恋姫転生 (kuzuaki)
しおりを挟む

七乃と ☆

 気が付いたら俺は恋姫の袁術(男)だった。

 何を言っているかは俺と同じ趣味のやつならわかるだろう。

 俺も自分がどうなったかはだいたいわかる。

 

 いや最初は混乱したが、数ヶ月したころには流石にどんな状況かは把握できた。どうやら二次キャラに転生憑依の類の様だ。

 生まれた瞬間に意識があるタイプではなく、物心つくころに自然と前世の意識が戻っていくタイプだ。それまでもぼんやりと既視感の様に思い出したりはしていたが、完全に前世の意識を取り戻したのは8歳になる頃だった。

 

 原因は不明だ。

 トラックに跳ねられたりあの世で神様に会ったりした記憶はない。

 そもそも前世で最後に何をしていたかすら覚えていない。

 

 自分が目立つところのない単なるオタの大学生でしかなく、普通の日常を送っていたと言うことは覚えている。だが何かの原因で死んだと言うような記憶はない。本当に、いつのまにかこの世界で袁術になっていた事に気付いたのだ。

 

 はっきり言って異様だ。

 その事に悩みもしたが、それも長くは続かなかった。

 もしかしたら神とか悪魔とかに弄ばれていて最後に「いい夢は見れましたか?」みたいな感じで破滅させられるのかもしれない。しかし目の前に圧倒的なリアリティを持った現実の様々な苦労がありながら、いつまでも予兆のない不安に怯え続けることは出来なかった。

 

 俺はそこまで慎重とか臆病にはなれない。

 凡庸なのだ。

 

 前世でだってそうだ。

 普通に考えたら遊んでないで勉強した方が良いことはわかる。だらけていないで運動したほうが良いこともわかる。食事の好き嫌いをせず、むやみな間食も避け、早寝早起きをした方が良いこともわかる。

 

 だが、それをしたからと言ってすぐにどうこうなるわけじゃない。

 10年後、20年後……あるいは更に後に困るだけだ。

 そうなるとどうしても目先の快楽を優先しがちになってしまう。あまりに遠い将来は現実感が薄いからだ。

 

 とはいえ将来の事をまったく考えないで刹那的に生きるということもできない。

 それなりの努力、そこそこの我慢。何もかもが中途半端。

 それが凡人と言うものだと俺は思っている。

 

 そう言うわけで俺は転生そのものについて悩み続ける事はできなかったし、努力もまた同じだ。

 楽しんでやれることならともかく、すぐに成果は現れない遠い将来に備えて地道に積み重ねるような種類のもの。

 目が出るかどうかわからないが一応やっておいたほうが良いと言うような努力を我慢して延々続けるような精神力は俺にはない。

 

 そんなこんなで今生でも凡庸でしかなかった俺も、いつの間にやらもう18歳だ。

 前世ならエロ解禁の年である。

 元服し、南袁家の当主の座にもついた……そんな俺がこれまで何をやって来たか。

 

 ひたすら張勲……つまり七乃とパコパコしていた。

 今もしている。

 毎日している。

 

 

「く……出すぞ! 七乃っ!」

「はいっ、七乃の中に好きなだけお出し下さい理羽(りう)様ぁ!」

 

 椅子に座った姿勢で膝の上に抱きかかえた七乃を揺らし、振り向いた彼女に舌を出させてベロチューしながら無遠慮に膣内射精(なかだし)をかます。

 七乃はとろけた瞳で必死に俺の舌を舐め回し、射精に反応して絶頂しながら膣肉をうねらせる。

 その締め付けと痙攣に精液を搾り取られながらの甘々射精は何度やってもちんぽが溶けるんじゃないかと言うほど気持ちいい。

 

 開発されきった身体で、それでも射精されるまで本イキはしないよう必死で我慢していた彼女を、自分の射精でいかせながらプリプリのオマンコを震えさせてチンポをしごかせる。

 最高だ。

 

 俺が気持ち良い様に。

 俺が満足する様に。

 俺好みの反応をするよう好き放題に仕込んだ七乃の体を貪る。

 

 真っ昼間っから執務室でこれだ。

 

 いやだって仕方ないだろ?

 七乃は俺と同い年だ。乳兄弟であり学友であり腹心でありお側役でもある。

 物心ついた時から常に自分の側にいて、しかも自分に絶対服従の美少女なのだ。

 我慢できるわけがない。

 

 それでも彼女が自分を嫌っていたら。

 いや、嫌わないにしてもあくまで忠義、忠節という感情で俺に仕えていたら、もっと抑制できたかもしれない。

 だが彼女は袁術である自分に対する原作補正なのかなんなのか、俺にベタ惚れなのだ。

 

 小さな頃から彼女の態度はとても単に家同士の主従関係と言うだけでは収まらないものだった。

 それを訝しんでもっと自由にして良いとか試すようなことを言ったり、俺のどこがそんなに良いのかと直接に聞いてみたりもしたが、彼女にしてみると俺のそう言うところが良いのだとか。

 とにかく七乃は俺が大好きらしい。

 しかもヤンデレの様な嫉妬深かったり束縛する感じではなく、俺の幸福こそが第一でそれが自分の幸せなのだという。

 だからなのか幼い頃から彼女は全力で俺を甘やかしてきた。

 俺からの我儘は言われれば言われるほど喜んだ。

 そしてすくすくと成長して、どんどん魅力的な美少女になっていった。

 

 これで手を出さないなんて無理だし、一度手を出したら歯止めなんて効かないだろ?

 

「ん……れろっ……」

 

 七乃が俺の足元に跪き、股間に顔をうずめて丁寧にちんぽをしゃぶってくれる。

 彼女は尿道に残っていた精液までジュルジュル吸い出してから、こちらを見て上目遣いでにっこりと笑った。

 たまらない。

 

 ちんぽが疼くが流石にもう勃たない。

 もう連続で3発な上に、朝起きた直後にもヤってる。

 

 俺は体を崩して椅子にどっかりとよりかかった。

 賢者タイムだ。

 

 そうなると元々の心配事だとか罪悪感だとか、ネガティブな事を考えてしまうのも男の生理現象だ。

 いや七乃との関係に罪悪感とかはない。彼女とは完全にラブラブの同意ックスだ。

 だが、こんなことをしている場合ではないと言う思いはある。

 凡人たるものやはり見えている将来の不安というものを払拭することはできないのだ。

 

 何しろおそらくこれから、三国志の時代が始まるのだから。

 

 

 袁家は今もっとも隆盛している名門だ。

 今は南北の2つに勢力が別れてしまっているが、別れてなお国内の勢力図でそれぞれ一位、二位と言える程力がある。

 だが国が安定していればともかく乱世となれば現時点での力はなんの保証にもならない。単に有利な材料があるというだけだ。

 

 じゃあ国を安定させればいいじゃんという考えもあるがそれは無理だ。

 漢は俺が生まれるずっと前から既に腐敗しきっていた。そもそも、袁家の様な一族一門が分を超えて大きな力を持っていること自体が腐敗の一部なのだ。本来の職分を越えて影響力を行使し権勢を振るって来た一族が、突然逆走など出来るはずが無い。

 当主と言ったって組織に属する個々人の利益や感情を無視して動かせるわけじゃあないのだ。その当主にすらつい先日なったばかりだしな。

 

 じゃあ三国志時代がくることを前提に準備するのかというとそれも色々と難しい。

 まずこの世界は一体何なのかという話があるからだ。

 

 最初に便宜的に恋姫と言ったが、実際にはゲームの世界とは様々な差異がある。と言うよりもゲームの世界をそのまま再現することは出来るはずがないのだ。

 一例をあげると恋姫は時間の流れがめちゃくちゃだ。

 三国志は100年近く続く長い戦乱で戦死しなかった人物でもどんどん代替わりしていくのに、恋姫ではそれはなく主要なキャラクターは基本的に最初から最後まで固定されていて年齢差も殆どない。

 まぁエロゲーのヒロインが婆さんになっていくのなんて誰も見たくないからそれで良いのだが、俺が今いる世界ではそんなことはない。

 俺も七乃も、周りの人物も皆普通に年をとっていく。

 

 これから突然サザエさん現象がおこりでもしないかぎり、恋姫と同じ様に話を展開させるというのは無理がある。

 かと言って現実化したことで歴史上の三国志と同じになるということも言えない。

 主要な人物が女性になっている時点でもう無理があるし、その年齢も無茶苦茶なのだ。正史ではまだ生まれてすら居ないはずの人物もいるし、まだ生きている筈の人物がもう死んでいたりする。

 とても正史を鵜呑みにできる状況ではない。

 

「理羽様、考え事ですか?」

 

 ぼんやりと天井を見上げていた俺を、立ち上がった七乃が覗き込んでいる。

 

「ああ、まぁ……これからどうすべきかってな……」

「これから……ですか? 万事七乃にお任せくだされば理羽様の為に恙無く動かせて頂きますけれど……」

 

 そう困惑気味の七乃。

 まぁ無理もない。現状この南袁家……ひいては俺の周囲に大きな問題はない。あったものは七乃が片付けた。

 跡目争いだとか、それを担ぎ出そうとするものとか、逆に俺に取り入ろうとするものとか……諸々全ては七乃が綺麗さっぱり始末してしまった。

 有能すぎて恐ろし……くはないが流石にその時は驚いた。

 控えめに言っても色ボケの俺がこうして当主面してふんぞり返っていられるのも、全て七乃のおかげなのは間違いない。

 

「っていうか七乃、口元にまだ付いてるぞ」

「あら」

 

 俺がそう指摘すると、彼女は口元を指で拭い、小さく舌なめずりした後精液のついた指をゆっくりとしゃぶった。

 そして俺に流し目を送りながら指を引き抜いて、恍惚とした吐息を漏らす。

 

「はぁ……理羽様の、美味しいです」

 

 疲れ切った筈の股間が疼く。

 

 だがここで彼女を押し倒すとまたそれに溺れて逃避してしまう。

 誰だよ七乃をこんなにエロくした奴は。出て来て責任とれよ。

 

「お前なぁ……」

「……?」

 

 ため息を付く俺を見て七乃は笑顔のまま首を傾げた。

 彼女に危機感が無いのはしょうがない。

 当面の問題は片付いており、当主の俺に表立って逆らうような奴は居ない。北袁家とは関係が良くないが全面的に敵対しているというわけでもない。むしろ共通の敵がいれば手を結ぶぐらいには親交があると言える。

 そして袁家は大陸一の勢力を誇る名門であり、しかもこの南袁家は中央のゴタゴタともあまり関係がない。

 これじゃあ将来の不安なんて持てるはずがない。

 

 だがそれじゃあダメなのだ。

 俺だってひたすら贅沢暮らしをしながら全てを七乃に任せ、彼女を抱いてバブバブ甘えていて良いならそうする。

 しかしそれで俺達が滅びる時が来たら、後悔することになるだろう。

 

 ここが恋姫準拠の世界で、ただ追放されるだけだったりその後統一政府に拾われたりする優しい世界ならそれでも良い。

 だがとてもそんな風には思えない。

 今までに初陣も済ませたし、色々と見たくないものも見てきた。

 

 庶民は貧しく苦しい生活をしているし、飢えて死んだり人を売り買いするようなこともある。

 盗賊だっていくらでもいるし、小競り合いのような戦も国中で慢性的に起こっている。

 敵に捕らえられ酷い目に……女武将が辱められて殺されることもある。

 

 それが三国志に名前が残っているような人物でも、だ。

 

 ……俺達は安泰じゃない。

 原作キャラだから、などと安穏としていられる世界ではないのだ。

 そして俺は七乃がそんな事になるのは絶対に受け入れられない。

 

 七乃は俺のものだ。

 俺だけの女だ。

 

 

「理羽様?」

 

 気付けば俺は七乃をじっと見つめてしまっていた。

 無言で自分を見つめる俺を見て、彼女は俺の心中を感じたのか真剣な表情になりどうしたのかと視線で問いかけてくる。

 

 ……南袁家が戦乱に飲み込まれ没落するような未来は受け入れられない。

 かと言って、どうしたらいいのかもわからない。

 転生し、子供の頃から努力と実績を積み上げ準備万端、俺が天下をとってやる……なんてことはとても無理だった。

 

 先代当主である父が病没するまで、俺はただの跡取り候補にすぎなかったのだ。とてもそこまで自由に動ける立場ではない。

 かといって何か妨害されたり縛られていたとも言えない。むしろ積極的に養育されていた。

 政治、教養、礼儀、統治術、人心掌握術、兵士の統率方、戦術、戦略、武術から何から何まで。何でも学ばされたしそれを発揮する場も設けられた。

 次代の当主として実績作りのため、仕事を任されることもあったし兵を率いる事もあった。

 

 はっきり言って独自の活動をするどころか、それをこなすだけで精一杯だった。しかもその全てにおいて七乃は俺を遥かに上回っていた……外からはそう見えないよう彼女は俺を立ててくれていたが。

 前世の知識や経験から、独創性や着眼点を評価されることもあったが総合的に見れば優秀の端に引っかかるのが俺の限界だ。

 むしろ全て自分にお任せくださいと全力で俺を甘やかす七乃を侍らせながらも、最低限の努力や行動はしてきた自分を褒めたいぐらいだ。

 前世からの引き継ぎがなかったら完全なバカ殿になってもおかしくなかったと思っている。

 

 だが自分なりに頑張ったからそれで良いと言える状況ではない。

 なんとかしなくてはならない。

 

 当主として全権が振るえる状況が来たのだ。

 導いてくれる先達はもういなくなったのだ。

 

 七乃は信じられないほど優秀で全てを任せてしまいたくなるが……今の世代に恋姫準拠のキャラ達がいるのだとすると、彼女一人で数々の英雄・英傑を相手取って乱世を泳ぎきれと言うのは無理があるんだ。

 俺も、出来ることはしなくてはならない。

 

「七乃、相談がある」

 

 だからこそ、まずは彼女に頼ろう。

 俺という人間はどこまで言っても彼女無しでは立ち行かない。

 ずっと脇に置いて目をそらし続けてきた不安を打ち明けて、彼女と相談をする。

 それが最初に俺がするべきことだろうと思った。

 

「はい理羽様。なんなりとこの七乃に」

 

 彼女は僅かの迷いもなく胸に手を当てて完璧な臣下の礼を取り、そして笑顔で俺に頷いたのだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

七乃と相談 過去の思い出 ☆

「では、理羽様は近い内に漢王朝は崩壊すると?」

「そうだ」

 

 俺が未来予想図を説明すると、七乃は唇に手を当てながら真剣な眼差しで考え込む様子を見せた。俺は彼女の思考を邪魔しないよう静かに待つ。

 

「……俄には、信じがたい話ですが」

「そうか? 七乃はそんなことは起こらないと思うか?」

 

 三国志時代が来るかも知れないと言うのはあくまで前世知識からの予想だ。実際に眼の前の現実そのものをきちんと分析してそれが起こる可能性が高いと予測できたわけじゃないし、俺にはそこまで先を読む能力はない。

 だが七乃なら、俺に見えないものも見えるだろう。彼女がそんな未来は来ないというのならば、この世界はあくまで恋姫に似ているだけの別世界で漢の崩壊は起こらないと信じるのも一つの判断だ。

 

「いえ……確かに理羽様のおっしゃる事態は起こりうる、と思います」

「……そうか」

 

 七乃がそう言うのであれば、やはり戦乱への備えはするべきだろう。

 

「けれど、この様な優れた予見するとは流石理羽様です」

「いや、別に予見できたわけじゃない。そうなるのかならないのか、俺には未来がどうなるかわからないってだけだ」

「いえ、それが凄い所なのですよ」

「……何がだ?」

 

 俺が首をかしげるのを見て、七乃はニコニコと嬉しそうに笑いながら説明してくれる。

 

「漢王朝から人心が離れ、統制を失い、地方の軍閥化が起こり群雄割拠の時代がくる。この予想は実のところ、それほど難しいものではありません。ある程度の先見の明があれば、可能性の一つとしては十分に考え得る事です」

「まぁ、そうか」

 

 頷きながらも疑問は解けない。

 これがありふれた予想なら、俺は別に何も凄くないと思うんだが。

 

「ですがその難しくないはずの予想は、現実には殆ど考える者がいません」

「何故だ?」

「漢王朝というものが、あまりに当たり前にあるものだからです」

 

 七乃が指を立てて言い切ったその理由に、俺は鼻白んでしまう。それが自分の中にまったくない感覚だったからだ。

 俺にとって漢王朝はもう感覚的にはとっくに亡国のようなものだ。いや、勿論どうなるのかはわからない。劉備か誰かが漢王朝を立て直してもおかしくはないのだが……しかしこの世界が恋姫に類似したものだと自覚して以来、感覚的にはやはり三国志の時代に生まれたと言う考えで漢王朝は終わった王朝だと思っていたのは確かだ。だが、当たり前だが俺以外の人間にとっては違うらしい。

 

「太陽が東から昇る事を疑うものが居ないように、季節が巡るかどうかを心配する者がいないように、あまりにも当たり前に続いてきたこの国が滅びる可能性を考える者はそうはいません」

「……そういうものか?」

「はい、そういうものなのです」

 

 なるほど。俺にはわからない感覚だが、七乃が言うのならそうなのだろう。

 

「理羽様は昔から余人とは違う独特の感性を持っていらっしゃいました。それがこの様な事でまた活かされるなんて……七乃は感激です!」

「あー、まぁ喜んで良い事……なのか?」

「勿論です! 理羽様以外で現時点でこれを予見しうるのは、余程の英傑か、あるいは根本から漢に属さないにも関わらずこの国の内情を理解するような人物だけでしょう」

「そ、そうか」

 

 その根本から漢に属さないっていうのはまさに俺の事なんだが、まぁそれはいいか。

 

「その余程の英傑っていうのは……例えば誰だ?」

「いえ、それはその様な予想ができればそうであるという例えです。私の知る限りではその様な人物はいませんね」

「そうなのか……」

 

 曹操なんかは明確に漢の崩壊と戦乱の訪れを意識していたと描写されていた気がしたが、まぁ現時点ではそれほどの実績はないので七乃の意識には無くてもおかしくはない。うちは洛陽でおこる出来事には関わりが薄いしな。

 

「孫策なんかはどうだ?」

 

 三国志、と言う観点から見て曹操に次ぐ英傑とも言える彼女の名前を上げてみる。孫策であれば七乃もよく知っているしな。

 劉備は無名ってレベルじゃなく七乃も絶対に知らないだろうから聞くだけ無駄だし。

 

「孫策さんですか? あの人がそんな事を考えているとは思えませんが……」

「……そうか」

 

 孫策でも、そういう展望を持っては居ないようだ。

 彼女が今そう言う意識を持っていないということは、その軍師である周瑜がそうした予想を立てていないということでもある。

 三国志最高の軍師の一人である彼女がそうだということは……。

 

「もしかして、この予想って凄い事なのか」

「もぅ理羽様ったら。私が先程からそう言ってるじゃないですか」

 

 七乃が頬を膨らませて俺に抗議していると言うポーズを取る。

 

「いや、悪い。疑ってたわけじゃないんだが実感がなくてな……」

「それなら良いです。とにかく理羽様は凄いのです!それをご自覚下さいね」

「わかったわかった」

 

 そうか、凄いのか。

 と言うか曹操が凄い……おかしいだろうあいつ。やはり既にこの時点でやばいのがはっきりしたな。

 

「それで、そう言う予想があると言う前提で考えるとどうなる?」

「そうですね……」

 

 俺がそう水を向けると七乃はまた口元に手をやって考え込む姿勢を取る。そしてその思考を漏らすように、ぽつりぽつりと言葉を吐き出し始めた。

 

「理羽様のおっしゃる通り予想はあくまで予想にすぎません。未来がどうなるかは、まだ確定しているとは言えないでしょう」

「漢王朝の体制は崩壊しないかもしれない、と?」

「いえ……そうではありません」

 

 七乃はそこで言葉を切り、一つため息をつく。

 

「漢王朝の支配は、実質的には既に崩壊していると言えます」

「なんだって?」

 

 俺は思わず聞き返してしまった。

 

「だが、今はまだ漢の支配は……」

「では理羽様。私達は今王朝の支配を受けていますか?」

「……それは」

 

 俺は言葉に詰まる。

 正直に言えば漢王朝は俺にとって遠い存在だ。そりゃあ家も名門だから洛陽に行ったこともあるし、皇室に挨拶したことだってある。だがこの南陽にいる限りその影響を感じたことは殆ど無い。

 

「例えば私達は劉表さんの勢力としょっちゅう小競り合いを起こしていますが、これは本来ならあってはならないことです」

「そうなのか?」

「はい。個人や小規模な集団の争いであればいいですが、太守や王の様な規模で争いが発生し勝手に領土をやりとりするような事があってはもう、中央政府は無意味化していると言えます」

「まぁそうか」

 

 隣の州のやつが攻めてきても中央政府がそれを咎めてくれないのだとしたら、皆自衛するしかなくなる。

 そうなると皆結局独自に動かせる兵を持っていることになるし、それで今争ってるんだから既にある意味戦乱の世の中なわけだ。

 

「そうやって明らかに漢王朝の権威を踏みにじって置きながら、なぜか皆まだ漢王朝はある……そう思い込んでいるのです」

「……思い込みか」

「はい。世は既にその思い込みからいつ覚めるのか、と言う段階にあるものと私は考えます」

「なるほど。さっき七乃が言ったのは、それがいつになるかわからないということか」

 

 俺の言葉に七乃が頷く。

 既に漢王朝の体制が崩壊している、と言う考えは俺にはなかった。史実だとたぶん、この時点ではそこまで太守らの争いは激化してなかったはずだからな。今度は俺の方がが思い込みに囚われていたってことか。

 

 そう、俺が生きるこの世界は現時点でもう明らかに史実とは差異があった。

 俺は三国志マニアというわけじゃないから、細かい検証ができるわけじゃあないがそれがはっきりわかる事例があったのだ。

 それは俺達の直近の問題にも関わってくる話なので、後でまとめて考える事にする。今は七乃の話の続きを聞くことにしよう。

 

「そのきっかけになる事がなければ、あるいは私達の世代ではその幻想は維持され続けるかも知れませんが……」

「きっかけか……」

 

 思いつくのは黄巾の乱だ。

 正史であれ恋姫世界であれ、あの事件こそが戦乱の序曲であり三国志の幕開けと言える事件だろう。

 恋姫的には、あれは怪しげな妖術的な要素が関わっていたり色々と突っ込みどころの多い話なのだが、あれは張三姉妹が統制を取っていたわけじゃないからな。彼女達はただ人を集めただけで……それが暴徒化して漢の支配に対する反乱を始めるということは、そもそも民衆の人心が漢から離れていたと言うことになる。

 そしてそれを抑えるのが各地で軍閥化した勢力や、新たに旗揚げした武装勢力達……か。それがつまり、七乃の言う既に崩壊している漢王朝という幻想から覚めるきっかけという事なのだろう。

 だが、この世界であの乱が起こるのかどうか。仮に起こるとしても……。

 

「いつ起こるのかはわからない……か」

「はい、そう言うことになります」

「しかしきっかけになるような事件が起こらないと断言できない以上は、それを想定して備えるしかないだろうな」

「それは勿論、そうなのですが……」

 

 七乃が珍しく言いよどむ。

 

「他になにかあるのか?」

 

 俺が問いかけると、彼女は意を決したように俺を見て口を開いた。

 

「こちらからそのきっかけを作る、と言う事も出来ます」

「きっかけを作る?」

「はい。漢王朝という幻想は既に薄氷の物。私達が大きな危険を犯さずとも、その権威を傷付ける事件を起こす事は難しくないと考えます。例えば……漢全土に連鎖しかねない大規模な反乱を誘発する、と言ったような」

 

 俺はその言葉に思わず目を瞬かせる。

 七乃はつまりこう言っているのだ。黄巾の乱を自分達で意図的に発生させる、と。その乱の名前すら知らないはずの彼女がだ。

 

「だとしても何のためにそんなことを?」

 

 自分達の平穏を確保したいからこうして相談しているのに、わざわざ乱世を呼び起こそうとするのは避けたいところだ。

 いや、どうせ起こるならある程度干渉が可能なように、自分達の被害が少なくなるように誘導するとかそう言う意図なのだろうか? そういうことであれば理解はできる。そう思ったが、七乃の答えは俺の予想からまるで違った所にあった。

 

「それは勿論、理羽様のためです」

「俺のため?」

 

 どういうことだ。

 

「はい。理羽様は乱世で覇を称え漢王朝に変わる支配者として君臨なさりたいのかな、と……」

 

 ……は?

 

「いやいやいやいやちょっと待て」

「違いましたか?」

「違う違う、全然違う!」

 

 俺が乱世に覇を称えるとか冗談にもならない。

 そんな事を考えられるような人間だったら、今こんな事で悩んだりしていないだろう。

 

「ホントですか? 理羽様。遠慮とかされたりしていません?」

「してないしてない、全然してない」

 

 俺は乱世がこないんだったら、七乃とひたすらイチャイチャするだけで十分満足だ。

 そう考えた俺に、彼女はピンク色の舌をちらりと出して小悪魔的な表情で笑いながら口を開いた。

 

「でも、支配者になれば国中の美女美少女を好きなように抱き放題ですよ?」

「う……」

 

 その言葉に、俺はつい唸ってしまう。

 

 はっきり言うが俺は善人とは言えない。

 誠実とか一途とかでもないだろう。

 前世を含めても俺が初めて抱いた相手は七乃で、一番多く抱いた相手も七乃だ。

 だが、彼女以外の女を抱いたことがないわけじゃあないのだ。

 

 七乃の事は大事だし、他の何とも比較できないとは思っている。だがそれはそれとして、良い女がいれば抱きたいと思うのも男の性分だ。それでも七乃が悲しんだり嫉妬を見せたりするのなら、もっと違ったのかもしれないが……。

 

 前に、彼女と二人で街の視察に出たことがある。

 視察と言ってもまぁ気楽なもので、実質的には遊びの……つまりはデートみたいなものだ。

 とにかく、その最中にある茶館に入った。休憩がてらお茶と甘いものでも食べようってことになってな。

 そこで接客に出てきた看板娘が結構な美少女だった。それで俺もまぁ、店にいた間その娘の尻とかうなじとかに視線が行ったりもした。

 

 数日後、俺が自室に戻るとその娘がベッドで裸になっていた。

 

 七乃が俺のために用意したのだ。

 そして彼女は俺にこう言った。

 

    『さぁ理羽様 どうぞ存分にお可愛がり下さい』と

 

 その娘は明らかに引きつった表情をしていた。

 会話をしたことすらない相手に抱かれるかもしれなかったんだから無理もない。

 俺は七乃に言った。嫌がっている相手に無理強いするようなつもりはない。彼女は家に返して……そこまで言った俺の言葉を遮ったのは、七乃ではなく裸の娘の方だった。

 彼女は俺にすがりついて、気にしないでください。嫌がっているように見えたならあやまります。自分を抱いて下さい。どうかお願いします、と懇願してきた。

 

 七乃は、俺の足元にすがりつく彼女を見下ろし……嘲笑っていた。

 

「その娘は娼婦のようなものですから、その様に気にかける必要はありませんが……理羽様のお好みに合わないのでしたらお下げ致しましょうか?」

 

 七乃のその言葉に娘はびくりと顔を上げ、俺を見上げて必死で媚びた笑みを浮かべた。俺はそれを見て七乃がどんな手を使ったのか察せざるを得なかった。

 拉致や脅迫の類ではなく買収。この娘は七乃にぶら下げられた報酬のために、必死になってここにいるのだと。

 彼女はまさに、俺のために用意された特別仕立ての娼婦だった。

 

 俺がいらない、と言えば七乃は容赦なく彼女を追い返すだろう。あるいは多少の手間賃ぐらいは払うのかもしれないが、報酬は支払われない。

 それは困ると縋り付いてくる裸の娘は改めて見ても、なかなかに可愛かった。

 青みがかった美しい髪に、町娘とは思えないほど垢抜けた顔立ちの美少女。その一糸も纏わず晒された白い肌が燭台の炎に照らされて僅かに赤を帯びていて艶めかしい。

 俺はその娘に「寝台に上がれ」と命令した。

 

 娼婦として『買う』なら遠慮するのも馬鹿らしい。

 俺はうつ伏せになった彼女に尻をあげさせ、自分で尻を掴み左右に開いてまんこを差し出すように言う。

 

 口の中に唾液をためてから、割れた尻肉の間でむき出しになった割れ目に口を付ける。

 小さく悲鳴をあげる彼女に構わず、ベロベロとすじを舐め回し唾液をなすりつけていく。あまり頻繁に体を洗っていないのか、顔を埋めたマンコから漂うムワっとする独特の臭みが鼻を指した。

 思わず顔をしかめてしまうが、反面妙に興奮してチンポがバキバキに固くなっていく。

 

 最後に筋を舌で割り開いて、唾を吐きかける。

 そして振るえる彼女の腰を掴み、無遠慮に挿入した。

 

「んぐーーー、んっ! んむ!」

 

 枕に噛み付いて悲鳴を漏らすまいとする彼女の頭を押さえつけて、俺は腰を振る。

 彼女は処女だった。

 こなれていないマンコは硬く、膣の奥は湿り気が足りずにざらざらとしている。

 少し擦れて痛いが、しかしそんな受け入れる体制の整っていない相手の中を強引にチンポで耕す事に興奮して俺は更に腰を振る。

 

「ふっ ふっ ふっ ふぅ!」

 

 枕に顔を押し付けられた彼女が、必死に痛みに耐えている。

 俺は更に彼女の頭に体重をかけるように伸し掛かりながら、腰を彼女の尻に思い切りぶつけまくった。

 

「あ~出る出るっ! 孕め!」

「ん、んぐーー! んぐぅぅ~~!」

 

 俺は容赦なく女の中に射精した。

 腰を押し付け最後の一滴まで注ぎ込んでから、チンポを引き抜く。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 荒く息をつく俺に、七乃が近寄る。

 

「理羽様、ご満足頂けましたか?」

 

 いっそ無邪気な程、満面の笑みで彼女は笑った。

 

 七乃の本質は、悪だ。

 彼女にとっては自分の欲求、望みが全て。その為に無関係の他者を苦しめることに何の良心の呵責も感じないのだろう。

 七乃の行動は全て、ただ彼女の望みが俺の幸福だというだけなのだ。

 

 俺は無言で彼女の腕を掴んだ。

 

「あっ……きゃっ♪」

 

 喜びの混じった嬌声をあげる七乃の服を乱暴に脱がし、寝台に押し倒す。

 

「あぁっ! 理羽様っ! 理羽様ぁ!」

「七乃! 七乃っ!」

 

 たった今処女を奪われ、体を震わせる名も知らない町娘の横で、俺達は激しくまぐわった。

 

 

 明け方、娘は七乃から謝礼金を受け取ると卑屈な笑みを浮かべて去っていった。

 彼女には、彼女の事情があるのだろう。少なくとも謝礼を受け取った瞬間だけは、心から喜びと安心を浮かべていたように見えた。

 実は店に多額の借金があるとか、高い薬が必要な病気の身内がいるだとか、そう言う事なのかもしれない。間違っても遊ぶ金欲しさではないだろう。

 

 悪いことをしたとは思わない。だが良いことをしなかったのは確かだ。

 事情を聞いて無償で助けてやるなりなんなりすることもできただろうが、俺はそれはしなかった。

 

 それから時折、七乃は俺に女をあてがった。

 彼女の目利きは確かで、誰もが俺の欲望をそそる魅力的な女だった。

 時には敵の捕虜を、俺がいらなければ兵士たちの慰みものになるだけですと言って。

 時には商家の娘を、特に理由がなければその家と取引することはないだけだと言って。

 

 

 七乃は俺の抱えている俗な欲望を良くわかっている。

 俺が嫌がるから人さらいや脅迫の様な事はしないが、そうでなければ躊躇なくやっていただろう。

 彼女の行動は、俺の欲望の写し鏡だ。

 

 恋姫の作中において袁術……美羽の側に居た七乃はこんなことはしなかった。

 それは本来の袁術が、無邪気で世間知らずな我儘さはあっても根は純粋で善良な娘だったからだろう。

 ……俺とは違う。

 

 そして七乃にとって、主の望みこそが全てなのだ。

 

 

「そうだな、確かに俺はいい女を出来るだけ多く抱きたい」

「ではっ♪」

 

 七乃は両手を組んではしゃぐ。

 彼女にとって俺のどんな我儘も、喜びなのだろう。

 

「いや、それはしない」

 

 だからこそ、俺が自制しなくてはならない。

 彼女は俺の制止に、両手を組んだままキョトンとした顔をして聞き返す。

 

「何故ですか、理羽様?」

「危険すぎる」

「そんなこと……理羽様が願う事ならこの七乃にお任せ下さればっ」

 

 七乃は頭がいい。

 少なくとも俺が話している限り、彼女は先を読む力も今を把握する力も、物の道理や社会の仕組みもよくわかっている。

 どんなことでも高い水準でこなす実力を持った天才だと俺は思っている。

 

 だが、彼女には自制心はない。

 

 原作において彼女が仕えた美羽は最初、ワガママ放題に育てられた世間知らずだった。そして七乃にひたすら無茶な命令を出し続け、結果的に孫呉に破れ江東の地を追われた。

 なぜそんなことになったのか。

 

 七乃がその気になれば、彼女を諌め、きちんとした教育を施して立派な君主にすることもできたのではないか。

 だが、七乃そうはしなかった。

 将来の危険を予見しながらも、彼女にとっては愛する主の我儘を叶えることが全てだったからだ。

 

 勿論、ゲームの彼女と俺の目の前にいる七乃は同じ人物ではない。だが俺が記憶している限り、彼女が俺の我儘を拒否したことはないのだ。

 欲望の全肯定。

 

 七乃はいつでも俺のために動き、働き、愛してくれる。

 どんなに忙しい時でも好きなだけ抱かせてくれた。他の女に目移りすれば、嫉妬するどころか喜んでその相手を俺の閨に用意した。

 俺は今までそんな彼女に溺れ、甘えてきた。

 だがもう彼女に甘え続けるわけにはいかない。

 

「だめだ」

「そんな、理羽様ぁ」

「七乃!」

 

 むずがる彼女を抱き寄せる。

 

「理羽様……?」

「七乃……俺はお前を失いたくない。他のことは、些細なことだ。だから何より、俺とお前が生き残ることを優先して考えて欲しいんだ」

「り……う……さま。で、でも……」

「だめか、七乃?」

 

 俺はアメジストのように紫に煌めく七乃の瞳を覗き込みながら、彼女を抱きすくめた。

 またたく端正なまつ毛の動きを見つめながら俺は祈る。

 

 やがて彼女は表情を緩めて小さくため息を付き、言った。

 

「わかりましたよ、理羽様」

「本当か、七乃!」

 

 思わず両腕を離し、七乃の両肩を掴んで揺さぶる。

 

「本当ですって……私が理羽様に嘘をついたことなんてありましたか?」

「いや、ない」

「でしょう?」

 

 どうやら本当のようだ。

 ある意味で自業自得だとも言えるが、ここでまた彼女が俺の俗な欲望を叶えるために無茶をしだしたらやばかった。

 いくら七乃でも能力に限界はある。彼女に全ての重荷を預けてふんぞり返っていれば、原作の袁術以上の悲惨な未来しか待っていなかっただろう。

 そうならないためにも、常に俺自身が自制を心がけなくてはならない。

 

「ふぅーむ……」

 

 俺の心配事を他所に、七乃は改めて腕組みしながら先の続きを考えてくれている。

 

「意図的に乱を起こすという手は、それを誘導してこちらへの被害を減らすという効果も期待できるのですが」

「それは俺も考えたけど……何もしなければ平和のまま終わる可能性もあるんだろう?」

「仮初の、ですけれど」

「それでもいい。何事も起きない可能性があるならそれを摘み取りたくはないな」

「わかりました。では私達から乱を仕掛けるという案は辞めにしましょう」

「そうだな……でも、自然と乱が起こりそうになった時に改めて干渉するって言う事はできないのか?」

「……そうですねぇ」

 

 俺の言葉に七乃が考え込む。

 

「予算はかかってしまいますが、予め草を多く伏せておけば乱の予兆を掴んでからでもある程度の干渉は可能でしょう」

「それはいいな。それなら是非頼む」

「効果は限定的になりますし、乱が起きなければ出費は全くの無駄になる可能性もありますけれど?」

「構わない」

「わかりました。それではそのように」

 

 頷きながらも更に考えを進めている様子の七乃。

 

「うーん……」

「……」

「大規模な乱などが起こる事などによって、漢王朝の威信が崩壊し、各地の軍閥化が加速し戦乱の時代が来る……と仮定して考えますと」

「考えると?」

「孫策さん達は……危険ですね」

「っ……そう、だな」

 

 流石に七乃はわかっている。

 彼女達は今、家で飼い殺しにされる傭兵団のような立場にあると言える。

 そしてそう仕向けているうちに対して良い感情は持っていない。

 

 孫家がここから独立を望むには大きな声望や実績が不可欠なのだが、現状の小競り合い程度の争いが散発する小康状態で、そんな声望を得ることはほぼ不可能だ。

 自分達では独立した勢力を維持できない。だから外部の大きな勢力……袁家を頼るしか無い。うちはそれを利用して彼女達の動きを縛り、良いように使っているわけだ。

 だが戦乱の時代となれば何が起こるかわからない。大手柄をあげて独立旗揚げも狙えるだろうし、うち以外に彼女達を迎え入れて厚遇したいという勢力だって出てくるだろう。そうなってからではあからさまに始末しにかかることもできない。外部と戦争状態にあるときに実働戦力を持つ彼女達にそんな事をしようとすれば、必ず外部から調略の手が入るだろうからだ。

 

 何より、俺からすれば原作の袁術の末路がある。

 目下最も警戒すべき相手と言えた。そんな恐ろしい相手に対し……。

 

「それじゃあ……今のうちに、始末しちゃいましょうか?」

 

 あっさりと、七乃はそう言うのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



 

「始末って……そんな簡単に」

「できますよ?」

 

 疑問の声を上げそうになる俺に、七乃が言葉を被せてくる。

 

「孫策さん達は確かに優れた才覚をお持ちの方々ですけれど、今ならば何の脅威でもありません。適当に理由を付けて処理するのは容易いことです」

「本当にか?」

「ご信用頂けませんか?」

「いや、そういうわけじゃないが……」

 

 そう……なのか。

 七乃が言うのであればそうなのだろうと思うが、正直に言えば怖い。

 何しろ相手は孫呉一党だ……そんな風に感じるのはネームバリューに引き摺られすぎだろうか。

 

 英雄でも死ぬ時は死ぬ……俺はそれを知っている。

 この世界はゲームじゃない。誰もが普通に生まれ、年老い、いつかは死ぬのだ。

 

 例えばこれから戦乱の時代を10年戦い続けた孫策と、今の孫策は同じ強さか?

 そこから更に10年以上立って、体力が衰えてきた孫策と今の孫策も同じか?

 そんな事はありえないよな。

 彼女も、この世界で生きる才能と可能性を持っただけの人間に過ぎない。

 

「孫策達を始末することは出来る……か」

「はい。でもそれを実行に移した場合は一つ問題がございますね」

「それは?」

「理羽様の名声に傷が付きます」

「名声……あぁ、そうか。それがあったな」

「はい」

 

 俺は自分の額を手で抑え、指で揉み込みながらため息を付いた。

 確かに七乃の言う通り、どれだけお題目を用意したとしても自家に身を寄せる客将勢力を丸ごと始末したりすれば悪い噂が立つことは避けられないだろう。だとすると短絡的に孫策達を始末するというわけには行かない。

 

 これは別に俺が虚栄心に満ちあふれているとか、そう言う話ではない。

 この古代中華に置いて、名声には物凄く大きな価値がある。それは影響力であり求心力であり、即物的で実行的な力そのものだ。

 

 何しろ、この世界、他に人や勢力を判断する指標になるものがない。

 直接の面識があったり、常に多様な情報を収集できる大勢力であれば別だが、この世界に生きる大多数の一般人にとって相手の名声こそが唯一の手がかりだ。

 

 例えばある盗賊団が何かの事情で土地を移ることにする。どこを狙うか?

 ある行商人が新たな販路を求める時、どこが良いと考えるか?

 畑を継げなかった次男三男が村を出て、兵士になろうとする。どこに行くか?

 誰かに仕えて出世を志す武芸者、知恵者はどこへ集まる?

