~魔法少女リリカルなのはReflection if story~ (形右)
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《冒頭 夏の始まり》 序章 ユーノくんの夏休み

 今回のお話はプロローグ的なもので、ユーノくんが海鳴に来るきっかけになっております。



 とある一夏の始まりの形

 

 

 

「――夏休み?」

「うん」

 

 久しぶりに会ったユーノから、なのはが聞いたのはそんな言葉だった。

 

「リンディさんとレティさんがなのは達も夏休みに入るから、僕も休みを取りなさいって。それで休暇をもらうことにしたんだけど……することが見当たらなくて」

 いや、したいことはあるんだ。『無限書庫』の開拓や整理に力を入れていた分、していなかった遺跡発掘に行くとか、一族の里への帰省するとか、後は仕事とは関係ない読書に一日中没頭するとか――と、ユーノはなのはにそういうものの、自分でもどれを先にやろうか迷っているらしい。

 それでなくても、それなりに長い休みをもらえばその大体は直ぐに終わってしまう。今回、リンディとレティは一昨年の冬に入るあたりから『無限書庫』を本格稼働させ始めてくれたユーノに対し、半年以上尽力してくれた分とのつり合いなどを考えて、なのは達の世界でいう一般的な夏休みと同じくらいの期間の休みを与えることにしたらしい。

 一ヶ月近く放っておいていいのか、という意見もあっただろうが、そもそもユーノは正式な局員ではなく、限りなく正規職員に近い立場の民間協力者だ。『無限書庫』を扱えるのが彼ぐらいであったため酷使してきたが、はっきりいうと彼がやめたいと言ってしまえばそれまでである。

 そうならないのはひとえに彼の性格と人柄、そして管理局が『無限書庫』というデータベースの有用性とその重要性に気づいたからなのだが、それでもここ一年ほどの間の中で、それなりに体制は整いつつある。あと十年もすれば、管理局筆頭の情報部署の位置づけは覆ることのないものになるであろうし、それ以後であるならば一般に開放を始められてもおかしくはない。

 それほどの力が、彼と『無限書庫』にはある。

 だからこそ、こんなところで潰れさせるなどもってのほかだ。

 そういった大人たちの気遣いと、確固たる未来への確信。その結果が今回の休暇――という事らしい。最も、それを知っている者も、知ろうとする者も、意識して導き出した者もいなかったが。それほど、これはごくごく自然なことだった。

 

 そんな事はつゆ知らず、聡明とはいえどもまだまだ子供な二人は、先程の続きを話していた。

「いきなり休みを貰っても、何からしようか少し迷っちゃって……決められてないんだ」

 苦笑しながらユーノはそういった。休みにやりたいことは何か? と聞かれて、やりたいことを上げられはするものの……すぐさまそれを選べないのは優柔不断というべきか、それとも働き過ぎの代償というべきか。ともかく、ユーノの『夏休み』はまだまだ空白だらけで迷っていたところ、なのはが来たので話してみたというわけである。

 なのはも、ユーノが迷っているのなら何か力になりたいとは思うし、友達が自分たちと同じだけの休みがあるのなら一緒に遊びたいとも思う。

 と、その時――頭をひねろうとしたなのはに、一つの案が浮かぶ。

 決まっていないなら、一人で自由気ままに過ごしてから考えるのもありだろう。けれど、迷っているのなら、他の人の意見を参考にしてみるのはどうか?

 彼は元々、情報を集めてそれを昇華していくのが得意だ。なら、今回もそれに習ってみるのもいいのではないだろうか――そうと決まれば、後は早い。

 なのはは早速、ユーノに聞いてみることに。

「ねぇ、ユーノくんのお休みっていつから?」

「えーと、今日までの分を整理し終えたら、そこから先を明日のお昼にリンディさんの依頼を受けてくれたリーゼさんたちに引き継いでもらうことになってるから……明日のお昼からだね」

 たしか、リンディさんがなのはたちの夏休みと合わせてみたって言ってたから、とユーノは最後に付け加える。

 実にリンディさんらしいなーと、なのはは思った。

 人手不足の為、なのは達を管理局に勧誘することもあったが、リンディは基本的に優しい。

 そんな心づかいの程を感じたなのはは、自分の考えていたことが割と簡単に行きそうだと思って嬉しくなった。

 考えていたこととは、ちょうどいつものようにアリサやすずか、フェイトやはやてとのお茶会を明日夏休みに入る日という事で行うと五人で決めていたのだ。

 終業式の日という事もあり、なのは達も丁度授業もなく学校にいるのもお昼まで。まさにアフタヌーンティーにはピッタリと言ったところ。そこへ、ユーノを誘ってみるのもいいのではないかとなのはは思ったのだ。意見を聞くにも、まず何かをしてみるにしてもいい塩梅だろうと。

「じゃあ、ユーノくんも明日のお茶会に来てみない?」

「お茶会?」

「うん。明日ね? 私たちも学校がお昼までだから、みんなで集まってお茶会しようって約束してるんだ。ユーノくんのやりたいことが決まってないないなら、どうかなって」

「でも……いいの? せっかく女の子同士で集まってるのに、僕が行っても」

 遠慮がちにそういうユーノだが、

「当たり前だよー。それとも、ユーノくんは……いや?」

 なのはは勿論、皆もう一人友達が来るなら嬉しいはずだ。とりわけ、アリサあたりだったら寧ろ、遠慮して断ったら自分の器量がそんなに狭く見えると思われたようで怒り出しそうだ。

「ううん、とっても嬉しいよ。じゃあ、お邪魔させてもらってもいいかな」

「うん! じゃあ、明日すずかちゃんの家で。皆には私がいっておくね」

「ありがとう。なのは」

 そういって微笑み合うと、二人は他愛のない話をそのまま続けて約束をもう一度交わして別れる。その後ユーノは少し仮眠をとると、起きた後も引き続き仕事の残りへと取り掛かり始める。

 だが残りの仕事も、ユーノからすればそこまで多いものでもない。無論仕事が終わっても、まだまだ書庫の開拓は終わってなどいないので大元は終わってはいないが、休みに入るまでのユーノの担当分がここまでだったという事である。

 しかし、どうにも終わったらそのまま休憩に……というのも、これから休みに入る身としてはこのまま休んでも仕方ない様な気がして、ユーノはリーゼ達がやりやすいように仕事の要点をピックアップしたり、仕事に取り掛かりやすいように項目ごとに整理をしたりする。

 色々と手を回しながらお昼になり――――。

 

「やっほ~、ユノスケ~」

「久しぶり、ユーノ君」

 

「お久しぶりです。ロッテさん、アリアさん」

 

 リーゼ姉妹がやってきた。

 昨年の暮れに『闇の書事件』での独断専行により、時空管理局を退職になったが、彼女ら――牽いてはその主であるギル・グレアム元提督は非常に優秀な局員であったため、今でも時折こうしてヘルプで呼び出される。まだ八神家の面々とは事件の確執からあまり友好的になれてはいないが、それでも『闇の書事件』から、その後の折々を経て、多少なりは改善されてきてはいる。

 ただ、彼女らも一人の少女とその家族を犠牲にしようとした負い目から、あまり積極的には関われていない。

 そんな彼女らが気兼ねなく……というと語弊がありそうだが、それでもここ『無限書庫』においては、元々ユーノの手伝いをしていたことや彼の人柄もあって、どちらかというと気楽である。

「そんじゃ、早速仕事を引き継ぐから、ユーノは気兼ねなく遊んで来いよ~」

「はい、有難うございます。ロッテさん」

 屈託のない笑顔を浮かべ、ユーノは二人に仕事の引継ぎを行う。

「ほいほーい。おっけぇ……え?」

「? どうしたのロッ、テ……?」

 ユーノから受け取った仕事の内容を確認して固まるリーゼ姉妹。それを見て何か不手際があったかと不安になったユーノは、二人に恐る恐るそれを訊いてみる。

 心苦しいが、何か不手際をしてしまったという事なら、一責任者として訊いておかなくてはならない。

 

「「…………」」

 

「……あの、何か間違ったところでも――」

「いや、そういう事じゃなくて……」

「いや、寧ろその努力の方向性が右肩上がり過ぎるというか……」

「ぇ、え……?」

 どういうこと? と、ユーノの顔に書いてあったが、リーゼ姉妹は感心半分呆れ半分のため息一つ。

「まぁ、お疲れさまってことよ。ユーノ君」

「流石は私の愛するネズミっ子だぁ~(なでなで)」

 頭を撫でられ、恥ずかしいようなこそばゆさを感じながら戸惑うユーノ。

「えっと……その、どういうこと……なんでしょうか?」

 何だかよく分からないが、間違いなどではないらしい。なので、好意は受け取っておくとしても、撫でられる理由を一応聞いてみることに。

 が、

「んー? 気にしないで楽しんで来いってことだよー」

「そうね。ロッテの言う通り、目いっぱい楽しんできて」

「は、はい……分かりました……?」

 二人ともなんだか温かい目のような、妙に優しい目で見つめられ何が何だかよく分からなかったが、ひとまず納得しておいた。

 結局、何だったのだろうか。そんな事を思いながらユーノは『無限書庫』を後にしたのだった――。

 

 

 

 ***

 

 

 

 さて、こうして『無限書庫』での仕事をひと段落させたまではよかった。

 が、しかし。

 現在時刻は、地球時間で言うところの正午ちょうどくらい。つまり、なのはたちと交わした約束まであと三時間程度の空きがあるということである。

 彼がなのはから聞いた限りでは、終業式が終わるのは二時ちょっとで、そこから一度家に帰ってからすずかの家に集合、ということらしい。

 ならば、早く着きすぎても迷惑になるだろう。

 

 今現在、海鳴市に設置されている転送ポートは、三ヶ所。ハラオウン家、バニングス家、月村家のそれぞれに設置されており、今回お茶会が催されたのはすずかの家――つまり月村家である。

 転送にかかる時間は、ここ本局からならば、どんなにかかっても数十分程度。

 移動にはさして困らないが、かといって住んでいるわけでもない異世界で無闇に出歩くのもよろしくない。何より、ユーノには一度それでなのはに魔法を伝えてしまったという前科がある。

 魔力素の不適合、その上に連戦を重ねた命の危機であったことや、そもそも出向く原因となった『ジュエルシード』がユーノが出向かなかった場合に出していた被害、何より『高町なのは』という未来のエースを見出したこと。

 諸々の事情により、ユーノは罪に問われなかったが……それでも、負い目を全く感じない訳ではない。

 フェイトやはやてを始めとした少女たちの命と心を救うきっかけであっても、普通の女の子を危険な場所に導いたのは間違いなく自分だった。

 そんな思いからか、無闇に出歩くのは控えたい。勿論、引け目ではなく、本当の意味での後悔でなく――ただ、己のしたことの重さの天秤を測りかねているというもの。

 間違ってはいない行いを、まだ完全に正しいと定しきれない。

 一部署を任されているとはいえ……ユーノのまだ幼い心は、複雑な何かを遺したままであった。

 だが、それが今ある幸せや平和を否定することや拒絶することに繋がっては意味がない。

 だって、今を過ごしている皆は、とても幸せなのだから。

 それを己が間違いではないと呑込めるまで、崩れないことを祈ること。そして、自分の手の届く何かなら助けること。

 そうして何時か、皆の幸せが確かなものになると信じることが、自分の役目だ。

 今一度心のささくれを整理し、彼女たちが選んでいくこの先が温かいものである様にと願うと、ユーノは一つ息を吐き、廊下をぶらぶらすることにした。

 時間がたっぷりある。

 けれど、お茶会までの間に、手頃な目的がない。なら招かれた手前手土産でもというなら、既に揃えてしまった。その辺の礼儀をバッチリ抑えていたのは、ある意味愚策だったかもしれない。

 準備は全部終わってしまっている。

 詰まる所、今のユーノは手持ち無沙汰だった。

 やることが無い。勿論暇つぶし程度ならいくらでもあるだろうが、三時間となると些か退屈である。かといって、何か時間のかかりそうなことに取り組むというのも、約束に遅れかねない種になる。

(……どうしようかな)

 うーん、とユーノが考えていると、そこにひょこっと一人の少女が現れた。

「? ユーノ、こんなとこで何してんだ?」

 赤毛の少女が、見慣れた赤い騎士装束に身を包んで後ろから声をかけてきた。

 彼女の名は、八神ヴィータ。ユーノの友達であり……また、同じく友である八神はやての守護騎士の一人でもある。

「珍しいな、本局の廊下にいるなんて。でも、今日お前もくんだろ? お茶会」

「うん。そのつもり……あれ? お前もってことは、今回はヴィータも参加するの?」

「おう。はやてたち明日から夏休みだからな。あたしらも少し休みもらえたから、はやてと遊ぶんだ。いつ引っ張られるか分かんねーもんな」

 成る程――と、ユーノは納得した。

 確かに、ヴィータやはやてたちほどの魔導師ならいつ何時緊急招集がかかるとも知れない。まだ正規の職員では無いはやてたちはともかく、『闇の書』の件で贖罪も兼ねているヴィータたち『ヴォルケンリッター』はそんな事態が来てもおかしくは無い。

 なら、今のうちに遊ぶというのは良いことだ。

 大体の内容を把握して、ヴィータもきっとユーノと同じように仕事を切り上げてその報告に来たのだろうなと、ユーノは思った。

「じゃあ、今は報告の帰りかい?」

「あぁ。早く戻んねーと、はやての作ってくれたお菓子食べ損ねるからな」

 実に嬉しそうな笑みを浮かべるヴィータに、ユーノも思わず口元が緩む。

 妹というものに縁は無いが、もしいたらこんな感じなのかも知れないな――と、そんなことをふと思っていたユーノ。

 柔らかい笑みを向けられていることに気づき、ヴィータはこそばゆくなったのか、少し話を戻した。

「お、お前こそ、ここにいるってことは仕事終わったんだろ? 海鳴市に行かねーのか?」

「まだ時間があるし、僕はあっちに住んでる訳じゃないからあまり出歩くのもね……かといって、こんな早くからすずかの家に直接いくのも迷惑だろうし、だから少し時間潰そうと思ってたんだけど」

 でも、何にも浮かばなくて。苦笑しながらそう告げたユーノに、ヴィータは少し呆れた。

 しかしまぁ、気持ちは分からなくもないので、露骨に言ったりはしないが、それでもその状態はどうかと思う。

 誰か知り合いでも――と思って、ユーノの地球での友達も本局方にいるクロノたちも、というかここにいるヴィータも、普段は仕事の比率が高くあまり会えてない。だから、こういう場合にいきなり出向いて誘うなどというのは無理に近い。

 おまけに、ユーノは『スクライア』の出身で、彼の『家族』は遠い世界にいる。

 思ってみると、ユーノはいろんな事件が解決して終わったにも関わらず、独りの色が強い。……そのことが、思い当たるとより一層重く感じてしまう。

 なんだか、モヤモヤする。

「…………」

「??? ヴィータ……?」

 こんなとこで、頑張ってるのに誰にも寂しいともなんとも言わない、ユーノに――なんだか少し、腹が立った。

「なあ、ユーノ。お前、暇なんだよな?」

「え……う、うん。そうだけど……」

 何だか鋭くなったヴィータの視線に、少しうろたえながら応える。

「よし、なら来い」

「え、ちょっ……」

 腕を引っ張られながら、ユーノは最近少しずつ付いてきた身長差を感じつつ、自分より大体の頭半分低い少女に局の廊下を引っ張られて行く。

「ヴィ、ヴィータ。何処に行くの……?」

 よく分からないまま、流される方向くらいは知っておこうと聞いてみる。

 すると、

「あたしらン()だ」

 ヴィータはさらっとそういった。

「な、何で……?」

 彼女が帰るというのは分かる。だが、自分が連れて行かれるのは何でなのか。

 ますます分からなくなって来たユーノは、わずかに混乱にしてきた。

 しかし、そんなユーノをよそにして、ヴィータはまたしてもさらりと応えた。

「お前暇なんだろ? あたしもシグナムとシャマルが帰って来るまで暇だから相手してくれよ。ザフィーラも、偶には男のお客に来て欲しいだろうし」

 それを聞いて、ユーノはようやく合点が言った。

 つまり、ヴィータはユーノに気を使ってくれたのか、とも。

 どうやら、妹のようだなどと思っているうちに、彼女は随分と先に行ってしまったらしい。

 確かに、彼女の方がこれまで過ごしてきた時代(じかん)はユーノよりずっと長い。だが、普段の彼女は本当に可愛らしい八神家の末っ子だ。

 そのため、年下を見るような思いだったのだか――

「…………」

 言葉少ないながらも、あまり語らないけれども。

 彼女は既に、しっかりとした思いやりを持った、思慮深い女性になっているらしい。

 ……ほんの少し、気恥ずかしさに赤くなっていなければ完璧だったが。

 まだまだ可愛らしい末っ子のヴィータ。

 そんな彼女も、どうやらユーノも誕生を手伝ったあの子(最近生まれたばかりの本当の末っ子)の姉になる自覚を持っているのかもしれないな、と、ユーノはまた微笑んだ。

「な、なんだよ……ニヤニヤして」

「ううん。何でもないよ……でも、ヴィータは本当にいい子だね」

「……子供扱いすんなっ」

 口を尖らせたヴィータに引きずられて行くユーノ。

 そんな二人の姿は、見た目こそだいぶ違うが――何処と無く、兄妹のようであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 海鳴市――八神家にて。

 

「……どういうことなんだ? これは」

 いつものように家に帰ったシグナムは、目の前の光景がいまひとつ飲み込めなかった。

「あらシグナム。おかえりなさーい」

 そんな彼女に、八神家で彼女と同じく年長者のシャマルがお帰りと告げた。

「ああ、今帰った……で、シャマル。これは一体どういうことだ?」

 返事を返し、目の前の状況の説明を求めるシグナム。

 シャマルは不思議そうな顔をして、彼女の見ている方向を見る。

「どうって……何か変?」

「いや、変というわけではないのだが……少々、珍しい顔が来ていると思ってな」

「あぁ、なるほど」

 その言葉を聞いて、ようやく合点が行ったシャマルはシグナムの視線の先にある二人の子供を見た。

 そこには、

「なー、ユーノぉ」

「んー? どうしたの、ヴィータ」

「んな熱心に読んでッけど、それ面白いのかー?」

「うん。今日せっかくはやてとすずかに会うから、二人にオススメの本をって思って持ってきたやつだからね」

「ふーん……」

「??? ……あ」

「んだよ『あ』って――んなッ!?」

「……(なでなで)」

「なにすんだよ!?」

「えっと……なんだか、その。かまって欲しそうだったから……?」

「な、なことねーですよ!」

 なんだかじゃれ合っているユーノとヴィータがいた。

「二人とも仲良しよねぇ〜♪」

「……あぁ。そうだな」

 シャマルの言葉に同意するシグナム。

 事実、目の前の二人はそれこそまるで兄妹のように仲むつまじげであった。

「でっしょ〜? でも私もびっくりしちゃった! だって帰ってきたら、リビングで二人でゲームしてたんだものね〜」

「ゲームか……意外だな」

 あまりユーノがそういった娯楽を嗜んでいるところを見たことのなかったシグナムは、そう呟いた。

「あ、それ私も思った。でもそれがねー、意外とユーノくん芸達者なの。ヴィータちゃんすっかり楽しんじゃってたわよ?」

「ほう……?」

「ユーノくんシューティングもアクションも結構上手なの。初めてなのに、私たちより上手だったわ」

 朗らかにそういったシャマルの姿は、なんだか子供を見守る母親の様で――とても、『お母さん』といった出で立ちに見えた。

 なんだかすっかり、珍しい来客であるはずのユーノに対する驚きが薄れたシグナムは、シャマルやヴィータ、ユーノたちを見て、なんだか新しく家族が増えた様だななどと考えたしまう。

 そう考えていると、そういえばもう一人(本来の姿的には一匹か?)この家の家族の姿がないことに気がついた。

「そういえば……ザフィーラはどうしたんだ? あいつがあの二人を放って何処かへ行くとも考えづらいのだが……」

「あら? ザフィーラならいるわよ?」

 不思議そうにシャマルがそういうと「なに?」と、シグナムが怪訝な顔をした。彼女の眺めていた先であるリビングには、先ほどから二人以外の姿は見えなかったからだ。

 だが、シャマルは違うという。

「ほら、あそこ」

 そういって、示した先には――確かに、先ほどまで気づかなかった我らが守護獣がいた。

「…………」

 なんだか、とても小さい姿で。

「子犬形態……なぜ――あぁ、そういうことか」

 子犬形態になってユーノとヴィータの間にいるザフィーラに抱いた疑問は、すぐに晴れた。

「うふふ」

 シャマルも満足そうに微笑む。

 彼女はシグナム以上に、そういった話に聡い。

 つまるところ、主人の守護を目的としてはやてと共にお茶会に出向き、彼女に会う気なのだろう。彼ととても仲のいい、茜色の毛並みを持った、もう一人の守護の獣である『アルフ』に。

「ふ……あいつも、なかなかに楽しんでいるな」

「いいことじゃない、いつもお家を守護してもらってるんだもの。ザフィーラだって、たまにはハメを外さないと。じゃないといっつも堅いまんまなんだもの」

「そうだな……」

 シグナムとシャマルが年少組を眺めて微笑んでいると、また一人――この家の主人たる少女が帰ってきた。

 

「ただいまぁ〜」

 

 ほんわかした声が玄関から聞こえてくる。

「あ、はやて帰ってきた!」

 ヴィータが大好きな姉の様な少女の帰宅に喜びながら、玄関へと飛び出していく。彼女が転ばないように気遣いつつ、ザフィーラは粛々とその後を追う。そんな彼女と彼を見て、ユーノは微笑ましげにしながらも「走ると転ぶよ?」と、ザフィーラと同じようにヴィータを気遣いつつ、自身もはやてに「お邪魔してます」と訪問の挨拶をするべくその後に続いていく。

 その途中、帰宅していたシグナムと対面した。

「あ、シグナムさん。お邪魔してます」

 ぺこり、と頭を下げて挨拶をする。

 そんなユーノに対し、シグナムも「あぁ。よく来たな、スクライア」と挨拶を返す。ユーノの頭をひと撫ですると、彼女はシャマルと共にユーノを促し玄関へと向かう。

 そこでは、ヴィータがはやてに抱きつきながら帰宅を喜んでいた。

「あ、みんな。ただいま――あれ、ユーノくんやないの!?」

 はやてはいつも通りにシグナムとシャマルへ挨拶をしたが、珍しいお客様の登場に驚いていた。

「うん、こんにちは。お邪魔してるよ。はやて」

 にこやかに挨拶したユーノに、はやても先ほどのシグナム同様に驚きはすぐに薄れ「いらっしゃい。ユーノくん」とユーノに歓迎を述べる。

 そこからは普段通り。一旦制服から着替えるために自室へ戻ったはやては、お茶会へ行くための服装に着替えて戻ってくる。

 お茶会の会場であるすずかの家は、はやての家からすると少々遠い位置にあるため、帰宅したばかりで慌ただしいがそろそろ出なくてはならない。

「それじゃ、行ってきます」

 はやてが出掛けのの挨拶をして、シグナムとシャマルが行ってらっしゃいといい、見送る。

 ユーノとヴィータ、ザフィーラも続けて「行ってきます」を述べると、シグナムとシャマルもまた、行ってらっしゃいを再び返す。

 にこやかな出発を経て、こうして三人は目的地へと向かいだした。

 転送ポートがあれば、同じくポートが設置されているすずかの家である月村邸への移動はほとんど一瞬で済むのだが、あまり無闇に魔法技術を管理外世界に置きすぎるのは良くないので、なるべく人目につかない場所や、基本的に魔術関連の人間以外はほぼこない場所など、その設置場所が限られているというのものある。

 はやての家である八神家も、基本的には魔術師関連の人間しかこないのだが……彼女はフェイトやリンディ、クロノたちとは異なり、もともとこの町に住んでいた人間であるため、全くこないという確証にはできず、常時設置の設備は置けない。ただ、ポートがなくともある程度の転送魔法を使うことはできるし、その他に結界などでのシミュレーションなどを行うこともできる。

 結局のところ、急ぎ管理局や他の次元世界に出航する場合などを除けば、そこまで必要ではない。

 そんなわけで、本日のはやてたちの移動手段はバスである。

 かつてユーノもなのはに連れられてすずかの家に行ったことがあるのだが、その時もバスでの移動だったな、とユーノははやてからすずかの家への行き方を聞いてそう思った。

 幸いなことに、金銭の類はしっかりと持ってきていたので、移動費はバッチリである。前もっての準備は大事だと、地球を初めて訪れた時の経験からユーノはしっかりと学んでいた。

 それに加え、こうした小旅行気分というのはなかなかに楽しいものである。

 バスに揺られながら、三人は談笑を交わす。

「さっき渡しとけばよかったんだけど……はい、はやて。これ、今回のオススメの本」

「わぁ〜、おおきになぁ。ユーノくん」

「ごめんね。さっきのうちに渡しとけばよかったんだけど」

「大丈夫やよ、本の二、三冊くらい。それに、こうして手にとって眺める時間もあるし」

「そっか。ならよかった……ところで、ここからすずかの家に行くのって、どのくらいかかるのかな? いつもポートだったからあんまり感覚つかめなくて」

「だいたい三〇分もかからないでつくよ」

「そうなんだ。ありがとう、ヴィータ」

「いいって。それよりさ――」

 そんな風に、時間は穏やかに流れていった。

 三人を乗せたバスはそのまま、郊外にある月村邸を目指していく――。

 

 

 

 ***

 

 

 

 月村邸――海鳴市でも有数の資産家である月村家の屋敷である。この街では企業家のバニングス家に並ぶ名家で、歴史的には、バニングス家のそれよりもはるかに長い。

 一説には、月夜の晩のこの屋敷には夜を統べる魔が潜むなどという噂も――とはいえ、それをそのまま信じているものは少ない。

 温厚な二人の両親と、美人だと噂に名高い月村姉妹とそのお付のメイド二人、そしてたくさんの猫たちの住む大変ほのぼのとした屋敷である。

 さて、そんなところへやってきた三人の子供。

 はやて、ヴィータ、ユーノの三人は、早速門についたチャイムを鳴らした。

『はーい。少々お待ちくださぁ~い』

 すると、間延びした声とともに、薄紫色の長い髪のメイドさんが門から出てきた。

 彼女の名は、ファリン・K・エーアリヒカイト。すずかお付のメイドで、すずかの姉であり、なのはの兄である恭也の恋人である忍のお付であるノエルの妹である。

「いらっしゃい。はやてちゃん、ヴィータちゃん……あれ? ユーノくん今日はポートのほうじゃないんですか?」

「はい。ヴィータと一度こっちに着たので、一緒に来ました」

「そうなんですか。では、皆さまこちらへどうぞ〜」

 ファリンに促され、三人は月村邸の中へと入っていった。途中、ファリンが他のみんなはもう来てますよ〜、といっていたので、どうやらはやてたちが最後ということらしい。

「ではこちらへ」

 案内した部屋のドアの前に立ち、ファリンはそっと中へ「はやてちゃんたちをお連れしました」と声をかけてノックを三回。

 扉を開けると、既にテーブルに着いているすずかたちの姿が見えた。

「いらっしゃい」

 柔らかい微笑みですずかが出迎えてくれる。

 いつも彼女はお淑やかだなーと、ユーノはなんとなく思ったのだが、すずかの方はユーノは見て微かに驚きを浮かべていた。

「あれ? ユーノくん、今日はいつものところからじゃないの?」

 そう訊かれたユーノは、

「うん。今日までの分を終わらせて『無限書庫』から出たら、そこで偶々ヴィータに会ってね。時間まではやての家で待たせてもらってて、それでここまで一緒に来たんだ」

 と、ここまで来た経緯を説明する。

 その説明を聞いたすずかは「そうなんだ〜」と、納得したようにふんわりとした笑顔ですずかは応えた。

 他の皆も、そういうことだったのかと納得した様子だったが、なのはだけはほんの少し残念そうに、最初に誘ったユーノと一緒に来られ無かったのが、なんだか寂しい様な気持ちだった。

(……良いなぁ。はやてちゃんもヴィータちゃんも、ユーノくんと一緒に来られて)

 ふとそんなことを思ったなのはだったが、何時ものお茶会に今日はもう一人友達が来てくれていることの嬉しさの方がやはり強い。それなのに楽しまないというのは非常に勿体無いというものだ。

 

「それじゃあ、ようやくみんな集まったことだし、お茶会を始めましょうか」

 

 アリサの声を皮切りに、本日のお茶会は幕を開けた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「はい。早速本日のお茶会が始まったということで、お喋りの時間――と行きたいとこなんだけど、今日はユーノも来てくれてるんだし、折角だからユーノの近況を聞かせて欲しいわ」

 ユーノの方へ視線を向けて、アリサはそういった。

 それを受けて、ユーノは要望通り早速自分の近況から話し始める事にした。

 珍しく来てくれたなら、本人から色々聞きたいのはどこでも同じである。とりわけ、ユーノを含めた魔導師たちの話は魔法を知らなかったアリサたちにとってはかなり興味深い話ばかりだからというのもある。

「じゃあ、僭越ながら……」

 そう前置きして、ユーノは話し始める。

 前置きに合わせ、皆もパチパチとノリ良く拍手をした。

「近況って言っても、これまでとあんまり変わらずに書庫の整理に追われてたんだけど……この前未開拓エリアに入った時に少し変わったことがあってね」

 ユーノは『無限書庫』であった様々なことを話す。

「古代ベルカの系統に近い分類の書籍が集まった、所謂迷宮型の書架を調査してた時、奥から沢山の――幽霊(ゴースト)が出てきたんだ」

 

「「「ご、ごーすと……?」」」

 

 皆の顔が少し引き攣った。

 大人びているとはいえ、彼女らはまだまだ幼い女の子だ。やはりこういった怪談を連想させる類は苦手なのかも知れない。

 皆の反応を受けて、ユーノは注釈をつける。

「あ、えっと……こっちの世界でいう霊魂的な幽霊じゃ無くて、あくまでも門番――ゲートキーパー、っていうのかな? そういう魔法で作られたプログラムみたいなやつなんだ」

「そ、そうなの……」

 アリサはそういって、ほっとしましたという反応を示す。

 気が強い彼女も、こういう時はやはり女の子だなぁとユーノは思った。なんだか、とても可愛い。

「……なによ……?」

「う、ううん。何でもないよ? 取り敢えず話を戻すね。それで、僕はその幽霊(ゴースト)たちと交戦になっちゃったんだ」

「物騒ねえ……」

「『無限書庫』って……やっぱり凄い」

 まだ訪れたことがないアリサとすずかの二人は、話に聞く『無限書庫』の滅茶苦茶ぶりに嘆息した。

 けれど、それは何もあまり知らない彼女らばかりではなかった。

 最近、八神家に新しく生まれた末っ子のために奮闘したことのある〝ヴォルケンリッター〟の一人であるヴィータも同様だったらしく「相変わらず、滅茶苦茶だな……本当に書庫なのかよ。あそこは」などと呟いていた。

 誰もが『無限書庫』の不思議さに呆れる中、なのはが少しそれとは異なったことで口を開く。

「ねぇ、ユーノくん。それっていつのこと?」

「んー。確か……ひと月くらい前、だったかな」

「……ふーん」

「な、なのは……?」

 なんだか、半目になったなのはにユーノは少々臆した。

 不機嫌そうにしているが、あまり思い当たる節がない。何か、してしまったのだろうか?

「危ないことするなら、呼んでくれればいいのに……」

 そういうことだったのか、と、ユーノはなのはの意図を察した。

「ありがとう。でも、なのはも忙しいんだから、あんまり抱え込みすぎちゃ駄目だよ? なのはは、まだ魔法に関わって二年なんだから」

 ね? と、ユーノは微笑む。向けられた笑みに、なのはは「うん」と頷いた。

「でも、そういうユーノも結構徹夜とか続けてるよね?」

 無茶をするな、と指摘した直後、己もまた似たようなことをしているとフェイトに指摘され、何だかブーメランの様に痛いところを突かれてしまう。

「ふぇ、フェイト……? それは、その……」

 言い淀むユーノに、フェイトは如何にも「怒ってます」な雰囲気で注意してきた。

「お兄ちゃんの依頼とかで大変なのは分かるけど、それでやりすぎちゃ駄目だよ。事務系っていっても、負担は溜まるんだから……現場の命のやり取りより危険が少ないとか思っても、軽んじていいことじゃないんだからね?」

 大人しい彼女にしては珍しく、かなり強めの注意喚起。

 彼女は時折優しすぎる面から、相手に強く出られない事が多々ある。しかし、こうした相手に対する心配が芯として通った時の彼女は、とても強く出る。

 それは、怒っているから感情的になる、というよりも――相手のことを強く思いやるからこそ、より強く出てしまうというもの。言ってしまえば、これらは彼女の中にある『姉』や『母』といった女性的な部分。『母性』の様なものが色濃く出ているというものなのかも知れない。

 実際のところ、注意されているユーノの様子を見ている皆も、何よりユーノ自身が……フェイトを見て、何だか弟に注意するお姉さんっぽいな、と。或いは、何だか母親に注意されている息子の気分だなと、そう思っていた。

「ユーノ。聞いてるの?」

「う、うん。聞いてるよ?」

「……もう」

 何だか疑問に疑問系で返した所為か、フェイトはいまいち腑に落ちないといった様子だが、ひとまずここでは不問にしてくれるらしい。彼女自身、このまま話を遮り続けるのは本意ではないのだろう。

 僅かに安堵を覚えつつ「意外とフェイトも怒ると恐いなぁ」と、内心思ったのはユーノだけの秘密だ。

 そこから話は先ほどの未開拓エリアの探索に戻り、ユーノがいくつかのトラップや迷路に遺された謎かけの仕掛けを解いた辺りで、凡その近況報告が終わる。

 中々にスリルに富んだ内容だった。

 皆は満足気な溜息をつきなが、お茶に口をつける。

 女の子が多いお茶会の肴としては些かアクロバティックだったが、そこは何かしら魔法に関わり、それを認知している友人同士のお茶会にはとてもうってつけである。

「ふぅ〜、やっぱり魔法の世界のお話って面白いわねぇ」

「そうだねぇ〜」

 アリサとすずかはそういって、微笑み合う。

「いやー、私らも結構なことやっとるけど……冒険的なお話はやっぱりユーノくんのが面白いなぁ」

「『無限書庫』って、本当にどんな仕組みでできてるんだろ……」

「にゃはは……また今度行って確かめてみようね」

 はやてやフェイト、なのはも流石に『無限書庫』開拓のお話は面白すぎた様だ。

 ただ、当の本人はというと持って来ていた『お土産』を取り出しているという呑気さを見せている。

「まずは、すずかにこれ渡しとかないとね。はい、オススメの本」

「ありがとう、ユーノくん。いつも面白い本持って来てくれて」

 はやてには既に渡していたので、すずかに渡す分を取り出したというわけなのだが……管理外世界に本を持ち込んでいいのか、またそれを読めるのか? という疑問がありそうなものだが、実のところそれはさほど問題ではない。

 少ないながら、地球からの移民もいるミッドチルダでは、普通に元々は地球に住んでいた人も暮らしていたりする。言語体系が似ているというのもあるが、翻訳魔法のおかげで意思疎通はさして問題ではない。

 それと同じことで、本も読みやすい様に翻訳用のデバイスを渡しておいたため、すずかやはやてはさほど苦労なく本を読むことが出来る。ただ、すずかとはやてはミッドやベルカの言語を学びたいということで時折ユーノが先生をしたりもしている。前にフェイトとなのはのビデオレターと文通の文字を教えるのに一役買ったのでそのあたりは学者型の文系魔導師の本領である。

 加えて、ユーノが持って来ているのは基本的に物語に分類されるフィクションや、ノンフィクションでもどちらかというと過去の英雄譚や伝説・神話といった様な物がほとんどのため、機密などは余り問題ではない。

 正直なところ、読むだけなら本の流出は文化理解に一役買っている。

 無論、勝手に複製して売り出したりするのは違法だが、そんなことをする筈もないユーノやすずか、はやてといった本好きの子が扱う分には問題はない。

 そんな訳で、気兼ねなく楽しめている訳だが、ユーノの『お土産』にはまだ続きがあった。

「あ――あとね、みんなに渡したい物があったんだ」

 そういって、幾つかの綺麗な装飾の施された宝石の様なものを取り出した。

「なにそれ?」

「さっきの開拓の時に見つけたものでね、そこまで大したものでもないって事で引き取ったんだけど、何だか綺麗だから皆にあげたいなって思って。それに、ちょうど色が皆のイメージにぴったりだったから良いなって思ったんだ」

 そういって、最初に紅に近い石をヴィータに渡す。

「おぉ……キレー……」

 紅いその色が気に入ったのか、ヴィータが嬉しそうな声をあげる。

 それを見て微笑みを浮かべたユーノは順に、桜色、金色、銀色、赤色、紫色の五つを、それぞれなのは、フェイト、はやて、アリサ、すずかに渡す。

 スクライアとして、かなり幼い頃から遺跡発掘に関わっていたユーノは、時たまこうして見つけて来た装飾品の一部を友達にあげることも多かった。

 市場では価値が無くても、中々に綺麗だったり、面白いものは多くある。皆に渡したそれらも、そんな物の一つだった。

「うわぁ〜! ユーノくん、ありがとう」

「綺麗……ありがとう、ユーノ」

「おおきになぁ、ユーノくん」

「偶然見つけとは思えないセンスね。ありがとね、ユーノ」

「とっても嬉しいな。ありがとうね、ユーノくん」

「皆に喜んでもらえて、僕も嬉しいよ」

 先ほどの言葉通り、宝石などと同じ視点で見れば、余り価値のあるものとはいえないのだが、そんな額面などどうでもよくなる程度には、それらは綺麗だった。

「やっぱり、みんなによく映えるね。とっても綺麗だ」

 見たままの感想を言ったユーノだったが、アリサはそんな彼を見てニヤっと笑うとからかいまじりにこういった。

「綺麗ねぇ……それって、どっちが?」

 そう聞かれても、ユーノとしては深い考えは特になかったため、どちらかと言われても直ぐにピンとは来ず「どっちって?」と逆に訊き返すことになった。

 そんな彼を見て、アリサ益々面白そうに、

「だから、あたし達がこれを持ってるのが綺麗なのか、それともこの石の方が綺麗なのかってことよ」

 と、いった。

 それに、ノリの良いはやても乗っていく。

「ユーノくんは、どっちやと思うか聞きたいなぁ」

 そうなってくると、困るのはユーノであるが――元々、彼女達に合うなと思って渡したので、狼狽えることなくさらりと答えられたのだが、果たしてそれが良かったのかどうかは定かではない。

 ともかく、ユーノは「どっちがというか、身につける人によって綺麗さが出てるんだから、やっぱり皆が綺麗だからだと思うよ?」と答えた。

 余りにも直球的だったので、からかおうと思ったアリサもはやても、そしてその評価を聞いた皆も、なんだかキュンとしそうになる。さしずめ、毒気を抜かれて、カウンターを食らった気分ともいえるかも知れない。

 誰も二の句を告げられないまま、少し沈黙したが……その後、最初に話題を振った意地か、アリサは顔を赤くしながらも

「あ、ありがと……」

 といった。

 言うことは言えたが、きっとそこが限界だったのか、それだけ言うと、顔を俯かせて少し小さくなってしまった。

 何だかぎごちない彼女を見て、ユーノは不思議そうな顔をするがなんなのかまでは分からないだろう。

 そもそも、本人の意識していない発言の内容を反芻しろなどと言う方が土台無理である。

 暫しの間よく分からない空気が流れていたが、ユーノがどうしたの? と聞くと、皆固まってばかりもいられないとお喋りを再開するが、その横顔はほんのりとまだ赤かった。

 そんな子供達の次の話題となったのは――。

「そういえば、みんな夏休みはどうするのかを訊かないといけないわね」

「あ、そうだね。ユーノくんの参考になると良いんだけど……」

「ごめんね。なんだか、迷惑かけちゃって」

「気にせんでえぇて。私も、こうして『夏休み』っていうのを体験するのは初めてやから、一回聞いてみたい思っとたとこなんよ」

 はやても、去年まで足の事情で学校には行っていなかった。

 その為、『夏休み』というものをはっきりと体験するのは今回が初となる。

 そういった意味では、彼女もこうしてみんなの話を聞けるのは中々に興味深い機会だと思っている。そんなはやての言葉に、少し気が楽になったユーノは、せっかくだからみんなの話を聞こうと気を入れ直す。

「じゃあ、まずは私から」

 アリサが手を挙げ、自身の夏休みにしたいと思っていることを語り出した。

「とりあえず、私としては真っ先に浮かぶのはオールストン・シーのことね」

「あぁ、アリサとすずかの両親が共同で運営するって言うテーマパークだね」

「そうそう! そこにみんなで自由研究も兼ねて行くから、ユーノも一緒にどう? きっと楽しいわよ!」

「あ、それいいね!」

 すずかもアリサの提案に好色を示す。

 元々、知り合いの子供たちを全員誘う気だったアリサの母であるジョディを始めとした親たちは、ユーノが参加することになれば大歓迎だろう。

「せやなぁ。そういえば港から回収された宝石も展示されるらしいし、考古学者さんの目利きもあったら自由研究の精度がぐっとあがりそうやねぇ。

 でもそうなると、私だけ後乗せ参加になってまうなぁ……」

 にこやかにはやてはそう言ったが、自分は用事で後から合流することになっているので、少し寂しそうに呟く。

 そんなはやてに、ヴィータは自分も新装備のテストでその日本局に行くことになっているのを思い出し、こんなことなら仕事は早めに終わらせるか別の日にしとくんだったなぁ……とぼやいた。

 だが、アリサは心配ご無用とばかりに、

「大丈夫! オールストン・シーは夜でもまだまだ開いてるし、関係者だけのテストオープンだから、本当の開演時間よりも長めに開いてるの!」

 と、言った。

 実は、関係者に対するプレゼンも兼ねたテストオープンとはいえ、全員が全員その日に来られるわけではないので、オープンの日は二日三日程度に分かれている。

 とりわけ、今回のテーマパークとしての目玉は大規模なアトラクションと水族館に展示されている未知の宝石。

 商業的にも、学問的にも、様々な魅力を取りそろえている以上――それを堪能してくれる子供も、それらを支持してくれる人や見聞を以て見定めてくれる人にも知って貰わなければ意味が無い。

「そんなわけで、心配はないわ! はやてもヴィータも、来てからめいっぱい楽しんでいって」

「おおきにな、アリサちゃん」

「あたしらは行けっか分かんないけど、なるべく行けるようにするよ。はやてたちの自由研究も見てみたいし」

「これで安心だね~」

 すずかがそう締めくくったところで、遠巻きにボーンと時計が鳴るのが聞こえた。

 見てみると、いつの間にと言うほど時間は大分たっており、そろそろ子供は帰らなくてはならない時間帯である。

 ただ勿論、そんなわずかな余韻も最後まで遊び尽くすのが子供。そんな訳で、彼女たちのお喋りはもう少しばかり続いていく――。

「あーあ、もう少しお話しできたら良かったのに……」

「仕方ないよ。いつもより早かったけど、学校の後だったんだし……」

「そうやねぇ~。なんや休みに入ったと思うと、休みの日の感覚で考えてまうけど、まだ夏休み前日やもんなぁ」

「ま、それも明日からはしばらくお休み続きでまた感覚も変わってくんじゃない?」

「みんなでいっぱい遊べるね~」

 時間が早くたってしまったことに不機嫌そうだったなのはも、次第に楽しそうに笑みを浮かべていく。

 夏休みというのは、子供に遊ぶ活力を与える物であるようだなと、ユーノはふとそんなことを思った。ぼんやりとそんなことを考えていると、ふと思い出したようにヴィータがユーノに訊いた。

「そういやさ、ユーノって今日向こうに帰るのか?」

「え、うん。そのつもりだけど……」

「どーせすぐにオールストン・シー行くなら、それまでこっちで過ごせばいいじゃん。お前の場合本局の方にほっとくとすぐに仕事始めようとするからな。それに、やりたいことがすぐに見つからないなら、こっちで探してみるのもありだろ?

 元々も、そのつもりでなのはも誘ったんだし」

 監視しといた方が安心だ。そういわれてしまったユーノは苦笑するしかない。

 そんなに信用無いのだろうか……? と、少し残念に思わなくもなかったが、それは信頼されているが故の心配でもあったことを彼だけは知らなかった。

「そうそう! それに、明日のアレはユーノくんにもみて欲しいな」

「アレ?」

 と言われても……どれだ?

 アレと言われたところで思い当たる節がないユーノは、少し考えてみたが、やはり心当たりはない。

 一体なんだろうと思っていると、すずかがそれに答えてくれた。

「明日の朝、なのはちゃんたちの早朝エキシビションがあるんだよ~」

「へぇー……あ、だからか」

 そういえば前に、彼女たちが早朝トレーニングをしているという話を聞いたことがある。なんでも、はやての足が治った辺りからリハビリも兼ねて始めたもので、体力トレーニングにということらしい。

 おかげで、すっかり運動音痴だったなのはも人並みに運動ができるようになってきたとか。

 

「そっか……なのはがねぇ」

 

 何とも感慨深そうにユーノが呟くと、なのはが失礼な! とばかりにぷんぷん怒りだす。

「ユーノくん!」

「あはは、ごめんごめん。冗談だよ」

「むぅ……」

 なのはに詰め寄られ、ユーノは彼女を宥めながら謝った。

 まだ不満そうだが、なのはは一応納得はしたのか一旦引き下がった。

 元来、友達同士のふざけ合いでそこまで怒るなのはではないが……彼女が本気で怒ると、とても怖い。

 ……因みに、彼女の母である桃子は更に怖い。

 一度だけユーノは見たことがあるが、桃子に敵う人なんているのかと思わされるほどであり、怒られていたなのははユーノに慰められてようやく泣き止んだくらいであったそうな。

「――兎に角、まずは問題を解決するところからでしょ? もう時間ないし」

「あ、そうだった」

「結局のところ、ユーノくんがこっちにいる間にどこで過ごすかってことやけど……」

 わちゃわちゃと少女たちが話し合う中、おずおずとユーノが「いや、別にポートがあれば……」と、躊躇いがちに発言をしたが、それはすぐに却下されてしまう。

「で、でも……こっちで過ごすって言っても、滞在場所なんて――」

 あまり人に迷惑を掛けたがらないユーノは、なおも食い下がろうとするが、そんな言葉もすぐに少女たちの言葉の波に呑み込まれてしまった。

「そんなの私らの(トコ)でええんとちゃう? なぁ〜、ヴィータ」

「そーだな。ま、妥当なとこだと思うけど」

「えぇー? 私のとこだよ〜」

「なのはのとこじゃ、ユーノずっとフェレット扱いじゃない。その点、私の家ならなんの問題も無いわね!」

「一番ユーノくんにフェレットフェレット言ってるのってアリサちゃんだと思うけどなぁ……? あ、ユーノくん。またお話聞かせて欲しいから私のとこに――」

「なによ。すずかのとこのアイに追っかけ回されちゃ、それこそ可哀想じゃない。なのはのとこも、絶対美由紀さんと桃子さんに要求されるだろうし? やっぱり、一番は私のトコね」

「えっと、あのね……? 私のところならお兄ちゃんたちもいるし、一番馴染み易いんじゃないかなぁ〜って……」

「今なら、シャマルとシグナムのお姉さん二人と、ヴィータとリインの妹コンビも付いてくるよ〜?」

「はやて……そろそろあたしを子供扱いすんのやめてくれってば……まあ、別に? 本気で嫌って訳じゃねーですけど?」

「こんな感じで可愛い妹と戯れてみーひん?」

「私のとこだよね?」

「私のところでしょ?」

「私のところだと、嬉しいなぁ〜」

「お得やで〜」

「ちょーどいいだろ? ご飯もギガうまだし」

 

 ――六人から六人共に問いかけられ、ユーノは固まってしまう。

 

 畳み掛けられた言葉に、ユーノはどうしていいかわからない。一体誰を選べばいいのか、それとも断れば良いのかすら曖昧だ。

「――――――」

 本当に、どうすれば良いのだろうか?

 ユーノの頭の中で、ぐるぐると思考が周り始める。

 

 混乱気味ながらも、それぞれの家にお邪魔した場合の状況を想像してみた。

 

 一先ず、ごく特定の一人を除いて歓迎されないということはないだろう。

 そこまでは分かる。

 が、そこから先がどうなるかが問題だろう。

 

 

 

 例えば、なのはの家を訪れたとしよう。

 地球にあまりいないユーノにとって、やはり一番馴染みあると言えば彼女の家だ。

 フェレットモードがほとんどだったとはいえ、彼女の家の温かさはユーノにも強く印象が残っている。

 ただ、それはあくまでフェレットで過ごしていた時――それも『PT事件』と『「闇の書」事件』の短い間だけ。

 その後、それまであったことを魔法も含めて説明しに行った時にユーノに関する問題は解決しているが……ただ、訪れる者に対して妙に寛容な高町家では、相変わらず可愛がられるような扱いが多くてどうにも気恥ずかしい。

 なのはに魔法を教えたり、認識の齟齬があったとはいえども同じ部屋で過ごしていたり、本当は軽蔑されても不思議ではないのだが……桃子や士郎、美由紀や恭也はとても寛容というか、事情が事情だけに仕方がなかったのだろう? といって受け入れてくれた。

 ……なんでも、そういう常識の範囲外には慣れているとかなんとか。

 ともかく、彼女の家だと気恥ずかしさがあるので少し遠慮したい。

 

 では、フェイトの家ではどうだろうか?

 

 彼女の家であるハラオウン家は、ユーノには人間関係的な意味で最も近しい。

 全員ミッドの出身であるし、管理局の所属で交流も多いため馴染みがある。

 そういう意味では、何の柵もなく馴染めそうなものだが――何事にも往々にして穴はあるものだ。

 それが、フェイトの兄でありユーノの悪友であるクロノだ。

 彼はいつもユーノのことを小馬鹿にしたようなことを言ってくる上に、ユーノもついついムキになってしまう。

 年の近い男友達ということでそうなってしまうのだが、どうにも最近僅かながら年の差を感じざるを得なくなってきたのが悔しい。

 何故かと言えば、有り体に言ってからかい方が子供を相手にしている様な、あしらわれる様な扱いになってきたことが挙げられる。

 そんな訳で、クロノからのからかいは余り好ましいところではない。

 勿論それは親しさからくるものだが……本当にどうも最近大人びてきた彼は、ユーノを子供のようにあしらうので苦手だ。

 ……決して、身長が急に伸びてきたクロノが羨ましいからとか、それを見て悔しいのが嫌とかではない。断じてない。

 

 さて、では次にはやての家である八神家を考えてみよう。

 

 ここは、今日選ぶのならばとても自然な流れであるような気がするが、先ほどまでいたとはいえそのまま戻るというのもどうなのだろうかという気がしなくもない。

 ただ、そういうことを考えないのであれば、今日一番自然な運びかもしれない。

 はやてやヴィータと過ごすというのも悪くないし、リインとも久々に話してみるのもいいだろう。

 シャマルやザフィーラにいろいろ補助系の魔法を教わりたいとも思っていた。シグナムにはあまりそういった魔法関連のことはタイプ的に聞けないが、古代ベルカについて話すことはよくある。実際に体験した人に話を聞けるというのは、考古学者としての血が騒ぐ。

 なかなかにユーノの探求心をくすぐる面子ぞろいの八神家。

 現時点における最有力候補といえそうである。

 

 続いて、アリサの家についてはどうだろう。

 

 彼女との接点はあまりないが、なんだかんだと彼女の話を聞いたりするのは面白い。

 一番五人の中では感情的である彼女だが、その実それ以上に聡明である。

 そのためか、思ったより博識で、この世界についてあまり知らないユーノにいろいろと教えてくれる。

 それに、彼女の家は猫屋敷ではないので、ユーノとしても非常に安心だといえる。

 唯一問題があるとすれば、彼女自身が魔法とのかかわりが遅かったため、認知した後の交流が少しほか三人に比べて若干希薄だったことだろうか。

 それ以外においては、彼女のところを訪ねることに不安や、まして不満など存在しない。

 

 そして、最後にすずかの家について考えてみた。

 

 彼女の家で一番ユーノが忌諱しているのはやはり過去のトラウマだろう。

 前にフェレットになっていた時、彼女の飼い猫であるアイに散々追いかけ回された記憶がある。

 その他にも猫屋敷などと形容されるほど、彼女の家には猫がたくさんいた。

 人間の姿であれば、差し当たって問題はないが……どうにも一度怖かった思い出というのは、簡単に消えてくれるものではない。

 だが、それ以外においてはすずかの家に嫌いなところもなく、彼女自身にもユーノが不満を持つ要素など微塵もない。

 それに、趣味が読書であるすずかはユーノと趣味嗜好が近く、話していて楽しい。偶に姉の忍に機械関係――主にデバイスについて――引っ張り出されることもあるが、それもさして悪い事ではないので、むしろ楽しい方だ。

 

 

 

 ここまで考えて、ユーノはふと思った。

 問題らしい問題は存在せず、取り敢えず一晩お世話になるくらいなら何の問題も無いのではないかと。いや、だからと言ってそのままお邪魔というのも――と、そうしてループしていく思考は、正解など出さない。

 一先ず決めてしまえばそれまでなのだが、生憎遠慮が先行してユーノはその選択肢に至らないのだ。

 そんな彼の優柔不断さを見て、少女たちも一つに選ばせるのは無理かもしれないと悟った。

 それなら、いっその事――そんな視線が通った刹那、彼女らの意見は一致した。

「えー……っと」

 なおも悩むユーノに、アリサが声をかけた。

「ねぇ、ユーノ」

「――え? あ……な、なに? アリサ」

 どうやら、相当に思考の泥沼の奥底まで沈んでいたらしい。

 あからさまに受け答えに詰まったユーノを見て、彼女らの考えは確定した。

「あんたに決めさせると日が暮れそうだから、私たちが決めるわ。あんたの夏休みの滞在先のローテーションを」

「え、ローテーション?」

「そうよ。丁度いいでしょ?」

「いや、そんな長く居るつもりは――」

「何? 私たちと過ごすの不満な訳?」

「ううん。寧ろそれは嬉しいんだけど……あんまり長くっていうのも、悪いかなって」

 素直に述べるユーノの言葉には、さらりとした言葉ならではの妙な破壊力があった。

 はっきり言ってなのはに誘われるまで、やろうとしてたことはすぐに終わってしまいそうなものばかり。

 ならいっそ、放浪の一族らしく別世界を堪能するのもありだろう。

 まして、そこには親しい友人たちが居るのだ。嫌なはずもない。

「うぐっ!? そ、それは分かってるわよ。でも、私たちはそんな器量の狭い人間じゃないわ。迷惑だなんて思いやしないわよ……それとも何? 私たち見たいな美少女の家に泊まるの嫌な訳?」

「えっ、そ……それはその……あの」

 顔を赤くするユーノに対して、何だか保護欲というか、ヒロイン要素的なものを感じてしまった一同は、声を揃えて『なら問題ないよね!』と思わず叫んでしまった。

 その声に、下で帰りの送迎の準備をしていたノエルとファリンが少し驚くことになったが、それはまた別の話である――。

 

 

 

「それじゃ……いくわよ?」

 

 

「「「うん」」」

 

 

 

 ――――じゃーんけーん、ポン!

 

 

 

 はてさて、ユーノの明日は一体どこへいくのやら――――

 

 

 




 いかがだったでしょうか?
 楽しんでいただけたのなら幸いです。今後もお読みいただければ嬉しく思います。


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《それぞれの前日譚》 √すずか Stay in月村家

 √分けした前日譚のアフターです。
 ここから、五人のそれぞれに分かれますが、pixiv当時のアンケートですずか、はやて、アリサ、フェイト、なのはの順番になっております。



 月の誘い、すずやかなひと時 √_Ⅰ

 

 

 

 ジャンケン――それは非常にシンプルな遊戯の一つ。

 

 だが、単純故に奥深い。

 特に子供の間では、何かしら決定が定まらない事柄を決める際に多用されることが多く、さながらそれはシビアな運命の分かれ道と化す。

 また大人でも、こんなお遊戯程度の確率勝負に心理戦や必勝法まで盛り込んでくる程であり、ここまで人の営みに密接して確立された勝負方法というのも中々珍しい。

 が、あくまでも勝敗の比率はほぼ運。如何に必勝を知っていても、大体の場合イレギュラーは存在し、逆に嵌められることもある。しかし、そんな要素も相まって、提案する上で双方に合意がほぼ約束されるに等しいほど互いに公平とされる。

 ジャンケンは、不満を呈し易い子供の論争の場において決定を左右する最大のファクターになるのだ。

 

 ――文句なし恨みっこなしの一発勝負。

 

 そしてここに、一つの左右されるべき選択を分けるジャンケンが催された。

 今回決するのは、ある少年の行く末。

 彼の運命を分ける火蓋は既に切られ、今、その雌雄を決した――――。

 

 

 

 ――――じゃーんけーん、ポン!

 

 

 

 ***

 

 

 

「――――――」

「えへへ……」

 隣ではにかむ少女から伝わってくる温もりに、少年――ユーノ・スクライアは持ち合わせた言葉の大半を失った。

 近い。

 とても近い。

 彼女の夜空を思わせる紫がかった黒髪や、肩のあたりから伝わる感触は少年には些か刺激が強かった。

 そうされるのが嫌なわけでは無いけれど、心臓が早鐘を打ち続けるこの状況はあまりよろしく無い。

 具体的にいうと、とってもドキドキして落ち着かない。

 意を決し、ユーノは彼女の名前を呼ぶ。

「あの、さ……すずか?」

「なぁに? ユーノくん」

 相変わらず笑みを絶やさないすずかに、ユーノは益々鼓動が止まらない。

「えっと、その……なんていうかさ。ちょっと……近すぎない? 僕たち」

 どうにか言葉を絞り出しはしたものの、すずかはそんなユーノの疑問を聞くや、

「ユーノくんは、いや?」

 と、そう聞き返してきた。

 悪戯っぽい声色に、自分と同い年とは思えない妖艶さを感じる。

 鼓動は早まるばかりで、頭はちっとも冷静になってくれない。

 気の利いた言葉も、紳士に振舞うべき余裕も、何もかもが吹き飛んで後に残ったのはただ一言。

「いや……じゃない、です」

「ふふっ、良かった。それじゃあ、また続きを聞かせて欲しいなぁ〜」

 ちょうど自分の飼っている猫たちのように擦り寄ってくるすずかに、ユーノは鼓動と共に顔の辺りで高まっていく熱を感じざるを得なかった。

 

「「「…………(じとーっ)」」」

 

 ……じとっとした皆の目線と共に。

 そんな目線を向けてくるのは、先ほどのジャンケンで敗れ帰り支度をしていたなのは、はやて、アリサの三人(おろおろしているフェイトも含めると四人)。

「ユーノ」

「は、はいっ」

「私たちが帰ったからって変なことしちゃダメよ?」

「も、勿論……!」

 四人を代表したアリサの忠告に、ユーノはこくこくと頷く。

 ただ、アリサは彼の反応を見て、ユーノの方が何かするのが心配というよりも、寧ろ彼が何かされてしまわないかの方が心配になったのだが。

 何処と無く不安を残しつつも、四人は帰っていったのだが……さて、そうなると残された二人は何をするのかといえば、先ほどと変わらずくっついてのんびり(片方は緊張)していた。

 すずかは先ほどからずっとご機嫌だが、ユーノは座っているにもかかわらず、なんだかもう地面に足がついている気がしない。

 話を紛らわそうかと何かいいものはないかと探すが、特にそんなものは――と、半ばあきらめた矢先、先ほどすずかに渡したお勧めの本が目に付き、同時に、先ほど彼女が本の話をしたいとも言っていたことを思い出した。

「ね、ねぇ……すずか?」

「ん~? なぁに、ユーノくん?」

「いや、あの……こうしてのんびりしてるのもいいんだけどさ、さっき渡したおススメの本の話でも……しない?」

 話を広げる手段としてはとてもよかったが、どうにも弱気で行き過ぎた。

 どことなく自分の言葉尻が弱かったな、とユーノは発言に自信をもてなかったことを少し悔いるが、すずかはそれについて気にしてはいなかった。

 幸い、二人とも大人しめな気質のためか、のんびりとした空気の中でもそれほど不自然ではなかったらしい。

 すずかは「うん。お話聞かせてほしいな」と寄りかかったまま、ユーノの声に耳を傾ける体制に入った。

「それじゃあ――」

 そうして、二人は本の世界へと心を馳せる。

 言葉を紡いでいくうちに、だんだんとユーノも落ち着きを取り戻していき、いつしか二人は時間の流れを忘れて静寂なまどろみを過ごしていった。

 

 

 

 ――そうして暫く経った辺りで、ファリンが二人を夕飯に呼びに来るまで、二人は物語とその背景の話に夢中だった。

 夕飯の席では、月村夫妻にユーノがいろいろと魔法についてや、明日テストオープンを控える《オールストン・シー》について話したり、すずかの姉である忍がユーノにデバイスについて聞いてきたり、なかなかに話題豊富な食事時であった。

 夕食の後、すずかの父である俊は明日に残した仕事の一部を片付けに行き、母である春菜はノエルたちとお茶を楽しみつつ、忍は恋人である恭也と連絡を取りに部屋に戻っていった。

 客間を離れ、宿泊用の客室にあるベッドの上に寝転がりながら、ユーノはすずかにまた擦り寄られつつウィンドウを浮かべてなのはたちにも話した『無限書庫』のゴーストの記録映像などを見せたりしていた。

「うわぁ……! なんだか映画みたい」

「はは……でも、なのはたちの魔法のほうが、もっと映えると思うけどね」

「んー。じゃあ、それは明日のお楽しみってことに……」

「だね」

 くすくすと笑いあい、ユーノの使った魔法の『プロテクションスマッシュ』をみて、すずかはふと呟いた。

「私も魔法、使ってみたいなぁ……」

 前にも一度、なのはたちにそう呟いて、一応魔法が仕えるかどうかについては調べたことがある。

 ただ『リンカーコア』がないということで、すずかはもちろん、同じく調べてもらったアリサも魔法は使えなかった。

 ……ただ、二人とも少しばかり特殊な要素のようなものが見受けられるという見解があったが、それは魔法によるものではないらしく、あくまでこちらの世界における何かだったためその場ではよくわからなかった。

「魔法かぁ……そうなったら、なのはたちと一緒にすずかも練習したりできるね」

「うん、そうだったら楽しそう。見てるのも楽しいけど、やっぱり一緒にやってみたいなぁって――」

 そういって話しているすずかは心なしか残念そうだった。

 友達と一緒にできないというのも確かにそうだが、すずかの場合は、実は見た目に反して結構体育会系が得意というのもあり、体を動かしたいという欲求もあるのだろう。

 飛行魔法などでなのはたちが自由に飛び回る姿を見れば、運動が好きな彼女としてはうずうずしてしまうことだろう。

 なにせ、一度あのフェイトをスポーツでダウンさせたことがあるくらいだ。

 きっとすずかも、飛行魔法を習得したらフェイトばりの高速機動を見せてくれるのかなぁ、とユーノは思った。

 けれど、

「それもいいけど、私はユーノくんみたいな補助形の技とかも使ってみたいなぁー」

「うーん、でも……結構地味だよ? これ」

 手に小さく『ラウンドシールド』を作り出し、ユーノは苦笑しながら自身の魔法についてそういった。

「でも、プロテクションスマッシュはすっごく綺麗だと思うよ? それに、ユーノくんの魔力光もなのはちゃんたちのと同じくらい好きだなぁ~」

「ありがと、すずか」

 二人は微笑み合い、穏やかな雰囲気で時が過ぎていった。

 そんな時、ファリンが部屋の戸を叩き、お風呂が空いたと告げる。どちらか先に入るかと聞かれ、すずかはユーノが先でいいといった。

 家主より先にというのは気が引けたことや、今更ながら着替えをどうしようかということに気づき、ユーノは一旦取りに戻るべきかとそれを断ったが……なんとも用意のいいことに、すでに準備済みだという。

「ちょうどさっき皆さんを送っていったついでに買って置いたんですよ〜」

「なんだかすみません。お手数をかけて……」

「いえいえ、そんなお気になさらずに〜♪」

 なんだか妙にご機嫌なファリンだが、ユーノにはその理由までは分からなかった。

 ……別に、水面下で将来有望そうな少年たちを籠絡しようとしてる娘たちに喜んだ月村夫妻の仕業とかでは無い。大きいのもあるけど別に恭也のお泊り用とかでは無い。無いったら無い。

 

 

 

 

 

 

 そしてそして――――

 

「広いなぁ……」

 前にやらかしてしまった大失敗の時(例の温泉)程では無いが、少なくとも普通の家では無いと言えるほどそこは広かった。

 日本という国――牽いては日本人は、こちらの世界に置いても中々に風呂好きな民族らしく、各個人のお風呂に対する拘りは人それぞれであるものの、ここ月村邸のお風呂はとても豪勢だった。

 

 温かな湯気の誘う湯船。

 何時までも見ているだけというのは忍びなく、子供らしくそこへダイブしたいようなやんちゃさもユーノの中になくもなかったが、流石に友人の家でそんなことをするほど彼は破天荒でもなかった。

 ともかく入浴前にまずはマナーとして体を洗うことが先決なので、さっそく洗い場へと向かう。

 タオル片手に椅子に座り、手近にあった桶を引き寄せると、タオルをいったん脇に置いた。

 桶の中にお湯を溜め、まずは頭を洗うために一旦溜まったお湯を頭にかける。シャワーで濡らしてもよかったが、何となく手近に桶があったためそうしてみた。

 そうすると、最近少し伸びてきたらしい髪が、肩や横顔のあたりに張り付いた様が鏡越しに見える。

 元々、男の子にしては長い方だったが……これ以上伸ばしたらなんとなく本当に女の子みたいになりそうだと、ユーノはなんとなく自分の中性的な顔立ちにため息を()く。

 四歳上とはいえ、悪友のクロノは最近めっきり大人っぽくなり始めたというのに、自分はまだまだ男らしくないままなのはなんとなく悔しい。……特に身長に関しては。

(クロノはすっかり男っぽくなってるのに、僕はさっぱりだなぁ……)

 微妙に落ち込んだが、そうは言っても始まらないのは分かっていた。

 見た目こそ魔法で変えようと思えば変えられるが、他人への変身は禁止部類であり、また同時に本来の姿は変えようもなく、内面(こころ)の方に関してはなおさらだ。

 なので、僕も男らしくなろう! と意気込む程度で妥協した。

 ……ただ、本人は知らないが、背こそそこそこ伸びるものの、髪は伸ばし続けていたため私服モードだとまだ微妙に女の子っぽいことを、彼は知る由もなかった。

 

 ――――閑話休題。

 

 そんなこんなで髪を洗い出し、暫くわしゃわしゃと泡に包まれていたのだが、ふと背後で扉の空いた音がした様に聞こえた。

 なんだろう? と思ったが、髪を洗っている途中で目を開けられる筈も無く、ひとまず洗い残した部分を手早く洗う。

 背後に起こった音の正体を確かめるべく、泡を洗い流そうとシャワーを手に取る。

 お湯を掛けながら、さっきの音が何だったのかを考え始めた。

(さっきの音、まるで何かが入って来たみたいな……いや、そんなわけないか)

 この家には男性は自分とすずかの父である俊しかいない。加えて先ほど残った仕事をすると言っていたから、多分まだ入浴は先だろう。

 となると、他に浴室に入ってくるかもしれない存在といえば――すずかの飼っている猫たちくらい、とそこまで想像して、慌てて残りの泡を洗い落した。

 今は本来の姿なのだから、恐れる必要などないが……それでもなんとなくその存在をあやふやにするのは怖かった。

 それに、万が一濡れてしまったり泡を口に含んだりしては可哀想だ。そう考えたユーノはそそくさと顔のあたりをタオルで拭い、後ろを見ようとして――

「ふぅん……ユーノくんって、やっぱり可愛い顔立ちしてるんだね」

 ――悪戯っぽい笑みを浮かべた、少なくとも猫以外の乱入者に言葉を失った。

 鏡に映る紫色の髪。すずかの髪とそっくりだが、ふんわりとした彼女の髪に比べると、目の前に揺れるそれはさらりと流れるような印象を受けた。

 横からこちらを見るその瞳は、妹のそれと同じ夜空の色。

 すずかが後数年後に辿りそうな容姿は、まぎれもなく彼女の姉のもの。

「やっほー」

 月村忍が、そこにいた。

「し、忍さん? な、なんで――!?」

 慌てて目を覆うが、垣間見てしまった鏡越しの女性らしい体躯がうっすらと残像として残っていて、顔が真っ赤に染まり……リンディ辺りともタメを張れそうなほど豊満な身体をたいして積極的に隠すでもなく、弟でも見る様にして堂々としている様に面食らう。

 一糸まとわぬという言葉をこの時ばかりは思い知った気がした。

 惜しげもなくさらされた豊かな双丘。

 向こうが意識せずとも、何が何だか分からないこの状況にユーノの頭は沸騰しそうだ。

「おや……少年には、目の毒だったかな?」

 悪戯っぽく笑うのが、見えていなくても分かる声で忍は言う。

 無邪気さと妖艶さの合わさる声は、確かにユーノにとっては甘すぎる毒だったかもしれない。

「はは、ごめんごめん。ノエルからお風呂の連絡聞いてたんだど、一回は入らないって答えた後で思いのほか取り掛かってた作業がはかどっちゃって。ついつい来ちゃったら誰か入ってるのがみえたけど、ついいつもの癖で入っちゃった」

「…………」

 確かに女所帯なこの月村邸で、それも女性二人か三人程度なら楽に入れそうな広いお風呂なのだとしたら、普段家族内でそこまで気にすることもないだろう。

 ただ、本日においてのみ――その事情が違った。

 運が悪いと言えばそれまで。タイミングの際といえばそこまでの事。

 とはいっても、初心なユーノにはこの状況にいつまでも晒されるのはかなり困る。物凄く困る。

 見てしまうことが恥ずかしいというのもあるが、男らしくもない華奢な体躯を見られることだって恥ずかしい。

 ついでに言えば、アリサにエロフェレット呼ばわりされるのもそろそろ勘弁してほしいと思っていたところだ。最初こそ怒って真っ赤だったアリサも、なんだか最近は寧ろからかう方ばかりにそれを使われるので、ユーノとしてはこれ以上からかわれる種は増やしたくなかった。

「あ、あの……忍さん」

「ん? どうしたの?」

「いや、その……僕がひとまず上がるので」

 ひとまず、レディファーストという事でそう言おうとしたが、忍の方は別にユーノと入るのはそこまで厳しい事でも何でもないらしい。

「いやいや、せっかく来てくれたお客さんを追い出すなんてしないよ。あとから入って来たのは、私だし」

「で、でも……」

「良いじゃない、一緒に入れば。前にも一回入ってるし♪」

「いや、それは――」

 不可抗力で、自分の不甲斐無さゆえ何だけれども……そう言おうとするが、ユーノの言葉は届く前にあっさりとこれ以上なく意味をなくした。

「あはは、大丈夫大丈夫。私、可愛いものは好きだけど、恭也一筋だからね~。……まぁ、確かにユーノくんの後ろ姿にちょっとくらっと来なくもなかったけど――それはそれ、これはこれでいいもの見れたなーってね♪」

「――――――」

 言い切られるのもそうだが、惚気られても反応に困る。そして、良いものって何だろうか。女の人が男を見ていいものって何を指すんだろうかというのに関しては、ユーノの聡い脳細胞でも答えは導けなかった。

 そもそも、状況が状況であり、それもこんなところで、思考が正常に働く筈も無かったのだけれど。

「あ、でもユーノくんが私のこと欲しいなら……恭也倒さなきゃだけど、そうしてみる?」

 にやにやとそう告げるが、正直恭也さんと戦うなんてのは御免だと思うユーノ。

 前に遊びに行ったとき、実は弟に憧れていたなんて言われて稽古に付き合わされた時のことを忘れられない。……何で魔法で作ったはずのシールドが、ただの物理攻撃で軋んだんだろうと今でも不思議に思っているのだから。

 なまじ生業からしてフィールドワークなもので、見た目からインドア派に見られがちなユーノが意外と運動できると知ったときの恭也と美由希の嬉しそうな顔と、その後にあったハードワークは骨身にしみた。

 もしかしたら、遺跡発掘の傀儡兵や無言書庫のゴーストを倒すよりきつかったかもしれない。

 しかし、当の忍は別にいいよねーといった面持ちのまま、近くにあったスポンジを手に取った。

「まあ、そういう訳だし、洗いっこでもしようか」

「――はいぃ……ッ!?!?」

「うん。素直でよろしい♪」

「いや、今のはそういう意味じゃ――」

 しかし、時すでに遅し――そこから、妖しくも甘い時間が始まったが……不思議とユーノには神様の理不尽に思えたという。

 

「あ、いやそこは……っ!?」

「おぉ……これはこれで……おっと、すずかの友達をつまみ食いするのは姉として、そして恭也に悪いわね(ごくり)」

 

 しかし、そうは言いつつも――何故か、首筋のあたりが特に念入りに洗われたことだけは、ここに記しておこう。

 

 

 

 ~~しばらくお待ちください~~

 

 

 

 結局、その後すっかりのぼせ上がってしまったユーノは、ベッドの上に横たわりすずかに看護される羽目になった。

「ちょっとからかいが過ぎたかな……?」

「もう、お姉ちゃん。ユーノくんをあんまりからかっちゃだめだよ?」

「いやはや、面目ない……」

 すずかに叱られてしまった忍は、ちょっとばかりやりすぎたかなぁとも思ったが――先ほどのユーノの姿を思い出し、そんな思いはすぐに消え去ってしまった。

「――――ぁぅ」

「大丈夫? ユーノくん……」

 おまけに、今すずかは甲斐甲斐しくユーノのことを看ている。その姿はまるで疲労した夫を労わる妻のようだ。

(……ふふっ♪)

 そんな二人を見て、またしても忍は悪戯心が浮かび上がってきた。

 なので、忍は退散する際にすずかにだけ聞こえるようにこう言い残した。

「じゃあ、お姉ちゃんは退散しようかな~……ここからは、妹と義弟のお楽しみの時間だろうからね~(ぼそっ)」

「??? ……、――ッ!? お、お姉ちゃん~~!」

 言われてすぐは意味がわからなかったらしいが、そこは読書が好きな文学少女。清楚な見た目であろうとも、なかなかに耳年増なのである。

 からかいとわかっていても、ついつい反応してしまうあたりはまだまだお子様。

「あははは。じゃあね〜」

 笑いながら立ち去っていく忍の姿を恨めしげに見ながらも……結局、姉に対する意趣返しなども思いつかなかったので、すずかはまだ伸びているユーノのことをもう暫し看護することに専念したのだったとさ――――

 

 

 

 

 

 

 *** 夜、微かなる渇望 Bloody_Desire.

 

 

 

 ――――そうして、深夜。

 すやすやと眠っているユーノの側で、すずかはまだぼんやりと彼の寝顔を見ていた。

 眠くないわけではないけれど、それに勝るくらい、何か昂ぶる夜が彼女には時折訪れる。

 特に理由はないはずなのに、夜の香りに誘われるような日があるのだ。

 今日も、たまたまそんな日だった。昔の人は満月に人を狂わせる力があると言ったが、あれはあながち間違いでもないとすずかは思う。変な話だけれど、夜に惹かれるものが自分の中に潜在的に眠っているような気がする時があるのだ。

 まるでそこには、極上のご馳走でも用意されていると言われている気がして。

「すぅ……」

「――――」

 思ったよりも白い首筋に、仄かな情欲を掻き立てられる。

 イケナイと解ってはいるけれど、何だかそこから目を離せなかった。

 ほんの少し、そこに指をつたわせてみる。当たり前だが、何の抵抗もなく、指は彼の首と肩を軽くなぞった。

 その無防備さに、本能のようなものがかぶりつけと命じてくる。

 首筋に歯をつきたてて、喰らえと言われているようなそれに、すずかは顔を赤くした。

(何考えてるんだろ……)

 まるっきりヴァンパイアのようなことを考えてしまい、かぶりを振るとベットから降りて自分の部屋へと向かうために立ち上がろうとするが――まだもう少しだけ見ていたいような、ささやかな未練のようなものを感じる。

 そんな時、

『お楽しみの時間だろうからねぇ〜♪』

「〜〜っ、……ぁぅ」

 ふと姉の言葉を反芻してしまい、顔がますます赤くなる。

 女の子というものは、往々にして男の子よりも成熟が早い。その例に漏れず、また文学少女の側面を持つ彼女としては、些か余計な知識までしっかりと耳年増に知っていたりする。

 はしたないと思う反面、何処か火傷してみたいような、そんな想いがふつふつと沸き起こる。

 とはいっても、もちろんそんな大それたことなどすることは出来ない。

 うら若き少女の心は、実に乙女であった。

 なのですずかは、前につい見てしまった姉が恭也していた行為を試してみようと、ユーノの長めな前髪を軽く搔きあげ――そこに軽く唇を落とした。

「……おやすみなさい。ユーノくん」

 そのままそそくさと外に出て、自慢の俊足で自室のベッドに飛び込んで暫く眠れない時間を過ごしたすずかは、何だかとんでもないことをしてしまったような、けれど何だかふわふわとした心地よさを感じるような……妖しい魅惑にはまってしまったような気分のままに夜を明かしたのだった。

 

 ……その夜、いつの間にか夢の世界にいた彼女の見たものは――白き雪の名を司るような、鋭い爪をあしらった様な手甲を身につけて、空の上でユーノやみんなと一緒に飛んでいたような、そんな不思議な夢だったという。

 

 

 

 そうした夢を終えた朝、世界は再び――――新たな始まりを迎える。

 

 

 



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√はやて Stay in八神家

 八神家滞在の場合。
 √はやてでございます。



 夜空の誘い √_Ⅱ

 

 

 

 じゃんけんに勝つ確率、実のところそれはかなり容易く変わる。

 確率の算出をしようとも、精神的誘導をしようとも、ちょっとしたことで容易く変わってしまうのだ。

 緊張からグーを出す、これまでの傾向からチョキが一手目にくる、脱力しているからパーでくる、それらを誘導するべく言葉を重ねるなどといったことも、些細な変動により思惑の方向が百八十度変わることも珍しく無い。

 初動の瞬間に千の戦略を思いついた賢者がいたとしても、たった一手でそれを全て瓦解させに来る愚者もいる。

 なればこそ、本気で臨んだその瞬間。自分の信じた一手に全てを委ねる。

 勝負を分けたのは、たったそれだけのことだった――――。

 

 

 

 ――――じゃーんけーん、ポン!

