皆が救われようと努力していた。

 そして私は神の声を聞いた――。

 

 己の野心を捨て、今こそ人々が持つ正しい勇気の支えになりなさい、と。

 

 それまでの私はずっと孤独だった。

 金も、コネもなく。ゼロから自分の栄達と権力だけを求めて生きていた。

 そんな私はその瞬間に生まれ変わったのだ。

 

 それからはこの州検事総長を、知事への踏み台にしか見ていない。口先だけの若造たちを叩き潰し、蹴り落してきた。

 選挙のたびに敗者となる彼らは怒りと屈辱を心の中にひた隠し。見栄えのする笑顔と、せめてのお慈悲にとばかりに私と会って握手することを求めてきた。

 

 一方で私の勝利には意味があり、その理由は私に指名を与えられた神がご存知である。

 ずっとそう思ってきた。

 

 だが、それもようやく終わりが来た――。

 

 

 年の暮れが迫る、12月。

 老齢にして苛烈で知られたモンタナ州検事総長である彼は、めずらしくその日は早めのランチをとることにした。

 予定通りであれば、この日もいきつけのダイナーで。乱れることのない白髪の爺さんが食べるとも思えないような、分厚いステーキにかぶりつくはずであったが。

 そこへと向かう通り道で1枚の観光用にと売られていた絵葉書を買い求めていた。

 

 あとは予定通り店につくと、席に座って見知った顔のウェイトレスに注文をし。

 それから胸ポケットから万年筆を取り出すと買ったばかりの絵葉書にさらさらと何事かを書き始める。

 

――親愛なるアーロン、保安官殿

 

 それだけ書くと、ペンの先はぴたりと止まる。

 老人の指先はクルクルと握るペン先を回転させて遊ぶが、その間に頭の中では書くべきことを整理していく。

 

 再びペンが動き出すと、まずは罵倒交じりに先日のゴルフは負けてやったのだ、とか。今年も自分が勝利した釣果を宣伝しつつ、来年も楽しみにしているよと続き。

 

 最後に重要な言葉を伝えておく。

 

『さて、そろそろお互い。冬の冷たい風が骨まで染みる、なんて話を法廷の前でするのも終わりに近いと思っているだろう。

 実際の話、どうやらそれがついに現実のものとなりそうだ。引退(リタイヤ)するよ、今度は本気だ。年明けにもうちの検事局はたいした騒ぎになるだろうと思う。

 

 保安官、俺はもう戦えない。

 若造に老兵なんて言われるたび、そいつの口を引っ叩いて黙らせてきた俺だが。今度は無理だ。

 そして打つ手もなくなってしまった。

 

 例の事件、ついに司法省の注意を引いたんだが。FBI(連邦捜査局)DEA(麻薬取締局)ATF(火器・爆発物取締局)がちっとも動かないと(もちろんそうなるように苦心した悪い奴がだれか、なんていうなよ。悪党の片割れめ)不満に思ったようでな。

 9月から入ってきた余所者に調査を命じていたことがわかったよ。なんとかしたかったが、なんともできなかった。

 本人とも直接話して理解を求めたが、爺さんの話に興味はないとさ。なかなかの野心家のようで、やっかいな老人に邪魔されたとでも思っているんだろうな。

 

 とにかくもう、止められない。

 

 年が明けたら3月、そのあたりで俺は消えるよ。家族は喜んでる、やっと終わってくれるとな。

 だからそれまでにホープカウンティから、こっちに出てこれないか?

 

 最後にひとつ、あんたのために置き土産をしていくつもりだ。そうだ、お前さんが生意気な注文していたやつだよ。

 随分とふざけた要求だとあの時は思ったものだが、世間は広いな。あとは、会ったときにでも話そうや』

 

 そこまで一気に書き上げると、丁度良いタイミングで厨房から焼けた肉の塊が、良い匂いを振りまいて運ばれてきた。

 

 

 食事を終えてコーヒーを楽しみつつ、視線は自然とダイナーに垂れ流されているテレビのニュースへと注目する。

 世界情勢について、我が国は。今のアメリカは良い話題は少ない。

 

 このモンタナからしてそうだ。

 

 この10年、モンタナにはびこる悪は許さないと。

 FBIやDEA、ATFらと組んで徹底的に麻薬と武器については取り締まってきた。それに意味があったのだという自負はある。

 一方で――失望もあった。

 

 それがあのカウンティ・ホープにそびえたつ大樹。

 プロジェクト・エデンズ・ゲート、ジョセフ・シードが率いるカルト集団。

 

 疑いはずっと前からあったものだったが、確信を持った時にはもうほとんど全てが手遅れになっていた。

 あの場所で青々と茂る大木は、今やこのモンタナ州全域をも飲み込まんとその根っこをよそにまでのばそうとしている。

 近年ではこのモンタナで事件が起きると、警察はまず犯人があの場所に逃走していないかどうかを気にしている。

 

 ハイウェイパトロールはすでにあのあたりについてはお手上げだとして。見て見ぬふりをしている。

 警察にも以前は骨のあるのが何人かいたものだが。そんな連中にはなぜか、悲劇が次々と起こっていき。牙を抜かれるか、しっぽを丸めるかするようになってしまった。もう、誰もあの町のことを気にしていない。

 

 地元である周辺地域ですらこうなのだ。

 あの町で正義と法を守る保安官なんて、たまったものではないだろう。

 

 一昨年まで「俺があんたより先に引退(リタイヤ)するさ」といっていたあの保安官は、ついに引退をまた1年先延ばしにすることを決めた。

 その勇気と使命感には称賛を送りたいが、しかし状況は最悪へと転がり始めていた。このままでは奴も、引退する前に”悲劇”に襲われて、なんてことになりかねない。

 

――友よ、”彼女”がそんなお前にとって守護天使となればいいのだが

 

 老人は店を出ると、すぐにハガキを送り出すことにした

 モンタナの冬の冷えは厳しいが、老人達は自分の戦場へと戻っていく。そこにとどまれるのはあとわずかだ。

 自分が立ち去れば春が訪れるだろうが、次の冬を迎えられるかどうかはもうわからない――。

 

 

 

==========

 

 

 L.A,のホテルの一室で――。

 相手から視線を逸らすと、そこにはシーツの乱れたダブルベットがあった。

 ここで先ほどまで何があったのか、どんな行為がおこなわれたのか一目瞭然のそれを見て。

 

 私は激怒した。

 悲しみよりも、はるかにそれは大きく、圧倒的だった。

 

 だからうるんだ瞳で再び相手の顔をそこに映すと――。

 殺すつもりで、本当に久しぶりに本気で1発。そいつの顔を殴りつけてやった。

 

 

 そうして私は私の第2の人生に終わりをつげた。

 

 

 まァ、とにかく。運がいいのか悪いのか相手は別に死にはしなかった。

 情事を交わした直後の女に浮気がばれ、なぐり殺された――とはならなかった。

 おかげで私は犯罪者にならずに済んだものの、正直どうでもよくなっていたと思う。数時間前までは、そいつこそ自分の人生であり。愛であり、婚約者であったはずなのだが。

 

 これで終わり。

 私はまたもや、敗北してしまったのだ。

 この世界は狂っているんじゃなかろうか?それとも、ただ私は間抜けなだけで。それが理由でみじめな人生を歩き続けるサダメにあるのだろうか。

 

 もし神が目の前にいらっしゃるなら。

 その穴という穴に銃口を突っ込んでから、ぜひこの間抜けな女に回答をいただきたいものだ――。

 

 

 そんな負け犬人生を歩く私の名はジェシカ。

 ジェシカ・ワイアット。それが今の名前だ。

 

 この体の4分の1にだけ先住民族、チーリー族の血が流れているが。

 自分は決して美人とは思ってない。でも射貫くようなきつめの視線が、なにやらフェロモンとやらを分泌するらしく。31歳になるまで、ろくでもない男たちと付き合ってきた。

 いや、異性の話はやめよう。

 

 

 私のキャリアの話――これも、たいしたものはないか。

 だって負け犬のキャリアだもの。

 

 愛国心があって、男に負けないくらいには自分はタフだと思っていた。

 だから陸軍へと志願した。まだ10代の子供の決断だった。

 

 それからなんやかやがあって、栄光のL.A.のSWATへ。

 だがそれも終わり――まさか男でやめるなんて、さすがにこの町に来るまで自分でもそんなこと考えもしなかったな。

 

 

 気が付くと、新年は初まっていて。

 自分はまた決断した、これで3度目。

 日本製の小型SUVにスポーツバック2つ。これが今の私の全財産。そんな私の未来への不安、それはとても大きいとしか言えないが、それでも決めたのだ。

 

 

――あの、奇妙なスカウトに誘いに乗って。

 

 

 それはあのクソ野郎と別れてしばらくのこと。

 

 そいつはドラマに出てくる政府のエージェントみたいに。絵にかいたサングラスと黒服の男で、自分はただのメッセンジャーであると言っていた。

 

「ミズ、新しい生活を考えておられるなら。モンタナはどうですか?」

「――モンタナって、あのモンタナのこと?」

「ええ、そうです。あなたにとってもつながりの深い――そうそう、叔父上の遺産が残された土地のことです」

 

 男の言葉に、私は少し顔をしかめた。

 昨年のはじめ、叔父がガンで長い闘病生活の末に亡くなっていた。

 彼はなぜか私のことを気にしていて、自分の邸宅を実の子ではなく私に残すと遺言を残していた。あの時の私はL.A.で結婚生活を始めるつもりでいたから、従妹と何度か話し合っていたのだが。

 困ったことに向こうも叔父の意思を尊重したいと言って譲らず、土地の権利はなかなか決着がつかないまま放り出されていたままだった。

 

「自分の財産を他人に調べられるのは好きじゃないわね」

「気にしてはいけません。そのおかげであなたは私の誘いを受けるかどうか。選ぶ権利を手にすることができたのですから」

「フン。尻尾をふって喜びなさいって?」

「まじめな話なのですよ、ミズ。あなたはご自分の人生を、どうとらえているのかわかりませんが――」

「負け犬の人生よ。キャリアは見れたものじゃないわ、でしょ?」

「――らしいですな。あなた自身はそう考えているのは知っています。

 ですが、それがこの場合は重要でしてね。ひとつ、考えてみちゃいただけませんか?」

 

 私は鼻で笑う。笑うしかなかった。

 

「なによ?モンタナじゃ人手不足なの?たかが保安官助手に、軍とSWAT崩れを選んでくるなんて――」

「それなんですが、少し訂正させてください」

「へぇ、どこ?」

「保安官助手、というところですよ。こちらが欲しいのは今の老齢の保安官の後継者です」

「――どういうこと?」

「今の保安官の希望なんだそうですよ。自分の次は、タフで、腕に自信があって、粘り強く住人達と付き合える……地元の人たちをちゃんと面倒見れる人物が必要だとか」

「そんなの、田舎でも何人かくらいは他にいるでしょ?」

「ええ、ですが現地の状況からか。外部の人間で、という単語がこれに加わってましてね。それがあなただと我々は考えたのです」

 

 近い将来は女保安官の地位が約束されているってことか。

 

「なんだか怪しい話に聞こえる。たしかに無職の元軍人には悪くない申し出だけどね。だいたい、現地の状況ってのは――」

「繰り返しますが!――いいですか、我々は有能な人物を求めてます。はっきりと断言してあげましょう。そう!あなたのキャリアはひどいものです。軍ではまっとうに評価されず、SWATではそれを引きずってくすぶっていた。

 卑劣な男に騙され、婚約も解消したばかりだと聞いてます。

 ですが、そんなあなただからこそ可能ではないか。そう考えた人がいます。その人はあなたに町の未来をかけたいと思ってます」

「未来?」

「ええ、そうですよ。

 モンタナ州はカウンティホープ。そこがあなたの仕事場です。

 そこでは保安官として必要なことを学び、必要なことを実行してください。こちらが求めているのは、ただそれだけなのです」

 

 どこからどう聞いても、それは怪しい話に違いなかった。

 だが、私はそうだ。何かを解決して、前に進みたいのだと思っていたところだった。

 何かに絶望して、自分の人生を考えられなくなったと銃口を口にくわえるのは。軍人だった時代だけで飽きた。

 

「――よくわからないけど、気に入ったわ」

「引き受けてくださいますか?」

「わかってたみたいだけど。私、丁度この町をどうやって離れようか考えているところだったのよ」

「そのようで」

「叔父のこともあるし。あなたの話に乗るのが手っ取り早い解決になりそう」

 

 冬は終わり、春は始まったばかり。

 辞表は受理され、すべてを処分し。私はこれから車でじっくりとカウンティ―ホープを目指しての車の旅がまっていた。

 

 

==========

 

 

 うららかな春の木漏れ日の中を保安官事務所へ向かって歩きながら、アーロン保安官は思った。

 

(本当に辞めていってしまったんだな)

 

 3月末、法曹界の独裁者にしてヒヒ爺と影口をたたかれていた友人は。彼の宣言通り、戦場どころか現実から背を背けて立ち去って行ってしまった。

 彼が最後に残した言葉は、お前は引き時を見余ってしまったんだ、と。

 日々、身の危険を感じ続けている今の自分がバカだと彼は言いたかったのだろう。それは、わかる。

 

 だが、自分はこの田舎町の保安官なのだ。

 愛するこの場所に住む人々を見捨てることはできなかった。自分を信じてついてくる部下たちを見捨てられなかった。

 

 そんな彼だが、今日は大切な日となる。

 友人が残してくれた最後の援護。新人が自分のところへとやってくることになっている。

 

 

 資料によれば、とにかく若干の不安定な要素はあるが。これ以上はない良い物件とのことだった。

 たしかにタフではあるらしい。軍の記録にも優秀な兵士である、と。評価欄には必ず記載されていた。SWATでも勤務評価に悪いものは見当たらない。

 その上、本人は早々に田舎でリタイヤ生活のつもりで保安官を引き受けると了承してくれたのだというから、これが事実なら最高に間違いはない。

 

 部屋に招き入れた彼女は、写真で見たそのままに見えた。

 美人、とは思えないが。血に混じったオリエンタルな雰囲気と。キツイ目つきに宿る、強い意志が印象的な。180センチ近い大柄な女性であった。

 正直、まだ20代前半だと言っても信じてしまいそうだ。

 

 ひとしきりの会話を終えると、さっそく本題に入っていく。

 

「それで、伯父さんとやらの住処はどうだったのかな?」

「なんとかなりそうです。荷物の整理と家屋の修理が必要ですが」

「ボチボチやってくれ。困ったことがあったら聞く。それじゃ、まずはこれを受け取ってくれ――」

 

 彼女の表情がこわばるのが分かって、すこし小気味がよい。

 

「これ、保安官バッジなんですが――?」

「そうだ。聞いたんだろ?この椅子に次に座る奴を探していた。あんたがそうだ」

「ええ、でも――」

「ならさっさとバッジも渡してしまったほうがいい。なに、俺がここからいなくなる前のご褒美くらいに考えてくれ。俺があんたに用意できるのは、こんなものくらいしかないからな」

 

 真意を悟られぬよう、明るい調子で伝える。

 

 これは保険だ。

 この老いた保安官の身体に何かが起こったとしても、彼女がいれば少なくともしばらくはなんとかなるはずだ。

 

「次に聞くが、武器のことだ」

「はい?」

「銃だよ。見たところ今日は持ってきていないようだが――あるんだよな?」

 

 彼女の顔が曇った。

 

「イランに視察に行けと言われたわけでもありませんし。ここで着任後に、と思ってましたが」

「参ったな、まさかとは思ったが……」

「マズかった、のですか?」

 

 やれやれ、やっぱり彼女は新人ということか。

 元軍人、元SWAT隊員がまさか自分を守る銃を何も持たないとは!

 

「ルーキー、お前さんの前の職場じゃそんなことはなかったんだろうが。今、巷じゃ銃の規制法が叫ばれ。頼もしかったわれらのライフル協会も内紛から分裂し、力を失っている。

 そのせいだとここでは断言しないが、アメリカ国内での銃の流通も場所によっては難しいことがある」

「ええ、それは知ってます。まさかこのモンタナが?」

「そうだ、ここもな、新人。もっとも難しい部類に頭を突っ込んでいる土地だよ。

 現知事からして銃の規制に賛成してるし、許可証のない武器の所持取り締まりは前任の州検事総長様が嬉々として行った定例イベントだ。分断される前のライフル協会は元気にそれを非難もしていたが、もうそれもまったくなくなってしまった。

 とにかく安全な観光業を望む人々も多くてな。まともな銃を新しく手にするのは難しい」

「……」

「こいつも結局は、軍と政府の気まぐれがひきおこしてくれたことなんだがな――」

「SOPシステムですね」

「ああ、そんなような名前だったかもな。ナノテクノロジーを用いた米軍の超人兵士計画から飛び出した。一つの完成形、だったか」

 

 SOPシステム――愛国者の息子たち、のシステム。

 すべての兵士をコントロールすることで、数値化し。最終的には戦場のコントロールさえ可能にすると思えるほど理想的な軍の新技術。

 

 2010年代に突入と同時に、大国の正規軍に次々と研究・導入されていったこの技術は。

 当然のように民間にまで下りてくると。麻薬ディーラーやテロリストなど犯罪者の手にも入るようになっていた。

 

 政府はもちろんこうなることをきちんと想定しており。

 制定した大統領への批判から死に体となっていたはずの愛国法に追加項目が施され。DEAやATFは国内で銃が使用されたというデータを求めて飛び回り、犯罪にかかわりあると疑いがあると直ちに銃を理由に裁判所へと訴えた。

 

 そのせいだろうか、不正規の武器の流通は徐々に寸断され。回収も進み。

 かつてから言われた銃社会のアメリカは。管理された銃のあふれる社会へと、変わっていってしまった。

 

「保安官でも、正規の手順を踏むと今からだと3か月はかかるぞ」

「……」

「参ったな。どうにかならんか?」

「――叔父の家に、古い銃があったと思いますが」

「それでいい!使えるようにするんだ」

「ええ、はい」

 

 彼女の顔が曇る。まさか観光業で知られる田舎町でそれほど銃が必要であるとは考えてなかったのだろう。

 仕方なく、保安官は少しだけ理由を聞かせることにした。

 

「実はな、少し面倒なことが起こるかもしれない」

「銃が必要な?」

「わからんよ。だがな、ハチの巣をつつくようなことだってことはわかってる。新人、その時はあんたにも付き合ってもらうつもりだ。だから今、あんたに銃が必要というのは、つまりはそういうことだ」

「わかりました」

 

 とりあえず納得してくれたらしい。

 あとは――連邦保安官がついに忠告を無視して乗り込んでくるのがいつになるのか、というだけだ。

 

 

 準備は整っていたが、アーロン保安官の予想は大きくそれた。

 裁判所の令状を手にした、得意げな顔の司法省の手先は――それからわずか2週間後に保安官事務所に乗り込んできたからである。




(設定・人物紹介)
・ジェシカ・ワイアット
この物語の主人公、性別は女。
先住民族の血を8分の1くらい持っていて、身長はメリルより少し高い。
細かい彼女の過去は、本編で語られていく模様。


・州検事総長
ケビンという名前があるのだが、混乱しないでもらうためにあえて無名となっている。
オリジナル・キャラクター。


・アーロン保安官
長年、ホープカウンティで保安官を務めてきた。
自分がジョセフ・シードの脅威をもう抑えきれていないことを理解する一方で。彼を恐れない人物を後継者に求めていた。


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STRIFE の 章
淀んだ吐息


 ヘリの中に流れる空気は重たかった。それも当然だろう。

 エデンズ・ゲートの総責任者、ファーザーと呼ばれている男の逮捕。

 信者たちの集まる集会でこんなことをすればなにひとつ事件が起きないと、ここに住んでいて考えない奴はいない。

 

『ホワイトホースから通信士、オーバー』

『どうぞ、アール』

『ナンシー、こちらは建物に接近中だ』

『了解よ。まだ遂行するつもりなの?本気?』

『ああ……残念ながら、まだ連邦保安官殿を説得している最中さ』

『そう――その人、私が居なくてよかったわね。こんな時間になるまで仕事をさせるなんて、面倒が起きたらすぐに知らせて頂戴。オーバー』

『ああ、通信終了』

 

 軽口でもって嘆いて見せたが、実際のところ。地元の保安官たちにとって、何も知らない奴がいきなりやってきて。自分の要求だけを押し通してこちらを従わせようとするやり方には、反感を持っていた。

 

 法律だから、秩序があるから、なるほど。

 不満はあるが、これでもだいぶ譲歩してやったのだ。

 なにもしらない正義の人をなんとか説き伏せる前は、真昼間に教団に乗り込むという計画を進めようとしていた。もちろんそんなことをしたら間違いなく、疑うまでもなく誰も生きてジョセフの前に立つことすら不可能だったはずだ。

 

『あんたら、あの連中のことをペギーと呼んでいるんだな。何故だ、理由わ?』

『ん?んん――プロジェクト・エデンズ・ゲート。頭文字を取って通称ペギーというわけさ。

 何年も前から存在していたが、その時は無害だった。それが今じゃ、大勢の信者を集めた集会では完全武装さ。最近は何があったかわからんが、やけにピリピリしていてな。臨戦態勢ってやつだよ』

『まさか……あんた達、あいつらが怖いのか?』

 

 ようやく理解したのか、この阿呆が。

 自分が手錠をはめる相手――敵の情報など気にしもてこなかったんだろうよ。

 実際の話、今やカウンティ―ホープは敵の手中に落ちたかもしれないという状況にあるといっても過言ではない。まだはっきりとはわからないものの、自分たちの職場にもペギーが混ざってきているのではないか。

 保安官が外部から、新人を……自分の後継者を求めた理由もこれがあったからだ。

 

 そして嫌がる部下の中で間違いないと信用できる者たちだけ。今はこのヘリに乗せてきている。

 これで行くまでは安全だろうが、問題は帰り道とそれからのことだ。悪いことが起きる気がして、不安でないわけがない。自分たちの無事を考えるだけならば、この忌々しい連邦保安官だけ放り出して帰ってしまいたい。

 もちろん、そんなことをすれば彼の命は無事では済まないし。そのつもりはないが――頭の片隅にちらつく、悪魔の囁きというやつだ。

 

 

 弱気というものは伝染するという話があるが。

 頑なだった連邦保安官も、ペギーの集会場の上をぐるりとヘリが旋回するとようやく自分の意見に揺らぎが出てきたようだ。恐怖が表情にあらわれたのだ。

 

 そりゃそうだろう。すでに深夜だというのに眼下にはかがり火があちこちにたかれ、家の間を武装したペギーたちがあちこちを歩き回って迷い込むネズミがいないか目を凝らして巡回している。

 あの中で1発でも銃が火を噴けば、たちまちにして――。

 

『フウー、心変わりしたなら。引き返すなら今だと思うがね』

『――政府の命令を、あんたは無視しろというのか?』

『違う……俺はただあんたにここの状況を理解してほしいだけだ。

 ジョセフ・シードとはこれまでにも何度か相手にしてたが。毎回、思うようにはいかなかった経験がある。

 だからここであんたが出て行って、全てが丸く収まるなんて考えられない。それなら、触らないほうがいいこともあるんじゃないか。そうだろう?』

『……ダメだ、着陸しろ。俺たちは法の番人として、するべきことをやるんだ』

 

 ヘリの中で吐き出されるため息がいくつも重なった。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

――すべてが唐突に始まっていた。

――深夜にもかかわらず、世界は真っ赤に燃え始めている。

――河川ぞいのどこかで誰かの悲鳴が聞こえた気がした。

――鼓動が大きな音を立てて時を刻み始めるのを感じると、精神のバランスも急激に失われていくのが分かった。

――暴走、勢いは力強く、コントロールは失われていく一方だ。

――周囲から出るあらゆる音が。なぜか自分の耳ではだれかの悲鳴だったり、怒号のように思え。

――感情が理由もなく燃え上がり、アドレナリンが噴出したことを理解した。

――怯えと恐怖が、すべてを押し流して。思考力はこの時点で無力となった。

――そして最悪なことに、周囲には自分と同じように苦しむ仲間たちがいて。彼らが今の自分を脅威とするのではないかと、なぜかそんなことを考えてしまう。

――もう止められない。止まる理由はない。

――振り上げたライフルを叩きつける。振り上げたライフルを叩きつける。

――そして銃口を離れたところにいる味方にむけ、銃爪を震える指が触れた。

 

 

 現実が苦痛と共に戻ってきた。

 体のあちこちから、自分の骨や肉が悲鳴が上げるのを感じた。

 とりあえず自分生きていた――なんで?どこから?

 

 脳裏にいくつかのシーンがフラッシュバックして、記憶を呼び覚ます。あの記憶ではない。数時間前の、昨夜の記憶だ。

 

 ペギーの教会でジョセフ・シードを逮捕、保安官たちと集落を出ようとした。

 だが出来なかった。半狂乱となった信者達が追いかけてきて。飛び立とうとしたヘリに飛びつき、恐ろしいことに回転するローターへと男女構わずに突っ込んでいく。

 祈りの混じった悲鳴の合唱が頭から離れない。機械に引き裂かれた血肉がバラまかれ、操縦席の前が真っ赤な血で汚れる。

 制御を失い、ヘリは墜落。私は1度は逃げることができたが。合流した連邦保安官と共に再度、今度はこのホープカウンティからの脱出を試みたが――。

 

 体を起こそうとすると自分に自由がないことが分かった。

 意識のない私をコンクリートの冷たい床の上に転がし、ベットの足元に両手が拘束しされていた。

 周囲を見回すと、部屋の中には気配を感じさせずに立つ老人がじっとこちらを見つめて立っている。いつからそこにいたんだ?

 

「目を覚ましたんだな」

「……」

「覚えているか?」

「……」

「俺があんたを助けた。昨夜のことだ、あんたと相棒の乗った車は橋の上からクラッチ・ニクソンのスタントみたいに飛んでたな」

 

 彼は元軍人?それとも民兵なのか?

 迷彩服を着こなし。言葉もそうだが、上背のある私をひとりで運んだということは老齢でも足腰のほうはしっかりしているというわけか。

 

「ラジオはずっとわめいてばかりだ。どういうことかわかるか?これが、どういうことか?」

 

 彼はずっと黙っているこちらにいらだっているようだった。

 

「道路はすべて閉鎖された。

 電話線は切られ、電波は入ってこない。要するに、おしまいだ。

 ラジオ――奴らはずっと言っている。【崩壊】だとさ、誰かが自分たちの預言の通り表れて。それで世界は終わると思ってやがる。こうなることをずっと……待っていやがったんだ。この後に待っているのは聖戦なんだとよ」

 

 一瞬、アーロン保安官がヘリからの連絡に「……ホワイトホースより」と言い。

 続いて墜落したヘリの外で、信者に囲まれたジョン・シードが「白い馬が訪れた!」と叫ぶ後ろ姿が閃いた。なんでこれを今、思い出した?

 

「お前、見つかればタダじゃ済まんぞ――たぶんだが、お前を奴らに引き渡すことが。一番賢いのだろうな」

 

 私を試しているのか?

 

「クソッ……俺はまた、なんだってこんなことを!?」

 

 老兵は視線を外して嘆きつつ、天を仰いで見せた。

 そしてポケットからナイフを取り出し。

 

「その服は脱げ、保安官。あいつらに見つかってもらっては困るからな、燃やさないと」

 

 そう言うと老人はやっとのこと私の拘束を解いてくれた――。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 土色のツナギのズボンと、赤茶色のTシャツに着替えると。

 彼はさっそく私を無線機や地図などが置かれた別の部屋へと呼び入れた。どうやらここは地下に作られたシェルターかバンカーのようなものらしいとわかってきたが。

 さすがに置いてある服に女性のものがそろっていることを期待するのは無理だったようだ。誰かの汗のにおいがする気が――いや、何でもない。

 

「さて、準備はいいのか?なら、自己紹介からやり直そうじゃないか。

 俺はダッチ。みんながそう呼ぶ。

 今夜の騒ぎの最初から知っているよ。そいつは俺の友人がそう望んだからなんだが、今は状況が混乱している――まぁ、よくはなさそうだ」

 

 そういうと壁に貼られた地図を指さした。

 レッドライトの下にあるカウンティホープのそれには、4枚の写真が縫い付けられ。そのどれもが昨夜の集会場で見た顔のように思える。

 

「情報によるとあんたのお仲間はみんな生きている。今のところは。

 ヘリが墜落したことを思うと、よかったと喜ぶべきなんだろうし。救出してもやりたいが、無理だ。すでに別々にされ、ジョセフの家族達に引き渡されてしまった」

「――どこにいるのかもわからないの?」

「取り戻すつもりか?……俺もそう考えた。だがな、こりゃどう考えても簡単なことじゃないぞ。

 問題は俺たちに助けはないということだ。誰もここの状況を把握していないし、気づいたとしても。その時はおそらく手遅れになっていると思う」

 

 確かにそうかもしれない。

 昨夜も結局、州境まで行って体勢を立て直し。州兵を引き連れて戻るしかない、連邦保安官とそう考えた。

 だが実際は道路の封鎖をいくつか突破しただけで、どうにもならなくなってしまい――。

 

「で、考えたんだ。俺たちにやれることはなんだ?

 奴らに従わない連中をまとめ上げて、大きな力にするしかない。奴らへのレジスタンス(反乱軍)を結成するんだ。多分、これしかないと思う」

「――本気?」

「ああ。間違っているか?」

「ペギーは聖戦を待っていた、あんたがさっき言ったことじゃない。それをこっちからわざわざ用意して、願いをかなえてやるというの?」

「そうだな。他に名案があるなら、いつでも受け付けとるよ。お嬢さん」

 

 彼は私の反対に怒りはしなかったが、なにやら意味ありげな。それでいて悲しそうな顔をしていた。

 そうか――つまりは、腹をくくるしかないのだ。それを私に求めてきている。

 

「レジスタンスのリーダーに女の保安官を選ぶなんて。ちょっとドラマチック過ぎやしない?」

「そうだな。だが、やるしかないんだ。この老いぼれができるのは、そんなあんたを励まして支えてやることくらい」

「まずは、2人だけ」

「ああ、ここから巻き返していくしかない。保安官殿」

 

 方針は、決まった!

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 レジスタンス(反乱軍)の最大の問題がさっそくあらわにされた。

 武器がないのである。

 アーロン保安官の銃の話は冗談でもなんでもなかった。騒ぎが始まると同時にバンカーに隠れるような老人でも、そこにうなるような武器や弾薬は置いていないのだと苦笑した。わずか十数年前までは、この国は自由と銃の国だったのに。それがどうしてこうなってしまったんだ?

 

 

 それでもありがたいことにダッチが私物のガバメントを――それも旧型のシステム採用前の貴重な品を。無料でゆずってくれたが、これだけでは当然だがまったくたりない。

 そう口にすると、今度はどこからかひっくり返してきて。私に複合弓(コンポジットボウ)を使えないか、と聞いてきた。

 

「なんでこんなものを?」

「息子の嫁の、私物だったものだよ。孫娘にもやらせたいと言っていたが、いまのあの子らの環境じゃ。なかなか難しいらしくてなァ」

「使えるの?」

「ハンティング用に使えないかと俺も少しいじっていたから大丈夫なはずだ」

 

 何度か、構えて見せたりして。自分で調子を確かめる。

 なるほど、あとは私にグリーン・アロー(コミック・ヒーロー)のような才能があればこれも十分な武器になるだろう。

 

「よし、まずは地図を確認してくれ。この周辺の地形を頭に叩き込むんだ」

「あいつらはここにも?」

「もちろん、いる。島の中央にあるレンジャーステーションを根城に、島のそこかしこを歩き回っているはずだ」

「そいつらを排除するのね」

「外のことは気にしなくていい。今日は水沿いを濃霧が覆っていてここから出ていくのは危険だからな。

 ステーションにいた連中なんかも、まだここに残されているはずだ。救助できたらここに来るように言ってくれ。わしから話して、彼らにもレジスタンスに加わってもらえるよう説得する」

「それはいいけど――私からも注文があるの」

「おう」

「保安官事務所、どうなっているのか知りたいの。次に、私の車。たぶん、ナントカいうバーの前にある駐車場のどこかにまだ残っていると思うのだけれど。回収してほしいのよ」

「それは厳しいぞ、期待はするな」

「そうかもね。それじゃ」

 

 私は立ち上がると、入り口わきにあったシャベルもついでにと手にして。森の中へと紛れ込んでいく――。

 

 

 

 軍隊というのは異物を嫌う。

 男達は、自分たちの中に女が混じるのを本能的に嫌っている――それも自分よりも技術に優れた兵士である女を特に。

 

 だから女は自然と団結して、事に当たることを学んでいく。

 ”同類”がいるのを感じ取ると自然とそれに近づいて繋がりを持ち、取り込んでいく。

 

「あなたは幸運よ」

 

 私の師匠(マスター)となり。まだ若かった私のあこがれだった彼女はよく口癖のようにそう言った。

 彼女は私とはなにもかもが違う女性だった。若くして優秀な兵士と評価され。そのまま特殊部隊へと進み、新人でいながら最悪の不正規任務から生きて帰ってきた猛者。

 

「もっとも、その頃はまだまだ甘ちゃんでね。厳しく鍛えなおされたわ……」

 

 私以外にも彼女の教えを受けた同性の兵士たちはいたが。

 常々その話をするときの彼女の様子から、お相手は昔の忘れられない男じゃないかと噂はされていた。 

 

「心を静めなさい、ジェシカ。

 スニーキング・ミッションにおいて。考えすぎたり、感情を波立てるのは大声で叫ぶのと一緒よ?」

「……自然の声を聴け、みたいな?」

 

 思わず嫌った、一族の老人たちの文化とやらにまぜて聞かされた単語が思わず自分の口から飛び出していた。

 彼女は破顔すると、なにそれと言ってカラカラと笑う。

 

「先住民の知恵?でも悪くないわ、あなたはもっと静かにならなくちゃだめよ」

 

 そう、森に紛れて生きる。獣の中に混ざれるように――。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 レンジャーステーションを占拠していた信者たちは、弛緩しきっていた。

 自分たちが【回収】のためにと意気揚々と乗り込んできたとき。ここに詰めていた男たちはまだのんきに眠りこけてくれていたので。あっさり縛り上げ、隣の部屋に転がして終わってしまったからだ。

 あまりに調子よく終わってしまい、このあたりで早朝歩き回っている不幸な誰かがいないか探してくると言って。不満を抱えた数名は肩を怒らせて濃霧の中へと入って行ってしまった。

 

「あいつら、バカだヨな。霧が晴れるまで、まってからでいいのによ」

「言うなって。肩透かしで、こんなにあっさりと終るなんて思わなかったからさ」

 

 まるでどこかの週末世界の山賊よろしく。

 彼らの手には新品のライフルやショットガンが握られ。コートの下には弾薬ベルトをアクセサリーのようにして身に着けていた。

 

「はァー、退屈だよな」

「そういうなって。なんなら、奥の奴らを引っ張り出してきて俺達の手で浄化してやるさ」

 

 神の教えに身をゆだねる――その証拠に他人の手で水中に沈める行為をかれらは浄化と呼んでいた。

 

「水辺まで連れていくのか?薬もないぞ」

「別にいい、退屈しのぎなんだ。こいつを使う」

 

 ニヤリと笑うそいつは、地面に転がっている汚れたバケツを踏みつけた。

 

「こいつに水を汲んできて――足りない分は水道水でいいだろ」

「へへへ、そりゃ面白いかもな」

 

 それではさっそくと、そいつの足元に駆け寄ってバケツを拾い上げ「ちょっと準備してくらァ」と言いながら立ち上がったが。そこで男の動きが止まった。

 

 いつの間にか目の前にいる男の首に、真横から貫く矢が”生えて”いたのだ。

 

「えっ、それって?」

「……ヒュー、ヒュー」

「てっ、敵襲だ!」

 

 真っ青な顔で必死に呼吸をしつつ、傷口からの出血を抑えようとしながら崩れ落ちる仲間のことは忘れ。手にしたショットガンを威勢よくポンプアクションを作動させてみせた。

 どこからだ?どこから来る?

 

 家屋の窓ガラスが割れる音がして、素早い獣が飛び出してくるのが視界の端で捉えたのは運がよかった。

 しかしそいつはそれ以上、こちらに駆け寄ることはせずに。手にしたそれを――シャベルの先端を向けて投げつけてきた。

 

――あっ、ヤベッ

 

 わずかな戸惑いが、体を強張らせるのを感じ。

 哀れなペギーは飛来する物体を自分が避けることができないことを瞬時に悟った。

 

 そして実際にそれは男の頭部へと見事に突き立って見せる。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 エド・エリスにとってそれは雷鳴のようなものだった。

 

 ペギーの警告に続いて破壊音、そして銃声と悲鳴が続き。そしていきなり静かになった。

 同じく背中越しに床に転がってた同僚のジェイク・スタウトは、あろうことかここで「俺、チビリそう」とか嫌なことをつぶやいたが。エドにできたのは、もらしたらお前をぶっ殺すと小声で口にすることだけだった。

 

 それが閉じ込められたドアを蹴破って入ってきたのが、女だとわかったら。

 まァ、そいつは結構な大柄ということもあって。床に転がる男にしてみりゃ、まさに援軍に現れた戦乙女の足元にすがりついているような。ちょっとおかしい感覚を持つ羽目になって――自分にもそういう性癖ってあるもんだな、と納得もした。

 

「保安官のジェシカよ、無事よね?怪我はなさそうだし」

「あ、ああ。本当に助かったよ、保安官?あんた、新人だったよな?」

 

 俺たちの拘束を解くと、彼女は冷静なままついてきてと言って外に転がるペギー共の死体からテキパキはぎとる姿にさっそくドン引いてしまう。

 いやいやちょっとマテ。多分、この状況に俺たちの頭がついていけなくて、驚いていたんだろうな。

 

 それによく見たら彼女、大昔の馬鹿映画よろしく。

 背中や腰にある弓矢と拳銃だけで、ここにいるペギー共を料理してしまったとわかると。俺たち、もう彼女の大ファンになったね。無限大に尊敬できた。

 この彼女なら、ベトナムでロシア人どもを血祭りにあげることだって軽くやってくれそうだしさ。

 

 ああ、本当にスゲーよな。クレイジー、クール。ほかに何が必要だって?

 

「それで、保安官。アンタ、これからどうするんだ?」

 

 ホカホカの戦利品を俺たちに持たせる彼女に、俺らができたのはそう問うことぐらい。

 いや、実際には膝でもついてさ。「女神よ、俺たちにご命令を」とか聞くほうがよっぽど正しいんじゃないかってくらいで。誰かの命令が必要だったんだよ。この時は、どうしたらいいのかさっぱりわからなかったし。計画なんてあるわけもない。

 

「戦うわ、助けは期待できないから」

「戦う!?戦争って意味か?」

「その辺は好きに考えて。とにかくレジスタンスを結成して、あいつらと一緒になってお祈りするのはごめんだ。そうわかるように教えてやるのよ」

 

 力強くそう言い切ってみせた。

 この女性、思ったよりも美人じゃなかったが。それでも俺達、この時ばかりは彼女の鋭い視線と気迫にゾクリとさせるものがあったと認めなくちゃならない。そんなことを言ってくれる人が、さっそくこのホープカウンティにいるってのは感激だったね。

 

 ああ、それでペギーな。

 もちろんあいつら、ぶっ殺してやるさ。そう、冗談じゃないってんだ。

 




(設定・人物紹介)
・保安官
アーロンやジェシカも保安官だが、他にも保安官は存在する。
連邦保安官の役割は、彼らとは違うのだ。


・クラッチ・ニクソン
ホープカウンティにいくつもの記録を残した1960年代から70年に活躍したという「米国史上、もっとも偉大なスタントマン」らしい。
だが、そんな人々に称えられる彼の記録は。この後、たったひとりのヤベー女保安官によって鼻歌交じりに何度も再現され、その記録もぶち抜かれてしまう。
誰だ、こんな奴を連れてきてしまうなんて!?


・この国は自由と銃の国
現実には広まらなかったが、個人認証搭載の銃器の流通が主流となった世界。
皮肉なことにシステムのおかげで銃による暴力犯罪と死者数は低下している。ちなみにいちいち説明しませんが、ホープカウンティに出てくる銃はほとんどすべてが不正規の銃という設定。


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ハロー、ワールド

 霧の向こうにあるらしい地平線に太陽が静かに沈みかけていた。

 私は島の北東にあった電波塔で丁度アンテナの調子を直し終えたばかりだった。

 

 

『音声がクリア……きた。聞こえるかい、保安官?』

「ええ、ダッチ。まだ雑音が多いわね」

『俺はあんたを過小評価していたようだ。あんたが助けた連中、全員が俺たちの活動に参加してくれるそうだ』

「そう、よかった」

 

 2年以上、都会(コンクリート・ジャングル)の生活はやはりあの頃のカンを鈍らせていた。

 この程度の広さの島を制圧するのに、私は半日も時間をかけてしまったのだ。あの時代、イメージの中の自分はすでにここにはいない。老人と違い、私にはこの未来に全く楽観できるものはなかった。

 

『それでどうする。一旦こっちに戻ってくるか?』

「いいえ、このまま次に動くわ。計画があるなら教えて」

『……わかった。アンタがそういうなら、そうしよう』

 

 カウンティ―ホープを覆う霧は、結局今に至るもまだ残ったままだった。

 こうなると明日まで待っているしかないだろう。ダッチは気を使って、戻って体を休めろと言ってくれたのだろうが。

 今はそれより、自然の中に自分を置いて。一刻も早く忘れたものを取り戻していかないといけない。

 

『計画といってもな。そんなたいしたものはない――地図を持っているな?』

「ええ、レンジャーセンターで1枚もらった」

『なら、あとはアンテナをフォールズエンドのある方向に向けてみるといい』

「アンテナを向ける?わかった」

 

 意味は分からなかったが、とりあえず言われた通り。

 目の前のパラボラを、ちょっとだけ動かして南の方角へと傾ける。すると――。

 

『――皆をトラック放り込んで、食料も奪ったの。銃声がして、悲鳴とか。誰にもどうしようにもならなかった。おかげでみんな、死にかけてる。誰か聞いていたら助けて頂戴!

 ここを持ちこたえるにも限度がある。町はあのジョン・シードに占拠されてる。エデンズゲートはおかしくなったのよ!』

 

 恐怖に震えながらも、気丈にも助けを求め続けている女性の声が飛び込んできた。

 驚いた、どうやらこの状況であっても希望はまだ残されていたようだ。

 

『聞いた通りさ。今はどこもこんな感じだが、フォールズエンドの連中は、まだなんとかこうやって助けを求め続けてくれている』

「でもいつから?ここからでもまだ距離がある、今から向かっても間に合わないかも」

『まぁ、少し冷静になれ。今は、濃霧が発生して動くことは難しい。アンタの言う通り、すぐには向かえない。だが希望はあった、そうだろう?』

「か細い希望だけど」

『ないよりかはいいさ。不利な状況はわかっているんだ。気持ちに余裕を持たせておかないとな、保安官』

「わかった。あなたの言う通りだと思う、ダッチ」

『この周波数は、あんたのために空けておく。情報があったら、また知らせるよ。オーバー』

「通信終了」

 

 梯子で地上まで下りていくと、いつしか周りはすっかり夜になっていた。

 

(次は、フォールズエンド)

 

 森の中を進みながら、頭の中で叩き込んだ地形を思い出す。

 ダッチやレンジャーステーションで聞いた話によると、ペギーの内部構造がそのままこのカウンティ―ホープの支配にも当てはめられているのだということが分かった。

 

 父である、ジョセフ・シード。

 長兄とされる ジェイコブ・シード

 長女 フェイス・シード

 次男はジョン・シード

 

 間違いはなかった。

 あの時、カルトの集会場で私がジョセフに手錠をかける後ろにいた3人は彼の子供たちだったのだ。

 周囲が1秒ごとに揺れるように動揺が広がっているのに反し、あいつらだけは妙に冷めた目でこちらを見ていたのが印象に残っていた。

 

 

 草むらの中に分け入ると、私はそこに横になる。

 近くにある見張り台からも、ここにいるのは見えないはずだが――木々の向こうに広がる大空には、それは見事な星空が見えていた。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 計画は順調に進んでいた。

 

 いつも揺れ動く不安があっても、顔には薄い笑みを張り付かせている彼であったが。今は心の底から幸福を感じることができていた。

 ファーザーの号令で”回収”が始まってまだ数日。

 兄弟はそれぞれの地域で、これまで夢見ていた王国を着々と実現させてきているのが報告されている。

 

 それでもまだ、若干の抵抗は残ってはいるが――。

 

 苛立ちとわずかな不安の波が、心を騒がせる。

 しかし同時にファーザー(ジョセフ・シード)の言葉がよみがえってくる。

 

(心を開くんだ、ジョン。ちゃんとみればわかることだ。お前のまわりには愛があふれている。お前がもたらす苦しみや憎しみは、結局はなんの助けにもならない。

 ただ、お前の罪を増やすだけだ。増え続ける罪は強くなり、お前はさらに残酷に、邪悪に振舞うようになるだろう。

 そうやってお前の罪で傷つけられた人々の傷は、癒されたとしても。今度は彼らがお前の罪の代理人となり。彼らの手でお前の罪は、次々と伝播し、広がっていく増やされてしまう。

 

 いつか、お前は己の罪の深さに死んでいくことになる。罪は何度も様々に姿を変え、お前の元へと戻ってくるからだ)

 

 そうだ、自分は愛されている。深く、愛されているのだ。

 そうだ、今の自分はファーザーの子だ。愛し、愛される家族がいる。

 シード一家の次男、迷える人々から”採取”し。過去には愚かな人々であったとしても天国の門の前に立つ特権と、信仰を与えてやる――。

 

「……そういえば、逃げた保安官がまだいたな?」

「はい、ひとり見つかってません」

「ファーザーはあれから気にされていることだ。捜索は続けろよ」

「わかってます」

 

 大丈夫だ、自分は大丈夫だ。

 役目を忠実に果たせる。罪など恐れない、ただファーザーのため。すべてはエデンズ・ゲートのために。

 ジョン・シードの歩く道を遮るものなどあるわけがない。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 翌朝、霧の晴れた川岸で顔を洗うと私はさっそく無線機のスイッチを入れた。

 

「ダッチ、聞いてる?」

『ああ、聞こえとるよ。まずはおはようというべきだろうな、保安官。昨夜はよく眠れたかね?』

「悪くはなかった。それで、霧が晴れている。知ってるでしょ?」

『そのようだな。さっそく行動開始というわけか』

「――何か情報はある?」

『いくつかな。保安官事務所だが、まァ残念なことになってた』

「そう」

 

 このことは予想はしていた。ヘリが墜落した時から薄々は予感はあったのだ。ペギーはあの職場の中にまで入り込んでいたのだ、と。

 すでに建物は燃え尽き、残骸となって放置されているらしい。

 

『エドを覚えているか?あんたがここで助けたひとりなんだが、彼があんたの車を持ってきてくれるとさ。昨夜のうちに数人をつれて出発した』

「大丈夫なの?」

『子供の頃から、かくれんぼが得意な連中だから大丈夫だろう。まさかと思うが、そいつでホープカウンティを乗り回すつもりじゃないよな?』

「――実は、あれに積んでいた荷物が必要だったのよ。ちゃんと言っておくべきだったかも」

『そうか。まァ、気にしなさんな。こちらも続報があれは伝える。それとな――』

「まだ何か?」

『実はあれから微弱な電波がいくつか見つかった。助けを求めるものだったが、その中に気になるのがあった』

「へぇ」

『グレースという女性だ、保安官。元軍人でな、射撃場をやっている。どうやら今はホランドバレーの教会に近づくペギーを追い払っているみたいだな』

「それは頼もしいわね」

『座標を伝えるから、近くによったら顔を出してみたらいい』

「わかった……通信終了」

 

 連絡を終えると、私は立ち上がった。

 

 

 

 ジョン・シードの支配地域へ入って数百メートルを歩いただけで、ペギーと称される彼らの異常性はそこかしこで確認することができた。

 道路は武装した信者の検問で閉鎖され、彼らの武装車両が平然と巡回を繰り返し。空にもひっきりなしに飛行機が飛び回っている。SFの世界にあるディストピアさながらの光景だ。

 

(保安官、あんたの捜索を奴らはまだあきらめてないのさ)

 

 ダッチがそうつぶやいたような気がした。

 

 それにしてもエデンズ・ゲートの武装は明らかに異常だった。

 昨今は銃の流通も難しいと、ちょっと前に銃を持ってこなかった新人を見てアーロン保安官に嘆かれたばかりであったはずなのに。ペギー達は皆が武装して、すでに以前よりこの日が来ることを予期していたような気さえする。

 

 どこかのメーカーのカスタムされたARライフル。それに旧型のレミントン製ショットガン。

 この州では武器の密輸には厳しかったというけど、どうやってあれほどの大量の武器を持ち込めたのかしら?

 

 一方でレジスタンスといえば、敵から奪った銃と。弓とガバメントがひとつずつ。

 まったく勝負とかどうとか、口にするのもはばかられる状態だ。

 

(いいわ。今は、別に集中するべきことがある)

 

 参道と一般車道の間に広がる果樹園の中を、腰を低くして隠れながらジェシカは静かに前進していく。

 

 

 

 正午近くになると、私は再びダッチとの回線を開いた。

 

「さっき聞いた、ポイントのひとつに近づいてる。今は近くに何も聞こえないわ。静かなものね」

『ふむ、周囲には何が見える?』

「農園ね。果物の木とか、カボチャ。あとはサイロもある」

『だとすると、そこはレイレイのカボチャ園だろうな。ああ――こりゃまずいな、レイレイには息子がいた。親子で無事に逃げていればいいのだが――』

「結果が分かったら、また連絡する」

 

 そういって無線をしまう私の耳には、遠くから聞こえる狂ったような獣の吠え声と、やたらに能天気な音楽が聞こえていた。

 

 

 相手のことを決してなめていたわけではなかった。

 だが、それでも同じ人間なのだから良識がまだ残っていると期待したのは。たしかに失敗であった。

 

 なにかの獣を閉じ込めた檻の前で、中を覗き込んではからかっていたペギーたちを背後に回ってガバメントで黙らせると。

 離れに立っていたペギーにも一発撃ちこんでから。再装填しながら「武器を捨てて降伏しろ」と怒鳴りつけてやった。てっきり私はそれで相手は戦意喪失するものだと考えてしまった。

 

 おかげで奇声を上げて鉄パイプを手に飛び込んできた相手に無様にも戸惑って立ち尽くしてしまう。

 ガバメントを握る手を叩かれ、苦痛に顔をゆがめたが。2撃目はさすがにスコップを空いた片手で振り回すことでガードし。それからちょっとばかり殴りつけると、最後は向こうの胴体から首を切り離して終わらしてやった。返り血の汚れと、惨劇の後の泥と混ざった血液の独特の臭気に眉をひそめて不快感を表す。

 

「チクショウ、チクショウ、なんでこんなことに――」

 

 まだ痺れている右手で落ちたガバメントを拾い上げ、慌てて確認する。怒りと失望に加え、絶望までもが参加してきたようだ。

 銃のフレームがゆがんでいる、これでは使い物にならない。私はダッチからもらった大切な武器を、こんなところであっさりと壊してしまったのだ。

 やかましく吠え続ける獣の檻に体重をかけて休むと、私は天を仰いで息が整うまで待った。それから無線機に手を伸ばす。

 

「ダッチ、最悪よ」

『保安官か?なんだ、やけにやかましいようだが』

「――犬よ、なんかのチャンピオン犬らしいわ。それが檻に閉じ込められているのよ」

『ほう、だとするならそれはブーマーだろう。レイレイのところの賢くて可愛い奴だよ。助けてやってくれ』

「はいはい、わかったから」

 

 言いながら私は檻の鍵を外し、扉を開いた。

 犬は恩知らずにも私など一瞥もせず。母屋に向かって走って行ってしまった。やれやれ、誰かいるのかしら。

 

「犬は助けたわ。それよりも、銃が壊れたの。本当に――」

『ああ、それも大変だろうがな。今はその家の住人たちの無事を知りたい』

「ダッチ」

『なんだ、保安官?』

「最悪のニュースよ。2人を見つけたわ」

『……クソっ、なんてことだ。なんてことを』

 

 ここの家族らしき2人は、家の前で倒れていた。

 どうやら危険が迫るのを察した犬が大騒ぎし、慌てて逃げようとした母は。息子に先に逃げるように告げたが、そんな母がペギーにとらえられたとわかると息子は助けようと家に戻ってきてしまったのだ。

 麗しい家族愛だが、結末は悲劇で終わってしまった。

 

 息絶えた2人が、血の海の中心で互いを守ろうと固く抱き合っている。

 

 私は無言のまま主のいなくなった家に入ると、改めて汚れた服を着替えることにした。

 申し訳ないが、ダッチのくれた服は男性用。大きすぎて動きづらいと思ったのだ。タンスの中をそうやってひっくり返していると、そこから一丁のリボルバー拳銃が転がり出てきた。

 それは手入れはされていたものの、使われた形跡はなかった。家族を守るはずの銃は、それが必要な時に家族の手の中になかった。

 

(甘かったのかもしれない、自分は)

 

 リボルバーを握りしめながら、私は唇をかむ。

 自分が警察組織の一員であること。法の番人であり、保安官という立場にあること。

 

 島ではあれほどかつての自分を忘れていることに腹を立てていたはずなのに。

 一晩過ぎれば、またもや兵士であった自分を忘れてしまっていた。ペギーは非道だが、決して愚かなだけの獣だとは言えない。

 

――なぜならあいつらは”敵”なのだから

 

 今一度、私は自分に言い聞かせなくてはならない。

 今度は忘れないように。このような失敗を2度と繰り返さないように――。

 

 

 家を出ると、そこにはまだブーマーという名の犬が残っていた。

 物言わなくなった家族の間に座り込み。起きた悲劇を理解しているのだろう、地面に向けた頭を左右に振りながら鼻を鳴らして泣き続けている。

 あまりにも哀れな姿であった。

 

「ダッチ、新しい情報は?」

『あんたの車だ。もうそっちに到着しているらしい。だが、一般車道を使えないから、どこであんたが受け取るか決めてほしいそうだ』

「ちょっと待って」

 

 会話を中断したのはまた耳にあの不愉快なほど明るい歌声がどこからか聞こえてきたからだ。

 この騒音の元は、正面の車道の反対側にある倉庫からであるとなんとなく理解した。

 

「伝えて頂戴。合図が聞こえたら、そこまで来てくれってね」

『合図だって?そりゃ構わんが保安官。目立つ行動は、命とりだと――」

 

 私は無線機を切ると、犬のかたわらに立った。

 

「ねぇ、あなたブーマーっというのよね?名前からするとオスってことでいいのかしら」

「……」

「ちょっとこれから私と付き合わない?そこにいるペギー達を狩るから、あなたもどう?」

「……?」

「約束はできないけれど、あなたの家族の仇。とれるかもしれないわよ」

 

 こちらが手を差し出すと、嬉しそうに向こうから跳びついてきて顔をなめてくる。

 汚いわね、とは思ったが。相手は犬なのだ、むこうなりの好意と返事がこれだったのだろう。

 

「それじゃ、契約完了ね」

 

 そう言うと、私は背中に弓を担ぎ。

 死体となったペギーの持っていたARライフルを手にすると、倉庫に向かって歩き出す。そのあとをブーマーがトコトコとついてくる。

 

 ダッチには決して言えないことだが。

 あとから思い返すと、私が真にレジスタンスを率いようと思ったのは。このブーマーとの出会いであったような気がする。




(設定・人物紹介)
・フォールズエンド
カウンティホープの3つのエリアのひとつ。ホランドバレーにある小さな町。

・ブーマー
有能すぎる万能の相棒。癒しの力も無限大。
この子がいたら人間なんてイラナイワ、となってもおかしくない。なにをするにも可愛いのだ。


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フォールズエンド

続きは週明けに投稿予定。


 屋根の上に立つ男の恐怖に震えていた。

 しゃがみ込み、腰が引けて、泣きだしそうになっている。

 

 無理もないだろう。

 突如として周囲で獣の吠える声がしたかと思うと、仲間が何者かと争う声や物音、銃声に怒号に悲鳴があがるが。同時に徐々に仲間の気配が減っていくのがなんとなくわかってしまう。

 

 ワンワン、ワンワンッ!

 

 ついに屋根に立つ自分に向かって、地上から吠えられると。男は不気味な相手の片割れをようやく確認した。

 

「――えっ?犬っころ、一匹だけなのか」

 

 思わず安心して気が抜けてしまい、屋根の上にまで来れないあの獣を撃ってやろうか?などと考える。

 それがいけなかった。

 何かに足をすくわれたような気がすると、すとんとその場で屋根の上に尻もちをついてしまう。

 

「うおっ、痛っ!」

 

 倉庫の中から屋根へと通じる窓枠に、誰かが半身を乗り出していることをこの時知った。

 それは襲撃者の残りの方。片手で男の足をすくうと、もうひとつに握ったリボルバーを平然と男の頭に突き付けてきた。

 

「こ、降参するよっ」

 

 とっさに慈悲を求めて声を上げたのは褒められる態度であったろうが。

 相手は非情にも、まったく気にすることなく――。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 エドとジェイクが、彼らの感性で言わしてもらえば”決して男らしからぬ”車に乗って倉庫に乗り入れると。しばしポカンと、大口を開けることになる。

 いまやどこもペギーの王国となってしまったこのカウンティ―ホープで。まっとうな住人たちが、倉庫に転がるペギー達の死体を陽気な笑顔で片付けている。

 

「なにこれ?俺ら、クスリでもキメてハイになってる?」

「馬鹿野郎、寝ぼけるんじゃねーよ」

「でも――こんなこと、ありえないんじゃね?」

 

 だが事実だ。そしてそれをやったと思われる本人が、いつの間にか犬を従えて2人の元まで近寄ってきた。

 

「――合図はちゃんとわかったみたいだね」

「もうバッチシ、保安官」

「注文の品、届けに来たぜ。一応、銃弾で穴は開いてない」

「だな、ひっかき傷についちゃ。不可抗力だっったってことで」

 

 ジェシカは珍しく笑みを浮かべてそれに応じる。

 

「まァ、いいわ。私じゃここまで持ってくることはできなかったわけだしね」

「で、その間に一仕事終えたってわけ?」

「――ええ、そうなるわね」

「うひひ、マジでイカシてるな。それ」

「でもこのままでは、意味がなくなる。ここにいるペギーが排除されたと相手に気づかれてしまうわ。その前に、次の手を打っておかないと」

「それなら、すぐにやろうぜ」

「俺たちにご命令を、保安官殿」

 

 まるで今夜はバーで飲まないか、くらいの気軽さで。声をかけてくる若者たちに、ジェシカは戸惑いを覚える。

 確かに、ここに来て2週間と少し。それも日常に追われて、この場所の土地勘など自分にどれほどあるのか、わかったものではないが。敵はそうではないし、やはり人手があったほうがなにかとやりやすい――。

 

「危険なんだよ?」

「アンタのパーティに参加するって、もう言ったはずだけど」

「いいからさ。次の計画を聞かせてくれよ」

「わかった。それならいうけど――日暮れまでに、フォールズエンドに行って。あそこを奪還する」

「今からか!?もう昼過ぎで、ここから先にもペギーはたっぷりいるっていうのに?」

「うーむ、それはさすがに厳しい」

「だから2人の知恵が欲しい。どうやったら、この3人でそこまで近づくことができるのか」

「俺達だけ?ここの連中は、保安官?」

 

 私は首を横に振って否定する。

 この倉庫で囚われ、解放した人たちを連れていくことはできない。

 

「駄目よ。大勢で動けば気づかれるし。ここは取り返したばかりだもの、守ってもらわないと」

「なるほどな――」

 

 すでに時計は午後2時を回っている。今から日暮れまでの数時間、それで距離を稼ぎ。攻撃も成功させなくてはいけない。

 

「俺らに町を取り返すなんてこと、残り数時間で出来るのかよ?」

「馬鹿っ、俺らが戦争なんてわかるわけがないだろう。保安官が言ってるのは、俺らでフォールズエンドまでペギーに知られないように近づくこと、だよな?保安官」

「そう、それもできるだけ早くに。強行突破ではなくて、静かに日のあるうちにそうできると最高だね」

「うわァー」

 

 やはり、難しいのか?

 歩きであっても、うまくいけば夜にはフォールズエンドにたどり着けると思う。なにかあっても、明日の朝までには到着できる。

 しかし、それではレイレイの農園とこの倉庫の異変が相手に知られ。攻撃もされるだろうし、私の動きも知られてダッチのところまで手が伸びていくかもしれない。それだけは避けたかった。

 

 本当はもっと時間の余裕があれば、ダッチから聞かされた元軍人というグレースらにも接触を持ちたかったが。これ以上の戦力の増強は、期待することはできない――。

 

 私は私の車の窓枠に寄りかかりながら、車内で何か方法はないかと首をひねる彼らに再び声をかける。

 

「どう?なにかないかしら?」

「うーん、うーん」

「無理そうなら。仕方ないわね、私がひとりで歩いていくしかないけど」

「……あっ、なんか思いついちゃったかも」

「えっ?マジか、なんでお前冴えてるんだよ。俺が何も考えてないみたいになっちゃうだろっ」

「知るかよ、間抜け。へへへ、名案を思い付いた。保安官」

 

 どこまでも軽い彼らだが、それが本当に名案であればいいのだが。

 

「それなら――出てきて、それを見せてもらおうかな。楽しみよ」

 

 名案が披露されると、私はあきれて言葉を失ったが。エドとジェイクはまた楽しいおしゃべりを再開させた。

 

「お前、バカだろう?」

「なんだよ。名案だろ?」

「いや、バカだよ。大馬鹿、なに考えたらそんな馬鹿なことを思いつくんだ?」

「今日の俺は冴えてるんだよ!お前だってそういっただろ?」

「いや、勘違いだった。お前、バカ」

「お前こそどうなんだよ、ウスノロ。なにか思いついたか?俺はもう、保安官に――ああ、保安官?」

 

 私は彼らの会話には参加せずに、車の後部に回って荷物をあさっている。

 手にするのは長方体のケース。中から取り出したのは、骨とう品と呼ぶにふさわしいウィンチェスター銃だ。叔父が残してくれた家に放置されていた、ハンティング用のものだと思われたが。最低限の手を入れて、使えるようにはしておいてあった。

 

「あんたのライフルかい?保安官」

「西部劇だ!ウォウ、ウォー……」

「それ、やめろって」

「やっぱり真昼の決闘よね?クリントみたいなヒーローがいたら、私も保安官の権利で。ベットルームまでついてくるように命じるわ」

「ワイルドだね、保安官」

「それって『バンディダス』みたいなやつか?」

「え?」

「馬鹿、それは女盗賊の西部劇だろ。保安官は保安官さ――セクシーでゴージャスな方の」

「それってどんなのだ?」

「好きに想像してて、子供達」

 

 声だけ明るく軽口をたたきつつも、ライフル弾を装填させ。構えては古びたウィンチェスターには不似合いな光学スコープをのぞき込む。

 とりあえず一度、ハンティングでウサギと鹿を相手に試し撃ちは終えているものの。まさかこいつで人狩りをすることになるとは、本気で考えてはいなかった。

 

「どうだい?」

「準備はできてる――それじゃ、さっそく2人とも。作戦を確認するわね」

 

 倉庫から車道まで出ていくと、そこでエドは再び名案を最初から繰り返した。

 

「この車道な。こいつはこのままずっと南下して進むと、そのままフォールズエンドまで続いている。つまり一直線ってことだ」

「それなら速い」

「そう!だから、最短で近づくというならここを使うのが一番」

「だけど、ペギーはそこかしこで検問敷いてるぞ?見つかりまくるし、騒がれないわけがねぇ」

「ならペギーの振りをすればいい。実に簡単な話だろ?」

 

 ジェイクのほうは鼻を鳴らす。

 

「だけどよ。コスプレしてんのバレたら終わりだぜ?ペギーは今も保安官を探してるって、ダッチの爺さんも言ってたろ?危険だ」

「だから気合を入れて奴らに化けないといけない――。

 今、車道を大っぴらに使ってるのはペギーだけだ。あいつらここを使って、あちこちに人や物資を運びこんでる。うまく演じれば、検問でもそれほど調べられたりはしないはずだ」

「でもなァ」

「俺の考えはこう。物資を運ぶコンテナごとトラックをいただく。もちろん運転手のペギーの服も込みでな。

 コンテナの中の物資は倉庫に引き取ってもらって、かわりに保安官の車をそこにぶち込む。2人はそれに乗ってもらう」

「ブッ、運転席は棺桶も同じじゃねーか」

「嫌、それならペギーにバレたとしても。ハッチを開けるアイツらにつかまらずにそのまま車で逃走すればいい。それで2人は助かることができる」

「……頭おかしーぞ、お前」

 

 エドは考えた自分が運転手を引き受けるとすでに表明していた。

 死ぬならまず、自分が最初――。バカみたいな計画だが、しかし本気であることは十二分につたわっている。

 車道わきで片膝をつく私の隣に、ブーマーは区たりと体を寝そべってこちらを見続けている。どうやらこの短時間の間で、こちらを自分のボスだと考えてくれているのだと、私は理解した。

 彼の頭を人名でしながらも、白昼の車道を走るトラックがこちらに向かってくるのを私は確認していた。

 

 立ち上がって、はっきりと宣言する。

 

「状況をひっくり返さないといけないのよ。たとえ無茶であっても、それが大きな得るものであるなら。覚悟を決めないとね」

 

 スコープを覗き込みながら、同時に口の中で「1秒、2秒、3秒」とカウントしていく。

 3発を発射して、14秒。

 良くはないが、結果はそれほど悪くもなかったようだ。

 

 自分たちの隣を徐々に失速しながら進むコンテナトラックは。しばらくすると停止し。

 駆け寄った若者2人がそこに見たのは、運転席に座ったまま体と頭部に一発ずつ銃弾を受けたペギーがひとり。そこで絶命していた。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 山間部を貫く車道を走る一台のコンテナトラックは、道を遮る検問所を2つ、3つ通り過ぎると。

 フォールズエンドへとつながる十字路を通り過ぎたあたりで、不自然なほど速度を落とし。徐行運転へと移行していく。最終的には路肩に車を止めると降りてきて、周囲に何もないことを確認した。

 

 そして顔に施されたメイクを服の袖で拭いつつも、コンテナの扉を開くように装置を動かした。

 中からは予定通り、膝の上にブーマーを置いたジェシカらが乗っていて。無事にひどい計画は最高の結果となったことを喜び合った。

 

 とはいえ、これはまだ道の半ばである――。

 

「良くないわね」

 

 言いながらフォールズエンドを双眼鏡でのぞいたジェシカは、若者たちにもそれで確認する世にジェスチャーしつつ渡す。

 

「町の人たちは通りに出されて、膝をつかされているわ」

「まさか、処刑!?」

「違うでしょうね。たぶん、何かを探している」

「まだ食い物が残ってないか、調べてるってことか?」

「もしくは私ね。匿っているのがいないか、確かめているんでしょうよ」

 

 ここから見る限りペギーは4人、だがもう数人はいるはずだ。

 

「保安官、どうする?」

「――あなた達、あそこに並ぶ家の屋根。気づかれずに登れると思う?」

「へっ、ここらのガキは皆。文字を学ぶ前に、まずは屋根の上に立ってしかられるもんさ。余裕だよ」

「まかせてくれ、保安官」

「そう。なら、道に沿って右沿いの家の屋根に。別れて待機していて」

「あんたは?」

「道の左側を犬とお散歩するのよ、当然でしょ」

「撃ったらだめなのか?」

 

 2人にはペギーから奪ったARライフルを渡していた。

 

「町の人を傷つけないためにも、一気にあいつらを殲滅しないといけない。ええ、そうよ。急ぐのはダメ」

「――ほらな、早いと女に嫌われる」

「馬鹿いってんな、アホ」

「2人は最後の突撃要員よ。私は町の反対側から減らしていく」

「また、全部食っちまいました。なんてことにはならないよな、保安官」

「そんな映画みたいにうまくいくならいいわね。ファンには後でサインをかいてあげるわ」

 

 そう返すと、2人の尻を続けてポンと叩いて合図する。

 エドとジェイクは並んで草むらに分け入りながら、最後の馬鹿話を交わした。

 

「カッコいいな、女保安官。俺、惚れちゃいそう」

「言ってろよ。どうせ相手にもされないさ」

「なんだよ、わかんないだろ」

 

 最悪な状況は今も全く変わっていないが。

 それでもこのカウンティ―ホープにはまだ希望があるように思える。なぜって、あの守護天使がいれば。ペギーのクソッタレな神なんて恐れることはないのだから。

 

 

 それからしばらくして太陽が姿を隠した夜のフォールズエンドは。

 ようやく銃声と争いの音は去り、代わりに家の明かりと共に人々の喜びの声がそこかしこから湧き上がっていた――。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

「なんだと?」

 

 髭があってもなお、童顔の面影が残るジョン・シードの顔は茫然としたように見えた。

 だが彼に報告するペギーは生きた心地はしない。

 

 シード家のこどもたちがエキセントリックなふるまいを見せることは知られている。

 感情は秋空の雨雲のようにコロコロと表情を変え。いつ、なにが目の前に現れるのか理解できることはない。

 

「もういちど、報告してもらえないか?なにが、どうしたって?」

「……はい。フォールズエンドが、反旗を――」

 

 いきなりジョンはそばにあった机にとりつくと、唸り声と共にそれを派手にひっくり返して見せた。

 湧き上がる怒りを抑えることができないでいるのだ。

 

「そうか――フォールズエンド。あそこは確かクソッタレの神父と、飲み屋のアバズレがのこっていたんだったな?あいつらなのか?」

「――いえ、違うようです」

「違う?どういうことかな」

「まだはっきりとしたことはわかりませんが。どうやら……」

「なんだ?報告は素早くしろ」

「はい。その――どうも逃げていたと思われた最後の保安官が。仲間を引き連れて、現れたと」

「保安官?新人とか言われていた、女?」

「そのようで――」

 

 最後の言葉を口にする前に、信者はそれを飲み込んだ。

 一瞬だが、ジョンが自分に襲い掛かってくるんじゃないかと思い。恐怖を感じたからだ。

 しかし、そんなことにはならなかった。

 

「無線。無線だ」

「はっ?」

「無線を用意しろ。フォールズエンドの住人たちに、メッセージを送りたい」

「奪還するための部隊を送り込まないのですか?」

「無線、わかったな?」

「わかりました……」

 

 部下に言われるまでもなく、ジョンの心は怒りと憎悪の炎で燃え上がっていた。

 当然、すぐにだって反乱の目を叩き潰すべく。信者を送り込んで、今度こそ徹底的にやってやらねばと思いはする。

 だが――それはできないのだ。

 

 すべては神の、ファーザーであるジョセフの言葉。

 そしてこの騒ぎにあの夜に見た保安官が関わっているというなら――むしろそれは、僥倖というべきなのだろう。それを今は自分に言い聞かせて、理解させなくてはならない。

 

 エデンの門へと、たどり着くために。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 『乾杯!』

 

 さっそく再開の準備を始めるスプレッドイーグルのカウンターで、オーナーのメアリー・メイ・フェアグレイブ、そしてジェローム神父と共に私はビール瓶をあおる。輝かしい勝利の美酒というわけだ。

 かなり、パンチのきいた味が体の隅々まで染みていく。

 

 深夜23時と15分。

 私にとって人生で2番目に最悪の一日はようやく穏やかに終わりを迎えてくれそうだった。

 なんどか危険な目にもあったが、思うに最悪の日は正気ではないまま終わったのだから。これはそれにくらべれば、随分と救いもあるし、悪くない。

 

「さて、喜んでばかりもいられないだろう。保安官」

「そうよね。あんたには感謝してもしきれないけど。まだ安心はできない」

 

 私は2人の意見に黙ってうなずく。

 

「明日からのこと。なによりも、当面の計画について話しておかないと」

「派手に大暴れして、飛行機まで墜落させてしまった。エデンズゲートは、ここを奪われたことを当然知っている」

「保安官もいるし。当然だけど、ここをレジスタンスの拠点として使ってくれてかまわないよ」

「威勢が良いのは構わないが。そうなると警備も必要になるだろう。彼らの攻撃に対処できるような」

「連れてきた2人を使って。彼らなら役に立つ」

 

 エドとジェイクは、ちょうど家々を回っていて。それが終わればここにも戻ってくることになっている。

 私はといえば、もう正直今日は動きたくない。

 

「だが問題は、山積み」

「どんな?」

「まずは食料でしょうね。ほとんど持っていかれたし、うちの料理人が腕が良いと言っても限界があるわ」

「それについてだが。このあたりなら鹿や魚がある。いきなり飢えて動けなくなるということはないだろう」

「それでも、それだけじゃ――」

「そうだな」

 

 エデンズゲートは回収などとのたまい、略奪を繰り返している。

 持って行ったものは返してもらわなければならないが。とりあえずは後回しでいいだろう。

 

「ほかには?」

「無線機の問題だろうな。ダッチと連絡を密に取りたいが、破壊された無線機の修理はできても。それだけだ」

「近くに電波塔があるじゃない。あれ、使えない?」

「そんなものが?」

「ある。だがペギーはそこにも人をやっているし、どうすればいいのかは技術者の知恵も必要だな。うん、これについても要検討といったところか」

「保安官からは、なにかあるか?」

「そうね。じつは――」

 

 ダッチから聞いた、この方面から聞いた弱い電波についての情報を求めた。

 

「確かに教会なら、グレース・アームストロングで間違いないだろう。そこは彼女の家族が眠る墓があったはずだ」

「彼女はレジスタンスに参加してくれると思う?」

「大丈夫だろう。彼女もペギーにはさんざん悩まされていた。こんなことになって、さすがに激怒しているだろう」

「あたしはこっちの、助けを求めているよくわからない奴に心当たりがあるわ」

「本当か?」

「ええ、これって多分。ニックだと思うの」

「ニック?ニック・ライか、ライ&サンズ航空の」

「でも助けを求めていたっっていうのが気になるわ。たしか彼の奥さん、そろそろ出産が近いって話で――」

「……まずいな」

 

 泣き叫ぶ妊婦にとびかかっていく信者たちの姿が容易に想像できてしまい、暗い空気が流れる。

 奴らはすでにブーマーの家族だった親子を容赦なく殺している。

 

「とりあえず明日は、ブーマーを連れてグレースって人に会いに行こうと思う」

「ニックはどうするんだ、保安官?」

「……悪いけど、こっちも余裕はない。会いに行くとしても順番があるわ」

「そうだな。全てを助けることはできない」

 

 店の中の片隅では、丸まったブーマーがすでにウトウトと眠っている。

 私も若者たちが戻ったらすぐに横になろう。

 

 ジョン・シードはメッセージを送ってきた。

 こちらのことを、私のことを知っていると。

 あれはきっと宣戦布告のつもりなのだろう。こちらはまだまだ弱く、希望の灯ははかないが。決してこのままあいつらなんかに吹き消されるわけにはいかないのだ。




(設定・人物紹介)
・ジョン・シード
ジョセフを父とする一家の次男坊。当然だが血のつながりはない。
牧場や農地が広がるホランドバレーで指揮をとっている。


・スプレッドイーグル
フォールズエンドの酒場。ここに来るとだいたいこの店に訳もなく入りたくなる。


・ジェローム神父
てっきり某侯爵様の名前が脳裏をよぎる名前。
エデン図・ゲートの暴走を許し、好き勝手にさせてしまったと後悔しているらしい。その反動なのだろうか、リボルバーを片手にたびたびハジケル姿を目にする。事件のせいだと思いたいが、まるでどこかの警官並みに引き金が軽くなってしまったようだ。


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DAY3

 翌朝、シャベルは雑貨屋に並んでいた簡易式の短いタイプにして、ペギーから回収した投げナイフに手りゅう弾。これにリボルバーと、ウィンチェスター銃に弓矢を揃えて私は出発した。

 

 フォールズエンドを抑えたことで、このホランドバレーでようやくのこと動き始めたレジスタンスだが。

 武器、人、食料と。とにかく足りないものがあまりにも多すぎる――。

 それでも町ではジェローム神父が防衛と通信を担当し、物資の管理などはメアリーが見てくれている。ないからできません、とは言えない状況なのだ。

 

 そして町を離れると、奇怪で不快なペギーたちによる銃と暴力の世界がある。

 

 ホランドバレーでは珍しくもない幾つかの農場を横切ると、そのたびにおぞましい景色が目に飛び込んでくるだろう。

 農場に放り出されたままの、なぜ自分が殺されなければわからない。そんな哀れな人々の亡骸が放置され、その死肉を求めて獣が集まり。むさぼられるのを見た。

 抵抗できないように立木に目隠しで縛り上げたうえで、肉塊になるまで生きたままズタズタになるのを良しとする。人間射的に興じて楽しそうに笑っている信者たちの姿もあった。

 

 そうしたものを横目に通り過ぎる時、私の心は。

 愛するものを踏みにじられる怒り、助けられないという苦しさ。それがすっかりくすぶることも忘れて消え去ってしまったと思った炎を。静かではあるが、再び息を吹き返して。この役立たずの体を少しで動かせと、声をあげている。

 

 私は怒りを感じている。

 警察だからではない、保安官であるからでもない。自由を愛する、この国を愛する。ただのひとりのアメリカ人として奴らに激怒するべきなのだ。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 それまでもカウンティ―ホープではのどかな大自然を背景に、いつもどこかから銃声が聞こえてきてはいたが。

 それが自分の目指す方向の先だとわかると、にわかに焦りが生まれ。慌ててブーマーの背を軽くたたきつつ、速足で木々の間を抜けて教会目指して突き進む。

 

「――何が起きてるのよ」

 

 地図によればもう少し先に行くと教会前の大通りに出るであろうというあたりに来ると。木々の間からのぞいた私は、驚くような光景を目にしていた。

 そこでは攻める側と守る側で、戦争をやっていたのだ。

 

 教会を軍事砦とでも解釈しているのか、ペギー達は車を並べて乗りつけると。次々に教会を目指して突入しようと試み。

 防衛する側は、教会の屋根の上に陣を張り。そこから下に向かって誰も近づかせまいと、必死に撃ち続けて抵抗をやめようとしない。

 とはいえ、すでに勝利は決しようとしている。教会はここから見てもわかるが、下の入り口を破壊されており。それはつまり建物の下の階にペギーが入り込んでいるのは明らかだということ。

 

 駆けつけるのが遅かったか?

 このまま何も見なかったことにして、離れていくべきだろうか?

 態度を決めかねていると。2人、強引に屋根にのぼっていったペギーが誰かに撃たれて転がり落ちるのを見た。まだまだ、抵抗をやめる気はないらしい。

 

(あんな場所に閉じこもるなんて――なにか守りたいものでもあるっていうの?)

 

 とにかく助けなくてはいけないだろう。あんなものを見せられては、退却するという選択肢はもう選べない。

 そうなると、問題は車道で列をなす車の陰にまだ待機しているペギー達だろう。

 

 

 

 しぶとく3日目の朝を乗り切りたかったが、殲滅を狙っての数回の襲撃を撃退し。教会の屋根の上ではそろそろ限界が近づいているのを思い知らされていた。

 

「バーグ!?クソったれ、バーグ。この野郎」

「ナディア、どうしたの?」

「グレース!バーグがやられた、もう薬もないよ!」

「――本当にクソッタレね」

 

 可哀そうだが、死体となってもこちらの役に立ってもらわないと困る。

 青年の体を土嚢の山の向こう側に転がし、壁を少しだけ補強することになる。

 

 グレース・アームストロングはそれでも諦めるつもりはなかった。

 

 しかし昨日は9人いたのに、今では3人――嫌、2人にまで味方は減ってしまっている。

 自分は優秀な狙撃手である、と自負はあるが。だからと言ってできることには限界があるのもわかっていた。

 

(退却か、全滅か。降伏?それもあるのかしらね)

 

 彼女のライフルはこれまでも多くのペギーの命を奪うことができたが、その銃口を巧みにかわしたペギー達によって。仲間の数はここまで削られてきてしまった。

 奴らはグレースの狙撃に恐怖する反応は見せるものの、時間がたつとまたそれを忘れたかのように突撃を繰り返してくる。まるで死なないゾンビの兵隊を相手にしている気分だった。

 

 元の位置に戻ると、となりに仲間の血で真っ赤になった両手のナディアが這って近づいてきた。

 今はこの若いカウガールと2人、そして彼女にはグレースしか頼れる人はいない。

 

「なに?」

「グレース、これが最後の弾よ」

「――最悪ね」

「ちょっと待ってて、下に取りに行ってみるから」

「駄目よ!それであいつらに4人も捕まったんだから。あなたも同じことになる」

 

 グレースがここへ不謹慎にも持ち込んだ弾薬はまだまだ残ってはいるのだが。それは教会の――下の階に置いてあった。

 すでにそこには何度か侵入もされていて、屋根から降りたとわかれば。またペギー達は数にものを言わせて押し寄せてくるだろう。

 

――もう終わりなのだろうか?判断を間違えてしまったのかしら?

 

 戦場で誰かの命を預かることはあったが、それはひとりの兵士としてのものだった。

 部隊がどうとか、的確な状況判断とか。そういうのは別の誰かがやってくれていた気がする。

 

 そんなことを考えながらスコープを除くグレースは、たまたま見てしまう。

 車道に並ぶ車の陰に潜むペギー達が、いきなり慌てたような表情で立ち上がろうとしている姿を。

 続いてそこから爆発とともに炎が立ち上ると。車線に一本の火の柱が生まれ、次々と車が破片をまき散らしながらあちこちに飛び上がった!

 

 教会を包囲するペギー達の動きに乱れが生まれた。

 

「ナディア!今がチャンスよ、撃ち尽くして!」

 

 言いながらグレースも、忙しく銃口をあちこちに向けては発射する。

 突然起こった爆発に驚いたペギー達は、ついうっかり教会を有利に攻めているという自分たちの立場を忘れ。隠れていたその場から頭を出して背後を振り返っていたのだ――。

 

 気が付くと戦いは終わっていた。

 大勢いたペギーはいつの間にか姿がなく――つまり全滅し、屋上にいたナディアとグレースはそれをやってのけておきながら、茫然として受け入れることが難しい。

 

「ど、どういうことなの?グレース?」

「――どうやらが新しいプレイヤー(登場人物)が到着したみたいね」

 

 

 奥の林の中から教会に向かって歩いてくる、犬を連れた人の姿を確認していた。

 あれが何かをしたから、この勝利は生まれたのだ。興味にひかれて、グレースはライフルを構えなおすとスコープを覗き見た。

 

 犬を連れたのは大柄な女で、背中にシャベルとショットガンを持ち。手には弓が握られている。

 そしてグレースは理解してしまった。

 あの女性からは自分と同じ匂い。血煙に咽る、地獄のような戦場を歩いてきた兵士。それが放つ、隠しようもない戦場のにおいがここからでもスコープ越しにはっきりと感じることができた――気がした。

 

 まぁ、なんであれだ。

 今のは不利な状況だったのは間違いない。ならばこの騎兵隊(援軍)の到着は、素直に喜んでおくべきだろう。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

「ジェシカよ。ここの保安官でもあるわ、まだ新人だけど」

「私はグレース。こっちはナディア。ナディア・アンブローズ、このあたりのレンジャーチームに所属してるわ」

「よろしく」

「その――わからないから聞くんだけど、あなたがやったのよね?」

「?」

「いきなりあいつらの背後で爆発が起こって。こっちも驚いたけど、おかげでチャンスをもらったわ」

 

 ああ、といってジェシカは軽く笑って見せると。

 自分の持つ弓矢の一本をぬいて、これを見るようにと差し出してきた。

 

「自称、平和な爆弾愛好家ってのがフォールズエンドにいてね。そいつがここに来る前に、お守り代わりにと渡されたのよ」

「鏃がヘンね」

「ダイナマイトほどの威力はないけど、ちょっとした爆弾になるらしいと聞いていた。で、そいつの試し撃ちをしてみたってわけ」

「それって。凄く――」

「言わないで、わかってるから。映画のヒーローじゃないんだから。第一、こっちは女であんなに筋肉もない」

 

 80年代のヒーロー・ムービーのポスターは。スプレッドイーグルにおかれたアーケードマシンにも確か貼られていた。

 状況をゆっくり理解できるようになると、今度はグレースの後ろにいるナディアが「どうする?」と視線で問いかけてきた。

 

「それで保安官。私たちを助けてくれたのは、何かやらせたいことがあるからでしょう?」

「――随分とストレートに聞いてくるのね?」

「ごめんなさい。あまり人と楽しく会話することができないタチなのよ」

「そう……ならこちらもはっきり言うと。その通りよ」

「なら、その話をする前に。もう一度だけ私たちを助けてみてはくれないかしら?」

「もう一度?」

 

 ジェシカが驚くと、その理由をグレースとナディアが交互に語りだした。

 

 そもそも教会に立てこもる羽目になったのは、以前よりペギーが変質的にしつこく墓地に眠る英霊たちの墓を破壊するように求めていたことにあった。

 グレースたちは必死にそれをやめさせようとして、教会がペギーの手に落ちてもなお。触れさせることを許さずに、まもってきた。

 

 ところが回収が始まると、強引に爆発物など取り出してきたので。

 激怒したグレースたち英霊の家族たちは、武器と弾薬を持ち寄って逆に教会を占拠してやったのであるが。それだけではない、と彼女たちはいうのだ。

 

「実は4人、仲間が捕まってしまったのだけれど。彼らはまだ生きているはず」

「はず?はず、というのはどういう意味?」

「今朝の攻撃が始まる前に、ペギーが交渉――降伏するように求めてきたんだけど。その時仲間を連れていて、これから自分たちの仲間にすると宣言していたのよ」

「?」

「えっとね。彼らを水辺に連れて行って、そこで窒息するまで鎮める儀式をするの」

「それって洗礼のこと?教会も普通にやることでしょ」

「ええ。でもペギーのやるそれは、拷問や殺人も同然よ。実際にそれで殺された人がいるって知られているわ」

「わかった。それで、それがどうしたの?」

「奴らは彼らを連れて教会の裏に消えたわ。多分、川辺に降りて行ったんだと思う。わからないけど、まだ儀式を続けているかもしれない。それなら急いで助けてあげないと!」

 

 はっきりとはわからなかったが、とにかく助けがいるならすぐにいこう。

 彼女らにそう伝えて、後に続く。私は自分の想像力の足りなさを、それで呪いたくなることになる。

 

 

 想像を超えたものを見たとき、そこに驚きはあっても多少なりとも感動のようなものがあると思うのだが。

 私が目にした光景は、ただただ不快にして嫌悪にまみれた現実であった。

 

「ひどいわね」

「いたわ、あれよ」

 

 崖の上から見下ろすと、そこで行われていることすべてが確認することができた。

 拘束されたままの2人が地面の上に転がされ。口々に「やめろ」や「クソ野郎」と騒いでいるが、そのたびに銃を向けている見張りがそれぞれの体に暴行を加えている。

 

 だがそれだって可愛いものだ。

 水辺では一人の男を数人がかりで抑え込み、強引に水の中へと顔を突っ込んでいて。それを前に恍惚とした表情で、手にした書物の一説と思しき言葉を繰り返す奴がいる。

 

「ひとりいない?グレース、一人足りないよ。3人しかいない」

「いるわ、見つけた。ナディア、駄目だったみたい。水の中に沈んでいるわ――」

 

 何かを抑えるように口にするグレースの言葉は苦く、私は反応する。

 

「終わらせるわ。あんなものね」

「そうね」

「グレースはここからお願い。できるでしょ?」

「ええ、任せて」

「岸にいるのを片付けてくるわ。川の中にいるのは、最後にしましょう」

「わかったわ」

「準備ができたら、合図する。あの気分よく歌ってるバカから、終わらせて」

 

 グレースの返事を待たず、ブーマーと一緒に私は小走りで崖沿いを駆け下りていった。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 レジスタンスは新たな戦力を手に入れた。

 ありがたいことに、グレースは彼女のシューティングレンジから引き揚げていた私物の銃をレジスタンスに提供してもよいと申し出てもくれた。

 

 そして話してみるとわかったのだが、グレースはニック・ライとは知り合いだという。

 ならば、この後もブーマーのように私に付き合ってもらおうということで私たちの意見は一致した。

 

 洗礼とは名ばかりの拷問に苦しんで弱った3人を連れてフォールズエンドまで戻れるだろうか、という不安はあったが。彼らは気丈にも、助けを借りずに自分の足で歩けると言い。実際にそうして町に戻ることができた。

 彼らもレジスタンスへの参加を口にしてくれたが。しばらくは体を休め、傷を癒してもらわなくてはいけないだろう。

 

『よくやったな、保安官。あんたはまたひとつ、苦しむ人々を助けてくれたんだ』

「でもまだ足りない、ダッチ。まだまだよ」

『ああ、そうだな』

 

 電波塔も神父たちの手で調整され、ダッチとの無線での会話は以前よりもしっかりとした声でかわせるようになっていた。

 レジスタンスは依然として厳しい状況の中で、なんとか3日目を終えようとしていた――。




(設定・人物紹介)
・グレース・アームストロング
ホランドバレーで会うことができる、軍人一家の娘で、優秀な狙撃手。
カウンティホープで射撃場を経営しており、営業の張り紙がそこかしこの掲示板に貼られているのを確認することができる。

ちなみに”優秀”ではあるはずなのだが、隠密を良しとする狙撃手のくせして。ライフルにレーザーポインターを装着することをやめられない性格の人。
スネークなら「なめてるのか?」って怒りだすこと間違いなし。


・ナディア・アンブローズ
オリジナルのキャラクター。
彼女は牧場ではカウガールをやっていた。敬虔なキリスト教徒の一家に生まれたが、ジョセフ・シードの言葉には惑わされはしなかった。


・ヒーロー・ムービーのポスター
原題は「FirstBlood2」であるが、日本だと違う題名にされていた。


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エージェント・ウィリス

サラっと進む代わりに意外とこの物語の重要なエピソードとなる今回。
覚えていてもらうことが多いかも。

次回は明後日投稿予定。


 上空1.000メートルといったところか。

 気流は安定している、今はそれだけは有難い。

 

「なぁ、ジェシカ。お前はどう思うよ?」

 

 いきなり話をふられた私は、しかし仲間のくだらない会話に加わるつもりはなかった。

 

「ボーナス休暇?

 そりゃ、オカタイ紳士を見つけて。あんたらイギリス人が誇る大英博物館のエントランスでファックするわ。なんならイク時に”女王万歳”って叫んであげる」

「ははは、スゲー笑えるな。なら聞かせてくれよ、そいつが下手でお前がイケなかった時は?」

「そんなのもわからないの?自分の昔の彼女を思い出してみたら?」

「そりゃ、良かったって言ったさ。お前は当然、知らないよな」

「だったら電話番号を教えて。戻ったら全員に連絡して、厳しい真実をアンタに伝えてあげるから――」

「ヒドイ奴だな……なぁ、まだ機嫌悪いのか?まさか生理?」

「死ね――そうよね、わかってる。心配してくれてありがと」

 

 皮膚の下が、不規則に骨と肉の間に何かが入り込むような不快感が部分として体のあちこちから感じる。

 ようやくのこと自分の体に適合する新型のナノマシンを手に入れたのに。結局、実戦を控えたとたんに食べ過ぎたときの腹痛のように私を苦しめようとしてくる。

 本当に忌々しい。

 

 笑顔でからかいに来た彼は、ここで声を潜めると

 

「なぁ、本当に調子が悪いなら申し出たほうがいい。お前の気持ちはわかるけど、わかってるだろ。今回は規模のでかい不正規任務なんだぜ?

 参加して、うっかりミスしたと後で上の奴らに思われたらお前のキャリアは終わりだぞ」

「私のキャリアの心配、あんたがしてくれるなんてね。泣けるわ」

「可愛げのない女のケツを思いきり蹴り上げる楽しさを教えてくれた相手だしな。色気がないから、システムにまで嫌われて軍を去りました、なんて悲しすぎるだろ」

「ありがとう……それで、ボーナス休暇だって?そんなもの、本気で出ると思ってるの?」

「おいおい、ヨーロッパの文化。建築物、料理。見どころはどこにでもある、興味くらいはあるだろ?」

「そんな学も金もないわよ、武器商人と組んで横流しもしてないからね。それに、あんたがなにを言っても女、ファックと繰り返し言ってるようにしか思えない」

「俺、これでも学のある男なんだぜ?」

 

 笑顔を残して立ち去る彼――。

 

 だが、私は結局彼に何をした?

 装備に着替え、頭を抱えて苦しむ彼の襟首をつかんで橋の上に転がすと。その上にまたがって、手にした銃床を何度も――。

 

 

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「保安官?起きて」

 

 それは悪夢であったはずだが、私はうなされることもなくグレースの声で瞬時にベットの上で飛び起きた。

 シャワーに入りたかったが、店でメアリー達が待っていると言われては仕方がない。なにやら問題が起きたようだった。

 

 スプレッドイーグル。店のカウンターには、夜の警護を終えた住人達が仕事上がりに飲んでいたが。ほかの客といえばいつものジェローム神父くらいで、メアリーと並んで2人とも困惑しているようだった。

 

「なにかあったって?」

「保安官、あんたの知り合いにバカはいる?」

「――言ってる意味が分からないけど、こっちに来たのは2週間前よ。友人はまだいなくて、募集中」

「なら、これは問題ってことになる。深刻かどうかはまだわからないがな。

 実は保安官、先ほどから無線であなたのことを呼んでいる男がいるんだ」

「男?誰なの?」

「名前は言ってない。すぐに来いと、座標を指定してきた。これが罠かもしれない、私たちはそう考えている」

「罠じゃないと、思える理由は?」

「聞く限りだとそいつは大馬鹿野郎だとしか思えないからよ。笑えないわね」

 

 グレースの意見を聞きたくて、彼女の顔を見つめた。

 

「私の意見?」

「ええ、どう思う?」

「底なしの馬鹿っていうのは同感。でも、もしかしたら本当になにか困っているのかもしれない」

「私が助けに行くと言ったら――」

「いくわ。準備はできてる、保安官」

 

 撃てば響くような返事、やはり軍人はこうでなくては。

 

 

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 エドとジェイクは失望していた。

 せっかくレジスタンスに入ってやったというのに、実力だって少なからず自分たちも示したはず。

 なのに保安官は、フォールズエンドで留守番を命じると。退屈な神父はライフルはそのまま持ったままでもいいが、と言うと。金槌と釘、それに木材を持たせて町の中を走り回らせただけだった。

 

 これは違うだろう。

 自分たちはペギーと戦いたかったのだ。それを直訴しようと思ったら、すでに夜明け前に加わったばかりの元軍人と犬を連れて出かけてしまったという。

 ではどうしたらいい?

 

「保安官に、もう一度俺達が役に立つってところをみせるしかない」

「賛成。意義なーし」

「それじゃ、どうする?」

「ペギーをぶっ殺す」

「馬鹿。それが普通にできるなら、別に最初から悩んだりはしねーよ」

 

 朝食のシカ肉の照り焼きをつつきながら、互いに案を出しあう。

 

「実はひとつ、あるにはある」

「なに?」

「ホラ、言ってただろ。レジスタンスには問題があるって。人、武器、食料ってさ」

「金は?」

「金?金なんて話してない。聞いてなかったのかよバカ。

 とにかく――あの保安官にペギーの生首をいくつ積み上げたって認めちゃくれないさ。だって、向こうだって同じくらい。ひとりだけでそれをやっちまうんだろうしさ。俺たちはそこでは勝負しない」

「でもよ、人も食料も。増やせるもんじゃないし。武器だって――」

「いや、あるさ」

「どこに?」

「それは――」

 

 言いかけたところで、エドは慌てて口を閉ざす。

 席の隣に合流したばかりのナディアがコーヒーを手に座ったのだ。

 

「えっと、やぁ。おはよう、美人さん」

「おはよう」

「なっ、なにかな?」

「わからない?まだ朝だっていうのに、さっそくいたずら計画で盛り上がろうとしているバカを、注意しに来たってことが」

「俺達、今の環境に不満があるんでね。どうやって改善してもらうか、真面目に考えてるだけさ」

「このカウンティ―ホープの現状に不満がないなんて、正気を失ったペギーくらいのものよ。なんたって、あいつらの天国みたいなものなんだしね」

「ああ、そうだな。それじゃ、コーヒーのおかわりはカウンターでよろしく。俺達、いたずら計画の続きがあるんで」

 

 ナディアはそれを聞いて呆れた顔をした。

 

「まだあきらめてないの?」「あきらめがいいなら、ここにはいないさ」「わかったわ――それじゃ、聞かせて頂戴」

「君も?」

 

 驚くが、彼女は肩をすくめるだけで気にしていないようだ。ならば仕方がない――。

 

「デス・ウィッシュさ。

 あれをオーナーと交渉してレジスタンスに提供してもらえるよう、俺達でやる」

「デス、なんですって?」

「デス・ウィッシュさ」

「それってコミック・ヒーローの名前?マーベル?それともDCの?」

 

 ナディアの言葉に、今度は男たちの顔が信じられないという表情になる。

 

「車の名前さ。本当に知らないのか?」

「悪いけど。ガスを食べて、エンジンがうなり声をあげて動くものの違いが私にはわからないのよ。デカくて、自分に都合がよけりゃそれでいいの」

「女はこれだから……」

「ちょっと!ショットガンで男の腹をぶち抜くのは、最近の私のトレンドなんだけど?」

「デス・ウィッシュは武装車両のことさ。誰が見てもイカシたペイントと巨大なM60マシンガンが搭載されているんだよ」

「それって――悪くないかも」

「でもあれって、マーレのイカレ親父のものだろ。どうするんだ?まさか盗むわけじゃないだろうな?」

「馬鹿ね。そんなこと今やったら、殺されたって文句言えないんだから」

「もっと簡単さ、ただ話せばいいのさ」

「……本気で言ってるのか?」

「ああ。でも――」

 

 そういうとエドが顔をしかめる。

 確かに思うとおりに話が進めば名案といえるだろうが、相手がこちらと話してくれない、という可能性は何パーセントくらいあるのだろうか?

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 

 ブーマーとグレースを連れて到着したその場所には、たったひとりの男が立っていただけであった。

 近づくとそいつは馴れ馴れしくこちらの名前を正確に当て、自分のことをCIAのエージェント、ウィリス・ハントリーだと名乗った。

 

「もっと近くに、早くしろ」

「あんた、夕べからずっとここで待ってたの?」

「もちろんその通りだ。俺くらいに腕っこきになると、この程度は平穏な日常となんら変わらない。とにかくお前たちは俺の話をまず聞け。

 

 あんたらのことは知っている。

 もちろんラングレーは以前からここでエデンズゲートが騒ぎの準備をしていることもわかっていた。俺は経験豊かであることを買われ、上からの命令でこの件の全てを取り仕切っている」

「政府が?あなた、本物のCIAなの?」

 

 グレースは疑っているようだ。

 私も同じように、こちらのことを知っていることに驚きを感じていた。

 

「なんだ?疑っているのか?どうして?」

「この惨状に、政府からなんのリアクションもないのがその理由。当然でしょ」

「ヘッ、お嬢さんたちはどうやら本気で思っているみたいだな。ここはエデンズゲートの地獄、もう1秒だっていたくないってか」

「ペギー以外に、こんな状況になったことを喜んでいるのはいないわ」

「なら、俺のストーリーを聞いてもらおう。

 俺はこの業界では25年以上のベテランだが。いつだって地獄だった。

 小麦のパンはグルテンが入っていて危険とはいえ、コメを喜んで食うやつらの同類にはなりたくなかった。

 

 だが俺は愛国者だ。

 そんなところでラリっていても、困っていたカリフォルニアから来たお間抜け君たちを助けた結果。俺は自分の世界を変えることに成功した」

「えっ、なにっ?」

「まだ話は終わってないぞ!?

 それからはロシア、中東、そして今度はこのモンタナときた!

 ロシアは最高だった。骨まで凍えるような夜でも、最高のコニャックとプリプリのケツをしたお姉ちゃんたちが温めてくれるんだ。だからこそ、その後に中東ってのはガッカリさせられたぜ。

 

 あそこにも美人はいるが、コメを食う。

 またコメかと思うとうんざりしたが。より最悪だったのは、そこではトイレは穴を掘っただけってのが衝撃だ。

 あの頃の連中は、グローバルなスタイルには損切りがどうしても必要だと小鳥のようにうるさく囀るもので。汚れ仕事を俺のような優秀なエージェントにやらせたがって仕方なかったのさ」

「保安官、彼。何を言ってるの?」

「グレース、こっちの話を聞くつもりはないみたい。最後まで言わせてあげよ」

「そうだ!さすが軍人だな、人の話は最後まで聞くべきだ。

 ところで俺は優秀だと言ったよな?――もちろん、俺はそれを華麗に処理してやったね。もう、だれにも文句は言わせないようなやり方でな。

 

 家庭崩壊の末、哀れな独裁者の愛息子なんていう、運命の皮肉をたっぷりを口にほおばって噛みしめているくせに。それを理解できない間抜けに協力させてやった。

 

 パパを知りたいか?それならいうことを聞け。

 ママを知りたいか?なら俺の言うとおりにしろ。

 まったく実に素直なもので、感動的であったと自分の頭をなでてほめてやりたい。実際に褒めてやったしな。

 

 ははは、俺が奴なら。

 大喜びで義理のパパの胸に飛び込んでいってニコニコと笑っていたのに、ホント。親の歪んだ愛ってやつは、時に子供に残酷な結末しかない選択肢を残すんだよな」

 

 そろそろこの会話にも飽きてきた。

 

「それで、ラングレーのエージェントが何の用?」

「いいか?

 お祈りが好きな奴らが発狂しているこんな時でも、世界はいつだって危機に瀕している。そいつを黙って眺めたら、なんて選択肢はないんだ。そもそもデジタル世代はトラブルが人々の目に入る前にスピード解決することが求められている。

 

 これを今のラングレーの小僧どもに言わせると、これからは共有経済が必要ということらしい。俺のやり方も当然、それに合わせていくしかない。

 つまり、おまえがやってくれるなら。今度は俺がお前のためにやってやる」

「それ、口説き文句だとしたら。これまでで一番最低のものになるわね」

「同感」

 

 冷めたこちらの反応に、ウィリスは少し慌てたようだ。

 

「いや、うん。間違ってはいないはず、だ。

 トルコ風サウナならわかるか?おまえがおれをやってくれるなら、今度は俺がお前をやってやる……やっぱりなんか違うよな」

「知らないわよ。先に進めて」

「よし――話はこうだ。

 俺は久しぶりの大型休暇で、若い感性を取り戻そうとアメリカの州すべてを回る途中だった。大物からの直接、緊急連絡を受け。慌ててこのモンタナへ。今思うと、パーティは始まる寸前だったのが良かった。入り込むのに何の苦労も必要なかったからな」

「まだ話が見えないわね」

「ジョン・シードは知ってるな?

 奴は、政府から手に入れた情報をここに持ち込んだことがわかっている。

 ラングレーに求められたのは、そいつでジョンが火遊びをする前に回収しろということ。そして出来ればボーナスも必要になる」

「ジョンが政府に?なんなの?」

 

 ウィリスはこちらに彼のSUVに乗るように求めると、動き出してから続きを語りだした。

 

「アンタたちがジョンの火遊びについて興味を持つ必要はない。これから俺達、愛国者たちによってそれはおこりえないのだとわかっているからだ」

「愛国者ですって!?」「そうさ!肌の色は関係ない。白かろうが黒かろうが、なんなら黄色でも緑でもいい。それでもあのフレーズを聞けば、自然と尊重できる姿勢がとれる。それこそがアメリカ人の証じゃないのかい?」

 

 とにかく話をまとめよう。

 

「それじゃ、あんたのトラブルを解決してやれば。私たちに協力するってことね?」

「それはもう言ったろ?あとは俺の指示に従う、ただそれだけ返事をすればいい」

 

 やれやれ

 本当に、やれやれとしか言葉が出ない――。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 ニック&サンズ航空に武装した信者たちを襲ったのはこの日の午後のことだった。

 フォールズエンドの反乱から、彼の動きはひどく緩慢になっている。

 まるでそこにあるものを”あえて見ない”ようにするかのように、信者の採取と物資の回収に力を一層注ぎ込んでいるように周りには見えた。

 

 そして、ニックである。

 彼は気さくで、優しく、そしてタフで知られた男だ。

 シード家の農園のそばであることは、これまでは不愉快な現実のひとつでしかなかったが。今ではそんなこと、考えたくもない。

 子供を腹に抱えた妻のそばにつき。ペギーの目に留まらないようにと息をひそめていたが、ついにあいつらが自分の資産を回収に現れたと知ると。その耐え難い苦痛から、ライフルを手にして自宅から飛行場へと飛び出していく。

 

 スプリングフィールドM14ライフル、骨とう品だが確かなものだ。

 政府が銃への個人認証システムを搭載させることを進めるのを逆に利用し、こいつは骨董品だと自宅の壁に飾って残してきた。それがこの時にあって役に立つ。

 

 

 だが、ジョンのペギーは数があまりにも多すぎた。銃を持って怒れるニックが駆け付けたと知っても、彼らは平然として銃を彼に向けてきた。

 

 

 激しい銃撃戦が始まっても。ペギーは悠々と会社から資産の回収を進めた。

 そしてそれが終わっても、今度は抵抗するのに必死なニックを、そのまま置いておこうとは考えなかったようだ。

 包囲を狭めて、一気に押しつぶしてしまおうとより激しい攻撃が加えられる。その時だった――。

 

 アメリカの国家をギターサウンドと共に、ド派手な彩色が施されたトラックが滑走路に突入してきた。

 それに乗るのはエドにジェイク、そしてナディアである。

 

 デス・ウィッシュ――ガチガチの保守派で知られるアーロンは、レジスタンスの誕生に喜び。彼らの申し出を受けて、あっさりと自分の所有するデス・ウィッシュを提供すると申し出てくれた。

 問題は、それはちょうど車検を受けさせるために修理に出していたということ。

 

 結局3人はオーナーの許可を得て、ペギーの占拠する工場からデス・ウィッシュを盗み出してここにきたのである。

 

 

 騎兵隊の到着は、ニックに降りかかる悲劇の予感を見事に吹き飛ばしてくれた。

 デス・ウィッシュに搭載されたM60は。残忍な破壊力を十二分に発揮して、倉庫に包囲網を狭めているペギーの背後から突き崩そうとしたが。実際に起こったのは、包囲を突き破って、ニックが身をかがめた倉庫の中を穴だらけにしてしまった。

 

 ペギーは慌てて逃走に移り、ニック&サンズ航空にようやく静寂が戻ってきた――かに見えた。

 

「チクショウ、持っていかれちまった!」

 

 ニックはかろうじて手にした勝利にも、心の底から嘆いては自分の帽子を地面にたたきつけた。

 

「飛行機は持っていかれた!俺の大事な、最後の希望だったのに。ペギーの野郎っ」

「ああ、えっと――」

「頼むよ、あんたら。助けてくれ、あれがないと。俺は彼女と子供をここから外に連れていけない。このままじゃ、このままじゃ――」

「いやァ、でもよォ」

「俺は自分ではいけない。妻と子供をここに置いて、自分のものを取り戻しに行くなんてこと。でも――ああっ、チクショウ!」

 

 自分と自分の家族のために。

 危険なペギーのシード牧場へ行ってくれ、それは自分の家族のために死んでくれというのと同義でもある。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 夜中に聞かされた呼び出しは、どうも思った以上に重要なものであったかもしれないと考えるようにジェシカたちはなっていた。

 

 わけのわからないまま戦闘が終わると、それまでこちらとは一定の距離を測って離れていたはずのエージェント・ウィリスは。目の前で上機嫌で、この通信もままならないはずのホープカウンティの中で交信している。

 

「……ええ、そうです大統領。その――本当ですか?私を、そんな大役に!?」

 

 私は足元のブーマーをなでてやると。周囲を警戒して戻ってきたグレースは、ここはもう大丈夫だと目線で報告を伝えてきた。

 

「終わったわね。ペギーを叩き潰したのは満足だけど、いい気分じゃないわね」

「まぁね、正直であることで損をした気がする」

「そうなの?」

「もうすぐそれもわかるわ」

 

 話していると、ウィリスは通信を切ってこちらに近づいてきた。

 

「本当に光栄なことさ。

 まぁ、聞いてくれ。俺はついさっき、ここでおきていることが笑えるくらい大きな事件を任された。悪いが、急いでそっちへ向かわなくちゃならないらしい」

「面白いことを言うのね。ホープカウンティをペギーは道も川も、空でさえも封鎖しているのよ。どうやってここから出て行くつもり?」

「それこそが、俺が優秀であるという証拠さ。言ったろ、ここで起こっていることなんて大したものじゃないとね」

「つまり、愛国者のよしみで手伝ってやった私たちは。バカを見るってオチにしたいわけね」

「おいおい、もっと言い方があるだろう。俺ならそんなひどい言い方はしない。

 そう。昔々、俺のばあちゃんが言っていたことが――」

「グレース!」

 

 私が呼ぶとグレースはライフルを即座に構え、目の前のCIAエージェントの額にぴったりと緑のレーザーを合わせて見せた。

 

「おいおい、おいおい、おいおい!

 落ち着こうじゃないか。何をやりたいんだ、哀れな俺に。何を求めようとしている?」

「ここでのトラブルを、政府がどうにかしてくれることよ。あなたの言葉が本当であるなら、それって簡単じゃなかったの?」

「もちろん!

 だがな、大統領はマスコミのネガティブな印象操作のおかげで難しいかじ取りをやっている最中だ。そんな御人に、モンタナの山奥で宗教家を弾圧させるなんて、あまりにも恥知らずと公僕のあんたは思わないのか?」

「国のため、あんたのラングレーのためにやってやったわ。今度は”私たち”の番のはずだったけど?契約内容の変更は聞かされてないわね」

「だからって銃で脅迫?それはスマートじゃないだろう?」

 

 グレースの視線は鋭くなる中、私は静かにため息をつく。

 

 態度の不愉快さはさておき、この男。

 どうやら本物のCIAのエージェントのようだが、かの組織に許された活動は国外に限っているのは常識だ。それがこんなところでスパイミッションを行っているということは、不正規の任務。

 

 つまりこいつは最初から、この場所で起こっていることを政府に知らせて何とかしようなどという考えは持っていなかったことになる。

 

「質問するわ」

「俺に拒否権は与えられてるのか?」

「本当にここから出ていけるの?ハッタリじゃなく、真面目な話よ」

「俺がさっきまでお前たちの前で何をしていたのか見ただろ?外部と連絡を、それもホワイトハウスと直接話していたんだぞ?

 なら、俺が優秀であることはほとんど証明されてることになる」

「なるほど」

 

 ダッチにレジスタンスの結成などと言われ。

 アーロン保安官にこの地の治安について聞かされて。

 だからこの数日、どうやって不利な状況を覆そうか。自分なりに方法を考えていた。

 

「エージェント・ウィリス、妥協してあげもいいわ」

「保安官!?」

「私はここの外にいる人にメッセージを送りたいの。301のロイドよ、それをやってくれるなら私は文句はない」

「ロイドね。どこのロイドがさっぱりわからないな。

 知っているか?そういえば俺のむかつく上司にロイドってのが確かにいたよ。だが、あいつは根性なしだった。

 仕事をバリバリやっていたが、おかげで女房を部下に寝取られてね。奴がやったのは女房と部下の頭に、新しい穴をこさえることではなくて。自分の銃を口にくわえることだった。

 しかしそのおかげで、女房は愛する間男と一緒になり。哀れなロイドの子供たちはそいつをパパと――」

「返事にあんたの小話は必要ないわ。当然、YESよね?」

「無理だな。どこの誰とわからなければ、こちらも暇では――」

「元武器商人(ドレビン)よ。ドレビン301のロイド。多分今は、国連のどこかで活動をしているはず」

 

 ウィリスのサングラスが跳ね上がる。

 

「ドレビンだって?なるほどね――あんたは確か、陸軍の特務部隊にいたんだったよな」

 

 私は眉一つ動かさず、いきなり腰のリボルバーを抜き放つ。

 次、無駄口をたたいたら本気でここで始末しようとこの瞬間に心に決めた。

 

「おいおい!悪かった、ちょっとしゃべり過ぎたよな?」

「メッセージよ!ついでにサービスでここの状況を伝えて、急いでいるって伝えて」

「あんたの昔の男か?だとしたら随分と趣味が悪いんだな――って、わかった。そのくらいなら問題ないだろう」

「よかった。それじゃ、次は彼女よ」

 

 言いながら私は顎でまだ構えを解かないグレースを示す。

 

「契約について語ったのはあんただ。報酬を欲張りすぎるもんじゃないぞ、保安官」

「黙りなさい。ここでペギーと一緒に転がして、大切な証拠とやらと一緒に焼いてやってもいいのよ?それに、私の分とも言ったわ。なら、次は彼女の分も聞くべきなのよ」

「そうか!まったく、アメリカの女は慎みってやつを――」

「ねぇ、こいつの頭を吹き飛ばしてもいいかしら。保安官?」

「いや、お嬢さんの頼みなら。男として可能な限り善処しよう、短気なのは良くないぞ」

「それなら、私はこれでいいわ」

 

 そういいながらようやく構えを解いたグレースは、一歩前に出るとウィリスの鼻目掛けて本気で殴りつけて見せた。

 くぐもった悲鳴と共にあふれる鼻血を押さえてその場に崩れ落ちると。賢いブーマーは倒れたウィリスのそばまで行って小便を見事にひっかける。

 

「本当に賢い子。ブーマー、あんたは最高よ」

「それじゃ保安官。さっさとこちらも予定を進めましょ、随分と時間を無駄にしてしまったわ」

 

 まだ動けぬCIAエージェントをその場に放って、私たちは4輪バギーに2人乗りする。

 

「それじゃ、ニックだっけ?彼の家に行ってみましょうか」

「了解よ、保安官」

 

 飛び出していく4輪バギーの後をブーマーが走ってついていく。

 このまま素直にはフォールズエンドには帰れなかった。ふざけた男とかかわったことで、やはり外からの救助は期待できないのだとハッキリした。

 だが、正直に言えばあの男にはこのまま外に出ていくことも。こちらの要求通りにメッセージを届けることも、しなかったとしてもそれで構わないという気もするのだ。

 

 ロイドと私は、いつも生き残るためにとお互いが言い訳をしてやっていた過去があった。そのすべての決断に最悪のものはひとつもなかったが。悩ましい、良くない結果は必ずついてきては苦しめられた。

 私が彼と再び話すというのは、つまりはそういうことなのだ。




(設定・人物紹介)
・M60
重量10キロをこえる軽機関銃である。
すでに半世紀をこえて使われているが、今でも立派に現役をやっている。


・エージェント・ウィリス
CIAの人間らしい。実はファークライ3以降にずっと登場している、ふざけたオッサン。
恐らくだが工作担当官をやっていると思われる。


・カリフォルニアから来た~
さぁ、ファークライ3をプレイしてみよう!


・家庭崩壊
さぁ、ファークライ4をプレイしてみよう!


・ジョンの火遊び
ジョン・シードが「どこかの政府」から頼まれていろいろしてやった中に、報酬としてそれが入っていました。
ちなみに今も海の向こうでたびたび取り上げられる「ロシア疑惑」を証明する証拠であると、原作ではほのめかしていた。


・デス・ウィッシュ
カッコいい武装車両。


・ニック・ライ
ライ&サン航空の経営者にしてパイロット。
出産まじかの妻のキムを抱え、財産を捨ててホープカウンティから逃げ出すかどうか悩んで動けなかった人。



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ジョン・シード

「テープが完成したって?」

「はい、ジョン」

「それを待っていた。すぐに見たい」

「もちろんです」

 

 信者たちはそう応じると、PCを操作して完成したばかりのものを再生する。

 

『我々は皆、罪人なのだ――ファーザーでさえも、そうだ』

 

 背後で明るくも荘厳な曲を流しつつ。柔和な笑顔を浮かべた信者たちの肩に手を置いたジョンのトークはそのまま続く。

 

「悪く無いな。なにより俺が良く映っている。それも当然か」

 

 芝居じみた物言いだが、周囲から追従の笑いが漏れるのも気分がいい。

 

『それこそが――イエス』

 

 イエスの合唱に続いて、トンプソン保安官助手――捕われた政府の犬。盲目の人々のひとりをジョンの前に押し出される。

 彼女は拘束され、口も閉ざされて目は落ち着きなく左右に動き続けている。明らかにおびえているのだが、それもジョンの狙い通り。

 

 ここのあたりは本当に大変だった。

 ジョセフの意思を汲んで、指導するものとしての慈愛の心を前面にしながら。

 しかしその一方で明らかな特定の犯行者たちに向けてメッセージを込めてもいる。彼らはその意味を考え、理解し、震えながらその瞬間が来るのをただ祈るしかないのだ。

 

「早速、この映像はホランドバレーに流せ。ジョセフの。いや、エデンズゲートが実現しようとする千年王国のはじまりを、皆が感じ取れるよう。なにより喜びを共有したい。これは我々の勝利のための――」

 

 仕事はあまりうまくいってない。

 このエデンズゲートの偉大な展望を公然と狂人と呼んで非難するレジスタンスなるものが、ジョセフの手から零れ落ちたひとりの保安官が主導して邪魔を始めているからだ。それはとても不愉快極まりない話であり。

 この問題を考えただけで、怒りで我を忘れそうにもなる。

 

 だが――。

 それではいけない。ジョセフの言葉を疑ったりはしない。今は迫る予言の日に向け、それぞれがこの世界を救うために戦わなくてはならないのだ。

 我々の強固な信仰に抵抗することを目的としただけのレジスタンスなんて馬鹿なものを。このジョンが先頭に立って、力で制圧したのでは”話が違ってきてしまう”のだ。

 

――力では、解決できないこともある

 

 そうだ、その通りのはずだ。

 

 信者が「今から放送を開始します」と言うと、ディスプレイに再び映像が流れ始める。これで次の一歩をはじめることができる。

 

 そう思いつつ皆でそれを実行し、満足感とわずかな喜びを分かち合っているジョン達の元に新しい凶報が転がり込んできた。

 部屋の中から慌てて機材を抱えて退散していく信者の背後から、ヒステリックに叫びながらそこで暴れるジョンの怒声と残された機材の破壊音だけが聞こえてくる。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 グレースとブーマーと共にニック&サンズ航空に到着すると、すでに騒ぎは終わっていた。そして勝利したにもかかわらず、そこには困惑と嘆きに満ちている――どうしてこうなった?