 

 全ては名声によって決まる。

 

 もうすこし俗な例えをすれば、名声とは評価だ。

 小説投稿サイトにおける平均点やランキング。食べログの点数。グーグルでの検索順位であり……そして株式会社における株価でもある。

 個人であれば名声などいらないと言う奴もいるだろう。だが一族、一勢力を率いる立場としてはとても無視できる様なものじゃない。悪評は大きな実害を生むし、逆に名声は大きな利益を生みだすのだから。

 単なる勢力争いでも戦いの大義名分が重視されたり、戦で暗殺のような手段が余り横行しないのも、名声が重要な世界だからだ。

 

「七乃はどう思う?」

「そうですね……でもやっぱり孫策さんたちは始末しちゃった方が良いと思います」

「俺の名声に傷が付いても?」

「理羽様の名声に傷が付いても、です」

 

 孫家一党を放置するとそこまで危険だと七乃は考えるわけか。

 その読みは流石だと思うが、しかし安易に決断はできない。

 

 俺の目的は孫策達を殺すことじゃなく、戦乱の時代が来ても七乃と生き延びることだ。……言い換えると、曹操率いる魏と正面衝突して滅ぼされないと言うような事を目指しているわけだ。

 目眩がしそうだ。いや、そんな状況になるのはかなり最悪の推移をした場合だろうが。

 

 仮にも味方をハメ殺す様な事をすれば、おそらく世の中の英雄……恋姫キャラのような人物たちはうちに仕えることは避けるだろう。どう考えたって信義にもとる悪行だからな。

 そうなると暫くの間は新たに士官を期待できるのは清濁合わせ飲める……というかかなり濁よりの人物か、真実を見抜く目を持たない二流かということになる。

 

「それをしたらどうなるかは、わかって言ってるんだよな」

「勿論です。理羽様、万事この七乃にお任せ下さいませっ♪」 

 

 七乃はつとめて明るく、というよりそれを命じられるのが嬉しくて堪らないと言う様子だ。

 

 事実、俺が求めれば彼女はどんな無茶でもするだろう。

 この細い肩に俺達の命運を全て背負って……決定的な破綻をきたすか、あるいは、死ぬまで。

 

「……いや、やめておこう。すぐに戦乱が訪れない可能性だってあるんだ……今そんな損害を受けてまでやることじゃあない」

「孫策さん達の処遇は保留、ということでしょうか?」

「そうだ」

 

 七乃にそんな無茶はさせたくない。

 それに……。

 

「わかりました。ではそれ以外の戦乱への備えに関してはすぐにでも動きはじめちゃいますね?」

「あぁ、頼む」

「はいっ。それじゃあまず諜報に関して調整をしなきゃいけないので、失礼しますね理羽様」

「ああ」

 

 それでは、と七乃が執務室を出ていく。

 扉が閉まる音と共に、俺は頭を抱えた。

 

「はぁ~~~」

 

 大きくため息を吐く。

 これじゃあ問題を先送りしただけだ。孫家の一党がいずれ南袁家の驚異になるのは明らかなんだ。なんとかしなくちゃあならない。

 それはわかっているんだが……。

 

 

 

 

 七乃との相談から10日後、俺は山の中にいた。

 

 開けた場所に立てられた天幕で指揮官達と最終確認をしている所に、誰かが入ってくる。

 

「側面背面の包囲は終わったわよ~」

 

 俺は彼女に頷いた。

 

「そうか、ご苦労……おい、頼む」 

「はっ、それでは兵たちを集めて参ります!」

 

 指揮官達を促すと彼等は行動開始のために天幕から出て行く。

 残されたのは俺と、先程入ってきた二人。

 

 そのうちの一人、長い黒髪と眼鏡を掛けた理知的な表情が特徴的な女性が口を開いた。

 

「それでは我々も失礼します……おい、いくぞ雪蓮」

「あ、私こっちに残るから。あっちの指揮は冥琳がお願~い♪」

「お前……何を突然勝手なことを言っているんだ。我々の役目は逃げ出した賊の掃討だろう」

「そんなの退屈よ~。そういうわけで、私正面の突入部隊に混じって一暴れしてくるから」

「お前な……」

 

 頭を抱えた彼女……周瑜がこちらに視線をやる。大本の命令者である俺に孫策を止めてくれ、ということだろう。

 

「まぁ、良いんじゃないか? 孫策が前に出てくれるなら兵の負担もへるだろう」

「やっりぃ~♪ さっすが、話がわかるわぁ」

「貴方まで……はぁ」

 

 俺の裏切りに、周瑜がため息をつく。

 悪いな、俺も丁度彼女と話がしたいところだったんだ。

 

「わかりました。それでは私が包囲の指揮は引き継ぎます……雪蓮、袁術殿に迷惑はおかけするなよ」

「わかってるって~」

……どう考えてもわかってないだろうに

 

 ぶつくさと言いながら天幕を出ていく周瑜を見送り、孫策がこちらを振り返る。

 

「それにしても久しぶりねぇ、理羽(・・)

「……おい。お互いに真名で呼ぶのは控える筈じゃあなかったのかよ、雪蓮(・・)

「そういえば、そうだったっけ。あんまり久しぶりなもんだから忘れちゃってたわ。ま、いいじゃない別に」

「お前な……まぁ、久しぶりだ」

「ええ」

 

 そう言って俺達は拳を軽くぶつけ合う。

 全く、意識して考えの中でも真名では呼ぶことはないようにしていたというのに台無しだ。

 だというのに雪蓮のやつはそんな気も知らずに気楽に話しかけてくる。

 

「ほんと久しぶりっていうか、私達を動かす時はいっつもあの陰険女が出てくるのどうにかならないわけ? 理羽が直接出てくれば良いじゃないの」

「無茶言うなよ。七乃……張勲はうちの軍の総大将なんだ。兵を動かすのは彼女の領分。俺が頭越しに命令を出すと無用な混乱を生むだろ」

「そんなこと言って……私と顔を合わせ辛いとか思ってただけじゃないの?」

「まぁ……それはあるが」

「相変わらずねぇ……それはそれ、これはこれでしょ? さっさと割り切れば良いのに」

「そんな簡単に割り切れたら苦労するかよ。誰もがお前みたいな怪物じゃないんだ」

「うわっ、何よそれ。ひどくない?」

「ひどいのはお前の方だ」

「ぶ~~。ちょっとあんた、あの陰険女に毒されて来てるんじゃないの? だいぶ誑かされてるって噂になってるわよ」

「まぁ、それは事実だな」

「うわ……ちょっとは否定しなさいよ。張り合い無いわね~」

「いや、そんな張り合いを求められてもな……」

 

 そんな無駄話をしていると、指揮官の一人が天幕に入ってきて俺に敬礼をする。

 

「失礼します! 兵の準備が整いました!」

「そうか、わかった。すぐに行く」

「はっ! では、失礼します!」

 

 その指揮官が出ていく。

 

「それじゃ俺も行くが、お前は?」

「とりあえずあんたに付いてくわ」

「わかった。それじゃ行こう」

 

 俺は彼女を伴って天幕を出ていき、兵の集められた広場に移動した。そして広場の中央に置かれた台座の上に登り兵士たちを見渡す。台座の脇にいた指揮官が銅鑼をならし注目を集めたところで声を張り上げる。

 

「聞け! 勇敢なる袁家の兵士たちよ! 敵はただの寄せ集めの賊に過ぎぬ! 落ち着いて戦えば、我らの敵ではない!」

 

 言葉を切る。

 俺は兵士たちを大きく見回して、もう一度大きく息を吸い込んだ。

 

「だが、油断はするな! 奴らはよそ者、この地に住まう同胞を襲い、殺し、奪いに来た者だ! この中に友人、家族を殺された者もいるだろう! そうでない者も、ここで奴らを取り逃がせば、同じことになるだろう! だからこそ、お前たちの誇りを持ってこの地の家族、同胞を守るのだ!」

 

 オォー!

 

 兵士たちの声が返ってくる。

 俺はその声に応えるように手を振り上げて命令を下した。

 

「行け! 盗賊共を根絶やしにせよ!」

 

 俺の声に答えて、各隊の隊長たちが一斉に命令を開始する。

 兵の集まりが軍となって、一斉に行動を始めていく。

 

「念入りねぇ」

 

 兵士達を見送る俺に、雪蓮が声をかけてくる。

 

「数は相手の5倍以上。包囲も完璧。そこに加えて名門の当主でこの地の太守でもある貴方がわざわざ出て来て……それに、遺族見舞金ってやつも貴方が考えたって聞いたけど?」

「そうだな、あれは俺が言い出した事だが」

「兵たちにも評判いいわよ、あれ。心置きなく戦えるってね……その上ダメ押しに戦意高揚の演説?」

「実戦にやりすぎって事はないからな」

「そりゃあそうだけどねぇ」

「俺は前に出て剣を振るう事もできないし、それに戦は士気で行うものだ……と習ったからな」

「……それって、母様に?」

「あぁ、そうだ」

 

 孫堅。

 彼女は、俺や七乃の戦の師の一人だった。

 当時、南袁家に客将として遇されていた彼女に連れられて、俺は様々な実戦経験を積まされたのだった。俺が雪蓮と真名を交わしているのも、その時の縁が元だ。

 

「そう……それじゃ私も恥ずかしい所は見せられないわね」

 

 彼女が腰に下げていた剣、南海覇王を抜き放つ。

 

「武運を」

 

 俺の言葉に彼女は軽く片目をつぶって見せ、そして鬨の声をあげながら駆け出す。

 

「孫堅が娘、孫策が参る!」

 

 

 盗賊の掃討は、完勝に終わった。

 

 

 後処理などを雪蓮やうちの指揮官達に任せ、護衛と城に戻った俺を七乃が出迎えてくれる。

 

「おかえりなさいませ、理羽様っ」

「あぁ……ただいま、七乃」

 

 飛びついてくる彼女を抱きとめる。

 七乃は俺の胸に頬ずりするように顔を埋める。

 

「ったく、まだ着替えもしてないってのに……お前まで汚れちまうだろ」

「ふふ、なら……これから理羽様はお風呂ですよね? 七乃も是非一緒させてくださいまし」

 

 彼女はそう言って妖艶な笑みを見せる。

 

「……そうするか」 

 

 少しの間だが七乃と離れていたので、俺は結構溜まっていた。

 彼女の誘いに乗って、二人で城の通路を風呂へと歩く。

 

「ところで理羽様」

「あぁ」

「孫策さんとは、ご親交を深められましたか?」

 

 ちらりと彼女の横顔を伺う。

 七乃は変わった様子もなく、にこにこと俺に付き従って歩いている。

 

「まぁ、それなりに」

「そうですか。それは良うございました」

「……」

「ですが理羽様」

「あぁ」

「虎はあくまで虎。どれほど人に懐いて見えても、飼いならすことは出来ませんよ?」

「……わかっている」

 

 そう、それは俺が一番良くわかっていることだ。

 彼女はあの誇り高い孫堅の娘で、だからこそ……彼女の道に馴れ合いや妥協はないのだ。

 

 決して。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

自覚 ★

 

 雪蓮と再会したあの日から、また幾許かの月日がたった。

 なのに、俺は未だに迷ったままだ。

 

「はぁ……」

 

 最近、七乃が居ない時はため息が多くなっている気がする。

 良くない傾向だ。

 これは逃避かもしれないが、とりあえずもっと建設的な事を考えよう。

 

 俺もあれから孫家のことを悩んで唸っていただけってわけじゃなく、やるべき事はやっていたつもりだ。ちょっとそれについて振り返って整理しよう。

 

 

 人材登用について。

 三国志といえばこれだよな。曹操さんもそう言っている。

 人は城、人は石垣、人は堀ってな……これは武田信玄だが。

 

 だが、結果は芳しくない。

 理由は色々あるが、ちょっと言い訳させてくれ。まず、この世界では人材の青田買いがとても難しい。それは恋姫というサザエさん時空にヒロインを詰め込んだ結果、主だった将の年齢が出揃っているからだ。

 

 例えば今、黄巾の乱がおこるとする。

 そこで活躍するのが孫堅や黄蓋であり、劉備三兄弟や、曹操、夏侯兄弟達なんかだ。

 今上げたような人物が、そこで新しく世に出る期待の新鋭(・・・・・)なのだ。

 それに対するベテラン枠が、皇甫嵩なんかを筆頭とする漢正規軍の将軍たちだ。

 

 父にあたる人物がこの時点で新鋭ってことで、孫策なんかはまだ生まれた直後な筈だった。

 当然彼女と同世代以下の将達。周瑜、陸遜、甘寧、呂蒙等々、今孫家一党の中核となっている人員は本当なら赤ん坊か生まれて居ないかだ。だから家同士が密接な関係にある場合などを除けば将来の所属など決まっている筈がなく、青田買いというのが成立する。

 だが、この世界ではそれができない。

 

 それでも所属はフリーのキャラだっているだろうと言っても、そう簡単にはいかない。

 今現在無所属だとしても、この年代にそのまま登場して活躍できるのだから殆どは既に自己を確立させていて、どのような相手に仕えるかというビジョンを持っている段階だ。簡単に靡かせることはできない。

 

 そもそも、袁家でもどこでも有力な勢力は常に人材の収集は行っている。

 勿論選り好みをしたり見る目がなかったりすることもあるだろうが、恋姫武将のように明らかに隔絶した力を持っていればもうそう言うレベルの話じゃない。つまり、もう勧誘済みで彼女達は圧倒的に選ぶ側なのだ。

 

 伏龍、鳳雛の噂だって既に知っている人は知っている。

 もっと言うと水鏡女学院は優秀な人材を排出すると高名な私塾なので、有力勢力は当然皆アプローチはかけている。そしてあそこの指導者である司馬徽は世俗から距離を置いているので、それ以上に過度な干渉をするとそもそも女学院そのものを敵に回してしまうのだ。

 

 だから当然三顧の礼のような真似もできない。

 まぁあの私塾は俺達と敵対関係にある劉表の土地にあるので、俺が行くことはそもそもできないのだが……。

 それをやるとすれば諸葛亮が卒業し市中で無聊を託つた時なのだが、恋姫の諸葛亮であれば卒業後即座に主君探しの旅に出てしまうのでそんな機会は訪れない。勿論旅に出た事がわかったらその時点で勧誘はするつもりだが、おそらく難しいだろう。

 水鏡女学院に、優秀な人材はきちんと遇する。人材の紹介は歓迎すると既に伝えてある中で、わざわざこちらへの士官の道を蹴って旅立つのだ。

 彼女達を登用するには、その時点でむこうからこちらに仕えたいと思わせるぐらいの魅力が必要になるだろう。

 

 内政の話と混ざってしまうが、俺も俺なりに内政チート的な事をやろうとはしている。

 不正を正し、賄賂を減らし、税を搾取ではなく国(自勢力)に還元するものを目指し、民の安寧と生産力の向上、活発な商取引と技術の奨励。富国強兵路線を目指して舵取りをしている。

 ……まぁ実行しているのは七乃だが。

 しかしそのどれもが、限定的でゆっくりとしたものに留まっているし、俺も強行に進めようとは思っていなかった。

 

 例えば賄賂だが、この時代はあまりに官憲の腐敗が進みすぎてもうそれが当たり前の物になってしまっている。そうなると、ただ単に悪いことだから処断するというわけには行かなくなってくるのだ。

 

 考えても見てくれ。特に悪人でもない普通の人物が勉強し官使になるとして、その就職は基本給幾らに加えて賄賂が幾ら幾らだからこの職を目指そう、などと考えているのだ。

 はっきり言ってもう役職手当とか欧米サービス業におけるチップの様な側面を持ってしまっている。それを突然元々は禁止されていたことだから、などと言って全てを処断するととんでもないことになるだろう。

 おそらく強行すれば組織がガタガタになるし……というか俺も当主の座を追われるだろう。

 

 そしてそう言う事をまじにやっているのが曹操だ。

 だからこそ彼女は既存の組織などから蛇蝎のごとく嫌われている。既に悪名だけなら全国に轟いているぐらいだからな。

 それでもその道を進み続け、折れず、実行することができ、それを魅力に思う人が付いていく。それはまさに彼女の才覚、覚悟、器、人的魅力の為せる業だ。とても俺が真似できるようなことではない。

 

 実際、あんなやり方では割を食って犠牲になる人間も相当数出ているはずだ。

 それを飲み込んで抜本的な改革を果断に推し進める。それが曹操と言う人間の覚悟だろう。

 劉備と曹操が相容れないとしたら、そう言う部分が原因なのかもしれない。

 

 曹操の様な果断さもなく、劉備の様に新しく組織を一から立ち上げるわけでもない。

 既得権益の代表のような立場にあり、それを捨てることも出来ない俺では、おそらく理想に燃える若い英傑を引き止めることはできないだろう。

 それを無理に勧誘すれば逆に獅子身中の虫にもなりかねない。

 

 三顧の礼のように誠意をつくすという手も考えたが、やめておいた。

 例えば趙雲の居所を掴んだとして、俺が会いに言って……そこでなんと言えばいい?

 

 理想も野望も持っていない俺が、一体何のためにと言って彼女を勧誘すれば良いのか。

 上っ面の嘘を重ねて嫌悪される様な事になるぐらいなら、やらないほうがマシだ。

 

 あるいは俺が北郷の如くこの世界に一人投げ出された立場だったのなら、彼女に縋り付き、守って欲しいと言えたかもしれない。他に頼れる相手がいないのだと、理想も何もないけれど見捨てないで欲しいと心から懇願できたかもしれない。

 

 だが、俺はそうはならなかった。

 今の俺にとって優秀な人材は欲しいが、心の底から必要だと言えるものではない。

 人を集めて目指すような夢も理想も持っていない俺にとって、人材はただの駒……俺と七乃の為の盾にすぎない。

 

 絶対に必要な相手ではない。

 どうしても共に来て欲しい相手でもない。

 ただ優秀だというだけの相手を、七乃に対する様に求めることは俺にはできない。

 

 待遇で釣ることができない相手を、動かすような熱を発することができない。

 

 まぁ、ぐだぐだ言ったが全部俺の考え過ぎってこともあるかもしれないから、常識的な程度の勧誘はし続けているけどな。

 特に、そこまで思想や立場があるわけじゃない北郷警備隊三人娘や許褚と典韋なんかは是非登用したい。成功すればついでに魏の戦力を削れるところも最高だ。

 

 だが彼女達は逆に無名すぎて探すのが大変だ。

 この国は名前のバリエーションなんてそんなにないので、庶民の名前はダダ被りしまくりなんだ……。まさか真名で探すわけにもいかんし。手がかりも出身が魏周辺の村ってことしかわからないしなぁ。

 

 あ~なんかの間違いで趙雲と郭嘉と程昱が諸葛亮と龐統をつれてうちに来ねぇかなぁ?

 

 まぁ俺がやってたのはこんな感じだ。

 普通に自領を収めつつ、無理のないペースでゆっくり改革を進めながら、ごく普通の人材収集を続けているだけ。そして眼前の最大の問題は先送りにし続けているわけだ。

 

「はぁぁぁぁ……」

 

 これじゃネガティブにもなるわな。

 

 

 

 

「あんっ 理羽様、理羽様ぁっ!」

 

 夜の寝室。

 寝台に横たわった俺の上に、七乃が跨って腰を振る。悦びに溶け崩れた顔をしながら彼女は俺と見つめ合う。お互いの両手の指を絡ませて、しっかりと握り合いながら七乃が腰を震わせる。

 

 小柄な顔を包む切り揃った美しい青髪。

 武将とは思えないほど傷一つない美しく張りのある肌が、俺の身体の上で跳ねる

 女性らしい丸みを帯びて柔らかく膨らんだ彼女の尻が、俺の腰にパンパンと音を立てながら押し付けられて、いやらしく潰れその形を崩していく。

 

 そして何より、その顔が。

 まだ幼さを残す可愛らしく整った顔立ち。その上に描かれる幸せの笑みと、紫の瞳から溢れる俺への情愛が、たまらないほど俺を惹きつける。

 

「理羽様ぁ。大好きです。愛してます理羽様っ!」

「七乃、俺もだ……俺もお前を愛してる!」

「あぁっ! 嬉しいです理羽様っ。理羽様ぁぁ!」 

「く……だすぞ、七乃っ!」

 

 俺の上に跨る彼女としっかりと繋がったまま、彼女の子宮めがけてどくどくと精液を出し切る。

 ぶるぶると絶頂に振るえる七乃の子宮の入口が、ぴったりと俺のちんぽの鈴口に吸い付きちゅうちゅうと精液を吸い出すように搾り取っていく。

 

 法悦の吐息を漏らしながら、彼女はゆっくりと上半身を倒して俺の上にしなだれかかった。

 

「んちゅ……れろっ……」

 

 互いの首にしっかりと腕を回して、お互いの口を吸い合うように舌を絡める。

 適度な大きさの、張りのある美しい七乃の乳房が、俺の胸に押し付けられて潰れ、そのしっかりとした弾力を俺の肌に嫌と言うほど伝えてくる。

 その感触が、精を出し切って柔らかくなった筈の俺のチンポをぴくりと震わせる。

 

「んっ……んんっ……」

 

 抱き合い、舌を絡めたまま……七乃がゆっくりと腰をグラインドさせはじめる。

 逸物が柔らかい肉に包まれたまま優しく刺激され、じんわりとした快感を体中に感じさせながら、金玉の奥をじわじわと煮立たせるように精がこみ上げ始めるのがわかる。

 

 夜に寝台で交わる時、俺と七乃は一度繋がれば滅多にそれを引き抜かない。

 体位を変える時も、可能な限りお互いの腰を押し付けあったまま体を捻っていく。

 どちらから示し合わせたわけでもなく、毎夜体を重ねる内にいつのまにかお互いがそうして居た事に気付いた。

 

 一度射精しても、今のように彼女の中に挿入したまま睦み合い続ける。

 そうして精が出尽くした後も、繋がったまましっかりと抱き合って眠りに落ちる。

 ほんの僅かな時間でも、この繋がりが解けるのを惜しむように。

 

 

 そんないつもの、柔らかく甘い時間。

 だが今日は、七乃の言葉が俺達の時間に水を刺した

 彼女は俺の上にしなだれかかったまま、その柔らかな唇を動かし声を言葉に変えていく。

 

「そう言えば理羽様。ご報告することがあったのを忘れていました」

「ん、なんだ?」

「はい。大きな乱が、起きる予兆を掴みました」

「…………そうか」

 

 ついに、か。

 来て欲しくなかったものが、ついに来てしまった。

 

「どうも妙な旅芸人の姉妹がいて、異常な人気で人を集めているみたいなんです」

「旅芸人が、乱を起こすのか」

「いえ、彼女達にはそんなつもりは無いみたいですけどね」

「それなのに、乱がおきるのか?」

 

 俺が疑問を発すると、七乃はそれを面白がるようにくすりと笑った。

 

「集まった理由なんて関係ありませんよ。この国の下層民の間では、不幸と不満はもう限界に達してますから。乱を起こせるほどの人が集まる(・・・・・・・・・・・・・・)……それだけで、起こりますよ。確実に」

 

 七乃はそう語りながら、その内容を嘲笑うように笑みを浮かべている。

 彼女にとって、民草がどれほど苦しもうとどれほど愚かな行動にでようとそうやって嘲笑う程度の対象でしかない。だがそんな彼女を、俺は嫌悪する気にはなれない。

 俺としては人が無闇に不幸な目にあうのは心苦しくもあるし、それを嘲笑うような相手には基本的に好感を持てないが……それでも七乃だけは別なのだ。

 

「止められないか」

「はい。私としても旅芸人なんかがきっかけに成るなんて予想外ですけど……もう、止まりませんね」

「そうか」

 

 返事をしながら、俺は考え込む。

 流石にこんな重要な報告を忘れていた、と言うのは嘘だろう。

 七乃は俺に忠実だし騙すようなこともしないが、からかったり蔑んだり貶めたり、と言うようなことは割と平気で……というか頻繁にやってくる。

 勿論親愛の範疇でだが、今日のはそのなかでもかなり意地悪だ。

 

 いい加減に決断しろと言う彼女の意図を感じる。

 

 そう考えて憂鬱になりそうになったその時、七乃が顔を寄せ、俺の耳元に甘い声で囁いた。

 

「私思ったんです、理羽様。孫策さん達は何も殺すまでも無いんじゃないかって」

「……なんだって?」

 

 一瞬、理解が遅れる。

 俺が混乱の内にある間に、七乃は俺の耳をねぶるように舌で舐め上げた。

 俺の逸物を飲み込んだ彼女の腰がゆっくりと揺さぶられる。

 

「適当な理由をつけて、少人数ずつ呼び出して捕まえちゃいましょうよ理羽様」

 

 彼女の囁きが俺の耳にそっと流し込まれる。

 

「一番やっかいな孫策さんを最初に捕まえて……それから不審に思われるまで出来るだけ削っていって、最後は館を包囲して根こそぎにしちゃいましょう♪」

 

 彼女のぴんと硬く勃った乳首が、俺の肌をくすぐるようになぞっていく。

 

「二度と出られない特別な牢仕立ての離れ中庭に作りましょう。そこでたっぷりと、孫策さん達を可愛がってあげましょうよ」

「七乃、お前……」

「大丈夫ですよ理羽様。孫家の女に理羽様の血を引いた子供を産ませてしまえば、そのあとで腹を壊してしまえば、もうその子供を旗印にするしかないんですから、簡単に取り込めますよ」

「お前、そんなことが出来ると……」

「出来ますって。そりゃ兵にも多少犠牲は出るでしょうし、何人かは相手も死んじゃうと思います。それに最後までどうしても従わないって人もいるでしょうけど……半分も手に入れば十分じゃないですか?」

 

 そう言って瞳を爛々と輝かせながら、にんまりと笑う七乃を見て俺は息を飲んだ。

 

「お気に入りの孫策さんはだめかもしれませんけれど、妹の孫権さんだってお美しいですよ? 他の方々も皆さん綺麗どころですし……」

「七乃……あのな……」

「理羽様はあの人達の事、抱きたくないんですか?」

 

 彼女を諌めようとした俺の言葉を遮るように、七乃は俺の顔を覗き込みながら言葉を被せる。

 

「そんなこと、ないですよねぇ?」

 

 彼女の細くたおやかな指が、俺の股間をなで上げた。

 つつつ、と裏筋をなぞるように遡り、尻穴に隣接する根本の根本。

 その奥にある前立腺をノックするように、彼女の指がこりこりと俺の陰茎の生えどころをひっかく。そのしびれるような快感に俺はたまらず七乃の中で硬く勃起してしまう。

 

 あは、と笑いながら七乃は俺の金玉を、袋ごと優しく揉み込んで刺激していく。

 

「想像して下さい理羽様」

 

 七乃が俺の全身に絡みつき、肢体をくねらせて肉体を愛撫しながら言う。

 

「彼女達を一人ずつ、寝台に縛り付けて組み伏せるんです」

 

 その刺激と相まって、俺は否応なしに彼女の言う情景を想像してしまう。

 

「嫌がる彼女達の体を思う存分貪って、蹂躙して、孕ませちゃいましょうよ」

 

 急に、いきりたったチンポを柔らかな膣肉が扱き始める。思わず腰を浮かせてしまうほどの快感が、股間から流し込まれてくる。

 七乃が腰を振る度に、寝台がぎしぎしと音を立てる。

 

「このっ! ちんぽでっ! 屈服させちゃいましょう! ねっ?」

 

 ぱん、ぱん、ぱん。

 

「女なんて! 孕ませちゃえば! どうにでもなります!」

 

 ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ。

 

「綺麗で! 強くて! 賢くて! そんな相手を組み伏せて!」

 

 ぎし、ぎし、ぎし。

 

「うっ……ぐっ!」

「気持ちよ~く、種付け……したいですよね、理羽様?」

 

 熱い精が迸る。

 気が遠くなりそうなほどの快感。

 一度目より確実に多い精液が、どばどばと七乃の中に出され結合部の隙間から溢れだす。

 

 硬さを失っていくちんぽをなぶる様に、膣肉がきゅうきゅうと締め上げて快楽を流し込み続ける。七乃はぐりぐりと腰を押し付けるように左右に振り続けながら俺を誘惑する。

 

「ね、やっちゃいましょうよ理羽様。きっと最高に気持ちいいですよ~。心配いりません、全てこの七乃にお任せくだされば、きちんと仕上げて見せますからっ♪」

 

 朦朧とする意識のなかに、七乃の声がこだまする。

 与えられるその快楽に、何も考えず頷いてしまいたい。

 

 だがそんなまどろみの中でも、はっきりとわかることがある。

 

 この誘惑は、俺の欲望そのものだ。

 

 雪蓮には友誼も情も感じている。

 彼女達を不当な目にあわせることには、抵抗を感じる。

 栄枯盛衰は世の習い。民ではなく、己の旗を掲げる者が相手なら、力で勝る側が弱者を押さえつけることは何も恥じるようなことじゃあない。

 雪蓮だって、その機会があればいつでも俺達の首を取るだろうとわかっている。

 

 それでも、そのことに抵抗を感じてしまう……それなのに。

 

 気高く美しい彼女達を、組み伏せ汚したいと、思ってしまう。

 どうしようもない、下劣な欲望。

 

 俺という人間を、七乃は誰よりも良くわかっているのだ。

 

 

 そして、もう一つ。

 そんな下種な欲望に火を付け、煽り、そんな事を喜ぶ七乃。

 彼女は間違いなく悪人で、俺さえその気になればどこどこまでも非道を働き嘲笑うだろう。

 

 俺は、そんな七乃が……大好きなのだ。

 

 彼女の歪なあり方が、どうしようもなく愛おしく、惹かれる。

 だから俺は……。

 

「そうだな、そうしたらきっと気持ち良いだろうけど……それはだめだ」

 

 俺ははっきりと宣言する。

 

「……理羽様?」

 

 七乃は腰を揺らしたまま、きょとんとした顔で首を傾げた。

 

「孫策達は、殺す」

 

 どんな欲望も、七乃とは天秤に掛けられない。

 それをはっきりと自覚する。

 

「良いんですか、理羽様?」

「良いんだ……無用な危険は犯したくない」

 

 雪蓮とは、元々重ならない道を歩いていたのだ。

 それが早いか遅いか、それだけだ。

 

 心のなかでそう割り切ろうとする俺の肩を、七乃がのしかかるように両手で掴む。

 

「理羽様がそう決断されたのって、私の為ですか?」

「別にそういうわけじゃ……」

「そうですよね?」

「だから、総合的に状況を判断して……」

「私の為ですよね?」

「いや、そもそもこれは俺達二人の為で……」

「この、七乃の、為に決断してくださった! そうですよね、理羽様?」

 

 埒が明かない七乃に、俺はしぶしぶ頷いた。

 

「まぁ、そうだ」

「そんな! この七乃なんかの為に! 恐れ多いですぅ!」

「……なんだこいつ」

 

 眉根を寄せる俺を笑顔で見下ろしながら七乃の暴走は続く。

 

「それってつまり孫策さんより七乃を選んだってことですよね?」

「いや、どっちを選ぶとかそういう話じゃ……」

「そういうことですよね!?」

「あーもう。わかったわかった。そうだよ、七乃を選んだんだよ。七乃が世界で一番大事。そういうこと!」

「そんなぁっ!? 七乃なんかが理羽様にそこまで想って頂けるなんて、光栄ですぅ!」

「いやほんと、なんだこいつ……」

 

 突然の豹変にどっと疲れを感じる俺を見て、七乃がぺろりと舌を出す。

 

「ごめんなさい、理羽様。実は私、最初から孫策さんたちを始末する気は殆ど無かったんです」

「…………は?」

 

 こいつ 今 なんて言った。

 

「七乃のために……大切な相手に非道を働くかどうか、悩む理羽様があまりにも可愛らしくて……抱いて頂く時も良い薬味になってとっても気持ちよくて、言い出せなかったんです」

「…………」

「あ、さっきのお話は本気ですよ? 理羽様がお望みなら、すぐにあの方たちを捕まえて来ちゃいますからっ♪」

「お前……」

「でも、そうじゃないならもうちょっと穏便で良い手があるんです。普通なら絶対実行できないような手段ですけれど、七乃の為ならなんでもしてくださる理羽様だけが取れる奇策です」

「……まぁ、言ってみろよ。とりあえず」

「それはですねぇ~」

 

 七乃は俺に甘えるように身を預け、耳元でその案を囁いた。

 

 それを聞いた俺は、ここしばらくの無用なストレスを抱えさせられた怒りに、彼女がイキ果てるまで抱きまくって出しまくったのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

笑うのは

 

「それで、私達を呼び出して一体何の話?」

 

 雪蓮が気怠げに、しかしどこか剣呑さを含んだ声で要件を問う。

 脇に控える周瑜も警戒気味だ。

 それこそ先日の七乃の悪巧みじゃあないが、城の奥まった場所にある余人が立ち入らない一室に二人で呼び出されたのだから、警戒もしようというものだろう。

 

「まぁまぁ、そうピリピリしないでまずは座ってゆっくりして下さい。今日は大事なお話をしたくてお呼びだてしたんですから」

 

 飄々とそう嘯く七乃を前に、雪蓮と周瑜がちらりと目配せをする。

 もし荒事が起これば椅子に腰掛けた状態じゃあ対応が遅れる事を考えたのだろう。

 

「張勳の言う事は本当だ」

 

 俺が口を開くと、二人の視線もこちらを向く。

 

「警戒するなとは言わないが、罠にはめる気はない。本当に大事な話があって二人を呼んだことは俺が保証する」

「袁術殿が、ですか……」

「ふぅん……」

 

 俺がそう言うと雪蓮はこちらを見て少しだけ考える素振りしてから、長椅子にどっかりと座り込んだ。そして驚いたことに用意してあった茶を飲み茶菓子にまで手を伸ばす。

 

「あ、おい雪蓮!?」

 

 周瑜が慌てるが、雪蓮は気にした様子も無くモグモグと月餅を頬張った。

 

「冥琳も食べたら~? 流石お金持ちよねー。お茶もお菓子もたっかいやつよこれ」

「お前な……いくら袁術殿とお前に親交があるからと言って……」

「ん~、でも大丈夫よ。多分ね」

「……ったくお前は」

 

 周瑜が頭痛をこらえる様に額に手をやる。

 彼女の気持ちはよくわかる。雪蓮なら俺をある程度信用してくれるだろうとは思ったが、一応歓迎を表す小物として用意したとは言え飲み食いまでするとは思っていなかった。

 もちろん俺にそんな気はないが、七乃は俺にすら内緒で毒入りの茶を出していたとしても不思議じゃない奴なんだがな……。

 

 ちらりと横目で七乃の様子を見る。

 一見にこにことした笑顔が張り付いたままだが、俺には微妙に苛立った様子なのがわかる。

 この様子だと毒を仕込んだということはなさそうだ。

 

 俺達三人がそれぞれ絶句させられていると、その張本人がのんきに口を開く。

 

「それで、大事な話って?」

 

 雪蓮が改めて俺達の意を問う。

 俺は七乃と目配せをして、雪蓮達と向かい合うように長椅子に腰掛けた。

 周瑜が僅かに困惑を残したまま俺達に倣う。

 

「それでは私からお話させて頂きますね」

 

 七乃の言葉に二人が頷く。

 彼女から話をする形を取るのは意味があり、これは周瑜が受け答えをしやすくするためだ。

 向こうからすると交渉事なんかは軍師である彼女が口出しをしたいのは当然なのだが、俺が雪蓮に向かって話しかける形を取ると組織のトップ同士の直接会談という形になるので、そこに部下である周瑜が割り込むのは非礼となる。

 七乃から話をすることを宣言するのは、そちらも同様に部下を交えて受け答えをしてくださって構いませんよ、と言うポーズなのだ。

 

「まず最初に……私達は、この漢全土を跨る様な大規模な乱が巻き起こる兆候を掴みました」

 

 七乃が第一投を投げ込む。

 その直球に、二人も眉根をよせる。雪蓮が周瑜を見るが、彼女は首を横に振る。

 無理もない。幾ら孫家のやつらが優秀だと言ってもこちらとは目を向けているものが違う。ましてや乱のきっかけがあれ(張三姉妹)じゃあな。現段階で漢全土の動乱なんて予想ができるのはまずうちだけだろう。

 だが、二人もそれは本当か……などと口に出したりはしない。自分達に裏付けを取れない問いなど意味がないし、まずは七乃の言葉を飲み込んだ上で話の続きを聞く姿勢を見せている。

 

「今そんな巨大な乱が起これば官軍だけで対処することはできず、各地の軍閥にまで鎮圧が命じられることになると思います」

「……」

「私達はそれをきっかけに漢王朝の権威は失墜し、その支配体制が半ば崩壊する可能性があると考えています」

 

 ひゅう、と雪蓮が面白がる様子で口笛を鳴らした。周瑜もまたこの七乃の言葉に息を呑む。

 

「仮にも官位についてる立場でそんなこと言っちゃって言いわけ~?」

 

 雪蓮がからかうようにそう問いかけてくる。今の七乃の言葉は、聞き様によっては不敬罪どころか反逆罪に問われても可笑しくないような代物だからだ。

 

「事実だからしょうがない」

 

 俺がそこに言葉を足し、こちらの真剣味と建前を廃して腹を割った話をする姿勢を強調する。

 

「うんうん……それで?」

「そうなれば軍閥化の歯止めは効かず、力ですべてが決まる時代……各々が覇を競う乱世がやってくるだろう、というのが現在の私達の予想ですね」

「なるほどねぇ……冥琳?」

 

 雪蓮がそう水を向けると、周瑜は少し待てというように軽く片手を上げて目をつぶる。その頭の中では今の七乃の言葉を猛烈な勢いで検証されているのは間違いない。

 そうしてしばしの沈黙の後、やがて目をつぶっていた彼女が大きく息を吐いた。

 

「最初のその漢全土に跨る乱。それが起こるかどうか、と言うところまでは保証できないが……もしそこまで巨大な乱が起こったならば、時代がその様に推移する可能性は十分にある、と私は考える」

「さっすが冥琳、頼りになるぅ」

 

 雪蓮が喜色を露わにする。

 本当、中央の情勢を掴むことすら困難な筈の立場でよくもまぁ……。

 

「それで……そんな時代が来るとして、一体何を私達と話し合いたいって言うの?」

 

 雪蓮のその言葉に小さく頷きながら俺は口を開いた。

 

「その前に聞きたいんだが、実際にそれが起こるとして……その事をそちらはどう思う?」

 

 そう問うと「そうねぇ……」と彼女は指を口元に当ててしばし考えた。

 

「私としては大歓迎ね。思う存分戦えそうだし、実力でいくらでも上に昇れる時代が来るっていうなら待ち遠しい話だわ」

 

 彼女はそう言い切る。

 雪蓮はこの辺り、立ち位置がとても明快だ。

 決して戦乱が起きて人々が死ぬのは可哀想だとか、自分こそがそれを収めなくてはならないとか、そんなことは言い出さない。自分達の利益、栄達を何より優先して考える。

 

 勿論、仁も義も持ち合わせているが無私の心だとか無償の奉仕の姿勢は示さない。基本的に独立独歩、自助努力や自己責任の考えが強いのだ。これはこの長江下流域と言う漢の中央から一定の距離がありながらも大きく栄え続けてきたこの地方の風土的な特徴でもあり、それが名士と地元豪族を混ぜ合わせたような孫家一党の気風の大元なのだろう。

 

「まぁ、そっちからすりゃそうだよな。だが今現在栄えている家の立場から言わせて貰えば、そう言う考えの奴がどんどん出てくる乱世なんて歓迎したくない所だ。誰の何処を狙われるかわかったものじゃない」

「そうね……でもそれこそ、そっちの都合でしょ?」

 

 言葉を交わしながら、俺と雪蓮の視線がぶつかる。

 

「そうだな。で、もしそんな時代が来たとしたら孫策達はまずどこを狙う? 俺としては蜀なんかおすすめだぞ、なんならこっちで援助しても良い」

「蜀ぅ~? ちょっと止めてよね。あんな山ばっかりのとこ冗談じゃないわよ。ま、取れる状況ならどこでも取るけど?」

 

 そう水を向けて見るが、予想通りけんもほろろだ。

 

「それじゃ、一体どこで旗揚げするつもりだ? まさか江東じゃあないよな」

「あっははは。まさか貴方が、お母様の事を知っててそんな事言うわけ?」

「……いや、すまん」

 

 孫策の目がぎらりと剣呑な光を帯びた事を察し、流石に無神経がすぎたと俺は頭を下げる。

 この一帯から川下った東の先。長江の最東端。呉を含む江東の揚州六郡は、やはり彼女達にとって特別なものなのだろう。

 俺は改めてそれを実感した。

 

 この辺りは史実と恋姫の時系列が混ざり合ってめちゃくちゃな事になっているのだが、江東と言う場所は本来ならこれから孫策が平定する筈の土地(・・・・・・・・・・・・・・・)なのだ。そして孫堅の世代からの家臣に加えて、そこで新たにそこを出身とした周瑜を代表とする孫策世代の人材が加わって行く事で、後に孫呉(・・)と言われる集団が出来上がっていく筈だったのだ。

 

 しかしこの世界に置いて江東は過去に彼女の母、孫堅が手に入れた筈の土地だった。

 より正確に言えば、袁家の客将であった孫堅がうちの協力を得て、勝ち取り、そのまま独立する筈だった土地なのだ。

 だが彼女は直後の戦で命を失い、求心力を失った集団が独力で勢力を維持する事が不可能になったことで袁家を頼った。うちは彼女達を援助し集団としての存続を助けつつもその首ねっこを抑え、また袁家の援助を受けて孫堅が平定した筈の江東を、孫堅の協力を受けて袁家が平定したという解釈で自分達の懐に入れた。その主張を立場が弱かった孫家の残党は受け入れざるを得なかった。

 

 自家を庇うわけじゃあないんだが、これはそこまで悪辣な真似をしたわけじゃない。

 実際両者が協力して江東の地を勝ち取った事は事実なのだし、孫堅の支配が確立する前に連続して起こった戦で彼女が没したのだから、孫堅は江東を取るための戦を最後まで勝ちきれなかったと言える。だが雪蓮らにしてみれば、母が命がけで勝ち取り自分達が受け継ぐ筈の土地だった、と言う思いは捨てきれないだろう。

 

 袁家の人間からすると直接孫堅と協力し兵を出していた自分達こそが継承するのは当然であり、自分達の援助がなければ離散するはずだった残党が江東の支配権を主張するなどとんでもない、と言う理屈だ。

 

 どちらにも言い分がありそして力があったのは袁家だ。

 これは俺が当主であっても今更孫策達の気持ちもわかるから……などと言う理屈で江東の地を与えるなどということはできない。強行すれば家内の大きな反発は必死だろう。

 彼女達が俺に仕える将であるなら功績に報いると言う形もあるのだが、独立を標榜しこちらの傘下に入らない姿勢を堅持する孫家にそこまでするのは難しい。

 

「誰もが覇を競う時代がくるとなると、うちも安泰って訳にはいかない。上を狙うどころか、逆に滅び去る可能性だってあるんだ。大きな利益を狙うより、まず生き延びること。勝つことを優先しなきゃならん」

「…………」

「そこでだ……俺達が孫家と恒久的で全面的な同盟関係を結びたい。そして政略結婚も視野にいれて、可能な限り強固にそれをする。その対価として俺達からそちらに江東の支配権を割譲する、と言ったら受けてくれるか?」

「……‥」

「……なっ!?」

 

 沈黙を保つ雪蓮の横で周瑜が思わず驚きの声を漏らしてしまう。この事で彼女の自制心のなさを責めるのは酷だろう。そのぐらい、これは異常なほど破格で不均衡な条件での同盟だ。

 現状は単なる小規模な武装集団にすぎない孫家一党と結ぶために、漢全土を見渡しても有数の大勢力である南袁家が一方的に信じられないほどの譲歩をしようと言っているのだから。

 

 雪蓮は目をつぶる。

 

「雪蓮、これは……」

「冥琳は黙ってて」

 

 そして微動だにしないまま、何かを言いかける周瑜を一蹴した。

 そんな彼女の様子に周瑜が息を呑む。

 

 この余りにも大きな譲歩は、袁家がかつての孫堅の功績と同盟者としての立場を認め、正式に謝罪するのにも等しいものだと言える。

 だが……。

 

「断るわ」

 

 彼女ははっきりとそう宣言した。

 

「そうか……」

 

 俺は大きく息を吐く。

 

「勘違いしないで欲しいんだけど、私達はそこまであなた達の事を恨んでるわけじゃないわ」

「そうなのか?」

「ええ……あそこは母様が勝ち取った土地と言う思いはあるけれど、それを受け継げなかったのは残された私達の力不足が原因。そのことに文句を言うつもりはないの」

「……そうか」

「ま、それと今の私達をそこの陰険女がこき使う事に対する恨みは別だけどね」

 

 彼女はそう言って七乃を睨む

 

「それは逆恨みですよ~。今のあなた達はその程度の勢力なんですから、私は相応の扱いをしてるだけです」

「はっ、どうだか……功績と報酬が全く見合ってないと思うけど?」

「別にご不満なら出ていけば良いんじゃないですか~? 雇われの身で対価に文句を言うなんて贅沢ですねぇ」

「なんですってぇ!?」

 

 ギリギリと歯をならす雪蓮を見ても、七乃は飄々と悪びれない。

 ちなみに、実際彼女達はそこまで強く縛り付けられているわけではない。そんな事をしなくてもこの地から彼女達は出ていかないと俺は知っているからだ。人質は、こちらも兵を預ける関係上まだ取ってはいるが、現在では所在は明確で会うのも自由だし、その人員も彼女達の入れ替えることができる様に取り計らってある。

 

「ふん、まぁ良いわ。とにかくそこの陰険女はともかく、うちの皆も袁家現当主の貴方にはそう悪い感情は持ってないわよ」

「そりゃ嬉しいね」

「でもね、貴方達が腹を割って話をしてくれたから、私も偽りは言えない」

「……‥」

 

 雪蓮の瞳が燃え上がる。

 若き英傑の覇気が、物理的な圧力を伴っていると錯覚するほどに、俺の肌を震わせる。

 