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「ご飯もうすぐやから、もう少し待ってなぁ~」

 

 台所から聞こえてくるはやての優しげな声と共に、八神家にいい香りが漂い始める。

 テキパキと作業をこなしながら、はやてと助手のシャマルが本日の晩御飯作りに奮闘しており、美味しそうな料理が次々と出来上がっていく。

 それを聞き、リビングではヴィータがくせ毛をぴょこぴょことさせながら、ユーノの膝を枕にしてソファに寝転びつつ、楽しげに完成を待っていた。

「~~♪」

「ご機嫌だね、ヴィータ」

「たりめーだろ〜? はやてのご飯はギカウマだからな!」

「そっか、僕も楽しみになってきたよ」

「だろ~?」

 すっかり仲良し。

 そんな二人を見て、シグナムは夕刊を片手に微笑むと、足元でくつろいでいる八神家の守護獣ザフィーラにこういった。

「ああしていると、まるで兄妹だな」

「そうだな。あの二人ならば、気の強い妹とそれを諌める兄の構図が良く似合う」

「違いない」

 くくっ、と笑いながら、二人はそんなことを考えていた。

 だが、忘れてはならない。この家には、最近生まれたばかりの末っ子がいるということを。

「ユーノさん、ユーノさん。また面白いお話聞かせてください!」

 ふわりふわりと二人の周辺を飛ぶのは、まるで風の妖精のような見た目の小さな少女。

 かつて、闇の呪いに囚われてしまい、夜天の空へと還って行った祝福の風。

 その名を受け継いだ、新たなる風の少女。

 それが彼女、リインフォース・ツヴァイ――通称・リインである。

 ヒュンヒュンふわりとユーノとヴィータの周りを飛び、お話を聞かせて下さいとおねだりしている。

 お茶会の時に丁度お昼寝タイムだったため、はやての杖であるシュベルト・クロイツの中で眠っていたのでユーノたちの話を聞きそびれてしまったのだ。

「うん。じゃあ、リインはどんな話がいいかな?」

「それじゃあ、えーと……」

 そして、聞きたいことを決めたリインはユーノの肩に乗り、彼の話をニコニコと聞き始めた。

 夕飯前の、和やかなひと時。

 そんな八神家の懐に包まれながら、ユーノはこの家で過ごす時間を、心の底から楽しいと感じていた――

 

 

 

 それから程なくして、はやての料理が完成し食卓を次々と彩っていく。

 出来上がった料理を運ぶのを手伝うべく、自然と皆が配膳へと回っていき、一頻り並べ終えたところで一同は席に着いた。

 それを見計らい、はやてがみんなに声を掛ける。

「さて、ほんなら用意できたし食べよか。みんな」

 日本の作法に則り、食前の礼を皆で口にする。はやてをはじめとし、皆が手を合わせ、声を重ねる。

 

「「「いただきます」」」

 

 声が重なり合ったのもつかの間。

 ヴィータが一番槍を切るとそれに続くようにシグナム、ユーノと流れが続いて行き、はやてとシャマルはそれらを微笑ましげに見ながら自分たちも箸を動かしていく。

「やっぱはやてのご飯はギガうまだな~」

「ふふ、ありがとうなー。ヴィータ」

 いつもの様に、美味しいといってくれるヴィータに、はやてはにこにこと笑って応えた。

 笑顔で食べてくれる人は、作る側にとってこれ以上ないご褒美だ。

 そうして喜んでくれる人がいるからこそ、もっと美味しく作りたいと願い、また大切な人たちの笑顔が見たくなる。

 そんなささやかな幸せの連鎖が、たまらなく嬉しいのだろう。ヴィータとはやてのやり取りを見て、ユーノはそう思った。

「はやての料理は、皆の笑顔の元なんだね」

 そういうと、はやてはとっても嬉しそうにユーノにはにかんでこう応えた。

「えへへ、ありがとう。わたし、皆とこうなる前はずっと一人やったから、誰かに美味しいって言ってもらえるのが、凄く嬉しかったんよ」

 両親が早くに亡くなり、ずっと一人で生活していたはやてにとって、ヴォルケンのみんなと過ごす食は――自分の得意な料理を喜んで食べてもらえる食卓を囲むひと時は、何物にも代えがたい幸福な時間の一つになっていったんだろう。

「それで、ユーノくん。お味の方はどない?」

「うん。すごく美味しいよ、はやて」

 賑やかな食事、誰かと食べる食事というのは、ただものを食べるということ以上の意味がある。

 温かな時間を共に過ごし、笑みのこぼれる様な楽しさを共にできる。一緒にいるのだと、強くお互いの繋がりを感じられるのだ。

 それは、ユーノにもまた、分かる。

 このひと時が、どれほど代えがたいものなのかということが、ユーノも、ほんの少しだけ、はやてと似通った部分があったからこそ、その気持ちがよくわかる。

 染み入るような温もりを感じながら、ユーノは今日八神家へと訪れることができたのを幸運に思いながら、自身も箸を伸ばしはやての料理を平らげていく。

 そうして談笑を交えながら、ゆったりと温かい時間が過ぎていった――――。

 

 

 

 *** 夜天(そら)に馳せた思い Loneliness_Heart.

 

 

 

 楽しい食事の時間を終え、ユーノは一人、テラスで星を眺めていた。

 慣れ親しんだ本局の人口の空とも、共に育った『スクライア』の皆とまた様々な世界の星々とも違う、地球の星。

 夜空を彩るその輝きに、目だけでなく心までも吸い込まれてしまいそうだ。

 空を見上げるとき……その心境は様々かもしれないが、そこに抱く(そら)への感傷は似通っているのかもしれないと、数多の次元世界を見てきたユーノはそう思う。

 そんなことを考えていると、背後から声をかけられた。

「ここにいたのか、スクライア」

 桃色の髪をポニーテールに結った女性、シグナムがすぐ後ろに立っていた。

「シグナムさん」

「私もいますよー?」

 声を返すと、シグナムの隣にいたショートカットの金髪の女性、シャマルもユーノに声を掛けてきた。

「シャマル先生も……どうしたんですか?」

「別にどうってことはないんだけど、ただユーノくんが星を眺めていたのを見かけたからかな?」

 シグナムの方へ視線を向け、どことなく問いかける様にシャマルはそういった。シグナムもまた、その問いに首肯して言葉を続ける。

「まあ、ずいぶんと熱心に見ていたようだったからな。少し興味がわいたといったところだ」

「あぁ、なるほど……」

「地球の星も結構良いものよね。ユーノくんが熱心に見る気持ち、私たちにもわかるわ」

 シャマルたちもまた、ユーノと同じようにこの世界――第九七管理外世界・地球の出身ではない。

 その上、元々はただの人間というわけでもなく、ユーノたちの住む『ミッドチルダ』に近しい次元にかつて存在した次元世界『ベルカ』で生まれた古代遺産(ロストロギア)、『闇の書』のプログラムの一つ――守護騎士・『ヴォルケンリッター』である。

 地球どころか、ユーノたちからしてもかなり遠い生まれだ。

 だからこそ、また同時にユーノの気持ちもわかるのだといえるのかもしれない。

 ユーノの出身は、正確に言えばミッドチルダではない。

 彼は放浪の一族『スクライア』の出身で、かの一族の所在は転々としている。

 故に、彼らは決まった故郷を持たない。

 過去の調査、歴史が編纂して来たそれらの痕跡を探索していくその心があれば、彼らは何処へ居ても『スクライア』である。だからこそ、ユーノにとっての自分だけの故郷といったものが、場所としてはないのだ。

 故郷という居場所は、一族のみんなの居る場所。

 彼らにとっては、座標としての帰巣という意味には当てはまらないそれが、絆としての帰るべき場所なのだろう。

 そんな数多の世界を見てきた人間だからこそ、こうして星を見上げるという事の意味を分かり合えるのかもしれない。

「えぇ、シャマル先生の言う通り、地球の星はとっても綺麗ですよね」

 そう呟くと、ユーノはもう一度空を見上げる。

 珍しくぼぅっとした目で空を見るユーノを見て、シグナムとシャマルはもう少し彼に付き合うことに。

 何となくもう少し星を見ようとしたのもあるが、考え込むようにぼんやりとしたユーノの様子が少しばかり気になったというのもある。

「……どうか、したのか?」

「いや、大したことじゃないんです。ただ……ほんの少し、昔を思い出しただけで」

 どこか弱さを感じさせる笑み。

 何だか寂しげなユーノの表情を見て、シグナムはそれ以上何も言わず「そうか」とだけ言うと、ユーノの頭をそっと撫でて抱き寄せる。

「……? し、シグナムさん?」

 少し慌てたユーノだったが、シグナムは静かにただ頭を撫でるだけだ。

 気恥ずかしさよりも、そこに在るのはなんだかわからないが、とてもそっと安心できるような抱擁感だけが、ユーノを包む。

 そんなシグナムとユーノをシャマルは「あらあら~」と楽し気に見ていた。

「でも、シグナムばっかりでずるいわ。私も私も~」

「ふむ。じゃあ、交代だな」

「え、ちょ……っ」

「やったぁ~♪」

「しゃ、シャマル先生……!?」

「まぁまぁ、そんな恥ずかしがらなくてもいいじゃない。おねーさんたちに甘えていいのよぉ?」

 ユーノが赤面するごとに、ますます楽しそうにからかうように可愛がっているシャマル。

 女所帯なこともあってか、男の子というのもどこか目新しさがあったのだろう。加えて、シャマル本人の相手を癒す側といった気質も相まって、すっかり甘やかしモードに入ったままユーノをもみくちゃにしていく。

「ほどほどにしておけよ? ヴィータ辺りに見られたら怒られるからな」

「あ、確かに~。お兄ちゃんを取られたーって、ヴィータちゃん怒っちゃうわねぇ~」

「いや、別にヴィータはそんなことで怒らないとは思うんですけど……」

「そう? じゃあ、遠慮なく~」

「あ、いや……そ、そういうことじゃなくってぇ――ッ!?」

「おいシャマル、そろそろ私にも譲れ」

「シグナムさ―んっ!?」

 その後すっかり大人二人に可愛がられ、ユーノはなんだかものすごく恥ずかしかったような……凄く心地よかったような、不思議な感覚にしばらく悶々と、顔を赤くしたまましばらくソファに体育座りをしていたとかなんとか――――。

 

 

 

 

 

 

 少しして、

「……、何してんだ?」

「…………いや、その」

 ソファで顔を赤くしてるユーノを見て、お風呂上がりのヴィータが怪訝そうな顔をして問いかけてきた。

「……はぁ。ま、大方予想はつくけどさー」

 呆れたように言いつつも、本気でどうしようもないと思っている様でもなく――ぽすっ、とユーノにもたれ掛かるようにして座るヴィータ。

「気にすんなって。あたしもよくやられる」

「……はは」

 力なく笑い、ユーノは仕方ないかなと諦めの境地を知る。

 ため息をついているユーノをよそに、彼の身体にもたれているヴィータはユーノに体育座りを崩してとお願いしてくる。

「それよりさ、そろそろ足崩してくれよ。あたしが寝れない」

 なんだか流され、このお願いも腑に落ちなかったが……それ自体が別に嫌なわけでも何でもないので、大人しく足を崩して彼女の頭を自身の膝へ置く。

「やっぱいいなお前の膝。はやての隣で寝る次にだけど」

「たはは……それは光栄だ。鉄槌の騎士のお気に入りなんてね」

「だろ?」

 にっこり笑ったヴィータを撫でていると、ユーノの気分はすっかりと晴れてしまっていた。

 先程のことにしても、シグナムたちはユーノのことをかまってくれていただけで、それはとても嬉しかった。

 一人で星空を眺めるだけではなく、誰かとそれを見る。

 それだけのことで、どこか安らぐような感覚。それは一人で業務にあたることが多かったユーノにとって、とても有意義なものになっただろう。

「……いい顔してるよ」

「え?」

「なんでもねーですよ」

 よく聞こえなかったユーノが問い返すが、それにヴィータは答えず、ただ満足そうにそういった。

 本局の廊下で彼を見ていた時から、どことなく感じていた不満にも似たその気持ち。

 こうして彼がここにいることで、少しは彼にそれが伝わっていればそれでいい。そう彼女は考えていた。

「楽しかっただろ? 割とさ」

 ボソリとつぶやいた言葉は、今度こそ彼には届かなかったようだ。

 けれど、それでもいい。

 これの発端はなのはのお節介で、こうして彼がここにいるのはヴィータの縁だ。

 とはいえ、じゃんけんの運がはやてとヴィータに味方したのは、それ以外のまったくの偶然だったのだが……まぁ、それは言いっこなしだろう。

 今この瞬間が、とても楽しいのであれば、きっとそれだけで――。

 

「――ありがとう。ヴィータ」

 

 ふと聞こえた声に、どことなく気恥ずかしさを覚える。

「……んだよ、聞こえてたのか?」

 口をとがらせてそう訊くが、

「ううん、聞こえなかった。でも……ヴィータの顔見たら、解った気がしたんだ。だから、ありがとう」

 今日声をかけてくれて、呼んでくれて、楽しい時間をくれて、ありがとう。

 そんな、心からこぼれた、ささやかな感謝の言葉だった。

「おう……よかったよ、ホントに」

 どことなくぶっきらぼうにそういったが、言い方とは裏腹に、それはとても優しい声音だった。

「……っ、ぁ……」

 青い瞳に見つめられ、優し気な微笑みを直視したユーノは、思わずヴィータに見惚れてしまう。

 思わず顔に熱が集まる。

 ただ恥ずかしいだけではなく、不意打ちにも似たそれに、ユーノの鼓動は著しく高まっていた。

「……どうした?」

「いや、なんでも……ないよ?」

 つい誤魔化し、言葉尻を濁す。

 早くなっていく音の意味には気づかれなかったが、そんな態度はほんの少し認識を逸らしてしまったようで、

「??? まぁ、良いけどさ。お前、抱え込みやすそーなタイプだからよ。なんかよくない事とかあったなら、あたしだけじゃなく、他の皆にも相談したりしろよ? ため込んでたって、なんにもなんねーからな」

 と、ヴィータはユーノへ向けてそんなことを言った。

 それが、ますますこそばゆくて。

「うん……ヴィータは、本当にいい子だね」

「……子供扱いすんなっ」

 ついつい出てきたのはそんな言葉だった。ちょうどそれは、彼女と本局であったときに交わしたやり取りのそれに近くて――思わず思い返したのは、自分を引いてくれた手の温もり。

 それは、こんな安らぎを与えてくれた、ヴィータの優しい心そのものだった。

 また少し拗ねてしまったような彼女を宥めつつ、お風呂から上がったらしいはやてたちが此方へ来た音が聞こえる。

 その後、はやてがユーノにお風呂をどうぞと声をかける。

 それを受け、ユーノはヴィータの頭をそっとソファに降ろした後、お風呂へと向かって行った。

「どうしたヴィータ、そんなつまらなそうな顔をして。主と風呂に入りたかったのであればそういえばよかっただろう?」

「……これは、そっちじゃねーよ」

「ふ……そうか」

 シグナムが「なるほど」と呟いて静かに笑うと、ますます面白くなさそうにヴィータは拗ねた表情を見せる。

 結局、はやてに十分ばかり撫でられて漸く機嫌を直すまで、彼女はずっとむくれていたのだったとさ。

 

 

 

 ヴィータに思わず見とれてしまった後、はやての呼びかけに応えてお風呂へと向かう。

 何だか髪を洗っているとき、何故か後ろに視線を感じた様な気がするが、実際に背後に誰かいたなどという事はなかった。……きっと、別の世界からの電波だったのだろう。可能性的な意味で。

 そして、上がってリビングへと向かう。

 まだみんな起きていて、そこにはパジャマ姿のみんながいた。ちなみに、ユーノのパジャマはここへ来る途中、夕飯の買い物のついでに購入しておいたものだ。

 選んだのははやてで、薄緑のジャージタイプのそれはとてもユーノに似合っていた。

「お風呂どないやった? ユーノくん」

「とっても良かったよ。ありがとね、はやて」

「くつろげたんやったら良かったわぁー。そんでなぁ、ユーノくん。今日ユーノくんの寝るとこどうしようかて、話してたとこなんよ」

 なんでも、ユーノの寝床をどこにしようかという話らしい。

 はやての両親の部屋をシグナムとシャマルが使っていて、はやての部屋ではヴィータとはやてが寝ている。ザフィーラは獣の姿が本来なこともあって、寝床は普通に犬用のベッドで済ませている。

「せやから、わたしらかシグナムたちのとこかで、どっちにしようかなーって話してたとこなんやけど――」

「ちょっと待って。なんだか話が根本から間違っているような気がする」

「「「えー」」」

 はやてとシャマル、そしてリインから不満そうな声が漏れる。

 いつの間にかシュベルトクロイツから出て来ていたらしいリインも、せっかくの来客に一緒に寝ようと言っている。

 だが、そんなことで引き下がってしまったが最後、色々と拙いことになるだろう予感が警告を発している。だからこそ、ユーノはフェレットモードになってザフィーラさんと一緒でもいいと宣ったのだが、

「……(じゅるり)」

「……ユーノくん、そっちもいける口やったん?」

「」

 その言葉を受けたシャマルとはやての反応に言葉を失った。

 先ほど以上に、選択肢を誤っているのだと本能が必要以上に警告を発している。

 きらきらとした目で見ないでくださいシャマル先生。何をそんなに喜んでるんですか貴女は、というかその手に持ったメモはいったい……? ユーノの脳裏には、そんなヘンな思考だけが残る。

 一つ書き残すことがあるとすれば、ユーノは「あきらめろ」といいながらヴィータが肩に置いた手を、先程とは絶対に違うだろう心境で取ることになった。

「おめぇは間違わなかった、それだけでいいじゃねぇか」

「……うん……」

 その慰めが、なんだかとても痛く心に残ったことをユーノだけが覚えている。

 

 

 

 

 

 

 そして深夜――。

「…………」

 眠れる筈も無いこの状況で、ユーノは悶々としながら過ぎていく時間を感じていた。

 明日はなのはたちの早朝エキシビションがあるというのに、見せたいと言ってくれたなのはたちの言をないがしろにすることだけは、ユーノの性格上絶対にできない。

 徹夜などは『無限書庫』の業務で慣れてはいるが、この類の耐性に関しては皆無なユーノにとって、この状況はかなり鬼門といってもよかった。

 背を向けてこそいるが、背中越しにヴィータとはやて、そしてリインの三人の寝息が聞こえてくる。

 正直逃げ出したいような気もしたが、逃げ出してどうこうなるものでもない。

 結局動くことすらできないまま、ただ時間だけが過ぎていく。

 そんな時、

「ふふ、寝られへんの? ユーノくん」

 急に耳元で囁き声が聞こえ、ぞわっと背筋を撫でる感覚に、ユーノはベッドの端から落ちそうになる。

「は、はやて……!」

 小さく、けれど強く抗議の声を上げた。

 ゴメンゴメンと笑っているはやては、上半身を起こして口元をユーノに近づけて先ほどの声を浴びせてきたらしい。

 なんとも心臓に悪い悪戯だ、とユーノは動悸が激しくなった胸をなでおろした。

 何ではやてがまだ起きてるのか知らないが、向こうが上半身を起こしているのに合わせてユーノも身体を起こす。

「どうしたのさ、一体……」

「うーん、あからさまにユーノくんが眠れてへんよーやったから、少し話し相手になろうと思って」

 それはまた有難い申し出だが、しかし。

「…………」

 ちらり、とはやてを見る。

「??? どないしたん?」

 彼女は気づいてはいないが、夜を照らす月の光に照らされている姿は、どことなく幻想的だ。流石は夜の空を司る主なだけはある、といったところか。

「何というか、さ……その」

「んー?」

 けれど、知識の申し子であるようなユーノも、彼女の前では形無しだ。

 今の彼女を指して、そして表現する言葉を上手く紡ぐこともできないのだから。

 言い淀むユーノに、はやては不思議そうな顔をしているだけだ。しかし、だからといって月並みに綺麗だと言葉にするのは、一体どうなんだろうかと思いもした。

「……なんでもない」

「えー? 教えてくれてもえーやん」

「わっ……は、はやて!」

 ねぇねぇ、とユーノを軽く揺するはやて。

 ヴィータとリインが間で寝ているというのに、随分な豪胆ぶりだと、どこか他人事のようにユーノは考えていた。

 そこで、

「ん……、……んっ」

 何だか煩げに、ヴィータが身をよじる。

「……おっと……」

 はやてはそれを見て、少しはしゃぎすぎたかなと動きを止める。

「ごめんなぁ、ヴィータ」

 優しく頭をなでると、ヴィータは寄せていた眉をすぐに離して安らかな寝顔を取り戻す。

 そんなはやての様子を見て、ユーノは先程までの気恥ずかしさも忘れてしまい、はやてのことをじっと見つめてしまう。

 まるで慈母のような雰囲気を醸し出す彼女に、思わず見惚れてしまっていた。

 口は半開きになり、そこから漏れ出すのはただの音。

 だが、たった一つ――それは呟きとなる。

「――綺麗だ――」

 ぽつり、と呟きとなった音が口から零れ落ちる。

 零してからハッと我に返り、この家に来てからずっとそんな風に誰かに見とれっぱなしだという事を自覚して、ユーノは硬直する。

「あ……い、いまのは……えっと」

「――――」

 はやては一瞬きょとんとしてから、ユーノのことをしげしげと眺めてきた。

「ふふっ。ユーノくん、何だか随分と口が軽くなってるみたいやね?」

 その笑顔は、月明かりの下で益々眩しくなって――。

「だ、だからそれは……」

「んー? じゃあ、わたしのこと綺麗っていってくれたのは、嘘なん?」

 分かり切ったことだ、そんなのは。

 そんなのは、最初から……決まっている。

「嘘じゃ……ない」

「そっか。ありがとーなぁ」

 顔が熱い。

 ユーノはもう自分が何を言っているのかという文面以外、何も理解することを放棄している様だった。

 いや、もしかしたらこれは。

 そもそも、これ以上の認識をしたら……どこか止まれなくなりそうな気がしたからかもしれない。

 目を伏せる様にして、ユーノははやてから視線を外した。

 はやてはそれを優しく見ているだけで、先ほどまでとは打って変わり何も言ってこない。

 

 ――微かな沈黙が、その場に流れる。

 

 月明かりのカーテンは、二人を優しく包むだけ。

 それはまるで、今のはやてのようで……どことなく、月と彼女の姿が重なってユーノの中に浮かぶ。

 いつも家族を優しく見守る、夜天の主。

 呪いの定めを解き放ち、自らを慕う騎士たちへその祝福を与えた少女。

 それが、『八神はやて』――今、ユーノを優しく見つめている女の子だった。

「ふふっ。ユーノくん、そんな恥ずかしがらんでもええんよ?」

「……だって」

「まぁ、ええもん見れたってことで、ここまでにしとこか」

 いいものって……と、ユーノは漸く顔を上げてはやてを見ることができた。

 それを見て、はやては「うん」と頷くとユーノの背をそっと撫でる。

「今くらい気張らんで、たまにはただゆっくりすることも大事やで? いっつもユーノくんが頑張っとるの、私らはみんな知ってるからなぁ」

 優しい声色は、恥ずかしさなど感じさせない程しっとりと、ユーノの中へ染み込んでくる。

 ただ、そっと優しく――。

「明日は、しっかりとエキシビション見てもらいたいし……それにもしかしたら、ユーノくんにも参加してもらうかもしれへん」

 それはない、といいたいような気もしたが……はやてに語り掛けられるたびに、身体の力が、強張っていた緊張も何もかも、全て抜けていくような気がした。

「せやから、今日はもう寝よう? ……もう、平気?」

 ふと、眠れない子供に対する母親とはこんな感じかと思った。

 ユーノは『母親』――というより、『両親』や『肉親』といったそのものを知らない。

 元々、一人だった――血のつながった『肉親』はいなくても、確かに彼の育った場所には『家族』はいた。

 ……でも、本当はどこか、自分が浮いているような感覚を持っていた。

 それは、とても自分勝手な想いだったのかもしれない。

 でも、心の奥底に引っかかっていた寂しさが今日、八神家で過ごしてほんの少しだけ、思い出してしまった。

 そんな想いが、抜けていく――。

 

 ――実は、そこから先はよく覚えていない。

 よく覚えていないけれど、はやてにそっと頭を撫でられたことだけは覚えている。

 何もかも安心できるような場所、包み込んでくれる優しさをくれた八神家での夜が明けていった。

 

 

 

 ――心地よい安らぎをくれた夜が明け、始まりの朝を迎える。

 ここから始まる、新しい嵐の種と共に……海鳴の夜は明けて行くのだった――――。

 

 

 



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√アリサ Stay inバニングス家

 アリサとの√。
 バニングス家滞在の場合でございます。


 燃える空、夕焼けのひと時 √_Ⅲ

 

 

 

 ――じゃんけん、ジャンケン、じゃん拳。

 

 それは、時に運を試すものであったり、いっときの雌雄を決するための手段でもある。

 統計、確率、分析。

 データが決めるその先に、腰を据えた信念が立ち塞がる。

 全てを決めるのは神なのか、あるいは自分で運命(みち)を切り拓く勇者なのか、それは誰にもわからない。

 ただ、一つ言えることがあるのだとすれば……きっとそれは、何かを決意した者だけがその先へ行けるということだけ。

 さあ、少女たちよ、その手をかざせ。

 そして解き放て、勝利への一手はここにある。

 

 ――――一夜の運命の分岐点、それはここに拓かれた。

 焔、太陽、豪炎業火――少女の碧い瞳に映るその火が、この定めを突き動かしていく。

 

 

 

 ――――じゃーんけーん、ポン!

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 ユーノはアリサに連れられて、彼女の家へと向かうことになりそうだったのだが――どうせなら空を飛んで連れて行って欲しいという彼女の要望に応える形で、夕焼け空を散歩しながら帰ることになった。

「くぅぅーっ! やっぱり良いわねぇ~!!」

「おとと。アリサ、ちゃんと捕まってないと危ないよ?」

 空を飛んでいる最中に落ちるのは冗談では済まされないので、ユーノはアリサに注意を促す。

「うん。でも、ちゃんとユーノと繋がってるし大丈夫よ?」

 そういって、ユーノが飛ぶ前にアリサに巻き付けておいた魔力で作った緑色の鎖を「ほら」と見せる。

 短めにしてあるので、落ちてもすぐに引き上げられる。

「まぁ、それでも一応ね。空は、危ないことも多いから」

「それはそうだけど……あーあ、わたしも飛べたらよかったのに。そうすれば、ユーノと一緒に飛べるし」

 そういって、少し残念そうに夕日を見つめる。

 アリサのそんなつぶやきに、ユーノはなんだか少し寂しい思いが募る。

 彼女の希望を叶えてあげたいが、生憎とアリサは『魔法』を使えない。だから、なのはの様に教えることすらできないのだ。

 それが、なんとも言えず悔しい気がした。

 不甲斐ない自分に苛立ちを募らせていると、アリサはそれを察したのか、少し困ったような微笑を浮かべる。

「いいのよ。別に」

 アリサは才覚に溢れている。だが、それを鼻にかけてただ王座に座する慢心だけの独善者ではない。自分の力を知ることの出来る聡明さや、自分の能力を高めようと邁進する意志こそ、彼女の持つ一番の才覚であるといえる。

 そんな美徳に溢れた彼女は、しっかりと現実と向き合っている。だからこそ、こうして笑えるのだ。

 ならば、それに対してユーノが応えるべき言葉は一つだ。

「アリサ」

「??? 何、ユーノ?」

「まぁ、飛びたくなったらまた言って。いつでも力を貸すからさ」

 アリサの寂しそうな顔を、少しでも紛らわすことが出来るなら……それは、友達としてとても嬉しい。

 故に、これは後悔でも憂いでもまして同情なんてものではなく、ただ純粋な、約束の様な言葉だった。

「うん。じゃあ、ユーノに任せるわ」

 アリサはニカッと、いつもの太陽のような明るい笑顔でそう応え、ユーノはそんな彼女の笑顔を見て「よかった」と安心したような心地になる。

 ただ少し、

「でも、いつも忙しいユーノじゃ、気軽にナイト役に呼べないわよねぇー?」

 と、ちょっぴり意地悪そうな笑みで言われ、よく考えて見たらそうだなと思わず納得してまう。

「うっ……」

 軽々しい約束だったかな、とほんの少しだけ後悔する。

 気休め程度でも、アリサの役に立てるならと思ったものだったのだが、返って良くないことだったのかもしれない。

 生真面目なユーノは、「どうしようか」と一人迷っていた。アリサからすれば、単純にユーノに「もっと来て欲しい」的な意味だったのだが……なんとなく、困ってるユーノが可愛くてもう少しだけ意地悪したくなった。

「あらあら……そんなことじゃ、わたしのナイト役はフェイト辺りかしらねぇ?」

 ちょうど、なのはに出会ったころの悪戯娘の部分が僅かばかりとはいえ戻って来てしまったことを、アリサはすぐ後悔することになる。

「あ」

「あ?」

 返って来たのは、どこか間の抜けた返事。

 おまけに、

「そっか。男の僕より、たしかに女の子同士の方が気楽かも」

 なんだか、本来の意図とは違うことを言い出した。

「ちょ、ちょっとユーノ……?」

 なんでそうなるのよ!? と、びっくりしてるアリサをよそに、「そうか、そういえばそれもそうかも」なんて言いだしたユーノに、アリサの勢いは急速に失われていく。

「っていうか、なのはたちのエキシビション付き合ってるなら、僕なんかよりそっちの方が返って良かったね」

 なんか凄く純粋な笑顔でそう返され、アリサは一瞬固まる。

 そして、即座に悟る。

 ユーノや、あとはフェイトみたいに、なのは以上に変なとこで天然ボケをかます相手には、もっと判り易い言い回しが必要なのだということを。

「アリサ?」

 今回のは、確かにアリサの失態かもしれない。

 でも、

「――――」

 だからといって、別に気づいてくれない相手に文句を言うことは、言った側の自由だろう。

 ついでにいうと、生憎とアリサは、その類の文句に関して躊躇う様な質では無かった。

「(ぶちっ)」

 その時、何かが切れた音がしたらしい。

「???」

 しかし、向けられた当人は聴こえた前兆の意味を知らないまま、その余波を真っ向から受けることになるのだった。

「こんのぉ……鈍ちんフェレットぉおおおお!!」

 ぎゅむぎゅむと、ユーノの頰をつねってくるアリサ。

 いきなりそんな事をされたユーノは、彼女に抗議の声を上げる。

「あ、あだだだだっ! な、何するのさアリサ!?」

「うるさいうるさいうるさい!! あんたが気づかないのがいけないのっ! っていうかそういうの得意なくせになんで今気づかないのよ!?」

 気づく、気づかないとは何のことなのか……さっぱり分からない。

「だから何の――っていうか僕何かした?」

「何もしてないから悪いのよっ!」

「何それっ!?」

「うるさぁーい! なによ、いいじゃない少しくらい私だけのナイトになるとか言ってくれても! 僕だけが――とか言ってもいいじゃない! すぐ諦めるとか、そんなにわたしに魅力がないっての!?」

 わーわーぎゃーぎゃーと早口で文句をまくしたてるアリサ。

 そんな彼女に、良く分からないままだったがユーノも似た様な感じで反論していたが……結局最後は、拗ねたようになったアリサを宥める作業に追われることになった。

 

 

 

「ふんっ」

「アリサ……いい加減機嫌なおしてよ……」

「やっ!」

「そんな、〝やっ!〟って言われても……」

 

 そんな困り果てた男の子と、不機嫌な女の子の姿が、夕焼けの中で見られたという。

 

 

 

 ***

 

 

 

 どうにか拗ねたアリサに機嫌を直してもらい、二人はバニングス家の玄関へと降り立った。

 どうやらアリサも、このままお泊まりに呼ぶのはと考え直したらしい。この辺りは感情的であっても、聡明な彼女らしくもある。

(それにしても、結局なにが不満だったんだろ……?)

 理由は謎のままだった。

 アリサは「はぁ」と気づいてないユーノに呆れ、さっき素直に言っとけばよかったかなと、ついまくし立てて早口だった部分を反省する様な気分だった。

 とはいえ、これ以上続けるのも不毛だ。

 切り替えの出来る子であるアリサは、ユーノを招いた家主の一人として、早速玄関のドアを開けた。

「ただいまー」

 アリサが声を掛けると、

「おかえりなさいませ、お嬢様。ユーノ様も、ようこそおいで下さいました」

 この家の執事である鮫島が二人を出迎える。

 ユーノが来ることは、前もってアリサが連絡しておいた為、既にお出迎え準備は整っていたらしい。

 丁寧に出迎えてくれた鮫島に、ユーノもまた丁寧に挨拶を返す。

「こんにちは、鮫島さん。今日はお世話になります」

 ぺこりとお辞儀をして、挨拶を済ませる。

 それを受け、鮫島もまた再度礼を返したのち、二人を促して家の中へと向かう。

 リビングの前で、扉をノックをして「旦那様、奥様。お二人をお連れしました」と声を掛ける。

 すると、

「お、来たか。ご苦労様、鮫島」

「三人とも、入って来て〜」

 と、明るい声が返って来た。

「失礼いたします」

 執事らしく、丁寧さを欠かない振る舞いでドアを開け、二人をその中へと通す姿は流石といいたくなるとユーノは思った。

 そんな事を考えながらリビングへと入ると、そこにはバニングス夫妻がおり、暖かく二人を出迎えてくれた。

「おかえりアリサ。ようこそユーノくん。よく来たね!」

「二人とも、おかえりなさい! ユーノくん、今日はゆっくりしていってね〜」

 非常にフレンドリーに出迎えてくれた二人に、ユーノは少しばかり照れ臭さを感じたが、直ぐにそれは薄れ、にっこりとした笑みでそれに応じた。

「ありがとうございます。それじゃあ、お言葉に甘えさせていただきます」

 和やかに挨拶を交わしたあと、アリサは珍しく家にいる両親と明日の話をしたいらしく、ユーノの手を引きながらソファへ。

 母であるジョディの脇に座り、その隣にユーノ、更にそれを挟むように父のデビッドが座り、四人は明日行く《オールストン・シー》の話を始めた。

 鮫島はそれを微笑ましげに見届けたのち、お茶の用意をするべく静かにキッチンへと赴いていく。

 そうして四人の前にお茶が出された頃、ジョディからユーノにこんな質問が飛んで来た。

「そういえば、桃子さんから聞いたんだけど……ユーノくんって考古学者さんなのよね?」

「えぇ、まあ。僕の一族は、そういうのが得意なので自然と僕も」

「なるほど。僕も、士郎さんやアリサから聞いてたけど、改めて聞くとやっぱり凄いね。アリサと同い年なのに」

「いえ、そんな大した事じゃ……それになのはたちもそうですし、ミッドでは就業年齢はこんなものですから」

 と言うユーノだが、

「そーはいうけど、ユーノったら『無限書庫』の司書長なんかもやってるのよ? これでそう言われてもねぇー」

 アリサはそういってユーノのほうを少しニヤッとした顔でみた。すると彼は、そんな彼女の視線に困ったような笑みを浮かべる。

 ユーノのそんな様子を見て、ジョディは軽く助け舟を出す。

「ふぅん、噂に違わず凄いのねー」

「噂?」

「えぇ、リンディさんと桃子さんがよく言ってるからそれで覚えちゃってね。ユーノくんは凄いーって」

「そんなことが……」

 苦笑しつつ、褒めてもらえていたらしい事を知り、ユーノは「買い被りですよ」と言う。

「なのはたちに比べれば、まだまだ。僕のしていることは、あくまでもただの補助(バックアップ)ですから」

「あら、それは少し違うと思うけど?」

「違う、って……?」

 首をかしげるユーノに、妻の言葉を引き継いだデビッドが説明した。

「ユーノくん。ジョディが言いたいのはね、支える側の人間を〝ただの〟等と軽んじるのは良くないってことだよ。君が自分を裏方だと思っていても、そこが疎かでは表に立つ人も思いっきり動けない。つまり、なのはちゃんたちが戦えるのは、君を含めた支える側がいるからなんだってことさ」

 僕らも、そうやって互いに支え合って働いているわけだからね! そう締めくくると、デビッドはアリサに似た明るい笑みを見せる。経営者といった立場を担うバニングス夫妻としては、支える側の重要性を言っておきたかったのだろう。

 事実、明日からのテストオープンを控える《オールストン・シー》もまた――『バニングス』と『月村』、それぞれの会社の協力によって成り立っているのだから。

「たくさんの人の夢が詰まって、色んな物事を成し遂げていく。ユーノくんだって、それは知っているでしょう?」

 ジョディにそう問いかけられてたユーノは、

「――はい!」

 と、力強く返事を返した。

 確かに、自分を〝ただの〟と軽んじるのは不適切だったかもしれない。

 『無限書庫』で働いてるみんなにも失礼だし、何より疎かで良いものでないのは、司書長であるユーノが一番知っておくべきことでもあった。

「そうですね。つまらないことを言うよりも、どれだけ皆の役に立てているかに誇りを持つべきでした」

「そんな堅く考えなくても良いのに。頑張ってるってだけで良いじゃない?」

 そんなアリサからのツッコミに「それもそうかな」とユーノが返したあたりで、何処と無く穏やかな笑いが起こり、和やかに時間は過ぎていくのだった――――。

 

 

 

 *** ささやかな、秘密の話 Secret_Recollection.

 

 

 

 そして夜――。

 

 お風呂から上がったユーノは、ぼんやりと庭で星を見ていた。

 

 窓から抜け出すことも、飛行魔法の使えるユーノにはさして難しいことでもない。加えて、靴などもバリアジャケットの要領で作れるので、そこまで躊躇いはなくユーノは外へ出ていた。

 庭の林が夜風になびく音と、頬を撫でるその流れに包まれながら、ユーノは一人で空に煌めく星を見ていた。

 海鳴の街からは少し離れていることもあって、ここでは星がよく見える。

 それにユーノは、なんだか懐かしいような感覚を覚えていた。

 遺跡や、数々の文明の跡を巡って来た彼は、人の居ない世界……滅びた世界などもよく見て来た。

 そこにはかつて沢山の何かがあって、きっとその想いの強さゆえに滅びたのだろうな、と――遺された物を見たユーノは、毎度そんなことを思う。

 (おと)の無い、ただ空の下を流れる(こえ)を聴いて、幼き日を思い返す。

「…………」

 それ自体は、きっと大したことでは無い。

 もう昔と呼んで差し支えない、ずっと前のことで……とっくに分かりきった、変えようの無い事実でしか無いものだから。

 瞳を閉じ、ユーノは芝生に横になる。

 お風呂に入ったばかりだが、手入れの行き届いた草の絨毯は然程ユーノに牙を剥くことはない。

 ゆったりと、そして包むような感覚で、静寂の海を漂い、そして沈む。

 脳裏に浮かぶのは、嘗ていた、ある時の集落の光景。

 ちょうどなのはたちと出会うきっかけとなった、『ジュエルシード』を見つけた次元世界と似ていた場所。

 如何にも遺跡然とした、さみしいような、荒れた岩と荒野の織り成す風景の中にいたのは、果たして何だったのだろう。

 自分の始まりがあった、その場所は――――

 

「ユーノ」

 

 声が聞こえる。

 閉じていた目を開いて、その声の主を探す。

 幸いにして、彼女はユーノの直ぐ後ろにいた。

「アリサ……どうしたの? こんな時間に」

「さあ? 強いて言うなら、そうね……気まぐれかしら?」

 くすっと笑い、アリサは芝生に横になっていたユーノの傍にしゃがみ、額を軽く小突いた。

「…………」

 何となく額を軽く押さえ、アリサの言葉を反芻してみる。

(気まぐれ、か……)

 成る程、とも思うし、なんとも彼女らしいような気もする。

 芯の通った心の持ち主であるが、彼女は――だからこそ、そこに柔軟さを取り込める。

 誰かを受け入れることや、誰かの背を押すことができる人間なのだ。今、ユーノの傍にいる、アリサという少女は。

 そんなことを思っていたユーノに、今度はアリサが問う。

「で、次はわたしの質問。こんなとこで何してたの?」

 少し目を伏せようにして投げかけられた疑問。夜の暗がりでさえ輝きを失わない碧い瞳に見つめられ、心臓が少し跳ねるのを感じながら、ユーノはなるべく落ち着きを払って応えた。

「そんな大したことじゃ無いんだ……それこそ、アリサと同じ気まぐれみたいなものでさ」

 空を見上げながら、呟くようにそっと口を開く。

「なんとなく今のこの場所が、僕のいた頃のスクライアの集落に似てたから――それに」

 星の輝きを一人で眺めていた、幼い記憶を思い返す。

 酷く独善的で、酷く恩知らずな想いだったかもしれないそれを抱いていた、幼い頃を反芻しながら、

「僕が本当に小さい頃にいた場所も、こんなところだった気がするから」

 と、ユーノはそういった。

 勿論、アリサにはユーノの浮かべた憂いがなんなのかまでは分からなかった。

 口に出していないのだから、それは当然といえる。

 しかし、それと彼の浮かべた憂いに、彼女が引っかかりを覚えたことはまた別のことで。

「へぇ……」

 アリサはそれを聞くと、しげしげと周りの景色と、そしてユーノの顔を見渡してみる。

「そんなに、似てるの? ここ」

 改めてそう訊きつつも、そういえばユーノの家族や出身地について、自分は何も知らないのだということを自覚し、アリサの心はそれを知りたがり始めた。

 湖の底を棒で掻いたように、沈んでいた疑問が浮き上がってくる。

 興味、というのはいささか俗かもしれないが、彼について知りたいという好奇心は止められそうもない。

「そういえばわたし、あんまりユーノのこと知らないし……よかったら教えてくれない? ユーノのこと、色々」

 自分のことを、私に教えて欲しいというお願いのようなアリサの言葉に、ユーノはそっと空から視線を外す。

 空から目線を外したユーノは、ほんの少しだけ考えるような仕草をしてから、

「じゃあ、どこから話そうかな――」

 と、前置きして、ポツリポツリと語り出した。

 

 

 

 ――それから語られたのは、一人の少年の過去。

 

 様々なことがあり、それに伴ったたくさんの出会いの話。

 ただそこには、彼に積み重なった暖かさと同じくらい、もしかしたら冷たさもあったかもしれない。

 それは、きっと誰しもが一度は経験したことのあるもの。

 ありふれた寂しさで、迷ってしまった思い出で、何より苦しんだ先の答えでもある。

 歩んできたその道は、確かに彼の今に繋がっている。

 幾つもの何かがあって、それを越えるための幾千の旅があって、そして彼は今――ここにいる。

 

 ――そうして星空の下で語らった、二人だけの秘密の物語。

 

 空に馳せた〝それまで〟は、きっと……確かな道標として、〝これまで〟の軌跡を描いて来た。

 きっと、彼ら彼女らはこれからもきっと描き続ける。

 儚くも美しく、気高くて優しいような、尊くも儚い夢の座標を。

 そうして、たった一人で空に馳せて来たその想いは、既に満ち足りた暖かさに変わってしまっていた。

 出会いの紡いだそれはきっと、この先の物語へ向かって行き、嵐すらも越えていく。

 自分たちの前にある、小さな幸せを守るために。

 だからこそ、苦しさも悲しみも全て……明日への未来(みち)へと変わっていくのだから――

 

 

 ――厄災の種を、止めようとした翡翠の輝きは、

 

 ――数多の運命を撃ち抜いて来た、不屈の星の光に繋がり、

 

 ――いくつもの迷いを断ち切ってきた、気高き金の閃光(いかずち)を救い、

 

 ――夜空に集う古の騎士たちと、彼らを統べる優しき主人を解き放った。

 

 

 太陽の少女をも共に導きながら……夜明けの果てに、騒乱の朝が幕を開ける。

 

 

 

 そうしてまた、この世界は、新しい物語の前奏曲(プロローグ)に繋がっていく――――

 

 

 



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√フェイト Stay inハラオウン家

 フェイト√。
 ハラオウン家滞在の場合でございます。


  いつもより傍に、少しだけ近くなる距離 √_Ⅳ

 

 

 

 ――それは、ささやかな争いだった。

 

 自分がそこに何を賭けたのか、それはまだわからない。

 でも、手をかざして得ようとしたのだけははっきりしている。

 

 賭けるものは分からないけど、ただ少し……手を伸ばそうとした。

 だからこそ、こうして出した手は、少女に選択の余地を与えた。

 

 可能性をここに示し、先へ進むための小さな一歩を踏み出すべき支えを、もう一つ与える。

 

 正しいかどうか、或いは不要だったのか、そんな事はどうでもよかったのかもしれない。ただそこに、手繰り寄せたい何かがあった気がしたから、その一手を彼女は放った。

 

 そして、淡い想いが雷光となり、閃光の放つ一瞬の煌きが――その先にある運命を切り開く。

 

 

 ――――じゃーんけーん、ポン!

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 ――海鳴市藤見町のとあるマンションにて。

 

 金色の髪をした少女と、少女より亜麻色っぽい金髪の少年、そして少女に抱えられた子犬がある一室の前に歩いてきた。

 金髪の少女の名は、フェイト・T・ハラオウンという。

 今日はたまたま友達たちとのお茶会があり、その弾みで友人が一人、彼女の家に泊まることになったのだ。

 それに至るまでには、いろいろなことがあったのだが、それに関しては割愛しておこう。

 ともかく、まずは家に入るため、フェイトは自宅の扉の前に立って、帰ったことを母に告げるため声をかける。

 

「ただいま」

 

 フェイトがそういって部屋のドアを開けると、

「お帰りなさい」

 といって、エメラルド色の長い髪をなびかせた女性が彼女を出迎た。

「あら、早かったのね。三人とも、おかえりなさい」

 にっこりと微笑んだその女性は、フェイトの母であるリンディ・ハラオウンである。

「ただいまー。ねぇ、なにか手伝うこととかあったりするー?」

「ありがと。でも、アルフもせっかくだから夕飯までのんびりしてて。今日はお客さんもいるし」

 そういって、フェイトに抱えられていた橙色の狼――フェイトの『使い魔』であるアルフの頭をそっと撫でると、リンディは娘の隣に立っている少年に視線を向ける。

「ユーノくんも、いらっしゃい。今日はゆっくりしていって。いつもクロノたちがお世話になっているし、ゆっくり休暇を満喫してちょうだいね」

「ありがとうございます。それじゃあ、今日はお世話になります」

 ぺこり、と、その隣に立つ少年がお辞儀をする。

 とある少女たちの決戦(じゃんけん)の結果、本日この家に泊まることになった、フェイトの幼馴染であり友人の、ユーノ・スクライアだ。

 なんだかみんなが張り合っていたので、ついついフェイトもユーノ争奪戦(?)に便乗してしまい、今こんな状況になっている。

 母とにこやかに、けれどちょっぴり苦笑しつつ話しているユーノを見て、フェイトはいまさらながら少し気恥ずかしくなってきた。

 ユーノといること自体がいやということはない。

 寧ろ、ここハラオウン家はもしかたら友達内の中では一番ユーノという少年に近しいといえる場所だ。

 実はフェイトを始めとしたこの家の住人とユーノは、ここ海鳴市――というより、この世界の出身ですらないのだ。

 〝次元世界〟という区分けを施されているなかでも、『管理世界』と呼ばれる異世界の出身であるフェイトたちは全員『第一次元世界・ミッドチルダ』周辺の出身である。

 加えて、全員が『時空管理局』の関係者であり、それらの繋がりが強い。

 フェイトも、兄のクロノが嘗て就いていた『執務官』になるべく今も勉強中であることや、執務官になった後も色々と資料請求が起こりうるため、ユーノとはそれなりに親密な部分はある。

 ただ、よくよく考えてみたら同い年の男の子を家に招くのは、かなり大胆なことだったかもしれない。

 ほんのり頰が赤くなったのを感じて、アルフを抱く腕に力がこもってしまう。変に心臓が音を強めたようになっている気がして、ますます頭の中が混乱しだす。

 だが、

「フェイトー、ちょっとくるしいよ……」

「あ――ご、ゴメンね」

 アルフにそう言われ、意識が逸れたことで顔の熱はだいぶ逃げた。

 平常心を保てるように、平静を失わないようにと自分にそう言い聞かせてみる。

「……ふぅ」

 息が抜けるのと共に、フェイトの中にあった何かは収まったようだ。

 ホッとしていると、リンディがいつまでも玄関で立ち話をしてるわけにもいないと、三人を手早く中へと手招く。

「フェイト?」

 ぼんやりしていたため、急に声をかけられたフェイトはびくっと肩を震わせる。

「ぇ、な……なに?」

 きょろきょろと、リンディとユーノの顔を交互に見る。

「あらあら、ユーノくんが来てくれて緊張でもしてるのかしら?」

「そ、そういうわけじゃ――」

 悪戯っぽく言われて、フェイトは焦ったように弁明を述べようとしたが、リンディの言ったのは可愛い反応を示した愛娘へむけた軽い冗談だ。

「ふふっ。まあ、とにかく三人とも入って。フェイトも、そんなに慌てないの」

「……ぁぅ」

 すっかり空回りしてしまったフェイトは、しょんぼりして中に入る。

 はあ、と溜息をついてソファに座ると、抱いていたアルフのふわふわの体毛に顔を埋めた。

「フェイトー、そんな落ち込まなくてもいいのに」

「えっと、なんかその……ゴメンね? 急にお邪魔して」

 アルフとユーノの優しさがなんだか痛い気がする。

「ううん。邪魔だなんて……そうじゃなくて、その」

 その続きを言おうとした辺りで、リンディがテーブルにお茶を運んできた。

 纏まっていなかった言葉は霧散してしまい、結局自分でもなにが言いたかったのかすらよく分からなくなってしまった。

 冷たいお茶が目の前に出てきたので、一口飲んで喉を潤す。

 僅かばかり頭が冷えてきたフェイトに、リンディが思い出したように用事を頼んだ。

「もうすぐ夕飯だから、お菓子はお預けね。あ、それとフェイト。クロノに今日は帰ってこれるか訊いておいてもらってもいい?」

 それを受け、フェイトは頷く。

「あ、うん。わかった…………か、」

 最後まで応えようとしたのに、声が出なくなった。

 か細く萎んだそれを、リンディもアルフも、ユーノも、分かってはいただろう。

 でも、誰もそれを深く追求することはない。

 フェイトのことを知っているからというのもあるし、彼女自身がそれを呑込めるまでは待つつもりだから、というのもある。

 それでも、

(…………また、言えなかった)

 胸に残るモヤモヤした想いは、消えてくれない。

 優しさに晒されていることが……余計に今の幸せを疑わせるようで、フェイトの心がそれを口にしようとするたびに、身体が石になったように固まってしまう。

 言えなかったその言葉は、フェイトにとって特別で――何よりも辛く悲しい記憶ともう一度向き合うためのもの。

 

 ――――〝お母さん〟

 

 たったそれだけの言葉が、フェイトはまだ言えていなかった。

 落ち込んでも仕方ないのは分かってる。

 友達を招いているのに、こんな暗い気持ちのままでいるのは良くない。

 だから、それを振り払うようにフェイトは気持ちを切り替える。

 クロノへの通信を繋ぎ、今日帰ってこれるかを訊いてみると、夕飯には最近ますます仲の良いエイミィと一緒に来ると言っていた。

 ……ただ、少し不思議だったのは、ユーノの顔を見た瞬間クロノの目つきが妙に攻撃的になったのは何でだったのか、フェイトにはまだ良く分かっていなかったため、可愛らしく小首を傾げていた。

 ちなみにその際のクロノのセリフと、それに対するユーノの応答はというと、

『ああ、夕食までには必ず行く。いや、寧ろすぐ行く。だからユーノ、妙な気を起こすなよ……?』

「はぁ……そんなことしないってば」

 そんな感じだったらしい。

 小首を傾げるフェイトの隣で、そんなやり取りを終えたユーノはこめかみの辺りを抑えており、フェイトはさっきまでの気恥ずかしさも忘れて彼の心配をしたのだが、ユーノは大丈夫とだけ言って力なく笑っていた。

 そんな様子を見てますます心配になったが、十分もしない内に帰ってきたクロノと仲良くいつも通りの喧嘩を始めたので、良かったと微笑む。

 ちなみに、それを見ていたエイミィはというと、

「……割とフェイトちゃんも大物だよねぇー、肝の座り具合というかなんというか」

「???」

 未だに良く分かってないらしい、可愛い弟分の可愛い妹分の頭を撫でつつ、苦笑していた。

 そんなこんながあったものの、

「はーい、ご飯できたわよー」

 というリンディの声を受け、一同は食卓へと付く。

 

「「「いただきます」」」

 

 すっかりハラオウン家でも定番となった日本式の食前の礼を述べ、皆は夕飯を食べ始めた。

「どう、ユーノくん。美味しい?」

「はい。とっても」

 にこやかに答えたユーノに、リンディも楽しそうに頷くと、

「ふふ、なら良かったわ。クロノは最近あんまり言ってくれないから、男の子の感想っていうのも新鮮で良いわねぇ〜」

 と、満足そうにいった。

「か、母さん……」

 クロノはそんな母の様子に少し顔を引きつらせ、隣のエイミィはそれを聞いて可笑しそうに笑っている。

「あはは。クロノくんは素直じゃないからねー」

「エイミィ……君まで」

 なんだかすっかりクロノは取り囲まれたような気分で、普段から女所帯に慣れている身としても中々にこの状況は堪えたらしい。

「ユーノ、全く君が調子のいいこと言うから……」

 悪友に軽く八つ当たりを始めた。

 普段からそんなことの絶えない二人だが、最近はユーノをあしらうことの多いクロノ(とりわけ身長のコンプレックスが消えたことが大きい)も、家族団欒の中ということもあってか、今は少し思考が子供じみていたらしい。

 悪友に対するそんな言い草は、彼らの仲を知っている人たちからすれば、ごくごく慣れ親しんだ光景だが――かといってユーノも言われっぱなしではない。

 むっ、とクロノの言動に眉をひそめる。

 もしかすると、それが開戦の合図だったのかもしれない。

 こうして、仲の良い喧嘩が、久々に展開されていくのだった。

「そんなこと僕に言われても……っていうか、それはクロノが普段から言葉にして伝えないからだろ」

「む……ふん、言葉を並べるほどそれに比例して中身は薄くなるものだ。君のように、なにかと依頼が遅れた言い訳ばかり重ねるほど、僕は子供ではないからね」

「それはクロノがいつも終わった端から新しい依頼飛ばしてくるからだろ!? 大体この前だって――――」

 そうして始まった男の子同士の口喧嘩。

 だんだんとヒートアップしていくそれに、フェイトはたじたじになる。

「(あ、あわわ……っ)」

 だが、慌てているのはフェイトだけ。

 他の面々はというと、

(懲りないなぁ……二人とも)

(ほんっと、飽きないよねぇー、この二人は)

 アルフとエイミィはすっかりお馴染みのそのやりとりに、ため息まじりに傍観に徹している。

 だが、流石に食事時のそれをいつまでも放置するのは頂けないと、リンディが止めに入ることに。

「はいはい、二人ともそんな喧嘩しないの。まったくもう……いつまで経っても、男の子って根っこは子供よねぇ〜?」

 

「「うぐっ………」」

 

 すっかり周りから呆れられ、フェイトを慌てさせた二人の子供じみた争いは、リンディの母親パワーによって鎮められた。……言葉の威力で自分の未熟さを改めて思い知った、と言い換えてもいいが。

 ともかく、それがあってユーノとクロノはおとなしく食事に戻った。

 まだ少し不満そうな二人を見て、やれやれとアルフが首を横に振る。エイミィもまた同様で、いつも通りムードメーカーの役割を担っていく。

「そういえば、クロノくん。例のアレ、リンディさんに話さなくていいの?」

「ん……あぁ、そうだね」

「アレ……というと、例の不審な異世界渡航の反応のことかしら?」

「はい。今、ここの支部で追っている――――あ」

 本題に入ろうとしたところで、フェイトとユーノのこちらをしげしげと見ている視線に気づき、クロノは「しまったな……」という顔をみせる。

「……いや、今のところはこちらの支部の面子で対処できる。君たちが気をもむ必要はないよ、フェイトやユーノはそのまま休暇を楽しんでくれ」

「いやー、ちょっと選択をミスったかなぁ……?」

 苦笑するクロノとエイミィに、二人は「でも」と言いたそうな顔をしたが、その後に続けてクロノがこういったことで一旦落ち着きをみせる。

「とはいえ、君たちの力は必要になったら是非とも現場に欲しい。それにユーノ、君にもいくつかやってもらうことがあるかもしれない。だから、今は休暇を楽しんでおいてくれ。いざという時が、来るまでの間は……な」

 そう言われると、ユーノもフェイトも強くは出られない。

 それに、フェイトは明日の遊園地見学については夏休みの自由研究。友達を放っておいて自分だけ独断先行をするのは、フェイトの性格上あまり考えられないだろう。それに、なのは辺りならどうして教えてくれないの? と、逆に不機嫌になりそうでもある。

 それはユーノも同じこと。ユーノを誘ったのはなのはで、そしてアリサたちもユーノの同行を楽しみにしてくれている。無碍にすることも、断ることも、ユーノにはきっと出来ないだろう。

 そんな部分で、どことなく二人は似通った部分があると言えるのかもしれない。

「そういうわけだ、この話は一旦置いておこう。それより、明日のことを聞かせてくれないか? フェイト。ついでに君もだ、ユーノ」

「……うん。わかった」

「ついでって……はぁ、全く」

 軽くふざけたような、悪戯っぽいやりとりを挟みつつ――食事の時間は和やかなものとなって過ぎていく。

 

 そこからは、二人の話が食卓にのぼっていった。

 フェイトがなのはたちと話していた自由研究でどの部分をフェイトが担当するかとか、ユーノがアリサに海鳴市の海中で見つかった未知の鉱石についての鑑定を考古学者や、発掘者としての側面から頼まれたことなどを話していくのだった――――

 

 

 

 

 

 

 *** 想いは、まだ胸の内に Little_Courage.

 

 

 

 そして食事が終わり、みんながお風呂に入った後……クロノは、本部からの確認を頼まれ、一度支社の方へエイミィと共に向かった。

 

 リンディはそんな二人を見送り、明日に備えて準備をするフェイトとユーノを微笑ましげに見守りつつ……自身も明日、早朝練習を終えた娘たちを出迎える準備にかかる。

「朝ごはん、なにがいいかしらねー?」

 自室でうきうきと、料理を決めようと本を片手に緑茶(もちろん砂糖入り)をリンディが飲んでいる頃、リビングではフェイトとユーノが明日のことを少し話していた。

 

 

 

「うーん……」

 どうやら彼女は、明日のエキシビションでなのはとの戦いの際に使う戦略のことで少し悩んでいるらしい。

「そんなに難しく考えなくても、明日のエキシビションもいつも通り全力でいけばいいんじゃないかな?」

 ユーノはそんな彼女にこういってみるが、フェイトは少し唸ってからこういった。

「でも……明日は、なのはに勝ちたいんだ。最近引き分けばっかりだから」

 おとなしいのに、フェイトは結構戦うことが好きだったりする。

 もちろん戦闘狂というわけではなく、競い合いとしての戦いが好きなのだ。この辺りは、彼女の先生であるリニスや、彼女と同じように戦いが好きなシグナムなどが周りにいることが挙げられる。

 競い合いのライバル、負けたくない相手が出来てから、フェイトの向上心は上昇の一路を辿っている。

 

 それは、親友のなのはに対しても同じこと。

 

 元々、なのはとは『ジュエルシード』を巡る戦いの中で幾度となくぶつかった。

 その時、なのははユーノから魔法を教わったばかりだったが、それでもユーノとレイジングハートの教えから次々と魔法の使い方を吸収していったなのはは、いつの間にかフェイトと互角に渡り合うまでになっていた。

 それが、だんだんとフェイトの心の炎を灯していったのだ。

 だからこそ、なのはには勝ちたいという気持ちも強い。なのはは、フェイトに勝敗の行方を巡る炎を目覚めさせた相手でもあるからこそ――。

 

 フェイトのそんな負けん気をみていたら、なんだかユーノも少し彼女に協力したくなってきた。

 

「――じゃあ、僕も協力しちゃおうかな」

「え……?」

「フェイトが戦略を練るのを、ね」

「でも……いいの? ユーノは、なのはの先生なのに」

「まぁ、目の前でそんなに〝うーんうーん〟って唸ってるフェイトを見てるだけ、なんていうのもなんだか精神衛生上よくなくて」

 たはは、と苦笑しつつユーノはウィンドウを開く。

「でも僕はもう暫く前線には出てないから、そんなに期待はしないでね」

「…………」

 そんなことを言っているが、ユーノはクロノの模擬戦にも時折付き合っているくらいには強い。

 九歳でAAA(トリプルエー)を取っているなのはやフェイト、AAA⁺(トリプルエープラス)を取っているクロノなどの陰に隠れがちだが、ユーノもまた総合Aランク。

 結界術師、という彼の本職を考えれば十分と言える。

 バックアップもなく、『闇の書』の『闇』を押さえこめる〝ケージングサークル〟なんて結界魔法も使えるくらいだ。

 攻撃魔法を使えないことも考慮に入れれば、総合でAになる素質を持っているだけでも十分だろう。フェイトやなのはのような派手さはないが、彼の戦い方は非常に堅実だ。ちょうど、兄のクロノもそんな感じであるフェイトにとっては、二人のそれは冷静な試合運びや負けない戦い方の見本のようだ。

 そんな彼が一緒に考えてくれるのは心強い、が――でも。

「……やっぱりいいよ。なのはにも悪いし」

 勝率の向上には繋がるだろうが、きっと星の光を司るあの子はユーノがフェイトに手を貸したとあれば、なんとなく拗ねそうな気がする。

 実際、そもそもこのお泊まりに繋がるお茶会にユーノを誘ったのはなのはだったりする。

 

 じゃんけんに負けた時、あからさまに口尖らせていたアリサやヴィータほどではないが、なのはも結構面白くなさそうな顔をしていたのをフェイトはしっかり見ていた。

 

 だが、どうやらユーノはそこまで分かってはいなかったらしい。

 ……まあ、あの状況で冷静な判断を下せる人がいるのか、フェイトには分からないが。

 そんなことはつゆ知らず、ユーノは「なら……そうだな」といって何か始めようとしている。

「うーん、じゃあ……せめて、気負いすぎないように緊張を解そうか」

「…………?」

 そっと印を組んで、フェイトに緑色の魔力光を放つ手をかざす。

「妙なる響き、光となれ……癒しの輝きにて、心の波紋を鎮めたまえ」

「これって……」

「あー、いやその……まぁ、そんなに大したものじゃないんだけど、おまじないみたいなものだよ。ほんの少しだけ、心を落ち着けてくれる魔法」

 治療魔法は得意なユーノだが、シャマルのようにそれを専門としているわけではないため……これも彼女が持っている色々な治療魔法とは比べ物にならない、自身で言ったように〝おまじない〟程度のものだ。

 でも、そんなささやかなものであっても、フェイトの高ぶった心は、不思議と落ち着いていた。

(――――あったかい)

 なのはに昔言われたことを、ぼんやりと思い返す。

 

 

 〝――――ユーノくんの魔法、あったかいでしょ?〟

 

 

 すごく嬉しそうに、あの時のなのははそう言っていた。

 確かに、その通りかもしれない。今こうしてユーノの放つ光を受けていると、そんなことを思った。

「……ありがとう。ユーノ」

「なら良かった」

 ふっ、と光が消え、いっときの暖かさが消える。

 もう少しだけ、その暖かさを感じていたかったなと、ぼんやりとフェイトはユーノのかざされていた右手を眺めるが……ただ、それ以上頼むのもなんだか気が引けて、フェイトは彼の手から目線を逸らした。

 そんなフェイトに気づいたのか、

「もう少しだけ、おまじない、続けようか……?」

 と、ユーノは言ったのだが……。

「ぇ、あ……その」

 もじもじと、フェイトは二年前に戻ったように言葉に詰まっている。

 それを見て、ユーノは少し心配になった。

 最近はすっかり元気になった彼女だが、時々……以前のような周囲への遠慮を覗かせる時がある。

 恐らく、何かに悩んでいるのだろうことは、何となく判る。先ほどの彼女を見ている限り、それはきっと――。

「――フェイト」

「な、なに……?」

 どこか不安そうに、フェイトはユーノを見る。

 ……訊いてもいいのだろうか? これは、かなりデリケートなことだ。

 他人のユーノが、おいそれと訊いてもいいのかはわからない。でも、きっと彼女が前に進むためには何かが必要なのかもしれない。

 ただ、フェイトとリンディなら、そう遠くない先に必ずそれを見つけるであろう。なら、こんなところでユーノが出しゃばるべきではないのかもしれないが……しかし。

「良かったらでいいんだけどさ……もし、悩んでいることがあるなら、その……力に、なるよ」

 たどたどしく、ユーノはそう言った。

 もちろん、フェイトが拒否するようなら、この話はすぐに終わらせる。

「…………」

 けれど、もし。

 もしもフェイトが、ユーノに話してもいいと思うなら……その時は力になろう。

 そう決めて、ユーノはフェイトの言葉を待った。

「悩み――わかっちゃう、よね……あんなじゃ」

 顔を俯かせた彼女が口にしたのは、少し悲しそうな呟き。

 自分の不甲斐なさを嘆くような、そんな声色の響きは……ユーノの心にも苦しさを運ぶ。

「……たぶん、ユーノの思ってるそのままかな」

 ぽつり、とフェイトがそう零した。

 益々深くなる悲しみの色。

 自分を責め立てているような声を聞いて、どうしようもなく情けないとユーノは思った。

 当たり前だが、彼女の苦しみで一番苦しいのは、他ならぬフェイト自身なのだ。なのに、不躾に訊いた自分がそれで言葉を失って、優しい彼女を余計に困らせてどうする。

 せっかく、あんなに元気に笑えるようになったフェイトを。

 漸く、楽しい日々を――穏やかな日常を得ることができたフェイトを、憂に浸る過去に縛られたままに留める手助けをしてどうするのか。

 ユーノがするべき手助けは、そんなものじゃない。

 フェイトが抱えた憂いを、少しでも和らげられるようにすること……それが今、彼女に苦しさを思い起こさせたユーノのとるべき行動であり、何より友達への誠意と親愛の筈だ。

「わたしね……まだ呼べないんだ」

 吐露されていくのは、彼女が未だ囚われているある枷のこと。

 かつて母に捨てられ――それでもなお、母を愛した優しい少女の過去。

 向き合って、今を手に入れて。

 それでも、今がまだ心の底では幻のように感じる節を残す傷痕。

「……言おうと思っても、なんだか声にならなくて。凄く呼びたい筈なのに、わたしはまだ、それを恐がってる……こんなの、当たり前のことのはずなのに」

 苦しい。

 何よりそれを臆病に思う自分の弱さが哀しい。

 本当は、呼びたいのに。あの優しい人を――『母さん』って。

 だけどそれを口にしたら最後、まるで全て失うんじゃないかと、幻影の不安が襲う。

 ありはしないのに。

 絆を結んで、みんなと結んできた絆が途切れて、無くなるなんてこと。

「ごめんね」

 そうじゃない。

「ユーノ、せっかくウチに来てくれたのに……」

 違うんだ。フェイトに謝らせたいんじゃない。そんなこと、望んでる筈ないだろう? ――僕だって、なのはと一緒に君のことを、ちゃんと見て来たんだから。

「優しいね、フェイトは……」

 本当に優しい。

 自分を傷つけた人に、そんな言葉を掛けてくれる。

 強い心で、相手を思いやることを、フェイトはしっかりと身に宿してる。

「なのにごめん、謝らせるなんてことしたいわけじゃなかったんだ。少しでも、フェイトの気が和らげばと思ってただけなのに……余計に苦しませて、悲しいこと思い起こさせて、ごめん」

「……そんなこと、ないよ」

「……ありがとう。でも、傷つけちゃったのは、本当だから……一つだけ。ほんのちょっとだけ、話してもいいかな……?」

「……うん」

「良かった……」

 淡い笑みで二人は少し視線の先を交わし合うと、ユーノがもう一度口を開く。

「話っていうのは、そんな大したことじゃないんだ。ただ、フェイトがそんなに悩まなくてもいいって言いたくて……僕も、相手への呼び方がよく分からなかったから、尚更」

「……ぁ」

「僕も、両親がいなかったから……その、恩知らずかもしれないけどさ。誰かにさ、育ててくれた部族のみんなのことを伝えようとして、ただ家族っていう以外に、なんて呼んでいいか分からなかったんだ」

 父でも母でもない、家族。それ自体は悪いことであるはずは無いが、同時に自分だけの定まりを得られないということであると、第三者に伝えるという場面を経て、それを知った。

 繋がりは確かにあったが、だからこそ自分にとってそれだけで良かったのか? と問われた時、どう言えば良いのかが分からなくなった。

 そんなに哀しい想いだったのか、といえばそうじゃない。育ててもらい、共に支え合って生きてきたことは素晴らしいことだった。感謝こそすれ、恨む筋合いはない。

 少なくとも、フェイトが辿って来た半生に比べれば生温(なまぬる)いだろう。

 ……でもきっと、その時感じた想いや、抱いた寂しさは、近いものなんじゃないかと思う。

 その、〝分からない〟という形を得ない不安を、きっと二人は知っている。

 だからこそ、ユーノは彼女にこれを話した。

「自分だけのっていうのが無かったから……なんだか、よく分からなくて」

 どう呼べば良いのか、どう呼んで良いのかが、判らない。解らなかったのだと。

 

「だから、それはフェイトが弱いわけじゃないよ」

 

 きっと、誰もがきっかけを待ってるのだろう。

 人は、とてもとても臆病な生き物だから。

 近づくことが嬉しくて、結べた絆が温かくても……〝家族〟の一線を本当に越えるには、とても勇気がいる。

「簡単なことじゃないから、気に病まなくて良いっていうのも、少し変かもしれないんだけど――それでも、きっと大丈夫。フェイトは、きっと壁を越えられるよ。

 ――――君は優しくて、とっても強いんだから」

 絶対に大丈夫、そう言ってユーノはフェイトに柔らかな笑みを向ける。そっと手を握って、額の辺りで留める。

 まるでそれは、何かを祈るような仕草だった。

 これからの少女の生に幸あれと願うようであり、同時に……まるで自分の出来なかったことを、他者に味合わせたくないという神への嘆願のようでもあった。

 しかし、不思議な高揚がフェイトに流れこみ、ユーノの抱いた何かは知られることはなかった。

 ユーノの声が、フェイトの認識を優しく阻む。

 そして、温かく全てを包むように、フェイトに想い願いを届けた。

 焦らなくて良い、きっとその時は来るから――フェイトの心を溶かすように、ユーノの温もりが彼女の中に流れ込んで来るような気がする。

「…………ゆ、ぅ……の?」

 熱の高まりに合わせるように、静かにとくんとくんと、鼓動が少し早くなる。

 何なのかよく解らないけど、それは嫌なものではない気がした。

 なのはと闘った時に感じたあの静かな高揚とは少し違う、じんわりと染み込んで来るような、思い遣りの熱。

 ほんの少しだけ高まった体温と、ほんのり朱く色づいた白い肌は、結局ユーノがフェイトから手を離した後も治らず……寝るまでの間、妙にポカポカしたまま夢の中へ彼女を優しく誘ったらしい。

 

 

 

 ――――ただ。

 

 

 

 ほんわかとあたたかな高揚を得て安らかに眠りへ向かったフェイトと、

 今更ながら眠りの淵で女の子の手を軽々しく握ったことを少しばかり後悔しているユーノの裏で、

 

「ったく……あのフェレットもどきめ……っ! こういうのは兄の役割のはずだろうに……」

「まぁまぁ。こーいうのは共感出来そうな人の方が良いんじゃない? それに、あたし的には結構あの二人悪くないような気もしたんだケド――おにーちゃん的には不満ですかな?」

「当たり前だ……別に僕はユーノを本気で嫌いなわけでも認めてないわけでもないが、だからと言ってあいつがフェイトに軽々しく手を出そうとしてるのを黙って見過ごすのは兄としてどうかと思っただけで僕個人の感情も感傷も特に入ってるわけじゃないのであってだな――」

「あー、はいはい。おにーちゃんはタイヘンだー」

「おい、それはどういうこと――「あーはいはい、若い二人の邪魔しないよーに本部戻ろーねー」――また君は、良い加減僕を子供扱いするのはやめてくれ……(ぶつくさぶつくさ)」

 

 そんなことやってる兄と姉(こちらは的な、それか未来のがつくが)二人がいたり、

 

「あらあら……これはもしかしたらもしかするのかしらね♪」

 

 楽しんでその様子をこっそり見てた母親がいたりしたということを、

 

「――――(ほんわか)」

(あぁ、何やってんだろ僕……)

 

 寝床の中にいる二人は、きっとこれからも知ることはないだろう。

 

 

 

 ――そうして告げた祈りと共に、戦いの幕は上がり、新たなる乱戦の朝が訪れる。

 

 乱れ狂う嵐と共に、新たな出会いと思惑が交錯する中で、果たして彼女たちの得るものは何なのか。

 

 その答えはきっと、もう胸の内に刻まれている――――。

 

 

 



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√なのは Stay in高町家

 なのは√。
 これは、当時アンケートで前後編にすることになって、後から幕間を追加する形になりましたので、前後編になってます。


(こころ)の導き、果てなき絆の先に √_Ⅴ

 

 

 

 ――――それは、待ち望まれた戦いだった。

 

 長く、長く。待ち望まれた、そんな瞬間だったのだ。

 

 それは、

 

 

 ――ある出会いの日から。

 ――ある夜の雪の日から。

 ――無限の書架で交わした、約束の日から。

 

 

 ずっとずっと、待ち望まれたひと時だった。

 

 けれどそれは、まだ気づいていない想いで……まだ、その想いに色はないけれど……いつの日か、芽吹くための種はもう撒かれている。

 安らぎのひと時、最後の序章、絶望と希望の交響曲。

 静かに、穏やかで、熱く、眩しい旋律を、奏でていくための始まりの道。

 

 (みち)を示す、運命の光。

 

 数多の悲しみと慟哭を打ち砕いて来た、星の光が――――今再び、翡翠の光を掴み取る。

 

 

 

 ――――じゃーんけーん、ポン!