 

 どうやらペギーはニックもついでの駄賃に殺しておこうとでも思ったようだが。エド達が武装車両――デス・ウィッシュで駆けつけてきたことでさっさとあきらめ。当初の目的だけを果たし、飛行機だけを奪うと立ち去っていた。

 どうやらニックの話では、ペギーは他の飛行機も以前から欲しがっていたようで。こんな日が来るのではないかと恐れていたらしい。

 

 とはいえ、問題はこの後だ。

 まずは緑と黒にペイントされた、派手な武装車両の前で呆れてみせた。

 

「あなた達、そんな物騒な兵器をどこで手に入れたの?」

「心ある市民から提供してもらったんだ、保安官」

「まぁ、ちょっとばかし。危険な目にもあったりもしたけどよ」

「危険って?」

「ペギー共の占拠した工場から、盗んできたんだ。スゲーだろ!?」

「ええ……そうね。感心した」

「俺達、使えるぜ?わかってんだろ、保安官」

「そのようね」

「へへへ」

「その調子でもうひとつ頼むわ。ペギーから、ニックの飛行機を取り戻すの。今夜中に私達でね」

 

 真っ青な顔になる3人を置いてジェシカはグレースを手招きして呼んだ。

 

 

 エド&ジェイク、それとナディアは結局自分たちの存在を改めて証明してくれた。

 保安官らを乗せてシード農場に突入したデス・ウィッシュは。ニックの愛する相棒のカタリナとヘリを奪取すると夜の闇の中へと消えていった。

 反撃されるなど考えていなかったせいで完全に気を抜いていたペギー達は、この襲撃でいとも簡単に浮足立ち。

 気が付いた時には遠くに立ち去っていくその後ろ姿を半ば呆然と見守ることしかできなかったのだ。

 

 結局、この事件でフォールズエンドに続くジェシカの大勝利をカウンティ―ホープ中に知らしめることになる――。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 それから数日は、静かに過ぎていった。

 するとそれまでの混乱の中にあった状況が、少しずつではあるがわかるようになってくる。

 

 朗報としては、ホランドバレーでのジョンの支配力はまだまだ完璧とは言い難いことが分かった。

 ペギーの手を逃れた人々の多くは、山野に隠れて息をひそめているらしいこと。

 ジョンは彼らの資産を回収することに必死で、そんな彼らを引きずり出すことにはあまり重要視していないようだということ。

 

 牧場に放り出された畜産はペギーの手で勝手に食肉へと加工されており、これをこのまま許すなら。2か月もしないうちにホランドバレーの牧場から牛の姿は一頭もいなくなるだろうとフォールズエンドの住人たちは顔を暗くしているらしいこと。

 

 

 反対に蜂起いらい連戦連勝の大勝利にわいたレジスタンスだが、残念ながらその未来は限りなく暗いものとなりそうだ。

 

 時間がたつごとに、逃げ延びた人々がフォールズエンドに集まってくる気配はあるものの。ここには必要な物資があまりにも少ない。

 あれから何度か、ペギーが道を走らせている輸送車を襲い。敵の武器と弾薬を奪ったりもしたが、それでも十分というには程遠い状態にあった。

 

 ダッチにメアリー、ジョーンズ神父などは地元住民が隠し持っている武器を集めれば何とかなるのでは、と口にしていたが。

 私は全くそうは思わない。プレッパーの残した物資なんてものは、ペギーだって当然のように狙っているはずなのだから。これをお互いが取りあうなんて――。

 

 それでも希望がないわけではない。

 あの自称CIAのエージェントを名乗った男がこの州の外に出て、約束を守ってくれたのなら。わずかにだが可能性はある。しかしそれだってどうなるのか、時間がたたねばわからない。

 

 

 週をまたぐと、私はその日はフォールズエンドを出てまっすぐにニックの社屋へと訪れた。

 彼の相棒を取り戻した後。ここから脱出を考えていたニックに、彼の妻は力強く残って戦うことを主張してくれた。そうしてニックも、レジスタンスへの参加を決断してくれていた。

 

「よォ、保安官。今日はなにか?俺の力が必要かい?」

「ええ、それなんだけど。実は――ちょっとしたクルーズができないか。相談しに来たのよ」

「あんたなら構わないけど、余裕だね。そうそう、あんたがヘリを飛ばせるなんて知らなかったよ」

 

 あの時はシード牧場に敷かれた滑走路には、いくつかの飛行機が並んでいたが。

 ニックがその中から自分のカタリナに飛び乗る中、私はといえばヘリの一機に飛び乗ったのだ。L.A.での私の趣味はエキセントリックなものが多かったのだが、そのひとつがこのヘリの操縦免許ということになる。

 

「こっちの飛行機にも乗りたかったんだけど、あの時はヘリを動かせればもう十分って気になっちゃったのよ。自家用機、なんてあまりにも現実味がないってね」

「そりゃ、失敗だったね。こっちも悪く無いはずさ」

「それでお願いがあるんだけど、あなたのカタリナを私に貸してくれないかしら?」

「――えっ、それ本気かい?というより、墜落しないと保証できるのか?」

「先生が一緒にいれば、大丈夫だと思うけど」

「わかった。急いで複座を用意するから、もう一度だけ今の自分が冷静なのか。考えておいてくれ、ジェシカ保安官」

 

 不安な表情を見せながらも、ニックは嬉しいことに許可してくれた。

 

 

 

 ほんの少しだけ滑走路を走っただけで、簡単に飛び上がる機体に驚く。

 

「どうだい、保安官。飛ぶのは簡単だったろ?」

「本当ね。もっと重いものだと思ってた」

「それじゃ、もう少し北まで飛んだら、西回りで川の上を低空飛行してみよう」

「わかった」

 

 林の上を飛ぶカタリナを、指示に従って左にゆっくりと旋回させながら川の上へと移動していく。

 

「このまま川沿いに沿って。気楽に飛ばしていこう」

「わかった」

「――保安官、こんな時に言うことじゃないが。キム――妻があんな決断を下したのはきっとあんたのことを知ったからだと思う」

「そうなの?」

「子供が腹の中にいるんだ。俺だって怖いのに、あいつがここに残るなんてもっと怖かったはず。それでもおかげで俺は、ここに町ができる前から住んでいたライ家の土地を失わずに済んだ」

「……」

「このカタリナを奪われてさ。泣くしかなかったよ。

 チクショウ、なんでこんな目にってさ。でもそうだ、親父も爺さんも。ずっとこの土地を守ってきた。色々あったはずだけど、俺にそれを継がせてくれた。

 今度は俺もって、そう思ってたのにって――馬鹿だよな。そうだ、俺1人ならペギーでもなんでも戦ってた。子供やアイツがいるから、俺はそれを選べずにいたんだって」

 

 ゆったりとした流れていく川の先は途切れ、そこから先には広大な森林が広がっている。

 

「2人は俺にそう言えるチャンスをくれた。俺、やるよ。きっと近い将来、あのペギー共を残らずここからたたき出して見せるから」

「頼もしいわね、ニック」

「ああ、いろいろと頼ってくれていいぜ。保安官」

「それじゃ、さっそくで悪いんだけど。このまま寄り道をしてもいいかしら?」

「燃料は満タンにしてる」「それだけじゃ足りないのよ」「なんだって?」

 

 ジョン・シードはなぜかわからないが、こちらの行動にほとんど反応を見せようとしていない。

 せいぜい映像や無線でもって、脅してくるくらいだ。奴らはレジスタンスに手を出さない理由があるのだろうか?それが知りたいと思っていた。

 

「あなたのカタリナ、銃に弾は装填されてる?」

「もちろんだ、保安官」

「そう、よかった」

 

 必死に回収しているペギー達は、奪った物資をできるだけ早くサイロへと移動させようとしていることが神父から聞かされて分かっていた。

 物資がそこに詰め込まれれば、ジョンはそこに人を置くし。警戒ももっと厳重なものとなる。何よりも一番の問題は、そこから奪取しようとしても簡単にはいかないということだ。

 

 それならどうする?

 もちろんアメリカ式でやってやればいい。

 

 ペギーに奪われ、サイロに積み込まれる物資はレジスタンスのものとはならない。

 それなら、ペギーのものにだってさせなければいい。

 

 この日、ホランドバレーの空を飛び回る飛行機は。

 エデンズ・ゲートのサイロや私物に対して襲撃を行い、それらすべてを破壊してしまった――。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 ジョン・シードは窓から入る夜の星の輝き以外の光を嫌っているかのように、ひとりで真っ暗な部屋の中。その目は瞬きをすることなく、人形のように座った状態から身動き一つとろうとはしない。

 それでも彼が生きているとわかるのは、時折呼吸が感情を高ぶらせるのを抑えようと何度も急に荒くしているからだ。

 

 彼は家族の中で一番早くに仕事を進めていたが。

 誕生してしまったレジスタンスの活動をまったく抑えることができないまま、なにがしか多くのものを無駄にされてしまっていた。

 

 ニック・ライから必要な飛行機を回収すれば。

 自宅まで押しかけられては、盗んだものにヘリまで加えられて逆に持ち去られてしまった。

 さらに今日は、回収の次の段階として進めていた各地に散らばっている倉庫代わりに選別していたサイロが攻撃され、役立たずにされてしまった。何よりも許せないのは、それをニックの飛行機であの保安官の手で行われたという事実。

 

 怒りを押し殺し、ジョンが自ら「自分の罪を重ねるものではない」と忠告してやったのに。

 その返答がこれだというのか!?

 

「……そうだ…いつか、お前が真実に目覚めたときは。失ったものを取り戻す難しさを学ばせてやる。はランドバレーの大地に砕いてまかれてしまった俺のイエスの言葉を、破片からかき集めさせ。それをきれいにその手で復元する作業を命じてやる――お前、ひとりだけにな。保安官」

 

 怒りが、憎悪が止まらない。

 神の天罰というものを、代行して直接あの愚かな女に教えなければ。そう、一刻も早く。

 闇の中で、ジョンはおもむろにそばに置いてあった無線機に手を伸ばすと。マイクに相手も確かめずにいきなり語り始める。

 

「ジョンです。計画を……進めようと、思います」

 

 メッセージは送ってある。あとはこちらの準備ができたのだと、ファーザーに認められればはじめられる。

 沈黙は長くはなかった。すぐに返事がくる。

 

『お前に準備ができていると?その覚悟が……お前は本当に用意ができていると思うのか?』

「はい」

『ならば”接触”を許そう。お前がこの試練に打ち勝つ強さを。忘れるな、ジョン。自分の感情をコントロールするんだ』

 

 返事は返さずに、スイッチを切った。

 顔は感情が抜け落ちたかのように無表情であったが、勢い良く立ち上がった後のしぐさから感じるのは。明らかに秘めた熱を処理しきれない、それを感じさせている。

 

 

 ジョンは仲間たちの元へ行くと、一枚の紙に書かれたリストと共に。計画を進める、と不気味につぶやくように宣言する。

 

「大がかりな採取を行う。リストに記された人間を集めろ」

「わかりました。ジョン」

「だが、この中にはあまりにも愚かすぎる上に野蛮な保安官も入っている。奴をとらえるなら、仕掛けが必要になるだろう」

「どうしますか?」

「確かジェローム神父と通じている愚か者たちがいたろう?そいつらもこの採取に加える。神父は不安にさせてやれ。そうすれば保安官に様子を見に行かせようとするはずだ。そこで例の弾丸を使って、無傷で捕らえればいい」

「――殺さなくていいのですか?」

「そうだ、殺すな。

 だから例のものを使えと言った。あれで殺傷はできないからな。いいな、皆に徹底させろ。これはファーザーのご意志でもある」

 

 てっきりメス豚を殺すように、簡単には殺すな。

 そうジョンに命令されると思っていた信者たちは、ファーザーの名前まで出してそれを禁じたことが理解できなかった。理解はできなかったが――それに逆らおうと考えるものもまた、ひとりもいなかったのである。




(設定・人物紹介)
・テープ
原作ではイベント後、ホランドバレーのどこでもジョンのショーは見ることができる。ただし彼が倒されると・・・。


・寄り道
当初、ここではジェシカとニックが鼻歌交じりにサイロの襲撃や。エデンズ・ゲートがホランドバレーの山肌に用意させた。YESの看板を木っ端みじんにする描写があったのだが、長いだけなのでカット。

ジョンがキレかかっているのは、それが原因。自分の作らせた強いメッセージを破壊したのだから、そりゃ怒るわけである。


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籠の鳥

次回は13日投稿予定となってます。


 すべてが罠だったのだ。

 そう気が付いたときは手遅れだった。やれることもなかった。

 

 ペギーの手から救出した家族はエド達の乗るデス・ウィッシュに押し込んで先に行かせたが。この時、負傷したナディアは身動きが取れず。

 燃え広がっていく火を見て震えるブーマーのそばで私はグレースと並んで殺到してくるペギー達をなんとか押し戻そうとしていた。

 

(無理だ。耐えられない)

 

 このままでは3人とも囲まれて終わってしまう。

 そう思ったら、私は即座に決断を下した。

 

「グレース。ナディアとブーマーを連れてここを離れなさい。すぐに!」

「保安官!?」

「命令よ。このままだと全滅してしまう」

 

 今の私ではやはりだめだった。

 あの当時の、己の理想の愛国者としての自分を追い求めていたジェシカ・ワイアットはここにはいなかった。ならば最悪の状況だけは回避できるよう、手を打っておく必要があるのだ。

 

 何かを言いたそうな顔をするグレースに「行け、行け」とだけ繰り返し。私はライフルに残された銃弾が空になるまで撃ち尽くそうとする。

 どうやらあちら側も、こっちの様子はわかっているようで。誰も離れていこうとするグレースを追うことはなくこの場にとどまり。すでに私は敵中のただなかを、ただひとりそこで頑張っているだけであった――。

 

 私の運命は、決まってしまったらしい。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 自分の名前を誰かに呼ばれた気がして、まどろんでいた私は目を見開き。同時に正気をも取り戻した。それまでこの心の中に立ち込めていたどす黒い感情は、すぐに霧散して消えてしまう。

 

「ジェシカ。ジェシカ・ワイアット曹長?」

「――はい」

「ついてこい。案内する」

 

 そういって前に立つ男の階級は軍曹。

 本来であれば、私が目上の者として訓戒のひとつもくれてやらねばならないが。今の私には、その権利はない――。

 

 通されたのはすでにもう何度も訪れていた、取調室の中であったが。

 そこにいたのは私にとって現状で最大の味方となってくれる人が待っていた。

 メリル・シルバーバーグ、ラットパトロール01として、あの夜の作戦を指揮した現場指揮官。

 

「……をお連れしました!」

「ご苦労。2人で話す、終わるまでは外で待て」

「――長くは、その」

「わかってる。迷惑はかけない」

「了解しました。では」

 

 本来であれば、互いに無事に再会できたことでも喜ぶべきなのだろうが。

 彼女が私に顔を向ける前に、私は彼女の手に光輝くリングをじっと凝視して目を離すことができないでいた。向こうは私の視線に気がつくと、こちらから視線をそらしつつ顔を赤らめ。あまり見せたことのない女性らしい仕草で恥じらいながら説明した。

 

「その、これは――プロポーズを受けたんだ。その、結婚した」

「……そうでしたか。おめでとうございます」

「ありがとう、その――そうじゃない。それはいい。今は、あなたの話よ。曹長、あなたには時間がないわ」

 

 そうだ、時間はない。

 このままでは私のキャリアは終了する。私の夢は色あせ、軍にもいられなくなる。

 それなのに、私は彼女の手に光るそれを見て。なぜか深く傷ついている自分に気が付いて愕然としていた――。

 

 あんな……あれほどの一方的な敗北があったのに。

 結局は彼女は勝利者としてこの国に帰還し。どうやら今度は女性としての幸福までも手に入れることができたらしい。普段なら彼女に決して感じることはないはずの嫉妬の炎が、燃え上がるのを抑えられないでいる。

 

 そして自分との落差に悔しさすら感じない。あまりにも理不尽だった。

 同じ敗北をたっぷり味わったとしても。つまりは彼女と私の立場の違いが、この苦境に立たずに済む理由でもあるのだろう。

 

 かつてない、ぎくしゃくとした会話にお互いがじれつつも。

 メリルは必要なことを、あっさりと私にぶつけた。

 

「ジェシカ。あなた、今日限りで軍を去るのよ」

 

 私に希望は残されてなかった。わずかにあったらしい勝利の栄光は残らず彼女が持っていき、私はただ敗北した現場から連行され。取り調べを受け、そして見捨ててやると直接宣言されるだけの存在にされた。

 私はもう、声を上げることすらできない――。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 カウンティ―ホープは再び闇に飲み込まれたように静寂に支配される。

 太陽が落ちると、どこからともなく表れた大勢のエデンズゲートの信者たちは。彼らに同調しない住人たちを拘束したまま連れ歩き、河に連れ出されていった。

 

 川岸には多くの火やライトが用意され。

 久しく見ることがなかったジョン・シードは柔和な笑みを浮かべ、手にした聖書のおしえを口にしている。

 その言葉に合わせるようにして、川の中の信者たちは住人を押さえつけては水の中へと沈めていく――。

 

「おい、そいつはもういいだろう。その隣にいるやつも。車に乗せていい」

 

 この夜のジョンは驚くほど上機嫌で、この清めの儀式に強制的に参加させられた十二達は来る知られはしたものの。不幸な事故はなく、用意ができたとジョンに判断された者たちから車に乗せられ。またどこかへと運ばれていく。

 

「我々は過去を洗い流さなければならない。我々は罪を告白しなくてはならない。我々は罪を償わなくてはならない」

 

 ジョンの声が続く。

 次第に川に沈められる人の数は減るが。するとその中に明らかに特別な扱いをされている人物がいるのが分かる。

 屈強な男3人の手で、もはやほとんど抵抗できなくなるまで弱らされているジェシカだった。このホープカウンティでもっともジョセフに抵抗した女だ。

 その手に手錠をかけて連れ去ろうとし、今度はレジスタンスなどと人々を扇動して活動を始めもした。その罪はあまりにも……大きすぎるというわけだ。

 

「我々は、おっと――ちょっと待て、こいつにはまだ。足りないようだ」

 

 最後の組を車に乗せろ、そう命じておきながら。

 ジョンは最後の最後にあれほど激しく責められたにもかかわらず、まだ憎悪の瞳で自分をにらんでくるジェシカの髪の毛を握りしめると。サディスティックな笑みを浮かべ、再び水の中へと押し込んでいく――。

 

 

 

 ニックはそれを、夜空の上から確認した。

 すぐに無線機に手をやると、フォールズエンドのスプレッドイーグルに向けて「保安官たちを見つけたぞ!」との連絡を入れる。

 

 わずかな望みに賭けていた――。

 ペギーの罠だった!そう口々に叫びながら戻ってきたグレースら保安官一行の言葉に、彼女たちに厄介ごとをもっていった神父はうめくことしかできなかった。

 自分が頼んだことで、保安官を死地に送り込んでしまった、と。

 

 ダッチにそれを告げたが、彼にしたってそれでどうにかできるはずもない。

 そこであたりをつけ、夜が来たらためしにニックに飛んでもらい。ペギーがなにかやってないのか、調べてもらおうと考えた。これが正解だったのだ。

 

「聞こえるか!?

 車は皆、西に向かって走っている。こちらはこれ以上、追跡はできない。ペギーも飛行機を上げてきている。あの日のように、すごい数だ。俺だけじゃどうにもならない。すまない、もう戻る」

 

 東の空に編隊を組んだ一団を確認すると、ニックは仕方なく南へと進路を変更する。

 あとはレジスタンスの部隊がなんとかするしかない――。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 私を大喜びで苦しめるジョンの行為を止めたのは、驚くべきことにファーザー。つまりあのジョセフ・シードが止めた。

 奴はいつの間にかこの場所に来ていて、さらに弱ってほとんど抵抗もできなくなった私を自分の元へ連れてくるように言った。

 それでも私はジョンの時と同様に、奴の顔を睨みつけてやった。まだあの夜から10日とたっていないはずだったが――なぜか奴は、穏やかな表情を見せていた。

 

「過去がなんであれ。人はいつでもやり直すことができるのだ、ジェシカ保安官」

「フンっ」

「君がここにいるのは偶然ではない。神の御意志なのだ――すべては君次第だが、それを受け入れるだけで君にもその理由は簡単にわかるはずなのだ」

「……」

「そこは贖罪の道が見えてくる。我々が憎みあう理由はない。

 その時は、迷うことはないんだ」

 

 言い終わると、今度は自分の隣にジョンを呼び。

 耳元で何事かをささやくと、もう終わったとでもいうのか。背中を向けて立ち去って行ってしまう。

 するとなにか魂でも抜けたかのようなジョンが戻ってきて、感情の全くない声で宣告を始めた。

 

「我々は必ず、エデンの門の前に立つ。だからお前は――”告白”しろ、これまでに犯してきた罪のすべて。

 俺が見極めてやる……フフン。そこに贖罪に値するものがあるのかどうかを、な」

 

 それでも悪意に満ちた言葉と私に向ける目には、圧倒的有利な立場に立った自分を”敵”にわからせてやってるんだという愉悦にひたっているのがわかる。男というものはそういうものだ。ああ、私は知っている。

 

「こいつは俺の車に乗せろ。初めての楽しい夜のドライブだ、保安官」

 

 そういうとジョン・シードは私の耳元に口を近づけてささやいてきた。同僚のトンプソン保安官の受けも良かったんだ、安心してくれと言った。

 私にはまだ抵抗する力が戻ってきていない。両脇を男たちに支えられ、トラックの荷台へと引きずられていく――。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 保安官救出のための再出撃。

 エドもジェイクもそのつもりでいたが、彼らの駆るデス・ウィッシュにストップがかかった。

 やはり強引な脱出のせいで、車体のあちこちに穴をあけられてしまっていた。殴りつけでもすれば、素直にまだ動くとは思うと主張するが。背中にM60など背負うのだからなにかあっては大事故になるし、戦力も失うことになる。

 

 そういわれては反論のしようもない。

 

 傷ついたナディアのその後だが。

 思った以上に傷が重かったようで、田舎の町医者が小さな手術室に閉じこもってまだ治療は終わっていないと聞いている。

 

 それでも状況はだいぶいい。

 少なくとも、半日前には考えられないほど劇的に良い方向に向かっている。2人が戻って、もうジェシカは救えないと理解した時。周囲を見回せばさらに絶望した人々のあまりの多さに愕然としたものだ。

 

 

 スプレッドイーグルの店には、レジスタンスに参加を表明した大人たちが集まって悲嘆と混ざり合う議論が続けられていた。彼らの口にあがるのは、この時に突然行われたジョンによる大がかりな採取への恐怖でと反抗の旗印となるはずのジェシカがついにペギーに捕らえられてしまったという事件の影響について。

 

 不安と怯えを必死に隠し、せめて「降参しよう」と言わないだけの理性だけは残っている彼らを勇気づけ、士気を高める役目があるはずのメアリーは。

 無線機の前にしがみついて、自分のミスを責め続ける神父の面倒を見るので一杯一杯になっている。

 

 そしてグレースはと言えば、店の隅でウィスキーのボトルとグラスを目の前に飾り、なぜか沈黙を守っていた。無残なものだな、まるで他人事のように不安を隠そうともしないフォールズエンドの人々を冷静な目で見つめている。

 

 あの新任の保安官がいなくなったというそれだけで、レジスタンスはガタガタだ。

 自分たちにあるのはただ「ペギーのタワゴトなど知ったことか」という主張であり、反発である。

 

 彼らはそれを見失いかけている。

 

 死にたくない、ただそれだけの理由なら戦うことをやめればいいのだ。

 もしくは現実ではなく未来の希望にすべてを賭け、このフォールズエンドに顔を出して物資を求めても。決してレジスタンスに加わるとは言わないまま、再びどこかへと姿を消す人々に加わるか――。

 それだって、ジョンの採取から逃げ続けられるという保証はない。

 

 ジェシカはそこに3つ目の選択肢を与えたに過ぎない。

 抵抗し、もはや戻ることはないであろう日々を取り戻すために戦うこと。しかしそれには戦うことを――揺るぐことのない勇気が必要なのだ。

 誰かがいないなら戦えない。そんな奴らが銃を手にしても、やれることなどたかがしれるというものだ。

 

(銃を握る、か――)

 

 グレースは人が苦手だ。

 子供のころはそんなことはなかったと思うが、家族に自分を認められたいという欲求が最終的に軍に入隊し。アフガンでは「聖戦」を口にするテロリストとされた敵を、殺しまわってきた。

 おかげで近代の戦場に伝わる伝説の狙撃手たちの物語や、実際に軍が称賛する現代最高の狙撃手たちと技を競うように、スコアを争ってきたが。その代償として精神をやられてしまった――。

 

 この愛する故郷が、どうしようもなくうとましい。

 

 憎いわけでは決してないのだ。

 愛用のライフルを握りしめ、大自然の中で茫洋とあの無限の瞬間が訪れるのを待つのは狂おしいほど愛おしい。

 自分の放った一発が”敵兵”の命を散らし、戦場に倒れる姿。とくにこれといった感想はいつもなかったはずだが、取り上げられた今ではそれが最高だったのだと知っている。

 

 あのまま軍が撤退するその直前まで、スコアを伸ばし。人狩りの喜びに浸り続けたかったという思いにとりつかれている。

 だがそんな彼女をかろうじて正気にとどめているのが、家族の残してくれた射撃場だった。

 ここでの仕事は生活のためだと自分の口では言うが。本当はそうじゃない。理性やら正気やらどうでもよくなって、ただ照準の中央に人を立たせ、どうなるのか見てみたいという欲求を押し殺すために必要なものなのだ――。

 

 グレースの足元で横になるブーマーの耳が2回ほどひくひくと動く。

 ドアが開くと、あらわれたエドとジェイクはまっすぐグレースの座る席にやってきた。

 

「座りなさい、それと一杯どうぞ」

 

 2人に座らせると、自分が使わなかったグラスに液体を注いですすめた。彼らはそれをあおうようにして一気に飲み干すと、グレースを見て黙り込む。

 

――若者の顔ね。不満があって、でもどうしていいかわからないって

 

 彼らよりももっと若く、幼い時に自分もそんな思いに駆られていた時があった。あのジェシカも――保安官も多分、そんな感じだったのだろと思う。そしてこれはすでに自分たちの中には残されてもいないのだと、わかっている。

 

「保安官を助けないと」

「どこにいるのかわからないのよ」

「だけどやらないと、状況は俺らが思っている以上に最悪かもしれないけど。このままじゃ俺達、終わっちまうよ」

「ペギーに負ければそうなるってだけよ。負けるのは嫌?」

「俺は嫌だ」

「――俺は、どうだろうな。勝ち負けはどうでもいいって気もする」

「おいっ!裏切るのか!?」

「そうじゃねーよ。そうじゃなくて、たださ。

 明日とか、来週とか、一か月後、一年後の俺が。奴らの中で一緒になって、祈ってるって姿は想像したくないんだよ。それだけはご免なんだ」

 

 その気持ちはわかる。

 同時にわかってしまうのだ。彼の心は戦士のそれと変わり始めていて、同時に死に始めているということを。

 

「私に何かを期待しているなら、あきらめて。これでもあんまり賢いってわけじゃない。狙う標的が決まらないと、私にできることは何もないの。私は狙撃手なのよ?

 だから、何かするつもりなら自分で考えなさい」

「……」

「なにもないの?」

「――俺らじゃイマイチ、迫力っていうか。説得力みたいなものがなくて」

「それなら答えられる。あのカウンター、無線機の前で黙っている人よ。彼の言葉なら、皆が聞く」

 

 言い終わる前に、2人はウィスキーのビンに手を伸ばす。

 

「よっしゃ!」

「――それじゃいくよ」

「がんばりなさい」

 

 2人が席を立つのを見送りながら、グレースは再び自分のウィスキーとグラスを取り戻す。

 それでも結局、ひとくちも手を付けることはなかった。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 列をなしたトラックは、葬礼のように夜の道を静かにゆっくりと移動している。

 川で清められたばかりの住人たちはこれから本格的な罪の告白を要求され、彼らがペギーと嫌悪する信者として生まれ変わる予定となっていた。静かで穏やかな夜だ、神秘的ですらある。

 

 だが列が山道に入って坂を上り始めたあたりで、道の両脇に隠れていた何もの化の襲撃を受けた。

 襲撃者たちは次々と運転席に座るペギーを問答無用で射殺し。荷台に詰め込まれた住人たちを解放しようと動いている。

 

 そんなトラックのひとつにマールもいた。

 レジスタンスに自慢の武装車両、デス・ウィッシュを渡したことで目をつけられてしまった用心深い男。

 両手を拘束された彼の前に、解放者として立ったのは。ほかならぬレジスタンスのジェローム神父、その人である。

 

「神父!?あんたどうして」

「武器をとるんだ。保安官はどこにいる?一緒じゃなかったのか」

「わからない――俺たちが最後だったはずだが。彼女は車には乗らなかった」

「クソ……」

 

 汚い言葉を慌てて神父は飲み込むが、苦い思いは隠しようもない。

 

 エド達はニックから川で儀式を行っていると聞き、それならばどこかに連れ込むに違いないと言った。

 ひらめくものがあった。シード牧場の近くにある、元軍用の廃棄されたバンカー。ペギーはそれを大金を払って手に入れたとも聞いた。

 こうして緊急の作戦は、始まりからすでに半ば成功したかに見えたのだが――。

 

「仕方がない。マール、手伝ってくれ。皆を逃がすんだ、ペギーが追ってくる」

「残れっていうのか?死ぬぞ」

「それは大丈夫だ、用意はしてある」

 

 上空を飛び回っているペギーの飛行機はニックが釣りだし、そろそろジェシカ保安官が奪ってきたヘリがこの上空へ向かっている手はずになっている。

 それまで時間を稼げばいい。

 

 

 車列が襲撃されたとの知らせを受け、ホランドバレー中からすでにペギーが集まりはじめている気配がある。

 神父らは見事に意識を自分たちに集中させると、数分後に到着したヘリから降ろされた梯子に飛びついて死地から軽々と脱出してみせた。

 

 もはや意味がないとわかってもあきらめきれないペギー達が上空に向けて銃をめちゃくちゃに連射している姿を眼下にとらえ。ジェローム神父は完ぺきではなかったレジスタンスの勝利に、悔しさをにじませた。

 この顔は皆には見せられない。今だからこそ、許されることだったから――。



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脱出 Ⅰ

「ジェシカは自分に流れる血が、嫌なの?憎い?」

 

 それは訓練中。唐突にメリルにそう真正面から切り込まれる聞き方をされると。私は口ごもることしかできなかった。

 

「はっきりとそれができるなら――私だってそりゃ……。

 でも、簡単じゃないんです。わかってもらえないかもしれないけど」

 

 性別を問わず、軍には自分に似た伝統の継承を求められるアメリカ人がいる。

 彼らにだってそれぞれ考えがあるだろうが。私の中に流れる先住民族の血は、もっと複雑だ。

 

 疑いが付いて回るのだ。

 怒りのようなものがさらにその後から追ってくる。

 

 人々に、学問に。歴史、国にも認められなかった部族の歴史とはなんだ?

 誰にも見向きもされないことは同じでも。気にもかけられることはない伝統などに意味があるのか?

 

 居住地に生まれてしまった不幸な若者は老人たちにこの問いかけの答えを求めていくが。彼らから戻ってくるのは、自分たちの存在を認めず。それ故に経済支援も受けられないことへの不満、怒り。今もなお傲慢な白人たちへの憎悪。

 そして理解してしまう瞬間がいつかはやってくるのだ。

 この問いへの正しい答えを彼らもいまだに知らないのだ、と。ならばこちらだって――。

 

 強い引力のように引き寄せられるのを感じ、慌てて集中力を取り戻そうとする。

 

「誰かにいきなりあれこれ言ってきて。それを納得しろと言われたら、どうします?」

「そいつが目の前にいないといいわね。あたしが殴らない理由が思いつかないわね」

「私もそうです、メリル。納得はできないし、話だってしたくない。でも嫌いにならないように、憎まないようにするために。いつも互いに距離だけは取っておく」

「そう聞くと、それがなんだか賢い選択のように聞こえる」

「ええ、そうかも。自分もそれが気に入ってるんです」

 

 見て見ぬふりをしてしまえばいいのかもしれない。いなかった、とでも思ってしまえば楽になれるかもしれない。自分をだますしかない。

 でも、簡単なことではないのだ。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 体がだるい、意識も混濁から回復しようとしている。なにがあった?

 

 ジョンの車に乗せられた後、我慢できずに途中で暴れてやったらなにかの薬をうたれたんだった。

 マズい、のんきに過去の思い出なんかにひたっていられる状況じゃない!

 

 視界はまだぼやけているが、耳のほうがだいぶ調子を取り戻してきている。

 誰かのくぐもったわめき声、そして聞き覚えのあるジョンの鼻歌が聞こえていた。

 

「目を覚ましたな、保安官?これからどんな楽しいことが起きるのか、お前にさっそく説明してやろう」

 

 暗い部屋の中、赤い非常灯と裸電球。こちらの正面には、同僚のトンプソン保安官がこちらと同じように椅子に座らされて、拘束され体の自由を奪われていた。

 そしてそんな2人の間を、ご機嫌なジョン・シードがななにごとかを準備して忙しく行き来を繰り返していた。

 

「俺の、両親が、最初に教えてくれた日のことを覚えている。

 あれは夜。わけもわからずキッチンまで引きずられ、そこに突き飛ばされた。そして何度も、何度も、何度も。殴られ、蹴られ、血を吐き出しても終わらない痛みを味わった。

 

 もう駄目だ、耐えられない。

 そう思ったとき、俺の口から出てきたのが『YES(イエス)』の言葉だった。

 

 なにか考えがあったわけじゃない。自分の中の何かが弾け、解放された。心が、救われたんだ。

 拳を俺の血で汚す両親たちを見上げ、笑みさえ浮かべられた――」

(あんたにふさわしい、クソ家族だったわけね)

「俺は探究者だったんだよ。保安官!」

 

 そこでジョンはいきなりこちらの襟に手を伸ばすと、服の襟元を力強く裂いて胸の前をあらわにさせてきた。

 羞恥心と、それ以上の怒りと恐怖で心がざわめく。抵抗しようにも拘束はきつく、もがくのも精いっぱいだった。猿轡をかまされ、怒鳴りつけることも当然できない。

 

 だがジョンは楽しそうにしている、語りもやめようとはしない。

 

「最初は、自分の心に思う通りにやっていた。

 何かを探し、見つけたら剥がし、そしてまた元に戻した。だがそれでは何も満たされることはなかった。迷っていると、ジョセフはやり方が違うのだと俺に教えてくれた。今まで俺がやっていたそれはただ奪うだけで、何の意味もない。

 誰かへの贈り物というものは、もらうものではなく、与えるものだ。そしてそれを行うには、与える側にも強い勇気が必要なんだ」

 

 奴は指を伸ばし、こちらの汗のにじむ鎖骨の近くにわずかに触れてきた。

 私の毛が総毛立つのがわかった。この野郎――。

 

「今は俺がお前に勇気を教えよう、保安官。己の弱さを認め、罪を告白し、荒れ狂う苦痛の大海を乗り切ることになろうとも。それを泳ぎ切れば、ついに自由になる!

 そこから真の贖罪への始まりとなる」

(殺す、ぶっ殺す)

「では聞こうか……始めるなら片方だけ。どちらがさきかな、保安官?」

 

 私か、トンプソンか?

 それを私に選ばせたいらしい。

 

 トンプソンの悲鳴のような鳴き声が一段と高くなる。逆に私はただ静かに無言のまま、自分の素直な感情に従い。怒りと憎悪の目をジョンにむけ続ける。私はこんな奴のくだらないショーに参加するつもりはない。

 恐怖心をあおり、私に仲間を救わせるつもりで、奴の好きなあの言葉(イエス)を言わせたいのだろうが。

 

 知ったことじゃない。

 

「これは、贖罪のための、一歩になる……わかっていないのか?馬鹿なのか?……どうした?どちらが先か、と聞いているんだぞ」

 

 奴の主催するショーの進行が狂い始めているのがわかる。苛立ち、怒りを感じ、不満で、許せないと思っている。

 だが、それで構わない。私は奴のゲームには興味ない。過去も、今も、未来でも。

 

「いいだろう!お前が先に決定だ!」

 

 ついに我慢が限界に達し、演者への怒りを周囲に置かれている荷物に当たるとジョンは私に向かい、指をさしてそう宣告してきた。

 さるぐつわの下で、私はそれをせせら笑う。そうだろう、わかってた。

 

 お前らのショーは陳腐だがら、先が読めるし退屈なんだよ――。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 スプレッドイーグルでは、捕らえられた人々の奪還を勝利と呼んでメアリーらはレジスタンスにアルコールをふるまっていた。

 ペギーの野郎の顔にしょんべんでもひっかけてやった気分で、だいぶ悪い気はしていない。

 そのための部隊を率いた神父は彼らの間をたたえて歩き終わると、スプレッドイーグルを出て自分の教会へと戻っていく。酒場とは違い、一歩踏み出すごとにその表情は緊迫したそれへと変わっていった。

 

 教会にはグレースとエド、ジェイクらがいて。こちらはむこうとは違い、彼らの顔は一様にして暗い。

 てっきりジェシカ保安官もダッシュできると期待していたが。よりにもよって”彼女以外”戻ってくるという結果は、考えていなかったのだ。

 だからこそ神父は彼らを元気づけなくてはならなかった。

 

「皆、よくやってくれた。だが――」

「保安官はいなかった」

「ああ――その通りだ、残念だ。彼女はあの列をなしたトラックにはいなかった」

「まさかあのジョンがそこまでジェシカを気に入っているとは、思わなかったわね」

「保安官は死んだ、そう思う?神父さん」

「いや、違うだろうな。ジョンは最初から、ジェシカを捕らえると宣言していた。ジョセフが捕らえた彼らの仲間も、なにがしかの理由があった。

 だからきっと彼女は――生きている」

「あの道の先には、ペギーのバンカーしかない。ってことはよ――」

「そうだ、彼女もトンプソン保安官と共にそこにいるのだろう。

 しかし……あそこにレジスタンスはまだ手を出せない。ジョンの精鋭と武器があそこにはそろっている。こちらにはそんな武器はない」

「……」

「喜べ、と君たちに言うことはできない。だが、我々はやれることはやった。そして最悪ではない結果は出した。完全ではなかったが、この勝利でレジスタンスはしばらく戦える。今はとにかく、君たちも体を休めておくんだ」

 

 神父の言葉に沈黙でしか返せない英雄たちの気持ちを感じ取ったのか、神の家にブーマーの悲しげな声が響く。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 思わぬチャンスが来た。

 罪人との告白は、秘密が守られるべきだなどとのたまい。ジョンが同僚を連れて部屋から出ていった。

 ここにいるのは自分だけ――始めるなら今しかない。

 

 肉厚で重厚な男であれば、自分を拘束する椅子を破壊するのに難しいことはないかもしれないが。

 こちらは元軍人、現職の保安官でもレディのはしくれなのだ。

 

 体を動かし階段まで移動し、そこから思いっきり重力に逆らって飛び上がることでようやく成し遂げることができた。体中にはしる痛みに顔を歪め、足は震える。

 断末魔のぐしゃりという音を残し、床にばらばらに散らばった椅子の残骸の中。倒れている私はそれでも歯を食いしばって耐え、すぐに立って足を動かすのだと自分を叱咤した。

 

 それでも、落ちた階段をのぼり、再びジョンの拷問部屋まで戻るだけでもやっと。

 このままでは駄目だ、そう思った。

 ここがどこかわからないものの、今からフットボールの伝説のQB(クォ―ターバック)のように出入り口まで一直線に走り抜けなければジョンの手の中から逃げきれない。しかし今の自分にはそんなことはできる力は残されていない――。

 

 

 頭を切り替えよう、このまま部屋を飛び出すのは最悪の考えだ。

 

 私はジョンの部屋の中を乱暴に散らかしていく。

 なにか脱出に役に立つものはないか?そう思ったが、あったのは鉄バット。そして――ガラス板の上に何列も作られた、白い粉。

 

(そういうこと、ジョン。これがあんたの元気の元ってわけ、クソジャンキー)

 

 あのジョンの様子から、これが間違ってもダウナー状態にする品だとは思えなかった。それでも十分、分の悪い賭けには間違いないが。

 ズキズキと痛みを訴える肉体を無視して何かを考えようとしたが、これ以上の名案なんて他にない。そりゃそうだ、これからこの身体でもって。ジョンの砦の中を鉄バットだけで切り抜けなきゃならない。相手は銃で武装しているのに、私は鉄バット。

 

 正気でいたら、そんなことができるだろうか?

 やるしかないのだ、もう考えるな――私は最後に胸いっぱいに息を吸い込み、吐いてから。顔を伏せて鼻に息を吸い込みながら、列になった粉を全て吸い上げていった。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 拘束したままのもう一人の保安官を連れ、ジョンは信者たちと共にバンカーの中を歩いていた。

 今、あそこに置いてきた女が何をしでかそうとしているのか。そんなことを彼らは考えもしていない――。

 

「落ち着けよ、トンプソン保安官。さっきの彼女が、お前くらいには素直になったらまた会わせてやるよ」

 

 移動可能な椅子に拘束され、泣き続ける彼女は。あの部屋を出てからずっと「やめてくれ、許してくれ」と懇願を繰り返している。さるぐつわをかましているから、ハッキリとは聞こえないが。そう言っていることは、このジョンはちゃぁんと知っている。

 扉の向こう側に行くぞと、ジョンはついてきた信者たちに自分が扉を抜けたら外からロックするように伝えた。

 

 これからしばらくはあの頑固者の最後の生存者に道理を教えてやらなくちゃならない。

 これまではつきっきりで面倒を見てきたトンプソン保安官には、寂しいだろうが落ち着いて順番が来る日を待ってもらわないとな。

 

「トンプソン保安官。君とはしばらくお互いの――」

 

 すでに意識はこの後のジェシカとの体験に思いがいき。それを悟られまいと語り始めたジョンの背後で金庫室並みの重厚な扉が閉まる音がした。

 だが続けて、不快な衝撃音が走り。ジョンも拘束された保安官も驚き、思わず背後を振り向いた。

 

 それは扉を破るにはまるで力が足りなかったが。

 扉ののぞき窓が真っ赤に染まって、なお何度も衝撃が伝えられてくる。

 

(――違う、これは血だ)

 

 窓に見え隠れ何度も繰り返されるそれは、実際には叩きつけているのは向こう側にいた信者の顔だったのだ。

 衝撃はなおも数回にわたって繰り返されると、ようやく向こう側に立つ者の姿が。汚れた窓の前に立つことで確認できた。

 

「お前……本性を現してきたな」

 

 ジョンはゆっくりと扉に近づきながら、しかし熱を帯びた声を口から発した。

 彼の目に映るのはジェシカ。だが、それだけではない――女の顔は歪んで醜く、肩で息をしていても声を上げようとしない。

 信仰を持つ仲間を害したその姿からは、あふれ出る悪意と殺意が塊となって人に化け。目に見えてしまっているようにも思える。

 

「見たぞ、お前が駆り立てる源……それは”憤怒”だ。お前は怒り、そこから離れられなくなる。そしてお前は、身も心も……そいつに貪られ、戻れない。憤怒はお前を離さないが、お前もそうだ。だがそれでお前が救われることはないぞ、保安官。

 だから、俺はお前を再び待つことにしよう。ここでな、いつでも来てくれていい――トンプソン保安官も一緒だ」

 

 

 話は終わりだ。とりあえず、今はな。

 扉の前から後ずさりする。背後にいるトンプソンのところまで戻ると、わざとらしく彼女に頬ずりをしてやってから。彼女を連れて扉の前から消えていった。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 苦痛が消えるとわかると、すぐに走り出した。

 前を進むジョン達に自分が追いついたと知ったときは、歓喜したが。通路を進む奴らの隙を突くことはできなかった。

 

――CQC(格闘術)は銃に勝ることはないわ。それを忘れないで、ジェシカ。

 

 過去の記憶が、彼女の声で私に教えてくれる。

 

――20秒

――それ以上の時間はないの。判断を間違えたら、あなたは死ぬのよ

 

 今の私ではトンプソンを守りつつ、ジョンと信者たちは相手にできない。

 でもトンプソンがいないなら……問題ないだろう?

 

 扉の前でついにひとりずつ無力化し、最後は怒りと薬で我を忘れてペギーを扉に何度も叩きつけてから。だらりと力の抜けた肉塊を通路のわきに放り出してやった。

 

 ジョンとトンプソンが視界から消えると同時に私は再び走り出す。

 警報が鳴り始め、館内放送で脱走を阻止するように指示を出すジョンは、わざとかどうか知らないが「バンカー内の~」と口にするのを聞いた。そういえばジェローム神父から「ここには近づくな」との警告をもらった場所が、そこだったと思い出した。

 そして通路の向こう側から人の声がして、騒ぎ出すのが分かった。

 

 私は必死だった。

 鉄バットは途中で折れたが、近くの箱の上に置かれていたクソ重い銃――あとでそれがM60だと知った。ワオ、つまり私は女ランボーとなったわけだ――を抱えて走り続け。

 気が付くとモンタナの輝く空の下に広がる大自然の中を、頭から出血しつつ泣きながらバンカーから脱出していた。悲しいのか、悔しいのか、嬉しいのかもわからないが。とにかく私は涙を止めることが、出来なかった。

 

 バンカーから離れていく私の背中に向け、ジョンの声はまだ聞こえてくる。

 

『怒りを解放したか?お前が両手を罪なき者の血に染め上げ、かたわらに倒れた者たちにその罪を教える日々を楽しむといい。

 そしてお前はどんな罪を犯してる?……その罪でお前が窒息する日は来ないとでも?

 積み重ねていく自分の罪に浸るがいい……お前は自分がだれかを傷つけていると、正しく理解しない。それはお前が、命というものは軽く、脆いものだと考えているからだ。保安官のくせに、命を奪うことにためらいはないのか?それがお前の信じる法、信じる国のやり方か?

 

 兄弟よ!姉妹たちよ!

 ここからこのおぞましい罪人を追い払え!ファーザーの慈悲を理解しようともしない、愚か者の中でひときわ愚かな女!

 もう隠れても無駄だ!どこに行こうとも、我々はお前を必ず見つけてみせる。なぜなら、そうなるように神が我らを導いてくださるからだ!』

 

 クスリとアドレナリンで痛みは感じないが、そのかわりに手足が次第にバラバラになっていく感じがする。

 このままだと手足が胴体からポロリとうっかり落ちてしまいそうだ。そうなれば、動けなくなる。奴らから逃げられない。太陽が高く、今更近くの草木の中に飛び込んで隠れる事はできなかった。

 

 下り坂で徐々に動きが悪くなる私を弱ったと見たのだろう。

 バンカーから飛び出してきた、信者たちが追いかけてきている――。

 

「そのまま走りなさい!こっちよ、ジェシカ!」

 

 誰かの――女性の声がしたと思うと、前方の藪から男たちが飛び出してきて騒ぎながら駆け下りてきていたペギーに向かって撃ちながら、こちらに走り寄ってきた。

 

「――え?」

「やったぜ、マジで来やがったよ!あんた、どうなってるんだ!?」

「いいからそっちを持てよ、アホ。ずらかるぞ!」

 

 それがエドとジェイクだとわかったのは、2人の聞き覚えのあるやりとりを耳にしたからだ。

 次に草むらからバギーにのったグレースが現れると「後ろに、しっかりつかまって」と叫ぶ。

 

(助かった――)

 

 グレースの背中に縋るようにしがみつくと、2台のバギーは大急ぎでバンカーから立ち去っていく。

 すでに騒ぎは終わったが、それを知らないのかジョンの言葉はそれからも続いていた。

 

『わかったか!?これが、イエスの力だ。

 お前は、自分の罪を増やすことしかできない。ここで!お前ができることなんて何もない!

 偉大なファーザーは、そんなお前でも救ってくださる!だから準備をしろ、その時は必ず迎えに行くぞ。お前自身の罪で作られた大河の中から、エデンの門へとたどり着く道へとこの俺が導いてやるからな!』

 

 

 イーグルのメアリーから、あのジェシカがジョンの手から脱出してきたと知らせを聞いて、無線機にもたれかかるようにしてダッチはひとまず安堵することができた――。

 ジョセフの息子たちによってこれまではほとんど一方的に殴られ続けていたが、ここから飛び出していったジェシカ保安官が今のところ一番レジスタンスの中で勢いを見せつけ。ジョンを苦しめてくれていた。

 

 今、希望が何よりも必要なこの場所では彼女の存在は重大なのだ――。

 

『あちこち怪我をしていたみたいだけど、とりあえず今は落ちついて休んでいるわ』

「それを聞いて安心したよ。状況は最悪に近いが、まだ希望は残されているのだと励まされた」

『そうね。こっちでもジェシカ保安官の脱出劇でさらに士気も高まっているわ。まだ、終わってはいない』

「ああ、その通りだ。オーバー」

 

 ジェシカのおかげでホランドバレーにはわずかに希望はあるが、ほかのところはどうかと聞かれると――。

 長女のフェイスは順調にエデンズ・ゲートで使用する薬物の量産を進めているらしい。おかげで 反抗勢力はわずかに生き残って入るが。動きは封じられ、身動きが取れないと断言されてしまった。

 さらにこれが長男のジェイコブとなると、さらに状況は暗い。奴はジョンやフェイスと違い、反抗勢力を狩ることをまず重視し。すでにダッチを通し、南側に――はっきり言えばホランドバレーまでの脱出ルートがないだろうかとの相談を受けている。

 

 そしてわかっていたことだが、封鎖された外側の世界からは何の手助けも、声さえ届いてこない。

 このモンタナ州の一部分だけが、まるでアメリカという国から分断されてしまったかのように。美しい大自然の中に、人間たちだけがグロテスクな世界をせっせと構築し続けていた……。

 



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301のロイド

 地上よりはるかに上空。

 高高度と呼ばれる世界を飛ぶ輸送機の中で、パイロットは機内放送で「ポイントに接近」と冷静に告げ、同時に後部のハッチを開閉準備に取り掛かる。

 

 貨物室にはいかにもな迷彩服を身に着け、ゴーグルと布で顔を隠した兵士が。

 傍らに置いたスーツケースを確認してその時を待つ。

 腕時計で確認、現在午前3時18分。予定では、6時間後に目標地点へと到達することになっている――。

 

 輸送機はそのままフォールズエンド上空を通り過ぎて行ったが。

 そこでなにかが降下したという事実は、誰も知らなかった。

 

 

 ジョンのバンカーからジェシカが脱出して、数日が過ぎていた。

 ジェシカの傷は思ったよりも深かったらしく、この数日をスプレッドイーグルの2階にある客室のベットで大人しくしていた。

 同時に風邪もひいて、熱にうなされたので心配されたが。熱が引くと、患者らしく「眠い、だるい、痛い」を口にして元気になるのも時間のように思えた。

 

 この日もグレースは納屋で目を覚ますと、手近な家でシャワーを借り、最近は寝起きを共にするブーマーを連れてスプレッドイーグルへと向かった。

 

 レジスタンスは現在、本格的な反撃に向けて。プレッパー達の発掘と食料の確保に奔走している最中だ。

 

 このプレッパーというのは、近年において災害をはじめとした脅威によって社会が崩壊の危機に瀕したとき。これに対応できるように様々な資産や物資を、秘かに貯蔵している人々のことを指す。

 確信はなかったものの、ホープカウンティでは牙を隠していた頃のペギーに違和感を持つこのあたりの人の中に、そういった考えに賛同して準備していた人々が多くいることは知られていた。

 

 これにグレースやエド達も参加し、すでに今いる住人たちで3か月くらいは立て籠れる程度の物資を回収することに成功していた。

 あとはこれがすべて終わった時、自分たちがジョンに決戦を挑めるようになる状況であることを期待するしかない――。

 

 

 フォールズエンドに敷かれた大通りを横切ろうとしたグレースは、その中央のあたりで足を止めた。

 ブーマーはその理由が分からなかったが。グレースの周りを歩くことで、「どうしたの?」と疑問を投げかけてくる。

 

(人、よね?)

 

 今、フォールズエンドから北へとまっすぐ伸びるその道に人影があることはほとんどない。

 以前はペギーがこれみよがしにフォールズエンドの前で堂々と検問所を置こうとしたが。ジェシカがあっさりとそれを破壊して以来、ペギーも学んだのか戻ってくることはなかった。と、思っていたのだが……。

 

 そこにこちらへ向かってくる人影が、ある。

 

 

 グレースは素早くブーマーの尻を触ることで緊張を伝えつつ、走り出すと自分は近くの民家の屋根へとのぼっていく。

 屋根に横たわり、構えてはスコープを覗くと。そこに人影が迷彩服を着た男であることを確認したが。こんな時に限って、フォールズエンドを巡回しているはずのレジスタンスの警備の影はここにはいない。

 

(しょうがないわね。もしもの時は――)

 

 男が怪しいそぶりを見せるならすぐに終わらせられるようにと、注力を傾けることにする。

 むこうは黙々と歩き続けており、感情を全く顔に出そうとしない。まとう空気はプロだとわかるが、それにしてはあからさまな態度が気になる。

 

 そいつは他に怪しげなそぶりも見せなかったが、あと一歩でフォールズエンドへと入ろうと言うときに足を止めると。

 いきなりその場で服を脱ぎ始めた時はさすがにグレースも動揺を隠せなかった。それでも家の影に入っていたブーマーがとコトコと進み出て、男と距離を保ったままじっと観察を始めるのを見て。グレースは警戒は必要ないようだと、考えるようになった。

 

 それでも疑問符を頭の中に浮かべたまま、グレースは屋根から降りると。ようやくのことこの奇妙な客人の侵入に気づいたらしい警備が集まる中、兵士から立派なスーツに着替えたビジネスマンは、そこに立っていた。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 起き抜けの乱れた髪。だぶだぶのTシャツにショートパンツ、化粧はナシ。おおよそ自分が女と呼ばれる生物であることを忘れた変なのが、「指名する客人が来た」との知らせにようやくベットから解放される自由を得ることができたとわずかに喜んでから、一気に落ち込んだ。

 

 あのクソッタレのCIAは、確かに自分で口にするだけあって有能ではあったらしい。

 メッセージが来れば当然、相手からはこのような形で接触が来るのは想像できたことであった。

 

 スプレッドイーグルのドアを抜けて彼を見ると、まずは大きくひとつ深呼吸をする。これでなんとか吐き気を抑えることができた。

 

「――久しぶりだな、ジェシカ元曹長」

「……驚いた。本当にここに来てくれるとは思わなかったです。大尉殿」

 

 相手の男は――私の上司の一人だった彼はフッと口元に笑みを浮かべる。

 

「そんなわけがないだろう。君の名前でメッセージが来れば、彼が無視しないことはわかっていたはずだ」

「どうでしょう。それほど自信はありませんでした」

「君は賢い女性だった。まぁ、とぼけるのはいいさ。それと私も、元大尉だよ。お互いに軍を離れての再会というわけだ」

「そうですね――今は、あいつのところで?」

 

 好奇心に負け、思わず探るようなことを聞いてしまった。

 後でこれはきっと後悔するのは間違いないが、彼はなんてこともないようにあっさりと答えてくれた。

 

「今はどこの戦場も金が落ちてはいないのさ、ジェシカ。私でも傭兵としてやっていくには、コネがなによりも重要になる」

「家族のために?」

「ああ――息子と娘の学費がどうにも大変でね。稼ぎが悪いと、彼らのために学校という名のブラックホールに放り込むドル札が足りなくなる」

 

 そこまで話すと、私はメアリーに店内から余計な人払いを頼んだ。それが終わるまでの間、互いにテーブルに向き合ったまま沈黙する。

 すべてを追い出すと「席に座って頂戴、なにかもってくるから」と言われ、メアリーもなんとなく空気を読んでくれていることが分かった。

 

「それじゃ、飲み物。軽い食事やなんかもできるけど――」

「ちょっと、メアリー。なんで向こうはビールで、こっちはジョッキでミルクなわけ?」

「まだ朝だよ、保安官。それにあんたは病み上がり、それで我慢するの」

「仕事の前に食事はとらないことにしている。ありがとう」

「それじゃ、こっちも食事はあとでいい」

「了解」

 

 メアリーがそう言い残して店の奥へと姿を消す。

 

 クリス・リー。

 現役時代も口数の少ない優秀な兵士だった彼は。あれから年を重ねて、さらにいい男に磨きをかけているようだ。

 私と違って東洋の血を引く彼は、私の上司だった時も愛妻家で知られていた。どうやら立場は変わっても、そこは変わらなかったらしい。

 

「繰り返すけど、本当に来てくれるとは思わなかったんです。あのメッセージ――」

「んん。あれはひどいものだったな。なぜ、あんなのをよこした?」

「……問題がありましたか?トラブルでも?」

 

 クソCIAだと名乗った怪しい奴だったが、律儀に約束を守ったのかと見直していたのに。早計だっただろうか?

 

「知らないようだな、ジェシカ。あれはCIAが抱えている殺し屋のひとりだぞ」

「っ!?」

「そんなのが国連にノコノコ現れたんだ。騒ぎになるのも当然とは思わないか?」

 

 そういえばあいつ。

 自分はロシアだかアジアでなにかやったとか吹いていた気がするが。あれって全部実話だったということか……。

 

「すいません。あんなのにでも頼まないといけないくらい、追い詰められていたので。身元は確認してませんでした」

「ロイド――つまり今の俺のボスは、私の警備チームに囲まれた奴の口からお前の名前が出て。興味を持ったようだ、話を聞いてもいいと」

「……よかった」

「だがこちらは警備責任者として事情を知っておきたい。あいつをよこした理由を。お前の口から聞かせてもらわねばならない」

「もちろんです」

 

 私はそこで、自称CIAエージェントとかかわった一部始終を簡単に話した。

 クリスは途中で、何回か質問を入れて詳しく聞きたがり。私はそのすべてを知る限り正確に答えた。

 

「なるほど、それなら理解する。

 だが、ひどいことをしてくれたな。どうせそいつも、騒ぎになるとわかって。わざとお前の願いをかなえてやったんだろう。まったく人騒がせな……」

「本当に申し訳ないと思っています。あまり信用もできそうになかったので、話半分で賭けみたいなものでした」

「ああ、だろうな――ここの状況は理解した。

 話をする前に、昔の知り合いであるお前に忠告しておこう。何を考えてロイドを呼ぼうとしたのかわからないが、かつての貸し借りの話だけではなにも得るものはないぞ。わかっているか?」

「はい」

 

 昔の馴染み、それだけでなにかを期待できる相手ではないと教えてくれているのだ。

 彼がそんなことをわざわざ教えてくれる理由も、なんとなく想像できる。あの事件の後、部隊の仲間の多くが苦しみ。助けを求めてあたりかまわず縋り付いていた、そういう噂は耳にしていた。実際、ロスのSWATで気の抜けた私に会いに来た”元同僚”は何人もいたし。私も彼らを助けようとはしなかった。

 

「かつての武器洗浄人(ドレビン)は、ドレビンズと名を変え。今はほとんどがまっとうな運輸業で稼いでいる。もう、あの頃のような無茶はやっていない」

「……」

ここ(モンタナ州)の状況についてはロイドも調べた。ある程度は予想してもいるから、彼がことさら君から情報を知りたがることはないだろう。

 ここはちょっとした内戦(Civil War)がはじまって暑くなる一方。そして今、お前は敗北する側に立っている。

 だからお前に与えられたチャンスはこの1度だけだ。私はお前を助けない。でも時間が必要なら、少しは待てるぞ」

「大丈夫です。準備はできています」

「……わかった」

 

 そこまで話すと、クリスは持ってきたスーツケースを床から机の上へと移動させ。静かにその封印を解除する。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 ホランドバレーとホワイトテイルマウンテンの間にあるシルバーレイクの孤島にむけ。

 ジョン・シードはホランドバレーで回収した物資を積んだ船団を率いて向かっていた。

 

 兄であるジェイコブ・シードは兄妹のなかでは唯一、抵抗者たちの存在を許さないとして。ファーザー(ジョセフ・シード)より託されたエデンズゲートの仕事よりも、人狩りに精を出していることは知っていた。

 そのせいで物資の回収が進まず、このように兄弟に助けを求めてきていることも――。

 

 

 島に着くと、そこではすでに兄と兄の部下たちが空舟を用意して物資を待ち構えていた。

 

「きっちりと快く渡してやれ。涎を垂らしているのがいても、ガッツくなと言ってな」

 

 兄が自分を頼ったという事実が、ジョンのこの数日の間で最高に機嫌をよくさせていた。

 ジェシカとレジスタンス、フォールズエンドの存在にはカリカリさせられてはいたものの。それ以外ということでは、ジョンは実に多くのことをエデンズ・ゲートにもたらすことに成功していた。

 

 潤沢な物資。

 罪を告白して、我ら家族に加わるべき無知な人々。

 そしてこの王国で力になるであろう、住人たちが隠し持っていた武器や兵器の数々。

 

 ジョンはそれを用意したが。ジェイコブは違う、彼は消費するだけだ。

 そんな兄に挨拶してやろうと姿を探すと、岸に転がる大岩に座って美しい湖を見つめているジェイコブを見つけた。

 

「よォ、兄さん。あんたの要望通り、ちゃんと食べられるものを持ってきてやったぞ」

「そうか、ありがとな。”お嬢ちゃん”」

「っ!?」

 

 同じ家族、とはいっても血のつながりなど当たり前だがあるわけがない。

 それでも兄と呼ぶのは、父と呼ぶジョセフに救われ。互いに同じく信仰を持つという、つながりへの尊重すればこそだ。であるなら、こちらに倣ってむこうにもそれを……家族への尊重というやつを求めたいと思うのは当然のことだろう。

 

 だがこのジェイコブは口では自分も同じ気持ちであるとジョンに同意する日もあれば。今日のように途端にマッチョを気取って偉ぶりだすという悪癖を持っている。理解はしていても、それを納得する理由は自分にはなかった。

 

「お嬢ちゃんか――それを口にするのはやめてくれと、何度も話し合ったと思ったんだがな。兄さん」

「――ああ、そうだったかもな」

「それだけか?……わかったよ、そういうことなら次に飢えたときは。フェイスがファーザーにでも頼めばいい。ああ、無理だったなぁ?

 フェイスはファーザーに全てを話すから、あんたが嫌いな真面目で義理堅い弟を顎で使ってやるのが一番だってわけだ」

 

 この場では自分が上だという認識からいつになく攻撃的な口調をジョンは続け。

 ジェイコブの表情はまったくかわらないが、そんなヒステリックな反応を示す弟に。わずかに態度を軟化させる。

 

「やめろ。そうじゃない」

「やめろって?そいつはお断りだねぇ。

 だが、ファーザーは!喜ばれるだろう、俺たちが実に兄弟らしく。こうしてお互いが助け合いながら、顔を突き合わせて。互いに憎まれ口をたたきあうのを見れば、喜ばれるだろうってことだよなぁ?」

「もうやめろ!!」

 

 にわかに殺気立つと、ジョンの前にナイフを握ったまま立ちあがるジェイコブに。

 ジョンは恐れも見せず、引かずに正面からまっすぐ見上げてむかいあった。

 

「アンタにビビると思ったら大間違いだ、兄さん!アンタは今回、ここに俺の尻の穴をきれいになめ上げたご褒美をもらいに来てるんだ。ここまで言えば立場は理解できると思うが、あんたの脳みそはまだちゃんと動いていると思うのかい?」

「良く回る口だ」

「そしてあんたのナイフはよく切れるって話になるのかな。まぁ、どうでもいいがね。

 あんたは何といっても元軍人様だ。俺を殺し、ファーザーに縋って神の教えに従って弟を殺してしまったんですとでもやってみたらどうだ。その下手な演技でだれが騙されるのか、とても楽しみでしょうがないけどな」

「俺に、殺されるのが怖くないと?弟よ」

「ああ、怖くないね!おれは命を懸けている、この偉大な計画を完遂するために。ファーザーのためにやるべきことをやっている!あんたとは違う!」

 

 ジェイコブの目はさらに危険な輝きを見せはしたが、反対に口元から広がる笑みに悪意はなかった。

 

「できる弟を持って俺は嬉しいよ」

「……」

「ジョン。俺を助けてくれたお前には感謝している。ちょっとからかっただけだ、深刻になるな」

「ああ」

「だが、そんな賢いお前が偉く面倒なことになっているという話を聞いた」

「それはっ!?」

「逃げ出した保安官に何度も出し抜かれて、手も足も出ないという噂だ。どうなんだ?」

「――回収は進んでいる」「そうか?」「ああ!遅れはあるが、別に慌てるようなことはない!」

 

 笑みを浮かべた、危険な兄の手が伸びてきてジョンの肩口をつかむ。

 痛みを与えてやろうということだろうが、ジョンも笑みを浮かべたまま。眉も動かさず、悲鳴も上げずに兄の顔を見返してやった。

 しかしどうも様子が違う。どうやらわざとこうして2人だけで話すように、状況を持っていきたかったとでもいうのだろうか?

 

「なぜ、ファーザー(ジョセフ・シード)の御意志に逆らう羊共に牧草を荒らすのを許す?」

「――俺だって不満はあるさ。だが、それだってファーザーの御意志でもあるのだ。無視はできないんだ」

「それはお前の間違いだ。ファーザーはそのようなことをお前に求めたことはないはずだ」

「俺が間違っているわけがないだろう!」

「いいや、間違っている。大勢の中に紛れ込んだからというだけで、そのすべての群れにまで慈悲を与えよと誰が言ったんだ?」

「そうは言うが――」

 

 せっかくとらえた相手はすでにこの手の中から飛び出してレジスタンスの中に紛れ込んでしまったのだ。

 

 ジョセフの息子、という期待をされているのに。その彼に失望されるような結果にはしたくなかった。

 それを考えるとあのフォールズエンドに手を出すことは、あまりにもリスクを背負いすぎている気がする。そう思っていたが、ジェイコブには違うものが見えているということか。

 

「この兄に、今日のお前への借りを返させてほしい」

「どうやって?」

「リペレーターを送る。数日はまだ必要だろうがな」

「あれを?いいのか!?」

「もちろんだ、弟よ。それを使って愚かな羊共に奴らの本当の役割を思い出させてやれ」

「確かに。それが使えるなら――」

「仕事も大切だが、お前も狩りを始めろ。

 狩場に追い込むだけでもいい。貴様を悩ませるものは、隠していた弱い本性をあらわにするはずだ」

「確かに、その通りかもしれない」

 

 ジェイコブが本気でこちらにリペレーターを――あの兵器(武装装甲車両)を渡してくれると言うならば。

 たしかにフォールズエンドは獲物がひしめく狩場となるのは明らかだ。あとは狩人を送り出して、徐々に弱らせながら残らず回収するだけで終わる。なにせ人も、食料も、そしてなにより武器もあそこにはないのだから。

 

 

 そうなると、急に姉のフェイスのことが気になり始めた。

 ジェイコブとジョンが組んで何かを行えば、その意味するところも考えずにあのフェイスならばファーザー(ジェイコブ・シード)に見たまま、感じたままを伝えてしまうだろう。

 そうはならないよう、向こうの気を引いておく必要があるのか――。

 

 島を出ると、すぐにジョンは部下を呼んで用を誰かに任せたいといった。

 

「フェイスのところへ使いにいってくれ。

 うちでも例の廃液の処分をてつだってもいい、と言うだけでいい。いきなり大量に持ってこられても迷惑だから、良識的な分だけ引き受ける、と。あとは互いに、手探りしながら話を詰めることになるだろう」

「他にありますか?」

「ああ――フェイスはきっといきなり持って行けと押し付けてくるだろうが。それはなんとしても持って帰るな」

「フェイス様が、それを拒否されたらどうしますか?」

「その時は構わないが、ちゃんと主張はして来い。こちらも仕事はあるから、人は避けないとでも理由を言えばいい。後で断る口実にする、返事は急がないがそこだけは忘れるな?」

「わかりました、ジョン」

 

 ボートの一団から一隻が離れていく――。

 

 船に座るジョンの目は、すでにホランドバレーへとむけられていた。

 戻ったらさっそく準備が必要になる。レジスタンスと保安官を同時に弱らせ、一気に殲滅する計画だ。これに成功すれば、悩みはすべて吹き飛び。仕事が進めばエデンズ・ゲートにもたらす栄光は兄弟の中でも群を抜く結果になるのは間違いない。

 まったく、良い兄を持てたと今日くらいは感謝しないとな。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 クリスはスーツケースからさらに小さな通信装置を複数取り出すと、巻物のように丸められたシート状のディスプレイを机の上に広げ。ボタンを押して電源を入れる。

 たったそれだけで封鎖されたモンタナ州とNYの距離は見事にゼロとなり、私はロイドと直接対面を果たすことができた。

 

「いきなりの呼び出しなのに。この面会に感謝しているわ、ロイド」

「――まさかあんたから呼び出されるとは。ジェシカ、保安官殿」

 

 昔の、あれでもまだ誇るべき自分の姿を知っている相手に言われては自嘲の笑みが広がるのを私は隠せない。

 

「ええ、そう。今は保安官をやってる、笑えるでしょ?」

「どうだろう。だが栄光のSWAT部隊で腐ってた君なら、確かに驚く決断をしたとは思う」

 

 さっそくちくりとつついて、こちらを揺らしにかかってきている。

 以前は逆の立場で、こっちがたっぷりロイドをいじり倒していた。このくらいの復讐なら気にしてもしょうがない。

 

「隠しても無駄だろうから白状するけど、こっちはトラブルだらけで。正直、どうにもいかなくて困っているの」

「だから、このロイドを?」

「ええ――あなた以外に頼める人はいないと思ったわ」

「ふふふ、悪いが今は裏家業はやっていない。そもそも、銃の認証システムは。正規軍がSOPを欠陥だと決めつけたせいで、もはや下火だよ。今の戦場で、認証システムをまだ使ってるのは金を持っている政府軍だの金持ちの金を持っている側だけだよ。あのころのような旨味はもう、ない」

「そうなんだ」

「で、そんな元ドレビンに。君は何を頼もうと言うのかな?」

 

 視線は外さなかったが、自然に大きく一度だけ深呼吸を入れた。

 

「銃。あふれるほどたくさんの銃が必要なの」

 

 元ドレビン――いや、かつての武器商人は鼻で笑う。




(設定・人物紹介)
・クリス・リー
オリジナルキャラクター。
ジェシカの上官の一人だった傭兵、という設定。

・プレッパー
意外に有名な話ではあるが、かの国の国民は「今後数十年以内に世界は終わる」というのをしんじているとか、いないとか。


・ドレビン
武器商人の形態のひとつとしてメタルギアソリッド4に登場した。

彼らは厳密には愛国者のシステムによって誕生した存在であり。システムを採用する軍隊を相手にして商売をしていた。

メタルギアソリッド4以降は愛国者からも自由となり、解放されたが――この物語はそんな彼らのその後のIFのひとつでもある。


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ガンズ・オブ・ザ・パトリオット

――あの事件は結局何だったんだろう?

 

 

 ロイドの語りが始まった。私の求めにすぐには答えず、どうやら彼にも私と話したいことがあるのだとそれでなんとなく理解した。

 私は黙って聞いて、それに答える準備が必要だった。

 

「2014年――つまり、君も参加したあの事件が終わってすべてが一変した。

 大国が夢見る超人兵士計画の、リアルな一歩となったとまで賛辞されたSOPシステム。兵士を、部隊を、戦場をコントロールするデジタルの魔法。

 君を苦しめ、おとしめたあれは完全否定される欠陥品として扱われてしまった。

 

 ナノテクノロジーと最新の脳科学によって兵士を、より優れた兵士に。より優れた部隊とするやり方は、いつの時代にも求められたものだが。それが現実に近づくと。今度はその技術には絶対に適合できない体質の人間たちを生み出す悲劇となってしまった。そうだ、あのシステムは完璧ではなかった」

「ええ――その中のひとりがこのわたしだった」

 

 いろいろと理解はしていても、自然とその言葉には皮肉の色が混じってしまう。

 愛国者として、女性兵士としてより高いものを求めた若かった自分が失望されたのがまさにその一点にあった。

 そして私は、あまりにもあきらめがわるく、しがみついた。無残な最期を迎える日まで希望を捨てなかった。新年さえあればきっと戦い続けられると信じていた。

 

「だが君は知らないだろうな。ここ数年、軍のなかで再びSOPシステムの見直しをすべきだという声がまた上がってきていることを」

「――へぇ、それは知らなかったわ」

 

 これは嘘だ。

 だが、もう以前ほど心を乱されることはない。もう、私には関係ないことだから。

 

「陸軍と海兵隊は、21世紀に入ってから世界規模の戦闘であろうことかテロリストのテクノロジーを前に膝をつくと言う醜態を何度も繰り返してきた。

 ”愛国者”と呼ばれる存在が関わった事件の全解明はなされなかったが。関係が深いとされる非人道的実験の成果を、今更だが生かさない手はないという考え方だ。彼らはあんな結果でも、ないよりはましだと考え直したらしい」

「ひどいものね」

「その通りだ――だがそれもこれも、その始まりはあの前回の大統領選の結果だともいえる。そうだ、結局は政治だ」

「……」

「長らくこの自由と資本主義を支えてきたはずの2つの党が。国民の前に提出してきたのは同性から支持されない元大統領夫人という女王様と。金融界の荒波をホラと度胸で乗り切ってきた男とで選ぶとはね。ブラックジョークにしたって、あまりにもひどい」

「大統領批判?それなら素直にTVをつけたらいいじゃない。こっちじゃ、それも見れないんだけど?」

「――そうスネなくていい。

 見るべきものは今だってないさ。支えるつもりのない議会と騒がしたいだけのTVは、ことさらに大きく問題を見せようとするが。あんなコメディーでも堂々とやり切って見せた大統領だなのだ。平然とした顔で、自分の仕事をただやっているし。彼はきっとやりきるだろう」

「今の大統領には朗報ね」

「ところがそうでもないんだよ、ジェシカ」

 

 ロイドは画面の向こうで自重の笑みを浮かべた。

 

「我々ドレビンズの活動の第一の目的は、力を失った国際連合に新たな息吹を吹き込み。再び世界をまとめ上げる力を与えることで、人類の社会が持つ戦争というシステムを抑制しようとするものだった。

 だが――この国と国民は選んだのは強いアメリカが戻ってくること。だが、それは決して誰かと協調するという意味ではない」

「随分と弱気なのね」

「それが悲しいが現実なのだ。

 この国は再び強く足を踏み出し、歩き始めている。

 なのに我らドレビンズは夢を持って世界に飛び出しはしたものの、国連は新しい空気をどれだけ吹き込んでも。自分がただの老人で、それどころか口も開くことすらできないと信じ込んでしまって動けないでいるんだ。動く気のない奴を、どうやって動かすというんだい」

 

 どうやら本当に悪いみたいだ。

 

「大国は国連にそれほど注目していないが、そこで行われる人事のチェックには余念がない。まるで自分たちがハーレムのドラッグディーラーかポン引きにまで落ちぶれた気がするときすらある。アメリカだけじゃないが、大国はこちらの取り組みをあっさりと叩き潰していくんだよ」

「白旗を上げる?」

「まさか――だが、これで私の現状も分かってくれただろう?

 君がどんな理由であれ、モンタナの田舎町で。政府の認めない内戦のために武器が欲しい、などとこちらに泣きついても。そもそも君に渡す商品など私の手元にはないし、危ない橋を渡る理由もない」

 

 私は理解している。彼は何も間違ってはいない。

 だがそれでも、彼の協力をあきらめるわけにはいかないのだ。

 

「この通信、大丈夫?」

NSA(国家安全保障局)のことかね?それなら心配ない。それに君と話すのは、これが最後かもしれないしな」

「――これからあなたに話すのは、正気とは真逆のことよ。でもね、それはあなたが誇るドレビンズとやらの看板が。真っ白でなくてもよいと言うなら、逃す手はないビジネスになるわ」

「ほう、それは興味深い。君とこうして連絡を取ろうと思った時まで、戻ってきた気がするね」

「ここは戦場なのよ、ロイド。そして私と私の仲間には武器が必要なの」

 

 画面の中のロイドは楽しそうに「そう」とだけ返す。

 私のこれから口にする計画で、この顔を変化させることができなければ。私には打つ手がなくなる。

 

「ロイド、私と組んでこのモンタナで違法の武器ビジネスを始めない?」

「……正気なのかな、ジェシカ保安官?」

「そう、私は保安官。法を執行する立場の人間よ、でも同時にそれで得られる特権もあるわ」

「武器の商売には品が必要だ。どうする?」

「心当たりがある。でも、私はここを離れられないから外で動ける人の力が必要になる。それに輸送ルート。ええそうよ、あなたに丸投げにするけど、やり方は好きにしていいわ」

「フム」

 

 カウンターに座ってビールを飲むクリスは表情を変えずにこの話にじっと聞き入っている。

 私はほとんど何も知らないままこのモンタナの田舎町へとやってきたが。かといって、あのエデンズ・ゲートに。ジョセフに膝を屈して、あいつの望むように神をたたえて祈りをささげるなんてことは絶対にやるつもりはなかった。

 

 だがそれには勝たねばならない。

 武器が必要になる。それも大量に――。

 この申し出で私は金と罪を手にすることになるが、それはこの戦場でレジスタンスを勝利に導く。つまりこれは正しいことなのだ。

 

「確かに魅力的な申し出ではある。だが、わかっているのかな?これは握手は交わさないし、契約書にもサインは必要ない」

「ええ、口頭でも。絶対の拘束力が発生する、でしょ?」

「君が本気ならばこの話を進めてもいい。こちらの要求は2つ。生産の現場と品を直接確認させてほしい」

「私のことは調べたのよね?なら、部族の長老たちに会って私の名前を出して。彼女が仲間のために力になると言っていた。それだけで大丈夫よ」

「では続いて最初の荷はいつ、どうやって送り届けたらいい?その後のことについても話す必要があるだろう」

「それは悪いけど、あなたに考えてもらうわ。こっちは余裕がないのよ」

 

 これは狂気なのだろうか?そうなのかもしれない。

 だが必要なことなのだ。

 

――お前は自分が正しいと信じている。正義の味方だと信じている。だが、それは間違いだろ保安官

 

 耳元であのジョン・シードが囁きが繰り返された気がした――。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

『お前さんが無事で本当にうれしいよ、保安官』

「そればっかりね、ダッチ」

『それにつきるからさ。しょうがないだろう……もう、動けるんだって?』

「ママに看病されるのはもうごめんだって言ったの」

『メアリーにそんなことを?そりゃ、恩知らずってものだろう』

「動けるのよ。それに――なんだか変な感じがね。そろそろジョンもしびれを切らすんじゃないかって気がする」

『あんたがそう言うなら。しかし、だからといってこっちにやれることはほとんどないぞ』

 

 夜中、スプレッドイーグルでひとり密造酒の瓶と無線機にグラスをカウンターに置き。寝間着姿の私はダッチを相手にひさしぶりに会話を楽しんでいた。

 だが――。

 

「つまるところね、ダッチ。こっちの弱点がまさにそこなのよ」

『なぁ、保安官……』

「やめて。希望に縋るやり口は神父が必死にここでやってるのを見てる。でも、それだけ。現実はもっと厳しいわ。このままだとレジスタンスは動けなくなって押しつぶされてしまう」

『そうは言ってもなぁ』

「武器がいるのよ。大量の武器が。それがないと勝負にならない」

 

 苛立ちから唇をかむが、慰めにもならない。

 ロイドと話はしたし、それなりの手ごたえはあったが。だからといってすぐにどうこう話が転がるわけではなかった。

 クリスは私とロイドの通信会談が終わると、すぐにフォールズエンドから立ち去るとだけ言い残して姿を消した。多分、もうペギーが気が付かないであろう脱出方法を使ってロイド(雇い主)のところへと戻っていったのだろうと思う。

 

 あとはこの()芽が無事に大木へと育つかどうか――それだけ。

 

『なぁ、保安官。あんたがなにやら外の奴と話したってことは俺も聞いている。それを話してはくれないのかい?』

「まだ無理よ」

『わかった。無理には聞かんよ、だが――助けは期待できないのか?』

「――ダッチ。私があんたに助けられた夜を覚えている?」

『ああ、忘れるわけがない』

「あの夜、ジョセフに追われ。連邦保安官は州境にまで走って、州兵を連れて戻るんだって言ってた。それでこの事件は終わりだってね」

『そうか』

 

 私は苦笑する。

 

「本当は思ってるんでしょ?そんなことは無理だってこと」

『……ジェシカ保安官』

「あの時、州境にまで走れたとしても。連邦保安官も私も、州兵を連れて戻ってくるなんてこと不可能だった。でしょ?」

『ペギーの奴は――ジョセフはあれでしたたかだ。政界にも顔が利く、弁護士もやり手だ』

「アーロンがなぜあんなに嫌がったのか、今ならわかるわ。政府から自分に逮捕状が出たことを、あの男が知らないわけがない。そしてきっとこっちの思いもつかないやり方で、さらに余計な騒ぎを起こそうとするかもしれない。その予感だけはあったのね」

 

 ロイドは別に、ここで起きている出来事を知らせてほしいと言う私の要請を拒否した。

 やりたいなら誰か別の奴を外に出して、話を聞いてもらえるか試してみればいいと。モンタナ州知事は、すでにここで起こっている混乱についての情報が入っているが見て見ぬふりをしているらしい。

 そもそもここの状況を知りもしない司法省の制服組くらいしか、エデンズ・ゲートをどうこうしたいとは思っていないのは明らかだとまで言うのだ。

 

 私たちにやはり助けはない。

 

「田舎町の宗教戦争といっても、相手が肌が白く無くて。祈りの言葉に『アッラーアクバル』とつぶやかないなら、正直何が問題なのかってのが彼らの見解」

『ジェロームに言わせれば、ジョセフの言葉は歪み切っているが。それでも神の言葉は口にしている、と言っていたな』

「私の中には神も精霊もいない。ずっと昔からね、それを可哀そうだのなんだの言われるのもご免よ」

『保安官にはこの世界は。ダーウィンの進化論がすべてってことか?』

「いいえ。『神は死んだ』、これよ。誰だったかな。とにかくこの言葉がすべてよ、解釈も議論もそこには必要ない」

 

 今夜は少ししゃべり過ぎたようだ。

 私は最後に通信終了と告げると、グラスの中のいびつな味わいを残す液体を飲み干した。胸の中の不安は、まだ消えてはくれない。



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我らは違う

 今朝の化粧は何やらノリが違った。

 メアリーから譲られたジャケットにシャツ、ジーパンは驚いたがぴったりだった。彼女、見た目と違って着やせするのだろうか。肉付きも似たものがあるらしくきついと感じる部分が全く、ない。

 

 最後にハンガーに残されていたカウボーイブーツと帽子を手に取ると、鏡の中には立派な田舎のカウガールが立っている。中身は保安官なのに?これは笑える。バイトと称して、この姿でスプレッドイーグルでウェイトレスをすれば良かっただろうか。

 

 だがこのカウガールがこれから向かう先は教会である――。

 

「どうやら前線に復帰、ということかな。保安官」

「カウガールとして気分を一新してね――それで、ジェローム神父。なにかあるの?」

 

 会話が交わされる間も、床の上では怪我人たちが横になり。痛みにうめき声をあげ、忙しく患者たちの間を行き来する女たちに助けを求めて手を伸ばし、慈悲を乞うていた。

 

 私がひっくり返っている間にも敵と味方の怪我人たちはここに運ばれ、平等に治療を受けている。

 賢いやり方とは全く思わないが、だからといって皆に自分を見習ってペギーは降伏を許さずに殺せと強要するわけにもいかない。私だって実のところ、そこまで血に飢えているわけでもない。

 

「ジョンに動きはないが、ペギーは今もホワイトバレーでの人や資産の回収を進めている。こちらはといえば、彼らとはまだ戦うことはできない。

 我々はプレッパー探索の任務を続けているが、それとは別にある計画を用意しているんだ。保安官、あんたにはこれを手伝ってもらいたい」

「いいわ。説明して」

「うん、話はこうだ。ペギーから抜けたいと連絡が家族に入った。彼らは自分たちの手に余ると考えてレジスタンスに協力を願い出た」

 

 いきなりこれか……。

 思わず大きく息を吸ってから吐き出す。冷静になる必要があった。

 

「――罠じゃないの?悪いけど素直にそんなことを信じる気にはならないわ」

「まぁ、確かにそう思うのもしょうがないだろうね。だが、許しを求めるものに助けの手をさし伸ばすことは決して悪いことではない。ジェシカ保安官、これは私の敬愛する神の言葉でもある」

「善人でいたいというあなたの意志は理解するけど、甘いんじゃないの?

 例の一件を蒸し返すわけでも、あなたを責めるつもりはないけど。ペギーは敵よ、そしてそれに関わるってことは血が流れるわ」

「嫌なら――」

「そうじゃないけど、話を簡単にしすぎやしないかって疑問があるのよ」

 

 こちらの慎重さを、余計な考えで否定されていると思われているのではないかという苛立ちに、言葉尻が荒くなる。

 すると待ってましたとばかりに神父の顔に笑みが広がった。

 

「それが逃げ出した彼の理由は実に簡単だから、信じる気になった。あんただよ、保安官」

「私?」

「ジョン・シードを苛立たせ、怒らせた君を見て考えを変えたんだそうだよ。言ってみれば、君のファンになった」

「あー、なんてこと。悪夢を見てるみたい」

「そこまで嘆くものでもないさ。こっちへ」

 

 教会の入り口からグレースが荷物を持って入ってくる。

 

「元気そうじゃない、保安官」

「ありがと、グレース。なにか持ってるみたいだけど?」

「あなたの新しい武器よ。ジョンにすべて奪われてしまったでしょ」

 

 そうだった。

 ジョンの支配するバンカーに引きずり込まれた私は、持っていた武器をすべてそこに置いてきてしまった。

 シャベルもう貴重品になりかけていて、代わりに木製バットを渡される。これでペギーと戦いに行くというのは無茶に過ぎるか。

 

「こっちは私の射撃場から拐取してきた武器よ。使ってちょうだい」

「助かるわ」

「私も使っているMAC10。マシンピストルだけど、使い方はわかるわよね?」

「使ったことはあるわ」

「次はこれ、MP5よ。SMGだけど、大丈夫でしょ」

「――ちょっとこれ、ひょっとして?」

「ええ、そう。民生品じゃない非売品よ。どこで手に入れたかなんて聞かないで、私だってアフガンに送られた兵士なんだから。武器に関してはそれなりにコネがあるのよ」

「軍人は社会悪の温床ね」

「銃規制のクソッタレがすべて悪いのよ。で、それで最後なんだけど。どっちを使う?」

「……ワオ」

 

 最後は2つ差し出されたが、どっちもおいそれと手を伸ばすことにためらいを覚える。

 片方はスリングショット――つまりパチンコだ。石をぶつけて、あたりどころがよっぽど悪くなければそれだけのもの。でも、気を引くことくらいはできるか?

 もうひとつは狙撃スコープのついたライフル。

 

「骨とう品ね」

「ええ、M1ガーランド。歴史ある銃だけど、これはそもそも状態が良くなかったわ。だいぶ前にうちに客としてきた老人が処分してくれと言って置いていったものよ。捨てるのは忍びなかったから、使えるようにはしてある。暴発はしないと思うけど、弾詰まりがおきないとは保証できないわね」

「ありがとう、贅沢はいえないわよね」

「何回か狩猟に使ってみたことがあるわ。パワーが落ちているのか、思ってるほど貫通力はないみたい。ごめんなさいね、こんなものしかないわ」

「クマや狼を相手に使わない。約束する」

「そうね、そうしたほうがいいかも」

 

 軽口をたたきながらも、グレースには感謝しきれない。

 そもそも武器の足りないレジスタンスで、これでもなんとかそろえて貰えたのは彼女の好意に他ならない。ダッチとの会話が思い出された。自分で口にしたことだが、このままでは一方的な防戦のスパイラルへと落ちていく。そうなったらここも終わりだ。

 

 だからこそ今はロイドを待つしかないのだ――。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 ジェローム神父の計画というものは、実際に参加してみるとかなり雑でひどいものだと言うことはよくわかった。

 ペギーから逃げてきたという男はすっかり薬物中毒になっており、衰弱もして動けない状態にあった。

 

 それでも彼をこのホランドバレーから出そうと船を待つ直前でついに、ペギーの捜索部隊に追いつかれ。レジスタンスは人の消えた集落で衝突する――。

 

 

 住人のいなくなった居住地にペギーの車両が次々と突入してきていた。

 同時にレジスタンスの攻撃の声と共に、あたりが急に騒がしくなってくる。

 

『保安官、指示を!』

「グレース、川へ向かうルートを確保して。神父の乗った船が見えたら、知らせて頂戴!」

 

 無線に簡単に指示を出し終えると。道の角に隠れていた私は、続いて飛び出してくるペギー達の背中に向けて投げナイフを握りながら走り出した。

 走りながらナイフを投げるモーションに入ると、そこでいきなり足を止める。狙いは一瞬、すぐに腕は振り切られた。

 ペギーのひとりは後頭部にナイフを受けてそのまま崩れ落ち。その隣で後ろから攻撃されたと知った2人目が、ひきつった表情でこちらを確認するが。すでにMAC10を構えた私はピストル弾をそいつめがけてばらまいてやった。

 

 悲鳴が上がって男はひっくり返る。だが、あれでは死なないだろう。

 どれだけ命中したのかわからなかったものの、そんな確信は間違いなくあった。

 私はそいつらにとどめをささずに家の中に飛び込むと、背中に背負ったザックからダイナマイトを取り出し。ライターで導火線に火をつける。

 

「吹っ飛ぶわよ!」

 

 一応はレジスタンスの位置を確認してから、警告を改めて発した。

 火をつけた2本は、片方はまだ鳴き声が聞こえる通りのペギー達に。残りは集まっている乱暴に停車されたペギーの車両群にむけて放り込む。

 爆発と炎があがり、飛び上がった車はひっくり返って地面に着陸する。それを見て悲鳴と歓声が、そこかしこから聞こえてくる。

 

(復活か、これが)

 

 ライフルを構え、銃弾を装填する。

 手近な窓から爆発の衝撃と炎で混乱しているペギー達……と、レジスタンスをスコープで狙い。顔を判別してから、引き金を引いていく。

 

 

 その頃、居住地の外側からペギーを撃ち倒していたグレースは。

 自分の背後にある水辺に近づいてくるエンジン音を確認していた。

 

「ジェシカ、ジェーローム神父よ!」

 

 無線に向かってそれだけの報告を終えると、グレースは走り出す。ライフルから今はマシンピストルへと持ち変えることも忘れない。

 数十秒後、弱った男を肩の上に担いだグレースを。ジェシカが守るようにして、水辺へと戻ってきた。

 

「距離は?重くない?大丈夫?」

「50メートルもないわ。運ぶのは問題ないけど。コイツ、何の匂い?こっちが問題よ」

「援護する。そのまま進んで」

 

 すでに状況はレジスタンスに優勢となっているが。

 ペギーは執念深く、逃亡した仲間を渡すまいと散らされては戻ってきて追いすがろうとしている。

 

「まったく、こんな出鱈目な作戦。付き合うんじゃなかった」

 

 そう口では嘆いて見せはしたものの、ジェシカはペギーを決してグレースたちに近づけさせはしなかった――。

 

 

 作戦はこの後、水辺に到着していた船に男を下ろし。出発させたことでレジスタンスの勝利に終わる。

 ペギーの追跡部隊は2人を捕虜にして殲滅、脱走者は予定通りジェローム神父の手にゆだねられ、レンジャーステーションへと運び込まれた。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 夕刻のレンジャーステーションは、苦痛と悔恨ですすり泣く男の嘆きが静かな林の中へと流れていく。

 そこにいるレジスタンスの兵士たちには表情はなく、ただ淡々と求められる仕事をこなすだけ。

 

 そのうち一台の大型SUVが到着すると、車から老人などの一家と思われる男女が下りると。それを迎えるジェローム神父と抱き合っては小さな声で何かを交わしあい。到着したばかりの彼らからはレジスタンスと違ってなにかに耐えるような深い悲しみを感じることができた。

 

「この機会を作っていただき、感謝します。神父様」

「ではこちらへ」

 

 神父に導かれた喪服姿の一族は、そうして倉庫の床の上ですすり泣く男を取り囲んで見下ろした。

 光量のやわらかいライトをつけたジェローム神父は、聖書を手に厳かに語り始めた。

 

「聖書は教えてくれます。我々、人は間違いを犯すと。皆が迷い、己の欲望に従って道を歩き続けてしまうと。

 そうして欲望は間違いを起こし、間違いは罪となって己へと戻ってきます。さらにそれが続けば、この世界は混乱し、良き人々は絶望と孤独に悩むようになる――これは悲劇です」

 

 弱った男と、不気味な一家を前にしてそんなことが必要なのか理解できないが。ジェローム神父は、感情のないまなざしのまま語りを続ける。

 それでも視線は決して床に這いつくばるだけの男に向けられることはなく。彼を取り囲む家族に対してのみ、語りかけていた。

 

「だからこそ、希望はまだ失われていないのだと知るために。私たちは再び正しい神の教えに従うのです。家に家族を招き、隣人も招きます。共に喜びを分かち合い、悲しみは泣いて、耐えるのです。

 小さなことですが。しかしこうしたことが、我々にとってよき人となり得る道だと神はおっしゃっています」

 

 動けない男は、自分の周囲に立つのが自分の家族であり。彼らが一様に喪服姿であることを知って恐怖を感じた。

 これはどういうことなんだ?

 ペギーを裏切り、ジョセフ・シードは詐欺師だと言って逃げてきた。彼らはこんな状態になって、動けない自分でも助けてくれると確かに言った。なのに駆けつけた家族の子の姿、まるで自分の葬式をやっているかのようだ。

 悲しみをたたえても、決してむき出しになることはない囲んでいる家族の顔を見回し。その中の一組の男女で目を止めた。

 

「か、かぁさん、父さん?」

「――触らないでもらおう。お前はもう、誰でもないんだ」

 

 震えながら伸びるその手を、老夫婦は冷たく振り払い。

 だがその目からあふれ出る悲しみの涙が、拭われることなく次々と床に零れ落ちていった。

 

「え?」

「お前はおろかな息子だった。あんなジョセフだのいう詐欺師の口車に乗せられ。奴の歪んだ信仰を信じてしまった。

 それでも私たちはそれを許した。お前は苦しんでいたし、国はお前を救おうとはしてくれなかった。我々も努力したが、お前を慰めることで精いっぱいだった。

 

 だから、たとえ偽物の神であっても。

 それでお前が救われるのならばと思い、あえてお前をとがめることなく自由にさせていた。

 お前は、お前はその間違いを理解しないまま、間違った道を歩き続けてしまった。お前は――」

 

 父の厳しい言葉に息子は震えるが。それを口にするほうも顔をゆがめて苦しそうだった。

 ここでジェロームは横から口を挟む。

 

「神は罪人でも許すべきだといいます。ここに苦しむ若者を、彼の家族も許そうとしました。

 しかし、若者はそのことを全く理解しようとはしていません。彼の罪はあまりに深く、家族は彼の罪にすでに涙は枯れ果てました」

「ど、どういうことだい?僕を、助けてくれるんだろ、神父?

 ペギーから逃げてきたんだ。ジョセフの教えには背を向けた。僕は戻ってきたんだ、家族のもとに帰ってきた」

 

 弱弱しい声で自分の考えを家族に聞かせるが、聞かされたほうからはそれで何の感銘も受けないのか。反応が全くない。

 こうなるとそれが恐ろしいことのように思えてきて、何を間違えたのかと必死に何かを思い出そうとする。だが、わかるわけがない。思い浮かぶ記憶()はない。

 

「我々は神を愛し、良き人々として生きたかった。だが愚かな子よ、お前がそれをすべて台無しにした。

 お前の母の妹はこの騒ぎでペギーに殺された。私の弟は幼い兄弟を抱えて必死で『お前たちの両親はお前たちを守るために立派に戦ったのだ』と悲しみに身を狂わせて嘆いている。お前の妹たちも、ここにはいない。ペギーが採取すると言って連れていってしまった」

「し、しらない。僕は何もやっていない」

「だがペギーは家族の前に現れた。家族の多くは彼らに苦しめられた。

 周囲が彼らを危険だとののしるときにも、ただ沈黙を守ってペギーどもの邪魔はしなかったのに。お前を愛していたから見て見ぬふりをしたのに――」

 

 輪を作る人々の間からも嗚咽の声が漏れ始める。

 身内に愚かな罪人を作ったばかりに、家族に降りかかった理不尽なこれまでの多くの災難を思い出してしまったのだ。それはただ悲しく、そしてどうしようもなく許すことはできないという報復心が立ちのぼる合図でもあった。

 

「今、家族は苦しんでいます。ペギーの悪行によって、理不尽な暴力によって。愛する罪人となってしまった息子を許せないのだと、苦しんでいる。

 皆さんはよき人ではないということでしょうか?私はそうは思いません。神はいつでも、我々に進むべき道を教えてくれるのです」

 

 これは儀式だった。

 政府に見捨てられ、人々が守るべき法の精神はペギーの王国の中では無意味なものとなってしまった。家族の悲しみを慰めるものはどこにもない。であるならば”正しい神”の言葉に従って、”正しい決着”をのぞむしかない。そうでなければこの家族は前に進めない。暗い夜に、明るい朝は来ることはない。

 

「神は罪をお許しになられます。罪を犯した愚かな子を、どうしても許せない、傷ついた皆さんの罪を許されます」

「神父?ジェローム神父様?」

「愚かな子よ。お前も、もう苦しむ必要はない」

 

 聖書の中からM29マグナムを取り出すと、神父は祈りの言葉をつぶやき始める。

 銃はそうやって、ひとつの悲しい物語を終わらせた。




(設定・人物紹介)
・MAC10
一般ではイングラムMAC10と呼ばれている。
活躍は映画、ドラマ、ゲームによく登場するので「ああ、あれか」と分かってしまうくらい有名なSMGである。

フルオートでは2秒もかからずに30発以上を発射する暴れん坊だが。グレースは平然と使いこなす熟練者らしく、サプレッサーもつけずに平然としたものである。


・M1ガーランド
一般ではスプリングフィールドM1と呼ばれている。
WWⅡと朝鮮戦争で大活躍(?)した。ファークライ5では登場しない銃だが、ソフトのつながりを大事にするグレースならば持ってるのでは?と思ったので。


・こんな出鱈目な作戦
ゲームでは実際にあるクエスト。
ただ、この転向者がその後どうなったのかは不明である。なので、どうなったのか作者が決めてあげました・・・。


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転換 Ⅰ

次回は21日の18時に投稿予定。


 沈黙していたジョン・シードが動きだした。

 彼の兄は約束よりもさらに数日遅らせたが、装甲車両リペレーターを弟の元へ届けた。準備を終えたジョンはさっそく作戦を発動させた。

 

 ホランドバレーには未だにフォールズエンドやレジスタンスにかかわりたくないとする家族がいた。

 ジョンは信者を使って彼らを駆り立ててフォールズエンドへと向かわせ。同時にフォールズエンドから外へと出ていこうとするレジスタンスをリピーターを使って封じ込めにかかったのだ。

 

 そもそもにしてレジスタンスと言っても脅威なのはジェシカを含めた数人だけで。

 武器はなく、食料に乏しいことは誰でも知っていた。

 

 そこでフォールズエンドに傷ついた人々を流し込み。増えていくけが人、不平と恐れを隠そうともしない住人達と減っていく物資に恐怖させ。

 次に起こるのは裏切り――そうやって内側から崩壊させようと狙っての行動であった。

 

 実際、この計画は効果的であったことは認めなくてはならない。

 食料を求めて狩りと釣りに出ることがかなわず、教会には苦しむ人々の声であふれ。

 レジスタンスと言っても、彼らが手にするのは骨とう品としか呼びようのない銃器を握っているだけ。なんとか使えそうなのはデス・ウィッシュと呼ばれる武装車両のみ。火力がまるで足りていない――。

 

 

 ここでいきなりメアリーが言い出した。この苦難から逆転する方法、反撃の手段について。

 ペギーが徐々に危険な存在となろうとした時。ジョン・シードを最初から信じて居なかったメアリーの父は、ある日なにかの理由があって、娘に「ジョンと対決する」と言い残して姿を消してしまった。

 人々は彼はペギーに殺されたのだろうと噂したが、死体がでることはなかった。そのせいで自分たちもなにもできないのだと、ため息をついてアーロン保安官もあきらめるしかないと言ったらしい。そんな父を殺され、残された財産を抱えて悲しさに耐えねばならなかったメアリーにさらなる仕打ちがなされる。

 

 ある日突然ジョンが店先をわざとらしくゆっくりと横切って見せたのだそうだ。

 彼女はそれを知らなかったが、その直後。彼女の父が愛した装甲車両ウィドウ・メーカーが何者かに盗まれてしまった――メアリーはずっと絶望していたという。

 

「でもね。あいつらがこの騒ぎを起こす少し前。ジョンがまだウィドウ・メーカーを持っているって噂が流れたの」

「それってお父様がペギー共を追い散らすのに使ってた。あのモンスタートラックでしょ?」

「父はあれで物分かりの悪いペギーを追い回して散らしてた。あいつらには忌々しい車だったでしょうね」

 

 どうやらスプレッドイーグルの名物は料理と酒だけではなかったらしい。

 グレースの言い方から、ジェシカは期待できるかもしれないと考え始める。

 

「でも、それをなんでジョンがまだ持っていると?」

「このニック様にはその理由はわかるぜ。ジョンはあれで意外にガキっぽいのさ。車、飛行機、ヘリに船。そういったものが好きなんだろうな。俺のカタリナを奴らは奪ったが、それでもちゃんと整備はされていたんだ。ペギーにもまともな整備ができる奴がいるってことだよ。

 そんなジョンが、ウィドウ・メーカーみたいな最高にイケてるモンスタートラックを手にしたら。それを破壊するなんて思えない。今なら特にそう思うぜ」

 

 エド達にフォールズエンドの中央でデス・ウィッシュで存在をアピールさせ。住人を落ち着かせる一方。

 ジェシカたちはひそかにリペレーターと信者たちの検問を突破し、ウィドウ・メーカーの奪還に向かう。この包囲網を、モンスタートラック同士の直接対決で打ち破ろうと言うのである。

 

 

 レジスタンスの反撃はそれから2日後の昼に開始された。

 封じ込め3日目に向かって、元気に今日もフォールズエンドを中心に円を描くように走り続けるリペレーターの真横からジェシカとグレースが奪還したばかりのウィドウ・メーカーで攻撃を仕掛ける。

 この騒ぎを聞きつけ、フォールズエンドからは数台のバギーを引き連れたデス・ウィッシュも出撃。混乱するペギーの検問所を次々に襲撃し、これを蹂躙していく。

 

 リペレーターとウィドウ・メーカーの対決は2時間にも及ぶ激戦となったが。

 最後は駆けつけてきた上空のニックの飛行機と、デス・ウィッシュが率いるレジスタンス部隊に囲まれ。積んでいた火薬に引火したのか、燃え始めたリペレーターは徐々に速度を落としていくと。ついにホランドバレー中に響くほどの大爆発をおこして決着がついた。

 

 

 ジョン・シードはまたしても敗北した。

 そして悠々とフォールズエンドへと凱旋するレジスタンスたちは、傷だらけになってもなお勝者の威厳が損なわれることはない勇壮なるウィドウ・メーカーを先頭に人々はその帰還を大いに喜んだ。

 

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 リペレーターの撃退はホランドバレーの空気を一変させるに十分だった。

 フォールズエンドにはあの日々と変わらぬ平穏が戻り始め。ここに追い立てられていた人々も、再び立ち去りはしたが。その時に自分たちもレジスタンスに加わると伝えてきている人は増えているらしい。

 ジョンに奪われたものはいまだ多く取り返せてはいないものの、「変化はこのホランドバレーから」と希望を口にする人々が増えてきている――。

 

 

 一方で、私は私で秘密の計画を実行に移していた。

 朝食を終えると、店に残るグレースに目配せを残してブーマーと共に町の外へと出ていく――。

 

 元ドレビンのロイドに持ち掛けた銃の不正取引、密輸、密売。それが現実のものとなったのか、確かめる時がついにきた。

 ここからではホープカウンティの外の動きはほとんどわからないが。この戦争で勝つにはとにかく武器が必要で、私はそのために手を汚すことになるが、それでもやらなくては勝利は得ることは不可能なのは間違いない。

 とはいえ、ロイドの気が変わればすべてはご破算となってしまうわけだが……。

 

 

 私は自分が目にするものが信じられず、小さくうめき声をあげた。

 大きな牧場の広がる草原の中。ぽっかりと円形に地面がむき出しになっている部分に、まるで誰かが配達してきて積み上げていったかのような物資の山と”我々の顔に笑顔を”と書かれた誕生日か何かに使われそうな派手な明るい色の風前などの装飾がそこに施されていた。

 

「落ち着いて、私。おちつこう、ブーマー」

 

 ブーマーは何のことだ?という風に首をかしげてこちらを見上げている。動揺しないか、そりゃそうだよね。頼もしいヤツ。

 

 笑顔、と書かれた文字のそばに置かれたタブレットを手に取ると静かに電源を入れた。

 

『ジェシカ、おめでとう。我々が立ち上げるチームの誕生をまずは喜ぼう。

 君のような人は大金を手にすることはなかなかにストレスであることは理解しているよ。だからひとつだけこの悪い友人から忠告しよう。善人である君の良心が、次第に大きくなっていく利益の額におびえたとしても、それはしばらくの間だけだ。

 そうだな。100万を超えたくらいからきっと動揺はしなくなる。わかるんだ、誰でもそうなるからね』

 

 法の番人が銃の密売組織のボスとなった日ね、そりゃ確かにめでたいでしょうよ。

 

『君の話を聞いて、さっそく君の一族の長老方と面会してきたよ。君の申し出に一族は感謝し、家族のつながりが強かったことを喜んでいるそうだ』

 

 思わず鼻で笑う。

 国に、歴史に、学者にも見捨てられた哀れな先住民族が生活する方法なんて非合法のそれでしかないが。怒りと憎悪から、彼らは白人たちとの武器取引には足元を見る。だから、売り上げは良くない。見て見ぬふりのできない、知りたくなかった現実のひとつだった。

 

『このタブレットは手元に残しておいてくれ。こいつはなかなかに高性能なんだ、どこでも手に入るものじゃない。

 我々の条件と、利益を得るシステムについては別にファイルがある。目を通してほしい。ああ、安心してくれていいよ。この契約には弁護士は目を通していない、私がちゃんと対等になるように心を砕いて作らせてもらった。文句があればまた別の時に』

「ええ、そうする」

『最後に君は嫌かもしれないが、私のビジネスの流儀でね。”現在”の生産状況を君にもしっかり見せておこうと思った。嫌だろうが、その生意気な目をそらさずにちゃんと見てもらいたいね。それじゃ――』

 

 ロイドと彼のオフィスの映像が消えると、手振れがひどい映像へと変わった。

 すぐにわかった。懐かしい一族の住まうトレーラーハウス、かつての友人たちに家族。もう15年近く帰った記憶はないのに、まだそこにしっかりと残されている。

 

 そして見たくもなかった最悪の現実も。

 

 老婆から孫まで、トレーラーハウスの下に穴を掘って作った工場で、工作機器を使って違法に武器や弾薬を生産している。

 彼らはその違法な作業を歌いながら、笑いながらおこなっている。

 彼らとのつながりを絶ち、血のつながりを忘れ、故郷に背を向けでもしなければ今の私のようにはなれない。悲しいが非情でもそれは事実だったのに――。

 

 私はタブレットの電源を落とすと、無線機に「グレース?迎えをお願い」と通信を送る。

 きっと後悔するだろうと確信はあった。それでも――今日はもう何も考えたくないし、動きたくない。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 40分後、トラックに乗ったグレースは。そこに積み上げられた派手な装飾が施されたモノと、それに肩を落として腰かけているジェシカ達の姿を見て。口笛を吹きながら車から降りてきた。

 

「やったじゃない、ジェシカ保安官。あなたはついに奇跡を本当に起こしてくれたようね」

「どうだろう?嬉しくもないし、後悔もしてるかも――」

「駄目よ!あなたはやるべきことをしただけ、これでようやくペギー共と戦争を始めることができる」

「わかってるわ。そのためにやったことだもの」

「本当にわかってるの?私たち、このモンタナで、レジスタンスで、現代のアラモ砦をやらなくてもよくなったの。それがわかって私は逆に気分がいいわ」

「そうね。ありがと、グレース」

 

 そう、確かにこれで準備を始められる。

 これまで一方的に殴られ続けて居たレジスタンスは、ついに声を上げてハッキリと主張することができるようになる。

 

 グレースは素早く箱の中に並べられた武器を確認していく。

 

「弾薬もあるのね。それはニックのところに置かせてもらって、先に武器からフォールズエンドに運び込んでしまったほうが早い」

「わかった。ニックと連絡を取るわ」

「それで、どんな可愛い顔をしているのかしら――あら、TEC-9ね。それにこっちはスコーピオか」

「ギャングご用達の武器よ。売れ残ってたんじゃないかな」

「コンクリートジャングルが、予定を変更してモンタナのジャングルへ。ようこそ、お嬢さんたち坊やたちにすぐに合わせてあげるわ」

 

 サブマシンガンはピストル弾を使用するので、攻撃力に不安を残すものの。

 護身用という意味で考えるなら、十分な殺傷力をもっている強い武器ではあるだろう。

 

「こっちはショットガンね。ストックレスタイプか、ぺネリ?違うわね。最新のものと、そうじゃないタイプがあるのね」

「ええ、今回はこれが一番多かったわ」

「狩猟にも使えるし、悪いことはないわよ。ジェシカ」

「――その隣も見て頂戴。私はそっちからひとつもらうわ」

「あらあら、我らの愛しのスプリングフィールドね?M1Aとは、喜ばせてくれるじゃない?」

「男どもに混じって『可愛いよ、レミ』って囁きながら手入れをしたのが懐かしいわ――嘘、悪夢よね」

「あら、私は嫌いじゃなかったわよ?その元ネタも分からなかったし」

「それは幸せね。私が映画好きであることの不幸ね。それに同期でハマっちゃって、本当にその彼女でマスかいたやつもいて。ドン引き」

「おやおや――」

 

 軍隊時代の話は下品で馬鹿なものがそろっているという、それはいい例か。

 

「これだけ10丁か。まぁ、文句を言える立場ではないし。贅沢は言ってられないわよね」

「売れ行きがいいなら、次回にはAKMも用意できるそうよ。どう思う?」

「……どうかな、難しいわね。誰でも知るヒット商品なのは認めるけど、簡単に使いこなせる武器でもないし」

「そうよね――まぁ、すぐに答えを出さなくてもいいわ。とりあえずさっさと載せて、移動させちゃいましょう」

「了解、保安官」

 

 私たちが額に汗してトラックに武器を積んでいる中。

 草原の中をブーマーは空を見上げて、なにかにむかって飛び跳ね続けていた。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 フォールズエンドの雑貨屋の店先に男たちが殺到した。

 これまでは減少していく品物で、棚に新しい商品が補充されることはなかったのに。新たに作られたコーナーに並べられた銃器は、光り輝く新品であった。

 その上つけられた価格は適正なもの、武器に飢えていた住人たちがそれを見逃すはずもなかった。

 

 私はグレースと店主に全てを任せて、スプレッドイーグルに向かい。無線機の前にどっかりと座る。

 

「ダッチ、ダッチ?聞こえる、返事をして」

『……ああ、聞こえとるよ。しかしなんだ、またジョンの尻を蹴り上げたって知らせか?あんな嬉しい話なら、いつだって大歓迎だ』

「悪いけど何もないわ」

『そうか、そりゃ残念だ。それなら、何の用だ?』

「まじめな話」『ほう』

 

 確かに落ち込みはしたが、グレースの言う通り。武器の供給に目途が立ったことで、エデンズ・ゲートへの対応が変わる。

 まずはジョン・シードに集中するべきなのだろうが。話はこのホランドバレーだけで終わるわけでもないので、ここできちんと現在の状況について最新の情報が必要だと感じたのだ。

 

「正直に答えてほしいの。ダッチ、ホランドバレー以外は今。どうなっているの?」

『――やれやれ、教えてもいいが。あまり明るい話題にはなりゃせんぞ』

「覚悟はしているわ」

『……』

「ダッチ?」

『わかったよ。ほかならぬレジスタンスの英雄。我らのジャンヌ・ダルクが必要だと言うなら、爺さんは教えるさ』

 

――ダッチの話は、確かに愉快なものではなかった。

 

 残念だがレジスタンスは次第に身動きが取れなくなってきている。

 もちろん、お前さんのいるホワイトバレーは別にしてな。ダッチはそう、切り出してきた。

 

 ヘンベインリバー、あそこは長女のフェイスが指示を出していると言われている。

 あいつは”祝福”と呼んでいるエデンズ・ゲート内だけで使われている薬物の製造と流通。そして特定の信者にそれを用いた説得を――ようするに洗脳を施していると魔女だ。

 

 あそこは以前からエデンズ・ゲートが土地や農園を積極的に買い上げてきた場所でな。

 お前さんも新人とはいっても、保安官なら耳にしたことがあったはずだ。あの辺は危険なので近づくな、とな。

 

 あくまでも噂だが、ジョセフは多くをフェイスとと共に過ごしていると言われている。

 ほれ、あのジョセフの銅像。あれを管理しているのも彼女だ。ただ、2人共この騒ぎが始まってからあまり人前には姿を見せなくなっている。隠れているのだろうと思っていたが、どうやらそうではないらしい。

 

 どうやらジョセフはひとりで行動しているようだな。

 子供たちを自分から進んで離しているようだ。ジョンのところじゃ話は聞かないのかもしれないが、ほかの場所ではあちこちに神出鬼没で現れ。自分の言葉を語って聞かせているのが確認されているよ。

 

 ジョセフの子供たち――。

 おかしな話だよな、彼らはジョセフの本当のこともではないし。そもそもフェイスは、あれは彼女の本名ですらない。

 ま、それを言うなら兄弟の方も似たようなものか……。

 

 

 とにかく、ヘンベインリバーのフェイスはジョンにも負けない意欲を見せて活動を続けている。

 問題はあそこにはお前さんのような存在がいないってことだ。おかげでレジスタンスは追い詰められる一方でな。

 それでも骨のある連中は集まって、ホープカウンティ刑務所に立てこもろうとしているよ。彼らなりに努力しているのはわかるが、とにかく抵抗するので精一杯というのが現実だ。

 

 

 そして次がホワイトテイル・マウンテンだな――。

 

 このホープカウンティを構成する3つのエリアの北部全部をさすこの場所は。今は地獄になりかわろうとしているよ。

 当初からレジスタンスの活動をゆるさなかったジェイコブ・シードは、お前さんが破壊したあのリペレーターを使って叩き潰して回ったんだ。元軍人という話だが、確かに容赦ない。

 

 それもあるんだろうが、あそこのレジスタンスは細かく分断されている。

 いくつかの抵抗組織があるのはわかっているが。それぞれが単独で動き、連携は期待できないらしい。そもそも、こちらの呼びかけに答えてくれるのもひとつだけ。あとはだんまり、自分たちのことだけで精一杯ということなんだろうな。

 

 

 ああ、実は――お前さんに内緒にしていたわけじゃないが。

 この爺ィの身内がな、あそこにいるんだ。レジスタンスに参加して一緒に戦ってくれるとあいつは言っとる、頑張ってるよ――。

 

 ん?ああ、リペレーターを失った影響か。

 それなんだが、どうやらジェイコブは周囲に弟の現状を心配してあれを南に送ったのだ、と話しているらしい。だがそれを素直に信じる気にはならんね。

 あいつは元兵士ということもあるが、誰よりも執着心が強いことで知られている。

 自分の気に入っていた道具を、偽りの家族への愛のために譲ってやった、なんて美談は似合わない――。

 

 それでだな。

 俺が思うに、あいつはリペレーターでは自分のところのレジスタンスに効果が出なくなってきたと感じて別の手を用意したんじゃないかと思っている。

 というものもな、あのジェイコブはあそこでファーザーの言う”神の軍隊”なんてものを作ろうとしているという噂があったんだ。他に隠している武器があったとしても、何の不思議もない。

 

 ジェイコブ・シードという男は……まるで狂った独裁者のふるまいだよ。

 とにかく好戦的で、反論がどこからともなく聞こえてくるとすぐにそれを武器を手にして叩き潰しにかかる。

 それとこれは最新情報だが、ついに北部から南部へ移動しようとする人々を出さないよう。中央に厳しい境界線を構築させたらしい、と聞いた。

 

 その影響だろうな。まだましな南にいかせてやるとかなんとかやっていた、逃がし屋のようなことをしていた連中が全員消えた。

 何が起こったのかはわからないが。おそらくジェイコブに捕まったのか、逃げ出したんだろうという噂だ。これは、まだはっきりとはわからない。

 

 これでいいか、保安官?

 ようするに、だ。ホランドバレーはお前さんがいるんで、多少はマシなことになってはいるが。他は残念ながら、ペギーに好き勝手にやられ放題になっているよ。まだ希望は捨ててはいないが、難しい状況であることに変わりはない――。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 エドとジェイクも、当然のように店で新しい武器を買い求めた。

 これまでいろいろと役に立ってはくれたが、ペギー共のライフルなんて正直お断りしたくてたまらないと思っていたんだ。

 

 エドは最新のレールシステムが搭載されたほうのショットガンを、ジェイクはスコーピオを選んだ。

 ARライフルとショットガンは下取りにして、追加したオプションの費用の捻出として。これまでこっそり殺したペギー達の遺品や小銭も大放出。

 

 田舎町の若いアンちゃんたちは、今じゃ手にした新品の銃を構えたりしてすっかりプロの兵士にでもなった気分を味わう。

 

「よォ、グレース。見てくれよ、俺たちの新しい相棒をさっ」

「イケてる?惚れちゃうだろ?」

「――ハイハイ、坊やたちおもちゃの自慢はもういいかしら?それなら大人に戻って、ちょっとついてきて。ジェシカ”ママ”が呼んでるのよ」

「ちぇっ」「了解」

 

 やっぱり実際の戦場を知っている滅茶苦茶ヤバイ女性陣には、この程度の変化はハシャイデいるように見られるのだろうか。

 

 

 スプレッドイーグルではジェシカは無線機から離れ、静かにビールの瓶を煽っている。

 グレースが楽しい相棒たちを連れてくる間にも、考えをまとめなくてはならない――。

 

 

 ダッチの新しい情報で、ジェシカの脳裏に浮かぶホープカウンティにも変化が生まれようとしていた。

 今日、新しい武器がフォールズエンドに届けられたからだ。

 

 ジョンはそろそろ打つ手を失い、彼自身があの夜のように前線に出てくるのも近いように思えてならない。例えそうではなかったとしても、明日からレジスタンスは本格的にホランドバレーに戦闘を仕掛けることになる。

 あの男がどれだけ我慢強いのか試すことになるが、結果はもう明らかと言ってもいいだろう。

 

 ここまでなんとか耐えしのいでやってくることができた。

 だからこそ、これからの反撃の狼煙をホランドバレーだけではなく。ホープカウンティ全部に感じさせなくては。争いの火種は業火にまで育てる必要がある。

 

 今は頼れる仲間はまだ少ない。

 身重の妻のいるニックや、確かな軍歴のある狙撃手のグレース、ジェローム神父をここから動かすわけにはいかない。

 なので自然、あの愉快な若者たちに役割は回されていくことになった。

 

 

 エドとジェイクはジェシカの密命を受け、大喜びで車に飛び乗ると進路を東に向け。夕暮れ時のホランドバレーを走っていく。

 目指すはヘンベインリバー、ホープカウンティ刑務所に立てこもろうとしているというレジスタンスへ。彼らにしっかりと伝えなくてはならない。希望は決して立たれたわけではなく、そしてそれはもう目の前まで来ているということを。

 




(設定・人物紹介)
・リペレ―ター
原作でもクエスト「リペレ―ター」で登場する武装装甲車両。
追いかけると面倒だが。待ち伏せすると、意外とヤワイという。


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堕ちる天使

今回でストライフの章、ラスト。
次回投稿はいつも通り明日を予定してますが、明後日になるかもしれません。


 暗闇が広がっている。計画は実行され、始まりは良かったはずなのに。

 結果は無残。ジョン・シードの名はついに地に堕ちた。

 

 圧倒的であったはずのリペレーターを失い。ついにジョンはレジスタンスに打てる手を失ってしまった。

 そして恐怖は、いつの間にかジョンのそばに立って彼を静かに見下している。弱い自分、頼られない自分、ジョセフを失望させ。新しい家族たちも心の底では「あんたには期待していないから」と思っているに違いない。それは……それはジョン・シードであってはいけない!

 

 この恐怖を消す方法はもはやひとつしかない。

 

 思えばあの夜。

 厳しく清められてもなおこちらに憎悪の視線をむけるのをやめようとしないあの女を。その目が恐怖に満たされるまで、しつこく清めてやろうとした自分は正しかったのではないか?

 いや、そんなわけがない。それを汚す行為だと言って止めたジョセフの言葉には、きちんとした意味は確かにあった……はず。

 

 ではなぜ、あの女はジョセフを否定する。

 理解しようとしない?

 

 神の言葉を教えられても無言を貫き。従え、導こうとすれば抵抗し。しつけようとすれば反撃してくる。

 これでは意味がないし、自分はそうではないが。ジョセフの予言に疑いを持つ信者が出てきてしまうかも。ならば――攻撃だ。

 我らの神の、ファーザー(ジョセフ・シード)の御意志に反するが。この嘘であの女を大衆の中から引きずり出し、レジスタンスの見ている先頭で這いつくばらせればいいではないか。

 

「おい!準備しろ、フォールズエンドに行く。今度こそ、これが最後だ……決着をつけてやるやるぞ」

 

 愚かな羊たちよ。

 我らの神の言葉が聞こえないというなら、聞き方から教えてやろう。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 ジップ・クプカは愛国者だ。

 この最高で最強だったはずの国の現状に深く、憂いを持っている。

 

 だからペギーがバカ騒ぎをはじめても、それにとりあわず。静かに国が対処に動く時を大人しく待っていた。それこそが正しい国民のふるまうべき態度というものだろうと、この愛国者は信じて思ったからだ。

 だから彼はレジスタンスには参加しない。

 

 だが状況は悪くなる一方で、国は驚くほど何もしてくれなかった。

 

 思い悩んだ彼は、ある朝。神の声を聞いた、正しいと信じることを直ちになすのだ、と。

 それはもうはっきりしたもので、今の問題は彼の脳裏にすでにしっかりと見定まれていたのだ。それはなんであったのか?

