アタランテに憑依した愛を知らない男 (海・海)
しおりを挟む
プロローグ
Fate/Grand Order 略してFGO。
俺はこのゲームの一プレイヤーで、アタランテ推しである。
ちなみに今は深夜二時。ゲームをやり終えたところだ。
アタランテ
親に愛されず生まれてすぐに捨てられ、その後月の女神アルテミスの聖獣である雌熊に育てられ、狩人の集団に引き取られた親の愛を知らない女。
それ故に子供好きで、聖杯に託す願いはこの世すべての子供たちが愛される世界。
「親の愛…………か」
俺も親の愛は知らない。何故なら、もともと体の弱い母は俺を生んですぐに死んだからだ。
俺のせいで母は死んだ。そのことを父は恨んでいる。それこそ、親戚の家に預けるくらいには。
たまに会うことはあるが、会話はしない。
育ての親も自分たちの子供でないからか、俺に対する態度はどこかよそよそしい。
そんな家庭環境で親の愛を知れるはずがない。
母は俺のことをおそらく愛していたのだろう。
そうでもなければ死の危険を覚悟で俺を生んでくれるはずがない。
…………理解できない。
会話すらしたことのない子供のために命を捨てるその精神が。
もちろん母親には感謝しているが、それと理解できるかは別だ。
よく周りの人間に「お前自己中だな」といわれるので、俺は相当利己的な人間なのだろう。
この自己中心的な性格がなおるまで理解することはない。
育ての親も、愛というよりは利益を優先して俺を引き取ったのだろうと思う。
一般家庭のうちとちがって、実の父は大企業の社長を務めていて、その収入は高額だ。
俺を育てるための支援金も多い。おかげで、俺は趣味に金をかけられるし、育ての親の生活も安定している。
育ての親は、金に釣られて俺を引き取ったのだ。俺の育ての親もなかなか利己的だ。
自分も周りも利己的だから、他者への愛がわからない。
…………だから理解できないんだ。愛という感情が。その感情を抱いた人間がなぜ命を捨てるような行動をするのか。なぜ母は俺のために死んだのか。
毎日それを考える。答えが出ないと分かっていても、考えずにはいられない。そして、答えは出ないまま寝てしまって。またいつもどうりの朝を迎える…………
……………………はずだった。
気づけば森の中にいた。
◆
おい何処だここは!?なぜ寝て覚めたら森の中なんだ!?
そんなことを思いつつ、俺は起き上がろうとするが…………
動けない…………だと…………!!
手足は少し動かせるが、起き上がれる程ではない。つまり…………
大ピンチ
無人の森、動けない体、サバイバルなど無経験。仮に経験していたとしても、動けない体では意味がないと思うが。
不安で少し泣きそうだ。誰か何とかしてくれ。
自分で何とかしろ?動けない体でどうしろと。
そんな不毛な自問自答を続けていると、本当にその誰かが現れた。
しかもかなり美人の女だった。女神と見まがうほどに。
何!こんなご都合展開が本当に!?俺はいつ主人公になったんだ!?
まあいい。都合が良ければそれに越したことはない。うん。とりあえず声をかけよう。
「おぎゃぁ~~(助けてくださ~~い)」
ん?なんかおかしかったぞ?うん。…………ではもう一度
「おぎゃぁ~~(助けてくださ~~い)」
うん絶対おかしい。なぜ俺が話した言葉は全て赤ん坊の泣き声に変換されるのか。
思考すること十秒。
結論。俺が赤ん坊だから。
…………ハッハッハ、冗談はよし子さん。
…………フィン・マック―ルのネタを出しても、この結論が現実であることは揺るがなかった。あと超恥ずかしかった。ダジャレなんて言うもんじゃない。
俺が内心羞恥に悶えている間に助けに来た美人は俺を抱き上げた。そして微笑んだ。
その微笑みは天上の神のごとく美しいもので、つい見惚れていた。
「ヤッダ~この子すっごい将来性ある~。よ~し、聖獣と近くに住んでる狩人に育てさせて信者にして、英雄になってもらおっと」
けど一瞬だった。
なんだこのテンション。さっきまでの俺の感動を返してほしい。正直幻滅もいいところだ。
そんなことを思っているとも知らず、助けてくれた美人はいつの間にか現れた雌熊に指示を出している。
「この子が狩人に引き取られるまで、あなたがこの子を育てるのよ。いい?」
「ガウッ」
…………俺はこれから熊に育てられるのか。……………………ん?