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 夕焼け空の下を、二人で肩を並べて歩く。

 大分ついた身長差に、ほんの少し時の流れを感じるが、今この時においては些細なことだ。

「〜〜♪」

「なのは、なんだか楽しそうだね。やっぱり、明日のエキシビションが楽しみ?」

「それもあるけど……今は、こうしてユーノくんと一緒に帰り道をこうして帰れるのが、すっごく嬉しいんだ」

 久しぶりに、隣に立つ少年、ユーノを傍らに感じることが嬉しい。

 二年前のあの雪の夜。彼が迎えに来てくれた日から、ようやく来たとさえ思えそうな、この帰り道。

 今日ここへ彼が来るきっかけを作った身としては、こうして彼が自分と共に歩いてくれていることが、どうしようもなく嬉しかった。

 笑顔のまま、なのははそっとユーノに問いかける。

「ねぇ、ユーノくん」

「何?」

「今日のお茶会、楽しかった?」

「それはもちろん。皆と久しぶりに話せて、とっても楽しかったよ」

「そっか……良かった!」

 ふふふ♪ と、嬉しさを浮き立てるように、なのははその場で軽くスキップをするようにして跳ねた。

 溢れる笑顔は、夕焼けの様に沸き立っている。

 なのはのそんな顔を見て、ユーノは微笑みながらそっと呟く。

「うん。とりあえず一つは見つけられたし、良かったよ」

 明日行くことになった《オールストン・シー》のことを考えつつ、ユーノはそういった。

 彼がこうして海鳴市(こっち)に来ることになったきっかけは、自分が夏休みにやりたいことを見つけられなかったところに、なのはがこちらで探してみてはどうかと提案してくれたからだった。

 程なくして、本日のお茶会の中で見つかった一つ目。

 楽しくなりそうな出来事は、まだまだたくさん待っている。

 でも、何故かなのははどこか不満そうに「えー、それだけ~?」と言って悪戯っぽく片目を瞑って、人差し指を口元に当てる様に立てると、まるで先生が生徒に問いかける様にユーノにそう訊いて来た。

「それだけ、って……?」

 と、そこまで言ってから彼はその理由に思い至る。

 判ったらしいユーノの反応に、なのはは満足そうにちょっと笑う。

「わたしたちのエキシビションと、私の家に来るの……楽しくない?」

 なるほど――言葉にされて、ユーノは合点がいったといった風に手をポンと打つ。

 彼女が口を尖らせていた理由を察して、彼は改めてなのはを見た。

「ごめんごめん、確かにそうだったね」

「うん、ならオッケーです♪」

 ご立腹だったなのは先生のご機嫌は、このやり取りですっかり回復したらしい。

 くるんと、先程のステップの時よりも、更に楽しそうにしているなのはのことが微笑ましくて、ユーノはクスッと笑う。

 その光景は、どことなく仲睦まじい兄妹のようでもあり、恋人のようでもあった。

 とても近い二人の距離を示す様に、夕焼けに彩られた帰り道を歩いていく光景は、とても微笑ましいものだった。

 

 そうして歩いていく中で、ふとユーノは思い出したようにこう訊ねた。

「……そういえば」

「??? なーに?」

「すずかの家から帰るのって、なのはたちはいつもバスを使ってた気がするんだけど……今日はなんで歩きにしたの?」

 何気ない疑問ではあったのだが、どうやらなのは自身、徒歩を選んだ理由は特に考えていたわけでもないらしい。彼女は、訊かれて初めてそれを思い立ったかのように考え始め、少しばかりの間を開けると、こういった。

「うーん。深い理由はないんだけどね? 時間も、わたしとユーノくんならいざとなったら飛べるし――あんまり気にしなくても良いかなぁって。だから、少しでも長く一緒に帰りたかったから……かな?」

「……そっか」

 こっちに留まるきっかけになったのは、アリサが言い出してヴィータが肯定してといった流れに押されてだったけども、そう言ってもらえるなら留まる甲斐はあった。

 勿論、仮に隣にいるのがなのはで無かったとしても、彼はその人と楽しさを共有するかもしれないが……やはりというか、彼女はユーノにとってほんの少しだけ〝特別〟と言って良い人だから……どうしても、熱が強くなる。

 胸の内で高まっていく鼓動。ほんのりと、薄く色づいた頰の熱さの原因は、何も夏の夕日の所為ばかりではないだろう。

「……なら、良かった……かな」

「? ユーノくん?」

 どことなく尻すぼみになる声を聞き、少し心配そうにしながら、なのははユーノの顔を覗き込んだ。

 覗き込まれ、少し心臓が跳ねるものの、どうにかユーノは落ち着き払って「大丈夫だよ」とだけ応えるが、それは返って逆効果だったかもしれない。

「…………」

 またしてもご機嫌は急降下。

「あー……その、えっと」

 もう少しハッキリ言っておけば良かったと、後悔しても僅かばかり遅かった。

 けれど、それも仕方がない。ユーノがほんの少し恥ずかしく思ってしまったのは、彼がなのはに対して持っている仄かな好意の所為もあるのだから。

 どうにも、なのはという少女は無邪気が過ぎる。

 それは子供らしいというのではなく、寧ろそのままの意味。

 相手に対する邪気を抱かな過ぎると言い換えても良いようなその気質は、彼女が他者の嘆きや哀しみに聡い反面、憂いの裏にある好意の種類に疎いような部分に通じている。

 良く言えば、分け隔てなく平等。悪く言えば、どうしようもなく色恋に限らず〝特別〟に鈍いのだ。

 

 例えば、家族。

 例えば、ユーノやフェイト。

 例えば、はやてやヴィータ。

 

 彼女にとって、

 家族は生まれてからこれまでずっと一緒に居る特別であるし、

 ユーノやフェイトは、ずっと欲しかった道標をくれた人と、初めて自分が救った人であり、

 はやてやヴィータは、魔法が絆を紡げると確信させてくれた人たちだった。

 しかし、そこから先にあまり彼女は意味を求めようとしない。

 繋がって、親しくなって、心が通い合っていることに満足してそれが揺るがないと信じている。

 それは正しく、ほんの少しだけ違う。

 少なくとも、自分の好意のそれと、なのはのそれとはやはり違うんだろう。だから、ユーノは少し言い淀んだ。勘違いしそうになったから、口を慎もうとした。

 しかし、その所為でなのはを心配させてしまったのは、ユーノのミスだった。なので彼は、次はもっとスマートに返せるようにと心に決めつつ、彼女に抱かせてしまった心配を取り除くために言葉を紡いでいった。

「ごめん……なんだが、心配させちゃったみたいで」

 やんわりと、自分の好意を霧散させていく。

 それが届くのは、なのはが気づいてくれた時でいい。自分から押し付けても、そんなのは絶対に良いことじゃないからと、ユーノは心の底に散らばったそれを沈めた。

「その、さ……なんていうかね?」

「……うん」

「僕もなのはと帰れるのは嬉しかったし、こういうのは久しぶりだったから嬉しくて。少し浸ってっていうか……それに、最初はこっちに留まるつもりは無かったから、アリサとヴィータが言い出してくれたのにも感謝しなきゃって思ってたから――」

 言葉が重なっていくのを感じながら、ユーノはなんだか、結局言葉の纏まりがなくなってきたような気がして来た。加えて、嘘ではないけれども、アリサとヴィータの名前を出したのは少し卑怯だったかも知れないという気もしていた。

 ……まあ、二人が名前を出されて怒るとすれば、その理由は名前を言い訳に出されたからと言うより、この二人の奥手さと鈍さに対してのものになるだろうが。

 兎も角、ユーノの紡いだそれは当たり障り無くなのはに伝わる。

 しかし、普段なら彼女もそれで納得してくれると確信を持てる筈のそれは、

「…………(むぅ)」

 なぜか届かなかった。

(あ、あれ……? なんか……益々機嫌悪くなった様な……?)

(アリサちゃんとヴィータちゃんばっかりずるい……最初に誘ったの、なのはなのに……)

 またしても、噛み合いがズレてしまった。

 普段はツーカーの仲だが、どうにもオフェンス・ディフェンスのバランスがバラバラになると、二人は空回りしてしまうらしい。

 ユーノはなのはが自分にそこまで特別さを持ってないと思ってるが、別にそんな訳でもなく、そもそも何かしら思うところがなければ『無限書庫(ユーノの職場)』に遊びに来たりもしないのだ。その上、最初に誘ったのが自分なのに、他の誰かに関心が向いてぼんやりされていては面白いとは言えないだろう。

 俗に言えば単なる嫉妬だが、残念ながらここでそれに気づいた人はいなかった。

 

(ど、どうしよ……なんか変なこと言ったっけ……? それとも、ぼっとしてた方がマズかったのかな……えーと、えーと……)

 

 焦り出すユーノ。

 どうしたものかと内心頭を抱えながら思案するが、数多の歴史の残した知識を統べる幼い賢者の頭脳も、こうなってしまっては形無しである。

 次に続けるべき言葉を模索しようとはするが、結局何も見つからない。(まさ)しく八方塞がり。今の彼の状況を例えるならば、檻に囲まれたフェレットと言ったところだろうか。

 動きを封じるのが得意な結界魔導師を、雁字搦(がんじがら)めにする砲撃魔導師。

 師弟でもある二人の勝負は、どうやらなのはに軍配があがったらしい。

 むすっとしているなのはの心境がわからず、心なしか弱腰でユーノは、彼女にこう訊ねてみようとした。

 すると、

「えっと、なのは。僕、何か悪いこと――『アリサちゃんとヴィータちゃんだけ?』――へ?」

 不意に言葉を重ねられてしまい、間の抜けた声を漏らす。

 その間にも、なのはは言葉を続けていく。

「……最初に誘ったの、なのはだよ?」

 そっと、まるで拗ねた子猫のように彼女はそう言った。思わずユーノは呆気に取られてしまうが、どうにか留まる。

「あ、いや……なのはにも感謝してる。ここに来るきっかけは、なのはだったし」

 一先ずそう言って、ユーノは平静になろうとしたが、なのははまだ止まらない。

 いつも通り、全力全開で自分の気持ちをぶつけてくる。

 

「じゃあ……わたしと一緒で、ユーノくんは……良かった?」

 

 ……それを聞いて、ユーノは悟った様な気分になる。

 やはり、ユーノはなのはには勝てそうもないのだということを。

 彼女が好意に疎い――なんて少しでも思っていた節は彼にもあったが、こうして素直に向けられてから気づく自分も相当だな、と思うユーノ。

 どこか固まっていたような心は程よく解れて行き、応えはすぐに出てきた。

「それはもちろん。いいに決まってるよ。それに、お邪魔するのは僕の方なんだし」

 僅かに、間が開く。

「…………」

 暫しの沈黙。

 急激に収束したなのはの不満顔に、ユーノは不思議そうに問い掛ける。

「――なのは?」

 けれど、彼女はその問い掛けに応えるより、ただ嬉しそうに微笑みを浮かべていく。

「えへへ……♪ そっか〜♪」

 それはまさに、嬉しさ満開、といったところだろうか。

 本当に、なのはは無邪気だ。そんなことを思いながら、ユーノは彼女と夕焼けの中を歩いていく。

 今度は、決して悲しませないようにと決めながら……近しすぎて、混戦してしまうこともある心と、そこにある確かな安らぎを感じながら。

 

 

 

 そうして仲良く並んで歩く二人を、夕日がそっと見送っている。

 これから始まる物語(あらし)と、その前にある一時の平穏の行く末が良きものであれと願うように。

 吹き荒れる騒乱の果てが、残酷な結末で終わらない様にと願うように――――。

 

 

 

 ――――嘗て、自分だけの〝価値〟が欲しかった少女がいた。

 何も出来ない自分ではなく、誰かのために出来ることを求めていた少女が……それが欲しいと願っていた小さな子供がいたのだ。

 けれど彼女は、したいこと、やりたいことは見当たらず……心のどこかに空白を抱えたままであるように、日々を過ごしていた。

 本当に、たった一つ――自分にしか出来ないことを求めて。

 過ぎゆく日々のどこかに、抑えきれない慟哭の(しずく)を落としながら、彼女は〝満ち足りた日常(しあわせなじかん)〟を過ごす。

 

 

 そして――空白を抱え続けたある日。彼女は、一つの出会いを果たした。

 

 

 その出会いを経て、彼女はその誰かに差し伸べたかった手を、前は差し伸べられずにいたその手を、差し伸べることが出来た。

 小さかったはずの彼女の手を、大きな翼に変えてくれる様な出会い。

 小さな偶然と運命が紡いだ、本来在り得ない筈だった大切な出会い。

 そんな、大きな出会いがあったのだ。

 それは、弱くて……小さかった少女の手を、誰かに届かせてくれるもので、どこかに抱いていた寂しさを埋めてくるきっかけになった物語の始まり。

 こうして始まった少女と少年の出会いが生んだ『魔法』。

 少女の『魔法』が、たくさんの悲劇や、数多の残酷な運命。溢れ出さんばかりの哀しみを、星の光が照らしていく――。

 

 

 

 

 

 

 在り方も、性別も、生きて来た世界さえ違ったはずの二人。だが、二人は確執もなく直ぐに自然と親しくなれた。

 (こころ)の在り方が近しいことを、一人の寂しさを、自分のせいで誰かが困ったり、苦しんでいる誰かに……届かない手の空っぽな感触を、二人は無意識の内に知っていた。

 だから、二人はお互いが大切な位置付けになっている。

 激しくも、美しくも、眩くも、決して劇的でないのかもしれないけれど。

 静かに、ささやかに、温かで、穏やかな……とてもとても〝特別〟な、一つの絆。

 それはきっと、二人にしかわからない『何か』で……長く長く、決して途切れない様な『何か』。

 きっとそれは、これからも途切れない。いつまでも空に輝き続ける光の様に、二人の繋がりは続いていくのだろう。

 

 ――――不屈の心、永久の絆で。

 

 そして、きっと二人は進んでいく。

 進むべき道を示した翡翠の輝きが、不屈の心が束ねた数多ある星の光を束ねた翼を導いて。

 運命の鎖を撃ち破る様に、まるで運命の鎖を手繰り寄せる様に。

 二人の物語は既に結びを迎え、この先へ繋がっている。

 

 吹き荒れる嵐の中でも、きっとその想いは潰えることはない。

 

 いつでも全力全開で、向かうべき前を向いて……守り抜きたい小さな幸せを思い続ける限り、自分だけの手では届かないことを忘れない限り、その翼は折れない。

 

 紡いでいく未来への物語は、もう既に始まっている。

 

 闇を照らす光の元に、光を包む闇はある。

 鏡に映る影の如く、迫り来る脅威。

 絶望は迫り、時は運命を運ぶ。

 

 ――――破滅を運ぶ女神と、生命(いのち)を喰らう悪魔と共に。

 

 いつしか叶う夢。

 幻想という名の儚い願い。

 だが、それは決して間違いなどではない。

 悲しみは消せない。忘れてしまったら、それはただの塵と消えてしまう。

 誰かが覚えているからこそ、その思い出はきっと尊い。誰かが誰かを悼むからこそ、その記憶はきっと温かい。人と人が交わり合うからこそ、与え合おうとするからこそ……人は苦しみ、そして立ち上がろうとする。

 しかし、もしも……悲しみに沈み、苦しさに溺れ、絶望の淵に立ってしまうことがあっても。

 痛みに濡れ、傷に晒されて、涙を流すだけで動けなくなってしまう時が来たとしても、恐れることはない。

 

 何故なら、人はその時こそきっと――――

 

 

 

 

 

 

 ――――未来(そら)へ飛び立つための『魔法(つばさ)』に出会うから。

 

 

 

 

 

 

 



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幕間 Stay in高町家 After_Time.

 √なのはの後編にでございます。



 帰り道で交わした小さな約束の後 Boy's_Come_Back.

 

 

 

 そっと扉を開いて、明るい栗色の髪の女の子と、亜麻っぽい金色の髪の男の子がその中に入っていく。

 仲のいい幼馴染の少年少女、高町なのはとユーノ・スクライアである。

 『高町』と表札に書かれた古風な門構えの日本家屋の民家。

 広い庭には、小さいながらも池と鍛錬用の道場までしつらえてあり、この国らしい要素がふんだんに感じられる。

 ここに来るたび、ユーノはなんとなく懐かしい様な思いを抱く。なのはと出会った『あの頃』を思い出すようで、なんだかとても温かい気持ちになるのである……。

 

「ただいま~」

 

 と、そんなことを考えている間に、そういって隣に立っていたなのはが門を開け、嬉しそうにユーノを手招いていた。

 彼女のそんな様子に自然と柔らかな笑みが浮かび、なのはに続いてユーノもまた門をくぐる。

「それじゃあ、お邪魔します」

 此方での礼儀である挨拶を口にするが、なのはは頬を少し膨らませ、人差し指を口に当てて彼の言葉を訂正する。

「だめだよ、ユーノくん」

「……ぇ?」

 少々驚いたようにユーノはポカンと口を開けて疑問符を浮かべる。

 何か、変なことを言っただろうか? と、彼は先の言葉を思い返してみるが、別段思い当たる節はない。

 が、

「邪魔、なんかじゃないよ?」

「ぁ……」

 なのはの言葉で疑問は氷解する。

 だからこそ、逆に思考はつまってしまうのだが……彼女は、そんな彼をそっと導くように言葉を紡ぐ。

「お帰りなさい。ユーノくん」

「あぁ、えっと――ただいま」

 結ばれた言葉と共に、二人は家の中へと入っていく。

 たまたまお茶会で起こった小さな諍い。

 それは、彼が海鳴市(こちら)で滞在する場所を巡るというもので……少女たちによってそれを巡り勝負(じゃんけん)が行われた結果、本日の彼の滞在場所はここ高町家に決まり、こうして温かな時間を生むこととなったのだった――――。

 

 

 

 ***

 

 

 

 門をくぐった二人が家の中に入ると、そこには三つ編みにした黒い髪を揺らしている眼鏡を掛けた女性がいた。

 なのはの姉である、高町美由希である。

「おかえり~、二人とも」

 軽く手を振り、妹とその友人である少年を出迎える。

「ただいま~、おねーちゃん」

「また少しお世話になります、美由希さん」

「そんな硬くならなくてもいいのに。まぁ、ゆっくりしていってねー……あ、そうだ! ねぇ、ユーノ。後でいいからさ、またフェレットに――」

 目をキラキラさせて、美由希はユーノにそんなことを頼み始めた。

 ユーノの肩に手を回して頼み込んでいるその姿は、どことなく年齢より幼く見える。そんなお茶目さも嫌いではない。けれど、彼女も友達のアリサ同様だいぶ撫で方が過激というか、結構もみくちゃにされるので微妙に困る。

 そんな彼の様子に、なのはが助け舟を出す。

「もう、おねーちゃんってばー。あんまりユーノくんのこといじめちゃダメっ!」

 ぷんぷん、と擬音が着きそうな面持ちで怒っているなのは。

 妹のそんな様子に、姉の方は却って面白そうにユーノに構いだす。

「えー、いいじゃない。なのははよくあってるかもだケド、私はそんなに会えないんだからさー」

 偶にはいいじゃない、フェレット分補給してもー。

 と、美由希は拗ねた様に零した。

「むぅ……でも、ユーノくんフェレットじゃないもん」

「あはは、まぁそりゃそうだ。でも、弟成分も一緒に取れるから、二度美味しくてやめられないんだよねー? あ、なのはも一緒に撫でさせてー」

 妹弟成分まとめてゲット~♪ なんて楽しげに言う美由希。二人まとめて抱き寄せて撫で回す彼女を見かねて、居間から一人の青年が姿を見せた。

「美由希。そろそろ、二人をからかうのもいい加減にしてやってくれ」

 苦笑を浮かべてやって来たのは、黒い髪と瞳ですらりと背の高い、とても優しそうな青年だった。

 彼の名は高町恭也。なのはと美由希の兄であり、高町家の長男である。

「えー、恭ちゃんまで二人の味方~?」

 まさかの兄の相手方への援護に、美由希は不満たらたらな様子で口をとがらせる。

「まぁ、流石に大人気ない場面を見て、見過ごせるほど俺も薄情じゃないさ」

 さらりとクールにそういってのける恭也。

 そんな彼に、美由希は「いもーとの味方はしないのにぃ?」と、相手の〝兄〟の部分に訴え掛ける手法に攻め手を変えてみたが、

「いや? ちゃんとしてるさ」

 いつもの剣の鍛錬の様に、

「へ?」

 その攻撃はあっさりと向こうのカウンターへと転換した。

「ほら、今の俺は二人の味方だ」

 そういって美由希から自身の方へ二人を引き寄せ、その肩にポンッと手を置いて、なのはの方を軽く顎で示す。確かに、恭也は今ユーノの味方であると同時に、ちゃんと妹(なのは)の味方をしている。

 言葉の上で美由希は恭也に勝てなかったらしい。

 がっくりと項垂れて、トホホと落ち込む美由希。

「……いいもんいいもん。どーせ、ユーノも恭ちゃんもなのはの味方だもんねー」

 ロリコン共め、なんて幻聴が聞こえるレベルで消沈している美由希に、さしもの恭也もちょっと引いた。

 あんまり落ち込んでいるので、ユーノは気の毒というか……そもそも自分が素直にフェレットになってあげてればよかったのだと思い、フェレットモードで美由希の肩に乗って首のあたりに優しく巻き付く。

「あー、ユーノは優しいねぇ……よしユーノ。私の旦那さんにならない?」

「いや、流石にそれはちょっと……」

「うぅぅ……やっぱりユーノもロリコン……」

「えっと、そうじゃないんですが……そもそも僕まだ十一歳なので結婚できないんですけども……」

 彼の言葉は間違っていない。

 ついでに言うなら、寧ろ美由希こそショタコンである。

 けれど、微妙に都合の悪い現実からは目を逸らしつつ、美由希はこんなことを宣う。

「…………そこはまぁ、愛の力(?)で」

「法律はさすがに捻じ曲げられませんよ……」

「じゃあ、どこか年齢制限なく結婚できる世界とか――」

「……無くはない、と思いますけど……そんなことの為に行かなくても」

「甘い、甘いよユーノ。女ざかりはねぇ……十九でも遅いんだよぉ……?」

 何だか、飛躍していく話とかなり真に迫った言い分に、ユーノは言葉を失ってしまう。

 何といっていいものやら、それが判らずに迷っていると、恭也が妹(大)の頭に軽く手刀(チョップ)を落とす。

「――ぁたっ!? なにすんの恭ちゃん!」

「子供になんてこと教えてるんだ。それに女ざかりなんて、何時の時代でもあやふやなものだぞ?」

 そういってユーノを彼女の肩から抱き上げて、恭也は「悪かった」と美由希に代わって彼に軽く謝罪をした。

「あまり気にしないでやってくれ。男日照りで、どうも飢えているらしいが、気を付けてれば問題はないからな」

「はは……はい」

「ちょっとぉーっ!?」

 恭也のたわごとを肯定されて、今度こそ地味に本気でショックを受けている美由希。

 その間も、男二人は仲良くしていた(今は片方フェレットだが)。……ちなみに、その後すぐにユーノが人間形態に戻ったあと、なのはがフェレットユーノに触れなかったことを残念そうに見ていたのは内緒である。

 その後、散々コントを繰り返していた子供たちに呆れた高町夫妻がやってきて三人を連れてリビングへと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 リビングに入ったあと、ユーノは夕食までの間に何をするかで少し悩んでいた。

「ユーノ。また少し、稽古やってみないか?」

「稽古でもいいけど、またお腹撫でさせてー」

「ねぇ、ユーノくん。一緒にゲームしよ」

「えっと……」

 いや、より正確にいうならば――何をしようかに迷っていたのではなく、どれをしたいかで迷っていた。

 お誘いはどれも嬉しいものではあるが、結局は誰かの申し出は断るわけなので、少々心苦しい。そのためどうするか悩んでいるのだが、答えは簡単には見つからないらしい。

 だが、決めないとそれはそれで時間の無駄。

 そこで得意の並列思考(マルチタスク)を全開にして考え、その結果この解答を導いた。

「――じゃあ、稽古の方を先にやって、夕飯の後になのはのゲームに付き合うことにします。美由希さんの提案は、その……時間の空いたところで……」

 一先ずそれでいいだろう答えを出すと、訊いて来た側も納得したらしく、頷いている。

「分かった。早速だが、道場の方へ行こう。美由希、なのはもどうだ?」

「オッケー。あ、でもユーノ。稽古終わったら、後で撫で撫でタイムだからねー?」

「たはは……」

 苦笑して道場へ向かう四人。

 だが、何となくなのはだけはちょっと落ち込み気味。

「ぅぅ……わたしだけなんか最後」

 兄と姉に連れてきたユーノを取られたような気になって、何となくそんなことを零す。

 帰り道でもあった、軽いモヤモヤが湧いてくる。

 たが、そんな面白くなさそうな妹を見て、姉の方は悪戯心を発揮していく。

「なのはってば、そんな落ち込まないの。夜の時間はたっぷりあるんだから……ね?」

「ふぇ?」

 ウィンクでもするようにして、意味深にいう美由希。

 そんな姉と、その話の中身について行けず、なのはは思わず呆けたような声を上げる。

 しかし、中身を知る恭也は美由希の茶目っ気を軽く咎める。

「おい、美由希……」

「ヤダなぁー、恭ちゃん。冗談だよ冗談」

 兄のお咎めもなんのその。

 ヒラリヒラリと躱していく所存の美由希だが、

「……なら良いが、あまり変なことを教えるな。まったく……そんなだから逆に日照りになるんじゃないのか?」

「うぐっ……」

 思わぬクリティカルヒットを喰らい言葉に詰まる。

 高町美由希、現在十九歳。〝彼氏いない歴=年齢〟街道真っしぐらな乙女であった。

「うぅぅ……だ、大丈夫だもん。いざとなったらユーノか恭ちゃんに貰ってもらうから!」

「ユーノは兎も角、俺は忍が居るんだがな。……いや、だからといって別にユーノを生贄になんてつもりもないが」

「ってだからちょっとぉーっ!? 生贄って何さ生贄ってぇ――!!」

 何処と無く今日は当たりのキツい兄のボケとツッコミに異議を唱えつつ、美由希と恭也の兄妹漫才が展開されているのを見て、何となくユーノは思った。

「そんなに焦るほどじゃないと思うんだけどなぁ……」

 美由希さん綺麗だし――と、そんなことを呟いているユーノに、傍でその声を聞いたなのはがどんな反応を示したのかは未だ定かではない。

 ただ、

「ユーノくん」

「どうしたの、なのは?」

「わたしも……あれ? えっと、何だっけ……」

「???」

「あ、でもでも! わ、わたしだってお姉ちゃんに負けないくらい大人になるから!」

「? うん……なのはなら、きっとなれるよ」

「うん! 頑張るからね!」

 こんな感じのやりとりがあって、美由希が当て馬という言葉を何となく思い返したというが、特に実害はなかった。

 

 

 

 清廉なる闘気を研ぎ澄ましていくような、張り詰めた空気。普段、主に二人の剣士が研鑽を重ねているこの剣道場は、次第に深まる夏の夕暮れと共に熱を放っていた。

 なのはが嘗て、何か大事なことに挑む度に心を静め高めるために足を運んでいた場所でもあるこの場所で――ユーノは今、恭也に鍛錬をしてもらっていた。

 

「――よし。それじゃあユーノ、今回は前と同じ、受け流しの技を少しばかりやろう」

「はい。よろしくお願いします」

 そっと一礼して、ユーノは恭也と向き合った。

 互いに竹刀を構え、暫し視線だけを交わし合う。

「はぁ――!」

 均衡したように平行を見せていた線が不意に途切れ、恭也の上段からの振り下ろしがユーノに迫る。

 迫る一撃をユーノも竹刀を合わせ応じて払い除けるが、恭也は攻撃の手を緩めない。

 上から下、下から上。斜めに、横に、突きに。

 次から次へ重ねられていく攻撃の手。ユーノは一切の反撃を封じられ、手も足も出ない。――否、手を出す必要はないと言い換えてもいい。

 何故なら、そもそもこうして拮抗しているだけでいいのだ。

 彼は戦う者ではなく守る者。故に彼にとっての戦いとは仲間を守ることに他ならない。つまり、彼自身は攻撃をすらよりも、いかに標的を捉えられるように誘導するかが要となる。

 最も、それは彼の本分である魔法による戦闘の話ならばであり、今ここにおいては、ただ受けるだけでは終わりはない。なので、一点を見極める力を磨くこと――敵の完全なる隙を生み出す一点を探ることこそ、この鍛錬の意味である。

「――そこ!」

 確信できたその一瞬でユーノは竹刀の受け合わせを攻撃に転じ、相手の隙を生み出すべく受け続け、その一点のみを穿ち、突こうとした。

 が、

「甘い!」

「うぁああっ!?」

 やはり熟練の技には敵うべくもなかった。

 結果、ユーノの竹刀は恭也には届かず返り討ちを食らってしまうことになった。

 二人が〝決した〟瞬間、

「それまでっ!」

 と美由希が鋭く制止の合図を出して、二人は完全に止まる。

 詰まるように身体に残っていた空気が外に出るのを待ちわびたように、ユーノは尻餅をついた体勢のまま息を吐く。

「――――ふぅ」

「うん。ユーノ、なかなか良かったぞ。書庫勤めで鈍ってるかと思ったが、そうでもないらしいな」

 汗を滲ませながら長い一息をついたユーノに、恭也はそういって労いの言葉をかけた。

「ありがとうございます……でも、やっぱり体力は落ちてるような気がします。それに、やっぱり魔法無しの状態だと攻撃を受けるのは、正直結構キツいです……」

 恭也の労いに、本音のままでそう零すユーノ。

 そんな彼に恭也は苦笑しつつ、こういった。

「はは。まぁ、ユーノは本来戦闘系ではないんだろう? それだけ反応出来れば十分さ」

 事実それは正しく、また〝反応をして防ぐ〟のはユーノが戦いが得意ではないからという部分に直結している。

 攻撃が出来ない・苦手な彼にとって、ただ漠然と戦ったのでは意味がない。そんなのはただの力の浪費、いつか尽きてしまうだけのその場凌ぎでしかないのだから。

 最も、恭也の弁の通り――本来戦闘系ではないユーノにとって、戦いとは本来の戦闘系魔導師たちから見れば、その場凌ぎでしかないものの域を出ないのかも知れない。

 なればこそ、その場凌ぎであるならば、その場凌ぎなりの〝戦う姿勢〟を見せるまで。

 守りの硬さを活かして……単独であれば自分を、共闘であれば仲間を〝生かす〟ような戦い方。敗北を単なる負けで終わらせない様な、そんな戦術。

 守るための戦い方を、ユーノは考えているつもりだったりする。

 初めてユーノが恭也に付き合って鍛錬をした時も、そんなことを学ぼうと思ったことが始まりだったらしい。

 その時から、なんとなく恭也はユーノのことを弟のように思っていたりもする。

 元々、妹たちを始めとして母も猫可愛がり(彼の変身形態はフェレットだけど)なのでいつかは本当にそうなるのかもしれないなとは思っていたりもするのだが……。

 視線の先に、床にぺたりと座って休んでいるユーノの隣に座って話しているなのはの姿を見て、まだまだその先は遠そうだなと恭也は思った。人のことは言えないが、なのはの距離間のベクトルはいわゆるそれとは違うことは判る。自身にもそんな経験があるためか、苦笑いでその微笑ましい光景を見守っていこうと思う恭也であった。

 それはともかく、

「しかし、なのはもそうだが……空戦魔導師という部類の手合いはやはり反応速度が高いな。三次元的な攻撃を受ける以上、その力は必要なのか……」

「そうですね。僕はそんなでもないですけど、フェイトあたりはすごいですよ? 高速機動型なだけに、フェイトの反応速度と攻撃の鋭さは凄まじいですから」

「ふむ――今度手合わせしてみるかな……」

「……おにーちゃんってば」

「恭ちゃん。別にやるなとは言わないけどさー、手加減下手なんだから、生身の女の子相手にあんまやり過ぎないでよー?」

「む……」

 妹たちからの呆れた声。

 とりわけ、その被害に遭いまくってる美由希の弁も含まれると、かなり実感が篭ってくるから不思議である。

 そんなこんなを経て、鍛錬の時間が過ぎていく――――。

 

 

 

 ***

 

 

 

 しばらくして鍛錬も終わり、その後〝ちょーっとだけ〟という名目で美由希に散々可愛がられたユーノは、これまた〝ちょっとばかり〟疲れた顔で夕食の席に着いた。

 そんな彼の様子をめざとく察知し、その顛末を訊いたなのはたちの母である桃子は、事の次第を聞くと苦笑しつつ彼にこういった。

「全く美由希ったら……ごめんなさいね、ユーノくん」

「いえ、たいしたことじゃ無いですから……大丈夫です」

「ありがとう。やっぱり良い子ねぇー」

 娘に遊ばれてしまったユーノのそんな言葉に、桃子の夫であり、この一家の大黒柱である士郎も妻同様に苦笑を浮かべた。

「はははっ。災難だったなー、ユーノくんも」

「もぉ、とーさんもかーさんも、揃いも揃ってユーノの味方なのー?」

「歯止めが効かなくなったお前が悪い」

「みんなして酷い~!」

 賑やかな食卓だが、美由希は本日はあまりついてはいないらしい。

 久しぶりに羽目を外しすぎて声を枯らしたカラオケの後の気分で彼女は、楽しかったけど後がキツい気分にさいなまれていくのだった。

 しかし、どれも本気でいがみ合ったりするわけでも無いので、食卓は笑顔の絶えない楽しい雰囲気と共に流れていく――。

 

「そういえば、明日だったかな? なのはたちが遊園地に行くのは」

 ふと思いついたように士郎がそう訊くと、なのはは嬉しそうに頷いて、

「今回はユーノくんも来てくれるんだぁ~」

 と、ニコニコ笑顔で応えた。

 娘の嬉しそうな様子に、父親としても嬉しくなる。

「そうか。良かったなー」

 笑顔を返してから、娘の笑顔の大本であろう少年の方を向いてこういった。

「ユーノくん、明日はなのはたちに振り回されるとは思うが、よろしく頼むよ」

「おとーさん!」

 あんまりな物言いに、なのはは抗議の声を上げる。

 隣の少女に悪いとは思いつつも、ユーノの答えはだいたい決まっていた。

「あはは……分かりました、明日はしっかりみんなのことをサポートします」

「ユーノくんまで……」

 同意を示されて、拗ねるような様子を見せるなのは。

 ユーノはどうして良いか分からず苦笑いだが、高町夫妻はそんな子供たちを微笑ましげに見ていた。

「(あぁ~、二人とも仲良くって可愛いわねぇ~♪ ねぇ、あなた。ユーノくんが新しい息子になるってなったらどう?)」

「(うーん……父親としては寂しいんだがなぁ……文句は無い、どころか寧ろ受け入れ体制はばっちりな当たりが複雑だなぁ……)」

 こそこそと内緒話を交わす高町夫妻。

 悩み出す夫を笑顔で見ている妻に、拗ねた幼なじみを宥めようとしている少年。

 この中で唯一その影の無い美由希は、目の前と傍らで展開される糖度高めなワンシーンに少々げんなりしていた。

「恭ちゃん……」

「皆まで言うな。まぁ、いつものことだろう? 偶々今日は一組増えただけさ……」

 さしたる動揺も無く、平静なままである兄。いつもなら構ってくれるのに、今日は援軍は無いらしい。

 美由希はため息を一つつき、自分にも春が来ることを、そして妹の春が自分にも少しは風をもたらして欲しいなぁー等と願いつつ、手近に在るサラダのトマトを口に放り込むのだった。

 

「なのは……だからごめんってば」

「…………」

「ねぇ、なのはってば……」

「……わたし、頼りなくなんてないもん」

「あー、いや。士郎さんのはそういう意味じゃ無い思うんだけど」

「……だって」

「もう、そんなに拗ねなくても……そろそろ機嫌直してよ。僕に出来ることならなんでもするからさ」

「! なんでも?」

「え……あー、うん。いいよ?」

 その言葉に、珍しく食いついてきたなのはにユーノは少々戦くが、自分程度で彼女の機嫌が直るなら別に良いかと次の言葉を待つ。

 ユーノのそんな様子に、桃子は「あらあら~」と楽しそうにしており、士郎の方は何かを思い出すように乾いた笑いを零す。二人とも、何か身に覚えがあるんだろうと兄姉の心中が重なった瞬間、なのはのお願いが決まったらしい。

「じゃあ――明日、《オールストン・シー》で一緒にジェットコースターか観覧車乗ろう」

「そんなことで良いならお安いご用だけど、良いの? それだけで」

「うん。でも、絶対だよ?」

「それは勿論」

「ふふふ♪ ならオッケーです♪」

「そっか。なら良かった」

 幼ながらも、自覚の薄い部分は在りながらも、なんとも仲睦まじい二人の様子に周囲は思わず笑顔に。

 ……ただ、その後の反応は人それぞれであったのだが。

 

「ねぇねぇ、あなた」

「な、何だ?」

「明日、お店終わったら夜の遊園地でデートしましょ?」

「そ、そそそ、それは流石に拙いだろう? 第一、子供たちのことを放って置くわけにもいかないしな……」

「えー、良いじゃないですか。夜の部は子供たちみんなホテルにいますし、別に完全放置なんてわけでもないんだから。ね? ね?」

「う、うーむ……」

 

「ねぇー、きょーちゃーん……?」

「……悪いが、俺は明日は前に言ったとおり、みんなと《オールストン・シー》には行けないんだ」

「――――忍さん?」

「……まぁ、端的に言えば」

「うぅぅ……みんなしてズルい……」

 

 こんなやりとりもありますが、高町家は本日も往々にして通常運転。

 ――詰まるところ、とっても平和なのでした。

 

 

 

 ***

 

 

 

 夕食後、桃子は片付け、士郎は明日の仕込みの確認のために一度翠屋へ向かい、恭也と美由希は夜間の鍛錬へ……そして、なのはとユーノは夕食前に交わしたやりとりの通り、一緒にゲームをして遊んでいた。

 

 二人は、かなり人気のあるシューティングゲームで遊んでいたが、やはり実戦の経験があるためかなのはは上手かった。

 ユーノもそれなりの腕を見せていたのだが、空戦魔導師として一線を風靡しているだけあって、未来のエースはなかなかの腕前を魅せてくる。けれど、それも一転。パズルやクイズゲームの様に思考や過程そのものが問われるジャンルではユーノが圧勝。十一歳で『司書長』を任せられている聡明さは伊達では無い。

 二人は切磋琢磨するように、楽しんでゲームを続けていく。

 

「……わぁ」

「あ、これでクリアなのかな……?」

「ユーノくん、すごい……」

 初めてやるはずのパズルゲームの四連消しやら、弾幕の間を抜けていく軌道のパターンを把握するユーノの覚えの早さに舌を巻いて、なのはは呆けたようにそう言った。

「そうなのかな? でも、楽しいねこれ。面白いよ」

「なら良かった〜。じゃあ、次はこれやろう?」

「うん」

 次に選ばれたのはアクションゲームで、好きなキャラクターを選択して闘わせるオードソックスなもの。

 それぞれが、これはと思ったキャラを選び《phase 1 engage!》のアナウンスと共にバトルが始まった。

 暫くの間、コントローラーを押す音と、二人の「おっと」「そりゃ」「わっ」などと言った、キャラとの擬似共振によって発せられる声だけがリビングに響く。

 

 ――そして。

 

「――あっ!?」

「やった――!」

 と、そんな声と共に、ゲーム内での決着がついた。

 勝者はなのは。奇しくも、そのバトルは彼女と彼のそれと同じ――攻撃型のキャラと防御型のキャラクターによるもので、ユーノの堅実な戦いを、なのはがどうにか撃ち崩しての勝利というものであった。

 どこととなく現実に対比するようで、なのははやっているうちに操作にめっきり模擬戦をやらなくなったユーノとまた勝負しているようで、何時の間にか熱中してしまったのである。

「負けちゃったなぁ……勝てると思ったのに。強いね、なのは」

「えへへ〜♪」

 互いに思わず篭った熱を逃がすように他愛ない談笑をしていると、不意に背後から桃子の声が二人を呼ぶ。

 

「二人ともー? お風呂開いたから、どっちか入らない?」

 

 その声を受けたなのはは、ユーノに先が良いかあとが良いかを訊ねてみるが、ユーノは先でもあとでも良いらしく、任せるとだけいって彼女の判断を仰ぐ。

 別になのはも、先か後かに思うところはない。なので、うーんと一瞬だけ間を置いて、お客様のユーノくんからどうぞと言って彼を優先することにした。

 彼の居なくなったリビングで、台所にいるであろう母の音を聞きながら、一人でぼんやりしているのが少し手持ち無沙汰に思え、テレビでも見ようかとリモコンに手を伸ばす。

 スイッチを入れると、丁度やっていたのは例の《オールストン・シー》の特集で、あそこに関する詳細なことが色々と取り上げられていた。暫く明日の予習でもするような気分で見ていたが、特に何を言い合うでもなく一人で見ているだけなので如何せん退屈である。

 台所では依然桃子の片付けの音がしていて、どうせなら手伝おうかとソファから立ち上がろうとしたその時、ドアが開いて兄と姉が戻って来た。

 

「あら? 二人とも、今日はちょっと早かったのね」

 いつもより少し早めに戻ってきた息子たちに桃子はそういって声を掛けると、恭也も母の言葉を受け、それに応える。

「ああ。俺は明日出るし、店は父さんと美由希に任せることになりそうだからさ。今日のところは早めに切り上げだんだ」

「そうなの。……というか、恭ちゃんがさっきからケータイの画面気にしてることの方が原因な気もするけどー」

「あらあら〜♪」

 大まかに説明をした兄の言葉を補完する美由希。そんな娘の言い分に、桃子はどこか楽しそうにはしゃぐ様なそぶりを見せる。見た目が若いだけに、その姿はどこか少女のようでもあった。

 しかし、それを向けられた側はその流れは苦手らしく、

「母さん……それに美由希も。別に、そんな大したことじゃ無いよ」

 と、少々ぼかした言い方でその場を濁す。

 最も、桃子も美由希もさして本気で問い質すなどという気はないので、一度そこで幕を引き、流れた話題の空白を埋めるべく、次の話題が流れ込んで来た。

「あれ? そういえば、とーさんとユーノがいないような……」

「確かに居ないな。二人は?」

「おとーさんはちょっとお店の方に。明日私たちいないから、その分の確認も兼ねてね。ユーノくんの方はさっきまでなのはとゲームしてたけど、お風呂沸いたから今入ってるわ」

「なるほど。それでなのはがつまらなそうにしてるってわけだ」

 その声に、ソファに隠れて見えないが、まるで草むらに隠れたウサギの耳の様に覗く二本のおさげがぴょこんと跳ねたのが分かった。

 くすくすと笑う母と兄に、きっとあの向こうでは、ちょっと拗ねた様子のなのはがいるだろうことは、殆ど間違いない。

 しかし一方、美由希の方は何やら考え込む様に顎に手を当てている。

「ふーん……ユーノ、今お風呂なんだー」

 彼女の悪戯っぽい声色に、その場にいた全員はきっと何をしようとしているのかを瞬時に悟ったことだろう。

「それじゃあ、私も入っちゃおうかな〜♪」

 ニヤニヤと笑みを浮かべながら、美由希は楽しそうにリビングを出ようと扉の方へ。

 恭也と桃子は呆れ、しかし十九歳と十一歳なら別にいいかと思っているのか、止めはしない。……ついでに、ユーノが見た目中性的というのが拍車をかけている。見た目的な意味ではそこまで違和感がないのが困りものだ。

 しかし、唐突なそれに、この場で一番動揺したのはなのはである。

「だっ、ダ――――!」

 メ、と先に続くよりも早く、そのドアは開かれた。

 タオルを頭から被るようにして髪を拭きながら、ユーノが戻って来たのである。

 瞬間、場の空気が固まった。

 しかし、当の本人はリビングで展開されていた事の顛末を知らないので、当然の如く不思議そうな顔でポカンとしており、何だかよく判らないユーノは、一先ず当たり障りのない言葉を口にして皆の反応を伺うことにしたらしい。

「あー、えと。……上がりました?」

 と、首を傾げつつそう言って、皆の顔を見る。

 この中でも、桃子はさしてタイミングを逃したわけではなかったため、ユーノにお湯加減のことなどを訊いて妙な空気を洗い流し、固まった娘たちの解凍作業の手助けをする。

 恭也の方はというと、ユーノのタイミングが良かったのか悪かったのか判らず曖昧な笑みを浮かべていたが、未だ不思議そうな顔をした彼の頭を撫でてやる。少なくとも、別に何か大事な話の腰を折ったなどでは無いと暗に告げるように。

 その真意を読み取ったかは定かではないが、ユーノは少し長さを増した亜麻色がかったブロンドに隠された目元を緩ませた。

 元々の少女っぽい印象が逆に強まり、何だか恭也はつい数時間前に共に剣を振るった少年の姿を、目の前にあるにも関わらず忘れそうになるが記憶を押し留めてその上書きに耐える。

 そうして変な上書きの感覚から気を逸らすついでに、次に誰が入るか? という部分についても解決しておくべく、恭也は妹たちに訊ねる。

「――で、次は誰が入るんだ? 俺は最後でも構わないが、二人はどうする?」

「あー、なんかもうタイミング逃した感じ強いから、元々の順番でいいや。なのは〜、お次どうぞ」

「ふぇ……あ、は……はい」

 すっかり歯車がズレたような気分の美由希は妹に先を譲り、溜息のまま部屋へ。なのはもなのはで、先ほどの焦りにも似た気持ちの詳細が頭が冷えてくるにつれて判らなくなり、何処か拍子抜けしたようにふらふらとお風呂場へ向かっていく。

 結果、リビングには恭也とユーノ、そして桃子が残ったのだが……彼女はふと思いついたように何かの準備を始めてしまったため、恭也とユーノはリビングで談笑をすることに。

「――それで、その区画ではベルカと呼ばれる時代の騎士たちの戦いの記録が……で、王たちはそれに伴って――――」

「興味深いな……異世界の剣術か。シグナムさんとは一度手合わせしたことがあるが――」

 などと、少年同士の語らいの様であったが、キッチンから甘い匂いが漂ってくると恭也は少し焦った様に立ち上がる。

「……ユーノ、すまないが少しやりかけのことを思い出した。また後でそれについてもう少し詳しく聞かせてくれ」

「? はい」

 その返事を聞くや否や、恭也はそそくさと部屋へ戻って行く。どうしたんだろうと思わなくもなかったが、言葉を額面通りに受け取ったユーノにはその奥の答えには辿り着けなかっただろう。

 因みに彼は甘いものが苦手だが、それは嫌いだからではない。その理由とは、単純に桃子が試作品の味見を子供たちにさせていたからである。長兄である分、恭也は美由希より沢山量があったこともあり、すっかり甘いものに晒されたトラウマが出来たのである。

 加えて、バイトのチーフであり恋人である忍と、母である桃子に、ここ最近の間デザートの味見係をやらされていたことなど、ユーノは知る由もない。

 歴戦の剣士も、母のパワー――もとい、その腕前と探究心の前には形無しであるらしい。

 しかし、ユーノはそんなこともなく、普段から頭脳労働がメインのため、糖分摂取は望むところである。

「二人共~……あら? 恭也は?」

「何かやりかけのことを思い出したそうで、部屋に戻りました」

「そうなの? それじゃあ、なのはの分は上がってきたら改めてということにして……はい、まずはユーノくんがどうぞ」

「あ。ありがとうございます」

 にこやかに差し出されたカップを受け取って、ユーノはその中を覗き込む。

 クリーミーなミルクの中に、焦がされた砂糖の色が良いコントラストを描いているそれは、桃子が得意とするキャラメルミルクだった。

「召し上がれ♪」

 楽しそうにそう促して、桃子はユーノの第一声を待つ。

「はい。いただきます」

 そう言うと、ユーノは甘い香りと共に微かな苦味が香る、夏用に冷やされたらしいキャラメルミルクを口に含んだ。

「美味しい……」

「ふふっ、良かった。我が家の自慢のレシピ、ユーノくんにも満足してもらえたみたいね~」

 ご機嫌でそう言いながら、キッチンに戻っていった桃子。その背中を目で軽く追いつつ、優しい味で心を包むようなキャラメルミルクをコクコクと飲んでいく。

 なのはが好きだと前に言っていたのも頷けるそれに、ユーノの味覚はちょっとばかり夢中になっていた。

 やがてカップは直ぐに空になり、満足げに「ふぅ」と息が抜けていく。

 今度は冬に飲んでみたいなと思いつつ、ユーノはぼんやりと満足感に揺られたままソファに身を預けた。

 脱力していく身体が、コテンと横になった軽い衝撃を感じつつ、うつらうつらと夢の世界に誘われる。けれど、このまま寝てしまうのは駄目だろうと意識の隅で声がするものの、ユーノは結局旅立ってしまう。

 こうして、彼が平和そうな寝息を立て始めた頃。

 

 穏やかな気分だった彼とは裏腹に、お風呂場に行っていたなのはは、どことなく良く分からないモヤモヤを感じていた――――

 

 

 

 ***

 

 

 

 カポーン。

 そんな温泉の様な、或いはししおどしの様な定番の音などが立つこともない、ごくごく普通のお風呂にて。

 なのはは少しばかり眉を寄せて、自分で判らない感覚を反芻し続けていた。

 

 ――さっきの、なんだろ……。

 何時もならば、悩みだって溶かし出してくれる温かいお湯の感触の中……なのはは、ふとそんなことを呟いた。

 美由希がユーノとお風呂に入る、と言ったときになんだかとても嫌だと思った。

 つい二年前まで、自分もさして気にしていなかったことなのに……どうしてか、とても嫌だと感じた。

 勿論、本来彼は人間であるのだから、二年前もフェレット形態とはいえ認識の齟齬が晴れた後も一緒に入っていたのは、もしかしたらダメだったのかもしれないけれど、二人はあの時既に家族同然だった。それを嫌だと思ったことはない。寧ろ、ユーノがいたからなのはを取り巻く環境は全ていい方向へ変わっていったのだといってもいい。

 

 ――独りぼっちの寂しさ、自分が誰かの役に立てない辛さ、確かな確信の持てない時間。

 

 その何もかもが、『魔法』に出会って変わったのだ。

 しかし、なんだか今日はおかしい。どこが、といってもなのは自身、まったく見当がつかないのだけれど……ユーノが、自分以外の人と一緒に仲を深めるのが……なんだか、とても嫌だと思ってしまう。

 でも、それはいけないことだ。

 誰かを傷つける事にもなる、よくない心。

 誰かを、嫌いになってしまうような感情。

 そんなもの、持っていても、有ってもいいことなんて無いと解っているのに。

 ……それでも、心のどこかが納得していない。

 

 判らない。

 自分の気持ちが分からない。

 

 なんでこうなるのか。

 どうしてこんな風に思えてしまうのか。

 まるで二年前の、何も出来ない無力な自分に戻ったような感じがする。

 彼に託された不屈の心、運命を切り開く星の光は、今はなのはが進むべき道を示してくれない。

 だから、解ろうとするなら――――。

 

 

 

 それは、ユーノ本人ともう一度向き合ってみないと分からないことだろう。

 

 

 

 思い立つや否や、なのははお風呂から上がって手早く身体を拭って着替えを済ませる。

 そのままリビングへ向かい、そこにいるであろうユーノの元へ飛び込まんばかりの勢いだった彼女だったが、

「ユーノくん! ……あれ?」

 しかし、返事をしてくれるはずの彼はいない。

 いや、それは正確ではない。

 お風呂から上がった自分に声をかけてきた桃子が、それを教えてくれた。

「あらなのは。上がったの? じゃあコレ、飲まない?」

 差し出されたのは、なのはの好きなキャラメルミルク。夏用に冷たく作られたものを受け取った。

「それじゃ、温くならないうちに飲んでね。さーて、それじゃあ美由希と恭也にお風呂空いたって言ってこないと……」

「え、あ……わたしが行くよ?」

「いいのよ。ちょうど片付けも終わったし、それになのはは、ユーノくんと一緒に居たいんでしょ?」

「う、うん……」

「ふふ。まぁ、今は寝てるみたいだから、起こさない方がいいかな。ぐっすりみたいだから」

「……ぐっすり?」

 リビングから出ていく母の言葉を背中越しに聴きながら、なのははソファを見る。確かに、どこへ行ったでもなく彼はいた。

 ただあまりにも、静かだったので気づかなかったが、眠っているだけでそこにはいた様だ。

 安らかな寝息を立て、ソファに髪の毛を泳がせたまま眠ってしまっている。

 せっかく話したいことがあったのに、と、なのはは一瞬思った。

 が、そんな心中とは裏腹に、既に心の中は晴れ模様に変わってしまう。

 幸いというのか何というのか、ここにはなのはとユーノしかおらず、他には誰もいない。そのことが、ほんの少しくすぐったい様な高揚を呼ぶ。

 ユーノの無防備な姿、それを見るだけでモヤモヤはどこかへと霧散していく。

 それは、仕方ないなぁと弟の世話を焼く姉のようでもあり、兄の寝姿を見て甘えたくなる妹のようでもあると同時に、不摂生な夫に呆れながらも世話を焼く、甲斐甲斐しい妻のようでもあった。

 よく見る両親の一場面と自分たちを無意識のうちに重ね、知らず知らずのうちに口角が上がる。

「ふふ……」

 漏れ出す笑い声も抑えないまま、ユーノの元にそっと歩み寄っていく。

 起きる気配はなく、良く眠っている。そんな、何もかも晒した様な無防備な一時。

(ユーノくんには、わたしがいないと――ううん。わたしとユーノくんは、こういう時、一緒じゃないと)

 ユーノはよくなのはのことを守ってくれる。

 フェイトやヴィータ、はやてたちだってそうだ。

 だが、なのはが誰かを守りたいと思えるようになったきっかけは、ユーノだった。

 一番初めに、本当の意味で『高町なのは』を必要としてくれた人。

 なのはが進むきっかけは、たくさんの絆を結べたきっかけは、彼の助けを求める声があったから。

 だから、なのはは今も進み続ける。

 自分の力で、魔法で。誰かが抱いている悲しみや苦しみを、ほんの少しでも和らげられるように――。

 

「――わたしの魔法が届くところにいるなら、私は守りたい。これまでも、これからも……ずっと、ずっと」

 

 取り溢すことなく、全部を。

 手を伸ばすことで、絆が繋がっていくことを感じさせてくれたユーノの様に。

 初めて想いを伝え合うことで、互いに救い合えると教えてくれたフェイトの様に。

 きっと最後には、必ず想いは通じるのだと、そう信じることの出来たはやてたちの様に。

 そうして抱いた、夢や願い。

 なのはの願いは、美しくも傲慢である。

 彼女は知らない、たった一人の限界を。

 一人きりで全てを護ることは出来ない。

 何故なら、人はとても脆いモノだから。

 それを知る日まで、彼女は分からないままだろう。しかし、人は往々にして知らねばならない。

 その限界と、もう一度立ち上がるための信念。

 自分が、進みたいという気持ちを――貫くことが出来るかという、根底の問いかけへの応えを。

 

 ――今はまだ知らない。

 幼い二人は、まだまだ知らない。

 与えてしまったことと、手にしてしまったこと。その両方の苦しみが、どんなものであるのか。

 まだまだ無垢なままに、二人は知らない。

 希望や理想がそこに在って、小さな子供の夢が手を伸ばし続けている。大人になったとき、手を伸ばせば届くだろうそこは、未だに遠く、辿り着く者を容赦なく隔てる壁となって道を塞ぐ。

 

 

 けれど今は、まだいいのだ。

 

 

 飲み干された空のカップが、テーブルの上で照明の光を反射する。

 微睡への一杯に(いざな)われ、なのははユーノの隣で寝こけてしまった。幅が広いため、互いに激突するようなことこそなかったものの、なのはの手は完全にユーノの腕を握りこんでしまっていた。

 そんな二人を、後ほど店から戻って来た士郎が見つけ、桃子と一緒にどうするか一考。

 が、一考するも虚しくなのははユーノから手を離さない。ほとほと困り、かといって起こすのも子供可愛さ故に気が引ける。

 しょうがないので、和室に布団を敷いて二人を寝かせることにした。

 ……なのはのベッドにまとめて放り込むことも考えなくもなかったが、流石にそれはしないのは当然であるが。

 

 そして、二人を運び終えた後で、高町夫妻はこんな会話をしたという。

 

「……にしても、ここまで離さないのも珍しいな……いつ以来だったかなぁ、こんなのは?」

「あら、覚えてない? この子、昔っから時々すっごく頑固なところがあって……赤ちゃんの時、ずーっと私たちから離れなかった時あったでしょ?」

「そんなこともあったか……」

「子供って、本当に直ぐ大きくなるのよね……」

「親離れかぁ……さみしいなぁ」

「あら、そうなれば息子が増えるじゃない♪」

「それもそうだが、やっぱり少し悲しい様な……」

「分からなくもないけど……私たちも、そうやって一緒になれたんだもの。他の道を塞いじゃダメ。実の娘でも、どんなに遠い他人でも、きっと……その想いは潰しちゃダメなものだから」

「……そうだな」

 

 新たな未来は、もう始まっている。

 運命の回転針(ルーレット)を回し、進む未来へと向かって行く。

 抗うか、退くか、その選択は個人の自由である。

 とはいえ、何にもならない定めはなく、何時しかその路を辿り進むことになるだろう。

 動き出した小さな嵐は、穏やかな日常を一変させ、災厄の渦へと世界を巻きこんで吹き荒れていく――――。

 

 

 

 

 

 

 ――――こうして、また一つの物語が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 



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《本編 Reflection IF》 第一章 始まりの朝、模擬戦開始

 ここからがこのシリーズの本編となります。
 基本的にはReflectionをなぞるように進んでいきますが、ユーノくんが加わったことで所々の変更が起こっているので、そういった部分を楽しんでいただければと思います。


 エキシビションマッチ――in八神家

 

 

 

 朝日に輝く水面が波立ち、海を鳴らす風の存在を伝えてくれるような、穏やかな朝の海辺の公園を、二人の少女が駆け抜けていく。

 二つ結びにした明るい栗色の髪をシニヨンのようにまとめた少女と、鮮やかな金色の髪を腰の先あたりで結んでいる少女――高町なのはとフェイト・T・ハラオウンの二人だった。

 二人は今日も今日とて、魔法の練習。元気一杯、友達との楽しいトレーニングである。

 たたたっ、と楽しげに駆けていく二人へ駆け寄ってくる三人目の少女。

 バツ印のようなバレッタで前髪を止めた茶髪のショートヘアで、ほんわかとした雰囲気を放っている少女、八神はやてである。

「なのはちゃん、フェイトちゃん。おはよ〜」

 見た目どうりの柔らかな挨拶をしたはやてに、なのはとフェイトも挨拶を返す。

「うん。おはよう、はやてちゃん」

「おはよう、はやて」

「はい、おはようさん。挨拶も済んだところで、早速わたしの家に行こ。今日のために、シャマルが準備してくれとるからなぁ」

「「うん!」」

 そして三人は足並みを揃えて、はやての家まで走っていく。

 本日の練習では、はやての家での早朝エキシビションが行われることになっていて、夜天の主であるはやての守護騎士で、結界・治療系の魔法のエキスパートであるシャマルがステージを用意してくれている。

 それに加え、今日はお客さんが普段に加えてもう一人。

 なのはに魔法を教えてくれたユーノも、今日は観客として参加している。

 そのためなのはは、いつもより気分上昇中なのだ。

「――ふふっ♪」

 嬉しそうに微笑むなのはに、はやてとフェイトも嬉しそうに微笑み合う。

「嬉しそうやなぁ、なのはちゃん」

「最近はユーノに魔法見てもらってなかったからね。多分、それで……」

 友達が張り切っていると、なぜだか引っ張られてしまうものだ。

 高揚した足取りのまま暫く走っていると、いつの間にか八神家に辿りついていた。

 玄関を抜け、家の中へ入るとシャマルが出迎えてくれた。

「ただいま〜、シャマル」

「お帰りなさい、はやてちゃん。なのはちゃんもフェイトちゃんも、いらっしゃい」

「こんにちは、シャマル先生」

「お邪魔しま〜す」

 いつも笑みを絶やさないシャマルに出迎えられ、三人は嬉しそうに中へ入っていく。

 リビングへ差し掛かると、そこにはシャマルと同じ守護騎士のヴィータ、シグナム、ザフィーラがくつろいでいた。

「ただいま、みんな」

 はやてが三人に声をかけると、ヴィータは嬉しそうに無邪気に。年長者二人は厳格に出迎えの言葉を口にした。

「おかえり〜」

「「お帰りなさい」」

 そうやって挨拶を交わしたはやてに続いて、なのはとフェイトもリビングへ入る。

「こんにちは〜」

「お邪魔してます」

 二人が挨拶をし、シグナムたちもそれを出迎える。

「なのは、テスタロッサも。よく来たな」

「よーっす、もうみんな上に来てるぞー?」

 ヴィータは上を指差してそう言うと、なのはたちについていく。

 リビングにはシグナムとザフィーラが残り、シャマルとヴィータで三人を上の扉へと促して階段を上っていく。

 その途中、

「あ〜あ、ヴィータちゃんも参加できたらよかったのにね」

 と、残念そうになのはがいうが、ヴィータはそんな彼女にこういった。

「そうゆーなって。新装備のテストマッハで終わらせて、シグナムたちも連れて《オールストン・シー》には行けるようにするつもりだしさ」

 ヴィータがそういうと、シャマルも「私やザフィーラも、なるべくそのつもりだものね」と続く。

「そーそ、アルフと一緒ならそんな固くなりすぎもしないだろーからなぁ」

 八神家の面々には、しっかり昨日の月村邸でのお茶会の内容が行き届いているらしい。

 いつもながら、コンビネーションは抜群のようだ。

 そうこうしているうちに、件の扉の前についていた。

「だから後のお楽しみってことにしといて、今は楽しんでこいよ」

 ヴィータはなのはの肩を叩くと、その背を押して扉の中へと彼女を送り出した。

 それを受け、なのはも意を決めたとばかりに「うん! じゃあ行ってくるね」とにこやかにその中へと飛び込んでいく。

 それに引き続き、

「ほんなら、ヴィータもシャマルもお仕事頑張ってな〜」

「それじゃあ、いってきます」

 はやてとフェイトが飛び込んでいく。

 そうして手を振って別れ、三人は暫く変則的な異空間を泳ぐように進んでいくと――その先に出口を示す光明が見えた。

 

 

 

「「「――よっ……と」」」

 

 

 

 三人が異空間を飛び出すと、そこには懐かしい光景が広がっていた。

「ふふっ、今回は海上の市街地ステージにして見たよ」

「うわぁ〜!」

「なんだか、懐かしい感じだね」

 はやての言葉に、なのはとフェイトが興奮したようにそのステージを見渡す。

 それもそのはず……ちょうどそこは、なのはとフェイトが初めて本気の勝負をした場所とそっくりな風景がそのまま広がっていた。

 

 暫くそれを眺めていたが、不意に後ろから声をかけられる。

 

「やっほー。なのは、フェイト、はやて」

 フェイトよりも色の濃い金色の髪を、上で短くツーサイドアップにした気の強そうな碧い瞳をした少女、アリサ・バニングス。

「おはよ〜」

 そんなアリサの隣に座っている、夜空のような色の長い髪と、同じように深い夜色の瞳をした少女、月村すずか。

「おはよう、みんな」

 そして、そんな二人の傍らに立って感慨深そうに周りの景色を眺めていた、アリサより濃い翠の瞳と亜麻色がかった金髪の少年、ユーノ・スクライア。

 なのはたちの友達で、本日の観客である三人がそこにいた。

「待ってたわよ〜、今日も頑張ってね!」

「うん! 勿論だよ!」

「頑張る……!」

 アリサの応援を受けてますます発奮する二人に、なんだか少し不安そうなユーノはぼやくように、呟く。

「僕としては、あんまり頑張られすぎるのは少し不安なんだけどね……」

 実は、前に何度かなのはたちの練習に付き合って、張った結界が内部崩壊したことがあるのだ。

 彼女らの放つ魔力砲の威力がメチャクチャだというのもあるけれど……二次的被害として、全力すぎて魔力切れ、かつ内部崩壊するほどの魔力砲に晒されるという二重の罠が待っていたりする。

「まあまあ、ユーノくん。大丈夫だよ」

「せやな〜、そう言わんとしっかり見てあげてーな」

「うん……そうだね」

 別に全力勝負自体は悪いことではない。

 取り敢えず、守る側が頑張れば済むかなと思い直して、治療と結界の補助準備だけはしておく。ただ、本日は異空間をバトルステージにしているので、結界の崩壊の心配よりは二人の治療に動く準備だったが。

 そんなことを考えているうちに、なのはたちは準備を終えていた。

「よーし。行こう、フェイトちゃん!」

「うん! 頑張ろう、なのは」

 顔を見合わせ、気合充電完了な二人。

 そんな二人を見ていると、なんだか悩んでいるのが馬鹿らしくなってくるのだから不思議だなとユーノは思った。

「それじゃあ、アリサとすずかは僕が観客席まで送るよ」

 そういって緑色の光球を作り出し、それをアリサとすずかに使う。

「ほわっ……!?」

「わ……っ!」

 ユーノの得意な転移魔法のひとつ、〝トランスポーター〟を使って二人を観客席まで送り届けた。

「頑張ってね。なのは、フェイト」

「うん。頑張るよ」

「ちゃんとみててね、ユーノくん」

「勿論」

 そういって自分にも転移をかけ、ユーノも観客席へと向かう。

 彼が行ったことを見計らい、なのはとフェイトはそれぞれ飛び立ち、所定の位置まで移動した。

 本日最初のマッチアップはこの二人で、はやてはそれを見届ける審判的立ち位置である。ついでに言うと、それは彼女の相方である融合機(ユニゾンデバイス)のリインがまだはやての杖・シュベルトクロイツの中で寝こけているためでもあったりするのだが……

 

 

 

 ***

 

 

 

 ――――空の上で対峙する少女二人。

 

 それぞれが、自身の愛機であるデバイスたちに声をかけ、己の鎧たる魔導着――バリアジャケットを装備するべく、空へとデバイスたちをかざした。

「いくよ……レイジングハート!」

「バルディッシュも……!」

 《AII right,my master.》

 《Yes,sir.》

 デバイスたちの応えに合わせて、なのはたちはそのための合言葉を叫ぶ。

 

「「セーット、アーップ!!」」

 

 《Stand by ready.》

 《Barrier jacket,set up.》

 

 桜色と金色の光が迸り、なのはとフェイトを包み込んでいく。

 そして二人は、純白と漆黒の戦闘着を身体に纏い、慣れ親しんだ杖と戦斧の形状をとったデバイスを握りそれを凛々しく構えた。

 いよいよ、試合開始の時――

『それじゃあ、開始の合図をお願い』

 通信ウィンドウを通して、なのはは観客席へそうメッセージを送る。

 それを聞き、アリサがユーノの背を押し、二人に合図をしてあげてと促した。

「ほらほら、二人とも待ってるわよ?」

「う、うん。それじゃあ――」

 前になのはが魔力砲で花火を作ろうとした時、それの制御を担当した経験を生かして、ユーノは小型の射撃魔法の一つ、シュートバレットを作り出し空へと打ち上げる。

 元来、攻撃魔法は不得手だが――こう行った制御がものをいう場面でなら、話は別だ。

「レディ――」

 ユーノはゆっくりと前置きをして、二人の開戦に相応しい狼煙をあげる。

 

 

「――ゴーッ!!」

 

 

 パァンッ! と、シュートバレットを花火のように弾殻を弾けさせ、小さな花が青空に咲く。

 ユーノの声と、彼が打ち上げて弾け、緑の火花の様になった魔力の中を突き抜ける様に、なのはとフェイトが激突した。

 今度は二人の手元から火花が散り、擦れ合う金属音があたりへと鳴り響いていく。

「はあぁぁッ!」

「せぁ――ッ!」

 ガキンッ! と音を鳴らして打ち合い続けた二人は、どんどん高度を上げていく。

 打ち合いが続き、雲を突き抜けて白い綿のベールを転がるように二人は刃と柄をぶつけ合う。あまりの速度に、雲がうねるように形を変えて二人が飛び出すと同時に大穴が開いた。

 まるで妖精のような可憐さでありながら、二人はまるで歴戦の鷹のように互いに狙いを定めた。

 再度激突。

 再び打ち合った火花が散り、二人の姿は上へ上へと登っていく。

 そして、ある程度上がったところで互いに距離を取り、今度は魔力砲での撃ち合いへと移行する。

「アクセルシューター!」

「フォトンランサー!」

 幼いながらも、二つの大事件を戦い抜いた未来のエースと呼び声の高い二人。

 膨大な魔力を秘めた原石たちの魔法は、この青空を埋め尽くすように輝きを放っている。

 桜色と金色。二種類の色を眩く放つ小さな光球の群れが、二人の元に集った。

 互いに弾幕を張り、一気に撃ち放つ!

 

「――シュート!」

「――ファイア!」

 

 撃ち合った弾幕の一つ一つが弾け、弾けた光と生じた炎をカーテンの様にして、空を覆っていく。

 そんな二人を見て、アリサとすずかは嬉しそうに笑い合いながら観戦していた。

「楽しそうねー、なのはもフェイトも」

「そうだね〜。ね、ユーノくん」

「うん。二人とも、とっても楽しそうだ――」

 ユーノの言葉が口から出るのと同時に、なのはたちの方で動きがあった。

 弾幕を張るだけでも、近接でも、このままでは決着がつかない。お互いの持つ力は把握しているが、それでも先へ進みたいという負けず嫌いな二人の意地の様なものが、次の一手を決めた。

 

『――――』

 

 距離を取る。

 ここから先は、空戦魔導師である二人の本領である空中戦とはまた異なった戦い。

 けれど、これもまた――二人の本領の一つ。

 先ほどまでとは打って変わり、今度は恐いほどの静けさに包まれる。

 静寂だけが漂う空で、二人の声が微かに響く。

「いくよ、レイジングハート!」

「バルディッシュ……わたしたちも!」

 二人の声とともに魔法陣が足元に広がり、迸る魔力の奔流に、水面が嵐に晒されたように波立った。

 すると、二人のデバイスたちが主人の意図を汲み取り、自らの姿を〝そのための形〟へと変えていく。

 《Cannon mode.》

 《Zamber form.》

 魔法の杖の様だったレイジングハートは、光の羽を広げた槍の様に。

 黒き戦斧の様であったバルディッシュは、光の刃を備えた大剣へと。

 その姿を変え、次なる一撃へと向け己が主人を全力で支えるべく、その性能をフル稼働していく――!

 

「ハイペリオンスマッシャー!」

「プラズマ・ザンバ――ッ!」

 

 光が集い、雷が走る。

 これまでとは違う、たった一撃。

 永劫に続くとさえ思えたこの戦いは、呆気ないほどに短く終わる。

 撃ち抜く魔法――それは、たった一撃で、運命すら切り開くだけの力を持った、少女たちの強き想いの力だった。

 二人の激突は、今ここに一つの幕切れを迎える。

 

『はぁあああ――――ぁぁぁっっっ!!!!!!』

 

 二人が叫ぶ。

 始まりの静けさを全てこの時に集約する様に、大輪へと姿を変えて――大輪となった火と光の花と共に、ついに戦いの幕は閉じる。

 

「「たーまやぁ〜!!」」

 

 ドッパァァアンッ!! と、周りの建物を飲み込むほどの威力を伴った花火を見て、アリサとすずかが景気のいい歓声を上げる。

 彼女らのその声が、花火の光の果てにある決着を告げた――――。

 

 

 

 

 

 

「――――痛たた……」

「あぅ……、っ――ぅ」

 二人とも身体をさすりながら、目の前に浮いている友の姿に引き分けとなったのだと悟る。

「引き分けかぁ……、行けると思ったんだけどなぁー」

 《No problem,your nice fight.》

「残念……」

 《To be next win.》

 デバイスたちも主人を労い、戦いの終わりとしての言葉を次への決意で締め括った。

 そこへはやてが、やっと起きたらしいお寝坊さんとともにやって来る。

「お疲れ様〜。今回は引き分けみたいやね」

「カッコよかったです〜」

 リインの賞賛の声に照れを浮かべつつ、なのはとフェイトは一度空から陸地へと降りた。それを見ていたユーノは、観客席から飛び立ち三人(と見た目が妖精な子一人)のところへと向かう。

「お疲れ様、みんな。応急的な回復魔法をかけるから、少し待ってて」

 緑色の魔法陣が浮かび上がり、なのはとフェイトを包み込む。

 回復系の魔法は、ユーノの得意な魔法の一つだ。治療系統ならば専門はシャマルに軍配が挙がるところだが……とはいえ、彼自身の技量もまた中々のものである。

 温かい光が、二人の身体を癒していく。

 シャマルもそうだが、こうした治療魔法の担い手たちの魔法は、まるで染み渡るような優しさを感じさせる。

「ユーノくん、ありがと!」

「ありがとね、ユーノ」

 ユーノにお礼をいい、なのはとフェイトは暫しその光に身を委ねる。

 程なくして二人の回復は終わり、なのはたちはアリサとすずかの待つ観客席へと移動した。

 観客席に着くと、アリサが興奮したようになのはとフェイトの戦いについて語ってきた。

 

 

 

「やっぱりカッコよかったわ! なのはもフェイトも、相変わらずすっごい迫力だったもの!」

 正に手に汗握ったわ〜と目をキラキラさせてるアリサに、なのはは照れたように頬を掻きつつ、

「あはは。ありがとー、アリサちゃん」

 といって、フェイトもまた同じように「喜んでもらえたみたいでよかったよ」といった。

「やっぱり二人の魔法はいつ見ても綺麗だねぇ〜」

 にこにことすずかがいうと、アリサも頷いて肯定した。

「ホント、空飛ぶのって気持ち良さそう。あーあ、私たちも魔法が使えたら良いのになぁー」

 彼女がそんなことを言うと、はやてがふと思いついたように「アリサちゃんやったら、なんや凄い戦い方とかしてそうな感じやね〜」と口にした。

 アリサとしては、何となく何時ものように魔法が使ってみたいという発言だったのだが……はやての言葉を皮切りに、皆の想像が加速していく。

「うん。なんだか、剣――ううん、なんていうか刀とか振り回してそう」

「あ。なんかそれ、家のお兄ちゃんたちみたい」

「確かにそうだねー。あ、でもフェイトちゃんの武器も剣だよね?」

「うーん、でもわたしのはフルドライブの時のザンバーだけだから、アリサならデフォルトから刀かなって思う」

「ちょ、えっ? わたしの武器、刀確定なの?」

「ええやないアリサちゃん。とっても似合いそうやと思うよー?」

「うーん……」

 次々と浮かぶ想像と発言に、喜んで良いのか憤慨するべきなのか迷ったアリサは次の言葉を言い淀む。すると、そこまでは口を挟まなかったユーノも何か思いついたように話に加わってきた。

「あとさ、アリサって炎とか似合いそうだね。なんていうか、太陽みたいな感じで」

「炎?」

 アリサは彼の言葉に何となく首をかしげた。

 ただ、不思議とその言葉は外れてもいない様な気がしたのは何故だろうか……。

 その答えが出るよりも先に、ユーノは先ほどの例えを続けていく。

「そうそう。シグナムさんとおんなじ様な感じで、炎熱変換とかさ。でもどっちかっていうと、シグナムさんみたいな剣技より炎メインの戦い方というか――」

 ユーノがそこまでいったところで、

「――ユーノって、炎とか好きなの?」

 と、アリサは口を挟んだ。

「えっ?」

 質問の意図が判っていないユーノに、

「だから、ユーノはそういう炎とかが好きなの?」

 アリサは補足して再度問いかける。

「……えっと」

 言葉に詰まった。

 何となくアリサのイメージを口にしただけだったユーノは、改めてそう聞かれると、自分にとって『炎』が好きかどうかよく分からなかった。

 そこまで考えるほどのことでもないので、普通に好きで良い様な気がしたのだが……なんだか、それはいけないと本能が訴えかけている気がする。

 なので、ユーノはほんの少しだけ、真剣に考えてみることにした。

 

 さて――果たして、自分は『炎』が好きなのか否か?