「私は誇り高き孫堅の娘。既存の支配者を尊重することはあっても、誰かに屈することは決してしないわ」

 

 そうだ。

 

「一時的な同盟であれば良い。でも今の私達が貴方達と恒久的な同盟を結ぶということは、永遠に貴方達の風下に立つことにも等しいわ。それがどんなに破格であっても、私達はそれを受け入れるわけには行かない」

 

 周瑜が、一時の動揺を飲み込み静かに雪蓮の横に佇む。

 彼女の言は、決して雪蓮一人だけの物ではないのだと証明するように。

 

「今はどれほど弱くても。例え勝ち目が薄くても、私達は私達の旗を高く掲げることを諦めはしない!」

 

 この覇気、この気骨、この誇り。

 そう、これでこそ彼女だ。これこそ俺の知る雪蓮だ。

 

 例え思いは一同同じくしていたとしても、現実的に目の前にある破格の条件を前にして同じ様に振る舞うことが出来る人間が、彼女の一党にもどれだけいるか。

 今だ死線を潜った経験のない孫権や孫尚香に同じことが言えたかどうか。

 

 まったく―――。

 

「……なんのつもり?」

 

 雪蓮が訝しむように俺を見る。

 

「負けたよ。降参だ」

 

 俺は両手をあげて彼女達に両の手のひらを広げて見せる。

 そう……彼女がそう言う人物であることは、わかっていたことだ。

 

 七乃が優雅な動作で茶器を手に取ると、ゆっくりと喉を潤す。

 そして卓に戻した器がことりと小さな音を立て、彼女は口を開いた。

 

「それでは本題に入りましょうか」

 

 

 わずかの沈黙。

 それを破ったのは周瑜だった。

 

「本題だと?」

「えぇ、そうです」

「では今の問いかけは茶番だったとでも言う気か?」

 

 もしそうだったならば許さない。

 そんな冷え冷えとした怒気が、周瑜から漂う。

 

「いえいえ、そんなことはありませんよ。必要な確認でしたから」

「……一体何を確認する必要があったと言うつもりだ」

「それはほら……見て下さいよ」

「……何が言いたい?」

 

 七乃が指し示したものを見て、周瑜が困惑の色を瞳に浮かべる。

 彼女が見たのは、今だ両手を上げる姿勢をとったままの俺だったからだ。

 

「見たままですけど、わからないんですか?」

 

 七乃がきょとんとした表情で首をかしげてみせる。

 

「ふざけるな、それで何がわかるというんだ!」

「だからさっき降参って言ったじゃないですか……降参、降伏するんですよ、理羽様が」

「……なんだと?」

 

 周瑜が表情を歪めた。

 俺は変わらずに両手を上げ続ける。

 

「だって貴方達がどうしても独立を保つって言うなら、一時的な協力や不干渉は出来てもどの道いつか私達ってぶつかっちゃいますよね?」

「……まぁ、そうだろうな」

 

 俺達も彼女達も土地に根ざした勢力だ。

 隣り合った地方地域で勢力がぶつかったから、じゃあ引っ越そうと言う訳にはいかない。

 漢王朝の支配が強かった時代ならば上位者の命令による土地替えは機能しただろうが、乱世となればその土地土地で最も実力のある物が支配者となっているのだ。

 個人の将として流れて現地勢力に仕えるならともかく、引っ越しはイコール侵略に他ならない。そして乱世に置いて一部地域で勢力をわけた争いを続けていれば、いずれは他地域を平定した大勢力に飲み込まれる未来しか無い。

 

「私としては力づくで皆さんを叩き潰しても、勝利者になることは出来ると思うんですけどね~」

「へぇ、言ってくれるじゃない……」

 

 今まで黙っていた雪蓮が、聞き捨てならないとばかりに七乃を睨む。だが彼女の覇気を前にしても七乃の様子はまったく変わらない。

 恋姫では七乃が本気を出せば天下がとれる、なんて話もあったからな。実際彼女の言う通りにしても勝ち切ることは不可能ではないのかもしれない。

 

 だがそんな勝利は、俺達にはいらない。

 

「でも理羽様としては戦って勝つか負けるかするよりは、有利な条件で降伏したいんですって。私としては主君がそう言うのであれば、否とは言えませんから――」

「おい、待て!?」

 

 周瑜が声を荒げて七乃の言葉を遮る。

 

「降伏だと? 今そう言ったのか」

「今……っていうか、さっきから何度もそう言ってますよね?」

「戦っても居ない内に……いや、まだ乱世ですらない。その大乱とやらも起こっていない。全ては仮定の話でしかないうちから降伏だと?」

「そうですよ。孫策さん達が先祖だって嘯いてる孫氏だって言ってますよ? 戦わずして降すは善の善なるものなり……って」

「それは戦わずに相手を降すことが最良だという意味だろう!」

「私達にとっては同じことです」

「何を言っている!」

 

 周瑜は、なんとなくこちらの提案を察しているのじゃないだろうか。

 ふと俺はそう思った、

 だからこそ、それが信じられない気持ちと受け入れがたい気持ちでこうも荒れているのだと。

 

「まぁまぁ、まずはこっちの条件を聞いてくださいよ」

「そんな馬鹿げた降伏の条件なぞ――」

「冥琳、聞いてみましょ」

「雪蓮……」

 

 そんな彼女を雪蓮が抑えてこちらの言葉を促す。

 俺と七乃が視線を交わし、彼女が口をひらいた。

 

「まず孫家の姉妹のどなたかに、理羽様のお子を生んで頂きます」

「――っ!」

 

 立ち上がりかけた周瑜の胸を、雪蓮が抑え制する。

 

「そしてその子を袁家(・・)の正当な後継者とし、名代として一族を差配する立場をその子の母君と周囲の方々にお任せしたいと思っています」

「おい、それは……」

「その為に必要な根回しはこの私、張勳が責任をもってやらせて頂きます」

「だが……お前たち、本気なのか?」

 

 これが何を意味するか。

 孫家の血を引いた袁家の後継者を、孫家が抱え、養育し、擁立する。

 それはつまり、実質的な孫家による袁家の乗っ取りに他ならなかった。

 

「勿論細かい条件は色々ありますよ。袁家の基本的な人員配置を急激に変えられますと組織が瓦解しかねないので、孫家の皆さんの下部組織としてでも良いので急激な再編は控えて欲しいとか、袁家(・・)孫家(・・)に塗り替えるのは、両一族の血を引く子供をかけあわせ、何世代かかけてゆっくりとやって欲しいとか……」

 

 例えば俺と雪蓮の子が袁家の当主となる。しかし孫家の血も引いているのでその継承権も主張できるとする。更に孫権の子供を孫家当主として立てておく。その両者が結んで子供が生まれれば、また両家どちらの継承権も主張できる子供が生まれる。

 そう言うことを意図的に制御すれば、同一化していく一族の上位を孫の氏を持つ側を主流にしていく事はそう難しくない筈だった。

 

 勿論それは別れた各分家の当主が相争ったりしなければだが、そこまでは責任が持てない。袁家側から実権の中枢に残るのは俺の子供だけなのだし、それはもう孫家内部のお家騒動の範疇だ。

 一族としての袁家が無くなるわけではない。この場合、新たに台頭した孫家の外戚として残る形になるだろう。ただ単に、権力の中枢であった当主筋が孫家に置き換わるだけだ。

 

 いきなり一族全ての旗を孫の字に変えようとしたりしなければ、中央で差配をしている相手が父方か母方かなんて末端には余り関係がないからな。

 じゃあ何が問題なのかといえば、袁の旗を高く掲げていこうとする本家本流の意思が俺の代で途切れることと、今現在最高権力を握っている俺と七乃がそれを失うことぐらいだ。

 面倒そうな外戚やらなにやらは当主争いの時に七乃が全部始末済みだしな。

 

「後は、私と理羽様の待遇さえ保証して頂ければこちらからの主な要求は終わりです」

「お前たちは、自分の一族を……売るというのか!」

 

 一家一族一門。

 その隆盛こそを重視するこの世界では、ありえない行動。

 

「そうですよ。だって私にとっては理羽様こそ全て。私の忠誠は全て理羽様のためのもの。理羽様のためなら、私にとって袁家なんてど~~~~~~~~~だって良いんです♪」

「―――っ!!」

 

 満面の笑みを浮かべてそう言う七乃をみて、周瑜がたじろぐ。

 孫堅を尊敬し、孫策の親友であり、孫権らを慈しむ周瑜からすれば信じられない行いだろう。

 彼女からすれば、誰かを主君と定めたならばたとえその当人が命を落としてもその後継者を守り立てて行くのが当たり前なのだから。

 

 周瑜と七乃。

 どちらも主の為なら命も惜しまない忠君だが、しかしそのあり方は余りにも違っている。

 

 そして俺もまた、雪蓮とは余りにも違う。

 

「理羽……あんたはそれで良いわけ?」

「そうだな……」

 

 雪蓮が俺の真名を呼び問いかける。

 俺は彼女から目をそらし、伏せた。

 

「俺はお前とは違うよ……。父祖の遺志をついで袁家を、なんて風には思えない。自分達の待遇や安全が保証されるなら、戦うよりもさっさと降伏することを選びたい」

 

 俺にとって大事なのは、自分と七乃だ。

 袁家当主としての立場も、父も母が残してくれた物も、一族の名も、大切だとは思えない。

 

 母から受け継いだ誇りを胸に戦う彼女からすれば信じられないほど情けないあり方だろうが、本心なのだからしょうがない。俺が降伏せずに戦うとしたら降った後の待遇の保証が信用できないから、そしてその勢力が最後まで勝ち続けるかどうかわからないからだ。

 

 流石に何度も降伏を繰り返しては誰からも見限られる。

 降伏するとしたら、その最初の一度で降った相手が最終的な勝者であることが理想だ。

 

 その点、孫家一党なら袁家という馬券を全て賭けるのに文句のない馬だ。一度降伏を受け入れたなら、その条件を違えることがないと信用もできる。問題は、誇り高い彼女がこんなバカげた降伏を受け入れるかどうかだが……。

 

「私達だけじゃ決められないわ……一度持ち帰って考えさせてくれる?」

「雪蓮、良いのか? それは……」

「良いのよ冥琳」

「……わかった、ならば私からは何も言うまい。袁術殿、構わないだろうか?」

「あぁ、勿論だ」

 

 俺は周瑜の言葉に頷く。

 

「それでは失礼する。返事はまた日を改めてさせて頂こう」

「わかった……待っている」

 

 周瑜が立ち上がり、そして座ったままの雪蓮の腕を引く。

 

「さぁ行くぞ」

「うん……わかってるわ。大丈夫」

 

 二人が扉を開ける。

 

「じゃあまたね……袁術(・・)

 

 彼女は、自分と俺との関係をどう思っていたのだろうか。

 友人か、腐れ縁か、宿敵か、倒すべき相手か。

 どれでもあるしどれでもないような気がするが、今となってはわからない。

 

 ただ、俺は彼女の想いを裏切ったのだとわかった。

 

「うふふふふ。大丈夫ですよ理羽様。この提案は孫策さん達には絶対に蹴れませんから」

「そうか? あの様子じゃ怪しい気がするが……」

「逆ですよ逆。この話を蹴れないから、孫策さんはあんなに落ち込んでるんですよ」

「そんなもんかね……」

「ええ。見ました? あの表情。孫策さんがあんな顔するなんて……私笑いを堪えるのが大変で……うふふふふふ♪」

 

 しかし何かの間違いでこの立場に座っただけの凡人に、三国志の英雄である彼女から妙な期待をされても応えられる筈はないだろうに。

 だから七乃からこの案を聞いた時、俺はこの話に飛びついた。そんな楽な解決方法があるならもっと早く言えば悩む必要はなかっただろうと思ったし、今でもその考えは変わっていない。

 だが、失望されるだろうとわかって居たが……それでもあの呼び方は堪えた。

 俺は自分で思っていた以上に、雪蓮との関係を心地良いと感じていたらしい。

 

「うふ、うふふふふふ♪」

 

 部屋にはただ、七乃の笑い声だけが木霊していた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

宴 ☆

 一つの甕に満たされた酒を交互に掬い、お互いの手にある酒器に注いでいく。

 

 この世界において、酒とは特別な意味を持っている。

 現代日本に置いても盃を交わす、盃を受ける、神前式における三ツ組盃を用いた三三九度など、酒に関する風習や言葉は残っているが、古代においてはそれはもっと顕著かつ日常的なものだったと言える。

 

 三国志に置いては有名な桃園の誓いなんかが有名だ。

 劉備、関羽、張飛。意気投合した三人の男は桃園で盃を交わし、義兄弟となる誓いを結んだそのエピソードは演義の創作と言われるが、そこに描かれた話が当時の文化風俗を表していることには違いない。

 

 争い事を収める時、死者を弔う時、勝利や収穫を喜ぶ時、神に祈りを捧げる時。

 そして大切な誓いもまた、人は盃と共に交わすのだ。

 

 約定の誓いと共に、俺と孫策が酒盃を飲み干す。

 この場にいる両陣営の主だった面々もそれに倣った。ちなみにこちらからは俺と七乃の他に、今現在南袁家を運営している実体となる七乃の直轄の部下達。余計なしがらみを持たず七乃の指示に従うよう徹底された官や将の面々も参加している。

 

 当初は代表者の熱の無さが伝播したかのように空気は白け気味だったが、それでもだんだんと両家の陣営が少しずつ言葉を交わし始めて場は酒宴のていを成していく。これで孫家は俺の身内……内縁の妻のような扱いとし、またその一党の主だった者を新たにうちの幕僚として迎えた事を周知することになる。

 

 実際には孫家が主側なのだが、そんなことは言わなきゃ外からはわからない。

 と言うかぶっちゃけ今までも七乃が俺を傀儡にしてると言われても反論できないぐらいに全て任せていたから部下達からしたら今更だろう。むしろ代表的な軍師将軍となるものが増えて健全化されたとすら思っているかもしれないな。

 孫家側もこの成り行きに思うことはあろうだろうが、彼等はこれから自分の部下になる者たちなのだから、そう無碍にするわけにもいかないだろう。

 なんとか穏やかな空気が漂い始めた事に安堵しながら、俺は隣にいる人物へ話しかけた。

 

「改めて、話を受けてくれて感謝する」

「感謝なんていらないわ」

「おいおい、辛辣だな」

「だって断れるわけ無いでしょ? 蹴れば、余りにも無意味に将兵を死なせる事と同じだもの」

「そうかもしれないが……罠じゃないかって話はでなかったのか?」

「当然出たけど……でも、罠だとしたら意味不明すぎるでしょ」

「まぁ、そりゃそうか」

「とにかくこの話はこちらが一方的に得をするだけだもの。受ける他に無いわ……感情的にはどうあれね」

「やっぱりお前は嫌だったか?」

「……それを聞いてどうするわけ?」

「……すまん」

「謝るぐらいならこんな話しなきゃ良かったじゃない」

「そうだな」

「私にとって貴方は……」

「……」

「ううん、今更だわ。こうなった以上は私達も貴方を……ついでにあの陰険女も、受け入れるわよ」

「……そうか」

「裏切られないぐらいには信用してるんだから、頼むわよ」

「わかってるさ、孫策」

「よろしく、袁術」

 

 こうして俺達は、盟を結んだのだった。

 

 宴は深夜に至るまで行われる。

 ちなみにこの時代の酒は醸造技術の未熟さなどから、主に飲まれるものはにごり酒の類……言ってしまえばちょっと酒精の強い甘酒の様な物で急性アルコール中毒だとかの心配はあまりない。そういう弱い酒だからこそ、当時の酒豪が酒樽をまるまる飲み干したなどという話が残って居たりするわけだ。

 

 だから余程暴飲しなければ長時間の酒宴でもそこまで深酔いはしないで済む。

 特に俺はこの後の事を考えると酔い潰れるわけには行かないので酒量には気をつけた。

 

 酒宴の騒ぎもすっかり落ち着いた頃俺は七乃の合図で宴を退出し、彼女と共に廊下を歩きながらぼんやりと考え事をする。

 

 孫策からは別に真名を返してくれなどと言われたわけではない。

 険悪になったわけでも、信用を失った感じでもない。……ただ、彼女は俺のことを真名で呼ぶ気持ちにはなれないようだった。

 他の面子にしても、思っていたよりは受け入れて貰える様子だった。仲良しこよしができるわけではないが、強くこちらを敵視していると言う風にも見えない。本当の内心がどうかは分かる筈も無いが、それでも彼女達はこの話を自分達なりに受け入れようとしている様だった。

 

 それはあの時荒れた様子を見せた周瑜も同じで、個人的にどう思うかは別として自分達が約を結ぶと決めたのであれば割り切ると言う姿勢になれるのは流石だ。

 

 この分なら、まぁそれなりにうまくやっていけそうだ。

 最初から話が一度決まったなら裏切られる様な心配はしていないが、それでも感情的な事は別だ。俺だって針のむしろのような環境は避けたいし、なにより嫌々ながら結んだ盟の上で戦うのでは本当の実力は発揮出来ないだろうという心配があったので、まずは一安心と言える。

 

 孫策とのことを寂しく思う気持ちはあるが、彼女は彼女で割り切ろうとしてくれているのだ。俺も女々しく執着するのはやめてもっと別のことを考えよう。

 

 俺は隣を歩いていた七乃を抱き寄せる。

 小さく声をあげる彼女の髪から、なんとも言えない甘い体臭がふわりと俺の鼻孔に香った。

 胸と下履きの隙間に無理やり腕をねじ込んで七乃の体をまさぐる。

 

「もう、理羽様ったらぁ」

 

 七乃が甘えた声色を出しながら、その手でゆっくりと俺の股間を撫でる。

 痺れるような快感と共にちんぽが硬く膨らんでゆく。

 

 そして七乃はもう片方の手を、まるで俺を使ってオナニーするように下着に潜り込んだ俺の掌に重ねてぐちゅぐちゅと自分の股間を弄る。

 

「んっ……ふぅ……」

 

 七乃の押し殺した声と、ますます甘く匂い立つ体臭が俺の頭を痺れさせる。

 

「七乃……」

「全く……意地悪ですね、理羽様は」

 

 七乃はそう言いながら、俺の手をつまんで自分の体からゆっくりと引き剥がす。

 その頬は赤く上気し、彼女の下着から引き抜かれた俺の右手は白く粘つく粘液が指の間で糸を引いていた。

 

「今日は私だって我慢しなきゃいけないのに、こんなの酷いです……」

「あ~……すまん」

「しょうがない方ですねぇ……れろっ……ちゅぶっ……」

 

 俺の指についた自分の愛液を、一本一本丁寧にしゃぶりながら舐め取ってゆく七乃。

 彼女に手を引かれて自分の寝室の前に立った時、俺のちんぽはガチガチに勃起していた。

 

「それじゃあ、たっぷりお楽しみ下さいね♪」

 

 囁きながら、唇の端を掠めるような七乃のキス。

 彼女は手を振りながら通路の暗がりに消えて行く。

 

 俺は性欲を滾らせながら扉を開けた。

 どうせ今更無かったことには出来ないし、相手に体を差し出させておきながらこっちがぐだぐだと悩んで勃たないなんて事になったら馬鹿馬鹿しすぎる。どうせだったら楽しむべきだ……なんて言うのは自分への言い訳だな。

 

 何しろ、そこにいる彼女を見た瞬間から俺の下種な獣欲はだらだらと涎を垂らしている。

 仕方ないから楽しむ?

 バカを言うな、良い女を抱く快感はどんな時でも最高でしかない。

 それも―――

 

「お待ちしておりました、袁術殿」

 

 ――この孫権のような極上の美少女が相手なら、尚更だ。

 

「……では私がお相手を努めさせて頂きますが、よろしいでしょうか?」

「あぁ、頼む」

 

 まどろっこしいその問いに被せ気味に答えを返す。

 こっちはもう、目の前の少女にちんぽを突っ込むことで頭がいっぱいなのだ。

 

「……はい」

 

 そう小さく首肯した孫権の、身につけた衣服を脱いでゆく衣擦れの音が俺の興奮を煽る。孫策に良く似た顔立ちと褐色の肌。だが彼女と比較すると真っ先に思うのは小さい(・・・)と言う印象だった。

 

 女性にしては身長が高くほぼ俺と同じ目線の孫策と違って、孫権はそこから頭一つ分小さい。そしてどこか鋭い印象を与える孫策と比べると、その顔つきは似通っていながらも柔らかく落ち着いている。

 どちらも甲乙つけ難い美貌だが、比べると孫権はどうしようもない程に幼く、女の子だった。

 

 それもその筈で彼女は俺の3つ下……現代ならまだ高校に入学したばかりという年齢なのだ。そのくせプロポーションはもう姉に劣らない程育ちきっていて、男の劣情を煽ってくる。

 

 そんな彼女を孕ませて俺の子供を産ませるのだと考えると背徳感に背筋がしびれそうで、それだけで先走りがぬるぬると溢れてくる。

 俺は緩みきった顔で自分の帯を解き、下履きを脱ぎ捨てた。

 

「……ぁ」

 

 ごくり、と唾を飲みながら孫権が俺のそそり立った股間を凝視し、下着から足を引き抜く動きが思わずとまってしまっている。

 俺が待ちきれないという思いで近付くと、孫権が僅かに身体を振るわれながら俺の目を見た。

 

「あ、あの……本当に私が相手で、よろしいのですか?」

「なんだ、やっぱり俺の相手は嫌か?」

 

 ここまできて嫌だと言われても今更止められない……止められないが、それでも本当に嫌がるようなら流石に考えなくてはならない。力づくで犯してしまえるならそうするが、素手で戦ったとすると負けるどころか最悪殺される可能性もあるからだ。

 

「そうではなく……袁術殿は、姉様と結ばれたくて孫家と約定を結んで下さったのでは?」

「……は?」

 

 しかし予想を全く外れていた孫権のその言葉に、俺は思わず呆気にとられてしまう。

 

「……違うのですか?」

「違う……と言うかなんでそんな風に考えたんだ」

「だって姉様と袁術殿は昔から真名を交わしておられましたし、姉様も袁術殿のことを話す時は楽しそうにしていましたから……それに袁術殿も私達のことを気にかけて下さいましたし、当主に付かれた後も良くして下さったでしょう?」

 

 確かに孫権の言う通りだが、別にそれは俺が孫策に惚れていたからとかそう言う理由ではまるでない。潜在的に危険な敵である孫家一党を飼い殺しにする、と言う方針と関わりのない生活面などで無意味に彼女達を苦しめたり、卑劣な裏切りまで疑って過剰に行動を制限する必要はないと判断していただけだ。

 

「そうだが、俺が孫家を抑えつけていた事実は変わらないだろう」

「それはお互いの家の為には仕方のないことです。私達もいずれは袁家を打倒するのだと考えていましたし、雪蓮姉様の意気込みなんて特にこちらが当てられる程でしたから」

「だったら……」

「でも袁術殿が当主に代わってから少しずつ善政を敷かれたり、兵を良く慰撫されるようになられたりされるのを見て……姉様はやっぱり貴方は強敵だって、それでも必ず乗り越えてみせるっていつも楽しそうでした」

「そ、そうか……」

 

 え、なにそれ怖い。

 乗り越えるって言うけど、そうなった時ってこっちを殺してる可能性高いよね? そんなこと楽しそうに妹と話をしてるとかヤンデレか。

 ……いや、薄々察してはいたのだ。勿論ヤンデレとかではなく、俺が孫堅の教え子ということもあってどうも好敵手的な好意を孫策から向けている事は。

 

 しかしこちらが勝つ場合はひたすら孫家の拡大を抑えつけて、どこかで無理に蜂起したところを叩き潰すやり方になるし、そんな事をしても俺は全然嬉しくない。戦になっても実際に指揮を取るのは七乃だしな。

 逆に負けたとしてもあの孫策と良い勝負が出来た、とかそう言うことを悦に浸れる感性も俺は持っていないわけで……繰り返すがどうせ実務を取るのは七乃だし。

 

「ですから今回のお話で、やはり袁術殿はそこまで姉様のことを想っていらしたのかと……」

「……いや、違う」

「……そうでしょうか」

 

 疑わしそうに言う孫権の目線の先にあるのは、力なく垂れ下がってしまった俺の逸物だった。

 

「やはり私などではなく、本当は姉様をお求めになりたいのでは……」

「いや、違う! 違うからちょっと待て!」

 

 慌てて彼女の言葉を制止する。せっかく七乃にあそこまで滾らせて貰った性欲が妙な話のせいで萎えてしまった。このままではいけない。俺は頭を振って雑念を追い払おうとした。

 孫権の両肩を掴んで寝台に押し倒す。急な事に驚いたのか幸いに抵抗はされなかった。

 

「きゃあっ……あ、あの……袁術殿?」

 

 困惑する孫権に構わずに、そのはだけた胸元に顔を押し付けながら身体をまさぐる。

 瑞々しく張りのある褐色の肌、柔らかそうに大きく膨らみながらも、揉みしだくとまだ硬く芯の残る未成熟な乳房。ぴっちりと閉じた股ぐらのすじをなぞる指の感触。

 

 むくり、と股間に力が戻るのを感じる。

 この無垢な褐色美少女の処女を奪う。犯して孕ませて、二度と取り返しの付かない行為を刻み込む。孫権の身体をまさぐりながらそう考えれば、すぐにちんぽがばきばきに勃起する。

 

「どうしても嫌なら言え」

 

 俺はそう言いながら下着を強引に剥ぎ取る。

 その腕に、彼女は抵抗しなかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

孫権 初夜 ★

 

 孫策は現当主であり一党の将であり卓越した武人でもある。

 その彼女が今身重の身体になることは好ましくない。また末妹の孫尚香は子供を生むには若すぎる。それが孫家の言い分で、俺もあえてそれに異を唱える事はしなかった。

 そんな消去法の様な理由で俺の寝室に送り込まれた孫家の次女、孫権。

 

 俺は改めて自分が組み敷いたこの全裸の少女を見る。

 長い淡桃色の髪が寝台の上に広がり、その上で均整のとれた体が緊張に震えている。

 すらりと伸びた手足、シミ一つ無い美しい褐色の肌、女性らしく丸みを帯びた小柄なシルエット。乳房も尻もしっかりと膨らみながら、けれど巨大と形容する程逸脱もしていない。

 ゆっくりとその胸の膨らみを掴む。

 

「んっ……」

 

 押し殺した可愛らしい声。

 張りのある肌が吸い付くように掌に密着し、その柔らかな肉が指の形にへこんでゆく。

 揉み込むとまだ芯の硬さが感じられる乳房は手中に丁度収まる所から一回り大きく、握っていくと潰れた乳肉が指の間から溢れ溢れる。

 思わずその指から溢れた乳首にむしゃぶりつく。赤ん坊のように吸い付き小さな乳首を舌で転がした後、乳輪をなぞるように舐め回してゆく。

 うっすらと滲んだ汗以外何の味もしないはずなのに、舌を離すのが惜しくなるほど甘い感覚が脳裏をしびれさせる。

 そのまだ未熟な硬い芯のある乳房を一方は口で、もう一方は掌で丹念に揉み潰して行く。

 

「あ……んっ……」

 

 されるがままの孫権の豊かな胸に顔を埋めてその感触を顔面で味わうと、それだけで先走りがどんどんと溢れてくる。そして彼女の胸に顔を挟んだまま、腕を下半身に滑らせる。

 腰のくびれの先、その豊かな尻肉を遠慮なしに掴む。掌に伝わる滑らかな肌触りと、指を押し返す柔肉がギュウギュウにつまった確かな弾力がチンポに響く。

 

「んんっ……んっ……」

 

 俺に胸や尻を握られる度に、固く目をつぶって声を押し殺す孫権。

 その手足が反射的に抵抗しようとするのを堪える様に、強張りながら震えている。

 

 その反応も当たり前だ。

 異性に全身を晒したことすらないであろう彼女が、好き合った訳でもない男に身体をまさぐられ、その上これから処女を奪われるのだから。それでも彼女は抵抗もせず泣き言も言わない。自分の立場と状況を理解し、受け入れる覚悟を持っているからだろう。

 

 そんな気高く高潔な彼女を、こうして好きにできる幸運。

 たまらない優越感に頭が痺れる。

 俺は過去のしがらみも未来の不安も脳裏から消し去って、孫権と言うこの世界最高級の極上の美少女に何をしても良いと言う自分の立場に酔いしれた。

 

 ひとしきりその尻を揉みしだいてから、一度身体を起き上がらせて下がる。

 胸の双丘を存分に味見した俺は次に……孫権の股ぐらに鼻息荒く自分の顔を突っ込んだ。

 

「なっ……!? そ、そんなところに顔をっ!」

 

 反射的に足を閉じようとする孫権。

 むっちりとした太ももが俺の顔を挟み込む。その感触を楽しみながら、わずかに汗ばんだその内股に舌を這わせる。

 

「ひゃうっ!?」

 

 そのまま舌を遊ばせながら、閉じた膝に手を割り入れゆっくりと力を込めて開く。

 足に込められた抵抗がだんだんと抜けていく感触が、彼女の恥じらいと諦めを表している気がしてますます俺を興奮させる。

 

 その足を大股開きに開かせながら、ぴっちりと閉じたスジまんにむしゃぶりつく。

 まだ肉ひだの露出がない綺麗なワレメをちろちろと舐め上げてから、ぷっくりと盛り上がった土手まんに指を添えて両側に押し広げると、褐色の肌を割って顔を出す綺麗なピンク色の柔らかい粘膜……たまらない絶景だ。

 鼻面を突っ込んで、舌に載せた唾液を刷り込むようにその秘所を遠慮なくしゃぶりつくす。

 

「そ、そんなとこっ……舐め……んっ……!」

 

 刺激と羞恥に身悶えする孫権の尻に両腕をまわし、逃さないとばかりにがっしりと掴む。

 尻肉を揉みしだきながら彼女の股ぐらに顔を押し付けて、思う存分そのオマンコを味見する。鼻にツンとくる独特の匂いと、刺激をうけて薄っすらと湿った粘膜のすっぱさが脳髄を伝ってチンポをビンビンに刺激する。

 反り上がった逸物がびくびくと震えて、早くこの中に入れさせろと主張してくる。

 

「すぅ~~~はぁ~~~」

 

 彼女の恥ずかしい匂いを鼻いっぱいに吸い込んで深呼吸。

 

 下から上になぞるように彼女のあそこを舐め上げると、ワレメの上部にあるシコリに舌がたどりつく。包皮に包まれたそれは彼女のクリトリスだ。俺はその小さな突起に口を寄せしゃぶりつき、舌をそのシコリを包皮の上からぐいぐいと押し付ける。

 

「んんっ……!」

 

 息を飲みながら身じろぎする孫権。

 クリへの刺激にも、彼女は単に快感を感じると言うよりも慣れない刺激に戸惑った様子だ。

 俺は強引に包皮を剥いたりはせずに、男の皮オナのように包皮ごとクリをつまんで優しくこすりながら身を乗り出して彼女の顔を覗き込む。

 

「あっ……んっ……」

「こういう事は経験がないのか?」

 

 クリをこすられる度に身体を振るわせる孫権にそう訪ねてみると、彼女は少しぼうっとした様子のあと、言葉の意味を理解すると心外だとばかりに声を荒げた。

 

「あ、当たり前です! 私がそんな軽々しく殿方とこんなことするわけ……!!」

 

 その剣幕が微笑ましくて、思わず笑ってしまう。

 

「何を笑うのですっ!」

「いやすまん。それは疑っていないし……ただ経験のある女性に閨の作法を習ったり、自分で慰めたりとかの経験はないのか、とな?」

「あっ……そ、そう言う意味でしたか……」

 

 自分の勘違いを悟って恥ずかしそうに首を縮こませる孫権。

 

「その……私、そういう経験は……ありません……全然……」

 

 小さく恥じらいながら彼女はそう言った。

 

「ないって……まったく? オナ……ここを擦ったりして自分を慰めたこともないのか?」

「はい……」

 

 目を伏せてコクリと頷く孫権を見ながら、俺はゴクリと唾を飲む。

 恥ずかしそうに縮こまる彼女を見て、思わず舌なめずりしそうになってしまう。

 

「あの……そう言う経験がないと、何か問題があるのでしょうか?」

「いや、そんなことは無い。慣れない内は痛いし中々うまくいかないだろうが……」

 

 そこで一旦言葉を切った俺を、彼女が不安そうに見つめてくる。

 孫策と……雪蓮と同じサファイアのように透き通った青い瞳が俺を見ている。彼女と似通っていながらも、鋭さはなく、そしてまだ幼さを含む整ったその顔立ち。

 何も知らない無垢な彼女を、好き放題に汚して染め上げてやる。

 

「ゆっくりと、教えてやるからな」

「はい……よろしくお願いします」

 

 その素直な返事にすら、獣欲が煽られる。

 彼女の顎に手を添えて顔を近づけると、察した彼女が目を瞑った。

 

 口付け。

 最初は啄むように軽く。

 そのまま二度、三度。

 そして彼女の頭の後ろに手を回し、段々と唇を嬲るように強くしながら口付けを繰り返してゆく。そうやって、孫権がこの行為に少し慣れたのを見計らって一旦顔を離す。

 

「舌を出して」

 

 俺の指示に、彼女はおずおずと口を開いてピンク色の舌をこちらに差し出す。

 その可愛らしい舌先に吸い付き、自分の舌を絡めてゆく。

 

「あむっ……れろっ……んんっ」

 

 無意識に身体をよじる彼女の頭を、がっちりと抱えて逃さないよう固定する。お互いの唾液が混じり合い、ぬらぬらとした舌を絡ませながら彼女の口内をねぶり上げる。少し苦しそうにする彼女の呼吸が、密着した俺の顔を生暖かく湿らせて行く。

 

 俺はキスしたまま左手をチンポに添えて、下半身を動かして孫権の秘裂の場所を探る。ほどなくして、俺のチンポが孫権のオマンコの位置を探り当てて、くちゅくちゅと水音を立てて先走りと愛液を混ぜ合わせながら、彼女の入り口を亀頭で弄ぶ。

 

「んっ! んんー!?」

 

 股の間に与えられる刺激と、それによってこれから起こることを察した事で、彼女が目を見開いて舌を暴れさせる。俺は亀頭で彼女の入り口をいじめながら、暴れる舌の動きをたっぷりと堪能する。

 顔を離し、彼女の肩を上から抑えつける。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 荒く息をつく彼女を見つめながら、宣言する。

 

「行くぞ」

 

 そして返事をまたず俺は腰を押し込む。

 固く閉じていたその穴を、強引に……そしてゆっくりと押し広げていく。

 亀頭に何かが絡みつく感触。そのまま押し込んで、それをプチプチとチンポで破り捨てていく。

 

「んぐっ……ふっ……うぅ~~!」

 

 孫権は目を固く瞑って歯を食いしばり、四肢をぴんと張って体中に力を込めて痛みに耐えている。爪を立てる様に固く握られたシーツが乱れてしわを作る。

 

 破瓜の痛みや感触は個人差がある。今まで七乃が用意した女を何人も抱いてきたが、余り苦しむ様子もなく貫通できる相手もいれば、痛い痛いと暴れるのを組み伏せて強引に突き入れるしかない相手もいた。処女膜も本当にあったのかと疑うほど何の感触もない女もいたし、はっきりとちんぽに抵抗が感じられる女もいる。

 

 孫権はどちらも後者のようだ。

 破る感触をはっきりチンポで感じられるぐらい存在を主張する処女膜と、それを強引に破られ引き裂かれる時の強い痛み。そのくせ泣き言一つ言わず耐えきろうとする覚悟と胆力。

 苦しみに歪んでいながらも些かも美しさを損なわれないその美貌が、こちらの嗜虐心を掻き立てる。

 

 俺は彼女の悶えくぐもった声と、未熟な膣壁を押し広げる感触をたっぷりと楽しみながらゆっくりと腰を進める。やがて根本までみっちりと彼女の中に埋まるチンポ。丁度そこで亀頭の上側にあたるコリコリとした子宮の入り口の感触。

 深過ぎも浅過ぎもせず、俺の為に誂えたようにぴったりハマる膣穴。

 

 生まれて初めて中に突き込まれた"モノ"に、痛みで痙攣する膣に包まれる感触を、チンポでたっぷりと味わう。腰が痺れるような快感と征服感。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 自分の中に男を受け入れた痛みに耐える孫権。

 彼女の固く閉じられた瞼から、痛みか喪失感からか、一筋の涙がこぼれ落ちる。俺はそれに口を寄せ舌でぺろりと舐め上げた。

 少ししょっぱい……何の変哲もない涙。けれどそれが彼女の破瓜の涙だと思うと、まるで即効性の媚薬のように興奮を倍増させ、彼女の中に埋まったままのちんぽがビクンと跳ねる。

 

「はぁ……はぁ……袁術殿……私に構わず、続きを……どうぞ……」

 

 俺の興奮を感じたのか、彼女がそんな言葉を吐き出す。

 その言葉通りに、滅茶苦茶に腰を振って精液を彼女の中にぶちまけたい衝動に駆られるが我慢する。それは別に優しさとか気遣いというわけではない。もっと下種な思いつきだ。

 

「無理するな、かなり苦しいって顔に書いてある……ぞっと」

「そのような事は……な、何をっ!?」

 

 俺は彼女の両脇に手を差し込んで、上半身を持ち上げる様に引き起こす。

 俺の腰に膝立ちで跨るような姿勢での対面座位。

 

「痛くないように、自分で動きながら俺のチンポを刺激してみてくれ」

 

 そう言って、俺は両手を後ろに投げ出して自分からは動かない姿勢を見せる。

 彼女は反論の言葉を探すように口をパクパクとさせるが、やがて諦めて歯を食いしばる。おずおずと動き出す身体。俺がやってくれといえば、余程の事でなければ従うしか無い立場の差。

 

 彼女が俺に跨がって、恐る恐る腰を振り始める。

 その動きは当然拙く大人しく射精に到れるような刺激はない。しかしゆっくり動く彼女の膣の感触。そしてこの最高級の美少女を初体験で俺に跨がらせて腰を振らせているというシチュエーションそのものが、十分に快楽を与えてくれる。

 

 柔らかく腰を溶かすような甘い刺激にゆっくり身を委ねていると、その内に段々と彼女の腰の動きに規則性が現れてくる。まだ固い膣の中で、それでも痛みとは違う感覚になる当たり方が模索させた成果が現れだしたのだ。

 

「んっ……ふうっ……」

 

 迷いながらおずおずと腰を動かす彼女。俺はそのへその下、オマンコから入って少し進んだ手前側の肉ヒダを、カリ首でこそげるように引き抜きながらひっかく動きが繰り返し採用されている事に気付く。成る程……そこが良い(・・)のか。

 

 俺は笑いながらその動きに腰を合わせる。今よりも少しだけ、刺激が強くなる程度に。

 

「うっ……あっ……」

 

 孫権が小さくうめき声をあげる。けれど苦しそうな声色ではない。

 こうしてまず一つ、彼女は自分のマンコの弱点を俺に差し出してくれた。

 そのご褒美に、彼女の包茎クリトリスに手をやって優しくしごいてやる。

 

「ふぅ……ふぅ……あぁっ……」

 

 汗ばみ紅潮した彼女の口から漏れる声にほんの僅かに甘いものが交じったのを聞いて、俺はにやけてしまう。今はこれだけで十分だ。ほんの僅かでも快楽の芽があれば焦ることはない。

 女性は最初痛みが強いが、それでも人間の身体は元々セックスで快感を感じるように出来ている。特別なテクニックやチンポ。怪しい薬などがなくても、素直に快感を受け止めてゆっくりと開発していけば、不感症でもない限り誰でも快楽を楽しめる身体になる。

 

 例え毎晩でも彼女は俺の求めを拒否出来ない。出来る立場にない。

 それに、こちらの指示にも素直に従って行為に及んでくれるとなると……もう後は時間の問題でしかない。この凛とした気高い美少女が、緩みきった顔で無様な喘ぎ声を上げるようになるまでどれぐらいだろうか。

 

 オナニーすら未経験だった無垢な処女を、あの雪蓮の妹を、自分の手でスケベな身体に作り変えてやれると思うとたまらない射精感がこみ上げてくる。

 

「おっ、おっ、おおっ」

 

 俺は慌てて彼女の尻を両手で鷲掴みにし、グリグリと自分の腰に押し付けるように彼女の尻をグラインドさせる。

 

「あっ……うぐっ……!?」

 

 急な動きはまだ彼女には苦しそうだ。

 だが構わない。構いやしない。今は精液がこみ上げてくる自分のチンポの快感が優先だ。

 俺はオナホールを使うみたいに彼女の尻を掴んで自分のチンポを好き勝手に扱き上げる。

 

「あ~、射精()射精()るっ! しっかり腹に集中して射精される感覚覚えろっ!」

 

 そんな俺の馬鹿げた指示にも孫権は目を瞑って集中し、出来る限り応えようとしている。

 その素直さと健気さを、性欲で踏みにじっている背徳感が精液をこみ上げさせる。

 

   ドクンッ ドクンッ ドクンッ

 

 最高に気持ちいい射精が出来る時特有の、裏筋が太く脈動するその感覚。

 俺は彼女の尻を力いっぱい揉みしだきながらチンポから精液の最後の一滴が絞り出されるまで、自分の腰に彼女の尻をぎゅうぎゅうと押し付ける。

 

 射精。

 無垢な処女地に二度と取り返しが付かない種蒔きザーメンを撒き散らす。

 

 言葉にならない快感。

 

 

 ……そしてため息。脱力する。意識が乳白色の満足感に包まれる。

 

 弱い力で彼女を抱きしめて、そのまま後ろに倒れ込む。仰向けになった状態で自分の上に彼女を載せて寝台の上に寝転がる姿勢になる。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 荒い息遣い。俺と彼女のそれが重なって寝室の中に木霊する。

 抱きしめた身体の柔らかさ。胸元にある彼女の顔から吐き出される吐息。体の上に感じるしっかりとした体重に満足感を覚える。

 この女を自分のモノにしてやった、と言う征服感。

 

 男の勝手な思い込みに過ぎないが、それでも膣内射精(なかだし)の満足感は最高だ。

 それも相手が処女で……しかも孫権のような極上の美少女なら、尚更だった。

 

 しばらく、その満足感に身を委ねる。

 そして呼吸が落ち着いてきた頃、俺の身体にもたれ掛かっていた孫権が顔を上げた。

 彼女は気恥ずかしさを思い出したかのように赤面し、目を逸しながら口を開く。

 

「あの……私はきちんと子作りできていましたか? 袁術殿もご満足頂けたでしょうか……」

 

 欲望丸出しのセックスで処女を散らされたばかりだと言うのに、おずおずとそんな問いを投げかけてくる孫権の生真面目さが、今自分の腕の中にいる彼女がどれだけ魅力的な女なのかをまたも訴えかけてくる。

 彼女の中に挿入されたままのチンポに硬い芯が通っていく。

 

「えっ……あ、あのっ? これは?」

 

 俺は困惑する彼女の口を、自分のそれで塞ぐ。

 彼女に男の欲望を教え込んでやる時間はまだまだたっぷりとあるのだから。

 

 寝台がギシギシと軋む音が響く。

 それはこの日、燭台の油が燃え尽きても尚止むことはなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

宴の翌日 ☆

 まどろみの中、ゆっくりと意識が覚醒していく。

 体に密着する柔らかな女の身体。抱き枕代わりのそれに頬を寄せ、その滑らかな感触を楽しむが……どこか違和感を感じた。

 