 

 答えは食物連鎖とウォール街だ。

 

 ペギーに参加していった隣人に売りつけられた火炎放射器を手にすると、衝動に従って外に飛び出すと車に飛び乗った。

 

 愛国者は同時に動物愛護にも通じて居るべきだとクプカは考えている。

 だから食物連鎖を正さなければならない。ペギーは世界が終わりを迎える、と喚き散らすがそれは違うのだ。奴らがどこかの工場から運び込んだ廃液を畜産物に与え、その畜産からでていく血や肉を人が摂取する。生命の鎖でつながれた美しい神の定めた円環(しゅくめい)というやつだ。

 汚染され、毒された動物たちがこの命の輪廻の輪に入ることで、めぐりめぐって人は破壊されてしまう悲劇が起こる。

 

 つまりペギーはおかしくなるし。

 世界も破滅へと一直線というわけだ。この論理のどこにも破綻は、ない。

 なんという悲劇だろうか?深い悲しみに支配され、運転中だというのに思わずジップの目に涙が浮かぶ。

 

 そしてジップはそのまま泣きながら農場に車を止めると。そこにいた畜産と一緒に全てのペギーを焼き殺した。これで問題の片方は解決。この世界の半分は救われる。

 次はウォール街の問題だ。

 

 国民から吸い上げた金でマネーゲームを楽しんでいるあのグローバリスト共は、女の上にまたぐようにして金の延べ棒でマスをかく変態共だ、間違いない。

 つまりホープカウンティの歴史にうずもれたとされる閉鎖された金鉱山は、実は政府の命令で今も動いているということがわかった。なぜならあのペギーがそこでもなにやら人を送ってゴソゴソとなにかをやっているのだから、あそこでやることなんてひとつしかない。

 

 ジップ・クプカの頬には涙のあとがまだ残っていたが、その足でまっすぐ鉱山へと向かう。そしてまた、そこにいたペギーを焼き殺した。

 だが今回は用意した爆破装置もしかけて、ここを吹き飛ばすことにする。

 彼は愛国者なのだ。敵に有利にさせるものをその場に残して立ち去ったりはしない。その準備はちゃんと用意してある。

 

 なのにここで誤算が起きた。ペギーを燃やしたことで立ち昇る煙に気が付き、飛行機とヘリがここに様子を見に殺到してきてしまったのだ。

 空から見下ろすペギー達の顔色はすぐに変わる。そして、仲間の死体の中で空を見上げるジップ・クプカも当然見つかった。嵐のような攻撃が始まった。

 乗ってきた車は炎上し、ジップ・クプカは逃げる手段を失って鉱山の穴の奥へと走りこむしか方法はなかった――。

 

 穴の奥、闇の中で追い詰められた彼は目を閉じる。

 この任務を終えたら世界を救った男として人々から称賛を受け、バラ色の引退生活を送るつもりであった。しかしここまで来るまでに大きな犠牲を払ってきたことも知っている。

 豚さん、牛さん、犬さん、猫さん、鳩さん、そしてスカンク(なぜか農場に突入してきて、燃え上がる大火の中に飛び込んでいってしまった。それを止めることはできなかった)。ペギーと共に焼け死んだ彼らの犠牲は忘れないし、彼らが英雄であることはだれが見ても明らかなことだ。その魂に報いなければ――。

 

 燃料切れの火炎放射器を静かに置いた。この運命の日に、相棒としてよく自分に尽くしてくれた。

 そしてすでに準備は整っている。ポケットから起動スイッチを取り出し、両手で固く握りしめる。この鉱山のあらゆる場所に爆薬蓮で仕掛け終わっていた。

 

 あとは火をつければいい――。

 

 それで仕事は終わる。

 ジップ・クブカの予定に帰りの切符が必要なかったというだけのこと。それは神も知っておられたのだろう。

 背筋を伸ばすとスッキリした顔で、手の中のものを改めて見たが――何でもないことのように思えた。だから、押した。 

 

 鉱山は突如として火に包まれた。彼が望んだように、文字通り吹き飛んだのだ。

 ヘリはうっかり近づきすぎて、炎と衝撃に耐えきれず日常へと墜落する。飛行機はそれを見て、慌てて距離をとりどこかへとこの惨状を報告をはじめる。

 

 ジップ・クスカは、きっとこの結果を喜んだであろう。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 大きな転換点を迎え、いよいよジョン・シードとの対決を考えられるようになったが。

 困ったことにレジスタンスの間には妙な浮かれ気分が見て取れて、それが不安を感じさせていた。その上、スプレッドイーグルからはこの際、今年は開催が絶望的と考えていた祭り――テスティ・フェスティを開きたいのだと提案されてしまった。これになんと、あのジェローム神父さえも同意しているのだそうだ。

 私は苦笑いでその場を切り抜け、憤然として友人のところにビールを手にして向かうと愚痴を……いや、不満をぶちまけてやった。

 

 だが、返事は意外なものだった。

 

「いいんじゃないの?」

「グレース、本気でいってる!?

 そんな……嘘でしょ。今はジョンと戦ってるのよ?そんな中で祭りをやるって?」

「――ジェシカ、それはきっと私たちが軍人だった時があって。戦場ってものを知っているからってだけなのよ。そう思わない?」

「どうだか」

「そう?でも軍隊式に怒鳴りつけて彼らの士気は上がると本当に思っている?保証してあげる、そんなことをしたら皆あなたに怯えるようになるだけよ」

「……」

「それに私も賛成よ。士気も上がるだろうけど、頭も切り替えられる。あなただって、ずっとジョンと戦ってきたんだもの。ここらへんで息抜きをしておきなさいな。まだ先は長いのよ?ジョンを倒しても、それでエデンズ・ゲートが倒せるわけじゃないんだから」

 

 その時のグレースの忠告は、私にはひどく道理の通ったもののように思えた。

 そして――実際に祭りは最高だったと言っておく。

 

 

 私はここに来てから初めて前後不覚に陥るほど浴びるように酒を飲み。特別な料理として出された牛の睾丸を、大笑いしながらぺろりと平らげ。空になった瓶を振り回しては「新しいのを持ってこい」と叫び続けた、と思う。

 

 これで翌朝、ベットの上で互いに裸の男女が――男は是非、チャーリー・ハナム(可愛い色男)であってほしいけど――お互い顔を見合し。にっこり笑って「おはよう」だったら最高だったが。そこまで現実は甘くはなかった。

 

 翌朝。

 泥にぬかるむ豚のケージの中で、彼らに「ここから早く出て行ってくれ」とばかりに臭くて汚れた鼻をあちこちに押し付けられての目覚めた。

 ああ、地獄だったんだな。私の日常が無事に帰ってきてくれた。豚には感謝しよう、いつかロースハムにして食べてあげる。

 

 

 今日も良い天気だ――。

 

 私は近くの空になった住居に入り、水とお湯が出るのを確かめると汚れた服と体を何とかしようと洗濯とシャワーをはじめた。

 タオルにバスローブまで借りて、屋外に服を干すと。なにやら自分もひさしぶりに太陽を浴びたくなってバスローブのまま寝椅子を持ち出してきて横になった。

 ホランドバレーの朝は不気味に静かで、広がる農地に人も車も影ひとつ見ることはない。

 

(こんなところ、うっかりペギーに見つかったらぶち殺されるわね)

 

 フォールズエンドから300メートルと離れていないこのあたりでは、もうしばらくペギーの姿を見たという話は聞かない。

 例え見たとしても、それがあのペギーには悪名高い女保安官が武器も持たずに無防備をさらしているとはきっと思わないだろう。

 

 

 恥ずかしい話だが、この時の私もまたうっかり気を抜いてしまっていたのである。

 この時、洗濯物なんて放っておいて。家の中に残っていた服を着てさっさとフォールズエンドへと戻っていれば、話はもっと違ったものとなったのかもしれない。

 

 すでにこの時、緩み切っていたフォールズエンドにジョンは乗り込んできていた。

 私と同様に気の抜けきっていた街の住人たちはそれに抵抗もできず、あっさりと捕まってしまったのだ。それに気が付かず、私は午前中をのんびりとうたた寝をして過ごしてしまった。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 午後、ようやく私は事態に気が付いた。

 あろうことかジョン・シード自身からの個人あての通信を聞いて、ようやく知ったのだ。フォールズエンドはいつの間にかペギーの手に落ちてしまっていた。

 

 私は怒りを感じる――。

 

 

 フォールズエンドに人影がなくなっている。そのかわりに教会からは、明るく楽し気な歌が繰り返しそこから流されている。

 私はその入り口に立つと、大きく息を吐いた。

 

 丸腰で町の教会までこい――なるほど、オッケー。

 

 仲間の反論を封じて私はすぐに向かうと決断を下した。

 ジョンは感情的な男だ。待たせたというだけでも、捕まった住人たちの無事は保証できない。

 

 私は頭の後ろに手をやると、指で160メートルほど先からこちらの様子をうかがっているであろうブーマーとグレースに情報を伝えておく――。

 

(今から中に入る。後はヨロシク)

 

 意を決して扉をくぐると、待ち構えていたペギー達に手荒く歓迎され。私はあっという間に教会の床に叩き伏せられた。

 

 

 グレースはスコープ越しにそれを確認した。

 兵力差は2人と一匹に対して大勢ときている。状況は最悪の一歩手前で、野球に例えればサヨナラ・ホームランしかないってところか。

 そしてアフガンの戦場で、グレースはたびたびその経験を味わってきた――。おかげでジェシカが殴り倒され、引きずられてジョンの前へと連れていかれる姿も冷静に見ることができた。

 

(教会の裏に2人を確認、か)

 

 こんな状況になることは望んでいなかったが、皮肉にも祭りに参加したジェシカは泥酔してフォールズエンドに戻らず。祭りに参加しなかったグレースは、ブーマーを連れての巡回を終えて戻ったところで異変に気が付いた。

 この場合、間が悪かったのだと慰めるべきか。それともまだ逆転できると運がよかったと喜ぶべきか。

 

 耳に着けたイヤホンからは、教会の中で今まさにペギーとジョンによって嬲られているジェシカのくぐもった声が入ってきている。

 

「頑張ってよ、ジェシカ。必ず助けるから――」

 

 最初のポイントから移動。町の西側から侵入し、スプレッドイーグルの屋上から教会の中を狙撃する。

 ブーマーが先導して足早に、それでも静かに迂回しながらの接近を試みるが。その間にも教会の中では悪いことは次々と起こっていくようだ。

 

『――お前に傲慢と書き込んでやるだけだ。問題はないだろ、保安官』

(ふざけるな。問題ないわけがないだろう!?)

『ムハンマドが山にこないなら、山を持ってくればいい』

(ジョセフの受け売り?全然面白くないわよ)

 

 自分では冷静なつもりだが、実はそうでもなかったらしい。屋根に上る際、ライフルが滑って地面に危うく落としそうになった。

 心配そうに地面から見上げるブーマーには大丈夫、離れてろとジェスチャーで指示を送ると。屋上を這いな、再び構えてはスコープを覗いた。

 

「嘘でしょ……」

 

 教会の中ではジョンがナイフで生きた”ニック・ライの肌”をはぎ取って嬉々としてそれを窓にむかってかざしているところだった。

 あの可愛らしい坊ちゃんの頭をこれからきれいにぶっ壊してやる――直前の動揺が、本来なら動くことのないグレースの心にさざ波をうみだしてしまった。

 

 それでも銃声は一発。

 すべてを逆転させるのに十分な、一発ではあった。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

「レーザーポインター?……外だっ、狙撃してくるぞ!」

 

 ペギーの警告と同時に私も動く。

 目の前のジェローム神父の手にある聖書――その中から彼がいつもそこに隠しているリボルバーを差し出すのを取り出し、ジョンに。同じく教会の窓ガラスも砕け、外からライフル弾もまたジョンをめがけて飛びこんでくる。

 

 どちらの弾丸(タマ)が命中したのか、それはわからない。

 だが確かにジョン・シードの呼吸が乱れ。苦痛が漏れ聞こえた。

 

 そこからはもう、大混乱が始まった。

 教会の中でレジスタンスとペギーの争いが始まり、仲間に支えられたジョンは慌てて車に放り込まれるとフォールズエンドから逃げ出していく。

 

 

 私はそれに気が付かず、ジョンの頭をぶち抜くのを邪魔した女の顔を腫れ上がるほど殴りつけてはブスにし、二度と動かないようにと丁寧に顔面を破壊することに夢中になっていた。そこに「保安官、ジョンが逃げた!」誰かの声で、ようやく理性を失うほどの興奮から覚めることができた。

 混乱を放り出して教会をでると、メアリーとニックが武装車両に乗り込んでこちらへと手招きをした。

 

「保安官、こいつを持って行ってくれ!」

 

 言いながら走り寄る雑貨屋の店主から、ショットガンが飛び出すバッグを受け取り。

 私は銃座へと駆け上る。乱暴にエンジンが獰猛に吠えて走り出す。

 

「ジョンは奴の牧場へ向かったはずだ。そこで決着をつけろ!」

 

 背後に遠くなっていくジェローム神父の声を置いて、続くようにバギーに乗ったグレースと自分の足で走って追うブーマーと続く。

 ジョンはこの追跡に気が付いて慌てたのだろうか。ペギーの増援を次々とこちらの前に送り込もうとするが、怒り狂った私たちを止めれる力は彼らにはなかった。

 

 ホランドバレーを移動する戦闘音が響き、破壊された車両とペギーの死体が生み出されていく。だが、止まらない。止まれない。

 ジョン・シードの首元めがけて突き進むだけだ。

 

 ペギーの集まる、あのシード農場へと乗り込んでもこの勢いは止まらない。

 80年代のアクションムービーのように、私たちの前で動くものが目に入るとそこに容赦なくM60をむけた。それがなんであれ、引き裂かれ、砕け散っていく。

 だがそれはジョンではない。

 

 助手席に座るニックが突然顔色を変え、運転席のメアリーに怒鳴った。

 

「エンジン音だ――クソっ、メアリーここじゃない。ジョンは飛行機で脱出しようとしているんだ。滑走路だよ!」

「怒鳴らないでよ!」

 

 車が滑走路に侵入しようとすると、その目の前を横切って空へと昇っていく戦闘機。

 ここまできて「どうしよう」、「逃げられた」なんて言葉を口にするわけにはいかない。

 

「ニック!」

「わかってる、保安官!」

 

 2人で車を飛び出し、農場の車庫の扉の開閉ボタンを押せば。

 そこからゆっくり現れるのは複座敷の戦闘機――ペギーの”回収”によって奪われた誰かの機体――私は銃座に飛び込み、ニックは操縦席に滑り込む。

 

「追いつけるわよね?ホープカウンティで1番を口にするのに無理とか言ったら殺すわよ!?」

「安心しろ、空でアイツに大きな顔をさせるものかよ」

 

 エンジンが始動し、滑走路へと入り徐々にスピードを上げる中。

 シード牧場には後続のレジスタンスたちが到着し、メアリーとグレースが先頭に立ち。この屋敷は本格的な戦闘へと投入していく――。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 あの世界大戦であったであろう、空を舞う2機の戦闘機による格闘戦(ドッグファイト)は終わった。

 私とニックの雄たけびの中、ジョンは墜落する飛行機を脱出した。なんて奴だ、まだ死なないのか。

 

「ックショウ、なんてしぶとい奴なんだ!?」

「――行ってくるわ、ニック」

「え、保安官?」

 

 無感情にそれだけ口にすると、私もキャノピーを開いて大空へと飛び出していく。

 ニックが何か言ったが、その声は私にまで届くことはなかった。

 

『兄弟よ、姉妹たちよ、恐れるな。なにも、心配は――ぐふっ。いらないのだから。ファーザーはこの時のために、そなえてこられた。神の声を理解しない無知な奴らからバンカーを守れ。俺も、ウゥッ、合流するだろう。共にこの壊れてしまった世界の”崩壊”の時を見守ろう』

「ジョン・シード!!」

 

 落下を続ける私は一直線にジョンに向かうと。空中でパラシュートを開いていた相手に、そのまま体当たりを敢行した。

 

 

 勝負は決した。

 地上に降りる前に突き飛ばされ。泥水の上を這っては、私に蹴り上げられたジョンは傷口を抑えながら苦痛にうめいた。

 可愛い声だ。クソ野郎をこの手で直接痛めつけることができて、実に気分がいい。なのにこいつの口はまだよくまわる。

 

「なぜ、お前はファーザーを受け入れない?……無知なのか?無神経なのか?

 あの人の計画は万全だった、今のお前達に味方はいない。それなのに、なぜお前は抵抗を続けている?」

「この身体に刻んだタトゥーは私の誇りよ。それを、断りもなくやってくれたわよねぇ」

 

 はだける襟元に、左の乳房の上に傲慢の黒文字が入れられている。あの教会でこのジョンの手で刻まれたもの。

 それは私が望んだものでは決してない。理性が焼けきれそうだ。

 

「皆、あの人はイカレテいると口にする。だが考えろ、彼が正しかったらと。世界は危機に瀕している……政治もメディアも、支配することしか考えない。奴らがなぜ信じられる?」

「それならジョセフを信じるアンタは、なぜこんな状況に立たされてる?その理由は考えた?」

 

 言いながら蹴りをもう一発。だが、今度はそれにジョンは耐えた。

 そしてこちらの問いには答えず、ニヤリと笑ってみせる。

 

「ジェシカ……ワイアット保安官。お前に――神の御加護があらんことを」

 

 キレた。

 もう語ることは何もなかった。理性を吹き飛ばすこの怒りに身を任せればいい。もう一度、今度こそ自分の意思で。

 私はジョンの上に馬乗りになると、全身の体重をかけてその首を締めあげていった――。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 ダッチは知らずに自分が震えていることを自覚した。

 

「ジョンが……ジョン・シードが死んだ?本当なのか」

『ええ、そうよ。ジョンは死んだ。シードの家の一角は崩れたわ。今日、ホランドバレーはペギーの手から解放されたの』

「そんなことが。おかしなことだが、正直驚いているよ」

『ええ、そうかもね。先週までの私だったら、あなたと同じ気持ちになったと思うわ。

 

 ジョンを殺した後。ジェシカがレジスタンスを引き連れてバンカーを襲撃したわ。半分ほど逃げ出してたみたいだけど、それでもかなり激しい抵抗はあったみたい。

 それでも私たちは勝った。

 ペギーに、ジョンに捕われた人々と一緒に。そうそう、あのトンプソン保安官も救出されたわ。これが最新の情報、さっきバンカーを吹き飛ばしたら凱旋するって連絡があったのよ』

「まさかエデンズ・ゲートに勝てる日が来るなんてな。いや、嬉しいよ。胸がいっぱいで――何を言ったらいい?」

『素直に喜んで、ダッチ。今は私たちにそれが必要なのよ、連絡終了』

 

 ダッチも無線機を置くと、壁に貼られたホープカウンティの地図の前に立った。

 ホープカウンティの南西部、ホランドバレー。そこに貼られていたジョンの写真にマジックで罰を入れ。家屋に貼られたペギーのマークをはずし、消していく。

 その作業をしながら、徐々に老人の顔には笑みが広がっていった。

 

 

 祭りに続く連夜の騒ぎでも、この喜びを抑えることはできなかった。

 スプレッドイーグルでは再び酒が振舞われ、ジェシカは英雄として。顔を合わせに来た人々から賞賛を受けていた。

 

 それを一通り聞いた後、手に2本のビールを下げてジェシカは教会に向かう。

 騒ぎによってドアが吹き飛ばされ、来るものを拒むことのなくなった神の家の階段にはグレースが座っていた。この人間嫌いの相棒は、祝賀パーティでもそれをきらってこんなところに逃げてきていたのだ。

 ジェシカは彼女にビールを手渡し、その隣に自分も腰を下ろす。

 

「やっぱり賑やかなのは嫌いなのね」

「笑えない話をするとね――時々、今のホープカウンティがあの戦場(アフガン)に思えて。気分がいい時があるの」

「へぇ」

「あそこで味方の男たちの馬鹿に付き合うのは、退屈しのぎだと当時はずっと自分に言い聞かせていたんだけどね。戦場から帰ってきたらわかってしまったのよ。戦場で、このライフルで、奪った命の数を柱にナイフで傷つけることがどれほど愛しいことだったのかって」

「それはヤバい。重症ね――」

「ほんとにね。今からでも傷痍軍人手当の申請でもしようかしら」

「いい弁護士が必要よ。きっとね」

「……あなたはどうなの?戦場を懐かしいとは、考えたことがない?」

 

 人づきあいが苦手なグレースと違い、ジェシカは聞かれれば自分が軍人であったことは認めるが。それを進んで他人に聞かせることも、聞かれることも嬉しくは思っていないことは薄々感じてはいた。仲間と敵の血が流れる戦場を知らないわけではない。

 だがなによりもあれほど深く愛した軍での屈辱は、決して忘れられるものではなくなってしまった。

 

「自分を特別な存在にしたかったわ」

「英雄になりたいってこと?」

「誰かの称賛は必要ない。そんなものはあとからついてくるものだって知ってたから。

 だけど自分が特別であることは証明するしかなかった。そのために軍を選んで、戦場も選べるようにしたかった」

「……なかなか野心的だったのね」

「というよりも、野心の塊だったわ。あそこで私を助けてくれた人たちは、みんな私のことを特別だと言ってくれた。でも私はそれを証明することは結局一度もできなかった」

「一度も?」

「ええ、そんな感じよ。評価にふさわしい実績を積めなかったんだから。褒められて調子にのっている度し難い女、ってことね。大それた野心なんか持った代償よ」

 

 今でもそんな過去の自分を笑うにも顔のどこかが引きつりを覚える。納得などできない、あんなもの……。

 

 とにかく結論は出た。そしてそれから自分は落ちっぱなしだった。

 それでもだいぶマシだったとは思う。あのクリス・リーですら傭兵では金のために元ドレビンの元にいる。自分も戦場に縛られたくて、軍人でいたいと願って。戦場生活者として小金で誰かの代理戦争に命を懸けていてもおかしくはなかったのだ。

 

「フッ、女が2人して暗いわよね。こんな日なのに」

「それじゃ、違う話をしましょうか――次はどうする、ジェシカ?」

「――わからない」

「本当に?アナタ嘘が下手なのね、保安官」

 

 ホランドバレーはもう心配はいらないだろう。

 だが、ホープカウンティはまだなにもかわっていないのだ。




(設定・人物紹介)
・ジップ・クプカ
原作のクエストで登場。
なかなかに愉快な人だったので、役割を変えて登場させてみた。


・テスティ・フェスティ
牛の睾丸祭り、らしい。こちらも原作のクエスト。
料理に使う睾丸を用意してくれという、なかなか狂ったものだった。


・チャーリー・ハナム
実在するハリウッドで活躍するイギリス人の役者。
日本ではパシフィック・リムの主人公で知られている。ひげ面がなかなかイケメン。




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WAR の 章
唯だ善人のみ能く尽言を受く


今回から新章となります。
そしてそろそろ辛くなってきたので、読者様からの反応を募集しております。推薦、感想どちらでも構いません。よろしくお願いします。


 ジョンが死んで2日。

 ホランドバレーはそれでも急速にかつての姿を取り戻そうとしている。

 奪われた果樹園や農地、牧場に逃げ伸びていた住人達は戻ってきたが。そこにあった人や食べ物、動物たちの多くは奪われ。もう帰ってくることはない……。

 

 レジスタンスに参加した人も、最後までまんじりとして動かずに嵐が収まるまで沈黙してきた人々も。

 今は悲しみをこらえ、怒りと憎悪をエデンズ・ゲートにむけることで互いに沈黙を貫いている。

 

 

 私はと言えば、襲ってくる疲れにこの2日間は動けず。ひたすら寝てはおきてを繰り返した。

 考えてみればエデンズ・ゲートが騒ぎを起こしてからのこの1か月余り。なまった体でいきなりリハビリなしで軍隊時代に戻ったようなやり方を無理に押し通してきたのだ。そのしわよせだろうか、ホッとしただけで一気にひどい有様となった。

 メアリーは「そういうトシなのよ」といって笑い飛ばしてくれたが。正直な話、かつての自分であればと思うとかなりへこむ出来事であった。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 ということで、なんとか動けるお湯になった本日。

 この貴重な時間を私は、新しいことに挑戦することにした。メアリーに借りた釣り用具を新しく手に入れたド派手なジープに詰め込むと、エンジンをかける。

 

 釣り場につくと私はさっそく目当ての人物がそこにいるのを確認した。

 メアリーから、彼がここにいることは聞かされて知っていたが――いなかったらホランドバレーの水辺を探し回るところだった。

 

「ハイ、今日はどんな感じ?」

「これはこれは。このカウンティ―ホープの英雄、現代のジャンヌ・ダルクとなった保安官様じゃないか。どうしてここに?」

「今日は休みなのよ。それで――思いついたの。今こそあなたの勧めに従うべきかもって」

「ついに釣りを始めるか。そりゃ、いい」

 

 彼の名前はコヨーテ・ネルソン。

 ホープカウンティで生まれ育った、プロの釣り師だそうだ。

 

 彼と出会ったのはだいぶ前、あのダッチのバンカーから何の保証もなく飛び出した直後の話になる。レンジャーステーションから抜け出たペギーが水辺を捜索していたとこえろを私は襲った。

 その時、すぐそばで暢気に夜釣りをしていたのが彼である。

 

 肩で荒い息を吐き、興奮冷めやらぬ私を前にして平然とした顔で「俺は釣りが好きだ、愛している。これからくたばるとしても、それは武器を手にして兵士としてではなく。俺はただ、釣り糸を垂れて幸せな気持ちのままで死にたいのさ」随分とのんきで独善的な奴だと思ったが。強烈な印象として記憶に刻むには十分な出会いだった。

 なによりそれを口にする彼の表情はあまりにも真剣なので、私もそれ以上は何も口にしないことにしたのだ。

 

「フォールズエンドの夜以来か――本当に久しぶりだ」

「あなたが力を貸してくれたおかげで、あそこで食料不足に悩む必要はなくなった。それに、あなたの希望通り。魚を無理に乱獲しないようにも気を付けているわ」

「そりゃ、よかった」

「スプレッドイーグルでは新たに魚料理が充実してるって評判なの。また顔を出してあげて」

「ああ――それで食料の件、本当に解決したのかい?」

「いいえ」

 

 ジョンが死んで、私はすぐにレジスタンスを引き連れてジョンのバンカーへと勇ましく乗り込んでいった。

 そこで捕われていた人々とトンプソン保安官助手を救出したが。トンプソンはジョンが死んだことを聞くと激高し、ペギーを皆殺しにすると叫んではバンカーの機能を狂わせ。止めるのも聞かずにバンカーを火の海へと沈めてしまったのだ。

 ジョンに苦しめられた彼女の気持ちは理解できたが。それはあまりにも短絡的、軽率な行動だったと言うしかない。

 

 おかげでジョン達の手でバンカーに運び込まれていた物資のほとんどは失われ。

 ホランドバレーの人々の中にはそんなことをしでかしたトンプソンに対して批判的な目を向けていた。

 今のところ農場と作物、そしてメアリーや神父のおかげで彼らは口を閉じてはいるが――。

 

 まだ情緒が安定しないトンプソンに、エデンズ・ゲートに引き続き対処しろと要求するのは良い考えとは思えなかったが。自分の名代ということにしてやらせている。

 そんな彼女をレジスタンスの活動に参加させて、味方に背後から撃たれるような状況に置かせたくはなかったのだ。

 

 

 釣り師としてのデビューは、正午までに大物一匹と引き換えにメアリーから借りた糸とルアーを多く失ってしまった。

 ルアーは彼女の自作と言っていたが、失った一つにどれだけ時間をかけたのか聞いていないことが。このまま戻るわけにはいかないんじゃないかと、私を焦らせた。

 

「無残なものね。メアリーにどうやって謝ったらいいのか」

「あんた、手首が強すぎるんだよ。だから――よし、ちょっと待ってろ」

 

 そういうとコヨーテは近くにあった彼のテントの中から新しい釣り竿(ロッド)の入った包みを抱えてくると、こちらに差し出してきた。

 

「これはあんたにやる。俺はもう使わないものだしな」

「いいの?なんか、高いものだったら期待されていると勘違いするかもよ」

「確かに高い品だが、気にしなくていいさ。その代わりにちゃんと使ってやってくれ」

「ありがとう。嬉しいわ」

「それと――ああ、なんか新車を買ったのか?チラッと見たが、随分と楽しそうな車が止まっているのを見たぞ。あれ、アンタの乗ってきたやつだろ」

「ああ、あのド派手(星条旗)のジープでしょ。あれは私の。新車なのよ」

「フォールズエンドでみた車とは違ったようだ――」

「正解。あれはジョンの倉庫にあった奴。あいつのおかげで私は財産のすべてを失ってしまったのよ。今はあのアホみたいに派手な車と、このあなたにもらったばかりの釣竿だけ」

 

 エデンズ・ゲートは私から同僚を奪っただけでは足りなかったようで。働く職場と叔父から受け継いだ自宅も焼き。ジョンはフォールズエンドを占拠したあの朝に、これみよがしに車庫で眠らせていた私の愛車をガソリンまみれにして火をかけていた。

 それを知ったのバンカーから戻った後のこと。もし行く前に知っていたら、トンプソンに代わってきっと私がバンカーを火の海に沈めてやったに違いない。

 

 もともとはいくつかのバッグに収まる程度のものでしかなかった全財産だが。

 日本車とはいえ頑丈さとかわいらしさのある愛車と、譲られたものが火の中で朽ちてしまったと知らされるのはやはりキツかったんだろう。ひっくり返ってしまったのも、それが影響を与えなかったとは思えない。

 

 メアリーたちは気を使ったのか。

 ありがたいことにジョンの車庫から一台をまわしてくれると言ってくれた。

 なんでもホープカウンティでは伝説のスタントマンとやらが使っていた特別なものとかなんとか――。

 

「それより聞かせてよ。確か、あなたフォールズエンドを出ていくときに話していたじゃない。『しばらくは別のところに行ってみようと思うんだ』って」

「ああ」

「どこで釣ってたの?」

「ヘンベインリバーだ、あそこで4日ほど。あんたがちょうどジョンの野郎と決着をつけようとしていた時の話さ」

 

 興味が出てきた。

 

「教えてくれない?どんなのが釣れるの?」

「興味はないだろう。なんせ素人のアンタに聞かせても――」

「なんで?それでもプロの釣り師なの?」

「山があって谷があり、そして川底は思った以上に深い。いい場所だよ、秋には油のたっぷりのった魚に会える」

「なるほどね」

「だが――あんたが興味を持つような不愉快なこともあった。あんたが興味があるのは、本当はこっちなんだろう?」

「……」

 

 なにかあるのか?

 

 コヨーテはこちらに顔を向けないまま、ぼそりとつぶやく。

 

「あそこに向かうんだな。あのフェイス・シードと対決しようと言うのか、ジェシカ保安官」

「――もう、行くって向こうにも伝えてもらってる。

 このホランドバレーは小さくはないけれど、ペギーの活動の中心はヘンベインリバーだったと聞いてるわ。それにホープカウンティの半分を手に入れるためにもあそこは必要なのよ」

「そうか」

「でも、情報がね。あんまりないの」

 

 ホランドバレーの解放が成功し、ダッチはようやく重い口を開いてすべてを話してくれた。

 ジョセフの長男、ジェイコブは組織の防衛を担当していると言うだけあって。北部のレジスタンスはすでにさんざんな目にあわされているというし。長女、フェイスの元で活動しているレジスタンスは、エデンズゲートから身を守るだけで必死になっているのだ、という。

 

 つまり状況はどちらも悪い方向に向かっているということか。

 なるほど、それも納得ができる話だった。

 

 ジョン・シードとの決着がつく直前。武器の供給と連携の模索のため、ジェシカが送り込んだエドとジェイクだったが。

 彼らは向こうのレジスタンスを接触後、なぜかこちらに連絡を入れてこないのである。ダッチが言うには向こうに残ってレジスタンスの活動に協力していると言うが、それでも情報も伝えず接触を断つ理由がわからない。

 そのせいで、ジェシカ自身もヘンベインリバーへと向かうのに不安を感じている。

 

「あの時は噂でも、なかなか抵抗をやめないアンタに怒り狂ったジョンがそろそろ限界だろう、そんな風に思っていた。だから俺はそれに巻き込まれる前に、ここからしばらくは立ち去ろうとね」

「情報通なのね。でもあなたを巻き込んだりはしなかったわよ?」

「まぁ、そうだろうがね。とにかく移動した方がいい、そういう理由を俺は欲しがっていたんだと思う」

 

 コヨーテは言った。

 楽しんだのは最初の3日間だけだった、と。

 

「4日目に何があったの?」

「保安官、あんたが信じてくれるといいが。おれはな、釣り師をやめて天使になりかけたのさ」

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 天使?

 どういう意味だ?まったくわからない。

 

「???」

「本当は俺にも何が起きたのかわからないんだ――わかっているのは、気がつくと俺はいつの間にかエデンズ・ゲートの集会みたいなものに参加して、ジョセフの野郎の話をただじっと聞いていた。

 反論も口にしなかったし、立ち上がってそこから立ち去る気にもならなかった。奴は俺や周りの連中に自分の話を理解するべきだと主張して、俺はそれはできないと答えていた」

「なにも?信者になったの?」

「違うと信じたいね。夢の世界で起きたことでもいい。だが、あれが事実だとしたら、俺にはショックだな」

「そうなると――私もあそこに行けばそうなると。あなたは考えているのね」

 

 なんとなく、コヨーテの伝えたかったことが分かった気がした。

 だけど、それはとても信じられない。

 

「俺がここでアンタにこの話を笑ってできるのは、あそこにいるレジスタンスの連中のおかげだ。

 彼らが山道の途中で、ズボンを脱いだ状態の俺が、ひとりその場で黙々とジャンプしていたのを見つけてくれたらしい。あまりに異様な姿だったのですぐに気が付いたそうだよ、彼らのおかげで。まだ俺は正気なふりができる」

「――そうなる理由、わからないの?」

「そんな好奇心は残っていなかった。彼らから新しいズボンをもらったら、荷物をまとめてこっちに戻ってきたよ。怖かった」

「怖い?」

「そうだ。理由は説明できない、だがそう感じたのは事実だ。

 ジェシカ保安官、忠告する。ヘンベインリバーは危険だ。近づくのさえ、な」

 

 私は少し考えこむ。

 彼がじかに体験したことの意味を私も理解していないせいだろうが。彼がそれを恐れる理由がまだよくわからない。だが、この情報は重要なものであるという気もする。

 

「質問を変えてもいい?続けても?」

「なんだ?」

「仮に――仮に、の話ね。私があそこに向かうとしたら、あなたはどこに行けばいいと思う?」

「どういう意味だ?」

「まだ決めてないけど、私はホープカウンティ刑務所にいるっていうレジスタンスと合流しようって思ってた。でも、それは良い考えではないんじゃないかって思っている自分がいるのよ」

「なるほど、ここで釣り糸を垂らしている理由がそれか」

「だから聞かせて。あそこを恐れたあなたが、もし私だったら。ヘンベインリバーを解放するのにどこから始めるべきだと思う」

 

 コヨーテがこちらの問いかけに答えるのに多少の沈黙する時間が必要だった。

 

「――保安官、俺ならまずはホープカウンティ刑務所になんていかないだろうな」

「そう」

「俺は……そうだな、俺があんたなら。ヒーローとしてあそこに行かなくちゃならないとなったら――」

 

 コヨーテが答えを口にすると、私の意図に当たり(ビンゴ)を伝える反応を感じた。これこそ、私が知りたかった情報に違いなかった。

 結局、一日かけて戦果は2匹の大物と自分用の釣竿となり。夕暮れにコヨーテを連れてフォールズエンドへと帰っていった。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 別の日、私は今度はグレースと再びトラックに乗ってニック&サンズ航空にやってきた。

 あのロイドが次の荷物を送ってやると、こちらに一方的に通告してきたからだ。この取引は私から言い出したものだが、拒否できないのがつらい話で――。

 

 念のためニックに晴れた空に上がってもらったら、30分ほどすると『保安官、マジで輸送機がこっちにやってきてるぞ』との連絡が入ってきた。

 グレースとブーマーの前で、私の顔は自然と暗いものとなる。

 

「ジェシカ、力を抜きなさい。緊張しているの?」

「気合いを入れたデートの前ってこんな感じだったなって思い出してるのよ」

「あら、保安官でもそんな経験があったの?」

「知らなかったでしょ?私もよ」

 

 滑走路に降りてくる古ぼけた輸送機は、しかしあの世界の紛争地域へと鼻歌交じりに出入りを繰り返すことを家業としていた男のものだ。あの拝金主義の男が、廃業してからもずっと使っているとは思えない。きっとわざとそれを思い出させるように新しくわざわざ用意してきたのだろう。

 ということは、外側から見ただけではそれとはわからぬ仕掛けが搭載されているに違いない。

 

 着陸してエンジンが止まる。

 タラップに立っていたのは――迷彩服を着たクリス・リーだ。

 

「ジェシカ曹長、おめでとう。どうやら君は輝かしい勝利をまずは手にしたと聞いた」

「ありがとうございます――あなたもさすがですね。その様子だと本当にこのホープカウンティを抜け出してまた戻ってきた」

「ロイドの警備担当を任されるにはこれくらいのことは必要な技術なんだ。おかげで――」

「学費を払える、でしたね」

「良きパパを演じられ、留守がちであることを不満に思う妻の口を閉じさせてくれる。夫婦円満の秘訣だよ」

 

 言いながら彼は、パイロットに何かをささやかれ。連れていたもう一人の大男に合図して、商品を機内から運び出すように指示する。私はそれを聞いて、グレースに合図しそれを手伝うように頼む。

 続いて彼は「少し歩いて話そう」、そういうと私を連れて人のいないニックの滑走路の上を並んで歩きだした。

 

「ロイドは今、仲間を連れて別の件で欧州へ飛んでいる。だから私が来た」

「別にかまいません。彼の性格は知っています、私を挑発したくないからそもそも来るつもりもなかったのでしょう?」

「――私のボスもそう言っていた。君たちはつきあってたのか?」

 

 私は鼻で笑う。

 お互いがお互いのスキルを認め、尊敬はしていたが。同時にお互い軽蔑しあってもいた。

 今思うと、あの時の立場はお互い好きではなかったから。あのような捻じれて複雑な関係が構築されてしまったのかもしれない。

 

「まさか、ロイドは私のことを何と言いましたか?」

「不愉快で馬鹿ではないが、タフで哀れな戦士だと……怒るか?」

「その必要もありません。ずっとそういう関係でした。私も似たようなことを本人に言ってましたから」

「奇妙な腐れ縁になってしまった、と。珍しく困惑していた」

「私もです。迷惑だが捨てることも出来ない知り合い、それが彼でした」

 

 そのせいで感情を抜きにして、お互いに色々な困難な出来事を協力して乗りこえ、やっていた。

 皮肉な話だが、ロイドの力がなければ私の軍でのキャリアはもっと前に終了していたはずだった。それは間違いなく事実なのだ。

 

「そろそろ真面目な話に戻ろう。君はこの場所で起きている出来事に次にどうするつもりだ?」

「攻撃あるのみ、ですよ。ホープカウンティはまだ3分の2がむこうのものです。本番はこれから」

「その認識は正しいだろう。具体的にはどうする?」

「ヘンベインリバーを。そこを手にすれだけで南部は解放されますし、元の敵の活動の中心はあそこであったとも聞きます。不利な状況を揺らすには十分だと考えます。それに北部はかなり危険であるとの情報がありますので、今は危険を冒せません」

「具体的には?」

「乗り込みます。ただし、私ひとりで。すでに仲間は送っていますから、彼らと合流するだけです」

 

 リーはうなづくとそこで隣を歩く私の顔をちらと見てきた。

 

「――かつての自分の姿を取り戻そうとしているな。曹長」

「はい。でも、まだまだです」

「そうだな、君はもっとできた兵士だった。

 軍から離れて辛かったと聞いている、君は――本当に運がなかったからな。君を愛した上司たちや同僚も残念に思っていた、それは理解しているだろう?」

「……彼らの期待には結局答えられませんでした。今では、後悔だけがあります」

「なら覚えておくんだ。君は、君で選んで軍人ではなく警察組織に。保安官になったということを。もはや軍人には戻れないんだ、と」

 

 彼が何を言おうとしているのか、よくわからなかった。

 

「何が言いたいのです?」

「君は望んだわけではないだろうが。それでも随分と幸せな道を歩いていることを忘れるな、ということさ」

「新たに非合法の武器売買に手を染める私でも、ですか?」

「何事にも”外側”というものがある、と言っている。

 君だって多少は学んだはずだ。かつてはこのアメリカを救い、世界も救った偉大な男でも”天国の外側”(アウターヘブン)などという幻想に惑わされ。国を裏切り、軍を裏切り、すべてを敵に回してしまったという事実。

 

 だが、そこから学ぶんだ。

 犯罪者となっても、君はまだ保安官でいることはできるということを」

「――正義のために?」

「君自身のために、だよ。

 閉鎖されたこの空間はこれからもっと状況は悪くなっていくことが予想される。戦場はひどくなる一方で、同時に人々の中に狂気住み着き始める」

「なにか、私に忠告でもしたいのですか?」

「怒っているな?冷静になれ、気分を静めろ」

「ロイドの奴、なにを言って来いとあなたをここへよこしたのです?」

 

 柄にもないことをしやがって。

 だが、ここで怒っても相手は彼ではないのだ。怒る意味すらない、それがまた腹を立てたくなる。

 クリスはそんなこちらを見て苦笑する。

 

「……本当に鋭いな。ああ、そうだ。

 ロイドは君がこのホープカウンティを血で染め上げてしまうだろうと予言した。彼は君が正しい判断を下したせいで、大きな間違いを犯すだろう、とね」

「そんなことにはなりいません!」

「本当か?なら、この戦いの終わりを君はちゃんと考えていると?」

 

 思わずかっとなって怒鳴りつけてしまったが、続く問いかけに私は言葉に詰まった。確かに、未だ戦闘は始まったばかりだ。状況を読むのは難しく、だからこそ終わりはまだ先にあってわからない。

 だがそれでもいつかは終わりは来るのだ。

 

「君が率いるレジスタンスはしょせんはぜい弱な組織であり、集団だ。君が今の力関係を逆転させれば、彼らは簡単に復讐を口にして報復に出るだろう。君はその時、どうするのか考えがあるのか?」

「――そうですね。考えておかないと、マズいですよね」

「君は今、非常に危険な立場にいる。レジスタンスの英雄、指揮官、兵士、希望の象徴。だから敵も君を狙うはずだ。

 どんな状況に陥ったとしても、この戦いが終わるまでの道のりはちゃんと考えておきたまえ」

「忠告、感謝します」

「いいさ――」

 

 軽くこちらの肩を叩く彼は、軍にいた時からそうして私を導いてくれた恩人のひとりであった。ロイドがそうであったように、私達もまた軍を離れてもこの関係は変わっていない。

 そう口にすると、彼はそろそろ戻って商品の説明をしようと言った。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 隣の席で操縦者が「高高度に達しました」と報告にうなづくと、クリスははるか下に広がるモンタナ州をみやる。

 

(いいさ――か)

 

 あの時、続く言葉を栗栖は必死に飲み込むことで黙っていた。

 ロイドもジェシカも、実は非常に似たタイプだと思う。だが、あのガンズ・オブ・ザ・パトリオット事件からお互いが過ごしてきた立場も経験も違いすぎた。

 今もなお、明敏さで世界と対峙するロイドに見えたものがクリスにもわかる。ジェシカはあそこで生み出される狂気を制御(コントロール)することはできない気がする。軍人であるということは皮肉なものだ。それが間違っているとわかってはいても――それがまた”有用”であると考えるなら、恥も外聞も関係なく平気でそれをしてしまうものだ。

 

 クリスの目には今もなお、ジェシカの姿は戦場の中にいるようにしか見えなかった――。

 

 

 

 商品説明とやらを終えると、クリスは再び空へと飛び去って行ってしまった。

 どうやら彼は私のことを心配して、ロイドに頼んでまたここにやってきてくれたのだとそれで気が付いた。

 

――君は幸せ者だ

 

 彼の言いたいことは、今の私にはわかる。

 

 ガンズ・オブ・ザ・パトリオット事件は多くの軍人の生き方までも変えた。

 私のように軍から追い出されても、警察に滑り込めたのはラッキーだ。

 

 兵士としての実力とコネがあれば、褒められた職場ではないが大尉のように特別なポジションで高額の稼ぎを手にすることはできる。ただしそれは危険との隣りあわせ。

 他任から見れば、軍にいた時代。私のことを上司におべっかをつかう実戦では使えないクソ女と嫌っていた同僚は、軍をやめてから傭兵で失敗し。南米の麻薬カルテルが運営するテロリスト要請キャンプの教官にまで落ちぶれた。

 軍を出て、誰にも必要とされなくなった男にとってそこは最後の場所であったようだが。数年前、ボリビアに政府が送り込んだCIAと秘密部隊によってそれが明らかにされた。といっても、カルテルメンバーと一緒にいたアメリカ人の死体の身元を照合した結果でわかったことらしいが。

 

 ――この戦争の終わりをちゃんと考えておくんだ

 

 確かにそうだった。

 しかしまだ、それには早い。

 

 だけど私はついにこの時、ヘンベインリバーへとむかうべきだという確信を持つことができた。



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アデレードという女

 深夜、湖に浮かぶボートに私とグレース。そしてジェローム神父の指名を受けた数人の若者と共に乗り込んだ。

 

 コヨーテ・ネルソンが教えてくれたのだ――。

 彼は「いいか、保安官?」そういうと

 

「俺が思うにアンタが向かうのは、刑務所ではないと思う。

 ヘンベインリバーの北側、そこにドラブマン・マリーナがある。そしてあそこにはアデレードがいる。

 俺はあんたはまず、彼女の協力を求めないといけないと思うな。

 元々あそこは地元の名士、ドラブマンが所有する場所だったが。彼の妻だったアデレードが離婚後に権利を手にいれたんだ。

 

 彼女は才能もあって勝気な女性だから、ペギーも騒ぎだす前もあそこには手を出せずにいたんだ。

 マリーナはヘンベインリバーとホワイトテイルの境に丁度位置しているんだが、湖と険しい山脈に挟まれた要害の地だったし。そんな彼女が居座るせいで、ジェイコブもフェイスもお互いが遠慮して手を出せずにいたんだろう。

 

 それが最近、ついにペギーに占拠されてしまったと噂を聞いた。

 以前の彼女は騒ぎと距離を取りたがっていた、とも聞いているから。きっと今なら怒ってレジスタンスに力を貸してくれるかもしれない」

「ということは捕まったのよね?どこにいるの?」

「たぶんまだそこにいるだろうな。怒った彼女は美しく素晴らしいが、同時に恐ろしい。

 元気な彼女をペギーがどうにかできるとは思えない。元の旦那もそれを見誤ってひどい目にあわされた。

 

 だからきっと、あそこを取り戻したアンタに彼女は感謝して。自分からジェイコブやフェイスを苛立たせるようなことを嬉々として行うと思う」

 

 念のためスプレッドイーグルでメアリーに確認すると、コヨーテの言っていることに間違いないだろうと彼女も認めた。

 操縦席に座るグレースに目で準備ができたと知らされ。私は口を開く――。

 

「ヘンベインリバーにむかうわ。マリーナを解放し、アデレードにレジスタンスへの参加を求めるつもり。

 作戦は三段階にわけてある、これは確認よ。

 まず湖の孤島にグレースをおいて、私はそこからマリーナへと泳いで侵入する。ボート残ったあなた達はそこから離れた場所で上陸、湖岸を歩いてマリーナに向かってもらうわ。あとは合図で攻撃を開始となる。何か質問は、ない?」

 

 若者たちの緊張した顔で沈黙を守ったままうなずいた。

 グレースはボートのエンジンにスイッチを入れる――。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 マリーナの桟橋には複数のボートやジェットスキーが止められており。

 近くにはなぜかだらけた風のペギー達が、まだ日も登らないうちからそこに集まって何事かを話しているようだった。

 

『まさか、朝のお祈りでも始めるんじゃないでしょうね』

「――それなら楽に片付きそう」

 

 無線越しにグレースとそう会話しつつも、私もまた当初の予定を変えて桟橋ではなく森の中を通って建物の裏から屋根へと昇っていく――。

 

 ロイドが出かけに新しい武器を送ってくれたおかげで、私の装備も変わっている。

 今回は世界に知られた銃、AK47の後継でもあったAKMが送られていたが。それとは別に、私のためにとわざわざAK74Mが混ざっていた。

 このAK74Mは、そもそも1990年代にロシアに配備されたものだが。近年ではさらにツールで強化できるものが市場で出回るようになっていた。私は迷うことなくそれに手を伸ばしたのだ。

 

(人が多い。警報装置もある、救援が来る前に勝負をつける?ひとりでそれをやれるつもり、ジェシカ?)

 

 忠告という形ではあったが、リー元大尉から「かつてのものはない」と断言されたこともあって、これまでのような強気では通用しないことを理解しなくちゃいけなかった。

 

(グレース、準備は?)

(桟橋に5人、姿を確認した。いつでもどうぞ)

(上陸班は進め。マリーナにはまだ侵入しちゃダメ)

 

 指示を出し、ライフルを背中に回し。代わりにSMGのベクターを取り出す。

 ピストルに使う45口径弾を使用するこの銃もまた、”ロイドからの贈り物”だ。ライフル弾ほどの威力はないが、静穏性と取り扱いには定評がある。

 

 スコープをのぞきながらすり足で進み、アリーナの中へと素早く静かに侵入する。

 倉庫の扉を開くと、そこにはちょうど良くこちらに背を向けてアリーナ内に響き渡るペギーの不愉快なほど脳天気でアップテンポな曲に体を動かしているのが見えた。

 カシッとわずかにベクターが動くと、男はその場に崩れ落ちようとして慌てて私はそれを支えようと者が見ながら背中で相手の体を受け止め、抱く。

 

 手の中に、自分が瞬時にして死んだことが理解できず。

 苦痛に顔をゆがませ、光の失った目と死んでいく表情がそこにある。

 一人前の男、そう呼ぶにはまだ若いと思ったが、それだけだ――。

 

 それでも動揺、したのだろうか。波紋のようにそれは広がるが、すぐに波立つものは消えてなくなる。

 私こそ武器なのだ。武器は道具で、道具には役目がある。銃は人を殺し、そしてそのことに考えない。これは当然のことなのだ、落ち着け。

 

(グレース、初めていいわ)

 

 無線機にそれを告げつつ、私は横の部屋の中にいるペギーの頭をガラス越しに打ち抜いてやった。

 ガラスの音に反応してあちこちから「どうした?なんだ?」と声が上がると。それは同時に敵の位置をこちらに知らせてくれたも同然だ。

 飛び出して行って、スコープを向けた先から訝しんだ表情で立ちつくすペギー達を撃ちはじめた。

 

 30秒余りの間に、私とグレースの不意打ちによってマリーナの死者は10人に迫る勢いで増えていくが。

 敵もついに襲撃だと理解すると、警報装置に飛びついてスイッチをひねってしまう。ジェシカが弾を撃ち尽くし、弾倉をかえている一瞬のスキを突かれてしまった。もはや止めることはできない。

 

 ドラブマン・マリーナに襲撃を告げるサイレン音が周囲に響き渡る――。

 それを聞くと、待機していたレジスタンスの若者たちが海岸沿いに現れ。声をあげてマリーナへと突進してくる。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 それはいつもとかわらない。

 言ってしまえば、かわらないということを確認するための作業に過ぎないはずだった。

 

「ホランドバレーとの境界線、変化はないのよね?」

「はい、フェイス」

「橋の向こうとこちら。そこにあらわれる人の姿もないの?」

「レジスタンスと名乗っているらしい連中の姿は見ますが。橋には近づきませんね」

「こっちが向こうへ行くとしたら?」

「……やれないことはないでしょうが。あそこにいる連中によると、むこうもどこからかこっちを見ているはずだと言ってます。

 なにもされないとは思えません」

「でも、確実ではないのでしょ?」

 

 食い下がると、彼らは戸惑う表情をみせる。

 ああ、なんて腹立たしいのかしら。彼らは私をお人形さんだと思ってる。ジョセフの隣でかしづき、微笑んで見せるだけの女だと。

 

「どうなの!?」

「どうでしょう、やるとしても”天使”を送り込むくらいしかないように思います」

「そんな弱気でッ――」

 

 声を張り上げようとするが、走りよる信者が耳元で何かをささやくと彼女は急に口を閉ざして黙りこくる。

 つづいてそれまでの目の輝きが変わり、口元には微笑みが浮かんで――。

 

 

 山小屋の中からフェイス・シードが出てきて空を見上げた。

 そこには停止するヘリが浮かんでいて、ちょうどここへと降りてきている。フェイスに続いて、仲間たちもこの訪問者を出迎えるために外に出てきてフェイスの後ろに並んでいく。

 

「ジョセフ!いらっしゃい」

「フェイス……」

 

 ヘリから降りてくるジョセフ・シードをフェイス・シードはその笑みを浮かべた顔で出迎える。これがいつもの彼女。ジョセフが愛するフェイスの正しい姿なのだ。

 2人は家族にするように抱き合うとすぐに体を離す。

 

「ジョンのこと――まだ苦しんでいるのでしょ?」

「もちろんだよ、フェイス。彼は……」

 

 そこでジョセフはため息をつき、こめかみに指をあてる。

 

「彼は、愛されてはいなかった、皆に。だが、私は違った。彼の心を理解できたからだ」

「ええ」

「彼もまた私を理解しようとし。誰よりも罪を克服する強さを自分に求め。他人に分け与えることに尽力を尽くしてくれていた。

 このことを誰かはただの言い訳だと罵るかもしれない。だが、本当のことだった。

 ジョンは強い信仰で、私たちを助けようとしてくれていた」

「やっぱり悲しみは癒えてないのですね――可哀そうに」

 

 フェイスはそう言って手を伸ばすが、ジョセフはその手が自分のホホに触れる――というよりも、近づけられるだけでも嫌ってすぐさま顔をそむけた。

 その激しさは思いもよらなかったのか。

 一瞬だがフェイスの顔に恐怖が浮かび、慌ててそれを隠して指を引っ込めたが。顔にはまだ不安が浮かんでいる。

 

「――そうではない、フェイス。お前を嫌ったわけじゃない。私はすぐに戻らなくてはならない」

「はい」

「今日ここに来たのは。お前と私たちの家族の働きに感謝を伝え。

 また、お前に本当に試練に立ち向かうという覚悟があるのか、確認するために来た」

「あります、ジョセフ」

 

 フェイスは間髪入れずに答える。

 疑われるのは心外というように、先ほどの微笑み浮かべる姿ではない。強さを伝えるそれをジョセフに見せようとしている。

 今度はジョセフの顔がほころんだ、喜んでいるのだ。

 

「さすがは私のフェイス、だ。その言葉を聞けて私も心強く思う」

「当然です、ジョセフ」

 

 今度はジョセフの手がフェイスの顔に延ばされるが、彼女はあの微笑みを浮かべてそれを受け入れる。

 さらに体が近づけられ、2人の距離は縮まるが――そこでフェイスに語られるジョセフの声もまた、まるで違う低く小さな声が投げかけられた。

 

「次は、お前だ」

「っ!?」

「彼女はお前に会いに来るだろう」

「それは、神がおっしゃったのですか?」

「告げられたのだよ。今、この瞬間にも君に与えられた試練は始まったのだ、と。

 ジョンは試練に打ち勝つことはできなかった。私はお前にも――」

「できます。神がそうおっしゃるなら」

 

 信じ切った少女のように、ジョセフの言葉が終わらないうちにフェイスは断言する。

 

 シードの家族による麗しい面会はこのまま無事に終わることはなかった。

 まさにこの瞬間、車が一台走りこんでくると。ジョセフとフェイスに、不愉快な報告を伝える。

 

――ドラブマン・マリーナが奪われ。アデレード・ドラブマンはレジスタンスに正式に参加すると表明した。

 

 ジョセフの予言はまたしても的中した。

 ホランドバレーを蹂躙したものが、ついにこのヘンベインリバーへとやってきたのだ!

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 あらかじめ言われていたことではあったが、それでも本人を目の前にするとその迫力に圧倒されてしまう。

 アデレード・ドラブマン。

 

 彼女はマリーナの前にある。ヘンベインリバーとホワイトテイルをつなぐ道の上に出来た燃える鉄のスクラップの山と、そこで焦げていくだけのペギーの死体が放つ悪臭を胸いっぱいに吸い込んで見せ。「これでやっと、気分がスカッとしたわ」と満面の笑みを浮かべてこちらを見た。

 それから無線の前に立ち、このマリーナと自分、そしてそこに勤めている若くてたくましい青年たちにペギーがしたことを罵り。目についたペギーはぶち殺してやったとせせら笑ってから、最後にレジスタンスに自分も参加すると言ってスイッチを切ってしまった。ダッチは何か言おうとしていたと思ったが、どうやらアデレードは彼と話すことはない、そういうことらしい。

 

「正直に言わせて頂戴。

 本当は私、レジスタンスなんてものが頼りになるとは考えていなかったのよ。

 だってフェイスにいいようにやられて、自分から刑務所なんかに閉じこもる連中よ?やってることがあべこべで、まるでわけがわからなかったわ」

「そんな――キツイのね」

「グレース!?これでも私は随分と甘くしてやってるの。ダッチもこれでようやく、グチャグチャいわなくなって清々する」

 

 そこまで話すと、アデレードは私を頭のてっぺんからつま先までなめるように見まわしてきた。

 

「ちょっと、失礼よ――」

「大丈夫よ、これくらい。あなたが私たちの英雄ってことよね、保安官?」

「それは好きに考えて。ジェシカ・ワイアット保安官です。レジスタンス参加を決めてくれて、感謝してます。アデレード」

「新人さんね?私は若くてたくましい子が好きだけど。あなたのようなタフな女性も大好き」

「え、ええ」

「アデレードよ。この私が力を貸すと言ったからには、まかせて」

 

 パワフルな彼女に握手を求められ、硬くこちらも握り返す。

 

「挨拶はこれでいいわね?それじゃ、さっそくお願いを聞いてちょうだい」

「は?」

「ペギーの奴。私たちを閉じ込めるだけじゃなく、勝手にうちの機材を持ち出して行ってしまったのよ。保安官、さっそく取り戻してきて」

「え?」

「私の可愛い子たちもつかっていいから。あ、でも味見はダメよ?皆、私が選んだものだからね」

「いや、そんなこと――」

「船も車も取り返すけど。とにかく私のチューリップをとりかえして」

「花?」

「ジェシカ。彼女の言っているチューリップはアデレードのヘリよ」

「そう、私があのクソッタレの旦那から正当な権利として奪った。私の大切な羽!あれが必要なの」

「どこにあるのか――」

「ああ、それなら大丈夫。ペギーが持ってるヘリを全部回収してくればいいでしょ」

「え、全部!?」

「あら、もちろん当然でしょ?こっちは被害者なの、加害者にはきっちりと思い知らせないと。でも金でもって来いと言ってもいやがるでしょうし、私もアイツらと机を挟んで交渉なんてお断り。

 だから慰謝料として、あいつらのヘリを全部もらってあげることにしたわ」

「決定してるの!?」

「アデレード、保安官も困ってる。無茶よ……」

「なによ!あいつらが言ったことじゃない、この世界に法はないって、ならあいつらのやり方に合わせて。私も良心的な誠意をアイツらに払わせてやらないと気が済まないわ」

 

 それが当然とばかりに胸を張る彼女の姿は美しく、そして反論するほどペギーの権利を守っているようでそれがためらわれるのを感じる。

 私はため息をつき、グレースはそんな私を見て肩をすくめて苦笑する。

 エネルギーの強い女性だが、なるほど熟女であってもなお溌溂とする彼女の姿に。コヨーテやここにいる男たちは放っておけなくなるのだろう。

 

「わかった、ヘリね。それで――」

「うちの子ね。わかってる、私が頼めばやってくれるわ。チューリップは彼らが知ってるから、保安官はただヘリを見つけてとってきてくれるだけでいいの」

「はいはい」

「それじゃジェシカ。私はこれで、一旦ホランドバレーに戻るわね」

 

 するとアデレードはグレースに体を向ける。

 

「待って。あなたにもやってほしいことがあるのよ」

「私にもですって?」

「ちょっと大変だと思うけど、ホワイトテイル・マウンテンに行ってほしいのよ」

「なんで?危険だという話は聞いているから、無茶はしたくないわ」

「ジェスに会ってやってほしいの」

「誰?」

 

 私が聞くが、なぜか頼まれたグレースも心当たりがないようで顔にはてなマークが浮かんでいる。

 

「あのダッチの家族よ」

「息子さんに娘がいるって聞いたけど――」

「それとは違う家族、よ。ダッチは知らないようだけど。

 私、知ってるのよ。あの娘、ホワイトテイル・マウンテンで大暴れしているみたいなの」

「それは……頼もしいわね」

「ええ、そうね。あの娘があなたみたいな元軍人だったら、私もそういうでしょうよ。でも――そうじゃないの。普通の子よ」

 

 運がいいのか、たまたまか。

 それは確かに放っておくのは危険だろう。

 

「グレース」私が口を開こうとすると、彼女は止めてきて「わかってる、保安官。それで、アデレード。どうしたらいいの?」と聞いた。

 

「とにかくあそこから連れ出したほうがいいでしょうね。ここでも、フォールズエンドでもいいけど」

「連れ出せばいいのね?」

「ダッチのところにはいきたがらないでしょうし。素直に人の話に従うようなタマでもないからね。駄目なら無理強いはしないでやって」

「それでいいの!?」

「よくないけど、知ったこっちゃないわよ!言葉も理解できないガキのおもりがしたいなら、好きにして。大人は忙しいのよ」

「わかった、そうする」

 

 一方的に決められ、まとめられ、指示まで出されてしまった。

 アデレードは私たちにさっと背中を向けると、マリーナを守る若者たちに事情を説明しに行ってしまった。

 

「すごい女性ね」

「ええ、わかってるのジェシカ。しばらくは彼女があなたを助けてくれるみたいよ」

 

 私は思わず天を仰いだ。

 なぜだろう、今なら素直に神に助けを求められる気がする。

 



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浸食

本日はサービス(?)
次回は月曜日、いつもの時間(18時~)に投稿を予定。


 昼時の忙しい時間は終わり、そろそろ夜のことを考えないと。そう思っていた時だった。

 スプレッドイーグルの扉を開ける客の姿を見て、メアリーは顔をほころばせる。

 

「グレース!おかえりなさい、いつ戻ってたの?」

「ついさっきよ。カボチャ園でトラックの荷台に乗せてもらって。丁度ね」

「それはよかったわね。今日はもう真夏日だもの」

「ええ、さすがにキツかったわ。夜まで待とうかって、思ったもの」

 

 足取りに疲労を感じさせるものがあったが。声を聞く限り元気そうだ。

 メアリーはさっそくカウンターに冷えた地ビール(まだ稼働が再開されてないホイッスリング・ビーバー印)を置いて、それを飲むように促す。

 

「ありがと、メアリー」

「それで――先に戻ってきた連中から、あなたはジェシカ保安官とマリーナに残ったって聞いたけど」

「アデレードにね。さっそく頼みごとをされたのよ」

「それは2人ともお気の毒様。何をしてほしいって?」

「ペギーの顔にお返しのワン・ツーを入れる計画。私は別だったけど」

「ジェシカも大変ね。あのアデレードが本当に怒ったら、誰もかないやしないんだから」

「さっそく目を白黒させてたわ」

「それじゃ、あなたは何をしてたの?こんなに長く留守――」

「ホワイトテイル・マウンテンに人に会いに行ったのよ」

 

 グレースの言葉にメアリーは一瞬、動きを止めた。

 ホワイトテイル・マウンテン――ジェイコブ・シードの取り仕切るあそこからはいい噂は流れてこない。

 

「どうだった?」

「全部を話したら長くなるな……わるいけどその前にやっておきたいことがあるの」

「わかった。夜の店で聞かせてもらう、神父も呼ぶわ」

「そうね」

「あと、そのやっておきたいことのリストにシャワーも入れておいて。あなた、臭うわよ」

 

 グレースは苦笑いする。

 メアリーが立ち去ると、気分は晴れないが。やらねばならないことをするために、ビールを飲みながら無線機の前に立った。

 

「ダッチ、こちらフォールズエンドのグレース。聞こえてる?」

『……ああ、お前さんか。なんだ?』

「聞いたと思うけど、アデレードは無事よ。さっそくジェシカと大暴れしているはず」

『ああ、聞いた。なぁ、保安官は次にレジスタンスと合流すると言っていたか?見捨てたりはしないな?』

「気になるの?」

『ああ――だいぶ追い詰められてきているそうだ。アデレードのことは嬉しいが、彼女達には彼らも助けてもらわないと、困る』

 

 ダッチと話をしたかったのは間違いないが、こんな雑談をしたかったわけじゃない。

 やはり自分には、自然に話の方向をコントロールするのは難しいとわかった。ならばそのままを伝えるしかない。

 

「……実はダッチ。あなたに伝えなきゃならないことがあるの、ジェスのことよ」

『なに?』

「アデレードに名前を聞いてもすぐにわからなかったけど、あの娘だったのね。立派に大きくなって――」

『ジェス、あの子に会ったのか?』

「ええ――」

『どういうことだっ!?』

 

 ますます気が重くなるのを感じる。

 

「アデレードが言ってたの。ジェスが、あの娘はホワイトテイル・マウンテンで大暴れしてるって。

 やめさせて出来ればあなたかフォールズエンドに。駄目なら、マリーナにきて手伝えばいいと伝えろって」

『それで会えたんだな。どうだった?」

「そうね。『ありがとう、わかった、考えてみる』ですって。その理由も話してくれなかったわ」

『……そうか。俺に似て頑固だからな』

「アデレードには無理強いしたら逆効果だっていわれたから、素直に戻ってきちゃったけど。どう思う?」

『ああ、俺も彼女に賛成だ。本当に助けが必要なら、頼ってくるさ。そう信じるしかない……』

「それともうひとつ、こっちも重要」

 

 ダッチは「なんだ」と聞き返すと、フォールズエンドにジョンがリペレーターと呼ばれる戦闘車両を差し向けてきたことを覚えているか、と聞いた。もちろんだ、と答えると――。

 

「ジェイコブがジョンにあれを渡した理由が分かったわ。ジェスが教えてくれたのよ」

『?』

「ペギーの”神狼”よ。あいつら、あれをホワイトテイルの山に解き放って好きにさせているって」

『なんだと!?正気かっ』

「最悪だったわ。なんどか放浪しているあれを実際にこの目で見ることもできた。ジェスの情報は間違ってはいないようね」

『うーーむ』

 

 グレースはそれだけ伝えると、通信を終了する。

 ホランドバレーがジョンから解放されたことに奴らは怒り、エデンズ・ゲートは警戒を強めている。あのマリーナを軽快な動きをみせて奪い返したジェシカでも、もしかしたらヘンベイン・リバーの解放は無理かもしれない――。

 

 ジョンと違い、フェイスは女性。

 自分から進んで無駄に攻勢を強めようとはしないと思うし、勝てない争いを求めることもない。ジョンを挑発したのと同じ方法では、彼女が動くことはない気がする。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

――封印が解かれた

――次はお前だ、と。神は私に告げられた

 

 厳しい情報が続々と入ってくる中で、なんとか自分を保とうとしてフェイスはジョセフが自分に残していった言葉を思い出す。

 

 ジョンを殺したあの女はここに来ている。

 ジョセフがここへ会いに来たあの時、ドラブマン・マリーナへの襲撃と。それを守ろうとして駆けつけてきた近辺のパトロールは全滅させられた。

 彼らは野蛮にも武器を手にすると、獣のごとく牙をむき。エデンズ・ゲートに憎悪を向けて信者である私たちの家族を皆殺しにしたという。

 武器を置き、降伏の意を示しても。それを許さなかったという話だ。

 

 こんな蛮行を、あの女は。保安官であると言うだけで許したのだ。

 フェイスの唇は怒りにわななくが、喉の奥から飛び出したがっているものはなんとか飲み込み、押し殺している。そうするのは自分がフェイス・シードだから。

 ジョセフの愛するフェイスは、傷ついたものをいたわれる慈愛をもっていることを皆に示さなければならない。そして感情的になって動揺し、汚い言葉を口にしたりもしない。

 

(それなのにっ!あの女、ジェシカ・ワイアット)

(ジョンが用意してくれたヘリコプターとパイロットも殺し、奪った!)

(”回収”より前から、私たちが”正当な取引”で手にした農園を襲撃し、作物を焼いた!)

(新たな家族を迎えるために必要な”祝福”を失った。心を込めて皆が育てたのに)

 

 無意識に白い手が固く握りしめられていく。

 不快感と怒りが、穏やかさは弱さだと罵り。自分たちにまかせろと騒いでいる。

 ジョンもホランドバレーでは、このような思いを抱えながら戦って死んだのだろうか?

 

――なにそれ。バッカじゃないの?

 

 違う、そうじゃない。

 私はフェイス・シード。ジョセフが愛するフェイスなのだ。そうは考えない――。

 フェイスならむしろ……。

 

「あの女とアデレードはヘンベインリバーを南下しようとしてると思う?」

「……はい、フェイス。このままだとファーザーの巨像まで到達するかもしれません。防衛を固めましょう」

「自分はそうは思いません」

 

 答えた男の隣から、新しい意見が聞こえてくる。

 

「なぜ?答えなさい」

「はい、フェイス。

 あいつらが南に向かう理由を考えると、そうなるからです。なぜ南下するのか?その答えはホープカウンティ刑務所に向かうためだと思うからです」

「――レジスタンスね。クーガーズを名乗っている」

「はい、フェイス」

 

 フェイスは黙り、続いてこの考えを披露した相手を見た。

 鍛えられた筋肉と絞られた身体。ジョンに似て童顔なのに、他の男たちのようにそれを髭で隠そうともしない。

 好みのタイプだ――。

 

「あなた――ジェイコブ兄さんから送り返されてきた人の中にいたわね?」

「はい、フェイス」

「私はどうするべきだと思う?」

 

 男の腕が伸び、指先が地図の一点をさす。

 

「ホープカウンティ刑務所を手に入れるのです。この2つ反抗勢力を今は合流させないことが重要だと考えます」

「そうね。わかったわ、あなたに任せます」

 

 あっさりと攻撃を許可する。これは彼の考え、怒りに取り乱した”私”のものではない。

 続いて隣に立って不満そうにしている使えない男にも別の新しい役目を与えてやる。

 

「あなたにもやってもらいたいことがあります」

「――はいっ、フェイス。なんでしょうか」

「今の”祝福”の生産量はどうなってますか?」

「生産量、ですか?……32%です。ジョンとホランドバレーを失ったので、その分だけ5%引き下げるように、と命令されましたので」

「ええ、わかってるわ。では今から80%まで引き上げて頂戴」

 

 男は慌ててフェイス!?と声を出すが、こちらは当然とばかりに優雅に微笑みを向けてやる。

 

「できないの?」

「そんなことはありません。ありませんが……北へ運ぶジェイコブとのルートを確保することは難しくなっていきます。ここで貯蔵している”祝福”もすでに持て余しつつありますし、これは――」

「ええ、もちろん全て使うために作ってもらうわ」

「?」

「農業機を飛ばしてちょうだい、まき散らすのは農薬じゃないものを使うけど」

 

 ヘンベインリバーの隅々にまで広がる”祝福”を恐ろしい力の影響を知るといい――。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 アデレードは自慢の愛機、チューリップを操り。

 タフト監視塔へとよせてから着陸する。

 

「仕事が早いわ。有能なのね、保安官」

 

 監視塔には”何者かの襲撃”によって倒されたペギー達が、流す血の海の中に横たわってもう動くことはない。

 ジェシカは結局は自分ひとりだけでやる、と言って。本当にやって見せたのだ。アデレードには満足しかない――。

 

 そのジェシカだが。

 監視塔からヘンベインリバーを見下ろしていた。

 ここはラプターピークと呼ばれる山頂に続く道の半ばに作られたもので、5人のペギーがここにいた。地上に3人、監視塔に2人ということだ。

 

 今日の私は過激だったことは認めないわけにはいかないだろう。仲間を連れないひとりだけの潜入制圧に興奮を感じた。

 ほかに人の目がないことをいいことに、私は大胆に動くと。

 建物の陰にひとり移動したところをリカーブボウの矢で黙らせ。脇にあった車両のそばで談笑していた2人は派手にAK74Mでなぎ倒す。

 

 サプレッサーをつけているとはいえ、これはライフル弾なのだ。

 ピストル弾をつかうベクターと違いすぐに違和感を感じた残りのペギーが騒ぎ始める――。だがすでに結果は出たも同然だった。

 

「終わってたのね。てっきりこっちが手伝いに戻ると思っていたのよ?」

「アデレード、下のクーガーズ・キャンプは?」

「綺麗にしてきたわ。あとはクーガーがあそこでくたばっているペギーを骨までおいしく食べてくれるわよ」

 

 窓ガラスに叩きつけられ、胸と頭に投げナイフが突き立ったまま半身を乗り出す女を避けて私の隣に立つ。

 

「どう、保安官?ここからの眺めは素晴らしいでしょう」

「そうね、悪く無い」

 

 夏日を思わせる快晴であったが、私たちの周囲にはペギーの死体とそこからの流れて落ちる血と死の匂いが色濃く漂っているというのに。

 私たちふたりはそれがないものとして景色の雄大さと、そこを汚すペギーへの怒りを再確認していた。

 

「目の前に見えるのがロックバスレイクよ。あのむこうにはキングス・ホットスプリングホテルがあって。あそこの部屋で目覚める朝の雰囲気はもう――たまらなくロマンチックなのよ。

 セックスするなら、その時ね。それまではどちらも我慢、決して流されちゃダメ。覚えておきなさい、きっと役に立つから」

「……そう、なんだ」

 

 コヨーテやグレースに聞かされてはいたが、確かにアデレードは才気あふれて活発な女性だった。

 しかし一方で、気になる部分も確かにあるのがわかった。あのアリーナにとらわれていた、半裸の若者たち。あれを見て気が付くべきだったか。

 グリズリーでも勝てないのでは、と思えるほどの肉食。そしてそれを隠そうなんてちっとも考えていないのだ。

 

 だからだろうか、人が集まれば恋バナかセックスについて。

 そこに男がいれば、自分がヤれるかそうでないか。なんなら理想のナニについてまで議論を吹っ掛けようとする。

 

 彼女の後逸部分は、わざとではないと何とか理解はしたものの。彼女が切り出す話題はその――時に下品に過ぎて。

 緊張感をぶち壊すし、時に私に変な性癖でも出現させようとしているのかと混乱させ。ちょっとだけ同意もしたりして――なんとも退屈しない人だった。

 

「ここからだと、あのジョセフの像も見えるわね」

「ああ、あのクッソ趣味の悪いやつね。本当にむかつく」

「――ええ」

「駄目よ、ジェシカ。あそこはペギーも厳しく警戒している。ミサイルでも用意しなけりゃ、近づけない」

「アデレード、それでも私はレジスタンスと合流したいの」

「レジスタンス、ねぇ。うちの反対側で縮こまってるだけの奴ら。あなたには本当に必要なの?役に立つ?」

「私の友人も送っているわ。見捨ててフェイスだけ狙うってことは、できない」

 

 唐突に鼻に甘いにおいを嗅ぎつけ、私は顔をしかめた。

 

「花?なに?」

「ああ――ペギーの花よ」

「なんですって?」

 

 アデレードは再び同じ言葉を繰り返す――。

 

 エデンズ・ゲートは以前からこのヘンベインリバーの高所にある農園を買い占めていた。

 安く買いたたかれたそうした農園には信者たちが入り、そのうちその全てが同じものを。白い花を育てるようになったのだそうだ。それがどれほど恐ろしいものなのか理解するのは、もっと長い時間が必要だったが。

 

「あいつらが怪しげな薬を使ってる、とか。武器を持ち出してるって噂もそのころから広がったんじゃないかな」

「――警察は、なにも?」

「しないわよ。そもそもここは彼らの管轄じゃないし、ペギーの問題は彼らにはただのトラブル。アーロンはそれでも解決しようと頑張ってたけどね」

「保安官の?」

「そう、あなたのボス。でもすぐに手に負えなくなったわ。人も、金も、ペギーは持っていたから」

 

 今ならわかる。ロイドやリー、ダッチやあのジョセフの言葉の意味。

 

――誰も助けは来ない。

 

 ホープカウンティだけではないのだ。

 このモンタナに、このアメリカの中にまで実はエデンズ・ゲートの根は広がっていたんだ。

 

 そして今、この騒ぎを止めるため。

 私は法の最後の盾として、人々を守るために戦わなければならない。ただの新人保安官が、とんでもない任務を背負ってしまったものである。

 

「嫌になったんじゃない?こんな面倒なこと」

「――やりたくないなら誰かに任せる。そうしたいけど、誰もいないわ。私以外」

「フフン、あなた。もしかして昔から要領が悪かったんじゃない?賢い者は、その前に逃げ出すわ」

「アデレード、思ったんだけど。私あなたのこと、嫌いになれる気がしてきた」

「それは欲求不満よ。戦争なんかにかまけてないで、あなたもグレースもちゃんとためこまずにセックスしなさい」

 

 ああ、始まってしまったか――。

 うんざりしてきたところで、いきなり監視塔の無線機が騒がしく不協和音をがなりたてる。

 

――私はジャーヴィス。だれか、助けてくれ!ホープカウンティ刑務所だ、ペギーに攻撃されている!

 



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網、破れる

 これまでにない大規模な攻撃だった。

 刑務所の表門の前にはペギーの車両が何台もあらわれ。刑務所の裏側からは”天使”と呼ばれている、エデンズ・ゲートの薬物によって破壊されゾンビのようにされた信者たちが、手に農具を持ったまま叫び声を上げ、古代時代の戦士のように押し寄せてきている。

 

 乗り込んでくる天使はこちらがだれであろうと暴行を加え、抵抗しなくなると壁の上から外へ投げ捨て。ペギー達は動かぬ捕らえた人々をそのまま車に運び込んで、文字通り回収していこうとする。

 

 まさにここは落城寸前の城。ここで抵抗するレジスタンスは奴らに連れ去られるか。それともここで死ぬまで戦うか。

 このたった2つの選択肢を選ぶよう、迫られつつあった――。

 

 

 私とアデレードはさっそくチューリップに乗り込み、刑務所に進路をとる。

 マリーナに戻って準備するなんて時間はないと、察していたのだ。

 

「ここからだと刑務所はどれくらい?」

「邪魔がなければ30分以内にはつけると思うけど――」

「急いで!」

「本気なの、保安官?ペギーの警戒網を突破できた場合で、よ」

「高度をとって、すぐに!」

「ちゃんとなんとかしてよね。帰りの燃料、なくなるかもしれないのにっ」

 

 不満を口にしてもアデレードはこちらの指示に従ってくれる。

 

「ダッチ、ダッチ!?聞こえてる?」

『おお、保安官。よかった、お前さんも聞いているんだな?』

「ええ!攻撃を受けているって。なにがあったの?」

『別に不思議なことはないだろう。ジョンの時と同じさ。

 お前さんが思い通りにならないから、それなら先にレジスタンスの方から片付けようとでも思ったんだろうよ』

「私のせいだっていうの!?」

『なんだ、落ち着け!これは避けられない事態だった、と言っているだけだ。それよりどうする?』

「交信はできない?」

『無理だ、返事がない。現場は大混乱のようだな。はっきりとした情報はない』

「なにか新しい情報が入ったら知らせて」

 

 通信を切ると、機内で担いだザックを下ろし。空のマガジンにライフル弾を新たに詰め込んでいく。

 

「保安官!?」

「弾が足りない。時間は有意義に使わないとね」

「それもいいけど。現地のついたらどうするの!?いくらなんでも交戦中の刑務所の上なんか、普通に近づけないわよ?」

「大丈夫、考えはあるわ」

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 刑務所の混乱は続いている――。

 

 裏から乗り込んできた天使はあらかた片付けることができた。

 これでしばらくは連れ去られる味方を絶望して眺めなくて済む。しかし、正門に張り付いたペギーの団体客は押し返すことができない。

 アーロン保安官は今のリボルバーを撃ち尽くすと、手元に弾がなくなるとわかって声を上げた。

 

「ヴァージル、ヴァージル!弾はあるか?弾をくれ」

 

 無線機と銃を抱えたメガネの男性は「君、保安官に弾をやってくれ」と近くの若者にいうと、かれは取ってきますと言って建物の中に走っていく。

 正門に仲間が――クーガーズが集結しようとしていた。

 

「アーロン。あいつらをこのまま押し戻せると思うか?」

「やるしかないさ。でなけりゃ――」

 

 終わりだ。

 

「なんだ、保安官」

「それよりまた天使が送り込まれるかもしれない。あまり想像したくはないことだが、今度はどっちからくるか見張らせないとな」

「もう御免だ。私も戦うよ」

 

 アーロン保安官――ベストではなかっただろうが、それでも最後までホープカウンティを守ろうとした男は、サングラスの奥で顔をゆがませた。

 ヴァージルは勇気はあるが、心優しい男だ。そして彼ほど銃が似合わない男はいない。

 口にはしないが、彼も分かっているんだろう。これが俺たちの最後かもしれない、と。

 

「無線、こっちの呼びかけを聞いた人はいると思うか?」

「どこからも返事はなかったよ。助けが来ればいいんだが」

「――そうだな、俺達にはそれが何よりも今は必要だ。ヴァージル、そいつはもうここらに置いておけ、塀の上じゃ頭を低くしろ。

 こうなるかもと思って補強はしてあるが、いつ弾が貫通するかわからんからな」

 

 アーロンはそういうと、自慢のマグナムM29リボルバーに弾をごっそり持ってきた若者から受け取ると。

 ヴァージルは無線機をわきの茂みの中に隠し、背中のARライフルをしっかりと握りしめた。

 

「よし!門を守るぞ、奴らを押し返す!ペギーの弾なんかもらってくるんじゃないぞ、みんな!」

 

 アーロンの掛け声に、若者に交じって塀の上に続く梯子に飛びついた。

 

 

 アデレードが「見えたわ、なんかヤバイ」の声で、私は作業を止めて正面を見る。

 先ほどから空気を震わす争いの音が聞こえて居たが、そのおかげかエデンズ・ゲートの空の警戒網にひっかからずにここまでやってこれた。

 

(間に合ったのか!?)

 

 双眼鏡を取り出して最大に。はっきりと見えてはいないが、正門の前に車とヘリが集まっているのをさっと確認した。

 なんとか耐えている、それでも押し込まれるのも時間の問題か。

 

「どうするの、ジェシカ保安官?」

「正門にペギーのヘリがきてる。アデレードはこのまま進んで、背後から突いてちょうだい」

「――そういう表現、あたし大好き。他には?」

「あとは現場で会いましょう」

「え?」

「私は先に行くわ」

 

 その間にも手早くすべてをザックに押し込み。

 AKライフルを手元に引き寄せ、素早く準備ができているのかチェックを入れる。

 

「どういうこと?ジェシカ、説明して」

「簡単よ」

 

 隣であわただしくする私が理解できないという顔のアデレードに、一瞬だけ見つめあうと。

 次の瞬間には、私は最大スピードで飛んでいるチューリップの扉を解放して外に体を乗り出させた。

 

「ちょっと、頭おかしいんじゃないの!?」

「まだ正気よ。おかしくなったら、ちゃんと知らせるわ」

 

 遠い日の記憶が刺激される。

 C-19の後部ハッチが解放され、広い世界がそこに姿を見せてくる。

 高高度から見る世界――圧倒的なそれに飲み込まれそうにも思うが、あのときも彼女は。ここまで導いてくれたメリルが楽しそうに口笛を吹く。

 

(女は度胸よ。それじゃ、さっそくみんなで鳥になりましょうか)

 

 すべては過去の記憶。

 都合のいいことだ、こんな時に思い出すなんて――。

 

 そして私は鳥になった。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 ヘンベインリバーが、のたくる山道が私の身体の下を滑っていく。

 体にまとわりつくわずかな装備が、私をこうして鳥にしてくれている。これが夜のゴッサムシティなら、自分はバットガール(コウモリ女)になれたと思うのだろうか。

 

 刑務所が迫ってきている――。

 車道を横切ると、あとはそこに続く細い道があるだけ。

 私は確信した。ようやくだ、ようやく自分がかつての自分の姿を取り戻しつつあるのだ、と。過去の自分が戻ってこようとしてるのだ、と。

 

 ウィングスーツは万能ではない。

 素早く肩口のひもを引っ張り、着地の態勢に入る。

 

 

 刑務所の塀の上では「なんだ、あれ」と声が上がった。

 ア―ロン達にはそれが何のことかはわからなかったが、なにかがあったようだとは理解できた。

 塀の上に作った弾除けの補強からのぞくと、ペギー達の背後に花を開くようにパラシュートのようなものが落ちるのがみえたが。すぐに見えなくなった。

 

「今のは?今のはなんだ、アーロン」

「知らんよ。ペギーの爆弾ではないとわかって安心するくらい――まさかっ!?」

 

 もう一度、物陰から正門の外に視線を走らせ、アーロン保安官は何かを。誰かを探している風だった。

 ヴァージルにはそれが何かはわからなかったが。ふと、外から聞こえる銃声が時がたつごとに少なくなっていっているような気がした。

 

「なんだ?あっちは退却、しようとしてるのか?」

「残念だな、ヘリもまだいる。だがな、どうやらお前はとんでもないことをやってくれたのかもしれんな。ヴァージル」

「なにを?」

「騎兵隊だよ、当然だろ。これで俺達は助かるぞ」

 

 ヴァージルは驚いて思わず保安官の顔を見てしまう。

 こんな状況だが、冗談を言っているつもりはないようだ。不敵な笑みは浮かべたままだが、変わらずに外のペギーに向けて銃を撃ち続けている。

 

 なので外をのぞいてしまった。本当に助けが来たなら、それをぜひ見たくてそうしたのだ。

 最初の思ったのは見なければよかったという後悔。遠くこの刑務所へと続く細い道へとつながっている車道を走ってくるペギーの援軍の姿。

 だが次にそれは車列に襲い掛かる。アデレードの店で見た、彼女のチューリップが攻撃する姿があった。

 

「援軍だ!助けが来たぞ!」

 

 気が付くとヴァージルはアーロンよりも先に、喜びの声を上げていた。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

「攻撃は失敗した!?」

「――はい、フェイス。失敗です」

「レジスタンスとやらは壊滅しなかったのね」

 

 抜け抜けと言葉を繰り返す目の前の男に――あの時は好感を持てたそいつに、怒りがわく。

 そして感情の制御を失い、そのほほを平手打ちし。それでもたりなくて厚い胸板を拳で数回殴りつける。彼はその全てを受けとめ、しかしフェイスから目を離そうとはしなかった。

 

(強気なのね)

 

 それが今度は気に入らなかった。

 そして被害が少なくないことも分かった。今回の攻撃にはジョンのところから逃げてきた連中を中心に参加させていた。それをさんざんに打ち負かされまたも逃げてきたのだ、彼らは当分使い物にはならないだろう。

 

「あなたをこのまま、次は頑張って。とすることはできないわ」

「はい、フェイス。わかってます、どうとでも」

「いい返事ね……それが本気だといいのだけれど」

 

 ほかの信者たちのいる前で、わざとわかるように”フェイスの仕事部屋”の鍵に手を伸ばすと。「ついてきなさい」と命じたが、若者以外の誰も彼女についていこうとはしなかった。

 フェイスの仕事は色々あるが。特に嫌悪の対象となるのが、ある部屋の中に連れ込んでの拷問、洗脳、そして天使を作り出すことだった。

 

 連れていかれたものがどうなるのか、ペギーでなくても今ならだれでも知っている。

 

 

 ホープカウンティ刑務所にようやく静寂が戻ってきた。

 ジェシカとアデレードが介入しなかったら、ここはきっと数時間持たずに終わっていたことだろう。

 だが、ボロボロでもまだ自分たちはここにいる。

 

 けが人は刑務所の中に運ばれていき、ヴァージルは攻撃を受け止めた正門の修復しようと指揮している。

 その中で、アーロンはジェシカを中庭へと連れ出すと改めて感謝を伝えた。

 

「……お前が来てくれるとは思わなかったよ。新人――いや、ジェシカ・ワイアット保安官」

「あなたも無事でよかったです」

「俺?俺は……運が良かったんだろうな。

 あの夜、ヘリが墜落して。お前たちとも別れてしまった。

 

 霧が出ていたのを覚えているか?

 俺はそれにまぎれて逃げようとしたのさ。そして覚えているのはそこまでだ。気が付くと目の前には彼女がいた――」

 

 ジェシカの顔に疑問が浮かぶ。

 そりゃそうだろう。誰なのか聞いたらきっと驚くはずだ。

 

「誰です?」

「フェイス・シード。エデンズ・ゲートの魔女さ」

 

 そこでジェシカはコヨーテのあの不思議な体験を思い出す。

 霧、というのも。あのホープカウンティを覆いつくした翌日にダッチに助けられた私自身が目にしたものだった。

 

「驚かないな、新人」

「ここには宿題を終えたと考えたから来ました。そういうことです、アーロン」

「そうか、そうだったな。お前さんはあのジョンをぶちのめしてフォールズエンドを解放してみせたんだったな。その――トンプソンは無事だと聞いてるが。本当か?」

「ええ。ひどい目にあいましたから、元気とはいきませんが」

「わかるよ。エデンズ・ゲートに関わるとろくな目にあったためしはない。

 俺もそうだ。ここの連中に見つけてもらわなかったら、山野を今でもずっとさ迷い続けていたかもしれん」

「……」

「新人、お前がここに来たということは。フェイスと対決するつもりなんだな?」

「ここを解放すればホープカウンティの半分を取り戻せます」

「確かに、それができれば俺達にも勝ちの目が見えてくるかもしれん」

 

 古き友人が残していってくれた危険な後継者は、こんな時だと頼もしくてしょうがない。

 しかし反対にジェシカの顔は次第に暗くなっていく。

 

「その前に――彼らはどこです?」「ん?」

「エドとジェイク、私がフォールズエンドからここへ送った若者たちのことです。あれからだいぶたちますが、連絡がなくてずっと気になっていました」

 

 私はここに乗り込む前から気になっていたことを、ようやくアーロンに直接聞くことができた。

 彼の表情は硬くなる。

 

「彼らは確かにここにいた――今はいないが」

「なぜです?死んだのですか!?」

「わからないんだ!――彼らはここに来て、いろいろと話してくれた。ホランドバレーのこと、お前のことを。

 だが俺達、つまりここにいるクーガーズには余裕がなかった。トラブルも多くて、必死だった。すると彼らは逆に協力すると申し出てくれたんだ」

 

 英雄願望をもってホランドバレーでも無茶をやろうとした若者たちだった。

 あそこでは私やグレースが、ひどいトラブルにあっても守ってやることができたが。彼らがそれを勘違いしていなかったとは、断言できない。

 

「ああ、嘘でしょ……」

「そうだな、俺も今は後悔しているよ。だが、当時は本当に助かると思って喜んでしまったんだ」

「何が起きたんですか?」

「物資に余裕がないと知って。輸送トラックを襲撃する、そう言って出ていった。騒ぎがあちこちで起きたが、彼らは結局は帰ってこなかった。慌ててクーガーズを出して探してもらったが……まだ見つかっていない」

「――最悪」

「俺の責任だろうな。どう、お前に詫びたらいいか」

 

 腹の底でカッと怒りの炎が吹き上がるが、それを必死に理性で抑え込む。

 これでも一応は元軍人だ。あそこでは男で、間抜けで、理不尽な奴ににも冷静に対処してきた経験がある。

 アーロンの失敗は許せるものではないが。英雄願望にあこがれる若者たちだけを送り出した私にも、当然だがこうなった責任がある。責めることはできない。

 

「その必要はありませんよ。彼らは取り戻します、説教してやらなくちゃ」

「ありがとう……そうだな、そうしてやらないとな」

「で、ここの状況はどうなってますか?アデレードは自分のマリーナを守ることしか興味ないみたいで、エデンズ・ゲートの動きも限定的なことしか知らなかった」

「それが彼女さ。そうだな――」

 

 アーロンの口から続々と気の滅入るような悪い情報が飛び出してくる。正直、聞かなかったことにして逃げ出したいと思う自分もいる。

 だが、それでいいのだろう。

 私はこうやって、ヘンベインリバーでの戦いを始めようとしているのだから。

 




(設定・人物紹介)
・アーロン保安官
ジョセフ・シード逮捕劇の後、この人なりにひどい目にあってここに来ていた。
原作でもここで再会することができる。


・ウィングスーツ
滑空用のジャンプスーツ。ムササビスーツともいうらしい。
ジェシカが使うのは軍用のもの。一番の特徴が速度と距離が倍近くあって、装着と再使用に楽だが。これだけでは着地まではできないというもの。

ただひとつ嘘をついていることがあって。ヘルメットやゴーグルが必要になるが、MGS世界ということもあってそれはなくてもよいとしている。実に都合がいい。


・バットガール
知らない人が多いが、彼女はバットマンの弟子ではない。
親がゴッサムシティの偉い警官なのにバットマンのコスプレをして暴れていただけの痛い少女だった。


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シャルルマーニュ・ヴィクトル・ボーショー4世

(お詫び)
体調悪い日に、適当に投稿時間を変更するだけで放っておいたのですが。
その結果、推敲前の状態のままいつもと関係のない時間に予告なく投稿するという事態になってしまいました。申し訳ない。


 アーロンは、連れてきたヴァージルという人は。

 ホープカウンティの前町長なのだといって紹介してくれた。

 

「新人、お前さんにやる気があるのはわかったが。まずは悪い知らせがある。

 フェイスはここにいるが。今日まで誰もそれを見たことがないんだ」

「ジョンのことを知って、彼女は隠れている?」

「どうとも言えないな。ただ、以前はフェイスはジョセフと行動することが多かった。だが今は、そうではないみたいだ」

「彼らの言う、計画のため。これは私の想像だがね」

 

 アーロンに続くヴァージルの言葉で私も思い出した。

 そういえば教会に引きずり込まれたとき、ジョンもジョセフの計画がどうだとか口にしていたのではなかったか?

 

「フェイスの計画については?なにかわかってることがありますか?」

「フェイス・シードはエデンズ・ゲートの魔女と言っただろ。

 彼らが信者にだけ使うと言う”祝福”と呼ばれている薬物の生産と流通。そしてそれを使って、ジョセフが持てあますような相手に拷問、尋問、説得などもやっているらしい。

 もちろん証拠はないがね。相手を慎重に選んでいるんだろう」

「なぜ証拠はない、と言えるんですか?」

 

 ヴァージルとアーロン保安官は、私の問いに答えることにわずかだがためらいを見せた。

 

「”天使”というのを聞いたことは?もしくは見たことは?」

「ここにくるまでに。アデレードが言うには、あれはエデンズ・ゲートが作り出したゾンビだって」

「彼女の言葉は間違っていないが。それを正確にすると、あの”天使”ってやつはフェイスが作っている。となるんだ」

「……なんですって?」

「そうだ。あの夜、ジョセフの一件以来。タガが外れたのか、フェイスは次々と”天使”を作り出してはヘンベインリバーに放り出しているんだよ」

 

 やりたい放題というわけか。

 

「天使にされた彼らには意志がない、とも聞きました。本当ですか?」

「ここに普通の医者がいないからそれはわからん。だが、フェイスに壊された彼らはもう元に戻すことはできないと言うことだけはわかる――」

「嫌な話ですね」

 

 すると興奮したのか、ヴァージルがやや怒ったように口を開いた。

 

「それだけじゃないんだよ、ジェシカ保安官!

 フェイスはどうもそんな”祝福”を増産するように命じた、という噂がある。あいつらが薬を作る過程で発生した廃棄物は、あろうことか川にそのまま流していて。その影響からか、ここでは姿を消す人が増えているんだ」

「ヴァージルの言っていることは本当だろう。

 実際、ここからも時々人が消えることがあるんだ。水源を汚染することで、俺達をどうにかさせようとでも思ってるんだろう」

(コヨーテが記憶を失ったのがこれが理由か)

 

 汚染された川のそばで暢気に釣りを楽しめば、確かにその影響を受けたとしても不思議ではない。

 

「信じます。ですが、そうなると私にも影響が出ると言う可能性がありますよね?」

「……そうだ、新人。ここでは確実に約束できるものは少ない」

「どうしたらいいですか?」

 

 アーロンは手招きして、机の上に置かれたホープカウンティの地図の一点を指さした。

 

「お前とアデレードが来てくれたおかげで、俺達はようやく攻勢に出られると思う。

 フェイスを引きずり出すなら、奴らの農園を焼くしかない。それは俺とクーガーズにまかせてくれ。俺たちなら既にここに長くいるから影響がいつ現れるかわからないからな」

「農園も大事だが、浄水場も忘れては困る。アーロン」

「わかってる、ヴァージル。とにかく今日の勝利の勢いを利用して、ペギー共に思い知らせてやるつもりだ。

 お前にはそれとは別に、この”祝福”への対処法を医師となんとかやって見つけてほしい」

「医者がここにいるんですか?」

「専門は動物の、だがな。彼はずっとここでペギーの”祝福”について調べてくれていた。それがどうしても外で調べなくちゃならないことがある、そう言い張るから。数人をつけて送り出したんだ。

 ここが攻撃を受ける前だったが、こうなると彼の無事も気になってくる。悪いが、続けてそっちの面倒をお前に見てもらいたいと思ってる」

「わかりました――」

「とはいえ、こっちも刑務所の補修に攻撃部隊の編成と人員には余裕がないぞ」

「いいですよ。ひとりでもなんとか――」

「それはダメだ!新人、ここでは単独で決して動くんじゃない。万が一にでも、あいつらの”祝福”の影響が出たらひとりでは危険だからな」

 

 今度は私の顔が曇る。

 確かにアーロンの言っていることは正しいとは思う。

 しかしグレースやニック、ジェローム神父らはホランドバレーの面倒を見てもらうために連れてきてはいない。

 ここではアデレードならば、とは思うが。彼女はパイロットとしては申し分ないが。高齢に両足を突っ込んだ(本人は認めるかわからないが)彼女に武器を手に私の隣に立たせるのはどうしても不安が残る。

 

 さらにそれだけ信頼できる人物はいるかと聞かれると……。

 

「心当たりはないか」

「ええ、そうですね」

「むしろそれが当然か。困ったな、誰か適当な……」

 

 アーロンは自分で言っておいて、ジェシカに必要なものがかなり難しい存在だと理解していなかったことに遅れて気が付いた。

 ここは誰かをつけてやらなきゃならないが。この訳アリの過去を持つ新人についていけるような根性があるのを選ぶとなると、自分が率いる部隊の戦力を削らなければならない。できればそれはしたくない、というのが本音だ。

 

 するとヴァージルが声を上げた。

 

「いるじゃないか、アーロン!シャーキーだ、シャーキーがいる」

「なに?」

「彼ならこの話に飛びつくだろう。ここが嫌いで、出ていったんだから問題もないだろう」

「しかしな、あいつはイカレてるぞ」

「だが悪い奴じゃない。善人だよ、きっと彼女の力になってくれる」

 

 ヴァージルはそれを名案だと言うが、アーロンの顔色を見る限りは疑問がある。そういう人物のようだ。

 だが癖があるくらい、何とかなると私には思えた。

 あのグレースだって出会ったばかりの頃は、あまりこちらと会話をしたくないような雰囲気を漂わせていたが。わずかな時間を共に行動するだけで、命を預けられる相棒になってくれた。それもこれも、軍の時代から生き残るために磨き続けたコミュニケーション術には多少は自信があったからだ。

 

「誰かはわかりませんが、どこにいますか?さっそく会いに行ってみます、それがいいんでしょう?」

「――そうだな。わかった、新人。だが、気を付けるんだぞ?」

 

 方針は決まった。

 私から申し出て、アーロンとクーガーズにアデレードを加え。ペギーの農園を襲撃する計画をたてさせ。

 その間に私はここにいたという医師に接触し、彼の護衛と手伝いをする。もちろんその前に、新しい相棒になってくれそうな人物に会わなきゃならないが。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 大きめな部屋の中に入ると、中央には妊婦につかわれるような分娩台を思わせる。拘束が可能な寝台が置かれているのが目立つ。

 そこは冷たいコンクリートで四方を固め、どこにも窓はなく。光も通さない。

 

 人口の光の下にフェイスは移動すると、入り口から中に入れないでいる男に向いて冷酷にここによこになりなさい、と伝えた。

 静かに、ゆっくりと指示に従い。扉を閉じた男は、清代に近づき横になろうとする。

 

 フェイスは男の身体から恐怖を感じ取り、心が騒ぎだす。

 

 真っ青な顔のまま、天井の一点を見て必死に平常心を保とうとする男の身体をフェイスは自ら拘束していく。

 これはいつものやり方ではない。

 いつもならば大騒ぎするひとりを、信者たちで押さえつけてここに寝かせ。殴りつけながら拘束するのを、壁際で笑みを顔に張り付かせたフェイスが不快さに耐えて見守っているだけだった。

 

「怖い?」

「いいえ――別に、そんなことは」

「いいのよ、怖くたって。人には感情があるんだもの、嘘で自分を守れると思うの?」

「ですね。はい、少し、恐ろしいと感じてます」

 

 続いては部屋の隅にある棚の前に立つ。

 いつもならここに用意された”祝福”を使うのだが、今回はいつもとはちがう引き出しから粉を取り出して指先にそれを乗せておく。

 

「あなた、名前は?」

「ティム――と呼ばれてます。テッド・エリス」

「ティムね、覚えておくわ」

 

 そういいながら振り向くと、清代に横になる男の視界に入らないように粉を乗せた指は隠し。代わりに反対の手に握られた、彼女が扱うにはあまりにも大きな鋏を見せつけてやる。

 

「はじめるわ、ティム」

「はい、フェイス」

 

 男の声に恐怖の色合いがさらに濃くなった。

 自分が支配しているのだ――その興奮に、喜びに体の底から熱くなるのを感じる。

 

 わざと口をふさぐふりをして、指についた粉を男の鼻の下にこすりつけ。時間をかけて男の衣服をハサミで切り分けた。

 下着ごとそれをはぎ取るころには、男の目はせわしなく充血し。恐怖する自分に興奮するのか、息があきらかに荒いものとなっていた。

 

(フェイス・シードはジョセフの希望よ。慈愛の女神、苦しむ人々をエデンの門へと導く聖女)

 

 だが、それは本当に自分ではないことを知っている。

 演じているわけではないが、知ってしまっているのだから自分とも言い切れない。だから、歪む――。

 

 ジョンを殺したあの女が来ている。

 エデンズ・ゲートを狙い、ジョセフを狙って、私も殺そうとしているに違いない。

 最悪、対決の時が来てしまえば。私もまたジョンと同じように、フェイスとしてあの女の前に立たなければならない。それが、怖い。

 

 (だから今は、違う私でもいいの)

 

 ティムは怯え、しかしなぜか男の生物的反応を示す自分を理解できずに混乱していた。

 体を起こし、ハサミを床に置いてから隅に蹴り上げ。フェイスはその全体を眺めて支配している感覚に酔いしれる。

 

 準備はできたのだ。

 フェイスの冷たく細い腕が、男のたぎるそれをいきなり両手でつかんで見せる。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 私は部屋の中にいる。

 四方は鼠色の壁、窓はなく。それほど小さくはないはずだが、こちらを押しつぶそうと迫ってきているような圧迫感を感じる。

 机も椅子も安物だ。この部屋にあるすべてが無機質で、温かみからは遠く離れている。

 

 つまりはそういう立場に置かれた女だと、私をここへ通した連中は沈黙したまま告げているのだ。

 

 扉がようやく開くと30代後半の男が入ってきた。

 

「ジェシカ・ワイアット曹長だね?私はホフマン。ドクター・ホフマンだ」

「――どうも」

 

 捜査官の前に、まずは医者をよこしてきたのか。

 

「君がここにいる理由は聞いているね?」

「一応は――」

「ほう、そんな態度でやり過ごせるような話ではないと。理解してると本気で答えてるのかな?」

「いきなりケンカ腰?」

「認識の甘さを指摘しただけだ。どうやら君は、部隊に残るために自分を正しく認識してこなかった兵士だとまわりの人たちから伺っているからね」

「ベストを尽くしてるだけよ」

「本当に?なら、どうして君の成績はパッとしないのかもわかっているということかな?」

「……」

「デジタルのおかげで今や君たち兵士は数字の1となった。これはすべてに言える、すべての行動で軍は君に1を求め続けている。

 優れた兵士も時にはいるだろう。彼らの数字は大きくなるだけで、決して減ることはないが。そうでないものは……ゼロに近づいていく。1以下、普通よりも下ということだ。つまりは君のことだよ、ジェシカ曹長」

「私にSOPシステムとの親和性がないだけで――」

「つまり君は欠陥品だった!そういうことだろう?

 君の評価には優れた部分もある、とされるが。それ以上に先頭にゼロがつくものがあまりにも多い」

「集中を切らしたわけじゃない。ただ、周囲と動きにズレがあったと言うだけよ。プログラム通りでなくとも教官からの評価は変わらなかったはずよ」

「君はそうやって今日まで自分を選ばれた兵士だと思い込んでいたわけだな。君は上司や教官たちに取り入り、彼らは君を憐れんで評価を甘くしたくせに」

「ひどいわね。別に彼らと寝てゴマをすったわけじゃない」

「なら、彼らはきっと後悔しているだろうな。君が起こした作戦中の暴走を聞いて。そうだろう?」

「――私だけがおかしくなったわけじゃない」

「それは言い訳かな?君は、自分は悪く無い。自分も被害者だとでも言いたいのか?

 ガンズ・オブ・ザ・パトリオット事件で君がしたこと。なにをやったんだったかな!?」

「――7人に攻撃したわ」

「違うね!5人を殺して、2人を再起不能にしたんだ。現場は大混乱だったが、はっきりと味方を攻撃したのは君だけだった。これをどう考えたらいい?」

「それで私を反社会性人格障害だとしたいのね、でしょ?」

「……この国は前世紀末から、すでに世界を何度も怯えさせるテロリスト達を生んできた。心理学者の多くは、彼らは決して愛国心を失ったわけではないと言い始めてる。それならば、君が次の彼らではないと、どうして断言できる?」

 

 知ったこっちゃない。

 自分が考えていることを相手に伝えられないのはつくづくストレスに感じる。

 軍は私に一度として優しくしてくれなかったが、ついに私をそこから叩き出すつもりなのだ。だから弁護士の力を借りるのは最終手段、そうなったら私に戻る場所はない。

 

「話題を変えようか、曹長」

「どうぞ」

「大統領をどう思う?」

「なんですって?」

「大統領さ、我々の敬愛する。世界で最高の国を導く人のことだ」

「――尊敬してるわ。軍の最高司令官でもあるし、信用もしている」

「それは嘘だ。君は嘘をついている」

 

 なんで決めつけてきている?

 というよりも、私は何でホフマンとこんな会話をしているの?彼は私を軍から放り出そうとしていたが、こんな話題はなかったはず。

 

「君は軍の政治によって生贄にされる。弱いアメリカは存在しない、弱い軍隊は存在しない、劣った兵士がそこにいてはならないと。

 3億2千万人を導く彼がそういえば、君は自分の夢を簡単にあきらめきれるのか?」

「話が飛躍しすぎてるわ」

「なぜ?どこが?これこそ君の問題だよ。

 政治が、君に、正しい決断をしろと迫っている。イエスか、ノーだ。

 私自身がここにいるのは問う側を代表してのことだし。君が答えるのは、政治がそれが必要だから言わせているに過ぎない。これは我々の愛するアメリカのためのサバイバルで。君ではなくアメリカが生き残るために、君という血を流そうとしているにすぎないんだ」

 

 不条理ないいように怒りを感じ、私の声も少し震えていた。

 

「私の意志なんて関係ないって?」

「大統領はそれが必要だと考え、多くの人がそのために傷ついている。君もそうだ、血を流さないといけない。そしてその結果、君は軍には残れない」

「クソッタレね」

「意見が変わったのかな?」

「――フン」

 

 相手の挑発に乗るまいとしてもう一度自分を抑え込む。

 しかしやはり違和感がある。現実のホフマン医師はこうではなかった、議論を吹っ掛けたりはしなかった。私から信用を得ようとし、言葉を飾って私に落ち度があることを認めさせようと無駄な努力を重ねていた。

 では、彼は偽物だと言うのか?その判断を下すだけの材料は私にはない。

 

「遅かれ早かれ君はあきらめるだろう。それしか逃げ道が用意されてないからだ。

 そして失望し、絶望だって味わうことになるだろう。軍は君に幻想という希望を見せ続け、政府は彼らの都合で君の価値をゼロだと決めつける。それが彼らだ、政治家だよ」

「……」

「だが彼ら自身も幻想の中で生き続けていることに変わりはない。我々はもう新世紀を迎えて、何度も失望させられている。

 巨大な2大政党は理念は違えど、国難が立ちふさがった時には国民の利益のために手を握り合うことができると。超党派などという幻想さ、そんなものはなかったんだ」

「あなたがそれを決めたから?」

「違う!何を聞いていたんだ!?

 奴らがそれを実演して見せたじゃないか!ひどく不愉快な選挙が終わったが、9.11でいきなりひどいことになった。怯える国民に政治家は何をした?互いの政党を攻撃し、政権は正しくかじを取ってはいないと非難しあっていた。

 その大統領が、ソリッド・スネークなどと偽名を使ってテロリストに成り下がれば。彼の手で次の大統領が死んだと聞かされるなり、嬉々として選挙キャンペーンが開始された。そしてお決まりの中傷合戦だ。

 さらに今、世界の戦場がデジタルの力で一日沈黙させてみせるという恐怖が演出された敗北をごまかすために。あれほど偉大であったはずの国の軍隊に血を流すことを平然と求めてきている」

「私は、愛国者よ」

「それならすぐにでも認めなさい。国は君にそうするように求めているのだからね。なぜ、君はそれを受け入れられないのかな?」

 

 私には答えられない。負けたくはないのだ、証明すると言うことは勝つことなのだから。

 私は負けたくないのだ。負けるくらいならいっそ――。

 

「愛国者のジェシカ・ワイアット”保安官”。そして今、なぜアメリカは君のホープカウンティを助けようとしないのかね?」

「うるさいっ」

「また、見捨てられたんだな。君は哀れだ、誰にも愛されず。どこにも居場所はなく、そしてなにをやっても証明することを――勝つことができないのだから」

 

 私は再び沈黙する。

 理性がかろうじて怒りを制御しているが、これが消えれば私はすべてを失ってしまう。

 そんなことがもう一度、なんて認められない。耐えることができない――。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

「それじゃ、保安官。はじめるぜぇ!」

 

 ぼーっとしていた私はその声にハッと我に返る。

 自作の火炎放射器を担いだシャーキーは――シャルルマーニュ・"シャーキー"・ヴィクトル・ボーショー4世――自分の指でスイッチを入れると一体の山々に激しいロックサウンドが響き渡る。

 

 ホープカウンティ刑務所で、前町長とアーロン保安官が悩ましそうに彼のことを口にした理由は会って話せばすぐにわかった。

 彼は陽気に「おれはこの自作の会場で、最高のサウンドでちょっとしたコンサートをしてやろうとしてる。ペギーの天使共にロックの魂を叩きつけて、正気ってやつがどういうものだったのかを思い出させてやるんだ」と言ったが。動作の最後がその不穏な火炎放射器を叩くのだから、なにを考えているのかは明らかだった。

 ペギーをこの場所に集めて、綺麗に掃除してやると言っているのだ。

 

 それはまさに正気を疑うレベルの大量殺人計画に違いなかったが、私は保安官として彼の両手に手錠をはめるのではなく。彼の隣で銃を手にすることを選んだ。

 ここは今、アメリカの中にあって方のない世界なのだ。”少しくらい”やり過ぎても、問題はないだろう。

 

 

「来た来た!馬鹿みたいにやってくるぜ、保安官」

「落ち着きなさい、シャーキー。それとジェシカでいいわ」

「オーケー、なら楽しもうぜジェシカ!」

 

 シャーキー自作のライブ会場――もとい戦闘エリアにはエデンズ・ゲートによって薬づけにされた天使達がまさしくゾンビのように続々とこちらにはしってきている。

 しかし私の設置した、センサー付きの爆弾に引っ掛かり。そこかしこの爆発がおこって、吹き飛ばし始めた。

 

「やるじゃないか!こりゃ、いいリズムになってきたんじゃないかぁ?」

「囲まれないように突出は控えなさい」

 

 言いながら構えるAK74Mのかえの弾倉を指に挟み、スコープを除きこむ。

 この中に人影が入れば、そこから私のゲームスタートだ。

 

「パーティの時間だぜ、お嬢さんたち!」

 

 シャーキーの威勢の良い声と共に火炎放射器から火が噴く音が背後から聞こえた。

 そらに黙々と上がる黒煙の向こうから、白い薄着を着た天使たちの姿がちらちらと映っている。私はそれを見ても躊躇わず、シャーキーに続いて引き金に指を込めた。

 

 

 戦闘開始から10分も過ぎると混乱は最高潮へと達してしまった。

 最初はシャーキーの炎にまかれると天使たちは地面をのたうち回って苦しんでから絶命したが。それを見た後続は、なんと自分が燃え続けてもなおシャーキーに向かって走り続けようとしてみせた。

 可燃性のあるものを背負っているシャーキーは、うっかり燃えた天使に抱き着かれてはかなわないと逃げ回り始める。

 

 それは私も似たようなものだった。

 ライフル弾を60発も消費しても、恐れることを知らない天使たちは手にした農具を振りかぶって私に向かって迫ってこようとした。

 私はベクターに持ち替えながら後退を続け、車の屋根に上るために設置された梯子の下まで行くと。全身のバネを使って、最上段まで飛びついてみせた。

 

 リロードしている間にシャーキーの姿を探すと、彼もいつのまにか別の高所に上ってそこに用意していた火炎瓶を梯子の下に向けて叩きつけていた。

 

(あれなら大丈夫そうね)

 

 そう考えている間も、梯子の下にとりつこうとする天使たちを倒し続けたが。

 倒れて積み重なる彼らが台座の代わりを果たし、 梯子の半分近くまでせまろうとしている。

 私は(これはマズいわ)と、さらなる逃げ場を求めるが。ここでは並ぶ車の屋根をこのまま渡って移動するか、会場の外に向かっておりて脱出するしか道が残されていない。

 

「いああああああああ」

 

 ついに最後のひとりを前にして、私のライフルの中に弾は一発もなくなり。慌てて新しいものを出そうとしている最中に、屋根の上まで登ってきた天使と相対する。

 

「おまええええええええ」

「くっ――」

 

 立ち上がって鍬を振り上げる相手の肘に片手だけで押し返す。

 力を入れているせいで思った通りにはいかないが、AK74Mに差し込んだマグを片手だけで押し込み、さらに装填を――うまくいかないっ!

 

「こいつっ」

 

 カッとなって思わず相手に頭突きを叩き込むと、続いて膝を跳ね上げて相手の下腹部を思いっきり蹴り上げてやる。

 一瞬だけ体を折り曲げる相手から一歩距離を取り。素早くそれを終わらせて正しい位置に構えを持っていく――。

 

「――っ!?」

 

 別に気を抜いていなかったが。

 天使の復活は素早く、それまでと違って明確な殺意に満ちて攻撃してきた。下から跳ね上がる農具は私の身体に触れるものではなかったが、その一撃が私の身体に脅威として受け取るには十分だった。

 再び振り下ろされることはないよう、同じくひじに手を伸ばすが。今度は相手の腹部に銃口を押し付けることは忘れてなかった。

 

「あああああああっ!?」

――カカカカカッ

 

 雄たけびに負けじと腹部に5.72ミリ弾を複数浴びせ続けると。

 相手の腹は破けて中身がバラバラにちぎられながらはみだし、重力に負けて作られた小さな山の頂上へと落ちていく。

 

「ジェシカ!こっちは終わったぜ、まだ生きてるかい?」

「――ええ、まだ生きてるわよ!」

「なら急いで逃げようぜ、どうやらペギーのパトロールがこっちに向かっているのがここから見えた!」

「そう、わかった」

 

 そりゃそうだろう。

 こんな山の中でロックを大音量で流しながら、同時に戦闘もやったのだ。

 さらに大量の天使の死体が焼かれているのを見れば――きっとフェイスは怒るなんてもんじゃすまないだろう。

 

 

 そのまま火と黒煙を放置し、シャーキーの車に飛び乗るとすぐにスタートする。

 道のない斜面に飛び出していくと、入れ違うようにして会場の入り口にエデンズ・ゲートのパトロールが殺到してくるのを確認した。

 こちらはそのまま林に沿って下り続け、車道を目指したが。追ってこなかったところを見ると、こちらに見逃して気が付かなかったのだろうと思われた。

 

「それで?どこから始めるんだ」

「刑務所にいた医師。彼は祝福とかいう薬物を解析しているそうよ。良い結果が出ていることを祈りましょう」

「そいつ、どこにいるんだ?」

「――私たちがそれを探すのよ」

「マジかよ。この話、のるんじゃなかったのかもな」

 

 ホランドバレーでは散々苦しめられ、首の皮一枚でなんとか勝利を手にすることができたが。今度はそうはいかない。

 彼らが必要とする”祝福”を焼き尽くし。私は必ずフェイスを対決の場に引きずり出して見せる。そして、その時は――。




(設定・人物紹介)
・シャーキー
頭のオカシさだけなら間違いなくトップクラスの相棒の一人。
しかし反面、コミュ障のグレースに対する熱い視線などあって憎めない人物。原作ではどこで呼び出しても強引に車に乗ってやってくる。


・天使
フェイス・シードが薬物を使って信者にならない人間を壊すと、彼らになるらしい。
エデンズ・ゲートに忠実で、普段は彼らの生活の身の回りを仕事しているようだが。それすらできなくなると、ヘンベインリバーの山野をかk回るだけの文字通りゾンビとなる。


・本当の自分ではない
フェイス・シードは個人名ではない、ようだ。
ジョセフの娘はすべてフェイスであったが、全員はもういない。そして今のフェイスも、以前は違う名前であった。


・ドクター・ホフマン
オリジナルキャラクター。
軍で事件後、ジェシカを取り調べたひとりだった。

ジェシカはここで実際には彼と話さなかった会話を続けている。その理由は?