森、赤ん坊、女神のような美人、それに従う雌熊、近くに住んでいるらしい狩人、それに引き取られる赤ん坊。
まさか…………この体の持ち主は…………
アタランテ…………………………………………なのか?
アポクリファでは過去編?にアルテミスらしき神が出てきたのでちょっと登場させました。
この神に信仰をささげるアタランテさん。不憫。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
森での出来事
現状と転生特典
この体がアタランテのものだという衝撃の事実が判明したわけだが、だからといってやることは変わらない。
雌熊の母乳を吸って平和に生きるだけだ。
よく転生もののラノベで今世の母の母乳を吸って気まずくなるシーンがあるが、熊相手にそんな気まずくなったりしない。
あ、母乳の味は意外とおいしかった。聖獣だからだろうか?
さて、食事も終わったことだし、これからのことについて考えよう。
とりあえず今はこうして熊の母乳を吸ってるだけでいい。問題は狩人が俺を引き取ってからだ。
狩人達は徹底してこの体に狩りの技術を叩き込むだろう。その教育に現代っ子の俺がついてこられるか。
まあそれはこの体のスペックに期待するしかない。将来英霊の座に登録されるくらいの体なら大丈夫だとは思うが。
問題はアルゴー船に乗ってからだ。いくら名をはせる英雄が同乗するとしても、船長がイアソンなのは不安が残る。
イアソンはFGOでは才能も無くそのくせ自己顕示欲が強い。クソ最悪な性格。ワカメみたいなやつだ。
火事場の馬鹿力、とことんまで自分が追い詰められた時の形勢逆転能力が強いのは理解しているが、逆に言えばそこまで追い詰められないと何もできないということだ。
平常時は足を引っ張り、足を引っ張らせないためには緊急事態に追い込ませないといけない。
…………そんなリスキーな旅はごめんだ。
そんな旅を乗り越えたあとはカリュドーンの魔猪を討伐。
これを機に名をあげて求婚者が一気に押し寄せたが、徒競走で負けた求婚者を虐殺。
そのあと神様に黄金の林檎をもらったヒッポメネスがそれを使ってアタランテを出し抜いて徒競走に勝って結婚したり、ヒッポメネスと神殿で性行為におよんだ罰としてケモミミ尻尾付きにされたりといろいろあるわけだが…………
ダメだ。先のことではなく今のことを考えなければ。今は雌熊のおかげで特に危険はなく安全に過ごせている。
今のうちにできることはしておかないといけない。
◆
あれから一週間が経過した。
といっても一週間でできることなんてたかが知れてる。せいぜい腕や足を必要以上に動かして鍛えるくらいだ。
それ以外には、転生特典と自分とアタランテの現状を調べるくらいだった。
そしてわかったことは、この体にはアタランテの自我が残っていることだ。
俺が朝寝ぼけていると、この体が何と勝手に泣き出し始めた。意識がはっきりしていくのと同時に、アタランテの体を動かす自分以外の意思を感じ取ったので、とっさに主導権を奪った。
おそらくこれはこの体の本来の持ち主…………つまりアタランテの意思だと思う。
正直ほっとした。アタランテの人格が自分が憑依することで生まれなくなってしまうのは惜しい。アタランテは人間として優れた精神の持ち主だ。決して俺のような人間が消していいような人じゃない。
それにもしアタランテの人格が残っていなかったら、俺はこれからアタランテとして振る舞わなければいけなくなる。
見ず知らずの子供のために戦う感情など理解できない俺には、アタランテに成り代わるなどとても無理だ。
次に、転生特典のことだ。今のところ二つだけ見つかっている。
先に言っておくが、これは能力としてはショボく、チートを期待してた人には申し訳ないが戦闘面では役に立ちそうもない。が、それ以外の場面では便利な能力だ。
一つ目の特典が幽体離脱。
文字通り、魂が肉体から離れて霊体として活動する能力だ。
霊体の姿は
前世の最後の姿がどんな姿かって?冴えない黒髪黒目の16歳だが。
霊体の時はなるべくアタランテの姿でいようと思う。冴えない男より美人の女の姿のほうがいい。皆もそう思うだろう?少なくとも俺はそう思う。
二つ目の特典は
魂に記録された情報を自由に見ることができる能力だ。
脳に記憶された情報は時がたてば忘れてしまう。だが、魂に記録として残された情報は劣化することなく保存される。
俺はなぜかその記録を自由に見ることができる。
分かりやすく言えば、前世の俺の脳が忘れてしまった知識や思い出すらも
他にも特典はあるかもしれないが、今のところ分かっているのはこれだけだ。
さて、現状の整理も終わったことだし、これからのことについて考えるとしよう。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