 だんだんはっきりと目が覚めてくる。

 腕の中にある薄紅色の長い髪と、美しい褐色の肌。感じた違和感の原因は抱きしめていた相手が七乃ではなかったからだった。

 

(そういえば昨日は、孫権を抱いたんだったか……)

 

 そのことを思い出す。

 今まで色々な女を抱いてきたが、いつも最後には七乃を抱きしめて眠りについていた。考えてみれば、彼女以外の女と朝を迎えるのはこれが初めてだった事に気付かされる。

 

 なんとなくバツの悪いものを感じるが、孫権は今まで遊びで抱いた女のようにやるだけやって放り出すというわけにはいかない相手だし慣れるしか無いだろう。

 そもそもこれまでの女は何度も抱きたくなるような相手もいなかっただけだしな……そんなことを考えながら、俺は横たわる孫権の身体に目をやった。

 

 横向きに小さな寝息を立てる端正な顔立ちと、閉じた瞳を飾る綺麗な長いまつげ。呼吸に合わせて豊かな胸を上下させる胸元から、柔らかくしなやかな褐色の肌が全身に広がっている。そんな彼女が、昨夜の激しい情事を表すかのように長く美しい髪をバラバラにほつれさせ、股間から太ももにかけては血の混じった精液が乾きこびり付かせている様子は、否応なく男の劣情を煽る。

 

 朝勃ちしていただけのちんぽに、ぐつぐつと煮え滾った性欲が充填されてゆく。昨日あれだけこの肢体を貪ったというのに、呆れたことにまったく彼女の身体に飽きた気がしない。

 俺は眠る彼女をうつ伏せに倒し、その素晴らしく形のいい尻を鷲掴みにして割り開く。そしてまだ注ぎ込んだ精液が中から垂れ続けているその穴に、舌なめずりしながら自分のちんぽをあてがった。

 

 

 

 

「申し訳ありません。必ず夜にはお伺いしますから……」

「あぁ……うん。気にしないでくれ……」

 

 そして、俺は目覚めた彼女に普通に行為を拒否されていた。

 

「えっと……それでは、失礼します」

「あぁ」

 

 頭を下げて、俺の寝室から出ていく孫権。

 ……どうしてこうなってしまったのだろうか。

 

 いや、理由はわかっているのだ。

 この時代の人間は皆太陽を基準に生活している。日の出と共に活動を始め日没と共に眠りにつくのが基本なのだ。それは単純に電気、電灯がないことに起因している。

 薪、炭、油など燃料というのはどれも貴重なものでよほど裕福でなければ無駄遣いはできない。しかもそれを用いても大して明るくない上に、火災の危険を常に伴う等の問題があるのだ。

 素直に太陽に従って生活する方が、圧倒的に効率が良い。

 

 だからこそ日照時間というのは大事なもので、今の俺のように夜遅くまで遊びふけた挙句に日が高くなってから目を覚ますというのはとても放蕩な行いだとされていた。

 それでも、絶対にダメという程のことではない。

 慶事や祭事があれば人は夜を通して酒を飲み祝う事もあるし、そうなれば次の日は酔いつぶれる事もある。普段の日中だって、日が出ている間は休まず働けだとか休憩はもっての外だとかいう程皆が厳しく考えているわけではなかった。

 ただ、日が昇れば起きて活動を始めるという常識と、皆がもう働き始めている時間に自分だけ眠りこけていたという事実が、生真面目な彼女を焦らせたのだろう。

 

 泣きわめくでも、怒るでも無く。俺の頬に張り手を打つ様な事も無く。

 眠る彼女の性器に自分勝手に挿入した俺なんかに対しても、彼女はどこまでも真摯だ。

 

 やることが山積みなのに、こんな風に寝過ごしてしまって皆に申し訳ない。早く身嗜みを整えて、合流して謝らなくてはいけない。その上自分の不手際で俺の相手をする時間もなくしてしまってごめんなさいとまで彼女は頭を下げたのだ。

 

 流石の俺もこんな言動を真面目に言っている相手に、嫌だ抱かせろと迫る気にはなれ無い。

 それはしょうがないのだが……孫権のマンコに気持ちよく挿入し、さぁこれから腰を振るぞ!と言う所でお預けをくらった俺のチンポはいったいどうすれば良いのだろうか。

 

 俺が途方に暮れていると、彼女が出て行った筈の扉が叩かれて音を鳴らした。

 

「誰だ?」

 

 孫権が何か言い忘れたことでもあって戻ってきたのであれば、恥を捨てて泣きついてでもヤラせて貰おうか。そんな馬鹿な事を考えながら俺は扉の向こうに声をかける。

 流石に女中や兵士が相手だったら、裸で勃起全開の状態で姿を見せたくはないからな

 

「私です、理羽様」

「ん……七乃か、入ってくれ」

「はい。失礼いたしますね」

 

 渡りに船とはこの事だろうか。

 七乃なら絶対に抱ける……そう思うと彼女の声を聞くだけで、高ぶった俺の股間が反応して震えてしまう。扉を開けた七乃は部屋に一歩踏み込み、そして俺の周囲……ぐちゃぐちゃに乱れ、愛液と精液と、そして孫権の破瓜の血で汚れた敷布をみてにこりと笑った。

 

「随分と楽しまれたご様子で」

「……まぁな」

 

 ゆうべはおたのしみでしたねってか。

 しかし、この話の切り出され方はどうにもよくない。別に浮気ってわけではないのだが、孫権が抱けなかったから七乃に沈めてくれ……とは少し言い辛くなってしまった気分だ。

 

「健気な孫権さんを一晩中弄ばれて、さぞ理羽様も満足……と言うわけでは無いご様子で」

「あ~、いや、これはだな……」

 

 七乃が硬くそそり立つ俺の股間に視線をやり、口元に手をやりながらにやける。

 ただの朝勃ちだとでも誤魔化すか。いや、そんなことを言えばますます抱かせてくれと言い辛くなってしまう。どうするか―――

 

「でも、丁度良かったです」

「ん……なにがだ?」

 

 俺の疑問に七乃は嫣然と笑ってスカートの裾を両手で摘まみ上げて答えた。

 彼女の白く美しい内ももを、透明な液体が伝っていくのが見える。

 腰を覆う布が静かにたくし上げられて行く。

 

 その光景に、思わずごくりとつばを飲む。

 

「私のここ……もう切なくて堪らないんです。どうか七乃にも、お情けをくださいませんか?」

 

 俺は無言で彼女を寝台の上に引きずり込んだのだ。

 

 

 起きたばかりだというのに腰が抜けるほど七乃とヤってしまった。

 ちょっと色に溺れすぎだろうか……いや、孫権とするのはある意味仕事でもあるからノーカンだ。役得なのは事実だが、それを除けば七乃とするのは平常運転なので問題ない。

 

 ……そんなわけがないので急いで行水して身嗜みを整える。

 これから孫家一党と合同の評定があるのだから、遅れるわけにはいかない。

 

 孫家との間に子供が生まれたら袁家の全権を譲るとしたが、まだその子供は生まれていないから……という事とは関係なく組織を移譲しようとすれば事前にやらなければ行けない事は多い。

 こっちを滅ぼして更地になったところに孫家が来たってわけじゃないのだ。

 南袁家の基盤をそのまま譲ろうとすればその引継ぎは中々に膨大な作業で、早々丸投げと言うわけにはいかない。これは政・軍共にそうで、孫家一党は今一刻も早くこの巨大な南袁家の組織図を掌握する為に大わらわだろう。

 寝坊した孫権が慌てていたのには、そう言った背景もあっての事だった。

 

 ちなみにこちら側の政・軍両面でのトップである為に、今最も多忙な筈の七乃だが……既に今日の評定までにやること、伝えることを全て片付けた上で彼女は俺の部屋に来たのだと言う。

 二重の意味で流石だ。

 七乃の優秀さが流石なのと……流石に俺ももう少し真面目に動かないとな、という意味で。

 

 そう言うわけで、三国志好きの皆大好き評定のお時間だ。

 現代日本で例えるなら幹部会議とか役員会議とでも言えばいいだろうか?

 

 方針を俺と七乃だけで決めていると、大抵執務室か私室で話が済んでしまうのであまり活用することもなかったうちの城の評定の間だが、これからは活用されるのだろうか。

 そこに、七乃を伴って到着する。

 既にいるのは周瑜、陸遜、周泰か。他の人間はまだのようで、中では軍師の二人が何やら話し合っている。周泰はなんだか身の置き所がなさそうだ。

 

「あっ」

「あら~」

「むっ……袁術殿と張勲か。時間にはまだだが、先にこの場を使わせて貰っているぞ」

 

 俺たちが評定の間に踏み込むと、三人がそれに気付き声を上げる。

 軽い目礼と挨拶。

 

「気にするな。しかしそっちも早いな」

「私は丁度、穏に確認しておきたい事柄がいくつかあったのでな」

「そうなんです~。流石に袁家の皆さんは大所帯で、私たちも中々把握しきれない情報が多いですから~」

「なるほどな」

「それに、書庫の蔵書量も素晴らしくって~。私も早くそれを読みふけりたいんですけどねぇ~」

「しばらくは無理だとわかっているだろう? やることが山積みなのだからな」

「う~ん、なんとかなりませんかねぇ~?」

「はは……大変そうだな」

 

 俺は二人の言葉に相槌を打ちながら、なんとなく小さな体に長い黒髪が特徴的な忍者っぽい娘の周泰に目をやった。

 

「え……な、なんですか? み、密偵衆は色々あって難しいので今出来ることが少なくてですね……わ、私は決してさぼっているわけじゃありませんよ?」

「いや、別にここにいるのにさぼりを疑ったりしてたわけじゃないが……」

 

 彼女は焦った様子であわあわと手を振る。

 そんな周泰を眺めていると、ふいに後ろから声をかけられた。

 

「な~に明命を虐めてんのよ」

「あっ、雪蓮様!?」

「……孫策か」

「いくら可愛いからってうちの子達にまで手を出そうとしないでくれる~?」

「そんな事はしていない……お前は俺をなんだと思っているんだ」

「美人なら手当たり次第の女好きでしょ?」

「……まぁ……なんだ」

 

 反論の言葉がない。

 俺が言葉につまっていると、孫策の後ろから更に続々と人が集まってくる。助かった、これでこの話題はおわる。

 その中で甘寧を引き連れて入室した孫権がこちらに軽く一礼して来たので、こちらもそれに目礼を返しておく。その際にこちらを見る孫策の視線がなんとなく厳しい。

 

 そして孫権の横に立つ甘寧もまた、こちらを見ている。

 睨まれている……と言う程の剣幕ではないが、政略結婚の様な形で孫権を抱いた男など彼女にしてみれば面白くないだろうが、なんとか揉めることなく済ませたいものだ。

 

「揃ったみたいね……それじゃあ始めましょうか」

 

 主だった人物が揃ったのを見計らうと、一同を見渡しながら孫策がそう音頭をとった。

 それに皆が頷き、備え付けの卓を囲むように面々が集まる。

 

「それじゃ早速だけど……袁術?」

「あぁ」

 

 俺は頷いて七乃と共に前に出る。

 あまり主導的な立場には立ちたくないのだが、最初だけはしょうがない。

 

「まず俺達から説明させて貰うが、皆はこの盟を結ぶことになった経緯と……国全土を巻き込む乱が起こるだろうと言う予想については既に聞いているという認識で構わないだろうか?」

 

 言葉を切り見渡す。

 特に異論の声を上げるものはいなかったので、俺も了解の意を込めて頷く。

 

「うん。俺と張勲はこの乱をきっかけに、この国が群雄が覇を競う戦乱の時代になるという予想を立てた。その流れにどう対処していくべきか……と言うのがまず話の大枠になる」

「しかもよっぽど荒れるって予想でしょ? 私達と戦うことすら厭うぐらいだものね」

「……そうだな、そういうことだ」

 

 孫策の言葉にそう答え、俺は一同を見回す。

 

「つまり最終的にどうするかはともかく短期的には、漢王朝を支えて世の乱れを正す……と言うような対処はできない(・・・・)と見ているわけだ」

「それがたとえ今この国随一の名門と言われる袁家であっても、という事でしょうか?」

 

 そう、周瑜が俺の言葉を補足するかのような問いを投げかけてくれる。

 

「そうだ。うちがどんなに名家と言ってもあくまでただの一門。諸侯が暴走を始めれば単独で対抗するのは不可能だからな」

「ええ……いかに力衰えたといえ、この国で最も強大な勢力といえばやはりまだ王朝そのものです。それが単独で権威の失墜を止められない状況にであれば、他の誰にも無理でしょう」

 

 その周瑜の言葉に、おずおずと声をあげるたのは……孫権だ。

 

「単独でだめなら複数ではどうなのですか? 全員とは言わなくても、有力な家が協力して漢王朝を盛り立てる姿勢を見せるなどでは……」

「そうですね。蓮華様の言うように有力な諸侯が団結すればそれも不可能ではありませんが……」

 

 周瑜が言葉を濁す。そうなることはないだろう……と言うのが彼女には感覚でわかるからだろう。だが孫権にはそれがわからない……しかしそれは無理もない話だった。

 これは単なる知性や知識の問題ではなく、育ちの違いに起因したものだからだ。

 

 孫家はかの孫氏の末裔を謳っているが、実質はほぼ孫堅が一代で起こした家のような物で名家と言うには程遠い。中央の政治にもほぼ関わりがなく、あくまで戦に異常に強いだけの豪族でしかなかった。

 対して周瑜の実家である周家は、かつて尚書令から太尉までをも排出した事のある名門中の名門だ。当然両者の家では入ってくる情報も付き合う人種もまるで変わってくる。

 この国の貴族層の一員である周家出身の彼女にとっては、諸侯が我欲を捨てて王朝をもり立てようとする空気がまるでないことが、肌感覚としてわかるのだろう。皇室に忠節や敬意を払う、と言う人間であればいないわけではないのだが……。

 

「それは難しいと言うのですね?」

「……はい」

「そう……では、やはり争いは避けがたいと言う事なのですね」

 

 言葉を濁した周瑜の内心を察し、孫権は嘆息する。

 

「最初に予想される大乱ですら、うちだけで抑えることなんて出来ないからな。争いを避けるというよりも、まず生き残ることを考えなければならない状況だ」

「ええ、わかっています」

 

 それでも、国の大きな乱れが避けられないと言うのは民政を重視し安定を好む彼女からすれば明るい未来予想図ではないのだろう。

 そして姉妹でありながらも孫権とは異なった気質を持つ……闘争と勝利を愛する彼女が、にやりとした笑みを浮かべながら体を乗り出させて言葉を発した。

 

「それで? それだけ言うからにはもうかなり確かな情報を掴んでるんでしょ?」

「勿論……」

 

 隣に立つ相手に目配せをする。

 彼女はこちらに微笑みを返し、そして持参した竹簡や書簡を抱えながら一歩前へ踏み出した。

 

「それではこの大乱を巻き起こすと予想される存在……黄巾党について。この私、張勳からお話させて頂きますね」

 

 孫家一党を前にして、七乃はそう言ってにっこりと笑ったのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

評定

 

「ふむ……黄巾党、か。初めて聞く名だが」

 

 七乃の言葉に周瑜が反応を返す。

 

「蒼天すでに死す 黄天まさに立つべし 歳は甲子にありて 天下大吉ならん……との事らしいですよ?」

「……五行だな。それにのっとって漢の終わりとそれに代わって立つと言うわけか」

「たかが賊のくせに御大層なお題目を掲げたものねぇ」

 

 孫策が呆れたように言う。

 彼女にしてみればどれだけ立派なお題目を掲げようと賊は賊という訳だ。

 

「いえいえ、中々ただの賊とも言えませんよ? その中核となる戦力だけでも既に5万の兵。呼応した民兵を含めるならば15万。漢全土へ同様に広がっていくとすれば30万を超す大群となるかもしれません」

 

 七乃が資料を卓に広げながら、あっけらかんとそう説明する。

 しかし彼女が口にしたその内容は流石の孫家一党も一瞬鼻白む程だった。

 

「30万とは……俄には信じがたい量だな」

 

 ちなみにこの時代の正規官軍の最大動員力は約20万程度だと言えば、この数の異常さが伝わるだろうか? 諸侯が抱えている軍も名目上は官軍なので、それを含めれば倍ぐらいは行くかもしれないが。まぁこの古代において戦時でもないのにその気になればこれだけの兵を動かせること自体、この国の強大さを表しているとも言えるのだが。

 

「えぇ、ちょっと異常なんですよね。母体となったのは旅芸人の観衆達なんですが、太平道とかいう妙な宗教がそこに入り交じる形で異常な結束と拡大をしてまして……」

「旅芸人ねぇ。妙な話ね」

「しかし宗教か……やっかいじゃな」

 

 一歩引いて評定の場を俯瞰していた黄蓋がそうぽつりと呟く。

 ただの賊や暴徒であれば勿論だが、鍛えられた正規兵であっても矢面に立つ兵の恐怖を消すことは難しい。

 

 だが宗教にすがった人間は時に自分の命を捨ててでも与えられた命令を果たそうとする。そして死兵となれる兵士がどれだけ恐ろしいか、戦の経験豊富な黄蓋はよくわかっているのだろう。

 戦は士気でやるものだ。かつて孫堅から繰り返しそう教え込まれた俺だが、宗教による洗脳はある意味ではその究極とも言えるものだ。

 

「それだけじゃありませんよ? 真面目に漢を打倒しようって考えてそうなのがその人達ってだけで、孫策さんの言うところの便乗したたかが賊(・・・・)の皆さんは、いくらでも出てくるでしょうからちょっと数えられない有様ですからねぇ。もしかしたら合わせて100万ぐらいいくかもしれませんよ」

「……100万とは大きく出たな」

「ちょっと貴方、適当な事言ってない?」

 

 胡乱げな表情を見せる彼女達を前にしても、七乃は笑みを崩さない。

 

「では孫策さん達がよくご存知の江東で考えてみてください。それだけ大規模な乱がおきたとして、便乗して賊徒となる者をどれだけ出さずに済ませられると思います?」

「それは……」

「……嫌な言い方ね、相変わらず」

「あら、ごめんなさい」

 

 はっきり言って、もうこの国の腐敗は極まっている。

 俺も多少自分の目に見える範囲は改善してきたが、それでも荒れた民心はとても収まるものじゃない。そのくせ半端に国力があるから、わずかなきっかけで賊となる人間がいくらでもいるのがこの国の現状なのだった。

 

「それで、そんな馬鹿みたいな数の相手にどう対処しろっての? それともいっそ私達もその乱に乗ってみる?」

「姉様!?冗談でも賊に組するなどと!」

 

 孫策の軽口に、生真面目な孫権が声を荒げた。

 

「でも賊はただ便乗してるだけなんでしょ? 中身が真面目な反乱で勝ち目があるんなら、その中で上を目指すのもありよね」

「……項羽や劉邦のように、か?」

「そうそう。その場合私と貴方、どっちが項羽でどっちが高祖になると思う?」

 

 唇の端を歪めるように、孫策がこちら見て笑う。

 俺は頭を振ってその悪い冗談を振り払った。

 

「高祖の時と今とじゃ状況が違う。どれだけ大きな乱でも、諸侯が乗らなければ勝ち目は無いさ」

「本当に乗らない? 誰も?」

「あぁ……乗らない」

 

 正確には乗れない、と言うべきだが。

 

 高祖が作り上げこの漢と言う国は、歴史上初めて中華全土の統一を成功させた秦への反乱が成功して生まれたと言う由来の国なのだが、その時と今では状況が全く違う。

 中華を支配した始皇帝は滅ぼした敵国の民に圧政を敷いていたし、統一後の在位も10年程度にすぎない。つまり秦という帝国はまだ統一後間もなく、中華は戦国時代の火種を強く燻らせたままだったのだ。

 始皇帝の崩御後に起きた大規模な反乱は、圧制下にあった各国の残党がまたたく間に呼応し、先に名前のでた項羽や劉邦などを中核として中華全土に膨れ上がりついには秦を打倒したと……ざっくりと大枠だけで言うとこんな感じだ。

 それは反乱と言ってもあくまで戦国時代の延長線上にある出来事であり、秦を打倒した反乱軍の指導者達もまた元々支配者層にあたる人物達が主だった人間だった。

 

 だがこの黄巾の乱は違う。

 約400年続いたこの国の腐敗に耐えかねた人々が今起こすこの乱は、正真正銘被支配者が支配者へ反乱する戦いだと言える。

 漢への反乱が起こる、と孫策たちはある意味他人事の様に言っているがその漢とは一体誰のことだろうか。民が恨んでいるのは皇帝か?それとも三公か?専横を行う十常侍のような宦官か? いや、その誰でもない……民が恨んでいるのは、自分たちから搾取する支配者層そのもの。

 

 それはつまり、俺達のことだ。

 どれだけ民を気にかけようと善政を敷く気があろうと関係ない。

 俺は勿論、孫策達だって食う物着る物に困ったことなど無いだろう。ボロ布をまとった餓死者があふれる世の中で、当たり前のように美食を楽しみ、身体を着飾っている。

 それを得られるだけの実力があるのだと言ってしまえばそれまでだが、じゃあ何の落ち度もない真面目な農民が餓死するのは良いのか?

 俺達はあまりにも、そして当然のように支配者側の人間なのだ。

 

 まぁ民主政でもないこの国で支配者の特権にあれこれ言ってもしょうがないし、身を削る施しなんかで世の中を変えることは難しい。

 良い悪いではないのだが、それでも……過酷な税、ずさんな治安。悪人が賄賂で見逃され、正当な訴えをあげたものが罪を着せられ殺される。そんな何もかも奪われるだけの日々を過ごす人間が、俺達の様に不自由なく裕福にくらす人間をみて理不尽に思わないではいられないだろう。

 

 蜂起を前にしても、既存の兵力を持った諸侯に何の打診もしていない時点でわかる。

 この乱の根底にあるのは、怨嗟だ。

 故に何かの決着がつくまで、俺達と奴らが道を同じくすることはない。

 

「そう……それじゃ叩き潰すしかないわね」

 

 そして乱を起こす者達が負ける側と見れば、彼女はあっさりとそう言う。それで良い。俺達は支配者で、善意にせよ悪意にせよこの立場から動くしか無いのだから。

 ……まぁ俺は豊かな暮らしを手放す気が無いだけだけどな。

 

「頼むぞ江東の虎」

「ちょっと、まさか丸投げする気?」

「何しろ全ての権限は孫家に移譲する盟を結んだものでな」

「それは蓮華が子供を生んでからの話でしょうが!」

「ん……なら、今はまだ孫策達は俺の臣下って事にするのか?」

「あら、なぁに? 私にどんな命令がしたいのかしら……袁術 さ ま ?」

 

 孫策がふざけた様子でしなを作り俺に微笑みかけてくる。だがその笑みはまるで獲物を前に舌舐めずりする猛獣のそれだ。背筋にゾクゾクとしたものが奔る俺の前に青髪の後ろ姿が割り込む。

 

「あら、また飼い猫に戻りたいのでしたらいつでも仰ってくださいね?」

「……誰が飼い猫ですって?」

 

 七乃と孫策が、にわかに剣呑な目線を交わした。

 

「いい加減にしろ雪蓮。評定の最中だぞ」

「いたっ……何よもう。軽い冗談だってば」

 

 周瑜にこづかれた頭を抑えながら孫策が唇をとがらせる。

 そんな彼女を見て笑いながら、七乃は何事もなかったかのように説明を続けた。

 

「そう言うわけで、この黄巾党の起こす未曾有の大乱は防ぐことも乗ることもできません。ですので、この乱を前提にいかに我々の被害を防ぐか。いかに力を蓄えるか。そしていかに飛躍するかという事を議題としてあげようと思うのですが、よろしいですか?」

「道理だな」

「ですねぇ~」

「えぇ……そうする他無いと思います」

 

 一同が順々に賛意を示していく。

 最後に孫策が小さく息を吐き、肩をすくめた。

 

「そのために、この盟を受け入れたんですものね……。えぇ、わかってる。皆、やるからには最高の結果を目指すわよ?」

 

 応、と当主の意気に答える孫家の面々。

 

「さて、具体的な絵図を描くにはもう少し情報が欲しい所だが……その抱えた書簡は飾りではないだろう?」

 

 周瑜のその怜悧な微笑に、七乃もまた笑みで応じた。

 

「勿論です。以前から黄巾党の主要な集団になりうる者達の中に草を潜らせてありますから」

「それはまた、流石と言うべきか?」

「それは勿論。何しろ理羽様のご慧眼あっての成果ですから」

「ほう……?」

 

 眼鏡の奥からこちらを射抜こうとする周瑜の視線を無視し、俺はため息をついた。

 

 七乃が広げた資料を元に、諸将が積極的に意見を出し合い始めている。

 当主によって大方針が決まり具体的な話になってくれば、やはり孫家の連中は動き出しが早い。この場にいる面々の才覚が光って見える様だ。

 

 それにしても、ついに始まってしまうか。

 あぁ……突然天から御使いが降りてきて、謎の力で数年で戦乱を全部終わらせて世界を平和にしてくれないものだろうか……。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

睦言 ☆

 

 ついに黄巾の乱が始まってしまった。

 三国志と呼ばれる時代、その幕開けとなる動乱が。

 

 各地の風聞なども集めるように言ってあったのだが、結局天の御遣いがやってきて世を救済するという噂の存在を耳にすることはできなかった。どうやら一刀君に全部解決して貰って世の中を平和にして貰うと言う期待は持てなさそうだ。

 結局、この眼の前にある現実には自分達で対処していくしかないのだろう。

 

 軍を預かる連中は慌ただしく動いている。

 彼女たちは領内で黄巾党に呼応する勢力や賊達を討伐しながら各地での徴兵と練兵を行い戦時体制への移行を進めていた。そしてそれはまた孫策達を中心とした軍制への移行も兼ねている。

 

 意外なことに彼女達は中々それに手古摺っているらしい。どうも大軍の統制に不慣れなことが原因のようで、子飼いの小勢だけであれば手足のごとく操り見事な戦いを見せる孫策達でも、大軍をそのように動かすことは難しく戸惑っているようだ。

 

 小規模部隊の指揮官と大軍の将では求められる技能、経験、資質はどれも別物だ。

 だと言うのに考えてみれば彼女たちは大軍を指揮した経験がない。武名はあるので募ればある程度の規模の人を集めることはできただろうが他ならぬ俺達がそれを許さなかったし、そもそも彼女たちは大軍を維持するための基盤を持っていなかった。

 

 それでも勘所はしっかりと抑えて来ている。

 大群故の動きの鈍さ、選択肢の多さ、部隊の分け方、各指揮官へ与える裁量。そう言った違いをよく吸収し、軍というものを少しずつ掌握しているのは流石だろう。あがってくる報告書からもそれが見て取れることに孫策達の才覚を感じとれる気がした。

 

 

 そうして軍が動けば人が動き、物が動き、金もまた動く。そうなると裏で軍を支える側も暇ではいられない。黄巾党への直接的な対処は七乃や孫策達に任せているが、その分こちらは内務に励まざるを得なかった。

 陸遜や周泰なんかも前線では使わずにこちらの下で伝令に諜報、現地指示に外交にと領内を飛び回って貰っているが、流石に優秀でその働きには目を見張るものがある。

 

 そして孫権は俺と共に汝南に詰めて全体を統括し、甘寧は護衛を兼ねて残った軍を率いていた。

 当主である姉と筆頭軍師の周瑜が前線に出張ってしまっている以上しょうがないことなのだが、突然膨大な政務に飲み込まれた孫権はてんやわんやだ。しかも日中の業務だけでも大変だと言うのに、その上夜のお仕事まであるのだから彼女の苦労は想像に余りある。

 

 それでもその負担を緩めるつもりには全くなれない。

 何故なら七乃が前線に出てしまったので俺は性欲を全て孫権にぶつけるつもりだったからだ。

 

 少しずつ、しかし確実に変わっていく彼女の肉体。それを毎晩毎晩と念入りに解し、快感を植え付ける。初めはクリで。それから徐々に胸で、膣でと快楽を感じるように仕込んでいく。

 初めての絶頂、その戸惑いと羞恥。徐々に花開く蕾のように性に目覚めていく身体。それを余すところなく味わっていく楽しみを味わう日々は、堪らない愉悦を俺に齎せる。

 

「イ……イくっ!袁術殿ぉ! わ、私イキますっ!」

 

 俺は孫権を後ろから抱きすくめながら、胸や性器に手を伸ばし好き放題に弄る。

 寝台に寝そべる俺の上で仰向けになる彼女のマンコに差し込んだ自分のチンポをグリグリと腰をしたから突き上げて押し付けると、彼女は声をあげて絶頂を宣言する。

 

「良しっ、イけっ!」

「っ~~~~~~~!!」

 

 俺の責めに音を上げた孫権にイクのを申告させながらの射精は最高に気持ちが良い。

 どくどくと精液が尿道を脈打つのに合わせて彼女の尻に腰を押し付けながら、足をピンとはってつま先を丸めた彼女のマンコが、きゅうきゅうと痙攣する感触を存分にチンポで味わう。

 彼女自身の体重で押しつぶされた柔らかい桃尻の感触をチンポの付け根に感じながら、思う存分精液を出し切っていく。

 

「ふはぁ……」

 

 そして出すものを出し切った俺は、満足感と脱力感を感じながらチンポを引き抜いた。

 彼女の性器から溢れ出る精液が、俺の股ぐらを汚していく。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 荒い息を吐きながら絶頂の余韻に浸っていた孫権が、やがておずおずと動き出し俺の足の間に跪く。そしてこちらの股間にその綺麗な顔を埋めて丁寧に精液や愛液を舐め取り始める。勿論最後にはチンポをしっかりと咥え、尿道に残った精液をちゅうちゅうと吸い出す事も忘れない。

 

 絶頂を自分から口に出す事も射精の後のお掃除フェラも、彼女の従順な態度を良いことに俺が仕込んだ作法だ。

 こんな身勝手な俺の言い分すら、生真面目な彼女は閨での相手がしっかりと務まるようにと出来る限り励もうとするのだ。そんな美少女を好き勝手に淫靡に仕上げていく征服感はたまらない。

 その成果がこうしてしっかりと出てくれば尚更だ。

 

 その性感帯も、彼女自身に感じるところを自己申告させながらゆっくりと開発した事もあいまってどんどんと俺の肉棒に与えられる快楽に馴染んできている。

 

 そしてその夜もひとしきり孫権の身体を楽しんだ後、彼女を抱き寄せ静かに余韻に浸っていた。

 俺の右腕を枕にして、こちらに撓垂れ掛かる彼女の髪から漂うなんとも言えない心地の良い香りがこちらの鼻腔をくすぐる。

 

「……」

「……」

 

 だが、正直に言うとその時間は少し気まずかった。

 最初の頃は彼女が意識を失うまでその肉体を貪りまくっていたのだが、孫権がこういう行為になれて来たのと、俺も彼女を抱き慣れてがっつかなくなった事で、毎回意識を失うまで交わり続ける事はなくなって来たのだ。

 必然的に行為が終わると寝るまで間ができてしまうのだが、これが困り物だった。

 

 ヤリすてれば良い相手の様に、事が終われば寝台から追い出して……などということは流石に彼女相手にはできない。

 かといって、仕込んでやるとか調教してやるとか息巻いてみても、それはただ肉体的性的な事だけの話だ。未だに袁術殿と呼ばれていることからもわかるように、俺と彼女の精神的な距離については殆ど変わっていない。

 

 どれだけ感じるようになっても、彼女はただ単に自分の役目として俺の相手を真面目に勤めているだけで、こちらを嫌っているわけではないが別に特別好いてくれているわけでもないのだ。

 それはこちらも同じことで、確かに孫権は特別に魅力的な女だとは思っているものの個人として好いているかと言われればそうではない。抱いていれば情は移るし独占欲も感じるが……言ってしまえば俺達はそれだけの関係だった。

 

 そんな二人で情事の後のピロートークを繰り広げるのは少々難易度が高い。

 経験豊富な伎芸の者であればそんな相手とも上手く間を取り持てるのだろうが、俺も彼女もそういうのは逆に苦手な類の人間だっだ。

 

「あの……」

「ん?」

「今日は、ご満足頂けたでしょうか……?」

「あぁうん。勿論、最高だった」

「はい……それならば良かったです」

 

 正直賢者タイムに毎回こんな会話をさせられてもだるいだけだ。

 かといって愛を囁きあったりすることは出来ないし、身体の興奮が冷めるまで寝ることもできずに沈黙を続けるのも気まずい。

 それで結局俺達がどうしたかと言うと―――

 

「穀物の備蓄が全く進まないままですが、よろしいのでしょうか?」

「そりゃあよろしくはないが……備蓄の為に今民を餓えさせる訳にもいかないからな」

 

 結局、仕事の話だった。

 ピロートークと言うには程遠い内容だが他に話題の種がないのだからしょうがない。それにこういう話であれば気兼ねする必要もなかったし、お互いに気が楽だったのだ。

 

「それは勿論そう思います。けれど……その為に穀倉を開くわけでもないのですね」

「まぁな。あれは本当の緊急用で、おいそれと使うわけにはいかない」

「餓死者が出ている村があるのに、緊急時では無いのですか?」

「そうだ……その村々がどんな所か知っているか?」

「いえ……」

 

 痛ましそうな表情で孫権は俯く。

 一応孫家も一都市と周辺の村落を治め民政もやっていたのだが、あの辺りはそこそこ豊かな土地だったからな。彼女も知識としてはわかっているはずだがそれでも貧しい寒村の現実が身にしみるとまではいかないのだろう。

 

「言っちゃなんだが貧しい村で人口を支えきれないのは日常なんだ」

「餓死者の出るような状態が、日常だと言うのですね」

「そうだ。土地が荒れてるからな……単純に生産力の限界なんだ」

「わかっては、いるつもりなのですけれど……」

 

 化学肥料がなく水源も限定されたこの時代、耕作可能な土地は限られている。人が増えたとしても無制限に田畑を広げていくということはできないのだ。だからこそ貧しい土地の村には税の免除や治水や開墾の手助けが必要なのに、今まで逆に酷吏や盗賊の跋扈が相次いでいた時代だった。

 

「田畑があって家がある。村落が既にある以上離散しろと言うことはできないのに、そこで養える人口には限りがある」

「では、例えば出産の制限と言うのは……」

「できると思うか?」

「いえ……ごめんなさい。馬鹿な事を言いました」

 

 他に娯楽もない時代、人々からセックスを取り上げる事なんてできるわけがない。避妊具なんか一般的じゃないし、俺だってそんな事を言われたらキレる。

 そういう事情を除いたとしても、この時代は産めよ増やせよという考えが当たり前なのだ。何しろ無事に出産できる可能性自体が低い上に、生まれた子供が成人まで生き延びる可能性も低い。女性が出産可能になってから閉経まで全力で子作りしてそれでも人口が微増に留まるような社会なのだ。出産制限などしたら軽い飢饉か疫病で簡単に次世代が途絶えて村が滅びるだろう。

 結局、出来るだけ子供を生んで生き残る事を期待する。生き残りすぎた場合は口減らしをする、と言う手法にならざるを得ないのだ。

 

 俺達が頑張って飢饉を防ぎ治安を維持すると、子供が死ぬ確率は減って人口が増える。

 そうすると増えた人口を支えきれない村から餓死者が出たり、人が野盗と化してまた治安を悪化させたりするわけで、ひどい悪循環に徒労感を感じざるを得ない。

 

「一体どうすれば良いのでしょうか」

「……根本的には社会全体を豊かにするしかないだろうな」

「できるでしょうか?」

「わからんが、結果はどうあれ国政ってのはそれを目指してやるものだろう?」

「そう……ですね」

 

 孫権が寂しそうに笑う。

 

「でも、今貧しい村を救うことはやはり出来ないのですね……」

「そうだな。なるべく余剰な人口は兵や下働きとして迎え入れる様にしてるんだが、それを嫌がる人間もいるからな……」

「いくら村が貧しくとも、兵士にはなりたくないと言う人がいるのは仕方が無いと思います」

「だがそれで餓えて野盗になるんじゃ世話ないぜ」

「それは、そうですね……」

「ま、いつかはなんとかしたいが今は飲み込むしかないさ。救済にしたって限度があるし、それが常態である以上緊急用の物資は開放できない。異論はあるか?」

「……いえ、ありません」

 

 腕の中で瞼を伏せた彼女の顔を眺め、なんだかばつの悪い思いをする。

 俺がもっと知識チートなり内政チートなりで抜本的な解決ができれば良いのだが、中々上手くはいかない。輪作の真似事や救荒作物の普及にも手を出してはいるんだが、何しろ農作に関しては時間がかかる。

 いきなり強権で大規模な転換を強行すると失敗した時が悲惨だから、きちんと検証しなければいけないがそれがまた面倒なのだ。

 

 普遍的な農業知識が確立しておらず、それぞれが勘や経験を頼りに作物を育ててる時代だ。

 芋一つ育てさせるにしたってやらせた人間によって収穫がばらばらなのが当たり前で、その作物が土地にあっていたのかやり方にあっていたのか、そいつがただ上手くやっただけなのか下手だっただけなのか判別するだけでも何年もかかってしまう。

 それでも子供の頃からやらせて見た物からなんとか成果らしきものが生まれてはいたが、それが実際の社会に還元され始めるまでは更に十年単位で時間が必要そうだった。

 

「まぁなんだ。思いついたことがあれば何でも言ってくれ。問題は絶えないが工夫できることは幾らでもあるしその手助けは幾らでも欲しいからな」

 

 枕にされた腕を曲げて彼女の髪をなでながら俺はそう言う。

 孫権がくすりと笑ってこちらを見上げた。

 

「……えぇ、及ばずながら全力で」

「いや、待てよ? 手助けしてくれってのはおかしいな。これからは孫家がこの地を治める主になるんじゃないか」

「あ……そ、そうでしたね。でも私などではまだとても……。あの、袁術殿はこれからも私達を助けて下さいますでしょうか?」

「あ~、そうだな。引き継いで問題がなくなるまではちゃんと助けるから安心してくれ」

「はい……ありがとうございます、袁術殿」

 

 俺の腕の中で柔らかく微笑む孫権。

 なんとなくピロートークっぽい甘さになった気がした事に満足して、俺はそのまま彼女を抱き寄せ微睡みに落ちる事にする。

 そしてそれ以降、俺達は子作りの後にそんな会話をするのがお約束になっていったのだった。

 

「学校と言うのは素晴らしい考えですね」

「あぁ……まだまだ余裕は無いが、俺は民にも学を持たせていくことは国を富ませる上で重要な事だと思っているんだ」

「えぇ、私もそう思います」

「一足には無理だろうが、まずは識字率だけでも高めて行きたいんだよな」

「そうですね……農作などの布告などもずっと周知しやすくなるでしょうし、後の教育の下地としても良い考えではないでしょうか」

「だがまずは戦乱が落ち着いてくれないとな……まったく平和に勝るものは無いと言うのに迷惑な話だ」

「えぇ……本当に」

 

 尚武の気質の強い姉と違って孫権は民政を重んじる性格のようで、こういった内政面の話は弾みやすい。最近は俺に抱かれた後のこの会話を楽しみにしている様子で、段々と彼女が気安くなって来ているのを感じる。

 

「袁術殿と話していると、本当に目が見開かれる様に感じることが多いです」

「そりゃ大げさだ」

「そんなこと、ありません」

 

 そう言いながら俺の胸に頬をこすりつけるようにして甘えてくる孫権。

 近頃見せるようになった彼女のこういう仕草はかなり可愛いくて、つい情欲を煽られてしまう。

 

「それよりもう一度、良いか?」

「あら……ふふ、勿論。次は私が上になりましょうか?」

「そうだな、頼む」

「はい。それではお任せ下さいね」

 

 彼女はいそいそと俺に跨り、柔らかな手でこちらの一物を包み自分の性器にあてがう。

 ゆっくりとその腰が降ろされて、孫権の丸い尻がこちらの身体を圧迫する。

 

「んんっ……。それじゃあ、動きますね?」

「あぁ、頼む」

 

 こくりと頷いた彼女が淫らに腰を降り始める。俺の胸に両手をつき、ガニ股で尻を上下に動かすその姿は昼の彼女からは想像もつかないいやらしさだ。

 

「はい……あっ、ここ……ここが気持ち良いですっ!」

 

 俺のチンポで自分の中の気持ち良い部分を擦り上げながら、それを口にだす孫権。

 こういう様子を見る限り彼女の性的の開発はかなり上手く行っているのは確かだ。だがどれだけえろくなっても事が終われば全然素っ気ない態度のままだったのだが……クソ真面目な内政の話をするほど急に距離が縮まって行く気がするのはどうなんだろう。

 いやまぁ可愛いし気持ちいいし態度も素直だし不満は全然ないんだが。

 

「良いぞ、孫権」

「……あの」

「ん、なんだ?」

「蓮華と……そう呼んで頂いても、宜しいでしょうか?」

 

 マジカルチンポなんてなかった。

 けれどこうして、俺と彼女は真名を交わす事になったのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

後方の戦い

 黄巾の乱。

 その序盤戦とも言える時期である現在、俺達の動きはそれなりに順調だと言えた。

 

 事前情報からくる初動の速さ。潜り込ませた草を使った誘導。七乃や周瑜、陸遜らが中心となって協議し作り上げた軸となる動きを中心にし、それによる迅速な対応と警戒。

 領民の慰撫と流言飛語の抑制で乱に呼応する民を出さないようにしながら、始末すべき賊は始末し、取り込める相手は取り込む。特に領内での略奪の前科がなく元々賊の類でない者達……黄巾党の立てた漢を打倒するというお題目に乗るしかなかったような人民達を、罪に問わない流民扱いとし降し軍に取り込んでいく。

 

 その策のどれもが上手く行き……そしてどれもが上手く行き過ぎた。

 

「兵が膨れ上がりすぎたか……これじゃ破綻する可能性があるな」

「そうですねぇ~。雪蓮様達が順調なのは良いことには間違いないのですけれど、どうしましょうか」

 

 各種数値とそこから出した試算が書かれた書を睨みながら、俺は陸遜と眉根を寄せていた。

 予想以上にこちらの被害が少ない事や、領内でも困窮していた人間の見通しがまだ甘かった事、そして何より賊を降して取り込めた人間の多さが原因で、兵の人数がうちで維持出来る数を超過し始めたのだ。

 次々に送られてくる新兵を調練し軍の体制に組み込むために、居残った将である甘寧には連日かなりの負担がかかっている様子も見て取れる。

 

「あの、このまま財貨でもって兵を維持するというのは駄目なのでしょうか?」

 

 孫権……蓮華がおずおずと自分の考えを口にする。その声がどこか遠慮がちなのは袁家の溜め込んだ金をまだ自分達の金銭だと思いきれないためだろう。

 だが贅沢したいとかそんな理由で凄い散財でもするならともかく、孫家に命運を託した以上は使えるものは何でも使って勝ってくれなければこちらが困る。だからそんな遠慮など不要なのだが、幸いなことに筆頭軍師達はその辺のこちらの思惑は飲み込んでいるし……トップの孫策にいたってはまるで遠慮など存在しなかったので、とりあえずそう言う心配はせずにすんでいる。