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MAD WORLD

 アーロン保安官とアデレードはクーガーズと共にまた新しい農園を解放することができた。

 だが、それが正しいことだと信じるには――目の前に存在する”現実”が、強大に過ぎていた。

 

 農園を確保し、農地に咲き乱れる白い花をすべて焼き尽くす準備を始める。この社会では非合法ではあるが、個人の選択によっては薬物を楽しみに使うことができる文化がある。

 しかし、そんな悪癖を持つ人間でもエデンズ・ゲートの”祝福”を使ったりはしない。誰も、ではない。

 かつてはその効果を素晴らしいと評価し、楽しみだけを手にするんだと吹いていたやつらもいたが。結局彼らの側に入って行ってしまい、戻ってくることはできなかった。

 

 誰もあがらえなかったのだ、彼らの”祝福”は使い続ければいきつくところ奴らの口にするエデンの門へと連れて行ってしまう。もちろんこれはオカルトに過ぎる考えだが――目の前で起きたことはまさにそれだった。

 

 そして今、もうひとつの現実が目の前にある。

 農園から離れた山の斜面、いつの間にかそこは切り開かれ。青々とした緑の葉と輝く白い花びらが栽培されていた。

 

「隠して栽培していたのか……あんなところにも」

 

 声は自然とひび割れていた。

 

 アーロン保安官は自分がいかにホープカウンティにとって無力な存在であるのか思い知らされた。

 何か悪いことがあっても、苦しむ住人達には「自分を信じてくれ」と訴え。なんとか良い結果にしようと努力してきていたはずなのに。彼は何もできないまま、エデンズ・ゲートにいいようにされ。多くの人々に嘘をついてしまったという結果だけがつきつけられていた。

 

「きっとあそこだけじゃないわね。探せば近くの山でも同じような光景が見つかるんでしょうよ」

「ヴァージルが言ってたが。あいつらは最近、”祝福”の生産を増やしたと。それを精製する際にでる廃棄物を川に流しているんだって。

 狂っていると思ったが、それでも――こりゃ、想像以上の増産が行われていると考えなきゃならんぞ」

 

 ホランドバレーは新人の保安官が期待以上の活躍をしてくれて解放され、このヘンベインリバーでもついに反撃の狼煙があがったのだと単純に喜んでいた。

 ジョンは死んだ――だがフェイスは生きている。ジェイコブも。

 ジョセフの子供たち。彼らもまた、ファーザー(ジョセフ・シード)に恐ろしく似て、狂っている――。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 ホープカウンティ刑務所の一室では、ヴァージルとトレイシーは息をのむ。

 シャーキーはそんな2人にわかるよ、と頷きながら彼らを凍らせた言葉を再び口にする。

 

「――ああ、こんなことになって俺も信じられないんだよ。あの保安官――ジェシカは消えた。俺の前から突然に。探したけど、どこにもいなかったんだよ。誓って、これは本当のことだ」

「なんてことだ。なんてこと」

「消えただけっていうなら。まだ無事かもしれないよ――アタシ、ちょっと人を集めて探しに行く」

「アーロンの奴にも連絡をしなくてはな。アデレードに空を飛んでもらって彼女を探してもらおう」

 

 それまでは肩を落として疲労困憊の様子であったシャーキーも。

 2人の言葉に励まされ、それなら自分も、と立ち上がりかけたところでトレイシーに止められた。

 

「アンタはダメ。ヒドイ顔をしているよ、一晩中探していたんだろ?ここで休んでな」

「悪いな、そうさせてもらう」

「でも楽はさせないからね。ヴァージル、こいつがひと眠りしたらとっとと探しに行けってここからたたき出してよね」

「おい、トレイシー」「容赦ねーなー」

 

 活発な彼女はすでに背を向け、クーガーズの仲間たちの元へ向かっていく。

 

(頼もしい女たちだねぇ)

 

 だが、どうしてこんなことになってしまったんだ?

 ジェシカに誘われ。派手なパーティをやった、最高のギグだった。

 それからあのドクター。なんていったか、彼のところに行って「迎えに来ましたよ、先生」というつもりが。しっかりとペギー共につかまっていて、即興で救出劇を演じる羽目になった。

 でも、それも問題はなかった。そこまでは――。

 

 

 ドクターは新しい情報を手に入れていた。

 近くで岸に乗り上げたサルベージ船の残骸を利用し、フェイスが捕まえた住人たちで映画のサンダー・ドームみたいなことをペギー達にやらせているって話だった。

 俺は彼女にすぐに助けにいってやろうぜって言った。あれが調子に乗っていたんだってこと、今ならわかる。

 

 医者の情報は間違っていなかったんだ。

 確かにサルベージ船ではフェイスに囚われた人々がいて、彼らは吊り下げられた檻の中でボロボロの状態で放置されていた。

 俺はジェシカが止めるのも聞かずに飛び出して行って……それでひどいことになった。

 

 騒ぎが収まって、助けを人々を車に乗せたところで気が付いた。何度呼び掛けても彼女からの返事はなかった。

 

 ジェシカは消えた。

 何が起きたのか、どうしてそうなったのか。思い返しても俺にはまったく思いつかないことだった。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

――それは言葉では言い表せないほど美しい世界だった。

――常に霧が視界の外側を覆い隠し。しかし、視線を送ればその先は綺麗に裂かれ。その向こうにも世界があるのだとわからせてくれる。

――野原には白い花が咲き乱れ、チョウはその上を飛び回り。うさぎは跳ね、シカは目の前を横切っていく。そのすべてに人間への恐れる様子はない。

――歪んで聞える耳からは、遠くで鈴と鐘が涼やかな音色を響かせているのが聞こえてくる。

――ここはどこだろう?ここはまるで伝え聞くあの約束の地を思わせる。清廉な空気に満ちている。

 

「ジェシカ・ワイアット保安官。会いたかったわ、話に聞いていたもの」

 

 誰だ?

 

「ねぇ、私のことは聞いているでしょ。嘘つきで……人をあやつる……ひどいこともやる、魔女だって。私が人の心を毒するんだって」

 

 フェイス?フェイス・シード?

 

「あなたには知っていてほしい。真実の物語について」

 

 それはあなた達プロジェクト・エデンズ・ゲートの歪んだ真実よ。私には必要ないわ。

 

「エデンへの道は信じるものにあらわれる。

 あなたはようやく私たちの家に招くことができたのよ。もう隠すことは何もない。あなたはただ、問いかけてくれさえすればいい」

 

 なにを?

 

「まずは私を探して。ほら、すぐそばにいるから」

 

――周囲を見回すが。野原には歪んだ幹をした木々がみえるだけ。

――それもよくみると、大半が枯れたり切断されて丸裸になっているものだったりする。

――鈴の音色が近づいているのか。大きく聞こえるようになった気がする。

――歩みを早めるとそのうちに輝く笑顔の、白い服を着た少女がこちらに背中を向けて歩いていた。

 

 待ちなさい!私はそう声をかけた。

 だが、相手は振り向かず。歩いたまま、また語り始める。まるで私を導こうとでもいうように。

 

「私たちを憎悪するものでさえ救いを求めている――。だれでもそうなのよ、あなただって」

 

 私はお前たちに救ってもらいたいとは思っていない!

 

「それでも聞いてあげて、ジョセフの言葉を。彼の言葉には力がある。この世界に絶望し、震えるしかない私たちに自信を与えてくれる。救ってくれるの」

 

 詐欺師の言葉よ。信じない、絶対に。

 私はかたくなに拒むが、なぜか体は言うことを聞かずに彼女についていこうとする。これは幻覚か?それとも現実?

 だがどちらにしても私ができることはあまり多くはない気がする。

 

――フェイスの服の裾につり下がっている鈴が、やけに大きく耳の中に入ってくる。

――気が付くと、進先からは鐘の音色が大きくなってきている。まさか、と思った。それは嫌な予感であるはずなのに、心に嫌悪が浮かばなかった。

――迷いのない男の力強い言葉が徐々に聞こえてくる。

――草木に紛れて信者たちは円を描くように座り込み。その中心にはあの男が立っていた。

――ジョセフ・シード。

――あの夜、ジョンのふざけた清めの儀式でも現れたあの男だ。それに連邦保安官もそこにいる。

 

「『崩壊』が迫っている。我々の前に訪れる、そして『収穫』は始まったのだ――だが恐れることはない、我々にはそうできる理由がある」

 

 ペテン師が!詐欺師!

 自分ですらだましているお前の言葉は、嘘しか感じない。私はお前を信じたりはしない。

 

――フェイスに導かれ、突如として現れたジェシカは吠えるが。信者たちは彼女を見ず、ジョセフだけをただじっと仰ぎ見るだけだった。

――そしてジョセフは力強い視線をジェシカに向け。あの日と同じように近づいてくる。

――目の前に立って向かい合う。

――だがあの時とは違う。今は拘束されていないのだ、何かしようと思えば私はそうなるように体を動かすだけでいい。

――なのにジェシカはなぜかそう考えることができなかった。

 

「君は今、奪う側に立っている。私たちがここに築いた砦……愛、共同体。そして新たなエデンを。

 私は気を許すつもりはない。私たちからそれを取り上げ、奪いつくそうとする者を。真の意味での略奪者の罪を」

 

 冗談にしたって笑えないわね。誰が略奪者?自分を何だと思ってるのよ。

 

「君は私たちを裁く。他の皆がイカレているから、と言うから。だから私たちの行いは間違っていると、裁かねばならないと――フン」

 

 本物のサイコパスか。狂っているくせに理性的なフリが得意なわけ?

 

「君が私をどう考えたとしても、私と君は同じ世界を見つめている。日々、ニュースは伝えている、この世界は終わる。この国は弱く、壊れかけているのだと」

 

 新世紀に終末論とは面倒なことね。

 私は茶化してやろうとする。怒らせたかったのだ、真面目に聞いていないとわからせるために。

 

「なぜ見ないふりをする。君だって感じているはずだ!この世界にみえる人類の未来を!」

 

――空気は震えることはなく。大地も沈黙することで威力を伝えることはしなかった。

――だが遠く美しい世界の中にいきなり炎の髑髏を思わせるキノコ状のそれがあらわれる。

――核兵器だ、すぐにわかった。

――BIGBOSSと言う男もこれを手にし、メタルギアと併用することで力があるのだと世界を脅迫した。

――そしてそれに続くソリッド・スネークをはじめとしたテロリストたちもまた。この兵器で世界に恐怖を振りまいた。

 

「この世界を見てみろ!これがっ、こんなものが私たちの未来だといえるのか!?

 人々の輪は引き裂かれ、隣人は恐ろしいだけの他人となった。彼らの中に壁が築かれ、分断はすでに手の施しようもない。こうなった理由も明らかだ。

 

 指導者となるべき政治家は導くべき人々の顔色を窺い。

 彼らに口当たりの良い言葉とデータで、なにかをやってきたのだと信じさせようとした。彼らは政治と言う行動力を見せることはなく、パフォーマンスこそ政治だと考えた。

 横暴にして欲深いために、自分を信じてついてくる人々を正しく導くことは不可能だとも理解しない。そんな彼らには何も、そう何も任せることはできない!」

 

 なにかわからなかったが、胸の奥でムカ付きのようなものを感じ始める。美しい世界の中でそれを抱えることは、実に苦痛に近いものがあった。

 ガキの泣き言よね、聞いていられないわ。

 皮肉な笑みのひとつも返してやりたかったが、顔は引きつったようで動かない。ただ感情のない言葉だけが飛び出していく。

 

「私はただ、君の中の根本的な誤解を解きたいだけだ。政治家と違い、私自身は力を求めたことは一度もない。

 だが選ばれたのだ。

 君は知っているはずだ。全てが終わる、その瞬間があることを。間近に体験した、暴力と苦痛に飲み込まれ翻弄された。個人は無力で、何もできなかった」

 

――ジョセフの顔が近づいてくる。

――すぐ目の前だ。ハグだって出来るだろう。こいつの首にナイフを突き立てることだって。

――遠くから炎が風のような速さでこちらに向かってきた。

――霧は消えたが、かわりに草木には炎が燃え上がり。世界を赤く満たしてしまう。

――そしてフェイスも、信者たちもいつの間にか消えていた。

 

「そうだ、人は弱く……簡単に傷ついてしまう。なのにそれに対して、誰も何もしようとはしない!

 世界が壊れる、そうわかっていても同じだ!

 私たちは破滅に向かっているんだ。私にはそれが分かる。君だってそうだ。ではどうするというんだ?

 

 ただ、その時が来るのを黙ってみていろと言うのか。死を待ち続け、終わりが来たことを受け入れろと?」

 

 胸の中のむかつきがひどい。

 火傷のようにひりつく痛み、そして離れてくれない。ジョセフの言葉は嫌でも耳に入り、私の中に何かを刻み込もうとするが。

 それを私は黙ってみているだけ。何もできないのか……。

 

「私は――私は自分が完璧だと言うつもりはない。未来を知り、そのために必要な行動をおこしただけだ。私の言葉を信じる人々を導くために――。

 世界は壊れつつある。その傷を癒し、人があるべき未来を手にするためにはただひとつ……かつて我々がいた場所への回帰。穢れはなく、無垢で、神の言葉は力強く。ただそれだけで多くの人々は恐れる必要のない安全な盾を手にできた。

 

 それは君にもできる。

 ただ、受け入れるだけでいいんだ。我々と同じ『信仰』がそれを可能にする」

 

――ジョセフは語り終えると、いつの間にか手には手折られたばかりの白い花が握られていた。

――彼らが”祝福”と呼んでいる薬物の材料となる花だ。

――それをジェシカの前に差し出す。それを受け取るだけでいいのだと。

 

 なにかが動いた。

 心の中のスイッチ。それがコトリと音を立て、私の中の壁がそれでいきなり消滅した。

 それまで静かだった感情が津波のようにはるか遠くからこちらに向かって押し寄せてくるのが分かる。私の感情、怒り、そして闘争心が。

 

 私は、ジェシカ・ワイアットは笑い出した。

 それは笑い声と呼ぶにはあまりにも異常にすぎて。狂笑と表現するしかない、下品で醜く。そして心をさらけ出した憎悪の塊がそこにはあった。

 

 それを他人に見せたことがあった。

 メリルは怯えていた。表情は驚いていたが、いきなりそうなった私を見て怒ることを忘れていたようだ。

 あいつもそうだ。ロスの外にも出たこともない坊やのくせに。生意気に私を弄んだアイツは、殺されると思ったと言った。

 そして今、このクソ野郎は私の姿をどう見てるのか?

 

 今更、神に縋ってどうするっていうのよ。

 核兵器は力よ。武器も力、そして力は支配につながる。強い支配力が、平和を演出させるんだわ。

 確かに私はそれをよく知っている。圧倒する力は存在するわ、そして人間はこれからだってその暴力を手に入れることをやめることはない。

 アメリカは、私たちの国はとっくに神を殺してやったわ。死んだ神に何ができるっていうのよ?

 

 それにしても奇遇よね。私も自分が完全ではないことを、”思い知らされて”生きてきたわ。

 世界が壊れ、地球が破壊しようとも。人間が力を求め、それが強大であればあるほどまったく不安なんて感じないわ。

 

 ホープカウンティの住人達だってそうだった。プレッパーとなって政府ではなく、自分の面倒を考えてあんたたちに対して用意をしていた。

 あんたの神の力を借りなくたって、彼らはすでに自分のことを面倒見ていたのよ。

 

 

――軽やかだった美しい世界は燃え上がったが。今度のそれは明らかな強風となってすべてを吹き飛ばした。

――2014年、ポーランド。

――政府間の秘密の合意で展開したアメリカの部隊は、深夜の川沿いを完全武装で埋め尽くした。

――複数のPMCの背後にある。あの呪われた言葉”アウターヘブン”の名を持つ秘密結社の中心人物たちをそこで確保すること。

――戦力差は圧倒的、軍を指揮するRAT01のリーダー。メリル・ストライバーグにも不安は全くなかった。

――少数のテロリストは一網打尽、それがこの物語の終わりになるはずだった。

――現実は真逆の結果となった。

――包囲していた軍は崩壊。RAT01もまた同じ運命をたどった。

――そしてたった1日だが、世界の戦場は完全に沈黙する。その圧倒する力に抵抗する方法をだれも持たなかったから。

 

 苦しむ仲間と自分の声は意味をなしていないにも関わらず、苦痛に満たされた言語に反応したジェシカの狂気は解放され。悲劇がおこった。

 本当はあんなこと、したかったわけじゃない。でも、ずっといつかやってやろうとは思っていたのだ。

 

 ジェシカは決してその記憶を忘れることはないだろう。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 自分がなぜか呼吸をしていないことを理解した。口を開き、喉が鳴るほどに空気を吸い、肺を膨らませるだけ一杯にふくらませると。

 なにかを取り戻せたと思い、意識がしっかりとしてきて集中できるようになった。

 

 なにがおこったんだ?

 

 まとわりつくのは疲労で、自分が知らずに直立していたとしてもなんとかやっとという印象がある。

 目の前には直角の岩壁がそそり立ち。軽く見上げると、遠く天頂にあって輝く太陽と。その下にはそびえたっているジョセフ・シードの巨像のフォルムが飛び込んできた。

 なんだかよくない場所に自分はいる気がして、視線を地面へと落とす。

 目の前の絶壁と同じく、巨大なテーブル上の岩の中央には赤く照準を思わせる米印が描かれていた。

 

 頭があまり動かなくて、どうやってここに来たのか思い出せない。

 困惑や違和感に素直に悩めたのはそこまでだった――。

 

 ぐしゃり!

 

 何かが右側の後方で肉が叩きつけられる音を聞いた気がした。

 それを思わず確かめようとしてジェシカは素直に振り向いてしまった。

 

 人間が死んでいた。高いところから墜落し、その衝撃に肉体が耐え切れずに破壊されていた。

 頭の半分は砕け散ってしまったのか。それでも残るその部分にある薄いブルーの目はカッと見開いたままで着地点のそばに立つジェシカを見つめているように感じた。

 まさか、と思った、その後に不安が押し寄せてくる。

 

 頭を再び上に向ける。

 太陽の光はまぶしく、ジョセフの巨像の影があいかわらず濃いが。この地上との間に今度はいくつもの人影が”降ってきている”ことを見てしまった。

 

 立て続けに岩が衝撃音を響かせる。

 人が雨のように降り、岩盤に次々と叩きつけられていく彼らの命の砕け散る瞬間の中にジェシカは茫然と立つことしかできなかった。

 いや、これはむしろ誰も彼女の上に振ってこなかった奇跡を喜ぶべきなのだろうが。そんなことまで頭は動くことはなかった。

 

 頭の中であの夢で幸せそうだったフェイスの声が聞こえた気がした。

 彼女は自分に「こうすれば自分が生きてるって、そう実感できない?信仰は人を強くする、この道を恐れてはダメ」と、そう言っていた。

 

 ジェシカは震えていた、どうしようもない恐怖が彼女を支配していた。

 落ちてきた肉塊のひとつに見覚えもあった。

 相棒と一緒に2人乗りのバギーに乗り。「それじゃ保安官が来るまでに、俺らだけでフェイスを倒しておくかもよ」などと軽口をたたいていた。彼らは危険だと知りながらも、勇敢に名乗り出てくれた若者たちだった。

 ずっと彼らの無事を気にしていた――。

 

 エド・エリスが死んでいた。

 

 叩きつけられ、命が砕けると。そこに残されていたのはうつぶせになり、顔を少し横にかむけている遺体。とても近づけなかった。

 でもわかる。あの姿、あの大きさ、あの服装。どれも見覚えのあるものばかりだった。その彼が、彼から流れ出た血の海の中に自分は無力に立っている、この現実。

 

「ウッ、オオウェー!」

 

 自分は吐く、そう思ったら衝動に逆らわずに体を折りたたんで岩に膝をついた。

 しかし不幸なのか幸運か、胃袋が空っぽのようで。苦いものが口いっぱいに広がるだけで何も出ない。代わりに震える汚れた自分の指を口の中に突っ込み、下の先をつかんで引っ張り出そうとする。

 舌が巻き上がって、喉をふさがないようにしたいと思っての行為であったが。

 なぜか指には自分のものではない血の味がした。

 

(もう立てない。動けない――)

 

 動くもう片方の腕を動かして自分の身体をまさぐり始める。尻のあたりで無線機が爪に引っ掛かった。

 あった、とわかって少し安心したが。先ほどから自分の体の震えがひどくなっていくのが分かって、理性を失う前に必要なことをしなくてはと自分に叱咤する。

 

「……ァッ……ウゥッ」

 

 無線機の送信ボタンは押せたが、肝心の喉の奥から声が出ないし。舌だって全く動かない。

 

「アア、ウッ……!」

 

 絞りだすイメージでいいんだ。声を出せ、助けを求めろ。

 

『おい、ちょっと聞くが――だれかいたずらしてるんじゃないよな?なんか、さっきから変な声が聞こえてくるんだが』

 

 イラついている男の声がかえってきた。シャーキーだとすぐにわかった。

 

「た……けて、シャーキー」

『っ!?おいっ、保安官か?ジェシカなのかっ!?』

「うご……ない。怖い」

『わかったぜ、どこにいけばいい!?すぐに迎えに行く、どこだ!教えてくれ』

「ジョセフ、像……の、下。動けない」

『すぐに行ってやるからよ!待ってろ、ジェシカ』

 

 心強い仲間の励ましだった。嬉しくて涙が出てきたが、それがジェシカの限界であった。

 彼女はその場に丸くなって崩れ落ちると、意識を失い動かなくなる。

 

 

 連絡が切れると、もうジェシカから通信が入ってくる気配はなかった。

 先ほどから車のエンジンをフルスロットルにして、山道から車道に飛び出したシャーキーは通信機に手を伸ばし、連絡を試みた。

 

「アデレードさん、アデレードさん。まだいるか?いるって言ってくれよ!」

『その声はシャーキーね?どうしたのよ』

「よかった!まだ飛んでるよな?帰ったとは言わないでくれよ」

『まだ飛んでるわ。ジェシカの捜索でしょ?私だって――』

 

 なにやらまた悩まし気に文句を口にしそうな彼女を押止るため、簡潔に状況を説明した。

 

「ジェシカだ!ヤバイんだよ、スゲーヤバイ。助けがいるんだ」

『――言ってごらん』

 

 シャーキーは素早く今しがた連絡があったこと、どうやら彼女はジョセフの像の真下にある崖側にいること、そこで動けなくなっているらしいことを伝えた。

 アデレードは黙って最後まで聞くと

 

『状況はわかった。こっちもすでに方向を変えたけど、どのくらいでそっちはつくの?』

「15分以内には。とにかく急がないとヤベー。ペギーに今のジェシカが見つかったら、どんな目にあわされるか考えたくもない。彼女、ジョンを殺ってるんだ」

『いい?落ち着きなさい、坊や。まず悪いニュースだけど、あたしが到着するのは少し遅れそうよ。距離があるの』

「クソっ」

 

 これはつまり、ペギーの巡回網のなかをひとりで突っ切ってジェシカのところまで行けと言うことだ。

 

『彼女を助けた後は?考えがあるのかしら』

「考えだって?そんなものはないさ。さっさと保安官を連れて刑務所にかっ飛ばして逃げ込むしかない。他になんかあるかい?」

『ホランドバレーに逃げ込むってのは?』

「駄目だ、境界線にはまだ検問がある。安全な場所は1ヵ所だけだ」

『そうなると大騒ぎになるわ。ペギーは侵入したアンタの後ろにとびついて、カマを掘りにかかるでしょうね』

「ああ、わかってる。でもこれはやらないと、アデレードさん」

『……ママも必ずそっちに行くわ。あなたはとにかく、運転とジェシカのことだけ考えなさい』

「了解!」

 

 再び山道に入ると、道なき道に突入していく。

 こうなるともう運頼みしかなくなるが、あいにくとシャーキーは恐れと言う言葉の意味だけはちっとも理解できない馬鹿であった。

 急こう配の荒れた道を突き進む4WDの力強さに酔いしれ、己の股間が固くなるほどの興奮を覚えると。そこにスキはなかったはずだが、運命の瞬間が待っていた。

 

 ペギーの2人乗りバギーの腹が見え、シャーキーはアクセルをより一層深く踏みつける。

 横原にバンパーから突っ込むと、驚きで目を丸くしたペギー達を乗せたバイクは吹っ飛んでは道の横へと飛び込み。勢いを殺せないまま、その先の崖の下へと消えていった。

 

「まずは1ポイントゲットだな!」

 

 哀れなペギー達の運命など考えることなく、シャーキーはクラッチを変え。車は再び山道の坂道を力強く登っていく。

 




(設定・人物紹介)
・クーガーズ
ヘンベインリバーのレジスタンス。
アーロンとヴァージル以外は若者が中心となって構成していた。


・エド・エリスは死んでいた
当初、彼がどんな最期を遂げたのか。それを描くエピソードが存在した。
しかし予定を超えて頂戴化する作品をコンパクトにするため。また非常に愉快ではない拷問描写が中心になってしまいそうなので、カットした。

ちなみにエドが捕らえられ、こんな最後を迎えた理由はフェイスのそばにいるティムにある。彼の本名を思い出せばなんとなくわかるかも。


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Jesus Swept!

 目を覚ますと、そこにはトレイシーがいて。私の腕に刺す点滴をいじっていた。

 

「えっと、なんで……?」

「目を覚ましたんだね、保安官。アンタ、本当にタフなんだ。よかったよ」

「ここは?」

「ホープカウンティ刑務所、忘れた?いいから今は休みな」

 

 私は眠る。

 今は恐れるものはない、安心していい――。

 

 

 トレイシーから新人が目を覚ましたと聞くと、アーロンはようやく肩の荷が下りたような。とにかくようやく安堵した。

 

「本当に良かった……おい、シャーキー?」

「ああ、なんだ?保安官」

「お前もよくやった。彼女が無事で本当に――」

 

 よかった。

 ようやくのこと反撃がはじまり、ホープカウンティの未来にも明るいものが見え始めたところだ。ここでその勢いを失いたくはない。

 フェイスもついにレジスタンスの勢いを恐れてか、ジョンに続いて捕らえている連邦保安官をテレビにだし。自身に罪の告白をさせている映像をヘンベインリバーで流し始めた。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 5日後、ようやく体調が戻ってきたジェシカはベットから起き上がれるまで回復してきた。

 それでも夢に現に、ジェシカにとって厳しい5日間だった。特にあの若者、エド・エリスの死が眠る彼女を苦しめた。

 

 うなされるジェシカの話から、アーロンはダッチを通してホランドバレーにむけて連絡してもらい。グレースは秘かにこちらに来るとシャーキーの案内でこっそりと現場に戻って見に行ってもらってきた。

 戻ってきた彼女は感情の押し殺した声でそれが幻覚ではなかったことを確認した。死体は獣にかじられていたらしいが、間違いなく本人だったと口にした。

 これによって事実上、(エド・エリス)の相棒だったジェイクの生存もまた限りなく低くなったと認めなくてはならない。

 

 グレースは悪夢にうなされるジェシカを見舞うと、目が覚めるのを待たずにホランドバレーへと戻っていったそうだ。

 

 建物の外に出て中庭の階段に腰を下ろすと、今日も真っ青に広がる空を見上げた。

 あの若者は命を落としたのに。その最後の瞬間にそばにいた自分はまだ生きている――何とも言えない気分だった。

 だがジェシカは苦しんで、後悔してばかりいたわけじゃない。

 休んでいる間にあの一件を自分なりに思い出し、そしてひとつの疑問と大胆不敵な計画を秘かに考え始めていた。

 

 

 ドクター・チャールズ・リンジーは獣医である。

 だが皮肉にも、彼の世界が一変するとき。真面目な獣医をやっていたせいで、今では貴重な”人間”も診る医師の役目をおっていた。

 

「ハイ、ドクター」

「ジェシカ!?保安官、もう起きても大丈夫なのかい?」

「大丈夫、そろそろ体を動かさないと」

「君に助けられた私だが。本当にタフな女性なんだね、君には驚かされることばかりだ」

 

 彼は刑務所では患者を診る時以外はエデンズ・ゲートの”祝福”について解析を進めていた。

 私がシャーキーを誘って彼を迎えに行った時も、外で必要だと思ったサンプルを必死に収集していたらしい。その彼を助け(ちょうどペギーに見つかって拘束されかかっていたから)、ミザリーと呼ばれる場所でフェイスが何かひどいことをやっていると聞き。あの騒ぎが始まった。

 

 私は彼に聞かねばならないことがあった。

 

「ドクター、私は知っておきたいの。自分の身体がどうなっているかって」

「ああ――まぁ、そうだな。わかるよ」

「私は、どうなっていたの?ミザリーで私に何が起きたの?あれは――これからも起こりうること?」

 

 ドクターは顕微鏡をのぞくのをやめると、私の座る椅子の正面にある机の上に腰を下ろし。私の視線と同じ高さに合わせてきた。

 話してくれるつもりなのだろう、それが分かって嬉しかった。

 

「アーロン保安官は君がこのヘンベインリバーに来たばかりだから、祝福の毒にさらされないようにすればいいと考えていた。だから、彼のせいではない。それはわかってほしい」

「ええ」

「誰も思ってもみなかったが、ジェシカ――君の体はすでに祝福に汚染されていた。それもかなり深刻なレベルで」

「っ!?」

「考えられるのはホランドバレーですでに接触があったはずなんだ。そうでなければ、あんなことはおこらなかったはず。心当たりはあるかい?」

「……あるわ、先生。私、あそこでジョンに捕まったことがあるの」

 

  すっかり忘れてた、ちょっと前のことだったのに。

  ジョン・シードに捕まった時のことだ。不思議な感覚の中で動けなくなった、あれに違いない。自分はあれを銃弾を受けた衝撃で、脳震盪でも起こしたんだろうと勝手に考えていた。そうではなかったということか。

 

「このままだと私、どうなってしまうの?」

「君は今、後戻りできない門の前に立っていると考えてほしい。こっからさらに先はあるが、進めば進むほど悪化するだけだ。最終的には思考力と感情が消え、廃人になる」

「最悪ね」

「ああ、そうだね。でも気を付けていれば、そうそうそこまでいったりはしないはずだ」

「あんな感じでトリップしない保証はないのね?」

「……意識が怪しくなったと感じたら、集中するんだ。そしてその場から急いで移動する。それでなんとかなると信じるしかない」

「本当に?」

「気休めだな。ああ、そうだ。祈るしかないが、思考が濁らないことを続けるしかない。保証はどこにもないよ」

「わかったわ。ありがとう、先生」

 

 これで疑問はひとつ解けた。

 最悪の知らせではあったが、自分の身体のことだ。大切なことなのだ。

 そして疑問はもうひとつある。

 この答えの如何によって。私のこれからやるべきことが決まってくる。

 

「実はね、もうひとつ気になっていることがあるの。聞いてくれる?」

「もちろんだ」

「私――フェイスを知らないのよ。いえ、実は顔を見ているの。

 連邦保安官とジョセフを逮捕しようとした夜に、彼女もジョン達と一緒に集会場にいた。それは覚えている」

「ああ」

「でもね、話したことはない。そんな状況はなかった。

 ジョセフは違う。あのファーザーとか名乗る奴とは、ジョンのところでも顔を合わせてたし。逮捕した時だって、会っていた。でも、フェイスはないの」

「?」

「うなされてた時、あなたにも幻覚の話をしたの覚えてる?フェイスとジョセフにそこで会った、連邦保安官にも」

「ああ、夢とは思えないと君は言っていた」

「何度も何度も思い返すけど、答えがないのよ。あの夢を見てから、私はフェイスを知っていると思ってる」

「ええと、認識している?そういうことかい?」

「そう!それよ。

 トレイシーにも聞いたけど、私と話したフェイスはいかにも本人が言いそうなことだと彼女も言った。それって――」

「ちょっとまって、ジェシカ。君はもしかして――」

「私はトリップしている時、本当にフェイスにあっていたんじゃないかって。これは、おかしいこと?間違っていると思う?」

 

 ドクターは患者になんて答えたらいいのか、戸惑っている。

 それは悪夢だ、ただの夢なんだと言えばいいのだろうか?だが”祝福”の詳しい解析がされてない今、そんな言葉でごまかせるものだろうか?

 

「どうやら君なりに冷静に考えたうえで質問しているように見える。だから私も正直に答えよう。

 ジェシカ、断言できることは何もない。

 彼らの”祝福”に毒されてどのように悪化していくのか、それを調査した完全な記録を私は持っていない。だから、わからないよ」

「ジョセフの像の下で気が付いた時、怖かったわ。本当に子どもに戻ったみたいに、自分が無力な存在に思えて。ひどいことがおこった。

 そんな私にフェイスの声が聞こえた気がした。最初はオカルトか何かに思えて、テレパシーでも使われたのかと思ったけど。重要なことはそこじゃない。私はすでにフェイスを知っている。本人に会って、夢の通り直接会っていると思っている」

「繰り返すが、確実な答えはない。私には答えられない」

 

 だがそれは私の直感が正しいといえる可能性がある、ということでもある。

 唇が渇くのを感じる。

 今から私が口にすることを聞いたら、彼は私の考えに賛成してもらえるだろうか?

 

「実はね、考えがあるの――」

 

 ある作戦について話した。

 かなり危険で、妄想にとりつかれていると言われかねない考え。

 彼は最後まで聞いてくれた上に、長い間考えてから答えてくれた。「僕には確実なことは何も言えない。だから君にはそんなバカはやめろとして言うよ」、と。

 

 ありがとう、ドクター。

 立ち上がる私はすでに決めていた。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 オーブリーの食堂――。

 私はシャーキーに頼んで、そこにいるトゥイークという麻薬の売人に会いにきた。彼の話によると、トゥイークの家は代々薬物と縁があるそうで。エデンズ・ゲートに”祝福”の特別レシピを提供したのが彼の父親だと言う噂があるらしい。それならこの危険な計画には、ぜひにも参加してほしい。

 

「な、な、なんだい、シャーキー。こんな騒ぎが起こっても。お、お、俺のキッチンの味は忘れられないか?」

「よォ、トゥイーク。相変わらずハイになっているんだろ?スゲー面白い、そのジョーク」

 

 シャーキーはなにやら取り繕うように慌てていたが、友人として私はそれに気が付かないふりをしてやることにした。

 

「そ、そ、それより。今日は新しい、客か?」

「ええ、そう。私が客よ」

 

 そういうと私はいきなりトゥイークの手をねじり上げ、体をテーブルの上に叩きつけてから両手を拘束する。

 これで安心して、話ができるというものだろう。

 

 不機嫌になるトゥイークにいくつか確認をした後で、私は自分の立てた計画について全てを聞かせ、彼の意見を求めた。

 最初はどうでもよさそうだった彼だが、次第に興味が出てきたのか。前のめりになって眼の色を変えていく。

 

「つ、つ、つまり説明させてくれよ。あんた、保安官のくせに。俺の力を、借りたいってことか?」

 

 ああ、そこか。

 

「そうよ、力を貸して。アンタは腕がいいとシャーキーも太鼓判を押したわ。

 それで――私を”祝福”以外の方法で、”祝福”でトリップした状態にしてほしいの」

「あ、あ、あんた。マジでクールだ。それに、ま、ま、マジでイカレてる!」

「ああ、こればかりは俺もお前に同意する。正直、あんたおかしくなったんじゃないかって心配になるぜ、ジェシカ」

 

 ええ、実は私も自分で自分に呆れているわ。口にはしないけどね――。

 

 眠りながら考え続けていた。

 あの幻覚、あれがそもそも現実の出来事を反映したものだと考えると納得できることは多い。

 なら、あそこで見たものは現実でも見ていて。フェイスは私のそばにいたと言うならば――再びあの状態の中で彼らに接触すれば、そこに連邦保安官もいると言う理屈だ。

 

「い、い、今は技術もとんでもなく進歩した。スゲーヤバイけど、あ、あ、あんたの望むものは作れるかもしれない」

「でも、ぶっ飛んでいるときにそんな思った通りのことができるとは限らないだろう?」

「そ、そ、それはどうでもいい。でも、発想、凄くクールだ」

「イカれてるだけだ、やめたほうがいい」

「駄目だ、駄目、駄目!や、や、やめないだろ?やるよな?お、お、俺は気分がすっかり良くなったぞ。協力、して、やる」

「なら、決まりね?」

「ああ、そうだ。や、や、約束だ……この拘束を、と、と、といてくれ。はやく」

 

 シャーキーは深くため息をついた。

 ええ、そうよね。私だって本当はそうしたくてたまらない――。

 

「あの”祝福”ってのは、と、と、とびっきりヤバい奴だ。そ、それに負けないものってなると。す、す、すぺしゃるなのが必要。それを作る、今からな」

「どのくらい時間が必要?」

「へ、へへへ。どうかな、や、やってみないと」

 

 私はまたこうして危険な取引にすべてを賭けている……。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 11時間後――。

 シャーキーと別れただの登山者の姿になった私は、ようやく人のいない目的の場所に到着した。

 ここにくるまでに泥で服や顔、髪を汚し。準備はすでに整いつつあった。

 

 これは危険な賭けではない――。

 自分ではそう思っている、考えている。でもだからって皆に相談したわけじゃない。

 きっと止められてしまうだろうから。

 

 目立ちたがり屋で繊細だったジョンと違い、フェイスは一見すると慈悲深いように演じるが。その本質は冷酷で、残忍、用心深くもある。

 言い換えると臆病ということだが、それが彼女を守り続けてもいるのだ。

 ヘンベインリバーに来てから、公の場で彼女を見たという知らせがいまだにないのがその証拠だ。どこかに隠れ、出てこない。

 

 アーロンとクーガーズが進めている農園の襲撃が続けば彼女はたまらず姿を見せるかもと考えていたが、そうはなってない。逆にわかったことは、エデンズ・ゲートの影響は想像を超えていて物理的にすぐに取り除けるレベルではなくなっていたということだけ。彼女は確かに力を失っているが、その効果は微々たるものだった。

 そしてだからこそフェイス自身を何とかしなくてはならない。

 

 となると、ジョンの時のように彼女を怒らせるしかないが。その方法は限られてくる。

 彼女が捕らえている連邦保安官を取り戻すか。犠牲が出るのを覚悟してあの警備厳重なジョセフの巨像に攻撃を仕掛けて破壊するか――アーロンやアデレードは後者を考えていて、まだ決断できずにいる。

 だから私は前者に決めた。

 

 ”祝福”の毒は私をむしばみ、これを使うエデンズ・ゲートのいいように操られる危険性が出てきている。

 ジョンを殺した私は、今は英雄だが。このまま戦い続ければいつかレジスタンスの毒となってしまうかもしれない。私が助かるには毒が全身にいきわたる前に、出来るだけ早くこの”敵”を倒すしか道はないのだ。

 

 ランプを消し、ライトを消し、つかいきりの蛍光バトンだけ脇に置いておく。

 武器を一切身に着けず、ポケットからトゥイークの用意した1回分の粉末を取り出した。

 

 これが最後になるかもしれない――モンタナの夜の向こうにあるはずの景色を思い浮かべ、闇を見つめる。

 遠くに民家や街頭の明かりが見えるが、他はすべて真っ黒なまま。そこにあるはずの山々や木々、そこに生きる獣たちの様子も見えやしない。

 まさにホープカウンティの今が、これなんだ。

 

 一枚の紙を取り出し、その上に粉をまぶすと一気にそれを鼻から吸引する。

 軽くせき込み、鼻をすすりながら親指で丹念に鼻の下にこびりついた残っているモノを綺麗にぬぐってそれも鼻の穴に押し込んでいく。

 もう後戻りはできない――変化は徐々に表れてきた。

 

 判別の付かなかった闇の中にあるものが見えてくる気がする。

 遠くの山、車道の下を走り去るペギーのパトロール、目の前には森が広がり。そこに白いクーガーが、じっとこちらを見つめて目を光らせている。

 なぜかはわからないが突き動かされるような衝動によって立ち上がると。そこでジェシカの記憶は途絶えた。

 




(設定・人物紹介)
・トレイシー
原作でも元気なツンツン娘。優しい反面、本当に口汚いというギャップ萌え。


・オーブリーの食堂
原作にも存在するサブクエストに登場する。
やってみると実に頭のオカシイことをやらされるクエストだが、そこがなぜか気に入ったので使うことにした。


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M.A.P

次回投稿は3日を予定


 あろうことか病み上がりのジェシカを外に連れ出し、どこかに放り出してきたというシャーキーを怒鳴りつけて追い出してから3日が過ぎていた。

 アーロン保安官はこの数日のつらさに耐えきれず、ついつい愚痴を聞かせてはいけない相手に思いを口に出してしまう。相手は当然のように、すぐに怒りだしてしまった。

 

『ああっ!もう聞いてらんないわよ、アーロン。男が腐って口を開くと、カビが生えてくるわ』

「フン、お前さんにみたいに欲望に忠実に生きてりゃ。こんな悩みとは縁がないか?」

 

 本日のホープカウンティは前日に引き続き雨、アデレードは当然だがマリーナに戻っていた。

 そういえばジェシカがいなくなるとホープカウンティは雨が降ることが多い気がする。

 

『当然よ、なんせガッツも馬力も違うんだから。そのおかげで私は小娘共のような悲劇のヒロインごっこはしなくてすむのよ』

「思春期の坊主みたいな言い方だな、アデレード。今年でいくつになったんだったか?」

『私の彼氏たちは楽しみ方を知っているだけよ。私も彼らと同じ、今を楽しんでるだけ』

 

 呆れつつも、同時に彼女をうらやましくも思う自分がいる。

 恋や愛が、問題じゃない。どんなことがあっても今の自分を後悔しないであろう彼女が、うらやましいのだ。

 これまではずっと自分はベストを尽くしてきたと考えていた。ペギーは放っておいたらいい――もしもの時を考えて手も打ちはしたが。それはあくまで保険。

 すぐにも必要になることだとは考えてなかったし。自分をここに置いて、荷物を下ろして先に進んでいった友人に自分も続くためにしたことだった。

 

 それがこんな事態となり、最悪の状態は回避できても。相変わらず自分は何もできていないということが無慈悲にもつきつけられている。

 これから目をそらすことはできない。

 

『シャーキーの坊やを追い出したこと、反省してる?』

「俺が?なぜだ、あいつは――」

『悪く無いわ。彼には責任はない、ジェシカだってそう』

「信じられんよ。新人はもうまともじゃない、彼女がしようとしたのはただの自殺行為でしかなかった!」

『それは私たちが追い詰めたから。だからジェシカは何も相談しないでひとりで進めたの』

「……そう、思うか?」

『フン、他に何があるっていうのよ。

 ペギーから”祝福”を奪うために農園を攻撃したけど、たいした効果は与えられていない。フェイスは姿を見せないし、どこにいるのかもわからない』

「残る手はひとつだけだ。しかし――犠牲は出したくない。俺達はもう、十分に傷ついている。これ以上なんて、おれはとても……」

 

 言えるわけがないだろう!?その言葉は飲み込んだ。

 年齢のせいだろうか。涙腺が弱くなったようで、感情的になるとよく目の端に涙が浮かぶようになってしまった。

 

 ふと、刑務所の外で誰かが叫んでいる声が聞こえた。

 警告しているようではないが、必死に何かを叫び続け。何かを仲間に訴えているように思えた。

 

『アーロン?』

「すまん、アデレード。外が騒がしいようだ、見に行ってみるよ」

『そう、それは良かった!いい加減、不愉快な時間を老いぼれ爺さんの泣き言に付き合わなくて済むようだし』

「そうだな、ありがとう。シワシワの婆さん、通信終了」

 

 通信機の前から立ち上がると、自然に手は腰のリボルバーに触れ。そこに弾が装填されていることを確認する。

 声はまだ聞こえている。

 ドアの前に走っていくクーガーズの若者たちの顔色も青白いものとなっていた。「おい、どうした?」アーロン保安官は彼らに声をかけると、信じられない答えが戻ってくる。

 

 ジェシカ保安官が戻ってきた。

 一緒にバークレー連邦保安官をペギーのところから連れ出して。アーロンの顔もそれを聞いて青ざめる。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

――おい、新人。もう大丈夫だ、目を開けろ!俺を見ろ!

――アドレナリン持ってきたよ!

――そっちにも一本渡せ!すぐに打つんだ

――アーロン!こっちも手伝ってくれ

――ドクターとなんとかやってくれ。こっちも手いっぱいだ!

 

 自分が刑務所に戻れたことはわかった。

 だが、どうしてかわからないが私の中には恐怖が一杯に詰め込まれ。目に映るすべてが脅威におもえてしかたがない。だから抵抗する、力一杯に。

 

――トレイシー、こっちだ!

――動かないでっ

――おいっ、おいっ。落ち着け、頼む、抵抗するんじゃない!

――落ち着いてよ、お願いっ

――よし今だっ!早くっ

 

 トレイシーが両手で固く握りしめた注射器が振り下ろされ、冷たい針が肉を突き破ってメリメリと胸の中に入ってくるのを感じた。

 

――よーし、よーし、それでいい。もう、大丈夫だ、よく戻ってきた。

――あとは私が。保安官、隣を手伝ってあげて

――ああ、頼んだぞ。冷や冷やさせやがって……

――これで、いい。落ち着いてきた。あんた、本当に帰ってこれたんだね

 

 帰ってこれたのか。どうやって?

 トレイシーはその間も慣れた手つきで腕に針を通し、点滴と繋げる。

 

――はやく抜けそうだ。よかった、まだクソ混乱してるだろうけど。アンタなら大丈夫。

――クソっ、トレイシー。手が空いたらこっちも頼む!駄目だ、暴れるんじゃない。バーク連邦保安官、俺を見ろ!

――チクショウ。あっちは重症だよっ

 

 隣のベットにはアーロン、ヴァージル、ドクターが激しく抵抗しているバーク連邦保安官を取り押さえようとしている。

 それは見覚えのある。重度のジャンキーがみせる反応にそっくりだった。男達がしがみつくたびに狂ったように暴れまわり。蹴られたり突き飛ばされたりするだけで、それぞれがよろめき。また必死の形相で食いついていく。

 

――嫌だっ、クスリは!薬はやめてくれっ

――落ち着かせたいだけだ。抵抗するな、怪我をさせたくないんだ!

――これじゃ、近付けないよ!

――駄目だ、保安官。彼は拘束するしかない。道具を持ってくる!

――そんなものはいらん!ドクター、クソッ。動くんじゃない、バーグッ

 

 私の目はトロンとしてきて、再び意識が薄れていくのを感じた。

 まとわりつく疲労から、この肉体は眠りを欲しているのだと訴えてきている。

 でも私はまだ、眠るわけにはいかない――。

 

 結局、拘束具で手足を固定され。

 それでもなお激しく上下にたたきつけるようにして揺さぶることをやめないバーグ連邦保安官だったが、トレイシーの振り上げた針が彼の胸板を貫くのを確認すると。ようやく私は安心して自分の欲求に素直に従うことができた。

 

 

 アーロン保安官は部屋を出ると、壁に手をやって自分を支える。

 本当に、本当に新人の奴、やってのけた。バーグ連邦保安官他、7人までもフェイスのところから引き連れて戻ってきてくれた。

 おかげで刑務所は上から下まで大騒ぎになってしまったが。終わった今ではそれが逆に心地よいと言うものだ。

 

「――ちょっと保安官、大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ」

「もう、トシなんだからさ。無理しちゃだめだよ」

「そうだな……トレイシー、悪いがすぐに若い連中を集めてもらえないか?」

「そりゃいいけどさ――どうするのさ?」

「前にお前が言っていたことを覚えているか?」

「なんのこと?」

「ファーザーの像だ。あれを、ぶっ壊してやるのさ」

「っ!?わかった、すぐに皆を呼んでくるよ」

 

 覚悟は決めた。

 ジェシカはやってくれた。フェイスは彼女に怒りを感じているだろうが、それだけではまだ足りない。駄目押しが必要だ。

 

「フェイスが出てくれば、一気に勝負がつけられる。戦うなら今しかない」

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 信者がつながりました、と言うとフェイスはすぐに自分と変わるように要求する。

 TV電話の前に座ると画面にはジェイコブ・シードが椅子にふんぞり返って偉そうにしていた。フェイスは彼があまり好きではない。

 

「聞きたいことがあるそうだな。どうした、フェイス?」

「……あの保安官にしてやられたわ」

「ほう。なにがあった?」

「ここに入り込んで、人を連れて出ていったのよ。ジェイコブ」

 

 答えるとなにかが彼の興味を引いたようで、こちらに身を乗り出してきた。

 

「あの女、”祝福”の効果に逆らったと?そう言っているのか?」

「知らないわ。でも、実際に彼女はそれをやってのけた。間違いないわ」

「証拠はあるのか?」

 

 フェイスは傍らの部下に合図を送り、映像を送るとジェイコブに伝えた。

 ジョセフの子供たちはその特別の地位にふさわしく、ホープカウンティにそれぞれがバンカーを管理する権利が与えられていた。

 フェイスのそれは他と違って少し特殊だ。

 彼女のバンカーの上層は解放されていて、症状が軽度の”天使”達によって”祝福”を作り出す工場が運営されている。天使は作業中、いつでも外に出られるが。それは同時に出て行ったまま戻ってこないこともあるわけで……数が減れば当然新しい”天使”が補充されるシステムになっている。

 

 そこにジェシカは入り込み、人を連れて脱出していった。

 ゾロゾロと正門から出ていく彼らの姿は深夜、ゲートの警備カメラがしっかりと見ていたが。警備はいつも見る光景とみても全く気にせずに放置してしまったのだ。

 

「あの女、堂々と正門から出ていったのか、ククク。ちゃんとお見送りはしてやったわけか?」

「笑い事じゃないの、ジェイコブ」

「自分のところの警備のミスを、まさか俺に文句言っているのか?」

「違うわ……警備は、私のミスよ。ジョンが死んで、家族は不安になってる。せめて巡礼だけはできるようにとそちらの警備を重視したんだけど、それが裏目に出たわ」

「そうか、大変だな」

「問題は!……なぜ彼女に”祝福”の効果がないのかってことよ」

「効果がない?何を言っている」

「だって見たでしょ!?あの女、あなたの洗脳術に抵抗してここに来た。そして連れ出した、多くを引き連れてでていったね。おかげで家族は混乱している、私もよ!」

「落ち着け、フェイス。考えさせてもらいたい」

 

 そう答えると、ジェイコブは押し黙った。

 そしてフェイスの我慢が擦り切れかけてくると、限界が来る前にようやく口を開く。

 

「考えがまとまったよ、フェイス」

「そう!よかった!それで?」

「やはりこれはお前のミスだ。お前に与えた洗脳技術は完ぺきだ。抵抗なんてできるわけがない」

「ジェイコブ!」

「聞け、フェイス。自信を持つんだ、お前に逆らえる奴はいない。”祝福”を味わったら、みんながそうなる。これまでそうだったろう?」

「でも彼女は違った。あの女は特別だと言うの?」

「――考えてみろ、これは簡単な数学の問題だ」

「数字は嫌い」

「ふぅ、フェイス……いいか?

 お前が使う技術は完ぺきだ。誰しもお前にひれ伏すだろうし、逃げられるものはいない。だが、ありえないことがおこった」

「ええ!だからそういってるんじゃない!」

「ならこれはどこかに穴があると言うことだ。単純に考えると”祝福”は関係ない」

「関係、ない?」

「使われなかった可能性がある。それでも、彼女はお前のところに来た。接触したのなら、教えておいたのだろう?どうすれば救われるのか、理解したらどこに向かえばいいのか」

「ええ、でも……あなたに教えてもらった通り。深層意識に隠しておいたのよ」

「ならそれを引き出したんだろう。そうでなければ、出来ない結果だ」

「そんなことができるの!?」

「やったんだろうな。そうでなければ、お前はそんなに取り乱したりはしなかっただろ?」

 

 ジェイコブは落ち着いている。自分も冷静、なはず。

 そしてこの問題の答えが彼の言うとおりであるとするなら……。

 

「――つまり、私のミスなのね。彼女の信仰心を見誤った」

「戦いには冷静さが必要だ、フェイス。お前の激しい感情にこれからも敵はつけこんでくるぞ」

「そんなこと、わかってる!」

 

 ジェイコブは再びイスに深く座りなおすと、なにやらいわくありげなことを言い始める。

 

「だが、そうはいっていられなくなる時も、ある」

「ないわ」

「その時が来たら、徹底的に敵を叩き潰すしかない。それができなければ、敵はお前の(のど)を食い破りに来るぞ」

「そんなことにはならない!」

「忘れるな、妹よ。やるなら徹底的にしろ。情けはかけるな、愚かな羊は弱者であると思い知らせなくては」

「さようなら、ジェイコブ。今日は感謝するわ」

 

 一方的にフェイスから連絡を切った。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

  ティムを部屋に入れて2人になるとフェイスは厳しく相手を問いただした。

 

「ファーザーの言葉を信じているわね?」

「はい、フェイス」

「疑ってはいない?エデンの門へ続く道を、歩くことを恐れない?」

「もちろんです、フェイス」

「――嘘ね。私にはそれが分かる。私も昔は嘘つきだったもの、誰だってだましてきた。でも私をだました人はいない」

「……フェイス」

「私の判断を疑ってるの?憎んでいるのかしら?」

「そんなっ。そんなことはっ」

「ない?」

「ありえません!あなたは――大切な人だ」

 

 これは嘘ではない。

 ティムは”フェイス”を、信じている。信じたいと、思っている。

 

「死んだのは自分の従兄弟だと言ったわね?頑固で、ファーザーを詐欺師だと叫び続けていた」

「はい」

「名前は、なんていったかしら?」

「エド。エド・エリスでした。母の2つ下の妹の息子です」

「彼はあなたの説得も聞かなかったし。皆を不安にさせていた、ああすることはしょうがなかったのよ」

「わかってます。あいつは、バカだ」

 

 仕方ないことだったと思ってる。

 それでも――このティムは傷ついているのだ。

 弱った男には慰めが必要だ。家族にそれを与えるのが”フェイス”の役目、つまり自分がなんとかしなければならない。

 

 いつも自分が有利になるために人をだましてきた。

 だがフェイスの置かれた状況に嘘が使えなくなってきている、そんな不安が生まれた。

 

 ジェシカ・ワイアット。

 

 ただの新人保安官、あの夜も見てそうとしか思わなかった。

 なのにそれが頭を悩ませ始めている。信じられないことを起こしている、それを奇跡だと言い出す不信心者が出てきている。ジョセフの言葉に逆らい続け、ジョンを倒し、ホランドバレーまでも開放して見せた。次はここなのだ、と。

 

――彼女はフェイスを倒す。そしてヘンベインリバーも解放する

 

 泥に汚れた犬のようになっても、あのエド達はずっとそう叫び続けていた。あいつらは天使となって、もう叫ぶことはない。

 

(フェイスは倒れない。ジョセフのフェイスは、決して)

 

 恐ろしげな野太い男の欲望に満ちた嘲笑を闇の中で聞く、フェイスにそんな恐れはないはずなのに。

 それまでは憎悪の瞳から強い意志が消えるのを漕ぎみよいものと思っていたのに、それがあの呪いの言葉を強くよみがえらせてくる。

 恐怖だ、圧倒的な恐怖がプレッシャーとなって離れてくれない。

 

 

 いきなりフェイスはティムの手を両手で握ると頭を垂れる。ティムは黙ってそれを見ているだけ。

 カハッ、ウゥェ!

 数度えずくと、フェイスは自分がティムにすがろうとしている自分の姿に気が付く。姿勢はそのままだが、徐々に息が荒くなっていく。

 

 

 次に顔を上げた時、フェイスは一匹の狼のように爪を立て、歯をむき出しにしてティムにとびかかる。

 部屋の中の機材を乱暴にいくつも突き飛ばし、床の上に転がる2人。片方を床に押し付け、自分は征服者だと獣となった女は吠える。




(設定・人物紹介)
・バークレー連邦保安官
今回の騒ぎの元凶。
原作ではヘリ墜落後に合流し、ペギーの追撃にあって結局捕まってしまった。
彼が主人公にどのようにしてフェイスのところから救助されたのかは正確な描写はない。

なので本当ならそれを描く予定であったが、オカルトっぽくなりすぎるとカットされた。


・フェイスのハンガー
フェイスのハンガーは上層と下層の2層で構成されているという設定で、半分は彼らの使う貴重な祝福の生産施設となっている。
フェイスが天使を放り出しているというのは、つまりここで祝福の増産を進めたために。一気に症状が悪化して出て行ってしまった天使が増えたから、ということ。


・お前に与えた洗脳技術
原作ではなぜエデンズ・ゲートがあれほどの薬物やそれをつかった危険な技術を持っているのかを説明するものは少ない。
なので、この作品ではそれの一つの答えを用意した。

ここでは”歴代のフェイス”たちはジェイコブからその技術を与えられている、ということを示している。


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転換 Ⅱ

次回の投稿は5日を予定。


 ついにエデンズ・ゲートの信仰心の中核となるジョセフの巨像攻撃計画の準備が進められる。

 この攻撃は今やホープカウンティの住人たちにとって待ち焦がれていたもののひとつだ。自然、クーガーズの若者たちの表情は自然と明るいものとなり。「その日が待ちきれないよ」と目を輝かせている者までいる。

 

 アーロン、トレイシー、ダッチ、アデレードを中心に作られた作戦工程には私も目を通した。口を出す部分はない。

 というのもあの場所はこのホープカウンティでは最大レベルのエデンズ・ゲートの防衛拠点のひとつ。せいぜい攻撃側の利点にあげるとすれば、破壊する的が巨大であるということくらいしかない。

 

 いや、もうひとつある。

 ホランドバレーとヘンベインリバーのレジスタンスが手を組む最初で最後の作戦になるだろうということ。

 

 この攻撃が成功し、ジョセフシードの像が明日にも消えてなくなれば。

 レジスタンスは事実上、ホープカウンティの半分を解放する日も近いのだと証明できたことになる。エデンズ・ゲートとのバランスを崩せるのだ。

 

「よし、みんな聞いてくれ」

 

 地上部隊を率いるアーロンは車の中で無線機を手に取ってそう始めた。

 

「まず、ついにこの時が来たことを皆で喜ぶべきだろうと思う。我々は最近、つらい経験をずっと味わってきた。

 ペギーの奴らにはこれまでも色々と悩まされてはいたが。それだってこんなことをしなければ、笑ってすましてやっても良かったことだったと今でも思ってる。だが、それはもう過去の話だ」

 

 アーロンはそこでいったん区切りをつける。

 保安官として、決して言ってはならないことをこれから口にしなくてはならないからだ。

 

「俺達はずっと腹を立てていたが、それを我慢してきた。

 ここは自由の国だ、信じるものがあると言うなら好きにすればいい。それを邪魔する理由はない。だが、そういうのも過去の話だ。

 

 俺達は今、怒りをアイツらにたたきつけなきゃならん。自分たちがやったことのツケを、払ってもらう。

 だがそうなると、俺達だって無事では済まない。さらに激しく傷つくだろうし、命だって落とすかもしれん。だが、そうなるのは俺達のせいじゃない」

 

 無線の向こうから賛同を示す声が上がる。

 

「我々はまず祈るべきだろうと思う。あいつらのあがめる神じゃない、あるべき本物の神にそれをするべきだろう。

 そしてこの日を迎えることができなかった人々を思い浮かべよう。彼らの平和な日常は奪われただけではなく、命まで失った。誰が奪った?答えはここにいる皆が知っているはずだ!」

 

 ペギーだ!

 断罪の声はさらに多く聞こえてくる。

 

「この計画はトレイシーの発案だ。彼女は言った、ジョセフ・シードは神じゃない。ただの人間だと。

 俺もそう思う。ここにいる皆もそう思ってる。

 それが分からない奴らに、そいつをしっかりと理解させてやろう。いいか、お前ら?ペギーの弾を食らうんじゃないぞ。そんな不幸な奴がいるならご愁傷さまだと言っておく。この作戦に参加できず、ふてくされて留守番をしているトレイシーの奴に、どんな看護をされるか。まさか想像力がない奴はいないよな?」

 

 笑い声があがった。

 これで準備は終了だ。あとは実行ある、のみ!

 

「この戦いに勝利を。我らの罪が許されんことを、それじゃ始めるぞ」

 

 

 ホープカウンティ刑務所の塀の上に立つトレイシーは、攻撃の時間が近づくとたまらなくなって建物の中に移動した。

 今日の彼女は留守番。それも悩みに悩んだ末、自分で決断して申し出た。攻撃が成功するにせよ、失敗するにせよ怪我人が大勢出る。それを面倒見る人間がここには必要なのだ。

 自分が誰よりも望んでいたことだったが、それに自分が参加できないことはひどく自分を貶めている気がする。

 でも、それは仕方がない。

 

「ちょっとアンタ!」

 

 そんな自分の振る舞いに、彼女自身を悩ませている別の元凶が目の前を横切るのを見て、思わず怒鳴りつけてしまった。

 バーグ連邦保安官――かつては法の執行者として強気でエデンズ・ゲートに乗り込むことを命じた男はボウとしてこれに反応した。

 

「俺は、大丈夫だ。大丈夫、あんたの声も聞こえている。もちろん、皆もな」

「誰の声よ!あんたに声をかけているのはアタシ、本当にわかってるの!?」

 

 あの日、大騒ぎしてアドレナリンをぶち込んだが。

 起きてからこの男はずっとこんな調子なのだ。自分は大丈夫、なにかがわかる。それの繰り返し。

 魂が抜けたようで、まったくわけがわからない。医者によればまだ天使と呼ぶところまでは悪化していないと言うし、それが今はとにかく腹が立つ。

 

「おい、トレイシー。なにがあった?」

「こいつ!」

「バークがどうした?なにをやった?」

「なにも!でもね――」

 

(こいつは連れて帰ってくるべきじゃなかったんだ!!)

 

 ペギーの”祝福”は危険な毒物なのは誰でも知っている。

 でもそれがどんな形で人を破壊しつくすのか、それを知っている奴はやはり少ないだろう。感情と思考力を失った人間が、どれほど哀れなロボットであるか。

 あの姿になるまで落ちていくのを見てしまったら、目の前にいるこいつがどれほど危険な存在なのか理解できる。

 

 崖っぷちにいるのだ――。

 危ういバランスの上で、なんとか目の前の状況にわずかに反応しているだけ。

 いつ、正気を失い。ペギーの祝福の言葉を繰り返して誰かを襲い始めるのか、わかったものじゃない。

 

「わかったよ。なら、彼は私が面倒見るから」

「ヴァージル!そいつを子ども扱いしないで」

「トレイシー、彼も被害者だ。君にはわかるだろう?」

「ええ、でもっ……ジェシカ保安官はこいつを連れ帰るべきじゃなかったのよ」

「トレイシー!」

「わかった、わかったから。もう行くよ」

 

 離れていくトレイシーの背中を見て、ヴァージルは深くため息をついた。

 そしてバーグに向くと微笑みかけた。

 

「どうだい、調子は?バーグ連邦保安官」

「大丈夫さ。そういってるだろ。木々の歌声も聞こえて居るし――」

「そうか、それはよかった。それじゃ、私とゲームをしないか?」

「……なぜだ?」

「ちょっとした娯楽だよ。カードゲーム、息子が相手をしてくれなくなって腕が落ちたかもしれんがね。なに、すぐ調子を取り戻すだろうさ」

「わかった」

 

 バーグ連邦保安官を連れて、ヴァージルは警備室へと導いていく。

 あそこではよく、クーガーズの若者が見張りの交代の際にトランプをやっていた。それにあそこならトレイシーの目に入らないし、彼も安心できるだろう。

 

 

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 攻撃計画は3段階。

 ホランドバレーからニックが接近、これで空の警戒網をヘンベインリバーから引き離す。

 続いてアデレードを先頭にジェシカやグレースが乗る攻撃ヘリ部隊がアリーナから出撃。ファーザーの像を北側の空から攻撃する。

 同時にアーロン達が南側の山道を押し上げる形でを一気に進入して地上を制圧。内と外から、ファーザー(ジョセフ・シード)の像を破壊して、全軍撤退する。ペギーが慌てて援軍を派遣してきても、そこにのこされているのはガラクタの山しかない、というわけだ。

 

 

 攻撃が始まるとレジスタンスの優勢のまま情勢は動いていく。

 釣りだされていった空のパトロール部隊は慌ててヘンベインリバーへと戻ろうとしたが、ニックは引きずり込んだゾーンの中で彼の部隊と連携してそれを許さず。

 アデレードとジェシカたちが邪魔するものがいない自由な空を飛んでくる間にアーロン達が接近して突入。グレースはそれを空からの狙撃と情報で支援し、地上の警戒網はあっというまに突き破られていく。

 彼らが丘の上に迫るころには、像の周辺にいるペギー達はアデレードとジェシカの攻撃ヘリから発射される機関銃でなぎ倒されるか、隠れて身動きが取れなくなっていた。

 

「さぁ、仕上げだ!」

 

 ついにジョセフの――ファーザーの像が崩れ落ちる瞬間が来た。

 

 ヘリは互いの射線に入らないように移動すると、残っている弾薬全てを撃ち尽くす、まさに全力攻撃(フルバースト)を開始した。

 ミサイルが次々と着弾しては爆発し、ガトリング砲は作られた意匠を削り、砕いては削り取っていく。

 

『こんな愉快なこと、もっと前にやっておくんだったわ!』

『そうね。同感だわ』

 

 興奮気味に喜ぶアデレードやジェシカに、地上ではまだ必死の抵抗を試みるペギー達が顔を真っ青にして崩れていくジョセフの巨像にどうすることもできないでいた。

 作戦は成功しつつあり、このままレジスタンスは勝利するかに思われた――だが。

 

――こんなことを私が許すと思ったの?保安官

――自分が何をやっているのか。わからないと言うなら、あなたにわからせてあげる。

 

 冷たいフェイスの声だった。

 それが操縦かんを握り、地上から数百メートル上空にいるジェシカのすぐそばで聞こえた気がした。

 驚いて思わずジェシカは畿内に人の姿を探してしまうが、当然だが誰もいない――。

 

『ジェシカ!最後に派手に屑鉄にしてやりましょう』

「……そうね」

 

 興奮するアデレードの声に応じながら、まだわずかに不気味さを感じる自分に大丈夫だとジェシカは叱咤する。

 どうせこれで作戦は終了するのだ。もはや目の前にある巨像は半壊状態、ここでエデンズ・ゲートができることなどあるわけがない。これはレジスタンスの大勝利で終わるのだ。

 機体を移動させ、かろうじて残っている残骸にあわせてわずかに高度を下げ、2機は最後の一斉攻撃を開始する。

 

 だが今回は前とは違うことが起こった。

 

 残骸は一気に砕け散ったが。その勢いが収まろうとすると、逆に”内側からなにかの爆発”が連鎖的にはじまったのだ。

 爆発は白い煙を激しく巻き上げ、風がそれを押し流すとその先には丁度ジェシカのヘリがあった。

 

 操縦席から見える外の光景が真っ白に塗りつぶされると、さすがにジェシカといえども動揺する。

 慌てて包み込む白い雲の塊のようなそれから離れようとしたが、その操縦はかなり雑で本人が思う以上に時間がかかった。

 そしてそれがジェシカの命取りとなる。

 

『なによ、これ!?何が起きているのよっ』

 

 アデレードの驚愕の声が無線を通して聞こえると、次の瞬間。ジェシカの意識はいきなりオフスイッチに切り替わってしまう。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 巨像がヘリの最後の攻撃に対して、おかしな煙をまき散らすのを見て当然だが地上のアーロンも後退を指示して「なにがあったんだ?」と無線に呼び掛ける。

 元々彼らの役目はペギーを像の足元に張り付かせて身動きを取らせなくすることだったので、煙に巻かれることはなかったが。上空にいたヘリ部隊はそうはいかなかったのではないかと恐れたのだ。

 戻ってきたのはアデレードのかすれた声で「ジェシカが――」と口にして以降は沈黙しかない。

 

「だからなにがあったんだ!?爆発があっただろ、誰か落ちたのか?ジェシカ!ジェシカ、応答しろ!」

『無駄よ、保安官。ジェシカのヘリがやられたわ』

 

 暗く沈んだグレースの声が、アーロンを不安に震えさせた。

 まさか、新人の奴が!?

 

「おい、嘘だろ。冗談だと言ってくれ」

『いいえ、事実よ。ジェシカのヘリが墜落したわ』

「彼女は?死んだのか?」

『そこが問題なのよ、アーロン保安官。ジェシカは墜落する直前に脱出してた』

「なんだ!それじゃ――」

『でも無事とは思えない』

「どういうことだ!?ちゃんと説明しろ、グレース」

『彼女、乗り込むときに飛行スーツを着ていたのよ。だから無事よ、死んじゃいないわ』

「なら、なんだ!?」

 

 悪いことが起こっているに違いないが、それが理解できないことにアーロンはいらだって声を荒げた。

 

『アーロン、グレースが言いたいのは。ジェシカは必要がないのにヘリを放り出して墜落させたって言ってるのよ』

「なに?」

『ええ、そうよ。

 ジェシカはそんなことをする必要がなかった。でもそれをやった。原因はひとつしか考えられないわ』

『直前に内部で爆発があった。罠があったのよ、フェイスの奴!大量の”祝福”を用意して、それをばらまいてみせたに違いないわ!』

 

 アーロンは理解し、続いてうめき声をあげた。

 巨像のなかにフェイスはこの攻撃を見越したのか。大量の粉にした”祝福”を大量に運び込んでいたのだろう。

 それが最後の攻撃に耐えられずにコンテナを破壊し。爆風によって拡散する粉塵は飛行するヘリを包み込んだということか。

 そしてジェシカはすでに”祝福”の中毒患者になりつつある状態にあった。そんな彼女がいきなり大量の”祝福”を摂取すればどうなるのか、疑問の余地はない。

 

『彼女、飛んでいったわ。きっとご機嫌でね、追うのは無理よ。私たちができることは、ただ祈るだけ』

「作戦終了だ。通信終了」

 

 そうだ、祈るしかない。

 今こそ神の加護が、今頃自分が何をしているのかもわからないままヘンベインリバーの空を飛ぶジェシカにあると信じて。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 気が付くと戻っていた。

 

 あの世界だ、私にも今度はすぐにわかった。

 エデンズ・ゲートが口にする世界、美しいが。ただそれだけのもの。

 白い霧を裂き、それまで空をなぜか飛んでいた私は地上へと着地を決める。再び水辺に立つと、周囲を見回すが誰もいないようだ。

 

 そうだ。

 私に神の愛は理解できない。

 私は神の愛を感じた記憶がないからだ。

 それどころか国も私を捨てた。そして今は、ホープカウンティが同じ目に。

 

 でも、私がそうはさせない。

 

――新人、新人じゃないか!

 

 聞き覚えのある男の声だった。

 見ると池の上に真っ白な霧が集まり。それがスクリーンの役目を果たしているようで、私の何か記憶のようなものをそこに映しだしていた。

 川辺にはもうひとりの私がフェイスと並んで立っていて、そこに船に乗ったバーク連邦保安官が岸に寄せていく。

 

――さぁ、乗ってくれ。新人、俺と少し話をしようじゃないか

 

 そう、これは確か。彼を助けに行こうとしたときのことだ!

 フェイスにも会った……彼女はなにをしようとしてた?思い出せない。

 

――あの夜以来だ。色々あったよな、お前と。

――俺達はここから離れようとしてた。今じゃ、ハハッ。そんなことを考えていたなんて信じられない。

 

 そう、アーロンと違い。この男の考えは何もかもが甘かった。

 自分への逮捕を理由にジョセフは暴れだし、ホープカウンティは血に染め上げられ惨劇が始まった。

 ブーマーの飼い主がそうだ。親子は抵抗したからと、ただそれだけで殺されていた。そんな人たちは大勢いる。

 

 バークは舟をこぎ始めた。

 

――俺を、連れて帰るつもりなんだな。警戒しなくていいよ、皆知っている、彼女も。

――ここには俺を助けに来た、わかるよ。お前はそれが正しいと思っている。

 

 多幸感に浸っているような表情の男に、ここでゆがみが生まれた。

 苦痛、それを感じているのか?

 

――だがな、違うんだ。俺は戻りたくないんだ。

――あんな場所にはもう、絶対に。

 

 その表情には真実を感じることができた。

 本当に、エデンズ・ゲートに残っていたいと考えているということか。洗脳ではなく、自分で心の底から考えて。

 

――お前だって、自分の人生を考えてみたことはあるんじゃないか?

――実際に、なにをしてきたのか。その結果に、冷静に向き合ったことはあるか?どうだ?

 

 そんなことはしなかった。

 後悔は無駄だ。反省は、慰めにしかならない。正しいから負けない、勝つから間違っていない。

 私が人生で学んできた教訓だ。

 

――人はなんにでもなれるって、希望をもたされて大人になる。

――夢は色々ある。それは切符で、夢に向かって突き進めば。誰だって成功する。そう思わせられる。

――だが、そんなこと。ちっとも真実なんかじゃない。

――それはすべて、今の社会構造が生み出した立場でしかないんだ。そんなもの……。

――俺たちはせいぜい社会を動かす歯車になるだけ。金も名声も、意味はない。どんな歯車で、大きさなのかってだけだ。

 

 何を言っている?

 

――歯車に、意思はない。ただ言われたことを繰り返す、平凡な、人生さ。

――来る日も来る日も、何かを誰かから要求され。そのために動かされている。

 

 頭が動かない。

 彼の言葉は刻み込まれていくが、それを判断することがなぜか今はできない。したくないのか?

 

――命じられたこと以外でやったことっていつだ?求められてるとか、言い訳はいらない。

――歯車になった俺達は、いつだって誰かの人生のためにやらされているんだ。

 

 私の愛は裏切られ続けた。

 だが求めることをやめたことはなかった。

 そのためにはあらゆる手を使ったし、努力もした。でも私はいつも、敗者の側に突き飛ばされている。

 

――俺は連邦保安官なんかで終わりたくなかった。

――でも俺みたいなのが上にいこうと望むなら。汚い手だって、なんでも!必要なんだ。

――だから司法省に、取引を持ち掛けられた。

――どんな手を使っても、ジョセフ・シードをムショにぶち込めって。

 

 それが彼の理由。

 でも私には関係ない。知ったことではない。

 

――もうたくさんなんだ、他人に俺の人生を使われるのは。

――嫌なんだよ。おべっかをつかって、ごみ拾いさせられて。あんなのは最悪だ、もうたくさんだ。

――自分の、意思を、取り戻したい。それにはここが、一番なんだ。

――だってここなら……手が届く気がするんだ。神の幸福に包まれて、守られる。

――俺がずっと無縁だったものなんだ。信仰が、そこに導いてくれる。

 

 嘘だ!

 

 私の正気を失った絶叫が、そうした映像全てを打消していく。

 唐突に背後から誰かに肩をつかまれると、私の体は船の上から何メートルもをひと飛びで後退させられた。

 すると目前にはフェイスがたっていた。

 

「私たちがここで何をしているのか、あなたは本当にわからないの?それとも無関心なだけ?」

 

 突き飛ばされ、再び後退する。

 

「あなたはこれまであちこちで信仰に生きる人々にたいし暴力をふるってきた。なんでそんなひどいことができるの?」

 

 彼らを捕らえても収容する場所はない。

 刑務所も今は、最後の砦になってしまった。そしてこの戦争を始めたのは私じゃない。

 

「皆、連邦保安官と同じ。安らいでいたいだけ、ここに居たいだけ」

 

 居られなくなるのは、理由がある。

 

「あなたはまだ理解しようとしないのね。あなたのまわりは恐怖に満ちている。だれもあなたを助けには来ない。これが私たちの物語の結末」

 

 私に助けはない?

 何を言っている、助けならもうある。

 武器だ。これで戦える、この戦争の終わりまで。

 

 フェイスの表情が変わり始める。

 ああ、そうだ。その顔が見たかった。

 ありもしない慈愛と言う顔が剥がれ落ち、その下から屈辱に怒る女の顔があらわれてきた。

 

 私はフェイスの顔を指さして狂笑をあげる。

 その顔を殴りつけ、血を流し。敗北と汚辱にまみれさせて、お前はお前の嘘と共に死ねばいい。

 

 あの崩れ落ちた、ジョセフの像のように。



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妖しき静寂

 エデンズ・ゲートの精神的支柱、ホープカウンティぞ見下ろす巨大なジョセフ・シードが消えた。

 

 レジスタンスの共同作戦は成功に終わった――完全な勝利ではなかったが。

 それでもその結果は目覚ましいものだった。ヘンベインリバーからペギーが消えはじめたのだ。車道を走る車、川を進む舟、空を飛ぶヘリ。そのすべてがその翌日から消えた。

 

 唐突に平和がやってきている、そう思うしかないほどに静かになったのだ。

 

 そんなのが3日も続くとアーロンとダッチ、ヴァージルは意見を同じにせざるを得なくなった。

 クーガーズに家に戻れるものは帰宅してよいと、許可を与えた。フェイスからの反撃を恐れなかったわけではないが、自宅に戻りたがっている彼らの思いと。今なお行方不明のままのジェシカの捜索が喜ばしいものではないことで、そうする必要があったのだ。

 このまま何事もなく時が過ぎるなら、フェイスは抑えられないままでも、このヘンベインリバーは解放されたとの宣言を出すことにもなるだろう。

 

 アデレードは彼女の若者たちとさっそくアリーナの再建に着手するのだと宣言し、シャーキーはそれに協力を申し出た。

 アーロンとトレイシーは家に戻れないクーガーズの仲間を連れて引き続きジェシカの捜索を続け。ヴァージルはバーグ連邦保安官のお目付け役としてホープカウンティ刑務所に残った。

 

 この時、レジスタンスは気が付かないうちに自分たちの兵力をヘンベインリバー中に拡散させてしまう――。

 

 

 今日も警備室で2人、ヴァージルとバーグは仲良くカードゲームをやっている。

 あれから時間がある時は、このまだ調子のよくない連邦保安官をヴァージルは辛抱強くゲームに誘っていた。

 このヴァージルの見るところ、時間がたつにつれて目の前の連邦保安官の反応が良くなってきているように見え。もしかしたら、彼はまだ大丈夫なのではないか。ここから目を見張るような回復を見せてくれるのでは、そんな希望を持つようになっていた。

 

 だがこれを口にするとアーロンもトレイシーも口を閉ざし、あのドクター・リジ―などは「そんなことはありえないだろう」とまで言ってみせたのだ。あの藪医者め――といっても、獣医だが。とにかく今のヴァージルには、彼らの意見を打ち砕く日が楽しみでならないのだ。

 

「……ツーペアか。君の勝ちだ」

「ああ、それじゃ――」

「わかってるよ」

 

 そう答えると、ヴァージルはしぶしぶ机の中から”弾倉が抜かれ、空のペレッタM92”Fを取り出して連邦捜査官に渡した。

 ここ数日はすっかりおとなしいようだし。フェイスもいない。

 そろそろゲームに変化が欲しくなって、今日はこうしていろいろと賭けをやっている。武器を持たせるのはもちろん許せるものではないが、本人が武器を持っていないのは不安だというし。弾丸が入っていない銃なら、別に飾りと変わらないだろうと言われて納得したのだ。

 

 今日の彼は絶好調なのだろう。スタートからヴァージルはまったく勝たしてもらえない。

 おかげでここまで、彼にこの警備室の質問に答えたり。こうして空の銃を渡したりやっている。

 

 だがこの辺りでお互い本気になるべきだろう。

 

「それじゃ、次はこうしないか?ようやく銃を手にしたんだ。ステップアップするんだよ。次にお前が負けたら、このクーガーズのバッジをつけるんだ」

「クーガー……ズ、か」

「どうだい、連邦保安官?やめるかい?」

「こっちが勝ったら?」

「その時はどうしたい?」

「このゲームは、もういい。終わりだ」

 

 気分良く勝ち逃げしたいというわけか。なるほど、それはわからないではない。

 カードを配るといきなりであった。

 

「フフフ、コール」

「――では、私も」

「ストレートフラッシュ」

「……チクショウ」

 

 ハッタリだと思い、4のワンペアで勝負に出た。

 まさかそう来るとは考えてもいなかった。大事なところで”しくじって”しまったようだ。

 

 そうだ。ヴァージルは確かにしくじってしまったのだ。

 カードが配られる中、バーグ連邦保安官はポケットから9ミリ弾の詰まった弾倉を取り出しそれを素早く静かにしまい込むペレッタに押し込んでいた。この連邦保安官は、ヴァージル以外にもクーガーズの若者たちとのゲームで弾丸を一発ずつ、空のマガジンを一本。すでに手に入れていたのだ。

 そして最後に必要だったものは、すでにヴァージルの手から与えられている。

 

 普段であれば決してそんなことを許しはしなかったし。所持品のチェックもしていたのだろうが。

 攻撃の成功、行方不明となったジェシカ。そして静寂のヘンベインリバー。

 最悪の時を耐えていたクーガーズの若者たちに大勝利に浮かれるな、気を引き締めろといってもどうしようもない状況であったのだ。

 

 ゲームがバーグ連邦保安官の勝利に終わるとホルスターに一度は収められた銃に右手が添えられる。

 スライドを引き、安全装置を外すだけでそれは簡単に人を殺せる状態にある。バーグの目に危険な光が灯る。

 

「この手が彼らの血で汚れ……私は英雄の気持ちを味わった」

「なんだって?連邦保安官」

「私は、英雄の気持ちを、味わった!」

 

 立ち上がりながら驚いた顔をするヴァージルに向けていきなり銃を発射。

 1発目は額に穴をあけると、崩れ落ちた彼の胸元に念入りにさらに2発を撃ち込んでとどめを刺す。最後の瞬間まで善良だったヴァージルの顔には驚いた表情で固まっている。

 

「あんたは良い人だった。でも許してくれ、他に方法はなかったんだ」

 

 今しがた殺したばかりの男に罪悪感を抱きながら、バーグは言い訳めいたことを口にする。だが、彼がやるべきことは変わらない。

 部屋の機械類の前に立つと、そこにある警備装置の電源をすべてオフにしてからそれら全てを破壊する。

 そして火花散り、悲鳴を上げる機器類を前にしてバーク連邦保安官は銃口を自分のあごの下に突き付ける。

 

 自分が本当に望んでいた最後がここにあった。

 彼が諦めさせてくれ。彼女がどうすればいいのかを教えてくれた。彼らへの感謝には、これで報いることができただろうと思う。

 

 外ではようやく警備装置の異変に気が付き、なんとかしろと怒鳴り声が聞こえる。

 今、ここには普段の3分の1程度の人員しか残っていない。散っている仲間を呼び戻す前にこれを何とかできないと、ペギーがいつかのように襲ってきたら耐えられるかどうか。

 

 だが、バーグはそんな彼らに責められるつもりは、 ない。

 

「新人、どうして俺を連れ戻した。

 彼らが苦しむのも、こうなってしまったのも、全部お前のせいだ。お前のせいなんだぞ」

 

 そう言うと、再び表情を失い多幸感にひたるそれとなったまま。

 バーグ連邦保安官は自らの命に決着をつけた。

 

 

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 彼女の怒りに満ちた声は、この世界を震わせるほどのものだった。

 

「あなたを理解することができないわ。まさか、自分がやりたいことをやっても。それがずっと許されるとでも本当は思っていたの?」

 

 何か問題が?

 

「私はあなたにも平等に接してきた。ジョンのように力ではなく、知性と会話で問題が解決することを求めたわ。なのにあなたはなんて勝手な人なの!」

 

 ジョンと同じく、シードの名を持つ奴には不快な記憶しか自分はない。

 

「あなたの意思を尊重した。あなたは天使にはしないであげたの。

 それなのに、ここに残りたいと言う人々をあなたは無理矢理に連れ帰ったわ。それは許さない」

 

 フェイスは洗脳をおこなう、そう聞いたのは間違っていたと?

 魔女と人々の恐れられているくせに、いつまで聖女の振りをしているつもりだ?

 

「そんなことっ――ああ、あなた。あなた、英雄になりたかったのかしら?」

 

 心臓が音高く鼓動を打つのに跳ねるのを感じた。

 

「軍では手に出来なかったものを。愛した男に裏切られたことを。負け犬でみじめな人生を送っていた自分は本当ならそうなるべきだと、そう思った?

 随分と身勝手な理由で私たちを憎むのね、保安官」

 

 彼女の言葉は氷の刃と同じだった。

 皮膚と肉を容易に裂いて血を流させ、骨に触れてはその冷たさにぬくもりが奪われていく。

 

「本当にどうしようもなく傲慢な女。

 知ってるかしら?ギリシャ人は人々が持つ傲慢こそ、女神ネメシスを報復に駆り立てている原動力だと考えた。まさに危険な自尊心よね」

 

 私に返す言葉はない。

 私は正義を求めている。彼らの横暴なやりように抵抗している、私に報復は関係ない。

 

「あなたの言葉が私たちに向けられる暴力だというのなら、私も同じものを使うことにするわ」

 

 私は今度は鼻で笑ってやる。

 ジョセフ・シードの巨像は倒れた。ヘンベインリバーどころか、ホープカウンティでの力関係もついに変化が訪れた。もう、エデンズ・ゲートに恐れるだけの日々は終わったのだ。

 それを再びひっくりかえせるとでも?

 

「そうね――あなたをここに呼んだのは、私。

 だってきっと愚かなあなた達ならファーザーの像を傷つけるものだってわかっていたもの。だからね、攻撃を受ける前にあらかじめあそこに”祝福”を精製する前の段階にある濃縮された粉末の入ったコンテナを詰め込んでおいたのよ。粉が目に入ったりはしなかった?」

 

 あれか!

 ガラクタとなって崩れていく像の中からこちらに向かってくる襲ってくる真っ白な霧を思い出した。

 こんな小娘の小狡さに引っ掛かってしまうとは――。

 

「私を怒らせたかったんでしょ?成功よ、おめでとうジェシカ保安官。

 それじゃさっそくだけど、あなたのレジスタンスには報いを受けてもらうわ。あなたの好きな暴力で、あの人たちはどうなってしまうんでしょうね」

 

 トレーシーが言っていた。

 あの娘は本当はフェイスじゃなかった、と。

 どうしようもない嘘つきではあったけど、哀れな娘であったはずなのに、と。

 

「ああ……あなたは今回は英雄になれるのかしら。いえ、無理よね。

 ひどいことにならないチャンスがあった時にも、ああんたが話を聞き入れてさえすれば。悲劇はきっとなにひとつとして起こらなかったでしょうに」

 

 笑うフェイスの口元が真っ赤に染まっていく。

 すると次の瞬間、電気が消えたかのようにあの世界からブラックアウトする。私はフェイスとのつながりを失ってしまったのだ。この展開は――想像していなかった。

 

 

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 ニューヨーク――。

 

 今日もスーツ姿のクリス・リーは会議室に入ると、大画面の前に立ち。

 近くにあったコンソールをいじると、電源が入ったのだろうブルースクリーンがあらわれ――。画面に彼のボスであるロイドが映し出された。

 

『――フッ、さすがだなクリス。時間通りだ』

「それが給料分の働きってやつです」

『だが雇用主から離れている警備主任に払うには、ゼロが多すぎる』

「ロイド、元気そうでよかった。そちらはどんな感じですか?」

 

 他の元ドレビンと共に欧州にいるロイドは、部下の問いに苦笑いだけで返す。

 やはり難しいのか――。

 

『結局のところ、ヨーロッパと言う共同体の幻想はイギリスではじまり。イギリスで終わってしまったのかもしれないな』

「……今日は弱気ですね」

『ローマの落日か、なんて笑ってここに来たが。我々ドレビンズが想像した以上に現実はもっと悲惨だったというわけさ』

「自虐にすぎますよ。あなたらしくない」

『夕食の席での我々全員がそうだった、まだ引いているんだろう。

 数年前までは大ロシアの復活をEUがねじ伏せると豪語していたような奴らは、すっかり牙を抜かれて自分の取り分だけを心配している子犬となっているんだぞ。経済の悪化がここまで人をみじめに振舞わせるのかと思うと、貧乏は恐ろしいな、クリス』

「ええ、そうでしょうね。

 軍隊から出た私が幸せにしていられるのは、良いボスの下で働けるからだと感謝してます」

『俺にもそんなボスが欲しいよ』

「――大丈夫ですか?

 この世界じゃあなた方は今でも嫌われ者なんですよ。警備状況が不安です、私もそちらに向かいましょうか?」

『その必要はない。大丈夫、お前と話せて少し元気が出てきた』

 

 ここ10年、アジアでは不穏な空気が流れていた。

 中国のオリンピック参加から始まった大陸の経済躍進が巨大な市場を生み出す結果につながり。これによってアジアの中で主導権を握ろうとする動きは軍事と外交で動きが始まり、それがここにきて周辺国にまで波及していた。

 それがひとつ所で歪みを生んだのである。

 

 50年以上前の半島での戦争の再来――。

 形や状況は違うが、再びあの戦争が始まるのではないかという不安が高まっている。

 これを国連主導で回避すべく、ドレビンズは動いているわけだが。彼らの思惑は失敗続きの連続で終わってしまっている。

 

 彼らの言葉は十分に世界に向けられ伝えられているが、国連の力が足りないことでそこに十分な説得力を持たせられないでいるのだ。

 

「戦争は、避けられませんか?」

『予言者ではないのでね。それでもまだ希望を捨てずに努力はしているよ。

 だが外側から手を伸ばしても、内側には手が届かないというの今の我々の正直な状況でね。最後は対立する両者に人としての理性が残されていることを期待しなくちゃいけなくなるかもしれない』

「独裁者と戦うことが人生、そう言い放つ大統領にそれを求めるんですか?

 賭けが成立しませんよ、それじゃ」

『ああ、だからこうして酔っ払って自分たちを笑ってるのさ』

 

 もちろん彼ら(ロイド達)だって次の手を考えてはいるのだろうが――。

 今のロイドに、彼が新しく始めた黒いビジネス・パートナーの話をしていいものだろうか?

 

『――気を使わなくていい。ジェシカの話だろ?なにかトラブルか』

「報告は今朝送ったので全てです。次回分の輸送は許可がもらえれば数日以内に投下を実行します」

『まさかまた、あそこに行きたいのか?』

モンタナ内戦(CVIL WAR)と言えるくらいに、あそこはもう立派な戦場になりつつありますから、それはありませいん。そもそも彼女の戦争です」

『そうだな。あれは彼女の戦争だ』

「連絡を受けた時はふぬけた目をしていましたが、だいぶ戻ってきたように見えました。すぐに全盛期とはいかんでしょうが、心配はしていません」

『――お気に入りの部下は戻ってきたか。それは喜ばしい話だが、別にトラブルではないだろう?』

 

 ようやく本題に入れる。

 

「実はあなたに質問があります。いくつか」

『どうぞ、警備主任。準備のための打ち合わせは重要だ』

「今回の荷が、ほとんど日用品と言うのは?」

『モンタナ州知事とモンタナの警察関係者は正式にホープカウンティを見捨てたからな。潰された道路は公式では山崩れが起こったことにされ、復旧のめどは経済難で不明とされている。予算の話で議会はもめるだろうが、ホープカウンティの惨状についての情報が出ることはないだろうな。

 警察もその動きに追従している。彼らはホープカウンティと繋がるルートを検問、封鎖はするが真の理由には口を閉ざす。素晴らしい団結力だな、同時に恐ろしい話でもある。

 

 すべて考えていた通りだったのだ。

 エデンズ・ゲートとやらのカルトの手が州知事と司法の連中を動かせなくてしているんだろう。デジタルの力でおこる未来の籠城戦だ、それならば物資が必要だろう?』

「武器商人として問題では?」

『我々は戦場では売れるモノを売るのさ。それが戦場生活者を相手にする商人の心得だ』

「そうですか。それはまぁ、いいですね」

『なんだい、面白い奴だ』

 

 画面の向こうで笑い声が聞こえ、今ならもっとつっこんでもちゃんと答えてもらえるとクリスは確信した。

 

「ですがその中にジェシカ宛の奇妙な贈り物が入ってるのはなぜです、ロイド」

『……知ってたのか。中を見てないのか?』

「あなた宛てならそうしましたがね。あなたから彼女へ、というなら別です」

『興味はあるんだろう?』

「だからこうして聞いてるんですよ。あれは、なんです?」

『秘密だ』

「わかりました。聞き方を変えましょう、どうしてジェシカにナノ・シリンジを送りつけたいのですか?あなただって知っているでしょう、彼女の身体はナノテクノロジーを受け付けない、と」

『なんだ、わかっていたか』

「去年、闇マーケットをさらった時にどさくさに紛れて手に入れたものですから。あれはあなたの命令で、私が回収を指揮しましたから」

 

 軍用ナノ・マシン。

 ジェシカの軍でのキャリアを汚し続けた元凶。

 彼女の神経網は、自分たちの中に外から異物が混じるのを頑なに嫌い続けた。ジェシカがそれを望んでも、彼女を構成する細胞たちは異物の存在を許さなかった。

 軍から解放された今は、ジェシカもまっさらな綺麗な体に戻されているはずだが。そんな彼女が新しいものを贈られて喜ぶとは思えなかった。

 

『あそこはもう戦場だ、君はさっきそういっただろ?』

「ええ、2度も違う方法で潜入と脱出をやってきた場所です。違いは理解していますよ」

『だからそれをジェシカに贈るのさ。私からのプレゼントだ』

「本人は喜ばないでしょう」

『確かにな。だが、だからといって使わないとも思わないね』

「本気ですか?」

『断言しよう。ジェシカは使うよ、今の彼女なら間違いなくね』

 

 クリスは呆れて、そしてそれでも自信をもって言い切る雇用主に「理解できない」ともらした。

 ロイドは笑った。

 

『私は常に人を見る。ジェシカをパートナーにしたのは、彼女もそうだとわかっているからだ。

 でなければ苦境にあったとしても、私にどう話を持ち掛ければいいのか。彼女が分かったはずもない。彼女が軍にいた時、私は常に灰色の側の人間で、両側に立つ人間たちからはさげすまれるような男だった。それでも我々のつきあいは続いた』

「確かに驚きましたよ。私があなたの側にいても彼女は驚かなかった。でも、私はあなた達があんなビジネスを始めるとは思わなかった」

『ドレビンだって所詮は武器商人なのだ。現実の世界で夢が色あせるということは、活動資金が目減りする一方というわけで冷静さも失っていく。

 私だけではないだろうな。すでに昔の世界に片足だけでも戻っていく同僚達は他にもいるさ。もちろん、それを口にはしないがね』

「ですが、どうしてナノマシンを?」

『テクノロジーの進歩は凄まじい。あれからすでに5年だ、ナノマシンもさらに進化している』

「今のマシンならば彼女の身体でも受け付ける?」

『わからないよ。ただ、私が送る理由が単純で彼女に死んでほしくないからそれを渡すんだ』

 

 ロイドは調べていた、軍がジェシカを放り出す証拠とした書類の数々を。

 ジェシカは自分がたつ戦場と仲間たちを最後まで自分は選べなかったと考えているが、それは言い換えれば自分がいるべき場所を間違えていたことになる。遅かれ早かれ、粘り続けても彼女の運命は大きくは変わらなかっただろう。

 

『ああいう戦場では彼女は自分の命を顧みないで戦おうとするだろう。死は彼女の隣に立って、襲う時を待ち続けている』

「兵士はみんなそうです。戦場ではそれがルールだ」

『SWAT時代の彼女は抜け殻も同然だったそうだ。そんな彼女も戦場に戻れば、過去を取り戻そうとする。だがそれは無理だ、今度は過ぎ去った時間と若さが彼女から多くを奪い去っているのだからな』

「あなたはそういう兵士たちを見てきたわけですね」

『その足りないものを私が足してやる。新たな彼女との関係のために、私は誠実なパートナーだろう?』

「納得しませんよ。何か知っているんですね?」

『……』

 

 当たり、だ。

 兵士にナノマシンを投与してもそれだけじゃ意味がない。SOPのようにシステムによって兵士を管理しなくては。

 だが、ジェシカにはそれがないのだ。ナノテクノロジーは個人の能力に多少のブーストは得られるだろうが、恩恵と言うほどのものはないはず。

 

『君はMKウルトラ計画は知っているな?』

「CIAの?あの狂った計画のことですよね?」

『ナチスの優秀な学者どもを引き込んだせいで、彼らの口にする狂気に感化されてしまった愛国者達。そう、それだ』

「彼らは軍に、超人兵士計画としてその技術は他にも流用できるものだと協力を求めていた」

『公式には彼らのデータは封印され、処分されたと判断された。誰も信じてはいないがね』

「それが関係している、と?」

『彼女が相手にしているエデンズ・ゲートは国外の組織とも接触していたんだ。

 カルトに多いそうだが、彼らもマインド・コントロールを自分の信者にやっている。それも薬物を用いたやり方で』

「……ジョセフ・シードでしたか。そいつはそんな危険な技術を手に入れていた、と?」

『少し掘り起こしてみたら、そんな気になったというだけさ。証拠を見せろとは言わないでくれよ』

「あのナノ・システムはジェシカへの保険。そういうことですか――」

『……さぁな。疲れてるんだ、もう話はこれぐらいでいいのだろう?』

 

 ロイドは肝心な部分は教えてくれなかった。

 どういうつもりであんなものを考えたのかはわからないが、少なくとも目的だけは、はっきりした。ジェシカを死なさないためだろう。

 

「では、荷物はこのまま明後日にでも届けます」

『私はこちらで予定のスケジュールを進める。問題がないならお前の好きにやっていい』

 

 そういうと急に興味を失ったらしいロイドはターミナルに手を伸ばし、大画面から消えた。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 顔に何か心地よいものが何度も触れるのを感じた。

 手を差し伸べると、それが生き物であることがなんとなくだが分かった。口元には鋭い牙があるが、こちらに興味がないのか。傷つけるつもりはないらしい。

 それでもまだ目覚めない私に苛立っているようで、冷たくて大きな肉球が私の顔にペタペタと張り付けられた。

 

「ちょっと――な、なにっ!?」

 

 さすがに驚いて飛びあがった。

 見ると地平線に太陽が――周囲には甘いにおいが強すぎて不快な白い花が咲き乱れ、その中で横になって意識を失っていた私と――。

 

「ピーチズ?あなた、ピーチズよね?」

「……」

「なんでこんな――って、あれ?」

 

 クーガーのピーチズ。

 ヘンベインリバーに来て、アデレードを助けた後だ。クーガー・センターと呼ばれる場所を解放した。そこで飼われていたのがこの子である。

 なんでも自分の面倒を見てくれる人間を、家臣か何かのように思うらしく。人懐っこく、自分に奉仕させようとするから野生がないのだと変な紹介をされ。なぜか空腹だという彼女のために飼育係の真似事までさせられた。

 それでどうも、自分も彼女の家臣のリストに加えられたらしい。立ち去るまでずっと足元にすり寄られて遊ぶように要求され、アデレードと共に立ち去る際には残念そうに地上からずっとこちらを見上げて見送っていたっけ。

 

 そんなピーチズは、どうやらこうして無様にトリップしておかしくなっていた配下の面倒を見に、ここまでわざわざ捜しに来てくれたようだ。

 喉や頭を強めに撫でまわすと、気持ちよさそうに胸の中に頭を潜り込ませてきながらグルルと満足だと喉ぞ鳴らす。

 

 私はまだふらつきながらもペギーの白い花畑から出ると。

 目の前の山道には止まっているバギーと、ハンドルにぶら下がっている無線機。どうやらそれに乗っていた人間たちの姿は見えない。

 いつからかはわからないが、それは雑音をがなり続けていた。

 

『……どうしたらいいんだよ!?俺達はっ』

「ニック?」

『ジェシカ!?マジか、本当にジェシカなのか!?保安官の!?』

「ええ――どうしたの?何が起こったの?」

『大変なんだ、保安官。フェイスの奴が反撃に出てきた!ホープカウンティ刑務所とアデレードのマリーナが襲撃を受けている、今!』

 

 太陽は沈んでいく、キレイな夕日だったんだ。

 どこからかフェイスの楽しそうな笑い声が聞こえた気がした。

 

 まだ記憶がはっきりしないが、ここはまだホープカウンティで。私はまだ正気を失わずにいられたようだ。

 すぐに首を振って頭の中を切り替えると、無線に向かって指示を出した。

 

『グレースたちはアリーナにいるから俺も空に上がったが、両方は助けられない!』

「ニック!アリーナに向かって」

『保安官は!?』

「任せたわよ」

 

 通信を切ると、バギーにまたがる。

 なにがどうなっているのか、自分に何が起きたのかはわからないが。誰も助けを求められない状況で、私は再び戦わなければならない。集中しろ、任務の失敗は取り返しのつかない結果を招くことになるに違いないのだ。

 

 エンジンをかけると、私は”山頂を目指し”。刑務所に背を向けて走り出した――。

 




(設定・人物紹介)
・イギリスではじまり~
はじまり、はWWⅡ後のチャーチルによるヨーロッパ連合のこと。
終わり、はキャメロンが首相在籍時におこなった国民投票のこと。


・アジアでは不穏な空気
FC5では、はっきりとはされてないものの。物語の背景で、アメリカと北朝鮮との緊張状態が続いていることを示唆されている。


・Mkウルトラ計画
WWⅡ後、ナチスが保管していた人体実験のデータを入手。
さらに科学者を集め、あらたな技術開発を進めようとした、とされている計画。

1973年、文書の破棄が命ぜられた。


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散華

次回は15日投稿予定。


 それは本当に短い時間で、再びゲームがひっくり返された。

 

 バーグ連邦保安官の手で警備装置が破壊され、ホープカウンティ刑務所はマヒ状態に陥った。

 正門は誰も入ることを遮らないと大きく開いたまま動かず、警報や警備装置も沈黙。もはや頼みはそこにいる人の力に頼るしかなし。

 そんな留守を守っていたクーガーズは慌てて外に出ていたアーロン保安官とトレイシーに戻ってくるように連絡を入れたものの。トレイシーは間に合ったが、アーロン保安官は戻る前にフェイスの反撃が開始される。

 

 アデレードのアリーナにはこの時、グレースとシャーキーがいたが。

 ホープカウンティ刑務所の異変に気が付かないまま、突然に押し寄せてくるペギーの波状攻撃に必死に反撃し。ダッチやホランドバレーに向けて助けを求めるだけ。

 

 ここでようやく、ダッチがヘンベインリバーで大規模なフェイスの反撃が始まったことを理解するが。

 出せる助けはと言うとホランドバレーのニックのカタリナくらいしかなく。しかも彼ができることはひとつだけ。

 

 レジスタンスの大敗北は、今や時間の問題……ダッチは口にこそしなかったが、真っ青に血の気の失ったまま。

 無線機の前で立ち尽くすしかない。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 ホープカウンティ刑務所はもはや口を開いた箱も同然だった。

 激しい抵抗もむなしく、夜が来るとペギーによってついに刑務所は占拠された。最後は刑務所の出入り口から突入され、「部屋から出てこないなら、建物ごと焼く」と言われては、無念であっても降参するしかなかった。ペギーはニヤニヤと笑みを浮かべ、クーガーズ達は正しく捕虜として刑務所の独房に放り込まれてしまう。

 それでもまだ希望はあった。

 

「マリーナのほう、かなり難しいことになってるらしい」

「あの婆さんか」

「こっちは終わったんだ、俺たちが助けに行けないのか?」

「それはダメだ。まずはフェイスに報告に戻るぞ。なに、彼女も今回は本気だ。アリーナの連中にはここで捕まえた奴らの仲間の命を盾に降伏を迫るだろう」

「奴らがそれを無視したら?」

「……それはあいつらの選択だ。俺たちのせいじゃないさ」

 

 両手を拘束され、ひざまずいていたトレイシーはそれを聞いてため息をつく。

 どうやらアデレードも同じように攻撃を受けたが、助かりそうだ。もっとも、この先にはやられた自分たちに楽しい未来はないようだ――。

 

 

 この時。

 刑務所からも見える遠く山道の上を飛び続ける弾丸のように、一直線にむかっている危険な存在がいた。

 

 1973年8月21日――。

 銀河系最強伝説を打ち立ててしまったスタントマン、モンタナ州ホープカウンティ生まれのクラッチ・ニクソンにはまだ独創性を失ってはいなかった。

 彼は肛門〇交(アナルセックス)に匹敵する淫靡で刺激的な経験を求め、自作のウィングスーツによる有人飛行に挑戦する。

 木と岩が入り乱れる死の迷宮へ飛び込み、観覧者たちの呼吸が止まった。

 

 クラッチ・ニクソンはこの時、喜びの絶頂の中で雄々しく射精を繰り返したが。これが不幸にも体重に変動を生み、空気抵抗にわずかな乱れを生じさせた。

 おかげでもっとも難しいポイントを通過した際、大腿骨を木の枝に貫かれる悲劇が襲う。

 しかし幸運なことに、急激に失っていく血のおかげで浮力と空気抵抗を得ることに成功。下半身を真っ赤に染め上げた彼は、湖に着水する寸前にパラシュートを開くと湖の底へと沈んでいった。

 

 そう、こうして人間は翼を得るという現実を認識するにいたったわけだが。

 それと同じレベルの挑戦が、それも女性の姿でこの夜に行われたのである。ゴッサムシティの夜を支配するバットマンのように、刑務所の屋根の上で突如パラシュートを開いて減速すると。ジェシカ・ワイアットは自分の身体を砲弾のかわりにして警戒するペギーの上へと飛び降りた。

 

 腹がつぶされた虫の不愉快な最後のあがきを思い出さないようにし。

 もがく男から狙撃用のARライフルを奪うと、それを使って刑務所の外周に配備されたペギー達の背中を撃っていく。

 

「ジェシカ、中にはどうやって入る?」

 

 口には出していたが、どうするかはすでに決めていた。

 ここに来た後、アーロンに刑務所の設計図を見せてもらっていた。軍人時代のクセで、防衛を考える際についでに攻撃についても考えておいたのだ。

 屋根から大きな通気口を目指して移動すると、そこに建物を身軽にここまでのぼってきたらしいピーチズとばったり目が合ってしまった。

 

「まさか、私を手伝ってくれるつもりなの?」

(いくわよ、下郎)

 

 微妙な笑みを浮かべるジェシカの前を素通りし、ピーチズは自ら通気口の中に入って潜入してしまった。

 どうやらついてこい、ということか。さすがクーガーの愛される女王様である。

 

 

 ペギーはこのジェシカの再登場を全く想定していなかった。

 いや、それどころか実のところ。彼女がレジスタンスにいなかったということすら、知らなかった。

 

 すでにヘンベインリバーのレジスタンスの本拠地である刑務所を落とした後とあって、残された兵力は少なくはなかったものの十分というほどではなかったし。バーグ連邦捜査官が破壊した装置類の修理は明日の朝以降に手掛けることになっていた。

 そんなところに危険なジェシカが、クーガーを引き連れて戻ってきてしまったのである。いったいどうすればよかったというのか?

 

 

 外での異変に気が付いていない、建物の中のペギー達は好きなく巡回していたが。通風孔から不気味なうなり声を耳にしたり、背後に不穏な気配を感じた順に市が彼らに襲い掛かる。

 ピーチズは飛び出せばペギーの首筋に的確に噛みついて骨を砕くと、静かにそれを床に置き。ジェシカも飛び降りては組み伏せ、投げナイフをふるい、ライフルの銃床をつかって殴り倒した。闇にまぎれる襲撃者達は、ペギーに自分たちの存在を気付かせず。それどころか彼ら自身が攻撃されていることにすら感じさせない。

 

 まるで映画を流れがあちこちで繰り返され。

 皮肉にも最後のひとりだけが、倒れて動かなくなった見方を確認してうろたえたが。彼が次にどうしよう、と考えつく前に後頭部に冷たい銃口の感触を知る――。

 

 

 何度も繰り返すが、ジェシカの不在と帰還が。フェイスの完璧な反攻作戦を失敗に導いた。

 目まぐるしく攻守入り混じったと表現するべきなのだろうが。実を言えばヘンベインリバーの両者はすでに疲弊しきっていた、という可能性があった。

 古の兵法書に曰く『疲弊した兵士では守っても堅いことはありえず、戦っても走って逃げる。つまり軍は必ず死者を出して瓦解するのである』(三略から要点のみ)とある。ならばフェイスの兵も、レジスタンスのクーガーズも。すでに緊張の限界を突破しつつあったのかもしれない。

 

 

 とにかくジェシカは捕われていた中にトレイシーがいるのを確認すると、彼女によって足りなかった詳しい情報を聞くことができた。

 あえて加えるなら、ここを攻撃したペギーの部隊の大半はフェイスの元へ戻ったが、それはあのアーロン保安官がついに捕らえられたから、ということ。

 どうやらまだ苦しい状況は終わったわけではないらしい。

 

「まったくあいつら、どうやってここを――嘘でしょ」

「――ヴァージル」

 

 警備室の扉を抜けると、そこで起きていた惨劇の光景を見て2人は言葉を失った。

 バーク連邦保安官は自分の頭を吹き飛ばしていた。その手が最後に握っていたであろう、床に転がっていたペレッタM92Fを私は拾い上げる。

 残弾はない――最後の一発を自分に残していたのだ。

 

 トレイシーはショックだったのだろう。

 取り乱して泣きながら冷たく変わり果てたヴァージルの遺体に縋りつくと、その頭を両手で挟んでどうか息をしてくれと懇願を繰り返している。

 

(頭に1発、胸に2発)

 

 バークがなぜ銃を持っていたのかわからないが、彼がそれを手にした瞬間からヴァージルの運命は決まってしまったのだ。

 なぜかどこかでフェイスの笑い声を聞いた気がした。同時に私にフラッシュバックのような――フェイスと並び、ヴァージルとバーグに怒る一部始終を見続ける――既視感を覚えるシーンを見る。いや、それはない。私はそんなことを”知らなかった”。

 ジェシカは泣き続けるトレイシーの手に自分の手を重ねて止める。

 

「彼は逝ってしまったわ。もう休ませてあげましょう、トレイシー」

「ウグッ――保安、官」

「なに?」

「これが、これがあいつらのやり方だ。いきなりやってきて、奪って、破壊する。それが自分たちなら当然だと、思ってる」

「……そうね」

「見つけて、フェイスを!あのクソ女に、自分がしたことのツケを、思い知らせてやって」

 

 悲しい目をするトレイシーだが、その中から激しい復讐を求める炎が燃え上がる瞬間を私は見てしまった。

 

「わかってる。ここはまかせるわ、アリーナのことも気にしていてね」

 

 ヴァージルの死に、私も静かに激怒していた。

 なるほど、フェイス。これがあんたの暴力というわけか。

 お互いが復讐の権利は自分の手にあると考えているわけだ。ならば、残るはこの報復の炎でどちらが先に朽ちて果てるのか確かめるだけ……。

 

 

 グレースらの協力を得てホランドバレーから持ち込んできた武器はペギーに奪われていた。

 武器庫の前に立ち、あいつらがここから”私の武器”を喜んで持って行ったのかと思うと、さらにはらわたが煮えくり返るようにして熱くなる。

 投げ出される空箱の中、残っていたのは持ちにくい大物ばかり。

 

 ジェシカは力強く箱の中のM60を取り出した。その隣に弾薬箱を置く。やはり重い、11キロを超えるのだ。当然だろう。

 それらを抱え、次にドクターの部屋に突撃する。

 

「おっ、おい!ジェシカ保安官じゃないか。なんだ、びっくり――」

「ドクター、頼みがあるの」

「ああ、それはいいが。君はこんな大変な時にどこにいたんだ?」

「”祝福”がここにあるわよね?それをよこしなさい」

「――保安官、君は自分の状態をちゃんと理解しているのか?」

「ええ、でも私はここに戻ってこれた。またそうするつもりよ」

「駄目だ。許可できるわけがないだろう?私は医者なんだぞ」

「出せ――」

 

 私はペレッタをドクターに向けてつきつける。

 もちろん本気ではない。それでも、強情なら両足の膝を撃ち抜くくらいまでならやるだろうが。

 

 彼も分かっていたが、ため息をつくと机の引き出しから粉の詰まった袋を取り出して差し出してきた。

 

「危険なんだぞ?保証はない」

「でもこれを使えばまたフェイスに会える。トレイシーはフェイスは頭の中に入り込むって言ってたけど、たぶんそれは違う。

 この頭の中にもうすでにフェイスの居場所はわかっているのよ。だからこっちからいくなら、やるしかない」

「こっち、からだって!?まさか保安官、君は――」

「アーロンが捕まってるっての。フェイスはまだここを失ったことは知らない。アデレードが気を引いてくれている、今がチャンスなのよ」

 

 ピーチズによって目を覚ました私は考えた。

 神がいないのと同じように、フェイスにそんな力があるとは思わない。

 

 とするなら、最近の私をおかしくさせているこの現象。

 これは洗脳技術を使うと言うフェイスの情報が、すでにこの頭に入っているからではないか?そうでなければフェイスの姿も、声も、なにより時に直接語り合うような違和感の正体が説明つかない。

 

 もう、後戻りはできなかった。

 自分という人間が天使となって”消える”未来がちらつく。ならばあえてそれが妄想でも、ただの幻であったとしても。本当にフェイスに会う方法だと信じられるものはやらないという選択肢はない。

 

 

 外に出て、門の側に止められていたやつらの車に乗り込み。エンジンをかけた。

 息を吸ってから、大きく吐く。落ち着け、これしか私にはないのだ。

 

――血を流すのよ。そうでなければサバイバルでは生き残れない。

 

 袋を乱暴に破くと、それを自分の顔めがけて叩きつけてやった!

 

 

 ピーチズはジェシカの乗った車のそばまで来てじっと待った。

 車の外に白い粉が吹き上がるが、それ以外に動きはないように見えた――。だが、数十秒が過ぎるとゆっくりと車は動き出し。徐々にそこから加速していく。

 

 車道を走る1台の車と、それを追いかけるクーガーの姿が夜に映えた。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 フェイスは勝利した。

 だが、それに満足して余韻に浸ることはなかった。

 あの女――ジェシカ保安官は必ずや報復にここに来る。その女としての勘が、彼女を動かし続けている。

 

「聞くのよ!

 この瞬間からバンカーは緊急事態に突入したわ。私たちはファーザーの御意志に従い、果敢に動かなくてはならない!

 

 まず”祝福”の生産量を100%にするの。

 置き場所がなくなったら、そのまま川に廃棄するくらいでいいわ。

 次に今、手元にある”祝福”は輸送車を使って可能な限りジェイコブに届けなさい。

 

 原料がなくなったら、このバンカーは放棄します。

 悔しいけどジョンの過ちを繰り返すわけにはいかない。警備は私と”天使”たちがおこないます。

 あとは指示通りに動いて。さぁ、今から!」

 

 幽霊のように、フェイスの号令で動き出す信者たちだが。

 フェイスはその中に立つひとり、ティムの前に立つ――。

 

「あなた、私を信じる?ファーザーを信じている?」

「あなたを信じます。ファーザーを、神の声を信じます。私はよき人になりたい」

「――なら、ついてきなさい。いつもの場所へ、時間がないわ」

 

 ティムはフェイスについて、バンカーの中へと入っていく。

 いつもの場所へ、あの部屋へ。自分だけが教えてくれた、本当のフェイスに会える場所。

 だがこの時、ティムは彼の愛する本当のフェイスが。何を求めているのか、それに気が付くことができなかったのだ――。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 深夜、山道をまっすぐこのバンカーに向かってくる車があるとの報告が入った。

 バンカーの前で対決の時を待っていたフェイスは、その知らせを受けるとスピーカーからアメージング・グレイスを流し始める。

 この曲を聞いて、山野に解き放たれていた”天使”達はまっすぐこちらにむかって戻ってくるはずだ。

 

(やっぱり来たのね。ジョセフの予言の通り、あなたは私の声を聞かなかった)

 

 フェイスはジョンと同じく自らが戦いはしないが、シードの名を名乗る以上。ジェイコブのようにジョセフの使徒として戦う準備はある。

 このバンカーにはアメリカ軍から購入したMk19グレネードマシンガンの砲台と、彼女がどうにか使える可愛らしいピンクに塗られたダネルMGLグレネードランチャーが壁に立てかけられている。

 

 この細腕で銃を撃っても当たるとは思えないが、爆発するグレネードならその心配はいらない。

 

 

 美しいあの世界の中に私はいる、もうだいぶ見慣れてきた。

 いつになくはっきりと、フェイスの声が響いて聞える。

 

――ここは想像もできないような素晴らしい場所でしょ?

――私たちがなにができるのか。これであなたにも理解できたんじゃないかな

 

 これはただの幻だ。

 約束されたものではないし、薬が見せている夢でしかない。

 これに奇跡を感じろとはあまりにお粗末すぎて、思考力があるのか疑いたくなる。

 

――皆が歌っているわ。アメージンググレイス、楽しく

 

 視線の先、遠くに向かって歩く人々の姿が見えた。

 彼らは確かに歌っていた。そして、刑務所から連れ去られていったというクーガーズ達だった。

 

(アーロン!?)

 

 一輪の花を両手で抱えるように持ち、彼もゾンビのようにその列に続いている。

 

――彼らは幸せよ。

――ファーザーに救われる。あなたにもそのチャンスはあった。

――ファーザーはいつもあなたの行いを見ている。あなたが作り出したことも。

 

 私の足元に火が走り、草花がたちまち焦げて朽ちた。

 しかし私に痛みはない。これに熱はない、私は冷静だった。

 

 私は歩みを止めない。

 歩き続ける仲間たちを追って、今からその先頭に立って彼らをもとの場所に戻そうと考えている。

 

――未来は見たでしょ?ファーザーが見せてくれた。

――なのにあなたはなぜ戦い続けるの?

――世界は破滅に向かっている。”崩壊”はすぐそこまで来ている。

――ファーザーだけがそれを知っていた。

――彼は私たちの不安を消し去り。自由にしてくれる。

 

 もう十分だろう。

 いつの間にか手にしていたM60を、当然のように私は構えて重さを確かめる。

 

――剣によって戦うものは、剣によって敗れる。

――武器で解決できないことがあるって、どうしてわからないの!?

 

 フェイスは絶叫するが。

 私は構わず、引き金を引いた。悲鳴に似た爆音とともに火がほとばしる。



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RUSH

うっかり設定をミスして投稿しちゃいました。
ちょっとガバってます、申し訳ない。でもスパイダーマン楽しい。やめられない。


 あれは確か、2016年の夏の初めだった。

 ドクター・マク・レンとの診察を終えた私は、ビル街の出入り口でにこやかな笑みを浮かべた若い男から「ワイアット曹長ですよね?」と声をかけられた。

 男の話術は巧みで、私は警戒はしつつも彼に従い近くのピザ屋へと移動した。

 

 お互いが向かい合って席に着くころには、私はすでに相手の所属を見抜いていた。だからピザが運ばれてくるのを見計らってから、「用件だけ聞く」と告げる。

 

「ああ、怪しまれてもしょうがない。ですが、聞いてください。

 こっちはあなたを調べました、軍での経歴を。素晴らしい成績です、ただ一点をのぞきますが――」

「ええ、別に言わなくてもいいわ。聞きたくもないし」

「わかります……不正規任務ではひどい目にあったそうですね?なのに軍は、これ幸いにとあなたを放り出した」

「言っとくけど、傭兵ビジネスに興味はないわ。金とスリルは求めてない」

「それもわかります。だってあなたは愛国者だ。忠誠を示す対象のない戦場に意味を感じないのでしょう。

 わかりますよね?その、らりるれろ(愛国者達)に、と言う意味じゃなく。本当の意味での……」

「わかるわ。続けて――」

「私にそれがわかるのは、あなたと同じ、愛国者であるから。

 あなたの秘めた熱い思いは、あなたを評価した上司たちの言葉を読めばわかります。タフな人間はあそこでは多いですが、頭の回転が速く、冷静で視野を広く持てる人は少ない。それが兵士であれば、なおされですよ」

「別にあなたに褒められてうれしいとは思わないけど。一応はありがとうとだけいわせてもらうわ」

「ええ、あなたはもっと誇られてしかるべき兵士でした。その機会が奪われたことは、大変に気の毒です」

「で?」

 

 まだ肝心の要件が出て居ていない。

 私の我慢はすでに原価に近づいている。

 

「吾々のところに来ませんか?あなたのファイルを見て、私以外にも興味があるのならと口にする人はこちらでは少なくない」

「ラングレー、つまりCIAにって意味よね?」

「素晴らしい観察眼です。そうです、うちは軍ではありませんが。あなたのスキルは必要としています。ぜひ、力を貸してください」

「パラミリになれって?」

 

 パラミリタリー・オフィサーはCIAの実働部隊を示すものだった。

 あのガンズ・オブ・ザ・パトリオット事件以降、軍が再編を進めるのに合わせ。軍を抜け出た連中に声をかけまくっていることは、同じような境遇の元仲間たちからそれとなく聞かされていた。何人かはそれに興味を示したとも聞くが、大半は背を向けたとも聞いた。

 

「軍とは性質は違いますが。愛国者が共に我らの国の敵に対処するために活動するのが、うちの役目。

 こちらの戦場でも、あなたは国旗と愛国心を胸に堂々と戦うチャンスが手に入りますよ」

「そのかわり、私の名前はラングレーの墓碑銘にこっそりと追加させてくれるってわけよね」

「傭兵では得られないものが与えられるのです。

 それともあなたのプライドが許さない?我々の戦場で倒れたとしても、葬儀には長官や将軍が参列し。あなたのためにと魂の安らぎを祈られるだけでは不満?軍人であれば、そんなことは決してありえないというのに」

 

 1年前のまだ営倉で燻っていたころの私なら、こいつは直ちに殺していただろうが。今は、違う。

 私は変わったのだ。変化が必要で、それに適応した。決して今の姿が好きというわけではないが――。

 

「選択は私に?」

「そうです。あなたが選んで」

「ならお断りよ。それと――自分がまるで最初の人間のように考えているようだから教えてあげる。ラングレーのスカウトも人不足のようね?