アタランテとの会話
「こたえよ。なんじはなにものだ?」
……俺は今、アタランテ(推定五歳)に見つかって問い詰められている。
では、なぜそんなことになったのか回想に入ろうと思う。
~回想~
あれはいつも通り、熊の母乳を吸っているときのことだった。
「おい!なんだあれは!?」
「熊が人間を育てているのか!?」
「もしや、あれが聖獣様では!?」
急に人がやってきたと思ったら勝手に騒ぎだして、勝手に俺を引き取ることになった。
寝る場所が洞窟の硬い地べたから草のベットになったのは良かった。毎晩苦痛だったから。
引き取られて数ヶ月までは無邪気な赤ん坊としてふるまっていたが、時が経つうちにアタランテの自我が成長したので、幽体離脱して体を動かすのはアタランテに任せた。
そして俺は霊体の時は誰にも見えないことをいいことに集落を見て回ったり、動物を間近で観察したりと暇をつぶしながら、夜はアタランテの肉体に戻って寝るを繰り返していたわけなのだが…………
~回想終了~
動物を観察しているときに見つかって今に至る。
というかなぜアタランテには俺が見えているんだ?今は霊体だぞ俺。
まあ、それについてはなんとなくわかっている。おそらく俺とアタランテを繋ぐ見えないパスのようなものが原因だろう。なんか繋がってる感じがするし。いや、本当になんとなくフワッとした感覚だけど。
後、なんで俺神代のギリシャ語が理解できてるんだろう?……はっ!?転生特典か!?よし、言語理解と名付けよう。
「おい、いいかげんなにかしゃべったらどうだ?」
回想に入って無視し続けていたせいか、声には怒気が含まれている。しかし、何者かと問われてもなんて答えよう。異世界人?未来から来た人?
というか生のアタランテ可愛いな。子供だから余計に。舌足らずな口調で凛とした声。いい。
アタランテリリィ、なぜ生前は実装化しなかった?アルトリアもエリザベートも別側面の実装化は割とフワッとしてるからリリィを実装化してもいいじゃないか。
バサランテとか別側面として自然すぎるだろ。俺のアニメのアタランテの感想、バーサーカーよりバーサーカーしてんな~だったし。
「おい!いいかげんしつもんにこたえろ!」
「分かった!分かったから矢をつがえるな!」
無視した俺も悪いが、初対面の幽霊に矢をつがえるとか、狩人はどういう教育をしているんだ?あっ!幽体だから矢は効かないか。というか、久しぶりに声を出した気がする。話し相手いなかったから。女神におぎゃ~って助けを求めて以来声出してなかったからな。
「で、俺が何者かだっけ」
「ああそうだ。しゅうらくではみないかっこう、かおだち、そもそも、なんじはひとですらないだろう」
「まあ、幽霊だからな」
しかし、やはり幽霊は人間のカテゴリーから外れるのか。少しショック。
「ゆうれいならなぜわたしにはなんじがみえる?」
「それは、俺がお前に憑依してるからだな。お前の自我が確立する前はその体は俺が動かしていたんだぞ。今も主導権を奪おうと思えばいつでも奪える」
これは脅しではなく本当。どうやら体の主導権は俺にあるらしい。まあ、幽体離脱である程度自由に動けて、食事も必要ないならわざわざ子供の体になるなんて面倒なことしないけど。
ちなみに俺の霊体の姿は生前の俺の姿だ。アタランテの姿の霊体はアタランテ本体の成長に合わせて変化するが、こっちは何とも変化がなかった。アタランテ姿の霊体にもなってみたが、子供の霊体はなんか違和感があったので、もう少しアタランテが大人になったらアタランテ姿で活動しようと思う。
「それは…………おそろしいな」
まあ、自分の体がいつでも誰かに奪われる可能性があると聞かされて、恐怖を覚えない人間はそうそういないだろう。でもまあ、今のところは許可なく体を奪うつもりはない。なぜなら…………
「その体だと狩りの練習やら子供の演技やら色々面倒なことがあるから、わざわざ奪ったりしない」
「…………」
素直に理由を言ったら、なぜかゴミを見るような目で見られた。
「かりとはいきるためにみにつけなければいきていけぬひつようさいていげんのぎじゅつだ。そのれんしゅうすらめんどうくさがるとは、もしかしてしいんはがしなのか?」
「そういえばなんで死んだんだ俺?」
あとで魂魄記憶閲覧で見てみよう。
「なんじはなまけものなのだな。おまけにじぶんのことしかかんがえていない」
「おい、前者はともかく後者は否定させてもらおう。何を根拠にそんな結論になった?」
今の会話に俺がエゴイストだとバレる要素はなかったはずだが。
「かんたんだ。めんどうだからうばわないとは、そうではなかったらうばうということ。おまえはひつようならたにんすらつごうのいいようにりようする、わたしのきらいなタイプのにんげんだ」
さっきの会話だけでここまでばれるとは、本当に子供か?