 

 先ほども行ったように、ユーノは炎が嫌いではない。放浪の一族、過去の歴史の調査を生業とする民、そんな『スクライア』という場所で育ったため、野営などを通して炎がとても身近にあったのは確かだ。

 魔法がいかに発達していても、暖をとる、灯りにする、調理のためといった部分で炎ないし火を使っていた。

 生活の一部にあったそれが好きなのかどうか、答えを問えば間違いなくイエスだろう。それは、『家族』の思い出を思い起こさせる存在の一つなのだから。

 それに、シグナムを例に出した様に、魔法の『変換資質』の部分でもユーノはアリサに炎が似合うのではないかと思ったのだ。

 漠然と彼女が魔法を使えたら、と考えて――なのはやフェイト、はやてやクロノの様に立ち回ることを想像して思いついたのは、どちらかというとシグナムの様に炎を使って、フェイトかクロノの様に魔法戦主体にして体術を盛り込んでいくアリサのイメージだった。

 そうしてイメージしたアリサは、確かにカッコよくて綺麗だと思う。

 ただでさえ魅力的なアリサを益々引き立てる炎を従え、それを扱って戦う彼女は、とても美しい輝きを放つだろうから――

 

「――うん。好きだよ」

 

 答えはしっかり出た。

 考えた時間は思ったより長くはなかったけれど、なんだがあれこれ回り道をし過ぎたかもしれない。

 シンプルに好きだと答えに辿り着ける思考があればよかったのだが、最近小難しい資料を相手にしてばかりいたからか、どうにも回りくどく考え過ぎたかもしれないな――と、ユーノはぼんやり思った。

 なので、少し素直な言葉を重ねてみるべくこう言い添えた。

「それに、炎を纏ってるアリサはとっても綺麗だろうからね」

 ニッコリと、素直なままに答えを締めくくった。

 ……ただ、思ったよりその言い方と笑顔は威力があったことには気づかないままだったが。

「……ぇ? ぁ……ぅえ!?」

 好意を受けることには慣れてるアリサでも、相手が同い年でも、今のは些か素直過ぎた。

 純粋な言葉とは、気の強い子ほど効き易かったりするもの……とりわけ、子供の内ならば尚更に。

 普段から素直で率直なのに、何処か意地っ張りで照れ屋(ツンデレ)なアリサには、まさにテンプレートなまでにその威力を発揮していた。

 が、そんなことはつゆ知らず。ユーノはアリサが言葉に詰まった意味が解らないまま彼女の名を呼ぶ。

「? アリサ?」

「……っ!? な、何でもないわ! で、でもその……あ、ありがと」

「??? うん。どうしたしまして?」

 まだ不思議そうに返事をするユーノと、ほんのり赤いアリサ。

 場の空気がどんどん静かになってしまうが、当の発端であるユーノがそこまで沈黙を苦にしない質なため、一向に回復は見込めなかった。

 そして、それは周りも同様で――

(炎かぁ……わたしにも変換資質があればなぁ……アレ? なんでこんなこと考えてるんだろ?)

(……電気じゃダメかな……結構レアなんだけどな……あれ?)

(思いの外これは破壊力が……でもあかん、このままじゃ取られてまうし……蒐集スキルがあれば何とか……それかシグナム辺りをけしかけて――)

(アリサちゃん、いいなぁ……)

 ――四者四様。

 それぞれが、それぞれの感覚のままに、目の前の事に対しての感想を浮かべた。その理由の自覚があるか無いかは置いておくとしても、一人だけにそう言われてるのは、何となく羨ましい気がする。

 誰かに、真っ直ぐ素直に好きだと言われて嫌な女の子もいないだろう。それこそ、憎からず思っている相手ならば余計に。

 ただ、そこばかり気にしていてはこのまま話も進まなくなってしまうと思ったのか、アリサは話題を変える。

「ね、ねぇ、次はどうするの? はやてと誰かやるのか、それともユーノが参戦したりするの?」

 少し軽い口調で照れを消そうとしたアリサだが、何処と無く言葉に力が無いのは軽さを意識したからだけではなさそうだ。

 しかし、皆も話題を変えるのは賛成らしく、彼女の言葉に乗っていく。

「ユーノくんとかぁ……それも面白そうやね。最近シャマルともやってへんから、結界系の魔導師と戦わせてもらうのも勉強になるかもしれへんし」

「うーん。でもはやては広域型だから、むしろ僕ははやてを支える側な気もするんだけど……偶にはいいのかな?」

「せやせや。クロノくんとばっかりやのーて、わたしらとも模擬戦しよー」

「あ、ずるーい。わたしも久々にユーノくんの防御魔法の突破やりたいよー」

「え――えぇっ!? そ、そんなことやらなくても、なのはなら簡単にできるでしょ? ……だからその、できれば今日は遠慮したいかなぁって……」

「……ユーノくん、はやてちゃんと模擬戦するのはいいのに、わたしとは嫌なの?」

「い、いや……そんなわけじゃないけど」

 何だか雲行きが怪しくなってきた。

 膨れてこちらを見てくるなのはに、ユーノは少々たじろいでしまう。

 嫌とは言えないというよりも、本質的には嫌ではないというあたりが困りどころ。なのはの練習に付き合うのはいいけど、凄まじい威力のバスターの餌食になるのは少し……迷うところだ。

 慌てるユーノを見かねて、フェイトは助け舟を出した。

「なのは。わたしたちさっき試合したばかりだし、はやてとユーノが試合をしたらそろそろ出かける時間になっちゃうから、今は我慢しようよ」

「フェイト……!」

 渡された救いの手にユーノは感謝したが、フェイトの次の一言で少しばかりまずいことになった。

「夏休みの間ならユーノもこっちにいるんだし、いつでも模擬戦出来るよ! ……あ」

 純粋に思ったことというのは、やはり時として相当な威力を伴うものらしい。

「フェイトぉ!?」

「あ、そうだよね!」

「なのはぁ!?」

「それじゃあ、後でいっぱい勝負しようね。ユーノくん♪」

「ゆ、ユーノ……その…………ごめん」

「……………………………………うん」

 

(((……御愁傷様、ユーノ/くん)))

 

 そうして、結局なのはとの模擬戦の約束がなされてしまったユーノは、はやてとも戦わないのは不公平だからと、久々にバリアジャケットに身を包んで海上に浮かんでいた。

 視線の先には、これから戦うたこととなるはやてがいて……彼女もまた、戦うための服へと装いを変えるべく、掌の上にいる小さな相方へと微笑みかける。

「ほんなら、行こか? リイン」

「はいですっ♪」

 元気に返事をしたリインに再度柔らかな笑顔向けたはやては、一度その目を閉じ……表情を引き締めて真っ直ぐにユーノを見据えると、融合機との融合のための合言葉を叫ぶ。

「リイン、行くで?」

「分かりました!」

 

「「ユニゾン・イン!」」

 

 融合機とのその主――古代(エンシェント)ベルカの使い手らしく、二人の声が重なり合う。

 彼女らの足元にベルカの三角形を模した魔法陣が展開され、はやての白色の魔力光と、リインの銀色の魔力光が迸り、二人を包み込んで融合が始まる。

 意識と肉体が融け合い、リインがはやての中へと吸い込まれ、二人の『リンカーコア』が重なり合った。

 はやての髪がクリーム色に染まり、瞳は輝きを増してより蒼く輝いている。

 黒いインナーが装着され、その上に白いジャケットと金色の甲冑がついた前開きのロングスカートを纏い、頭には大きめのベレー帽のような形の白い帽子を被り、最後に愛杖である『シュベルトクロイツ』を手にした瞬間、彼女を覆っていた光の幕が全て弾け飛ぶ。

 舞い散る光の中、背に黒い翼を浮かべたはやてが現れる。

 それを見て、観客席に移動したなのはとフェイトが開始の合図を始めていった。

「それじゃあ……」

「二人とも、いっくよー!」

 

「「うん!」」

 

 二人の返事を受け、顔を見合わせた観客席の四人は「せーの」と声を揃えて、開始の合図を告げた。

 

『レディ〜……ゴーっ!!』

 

 再び練習場に木霊した開始の合図と共に、ユーノははやてへと迫り、はやてはユーノからできるだけ距離を取ろうとする。

 二人の戦い方的に、ユーノははやての大威力の広域魔法を使わせる前に叩くことが求められ、はやては如何に自分の大火力をユーノにぶつけるかが求められる。

 しかし、ランクの差や結界術師という違いこそあれ、ユーノは空戦魔導師の部類であり、近接型のアルフやヴィータとも互角に渡り合うことも出来る。

 加えて、彼の戦い方は拘束するものが主。

 一度距離を詰めて拘束さえすれば、後方から大火力を放つ広域魔導師のはやてを攻略することも可能となる。

 幸いにも、はやては『プロフェッサータイプ』とでもいうのか、機動力に優れるタイプではない。いかにSランク相手とはいえ、戦いを終わらせることは出来る――!

 だが、

「リイン!」

 《ハイです!》

 先手をかけたユーノに対し、彼の意図は勿論はやてたちにも分かっていた為、彼の進撃を阻むために攻撃を開始する。

 ユニゾン状態にある二人、はやては魔法の発動と空戦機動に集中し、リインははやての使う魔法の制御や相手の分析と次への最適解を導くことが出来る。

 故に、一人での戦いよりも効率を上げることが可能となるのだ。

 《今です!》

 はやてはストレージデバイスである『夜天の書』を取り出し、一枚ページを破ると、かつてそこに『蒐集』され刻まれた魔法を発動させる。

「クラウ・ソラス!」

 蒐集ページを利用した高威力の砲撃魔法がユーノへと放たれた。

 流石に広域専門のはやてが放つだけあって、それは凄まじい威力を有している。

 眩い白い輝きを放つ光が迫るが、ユーノは進行をやめない。

「――はぁぁぁっ!!」

 ユーノの声と共に、彼の周りに緑の光を放つ球形のバリアが展開される。結界魔導師ならではの攻撃法として、ユーノの編み出した独自の戦法〝プロテクション・スマッシュ〟だった。

 これは、防御膜に触れた対象を弾き飛ばすという性質を持つバリア系の魔法の一つの『サークルプロテクション』を纏って突進攻撃を行うというもので、生半可な攻撃ならば突き抜けて相手へ直接ダメージを与えられるなかなかの技だ。

 ユーノは仲間内でも防御に関しては定評があり、真っ向から対面した相手で突破したのは数えるほどしかない。それも防御を真っ向から破り捨てるなど、なのはやフェイトがその砲撃と高速機動を活用でもしないと出来なかったりする。

 彼は戦いにおいては非常に弱いが、けれど決して戦えない弱者というわけでもない。

 勝てないかもしれないが、負けない戦い方もある。

 そんな戦い方がユーノの戦い方と言えるかもしれない。

「はあっ!」

「うぁあっ!?」

 《はやてちゃん!》

 突進の勢いで押し飛ばされらはやてだが、勿論こんなところで諦める気は無い。

「ちょうど移動の勢いが足らへんかったとこや!」

「!」

 自分からプロテクションの反動、つまりは向かってくるものを弾き飛ばす性質をそのまま利用し、一気に後退を図る。

「いっ……つつ〜」

 少し当たったところは痛かったが、はやての得意な距離――長距離(ロングレンジ)戦の準備は整いつつあった。

 だが、

「(下手に撃つのは早計や……ユーノくんはシャマルと同じで転送とかも得意やし、固定砲台みたいな私の攻撃をヒットさせるならやっぱりまずは――)リイン、いける?」

 《勿論です!》

 主の問いかけに即答するリイン。

 そんな彼女にはやては嬉しそうに笑うと、手に持ったクロイツを振り上げ自身の周囲に弾幕を張る。

「ほんなら……行くでー!」

 断トツの魔力保有量を誇るSランクの力をフルに使い、圧倒的な弾幕をユーノへと向けて降らせた。

「――ブリューナク!」

 数多の射撃魔法の雨の前には、流石にユーノも動きづらさを感じざるを得ない。

 だが、はやての狙いはもっと先にある。

「リイン!」

「はいです!」

 はやての中からリインが出てきた。

「な――!?」

 魔力の雨にさらされながら、ユーノは驚愕を露わにした。

 何故このタイミングで融合機と主が分離するのか、ということがよくわかっていなかったからだが、その答えはすぐに分かった。

「今やで、リイン!」

「はい! 捕らえよ、凍てつく足枷――フリーレンフェッセルン!」

 こういうことか、とユーノは二人の分離の真意を悟り歯噛みした。

 リインのように、融合機と呼ばれる古代ベルカのデバイスたちは極めて人に近い存在として生きている。ただ、それだけならばなのはの『レイジングハート』のような、心を持つと言われるインテリジェントデバイスも同様だが――彼ら、彼女らの決定的な違いとしてあるのは、主のリンカーコアのコピーから生まれるという点。

 つまり、リンカーコアをもっている融合機たちは、デバイスでありながら一人の魔導師として生まれてくる。だから、彼ら彼女らは単体でも魔法を使うことができるのだ。

 加えて、主の魔法の詳細なコントロールに回って制御を担当する融合機と分離するのは、一見余計に見えるかもしれないが……はやてとリインが分離することで、ユーノは完全に止められてしまう。

 プロテクションを解けば、はやての『ブリューナク』の雨にさらされてしまう。更にそこへリインが拘束魔法――それも氷結スキルを持った彼女の得意なそれに、ユーノの活動は次第に弱められていく。

 プロテクションは魔法・物理は弾くが、その周辺の空気温度が下がっていくのは止められない。

 はやては九歳の頃から仲間内では断トツの魔力保有量を活かし、制御よりも威力重視の弾幕を放つ。これならば、リインと分離するだけの利点はある。

 リインの凍結魔法は勿論非殺傷設定だが、だからといって周りに与える影響まで生易しいとはいえない。次第に下がっていく温度とともに、思考が鈍り、降り注ぐ魔力弾の雨に防護膜が悲鳴をあげる。

「く……っ」

 ユーノはどうにか残された並列思考(マルチタスク)の一部を引っ張り出し、高速での魔法構成を行い、

「てん……そう!」

 得意の転送魔法、『トランスポーター』を使用した。

 魔法の光の雨の中、ユーノの姿が搔き消える。……だが、それははやての狙っていたところだった。

「逃さへんよー!」

 素早くユニゾンを再開したはやては、リインに標的の補足を任せ自身は次の魔法を用意した。

 そして、ユーノの姿を――捉えた!

 《そこです!》

「了解やリイン! バルムンク!」

「いっ……!?」

 はやての作り出した十二本の魔法の刃が、まるでユーノを四方から串刺しにするように迫る。

 『サークルプロテクション』を展開するより早く迫るそれに、ユーノは仕方なく一番出の早い魔力障壁に頼ることを決め、『ラウンドシールド』を作り出すとそれを使ってどうにか串刺しだけは免れることが出来た。

 が、しかし――。

 《はやてちゃん!》

「――そこやっ!」

 いつの間にかはやての破り出していたページがかざされ、そこから発動した魔法が、今度こそ完全にユーノを捕らえた。

「――っ!」

 

 それを見ていた観客席の面々は、はやての使った魔法に驚いていた。

「あれって、なのはの〝レストリクトロック〟?」

「うん。前にわたしたち〝『闇の書』事件〟の時に蒐集されてたから、多分はやてちゃんの手元にデータが残ってたんだと思う」

「ふぅん……でもこのままじゃユーノ、はやての餌食になっちゃうわね」

「決まっちゃったのかな……」

「どうだろ……? ユーノ、わりと負けず嫌いだから――」

 と、フェイトがそこまでいった瞬間、はやての前方に三角の魔法陣が展開される。

 それぞれの頂点にある円が輝き、光を集約していく……。

「ちょ、ちょっとはやて!? ラグナロクまで使うのっ!?」

「ユーノくん。ちょぉ〜っと痛いかも知れへんけど、堪忍な。これは、全開の勝負やから!」

「うぇええええええっ!?」

 分かってはいた。

 分かってはいたけれど、だからといって真正面から拘束されて最大の攻撃魔法を放たれる事態に直面すれば、誰だって多少なりとも焦るだろう。

 ユーノは、手元にある『レストリクトロック』を解除するため、急いてマルチタスクをフル稼働して高速でバインドの構成術式に介入と破壊を行っていく。

 それを見たはやては、『ラグナロク』のチャージに僅かばかり時間がかかることに歯噛みするが、それでももう遅い。

 砲撃は既に放たれる――!

「いくでー、ユーノくん。夜天の祝福、受け取って!」

「この状況でそれ食らうのって祝福なの!?」

「……響け終焉の笛――」

「無視っ!?」

 関西の流れを引くはやて相手だからか、何処と無くやりとりが微笑ましいものになっていたが――それと目の前の光景とは一切合切、全くもって相対性はなかったとだけいっておこう。

「――ラグナロク!」

「ま、マズ…………あぁ、もう! こうなったら――!」

 先ほどのなのはとフェイト同様、いやもしかしたらそれ以上の魔力の激流が起こった。

 海面をえぐり出すようにして、ユーノのいた場所を突き抜けた砲撃の余波は皆のいた観客席は勿論、周囲一帯を完全に呑み込んでいく。

「ふぅ〜……お疲れー、リイン。ユーノくんの反応はどないなってる?」

 《えぇーとですね――アレ? ロストしてます》

「? あ、まさか……勢い余って海面に叩きつけてもーたのかな……?」

 少ししまったという顔をしたはやてだが、リインは不思議そうに首を傾げていた。

 先ほどまで確かにユーノの反応は探知していたのに、急に消えてしまったこの状況がよく分からなくなっていたのだ。

 《うーん……でも、確かに〝ラグナロク〟が当たるまではユーノさんの反応はあったですよ? ちょうど呑み込まれた時に急に反応が小さくなって消えちゃいましたけど……》

 リインの何気ない疑問の声が観客席に届いた時、そこにいた四人は何かに気づいたように顔を見合わせた。

「(ねぇ、もしかして……)」

「(そうかも……)」

「(どうなのかな……?)」

「(うーん。でも、まだユーノくんの姿が見えないし……)」

 もしかしたら、それはこの場で最もそれに馴染みのなかったはやてだからこそ、気づかなかったのかも知れない。

 観客席のざわめきは、はやてやリインにも届いており、二人は何だろうと顔を見合わせていた。

 するとその時――上空からはやてへ向かって、何か小さいものが飛来してくるのが見える。

「?」

 《?》

 二人は疑問符を浮かべ、よくよく降ってきたそれを凝視して、状態に気づいた。

「ま、まさかっ!?」

 《あわわわっ!?》

 しかし、時既に遅し。

「――ケージングサークル!」

「うそぉーっ!?」

 ガッチリと、はやてにまるで拘束帯のように巻きついたそれは、かつて『闇の書』の『闇』を封じ込めたことのある高度な結界魔法。通常のバインドなどとは比較にならないほど強固な、その名の通り対象を檻に閉じ込めるような魔法だった。

「ゆ、油断した……! せやった。ユーノくんにはこれもあったんやった……!!」

 拘束されて宙ぶらりんなはやては、ジタバタと少しばかりもがく。

 だが、強固な拘束である上に、縮小され身体を締め付けるようにガッチリと帯のようになっている『ケージングサークル』が解けるはずもなく、その抵抗は虚しく空振りした。

「や、やった……! 何とかうまく嵌った……」

 はやてとは対照的に、ふわふわと宙に浮かぶ小さなフェレットが、同じく小さな手(前足?)を握りしめ、己の策がどうにか決まったことを確認していた。

 それと共にその身体が光に包まれ、一人の少年へと変わる。

 光が弾けると、そこには先ほどまではやてと戦っていたユーノがいた。

 そう。彼はこの変身魔法を使って己をフェレットに変え、無理矢理に見かけ的物量を減らしたその身をはやてのラグナロクから逃れるために使ったのだった。

「これも考えに入れとくべきやった……! でもユーノくんが絡め手使(つこ)うてまで勝とうとしてくるなんてぇ〜〜ッ!?」

「いや、その――つい熱くなっちゃって……でもその、どうしても勝ちたかったんだ。はやてに」

「認めてくれるのは嬉しいけど、せやからって上から唐突に降ってきて空中に縛り放置は酷い〜!」

「でも、弱いバインドだとはやてとリインにはすぐ解かれちゃうし……結界魔導師の僕がはやてに勝つにはこれしかなかったんだ。ごめんね、はやて」

「うぅぅ……」

 搦め手も勝負の一つ。

 まして、管理局に所属しているなら尚更であるが……それでもこれは悔しかった。

 加えて言えば、砲撃魔導師のなのはやフェイト、広域魔導師のはやては使う技はどちらかという攻撃寄りで、相手を止めるならば本領たる攻撃魔法を以て止めるが、結界魔導師――というか攻撃魔法がほとんど使えないユーノのようなタイプ――は、その卓越した相手を封じ込める系統の魔法を得意とするため、こうした高位の結界魔法を用いて相手を拘束すれば相手がよっぽどのバインドブレイクを行えない限り抜け出せないためそれを決め手とする。

 そこから生じたのが先ほどの結果であり、今回の勝敗を分けた一点である。

 

 ――はやてに囚われたとき、ユーノがバインドから逃れられた理由は三つ。

 

 はやてがバインドをあくまでも最後の決め技への布石として使ったことから、重ね掛けなどが行われず足止めの為のものだったということ。

 ユーノは魔力量が少ない分、魔力の運用に長けていて高速での解析能力を持っていたこと。

 そして、最後にはやてが威力重視で拘束に用いる魔法を『レストリクトロック』したことも挙げられる。この魔法は昔なのはから蒐集されたもので、ユーノもよくよくその性質や構成を熟知していた為、どうにか解析が間に合ったことが、今回の勝利に繋がった。

 ……とはいっても、これは今回限りの搦め手で、次からは決して通じないだろう。

 元々、戦闘に特化した攻撃の仕えないユーノがはやてたちと張り合うならば、このような裏をかくことくらいでしか対抗できない。

 真っ向から倒すなんて考えるのは端的に言って無理なのだから、こういった手段を用いることで多少なりその遠い攻撃という壁を縮めることができる――という考えの下で起こした行動こそが、今回の勝敗を決した裏の読み合いでユーノが先んじるに足る事の出来た一手だった。

 《サポート役として、まだまだ修行が足りませんでした……》

 リインも今回の経験を糧としてまた一歩主を支える騎士の一人として成長していくだろう。

 そんなリインとはやてを『ケージングサークル』から解放し、二人と共に観客席へ戻る途中、ユーノはふと思った。

 ――今回は勝てたけど、もうはやてたちには勝てないだろうなぁ、と。

 未来のエースたちの姿を思い描くと、大空を翔る皆が目に浮かんでくる。

 華々しく彼女らが飛び続けられるようなサポートが自分の役目。これから先も、彼女たちがきっと空を舞えるようにと願うばかりだった。

 そっとそう願い、ユーノは観客席に戻ると、はやてに「ありがとう」と伝えた。

 それを受け、はやても「わたしも楽しかったよー、おおきになぁ」と返してくれ、二人は微笑み合った。

 こうして、早朝のエキシビションはおおよその幕を閉じる。

 

 こうして、ユーノたちが観客席に降り立った頃――ちょうど、フェイトの義母(はは)であるリンディからの通信が入り、皆は食事に招かれることになった。

 そして、ハラオウン家での朝食を食べ終えた一同は、遂に本日のメインイベントである《オールストン・シー》への訪問へと赴くのだった。

 

 

 

 ――――しかし、ここから始まる新しい嵐の種は、既にこの世界へと解き放たれていることを……まだ誰も、本当の意味では知らなかった。

 

 

 



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第二章 《オールストン・シー》へ

 一行は物語の舞台へ。
 遊園地でのパートになります。


 穏やかな時間、迫る影

 

 

 

 海鳴市の近くの海に設立された、大規模な遊戯施設――海上テーマパーク《オールストン・シー》。

 

 水族館と遊園地を伴った施設設計と、大迫力のアトラクションでアメリカで人気を把し、日本での事業展開に踏みこんだこの遊園地は正式開演前のテストオープンを行うことになっている。

 そこへ、自由研究もかねて聖祥大学付属小学校に通う五年生で、仲良しの五人組がここを訪れることになった。

 ちょうど、ここを運営している『バニングス』『月村』の両企業のご令嬢でもあるアリサとすずかを始め――その友達である魔導師三人組のなのは、フェイト、はやての五人なのだが、生憎とはやては用事を済ませなくてはならず、夜からの参加だ。

 そこへ、たまたま夏休みということで海鳴(こちら)に来ていた五人の友達であるユーノを加え、一同は引率である母親たちと共に、《オールストン・シー》を訪れることとなった。

 早朝の魔法戦練習(エキシビションマッチ)を済ませたなのはたちは、リンディの招きでハラオウン家で朝食をとった後、彼女の運転する車に乗って《オールストン・シー》への道を辿って行く――――。

 

 

 

「すごーい……!」

 なのはが窓の外を見て、嬉しそうにそんな声を上げた。

 流石に、海上の遊園地を謳っているだけあって、《オールストン・シー》へは橋を渡っていくのだが、遠めに見るだけでも、その姿は感嘆の一言に尽きる。

「うん……凄い!」

 その隣に座っていたフェイトもまた、なのはの声に同調するようにそう呟き、それを聞いたアリサは得意そうに微笑み、その隣のすずかは優しげな微笑みを浮かべている。

 子供たちのそんな様子を見守っていたリンディだったが、自身の隣で、一人外の景色よりもパンフレットの方を興味深げに見ているユーノに気がついた。

「ユーノくん、何か気になるアトラクションでもあったの?」

「はい。ただ、アトラクションもですけど……この鉱石が、なんだか妙に気になって」

 そっと目を落とした先には、最近ここ海鳴市の近海から引き上げられたという未知の鉱石の写真。

「あぁ、例の鉱石ね。ふふっ、やっぱりスクライアの人間としては血が騒ぐのかしら?」

「えぇ、まぁ……」

 ユーノは静かにそう答え、リンディはそんな彼の目が捉えている物を見て再度微笑む。

 確かに、彼がアレに目を引かれるのも無理はない。

 彼の出身なども考えればなおのことで、同時にリンディは彼ならそれが何なのか当たりを付けられそうな気がしていた。

 勿論それは、どうと言うことはないただの勘ではあるのだが。

(そういえば……)

 確か、彼にアレをみてほしいとアリサが言っていたと娘たちから聞いていた彼女は、内心そっと微笑む。

 何せ、丁度自身も似たようなことを聞いていたのだ。

 それはアリサの母であり、リンディの友人でもあるジョディに聞いた話で、成分こそそれなりに分析されてはいるが、どことなく不可解な点があるとのこと。

 それが何であるのかが分かっていないこともあって、今回のテストオープンでは専門家も訪れる事になっている。

 何処と無く親子だなぁと感じさせる発想というか、行動。

 地球の外であろうが、隔てなく聞き及ぼうとするその姿勢がなんとも微笑ましい様な気がした。

 

 そして、ユーノもまた――未だ見えぬ過去の産物や、友達と過ごす休暇に心を躍らせている。

 

 たくさんの楽しいことが、子供たちの笑顔をもっと満たしてくれたら良いなと、リンディは願いながら車を走らせていく。

 程なくして、一同を乗せた車は《オールストン・シー》へと続く橋を渡り、海上に聳える一大テーマパークへと向かっていくのだった――――。

 

 

 

 ***

 

 

 

 駐車場へ着くと、すでに到着していたバニングス夫妻とすずかの母親である春菜が皆を出迎えてくれた。嬉しかったのか、アリサとすずかは、それぞれの母親と抱擁を交わしていたが、そこへ更にもう一台の車がやって来た。

 中から出てきた茶髪の女性は、なのはの母である高町桃子だった。

 やってきた母の姿に笑顔になっていくなのは。嬉しそうな娘の頭をそっと撫でて、一同と合流した桃子。こうしてママ友グループがそろったところで、「今日はお招き頂いてありがとうございます」や「今日は娘たちがお世話になります」などと言った挨拶が交わされていく。

 子供たちもどこを見ようかなどと言った話を始めていたが、アリサの父であるディビットが一旦それらを締めくくる。

 夫のそれを見て、妻のジョディもそろそろ今日のメインイベントに移ろうと、ディビットと共に皆に声をかけ、遊園地の中へと皆を先導していく。

「それじゃあ、皆。そろそろ行こうか」

「今日は私たちが案内役でーす♪」

 そんな、楽しそうなバニングス夫妻と、にこにこと笑みを絶やさない春菜。

 ここ、《オールストン・シー》を設営している『バニングス』『月村』の責任者たちの案内の元、本日のテストオープンは幕を開けていった。

 

 

 

 まず皆が向かったのは、遊園地(アトラクション)エリア。

 まだテストオープンと言うこともあり、未稼働のアトラクションもいくつかあるのが残念だとジョディは言ったが、今日の仲良し五人娘の目的は夏休みの自由研究である。自分の両親が経営者であるアリサとすずかはともかく、なのはたちはこうして他人の少ない中をじっくり見れる機会を得ることが出来たのは幸運だったといえるだろう。

 様々なアトラクションや、ジョディの挟んでくれた説明を元に、なのはたちは手元のメモに色々と書き込んでいく。

 そんな中、特にそういった宿題との縁は無いユーノは、地球の遊園地という物を少し珍しそうに見ていた。

 彼の今住んでいる管理世界『ミッドチルダ』にもこういった遊興施設は存在しているが、地球の――とりわけ日本のテーマパークへの力の入れようは目を見張るものがある。日本に限らず、こうした強い〝こだわり〟を魅せつけてくれる国をたくさん持つ地球という次元世界は、それを知って二年ばかり経ったユーノにもなかなかに新鮮な刺激を与えてくれる。

 ジェットコースターとか乗ってみようかなぁ、と、後で遊ぶアトラクションを考えていたユーノに、アリサが近寄ってこんなことを訊いてきた。

「ねぇユーノ。ユーノは、乗るんだったらどれに乗りたい?」

「乗るなら……そうだなぁ」

 さっきまでいくつか考えてみた乗りたいものを思い浮かべるが、改めて訊かれると、どれを選ぼうとしても迷ってしまう。比較となるものでもあればいいのだが、生憎とユーノは此方の遊園地はあまり知らないのでその対象があまり無い。

 なので、

「うーん。僕は、地球(こっち)の遊園地に行ったことあんまりないから……アリサのオススメとか教えてもらってもいいかな?」

 と、ユーノはアリサに彼女のオススメを訊いてみることに。

「勿っ論。そうねぇ、なら先ずは――」

 そういって、オススメを指差して説明を重ねていくアリサ。

 流石は関係者筆頭な彼女らしく、一つ一つの解説は誰もが興味をそそられた。面白そうなのでどれに乗ろうか迷うが、一先ず水族館エリアも見てから遊ぶことにしているので、それまでに考えればいいだろう。

 参考となる情報をたくさん教えてもらったので、ユーノはアリサに「ありがとう」と言った。彼女はそれを聞いて得意そうな満面の笑み。

 水族館の方へ向かう足取りは、どこか軽やかなものになっていた。

 

 

 

 そして。

 

 

 

「はーい! では、ここからが水族館エリアでーす♪」

 ジョディの声と共に、水槽に囲まれた領域に入っていく一行。

 そこは、様々な種類の魚たちが舞を踊る舞台であり、まるで迷宮とも言えそうなほど広く美しい深海の城のようでもあった。

 

「「「わあ……っ!!」」」

 

 子供たちの口から歓声が起こり、

 桃子やリンディたちも、如何にも大迫力といった出で立ちの光景に感嘆の声を漏らす。

 そんな皆に、ここの説明をしていくディビット。

「ここには、海鳴市近海の水生生物は勿論。他にもたくさんの生き物がいる。まさに海と一体化した水族館って感じかな」

「たくさんの魚たちのショーを楽しんでいってね」

 夫の説明に続き、ここのメインへと一行を(いざな)っていくジョディ。

 エスカレーターで移動しながら、様々な水生生物たちの姿が皆の前を流れていく。

 色とりどりの熱帯魚に、、身体の大きなエイやサメ。まるで華やかなダンスと、猛々し勇姿を同時に見ているようだ。

「わぁ~!」

「すごい……」

「そうよねぇ……」

「とっても綺麗」

 女の子たちが見とれている横で、ユーノも水槽の中の世界に目を奪われていた。

 水と空気。隔てる壁は大きいけれど、今此処で隣り合う世界は、間違いなく触れ合っている――と、思わずそんなことを考えるような調和・融和が此処にはある。

 美しい水の世界に魅せられながら、皆はその中にある光景を楽しんでいた。

 しばらくはそれらを見ていただけでも満足していたが、ただ見ているだけというのも少し勿体ない。

「ねぇ、写真撮ろ!」

「いいね!」

 なのはがスマホを取り出してそういうと、すずかも嬉しそうに笑みを浮かべて同意した。

 それに続くように、

「えっと、じゃあ最初はどこで撮る?」

 とフェイト。

 続けてアリサが、魚たちがたくさん回遊している場所を指し示してこういった。

「そうねぇ……あ! あそこが良いんじゃない?」

 それを受けて、なのはは傍らのユーノの手を引いてアリサの示した場所へ向かって行く。

「アリサちゃんナイス! ほら、ユーノくんも行こ!」

「え? あ、ちょ……な、なのは……!」

 いきなり引かれて戸惑うユーノ。

 だが、もうみんなは臨戦態勢。一緒に楽しもう! な女の子パワーに、彼はただ翻弄されるばかり。けれど、それは決して嫌ではなくて……書庫に籠ってばかりの日々では感じられていなかった、確かな〝楽しさ〟がここにあった。

「ほら、ユーノもグズグズしないの」

「あ、待って」

「ふふっ♪」

 あれよあれよというままに、一同は水槽の前に並んで準備完了。

「いくよー?」

 と、合図をしたなのはの声に合わせ、皆も早速写真を撮る準備(ポーズ)に入る。

 

「「「ピースっ!」」」

 

 パシャリ! 声と共にシャッターが切られ、撮影音が響く。

 画面には五人の並んだ写真がブレもなく綺麗に写っていた。

 早速みんなで写真を回していき、それぞれのスマホにデータを飛ばす。

 受信を知らせる音が鳴り、思い出の一枚を共有できたという事を知らせる。勿論、この場にもいないはやてにも送ることは忘れない。

「――おさかないっぱいだよ! 夜になったらはやてちゃんも一緒に、だね! ……っと、送信♪」

 メッセージにもそう入れて送信し、なのははにっこりと微笑む。それを見て、皆も笑顔になり、送られた先ではやてもまた微笑んだという。

 しかし、撮りだすともっと撮りたくなるのが人間といったところ。

「もっと撮ろ! ね、ユーノくん」

「な、なのは。そんなに焦らなくても、魚は逃げないよ?」

「いいの! ユーノくんと最近一緒にお出かけとかできなかったんだもん。もっともっと、いっぱい写真とか撮ろう!」

 楽しそうにユーノを引っ張るなのは。

 そんな彼女を見て、他のみんなも待て待てといわんばかりに追いかけていく――――

 

 

 

 再び、水槽前でのツーショット。

 

「ユーノくん、もっと寄って寄ってー」

「う、うん」

 

 

 ――――パシャリ。

 と、次々写真が続いていく。

 

 

「ユーノ、なのはばっかり贔屓は狡いわ」

「え、贔屓って……」

「一緒に撮ろ~」

 

 廊下で水族館の全貌を写す様に一枚。

 アリサとすずかに挟まれてスリーショット。

 

「……わぁ」

「綺麗だね」

「うん……!」

 

 魚たちの輪舞曲(ロンド)に見とれ、それを撮るユーノとフェイト。

 

「あはは! それ似合う~」

「アリサ、よくこんなの見つけてきたね……これって確か、ラッコだっけ?」

「ふふん♪ あたしの目ざとさを舐めないで欲しいわね。あ、ちなみにラッコであってるわよ。首がちょっと長いとこ、何となくユーノのフェレットモードに似てるなぁって思って」

「なるほど……。ところで、アリサのそれって何?」

「あれ、判んなかった? イルカよイルカ」

「あぁ、シャチっていう生き物と似てたから少し迷ったんだけど、そっちだったんだね」

 

 ギフトショップから被り物を見つけてきて、それを自分とユーノで被って愉快そうに笑うアリサ。

 

「可愛いね、これ」

「うん。あ、次はフェイトとすずか被ってみて!」

「アリサちゃん、わたしは?」

「なのははこっちこっち!」

「ふあっ……? アリサちゃん、これって?」

「うん! やっぱり私の見立ては間違ってないわね! あ、ちなみにそれは人魚の髪飾りらしいわ」

「人魚さんかぁー。えへへ。ユーノくん、どう? 似合う?」

「うん、似合ってるよ。あ、勿論みんなも」

「ありがと、ユーノ」

「ありがとう♪」

 

 満喫度は全快。

 すっかり子供たちは遊園地に引き続き、水族館も楽しむことが出来ている様だ。おまけに、なんだかんだしつつも、写真やメモも取っているあたり、当初の目的を忘れてもいないらしい。感心感心、とこの施設の先導役を買って出ていたジョディは頷いて子供たちを見守っていた。

 しかし、そろそろ先へ進まねばならない。

 少々名残惜しいが、楽しんでいるらしい子供たちにジョディはそろそろメインの展示物の元へと向かうべく声を掛けた。

「みんなー。そろそろ、奥の方に行きましょ~!」

 

 

「「「はーい!」」」

 

 

 彼女にそう促され、子供たちは早速、自由研究でユーノの見解も聴いてみよと事前に言ってあった例のものの元へ向かうべく奥へと進む保護者たちに続いて行く。

「お待たせいたしました……」

 そう言って間を空けると、ジョディは円状になっている展示室の中央に在る円柱型の水槽を指し示してこういった。

 

 

 

「――――これが、ここのメインである海鳴沖で発見された巨大鉱石でーす!」

 

 

 

 オブジェとして飾られているそれは、確かにこの水族館に置かれるだけの壮大さを持っている。

 彼女の示した先に聳える鉱石の巨大なシルエットに、思わず皆は息を呑む。

「これが例の……」

 呟きと共に、ユーノはパンフレットに書かれていたこの鉱石の説明を思い返す。

 ここ最近、海鳴市の沖合いで見つかったという未知の鉱石。

 緋色の水晶のような形で、縦にながいその(さま)は、一見すると針山のように見えなくも無い。しかし、そんな刺々しい見かけとは裏腹に、何処か艶めかしい色のような美しさも覗かせる。

 まるでそれは、見た者全てを捕えて放さないかのような妖しい雰囲気を漂わせていた。

 思わずユーノもその魅惑に呑まれたようになる。

 だが、

「――――」

 ユーノは、ぼんやりと透き通る結晶の奥を眺めている内に、落ち着かない気分になる。

 得体の知れない妖しさは、ある種の恐れのようになり、彼の心を僅かに掻き乱す。妙に鼓動が早くなり、緋色に染まった姿が……人を喰らい続け、その鮮血に染まった故のものであるように思えてしまう。

 これまで彼は、〝スクライア〟の一人として、いろいろな世界の遺産や遺物を見てきた。

 そうした彼の経験や勘と言ったものが、彼の頭の中で警告を発している。

 杞憂に過ぎないのであろうことは判っているつもりだ。ただの予感がしたというだけで、別段そこに確証は無い。

 少なくともこの結晶はこれまで、此処のスタッフたちが解析を済ませている上では何の危害も被害も生んでいないのだ。

 考えすぎだろう。

 ここは『無限書庫』の未開拓エリアでも、まして『ミッドチルダ』ですら無い。『闇の書』のような転生型の古代遺失物(ロストロギア)でもあるまいし……此処にそんな危険な魔法の産物など在るわけも無い。

 自分が見つけてしまった『ジュエルシード』のような、奇跡的な偶然でも無い限り、こんなところにそんな危険物があるはずもないだろう。

 なのはたちと関わっていると忘れがちだが、本来そうそう起こることでもないのだ。

 自分の中に生まれた杞憂を散らすように軽く首を振ると、ユーノは自身を落ち着かせるように「ふぅ……」と小さく息を()く。

「……ユーノくん?」

 そんな彼を見て、なのはが不思議そうに声を掛けた。

「どうしたの?」

「ううん、何でも無いよ。ただ、なんとなくこの鉱石のことを少し考えてただけ……」

「おぉー! 良いわね。じゃあ早速、考古学者のユーノ先生の意見を聴いてみたいわ」

「あはは……そんな大したもんじゃ無いんだけどなぁ」

 苦笑しつつ頬を掻くユーノだが、皆は彼の言葉を待っている。

 自由研究に彼の言葉も載せたいのか、メモを構えているフェイトと、スマホでユーノのコメントを記録しようとしているアリサ。

 なのはとすずかも、わくわくした様子でユーノの次の発言を待っている。

 せっかく高揚してきた場に水を差すのも何なので、ユーノは自分の見立てたままを話す。

「そうだね……。まず見た目からしてとても綺麗だよね。パンフレットでは石英だって言う話だったから、宝石としての価値はそこまでないのかもしれないけど、でもこんなに大きい結晶ならそれだけでも希少性はあると思う」

 ひとまず、大まかに見たままを語りだすと、なのはたちは彼の話を真剣に聞き入る体勢に入る。

 神秘的な出で立ちの巨大な鉱石は、その存在だけでも価値がある。自然にできたものであるならば、ここまで大きなものはミッドの方でもあまりないといった話をすると、ふむふむとミッドチルダにはあまり詳しくない、フェイト以外の地球出身の三人が彼の言った内容に感心したように頷いている。

「そうなんだぁ~……」

「うん。でも、これは僕もそんなに見たことない規模だよ。ちょうど前に皆に渡した石みたいに、宝石的な価値はないだろうけど、これにはもっと神秘的な魅力があると思う」

 ひとまずそう締めくくると、アリサは満足そうに、

「先生も高評価ねー♪」

 とニコニコしている。

 両親の経営する遊園地の目玉部分が気に入ってもらえて、きっと彼女も嬉しいのだろう。

 そうして笑顔のアリサの隣で、まだぼんやりと鉱石を見ているユーノの様子が気になって、なのははそう訊ねる。

「ねぇ、ユーノくん。ユーノくんの思う神秘的なところって、例えばどこ?」

「あ、それわたしも聞きたい」

「わたしも聞きたいな~」

 どうやらユーノが、本人が思っている以上にこの鉱石にのめり込んでいるのを見て、皆そのことが気になっていたらしい。

 ただ、本人的にはそこまで深い理由があるわけではないので、非常に漠然とした感覚なのだ。

 そのため、どことなくあやふやに思える言葉で語りだす。

「あぁ、えっと……そんな根拠とかがあるわけじゃないんだ。ただ何となく、見ていたらそう思ったってだけで」

 そう言いながら、自分でも何かこれに思うところがあるのかと理由を考えてみると、なのはが再びこう訊ねてきた。

「思ったって、どんな風に……?」

 それを受け、ユーノもどんな風であるのかを表現する言葉を探す。

 どことなく魔的な、鮮血のように思えるこの緋色の醸し出す魅惑の風貌。それらを表せそうな言葉とは、一体何であろうか。

「えっと、なんだろう……。上手く言葉にできないんだけどね? なんていうか、その……」

「その?」

「何かが居そうな気がする、っていうか……この中に、そう――――」

 

 

 

 ――――なんだかまるで、悪魔が居るような感じがして。

 

 

 

 そんな言葉を呈しつつ、一時の詩人は言葉をそこまでで切った。

 何事もない、平穏な時間。まだまだ楽しいことはたくさんあって、この水族館も遊園地も、まだまだ堪能しきれていない。

 自由研究を目的とした少女たちも、知るためには堪能することが必要である。

 一同は、再び遊園地側の取材をするべく出口へと向かう。

 もう一度外へと向かい、再び遊園地(アトラクション)エリアへと足を運んでいく皆の姿を、照明をゆらりと撥ねかえす鉱石だけがじっと見つめる様に鎮座していた。

 

 

 

 こうして、憩いの昼が過ぎて行き、騒乱の夜は迫り来る。

 街は再び嵐の中へと巻き込まれ、新たな影が夜のしじまを疾走し――一冊の魔導書、ある一つの星を掛けた物語が幕を開けていくのだった――――。

 

 

 



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行間一 ~遊園地エリアでの一幕~

 ここからの行間二話は、中継ぎの話となっております。
 これを支部に出した当時、まだ円盤が発売されていなかったので、それの繋ぎに入れた間の話になっております。


 穏やかなひと時 Rest_Time.

 

 

 

 ――それは、迫る嵐の間にあった穏やかなひと時の出来事。

 

 

 

 ***

 

 

 

 一、二、三――GO!

 

 急降下。

 一気に重力の枷を外されると同時に、その勢いを余すことなく一身に受ける。

 まるでそれは、空へ向かった鳥が地に飛び込むかのよう。吹き抜ける風の力と、迫る恐怖に心境は高揚していくのみ。

 そのまま、右へ、左へ。右往左往を繰り返す。

 もう止められない。

 止まるはずもない。

 もちろん、止まる必要もない。

 なぜなら――ここは、そのための場所のなのだから。

 

 瞬間、その視界は闇に染まった。

 

 

 

「いぃ――――やっほぉぉ~ッ♪」

「「ひゃ――――ッ♪」」

「ぇ、ぁ――きゃーッ!?」

「う、ぉ……ぁぁぁッ!?」

 

 だがそれも一瞬。

 高らかな歓声やほんの少し戸惑った歓声と共に、目の前には光が駆け抜けるように飛び込んで来た。

 車輪が線路(レール)を擦る音が遠巻きに聞こえ、過行く景色は螺旋を描くようにして流れ、身体は空気の圧に牽かれながら弾丸のように進み行く。

 そう、ここは――――

 

 

 

 海鳴市の海上に建設された、一大テーマパーク――《オールストン・シー》の遊園地(アトラクション)エリア。その目玉アトラクションであるジェットコースターの上なのである。

 

 

 

 ***

 

 

 

 数分前のこと――。

 水族館エリアから、遊園地(アトラクション)エリアへと戻って来た一同。

 では早速、と、いくつかのアトラクションを見学しておこうという話になった子供たちは、「遊園地といえば……」ということで、まずはジェットコースターから見ていくことに決め、一旦《オールストン・シー》の中央に聳える城へと向かう。

 中央に建っている城の展望テラスへと着いたところで、アリサの父・デビットが子供たちの引率に回ると申し出た。妻のジョディを始めとしたママ友四人に、せっかくだから展望テラスでティーブレイクでも、と言って勧めたのである。

 こうして婦人たちは子供たちと一度別れ、のんびりとしたティータイムに興じることに。

 そして、近況報告などで茶飲み話に花が咲いた頃。子供たちの方はというと、コースターの前で席を決めるジャンケンが勃発していた。

 デビットはここの経営者として試運転などに参加しているため、今日のところは並ぶお客たちに席を譲り、子供たちが満喫して降りてくるのを待つ役に回ることにした。

 だが、こうなってくると少し問題が発生する。

 子供たちは五人で、コースターは八人乗り。二人組に譲っても、一人で乗る子が出ることになる。

 なので、ユーノがその役をすると言ったのだが、何故かこんな事態になってしまった。

 ちなみに、ことの発端はアリサである。

 彼女曰く、「案内してあげるって言ったのに、一人でなんてダメ」とのことらしい。

 更に、そんなの狡いと周りもユーノの取り合いを始めた。最も、当の本人はというと、フェレットの時撫でまわされる順番を争われて、結局全員に盥回しにされたのを思い出し、未だに自分の認識にフェレット分が多量に含まれているのを再認識したとか、していないとか……。

 ともかくこうして、そんなジャンケンが始まったのである。

 

 

 

「「「――――せーの、じゃーんけーん、ポンッ!!」」」

 

 

 

 ***

 

 

 

 そして、公正なるジャンケンの結果、席順はこのように決定される。

 

「むぅ……」

「ま、まぁまぁ……なのは」

「うぅ……一人になっちゃった」

 前列にアリサとユーノ。

 その後方にフェイトとすずか。

 そして最後になのはという並びになった。

 おまけに、偶々次に並んで人たちがカップルだったため、そのままスライドで乗ることになり、結局なのははコースターに一人で乗る羽目になってしまうことに。

「まぁ、なのはには悪いけど……この結果は当然ね。運命の神様は最初の約束を破らせるなんてことはしない筈だもの!」

 アリサはそういうが、ジャンケンの結果なので偶然なのではないだろうかと傍らのユーノは思う。

 最も、それも含めて運命だというのならば、きっとIFもどこかに転がっているんだろうな、とも思ったのだけれど。

「なのはちゃん……」

 そんな彼の隣で、すずかはなのはを心配そうに見ている。

 とはいっても、公平なジャンケンの結果なので、何らかの不正があったわけでもないため、これ以上は何もできない。

 そんな空気に耐え兼ねて、先ほどまでなのはを宥めていたフェイトに続き、ユーノも彼女を慰める役を買って出ることにした。

 励ますような言葉でいいのかよく分からなかったけれど、曇った表情は彼女には似合わない。

 少しでも彼女が元気を取り戻せるように、ユーノは声を掛ける。

「で、でもアトラクションはこれで最後じゃないし、次は一人で乗ることはないよ」

 と、そこまで言ったとき。

 最近また開き始めた身長差ゆえか、下から覗き込むようにしてなのははユーノの名を呼んだ。

「……ユーノくん」

「え、な……なに?」

 唐突に呼ばれほんの少し戸惑うユーノ。

 だが、その次に続いた言葉でその戸惑いはあっという間に霧散することになる。

 どことなく不満そうな雰囲気は残しながらも、ほんの少し拗ねた子猫のように甘えを覗かせながらなのははこういった。

「次は、一緒に乗ってね」

 その問いかけに対する返答は、ユーノの中に探すまでもなく、当たり前に存在している。

「うん。もちろん」

「約束だよ?」

「うん、約束」

 小指を差し出すなのはにユーノも小指を向け、指切りを交わす。

 親しくなるごとに、時折除くなのはの一面はユーノにとって好ましい。そして、それは なのはの側も同じこと。

 信頼や絆を感じられるこの感覚は、とても胸が温かい――。

 と、そう思っているのは二人だけ。

 取り残された外野は、無自覚に交わされるこのやり取りに伴って発生している甘さのようなものに少々げんなりしていた。

 いかな甘味を求める乙女でも、友人の惚気はお腹いっぱいの様だ。

「……二人だけでなに甘い空気だしてるのよ」

 アリサがぼそりと呟きを漏らすが、事の発端であるユーノはほんの少し恥ずかしそうにするのみで、なのはに至っては「ふぇ?」と分かっていない反応を返すのみ。

「自覚無しって、ホント質悪いのね……」

「え? え? アリサちゃん……何のこと?」

「いーわよ、それもなのはの魅力だし」

 ため息とともにそんなことを言うアリサ。

 なのはが自覚するのは果たして何時になるのだろうか……。

 それは謎であるが、今は先に手に入れておいた特権を行使することとしよう。

 ――まぁ、あんまり気づけないでいるんなら……わたしが貰っちゃうんだけどね?

 悪戯っぽく内心でそんなことをごちながら、アリサはユーノを引っ張ってコースターへと向かうのだった。

 

 

 

 そうして場面は冒頭へと戻る。

 

 

 

 島の一角を縦横無尽に駆け抜けたコースターから降りた子供たちは、未だ興奮冷めやらぬ様子のまま、楽しそうに歩いていく。

「んー、楽しかった~♪」

 どこかスッキリした様な顔でいるアリサは、とてもいい笑顔でそう言った。

 それに対し、

「すごい迫力だったね……」

 傍らのユーノはというと、まだ心地よい高揚感の中にいるようで、高鳴り続ける鼓動の打つ胸を軽く押さえながら彼女の後を付いて行くようにして歩いていく。

 そんな彼の言葉を受けて、アリサも満足そうに頷きながらも……。どこか楽しそうに、ニヤニヤと笑いながら彼のことをからかい始めた。

「でっしょー。ふふっ、ユーノすっごい驚いてたもんね~」

「たはは……空を飛ぶのは慣れてるつもりなんだけどなぁ」

 楽しそうなアリサだが、未だ夢遊病の様な気分のユーノは、どこかぽわぽわとしたまま感想を口にすることくらいしかできない。

 加えて、ちょうどそれはフェイトも同じらしく「……うん。アレは、すごかったね……」と、そんな感想を口にした。

 その後ろでは、最初のなんだかんだはどこへやら。

 高速の弾丸への搭乗を堪能し、満喫したなのはとすずかが「楽しかったね」と微笑み合っている。

「凄かったねぇ~」

「うん! とっても楽しかったね~」

 歩き出した子供たちを見守りながら、後方を歩くデビットも、皆の楽しそうな顔に満足そうに「うんうん」と頷いている。

 そんなほんわかした雰囲気のまま、子供たちは次のアトラクションへと向かっていくのだった――――

 

 

 



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行間二 ~一幕再び、射撃と迷路~

 行間その二でございます。
 行間一の前書きにあった通り、こちらもオリジナル展開というか、繋ぎの話になっております。
 ただ、色々ネタをぶっこんであるので、そういったものが嫌いな方は申し訳ありません。お気に召さなければブラウザバックでお願いいたします。


 穏やかな時間は続いて―― Stay_Rest.

 

 

 

 海上にそびえる、一大テーマパーク《オールストン・シー》。

 その目玉ともいえるジェットコースターからほんの少し離れたところにある、ヴァーチャルシューティングが楽しめる施設へと、コースターを楽しんだ子供たちは引率のデビット共にそこへ向かう――。

 

 

 

 *** 緋弾? なアリサ Let's_Shooting!

 

 

 

 

 

 

 次の場所へ向かい歩きながら、ユーノはアリサたちにそのシューティングゲームを楽しめるという施設のことを聞いていた。

「――じゃあ、このパンフに乗ってる〝エレメンタル・ブラスター〟が、次の取材場所ってわけなんだね」

 と、ユーノは傍らのアリサに尋ねる。

 学校であらかじめ話を聞いていたなのはたちはともかく、ほとんど初見のユーノはアリサたちに説明を受け、次の施設の仕様を教わりながら歩いていく。

「そ。まぁ、取材なんて言っても、自由研究の取材は楽しんだ結果を書くんだから、思いっきり遊ぶだけなんだけどね」

 来る途中パンフレットを見ていたものの、此方の世界は管理世界の住人であるユーノからすればまだまだ見慣れない事ばかり。アリサから教えてもらう度に、楽しみは次第に倍増していく。

「あはは。じゃあ、皆で思いっきり楽しまないとだね」

「うんうん。その通りよ、ユーノ♪」

 ビシッ! と、楽しそうに人差し指を立てて笑みを浮かべるアリサ。

 まるで教師にでもなったかのようなその出で立ち(ポーズ)は、妙に彼女に似合っていた。

 先ほど水族館エリアでユーノのことを先生なんて呼んでいた時からは一片、メガネでも掛ければ彼女は元来の聡明さも相まって、いっぱしの女教師にでもなったように見えること請け合いだ。

「あ、見えた!」

 なのはの声を受け、皆が彼女の視線の先を追う。

 薄く青がかった白いドーム。

 入り口に差し掛かかったところで、デビットは「出口の方で待ってるよ」といってゴールの方向へと足を向ける。

 その際、

「ふふっ。ここは結構難易度が高いから、みんな頑張って。――ちなみに、僕らがテストプレイしたときの最高得点は……」

 と、言い残して彼はその場から去って行った。が、そう聞いては俄然やる気が出るというもの。

 とりわけ、デビットの娘であるアリサは負けん気が強く、父親の言った点数を上回って見せると張り切りだした。

 しかし、何も張り切り出したのは彼女だけではない。

 〝射撃〟には一日の長がある砲撃魔導師であるなのはやフェイトも、頑張ろう! と顔を見合わせて確認し合っており、この中では比較的大人しめの反応であるすずかも、運動の類が好きであることもあってか静かな高揚を覗かせている。

 そして、ユーノもまた、そんな彼女らに引っ張られるように、早くなっていく鼓動を感じながらその中へと歩を進めた。

 

 

 

 入り口を通ると、待ち構えていたのは丸いゴンドラの様なもの。

 今度は席が分かれるということもなく、五人全員がまとめて乗れる形であったため、微笑ましい小競り合いの第二幕は上がらずにアトラクションの開始を待つことになった。

 ほんの少し待つと高らかな女性の声でアナウンスが入り、席に備え付けられたゲームセンターにでもありそうな銃を手に持つようにと指示が入る。

 みんなで目の前のそれを手に取って、次の指示を待った。

 一拍置いて、再びアナウンスが入る。

『本日は仮想射撃ゲーム、エレメンタル・ブラスターにようこそ!

 お手元のブラスターはお手に持ちましたか?

 ここより進むのは、様々な属性を具現した世界〝エレメンタリア〟。皆さまには、暴走した技術によって生み出された様々な精霊(フェアリー)幽霊(ゴースト)たちを撃退していただきます。大きな勇気と強い心で、共に異世界・エレメンタリアを支配する敵を倒し、この世界を救いましょう!!』

 世界観の説明と、大まかなルールがこうして言い渡された。

 入る前にデビットの言っていたとおり、要は撃破した標的(ターゲット)に応じてポイントが加算されていくという形式である。

 ……にしても、

「なんだか、設定がどことなく管理世界のロストロギア関連に似てるような……」

 ついでに『無限書庫』にも、と。

 どことなく馴染み深いような舞台設定に、ユーノはふとそんな呟きを漏らす。

 不思議そうにしている彼の傍らで、すずかはその様子にくすりと笑うと、彼の疑問に答えを呈した。

「ふふっ。前にユーノくんから貰った本も、参考にしてもらったんだよ~」

「あぁ、なるほど。それで……」

 どうりで、と、納得したようにユーノは彼女の言葉に頷いた。

 そうこうしている間にも説明は進んでいき、大体の事柄を話し終わったところでついにゴンドラが動き出す。

 この施設はレールに従って動くゴンドラの中から、四方から現れる標的たちを倒すというものだ。

 標的の出現はランダムだが、倒すごとにターゲットが追加される仕様になっているので、点数が上限いっぱいになるということはないのだが、制限時間――つまりは、距離が決まっているので限界はある。

 詰まる所、この短い間にどこまで倒せるのかを競うゲームなのだ。

 そうして動き出したゴンドラの中で、五人はターゲットの出現を待つ――。

 

「――来た!」

 

 いの一番に声を上げたのは、やはりなのは。

 ゲームが得意であるとともに、現役の砲撃魔導師である彼女は、こういった空間把握を求められる事柄に強い。

 そんな彼女に負けまいと、同じく砲撃寄りの戦技魔導師であるフェイトもなのはに続く。

 一つ目のターゲットたちは、開始直後のなのはの察知によってあっさりと倒されてしまった。

「なのはったら絶好調ね……でも!」

 即時殲滅を受けたターゲットたちを見て、一気に闘争心が加速したアリサはユーノを自分の方へ引き寄せた。

「おわっ!? あ、アリサ。なにす――」

 唐突に引き寄せられ驚いた様子のユーノだったが、アリサの心なしか燃えるような碧眼に気圧されて思わず言葉に詰まる。

 戸惑いながらも、流石は司書長といったとこか、ユーノの思考は止まっていない。

 詰まった言葉をどうにか引き出しから引き出すように、彼女が何を思ってその行動に出たのかを訊ねてみた。

「ど、どうしたのアリサ?」

 問いかけを投げると、帰って来たのは何故か助力要請。

「どうしたも何も、こっちも負けてらんないわ! ユーノ、力を貸して」

「え、あ……うん。えっと、何をすればいいの?」

 ゲーム中に手助けって、何をするのだろうか? ユーノのその疑問は、決して間違ったものではない。間違いではないが、ヒートアップしている今のアリサにはその理屈はどうやら通用しそうにない。

 普段以上に強きに磨きがかかり始めた彼女に、ユーノは既に呑まれていた。

「良い返事ね。それでこそあたしの相棒にふさわしいわ!」

「相棒って……」

 何だか良く分からないが、ひとまずユーノはアリサの相棒に認定されたらしい。

 背中を預け合うその響きは、どこか懐かしい様な気もする。

 因みに、懐かしさを感じていたユーノとは裏腹に。

「アリサちゃん!?」

 その〝相棒〟宣言に対して、なのはがびっくりして目を見開いていたのは余談である。

 元祖パートナーを取られてしまったような気がして、なのはの手が緩んだのをアリサは見逃さない。

「細かいこと気にしないの!! いい、ユーノはサポート。あたしの足りない空間把握で、標的を補足して教えて!」

 

 ――――風穴開けてやるわ! と、なんとも頼もしいが、どこか物騒なことを言い出したアリサ。

 

 最も、まぁ確かに自分は闘う側とは言い難い。

 サポート奴としてゲームを楽しむのもいいかなと、ユーノは二丁拳銃(ユーノの分)を構えた彼女の提案に乗ることにした。

 さらっとその相棒宣言に彼が乗ったことで、なのはが余計にショックを受けているのは内緒だ。

「いいよ。アリサの足りない部分は、僕が補うよ」

「良い覚悟ね、ユーノ。――アンタがいれば、何だってやってやるわ」

 自分達で微妙に空気を生み出して、そこから乗ってしまっている感はあるが、ともかく何故かここに金髪碧眼コンビが結成された。

 そこから先は――まさしく、赤い閃光が入り乱れる世界を具現することとなった。

「アリサ、右後方に三体。上方に五体。前方の二体を倒したら、上方から右方へシフトして」

「了ぉ、――――解ッ!」

 無双、まさしく無双。

 そんな言葉が、きっと今の彼女にはよく似合うだろう。

 前に刀が似合う、なんていったことがあったが――意外と銃も似合うなぁ、と、ユーノは特技である並列思考の片隅で、ぼんやりと思った。

 ただ、そうして洗練・加速していく思考とは裏腹に。

「……アリサちゃん」

「ぅぅ……ずるい」

「あはは……」

 二人の視界にはもう互いしか写っておらず、微妙に他の子たちがフレームアウトしていたことに気づけていないという弊害を生んでいたことを、ユーノとアリサはゲーム終了後に知ることとなるのであった。

 付け加えて、もう一つ弊害らしきものがあるとするのなら――。

 

 ――――まだテストオープンの段階だというのに、このゲームにおける最高得点が何故か更新されてしまうことになったくらいだろうか。

 

 

 

 ***

 

 

 

「~~~っ、はあ……楽しかったぁ」

 まさしく、満・足! と、顔に書かれているアリサ。

 ツヤツヤとしたその顔には、確かに書かれた文字と同様の気分が現れている。

「ホント、すっきりしたわ。ユーノのアシストもあったし~」

「はは、ありがと」

 何だかここ最近、ますます距離を縮めているような雰囲気を醸し出す二人。

 見ていて面白くないのは、彼をここへ誘うことになったなのはである。

 加えて、本人は自覚していないのだが、自分だけと思っていたお株を取られてしまったのが非常に悔しい様だ。

「うぅ……」

「な、なのは……。そんなに落ち込まなくても――」

 落ち込んでいるなのはを宥めるフェイトと、終わってみればのほほんとしているすずか。そして、満足感を隠しもしないアリサと、彼女のテンションにまだ引っ張られているユーノ。

 なんとも、高低差が激しくなってしまったなぁ……と、苦笑いをする引率のデビット。

 落ち込み気味のなのはが、次の施設で元気を取り戻してくれると良いのだが、と。

 自覚の薄い王子様に期待をしつつ、彼は娘とその友人たちの一行を、次の施設へと案内していく――――

 

 

 

 ***

 

 

 

 続いて子供たちが訪れたのは、先程のシューティングと同じ体感型の施設。

 但しこちらは、先ほどまでのように受動的に動くゴンドラとは異なり、自分で動いて体感する仕様(タイプ)の施設。

 此処の内容は、手にしたアイテムなどを用いて複数のゴールを目指すという、いわゆる迷路の類だ。そして、その内容を最大限楽しめるように、入れる人数は二、三人までで逆走は禁止、というものになっている。

 入り口から少し入ると、その部屋が回転するようなっていて、五つある入り口のどれかにランダムに入る。迷路の中は暗がりで、最初に与えられたヒントと、その先に設置されたアイテムスポットにある問題を解きながら持ち物を増やしてゴールまで進んでいく。

 用意された五種類のゴールは、四種類+シークレットという内訳で、元々明かされている四種の内容(コンセプト)は以下の通り――

『超古代の謎』

『崩壊した近未来』

『現身の鏡の物語』

『輪を外れた時間の世界』

 ――という風になっており、シークレットはそれらと異なる結末が用意されている。

 そうして其々に用意された謎を解き明かすと、解いた謎の数に応じてその結末を映像として見られる仕様。

 このように、プレイヤーによってエンディングが変更されるということから、発表の段階からかなり注目を集めている。また、先程のシューティングとは異なり、こちらは実際にあるモノを用いて遊ぶことから、AR的な側面が強い。

 そういった違いを楽しめるように、これらが同じエリアに設置されたのだそうだ。

「まぁ、大まかな説明はそんなところね」

「ふぅん。謎解きかぁ……」

 アリサに言われ、ここの内容を大まかに把握したユーノ。

 そういった探索、捜査はユーノの得意な分野だ。

 未知や謎解きに好奇心を覗かせる彼の姿は、普段のそれに比べると、どことなく年相応に見える。

 少し子供っぽい反応も、中性的な見た目をしているユーノの、確かな少年らしさを感じさせてよく映える。なんとなく自分たちも胸躍るような気分になって来た、少女たちもまた、早速この迷路へと挑む。

「――と、その前に組み分けしないと」

「あっ、そっか。ここ、多くても三人ずつしか入れないんだもんね」

「じゃあ、二人と三人に分かれるとして、どうやって決める?」

「うーん。さっきはジャンケンだったし、今度は……どうしよっか?」

 悩む子供たち。すると、そこへ待っていましたとばかりに、用意していたくじを渡すデビット。

「パパ、これどうしたの?」

「さっき、皆を待ってるときにだよ。ジャンケンもいいけど、こういうのもスリルがあっていいかなと思ってね」

「なるほど……うむむ、流石パパね。いいとこ突くわ」

 一度で決まる、という点においては確かにジャンケンより判り易い。

 先程の光景を見て、さっさと用意してしまうその行動力は、流石はアリサのパパといったところだろうか。

「くじには番号が振ってあるから、偶数と奇数で二人と三人のペアを決めるといい。さっきのコースターみたいなときは、座席順ってことにすれば、判り易いと思うよ」

 そういって差し出されたくじを引きにかかる子供たち。

 この場にいる人数からして、奇数ペアが三人。偶数は二人ということになるので、どうなるかはよく判らないが、ともかくくじにとりかかる。……ほんのりと、ユーノが偶数になることを祈って。

「じゃあ、ユーノからでいいわよ」

「え、そう?」

「何よ、いやなの?」

「ううん。ただ、何となくアリサなら〝レディーファーストよ〟、とか言いそうな気がして」

「うっ……~~~っ、うるさいうるさいうるさい! いいでしょ! 男女平等の時代なんだから。それより早くしなさい、Harry up!」

「は、はい……!」

 何故か急かされ、勢いでくじを引く。

 迷う暇もなかったので、本当に選ばずに勢いで引いてしまった、彼のくじに振られていた番号はというと――。

「で、番号は?」

「あ、えっと……二番、だね」

 

「「「!!」」」

 

 ――なんとも、予定調和(アンケ通り)な展開になって来た。

 胸の高まりが心なしか増し始めたその中で、少女たちは残りのくじを引く。

 ……狙うは、残った偶数。

 運命の女神は、果たして誰に微笑むのか――――。

 

 

 

「「「せー、のっ!」」」

 

 

 

 *** 暗い迷路で高揚する心 Fall_in_Labyrinth.

 

 

 

 

 

 

 ――――中に入ると、最初に二人を出迎えたのは暗闇。

 そこから数秒の間を置いて、重く響きを持った男性の声でアナウンスが入る。

 〝ようこそ、『フラクチュエート・イデア・ラビリンス』へ。

 此処は、とても不確かな旅路の一角。君たちは、己が物語の先へ見事辿り着けるか。その胸に秘めた、知恵と勇気が試される〟

 最初のアナウンスが終わると、暗闇の一角が光る。

 見ると、そこには一枚の紙があった。描かれていたのは、迷路を制覇するためのヒント。

 絵の方は、黒い人型と滲ませて暈した様な人型。

 何故人型が二つもあるのか? と最初は思わなくもないが、片方がはっきりと輪郭が判るのに対して、もう片方は其方のはっきりとした人型があったからこそそうだと解る程度。ただそれだけでは滲んだ絵の具の痕にしか見えない。

 この二つが関連していると推察したところへ、さらに重ねられた文字。

 その一文は――〝夢は鏡、虚ろなる世界は揺れ動く〟という、詩のようなものだった。

 暗がりの中で、置かれていた台座の光の元、それを読み取る紅の瞳の少女。

 しかし、その答えを直ぐに知ることは出来ない。こんな序盤でアトラクションのヒントの答えなどそう簡単に判るわけもないのは、当たり前といえば当たり前だが……仮にそれがアトラクションのストーリーだとしても、暗がりの中で謎の中に放り出されれば誰だって少しは不安な気分になるというもの。

 とりわけ、のめり込んでみる気があるなら尚更に。

「これって、どういう意味なんだろ……?」

 傍らの、翡翠の瞳に問う。

「……うーん……」

 だがもちろん、彼にもそれは分かってはいない。だがひとまず、ここは迷路型のアトラクションなのだ。

 まずは進んでみないと話にならないだろう。

「これだけじゃまだ判らないけど、ひとまずは進んでみない?」

「……そうだね。まずは進もう」

 こくり、と頷いた少女に、少年も軽く頷き返して手を差し出した。

 その手が握り返されたのが解るのに合わせ、「じゃあ」と、彼は彼女に声を掛けながら、ゆっくりと歩き出す。

「行こっか、フェイト」

「うん。そうだね、ユーノ」

 そうして、偶数ペアになった二人の迷路探検が始まり、奥へと進んでいく金色の髪が、ゆらりと暗がりの中へと消えて行った。

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 その頃、奇数ペアはというと――。

 

 ゆらり、と舞ったほの白い炎。

 真夏の悪夢(ユメ)にでも出てきそうな、陽炎じみたその影。

 風が木の葉を揺らすような温い動きを見せ、心なしか遠巻きに太鼓が音頭を取っているかのように感じられる。

 すると、

 

「「「ひう……っ!?」」」

 

 噛み殺した様な声が少女たちから漏れ出す。

 こそばゆい様な感覚を残して首筋を撫ぜていく何かに、思わずまだまだ幼いお年頃の少女たちは、すっかり飲まれてしまっている。

 その路は、四つの物語に属さない五つ目。……そう、彼女らがいるのはまさしく、シークレットのコース。

 課せられたコンセプトは、といえば――――

 

 

「「「ひゃっ――――きゃあああああああああああああああああああっっっ!!!???」」」

 

 

 

 ――――真夏の遊園地にふさわしい、恐怖と怨念が犇めく幽鬼の路なのであったとさ。

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 少し進むと、そこには一対の別れ道。

 本来迷路というものは、壁に沿って進めばいずれ出口に付くものであるが、ここの迷路には五つの路があり、その路も中でいくつかの出口に分かれている。ドーム状の建物を、五つの区画に分けて出られる場所によって、クリアの度合いを測っている仕様なのだ。

 似通っているものを上げるとすれば、シミュレーションゲームのそれに近いだろうか。

 物語は一つでなく、またそれぞれの結末もまた一つではない。

 根幹をなすのは、それに似ているのかもしれない。その例に習うかのように、ユーノとフェイトは最初の分岐点へと差し掛かった。

 そこには、先程手に取った紙と同じ、ヒントらしきものが描かれた石板を模したパネルが立っている。

 これもまた、進む先を示している道標のような物であるらしい。

 ただ、どうやらまだ、最初の紙にあったそれが関係しているわけではなく、ここに在るのは単完結型の問題。

 故に、ここがまだ通過点であることを示している。

 そして、そこに記された問題は――

「えっと、〝常に己は平静であれ。なればこそ、その水面は望む先を写す〟――これって、どういう意味なのかな……?」

「まぁ、要するに意図の裏を読んで答えろ、ってことなんだろうけど……」

 だが、生憎とそこに書かれた事柄は、字面のままに捉えたのでは答えられそうにない。

 この先に進むためには、少しばかり頭を捻る必要がある様だ。

 けれど、まだ少々参考にできる要素が少ない。周りの物から他にも情報を得られないかと、ユーノは先への道に何か違いはないかと見てみた。

 特に目立った仕掛けはなく、ただ通るための物の様だ。

 更に調べて分かったのは、其々に通ったことを感知するらしい境界線が引かれていることだけ。要するに、ここを過ぎると〝通った〟ということになり、選択をしたと見なされるようである。

「……む」

 これが本来の迷宮であるとか、『無限書庫』の未整理区画だというならば、当然のごとく何度かやり直しを前提として進む先を吟味するところだが……ここは、入ったからには出るまで一回きりの選択肢しか認められない。

 これまで経験したダンジョン系統の遺跡に比べれば勿論易しいが、ゲームならではの難しさというのもあるのだろうか。

 ユーノは問題を反芻しながら、思案顔で辺りの物を探っていく。

「分かれ道に何の変化もないなら、――あ」

 ぶつぶつとつぶやきながら、視線を向けた先に、彼は何かを見つけた様だ。

 そこには、水の溜まった水盆のようなものがあった。

 最も、きちんとしたものではなく、迷路の雰囲気に合わせた、岩のくぼみのような形をとったものではあるのだが。

「これ……」

 フェイトの呟きがぽつりと漏れる。

 どうやら彼女も、彼の視線の先に気づいた様だ。

「うん。多分、これがさっきの問題の水面のこと何だと思う」

 同意を示しつつ、先の問題文を思い出しながら水盆を見つめるユーノ。

「確か、さっきの問題文にあった水面は、望む方向を示す……って」

 そもそもだが、この水盆は出口を写していない。かといって、これが完全に無関係とも思えないのも確かだ。

 

「「うーん……」」

 