 私がすでに何回断っているのか、あなた何も聞かされていないんでしょう?だからもう一度だけ、これが最後よ。お断りよ、時代遅れのスパイ屋さん」

 

 目の前の大きなピザから2切れ、それを合わせてから手に取ると立ち上がる。

 店を出ながらムシャムシャトそれにかぶりつく。このピザ、あまりにおいしそうな匂いを放つものだからお腹がすいてきてしまった。

 

 

 フェイスのバンカーの前では戦闘は終わっていた。

 そこらにフェイスがばらまいたグレネード弾による爪痕が地面に穴を穿ち。スピーカーから流れていたフェイスのアメイジング・グレイスに引き寄せられてきていた大量の”天使”達。

 スピーカーは今もアメイジング・グレイスを流しはしていたが、とぎれとぎれで悲しい音色だけ。

 2人の間に生まれた嵐は。天使達を吹き飛ばしては宙を飛び。引き裂かれては血と肉をばらまき。土がそれらと混ざりあって泥となると、鼻が曲がるような汚らしいにおいを周囲に放っている。

 そんな暴力によって絶命した”天使”達の中には、あのフェイスが弄んだティム。乱暴の施術で強引に”天使”にされた彼や。エド・エリスと共にこのヘンベインリバーで行方をくらましていたジェイク。彼らの命はあっさりと消費されつくした。

 

 そしてフェイスは――。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 美しい世界の中では、私は岸辺に立ち。流れる川の中にいるフェイスをそこから見下ろす。

 フェイスの顔は青白く。徐々に死相を濃くする彼女の目は、憎悪の炎で逆にらんらんと輝やかせていた。

 

――あの保安官は……約束してくれた。エデンで私たちと家族になるって。

――あの保安官が、ファーザーとあなたの間にある壁となっていた。

――それを取り払ってあげたの。それであなたは自由になれる。

 

 お互い馬鹿をやった。

 大量のグレネード弾に、M60から飛び出していくライフル弾。やりすぎだった。

 

――なのにまだ真実から目を背け続けるっていうの!?

 

 私に感情はない。

 手に持っていたM60を地面に放り出すと、持ってきたペレッタM92Fを――ヴァージルが連邦保安官に撃たれた銃を腰のホルスターから引き抜いた。

 

――あなたが戦う理由はなかった!自由になるチャンス、どうしてそれを駄目にするの?

――私がそんなに憎い?私が与えたものは価値がない?簡単に捨てられるものなの?

――私はただ、ファーザーに逆らえないだけなのに。

 

 彼女は私を責め立てるが、私に動揺はない。

 そしていきなりフェイスに向けて引金を引く。弾はわずかに頬をかするように外れた。当然だ、そうなるように撃った。

 

――撃ったのね。ひどい、すごく痛い

 

 顔に手をやり、うつむく彼女。

 再び顔を上げると、美しかったその頬に傷が生まれ。そこから流れ落ちる血が、首元から真っ白だった彼女の服を血で汚していく。

 

――ジョセフは救世主かもしれない

――でもあなたが。あなたがこんなことを続ける限り、真実は遠くなっていってしまう

――あなたならこの戦いを終えることができる。あなたなら……

 

 血で汚れても、また聖女の仮面をつけたのか。

 目の中の憎悪が突然消え去ると、こちらにゆっくりと近づいて来ようとしている。両腕を広げ、私が受け入れるならばそのまま抱きとめようとでもするように。

 

 だが私にそれは必要ない。

 

 無慈悲に近づいてくるフェイスの頭に向け、ピストルを突き出した。

 彼女の頭蓋に突き出した銃口が嫌な音をたて、彼女の前進はそれで阻まれる。額を切ったのだろう、新たに髪の中から血が流れ落ちる。

 傷ついた聖女に私はなにもしてもらいたくない。

 

 両者の視線が絡みつき、静寂の中に緊張を生んだ。

 

 フェイスはいきなりケラケラと笑い出した。自分を全力で拒否する私を笑っているのだ。

 何かを察し、それが愉快で。自分の最後も分かって、そうしているのだ。

 

――あなたは進む

――恐れを知らないまま、ジョセフと戦い続ける

――保安官も助けて英雄と呼ばれる

――その全ては。あなたが決めたことだから

 

 川の中頃まで戻ると、再び私に振り向いた。

 今度は私もそれに答えた。ただ、一言だけ……。

 

「ようやくわかってくれて嬉しいわ、フェイス」

 

 ヴァージルはこの銃で頭に1発、胸に2発を受けて死んだ。

 トレイシーは泣きながら復讐を願い、フェイスに報いを味合わせてやれと私に託した。

 

 だから私も同じことを”してあげた”。

 フェイスの頭に1発。そして残りを全部、そのきゃしゃな体に叩き込んでやった――。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 アーロン保安官もまだ、エデンズ・ゲートの美しい世界の中で彷徨っていた。

 だが、先ほどよりは随分と調子が良くなっている。

 

 霧の中から突然現れた新人が、捕われた人々を連れて脱出しろといって向かうべき方向を指し示してくれたからだ。

 肉体を蝕む多幸感に押し流されないよう。必死に自分を叱咤しながら、今はバンカーの中を走り回っている。

 

「脱出するぞ。立て、フェイスの手に引っ掛かるんじゃない。出口を目指すんだ」

 

 扉を解放し、そこでうなだれて座り込んでいる人々を励まして追い出していく。

 

「さぁ、行くぞ!俺達は戻るんだ。クーガーズ、しっかりしろ!」

 

 最後の扉を開け、中の人を部屋から追い出したところが限界だった。

 足がもつれてよろけると、激しく顔面を壁に打ち付け倒れてしまう。指が顔を覆ってうめき声をあげる。もう体は動かない、目も開けない。ここで死ぬのだろうか?

 

 突然、誰かに引っ張り上げられるのを感じた。

 

「保安官、あんたも一緒だ。歩け」

「――歩けない。もう、無理だ。俺は置いていけ」

「馬鹿言うな。連れて行ってやるから」

「もうペギーは大丈夫だ。新人がここを焼き払ってくれる、俺はもういい」

「立てよ爺さん!ゴールは目の前だって教えてやってるんだろ、さぁ!」

 

 アーロンの異変を察した若者は仲間を呼び止め、わざわざ戻ってきてくれたのだ。

 そうやって肩を貸してもらい、アーロン保安官は無事に出口へと向かう。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 とにかく疲れた――。

 

 妙に静かな今日の車道を、2人乗りのオンボロトラックはホープカウンティ刑務所にのろのろと入っていく。運転手はジェシカ、助手席にはアーロンがいた。

 どちらも無言のままで、そしてどちらもひどくやつれ。ジェシカなどは防弾ジャケットも含めた服がボロボロで。焦げ跡やススに汚れてもいた。

 

「――こうして戻ってこれても信じられない。生きてるんですね、私達」

 

 ヘンベインリバーのこの素晴らしい朝は、ついに始まる新しい生活の最初の朝であることを告げているように思える。だが、そのためにここ連日の死闘。それを乗り越えなくては迎えられるものではなかった。

 アーロンはそれについては答えなかった、代わりに別のことを口にする。

 

「新人、俺はずっと自分には時間が残されてないと。そう思って焦っていた」

「……」

「俺の友人たちはそんな俺を笑って。さっさとリタイヤしていった。お前を俺のところによこしてな」

(あの爺ィ共、いつか訴えてやろうかしら)

「俺はそのメッセージを誤解していたようだ。あいつらはお前に俺の仕事を押し付けて、さっさと背中を向けて逃げ出してしまえと言ってるかと」

「ええ、でしょうね。私ならそうします」

「だからこんな騒ぎになってしまったのかもしれない。

 あの場所をフェイスに導かれて歩きながら、俺はそんなことをずっと考えていたんだよ。ペギーは確かに不愉快な隣人で、トラブルはあったが。

 こんな騒ぎを起こすなどと思ったことはなかった。警告の声を上げる連中の妄想だとな、だからあいつらは知っていたんだろう。

 俺にはもう出来ることはないってことをさ」

 

 老人は自分の正義感に苦しめられていた。

 再び2人の間には長い沈黙が――。

 

 ジョンを失い、フェイスも倒した。

 ジョセフは怒りを感じているだろうが。それはこちらも同じだ。

 ホープカウンティの住人たちの間にある、ペギーに向けられた憎悪はもう止められることはないだろう。それは保安官バッジをつけている自分たちですら、その気になれないという点で彼らと同じなのだから。

 

 減速する車に近づくのは留守を任せていたトレイシー。

 彼女はジェシカが出て行ったあと、しっかりとここを何とかしようと懸命に活動を続けていた。それでも夜明け前、ついにフェイスが倒れたと連絡が入るとその表情に柔らかなものが少し戻ってきたように見えた。

 

「2人とも、ヒドイ顔だよ」

「確かに、そうだろうな」

「肩でもかそうか?保安官」

 

 アーロンは苦笑して下をむく。

 隣の私がかわりに答える。

 

「いいわ、自分の足で歩くから。それと、なにを手伝ったらいい?」

「それじゃ、ジェシカは車を止めて。アーロンはこっち」

「ああ」

 

 のそのそとアーロンはドアを開けて外に出るが、すぐに窓に肘をついてきた。

 

「大丈夫ですか?」

「ああ、別によろけたわけじゃない。最後に話がある」

「……ええ」

「ジョセフはもう、止まらん。お前もな、新人。

 だが、悩む必要はない。やるしかないんだ、わかるな?」

「わかってます、アーロン」

「そうか、それならいい――ペギーを止めろ、新人。

 必要なことは全て使ってな。あとはなんとかする、俺たちでな」

 

 疲労だけでなく、実際に痛めたであろうアーロンがそれだけ言い残すと離れていく。

 彼は彼で、ついに一線を踏み越えることを決めたようだった。

 

 法なき世界の法の番人を自称するには、方法はひとつしかない。

 そうじゃない、私はそれしか知らないのだ。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 フェイスが死んでも、それを知らなかったペギー達は。

 自分たちの足元でどんなことが起きているのか、全く理解できていなかった

 

 アデレードのマリーナもまた、激しい攻防は続いていた。

 

 以前に占拠された時の倍の数のペギーが押し寄せてきたが。

 アデレードと彼女の若いボーイズ達。そしてグレースやシャーキーが、今度はよくそれを押し返し。知らせを聞いて飛んできたニックと、フェイスのバンカーが落ちてフェイス自身の死亡が確認されると退いていく。

 

 当初、マリーナの復旧よりも先に刑務所に向かおうと援軍の準備を始めたが。

 ダッチからの連絡で、刑務所の無残な今の状況と。すでにジェシカはフェイスを追ってまた姿を消したと聞かされると、アデレードは援護を断念することを決定した。

 

 彼女にとってそれは苦渋の決断であった。

 

(ジェシカ保安官なら、彼女ならきっと大丈夫)

 

 ここに居る誰もがそう信じていたが、根拠なんてきっとなかったのだと思う。

 

 だが、奇跡ってやつは再び起こってしまったらしい。

 ジェシカはどうやってか。フェイスが”祝福”の生産も行っていたバンカーにまたもや乗り込み。そこからさらわれた人々を開放しながら、爆破することにも成功した。

 

 レジスタンスにとっての悪夢は、それが終わった瞬間に大勝利となっていつの間にか手元に転がってきてくれていたのだ。

 ホープカウンティ刑務所と違い、直前の戦闘での勝利も手伝ってマリーナは大騒ぎとなった。

 

――新人の保安官。彼女はホープカウンティの救世主さ

――彼女と共に戦った連中は無残にもペギーに殺されたそうだ。なんてことだ、こんなことは許されない。

――彼女はまさに英雄さ。俺達も立ち上がるんだ、ペギーに奪われたものを取り返せ!

 

 ホランドバレーに続き、ヘンベインリバーの解放はペギーに苦しめられた人々にとって最高の結末だった。

 姿を見せず、天使と祝福を量産し続けるフェイスを倒せるなんて思いもしなかったのだから当然だろう。そんな不可能が成し遂げられ、ホープカウンティの半分がレジスタンスのものだとわかると聞け賭けた希望の灯はがぜん勢いを取り戻す。

 

 そしてそこには慢心にも似た、さらに根拠のない妄想がへばりつく。

 

 まだ戦争生活者になったばかりの彼らは気が付かなかった。

 自分たちが巻き込まれているものの正体と、その最後に待ち構えているものがなんであるのかということを。




(設定・人物紹介)


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FURY の 章
Voeux


今回のサブタイトル、フランス語です。
でもカタカナにしにくいのでそのまま書きました。だってこれ「ヴ」とかそんな風にしか書けないのだもの……。

次回の投稿は23日を予定。



 狼(おお)ければ人を食らい、人(おお)ければ(すなわ)ち狼を食らう

                        (メタルギアソリッド)

 

 

 ジョセフ・シードが、自分たちがせっかく手にしたものの半分を失ったことを――我が子と呼んだ家族2人が死んだことを。

 どのように感じ、嘆き悲しんだのか。それを伝えてくれるものは残されていない

 ただ、彼は2人の死になにがしかの思いを語ったとされる言い伝えなら、ある。その最後は意外にも祈りでも、許しの言葉ではなく。呪詛にしか思えないものだったという。

 

――我らを傷つけた者は。同じく自身も傷つき、その痛みに苦しむことになるだろう。

――我らの信仰を笑う者は。同じく自身も嘲笑され、偽りの英雄を演じる己に気づくことはないだろう。

 

 それは明らかに、特定の人物に向けて放たれた言葉のナイフ。

 ジェシカ・ワイアット――この奇妙な内戦の中で、彼女もまたジョセフと同じくもう後戻りできないところまで来ていた。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 ヘンベインリバーが解放されて4日。

 ホープカウンティはこの時期には珍しく、連日小雨が降り続けた。

 山に、谷に、降り注ぐ水は血や死臭といったものを洗い流し。川はわずかに増水し、濁った激しい流れを生みだす。

 

 わずかな間の休息。

 レジスタンスもエデンズ・ゲートも、今は一休み。

 人々は久しぶりの沈黙するホープカウンティにならい。屋根の下からあまり外に出ることはなく、静かに時が過ぎるにまかせる。

 死と苦痛の記憶はまだ生々しいが、こうした時間がすべてを過去へと押し流してくれるのだろう。それがいつか、すべて消えると信じて。

 

 

 そうして雨は去った。

 再びあの照り付ける太陽と透き通るような青い空が戻ってくる。

 

 今日は無人の道路をシャーキー、ニック・ライ、グレースらが乗った車が、ダッチのバンカー目指して走っていた。だが待ってほしい、車内の空気はなぜか最悪。

 特にグレースは殺気立っているようで、重い空気をまとわせるだけにとどまらず。目には時折、はっきりと感じられる怒りの炎がちらちらと見え隠れさせている。

 

「――なぁ、確認なんだけどよ」

 

 グレースという危険物に衝撃を与えないように。

 そんな慎重さをみせるシャーキーは、それでも耐えられないとばかりに口を開いた。

 

「ダッチの爺さんはあれでも爺ィなんだ……なんか違うな?いや、違わない。

 とにかく、お互いに冷静に話し合わないとよ。

 俺、これって結構重要なことだと思うんだよな。なぁ、そう思うだろ?」

「……」

「怒ってるよな?

 ああ、もちろん俺だって怒ってるぜ。そりゃそうだよな、当然さ。でもよ、俺たちは大人なんだから――」

「シャーキー」

「ああ、なんだよ。グレース?」

「誰も助言は求めてない。黙ってくれない」

「ああ、うん」

 

 運転席のシャーキーは体を縮めつつ、失敗したと呟き。続いて助手席で無言を貫くニックに助けを求めるが。サングラスをかけたニックはそれに気が付かないふりをしてごまかしている。

 

(俺にだって無理だよ、わかるだろ?)

 

 ニックの沈黙は、シャーキーへのこんな返答の代わりだった。

 

 愛妻家の彼にはわかっていた。怒っている女性は時に、男という種が近くにいることすら嫌うほど怒ることがあるということを。

 そういう時は、自分たちは空気のようにしてなくてはならないということを。

 

 

 事実、シャーキーの言葉に不快感を口にしたのに、後部座席に座るグレースの顔は。

 ひどく凶悪なもののまま、窓の外をにらみつけ。愛用のライフルをしっかりと抱えて離さないでいる。

 まさに危険な状態だ。

 

 

 レンジャーステーションで車を降りると。

 グレース、ニックと先導し、最後尾に不安そうなシャーキーがついた。

 ダッチの住むバンカーはこの近くにある。ステーションに顔を出すこともせず、グレースはバンカーの中に入っていくなり、そこにいるはずの主の名前を怒鳴り始めたのである。

 

「ダッチ!どこにいるのよ、出てきなさい。このクソ爺ィ!」

「……なんだ、騒々しい?む、お前達か。どうした、今日はいきなり――」

 

(バッカ、爺さん。なんで出てくる)(せめてもうちょっと冷静になるまで、出てこないでもらいたかったなぁ)

 

 早くも逃げ腰になっている男たちの感想は明かされることはなかったが、グレースにはきっとどうでもよかったことと思っただろう。

 

「しらじらしいっ!どういうつもりっ!?」

「おい、あんまり熱くなるなって。冷静に言わなきゃ、ダッチの爺さんだって困ってるだろ?」

 

 人づきあい悪く、口下手なグレースは本当に怒っているせいか。感情が走り過ぎていて、興奮状態になりかけていた。

 このままヒートアップされても困るわけで、仕方なくニックが代わりに口を開いた。

 

「あんたに聞きたいことがあるんだよ、爺さん」

「なんだ?随分と殺気立っているようだが」

「ジェシカさ。ジェシカ・ワイアット保安官、彼女が消えた」

「……」

「理由はわからない。

 一昨日は、俺とキムの出産に協力してくれた。俺の娘の名付け親になってくれる約束をして別れた。それが彼女を見た最後だってことはわかってる。あんたはどうだ?」

 

 若き父親となったばかりの男の問いに、老人はなぜか答えられない。

 

「あのよぅ、ジェシカが消えたって騒ぎになってるって。アーロンに言われて俺もあわててこっちに来たんだ。

 アデレードさんがいうには、保安官はあれからヘンベインリバーには戻ってないって。あんな状態の彼女がフォールズエンドから消えたら、やばいしさ――」

「メアリーが言ってた。スプレッドイーグルに無線でしつこくジェシカを出せと要求していたそうじゃない。なんか知っているんじゃないの!?」

 

 車内と違い、今は背中に担いでいるライフルだが。

 グレースがそれにいつ手を伸ばしやしないかと、妙な緊張感を感じ始めていた。このままダッチが無言を貫くか、まさかとぼけたりはしないと思いたいが。

 そんなことになったら――。

 

「……その答えは、イエスだ」

「ぬけぬけとっ、このクソ爺っ!」

 

 グレースは怒りの声と共に飛びかかろうとするのを、シャーキーとニックは慌てて――なぜかシャーキーは腰にしがみつくようにして、彼の下心が見えた気もするが――制止させた。

 

「彼女には時間が必要だったのよ!それなのに、あんたっ」

「相談したいことがあったんだ。頼みたいことがあった」

「それは私かニックが聞くと言ったのに!なんで彼女にっ!?」

「そうだ!それほどの緊急事態だったんだ!だから、なんだ!?」

「こっちがまるでなにもない、そう言ってるなら殺してやるわよ!モウロク爺ィ!」

「一体何なんだっ!?」

 

 一応の事実の確認が取れ、納得するニック達はここでようやく仲裁に入った。

 

「グレース、冷静になれ……それとダッチ爺さん、確認するぜ。あんた、ジェシカをあそこに。ホワイトテイル・マウンテンのジェイコブのところに送り込んだ、出間違いはないんだな?」

「ああ、当然だろう」

「マジかよ、爺さん。そりゃ最悪なことやっちまったなぁ」

「そりゃどういう意味だ?シャーキー、ニック、それにグレースも。いったい何のことを話している?」

 

 困惑しっぱなしの老人に、グレースは吐き捨てるように答えた。

 

「ジェシカの事よ!」

「???」

「あのな、爺さん。アンタに伝えてなかったのは、はっきりとした結果が出てなかったからだ。それに彼女の状態を無線で知らせるわけにもいかなかった。あれはあいつらだって聞いているかもしれないんだろ?知られちゃまずい情報は知らせられねえ。

 だからスプレッドイーグルはあんたがいくら出せと言っても、ジェシカ保安官を出さなかったんだよ」

「彼女の状態だと?別に――おかしなところはなかったぞ?」

 

 この時、ようやく冷静になれたのだろう。

 グレースは自分を止める男たちの手を振り払うと、それを残念そうに思っている表情のシャーキーが答える。

 

「そりゃまたヒドく節穴な目をしていたんだな、爺さん。

 あのジェシカがどうやってフェイスに立ち向かっていったのか。アンタが本当に自分で言うほどの状況の把握ってやつができていたら。そんな呆れた答えが出てくるはずがないんだけどな」

「彼女はもう戦えない!

 いいえ、少なくともしばらくは――落ち着くまで様子を見る必要があった。そうしなくてはいけなかったのに」

「教えてやるよ、爺さん。

 ペギーの”祝福”だよ。あのフェイスが、信じられないくらい馬鹿みたいにそいつを生産して土地を汚していたんだ。保安官は短期間でもそこに飛び込んでいったんだ。

 

 俺達がヘンベインリバーから慌ててフォールズエンドに彼女を移動させたのもそれが理由さ――。彼女、あの雨の中にフェイスがいるって叫んでよ。飛び出して行って、誰もいない草原で滅茶苦茶にショットガンをぶっ放してたんだぜ」

「……まさか!?あの保安官がか?」

「ああ、本当だ。

 トレイシーとアーロン保安官が慌てて彼女を連れ戻して、すぐに俺が呼び出された。

 あっちのドクターの話じゃあよ、しばらくはフォールズエンドで様子を見たほうがいいって。少なくともヘンベインリバーには置いておいちゃまずいってさ。

 

 あっちはまだ、取り戻したばかりの農園に素材となる花の処分が始まったばかりでさ。今の彼女の状態じゃ、そのうちそいつの匂いだけでブッ飛ぶようになってもおかしくないって言いだしたからさ」

「中毒症状がでていた、と?」

「少なくともフェイスがまだ生きてるって騒いでたのは間違いないぜ」

「なんてことだ――」

 

 ダッチは自らの失敗を認めるしかなかった。

 彼に彼の、言い分は確かにあった。だがそれは、ジェシカの状態を知らなかったからできることだった。

 

 ようやく自分が取り返しのつかないことをしでかしてしまったのでは、と気が付き。狼狽する老人を、若者たちは困惑とあきらめをもって見ているしかなかった。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 君はガイ・マーベルを知っているだろうか?

 ハリウッドの異端児。B級作品のカリスマにして、天才。

 

 それが彼だ。

 彼という存在を言い表すのに、才能をたたえる必要もないほどそれがすべてであると断言できる。時代に選ばれないはずのない存在。

 

 そのガイが、ホープカウンティで新作「ブラッド・ドラゴン3-ザ・クエスト・フォー・ピース」の撮影に入っているのも知っているだろうか?

 

 その事実に興奮を感じない奴は、とんだ不感症野郎だと言わざるを得ない。

 彼は常に撮影現場で、そのイメージを爆発させ。もてあますエネルギーでもってスタッフに理不尽に怒鳴り散らすことで、彼らに愛想をつかされ。

 それでも尽きることはない情熱に感じ入るに違いない。

 

 そんな彼の最新情報をSNSが最後に知らせたのはいつの事か。

 チェックしていないのか?

 どんなクソ楽しくて驚きの作品が作られているのか、楽しみですらない?

 

 それならそれで全く構わない。

 あいつはただのクレイジー変態というだけだし、ムカつくアホってことだけ覚えておけばいい。

 

 

 実際、あいつがなにをやろうとしているかなんて。出来上がった作品を見てもちっとも理解できたためしがない。派手な爆発、刺激的なバイオレンス。そして外見は生物学におけるメスに分類される体には、たわわなオッパイとボリュームのある尻に力強く打ち付けられる男のケツ。語っていて、これほどむなしく感じることはないね。

 

 ガイには確かに才能はあるのかもしれない。

 だが、それが真に正しく評価されることはない。だってここまで話せば、わざわざ口に出さなくても君にだってわかるだろう?

 

 

 スプレッドイーグルでそう語る若い男は、そんなことを口にしながら、自身のカメラの準備を終えて席に座りなおす。構えたカメラのフレームにメアリーを捕らえると、ライティングにもきっちりと再び確認する。

 

「――始めるの?どうやったらいい?」

「そうだね。まずは、ここについて。思ったことを、そのまま口にして。

 スタートはそこから、次に今のこの混乱について。

 ホープカウンティに起きている悲劇。誰もが抱えている怒りとか、悲しさとか。別に感情的になってくれとは言わないけど。当事者である君の口から、ここで起きている事件について感じたままを口にして。

 こっちはそれをただこのカメラに収めたいだけ」

「ふふふ、なんか難しそう」

「そんなことはないさ、メアリー。

 なんならその地ビールを一口やって、勢いをつけて。君が始めるのを、こっちはじっとここで待っているだけだから」

 

 男は外の世界から――あのハリウッドからわざわざこのホープカウンティへとやってきた。

 アメリカの中で分断され、見捨てられたホープカウンティについて知りたい。知らせたいのだと、そう言った。

 

 この男にもし問題があるとするなら、それはジェシカの怪しい商売相手の手引きでここに来たということか。

 

 彼は昨日、この町に来る前に神父とライ&サンズ航空のCEOにインタビューした映像を収めた。どちらも苦しそうに顔をゆがめ、血を吐くようにして。ここでおこってしまった悲劇についてそれぞれの立場で口にした。そしてそこには希望も――あった。

 

「始めるわ。勝手にやって、いいんでしょ?」

「ああ、もちろん」

「それじゃ……ここの事。ホープカウンティ」

「いいね。続けて」

 

 彼女が父から受けついた店の中を見回した。

 思い出はあまりに多く、そしてどれもが大切で愛おしいものばかりだった。そしてそこには父がいた。

 

 メアリーの顔から、険しさが消える。

 父の思い出を語りだす娘の姿となった彼女はゆっくりと口を開いた。

 

「私はここで育ったわ。そう、生まれてからずっと。

 最初のキスも、この店の裏で。どこかのカウボーイとね……危うく父に知られるところだったな。バレたら、きっと大変だったでしょうけど」

「……」

「父は家族と、この店を愛していた。

 ここは田舎だし、経営は大変だったけど――ここに来る人たちが、笑いながら。気楽に過ごせる場所にするのが役目だって。そう信じていた。

 ええ、あいつらが来るまでは」

 

 まぶしい昼の太陽の光が差し込んでいるはずなのに。

 メアリーの顔に影が見えてくる。

 

「皆を助けよう、それがあいつらの最初の言葉だった。でも父は彼を絶対に信じてはいけないと言っていた」

 

 後にプロジェクト・エデンズ・ゲートの悪名が事実であったと証明することになる映像はこの時に作られたと思われる。

 わずかな笑顔、苦痛を伴う過去、見捨てられたという不安、まだ先の見えない未来への恐怖。それらを感じる中で見せる、彼等のナマの証言には誠実さしか感じることはないだろう。

 

 そして残される――。

 彼らの未来に待ち受ける最大の悲劇に気が付かぬまま、目の前の”敵”への憎しみを、ひたすらにたんたんと。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 思うに、ジョセフ・シードなる預言者に予言の力があるのかどうかは別にして。

 彼が言うこの”回収”に、本当に意味があったのかと考えると疑問が残る。

 

 その理由として、彼がホープカウンティを完全に掌握した後におこなったやり方がまず挙げられるだろう。

 

 ジョセフはあろうことか、それまで成功していた教団の運営システムにわざわざメスを入れた。

 ホープカウンティの3つのエリアを彼の子供たちに”分けて与えた”のである。彼は自分の王国を作る最終段階に、それぞれの土地に自分の名代たる存在を派遣したということになる。

 

 ここにまず大きな間違いが存在している。

 

 彼の子供達――ジョン、フェイス、ジェイコブはプロジェクト・エデンズ・ゲートの組織の潤滑油として才能を発揮はしていたものの。それは別にジェイコブの代わりも務まるようなものでは決してなかったはずだ。

 

 しかし、王が土地を収める存在に求める能力とはまさにその部分であり。

 彼らの子供たちの誰もが、そういった適性を持っていないのは明らかであった……。

 

――幼さと不安定さから、暴力的になるジョン

――ジョセフの意思で。人物から別人が”演じている”だけのフェイス

――ジョセフのために”神の兵”なるものを揃えようとした帰還兵、ジェイコブ

 

 ジョセフに肥沃な大地を与えられた彼らが、ジョセフを習うなら何をそこでしでかすのか。中国のことわざにもあるだろう『子、政をなすに、いずくんぞ殺を用いん』と。

 だが、このジェイコブ・シードという男は――。

 

 

 時間は大きく戻り、フェイスによる最後の反攻作戦が行われる直前。

 ジェイコブ・シードは、部下から悲鳴のようなヘンベインリバーから送り込まれ続ける”祝福”の貯蔵に関する新しい指示を与えていた。彼女は明らかに規定を無視し、暴走を続けている。

 

(フェイスは追い詰められている。彼女も、弱かったか)

 

 ホワイトテイル・マウンテンでは自宅として使っている屋敷の一室から窓のを外に視線を泳がせながら、ジェイコブは静かに結論を出した。

 噂の新人保安官がフェイスの元へと向かったとの情報が入ってから、ジョンよりも早く。彼女の足元はガラガラと崩れ落ちて行ってしまったようだ。

 

 思えば半狂乱になって、エデンズ・ゲートの力に疑問を持ち。こちらに問い合わせてきたのも、ふがいない自分の姿を見たくないという逃避行動だったのやもしれない。

 

「仕方がないのかもな。フェイスはジョセフの――フェイスなのだから」

 

 ジョセフの予言がなかったとしても。”あのフェイス”がこの先、何年もジョセフ・シードのフェイスであったという確信は全くなかったし。彼女のこれからに奮起を期待するのは、このジェイコブ・シードの役目でもない。

 

(フェイスはどうせ倒れるな。新人保安官だったか……馴れてきているんだな、この狩りのやり方に。奴の頭の中がフェイスでいっぱいになっている今こそ、先手を打っておくべきだろう)

 

 ジェイコブ・シードは神の戦士を自認している。

 それにふさわしくあるために、常に設定された戦場で後手にまわることを嫌う。この身は勝利が運命づけられているのだから、当然のことと言えるだろう。

 

 だからエモノであり、敗者でもある敵には常に罠を仕掛けて待つべきなのだ。

 ジェシカ・ワイアット。狩られるものの正しい役目、もうすぐそれをお前は知ることになるだろう。




(設定・人物紹介)
・狼衆ければ~
元は淮南子という中国の哲学書、から。でもメタルギア世代には可愛らしい女性(少女成分多め)レポーターの言葉でしかないのだ。

・ガイ・マーベル
昨今のハリウッドにおける監督の青田買いを皮肉ったようなキャラクター。
原作に登場、周りがおかしくなっているにも関わらずに撮影を強行し。壊滅的な性格でスタッフを苛立たせている。

彼の作品はDLCとしてBOXセットで鑑賞(?)することが可能。興味があればガイ・マーベル・ユニバースの深淵を見てみるといいだろう、どれも素晴らしい……うん、その、それだ。

・若い男
彼には名前も役目もあるが、あえてここではぼかしている。職業、ドキュメンタリー映画監督。そしてオリジナルキャラクター。


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呪い

次回投稿は28日を予定してます。


――私は壊されかけている

 

 この私自身に起きている現実を、最初に理解したのは周りの人間だった。

 あれはヘンベインリバーが解放された。よくやくだ、と疲れ果てた顔で互いに笑いあった翌日におこった。

 

 ホープカウンティ刑務所の塀の上で、私はそれをはっきりと見てしまったのだ。

 小雨の降る林の中、あの少女のように純粋無垢であることを印象付けようとする白いフリルの付いた服を着たフェイスがこちらに媚びた笑顔を向けてくるのを。私が覚えているのはそこまで。

 

 次に私は何事かを叫びながら飛び出していき。慌てて追ってきたアーロン保安官とトレイシーに組み伏せられた、らしい。

 フェイスを見たので当然のことをしてやったのだと私は主張したが。彼らが差し出してきたのはフェイスの死体ではなく、ライフル弾で八つ裂きにされた野生のスカンク。

 

 その時はまだ、自分がヤバいってことを理解できていなかった。

 

 アーロン保安官は私にとりあえずここを離れてホランドバレーに戻るべきだとすすめてきた。

 そのままシャーキーが呼び出され、私は彼の車でホランドバレーのスプレッドイーグルに。しかしその途中で、私も私のことを理解したのだ。

 彼らがおかしいわけじゃないし、誤解しているわけでもないんだってこと。自分の方にこそ変化が起こっているということを。

 

 後部座席から見る流れていく外の風景。前からやってきて、後ろに遠く離れていく中で。私は多くのフェイスを見続けている自分に気が付く。雨の中なのに、車の中にいるのに。彼女はいつだってこっちを見てくる。

 

 羽があるわけでもないのに、両手だけを優雅に羽ばたかせるだけで渓谷を飛んでいるフェイス。

 川岸で、足首を水の中につけ。雨なのに水遊びに興じているフェイス。

 道路わきの標識横に立ち、通り過ぎる際に笑顔を向けてくるフェイス。

 道沿いを走っていく狼に混じって、笑顔で走るフェイス。

 フェイスは常にそこにあらわれ、景色の中に置いていってもまたあらわれる。彼女が私にとりついているつもりなのか、私が彼女から離れられないのか。

 

 私の狂気はひどくなる一方だ。

 わずか数時間のドライブだけで、自分の正気が音を立ててフェイスの笑顔を見るたびに削られていくのを感じる。私の残り時間はそこまで少なくなっているのだろうか。

 

 後にふりかえってみると、この時がすべての運命の分かれ道であったように思えてならない――。

 

 私にはほかに行き場所はなかった、逃げる場所はなかった。

 キャリアを潰され、不器用だからか生き方も変えられず。

 ここにしか自分居られる場所を用意することができなかった。だからそれを守ろうとしていた、実に単純な理由だった。

 

 しかしフェイスは私が英雄になりたがっているのだと決めつけていた。

 否定する私の言葉を、彼女は最後まで聞こうとはしなかった。まるで私がジョセフの言葉を拒むのをやり返すように。笑ってさえいた。

 

 彼女の死に私が思うものは何もなかった。

 その、はずだった――。

 

 だが私に残っている時間が少ないというなら、私はまたもや考えなくてはいけないのだろう。

 このバカ騒ぎをどう終わらせるのか、を。

 ジョセフ・シードを追い詰め、その手にあの夜のように錠をはめ。連邦保安官がやるはずだった決着を、この目で見たい。その場に立ち会いたいのだ、と。

 

 私は、私を呪って死んだフェイスにたしかにとらわれていたのだろうと思う。

 自分という存在の死。それを壊れながら受け入れなくてはならないのだ、とそう考えるようになっていった。それは私の中の不安、そして恐怖。

 

 かつて一度は捨てた殺しの技をよみがえらせる喜びは、それと引き換えに殺戮の嵐を巻き起こす私自身をもすでに痛めつけて疲れさせもしていた。

 そのうえ、ホープカウンティはモンタナ州どころかアメリカにここで起きている出来事に目を閉じ、耳をふさぎ、触れるつもりはないと近くにいるのにあまりにも遠くに離れて近寄ってくる気配がない。その孤独感、凄まじい重圧となっていた。

 

 あるのはわずか、ロイドと手を組み。存在してはならない大量の武器をここに流し込むことだけ。

 だけどそれが私を英雄にし、私を殺人者にし、自分の中で育っていく狂気の甘い誘惑に逆らえなくなるほどに、弱くなっていく。

 

 だから私はそのまま壊れてしまえばよかったのだろうとも思うのだ。

 自暴自棄、そう呼んでも間違いはないかもしれないが。本当に心の底から、その時はそう考えていた、それで楽になれると思えたのだ……。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 ジェローム神父とメアリーが知らせを聞いて迎えに待っていたが。

 スプレッドイーグルは緊急の定休日とされ、住人たちが近づくことを嫌う。戒厳令が敷かれた。

 

 車から降りてスプレッドイーグルに入るのに、私はシャーキーの手を借りねばならないほど悪化しつつあった。

 自分が悪くなっていくのは理解できるが、それを押しとどめる方法もないことも理解していた。絶望することもなく、ただ虚無にとりつかれた心でその瞬間を私はただ待っている、死刑囚のように。そんな感じになっていた。

 

 皆が最悪の状態で戻ってきた私に驚いていた。そして動揺した。

 そうして何とか私の気を紛らわせようとして色々と話しかけてきた。

 

 最初に出たのが、新しい荷物に私の名前で指定された荷物が入っているというものだった。

 それは黒のいかにも怪しげなものが入っていますと主張している小さなスーツケースが出てきた。私はすぐにロイドの名前が脳裏をかすめる。

 

 似たような贈り物は、過去に一度だけ彼からもらっていた……。

 私は中を確認しないまま寝床に倒れこみ、そのまま疲労感に身を任せて意識をなくしても良かったが……何か気になり。スーツケースの中身を確かめようと、重たい腕を伸ばししてみせた。

 

(嘘でしょ、ロイド?こんなこと――)

 

 中には一文が記された別のメッセージカードと、薄い緑色のジェル状がつめこまれた中型の注射銃がひとつ。

 それがなんであるのか説明は何もなかったが。見た瞬間に私は過去を思い出して、その正体を見抜いていた。

 

――時代は変わる、ジェシカ。今度は誰も君を支配しないが、与えられることもないかもしれない

 

 私は任務に執着した過去があった。

 最後の任務前、ロイドを通じて最新の軍用ナノシステムを融通させた。部隊に用意されたナノマシンはやはり私を裏切り、隊長は今度の作戦の参加条件にナノマシンを使えない兵士を加えるつもりはないと断言していた。

 正攻法が私にチャンスを与える気がないと知ると、私は強引にロイドを使って別の手を用意させたのだ。軍の認証システムを”騙せる”最新のナノマシンが必要だ、と。違法行為、ただそれだけではすまない大罪に違いないが私はまったく躊躇せずにそれを選んだ。

 

 彼はあの時もこんな風に、いきなりそれを送りつけて好きにしろと言い捨ててきた。これはあれの再現と言うことなのか?

 

 注射銃を握る――。

 あの時は無色だったが、今回は液体は緑色に輝いている。

 ロイドはこれを使えと言っているのか?だが、それに意味があるのか?

 

 このナノシステムを体内に注入しただけでは、たいした恩恵は得られないはずだ。

 SOPの真骨頂とは、それを別の存在が支配し、同じ性能のシステムでつながれた兵士たちを揃え。それを戦場でリアルタイムで制御できねば意味がない。部隊が、軍が使ってこそ意味のある、効果があるものなのだ。

 

 個人、ではない。

 

 (どうしてこんなものを。ロイド、なにを考えているの?)

 

 瞼は重く、体は疲労感が広がり。私は静かな休息を求めていた。

 もう考えること自体が苦痛になってきていて、どうでもいいような気もする。そうだ、このまま放り出してしまえばいい――。

 

 だが、私の体は欲求に抵抗した。自分が思う以上に強く!

 

 私はあの日にやったように、何の考えもなく注射銃を自分の太ももの内側につきたて。すぐさま引き金を引く。

 空気音がカシュッと大きな音を出すと、緑のジェルはあっという間にそこから消えた。私は今度こそ注射銃を床の上に放り出すと、ベットに倒れこむなり目を閉じ、意識が消えるのを待つ――。

 

 

 翌日、まるで生理が来たかのような全身の倦怠感と下痢に悩まされた。

 だが苦しかったのはそこまで、劇的な変化が私におこった。その翌日には、まだ顔色は悪いもののフェイスの幻影や声はすっかり聞こえなくなっていた。

 私が数日で復調するのを見てスプレッドイーグルは手のひらを反すように騒がしくなった。

 

 見舞いと称し、レジスタンスたちは次々と店を訪れては地ビールと密造酒で乾杯を何度も繰り返していた。

 ホープカウンティに平和が戻るのもそう遠くはないと豪語する彼らの顔は一様に明るい。

 

 私はそんな彼らと言葉を交わしつつ、気分転換に顔色の悪いウェイトレスの真似事をやっていると。トンプソン保安官補とメアリーが、私に隠れて話しているのを盗み聞きしてしまった。

 どうやらダッチが私と話したいと半狂乱になっているらしい。

 それとなくメアリーや神父に、ダッチと話したいと告げてみたが。今は休めとか、戻ってきて寝こんだのだからしばらくはやめておけと彼らは許してくれなかった。

 

 なにか、私に隠しているようだ――。

 その時はただ、軽い気持ちでそう思っただけだった。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 ニックの妻のキムが、ついに娘を出産した。

 ようやく雨も上がって、身重の夫人のためにと買い物を代わりにやってあげたのだが。戻るとそこでいきなり産気づいてしまったようだった。

 

 病み上がりから少し元気になったばかりの私の運転で大騒ぎがあって、夜には母子ともに元気にライ家へと帰還する。

 スプレッドイーグルにはこのめでたい知らせを聞いて、これを肴に皆でまたまた大騒ぎがはじまった。

 

 私はその中からこっそり抜け出ると、無線機を手にして自室に戻る。

 

「ダッチ、ダッチ?こちらジェシカ。聞こえる?」

『ジェシカか!?』

 

 ダッチはやはり私の連絡をずっと待っていたらしい。

 そして私はすでに決めていた。

 

 ニックに新しい家族が加わり、皆の注意がこちらにむけられていない今こそ。

 私はついにジェイコブに対処すべく、ホワイトテイル・マウンテンへと向かうべきなのだろう、と。フェイスの幻影は私から立ち去ったようだが、まだ倒れた時に感じた不安や恐怖とは決別しきれてもいなかった。

 

 深夜になると私は迷彩服にニット帽をかぶり。

 新しい防弾チョッキと武器を持って、スプレッドイーグルを後にした。騒がしい店を背に、今の自分がまるで家で娘のようだと苦笑いする。

 

 

 ダッチのバンカーには夜明け前に到着。

 すでに見知った地形とペギーが排除され、そこまで来るのに何の障害もなかった。とはいえ、もうすぐスプレッドイーグルでは私がいないことに気が付くはずだ。急がなければいけないだろう。

 

 バンカーでは老人は無線と違い、挨拶と喜びをほどほどに見せたが。

 やはりなにか気になることがあるようで、すぐにでもそのことについて話をしたがっているようだった。

 

「ジェシカ保安官、疲れているとは思うが。あんたにはすぐにもホワイトテイル・マウンテンに向かってもらわなくちゃならない」

「――私もそのつもり。準備はしてきたわ」

「そうか、ありがとう……じつはあんたに頼みたいことがある。それも大至急だ。

 しかしそのためにはまず、これまでのホワイトテイル・マウンテンの状況について。教えておかなきゃならんだろうと思う」

 

 ホワイトテイル・マウンテンでは、そのほかと違いペギーの”回収”騒動からまったく別の展開を見せていたのだという。

 あそこでは驚くべきことに、『そうなることを予想していた』ようにレジスタンスと呼べる組織がいくつも出現していたらしい。

 

 つまり、ダッチに助けられた翌朝。

 このバンカーで私と話していた時には、すでにエデンズ・ゲートへの抵抗勢力は別に誕生していたということになる。

 

 そういわれるとむしろ納得できた。

 あの状況の中、孤独な老人がわずかな火器しか手もとにないのに。

 「ペギーに対抗するためにレジスタンスを結成すべき」なんて言いだすのは冷静になって考えるとかなり危ない。

 当時は私もだいぶ追い詰められていたからホイホイと話に乗っかったが、正常(マトモ)な新人保安官ならあんな話を聞いて真っ青になって逃げださない方がおかしいか。

 

 それに対するジェイコブ・シードの対処もはっきりしていた。

 レジスタンスと対決姿勢を続け、武器と兵力を注ぎ込んでいって叩き潰して回ったようだ。

 

 聞いた話だが、ジェイコブ・シードは元々はジョセフのため、エデンズ・ゲートにおける防衛、警備を担当していたという。

 詳しい経歴は知らないが、元軍人ということから。彼は当初からレジスタンスの武器の供給減の限界を知り。力にまかせて動いていたように感じた。そしてそれは、間違いなく戦場を知っている軍人(アメリカ軍)がとる行動であった。

 

 それでもホワイトテイル・マウンテンでにらみ合う両者に均衡を保つ時間はしばらくはあった。

 が、天秤がわずかに傾いて崩れると。そこからは雪崩をうって複数あったレジスタンスは壊滅されていったらしい。

 

 そしてダッチが慌てたのも、そこに原因があった……。

 つい先頃、組織のひとつがまたまた攻撃を受けて倒れたのだ。

 

「なるほどね。それで、私に頼みがあるんでしょ?そう言ってたわ」

「そうだ、保安官」

「なに?」

「……俺の姪っ子があそこにいる。ジェスという、潰されたレジスタンスに参加していたというんだ」

 

 そのことならアデレードのマリーナで聞いた名前だ、とすぐに思い出す。

 たしかグレースに様子を見に行ってほしいと、あの時はアデレードが頼んでいたっけ。なんだか、あんまり素直な娘ではなかったと振り返ったグレースは言っていた。

 

「アデレードやグレースから少し聞いてる。彼女に何かあったの?」

「ジェイコブに捕らえられた。最新の情報だ」

「いつ?」

「4日前くらいだと思う。かなり激しい衝突があったようだ」

「……そう、なんだ」

「そのレジスタンスはペギーの巡回(パトロール)を襲撃したところで、突然精鋭が表れてそのまま活動拠点まで連れて戻ってしまったのか。もしくは振り切れなかったか。とにかく強引に押し込まれ、降伏した。

 実はお前と連絡が付かない間に、アデレードに無理を頼んで様子を見に行ってもらったんだが。すでにペギーが周辺を占拠していて空からでも近づくのは危険だと――」

「最悪ね」

「ジェイコブはエデンズ・ゲートの警備担当と言われている。奴の部下はジョンやフェイスのところにいた連中より訓練され、武器もいいものを使うと聞く。

 こうなってくると頼めるのはもう、お前しかいないんだ」

「その娘、まだそこにいるというのは間違いないの?」

「隠れている住人からの情報だが、その場所から捕虜を大きく動かしている様子はないらしい。

 恐らくジェイコブの奴、ジョンとフェイスが倒れたことで。ホープカウンティの半分が俺たちの手で解放されたのを知って、こちらに対しどう攻撃すべきか考えているんだろうな。実際、奴は3人の兄妹の中で”回収”にはあまり熱心ではなかったと聞く」

「――それなら急ぎましょう」

 

 ダッチの意見に、私はあえて反論しなかった。

 身内に最悪な状況に襲われていると知れば、物事は良い方になるはずだと考えたくもなるはずだ。それは別におかしい話ではない。

 だがら私は考えてしまう。これまでも反抗組織を地道につぶしてきた男が、急に視線を足元から遠くの敵へとむけるものだろうか?と。

 

 しかし疑問はあっても、私にも答えはないのだ。

 なぜなら私はジェイコブ・シードという男を知らない……。

 

 バンカーを出ると、まだ雨露に葉や幹を湿らせる林の中に立つ。

 ダッチには早速行ってみるから、心配はするな。彼女の無事を祈ってやれ、とだけ告げて。

 

 

 木々の間から朝日が差し込んでくる。

 冷えた空気を這いに吸い込み、吐き出す。目を閉じると、あの美しい霧に囲まれた世界と笑うフェイスが思い浮かぶ。

 

――英雄はね、死ぬものよ。ジェシカ保安官

 

 私は頭を左右に振って悪夢を振り払う。

 目を開けると、そこに亡霊も幻覚もない。静かな朝を迎えている林があるだけ。

 

 ロイドの送り付けたナノマシンを投与して肉体と精神は劇的な回復を見せたが。それによって傷つけられた心までは、そうはいかなかったようだ。

 私を鍛えた人々はそんな状態に自分があると理解したら、正しい決断をするように心がけろと言った。選択肢を確認しておけということだ。

 

 ああ、だがなんて皮肉なんだろうか。

 心ではスプリングフィールドに戻って休め、少なくともホワイトテイル・マウンテンに向かうことは危険な予感がある。そう言っているのに。

 今の私の選択肢はただひとつだけしかない。




(設定・人物紹介)
・娘を出産した
原作にも存在するクエスト。
生命の誕生とはどれほど奇跡であるのか、を体験できる。ちなみに筆者は、始終騒がしい夫婦に苛立つあまり。彼らを道連れに道を外れて車を炎上させてしまった。悲劇であった。

・ホワイトテイル・マウンテン
ここでは複数のレジスタンスが存在した、というのはオリジナル設定である。
原作にはそれらしい描写は見られない。

しかし、この後に登場するたったひとりのためだけにこういうことにせざるを得なかったのだ。


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Trick&Trap

 リカーブボウから放たれる矢は、男の首を真横から貫き、ガタンと音を立てて片膝をつく。

 そして必死に異物の正体と除去を試みようとしてのどをかきむしるかのような動作を見せるが、私はそいつの背後に足早に回り。背中から強く抱き抱えるようにしながら、私よりも一回り大きな体を横に倒していく。

 

 混乱と安堵に包まれて息絶えるよう、諦めるようにしむける。

 

 

 再び戦場の中に戻ると、あの日の壊れようとしていた私はここにいなかった。

 それまでの浮き沈みとはまるで別人のように、体を別のものと入れ替えたように。全ての動きにキレがあって、スキもない。容赦もしない。

 かつてない集中力の高まりが、この戦場にあって私を強大な存在とし。静かな暗殺者はかつてはレジスタンスの砦のひとつだったこの場所を占拠したペギー達を死に至らしめていく。

 

 

 相手の後ろ、それも階段上から狙いをつけるが。今度はわずかにそれ、後頭部へ。狙いはそれたが結果は気に入った。

 その衝撃を受けて倒れこむペギーは無意識の動きだろうか。地面に落としたライフルを探そうとする左腕でまさぐるような動きを見せる。しかし冷静な私はそれにも反応し、続けて放った矢は手のひらを射抜いて地面に縫い付けて見せた。

 

 なんという神業か、自分が今しがたやったこととはとても思えない。

 覚醒にも似た感覚は自分の中に高揚感の波を作ろうとしているも、私はそれに浸るのを嫌い。任務に集中することだけを考える。

 

「なっ、なんだよ。今のっ!?」

 

 さすがにやり過ぎてしまったか。

 目の前で男が西部劇でも見ないような矢を受けて息絶えるさまを見せられ、震える男がそこにいた。

 

 私は弓と矢をその場に置くと背中の――小型の大砲と異名を持つ――スパスショットガンを構え、フェンスを越えて飛び出していく。もう暗殺者は終わりだ、突撃の時間がきたのだ。

 壁の向こうから飛び出してきた別の男が、驚きの表情を浮かべたのが構わずに私は引き金を引く。相手は吹っ飛ぶかと思ったが、逆に前に倒れ込むと苦しげな声を上げた。

 散弾を正面から受けたが、あたりどころが悪くて死に損なってしまったか。しかし、今の私は慈悲深い存在ではなかった。

 

「ゲイリー!?どうしたゲイリーっ」

 

 銃声と共に小さくとも聞こえたのであろう傷ついた仲間を気遣う声は、そいつがどこにいるのかを私に教えてくれる。

 壁1枚を隔てた部屋の中に滑り込んだ私は、誰もいない窓の外にむけて銃口を向ける。その瞬間が来れば、終わる――。

 殺しの腕が冴えている。私は失った全盛期を取り戻そうとしていた。

 

 この1発がその証明となるか。

 

 

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 屋敷の中を武装した信者たちが駆け足で進んでいる。

 呼ばれているのだ、なら急いで行かないと。ジェイコブ・シードは優しさや穏やかさとは無縁の人だ。

 

「呼びましたよね?なんです、ジェイコブ」

「――無線機に応答がない、2分前からだ。バロン製作所、襲撃されたのかもしれん」

「”奴ら”ですか?」

「イーライ?フン、違うな。あいつは弱い、攻撃する時は慎重に場所と時間を選ぶ。こんな太陽のある昼間に戦う決断は下さん」

「それじゃ、誰です?」

「ついに来たのかもな。あの女だ、それをすぐに知りたい」

「――向かいます」

「いや、待て」

 

 ジェイコブはそういうと立ち上がって自分の兵士のそばに近づいていく。

 その目は真剣で、これから口にする言葉に正解を返せとはっきりと態度で部下に重圧(プレッシャー)を与えている。

 

「わかってると思うが、俺に確認させてくれ」

「はい」

「もしそこにいるのがそいつなら、どうする?」

「連れて戻ります。あなたの元に」

「その言葉を忘れるな。ファーザーは我々の未来があの女にあると考えている。生きたまま――絶対に死体を持って帰るな」

「わかっています」

「誓え、ジョセフ・シードの意志に従うと。エデンズ・ゲートの忠誠にかけて、と。お前達のくだらない感情ですべてを台無しにしたりはしない、そうだな?」

「あなたに失望させません。エモノ(弱者)を逃がしもしません」

「そうか――なら、いいんだ。

 ああ、それとな。逃げることは心配しなくてもいいぞ。もしそいつが思った通りの女なら、逃げない」

「わかりました。向かいます」

 

 足音高く男たちが出ていく後姿を見送ると、窓の外に広がる大自然に目を向けてジェイコブは勝利の笑みを浮かべた。

 彼らへの調教は完ぺきだ。やれと命じ、やると答えるなら。それはなされるということ。

 

 そしてバロン製作所は、このためだけの罠でもあるのだ。

 以前かられてレジスタンスに参加しているというメンバーの割り出しには時間をかけてきた。すでにどの組織に、誰がいるのかもある程度わかっている。

 どうやらこの計画は成功しつつあるように思える。

 

(あの小娘には役に立ってもらう――エサとしてな)

 

 リストに書かれた名前の中にその名前を見つけたのは偶然ではない。

 ジェス・ブラック。それが神から送られたメッセージだ。

 

 その娘の名前は聞いていた。無線でわめくだけの哀れな老人――ダッチの姪だったか。それがどうやら殺し屋を気取っているらしく「ペギーを狩り殺す」などと大言を吐き捨てているというものだった。ジェイコブにとっては取るに足らない存在でしかなかった。

 

 だがジェイコブにはアレが何を求めているのか知っていた。

 あの娘がエデンズ・ゲートを憎悪する理由は、このジェイコブが作ってやったものだったからだ。

 

 ジョセフ・シードという男の力ある言葉に従ったのは何もこんな田舎の住人たちばかりではない。

 

――盲いていただろう。だが今はもう見える

――信じよ、崇めよ、服従せよ

 

 社会には誰もが嫌う人々もいる。危険な犯罪者、殺人鬼。決して近づこうなどとは思わない彼らにもジョセフの救いの手は伸ばされた。

 彼らは喜んでそれを受け入れ。教義にひたり、許された暴力で自分の価値を再確認する。

 

 ダッチの姪、ジェスはそんな奴らの手で地獄を見た。少なくとも本人はそう思っているらしい、笑わせてくれる。

 コック、そいつはそう呼ばれていた。本名はほかにちゃんとあるらしいが、本人もその異名でよばれることを気に入っているらしかった。

 

 

 そしてジェイコブは罠を作り上げた。

 試練に耐えきれず揺れ動くフェイスの様子を眺めるのではなく。来る試練に向けてジェス・ブラックという餌を求め探し回った。

 相手はそんなことを知らなかったせいであっさりと捕らえられたが、殺した家族と同じく弱者であるがゆえに自分にどのような役目が与えられるのかをこの瞬間に会っても理解してはいないだろう。

 

 仕上げは簡単だ。

 コックをあの場所に送り込み、管理者として置いておいた。

 奴にはジェス・ブラックだけには近づくな。なにもするな、生かしておけと命じておいた。

 

 とはいえ、コックは殺人鬼だ。

 珍しくレジスタンスを丸ごと降伏させたのを目にして、我慢できるわけがない。

 奴は奴なりにエデンズ・ゲートのためにと、連日のこと捕虜に対し「神を信じろ」と暴力を用いて”諭して”いるのだそうだ。ちなみにジェイコブはコックにそんなことをしろなどと一言も言ってはいない。

 

 囚われた上に、憎悪する男が自分の仲間たちに家族にしたような仕打ちをして殺しているのを見て耐えられるだろうか?

 そんなこと、できるわけがない。所詮は小娘だ、若いだけに勢いだけの報復心だけで動くに決まっている。

 

 そして仕上げはダッチだ。

 部下に何人か痛めつけた捕虜を連れ出させ、そこでジェスの話を聞かせた後でわからないように逃亡をさせたのだ。声が大きいだけの男は、誰に助けを求めるか?

 奴はジョセフが”回収”を宣言した直後。転がり込んできた新人保安官にレジスタンスを作って対抗するしかないとそそのかしたらしい。

 

 ならば大きな問題にぶち当たれば同じことを繰り返すものだろう?それが人間だ。

 

「ついに俺のところに……ジョセフ、ファーザー。きっと私がその保安官を役に立たせてみせます」

 

 弟のジョンも。

 フェイスも、試練に耐えられずにしくじった。

 次は自分だ。

 

 ジョセフを信じろ。

 神の言葉を聞け、再び愛される人となり。神はその力を取り戻し、罪は許され、弱い人々を信仰で結び付けることで強くする。

 

 俺がそれを実現させてみせる。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 ダッチは無線機の前で力なくうなだれている。

 怒りを隠さずに押しかけてきた若き客人たちはいつ出ていったのか。もう時間の感覚が分からなくなっていた――。

 

 ジェシカ保安官、バロン製作所を解放。

 

 長らくホワイトテイルから聞かれなかった良い知らせは、ダッチを悪いと決めつけてかかる若者たちがいる前で飛び込んできた。

 その瞬間だけは「ほらみろ、大丈夫だっただろう」とダッチはひそかに心の中でガッツポーズをとったりもしたのだが。

 続いて本当に久しぶりに声を聞かせてもらえた姪が興奮しながらも伝えてきた知らせに愕然とさせられた。

 

――あの人。保安官、あたしを助けようとしてジェイコブに捕まったみたい

 

 つぼみをつけ、もう少しで花開こうとするはずだった希望が。

 恐ろしい勢いで色あせ、しなだれて……このままでは枯れてしまうかもしれない。

 

(なぜ、こんなことになってしまったんだ!?)

 

 壁に貼られたホープカウンティの地図。すでにフェイスとジョンの顔写真は外してある、それ。

 じっとそれを眺め続けていると、自分がとんでもない罠に――ジェイコブが用意したそこに。自分はジェシカを放り込むような真似をしてしまったのではないか、そんな最悪な考えが頭をかすめる。

 

(そんなはずはない。わかってるだろう?動揺しているだけだ。あのジェイコブが当時は幼かったジェスを覚えているはずがない)

 

 ダッチはあえて、ジェシカに彼女がペギーを心の底から憎悪していることについては黙っていた。

 あの時はそれが必要ないことだと、そう思ったからだ。

 

 ホランドバレーでそうしたように。

 ヘンベインリバーでもそうしたように。

 ダッチはただ、ホワイトテイル・マウンテンにもそれまでと同じようにジェシカにはやってもらえればいいと思って頼んだのだ。

 

 ところが何が起きた?

 

 占拠された製作所はジェシカの手で解放された。そこに捕らわれていたレジスタンスたちも解放された。ジェスも助かった。

 それなのにジェイコブはそんな負け戦で、サラリとジェシカだけを捕らえてみせた。

 

「そうだ、そうだ。どう考えてもこれはおかしい。これじゃ、これじゃまるで――」

 

 老人はついに自分の口を手でふさいだ。そうしなくては確信的な答えを自分で言ってしまいそうになるから。

 それはこの老人にはあまりにも冷酷に過ぎるものだった。

 

 

 ジェス・ブラック――。

 若く、生意気で、しかし口先だけではない確かな実力も備えている。

 それでも若い娘であることを考えると、荒々しすぎるし。なによりも感情的に見え、危険があっても構わずに突っ込んでいこうとする危うさもある。

 そんな少女も、グレースとシャーキーを前にすると。少し戸惑ってどうしていいのかわからないように見えた。

 

 ダッチのバンカーを出ると、子供が生まれたばかりのニックと別れてグレースとシャーキーはホワイトテイル・マウンテンに堂々と入っていった。

 すでにこの時点でジェシカがジェイコブに捕まったと知らされて数時間が経過している。残念だがもはやすぐにも救助するチャンスはないが、このまま彼女がジェイコブに殺されるのを待つつもりは2人にはなかったのだ。

 

 この2人は皮肉にも、同じ重い罪悪感という鎖で心を縛り付けていた。

 グレースはジョンの時も、フェイスの時もジェシカのそばにはいなかった。

 シャーキーはフェイスに対処すると言って、どう考えてもまともな方法ではないものを強行する彼女を止められず。最後は力になれなかった、という思いがある。

 だからこそジェシカのこの危機に動かないわけにはいかないと、そう考えて動いていたのだ。

 

 バロン製作所に到着すると、まだ落ち着かない人々を押しのけて少女を探し出したのだ。

 

「よォ、ジェス。捕まったと聞いたが、元気そうでよかったな」

「うん――シャーキーもね。アンタがここに来るとは思わなかった」

「まぁな。なにがあった?それをまず聞かせろよ」

 

 あくまでも普通の会話をするように、出来るだけ抑えて。感情的にならないように気をつけなくちゃならない。

 ジェイコブはジェシカを捕らえた――どうやってそんなことをやったのかはまだわからないが、ジョンとフェイスを片付けたあの恐るべき新人保安官は。あっさりと捕まるような、やわな女には到底思えなかった。

 

 なら、どうやってそれを可能にした?

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 ジェスは静かにその時の状況を話し始める――。

 

 バロン製作所が解放されると、檻を出たアタシはすぐに自分の獲物を取り戻して彼女に会いに行った。

 ジェシカ保安官、噂は聞いてた。

 

 ジョンにフェイスを片付け、ペギーを追い詰めているホープカウンティの英雄。

 そしてレジスタンスの希望。

 そんな人が、ここにいるジェイコブの野郎をぶち殺しにようやくやってきてくれたんだ。なら、アタシのことも手伝ってくれるはずだって。

 

 でも普段、アタシは誰かと一緒に動くのを嫌う。

 大抵の奴は、騒がしくてどうしようもなく使えないから。足を引っ張られるのも御免だし、そいつのミスに巻き込まれるなんてのもお断り。

 だからほとんど、単独で動く。

 

 でも彼女にはそれは必要ないってわかってた。

 だって見ていたんだから、彼女が何をやって、何ができるのかを。

 

 圧倒的な殺意、ペギーをものともせずに始末する腕。

 檻の中で急に空気がおかしなものにかわったと思ったら、まずは血の匂い。続いてそこかしこでいきなりふわっと気配がわくと、すぐに消えるが。同時にそこで動いていたなにかもが沈黙していく。

 確かにあんなことができるなら、ジョンもフェイスも簡単に喉を掻き切ってみせただろう。

 

「あんたが新人保安官?噂の?」

「ジェシカよ。ええ、そう――あなたは?」

「ジェス。ジェス・ブラック」

「……ダッチから聞いた。彼の姪と同じ名前ね」

「そっか、やっぱりダッチおじさんがあんたをここによこしてくれたんだね。それじゃ、話が早い。あんたに協力してほしいことがある」

 

 ここに居るペギーはまだいる。

 今はここにいないが、それはここから連れ出した人々を使って近くでひどいことが行われているに違いないから。

 アタシは今度こそあいつを逃がすつもりはなかった。たとえそれが誰かの手を借りることになっても、逃げられるくらいなら構わない。

 

「ホワイトテイル・マウンテンでずっと追っていたクソがいるんだ。コックっていう、ジェイコブの狂信者。

 イーライはアタシにそれをやめろって言ったけど、冗談じゃないって言って飛び出してここの世話になってたんだ」

「イーライ?」

「そうだよ、このホワイトテイル・マウンテンの英雄。つまりもうひとりのアンタってところかな」

「レジスタンスなのね」

「ちょっと違う。イーライだけが今残っている唯一ここに存在するレジスタンス。他にもいたけど……ここに居る連中をまとめてたのは、コックの野郎に真っ先に料理された。なにも――できなかったんだ。見てることしか」

 

 あの日、捕らえたアタシたちの前で雨が気に入らないとコックは言った。そして少しでも気が晴れないといけないからと続けて、リーダーだけを檻から出してアタシらの目の前で生きたまま焼いた。

 あいつはいつだってそうだ。そういう狂った殺人鬼だ。殺すしかない。

 

「飛び出した組織ってどんな人がいたの?」

「イーライの世話になってた。アタシとは意見の相違ってやつで、飛び出したけど。アンタを彼に紹介してやってもいいよ」

「――手伝えばってこと?」

「あいつはまだ近くにいるんだ。それにアンタがここに居ると知らないし、ジェイコブはいつもならあいつを隠して外に出そうとしない。これはチャンスなんだ、アタシはそれを逃すつもりはない。アンタが嫌なら、これから予定通りひとりでやるだけ」

「大丈夫よ。ちゃんと手伝う、どこに行けばいいのか教えて」

 

 こっちだよ、そう言いながらジェスは心の中で歓喜した。

 あのジェイコブもついにコックを手元から出し、こっちは心強い保安官がついた。これでもう勝負はついたも同然ではないか?

 

 

 そこまで話すとグレースはため息をつきつつ「ジェシカらしいわ」と感想を口にする。

 しかしシャーキーはその真逆で、顔をしかめながらジェスに話しかけた。

 

「おいおい、ジェシカを連れて行ったのか?ってことは、お前またやったのか?あれをさぁ」

「……」

「オエーッ!嘘だろっ、マジかよ。お前さぁ、最悪だなぁ」

「シャーキー?なんのことよ」

 

 顔をしかめるシャーキーにジェスは何も言えず、グレースは何事かと問いかけるしか手がない。

 

「なによ!?ジェス、なにか隠しているの?」

「別に――」

「グレース、そういう意味じゃない。コイツ、話したんだよ。自分の親の事、ジェシカにさ」

「?」

「知らなかったのか、グレース?そりゃ困ったな」

「いいよ、シャーキー。あたしが自分で話すから……そう、そいつの言う通り。あたしがコックを狙うのには理由があるんだ。

 アタシの両親はあいつに殺されたから、それで――」

 

 取りつかれているのだ、憎悪に。

 アタシの両親は、駄目な人たちだった。仕事に失敗して、自信も失い。卑屈になっていた。

 何もできない子供が、そんな大人を。親を、そばにいて失望しないでいることはどれだけ苦しいか想像できるだろうか?

 

 そんな両親は最後まで考えもなく、運もないまま悲惨な最期を迎える。

 あの頃、大きくなり始めたペギーにすり寄れば生活は楽になる。そう考えて家族で入会したいとジョセフ・シードの前で宣言してしまったのだ。

 

 ジョセフは無言でうなずくことで了解を示し、ジェイコブにジェスの家族を預けた。

 両親は勘違いをしていた。てっきり自分たちは入信を認められ、これから信仰心をもっているフリを続ければ彼らの言う家族として扱ってもらえると。

 

 冷酷非情なジョセフ・シードがそんな2人を見抜いていたのだ。

 だから本物の信仰を持てるかどうか、試練を与えることにしたのだ。ジョンでも、フェイスでもない。ジェイコブ・シードにゆだねることで。

 

 ジェイコブもは愚かな家族が自分達が弱くないと証明させるために必要なことだと言って、コックにすべてをまかせた。

 そして殺人鬼がやることなど、ひとつしかないに決まっていた――。

 

『――ジェイコブは仲間になろうとするやつを間引くんだって言ってる。弱い奴はいらないって。

 コックは奴のお気に入り。それにジェイコブを信じていて、彼やエデンズ・ゲートのためなら喜んで害のない人たちを笑って焼き殺す。本当はそうやってただ殺すのが好きなだけのクソ野郎なんだ』

『――あいつのやり方は決まってる。監禁して飢えさせて、水も与えない。

 出来ることは渇きに耐えるために自分の小便を飲むことくらい。でも、これはまだ始まりに過ぎない』

 

 人との付き合いがわからないジェスには悪い癖があった。

 あの日の出来事を、ついどうしても自分の声に耳を傾けようとしてくれる人たちに聞かせようとしてしまうのだ。そんなことをしてもなにもいいことなんてないとわかっているのに、聞かされた他人が自分をどう考えるのかわかるのに。

 

 どうしても聞かせて――それをどう思うのか、見て観察したいという衝動を少女は抑えられない。

 シャーキーが予想した通り。ジェスは移動の最中にジェシカに自分の過去をやっぱり口に出して聞かせていた。

 

『――子供たちの前でついに両親は火をつけられた。あの甘くて焼けた肉のいい匂い、忘れることはできない」

 

 わかったよ、そうシャーキーはまだ顔をしかめながら言うと。

 とにかく話を先に進めるよう、ジェスに要求する。

 

 

 ジェシカと一緒にコックの追跡は実にスムーズに事は進んでいった。

 製作所からだいぶ離れた場所にたどりつくと、まだ何が起きているのか知らないコックは。ここまで連れてきていた捕虜をコックは夢中になって焼き殺していた。

 2人は距離を縮めると、ジェシカはただ小さな声でジェスに「あなたが決めるといいわ」と言ってくれた。

 

「やるわ。必ず殺す、逃がさない」

「わかった」

 

 すぐに彼女は消え、アタシは矢を手に始まるのを待った。

 夢に見た瞬間が来たのだ。さすがにあたしも興奮して、震えを抑えるのが大変だった――。

 

 報復は爆発と違って、ひどく静かで味気のないものだった。

 結局、ペギーの雑魚をジェシカがすべて黙らせ。黒焦げにしたばかりの死体を前にして、くだらないことを叫んでいたコックに。

 あたしは飛び出して行って。ただただ夢中で矢を正確に狙う出なく。それでも簡単には死なないようにあちこちを貫いてやった。

 

「や、やめろっ――俺はっ、俺には役目がっ。助けろっ」

「……死ねよ」

 

 手足、腹にも矢をはやしてのたうち回って苦しむコックは。それでも信じられないことをアタシに言って見せた。

 

 ジェシカは自分の矢筒から爆発物の仕込まれた矢を渡してくれた。私のは空になっていたのだ。

 私はその一本を受け取ると何の感情もなくすぐにつがえ、憎悪を込めてそいつを撃ち放ってやった。

 

 矢は一直線に片膝をつくコックの後頭部――そこに担がれていた奴のお気に入りの火炎放射器に使う燃料タンクを目指す。

 爆発とともに火が巻き上がり。焦げた匂いだけを残し、そこからコックという存在は綺麗に消えてなくなっていた。

 

 でもそれだけだった。

 喜ぶことはなかったし、何も感じるものはなかった。

 一番に殺したいやつをこの手で殺し。消えてほしかった奴が本当に消えたのに、アタシの中にはなにもなかったのだ。

 

 そして――。

 

「いきなりだったんだ。ペギーの車両が何台も何台もあらわれて――すごい数が来た」

「どこから?どうやって?」

「わからない。ただ、とにかくあっという間に囲まれて逃げるしかないってなったんだ。

 でも逃げ切れなくて。それで、あの人が別かれて逃げようって」

「ジェシカが?」

「そうだよ……製作所までどちらかが先に戻れるようにって」

「――囮になると決めてたのね。ジェイコブの罠にはまったとわかったから、あなただけ逃がそうとしたのよ」

「えっ」

 

 ジェスはショックを受けていた。

 一緒にペギーを、コックをぶち殺してやったのに。ジェシカはそんな自分を子ども扱いしていたとは、思ってなかったのだ。

 

「自分の面倒くらいは――」

「見れるって?どこがだよ、現実にお前。保安官に助けてもらってるじゃねーか」

「わ、罠だって。なんでわかるのさ」

「こことあなたが無事だから。これ以上の証拠はないわ、ジェイコブはあなたを手に入れた時からずっと罠を張っていた。

 ジェシカを必ずおびき出して。あなたがコックを殺したいと思っていることを知ってわざと近くに置いて見せた。あなたはなんの疑いもなくそれに飛びつき、ジェシカはそれに巻き込まれた」

 

 そうやって言われると、他に考えられないほどそれは真実に思えてきた。

 

「シャーキー、予定を変更しましょう」

「どうするんだ?」

「ジェシカの救助はとりあえずあきらめましょう。こっちが探しているとジェイコブに知られる方が危険よ」

「いいのか――?ヤバいぜ、ジェイコブは」

「ハァ。ええ、わかってる。でも、そこまでしてジェシカを手に入れたなら。ジェイコブは簡単には放そうとしない。ジョンの時の悪夢を繰り返すわけにはいかない」

 

 シャーキーも力はないが、仕方なしと言うようにグレースに同意を示す。

 

「そうだな、まともなやり方じゃ。確かにジェシカは助けられないかもな」

「なにかある?」

「ひとつな。アデレードさんには聞けなかったけど、あの人の元旦那というか。家族に会ってみようかなって」

「……あの資産家の?ドラブマンよね?」

「ああ、クソ野郎だけどな。いや、ここだけの話。グレースはなにかあるか?」

 

 するとちらりとジョスを横目で見た後で、グレースは口を開く。

 

「最後に残っているというレジスタンスに会いに行ってみるわ。ジェシカのことで協力を求めようと思うの」

「会えるのか?ダッチの話じゃ、通信だってロクに応じないって言ってたんたぜ?」

「この娘がいる、大丈夫よ」

 

 そういうとグレースはジョスに顔を向けて聞いてきた。力を貸す気があるのか、と。

 もちろん、これ以外の答えはない。



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次回投稿は5日以降を予定


 自称、優秀で熱烈な愛国者であるところのエージェント・ウィリスは会議室に通されて、そろそろ6時間目に突入。

 ここに通されてからは部屋の中にあるコーヒーポットは好きに飲んでくれてかまわないそうだ。腹の中はとっくにダボダボになってる。

 そして親愛なるCIA長官どのと、そいつの面倒を見てやらなくちゃならない苦労を背負わされた副長官方はいっこうにあらわれる気配がない。

 

 ラングレーにある本部ビル――7階建てのそこにはウィリスのような男はいない。

 情報を分析するって契約を交わしたスーツ共が給料(サラリー)のために毎日通い。遠い空の下で、鼻でもほじりながら書かれたであろう現地からの報告書を読んで、妄想する――楽なお仕事をやって稼いでいる。

 

 ウィリスにはちっとも理解できない連中だ、たとえ形の上では同僚であったとしても。

 きっとここにいる背広どもにジェームズ・ボンドは理解できないのだろう。現場でのひりつくような興奮、背中にびっしょり冷や汗をかくようなスリル。話術で巧みに相手を誘導し、利用する。時には痛い目にも合うが、同時にお楽しみを味わったりもできる――。

 

 それがスパイだろ?

 それがCIAエージェントだろ?

 

 しかしそろそろ我慢も限界に近い。

 今のところ計画としては、ポケットの中に残していたコカインを使い。この盗聴器やカメラがびっしりとしかけられているであろう会議室の中でハイになった最高のエージェントの姿を無料で見せてやることか。

 

 だがそんなバカをするまでは、机に並ぶ椅子の中で高そうな唯一のそれの上でふんぞりかえると大いびきをかいて寝てやった。

 どうやらそれは向こうも予想していたのか。唐突に無表情な長官と副長官が2人、足早に部屋に入ってきた。

 

「ごきげんよう、ウィリス君。またせてしまったな」

「いいえ。皆さんもお忙しいでしょうから。実のところ、日を改めようかと思っていたところですよ」

「そうはいかない、何せ君は”まだ”CIAに所属していて。私の部下なのだからな」

「――ええ、まぁ」

 

 そういうことか。

 彼らの中では汚れ仕事のゴミ処理係、つまりウィリスが。今回の活躍でホワイトハウスに必要以上に評価されていることに彼らは不満を持っているということだ。

 これが政治。優れた相手を認めたくないと言う、嫉妬。人の持つ正しい感情だ。

 

「といいましても、なにがあります?もう任務は終わってますし、新たに報告するようなことはなにもありませんが」

「ほう、そうか?」

「ええ。大統領の”便所の映像”は回収しましたし。コピーもない。

 もちろん我々が関与したと言う証拠もきれいにしてます。それこそ床をなめても大丈夫なくらいにね。太鼓判を押します」

「いつもと一緒、ということか」

「ワシントンじゃ、政治的野心を隠せていないFBI長官閣下は引き続き大統領の調査の続行を元気に宣言しているそうですが。モンタナでの彼らの動きはわかってませんでした。もしかしたら気が付いてすらいないのかも。

 これは……大統領にも言いましたが。別に好きに吠えさせておやりなさい、放っておけばいいと。どうせそれしかできない」

 

 前任の大統領は笑顔がまぶしかった優等生であったが。

 そのせいなのか、外交ではしくじりを連発し。あろうことかあのロシアと距離を作ってしまい。世界に新たな冷戦が勃発するのではという、誤ったメッセージを発信してしまった。

 これを解決するのは政治家として当然のことだが。心無いマスコミはそんな新たな大統領のまっとうな考えが間違っているなどと難癖をつけ、就任からずっと政府批判キャンペーンを続けている。

 

「証拠はない、と?」

「ええ、そうです。まさか今更提出しろとはいいませんでしょ」

「ホワイトハウスには戻ったその足で、直接むかったそうだな」

「いい方でした。それに誇りに思います。

 以前から自分は面白い方だと知ってはいましたが、活力(エネルギー)が凄い。私の仕事に満足していると、わざわざ直接会って握手までしてもらいました」

「――よかったな」

 

 そこが彼らには不満なのだろう。

 

 FBIは長官の首を挿げ替えても、局としての方針として大統領の追及をあきらめようとしない。だから点数稼ぎにと、CIAが出しゃばったわけだが。

 権利のない国内で、不正規の上に汚れ仕事だからだと、いつでも切り捨てられるウィリスを送った。

 そしてこの優秀な男は見事に注文通りの仕事をこなすと、ホワイトハウスは働きにふさわしい高い評価を与えてくれた。ウィリスにはこの後、CIAに籍を置いたまま。しかしホワイトハウスの、大統領側近の直属のエージェントとして役に立ってもらうとの約束が交わされている。

 

 つまり、女王様のジェームズ・ボンドならぬ。大統領のジャック・バウワーに自分はなるのだ。

 アメリカを、大統領を悩ませるトラブルは分刻みでスピード解決。しかもオリジナルと違って、拷問なんてやったりはしない。だが、消えてもらいたい奴には消えてもらう。

 

「それじゃ、これで――」

「ホープカウンティの報告がないぞ、ウィリス」

「……ああ、それは必要ですか?これは不正規の任務でしょ」

「確かに書類は必要ない。だが報告は必要だ……少なくともお前の話からあそこは面倒が起きているということだけはわかっている」

(俺の栄転に難癖をつけようとしてるのか?いや、新しいネタを探してるのか?)

 

 時間稼ぎにウィリスは冷めたコーヒーに手を伸ばし、わかるように喉を鳴らして飲み干して見せる。

 先ほどから会議室の長官席にだらしなく腰掛けるウィリスを相変わらずとがめはしないが。それを囲むようにして3人の上司たちの冷たいまなざしはウィリスに向けられたままだ。

 どうやら本気らしい。

 

「何が聞きたいんですか?」

「プロジェクト・エデンズ・ゲート。何が起こっていた?」

「別に――ただの田舎の集まりですよ。元気すぎる宗教オタクたちがいましたってだけで」

「つまり?」

「我らを見守る唯一の神の教えを信じる。バイカーにヒッピー、それに精神を病んでる連中が集まって乱交パーティしているんですよ」

「それは問題じゃないと?」

「CIAの仕事ではないでしょ。違いますか、長官?」

「だが正常とは程遠いわけだろ。ウィリス、お前の手にしている情報をここで公開しろ、あそこでは正確になにがおこっている」

「……わかりましたよ。あそこね、ホープカウンティ」

「ああ」

「彼らは内戦をやってるつもりですが、ただの混乱です。秩序はなく、目的もない」

「それでは納得しない。なぜモンタナ州は沈黙している」

「――わかりました。実は結構面倒くさい話でしてね、司法省もFBIも、本当はわかってますが。今はあそこを放置しているんです」

「なぜだ?」

「今のモンタナ州はガン細胞なんですよ。ところが問題があって、良性の結果が出てる。だから誰も手を出したくないんです」

 

 モンタナは真っ黒、政治や治安にエデンズ・ゲートの影が覆っている。

 あの辺のマスコミへの出資に必ず関係者の名前が載るし、政治にも警察にも信者が入っている。ホープカウンティを封鎖するために行われたと思われる交通網の分断は全国紙に小さく掲載されたものの。

 今のモンタナ州知事は、議会の予算案でつまづくと見せかけたパフォーマンスで復旧が遅れているとアピール。マスコミはそれを素直に”信じ”だれも現地に行こうとはしない。ホープカウンティで起きている悲劇については知らないどころか、知るためのきっかけをわざと潰している可能性が高い。

 

 知らないのではないだろう。

 知らせない側に立って動いているのだ。

 

「わからないな、ウィリス。混乱だか、内戦がそこに怒っているのに。どうして問題じゃないと言えるんだ?FBIや司法省はなぜ仕事をしない?」

「簡単です、誰も火の中に手を突っ込みたくないからですよ。

 この問題の行き着く先は、司法と政治に大きな傷を残します。カルト教団の暴走で終わらすには、田舎者は野蛮すぎる」

「なにもしないほうがいいこともある、と?」

「FBIはワシントンに集中、司法省は連邦保安官を送り込むことで後々の言い訳の準備をおこなってます。今の彼らは騒ぎが収まるのを待っているんですよ」

「――バカなことを。人民統治をどう考えているんだ」

「なぜです?私にゃ悪いこととは思いませんがね」

「軍を派遣するなりして、すぐに治安を回復させなくては」

 

 余計なことを、ウィリスは顔をしかめる。

 

「本気ですか?お言葉ですがあなたの正気を疑いますね。あと常識もね」

「言葉が過ぎるぞ、ウィリス!」

「いえ、そうは思いません。いいですか?

 この情報をCIAからホワイトハウスに知らせれば、大統領はすぐに動かなくてはいけないでしょう」

「当然だ!」

「それがマズいんですよ。我々――というより、あなたと大統領にとってね。

 

 軍が動くと察知すれば、きっと州知事は州兵をホープカウンティの出入り口に配置したりして封じ込めに入ったように見せるでしょう。次に大統領は州知事に考えを変え、政府の指示に従うように求めるでしょうが、きっと無駄です。軍に好き勝手にやられたら、ただでさえ無能な知事なのに、それが明らかにされてしまうわけですからね。だから時間だけが過ぎていく。ですが、記者の連中には気づかれてしまうでしょう。

 TVでさっそく大騒ぎになりますね。奴ら、政府を攻撃する材料に飢えてますから――」

「仕方ないだろう」

「いやいや、問題はここからですよ。

 治安が回復した後で、どうするつもりです?」

「どうする?私のことか?」

「ええ、当然でしょう。

 国内では誰も知らなかった事件を、なぜCIAからホワイトハウスに伝わったのか。大統領が動くことで騒ぎは大きくなるわけですから、隠そうとしても隠し切れませんよ。追及されます、当然私の任務についてもね」

 

 ウィリスは義理堅いという人間ではないが、それでも愛国者。

 もうすぐ自分の名前だけの上司になる相手に、わずかなりの奉公をやってやろうという気になっていた。もちろん、そこにはホワイトハウス出向後にこの男がやらかさないよう、きちんと状況を理解させ。その無駄な正義感で軽くなる口を閉ざしておかねば。大統領に「なぜ(CIA長官)はこちらにわざわざ伝えたんだ?」などと不機嫌にいわれてはたまらない、という打算からではある。世界の支配者(アメリカ大統領)に馬鹿にされるのは、優秀なエージェントには辛すぎる。

 

「被害を、無視しろというのか……」

「考えを変えましょう、長官。モンタナは今、手術室で静かに手術中なんです。ただ患者を前に誰も動いてないけどね、と」

「?」

「それじゃ、わかりやすいようにエイズに例えましょう。患者だって人間だ、楽しみたいときはある。

 だがそれには”やり方”をちゃんと守らないといけない。これならわかりますか?」

 

 上司たちはいっせいに顔をしかめるが、静かに首を横に振る。

 なんて理解力が低い男だろうか。これで長官になれるなら、自分はきっとヘヴィメタルのレジェンドになってる!

 

「そう、セックスはできるんですよ。だが気を使って、そういうやり方も学ばないといけない」

「それが?」

「この困ったチャンがいまのモンタナです。皆気軽に普通のセックスをしたい、だけどそのままでヤルのは相手がまずい。ここは本能に押し流されず。後々のことを考え、慎重になるしかない。つまりゴムが必要なんです」

「それでは……解決にならないだろう」

「なりますよ。モンタナがフリー・セックスに戻るにはこの困ったチャンからエイズを除去するか、その場所からおいだすかして別の子をそこに座らせるのが1番いい」

「ふむ――つまり州の政府組織の職員の一新を目論めるということか。なるほど、だから時間か」

「なんでしたら”私から直接”この後で大統領にお伝えしてもいいですが、やめましょうよ。あそこはどのみち火の海に沈みます。アメリカ政府の看板はどうしようと傷つきますが、リスクを引き受ける真似は弁護士ならやめるように助言しますよ。それがこの世界です、そして今は私があなたの弁護士なんです、長官。

 

 聖書にもあるでしょ、ソドムとゴモラ。神は滅ぼしました、ホープカウンティもそうなる、きっとね。

 だから今は時を稼いで、タイミングを待つんです。騒ぎが始まったら、強い政府がいきなりすべてを叩き潰せばいい。それでカッコはつくんです」

 

 ホープカウンティは祭壇にささげられた羊であることに変わりはない。

 

 ウィリスの考えを吟味する”もうすぐ過去の上司”となる彼らの顔色が良いものになっていくのを間近に見ていた。やはり根は政治家、自分の利益につながるならと考えればクソだって見事に平らげる人種だ。

 

(これなら”あの事”は触れずに済むかもしれないな)

 

 ウィリスはエデンズ・ゲートの探りを入れる傍ら、ちょっとした仕事も行っていた。もちろんそれは暗殺。

 しかし今回は出てきた情報は少しばかり面倒なものだった。CIAにとってのXファイルというやつだ。

 

 殺した……じゃない、死んだ男に贈られていたメッセージは中国とロシアにつながりのあるバイヤーのもの。

 ウィリスの接近に気が付いて警告を送ったのはさすがだが。到着した時にはすでにそいつは死んでいた。だから、わかった。

 

 エデンズ・ゲートは国外になんらかのつながりで客を持ち、彼らから危険なアルバイトを引き受けていた。

 そしてその見返りに――面倒なものを求めた。

 

 CIAの過去の黒い遺物。

 失われたはずのMKウルトラ計画、そのデータは封印されたはずだが。持ち出された分が国外に存在し、そして生まれた国へと戻り。彼らの手の中で使われていた。

 

 それこそがエデンズ・ゲートの操るマインドコントロールの正体であった。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 ホワイトテイル・マウンテンの山の中をすすむグレースとジェスは草陰から先に見える平原に動く影をじっと観察していた。

 

「あれが?」

「うん、神狼だよ。ジェイコブが作って、この辺に放っているんだ」

 

 大型犬を思わせる体躯、不自然に感じるほど白い体毛。

 頭には赤いなにかが描かれているが。遠目に見れば、その動きは犬ではなく狼のそれであった。

 

「人を襲う?」

「うん。だけどあいつらはペギーには犬みたいに懐くんだよ。そうじゃない人たちを襲ってる」

「見分けているの?驚いた、信じられないわね」

 

 元軍人、というだけで正直な話。グレースはジェイコブを深くは知らない。

 ジョセフの側では寡黙な護衛。自分の兵士の前では優れた指揮官。だが、彼にはサイコパスを好んで従わせる狂気の部分もある、と聞く。

 それがわからないのだ。

 

ジョセフ(エデンズ・ゲート)はいつからあんな洗脳なんてものを使うようになったの?」

 

 ジェシカにそう問われても、グレースは答えられなかった。

 そして困ったことにダッチも、メアリー達もそれには答えられなかった。

 

 彼らが使う”祝福”もそうだが。ずっと近くにいたはずのエデンズ・ゲートには謎が多すぎる。

 

「グレース?」

「ジェス、考えてる。あれはこのまま置いていけない。でも、手を出していいものかどうか」

「ペギーがいないから。あれは一匹だけだと思う」

「どうしてわかるの?」

「神狼は普通の狼と違って大きな群れ(パック)を作らないみたいなんだよ。理由はよくわからないんだけどさ」

 

 それなら、信用してもいいだろう。

 グレースは背中からライフルを取り出して構えた――。

 

(狩りは好きじゃないんだけどね)

 

 それがオカシイことだと理解はしているが、グレースにはスコープの中に獣を見ても物足りなさを感じる時がある。

 認めたくないが、たしかに戦場は自分の何かを破壊してしまった。殺人にこそ意義を見出している自分の本心の、なんと救いのないことか。

 

 

 ドラブマンの名はこのホープカウンティの名士として知られている。

 ゴールドラッシュの時代から土地に長く住み着いている金持ち。引き継いだ遺産は今も利益を生み続け。ことさら細部にこだわりを入れた大きな屋敷に住んだりはしていないが、普通とは違う自家用のオモチャを倉庫やヘリポートに置き。ボートハウスを大きくさせている。

 とはいえ、ここ数年は静かなものだった。

 

 ドラブマン家の戦争は特に有名だ。

 あの情熱的な妻のアデレードとの殺し合いとまで表現された強烈な離婚劇のことである。

 普通の離婚を血を流しあう愛憎劇というなら、彼らのそれは相手を殺した後で猛威ぢ度殺す、くらいの憎悪にあふれる報復合戦が続いたのだ。

 

「いやァ、言い出したの俺だけど。やっぱりあそこには近づきたくないなぁ」

 

 車を運転しつつ、やろうとしていることの正反対の希望をシャーキーは思わず口にしてしまう。

 

 昔もそうだったが、あの家の住人たちは変人で有名だった。

 そしてその血の一部は自分の中にも流れている。自分が世間に誤解を受けている原因には、それも理由になっていると今でも固く信じている。でもそれをだれも信じてはくれないのだ……。

 

 

 ハーグ・ドラブマン・シニア。

 太陽の輝く空の下、テラスの長椅子に座り。足元にあるバケツには氷とビールがしこたま詰め込まれ、手にはスコープ付きのウィンチェスター銃をにぎっている。もちろん装填はされているから、いつでも発射可能だ。

 そんなアデレードの元亭主は、ジープを止めて降りてくる親族に向けて不機嫌な顔のまま迎えた。

 

「ドラヴマンの砦に客人が来る、か。お前だとわかったのは驚きだ、俺様がまだ素面だからかな」

「そうですね――俺もそう思いますよ。ドラヴマンさん」(注意)

「お前だとわからなければ。ここにたどり着く前に撃ったんだがな」

「ええ。だから太陽が高いうちに来たんです」

 

 これがシニアだ。

 太陽が出ている昼でこれなのだ。夜だったら近づいてきたと言う理由だけで平然と死ねとばかりにいきなり発砲しただろう。ビールよりウィスキーの方が酔いやすい。

 

「実はですね、ちょっと相談が……」

「そうだ!よくわかったな、お前に俺から相談があった。それをやれ」

「え、いや。だから――」

「やるんだ。俺のためにな、ちょっと待ってろ。ジュニア!おい、ジュニア!?」

「――マジかよ、このクソ親父」

 

 声がでかいが、そのせいで耳がよくない。

 もしシャーキーの言葉を聞いていたら、その手はすぐにも膝の上のライフルをつかんでいたはず。

 

 にしても、恐れていた通りまったくこちらの話を聞くつもりはないようだ。

 こうなったら話を聞いてやらないと、役立たずだなんだと怒りだして追い返されてしまう。

 

 さらにジュニアだって?

 自分の従兄弟は、こんなダイヤのようにクソ石頭の親父の子とは思えない気さくな奴でよかったし、嫌いじゃないが。それでも名前にはドラブマンが付いている奴だ。

 そんなのとそろって何かをさせようというなら、それは間違いなくトラブルだってことになる。

 

(目的も果たせないままは戻れないぜ。グレースに馬鹿にされるぞ、シャーキー!)

 

 やるしかない、やるしかないが。これは――想像していた最も悪い展開に向かっていた。




(設定・人物紹介)
・前任の大統領は~
MGS4の後のアメリカはどうなっていたのか?

2000年代は乱立する大統領達が失墜のイメージを強くする中で。
2大政党が予想もしなかった人権派弁護士出身の黒人大統領が誕生する。

力強いスピーチ力と、果敢な決断力が持ち味ではあったが。
ソリダス以降の混乱を収め、再び強いアメリカを目指すと口にしていたが。国内外で大きな失策を連発してしまう。

特に軍事面で、戦線を縮小する代わりに外交を活発に行うことで影響力を増すという方針は。他国を巻き添えにし、世界に混乱を振りまくだけの結果となってしまった。
「米国は世界の警察官ではない」をはじめとした、持てる力をあえて使わないという態度はしばしば軍関係者の不満にさせ、批判を浴びた。

一方で果敢な挑戦から、BIGBOSSがザンジバーランドであげたエネルギー問題に対し。新たなエネルギー施策を完遂して見せたことは偉業であるとの反論の声も上がっている。

ひとつ言えることは、彼の信念には間違いなく「核のない世界」を実現しようという理想があったことは間違いなかった――。


・政府の看板は傷つく
この物語の設定では2019年、現大統領の中間選挙の結果がよかったのかどうか。
通常、アメリカ大統領は2期を務めることが当然とされている。


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No Mither

次回投稿は10日を予定。


 トラックに乗る男が2人、シャーキーとその従兄弟。

 つまりハーグ・ドラブマン・ジュニアとシャルルマーニュ・ヴィクトル・ボーショー4世は、世間様という視点からすればどちらも似た者同士。常識とか良識よりも、もっと危険でわくわくするようなものに重きを置く迷惑な奴ら。つまりどちらも考えナシのろくでなしに見られている。

 

 それがシャーキーには不満なのである。

 彼はこのサルを崇めると親父に嘆かれるような奴に比べたら、遥かにマシ。むしろ立派な常識人だといってもいいくらいだと思ってる。

 だが気が付くと、こうして並んで行動するのはまずい考えではなかったのかと。急に不安を抱き始めていた。

 

「なんだよ、不機嫌そうだな。シャーキー」

「お前の親父に相談をしに来た途端。お前と組んでお前の親父の話を聞けってやられたんだ。楽しいわけがない、当然だろ?」

「まぁ、そう言うなよ。親父はあれでも人間だ、年を食ってる。そのうち死ぬのも間違いない。

 それよりも。なぁ、元気だったか?本当に久しぶりじゃないか、シャーキー」

「そうだな。ずっと会いたいとは思わなかったからな、こんなことがなきゃ」

 

 グレースじゃないが、今になってダッチとジェスに対して怒りを覚える。その権利が自分にはあると思えてきた。

 ジェシカ保安官がいてレジスタンスを引っ張ってくれれば、このことだって自分じゃなく。彼女にやってもらえたに違いなかったのに。

 

「で、お前の親父は何を怒ってるんだ?」

「聞いてないのか?」

「教えてもくれないさ。お前がおかしな像の前でグズグズするから怒り出したんだからさ。その後も、お前と一緒に車に乗らなきゃ。いつものように癇癪おこして方向も確かめずにぶっぱなし始めたろうぜ」

「そうだな。だが、それが俺の親父だ。愛すべきドラブマンの証だ。わかってんだろ?」

(ああ、だからイカレてるんだよ。お前ら親子はさ)

 

 最後は黙ったが、別に口に出しても良かった。

 ぶっ飛んでいることを抜かせば、この息子は父親よりもずっと心が広いし、会話もできる。賢いとは言い難いが、馬鹿と呆れることもないから悪くは無い。

 ただ――全く理解できない部分がある。正気を疑いたくなる行動を見せる。

 

 つまりはこいつもドラブマンの血族ということが問題なのだ。

 

「で、俺たちはこれからなにをするんだ?」

「親父の車を取り返す。ペギーからな」

 

 ちょっと面白いと思ってしまった。すぐに後悔するとわかっていたはずなのに。

 

「へぇ、あの人が。なにがあった?」

「実はこれはそもそも原因は俺にあったんだ」

「なにっ!?」

 

 いきなり嫌な感じがする。

 

「俺は旅行から戻ってきたばかりだったんだ。知ってたか?」

「ああ、アジアだかなんだかに行ってたんだってな。異文化交流?とかなんとかだろ」

「それはキラットだな。本当に美しい場所だった。赤い近衛兵たちはかっこいい武器を持っていてな、俺もひとつかふたつ持ち帰りたかったものさ」

「そっちの話はいい。車の話をしろ」

「ああ、そうか――。

 戻ってきて俺は自分が変わったことを知ったが。周りも変わったことを知った。わかるだろ?ガキの頃の同級生なんかのことな、あいつらペギーに入ってた。

 そこで俺は考えた。”あいつらの仲間になることは別に悪いことじゃない”んじゃないかって」

「う、嘘だろ」

 

 思わずうめき声を上げそうになった。

 そこまでイカレていたとは思わなかった。あのジョセフに、自分を息子と呼ばれたいって?正気か?

 

「なんだよ?おかしい話か?」

「ああ、でもそれはいい。とにかく最後まで話せ。それが必要になった、とてつもなくな」

「それじゃ話すけど、ちゃんと俺は考えたんだ。真剣にってやつ、大真面目だ。

 だってそうだろ?あいつらは武器を持ってるし、楽しそうにつるんでるし。なにより女もたくさんいる。それも美人が!」

(フェイスだろ。その顔で面食いなんだよな、コイツ)

「野郎もいるけど、彼女たちもいる。なら、仲良くするのは全く悪いことじゃない。むしろ歓迎したいくらいだ、間違ってるか?」

「聞くなよ。先に進めろって」

「だからあいつらのところに行って言ったんだ。『よォ、俺も仲間に入れてくれよ』って。そしたら、いいぜっていう。その場で仲間にしてやるって」

「ああ、だろうな」

「そりゃ最高だって返したら、あいつらグチャグチャ言い出したんだよ。

 強い心を保つために酒はダメだ、酔っ払うのがいけない。アルコールは堕落させるもので、最悪なものだって。まったく同意できなかったが。それくらいは考えてもいいと思った」

(親父に似て大酒のみのくせにそんな言葉をよくも言えるよな)

「それに我慢できなきゃ、裏でこっそり飲めばいいだけだしな。全く問題はない」

「……はァ」

「でも今度は姦淫もダメだっていう。これはセックス禁止ってことだ。信じられるか!?

 こんなことを納得できるわけがない。あいつらのなかには美人がどれだけいる?俺は皆と仲良くしたい。なんなら全員とセックスしたい。

 神は愛を語るもんだろ?フリーセックス、自由恋愛。それこそがあいつらの言う信仰ってもんだろ?」

「まったく笑えないが。お前に同意できる部分があるのに気が付いちまった、自分が悲しいよ」

「俺も悲しくなった。そして怒った、奴らの前で思いっきりな」

「殺したのか?そいつら」

「いや、まさか。シャーキー、俺は野蛮人じゃない。れっきとした文明人だ。

 ただそいつらにそんなクソみたいなことが聞けるかって言って、逃げてきた。追いかけてくるから、そうするしかなかった」

「……で?親父さんの車の話はいつ出てくるんだよ」

「もう出てる。親父の車に乗ってあいつらのところに行ったんだ。

 戻ってくるときは走って逃げなきゃならなかったから、車はあいつらのところに置いてきた」

「そうくるのかー。お前と話すと楽しいなー、涙が出てきそう」

 

 やはり従兄弟はドラブマンだった。

 

「それよりもシャーキー、あんたが親父に話があるってなんだったんだ?」

「ジェシカって新人保安官について話したかったんだ」

「おお、噂の強くておっかない美人だな!アメリカに誕生したジャンヌ・ダルクらしいな」

「美人ってことはないが、凄い女ってのは間違いない。誰にもできなかったが、ジョンにフェイス。なんだかんだあったけど、あの人が倒したんだ」

「そりゃ凄いな。俺も是非会ってみたい」

「――それができない。ジェイコブに捕まった」

「おおっ」

「なんとか助け出したいんだが。正攻法じゃ難しい、だから伯父さんに頼んで力を貸してもらおうと思った。思っちまったんだよなぁ……」

「親父が?今の親父はやめたほうがいい、シャーキー。

 この騒ぎが始まる前から、いきなり議員になるんだって言い出した。なにか始めようとしている。俺の話を全く聞こうとしないし、正直に言うと親父とは最近だとあんまりうまくやっていけてないんだ。ボケたのかな、お前から見てどう思う?」

 

 そりゃそうだろう、シャーキーは思ったが今回も口には出さなかった。

 

 あの叔父は他人から見れば横暴な名士のクソ野郎としか見られないが、シャーキーにはわかる。

 アデレードとの離婚で、自分の愛した女にボロカスにされてあの傲慢な野蛮人は、実は弱っていたのだ。弱くなると人は素直になれば、自分の過去の間違いを正せると思うことがある。幻想だ、そんなわけがない。

 

 あのクソ親父は、本当は妻を心の底から愛していたということなのかもしれない。。

 それ自体は喜ばしいことだ。もしかしたら、憎みあう2人の関係が少なくとも良い方向に話が転がった可能性はここまでならあったはずだ。

 

 そんなわずかな希望を台無しにしたのが2人の息子でなければ――。

 

 酒におぼれて弱った彼は、自分の前に残った息子に初めて心を開いた。

 息子はずっと父親との交流を望んでいたから、彼の言葉を聞いてなにかしようと考えた。

 考えるべきではなかったのに、だってそいつはドラブマンの血を引いているのだ。まともな答えが出るはずがない。

 

 このジュニアは思いついた名案をそのまますぐに実行した。

 愛する女への深い悲しみと過去の間違いに対して許しをひたすらに請う”離婚直後の元夫の言葉”。それをあろうことかチラシに混ぜ、カウンティ―ホープにばらまいてしまったのだ。男のプライドも何もかも、全てをぶち壊す行為だった。

 

 女にボロボロにされた挙句、それに情けなくも慈悲を求め縋り付いたと他人に思われてよろこぶ男はいない。実際、シニアは激怒し、アデレードは大喜びして若い燕の尻を公然と追い始めたのもそのあたりからだ。

 シャーキーの両親はシニアが息子を殺すかもと恐れ、シャーキーに力になるように求めた。事情を聴いたシャーキーは、その日の夜に従兄弟を連れて飲みに行き。夢があるならそこに向かって一直線ですぐに動くべきだ、と焚き付けた。

 

 それで問題は解決。

 翌日にはモンタナからジュニアは消え、旅行に行きやがったとシニアはまた怒ったが。

 周囲はそのまま怒りが静まるまで帰ってくるなと祈っていた。まぁ、もう今は帰ってきてしまったわけだけど。

 

「ま、とにかくだ。ペギーがこんな騒ぎを起こしているときに、お前が戻ってきてくれたのはいい兆候だ……兆候だと、思う。思いたい」

「なんだよ、おかしな繰り返しを入れるなぁ」

「このトラブルもきっと問題ない。ジェイコブも取り返されれば頭にくるだろ?」

「ああ、そんなことか。それなら心配はいらない。

 見なかったのか?親父の奴、迫撃砲を出してきてさ。近くの山道にペギーの車が見えると、そいつでよく吹き飛ばしているんだぜ。これが結構ノーコンでさー」

「わかった、もういい。さっさと終わらせよう」

 

 ホワイトテイルマウンテンに来て、これ以上最悪な話を耳にしたくなかった。

 今は誰かを無性に殺したい、それもできればペギーを!

 

(俺はいつから殺人鬼になったんだ?まったく――)

 

 

―――――――――――

 

 

 ジェスとグレース、川を渡ると再び森林の中を進んでいく。

 

「ジェス、質問いいかな?」

「なんだい?」

「イーライは知ってるけど、彼がやってることは知らないの。教えて頂戴」

「あの人は前からずっとペギーは危険だって言い続けてた。それでホワイトテイルを――ホワイトテイル自警団を作った」

「ダッチの話だと用心深すぎるのも、問題だっていってたわ」

「それはイーライが他のレジスタンスと距離をとってるから。ジェイコブを相手に戦うなら、余計な問題を持ち込む奴を味方にはしないって。

 実際のところ。彼の言う通り、叔父さんと話した連中はみんなジェイコブに捕まったし」

「用心深いのね。会えるかしら?」

「会うことはできるよ。話もできる。でも招かれることはないと思う」

「会談は無駄ってこと?」

「そうは言わないけど――」

 

 なにかあるんだろうか。

 だが、グレースはここで話題を変えることにした。

 

「そういえば、元気がないわね。少し懲りたの?」

「どうかな。わからないよ」

「前にあった時は世話にはならないって、フラれたわ」

「……コックを追ってた。もうすぐだって、だから邪魔された気がして。ごめんなさい」

 

 ジェシカの事をやはり気にしているのだろう。

 ダッチも言っていたが、優しい娘なのだ。自分に似て人づきあいが苦手なところが放っておけない。

 

「こんな時だけど、興味があるの。ジェス、あなたこの戦争が終わったらなにかしようと考えているの?」

「……そんなことは考えられない。ペギーを皆殺しにするまでは、終わらないわけだしね」

 

 また声が固くなる。

 憎むべき相手が死んだが、憎み続けずにはいられなくて今度はペギーにその憎悪をむけている。怒りがないならなにもできないと、恐れているのだろう。

 

「ジョンもフェイスも倒れた。

 今はジェイコブはジェシカを捕らえているけど、きっと彼女に倒される。そうすればもうジョセフしかいない。ペギーが終わるのは間違いないわ」

「すごい自信だね。あの人、ジェイコブに殺されるとは思わないの?」

「死体を見るまでは、ね。それくらい彼女は凄かったわ。

 私のいた戦場で、あんな兵士は見たことがない。だからきっと大丈夫よ」

「それはわかる」

 

 感情を見せずにただ淡々と、機械のように人を破壊していくジェシカに震えた。恐ろしいと思った。

 あれが兵士と言うやつなのだろうか。自分のように怒りや憎悪がなくても、人はあんなに簡単に自分と同じ人を殺せるのだ。いや、あの女性は殺す人なのだ。

 

「あなたには才能があると思う、ジェス」

「なんのこと?」

「軍に興味はない?あなたならきっと良い兵士になれると思うの」

「フン、軍の規律とかあるんだろ?そんなの、御免だからさ」

「――すぐに結論を出す必要はないわ。考えておきなさい」

 

 きっとそうしたほうがいい。

 時間とは残酷なものだ。怒りや憎しみは流れる時間の中で擦り切れてしまう。

 でもそれがないと、もう自分とは呼べない。すると別の”敵”を探し、憎悪し、攻撃を始めるしかなくなる。

 そのうち全部がちぐはぐになって、どうしようもなくなってしまう。

 

 だから制御するしかない。

 この娘にはそれが必要なのだ。ペギーが消えた後のホープカウンティで生きていくためには。

 

 

―――――――――――

 

 

 この日、思い返すにホワイトテイル・マウンテンに変化が始まった。

 誰も気が付くことはなかったが、たぶん間違いはない。

 

 シャーキーはハーグ・ジュニアと共にペギーを襲撃。

 ハーグ家の車を持ち帰るついでに、追ってきた巡回部隊を蹴散らした。

 

 ダッチの話を全く聞こうとしなかったホワイトテイル自警団は。

 ついにグレースと会うことを決め。リーダーのイーライは合流場所に向けて隠れ家を出る。

 

 そしてそれまでは常にホワイトテイル・マウンテンに目を向け続けていたジェイコブは。

 手もとに転がり込んできたジェシカに意識が行き。それらの動きにまったく気にとめなかったのだ。



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神の愛を知れ

主人公は再び幻覚に苦しみながらの囚人生活をスタート。さらなる洗脳の妙技を味わうことに。
次回は15日投稿予定。


 それで、とグレースが言うと。ジェスは体をこわばらせ固くした。

 ホワイトテイル自警団のリーダー、イーライとの会談は最初から雲行きが怪しいものとなっていた。

 

「話は聞いた。それだけだ」

「今こそ手を組むべきとは思わない?ジョンもフェイスも、もういない。ジェイコブだってきっと今なら倒せる」

「そうかもな。だが、それでも俺の考えは変わらない」

「……わからないわね。どうしてそこまで頑ななの?なにか理由がある?」

「その新人保安官とやらの噂は聞いてる。ダッチも盛んに売り込んできたよ、彼女と手を組めばジョセフはやれるって」

「そう間違った申し出には聞こえないけど?」

「いいや、大間違いだ。ジェイコブはそんなに甘くない。ジョセフにはまだ手が届かない。

 奴は何よりも弱さを嫌う。奴に敵対すれば、そこを必ず見つけて、突いてくる。このホワイトテイル・マウンテンには俺と同じ考えの奴は多くいたが。今も生きているのは、俺だけだ。皆それに気が付けなかったからな」

「今はジェシカ保安官もいるわ」

「だが、彼女はジェイコブの捕まったのだろう?なら、生きちゃいられないさ。ジョンやフェイスを殺ったんだからな」

 

 平行線だった。

 いや、突破口はあったのかもしれないが。グレースにはそれを見つけることができなかった。

 人づきあいが苦手だ、などと口にしていた自分の無力さが嫌になる。

 

「それじゃ、どうするの?これでお別れ?バイバイ、健闘を祈るって?」

「――情報はできる限り知らせてやる。何かを一緒にやるつもりはないが、何かをするからと言って邪魔をするつもりもない。俺達は同じ目的に動いているのは確かだ。それでも、手を組むつもりはない」

「わかった。仕方がないわね」

「ああ。それとジェス」

「なに?イーライ」

「お前、コックを倒したって聞いたぞ」

 

 イーライがコックの名前を告げると、ジェスの顔が暗くなる。執着していたかつての怨敵、だがもう過去の話だ。彼女の彼岸はかなったが、心は晴れることはなかった。

 

「よかったな、と言っておく。俺はお前にはもっと慎重になってもらいたいと思っていた」

「でもしなかったよ。だからコックを殺れたんだ」

「そうみたいだな。でも、ジェイコブはまったく気にしていないだろう。犠牲も出た。お前はそれを忘れてはいけない」

「……」

「それにお前はうちを抜けると言ったが、俺達のいる場所は知っているだろう。なにかあったら、来ればいいさ」

「ありがとう、イーライ」

「このホープカウンティをペギーに。ジョセフになんかの好きにはさせない。仲良しはできないが、俺達は敵にはならないよ」

 

 会談はこうして幕を下ろした。

 森の中へと消えていくイーライたちの背中を見送りながら。グレースは静かにため息をついた。

 

「グレース?」

「少し見通しが甘かったわね。ホワイトテイル・マウンテンはまだ嵐の中にいるってことを忘れてた。

 イーライにジェシカを奪われて、弱っている私たちが頼ってきたように見られたのかもしれない。よく考えたら最悪のタイミングだったわね」

「そんなこと!?」

「いいえ、リーダーと言うのはそういうものよ。こちらはこちらで、戦えるってことを証明しないとイーライも信用してくれないわ。

 だから彼の判断は正しい、逆に私たちは甘すぎたわ」

「どうすればいい?」

「さぁ、どうしたらいい?今は空っぽ、なにをするにしても情報が必要で。この失敗から学ばないと」

 

 とりあえずやりあえずそういうことなら、ジェシカのやり方で始めるしかないだろう。

 バロン製作所から救出したレジスタンスをまとめあげ、しばらくはアリーナのアデレードに任せておくのがいいかもしれない。ホランドバレーとヘンベインリバーには、ジェシカが構築した輸送ルートと物資がある。そして大量の武器も。

 それを有効に使って、ここの争いに食い込んでいくしかない。だがそれだけでは多分、足りない。

 

「次にイーライと話をする時のために、まずはジェイコブを怒らせないとね」

「怒らせればいいの?それだけ?」

「ジェイコブは弱さを嫌うと教えてくれたのはあなたよ?

 だからこそ自分の弱さを思い知らされるのは、きっとこたえるはず。それもイーライとは違うやり方であればなおいいわね」

 

 そんな都合のいいものがあれば、だけど。

 だが、答えはあまりにも近くにあったらしい。ジェスは考えがあるんだ、と言ったのだ。

 

「ジェイコブを怒らせるだけなら、アタシでも思いつくことがあるよ」

「ええ、それがあるなら助かるわ」

「ペギーの”神狼”を使うんだ」

「あの狼を?どうやって?」

「実は、地元の人間はかなり前からジェイコブが神狼を作っていることに気が付いていて、それに対処させようと動いていたんだ。モンタナ大学から狼の専門家を連れてきて、研究させようとしていたんだ」

「問題が?」

「研究できるような環境を提供していたんだけど、ペギーがいろいろと邪魔してきて。それを取り上げてしまったんだ。

 もめ事に巻き込まれたくないスタッフ達はほとんど帰ってしまったけれど。まだひとりだけ教授がまだ残ってる。彼女なら、研究ができるようにすると申し出れば、喜ぶよ。

 それで解決できるかどうかはわからないけれども……」

「それよ!さっそく動きましょう」

 

 道は歩くものだが、それにはまず方角を決めなくちゃならない。

 このレジスタンスの方角はたった今、定まったのだ。

 

 

―――――――――――

 

 

 メリル・シルバーバーグは私のあこがれだった。

 彼女の軍歴を眺めた時、そのあまりにドラマチックなシンデレラ・ストーリーに胸をときめかせられ。嫉妬も覚えずにはいられないけど。

 

 私と違い、メリルの軍でのスタートは輝いていた。

 新兵でありながらその高いポテンシャルからすぐに特殊部隊FOX HOUNDへの入隊テストを受ける。

 確かな実力と結果が認められ、入隊。しかし彼女が実際に配属されたその日、部隊のリーダー。リキッド・スネークはシャドー・モセス諸島の任務にかこつけ、アメリカに反旗を翻した。

 

 いきなりの実戦。それも敵中にひとり残されるという状況。

 だが、その中で彼女は新兵とは思えぬ活躍を見せた。すくなくともこの事件を世の中に知らしめたあの『シャドー・モセスの真実』でも、そうふれられていた。

 米国はこの事態にかつてこの部隊に所属し、同じくこの部隊を創設した。世界を恐怖に叩き落したビッグボスの暗殺を成功させたソリッド・スネークを強制召喚した。

 事件は解決、メリルは伝説の英雄ソリッド・スネークと共に隊に戻った。

 

 英雄もメリルの才能を認め、自らの手で再訓練を施す。

 メリルは英雄に多くを与えられたと感謝していたが、彼はメリルがさらに近づくことで与えられるものを受け取ることを拒否したようだ。

 彼女はソリッド・スネークの話をするのが好きだったが。彼にまだ未練があるのは明らかだった。

 

 だがそんな彼女にも陰る時代もあった。

 メリルの訓練が終わるとソリッド・スネークは姿を消し。ジョンソン大統領は失踪。

 ソリッド・スネークはその後。ハドソン川にて、タンカーに偽装した海兵隊をなぜか襲撃。部隊は全滅、指揮官の大佐は水中に沈められ世界を救った英雄はテロリストに堕ちた。彼が倒した、BIGGBOSSと同じ運命をたどったのだ。

 

 FOX HOUNDはこうして消滅したが、メリルは部隊の残した最高の遺産として値札が吊り下げられた。

 CIA、陸軍、DEA、FTA、そして民間軍人会社。

 彼女の伝説と技術は、誰もが欲しがっていた――。

 

 それでも彼女は軍に残った。そここそが自分の居場所と定めていたのだろう。私もその時はそう思っていた。

 だから出会うことができた。私は彼女を知り、彼女も私を知った――。

 

 ああ、なんで私たちのその関係は崩れ去ってしまったのだろう?

 

 

 まどろみから目を覚ますと、私は暗い部屋の中にいた。

 この感じはわかっていた。最近、よく無理矢理に味あわされたいくつかの経験に似ていたから。

 ジェスの敵討ちが終わるタイミングでペギーが列をなしてあらわれたのを見て、私はこれが罠だとすぐに理解した。

 

 ジェイコブは私を捕らえようとしている。

 ジョンがしたように。

 フェイスがしたように。

 

 距離をとれば隙もできるかと思ったが、彼らが私に使った銃弾はジョンが使ったそれ。

 非殺傷用で、彼らの特別の処置が施された弾丸。私から立ち去っていった幻覚たちが戻ってきていた。天使のように輝く笑顔のフェイスたちの歌声と姿が見える。

 ジェスはなんとか逃がすことができたが、私はすぐに動けなくなった。

 

 意識は戻ってきたものの。

 体に力も入らず、自分が寝椅子のようなものに横になっていることだけはわかる。

 

「……新人、なんてことだ。許してくれ……許してくれ、ここに。こんなところにお前は来るべきじゃなかったんだよ」

 

 それが誰かはわからなかったが。

 前に立つそいつは私を知っていて、同時に私を椅子に手早く拘束してしまった。

 

「では、はじめるぞ」

 

 誰かの声がすると、いきなりそれまでなにもかもがあいまいだった私の回復が果たされた。

 意識がはっきりと戻ってきて。拘束されてしまったが、今度は自分でそれを振りほどこうともがくことができるようになった。

 

 ここは映写室なのか?

 壁のスクリーンに、狼が映し出される。どうやらこれからお勉強会でも始めるらしい、ナショナル・ジオグラフィックに負けない知的で情緒的なものであればいいのだけれど。

 

「この世界はあまりにも脆く、壊れやすい……それを我々は忘れるわけにはいかない。そう、5年前。あの日の話だ、もう忘れてしまったやつもいるが。そんな都合のいい話は許されないことを知るべきだ」

 

 スクリーンに映る狼が切り替わり始める。

 

「あの日、世界はそれをただ見つめることしかできなかった。たった1日、たったひとりの誰かの意思で。世界に張り巡らされたテクノロジーはマヒさせられた。その結果、今ある戦争は消えた。そこにあったのに、誰かの都合だけでなかったことにさせられた。誰かの『No』が、そんな到底不可能と思っていた現実を実現させたのだ」

 

 視界に男が入ってきた。

 明細の入ったズボン、話し方。これが話に聞く、エデンズ・ゲートの警備担当のジェイコブ・シードか。

 

「俺はそれを戦場で見ていた。だれもがそうしたように、な。

 俺達は――いや、我々は勘違いをしていたと気が付かされたんだ。

 かつて我々には力があった。この国の人々の幸せを守るために立ちふさがる敵をなぎ倒し、その間違いは力でもって教えてやってきた。それが強大な俺達のアメリカだった」

 

 ガンズ・オブ・パトリオット事件。

 秘密結社、アウターヘブンが世界に見せつけたデモンストレーション。戦場と経済を、わずかの時間だが完璧に制御してみせた。

 ジェイコブはその中にいたと?目の前にあった昨日までの厳しい戦場を誰かに取り上げられ、そこで何かを見てしまったのだろうか。

 

「あの瞬間、アメリカは強さを失った。俺達は英雄ではなくなってしまった。そして気が付く、もうこの場所に強さはどこにもないのだ。新しい英雄たちは誰も見つけられず、失ってしまったのだ、と」

 

 狼が獲物にむしゃぶりつく写真が出た。

 喉元にかみつく姿は、続いて抵抗をやめた獲物の首を噛み砕く様子へと続く。

 

「そして誰もが迷い続けている。真の英雄の復活を、あの時にあったはずの力が戻る日を。

 だがどうだ?なにもない。

 かつてこの国の指導者は、まず軍で愛国心を示し。政治家となってからも勝利できるものがえらばれていた。ところが今は奴らは恥も外聞も捨てた。そしてあろうことか、ウォール街のビジネスマンこそ強さの象徴だと言い放ちやがった!銃を手に取ったこともない、血と泥土の混じった戦場に立つ勇気すらない男に!」

 

 現政府を、そういえばジョセフもフェイスの世界で非難していたな――。

 

「戦場では傷ついて血を流しても、生き残るために戦う。それが強さだった、新兵の誰もがそう思ったはずだ。そうやって彼らは英雄になっていく。

 しかし政治家は今になって違うことを言い出した――金が愛国心の図るものさしだとな。貧困しか知らず、愚かで、それでも自分のすべてをかけて国を愛してもそれは無価値で。

 高い服、有名な学校での教育、学歴。そして手にした札束の山があって、ようやく愛国者であると認められる。それがこの自由の国での価値だと」

 

 スクリーンに向かっていたジェイコブが振り向き、部屋の中に私と同じく寝かされたすべての囚人の顔を見回した。

 

「力を失い、真の英雄も失った。

 弱く、脆く、そして醜い弱者が強者を従わせ。それが正しいことだとだましている。それがこの国だ。どうしようもない。

 我々は再び、英雄を取り戻さねばならない。力は、そこから手にしていくしかないのだ」

 

 奴の目が、私に向けられるとそこで止まる。

 

「かつて英雄とは神を示していた。

 神は言葉を残し、我々を導いた。長い時を――それは歴史が証明している。

 歴史は語っている。神は大勢の優れたもののために、集団の中にある弱者を間引いてきたと。なのに人はそれをテクノロジーとやらでひっくり返すという幻想を見るばかりか、正しいやり方さえ歪め。ついに世界は崩壊の時へと向かってしまった」

 

 私に向かってくる、ゆっくりと。

 だが私はそれに抵抗できない――。

 

「強さを忘れたように。この歪みも人々は理解できない。あまりにも愚かだ。

 そしてツケが回ってきた……時代が変わるのだ。少数のために、大多数が間引かれる時代が来たのだ。そしてその時代に我々はどこよりも、だれよりも早く適応する。エデンズ・ゲートのために、愚かな大勢は間引かねばならなくなったから」

 

 寝言を言うな、そう吐き捨ててやりたかったが口は動かなかった。

 私はコイツに操られているのか?