「チッ、馬鹿なガキも嫌いだが、賢すぎるガキも考え物だな」
クソッ、口が悪くなってきた。それほどイラついているのか俺は。
なんでこんなにイラつく?自分がエゴイストだなんてずっと前から分かってた。それを人に指摘されたくらいで何も無いはずだろ?
そのはずだ、そのはずなのに、何か胸の奥にドロドロした物が直接注ぎ込まれるような不快感に襲われる。思考が乱れる、頭が沸騰する、今すぐ何かに八つ当たりしたくなるほどに。
「どうしたのだ?」
「…………気分が悪くなった。どっか行く。ついてくんな」
俺はすぐにその場を離れた。
子ども相手にムキになって、挙句逃げるようにその場を去る。
カッコ悪い。最低だ。自分が嫌になる。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
俺の過去、アタランテの決意
あれからわけもわからず走り続け、ある程度アタランテから距離をとったあと、その場に腰を落ち着かせた。そして深呼吸した後、あの状況について少し考える。
「何でイライラしたんだ?割とマジで」
あんなに不快になったのは最近どころか、生まれて一度もなかったかもしれない。自分がエゴイストなんて分かっていたことだし、今までそれを指摘されたことがなかったわけじゃない。けどその時は全然イライラしなかった。じゃあなんであの時はあんなに不快で、悔しくて、苦しくて、妬ましくて、悲しい想いを……
「ちょっと待て。妬ましい?悲しい?」
生まれてこのかた、何かを妬ましく思ったり、悲しく思ったことがあっただろうか?
家は裕福で、俺自身は運動も頭のほうも割と才能に恵まれて、むしろ嫉妬を向けられる側だった。
悲しむ、何をだ?悲しい映画を見てもそれはあくまで二次元の話だ。多少心は動くが、そこまで感情移入しない。現実でも、俺は他者を愛することがなかった。向こうも俺を愛さなかったし、俺もそれでよかった。そんな奴らがどうなろうと、俺は悲しくならなかった。
じゃあ、何が原因であんなに感情が溢れたんだ?
そのあと数時間くらい、俺は自分の感情と向き合い続けた。
~アタランテSide~
「いったいなんなんだ!?あのおとこは!?」
性格は最悪だし、本当のことを言っただけなのに勝手に怒って勝手に消えた。意味が分からない。
あの手の人間は、自分の悪い部分も開き直って人の言葉を無視するはずだ。集落の悪い大人もそんな感じだった。
なのに何で……?