 

「いや、それで維持できるなら財貨なんて幾らでも切り崩して構わないと思うがね……」

「あうぅ、蓮華様~それは難しいですよぅ」

「……それは何故なのかしら?」

 

 今現在俺達は大急ぎで増えていく兵士を受け入れる環境を整えている。

 武具に糧秣、兵舎に設備。手配しなければならない差配はいくらでもあり金が大雨にあった川の如く流れ出ていて、袁家の豊富な財源を持ってしても今年の収支は大赤字になるだろう。

 

 だが問題は一度の赤字ではない。

 それらは一度支払えば終わりではなく軍を維持し続ければ恒常的に支出は続くのだ。特に軍隊が機械化や火器の無いこの時代、兵力とは兵数や軍馬の数はほぼイコールでありその維持コストは初年度以降であっても大して目減りを期待出来ない。

 だから恒常的な赤字運営によって財政破綻が起きる事が駄目なのかと言えば実はそれも違う。

 

「蓮華様。私達は現在周辺の商人から穀物を可能な限り買い集めていますよね?」

「そうね。それが大きな財政負担になってはいるのはわかっているつもりだけれど……」

「えぇ、もうだいぶ穀物の価格も高騰しちゃいましたからねぇ。でもですね、市場に流れる食料は基本的に生産元からの余剰分なんですぅ……」

「それは当たりま……あっ!?」

 

 蓮華が声と共に目を見開いた。

 そう。今彼女が思い至ったように、いくら金銭があっても買い集めることのできる食料は有限なのだ。それに主要穀物の類をそこまで買い占めるような真似をしてしまうと流通価格が破壊され、貧しい者達が餓えに苦しむような状況を生み出してしまうだろう。

 

「それに市場にながれる穀物の大半は税として取り立てられた物が商人に降ろされて放出されたものだからな……」

 

 農村では基本的に貨幣というものは殆どやり取りされることはない。

 よってそこから生み出される税もまた穀物が基本であり、領主の収入もまた収められた穀物を商人を通じて金銭に換算して生み出すものだった。

 税は穀物の他貨幣によって収めてもよいものとされているが、それをするのは都市の住人か商人ばかりで活発な商業圏を領内に持たない土地では貨幣での税収が殆ど無い所も珍しくない。

 

 貴族、豪族、そして各地の太守達。

 皆最初の収入とは基本的に穀物であり、それを市場に流して金銭に換算することで彼等は利益を得ているのだ。

 

「これから世の中が荒れる時に戦略物資を外に依存しすぎるのはよくないんですよねぇ~」

「そうね……穏の言う通りだわ」

 

 第一その食料生産自体、この世界では安定したものじゃない。

 水害、干魃、蝗害に作物の疫病。そんなものはザラにある。一年を通して国中で何の問題もなく収穫を迎えられることのほうが珍しいのだ。

 ちょっとでも飢饉が起きた時、食料の外部依存が激しければそれだけすぐに干上がる事になる。

 

「一応、今の人数でしたら来年以降も穀物の流通量が安定していればなんとかなるんですけど……」

「今、国中で大規模な反乱が起こっているってのに来年以降も同じだけの収穫量を周辺全土で期待して良いと思うか?」

「それは……難しいでしょうね」

 

 かといって一度受け入れた民草を放り出すわけにはいかない。

 彼等は既に今現在を飢える民であり、そんなことをすればすぐに賊へと早変わりするのは容易に想像できる。

 

「これはやはりあれか」

「あらぁ~、袁術様には何か妙案がおありなのでしょうかぁ?」

「……理羽殿?」

 

 曹操には悪いがここは未来知識で彼、もしくは彼女の施策をパクらせて貰おう。

 

「あぁ。俺は屯田制を採用してみてはどうかと思うんだが」

「……屯田制?」

 

 聞き慣れない言葉に蓮華が目を瞬かせるよこで、陸遜が僅かに思索する様子を見せてすぐにこちらに言葉を返してくる。

 

「なるほどぉ。武帝に倣った施策ですかぁ」

 

 こちらが前々から温めていた案に対して、それを聞いてすぐにその名前が出せるところに陸遜の知性や学識の深さが伺える。

 

「えっと……私にも説明して貰えるかしら?」

「はい~。屯田制というのは古くは武帝の時代に始められた施策で、主に兵士などを用いて農民以上により直接的に国が農地の耕作を管理する手法の事です~」

「元々は普通の村落を置くことができない危険の大きい国境地帯などで、防衛任務にあたっていた武装した兵士を農耕に利用したのが始まりだとされているな」

「その例のようにぃ本来兵であるものを利用するのを特に軍屯あるいは屯田兵と呼んで、ただ単に人民を直接管理して耕作させるものは民屯と呼び分けるんですよ~」

「軍屯と民屯……屯田兵ね。それを使えば人々を養っていけるのかしら?」

 

 蓮華がそう尋ねると、陸遜は言葉に詰まった様子でこちらの顔を伺う。

 

「え~っと、それは……どうなんでしょう? 屯田制は耕作可能な土地が余っていると言う前提での施策ですから、必ずしもどこでも有効とは限りませんが……」

「耕作地の検分は既に終わっていて資料室の書架に入っているよ。細かい所はそれを見なければわからないが、確か敵対的な山越に近いせいで農民の入植がうまく行かなかったが、自衛できるなら大規模な耕作地にできそうなら土地があった筈だ」

「えっ……?」

「……」

 

 俺がそう説明すると蓮華と陸遜がこちらを見てなんとも言えない様な表情になる。

 

「……なんだ?」

「あのぅ~。つかぬ事をお聞きしますが何故その様な資料が既に存在しているのでしょうか?」

「……それは以前に俺が屯田制を活用できないかと思って調べさせておいたからだな」

「えっと、それは今の様な状況を予見されて……という事でしょうか?」

「……まさか。こうなったのはたまたまだよ」

 

 俺がそれを活用出来ないかと思ったのは、曹操の屯田政策と言えば三国志をちょっとかじった奴なら知っているぐらいには有名なものだからだ。最初にそれを創めたのは曹操ではないとか、その有効性については色々と異論があるらしいが、俺のようなにわかにとっては屯田=曹操だった。

 とにかく俺が以前思いついたのは、三国志で結果が立証されているその有名な政策をパクろうという単純な考えに過ぎなかったのだが、その時は実行可能になるハードルが高く調べさせただけで棚上げされていた浅はかなものでしかなかったのだ。

 

「……それは幸運でしたねぇ。でもそう言うことでしたら、来年度以降の食料問題もなんとかなるかもしれません」

 

 どこか訝しげな表情でこちらを見る陸遜だったが、その資料が棚上げになっていたのは本当にたまたまなのでそんな目で見られても何も言うことは出来ない。

 俺と陸遜の視線が微妙に絡み合う横で蓮華が安堵したような様子でほっと息を吐く。彼女にしてみれば無辜の民草をむざむざ見捨てずに済む事が大事なのだろう。

 

「良かった……でもそんな方法があるなら、何故皆今までそうしなかったのかしら……」

 

 そうぽつりと彼女の口から漏れた言葉を聞いた陸遜が口元を悩ましげに歪めた。

 

「それは難しいですよ蓮華様ぁ。屯田制は今のような……はっきりと世が乱れているような世相でなければ反発が大きいですから~」

「それは何故なの? だって、今までも食糧難はあったのに……」

 

 彼女にしてみれば今まで困窮していた農民たち。苛税に喘ぎ餓死者が出ていたような村からすれば屯田制に組み込まれる方が良いだろうと思えるのだろう。だが本来は農民がそこまで困窮すること自体が問題なのだ。

 

「民屯と言うのは雇い主が公のものってだけで、実質的には荘園の小作人と同じだからなぁ」

 

 あるいはより悪辣に言うならば、農奴と言い替えてしまっても良い。

 

「そうですねぇ。屯田の租税をどのような形にするかは色々ありますが、基本的に普通の農地より税は重いですし……」

「その耕作地もあくまで国のものだから畑をどれだけ広げたり工夫しても彼等は豊かになったりはしないんだ」

「それに、彼等にはあまり自由もありません。農民であれば村ごと離散でもしない限り、国は個々人の生き方にはそれほど干渉しませんけれどぉ、屯田兵や民屯はあくまで国に養われている立場ですので仮にその耕作地から勝手に出ていくと脱走兵に準じる扱いになってしまうんですよ~」

 

 土地というのは究極的には国の物と言えるが、田畑というのは通例上農民が所有する財産として扱われるものだ。

 国の治める土地の中で農作を行えば租税として何割かを差し出さなければ行けないが、逆に言えばそれ以外は自由にして良いということでもある。

 植え付ける作物や育て方を工夫したり土を改良して豊作にすることができれば、豊かになれるのが本来の農民の姿で、村々で事情は異なるが耕作可能な土地が余っていれば自力で畑を広げることすらも可能なのだ。

 そうして農地を広げたり他者の農地を買い取って豊かになった豪農が、築いた財貨でもってその土地の個人所有を国に認めさせ、己の荘園を作り上げていったのが今豪族と呼ばれる者達の元々の姿だとも言える。

 そしてそこで働かされる小作人達は戸籍を持っておらず、租税を納める義務はなく徴兵の対象にもならないが、雇い主によってある程度差はあるものの基本的に財産と呼べるようなものをおよそ持つことはできず、自由のない農奴的な存在でしかなかった。

 

 汝南袁氏とて広大な荘園を所有しているのは変わらない。それは貴族や豪族の力の源泉とも言えるもので、むしろあってあたりまえのものなのだ。

 うちでは小作人を餓えさせるような事はしていないが、それでも彼等は自由民とは言い難い境遇に置かれていることもまた事実だった。

 

 だからこそ農民は例え困窮しても進んで荘園の小作人身分になろうとするものはいない。それは餓えないからと言って、自分の身を奴隷として売り渡すのとある意味では同じ事だからだ。

 貧しい農村に生まれそこから出ていかざるを得ない者にも、夢を見る事はできる。

 殆どは野垂れ死にかあるいは野盗に身をやつす事になるとは言え、それでも武や知で身を立てようと希望を持つことは出来るのだ。

 だが小作人の立場に落ちてしまればその自由すら失ってしまう。民屯の従事者はそれよりはマシとはいえ、本来は進んでなろうとするものなどいなくて当たり前なのだ。

 

「どれだけ懸命に土を耕しても貧しいままで、口減らしに村から出た若者が屯田兵になったほうがましだと思う。そんな状況自体が言ってしまえばおかしいんだろうな」

「……そうなのね。でも、軍屯ならどうなの? それなら元からいた兵達を使えば……」

「それじゃあ常備軍の意味がなくなっちゃいますよ蓮華様ぁ」

 

 蓮華の言葉を、陸遜が窘めるような表情で切って捨てる。

 当たり前だが屯田制とは軍を維持しながら同時に農作も出来て二倍美味しいと言うような都合のいい代物ではない。

 日本の戦国時代、民兵を基本とした大名たちは農閑期にしか兵を起こすことが出来ず戦のやり方に強い制限を負っていた。だからこそ弱兵と言われたにも関わらず金銭で雇った傭兵を主体にして常備兵を組織した信長の戦のやり方は革新的だったなんて言われたりしている。

 まぁ実際には日本の戦国時代も兵農分離は案外進んでいて、信長でなくとも大名達が扱える常備兵は結構な数がいたって説もあるのだがここではそれは置いておこう。

 

 問題になるのは農業に従事させた兵は農閑期にしか動かすことが出来ないと言う点。そして当たり前だが、軍というのは必要があるから存在しているものだという事だ。

 山賊盗賊の討伐は勿論、隣り合った領地との小競り合いや敵対的な異民族達との戦い。中には野心を持って自らの支配地を広げようと兵を集める者もいるだろうが、能動的・受動的どちらの理由であれ兵は必要があるからこそ兵として維持されているのだ。

 特にこの国で古くから常備兵が用いられて来たのは、おそらく農耕をしていない異民族達……山越や騎馬民族の脅威に古くから晒されていたからだろうと俺は思っている。

 それらの危険からこの中華を守るためには、半農の兵では不都合が多かったのだろう。

 

 屯田兵はあくまでも特定の場所から動かす必要のない兵を自衛力のある農業従事者に転用するのが目的の施策で、軍の本体そのものを農耕に用いようとするのは民兵を常備兵にしてきた必然の流れに逆行する行いになってしまうのだ。

 

「ですので元々必要があって各地で維持されている軍兵を屯田兵に転換してしまうと言う訳にはいかないんですぅ」

 

 以前に屯田制を用いたいと思いついた時、結局それが実現できなかったその理由。

 陸遜は当時俺が七乃に言われた台詞をなぞるかの様に説明した上で、そう言葉を締めくくった。

 

「そんなに簡単ではないのね。やっぱり……私はまだまだ未熟だわ」

「えぇ~。蓮華様が落ち込むことなんでないですよぉ。私だって袁術様に言われるまで屯田制を用いることに思い至らなかったんですから~」

「穏……」

「私もここで政務をさせて頂くと刺激を受けることが多いですから、蓮華様も一緒に学んで行きましょう~」

「えぇ、ありがとう……穏」

 

 そう言って慰め合う二人だったが、俺から見れば両者共凄いとしか言い様が無いんだがなぁ。

 蓮華は自身の言う通り未熟さからの視野の狭さはあるが、彼女の凄いところはそれを自覚しながら自分に出来る事に対する自負を持ち合わせているところだ。

 自分に何か思い至らない事がありそうだと感じれば、すぐに陸遜や俺……そして身分の劣る文官達にすら積極的に質問し学ぶ姿勢を見せ、自分の思い込みからくる失策を殆ど犯さないのだ。

 

 それだけなら言われるまま仕事をする文官仕事しか出来ないとも言えるが、彼女はその上で既に自分の理解が及ぶ問題だと思えば独自の裁量を振るうことをためらわない。

 ついこの間も俺が大枠を作った都市の区画整備に関して、人足や物資の手配に齟齬があると感じた部分を修正し見事に終わらせた事も記憶に新しい。俺が責任者としてそれを行っていれば、恐らく実働段階になって細かい問題が多発しその対応に追われる事態になっていただろう。

 そしてそう言った事柄の際、蓮華はこちらに全てお伺いを立てるようなことはせずにその計画内の文官達と協議して卒なく優れた結果を出すことが出来るのだ。

 

 陸遜に至ってはそもそも今回外から来た人間を軍に取り込みすぎて食料自給に問題が生じる可能性に気付いたのも、そしてそれを検証するための正確な試算を出したのもどちらも彼女なのだ。

 これも俺だけであれば来年以降、実際に兵站に問題が生じてから大慌てで解決法を探るハメになっていただろう。

 

 それを恐れて七乃を政務にまわしすぎれば今度は黄巾党への対応に動かす軍の動きが鈍くなってしまっただろうし、やはり孫家と結んだのは正解だったと日々思う程に現時点で既に数え切れないぐらい彼女には助けられている。

 

 ゲームにおいては軍師としても周瑜や呂蒙などに挟まれ目立たないポジションで、固有のイベントも書物での発情ネタが多かったりとネタキャラの印象が強く俺もあまり思い入れの無いキャラクターだったのだが、こうして実際に政務を共にするとその有能さは非常に頼りになった。

 それにまだぎくしゃくする事の多い孫家一党の面々の中でも、穏やかな人柄で話しやすい彼女は魅力的な容姿も相まって俺の好感度も鰻登りである。

 前線に出ずっぱりであまり接点のない周瑜達などよりよほど……などと思ってはいけないのだろうが、実際目の前で助けられているとどうしてもそう思ってしまうのは避けられない。

 

 文官と武官の溝はこういう所から生まれていくのだろうなぁ。

 俺はそう他人事の様に思った。

 

 しかし軍政官としてならともかく、俺は戦場にあって軍を差配し将に助言する軍師としての能力には自信がないし、かといって兵を率いる将としても総大将として兵を鼓舞できる身分という点を除けば孫策を筆頭とした猛将達と比べると力の差は明白だ。

 

 結局俺は人が増えてくると後方で政務に専念しているのが一番向いているんだよなぁ。

 俺が自分の能力に対して頭の中で嘆息すると、それに合わせるかの様に現実でも俺の隣からため息が聞こえてくる。

 

「ですがこれから組み込まれた兵を急いで屯田兵に転換する為の見積もりを始めるとなると……また仕事が増えますねぇ」

「……そうね」

「だなぁ……」

 

 まぁ……前線向きじゃないことを嘆いても政務の人員だってまったく余裕など無かった。

 むしろ人を増やせるなら幾らでも増やしたいのが本音だ。

 何かの間違いでも良いから特に内政に関して随一の能力があったという猫耳軍師とかがこちらに流れてこないだろうか……今なら男嫌いの彼女に罵倒されるぐらい笑って受け流せるのだが。

 

「今の体制になってから一気にやることが増えてやりがいはあるんですけど……」

「えぇ。理羽殿は元からこの大きな枠組みで内政を行っていたのを考えると感心してしまうわ」

「馬鹿言わないでくれ。平時に旧体制でやってた仕事なんて、今と比べたらまるでぬるま湯みたいなもんだ」

 

 それでも別に楽だったわけではないが、ここ最近の急激な仕事量の増加を基準に評価されても困るだけだ。

 

「あはは……でも袁家の文官さん達は皆優秀なのでとても助かりますねぇ」

「確かに、それは本当に穏の言う通りだと私も思うわ」

「あぁ……特にこの城に詰めている奴らは厳選されてるからなぁ」

 

 それも主に七乃の手によって。

 俺達の手足となって政務を補佐してくれる彼等がいなかったら、今頃この執務室は処理すべき案件に埋もれた地獄と化していたことだろう。

 

「それじゃあ私は資料室に行って、その屯田の為の検分記録を貰って来ようと思います~」

「穏……貴方が一人で資料室に行ったりしたらそのまま書を読み始めて帰って来ないでしょ?」

「そ、そんなことありませんよ蓮華様ぁ」

「……俺が一緒に行こう。あれは普段誰も使わない資料だから把握している人間も少ないだろうしな」

「お願いします理羽殿。では私が思春を呼びに行きますから……それと良かったら一度お茶にしませんか? 時間もちょうど頃合いだと思いますし」

「あ、それは良い考えだと思います~。思春ちゃんを交えて協議を始める前に一息ついてお話できますしぃ」

「……確かにそうだな。じゃあ誰か人を厨にやってお茶の用意を整えさせるか」

「折角ですし、天気も良いので今日は中庭が見える楼でお茶にするのも良いですね」

「良いですねぇ~」

「なら差配は蓮華に任せるか。甘寧も朝から動き通しだろうし、甘い物でも食べて一息いれるのは良い休憩になるだろう」

「思春は終わらない軍の再編で、近頃疲れが見て取れるものね……」

「そんな事言わないで下さいよ蓮華様ぁ。これからその思春ちゃんに屯田兵への転用を前提とした新兵の選抜と編成を始めて欲しいって言わなきゃいけないんですよぉ~?」

「そうね……気が重くなるようなことを言ってごめんなさい」

「おいおい……これからお茶をしようって話の前に落ち込むなよ。だいたい疲れが見て取れるのはお前らだって変わらないぞ?」

「そういう袁術様だって同じですよ~」

 

 本格的な決定は一度前線が落ち着いて、トップである孫策や周瑜が帰還したところで評定にかけなければならないが、その為には事前にその実効性……どれだけのコストがかかりどれだけのリターンが見込めるのかなどをきちんと算出しておかねばならず、急を要する案件になるのは目に見えていたのだった。

 

 あはははは、と俺達はどこか乾いた笑いを浮かべあう。

 こうしてこの城で苦労を共有する度に、蓮華や陸遜……そして今はこの場にいないが新兵の差配で話し合うことも多い甘寧とも仲が深まっていくのを感じる。

 

 そしてこんな時、俺は同時に頭の片隅で七乃への恋しさがチクチクと刺激されるのだった。

 

 七乃にもここにいて欲しい。

 彼女を前線から引き上げて政務に回したい……と言う思いが脳裏をよぎる。

 俺が望めば彼女はすぐにそうするだろう。

 

 だが……黄巾党は決して侮っていい相手ではない。

 特に中核となっている太平道に染まった連中は、ただ呼応しただけの賊や流民の集団とは別物だと考えたほうが良い。そいつらは既に何度か官軍を打ち破り、太守を殺して城を奪った州すらもあるのだ。

 その事にはついに漢も重い腰をあげて、皇甫嵩を中心とした官軍だけではなく各地の軍閥に令を発し大規模な戦の動きが起こり始めている。

 

 潜り込ませた草を使った誘導も思想的な偏りが激しいその集団を御することは難しい。

 そんな危険な連中がいつこちらに来るかわからない状況で、今前線から有能な将を引き上げて万が一にでも負けるようなことが取り返しがつかない……いや、そもそも負ける事を万が一などと思うこと自体、俺は前世の知識に毒され過ぎているのだろう。

 前線にいる彼女たちは勝利に対する自信はあっても、どうせ黄巾党なんて序盤の消化試合だなんて緩んだ考えをする筈がないのだから。

 

 もし七乃が死んだら……そう考えると反射的に何もかも投げ出して逃げ出したくなるが、これから荒れ続ける世の中でそんなことをして無事に済む保証などどこにもない。それは二人で後方に引きこもり続けても同じことだ。

 それに今更隠棲するには、袁家当主の血と名は重すぎるものだ。

 

 結局、危険があっても今最善だと思うことをやり続けるしかない。

 今ここにいる蓮華や陸遜だって、姉や仲間達が戦をしていることに不安を感じていないわけではないだろう。それでも彼女達はそんな感情を顕にせず常に明るく振る舞っているのに自分だけが恐怖に振り回されるのは情けなさすぎる。

 

「まったく……さっさと平和な時代が来て欲しいものだ」

「えぇ、本当に」

「ですねぇ~」

 

 最近口癖のようによく漏れてしまう平和が欲しいと言う台詞に、二人も賛同してくれる。

 俺はただ裕福で安全な生活でひたすらエロい事が出来ればそれで満足なんだがなぁ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

使者

 黄巾党を操っているのは何者なのだろうか。

 

 史実で言えば張角を筆頭とする太平道と呼ばれた宗教団体の指導者達がそれだ。だがこの世界では張角とその兄弟は女性化しており、その素性もただの旅芸人であることはわかっている。彼女たちはその魅力と不思議な力で人を集めただけで、何の展望も持っては居ないはずだった。

 

 だが今この漢全土で巻き起こっている黄巾の乱は、ただの無軌道な反乱では決して無い。

 むしろ、その計画はよく練り込まれた周到さを感じさせるものだ。

 

 彼等はまず自分たちの支持者を扇動し散発的な乱を起こさせた。

 それも中枢の統制が薄く、しかし完全な辺境でもない荊州、揚州、徐州、雍州等を中心に……更にその中でも薄い独自の基盤が弱く地元の有力者とのつながりが薄い中央から派遣された県令達が治める土地を狙ってそれは行われた。

 

 当然この反乱に県令達は独力で対処できない。

 そしてこれもまた当然のように近隣の有力者達がその乱の鎮圧に向かう……この時点でもう、黄巾党がこの国の現在のあり方をよくわかっていると言うことが十分に示されていると言える。

 

 誰もがこの乱に振り回され……そして自らこの乱に乗ってしまっている。

 

 まず前提としてこの国の律令制と行政区分を考えなければならない。

 首都洛陽を擁し中央にある司隷を中心とした13の州。各州の中に郡があり、郡の中に県があり、その下に郷、最後に里だ。

 この州は広いものであれば日本列島全土と比較しても約半分もの面積があると考えるとこの国の広大さが少し感じられるだろう。

 

 州の長が刺史、群の長が太守、県の長が県令と言うようにそれぞれに責任者が置かれていて、これを任命し統括するのが中央の漢王朝であるのだが……それは既に半ば形骸化していた。

 そしてこの半ばと言うところが問題なのだ。

 

 迅速な情報伝達手段の無いこの時代、何か事が起きた時に一々上に判断を伺うと言う事はできないため現地裁量という物が非常に重要になってくる。

 そして技術や文明の未熟な古代において問題とは日常茶飯事であり、お役所とはただお役所仕事をしていればいいと言う存在ではなく、現代日本に例えるなら常時大小の災害が起こり続けていると考えても大げさではなかった。

 

 例えば農村で揉め事が起こればその長である里長が物事を判断し沙汰を下すのであるが、それを正当な理由なくその上に立つ郷長や県令が覆すことをしてはならないとされている。

 これは上役が自分の都合や利益で部下の判断を簡単に処罰できるようにすると、現地が独自裁量の判断に萎縮するようになり行政が硬直化して様々な問題の解決が滞ってしまうからだ。

 

 しかし下の判断にまったく介入できないのでは上役がいる意味がないし、太守などはその地方の大都市を直接支配している存在でもあるため現実的な力関係から言ってもその意向を無視できるものではない。

 逆に太守の上の刺史になると区分状は州の最上位の筈なのだが、役職としては全体の監査役に近い立場であり直接的に支配下における土地は少なく太守と比べると保有する実行力に劣っていた。

 そしてそれぞれの役職に上下関係はあっても、全ては皇帝に任命される立場であるという意味では平等であると言う建前があり、実際下の者からの奏上によって上の立場のものが失脚するという例も存在していた。

 

 その様な歪な力関係が長く続き、また中央が適宜任命し置いて行くはずの各地の官が有力者の既得権益と化し世襲されていった事で、有力な都市を抱える太守などが諸侯化し役職の上下関係も有名無実化してしまった。更に各地の豪族や有力者が正規の官以上に支配を及ぼす土地などもあらわれ、地方の権力構造はおいそれと手が出せないほど混沌化している時代だ。

 

 それでも朝廷の力が完全に失われたわけではない。

 官位は南陽郡の太守でしかない俺の実質的な支配地は、南陽郡に加えて江夏(過去孫堅らと協力し袁家が奪った土地だ)や隣接する揚州、豫州の一部にまで及んでいるのだが、その土地の中には当然多数の県令や県長を抱えていて、そしてその全てが俺の部下と言う訳ではないのだ。

 

 なんと説明すれば良いのだろうか……例えるなら埼玉県知事である俺の父が千葉県知事だった黄祖を倒して埼玉と千葉を両方支配するようになったのだが、埼玉の市長や新たに支配した筈の千葉県の市長の一部は、県知事の争いは俺達には無関係だし税は払うけど市の事には口を出さないでくれと言った態度でいると思って貰えれば解って貰えるだろうか?

 

 そしてそう言う県の県令の任命権は中央の誰かの既得権益だったりして、そこから送られてくる人員にこちらも中々口が出せなかったりする。

 力で土地を奪い合う乱世でありながら、半ば中央の治世は残ったままであるという両者が絡み合い矛盾するこの現状が、この様な複雑な世相を生み出しているのだった。

 

 当然各地の諸侯にとって自分の支配下に置けない中央の紐付き行政官達は煙たい存在だ。

 そこに反乱が起こり、現地が独力で鎮圧できないとなれば大手を振ってそこに軍を進め実行支配を確立させてしまうまたとない機会だと諸侯が考えるのは当然の帰結と言える。

 

 この黄巾が起こした乱に、各地の軍事的有力者は飛びつくように自分の軍を動かした。

 それは俺達も例外ではない。この後乱世になると解っているのに自分達の力を増す事のできる機会を見逃す事など出来はしない。孫策らも喜々として自分たちに従わなかった近隣の豪族や県令の土地を攻め落としている。特に今まで民に圧政をしいていた非道な支配者などは、乱のせいにして彼女自身の手で斬首してしまった程だ。

 

 これを俺達は止めなかった……どころか七乃や周瑜が中心となり、この機に応じて可能な限り自勢力を太らせるべきとして効率的にそれが行えるよう事前に計画することさえした。

 この乱を利用して利益を得ようとするその黒い考え方に、蓮華などは感情的な反発もあったようだがそれによって救われる民もいるということで最終的には納得した様子を見せた。それに俺達と直接相対して争っている劉表などの敵対的諸侯も同じ様に勢力を拡大させている中で、自分たちだけがお行儀よく振る舞っていられないことは彼女も理解していたのだろう。

 

 そうして黄巾党は有力な諸侯軍を動かしてから、主力である太平道の信者達を用いて冀州西南部、豫州西北部、そして司隷南東部で大規模な一斉蜂起を行った。

 それを地図上で見れば、首都洛陽を包囲する意図をもった布陣であるのは一目瞭然であった。

 

 だが黄巾党はそこから一気に洛陽を攻めることもしない。

 もしそうしていたならば、仮に彼等が洛陽を手に入れることが出来たとしても、皇帝に逃げられてしまえばそれで終わりだっただろう。

 交通の要所であり経済的な大都市であっても守るには向かない洛陽に集結してしまえば、歴史上の董卓のように全土から袋叩きにされるだけだ。それどころか仮に皇帝を捕えて殺すことが出来たとしても、今の時代では別の神輿を担がれただけであったかもしれない。

 

 しかし彼等は洛陽を囲むことで中央と地方の軍の連携を阻止した上で、武力的に弱小な土地……主に劉氏が王として封じられていた郡などを狙って襲い、自分たちの根拠地を増やすと共に国を混乱させ乱を長期化させる動きを見せた。

 

 可能な限り主導的に乱を鎮圧して権威を示したい漢王朝と、自勢力の拡大を第一とする諸侯達が彼等の思惑に踊らされ、各地で大規模な争いが多発していく。

 そして諸侯の小規模だが連続する勝利と官軍の苦戦がついに朝廷に独力での解決を諦めさせ、漢全土に対して黄巾討伐すべしとの令が下されることに成った。

 これにより全土で個別に争っていた無数の乱は、朝廷諸侯の連合軍対黄巾党主力軍という様相に姿を変えてゆくことになる。漢王朝の権威の致命的な下落と引き換えに……。

 

 

 俺、七乃、蓮華、周瑜、陸遜、そしてもうひとりの軍師が一つの部屋に勢揃いし、政務をこなしたり地図上の駒をながめてああでもないこうでもないと議論したりしている。

 これは中々珍しい光景で、最初は孫策などもよく部屋に来ていたのだがひらすら政務を押し付けられたりすることを嫌がって逃げ出し、ここ最近は姿を見せなくなってしまった。

 今頃他の将軍と鍛錬をしたり兵を鍛えたりしているのだろうが、仮にもこの集団の長として彼女はそれで良いのだろうか……時折漏れる周瑜のため息が同情を誘う。

 

 比類なき武人であり紛れもなく英雄の資質を持つ孫策だが、君主・統治者としては明らかに妹の蓮華の方が向いている気がする。と言っても人望や魅力は十分にあるので彼女自身が政務を取り仕切る必要は無いのかも知れないが……。

 

「失礼します!」

「明命……来たか」

「はい。先程朝廷より使者の方が到着なされました!」

「わかった。すぐに雪蓮達も呼んで来てくれ」

「畏まりましたっ!」

 

 そう周瑜とやり取りをした後、すばやく一礼して足早に部屋を去っていく周泰。

 今や彼女は密偵だけでなく警備や門衛、伝令などの最終責任者であり重要な報を第一に受ける情報諜報を管轄する立場を兼ねて、時折こうして重要な報を直接伝えに来てくれるのだった。

 

 俺達はバタバタと一斉に立ち上がり目配せをする。

 さて、仕込んでおいた策は成ったのか否か。

 

 

 玉座の間、その最も立派な椅子に座って俺は使者を迎えていた。

 左右には七乃と孫策が立っている。

 本当は早く孫策にこの椅子に座る立場を譲ってしまいたいのだが、まだ表向きはそう言うことにはできないのでしょうがない。この案件は特にそうだった。

 

 朝廷からの使者は三国志に名高いあの呂布……と言うことはなく、ごく普通の文官と武官達だ。それがこちらの息がかかった……という点を除けば、だが。

 

「恐れ多くも霊帝陛下の意を受けまして~」

 

 その使者が型通りのお題目を唱えていくのを俺達は鷹揚に眺めている。彼等がここに来た、と言う時点で俺達の策は成ったと言うことは既に明らかになっていたのだった。

 

 この黄巾の乱に対して霊帝が大后兄である何進に対して大将軍という位を与えて対処にあたらせているように、この時代正式な朝廷の将軍位とは常設のものではなく乱に応じて任命されそれが鎮圧されれば解かれるという臨時の物だった。

 

 その大将軍何進の部下として皇甫嵩や朱儁といった人物が中郎将等の位に任命され実際に官軍を率いて各地を転戦している今、本来であればここにもその使者が訪れ、彼等の軍へ合流し黄巾党と戦う義務を負わされていた所だろう。

 

 だが事前にこの乱を予測していた俺達は、それを避ける為に前々から朝廷工作を行っていた。

 十常侍を筆頭とする宦官勢力は売官に躊躇いがなく、また何進と対立しており直接の武力を持っていない為、彼が大将軍に任じられて軍権を手にすることに強い警戒を抱いている。

 

「よってここに袁術殿を右将軍に任命し、良く黄巾討伐に当たれられる事を霊帝陛下よりの命としてお伝えいたします」

 

 そんな都合のいい彼等に対し金品を積み上げ耳障りの良い言葉を吹き込み一時的にでも将軍位を賜る事によって俺達はこの周辺一帯での黄巾党に対する軍権、つまり周囲の諸侯軍をまとめ上げて独自の判断で動くことが出来る裁量権を得ることに成功したのだった。

 

 無論あからさまに手を抜いたり逃げ回ることはできないが、危険な役目に自軍を使い潰されたりするような事はこれで回避できる。あるいはより悪辣に……こちらから周囲の有力者を使い潰して乱の後の優位を確保することさえ可能になったと言える。

 

 尤も、将軍位を賜って置きながら近隣の黄巾党を打ち破る事ができなければ俺達の影響力の失墜は免れず、まずは何をおいても勝利こそを優先しなければならないことは確かだった。

 

 

 その日の夜。

 城の大広間にて使者達の歓待を兼ねて酒宴を催し、俺達一同もそこに会していた。

 

「まさかこんな策が本当に成るとはな……」

「ほんとよねー。冥琳ですら驚くような真似を良くやったもんだわ」

「私達ではとてもここまでの朝廷工作は無理だったからな。流石は袁家と言ったところか」

「中央への太い縁故がうちの強みだからな……それでも行けるかどうかは半信半疑だったが」

「それを実現させたのだから大したものだ」

「実際に手配したのは張勳さ。褒めるならそっちにしてくれ」

「そうか……」

 

 その言葉に孫策と周瑜が俺の隣にいる七乃に視線をやる。

 七乃は口元に手をやりながらその瞳を細めてころころと笑った。

 

「あら、私なんて大したことはしていませんよ~」

「……本人はこう言ってるけど?」

「そんなわけないだろ。まったく、だいぶ一緒に動いていたってのに少しも仲良くなってないのなお前ら」

「いえいえ、そんなことはありませんよねぇ~孫策さん?」

「ふんっ!」

 

 七乃の言葉に鼻息荒くそっぽを向いて酒盃から酒をごくごくと飲み干す孫策。

 

「はぁ……またか……」

 

 それを見て周瑜は頭痛をこらえるかのように額に手をやった。

 この二人が軍のツートップとして立つところを筆頭軍師としてつきっきりで居た彼女の苦労が忍ばれる。

 

「この事はうちの雪蓮もそうだが、そちらの張勳殿の態度にも問題が無いとは言えないぞ……できればそちらできちんと言い含めて貰いたいのだが……」

 

 そう言って周瑜がこちらを見る……それは俺から七乃に対して孫策と仲良くしろと命令しろってことか?

 そう考えながら俺が七乃に視線をやると、彼女がこちらを見てにこりと微笑む。

 

「理羽様、私にそうご命令なさいますか?」

「い、いや……そんなことはしない」

 

 俺は背筋にうすら寒いものを感じながら慌てて首を横に振った。

 確かに命令すれば彼女は表面上はそう振る舞うだろうが、それで問題が解決するとは思えない……というか悪化する未来しか見えなかった。

 

「あ~、まぁ反目しあって軍の統制に問題が起きてるとかじゃなければ、あとは当人たちの問題ってことで……」

「私の心労については考慮して貰えないのか?」

「後でいい酒……いや、良い茶でも届けさせるよ」

「……はぁ。まぁ精々期待させて貰うことにしよう」

 

 苦笑を浮かべる俺と彼女。

 孫家と結んでから約一年が立ち、城詰めの多かった者達程ではないが周瑜などともこのぐらいの軽口を叩き会える程度には気心がしれてきた。

 

「あ、冥琳だけずる~い。私にも頂戴よ、お酒の方で良いからさ」

「お前は貰う側じゃなくて贈らなきゃいけない側だろうが」

「なによ~。私だって色々気苦労はあったんですからね」

「ほう、例えばどんなだ?」

 

 俺がそう揶揄すると彼女はキラリと光る目を細めてこちらを冷ややかに見つめた。その視線はゆっくりと俺の後方にずれて行き、甘寧と談笑している彼女の妹……蓮華を静かに貫いた。

 

「だって私が陰険女に色々と嫌味を言われながら戦ってた間に、貴方はうちの妹と随分仲良くしてくれたみたいだし~」

 

 そう言って彼女が見ている妹の姿は、腹部が膨らみ始めているのがはっきりと見て取れるだろう事は想像に難くなかった。

 

「あら、そう言うことでしたら私も理羽様に労って頂きたいですねぇ」

 

 そう言って俺の手をとる七乃。

 

「お、おい……」

 

 まさか孫策の言葉に便乗すると思っていなかった俺は、そんな七乃の動きについ焦りの声をあげてしまう。

 彼女はそれを見て婉然と笑うと、手にとった俺の腕を胸元に引き寄せて、掻き抱く様に自分の腕を絡めた。

 

「冗談です理羽様。私はそんなに嫉妬深い面倒な女じゃありませんよ~、それに昨夜だってたっぷりと可愛がって頂きましたし♪」

 

 俺の腕にこすり付けるようにその身体をくねらせた彼女が孫策にちらりと視線を向ける。

 

「でもぉ……独り寝が寂しい孫策さんにはさぞお辛かったでしょうから、希望通り何か贈ってあげると良いと思います~」

 

 その言葉が終わると同時に、熱気と寒気を同時に感じるほどの気が目の前の虎から放射される。一瞬髪が逆立ったのかと勘違いするように、その毛を揺らめかせて孫策は凶暴な笑みを浮かべた。

 

「……随分、言ってくれるじゃない」

「でも事実ですよね~?」

「まずそれが違うわ……私だって昨夜は冥琳とくんずほぐれつ――」

「おいっ!? 何を言っている雪蓮、私を巻き込むな!?」

「え~、だってこいつ私達を寂しい独り寝扱いして――」

「だから私を巻き込むなと言っているだろう! 良いからその口を閉じてくれ雪蓮。私はそう言うことはおおっぴらに言う趣味はないんだからな」

「はぁ~い……」

 

 不承不承と言った様子ながら、引き下がる孫策。

 それをみてクスクスと笑う七乃と再度怒気を発しかける孫策と頭を抱える周瑜。

 彼女には本当に良いお茶を選んで贈らねばならないと俺は思った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

黄巾討伐に向けて

 朝廷から将軍位を拝命したは良いものの、それからやることは山積みだった。

 

 まず近隣の諸侯に使者を遣わして軍を出させなくてはならないし、それもただ機械的に用件を伝えれば良いと言うものじゃない。そいつらと俺達は仲良しというわけじゃなく、むしろ敵対的な関係である相手が多い中で朝廷からの命を含めてこちらに従わせ、過不足なく軍を出させるための交渉をしなければならないのだ。当然使者には相応の実力や立場が求められる。

 

 そして同時に自分達の軍も進めておかなくてはならない。

 総大将として上に立つ以上、兵数を一番出すのは当然のことながら真っ先に現地に布陣し戦の様相を整え諸侯の援軍を迎え入れると言う形を見せなければならない。

 相手の出方によってはこちらが単独のまま本格的な戦いに突入するかもしれないのだから、こちらも当然実力のある将官を置いておく必要がある。

 

 更にこうして連合軍のようにまとまる必要があるのは諸侯それぞれの兵だけでは黄巾の主力を相手取れないからだ。そして相手は単なる置物ではなく、こちらが連合するのを黙って見ている理由もない。

 

 だからこそ自分たちがまっさきに布陣して相手の動きを牽制しなければならないし、どういう行軍ルートを通りどこに陣を張り、そして諸侯の軍にどこを通って貰いどの様に合流するのか。

 諸侯がどれだけの軍を出してどこまでこちらに従うのか。またその間黄巾党はどの様に動き、それにどう対処するべきか。そう言った戦の全体予想図を描き出した上で、こちらの動きを考えなくてはならない。

 

 これには類稀な軍略の機微が求められるのだが、やはり七乃と周瑜は際立った存在感を見せた。

 特に前者は人……諸侯や黄巾党がどの様に反応し動くかと言う予想に対し深くまで切り込んだ鋭い予想を示し、後者は戦……最適な行軍路や陣の展開、敵をどう縛り味方をどう動かすべきかと言うことに余人を寄せ付けない読みを見せた。

 

 七乃も凄いが、周瑜はやはり流石だ。

 こういう議論に参加すると、やはり自分では及びもつかない知性の差を痛感させられる。

 

 

 さて全体の動きを大まかに想定したならば、次に誰をどこに使うかという事を決め無くてはならない。使者として諸侯との交渉に当たる者、うちの主軍を率い先んじて黄巾に相対する者……そして領地に残りここでの戦政を支えるものを決めるのだ。

 

 三国志なんかのマンガ等を見ているとこういう大戦の時、領地での留守番なんて無名のモブ役人にやらせておけば良いだろうなんて考えてしまうが、実際にはそういうわけにはいかない。

 いつだったかも考えたがこの時代の政務とはただのルーチンワーク的なお役所仕事ではなく、いつ緊急性の高い難事に襲われるかわからない大変なものだ……だからこそ民を顧みない領主をもつとすぐにその地が荒廃したりしてしまうのだが。

 

 史実の三国志においても、例えば曹操と呂布が戦をしている最中に蝗害が起こり両者共に深刻な食糧不足に陥ったことで停戦。更に困窮した曹操に対して袁紹から食糧援助の見返りに軍門に降りかけるところまでいくも、配下の有能な県令が独自に緊急時の為に食料を備蓄していたためそれによって難を逃れるなんてことが起きている。

 

 このように戦を主題とする読み物などではあまり描かれることがなく地味だが、本拠地の統治は戦の趨勢を左右するほどの大事で、実際にはとても疎かにできることではない。

 特に俺達の治める長江とその支流域の土地は豊かな水に恵まれ水運や漁業によって栄えているが、逆に水害も起こりやすく治水工事や氾濫への対処に手を誤ると深刻な事態に発展しうる。

 それでも平時なら民が苦しむだけで俺達貴族には関係ないと高を括ることも出来るが、戦乱の世にあって自分達の領地がそんな事態に陥れば危険極まりない為、とても前線だけに人員を全振りする事はできない。

 

 そんな中で、真っ先に決まったのが俺と蓮華の役目だ。

 子を孕み日に日に腹を膨らませる蓮華の側から俺を離さないように……などという人情人事ではなく、その結果は全くの逆。

 

「言うまでもない事ですが、今回前線の総大将は袁術殿に務めて頂きます」

「ですねぇ」

「そうね」

「えぇ」

 