 もう、すでに?

 

「世界の大国たち――そうだ、アメリカだけじゃない。

 その全ては混乱の中で何もできないまま崩れ落ちるしかないが。我々エデンズ・ゲートには備えがある。

 我々が群れを間引くのだ。

 それによって神は復活され、英雄は我々の前へと戻ってくる」

 

 私の鼻先10数センチに奴の顔があった。

 なのに私には何もできることがない――。

 

「では授業を始めるぞ。賢くなれよ」

 

 ただそれだけの言葉だったが。

 そういってジェイコブが退室していく中、映像はいつしか人狼とよばれるそれに代わり。彼らの駆りの様子へと変更され、同時に部屋の中で拘束されていたすべての人間に苦痛が走った。

 私にも当然だがそれがあった。

 そして私は理解できないまま、苦痛に耐えきることができずに自分ではわからなかったが悲鳴を上げていた。




(設定・人物紹介)
・私たちのその関係は崩れ~
これはジェシカの都合のいい思考に他ならない。

メリルや同じような立場の人々はきっと努力したのである。だが、かつての彼女はそれを決して認めなかった。

・戦場に立つ勇気すらない男
えー、ジェイコブ・シードの考えです。繰り返します、ジェイコブとかいう頭のカワイソウな元軍人の考えです。

ちなみに現実の方の大統領は、幼いころ素行不良で陸軍幼年学校に通ったらしいよ(フォロー)


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PLAN "B"

次回投稿は18日を予定


 シャーキーは不安を覚えると、もう一度だけちゃんと考えたほうがいいのではと思ったのだ。

 

「なぁ、ハーグ?冷静にもう1回。お前のアイデアを聞かせてくれ」

「なんだよ、今更。さっきはお前も最高だって言っただろ?なにが問題なんだ?」

「頼むよ。馬鹿をやったと後で後悔はしたくない」

 

 ドラブマンに車は戻したが。やっぱりシニアはシニアのままだった。

 シャーキーの話を全く聞こうとしないし。選挙だなんだと、寝言を口にし始めた。

 代わりにジュニアを戦力としてスカウトした。こいつはぶっ飛んではいるが、きっと役に立つと思ったからだが。そいつにさらなる戦力強化になりそうなやつはいないかと聞くと、おかしな答えが戻ってきた。そしてまぁ、認めたくないが最初は確かに悪くないと思ってしまった自分がいた。

 

「だからさ、ペギーは大きな狼を使ってるんだろ?なら、俺達はクマを使えばいいんだよ」

「ああ、そうだったな。さっきもそう言ってた」

「だな。なら、問題はないだろう?」

「いやいやいや、なぜだろう。急にそいつがとんでもない間違いじゃないかって、考え始めている俺がいる」

「そんな不安なんて忘れろ!これ以上はない、クールな計画だ」

 

 それで本当にいいのか?

 確かにペギーは、ジェイコブは神狼とかいうのを使ってはいるようだ。

 だけどそれはちゃんとなんらかの処置を犬だか狼なんかにほどこしたのは間違いないし。ハーグはクマに同じことをさせると簡単に言うが、そんな技術をこいつが持っているとは思えない。

 

「なぁ、教えてほしいんだが――クマにペギーをどうやって襲わせるんだ?その方法は?」

「シャーキー。俺は世界を見て回ってきた男だ」

「ああ、それは聞いたよ。だけどそれは答えになってない」

「そんなことはないぞ!まず、センターで俺達の話を聞いてくれそうなクマを探す」

「どうやって?そこが一番問題じゃないのか?」

「何を言ってるんだ、シャーキー?そんなのはクマのセンターの奴らに聞けばいいさ。連中、クマが好きで大好きで、毎日世話してるんだ。どいつなら俺達の味方になってくれるのか、ちゃんと教えてくれるさ」

「そうか?だんだん不安になってきたのは気のせいじゃないよな」

「おいおい、大丈夫だって。まずはクマと飯を食うんだ、魚料理だ。それで親睦を深める。

 次にちょっと人間を食ってみたいと思ったんじゃないかって誘いながら、一緒に酒を飲むんだ。地ビールもたっぷり飲ませたりしてな。ウィスキーもいいぞ。

 最後にそれならちょうど今、あいつらが使ってる薬の匂いをプンプン漂わせてる奴なら。お前たちの好きにしたっていいぞ、と教えてやる」

「クマが人間を見分けたりするもんか」

「するさ!あいつらだって実はちょっぴり思ってたはずさ。

 餌を持ってきてくれる人間を、ちょいとかじってみたいなって思ったことくらい。そしてペギーは狼を俺達にけしかけてくるんだから、俺達はペギーにクマを送りつけてやるんだ。

 むろん、ちゃんと話し合って。お互いの合意を得てのことになるけどな。

 どうだ理解できたか?最高の計画だろ?」

 

 急に強烈な薬が必要な気分になってきた。

 でも確かに、食って飲むって部分は気に入った。そのせいでクマにこちらが齧られなければ、だが。

 

「交渉はお前に任すよ、俺は飲んで食ってで頑張らせてもらう」

 

 やっぱりこいつはイカレていた。

 誘ったことを後悔も始めていたが――とにかく今は一刻も早く酔っ払いたい!

 

 

―――――――――――

 

 

 訳のわからない拷問を兼ねた上映会の後も、ジェイコブの私へのもてなしは続けられた。

 

 3対1の牢獄の中での拳闘試合。

 カメラが好きなクソッタレのペギーだから、この光景を撮影でもして。ついでにレイプ大会でもやるんじゃないかと、死にそうな気分になったが。

 始まるとそんなことはないと、しっかりと教えられることになる。

 

 殴りあう力などなく、闘争心は腕を上げて構えるので必死だったが。

 男たちの冷酷な目はそんな私を殴りつけ、倒れようとすると逆に支えてそれを許さず。立ち続け、戦いつけろと言うようにそれぞれが役割を入れ替わって攻撃を続けていく。

 フラフラとよろけるだけのサンドバックは叩かれ続け、せめて許しを請うことだけはしまいと歯をくいしばって耐えようとした。

 でも、限界は見えていた。

 

「お願い……もう、許してよ。助けて」

 

 しかしその言葉を聞くと檻の外からじっと観察していたジェイコブは「終わりにしてやれ」といい。

 男たちは支えることをやめて一層激しく私を殴り始め。簡単に意識を失い、私は地面に大の字で寝転がった――。

 

 

 次に意識が戻ったとわかったのは、肉体の苦痛に反応して思わずうめき声をあげたとわかった時だった。

 数人の住人達と一緒の牢の中に運び込まれたようで、その中の若者の腕の中で自分は介抱されていた。

 

「大丈夫か、保安官?なんであんただけ、こんなひどい目に」

 

 彼は知らないようだ。

 私にはわかる。ペギーを殺した、大勢。そこにはジョンも、フェイスもいた。

 これは奴らにとっての復讐に違いないのだ。

 

「おいっ、ヤバいぞっ」

「なんだ?こっちは保安官が意識を取り戻した」

「ジョセフだよ。ジョセフ・シードが来て。ジェイコブと話している」

 

 なんだって、そういって若者は体を起こすと。私はその腕の中から檻の外で抱き合う2人の姿を見た。

 ジェイコブは続いて檻の方を指さし――いや、あれは私を指さしたのだろう。

 ジョセフはこちらに近づいてくる。

 

「彼女と話がしたい」

 

 ジョセフの言葉に囚われた人々の間で動揺が波紋のように広がるのが分かる。

 ジョセフは顎で指示を出し。信者は鍵を取り出して中に入ってこようとしている。

 若者は小さな声で「アンタを守れないかもしれない。すまない」と私に告げるが、許しを請う必要はないのだ。

 

 それにしても、だ。

 なんで私はジョセフと話をしなければならないのだ?

 壊れかけた精神の奥底から、闇の中でつぶやくくらいその声には懐かしい響きを感じた。

 

 

――――――――――

 

 

 彼が「あんたらは馬鹿なのか?」と投げかけた質問と。

 どうしようもないと哀れむ眼は2人に向けられ。そうだ、と答えたら多分もう2度と人としての尊厳を持ってもらえないような気がするほど……相手は呆れていた。

 フォローの必要性を感じ、シャーキーは素早く

 

「ちょっと考えただけなんだよ。興味があってさ、でも確実な答えを知りたいなら専門家に聞くのが一番だから」

 

 と予防線を張ろうとしたのに。

 この従兄弟殿はいつものように脳天気に、まったくなにも考えず。衝動に素直に従ったまま、それを否定してしまう。

 

「いや、本気だ!あんたたちの面倒見ていたクマに俺たちのこの状況を理解してもらって。いまならちょっとばかり頭をかじっても大丈夫な人間がいることを教えてやりたいんだ。

 そのために必要な魚は用意してないが、ウィスキーなら樽で拾ってきた。

 良く寝かせてあるから匂いは香ばしいし、味わいだって悪く無い。そいつで親睦を深めたいと思ってる。どのクマなら、俺達の話を素直に聞いてもらえるかな?」

「クマは獣だぞ!?人の言葉は理解してない」

「いやいや、そうは思わないね。俺はキラットって場所でトラを操る少年にあったことがある。まわりはそいつを人食い虎だと言って恐れたが、その少年だけは襲うことはしなかったんだ。俺はそれをこの目で見てきた」

「だとしても!それはこのアメリカじゃない場所だろう。クマはただ、学習するだけだ。

 自分たちの世話をしている人間が食えるとわかれば、普通に襲い掛かってくる。それだけだ」

「あー、ちょっとまって」

 

 シャーキーに今度はひらめくものがあった。

 

「それって、人間はエサですってわかりゃ。どれでもお構いなしって意味だよな?」

「そうだ!当然だろう?」

「……だよな、俺もそう思ってた」

 

 そう口にすると、今度はハーグに向いてちょっとあそこのクマを檻から出してやろうぜと提案を改めてした。

 ホワイトテイル・マウンテンとヘンベインリバーの境に位置するマリーナのおかげで、今はここの住人達も南へと非難を始めていると聞いている。

 つまりこの場所はもはや戦場でしかなく。ここに居る人間の半分はレジスタンスだが、残っているのはペギーだけ。

 ならここはクマに自由を与えて、腹いっぱいにペギーを食べてもらいたいとそう思ったのだ。

 

 どう考えてもそれは正気ではない。

 だいたい、この騒ぎが終わった後で問題にならないわけがない。

 

 だがここにはシャーキーがいて、ハーグがいた。

 この2人が最悪の計画をラッキーな計画と考えれば、それはもう止められないということだ。

 

 そして誰にも見つからずにこっそりいたずらするなら彼らは天才の類であった。

 ペギーによってセンターは占拠され。クマたちは数日の間世話もされず、食事も与えられなくて空腹に気がたっていた。

 

 そこで檻が開けば、それは開園のブザーである。

 あとは川が流れるようにして当然の――惨劇が、ペギー達にのみに降りかかった。

 

 

―――――――――――

 

 

 なぁ、いいだろ?

 もう何度目か。古いレコード盤の入った箱を抱えた若者に、イーライは苦笑いしながらこれまた毎回と同じ答えを返す。だめだ、と

 

「わかってる?本当に僕の言ってること、バカにしないでちゃんとさぁ」

「馬鹿にはしてない。真面目に考えてる」

「僕らはペギーからいろいろ取り戻さなきゃならない。でも、まずなによりも音楽から始めないと!

 音楽は心の栄養っていうだろ?豊かな心を取り戻して、平和だった僕らの町を忘れないことは必要さ。これは希望なんだよ」

「毎回思うが。お前のスピーチは冴える一方だな。心が揺さぶられる」

「ならっ!」

「だがな、ダメだ――だいたいラジオだなんて。ジェイコブが抑えている電波塔をすべて奪還しなくちゃならん。だがあそこの警備はヤバイ。

 お前のラジオ局のために皆に死んでくれとは、俺は言いたくない」

「イーライ!」

「それにだいたいな。流せる曲っていっても、その箱のレコードしかないんだろ?リスナーは1週間も持たずに、お前の声に退屈するようになるさ」

「それは大丈夫だって!

 ジェスがグレースと交渉してくれたんだ。南側のレジスタンスで、レコードならあるってさ。必要なら届けてくれるって」

「成程な、若ものは知恵をつけたか。一歩前進したようだ」

「2歩目はイーライのオーケーですぐに終わる」

「残念。それはダメだ、今日はあきらめろ。次回の挑戦を待ってるよ」

 

 そう言うと背中を向け、若者に会話は終わりだと無言で伝える――。

 

 ここはホワイトテイル自警団の本部として使っているバンカーである。

 ペギーが危険だと判断した日から、奴らの行動には目を光らせていた。ジョンが大型のバンカーを探しているという情報を耳にして、イーライはこの小型のバンカーをこっそり自分のものとして拠点化を進めてきた。

 だがここに所属する部隊は山の中に分散してキャンプを張っており。なにかあればここから彼らに動くように指示を出す。

 

 このやり方で最小限の被害と、そこそこ悪く無い勝利を積み重ねてくることができた。

 そこは誇っていいことだろう……誇りだって?こんなジリ貧な状況なのに!?

 

 誰もいない、警備室の中で肩を落としてうなだれると。イーライは崩れ落ちるようにして椅子に腰を下ろす。

 ホワイトテイル・マウンテンの皆は、イーライは頑張っていると褒めてくれる。それは嬉しい。

 だが、もし誰かが結果について質問したら。どう答えたらいい?

 

 汚れた両手の指で、顔を覆って見せる。

 こんなこと意味がない。ペギーがバカをやったとしても、その時は自警団でそれを止めて見せる。

 何もない時はそんな風に元気よく笑って話していたものだがー―現実は遥かに想像をこえて過酷だった。

 

 ジェイコブはモラルなく、そして弱者を徹底的に否定し。暴力を用いる男だった。

 なんでもないことでも、奴がかかわると簡単に惨劇が始まる――。あいつはジョセフが呼び込んだ、危険なサイコパスや犯罪者たちをつかってみせる。

 ここのルールを決めたのは奴だった。俺はそれに従い、順応しただけ。

 

 イーライは表面上は平静を保ち続けたが、臆病風が吹きすさび。行動するときはつねに石橋をたたいて、なんなら橋を落とすくらいまで慎重になるよう考えていた。

 そうしないと、とても平静ではみなを率いてはいられなかったのだ。

 そしてそんな調子だからこそ、ジェイコブはホワイトテイル自警団には苦戦を続けた。

 

 だからわかっていた――自分が率いる限り、このままでは決してペギーに勝つ日は来ないだろう、と。

 

 ジェシカ保安官の噂は知っていた。

 いや、正直言えば全く信じてはいなかった。自分と同じくバンカーの中から無線機を手にする男に、彼女がホランドバレーに向かったのだと言われた時は。なんでそんな無謀で危険なことをやらせているんだ、この老人はと内心では呆れたものだ。

 だがジョンが倒れ、フェイスも死んだ。

 気が付けばホープカウンティの半分は、何もしないうちにペギーの手から取り戻されていた。ジョセフの顔を見てみたいと思った、なんて痛快なんだと愉快でたまらなかった。

 そして期待していた――このホワイトテイル・マウンテンに彼女が来ることを。

 

――だが彼女は捕まった。生きてはいないさ、ジョンやフェイスを殺ったんだからな

 

 自分がグレースに言ったあの言葉。

 あれは本当は自分に向けてのものだった――ようやく本当の英雄が現れて、自分ができなかったことを頼める人が来た。

 わかっていたのだ。自分は失敗をしなかっただけなんだ、と。

 失うのを恐れて、本当の意味での戦いを始めることを拒否し続けた。

 

 ジェスは――あの娘は本能的にそれを察したから、ここから立ち去ったのだ。

 彼女が満足するような戦いは、ここにはないのだから。

 

――いや、そうじゃないだろイーライ。

 

 自分に問わなくてはいけなくなるかもしれない。

 ジェシカ保安官はまだ生きている。少なくともペギーは復讐を宣伝してないし、グレースたちもあきらめてはいない。

 だがそうであろうと、そうでなかろうと――お前はいつ本当に戦う日が来ると言えるのか?

 

 

 



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神にあらざるモノ

えー、今回は読む前に【注意】を。
かなり不快な描写が登場します。気に食わなかったら即刻、プラウザバックするか。それ以上を読み進めるのをやめましょう。
次回投稿は22日を予定


 不思議なことに殴られた痛みや熱は、眠りから目が覚めるたびに良くなっていくのを感じた。

 まだ腫れまでは引いてないから、外から見るとわからないだろうが。体の芯にまで届いていた痛みは、驚くほど速く消えようとしているのだとわかる。

 

 だから理解する、これはあのロイドが送り付けてきたナノマシンの力によるものだということを。

 

 兵士の持てる最大のポテンシャルを引き出し、彼らをひとつの大きな力にまとめ、圧倒的な浸透力で戦場を駆けては支配し制御する――。

 確かに時代は変わったのかもしれない。

 あれほど私の身体を嫌ったナノマシンは、こんなモンタナのクソの中では私を助けようとしてフォローしてくれている。

 だけどそれだけだ、つながりはないまま助けも来ない。もう誰も私に命令を送ってくることは、ない。

 

――運命は皮肉よね

 

 あの事件で私はメリルと決定的に決裂した。

 私のキャリアを救うはずのリストにのっている上官たち全員が、メリルを通して私の力にはなれないと宣言したのが切っ掛けだった。

 

――軍に思いを残しているのはわかるが、このまま何かしようとしても辛い思いをするだけだ。

 

 それは彼女なりに私という友人への思いから口にした言葉だろうが。任務に同じく失敗しても評価を落とすことなく、結婚までしたという彼女に私は反発した。ただ、そうしたかったのだ。

 

 だが今なら理解できる。

 SOPシステムが全盛をむかえようとする正規軍では、私のような”適応できない”兵士はずっと邪魔でしかなかったのだ、と。

 それでも何かをなしたいと思うなら、あの時の私は私自身が求める戦場を探すべきだったのだろう。栄光はなかったかもしれないが、未練も不満も失望も、これほど感じはしなかったはず。

 

 

 軍を抜けた私は情熱までも失った。

 それでもあちこちにコネをもっていたから、ロスのSWATへ。

 警察の仕事には徐々に敬意を持つことができたが。そこに生きがいを見つけることはできなかった。その代わりに私は恋をした――。

 

 メリルにやはり自分を投影したかったのだろうか?

 それまでの男は性欲のはけ口や感情のぶつける相手以上の意味はなかったし。だから自分の女扱いしてくる奴は、さっさとゴミ箱に放り込んでいったあれは何だったんだろう?

 

 あそこにいた私は別人となり。自分の人生をかけた相手を強く求め、ひとりの若者を選んだ――少なくともそう思ってた。

 

 よみがえる甘い日々はいくつもあるが、その全ては最後の日の最悪の告白で無意味となった。

 彼には女がいたのだ。私とは別に、本命ってやつが。

 輝く未来が待っている白人の坊やには。哀れなありもしない過去を口にして歴史を主張する一族の女は、ただの遊び相手だった。

 

「戦場に実際に行って。そこで人を殺して何とも思っていない君なんかと。このロスしか知らない僕が、本気で上手くいくと信じていたのかい?」

 

 ああ、信じていた。

 だから”また”裏切られたと思って、自分に失望する。

 

 私は――。

 そうやって牢の隅で横になり、ウトウトとまどろみの中で内省を続けていく。

 時間がたてばまた睡魔が私を襲い、目覚めるたびに私はまた強く戻っていける。そう信じなくてはならない。

 

 そんなことはあり得ないのに――。

 

 ジェイコブは私が再び立ち上がるのを嫌った、というわけではないだろうが。

 牢に放り込んだ囚人たちには、何も与えようとはしなかった。水も、食料も。そのどちらも人には必要なものなのに。

 ここに居る人すべてが、時間がたつたびに弱っていく。卑劣ではあるが、捕虜の正しい扱い方ではある。

 

――生き残りたいなら、血を流しなさいジェシカ。

 

 冷酷にそれを告げるメリルの声が、今は輝きを増して心に響く。

 どんな状況になっても任務を忘れてはならない。兵士の目的は変わらない。

 自分が弱っていると思ってはいけない。実際に弱っていたとしても、精神力があれば。戦う意志さえあれば、動くことができる。まさに至言と、この瞬間だからこそわかってくる。

 

 あまりにも遅い巡りあわせだった。

 これらの言葉の意味を、正しく理解できる戦場とついに私は出会えた。伝説の英雄から学んだと彼女は言ったが、私も今。それを学びなおす機会を手に入れたのだ。

 ここが私の理想に最も近い戦場だった。

 私が戦うにふさわしい。選ぶべき戦場がまだこの世界にもあったのだ!

 

 

 牢の入り口で、外に向かって座り込んでいた若者がこちらが目を覚ましているのに気が付くと。

 なにかを逡巡させてから。顔をうつむかせてこちらにはいよってきた。話があるのか?

 

「どうだい?痛む?」

「――生きてる。ヒドイ声ね」

「お互いな」

 

 くぐもってひび割れた私の声。彼は彼で、唇の周りにガムでも張り付けているような話し方だ。

 

「相談があるんだ――あんたに」

「脱走計画?」

「……無理だよ。この牢は屋敷の外で雨ざらし、見張りは刑務所よろしく上から見下ろしていて銃を持ってる。最悪なのは、食事も、水もなしってこと」

 

 そういえばジェスが言っていた。

 ジェイコブの手下も、こんな風にして家族は拷問されたと。こんなやり方、60年代のCIAのクソッタレ共くらいしかやらないと思ったが。

 あいつらはアナクロな趣味でも持ってるのか?

 

「なぁ、聞いてるか?」

「――聞いてる」

「実は、奴らからもらった水は。眠ってたアンタに全部やったんだ。そんなに量がなくてね、全然足りなかった」

「……知らなかった、ありがと」

「いや、それはいいんだ。問題があって、その――」

 

 彼は泣きそうな顔になる。

 クソっとつぶやき、曇ってる空を見上げてなにか助けを求めるようにしぐさを見せる。冷たい目でこちらを見下ろしている見張り達を見て、隣のいつの間にか空になった牢の中も確認する。

 

「なに?」

「昨日までは――隣にも人がいたんだ。俺達と同じく、捕まった奴らが。

 それでなんとか、彼らと俺は協力してきてた。他に方法がなくて、それしかないから」

「?」

「喉が渇くんだ。でも他にどうしようもなくて……だから格子を挟んでお互い向き合い。それで――飲んでいた。自分のは飲みたくなかったから」

 

 不意打ちのようなものだった。

 私の目は久しぶりに驚きから大きく見開かれ、視線は思わず隣の牢とのしきりにちらと向けてしまった。それを見た彼の顔がさらに泣き顔へと歪む。

 あそこの前で片方がひざまずき、片方がたってやったのだろう。上からペギー共が見ている前で、他に方法がないから。

 

 そして今はそこに誰もいない。

 

「ずっと耐えていたのね、ごめんなさい。気が付かなかった」

 

 ついに涙を流すことなく彼は泣き出すが、激しく首を左右に振って否定した。

 こんな場所で、こんなことを会ったこともない女に理解を求めなきゃならないなんて最悪の気分だっただろう。ショックはあるが、だからと言って私もそこから逃れることはできない。

 

「悪いけど、まだ立ち上がれそうにないの。このまま横になってるから、それで出来そう?」

「スマナ……スマナイ……」

「いいのよ、別に。その時が来たら私も――私の場合は、あなたに跨ってもらうことになると思う」

「最悪ダヨナ」

「ええ、そうね。男女のプレイとしては、ひどい場所よね」

 

 出来るだけ大きく息を吸い、吐く。

 集中して意識を下半身に。ついでに清潔なトイレもイメージしておく。屈辱に満ちた告白をしてくれた彼に、これ以上の苦しみを与えたくはない。

 準備を整える間に、彼と話しておく。

 

「大丈夫よ。別に処女ってわけじゃないし、男遊びにも慣れてるから。お互いのポジション取りにも文句は言わない」

「……」

「これじゃ逆よね。こっちが泣きわめいてそれだけは許してって懇願する役回りなのに」

 

 嫌な現実だが、ちょっとしたショック療法になったようだ。意識がよりはっきりと明確になってきた。

 おかげで口もよく回る――それに準備もできた。

 

 私を指を自分のベルトにのばすと、ズボンを脱ぎにかかる。

 

 

――おい、見てみろよ。

 

 見張りの誰かが声をかけると、全員がしたの牢の中を見た。

 つまらない役目だが。このシーンが見れると思ったから、悪い気がしないと話し合ってた。

 

 牢の中では女の露になった股座に若い男が必死にむしゃぶりついているのが見える。

 小さく口笛が吹かれ、へっへっへっと嘲笑の笑い声も聞えた。

 

「レジスタンスの英雄も、ああなっちゃオシマイだよな」

「言うなよ。あれでも女だぜ?案外、具合だっていいかもしれねェだろ」

「――言うだけならいいが、そんな馬鹿はやめておけ。ジェイコブは許さないぞ」

 

 エデンズ・ゲートは性に寛容ではないが。それを知っていながら、しばしば力でそれを満足させようとする馬鹿が何人かいた。

 ジョセフはそれだけは許さなかったし。ジェイコブはそれを弱さだと決めつけ、さらに容赦しなかった。

 彼の”個人的な実験”によって破壊されても、その後にはフェイスによって新たな天使に生まれ変わる。それがここのルールなのだ。

 

――受け入れろ。理解しろ。そうすれば明日にも俺達の兄弟姉妹となれる

 

 下では喉の渇きを癒す行為が続いていたが、見張りの男たちは急に興味を失ったように自分の仕事へと戻っていった。

 

 

――――――――――

 

 

 なんというか、こんなのは自分の役目では絶対にないのである。

 

 ジェスの案内で、ジェイコブの”神狼”を研究しようとした人のところに向かいながら。グレースは内心で苦笑している。

 ジェシカがいかに存在感のあるリーダーであったのか。

 人に会い、協力を申し出て、妥協点を探りあう。どれもグレースの苦手なことばかりだ。

 

 さらにどうやら自分はあのシャーキーよりも結果を出していない。

 まぁ、あのハーグ・ジュニアを新たな戦力として連れてきた。などと自信なさげに従兄弟を紹介する彼の姿を思い浮かべると、微妙なところだが。

 それでもドラブマンの支持と、彼らの参加はレジスタンスの宣伝にはなる。

 

 道を外れ、林の前に止められていたキャンピングカーに女性はいた。

 挨拶を交わし、握手もすると自己紹介が始まる。

 

「私はサラ・パーキンス。

 もともとは野生生物の保護のため、チームを率いていたの。ここには協力を求められて調査に来ただけなんだけど――こんな狼は見たことがないわ」

「グレース。グレース・アームストロングよ」

「ここはまさに死の森ね。彼らそんなのをこの場所の生態系を気にせず好きにさせている。正気とは思えないわ」

「ほかにわかっていることはあるの?」

「あまりないわ、残念ながらね。残ったチームは数か月、調査を続けてたけど。この騒ぎでここにはじき出されてしまった。

 私は銃を持っていたから自分の身は守れたけど、チームのほかの皆はそうじゃなかった。連れていかれてしまったわ」

「そう、それはお気の毒に」

 

 噂によれば神狼とはジェイコブが生み出しているという話だった。

 それを専門の研究者たちが調べ上げようとするのは、そりゃ彼にしてみれば脅威としてとらえられるだろう。

 

「ありがとう。

 でもね、問題はそこじゃないの」

「というと?」

「カルトがこの神狼というものを彼らの手で生み出したと言うのが本当なら。それは別に他の動物でもあり得るってこと」

「それは……考えたことはなかったわね」

「そういえば聞いてる?彼ら、研究用に飼育されていたクマに襲われて周辺一帯を危険にされしたって話」

「あ、ああ。ええ、聞いてる。ホントなんで余計な真似をしてくれたのか」

「ええ、まったくよ。どうせちゃんと飼育をしていなかったんでしょうけど、それで自分たちが食われたんだから。いい気味だわ」

 

 サラの言う彼らと、グレースの彼らは違うのは明らかだった。

 あのハーグ・ジュニアが。早速の自分たちの戦果を自慢げに口にして、自分たち女性陣が言葉を失うほど呆れたのを思い出す。

 まったく、ドラヴマンという血は本当に――。

 

「実はこのジェスに聞いたんだけど、あなたに協力したらその人狼について問題が片付くかもって」

「ごめんなさい。そこまでの約束はまだできないわ。

 まだ調査は初期段階で、そこでずっと足踏みをしているから」

「わかってる。でも――見込みはどう?協力できるなら、支援は惜しまないつもりよ」

「それは嬉しいけど。実はすでにイーライのホワイトテイル自警団からわずかにだけど支援をもらってる。今はここでやるしかないから、なかなか難しいんだけど……」

 

 思わずジェスを見ると、彼女はうつむいて小さく左右に振る。

 どうやらイーライは密かに支援をしていたようだ。なるほど、確かにここでの評判がいいわけだ。

 

「それなら話は早いかも。

 私たちも彼らと同じ、カルトに対処しようとしているの。彼との話し合いはまだうまくいっていないけど、目的は同じ。

 だから私たちもできるなら、あなたに支援を約束できると思う」

「そうなると――今、考えていることを話すから。あとはあなたが決めて頂戴。それでいい?」

「ええ」

「実は最近、ようやくこの人狼の行動を追跡できる方法があるんじゃないかって考えているの。これに成功すれば、ようやく調査は足踏みをやめることができるんだけど。

 それにはやっぱり環境や人の手が必要だし。なにより無傷の人狼が必要よ。

 イーライに恩返しするにはこれが必要だと意見を送ったけど、彼からは良い返事は貰えてないの」

「人の手っていうのは、あなたのスタッフたちの事?」

「いいえ――彼らは死んだ。知ってるでしょ?

 ジェイコブは適者生存を理由に人を拷問で選別するって。少し前に、あいつが放り出した死体の中に彼らもいたそうよ。イーライが確認してくれた」

「そうだったの……」

 

 どうやら覚悟はしていたが、簡単に結果が出るような話ではないらしい。

 しかし、ペギー達の終わりは確かに遠くに見えては来ているのだ。そうなれば、結局のところ残された人狼の問題は解決されなくてはいけなくなる。それは早ければ早いほどいい、はずだ。

 

「いいわ。イーライに提案したことを私たちにも話して。

 人の補充に関してはわからないけど、可能だと思えば。とにかくわたしたちがその環境とやらをあなたに用意する」

 

 ジェシカはいなくても、彼女のやり方なら十分にそばで見てきたことだ。

 ジェイコブを恐れて、あいつにペースを握らせるつもりはない――。

 

「カルトには思い知らせてやらないとね。このモンタナの自然を汚すなってこと」

 

 女性たちは固い握手を交わす――。

 

 

―――――――――――

 

 

『もうすぐだ。もうすぐ知らせのあったガソリンスタンドに――』

 

 ヘリコプターの操縦席に、いきなり警告音が発せられた。

 

『なんだっ!?』

『チクショウ、レーダーを照射されてる。攻撃が来るぞ』

 

 返事が来る前に、林の中を曲がりくねった道路の先で何かが光って気がした。

 

『来るぞ!逃げろ、はやく逃げろっ』

 

 お、おおおおおお!

 

 奇妙は航跡をたどって、ついにヘリが爆発と共に道路の中央へと落ちていくのを眺めながら。

 手にミサイルランチャーを担いだハーグ・ジュニアは大喜びする。

 

「シャーキー、今の見たか?一発でドカンだ!」

「ああ、そうだったな」

「こいつは最高だよ。マジで気に入ったぜ」

 

 ハーグはデカい武器が必要だと主張し続けるので、しかたなくホランドバレーにRPG7の一式をよこしてくれと連絡を入れた。

 ところが、だ。

 なんと送られてきたのは、最新式の軍用ミサイルランチャーだった。

 シャーキーは最初それに気が付くことができず。自分にと送られてきた新しい民間用の火炎放射器を手に取って喜んでいたが。そいつをかかえてご機嫌の従兄弟殿を見て、一気にテンションが下がってしまった。

 

 あいつら、いつもはなにかやると「ドラブマンだしな」と口じゃ言うが。

 それに平然とヤバイ武器をよこしてくるのだから、どっちの頭がおかしいんだよと問い詰めてやりたい。まぁ、そんな無駄なことはやらないのだが。

 

 

 でも、それはもう過去の話。

 今はこっちが大切な話、だ。

 

 今日のシャーキーはいつになく慎重だった。

 ハーグをグレースたちに紹介した時の、あの呆れかえって声もない姿が忘れられない。きっと減点に減点を重ねてしまったのだろうと思う。

 それなら今日は、立派にひとつでもふたつでも加点を目指すべきだ。

 

 いつもなら主義主張から、新しく手にした火炎放射器とショットガンでペギーを情け容赦なく大掃除、とはせず。

 後ろからの不意打ち、タコ殴りでもって全員を生かして捕らえた。

 

 そしてその中のひとりをだけを、ひろくとられている側帯にある鋼のポールを使って跪かせて拘束した。

 

「それじゃ、尋問の再開な――。よォ!ハドソンじゃねーか。すっかり見違えて、どうしてた?」

「……」

「スクールじゃ、よく上半身を裸にしていつも乳首を人に見せたがってたよなぁ?」

「違う!俺の筋肉を見せてたんだ」

「そうなのかぁ?

 そりゃ気が付かなかった、きっとあの中にいたホモっぽい奴は。お前の乳首しか覚えてないと思うぜ、俺だってそうなんだものォ。

 そりゃこの筋肉の塊がモテルわけだって、納得させられたぁなぁ」

 

 昔は同級生でも、今は敵と味方。

 ペギーとなって馬鹿なことを真顔でやっているそいつを、シャーキーは恐ろしく軽い調子で笑いながら話し続けてる。

 

「実はさ、お前のおホモだちの大将。つまりジェイコブについて聞きたいんだよ。あいつ、ジェシカ保安官をどうするつもりだって言ってた?ついでにどうやったら助け出せるのか、アドバイスももらえるとありがたいんだけど」

「ㇸッ、バカかよ。お前」

「うん……それは昔も言ってたよな。

 別に気にしてない、俺を勘違いする奴はあの時も多かった。付き合ってたあの娘も、そういえば元気にしてる?今は一緒にペギーをやってるんだろ?」

「俺達には信仰がある。”崩壊”を前にジョセフによって俺たち家族はエデンの門へと導かれるんだ」

「ああ、そりゃよかったな。それで、俺の質問には答えてくれるの?」

「――お前はクソ虫のように死ぬんだよ。気持ち悪い野郎のまま!」

「……」

 

 憎々しげに吐き捨てるが、シャーキーは変顔をするだけで得に怒っている様子はない。

 

「おい、シャーキー。シャーキー!」

「なんだよ、ハーグ?俺は今、昔の同級生との会話を楽しんでるところ――」

「こんなの見つけたぞ。なんだ、これ?」

 

 赤、白、青で塗りたくられた木製バットは、しかしその下にはなにか文字が刻まれていた跡があるのが見て取れた。

 

「ウッソだろ、ハーグ・ドラヴマン・ジュニア」

「あ?」

「そいつはお前……懐かしのリトルリーグのキング・バットじゃねーか。ヒドイ姿になっちまって」

「キング、なんだって?」

「キング・バットだ。王様のバット、モンタナ最強のチームに勝利した記念に当時の町長が贈ってくれたんだ。でもな、誰かに盗まれて――」

「そいつが盗んでたのか?」

「ああ、こいつが盗んでたみたいだな。そうだろ、ハドソン?」

「……」

「答えない?まぁ、いいや。

 実のところ盗人がだれか知りたかったわけじゃないんだ。俺が今――」

「俺達、が!」

「そうそう、俺達な。

 俺達が知りたいのは、ジェイコブは捕まえたジェシカ保安官をどうするつもりかってこと。ついでにお前が俺達に協力を申し出て。彼女の救出に力を貸してくれるっていうなら最高なんだけど」

「神の力に逆らう女だ。どうとでもなるさ」

 

 憎々し気な言葉。

 だが今度はシャーキーに笑顔はなかった。

 

「――いいか、この盗癖もちのクソ野郎?

 俺はできるだけ優しくしてやってる。なぜなら、お前なら顔見知りで。だから話もできると思ったからだ。

 そんなお前が俺と全く意思疎通ができないとわかったら、俺はどうしたらいい?」

「ヘラヘラ笑ったらいいんじゃないか?サイコ野郎」

「……なんだって?」

「ガキの頃からお前はそうだったろ。なにがされてもへらへら笑ってよ、吐き気がしたぜ。その癖、バカをやらかす。

 皆言ってたんだぜ、気持ち悪い奴だってよ。ドラブマンの奴らは、オカシイ奴ばっかりだ」

「そうかい。とにかくこっちの話に集中しろよ。

 ジェシカ保安官だ。彼女はまだ無事だよな?どうやったら助けられるか、情報があるなら言えよ。俺はペギーを殺したくなるほど嫌ってるが、昔の知り合いだっていうなら我慢することくらいはできるんだ。へへヘッ」

「女のために、か?騎士にでもなったつもりか、その淫売に何をしてもらってたんだ?」

「――オイ」

「ジョセフは世界の終わりを見た人だ。神のおわすエデンの門へと我らを導いてくださる。お前もまだ良心が残っているなら、そんな穢れた女――」

「わかった。もういいわ、お前」

 

 シャーキーの限界を突き破ってしまったのだ。

 ハーグにそいつをよこせ、というと。はいよ、と軽い返事と一緒にバットが飛んできた。

 

 そいつでシャーキーはハドソンが動かなくなるまで殴り続けると、肩で荒い息を吐き出し。輝くような笑顔を見せた。

 

「やっぱ、ペギーはこうするに限るな」

「そう思うけどよ、シャーキー。肝心の情報は聞き出せなかったぜ?」

「考えがある。さっきそこの車庫の中で作業ベルトを見つけてさ――」

 

 そういいながら腰からペンチを引き抜いて見せた。

 

「まだ残ってるのは中にいるんだろ?」

「ああ」

「あいつら、ずっとこっちがなにをやってるか見ていたよな?」

「そうだな。お前が殴り殺す現場を最初から見てた。殺人事件の証人ってやつだな」

「――そういう考え方もできるか。まぁ、いいや。ならこいつで、あいつらの口を割らせてやる」

 

 そういうと閉じられたハドソンの口の中にペンチを押し込み、ウンウンと力を込めてうなり始めた。

 

「なにやってんだ?」

「奥歯を抜くんだ。それでこのバットに飾り付けてやる」

「それで?」

「俺って紳士だから、拷問ってのは得意なわけじゃないんだよ。だからその仕事をしやすくために、このバットを新たに生まれ変わらせてやるんだよ。ペギーの歯で飾ってな」

「いいね。俺もそれやりたい」

 

 そう言うとハーグも車庫に行こうとして、そこで足を止めた。

 

「なぁ、それだとよ。虫歯はどうするんだよ?」

「あ、虫歯だぁ?」

「そうだよ、真っ白な奥歯がいいんだろ?でも、ペギーの中には虫歯の奴がいるかもしれない。この国の医療事情は良くないのは、俺が世界を見てきてよくわかっているからなぁ」

「なら――よしっ、抜けたな。ええと、白い歯ね。それを選ぶために、しばらくはペギーをいきなり殺すのはやめよう」

「それは厳しいな。でも、面白そうだ。やってみようぜ」

 

 そう言いながらシャーキーは2本目の奥歯に取り掛かる。

 結局半日かけて、ペギーに尋問したが。新しい情報はなく、白い歯だけが増え続け。古ぼけたバットの表面に奇怪なぶつぶつを接着させただけだった。




(設定)
・古ぼけたバット
丁度執筆中、公式でイケてるバットが追加されたのでここに登場させてみた。


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餌食

次回投稿は26日を予定。


――銃を手に取る、次のエリアに

――弾切れ。敵はいない。

――銃を手に取る、次のエリアに

――弾切れ。敵はいない

――銃を……

 

 

 イーライ・パーマーは仲間からの緊急連絡を受けると、慌ててバンカーから飛び出していった。

 部隊と合流すればわかるが、どうやら”今回も”ひどいものだったらしい。

 

「イーライ、こっちだ」

「ああ――それでこの廃屋の中?」

「いつものジェイコブのゴミ処理さ。ひどい匂いで近くを通っただけですぐにわかった」

 

 この部隊は常に犬を連れていて、ジェイコブが何かを屋敷から放り出すと。それがなんなのか探りに行く役目を与えていた。

 そしてそれは大抵だが――かつては家族、隣人、知人、もしくはただの旅行者。全員が死体となっていた。

 

「本当にひどいもんだな……ウィーティー、そっちの奥から確認を始めろ」

「マジで臭ェ」「勘弁しろよ――」

「窓を開けろ!この人たちは何日も汚物と一緒にさせてたんだ、そりゃこうもなるさ」

 

 閉じられた廃屋に光が入ると、さらにきつい匂いが厳しいものに感じる。

 

「嘘だろ、イーライ。こいつはサリーだ。あいつらに捕まっていたなんて、運がない」

「――そうだな」

 

 若い奴は皆ジェスのように好戦的ということはない。

 時には攻撃を受け、パニックになって逃げだす奴もいる。それは構わない、ここは軍隊ではないのだから。

 しかしそれでもここは戦場なのだ――群れを外れても、生きていける力がなければ。食われてしまう。

 

――適者生存、か。

 

 否定はしない、そういう考えもあるにはある。

 だがここのそれはジェイコブのルールだ。まともじゃないし、狂ってさえいる。

 

「イーライ、もうみんな死んでるよ」

「いいから!確認をしろ、坊主。それがお前の役目だ」

「――わかったよ」

 

 若者に確認作業に戻らせると、イーライは部隊を手招きして呼び寄せる。

 

「どうやらあいつが言った通り今回も全員死んでいるようだ。この後、どうしたらいいと思う?」

「埋葬はしてやりたい」

「ああ、俺も同じ気持ちだ。だが、難しいだろう。ジェイコブは神狼をこの周辺に配置させているだろうし。匂いに引き寄せられてくる獣もいる」

「持ち出せないんだな」

「――だが腐らせたくはない。焼くのはどうだ?」

「そうだな……燃え残しがないように薪をたくさん用意すれば。少なくとも食い荒らされたりはしないだろう」

「ならそれでいこう、準備を頼む。時間が惜しい、俺は確認を手伝う」

「わかった」

 

 それからイーライも床に転がる死体を仰向けにして顔を覗き込む作業に加わる。。

 若い顔、老いた顔。男であったり、女であったり。

 こんな悲しいことをいつまでやらなくてはいけないのだろうか?

 

 イーライは口惜しさと怒りで歯ぎしりしたいのをかみ殺し。無言のままそれを続ける。死んでいたのは7人だが、今回は知り合いはひとりだけだった。

 喜ばしいニュースなんて、それくらいしかない――。

 

 

――――――――――

 

 

 今日のジェイコブはキッチンに立つ。

 300g近い牛肉をミンチにすると、フライパンにバターを少量。オリーブオイルに赤ワインも振りまく。

 酒精を飛ばし、ひと混ぜすると火を消して終わり。熱がなくなるのを自然に待ちながら、次の用意にうつる。

 

 引き出しの中からラベルのない錠剤箱をとりだし、まだ精製まえの”祝福”を数錠。

 それを自分のナイフで砕いて、サラサラにまでパウダーに戻し。狼に使っている器の底にそれをパラパラと敷き詰めていく。

 「では仕上げだな」の声に、フライパンから肉の山を器に移し替え。ヘラを使ってそれをかき回してやる。

 

「いい匂いだ。最高の料理だな」

 

 ジェシカへのエサの完成。

 今回も満足できる、出来上がりとなった。

 

 

 ジェシカの牢へと向かう途中で部下のひとりに「ついてこい」と命じつつ。自分のナイフを手渡しておく。

 牢の前では恐怖にとりつかれて久しい保安官助手が、これまた椅子や水の入ったタライなどの準備を済ませ。体を縮こませてジェイコブの指示を待っていた。

 

「さぁ、腹が減っただろ?こいつを食うといい、7日ぶりの食事だ」

 

 ワイン、オイル、バターの匂いが鼻腔を刺激して理性を押し流してしまうだろう。

 欲望に逆らえないまま、檻の中のジェシカは飛びかかるようにして器に飛びついていく。

 

「いい感じだな――」

 

 人間の女は弱い。だから幼少のころから狡猾に振舞うことを覚えていくものだ。

 力の強い男にどうやって取り入り、支配の方法を学び。都合が悪くなれば自分の取り分のために平気でそれを捨てて見せることができる。それは恥知らずではない、賢いことだ。信念とやらを持つ男たちからは卑怯などと口汚くののしられるだろうが。なに、かまうことはない。

 勝利者の側に立つ女はいつだってひるむ理由などないのだと、”本能的に理解する”生き物だ。

 

 シードの名を持つ家族は、そうやって多くの女たちを導いてやった。もちろん全員ではないが、ジェシカ保安官はどちらなのかはまだわからない。

 

 そう、それでも時には頑固に、頑なに信仰を拒否するタフな女もいる。強い女、何が正しいのか理解できない女。

 そんなのはごくごく一部。ほとんどは縋って救いを請い、信仰心をあらわにしては、ファーザーに顔と名前を覚えてもらう事に喜びを見出していく。弱者のあるべき姿。強者のあるべき愛し方がこれだ。そして実際の話、このことに関しては性別(ジェンダー)の違いなどない。

 

 世の中は間違いが多すぎる飲んだ。

 リベラルだのなんだの。

 男だの、女だの。

 すべてはただ一つ。適者生存、強い英雄の元にこそ正義が集まる。

 

 ジェイコブにとってこのエデンズ・ゲートの世界こそ、理想の楽園そのものにしか見えない――。

 

「今日は、話がしたいと思った。

 お前と共に捕われた連中はもう誰もいなくなった。檻の中に残っているのはお前だけ、たいしたものだ」

「……」

「お前は強い。ジョセフもそれを認めている。

 なのにお前はわかろうとしない。どうしてだ?自分が英雄で、特別な存在だとでも考えているのか?こうして生き残り続けることで、誰かがお前を助けに来ると信じているのか?」

 

 近くに控える保安官助手に、部下からナイフを受け取って髭を整えてくれとジェスチャーで示す。

 椅子に座って無防備に顎を上げ、首に刃が這っていくのを感じながらも話すことをやめない。

 

「他人を信じているのか?他人が自分を救ってくれる、血を流し、命の危険を顧みずに戦うと本気で思うのか?

 そんなことは誰もしない。誰もお前を助けなどしないし、何もできない。なぜならお前がいなくても奴らは弱者の中からすぐに別の英雄とやらを見つけるからだ。自分たちに都合のいいだけの英雄、本物ではない。弱くないだけの、強さのない英雄。お前は要なしとなり、ごみのように俺の檻に放り出されただけ」

 

 顔を傾けてジェイコブは檻の中のジェシカを見る。

 水もないのに必死に椀の中にある肉をつかみ、口の中に押し込んでいる。空腹に負けているのではない。この機会に少しでもエネルギーを身体に与えようとしているのだ。

 そしてぼさぼさになった前髪の奥で輝く目がある。ジェイコブに向けるそれには何の感情もない。

 

 どういうことだ?

 なぜそこにはなにも存在しない?恐怖があるだろう?怒りがあるだろう?それを見せてみろ、保安官。

 

「もう、どれほどそこにいるのかわかっていないんじゃないか?

 人はたった10日、文明的な生活を奪われただけで原始的な本能に回帰することができるそうだ。知っていたか?」

「……」

「これは科学的根拠のある説だが、不思議なことにこれを信じない人間は多い。面白いよな?

 科学がそれを証明するのに、人は感情だけでそれを否定するんだ。簡単に、想像力もなく、ありえないなどとな。

 ははは……まぁ、実際に体験しないと理解しにくいんだろうなァ」

 

 保安官助手は先ほどからジェイコブの首元に刃を這わせ続けている。

 もし、抵抗する気があるのなら。ナイフに力を少し加えるだけで、刃は皮膚と肉を裂き、血があふれ出てるが――奴はそんなことはしない。

 

「俺はそれを湾岸戦争で学んだ。知っているか?

 英国のSASブラボー・ツー・ゼロじゃないぞ。レッド・ドーン作戦とか、そっちの方さ。俺は不正規の作戦に参加していたんだ。

 あんたも元は軍にいたっていうなら知ってるだろう?もっとも激戦区の最前線に俺はいた。その時は空挺部隊に混ざってのものだったが、運が悪かった。

 

 ある夜。俺と相棒は風に流され、予定のポイントから大きく外れて降下した。そのせいで武器も食料も失って、どこにいるのかも。どこへ向かえばいいのかもわからなかった。

 だが、俺達はあきらめるなんてことは考えなかった。希望を、持っていたんだ」

 

 皮膚を這う刃が、ジョリジョリと音を立てて毛をそり落としていく。

 ジェイコブはその間も、虚ろな声で自分の過去の痛みを――物語を続けて聞かせている。

 

 あの苦痛の続く時間は忘れたことはない。終わっても、終わらずに戦場からずっとジェイコブについてきた。

 容赦なく照り続ける太陽、燃えるような熱を帯びたまとわりつく砂。誰かに見つかりはしないかと怯え、この先に味方がいるはずだと信じる希望は徐々に輝きを失い、空腹と絶望が気力をそぎ落としていく。

 それでも歩き続ける2人の兵士だが。この物語の結末にハッピーエンドは待っていない。

 

「……迷子になった俺達は、ついに水を失った。だがそれでも動き続けた。

 人間は考えることをやめることはできない。脳は、動き続ける限りエネルギーを消費していく。つまり筋肉を食べ始めるんだ。

 お前も今、同じことが起きている。だからやせ細っただろ」

 

 髭はもういいとジェスチャーでやめさせると。

 今度は隣にあったタライの水をバシャバシャと跳ね上げて、手を洗い出した。無色透明でも、涼やかな音を立てるそれにジェシカの喉が無意識にゴクリと鳴る。

 

 彼女の記憶が今、喉が潤う喜びの記憶を呼び覚ましたのを”味わう”。

 この砂漠は歩き出せば一歩だけで抜け出ることができる。それを彼女はすでに理解している。後は行動するだけだ。

 

「相棒が死ぬとわかった時、もう最後だと最初は思った。でも違った――なにかが、突然見えるようになった」

 

 そう言いながら洗うのをやめると。

 行使に近づいて腰をかがめ、牢の中にいるジェシカのシャツの襟もとをつかんだ。

 

「あいつはそんな終わりを望んでいなかったが、そこにいる意味はあった。俺のために、俺に課せられる試練のために、奴の命は必要だった。俺はそれを理解したんだ。信じられなかったことを、ただ信じた」

 

 力が入ると、シャツははだけ。ジョンが無理矢理にその肌に刻んだ胸元の”強欲”の文字が見え隠れする。ジェイコブはそんなことをかまわず、無理矢理にジェシカを立たせようとする。

 

「相棒は死んだ、彼に希望はなかったんだ。それでも必要だった、俺がここに来るために。

 そしてお前も知るだろう。これは試練だということを。お前はここで学び、順応していくしかない。弱者が存在する意味を、強者がどのように振舞うべきかを」

 

 そう言い放ってから、ジェシカを突き飛ばそうとポケットの中にある”それ”に触れるが。今度は逆に、ジェシカの方からジェイコブの手を握り返してきた。

 それは決して弱っている人のものではない。思った以上に力強い、強い意志のこもったものだった。

 

「っ!?」

「……シロ」

「なに?」

「じぇイコブ、降伏、シロ。死にタ――ないダロ」

 

 殺されたくないなら降伏しろ、確かにジェシカはそう口にしていた。

 尊厳を奪われ、獣のように扱われ。にもかかわらず、まだこの女はジョセフを認めるつもりはまったくないのだと示して見せたのだ。

 

「フッ、フハハハハハ」

「……」

「まだまだ元気そうじゃないか、ジェシカ保安官。たいした女だ」

 

 そう言うと今度こそジェイコブはジェシカを思いっきり牢の中へと突き飛ばしてみせた。

 ジェシカはその勢いを殺すこともできず。もんどりうってから倒れたが、そうなってしまうほど体は弱っていたのだ。さきほどのような強く握り返してくるなど、今のジェシカの状態からでは難しかったことだろう。

 

「楽しめそうだ。俺も今更、焦ってはいないからな」

 

 そう言い残して立ち去っていく――。

 



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転換 Ⅲ

 NYのオフィス街、そのガラス張りの一室ではクリス・リーが仕事をしている。

 もうすぐ午後7時を回ろうとしていたが、今日も家族の元へ帰ることはできないだろう――。自分のボスは国外に出てもうずいぶんになるが、近くに居なくてもクリスの仕事が暇になるということはない。

 

 気分転換にと壁にある大型モニターにPCの画面を移す。

 画面には

 

――最新のデータを受信中

 

 とだけ表示される。

 21世紀になり、すでにデジタル技術で世界は小さくすることもできると証明されてはいるが。それでも今も、こうやって待たされるのはまだ技術の進歩が足りないからなのだろうか?それともやはり時間と現実の距離から、人は永遠に逃れることができないという運命なのだろうか。

 

「クリス、今よろしい?」

「なんだ?」

 

 ブロンドの髪をした、完璧なイングランドなまりの英語を話すドイツ人女性がクリスの部屋の扉から頭だけをのぞかせた。

 

 彼女はロイドの秘書官のひとりではあるが。

 そもそもはあのドイツの誇る連邦警察GSG-9にいた俊英であった。事務仕事でも有能であるから秘書という形を今はとっているだけで、事実上はクリスの代用品と言ったほうが正しい立場にいる。つまりロイドの影のボディガード、最後の盾だ。

 

 だがそんな彼女も守るべき人物のそばではなく。今はこの国に、このオフィスに残されている――。

 

「ロイド達は再び欧州に戻ると連絡が」

「またか!?」

「ええ、ご存知のように騒がしくなってきて。残り時間がないということでしょう」

 

 ロイドは結局、仲間と共にあの日にアメリカを出てから戻ってきていない。

 アジアを――中国を囲むようにして。ロシア、アフリカ、インドと飛び回り。今、またも欧州に上陸すると決断したらしい。

 彼らが強い意志と希望を持ってなければできないことだし、それだけ状況は悪いのだろう。

 

「ゲームセットのコールはまだ先か」

「それでも時間は限られています。どうやら国連の中には、米大統領に自分たちが今回の騒ぎに仲裁に入るのは無理だと。はっきりとそう通達するべきだという声が高まっているようです」

「それを彼は?」

「知らせました。最新情報です」

「――止められないのか?彼らが諦めればロイド達もなにもできなくなる」

「無理です。72時間後には結論を出すと。議長の周辺からオフレコではありますけど」

「では、戦争は止められないな――」

 

 アジアの混乱を見て、大統領はすでに昨年から時が来れば介入するのにためらいはないと。常にマスコミを通して意思を明確に世界に発信してきている。

 これは中国、ロシアの間でアメリカが火遊びをするという意味であり、危険なものとなるのはだれが考えても分かりそうなことであった。

 だから相手は戦力差を知りつつ、威厳を保とうと厳しい言葉を出し続けていた。

 

 ドレビンズは最初の欧州での交渉の失敗を受け。

 この戦争を抑えることが、あの日誓い合った自分たちの最初の戦いになるに違いないとの考えを改めて示し、以来ずっと世界中を休むことなく駆け回っているのだ。

 なのにそんな彼らを嗤うように残り時間は、あまりにも少ない――。

 

「それよりも問題は別にあります」

「そうだな。ロイドにはそろそろ私か君。どちらかを手元に置くように進言しないと」

「聞きますか?彼は」

「聞いてもらうのさ。ドレビンズにもチームが付いているのだろうが。こうあちこち移動するのでは、いい加減彼らだって大変だろう。

 足を洗ったといっても。元は戦場を渡り歩く悪名高い武器商人達だ、世界中から憎まれていると考えるべき人種だよ。それが周囲を気にせずに寄り集まって派手に世界中を飛び回っているのだから。いいマトだよ」

「ですよねェ」

「とりあえず私からロイドに言おう。君だけでも、とね。

 それを嫌がるなら私が行く。それでいいか?」

「構いません」

「すぐに飛べるようにしてほしい。タイミングを計るが、あまり騒いで彼の機嫌を損ないたくはない」

「銃はオフィスに。あとは全部現地につくまでに買いそろえます」

「さすがに旅慣れてる。うらやましい」

「あら、それならあなただって――」

 

 そこで続けようとする前に、画面にコネクトと表示され。

 続いて真っ赤な警告が次々と表示されるが、音声は警告音はオフになっていると伝えている。

 

「な、なんですか。これ?」

「システムにつなげていない。個人のマシンから送られてきたリアルタイムのデータだよ」

 

 ジェシカに投与されたナノマシンが、彼女の現在のステータスを詳細に送り付けてきていた。

 そのパラメーターの多くは危険を指し示し。なかでもストレスはひどく高いレベルで、下がることを嫌がっているようにすら見える。

 

「ひどいですね。これは――拷問されている?」

「そのようだな」

 

 クリスの声は冷たい。

 かつてのお気に入りの部下であっても、今の彼女の身に起きていることに動揺するそぶりはない。そもそも助けることも、理由もない。

 

「……これはよくわからないんですが。何か意味があるんですか?」

「というと?」

「どうやらこのナノマシンは、正常に機能しているようです。

 ホストのダメージを的確にフォローしようとしてますし。そのために必要なことを行っている」

「ああ」

「ですが――これは意味がありません。

 なぜなら、”脳”がないからです。この苦境におちた兵士をどう戦場に配置しなおすか。その戦略を立てられる存在との連結を絶たれた状態で放置されている。これでは対処療法を続けるだけで、回復はしませんし。体勢を立て直すのも不可能。

 システムは不完全、無意味と言わざるを得ない。苦痛を長引かせるだけですよ」

 

 当然だな、クリスは無言だったがそう返したかった。

 今のジェシカに必要なのは”誰かの助け”であり、新たな命令でもあるのだ。

 どのような方法で苦境を抜け出し。どのような方法で反撃の狼煙を上げるのか。だがそのどちらも、彼女に提供されることはない。

 

 彼女のナノマシンをSOPシステムへと組み込む”脳”はここにある。

 だがそれは決してジェシカに与えてはならない。つなげてはいけないと、ロイドから強く念を押されていた。クリスにしてもその気はまったくない。

 

「あなたもロイドも、何を考えているんです?このホストに恨みでもあるのですか?」

 

 クリスは肩をすくめるだけにとどめた。

 

 本当のところ、ロイドがなぜこんなことをするのかここに来てクリスでも測りかねているというのが真実だ。

 ロイドは確かにジェシカを救おうとはしている。だが反対に彼女が死んでもかまわないと思っているのかもしれない……。

 

「ガンズ・オブ・ザ・パトリオット事件は結局のところ。完成されたSOPシステムだからこそ実現できた、高いレベルで並列化された兵士たちによって戦場を支配するという幻想を実現できると見せつけた。米軍は事態の早期解決を図ろうと自信をもって部隊を展開し、その結果八つ裂きにされた。

 それは完成されたものなどではなく、ほとんどが失敗だとわかる。ひどいものだとね」

「確かに。制御を実現はできましたが、ハッキングによって簡単に並列化された兵士たちを奪い取ることも可能でした。テロリストはそれを実証した。

 でもあなたが言っているのは『世界が戦場を奪われた24時間』のことですね?」

「デジタルは不可能と思えることまで簡単に実現させてしまう。あの日、誰が想像しただろうか?

 SOPシステムがすべての戦争を無意味化するなんて言う状況を作り出してしまうと。それがすでに誰かの意思でおこなえるほど完成されたものだということを」

 

 あの前世期末、世界を恐怖に落とした最悪のテロリスト。BIG BOSS。

 その彼が提唱し、実現させようとした悪夢の名。秘密結社アウターヘブンによってあの事件は起こされた。未だ調査の終わらない事件、未来に解決されることのない事件だが。この裏の世界の情報――伝説から真実のかけらを知ることはできる。そしてその意思のある所にも。

 

「それと、この兵士に関係があるのですか?」

「――ケジメ、というやつかな。ロイドと、彼女の。我々には理解できない、お互いの個人的なものなのさ」

 

 軍の中に夢と野心を持っていたジェシカは、死んだ。

 彼らに価値がないとみなされて群から放り出されたあの日に。

 それ自体はどこでもある話だ。軍に必要ないと追い出され、道を見失ったまま闇の中に堕ちていく元兵士達ならクリスも多く知っている。

 

 軍に自分を作り替えられ。戦場の記憶と勲章を手にしても、外に出てしまえばただの人殺し扱いしかされない。

 生活のための金とプレッシャーに翻弄される下らなさに、徐々にあの惨めに「死にたくない」と祈りながら眠った戦場が輝かしいものに思えてくる。彼らのスタートはここから始まる。

 

 上に行くのか、下に行くのか。

 自分の問題ゆえに問いはシンプルなものとなり。答えは歪むのも仕方がないのかもしれない。

 

 金と戦場、両方を手にしようとして兵士は傭兵となって世界に拡散していく。

 かつて自由と国民のために戦った兵士は、それが公共の敵(テロリスト)と呼ばれるものであったとしても。全ては自分のため、気にはしない。

 

 今のアメリカでなら、全く不思議ではない人々だ。ジェシカもただその列の中に入っていっただけ。再び彼女にとっての悪夢であるナノマシンを自分の体の中に住まわせる必要などなかった。

 

 だが彼女はロイドと再会してしまった。

 

 彼女はロイドに力を貸してくれるように求め。ロイドは代価をなしにそれを与えてはいたが、それだけで終わりにするつもりはなかったのだ。

 かつてジェシカはロイドに無理を通させた過去があった。

 どうしても参加したい不正規任務のために、許されないルートを使って用意させた試作のナノマシン――。

 

 彼女が軍を追放される原因となったモノ。

 

 そんなジェシカに。あのホープカウンティの中でかつての自分を取り戻そうとしている彼女に。

 ロイドは愛しい軍をやめても、その戦場で兵士に戻るというなら過去に果たされなかったケジメをここでつけてもらおうと考えたのかもしれない。

 今のジェシカのナノマシンは彼女を対処療法的に守ることしかできない。もっと別の方法が必要なのだと思っても、それを決断するだけの情報を持つことは許さない。

 

 彼女を武器商人は天国でも地獄でもない場所、煉獄(アウターヘブン)へと突き落とした。

 

「ナノマシンの力で何とか正気を保ってるだけです。それは別の見方をすればホストの苦しみを長くしているだけ」

「それはさっきも聞いたよ――生物は苦痛に対してどう反応するか。いくつかあると言われている。

 ひとつは逃げること。ひとつは耐えること。そして最後は攻撃し返すこと」

「それを見たいのですか?あなたが?それともロイドが?」

「以前、この兵士は苦痛に対しては逆に噛みついていった。自分が愛したものに裏切られたと」

「それなら今回も同じ結果になるのでは?」

 

――クリス、俺はそれを知りたいんだ。見たいんだよ。

 

 脳裏に自分の雇い主(ご主人様)が悪い笑みを浮かべてそう言うのを聞いた気がした。

 

 だが本当は、違うとも思う。

 あの時のジェシカは軍に……彼女を助けたかった人たち全てに噛みついたが、本人はそれを逃避だとして受け取っていた。誰もがそれは攻撃したのだというのに、彼女だけはそれを最後まで認めなかったのだ。

 今回の彼女は、あの時の自分を。”今回の自分”の決断と行動を、どう考えるのだろうか?

 

 クリスも少しではあるが、そこに興味がある。

 

 

―――――――――――

 

 

 深夜――。

 ジェシカの檻に近づくと、プラット保安官補佐は「新人、新人!」と必死に牢の中へと呼びかける。

 そして自分が手に持っている鍵を見せると「出してやるから。いいな?一緒にここを出ていくんだ」と言った――。

 

 

 ジェイコブはその様子を警備室のモニターで部下と共にじっと見つめていた。

 ジェシカ・ワイアット保安官を捕らえてもうすぐ2か月が過ぎようとしている。なのに、調教は全くもって徹底的な効果を見せていない。

 わずかにだが最後に何かが、あのジェシカという女の中にあって。その頑強さが彼女という存在が崩れることを許していないのだ。

 

 ジェイコブの我慢は限界に近付いていた。

 ここまで頑固な女なら、さっさと殺して狼の餌にでもしてしまうが。ジョセフはそれを許さない。

 

 ホワイトテイル・マウンテンの勢力図に変化はない。

 ホワイトテイル自警団、南からくるジェシカのレジスタンス、そしてジェイコブのエデンズ・ゲート。

 

 陣取りゲームに大きな動きこそないものの、ジェシカがいないにもかかわらず。たびたびグレース、ジェス、シャーキー、ハーグなどが平然とジェイコブの兵士たちを襲撃しては、殺すのをやめようとしない。

 ジェイコブは当然のように対策を講じてはいるが。向こうもジェシカの救出に焦っているのだろう。襲えば必ず徹底的に叩き潰してきていた。

 

 さらにエデンズ・ゲートに囚われたジェシカがまったく崩れ落ちる気配がないことは部下たちを不満と不安にさせる危険性を生みはじめている。「ジェイコブやジョセフはあの女をどうするつもりなんだ?」耳を澄ませなくともジェイコブの耳には聞こえている。建物の物陰で、彼の家族たちが信仰に疑問を持つような言葉を平然と口に出していることを。

 

 だから、演出を加え。新しいアプローチを試してみることにする。

 あの女は全く理解しようとしない。神の試練を、ジョセフの導きに従う道に入るためにすべきことを。

 自分に与えられた苦痛によって彼女の中の恐怖と攻撃性はどこまでも高まっているのに、その方向の先には常にジェイコブがいて、ジョセフがいて。エデンズ・ゲートから1ミリたりとも動くことがない。

 

 これでは調教の意味がない――ならば。

 

 プラットの手招きに応じ、牢から出るとフラフラとしながらもジェシカはついていこうとしている。

 きっと希望を感じていることだろう。だが神が、ジョセフが――それは許されないことだ。

 

「あいつらが事務所に入ったら動くぞ。配置を確認しろ、間違っても逃がすなよ」

 

 ジェイコブの最後の指示を聞いて、部下たちは無言のままゾロゾロと部屋を出て待機場所へと向かう。

 カメラは事務所へと入っていく2人の姿を映している。

 

 ジェイコブは今更にしてひとつ後悔していることがあった。

 ジェシカの軍での記録のことだ。弟のジョンは警察時代を中心に資料を集めてくれたが。こうして長く調教を施してみると、どうやら5年前に放り出された軍では、なにかしらの訓練を施されたのではないかという疑念が湧き出してくるのだ。

 とはいえ、もう時間はない。ジョン()もいない。

 

 軍では部隊で大した実績を残せなかった女曹長という記録を信じ、ジョセフから与えられたこの試練を息子として無事に乗り越えなくては。

 

 ジェイコブはおもむろに館内の放送スイッチをオンに切り替えると、テープを再生させた。

 魅惑の男性ボーカルが歌が流れだすと、事務所の中ではプラットがこれを合図に反応する手はずになっていた、彼自身の無意識の中で――。

 

 

 プラットは先頭に立ってずっとしゃべり続けている。

 

「トラック。トラックだ……あるはずだ。それで外に出れる、何週間も前からずっと計画していたんだ、この時を」

 

 私は沈黙を守っている。

 何かを口にするつもりはないが。何かがあれば、自分では抑えきれないようななにかが飛び出してくる嫌な気配を自分に感じている。

 

「あったぞ、トラック!あれに乗るんだ。あれには、安全が――」

 

 するといきなりガチャガチャとスピーカーが雑音を放ち。続いて男の美声が流れ出てくる。

 プラットは両手で耳をふさぐと「なんで今だ!もうちょっとだったのに」と悲鳴を上げだした。なにかの恐怖にとりつかれ、過敏な反応を示す同僚の姿を私は感情のない目で見つめている。

 

 つまりはこういうことか?

 脱出は失敗?

 またあの檻の中に戻れ、と?もう出にくくてしょうがない自分の小便を飲み、畜生のように飯を与えられ、そこに混ぜられた薬でトリップする?

 冗談じゃない。

 

「おい!お前達、なにをしてる!?」

「う、撃たないでくれ!降参するから、降参するからさぁ」

 

 私はどうするかって?

 正気を間違いなく失っているに違いない声で、頭の中で悲鳴をあげた。

 それは恐怖ではなく。怒りであり、攻撃命令でもあった。

 

 自分でも驚くほど素早くショットガンを構える男に飛びつくと、組んでからはあっさり銃を奪い取り。

 銃床をそいつの横顔から叩きつけてやった。一瞬、その顔の皮がはがれるのが見て取れ。奇妙なことに愉快だと思った。

 

「な、なにをっ」

「……」

「ああ!駄目だ、駄目だっ。まだ駄目なんだよっ、クソッ。そんなぁ!」

 

 何が駄目なんだ?なぜ彼はこんなに取り乱している?

 流れているのは”ただの歌”じゃないか。

 

「新人、すまない」

 

 プラットはそう口にするといきなり私の身体を思いっきり窓の外に向けて突き飛ばした。

 それは完全な不意打ちと言って間違いないだろう。その上、やせ細った私の身体は軽く。プラットの突き飛ばしで、簡単に吹き飛ばされて地上へと落ちていく。

 

――私はまた捕らえられるのか

 

 最後に覚えているのは、薄れゆく意識の中で集まってきたペギー達に自分が取り囲まれているところ。

 建物のテラスから、そんな私を見下ろして怯えるプラットの顔だけであった。




(設定・人物紹介)
・ドイツ人女性
当初は名前も活躍シーンもあったのですが、長くなるからと全部カット!
留守番組としてここで登場となりました。

この人もジェシカと同じで、この作品の企画から大きく立場が変わってしまった人の一人ですね。ちなみに結婚していて中国人の夫がいます。

・プラット保安官補佐
原作ではヘリの操縦席に座っていた人。おそらくだが真っ先に捕まってしまったと思われる。

・ただの歌
プラターズの「オンリー・ユー」だが、何とも皮肉。
黒人歌手による「一心の愛」を歌った歌詞なのだが、見方を変えるとジョセフへの盲目な信仰を持つようにというようにも見えるという。


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愛憎の記憶

 知らせを耳にし、思わずイーライは「それは本当か?」としつこく聞き返したが。今度は一転して、そのことを誰にも話すなと念を押すといつも連れまわしている若者の首根っこをつかみ。有無を言わせずにバンカーの外へと飛び出していく――。

 留守にしたのはわずかな時間。しばらくするとバンカーの入り口が騒がしくなった。

 

「――よし、ここからは俺達が連れて行くからいいぞ。

 ああ、それからお前たちは急いで戻って。いつものように他に生き残りがいないかどうか、確かめるんだ。わかったな?」

「……」

「そうだ。頼むぞ、後はいつもの通りだ。それとこのことについて、後で連絡を入れるとハ―レイに伝えてくれ。気をつけてな。

 よし、それじゃ――ウーティ、俺達で彼女を奥まで運ぶぞ」

「わかってる。でも、これ、匂いがやばいよ」

「ああ、そうだな。だが我慢しろ、今だけはな」

 

 何事かとバンカーの中で待機していたホワイトテイル自警団のメンバー達が廊下をのぞきみると、入り口からひどい匂いを放つ。やせた大きな女をイーライとウィーティの2人で奥へ運び込もうとしていた。

 

 数分後、タミー・バーンズはこの知らせを聞くと慌てて部屋を飛び出し。

 イーライたちのいる部屋へと駆け込んでいく――。

 

「ちょっと!いったい何を考えているのよ」

「ああ、タミー」

「正気なの、こんなものをなんでっ!?」

「ハ―レイの部隊が見つけた。彼らの努力が報われたってことだろうな。ここしばらくはずっとジェイコブに張り付いて監視を続けていたんだ」

「そういうことじゃない。わかっているんでしょ」

「言いたいことはわかる。だが――放っておけないだろう。ほら、そこにいる小僧も俺の意見に同意した」

「ウィーティ、本気!?」

「ちょっ、巻き込まないで。僕はただ、中立の意見を採用しただけさ。子供だしさ、ね?」

「馬鹿け出るわ。どうしてこんなことをするの?」

 

 悪臭を放ち、見ただけでは女性とわからないほど弱っているその姿は病的で、幽鬼のように静寂の中に危険なものを秘めている。

 だがこれはトラブルだ。人の形をしていても、気を許してはいけないものだ。

 

「それじゃどうしろって言うんだ」

「放っておけばよかったのよ。ここに連れ帰ったりするのは最悪」

「タミー……」

「いいえ、駄目よ。わかっているでしょ?

 私たちはジェイコブに頭をいじられた人がどうなるのか、もう嫌というほど見せられてきたわ。彼女だってそう。

 なにかしたいのよね?それなら楽に死なせてあげるしかない」

「おい、タミー!?」

 

 イーライは信頼する部下の口から飛び出してきた言葉に驚きの表情を向けた。

 

「今のは言うべきではなかったし、聞きたくもなかった。仲間として信頼を失う、危険なものだったぞ」

「私は必要なことをただ、ごまかさずに口にしただけよ」

「だとするなら、俺は今の言葉は聞かなかった。いいな?

 もう意見を聞くつもりはない。これは必要なことだったんだ。彼女は、ここに連れてきた。戻ってきたんだ」

「――壊れてなければ、でしょ」

「おい、もうやめろ!

 みんなしばらくここから出て行ってくれ。彼女を休ませてやりたいんだ」

 

 そう言うとイーライは部下たちを部屋から追い出してしまう。

 ジェシカらしき物体に向き直り、改めてその姿を見つめる。タミーの口にしたことは大きくは間違っていない。

 あのジェイコブにたっぷりと頭の中をかき回されて2か月近くを暮らしていたのだ。なにも後遺症がないわけでもないだろう。

 

 だが、一方で期待もある。

 ジョンやフェイスのように、あのジェイコブから戻ってきたただひとりの女性が彼女だ。

 これが何も持っていないなどと、考えるのは間違ってはいないだろうか、と。

 

 それもすぐにわかる――。

 

 イーライは水筒を手に取ると、それをゆっくりとジェシカの唇に持っていく。

 

「慌てて飲んではダメだ。もう少しだけで――ああ、そうだ。それでいい。

 服を着替えてシャワーを浴びてこいと言いたいところだが、そんな元気もないだろう?いいさ、その長椅子はゴミ捨て場から拾ってきたやつだしな。アンタがそのまま使ってくれ」

 

 水筒を脇に置くと、今度はジェシカを眠らせにかかった。

 

「タミーはああいったが。俺達にはお前が必要なんだよ。

 でも、いまさらあせったりはしないさ。今は休め、お前がまだ戦場に立てるかどうかは、それからみんなで考えよう」

 

 ジェシカは逆らわずに横になると、あっという間に寝息を立てはじめる。

 いったいなにが、どうなって。彼女はここに居るのであろうか?

 

 

―――――――――――

 

 

 2014年、ポーランド――。

 

 作戦開始時間が迫る中、私もまた自分の中に爆弾を抱えつつあった。

 口腔内に波のようにひいては押し返す不快感。急激に、そして瞬間的に感じる疲労感。体温はわずかに高く、下腹部には月のものとはまた別の重たさが徐々になにかが悪くなっていることを脳に告げている。

 遠からず私は嘔吐か下痢、もしくは何らかの症状を引き起こして最悪ぶっ倒れることになるかもしれない。そうなったら――私の執念はその時が最後を迎えたということになる。

 

 もう、こうなっては執念というしかなかった。

 違法すれすれのやり方で、無理を押してこの作戦に参加した。もしかしたらこれがメリルと共にできる任務かもしれない、そう感じるだけの危機感が私をここまで駆り立ててきている。

 

「最終確認だ。これより秘密結社、アウターヘブンの幹部連中を一斉検挙。

 出ている名前は軒並み我が軍の元精兵たちだ。戦力差はこちらに分があるが、だからといって交戦はないという保証はない。

 抵抗の姿勢を見せるなら容赦はするな。穏やかに逮捕できればいいが。そうはならないとしても、敵を無力化することに全力でやれ」

 

 私はそっと私物の鉄仮面でバラクラバでは隠し切れない目元を隠す。

 ナノマシンを用意したロイドから、もし適合しないとして。上官は私の目元が充血するのをみて、怪しむはずだと言われていたからだ。

 

 私の残り時間は減り続けている。

 だが、それでもこの作戦中はなんとかやり切れれば問題はない。

 メリルが率いるRAT01(ラッドパトロール・チームワン)が、排水溝から連中が出ていくのを確認と同時に作戦開始。海に出る前に橋を挟んでそこに兵士が配置され。ヘリも到着する予定になっている。

 

 慌てて陸に上がろうとしても、ヘリと橋から攻撃を受けるし。

 上陸ができても、川沿いに足になるようなものはないと確認も終わっているらしい。2時間もかからずに、全ては終わるはずだった――。

 

 だが、異常事態が起きていることも分かっている。

 先ほどから町の中で、少なくない射撃音、爆撃音が鳴り響いてきている。だれがやっているのかはわからないが、どうやら派手なカーチェイスに、古い時計塔で暴れている奴らがいるらしい。

 想像でしかないが、あいつらアウターヘブンがここにいる理由のために。そうした騒ぎを起こしているのだろう、とのことだった。

 

 

 

 それは町が静寂を取り戻した。ようやくそう感じた瞬間に始まった。

 

「よし!始めるぞ、お前等。GO、GO、GO!」

 

 指示が出たのだとわかり、私も声を上げる。

 

「作戦に変更の予定はない。当初の予定通り、橋でアイツらを抑える、海にはいかせるな!」

「……」

「ヘリも予定通りに出発。我々が橋を抑えると同時に、アウターヘブンを。オセロット以下、十数名を一斉検挙する!」

 

 隠れていた小学校を出て、止めていた車に次々と乗り込むと誰の指示が出ることなくそのまま走り出していく。

 私も遅れずにその中の一台に飛び乗った。

 誰が口にしなくても分かっている。作戦はすでに動いているのだ。システムが、必要な指示を次々とこちらに送り。兵士はそれに従って無言でただ、動き続ければいい。

 

 その頃、川沿いに止めた一隻のパトロール艇は目標の乗った船にサーチライトを当て。

 準備と警告。その体制に移ろうとしていた――。

 

『オセロット!そこまでよっ』

 

 ガタガタと揺れる車内の中からでもわかった、彼女の声だ。

 

『ただちに武装を解除し、エンジンを停止するのよ!』

 

 システムからリアルタイムの情報が体の中に流れ込んでくる。

 川上と川下から船が、空からは予定通りヘリが。そしてもうすぐ地上を我々が埋め尽くすことになる。

 

 車両が傾いて橋の上へと入っていく。

 車は停止するが、エンジンは動いたまま。兵士はおりて武器を一斉に川の中央に向ける。

 まさにこれと同じことが、遠くに見える橋の上でも起こっていることのはずだ。

 

『全員銃を捨て。両手は見えるように上げなさい』

 

 奴らにとっては絶望、そう表現するしかないだろう。

 もはや多重の包囲網は見事に完成し、水中を除けば陸も空も水上も。そこに逃げ場は全く存在していないのだから。

 あとは諦めるのを待つだけ――。そうしないというなら、もっと悲惨な最期が待っている。

 

 メリルの乗る船が動き出した。

 包囲網が銃口を向けて見守る中、目標が素直に武装解除したかどうか確かめようというのだろう。

 あいつらがバカをしでかさないなら。これで終わりになる――。

 

 突然、メリルから『構え』との指示が出た。

 ライフルのスコープの先に、船の舳先に立つ長身の男が見えた。その姿は怯えるわけでもなく、自棄をおこしているようでもない。

 それなのに手を上げ、まるでこれから攻撃を支持するかのようなそぶりを見せている。

 

 川のどこからか、男が「やめろ、リキッド」と叫ぶ声がした気がした――。

 メリルは容赦なく「放て」の命令を下す。

 

――何も起きなかった。

 

 この日、最初の異常事態がここから始まった。

 兵士たちの手の中にある銃が、この瞬間にいきなりロックをかけてしまったのだ。地上に展開してる部隊だけではない。水上も、空中でも。

 ここにある武器のすべてが、誰かの指示に従ったかのように沈黙してしまったのだ。そしてそれをどうにかする方法は、兵士たちには与えられていない。

 

 苛立ち、困惑、戸惑い。それらが広がっていく。

 すると男は皆に聞かせるように叫ぶ。

 

『お前たちのSOPはとうの昔に頂いた。ここにある銃も兵器も、もはや貴様らのものではない!』

 

 ありえないことがおこり、立場は逆転していた。

 幾重にも包囲する力なき兵士たちは、世界の笑いものへとつきおとされていこうとしていた。

 

『見るがいい、これがガンズ・オブ・ザ・パトリオット』

 

 男の言葉が始まりとなり、世界に生み出された歪みはいきなり巨大なものとなって私たち兵士を襲い始めた。

 ヘリがコントロールを失い、川に展開するボート郡へと突撃を開始する。

 そして驚きで何もできないでいる私たちに向け、テロリストたちはたった一隻の船の上から一方的な攻撃をかけ始めた。

 

「くっ、おい。なんだよ、これはっ」

 

 それが本格的な攻撃を告げるものだと、理解することはなかった。

 システムは私たちに何も助けになるようなものを与えなかった。それどころか、兵士たちのナノマシンに暴走するような指示を出し。その影響を受けた兵士たちは、なんの抵抗もできないまま。次々と襲ってくる、戦場でのトラウマを無差別に呼び起こして苦しめる。

 私にもそれは例外なく襲ってきた。だが、その内容は仲間たちとは違っていた――。

 

 混乱、恐怖、怒り、それが私の中の不快感に直撃すると。

 私は仮面を投げ捨て、バラクラバを必死で脱ぎ捨て。橋の欄干から川へと一気に嘔吐する。

 胃の中のものをすべて吐き出すが、終わらない負のイメージに私はボウと突っ立っていることしかできない。その私がたまたま、視線を隣で苦しんでいた仲間に向けた。

 

 燃え上がる怒りが、混乱と恐怖を押し流してしまった。

 出てくる記憶には軍のなかで、私を正当に評価しようとしない男達。システムに順応出来ないでいる私を嘲笑する、彼らへの憎悪。

 押しとどめる理性はかけらもなく。それらはすぐに私に攻撃を始めることを命令していた。

 

 銃口を両手で握りしめると、思いっきり振りかぶり。頭を抱えて腰を曲げることしかできない無能な男の後頭部に叩き込んでやる。

 わずかな満足と喜びに震えてもっと必要だと思った。

 その隣で同じようにしかできない奴の頭を今度は蹴り上げ、あおむけになってのたうち回るそいつに跨って再びライフルの銃床を今度は何度もそいつの頭部に振るおろしてやる。

 

――訓練じゃ良くても、システムでいつも平均以下の奴に教えられるほど落ちぶれちゃいないんだよ。

 

 そんな言葉、もう聞けなくても全く心は痛まない。

 

――女のくせに……

――おい、やめてやれよ

 

 4人目まで、気分良く動くことができた。

 奴らは訓練でもそうだったように地面に倒れ伏したが。もう、あの憎しみの目を私に向けることはない。それが気持ちがいい。

 

 突然、横殴りに腰に飛びついてきたやつがいた。

 勢いをうまく殺すことができず。止まっている軍用車の扉にバウンドして、はっきりとした肉体からの痛みが走った。

 それが怒りを燃え上がらせた。

 

 私の暴走を止めようと、苦痛の中でも必死に止めに来た奴がいたようだ。

 3人の男たちは私にしがみつき、何とかして地面に押し倒して拘束しようともがいていた。もう、怒りが私を突き動かさない。

 

 もみ合いながらハンドガンを――メリルにあこがれて当時はデザートイーグルを下げていた――取り出すが、当然だが発射はできない。

 それに気が付くと私はそれを逆手に握り。こん棒のようにしてまとわりつく彼らの身体を滅多打ちにしていく。

 私の暴走は全く止まる気配は見えなかったが、これ以上悪いことは起こらずには済んだ。

 

 移動してきた車線上の上に私たちが入り、4人はすべてなぎ倒されてしまった。

 撃たれた衝撃から地面に倒れ。徐々に意識が薄れゆく中でも、私にあったのはこの長く隠し続けていた暗い欲望を満たせたという喜びだけ――。

 

 

―――――――――――

 

 

 ジェイコブの屋敷の壁はなく、私の自由を遮る牢の格子もない。

 バンカーの入り口に立ち、輝く太陽が美しく彩るこの大地を徐々に明るくしていくのをじっと私は見つめていた。背後に立つ男の気配を感じた。

 

「起きたんだってな。気分はどうだ?」

「――いいわ」

「多分、ちゃんとした挨拶ってやつをやっておくべきだと思う。イーライだ。イーライ・パーマー、このホワイトテイル自警団をやってる」

「ジェシカ。ジェシカ・ワイアット。新人の保安官だった」

「風呂に入ってくれて助かったよ。着替えてもくれたんだな」

「好きでやってたわけじゃなかったから」

「ああ、わかってる。大変だったんだろう」

 

 どこかの農場にでもいそうな男物の白いシャツと青いジーパン。

 だが、体のボリュームは一回り以上やせ細ってしまっている。SWATの時代でも落とさなかった体重は、見る影もなくなっていた。

 

「私は、どうすればいい?」

「――それをあんたと話し合おうと思ってきたんだがね」

「まだ私は戦えると思う?ペギーと、ジョセフと」

「あんたは自分ではどう考えてるんだ?」

「準備はできていると思う。自分では」

「俺もそうであってほしいと願ってる。これは正直な話だ、今のホワイトテイル・マウンテンの状況は良くないんだ」

 

 イーライが言うにはホワイトテイル・マウンテンは停滞を始めている、らしい。

 ジェイコブは屋敷をまったく離れなくなり。イーライは動けず、グレースたちは攻撃を続けているが。最近ではペギーの反応も良いようで、なかなかこれと言った戦果につながっていないらしい。

 

「単純な話、あんたが戻れば彼らは――ジェスやグレースなんかは元気を取り戻すとは思う」

「反対なの?」

「――どうかな。ただ、うちではアンタはもう戦えないと主張する声があるんだよ。今のアンタを外に出すのはマズいってね。

 当然だろう。あのジェイコブに2か月もたっぷり可愛がられていたんだから。今、正気を保ってこうして話していることさえ、俺には奇跡だと思わない瞬間はないんだ。ただラッキーだった、とはなれないんだよ。保安官」

「私が戻れば同じようなことを言われると?」

「多分な――まぁ、連中にしてもあんたを心配してのことだから。仕方ないんだろうが」

 

 フェイスを倒した直後。

 私の行動を見て不安になっていた皆の顔が思い浮かんだ……。

 

「彼女たちは何をしてるの?」

「俺も以前は援助していたんだが。ジェイコブが使う”神狼”に対処しようとしているようだな。

 ファング・センターの周辺を抑えて学者をそこに戻して研究させてるらしい。そのせいでジェイコブも無視できなくなったらしく、逆に彼女たちもそれに対処するために動きにくくなったようだな」

「ということは、今ならあなた達は動く余地があるってこと?」

「期待してもらって悪いが、それほど単純な話じゃない。俺は、確信がないなら動かない男だ。ジェイコブにもそう聞かなかったか?」

「そんなことを言ってたわね」

「あいつのことさ。どうせ弱者だ弱虫だ、言いたい放題だっただろうな。でも、それでやり方を変えたりはしない。俺たちはそうやって生き延びて(サバイブ)これた」

「ここのリーダーは渡さないって言いたいわけね。了解」

「ああ、そういうことじゃないんだが――でも確かにそれだとジェイコブの奴も喜ぶ、やめてもらいたい」

 

 苦笑しあって、少しだけ黙る。

 

「それなら、あなたが私を使ってみるというのはどう?指示をくれれば、兵士として動いてもいいわ」

「有難い申し出だが――俺があんたをうまく使いこなせるとは思えないんだよ。そこも、悩ましいところでね」

「そう……」

「だが、ウルフズ・デンはあんたを温かく迎えるよ。ここは俺達のバンカーだ、これのおかげで今までジェイコブと戦ってこれた」

「それじゃ、どうしたらいいと思う?なにか考えがあるなら、聞かせて」

 

 イーライは景色を見るのをやめて私に向くと、下からじっと見つめてきた。

 静かに首を横に振りながら――。

 

「なによりも前に、まずは本当に戦えるか確かめたほうがいい。それに体力が戻るのを待たないと」

「どちらもこれからに必要なものね。でもゆっくりリハビリ生活を楽しめるような状況でもないでしょ」

「武器と弾薬はある。でも当分、攻撃する予定はないんだ」

 

 今の私には用はないということか。

 

「――わかったわ。新しい服があるなら、もらえないかしら。

 それと銃も。数日狩りに出てくるわ、このホワイトテイル・マウンテンで」

「それならウィーティーの奴をつけよう。俺の信頼の証としてな。

 でも、あまりこき使ったり甘やかせたりしないでくれよ?大切な俺の友人でもあるんだ」

 

 うなづきながら太陽に背を向ける。

 ウルフズ・デンへと戻りながら。私は自分の心に問いかけてみた。

 

――私はまた、戦場に立てるのかしら。

 

 答えはなかった。

 そのかわりに暗い炎がチリチリと爆ぜてここにまだあるのだと告げてきていた。




(設定・人物紹介)
・タミー
ホワイトテイル自警団の幹部、中年女性。
捕らえたペギー相手にシャレにならない処置を施している。彼女の部屋に最初に入った人はだいたい驚いた後でドン引きすることになるだろう。

イーライを支え、ペギーとジェイコブに対する容赦のなさは。どうやら恋人をペギーとのトラブルでひどい結末を迎えたからと思わせる節がある。


・ポーランド
MGS4、欧州ステージ。
原作では断言されていなかったが、こちらでは断言させてもらった。

同時にこの物語が誕生するきっかけとなったシーンでもある。


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休息

気が付けば、なぜかまた難しいことになってる気がする。
こちらも次回は未定。


 私は悪夢を見た――。

 

 それを悪夢と認識できたのは、同じような状況で苦しめられた記憶と体験がまだ強烈に残っていたからだが。

 とにかくそれは夢なのだということはわかっていた。

 

 ジェイコブとジョセフ・シードが並んで立ち。

 冷たく揺るぎもしない黒光りした格子を挟んで、そこから離れたところに座り込む痩せたオオカミがいた。

 そのオオカミは捕食する獣として、その両目には怒りの炎が激しく燃え続けており。荒い息で半開きの口から除く歯の鋭さに殺気がみなぎっていた。互いの間にあるしきいが消えれば、その様子を見ればわからないはずがない。

 獣は状況が許せば人間を襲うものだ――。

 

――吾々はまた、こうして会うことになったね

 

 ジェイコブから離れ、格子に近づき。腰を落としながらジョセフはそう切り出してきた。

 そう、あの時おなじようにジェイコブに囚われていた私にしたように。そして狼は沈黙を続けている。

 

――苦しいのはわかっている。我々は互いに傷つけあい、奪い合ってきた。

――これらはすべて神の大いなる御意志によるものだ。

 

 相変わらずその口から出てくるのクソばかりだった。どれひとつ、なにひとつこの男には真実がない。

 ここからジョセフは自らの過去を告白がはじまる。

 くだらない男に引っ掛かり、みじめな2人の関係が悲惨な最期を迎える前に。もっと悲惨な現実が彼女を襲われたのか。そこに何かの意思があったとかなかったとか。そうだ、わかってる……。

 

――だから君がどれほど否定しようとも、この状況が変化することはないだろう

――神は望んでおられるのだ。

――我々は君を殺すことはない。君が私の言葉を受け入れ変化の訪れを待つしか

 

 狼は小さかったが、確かにこの時うなり声をあげる。

 ジョセフは諦めることはなく。聖者のようにふるまうことをやめようとしない。

 

――君は変わる。きっとそうなる。

――あとは時間が必要というだけで、結果が変わることは決してないんだ。保安官。

 

 ハフッ、ハフッ、ハフッ……。

 

 狼は笑っていた。

 目の輝きも、開いた口からのぞかせる牙の鋭さも変わりはなかったが。

 獣は人の言葉を理解したかのように、ジョセフのすべてを笑い続けている。

 

 

 私はいつしかこの悪夢の中を一歩離れた距離から観測していたことに気が付いた。

 記憶と体験にはないジョセフの言葉だが、あれは間違いなく奴の言葉。そしてあの獣はきっと私自身であったのだろう。

 

 ジョセフは沈黙し、狼は笑い続けている。

 現実はああではなかった。私は無言を貫くだけで必死になっていただけだった。

 ということはアレが私なのか。ジョセフの虚言を信じなければ、それは獣と同じということなのか。

 神の意思とやらは事実で、このホープカウンティの惨状に彼らの責任はないとでもいうつもりなのか。

 

 ならば私は狼の皮をかぶった人間で構わない。

 

 

―――――――――

 

 

 太陽はいつの間にか高いところまで登っていた――山小屋を出ると、裏にある小さな滝のある川へと向かう。

 白のTシャツに手をかけると私は複を脱ぎ散らかしながら歩き続けた。水辺に出る頃にはすっかり裸だ。

 

 水の表面に映った自分の姿を見る。

 そこにあるのは、すっかりみすぼらしい体になってしまった私がいた。

 

 山小屋で過ごした数日間。

 私は自分を取り戻そうとして必死に獣の血肉を食らい、体を動かしてきた。

 残念なことに期待したものは感じられない。

 

 薄い脂肪の下に磨き上げた筋肉は残らず消えた。軍をやめてもソレだけは残していたのに。

 元から誇るような美貌などなかったとはいえ、病的なやつれ方に肌の荒れが私に残されていた若さも奪ったようだ。

 疲れ、痛み、悲しみ、そして怒りが。目元に異様な力を与え、輝き続けている。

 

 ジェシカはため息をひとつ吐き出すと、水の中へと入っていく。

 

 ホワイトテイル自警団のリーダー。イーライの計らいにより、人気のない山の中。若者と2人、山小屋に泊っていた。

 そこは空白の土地なのだそうだ。

 道からは遠く離れ、獣も歩かず。しかし、そこから山を越えようと昇るか、ふもとに向かっておりていけばすぐにもペギーとの喧騒が始まるという。つまりペギーとレジスタンスが争いを続ける限り、ジェシカはここに居ればひとりだけずっと危険に襲われることなく過ごすことができるということらしい。

 

 最初はそれが本当なのかと疑ったものだが。数日も静かに過ごせば、事実であったと納得しないわけにはいかなかった。

 

「――いい場所。本当にね」

 

 病み上がりの体に水の冷たさは刺すような痛みを与えるが、それもしばらくのことだ。次第に体感がそれを温かさだと認識を新たにしていく。

 泳ぎながら、ジェシカは考えている。

 これからどう戦えばいいのか。この戦いをこれからどう終わらせたらいいのか。

 

(最前線では物事は大抵悪いほうに転がるものい。それは正規の任務であろうと不正義の任務であろうと変わらないわ、ジェシカ)

 

 彼女の教えを思い出す。

 軍は兵士を送り出すとき、常に万全の体制――準備ができていると信じて送り出す。

 だが、それはいつだって完璧とはいかない。必ず何かが失敗という形で進行の邪魔を始める。

 

(あなたもそうだった。

 いいえ、違うわ。あなたはもっと最悪の事をした。ミス、したわね)

 

 わかってます、メリル。私は相変わらず頭でっかちで不満ばかりの駄目な弟子です。

 判断ミスを、おかしました――。

 

 拠点を奪い返した直後に、少女の誘いに乗ってしまった。

 彼女、ジェスの復讐などかかわるべきではなかったのだ。あれはやってはいけないことだった。

 

 確かにダッチの身内ではあったし。彼の頼みを聞くことを理由にこのホワイトテイル・マウンテンに入った。

 だが事実はそうじゃない。

 ジョン、フェイスらとの戦いで傷つき、錯乱じみた行動を始めたことで限界が来てしまったのではないかという恐怖にとりつかれてしまっていた。

 症状を見守り、自分を見つめなおす時間が必要だったのに。それは必要ないと勝手に思い込もうとしていた。

 

 その結果、さらなる成果を必要と”英雄的な行動”をとってつかまってしまったのだ。

 どうしようもない。

 軍が自分を正しく使おうとしないなどと、どの口が言えたのだろう。ミスなどして仲間を殺し、部隊を壊滅させたとしても不思議はないじゃないか。

 とんだうぬぼれ屋であった……。

 

「谷の中にとどまるものは、決して山をこえることはない。まさにその通りよね……東洋では井戸の中のカエル、海を知らないって言うんだったかな。ああ、もうどうでもいいことなのに」

 

 仰向けになって水面に浮かびながら、腹立たしさに細くなった両手を上げて水面を叩いた。

 涙など流さないが、不思議と湧き上がる不満や怒りもまったくない。どうやら私の中から消え去ってしまったようだ。

 

(部族の教えを思い出せ。怒りは自分への毒、なるほど。先人たちの教えもバカにならない)

 

 年を取った、老いた。そう考えろというのだろうか。

 あの怒りは若さで、繰り返し与えられた苦痛、屈辱がそれらを塗りつぶすように消し去ってしまったか。

 

 とにかくジェシカの中には今、2つのことしか存在しない。

 ひとつは最前線へ、あの戦場へと戻らなくてはならないということ。

 そしてもうひとつは自分の残っている仕事を――任務を果たさねばということだ。

 

 以前もあったはずのそれらは今、これまでとは違う一層激しい輝きを見せていた。

 任務とはこれほどのものだと自分は理解できていなかったことが不思議なくらいだ。

 そして思う。メリルも、あのシャドーモセスで苦い経験を味わったことで多くを手にしたのではないか。もしかしてあの当時、彼女が自分に伝えたかったことをようやく今、ここで自分は受け取ることができたのではないかということ。

 

(状況に判断が必要だと感じたなら、正しく任務を確認しなさい。あなたが真に兵士であるなら、任務はあなたがすべきことを明確に伝えてくるものよ。それが例え、クレイジーなものであったとしてもそれは”その時には正しい”ことなのよ)

 

 メリルの言った通りだ。彼女はやはり、常に私の先を歩いている優れた兵士であってくれたのだ。

 私の任務は、あの戦場に戻るように私に訴えている。

 ジェイコブと戦い、障害を取り除き。そしてジェイコブ・シードを……。

 

 

 ガサガサと草木を分けて進む音をはっきりと認識し、私は視線を周囲に走らせる。

 接近する気配には特に気を付けていたはずだが。白昼堂々と素っ裸で水遊びはやりすぎた。あの若者、ウィーティーは山小屋に気配がまだあるので生きているとは思うが。助けを呼ぶのは今更だが良い事かどうか判断に迷う――。

 

 私はなぜか不思議と緊張と不安を感じることなく、淡々とそんなことを考えていた。

 だがそれもすぐにわからなくなる。敵意は全く感じない、だが岸に脱ぎ散らかした服の向こう側、木の根元にクーガーがひょっこりと顔を出していた。

 

「――ピーチズ?あなた、ピーチズよね」

 

 そのクーガーには首輪がされ、ピンクのリボンもついていることに気が付き。近づくことなく距離を保ったまま私は確信をもって名前を口にした。

 ヘンベインリバーのクーガー・センターでは、人気のプリンセスがいる。

 名前はピーチズ。そこを管理する老婆によれば、自分の世話をする相手は皆、本人を愛しているのだと考えるようなメスらしい。

 

 フェイスとやりあっていた時、あそこの山で何度か出会った記憶があるが。

 まさかこの私を心配して、わざわざホワイトテイル・マウンテンまで様子を見に来てくれたのだろうか?

 

「一緒に水浴びはどう?興味はない?」

「……」

「わざわざ様子を見に来てくれたの?それで――お姫様、あなたには私はどう見える?」

「ファーア」

 

 これでも真面目に聞いたのだが、見事に大あくびで返されてしまった。

 別の言葉が聞きたかったのだろうか?

 

「体重は落ちたわ。女性らしい体だって、いまなら男にも褒められる自信はある。まったく嬉しくはないんだけどね」

「……」

「まだ準備は――覚悟ができてないと思う。前と同じようにはできない、わかってる。でも戻るわ、これは私の任務だから」

 

 誰かに止められて、このままホランドバレーやヘンベインリバーに引っ込むつもりはなかった。

 だから今は、メアリーやジェローム神父、アーロンやトレイシーに会いたいとはまったく思わなかった。

 そして仲間たち――グレース、ニック、シャーキー達。彼らにも今は、会うつもりはない。

 

 この姿を見て、彼らに心配されたくない。哀れまれたくはないのだ。

 彼らに「もう戦わなくていい」と言われたくはないのだ。

 もうわかってしまったのだ。かつて軍に拒否されて抱いた怒りを、彼らホープカウンティの善き人たちにもしてしまうことがわかっているから。

 

「あなたに会えて正直嬉しい。孤独に悩んだつもりはないけど、なんだか自信を貰えたみたい」

「……」

「本当に泳がない?まさかすぐに帰っちゃうの?それは寂しいな、ピーチズ」

 

 クーガーは水辺に近づくそぶりを見せたが、すぐにこちらに尻を向けると脱ぎ散らかした私の服の隣に座り込みながらまたも大きな欠伸をする。

 その様子はまさしく貴人のそれにも似て「こっちはこっちで好きにする。お前も勝手にどうにかしろ」と言っているように思えた。

 

 私はクスクス笑いながら、先ほどと違って今度は水中へと潜っていった。

 息を止めて、吐き。息を止めて、吐き。それを繰り返し、川の水底を何度もかすめて泳ぐと、いつの間にか水辺にいたクーガーの姿は消えてしまっていた。

 私も、もう十分泳いだと思い。岸に向かって歩き出す――。

 

「そう。そうね、そして私はジョセフ・シードを逮捕する」

 

 それが私の任務。

 メリルが言った通りだ。こんな私でも、今の私でも、任務は変わらずに私に必要なことを伝えてきてくれる。

 その声は今、はっきりとこの耳まで届いていた。

 

 

――――――――――

 

 

 山小屋を出て鍵をかける。

 

「今日も快晴ね、準備はいい?青年」

「今日も帰り道の途中でへばってくれてもいいんだけどね、保安官」

 

 輝く笑顔を崩さないジェシカと違い、ウィーティーの表情は微妙で。さらに口にした皮肉が全く効果をなしてないことに嫌になってしまう。

 

 ここにたどり着いた時は、ここにたどりつくまで何度も休みを入れなくてはならないほど体力が落ちており。到着した後も、悪夢とフラッシュバックに怯える様子を見せていたので心配していたのだが。

 それが数日過ぎると、ぱったりとなくなり。傷ついた女性は消え、活動的というにはエネルギーの有り余る女性がそこにいた。

 それだけでもウィーティーは目を白黒させられているのに、さらにジェシカは「元気になった、戻ろう」などと言い出したからさぁ、大変。

 

 若者の思いやった言葉の数々をものともせず、ジェシカは今日という日を迎えたのである。

 敗北したウィーティーに出来たことと言えば、彼女の休暇を2日伸ばすこと――つまり1週間にしたことだけであった。無線ではイーライやタミーにボヤキ、知恵を請い、掩護さえ求めたが。

 彼らも通信機越しに『ならもう戻ってこい』と言って、早々に白旗を上げてこちらの役には立ってくれなかった。

 

(きっと何か言われる。僕はベストを尽くしたのに、ギャーギャーと)

 

 若者に必要なものはあのバンカーに隠してあるリンゴの密造酒だった。

 もどったら一本ブンどって、丸々飲み干してやるんだと予定に書き込んである。

 

 ウィーティーの願いはむなしく、ジェシカは元気に斜面を降りていくと昼過ぎを狙って車道に出た。

 本当はそこから長く歩き、夜中にウルフズ・デンに到着するつもりであったが。

 

 途中、対面から走ってくるペギーのバンを見るとジェシカはひとつ頷き。ハンドガンを運転席に向けて滅茶苦茶に撃ちまくって見せた。

 ウィーティーはそれを見て血相を変え、絶望してまったく身動きが取れなくなってしまったのだが。ジェシカは平然と片膝をつきつつハンドガンのリロードを終え。背中に担いでいたライフルを構えると、顔色一つ変えずに慌てて車を止めて運転席から飛び出してくるペギーの頭を吹き飛ばして見せたのだ。

 

「ちょうどいい脚ができたわね。運転してくれるんでしょ、ウィーティー」

「やるよ。やるやるっ」

 

 絶望が一転二転してしまったか、妙に興奮しだすウィーティーであったが。ジェシカは気にせずにバンの後部座席の扉を開くと「おや?」と少し困った表情を見せた。

 口にテープを何重にもまかれ、両手両足を拘束された怯えた目の若者たちが並んでそこに座っていたのだ。

 

「ほ、保安官!こ、これはもしかしてっ」

「――護送車だったようね。適当に撃っちゃったけど、流れ弾に当たってなければいいんだけど。笑えないわ」

 

 ウィーティーは慌てて彼らの拘束を解こうと近づこうとしたが、今度はジェシカがそれを許さなかった。

 

「ど、どうしてっ」

「冷静になって、青年……あなた達に聞くけど、レジスタンスなの?」

 

 彼らは互いの表情を見あった後、一斉に頷く。

 

「別にペギーだからっていきなり殺したりはしないわよ?まぁ、いいわ――それじゃよく聞いて。今からレジスタンスのところに連れてってあげる。でも悪いけど、車を降りる時に足以外の拘束を解かないから。文句はあるでしょうけど、それは到着したらイーライに言って頂戴。

 とにかくルールはひとつ、到着するまでは自分は荷物だと思って行動しなさい。勝手な行動をとれば安全は保障しないわ」

「――僕からはひとことだけ。自殺願望がないなら、彼女の指示に従うべきだ。僕が君たちにしてやれることは何もないからね」

 

 なぜかジェシカの時よりも、レジスタンスの若者たちの理解はウィーティーの言葉の方に大きくうなずいていたことで示された。

 ジェシカにはそれが少しだけ不満だった。




(設定・人物紹介)
・ピーチズ
原作では捕食者(プレデター)となって暴れてくれるクーガー。
襲ってもいい人間を見分けつつ、隣に猟犬やクマがいても動じない勇者。実際、強すぎるのでこの作品では仲間にはなれなかった。

FC5はやはり、ブーマー、ピーチズ、チーズバーガーの獣軍団でペギーを襲う時が一番楽しいと思う。


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Dudo Love

『FARCRY NEW DAWN』が発表されてしまい、やる気が一気に低下してしまいましたが。とりあえずうちはメタル世界の話なので、ドーンしないってことで決着付けました。
ということで、続けます!