「なんであのおとこは……あんなになきそうだったのだ?」
あの男は明らかに怒っていた。イラついていた。けど、それ以上に、妬んでいた、そして何よりも、悲しんでいた。少なくとも、去り際に顔に現れる程度には。
「……それではまるで、わたしがかなしませたようではないか」
それはなんとなく目覚めが悪い。それになぜか、直観のようなものだが、どうしてもあの男を放っておけない。
「まだとおくにはいっていないはずだ。かりうどからにげられるとおもうなよ」
そして私は、あの男の後を追いかけ始めた。
~アタランテSideout~
~オリ主Side~
「ああ、そうか。そういうことか」
全部理解した。何でアタランテに言われた言葉があんなに深く心に刺さったのか。
俺は、アタランテに…………
「おい!」
急に声が聞こえたので、後ろを振り返る。
そこには、息を切らしたアタランテが立っていた。
「ハァ、ハァ、さがしたぞ。ゆうれいだからあしあとをおうこともできないし、なんのこんせきもみつからなかったから、ハァ、くろうしたぞ」
つまりしらみつぶしに探しまくったということか。それにしては早かったな。多分まだ二十分位しか経っていないぞ。
「なんじとわたしのつながり。それがわたしをここまでみちびいた」
繋がり?ああ、パスのことか。
そして俺は、今まで必要なかったからあまり意識を向けたかった俺とアタランテをつなぐパスに、初めて意識を向けた。
……どうやらこのパスには、互いの位置を知らせる効果と、互いをあまり離れられなくする効果があるらしい。どおりであまり遠くに行きたくないと思った。これのせいであまり離れたくないと思ったのか。どうやら俺は、具体的に言うとアタランテの半径三キロ以内しか移動できないらしい。それでも二十分は早いと思う。さすが敏捷特化の英霊。子供の時からその身体能力は異常だったのか。
「……きかせてくれ。なぜなんじは、あのときかなしそうだったのだ?」
「……やっぱ傍から見ても悲しそうだったか?」
「わたしのせいなのか?」
「いいや。自分のせいだよ。全部俺の自業自得。勝手に憧れて、勝手に望んで、勝手に裏切られた気になって、勝手に苦しんで、うん。全部俺が悪い」
「あこがれ?のぞんだ?うらぎられた?」
「そうだよ。俺が勝手にそう思ってるだけ。お前が気にすることはないよ」
さすがにこれは、自分でも引くくらい最低だ。でもしょうがない。この感情は自分でも制御できそうにないから。
「少し、俺の話をしてもいいか?」
「かまわない」
「……俺はさ、親に愛されなかったんだ」
「!?」
「母親には愛されてたと……思う。ただ、体が弱かった母親は俺を生んだ後すぐ死んじゃったから、愛されてたって実感がないんだ」
「……」
「父親はそれで俺を恨んで、親戚に俺を預けたんだ。ただ、その親戚は愛で俺を引き取ったわけじゃなかった。養育費目当てで俺を引き取った」
「……」
「義務教育でもない幼稚園に金払って通わせられるかって理由で幼稚園行けなかったから、六歳までは殆ど家にいてな、そこで養育費の配分について喧嘩する義理の両親の会話をずっと聞かされた。あいつら子供が目の前にいないからって恥じらいもなく大声で喧嘩しやがって、聞こえてんだよこっちは」
「……」
「そんな義理の両親の影響で俺は金にがめつくなって、そんなクズの俺に近づくのは、それなりに裕福な俺の家の金目当てで近づく奴ばっかだったよ。何が友達になろうだ。テメェがほしいのは友情じゃなくて金だろうが」
「……なんで」
「ん?」
「なんでそんなことをたんたんとはなせるのだ!?そんなむひょうじょうで!」
どうやらもっと悲しそうな、苦しそうな表情で話すことを想像したらしい。まあ、普通はそういう表情で話すんだろうな。けど俺は……
「俺はそれが辛いと思ったことは一度もない。一度もないんだ」
「なぜだ!?いちどもあいされずすごしてきて、なぜそんなことがいえるのだ!?」
「まあ、慣れかな。確かに愛はなかったけど、金はあったから、自分の欲望は満たせた。それに、虐待されたわけじゃないから周りの大人を恨んだこともない。家でも学校でも毎日誰かと話すくらいには他人との交流もあったから、完全に孤独だったわけじゃない。だから俺は、愛がなくても満たされていたよ。たとえ俺と周りの関係が、どれだけ薄っぺらいものだとしても」
「そんな……」
「そんな感じの人生を送って、こんなクズの完成だ。笑いたきゃ笑え」
「わらえるか!わらえるものか!」
「まあ、そんな奴だよなお前は。母親は、こんな俺を見たらなんて思うかな?」
「え?」