 口火を切った周瑜の言葉に、皆から賛同の声が重なっていく。

 

「……俺としては城に籠もって政務に励む方が向いていると思うんだがな」

「あぁ。貴殿の将としての実力を軽く見るわけではないが、統治に置いては斬新な手法に学ばせて貰う点も多く私も個人的にはそうして欲しいが……」

「でも貴方が総大将じゃなかったら軍の名目が立たないじゃない」

「……だよな」

 

 その孫策の言葉通りで、黄巾討つべしとして将軍位を拝命したのが俺なのだからその当人が軍を率いなければ諸侯に令を発する名目が立たない。

 

「流石にどう工作しても孫策に将軍位をってのは無理だったからな……」

「当たり前でしょ。私の名前なんて地元じゃなければよほど戦に感心がある人間ぐらいにしか伝わってないんだから」

「ですね~。江東の虎等と言っても朝廷においては孫策さん達は無名も良いところですから」

「お生憎様。そんな事実を言われたって気にしないわよ。これから幾らでも漢全土に私達の名を轟かせてやる機会があるんですからね」

「あらあら、頼もしいですねぇ理羽様」

「あぁ、孫策ならできるさ」

「……当然ね」

 

 俺としても早く彼女達には名を轟かせて貰って、こういう場合に総大将を任せられるようになって欲しい所だ。

 

「となるとやっぱり俺が行かざるを得ないか」

「急病等を理由に代理の将を立てるという事もできなくもないが、やらない方が良いだろうな」

「そうですね。人の口に中々戸は立てられませんし、つまらない嘘はつくべきではないかと」

「わかってる。やるからにはきちんとやるさ」

 

 こうして総大将役は決まってしまったがこれは既定路線なので俺にも特に動揺はない。問題は他の人員なのだが……。

 

「蓮華様は身重のお体ですので、城に残り動ける間は政務に携わって頂きたく……」

「えぇ、私だってこの体で前線に出たいなんて言い出さないわよ」

「それは勿論ですが、政務に置いてもなるべく無理はせずご自愛下さい。滞りなくお子を産んで頂く事は我々にとって何より大事ですので」

「そうね……無理はしないように気をつけるわ。私もちゃんとこの子を産んであげたいもの」

 

 そう言って柔らかな笑顔で蓮華は自分のお腹に手を添えた。

 そんな彼女の仕草に俺も勿論父性的な情を抱いたりはするのだが、同時にまだ若い彼女の腹を自分が膨らませてやったと思うと何度見ても背徳感や征服感を含む仄暗い興奮を感じてしまう。

 

 おかげでボテ腹セックスが捗る捗る。

 何しろこの世界では、妊娠中の性交について特に問題視はされていない。

 どうやら経験則的に妊娠中に激しい運動等は胎児によくないと言うことはわかっているようなのだが、同時に妊娠中の夫婦が性交を繰り返しても無事に子供が生まれた事例も当然数多くあるので、結果として身体に負担のかかるような激しいセックスをしなければOKという考えのようである。

 

 俺の知識からするとうろ覚えだが妊娠初期の自然流産率の高い時期は控えて安定期になるまでは控えたほうが良いらしかった気がするが、何しろこの時代には妊娠検査薬なんてものはないので腹がはっきりと膨らみ始めるまで妊娠は生理不順や体調不良と見分けがつかない。その為俺達も薄々妊娠の可能性を感じながらも子作りをやめるわけにはいかなかったのだ。

 

 そういう経緯もあって、俺達はそのまま今でもずるずるとセックスを続けている。

 何しろすっかり体を開発されきってしまった蓮華の方から服の袖を掴まれて「あの……今日の夜は、可愛がっては貰えませんか?」なんておねだりされたらやるしかない。

 

 妊娠中は体調や精神的な好不調も不安定なこともあって頻度こそ減ったものの、激しいプレイ厳禁なこともあって逆にするときはねっとりじっくりと言う感じで大変気持ちのいいボテ腹セックスを楽しんでいる。

 激しいプレイなら別の相手と楽しんでいるし、ハーレム万歳だった。

 

 特にこうしてお腹の中の子供を意識しだんだんと母の顔を見せ始めた彼女を、ベッドの上で女の顔にしてやることを考えると滾る……と言いたい所だが、今は他に考えなければならないことがある。

 

「そうなると……出産には立ち会えないな」

 

 俺はそういってため息をついた。

 特にこの世界の行軍は呆れるほどに遅い。それは軍の規模が大きくなるほど顕著で、今回は行き帰りだけでも相当の時間がかかることは目に見えている。

 戦そのものとて即座に終わることはないだろうし、他所が苦戦していれば転戦の必要もでてくる上に戦いが終わったとしても事後処理があり、その上宮廷に報告もしなければならないだろう事から、軍の出立から帰還するまでは短くとも半年はかかるだろうと言う予想なのだ。

 

 蓮華のお腹がはっきりと膨らみ始めてから1月という所なので、現在は妊娠5~6ヶ月あたりだろうか? 臨月とされるのは妊娠から10ヶ月なので、これから軍と共に城を出れば出産までに帰ってくることは出来ないだろう。

 流石に俺にとっても初めての子供だし、自分が孕ませた妊婦を放り出していくのもなんとなくバツが悪い気持ちだが……。

 

「そうですね……」

 

 蓮華は少しだけ寂しそうな表情を見せ、しかしすぐにこちらを力付ける様に微笑んだ。

 

「ご自分の子を目が届かないところで産まれるのは理羽殿も心許ないかも知れませんが、頼りになる乳母や産婆もいます。きちんとこの子を産んで見せますのでどうか信じてお任せください」

「……あぁ。だが無理はしないでくれよ」

「はい」

 

 自分の方がよほど不安だろうに、逆にこちらを気遣わせてしまうとは。

 まぁ俺が側にいても逆に気が休まらない事もあるだろうし、せめて羽を伸ばせる時間になればいいのだが。

 

「ごほんっ!」

 

 態とらしい咳払いが聞こえ、俺と蓮華ははっとして視線を解き俯いた。

 

「二人の間に子が出来ることは……えぇ、私達にとって大変喜ばしい事だけど、今は話を進めて良いかしら?」

「あぁ、そりゃ勿論」

「あ……ごめんなさい、姉様」

 

 不機嫌さを押し殺した様な笑顔でそう言う孫策の横で、周瑜がため息をついている。

 

「あら、折角妹さんが健気に振る舞っているというのに孫策さんってば気が短いですねぇ」

「あんたね……」

 

 七乃がからかうと眉がひくひくと痙攣する。これはまずい兆候だ。

 

「いや、俺が悪かった。孫策の言う通り話を進めよう」

「はい。理羽様がそう仰るのであれば」

「はぁ……ったく、最初からそうしてよね。それで誰をどこに用いる? 誰か意見のある者は」

 

 孫策がそう言って評定の間を睥睨すると、まずは周瑜が声をあげた。

 

「ではまず新野、汝南へと遣わせる使者についてだが―――」

 

 こうして彼女の声を皮切りに議論は活発化し、主だった人員に次々と役目を配していくことになる。

 

 

 結果としては許昌から南側一帯への主要な使者としては周泰と穏を足の早い軽騎兵の一団と共に送り、留守居役には水軍の練兵がまだ半ばな事もあり、引き続き甘寧が蓮華と共に領地に留まることになった。

 

 軍の本体は総大将が俺、実質的な司令官には七乃を置く。

 そして孫策と周瑜だが……。

 

「私達を陳留に……ねぇ?」

「あぁ、すまないな。本当なら孫策に総大将を任せるべきなんだが」

「そんなことは良いわよ。でもその陳留を治めてる刺史って私達を軍から外して遣わせる程の相手なわけ?」

「そうだな……勿論出来るだけ早く軍に戻って合流して欲しいが、それでも陳留の様子は二人の目で見て来て欲しいと思っている」

「ふむ……袁術殿がそこまで言うほどの相手か」

 

 彼女たちは俺からの要望で陳留……曹操の元へ向かって貰うことにした。

 本来であれば俺達の勢力の長である孫策をこちらの要望で使者に使うような事は避けるべきなのだが、今回は彼女達が曹操のことを一早く知る事に意味があると思った俺の意図を汲んで貰った形になった。

 

「理羽様は以前からあそこの曹操さんに注目していらっしゃいましたからねぇ」

「へぇ……袁術とその曹操は面識が?」

「いえ、直接の面識は無い筈ですよ。曹操さんは色々噂には事欠かないお人のようですけれど」

「ふぅん?」

 

 眉根を寄せて横をみる孫策に、周瑜は自らの知見を披露する。

 

「一時期都ではよく噂になっていた人物だな。切れ者だが周囲との摩擦が耐えず高官から厭われ洛陽での出世の道が閉ざされ刺史になったとの事だが……確か許子將による人物評論では治世の能臣、乱世の奸雄などと言われたらしいな」

「なるほどね……そんな人間がこれから乱世を迎えそうな世の中で、許昌包囲に加われるほど軍を蓄えているわけか。確かに気になるわね」

「興味がわいたか?」

「えぇ……貴方の言う通り、どんな人物だかこの目で確かめて来てあげる」

「頼んだ」

「任せなさい」

 

 ……果たして、孫策と周瑜から見て曹操とはいかなる人物と映るだろうか。

 年若い女性であることは確かなようだが、それだけで中身まで恋姫と同じだと断ずることはできない。

 仮に例えその人間性が根本では同じものだとしても、置かれた状況が違えば振る舞いも変わってくる。史実に近い世界観を持った割と容赦なく現実的なこの世界において曹操がいかなる人物として存在しているのか……俺はそれが気にかかっていた。

 

 許昌の黄巾を包囲するのであれば丁度いい機会だと思い、孫策と周瑜に使者としての任を頼むことにしたが、本音を言えば俺が七乃を伴って直接出向きたかった程だ。総大将の立場ではそれは無理だし、かといって七乃だけを曹操の所に送り込むのはちょっと恐ろしい。

 今にして思えば子供の時にもっと洛陽を訪ねて曹操等の人間性を確かめておくべきだっただろうか……色々やることが山積みだったのもあるが、特に孫堅のシゴキがひどかったり七乃にのぼせ上がったりしていたせいでそこまで考えが及ばなかったな。

 

「では軍本体については我々が合流するまでは袁術殿と張勳に加えて祭殿……それからその新人の軍師に任せる事になるか」

「そう言うことになるのかのう」

「随分な大軍だって言うのに冥琳なしで大丈夫? なんなら使者の任ぐらい私だけで行って来たっていいのよ」

 

 その言葉と共に孫策、周瑜、黄蓋の三人の……どころか部屋にいる皆の視線が一人の人物に降り注いだ。注目を集めたその人物は緊張に体を震わせたまま、必死に口を開く。

 

「は、はいぃ。まだまだ未熟者ですが、お役目とあれば精一杯務めさせて頂きますぅ」

 

 長い袖に包まれた両手で拱手をしながら眼鏡の奥の瞳をつぶりそう答えたのは、俺が直接見出し育てている新人軍師……と言うことになってしまった呂蒙こと亞莎であった。

 彼女は孫策達の視線の圧力で今にも顔を青ざめさせそうで、可哀想になった俺は彼女の肩を叩いてその体の震えを止めてやる。

 

「あ~……そう虐めてやらないでくれ。確かにまだ経験不足なところはあるが、軍師として既に一廉の働きは出来ると見てこの場に呼んでるんだしな」

「り、理羽様ぁ」

 

 俺がそう言うと顔を赤らめた亞莎は喜色を隠そうともせずに表情を綻ばせる。

 そんな彼女の様子を見て、孫策は逆に不機嫌そうになってしまった。

 

「あら、虐めてなんかないのに随分な言いようね。そんなに弟子が可愛いわけ?」

「いや別に呂蒙は俺の弟子ってわけじゃ……」

「わ、私などが理羽様の弟子だなどと言うのは烏滸がましい事です。理羽様には未熟な私を気遣い軍師として学ぶべき事を示して頂いているばかりでして……」

「それで閨の中でも手とり足取りってわけ」

「そ、それは……あうぅぅ」

 

 赤面して言葉を失ってしまう亞莎と、それを見て不満顔の孫策。

 本来であれば彼女の身内として可愛がって貰っていた立場である筈の彼女が、俺のせいでこうなってしまった事を不憫に思って庇ったのだが逆効果になってしまった。

 

 いや違うのだ。決してやましい考えがあったわけではないのだ。

 しばらく前の事になるが、余りにも政務や軍政が忙しくなんで張昭が居ないんだよなどと愚痴が口をついて出るように成ってしまった俺は、恋姫において呂蒙が呉軍の一兵卒から見出されて軍師になるという設定だったことを思い出してその存在を探し出し、色々と能力を確かめた挙げ句すぐに登用してしまったのだ。

 儒教的な考え方が基本とされるこの時代においては登用や推挙を受ける事は大事とされ、それを成した側と成された側は深い恩顧の関係とされる世の中なのだが、一刻も早く使える軍師を増やしたかった俺はつい直接彼女を軍師候補としてねじ込み教育を与えてしまったのだった。

 

 その上なんでもこちらの言うことを素直に聞くし、全身から尊敬してます慕っていますのオーラが出まくっている彼女の魅力にやられ、俺は割とあっさり彼女に手を出してしまったのだった。

 

 いつの間にか俺の愛人枠のような目で見られることになってしまった彼女には大変申し訳無いことをしたと思っている。

 しかし亞莎であれば実力で皆に認めて貰う日はそう遠くないだろうと、俺はそう信じている……頑張れ亞莎、負けるな亞莎。

 

 お詫びに今日の閨に呼ぶ相手は亞莎、お前に決めたっ!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

行軍中の天幕で ☆

 戦は士気でやるものだ。

 

 師であった孫堅から繰り返し教えられたその言葉を、今度は俺が誰かに向かって説いている。

 まさに偉丈婦と言う風体だった彼女の下で息も絶え絶え扱かれて居た頃は、まさかこんな時がくるとは思っていなかったな。

 

 規則正しく揃った大量の足音が晴天の下に響き渡る。

 自軍が目的地へと道を進む中でその隊列の丁度中心あたり。俺は亞莎と共に馬車の車上から自軍の行軍する様子を見下ろしていた。

 

「最終的に兵の士気を保つことが肝要だ」

「はいっ」

 

 亞莎が俺の言葉に神妙な表情で頷く。

 彼女は既に軍隊を行軍させるための基本的な知識や手法などは学んでいる。元々は兵卒であった経験などがそこに活かされれば、実際に行軍指揮をとって俺以上に卒なくこなすことすらやって見せるかもしれない。

 亞莎は実際そう思わせるだけの才覚を既に示している逸材だった。

 

 だがそれでも俺は彼女にそう言葉をかけた。

 ……自分が孫堅から繰り返しそうされたように。

 

 

 軍隊の行軍は、何度経験しても呆れるほどに遅い。

 歩いているのは毎日鍛えに鍛えた大人たちだというのに、最終的な時速で計算するとその進みは運動などまるでしない現代日本人がコンビニまで買い物に歩くよりもなお遅い。

 勿論そうなってしまうことには様々な理由がある。

 

 一つには疲労の問題がある。

 遠征となれば一日中歩き通しで何日~何十日と過ごさなければならず、そのため可能な限り疲労を蓄積させないように進ませねばならない。しかも武装し荷を背負った兵をだ。更にそれが敵地ともなれば尚更で、いつ戦闘が起こっても良い余力を兵に持たせていなければならない。

 そしてどんなに兵の疲れに気を使っていても、長期間行軍を続ければ兵は疲弊し続け元々遅い行軍速度は更に低下していくことは避けられない。

 

 次に数の問題がある。

 例えば軍馬や輜重隊を含む武装した兵1万が基本4列の縦隊を組むと、なんと4~5kmにも及ぶ長大な隊列をなしてしまう。当然そんな一団を一斉に動かすことなどできはしない。

 その上無線などという便利なものがないこの時代では、兵は指揮官が声を張り上げて動かすしかなく、指揮官同士の隊を跨いだ連絡となると伝令を走らせるしかないのだ。

 必然的に軍隊では隊を細かく分けた上で各指揮官が兵を動かす事になり、それにより先頭の隊が歩き始めてから最後尾の隊が動き出すまでに1時間以上かかることもざらだ。

 

 その上小休止、大休止、食事、野営の準備、起床しそれをしまって行軍準備を整えること等、軍が行うあらゆる行動で上記の様な人数由来のタイムロスが発生し続ける。

 これは当然軍の人数が多くなればなるほど更にひどくなり、逆に小規模な隊であれば加速度的にそういった無駄はなくなっていく。

 信頼できる指揮官に任せた別働隊なんてものが重宝される所以の一つはここにあると言って良いかもしれない。

 

 更に道の問題がある。

 石畳で舗装された道などよほど栄えた都市においてすら一部の大通りにしかないこの国では、野外の移動に用いる道は当然ただの踏み固められた天然道だ。

 それでも相当に良い方で、山道畦道は当たり前……時に森の中や平原、荒野や湿地を突き進むこともあるのが軍隊というものだ。

 

 道がある時でも大規模な軍隊が行軍できる十分な道幅があるとは限らない。

 森や山中の道では隊列を細くせざるを得ないし、平地にあっても例えば川が一つあるだけで橋を渡るために隊列を絞る必要が出ると、一旦隊の足をとめて人を順に渡しで全員が渡りきれば隊列を組み直すという作業が必要になる。

 それが1隊だけであればいいが、先にあげたように万を超える大軍で全ての隊がそんなことをすると凄まじい程迂遠な時間がかかる。

 それでもまた橋があればいいほうで、川があっても地元の住人は必要があれば小さな渡し船一艘で済ませていると言う事例はいくらでもある。

 当然1万の軍をそんな渡し船で渡し切ることなど出来る筈がなく、そんな時は橋を求めて大きく迂回するかあるいは浅瀬を強引に渡河するなどをせざるを得ないのだ。

 

 更に重ねて言うならそれでもまだ最悪ではなく、川の氾濫や経年劣化により橋が壊れていたり渡河を見込んでいた場所が増水で進めないなど予定していた行軍ルートがだめになることも割としょっちゅうだ。

 敵地であれば橋を落とされるぐらいは当然だし、仮に味方の土地であっても敵の兵がそういった工作を仕掛けてこない保証などどこにもない。

 

 更には気候や天候。

 野外を進んでいれば雨も降るし風も吹く。夏は暑く冬は寒い。

 体調を崩す人間もでてくるし、病気や怪我もおこる。更には軍隊なのだから当然戦闘があるし、その帰路であれば多数の負傷者を抱えることに成る。

 

 そして現地調達で食わせる事が不可能な規模の集団になってくると、更にこの上鈍重な輜重隊を引き連れて動くことに成らざるを得ない。

 その他まだまだ要因を上げればキリがないほどに、軍隊の行軍は足が遅くなる理由が幾らでも湧いてくるもので、結果としてこの国の規模の大きい軍であれば一日の行軍距離は平地が中心なら大体約10kmでしかなかった。

 相当迅速な行軍が出来る鍛えられた軍でも15km程度が限界で、それ以上の距離を進ませようとすれば強行軍となり脱落者がどんどんと出始めてしまう。

 

 孫策達の祖(と言うことになっている)あの有名な孫子の兵法書にもそれは言及されていて、かの書によれば強行軍で30里(約15km)を進めば兵数は2/3、50里(25km)を進めば1/2、100里(50km)強行軍を行えば兵数は1/10以下になり敗北は必至だとされていた。

 

「そして例え無理をしなくても長距離の行軍を行えば1割程度の脱落者が出てしまうことはざらなわけだ」

「はい。私が読んだ兵法書にもその様に書かれていました」

 

 馬蹄と車輪の音に包まれる中で、亞莎は俺の言葉に一々律儀に頷き答えを返してくれる。

 今ここに居ない七乃は軍の前方で行軍の基本的な先導を行っていて、黄蓋は後方にて輜重隊とその護衛部隊を率いてくれている。

 そして俺達は中央で全体を監督しながら各所で問題があれば報告をうけて対処を命じつつ、空いた時間にこうして軍学について論を交わしていたのだった。

 

「そもそも好き好んで戦に参加したがる兵などいるわけがない」

「えっ?」

 

 驚きの声を上げる亞莎の奥で今の声が聞こえたのか、馬車に並走していた騎馬兵……護衛の親衛隊の一人がぎょっとした顔になったのが見えたが、俺は構わずに言葉を続ける。

 

「多少なりとも待遇があり立場がある隊長以上であればその限りじゃあないが、最下の兵が好き好んで殺し合いなどするわけがないだろう」

「そ、そうでしょうか……」

「能力に自信があり野心や使命感をもった一兵卒なんて例外だ。兵の大半は徴兵されたか他に行き場がなく仕方なく軍に入らざるを得なかっただけなんだからな」

「で、ですが皆さん訓練でも巡回任務などでもきちんとされて居ましたよ」

「そりゃ訓練や警備じゃ死なないからな。とりあえず飯がでて食いっぱぐれもないし、うちじゃ任があって勤めれば多少の給金もでる」

 

 うちの軍は平時ならただ訓練するだけじゃなく、治水工事なんかを中心に領内の公共工事においては人足として働かせることも多い。そして仕事を請け負わせればある程度の給金も支払うようにしていた。

 

「はい、末端の兵にまでとても良い待遇をなされていると思います……ですから皆ちゃんと軍に忠誠を……」

「だとしても、戦をすれば兵は死ぬ」

「っ……!」

 

 亞莎自身が所属していたこともあってうちの軍制を褒めてくれようとする姿勢は嬉しいが……俺はあえて彼女の言葉を切って声を被せた。

 

「大規模に兵を動かして長距離の行軍をする時なんて大戦に決まってるんだ。そんな時、兵の不安がどれほどのものか亞莎だってわかるだろ?」

「それは……はい……」

 

 彼女は答えながらそう語調を弱めて、萎縮するように縮こまってしまう。

 俺は苦笑しながら彼女の背中を軽く叩いた。

 

「俺達は勝利のために自分の能力を振るう立場にあるし、それが出来るという自信もある。戦うからには当然勝つつもりだ、そうだろ?」

「はい……えっと、私も精一杯努力致しますっ」

「あぁ、期待してる。だから俺達みたいな将や軍師は仮に命を落とすことになったとしても、ある意味では自分の責任と言えるわけだし、納得もできる」

「……はい」

 

 当然だがよほどの例外的な場面を除けば、自分の死を前提として策に組み込んだ戦いをするような将はいない。そしてやるからには勝つつもりでいるのだから、戦における命の危険とはあくまでも自分の力で立ち向かうことの出来るものだ。

 

「だが仮に俺達の自信を自軍の兵も信じてくれていたとしても……彼等の命は保証されない」

「それは……」

 

 だが軍がどれほど鮮やかに勝利したとしても、万を超える規模でぶつかれば勝者となった側にも多数の死傷者がでることは避けられない。

 一兵卒にとっては、どんな戦だろうと生きて帰れる保証など望めるはずがないのだ。

 

「兵の命はもう戦列の最前列に配置されるかどうかと言うような運の問題になってくる。そして運が悪ければ死ぬ様な戦場に、辛い思いをしながら行軍し続けていれば嫌にならない筈がない。そうじゃないか?」

「で、ですが戦友や家族のためなら兵であっても進んで戦うこともありますっ」

「なら、家族も友も居ない兵だったら?」

「あっ……」

 

 彼女自身はそうやって仲間や家族のために戦うことの出来る人間なのだろう。一兵卒であれ誇りを胸に持つことは出来る……それまで例外だとは言わないが、逆に兵として戦ってきた彼女であれば、戦いに怯え逃げ出す味方を見てこなかった筈がない。

 

「第一それは戦う理由にはなっても、戦いを嫌がらない理由にはならないだろう」

「はい……理羽様の仰る通りです……」

 

 俺の言葉に反論する事をやめ、亞莎はうつむいてしまう。

 あるいはまだ兵卒から見出されて日が浅く将官としての立場になりきれていない彼女にとって、俺の言葉は兵を……自分達の自負を否定されるように聞こえたのかもしれない。

 

「だからこそ、兵が戦う理由は大事にしなければならない」

「……えっ?」

 

 そしてだからこそ、彼女はこの言葉に驚きを露わにしたのかも知れなかった。

 

「戦は兵にとって正当性が感じられる物でなければならない。

 そして勝機もまた兵にとっても感じられるものでなければならない」

「……」

「無謀な命令で兵の命を無駄にしてはならない。

 無意味な理不尽を兵に与えてはならない」

 

 驚きに見開かれていた亞莎の瞳に、段々と理解の色が広がっていく。

 

「兵を怯えさせてはならない。

 兵を餓えさせてもならない。

 働きには報いなければならない。

 逆に働かぬもの、責務から逃げる者には罰を与え無くてはならない。

 また同列の者の間に不平等があってはならない。

 そして上に立つものは範を示さなければならない」

「はい……はいっ……」

 

 俺が重ねる言葉に、彼女はひとつずつしっかりと頷いてゆく。

 

「これ全て、兵の士気を大事と見なければならない……とまぁ俺は師にそう教わったわけだ」

「それが理羽様が受けられた孫堅様の教え……」

 

 亞莎は目をキラキラさせてこちらを見る。

 彼女はこちらの言うことには大体感心するか肯定してくれるし、頭を撫でるだけで頬を赤らめるしで、気をつけないとついつい自分が調子に乗ってしまう。

 

「それから俺の解釈もあるが、士気ってのは上げる事も大事だが同時に下げない事も大事だ」

「士気を下げないこと……ですか?」

「あぁ。さっきも言ったように兵は……と言うか誰でも戦は嫌がるし怯えるものだからな」

「はい、私もその様に思います」

「だから気持ちを支えるものがなくなれば兵は容易く瓦解する。戦の攻防とは結局味方の士気を保ち敵の士気を挫く為の過程に過ぎないのではないか、とな」

「戦いとは敵味方の士気を増減させるための副次的な要素に過ぎないと仰られるのですか?」

「極論を言えばな。現実には勝っている側の士気が瓦解するなんて事態はまずありえないが」

「……なるほど。そういった優位は結果として将兵の士気を保つからこそ有効なのであって、そうでなければ優位は優位たり得ないと仰られるのですね」

「そうだ」

 

 伝えた言葉を自分なりに咀嚼し理解に努めようとする亞莎に、俺は頷いた。

 

    味方の士気を保ち敵の士気を挫けたならば、それ即ち勝ちよ

 

 いつかの折に掛けられた声が脳裏をよぎる。

 孫堅が簡潔に言ったその言葉にどれだけの意図がこめられていたか、自分では未だにその意味を汲み取りきれた気は全くしない。

 

 こうして亞莎に偉そうに語ってみせていても、結局目に見える優位を優先して行動してしまうのが俺という将の限界だった。

 何よりもまず兵数と兵站、戦術と戦略。

 孫堅から戦は士気でするものだと繰り返し言われ続けたのは、そうした事前準備にばかり腐心してしまう俺を戒める意味も込められていたのかもしれない。

 

「まぁ言うは易しで、俺だって十全に出来ているわけじゃないんだが意識することは大切だ」

「はいっ」

「行軍に置いてもな。兵を疲れさせず餓えさせない事や規律を保ち無駄なく軍を移動させる事……だがそれも皆、兵の士気を保ち万全な状態で戦に臨むためだと言うことを忘れてはならない」

「はい……つまり表面的には正しい行動や対処に見えたとしても、兵の士気を損なう様な用兵は避けるべき。という事なのですね?」

「そうだ……優れた将と言われる奴らは皆そこが上手い。それこそ統率力と言うのか、一兵卒から叩き上げの指揮官達ですら自分には学は無いなんて言いながら、士気の大切さは皆わかって動いているように見えるからな」

「はい……私などにもそれが出来るでしょうか……」

 

 そう言って不安そうに眉根を寄せる亞莎を見て、俺は笑みを浮かべる。

 

「たぶん、亞莎なら俺なんかよりずっと上手くやれるさ」

「そ、そのようなことは決して……」

「そうか? 期待してるんだがな」

「あぅ……あ、あの……ご期待には全力でお応えしたく思っているのですが……」

 

 わたわたと手を振り乱す亞莎だが、これでも今言った言葉は本音なんだがな。

 士気が大事だと言ってみても、じゃあ具体的にどうすればそれを高く保てるのか。あるいはどうすれば敵の士気をうまく挫けるのかと言う感覚的な所は俺にはなかなかピンと来ない。

 昔から自分なりに色々と試行錯誤してはいるが、単純に兵を労ったり苦労を共にしたりすればいいわけじゃなく、逆に厳しくしたり立場の違いが目に見える振る舞いをしたほうが良い事が多かったりと、未だに上手くいかないことも多いのだ。

 その辺り、兵卒から抜擢された彼女なら俺よりもよほど上手くこなすだろう。

 

「用兵を学んでいくと兵数や戦略の大事さを繰り返し説かれる事になるし、軍略に携わる立場になればどうしてもそれらに注視してしまうのは避けられないだろうからな」

「は、はい……私も兵法書を学び、それらをきちんと気を配らなければと考えていました……」

「勿論それは将帥や軍師として正しいことなんだが、亞莎には机上の計算に偏りすぎず策によって実際に動く兵の士気と言うものを意識することを忘れないで欲しい」

「……はい! わ、私は誓ってお言葉通りに致します、理羽様っ」

 

 力強く宣言する亞莎の笑顔が眩しい。だがこの笑顔は最近の俺にとってひそかな重圧でもある。

 普段の具体的な指導は主に穏に頼んで(報酬は指導に使う書の閲覧権)つけて貰っているし、実地では俺や七乃の仕事を主に補佐させている事と相俟って最近の実力の伸びは目を見張るものがあるのだ。

 彼女から発せられる疑問なども日に日に踏み込んだ鋭いものになってきて、俺ではちょっと手に負えなくなって来ている。

 

 本当ならこうなる前に周瑜にでも預けて本格的に仕込んで貰った方が良かったのだろうが、ついつい便利使いして俺が彼女を自分の周囲から手放さなかったせいで、亞莎は早々に俺の子飼い的なポジションを確立させてしまっていた。

 そのせいで最近の俺は亞莎の素質を殺してしまわぬようにと無い知恵を絞り、彼女に良い学びを与えられる様にとあれやこれや四苦八苦する羽目に陥っているのだった。

 

 実務的な面では既に頼れる新人軍師である亞莎のおかげでだいぶ楽になっているし、もう俺が気張らなくても後は穏の指導と独学で頑張ってくれとすれば十分なのかも知れないが……。

 

「……? どうされましたか、理羽様」

 

 考え込みながら彼女を見ていると、亞莎は瞳を瞬かせてこちらの言葉を聞き逃すまいと注視してくる。

 ……この真っ直ぐに放射されてくる「ご指導ご鞭撻をどうぞよろしくおねがいします!」と雄弁に語りかけて来るような彼女の纏う空気のせいで、俺なりに出来るだけの事をしてやりたくなるのだった。

 

「いや、何でもない。気にするな亞莎」

「は、はい……」

 

 いつまで持つかはわからないが、俺なりに教えられることがあるうちは頑張ってみるか。

 全く閨での教えだけだったら幾らでも大歓迎なんだがなぁ。

 

 

 その日の日暮れ。

 野営地を定めて天幕の敷設などを終えた俺達は、主だった者を集めて行軍状況について打ち合わせをしていた。と言っても現状大きな問題はなくあくまで確認作業の意味合いが強いもので話し合いも早々に終わってしまう。

 

 黄蓋はまたぞろ兵と酒盛りでもするのか各隊長達を引き連れて上機嫌で立ち去り、七乃は放った斥候や夜間の歩哨についていくつか実務があるとのことで彼女もまた天幕を後にする。

 そして残った亞莎は、こちらをちらちらと見てもの問いたげな表情を浮かべていた。

 

 彼女はこう言った場面で、自分の判断ですぐに部屋などから出ていくという事はしない。

 そう躾けられているからだ。

 

「あ、あの……理羽様……」

 

 上目遣いにこちらの名を呼ぶ声に応えずに、俺は彼女に近づき……その柔らかな尻に手を伸ばした。

 

「っ!」

 

 びくん、と背筋をそらすようにして彼女はその身体を竦める。

 俺はその小ぶりだが形の良い尻を撫で回し、掌の感触を楽しみながらゆっくりと指を彼女の秘所に這わせる。

 

「り、理羽様ぁ……」

 

 しばらくそうして彼女の体を弄った後またぐらに伸ばしていた手を引き抜くと、俺の手は指の間で糸を引く粘ついた液体に濡れていた。

 俺はそれをゆっくりと自分の舌で舐め取る。

 

 息を荒げてこちらを見上げる亞莎の潤んだ瞳、媚を含み甘えた声色。

 そして舌先に感じる彼女の愛液の酸味が、俺の股間の欲望を煮詰めるようにグツグツと滾らせていく。

 

 俺は無言で天幕の奥に重ねられたクッションの上に身を投げ出した。

 

「あっ……」

 

 股を開いて彼女を見上げる俺を目で追っていた亞莎は、頬を染めながら小さく吐息を漏らしておずおずと俺の足の間に跪く。

 そして敷布の上に丁寧に指を付きながら、ゆっくりと頭を下げた。

 

「ご、ご奉仕させて頂きますっ……」

 

 亞莎は俺の下履きに手をかけ、腰から布を引き落とすようにして俺の股間を露出させる。

 そして血管が浮き出るほど固くいきり立った俺のちんぽに傅くように丁寧に口づけをし、舌を伸ばして丹念な奉仕を始めたのだった。

 

 亞莎にこんな奉仕をさせていると考えると、それだけで先走りがいくらでも湧き出して行く。

 亞莎はそれを自分の唾液と混じり合わせ、舌の滑りをなめらかにしながら俺の股間を丹念に舐め回し、焦らすように快感のボルテージを高めていく。

 

 亞莎とのセックスはいつもこうだ。

 彼女にはどうにも酷く俺の獣性や、仄暗い……あまり表に出せない薄汚い欲望を刺激して剥き出しにさせられてしまう。

 

 

 それは彼女の処女を奪った時からそうだった―――

 

「う……うぅ……」

 

 苦しげに呻く亞莎。

 それも無理はなかった。何しろ彼女は今、蓮華よりも更に年若く未熟なその身体の純血を容赦なく男の欲望に貫かれているのだから。

 

「大丈夫か? 辛いようならこのまま待つからゆっくりと息を吐いて……」

 

 口ではそんな事を言いながら、頭の中はちんぽを締め付けるまだ固い亞莎のまんこの感触でいっぱいだったが、欲望に任せて思い切り腰を振りたい衝動を精一杯取り繕って俺は彼女を気遣うふりをする。

 しかし亞莎は、苦しげな顔に無理やりに笑みを浮かべそんな俺の気遣いを否定する。

 

「わ、私の事はお気になさらないで下さい……どうか楽しまれて下さりますよう……」

「そうは言ってもな……」

 

 流石にそんな事を言われても、脂汗を浮かべる小柄な彼女を相手にそこまで容赦のない性行為を行うのは俺だって気が引ける。

 そう思って口ごもった俺を相手に、しかし亞莎は更に言葉を重ねた。

 

「ほ、本当に良いのです。私は……あの……う、嬉しいのです!」

「……なんだと? 嬉しいだって?」

「はい。だって……わ、私などに理羽様が興奮してくださっているのだと思うと……それだけで私は……そのっ……」

「それはまた……亞莎は随分と可愛い事を言うな」

「かっ……可愛いなどと、そのような事……」

 

 言葉に詰まりながら目をつぶって照れる亞莎は、言葉通り本当に可愛くつい彼女を貫いた俺のモノも反応してしまう。

 

「あっ……ですが、あの……嬉しいのは本当で……ですから、えっと……」

「落ち着け亞莎。大丈夫、ちゃんと聞いている。ゆっくりで良い」

「は、はいぃ……」

 

 亞莎は縮こまるように恐縮した様子を見せながら、ひとつふたつと深呼吸を繰り返した。

 そして改めて彼女は口を開く。

 

「私は、その……理羽様にもっと私の事を求めて欲しい……のです」

「だが、それで気遣わずに動いてくれと言うのは良いのか? 今だって辛いだろうに」

「い、痛みなど気にしません! むしろ、それが理羽様が私を求めることで与えられるものなら……その……う、うれしいと言いますか……」

「……」

 

 そんな彼女の告白には俺も流石にちょっと言葉を失ってしまった。

 被虐癖……と言うわけでは無い様だが、こういうのはなんと言えばいいのだろう?

 

「あ、あの!? そのぅ……やっぱり、私っておかしいでしょうか?」

「いや、おかしいという事はないが……あ~、じゃあ本当に遠慮なしに動いてしまうが良いんだな?」

「は、はいっ! せ、精一杯お相手させて頂きますので、どうか可愛がってくださいませっ」

 

 

 ―――そんな始まりから今に至るまで、彼女との交わりはどんどんとアブノーマルな方向に加速していった。

 

 俺のちんぽをしゃぶりながら自分で自分を慰めていた亞莎は、互いの性器を十分に濡らせた事を確認し、くるりと頭の位置を入れ替えてこちらに尻をむけた。

 そしてまるで土下座するような姿勢で自分の額を敷布にこすりつけ、高く上げた尻を自分の手で割り開いてヒクヒクと痙攣する性器を俺のちんぽの前に差し出すように突き出してくる。

 

「では理羽様……どうぞ、私のおまんこをお使いくださいませ」

 

 ごくりと自分の喉がなる。

 俺は小柄な彼女の体に覆いかぶさるようにして、まるでその未熟な薄い尻を押しつぶすように自分の腰を叩きつけた。

 亞莎とのセックスは、いつもどこか背徳的な喜びを感じさせる。

 

 健気な奉仕をしてくれていても、芯の部分ではお互いに対等でありよい関係のために双方で努力し合うという暗黙の了解があった蓮華とのセックスとは違う。

 こちらの欲望を全面的に受け入れながらもむしろ俺を手球に取るほどに積極的で、お互いを強く求めあいながら睦み合う七乃とのセックスともまた違う。

 

 亞莎はひたすらに俺の欲望を自身の心と身体にぶつけられる事を望んだ。

 彼女はお互いに対等に楽しもうとする様な関係は望まず、逆に明確に自分が下に置かれる振る舞いを好んでいた。

 

 一方的に奉仕させられ、頭を下げ、足を舐め、遠慮など無しに暗い欲望をぶつけられる。

 恥辱的な口上を述べさせられて、服従や奉仕を宣言しながら、舌を出して俺の足元に跪く。

 只管に従順で、隷属的で、献身的な……そんなセックスを亞莎は好んだ。

 

 私は愛し合うことよりも、心からお仕えしてご寵愛を賜りたいのです。

 

 その小さな体で懸命に俺のちんぽを咥え込み自分の快感など二の次にして俺の為に精一杯に腰を降る亞莎の姿は、まるで言葉を用いずにそう主張しているかの様で……。

 俺はそんな彼女に応える様に、この夜も目一杯亞莎の奉仕を楽しんだのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

亞莎

 陣を敷く。

 それは言うほどに簡単な事じゃないです。

 その大変さを、私は自分が一兵卒の時は思ってもみなかったのですが……。

 

「はいは~い。切り出した材木はそっちに置いて、今使う材木はそっちから取ってくださいね~」

 

 張勳様は行き交う人々に次々と指示を出し続けている。私はそれをお手伝いしながら陣張りについての実務を学ばせて頂いているのですが、これほどの貴重な経験は万金を出しても得られぬ価値を持つ時間だと思うほど様々な事をお教え頂いています。

 

「張勲様、許昌正面方向への柵張りが完了しました」

「あら呂蒙さんですか。ご苦労さまです。でも兵達はちゃ~んと言った通りの配置に柵を打ち込みましたか? 適当にやらせちゃだめですよ~」

「は、はいっ。何度も確認しましたので間違いないと思いますっ」

「そうですか~。それなら結構です♪」

 

 許昌を遠目に望む事ができる丘の上。

 目的地についた私達の軍だけれど、即座に戦端が開かれることはなかったためにこうして一旦落ち着いて陣立てを整えることになりました。未だ近隣諸侯の軍と合流できていない私達に対して数で勝る黄巾が野戦をしかけてこなかったのは意外でしたが、張勲様や周瑜様はそう言う事もありうると事前に予想されておられたので動揺はありませんが、それでも心に疑問が湧き上がる事は止まりません。

 

 許昌は国でも屈指の大都市ですが決して守るに硬い場所ではないと聞きましたし、私もこうして実際に目にしてもその評価は正しいと思います。けれど黄巾は籠城を選んだ……賊軍とは言えこれほどの大軍を用いて陳国を落とした相手が、まさか私達に対して恐れをなしたという事は無いでしょうし、城壁の力を私達以上に高く評価しているということでしょうか?