 タミー・バーンズがホワイトテイル自警団において強い発言力を持っている理由はいくつもあるが。とても残念なことにそれでもその多くの部分を占めるのが、彼女のここでの責務に対する恐怖であることは否定できない――。

 

 そこはバンカーの奥深く、誰も近づかせない彼女のための”仕事部屋”がある。

 ペギーがホープカウンティの人々のしたのと同じく。部隊が捕らえたジョンの兵士達はそこで彼女の手によって尋問をうけることになる。

 

 とはいえ、こうした行為には”専用の技術”というものが必要だ。

 どんな手順で進め、どのような方法を用い、どこまでそれをやったらいいのか――プロはそれを知っている。

 だがタミーには……いや、そもそもこの自警団にはプロはいない。それでも情報が必要だから、イーライはそれを必要としていた。

 

 たとえそれが非道な行いをしたかつての隣人とはいえ。人はそうそう冷酷、冷静に非情な責め苦と質問を繰り返し。素人であるがゆえに当然だが、やりすぎた結果が出ても動じない。それどころかすぐにもイーライの指示で、新しいペギーが部屋の中へと送り込まれてくる。

 

 終わりのない2人だけの苦痛の世界。満足のいく答えが出てくるまでそれを続けるルーティンに常人の神経は耐えられるはずもない。

 だがタミーにはそれができた。ペギー達に向けられる強い憎しみ、愛するものを”破壊”された結果むかえたこの惨状への怒り。彼女のそれは間違いなく男たちよりも激しく、そして慈悲や救いを彼らに与えることを一切拒絶することができたのだ。

 

 今日も又、新しいペギーがタミーの手によって静かに沈黙する――。

 苦痛の中でタミーの質問には答えず、繰り返し神への祈りとジョンへすがる言葉を繰り返したそいつにタミーは間おじゅのない目を向け観察をやめると。”いつもそうするように”新しいゴム手袋へと交換すると、部屋の隅の清掃用具を引っ張り出してきて、体から漏れ出てくる糞尿らの処理を淡々と行った。

 

 

 かつてアメリカにもギャングが銃器を簡単に手にし、街中で暴れる危険な時期が確かにあった。

 そんな時、町の警官たちは嘆いた。「こちらがピストルを取り出せば、あいつらはマシンガンを持ってきた。こっちが新しい防弾チョッキを用意したら、そいつを貫く弾をあいつらもよういしやがった」と。

 このたとえはまさにジェイコブとイーライの対立そのものだ。

 

 ジョンの子供らの中で、ジェイコブの部下たちが一番狂信的であった。

 彼らはジョンの言葉、ジェイコブの指示を疑うことなく妄信して実行に移すことができた。そんな連中と対立せねばならないとき、自分達もまたおぞましい存在にならなければ。理想だけではこの戦いに生き残ることは難しかったのだ。

 

 だからイーライはタミーに気を遣うのだ。

 彼女がこの汚れ仕事を志願してくれたことに報いようと、それを不気味に思っている仲間たちに経緯を持つようにと徹底してくれた。だからタミーも、この責任をひとりですべて飲み込んで続けることができる。

 

 

 片付けの佐合も終盤を迎えるころ、珍しくイーライが扉をノックして入ってきた。

 

「タミー、ちょっといいか?」

「ええ、それは構わないけど……もう次が到着したの?それとも報告が必要?残念だけど、新しい情報は――」

「そうじゃないんだ。実は保安官が戻ってきた。君が彼女を見てほしい」

「そう、あきらめてないのね。本当に彼女に武器を持たせるの?」

 

 イーライはちらと裸にひん剥かれて床に寝かせられた死体を見ると。

 

「それを君に見てほしいのさ。残りの掃除は俺がやっておくから。頼むよ、タミー」

「――わかった。それじゃお願いね」

「ああ」

「ねぇ、ひとつ聞いても?」

「なんだ?」

 

 タミーは意地悪い笑みを浮かべた。

 

「2人っきりにしてあげる。でも、あのお尻で満足したいなら素直に言えばいいのに」

「そうか。俺への侮辱を楽しんだな、それじゃさっさと行ってくれ。人に見られるのは恥ずかしいだろ」

 

 悪趣味なジョークを聞き流して部屋から追い出させると、イーライは真顔になってタミーの作業を無言で引き継いだ。

 

 

――――――――――

 

 

 バンカー内はちょっとした騒ぎになっていた。

 ジェシカたちが1週間で戻ってきたことも驚きだが、”拘束された住人”を連れてきたことが話題になったのだ。

 

 ウィーティーは若者がまだ目にしていなかったジェシカの冷静な銃の扱い方を(やや誇張させてはいたが)皆に話して聞かせ、バンカーのなかではこの良い知らせに久しぶりに皆の顔に笑顔がもどっていた。

 タミーはそんな彼らの中を進みながら(イーライはこれを見せたかったのだろう)と考え、同時にため息をつく。

 

 イーライはタミーにも保安官を加えることに同意してもらいたいのだろうが、やはりそれは良い考えとは思えない。

 とはいえ、あの若者がここまで興奮して武勇譚を吹聴してしまっては、過去の経験だけで彼女を排除すべきと自分が言い続けても孤立することになり。それはひいてはイーライに迷惑をかける事にもなる――。

 

 

 タミーはジェシカを呼んで2人だけでバンカー内の武器庫に入る。

 

「戻ったのね。まず簡単に診察させて頂戴」「ええ、構わないわ」

 

 あっさりとその場で下着姿になるジェシカを、タミーは素早くみる。これは簡単な確認作業に過ぎないからだ。

 

「驚いた、回復力がすごいのね。内出血したところはあざが小さくなってる。目の上の腫れもすっかりひいたみたい。なにか言っておくことはある?めまいがするとか、フラッシュバックがあるとか」

「そういうのは多少はね」

「そうよね。痛みはまだ残ってるわよね?」

「山小屋では静かに休みもしたけれど、それと同じくらいに体を動かした方が治りもいい時があるみたいよ」

「――そのようね」

 

 見極めろとイーライは言うが、これは難しい。

 ジェシカはあいまいな答えをすることで、自分がタフで傷ついてないなどとは考えてないと言っている。タミーがジェシカを拒否する理由がこの瞬間、なくなったも同然だ。もちろんだがまだ危険は潜在的に残ってはいるが――。

 

「覚えているかしら、忘れるわけがないわよね。私はタミー。タミー・バーンズよ。ジェシカ保安官」

「ええ、あなたの言ったことも理解してる」

「ありがとう。それでもお互いあまりいい出会いではなかったことは間違いないわよね。でも、謝るつもりはないと今でも私は思ってる。

 ウィーティーはすっかり浮かれているようだけど。あなたは今日もまた、ここでは依然危険な存在だと証明した。これまで誰もが正気では戻ってこれなかった場所から帰ってもね」

「わかってる」

「でもあんたを認めないわけじゃない。イーライも今のあなたをもうすっかり信用している。

 私の考えは変わらないけれど、彼のためにその考えに従ってもいいとは思ってる。あなたにはその価値がある?」

「私が今日やったことはこれからもやるつもり。それが証明になるなら、きっと私たちはうまくやっていけると思わない?」

 

 いいでしょう、タミーは折れた。

 

「解散したPMCから流れてきた軍隊でも使ってるデジタル迷彩があるわ、これを使って」

 

 そばの椅子の上に置かれたバッグをジェシカに渡すと、彼女はさっそく着替えを始める――。

 

「すべてがまだ平和だった時。誰もエデンズ・ゲートのクソどもが危険だと考えてなかった時からイーライはこの事態を恐れて用意していた。おかげでジェイコブを相手にしても、この辺にいた連中と違ってしぶとく今日まで戦うことができたのよ。それでも、状況は難しいわ――」

 

 森林用の迷彩服に続き、キャップと赤みが買ったシューティング・ゴーグルをつける。

 

「ジョンやフェイスをあなたが倒してくれたおかげで、防戦一方だった私達だけど。最近はだいぶ楽にはなった。

 でも無傷ではいられなかった。イーライは粘り強くチャンスを狙っている。でもそのチャンスはまだなくて、ジェイコブもこちらを攻めあぐねている」

「それって……」

「イーライは恐れてる、このままだとお互い出血を続けるだけの消耗戦になるって。ペギーはそれを全く恐れてない。ジョンのクソ野郎の言う通り。頭を空っぽにしてあいつらの言うままに戦い続けてる」

「ジェイコブは元軍人だと聞いたわ。そんな奴が、消耗戦を喜ぶとは思えないけど」

「――ええ、それはイーライも言っていたわ」

 

 本当はそれ以上を言っていたことをタミーはあえて黙っていた。

 イーライは実は今、追い詰められつつあった――彼もまた、あのジェイコブがこのホワイトテイル・マウンテンで共に終結資することを良しとは考えてないことはわかっていた。

 だとすれば答えはひとつしかない。

 

――奴らは兵を補充している。それが可能とするなら、独自に州の向こう側から人をホープカウンティに入れるしかない。

 

 実際、より用心深く神経を使って動くイーライと違い。

 ジェイコブは兵の運用に変化はない。そしてそれこそがペギー達の余裕にも思え、最悪の終わりについて考えないわけではない。

 

「とにかく、状況は悪い方に転がっているわ。そして物資もあまり潤沢に残ってもいないの」

「……」

「安心してよ。あなたのお仲間から武器を譲ってもらったから」

 

 タミーが最初に取り出したのは2連装のソードオフ・ショットガンだ。

 

「女や子供もうちにはいるの、おかげでピストル・ショットガンは売れきれなのよ。そのかわりこいつを使ってちょうだい」

「わかったわ、問題はない」

「お願いね」

 

 実はイーライは自信のもっているデザートイーグルを譲ってもいいなどと言っていたが。タミーはそれだけはしてくれるなと止めていた。

 彼は気にしてはいなかったが、ジェシカはやはり別のレジスタンスを率いていた女性だ。イーライが変に気を遣えば、今の字形団員たちはそれを変に誤解して混乱が生まれるかもしれないことをタミーは恐れたのだ。

 

「ライフルは――ちょっと心苦しいのだけれども」

「使えるものならなんでもいいわ」

「そうじゃなくてね。渡せるのはこれしかないのよ」

 

 そう言ってケースの中から出てきたのは、ステア―AUG。

 ジェシカはふと、その銃とそれを入れていたケースに見覚えがあることに気が付いた。

 

「わかると思うけど、これはあなたのところから送られたものなの」

「ああ、どおりで」

「このライフル、最初は珍しがって皆欲しがっていたんだけど。実際に使うとやっぱり使いにくかったみたいでね……」

「問題ないわ」

「そのかわりにグレネードランチャーを持って行って。これもうちだと使い慣れてなくて、皆怖がって使いたがらなかったから――」

 

 ジェシカは渡された武器とそれにつかう弾倉を次々とチェックする。

 タミーはその様子をそばで同じく無言のまま観察を続ける。

 

 流れるような作業は、ジェシカがM79グレネードランチャーに触れていた時。突然、止まった。

 

「?」

「……」

「保安官?ジェシカ、なにか?」

「――いいえ、大丈夫よ」

 

 そう答えると、そこから最後まで再び作業が止まることはなかった。

 

「準備はできたと思う。任務はないかしら?」

「その前に答えてもらえる?本当にここで兵士として戦うつもり?グレースたちのところに戻ったりしない理由はなに?」

「まさにその問いが答えと言っていいかも。

 ジョンもフェイスも、苦労して倒したわ。でもそのせいで、今度は皆が私は休むべきだってそれを押し付けてくるのよ。

 ここに来たのも、結局はダッチの話でジェスのことをきけたってだけで。あのきっかけがなければ、しばらくはホランドバレーに釘づけにされていたと思うわ」

「でも、それなら。ジェイコブの手に堕ちることもなかった」

「……」

「違うと思ってる?」

「いえ、あなたが正しいと思う。私はあの時――物事がうまく回り過ぎていて、冷静に見ることができなかったのね」

「それが問題なの?」

「保安官で武器を持って戦えるのはもう私しかいない。それは別にいいのよ。

 それでも私が大丈夫と言っても、この体を見たらむこうにいる仲間たちは納得しないでしょうね。それならもうしばらくは放っておいてほしいのよ」

「きっと心配しているわよ?」

「ええ、でもね。ジェイコブをこのまま放り出すわけにはいかないの。それだけは譲れないわ」

 

 結局、保安官は自分と同類なのかもしれないな。

 タミーはそんなことをふと思ったが、黙ってうなずく。なんだかさっきよりもずっと、仲良くなれそうな気がする。

 

 

――――――――――

 

 

  女性ジャーナリスト、ナスターシャ・ロマネンコが出版した「シャドーモセスの真実」は私も読んだ。

 メリルとの訓練では、たびたび彼女の思い人であった伝説の英雄の話をせがんだものだが。ただひとつだけ、彼女があまり話したがらなかった部分があった。

 

「サイコ・マンティスね」

 

 その名をつぶやく彼女は、なにか謎めいた表情を見せていた。

 

 シャドーモセス事件をおこしたFOXHOUND部隊には、精神操作などを操る超能力者がいたとはっきり記されていた。

 メリルと軍人が備えるべき精神防壁の有用性について議論した時、私はここぞとばかりにこの例を持ち出して実際の話を聞き出そうとしたのだ。

 今思い返すと、当時の自分はなんて恐れ知らずであったのかと呆れる話ではあったが。

 

「超能力者でなくてもいいのですが。兵士が精神操作を受けた時、あなたと英雄との違いの結果とはなんだったのでしょう?」

「どういうこと?」

「だから違いですよ。精神操作を受けなかったのは新兵と古参兵の違いのせいだけってことです」

「……痛いところをついてきたわね、ジェシカ」

 

 メリルはこめかみにできた皴に人差し指をつき、悩んでいる。

 でも実際の話、当時の私は彼女の思い人がどう戦ったのかを聞かせてもらいたかっただけなのだが――。

 

「あれはかなりキツイ経験だった。だから私も、終わってからずっと引きずっていたわ」

「そうなんですか?」

「そうよ、当然でしょ……でも、答えはない」

「ない!?」

「スネーク――彼には何度も聞いたわ。どうしたらあんなことになっても、自分を失わずにいられるかって」

「彼は?」

「いつも同じ答えよ。『さぁな、わからんよ』だった」

「容赦ないんですね」

「どうかな。実際、本人も理由なんてわからなかったのかも。手品か何かくらいの感覚かもしれないわね」

「そんな、まさか」

 

 私は笑ったが、メリルはむすっとしたまま。

 どうやら思い出して不機嫌になっているようだった。これはまずい、話を変えないと。

 

「えっと、メリルは答えを求めなかったんですか?」

「そんなわけはないわよ。自分なりに調べて、それなりに結論を出したわ」

「おおっ」

「いくつか細かい分類があるけど、おおざっぱに言えば……経験と運」

 

 なんだか力強く断言していた。

 

「運、っていうのはそのままの意味よ。運が悪けりゃ、どうにもならない」

「それって最悪ですね」

「まぁね。私も好きじゃないけど、他に言いようもないから」

「経験っていうのは?」

「戦場経験って意味じゃないわよ。そういった”精神操作を受けたという経験”って意味」

「メリルはアウトじゃないですか」

「そうね。この先、また同じ目に合うかもしれない。でも同じ結果にはしたくないわ」

「そうですね。なにか方法は考えているんですか?」

「無料で聞き出すつもりね、アナタ」

「あなたの弟子ですから」

 

 おどけて返すと、ようやく彼女の顔に笑顔が戻ってきた。

 

「ひとつだけ。自覚症状を持つこと」

「自覚?自分が誰かの操作を受けているということを?」

「精神操作を受けたという過去は変えられない。状況は悪いとしても、反撃につなげるためには自分の意思をまず取り戻さないとそれも難しい」

「確かに――」

「でもね、ジェシカ。一番はあの頃の私のように、精神操作を受けるなんて状況にはならないのが一番の方法よ」

「それなら確実ですね。ところでそろそろ話を核心の彼氏の戦いぶりについて教えてください」

「なによ、それ。結局私にスネークの話をさせたいだけじゃないの、アナタ」

 

 笑い声が上がる――それは遠い日の記憶。私の大切なもの。



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終わらない夏

 ファング・センターの外にジェスの姿を確認すると。グレースは”了解”のサインを指で作って次へと知らせる。

 今日もまたこうやって新たな狼を迎え入れるところだ――。

 

 グレースをリーダーに、シャーキー、ジェス、ハーグでここを取り戻したが。

 その後は色々あってここの神狼の研究につきあっている。逆に言えば、ここから身動きが取れなくなってしまっているともいえるだろう。

 

 

 ジェシカ保安官を失うことは、想像以上にこのレジスタンスにとって厳しいものとなった。

 攫われたと知らせを受け、数日の間はなにもなく過ぎていったように思えたが。5日も過ぎると、兵士たちの間にジェシカはすでに死んでいるのではないかという憶測が広まり、それがいろいろな場所に軋轢を生み始めた。

 

 最初の予兆はホランドバレーとヘンベインリバーの境界でケンカ騒ぎだったと思う。

 それは予定されていたホランドバレーからヘンベインリバーへの物資の受け渡しで。特に問題なく行われるはずであったが、作業中になにげない軽口から始まったもめ事がちょっとした大火事になってしまったというしかない。だがこの一件以降、レジスタンス内で様々な”自分の意見”を人々は口にするようになってしまった。

 

 不安、絶望、恐怖、怠惰――同時に流れる空気も淀ませてみせる。

 

 新人のジェシカ保安官が先頭に立つことでここまでジョン、フェイスと快進撃を続けてこられたが。ホワイトテイル・マウンテンに入ってからは、動くこともままならず。

 それどころか保安官をひとりにして捕らわれるとはどういうことだ――ようするに現在のレジスタンスの方向性と実行力に苛立ち始めているのだろう。

 

 そこまでは勢いよく進めたのだから、最後の一人くらい何が問題だ?そんな傲慢な思考もそこにはあるのかもしれない。

 

 エデンズ・ゲートのもう一つの顔として手広く交渉の場に顔を出していたジョン・シード。

 組織の中に向け、アイコンとして、アイドルとして。そして恐怖の対象としての機能を担っていたフェイス・シード。

 

 そんな2人と違い、ジェイコブはエデンズ・ゲートの全ての”暴力”を引き受けていた男である。

 彼の部下たちは命令に従い、忠実で、容赦がないことが求められている。実際にそこでひたすら隠れ、耐え忍んでいたホワイトテイル自警団以外は、激しく抵抗はしたが。わずかな勝利の代償に悲惨な終わりを迎えている。

 

 だからこそ次のミスは、許してはならないのだが――。

 

 

 おびき出された狼は、檻の中のえさ場に転がる”ほどよく腐れてきたペギー”に興味を抱き、罠の中へ――檻の中へと入ってきた。

 あとはそいつを鼻先でつつきでもすれば、この仕事は無事に終わる。

 

 門が閉じられる音と同時に、餌を狼がむさぼり始めるとセンターの建物の影からレジスタンスのメンバーたちが姿をあらわした。

 

「見ろよシャーキー、あいつ。俺の用意した餌をうまそうに食ってるぞ!」

「そうだな……人間を食ってるな」

「まさに弱肉強食だ!すごいぞっ!」

 

 興奮して子供のようにはしゃぐハークの隣で珍しく複雑そうな心境にあるらしいシャーキーと自分が同じ感情を持っていることを確認してしまい、グレースは慌ててその場を立ち去る。

 

 奇妙な話だが、神狼は人肉を特に好んで口にする。

 しかしこれには”ただし”がつき、生きているペギーに対しては別のものだと判断していた。

 

 とはいえ、この物資が心もとない今のホープカウンティで彼らのためだけに飼育用の餌を用意する余裕はない――。

 そこで考え出された究極の解決法がこれだった。回収されたペギーの遺体を少しだけ腐らせ、それを与える。腐敗がどうやら狼が判断するなにかを狂わせるようで、見向きもしないはずの死体にためらいを見せはするが、そのあとは普通に食べてしまうことがわかってしまった。

 

 正直に言えばこの状況を目にすると誰しも心の内では「人権」だの「尊厳」だのといった倫理的な葛藤が騒がしくさせるが、今のここには必要な処置ではあった。腹を満たしていない神狼あまりに危険で、そのそばで研究するためにはできるだけ空腹で狩りの本能を刺激させている状態は避けねばならない。

 

 今のところここには6頭がサンプルとして捕獲されているが、研究が報われる未来はまだまだ先だということは手伝っているだけでも理解できる。

 

――それでも希望を失ってはいけないのだ。まだ終わったわけではないのだから。

 

 

―――――――――

 

 

「我々は見守られている……」

「え?なにかおっしゃいましたか、ジェイコブ?」

 

 机にふしてからすぐに顔を上げ、外に広がる青々と輝く世界を見てつぶやいたジェイコブは。彼にしては珍しく上機嫌な様子を見せており、この時も振り返っては改めて同じ言葉を口にした。

 

「神の御意思を感じる、と言ったんだ」

「は、はぁ」

「なんだ、おかしいことを俺は言ったか?」

「いえ――突然だったので、ちょっと」

 

 戸惑っている、ということか。

 

「ジョンの予言が始まりを告げてからもう何か月がたった?いつものように曇り、雨。だが圧倒的に空はこんなにも青々と輝いている」

「まぁ、そうですね」

 

 モンタナの天気は一年にわたり極端で知られている。

 夏の間は暖かく、それが終わればすぐに冬のように凍えるまでに寒くなる。

 気温は30℃をこえることはないので蒸し暑い日などありえず、冬には雪が容赦なく降り注ぐ。

 快晴、曇り、そして雪。

 これがここの全てで、ここを出ていく人々の多くはまずこの天気が嫌なんだと口にする――まぁ、どこも出ていくやつはそのようなことを口にするものではあるけれど。

 

「俺は真面目に話している。我らが神の偉大なる計画の全てを知ることはできないが、天候は古から神の考えを知るためにあらゆる民が解釈にやっきになるものだった」

「そういえばそうですね」

「例年通りのホープカウンティにしては、今年は短い夏は早くに訪れて春を終わらせ。今も終わることなく、その後に訪れる冬の気配はどこにも見ることはない。

 ジョンの言葉は意味を持っているということだ」

 

 言いながら、むずがゆくなる鼻をすすり上げ、喉に突っかかりを覚えて軽い咳をする――反動からくる行為だが、今の気分を落ち着かせるためにはやはり昔ながらのやり方が一番だと知っているのだからこれはあきらめるしかない、自分には。

 

「だが、にもかかわらず悪いうわさを聞いている」

「なんです?」

「ジョンの言葉を、神の計画を信じられないという奴が俺の部下にいるらしい」

「っ!?」

「どうしてだ?なぜだ?理由を教えろ」

 

 室内の空気だけが瞬時に凍え、複数いる部下たちは互いに視線を交えて「自分は様子をうかがいたい」と訴えてみる。

 白い粉でハイになりつつあるジェイコブに、厳しい意見をぶつけることはどれほど危険であるかということと。このまま沈黙を続ければさらに彼の怒りを刺激することはわかっているから、誰かが先に口を開けと神に祈って助けを求めたくなっている。

 

 結局、相槌を打っていた奴が諦めて口を開いた――。

 

「厳しいですが、ジョンの家族は倒れ。ホープカウンティの半分は反抗勢力の手に落ちてます。我々も負け続けてはいませんが、ここしばらくは目に見える結果を出してないと感じるものが出てきているせいでしょう。ようするに不安なんです」

「なるほどな」

「捕らえた保安官にも結局逃げられましたし――」

「我々はエデンの門に立つ前に全滅する、と思ってるわけか」

「そこまでは言いませんが。そろそろなにか目に見える成果が必要、そういうことだと思います」

 

 男は最後まで言い切ったが、嬉しいことにジェイコブは満面の笑みを浮かべると再び振り返って窓の外へと目を向ける。周囲に助かった、と安どのため息が漏れる中。ジェイコブは静かに独白していた――。

 

「確かにそうだ。俺はずっとジョンに勝利だけを届けてきた。そしてそれはこれからも、変わることはないだろう」

 

 だが今は時が必要なのだ――まだ、その時が。

 

 

――――――――

 

 

 ヘリがそのローターの開店を緩め、停止を始めると操縦席からさっそうとパイロットが下りてくる。

 

「グレース、もう私たちはオシマイよ!」

「――アデレード、わざわざここまで来てくれてありがとう」

「あなたが正解。あんなところに来なくてよかったのよ。ずっとイライラさせられっぱなしだったから。私も早く戻って、ボーイズたちに慰めてもらわないと」

「ふふっ、それは話を聞かせてくれたらにして」

「わかってる、そのために立ち寄ったの」

 

 アデレードはいつものように溌溂としていたが。その口ぶりからは決して明るいものを感じることはできない。

 

 この日、ホランドバレーからジェローム神父、メアリーが。ヘンベインリバーからはアデレード、アーロン保安官、トレイシー。そしてダッチは無線越しではあるがレジスタンスの方針について話し合うことになっていた。

 ダッチらはそこにグレースも参加することを期待している風な話もあったが、トレイシーらが気をきかせてくれたおかげでグレースはセンターの手伝いを理由に出席せずに済んだ。

 

 というより、そもそもグレースは饒舌なタイプではないから、会議に出ていたとしても最後まで発言をすることは自分でもすることはないだろうと思って困惑していた。

 

「空気が悪かったみたいね」

「というよりも、またダッチよ。彼とジェローム神父が騒ぎ出してね、それで今日は終わったわ」

 

 ジェシカの件については、身内をの助けを求めたダッチにあるという声があがった。

 先週あたりまではそれについて誰も口には出さないようにしていたが。会議が熱を帯びると、意気軒高な主張を始める老人にそれまでは眉を顰めるだけで押さえていた人も。ついにその我慢の限界をこえたようだ。

 

「神父様が?――彼が誰かを怒鳴りつけるなんて、驚きだわ」

「色々とタマってるんでしょ、わかるわ。私だってあの服の下にどんなダイアモンドが隠れているのか。隣に座って眺めてたら、きっと我慢できなく――」

「ほかの人は?」

「他?ああ、皆冷静よ、意外でしょうけどアーロンは安心していい」

「それならまだ安心できるわね」

「どうかしら。もうすっかりしなびた爺さまよ。ま、彼もフェイスのせいで大変な目にあったんだからしょうがないだろうけどね――」

 

 顔をしかめるアデレードだが、彼女が今のアーロンに不満を持っているという話はクーガーズを代表に就任したトレイシーからそれとなく伝えられていた――。

 

 アデレードの問題はやっぱりドラブマンにある。

 

 ジェシカが捕らえられたとの知らせが広がると、まるでそれを待っていたとばかりにひとりの男がいきなり接触を持ってきた。

 自らの屋敷をドラブマン砦、などと自称するドラブマン・シニアその人である。

 

 スーツとカウボーイハットで現れた彼は、「生前のジェシカ」との密約、および契約によりレジスタンスに自分が率いてやろうと言い出したのだ。

 彼は自身の保有する武装車両をはじめとしたメックの数々と武器を開放しつつ、自身の選挙運動、及びその後の議員活動をにらんで自分をこの指導者なきレジスタンスのトップに置くべきだと言い放つ。

 

 その乱暴すぎる上に身勝手な言い草に皆が唖然とする中。

 紅蓮の炎を背中にしょって立ち上がる女性が――このアデレードであった。

 

 そこからはもう「かつての戦場がよみがえった」という以上にぴったりの言葉はなかっただろう。

 レジスタンスの未来は、すぐにもかつての離婚問題へと堕ちていき。勝った、負けたの言い合いは見苦しく、聞くに堪えないものとなった。

 そんな2人を離れさせることに成功したのがアーロン保安官であったが、これのせいで今度は彼がアデレードの敵として認識されてしまったようだ。

 

(ドラブマンの悲劇。いや、喜劇かな――ホントの話、君の頼みじゃなけりゃドラブマンにはかかわりたくないぜ)

 

 グレースに死にそうな顔でシャーキーが言ったのを思い出す。

 シニアの登場は、ジェシカの退場の次にやってきた致命傷。そんな感じになった。

 

 愛する息子として父の不満を解消し、今度は先頭に立ってペギーと戦う自分をまたも一瞥しただけで背中を向ける父親にハーグの精神は不安定になってしまった。

 

 彼は自宅にあったお手製の異国の神の神殿をセンターの神狼のいる並べられた牢の前にもってくると「お前たちも祈れ。そう、自分はまともな狼に戻れますようにってな」と狼たちにも猿神を信仰するように言い聞かせ。かと思えば先ほどのように、いきなり退行したかのように何でもないことに興奮して喜ぶようになってしまう。

 

 躁鬱を繰り返している、かなり重症のようだ――。

 

 息子にもこれだけ影響が出たのだ、当然だが元嫁にはなにもない、なんてことにはならなかった。

 重要な決定の場にシニアの匂いが少しでもすると、激しく噛みつくようになった。このせいで彼女は評判を下げ始めており、彼女自身もこのレジスタンスへの熱意を薄れさせているようで最近ではマリーナの再建についていきなり話すようになり、周囲を不安にさせている。

 

 当初、ジェシカを永遠に失うかもしれないという最悪の展開に備え。アデレードにこそ彼女の代役を頼もうという意見があったが、もうその考えを支持してもらえるのかわからなくなってきている。

 

 

――ジェイコブはジェシカを奪うだけで、なにもしないまま私たちを攻撃して見せているわけね。

 

 

 イーライ率いるホワイトテイル自警団がなぜあれほどかたくなでジェイコブを恐れているのか、グレースは今ならその理由を理解しることができた。

 たったひとり、たった一度だけのミスで。あれほどの勢いでホープカウンティを開放していったレジスタンスはもうここから消えてしまったということなのか?

 

 恐ろしい問いかけだが、まだ答えは出ていない……そう祈っている。

 ジョンはジェイコブではないが、今こそ神の慈悲が強くレジスタンスには必要であった。

 

 

――――――――――

 

 

 人間たちの間に生まれた葛藤は、それぞれの組織を揺らしていたが。

 皮肉にもそれがホープカウンティに漂う血なまぐさい空気を穏やかなものにし、わずかな静寂の時間をもたらせたことは間違いないだろう。

 

 とはいえ、それはわずかの間のことだ――。

 

 聖堂にこもるジョセフ・シードは神の声を聞き逃すまいと回収の日の太陽が地平線に消えた時から、今日までずっと祈り続けていた。

 

 神よ、私はあなたの言葉を聞き逃したりはしません。

 アナタのメッセージを皆に伝え、回収は始まり。あの新人の女性保安官の中にあなたが与えた我らへの未来の苦難が、ついにジェイコブに試練を与えております。彼は私の信頼厚く、頼れる男、私の家族に向かえるほどの男です。決してあなたを失望させたりはしません。私を失望させはしない。

 

 不思議なことにジョンやフェイス、ホープカウンティの大半を失ってもなおジョセフは自分の考えに迷う気持ちは全くないようにふるまっている。

 それどころかむしろジェシカが暴れ、彼の信者たちを率先して銃で薙ぎ払うことこそ正しいのだと考えているように見える。

 まさに狂人の理屈にしか見えないが、誰もそれを指摘することはない――。

 

 彼の祈りはまだまだ続く。

 

 思えばこの国は……アメリカは始まりから間違いを犯していたのです。

 偉大なる国になる可能性は、建国の父たちによるあなたの言葉への不信に満ち溢れていました。大変に残念なことです。

 

 大きな戦いを勝ち、あなたの大いなる計画の一端を担うにふさわしい国になりつつあったアメリカが。足を踏み外すなりあっさりと簡単に堕ちて行ってしまった。

 もはやこの国は救えないでしょう、破滅がすぐそこまで近づいているのですから。時間があまりにもない――このホープカウンティですらそうなのです。

 

 彼らはあなたが約束されたあらかじめ救済に値するものと滅びに至るものは決められているという鉄のおきてすら忘れてしまっているのです。その証拠に彼らは私を通して救いに値する者たちを犯罪者と呼んで蔑み、銃を手にして追いかけてきています……。

 

 ですが神よ、ご安心ください!

 ワタシを通したあなたの言葉は確実に人々に伝わることが証明されつつあります。

 彼らはきっとこの苦難に打ち勝ち、世界を襲う破滅の後にあなたのおわすエデンの門の前へと私とともに歩いて訪れるでしょう。

 

 

 これは狂人の妄想なのか?それとも絶対なる力を持たぬ聖者の嘆きか?

 

 ホープカウンティで失われた命、流れたちはあまりにも多く。残されたものは雄大なる大地に形があるもの、ないもの。どちらも吸い込まれていってしまった。

 そして三度、死神は現れる。

 

 突如、ホワイトテイル自警団が牙をむくとジェイコブが押さえていた通信塔を襲撃し、次々と陥落させてしまったのだ。

 それを可能とする、恐るべきエデンズ・ゲートの敵はただひとり――ジェシカはついに戦場へと戻ってきた。



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DEATHの章
すれ違い


 バギーが車列が停止すると、ジェイコブ・シードに続いて彼の兵士たちがおりてくる。

 ホープカウンティの電波を遮る要所としてこのホワイトテイル・マウンテンの電波塔は厳重に守られていた。

 実際、消えていったレジスタンスの中にはやぶれかぶれになってここに総攻撃を仕掛けて散っていったこともあった。そだが電波塔の守備隊と巡回の機動部隊はそんなことを許しはしなかった――。

 

「ジェイコブ?」

「散会しろ、偵察の話が本当なら人はいないはずだ。

 それを確認したら状況の確認、急げ。長居はしたくないんでな」

「――わかりました。おい!始めるぞ」

 

 もっとも手薄な電波塔への攻撃からわずかに数時間。

 ジェイコブの兵たちはその間、翻弄され、相手の姿を確認することも出来ないまま。襲撃を許してしまう。

 

「やはり誰も残っていません、ここは無人です」

「そうか。奴はどうだ?手掛かりは?」

「特にはなにも。ですが――」

「なんだ?」

「ブラウンの奴がぶち殺されてました。どうも、拷問か何かをされたみたいで縛られてます」

「――知ってたんだな。イーライの入れ知恵か」

 

 ”ジャンキー”・ブラウンはこの電波塔を妨害装置に作り替えた。

 なのでなにかの面倒が起こらないようにと守備隊に入れておいたのだが。ホワイトテイル自警団はここの無力化の方法について計画を持っていたのだろう。ただ、それをこれまでは実行できる兵士がいなかったというだけか。

 

「装置は破壊されてすぐには元には戻せそうにないと」

「……この渓谷を数時間で移動しひとりで戦えるものなのか?」

「わかりません、ジェイコブ」

 

 あの女はこれほど危険な存在であったのか?

 

 背筋に冷たいものが流れた――自分は狼を、人の姿をした神狼を放ったはずではなかったか。

 だがその牙は依然と変わらぬ用心深さに加えて圧倒的な破滅を振りまいて見せた。「私の言葉を信じるのだ」、記憶の中のジョンがジェイコブに語る。

 自分は間違っていない。彼の言葉を疑ってはいない――だが、2週間の尋問に耐えた女に与える神の任務とはひとつしかないではないか。

 

――不安?おれは怯えている?まさか、まだ計画は始まったばかりだぞ!

 

 次にあの有名なダヴィンチの描いた「最後の晩餐」の構図と、ヨハネによる福音書の一節を思い出す。

 あの絵には裏切り者が12人の弟子として描かれていた。あの書には裏切り者について知っていたと残されている。

 

――俺はユダではない、奴にはならない

――俺はジョンの言葉を信じ。あの女にエデンの園へと導く道を歩かせているだけだ。疑ったわけではない。

 

「えっ、ジェイコブ?」

「いや、なんでもない。引き上げる前に持ち出せるものは積んでいく。俺がブラウンを見に行く間に済ませろ」

「わかりました」

 

 部下が忙しく物資をかき集める中を進み、ジェイコブは車庫の中へと入っていく。

 見ればわかる。

 襲撃のスピードに恐怖し、せめて技術者だけでも守ろうと数人がそこへブラウンを引きずり込んで迎え撃とうとした。相手の牙はそれでも容赦なく、すべてをなぎ倒し。そして哀れなブラウンは最後にして最悪の瞬間を股間を濡らしながら迎えたようだ。

 

 

 たしかに拷問されたようだ。

 手足ばかりか、両目をつぶされて目隠しをするように有刺鉄線がまかれている。

 あの女からの凄まじい怒りと報復を告げるメッセージか?

 

「――ご苦労だったな、ブラウン」

 

 いきなりジェイコブはそういうと、表情のなかった顔が破顔する。

 動かないブラウンの服の棟ポケットに指を突っ込み、そこからライターを取り出した。”祝福”狂いだったブラウンは酒もたばこも嫌っていた。多幸感がうすれるとかなんとか言っていた。

 

 ライターにはオイルは入っていなかったが、一枚の折りたたまれた紙が――。

 

 

――――――――――

 

 

 

 メリルに叩き込まれた技術の中には、当然エアボーンに関するものもあった。

 別に得意になりなさいと入ってないわ、新兵。空輸にあまりいい思い出のない私の強がりにメリルはそう言ってからかっていた――。

 

 山肌を2時間かけて進み、最初の電波塔へ。

 ホワイトテイル自警団はこれらの防衛体制をかなり把握していたが、殺到してくるジェイコブの機動部隊の対処が難しいことからイーライは攻撃をあきらめる、としていた。

 最初ジェシカもその話を聞いた時、頭の片隅にグレースら友人たちの力を借りようかと少し考えてしまったが。それは甘えだと、すぐに頭の中から追い出す。

 

――ルートはある、いくらだって作れる

 

 そして見つけた。

 一本の空にある道。

 

 ウィングスーツで飛べば、世界が自分の下を滑り落ちていく。

 重力から解放された感覚が自分を惑わせようとするが、それはさせてはならない。

 地上からわずかに4メートルほどの高さ、木々のてっぺんからみたらほんの数十センチ。風に乗りながら顔を上げた先にはイメージ通り、そこにあるべきゴールの岩肌が見えてくる。

 

 くるり。

 

 

 飛ぶのをやめ、膝を抱えて丸々とそれまであった浮力が消える。次の瞬間には大きく手足を広げてはばたくようにすると、風の壁にぶつかってスピードがわずかに落ちる。パラシュートの紐を引いた――。

 

 

『……だがそれは誤りだ。選ばれなかった者、それを受け入れない者たちはただの子供でしかない。彼らの哀れな歓喜の声が山のどこかからこだまして聞こえた。

 ホワイトテイル自警団は兵士ではない。イーライは兵士ではない、ただの詐欺師だ。そしてただの臆病者だ。

 彼らは彼のいう脅威とやらに怯えているが。それが変わる日は来ない。

 強者にはなれない、弱者のままだ。狩られる側なのだ……』

 

 ラジオから聞こえてくるジェイコブの怒りの言葉が入ってくる。

 バンカー内ではこの攻撃の成功に沸き立ち、何を言ってやがるんだと笑っていた。

 

 私はなぜか心が空っぽになってしまっている。

 あの瞬間には満たされていたはずなのに、何も今は感じることができない。

 

「保安官、よくやってくれたな」

「イーライ」

「あのタミーもついに「仲良くなれるかも」って言いだしたぞ。久しぶりに笑わせてもらったよ」

「どうかしら。そんなに素直に自分の意見を変える女性には見えないわ」

「それは――正しいかも。でも自分の言葉には責任をとれる奴だ。あんたもそれを知って、信じてほしい」

「わかった」

 

 イーライはうなずいて離れようとして、戻ってきた。

 

「ウィーティーから少し話を聞いているかもしれないが。俺たちは今、大規模な反攻作戦を計画しているんだ」

「そうなの――」

「あらかじめ言っておくが、そいつにはあんたを加えるつもりはない。気に入らないか?」

「気を使わなくてもいいのよ。ここでの自分の立場はちゃんと理解しているつもり」

「すまないな、保安官」

「それよりもその計画とやらをペラペラ私にしゃべる前に、退散したら?でないとこっちが先に攻撃仕掛けようっていたずらを考えてしまいそう」

「はっはっは、そりゃ本気のようだ。確かにそれだと楽だが――俺たちの出番を奪われたくはないな」

 

 イーライは笑って再び立ち去る――。

 

 私にはもうわかってしまっていた。

 イーライの言う反攻作戦は事実上の最後の作戦になるかもしれないということを。

 

 ホワイトテイル自警団はこれまで良く耐え、厳しいサバイバルの中を生き抜いてきた。

 弱さを見せず、感情に流されず。だがいつの日か、ペギーのこの悪夢を終わらせる一撃を繰り出さんと必死にやってきたのだ。

 

 だが限界が近い。

 ジェシカに渡す武器すら困窮し、全貌は明かされてはいないが。バンカー内の空気には迫る破滅への不安におびえるものが混じってしまっている。

 勝てないアメリカ軍では嗅ぎなれてしまう匂いだ――。

 

 そしてこういう時、戦況を一変させる方法はひとつしかない。

 

――暗殺よ

 

 ええ、わかってる。

 この手に握る刃が、あの男の首にまで届くだろうか?

 

 

――――――――

 

 

 ホランドバレーにはラリー研究所を自称する研究者がいた。

 彼はエデンズ・ゲートの騒ぎの初期から、まったく外科医の騒ぎに興味を持たず。ジョンの部下たちに襲われたときは、神父の助けを得て。結局また自分の家へ――研究所に戻ってきていた。

 

 彼は科学にすべてをささげた人なので、ジョンの言うような神には全く興味はなかったが。

 ホランドバレーの惨状を見て彼なりになんだか危機感をつのらせてしまったようだ。

 

 その日から没頭し続け、あろうことか非合法の薬を使って覚醒し続けた結果。彼が名付けたダイナミック・レーザーコンデンサーを完成させる。

 当然だがホランドバレーは彼のこの偉業を知りもしなかったし。そもそも彼は変人で、自分で言っているような天才ではないと思われていたので誰も気にしていなかった。

 

 これが彼の暴走をだれも止めない理由となる。

 ある日、コンデンサーに必要となる電気量を発電所から盗む計画を実行し。ホランドバレーは停電によって麻痺した。

 

 レジスタンスが出動し、ようやく何が起きたか理解するのだが。

 ラリー研究所には署長のラリーパーマーの姿はどこにもなく。それ以降、彼の姿を見た者はいない――そして皆、やっぱり彼のことは忘れた。今は変人の無事なんて気にしていられる状況ではないのだ。

 

 

 グレースが久しぶりにホランドバレーまで戻ってきたことには理由がある。

 ジェシカのレジスタンスに生まれた不和をいい加減何とかしたいが。皆が言うように自分がそれをできるとは思えなかったので、それに代わる代案をようやく思いつけたから。

 

(ニック、ニック・ライならどうだろうか?)

 

 就寝時間、体を横たえた瞬間に飛び出してきた名前が名案と思って思わず声を上げてしまい。部屋にシャーキーの突入を許してしまったが――。

 

 ニックの家は本人も自慢していたが、ホープカウンティの生まれるころからこの土地に移り住んできた一族だ。まだ年齢は若い方だが、彼の言葉ならいくらドラブマンであっても無視することは出来ないはず。

 しかも彼は性格のよい男で知られ、胆力もある。

 今は娘が生まれたばかりだし、手掛かりはないし燃料も無駄にしたくないからとジェシカの捜索からは離れてもらっていたが。協力を頼めば力になってくれるかもしれない。

 

 

 久しぶりのフォールズエンドはもうすっかり昔のあの頃に戻っているように見えた。

 グレースはそれを複雑な思いで見つめながら、スプレッドイーグルのドアをくぐった。

 

「グレース?ちょっと、グレースじゃない!?」

「ひさしぶりね、メアリー」

「こっちきて顔を見せてよ。あとハグも」

「なによ、ふふ。半月もたってないわよ」

 

 笑いながら店主のメアリーと抱き合う。

 

「あっちの様子はどうなの?」

「ジェイコブは厄介ね。傷口に手を突っ込んでもっと開かせたいとこっちが思っても、主要な道路をしっかりと押さえているから難しいわ。それに――」

「ええ、そっちはわかる。男どものことでしょ」

「あとは――」

「ドラヴマンと元、ドラヴマン夫人ね。ええ、あれも困ったものよね」

「今日はそれを解決したくてね。知恵を借りに来たの」

 

 メアリーの眉間にしわが寄る。

 すでに「こっちになんとかしろといわれても無理よ」と表情が訴えてきているが、そ知らぬふりで話を切り出していく。こんな時、口下手な自分は勢いが必要だからためらわなくていいのがいい。

 相手のことなんて気にしていたら黙ってしまうのだから――。

 

「ニック・ライにでてきてもらったらどうだろうと考えたの。どう思う?」

「ニック?彼が何で?」

「ライ家はここの古くからの馴染みだし。彼はドラブマンよりも若いけどしっかりしている。

 ちょうど子供が生まれたこともあって今は下がってもらってるけど、彼なら――」

「うーん」

「……自分ではいいアイデアだと思ったのだけれど。どうかしら?」

 

 メアリーの反応が思ったよりも悪かったことにグレースは焦りを感じるが。話してしまった以上はこのまま推し進めなければならない。

 

「いえ、悪くはないと思うわ」

「本当に?よかった、あなた暗い顔するから反対されるんじゃないかって……」

「でもニックからは返事はもらえないわよ」

「――考えてもらえないってこと?」

「ああ、ええと。そういう意味じゃないのよ。えっとね、ちょっとした問題があってね」

 

 込み入った事情があるのよ、メアリーの言葉はトラブルをにおわせていた。

 

 

 最近に起きたホランドバレーの停電と、その原因を作ったラリー研究所の所長の行方不明まで聞かされるとグレースはそこでメアリー言葉を遮った。電気泥棒で迷惑かけた変人の話が、ラリーと一体どんな関係にあるというのか?

 

「ああ、そうね。でもこれを説明しないと――」

「メアリー。わかったわよ、それで停電ね。わかった、それでニックは?」

「だからこの後の話で彼のことにつながるの」

「はぁ……わかったわ、続けて」

 

 カウンターに身を乗り出し、地ビールに手を伸ばして勝手にふたを開ける。長話と言うのはどうにも苦手だ。

 素面じゃとても聞いてられない。

 

「こんなふざけた規模で電気泥棒した理由は何だって話になったの。で、どうせ変人は逃げてるんだろうって」

「うんうん」

「だからニックの力も借りようとして、彼の家に神父たちが相談に行ったのよ」

「ようやく本題ね。それで?」

「誰もいなかったのよ。ニックの家族、全員」

「???」

「彼らも行方不明になっちゃったの」

「子供、娘は?まだ生まれたばかりでしょ!?」

「だからいなかったのよ。てっきりどこか安全な場所に移動したのかも、っていうけど。彼の大切なカタリナは滑走路に置かれたままだって。

 しかもすぐに飛び出せるようにした状態にしてあったっていうの」

「そ、それって緊急事態じゃない!」

 

 まさかの展開に驚きと困惑でおかしくなりそうだ。

 

「そうよ!だから時間を作って今、探し回ってるわよ」

「犬、そうよ。ジェシカのブーマーがいるでしょ?」

 

 メアリーはため息をつく。

 

「いないわ。まるで時間を合わせたみたいにうちの家の前でのんびりしていたのに、停電の火から姿を消してしまったわ。トンプソン保安官助手が探し回ってるけど、以前のパンプキン農園にも戻ってなかったって」

「嘘でしょ――」

 

 文字通り、グレースはショックのあまり頭を抱えてカウンターに突っ伏した。

 

「まさかそんなことになってるなんて、大事件じゃないの。メアリー」

「事件性がないから大事にできないってね。でも、その通りよ」

「うゥ」

「どうする?このあとでニックの家を見に行ってみる?争った跡もないし、事件性もないって保安官も判断したけど。あなたから見たら何かあるかもよ」

 

 予定が見事に打ち砕かれてしまい。このままではただホワイトテイル・マウンテンへと頭を垂れて帰るだけになる。

 グレースはうなり声をあげつつも一本を飲み干してから立ち上がった――。

 

 ライ&サンズ航空は聞かされた通り無人だった。

 新しい家族を迎えたばかりの、そして幸せだった家族の生活がそこから感じられるだけで。特に不自然なものは見当たらない。

 

(ニック、どうしたっていうの?トラブルではなく無事でいてくれればいいのだけれど)

 

 続いてブーマーの前の主人が暮らしていたパンプキン農園に向かった。

 流れたちの後は洗い流されてはいたが。ドアが外され、窓もないその家からは幸せな時間がすでに過去のモノであったことを伝え。ペギーの蛮行にグレースの心に熱い怒りを改めて抱かせる。

 

(ブーマー……)

 

 ジェシカに頼まれ、メアリーに託したあの賢い犬は何を考えたのだろうか?

 今も無事かわからぬジェシカのみを察知し、自分が何とかしようと飛び出して行ってしまったのだろうか?

 

 久しぶりのホランドバレーへの帰還はこうして大失敗に終わってしまったが、グレースの心には思った以上に重いものを抱えて前線に戻る羽目になってしまった。




(設定・人物紹介)
・ニック・ライ
DLC「ロスト・オン・マーズ」は発表当初、内容が不明のままにされていた。
筆者も当然それがなにかはわかってなかったが、面白ネタとしてニック一家、火星で覆バレのエピソードを作った。そして書き上げた後、ようやくUBIは内容を公表したのだった。

当初の予定では火星人に子供と離れ離れにされ。人面犬にされてしまった妻と一緒に生首にされたラリー博も加わり大暴れするニックのラリッたエピソードがここで入る予定だった。

映画マーズアタックのリスペクトのつもりだったけど・・・残念。


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岬へむかへ

いよいよラストスパートに向け動き始めるレジスタンス……。
次回投稿は未定のまま。


『我々は今、共に皆で試練にさらされている――ジョンは倒れた。フェイスも倒れた。そしてそれは今、俺達にすべてが向かってきている。

 彼らはこの国の愚かな政治屋共の言葉を信じないとうそぶきながら、ジョンの言葉を。神の言葉も信じないという。

 

 では聞こうじゃないか。

 お前たちは何を信じているのか、と。

 

 我々皆が信じられるはずだ。我らは神の子、かつてはそれこそが世界を知る最初の一歩であったはずなのだ!』

 

 状況が膠着を始めると流れる空気が弛緩してしまう。

 身動きが取れなくなるだけで、簡単に困難な目標をあきらめる。厭戦気分が麻薬のように広がり始めると、それを肉体からしゃぶりつくそうと薬物に溺れる者たちが出てくる。

 

 これが軍だ。アメリカだ。過去にもあって、このままでは未来までもそうなってしまう。

 それを避けるためには強いものが必要だ。欧州ではかつて神に剣を掲げる聖騎士達がいた。彼らは清廉潔白、神に人に愛を持ち、敵に容赦はしなかった――だがそんな彼らを、王達は凌辱し、全滅させてしまった。

 

 我々ならうまくやれる――ジェイコブはその考えをまだ捨てようとは思わない。

 

 停滞と言う苦痛の時をこえ、すぐそこに勝利の栄光が近づいてきている。

 それは彼の願望ではない。これは間違いのない、事実なのだ。

 

「ジョンの言葉を疑うか?俺のやり方を疑うか?

 なら、お前は神の家族ではない。すぐにもここを立ち去るといい、止めはしない。

 

 だが忘れるな!それは神に背を向ける事、エデンの門から目をそらすことだ。

 神の試練は簡単ではない。しかしお前たちの感じる苦痛の時間は終わりを告げる――約束しよう、数日のうちに我々はついにこのホワイトテイル・マウンテンにおけるこの弛緩した状況を、たった一撃で終わらせて見せる」

 

 部屋の中、テーブルに座るのはジェイコブの認めた神の兵が信じ切った眼を自分に向けてきている。

 彼らがジョンの聖騎士となるにはあと少し。ホワイトテイル自警団とやらを壊滅させ、女保安官に神の意志を理解させて跪かせることだ。

 

 戦場ではどんなやり方とて許される、簡単なことだ――。

 

 

―――――――――

 

 

 グレースがセンターを出てホランドバレーに帰った日。

 シャーキーは眉をひそめた。

 

「ホワイトテイル自警団が派手におっぱじめただぁ?」

 

 なんでもリーダのイーライはペギーの通信網をいきなり襲撃し、これをズタズタに引き裂いて見せたらしい。

 それが証拠に以前よりもカウンティホープ全体の通信状態がよくなり。外のニュースや、ホワイトテイル自警団のクソ退屈なDJによる放送が始まったのだとか――。

 

「宣伝か?にしちゃいきなりだな、なにがあった?」

 

 南から来たジェシカのレジスタンスとの合流も連携も断り、独自性を重視していたイーライの虚栄心がそうさせたとは思えないが。にしても、この膠着状態の中でそんな騒ぎを成功させたのはやはりポイントが高い――。

 考え込むシャーキーにジェスが「そんなことより――」といって詰め寄る。イーライが動いたんだからうちも何かやろう、この小娘は簡単にそんなことを又言っている。

 

(ジェシカの一件、こりたんじゃねーのかよ)

 

 繊細さがまるで無縁に思えたハーグが躁鬱の症状を見せ、火薬に手を伸ばした馬鹿をやらかさないようにと監視を彼女から頼まれているのに。自分の抱えた憎悪だけでペギーを殺せるとでも思ってるのか、簡単にぶっ殺しに行こうと口にする小娘はひたすらにウザい。

 頭を冷やせと殴りつけてやりたいが、あいにくとシャーキーはそこまでやりたくない。

 

「小娘ができないことをやりたがるなよ。わかってるだろ?

 ジェイコブの機動部隊がパトロールしていて、知らせがあればすぐに殺到してきちまう」

「全員ぶっ殺してやるよ」

「お前の弓でか?それが出来ればいいが、あいつらはジェイコブが鍛えてるから冗談じゃなくキツイぞ。お前が生き残れたとしても、お前と一緒に言った奴らも生き残れると断言できるのか?」

「じゃ、ひとりでやるよ!」

「お前――勝手に死にたいならそれでいいけどな。

 ジェシカが捕らえられたのは誰が何をやったのか、お前はもう一度頭を冷やして思い出してこい」

「……」

 

 自分は優しい紳士でいられた……と思う。

 本当はのどまでせりあがっていた。「お前のせいでジェシカが囚われたのが、こんな状況になった原因だろう」と。

 

「それよりもお前にはやってもらうことがある。あと何人かもな」

「なんだよ」

「ハークの奴をつけてやるから、ちょっとホワイトテイル自警団の元お仲間のところに行って詳しい話をできるだけ多く聞き出してこい」

「ハーク?使い物になるの、アレ?」

 

 疑惑の横眼がさす先には、神狼の檻の前で背中を向け。猿神を祭る祭壇に無心に祈りをささげているクマのような男。

 怪しげな祈りの言葉にお香の匂いがキクのか神狼たちは落ち着かなくして不安がっている。

 

「バズーカぶっ放せばスカッとして元に戻るかもしれん」

「あんたは来ないの?」

「俺は留守番役を引き受けてる」

「……ようするにアンタさ、やっかいな小娘とウザいクマ男を揃って追い出したいってわけだ」

「それは違うぞ、ジェス。ウザい小娘と厄介な爆弾野郎を揃えて役に立ってみろと言ってるんだ。期待に応えろ、若者よ」

 

 ジェスは鼻で笑う。

 

 

 

 久しぶりに狼とセンターの手伝い以外ができるとハークも喜びついてきたが。

 車ではなくジェスについて自分も山道を歩くと知ると、30分ほど歩いただけで嫌になったのか。途端に以前の調子が彼に戻ってきたようだ。

 

「なぁ、それで誰に会うつもりなんだ?」

「……誰でもいいでしょ」

「そいつはきっとお前のイイ男だよな?久しぶりに会うんじゃないか?気をきかせてオレ――」

「そんなんじゃない。っていうか、そんなのいないよ!」

「なんだよ――どんな学生生活を過ごしてるんだ」

「どんなって、そりゃ。普通だよ」

「普通にセックス?」

「は?馬鹿じゃないの」

「おいおい、そんな調子で大丈夫か?餓鬼は大人になる全てを学校では学ぶものだぞ?」

「勉強をね」

「違う!勉強と、他人との付き合い方とか。異性との色々な”つきあい”方とかだ。それを知らないまま大人になるつもりだったのか?嘆かわしい話だな、アメリカに希望はない」

「そんなのテレビに毒された馬鹿な連中の話でしょ」

「なんだ、ジェス。もしかして落ちこぼれだったんだな、俺やシャーキーの頃は――」

 

 まったくシャーキーの野郎、とんだ大馬鹿野郎をこっちにおしつけにきたものだ。

 あれがこのハークに武器と火薬をしこたま持たせたのも、さっさと騒ぎを起こしてそのなかにほうりこんでしまえということなのだろうか。

 

「それよりあんた……本当にあたしと来るつもりがあるの?」

「なんだ。見られるのは恥ずかしいのか?」

「――真面目に聞いてるんだよ。なんか歩けそうに見えないからさ」

「あ?そうだな。まぁ、大丈夫だと思うぞ。まだ若いし、スタミナは十分だ」

「戻るなら今、ここで決めたら?」

「お前は?」

「あたしは行くよ。どうせ狼の世話や手伝いやらされるだけなんてつまらないし、ひと暴れしてくるつもりよ」

「おっ、なんだ暴れるのか?それなら――そういえばシャーキーの奴やけに爆薬を俺に押し付けてきてたよな。これってつまり、そういうことなのか?」

「どうかな、そういうことかもね」

 

 知ったことか。

 だいだいドラブマンの暴走はあのシャーキーが押さえるしかないんだ。あたしにできることなんてなにもない。

 

「よし!なら俺達でちょっとばかし暴れようぜ。ジェス」

「だからそういってるでしょ」

 

 後ろを向いて歩いていたが、方針が新しく書き換えられたことで前に向き直る。

 あとはもう知ったこっちゃない。ついてこられなきゃ、置いて進むだけだ。ひとりで帰るくらいはできるだろう。

 

 

――――――――――

 

 

 ジェシカはイーライの元に行く。「読んでるって聞いたけど」と話すと、その通りだと彼は言った。

 

「実は俺たちは近く、ようやくジェイコブの奴に一発くらわせようと考えてる」

「そうなの」

「ああ……悪いが保安官。この計画にはあんたは含まれることはない、それを伝えておきたかった」

「……」

「気分を、悪くさせてしまったよな。すまない」

「いえ――いいのよ。そうじゃないわ。

 ただ、またあなたに迷惑をかけたんじゃないかと思って」

「迷惑だって?」

 

 私は「だって」とそこまで言うと口ごもってしまう。

 ここに運ばれた当初、自分がどう見られているのかはもう知ってしまっている。ちょっとばかり暴れたくらいで、いきなり皆に受け入れられたなんて考える方が不思議というものだ。

 

 それよりもまた、私の知らないところでイーライにかばわれたのかもとも負った方が気分が重い。

 

「あんたはもう仲間だ。皆ちゃんとわかってる、あんたもそうだろ?」

「どうかしら――正直わからないわ」

「ジェシカ保安官」

「嘘よ、冗談。ごめんなさい、イーライ。少し調子に乗ってるみたいね、私」

「通信係とならんであの砂嵐に手を焼いてきた俺に言わせてもらえば、それくらいの権利はあんたには当然あるさ。もっとも、そのおかげでウィーティーの退屈なラジオを流す羽目になるとは思わなかったが」

「楽しそうよね、あの子」

「俺の我慢が限界をこえるまでは好きにさせてやるさ。『もうしゃべるな、お前は黙ってレコードを聞かせろ』って怒鳴りつけてやる日が今から楽しみだ」

「理解のない上司で若者は苦労するのね」

「へっ、あのおしゃべりに耐えているだけ俺は優しくて理解がある方だと思うがね」

 

 お互いが向き合ってヒソヒソしながら笑った。

 わざわざ秘密の作戦をあえて漏らすことになっても、私に知らせてくれたのは彼の誠実さを示すものなのだろう。ならば私はそれに素直に受け入れるしかない。

 

「2つ質問があるわ」

「なんだ?」

「ひとつは、その大作戦が終わるまではつまり……私には引っ込んでいろってこと?動くなって?」

「まさか!?そんなことは言わないさ」

「そうなの?」

「まさかもう休暇が必要、そんなことはいわないよな。保安官」

「そうは言ってないわ」

「だが……確かにそうだな。あんたの言う通りだ。困ったな」

「それで2つめ。もしよかったらあなたが私の次の目標を決めてもらえないかしら。それなら、そちらの邪魔はしないと思うの」

「うん――ちょっと考えさせてくれ」

 

 イーライはそう言うと指を顎に当てて考え始めた。

 

「そんな悩むほどのこと?」

「いや、そうじゃなくて……ひとつ、あんたならひょっとしてってやつがあるにはある」

「へぇ」

 

 特に意識はしていなかったはずだが、自然にこぼれた笑みが物騒に見えたようだ。イーライは慌てはじめる。

 

「いや、やってほしいという話じゃないぞ。保安官、そこは危険な場所なんでな。本当は……」

「どこ?」

「俺の話。聞いてるのか?普通なら俺達でも手を出さないような場所って言ってる」

「だからどこ?」

「ハァ――グランド・ビュー・ホテルだ。本当にヤバいところなんだぞ?」

 

 なるほど、そんな場所だから次の攻撃地点にはならないが。残しておきたくもない、と。

 それならば私にぴったりだ。

 

「どうも俺の警告はかえってアンタを煽ってしまったみたいだな。失敗だった――」

「どうして?とても楽しみにしてるのに」

「なぁ、無理そうなら本当に手を引いてくれると約束してくれジェシカ保安官」

「わかった。約束するわ、馬鹿はしないって」

「――俺に後悔させないでくれよ」

「心配しないで、情報を頂戴」

 

 イーライは首を振ると、ホテルについて話し始める。

 

「ジェイコブは騒ぎが始まる前から、そのホテルに興味を持っていた。その理由は今のあそこを見ればわかる……本当にひどい場所だ」

「なにがあるの?」

「あいつらが言うところの捕虜収容所って奴さ」

「そう――」

「実は、あんたはずっとジェイコブの屋敷に捕らわれていたと言っていたよな?」

「そうよ。移動はなかった」

「でも俺達は実のところ、あんたがジェイコブに捕らわれていた時。一定時間、そこに運ばれていたはずだと考えているんだ。理由?簡単さ、ジェイコブの授業を受けたんだろ?あれはホテルで開かれるんだ」

「……本当に?」

 

 それが本当ならば私は何度か車に放り込まれて移動していたことになる。

 だが記憶では私はずっと同じ檻の中に閉じ込められていたはず。

 

「混乱するか?だろうな、だから今までは内緒にしてたんだ。

 あそこにあんたを行かせるつもりもなかったんでな、このまま黙っておきたかったんだが」

「頭の中をひっかきまわされた――そういうことなのね」

「今はもう、思い出さなくちゃならないって過去でもないんだ。そんなクソッタレなことに囚われて、戻ってまた戦っている今のアンタを台無しにはしないでくれ。アンタは俺の希望なんだ」

「それってジェイコブの頭を吹き飛ばすのは俺に譲れって意味?」

「ハハハ、そりゃ。そいつは自分の番だと思ったら、ためらうことなく引き金を引いた方がいいな。そんなチャンスが俺達にあればいいんだが」

「――ジェイコブは出てこない、でしょ?」

「そうだ、保安官。あいつは自分の立場を理解している。だから前線には立たないのさ。離れた場所から状況を見て、命令だけを下す。あいつは俺を臆病者と笑うが、俺に言わせてもらうならあいつは自分のことを言っているようなものさ」

「言い返してはいないみたいね」

「言い返してアイツが古の結党のやり方でこっちの前に立ってくれるなら、やるけどね……無駄だ。あいつは自分の戦場には感情を持ち込まない。だから俺はアイツにいつも手が届かない」

 

 私にもそれは理解できる。

 そしてイーライのこの決戦にかける意気込みの強さも――。

 

「”臆病者”のイーライが決戦に挑むのね」

「これまではずっと耐えてきたんだ。情報を集めて、チャンスをうかがっていた。

 あんたが通信塔をペギーから奪ったことでチャンスが来た」

「……ジェイコブは予想しているかも。不安はない?」

「それもわかってる。だけど手はないんだ、ジョンもフェイスも倒れたが、ジョセフの兵士はジェイコブの奴が作り出しているんだ。あいつをどうにかしないとそのうちに新しいジョンとフェイスが戻ってくるだろう」

「――そうかもしれないわね」

 

 ジョセフの家族は皆、血のつながりはない。

 私の知るフェイスの前にも別のフェイスがいたと聞かされているし、それなら同じことが繰り返されないとは限らない。

 

「ホテルのこと、約束。忘れないでくれよな?」

「わかったわ。大事な勝負の前に、しくじるなってことよね?」

「まぁ、そういうことだよ。だから念を押してる、何度でも」

「わかったわよ、イーライ。ジェイコブの首に手をかけるのはあなたに譲るわ、邪魔はしない」

 

 私は笑い、両手を上げる。

 本当は心の底ではイーライを説得し、レジスタンスとして合同で決戦とやらに挑むべきだと囁くものがあるが。イーライはジェイコブと違って戦場に自分の感情を持ち込んでしまっている――そしてそれを本人も自覚はしている。

 彼は自分のやり方を変えることは出来ないのだろう。これまでじっと耐えてきた、それが理由になってしまったから。

 

(それでジェイコブに勝てると?)

 

 私の中の悪いものの笑い声を耳をふさぐようにして聞かないふりをする。

 イーライはホワイトテイル・マウンテンの英雄だ。彼ならきっとやってくれるはず、私はそう信じることにした。




(設定・人物紹介)
・俺やシャーキーの頃
 彼らの学生時代、ひとりは恋に生き。ひとりは愛に生きた。そして女性たちは2人からできるだけ遠くに離れることで避難は完了した。生まれた空白地帯には、女の体に飢えたヤロー共がなだれ込み混乱が生じた。

 悲しいことに数多くの武勇伝が誕生したが、彼らが自分で思うほど異性とのロマンスはまったくなかった。


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曇天

ニュードーン発売までには完結したいっ!
次回未定。


 水は天からの贈り物である。

 高いところから低いところへと広がって、また再び天に戻る。それを今、誰が疑うというのだろう。

 

 同じく物事もまたそれと同じように始まりを迎えると、移動を続け、広がりを見せ。そして終わりへと向かう。

 

 ジョセフ・シードは神の言葉を聞いたと人々に吹聴し、その時が来たのだと示したとき、ホープカウンティの未来はすでに決まったも同然だったのだ。

 それがよいものであれ、わるいものであれ。すべてが平等に動き、終わりへと走り出す――。

 

 そこにわずかなりとも奇跡と思える事、不思議なことがあったのなら。

 それが神の奇跡ではないと誰が信じさせてくれるというのか?

 

 

――――――――――

 

 

 イーライの決意表明を聞かされた私は。

 ホワイトテイル自警団のバンカー、ウルフズ・デンを出て2日が過ぎていた――。

 

「……こちらはいつも通りよ。そっちはどう?」

『えっ、あっと。もちろん順調そのものだよ、保安官』

「ウィーティ、またラジオのことで椅子にそっくり返ってたの?転げ落ちないで」

『――!?まさかとは思うけど、こっちに戻ってきてるって?』

「はずれ、よ。私はあれからずっと……」

 

 言いながら双眼鏡から目を離す。

 

「太陽の下、元気にやってるわ」

 

 グランド・ビュー・ホテルを正面にして、木陰からじっと監視を続けていた。

 イーライの話によればここはジェイコブが捕らえた連中に”授業”をほどこす場所であり。どうやら私も奴らに囚われた時にここに連れてこられたはずだとも言ってた。

 

『とりあえず定時報告はこれでオシマイ。それで――なにかある?』

「ないわ。こっちは静かなものよ」

『それじゃー……』

「はい、また次ね。それじゃ」

 

 いうと通信を切る。

 自分は良く知らないが、どうやら今年のホープカウンティは異常気象という奴らしい。

 いつもならばとっくに夏は去っている時期だが、その気配が全くないという。まるでこの悪夢のような状況をりかいしているようで不気味、とも言われてた。

 

(そろそろかな)

 

 ホテルの人員に特に気になる人の出入りはない。

 ある程度の人数も把握し、警備のルートも把握した。あとはいつ始めるか、それだけだ。

 

 でもそれは可能であればジェイコブにイーライが牙をむくところまで待っていたい。それができれあ最高だが――。

 

 

 水は時に動きの中で澱むものだ。

 わずかな安息、嵐の前の静けさ。そのどちらが次に来るかはお楽しみ。

 

 

――――――――――

 

 

 同時刻……ジェスは聞きなれた馬鹿が大声で愚痴を言っているのが聞こえて目を覚ました。

 どうやら”また”からかわれているのだろうか――。

 

「なぁ、そろそろいいだろ?こっちもオマエラに付き合ってやってるんだからさ」

「へへっ、なんだそりゃ」

「だってそうだろ?いってみりゃ、お前らの拝んでるあの変人――ぐおっ」

 

 あーあ、またやらかしたか。

 ハークはどこにいてもハークだってことだ。立場を考えず、自分の欲求に正直で、そしてイカレてる。

 何度同じ結果になっても、やめることはできない……自分もそうだ。

 

 

 シャーキーに放り出され(と、彼女はそう考えた)、厄介者扱いされた者同士ってことでハークと意気揚々とペギー狩りにしゃれこもうとした。その計画は――大失敗だった。

 

 最初の出会ったのは小川の近く。

 そしてその相手は思いもよらない相手であった。

 

「――あなたジェス!?」

「ジャッキー?なんであんたが」

 

 ペギーのような恰好をした女、その背には赤子を抱えたそいつは。ジェスの知っている相手だった。

 同じ学校、同じ教室、でも仲がいいってことはないし。それほど話した記憶もない――でも、お互い少しクラスの中では浮いていた。

 

 暗い過去を引きずり続けるジェス。

 彼女は少し――信心深い家の娘というだけで皆に笑われていた、シャーロット――ジャッキーと呼んでと言っていた。

 

 ハークは小娘と赤子が最初のエモノと知って「どーすんだ?」って顔でジェスの判断を待ってる。

 ジェスは困惑していた。

 

「なんで?なんでっていうのはこっちよ。その恰好はなに?それに――弓なんて持って、狩りじゃないんでしょ」

「こんな状況なんだもの、自分の身を守るためよ。あんたの家は敬虔なカトリックだったでしょ。それが、どうして」

「それは――」

 

 彼女は言った、自分はさらわれたのだと。

 彼らの元に連れ去られ、彼らの言う通りのことをしてきたのだ、と。

 

 ジェスの頭に血が上ったのは間違いない。

 ペギーの奴らだ。あいつらは奪い、好きにしていいと思って。誰も邪魔されることはないと信じている。

 だから信じた。信じてしまった、彼女のことを。幼い記憶の中の彼女と同じと信じて――。

 

(馬鹿だよね、ホント)

 

 彼女と子供を連れて行こうとした。助けようと思ったから。

 だがペギーはすぐに追っ手を放った。とうぜんだろう、家族が外に出てもどってこなけりゃ心配する。彼らは猛然と迫ってきて、こちらの抵抗にかまわずあっというまに囲んできた。

 

 2度も囚われてたまるものかと、降伏など絶対にしたくなかったが――連れの背中には子供がいた。

 彼女が自分の失敗を知ったのはその後だ。裏切られたと知ったのはその後だ。

 

 彼女はうつむいてジェスたちのそばをうつむいて離れると。男たちの側に行くなり、若い男の胸に飛び込んでいった。「怖かった……」そう小さくつぶやく声さえ聞こえてきた。

 

 あれは悪夢だった。当分夢に見そうな経験をした。

 

 鋼鉄の牢の中にまた戻ってきている。

 あの日、ここから解放されたと思い込んでいたのに。

 

「ジェス。おいっ、ジェスー!」

「……なによ4」

「ジェスゥ、じぇすーいきてるかー!?」

「うるさいんだよ馬鹿野郎!」

「おおっ!よかった、まだ生きてたんだな」

「お前が死ねっ」

「なにィ!?よく聞こえないぞ、どうなってる?」

「騒ぐな!馬鹿ッ!」

「ああ、そういうことか!わかるぜ、俺もすきっ腹に穴が開いたみたいになっておかしくなりそうだもんな」

 

 笑えない。まったく、笑えない。

 そして実際に笑えない話だが、降伏した2人の扱いをペギーの方が持て余したらしい。

 あいつら「ジェイコブに話すか?」とかなんとか相談していたが、そのうち結論が出たようで……おかげで今、2人は離れて仲良く箱の中にぶち込まれている。

 

 このおぞましくも不快な、グランド・ビュー・ホテルの片隅で。

 

 流れる水は次第に大きくなる川となる。

 川は時に沼に、湖へとつながる。

 それは決して立ち止まっているということではない。動かないということだけだ。

 

 

―――――――――

 

 

 急ぐ理由はどこにもなかったはずだった。

 イーライは、それは自分たちの都合の間だけでいいと言った。

 私は英雄になるつもりはなかった。

 

 でも自分にどれだけ時間が残されているのか?

 どれだけのことがこの後できるのだろう?そう思ったとき、私はとどまる理由を全て失っていた――。

 

 

 ジェスが違和感を感じた。

 牢の中から見た外の景色。それもこちらを確かめに来る巡回兵のタイミングがずれているような気がした。

 これは以前にも感じたことがある。まさか繰り返されてるのか?

 

 しかしそうだとするならば……まさか!?

 

(保安官が来てる!?まさかジェイコブの手から逃げてたの?でもそんな話――うわさも聞いたことないし。だいたいアイツの手から逃れて無事でいられるはずがないって。)

 

 とはいえ、落ち着くとこれがなんだかバカバカしい考えだと思えてきた。

 数年前のイメージだけで勝手に馬鹿な判断を下し、自分とハークの自由をペギーに奪われてしまったクソガキ。こんなアマチュアが今更どの顔で「確信してる」などと思えるというのか。

 

「……おいっ、お前。お前は……うわー!」

 

 建物の扉が吹き飛ぶ音と砕けるガラス音。さらに3階のベランダの位置から吹っ飛ばされたように地上の駐車場へと堕ちていく人の影を見た。

 

「て、敵襲だ!レジスタンスだっ、警報」

 

 本当に来た!?

 

 

 どうやら思った以上に相手の気は緩んでいたようだ。

 建物に侵入しても3階までは障害を障害と感じずに無力化しながら進むことができた。

 しかしそこでベランダ側の兵士と扉越しに目を合わせてしまった。

 

(……)

 

 何も考えていなかったが、体が勝手に動く。

 走り出すと私は扉ごと相手に思いっきり前蹴りを叩き込み、続いてベランダの欄干でバウンドする体にライフル弾をくれてやった。

 

「ここから本番ね」

 

 ジェイコブの兵士は優秀だ。

 すぐに警報装置に走るのはわかっている。だから前もって装置の付近に爆薬を置いてきてある。

 

 

 爆発音が複数個所で聞こえると、牢屋のハークは途端に歓声を上げる。

 

「なんだなんだ!賑やかになってきたじゃないか、そう思わないか?」

「こんな時に何を馬鹿な事!」

「そうだな、こんな時だ――おーい、おーい!ここに人がいるぞー!助けてくれー!」

 

 爆発で警報は鳴らなかったが、それが慰めになるとは思えない。

 こんな派手な騒ぎが始まれば当然だが、ペギー達はここへ殺到するはずだ。

 

 ガシャーン!

 

 うつむきかけたところをいきなり自分の牢屋の天井に人が倒れ込んできて、ジェスは思わず体を震わせた。

 見上げると背中の一点を赤くして苦しそうにもがく、死体になりかけたペギーがいて。その体のお上から何かが錠前の並ぶ通路へと転がり落ちてくる。

 

「――ジェス!?」

「っ!?」

 

 降りてきたのがなんとあの保安官であったことに驚き、ジェスは口をパクパクさせるだけ。奥からは「おおい!マジかよ、俺たちこれで助かるぞ」などとハークは懲りずに好き勝手なことをしゃべってる。

 

「他にも誰かいるのね。でもカギはない、終わるまでここに――」

「あ?ああ、ちょっと待ってくれよ。待って、オネガイ」

 

 保安官はジェスの檻の前に弓と矢を置いていこうとしていると、何事かを悟ったのかハークが再び騒ぎ出した。

 

「ここから出してくれよ。きっと俺とジェスなら役に立つからさ」

「――時間がない」

 

 檻の並ぶ通路の先に人影を見て、ジェシカはさっそく撃ち抜いて見せた。

 

 

「爆弾でいいよ。いや、火薬とかさ。そいつがありゃ、あとはなんとかできるからさ」

「――いいわ、使って」

 

 ハークの誘いにかぶりを横に振りはしたものの、ジェシカは肩にかけていたバッグを声のする檻の奉公へと投げ込み。その場から立ち去っていってしまった。

 

「ハーク、本気なの?」

「あ?なんだよ、このハーク様を信じろって。この程度の錠前なら散々吹っ飛ばしてきてやったさ」

「それだと自分が死ぬだろ、馬鹿ッ」

「大丈夫なんだよ。安心しろ、お前の面倒はちゃんと見てやるからさ」

 

 ハークは檻の中から手を伸ばし、ようやくジェシカのバッグを手もとに引き寄せる。「待ってたよ、ベイビーちゃん達」などと余裕ぶってるのか口笛など吹き始めた。

 そんな調子で大丈夫なのか?

 桶を賭けようかどうかジェスが迷っていると、ポンッと乾いた音がいきなり聞こえる。

 

「なっなに?」

「一丁上がりって事さ」

 

 ドタドタと足音響かせてハーグはジェスの檻の前に駆けつけた。

 新しい爆発音がそばで炸裂した。ジェスは首をすくめたが、目の前で作業を続けているハークはなんでもないというように「ありゃ手榴弾かな、だれか適当に投げてるのかもな」などとつぶやいた。

 

「すぐに出られるぞ、もうちょっと待て」

「――うん」

 

 保安官が生きていた。彼女は再び戻ってきてくれた。それは喜ぶべきことであったはずなのに、彼女が残して行ってくれた弓と矢を握りしめながらジェスはなぜか喜べなかった。そしてその理由がどうにもわからない――。

 

 ホテルの守備兵たちはまったくジェシカに対抗できていなかった。

 姿を捕らえようと走り回るが。それが不用意な動きとなり、角を曲がれば出くわし。壁を背に忍び足を心がければ壁の裏側から。ジェイコブの兵士たちは次々と倒れていく――神の兵となるべく訓練されたはずなのに、あまりにも無力だった。

 

 しかしジェイコブの警備網はこれだけで終わるわけではない。すぐにカウンターとして新たに攻撃ヘリと渓谷につながる山道を駆け下りてくる兵士たちの姿があった。

 

 

――――――――――

 

 

 最近信者たちはひそかに心配している。

 隠れ家に篭り、”回収”の完了報告を待つジョセフが食事に手を付けないと――。

 

 半裸の男は昼にもかかわらず闇の中に身を置き、心静かに瞑想を続けている。

 

 ジョセフは息子であるジェイコブを心配していない。

 厳しい男だが、だからこそようやく願った”対話”を成功させてくれるはずだった。ジョンも、フェイスも失敗したが、彼ならきっとやり遂げてくれる。

 

 その時、神は新たな言葉をかけてくださるはずだ――エデンの門へと続く道を指示してくださる。

 我々はようやく神の子に戻り、愛を受け取る。

 

 

―――――――――― 

 

 

 全てが、終わった。  

 

 これはスカーフェイス。トニー・モンタナを思い出す光景だ。

 ハークもジェスも力を貸したが、これはあのジェシカ保安官がやったことだというべきだろう。実際、大部分は彼女の力でやったことだった。

 

 だが保安官はトニーじゃない。トニーはクスリをしこたま吸引しながらブチ殺されたが、保安官はそうじゃなかった。

 トニーは「The World is Yours」(世界はあなたのもの)と看板の前に倒れ、沈んでいったが。彼女は胸に輝く保安官の証だけを輝かせて、そこに立っていただけだった。

 

 騒ぎの余韻か。ハークは一種の感動のようなものに浸っていた。

 

 ホープカウンティ―が誇るシルバーレイクからさかのぼることマッキンリーダムへと続き。そこからさらに進めば山奥に横たわるシダーレイクへと至る。グランド・ビュー・ホテルはこの山奥の秘境と巨大なバス釣りを堪能できる場所としてしられる場所であった……はずであった。

 

 1年前までは家族連れが――輝く笑顔の子供たちに続き、それを目を細めて喜ぶ父親と母親が訪れた場所だ。

 家事から解放され、自然の中で優雅に静かな時間を楽しむ母親と違い。ライフルで狩りをするか、釣り竿で巨大バスの記録更新に挑戦するのか。そんなくだらないことで悩む父は子供達との思い出つくりに必死になる場所がここだった。

 

 夏が終わり、冬が来て子供の姿は消えても。今度は男たちがここに集まった。

 互いに「久しぶり」とあいさつを交わし。「今年も来たんだな」と近況を伝いあいながら、狩猟期間が訪れるのをホテルの部屋でライフルを磨き、非合法のコカインを吸い。コニャックを楽しみながら雪景色の中へと足を踏み入れるのを楽しみイン待っていたものだ。

 

 

 ところが今、湖はホテルから流れ出たペギー達の血で岸辺を真っ赤に染め上げていた。

 ホテルは燃えることはなかったが。壁には凄まじい数の弾痕を残し。駐車場には燃えるヘリと車両が今もパチパチとはじける音と共に惨劇の後のオブジェとなっている。

 そして血の匂いに交じり、エデンズ・ゲートによって自らを神の兵だと信じていた者たちの死臭に引き寄せられ。山から出てきたハエがたかっている。

 

「いやー、本当にすごかったな。保安官」

「あなた達もね。おかげで命拾いしたわ」

 

 ハークと話すジェシカの言葉に、おかしな話ではあるがジェスは呆れてしまった。

 あの時の彼女の様子を見れば明らかなことは、誰かを救出しに来たわけではないし。当然だがここに自分たちが捕まっていることを知っていたわけではないということだ。

 それなのに――彼女はひとりでここに攻撃を始めた。

 

――狂ってる

 

 他にどう言えというのだろう。

 自殺志願者だとか。戦争狂とか。それとも殺人鬼?

 ここで見る彼女は痩せてはいたものの、依然とそれほどの大きな違いがあるようには見えなかったものの。やはり――なにか違和感に近いものを感じる。

 

 ジェスが助けを求めた保安官は、こうではなかったのではなかったか? 

 

「それじゃ保安官。これからもよろしくな。

 俺様はハーク。ハーク・ドラブマン――」

「これから?」

「ん?戻ってきたんだろ?シャーキーたちも待ってましたと大喜びするぜ。もちろん俺もだが」

「……悪いけど、私は戻るつもりはないわ」

「あ?」

 

 ハークは突然、ハトが豆鉄砲でもくらわされたかのようにぴたりと動きが止まる。

 冗談を言っているのではないと知り、慌ててジェスが横から入る。

 

「それはどういう意味なんだい?みんなアンタを――保安官の無事を心配していたんだよ?グレースだって」

「ええ、わかってる。でも考えは変わらないわ」

「だから!それは、なんでだって話をしてるんだろ!?」

 

 穏やかだけど、それはゆるぎない決定事項だと押し付けてくる態度だった。

 なんだか自分だけ子ども扱いしてくるようなジェシカの態度に、ジェスは知らずに興奮していた。

 

 

―――――――――

 

 

 しつこく食い下がるジェスの姿に私は思わず苦笑いを浮かべる。

 腕が確かだとは言ってもやはりまだ子供なのだろう――。

 

「私が――私がレジスタンスを作ったのは別に必要だったからってわけじゃないの。ただ、ダッチがそれしかないと言って。その時の私には彼しかいなかったから、それに同意しただけ」

「っ!?」

「正直に言うとね。ダッチが何も言わなくても、私はきっと戦い続けていたと思う。エデンズ・ゲートの好きにさせるつもりはなかった。新人だけど、保安官の――このバッジの重さくらいは理解してるわ」

 

 唐突な昔語りだったが、彼らは静かに聞いてくれるようだ。

 

「私はずっと自分は保安官だと思って動いてきたわ。ここはホープカウンティ、法治国家アメリカのね。くだらないエデンズ・ゲートの言う神の国なんかじゃない。それだけが重要だった」

「それじゃ……それじゃあんたについてきた人たちはなんだったのさ!?グレースは?あたしたちは?」

「仲間よ。それは嘘じゃない――でもね、レジスタンスが私の邪魔にしかならないというなら。私は別にリーダーも、ヒーローもやるつもりはないの。だから、戻らない。いえ、戻れないのよ」

 

 これが最後の居場所捜しになる、そう思ってここまで来たのだ。

 それがあるのかないのかわからないうちに取り上げられ、別物に変えられるのをただ指をくわえてみてはいられなかった。それだけの理由だったし、それがいまでも重要なことだった。

 

 戻ればきっとグレースたちは私を離してはくれないだろう。

 少ない時間の間、指揮官を気取って演じることは出来るが。それだけを求められるのは無理だった。なぜなら私は兵士なのだから。

 

「もういい、ジェス。やめろ、保安官は戻らない。それでいいじゃねぇか」

「ハァ!?何言いだすんだよっ」

「落ち着けよ、大人の対応をしな。保安官はちゃんと言っただろ?戻らない理由をさ、俺たちにそれをやめろと命令する権利はないんだ」

「……」

「それでも保安官は生きている。俺達が会って、話したんだ。

 これだけのことでも、持ってかえりゃシャーキーやグレースなんかも喜んでくれるさ。あとは俺達がどうするかっていう、ただそれだけのことだ」

 

 ハークはそう言ってにんまりと笑う。

 

「それはそうと保安官さんよ。あんたにはひとつ聞いておきたいことがあるんだよ」

「なに?」

「この後の予定について、さ。どうするんだ?」

「どうする、とは?」

「そんな警戒しなくてもいいって。あんたの話を聞いたらさ、なんとなくだけど覚悟みたいなものを感じたんだ。なんか考えがあるんだろ?それを聞かせてくれって事よ」

 

 食えない男だ、ハーク・ドラブマン。

 それにこの男からはなにか匂いが違っているのを感じる。それは、私が知っていて恋焦がれていた世界の匂いだ。

 

「ジョセフ・シードは逮捕するわ」

「そうかい」

「なっ!?本気なの、保安官!

 ジョセフの野郎はこの騒ぎの首謀者なんだよっ」

「ジェス、いいって。それじゃジェイコブはどうするんだ?」

「ジェイコブ・シードは殺すわ。鳥の餌にしてね」

「えっ……」

「ハハハ!いいね、俺もその考えには賛同するよ。

 あんた、あいつに可愛がられた復讐戦ってことでいいのかな?」

「違うわ――でも、そう考えてもらってもいいかも」

「そうか。そうか」

 

 ハークは愉快そうに笑い。ジェスはどうにも納得できないといった顔をしていた。

 

 私はずっと保安官として戦ってきた、それは嘘ではない。

 でも、今はもう違う――。

 

 ジェイコブは私を捕らえたが、私を解放した。それは間違いない。

 なぜならば彼はこれまでそんなミスを決してやったことはなかった。ただ私にだけ――ジョセフが”対話”を望むとずっと言っている私だけがそれを許された。

 

 兵士にそんなミスは許されない。 

 

 むしろ私は奴に放り出されたと考えるべきだ。それはなぜ?

 その答えはまさに今の私の姿と以前の私の姿の違いを思いかえせば、すぐに思い当たることがある。

 

――戦闘にためらいが消えた。

 

 

 初期の私はメリルの教えを思い返し、過去のつらい経験に耐えながら戦った。

 でも、ジェイコブはそれを変えてしまった。私のキャリアにとどめを刺したあの事件は、今は私の可能性を最大限に発揮した経験としか感じなくなってしまった。

 

 繰り返される暴力。

 終わることのない怒り。

 どんな状態でいても、追い詰められているような焦燥感から逃れられない。

 

 それらは徐々に私を壊し、なにかを狂わせた。

 すべての暴力が、ただ単純に私の経験値へと換算される。そこに感情は、ない。

 

 私は敵を探し、敵を観察し、敵を滅ぼす。

 怒りも悲しみもなく。必要な処置だけを行うだけ。

 

 だからこそジョセフは殺さない。

 しかしジェイコブは殺す。

 

「ハッハッハッ、保安官。アンタを見ると思い出すよ。

 おれは海外に行って、いろんなものを見てきたが。面白い連中にもあったんだよ」

「へぇ」

「愉快だったのはそいつら。自分はこんな線上にいるべきではないんだって自分だけは信じているような、そんな変人だったってことかな。ま、俺が言うと嘘くさいかもしれないがね」

「私も勘違いしてるってこと?」

「どうかな。シャーキーに言わせると俺はかなりオカシイ奴らしいから、間違っているかもしれないがね」

「その人たちはどうなったの?」

「そいつらかい?あっちこっちウロウロして火をつけて回りながら、どこかに自分の逃げ道はないかと探し回ってた」

「そして死んだ?」

「どうかな、わかってるのは奴らのせいで戦争は終わったってことだけだ。俺にはそれで十分だ」

「――そう」

「あんたとはまた並んで戦うことがありそうだ、保安官」

「それは、勘?」

「いいやそうじゃないさ。ここはどうやらあんたの戦場で、どうやら俺はそこに立ってるってことがわかった。なら、会えるだろうよ。どうだい、そう思わないか?」

「またね、ハーク。ジェス」

 

 それだけ言い残すと、私は道のわきで煙を吹いているバギーにまたがり。走り出した。

 ハークとジェスはそれを無言で見送り。バギーのエンジン音が聞こえなくなるとようやくその場から離れようか、という話になった。

 

 しかしその前に、ホテルの台所に戻ってチーズバーガーとソーダが必要だ。

 

 

 川底をさらうほどの濁流も、気が付けば再び穏やかな清流へと戻るものだ。

 川は表情を変える。水はその時で性質を変える。

 だが、その流れる先が変わることだけは決してないのだ――。

 

――――――――――

 

 

 無線機の前でイーライは肩を落としていた。

 その後ろではタミーが必死に落ち着こうとして、長椅子に腰を掛けていたが。目が落ち着かなく左右に動いている。

 

 ホワイトテイル自警団の攻勢は、この瞬間にも無残な失敗で終わっていた。

 全滅――いや、ほぼ全滅だ。

 

 すべての部隊は撤退を繰り返して叫び。すでに連絡は途絶えてしまっている。

 バックアップから遠からずなにがどうなったのか。知らせは入っては来るだろうが、それだって何の意味がある?

 あのジェイコブが逃げる敵に対してこれまで容赦なく対処してきたことはイーライはわかっている。彼の部下は、彼の仲間たちは今も厳しい追跡に追い立てられ、次々と力尽き。たとえ降伏したとしてもその未来は絶望しかないだろう。

 

『……える?……る自警団?こちらジェシカ保安官』

「こちら、ホワイトテイル自警団。イーライだ、保安官」

『ホテルは終わったわ。でも聞いて、あそこであなたの部下らしい死体を見つけた。

 大丈夫とは思うけど念のため、あなたに知らせておくわ。そちらの計画に影響がないといいけれど』

「保安官……」

 

 一歩、遅かったのか。

 そうじゃない。俺が彼女に言われる前に、予想しておくべきだったのだ。

 

『なに?聞こえない』

「――保安官。頼む、助けてくれ」

 

 イーライは言葉を切る。

 空を仰ぎ、苦しそうに眉をひそめる。自分はなんという無様、なんという恥知らずなのか。それでも――。

 

「俺達は――俺は負けた。ジェイコブに負けた。このままだと仲間は殺されてしまう」

『……』

 

 しばしの沈黙に不安が揺れる。

 それでも彼女は答えてくれた。どうすればいい、と。



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HEAT

 地上でどれほどの惨劇が起きようとも、太陽は変わらず時とともに動いている中。

 新たな騒動の種はホープカウンティのはずれにある大トンネルの入り口へと集まろうとしていた。

 

 そこまで続く坂道を乱暴な運転の車列がいくつかみられる。

 気になるのはそこに2台の燃料をたっぷり詰め込んだタンクローリーがあるというところか。

 

 トンネル前までたどり着くと、殺気立った男たちが車から降りてくるなり怒鳴り始めた。

 

「急げ!急げ、もたもたしてると日が暮れちまうぞ!」

「捕虜は引きずり出せ!道に並べて、すぐに準備!」

「神を恐れぬ愚か者たちがこの地上から旅立ったと、ジェイコブは聞きたがっている!他に何がある?わかったらさっさと動け!」

 

 ペギー達――いや、エデンズ・ゲートの男たちはいつになく殺気立っている。

 これまでの道中でも、身動きするだけで車中で暴行を加えていたホワイトテイル自警団の捕虜たちをこれまた乱暴に車中から引きずり出し。道の恥にアルガードれるそばに跪かせて並ばせていく。

 

「ちょっと!殴らないで、彼は足を――」

「やかましい!」

 

 足首を撃ち抜かれて真っすぐ歩けない上、機敏に動けない捕虜でも容赦なく小突き回す男に囚われた女性は思わず声を上げるが、返事は怒りを伴ったこぶしで返され。怯えが彼女の口をふさいでしまう。

 

「貴様ら臆病者がのそのそと這いまわってくれたおかげで、ジェイコブはジョンやフェイスを助けられなかった。

 お前らをここでようやく血祭りにあげられて、俺達もようやく腹の虫がおさまろうってもんだ」

「……俺達が倒れても、レジスタンスはまだいる」

「へへっ、楽しみにしてたぜ。あいつらもすぐにお前らの後を追わせてやるさ」

 

 言うとこれ以上、話すことはないとばかりに銃床でなぐりつけ。倒れるとその襟首をつかんで”親切”にもひきずりあげていく。

 

――ホワイトテイル自警団、壊滅

 

 太陽が沈み、明日の夜明けとともにホープカウンティはそれを知るだろう。

 ジェイコブの勝利。そしてレジスタンスの終わりの始まりだ。

 

 ついにジョセフの”回収”は終局へと突入しようとしている!

 

 

――――――――――

 

 

 イーライの攻撃計画は残る5つの部隊によって、ジェイコブの最重要施設3か所への同時攻撃であった。

 これまでも厳しい消耗戦の中で残してきた戦力全てを絞り出し、これ以上はないというタイミングまで耐えての決行した大勝負であった。

 

 だが、ジェイコブはイーライの上を。先をいっていた。

 

 ジェイコブに負けじとその部下を尋問して集めた情報は時折、偽のものが与えられていた。そして当然だがイーライの部下を捕らえると、その頭の中をひっかきまわして知る限り全てを絞り出してきていた。

 エデンズ・ゲートは焦っていなかった。

 ジェイコブはかなり早い段階からレジスタンスに対して持久戦を選び――イーライの我慢が擦り切れる時をまんじりとせず、隙も見せずに待ち続けていたのだ。

 

 結果をいえば、ホワイトテイル・マウンテンでのレジスタンスはこの時点で敗北を避けることが難しかったのである。

 

 イーライの合図ではじまった攻撃作戦は序盤こそ調子よかったが。

 すでに用意されていたジェイコブの警備網は。計画のひとつにあるカウンターに入っただけで、イーライの仲間たちは動きを止められ、包囲されていってしまった。

 

 こうした事態の急変をイーライがリアルタイムで知ることができたのは、撤退時の予備兵力にと(若者と年寄りの多い)部隊を残していたからだが。それでも次々と降伏していく彼らを救出しろとは命令は出せなかった――。

 

 司令部で肩を落とし、ひしひしと敗北の無慈悲さに震えているしかなかったイーライとタミーであったが。

 今の彼らにはまだ彼女がいた。いてくれたのだ……。

 

 

 

 ジェスとハークがセンターに思ったよりも元気に(?)戻ってくると、レジスタンスの皆は安堵し、その無事を喜んだ。

 グレースは何も言わずにジェスを抱きしめ。シャーキーは顔に青あざを作って――おそらくは2人のことでグレースにでも殴られたのだろう――喜ぶ人々の中でひとり、仏頂面をしながら喜んでいた。

 

「シャーキー!?どうした、相棒。その顔は?」

「うるせーよ、お前ら。なんでペギーにホイホイ捕まったんだよ」

「あ?知ってたのか」「知ってたか、じぇねーよ。噂で流れてきたんだ、ペギーの女と子供をさらった馬鹿が捕まったみたいだってな」

 

 シャーキーのこの言葉で、ジェスはなんでこうなったのか理由を離さなくていいのだと知った。

 

 思ったような成果どころか、ますます混迷を見せる自分たちのレジスタンスに頭を悩ませて戻ってきたグレースだったが。真っ青になったシャーキーから最悪な報告を聞かされると、さすがに我慢できずにその顔にひとつ大きなあざをこさえてしまった。

 

「――痛ぇ」

「当然よ。あの子とハークだけで外に行かせたなんて、何を考えてるの!?」

「君が戻ってくる前に情報を集めようと思っただけなんだ、グレース」

「そうかしら。死ねばいいと思って送り出したと言ってみれば?」

「ハークはそれでいいかもしれないが。さすがにジェスもって俺がそんなこと考えたと本当に思ってるのか?そりゃ、ひどいだろ。落ち込むぜ」

 

 殴られた箇所をさすりながらだったが、シャーキーの表情はさらに暗いものとなっていく。

 まぁ、さすがにグレースもシャーキーがそこまでクズだとは考えていないが。まだ考えに幼さが残る子供と、何をしでかすかわからないような奴に好きにさせていいと送り出したことはどうにも怒りが収まらない。

 

「あの子たち、殺されてないといいけど――」

「それは大丈夫だと思うぜ?あれでもハークは自分が大人だって理解しているはずだしな。ちゃんとジェスの面倒を見ていたはずさ」

 

 慰めなのか、本気なのかわからない。

 だが、確かにそれを期待するしかないだろう。そもそも救出だって本当にできるのか、わからないのだから――。

 

 そんなことを思っていただけに、本当にひょっこりと戻ってきたことに驚いているのだ。

 

「とにかくよかったわ――大きな怪我はないわよね?すぐに検査を受けてもらわないと」

「ううん。それよりグレース。大変な……」

「おお!そうだ、それより皆聞いてくれよ!俺達は凄いニュースを持ち帰ったんだぜ」

「あ?ペギーに可愛がられて寝ぼけたまま戻ってきたのかよ、ドラヴマン」

「へっへっへっ、驚くなよ?なんと俺達は――」

 

 ハークにこのままむざむざおいしいところを取られてなるものか。気がせいたかジェスは素早く口を挟んだ」

 

「あたしら保安官に会ったんだ!無事だったよ」

『っ!?』

 

 そこにいた全ての人が息をのみ、緊張が走った。

 まさか生きていた!?本当に!?

 

 ではなんで戻ってこない?

 

――――――――――

 

 

 トンネルに人々が消えていくと、それに合わせたかのように森の中から人影が道路へと降りてきた。

 ただひとつだけ残された部隊とジェシカである――。

 

「どうする保安官?」

「そうね――」

 

 言いながら私は車道を見回す。

 乗り捨てられた複数の車、そしてタンクローリー。なんでこんなものをここに持ってきた?

 今のホープカウンティでは燃料は貴重であるはずなのに。

 

「誰かガムテープはある?」

「ああ、えっと。持ってるよ」

 

 まだ少年の幼さのある若者が声を上げる。

 私はうなずくと背嚢からダイナマイトを数本取り出して彼に渡した。

 

「あなたに頼むわ。これをひとまとめにして。

 私たちが中に入ったら、すぐにこの辺の車を何台か動かせるようにして待機するの」

「り、了解」

「突入するんだな?数は不利だぞ?」

 

 心配そうに言ってくるのは白髪が目立つひげの豊かな男。不安なんだろうか、自分がこれから起こるであろう救出劇にどれだけ戦えるのか、と。

 

「聞いて、計画はシンプルよ。

 中に入ったら私の後ろへ。左右に広がるように、ついてきてくれればいいわ。救出したら、アナタたちが先頭に立ってきた道を戻る。あの若いのが車を用意してくれているはずだから、それに乗って退却して」

「わかった。あんたは?」

「息は先頭に立って。帰りは殿をやるわ。もちろん生きていれば、ね」

 

 クスリ、と笑うが。どうも受けは良くなかったようだ。

 むしろ顔を一層引きつらせたのもいる。これは失敗だったか――。

 

「それじゃ、行くわ。ついてきて」

 

 AUGライフルを構えると、私は見向きもせずにトンネルの中へと向かいあう。

 危険な任務だ、トンネルの奥からは殺気立った男たちの怒号が聞こえてくる。あの様子ではすぐにでも私刑を始めかねないだろう――。

 

「おい、そろそろアレが必要だろ!ちょっと見てくる」

 

 ペギーの声だ。

 真っ暗な闇の中、前方でなにかを動くのを感じる。

 私は大きく、だが静かに息を吸い上げ。吐き出す、その瞬間はもうすぐだ。

 

 

 ダイナマイトを束にするのを終えると、トンネルから誰かの怒鳴り声を合図に銃声が始まった。

 少年は「あんだよ、早すぎるよ」と手に握った塊を近くの車のボンネットの上に置くと。その隣の車の運転席に乗り込んだ。運がいい、鍵が付きっぱなし。エンジンをすぐに始動させる。

 2台目はカギはない。でも運転席の周りを探したらすぐに見つかった。これもいける!

 

 3台目に飛び込んだところで、トンネルの出口に人影が見えた。

 

「走れ、走れっ!」

「こいつ、コイツのカギがないんだ!」

「2台ある。それでなんとかする、急げ!」

「保安官は!?ダイナマイトも!」

「置いてけ、彼女はすぐ来る……きっとな」

 

 少年は見た。

 トンネルの奥でもうもうと煙が上がってる。銃声もやまない、彼女は戦っている。僕らのために――。

 

 

 トンネルの内部はわからなかったのでほとんど運任せだったが、どうやら私は運が良かったようだ。

 信者たちはどうやら処刑ショーの準備に夢中になっていて。人質はひとまとまりにし、見張りは少なく済んだ。とはいえさすがに奪取しようとすれば気付かれもする。

 

 見方を逃がしつつ、トンネル内にスモークグレネードをばら撒く。

 ジェイコブの訓練を受けたと言っても、トンネルの闇と白い煙に巻かれた視界不良の戦闘にはやはり恐怖があるようだ。

 これは助かる――私は素早く後退する。

 

 トンネルを出ると、山はすっかり夕闇の中にあった。

 エンジン音とタイヤを明一杯振り回しているのだろう、怪しい運転でカーブを切っていく2台を見送る。

 

 私は近くの車のワイパーに乗せられて置いて行かれたダイナマイトを手にすると、止まっているタンクローリーのそばへと近づく。恐らく、信じられないことだが。エデンズ・ゲートは捕虜を生きたまま焼くつもりだったことは間違いない。

 

 バルブをひねり、独特の異臭のする液体を一面にまき散らす。

 あと数十秒、自分もこれ以上ここにいたら生きては帰れないだろう。トンネル内では怒号がこちらの出口に徐々に近づいてきている。

 私はダイナマイトの導火線に火をつけ、再びボンネットの上に乗せた。

 

 それから10秒、ペギー達はようやく姿を見せるが。ジェシカの姿はなく、ただ近くの木々の小枝が震え。小さな物音はさらに小さくなっていく。

 次の5秒はあっという間で――。

 

 

――――――――――

 

 

 指揮官と言うものはなんであれ、不愉快な報告も聞かねばならないことがあると知っている。

 だが知っている、というだけで。その不快さに耐えれるかどうかは、わからない。それくらいでいいのだ、ジェイコブはそういう考えだ。

 

 だからホワイトテイル自警団が特に何をするでもなく、勝手に出てきて、勝手に捕まってくれたと聞かされた時は久しぶりにスカッとした気分になることができた。

 普段なら無表情であることの多い彼が、その間だけは珍しい笑顔を見せたりもしていた。

 

 しかしジェシカによってホテルが襲撃され、彼の自慢の警備網がズタズタにされたと聞かされるとそうはいかなくなる。

 だがそれだって怒りはこらえることができた――最後の報告を聞かされるまでは。

 

 夜、彼の住む屋敷のテラスから。闇に沈んだ山々の一角が赤々と燃え上がっているさまを見てやろうとしたが、できなかった。てっきり部下はのんびりと仕上げをやっているものだと思ってた。そうではなかった。

 

 どうやらバックアップだか残されたイーライの部隊の襲撃を受け、捕らえた捕虜はすべて奪われ。それどころかトンネル前を火の海にされ、ひと煙はトンネルの中にまで入ってきたせいで数名が命を落としたとの報告を聞かされたのだ。

 

 これには我慢できない。

 こんなことがあり得るなんて、ありえない。

 ジェイコブはまずうなり声をあげ、続いて怒りの咆哮と共に感情のままに確認もしないまま引き抜いた銃の弾が切れるまで引き金を引きまくった。

 

 ホワイトテイル自警団は、エデンズ・ゲートに敗北した。

 確かに敗北したが、全滅はしなかった。

 

 彼らの英雄、イーライはいまだ健在であり。彼の元には少なくない彼の兵士が戻っていってしまった。またもエデンズ・ゲートは完全な勝利を手にすることは出来なかったのだ。

 

 

 グレースが皆から離れ、奥に引き込むのを見ると。シャーキーはその後を追った。

 この数日、2人の間にはじつに嵐のような激しい感情の揺らぎがあったが。その原因となった2人が戻ってきたことで、なんとか修復したいという思いがあった。

 

「なぁ――」

「……なによ?」

「あの2人も戻ってきたことだしさ。そろそろ俺達も、なんとかなるべきだって思わないか?」

「どうかしら」

「そのつもりはないならそう言ってくれるだけでいいんだ。俺も、別に無理ならしょうがないってだけの――」

「わかった。もういいわよ」

「え?」

「もういいわ。あなたの言う通り、2人は戻ってきたし。怪我もないみたいだしね」

 

 シャーキーの顔が和らぎ、肩の力が抜けた。

 

「それじゃ――もうひとつ、あいつらの言ってることはどう思う?」

「どう思うって?」

「保安官、ジェシカ保安官のことさ。本当かな?」

「幻覚を見て助かったかって事?それはないわよ、ハークはともかく……」

「いや、マジな話さ」

「私は信じるわ。

 彼女たちは確かにジェシカに会ってる。話したことも、納得できたわ」

「俺は――よくわかんねぇんだよ。そこがさ」

 

 シャーキーの言葉にわずかに苛立ちが見える。

 

「ペギーをぶっ飛ばす。ああ、それだけのために今までやってきたさ。

 でもアイツらが言うことには、保安官はジョセフは逮捕するって言ってるらしいじゃねぇか」

「らしいわね」

「俺は納得できねぇよ。全然、まったくだ」

 

 なるほど、そういうことか。

 

「シャーキー、あのね。ジェシカはずっとジェシカだったわ、これまでもずっと保安官だった」

「……」

「皆は戦争だと騒いでたわね。でも彼女は――」

「違ったって事かよ。あんなに殺して回ってたんだぜ?」

「どういえばいいのかしらね。彼女――いえ、私もそうなんだろうけど。私たちは兵士なの、戦場に立つことにためらいは全くないわ。恐怖はない。

 でもだからって別に殺人鬼ではないし。殺すことが好きだってわけでもない。ただ、人を破壊するように行動するってだけなのよ」

「それが何の関係があるっていうんだよ」

「ジェシカはこの争いの終わり方を決めたのよ。ジョセフを逮捕する、ってね。

 すべてが終われば、またホープカウンティに日常が戻ってくるわ。でも、完全ではもうあり得ない。私たちはあの日から隣人同士で憎みあって、攻撃をしあってきた。

 

 そのことを説明しろと言われと他人に言われたら、本当に皆が説明できると思う?」

「さぁ、どうだろうな」

「だから彼女は決めたんでしょ。ジョセフを捕らえる、保安官としてって。私達も準備が必要ね」

「……私達?それって俺もってことか?」

「ええ、そうよ」

 

 ライフルを手に取る、分解を始める。

 

「彼女は終わらせるつもりなのよ、どんな手段を使っても。このクソッタレな騒ぎをね」

「――ああ、そういう意味で本気になったってことか」

「だから彼女はもうここには戻らないわ、シャーキー。でも彼女から次、攻撃命令が来たら」

 

 ホープカウンティは正しく、本物の戦争を見ることができるはずだ。



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Deal with the Devil 上

いよいよラストスパート。
次回は明日。


 安堵のため息をひとつ。それから肩を抱いて再び椅子に座りこんだタミーの肩に手を置くと、イーライは外の空気を吸ってくるとかすれた声で伝えた。

 バンカーから外に出るといつの間にか深夜である――入り口のわきにある発着場の隅に積まれた雑貨の裏まで歩いていき。背中を預け、崩れるようにその場に座り込む。

 

 

 苦痛に満ちた、厳しい数時間だった。

 そして助かった。文字通り、”助けられた”のだ。

 

 イーライの勝負は通信、ケーブルカー、牧場の3か所を一気に押さえてしまおうというものであった。

 勝算はあった……ずっとこの時のために用意してきたし。作戦は練りに練ったのだ。

 だが実際に始まるとそれは全てジェイコブの想定した状況をこえることは出来なかった。単純にそういうことなのだろうと思う。

 

 部隊は次々と包囲が始まり、そこから突破する力がないとわかったとき。

 ジェシカからの連絡にイーライは思わず縋ってしまった。それは屈辱ではない、自分への大きな失望だった。

 これまで仲間を無理やりに押さえつけ、我慢して情報収集に力を入れてきた。それもこれもこの攻撃を成功させるため、一気にジェイコブを窮地に追い詰め。司令部から前線へと引きずり出すため。

 

 保安官はよくやってくれたと思う。

 攻撃部隊は全滅ではなく半壊程度の犠牲ですんだ――半壊だって?冗談だろ、無能ものめ!

 

――ホワイトテイル自警団は終わりだ

 

 小さな声だがイーライは声に出していた。

 これ以上はとにかく無理だ、と思った。自分にそもそも指揮官として不足してるのは明らかだし。戦力も半減、もはやジェイコブを引きずり出すなんてことは自分には不可能だった。完全敗北、どうしようもない。

 

 折れた心の命じるままに思わずイーライはホルスターに収めてある銃を――シルバーに輝くデザートイーグルを取りだして見つめる。

 

(このまま楽に死ねないか?責任を取って――)

 

 これまで自分を支持し、信じてきてくれた仲間たち。友人、隣人、その家族たちの顔が次々と湧いてくる。

 その多くはすでにこの世界から旅立って行ってしまった。そのほとんどは、ペギーのせいでひどい最期だった。

 皆に納得させるために、自らが感情を切り離し。冷酷にふるまうことで耐えてきた。それも、もう終わりだ。

 

 夜空を見上げた。

 美しい星空だった。もう夏のものではなくなりつつあるのもわかる。故郷の空だ、守りたいものだった。

 気が付くと時間はだいぶ過ぎていたようだ。暗闇の中にジェシカがそばに立っていることに気が付いた。

 

「戻って――戻ったんだな、保安官」

「イーライ。長い一日だったわね」

「ああ、そうだな」

 

 そこでジェシカがモノと痛げな視線をこちらに向けていることに気が付く。

 ああ、そうだった。イーライは苦笑いを浮かべ、両手で握りしめていたデザートイーグルを改めて見つめる。

 

「この自警団を作る時に相談した傭兵がいてね。彼は――兵士のために指揮官はカッコつけろってこれを贈られたんだ」

「そうなんだ」

「――俺はこれで。これで、その。これでさ、やろうと……」

 

 かすれた声が消えていく。

 言わなくてはならない。ここで言わねばならない。

 

 自分はジェイコブに敗れた、なにもできないまま破壊されてしまった。

 これからはあんたのレジスタンスに俺が残せたものを受け入れて戦わせてほしい、と。

 自分はもう、なんの役にも立たないのだ、と。

 

「――いいわよ、イーライ」

「?」

 

 ジェシカは――私はこちらを見上げるイーライを見ていた。

 そしてペギーから奪ってきた腰のガバメントを引き抜くと彼の眉間の間に銃口を押し付ける。

 引き金を引く力に躊躇うものもなく、私は――。

 

 

――――――――――

 

 

 翌日のこと、ホワイトテイル自警団の攻撃失敗の報せがホープカウンティに行き渡る前にそれは起きた!

 

――ホワイトテイル自警団リーダー、イーライ死亡

――殺害したのはジェシカ・ワイアット保安官

 

 重ねて伝えられた凶事。

 しかし衝撃で言えば、ホワイトテイルの敗北など消し飛ばすには十分な最悪な知らせであった。

 

 何が起きている!?

 どうしてこうなった!?

 そもそも保安官はジェイコブに囚われていたのではないか?それがどうして自警団を襲う?

 

 今やこのホープカウンティではたったひとりをのぞいてこの疑問を感じないものはいない。

 そしてその答えを知るジェイコブはひとり、嗤っていた――。

 

「もうそこにはお前の居場所はないぞ、保安官。

 お前はずっと間違いを犯していたのだ。お前は英雄ではない、神の声はわからない。ただの道具。ただの兵士にすぎないのだ」

 

 ジェイコブに勝利への焦りはなかった。

 エデンズ・ゲートに敗北はない。それは最初から分かっていた”事実”である。

 

 だが、そこにジョセフに逆らう英雄などともてはやされる2人を葬ろうと考えた時。

 ジェイコブはあえてジョセフの意思に素直に従うそぶりをみせたのであった――。

 

(奴らの反抗などなんの希望はなく、未来はない。弱肉強食の理に従い、今日から弱く、愚か者たちは強きジョセフの子供たちによってついに倒され。このホープカウンティはついにジョセフの導くエデンへと作り変えられるのだ!)

 

 ジェイコブは部下を呼び、自分が出るぞと伝える。

 普段なら決して口にしない言葉に彼らは驚くが、イーライの死を決定的なものにするのだというジェイコブの言葉に彼らの顔もほころんだ。

 昨日は逃した大魚を、今日こそ仕留めてやるのだと理解したのだ。

 

 ホワイトテイル自警団は終わる。

 たった1日だけは逃げ伸びることができたが、それしか彼らにはできなかったということなのだろう。

 

 

 英雄は本当に仲間を裏切ったのだろうか?

 ホープカウンティに希望は残されていないのだろうか?

 

 その答えは、すっかり静まってしまった今のウルフズ・デンでは沈黙しかない。

 ウィーティーは必死に鳴き声をあげないようにと、先ほどから終わることのない事件についてラジオでホープカウンティ全土に訴え続けている。

 リーダーを支え続け、ペギーへの憎悪と怒りを秘めた強いタミーは。床の上に横になった個人のそばから決して離れようとはしない。

 

 すべては一瞬の出来事であった。

 突然の変貌、そして裏切りがなにもかもを奪っていってしまったように感じる。

 

 だが――。

 だがそい腕はないことをただひとつのことだけが、彼らに信じるようにと訴えていた。

 ホワイトテイル自警団の英雄、彼らがし立ったリーダーは。

 今は白い布で覆い隠されはいるが。その顔は奇妙にも安らいでおり、裏切り者によって倒れてもなお自分たちの勝利を捨てることはないと訴えている。

 

 こんな状況の中で、彼はなぜそう思っていたのだろう?

 

 

――――――――――

 

 

 考えることはない。考える必要はない。

 作戦はわかっている。それを実行し、完遂するだけでいい。ただそれだけ。ただ――。

 

 森の中を、斜面の岩肌を、駆け足で進む私はただの獣となっていた。

 次、それを考えることはない。”すべては決められている”のだ。ただ作戦通りにすればいい。軍ではそう教えられ、そうするために訓練を乗り越えてきた。試練をこえてきたのだ――。

 

――再び同じ状況になったらどうするんです?

――対策はあるわ。でも、やってみないとどうにもわからないわね。

 

 記憶の奥底からなにかが思い起こされるが、今はそんな必要はない。

 その必要はないのだ。

 

 

 山頂に待つジェイコブは、兵士たちを散らせていた。

 以前からこの地域のどこかに奴らのアジトがあるだろうと、それもきっと自分たちをまねてバンカーに違いないとあたりはつけていたのだ。今日こそ、それを明らかにするときだろう。

 

 力を大きくそぎ落とされて逃げ伸びたところに、裏切りによってリーダーが死んだのだ。

 生き残った愚か者たちも、すでに戦う力がその体にどれだけ残されているだろう?考えるまでもない、これはせめてもの慈悲という奴だと言ってもいい。

 

「実際の話、お前は大した奴ではあったさ保安官。

 お前は最後に暗闇に光を差し込んでくれた――お前だけだ、この栄光をつかむことがジョセフに認められたのはな。

 遂にお前は試練を乗り越えたんだ。わからないだろう?お前は犠牲を払った、お前を英雄ともてはやす弱者たちをふるはらってな。

 

 だが俺にはわかるんだ、お前はそれでも聞く耳を持たないだろうってことをな。

 愚かで――そして頑固だ。事実を前にしてもきっとそれを受け入れられず、狼のように野山に隠れて走るしかない」

 

 ホワイトテイル自警団の放送は今も続いている。

 保安官は完全武装し、彼らの手から飛び出していったのだそうだ。

 とても危険で、不用意に近づいてはいけないと訴えてもいる。哀れなことだ――。

 

「俺の務めは教えただろう、間引くことだ。

 保安官、誰もお前の見方ではない以上。お前は今、ここでもっとも弱い者だ。弱い奴はどうなるのか……さぁ、俺はここで待っているぞ」

 

 まさに今日、このカウンティ―ホープの真の英雄となった彼女のためにジェイコブはここにいる。

 ここで待っている。彼の勝利を手にするために。

 

 

――――――――――

 

 

 来たか、双眼鏡で確認したジェイコブは思わず笑みがこぼれそうになるのを必死でこらえる。

 斜面の向こう側からこちらへと向かってくる人影を確認した。ついに勝利が転がり込んでくる――だが、部下たちの手前はしゃぐわけにはいかない。

 

 彼女はひとり、そして周囲に人の気配はない。

 あくまでも可能性の話ではあったが、ホテルが陥落したとの知らせを受けて。ジェイコブは自分の技術が保安官には効果がなかったのではないか、そんな不安が心の片隅にわずかに芽生えてはいたのだ。

 しかし考えすぎていたようだ。保安官はこちらの計画に従って動き、あの忌々しい男はまさしくこの女の手にかかって死んだのだ、と確信を得ることができた。

 

「よし、もういいぞ。部隊は大胆に動かせ。最後のとどめを刺してこい」

『了解です、ジェイコブ』

 

 レジスタンスにはもう、ジェシカもイーライもいないのだ。

 まずはホワイトテイル・マウンテンを取り戻す。続いてヘンベインリバーを、ホランドバレーも再びエデンズ・ゲートの手に戻ることになる。そのすべてを、シードの息子である自分が指揮して成し遂げる。

 最後の日、試練は終わったのだとジョセフに知らせを送れば、彼も皆の前に再び出てきてくれるだろう。

 その時こそ――。

 

 周囲から小さいが怪訝な雰囲気が感じられて、ジェイコブは我に返る。

 どうやらジェシカはある場所で立ち止まったまま動かなくなってしまったらしい。自身が久しぶりに持ち出してきたアンチマテリアルライフルを構え、そのスコープを覗く。

 

 確かに保安官は斜面で立ち止まっていて、動く気配がない。

 なんだ?どうした?との疑問からさらに倍率を高めていく。

 

 ジェシカは無言で立ち続けている。

 その手に握られているのは女性が持つには大きすぎる武器――M249軽機関銃と呼ばれるものだ。

 だがジェイコブはそれを目にした瞬間に、背中に冷たい汗が噴き出すのを感じた。その銃には見覚えこそなかったが、うわさでは聞いたことがあった。

 イーライはホワイトテイル自警団をたちあげた時、自分たちがペギーに好きにはさせないという誓いを立て。自分のカスタムした銃に「ホワイトテイル」と名付けたという。彼女が持つそれは、まさにうわさに聞くそれにそっくりであった。

 

 

 ダーーーン!

 

 

 恐怖か、パニック化。

 それはわからないがジェイコブは思わず引き金を引いていた。

 山頂から下に向けての射撃ではあったが、強風はいとも簡単に軌道を変え。ジェシカの立つ場所から離れた地面に着弾すると土を巻き上げた。

 

「ジェイコブ!どうしたんです!?」

「あの女を殺せ!もういい!神狼をはなつんだ、全部!」

 

 部下はわかりましたと答えると、降りていきながら狼を放て。俺達も続いて攻撃だとわめいて離れていく。

 彼らが指示に従うのを聞くとさすがにジェイコブも少しだけ冷静になれた。とはいえ、失敗だ。狙撃手が一発を外したら待っているのは死だ、少なくとも戦場ではそうだ。

 

 事実、こちらがどこにいてなにをしたのかは知られてしまったようだ。

 立ち止まっていたジェシカは再び歩き出していた。その向かう先は間違いない、この山頂に向かっている!

 

 先ほど外した弾丸の軌道を頭に思い浮かべ、今は動いている目標に向けてジェイコブは2発目を撃ちはなつ。

 だがそれもまたまるで違い場所の地面に着弾するのを見て、ジェイコブはうなり声と共にライフルを放り出した。

 

 

―――――――――

 

 

 ジェイコブの命令で連れてきていた10頭の神狼がはなたれた時。

 彼の部下たちに心配の2文字は全く頭にはなかった。だが、だれかがどこかを指さすとその顔に一斉に青いものが混じってくる。

 

 

 一直線にこちらにむかうジェシカへと突撃する狼たちの列の横原にむけ、森林の中からもなにかが飛び出して狼たちへと近づいていったのだ。

 片方は犬であり、もう片方はクーガーである。ブーマーとピーチズ、この瞬間についにジェシカの元へとたどり着いて見せたのだ。

 

 しかも助けは彼らだけではなかった。

 森の木々が次第に震えだし、太い幹のそばから危険なうなり声が次々と上がってくる。

 

 以前、やっかいな男たちによって自由にされたファング・センターのクマたち。

 あれ以来すっかりよりつかなくなった人という餌を求めたのか、それとも2頭の獣によってここまで導かれてきたのか。

 数頭のクマは斜面に降りてこようとしたペギー達、そして狼に分かれて参戦してきたのである。

 

 

 ジェシカに向けて飛び込んでいった先頭の神狼のとなりにブーマーは追いつくなり体ごとぶつかっていく。

 荒れた斜面をそれでも数十キロの速さで走っていた狼はいとも簡単にバランスを崩し、首から砂利の中へと倒れて動かなくなった。

 

 ブーマーは素早く後ろを振り返り、自分の後ろへ――ジェシカへと誰もいかせはしないと仁王立ちすれば。

 立ち止まった狼たちの背後からピーチズが爪を立ててとびかかる。

 まだ時間は必要だろうが、クマがそこに飛び込むのもすぐであろう。

 

――私はその騒ぎの横を当然の顔をして通り過ぎていく。

 

 斜面にジェシカを屠らんと降りてきていたペギー達も恐慌状態に陥りつつあった。

 3頭のグリズリーは哀れな信者たちにとびかかっては全体重をかけて地面に押し倒し、苦痛に悶え、鳴き声を上げるゲル彼らが静かにいなるまで何度も噛みついては振り回し、そしてまた地面にたたきつけてみせた。

 

 殺せ、こいつを殺せ!そう叫ぶ声はジェシカに向けたものではない。

 グリズリー達の体に向けられた銃口から発射された弾丸は、彼らの分厚い脂肪に遮られ。ますます怒り、荒れ狂った彼らはおなじ匂いを放つ人間たちに目を向けて攻撃する。

 

 当たりに広がるのは獣の放つ異臭、そして”祝福”の甘い匂い、さらに流れていく血とそれに混ざっていたであろうアドレナリン。

 冷静さなどもはやどこにもなく。目の前に迫る死のと暴力から逃れようともがくことしかできない。

 

――私はその騒ぎの中へと分け入り。ペギー達の頭を、胸を、構わず穴をあけてなぎ倒して進む。

 

 そこまさに異様の一言でしか言い表せない、奇跡のような悪夢が起こっていた。

 ジェシカを阻むすべてが、まるで神の導きを得たかのように。獣たちによって道は作られ、彼女はもうとどまることなく目指す場所へ向けて進んでいるだけ……。

 

 

――――――――――

 

 

 獣たちが争う声が消えた。

 戦う戦士たちの――仲間の、部下たちのみじめな声もだいぶ静かになってきている。

 そして銃声は消えた。

 

「ジェイコブ!ジェイコブ、どうしましょう!」

「戦え!武器を持って、女を殺せ!」

「その女が見えないんですよ!どうしろって――」

 

 下にいた哀れな弱きものとなってしまった奴が、保安官に引き裂かれる音が聞こえてきた。

 音でわかる。容赦ない、至近距離からたっぷりと十数発。それで生き残れるはずがない――。

 

「保安官!ジェシカ・ワイアット!

 ここにお前の勝利はないぞ……俺達は結局のところ血を流す。ここで死ぬか、後で死ぬか。

 違いがあるとするならそれだけだ。

 

 俺は兵士だ。戦場で学んだのは死のみじめさに違いはないってことだ。

 皆が死ぬ。お前だって死ぬ!俺達は――」

 

 ジェイコブの言葉が終わる前に、まだジェシカの姿を探すジェイコブの前に私は立っていた。

 マシンガンを使えば次の瞬間にもすべては終わるが――今日の私はそれを選ばなかった。

 

 代わりに腰からデザートイーグルを――イーライのそれを引き抜くと一発。

 しかしただそれだけでも、ジェイコブは簡単に吹き飛んで背中を岩にたたきつけ。天頂から背中で転がり落ちていった。

 私はそこにおちていた奴のライフルを手につかむと、まだ生きているであろうジェイコブの姿を探しに降りていく。

 

 

 兵士の最期が訪れようとしていた。

 そのことはわかっていたが、不思議なことにジェイコブの心は今は悲しみに満ち溢れていた――。

 

「正しかったんだ……人類は今、絶滅に……瀕しているって。

 我が弟も、妹も。皆が知っていた……誰が神と会話し、神のほほえみを我らに伝えてくださるかと言うことを」

 

 貫かれた銃弾の傷跡を右腕で押さえ、伸びている左腕は上腕からぽっきりと骨が折れているのは間違いなく。胸と足の骨にもヒビが生まれ、両足は走ることも出来ずになんとかひきずってなんとなく歩けるだけ。

 ここに受け取りに来たはずの勝利は、とてつもなく遠くへと消え去ってしまっていた。

 

「保安官、お前だってわかっていたはずだ。何度も言った――何度も、何度も。

 人類は破壊することしかできない。何かを築き、何かを達成しようとも……必ずそれをぶち壊す方法を考えちまうんだ。

 

 歴史を見ればいい。

 これまでもいくつもの帝国は生まれたが、残ったものはどこにもない。

 このアメリカもそうなる。弱くなっているんだ、強くない。生きてはいられない、世界は適者生存。わからないのか」

 

 誰に語っているのか、誰に伝えようというのか。

 

「ジェシカ・ワイアット――お前はどうしてジョセフを信じない?

 

 お前も知っているはずだ。ビッグボス……この国の輝ける時代の英雄を、あいつらはあろうことか狂人と呼び、テロリストとして殺したんだ。

 何も知らない、なにもわからない。新たな英雄を使ってな――。

 

 だがそいつはどうなった?

 ソリッド・スネークは?

 

 奴も結局、同じ道をたどった。

 この国はあれも狂人だと言い、テロリストだと言った。英雄を、簡単に捨ててしまったんだ。

 そんなことをするこの国のどこに希望がある?あいつの言う通り、おまえもそうなった」

 

 岩棚に腰を掛ける。

 もう動けないのだ、あとは終わりを待つだけ。

 

「お前は何も知らず、何も考えず。頑なに俺達を否定し続けた――その結果を見ろよ。

 ホープカウンティは血まみれだ。これもあいつの言った通りだ……お前は何の疑いも抱かず、自分を信じるだけで、すべてを地獄に突き落とす」

 

 ジェシカは姿を見せる。

 手に持ったジェイコブのライフルから弾丸を抜いて見せ、それを近くの岩にホワイトテイル――軽機関銃と共に立てかけた。すぐ目の前にジェイコブがいることなどきにしていないようだったが――。

 

 ジェイコブの頭がうなだれる。

 力が抜け、そのままついに逝こうというのだろう。しかし前に立ったジェシカはそれを許さなかった。

 

 パン!

 

 いきなり問答無用でその横っ面を張り飛ばすと、ポケットからケースを取り出し。中にアンプル注射器を目の前のジェイコブの首筋に突き立てて見せたのだ。

 

「ぐがっ!?」

「これは拷問じゃないわ、ジェイコブ。ただのおしゃべりよ」

 

 私は冷酷にこれからの”授業”の開始を告げる。

 

「ハハハ、ひどいだろ――そういうことか、保安官。俺に何を打ったんだ?」

「アドレナリンよ。楽には死なせないわ」

 

 そういうと奴の頭部を私はわしづかみにして頭を上げさせた。

 

「シードの名前を持つ奴らには散々てこずらされたけれど。最後だから聞かせてあげるわ――ジョセフ・シードよ」

「?」

「あんなのはね。ただのカルトのクソッタレの詐欺師でしかないのよ、ジェイコブ」

「!?」

「軍隊上がりのくせして、あいつのいう滑稽な終末論なんてよくも本気で聞いたものよね」

 

 ジェイコブはさすがに何かを言い返そうとしたが、私はそれを許さない。

 これまではずっと聞かされていたのだ。もうこっちの話だけでもいいだろ?

 

 つかんだ頭の後頭部を後ろの岩にたたきつけて黙らせる。

 

「ジョンにもフェイスにも、なんならこの手で殺した全ての信者共全員にずっと聞かせてやりたかったのよ。あんたたちがどれほど滑稽で、間の抜けた理由でこんなバカな犯罪をしでかしたのかってことを」

「さすがだな。また、捻じ曲げるのか?自分の正義のために」

「いいえ、勝手を言わないで。私にはこの事件の最初から事実はちっとも変ってはいないわ。

 あんたたちは神のいないこの世界で。神に縋りついて助けを求めるだけの哀れな連中。それが聖書を片手に妄想にふける狂人にいいように操られてるだけ」

「――ううっ」

「お前が何を戦場で見てきたのか、なんて興味はないわ。

 わかっていることはただひとつ。ジョセフが言う世界の破滅も。愛するアメリカも終わったりはしないわ。

 別に同意は必要ないわ。でも先にくたばったアンタの可愛い兄弟たちには私からこれを伝えてほしいのよ」

 

 ジェシカの中の凶暴性が立ち昇っていく。

 怒り、恐怖、他に多くの暗い感情。それらがひとつとなり、報復心という名の大火が生まれ。

 保安官であるべき彼女の顔に、あの時の獣が戻ってこようとしていた。

 

「――ジョセフ・シード」

「……」

「あんなのはね。ただのカルトのクソッタレ詐欺師でしかないのよ、ジェイコブ」

 

 信じられない速さで立ち上がろうとするジェイコブを私は容赦なく小突いで元に戻す。

 たったそれだけでも、奴の体の中はそこかしこから悲鳴を上げられ。飲み込もうとして漏れ出てくる苦痛の声が心に爽快な風を吹かせてくれる。

 

「弱肉強食、適者生存、人を選んで間引くとは大いに結構なことよ。

 でも私のそれはあんたらのようなヌルイものでは決してないわよ。お前が死んだらすぐ、ホワイトテイル・マウンテンは解放されたと宣言するわ。

 でもそれが本当の終わりじゃない。当然でしょ?

 

 これは戦争、あんたらがそう言ったのよ。

 

 人々は奪われたものを取り戻すだけでは足りない。奪い返すだけでも足りない。全てを奪い、貪りつくしてようやく我慢してあげてもいいくらいよ」

「な、なにを言っている?」

「ペギーは負けるの。エデンズ・ゲートは敗北するのよ。

 安心して頂戴、そうなる全てのことには必ずこの私がやってやるわ。容赦はしない」

 

 狂気の輝きを称える顔に、冷たい笑みが初めて浮かび上がった。

 

「今度こそ皆殺しにしてやるわ。

 知っているでしょ?ホランドバレーやヘンベインリバーで身動きの取れないペギー達はどうしているか?山に、谷に、息を殺して隠れている。いつかエデンズ・ゲートの勢いが戻る日を夢見てね。そんな日は来ないけど」

「狂ったか、保安官」

 

 いきなりジェシカは自身のシャツを引き裂くと、胸に刻まれる”強欲”の文字をあらわにして見せつけた。

 

「そんなものはジョンがこれを刻む前に捨ててきたわ。ずっと思っていた、最後はこうしてやろうとね。

 でも誰にも言えなかったのよ。だってそうでしょ?フフフ、ハハハッ!騒ぎが終わったからって皆で武器を捨て、隣人にまた戻って、毎朝「おはよう」とか挨拶して。休日にはBBQパーティー?」

「正気じゃないぞ」

「正気も狂気もわからない奴に言われるのは、愉快ではないわね」

 

 言いながら軽くボディブロー。

 抑えた傷口からグチャリと服が音を立て、血の匂いが癇に障った。

 

「グッ、ググッ。ゥウウ」

「あの輝く太陽が見える、ジェイコブ?

 あれが地平線に降りたら、それを始めるわ。誰一人として生かしてはおかない――でもジョセフ・シードは別よ」

「な、なに?」

 

 ジェシカの冷笑にあざけりの色が濃くなる。

 

「ああ、ジェイコブ。田舎に生まれ、田舎育ちのアンタにはわからないんでしょうね。

 ああいうのはね、別に特別でも何でもないのよ。犯罪思考の精神患者ってだけでね。私が憎しみにとらわれてジョセフも殺すと言うと思った?まさか、そんなわけがないじゃない」

「どういうこと、だ?」

「ロスだとあんなのはね、ジャンキーの隣の部屋には大抵いるものなのよ。同じように聖書を片手に掲げてね、自分は神の子、救世主、世界は破滅に向かいそれを救わなきゃってね。

 

 で、そういうやつの中にたまに金を持っているのがいて、破滅するほどクスリにそれを注ぎ込まない運のいい奴がいる。

 彼は有名な医者にかかって、電極につながれ。何度も否定され、様々な言葉で説明されるとそのうち説得に納得しちゃうのよね。『ああ、自分は正気ではなかったんだ』って。

 これがどういう意味を持つのか、わかる?」

「???」

「私にいわせりゃ、ペギーなんて所詮はあのマンソン・ファミリーの親戚か何かでしかないのよ。

 

 ジョセフの言葉はいつ聞いても笑うのをこらえるのが大変だった。『私は神に守られている』だっけ?