 二人そろって唸る。

 一つ目からこれでは、先が思いやられるかと思われたその時。

「――あれ?」

 フェイトが、何かに気づいたらしい。

 気になったユーノは、それについて訊ねてみる。

「? どうしたの、フェイト」

「ここ、何か写って……」

 指差した先で、ほんの少し揺れている水面には、確かに何かぼんやりと写り込んでいるのが見える。

 だが、周りが暗い事と、微かに漏れこんだ光に邪魔されてよく見えない。

 少し考えて、じゃあと二人で光を抑え込むようにして並んで立つ。そうすると、光がある程度遮断されて水面が映す何かが見えた。

 どうやら、天井に文字が――

「――文字?」

 そこに在ったのは、〝心〟という文字。

 ぽつんと、まるでそこに在ることに何の疑問も抱かせないかのように、ひっそりとそこにいた。

 が、明らかにこれはヒント。

 問題文から察するに、この〝心〟が進むべき方向――〝望む先〟であるのだろう。

 しかし、

「心って言っても、別れ道の天井に心に通ずる文字なんて書かれてないしなぁ……」

「……だね」

 これではまた手詰まり、先に進むことが出来ない。

 二人は再び考え込む態勢に入り、小さく唸りながら問いかけの答えを探す。

 周囲に、他のヒントはない。また、これといって進むべき第三の道もない。

 これでは……と、ユーノはおもむろに、最初に手に入れた紙を取り出して眺めてみる。何か、通じているのでは無いかと思ったのだが、特に思い当たる節はない。

 ため息を吐き掛けたその時、

「……(ずいっ)」

 フェイトが身を乗り出して彼の手元を覗き込んで来た。

「ふぇ、フェイト……っ!?」

 不意打ちに驚いたユーノは、胸の内で跳ね上がった心臓同様に肩を震わせてしまう。

 そんな彼の様子を見れば自分が何をしたかも判りそうなものだが、生憎と、今のフェイトは問題を解くのに夢中でそれに気づいていない。

「? どうしたの、ユーノ?」

「い、いや――どうしたって、その――」

 不思議そうな顔をされても、それは困る。

 ユーノは結局、何も言えなくなってしまい、苦し紛れに手元の紙へ意識を戻す。

 だが、早鐘のようになってしまった鼓動がうるさくて、いつものような集中力が取り戻せない。

 別に、何をやましいことをしているでもなし。落ち着いて、平静なままでいれば何も問題はないのだと。そう自分にそう言い聞かせようとして、それに気づいた。

(揺れる水面、心、望む方向……平静であれ……)

 左胸にそっと手を置く。

 思考が晴れていくのに合わせて、その鼓動は成りを顰めていく。

 しかし、それはある意味、一度乱さねば当たり前すぎて忘れてしまう程度のもの。

 ……とすれば。

「もしかして」

「? ……ゆ、ユーノ?」

 ふっと小さく呟くと、ユーノはフェイトの手を引いて左の路へ進む。

 まだ問題が解けていなかったのに、とフェイトは驚きを微かに覗かせたが、ユーノの迷いのない足取りを見て、大人しくそれに従った。

 ほんの五メートル足らずの間であったが、フェイトには何だがかなり長く感じられていた。繋がれた手から伝わる温かさに彼女がほんのり頬を染めている間に、二人はその道をするすると抜けていく。

 二人がそこを抜けると、そこは出口(おわり)ではなく、道が続いているのが見えた。

 どうやら、左の道で正解らしい。

 正解だったのはいいのだが、

「でも、ユーノ。どうして分かったの? 左だって」

 どうもただ連れられてしまっただけのフェイトには腑に落ちない部分もあるらしい。

 説明を求めるように、じっと見てくる彼女に、ユーノは「あぁ、それは……」と説明を始めた。

「あの問題文と、心の文字に望む方向。この三つと、最初の平静であれっていう言葉」

 そこから推察を重ねて、左という回答に辿り着いた。

 左とは、心臓のある場所のこと。平静であれ、ということは一度乱れることがある。

 落ち着かせようとしたら、きっと意識は左胸に行く。

 意識を残したまま、その鼓動が落ち着いてしまえば、残るのは意識の裡に残ったその方向だけ。

 つまり、乱れるのは水面を意味している。

 波打ちそれが消えてしまった先に映るのは、〝心〟……すなわちそれは心臓だろう、という説明をユーノはフェイトにした。

 推察としては十分。

 ただ、もしも彼らが日本という国にもっと馴染みがあったのなら、〝明鏡止水〟という言葉からもっとあっさり答えに辿り着けたかもしれない。日本では古来の言葉遊びに置いて、時折水を心に繋げることが多かったりもする。

 そのあたりから、この問題はきっと造られたのだろう。

 説明を終えると、「なるほど……」と感心したようにきらきらした紅の瞳をユーノへ向ける。

 感心しきりの彼女に苦笑しながら、先へ進む。

 先へ向かって行く二人の手は、暗がりの中でも温もりを伝え合うかのように、繋がれたままだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 結論から言うと、その後は至極順調のまま進んだ。

 先程の『水』に関する問題の後、『反射』や、『記憶』といった事柄を元にした問題が続いており、最初の文の内容から、おそらくここは四つの内『鏡面世界の物語』なのだろうとも解った。

 

 そして、最後の問いに辿り着く。

 

 パネルには、ここまでと同様に問題が記載されている。

 そこに在ったのは、〝よくぞここまで辿り着いた。結びの問いかけは、最初の詩を以て己が答えと成せ〟といったもの。

 最初の詩は、〝夢は鏡。虚ろなる世界は揺れ動く〟。

 ここまで通って来た道は、『水』は『心』を指して、『反射』は『影』を表し、『記憶』は『思い出』だとされた。

 そこから導かれた答えは――――

 

 

 

 ――――〝自分〟。

 

 

 

 心は水面のように不確かで、それを写す鏡は夢。けれど、そうして写したものはいつも美しいとは限らず、己の影をどこかに残す。だが、残された影すらも受け入れてこそ……それは確かに、自分という存在だといえるものになるだろう。

 最期の道まで進むことのできた二人は、これまでにはなかった扉に手を掛けて外へ。

 こうして、鏡の物語は終わりを告げた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 迷路を抜けた一同はしばしの休憩ということで、おやつタイムを楽しんでいた。

 

「はぁ……ったく、えらい目にあったわ」

 楽しい休憩かと思いきや、どうやら手放しで喜べるわけでもないらしい。

 アリサは疲れた様に手元のジュースをチューチュー啜る。

 彼女のそんなため息を見て、フェイトは「た、大変だったんだね……」と心配そうに彼女らを見ていた。どおやら奇数ペアの迷宮探検は、相当にハードだったようである。

 ただ満足そうに出てきた偶数ペアとはえらい違いだ。

「……もう。ユーノとフェイトばっかり満足そうに出て来てズルいわねぇ~」

 おまけに、仲良さげに手ぇ繋いでたし? と、ジト目を向けるアリサ。

 相当先ほどのシークレットコースが堪えたらしい。

 不機嫌そうな娘を見て、デビットはその頭をポンポンと撫でながら笑いを溢す。

「はは。にしても、まさか一回目からあのコースに当たるとはね。結構レアに設定されてたはずなんだけどなぁ……」

「うぅ、こんなところで運使いたくなかったわ」

「まぁまぁ、そう落ち込まないで」

 拗ねたようなアリサであるが、父に撫でられて少しは機嫌を取り戻しつつあるようだ。

 その傍らでは、これまたおなじように拗ねたなのはがユーノに宥められているところが見られる。

「大丈夫……?」

「……こわかった」

 ほとんど無敵の魔法少女にも、どうやらそれなりに怖いものはある様だ。

 まだ子供なのだから、当たり前といえば当たり前なのだが。

 くすり、と、どこか微笑ましげに見ているユーノに、なのははどこか不満そうだ。

「ユーノくん、今わたしのこと笑った……」

 普段ならそれほど気にしないだろうことも、そんな気分に引きずられてついつい零れてしまう。

 流石に失礼だったか、と、ユーノは訂正を試みる。

「あ、いや……これはそういう訳じゃなくて……その」

「むぅ……」

「な、なのは……」

 しかし、なのはの機嫌は未だ坂を転がる石の如く。

 まだまだ直りそうもないのであった。

 結局その後も、なのはの機嫌が直るまでユーノは彼女に付き合うことになる。

 そんな可愛らしい嫉妬を眺めながら、子供たちの自由研究が進んでいく。

 

 

 

 

 

 ――――しかしその一方で、刻々と迫る戦いの予兆。

 

 

 

 遠き世界より、滅びの定めに抗おうとする少女の心がその嵐を巻き起こす。

 

 

 



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第三章 迫り来る滅びの定め

 今回は主人公サイドが出てこないお話ですが、映画的には此方の方がメインサイドなので章の区切りでお届けしております。
 ついに事件が始まり、ここから数話は序盤のお話となります。
 では、どうぞ―――


 崩れゆく、幸せだった時間

 

 

 

 ――――そこは、家族と過ごした夢の跡。

 

 

 

 *** 旅立ちの日 ――決別――

 

 

 

 青白い光が地下室を照らす。

 少女の操る遺跡板と呼ばれるそれは、この星における情報端末であり、情報(それら)を納める媒体そのものでもある。

 けれど、そこにあるデータはこの地によるものでは無い。

 遥か遠く、本来ならば交わることもない世界の記録。

 少年が見つけ、少女が救い、そして――運命(みち)を切り開いた物語の顛末。

 ……悲劇を覆した、強き者たちの姿だ。

 

「……、――――」

 

 桃色の瞳は僅かに憤りを滲ませながら、それをじっと見つめている。

 そこにあるのは悔しさと憧憬。

 見れば自分よりかなり年下だろうに、この子供たちにはそれだけの力があったと示されている。

 そうした事実が、見当違いの怒りと分かっていてもなお腹ただしく、そして何より妬ましい。

 悲しみのうちに沈んでしまう瞬間であっても、それでも前を向いて進み続けて未来を摑み取れた、その強さが羨ましかった。

 けど、そんな思いなんてもういらない。

 何も出来なかっただけの弱虫はもういないのだから。

 そう、変える為の力はきっと――この手に。

 

「キリエ」

 

 名を呼ばれ振り返ると、そこには赤い色の髪をした少女がいた。

 自分の桃色の髪とは違い、癖があまり強くない真っ直ぐな紅。

 優しくこちらを見つめる翠玉のような瞳には、そうした温かさの中に苦しさを隠している。

 その秘匿が、酷く癪に障る。

 いつもいつも、自分には早い。無理だ、と言って遠ざける。

 けれど、どうしても〝嫌い〟にはなれない。

 だってこの人は、自分の姉なのだから。

 

「……お姉ちゃん」

 

 口に出た言葉に、偽りはない。

 彼女は姉で、自分は妹。

「少し、根を詰め過ぎていませんか? 休憩がてらに、上でお茶でも――」

 ――――だから(キリエ)は、(アミタ)に子供だと思われている。

 ……でも、掛けられる言葉に。

 労わってくれる心に、本当は不満なんてない。

 大切な家族。守りたい存在。

 それは互いに同じであるからこそ、姉は自分を遠ざける。

 だけどもう、守られるだけの存在ではない。

 ――――きっと、自分にもできる。

 迫り来る劇終の幕。

 夢を馳せた世界(ほし)が、その生命(いのち)を砂として落とし尽くす(とき)

 だから、変えるのだ。

 自分が見つけた方法で、何もかもを。

 大切にされてきた、守ってもらった、この命で――

 

「あたしなりに調べてるの。一刻も早くこの世界(ほし)の滅びを止める方法……。この一週間、ママとお姉ちゃんがあたしに秘密の内緒話をしている間も、ずっと」

「気を悪くしないでくださいね。わたしとかあさんは、とても大事な話をしていて……」

 

 ――と、そう思っていたのに。

 結局、宥めるようにかけられた言葉には微かな諦めのようなものが滲んでいる。

「……子供だもんね、あたしは。ママもお姉ちゃんも、いつもそうだったから」

 柔らかく留め置こうとしている。……そのことに、腹が立った。

 まるでそれは、自分には何も出来ないのだから何もするなと言われているようなものだ。もちろん、そうで無いのだろうと言うことは解ってはいる。

 だからきっとこれは、自分の中にある劣等感の裏返し。

 守られるだけの存在。それが、末っ子である自分(キリエ)なのだから。

「そんなことは――」

 どうやら姉もそれに気づいたらしく、そんなことはないと改めて言おうとしている。

 だけど、それはもう良い。

 肩に添えられた姉の手を払い後ろへ顔を向け、語る。

「あたし見つけたの。パパの病気も、この星の病気も、全部まとめて治せる方法」

 口に出したその方法を聞いた姉の顔に浮かぶ表情は、喜びでも安堵でもなく、ただの戸惑い。

 最初だけなら、それを特に気に留めるつもりもなかった。

 しかし――。

 その表情は少しずつ説明を重ねても、

 どれだけ自分が考えたのかを語っても少しも変わらない。

 それどころか、言葉にはしないまでも、暗に「やめろ」とさえ言ってくる。

 この星を離れる、そして父には静養してもらう。

 だけど、それは……それは、つまり。

 諦めるということ、探すことをやめるということだ。

 迫る死の影に見切りをつけて、諦めて去って行った人々のように。

 そんなのは許せない。

 いつかこの星を救おうと努力を重ね、死にゆく星を決して見捨てなかった父の姿。どんなに辛い時でも、自分たちに向ける笑みを絶やさなかった、その姿を。

 それを全部、ダメにするなんて。――いや、ダメだったからなんて理由で無に帰すというのか。

 

 そんなのは、誰が許そうと、絶対に自分だけは許さない。

 

 大丈夫だと言った。

 離して、と言った。

 けれど、(アミタ)(キリエ)を離さない。

 大切だから、無茶をしようとする家族を止める。

 なるほど、確かにそれは道理だ。

 だけどそれは、裏を返せば、出来るはずのことを出来ないと思われているということ。

 そんなつもりはないのだろう。

 何も考えていなかったわけではないのだろう。

 だが、その時の己にはそう思えて仕方がなかった。

 今なら、救える。

 きっと何でもできる。

 幼いころ、姉の読み聞かせてくれた絵本。そこにあった魔法使いのように、今ならきっと何でも変えられる。

 悲しさなんて、消し飛ばしてしまえる。

 必ず、出来るのだから……。

 事実、今のままでは絶対に救えない父の容態のことを口にしたとき、姉の表情はがらりと変わった。

 やはり、姉の心も根底は同じなのだろう。

 手にしていた〝ヴァリアントコア〟を、ショットプラズマ―と呼ばれる小銃の形に変化させる。

 フォーミュラと呼ばれる、この星で用いられているエネルギー干渉術式。

 これらは体内にナノマシンを循環させているエルトリアの人間が用いることの出来るもので、過酷な環境下でも耐えられるようにと設定されたものだが、危険生物への対処のためにある程度の戦闘・鎮圧用の装備にもなる。

 故に、同じようにフォーミュラを使える姉であろうとも、この場で気絶させるくらい訳もない。

 

 

「――必ず、帰って来るから。だから、邪魔しないで……!」

 

 言い淀む姉に向かって、最後通牒を申しつける。

 大丈夫だ、必ず出来る。

 だから、追い駆けてこないで、と。

 ……なのに、銃を向けられているにもかかわらず、それでも名を呼び止めようとした姉に、やっぱり自分は何時まで経っても子供でしかないのだと思い、手に持っていた小銃の銃爪(トリガー)を引いた。

 

 

 

 吹飛んだ姉の身体を確かめ、重傷を負わせてはいないことを確認して拘束する。

 意識が戻れば勝手に拘束を抜け出すだろうが、問題はない。

 姉一人で追えるような、簡単に渡航できる世界に行くわけでもない上に、彼女にはこちらのような同行者はいないのだから。

 追い駆けてくるなんてバカげた無茶を、大丈夫なはずの自分を止めた姉がするわけもない。

 それに、きっとここを放り出せない。

 ……だって、姉はここでこそ必要とされているのだから。

 そのまま地下室に気を失った姉を残し、上へと向かう。

 父の傍らで看護を続ける母・エレノアに小さく別れを告げ、遺跡板のある教会のような出で立ちの建物へ向かう。

 そこには、自身の友人であり、この〝救済〟の方法を教えてくれた少女がいる。

 今回の旅には、彼女もついて来てくれる。

 なら、心配はない。

 父と母には姉がついているし、自分にはもう一人の姉のような友がついている。

 そう――だから、きっと大丈夫。

 

 

 

 幸福に満ちていたはずの時間は閉ざされ始め、いつか叶うと信じていた夢は灰燼のように崩れ去る。

 霞み始めたその未来。

 けれど、少女はそれを諦めようとはしなかった。

 救うと決めた。

 変えて見せると決めたのだ。

 未来(とき)を、希望(ねがい)を、運命(ほろび)を。

 旅立ちの日、少女は遥か彼方の世界へ赴いた。

 幾つもの戦いがあり、幾つもの涙があった、その世界。

 未来を勝ち取った、勝ち取るための鍵がある世界――『地球』へ。

 

 

 

 ***

 

 

 

 地球――海鳴市、上空。

 

 眼下に広がる景色は、人口の明かりが灯る都市部。

 静かな夜のしじまはいっときも光を失わず、止めどなく輝いている。

 初めてみるその景色は、ひどく穏やかなもの。

 星の全てが滅ぶことは無く、血で血を洗うことの無い世界。

 たくさんの力がそれを守り続けている世界。

 たが、イリスはこの世界に『管理世界』で言うところの魔導技術。つまりは、エルトリアにおける『フォーミュラ』に当たるものは無いのだと言う。

 けれど、だからといって、この星はただ無力な平和のもとに成り立っているわけでは無い。

 人の心には、美しさと同じだけ確かな醜さがあるように。

 この世界も等しく全てが平和なわけでは無いのだ。

 故に、降り掛かる災いがあるように。それらに立ち向かい、守る者たちがいる。

 小さく開かれたウィンドウに映っているのは、三人の少女。

 不屈を示し、

 運命を打ち破り、

 闇の定めを振り払った三人。

 そんな、強い〝魔導師(まほうつかい)〟たちの姿。

 戦いを望むわけではないが、きっと衝突は避けられない。

 何せ相手は此方のことなど知らない。

 だけど、此方も引けない理由がある。

 必要なら、何でもする。

 救うために、自分の出来るその全てを――――

 

 

 

 世界を守った子供たちがテーマパークへ向かう少し前。

 強き決意と共に、桃色の髪をした少女が蒼き星に降り立った。

 誰しもが幸福を望むのに、譲れないものがある時、人は図らずも争いを避けられない。

 巻き起こる嵐が追い立てるように、沢山の想いが交錯する。

 

 ――――物語は、遂にその重い幕を開ける。

 

 

 



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第四章 動乱せし夜の街

 此処からはハイウェイ戦。
 夜の高速道路でぶつかり合う戦闘の流れをお楽しみいただければと思います。


 探索、捜索

 

 

 

 探し物はある少女の持つ一冊の本。

 そこに秘められた強大な力を求めて、二人の少女が動き出す。

 かつて、闇に沈んだ夜天(そら)の名を冠する書は、主と騎士たちにとっての大切な絆であり、先代の『祝福の風』が残した大切な想いそのもの。

 故に、簡単に渡せるものではなく――。

 けれど、譲れぬものがあるのは、彼女たちだけではない。

 

 ――――なればこそ、その想いは激しく火花を散らす。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ユーノたちが《オールストン・シー》へ出向き、楽しく遊んでいた頃。

 地球に置かれた『時空管理局』の東京臨時支局にて、支局長を務めるクロノ・ハラオウンを筆頭に、局員たちがこの世界に降り立ったらしい何者かの影を追っていた。

 

 先日より地球(こちら)でもニュースになっている、廃車場での大型車両盗難事件。

 深夜に何らかの〝光る落下物〟が飛来したらしい廃車場で、周辺へ被害が出るほどではなかったが、軽い爆発事故があった。

 また、それとほぼ同時に現場にあった大型車両が大量に盗難にあっている。

 クロノは、自身の補佐を長年務めてくれているエイミィと共に報じられた映像を見ながら、眉を顰めた。

「地球の常識では、ちょっと考えられない事件だね……」

 傍のエイミィもまた、同じように真剣な目でこの映像を見ながら同じように眉を寄せている。

 実際のところ、彼女のいう通りこの事態はこちらの世界では少々異質だ。

 地球の常識では考えにくい事態。これが意味するところとは、つまり――地球という『管理外世界』へ無許可で異世界渡航を行った容疑者がいる可能性がある、ということだと見ることができる。

 すでに本局の方へも『第九十七管理外世界』、つまりは地球のある次元へ転移・渡航を行なった形跡がないかを探るようには要請は出した。

 だが、本局の操作網が伸びる前に、できることなら何かが起こってしまう前に容疑者を保護するのが最善だ。

 早速二人は、不可解な要素がいくつか確認された事件(こと)の真相を確めるべく、クロノはエイミィと共に、彼女同様、かつて彼の母であるリンディが艦長を務めていた『次元航行船・アースラ』時代からの仲間であるランディが集めてくれた、容疑者を捉えた映像資料を見ていく。

「工事車両の盗難……。都内の各所で複数発生しています。その盗難事件の容疑者として上がっているのが――こちら」

 映し出された映像には、工事現場や廃車場などには不釣り合いに見える少女が映る。

「……女子高生?」

 エイミィの呟きの通り、そこに映っていたのは桃色の髪をした高校生くらいの少女。

 少なくとも、映し出されている見た目そのものは、間違いなく地球の――それも、日本の高校生相当のガールズスタイルそのもの。

 それは、如何に馴染んでいるとは言えども、〝ミッドチルダ〟という、本来こちらからすれば異世界の出身であるエイミィたちから見ても、何ら不自然さを感じさせることのない装いであった。

 

 尤も、それはこの少女が、ごく普通に街中を友人たちとでも歩いていればの話だが。

 

 少なくとも、工事現場や廃車場を、誰もいなくなった夜遅くに一人で訪れる人種としては、明らかに異質そのものと言っていい。

 明らかに普通の行動ではなく、同じように少女自身も只者ではない様だった。

「現場では、未確認のエネルギー反応も検出されています」

 ランディの言う通り、彼女がこの〝盗難〟に利用しているモノは普通ではない。

 魔導技術が一般化されている世界出身である彼らからしても、その手腕は異常だった。

 映像にあった施設を回る少女は、大型作業機械に分類されるだろう重機へ手を翳す程度の所作だけで、それらをその場から持ち去っていった。それこそまるで、魔法のように物体を消失させながら。

 これだけ見ても、彼女は明らかにこちらの領域とは異なった魔法系態を辿っていることが見て取れる。

 彼女の用いている(すべ)がなんであるのかを知ることが出来ない以上、『管理世界』からの渡航者かどうかさえ定かに出来ない。

 一体どこからの渡航者なのか、謎は深まるばかりだ。

 が、ここで足踏みをしているわけにもいかない。

 早速クロノはことの対処にあたるべく、行動を開始した。

「観測の人員を増やしましょう。エイミィ、レティ本部長にもこの件について報告を」

「了解」

「捜査官を手配しますか?」

 それを受け、ランディも本格捜査に乗り出すように手を回すかどうかをクロノに伺う。

 確かに、この件にあたる上では早急な対処が求められるところだが、彼はその辺りに関してはさほど案じていない様であった。

「ああ、いえ。念のためと思って昨日のうちに――」

 と、そんな態度に不思議そうな顔をしているエイミィとランディだったが、その疑問は直ぐに氷解することとなった。

「お邪魔しまーす」

「お呼びですか? 執務官」

 ちょうどクロノの言葉に合わせるように扉をノックする音がして、橙色の髪と紺の毛並みが覗き、そんな声が聞こえてくる。

 そのコンビの姿に、ランディは思わず嘆息を漏らす。

 入ってきたのは、アルフとザフィーラ。

 クロノの妹であるフェイトと、その友人であるはやての『使い魔』と『守護獣』であるこの二人は、こうした捜索におけるエキスパートだ。

 この案件に置いて、これ以上の適任はいないとまで言えるだろう。

「頼れるコンビでしょう?」

「はい!」

 ランディがそう頷くと、探索に役立つ情報を整理する作業に戻る。

 早速クロノは二人に捜索対象の詳細を告げる。

 捜索対象は、十代半ばごろの少女。

 掛けられた容疑は、無許可の異世界渡航。

 そして、『管理外世界』における違法行為多数。

 現状では人命に関わる被害は出ていないことや、管理外世界への渡航に関しても管理世界からのそれであるかを明白にできないため、『管理局』としては出来るならば任意同行が好ましい。

 が、明らかに許諾を得ているとは言い難い行いを重ねている以上、抵抗するのであれば捕縛対象であるとする。

 以上のことを二人に任務としてクロノは託した。

「了解っ」

「承知した」

 頼もしい返事にクロノは微笑み「任せた」と言い添え送り出す。

 そうして二人の背を見送りながら、次いでリンディへの報告をするべく回線を繋ぐ。

 コールを何回か聞いている間に、朝方から遊園地に出向いている妹やその友人たちと、あの悪友は今頃何をしているだろうかと思いつつ――この事件が是非とも、二年前のそれらと同じように、皆の手を煩わせるものでないようにと願いながら、事件の対処へ挑むべく気を引き締めた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 一方、その頃――。

 

 廃棄されたドライブインを目指して、一台のバイクが路を駆ける。

 かつてはさぞ賑わいを得ていたであろう建物は、今ではすっかり主人(あるじ)なき城。

 そんな広く豪奢な内装も寂れたまま、長い年月保放置されていたのであろうその建物を、遥か彼方の世界より来訪した少女たちが拠点にしていた。

 バイクを走らせた少女が地下駐車場へ入ると、そこではこれまで集めた機械たちを調整する友の姿が。

「ずいぶん揃ったわね」

「一応、全部『機動外殻』として使えるようにしといた。あの三人の居場所もつかんだわ」

 映し出したウィンドウに映る少女たちの姿を見ながら、どの相手と対峙するかを決めて行く。着々と構築されて行く彼女たちの計画には、ほとんど歪みは感じられない。

 だが、

「……?」

 見ていた画像に、微かにノイズが走る。それがなんであるのかを、二人はまだ知らない。

 進み行く、その襲撃の足音を響かせ始めた二人の少女。

 それを追うように、落ちていく太陽が暗闇を生み始めた夜の空を、一筋の光が駆け抜ける。

 

 深まって行く事件に合わせるように沈みゆく夜の中を、海鳴市の一角へ向けて、一筋の光が流星のようにこの世界に向かって飛来した。

 

 

 

 ***

 

 

 

 《オールストン・シー》に隣接している大型のホテルの一室にて――。

 たっぷりと遊んだ午前中の楽しさを反芻するように、子供たちはおやつを摘まみながらおしゃべりに興じる。

 尤も、ただ話すだけではなく。せっかくなので、今日遊んだ分を自由研究でどう構成していくかを大まかに決めるべく、アリサを筆頭とした少女たちはそんなことを話し合っていた。

「アレって、結構よかったわよねー。紹介するメインにどう?」

「あ、でも結構こっちも……」

「え、どれどれ? あ、これかぁー。確かにね~」

「むむ。どうしようかしら……」

 この後やって来るはやてを含めて、さらにもう一度見て回ることにはしているのだが、はやてが目一杯楽しめるようにと、少女たちは自分たちの見て回った分を再確認していく。

 すると、意見が若干滞ったのか、なのはがユーノにも意見を求めてきた。

「うーん。あ、そういえば……ユーノくんは、どれが一番よかった?」

「僕は……そうだなぁ、どれだろ……」

 迷いつつ、ユーノが回った分を地図上でなぞっていく。

 ジェットコースターに水族館エリア。

 シューティングに迷路。

 そして――と、そう小さく口に出しながら考えていたユーノだったが、その思考は途中で遮られてしまった。

 壁に懸けられたテレビから、今しがた入ったらしい速報が入る。

 最近街を騒がせていた、連続の大型車両の盗難事件。

 この事件の関連と思われる情報が入ったらしく、キャスターは若干の焦りを孕んだような口調で詳細を伝え始めた。

 何でも、工事現場にあった複数の重機が突然動き出し、高速道路を暴走しているとのことだ。

 現在、警察が追走中らしいのだが、その原因は不明のままだという。

 またそこへ、同じように重機が道路を塞いだ、などと言う報告も入ったなどと言う注釈も入る。

「…………」

 地球における一事件にしては、どこか不可解な点が多い。

 報道されている情報のみで判断するのは早計だが、ニュースを聞いていたユーノの脳裏には、先日クロノが言っていた妙な反応というフレーズが浮かぶ。

(……まさか)

 そうして可能性を思い浮かべるたび、厭な予感を感じてしまう。

 普通に考えればそうそう起こり得ないことだが――この世界に個人単位で渡航するという事柄に関して、ユーノは痛いほどに心当たりがある。

 だが、今のところ確証はない。

(…………まさか、ね)

「? ユーノくん、どうしたの?」

「ううん。何でもないよ、なのは」

 思考を締めくくったところで声を掛けられたユーノは、首を振って浮かんだ疑問を払うと、何でもないとそういって話に戻る。

 ……が、いやな予感程当たりやすいとはよく言ったものだ。

 

 抱いた予兆は現実となり、深まっていく夏の夜に紛れながら、彼らの友人たちへ牙を剥き始める。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ――――時はわずかに戻り、場面は夜の街へ。

 

 夜の街を回りながら、アルフとザフィーラは桃色の髪をした少女の探索を続けていた。

 そうやってしばらく探していると、瞬間――二人は何か魔法に似た術式が発動したのを感じ取る。

「気づいたか?」

「うん」

 明らかに気のせいではない。

 となれば、と、魔法と似た何かが使われた感覚を感じ取ったアルフは、その対象を地図上に映し出す。

「――見つけた。動いてる」

 ウィンドウに表示された赤い点が移動して行くのが見て取れる。

 この速度から察するに、恐らくは何かしらの乗り物を用いているのだろう。だとすると、このまま足で追うのでは追いつけない。

 ならば、こちらの追う路は――

「追いかけるぞ。乗れ!」

「うん。――東京支局、こちらアルフ。追跡対象と思われる反応を確認」

 背を差し出してきたザフィーラにまたがりながら、アルフは対象の補足と空路での追跡を開始するとクロノたちへ念話を送る。

「空路のでの追跡を開始します。ザッフィー?」

「ああ――行くぞ!」

 ビルからビルへ飛び移りながら、ザフィーラはアルフを背にしながら人間形態へと変身し空を駆け抜けて行った。

 

 

 

 *** 遠き星よりの強襲者

 

 

 

 

 それと時を同じくして――

 管理局の方へ用事のあったはやては、夜の部から皆と合流するために、同じようにあとから合流することになっていたすずかの父・俊と共に、彼の車で《オールストン・シー》へと向かっていた。

 向こうへ行ったら面白かったアトラクションをいっぱい教えてもらうことや、待っててくれてるみんなと着いたら一緒にホテルにある大浴場に入るのだ、などと言った他愛のない話を交わしていると、はやてのケータイにクロノから連絡が入る。

「……!」

 そこに書かれていたのは、ここ数日で起こった事件の状況と、現在アルフとザフィーラが追っている捜査の対象について。

 驚きにさいなまれながらも、真剣な表情で事件の旨を読み進めて行くはやて。

 だが、彼女が容疑者だという桃色の髪をした少女の画像のあたりまでメッセージをスクロールし終わり、事件の概要を把握した、まさにその時。

「うわ……っ!?」

「っ、――わっ!?」

 唐突に車が振れた。

 後続より走り去った大型のトラック二台が、二人の乗った車に擦れるほどに接近し追い抜きをかけてきたのである。

「危ないなぁ……」

「ほんまですねぇ……」

 避けられはしたものの、かなり無謀な運転をしてきたトラックに二人は思わずそう呟く。

 しかし、ことはそれだけでは済まなかった。

 次の瞬間、前方へと走り去って行くだけだったはずのトラックが横転し、車の行く手を阻んだ。

「な――ああっ!? うっ……!!」

「っ、――ひゃぁ!?」

 横転したトラックへ向かう車を止めようと俊は目一杯ブレーキを踏み、ハンドルを切る。

 踏み込まれたブレーキが勢いを押し留めようとするが、勢いを殺しきれていない。そのままタイヤとアスファルトがこすれ合う音がして、急停止の反動が身体を圧し潰そうとのしかかる。

 何が起こったのか、はやては一瞬分からなかった。

 が、次の瞬間――彼女は否応なしに自身の置かれた状況を知る事となる。

 先ほどとは異なり、今度は衝突の衝撃が二人を襲う。

 地面を滑るように擦りながら、団子になった車は前方へと滑走。周囲にあった電線などを巻き込み、前方にあった車両も吹き飛ばして行く。

 そして、砕け散る窓ガラスに合わせるように飛び出したエアバックが二人を包むが、受けた衝撃は重く二人に圧しかかってきた。

「ううっ……は、はやてちゃん、大丈夫!?」

「は、はい……」

 返ってきた返事に安堵を覚えつつも、いつまでも大破した車内にいるわけにもいかない。

 微かに焦げたような臭いが立ちこめたことに気づき、このままでは拙いと、俊は助手席に座るはやての安否を再度確認するや、車外に出る。幸いにして、自身にもはやてにも目立った怪我はなく、外へ逃げ出すことに関する障害はなかった。

 しかし、先ほどから漂っている臭いの通り、車の燃料タンクからガソリンが漏れ出している。そこへ、先程の激突した際に上がった火の手が引火してしまう。

 吹き上がるように起こった爆発の衝撃波からはやてを庇う俊。爆発は見た目ほど大仰ではなく――起こった火の手こそ大きいが、それが直接原因になる副次的災害は今のところない。

 だが、それ以上に衝撃的な光景が広がる。

 急ぎ外に出た二人だったが、路上へ足を踏み出して最初に目撃した物に、思わず言葉を失った。

 そこにあったのは、全くの予想外の代物。

 目の前に転がっている車が衝突した原因こそ、先ほど強引な追い抜きをしたトラックだったが、二人の目の前にあったのはそれだけではない。

 その先にあったのは――――

 

「!?」

 

 現れたのは、二台の重機。

 炎の中より出で、先への道を炎の壁とともに塞ぐようにこちらへ向かって来る。

 それだけではない。

 更に出現した重機たちは、まるで命を宿しているかのようにその形を変え、衝突で大破したトラックを脱ぎ去った蛹のように吹き飛ばし、その中から生まれ出でたかのように姿を変えて蠢きだす。

 その上、

「な……っ」

 あろうことか、その場で暴れ出すようなそぶりを見せ始めた。

 だが、この事態を受けても。

 否、逆にこんな状況だからなのか――はやての対処は迅速であった。

 本来であれば、こんなところにあるはずも無い物が、それもこんな埒外の用途で用いられるなど誰が想像しよう。

 まるきり映画か何かのワンシーンのような光景は、一見しただけではこれが現実と呑み込み難い。

 しかし、だからこそ。

 目の前で暴れ出した重機と燃えさかる炎。何より、こんな異常事態に集まりつつある野次馬を目にしたはやては、速やかに事態の対処に当たるべく、前に出た。

「月村さん、すみません。わたし、アレの対処をしてきます!」

「あ、ああ……」

 目の前に広がる状況に対し、子供を一人であんなものの対処に当たらせるのは一人の親として気が咎める。

 だが、俊にはそれを見守るしかできない。

 なぜなら、娘の大切な友人である彼女は普通(ただ)の子供などではなく……むしろ、こんな現実から逸脱した物事だからこそ、彼女の力無くしては解決することができないのだから。

 そんな無事を祈る視線を背に受けながら、はやては自身の魔導書(ストレージデバイス)である『夜天の書』を取り出し、目の前を塞ぐ機械の兵隊たち。――エルトリアで言うところの、『機動外殻』と対峙する。

 このままでは野次馬が集まり騒ぎになってしまう。そうならないためには、一刻も早く火災を鎮火し、目の前で暴れているモノを止めなくてはならない。

「八神はやてから東京支局へ!」

『はい。こちら東京支局』

「三原四丁目で緊急事態発生。対応にあたりますので、応援とモニタリングを願います!」

『了解。対応開始します』

 明らかに地球外のものが引き起こした事態に当たるべく、支局に連絡を入れ対応の強化を願うはやて。そして、その許諾が得られると同時に、彼女の足元に、純白に煌めく三角形を模した魔法陣が展開される。

「リインがおらんといろいろ不安やけど……まあ、なんとかしよ!」

 手の中に現れた『夜天の書』が開かれ、魔法陣が発する光がいっそう強く輝きを増す。

「封絶結界、発動!」

 その声とともに、足元からドーム状に展開されて行く魔力が周囲を覆って行く。

 すると、次の瞬間――空の色が変わり、周囲にいた人の姿も見えなくなった。

 結界内を視認出来る者や、魔力を持つもの。あるいは術者が任意で定めた対象以外を隔離し、時間信号をズラすことで周囲への被害や、魔導技術などの露見を防ぐための魔法。封絶結界である。

 場を設けたからか、この襲撃の主が姿を現した。

 ……だが、明らかにこれは敵意ありありの襲撃。場といっても、話し合いというにはいささか場がささくれだっている。

 そんな中現れたのは、見た目ははやてとそう変わらないだろう少女だった。赤みの強い橙色の髪をしており、それと同じ色のスカートと鬱金香(チューリップ)を逆さにしたような形の、黒いラインの入ったドレスを纏っている。

 現れた少女は自身の引き連れた『機動外殻』の上に立ち、はやてを見下ろすようにして声をかけてきた。

「あなたが八神はやてちゃんね」

「時空管理局。本局・人事部所属、八神はやてです。あなたは?」

 あくまでも話し合いの体を崩さずに発せられる声色とは裏腹に、はやての中には何か嫌な予感が巡る。

 見たところ、相手は実体ではない。単純に存在の近いところでいうと、彼女のパートナーである融合機(ユニゾンデバイス)のリインに近い印象を受けた。けれど、印象こそ近いものの……目の前の相手から感じ取れるものは、これまではやてが出会ってきた誰とも異なる。そうした存在に、気を抜いたらダメだと彼女の中で本能が呼びかけてくる。

 事実、その予感は間違いではなかった。

「あなたが持っている、その本……」

 向けられた視線は冷たく、その矛先は対峙しているはやて本人を写してはいない。

 深い(あか)の瞳が見ているのは、その手元。

「ロストテクニクス・データストレージ、『闇の書』――それを貸して貰いに来たの」

 はやての持っている魔道書ただ一点のみ。

 そうして投げられた要求に対し、はやては警戒を強めながらも再度説得を試みる。

「お話やお願いでしたら、局の方で伺います」

「……、すぐに返すから――」

 だが、そんな願いも虚しく。

 自らの要求が通らないと踏んだ相手は、強硬手段に出る。

 

「――抵抗しないでくれると嬉しいわ」

 

 自らの手先である『機動外殻』を操り、路上に転がっていた車両を掴み上げ構える。

 それは明らかな強迫行為であると共に、目的のためなら実力行使も厭わないという、相手からの明白な問いかけであった。

 ……戦うのか、否かと。

 しかし、はやてとてそれに応じるわけにはいかない。

 自分の手にある魔道書は、扱いを誤れば世界すら破滅させるほどの代物だったもの。

 その呪縛から解き放たれたとはいえ、見ず知らずの相手においそれと渡せるような代物ではない。何よりも、これはあの雪の夜に家族から託された大切なものなのだ。

 そもそもの目的も判らないというのに、貸せるはずもない。

 故に、はやての側も返答は決まっていた。

 

「「――――――」」

 

 二人の視線が交錯した、その刹那。

 

 交錯した視線、それこそが――――開戦を告げる狼煙だった。

 

 

 



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第五章 沈み行く夜、決戦の始まり

 序盤の山場であるハイウェイ戦本番。
 暗躍する少女二人と、ついに来る姉の出番と言った感じになっております。


 激突 V.S.イリス

 

 

 

 はやてとイリス。両者の睨み合いは、次の瞬間に一変する。

 まず沈黙した場を裂いたのはイリスで、話し合いで譲り受けることは無理だと踏んだのか、彼女は『機動外殻』を操り銃撃を仕掛けてきた。

 撃ち放たれた無数の弾丸によって巻き上げられた粉塵が、はやての姿を隠すほどに吹き出上がる。が、イリスはそこで攻撃を緩めたりはしない。

 ……そもそも、話し合いが決裂した時点で、彼女にはやてを無事に済ますかどうかなど思考にないのだ。

 穏便に済ませようとした仮面を外したイリスの双眸に、酷く冷たい影が浮かぶ。その瞳の色に呼応するように、イリスは。

『機動外殻』に持ち上げさせた車両をハヤテのいるであろう土煙の中へ、投げ放ったその瞬間。

 純白の光を放つ三角形を模した盾が展開され、はやての周りを覆っていた土煙を晴らした。

「…………」

 撃ち放ったバルカン砲の銃弾は全てはやての展開した盾、『パンツァーシルト』に防がれ、彼女へは届いてはいない。

 無傷のまま、両手に盾を展開させている魔道師の少女を目視したイリス。けれど、そこにさほどの驚きはなかった。そうなるだろうことを予期していたかのような面持ちはむしろ、楽しそうに見えるほどに。

 口元に笑みさえ浮かべ、はやての用いる『魔法』を()()()()()いく――

「――〝クラウ・ソラス〟っ!」

 降り注ぐ弾丸が止むと、魔道書の一ページを破り取り、燃やすようにして項目に刻まれた魔法を解放する。

 先ほどの盾と同様にはやての手に再度、魔法陣が展開されるのに合わせ、陣の周囲に五つの光球(スフィア)が生成。そして、スフィアに込められた魔力が膨れ上がり、はやての直射砲撃魔法、『クラウソラス』が撃ち放たれた。

 夜を裂く、陽光のごとき純白の魔力砲の直撃を受けた『機動外殻』たち。

 が、しかし。

「……っ」

 攻撃を受けた機械の兵隊は傷をほとんど負っていなかった。それどころか、出で立ちを崩すことなく、はやての方を睨みつけてさえいるようで――

「――突撃」

 イリスの一声で、『機動外殻』たちがはやてに向かって来た。

 迫りくる巨大な機械群。幼い少女の脚力で逃げ切れるような相手ではない。

 地上で対峙するのも、逃げるのも部が悪い。

 で、あるならば――。

 そもそも、はやての保有している魔導師としての区分は空戦の広域魔導師。彼女の本来の戦いの舞台は空だ。

 故に、逃げるのならば空中。

 自分にとってのフィールドである空へ飛ぶはやて。背に飛行魔法、『スレイプ・ニール』を発動させ、その黒翼で以って空へ羽ばたく。

 そうして六枚の翼で空へ上がったはやてを見て、イリスも攻め方を変えてくる。

 自分の立っている『機動外殻』のアーム形状を変更、形態変化させた外殻で攻撃を加える。

「アームリセット――螺旋徹甲弾」

 イリスがそう口にすると、外殻のアームがまるでロケットのように撃ち放たれた。

 それに対しはやては、先ほどと同様に盾で防御。だが、はやてにとってこの展開は少々困惑を伴うものである。

 はやてたちの使う『魔法』において、基本的に物理攻撃といえば魔力を乗せた銃弾や砲撃であることが多い。稀に、物質的な物理を伴う攻撃もあるが、ミッドチルダにおける魔導師は主に魔力戦を行う。

 だからこそ、こうした物体を介する直接的な攻撃手段を用いてくる相手というものを経験するのは中々ない。

『ヴァリアントシステム』――イリスたちの出身である『エルトリア』方面の次元世界で用いられている、あちらにおける『魔法』、エネルギー干渉術『フォーミュラ』から派生している機械運用技術。

 これは、鉱物資源が豊富でないエルトリアにおいて、『ヴァリアントコア』と呼ばれる小型の中枢機を介して無機物の形状・形態を変化させる機械運用システムである。

 本来戦闘用でないこれらをこうした用途に用いることができるのは、エルトリアにおける環境の変遷によって発生した危険生物への対処に向けた〝戦闘〟を見越した研究が行われたこと。そして、イリスの施した調整の賜物であるといえるだろう。

 はやての防いだ第一射に次ぐ二射が放たれ、防御するが……イリスは、はやての繰り出した『パンツァーシルト』を見てほくそ笑む。

「無駄、()()()()()調()()()

「!?」

 恐らく、彼女の声ははやてには届きはしなかった。

 が、はやては本能的に察しただろう。自分の『魔法』に何かをされたのだ、と。

 しかし、それでは遅い。

 はやてがその違和感を自覚した瞬間にはもう、二射めのアームによる徹甲弾ははやての盾を貫いていた。

「っ……!?」

 自分の方へ向かう弾丸を躱し、勢いに巻かれはしたもののどうにか着地した。

 とはいえ、盾の貫通に気を取られはしたものの、まるで予想外の展開ではない。そもそも、後衛広域型の魔導師であるはやても、ただの貫通のみならば模擬戦などで幾らでも経験がある。

 そう、ただの貫通だけならば、なのはやフェイトはもちろん、シグナムやヴィータといった魔導師たちを相手にとっている以上は幾らでも起こりうる事態であるからだ。

 しかし、今回のものは何処かおかしい。

 力負けしたわけでも、一点を貫通されたわけでもない。いや、結果だけ見れば後者が近いが、そうではない。

 言うなれば、破壊というよりは無力化。

『魔法』の術式そのものを解除ではなく、すり抜けるかのような、そんな感覚であった。

 けれど、背後のビルに飛んで行った徹甲弾を分析する暇もなく――地面に降り立ったはやての足を、『機動外殻』から伸びたワイヤーロープが絡め取る。

「くっ……!」

 どうにか対処しようと、再びページを手に魔力で短剣を形成する『ブラッディーダガー』を発動するが、手にしたそれではロープの切断は出来ない。物理的、かつ物質的に強化を施されている相手がここまで相性が悪いということに唇を噛むが、悔やんでばかりもいられない。

「……っ!?」

 巻き取られ始めたロープに引きずられ、外殻の元へ手繰り寄せられたはやて目掛け、躊躇いなくアームが振り下ろされる。

 瞬発的に盾を貼り、ショベルカーを基にしたらしいアームの直撃はどうにか防いだが、反動を殺しきれずはやての華奢な身体は吹き飛ばされてしまった。

 地面を転がったはやてはもうすでにボロボロだ。

 バリアジャケットを纏う間も無く交戦に入った為、外傷を通常以上に受けてしまった彼女は、致命傷ではなくとも直ぐに起き上がることは出来ないだろう。

「あかん……これは、ミスった……っ」

 戦いの采配は、イリスに上がった。

 勝ち誇ったように微笑し、はやての元に彼女の足を縛ったものとは別のワイヤーを蛇のように這わせ、魔導書を奪い取らんと向かわせる。

 目的のものは手に入った。

 まさしくこの時、イリスはそう思い、勝利を確信したことだろう。

 もし彼女がそうしたことに長けていない人物であったなら、もう暫くは勝利の余韻に浸れていたことだろう。

 

 ――――が、そうは問屋が卸さない。

 

 そうした反応に人一倍機敏であるからこそ、なんらかのエネルギー反応がこちらは近づいてくるのを彼女は感知した。

 今、はやてとイリスのいる封鎖領域に入ってきた反応は、よく知っている反応に近いものの、決定的に違う。

 この時点で、はやての仲間の魔導師という可能性はない。そして、自身の相方であるキリエでもない。

 自身の知っている反応に近い、けれどキリエではない存在。で、あるならば――答えは一つだ。

「封鎖領域に入ってきた……? キリエ、じゃない……これは、アミティエ……!?」

 その回答と同時、凛とした声が鋭く発せられた。

 

「――――はやてさん、動かないで!」

 

 そのままで! と。

 轟いたその声を聞いた瞬間、イリスの中で疑問が確信に変わる。

 封鎖領域に入ってきた存在。夜の高速を駆け抜ける、黒に白いラインを引いた単車を疾走させている赤髪の少女は、他人の空似でもなんでもない、紛れもなくキリエの姉であるアミティエ・フローリアンであると。

 何処から手に入れたのか、キリエ同様にバイクを疾走させるアミティエ。移動手段に同じものを選ぶ辺り、流石は姉妹とあったところか。尤も、キリエとは違ってこの星の慣習を知らないのか、ヘルメット等はつけていなかったが。

 が、そもそも問題はそこでは無い。

 どうやって追いかけてきたのか。――いや、手段はないでは無いが、それでも実行するとは思わなかった、というのが認識としては正しい。

 どれを講じてきたのかは分からないが、とにかくアレはアミティエだ。

 そして、彼女は間違いなくキリエの――引いてはイリスの行動を止めようとしている。

 そんな予定外の『敵』の襲来に、イリスの対処が僅かに遅れた。

『フォーミュラ』も『ヴァリアントシステム』も、何方もこの世界の魔導師たちには有効であったが、同様のシステムが相手ではそのアドバンテージはリセットされたに等しい。……更に付け加えるなら、イリスはまだ(・・)戦える身体を持っていない。

 故に、場の状況は一気に逆転する。

「――――」

 右手をかざすアミティエ。

 すると、手にはめられたグローブの『ヴァリアントユニット』が反応し、彼女の武装を即座に編み上げる。

『ファイネストカノン』と呼ばれるそれは、通常の拳銃(ハンドガン)形態のザッパーより、更に高出力のエネルギー弾を撃ち出す散弾銃(ショットガン)の様な用途で用いられる形態。

 乱れ撃ちされた弾丸にも怯まず、アミティエはそのまま青い車体を疾走させ、イリスの乗っている外殻へ狙いを定める。

 そうして撃ち放たれた光弾は、冠されたカノンという名に違わず、イリスの操る『機動外殻』の装甲を容易く貫いた。

 崩れ落ちていく外殻の残骸からイリスの姿が消えていく。どうやら、このままでは自身が不利だと判断したらしい。こちらにおける本体へと戻っていったのだろう。実体を持たぬ少女の体躯は、そのまま溶けるようにして消えた。

 しかし、依然はやてを捕らえた他の外殻は残っている。

 とはいえ、操り手を欠いた状況では十全な戦いは望むべくもない。

 アミティエの放った第二射により、はやてを捕らえていた外殻への道を阻む二体も続けざまに屠られ、残すは二体。内一体は、はやてを捕えているものだ。生身の人間を抱えている以上、不用意な攻撃は出来ない。

 先ほどまでと同様に撃ち抜けば、はやての身にも被害が及ぶ可能性が否めないからだ。

 故に、アミティエの取った手段は――。

「――せぇええええええいっ!」

「ひゃ……っ!?」

 威勢良く張られた声に合わせ、捕らえられていたはやてを掴むアームが宙に放り出された。身動きの取れない状態で落下していく己に、はやてからの微かな悲鳴が上がる。

 けれど、いつまで経っても落下の衝撃は彼女を襲わない。

 それどころか、捕らえられていた冷たい金属の感触さえ失せている。

 そっと閉じていた瞼を開くと、そこにはアミティエがいた。

「良かった、ご無事ですね……!」

「あ、いえ……あの」

 安心した様に柔らかな笑みを向けられ、一先ず助けて貰ったのだということは理解できたものの……どうにも実感として伴わないのは、目の前にいる自分より幾分年上な少女の一連の行動を見ていたからだろうか。

 何となく、彼女の乱入が自分を助けるためのものだというのは最初に聞いた第一声で察しはした。

 たが、アミティエの用いた武装はどれもはやてにとっては初めて見るものばかりで、管理局からの援軍と言うわけでも無い。であるならば、何者なのか。

 全く想像のつかない埒外の感覚に苛まれ、そこから更に段々と近づいてくるのが、その辺にいそうなセーラー服のお姉さんだと分かったらもう理解は追いつかない。

 おまけに、仮にもSランク保持のはやてが貫けなかった『機動外殻』たちの装甲を撃ち抜いたかと思えば、はやてを捕らえていた一体と、その前に塞がった一体を呆気なく両断。

 無手から銃へ、銃から剣へ。挙げ句の果てには、乗っていたバイクで倒した外殻をジャンプ台代わりに跳躍し一気に斬り伏せ、落ちていくはやてを難なく救出してしまった。

 そんな何処かの特撮ヒーローにでもありそうな光景を実際に体感し、さしものはやても言葉を失う。

 というよりも、目の前の〝優しげなおねーさん〟とのギャップが激しすぎる。これではどちらが夢なのか分かったものでは無い――

(――と、いうには少し……目の前がアレやけども)

 倒された外殻の残骸は未だ残っており、破壊に伴った炎が立ち上っている光景は、如何に結界内とはいえ、全部夢だと断じるには些か殺伐としすぎていた。

 そこへ、炎の中から再び何かが動き出す音がする。

 まだ残っていたのか、と。

 そう思いはしたものの、めまぐるしく変わりゆく展開に思考が追いつかない。どことなく置いてけぼりにされたような感覚で、目の前の光景が過ぎていく。

 一方、アミティエの方は現状をハッキリと認識しているらしい。

 いっさいの動揺も怯みもなく。毅然とした態度で再び蠢き出す機械の群れと対峙すると、おそらくは自分たちを視ているであろう立ち去った観測者へ向けて、語りかけを始めた。

「聞いていますか、わたしの大切な妹を連れ出した人。あなたはきっと、キリエの願いを聞いてくれているのだと思います」

 ですので、

「それについては感謝します」

 ひとまずそう口にすると、足下の残骸をリフティングでもするかのように足で放り上げる。

 その時点で驚きだが、まずその細腕ではとうてい持てるとも思えない鉄の塊を難なく掴む。

 いったい何がどうなれば、普通の女の子がこんな素の状態であんな物を持ち上げていられるのか。

 と、はやては思わず呆然となった。

 傍らの視線を他所に、アミティエは言葉を続ける。

「……ですが」

 彼女の意思に合わせ、残骸だった鉄塊は形を変えていく。

 先ほどの『ファイネストカノン』とは異なり、より大ぶりな銃器の形態――『ガトリングブラスター』と呼ばれるそれは、エネルギーコートされた弾丸を大量に撃ち出す両手持ちの回転連装砲である。

 それを残った『機動外殻』へ向け、眉根を寄せてまっすぐにそれらを見据えこう言い放つ。

「人様に迷惑を。まして罪のない子供に怪我をさせるようなやり方は――――」

 言葉は丁寧だが、間違いなく怒りが滲んでいる。

 理由あってのことだと知っているからこそ、今しがた成された非道を許す気はないのだという、想いが。

 

「――――わたしは絶対、許しませんので!」

 

 そんな彼女の心を乗せた弾丸が、残りの外殻たちを一掃する。

 これで、この場は決した。

 最後にロケット弾のような砲弾が外殻を完全に破壊し、モニターは場の光景を映さなくなった。

 自身の傀儡を全て倒されたイリスは、遠く離れた本体の下でその経緯を眺めていた。だが、悔しさ等と言った感情は見請けられない。

 ほんの少し瞳を細め、面倒な邪魔が一人増えたのだということだけを確かめるように。まるで人形のような出で立ちで、イリスは先ほどまでいた場所を移すモニターの中にいたアミティエの残滓に、冷たい目を向けていた。

 

 

 

 ブラスターへ変化させていたコアを待機状態に戻し、アミティエは崩れ去った残骸を一瞥すると、鋭く留めていた表情を緩め、地面に腰をおとしたはやてへ視線を戻した。

「初めまして、八神はやてさんですよね?」

「あ、はい……八神はやてです」

 差し出された手を取りつつ、はやては唐突な挨拶に応えた。

 けれど、未だ困惑は残ったままだ。

 クロノから受け取った文書にはなかった少女や、どうも何かの事情を知っていると思わしき目の前のお姉さん。それに、妹が云々と言っていたのは一体――

『――はやて!』

『我が主』

 と、そこまで思ったところで通信が入る。

 呼びかけてきたのは、アルフとザフィーラ。どうやら、先ほどの交戦のモニタリングを聞いて無事を確かめるために掛けてくれたらしい。

『ご無事ですか?』

「うん。襲われたけど、制服のおねーさんに助けて貰ったよ」

 そう答えると、ひとまず窮地は脱したのだと察したザフィーラは、はやてに自身らも事件の対象を追っている最中であることを告げる。

 何でも、大型トレーラーが暴走しているとかで、こちらの警察も大騒ぎしているのだとか。

『我々は今、この暴走を引き起こしたと思われる少女を追跡しています』

『この人』

 アルフの映してくれたのは、赤いバイクを疾走させるピンクのメットを被ったライダー。

 そして、十中八九この少女はあの文書に載っていた子で間違いないだろう。

 とにかく起こっている事態を解決するためには、この事件の全容を知ると共に、あの少女を止めなくてはならない。

 合流して対処に当たろうと、はやてがそう二人に言おうとしたその時。

『!?』

『ちょ……っ』

 いつの間にかヘリが二人を追っており、そこから追尾型のミサイルが放たれ二人を襲う。

 空戦に長けているザフィーラであったが、アルフを抱えた状態であったことも手伝い、二発のミサイルを躱しきれなかった。

 が、爆散したミサイルは布石だ。

 何も物質兵器で命を奪おうというわけではない。アレはあくまでも対象を拘束し、動けなくするためのもの。

 真の狙いは、

 

 

 

「ごめんね。でも、邪魔されると困るの――!」

 

 

 

 転移かジャミングか、追跡映像では高速を走っていたはずの桃髪の少女が、二人の頭上に飛来する。

 それに対応しきれなかったザフィーラは、アルフと共に拘束を受けたままで、上からの踵卸(かかとおろ)しをもろに喰らった。

 そこまでは良い。

 不覚を取りはしたが、本来ならばその程度でやられるほどアルフとザフィーラは柔ではないのだから。

 だが、問題は少女の持つ桁外れのパワーだ。

 振り下ろされた足は、空中であったが故に二人を地上へと叩き受ける形となったが……もしもこれが壁などとの間であったのなら、二人は再起不能の結果は避けられなかっただろう。――――何せ、空中で飛行できるザフィーラたちを、飛行魔法を凌駕して地上へ叩き付けたばかりか、少女の攻撃を食らった二人が叩き付けられた高速道路さえも陥落させたのだから。

「アルフ、ザフィーラ!!」

 通信が途切れた二人へ呼びかけるが、反応はない。

「あかん、助けに行かな……っ!」

 襲われた二人の下へ走り出そうとしたはやてだったが、手を捕まれて制止を掛けられた。

 はやては、何故そんなことをするのかとアミティエを見つめる。すると、彼女は自身の事情、目的をを短く説明する。

「故あって、わたしはさっきのピンクの子……わたしの妹を追い掛けています」

「はい……」

「妹の目的は、八神はやてさん。あなたのその本なんです」

 手に持った『夜天の書』を指し示され、はやては思わず自身の魔導書を見つめる。

 確かに先ほどの襲撃者も、この本を欲していたようだった。この魔導書そのものが欲しいと言うよりは、これを使って何かをするつもりなのだろう。

 かつて、在り方を歪められたこの魔導書は――その歪みが正された今も、途方もないほどの力を秘めている。

 (いたずら)に使われてしまっては、それこそ世界の破滅すら可能な魔導書はまた歪んだ願いによって染められてしまう。

 それだけはさせられない、と。

 二年前にこの世を去った大切な家族との約束を思い返すはやて。だが、続くアミティエの言葉は僅かばかり予想外なものだった。

「あなたからはその本を。なのはさんとフェイトさんからは、その力を無断で借りようとしています。わたしは妹を止めないといけません」

「はぁ……」

 狙われる代物を持っている自覚はある。

 しかし、なのはとフェイトの持っている力も必要というのは、一体……?

「ということで、失礼――」

「ふぇ、ええ……っ」

 少し呆けたはやてをアミティエは背におぶり、先ほど載ってきたバイクまで連れて行く。

 そうしてそのまま、はやてを振り落とされないように腰の辺りをぐるぐる巻きにして繋いだ。

「え……えぇっ!?」

「はやてさんと皆さんは、わたしがお守りします!」

「ちょ、あの……ちょぉぉぉ~~~っ!?」

 ここへ来て更なる困惑に苛まれたはやてだったが、挙げようとした疑問の声は吹かされたアクセルにかき消されてしまう。

 こうして判らないことだらけのまま、発進したバイクの風圧に当てられたはやてはもう、振り落とされないようにアミティエにしがみつくくらいしか出来ない。

 そもそもバイクに乗る機会なんて無かった身としては、飛行魔法とも違うこの加速感に慣れるまでの時間も掛かる。

 とはいえ、どうにか結界を抜け出す頃にははやても慣れ始め、念話で自分の置かれた状況を東京支局にいるクロノへ告げた。

 クロノは状況を把握したと応え、傍らにいたエイミィからはアルフとザフィーラの安否の知らせが返ってきた。

 と、そうホッと一つ息をついたのもつかの間。

 引き続き聴取を続けると言って念話を切ろうとしたタイミングで、アミティエがこんなことを言い出した。

 

「飛ばしますよ、はやてさん!」

「ふぇ……ひゃああああっ!?」

 

 状況に振り回され気味のはやてだったが、彼女の告げた容疑者確定の知らせは事件を少し前に進めた。

 相手が異世界渡航者であるのなら、管理局は管理外世界における事件を治める責務が生じる。ならばもう、慎重に動く時間ではない。

 

 既にこちらの警察も動き出しているのだ。

 可及的速やかに、容疑者を止めなくてはならない。

 だが、相手はヴォルケンリッターの一角のザフィーラをあっさり倒すほどの強者である。

 で、あれば――こちらが用意するのも、それ相応の強者でなくては話にならない。

 いますぐに動ける魔導師で、そのような者たちはと言えば――それは。

 

「…………」

 

 休暇中に手を煩わせるのも何だが、緊急事態だ。

 一般人に被害が出てもおかしくない状況である以上、四の五の言っていられない。

 早速、通信を繋ぐ。

 繋いだ先は、《オールストン・シー》にあるホテルの一室。

 そこに居る仲間たちに、緊急の出動を要請する。

 

「休暇中に申し訳ない。

 なのは、フェイト、そしてユーノ。君たちの手を借りたい。

 すまないが、緊急出動だ。現場付近に結界を展開する。――行ってくれるか?」

 

 繋いだ先へ言葉を飛ばす。

 すると、頼もしい返事が返ってきた。

 

 

 

『『『了解』』』

 

 

 

 

 

 

 接触 V.S.キリエ

 

 

 

 深夜に近しい時間。

 夜の高速道路を疾走していく重機の群れを、警察のパトカーが追う。

 百鬼夜行のように連なる群れを束ねているのは、一人の少女。先導するようにバイクを疾走(はし)らせる彼女は、追走する追っ手をどう巻こうと思考を巡らせていた。

 

 〝――なるべく、この星の人間に迷惑は掛けない〟

 

 それが彼女自身の定めた不文律だ。

 しかし、だからといってこの星の人間にありのままを話しても理解を得られないことは明白な以上、彼女には投降と言う選択肢はない。

 はた迷惑なのだろうとは重々承知している。――が、こちらとて命がけなのだ。

 事態は急を要し、またその解決手段は自分にしかない。

 ……なればこそ、答えは結局一つだけだ。

 そう結論づけ、少女は更に加速をかけようと、グリップを握り込もうとした。

 すると、

「――――!」

 周囲が、何かしらの力を持った空間に囲われる様な感覚を感じる。……否、寧ろこれは置き換えに近いのだろうか。

 指定したモノのみを閉じ込め、外部と隔絶。ある意味で、時を止めた様な現象。

 そんなズレを伴う変化。

「……ふぅん」

 彼女自身にこれを用いる力は無いが、どのような代物であるのかはある程度知っている。

 時間信号を意図的にずらして外部と置き換えられた空間を作る術――所謂、『魔導師』たちが結界と呼ぶものだ。

「これが〝結界〟ってやつ……?」

 物珍しげに視線を周囲へ飛ばす少女。

 ヘルメット越しに見える視界に大きな変化はない。

 だが、間違いなく此処には部外者はいないことだけは判る。

 置かれた状況こそ、檻に囲われた獲物のそれであるが、当の少女に焦りは見られない。

 こちらを捕まえる気でいるのは明白だが、別に恐れはない。あちらも人目に付いてはいけないのであれば、こちらにとっても好都合だ。

 話し合いで終われば御の字だが、

「……ん?」

 視界に、先ほどまでは居なかった白い戦闘装束を纏った少女が写る。その足下には桜色の光を放つ魔方陣が浮かんでおり、彼女が手をかざすと――

 

「ロック」

 

 ――光の帯のようなモノが、引き連れた重機と乗っていたバイクの前輪へ絡みつく。

 俗にバインドと呼ばれるこれらは、標的の捕縛に用いられる拘束魔法である。

 どうやら向こうは戦意満々だと悟り、覚悟を決めた。……尤も、元より邪魔をするのであれば容赦などするつもりはなかったが。

 どうにか横転は避けられたが、如何せん流れを崩されてしまった感は否めない。

 たたみかけるように、止まった少女の身体を、今度は翡翠の光を放つ縄のようなものが拘束する。これを仕掛けてきた当事者は、空にいた。放つ光と同じ翡翠色の瞳をしている、亜麻色っぽい金髪の少年。

 だが、掛けられた拘束自体は其処まで強いものではない。

 なにかデバフの掛かった術式のようだが、生憎と、この身の力は生まれつきである。

 そうして破る算段を立てていると、そこへ金色の光を放つ黒い戦斧を構えた少女が近づいてきた。

 それに合せて、空にいた少年と進路の先にいた少女がこちらへ近づいてくる。

 先んじて金髪の少女がこう口にする。

「時空管理局です。そのまま動かないでくださいね。何か事情が終わりなのだとは思いますが、詳しくは局の方で――」

 と、そう言った少女に対し、バイクに乗っていた少女は端から見れば拘束を受けた状態でありながらも、余裕さを感じさせるような落ち着いた声色である名前を口にした。

「フェイト・テスタロッサちゃんと、高町なのはちゃん。あっちの子は確か、ユーノ・スクライアくん……だっけ?」

「! あなたは、わたしたちのことを……?」

「知ってるわ。――いろいろ調べたからねっ」

 そう口にした瞬間。少女の引き連れていた重機が変形し、回転する銃口から放たれた弾丸が三人を襲う。

 威嚇程度であるため、特に被害はない。

 というより、その程度で効くとも思ってはいなかった。とりあえず、逃れるだけの隙があれば良かったのだから。

 ――ひとまず身体が自由になれば、三人相手だろうが負けはない。

 拘束を外し、傍にあった街灯の上へと足のブースターを使って跳躍する。

 そうして上から三人を見下ろすと、いっそうの警戒をした視線が向けられているのが判る。

 先ほどの言葉からしても、この世界を守っている彼女らに正義はあるのは明白だ。しかし、そんな字面だけを重ねられても譲れないものはある。……他の誰かを悲しませてしまう憂いと同じくらいに、それでも消せない大きな想いが。

 故に、ここで少女――キリエの選択には、撤退も敗走もあり得ない。まして、姉と同じ先延ばしに甘んじるなど、

(…………)

 もってのほかだ。

 結び尚した決意は隠して、

「あーあ、この服結構気に入ってたのになぁ……」

 余裕さを忘れないようにしながら、不敵な笑みと共に、手に持った『ヴァリアントコア』をキリエは宙に放る。

「ふふっ――――〝フォーミュラスーツ〟、セット!」

 桃色を基調とした戦闘衣が編み上げられる。

 武装である剣――『ヴァリアントフェンサー』を構えたキリエは、とても魔導師に似通った出で立ちに見えた。

「「「!?」」」

 三人お驚きを他所に、キリエは指をパチンと鳴らし、引き連れていた重機たち――『機動外殻』を起動させる。

 すると、なのはの足下からワイヤーが伸び、彼女を雁字搦めに拘束してしまった。

「なのはっ! ――〝チェーンバインド〟!」

「おっと」

 ユーノはなのはを拘束したワイヤーを解除させるべく、まずはキリエの拘束を優先する。

 が、放たれた翡翠の鎖は再び跳躍したキリエに躱されてしまう。だがそこへ、フェイトがたたみかける。

 高速機動の得意なフェイトは、こうした近接戦闘において仲間内では頭一つ抜き出ている。

 誰かに守られた上で場の全てを打ち倒すはやてや、高い防御力で耐えきった上での逆転を狙うなのはとは異なる、正統派の戦闘スタイル。その戦い方は、魔導師よりは、騎士に近いかも知れないとは、古代(エンシェント)ベルカの使い手であるシグナムの弁だ。

 しかしそんなフェイトを相手にしても、キリエは互角以上に渡り合っている。

 余裕すら感じさせる笑みはまるで、斬り合うことそのものを目的としているかのように、ことの運びを楽しんでさえいるかのようだ。

 そうして移動する二人を目で追いながら、追撃のタイミングを計るユーノ。

 彼は本来、後方支援がメインである。つまり、この場において求められるのは仲間たちへのサポートだ。

 今は拮抗している状況を、自分たちの方へ傾けるための隙を生む。

 それこそが、

「――――そこ!」

 今、ユーノの果たすべき役割。

 彼の足下から伸びる無数の鎖に阻害されたキリエは上手くことを運べない。元々の計画では、彼の登場を考えていなかったというのもある。想定との間に生じたズレ、それが彼だ。

 だが、正直に認めよう。……戦う前はこんなに邪魔になるとは思っていなかった。

 しかし、いざ戦ってみるとどうにもやりにくい。味方を阻害せず、敵のみを阻害する。当たり前のことではあるが、少しでも粗があれば容易くつける隙になるものだ。

 なのにそれがない。

 データに在ったのは他の面々よりも力量が低く、情報処理に優れているという事柄くらいだった。

 にもかかわらず、こうしてこの場に居られるのは――ひとえに彼の戦い方故か。

「……っ、く――――!」

 少し早いが、こうなれば作戦変更だ。

 キリエは群れる鎖を自身の方へ引き付け、フェイトと鍔迫り合う位置に移動する。

 鍔迫り合った状態では、瞬間的な拘束は出来まい。動きこそ止まるが、数瞬の隙にはなる。

「……行きなさい!」

 『機動外殻』の一体を、動けないなのはへ嗾ける。

 すると、それを察知したユーノはなのはの方へ向かおうとする。――そこへ、さらに一体。『機動外殻』を嗾けた。

「「なっ……!?」」

 二人の声が重なった瞬間には、嗾けた外殻たちが足止めを行う。

 もともと拘束してあるなのはには拘束の強化を遠隔でかけておくので事足りる。ユーノの方にはというと、バルカン砲により足止めた後、防御を張った上から圧迫を掛ける。戦力に数えていないとはいえ、別にデータの解析を怠ったわけではない。ユーノに攻撃系統の『魔法』が不足していること、防御力が突出していること、そのあたりなら知っている。

 故に、これならばキリエはしばらくフェイトに集中できる。

 そうして当初の予定の通り、フェイトとの剣戟戦へと展開を運ぶ。

 言葉での揺さぶりを添えて――

「――ねぇ、フェイトちゃん。ここは見逃してもらえない?」

「ぇ……っ」

 友人二人へ攻撃を仕掛け、最初に自分を潰すつもりなのかと思い応戦していたフェイトは、キリエの唐突な〝お願い〟に困惑を隠せない。

 その動揺した剣筋を穿()くようにして、キリエが畳み掛ける。

「わたしは、どうしても欲しいものがあるのっ! それでイリスに――友達に手伝ってもらって地球(ここ)に来た」

 叩き込まれる剣撃を弾きながら口にされる相手の事情に、フェイトの攻撃が緩む。

 弛んだ攻撃を大きく背後に跳躍し後転されて躱され、振り下ろされたフェンサーの刃を、己のデバイスである『バルディッシュ』の柄で受け止める。

「〝家族〟を! 助ける為なの――ッ」

 肉薄するキリエとの距離。

「見逃してもらうわけにはいかない……?」

 懇願される様な声に、フェイトの心は微かに揺れる。

 駄目だ。そう解っているのに、フェイトの心は振れていた。誰よりも、その言葉に込められた意味の本気さを、実感として理解できてしまう彼女だからこそ。

 ――だが、そうして揺れた心を支えるように、なのはが援護射撃を放つ。

「!」

 それに気づいたキリエは必中位置より離脱したフェイトを追うでもなく、放たれた誘導弾を躱せないと判断し、手に持った剣で光弾を斬り払う。

 が、それは布石だった。

 刃と弾殻の激突の余波で生じた煙が晴れた瞬間、彼女の足と腕を、桜色のリングと金色のキューブが拘束する。

 そして、そこをなのはが撃ち抜く――!