 

 そう思わせて私達の油断を誘い奇襲をしかけてくる可能性も捨てられませんが、張勳様の差配するこの陣張りを見ているとそうした手が上手く行くとは思えません。それほどにあの方の手腕は隙の無いものに見えます……少なくとも私には。

 場所の選定、人の差配、作業における優先順位の付け方。警戒を怠らず、いつ戦端が開かれてもそれまでの作業が無駄にならず、兵が戦いに移れる体制を整えながら後から合流する軍勢のことも考慮して陣の様相を整えてゆく。内側から見ていても既に半端な街の城壁以上に攻守に優れて見える陣を、しかもこれほどの大軍で素早く差配できる人間がこの国にどれだけいるでしょうか? その差配を間近に見ながら、恐れ多くも直接の教えまで賜るだなんて私は本当に恵まれています。

 

 そんな恵まれた境遇を自覚するたび期待を掛けて頂いている事への重圧の中に一片の誇らしさを感じ、私はより一層の努力をしなければと思いました。

 だって私は理羽様の期待を裏切る様なことは決してしたくないのです。

 

 勿論今こうして与えられているお役目はきちんと果たせていると思っています。

 理羽様も張勳様も私の力に見合わない仕事を任される様な事はありませんし、その仕事だって誰にでもできる雑務というわけでは無いと思います。けれどまだまだこの様な働きでは私の目指す所にはとても足りていません。

 

 私は身の程知らずにも兵卒の時分からもし自分がこうした立場に立ったらどうするかと考えていた様な生意気な小娘でした。

 下される指示に対してどうしても不合理に感じてしまったり、こういう指示だったなら自分たちはもっとうまく動けるのに……なんてよくそうしたことを考え込んでしまう人間で、時折元いた部隊の隊長殿にそうした思いを吐露した事もあります。

 

 隊長殿の判断で進言しても問題がないと思われることであれば伝えて貰い少しでも何か改善されたりはしないだろうか。もし私の考えが認められて何かが少しでも良くなればこれに勝る喜びはない……と言い切ってしまうとそれは嘘ですね。

 私だってもしかしたら自分の才覚が見出されて出世したりすることもないだろうかと願わなかったわけではありませんから。

 

 けれど、まさか理羽様の様な雲上のお人に直接掬い上げて頂いてすぐ側に侍り教えを受けながらも更に忌憚なく意見を述べさせて頂けるようになるだなんて、あの頃の私にこんな未来があると言っても決して信じられなかったと思います。

 

 未だ見習いの身として正式な役職こそ頂いては居ませんが、私が頂いたこの立場は何気なく口にした意見ですら理羽様達に正しいと思われれば支配地の全土に影響を与えることすらありうる立ち位置です。実際ただの雑談のつもりで口にした言葉があれよあれよと全軍の訓練工程が見直されるきっかけになった事があり、自分の立場の影響力を実感してしまった日は体中から血の気が引いたような思いがしたのを憶えています。

 もし自分が誤った考えで理羽様を惑わしてしまいその結果大きな被害が出るような事になったら、その時自分はどうなってしまうのだろうか……そんな恐れに囚われた私をあの方は笑って諭して下さいました。

 

「呂蒙、お前はまだ何者でもない見習いの身だ。そんなお前に責任など問うわけがないさ」

「で、ですが袁術様……」

 

 その時怯える私に掛けて下さった言葉の衝撃を、私は今でもはっきりと覚えています。

 

「例えお前の意見をそのまま用いるようなことがあっても同じだ。どんな意見でもそれはあくまで意見にすぎないし、物事の責というのは決断を下し実行した、あるいはさせたもの。令を発する立場の者が負うべきものだろう」

 

 それが当たり前の道理であるかのように、理羽様はそう仰ったのです。

 

 名君であるとも、仁君であるとも讃えられているお方だとは存じておりました。お側に侍りその風説は事実なのだろうと感じてもおりました。けれど貴人の身でありながらそんな風に自分の発した命令に対して責を背負う様な考えを持つお方だったとはまさか思ってもみませんでした。

 恐れ多くも高みにあっては天子様から身近な所では一つの家の家長まで、令を下す者はその令が意に沿わぬ結果になれば令を受けた者の責を問うのが当たり前の世の中だと言うのにです。

 

 孫家と結んだことで今でこそ勢力の主としての立場は孫策様へとお譲りなされたのですが、お側にいれば今でもこの広い領土における政の最高位者としての働きをなされていることはまだ未熟な私にだってわかります。そして何時も民の事を考えた施策を行ってくださっていることも感じられない日が無いほどに、このお方は民のことを考えた政務をなさっておいでです。

 それがこの様な意識のもとで行われているのだとすれば、この御方はどれほどの重責をその身に背負っておいでなのでしょうか。

 

 そう思った時、私は恥じ入る気持ちでいっぱいになり思わず熱くなった顔を理羽様から背け隠してしまいました。

 眼の前に立つこの御方と比べて、ただ自分の責が問われないかどうかばかりを心配していた自分はなんと小さい人間なのだろうとそう思ったのです。

 

「……呂蒙? どうした」

「いっ……いえ! な、なんでもございません!」

 

 明らかに不審な態度を、なんの言い訳にもなっていない言葉でごまかそうとする程恥じ入り混乱していた私の脳裏に、ふと以前この城の執務室で見かけた光景が思い出されました。

 それは蓮華様が差配されていた治水事業において河川の一部に地盤が緩く事故が多発する箇所がありどうするかを悩まれていた時の事です。

 

 

「……無理に続けさせれば更に事故が起きて犠牲が増える可能性もあるし、この一箇所に拘って治水事業そのものの進捗を遅らせるわけにも行かないわね」

「治水は難しい様だが特別他と比べて被害が大きいわけでもない。一旦棚上げしてしまうのも悪い手じゃあないぞ?」

「そうは言って被害がないわけでもないですし、そこに住まう人にとってこの事業は待ち望んでいた物の筈だわ」

「それならやはり完遂を目指すか? 予算と工期に多少の無理をすれば他にしわ寄せはくるが不可能ってわけじゃあない」

 

 理羽様の言葉に蓮華様はますます悩ましさをまされたご様子です。元より言われた言葉の内容はご承知の上で思い悩まれていたのでしょう。

 

「……難しいわね。貴方達ならどう判断するかしら?」

「そうだな……俺は棚上げで良いと思う。該当地の民には被害に見合うだけの別途の援助を行った方が全体の負担は軽いだろうし、浮いた手と金で救われる者もあるからな」

「私は完遂すべきと思います~。最初からその地に手をつけなかったならともかく一度工事を初めてから妥協してしまえば蓮華様の名前で行われている事業の御威光に傷がついてしまいますし、それに一度治水事業を終わらせてしまうと後から一部だけ行おうとするのは難しくなってしまいますし~」

「……なるほどね。ふたりとも有意義な意見をありがとう」

 

 理羽様と穏様から相反する意見を聞かされた事で言葉とは裏腹にむしろ迷惑そうな表情で蓮華様はため息をつかれました。

 私はその時、そんなお三方のご様子を部屋の隅から眺めていました。

 勿論意見を挟むような気など毛頭なく、元より自分に意見が求められているなどとも思っていません。その時の私には貴き方々と同席する緊張はあれど、蓮華様が頭を悩ませる問題については完全に他人事だと感じていましたから。

 

「なぁ蓮華。軽々しく決められないのはわかるが、いつまでも悩んで現場を待たせるわけには行かないぞ?」

「勿論それはわかっているわよ」

「実際この手の政に関する問題には正解なんて無い。どっちを選んでも得る物があり失う物もあるんだ。どうしようと責める者や恨む者は生まれるし逆に称える者も感謝する者も出てくる。そういうものだ」

「わかってはいるつもりだけど……でも……決めきれないのよ。ねぇ、未熟な私なんかが決めるより二人でもっと意見を協議して決めて貰ったほうが良いんじゃないかしら?」

「えっと……蓮華様、それは……」

「それはだめだ」

 

 言葉を濁した穏様の声を遮るように、私が初めて聞く様な硬い声色で理羽様は連華様を咎めました。

 私は思わず驚いて理羽様の顔を注視してしまったのを憶えています。あの時の連華様を見る真剣な眼差しを……。

 

「それは何故?」

「この件の責任者は蓮華だ。だから意見を人に求めるのは良いが最後の決断は自分でやらなければならない」

「でも貴方や穏の方が優秀だし……」

「それは関係ない。そもそも俺も穏もお互いの主張の妥当性は認めているし協議だって既に十分行っている。他に取りたい手段があるというなら勿論改めて意見はさせてもらうが、それでも最後に決めるのは蓮華の役目だ」

「……どうして?」

「それが立場ってものだからだ」

 

 理羽様がそう断言しました。

 

「蓮華、お前は孫家の姫君だろう。孫策に何かあればこの一党を率いなければならないし、そうでなくてもこれから多くの配下を抱えて様々な事を差配していかなければならない身の上じゃあないのか?」

「……勿論、そのぐらいわかっているつもりよ」

「だったらこれから先、どちらも妥当に聞こえる相反した提言なんて幾らでも出てくるぞ。その時はどうするつもりだ?」

「それは……」

 

 名門袁家と結びつきこれからの躍進が約束された孫家の姫としてそれは容易に想像される未来だったのでしょう。理羽様のご指摘に鼻白んだご様子の連華様を見ながら、人の上に立つ方々と言うのはやはりとても大変なのだなぁとその時の私はやはり他人事の様に思っていました。

 

「勿論、信頼できる誰かに何かを丸ごと任せてしまうのも良いがそれも誰に何を任せるかという決断をするのはかわらない」

「そうね……」

「そして今孫策から内政を任されているのが俺だし、俺の判断でこの治水事業について任せたのが蓮華なんだ」

「私が……任された事」

 

 改めてそれを確かめるように言葉にする連華様に、どこか挑発的な空気を纏って理羽様が問いかけました。

 

「そうだ。蓮華ならば十分に出来ると思ったから俺はお前に任せたんだ。それとも荷が重いか? 止めたいと思うか?」

「いえ……私がやるわ」

「そうか。なら任せていいな?」

「勿論よ……ねぇ呂蒙、こちらへ来てくれる?」

「は、はひっ」

 

 それまでと変わって強い光を讃えた瞳に見つめられて、私はあたふたとしながら慌てて蓮華様へと近づきました。

 

「この件で私達が協議するための資料を用意してくれたのは貴方よね?」

「は、はいっ。その通りでございます!」

「そう……理羽、この娘を少し借りても良いかしら?」

 

 問いかける蓮華様と共に私も視線を理羽様へと向けて心中でどうすれば良いのでしょうかと問いかけます。そんな私達を見て理羽様は面白そうに笑って首肯なされました。

 

「構わない。呂蒙も頼めるな」

「か、畏まりました!なんなりとお申し付け下さいっ!」

「ありがとう、よろしく頼むわね」

「は、はいぃっ!」

 

 蓮花様はびくびくと緊張しきりの私に微笑んでくださるとすぐにてきぱきとご指示を下さいました。

 そして私が言われるままにご用意させて頂いた資料の数値等を睨みつけるように比較なさると……ほどなくしてご自身がするべき決断を下されたのでした。

 

 ……私はそれを間近で見ていたと言うのに、ただ偉い方々と言うのは凄いなぁとか大変だなぁとか今までどこか遠い長江の対岸を眺めるような気持ちでいたのです。蓮華様は元々令を下す側の生まれであるからそのような振る舞いが求められるのであって、自分には関係のないことだとそう思っていたのです。

 

 けれど……私に責任はないのだと慰められ、同時にそして理羽様がそれを背負っているのだと知ってしまった時……今のままではだめだと思いました。

 あの時蓮華様を見る理羽様の目には、厳しい態度を取りながらも強い信頼と期待がございました。

 翻って私はどうでしょう。こんな無責任な気持ちのままではきっと一生あのような目で理羽様に見て頂けることはないに違いないと、そう思ってしまったのです。

 ただ言われるまま役目をこなして与えられる賞賛や叱責ばかりを気にするのではなく、本当の意味でなした事の結果を自分の責任として背負う覚悟で役目に取り組めるようにならなくては、この方の重荷を僅かですら預けては頂けないに違いありません。

 

「袁術様……」

「ん……なんだ」

 

 私は顔をあげて理羽様を見つめました。

 突然に俯いたあげくそのまま物思いに耽ってしまった無礼な娘を、このお方は何も言わずずっと静かに見守って下さっていました。

 

「私もいつか……いつか袁術様から責あるお役目を任せて頂けるような人間になれるでしょうか?」

 

 そう問いかけた私の気持ちを、あの方は汲んでくださった様に真剣に表情を改めて私に向き直ってくださいました

 そして静かに一度目をつぶり、私の問いに向き合った上で答えを帰して下さったのです。

 

「なれるさ。呂蒙が望むのなら」

 

 その言葉を聞いた時、私はそうすることが当たり前であるかのように自然と跪いて拝礼し―――

 

「はい……きっとご期待に応えて見せます。そしてどうか、亞莎とお呼び下さいませ」

 

 それは私にとって二度目の願いでした。

 思い返せば初めて正式に理羽様の元に出仕した日も、私はお仕えさせて頂く御礼と共に真名を捧げさせて頂こうとしたのです。

 ですがその時―――

 

「確かめたいのだが……君にとって真名とは大切なものだよな」

「は、はいっ!勿論でございますれば――」

「それなら、真名を預けようとするのは今少し気持ちが定まってからにしてみないか?」

「えっ それは、どういう事なのでございましょうか……」

「何しろ君は俺という人間をまだ何も知らない。それでは真名を預けるには早すぎると思わないか?」

「で、ですが……」

 

 この身を引き立てて下さった大恩あるお方に真名を隠すなど非礼ではないか、そう思って焦る私に理羽様は申し訳無さそうな顔で言葉を重ねられました。

 

「まぁ慣例や礼法には反するかもしれないが、この事で君を非礼だとか忠に欠けるだとかは周りにも言わせない様にするつもりだ。どうか考えてくれないか?」

「そ、そこまでして私の真名をお受け取りくださらないのは一体何故なのでしょうか? 私に何か至らないところがあるのであればどうかご指摘をくださりたく……」

「いやいや、そんなものはないよ。俺は自分の直臣として迎える事になるのなら君の心情を知りたいと思っただけさ」

「わ、私の心情……でございますか?」

「そうすべきだからとかそうした方が良いからじゃなく……そうしたいと思った時。君自身が俺に真名で呼んで欲しいと思えるようになった時に、その名を預けて欲しい……それでは納得できないか?」

「そ、そのような事は……で、ですが敬愛すべき主として仕えるお方には真名で呼んで頂きたいと思う事では不足なのでしょうか?」

 

 私がそう言うと理羽様は困ったような表情を見せられ、そしてどこか遠くを見るように視線をあげて呟くように言われました。

 

「そうすべき……とされているのはわかる」

 

 独白のように吐き出されたそれに、返答した方が良いものなのかどうかと困惑していた私を他所にその言葉は続きました。

 

「けれど儒者が言うように強制して皆に徳が身につき三綱五常が世に満ちるならそんなに簡単なことはない。そうじゃあないか?」

「え、えぇと……それはその……」

 

 こうであるべきとされる道徳も正義も、強制されて身につくものではないのだとこの方は仰られたのです。

 まるであれこれと煩い儒者にたいして酒家で愚痴を吐く酒飲みのにも似たその言葉に、理羽様の様な貴人がその様な事を言ってしまって良いのだろうかと私は思いました。

 

「じ、実現が難しいことだからこそ形や行動として確かなものにしなければならないのではないのでしょうか……」

 

 子は親を敬うべきであり、臣は君に忠をつくすもの。

 そしてそれは礼儀や作法、行動に置いてもきちんとわかるように表さなければならないもので、そうでなければ口でいくら自分は孝がある忠があると言った所で誰にも認めてなど貰えません。

 漠然とですがそういう物だと思って今まで言われて生きてきましたし、付け焼き刃かもしれませんが私が急いで憶えた礼儀作法でもそうとされていた筈です。

 

「まぁ無理にとは言わないさ。ただ俺は儒家の言うような型にはまった振る舞いは苦手でな……合わせてくれるとやりやすいのさ」

「は、はぁ……えっと、そういうことでしたら……」

 

 理由はなんだか有耶無耶になった気がしたものの、その時は主が望むのであればそれに合わせることもまた忠節であろうと思って一度は捧げようとした真名を自分の中にしまいこみました。けれどやはり理羽様のお側に仕えるようになってから自分の主に姓諱で呼ばせている事で周りから白眼視されているような気がしてしまって、尊敬できるお方なのにこの点では困った令を下されてしまったと内心では少し嘆いていたりもしたのです。

 

 ―――しかしそんな思いを抱いてしまっていたのは、ただただ私が不明であっただけなのです。

 口にした二度目の願い……けれどそれを口にする私の心情は、確かに以前とはまるで違ったものであったのですから。

 

 心から自分の真名を捧げたいと思う気持ちがどのようなものか。

 真にお仕えたいと思う主君を見出した時、世界が如何様に色付いて見えるのか……その時、私はそれを知ったのです。

 

 それまで不思議な言動に振り回される様な思いをすることも多々ありましたが、それも思い返してみれば理羽様はずっと立場や関係性からではなく、ただ一人の人として生きた私のことを思って相対して下さっていたのだとわかるのです。

 

 だから私も今度は本当の気持ちで願う事ができたのです。

 私は……このお方が背負う物を分け預けて頂けるような、真の臣下でありたいと。

 

「……亞莎」

 

 差し出した両手をそっと包まれながら真名を呼ばれた時……この思いを理羽様にお認め頂いたのだと私は喜びに溢れました。

 

「ならば……理羽。この真名を受け取って欲しい」

「理羽……様……はい……確かに、受け取らせて頂きましてございますっ」

 

 尊き響きを感じるその真名を恭しく預かった私に、理羽様は小さく頷いて下さいます。

 そして私は恐れ多くも理羽様と想いが通じ合った気が致しました。

 

(あぁ……わかります、理羽様)

 

 それはただ私が真名を捧げたから、その返礼として返して下さったものではないのだと。

 私の思いを認めて頂き……理羽様自身が私に真名で呼びかけて欲しいと……そう思って下さったからこそ預けて下さったものなのだと、疑いなくそう信じることができました。

 

 そのなんと喜ばしいことでしょう。

 これが真の意味での真名の交換であるのだと私は初めて知りました。

 

(この方にお仕えすること……それが私のまことの望みなのですね……)

 

 

 ―――そうした自覚を持って以来、誠心誠意理羽様にお仕えすると共により一層の努力も重ねてきたつもりです。

 その甲斐あってか徐々に周囲の方々、特に張勳様には目を掛けて頂き様々な教えを授かる様になりました。……その上、あろうことか理羽様には、ご、ご、ご……ご寵愛まで授けて頂くなど……過分な栄誉に預かる日々です。

 

 だからこそ……私はもっともっとあの方のお役に立てるようになりたいのです。

 少しずつ裁量のある仕事も任せて頂けるようになってはいますが、私に与えられたものからすればまったくお返しできているとは思えない働きしかできておりません。まだまだ未熟な我が身を呪わしい限りです。

 

(だめだめ、いけないわよ亞莎。……こんな事を考えている場合じゃないでしょ!)

 

 私は自分の頬を叩いて物思いにふける自分に喝を入れます。

 焦る気持ちは努力に変えるためのものであって今与えられた仕事に持ち込むものではないのですから。その大小にかかわらず与えられた責を軽んじる様な気持ちでは理羽様に顔向けできません。

 

(そうね……今のうちに兵達の体調についての聞き取り結果をまとめておくべきかしら……)

 

 南方に位置する私達の故郷から大きく北上したこの地……理羽様が仰られる所の"あねったい"なる気候に住んでいた私達にとって、が冬が近づいてくる今体調に問題がでないか気を配られていた理羽様の事を思いながら、事前にそれを命じていた兵達を集め段取りを済ませていきます。

 

(ざっと見た限りは兵達に大きな問題はでていないみたいね)

 

 確かに寒さに対する声は多くあがっているようですが、理羽様が事前に支給する兵装の一部として厚手の服を用立ててくださったからこそでしょう。いつもながら本当に兵達によく気を配ってくださるお方だと思います。

 

(私も足を剥き出しにするような服装のままではだめだからなと何度も注意されたのですよね……)

 

 思い返しても仰る通りに胡服に近い誂えの服を用立ててお見せした時の理羽様の反応は失礼ながら笑いが溢れてしまうような気持ちになってしまいます。何しろ布に覆われた私の足をみてこれで安心だといいながらも……とても残念そうに落胆したご様子を見せてくださるんですから。

 

 あれだけ素晴らしく魅力的な方々と情愛を交わされているというのに、私などの貧相な体に執着してくださるご様子を見せられると、なんだかくすぐったくこそばゆい様な……それでいてやっぱり嬉しいようななんとも言えない気恥ずかしい気持ちになってしまいます。

 

(今日も……褥にお呼び頂けるでしょうか……)

 

 そんな事を考えると、なんだか下腹が熱を持ったようにもぞもぞとする感覚に陥ります。

 

(だめだめ亞莎。問題がなさそうだからって気を抜かないで仕事に集中しなきゃ)

 

 色にかまけてやるべき事を疎かにするような娘になってしまえば、結局あの方のご寵愛も失なってしまうでしょう。いえ……もしかしたら女としてだけは求めて頂けるかもしれませんが、その時は今感じられるあの方の信頼や期待は二度とかけられなくなくなってしまうに違いないのですから。

 

(えっと、兵への聞き取り調査がおわったら輜重品の確認をして……あぁ、後斥候隊の一部が戻ってきたんだから隊の状態と帰還予定とのずれを考えて次の予定を仮組みして張勳様に判断を仰がなくちゃ。夜のことを期待して物思いに耽っている暇なんてないじゃないのよ!)

 

「亞莎、頑張るのよ!」

 

 周りを騒がせないように小声で……けれど強く思いを込めた言葉で自分を鼓舞し、私は次にやるべきことを求めて陣中を駆け出すのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ずずずと音を立てて淹れたてで熱々の茶を飲む。

 行儀が悪いとわかっているのだがさまさずに飲みたいのだからしかたない。そう、寒いのだからしかたないのだ。などと自分に言い訳をしながら熱い液体が喉から食道、胃へと下り落ち体を中から暖められる感覚に人心地ついてほっと息を吐き出す。

 実のところ気温で言えばそれほど低いわけではない筈なのだが、慣れというのは恐ろしいもので冬でも肌寒い程度にしかならず年間通して降水量の多い長江流域でずっと暮らしていると服装なども通気性の良い薄手の服装を好むようになるし、こうして結構北上したりすると体を撫でる風のつめたさに気分的な寒さを感じてしまうのだ。

 それでも公孫瓚なんかがいる幽州などよりよほど温かいのだからもしそこまで遠征しなければならない事態に陥ったらと思うとげんなりするな。漢帝国は広すぎて気候や風土も多岐にわたる事は今後軍を長距離動かさなければならない事が増える中、気をつけなければならない要素の一つだろう。

 

 本音はさっさと戦なんて終わらせて女性陣の露出が眼福な地元へ帰りたいところだが、相手は籠城策を選んだのでそうもいかないだろうな。面倒になったと言えばそうだし、逆に簡単になったとも言えるが……しかしやっぱり面倒になったと言うべきか。元々負ける戦をするつもりはないが、事前に七乃や周瑜が予想した手の内の中では相手の本隊が許昌に籠もる場合、最終的な勝利はより確実になるだろうと言う予測がなされている。

 

 だがその代りに犠牲になるのは被害の確実な増大だ。

 事態の長期化は軍だけではなく民の生活にも大きな負担がかかるし、それは最終的に統治者……特に現政権への不満となり黄巾の力となる。計算してかどうかはわからないが、この場の勝利よりも漢の打倒という最終目標により有効な手を打ってきたというわけで、それが自分たちの敗死までをも織り込んでの選択なのだとしたら敵ながら感心せざるを得ない。

 

(蒼天すでに死せり黄天まさに立つべし……か)

 

 既に漢王朝による統治が崩れる前提で動いている自分たちとしては、それを成すために命をかけようとする相手にすると複雑な気持ちだ。とは言え相手はそんなことを考えてはおらずただ城壁を頼みに勝てると思って行動しているだけなのかもしれないし、こちらとしてもその後の有利のために今は漢の守護者としての手柄を得なくてはならないのだから全力で戦うしかない。

 

 しかし今の所は許昌は略奪の嵐だとか無法都市だとかになっているわけではなく、それなりに(あくまでそれなりに)黄巾の本隊はお行儀よく振る舞っているようなので、こちらとしても無理攻めをする理由には欠ける。まさか無関係な市民をまきこんでの兵糧攻めなど出来るはずもないし、それどころか都市内の物資がつきればこちらが補給しなければならない羽目にもなりかねない。

 

(結局数を集めて正攻法で力攻めをするしかなさそうか……兵が大勢死ぬな……)

 

 自軍の優位を疑ってはいないがこれほどの規模で兵をぶつけ合う事態は今生にとっても初めての経験だ。

 しかもこちらの軍は寄り合い所帯の連合軍で集められた有力者達は皆手柄を争ったり危険を押し付け合ったりするだろう。そしてそれをなんとかしなきゃならない総大将は俺ときているのだから憂鬱だ。

 

 とは言えこれも自分が望んで選んだ道だ。

 統治や戦争に必死になった代わりに何人もの良い女と夢のような関係を持てるのだから十分な対価だろう。

 これがもしただ金や権力にあかせてかき集めただけの女達を抱けると言うだけだったなら、どこかで嫌になってそのために命懸けで行動したり責任を背負い込んだりはしなかったかもしれない。

 

 俺だってやろうと思えばそういう事もできるだろうが……まぁ七乃が用意した女を抱いたりとか近いことはしている気がするが……積極的にはやりたいと思わないぐらい七乃達を抱くのは飛び抜けて心地いいのだ。

 

 実際の所容姿だけなら彼女達に匹敵するか上回るような美女だって抱けるのだ。それこそ高級妓楼の妓女達は皆選りすぐりの美女だらけだし、そんな女達と比べると特に亞莎などはいかにも垢抜けない。

 勿論磨けば光るぐらいの造作ではあるのだが俺の贔屓目抜きで容姿の評価をするなら……クラスで一番の美少女ってぐらいだろうか。

 その上生まれ育ちもあって肌にはひび割れや傷が見て取れるし足先には土臭さが染み付いていたりなど、普通の男なら高級妓楼の女の方が良いという人間が大半だろう。

 

 そういう点では孫策のように剣を振り回して敵の渦中に突っ込むような事を繰り返している女ですら、やはり育ちの良さは体にでるものだ。

 しっかりとした履物に滑らかで質の良い肌着。日常的に使える香油や石鹸。湯浴みの習慣や下働きとは無縁の生活。

 七乃は言わずもがなだが、孫呉の一党も苦境にあったとは言えそれは勢力としての話であって幹部連中は身分としては支配階級の人間達な事は変わらないのだ。

 

 だがそうやって体に大小の傷をつけながら地に足をつけて必死で生きてきた亞莎が……優れた才能と強い意志を持った未来ある彼女が、自分の様な人間に驚くほどの好意を向けてくれることが……そしてそんな彼女を思うさま味わう事は俺にとってはたまらない快感なのだ。

 

 単なる容色ではなく人格や能力、なしてきた行動も抱いている意思も含めて自分に感じ入るものがあるかどうか。それが俺にとってはいい女かどうだ。勿論あれこれ言っても結局ただ好きだった原作キャラだからだろうと自嘲してしまう気持ちはあるが、どうしたって何かの事前知識があれば偏見を持ってしまうのは避けられないし、それならば好意も嫌悪もそれを含めて生まれた物だと割り切ってしまう方が良い。

 七乃にしたって孫策にしたって実際に付き合ってみるとこいつこんなキャラじゃなかっただろうと思うことも多く、最終的には実在の人物をモデルにしたゲームを遊んだ後にモデルになった人間たちと会うことになったようなものだと思って自分を納得させることにしたのだ。

 

 だからゲームでは好きだった相手でも実際にあってみてモデルになった人間は好きになれないという事もあるだろうし、原作にでて来なかった相手だって付き合ってみれば好きにせよ嫌いにせよ同じ様に感情は動かされる。

 そういう意味では孫堅は特にそうで、俺がプレイしていた作品では彼女は作中に登場しなかったが今の俺という人間を形作る要素としては七乃に匹敵するほどの大きな影響を(強制的に)与えられた忘れられない相手だと言えた。

 

 俺は不意に寒さとは別の悪寒を感じてぶるりと肩を震わせた。

 

(孫堅の訓練を思い出すと鳥肌がたつな……)

 

 いかん、もっと楽しいことを考えよう。

 時期的に見てそろそろ各陣営に使者として出した人員も合流するだろうし、特に問題がなければその後各地から軍勢も集うだろう。ついに曹操と会う日がくるのかと思うと実際にはどんな人間なのかと楽しみな半面プレッシャーも半分……いや、七割ぐらいはプレッシャーかな……恐ろしい。

 くそう。七乃が有能すぎて現状総大将の俺は忙しいわけではないが、陣中で兵が起こした諸問題に沙汰をくだす軍事裁判的なことも(しかも完全人治主義だ)やらなきゃいけなかったりするというのにその前に気分を落としたくないと言うのに。

 

 今日の夜のお供を誰にするかでも考えよう。

 と言ってもこの陣中で新たに誰かを口説くような気にはなれないし、七乃か亞莎の二択……3Pも含めれば三択か。

 

 孫策達が居ない今七乃は軍事的には実務の最高位者としてかなり負担が大きいので、この上夜の相手までさせるのは気が引ける。

 それでも抱きたいし七乃も俺に抱かれたいと思ってくれていて多忙だけを理由にあまり閨に呼ばなかったりすると拗ねるのだが、どうせ孫策達がもうすぐ合流するだろうからあいつとはその後たっぷりと二人でだらけさせてもらおう。今の俺の仕事も孫策に押し付けてやるぞ。

 

 そういうわけで今日も亞莎だ。

 あいつはちょっとMが入ってるから油断してるとすぐ倒錯的な感じになってしまうので気をつけないとな。女に土下座させて後ろからとかそんなことばっかりやってたら俺の性癖が歪んでしまう……なので今日はもっと愛情たっぷりな感じのセックスにしよう。

 

 そうすると亞莎はすぐ勿体無いとか恐れ多いですとか言い出し始めるが今日は容赦しないぞ。

 だいたいあいつは俺を妙に神聖視した態度を取りすぎるのだ。

 

 そうなったきっかけは責任の所在がどうとかみたいな話をした事なのだが、その後に俺は別にそんな大層な考えがあって言ったわけではないとちゃんと説明した筈なのだが……。

 勘違い物みたいな展開はお話として読む分には面白いが自分に向けられる好意がそういうものだと虚しすぎるし、お話のようにご都合的な幸運が連続して誤魔化せるわけでもないので幻滅された後が怖すぎる。

 

 だから俺はその手の妙な好意を受けたと思ったらちゃんと説明はしているのだが……。

 何しろ染み付いた価値観と言うのは拭い難いもので、非礼にならないように取り繕える程度には礼儀や常識を身に着けはしたもののこの時代の儒教的な価値観はどうしても馴染めなく思わず口にした言葉が誰かを怒らせたり逆に感心させたりすることは結構あったからな。

 

 大体俺は神でもなんでもないんだから人の生死や人生に責任なんぞとれるわけがない。あくまで自分が振るう権力やら影響力を考えなしに振るったり人のせいにして押し付けたりしないようにしようってだけの事だと言ったのだが亞莎の態度は全く直る気配がない。

 

 まぁ俺と言う人間を変に勘違いしない上で好意を持ってくれているなら嬉しい事だと自分を納得させて来たが、最近あいつはただ単にそういう主従プレイが大好きなだけで、俺に対して畏まった態度をとるのも自分がそう言ういかにも忠臣みたいな奴に憧れているだけなのではないかと思ってきた所だ。

 そうだとしたら自分の性癖のために主を困らせるとは許せんやつだ。チンコがイライラしてきたぞ。

 

 こうして俺をSの道に引き込んでいく亞莎……恐ろしい娘だ。

 

 

※一日中厚着で駆け回って水浴びもしてないせいで小さな体がとても女臭く男の本能を興奮させる亞莎との濃厚ご奉仕セックス。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

報告

諸事情により近日中に作品タイトルを変更させていただきます。
わかりやすくて気に入っているのですが、マイページを表示する際に差し障りがでそうになってしまったので……ご了承お願い致します。


 

 孫策達の到着。

 自分の幕舎でその報を受けた俺はまずその先触れを労い休むように指示し、同時に別の兵を伝令として主だった将らにこの報を伝えるように命じる。そして従者を呼んで自分の身だしなみを少し整えさせるなどを済ませてから孫策らが到着するであろう前に余裕を持って幕舎をでたのだった。

 

 陣中の広場に向かって歩いていると、途中こちらを見つけた七乃が軽やかな足取りで駆け寄ってくる。

 彼女は供廻りの兵を下がらせると俺の横につきこちらに足並みを揃えた。

 

「理羽様、やっと孫策さん達が到着するみたいですねぇ~」

「そうみたいだな」

「まったく待ちくたびれちゃいました。いくら陳留が一番遠いからって周泰さん達なんか7箇所も有力者の所をまわったんですよ?」

「そこは周泰の足の速さを褒めても良いんじゃないか?」

「まぁそれはその通りですけれど……」

 

 周泰の一行は許昌の南側に位置する主だった有力者を西から東まで全てに伝令として赴いておきながら驚くべきことに孫策に先んじること5日も早く軍列へと加わっており、今では周辺に斥候隊を配置し優れた警戒網を作り出すなどありがたい働きをしてくれているのだった。

 周泰……あまりにも有能すぎる。孫家一党との合流後からこっち俺の中で彼女の株はひたすら上がり続けるばかりだ。

 

 ちなみに足が速いと言ったが別に周泰が走れメロスの如く長い道中を駆け抜けてきたとかそう言うことではない。(まぁ実際足も速いが)ここで言う速さは伝令部隊としての移動速度の高さの事を指していて、俺は彼女の移動手腕は江東の地から周辺一帯であれば冗談抜きでおそらく中華最速だろうと思っている。

 

 軍に戦える状態を保たせたまま移動させる手腕において歴史上の三国志では騎兵を率いた張遼などが有名だ。その行軍速度は神速と讃えられることもあったと言うがこの世界の周泰のが持っている能力はそれともまた別のものだ。

 彼女は別に軍を率いても特別に早い行軍速度を出すことは出来ないのだが、伝令や斥候を操って長距離を走らせるとなると途端に群を抜いた手腕を発揮するのだ。それは馬をどこまでで使い潰しどこで代わりの足を補充するかであったり、どこの抜け道をぬけて川のどこで渡し船を掴まえるかと言う様な個人単位で素早く確実に移動するための手法を熟知しているが故なのだろう。

 こう言った能力は戦場で目立つような類の物では無いからか世間的には彼女はそれほど評価されていない様子だが、俺を含めて情報の速さや正確さを生命線だと考える人間にとって周泰は一騎当千の武将にも劣らぬ程の価値があると思う。

 七乃も同じく思っているようで皮肉屋な彼女ですら周泰の仕事ぶりに関してはケチをつけているのを見たことがないほどだ。(周泰という人間そのものをからかわないとは言っていない)

 

 とは言えいくら周泰が優れた能力を持っているとは言え孫策達が急げば参陣の順番は逆になっていた筈で、七乃が遅いと文句を言うのも仕方のない事ではある。

 

「しかし曹操さんですか。その方にそこまで見るべきところがあったと……」

「まぁそうだろうな……たぶんだが」

 

 本格的な戦端はまだ開かれていないとは言えいつそうなってもおかしくはない現状、うちの軍のトップである孫策周瑜らの合流は早ければ早いほど良い……にも関わらず未だにそうなっていないのなら、当然そうなるだけの理由があるという事になる。

 そしてその理由として真っ先に考えられるのは曹操の勢力をより良く見定めるというものだろう。何しろあの二人が使者として陳留へと赴いたのはそもそも俺が曹操を見定めてきて欲しいと頼んだせいなのだから。

 

 この世界は現実ともゲームの世界とも大きな差異がいくつもある。である以上曹操がどの様な人物であるか噂以上のことは定かではなかった。……だからもしかするとこの世界では大したことがない人物で警戒には値しないという可能性もあったが、この分ではやはりそんな都合のいい展開はなさそうだ。

 

「曹操さんがそこまで警戒に値する人物だとすると、この軍の陣容もすこし手を加えて置いたほうが良いかもしれませんね」

「随分気が早いな。逆にものすごい無能だとか面白い人物だったとかで観察していたなんて話かもしれないぞ?」

「いえ、そうだとしたら孫策さん達は今時間を割くことはしなかったと思います」

「……まぁ、そうだな」

 

 値千金のこの時間を割いて見定めたのだとしたら、それだけ警戒しなければならない相手であったと考えるべきだ。

 

「とは言えそれは今あれこれ想像するより直接孫策達から話しを聞いた方が良いだろう」

「ですね♪」

 

 そうして話をきりあげた俺達は陣中の中央に設けられた広場へと到着する。

 その周囲では作業に従事するものや休憩や談笑するものなど様々な様子の大勢の兵の姿が見て取れる。そして彼らは一様に手を止め広場へと姿を表した俺達へと視線を向けてくるのだった。

 そして程なくしてそこに旅装に身を包んだ孫策達が姿を現す。馬は既にあずけたのか徒士の身だがその乱れた髪や装束の汚れなどからは馬を走らせ急ぎ戻ったであろうことが見て取れる姿だ。

 

 俺の隣に侍る七乃。そして後ろには付かず離れずといった距離でついてきた供廻りの従者たちが並ぶ。

 孫策の横には周瑜が立ち並び、そして彼女らの後ろには使者の任に同行した兵達が整列した。

 

 彼らに囲まれながら俺達はお互いに視線を向け合う。

 そしてどちらからともなく歩み寄り、俺と孫策は広場の中央で固く抱擁を交わしあったのだった。

 

 回した腕で相手の肩や背を軽く叩いて互いのこれまでを労い合う様は、きっと広場を囲む兵達から俺達が単なる主従の関係ではなく深い信頼と情で繋がっている様に見えるだろう……そう思ってもらうためにこんな真似をしているのだから、そうでなくては困ってしまう。

 

 何しろ袁家と孫家は元々同盟とは名ばかりの潜在的な敵対関係にあり、いつかは雌雄を決する相手であると言う認識が互いにあったのだ。そうした事情はそこに属する兵士達にとっても公然のものであったから、突然の合併は彼らとっても困惑を覚えるものであったことは間違いない。

 

 上層部の意思がしっかりと統一されているので兵が表立って命に逆らったりする事はないが、袁家の兵達にしてみれば自分たちを指揮する軍令上の最上位に生え抜きであった七乃を追い落とし孫策へ変わった事に不安や不満を感じないわけがない。

 もしや自分達を使い潰すような命令をされるのではないか。あるいは孫家の兵達と比べて待遇等が差別されるのではないか。そもそも何故弱小勢力の長でしかない孫策が自分達の将軍より上に立つことになるのか等と、様々な悪感情が軍内に生まれることは容易に想像できる。

 勿論孫家の兵達だって同じことで、この合流された勢力の長は俺とされているからある意味で自軍が降伏吸収されたようにも感じられただろう。その上元の兵数の関係上統一再編された軍のなかで彼らは圧倒的な少数派になってしまうのだから怯えや反感を抱く要素には事欠かない。

 

 今蓮華が身籠っている俺の子が無事に生まれ健やかに育てば過去の事となる問題ではあるが、それがうまくいく保証はどこにもない。何しろこの世界この時代では出産には母子共に大きな危険が伴うし、抵抗力の弱い幼児が10歳まで病などに侵されず無事に育つ確率も驚くほどに低いのだ。勿論先天的に障害や奇形などを持って生まれる可能性だってあるし、それらの問題を全て避け得たとしてもやはり育った子が暗愚や無能であった場合はこの大家を率いる後継者としては務まらないと見なされてしまう。

 

 そうした事がよくわかっているからこそこの時代の人間は余裕があるだけなるべく多くの子供を作ろうとするのだ。それは孫家が三姉妹が皆当主として一家を率いる事を想定して教育を受けていた事などからも見て取れるし……つまりは俺が蓮華を妊娠させた程度ではまだまだ誰も安心などしてくれないという事でもあった。

 それ以前の話として漢が大きく荒れる前兆を掴んでいた俺達にとって、将兵達の不和の解消を次世代の成長まで悠長に待つ事など出来るはずもない。その為応急処置と次善策を兼ねる案として俺達は両家の当主である俺と孫策の親交振りを周囲にアピールすると言う手を取ることにしたのだった。

 

 俺も孫策もお互いこの手の形式的な振る舞いがあまり好きではないし、周囲を安心させるためにわざとこのような振る舞いをしなければならない事に虚しさや寒々しい思いを抱きはしたのだが……さりとて強硬に拒絶するほどの事かと言われればそう言うわけでもなく「どうしてもお嫌ですか?(嫌か?)」と問うてくる七乃や周瑜の圧力もあって渋々ながらも衆目の目がある場所ではこのように意識して互いの親交を喧伝しているのだ。

 それでも繰り返すうちに慣れたのか、最近では割と自然にこうした振る舞いもこなせるようにはなってきている……それでも互いの真名だけはどうしても口にはしなかったが。

 

 それでも俺も孫策も兵をいたずらに不安がらせたく無いという点には全面的に賛成なので、このぐらいの事であればわがままをいう気にはなれない。俺もそうだが孫策は特に自軍の兵を大切にする人間だからな……敵に対する容赦の無さとはまるで反比例するかのように身内となると情の深い人間なのだ。

 まぁそうは言ってもその情とは単に優しいとか面倒見が良いと言うような甘っちょろいばかりの物ではなく、兵士を無為には死なせないとか身内の仇は必ず討つだとかそういう類のものでもあるのだが……それも孫策なりの愛情だろう。

 

 しかし亞莎の時に俺が周りに言い含めたにも関わらず彼女に肩身の狭い思いをさせてしまったのと同様に、どんなに親交ぶりをアピールしたところで互いの真名を預けていないとなればそんな努力も片手落ちではないか。

 そんな不安を抱えていた俺がまるで馬鹿のようで業腹なのだが……いつのまにか七乃や周瑜の策謀によって『あのお二人は真名を預けあった上でそれを特別に思うが故に余人の前では軽々しく口にしないのだ』等と言う噂がひそかに流されていたのだった。

 それを知った時の孫策の苦々しい顔はまるで灰の塊にでも齧りついたのかと思う程だったが、七乃が言うには俺がその噂を耳にした時も孫策と大差ない表情をしていたらしい……。

 

 常に俺のことを最優先に考え行動してくれる事は間違いないのであるが、七乃は亞莎とは違って俺に対する扱いはかなり乱暴……というか雑に好き勝手しておりしかも容赦がないのだ。

 健康に良いんですよなどと嘯いてたまにとんでもなく苦い茶を飲ませてくるとか。その上それを不意打ちで飲まされて吹き出す俺をみて笑うなんてのは些細なもので、俺が結構やる気出して頑張っていた仕事に対してこの件では理羽様がいても能率が下がるだけです等と言われ容赦なくポストから蹴り出されたりと結構ショックを感じるようなことも七乃は平気でやってくる。

 

 それでも彼女を疎ましいと思った事は一度もないあたり、どこかで線引きをした上で行動しているのだろうとは思うのだが……逆にそうした経験から今回もどうせ我慢するしかないと自分で納得してしまっていたあたり、俺と七乃の基本的力関係はどう考えても彼女の方が上だと思う。

 勿論周囲へのアピールの為だとは言え不快な嘘や出鱈目を流布されたなら俺も孫策ももっと真剣に怒るのだが、厄介なことにその噂は字面だけで言えば間違った内容ではないし……さりとて自分達の心情を声高に触れ回って説明する様な事もする気には当然なれない。

 どうしようもなかった俺達はその噂に関しては聞かなかった事にすると言うことで心の平穏を守ることにしたのだった。

 ……その噂が広まって以降、城内で二人で話していると下働きの下女などに微笑ましそうな目で見られたりすると言う事も俺と孫策の間では当然存在しないことになっている。

 

 今も周囲の兵士達の視線に生暖かいものが混じっている様な気がするがきっと俺の勘違いだろう。彼らは自分達のトップである主君と将軍が過去の因業を気にせず堅い友誼で対等に結ばれていることに安堵しているに違いないのだから……。これ以上自分を誤魔化していると悲しいのでもっと楽しいことを考えよう……例えば目の前にある魅力的な物体についてとか。

 

(とは言え鎧を着ているのが残念だな……)

 

 陣中に到着したばかりの孫策は外套の下に騎兵用の簡素な物だが鎧を身に纏っている。なのでこうして抱き合ってもその豊かな胸の感触を堪能できないのは残念でならない……などと思った俺の尻に突然激痛が走る。

 

「いっ……!?」

 

 吐く息が掛かりそうな程の眼の前で、殆ど俺と同じ高さに目線がある孫策の瞳がいたずらそうな光を湛えてこちらを見た。

 

「貴方ね~……この私と抱き合っているって言うのに何残念そうにしてるのよ?」

「ぐぅっ……! お、お前な……!?」

 

 兵達の手前大声で文句を叫んだり痛みに騒いだりするわけにも行かず、俺は声を必死で噛み殺しながら孫策に文句を吐いた。

 

「この怪力ゴリラ女め……」

「あら、光栄ね」

 

 俺の罵倒もどこ吹く風と、深い紺碧の瞳が快活な生命力を湛えて楽しそうに煌めく。

 そもそも俺が罵倒のつもりで放った言葉も彼女にとっては賞賛に聞こえたのかも知れない。そう思うと俺は昔の事を思い出して毒気が抜かれてしまった。

 

「光栄じゃねーよ……ったく、力が強いのはわかったからもう勘弁してくれ」

「はいはい、わかったわかった」

 

 軽口を言いながら俺達は背をもう一度軽く叩きあってから互いの体を離す。

 それにしてもなんだか懐かしい感覚のするやりとりだった。

 

 そもそも何故彼女がゴリラなどと言う言葉を知っているのか?