 知ってる?あのマンソンも言ったそうじゃない『なぁ、神よ。俺はあんたの親友だよな』『だって俺があんたを作ったのだから』って」

「……」

「そんな奴に騙されて、でも慰安はもう。アンタたちを哀れとはこれっぽっちも思わないわ。

 でもだからぜひ、知っておいてほしいのよ。

 エデンの門の前とやらで、ジョセフを待っているといいわ。好きなだけね。でもそこにはあなた達のジョセフ・シードは決して訪れない。私がそうさせない」

 

 目が輝きだす。

 思い描く未来、それはしっかりと実現すべきものとして描かれている。

 

「あいつには必ず裁判を受けさせる、絶対にね。

 史上最悪の殺人者とテレビは大喜びで紹介して知名度は高まるけど、それくらいはゆるしてやるわ。だって本番は裁判が終わってから、だもの。

 

 あいつは司法省のかかえる犯罪者の貴重なサンプルとして、必ず真っ当になるよう治療させる。私がそうするのよ、あらゆる手段を使うわ。

 あいつには常に優秀なドクターが何人もつけて治療を施し、必要と思ったものはなんだってやらせてやるわ。その日が来るとこの私だけは信じてやるのよ」

「ふ、復讐か」

「これが復讐?自分がただの負け犬のほらふきだったと理解させてやるだけなのに?

 その時のジョセフが、エデンの門の前とやらで待ち続けていたあなた達と再会する様子がこの目で見れないのが残念でしかたないわね。

 『あの時の自分はどうかしていたんだ』『あれは本当の私がさせたことではなかったんだ』

 これは私が治療したジョセフ・シードの言葉よ。スーツを着て、ただそれだけの弱々しく自信のない老人。それがあなたたちが崇めていた男の未来の姿よ」

「嘘だ!」

「ジェイコブ、大人になりなさい。罪深い負け犬の人生なんか、だれも望まないわ。

 ジョセフは所詮は家族を見捨てたクズよ、負け犬よ。そもそも本人だってそういっていたのをあの牢の前で一緒に聞かされたじゃない。

 

 エデンを前にそんなジョセフとあなた達は出会うの。彼は泣きながらあなたたちに訴えるでしょうね。

 もうあんな好奇の目にさらされたくない、あんな薬は飲みたくない、頭に電極をあてられるのも嫌だし。看護師に憂さ晴らしに殴られるのも、尻を掘られるのも御免だって。だから自分は、自分だけは正気に戻ることにしたんだって」

 

 だからジョセフは逮捕するの、楽しみに待ってててね、ジェイコブの耳元で渡井は残酷に最後に囁いてやる。

 それでもジェイコブは――ジェシカの言葉を強く否定しようとして。最後に彼の身体は震え、肌は青白く、目の光はすでに消えていた――。



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Deal with the Devil 下

大切なところなので1時間ほど遅れてしまいました。
次回投稿はゲームの次回作が発売するまでに。


 ホワイトテイル・マウンテンに静寂が戻るが、それはいつものそれとは意味が違っていた。

 日付がもうすぐ変わろうかという時刻。ウルフズ・デンはその与えられた役目の初日から決して許されることはなかった。バンカー前の発着場に明かりが並べられ、それは遠目で明らかにそこに誰かがいることが分かるようになっていたが……そのことを気にするものはもう、いない。

 

 敗北の傷と、バンカーの位置が知られないようにと救出劇からじっと別の場所で傷を癒していた自警団の皆がここに帰ってきていた。

 失ってはいけなかった、大切な彼らのリーダーの葬儀のために。

 

 イーライはペギーが言ったような臆病者では決してなかった。

 彼は勝つことを考えて努力し、耐え。それでもよしとはせず、ベストを尽くしていた。

 

 そんな一例をあげるとするなら、彼は死者の扱いには丁重だったことがあげられるだろう。

 

 ペギーに連れ去られたものの多くは、元気に家族の元に戻ることはできなかった。

 それどころか回収された遺体の多くは傷つけられ、痛めつけられ。とてもみてはいられない状態のものばかり。

 イーライは彼らの尊厳守る必要があると考え、回収された遺体は基本的に火葬すること決めていた。ペギーによってつけられた傷もなく天に昇ってほしいとの願いを込めてのことだ。

 

 そして今日、またひとりの仲間が倒れた。

 この自警団に。いや、ホープカウンティが失っていけないような人だが、亡くなってしまった。

 自警団は彼らのリーダーが望んだように――彼も天に送り出すのだ。

 

「タミー、もうすぐ日が変わる」

「ええ、でもまだ待ちましょう。もう少しだけ」

「……わかった。わかったよ」

 

 ウィーティーとタミーは、そういうと先ほどからずっと何かが戻ってくるのを待っている。

 それが――いや、彼女が戻らないなどとはかけらも思っていなかった。そう、失敗するはずがないのだから。

 

 タミーは自分がこの世界でただ一人信じられた男の顔を飽きずに確認する。

 横になる彼の顔は実に信じられないほど穏やかで、そして少しばかり安心をしているような。不思議に見たことがないほど穏やかな表情のまま眠り続けている。

 彼はかつて脅威になると認識していたペギーがついに馬鹿をやって以降、ずっと険しい表情を崩すことはほとんどなかったと思う。それだけ厳しい状況の中を、耐えて戦ってきたのだ。

 

(イーライ――)

 

 彼はもう悩んだり苦しむ必要はない。

 だがこの世界から送り出す前に、彼が心安らかに旅立つために必要なものがあるのだ。

 

 

 待ち人はそれから時をたたずしてこの場所に訪れた。

 自警団達がざわめきだし、誰かが「あいつだ」「あの女だ」と声を合図にあちこちからあがるようになる。

 それは仲間へむけた言葉ではなかった。英雄をたたえるものでもなかった。

 憎しみ、怒り、悲しみ……いくつもが複雑に絡み合う感情から出てくるものだった。

 

 そんな不思議に殺気立つ兵士たちに向かってくるのは、足元に犬を連れ。松明を抱えて壮絶な表情を浮かべているジェシカであった。

 タミー進み出てくるが、表情は硬いままジェシカの前に立つ。

 

「間に合った、葬儀はこれからよ。ジェシカ保安官」

「……」

「その前に確認させて。大切な事よ――あいつは殺してくれたんでしょ?お願い、そうだと答えて。そうでないと私、ここであなたを殺さないといけないわ」

 

 ジェシカは黙ったまま。ポケットからスイッチの付いた装置を取り出してタミーに差し出した。

 

「これは?」

「自分の手で終わらせたいだろうと思って」

 

 とたんにタミーは悪鬼の表情へと変わり、ジェシカの手から取り上げたスイッチのボタンを狂ったように何度も何度も強く押す。

 

 同時刻、ホワイトテイル・マウンテンのどこか。

 山頂に腰かけ、体にC4爆薬とコードでぐるぐる巻きにされたオブジェが存在した。

 それがいきなりに轟音とともに吹き飛ばされ。破壊をまき散らすと、なにも残せないまま消し飛ぶ。

 

 地面が揺れ、静かな山々にその音と衝撃に驚く鳥や獣が騒ぐのを彼らは聞いていた。

 そして理解した。悪夢は終わったのだ、と。

 彼らのリーダー、イーライが夢見た。ようやくジェイコブのいないホワイトテイル・マウンテンが。ホープカウンティが戻ってきたのだ、と。

 

「さぁ、皆がそろった。イーライの葬儀を始めましょう」

 

 タミーの静かな言葉に、怒りは霧散し。再び悲しみに皆が沈んだ。

 

 

――――――――――

 

 

 イーライの火葬が始まった。

 私はブーマーと一緒に、後ろに下がって。皆から少し距離を置いてそれを見つめている。私は彼らの仲間ではない。彼らは仲間にしてくれようとおもってくれていたのに、私が――私とイーライがそれを拒んだ。

 

 今の私は彼らの敵ではないが、見方でしかないという存在だ。

 

 積み上げられた薪に松明の火が投げ込まれていく。

 タミーによる、彼らのリーダー。イーライの言葉、思い出が語られ始めた。

 

 私にも彼との思い出がある。

 だが一番印象に残るのは、あの前日に交わされた言葉。互いに狂気に足を踏み出した企み。

 

 

 信じられないものを見た。

 信じたくないことが起こっていた。

 

 銃に弾丸が入っていないことはわかっていた。彼女を信じていた。

 しかし、それでも平然と銃口をこちらの眉間の間に向け。さらに2発を発射しようとしたことで――俺はその理由に思いつき、体を強張らせた。

 

「保安官、今のは――」

「ええ、そうよ」

「なんてことだ。なんてことだ……いつわかったんだ?」

「わかなかったわ。でも、どうやら今のが正解のようね」

 

 ジェイコブは保安官を勘違いして逃がしたわけではない。

 ただ解放した、その理由はホワイトテイル自警団のリーダーの暗殺させるため。だが、それにしてはつじつまが合わない部分がある。奴は保安官に命令を与えたとして、彼女はなぜそれを探ることができたんだ――?

 

「あそこで何をされたのか、覚えてる。でも、それ以上のこともあるんじゃないかとも疑ってはいたのよ。記憶に手掛かりがない、それなら実際に何が起こるのかをひとつづつ確かめるしかない。

 

 通信塔にホテル、全力でつぶしに行ったわ。ペギーはまったく私を止めることは出来なかった。さっきあなたの連絡をもらって皆を救出した時も、そう。

 

 でも可能性はまだ残ってた。一番ヤバいのが、これだった」

「どうして言ってくれなかったんだ」

「ははっ、自分がタミーが言ったように壊れてるって?取り扱いには注意って?言えるわけがないじゃない、そんな馬鹿な事」

 

 確かにそうかもしれない。

 恐怖にとりつかれ、イカれたかもしれない。そうだ、弱っていた時の彼女からそんな悩みを聞かされたら。俺は普通にそう思っただけだっただろう。

 

「なんともないのか?他には?」

「私の友人――いいえ、鍛えてくれた女性(ひと)はこういうことには熱心でね。経験から心構えみたいなものを教えてもらっていたのよ。それでも御覧の通り、暗示を自分でどうにかすることは出来なかった。今の私には専門家の力が必要なのよ」

「俺はそれを喜ぶべきなんだろうな」

「いいえ……悲しむべきかもしれないわ、イーライ」

 

 そして私が提案したのだ。

 トンネルからの帰り道、ずっと考えていた。

 イーライの計画の失敗は、内部に情報を漏らしている者がいる可能性が高い。このままではホワイトテイル自警団はおろか、全レジスタンスがジェイコブに倒されるかもしれない。

 

 それを止めるにはただひとつ、前線に指示を出すだけのジェイコブを戦場に引きずり出すしかない。

 方法はある。一回だけの不可能な計画(ミッションインポッシブル)

 私とイーライだけでする。大切な仲間を、守るべきホープカウンティを、この世界をだますお互いの命を懸けたオールインワン。

 

 勝利か、死か。

 どうなろうとも私たちは多くを失い、2度と取り戻すことは出来ないだろう。

 

 

 タミーの言葉は終わろうとしていた。

 

「……イーライ……ここにあなたがいないと、これからは寂しくなるわね」

 

 あの時、イーライは正気ではないかもしれない女の提案など無視してもよかった。

 それは所詮、「きっとそうなるはず」という予測のものでしかなく。確実にそうなるだろうと言い切れる証拠のようなものは何もなかったのだから。

 

 だけど彼はそれを信じてくれた。自分で選んだのだ。

 ホワイトテイル自警団が消えたとしても、ジェイコブのペギー達がまだデカい顔は出来ないような未来が来るならと。無謀と勇気を振り絞って決断を下してくれた。

 

 この勝利は間違いなく、彼のものだ。私のものではない。

 

 

 火の中で崩れていく彼の前で思い出を語ることは、そのうちに声を押し殺して泣く人々の数を増やしていく。別れの時は迫っていた。

 「違う、違う!」と声が上がるのを聞いた。ウィーティーの、若者の声だった。

 

「そうじゃない、そうじゃないんだよ!駄目だ、これじゃ、こんなんじゃ……イーライは、喜ばないっ」

 

 もはや鳴き声あげることをやめた若者は――ウィーティは静かに語りだした。

 

「イーライは信じていた。苦しい時でも耐えれば、いつかはこれも終わるって。

 あいつらはここから消えて……いつかはきっと。きっと……」

「そんな日は来ないッ!」

 

 誰かの声が反論する。だが若者は諦めない。

 

 私はまだ、ほんのわずかにだが理性というものがあったようだ。ここに来て、少し迷いを感じる。

 何が正しいのか、そういう話ではないのだ――心が叫びつづけている。声を上げろ、やり方はわかっているだろう。しかし今はもう遠くなった彼女――メリルが悲しそうな眼をしている姿が脳裏から離れない。私はまた、彼女を失望させるのだろう。 

 

「そうだ!そんな日は来ない。僕たちは目をそらしては駄目なんだよ。

 ジェイコブは倒れてもあいつらはまだここに居る。ホワイトテイル・マウンテンだけの話じゃない。ホランドバレー、ヘンベインリバー、そこにまだペギーは隠れてる。息を殺して、再び出てくる時を待ち続けている!」

「――っ!?」

「あいつらは癌と同じ、癌は消えない。成長する、だから取り除くしか方法がない。ペギーも同じだ!」

「その通りよ!」

 

 私は彼に同意していた。自分の声とは思えない、迷っていたとは思えない。低く、怒りをこらえた自分の声だった。思考を無視して行動が先に走り出していた。

 

 私は”正義”をとったのだ。

 ホープカウンティの英雄には興味がない。それはイーライがその役を引き受けてくれればいい。

 私が欲しいものは、こちらの方だ。

 

「ペギーは世界が終わるとか言っているわ。だから自分たちがやっていることは、正しいことだと。

 でもそんなわけがない。イーライが倒れても、私たちはここにまだいる。もうこうなったら冗談で許すわけにはいかないでしょ」

「そうだ!保安官の言う通りだ。

 ジェイコブは死んだ。でも僕たちはまだここにいる、保安官だって。

 あいつらはアメリカが死んだっていう。だが、そうじゃない。死ぬのはアメリカじゃない、エデンズ・ゲートだけだ!」

『そうだ、そうだ!』

 

 ああ、私には見える。感じるのだ、なんて美しい復讐の炎だ。

 悲しみ、苦しさ、恐怖、そしてそれらに覆いかぶさっていく強烈な、怒り!

 

「俺達は戦うんだ!ペギーのいないホープカウンティのために。

 あいつらをこの森の木の一本一本につるし上げてやる!あいつらがこの地上から残らず消える、その瞬間まで!」

「そうだ!やっちまおう!」

「ホワイトテイル自警団はまだここにある!イーライの意思と、彼の夢はここにある!

 僕たちは手を緩めたりはしない。ホワイトテイル・マウンテンが始まりだ!ホランドバレー、ヘンベインリバー、全てのペギーを終わらせてやる!」

「殺せ、殺せ!」

「”僕たちの正義”を取り戻すんだ!」

 

 イーライの体を焼く炎は勢いを増し、ついには大きな柱となってそびえたつ。

 これはもはや復讐ではない。それをこえるもの、揺るぐことなく情けを捨てた報復心がここに完成した。

 

 私はこの炎を利用する。もう迷いは消えた、自分の正気も、狂気もわからない。

 ジェイコブは私を結局は破壊し、この結末は彼の自業自得なのだろうかと頭の隅に浮かんだが、そうではないだろうと思い返した。

 

 私はずっとそうだったのだ。

 軍にいたころから、メリルと別れた時から。

 結局私は、彼女からすべてを学ぶことは出来ない。そんな出来の悪い生徒であったのだ。

 

「涙を拭きなさい、準備をするのよ!

 今からジェイコブのバンカーを襲撃するわ。あそこには同僚のプラット保安官をはじめ、まだ多くの囚われ。苦しんでいる人たちがいるはず。彼らは必ず全員助け出す――そしてペギーは逃がさない。

 

 あいつらに賭ける情けは忘れなさい。何をいおうとも、まだジョセフ・シードが残ってるわ。

 あいつがいる限り、ペギーは決して変わりはしないわ」

 

 目的を明確にし、行動に鋼の意思を与えるように補強してやる。

 ただそれだけで今夜の彼らはペギーにとっての脅威の存在になれる。血を流すことができる。

 

「明日の夜明けはきっと良いものになるわ。

 ジェイコブは死に、バンカーは炎の中に沈め。そうなれば捕われた人々の開放と共に、ホランドバレーもついに自由を宣言することができる」

「イーライはそれを望んでいた。彼の願いが叶うんだな、保安官!?」

「そうよ――そのためにペギーを狩るわ。あいつらを残らず始末すれば、脅威は消える。ジョセフ・シードを恐れる理由もなにもなくなる」

 

 ブーマーは私の隣で、不思議そうにこちらを見上げていた。

 

 

―――――――――

 

 

 ホワイトテイル自警団の敗北から始まった一連の凶報にホープカウンティは大いに揺れていた――。

 囚われていたはずのジェシカが。保安官がイーライを殺害したと聞いて、意味が分からなかったのだ。

 

――彼女は裏切ったのか?

――どうして自警団は彼女の侵入を許した?

――これからレジスタンスはどうやって戦えばいい?

 

 ジェシカ保安官の快進撃に勇気づけられていた男たちでも、不安にならないわけにはいかなかった。

 だがしかし、事態はここからさらに大逆転するのである。

 

『私はジェシカ。ジェシカ・ワイアット保安官です』

 

 前日まではリーダーの死を盛んに報じていたホワイトテイル自警団の海賊放送が唐突に再開されると。

 なんとそこに彼らのリーダーを殺害した犯人自らが声明を発表しはじめたのだ。

 

『昨日、イーライは死亡しました。ホワイトテイル自警団を立ち上げ、早くからエデンズ・ゲートの危険性を訴えてきた彼は――まさしくこのホープカウンティの英雄でした。

 

 そして今日、私は皆さんに伝えることがあります。

 ジェイコブ・シードと彼の部下もまた死亡しました。今から数時間前、ホワイトテイル自警団はジェイコブ暗殺に成功し。奴が占拠していたバンカーを襲撃、囚われていた人々を救出したのです。

 

 私はこの知らせを皆さんに伝えるとともに、宣言します――ホワイトテイル・マウンテンは解放されました。もうここでペギーに怯えることはありません」

 

 事実だけを伝えようとしているのか、その声は妙に落ちついていた。その言葉を聞いた人々はみな、疑問は依然として残ってはいるものの、もたらされた良い知らせでそれも砂のようにサラサラと消え。あとに湧き上がってくるのは歓喜――。

 

『ですが皆さん、喜ぶにはまだ早すぎます。

 私たちにはようやく、あの時の日常が戻ろうとしています。だからこそ皆さんには考えてほしいのです――あなたはペギーを再び隣人として迎えることができますか、と。

 

 彼らは今も、ホランドバレー、ヘンベインリバーに。山に、森に、谷に隠れ住んでいます。

 彼らは今でも、姿を隠しているジョセフ・シードが。自分たちの前に姿を見せる日が来るのだと信じて、隠れています。

 彼らは今でも、その日に私たちに再び銃口を向けることに躊躇はしないでしょう。

 

 だからこそ私たちは考えなくてはなりません。今こそ、真剣に!

 あの日常が戻ってきた時に、まだ銃を隠し持つペギーが隣人として戻ってこないホープカウンティをどうやって実現するか』

 

 勝利と共に与えられた新しい疑問。

 それは甘い匂いのする、誘惑に満ちた言葉がちりばめられていた。

 彼らが答えを出すと、その前には天に立ち昇る炎の柱が見えるだろう。皆は気付かず――抵抗しないままそれにひきよせられていく。

 

『解放はもはや目前まで来ています。

 私たちが愛した自由の国へ戻るのは、私たちが愛した日常が戻るのは遠い未来の話ではありません。だから今こそ武器を取り、必要なことをみんなでやりましょう。

 ホワイトテイル自警団は私と共にそれを始めています。皆さんも、この意思の力を強いものへと変えてください。私たちの未来に、家族が笑って過ごせる安全と安心のホープカウンティを取り戻してください』

 

 この言葉が繰り返して流された――。

 

 

 ホープカウンティではこの言葉を聞いて、報復心にからめとられるではなく。他とは違う反応を示した人々もいた。

 

 ダッチはジェシカの言葉を聞いて震えていた。

 「何を言い出すんだ、ジェシカ!?」と口に出したが、答えは返っては来ない。

 

 そして思い出してしまう。

 昔、彼は水辺で一人の男を助けた。それは良い事であったはずなのに、時間が過ぎるにつれて自分は間違いを犯したのではないかと苦しむ羽目になった。

 そして彼は再び水辺で――今度は女を助けた。

 自分の過去の間違いを正せるのでは、そんな勝手な希望を抱き。狂気に侵され始めたホープカウンティを救おうとレジスタンスの結成を口にした。

 

 老人はどちらにも希望を求めたはずなのに。

 また、なにかが間違ってきてしまっているとでもいうのか!?

 

 (なぜだ、どうしてだ) 考えてもやはり答えはない。

 自分はこんなことは望んでいなかった。自分はただ。自分は――そこで気が付いた。

 

――このレジスタンスはどこを目指し。どうやってこの”戦争”を終わらせるのか

 

 まったく自分は考えてなかったということを。

 シードの一族を排除し、信者たちを武装解除させればいい。そのくらいはわかってる。だが、どうやってそれを実行させるか。それは――わかってなかった。

 

 饒舌に戦うのだと口を開けば騒いできた老人は、再び沈黙をまとう。

 自分がまた間違いを犯したのではないか――罪を重ねたのではという疑心が、思いを深くさせ。彼を救うものはやはりどこにもない。

 

 

 ジェシカの無事を知らせたハークと、その親族であるシャーキーは自然を貫いていた。

 ショットガンに火炎放射器の調整を続け、自慢のバズーカと爆発物を並べている。準備は出来ている、あとは飛び出すのはいつだってことだけだ。

 

「やっぱり保安官だったろ。しかし、面白いことになっちまったなぁ」

「そうか?そうでもないだろう。

 この戦争は彼女が始めたことだ。俺は最後まで付き合うって、もう決めてたからな」

 

 それだけを言葉を交わすと、黙ってその時が来るのを待つ。

 彼らにはジェシカの言葉は別段驚くものではなかったということか。

 

 

 グレースはジェスの背後に立つ。

 この寡黙な少女の背中は、この非常事態をむしろ歓迎しているようだ。道具を調べ上げ、殺意をむきだしにここから飛び出していくのが待ちきれないのだろう。

 

「――いよいよあいつらを皆殺しにできるんだよね。ようやくだよ、ようやく」

「そのようね。それがうれしいの?」

「そりゃそうだよ。ずっとそうなればいいって、アタシは思ってきたんだから」

 

 家族を奪われ、ねじ曲がった復讐心に囚われた少女はそれは簡単な事のように口にする。

 それはかつての自分――そしてきっとジェシカも姿を重ねることのできる背中だ。

 

 若く、何も知らない。自分が何をするのかもわかってはいない。

 だがそこにいるなら嫌でも彼女は知ることになるのだ――。

 

「保安官無事だって事、信じてなかった?」

「――そうね、あの時は信じられなかったわ」

「だよね」

 

 答えながらグレースは特にジェシカのことで自分が動揺していないことに――少し驚いた。

 なにがあったのか、どういう経緯を経たか。とにかくジェシカはこのホープカウンティの混乱を”戦争”として決着させることに決断した。

 

 話し合ったことはなかったが、以前の彼女ならどこかに迷いがあるように感じていたが。

 彼女は悩むことをやめたらしい。

 

 そして実をいえば――グレースも戦争を望んでいた。あの場所を強く恋焦がれていた。

 彼女も結局は軍によって作り変えられた武器だったのだ。その手に握るライフルは娯楽や護身のために必要というわけじゃない。

 これで人を撃つ、仕事のために必要なものだった。

 

 自分がこうして理性的にふるまえるのは経験と今が””ではないってことだけなのだろう。

 

「ジェス。あの話を覚えてる?」

「え、どれ?」

「この騒ぎが終わった後の事よ。前にも話したでしょ」

「ああ、軍に行けってやつ?そのつもりはないって言っただろ」

「いいえ。やっぱりあなたは軍に行くべきよ。そうしなさい」

「命令ってわけ?従うと思ってるの?」

「あなた言ったわ。ペギーを皆殺しにするまでは、先の事なんて考えられないって」

「ああ、言ったよ。それが?」

「あなたは軍に行くのよ、ジェス。でもそのまえにその両目をしっかり開けて見ておくといいわ」

「グレース?」

「あなたには先に本物の戦場を見せてあげる。そしたら考えなさい、自分でどうすべきかってね。考たらいいわ、答えはきっともう出ているから」

 

 ジェスは振り向くが、グレースはすでに背中を向けて立ち去るところであった。



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End of the Game

投稿時間を間違えていたので、12時間遅れてます。
イーライが倒れ、ジェイコブも倒れ。しかしまだ終わりはなく・・・。

次回は週明けに投稿予定。


 ホープカウンティを再び狂気の炎が襲った。

 だがそれは前回のものとはまったく別物――。

 

 

 レジスタンスが崩壊した。

 信じられない話だが、ジェシカの放送はなにかの力を持っていたらしい。

 

 それまでは解放、取り戻した財産を守る、あの時の日常へともどっていく。

 これを合言葉にレジスタンスと解放された地区の人々は歯を食いしばって立て直しに四苦八苦していたのに。

 

 いきなりにすべてが変化していた。

 

 老若男女を問わず、彼らはそれまでの仕事を放りだす。

 そしてスプレッドイーグルへ、教会へ、街角へと行って。そこに集まりだしている人々と頭を突き出して何事かをヒソヒソと相談し始めた。

 

 その予兆をメアリーもジェローム神父も、あのアデレードさえ気が付かずに見逃した。

 

 翌日の朝、ホープカウンティの景色は異様だった。

 狩猟期の訪れとともに街に現れるハンターのように、レジスタンスであった人もそうでなかった人も。それぞれで小さなグループを作り、街の外へと消えて行ってしまったのだ。

 

 ホープカウンティの町、牧場、工場の作業場から人の姿が消えた。

 

 冷静な人々がこの異常事態を把握できたのはその日の夕刻。

 どこからか戻ってきた人々は意気揚々と酒場に繰り出し。その日の互いの”戦果”をどうだとばかりに自慢し始めたからだ。

 

 最初は苦笑いで客の相手をしていたメアリーだったが。

 店からあふれるほどの人々。それが口にする異常な暴力の数々を聞かされると、次第にその顔が真っ青なものへと変わっていく。

 

 ペギー達の暴力に嫌悪を抱いていたはずの人々が狂っていた。

 ジェシカ保安官、英雄の言葉で――あれほど憎んだ暴力に狂ってしまっていた。

 

 酒を口にする前によっているような皆の姿に呆然とするしかなかった。

 

 ジェローム神父は必死で止めようとしたが、人々は「またな、神父」といって取りあわなくなった。

 アデレードはいくつかの牧場や工場のためにしていたすべての約束をすっぽかされた。事情を聴きたくとも、肝心の相手が捕まらない。連絡がない。

 ドラブマン・シニアは自分の選挙活動をあきらめずにひとりで続けていたが。

 彼が必要とした人々の多くは夜の酒保くらいにしかなく。彼らはシニアの言葉を聞いても感心もしなければ、まともに聞くつもりもなく。彼らの酒の肴がわりにからかわれるので、癇癪を起こすと自分の砦へと引きこもってしまう。

 

 レジスタンスは崩壊した。

 小さな集団が次々と泡のように生まれ、拡散して散っていってしまう。もう、誰もそれを制御することは出来ない。

 

 

―――――――――

 

 

 この時期のジェシカを。

 ホワイトテイル自警団を、シャーキーやグレースたちについて言えることはほとんどない。

 ジェシカの宣言通り。ジェイコブのバンカーを潰してもその手を緩めず。約束通り、野山に隠れたペギー達を狩っていく。

 

 そしてすでに敗北がさけられないものとなったエデンズ・ゲートの信者たち。ホープカウンティの山野に隠れたペギーの多くは、身軽には動けない。もしくは家族連れが多かった。

 悲劇はいきなり彼らを襲い、死に、倒れていく――それはどこかの戦場で見られる日常ではあった。

 

 

 山の中でキャンプを見ても、いきなり獲物を探せとは誰も言わない。

 彼らはまず上を……森の木々の先に目を向ける。

 

 ここにまだ獲物がいるなら、そこにつるされたペギーの親とまだ小さな子供たちが並んでいないはずだから。同じように花も動かし、頭上から小便とクソの匂いがしないのかも確かめておきたい。

 

 追い詰められていくペギー達は、一層強くファーザーへの祈りを口にするが。

 力を失たファーザーは慰めることもなく。狂人たちの群れからも救いもしない。

 

 

 足を撃たれ、身動きの取れなくなった妊婦は必死に力のない声で慈悲を求めたが。

 ハンターの女がまずは彼女を殴り。続いて男たちが蹴飛ばしていく。それぞれがこいつに母を、こいつに妹を、こいつらに家族を奪われたと復讐を口にして。

 

 また、諦めて投降しようとした親子は、囲まれたまま森の中を歩き続け。グリズリーの巣穴のそばまで連れていかれるとそこで足を撃ち抜き捨てられた――。

 ハンターたちは背中を見せるとすぐにもその場を立ち去ろうとし。動けなくなった親子は――親は自分たちのこの先に待っている最後を思い、半狂乱になってわめき散らす。

 怒鳴りつけ、縋り、罵り、鳴き声を上げ。だが足を止めて戻ってくる人の姿はない。

 

 そのうち巣穴の奥底から動く気配がする――。

 

 森の中で少年たちは出会った。

 同じ学年であり、名前も知っていて、話したことさえあった。

 

 だが彼らの片方はペギーがするべき衣服を身にまとい。片方は暑かろうに長袖のジャケットを着て、さらに背中にはまだ扱うには難しいであろう22口径のライフルを背負っていた。

 

 挨拶の代わりに出たのは警告だった。

 相手を指さすと「父さん、いたよ!ここにいた!ペギーだ」と叫び!その言葉に息をのむと、背中を向けて脱兎のごとく駆け出す。

 草木の中を頭を低くして突き進む少年は、家族を思って考える(このまま戻るわけにはいかない。僕が家族を守らなくては)と。

 

 彼はペギーだったが、勇気があった。

 

 ペギーの両親は食事の時間になってもキャンプに戻ってこない息子を心配し。危険な森の中へと探しに出かけた。サボって水辺で遊んでいればと思ったが、川に姿は見えなかった。

 その代わりに森の中をしばらく歩くと、上を見上げることで愛する息子の姿をそこに見た。

 折ってきた大人たちに殴り殺され、腹を裂かれて内臓をはみ出させた息子のからだが吊り下げられていたのだ。

 

 両親は声を押し殺し涙を流して彼を下ろそうと気に近づいた――そこに罠が置かれていたとも考えず。

 翌日にハンターたちはここへ戻ってきた。

 哀れな子の遺体の下で、無力な一昼夜を過ごし。魂の抜け落ちた夫婦を見つけると「うまいこと”えさ”に引っかかってくれたな」と笑い、頭に2発撃ちこむことで許してやった。

 

 

 武器を持つすべての人が復讐の権利を持っていた。

 そして報復心は彼らの理性を奪うだけではなく、怪物にまで成長させてしまった。

 

 彼らは朝に集まり、夕べに集まった。

 連日を借自分たちがしていることは当然だと確認しあっていた。

 そして1日が過ぎるたびに、狂気は悪化し。人々は暴力に退屈していった。

 

 「俺は美人とデートした」といって、ペギーではあったが美しかったであろう死者のとなりで笑顔を見せる写真を見せて回ってた。

 昨日逃した獲物は、今日俺達が代わりにつるしてやったぞと伝えると。「なんだよ、俺を差し置いて」といって悔しがって見せた。

 

 最後にやってきた車の荷台から後ろ手に拘束されたペギーが突き落とされる。

 運転席を降りた若者は、親父を殺したその顔を皆に見せてやるぜと叫ぶと。キャンプのそばに立つ木の枝に縄を通し、首にかけた。

 それを止める人はなく、人々は口笛に歌を歌い。ついには吊り上げられると窒息していくペギーに向けて憎悪と侮辱の言葉を投げつけてやった。

 

 

 自分はペギーに奪われた、そう思った多くがこうして手を血で汚した。

 なんの迷いも持たずに銃を構えては引き金を引き。刃物を手にすれば振り上げて、力の限り振り下ろし。縄を首にかけて罪人としてつるし上げた。

 

 これが”正義”だった。

 

 

――――――――――

 

 

 トレイシーは空気が変わったことを察すると、すぐにアーロンの元へ相談に行った。

 ジェシカの言葉を聞いてから、熱に浮かされたようにクーガーズの中にもペギーへの復讐を――暴力への飢えを訴える声がでることを予想していたのだ。

 

 だが――できればそれはさせたくない。

 ジェシカ保安官か言っていることはわかるが、あの言葉を受け入れると。ヴァージルのいたクーガーズとしての団結を失うのではないかと恐れたからだ。

 

 アーロンもそれは理解していた。

 

「すぐにアイツら全員を集めろ。だれにも逆らわせずにな、お前が言えばみんな聞く」

「なにを言えばいい?アタシ……聞いてもらえるのかわからない」

「野山を武器を担いで追っかける暇はない、それでいい」

「それだけ?本当に?」

「そうだな――トレイシー、この刑務所。そろそろ犯罪者共に返せるようにしてくれないとな」

「ああ、まぁ、そうだよね」

「大丈夫だ、自信を持て」

「――あのさ、ジェシカ保安官はなんであんなこと……」

「ふぅん、今は放っておけばいい。どうせ長くはない」

「そうなの?」

「きっとな」

 

 疲れたよ、またその言葉を口にするアーロンだが。彼には何かわかっていたようだ。

 

 トレイシーはさっそく仲間を集めた。

 さっそく愚図るやつもいたが、引きずってでもつれてきた。

 そこからの数日間、ひたすら怒鳴り続けた。刑務所を修理し、物資が足りなくて困っている人々に配達して回らせた。おかげでクーガーズはこの騒ぎから距離をとることができた。

 

、嫌な話はホープカウンティのあちこちからここまで流れてきた。

 ペギー狩りを始めた人々は暴走している、と。それでもペギーの奴らにはざまぁとしか思えない、と。

 トレイシーは何も考えないことにした。

 

 

 この騒ぎはきっとすぐ、終わると願いつつ。

 

 

 ジョセフ・シードはジェイコブの死の知らせから嘆いて悲しまない時はなかったという話だ。

 自らの子供たちとよぶ信仰でつながる家族達は、ホープカウンティの森の中で獣のように住人たちによって狩りつくされようとしていた。

 なのに彼は無力で、なにもできない――自分は神の言葉を間違えて解釈していたのか!?

 

 あの日の試練は確かに神の言葉だと確信があった。

 空から堕ちても、自分は傷ひとつなく。神の導きはこれだと思った。

 そして家族とそれが始まったことを喜び、共に力強くありきだそうとしただけなのに!

 

 向こう側に”彼女”もあらわれた。最初は頼りない小さいものだと思っていたが、それは力をつけるとみるみるうちにすべてを破壊していこうとするものだとわかった。

 

 これは子供たちへの試練である――はずだった。神は彼女との対話が必要だと。

 彼らはこの試練をこえることで新たな世界を手に入れる、そう思っていた。

 

 機会はなんども作ることができた。

 それほど今の自分たちは圧倒的であり。邪魔することなどできない存在であった。

 

 誤算は”彼女”は言葉に耳を貸さず、ただ破壊だけをもたらせたことだろうか。

 全員がベストを尽くしているのに、なにかが全てをおかしくしていくのを見守った。

 

 その結果がこれなのか。

 試練には誰も耐えられなかった。信者たちは人ではなく獣扱いされている。

 

 こうなった原因を、罪びとを許してはならない。苦しませるだけでは足りない。殺すだけでも全く足りない。もっと多くを、さらに多くを。

 そうだ、”彼女”は貪欲で強欲だ。強大な悪となってプロジェクト・エデンズ・ゲートを消滅させなくては満足できないのだろう。神の威厳を凌辱しつくそうというのだろう。

 

 ならば自分のやるべきことはわかっている。

 もはや言葉に力はない。意思だけが、行動だけが必要だ。

 

 つらいことだが、神はなにも語ろうとしなくなっている。

 子供たちが試練に倒れていくのに、その悲しみを慰めさえしてくれなくなっている。

 だが――もしかして自分は神を失望させた?罪人たちに力を与えてしまった?

 

 そう、間違っていたのだ!”彼女”はただ、神の庭に入り込む悪い蛇ではなかったのだ。もっとおぞましい、もっと恐ろしい。

 見えてきた。そう、その正体は見えた。もう間違えない――。

 

「私の家族を奪い、私にまた奪わせるために君はいるんだな。神はそれを望まれている?」

 

 ジョンも、フェイスも、ジェイコブも死んだ。

 だが”彼女”は他の家族たちも手にかけている。なぜ私のところに来ない?そうじゃない、その時が来るのを待っているのだ。

 

 全ては神の定めた計画に従っている。

 プロジェクト・エデンズ・ゲートはなお、健在なのだ!

 

――――――――――

 

 

 朝、目が覚めると自分がまだウルフズ・デンのバンカーにいるのだと確認する。

 あれから数日、”すべてを終わりにするため”に必要だと思うことをやってきた。

 腹立たしいことにこうなってもまだ、ホープカウンティの外からはなにもない――。

 

――もう十分じゃないか、保安官

 

 そうだろうか?わからないが――その時はいつかは来るのはわかってる。

 ならばそれは今なのかもしれない。潮時なんだ。

 

 

 私はその日、ホワイトテイル自警団の皆をはじめてバンカーから見送った。

 彼らはもう私がいなくとも、やめられなくなっている――楽しんでいる。

 

 

 私は部屋に戻ると、グレースらの名前で届けられた保安官の服を着た。

 自警団の皆がのこしてくれたテクニカルに乗り込み、カウンティホープ刑務所を目指す。

 トレイシーに迎えられ、裏庭にいるというアーロンの元まで案内してもらった。

 

「アーロン」

「来たか、新人」

「迎えに来ました。一緒に行ってください」

「――もういいのか?」

「はい、準備は出来ました。ジョセフ・シード、逮捕します」

 

 アーロンは少しの間、黙って私の顔を見ていたが。うなずくと、わかったと小さな声で返事をする。

 

「トレイシー、悪いがジェローム神父に無線で預けたトンプソンたちを迎えに行くと伝えてくれ」

「ああ、そりゃいいけどさ」

「身支度をしてくるよ。20分だけくれ」

「待ちます」

「スマンな、新人」

 

 なにか言いたげなトレイシーと、アーロンが立ち去る。

 私は刑務所の中庭になる長椅子に腰かけ、机にもたれかかった。

 

 ついに今日、この戦争は終わる。



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Pillar of Fire

物事の終わりは、新たな混沌の始まりへ。
次回投稿は明後日を予定。


主は言われた、「あなたはどこから来たか」。サタンは主に答えて言った、「地を行きめぐり、あちらこちら歩いてきました」。

(ヨブ記 第1章7節 より)

 

 

 車内には保安官たちが乗り込んでいるが、誰も口を開こうとはしない。

 私も運転をするだけで、彼らと何かを話しあうつもりもない――。

 

 今日、私たちはジョセフ・シードを逮捕する。

 

 

 70時間前――。

 

 フランスでもそこそこに知られていると自負するホテル、アルタイルのパーティ会場は準備が終わり。

 客人たちの警備チームとやらがチェックを入れ、45分遅れでそこに人が入っていくのを見て。ホテルの関係者はようやくホッと胸をなでおろした。

 

 男女をとわず、皆が同じスーツ姿だがそのすべてが上客たちだ。機嫌を損ねたくはない。

 

 彼らは元は世界の戦場で活動していた武器商人、もしくは武器洗浄屋。つまり元ドレビン達であった。

 表向き彼らは”まっとうな商売”へと転身したことになっている。そして今、彼らは新しい生活の第1歩を――失敗したところだ。

 

 寒暖の終わる気配のない会場に、銀のスプーンによって奏でられるグラスの音色が皆の沈黙を求める。

 その道具を机へと戻すとたっている男は。かつては893のドレビンであった男は、快活に声を上げた。

 

「今日、我々はここに我らの警備担当がブチ切れるのも構わずに宴席を用意した。なにぶん急な事だったし、ホテル側もよくやってくれたおかげで諸君らの席は用意された。まずは彼らに感謝し、上品にこの時間を楽しんでもらいたいと思う」

 

 ここまでは挨拶。

 笑顔だった男の目に、別の感情が浮かび始めた。

 

「すべては5年前のことだ!

 我々はついに解放された、自由を得た!……そして皆で決めた、これからはこの世界に良いものを残せるよう。なにかをなそうと。

 自分たちの足で立ち。自分たちの手で、可能であれば力ある者たちをしばりつける鎖となれるように、と。

 

 諸君――残念だが、我々にはまだ力が足りなかった。

 今更なにがどうなるなどと、ここで報告などするつもりはない。これから何が起きて、どうなるのか――それはここにいる全員がすでに分かっていることだ。

 

 我々は負けた!

 人類は、またも負けたのだ!

 だが……暴力は再び、無垢な市民を傷つけ。争いが巨大な市場に札束を生み出す原動力として歓迎されるだろう――稼ぎ時ってことだ」

 

 小さな笑いが起こる。

 だがそれは彼ら全員の暗い、そして重い記憶からでるものだ。

 

「我々ができることはもう何もない。この会場を出れば、できるだけ集まることなく散ってもらう。しばしの別れとなる、友よ。

 だがその前に、このくやしさを忘れないよう。ここで存分に楽しんでいってほしい――次の戦争。次の、次の戦争に備えて」

 

――乾杯

 

 敗北に苦みは涼やかな味ではあったが、それもまた彼らの記憶に刻み込まれるのだろう。

 彼らは負けた。もはやここから先は、観測する側に立って勝者が全てを奪いつくすさまを見届けてやることしかできない。

 

 ロイドはそうした友人たちの中でしばし談笑すると、立ち上がって警備に預けていた通信機を返してもらう。

 もちろんアメリカにいる部下に、彼のオフィスへと連絡するためだ。

 

「私だ、終わったよ。そっちはどうなってる?」

『……』

「それは必要ない、そこから見下ろす町を気に入っているんでね。とりあえずは危険なものは全部持ち出してくれ、あとはそのままでいい」

『……』

「ああ、そうだ。そういうことだ」

『……』

「いや、考え直す気はない。お前たちは自分の安全を考えればいい。こっちは勝手にやるつもりだ、半月ほど休暇ってことにしよう。ボーナスも出すよ、もちろん」

『……』

「そちらもな。ではまた会おう」

 

 元ドレビンは公式には武器商人を引退したことにはなっているが、だからといって過去の因縁が解消されることはない。

 こういうきな臭い状態に陥ると、途端に面倒の種になりそうだと考えられ。犬を放たれていないとも限らない――だから彼らは世界から隠れるのだ。そうして嵐が通り過ぎるのを待ち、再び地上へと戻る――もう地下で商売するのはごめんだ、というように。

 

 とはいえ、かつての悪習は断ちがたいものでもある。

 ロイドのように灰色の道をあえて選ぶドレビンだって。まぁ、いてもおかしくはないだろう。

 

 

――――――――――

 

 

「ルーキー、俺達はどこに向かってる?」

「ジョセフのいる場所へ」

「それはわかってる。だがね、それがどこかはわかってはいないだろう?ペギー狩りの連中もそう言ってた」

「――いいえ、アーロン。わかってます」

「……どこだ?」

 

 助手席でけげんな表情を浮かべる彼を見ることなく、前方を見つめ続ける私は短く答える。

 私たちの全ての始まりの場所へ。あそこにアイツは”待って”いる、と。

 

 

 12時間前――。

 

 エージェント・ウィリスは現在、日本の色町でちょっとした英気を養っている真っ最中。

 アジアの女は等しく童顔で好みではないが。店でもトップレベルとなると、体つきは間違いなく合格点を与えてあげてもいい。サービスもテクもしっかりしたもので、さすがは”おもてなしの国”だと自慢することだけはある。荒くなる息と襲ってくる高揚感、素晴らしい!

 

 とはいえそんなことをしていました、などと本国に知られるのはマズイ。連絡を絶ち、5時間ほど前から現地に侵入していることになっているはずだが――もう少しくらいは楽しんだって良いだろう?

 

 

 同時刻、ホワイトハウスの一番権威のある部屋で仕事をしていた大統領の下に緊急事態の知らせが飛び込んでくる。

 警備はすぐさま動き、32億のトップに立つ指導者の安全のため作戦指令室へと導いていく。

 

 そこにはすでに険しい顔をした3軍の将軍たちが待っており、入ってくる情報のいくつもが。この国が攻撃を受ける危険レベルをこえたと騒ぎ立てていた。

 

「大統領!」

「どうしたんだ。なにがあった?」

「3分ほど前ですが、衛星が敵の動きを察知しました。すでに――」

「そういうのはいい!あいつらはなにをしようとしている!?それを話せっ」

「――はい」

 

 感情的で、エゴの塊、戦争も知らず、犯罪も恐れない危険で最悪の大統領。メディはそう言ってことあるごとに合唱を繰り返しているが、それでもこの人物は白人たちからは暑い視線を受け、人気がある。

 これから厳しい状況になる中、彼にそれを乗り越えるだけの胆力があることを――神に祈らなくてはならないかもしれない。

 

 

 そこはアジアの海岸線であった。

 この日は少し曇り空、というか大陸から流れてくる雲はここに澄み渡る晴れた青空を見せまいといつからかずっと停滞していた。

 そこに用意された滑走路に続く、地下をえぐって作られたバンカーがゆっくりと開こうとしていた。

 

 そして彼らの待望の新兵器。それがゆっくりと奥から姿を見せる。

 巨獣だ――。

 

 鋼鉄の歯車がかみ合う音と共にその大きな体を揺らし、大地を踏みしめ、歩き出した。

 それは新たなメタルギア。

 彼らの言葉で漢字一文字のみのそれは。しかし本来であればこの国が開発した兵器などではなかった――。

 

 

 21世紀の初め。

 シャドーモセスの事件は公開されることはなかったが。その余波は世界に少なからず混乱を与え、のちにその事件を伝える事件に参加したひとりのジャーナリストによって確認された。

 そしてこれは2つのものを世界に解き放った。

 ひとつはこの事件の中心にあったとされる米陸軍の新兵器、メタルギアREXの設計図。

 そしてもうひとつはこの事件に関与したとされる。英雄、ソリッド・スネークとその一味が設立した反メタルギア財団、フィランソロピー。

 

 核搭載戦車の設計図に興味を持たない国はなく。

 それに手を出す国に対し、かなり大胆で激怒させるに十分な活動でもって新たな亜種の誕生を阻止してきた反メタルギアの活動家達は、10年近い間。闇で動き、最後には太陽の下へと暴露するという争いを続けていた。

 

 当初はEUで次々と発覚。のちにはアフリカ、南米へと広がっていったが。

 それは皮肉なことにEUの主要国が廃棄した計画が流れ落ちていった結果がそうであった、という現実であった。そして下に落ちていくたびに、流れ落ちる血の量とそれに触れるものの格もまた。落ちる一方となってしまった。

 

 アフリカでは将軍がメタルギアをもって革命を起こすつもりではないかとの疑惑により。国をひっくり返すほど粛清が叫ばれ、実行された。

 南米ではついには政府を掌握せんとした巨大な麻薬カルテルに。フィランソロピーは狡猾に米国の暗殺部隊を誘導しつつ。このメタルギアが決して表で使われることがないようにと、証拠と共に声を上げ。実際には破壊まで行ったという噂がある。

 もちろんこれは公式のものではない――公式ではCIAと協力した世界最高の潜入部隊による破壊工作の一環として破壊された、ということにされていた。

 

 

 そして争いを欲するアジアに今、この骨董品とも呼べるシロモノが姿を見せた。

 ただ問題は、それを止めるはずのフィランソロピーはすでに活動を停止していたということだろう。これにもまた、理由があった。

 5年前、あの愛国者たちの野望が終わると同時に世界にはメタルギアは忌むべき兵器、過去の遺物であるとする認識が広がっていった。それゆえに軍事開発の分野で新たなメタルギアに関する情報は消え。それをもってフィランソロピーも又、活動を停止したという経緯があった。

 

 だが、生まれたものはなかったことにはできない。

 それが真実なのだ。

 

 反メタルギアの勢いが小さくなるのを確認したかのように。

 大国が撃ち捨てられていた残骸ごとアジアにメタルギアを持ち込んでいたのだ。

 それは彼らの指示と援助の元、再構築され、新たな技術も採用された。そして再び世界を恐怖に満たそうと現れたのだ。それに続いて、23メートルくらいはありそうな”弾頭”を乗せた車両が続く。

 

 もはや考える必要もなかった。

 メタルギアの真骨頂、その背負った砲台から海をこえた先。傲慢な憎き怨敵、アメリカに核を発射しようというのだ!

 

 

――――――――――

 

 

 そこはシルバーレイクの中央に位置する小島、そして小さな集落でしかなかったが。

 だがあの時、ヘリはここへと降り。ここからジョセフを連れ出そうとして――すべてが始まった。

 

 奴の子供たちを倒していく中、あいつは結局最後まで私の前に敵として立つことを拒んでいる。

 ジョンを倒し、胸に刻まれた”強欲”の痛みからくる若干の発熱の中で私はふとそんなことを思いついた。それはちょっとした妄想のようなものであったはずだが――気が付けばジェイコブのところで確信を得ることができた。

 

 半島に入り、集落を囲む壁が見えてくる。

 なんだろうか、2台の車両が門の前に止まっているようだ。なにげなく私の手が腰のデザートイーグルへと伸びるが、アーロンがその手の上から押さえて止めておけ、と訴える目向けてきた。

 

「アーロン?彼らは――」

「誰かが読んだわけじゃないんだろうがな。こういうのは、虫が知らせるってこともあるんだろう」

 

 近づくと誰なのかがわかってきた。

 グレース、シャーキー、アデレードにジェス。そしてハークもいる。

 私のここでの友人、もう戦友というしかないだろう。彼らがここで私が来るのを待ってくれたのだ。

 

「ハイ、保安官」

「グレース。みんな……」

「正直さ。俺もこの目で確かめるまでは信じられなかったけど。今のアンタを見て安心したよ、ジェシカ」

「な?だから言っただろ。俺の言う通りだったって!」

「このやかましいのを助けてくれて本当によかったよ。礼も言いたかった」

「……そんなに言われるほどのことはやってないかも」

「ああ、わかるよ。なんせこいつ、ハーク・ドラヴマン・ジュニア様だからな」

「それさ。絶対に褒めてないよな?そうだよな!?」

 

 どうやら騒がしい連中は元気だったようだ。

 

「アデレード?」

「――本当はね!あったら色々と文句言ってやろうと考えてたけど、なんかもういいわ。そういうの」

「え、うん」

「ついに終わらせてくれるんでしょ?なら、特等席で見させてもらう」

 

 ハグをしてくる情熱を失わない彼女は、今日は珍しくライフルを背中に抱えていた。

 

「グレース、ジェス」

「どうも」「――待ちに待った瞬間ね」

 

 なぜか最後、女性同士が残ったが。こっちはなんだかぎこちなさが残ってる。

 

「あんまり湿っぽいのも、感動っぽいのもやめましょ。なんだかそこだけは、私たちには得意じゃないから」

「だね」「わかった――始めるわ」

 

 それだけ告げると同僚たちの元へと戻る。

 もういいのか?問うてくるアーロンに、もういいのだと伝えた。

 

 私が先頭に立って門の前に立ち、開くように要求する。

 聞くつもりがないならその時はハークのバズーカで吹っ飛ばし、この村は焼き尽くすとまで付け加えた。扉は開かれた――。

 

 

 怯えを含んだ昏い視線が、道を歩いて進む私たちに向けられていた。

 それはあの夜でもそうだったが、あの時とは状況は綺麗にひっくり返され。もうこちらに彼らを怯える理由はない。

 

 ジョセフ・シードはあの夜と同じ教会に。あの夜とは違って、扉をあけ放った入り口で私たちを迎えた。

 

「……君は私の家族を、殉教させた。私は同じ目に合わせることも出来たが、しなかったのに」

 

 背後で同僚たちの怯えと緊張が走るのを感じた。

 でも私には何もない。なにも、感じない。不思議に冷静で、冷酷に見つめ返すだけ。

 

「なぜなら神は、今もこのすべてを見ておられる。我々の選択を吟味し、我々はそれによって裁かれるからだ。

 私は君に何度も伝えたはずだ、保安官。

 この世界はもうすぐ終わる。全ての選択によって罪が明らかにされるのだ。それが、理由なんだ」

「……らしいわね」

「この対面もまた、罪によって導かれただけに過ぎない。

 ジェシカ・ワイアット――君は君の同僚と仲間たちが拷問された、君のせいで。

 ジェシカ・ワイアット保安官――君は暴力を止めることをあきらめ、それで多くを死に追いやられた。君のせいで。

 

 銃で解決できたのか?満足したか?

 いつになれば君は銃では解決しないこともあると。対話でのみ平和が訪れるのだと理解できるんだ?

 

 君には常に選択を与えてきた――この場所で初めて出会った時から。

 そして今、この最後の時にもう一度だけチャンスを与えよう。銃を捨てろ、我々にはかまうな」

「構うな?」

「そうだ、立ち去ればいいんだ。

 忘れるな保安官、君の選択は神が見ておられるのだ、と」

 

 問われた私は答える。

 イーライのデザートイーグルを抜き、それをジョセフに突きつける。

 恐ろしく理性的な声で「ジョセフ・シード。罪びとであるお前を逮捕する」と伝える。

 

 ジョセフの目が大きく見開かれた。

 

――君には何度もチャンスを与えたのに、すべてを無駄にした!

 

 狂気の表情で攻めてくる男は叫んだが。私はそれよりも背後で動きだす大勢の気配を感じたことが気になった。

 

――君のせいでこんな状況になってしまったんだ。どうしてそれがわからない!

 

 集落の屋根の上に人影が出てきた。

 その手には片方に銃を、そしてもう片方には液体の詰まったボトルを抱えている。

 

 私の顔から血の気が引くのが分かる。

 液体の正体、あれは”祝福”に違いない。アレを今の私が吸い込めばどうなるか。

 

――人々の魂は病に侵されている。そして君は、怪物そのものだ!

 

 警告の合図を出すのが遅れた――ジョセフは狂ったように予言の一節を口にし始め。屋根の上の信者たちはそこに集まって立つ私たちに向けて液体の入ったボトルを何本もたたきつけるようにしてぶちまけた。

 

 私の世界はただそれだけで、歪む。

 

 

 ――数時間前

 

 滑走路に出てきたメタルギアらしき兵器を見て、司令部は凍り付く。

 またしても、である。

 

 もはや過去の産物として片づけられたはずのそれが、あろうことかアジアの狂った独裁者の手によって復活を果たしていた。

 そしてその爪はすぐにもこちらに飛んで来ようとしている。

 

「将軍!どうする、なにができるんだっ!」

「――ええ、まずは……」

 

 専門家として勤めて冷静に、取るべき手段を淡々と述べる。

 その間にも指示は何度も確認され、リアルタイムで準備が進んでいることも伝えられる。

 

「メタルギアとは!またあのガラクタに我が国は悩まされるとは!なんたることだっ」

「――同感です、大統領」

 

 何とも皮肉である。

 フィランソロピーがあった時、この国は率先してそれをテロリストと認定し。盛んに世界に向けて知らせていたのではなかったか?

 そしてきっと、彼らがその役目を終えたと考え解散すると。内心では「ざまぁみろ」などと笑ってもいたのではないか?

 

 滑走路にはメタルギアに続き。5つの弾頭を運ぶ他に、燃料の車両も見えていた。

 

 弾頭はどれも確認されたことのない新型で、ICBMの可能性が高いという話だ。

 とはいえ、あれが全てこの国に向けて発射されるとは思えない。きっと何発かは近くにある脅威、島国である日本に向けられるはずだ。とはいえそれも希望にしか過ぎない。

 

「あっ」

 

 それは女性の声だったが、誰も彼女は見ていなかった。

 画面の中でそそりたつメタルギアは、態勢が整ったのか。いきなり砲塔が火を噴き、発射を開始したのである。

 

 

 発射と同時にメタルギアの各部分から急速なクールダウンを行うべく冷却するすべてがサイレンの中ではじまった。

 同時に数分で新たな弾頭が搭載され、燃料の注入も行われる。

 

 どうやらこのメタルギアはこれまでのREXやRAYと違い。

 戦車というよりも砲塔に近いものか、もしくはそれだけを完成させたのか。

 

 だがすぐにその様子から新しい暖冬が発射されることがわかる。

 大統領の「チクショウ!」の声の中、最初の目標はアメリカ西海岸であるとの知らせが入ってきた。

 

 

――――――――――

 

 

 ペギーの”祝福”は訪問者たちの持つ恐怖、怒り、憎悪を暴走させた。混乱を生んだ。

 だがそれらは彼らの助けには全くならなかった。

 

 恐怖に震える保安官たちでさえ、他の怒りにとりつかれた戦士たちに負けず。襲い掛かるペギー達に牙をむいて抵抗した、容赦はしなかった。

 そしてあっさり正気を取り戻した人から、錯乱する仲間を押さえつけ。呼びかける。

 

「アーロン、大丈夫?」

「もちろんだ、お嬢さん。それより俺の部下、連中を何とかしてやってくれ」

「今やってるよ」

 

 グレースの返事にただ頷き、アーロンは周囲を見回して胸を締め付けられる。

 ほんの数分のことだと思われたが。この集落は最後の生贄となってしまった。屋根に立っていた信者たちは今はそこかしこに倒れ、動かない。

 油断をしたとは思いたくないが、ジョセフ・シードは最後になってもやってくれた。彼を信じる信者たちを、殉教者とやらに変えた。

 

――そしてその手伝いを自分たちがやってしまった

 

「やべーよ。絶対ヤベーって」

「なんだシャーキー!?」

「俺に怒るなよ、アーロン。絶対にヤベーんだよ、ジェシカがいない」

「ルーキー?」

「ああ、それにジョセフもな!」

 

 反射的に立ち上がった。少しよろけたが、確かにそれどころではない。

 

「探すんだ!急げ!」

「わかってるけど、どこにいるのかわからないんだ。まだハークたちはあんたの部下の世話で大変だしな」

「それでも――」

 

 ジョセフの悲鳴……ではない、忌々しい教えとやらの声が水辺の方角から聞こえた。

 アーロンはシャーキーと共に走り出す。

 

 

 彼らの”祝福”は私に何も与えられなかった。その代わり私は憤怒の化身となった。

 私を見下ろしていたすべてのペギーが、ジョセフとなっていた。そして惑う仲間を放り出し、私は激情にまかせて暴力をくれてやった。

 肉の上にできた傷口から噴き出す血、漏れ出る苦悶の声、襲ってくる痛みにすすり泣き、情けをせがんでくる。そのすべてのジョセフにかなわぬ最後を与え続けてやった。

 

 様々な死は私に満足感だけを与え、まったく飽きる気がしない。

 だがこのままではジョセフの数が減っていってしまう――。随分とかわいらしい声で泣き叫ぶジョセフの顔をメリケンサックを握りこんだこぶしで数発楽しませてもらうと、あっさりと顔が変形して沈黙する。

 

 その次を求めた視線の先に最後のジョセフ・シードは呆然とした様子で立っていた。

 はじかれたように水辺へと逃げる彼の後を追う。腰に飛びついて転がすと、岸から追い立てながら上を取る。いつものように「子羊が――」などと口走るこの本物っぽいジョセフにもくらわせてやろう。この私の――。

 

「よせ、それ以上はやめろ。保安官!」

「ルーキー、ルーキー!冷静になれ、そいつは逮捕するとお前が言ったんだぞ」

 

 憤怒が満足を取り上げられ、意味をなさない獣の声がのどから飛び出していく。

 まだ血を流している”だけ”のジョセフは這いずりながら水中から岸へと上がり。「父よ、彼らを憐れみください。無知が彼らを――」などと口にしていて、それが腹立たしい。

 

――戦場では感情に支配されたら負けよ

 

 私の世界に割り込んでくる彼女の声を聞いた気がした。

 それは前もって教えられていたのに、それを実践できなかった時に彼女が再び教えてくれたこと――メリル。私の――。

 

 屈強ではないとはいえ、男2人でもまったく抑えられなかった私の体から感情が抜けだすと同時に力も失っていく。

 

「落ち着いたか?」「大丈夫か、ルーキー?」

 

 私は答えた、もう大丈夫だと。興奮だけがまだ残って体を震わせていたが、メリケンサックを放り出し。私はようやく手錠にを手にジョセフに近づいていく。

 

「逮捕する、ジョセフ・シード」

ペイルライダー(第4の騎士)が……」

 

 これで終わりだ。

 モンタナの美しい自然が目の中に入ってくる。穏やかなものがここに戻ってくるはずなんだ。

 日常が戻る、世界は戻る。私は――私もまた、きっと。

 

 遠い山の青い空に走る影を見た気がした……。

 

 

――――――――――

 

 

 最強を誇るアメリカの空、陸、海。すべての軍が力を尽くした。

 わずか1時間の死力を尽くした攻防。妨害電波、迎撃ミサイル、用意したすべての方法が実行され。アメリカを守ろうとした。

 

 だがその結果は――防衛網を3発のミサイルが突破した。

 

 沈痛なその表情には恐怖、怒り、屈辱、憎悪……負の感情を押し殺し。普段では見られないほど静かになった大統領は周囲のスタッフに問う。「敵はミサイルを我が国のどこに落としたのだ」と。

 

 1発はワシントン州にむけられてはいたものの、狙いを外して太平洋側海岸付近で着水するだろう。

 2発目はネバタ州、3発目はモンタナへ――。

 

 着弾2分前、指令室はただ沈黙し。来るであろう最悪のニュースに耐えようとしていた。

 

 

 

 最初は轟音、あんなに離れているはずなのに聞こえてくる鳥たちが慌てて飛び立つ様子。

 不吉なそれはモリの中で屹立していき、私たちはただ唖然とするしかなかった。

 

「見よ!神の裁きが下ったのだ!!これが終わりだ、神が選ばれたのだ」

 

 核兵器?どうしてここに?

 いや、ペギーの通信遮断によって外の世界の様子はわからないし。ロイドも特に何も教えてはくれなかった。

 

「皆!逃げて、逃げるのよ!爆風に飲まれたら、終わりよ!」

 

 私の言葉が終わる前にグレースは皆を車に追い立て始める。

 私もアーロンたちに声をかけ、ジョセフを車に放り込む。残念だがここから仲良く列をなして逃げることは出来ない。彼らの無事を祈るべきなんだろうが、そもそもこちらも無事に逃げられるとは限らない。

 

 エンジンをかける間に助手席のアーロンが「バンカーだ。ダッチのところがいい!」と叫ぶ。

 なるほど、それは名案だろうと思った。

 グレースたちもこれからどこかのバンカーに飛び込んでいくのだろうが。そこにこのジョセフ・シードを連れて行ってはマズいことになるのはわかる。だがダッチのバンカーなら……老人がひとりだけだ。

 

 

 2台の車両が並んで集落から飛び出し、一般道で左右に分かれた瞬間に次の衝撃が襲った。

 走らせる車の表面からチリチリという音と共に鉄が焼ける匂いがする。それが間違いではないと証明するように森に火があふれ出すと、衝撃に耐えきれずに砕かれた木々が崩れ落ちていくのを見た。

 

「走れ、走れ!とにかく動ける限り走らせろ、ルーキー!」

 

 車内は混乱のるつぼと化した。

 ジョセフは相変わらずのクソッタレな予言をとうとうと読み上げ。同僚たちはまたしても錯乱して思ったことをただ口に出してわめいている。

 今度ばかりは私もはっきりと感じられる身の危険から、必死になっている。

 

 後方へと流れていく景色の中、様々なものを見た気がした。

 親子らしき鹿が、火の森を走っている。

 道路のわきで燃えながら静かに崩れ落ちていく人の姿。

 爆発音を響かせ、火を噴き上げる家や納屋。脇に止められていた車たち。

 

 破壊が全てを飲み込もうとしていた――。

 

 

 結局、覚えているのはそこまでだった。

 次に覚えているのは暗くわずかにつながる意識の中、車は窓ガラスが全て壊れ、エンジンは沈黙し。静かに傾いてひっくり返った。

 保安官たちは席に着いたまま、皆が意識がないようだ。

 ところがそこに歌が聞こえてくる。アメージンググレース、不愉快な日に満たされた世界でも。それは快活な響きで、ジョセフが歌っていた。

 

 

 暗闇の中で私は何となく最初の時を思い出していたようだ。

 連邦保安官と州境を目指しての逃走、でもあいつらはそれを許すつもりはなかった。

 橋に追い立てられ、遂に湖に放り出された。連邦保安官はそのままエデンズ・げーろにとらわれ、私はダッチに助けられた――。

 

 

 声がした。

 

 確かに声だった。ラジオの声。

 

 危険を訴える政府広報?あともうひとつ、もうひとつは――。

 

 私の名を繰り返して呼ぶ、ダッチの声。小さく、か細い。ダッチ1?

 

 

 意識が急激に戻ってくると、体が飛び跳ね。同時に痛みが襲い、また私は自分がなぜか依然と同じように私自身の手錠で拘束されていることを理解した。

 苦痛を唇をかんで噛み殺し、周囲を確認しようと左右に激しく動かしつつ、自分の状態を探ろうとする。

 

 どうやってかわからないが、そこはダッチのバンカーの中だとすぐに分かった。

 そしてどうしてかはわからないが、ダッチに再び私は拘束されている?違う、ダッチはそこにいた。床の上、すでに――すでにこと切れている。

 

「私はあきらめない、保安官。神はまだ待っている、やってきた未来に旅立つときのために。エデンの門へとむかうために」

 

 奴はいた。

 ジョセフ・シード、ラジオの前に立ち。備え付けのベットの足を通して私をまた拘束し、こちらを見下ろしている。

 

「ラジオの言葉は聞いたな?政治家たちは沈黙した、民がそれを必要とする時に。世界が神の炎によって浄化されたということ。

 つまりは私が正しかった――我々の知る世界はもうどこにもなく。崩壊が、ついに訪れたのだということ。

 

 長かった――待っていた。

 

 そしてこの時のために家族に備えさせようとした。

 だが……君は彼らを奪った。私は君をこの手で殺すべきなのだろう。そう思えてしまう」

 

 ジョセフはそう言いながら私の瞳の中を覗こうとしたが。私は顔を付してあえて目を合わせなかった。

 今の私は、この男からどのように見えるのだろう?

 絶望から力を失った女?

 神とやらの恐れに震える女?

 

「だが私はやはりそうは選ばないのだろう。

 なぜならもう私には君だけが――ここで家族と呼べるものはいないから」

「っ!?」

 

 全身の毛が総毛だった、不快さに吐き気どころか血を吐き出すかと思った。

 かなうなら今すぐにこの手に自由を取り戻し、しかるべき力でこの男の命を終わらせてやると思った。

 殺意のこもった憎悪の目を、ジョセフに向けてしまった――。

 

「新たな世界を、我々は新たな家族として旅立つことになる。

 ジェシカ・ワイアット……私はお前の(ファーザー)だ、そしてお前は私の娘だ。我々は新しい世界を親子として、新たなエデンをこの地上に誕生させることになる」

「それが、あんたの予言?」

 

 私の問いにジョセフは答えない。ただ満足げにうなづき、自分の言葉に酔っているようだ。

 

「君と私でエデンの門へと歩もう」

 

 椅子に腰を掛け。柔らかな笑顔をこちらに向ける。

 まるで本当にこれまでのことすべてを水に流してやったのだというように。私を許してやったのだというように。

 

 

 しばらくするとジョセフは立ち上がった。

 ラジオが何かを言っているが、周波数が会わないせいかよく聞き取れないからだろう。

 私はずっと再びうつむくと何もしなかったが。左の上腕にある傷口に右手の指を持っていくと、縫い目に爪を立て切っていく。この中にある”道具”をとりだす必要があったから――。

 

 

 私の血が噴き出し、指を伝ってバンカーの余暇を汚し始めるころ。私は右手のそれを隠し持ち、再びうつむいてその時を待った。

 

――いいか、ルーキー

――あとはお前がどうにかしろ

――奴を、ジョセフ・シードを止めるんだ。必要な事をしろ。

 

 ラジオの内容がお気に召さないのか。

 それとも電波の調子が悪いことに腹を立てたか。ジョセフはなにやら怒りはじめるが、私は気にしないふりを続ける。

 今はまだ力を失った罪人である必要がある。その時まで、その時まで。

 

 私はエデンズ・ゲートのペイルライダー(死を司るもの)

 彼らの言葉に耳を貸さず。彼らの家族を灰に変え、彼らのエデンを焼き払う。

 私の正義は、何があったとしても揺らぐことはない――。



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エンディング
Dawn of New Legend-新しい伝説の誕生―


エデンズ・ゲート壊滅・・・。
英雄ジェシカの物語はまだ続く。

ここからエンディングとなります、次回最終回はこの後。


 世界は壊れなかった。

 アメリカは崩壊などしなかった。

 そんな世界を見ても、神はやはり沈黙を貫いている。

 

 

 ノースコリアの撃ち放った核攻撃は2発のみ着弾し、実際はそのどちらも狙いからは大きく外れていたことがのちにわかった。

 世界に張り巡らされた情報網はリアルタイムで混乱と攻撃に意気消沈する人々の姿をカメラに収め、TVでは痛ましいことだと美麗字句をつけて流し続けた。

 

 殴りつけた側は快哉を上げ、喜びの声にわき。

 独裁者が続いて下した攻撃命令に従い、南に向かって――国境の目と鼻の先にある同胞と呼んでもおかしくない人々の住む都に向け。廃墟になれとばかりに砲弾を撃ち込み。地上軍を向かわせた。

 

 これは電撃戦により、早期決着もあるかもしれない。

 専門家の一部はそう口にして力ないアメリカの敗北へ、不安をあおったが――奇跡は起こらなかった。

 ただ現実だけがそこにあった。

 

 

 デジタルが伝える人々の姿と違い。この攻撃に激怒する32億もの国民達は待っていた。

 メディアを通して現れたのは、メディアがこの国の大統領に最もふさわしくはない男だとする人物であったが。彼は皆が求めることを力強く口にし、やつらの望み通りにはさせない。野蛮な独裁者はやはり罰するしかないのだ、という復讐を公然と口にする下品さをみせた。

 それに国民はただただ熱狂する。

 報復心が燃え上がり、復讐の時が来たのだ。

 

 大統領はさっそく艦隊を差し向けたが。それが日本海に到着した頃には勝利はもう確実という状況が揃っていた。

 報復攻撃を口にする米国に追従し、ロシアとチャイナが固く手を握り合って。この横暴な小国の独裁者をたおしましょうとの意見が一致したからだ。

 

 もっても1か月といわれた独裁者の抵抗は。

 2週間――正確には12日でもって終了してしまった。

 

 軍人たちは敗戦明らかな戦場になど目もくれず。配備された食料と燃料の囲い込みを始めると、あっというまに部隊は崩れていき。小国を守る軍隊と呼べるものは消えてしまった。あとには飢えた国民と彼らの独裁者だけ。

 冷酷と復讐心をたぎらせた兵士たちがそこへ進軍していった。

 

 その後は当然のことが当然のように行われた。

 大国は破壊した小国の国民達への援助を約束しながらも、それに関してはあまり熱心ではなかったし。そもそもにして囚われた独裁者は自身の安全だけを望んでいたので、彼らを気にするものはこの星にはいなかったということになる。

 ねじくれた恨みと怒りだけが残された。

 

 

 戦争は終わった。

 混乱はその後にも続いたが――なぜか半島の統一を当然のように大国に向けて主張する奇妙な人々がいたが。大国はそれを寝言としてまったくとりあうことはなかった――半島の北部はさらに分割され大国の飛び地として扱われることが決まり。

 アジアは強大な中国が、その他の大国と組んで平和を導いていく、そういうストーリーのキャンペーンが開始されていく。

 

 これは皮肉にもアジアにおけるアメリカの同盟国たちの立場を弱くさせたのだが、彼らではアメリカが欲しがるものを用意できなかったのだから。力を得た中国にむけて文句が言えるはずもなかった。

 

 

 モンタナとネバタの爆心地はそれから彼らが望む平和を取り戻すのにさらに2年の時間を必要とした。つまりホープカウンティの人々はそれまでずっと闘いの日々が続いていたことになる――。

 

 

 帰宅を認められた日、人々は希望を胸に迷うことなく故郷へと戻っていった。

 復興し、あの日のような日常を取り戻すのだと。あきらめるつもりはまったくなかったのだ。

 そしてジェシカも――。

 

 

――――――――――

 

 

 アジアの独裁者による北米への核攻撃から15年の月日が流れた――。

 アメリカはそれから新しい大統領が何人か生まれ、また新しい戦争を用意している。

 

 そんな時、『ホープカウンティの悪夢~希望を捨てなかった英雄たち~』と題されたドキュメンタリーが話題となった。

 聞いての通り、あまり楽しそうな番組とは思えぬ題名だったが。そこで取り上げられたのは、戦争の開始という混乱によって存在から疑われているという怪事件――真実は不明とされたホープカウンティ暴動であることが、犯罪マニアたちを喜ばせてしまったらしい。

 

 以下に紹介するのはこの番組の流れである……。

 

 

 オープニング、核がアメリカへと放射線を築いて着弾するまでのシミュレーター、苦しむ人々、報復の誓いを立てる大統領演説、艦隊出撃風景と続く中。

 暗い部屋の中で椅子に座る男性が、合間に割り込み。静かに語りだす。

 

「あの日のことは忘れられないと皆は言います。私もそうです、ずっと――ずっと苦しんできました。

 でもそれはあの戦争のことじゃありません。

 もっと恐ろしいものが、恐ろしいことがあったんです。そこは私の生まれ故郷でした。でも、もう私はそこに戻れないでしょう。あの女が、それを許すはずがありませんから」

 

 2019年、秋――モンタナ州ホープカウンティは異常気象に襲われ。例年よりも長い夏の中にあった。

 そしてあの日、1発の核ミサイルが彼らを襲った。そういうことになっている。

 

 だが、あまり知られた話ではないが。

 その時のホープカウンティはすでに地獄であったということを。

 ホープカウンティ暴動。当時の混乱とミサイル攻撃の影響もあり、FBIは早々に調査を切り上げ。再捜査の可能性は限りなくゼロに近いという異例の発表をしたことで犯罪マニアの興味をひかせた。その事件は確かにあった。

 

 

 ナレーションが終わると、病院の待合室に夫婦が呼ばれるのを待っている様子へと切り替わる。

 女は青い顔で緊張しているようだったが。男は軽く笑顔を見せながら「今は結果を待っているんだ」とカメラに向かって言う。

 次のシーンでは医師と共に病室に入り。結果が入っているという封筒を開け、何事かを伝えると。それまで緊張していた2人の顔は、パッと花が咲くように喜びの表情へと変わって抱き合った。

 

 さらに自宅へと戻ると子供や老人ら家族にもそれを伝え、喜びの中。今度は電話で誰かにそれを伝えようとしていた。

 

――2033年、春。

――僕はついにガンに3回目の勝利をおさめ。再びサバイバーとして生きていけることが分かった。

――僕の名前はバリー。バリー・コーガン。

――映像作家として30年近く活動しているが。その半分は病気との戦いだった。

――でも、今回はその話じゃない。

――実はこの時、僕はひとつの自分に約束していたことがあったんだ。

――「もしも、もしもこの先でも生きていられるなら。僕はあの事件にもようやく決着をつけよう」ってね。

 

 映像作家、バリー・コーガンの若かりし姿から現在までの映像がシャッフルされていく。

 しかしそれが1枚の写真で止まる。

 そこは森林に囲まれた発着場。ただひとりでカメラなどの機材を置き、近くには民間のものではあるのだろうが軍用輸送機らしき一部が見える。

 奥の建物に掲げられた看板は『ニック&サンズ航空』。混乱の中のホープカウンティを訪れた彼の姿である。

 

――2019年は僕にとっても運命が大きく揺れ動いた。

――あのアジアでの戦争の話じゃない。僕の、自分自身との戦いのことだ。

――辛い思いをした。僕だけじゃなく家族もみんな。だから記憶は封印しよう、ずっとそう思っていた。

――モンタナ州ホープカウンティ。

――犯罪史には暴動として記録されているそこに僕はいた。

――多くのものをそこで見て、聞いてきた。あそこはまさに戦場……地獄のようなひどい場所としか思えない光景が広がっていた。

 

 おどろおどろしい音と共にFBIが発表した何点かの映像が流される。

 次に映像作家バリーがなぜホープカウンティにいたか、当時のモンタナ州の異様な状況についての説明が始まる。

 

 

 10年近くの間、ビックプロジェクトのドキュメンタリーを連発し、どちらも大成功を収めたバリーのチームは。そこで1年の長期の休暇にはいることになった。

 すでに子供がいたバリーだったが。ようやく結婚式とハネムーンで私生活にけじめをつけたが。

 ここで彼は仕事に戻りたいと精神を不安定にさせてしまう。。

 

 ただ気分を紛らわせたいと彼はハリウッドの3流たちが集まるバーに顔を出す。そこで彼はガイ・マーベルの噂を聞いてしまった。

 

――新作を撮影中のガイの奴。モンタナでトラブルに見舞われてるらしいぞ

 

 車に撮影機材を乗せていたバリーは、気が付くと飛行場でチケットを買っていたそうだ。

 

 モンタナ州についた彼はそこで異常事態が起こっていることを初めて知る。

 まるでそこにはホープカウンティなどないというように。「行きたい」とバリーが告げると、あらゆる人々が顔を恐怖に引きつらせ。関わりたくないし話したくもないと嫌がっていた。

 

 ホープカウンティへの道路は土砂崩れからまったく手が付けられておらず。州は再開通などありえないといっているようで。

 そこに入り込む正規のルートは存在しなかった――。

 

 

 CNNが土砂崩れについて報じる短いシーンから次へと切り替わる。

 2033年の冬。バリーはスタッフと共に、復興したホープカウンティで車を降りていた。

 

「参ったな。季節も何もかも過去のことで。別物だと思っていたのに、ここはなんだか見覚えがある気がするよ」

 

 そう懐かしそうに口にするバリーだが、表情は歪んでいる。

 

「当時のモンタナは本当に不気味だったんだ。

 警察、州知事、地元の新聞社。どこに聞いてもホープカウンティのことで話ができなかった。

 

 そこで僕は非常手段に出るしかないと思ったんだ。

 海外で取材した時のツテをたどって、ある人物を紹介された。彼は僕をそこに連れてはいけるが、それ以上は約束できないと言った。僕はそれで構わないと……躁状態だったんだよ。怖いもの知らずだった、今の僕がそこにいたら。あの時の僕をなんとしても止めるだろうね」

 

 雪景色の山々は狩猟期に入り、ここを訪れる客の多くが男性のようだ。

 パブやダイナーには猟銃を背負い、地ビールを楽しんでいる彼らの姿があった。その中の何人かにインタビューをする。

 

「ここにはいつも?」

「ああ、いい場所だよ――それでも6年ほど前からだね。

 やっぱりほら、あれだよ。ここは攻撃を受けたとあって、色々とイメージが悪かったから」

「ああ、わかるよ」

「でも政府はもう大丈夫だと10年以上も前に宣言していたし。当時は全く信じちゃいなかったけど――核だしな、もうここは毒されてどうにもならないだろうって思ってた。気の毒だなってね。

 でも、友人からここは良いところだって繰り返し勧められたんだよ。今じゃ、ハハ。自分も心からそう思うよ」

 

 核攻撃から2年後、政府はホープカウンティ市民の帰宅を許した――と説明文が表示されている。

 

(中略)

 

 スプレッドイーグルの前に立ち、バリーは快哉を上げた。

 

「あるとは風の噂で聞いていたけどね――信じられなかった。

 攻撃による混乱の後は何もかもが燃えてしまって、呆然とするしかなかった。でもここはフォールズエンドだ。消えたりはしなかったんだね」

 

(中略)

 

 ライ&シスターズ航空の看板の下。滑走路に立つエディ。

 そこに彼の名前を呼びながら近づいてくるのはここを経営する一族。ニック・ライと妻、そして2人の娘たちであった。

 ひとしきり抱き合って再会を喜び合う。

 

「彼はニック・ライだ。彼の一族はここの古くから住んでいるんだよ」

「そうさ!ここが我が家だ、だからここにいるんだ」

「お互い年を取った。でも――まるで嘘みたいだよ、君のインタビューを取ったあの倉庫がまだそこにあるんだもの」

「建て替えたのさ、会社と一緒にね。当然だろ!」

「ああ、ごめん。その、ちょっと涙が出てくるよ」

「なんだよ、それ。でもついにここまでやってきたんだな」

「君たちは僕の救世主だよ。君たちがいなかったら、君たちが助けてくれなかったら。僕は焼け跡の中から生きては出られなかった……」

 

 僕もニックも年を取ったけど、彼は今でもこの空を飛んでいるって話だった。

 家族は嫌がってて、墜落死するって注意するけど。俺はそんなにへぼにはなってない、真っ白な頭になってたけど彼はあの頃と同じでまったく変わっていなかった。

 

 ニックの会社は娘たちへと継がれ。老夫婦は孫たちと遊ぶのが今の仕事みたいなもの、だそうだ。

 僕が勘違いしていた倉庫は確かに新しいものだった。あの頃の映像を見直してみてたらそれがわかる――。

 

 シーンが変わると夕焼けの倉庫の中で、自慢の複葉機をいじっている若きニック・ライの姿があった。

 

 今はもうどこにもないこの会社で受け継がれてきた黄色の飛行機を大事に思い。

 これから生まれる子供――彼は息子だと言ったが、現実は違った――との未来を口にする。

 でもそれはないのだと、奴らがいて。皆が恐れているのだとニックの口調が変わる。

 

「俺は、戦争の経験はない。興味もなかったんだ。

 でもよ、俺の家族にアイツらが手を出そうっていうなら。話は別だ」

 

 倉庫の片隅に隠されていた機銃を運び出し、それを機体にとりつけていく。

 

「戦う覚悟ならできているさ。彼女の、保安官のおかげだ。

 ああ、やってやる。守って見せる絶対に!」

 

 映像はブラックアウトしていく。

 

(中略)

 

 暗い部屋の中、顔の見えない証人は証言を続けていく。

 

「エデンズ・ゲートは、聖書を時代に合わせて理解するっていう。ただそれだけの会でした。

 神の教えを理解しようと、ジョセフ・シードは皆を家族と呼んで。自分を(ファーザー)と、そう呼ぶようにと。

 

 それをカルト教団と呼んで、さげすむ人はいました。多かったと思います、彼らは理解できないと言って恐れてたんです。

 でもジョセフはそれを非難したり。攻撃するようなことは決して口にはしなかった。ただ彼らは無知なだけだと、神の声を聞こうとしないのはそのせいだって言って」

 

 教会の中、信徒を前に語り掛けるジョセフ・シードの写真が画面に入ってくる。

 

「暴動だと言われてますが。僕の記憶では、それはわかりません。

 でも混乱はあったとは思います。

 

 父は混乱を鎮めようと、家族に団結を訴えましたが。なぜかそれを他の人たちは憎悪としてとらえてました。

 僕らは互いに危機感を高めあっていたんだと思います。もうその頃には教団でも武装していて、なにか起きたら仲間を守ろうとしていた。危険な状態ではあったんです」

 

 ジョン・シードがバンカーらしき場所で、信者と共にライフルを構えて柔らかな笑みを浮かべている写真が。

 ジェイコブ・シードが数名を引き連れ、見回りをしているような写真がフレームインする。

 

「僕はあの夜が恐ろしい。あの女が、今も怖くて怖くて仕方がないんです。

 ジェシカ・ワイアット――保安官。今もそこにいます、恐ろしい女性(ひと)だ。

 

 彼女は法に携わるものでありながら、公然とジョセフの殺害を。僕らの家族をペギーと呼んで危険なものだと主張した。憎んでいたんです。

 そして人々に向かって攻撃を煽り、殺戮を行うことを命令もしました。僕の耳にはあの声が……まだこびりついて離れないんです」

 

 画面の背後に雑音によってほとんど聞き取れないが。

 女性によるエデンズ・ゲートといった単語がそこに混ざっているものが流される。

 

「僕は家族の――母と兄、一緒に山に隠れていました。

 町に近づけばどんな目にあわされるかわからないって、母が怯えていて。それでも父がいつか指示をくださるかもしれないからって、ラジオをつけて兄とひとつの毛布でくるまり、抱き合って震えてた。

 その時です。ラジオから彼女の声がしたんですよ。あれを間違えたりはしない。

 恐ろしい声で、恐ろしいことを言っていました。「もうペギーに怯えることはない」とか。「銃を持つペギーが戻ってこないホープカウンティを実現するんだ」とか」

 

 そこでいちど大きく呼吸をする。

 冷静になろうとしているのだろうか?

 

「朝が来た時、地獄が始まったんです。

 町の人間たちが銃を持って山狩りを始めた。隠れていた信者たちを引きずり出して、殺して回ったんです!保安官の言葉に従った!

 

 母とはぐれて、兄と2人で何日も危険な山の中を歩きました。

 こうなったらホープカウンティの外に脱出するしかないってなって――でも兄は捕まり。八つ裂きにされた。

 兄をなぶる男たちは笑っていて。町まで引きずって、吊るし首にしてやるって叫んでた。

 

 僕は震えていて、見ていることも出来ずにそこから逃げ出した。

 彼らは兄を助けたとは思えません。女も老人も、子供もお構いなしだったんです。兄は彼らが望んだように、きっと……」

 

 人影はこらえるように嗚咽を漏らす――。

 

 続いて画面が切り替わる。古くて荒い映像だった。

 ナレーションでバリーの声がする。

 

――当時の僕は、今の彼の証言とはまるで別の地獄を見ていた。

――そのひとつをここで紹介したいと思う。

――当時の混乱の中。さっき紹介したジェローム神父が助けた少年がいた。

――彼は映画監督になるという夢を持っていたが。僕がその子に会ったとき、彼の目は希望を失ってカメラを抱えて離そうとはしなかった。

――彼にも兄がいたんだ。

――エデンズ・ゲートは彼の兄を追い立てて殺した。少年をそのすべてを映像に収めていた。罪の証拠だと震える声で繰り返していた。

――僕は彼と話し。コピーを取るという約束でカメラを受け取った。そして持ち帰ることができた。

――彼は穏やかな表情になったけど、あの顔は忘れられない。

――少年は生き延びることは結局できなかったから

 

 牛のいない牧場で、青年を暴行する銃を持った男たちの姿が見える。

 そのうちに彼らは動かなくなった青年をひきずっていくと、かかしに縛り付け。布で目を隠し、距離を取った。

 音声には草むらに隠れている少年のものらしき荒い息がつづいているが。ライフルを構えると男たちは青年に向けて発砲する。

 

 5分ほどの映像はそれからかかしの青年の体が崩れていく様を克明に記録していた。

 内臓が飛び出し、それでも引き裂かれ続け。悲鳴はなく、痣の残る頭と肩、なんとなくついている腕だけが残っていた――。

 

(中略)

 

 ホープカウンティ町長のトレイシーと共にホワイトテイル自警団に見送られ。

 暴動の記憶を残す記念館をかねた事務所を出ていく。

 

――ホワイトテイル自警団の英雄の物語を聞いたところで、次に僕らは生きた英雄と会うことになっていた。

――ジェシカ・ワイアット保安官、署長。

――今も彼女はここにいます。この場所の治安を、人々の生活を守っている。

 

 トレイシ―と何事が笑顔で話しながら歩き続け、すると視界にホープカウンティ保安官事務所が見えてくる。

 その入り口には遠めでもわかるが、ひとりの女性が立っていた。

 

 あの頃よりも横幅が成長し、髪には多くの白いものが混ざっていて。

 しかしまだ老いを感じさせるものはそれだけで、しっかりと立ち。保安官が持つには似合わないデザートイーグルを腰に下げていた。

 

「保安官!ジェシカ保安官!

 僕はあなたにもっと早くに会いに来るべきでした」

 

 

 映像はこの後も生きた英雄へのインタビューへ。狂信者ジョセフ・シードとの決着へと続くのだが。

 この2時間を超えるドキュメンタリーは2024年の話題となり。その後、さらに再編集と映像の追加によって50分の12エピソードの番組となって再登場することになる。

 

 ホープカウンティ暴動の英雄、ジェシカ・ワイアット。

 それらを扱った15冊近い本のどれもがベストセラーとなり。カルト教団の暴走と、それに抵抗した人々の戦いに皆が感動し。同時に汚されたホープカウンティの名誉と価値を取り戻す役割を担った。

 

 英雄を望まなかったジェシカの人生でこの時が最も輝ける時代であった。




(設定・人物紹介)
・世界は壊れなかった
ニュードーンという新作が出てしまいましたが。原作では現実のように北との険悪な関係だけがわずかに伝えられているだけなので、このようになりました。
やっぱり中国とミサイル撃ちあうくらいでないとね、やっぱ設定に無理がある。


・ノースコリア
ここまで出来るだけリアルな名前は出さないようにしてきましたけど。面倒くさくなって思わず書いた。ここではファークライ的未来としての結果を書いてますが。
別になんにもないですので。癇に障ったからと噛みつかれても言えることないんで、スルー願います。よろしくお願いします。


・15年
本当はこの前に「ニック・ライの火星大戦争編」が入り。
ホープカウンティからアブダクションされた一家の、原作のDLCとは違うお話が入り。核が落ちて数時間後にフォールズエンドへ帰還。遠目にだが2人の最後の対決を目撃する、という流れがありました。
この作品は短編という計画で始めたのです。ええ、カットしましたよ!バッサリと。


・ドキュメンタリー
27話でメアリーなどフォールズエンドの住人の話を聞いていた男がここでようやく登場します。オリジナルキャラクター。

彼は核攻撃の後、ここでの記憶を封印して背を向けるのですが。血液の病にかかり、また別の地獄を見ることになりました。
残念ながらこの病は完治しませんでしたが、彼はさらに2度戦いに勝利します。そして仕事もこの後もいくつかのプロジェクトを成功させています。


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Dead Man Walking

最終回、人生の最期の刻。
英雄と呼ばれた女の最後の勝負。


 誰もいない、常夏のビーチで老人はひとり海を眺めていた。

 リタイア(引退)を宣言し。すべてを後継者の手にゆだねてから数年。激しい情熱は今もくすぶってこの中に残ってはいるものの、同時に時の流れがついに自分の時代をとうの昔へと置いてきていたのだと思い知らされることもあり。だから、ただ漫然とこの静かな時の中で漂っていることにした。

 

 それでも短いであろう残りの人生で使いきれないほどの大金を抱え。

 孤独な老人としての最期が来るのを待ち続けている――。

 そこにアロハシャツの若者が近づいてきて何事かを老人の耳元で囁いた。

 

「――どうしましょうか?」

「懐かしいな。古い友人だ、ずっと連絡を取っていなかった」

「……」

「メッセージは読むよ。なにか指示が必要なら――」

「はい、お呼びください」

 

 封筒を老人の前に素早く置いて若者は去り。

 老人はそんな若者など忘れたかのようにふるまい、封筒の中身からメッセージを取り出した。

 

 老人はメッセージを何度も何度も読み返すと、ため息を吐き出す。

 

「そうか――君はもう決めてしまったんだな、ジェシカ」

 

 元ドレビンのロイド。そう呼ばれた男がこの老人であった。

 黄昏の時を迎え。希望するよりも諦めることが多くなり。知人や友人たちの多くはこの世界から離れていってしまった。

 

 そんな老人たちに終わりが近づいてきていた。

 

 

――――――――――

 

 

『……ニュースをお伝えします。

 国内では北西部に拠点を置く不法武器販売ネットワーク、通称ママ・ボウルの活発な活動に対し。火器・爆発物取締局はこれを脅威と考え。かならずこれを殲滅すると力強い表明を発表しました。

 

 このネットワークは本来名前はなく、ママ・ボウルというのも末端の販売人達が勝手に名付けたものだと言われています。

 彼らは高度なデジタル技術を使い。契約、販売までのルートを通信を含めて……』

『ママ・ボウルなどの不法武器販売組織は、法律で定められ。市場に流れない武器を主に商品としており。これが皮肉にもギャングだけではなく。元軍人といったコアな層の人気と信頼を独占しつつあり――』

『……司法省はママ・ボウルのこれ以上の成長は看過するわけにはいかない。大統領も懸念を持っておられる、との……」

『……近年、勢いの激しかった不法武器販売ネットワーク。ママ・ボウルは警察などが中心となった。厳しい取り締まりによって成長がとまったとの認識がされている一方。この組織の実態となるものが何であるのか。FBIも含め、どの警察関係者も未だに特定はできてないと……』

『……ニュースをお伝えします。

 先日、アイオワ州デモインで発生した連続狙撃犯は元軍人の……でしたが。彼の証言によってママ・ボウルの活動に……」

『ポートランド警察内に置いて、ママ・ボウルのネットワークにかかわっていた警官たちが一斉に摘発されました。今回、これほどの公権力への腐敗が――』

 

 

 2054年――。

 モンタナ州カウンティ―ホープに激震が走った。

 

 司法省はこの年、ついに米国北西部で活動する武器販売組織のボスを逮捕したと発表。

 相手は数年前に保安官を引退した、地元では英雄と呼ばれていたジェシカ・ワイアット。マスコミはこれを大きく取り上げ『堕ちた英雄』と題して次々と彼女の私生活を暴いて書き立てていく。

 

 

 1度の結婚は、夫が事故死。

 4人の男女を養子として育て上げた。

 ホープカウンティーでは伝説の英雄として称えられ、復興から長く保安官として地元の治安を守り続けてきた。

 しかし5年前、自宅で転んで骨折したことから。自分の老いを感じて引退した。

 

 長男はNYの法曹界で若い弁護士として注目され。次男はホープカウンティの牧場に勤務。

 長女は母の去った保安官事務所で保安官として勤めており。次女はベガスでディーラーを数年した後、一般家庭へと入っていた。

 

 

 ジェシカは逮捕されたことを子供たちに連絡を入れ「迷惑をかける」と謝るだけで助けを口にしなかったが。

 彼らはすぐさまホープカウンティ―へ帰った――英雄と呼ばれる自慢の母を助けるために。

 

「いつもだったら。クリスマスにどうやって呼び戻すか、それを考えてる時期なのにね」

 

 そういって集まってきてくれた子供らを前にジェシカは困ったように苦笑いしたが。

 子供たちは政府に対して激怒していた。

 

 この母は特にぜいたくな暮らしをしているわけでもないのに。政府は証拠はあると言いながらもそれを裁判まで開示しない動きを見せ。検事局はひたすらメディアを煽って、家族の名誉を傷つけることに腐心し続けている。

 

 さらに裁判所は、ジェシカが現役の時にまったくそりの合わなかった裁判官を揃えてきており。明らかにどんな手を使ってでも、ジェシカを刑務所に放り込んでやるという司法省からの意思が伝わってきていた。

 しかしだからといって子供たちはそれに絶望したりなどしなかった。むしろ政府とケンカしたって負けるものかという心意気である――。そして地元の住人達も又そんなことは許さないと息巻いている。

 

 そんな彼らに裁判所が付きつける現実。

 ジェシカ・ワイアット、保釈金額は160万ドル……。

 

 

――――――――――

 

 

――神の意志を理解していると思った

――神の計画に従っているのだと思っていた

――なのに、それなのに

――どうして言葉はここまで無力であるのだろうか。これが人に与えた知恵だとでもいうのだろうか。

――人は火をどうして破壊にしか使わないのだ。その火が自分を焼くことを、どうして理解しない。

――世界は病に侵され。死は広がり続け、希望は輝きをもうとりもどすことはないだろう

――そうだ。そういうことなんだ。

――私は家族を、失い続ける。またも、またしても、そして今も。

――私は父になることはない。父にはなれない、妻も子も。愛せばただ、それは全て灰になって崩れ落ちる。

――ジェシカ・ワイアット

――罪深い女よ、この正義を手にするためにどれだけのことをしてきた。どれだけを苦しめ、お前も焼き尽くしてきたんだ。

――私には見える。お前の破滅する姿が。

――神は今も、我々を見ておられる

――さぁ、ジェシカ。そこまでして手にしたお前の正義で、なにをなすのかを見せてくれ。

 

 浅い眠りから現実へと帰ってくる。

 すべてが焼き尽くされ、灰となった世界で。漢の言葉は呪いのように私の心に刻まれていた。

 そして私はあの瞬間に生まれ変わった。

 己を予言者だとうそぶいた男の血を浴び、その遺体を汚しつくすことで。生命を再びはっきりと感じられるようになった。

 

 私は私を英雄だとは全く思わない。

 それでも人は、この国はあそこから戻ってきた私を英雄と讃えていた。

 彼らの罪を、私への称賛で覆い隠すため……。

 

 そしてわかっている。

 時が流れた。

 人の記憶は薄れ、あの時に生きた人々はみな老いて力を失っていた。もうすぐ声すら出せなくなるのだろう。

 

 そして政府はあの時の間違いを今になって取り戻したいのだという。そのために悩み、苦しい決断を下した私を罪人として扱いたいと。

 私の誇らしい子供たちを苦しめても構わないと。

 政治とは、政治家とは勝手なものだ。口にする正義は自分の都合にあったもので、それが大勢のためなのだからと真顔で口にできる。

 

 あの時、助けが欲しかったホープカウンティを見捨てたくせに。

 私を英雄だともてはやして、復興のシンボルへと祭り上げたくせに。

 

――お前の正義で、なにをなす

 

 あの哀れな狂人でも、最後に真実を口にすることができたということか。

 私は今、追い詰められている。

 そしてあの時の私のように、この檻を打ち破れるほどの力はもうこの体には残されてはいない。わかっている――。

 

 それでも私は。

 私の正義は、誰にも折らせるわけにはいかないのだ。

 

 

――――――――――

 

 

 ジェシカ・ワイアット裁判。

 手続きが始まり、弁護人とジェシカの味方は苦戦を強いられ続ける。

 

 メディアのカメラ、最高の瞬間を求めたハイエナたち、決して彼女に好意的ではない者たちが並び立つ法廷。

 検察側は一向に手の内を見せようとせず。ジェシカが犯罪者であるという証拠をなかなか見せようとしないが、それでも裁判長はこの一件をやめることはありえないと断言した。

 

 有罪への一直線のレールが敷かれようとしていた。

 

 だがジェシカはずっと沈黙を貫いた。

 家族はそれでは守れない。戦えないんだと彼女に訴えたが、ジェシカはわかっていると頷いても。それを改めようとはしなかった。

 

 

 検察側が有罪となる証拠を何一つ提出しない異様な法廷が始まると。

 彼らはいきなりジェシカへの個人面談を希望してきた。

 

 脅迫だ。

 圧迫し、罪を認めさせ、有罪だけをもぎ取ってやろうということだ。

 子供たちは止めたがジェシカはそれに応じるとだけ告げた。

 

 強い母の子供たちは肩を落としたが。それでもまだ絶望はしなかった。

 彼らの目の前にいる母は老いはしても、依然としてまだまだ強かったから――。

 

 

 連邦検察官の目的とは何だろうか?

 それはただひとつ、裁判に出たらそこでは必ず。ひとつでも多くの勝利を手にするということだ。

 そこに真実とか、疑問何て存在しない。なぜなら法廷が明らかにする罪はすでに証拠によって証明できることであり、有罪となるべきだから被告は当然罪人であるべきなのだ。

 

 ところがミア連邦検察官はマズい状況にあった。

 いくつかの理由から、かかわった大きな事件を連続で星を取り逃してしまった。油断はなかったし、運がなかったというしかないが。

 局内での彼女の立場と評価は一気に悪くなり、同僚からは彼女のキャリアはすでに崖っぷちだと見られていた。

 

 だからこんな事件が手元に放り出されてくる。勝ち星を絶対に逃してはいけない案件。

 法律家としてのプライドをズタズタにするような出来レースが用意されているとなんとなく伝えられてはいたが。実際にそれを目の前で見せつけられ、その片棒を自分も担ぐというのは不快ではあったけれど。それでも輝かしい自分の未来のために、キャリアを守るためならばやりきらねばならない。

 

 上の人間たちはかなり慎重で、これほど歪めたら法治国家としてのありようを問われかねないような反則をやっているくせして。裁判が始まる前に決着をつけるように求めている。そして実のところ、彼女をつるし上げるだけの確たる証拠などないことも――。

 

 だから面会を求めた弁護人が、本人がこちらの求めに応じると答えた時は。心の中で勝利を確信し、同時に自分のキャリアが守られたと喜び。わずかだが田舎の連中のために戦ったとかいう昔話を持っている老女の不運を気の毒に、とは思っていた。

 

 だが上司はその報告を聞いても喜ぶわけでもなく。

 より一層注意を怠るなと助言をし、暗にミアの実力を大いに疑問があると考えているのだと隠そうともしなかった。

 このあってはならない裁判は、いつしか敗者が全てを失うというゲームになり替わろうとしていた――。

 

 

――――――――――

 

 

――死者が歩くぞ(Dead man walking)

 

 前を歩く息子が「え?」といって振り返ったが、私は何でもないと告げ。行こうとだけ漏らした。

 この道は私も知っている道だった。

 法の執行者として罪人と共に数を忘れるほど歩いた。でも今日は、私の役目は交代している――。

 

 検察官と弁護士をつけずに1対1での面会。

 母さんわかってるのにどうしてそんなことをいうんだ?僕らはまだまだ戦える、きっと母さんを守って見せる。

 頼もしく育ってくれた彼らの言葉を振り切って私はここにやってきた――。

 

 もう何年も会ってもいないし、言葉も交わしてないロイドからのメッセージで警告は受けていた。

 誰かが私たちが生み出してしまった武器販売ネットワークに興味を持ち動いている。元法権力の側にいたものがそれに関わっているとわかれば、君は間違いなく狙い撃ちにされてしまう。

 国外に出なければ、安全ではいられないだろう、と。

 

 私は彼の忠告を聞かなかった――。

 皮肉だが己の血を否定し、哀れな一族からも背を向けた私であったが。

 忌まわしいものが今は最後の彼らとのつながりとなってしまった。そしなによりここはもう、そんな不義理な私の故郷となってくれた。これを捨ててまで生きようとは思わなかった。

 

 ただその時が来たということだ。

 しかし、だからといって負けてやるつもりはない。子供たちの力を借りなくとも、まだ私には力が残っているのだから。

 

 

 面会前にトイレに行く。

 逃亡の危険はないというのに、ご丁寧に警官たちが入り口までついてきて。トイレの中まで確認してから「さ、どうぞ」と言う。

 苦笑いして入った私は。しかし彼らのようにすべての便座を確認した。確かに無人のようだ……そう見える。

 

「時間がないのだけれどねぇ」

 

 小さな声でつぶやいたが。無人のそこでは響いて聞こえる。

 と、いきなり独特の金属のようなにおいがしてから。電子音交じりに全身を覆い隠すスーツ姿があらわれ、話しかけてきた。

 

「それが新型のステルス・スーツかい?やっぱりデザインはどうにもならないみたいだね」

「――お待たせしました。ミズ、用意は良いですか?」

 

 女性の声だろうか?

 ハスキーな声は性別を判別させず。その手には注射銃が握られていた。

 

「急いで頼むよ。この後は予定が詰まっててね」

「――終わりました」

「手間をかけてすまない、感謝する……もちろんアンタにもね。彼にはそう伝えておくれ」

 

 注射は瞬時に終わり。

 ロイドには最後まで世話になってしまったが――まぁ、いいだろう。

 

 ステルス兵はすぐにまた姿を消すと、私はトイレから出ていく。

 

「マダム、申し訳ありませんが念のために身体検査を――」

「ふざけるなっ!我々の母をどれだけ侮辱すればいいと思ってる」

 

 怒り出す子供らを抑えつつ、彼らの仕事をさせてやる。

 何も出てこないのを確認すると、私は個室へと導かれた。そこが検事との面会の場であった。

 

 

――――――――

 

 

 自分の罪がついに追いついたのだ。

 それを理解した時、どうすべきかをずっと考えていた――。

 

 あの時のホープカウンティに武器が必要だった。戦うための力が、助けが必要だった。これが事実だ。

 彼らはそれを”法にたずさわる者が道を踏み外した犯罪”だと言っている。これも事実だ。

 

 そして法廷には陪審員たちがいる――彼らがこの国の”正義”を判断する。

 私の罪を彼らに判断してもらうことは別に構わない。最少はそう考えていた。私の罪は、あの時の私たちの助けを必お湯とする人々のために下したことだ。簡単な事じゃなかった。

 

 着任直後のこのホープカウンティに背を向けて去ることだけに集中することだって出来たかもしれない。でもそれは……まったく頭になかった。

 だから私にはあれしかなかった。ああするしかなかった。

 ホープカウンティで苦しんだ人々に、希望が与えなくてはいけなかった。ただ追い詰められ、意思を歪められ、怯えを隠して偽りの信仰を受け入れさせたくはなかった。

 

 これはループすることじゃない。

 私には答えはひとつ。私は保安官で、人々の生活を守るために必要なことをした。恥ずべきものは何もない。

 だがその道を歩くためにはあとひとつだけ――知りたいことがあった。

 

 

 ミア連邦地方検事は緊張している。

 当然だ――これからすることは、老女を痛めつけ。お前が罪人だと、善人などではないと理解させることだ。

 裁判で勝利するという宿命を果たすなら、己のキャリアを輝かしいものとするなら。この程度の”汚れ仕事”だって、完璧に乗り越えることができると証明しなくてはならない。

 

 これは対等な”勝負”なのだ。

 あの老女と自分、どちらも崖っぷち。そこから立ち去れる切符は1枚だけ、ミアはそれを逃がすつもりはない。

 なぜなら自分のやることには意味があるし、真実。そして彼女は罪を犯して英雄と讃えられていた、これが真実。負ける理由も負けてやる理由もない。

 彼女を信じる哀れな血のつながらない子供らが悲嘆にくれたって、それはしょうがないことだ――。

 

 

 ジェシカとミア、2人の対面は表面上は穏やかで訴えの確認からはじまった。

 だがそれですむはずがない。すぐに言葉は刺々しさを増していく。

 

「もうこれくらいでいいよ、お嬢さん――こっちも長い事、あんたの側で仕事をしてたんだ。今、ここで何が起ころうとしてるのか。そのくらいのことはわかってるよ」

「……でしょうね。実際、あなたは大した保安官だったわ。

 不法な武器の販売ネットワークを構築し。法を破り、多くの犯罪者の手に武器を与え続け。死人の山を築いていた。

 その一方で地元では優秀かつ伝説の保安官として人々の称賛を受けていた。たいした大悪党よ、婆さん」

「おやおや、連邦検察官。もう構えちまうとはね、余裕がないと言っているようなものだよ」

「そんなことはないわ。必ずあなたをぶち込んで見せる」

 

 現役時代から少しだけ背中が曲がり、体が小さくなっていたジェシカは笑う。

 

「言っただろう、あんたの側にいたって。強がっているのはわかるんだよ。

 派手に火をつけて回っているようだけれど、そういうことをする検事が。同僚からはどう見られて、どう扱われてるのか。こっちがなにも知らないとでも?

 

 あんたは貧乏くじを引かされてここに来ているはずだ。盛んに騒ぐことができるのは、燃やす火がアンタの尻も焼いているからさ」

「話題の息子さんからそれを聞いたってわけ」

「言ったろ、わかるんだよ。

 

 それにあの子に聞く必要もないし、教えることもない。

 あんたがこの裁判で何を手にしようとしているのか。頭のいい子だからうすうす勘づき始めているよ」

「私を見下せる立場だと思っているのかしら?元、保安官署長」

「見下しているのはあんたの方じゃないか?

 どうせ子供たちとその周辺に犯罪の匂いがないか必死になって嗅ぎまわっているんだろう?何か出てきたかい?」

 

 ミアの唇がぐっとかみしめられた。

 この老女に「なにもなかった」と言いたくなくて――そう、なにもなかったのだ。

 この”アメリカ”の国民のくせに、田舎者のくせに。彼女だけではなく、彼らの経歴にも傷ひとつなく、交友関係だって怪しい奴は近づかせてもいない。まるで”そうしておくことが必要”だとでもいうように!

 

「見つけ出して見せるわよ」

「へっへっへっ……やせ我慢?それともプライドかね?

 あんたのような検察官はね。『ないなら新しく作ればいい』って計画を持っているものさ。もういくつか、仕込みは終わってるんだろ?」

「汚職に手を染めた女の発想ね」

「目の前にあるものを見て、過去の経験がそれを教えてくれる」

「へぇ、そう」

 

 ジェシカの顔に張り付いた笑みが気に入らなかった。これをはぎ取らなくては、この席を用意して意味が全くなくなってしまう!

 

「実はね、もうほとんどわかっちゃいるんだよ。

 不法武器販売組織の元締めだのなんだのいって騒いじゃいるが、実はあんたらはそれを証明する証拠は何もないってね。だからこっちも、そういった組織のボスみたいに冷静になって笑っていられる」

「それはあまりにも愚かな考えよ、ジェシカ・ワイアットさん」

「保安官は罪人の嘘の匂いを嗅ぎ分けるんだよ。

 あんたはカメラの前でも、法廷でも、今も。その口が開くたびに嘘をそこら中にまき散らしてひどいものさ」

「よくもそんな口を、私に向かって……恥を知りなさい!あんただって法に携わるものだったというなら、自分の犯した罪がどれほど重いものかわかっていないわけがないでしょう。あんたは人々の日常に何十年もの間、暴力を振りまいてきた。死人を出してきた」

「そこで儲けたドル札はどこにあるんだい?

 自宅は何度も捜索を受けたけど、見つかったとは聞いてないよ」

「まだね!まだってだけよ、必ず見つけるわ」

「それまでずっとこの裁判を続けるつもりかい?さすがにそれは迷惑なだけなんだがね、検事総長なんかも許さないだろ?」

「あなたに心配されたくはないわ!」

 

 ミアは苛立ち、感情があれるのを抑えることができなかった。

 この裁判ではひとつの結論を出すために多くの選択肢を与えられた状態で彼女にかじ取りを任せている。

 勝敗はもちろんではあるが、それよりもこのからくりを弁護側に知られてもならない。なのに自分の弁護士である息子には話していないというが、この老女はまるですべてを知っているかのように自信をもって腹立たしい現実を突き付けてくる。

 

 まるで立場があべこべだった。

 冷静さを取り戻し、態勢を整えよう――。

 

「それでね、検事さん。今日ここで何か決着をつけるつもりだったのだろうけど、それはこっちも同じでね。

 それをあんたにわかってもらいたくて、弁護士(息子)抜きのこの席を了承したんだよ」

「ハッ!さすがにそれはないわね。でもいいわ、ありがとうございました。感謝してますわ」

「感謝はいらないよ。それに正直に言うとね、あんたには怒っているんだ。

 家族を――子供たちを心配させ、わざわざここに呼び戻してしまったからね。そんなことはさせたくなかった」

「どんな極悪人でも、自分の家族は大切というものよ」

 

 ミア連邦検事の頭から熱が抜けきることをジェシカは許さなかったが。それを検事が理解するだけの冷静さは戻ってきていなかった。

 会話のテンポ、間を絶妙に使い。ペースを乱して混乱だけを広がらせていく。

 

「それじゃ面倒なんでここで聞かせて。お互い茶番はしたくないんだからいいだろう。いつやるんだい?」

「なに?」

「罪状を変更することだよ。いつだい?」

「――」

「いつ、殺人に切り替えるんだって。そう聞いてるんだよ、検事さん」

「どうしてそれを――いえ、誰に聞いたの?あなた、それを誰に聞いたのよ」

「ああ、やっぱりそうかい」

 

 検事の顔は真っ蒼になり、真っ赤に変わる忙しいものとなって声が出ない。

 再び先ほどから感じていた不安がよぎる。(部署の誰かがこの話を漏らしたのではないか)と。

 あっさりと決着をつけようと、この場で老女を脅し、なだめて自白を得ようとしたことをくやんだ。

 

 ジェシカという老女はなにもなく、想像で口にしているのではないと感じていた。

 公には出していないが。この裁判のからくりを知っていて、だからこれだけ余裕を見せているのだとも。それを確認させてしまった!

 

 すでに裁判は茶番と化している。

 ジェシカが弁護士に――彼女の息子にそれを伝えれば、すぐにも検察側のカードを明らかにするよう求められるだろう。すると用意された選択肢は、ミアがこの裁判のために用意したものであるという形で証拠が出てくる。

 

――キャリアの破滅だ。

 

「そんなわけはないわ」

「んん、思うにエデンズ・ゲート代表のジョセフ・シード殺害事件。そうだろう?」

「っ!?」

「この婆さんは学があるんだよ、お嬢さん。

 ペトロヴィッチ・マッドナー博士らが推進していたサイボーグ技術が軍用化されてどれだけ年月が過ぎていると思ってるんだい。

 研究者の話じゃ、2090年までには不死身の人間を生み出せるようになるはず。もう、古の皇帝の願いは現実として近づいているって発表が会っただろ?新聞は読まないのかい?」

「……くっ」

「ジョセフの家族がいたんだろ?そいつらを焚きつけたんだね?復讐を囁いた?」

「し、知らないわよ」

「いや、アンタは知っているんだよ。だからここに検事として立っている」

 

 急に自分がとんでもない怪物と2人だけの密室に閉じ込められているのではないかと思った。

 自分が相手に怯えていると悟られるのは殺される危険性を高めるようなものだ。だが動揺は隠せない。

 

 そして聞いてしまった。

 ジェシカが小さな声で「可哀そうにね――」と口にしたことを。自分を、この死の商人が”憐れんだ”、その瞬間。ミア連邦検察官の我慢の限度をこえてしまった。彼女のキャリアで初めてのことだった。

 

「なにが英雄よ!たかが糞田舎で――」

 

 

――――――――――

 

 

 私は罪人として弾劾されるわけにはいかなかった。私を信じてくれたホープカウンティの人々のため。

 私は生贄として、法廷で有罪を宣告されるわけにはいかなかった。私が苦しみ、死を願っている者たちを喜ばさないため。

 私は計画をたてた、自分のための計画を。

 

 私は老いたことで戦い方を変えねばならなかったが。

 戦う理由は、抵抗する理由だけは変わることはない。私の”正義”のために必要なことをする。結果を出す。

 

 椅子に座っている私の体が傾き、前のめりになっていく。

 突然にして心臓が大きく跳ねるのを感じ、目を閉じる。

 胸に、首筋に急激な痛みが襲ってくるが。私はそれを無言で受け入れる――。

 喉に違和感を感じ。気道がふさがって呼吸ができなくなるのを理解した。そして再び心臓が飛び跳ねだす。

 

 私の最期の時。

 私は苦痛を抱いて、永遠の眠りの中に沈んでいった。

 

 

 

 ホープカウンティは英雄を失った。

 美人ではなかったが。強い意志と正義感を持った、強い女性だった。

 

 

 

 南国らしいビーチの上で、今日も老人はただ海を――世界を見つめている。

 もうリタイアした。戦いは終わり、思いは引き継がれた。

 あとは安心して、ここで自分の人生の終わりを待ち続けている。新しい出会いやドラマも歩き出せば始まるかもしれないが――そういう気にはまだなれそうにない。

 

 

 そこにアロハシャツを着てはいたが、妙にきびきびとした動きを見せる若者が。手に新聞と携帯機を持って現れ、それを老人の前の机において無言のまま離れていった。

 それを叱るわけでもなく老人は一度だけうなづくと、ニュース番組をつけ。新聞を開いた。

 

 トップニュースは今一番の注目を浴びているホープカウンティの事件。

 

 かつて暴走したカルト教団に対して戦いを挑んだ女性が。保安官として愛され、英雄と呼ばれた女性が死んだ。

 検察官と1対1で面会し、激しく詰め寄られると不調を抱えていた彼女は――息を引き取った。

 

『――弁護側は母は心臓に持病を持ち、保安官という職もそれで引退していた。そんな女性を検察官はわざと密室に監禁し、自白を強要ようとしたと主張しており。いくつかの証拠があげられていますが。

 検察側はそれらは以前には存在すらしなかったものだ。確認できなかったなどと――』

 

 ジェシカの死をロイドとよばれた男は知っていた。

 あの時、リアルタイムで送られてくる映像の中で。彼女は静かに机に突っ伏して、そして逝ってしまった。

 

 彼女に送り届けたものは最新の暗殺ナノシステム。FOXDIEと呼ばれていた時もあったが。今はそれも違う名前で、性能も比べ物にならないまるで別物となっていた。

 

 だがそれすらもすでに価値を失った古い技術と呼ばれてしまっている。今は人間の体を変異させ、新しい人間へと調整(コーディネート)する技術が主流となりつつあった。普通の人間ができることなど、未来の世界ではそのうち日常でも段々となくなっていくのかもしれない。

 

 

 ロイドはジェシカの要求を拒否したことは結局一度もなかった。

 彼はジェシカの正気も、狂気も飲み込んだ強さを全力で愛で続けた――人の言う、愛だの恋だのが理解できなかったからこそ。誰にも理解されないやり方でそれが出来たのだと思う。

 

 彼女はきっと満足してくれたはずだ。この老人にはそれで十分だった。

 そんな彼女の死でようやくこの老人も解放される。現世の世界との最後のつながり、彼を灰色でありつづけさせた約束。大金を生み出しても、もうそれはこの老人には必要ないものとなった。

 

 携帯に番号を、コール音がおわると相手を確認もせずに老人は一方的に話し出す。

 

「私だ。例の映像だよ、もういいだろう。リストにあるすべてにさっさと配ってもらいたい。

 あの――なんだったかな、連邦検察官もそれで諦められるだろう。苦しめたくないしな」

『……』

「ああ、そうだ。それでいいよ、やってくれ。

 あとひとつ、今から指示書を送るから。それがちゃんと行われるか、監視してもらいたい。私の最後の仕事だ、よろしく頼むよ。それじゃ」

 

 老人は、ドレビンであった時からビジネスは人だと考えていた。

 それは神聖なもので、正しいとか狂ってるとか。どうでもいい話。だからジェシカとの共同作業で作り出したものは今日まではこの老人の手の中でたった一つだけ残り。大金を生み出し続けていた。

 

 だがジェシカは死んだ。

 彼女との約束もまた、ここで死ぬべきだろう。

 

 老人は連絡を終えると続いてどこかにメールを送り。新聞と携帯機に興味を失ったのか、机に上に置く。

 特に開放感のような特別なものは感じなかったが。それまでにない考えが、いきなり浮上してきて老人の体は活気を取り戻そうとする。

 

 広大な世界にただひとり。

 この体ではもう走ったり飛んだりは出来ないが、まだ歩くことは出来る。

 歩けばそこに新しい出会いや風景があるかもしれないし。自分の中に新しい発見だってあるかもしれない。

 

 

 これまでビーチで無表情だった老人は笑顔となって立ち上がった。

 実をいえば歩くだけでも足や腰といった節々に鈍い痛みが感じて不愉快な気持ちがあったはずだが。そんなもの、別にどうでもいいと今ならば受け入れられる気がした。

 

 老人はビーチに背を向けそこから立ち去っていった。

 それからしばらく、輝く砂浜に人は戻ってきていない。




(設定・人物紹介)
・ママ・ボウル
母ちゃんのボウル、というよくわからん名前。
ジェシカがホープカウンティのレジスタンスに武器を必要とするために、ロイドの力を借りて生み出してしまったシステム。

それらは事件後も消滅することはなく。犯罪組織として数十年活動は続いていた。


・ジェシカの死
死因は心筋梗塞。警察の監察医が調べても、原因がわからなかった。


・例の映像
密室の中で老女に検事が怒鳴りつけ。死亡し、崩れ落ちるまでが記録されたカメラ映像のこと。
警察、検察関係者はこの映像をさっさと回収して処分してしまったが。老人によって世界に拡散されてしまい、ジェシカの勝利が決定的なものとなった。

この後、ミア連邦検察官は次々と違法な手段を用意していた頃が露見し。破滅するが、それはまた別の物語。


・彼女との約束
老人もついにママ・ボウルから手を引いた。
しかし組織はシステムを残して生き続けることになる。


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