 《non-lethal stun mode.》

「エクセリオーン、バスタァァァ――ッ!」

 砲撃の為の形態に変わった『レイジングハート』の矛先から、桜色に煌く魔力砲が撃ち放たれた。

 キリエの立っていた地点は爆発し、煙が吹き上がるが、所詮あれも威嚇射撃だ。

「もぉ……ッ、話の途中なのに!」

 脚に着けられたブースターで跳躍したキリエは、せっかく話し合いで終わりそうだった戦闘を中断させられ――おまけに拘束しているにも関わらず邪魔をするなのはに対して憤慨したかのように歯噛みすると、もう手加減も出し惜しみもしないといわんばかりに、持っていたフェンサーを宙へ放り投げ、分裂した刃を手に二刀流の構えを取る。

 とはいえ、

「ケガさせないように気を付けないとね……」

 最初に定めた不文律は未だ有効だ。

 十二分に注意を払いつつ、フェイトを無力化せんとして剣を振るう。

 急に戦闘スタイルを変えて来たキリエの攻撃に対応しきれず、フェイトは一撃、また一撃と攻撃を食らい、ガードした籠手の部分が砕かれる。

 そうして、剣圧に負け吹き飛ばされたフェイトを、キリエはフェンサーを小銃形態の『ショットプライマ―』で撃とうとした。

「フェイトちゃん! っ、――!?」

 フェイトの身を案じたなのはの叫びは、上から降りかかってきたパワーショベルのアームに阻まれる。

 これで援護射撃は出来ないだろうと高をくくったキリエだったが、それを。

「……っ!?」

 跳び出してきた翡翠の障壁が阻んだ。

「ゆー、の……」

 自分の前に出て来たユーノを見て、フェイトは驚いたようにそう呟いた。

 しかしユーノは、真っ直ぐキリエの方を見たまま、フェイトを諭す。

「フェイト。まだ終わってないよ……それに、話を聞くのはキリエさんを捕まえてからだ」

「――うん!」

 揺れて心から生じた迷いを、一度断ち切る。

 二人はそうして、改めてキリエの方を向き直った。

 どうやって外殻から抜けてきたのかはわからないが、結局のところ戦況は先程までのそれに戻っただけである。

 けれど、せっかくあそこまで運んだというのに、また二対一かと、キリエは苦々しく笑みを浮かべる。

 が、その実そこまで焦ってはいない。

 ……というよりも。

 そもそもの時点で、向こうが戦いを諦めず、戦いを続けて手の内をさらし続ければ、彼女の側に負けはないのだから。

 瞳を鋭く、戦いを再開するキリエ。

 それに対応する二人。

 

 

 加速してゆく戦いの行方は、果たしてどちらに傾くのか。

 そして、その場へ向かう青い影が迫り、嵐は激しさを増してゆく。

 

 ――――未だ浅い夜の闇は、明けない。

 

 

 



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第六章 嵐の予兆、願いは遠く闇の中へ

 この話では心理描写が多めになっているので、
 上手く書けていなかったり、違うだろという部分があるかもしれませんが……自分なりに場面やここまでの経緯を鑑みて書いたものですので、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。


 未だ決せぬ闘い

 

 

 

「「――――」」

 

 にらみ合う桃色と翡翠の瞳。

 交差する視線は微かな苛立ちを孕んで、互いの意思を示し合う。が、そこに込められた意味合いが非常に似通っていることに、二人は気づいてはいなかった。

 片や、家族の為。

 片や、友の為に。

 守りたいという願いこそ同じであるのに、どうしてぶつかり合うことしかできないのだろうか。

 それはきっと、譲れないがゆえに。

 ……果たして。胸に抱く想いは、どちらの方が強いのか。

 

 ――――証明するための戦いは、未だ続く。

 

 

 

 *** 行間 疾走する救済者(あね)

 

 

 

 夜の高速道路を、一台のバイクが疾走する。……ノーヘル少女を、二人乗せて。

 

 走り行く車の軍勢を凄まじい速度でごぼう抜きにしながら、隙間を抜けて行く黒い単車。

速度超過(スピードオーバー)にノーヘル、進路無視! 違反が山積みです~~ッ!」

 そこから発せられる地面を蹴っていくタイヤと猛るエンジンの音。それらに遮られながらも、ハンドルを握るアミティエにしがみつきながら、八神はやてはそう叫んだ。

 すると、ここまでの大胆な行動とは裏腹な、存外素直な返事を返してくる。

「申し訳ありません!」

 余りにも素直に飛び出した謝罪に、はやては思わず拍子抜けしてしまった。

 先程の襲撃から救ってもらった身であるが、どうにも現実味に欠ける。――いや、確かにはやて自身、そもそも非日常に身を置いてはいる。だが、そうは言っても周りの皆はほとんど身内である。

 それを二年も続けていれば、新鮮さも薄れるというものだ。

 しかし、いきなり見知らぬお姉さんが自分たちの知らない力を振るうとなれば、困惑も必死。加えて彼女は、はやてにこう告げた。

「このままいくと、妹との戦闘になると思います。ですが、皆さんの〝マドウ〟は、おそらく通じません!」

 彼女の弁に、はやては先程の戦闘を思い返す。

 確かに、アミティエのいうところの〝マドウ〟――はやての〝魔法〟は、襲撃者(イリス)の従えた『機動外殻』に対して効果が薄かった。

 仮にもはやてはSランクに該当するだけの魔力を持っている。そのはやてをして、『機動外殻』に傷をつけられないほどに。

 実戦ではそんな甘いことは言えないが、万全でなかったという要因もある。……とはいえ、通常ならその程度のハンデは覆せたはずだ。

 最初から勝てる見込みがなければ、はやてとて戦闘に移行したりはしない。

 が、結果は敗北。助かったのはアミティエがいたからであり、本来ならはやては命を落としていただろう。

 そこまで浮かべていく間に、はやての中には一つの疑問が生まれる。

 次元渡航者であるのは判る。

 けれど、そもそも彼女は何者なのだろうか。 

 はやてはそれすらも知らない。

 妹を追っているというのは聞いた。その妹の目的が、はやての魔導書であり、友人であるなのはたちにあることも。

 しかし、何故自分たちの力が必要なのか――そこについて、一切はやては知らない。

「貴女はいったい……?」

 だからこそ、そんな質問を投げることになった。

 しかし、それに対しても尚、彼女の声は真っ直ぐな返答のみをはやてに告げる。

 

「アミティエです。アミタと、お呼びください!」

 

 名乗ったアミタに、はやてはもうそれ以上の質問を投げることは出来なかった。

 込められた決意に淀みはなく、彼女にとっての意味はそこで既に完結しているのだと読み取れた。

 この星に至るまでの過程がどんなものであったとしても、自身がやるべきことだと定めた理由は一つ。

 ――アミタは姉として、妹の仕出かした過ちを正すためにやって来た。

 ただ、それだけのことであると。

 許されないこともあるだろう。沢山の迷惑も被らせただろう。

 賭けられた思いの尊さも、重ねられた悲しみの重さを知っていても。

 許されないことであるのだから、清算しなければならない。

 遺恨の全てを消せるとは思っていない。――それでも、行動で示すこと、償うこと以外になせることなどない。

 自分に出来ることをする。括った決意はその一点。

 

 ――――そうした、たった一つの決意を胸に。

 アミタは妹の元へ向け、夜の帳を駆け抜ける。

 

 

 

 *** 揺れる心、激突せし願い

 

 

 

 場所は戻り、再び封鎖結界の展開された路上へ。

 

 止まっていた剣戟が再開され、キリエが振るったフェンサーがユーノとフェイトを襲う。

「せ――あッ!」

 振り下ろされた一撃をユーノは盾を展開し受け止める。そうして高速で展開された円盾が剣先を防いだところへ、フェイトが射撃魔法で攻撃を掛けた。

 しかし、キリエはそんなもの意にも介さず、剣先と拮抗していた盾から離れるとそのまま、自身へ向けて放たれた攻撃を切り伏せる。

 刃と弾殻が激突し噴煙が舞う。

 巻き起こった煙を抜け、激突した勢いのままにキリエが地面に降り立った。視界を覆うベールの先にいるだろう二人の追撃を警戒し、次撃へ意識を向ける。

 そこへ、二人の魔法がそれぞれ放たれた。

 翠の鎖と金色の閃光。異なる、拘束と射撃の二種類の魔法が放たれる。

 だが、

「――ふふっ」

 それをキリエは、一切の苦も無く防ぎ切った。

「「――――っ!?」」

 目の前で起こったことに驚愕し、ユーノとフェイトは思わず目を見開いた。けれどそれは、単に防がれた事実に対する驚きではなく、キリエのとった〝防御〟の不自然さによるものだった。

 二人は知る由もないが、ここでの戦闘が始まる以前。はやてが遭遇したイリスとの戦闘で、彼女の経験した違和感と同質のもの。

 その違和感の正体を、

「残念、もう解析(・・)が済んじゃったの。――だからあの縛るヤツも、もう効かないわよ」

 彼女の足下と腕に出現した遅延型拘束魔法(ディレイドバインド)が、役目を成すことなく霧散するのを見ながら、キリエは笑みさえ浮かべそう語る。

 本来であれば、戦闘に置いて情報を漏らすなど愚策であるのは明白だ。だが、それも敵が()()()()()()()()()()()()()()()()であるなら、話は別である。

「ほらね」

 決して埋められない差は、見せつけるだけでも敵の戦意を喪失させるに足る手札になりうるだろう。

 事実、目の前の魔導師たちの顔には先ほどよりも色濃く驚きが浮かんでいる。掴み損ねていたと思っていた流れが、とうとうキリエの側に傾いて来た。

 そもそもキリエにとって、戦闘などどうでも良いのだ。

 要はこの二人に『力』を借りることが出来ればいい。最初から目的をたがえたつもりはなかった。誰かを傷つけたいわけではなく、あくまでも彼女にとって叶えるべき目的を、最初に定めた不文律に従って為すだけである。

「貴女は……いったい?」

 問われ、自分がなんであるのかを応える。

「さっきも言ったでしょう? ――〝家族〟を、助けたいの」

 口にした返答と共に、手に持っていたフェンサーを待機状態のコアユニットに戻す。

 戦意はない。そう見せる手段としては古典的であるが、これ以上に有効な手段もないだろう。

 もちろん敵が好戦的な場合、武器を手放すなど致命傷になる。

 けれど、敵もまた話し合いの体。つまりは、抗戦そのものを目的としない場合、これは有効だ。

 まして目の前にいる相手は、巨大な団体でも何でもない。

 巨大な何かと通じていようがいまいが、少なくともこの場に置いて、キリエの心情を〝聴く〟であろう二人。……加えて、片方は自分の気持ちを理解してくれるだろう相手なのだから。

「……わたしのお父さんなんだけどね。死んじゃうかもしれないの」

 ならばあとは言葉で十分だ。

 そうして最後に目的を遂げられさえすれば、父と故郷を救い、母と姉の笑顔を取り戻すことが出来て――またあの、幸せな日々が(かえ)って来る。

「時間ももう残ってない。――助けるためなら、どんなことでもする。それが世間から見たら、どんなに悪いコトだって言われる様なコトでも……」

 決意は固く、最早引き返す道などない。否、元よりそんなものを望んではいなかった。

 自分の力で取り戻したい望みがあって、叶えられるだけの力があと少しで手に入る。それを目の前にして、何故諦めることが出来ようか。

「――だからお願い! ここは見逃して……っ」

 祈願するようにフェイトとユーノに頼み込むキリエ。

 真摯な言葉の裏には、確かな想いが感じられる。しかし、だからと言って、見逃すことは出来ない。

「……ダメです。それはダメです!」

 どんな言葉を掛けるべきか迷ったユーノより早く、フェイトはキリエにそう言った。

 〝その気持ちが解ってしまう〟

 この戦いが始まったときから揺さぶられていたフェイトの心が、キリエの言葉に折れそうになる。

 認めてしまってはいけないのに。

 今でもどこか、心のどこかに残ったしこりのようなものがフェイトをいっそう強く揺らした。

「…………お願いっ!」

「――それは……っ、それは駄目なんです……!」

 なおも続くキリエの嘆願に、段々と苦しげになっていくフェイトの声。

「フェイト」

 彼女の気持ちを支えなければと、ユーノがフェイトの名を呼びかけたその時。

 

 

 

「――――レイジングハート! バリアジャケット、パージっ!!」

 《All right , purge blast.》

 

 

 

 彼らの後方で、外殻に圧されていたなのはの声と、何かが爆裂したかのような音が響き渡った。

 ――瞬間、動きを封じられた白き魔導師が自由を取り戻す。

 防護服であるバリアジャケットは、装着者の魔力によって構成されている。また、魔力で編み上げたモノに指向性を持たせた崩壊をさせることによって、高威力の爆発を引き起こすことが可能。

 詰まる所、それによってエネルギーの塊を直接対象にぶつけることが可能となる。なのははその衝撃を使って、自分を押さえつけていた外殻を一気に吹き飛ばしたのだ。

 ジャケット部分を弾け飛ばしたため、再構成までの間に装甲が手薄になる弱点が存在するが、今は問題ない。押さえつけていた外殻は弾き飛ばされ即座に戦闘復帰は出来ず、万が一立ち上がったのなら、空中戦に移行する。

 それを操る標的はさらに向こうで、先程までの戦闘を見る限り、キリエの主軸となる武装は剣だ。仮に、長距離戦闘(ロングレンジ)に適した武器があるのだとしても、長距離戦なら砲撃型のなのはにとっても望むところだ。

 故に怯むことも竦むこともなく、なのはは、強く光を放つ真っ直ぐな瞳をキリエに向け、なのはは三つの桜色に輝く光弾を生成し撃ち放つ。

 せっかく話を進められそうだったところを邪魔されたキリエは、あの状況から抜け出してくるタフネスに呆れつつも、放たれた弾丸への対処を施すべく背後を振り返った。

 が、それは。

「――? な……っ!?」

 なのはが放ったのは、攻撃の為の射砲弾ではなく、ただの閃光弾(めくらまし)だったのだ。

 しかし、気づいた瞬間にはもう遅い。視界を遮られた一瞬の隙を、キリエは完全に突かれていた。

 先ほどまで自身に絡みついていたワイヤーを逆に利用し、なのはは、キリエの身体を雁字搦めにして、一気に投げ飛ばした。

「せぇー、のっ!!」

「ひゃあ……ッ!?」

 まるで円盤投げでもするかのように地面に叩きつけられたキリエは、なのはが取った手段に驚きと呆れのごちゃ混ぜになった感慨を抱く。

 確かにキリエの扱う『フォーミュラ』に対して、『魔法』は効果が薄い。けれどそれは、細やかな技や近接戦闘を行う上での相性が悪い、というだけのことでしかないのだ。

 結局、ダメージを与えるだけに限定すれば、『フォーミュラ』の解除範囲を超えた高出力の魔力砲撃や物理攻撃を与えるだけでいい。

 故になのはは、この手段に出た。

 自身を拘束する障害を倒せば、拘束帯となっていたワイヤーは解ける。あとはそれを使って、キリエを逆に拘束すればいい、と。

 理屈は判る。何より食らったキリエ自身、完膚なきまでに隙を突かれた。

 しかし、思わずにはいられない。

「……なんて、チカラ技……」

 彼女の漏らした呟きを聞くよりも早く、なのはが自身のデバイスである『レイジングハート』をキリエに突きつけた。

 自分の友達の過去を。せっかく、今も乗り越えようとしているものを、また掻き乱さないで欲しいと、そう言うように。

「……フェイトちゃんは優しい子なので、あんまりイジメないでくださいね」

 彼女のその言葉に、その後ろから歩み寄って来たフェイトとユーノは、どこか少し困ったような笑みを浮かべる。

 だが、それもまた親愛の証。

 揺らいでいた心を支え合って、また前に進むために繋がりを深めていく絆。

 そうした中心が、〝なのは〟という少女なのだろう。

 戦いが始まってから、まったく揺らがない真っ直ぐな瞳。

 心に込められた強い意志。

 向けられたそれらは敵意などではなく、あくまでも助けになりたいという類のもの。人によっては、度し難い聖人のようにも見えるだろう。

 が、それは――自分がそこにいたことがあるから、同じだけの苦しみを感じ続けて居て欲しくないという願い。醜悪で甘く、酷く優しいエゴだった。

 それを見て、キリエは正直にこう思った。

「……凄いのね」

 誰かに向ける真っ直ぐな心。少なくともキリエがなのはと同じくらいの年頃には持っていなかったものだ。

 自信のなかった自分とは異なる、その真摯さを。

 凄い、と。

 素直にそう思えた。……そう、思えはした。

 

「――だけど」

 

 決して譲れないものがある。

「「「!?」」」

 戦意を失いかけたかに見えたキリエだったが、それはブラフだった。

 地面に叩きつけられダメージは負ってしまったが、その程度で動けなくなったわけではない。立ち上がりさえすれば、身体に巻き付いたロープも勝手に解ける。別に結ばれたわけでもない拘束に使われたロープは、術式の掛かっていないただの部品でしかない。そもそも、此方の使っている術式は物質やエネルギーに干渉する技術。『機動外殻』を生成・操作できるキリエが、拘束を解除できない筈も無いのだから。

 更に言うなら、如何な三対一だといっても状況は同じではない。

 不意を突かれこそしたが、既に『魔法』が通じなくなっている事実を、忘れないで欲しいものだ。

 加えて、キリエは武器を手放してなどいない。

 手の中で小銃形態(ショックプライマー)に変化したヴァリアントアームズを握りこみ、キリエは自分の目の前の三人へ銃弾を放とうとした。

 交わした言葉の弛みによる油断を突くために狙った策は、間違いなく決まるはずだった。少なくとも再度、交戦状態には持って行けるはずだったのである。

 

 ――だが、それを一発の銃弾が阻害する。

 

 あまりにも軽い銃声によって、場の流れは再度塗り変えられてしまった。

「!?」

 今度の驚きはキリエの方だ。

 手繰り寄せた流れを阻害した新手の登場に、思わず一瞬の間を開けるほどに呆然となってしまった。もしこれが、ただ相手方の援軍だというのなら、キリエもここまでは驚きを見せることもなかっただろう。

 けれど、やって来たのはそんなものではなかったのだ。

 

 道路を隔てる壁の上に、一人の少女が立っている。

 三つ編みにした、真っ直ぐな赤い髪を夜風に揺らした、セーラー服を着た少女。

 ――そう。

 

 やって来たのは、

 絶対に来て欲しくなかった人で、

 ……ずっと昔から自分の憧れで、

 …………誰よりも妬ましかった姉であった。

 

 だから、そんな姉を含め、家族を救って見せたかったのだ。

 

 褒めて欲しくて。

 足手まといだなんて思ってほしくなくて。

 何時までも、子供じゃないのだと知って欲しくて。

 が、そんなキリエの願いは叶うこともなく――寧ろ、最悪と言っていい程に下り坂を転がり落ちていく。

 

「……やっと見つけましたよ、キリエ」

 

 そうして、怒りと呆れをにじませた声のまま。

 ……大好きだった姉は、

 守りたかったはずの家族は、

 一番褒めて欲しかった憧れの人は、

 その場の誰よりも冷たい瞳で、(じぶん)を見下ろしている。

「さあ、帰りますよ」

「…………アミタ……っ」

 ――また、自分を置いていく。

 そんな自分を()()()()()()()()姉の態度に、キリエの中で、何かが決定的に違えてしまった音がした。

 だが、その音に気付かないまま。アミタはなのはたち三人の無事に安堵している。

「よかった……皆さんが無事で何よりです。それと、ご安心ください。皆さんのお友達、八神はやてさんはわたしが保護しました」

 姉の態度が、ますますキリエを苛立たせる。その上、事の流れから察するに、イリスの邪魔をしてきたらしいことも明白だ。

 ……本当に何時でも、アミタはキリエの邪魔をする。

 出来るといったのに。

 絶対に来るなといったのに。

 やはり姉は、自分を信じてくれずに、また――!

「絶対に追いかけてこないって、わたし言ったよね……っ?」

「わたしは――行っちゃダメだ、って言いました」

「アミタまでこっちに来ちゃったら、ママのことはどうするのよ!? なに考えてるのッ!?」

「家出した妹を連れて帰る、それだけです」

「――――っ」

 にべもなく返される返答に、キリエの中がまた綯い交ぜになり始めた。

 いつの間にか立ち上がっていたが、そのことさえもあやふやなほどに、今の彼女の視界は実感を伴わせてくれない。

 苛立ちと悔しさが、彼女の中をぐちゃぐちゃにする。

 自分のしてきたことを、まるで本当の間違いの様にいう姉の態度もそうだが……。何よりもまず、これまでもずっと……自分を子供扱いして、話をちっとも聞いてくれなかったのと同じように、また。

 ――また、自分を遠ざけようとしている。

 辛い現実から。

 危険なことから。

 もう解っているのに、まるで知らなくて良いとそっと目を覆うように。

 悲しみは全部背負って守ろうとする愛情は、キリエが今、何よりも自分が成したいと思っているものだ。間違っても、これ以上姉や母に背負わせたいものではない。まして、病の床に伏している父には、二度とそんな苦しみを背負わせてなるものか。

 これまでずっとそうだったのだ。

 いつも笑顔だった。悲しそうでも、辛そうでも、家族がキリエに向けていたのは笑顔。

 幼い末っ子を気遣う、優しさ。

 だから、それに、報いたかったのに。

「言ったでしょ……! パパも、エルトリアも、助けるんだって!!」

 願っていたことは、本当に、それだけだったのに。

 何時しかその心は欠け始め、その決意を曇らせていく。

「――――帰りましょう」

 揺らがぬアミタの言葉がキリエをかき乱して行き――そして。

「っ……、こ……の……ッ!」

 気づけば、キリエは守りたかったはずの姉に、本気で銃口を向けていた。

「――バカアミタ!!」

 先程の狙撃で弾かれた『ショックプライマー』の元へ後方転回して跳び退き、拾い上げると同時に撃ち放つ。

 が、

「!?」

 アミタは、身じろぎもせずに受け止める。

 瞬間、青いフレアが舞い、キリエの放った桃色の光を放つ光弾と激突する。だが、その煙が晴れると、そこには。

「…………聞き分けてください、キリエ」

 纏っていたセーラー服は弾け飛び、キリエと同様の戦闘着(フォーミュラ・スーツ)に身をやつしたアミタが立っていた。一切の傷もなく、揺らぎもしない出で立ちで。

 その態度に、ますますキリエの中で苛立ちが募っていく。

 何時だって、何時だってそうだった。

 優れている姉は、自分の気持ちなど考えもせず、一人で先へ進んでしまう。勝手に、道を作ってしまう。

 そして、必ずその後ろには、守られてばかりの自分がいて――――

「っ――――、ぅ……ッ!!」

 激情に駆られたキリエは、プライマーをフェンサーに形態変化させると、そのままアミタへ斬り掛かって行った。

 フェンサーを下段から薙ぐように振るった一撃を、アミタはザッパーで受け止める。勢いに圧されて空中へ押し上げられたが、自身からも押し返して一旦距離を取った。

 体勢を立て直し、自身もフェンサーの形態にザッパーを変化させ、向かってくるキリエの剣撃を受け止め続ける。

 だが、キリエは止まらない。

 なのはたちを相手にしていた時とは訳が違う。

 既に手加減など頭にはなく、自分と同種の相手に加減などしていられない。

 そうして本気になったキリエを、必死に落ち着かせようとするアミタだが、反撃を見せないアミタにキリエはますます苛立ちを募らせていく。

 〝闘う〟ことすら無駄なのか、と。

 まるでキリエはそう感じ取ってしまっているかのようだ。

 そういうことではないと、アミタはどうにかキリエに伝えたかった。

「〝永遠結晶〟を持って帰らなきゃ、パパが死んじゃうのよ!?」

「悲しくて苦しいのは、わたしや母さんだって一緒です! それに、貴女を連れ出したあの子を、わたしは信用できません!!」

「こ、のぉ……ッ!!」

 しかし、最後の言葉がキリエの不興を買ってしまう。

 ……とりわけ、何よりも突かれたくない場所であったからこそ。

「キリエさん!」

「落ち着いてください……!」

「ここは、お姉さんのお話を――」

 キリエを止めようとした三人の子供たちにも、もうキリエは手加減など考える暇がなかった。

「邪魔を――」

「!?」

「――しないで!!」

 自分の身体を押さえつける子供たちを振り払うよりも早く。フェンサーを宙へ放り投げ注意を逸らし、片足を上げ、(かかと)部分に備え付けられていたバルカンでアミタに散弾を食らわせ怯ませたのち。そのまま体躯を横に回転させると、キリエはなのはたちを三人ともを地面に叩きつけた。

 そして、堕ちて来たフェンサーを掴みなおすと、再度アミタへ斬りかかる。

「〝永遠結晶〟があれば――皆を、助けられるのに!」

 そんな言葉と共に斬りかかって来たキリエに対し、遂にアミタも反撃に出る。

「……父さんと母さんが、わたしたちにくれた力は!」

 キリエのフェンサーを弾き、自身も打ち込みを掛けながら、アミタは先程まで戦闘の行われていた場所までキリエを押し返していく。

「強い身体とフォーミュラは、星と人々を守り助けるための力です……! 人に危害を加えてまで、目的を叶えるための力じゃない!」

 なのはたちに危害を加えてまで、助かりたいがために振るわれるべき力ではない。

 家族を守りたいと願うのなら、他人を踏みつけにまでして、両親のくれた力を振るってはいけないのだと叫ぶ。

 この力は、絶対に他人を傷つけるための代物ではない。

 二人の父であるグランツが掲げた夢。荒廃してしまった故郷(エルトリア)を、再び元の美しい場所に戻せるようにと、そのために作り上げた力。

 父の夢を叶える手伝いをしたくて、二人はその力を扱う為の練習を続けてきた。

 元々エルトリア人は、他の星のそれに比べると身体強度や肉体機能が強い。それらを鑑みても、エルトリアの環境は荒廃しすぎていた。だからこそ調整を施し、荒廃した星の環境と独自の進化形態を辿った危険生物たちに対抗するために生み出された、『守るための力』こそが、この『フォーミュラ』なのだ。

 それをまったくの別の星の、それも子供に対して振るうなど、有っていいはずもない。

 叫んだ思いは、キリエにも分かっているはずのことだ。

 だが、

「だから! ……だから、迷惑を掛けないように頑張ってる!」

 彼女は未だ止まらない。

 救いたい想いが、心のブレーキを壊してしまっているのか。

「キリエ……っ」

「みんな、手伝って!」

 姉の決死の叫びも届かず、キリエは『機動外殻』をもう一度起動させようとして呼びかける。

 その声に応えるように、外殻たちは主の邪魔をする障害を排除せんと動き出す。

 蠢き出した機械の兵隊たちは、三人の魔導師へ向けて進行を開始する。このままでは、先程の二の前になってしまう。

 キリエをアミタが抑えているとはいえ、単純な攻撃は通用しないのは先程までの攻防で理解した。

 対抗するためには、此方も全開でかからなくてはならない。しかし、アミタが敗北を喫してしまえば、種が割れてしまっている魔法を主軸にして戦うなのはたちが不利だ。

 その上、今のキリエは手加減などという温い考えを捨て去り始めている。

 となれば、敗北を喫するのは此方だ。

 構えを取りながらも、不利を自覚した三人はどうこの場を切り抜け、キリエを保護するかと考えを巡らせていた。

 しかし、その心配は杞憂に終わる。

 紫がかった雷光が迸り、今にも襲い掛かろうとしていた外殻を側方から撃ち抜いたのである。

「な――!?」

 驚愕に目を見開くキリエ。

 唐突過ぎて、何が起こったのかまでは判らなかった。けれど、また自分の流れを崩す何かが来たのだということだけは、理解できた。……とりわけ、目の前で斬り合っている姉が、先程までの険しい表情とは裏腹に、安堵したような表情を見せていれば尚更に。

「ぐっ…………」

 悔し気に歯噛みするキリエとは裏腹に、場の流れが一気に敵側に好転していく。

 

「っし、初弾命中!」

 

 小柄な体躯に似合わない大柄な電磁砲を抱えた、赤い騎士服に身を包んだ少女が宙に現れた。

 彼女は、はやての所有している『夜天の書』の守護騎士・ヴォルケンリッターの一角にして、八神家の元・末っ子。鉄槌の騎士・ヴィータ。しかも、朝方に話していた彼女の主武装である黒鉄の伯爵ではなく、バリバリの新装備での登場である。

「おめーらじっとしてろよ、今助けてやっから!」

「ヴィータちゃん!」

 ぶっきらぼうな口調であるが、それがまたなんとも頼もしい。

 そんなヴィータの登場に、なのはは嬉しそうに声を上げ、フェイトとユーノも安堵したように微笑みを浮かべる。

 だが、まだ喜ぶには早い。何せここへ来た援軍は、彼女だけではないのだから。

「せ――――あッ!」

 はるか上空より振り下ろされた一閃。

 飛来せし桃髪の騎士が、外殻を一刀のもとに切り伏せる。彼女もまた、ヴォータ同様にはやてに仕えし騎士の一人。烈火の将・シグナムだ。

「ハッ!」

 瞬く間に外殻二体を両断したシグナムは、ヴィータ同様に新武装を掲げ、その手ごたえを確かめている。

「ふむ……。とんだ試し切りだ」

 騎士らしく剣を上段に構えた出で立ちでそういったシグナムに続くように、蒼と翠の影が場に現れる。

「はああああああああ――――ていッ!!」

 拳を地面に叩き込む、蒼い犬耳を持った大男。夜天の空に仕えし守護獣・ザフィーラの人間形態である。

 彼の叩き込んだ拳撃によってアスファルトが罅割れ、ヴィータとシグナムの攻撃から逃れた外殻たちの足元を一気に崩した。そうして体勢を崩した外殻たちを、新緑の輝きを伴った鉄糸(ワイヤー)が一気に拘束する。

「ワイヤーロック!」

 今しがた外殻たちを拘束した鉄糸を放ったのは、緑色の騎士服を纏った女性。

 守護騎士たちの参謀役にして、主と騎士たちを支える者――湖の騎士・シャマルだ。

「応援到着ぅ~! ザフィーラとアルフも無事よーっ!」

 優し気な声で援軍の到着と、先程のキリエの襲撃を受けた二人の無事を告げる。ザフィーラは少し不満げに「不覚を取ったがな……」と告げたが、アルフは「フェイト~」と自身の主へ声を掛ける。

 ともかく、二人共大事には至らなかったようだ。

 次々と現れる魔導師たちにキリエはますます悔しげに顔を歪める。おまけに、自分が行動不能にしたはずの二人まで現れて来た。『フォーミュラ』にも回復促進の術式はあるが、『魔法』よりはその効力は薄い。そもそも、キリエとアミタは回復力が高いため、その辺りを見誤ったというところだろうか。

 苦し気に剣を振るうキリエだったが、それでもアミタとの剣戟を納めない辺り、諦めてはいないらしい。

(まだ……まだ……っ!)

 しかし、そんな抵抗も虚しく。空中で剣撃を続けていたキリエの身体を、突然発生した冷気が覆い尽くす。

 その魔法を放ったのは、

「準備してたら遅れてもうた。でも、もう大丈夫や。八神はやてと夜天の守護騎士、応援に駆けつけたよ~!」

 先程アミタが保護したというはやてだった。

 ――決定的だ。

 キリエの目的の要となるはやてを逃がしてしまった上に、援軍まで連れてこられてしまった。もはや、敗北は必至……。

 身体を覆っていく氷によって、完全に身動きが取れなくなってしまった。単純な氷結ではなく、『魔法』による拘束魔法の一種なのだろう。そうでなければ空中に固定されたまま、身体だけを凍らせるなど出来ない。

 おまけに、キリエのそれまで戦っていたなのはたちの魔法とは全く異なる系統の魔法。彼女はその区分けを知っているわけではないが、なのはやフェイト、そしてユーノの使っていた魔法は『ミッドチルダ形式』で、はやてたちが用いる魔法は『古代(エンシェント)ベルカ形式』の魔法。

 先ほどまで行われていた解析も、これに対しては効果を成さない。

 アミタが傍らにいる以上、解析を行えたとしても、破ったところで即時無力化されてしまうだろう。

 まさに、万事休すといった状態に陥ってしまったキリエ。

 唯一希望があるとすれば、イリスが助太刀に来てくれることくらいである。が、そんな甘い期待は抱けない。

 先程アミタは、はやてを保護したと言った。

 恐らくはキリエがそうしたように、イリスもはやてと交戦に陥ってしまったのだろう。

 そうであるならば、きっとアミタの事だ。イリスの外殻を全部破壊してしまったに違いない。

 実体を持たないイリスは、遺跡版や外殻を介さなくては戦えない。

 ……まさしく、ほぼ絶望的にキリエは一人きりだった。

「く……っ」

 

 ――これで、終わり?

 

 そんな声が、キリエの中に響いたように感じた。

 何でも出来ると思っていた。必ず成せると、全て救って、幸せな結末に変えられると思っていたのだ。

 だが現実はどうか。

 成せると思っていたことは全て出来なくなり、何もかもが上手くいかない。

 しかも、

「さあ、キリエ。皆さんにちゃんと謝って家に帰りましょう。まぁ、素直に返してくれるかどうかは難しいところですが……」

 姉は、そんなことを口にしている。

「………………」

 色々とご迷惑をお掛けしましたし、と。

 自身と妹の破ったこの世界の司法(きりつ)の事を案じているアミタ。

 ……その姿は、いっそその時のキリエにとって滑稽だった。

 未だ宙に凍らされ、留まっているキリエの目に映るのは、魔導師たちが事件を解決できたと思って安堵している姿。

 

 ――何だ、これは。

 

 こんな平穏な世界で。

 こんなにも満ち溢れた幸せの中で。

 誰にも助けてもらえない、見捨てられた星を見捨てなかった父を助けたい願いが、こんな場所を守るために潰えるのか? ……ふざけている。

 幸せへの道は、笑顔にしたかった姉によって阻まれてしまい、このまま連れ戻されてしまえば、悲しい現実は永久にそのままになってしまう。

 父が死ぬ。

 母が悲しむ。

 それを支える姉の裏で、何時までも何もできない妹のまま、終わってしまう。

 

 

 

 ――――そんな結末はいらない。

 

 

 

 悲しみなんて欲しくない。

 誰もが笑顔でいて欲しい。

 家族を救いたい願いはここに在る。

 追い詰められている中でも、まだキリエの中の決意の火は消えていなかった。どれだけ足掻くことになろうとも、必ず成し遂げて見せると。

 抱いていたはずの決意や、侵さないと決めた不文律が、何もかもが憎く妬ましいものに変質していく。

 

 美しかったはずの理想(ユメ)が、

 尊いはずの優しい願いが、

 ……黒く染まり、反転して行く。

 

 

 

 〝――――――まだ、終わりじゃない……っ〟

 

 

 

 その時、キリエは自分の領域を越えて願いを実行する。

 何を差し置いても願いを遂げるという決意。抱いた想いは尊くとも、越えてはならない一線はあった。

 けれどキリエは、自分自身が敷いたこの誓いを越えて――――

 自らの願いの為に他者を利用するという、引き返せない咎の路へ進む。

 

 

 



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第七章 届かぬ思い、其々の意志

 少女が歪みに走るきっかけ。
 それは、始まりは優しい思いで……けれど、頑なに貫こうとした決意は、新たな傷を生む。
 古い傷は開き、新たな痕を刻まれ、願いはさらに深淵の奥へ――


 反転、そして嵐

 

 

 

 〝――――――まだ、終わりじゃない……っ〟

 

 その呟きを聞いたとき、アミタは思わず耳を疑った。

 妹であるキリエの抱いた意思が固いことも、それを貫き、叶えたいと渇望するのも解っている。アミタとて、父に死んでほしくなどないし、故郷を元に戻せるものならば戻したい。しかし、他者に被害を与えるようなやり方を取ってまで叶えてはいけないのだ。

 自分たち姉妹に与えられた力は、本来〝守るため〟のもの。

 大切なものを守り抜くために与えられた力で、誰かの大切なものを踏みにじるなどあってはならない。それは、絶対にこの力を生み出した父・グランツの意志に背くものであるとアミタは考えている。

 であるからこそ、彼女はキリエを止めたかったのだ。

 妹が、決して引き返せぬところまで行ってしまわぬ内に、と。

 そう願い、遥か遠いこの星までやって来たのである。そして、漸くその願いは叶おうとしていた。

 ……少なくとも、無罪放免という訳にはいかないだろうが、それでも誠心誠意自分たちにできる償いをする決心は出来ていた。あとはもう、采配を待つだけの筈だったのである。

 仮にそうでなくとも、もう既に自分たちの周囲は、はやての守護騎士たちに囲まれている。これ以上抵抗しても互いに要らぬ傷を増やすだけだ。アミタはキリエに傷ついて欲しくないのは勿論、この星の面々にも傷ついて欲しくない。口にこそ出さなかったが、正直なところ諦めて欲しいとさえ思った。

 けれど、そんな姉の想いを突き放すかのように嵐の予兆が場を覆う。

「……イリスのくれた、最後の奥の手……ッ」

 キリエの身体から、彼女の本来のフレアとは別の色彩(いろ)を伴った光が発せられる。通常の『フォーミュラ』の仕様では考えられないほどの光量を放ちながら、目を見開いたキリエは、決して開けてはならぬ蓋を開ける。

 反対に、残していた甘さや優しさといった己の心に蓋をしたキリエは――。

 

「〝システム・オルタ〟――――バーストドライブ!」

 

 ――瞬間、場が一変する。

 青白い光の奔流が彼女を拘束していた氷を吹き飛ばし、辺り全てを震撼させた。

 次いで、青白い光から桃色の光へフレアが戻った刹那の間を置いて。

 

 ――――一切の躊躇や躊躇いもなく、キリエはこの場の全てを蹂躙して行く。

 

 新たな力を解放させた彼女を押さえつけようとした騎士たちを一気に弾き飛ばし、生じた隙を鬼神の如き剣幕で畳み掛ける。

 その様は、まさしく闇を駆ける閃光。或いは、時の狭間を抜けていく流浪の剣士か。

 自らを圧し潰そうとする重石を跳ね除けるかの様に、その場の全てを叩き壊さんとばかりに暴虐の嵐となって舞い踊る。場の流れは、まさしく一方的と称するに相応しいものに代わって行った。

 最初に狙いを定めたのは、後方支援役のシャマルと自身と同等のパワーを有しているだろうザフィーラ。高速機動で翻弄し、シャマルの胴に両足で踏み込むようにぶつけ、そのまま強引にまとめて蹴り飛ばせる位置に持って行き、キリエは遠くのビルへ向けまとめて蹴り飛ばした。

 そうして、短く残った彼らの呻きよりも早く、キリエは次の標的に狙いを定めて行く。

 自身の変容に呆気にとられたアミタを地面に叩き付け、一拍の間も置かずに姉を退けたキリエは、追って赤い騎士服に身を包んだ鉄槌の騎士へ狙いを定める。

「こ、の……っ!」

 近づいてくる敵へ向けて、手に持った大型の電磁砲である『プロトカノン』を撃ち放つヴィータだったが、そんな威嚇射撃にも怯むこともなく、銃口から迸る紫電の網を縫う様にして迫るキリエ。

(な…………こいつ、早――よけ……ッ!?)

 完全に避けきれないところまで来たキリエの攻撃。懐に飛び込まれ、向けられた一撃から身を守らんと手にあった『プロトカノン』を盾代わりにした。が、無論そんな仮初めの防御では攻撃を防ぎきることは出来ず、勢いに負けて後方へ飛ばされてしまう。

 どうにか完全に吹き飛ばされる前に堪えはしたものの、目の前に視線を飛ばすと、シグナムがキリエに斬りかかったところが見えた。

 だが、試作段階の電磁剣ではキリエのフェンサーと拮抗するには脆すぎた。刀身が打ち合った瞬間に砕けた試作剣を嘲るような笑みを浮かべ、キリエは手に持ったフェンサーを速射形態である『バッシャー』に変化させ乱れ撃つ。

 しかし、彼女の攻撃はそこで終わらない。

 放たれたエネルギー弾に圧され、飛ばされたシグナムの背後。そこにいるヴィータにもまとめて銃弾を撒き散らし、最後は『ファイネストカノン』による砲弾で二人を遙か背後の海側へと吹き飛ばした。

 息つく暇もないまま姉と四人の騎士たちを沈めたキリエが次に見据えたのは、先ほどまでいた路上に立つ子供たちの方向――その中にある一点、はやての持つ『夜天の書』だ。

(はやてちゃんの、あの魔導書(ほん)……!)

 アレさえあれば、何もかもを変えられる。

 此処まで重ねた失態。家族に降りかかる厄災。滅び行く故郷の命運さえ――――!

 逸る気持ちのまま、手を伸ばした。

 それに気づいたユーノが盾を張ろうとしているが、無駄なことだ。既にミッド式の魔法の解析は済んでいる。はやての元に至った瞬間、キリエの手は盾を無力化して魔導書を掴み取るだろう。

 

 ――そう。

 この手が掴むのは未来。

 

 何もかもを好転させるための希望。

 ……悲しみも、哀しさも。何もかもを変えるための、鍵となる力だ。

 

(……これで……っ!)

 

 その時のキリエの顔は、きっと笑みを称えていたことだろう。

 此処までを間違いにしないための行動、結果を掴み取れると確信していたのだから。

 しかし、心に生まれかけた安堵は同時に、僅かな隙を生んだ。

 

 

 

「フォーミュラドライブ――――〝アクセラレイター〟!!」

 

 

「!?」

 またしても、妹の願いは姉によって阻まれた。

 キリエとは異なる強化加速(ドライブ)を用いて、アミタがキリエの攻撃に割り込み、その進路を塞いだのである。

 親愛ゆえの行為であるが、案ずる心は今のキリエにとって害悪としか捉えられない。

 成し遂げたい目的のために、こんな力さえ振るったのに。それでもまだ、阻むというのだろうか。

 と、キリエの中に生まれた安堵、戻りかけた心がまた黒く塗り潰されて行く。――苛立ちは苦しみに、そして憎悪の様に燃え上がり、止めどなく溢れ出す。

「システム――〝オルタ〟? 貴女のスーツに、そんな機能はなかった筈……!」

「チッ……!」

 追及から流れるように鍔迫り合いから離れ、最初にアミタの立っていた道路側面の壁へ跳んだキリエ。

 けれど、姉からの追及は距離を開けた程度では止まない。……が、もうアミタの言葉はキリエに届かないところまで来ていた。

「出力制御が滅茶苦茶です! 皆さんに怪我でもさせたら――『その魔導書(ほん)さえあれば良いの』――!?」

 もはや手段は、選んでなどいられない。

 望みを叶えるために、遂げるために。

「少しの間、貸して欲しいだけなの……ッ!!」

 ――()()()()()()()()()()()()()()、願いを現実にしてみせる。

「だから――!」

 キリエは、止まらない。……もう、止まれなくなっていた。

「――――そこをどいてってばッ!!」

 苛立ちに任せ、フェンサーをザッパーに変化させアミタに向けると、躊躇うことなく撃ち放った。

 ……仮に此処で、彼女が撃った弾丸がアミタを貫いていたとしたら、彼女は間違いに気づけただろうか? 守りたかった筈のものに、自分が何をしたのかを。

 だが、既に彼女は過ってしまったのだ。

 手段に始まり、自分で決めた条理の枠を取り払い――そして、最後には、守りたかったものにさえ、憎悪を抱いた。

 しかし、そもそもの始まりはそこだった。

 綺麗で強くて、カッコいい。そんな姉だから憧れ、同時に自分の至らなさに嫌悪を抱いたのである。

 だから何かしたかった。変えてみたかった。褒めて欲しかった。

 何も出来ない子供じゃ無いのだと。いつもいつも姉の後ろに隠れているだけの、役に立たない〝冴えない子〟なんかじゃ無いと、そう認めて欲しかっただけなのに――――!

「ぐ……っ!?」

 またしても阻まれる。

 守りたくて、大好きな姉に。

 ……救いたくて、ずっと一緒にいたかった家族に。

 放たれた銃弾を超速で回避し、アミタはキリエの背後を取って腕と首を押さえつけた。

 そして、また。

「――帰りましょう。父さんも母さんも待ってます」

 アミタは、キリエに帰ろうと告げる。

 〝……また、それか……ッ〟

 それは、自分の成そうとする想いを否定されているかのような、この言葉。

 耐え難い屈辱に、潰れそうなほどに歯を噛み締める。

 溢れ出す苛立ちに呼応するように、胸の中に秘めた感情が一気に燃え上がる。

 怒りが止められない。

 気づけば、開いた口はこれまで抱いてきた鬱憤の全てを吐き出していた。

「…………お姉ちゃんは、いつもそうやって〝良い子〟なんだよね」

 何時も何時も、どんな時でもそうだ。

 頼りにされて、必要とされて。何も出来ない自分を陰において颯爽と駆け抜ける。

「……わっかんないでしょ? あたしがどんな思いで、どんな覚悟で此処にいるか!」

「……っ、キリエ……!」

「パパの夢もママの幸せも! 全部あたしが守ってあげるの!」

 このまま帰って、何がある?

 爪を噛むくらいしか出来ない状況で、絵本で読んだ魔法使いにでも祈れと言うのか。

 この世界は御伽噺(おとぎばなし)などではない。

 そんな見せかけの希望はいらない。例え、願いを叶えるためにどんな代価を要するのだとしても。

 自分の力で現実にできるなら。

 本当に叶えることが出来るのなら。

 あと少し。ほんの少しで手に入るものを、なぜ諦められる――?

「キリエ……わたしは……ッ」

「――お姉ちゃんには分かんない!!」

 尚も思い留まらせようとしてきた姉の言葉を、キリエは叫ぶようにして遮る。

 未だに、こんなにも必死な自分を宥めようとしている。可能性なんて惰性に浸り、わざわざ苦しみを選ぼうとしている。

 ……こちらの気持ちを知りもしないで。

 何時もそうやって苦しんでいるから、父を救って、姉と母を救いたいのに。

 なのにどうして、そんな顔をするのか。……どうして、分かってくれないのか。

 ――困ったような顔をしないで。

 自分なら出来るのに、何で悲しげに顔を曇らせているのか。

 弱さを見せず、涙を見せず、どこまでも強く。

 何も出来ない冴えない自分とは全然違う。

 でも、そんな姉だからこそ、キリエは救いたかった。

 だからこそ次は自分の番だと覚悟を決めたのに――どうして。

 

 ――――何で、自分がその姉の顔を曇らせるなんてことになっているのか?

 

「……嫌い……っ」

 こんな自分も。

 こんな自分を生む姉さえ。

 もう、何もかも嫌だ。

 全部消えろ。消えてしまえ。壊れてしまえ。

 

「嫌いよ……お姉ちゃんなんて……っ」

 

 こんな現実なんて、全て。

 全部全部壊れてしまえ――――!

 

「――――大っ嫌い!!!!」

 

 血を吐くような叫びと共に、キリエは自分を抑えていたアミタを己の身体ごと撃ち抜いた。

 妹のとった行動への驚愕に見開かれた姉の目には、消えて行く視界(ひかり)の中で、再びキリエの身体が自分の知らない色彩(ひかり)に包まれる様だけが写った。

 ――そうしてまた、場に嵐が吹き荒れる。

 

 

 

 *** 様々な痛みを伴う願い

 

 

 

 ――それより先は、言葉など意味を成さないほどの嵐。

 

 もはや伸ばした手は届かず、想いは想いに弾かれた。

 息つく暇もなく、なのは、ユーノ、フェイト、はやてを順に沈めたキリエ。最後に意識を刈り取ったはやてを地に下ろすと、彼女の纏っていた騎士甲冑(バリアジャケット)が解けた。同時に魔導書も共に消えるが、消失したわけでは無い。

 はやての身につけているペンダント。その中にはちゃんと、キリエの求める物が納められている。

「この、中に……、っ――――ぅ」

 が、伸ばそうとした手が痺れ、目の前が砂嵐にでもあったようにざらついた。掠れた息が鉄臭い味を口内に送り、姉を退けるために払った代償はドクドクと熱を発する。

 如何に強固な肉体を持っていようとも、外傷は負えば当然痛みを伴う。けれど、キリエは脇腹の流血を押さえつけながら、歯を食いしばって虚ろになって行く視界を堪え、また手を伸ばす。

 はやては意識を失っており、あとは抜き去るだけだ。何の徒労もなく済む。ただ、痛みさえ堪えていれば……。

 しかし、そう考えていたキリエの手を、小さな守護者が拒む。

「どい、て……おチビちゃん」

「これは……これはダメです……ッ!」

 キリエの手に握られたペンダント――『夜天の書』を渡すまいとして、はやての融合機(ユニゾンデバイス)であるリインフォース(ツヴァイ)が小さな身体で必死に抵抗をする。

 彼女の持つ氷結の魔法がキリエの手と自身を凍て付かせ始め、離さないという意思を示す。

「…………」

 実力だの、魔導師だの。連ねる字面以前に、体格差がありすぎる。

 絶望的なまでに不利な状況で、決して敵わぬ相手に挑む。

 伴う恐怖は軽くない。

 無謀で滑稽だとさえ言える。

 しかし、そんな計りの結果さえ飲み下して尚――。

 リインは、キリエを拒むことを選んだ

 そうして恐怖を押し殺し、簒奪の手を阻むリインの心――キリエはいったい、その姿に何を見たのだろうか。

「これは……っ、この魔導書は……夜天(そら)に還った先代の残した、宝物なんです……っ!」

 だから渡せない。

 これだけは絶対に、と。

 ……酷く健気で、儚くも尊い悪足掻きであった。

 勝ち目などなくとも、それでもと守ろうとする意志。――それはキリエが、今しがた失ってしまったもので。

 

「…………ごめんね」

 

 本当はずっと、持っていたかった真っ白で優しい想いだった。

「――――ぁ」

 リインの小さな身体に配慮を残したのは、キリエにとって最後の譲歩だったのだろうか。

 しかしそれでも、極小の光弾は、夜天を統べる主人の騎士たちを纏める幼き『祝福の風』の身体を寸分違わず撃ち抜いた。

 ――――こうして、場は静寂に包まれる。

 酷く、悲しい()()だった。

 こんなものが、本当に救いの一歩なのか……頭を過るそんな疑問を振り払うように、キリエは己の乗っていた単車(バイク)を呼び寄せ、場を去ろうとした。

 けれど、

 

「……まっ……て」

 

 まだ、立つ者が一人。

 あれだけ痛めつけられて、あれだけ圧倒的な力を前にして。それでも尚、立ち上がるのか。

 ……もう、そんな様を見ていたくなかった。

 自分のしたことを再認するようで、キリエは立ち上がってきた少女から目を逸らす。

 未だ手を伸ばそうとする少女の足下に威嚇で三発撃ち込み、足を止める。あとはそのまま立ち去れば良い。

 それだけで良かった。――それなのにまだ、向けられた視線はキリエを見ている。言葉もなく、音さえ消えてしまいそうな中で、白い少女はキリエを見つめていた。

 その視線に耐えられず、一度だけ顔を向ける。

 ……見えたのは、痛々しい姿だった。

 それも全て、キリエのしたことだ。周りに倒れている魔導師たちの傷も、周辺の建物の損壊も――その惨状の全てが、キリエのしたことだった。

 覚悟はしていた。誰かを、傷つけるかもしれないという覚悟を。

 同時に、恐れてもいた。この行いが、最悪の結果を招くことを。

 では、この現実は最悪か、否か――――?

 次第に溢れそうになったのは、果たして罪悪感か、はたまた後悔だったのか。

 答えはない。しかし、泣くのは卑怯だと思った。

 それは弱さであると共に、自分の信念を欠けさせてしまいそうだ。

 自分の願いの為に他者を虐げた今の自分に、その資格はない。だから、キリエは決して涙だけは流さない。

 だが、見つめていた少女の姿に、心が欠けそうになる。

 間違いを、踏み越えてしまった領域を突きつけられている。

 このままでは、いずれ最後の矜持さえ失ってしまいそうで、キリエはもう少女を見るのを止めた。

 弱さに浸った選択だったが、

 

 …………それでも、こんな事は、これで最後だ。

 

 悲しみはこれで終わる。そしたら、今度は存分に己が罪を返そう。全てを終えれば、何をされても良い。例え何と言われようと、自分がどれだけの罰を受けようとも――自分のしたことは必ず、父母を救うものであるのだから。

 正しくない筈がない。全てが嘘である筈がないのだ。

 目を逸らし、勝者であったはずの少女は、己が勝利に苛まれるようにして逃げ出した。

 

 嵐のようだった闘争は終わり、その場は夜の風だけが(そよ)ぐだけの痕になった。

 引き返せぬ道に足を踏み入れた少女は夜を駆け、宝物を失くした少女は、未だ眠り続けている。

 

 ――――そして、伸ばした手は届かずに。

 手に入れた翼をもがれた鳥の様に、少女はただ、茫然と去り行く背を見送っていた。

 

 

 



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第八章 心の行方、道標となるものは

 想いを抱き、頑なになった心はまた、同じように頑なな心を生む。
 積み重なる想いはやがて、激しい炎に変わる。

 ――――では、それは果たして迷いなき道か。

 定かではない。当然迷いも生まれる。
 であるならば、最後に先へ進むための標は振り返ったときにそこにある。

 いつか、過つことの無いように。
 道を踏み外さぬように。
 支える者が、必ずいるから。


 救えなかった後悔、寂しさを嫌う心

 

 

 

 夜の海を眺める少女。

 だが、その視線は全く別のところを見ていた。

 心の中に空いた空白は、彼女にとっては馴染み深いというには苦い思い出が多すぎるが、確かによく知っているもので――――

「…………」

 彼女が一番、嫌いなもの――いや、嫌いというのは違うのかもしれない。強いて言えば、辛いのだ。

 誰かが傷ついていく様は、見ていて辛い。

 勝手なエゴと言えばそれまでかもしれないが、知っている身としてはその辛さを何とかしたくなる。

 端的に言えば、救いたい。

 どんなに至らなくても、どれだけ身勝手でも、それでも――。

 あんな顔を見たくなかった。

 今にも泣きそうで、でもその涙を振り払おうとして。

 痛みに堪え、辛さを背負い。そして、どこまでも深く暗い闇の底でさえ飛び込もうとする決意を抱えて。

 まるでそれは、泥の沼に沈んでいくようなものだ。

 無論、その全てを理解することは出来ないし、また理解できたところで全てを解決できるわけではない。

 だが、それでもアレは――。

 

(…………あの、目……)

 

 少女は、哀しげな瞳を思い出した。

 己もよく知る、迷子になってしまった子供の様な目。

 どこへ行けばいいのか判らなくなりかけて、迷い道にハマってしまったかのような、そんな悲しみを写した瞳を、確かに彼女は知っていた。

 あんな目をしていたのだ。

 自分も、今は親友となった少女たちも同じように迷い、進むべき道を探していた。

 そうして今、また同じ悲しみが目の前にある。

 だから、放っておけない。……どうしても、見て見ぬふりなんて出来なかった。

 無責任だ。酷く傲慢な想いと言えばそうである。しかし、それでも彼女は知ってしまったのだ。

 救われた喜びも、救えたときの喜びも、共に等しく知ってしまったのである。

 だから救いたかった。

 だから助けたかった。

 ……もう二度と、悲しまなくて済むように。

 もちろん、絶対不変なんて不可能だ。変わらないものはないし、きっと変わって行く中で出会うものもある。

 けれど、だからこそ――。

 きっとこの悲しみは変えられる。

 変わらないものがない様に、悲しみに塗り潰された現在(いま)を変えることだって出来るはずなのだ。

 故に、

(……今度は、必ず……)

 少女は再び決意を結ぶ。――次こそは、己が手を届かせるために。

 自分が初めて手にした始まりの絆。

 この手にした『魔法』は、その為のものであるから。

 

 ――強き想いに煽られるように、少女の瞳が静かに燃える。

 歪みを伴ったことに気づかぬまま、それでもまだ先へと焦りを伴って――

 

 そんな少女の想いと共に。

 長く遠い結末へ向けて、静かに事件は進んで行く。

 

 

 

 *** それぞれの覚悟(おもい)

 

 

 

 高速道路上での交戦の(のち)――

 負傷の大きかったアミティエは時空管理局に搬送され、残る面々は《オールストン・シー》のメインブリッジ側に聳えるホテルの一室にて一時の休息を取ることに。

 そんな中、八神家の面々と東京支局のクロノが通信を行なっていた。

「アミタと呼ばれる女性は、先ほど本局の救急病棟へ搬送した。これから検査と出来る限りの治療はする。……残酷なようだが、意識が戻ったら直ぐに話を聞かせてもらわなければならない」

 事件の全容を明かす為とはいえ、アミタにそういった対処をせねばならないことをクロノは苦々しく感じているようだ。

 が、それも仕方ない。

 今回払った代償は大きく、また成果らしい成果もなかった。

 楽観して居られるような事態ではない。早急な対策が求められるが、中々そうも行かないだろう。

「……はやてとリインは、まだ目を覚まさないか?」

 クロノは、モニター越しに目を閉じたままのはやてとリインへ視線を向け、彼女らの状態を問う。

 その問いにシグナムは、「それが……」と歯切れ悪く呟き、同様にはやては視線を向ける。すると、それを受けたかのように、目を閉じていたはやてから応えが返って来た。

「……起きてるよ」

 目を開けたはやては、未だ傷の残る身体を起こしつつ、今回の失態への謝罪を口にした。

「とんだ失態やった、申し訳ない……」

 何時もの朗らかさは鳴りを潜めた声のトーンは、平時のはやてとは明らかに印象が異なる。

 場の誰しもが彼女の普段を見知る者であるからこそ、彼女がどれほど現状を悔いているかが痛いほどに伝わって来た。

 そんな険しい表情でそう告げるはやてを宥める様に、クロノは労りの言葉をかけ、最後に気になっていた事についても確かめる。

「想定外の相手だったんだ、謝るようなことじゃないさ。……それよりも」

「…………うん」

 一度の失態ではやてが潰れてしまうとは思えないが、今回は関わっている物が物だ。

 だがらこそ、事件の中心に引き摺り出されてしまった彼女がどう考えているのかを確かめる為にこう訊ねた。

 依然としてはやての表情は険しいままであったが、沈んでいた雰囲気だけでは無くなっており――はやては彼にこう応えた。

「――取り返すよ。失態のツケも、わたしの宝物も」

 必ず、と、静かに燃え始めた覚悟が告げている。

 その様子に、彼女を見守っていた面々は僅かに安堵した。……だが、これだけで全ての不安を拭えるわけではない。

 はやてが立ち上がることを決めても、キリエとイリスが管理局の中でも実力に溢れた魔導師たちを完膚なきまでに倒しきった事実は変わらない。

 この事実だけでも、充分に敗色濃厚と言えるが――現状において、相手方が今後どう動くのかを把握出来ないのが辛いところだ。

 現状、目的は把握出来たが、果たされる過程を一切知ることが出来ていない。

 これでは後手に回ることになり、また先手を取られかねない上に、そもそもキリエたちの奪って行った『夜天の書』がどう用いられるのかも分かったものでない。

 取り分けクロノは、あの本がまだ『闇』の名を冠されていた頃に起こった事故で父を亡くしている。

 これまで数多の世界を滅ぼした呪いの器。

 そう評されるほどに危険な代物である。下手をすれば、また被害が起こる可能性は否めない。

 ――が、だからこそ浮かんだ事柄もまたある。

 キリエが何度も口にしていたという、『エルトリア』なる星の救済や父親の病を治すという発言。その部分に、『夜天の書』についてを知る面々は違和感を拭えずにいた。

 彼らの知り得る限りでは〝星や病を治せる力〟など『夜天の書』には存在しない。加えて、キリエの仲間だというイリスは『夜天の書』を『闇の書』と呼んだ。

 幾度とない改変の末に『闇』の名を冠された魔導書は、二年前の事件の際に初代の管制人格が残留した改変プログラムの全てを自身と共に消失させたことによって本来の姿を取り戻したのだが――。

 確かに、改変された内容の中に『大いなる力』という項目はあったらしい。しかしそれは、星を浸食し破壊させるだけの暴走を生む防衛プログラム、通称『ナハトヴァール』のことを指すのだろうという見解で議論を決着させた。

 仮に、その部分を頼りにしてキリエが何かを成そうとしているならその部分を説明することで譲歩を願えるかも知れない。また、『エルトリア』は管理世界でこそないが、まったくの孤立世界ではないようであることから、管理局が間に入り、管理世界との交流を行うことによって彼女ら姉妹の父の治療法を確立できるかも知れないという考えも僅かながらあった。

(…………もっとも、そう易々とは行かないんだろうが……)

 何かに凝り固まってしまった人間の狂気。

 誰しもを平等に救うことなど出来ないのだと、クロノは嫌と言うほどに知っている。……しかし、誰しもが平等でない悲しみを背負ってしまうからこそ、こんな筈じゃない世界で生きていくのだ。

 ――個人の感情に、他人を巻き込むことは許されることではない。

 嘗て、狂気に狂いながらもたった一人の娘を愛し続けた母に対し、クロノはそう言い放った。

 それは正しくあろうとした故の言葉で、過ちを否定する言葉で、酷く残酷な正論だ。

 どうしても叶えたい願いがあれば、人は容易く禁忌さえ侵す。ほんの僅かであろうと、其処にある希望にすがりつこうとする。

 人の弱さを、間違いだと断じられるだけの強さを持っているわけでもない。だからこそ、クロノは救えなかった。

 でも、それで諦める事は出来ない。先へ進むと決めた、その時からずっと。

 哀しみにくれるだけでは何も生まれない。

 何かを傷付け求めるだけでは怨嗟の螺旋を生み続けるだけだ。

 そう――。現実は、こんな筈ではない事ばかり。

 であるからこそ、その事実をどうにかしたいと願ったのだ。しかし、また彼は同じように救えなかった人と同じ家族を守りたい少女の心が引き起こした事件と対峙する。

 二年前、一度救えなかった人間がいた。

 二年前、一つの家族を救うことが出来た。

 ……そして、次はどうなるのか。

 見通しこそ進むものの、未だ本質にさえ近づけない。

 壁はあまりにも遠く、届かぬ場所にある想いを知ることさえ出来ていなかった。

 嫌な予感がする。偽らざる真実であるが、この疑念が悪い方向に傾かない様に運ぶことを祈りつつ、クロノは皆をまとめる人間としてあくまで平静に事を進めるように努める。

 

 

 

 ――――そうして、皆が覚悟を新たにしながら、次の行動へ向けて準備を整え始めていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「本事件の重要参考人。〝アミティエ・フローリアン〟さん、か……すごいわね、彼女」

 時空管理局・本局にある病棟――。

 その様子を写し出した映像と、アミタの事をモニタリングしたモニターを見ながら、本局技術部の装備課主任を務めるマリーさんこと、マリエル・アテンザはまるで感心したような口ぶりでこう言った。

 そんな彼女の発言に対し、

「と言うと?」

 話を聞いていたマリーの元で研修中だった新人局員のシャリオ・フィニーノ、通称シャーリーは不思議そうに訊ねる。

 すると、マリーは簡潔に現状判っていることだけであるが、軽くシャーリーにこう説明してくれた。

「骨の強度も筋出力もミッド人の数十倍で、心肺機能も桁違い。これなら過酷な環境でも適応できるでしょうね……」

 おまけに、と。

 もう一度モニターを向き直り、アミタの持っていた装備――彼女らが『フォーミュラ』と呼んでいた技術を使用するための、こちらで言うところの『デバイス』に当たる代物を確認された形態別に確認しながら、なんとも技術主任らしい感想を述べた。

「装備の技術も凄いわ。許されるならじっくり研究したいくらい」

 もったいなさそうに語るが、あくまで所有権はアミタにある『ヴァリアントコア』を勝手に解析するわけにも行かない。いつものマリーらしい弁に、シャーリーと此方にデバイスたちの受け取りに来ていたアルフが苦笑い。

 緊迫した状況ではあるが、そんな現状であるからこそ、皆を張り詰めすぎない状態に出来る彼女の様な存在は貴重である。

 と、其処へマリーの部下である技術部メンバーから通信が入った。

『主任。機体の準備が出来ました』

「ありがとう。それじゃあ、今から行くわね」

 モニター前から立ち上がったマリーに続き、アルフとシャーリーも技術部へ向かって行く。

 これから先ほどキリエとの戦闘で傷ついたなのはたちのデバイスと、今朝のテストでオーバーホールに回されていたヴォルケンズのデバイスの()()をしなければならない。

 途中、新型のテスト装備の部屋で一旦現場に支給する武装を確認する。

 改修が終わるまでの穴を埋める装備を見繕いつつ、なるべく手早く治さなくてはならない。何せ、相手方は『魔法』が通じないと来ている。ベストの状態でなければ、何も出来ないままやられかねない。

 そもそも、管理局でも実力のあるAAA以上の魔導師たちが敗北を喫したのだ。技術部としては、是が非でも改修を早急に済ませたいところであるが――

「みんなの装備改修と更新は、突貫でやれば二~三時間で出来るはず。ただ、フェイトちゃんのバルディッシュは難しい子だから……」

 少し不安が残るのは、フェイトの愛機であるバルディッシュについてだ。

 かつて、彼女の師であるリニスによって生み出されたバルディッシュは、少々気難しいところがあった。

 だが、心を持つとされる『インテリジェントデバイス』はマスターのために己のベストを尽くそうとする気質がある。それらは、技術部が魔導師に託す想いと同質の部分がある、とはマリーの弁だ。

 AIなんて無粋な言い方ではなく、彼らにも矜持がある。

 であるからこそ、いい加減な接し方は出来ない。互いにベストを尽くし合う、それこそがデバイスマスターたちがデバイスたちを治す気持ちで在り、またデバイスたちが自身の主に託す誇りそのものなのだ。

「あたしも手伝う!」

 それらを理解しているからこそ、少しでも円滑に進めるためにバルディッシュと縁の深いアルフにもきてもらったのである。

 彼女の元気な返事に、マリーも頼もしさを感じつつこう返すが、

「うん! みんなも頑張ってね――あら? レイジングハートは……」

 アルフが持ってきてくれたデバイスたちを乗せたプレートの上に、レイジングハートが居ないことに気づき、首をかしげる。

 先ほど部屋を出るまでは確かにあった。かといって、ここへ来るまでの間に落としたと言うこともあるまい。

 となれば、残る可能性は――。

 二人の視線は自然、この場にいたもう一人であるシャーリーへ向けられる。

 すると、

「えへへ……」

 シャーリーは軽くはにかみながら振り返ると、レイジングハートのつけられたペンダントを二人へ見せこう言った。

「レイジングハートとわたしは、ちょっと野暮用が」

 《I’m terribly sorry.》

 予想外の行動に驚きはしたものの、二人ともシャーリーに対する信頼は低くはない。だが、いったい何をするつもりなのだろうか。

 意味もなくこんなことをする子ではないのは知っている。故に二人は、通路を進んでいくシャーリーとレイジングハートを見送るのみであった。

 

 ――戦いの決意を固めるのは誰しもが等しく、この嵐の中を戦い抜く覚悟に燃えていた。

 

 

 

 *** 支えるということ ――ある翼の道標――

 

 

 

 場所は戻り、ホテルの一室へ。

 先ほどから海を眺めていたなのはは、街を監視している東京支局からの映像を確認しながら自身の出番を待っている。だが、その表情は酷く思い詰めている様な雰囲気を感じさせた。

 そんな彼女を窓越しに見ていると、アリサはなんとなく不安になる。

 ……最近はしなくなっていた()()()()を、またなのはが浮かべているから。

 昔は、よくあんな顔をしていた。アリサ自身が直接見た回数こそ少ないものの、影でこの顔をしていたのはなんとなく判る。

 ふとしたときに覗く、酷く悲しげな顔。

 しかしそれは、誰かに対するものと言うよりは、自分を責める類のもので――誰にも打ち明けない、辛さを覗かせる時の顔だ。

 けれどアリサには今、なのはの気持ちが余計に逸りすぎているように見えた。

 ――誰かの抱える悲しみを拭いたい。

 その想いはとても優しいものであるが、あまりにも強すぎれば脅迫観念じみたものに成ってしまうだろう。

(……ホント、いつもそうやって抱え込むんだから……)

 辛いこと、悲しいことを、全部自分で呑み込もうとする。

 それは相談できないからと言うよりも、自分でも判らない迷いがあるからだ。

 進む先を見通せない様な場所に立たされたとき、決意だけは確かにあるのに、進むべき方向を迷う。

 正直なところ、アリサはああいう状態のなのはが嫌いで、なのはが好きだから不安にもなるし苛立ちもする。実際、二年ほど前にあったという事件の折、フェイトとどう向き合うべきかを悩んでいたなのはに怒りをぶつけたこともある。

 今考えて見れば、相談できなかったのは無理もない。

 だが、それでも辛かったのなら言って欲しいという思いもあって、モヤモヤする。

 仕方のないことだといえども、それで納得できるほど大人ではなかった。

 如何に聡明だと言っても、彼女はまだ子供で、未熟で純粋に友を心配できるからこそ、心にささくれ立った何かを感じてしまう。

 声を掛けようかとも思ったが、自分の手が届かないことだと言うことも理解している。だからこそ、アリサには歯痒かった。

 胸に痞えたものを外に出すように息を吐くが、それだけで消えれば苦労はない。寧ろ、返ってモヤモヤが膨れあがるような気さえした。

 自分からしてこれでは駄目だと思っても、アリサもまた、迷っているのだ。

 ――彼女に出来るのが、なんであるのかを。

 そんな不安を抱えていると、ふと近づいてくる足音に気づいた。

 今、すずかは怪我をしているはやてに付いていて、フェイトはリンディと一緒に外へ出ているところだ。そして、大人たちも各々の仕事を少し片付けている最中であるから、この足音の主は一人に絞られる。

 ユーノだった。

 先ほどはやてへクロノが通信をし終わった後、何か二人で話していたようだったが、終わったらしい。

「クロノさんとのお話、終わったの?」

 そう訊ねると、うん、と頷いてユーノは応えた。

「本当は一度『無限書庫』に戻って調べ物をしようかとも思ったんだけど、現場(こっち)を離れると支援要員が足りないから残ることにしたんだ。でも一応、アミタさんたちの星の情報は調べてくれるように司書のみんなに頼んだから、何か判れば情報は来ると思う」

「そう……」

 訊ねた事については教えて貰ったが、二人はその話にあまり身が入っていない。どちらも、同じところに意識が向いているのは明白である。

 どうやら、気がかりの対象は同じらしい。

「……なのはは、まだ……?」

「うん……さっきから、ずっと彼処でああしてる」

「…………そっか」

 一旦会話が途切れ、二人の視線はなのはの方を向いていた。しかし次第に、アリサはなのはからユーノの方に視線を移す。

 下手をすれば、彼の方がなのはより険しい顔をしているかも知れない様に感じたのだ。……ただ、彼の内にある感情は、なのはのそれとは違う方向を見ている。

 ユーノが心配なのは、今後と言うより、なのはが戦うことそのものだとアリサは思う。

 何せ、なのはに『魔法』を与えたのは彼だ。

 二年前にあのフェレットが実は彼で、別の世界から危険な物の暴走を止めるためにやって来たと聞いたときは驚いたものであるが、接している内に彼の良さは分かり、今では仲の良い友人の一人として付き合っている。

 その中で、強く感じる部分もあった。

 始まりの理由を聞いたときからそうだったが、彼は酷く責任感が強い。

 挙句、負わずとも良い責まで負ってしまう辺り、なんとなくなのはと似ているとさえ思った。……いや、実際似ているどころの話ではない。

 二人は適正や感情の方向性などは諸々違うが、その〝在り方〟が酷く似通っていたのである。

 それに加えて、なのはがあの当時抱えていた悩み――。

 やりたいことや自分にしか出来ないこと。それを与えたのは、他ならぬあの二人だ。

 ユーノは手段を、フェイトは目的を。それぞれが与えた道を、なのはは自分の進むべき道だと確信さえしていた。

 正直なところ、知り合った当初は嫉妬したものだ。

 ユーノにしろフェイトにしろ――魔法関連という括りはあっても――酷く短い付き合いの中でよくもまぁあそこまで親密になれるものだと思う。フェイトに関しては、若干なのはに対する依存にも似た部分を感じなくもないが、ユーノは明らかに心の支柱としてはなのはと対等以上の信頼を構築している様に感じる。

 実際、聞いた話ではユーノは戦闘においてはなのはたちよりも遙かに弱いとのことだ。

 だというのに、なのははユーノが一緒に戦うことを嫌がったりはしない。それどころか、居ることを酷く嬉しそうに語る。前に一度、「戦って欲しくない」と言う話を耳にしたこともあるが、それはユーノが弱いから守りたいという感情より、なんとなく小鳥が巣で待っている親鳥を思うかのように聞こえたくらいだ。

 だが、それを思い出した瞬間――なんとなくアリサは己のモヤモヤの解答を得た気がした。

 詰まるところ、一人でなのはを支えることは出来ない。

 アリサに出来るのは、せいぜい前と同じように沈んだなのはを、思い詰めすぎない様に発憤させることくらいである。

 が、それではなのはの迷いは晴らせない。――しかしだ。

 此処にはもう一人。なのはを案じていて、自分には出来ない道を示す役割を担える少年がいる。

 ――――ならば、あとは簡単だ。

「ねぇ、ユーノ」

「? どうしたの、アリサ」

 不思議そうな顔をしたユーノに、アリサは静かに言葉を紡ぐ。

「ユーノはさ、今のなのは……どう思う?」

「どう、って……」

 再度窓の外を見るユーノ。

 なのはは相変わらず向こうを向いていて、自分に向けられた視線に気づきもしない。

「…………」

 そんな険しい顔のなのはに、ユーノは言葉を紡げずにいた。

 が、その反応はある程度予想していた。なのでアリサは、おそらくは自分以上に胸につかえるものを感じているだろうユーノに――自分には出来ないことを出来る彼だからこそ、頼もうと持った。

 

「――なのはね、昔から真っ直ぐな子だった」

 

「え……?」

 唐突に始まった昔話に、ユーノは少し拍子抜けしたような表情を浮かべた。

 しかし、アリサの声のトーンから何かを伝えたいのだけは感じ取ったらしく、最初の呟き以上には口を挟まずに、彼女が話を続けるのを静かに待つ。

 それを受けて、アリサも話を進めて行く――。

 

「……本当に、なのはって真っ直ぐ過ぎるくらいに真っ直ぐだったわね。それこそ、まるっきり暴走列車ってくらい。フツー、あんなことしないわ。だって、いじめを見たからってその当人たちの間に入るなり、ビンタかましてくるのよ?」

「それはまた……」

 なんともらしい、とユーノは思わず相づちを打った。

 すると、苦笑いのユーノつられ、アリサも少し微笑(わら)う。

「ふふっ。まぁそれくらい、すごく真っ直ぐな子だったのよ。――でも時々、すごく寂しそうな顔してた。……ううん。いつもの笑顔の裏に何か、それかどこかに〝からっぽ〟なところを抱えているみたいな、そんな顔してたの」

「……」

 それはユーノも感じてはいた。

 思えば、彼がなのはの助けを借りたのもまた――そんな彼女の気質故だったとも言える。

 独りは寂しいから。困っているなら、自分に出来るなら、助けさせて欲しいと。

 あの頃のなのはを思い出しながら、話は続く。

 そして、アリサはユーノに頼みたいことの本題に入る。

「楽しいのに、嬉しいのに、それでも心は悲しくて――まるで〝自分〟が無いみたいに、なのはの心が泣いてた。…………でもね? そんななのはを、救ってくれたのは多分……ユーノ、アンタだった」

「――――ぇ?」

 そうだったのだということを、ユーノ本人は深く意識してない様だ。

 けれど、なのはが魔法にのめり込んだのは、ユーノとの出会いそのものがきっかけだったのである。

「誰かのために何かをしたいのに、自分は何も出来ない。それが、なのはは人一倍嫌い。だからあの子は手を差し伸べたかったのよ。大切な誰かに、大好きなみんなに……自分の、精一杯の想いを。普通だったら、まだずっと手に入らなかったそれを、ユーノがなのはに託したの」

 しかし、ユーノは――。

「…………でも、アレは。……それどころか、僕はなのはを危険にさらしてばかりで……」

 出会いを後悔するのは意味がない。あの出会いは、絶対に間違いではないのだから、と。

 否定するのはここまで共に戦ってきた仲間たちに失礼だと、それを理解出来てはいても……ユーノには伝えたいのだという意識がある。

 この意識だけは、彼だけしか持ち得ないものだ。

 誰にも肩代わりは出来ず、また理解することは出来ない。

 今回のようになのはが傷つく度、ユーノには誰よりも――下手をすれば、両親さえも越えるほどの苦しさを感じているのかも知れない。

 でも、それもまたなのはにとっては救いであるという側面もある。

「うん。ホントは偶然だったかもしれないし、悪いことだったかもしれない。……それでも、ね? ユーノがなのはに与えてくれた魔法が、みんなを助けてきたのよ」

 ――そう。ずっと飛び立つ時を待っていた無力だった小さな子供に、彼は魔法という翼を与えた。

 本来ならば、決して交わることの無かった世界で――まったく別の世界で生きていた少年と少女の出会い、絆を紡いだ。まさに奇跡的とさえ言えそうな巡り合わせが、ここまで沢山の命を救うきっかけとなってきたのもまた事実なのだ。

 それ故に脆い部分もあり、だからこそ――

「……ユーノが不安なのは、見てて伝わってくる。ほんの少し早かった出会いだから、なのはは少し焦ってて脆くなってるのも判る。――でもね? それは悪いことじゃ無いの。自分の精一杯向かう方向に自信が持てなくなる時は、誰にだってあるんだから」

 ――だからこそ、アリサはユーノに頼みたい。

 折れそうになる時や、進めなくなりそうな時に。

「なのはを導いてあげて? あの子が、これからも迷わずに飛んで行けるように」

 彼女の言いたいこと、伝えたいことは判った。

「僕じゃ……駄目だよ」

 しかし、ユーノは弱気な発言を返す。

 自分では無理だろうと、卑屈に思えそうな程に。

 それでも、アリサは彼に任せたい。

 ユーノならきっと、なのはのことを導いてあげられると。

「大丈夫よ。何なら、アタシが保証してあげるわ」

「保証って……」

 不敵に笑うアリサに苦笑いのユーノ。そんな彼の反応が不満らしく、アリサは「何よー。アタシが信じてるってだけじゃ不満?」と少しむくれている。

「いや、不満とかじゃないけど……」

 それに対し、ユーノは少し萎縮したように歯切れ悪く応える。 

 だが、アリサはとりあえずそれを彼が訊いてくれただけでも収穫とみたようで、

「なら良いじゃない」

 と、ご満悦な様子で立ち上がり、ユーノの傍らを通り抜けて行く。

 何処へ行くの? と視線で訊ねてきたユーノに、アリサはまた微笑みながら、こう言った。

 

「ユーノも約束してくれたし、これで安心してなのはに発破掛けられるわ。――だって、何時までもあんな顔させとくわけにはいかないからね♪」

 

 

 

 

 

 こうして、凝り固まっていた少女の心は、二人の友によってまた少し引き戻される。

 決して過たぬようにとは行かずとも、確かに彼女を想ってくれる者がいるのだということを知らせる様に。

 そんな様々な願いや祈り、そして想いが交錯する中で。

 

 

 

 ――――夜の嵐はまた、その先へと進んで行く。

 

 



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第九章 ある星の病、静かに燃えだした火

 ほんの少し変わって行く物語。
 想いを託された少年は、自分出来ることを探し始める。

 ――――そうして、ある星の話を知る。

 そこはかつて、夢に溢れた場所。
 同時に、何時かを夢見た人々が諦めを残した場所。

 その運命の果てを望む少女の想い。
 そして、見え始める真実の欠片。
 果たして先へ進むために、彼らは何を手繰るのか。


 託された想い

 

 

 

 《オールストン・シー》のメインブリッジ脇に隣接されたホテル――。

 その廊下を歩きながら、ユーノは少し前に『無限書庫』当てに送ったメールの内容を少し変更する旨を再度送ろうとしていた。

 別段する必要も無かったかも知れないが、先ほど見たなのはの様子と、アリサに頼まれた事が彼の背を押していた。

 有り体に言うなら、少しでも何かをしたいと思ってしまったのだ。

 

『――――なのはを導いてあげて? あの子が、これからも迷わずに飛んでいけるように』

 

 正直、最初に耳にしたときは「自分なんかでは」と、ユーノはアリサの頼みに応えられないと言おうとした。だがしかし、アリサはそんな彼の弱気に対して即座に、大丈夫と言って寄こした。

 更には「自分が信じている」、だから保証するのだとさえ。

 そんな信頼が嬉しい反面、同時に応えられない現状が無力な己に対する焦りを加速させる。

 何せ、敵に回っているのは自身よりも戦闘に特化した皆を退けた強者で、挙句自分たちの『魔法』が通用しない相手なのだ。ただでさえ戦いに向いていない自身の資質や、特化している筈の守りですら及ばなかったと言う事実に、ユーノの中で悔しさにも似た陰鬱な感情が深く深く沈み込む。