 それは昔俺が孫堅に師事していた頃彼女が鍛錬の際、素振りに使っていた孟宗竹を握りつぶしたのを見て俺がついつい口にしてしまったからだ。(なお孟宗竹は中国江南の地一帯が原産地であり思い切り郷土の特産品だ。だからうちの領土では竹細工が盛んで筍もうまい。しかも皆はただ竹と呼んでいるこの品種だが、それを俺が現代で言う孟宗竹だと思ったのはその名前の由来が孫呉に仕えた官の孟宗からとった物だった筈だと憶えていたからだ。妙な所で変な知識と身の上が繋がるものである)

 

 さてその孟宗竹だがこいつは竹の中でもかなり大型の品種で、成長した物は直径20cmを超える程の太さにもなる。そんなバレーボール程の太さがある肉厚の重い竹を素振りに使うだけでも大概だと言うのに、まさかそのまま握りつぶされるのを見てしまった時にはまだ幼かった俺が思わず前世の言葉で「ゴリラかよ……」と呟いてしまったとしても仕方の無い事だったと主張したい。

 

 そして孫堅にゴリラとは何だと問い詰められた俺は、咄嗟に「ゴリラとは遙か西方より齎された書物に記されていた獣の名であり、深き森に住まう狒々に似るという巨大な体躯の猴の事だ。その獣は怪力でありながら深い知性をも兼ね備え、森の王とも称されているのだと書かれていた」等と嘯いてしまったのだった。

 その場には幼き日の孫策も同席しており、彼女は俺が嘘をつくと即座に見破るため虚言にも侮辱にもならない様にとその時の俺はかなり気を使って恣意的な脚色を入れた説明をしたのだが、逆にそのせいで話を聞いたゴリラの母娘は想像上の賢く力強い猿猴の事をいたく気に入ってしまったらしく、その後もちょくちょくゴリラの話を問われて俺は大変に苦労することになったのだ。

 

 この時代にはまだ西遊記の話は成立していないが……孫悟空の人気ぶりなどからもわかるように元々この中華の地では猿という物はイメージがよい動物なのだ。だから猿の化性なども度々伝説や神話に登場するなどして皆の間で親しまれている。

 そんな下地があったものだから西洋では邪悪の象徴の様な扱いだったドラゴンを東洋人が西洋の竜と伝え聞いたことで良いイメージを持ったのと同じ様に、ゴリラの事を強く賢い巨大な猿だと聞かされれた孫堅達がそれを孫悟空だとかインド神話のハヌマーンのようなイメージで考え幻想的なあこがれを抱いたとしても無理からぬことだったのかも知れない。

 だとしてもその勇猛さから江東の虎と称された孫堅に……万が一でも江東のゴリラ等という異名が残ってしまっては後世の人間に顔向けができない。そう思った俺はゴリラが真にそのような獣であるのか確かめたわけでもないので余人の前でその名は出さぬほうが良いと、当時の二人に向かって必死で説く羽目になったりしたのだった。

 

 そんな話もあり孫堅が没した後ゴリラと言う言葉は俺と孫策の間だけで通じるちょっとした秘密の言葉のようなものになっていたのだが……俺が首尾よく軍を指揮し賊を殲滅せしめたりした時に「中々やるじゃない。ゴリラもかくやって感じかしら?」等とちょっと気を利かせました風に言われたりすると、孫策は善意なのだろうとわかっていても微妙な気持ちになってしまう。

 まぁ誰が悪いかと言えば自分が悪いので受け入れるしか無いが。

 

(ゴリラ女だなんて言葉、久々に口にしたな……)

 

 あの夜に俺と孫策との間に生まれてしまった溝も一年の時間をかけだんだんと無かったもののように意識しなくなってきた。

 初めはギクシャクしていた会話も今では以前のように自然と軽口を叩き合えるようになっている。

 

 だが一度できた亀裂は埋め立て見えないようにしたとしても無くなったりはしない。俺達はただそれを見えていない(・・・・・・)かのように振る舞えるようになった……ただそれだけだけの話でしかなかった。

 

(まぁ十分良好な関係だよな)

 

 流石に一蓮托生となる様な同盟者とギスギスしたり気まずい空気でいたくはないが、これだけ気安い状態に持ち直せたのなら文句など何もない……それ以上を望むのはただの贅沢と言うものだろう。

 

「さて、曹操の所はなかなか面白かったみたいじゃないか」

「えぇ……そうね。確かに貴方の言う通り私と冥琳が行くだけのものはあったわね」

 

 そう言いながら彼女は気弱な人間が見れば身の毛がよだつような猛獣の如き笑みを浮かべる……あぁこれダメなやつだ。

 孫策は頭目や君主として……まぁ欠点はくさるほどあるが殆どは美点が上回るとしておこう。だが俺が一番ダメだろうと思うのがこの……好戦的すぎる気質だった。

 それも国主としての領土拡大の欲や支配欲ではなく、一介の戦士……ただ一人の戦闘者としての衝動が強すぎるのだ。孫堅は自分のそうした性分をそういうものだとはなから見放した上で、それについてこられる人間だけでいい。仮に自分が死んだらそれまでだと割り切った勢力づくりをしていたが、既に諸侯も無視できない程度に大きな勢力となり土地の地盤も確かとなった孫家を受け継いだ彼女は、その先代と同じ様に振る舞うことは望まれていないのだ。

 そこに孫策は矛盾を抱えている……不憫にも思うが、妹が統治者向きの気質なのが救いだとも言える。

 

(しかし孫策のそういう性分は完全に戦士としてのもので、将として戦争ならまだ良いにしても……国主としての政治経済や外交謀略も含めた多面的な争いに喜ぶ類のものじゃなかった筈だが……)

 

「随分楽しそうだな?」

「ふふん。わかる? あ~、さっさとあっちの軍も到着しないかしら。戦が始まるのが楽しみだわ」

「ったく物騒な事を嬉しそうに……」

 

 獲物を前に舌なめずりする虎にも似た孫策を横目に、俺は自分の中に生じた疑問について考えた。

 曹操は戦士としても兵を率いる将としてもおそらく一流だろうが、しかし戦うとなれば第一には君主としての戦い方をする人間じゃあないのか?……予想以上の超一流だとしても戦士や将軍としての戦いしかできないような相手ならそこまで警戒する必要はないんだが……それとも孫策にこの笑みを浮かばせているのは夏侯惇か? しかしそれはどうにもしっくりこない。

 

 前世知識から普通に考えるならそれ以外にない筈だがこの世界は何がどうなっているかわからない……下手をすると曹操が史実呂布の如き武力に偏重した存在なんてこともありうるのだろうか。

 いやいや妙な不安を妄想してどうする。それよりさっさと話を聞いたほうが良い。そうすればはっきりするのだ。

 

「じゃあ到着したばかりのところ悪いが、早速幕舎で報告を聞かせてくれるか?」

「えぇ~、陳留を出てからここまでかなり強行軍で来たのにぃ?」

「うんうん。急いで報告してくれようとしたんだな。お前の思いはわかっているとも」

「あ、そういうこと言うわけ?」

 

 まずい……目の色が不機嫌になる前兆を見せている。こっちの要求は正しい筈なのに何故か下手な事が言えなくなったぞ。

 

「……要求はなんだ?」

「何よそれ。私はただもうちょっと労う気持ちで接してくれても良いんじゃないかって話をね~」

「……で?」

 

 俺が重ねてそう問うと彼女は自分の優位を覚ったのか、今度はにやにやとチェシャ猫の様に笑いだす。

 

「そうね。急いで来て汗もかいたし、話をするなら喉を湿らせて滑りを良くしたいかな~」

「わかった……酒は用意させる」

「ところでだけど、貴方達なら当然諸将の歓待用に特別良いお酒とかも持ち込んでるわよね?」

「……お前なぁ」

 

 呆れた俺に対して孫策はまたも笑みの質を変えて、えへへと悪戯をする子供のようなあどけない表情を見せる。

 そのコロコロと変わる笑顔に毒気を抜かれてしまい、最初に譲歩した自分の負けかと白旗をあげることにした。

 

「わかったよ……ったく。酔って話が出来ないとかはやめてくれよ?」

「私を誰だと思ってるのよ」

 

 わかってるよ。酒飲みのトラだろ?

 

「あ、ちょっと今なにか失礼な事考えたでしょ」

「どういう勘だよ……良いからさっさと天幕に行くぞ」

「誤魔化す気? まったく……あ、めいりーん。これから幕舎で話をしてくれだって~」

 

 孫策が手をふって周瑜を呼ぶと、少し間を取っていた周瑜が肩をすくめながらこちらへと歩み寄った。

 

「まったく……茶番は終わりか? 早く報告を済ませて一息つきたいのだがな」

「ぶーぶー。茶番とは何よ~」

「あら、ご自覚されていらっしゃらないのでしょうか?」

 

 憤慨する孫策に対して俺の後ろから鈴を転がすような声がかけられる。

 周瑜と同じ様にこちらへと歩み寄った七乃の仕業だ。

 

「何よそれ。あんたと冥琳が言うからこんなことしてるんじゃないの」

「あら……親交振りを喧伝してくださいとはお願いしましたけど、気が抜ける小芝居をお願いした憶えはありませんよ?」

「おい、ちょっと待て七乃。気が抜ける小芝居ってまさか俺も含めての話じゃないだろうな?」

「え、そうじゃない様に聞こえましたか?」

 

 くそう……言い返せない。

 孫策と並んで歯ぎしりをする俺達を見て、周瑜が頭痛を堪えるように頭に手を当てながら嘆息をする。

 

「いい加減にしてくれ。私はさっさと天幕へ案内して欲しいのだが?」

「「……はい」」

「くすくす……は~い、こちらですよ~」

 

 七乃のやつ俺達を見てわざわざ口でくすくす言いやがった。

 しかしここで反応するとまた小芝居扱いされるだけだと判断するぐらいの理性は残っていた俺は、黙って彼女の後ろを歩くことにしたのだった。

 

 天幕までの短い道行きを歩く最中、俺は孫策と周瑜の会話に耳を張り付かせた。

 

「やれやれ、肩に力が入りすぎるよりは良いが……大事な報告だ、多少は気を引き締めてくれよ」

「そうね。冥琳は特にかなり気を張って観察してたもんねぇ」

「そうだな……お前と違ってな」

「それは悪かったって言ったじゃない。それに私は別に怠けてたわけじゃないし」

「まったく……曹操は相当な傑物だと私には思えたのだが雪蓮にとってはそうではなかったか?」

 

 やはり傑物か。

 周瑜の目から見てそうなのであれば、まず間違いないと思っていいだろう。

 だが孫策にとっては違う?

 

「別にそんなことないわよ。むしろ私より一党の長としては格上だろうぐらいには思ったわ」

「だと言うのに何故別の相手を気にかける?」

「だって戦場でなら負ける気しないし~……他のことは冥琳達なら大丈夫って信じてるから♪」

「お前なぁ……」

 

 やはり曹操に対してはそんな感じか。

 曹操が典型的な万能君主型だとすると孫策とは噛み合わないからな……元々こいつ政務とかは丸投げしまくる人間だし。

 そうなるとやはり気にしてるのは夏侯惇って線で濃厚―――

 

「そんなに気になったのか? あの劉備とか言う人間の傭兵団が」

 

 ――――じゃあない……だと?

 

「傭兵団じゃなくて義勇団じゃなかった?」

「そんな看板を掲げてはいたが、どう見てもあれは傭兵団だろう」

「確かにね~、でも中々強そうよ」

「だからといってたかだか数百の少勢を気にする必要はあるまい。どうせお前が気をとられたのはあの二人だろう?」

「ま、それもあるわ」

「関羽に張飛か。確かに在野の士とはとても思えぬほどの武人であったな。うちに抱えたいと思う程だが……」

 

 ちょっと待ってくれ……いきなり妙な名前を連呼されると混乱するのだが。

 

「無理ね。あれはその上ごと抱えるんじゃなければ釣れないわよ」

「雪蓮がそういうのであればそうなのだろうな……なら、お前が言う通りにあそこの長ごと抱えてみるか?」

「……それなんだけどね。あの劉備って娘……なかなか一筋縄じゃいかないと思うわよ?」

「なんだと? なぜそんな話を今になって言う」

「だって根拠は私の勘だけだったし……それに曹操の方が警戒しなきゃいけないのも本当だと思ったんだもの」

「はぁ……今回の話は私も報告される側の一人になる必要があるようだな」

「あ、あはは……お手柔らかにね?」

 

 あぁ、オーケーだ……詳しい話を聞かせて貰おうじゃあないか。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

従順見習い軍師 ★

 

「亞莎」

「理羽様……」

 

 降りた夜の帳に合わせるように幾重にも厚く垂れ絹を垂らし囲った特製の天幕。

 その内側、俺の眼前で半裸の亞莎が敷布に額をこすり付けている。

 

「やるんだ、亞莎」

「どうか理羽様……それだけはお許しを……」

 

 油に浸った紐が燃える不規則な炎が、暗い天幕の中で亞莎の体にゆらゆらとした陰影を形作る。

 肌を大きく晒し小柄な体を震わせながら許しを請う亞莎の姿を見ていると、嗜虐心が刺激されてむくむくと股ぐらがいきり立ってしまう。

 

 土下座する眼前の少女に尻を高くあげさせて、獣のように後ろから覆いかぶさり思う存分に腰を打ち付けたい。そんな原始的な雄の欲求が鎌首をもたげ俺を突き動かそうとする。

 まだ未熟な肉付きの薄い……けれどしっかりと丸みを帯びて少女らしさを主張する亞莎の尻が揺れるたび理性はがりがりと削られる気がした。そのせいでついつい早くあの穴に入れさせろと主張する下半身に流されそうになってしまう。

 

 だがだめだ。今日だけは我慢するのだ。

 

 ここで欲望に流されてしまっては今までと何も変わらない。

 何度も今日は優しく抱くのだと思ったにも関わらず、結局獣欲を煽り立てられて乱暴に犯してしまったのだ。

 今日こそそんな風に俺を弄ぶ亞莎にお仕置きをしてやらねばならない。

 

「やるんだ亞莎」

「り、理羽様ぁ……」

 

 半裸屈服土下座で俺を誘惑しようとする亞莎の誘いを跳ね除け重ねて命令をしてやると、彼女は涙声になり敷布に三つ指をついたまま懇願するようにこちらの顔を見上げて来た。

 

「どうしてもでしょうか?」

「そんなに嫌か?」

「そ、そのような気持ちは毛頭ございません……理羽様に対して嫌だなどと……」

「それなら、やってくれ」

「う、うぅぅ……はい……畏まりました……」

 

 抵抗の意思を喪失した彼女は肩を落としながら立ち上がると、わずかに身につけていた衣服から袖を抜いてゆく。

 小さな火の光の中に、幾夜俺に抱かれてもまだあどけないままの裸身が晒される。

 

「し、失礼します……」

 

 そう言って亞莎はゆっくりと綿布のクッションにもたれ掛かる俺にまたがり、その重さを静かにこちらへと預けた。

 

「亞莎?」

 

 俺は彼女の口から出た言葉に軽く疑問を呈してやる。

 

「あっ……い、今のはその……も、申し訳……あぅぅ」

 

 しどろもどろになる亞莎。やがて彼女は諦めと共に俺の首に腕をまわし抱きついてきた。

 

「そ、それじゃあ……そのう……口付けを……し、してください……理羽」

「あぁ」

 

 俺は彼女の願いに応えてその頬に手を添えると、努めて優しくなるようにと意識しながらそっと触れ合うようなキスをした。

 

「……ぁ」

 

 唇を離すと、彼女は小さく吐息を漏らした。

 惚けるように口をわずかに開いたまま瞳を潤ませてこちらを見る亞莎。

 喜ばせてやれたのだろうか?

 

 次の指示も来ないので、俺はまだ不十分だと判断してもう一度……二度、三度と啄むように口付けを重ねた。

 

「はあぅ……」

 

 顔を赤く染めて俯く亞莎。

 

「だめだったか?」

「い、いいいえ! そのような事!」

「そうか、ならいいんだ。次はどうしたらいい?」

「つ、次……ですね? えっと次は……ぎゅっと抱きしめて……り……り……」

「うん」

「や、やっぱり無理ですぅ~!! わ、私などが理羽様に馴れ馴れしい言葉遣いを……あ、あまつさえ呼び捨てになど~!」

 

 ……早すぎる。

 かなり念押ししたつもりなのだがもう限界か。どうしても性格的に無理があるんだろうな……むしろ亞莎にしては頑張った方か。

 

「しょうがないな」

 

 俺は彼女の希望通りその小さな体を強く抱きしめてやる。

 触れ合った肌からお互いの体温を強く感じ、安心感と心地良さに頬が緩む。

 

「も、申し訳ございません……」

 

 俺は声を震わせて謝る亞莎の頭をやさしく撫でながら彼女を慰めた。

 

「良いんだ。辛いなら言葉遣いは普段通りで良い」

「はい……」

「ただ甘える事自体は出来るよな?」

「は、はいっ! それではその、このまま抱きしめながら……もう一度口付けをしてくださいますか?」

「お安い御用だ」

 

 小さな頭をこちらの胸元に預けながら、見上げるようにこちらを向く亞莎にもう一度……今度はたっぷりと時間をかけて口付けを行う。

 そしてほんの少しだけ舌をのばし、彼女の唇を震わせる程度に刺激する。

 

「ん……んん……」

 

 くすぐったいのかもどかしさに身じろぎする亞莎を強く抱きしめ拘束しながら、俺はそのままゆっくりと舌を伸ばし彼女の口の中に差し入いれる。

 口内を探るようにして亞莎の小さな舌を探り出し、自分のそれと絡めるようにしてその味を堪能する。

 

「はう……んむ……」

 

 互いの粘液が混じり合い糸を引く水音が……だんだんと淫らな気持ちを湧き上がらせてくる。

 おっと暴走しないようにしなければ。

 俺は一度顔を離し、もう一度彼女に触れ合うように軽いキスをした。

 

 市井の恋人になったつもりで甘える事。

 それが今回俺が亞莎に願った事なのだから。

 

 キスを幾度も繰り返した後、亞莎の柔らかな唇を離れ頬からうなじ、首をから鎖骨へと、なぞる様に口付けしていく。

 

「んっ……ふ……」

 

 その度に亞莎は体を小さく震わせながら悩ましげな吐息を漏らした。

 

 その反応が非常に可愛いらしくどんどん続けたくなるが、我慢だ。

 今日はあくまで亞莎に甘えさせなければならない……俺は彼女の体から口を離し、その滑らかな背中と尻の感触を楽しみながらもう一度優しく抱きしめた。

 

「あ……理羽様……」

「さ、亞莎……次はどうする?」

 

 彼女はいつも愛撫や前戯も断って自由に自分を使って下さいと言う姿勢を一貫させて来た。俺もそんな亞莎に甘えてしまっていたが、亞莎は精神的にはともかく純粋に肉体的にはあまり気持ちよく慣れなかったのではないだろうか?

 繰り返し抱き続けた事で今でこそ小さな体も艶めいた反応を示す様にはなったが、蓮華よりも更に幼い少女と言っていい年齢で俺の欲望を受け止め続けていたのだ。

 処女を散らしてやった時など相当に辛かっただろう事は間違いない。

 

 抱く時も痛みに顔をしかめたり声を押し殺しながら枕や敷布をきつく握りしめるのも何度も目にしたのだが、俺がそれを気遣って動きを止めようとすれば彼女は頑なに拒否するのだ。

 かといって何も言わずに遠慮した抱き方をするとやはり自分などでは理羽様をご満足させれないと悲しそうに落ち込んでしまう。

 

 ならばと俺が無遠慮に彼女を貪り満足すると、彼女はそんな俺をこっそりと覗き見て……そして口元を手で隠しながらはにかむ様にえへへと笑みを漏らすのだ。

 

 健気で可愛いが……チンコに対して挑発的すぎる。

 だから結局毎回Sな感じになってしまって……まぁ満足してるし亞莎も不幸そうではないので問題があるわけじゃあないんだが……たまにはこんなのもいいだろう。

 

「え、ええと……次は、えぇと次はですね……」

 

 俺は慌てる亞莎の頭をなでながら、そこにあった髪留めを外した。

 

「あ……」

 

 ばさりと広がった栗色の髪をゆっくりと指で漉きながらその感触を楽しむ。

 

「焦らなくていい。思いつくまではこのままゆっくりと過ごそうか」

 

 それこそ亞莎が望むのであれば今日はこのままただ彼女を抱きしめながら添い寝させるのでも構わない。一晩ムラムラはするだろうが後で発散すればいい話だし、今日はそれよりも亞莎を甘えさせたいのだ。

 

 そう思っていた俺に、彼女はおそるおそるといった風に口を開いた。

 

「えっと……ほ、本当に……なんでもよろしいのでしょうか?」

「勿論」

 

 そう保証してやると、彼女は頬を染めながら視線を左右にいったりきたりさせ……やがておずおずと恥ずかしそうにその願いを口にした。

 

「そ、それでは……そのう……い、以前にしていただいたアレを……もう一度……」

「あれ? なんのことだ?」

「そ、それは……えっと……ですね……」

「うん?」

「り、理羽様の手や……し、舌で、私の……あそこを……あのぅ……」

「……愛撫して欲しい?」

「~~~~あうぅっ」

 

 あわあわと言い辛そうにしている亞莎に俺がばっさりとそう告げると、彼女は顔を真赤にして目をつぶりながら……けれど確かに小さく頷いた。

 

「そうかそうか、なるほどな」

「うぅ~~」

 

 両手で顔を覆って恥じらう亞莎。

 しかし俺がその手の前戯をしてやろうとするといつも固辞してたくせに気持ち良いとは思ってたわけか。

 ……それで好きに甘えて良いと言われたら自分からおまんこ蕩かして欲しいとか言っちゃうわけか。

 

 亞莎……お前ってやつはどこまで……。

 

「も、申し訳ありません。こんなお願いを……きゃっ!?」

 

 俺は亞莎が何やら言い訳している言葉も聞かず、彼女の肩を掴んで体を入れ替えながらクッションの上に押し倒した。

 両膝をがっしりと掴んで押し開き、彼女の股ぐらに顔を突っ込んで思い切り鼻で息を吸い込む。

 まだ幼い少女の甘い香りとアンモニア臭。そして僅かに淫臭の混じったその香りがツンと鼻について俺の脳の性欲部分をビンビンに刺激する。

 

 俺はよだれを垂らしながら亞莎のまんこにむしゃぶりつき、次のおねだりはちんぽを入れて下さいと言わせてやると決めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……ふぅ……」

 

 息を荒げる亞莎のクリトリスを、皮の上から優しく揉みしだくように愛撫する。

 どれだけ続けたか……俺は手を変え矛先を変えそして体勢を変えながら亞莎の体の各所をまさぐり続けている。何度も絶頂を迎えた亞莎の体を、快感の波を引かせないようにと俺は自分の手や舌でその性感帯を刺激し続けた。

 

 今は背面座位のように座る亞莎を後ろから抱え込むような姿勢で彼女の胸や性器を丹念に解している。

 充血し熱を帯びて膨らんだ股間の土手に、素股のようにガチガチに勃起したちんぽを擦り付けて刺激する。こちらにも淡くもどかしい快感がちんぽを刺激して挿入への欲求が湧き上がるが、息を荒げながらひたすらに我慢する。

 

 早くこの可愛いまんこに挿れたいが、しかしなかなか亞莎の方からねだってこない。もう何度もイっているし素直に快感を受け止めているのは間違いないのだが……もしや亞莎にとってセックス=痛いけどご奉仕。愛撫=気持ちいいもの。になってしまっているのだろうか?

 

 だとるすとひたすら前戯だけさせられる可能性も……それじゃあ生殺しも良い所だが、今日は亞莎に好きに甘えさせてやると決めたのに挿れたくなったから挿れさせろと言うのも抵抗がある。

 

「あっ……あっ……り、理羽様……わ、私……」

 

 何度目かの絶頂が近いようだ。

 亞莎の喘ぎ声がちんぽに響くが、歯を食いしばって我慢しながらそれをまんこに擦り付けて刺激を与える。

 

 そのままイかせようと手を動かすが……しかしどうも亞莎の様子がおかしい。何故だか身じろぎするように俺の腕から逃れようとし、もじもじと体を震わせてイクのをこらえようとしている。

 

「す、すみません理羽様……わ、私……どうして……も、漏らしてしまいそうです……」

 

 そんな彼女の言葉に俺はピンと来るものがあった。

 そう言えば亞莎は俺との情事の中で潮吹きをしたことがない。

 女性の潮吹きと言うのは普通の絶頂……いわゆるオーガズムとは別種のもので性交時に独特の刺激によって誘発されるものだ。

 それを気持ち良いと感じるかどうかも女性によって個人差があり必ずしも快感を示すものではないし、人によっては尿意と殆ど同じ感覚に感じられるらしい。

 

 七乃に潮吹きは気持ちいいのかと聞いたらおしっこを漏らすような開放感があって良いと言っていたし、逆に蓮華は粗相をしてしまった様な感じがして気後れするからあまり好きではないと言っていたのを思い出す。

 

 亞莎が今感じているのもたぶんそれだろう。

 まぁもしかしたら事前にトイレに行き忘れて本当に漏れそうなのかも知れないが別に構わない。大ならともかく情事の最中に美少女が漏らすぐらいなら個人的には全然ご褒美だ。

 

 ところでこの姿勢だと俺が腰を揺らしてちんぽをこすり付けると抱きかかえられている亞莎の体がゆさゆさと揺さぶられるのだが、その度にプルプルと震える小ぶりな乳房が彼女の肩越しに見えてとても蠱惑的だ。

 なので俺は潮吹きを必死に堪えている彼女を抱きかかえたまま、その小さく色付き膨らんだ乳輪から硬く尖った乳首までを親指と人差指でゴシゴシと扱き上げてやる。

 

 七乃の均整の取れた黄金比のような胸の造形は最高だと今でも思っている。

 しかし俺は蓮華の様に思い切り掴んで指が埋まるような乳房の感触の素晴らしさも知ってしまったし、顔を思い切りうずめられる穏の巨乳には男の夢が詰まっているとしか思えない。

 だが亞莎の様に幼さを感じさせる控えめな胸が、それでも快感に乳首をピンと立たせしまうのを好き放題に悶えさせるのは……たまらないものがある。

 

「あっ……ぅ……!? り、理羽様ぁ!?」

「気にしないで出せ。きっと気持ちいいぞ」

 

 そして一層丹念にまんこにちんぽを擦り付けながら、左手で彼女の尿道を震わせる様に指を立ててトントンとクリの周りを刺激してやる。

 

「あ、ダメ……それ、だめですっ……!!」

 

 目を硬くつぶって必死に堪らえようとする亞莎の、その耳元に口を寄せて俺は優しく囁いてやる。

 

「亞莎……可愛いぞ」

「……っ!! あ、ああっ!?」

 

 ぷしゃっと言う気の抜けた小さな音と共に、亞莎の秘所から飛沫があがり俺のちんこを濡らした。

 

「は、はひ……わ、わたし……理羽様にこんな……」

「もっとだ亞莎」

「あっあっあっ……」

 

 そのままクリをゴシゴシとしごいてやると、亞莎は決壊したダムの様に身を震わせながら何度も俺のちんぽに何度も潮を吹きかけた。

 股間を湿らせる温かい液体が雫となってちんぽを伝い金玉まで這い落ちてくる感触にゾクゾクとした快感を感じる。

 

「私……犬みたいに……こんな……」

 

 俺は亞莎のつぶやきを聞いて、思わずくすりと笑ってしまう。

 犬って……どういう発想なんだ? まぁ確かにあいつら撫でると喜んで嬉ションとかするが。亞莎の村では猟師か誰かが犬でも飼っていたのだろうか。

 

「はは、だとしたら縄張りの主張か? 亞莎はこのちんぽは私のものですって言いたいのか」

 

 俺は意地悪な気持ちでそう言いながら、亞莎のまんこに残った潮を舐め取るように硬く勃起したちんぽを思い切り押し付けこすってやる。

 

「理羽様のを……私の……あ……はひっ……」

 

 初めての潮吹きに絶頂が重なって思考が麻痺しているのか、まんこを刺激してやると亞莎は呆けたような表情で舌をだしながらふるふると震えた。

 純朴で幼気な相貌が快楽に溶けたその顔はたまらなく淫靡で、俺は思わずだらしなく垂らされた亞莎の舌に吸い付く。

 

「んぶっ……れろっ……」

 

 舌を絡めあい、唾液を舐めあい、吐く息さえも交わし合う。

 

 けれどそれだけでは満たされないもどかしさ。

 口だけじゃあ足りない。もう一つ……下半身にある粘膜を亞莎のそれと絡め合わせ一つになりたい。

 湧き上がってくるその思いに俺は亞莎に甘えさえようと決めた初志を投げ捨てた。

 

 体を入れ替えて亞莎を押し倒し正常位の体勢に移行しようとすると、不意に彼女はこちらを見て口を開く。

 

「理羽様……あの……」

「……なんだ?」

「今日は私……甘えさせて頂いても……よろしい、のですよね?」

「……勿論だ」

 

 俺は内心で顔を引きつらせながらも肯定の返事を帰す。

 このまま添い寝をしてくれなどと言われたらどうするべきか。しかしそんな悩みを知る由もない亞莎は、恥ずかしそうに言葉を続けた。

 

「私……理羽様に粗相をしてしまいました……ですからその……」

 

 言いづらそうにもじもじとする亞莎に対し、俺は乱暴に彼女の中に付きこみたい衝動を堪えながら言葉の続きを待つ。

 

「私の……ことを……」

 

 言葉を濁しながら、亞莎は恥じらうように目線を伏せ……そして彼女を犯したくてギンギンに勃起した俺の股間をじっと見つめた。

 

 はぁ……はぁ……とお互いの荒くなった呼吸が天幕に響く。

 

 彼女がこくりと小さくつばを飲む。

 そして……まるで無防備と服従を示すように、ゆっくりと自分のふとももをそれぞれの手で抱えるように持ち上げて言う。

 

「躾けてくださいませ……できれば少し、乱暴に」

 

 ぶちん、と。

 俺は自分の理性の紐が切れる音を聞いた気がした。

 っていうかやっぱり亞莎お前そういうプレイが好きなだけじゃないか!

 

 

 

 

 

 

 

「あっ!?あっ!? 理羽様、それだめです。私またイッちゃいます!」

 

 イけ!お前のイキまんこでちんぽしごかせろ!

 

 ざらざらとした未成熟な膣壁に竿の表面をこすり付けるように上下左右へと腰をグラインドさせる。

 乱暴な支配者に怯えるようにぶるぶると絶頂に震える幼い膣肉の感触。

 それをたっぷりと味わいながらピストンを繰り返していると、征服感とともに射精欲が股間の奥からどろどろと湧き上がってくる。

 

 限界を感じた俺はまんぐり返しの亞莎に覆いかぶさるようにして腰を思い切り奥まで押し込んだ。

 子宮口にあたった亀頭を、逃さないとばかりにぐりぐりと押し付ける。

 

「はうっ、り、理羽様ぁっ!」

 

 そして必死に自分の両足を押さえつける従順な少女の中に、好き放題に欲望を解き放った。

 言葉を忘れた獣の様に息を荒げた無言の射精。

 

 どくっ、どくっ……どくん……どくん……。

 

 脈打つ裏筋の感触に自分の精液を亞莎の体内に流し込んでやったと言う事実を教えられたまらない。

 ザーメンに勢いをつけて絞り出すように、リズムをとってちんぽに根本から力を入れ腰を突き出す。

 

「あっ……あっ……あうっ!」

 

 繰り返し繰り返し……そしてこれ以上はもう出せないという最後の脈動で、ぐりぐりとちんぽを亞莎の子宮口になすりつけた。

 

「~~~~~っ」

 

 嬌声を押し殺して体をびくびくと震わせる亞莎。

 

 ……射精が終わる。

 俺は心地の良い倦怠感と共に彼女の体をゆっくりともたれ掛かった。

 汗、よだれ、愛液に精液。熱を持った体とどろどろとした液体がお互いの体を滑らせる感触が気持ちいい。

 

 亞莎も足の指先までピンと張っていた力を抜いて両手両足を投げ出すように体をだらしなく弛緩させている。

 

 俺は少しそんな彼女の緩んだ肉の感触を全身で楽しんだ後、体を起こす。

 

「ふぅ~~」

 

 ゆっくりと大きく息を吐きながら亞莎の中に埋まったちんぽを、ずるずると引きずり出すと、刺激に反応して弛緩していたまんこがきゅっきゅと小さく震えるのが残った精液を搾り取られる様で気持ちが良かった。

 

 柔らかく垂れ下がったちんぽを引き抜くと、亞莎の膣穴から白い精液がどろどろと溢れる。

 その光景に満足感を憶えながら、俺は呆けた顔で天上をぼんやり見つめて息を荒げる亞莎の顔にべちんと自分のちんぽを押し付けた。

 

「あっ……」

 

 甘い声色を漏らす亞莎。

 

「亞莎、おそうじだ」

 

 精液と愛液にまみれたちんぽを彼女の頬になすりつけ、その肌をどろどろと汚してやりながら命令する。

 

「……ふぁい♡」

 

 舌を出し、嬉しそうにぺろぺろとちんぽをなめ上げながら返事をする亞莎。

 彼女はたっぷりと媚びを含んだ目線でこちらを見上げながら、細い指で愛おしそうに金玉を揉みしだき、残った精液を小さな口でちゅうちゅうと吸い上げる。

 そして舌を思い切り伸ばしちんぽを丁寧に舐め取りながら、すんすんと鼻を鳴らしていた亞莎の舌の動きが、だんだんと愛液や精液を拭う動きではなくちんぽを刺激するものに変わっていく。

 

 意識してか無意識にか、ちんぽに奉仕しながら足をもじもじとこすり合わせる亞莎。

 

 

 ―――お掃除フェラで興奮しているのかこいつ。

 

 弛緩していたちんぽに芯が入ってゆく。

 今夜はまだまだこの可愛い軍師を可愛がってやれそうだ。

 

 

 

 

 

 

 ところで勿論こうなる前にきちんと例の事を考えはしたのだ。

 

 つまり、劉備の事はどうするのか。

 

 その答えはどうもしない、だ。

 これは別に俺が色ボケで考えるのが面倒になったとかそういう話ではない。まぁ色ボケなのは事実かもしれないが。

 

 まぁ現時点での曹操は有力者とは言え一刺史にすぎないし、劉備にいたってはたかが数百人程度の義勇軍の長にすぎない。その二人が共にいるからといって今すぐ何が起こるわけでもないと言うのもある。

 

 そもそも恋姫で蜀の話は確か桃園の誓い(+一刀)の後公孫瓚の元で兵を募り、そして賊や黄巾を相手に各地を転戦。軍師二人を回収した後何かの拍子に曹操と共闘してそのまま行動を共にするって感じだったはずだ。

 演義でも正史でも劉備が黄巾の乱の際に義勇軍を結成し手柄を立てて名を上げるという事はほぼ変わらない。だとすればこの世界でも既に一都市を治めながら周辺の黄巾への対処を独力で行っている曹操に義勇軍として協力していることはそれほど不思議ではないのだ。

 別に曹操の配下となったわけでもなく、ただ行動を共にしていると言うだけならそれも問題視する事でもない。

 

 それでも焦ってしまったのは……孫策が警戒したからだ。

 

 孫策の勘。それは決して無視できる代物ではない。

 初めてその勘を的中させる場面に遭遇した時はいっそ超能力じみた理不尽な能力に思えた事すらあるのだ。勿論今では決して万能でも無敵でもないものだと思えるようになったが。

 あいつは別にあらゆる危険や危機を見通せるわけでもないし未来が見えるわけでも確率を乗り越えられるわけでもない。

 気になってコイントスの様な単純な勝負をしかけてみたこともあるが、その手の勝負事でも孫策は特別勝率が高いわけですらないのだ。

 

 これは推測だが、彼女の勘とは言ってみれば人を見る力なのだと思う。

 具体的に孫策が眼前の相手から一体何を感じ取っているのか……それはわからないが、しかし彼女が時に恐ろしいほど人の作為や行動の不自然さ、果てはその隠された意図までをも読み切る事があるのは確かだ。

 しかも驚くべきことにそれは相対する個人だけではなく集団にまで有効で、敵軍の兵の挙動のほんの僅かな不自然さなどから罠や伏兵やの存在を見抜いたことも幾度もある。

 

 だから逆に敵を誘導しようとするような高度なものじゃないシンプルな奇襲や伏撃等は見抜けない様なのだが、それでも驚異的な能力であることに代わりはない。

 

 

 そんな彼女が劉備を一筋縄ではいかない相手だと評した。

 只者ではない事は明らかだった。

 

 しかも話を聞く限りやはり恋姫に準拠した人物像……桃色の髪をした可愛らしい外見で、人当たりが良く穏やかな人柄に夢見がちな理想論を掲げる夢想家のような人間という話だった。

 

 これもまた不気味と言える要素だ。

 

 演義のような正義のヒーローから正史から思い起こされるような魅力的な無頼漢ならば、与し易いかどうかはともかくそのあり方は理解しやすい。

 しかし恋姫における劉備は容易に理解しがたい所のある……悪く言ってしまうと支離滅裂な人格にも感じられるキャラクターなのだ。

 

 設定のミスなのか話の都合なのか、それとも本当はもっと意図のあるキャラクターだった筈だが描写不足になってしまったのか……それはわからないが、別にゲームでのことであれば構わないのだ。

 創作物なのだし話の都合で妙な行動を取ることになってしまうキャラだっているだろう。

 

 だが……この世界はゲームではない。

 殴られれば痛いし、怪我をすれば容赦なく血が吹き出る。

 時間はどんどんと過ぎ去ってゆき、誰もが年をとり、腹も減るし眠くもなる。そしてやがては皆死ぬだろう。

 

 七乃も孫策も確かに恋姫のキャラクターに準拠した人間性を持っている。しかしそんな彼女達とてこの世界で生きる以上、そのままでは居られない。

 俺という人間の存在や介入の影響だけではない。

 生きた人間である以上、変化と言うものはそもそも避けられないのだ。

 

 何も経験しないで生きるということが物理的に不可能である以上、人間はどうやっても経験によって変化せざるを得ない。

 間近で見てきた彼女らが確かにそうして変化して来たことを俺は知っているのだ。

 

 盧植の私塾に通った事などからそれほど困窮した生活を送ったわけではないのかも知れないが、しかし今まで名を聞かなかった以上名族や士大夫の生まれではないことは確かだ。

 この世界、この時代に生まれたならよほど過保護に守られて育ったのでなければ世の理不尽を目にせず生きてこれたとは到底思えない。

 

 それでもまだ若いのであれば夢を持ちそれを語ることもあるだろうが、劉備は実際に行動を始めている。それも義勇軍を決起させるという暴力的な手段によってだ。

 

 勿論この世の中、賊を討ち悪を廃して無辜の民を守るのは誰しもが称賛する行いだし彼女は何も悪いことはしていないのだが……直接その手にかけたかどうかはともかく、自分が兵を率いて(おそらく)何百人もの人間を殺しておきながら人は殺し合いをしなくても対話によってわかり合える筈だ、等と言うことができるというのは……並の人間性ではない。

 

 言動の矛盾をまったく気にしないサイコパスや狂人だと言う話なら別に良いのだが、そんな相手であれば孫策が一筋縄ではいかないなどと評するとも思えない。

 曹操からも一目置かれている事から、劉備がとても侮れない人格を持った人間であるのはほぼ確実だと言える。

 

 たぶん一緒にここに参陣してくるんだろうが、今から会うのが憂鬱になるな……一義勇軍の長ぐらいなら面会を拒否することもできるが、流石に会わないわけにもいかないし。

 

 考えがそれてしまったが話を戻すと劉備が警戒に値する人間なのが確実だとして、俺は何をするべきか。

 答えはやはりなにもしない。

 

 それは俺の基本的な行動方針に沿った判断だ。

 

 以前にも考えたことなのだが、俺は歴史の修正力だとか運命だとかそういうものは考えないし当てにもしない。そもそもそんな物があるのなら袁術である俺はどうやっても絶望でしかないからだ。

 

 そういうものがない……と言う前提で考えると誰が優秀かとかそういう話はともかく、誰が最終的に勝ったかというような情報にはあまり意味がない。

 だから歴史や原作の知識は人を見る為のヒントにはなっても目の前の現実を無視した行動をとる理由にはならないし、その上で……俺には目の前にある戦乱という現実に対処するだけの能力がない。

 

 だからこそ孫策達と結んだのだ。

 決して蓮華と子作りをする為ではない。

 

 自分で勝ち残る自信もなくさりとて七乃に全てを任せる事も躊躇してしまったからこそ、能力的にも人格的にも信頼が持てる孫策に自分が持つ財力や兵力などの全てを預ける奇策に出た。

 

 そうしたのであれば判断を孫策に預けなければ意味がないし、知恵者として戦略を描き出すのも周瑜や七乃達の様な軍師の仕事だ。

 

 俺は曹操は今はまだ小さな勢力でも警戒すべき相手であるとか、劉備という人間は将来の大器となる人物かもしれないとか、未来知識からの警告を孫策に教える事だけで良いし、それ以上のことが出来ると考えるべきじゃあないのだ。

 

 勿論内政官として働くぐらいの事はする。

 今のように地位や立場的にしかたなく名目上の総大将を引き受けることもあるだろう。

 しかし自分が自陣営の趨勢を担う様なつもりで曹操や劉備にどう対処すべきか等と頭を悩ませるのはお門違いだ。

 

 これで劉備の存在が影にかくれていたならば孫策の目が向く様にとあれこれと気を回したかも知れないが、結果的には俺が何もしないうちに偶然劉備と接触して警戒心を持ってくれたのだから最早言うことはない。

 

 孫策の才覚は疑いようがない。

 少なくとも戦乱の世を勝ち抜こうとするならば俺よりは遥かに優秀なのは確実だろう。

 

 勿論欠点だってかなりあるのだが、それを補う周囲にも恵まれている。

 そんな孫家一党が南袁家の持つ兵力、財力、人材などの地盤を自由に使える様にしたのだから、とりあえず俺や七乃は求められる仕事を果たす程度で十分だろう。

 別に油断するわけではないが、現時点で俺があれこれと勝手な考えを巡らせるのは逆に孫策の足を引っ張りかねない。

 

 ……そもそもだ。

 俺の考えだと天下りしてきた名誉顧問だとか相談役みたいな感じで名目上の役職と禄だけ与えられて、後はひたすら七乃といちゃつくだけの日々になるかと思っていたのだが……孫家は想定以上にブラックと言うか俺や七乃をあっさりと信頼しすぎだし働かせすぎじゃあないだろうか?

 

 しかもこの後周辺から集まる有力者達の折衝という胃の痛い仕事がやってくるのが確定している。

 戦や今後の戦略とかはあっちの主従に任せて今夜は可愛い見習い軍師にしっぽり癒やして貰う事にしたとしてもしょうがない事だろう。

 

 そうして俺は亞莎を褥に招いたのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。