「母親はさ、多分俺を愛してた。じゃなきゃ自分が死んでまで俺を生む理由がない。そして、俺はクズだからな。何で母親がそうまでして俺を生んだのかわからない。……それが辛かったんだ」
「……なんで、あいがなくてもつらくないおまえが、そこでつらくなる!?」
「だってよ、自分の命犠牲にしてまで産んだ子供がこんなクズだぞ?なんで自分が命犠牲にしてまで生んだのか理解できないほどの大馬鹿野郎だぞ!それじゃ母親が報われねぇだろ!?」
「……おまえは」
「俺のことを愛さない奴なんかどうなろうと知ったこっちゃない。どうでもいい。けど、俺のことを愛してくれたはずの母親には、ちゃんと報いたいんだ。だから……俺は愛が知りたい」
そう、それが……俺が愛を知りたい理由。
「誰かを愛したいわけじゃない。だって俺は、他人なんかに興味はない。誰かに愛されれたいわけでもない。だって俺は、愛がなくても満たされたんだから。だけど、俺は愛を理解したい。そして、母親の愛に報いたい」
「それが……おまえがかなしんだりゆうなのか?どうしてもあいをりかいできないから、じぶんがクズだといわれて、ふかいにかんじたのか?」
「いいや、それは違うよ」
「ん?」
それは違う。それにはもっと複雑な理由がある。
俺はアタランテに……
「俺はお前に憧れたんだ」
「……え?」
「お前も親の愛を知らない。俺と同じだ。なのに、俺はこんなクズになって、お前は周りを思いやる、慈愛の心を持つ英雄になる。そんなお前に、俺は憧れた。親の愛を受けていないのに他者を愛する心を、俺がもっとも理解したいものを知っているお前に、俺は憧れた」
「そう……なのか?わたしが、おまえのあこがれなのか?」
「ああ、ただ、そんな奴本当にいるわけない。二次元だけだって思ってたからな。ただ、実際に親の愛を知らないのにこんなクズにならないような奴がいて、俺の妄想は打ち砕かれた。裏切られたような気分だ。お前も同じなのに、なんでこんなに違うんだって」
「……」
「俺は、きっとお前に、何か俺を肯定してくれる言葉が欲しかった。無理だと理解していても、勝手に望んだ。それで、出てきたのは俺への罵倒で、自業自得なのに勝手に苦しんだ」
「それは……すまなかった」
「いいよ。言ったろ。俺の自業自得だって。お前が謝ることなんて何もない」
「いいや!おまえのことをなにもしらずに、わたしは、あんな……グスッ、ひどいことを……ヒック、いってしまって……」
「おい!なんで泣くんだよ。気にしなくていいって言ってるだろ」
なんで、俺のために泣いてくれるんだ?全部俺の自業自得。だから、泣くほど苦しまなくていい。
「ごめんな。俺はクズだから、お前がなんで泣くのかも理解できない。罪悪感からだってことまではわかるけど、なんで罪悪感を抱いているのかがわからない。でもまあ、気にするな。お前は何も悪くないんだから」
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
アタランテは、それから五分くらい、泣きながら俺に謝り続けた。
~五分後~
「落ち着いたか?」
「うん」
良かった。あれじゃ俺が泣かせたみたいだからな。いくらなんでも理由なく幼児虐待なんてしない(暗に理由があればやると言っている)。
「じゃあ集落に戻れ。友達が心配してるから」
「……おまえはどうするのだ?」
いつの間にか呼び方が汝からお前に変わってるな。少しは親しくなったってことだろうか?まあいいか。
「いつも通りそこらへんで動物観察してますよ。お前の半径三キロ以内で」
「……一人でか?」
「そうだけど。ってちょっと!何考えこんでるの!?いやな予感しかしないんだけど」
だが、時すでに遅し。アタランテは何かスッキリした顔で、俺に説明を始める。
「わたしは、おまえのはなしをきいたときから、おまえになにかしたいとおもった。おまえはじぶんのじんせいをつらくないといったが、わたしからすれば、おまえはかなしくてほうっておけない」
「つまり、どういうこと?」
「ほうっておけないなら、そばにいるしかないだろう。そしてわたしは、ずっとおまえのそばにいて、おまえに――」
それは、俺がこの世で一番欲した言葉なのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
ただ、俺はこの言葉を聞いて、そして――――――
「あいをおしえてやる」
なぜか、泣きそうになった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む