 が、そうして沈むだけでは何も出来ない。だからこそ、少しでも自分の出来ることを探そうと思考した故の行動だったのだが――。

「……やっぱり、戻って探した方が良いのかな……」

 現場の支援役としてユーノは此方に残る事をつい先ほど決めた。クロノから情報の収集よりも、その方が助かると言われた結果だったが、こうなってくると戻る方が敵側の情報を少しでも得られるのではないかと考えてしまう。

 しかし、事情を知ると思われるアミタが此方側にいる以上、彼女の意識が戻れば事件の全体像は把握できる。ならば、時間内に見つかるか判らない情報より、仲間の援護に回る方が建設的だと言える。

 少なくとも、二度も皆を何もできないまま傷付けさせる事だけはしたくない。

 出来ること、やるべきことの是非を問うのならば、確実に此方に天秤は傾くと言って良いだろう。

 ……と、頭では理解できていても、心は逸るばかり。

 いっそのこと、身体が二つあればこんなにも悩まなくて済むのにと思った。

 並列思考(マルチタスク)は魔導師の必須技術であるし、ユーノは他よりそれが得意だ。なら、思考を分断して身体二つで行動だって出来るのではないか、と。

 けれど、それも机上の空論である。

 今すぐに出来ないことなど、それこそ意味をなさないのだから。

 そうなると、ひとまずは自分が直ぐに出来るだろう事柄を優先せねばならない。

 第一は出動に備えること。場を離れることが出来ない以上、まずはそれを心掛けておかなくてはならないだろう。

 この他に出来るとすれば――。

「……そうだ」

 備えていると言うことは、待機状態であると言うこと。

 であるならば、その間に休息を取る傍ら情報を整理することは出来る筈だ。なら、『無限書庫』で、今自身の代わりに情報の収集を行ってくれているあの姉妹に、関連度の高い情報からデータを送って貰えば多少は足しになるかも知れない。

 業務を代わっている上で、こんなお願いをするのは酷く不躾かも知れないが、場合が場合だ。

 了承して貰うしかない――と、そう決意してメッセージを手早く書き上げ、送信する。

 すると、さして間を空けずに返信が来た。内容には了解の旨と、あまり思い詰めないようにという忠告があった。

 それを見てユーノは一つ頷くと、お礼のメッセージを送り共に送られてきた書籍データの閲覧を開始した。『無限書庫』内ではないが、要は検索魔法と読書魔法が使えれば良いため、地球であろうと大っぴらに魔法の使用が可能なスペースであるならば特に問題は無いと言える。

 だが、送られてきた情報(データ)を大まかに見た限りでは手応えを感じられない。

 大方の予想通りではるが、『エルトリア』は『ミッドチルダ』とは遠い情報関係にあるのだろう。――いや、仮に本当は近しかったのだとしても、現状で上がっているキーワードだけではたどり着けないということなのだろうが。

 二年前の『闇の書』の折りにしても、それなりに管理局でも知られていたロストロギアであるにも拘わらず、情報を得るためにそれなりの時間を要したのは記憶に新しい。たった数時間程度で見つかるという方が、虫が良すぎる。

 とすれば、やはり『エルトリア』の――つまりは、あの『フォーミュラ』というエネルギー干渉術について詳しく知るには、アミタの話を聞くしかないということになる。

 と、その時――。

『ユーノ』

「あ、クロノ……」

 通信が入ったので出てみると、クロノからであった。

 しかし、出たのは直ぐだったにも関わらず、どこか意識が他のところへ向いているユーノに彼は不機嫌そうな顔をしつつも、状況が動き出したことを告げる。

『あ、じゃない。何を呑気なことを言ってるんだ。彼女――アミティエ・フローリアンが目を覚ました』

「! そう、なんだ……」

『ああ。これから彼女に話を聞くことになる』

 淡々と告げている様に見えるが、目覚めて直ぐに話を聞かなくてはならないほどに自体が緊迫している事を、クロノが苦々しく思っている事が伝わってくる。

 事件は、起る前に防ぐのがベストだと。

 その行動のためにかなりの量を資料請求されるユーノは、クロノのそんな信条を良く知っている。

 だが、もう起ってしまったのならば話は別だ。

 何時までも呆けては居られない。――やれることをするのだと、そう決めたはずではないか。

 最初の決意を反芻して、ユーノは緩んだ気を引き締め直し、クロノに一つ頼み事をしようとしたのだが。

「クロノ、頼みがあるんだけど……いいかな?」

『あぁ、判っている。――なんとなく、言いだしそうな気はしていたからな。そう心配しなくても、あちらから直々の指名が入っている』

「え……?」

 それはどういうことなんだ、と。

 ユーノが問い返すより先にクロノは『とにかくラウンジに来てくれ。みんなも集まってるからな』と言い、通信を切ってしまう。

 思わせぶりな発言とは裏腹に、あまりにも一方的に通信を切られてしまったユーノは若干腑に落ちないものを感じなくもなかったが……どうやらもうみんなが集まっていると言う部分に背を押され、一先ずラウンジへ戻ることにした。

 

 

 

 *** 雷光の記憶

 

 

 

 時は少し遡り――。

 星光(ほし)夜天(そら)の少女たちが覚悟を新たにし、翡翠の少年が想いを託された頃。

 雷光の少女もまた、同じようにその胸の内に新たな決意を結んでいた。

 

「キリエさん――二年前のわたしと、少し似てるんです」

 ホテルの外にある広場にて。

 二匹のイルカを模した噴水の前をリンディと歩きながら、フェイトは小さくキリエとの交戦の中で感じた事をぽつりぽつりと義母(はは)に告げていた。

「……大切な人のために必死で、夢中で……」

 戦いの中で感じた印象。

 そして、自分の中の思い。

 少しずつ語られる娘の言葉を、リンディは静かに受け止める。

「周りが見えなくなって――その為にまた、大切な人たちを傷付けて」

 フェイトの顔が曇って行く。

 恐らく、思い返しているのだろう。……二年前にあった、実母であるプレシアとの別れを。

 ここまでのキリエの行動には、フェイトも感じ入るところがあった。

 ――大切過ぎる心は、その人の目を曇らせる。

 大きすぎる願いもまた同様に。何処までも際限なく、人を追い詰めていくのであると。

 その感覚を、フェイトは確かに知っていた。

 だから揺れてしまった……あの時のキリエの言葉に。

 もう知っているのに、辛さを思い出してしまう。同じだけ、その言葉の中にある強い熱と共に思い起こしてしまう。

 だが、だからこそ――フェイトはこうも思っていた。

 

「……助けたいです。取り返しのつかないことになる前に」

 

 足を止め、そう告げたフェイト。

 深い紅の瞳に不安そうな色が無いわけではなかった。

 しかし、込められた思いはそれ以上に強くフェイトの胸の内を埋めている。そんな彼女の心を感じ取ったのだろう。

 リンディは強く頷きながら、こう応えた。

「ええ、助けましょう――今度こそ、みんなで」

 母の言葉にフェイトもまた強く頷き返す。

「――はい!」

 ハッキリと灯った決意に呼応するかのように、ラウンジへ集合して欲しいというクロノからの通信が入った。

 こうした決意と共に、更に前へと進む。

 同じようにまた、事件の全容が次第に明かされて行く――――。

 

 

 

 ***

 

 

 

 場所をホテル内のラウンジに移し、本局からの通信を受け取ることに。

 みんなはクロノからの連絡を受けたが、病棟に収容されたアミタの現状を報告してくれたのは、本局人事部のレティ・ロウランだった。

 ウィンドウにはクロノとエイミィの映された東京支局側と、本局のレティからのものが併設して表示されていたのだが、一旦レティの側にメインを譲って、最初に彼女からの報告を受け取ることになった。

 

『重要参考人の治療は無事に成功。今はもう普通に話が出来る状態になったわ』

 彼女はリンディの親友であると共に、同じ元提督でもある。レティは現在、違法渡航対策部門の本部長を務めており、今回の事件も根底は〝違法渡航〟であることから、捜査協力をして貰っている。

 それにしても、

「随分と早い回復ですね……」

 アミタの回復は随分と早く済んだものだと、その事に驚いたはやてがそんなことを言う。すると、レティもその辺りは感じていたようで少し苦笑交じりにこう返す。

「簡単な治療処置をしてもらって、あとはエネルギー補給をしてもらったらあっさり治っちゃったそうよ?」

 レティとクロノからの通信の映されていたモニターに、アミタが行ったのであろう〝エネルギー補給〟の後が表示される。――まあ、つまるところ食後の空になった食器の山だったのだが。

『この通り、ね?』

「「「…………」」」

「「はぇ~……」」

「……それはまた」

 回復前後とは思えない食欲に、皆が様々な反応を見せる。

 それにしてもとんでもない量だった。あの華奢な身体の何処にこれだけの食料が収まるのか、この中ではアミタと一番長く居たはやては、つくづく彼女の身体の不思議に呆然となってしまう。

 片手で機械の残骸を軽々と持ち上げる腕力や、短期間での超回復。そして、目覚めた直後にも拘わらず、凄まじい食欲を見せる。

 なんとも謎が深い。しかし、そうした疑問はこのあと彼女から直接聞くことが出来るだろうと思っていたのだが――。

『ただ彼女ね。取り調べをするなら、聴取担当者を指名したいって』

 レティは付け加えて、アミタがこんなことを言っていたと告げる。

「指名?」

 それを聞き、はやてを始めとした面々は不思議そうな顔をする。

『ええ。フェイトちゃん、そしてユーノくん』

 名を呼ばれ、自身とフェイトに集まる視線と疑問の声を感じながら、ユーノだけはクロノの言っていたのはこのことかと納得していた。

 しかし、同時に新たな疑問が浮かぶ。

「随分と奇妙な話ですね」

「うん。なんでフェイトちゃんとユーノくんなんやろ……?」

 そう、何故アミタがこの二人を指名したのかについて。

 他がそれについて考え込んでいる中、ユーノもこの経緯に疑念を浮かべなくもなかった。

 だが、結局アミタから話を聞ける機会があるだけ良いかと思おうとしていたところで、なのはからこんな声が上がる。

 

「うーん……二人が優しそうだから、とか?」

 

 なんとも天然ぼけを孕んだ予測に、思わず誰もがガクッと肩を落としかけた。

「な、なのは……」

 ユーノは困ったような笑みを浮かべ、彼女の名を呼ぶ。いくらなんでも、それは無いんじゃないか、と。

 けれどユーノがそれを言葉にするよりも早く、ヴィータからの横槍が入る。

「おい、そこのド天然! 今真面目な話をしてっから」

「えぇー……」

 なのはは不満げであるが、大まかな賛同はヴィータに集まるだろう。

 少なくともなのはが考えたような理由で、取り調べを行う人間の指名することはまず有り得ないであろうから。

 緊急時における冷静さや、頑なさと言ったものがごっそり抜け落ちたなのはは、どうにもほわほわした印象が増す。二年前に彼女と暫く過ごしていたユーノには、なんとなく懐かしさも感じられるが、現状での内心はヴィータに一票を投じたいところだ。

 なおも不満そうななのはだったが、フェイトやユーノ、シャマルといった面々の笑みを見ると渋々ながら口を引っ込める。

 そこへ、クロノから妹への確認が入る。

『フェイト、君はどう思う?』

 話の筋が戻されたことや、兄からの確認の言葉に、フェイトも聴取へ向けて気持ちを切り替え始めたようだ。

「聴取は誰かがやるんだし、アミタさんの希望なら、やらせて欲しい」

 はっきりと応えると、クロノは満足そうに頷いた。

『そうか。じゃあ、頼んだぞ。ついでにユーノ、君もな』

「……その言い分には少し言いたいこともあるけど、とりあえずは判った」

『じゃあ、通信を繋いで貰うわね』

 そうして、ユーノからの了承も確認できたところでレティは二人にアミタとの回線を繋げると告げる。

 すると二人も、

「「お願いします」」

 と言って返事を返す。

 そこで一旦レティからの通信は途切れ、クロノとエイミィの側からの通信のみに切り替わる。

『現場のみんなは、対象であるキリエの捜索を続けてくれ』

『装備も更新が終わり次第届けるから、空の上で受け取ってね』

 そういったクロノたちからの指示を受け取ったところで、皆もまた同様に「了解」と大きな声を返す。

 と、はやてがそこでテーブルの上に座っていたリインに呼びかける。

 手痛い目に遭わされたが、今度は宝物を取り返しに行こうと。

「リイン。――行こか」

 そんな主に呼びかけに、二代目『祝福の風』は威勢良く応えた。

「はい!」

 

 

 

 ――その数分後。

 ホテルより、いくつかの光が海鳴の空へ再び飛び立って行った。

 

 隠されていた闇の中で見え始めた光明は、果たして吉と出るのか凶と出るのか。

 それはハッキリとは判らないが、凄惨な運命を越えるために、魔導師たちは先へと進み出した。

 

 

 

 *** ある星の話をしよう

 

 

 

 他の魔導師たちが空の巡回に飛び立ったのと時を同じくして――。

 ユーノとフェイトはホテルのバスルーム前で、アミティエの聴取を始めていた。

 人が居ないのだから、ラウンジでも構わないのではないかと言えばそうなのだが、これは言ってみれば、相互の信頼を確認するためのものであると言えるだろう。

 通信を介しての聴取である以上、ある程度の小細工を労することも出来る。それを少しでも解消するために、この部屋を用いているのだ。

 大きな鏡がある狭い部屋であるから、聴取役を指定してきたアミタに対し、会話を必要最低限の人間にしか聞かせて居ないという証明になる。加えて、単純に雑音が少なく、聞き逃しを防ぐことも出来るだろう。

 とはいえ、あくまでこれは誠意でしかなく――実際のところ、会話はある程度の人間には聞こえるようになっているのが少し心に痛いところではあるのだが。しかし、事件を組織として追う以上、聞き手と話し手以外が口を挟まない状態を作る以上の譲歩は出来ないのが実情だ。

 そこはアミタにも了承して貰うしかない。

 早速フェイトが、口を開いた。内容は主に、事前に述べておくべき注意事項などからである。

「では、これより聴取を始めさせていただきます。会話は全て、証拠として保存されますので、ご理解をお願いいたします」

『はい』

 フェイトの事前注意に、アミタは素直に頷いた。

 彼女からの了承も取れたところで、二人は聴取を開始する。

「ではまず、貴女のお名前を教えていただけますか?」

『アミティエ・フローリアン。親しい人は、〝アミタ〟と呼びます。よければ、アミタとお呼びください』

「はい。では、アミタさんの居住世界は何処ですか?」

『故郷の名は、惑星エルトリア。エルトリアは長い歴史を持つ星なんですが――』

 手元にあったヴァリアントコアから画像や映像データを写し出しながら、エルトリアにおける惑星系の配置や、エルトリアそのものの光景を写し出してアミタは、二人に自身の暮らす星の詳細を説明して行く。

『近年は砂漠化の進行や、地上資源の枯渇。また環境汚染と言った生存環境の悪化が著しく……住民たちは故郷を離れ、〝星の海〟へと旅立って行き、残った人はごく僅か』

 過酷な環境であるのだという事が大まかに話されたのち、荒廃した星の環境の映像から一転、家族の写真らしきものに画像が切り替わる。

 写っているのは癖の強い黒髪の男性と滑らかな赤髪の女性。そして、その足下には赤と桃色の髪をした二人の子供の姿が。

 子供の方にアミタとキリエの面影がある以上、恐らく男女は両親なのだろう。アミタは母にそっくりで分かり易く、キリエの方も色合いこそ家族の誰とも異なるが、癖のある髪の感じが父親によく似ている。――写真の中に写る一家は、とても幸せそうな顔をしていた。

 少なくとも、語られた星の荒廃など感じさせない程に。

『わたしの両親は科学者なんですが、故郷の大地の再生と緑化がわたしたち家族の夢なんです。わたしも妹のキリエも、両親と一緒に力を尽くしていました』

 ――そう。荒れた星は、家族の夢を馳せた場所であった。

 何時か、死に逝く星を救いたい。

 家族全員が抱いた願いであるからこそ。そこに後悔なんてものは存在しなかったのである。

 しかし、ある日を境に軋みが生まれ始めた。

『……ですが、父は数年前から病を患っていて……今ではもう、意識を取り戻す可能性はほとんど無いと』

 惑星の蘇生。

 夢物語にも等しいその展望は、途方もなく遠いことであるのだと、関わる者たちが予想していた。……だが、現実はそんな予測程度では終わらないほどに遠く、更に険しい道のりだった。

『エルトリア』を蝕んでいた、星の病。

 俗に『死蝕(ししょく)』と呼ばれるそれは、生命(いのち)を育む箱船(ゆりかご)である星を殺すものだ。

 主にそれらは自然現象という枠で起こるとされるが、何も星の病が侵すものは、星だけではない。研究のために『死蝕』に触れ続けた彼女らの父であるグランツ・フローリアンもまた、その病の床に伏せることになった。

 最初の内は気丈に振る舞っていたものの、時が経つにつれ病状は悪化の一路を辿る。

 回復は絶望的と申告されたグランツに呼応する様に、フローリアン一家の中からも段々と笑顔が消えて行く。

 母であるエレノアも、夫が静かに終わりを迎えていく様を見続けていく毎にやつれた様な顔をすることが多くなった。

 元々、この研究はグランツという科学者ありきで進められていたものである為、彼が伏せてしまった以上この惑星は死に逝くのみと判断され始めた。

 先ほどのアミタの弁の通り、ほんの数年前までは、エルトリアに住んでいるのはフローリアン一家だけではなかった。全体数こそ少なかったが、街がある程度には人々が暮らしていたのである。

 けれど、グランツが倒れてしまったことで希望は薄れ、人々は故郷を見捨て始めた。

 当然と言えば当然の摂理だろう。

 死んだ森に動物が住むことがないように、人もまたそれと同じなのだ。

 ――エルトリアは、もう終わってしまった。

 誰しもが、そう認め始めていた。

 勿論、ただ漠然と諦めに浸っていた訳ではない。

 そもそもグランツは、エルトリアにとって掛け替えのない希望だった。彼が故郷のためにした行いを貶める人間は限りなく少ない。事実、彼が倒れる少し前までは緑化の成功例も認められていた程だったのだから。

 が、そんな成功も『死蝕』の影響か遺伝子に支障を(きた)した植物たちが枯れ果てたことで立ち戻り、これ以上の前進はグランツなしでは望めない。

 そうなれば如何な夢想家であろうと、次第に諦めを受け入れざるを得なかった。

 ……ただ一人。誰よりもグランツの夢を成就させたいと願っていた、彼の娘であるキリエを除いては。

『キリエは父のそんな無念を悲しんで、何とかしたいと必死になっていました……』

 現実的な対応を彼女は嫌っていた。

 そうやって、何事においても限界を決めつけるだけの〝事後確認〟などに興味は無いと言わんばかりに。

 だからこそ、彼女は探し続けた。

 現実なんてものを飛び越えて、願いを叶えるための方法を。

 そして、遂にキリエは見つけてしまった。

『遠い世界――此方の世界に渡って、そこに眠る力と技術を持ち帰る方法を』

 地球にあると言う、〝永遠結晶〟なるモノの存在。

 それを見つけ、持ち帰ることでエルトリアを甦らせる為にキリエはこの世界にやって来たのである。

 

『星の命すら操ると言われる〝永遠結晶〟。それを探す鍵となるのが、はやてさんの持つあの魔導書――「夜天の書」なんです』

 

 アミタがそう言うと、モニタリングしながら話を聞いていたクロノが、はやてに『永遠結晶』なる物の存在を確かめる。

「はやて。〝永遠結晶〟という名に心当たりは?」

『……無いよ。「夜天の書」の解析は、この二年で十分にしたはずなんやけど……』

 自分の知る限りのデータを思い返すが、少なくとも『永遠結晶』というワードに関連しそうな項目は、はやての記憶には無い。彼女に同行している管制人格であるリインも同様のようだが――そこへ、シグナムが補足を入れる。

『ただ、「夜天の書」――旧「闇の書」のデータの大半は、先の〝「闇の書」事件〟の際に失われていますから……』

「……なるほど」

 そう、二年前の事件が終結した聖夜――。

 リインの先代に当たる管制人格、初代・リインフォースは『闇の書』だった『夜天の書』の改変部分のデータと共に消失することによって、守護騎士と主に未来を託した。もう二度と、夜天(そら)が闇に覆われることがないようにと言う祈りを込めて。

 ――だが、そんな想いさえもまた『闇』の残滓に引き戻されるかのようだ。

「『闇の書』の〝闇〟……先代のリインフォースと共に、か」

『ええ』

 シグナムの返答に、クロノは重い息を零す。

 解決したと思っていた事件の名残が、再び根を広げてしまっていた。この事実に、なんともやるせない感慨が募る。

『あの子なら……先代のリインフォースなら、知ってたかも』

『――かもな』

 シャマルとザフィーラも、やるせない思いはあるようだ。

 嘗て、永久に分かれてしまった一人の家族との『絆』が、再びこうして侵されている現状に。

 とはいえども、今更になって後悔しても時を操ることは出来ない。

 よしんば操れたとしても、そこに何の解決も伴わないのならば意味をなすこともないだろう。

 結局、今となっては本当に後の祭りだ。

 せめて、嘗てのデータの映しでもあれば言うことは無いが、そんな都合の良いものが残っている筈もなく――。

 と、そうクロノは思考を持ってきたところで、一人その〝嘗てのデータ〟に繋がれそうな人材がいたことを思い出す。

『……いや、いる』

『闇の書』だった頃の記録に触れたことのある人間。それも、失われた世界での記録についてを調べだした者が此処にはいた。

 

『ユーノ、君は何か知らないのか? 君はあの事件の時、「無限書庫」で「闇の書」がこれまで辿ってきた記録を見ていた。なら――』

 直ぐさま念話を飛ばし、その事を問いただそうとするクロノ。

 だが、

「……悪いけど、僕が見つけた中には〝永遠結晶〟っていうワードは無かったよ」

 ユーノも『永遠結晶』という言葉には心当たりがなかった。

 仮に知っていたら、黙ってはいまい。それをしなかったと言うことは、彼もそれを知らないからであったと言うことだ。

「あの時僕が見つけたのは、『闇の書』の本来の使用用途と管制人格、それに改変されたプログラムについてだけだった。事件の後は、リインの為に融合機(ユニゾンエバイス)関連の資料についてくらい……後は、はやての自主解析の方に任せきりだったから」

『そうか……。しかし、「闇の書」の記録がある以上は』

「うん。書庫にある可能性は、十分に考えられる」

 司書長であるユーノの言葉に、クロノとしては是非とも彼に調査を行って欲しいと言う気持ちが芽生える。

『そうなると、ユーノには一旦書庫に……いや、それだと支援に長けた魔導師が減ってしまうことになるか……』

 そう。それは同時に優秀な支援役を欠くと言うことに他ならない。

 とりわけ、今回は相手が相手だ。物質兵器をメインに使用し、結界さえ張らずに騒動を巻き起こす者たちを敵に取る以上、強固な結界を張ることの出来るユーノを欠くのは芳しくない。

 下手に対処を遅らせれば、管理外世界である地球側への被害が大きくなるばかりだ。

 しかし、そんなクロノにユーノはこう告げる。

「それなら大丈夫」

『? 大丈夫、とは……?』

 疑問符を浮かべるクロノに、ユーノは先ほど自身が書庫側に出した要求を噛み砕いて説明した。

「さっき書庫の方に、見つけたデータを関連度の高い順から送って貰うように頼んだから、そこから更に『闇の書』関連の情報を濃く残した部分を抜き出して貰えば、少しは関連のあるものが出てくるかも知れない」

『しかし、膨大な量になるんだろう? この場で閲覧して、見つけられるのか』

「確かに、簡単では無いと思う。――でも、僕は『無限書庫』なら可能性は十分だと確信できるよ。

 だってあそこは、世界の記憶が眠る場所だ。ちゃんと探せば、必ず出てくる」

『……そうだったな。普段から頼っておいて、疑うのは愚問だった。なら、その辺は任せるぞ』

「了解」

 

 そうして一旦念話を切り、ユーノはアミタの聴取に意識を戻した。

 最初の問いかけと、エルトリアの事情を聞いた後はフェイトが話を進めていた為、マルチタスクで話を軽く追うだけで事足りる。普段から複数の事柄を読み解く仕事をしているユーノには、まだ其処まで負担の掛かる程ではなかったのは幸いだ。

 少し思考を割った間の話の内容は、ざっと分けると三つ。

 キリエが綿密に計画を立てたこと。

 そこには、此方で起った事件や魔導師たちの能力についての情報があり、アミタはその情報を彼女の残したデータを閲覧し知ったということ。

 そして、計画にはなのは・フェイト・はやての三人の力が必要であり、キリエは彼女らの力も利用しようとしていること。

 特に口を挟む余地はなかった。

 最後の部分にのみ引っかかりを覚えなくもなかったが、現状では確たる論理を浮かべることは出来そうにない。『夜天の書』に関連のないなのはとフェイトの力を利用というのは、どうしても結びを得ない。

 それでも強引に仮説を立てるとすれば、〝永遠結晶〟を起動させるための魔力源としてなどだろうか。星を救うほどの力を秘めるならば、使われる魔力も膨大なものになるだろうから。

 或いは、『夜天の書』の蒐集との関係なども考えて見たが、魔法はそれぞれの資質によるところが大きい為――魔法そのものは、魔力量とはまた別の話であるから、力そのものとは直結しない。

 関連があるとすれば、例えばそう。

(――〝永遠結晶〟そのものが何かの術式であり、なのはたちの魔法がそれを起動させるために必要とか……)

 と、色々な憶測を立ててみるが、実際のところは判らない。

 ユーノ本人の感触としては、前者が一番可能性が高く、後者はほとんど皆無と言えるだろうと言ったところである。

「ありがとうございます。状況がだいぶ掴めてきました」

(おっと……)

 本当はもう少し憶測を続けていたかったが、ちょうどフェイトがアミタに話を聞かせて貰ったお礼を述べているところだったので、ユーノも思考を切って、フェイトに続いてお礼を述べる。

「ありがとうございました。アミタさんのおかげで、かなり光が見えてきました」

 流石に、お礼の時まで考え事をしているのは如何な並列思考の範疇であろうと失礼にあたる。

 根が真面目なユーノは、こういうところで思考に埋没できなかったようだ。尤も、表に出した思考ではない為、フェイトもアミタも気づいては居なかったのだが。

 そのまま、聴取は締めくくりへと進んでいく。

「でも、アミタさんがわたしたちの事を知っていてくださっていたなら、この星に来た時点でわたしたちに相談して欲しかったです……」

 少し残念そうにアミタにそう告げるフェイト。

 それについては気にしていると言うより、ただ頼って貰えなかったのが残念だったと言う彼女の寂しげな表情は、アミタにはどうやら効果覿面だったらしい。

 アミタは申し訳なさそうな顔で、面目ないですと頬を掻きながら返している。

 けれど、

「でもこれからは、わたしたちと協力して行動してくださるんですよね?」

『……ぁ』

 アミタが協力という部分に僅かばかりの躊躇を覚えているのを、ユーノは見逃さなかった。

 フェイトはいきなり祝えて戸惑っていると感じたようだが、多分それは少し違う。

 恐らくアレは、妹を別世界の司法組織に預けてしまう事への不安と、自身の至らなさに向けられたものだ。

 その不安は、ユーノにはなんとなく覚えがある。

 アミタの表情が、嘗ての事件で管理局にフェイトが保護された際のなのはと、どことなく似ていたから。

 加えて、ユーノ自身もまた、なのはに魔法を伝えてしまったという負い目もあった為、管理局になのはが協力することになる少し前は、似たような思いを抱いていた。

 しかし、

「キリエさんを保護して、一刻も早くご両親の元へ帰らないと行けませんし」

 今の心境としては、フェイトのそれに賛同する気持ちの方が強い。

 止まれなくなってしまっているのなら、止めなくてはならない。本当に取り返しが付かなくなってしまえば、戻ることさえ出来無くなってしまうからこそ。

『いえ、それは……』

「一緒に頑張りましょうっ」

 ね? と、微笑みを浮かべるフェイトに根負けしたように、アミタも頷いた。

『はい、そうですね――』

 どうやら、それを解ってくれたらしいアミタに安堵を覚える。

 これでどうにか事件の流れは前向きになった。まだまだするべき事は山積みだが、方向は固まり始めている。

 これなら大丈夫だろう、と。

 ユーノがホッと息を吐きかけた瞬間。

「そういえば……」

 フェイトが、何故自分たちを指名したのかをアミタに訊ねた。

 そういえば理由を知らなかったとユーノもフェイトと一緒にアミタの返答を待っていたのだが、どうしたのか、アミタは少し焦ったように「ええっと……」と理由を言い淀んでいる。

『あの……』

「「???」」

『あの中でお二人が一番優しそうに見えたので……その、穏やかに話を聞いて頂けるかなぁ……と』

 尚、アミタの返答を聴いていたなのはが空の上でヴィータに「ほら、やっぱり!」といった笑みを向けていた事実を二人は知らない。

 尤も、理由はそれだけではなく――。

『それに、フェイトさんがもし……触れられたくないことにキリエが触れられていたなら、それはわたしが謝罪しておかなくてはと』

 キリエがフェイトに共感していた可能性は高い。だから、もし逆にそこを突いて揺さぶりを掛けるような事があれば、姉として妹の非礼を詫びなければならないだろうと、そう思っていたのである。

 また、それは事実であったが――フェイトはアミタの申し訳なさそうな顔に、穏やかな笑顔でこう返した。

「大丈夫ですよ。でも、お気遣いありがとうございます」

 フェイトは芯の強い子だ。

 他人を気遣い、許せる心を持っている。それが時として、弱さに変わってしまうことはあるけれど……この弱さは、本来ヒトが一番不要と断じると共に、決して失ってはいけないものだ。

 綺麗事であろうが、貫き通せるだけの心を持っていれば偽善も本物だ。

 だからこそ、これは悪くない美徳であると彼女を知る者は皆そう思っている。

 と、そんな感慨を抱いていたのだが――フェイトに感心して抜けていたが、まだ確認が取れていない事柄があった。

「あ、そういえば――もう一つ、確認したいことが」

『はい、何でしょう?』

「キリエさんが〝イリス〟という名前を呼んでいたんですが、お知り合いでしょうか? 交戦中、その人にこの世界に連れて来てもらったと言っていたので……」

『ああ……、遺跡板の人工知能のことですかね。キリエが調査に使っていました』

 発言からして直接の知り合いではないようだが、心当たりはあるらしい。それにしても、その遺跡板というのはなんだろうか。

「えっと、〝遺跡板〟というのは……?」

 それを訊ねたところ、『これです』とアミタは画像を見せてくれた。

 写し出されたのは、なにやら石板じみた代物だった。表面はつるりと光沢があり、ただの石の欠片というわけではないようだ。〝人工知能〟という言葉もあったことから、何らかの情報処理装置と言うことなのだろうか。

「これは、そちらの世界の情報端末……みたいなものでしょうか?」

『そうですね。此方で言うところの〝コンピューター〟のようなものだと思っていただければ分かり易いかと思います』

 どうやらキリエは、小型の端末を一つ持ち出して来たらしい。

 その中に居る人工知能――〝イリス〟は、キリエに取っては子供の頃からの友人の様な存在であったそうだ。

 協力の理由はそういうことなのだろう。幼い頃からキリエの傍に居て、キリエの助けになるべく協力した、と。

『はやてさんを襲った車も、恐らくはその人工知能が操作していたのだと思います』

 アミタの弁の通り、確かにあの場にはキリエではない別の少女の存在が確認されている。実際に交戦したはやてによれば、確かに実体を持っているようには感じられなかったとのことだ。

 ほぼ間違いなく、キリエには協力者であるイリスがついている。

 また、彼女は間違いなく強者だ。

 実体を持たないにも拘わらず、外殻のみではやてを圧倒し、更にはキリエのバックアップもしているのは確実である。

 アミタの乱入でイリスは直ぐに行方をくらましたが、キリエとの抗戦の際に彼女が用いた〝システム・オルタ〟なる機能。

 あの場での姉妹の会話で推察する限りでは、元々備わっていた機能ではなく、後から付け足されたものであろうことが判る。そして、その後付けを行ったのは、イリスなのだということも。

 益々気を引き締めて掛からねばならない。……その為に、ユーノはアミタに頼みたいことがあった。

「あの、アミタさん」

『? はい。なんでしょうか?』

「とても勝手なんですが――」

 

 ――もう一つ、教えていただきたいことがあるんです。

 

 しかし、ユーノがそう口にしようとした時。

 まるで彼の意思を遮るかのように、夜の街が震え始めた。

 

 

 

 ――――〝もう一つの『闇』〟の胎動(めざめ)と共に。

 

 

 



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行間三 ~胎動は鼓動へ、目覚めた〝もう一つの『闇』〟~

 今回は主人公サイド出てきません。
 キリエとイリスたちの側に視点があります。

 高速道路上での戦いののち――
 二人の少女は、遂に〝探し物〟への道と、鍵を手に入れる。

 ――――そして、其処に伴う思いは……?


 二人の少女

 

 

 

 一時の喧噪から解放された街の外れ。

 そこには、今ではもう使われていないドライブインがある。廃墟と化したその建物は、元は宿泊施設も兼ねたものであった。

 廃れた豪奢な内装も、嘗ては賑わいを博していたのだろう。

 だが、寂れたまま長年放置されたこの場所にはもう、訪れる物好きな人間など居るはずもない筈だった。

 否。だからこそ、と言うべきか――。

 今まさに、遙か遠き星よりの来訪者が二人。今この、主人(あるじ)無き城を拠点としていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ドライブイン内の一室。

 長年の放逐によって物の散乱したその場所を、遠き世界からの来訪者であるキリエとイリスの二人は、活動の拠点としてある程度の生活スペースに改造していた。

 中央に置かれた医療用の電子機器には、イリスが治療を施しているキリエのバイタル数値などが表示されており、彼女の治癒状況がモニタリングされている。

 目立った外傷への治療を施し、最後の仕上げに、イリスは緑色の液体の入ったアンプルをキリエに注射した。

「ッ――、ぅ……!」

 痛みを堪える声を受けつつ、モニターにあるキリエの肉体の状況を観察する。

 数値は全て正常。内外的な傷の治癒は順調に為されているようだ。

「バイタル安定――よかった、一安心ね」

 イリスはそう言うと、キリエに笑みを向ける。

 安心したらしいキリエは、「ふー」と抜けるように息を漏らしながら、横になっていたソファに身を沈ませた。

 本当なら寝具でもあれば良いのだが、悠長に睡眠を取る暇はない。

 状況は刻一刻と悪化している。

 成果は上がっているものの、少なくとも此方の払った代償は非常に大きい。このままでは、此方の目的を完遂することは出来ないだろう。

 何も言わずとも、二人とも理解していた。

 自身らは一時の勝利を収めはしたが、幸運による結果と言っても差し支えない。

 敵をねじ伏せるために払った代償は大きすぎた。イリスははやてを追い詰めたにも拘わらず、結局はキリエに全てを任せる形を取る事になってしまった。おかげで彼女は多大な傷を負い、おまけに〝奥の手〟まで使わなければならないほどに追い詰められる結果に。

 その事に負い目があるのか、イリスはキリエに携帯食のブロックを手渡して補給(しょくじ)を促しながらも、目を伏せるようにしてこんな事を言ってきた。

「――キリエ、後悔してない?」

「なんで?」

 キリエの方は不思議そうな顔をしているが、イリスの方は至って平静に言葉を続ける。

「ケガもして、酷い目に遭って……それに、お姉ちゃんともケンカしちゃったんでしょ?」

 酷い目に遭って、姉のアミタと喧嘩別れの様な形になってしまったことに、後悔はないのかとイリスはキリエに訊いた。――自分の言ったことを聞き入れたことを、悔いてはいないかと。

「……あたしの言うこと聞いたの、後悔してないかなって」

 まるでそれは、拒絶される事を恐れたかのような確認。これ以上は嫌なんじゃないかと、イリスはキリエに静かに訊いた。

「――イリスは、あたしにチャンスをくれたの」

 が、キリエは弱気になった様なイリスの額を軽く小突く。

 尤も、実体を持たないイリスには肉に触れるという感触はない。幽霊と言うにはハッキリとしすぎているが、それでも少し歪な触感である。

 しかし、そんなことは関係ない。

 実体を持たずとも、幼き日よりずっと、二人はそうして触れ合ってきたのだから――。

「覚えてる? 初めて会った時のこと」

「もちろん! キリエがまだ内気で大人しくて、ぼさぼさのくせっ毛だった頃のこと」

「うん……。……冴えない子だったから、お姉ちゃんやママみたいな〝綺麗な人〟に憧れたっけ――何であたしだけ、こんな風なんだろうって」

 思い返すのは、今は過ぎ去った幼き日の記憶――。

 母や姉のものとは異なる容姿にコンプレックスを抱き、ふて腐れていた時期があった。

 ある日水浴びの出来る綺麗な泉に行った。その時、真っ直ぐで滑らかなアミタの赤い髪がとても眩しくて羨ましく思えたことがあって、その際につい『母に似て生まれたかった』などと口に出してしまった事がある。

 父とおそろいの癖毛も可愛らしいものだったが、つい口が滑った。

 今にして思えば子供らしい嫉妬というか、つまならない無い物ねだりのようなもの。

 父との繋がりを愚痴ったのを少し咎められでもすれば、それで終わりだったのだろう。しかし、天然な母と姉はキリエならではのアレンジや魅力を延々語り始め、父に至っては済まなそうな顔を浮かべて頭を撫で、苦笑するだけだった。

 流石に非というには大げさかも知れないが、誰にも叱られなかったのは逆に堪えた。

 謝るきっかけをもらえず、自分からも謝れない。なんとも捻くれた状態だったが、当時のキリエが抱いていたモヤモヤした感覚は、仕方が無いと言えばそうだったのだろう。

 誰も怒ってくれないのも、気づかれないのも――結局は向こうが気にしていないことや、キリエが悪い子でないと思っているからこそ。

 信頼されているようで、子供扱いされて、それがなんとなく余計にモヤモヤしてしまう。

 だから、ある日頼まれたお使いの帰り。

 届けものを済ませたキリエはいつもの〝避難所〟に足を運んだ。

 フローリアン一家の居住しているエリアから少し離れたところにある廃教会。

 星が病に侵されるより以前からあったという建物らしかったが、人が離れ始めて既に数十年以上。誰も手入れなどしておらず、すっかり中は荒れていた。

 父や母の世代の一つ上くらい前から既に存在しており、研究価値があるという話だったので、もしかするとキリエが知る前からずっと保管ないし放置されていたのかも知れない。真実や経緯はキリエも知らないが、ただ一つ――此処にある研究価値とやらの理由は知っている。

 尤も、幼い頃にそれを知っていたわけではない。

 推測によるものでしかなく、対外的なそれ自体はキリエに取って何の意味も成さない。

 キリエに取って、対外的に〝研究価値〟だなんて呼ばれていたものは――――

 

 

 

『――――――』

『!? ……!!!???』

 

 

 

 教会に放置されていた〝遺跡板〟から飛び出してきたのは、当時のキリエより幾分か年上の少女。

 母や姉より赤みの薄い薄紅色の髪をしていて、髪と同じ色の瞳をキリエに向けた彼女は優しく微笑んだ。

 研究価値とやらは、キリエに取っては変えようもない尊い存在に変わった。

 ――そう、それはまるで妖精のように。

 或いは魔法のように突然現れた、特別な友達との出会いそのものだった。

「あの日、イリスと出会えて……それからずっと、イリスがあたしに色々教えてくれたんだもんね」

「ほっとけなかったから……。お姉ちゃんに叱られたり、落ち込んだりする度、キリエはあたしのところに逃げ込んできて――」

 感慨深く頷くキリエに、少し照れくさそうに笑うイリス。

 いきなり裸で現れた〝妖精さん〟にキリエは驚いたものだったが、それ以上に彼女の心を掴んだのは、イリスの見せてくれた『魔法』である。一応キリエも似たような事は出来るというか、『エルトリア』にもエネルギー干渉を可能にする技術はある。しかし、イリスはそんなものとは比べものにならないくらい神秘的で、頼りになって、優しい〝もう一人の姉〟のような存在になっていった。

 イリスにしても、最初に自分を見つけてくれたキリエのことを放っておけなかったのも事実だ。

 互いに助け合う様な関係から始まり、何時しか共にいることが当たり前になっていった。

 今ではもうすっかり背丈は逆転してしまったが、いつまで経ってもキリエに取ってイリスは頼りになるもう一人の姉であることに変わりは無く。イリスもまた、手の掛かる妹分をいつも助けてきた。

「ずっと話、聴いてくれてたもんね……本当に、嬉しかった……」

 だから変わらない。あの頃――足りないものが沢山あった小さなキリエが、イリスと出会った頃から変わらない。

 大変だったし、辛いこともあった。でも、同時に楽しかった。

 だから、それと同じ事だ。

 教えてくれることを、導いてくれることを――いつも自分を導いてくれるイリスを、今更疑う必要なんて無いだろう、と、キリエはそう言っているのだ。

「さあ、早くやっちゃいましょう? 例の〝鍵〟の呼び出し」

 その呼び掛けに対し、イリスは一瞬だけ目を伏せたが、直ぐに顔を上げて頷いた。

「ええ――そうね!」

 イリスからの返事を貰ったキリエは、それじゃあと言って、ポケットからはやてのペンダントを取り出す。

 取り出されたペンダントを受け取ったイリスは、部屋の中央を空けて場所を作ると、その中心でペンダントと向き合うように立ち――呼び出しの儀を執り行い始めた。

 

 

 

 *** 胎動 ――夜天(ソラ)に眠りし闇の音――

 

 

 

 部屋の中央に立ったイリスがペンダントと向かい合うと、幾つかのシステムウィンドウと共に、彼女の足下に薄紅色の輝きを放つ〝陣〟が展開された。

 キリエたち『エルトリア』の住人が使っている『フォーミュラ』や『ヴァリアント・システム』といった干渉術のサークルとは異なる、正三角形を模したこの陣は、ペンダントに仕舞われている魔導書の辿る系統と同じ、古代(エンシェント)ベルカの騎士たちが用いる〝魔法〟の術式を示す魔法陣だ。

 剣十字の形をとった、はやてのペンダントの中から魔導書を取り出すために、イリスはベルカ式に則ってハッキングを開始する。

「〝フォーミュラ・エミュレート〟――アルターギア、『闇の書』」

 イリスに内部を覗かれ始めた魔導書は、本来の主人でない彼女の閲覧を拒むように狂ったように紫電を迸らせる。

 が、無論そんなものでは拒み切れはしない。

「コードロック解除。管理者権限にアクセス……〝鍵〟の場所は、構造の奥の奥……ッ」

 書物そのものには用はないと言わんばかりに、イリスは中にあるモノを探し始める。更に深い階層にまで手を伸ばし、イリスは『夜天の書』の中に眠るモノに呼びかけ始めた。

 〝既に晴らされた〝闇〟――その残された残滓(かけら)をここに〟

 凄まじい突風が巻き起こり始め、その風にあおられながら勢い良くバラバラと捲られて行く(ページ)の音が響くと、内の何枚かが破れイリスの周りを踊り始める。

 そうして、遂に――イリスはやっと、〝捜し物(ソレ)〟を見つけた。

 探し当てられた一枚を破り取った瞬間。

 ソレは、まるで燃え上がるようにして自らの色を解き放った。

 炎とも靄ともつかぬその光は、紫のようでいて、そうでない色彩を放つ。

 ――強いて喩えるのならば、闇色の光(・・・・)

 その光を前にして、イリスは満足そうに呼びかけをこう結ぶ。

「封印の鍵――――起動」

 イリスの声に共鳴するように光が僅かにカタチを取り戻し始めた。

 それに合わせ、更に二つの光が闇色の光を軸に回りだす。

 何処となく不思議な心地で三つの光を眺めていたキリエは、呆然となりつつもポツリと呟いた。

「これが……〝永遠結晶〟への、鍵……?」

 この三つの光が、鍵なのだろうか、と。

 彼女の漏らした呟きにイリスは「ええ」と短く返し、事を本題へと進めて行く。

「おはよう。ご機嫌はいかが? 〝ロード〟」

 まるで旧知の友人にでも語り掛けるように、イリスは未だにカタチを取り戻しきれない不定形の光に声をかけた。

 すると、イリスの投げた問いかけに光は答える。

『……貴様は誰だ? いや、そもそも我は何故ここに居る? ……思い出せぬ』

 戸惑いのようなものがあるのか、光から聞こえてくる声は自身の現状を把握し切れていない様子だ。……いや、これは要領を得ないというよりも、嘗ての記憶を忘れているといったほうが正しいのだろうか。

 真偽のほどは定かではないが、ともかくイリスはその光に思い出させるように、()()()担う事柄を告げる。

「あなたは王様。これまでずっと、古い魔導書の中で眠らされていたの。そして、あなたの周りを回っているのが、あなたの大切な〝臣下〟」

『臣下……?』

 引っかかるものがあったのか、闇色の光は頭さえないにも関わらず、自身の周囲を回る二つの光に〝眼〟を向けた。

 段々と、光は光でなくなっていく。

 靄のようだった不定形の何かは、自らの役割を思い出していく――。

「あたしたちはあなたに、〝失われた力〟を取り戻すチャンスをあげたいの。

 ――――〝永遠結晶〟に眠る、〝無限の力〟を」

『〝永遠結晶〟……〝無限の力〟……』

「そう。だから、取り戻すための力も貸してあげる」

 言いつつ、イリスは『夜天の書』から何枚かのページを破り取って、その闇色の光の中に。すると、ページが吸い込まれたかと思った直後――。

 そこには、一人の少女が〝生まれていた〟。

「え……これって……」

 生まれた彼女の姿を見てキリエが驚いたのも無理はない。

 先ほどまで不定形の光でしかなかったのに、其処に立っていたのは紛れもなく――自身が戦った、魔導書の持ち主であるはやてと、色彩以外の全てがまったく同じ少女だったのだから。

 キリエの驚きに答えるように、イリスは微笑みながらこう言った。

「『闇の書』の、現・所有者のデータをインストールしたの。悪くないでしょ?」

 茶目っ気を感じさせる返答にキリエも笑みを返しながら頷いた。

 それに笑みで返すと、イリスはキリエに先の戦闘で得た二人の魔導師の情報記録(データ)を出してくれと頼む。

「さあ、キリエ。二人のデータを」

「あ、うん」

 キリエはそう答えると、一部展開したままのフォーミュラスーツの篭手部分のユニットから、イリスの差し出した魔導書のページにデータを載せた。

 二つのデータが無事に入ったのを見計らい、イリスは再び少女――〝ロード〟の方を向き直る。

 そして、項目(ページ)に載せられたデータを彼女の周囲を回っていた残りの二つ――赤と青の光を放つ、ロードの臣下である二人に注ぎ込んだ。

「データロード。――二人にも、インストール」

 そうしてまた、二人の少女が生まれた。

 失われていた形骸を与えられた三つの光は、ある三人の魔導師たちと同じ姿を取っている。しかし、その資質は全くの別物。

 本来の指向性(カタチ)を、全く別の器に移し替えられた様な状態。

 ――だが、確かに此処に〝鍵〟の復活が遂げられた。

「我が、臣下…………〝シュテル〟と〝レヴィ〟……」

 新たに生まれた二人を見やりながら、〝ロード〟はポツリポツリと、自身らの存在を噛み締めるようにして忘れていた記憶を少しずつ取り戻していく。

「どう? ――色々、思い出した?」

 投げられた問いに、彼女は一度目を閉じ、また開くと共に応える。

 

「……ああ。思い出した」

 

 瞬間――その場所が、牽いてはこの街が、闇の鼓動に震える。

 魔導書の奥底で眠り、誕生の時を待っていたもう一つの〝闇〟が復活したのだ。

 か細く、誰にも気づかれることのなかった胎動は、力強い鼓動へと変わり――今やもう、捻じ曲げられた定めを止められるモノは何もない。

「あらゆる望みは我が手の中に。そして、世界の全ては我が腕の中」

 産声の代わりに響いたその言葉と共に、世界がもう一度震えた。

 そして、吹き出した魔力の奔流が、まるで天へ伸びる柱の如く吹き上がる。

 

 

 

「無限にして無敵の〝王〟に、我は成る――――ッ!」

 

 

 

 〝ロード〟の宣言。

 世界への宣戦布告とも取れる言葉を、キリエとイリスは遠巻きに聞いていた。

 先ほどの力の漏出の勢いに押されてしまったのだ。

「なんか凄い子たちね……!」

 これがどういった鍵となるのか判らないが、凄まじい力に興奮気味のキリエは高揚した様にそう口にした。

「あの子たちが〝鍵〟よ」

 が、イリスの方はと言うと、先ほどまでの和やかさが鳴りを潜め、酷く平静な目で新しく世界に生まれ落ちた三人の少女を見つめている。

 

 

「とてもとても大切な〝鍵〟――――」

 

 

 最後に短く、そう付け加えると、イリスはそれっきり口を閉ざしてしまう。

 キリエの方はと言うと、始めて見るイリスの感情を拭い去ったかのような表情に目を瞬かせる。そこに違和感のような、或いは氷のような冷たさを一瞬だけ感じたが、特に深く追求はしなかった。

 ――何を思っているのだとしても、イリスは自分の事を解ってくれる存在だから。

 きっと、自分が必要になったなら言ってくれる。その逆がそうであったように。

 だから大丈夫。何かがあるなら、言ってくれるはずだから。

 と、ここまで考えた辺りでイリスは三人に声をかけた。

 今ので、恐らく此処が敵側にバレたであろうと。

 敵という言葉に訝しげな顔をした三人だったが、〝力〟の在処を守り、此方の目的を邪魔する輩だと言う説明を受けると、邪魔者であると理解したのだろう。

 直接的な事は聞かないまでも、戦うための準備を済ませてあるのであろうイリスに、次の行動を委ねる様な素振りを見せている。

 彼女らの様子に、早速イリスは用意しておいたらしい三人の装備を整えてあると言い、最後の仕上げをしに行かなければならないと語った。

 仕上げとは何か? と、〝ロード〟がイリスに問う。

 それにイリスはこう答える。

 

「――そうね、海の上の宝探しってとこかしら」

 

 浮かべられた笑みは暗く、応えとなった音は何処までも冷たい。しかし、逆に何処までも美しい。

 まるで氷か鏡でも相手にしている様な感覚に苛まれながらも、それだけ本気なのだとキリエは思考を切り替える。

 ――これで最後だ。

 もう、悲しい物語は終わる。

 だから、二度と失敗なんてしないのだと。

 

 軋みを上げていた決意をもう一度結んで、少女は他の四人と共に再び夜へと繰り出して行く。

 

 ――――目指す先は、海上に佇む巨大な遊興施設(テーマパーク)

 隠されているのは最後の宝。

 

 それを求め、止んだ嵐が再び巻き起こる。 

 

 

 



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第十章 邂逅、そして決戦の再開

 止んだ嵐は再び吹き荒れる。

 より激しく、
 より鮮烈に。
 抱く想いや決意と共に、更なる痛みを伴って――――


 再開 ――海上の楽園での決戦――

 

 

 

 アミタの聴取が終わりかけた時、

「アミタさん、もう一つお願いがあるんですけど――」

 と、ユーノがその先を口にしようとした、ちょうどその瞬間。

 

 ――――唐突に、街が震えた。

 

 何か大きな力が解き放たれた反動のように、余波として起こったのであろう魔力の流れが彼らの元へと届いて来たのだ。

「今のは……まさか」

 気の所為などと思うべくもない。

 間違いなく、キリエたちが何らかの動きを見せた兆候そのもの。疑う余地など、どこにもない。

 ただ、この場にいないアミタには此方の様子は伝わっていないらしく、此方の様子を図りかねている。

『あの、どうされたんですか?』

 と、そう訊ねてきたアミタに、ユーノとフェイトは手短に説明をする。

「……すみません、アミタさん。どうやら、相手側が動き出したみたいです」

『!』

 目を見開いたアミタに、フェイトは申し訳なく思いつつも今後の動きについて述べる。

「わたしたちも、今すぐに出なくてはならなくなりました。――なので、聴取はここで終了となります。アミタさんは、引き続き治療の続きと、装備の点検を待ってから、今の現場主任のお兄ちゃ……クロノ支局長からの指示を仰いでください」

『そんな……!』

 姉としての焦りを覗かせるアミタ。これ以上妹が周りに迷惑をかけないようにしなければという責任と、『フォーミュラ』が『魔法』に対して強力であるが故に、これ以上の犠牲を増やしたくないという想いがひしひしと伝わってくる。

 確かに、現状ではアミタが相手方に対抗し得る唯一の戦力であることは間違いない。

 だが、アミタは至近距離からの被弾を受け治療中だ。病み上がりの、それも一般人をおいそれと出撃させるわけには行かない。加えて、彼女もやむない事情があるとは言え、無許可の次元渡航を行ったという事実がある。

 管理局としては、そうした事情から彼女を簡単に出撃させる事は出来ないのである。

「ごめんなさい……でも、必ずキリエさんは止めてみせます。ですから、アミタさんはもう少しだけ待っていてください」

『……っ』

 フェイトの言葉に、アミタは唇を噛む。

 彼女は決して愚かではない。だが、どうしても飲み込めない思いもあるのだろう。だからこそ、そんな悔しさを噛み締めて耐えている。

 また、同じようにフェイトもアミタの様子に苦しそうな顔をしており、組織の中に所属する身であることを呪っているようだ。しかし、何時までもそうしてはいられない。

 相手に生半可な『魔法』が通じない以上、フェイトのような高いランクを保有する魔導師は現場に必須である。

 逆にユーノは、現状では闇雲に現場に出ることを求められるタイプの魔導師ではない。むしろ、彼に求められるのは支援(バックス)補助(サポート)――。その真髄は、如何にして仲間たちが戦い易い状況を作り出すか。それこそが、彼の〝戦い〟の鍵である。

 故に、此処は彼女を先行させるべきだと判断できる。

「フェイト。僕が転送するから、君は先行して、シグナムさんたちと合流してあげて」

 彼がそういうであろうことは、フェイトも判ってはいた。

「……うん、判った。でも、ユーノは?」

 が、それでもやはり気にかかる部分はあった。

 一緒に出ないということは、何かしらの考えがあるのだろうということが解らなかったわけではない。しかし、彼も一緒に行ってくれたほうが心強いのも確かなのだ。

 僅かに覗いた不安を見て取ったユーノは穏やかにこう応える。

「僕も直ぐに出るよ。だけど、僕よりも先にフェイトが行った方が現場も助かる。あくまでも僕は支援役……戦いが本職って訳じゃないから」

 直接的な戦力でない以上、自分の身の丈に合ったやり方を取る。

 まるで、そう告げるかのような口ぶりに、フェイトは憤慨をしたようにこう言った。

「そんなことない! ユーノだって――ッ」

 すると、それを受けてユーノは「ありがとう」と言うと、転送魔法を起動させながら、フェイトに自身の決意を告げる。

「分かってる。僕も、僕の精一杯をする。だからフェイトも、フェイトの精一杯をして。僕じゃ出来ないことだって、君なら出来る」

 穏やかに優しく、託された思いを胸に。必ず、みんなを支えるという決意を。

「でももし、フェイトにできないことがあるなら――きっとその道を示せるように僕も君を助けるから」

 彼の言葉を受け、フェイトも漸く心が納得したようである。

 しっかりと頷くと、ユーノの転送魔法に乗ってシグナムたちの居る座標へと跳んだ。

 そんな二人のやり取りを静に見守っていたアミタは、ぽつりとこう呟く。

「ユーノさんはやっぱり見た目通り、とても優しいんですね」

 けれど、アミタに貰った言葉にユーノは少し困ったような笑みを浮かべる。

「そうだったら良いんですけど、これはあまりそうとも言えませんよ。友達を戦いの場所に送り出すだけなんて、優しさじゃないと思いますから」

 確かに、傷つくかも知れない場所に親しい誰かを送り出すと言う行為だけを見れば、優しさと呼ぶにはほど遠い。

 大切だからこそ守りたいというのに、傷つく場所に送り出すなんて本末転倒も良いところだ。

 何より――守れないのも、止められないのも、酷く心苦しいものである。

「……そうかも、しれません……」

 アミタも、今のユーノの気持ちに近いものは判る。

 そして、彼にそんな思いを抱かせている原因が、己の失態にあるのだとすれば、尚のこと己の不甲斐なさを痛感してしまう。どうして、あの時――自分は(キリエ)を止められなかったのだろうか、と。

 後悔から来る痛みに苛まれ、アミタは画面越しのユーノに気づかれない程度に、膝辺りに掛かる布団を握る。

 そうしたアミタの心情を察したのか、はたまた自身の決意故か。

 真偽の程は定かではないが、ユーノは。

「……ただ、戦いを否定するっていうのも、また少し違うと思うんです」

「――――え?」

 彼はアミタにこう語る。

「〝魔法〟に限った話じゃないんですが……大きな力は、何時の時代であっても多かれ少なかれ、争いを生んでしまうんです。僕らの世界である〝ミッドチルダ〟や、ミッドの祖の一つである〝ベルカ〟も、魔法によって何度も戦いがありました。

 ミッドでは新暦になってから質量兵器の使用を禁じていますが、魔法技術が発達しているからと言うのもありますけど、主な理由は戦いでの被害が大きいというのと、誰にでも使えるからと言うのが大きい理由になってます」

 ――子供でも、ボタン一つで世界を滅ぼせる。

 質量兵器は自分の外付けである以上、才能の有無など関係ない。故に、自分の力を用いて、比較的クリーン且つ安全性を確保しやすい〝魔法〟が本格的に台頭を始めたと言われている。

 もちろん、『魔法』にだってそう言った側面はある。

 例えば、次元航行船などはその良い例だろう。魔法技術による武器が搭載されているとは言っても、実質的には魔導師でなくても乗り込める大型の戦艦だ。嘗て『闇の書』の〝闇〟を葬った『アルカンシェル』も魔導砲ではあるが、少なくとも魔導師が個人で行使する魔法とはまったく異なるプロセスで動いている。

 結局、規制を掛けたとはいえども、規律を統治する側にはそれだけの力を保有している必要があるという事実の表れだと言ってもいい。また、同時に昨今では魔法の使用を抑圧させるAMF(アンチマギリングフィールド)が問題となっており、魔導師たちが実体をもった武器を使用する場合も増えてきた。

 だが、いくら魔法との併用とは言え、人を傷付ける可能性が上がることに変わりはない。

 仲間内でも、特にフェイトなどは、そうした風潮をあまり好ましく思っていないという話をユーノも聞いている。しかし、だからといってフェイトがそうした代物全てを忌避しているということもない。

 当然である。何故ならフェイトは、そういったものを止める側であり、関連する争いは実際に起きてしまっているのだから。実際に講じる手段がどうであろうと、知っておかなくてはならないことは幾らでもあるのだ。

 つまり、どれだけ人の持つ『力』が異なろうとも、いずれ其処には戦いが生まれてしまう事実は変えられない。

 向き合わなくてはならない時もある。

 立ち向かわなくてはならない時もある。

 故に、戦いそのものを否定するのは違う。

 同時に守るだけというのも、また少し違うのだ。

 今の世界にある『力』に近い場所にいる以上、必ず避けて通れない決断の時は来るのだから。

「戦いは避けられないこともあって、ぶつかってみないと解らないこともあります。だから、僕は戦いそのものを否定はしません。でも、平和が一番良いとも思っています。誰かが傷つくのも、命を落とすのも、決して良いことではありませんから」

「……そう、ですね……」

「ですから僕は、みんなが後悔しないように支えることに決めました。進む方向に迷ってしまわないように、頑なになりすぎて誰かを傷付けたり、自分を傷付けたりすることがないように……」

 守るだけでなく、導ける人間になりたい。

 ユーノがいま抱いているのは、そういった想いである。……そしてそれは、アミタがキリエに向けてあげられなかったもの。

 守った気でいて、向き合うことが出来なかった。だから、アミタは取り零した――それが酷く、悔しい。

 が、それでもまだ、チャンスは残されている。

 少なくとも、ゼロではない。何より今、ユーノはこの事態を止めるために、彼女の助力を欲している。

「そのために、アミタさんにお聞きしたいことと、お願いしたいことがあります」

「お願い、ですか……?」

「はい。ただ、現場に出向かなければ行けないので手短に、可能か不可能かをお聞きしたいんです。――〝魔法〟が〝フォーミュラ〟に対抗できる可能性があるのかどうか、そしてその為に取り得る手段が存在するかどうかを」

「……」

 そういうことだったのか、と。

 アミタは漸く、ユーノが何を知りたがっていたのかを理解した。

 彼も必死なのだろう。そしてまた、頑固だ。

 何となく、キリエに似てなくもない。……もしかすると、彼とフェイトを選んだ理由の何処かに、妹と似ていたからというものもあったのかもしれない。

 そうしてふと浮かんだ思考を一旦脇に置いて、アミタはこう言った。

「判りました。今はお急ぎのようですし、わたしの知識の範囲でお教えできる範囲を、全てお答えいたします」

「ありがとうございます!」

 自分で出向くことの出来ない不甲斐なさを嘆くより、いまは自分が出来ることを。

 それに、フェイトとも約束していた。

 これからは、共に事件の解決に当たると。なら、アミタがすべきことはこれだ。

 意を決したアミタはユーノの頼みを聞き入れた。

 そうして、ユーノはアミタに自身の疑問、仮説を全て訊ねたのち、フェイトを追うように現場へと向かうことに。

 通信が切れて暫くの間は、アミタは先ほどのユーノから受けた質問を思い返して溜息を吐く。

 正直な印象を言えば、驚きと呆れが半々と言ったところだった。よくもまあ、この短い間で得た情報をあそこまで整理出来るものである。

 自分もそれなりに出来は良い方だと思っていたが、ユーノのそれは何というか、ただの秀才とも違う印象を受けた。

 情報の整理と分析については天才的だと思ったが、アレは単に解き明かすのではなく、どちらかといえば探し当てる芸術だと思えた。アミタは何となく、先の見えない知恵の迷宮にでもいたかのようなイメージを浮かべた。

 しかし、そんな呆れはそこで留まらず――話の終わった直後、病室を訪ねてきた少女と、少女に連れられてきた赤い宝石に似たような事を頼まれ、ますます呆然となってしまった。……そして、彼女がその後、元を辿れば二人が最初の師弟関係だったことを知り、随分と似た者同士だったのだな、と余計に呆れたのは余談である。

 

 

 

 *** 雷光襲来 ――三大機動外殻・青の海塵――

 

 

 

 ユーノがアミタとの話を終え出撃したのと同刻――。

 クロノ率いる東京支局の武装局員たちもまた、キリエたちを追って出撃していた。

 東京支局の捉えた限りでは、どうやらキリエと思わしき反応が《オールストン・シー》へと向かっていることを確認出来たらしい。

 兄からの通信を受け取ったフェイトは、部下たちを引き連れたシグナムとの合流を急ぎ、《オールストン・シー》へと向かっていたのだが――。

「結局、バルディッシュは間に合わなかったか」

 海上を高速で飛行しながら、フェイトと合流したシグナムは、彼女の手にある試作機・ハルバードを眺め見ながらそう口にする。ただでさえ『魔法』と相性が悪い相手だというのに、本来の愛機(デバイス)ではない得物で戦うフェイトを案じているようだ。

 だが、フェイトもそれは十分に理解しているようで、

「調整が難しいみたいで……。でも大丈夫。この子とで、何とかします!」

 と応え、油断はしないと言外に告げる。

「そうか。ならば良いのだが――」

 彼女の返答にシグナムは納得したように頷いたが、厳しい戦いになるだろう事は否めない。

 先の高速上での決戦とは違い、シグナムは彼女本来のデバイスである『レヴァンティン』を手にしてはいるが、それでも善戦できるかどうかの保障は持てない。無論、〝騎士〟としての矜持に掛けて無様は晒さないと決めているが、それでも未だに戦闘への見通しは不明瞭極まりなかった。

 そうして、シグナム班が《オールストン・シー》の海側エリア上空に差し掛かった、その時――支局のオペレーターたちからの通信が入った。

 

 

 

『シグナム班! 上空に注意してください、巨大な質量を伴った物体が飛来しています!』

 

 

 

 その警告を受け、シグナムを始めとした隊の局員たちは一旦飛行を止め、自身らの頭上へと目を向ける。

 すると、其処には――

 

「隕石……っ!?」

 

 武装隊の誰か一人がそう叫んだ通り、彼らの頭上からは、青白い光を放つ隕石が飛来していた。

 しかし、アレはどう見ても自然による代物ではない。

 そもそも見かけからして、岩と言うよりは、どちらかというと鉄の塊だ。

 つまりアレはタイミングの悪い宇宙(そら)からの落とし物というわけでもなく、人為的なもの――だとすれば、アレは相手側からの洗礼と言ったところだろうか。

『このままだと、エリアBに落下します。至急対処を!』

 が、今は理由を考えている暇はない。

 どんな代物であるかは知らないが、ともかくアレは撃ち落とすべきものである。

「了解した。私が止める――!」

 支局からの警告を受けるやシグナムは飛び出し、隕石と遊園地の間の軌道に割り込んだ。そして、レヴァンティンを『ボーゲンフォルム』に変え、構える。

 四散した場合の罠も考え、一撃で内部に至るまで吹き飛ばす為に、最大の威力まで魔力を注ぎ込んで撃ち抜くまで――!

 

「――翔けよ、隼!」

 《Sturm Falken!》

 

 カートリッジを二発ロードしたレヴァンティンの詠唱音声(こえ)が響くと共に、シグナムが番えた魔力の矢に炎が纏った。

 そうして射放(うちはな)たれたその一撃は、シグナムの持つ唯一にして最大の直射型射撃魔法――『シュツルムファルケン』である。

 レヴァンティンの第三形態である弓より放たれるこの攻撃は、魔力で精製された矢を撃つもので、高い貫通・破壊能力を備えている。また、同時に直撃時に集積された魔力が爆発を引き起こすため、攻撃した対象を同時に粉砕することも可能だ。

 故に、内部まで粉々に吹き飛ばせたはずだったのだが――。

「――――」

 崩れ堕ちていく隕石の残骸を見ながら、シグナムは隕石とファルケンの激突により発生した噴煙の向こうを、静かにじっと見据えていた。

「期待していたわけではないが……やはり、そう易々とは行かないな」

 彼女の呟きと共に、煙の向こうから声が聞こえてくる。

 未だ姿の見えぬ襲撃者は、煙の向こうから何処か幼く聞こえるトーンと口調でこう言い放つ。

「なんだよもぉ~……せっかく運んできた鉄ダンゴを壊すとかさぁー。何者だ、名を名乗れ!」

 名乗れ、と言うなら先に名乗るのが礼儀というものだが――どうやら、そういった類の通じるタイプではなさそうだ。また、騎士であるシグナムにとって、名乗れと言われて引き下がる道理はない。

「……時空管理局・本局魔導師、シグナムだ。大規模危険行為の現行犯で、お前を逮捕する」

 が、シグナムの声に対する返答はない。

 時空管理局と言う言葉も、逮捕すると言う宣言も、向こうにとっては何の意味も成さない事柄らしい。

 そこで一先ず、煙の向こうの相手の情報を聞き出そうとして、フェイトがこう訊ねる。

「あなたの氏名と出身世界は?」

 フェイトの問いかけに対し、〝名〟というキーワードに反応したのか、相手は楽しそうに答え始めた。

 煙を振り払うように手に持った棘をもった戦斧を回しながら、芝居がかった語りで名乗りを上げる。

 ――すると、そこには。

 

「どこから来たとか、ボクだってぇ~知らん! 誰が呼んだか知らないが、ボクの名は〝レヴィ〟!

 ――――〝雷光のレヴィ〟とは、ボクのことさ!!」

 

「「「――――!?」」」

 

 見えた姿に、シグナムたちは驚愕した。

 蒼い雷を伴いながら、煙を振り払って姿を表した幼い少女。

 その少女は、長く毛先だけが黒くなった青い髪をリボンでツインテールに結っており、真珠色のようなツリ目は楽しそうに光を放っていて、纏っている防護服は高速機動型。おまけに手にしている武器は刃の部分に棘を持つ戦斧。

 ――そう。その少女は、色彩だけを違えたフェイトと瓜二つの、〝同じ姿〟をしていたのである。

 だが、シグナムたちの驚愕などお構いなしに、レヴィと名乗った少女は語りを進めて行く。

「そして、ボクがわざわざ運んできた、ボクの(しもべ)!」

 紫電が舞い踊り、曇天を裂き海を割る。

 海が渦を巻き、巻き起こった二つの渦が合わさり、大きな水飛沫が弾け散る。

 そうして、現れたのは巨大な影。

 胴体を中心にして、長い腕と足を備えた機械兵。

 全身に砲射口まで備えたそれは、これまで確認されていた『機動外殻』と同一のもの。――しかし同時に、これまでとは明らかに一線を画すものであった。

「機動外殻――〝海塵のトゥルケーゼ〟!!」

 レヴィの発した宣言の通り、確かに海より(いで)し怪物であった。

 埒外の機動外殻の登場に気圧された面々を見ながら、にやっとした笑みで、レヴィはフェイトたちを見下ろしていた。

 本当に、この戦いを単なる遊びと捉えていると言った様子で――――

 

 

 

「――――さあ、遊んであげるよぉ~?」

 

 

 



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第十一章 激化せし、戦いの嵐

 決戦の始動。

 戦いの嵐はより強く、先の三つの戦いへと繋がっていく。


 星光襲来 ――三大機動外殻・赤の城塞――

 

 

 

 《オールストン・シー》エリアBにて、シグナムとフェイト率いる武装局員たちがレヴィとの交戦を始めた時――。

 別の湾岸エリアでもまた、同じように迫る怪物と襲撃者の戦いが始まっていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「――の、ヤロォ!」

 

 威勢良く叫んだ声と共に――。

 ヴォルケンリッターが誇る特攻役、『鉄槌の騎士』の名を冠された少女・ヴィータが、己が相棒(デバイス)である(くろがね)の伯爵『グラーフアイゼン』を振るい、巨大なハンマーの形態をとった『ギガントフォーム』のアイゼンを、迫る脅威に叩き付ける。

「そっちに行くんじゃあ、ねぇ――ッ!!」

 彼女の振るった先には、レヴィの引き連れてきた〝海塵のトゥルケーゼ〟に続く、二体目の巨大『機動外殻』の姿が。

 人型に近いトゥルケーゼに比べ、此方は蜘蛛のように円形に広がった脚部を持ち、亀の甲羅じみた胴体の形を取ってる。

 堅固な見た目に違わず、ヴィータの一撃を受けて尚、『機動外殻』の進行は止まらない。

 余波で逆波が起こったにも拘わらず、泰然自若と構え、そしてまた一歩陸地へと踏み出して来た。

 だが、奴を迎え討っているのはヴィータだけではない。

 ヴィータと外殻の向き合っている後方で、なのはが手に持った電磁砲である『パイルスマッシャー』からの遠距離射撃を行う。

「――〝パイルスマッシャー〟、フルチャージ!」

 トリガーを引き、機構内に充填されたエネルギーを撃ち放つ。高威力の電磁砲からの射撃により、外殻はその上部を破損させた。

 着弾を見届け、ヴィータは「よっしゃ!」と拳を握り込み、笑みを浮かべる。

 しかし、

 《――冷却ユニットを起動します。バッテリーを交換してください》

「パイルスマッシャー、再発射困難。装備、換装します!」

 個人で高威力の射撃を行える代わりに、『パイルスマッシャー』は連射性に欠ける装備であった。

 一時的に大ダメージは与えられたものの、即座に連射を行えないため、完全に倒すだけの決定打にはならない。

「応よ、トドメは任せろ!」

 故に、なのはからの報告を受けたヴィータがトドメを請け負う。

 足下に展開された、三角形を模した『古代ベルカ』式特有の魔方陣が、ヴィータの魔力光である紅に輝く。

「せ、ぇぇええいッ!」

 再び威勢の良い掛け声と共に、ヴィータの振りかぶったアイゼンによる弩級の攻撃が振り下ろされようとした、その時だった。

「――ヴィータちゃん!」

 焦ったなのはの声がヴィータに届く。

「――――え?」

 が、彼女には向けられた声の意味が理解出来なかった。

 最後の一撃を加えるだけというこの場面で、いったい何を焦るというのか。――しかし、その理由は直ぐに理解できた。

 自身の頭上で、己のそれ以上に強い紅の光を放つ陣の上に立つ少女の姿を見つけた為に。

 

「――殲滅しますよ、〝ルシフェリオン〟」

 

 冷たさを感じる程に平坦な声が聞こえたと、気づいた時にはもう遅い。

「〝ディザスター・ヒート〟ッ!!」

 声色とは裏腹に、燃さかる灼熱の奔流がヴィータに迫る。

「――――、あ」

 全てを呑み込む程に、赤く燃える炎。目の前を覆い尽くしたそのヴェールに、ヴィータの思考は停止しかけてしまう。

 だが、直ぐに正気に戻ることになった。

「っ――、ぅぅ……!」

 なのはが『フォートレスユニット』の盾でヴィータに迫った炎を防いでいた。

 守られたことや一瞬の油断に歯がみしながらも、盾との激突で周辺に散らばる炎の残滓の対処へと移らなくてはならない。

 このままでは、このエリアの施設が余波で破壊されてしまう。

 守る側に立つ以上、それだけは何がなんでも避けなくてはならない事態だ。

 けれど、ヴィータが盾をエリア上空に同時展開させるよりも早く、翡翠の輝きを放った半球状のドーム状の防壁が展開される。

「ごめん――遅くなった!」

「ユーノくん!」

 広域の防御魔法を張り、被弾を防いだのはユーノだった。

 長引いてしまったアミタの聴取を終わらせて現場に飛んできたらしい。

 額に軽く汗を浮かべているところを見るに、間に合ったのもどうやらギリギリだったようである。

 ――だが、それでも助かった。

「ハッ――ほんっとに、遅っせーってんだよォ!!」

 口に出した言葉とは裏腹に、歯を見せて笑うヴィータ。

 なのはとユーノが今、自身と周辺に与えられる被害を防いでくれている。――なら、自分がするべきは、先ほどの失態のツケを精算することだ。

「いっ、けぇ――ッ!」

 《Schwalbe fliegen!》

 指の間に生み出した小型の鉄球をアイゼンで撃ち放つ。

 魔力を込めた鉄球をハンマー部で叩き付けることで放つ、誘導射撃魔法『シュワルベフリーゲン』である。

 対人に特化したベルカ式らしく、バリア貫通や着弾時における炸裂などの副次効果を持つのだが――相手方は難なく舞う鉄球を躱し、挙句の果てには自身の生成した誘導弾でそれらを撃墜してしまった。

「な……っ!?」

 敵の行った対処に、ヴィータは思わず目を見開いてしまう。

 少なくとも、仲間内以外でこの魔法がここまで破られたことはない。――否。寧ろ、だからこそ、と言うべきか。

 あの戦い方に、ヴィータは非常に見覚えがあった。

 二年前にあった『闇の書事件』において――。

 当時はまだ『管理局』と敵対していたヴィータと、たった二度目の対峙にも関わらず、長年の騎士としての戦闘経験からの組み立てを行ったこの射撃魔法を、同じだけの誘導射撃で迎撃した魔導師がいたのである。

 ――そう。

 ちょうど今、自身の傍らに居るなのはこそがその魔導師であり、目の前にいる相手は彼女と似た戦法を取っている。

 どういうことだ、とヴィータの脳裏を疑念が過ぎる。

 しかし、それよりも早く――なのはが襲撃者へ向け飛び出して行った。

 誘導弾だけでは効果が薄いと踏んで、閃光弾を織り交ぜながらの突進を掛ける。初手での隙を突く程度には効果を発揮したはずだった。

 だが、なのはの持つ『ストライクカノン』を己が杖で受け止めた相手は、鍔迫り合いに至ったにも拘わらずそれに対する感慨は薄い。

「……なるほど、良き連携です」

 まるで見定めを行っているかのような口ぶりである。

 けれど、それ以上に。

「ぇ……?」

 なのはは、自分と似た顔立ちをした少女との対峙に驚愕した。

 見た目というだけなら、二人はほとんど似ていない。瞳の色も、髪の長さも。そして、なによりも纏う雰囲気が異なっている。

 ……だというのに、本質的に似ていると理解出来てしまう。

 まるでそれは、光と影を合わせ鏡とした虚像。

 歪んだ鏡を見ているような感覚だった。

 蒼穹(そら)と光を体現するなのはに対し、相手の少女が体現するのは深淵(やみ)と炎。

 色彩の逆転した戦闘装束(バリアジャケット)も、形状が刺々しい手に持つ(デバイス)も似ているのに、何もかもが正反対である。

 いったい、何者なのか――。

「あなたは……」

 誰? と、なのはが訊こうとしたのに合わせるように。

「――名乗らせて頂きましょう」

 と、少女は自らの名を告げてきた。

 

「我が名は〝シュテル〟――〝殲滅のシュテル〟と申します」

 

 色の薄い瞳を向け平坦に。――けれど、どうしようもなく堂々とした声で、強者の風格を見せつけながら、シュテルはそう名乗った。

「シュテル……?」

 今しがた知ったばかりの名を、なのはは繰り返すように口に出す。

 向けられた確認の様な声にシュテルは「ええ」と応えると、

「そして、王より賜った我が隷――〝城塞のグラナート〟」

 そう言って先ほど壊されかけた己が隷を、もう一度立ち上がらせた。

 上陸の際、湾岸部を破壊したことで発生した残骸を取り込み、グラナートは自身の装甲を再構築。

 より強固に、より強靱に。

 侵略すること。なによりも、殲滅することを前提とした再生を施した。

 それは、明確な対峙の意思を示すものであり、同時にシュテルにとっての戦いへの姿勢を示すものである。

「あなた方に恨みはありませんが――」

 まさにそれは静やかで、実に情熱的な炎。

 熱くも冷たい闇の太陽のように、明けを告げる明星の如く、彼女は燃えていた。

 自らの定めた〝敵〟を、殲滅するために――――

 

「――――ここで、消えて頂きます」

 

 

 

 *** 闇の襲来 ――三大機動外殻・王の黒翼――

 

 

 

 ――なのはとシュテルが邂逅を果たした頃。

 《オールスト・シー》より離れた森の上空にて、はやてもまた、自分と同じ顔をした少女との対峙を遂げていた。

 はやて自身は知る由もないことだが、それまでの二人と同様に――二人の姿はまさしく、歪んだ合わせ鏡のようである。

 似た顔立ちや髪型。

 色彩の異なるバリアジャケット。

 相反する影の様な目の前の存在に相対し、さしものはやても最初は言葉を発せずにいた。

 けれど、

「貴様が、『闇の書』の主か?」

 先に相手よりそう問われたことにより強張りは解け、認識の齟齬に訂正を踏まえて応える。

「――『()()()()』の主、八神はやてです。あなたは……?」

 そうして、今度は自分が相手について問うた。

 すると、投げ返されたはやてからの問い掛けに、相手はさして感慨もなく淡々と応じる。

「我が名は〝ディアーチェ〟――失われた力を取り戻すために甦った、〝王〟の魂」

「王……失われた、力?」

 聞きなれないワードに、はやては訝しむ様な反応を見せた。

 が、ディアーチェと名乗った少女の方はそんなことに構う気は無いらしく、早々に目的のみを簡潔に告げて来る。

「ああ。それと、我が力を取り戻すには、どうやら貴様らが目障りだとかでな」

 だから大人しく消えろと、言外に双言われている様で、はやては少しムッとなる。そして同時に、この手口から何となく裏で糸を引いている存在の思惑を感じ取った。

 アミタの話ではキリエが始めた計画だというコトだったが、段々と事件の始まりが見えた気がする。

 救いを求めた手口にしては、あまりにも度が過ぎている。おまけに、現在起こっている事態は、明らかに邪魔を消すためのもの。

 はやてにとっての、この事件の始まりの戦いと同じ――言葉とは裏腹な、周囲への被害など気にもしない冷たい計略。

 つまり、

「これはキリエさんやなくて、全部――イリスの差し金ってことやね?」

 そう言うことなのだろうと、半ば確信を持ってディアーチェにそう訊ねた。

 しかし、向こうは此方の言葉に耳を貸す気も無い。

 焦っているわけでもなく、脅すでもない。それは単に、自身の障害になる存在に興味など無いと告げるように。

「応える必要は無いな」

 ディアーチェは己の杖を取り出し、それを振るって闇色の光球(スフィア)の弾幕を張る。

 自身の周りを取り囲んだスフィアと、向けられた情け容赦ない交戦の意思を見せつけられて、はやては思わず息を呑む。

 ……これまでも、戦いは幾度となくあった。

 人の重ねた業の結晶である〝闇〟と対峙したこともあれば、質の悪い犯罪者を相手にしたことだってある。

 けれど、こうして改めて感じる。

 久しく離れていた〝戦い〟というモノを。

 賭けたものは互いに重く、言葉だけでは決して分かり合えない。

 

 ――――なら、するべきコトは一つだけ。

 

「〝ドゥームブリンガー〟ッ!」

 発声と同時に向けられた、闇色に輝く剣の逃げ道の無い波状攻撃。更にそこへ、はやてを串刺しにせんとばかりに、魔力の槍をディアーチェ自ら投げ放つ。

 が、しかし――。

「――……ッ!」

 唐突に輝きを増したその光に、思わずディアーチェも目を見張った。

 向けられた闇を晴らさんと、噴煙の裡より光が(いず)る。

 瞳は蒼く蒼天の如く、髪は降り積もる雪を思わせる淡黄色(クリームいろ)に。だが、変化そのものに意味は無い。所詮それは、融合機とユニゾンによる副産物。どれだけ雰囲気が変わろうと、本質まで変わるわけではないのだ。

 しかし、それを見てディアーチェは何となく納得した。

 

 ――確かにこれは『闇の書』を扱う者ではないな、と。

 

 元より彼女らは相反する存在。

 自身が闇である以上、敵がそれと同じだという道理は無い。

 ディアーチェがそう納得した様に目を伏せ、再び明けると――そこには決意を胸に、闇より生まれ出た光が強く瞬いていて。

 もう二度と、これ以上負けてなどやらないという固い信念を魅せつける。

 そうだ。

 今は止めなくてはならない人がいて。

 守りたい場所と、大切な人が沢山いるのだから。

 ならばこんなところで、負けてなどいられるものか――!

「これ以上、墜とされたりなんてせぇへんよ。キリエさんもイリスも、止めなあかんし――」

 そして何より、

 《盗まれた〝宝物〟も、返して頂かなければなりません!》

 家族の絆を、何時までも盗られたままでいられるものか、と。

 手を夜の(そら)に掲げながら、はやてとリインはディアーチェを真っ直ぐに見据えている。まるで、直ぐ其処まで行ってやるとでも言わんばかりに。

「王様にも、お話聞かせて貰うで……!」

「寝言は寝て言え。そも、ここは王の御前であるぞ? ――頭が高いわ!」

 二人の態度にディアーチェは激高する。

 けれど、それくらいの方が分かり易い。

 誇りや矜持の類を持ち出されるのなら、何もかもが不明瞭な敵などよりも、よほど血の通った語らいが出来るというものである。

 しかし、ひしひしと肌を刺す殺気もまた本物で。

(――――何か、来る……ッ!)

 ディアーチェの掲げた杖の後方で渦が起こり、深淵を覗いたような深い闇の中から、一体の怪物が姿を見せた。

 絶望を象徴したかのような姿で現れたのは、三体目の『機動外殻』。

 巨大な翼を広げたそれは、これまで確認されていない空中戦に特化した型のモノ。

 そして、闇を統べる王の隷に相応しく悠然と、また絶対的な脅威を与えながらこの場へと現れる。

「そこまで吠えるならば、精々最後までほざいて見せよ、小鴉。

 尤も、それも我が隷――〝黒影のアメティスタ〟に嬲られてもなお、貴様が口を聞ければの話だがな」

「ゆーてくれるやんか……っ」

 隷の前に立ち、傲岸不遜に言い放つは闇の王。

 そして、足掻けるものなら足掻いて見せよと言われ、受けて立つは光ある夜天(そら)の主。

 

 遂に三つ目の舞台も幕を開け放ち――戦いは、いよいよ激化の一路を辿り出す。

 

 

 

 *** V.S.トゥルケーゼ

 

 

 

 エリアBより進行を続ける機動外殻――『トゥルケーゼ』を相手にして、シグナム班が決死の抗戦を行っていた。

「――はああああッ!」

 シグナムの振り下ろした炎を伴う剣閃が、レヴィの引き連れてきた『機動外殻』の片腕を切り落とす。

 が、トゥルケーゼは自身の腕が欠損したことなど意に介さず次の手に出る。

 残った方の腕にある発射口から電粒子砲(レーザー)を放つ構え。

 狙う先は、この遊園地の中央に聳える《オールストン城》。

 戦いながらシグナムたちの行動を学習したのか、或いは単に彼らが侵略のための外殻だからなのか――。

 詳細は不明だが、間違いなくその一手は効果的である。

「な――、……くっ!」

 トゥルケーゼの構えを見るや、シグナムはレーザーと向けられた施設との間に飛び込んで行く。

 ……守る側である以上、如何せんハンデを背負うものだ。

 敵は壊すだけであり、対象そのものを選ぶ意味を持ち得ない。おまけに操り手であるレヴィはこの場を離れてしまった以上、この機械兵には選ぶという行為が失せている。

 つまるところ、無力化されるより早く目的を果たしてしまえば、それまでの消耗品。

 役割を果たす為だけの存在であるが故に――トゥルケーゼは、厄介な敵としてシグナムたちの前に立ち塞がっているのだ。

 そして、

「――――っ!」

 微かな火花を散らしながら、短くエネルギーの収束を告げる音がして――青い光線が放たれる。

 が、それをシグナムは防がんとレヴァンティンを寝かせるように翳した。

 元々、シグナムは純粋なベルカ騎士らしく対人に特化した戦士であり、こうした砲撃戦は不得手と言える。

 とはいえ、仮になのはたちの様な砲撃を得意とする魔導師と戦う場合は近接で追い詰めることが出来るが、相手がこうも巨大な兵器そのものでは分が悪い。

 咄嗟だった為に盾を張れず、結果として彼女は、己が身一つで光線を受け止めることになってしまう。

 だが、それでも。

「ぐ、ぅぅ……ぉぉおおおおおおッ!!」

 苦しさに圧され、呻きながらも――押し寄せる光の奔流を押し留め、シグナムは後方の施設を守り切った。

「あ――――ぐぅ……ッ!」

 反動で城壁に叩き付けられはしたが、一時の時間稼ぎにはなった。

 他の武装局員では出来なかった以上、この負傷は致し方ないと納得もしよう。

 ……それが、現状でないのだとしたら、だが。

 

「「「!?」」」

 

 砲撃を行い、一度動きが鈍ったかに思われたトゥルケーゼ。しかし、その遅延は全く別のコトのためにである。

「再生スピードが、どんどん早く……っ!」

 着られた腕も再生させ、修復の速度もまた、次第に上がり始めている。このままではイタチごっこ――否、均衡を保てさえしなくなるのは明白だ。

 となれば、いっそう迅速な対処が求められる。

 故に、シグナムたちの交戦模様を見ながらも、シャマルは戦いに加わらずに分析に専念していた。

「――――――」

 〝旅の鏡〟を用いて『クラールヴィント』にトゥルケーゼの要を探す。

 まだ『フォーミュラ』や『ヴァリアントシステム』についての理解はさわり程度だが、それでも大まかな弱点は把握している。

 前者は自身らの『魔法』同様のエネルギー干渉術。そして後者は『コア』を中枢機とした物質の形態変化を司る。

 ただ、『魔法』が広域・単一を問わない〝変化〟・〝移動〟・〝幻惑〟の三種に分類されるのに対し、『フォーミュラ』はどちらかというと個人のエネルギーの運用そのものに寄るところが大きい。

 事実として、『フォーミュラ』の術者たちは自分に対する強化を主に活用し、外部的に作用させるのは『機動外殻』や『ヴァリアントアームズ』への動力供給などに限定されており、『魔法』で言うところの結界に相当するものは存在しなかった。また、それらは攻撃においても言える。

 アームズにおける攻撃は基本物質的なもので、エネルギーコートされた実弾を主に用いていた。

 そして、それは『機動外殻』の用いていた攻撃も同じ。つまるところトゥルケーゼを始めとした『機動外殻』たちは、『フォーミュラ』による動力供給で動いており、『ヴァリアントシステム』によって生成され、壊される度に周囲の物質を取り込んで再生させている。

 ただ、反則じみた再生機構と戦闘用の機能を持ち合わせる代わりに、イリスやキリエの見せた『フォーミュラ』による『魔法』の阻害――〝エネルギー分解装甲〟や〝魔力無効化〟などといった力は持っていない。

 付け入る隙があるとすればそこである。

 動力供給を行っているのが引き連れてきたレヴィ本人か別かなどは判らないが、少なくともヴァリアントによるものであれば中核を為す『コア』がある筈だ。

 故に、〝旅の鏡〟によって索敵に優れた彼女が内部構造の把握、そして相手側のコアの位置を探ること。

 それこそがシャマルに課せられたこの場での役割であり、嘗ての『闇の書』の守護騎士であり、蒐集のために魔導師の『リンカーコア』へ直接触れる技を持つ彼女だからこその戦い方。

 普段の優しげなシャマルからは想像も付かない、敵を確実に仕留める為の戦い方である。

「見つけた! ――――でもって!!」

 遂にコアの位置を探り当て、目の前に展開させた〝旅の鏡〟にシャマルは手を突っ込んだ。

 空間を歪曲させトゥルケーゼの内部にまで手が届くと、〝戒めの鎖〟という魔力で編んだ鉄糸(ワイヤー)で自身の手を肥大化させる。掌から五指全てを型どり、制御するのは難しい。しかし、相手は自我を持たぬ機械である以上、遠慮は無用。

「全身を制御する中枢機(コアパーツ)、これさえ壊せれば……ッ!」

 そう。『コアユニット』を壊せば、トゥルケーゼの再生機構は停止する。

 ならば後は、ただ力任せに握り潰すだけで事足りる――!

「こん、のぉ――ッ!!」

 珍しく張り上げたシャマルの声が上がり、よりいっそう加えられた圧迫によりトゥルケーゼのコアが完全に潰れた。

 しかし、弛緩したように腕を垂れ下げるが、機体の発光線(フォトンライン)は消えていない。つまりまだ、トゥルケーゼは外部からの供給を受けている。

 このままではまた動き出す可能性も否めない為、ここで完全に破壊しなくては。

「シグナム、あとはお願い!」

『ああ、判っている!』

 シャマルの声を受け、先ほどの砲撃で飛ばされたシグナムが舞い戻る。

 換装したカートリッジが四発炸裂すると、レヴァンティンの刀身を魔力が満たす。

 そして、炎の尾を引かせながら、シグナムはトゥルケーゼへ向け、最後の一撃を叩き込む。

 打ち込む技は当然のように、彼女が最も得意とする炎の剣閃――その名は。

 

「紫電――一閃ッ!」

 

 鋭く響いた声と共に叩き込まれた斬撃によって、トゥルケーゼは完全に爆散した。

 

 そして、その爆散から数瞬の後――。

 シャマルはトゥルケーゼの再生が起こらないかを観察していたが、確認された反応は無し。

 対象は完全に沈黙していた。

『再生反応は無し――うん、エリアB状況終了! お疲れ様シグナム。局員の皆さんも、お疲れ様でした』

 シグナム班の全員へ念話を飛ばし、シャマルは戦闘の終了と労いの言葉を告げた。

 援護に来てくれたシャマルに、シグナムも礼を述べる。

「ああ、助かった」

 フェイトがレヴィを追った為、シャマルが来てくれなかったら更に戦闘が長引いてたことだろう。

 しかし、一時の幕引きを得たにも関わらず、シグナムたちの心境は穏やかには遠かった。尤も、まだ他のエリアでは、戦いが続いているのだから無理もない。

「ところでシャマル、ヴィータたちの方は?」

 他所での状況が気になり、シグナムはシャマルへ直ぐ近くで自身らと同じく交戦中のヴィータについて訊ねると、シャマルはこう応えた。

『まだ交戦中みたい。でも大丈夫、援軍がまた到着してたって報告があったから、今の戦闘データを送っといたし、ヴィータちゃんたちの方も直ぐに終わるはずよ』

「そうか。なら良いが……」

 告げられた戦況に、これならばヴィータたちにも負けはないと思えた。

 だが、未だ残る懸念は他にもあった。

『……シグナムも気づいた?』

「……ああ。ここまで大がかりだというのに、首謀者が一切動きを見せないのもそうだが――なにより、そもそも目的が〝永遠結晶〟を手に入れるコトだけとは到底思えん」

 言葉を交わすにつれ、先への不安が沸き起こる。

『…………いったい、何が起こるのかしら』

 不安そうな呟きを漏らすシャマルに、シグナムはこう結び、応える。

「判らない。判らないが……少なくとも、決して穏やかには行きそうもないことだけは確かだ」

 空を見上げ、濁った色を見た。

 曇天の如く染まった空は未だ見通せぬ戦いを見つめ、今か今かと結末(おわり)を待ちわびているかのようである。

 心境はまるで、見えない指し手に取られた駒のよう。

 けれど、何者かの待ちわびるそれが、果たして良いものかどうかは――その場の誰にも、解らないままだった。

 

 

 



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第十二章 星光激突、貫きたい覚悟

 激突の一つ目は、星の光を手繰る者同士の戦い。

 それぞれの覚悟を示し合い、最後まで貫くために信ずるものとは何か。

 果てに得るのは、果てにするのは、なんであるのか――その答えは、ここで決まる。


 V.S. グラナート

 

 

 

 ――――シグナムたちがトゥルケーゼを破ったのと同じ頃。

 

 ヴィータとユーノもまた、上陸してしまったグラナートの侵攻を制止させようと必死に食らいついていた。

 上陸は許してしまったが、シュテルをなのはが引き受けてくれた為、二人はグラナートを止めることに集中できる。

 しかし、グラナートは強い。

 なかなか隙を覗かせない様はどこか、引き連れてきた少女を思わせる。

 まさに堅実。

 まさに堅硬。

 目立った攻撃手段を持っている訳ではないが、じわりじわりとこちら側の制止をまるで意に介さずに施設内を進み続けている。

 〝城塞〟の名は伊達ではなく、一朝一夕で落とせるほどに甘くはない。

「――〝ケージングサークル〟!」

 故にと言うべきか、それを止めるべく、ユーノはグラナートを拘束しようと試みる。

 ユーノの使った翡翠の光を放つ拘束帯(ケージ)は、二年前に『闇の書』の〝闇〟を止めて見せた高位の結界魔法『ケージングサークル』。

 この魔法は内側に対象を閉じ込め、且つその対象が内部で動くと反動でダメージを与えるというもの。言うなれば、プロテクションなどのバリア系魔法と同じ特性を有しているのだ。

 もちろん、早朝の練習試合ではやてに用いたように対人戦に置いては非殺傷設定が適応されるが、物理的な兵器が相手なら破壊力も相応に上がるはずだった。

 が、グラナートは自身の損壊を一切鑑みずに進み続ける。

 肝心の部分までは破壊できず、またそれ以外に与えたはずの損壊も即座に再生してしまい、グラナートの力を削ぎきれない。

 そうして進み続けるグラナートの屈強さに歯がみしつつも、ヴィータは換装した『プロトカノン』での攻撃を加え続けるが、電磁砲による被弾も効果は薄い。

 おまけに、

 《バッテリー、エンプティ》

「ちっ……!」

 連射により『プロトカノン』のバッテリーが切れてしまった。

 これ以上は新装備による攻撃を続けられそうにない。

 その上、グラナートはこれを狙い澄ましたかのように建設中の施設を標的に定めている。

「「な――ッ!?」」

 ユーノとヴィータの声が被ると同時。

 二人は飛び出して、施設とグラナートの間に割って入った。盾を張り、グラナートの猛威から建設物を守る。

「ぐ――!」

「う、ぐぅ……ッ!」

 しかし割って入りはしたものの、グラナートの圧は凄まじく、それに押されて二人はじわりじわりと後ろへ下げられてしまう。

 このままではと、ユーノはヴィータに、

「ヴィー……タ! 僕が押さえてる間に……ギガントで、押し戻して……ッ!」

 一か八か、決定打を与えて止めるしかないとユーノは言う。

 けれど、

「ば、っかやろぉ……! 最初に、それが出来てりゃ……とっくにしてる、っての……っ!!」

 ヴィータもそれが出切れば最初からしていると言い返す。

 事実として、最初の一撃でヴィータはギガントを振るったが、グラナートを押し戻しきれなかった。

 おまけに二人で支えてもギリギリなのだ。

 片方が離れた瞬間、グラナートは関を外された水の如く一気に進む。

 更に言うならギガントは被害が大きい技だ。加減なく振るえば、ここの地面を陥落させかねない。その上にユーノが押さえているとなれば、打てる範囲は余計に狭まる。

 もちろんユーノもそのことは理解している。

 だから、と二の句を告げるよりも早く、その場に援軍が飛来した。

「でぇぇやぁぁああああああッ!!」

 鋭い叫びを伴って飛び込んできたのは、ヴィータと同じ夜天の守護騎士。

『ヴォルケンリッター』が一角、守護獣・ザフィーラである。

 機体の胸元に飛び込んで放たれた拳によって、グラナートの装甲の一部が壊れ、赤い球体が露出した。

 それを狙うザフィーラだが、グラナートはユーノたちから彼に目標を切り替えたらしく、頭部に備えられていた腕部を用いて対象を叩き落とそうとする。

「ぐっ……!」

 向けられた攻撃に盾を張る。しかし、パワーファイターの彼でもグラナートの攻撃を防ぎきることは出来ない。

「ザフィーラ!」

 ヴィータが案じるような声を上げたが、これは好機である。建設中の施設からグラナートは狙いを外し、その最奥を明かしているのだから――!

 それを察知したユーノとザフィーラは、二人同時に拘束魔法を発動させた。

「〝チェーンバインド〟!」

「〝鋼の軛〟――ッ!」

 ダメ押しにグラナートの抵抗を削ぎ墜とした二人が叫ぶ。

 

「「ヴィータ! 胸元の赤い球体を狙え(って)!!」」

 

「応っ!!」

 と、二人の声を受けたヴィータが力強く応じた。

「行くぞ、アイゼン!」

 《Jawohl!(了解)

 そして、掲げたアイゼンが姿を変える。それは、鉄の伯爵が獲得した、新たな『フルドライブ』形態。

『パンツァーヴェルファー』――。

 象られたその姿は、ただの巨大な鉄槌には非ず。

 そも、彼女の二つ名に込められた意味は何か。それは、全ての障害を打ち砕き、仲間たちの道を切り開いていく為のものであり、この新たな形態(すがた)はそれを為す為のもの。

 ならば、こんなところで――!

「負けてられっかああああああああぁッ!!」

 振り払われたグラーフアイゼンが、グラナートの開かれた中枢部に叩き込まれる。

 無論、再生機構が働いている以上は当然ながら、ザフィーラの空けた穴は防がれ始めていた。

 だが、いくら装甲を修復しようとも、全てを込めたこの一撃には及ばない。

 回転機構(ドリル)噴出口(ジェット)を備えたパンツァーヴェルファーの真髄は、打ち砕くこと――打撃力に特化した最大攻撃の『ギガント』に、『ラケーテン』の噴出特性を加えた打ち砕くための攻撃として昇華しているのだ。

 

「――ぶ、ち砕けぇえええええええええええええええええええぇぇッッッ!!!!!!」

 

 叫びに呼応する様にアイゼンの噴射が一気に上がった。

 ドリルが唸りを上げ、ジェットが激しい光を増し、覆われた始めた装甲を粉砕して内側にあるコアに攻撃が到達する。

 弩級の一撃に潰された中枢機の破壊に伴い、グラナートは遂に倒れ伏せた。

 崩壊していく機体を眺め、荒息を吐きながらもヴィータは、自身らの獲得した勝利を噛み締める。

「状況、終了……っ」

 支局への報告を済ませ、肩の力を抜く。

 天を仰ぎ、もう一度息を吐く。すると、彼女を労う様にユーノとザフィーラが言葉を掛ける。

「お疲れ様、ヴィータ」

「流石だったな。見事な一撃だったぞ」

「おう……。あんがとよ」

 二人に礼を返すも、気を緩めていられたのもそこまでだった。

 

「「「――――!」」」

 

 瞬間、佳境に入っていた星々の激突が《オールストン・シー》を震わせた。

 遠方より届いた光が、その激しさを伝えてくる。

「――行かなきゃ」

 まるで引き寄せられるかのように、ユーノはポツリと呟き飛び出した。

「あ――お、おいユーノ!」

 ヴィータの声にも止まらない。普段穏やかなユーノにしては珍しく、非常に感情的な反応に思えた。

 その為、ヴィータは彼を追おうとしたのだが、ザフィーラは彼女を止める。

「ザフィーラ、何で止めんだよ!? アイツ、絶対なのはのとこに行こうとして――」

「だからこそだ」

「……どういうことだよ?」

 訝かしむように訊ねるヴィータだが、ザフィーラの方はというと、酷く平静にユーノを見送りながらこう答える。

「落ち着け、ユーノは別に焦りや感情で動いている訳ではない」

 少なくとも冷静に判断はしている、と。

 ザフィーラの言葉に、ヴィータはますます判らないと言った表情をするが、その彼は彼女の疑問に噛み砕いた説明を添える。

「アレは、どちらかというと本能的なものだろう。――〝砲撃魔導師〟が万全の戦いをするために、〝結界魔導師〟が必要だと感じ取ったのだろう」

「…………あ」

 言われ、気づく。

「そういうことだ」

 頷くザフィーラが止めていた肩から手を外すと共に、ヴィータも上げかけていたアイゼンを下ろす。

 そして、ポツリと呟いた。

「……なぁ、ザフィーラ。時々思うんだけどさあ――なんかユーノって、変に思い切り良いって言うか、なんか妙に決断力(こうどうりょく)ある時あるよな……」

「言えている。決めたら動かなそうなところは、師弟揃ってそっくりだ」

「……確かに」

 なんとも似たもの同士だ。

 それでいて、互いをここぞと言うとき必要とする辺り――酷く固い絆で結ばれている様にも思える。

「――にしても、好き勝手しやがって。これで負けでもしたらアイゼンの頑固なシミにしてやるからな」

 ぶっきらぼうにそう言いつつも、ヴィータの口角は上がっていた。

 正直なところ、不安は湧いてこない。

 やるべきことを目の前に据えて、全力で挑む。

 そんな二人が失敗するとも思えない。――後は信じて、自分たちもすべきことをするだけだ。

「行こうザフィーラ。シグナムたちに合流しておかないと」

「ああ。主もまだ交戦中だからな、場合によっては行かねばなるまい」

「おう」

 残る武装局員たちを引き連れ、二人はそのエリアを去る。

 そして、その少し後――彼らの去ったのとは逆の方向で、三つの光が輝いた。

 

 一つ一つ戦いの幕が閉じていく。

 けれどそれは、まだ先へ続く道の通過点。

 未だ終わりを覗かせない結末は、果たしてどのような形で彼らにその姿を見せるのか――――。

 

 

 

 *** V.S.星光(シュテル) ――殲滅の理と守る側の矜持――

 

 

 

 ――――二つの星が空を翔ける。

 

 踊る様に飛び交う桜色と紅蓮の光。

 なのはとシュテル。二人の少女の激突が、夜の遊園地を震わせる。

 互いが、互いの手の内を知り尽くしたかの様に〝似た行動〟を取り続ける以上――戦いの行末は、結局のところ力と力のぶつかり合いに委ねられた。

 が、それも必然。

 光が散り、火花が舞う。その度に、少しずつ判ってくる。

 相手が決して引かないという確信が湧く。そして、同じでも違うところ。癖や特性、或いは目指す志の違いが見えてくる。

 しかし、だからこそシュテルは、どうしてもなのはの行動に解せない部分があった。

 

「――ナノハ、質問しても良いですか?」

 

 戦いの最中だというのに、張り詰めていた琴のような空気が一変した。

「え……えっと、いま?」

 いきなり向けられた言葉になのはが驚きを覗かせるが、質問をした側は構わず、そして一切攻撃の手を緩める事無く喋り続ける。

「あなたは先ほどから、地上の建造物を守る様な挙動を取る。地上に生命反応は見当たらない――だというのに、そこまでして無人の建造物を守る理由は何ですか?」

 なのはが何をしているのか判らないとシュテルは語る。

 誰も、そして何も居ない無機物を護り続ける意味など無いだろうに、と。

 少なくともシュテルにとって、〝戦い〟を行う上で他のことに気を取られる必要など無い。

 

 〝互いが持てる力を全て投じて、最後に敵を屠った側が勝利を得る〟

 

 シュテルにとって、戦いとはそういうものであった。……だというのに、なのはの〝戦い〟にはどこか不自然な行動が伴う。

 何か、相手以外を見る()()が入る。

 情熱を注いでいる場で、己の技量を見せるための時であるのに、敵が気を抜いているように見えれば愉快ではないだろう。

 要するに、シュテルはこう言いたいのだ。

 余計なコトになど気を取られず、思うままに掛かって来いと。

 なのはも相手側の発言の意図を察したのか「それは――」と、少しだけ返答への間を空けた。

 確かに、シュテルからしてみればとても失礼な事に思えたかもしれない。それに、彼女は戦いの最中に他所見をして勝てるほどに甘い相手ではない。

 そんな相手に――全力で戦っても勝てるかどうかなど判らないのに、別のことにまで気を回そうとしているのは、非常に傲慢なことなのかも知れない。

 ――――が、それでも。

 戦いに誇りを懸けるようなタイプであるシュテルに相対する上であっても、決して譲れない思いがある。

 彼女が抱く誇りと同じように、なのはにも胸に抱く決意があるのだ。

「ここの施設はみんなが頑張って造っているもので、完成を楽しみに待っている人たちが居るところで……たくさんの人の努力と期待が籠もった場所だから――――」

 沢山の人の思いから生まれた場所を。

 沢山の夢が込められたこの場所だからこそ、

「――絶対に、壊したくないの!!」

 言葉にした思いを乗せたかのように、なのはの攻撃に重みが増した。

 それを受け、シュテルは僅かに後退するも、直ぐに体勢を立て直して次撃(つぎ)に出る。

 僅かに空いた距離は、彼女らからすれば微々たるもの。

 自身の最も得意とする魔法の範囲内――であれば必然、放つべき魔法は一つ。

 お互いに光の矛先を見せながら、シュテルは問う。

「それらを守りながら、わたしの攻撃を受けきれるとでも?」

「やってはみるよ」

 それに対し、なのはは即答した。

 交わされた言葉を載せたように、二人の砲撃が交差する。

 当たることはなかったが、それぞれの放った光に威力の優劣はなかった。

 つまりはこれこそ、決してそこに懸ける思いが、間違っても〝手を抜く〟などという行為に当たるものでない証明になる。

 

 ――戦いにおいても理想においても、そこに一切の妥協は挟まない。

 

 シュテルが戦いに手を抜くなというのなら、抜いていないと返す。そして、その上で全てを守り通して見せるとなのはは宣言したのだ。

 砲撃の交差から間髪開けず、一気に距離を詰めてシュテルの胸元に飛び込む。

 突進を柄で受け止めたところで、二人は再び鍔迫り合う。

 ギリギリと握りしめた柄が呻きを上げるが、シュテルもなのはも一歩たりとも引こうとしない。

 強き思いがぶつかり合い、決して譲らないという想いが燃え上がり、焼け付きそうな情熱を噴き上がらせる。

 そうして掲げた心を込めるように、なのはは真っ直ぐにシュテルを見据え、揺るがぬ決意を叫んだ。

 

「無理でも何でも、物解り良く諦めちゃったら後悔するから! ……だから決めたんだ。どんな時でも、諦め悪く食らいついて――――わたしの魔法が届く距離にあるものは、全部守っていくんだって!!」

 

 夢物語でも、都合の良い理想だと笑われようと構わない。

 最初から決めている。

 初めて『魔法』を手にした時から変わらない。

 この力はずっと誰かを助ける為のもので、悲しみで溢れた涙を拭うもの。

 絶対に揺らがない想いを胸に、不屈の心が紡いで来た絆――心を満たすそれらこそが、なのはが戦い続ける理由であるのだと。

 そうして向けられた言葉を、シュテルは滑稽だと笑い飛ばすことはなかった。

 むしろ、彼女の対応はその逆で――――

 

 

 

「――――それが、貴女の覚悟ですか」

 

 

 

 向けられた強い決意に応えるように――シュテルは、全力で以てなのはの掲げた志を潰しに掛かる。

「――――ッッッ!?」

 鍔迫り合った柄を外された刹那。

 唐突に顔面へと左手が翳されたかと思った時には、既に頭を捕まれていた。

 先ほどまでは使っていなかったが、シュテルの左腕に装備された篭手は明らかに防御のための物ではなかった。

 その事実を、まさしく()()()でソレを視たなのはには嫌と言うほど理解出来たことだろう。

 

 ――目の前が、炎に染まる。

 

 このままでは拙い、と雷閃の如く脳裏を駆ける思考が彼女を突き動かす。

 通常であれば篭手から逃れるべきだが、捕まれた時点で逃げられる可能性は低い。

 故に、

「ぅ……ッ!」

 なのはは敢えて、迎撃を取ることを決めた。

 

「な――!?」

 

 瞬間。

 二つの爆発が起こり、再び二人の距離は開くことになった。

 先ほどよりも更に遠のいた距離を見て、シュテルは僅かに歯がみする。

 不意を突いたつもりが、恐れることなく迎撃を選んだ相手に不意を突かれた。

 その事実にシュテルの形の良い眉根が寄り、鋭さを増した色の薄い瞳はなのはを睨むように見据えている。

 しかし、強張った表情は直ぐに解け、平静に現状を認めた。……結果としては非常に不本意だが、それでも実に判りやすい対峙になったとも言える。

 自らの策を逆手に取られたが為に、あつらえた様な距離が開いた。

 であればこそ――こんな過程もまた、自身らの決着には相応しい舞台になったと受け取ろう。

 整えられた舞台に応じるように、シュテルもまた、自身の覚悟を口にする。

 

「わたしにも覚悟があります。――王を守り、王の願いを叶える〝(ほのお)〟であるという〝覚悟〟です……!」

 

 シュテルの発した声と共に、彼女の愛機(つえ)である『ルシフェリオン』が形態(カタチ)を変える。

 なのはの本来の愛機である『レイジングハート』と同様に、『ルシフェリオン』の持つもう一つの形態もまた、槍の様な形をした砲撃の為の姿。

 ここまで来れば、最早語るまでも無い。

 発した宣告と共に、シュテルの足下に紅に輝く陣が広がった。それを見て、なのはも確信を得たことだろう。

  ――ここからが、自分たちの本来の戦いになるのだと。

 〝砲撃〟を主とした魔導師同士の戦いこそ、互いの覚悟を問うた結末に相応しいとシュテルの行動が物語っている。

 砲撃魔導師らしい――力と力のぶつけ合い。

 最後はそれで白黒を付けようと、そうシュテルは言っているのだ。

 が、同時に。

「バインド……!?」

 当然ながら、シュテルは一切の手加減などしてこない。

 先ほどの攻防において、駆け引きの上ではなのはが一歩先を行ったのは認めよう。だが、ダメージまで含めればシュテルの与えたものの方が大きかった。

 事実として、なのはは拘束魔法(バインド)を掛けられるだけの隙を見せた。

 故に、そこを突いてシュテルは『ルベライト』を発動させ、なのはの四肢を縛ったのである。

 一切の躊躇いも、容赦もなく――覚悟を認めた相手だからこそ、シュテルは全力で倒しに掛かる。けれど、更に突き詰めて言えば、仮になのはがバインドをどうするかなどに興味は無い。

「集え、明星(あかぼし)――全てを焼き消す炎と変われ」

 集束の渦に引き込まれるように、炎を纏う星光が彼女の元へ集い始めた。

 ――既にシュテルは砲撃の準備に入っている。

 制止を掛けようとしたところで、撃ち放てば済むことだ。

 ただ、そうなれば確実に施設も破壊され、なのはも防御を取らざるを得ない。

 少なくとも、掲げた覚悟を貫くことは出来なかったという結果を生むだけの効果はある。

 逆に、なのはが砲撃による相殺を図るのならばそれも望むところだ。

 相手を自分の土俵(けつい)(がわ)に引きずり込んだ分――なのはがそれを相殺出来ようが出来まいが、戦いにおいての矜持は自身の勝ちだと言えるだろう、とシュテルはそう考えていた。

 故に、彼女は集束の刹那において――ただ静かになのはの行動を見守っていた。

 決意の固さを認めた好敵手が、あれだけの覚悟を抱いた相手が、ここでどういった選択を行うのか。

 ただ、ひたすらにそれを見極めに掛かる。

 

 そうして、しばしの静寂の後――。

 なのはがバインドを砕き、身体が自由を取り戻す。そうして、自由になったなのはが選んだのは、〝砲撃で相殺〟という選択であった。

 

 無論、受けて立つことに変わりは無い。

 ……が、なのはの様子は、シュテルの想像していたものとはだいぶ違っていた。

 集束を始めたなのはの表情に、負の感情は一切見られない。

 悔しがるでも、嘆くでもない。

 開き直ったというわけでもない。

 ……まるで、この状況であっても、自分の選択を違える事は無いと確信しているような反応である。

 シュテルには判らなかった。

 現状において、未だに光を失わずにいるなのはの心境が。

 その上、僅かに困惑を覗かせたシュテルを更にかき乱すように、なのははこんなことを言ってきた。

「ねぇ、シュテル――今度はわたしから、良いかな?」

 始めにシュテルがそうしたように、問いを投げてくる。

「今更、何を……?」

 このタイミングで、何を言うつもりなのか。と、訝かしむようにそう問いかけると、なのははこう応えた。

「すごく勝手かも知れないんだけどね……わたし、信じてるの」

 今度こそ、本当に意味が分からない。

 なのはの返答(こたえ)もそうだが、この状況で信じられるものがあるなど、あまりにも馬鹿げている。

 彼女の覚悟を笑いはしなかったが、根拠のない夢想に付き合う気はない。

 故に、シュテルは突き放すようになのはの言葉を切って捨てようとしたのだが――間違いなくそのつもりだったにも関わらず、どうしてか二の句を継ぐ事が出来ずにいた。

 混乱するシュテルを置いて、尚もなのはは語り続ける。

「迷ったとき、困ったとき――いつも導いてくれる人が居るの」

 星々が舞い集う刹那。

 静寂と、張り詰めた糸を穏やかに解すようにして、なのはは語った。

 一部の揺らぎもなく、何の恐れもなく〝信じている〟のだと。

  ――自分が進む先を守ってくれる人が、今は傍にいる。

 離れてしまっていたぬくもりが、帰ってきたかのような感覚だ。

 それはまさしく、自分の欠片にも等しいもの。

 少しだけ離れていたものだったけれど、過ぎた時を感じさせずに帰ってきた欠片は彼女の心にピタリと嵌った。

 二年前から変わらないそれが、なのはの心を支えている。

 だから、疑いなく信じられる。

 何時だって、どんな時だって変わらない。

「進む道に迷ったときでも、支えてくれる人が居るから!」

 その声を聞くと同時。

 起こりえない筈の事態に、シュテルは驚愕を露わにした。

「!?」

 自身らの足下から翡翠の輝きと共に、この島全てを覆い尽くすかのような巨大な障壁が展開される。

 その輝きを生み出したのは、一人の少年。

 己が隷を踏破されたことや、どうして単身で此処にやって来たのか。

 驚きに混じる感情は様々であるが、それでも一番の衝撃はと問えば、それは彼らの信頼を目の当たりにした直後だったからだと応えるだろう。

 連絡を取る素振りなど皆無だった。

 にも関わらず、まるであの少年は示し合わせたかのように。なのはの想いに応えるようにして今、この場を訪れた。

 

「行って―――なのは!」

「うんっ!!」

 

 その上、見合うこともしないまま、たった一言であの二人は全てを預け合う。

「集え、星の輝き……!」

 彼の声に応えるように、なのはもまた集束の速度を増す。

 使用者の魔力を強化する『ストライクカノン』の補助もあってか、集束の速度は先に始めたシュテルにも引けを取らない。

 ――――桜色の輝きが増して行く。

 それに呼応するように、抱いた希望は欠けることなく、浮かべた笑みは何処までも明るいものに。

 立て続けに起こる展開に、シュテルは訳が分からなくなってしまう。

 

 どうして今ここへ来た?

 何がそこまで二人を引き合わせた? 

 いったい何故、そこまでの信頼を持ち合える?

 

 シュテルには判らない。

 奇跡的なまでのタイミングもそうだが、背中を預け合う二人の心情に理解が届かない。

 最初の邂逅の際に見た限り、少なくともあの少年は強力な魔導師というわけではなかった。

 これまでの行動を鑑みるに、防御にはそこそこ秀でているようだ。

 だが、いざ戦闘の為の力を競えば、絶対になのはにもシュテルにも敵わない程度の存在でしかない。

 強者か弱者で言えば、間違いなく弱者の側である筈の存在。

 なのに、どうして――

「あなたは……彼の何を、そこまで信じているのですか……?」

 理解不能だ。

 何がそこまで、なのはが彼への信頼を生んでいるのか。

 自分自身が戦えるわけでもない、強いて言えば防御が多少秀でるだけ。

 自分たちよりも遙かに()()である以上、自分たちの撃ち合いに耐えられる道理はない筈だ。

 よしんば一分野への特化型であろうと、必ずなどという保障もない。

 あれだけの決意。あれだけの覚悟。

 それだけのものを抱きながら、何故その采配を他人へ任せられるのか。

 どうして其処まで信頼出来るというのか。

 そうしたシュテルの混乱に応えるようにして、なのははこう言った。

「簡単だよ。わたしがユーノくんを信じてて、ユーノくんもわたしを信じてくれてる」

 何処か嬉しそうに、誇らしそうに。

 柔らかな親愛を噛み締めるように。

「迷ったとき、何時だってユーノくんはわたしの背中を押してくれるの。それでね? たくさんの力をくれるんだ。だからわたしは、こうして戦えてるの!」

 「――――」

 そんなのは、回答になっていない。

 ――そもそも戦いとは、あくまでも他者を屠るものである。

 戦えない人間など、戦場にいても邪魔なだけだ。まして、自分よりも弱い人間に力を貰うなど。

 仮に力が守りを指しているのだとしても、そんな理屈は通らない。

 ただ〝守る〟だけの人間といて、力が増えるなどという事も無い。

 どんなに堅い防壁も、いずれは陥落するのが道理である。

 だというのに、

「何時だって背中を押してくれてる手が温かいから、一人じゃないから……わたしは、どこまでだって進んで行ける!」

 なのはは本当に、本気でそれを信じているらしかった。

 ――シュテルの中にあった理が瓦解を始める。

 意味が分からず、理解も出来ない。

 仲間や同士というものは、同じだけの力を持つ者であればこそ。自分より弱い人間を守ることはあれど、頼るなど有り得ない。

 ……しかし、そんな彼女にとっての〝当たり前〟を覆そうとする力が目の前にあった。

「だからわたしは負けない! 絶対に、全部を悲しいままで終わらせたりなんかしない!! ユーノくんから貰った魔法はその為のもので、誰かが囚われている運命なんて鎖を壊すためのものだから!!!!」

 なのはの魔方陣が輝きを増す。

 ……たった一人いるだけで、何がそこまで変わるのか。

(いったい――彼の何が、あそこまでナノハを突き動かしている――?)

 受けた答えは理解できなかった。

 考えてみても判らなかった。判らなかったが――なのはの持つ志が、どうやら本物らしいことだけは解った。

 つまるところ、結局は越えねばならぬ壁。

 何が変えているかなど、答えの出ない思考など今は要らない。

 今何よりも為すべきことを為すのみ。

 それは己が使命を完遂し、自分自身の覚悟を全うすることに他ならない。相手の覚悟がどれほどであろうと、壁があるなら越えていくまで――!

 

「……良いでしょう。ならば、わたしたちの覚悟(こころ)魔導(まほう)――そのどちらが上か、これで決着(ケリ)をつけましょう。ナノハ!」

「うん、受けてみて――これがわたしの、全力全開ッ!!」

 

 シュテルの声と共に、彼女の足下にある陣が輝きを増した。

 すると、それに負けじとなのはも自分の全てを引き出しに掛かる。

 

 ――――二人の元に集う星々は、合わさり一つの星となる。

 

 向かい合う二人の持つ輝き。力の示し合い。

 各々の覚悟を懸けた、魂の一撃――!

 

「スターライト――ッ!!」

「ルシフェリオーン……ッ!」

 

 彼女らの持つ、最大の魔法。

 運命の鎖を砕く光と、阻むものを焼き尽くす炎。

 お互いの本質をかけた、その一撃が今――――撃ち放たれた。

 

 

「「――――ブレイカァァァアアアアアアアアアアアアアアアア――ッッッ!!!!!!」」

 

 

 光の本流が海上の楽園を照らして行く。

 鬩ぎ合う二つの光。さながらそれは、超新星同士の激突を思わせた。

 希望を集めた桜色の星雲と、全てを焼き消す灼熱の太陽。

 単一によって輝くことへの矜持なのか、数多の光を背負うが故か。

 二人の心を対比させたかのような超弩級の一撃は、果たしてどちらに勝利をもたらすのか。

 

 ――――その結末(こたえ)は、ここで決まる。

 

 

 

 激しくぶつかりながら弾け散った炎と光の奔流。

 鬩ぎ合うその輝きが夜の闇を裂いて、《オールストン・シー》を呑み込んで行く。

 衝撃を受け止め、苦しげな顔を覗かせながらも――シュテルは押し勝ってみせると、ルシフェリオンを握る手に力を込める。

 撃ち切れ――そう自身の愛機と、己自身に発破をかける。

 そうした己の矜持を全て込めて、なのはの砲撃を打倒せんとして光の先を睨みつけた。

「この砲撃に、耐えられる人間など……っ!」

 しかし、

「な……これは……っ!?」

 またしてもなのはは、シュテルの予測を越えて来た。

「〝ストライクカノン〟――A.C.Sモード!」

 複合武装である『ストライクカノン』には、砲撃に特化した電磁砲撃機構のみでなく、半実体化した魔力刃を電磁コートした〝ストライクフレーム〟も装備されている。

 が、普通ならばそれを砲撃の激突の中で使用するなど考えもしないだろう。

 しかし、だからこそ――撃ち合いの最中であったという虚をついた一撃が生まれた。

「ドライブ、イグニッション――ッ!!」

 あろうことかなのはは、〝ストライクフレーム〟と〝A.C.S〟という瞬間突撃機構を併用して、荒れ狂う魔力の中を突っ切るという手段に出た。

 確かに、集束砲撃は基本的には〝集めた魔力を撃ち放つ〟というプロセスによって撃ち放たれる魔法だ。

 つまり、極端なことを言えば、撃ち手が射出口からの砲撃を放った後は集められた魔力が勝手に撃ち出されるだけであるために、撃ち手が場を離れる事は出来なくはない。

 ――なのはは、その虚を突いてきた。

 集束砲撃(ブレイカー)同士のぶつかり合いは、ただの威力比べ合いではない。

 拡散する魔力の余波に晒されながらも、自分の放つ魔力をどれだけ相手の側に押し付けられるかによって、砲撃同士の威力比べが決まる。

 けれど、駄目押しの一撃を直接――それも魔力の奔流を自分から突っ切って与えようなど、一体誰が予想するというのか。

 ――自分の砲撃を放棄するにも等しい行為である。加えて、制御を欠いた砲撃が余計に拡散してしまう可能性も否めない。

 あれだけ守ることに執心していた相手だからこそ、思い至らなかった埒外の攻撃。

 されど、確かに効果的な一撃である。

 凡百の魔導師であれば、恐らくこの時点で敗北を喫することだろう――が、シュテルはこれだけで終わってやる気など更々ない。

「ぐっ……、ぅぅ……ッ!!」

 左手の籠手でなのはの向けたブレードを受け止め、右手に持った『ルシフェリオン』を突きつける。

 すると、なのはもシュテルの次撃を察したのだろう。

 激しい光の中。二人の鋭い視線が交錯して、最後の一撃へと移行する。尤も、この状況で細かい動きなど出来はしない。

 故に、最後とするならば――それは。

「ヒート――ッ!」

「バースト――!」

 当然というべきか、結局はこれも意地の比べ合いに他ならない――!

 

「「エンドォォォ――ッッッ!!!!!!」」

 

 二人の叫びと共に、桜色の光と紅の炎がぶつかり合い、《オールストン・シー》は目が眩むような閃光と爆発に包まれた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 激しい輝きが止み、再び夜の暗幕が《オールストン・シー》を覆い始める。

 そのベールを一度は剥いだ二人の少女は、最後の激突が終わったにも関らず、未だ空の上で互いを見ていた。

 しかし――――

 

(…………っ)

 落ちそうになる浮遊感。

 身体の力が空中へ溶け落ちるような感覚に苛まれたシュテルは、それを受けて自分の敗北を悟る。

 ――そんな中で、漸く理解した気がした。

 自分が飛ぶ空を守ってくれる存在というものを。

 間違ってもそれは、先を行く者ではない。

 先駆者でも、先導者でもなく――言うなれば宿り木のようなもので、同時に道標のようでもあった。

 そっと行先を照らす人。

 想いを託してくれる人。

 背中を守ってくれた人。

 思いを背負うだけではなく――進む先を示し、支える者がいたからこそ、なのはは強かったのだと。

 シュテルは漸く、そのことを知った。

 自分の全てを預け合えるだけの信頼。

 見たままのモノだけを見ていたシュテルでは、決して気づき得なかった。

 そこにどれだけの月日があったのか。

 或いは、どれだけ深い出来事があったのか。

 結ばれた過程を知ることは出来なかったが、その重みだけはしかと知ることが出来た。同時に、それに足るだけの結果も。

(――――なるほど)

 眼下に広がる施設は、木々などは多少倒れているものの、破壊や致命的な破損に至るだけの被害を受けている様子は見られない。

 ――確かに()()は、この場所を守り通していた。

 互いを理解し、至らぬ部分を双方が補い合う。言うだけなら簡単だと切り捨てもできるが、実践して見せられてはぐうの音も出ない。

(…………わたしが及ばなかったのは、そういう道理だったということですか……)

 負けた。

 二人の信頼に。二人の覚悟に。

 二人の行った戦いとぶつかり合い、そして負けた。

 ……あの少年が〝戦えない人間〟だと思っていたのも、誤りだったのだろう。

 これが彼の戦い方であり、確かな覚悟と矜持を伴った、シュテルの知らない信念の元にあったもの。

 そう、彼女はそれに負けた。

 

 ――――〝守る側の矜持〟に、敗北したのだった。

 

 けれど、敗北に対する悔恨はなかった。

 世界が広がった様な感覚と共に、自分が持ち得なかったものを見たという高揚が静かに彼女の中に広がって行く。

 そして、及ばなかったという実感だけが胸に残る中で。

 シュテルは、槍としての責を果たせなかったことを己が王に詫びながら――最後に、彼女は戦う者らしく、こう結んだ。

 

「……無念、ですが…………あなた方の……勝ち……で、す……」

 

 擦れを伴った最後の声が途切れると同時。

 シュテルの視界が暗転し、彼女の身体が地へ墜ちる。

 しかし、それはなのはとユーノによって防がれた。意識を失ってしまったシュテルを受け止めた二人は、彼女をそっと地上まで誘う。

 そうして、シュテルを地上まで下ろしたなのはは。

「……うん。わたしたちの、勝ちだね。――目が覚めたら、シュテルたちのこと……聞かせてね?」

 先程の彼女の言葉に応えるように、こう言った。

 聞こえてはいなかった筈だが、シュテルの表情はどこか穏やかだ。

 戦いは、確かにシュテルの敗北で終わりを迎えた。だが、同時に彼女が知り得たものはとても大きかった。

 そして迎えた、淀みのない戦いの終幕。

 そんな終わりを感じたように、シュテルは……二人の腕の中で、どこか満足そうな顔で眠っていた。

 

 ……こうして、二つ目の戦いが幕を閉じた。

 けれど、未だ全ては明けることなく――――悲しみを背負ったままの物語は、更に先へと加速して行くのだった。

 

 

 



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第十三章 過去へ続く、路を巡る戦い

 二つ目。

 それは雷光迸る、金と青の光の激突。

 シンプルな目的と、覚悟。
 乗り越えるべき壁、最初に決めた決意。

 強さと優しさを、迷いの先で得るために――少女は己が絆を再確認した。


 V.S.雷光(レヴィ) ――もっと向こうに、更に先へ――

 

 

 

 シュテルが敗北を喫したのと時を同じくして――

 水族館エリアで、レヴィとフェイトが戦闘を開始していた。

 

 だが、その戦闘の光景は他に比べると殺伐とした雰囲気は皆無であった。

 フェイトと刃を交わしながら飛び回るレヴィは、実に楽しそうにしている。最初の宣言の通り、本当に遊びと同じ様な感覚で戦っているらしい。

 水槽の立ち並ぶ通路を飛び交いながら、レヴィは機嫌よく手に持った戦斧(バルニフィカス)を気ままに振り回す。

「フ〜、きゃっほ〜い♪」

 無邪気な声とは裏腹に、振り回された余波で周囲の水槽に亀裂が走り、破損が広がってしまう。

「く……あぁ、もう!」

 漏れ出す水を浴びながら、フェイトは困った様に眉を寄せる。

 確かにレヴィには〝悪意〟の類はない。

 本当に気ままに、ただ無邪気に遊んでいるだけのつもりにも見える。――だが、彼女の持った力を無差別に振るう事を〝遊び〟というには、些か度が過ぎていた。

「物を壊さない! ここは遊んじゃいけない場所です!」

 大きすぎる力を、無差別に振るってはいけない。

 たくさんの人が大切に思っている場所を壊してはいけないのだと、フェイトはレヴィにそう注意した。

「えー、なんでー?」

 しかし、注意されてもレヴィは悪びれることもなく、聞き入れようともしない。そんな我儘とも取れる返しに、流石にフェイトも少し口調が強くなってしまう。

「何でも! どうしても!」

「……むぅ」

 再度注意されるも、レヴィはますます不満そうに口を尖らせるばかり。挙句、あろうことか駄々を捏ねる様にフェイトに背を向け、天井部分にある水槽を壊そうとする始末。

 慌ててそれを止めようとするがフェイトだったが、迎撃に力が籠もってしまい――二人の刃の激突によって生じた余波が、また水槽を壊してしまう。

「あぁ、また……っ」

 力の加減を掴み切れずにいるフェイトだが、戦っている筈の自分よりも施設を優先する態度を見せられ、レヴィは不満げである。

「ふん――!」

「!? く……っ!」

 面白くないとでも言う様に攻撃を仕掛けるが、先ほどの二の前にはなるまいと回避ばかりを選ぶフェイトに、ますますレヴィは不満げだ。

「むぅ……。この辺の物、壊すとダメなの?」

「ダメなのっ。みんなが頑張って作ってる場所なんだから――!」

 ごく自然な理由ではあるが、どうやらその回答はお気に召さなかったらしい。

 レヴィは俄然攻撃の手を強める。フェイトに戦えと急かす様にして仕掛けられた攻撃を、フェイトはどうにか周囲に被害を出さない様に受け切ろうとした。

「よっ、と!」

「っ……!」

 が、そんなフェイトにレヴィはより強い一撃を見舞う。そうして鍔迫り合いに持ち込むと、力任せにフェイトを後方へ弾き飛ばしながらこう訊ねる。

「それ、ボクになんか関係ある?」

 本来であれば、ここは即答するべき場面であったのだろう。しかし、レヴィの質問に対し、フェイトは直ぐに応えを返せずにいた。 

「…………それ、は」

 何故と言うわけでもない。

 所詮はただの建物。自分には関係ないもので、どうでもいいもの。

 仮にそう言い切られてしまったらと思うと、レヴィになんと言うべきなのか、フェイトは迷ってしまう。

 守るための理由ならたくさんあった。

 けれど、レヴィにとって此処は価値のある場所ではない――だとすれば、いったい自分は何を伝えれば良いというのか。

「――――」

 この迷いこそが、フェイトの弱さ。他者にエゴを押し付ける事を躊躇う姿勢そのものだ。

 救いたい。守りたい。

 抱いた思いがいくら強くとも、押し付けることが出来ない。

 しかし、諦められるものでもない。

 まるっきりこれでは禅問答。延々と続く、帰着を得ない言葉遊びのようなものだ。

 表情を曇らせるフェイトに、レヴィはどこか居心地の悪さを感じてしまう。

「ま。狭い場所だとやり辛いっちゃ、やり辛いし――場所変えよっか?」

 そこでレヴィは、フェイトにこんな提案を投げる。

 余分な思考よりも優先するものがある。

 あくまで彼女にとって、戦いは楽しいもの。相手を倒す以上の過程と結果を必要としないが、だからこそ貶める気もない。そうした無邪気な思考こそが、レヴィの根幹。

 故に彼女は場所を変える提案をした。

 ――――面倒な言葉遊びなどよりも、もっと鮮烈に戦える場所がいる。

 そう考えて、レヴィは保有する《オールストン・シー》のマップデータを参照して、最適な場所を探し出す。

「いい場所みぃ〜っけ♪ ――ついてきて!」

「あ、ちょっと……!」

 ニカッと笑い、レヴィは嬉しさを隠しもせずに水槽の区画から飛び出して行く。止める間もなく飛び出されてしまった為、逃すわけにもいかずフェイトも追走をかける。

 ほどなくして、水槽を通じて外へ出た二人がたどり着いたのは、海を観客席で囲った巨大な水上ステージ。

 いわゆる水上ショーを行う為の舞台だが、どうやらレヴィはこの場所を戦いの場に選んだらしい。

「うんうん。此処此処〜♪」

 満足そうに頷くと、「此処なら良いでしょ?」といって得意そうな笑みを浮かべる。

 広さもあり、またアトラクションの側というわけでもない。

 確かに戦いの場としては、水族館の内部よりはよほどいいと言えるが――。

「うーん。いいんだけど、やっぱり暗いとつまんないねぇ」

 暫し周囲を見渡すと、レヴィは少し物足りなさそうに呟いた。

 とはいえ、警戒態勢の中では当然施設に通常通りの給電がされているはずもない。

 であればと、レヴィは指を鳴らして空から落雷を呼ぶ。何をするのかと思えば、電気の流れを操って周囲の照明や設備を起動させて舞台をライトアップさせた。

 周囲が鮮やかに照らし出され、先ほどまでとは打て変わって華やかに変わる。

 それをみて、レヴィは今度こそ満足そうに笑う。

「出来たぁ〜! ね? ね? これならいいでしょ〜。綺麗でたのし〜♪」

 レヴィは本当に無邪気だ。

 自分の力を使える事を楽しんでいるだけにも見えるが、しかし彼女はこの遊園地を襲撃した犯人の一人。

 それは紛れもない事実であるが、フェイトはどうしても腑に落ちない。

 脅されている風でもなく、襲撃を掛ける理由を持っている様にも見えない。だというのに、こうしてレヴィがこの場所で戦っている理由は何か――。

 状況から見れば、恐らくはキリエたちの側についているのだろう。

 だが、だったら何故これまで出てこなかった? これまで存在すら感じさせなかった理由はいったい何か? ――そして、どうして自分と同じ顔をしているのか?

「……ねぇレヴィ、あなたどこの子?」

 不明瞭な事柄を少しでも晴らそうと、とにかくフェイトは立ち位置を確かめる。

 しかし、対するレヴィの答えはこうだ。

「どこの子って、ボクは王様の臣下で、シュテるんの親友(マブダチ)

 王様がね? キミらをなるべく足止めして、出来るならやっつけてこいって言うから、ボクとシュテるんは頑張るの!」

 キリエでもイリスでもなく、〝王様〟と〝シュテるん〟――それがレヴィの仲間であるらしい。

 全く聞き覚えのない第三者の名前に、フェイトはもう一度重ねて問う。

「〝王様〟って言うのは、キリエさんの関係者……?」

 だが、

「――――王様は、王様だよっ!」

 レヴィは問いを突っぱね、どうでも良いと言うかの様に戦斧(バルニフィカス)を横に薙ぐ。すると、合わせる様にしてバルフィニカスが形を変えた。

 刺々しい刃が開き、そこから青い光刃(ブレード)が顔を覗かせたその姿は――バルニフィカスの第二形態。

 薙刀状の形を取った、『スライサー』と呼ばれる姿である。

 しかし、それはあくまでデバイスの変化に過ぎない。フェイトが驚いたのは、むしろそれに伴った余波の方だ。

 あまりにも強すぎる力が、行き場を失った様に周囲へと漏れ出した。

 迸る青い雷撃が海を逆立て、荒れた波間が揺れる。もうこれ以上の我慢など出来ないと言わんばかりに、レヴィは自身の周囲に有り余る力をぶちまけた。

「ねぇ、もういーい? ずーっと眠ってて退屈だったからさー。良い遊び相手が見つかって、ボクは結構ゴキゲンなんだ。

 さあ。遊んであげるからさぁ……さっさと、かかってこぉぉぉ――いッッッ!!!!!!」

 凄まじい電撃が奔る。

 まるで蜘蛛の巣の様に四方八方へ散らされたそれが、水柱を立てて海面を更に荒らして行く。

「ぅ、レヴィ――――っ!?」

 これ以上は周辺を壊しかねない。フェイトはレヴィに制止をかけようとしたが、それより先にレヴィの方からフェイトに切り掛かってきた。

「ふ――、せぁああああっ!!」

 自分立てた水の柱を突き破って、猛然と畳み掛けてくるレヴィ。

 向けられた攻撃を抑えながらも、どうにかフェイトは説得しようと足掻く。

「ぐっ、レヴィ……! 遊ぶのは、あとじゃダメ……!?」

「なんだよ、しつこいぞっ!」

 だが、レヴィはしつこいをフェイトの言葉を跳ね除けるばかり。

 しかしいくら跳ね除けられようと、フェイトだって諦めるわけにはいかない。

 幾度となく切り結びながらも、根気強く説得を続けていく。

「今、キリエさんを中心に事件が起こってて、たくさんの人が困ることになるかもしれないの。わたしは、それを止めたくて――!」

「ダメだってばぁ。ボクは王様に、キミたちを『やっつけろ』って命令されてるんだしっ!」

 ぶつかり合う意志と意志。

 互いに譲れないものがあるのは間違い無く、決して曲げられないものでもある。

「……だけど!」

 だからこそ、壊されるわけにはいかない。

 他人の場所を壊してでも得る願いを、認めるわけにはいかない。

 強く思う心に呼応する様に、フェイトの一撃は重くレヴィを押し飛ばす。

「っ、……だいたい! 人が困るったって、そんなの――」

 しかし、レヴィもやられてばかりではない。

 海面まで押されはしたが、距離が開いたのなら別の手に出るまでの事。

 体制を立て直すや、直ぐ様次撃に出る。

「――ボクの知らないヒトだし、ねっ!」

 バルニフィカスを大きく振り払うと、魔力刃の部分が高速で打ち出される。

 ブーメランの様に回転しながら迫る三日月の刃は、フェイトの持つ『ハーケンセイバー』という魔法にそっくりだ。しかし、レヴィはただ魔力刃を射出しただけではない。

 単一に見えた刃が、次の瞬間――無数の刃へと分裂した。

「!?」

 標的へ向かう間に分裂し迫る刃に追われるフェイトだったが、多数の攻撃や取り囲む攻撃というだけならば、シグナムやなのはとの模擬戦で経験はある。

 そもそもこんなところで負けている様では、事件を止めることなど出来ない。

「フ――っ!」

 追尾する刃を、先に被弾するものから順に落として行く。

 まずは振り下ろし、次に右払い。そこから更に上昇して後転したところで、自分を取り巻く様な位置にまで誘導した残りの刃を、身体を回転させた勢いのままに斬り払った。

「おぉ〜〜っ!!」

 そんなフェイトを見て、「そうこなくては」と言わんばかりに、レヴィは嬉しそうな声を上げる。

 ここまで切り結んでも、レヴィは本当に感心しているだけ、無邪気に楽しんでいるだけなのだろう。

 戦いを楽しむのは、一概に悪いことではない。

 しかし、だからこそフェイトはレヴィに伝えなければならない事がある。

「レヴィ」

「???」

「さっき、困るのが知らない人だって言ってたけど……今は知らない人でも、いつかその人とレヴィが出会うかもしれない。レヴィの〝大切な人〟になるかもしれないよ?」

 そう。知らないだけで、いつか巡り会う時が来るかもしれない。

 違う世界や違う場所。

 違う生き方があって、違う当たり前があった。

 だけど、それさえも超えて紡がれた絆をフェイトは経験し、同時にいくつも見てきた。それを知っているからこそ、どうでもいいと他人を切り捨てる考えのままで固まって欲しくなかった。

 伝えたいと、そう思ったのだ。

「――――むむぅ、その発想はなかった……」

 真摯な訴えが効いたのか、或いは単純に発想の違いに驚いたのか。どちらなのかは定かではないが、ともかくレヴィはフェイトの言葉に思うところがあったらしい。

 そもそも、レヴィが戦う理由は〝王様〟に頼まれたからである。

 つまり願いを聞き入れるに足る人がいる以上、そうなる可能性を切り捨てるのは如何なものか。

 楽しい事だってあるだろうに、むざむざ捨てても良いものなのか?

 それが絶対の真理というわけではないが、やはり悩む。

 フェイトの言葉は少なくとも間違ってはいない。しかし、このまま受け入れては役目を果たせない。

「……うーん。でも、やっぱり大切な人が困るのは困るよねぇ……」

 双方がレヴィの目的に触れ、かすかに彼女の心が揺れ始めた。 

「そう――! だから、無差別に物を壊したり、誰かに迷惑をかけちゃダメなんだよ? たとえ、それが命令されたことでも、悪いことはしちゃいけないの……!」

 それを見て、フェイトはレヴィにちゃんと伝えようとした。

 悪いことはいけない、と。しかしそれは――この場においては僅かな誤りで、少しばかり早計な言葉だった。

「ん? ……っ!」

「だから――」

「ちょっい、ちょいまちフェイト! それってさぁ……ボクらの王様のコト、悪い人だって言ってるの?」

 気付いた時には、もう遅い。

 言葉を続けようとしたフェイトを遮って、レヴィは元々ツリ目がちな真珠色の瞳に、怒りを浮かべ始めた。

「え? ぁ、いや……ちがっ」

 それに気づき、慌てて誤解を訂正しようとしたが、説得を誤ってしまったフェイトに対し、レヴィは怒りを向けたまま、彼女の言葉を遮って聞こうとしない。

 ……決定的だ。

 敬愛する己が王のことを貶したフェイトを完全に敵と認識し、レヴィは彼女の言い分を全て切り捨てにかかる。

「王様はさぁ、ボクを良い子だって言ってくれた……! ごはんもおやつもくれたし、うんと優しくしてくれた! 一緒に眠ってくれた!」

 レヴィの心の高ぶりに同調するように、彼女の周りで紫電が奔る。

 同時に、彼女の激情に呼応するようにして、彼女の手にあるバルニフィカスが再び姿を変えた。

 最初の戦斧の姿である『クラッシャー』から、薙刀状の『スライサー』を経て、更に此処で見せる第三の形態。薙刀形態(スライサー)では開いていた斧刃が閉じ、魔力刃が消えた代わりに、今度は円形の両刃が生成される。

 大戦斧形態――『ギガクラッシャー』だ。

 破壊に特化したこの形態は、レヴィの怪力と合わせることで、爆発的な破壊力を生む。

 それこそ、建物や大型兵器の装甲であろうと、軽々と破ってしまうほどに――そんな容易く人を殺してしまうだけの力を伴うそれが、たった一人の少女に対して向けられている。

「王様は、ボクが世界中でたった一人、この人に付いて行くって決めた人だ! その王様を〝悪い人〟だとか言う奴は――ボクがこの手で、ぶち転がす!!」

 敬愛する人を侮辱されたと怒り、レヴィは本気でフェイトに襲い掛かる。

 そこにはもう、先ほどまであった戦いを楽しむ気概など欠片もない。あるのはただ、敵を倒すという意思のみ。

 相手が本気の抗戦を挑んでくる以上、戦わざるを得ないのは当然だ。

 しかし、発端の誤解だけは解いておかなくてはならない。そう思い、フェイトはレヴィに先程の言葉がそうでないと言おうとした。

 だが、

「レヴィ違うの! そうじゃなくて――ッ」

「違わない!」

 レヴィは、フェイトの言葉をもう聞こうとはしない。

 先程の言葉の意味がどうであれ、少なくとも自分の信じる人を貶されたという確信だけはあった。

 確かに、フェイトの言ったことが正しい面もあるだろう。けれど、そんなものは、今のレヴィがすべきことには必要ない。

 あくまで彼女は、自分の為に動く。

 例え、この先にどれだけの出会いが待ち構えていようとも――もしも、なんて出会いの為に今ある絆への侮辱を怒りとしない理由になど、なるはずもない。

「王様をディスる奴は悪い奴! 僕はそのくらいシンプルで良いって、シュテるんが言ってくれたもんね!」

 そう、至ってシンプルな解答だ。

 自分にとっての敵味方。

 守るべきか、倒すべきか。

 それらを決める理由など、その程度あれば十分すぎる――!

「レヴィ、わたしは……!」

「うっ、さいッ!!」

「っ――ぁ!?」

 なおも食い下がろうとしたフェイトが鍔迫り合いに持ち込もうとしたが、レヴィはこれ以上口を開くなとでも言うかのように強引に吹き飛ばす。

 競り合った柄を、さらに上から叩きつけるようにした、力任せの一撃。

 しかし、そんな子供の癇癪の様な一撃も侮れない。常人離れした怪力によって繰り出された攻撃は、技量などという次元ではなかった。

 潜在能力がけた外れな分、まさしく暴力的なまでに苛烈な一撃へと昇華されている。

「ぅ……ぐ」

 けれど、だからこそ逆に急所を突くような一撃必殺の技ではない。客席の側に叩きつけられるも、どうにか体制を立て直せる程度にはまだ動けた。

 が、レヴィの攻撃はまだ終わってなどない。

 再び飛び掛かって来るレヴィの手にあるバルニフィカスが、また別の形態を取っている。それに気づくも、分析する暇などないまま振るわれた一撃が襲う。

「良いから黙って、やっつけられろ――ッ!!」

 叫んだ声と共に、フェイトは下から掬い上げられるように空中へと吹き飛ばされた。

 上から下へ、そして今度は下から上へ。

 連続する攻撃をもろに喰らってしまったフェイトは、万全の状態通りには動けない。

 彼女の様な高速機動を得意とする魔導師にとって、最も恐ろしいものは――離脱できる範囲を超えた広域攻撃と、近接戦闘に置いてケタ外れの力を持っている相手だ。

 幸いフェイトは魔力量においても優れているため、広域についてはまだ相殺の余地がある。

 主戦法としている近接に置いてもまた同様であるが、今回の状況は、彼女にとって圧倒的に不利過ぎた。

 敵は自身と同じ高速機動型で、同時にケタ外れの怪力を持っている。

 敵側がまだ冷静な状態ならいざ知らず、今は怒りのままにそのパワーをなりふり構わず振るってくる。

 ……状況は、実に最悪だと言って良い。

 まるで防御の上から物理的に圧殺されているような感覚だ。しかし、それらに苛まれながらもフェイトは、状況を変えようと足掻こうとしたが、その時――。

 レヴィの手に在ったバルフィニカスが、途方もない長さの大剣へと変貌していく。

 先程の掬い上げを喰らった瞬間、確かに変化しているのは見えていた。だが、その変化は彼女の予想を軽々と飛び越えてくる。

 大剣の型を視て、フェイトは自分のフルドライブを思い出す。

 けれどそれは、フェイトのモノとは全く違う。彼女は大剣形態(ザンバー)での斬撃を技としているが、レヴィが今から見せようとしているのは、そんなものではない。

 鋭さではなく、圧倒的な力で叩き潰して叩き切る。

 ――――正しく、それは暴力的なまでの〝力〟の強襲だった。

 

「蒼破――極ッ光斬!!!!」

 

 そうして、発せられた声と共に。

 青い光がフェイトの真上に振り下ろされ、手にしていたハルバードが砕けた瞬間――その光が彼女の事を呑み込んだ。

 

 

 

 ***

 

 

 

「――――はぁ、すっきりした」

 

 割れた水面が閉じていく中、レヴィは手に持ったバルニフィカスを大剣形態(ブレイバー)から通常形態(クラッシャー)(リロード)しながら、満足そうにこう呟いた。

「……ん? フェイトー、どこ〜? 死んじゃった〜?」

 一通りやり終え得たと判断するや、レヴィはフェイトを探し始める。

 周囲をちょこちょこと移動しつつ、一向に姿の見当たらないフェイトを探しながらも、発せられた声は酷く軽いものだった。

 殺すという意味と、それに対する倫理観が伴っていないのである。水上ステージを崩壊させるほどの一撃を見舞ったにも関らず、そこに込められた思いは王を悪く言われたことに対する〝報復〟程度でしかない。

 ……此処が、彼女の恐ろしい所である。

 人一人を殺せそうなほどの力を振るいながらも、どれほどの怒りに苛まれていようとも、そこに伴う意識に殺すことに対する罪悪感が含まれることはない。

 無邪気さを伴った破壊の力。

 その痕が、まさしく今の状況そのものであった。

 

「――――あは。まだ生きてる!」

 

 そして、遂にレヴィはフェイトを見つけた。

 嬉しそうに笑みを浮かべる彼女は、相手とまだ遊べるかもしれない事を喜んでいるようにも見えるが、そこで自身の目的を思い返す。

「あ、いやいや。やっつけなきゃダメなんだった」

 一気に雰囲気から熱が失われていく。

 復活を待ってもいい。だが、レヴィは王様――つまりはディアーチェからこう命じられている。

 敵を倒してこい、と。

 ――ならば、このままフェイトを放置する事は出来ない。

 残念と言えばそうだが、役目を放棄するわけにもいかないのだ。『ギガクラッシャー』の形態から、『スライサー』にバルニフィカスを戻して、逆手に構える。そうして、青い刃を残骸の上に乗るフェイトへ向けて、レヴィは――。

「王様のため。シュテるんのために、一応トドメをね……。

 それじゃ――――バイバイ、フェイト」

 まるで「また明日ね」と別れを告げる様に軽く言って、レヴィはフェイトに刃を突き立てようと飛び掛かる。

 ――――が、しかし。

 次の瞬間、レヴィは不思議そうに首を傾げた。

 何故かと言えば、刃が刺さったのがフェイトの身体にではなく、乗っていた残骸にだったからだ。

 ……だが、おかしい。

 僅かにではあるが、生物に当たったような感覚があったのだ。

 なのに、刃が突きつけられたのは残骸。

 どういうことか、と呆けたような声を漏らすレヴィ。

「おりょ?」

 しかし、その数瞬の後――彼女は、さらに驚愕に呑まれることになった。

 彼女の手足を緑に輝く輪が拘束する。

「んぁー!? 何これ〜〜っっ!!!???」

 いきなり自分を拘束してきたそれを嫌がるようにしてジタバタともがく。

 いやいやとレヴィは暴れるが、手足のそれは外れない。

 伴う声は、喧しささえ感じさせるものだったが……逆にそれに釣られて、気を失っていたフェイトは目を覚ました。

 

(…………?)

 意識は戻ったものの、フェイトは自分が今どうなっているのか分からなかった。

 彼女が覚えているのは、レヴィの一撃を受けて、手に持ったハルバードが砕けた瞬間までの光景。

 だが、普通に考えれば自分が海に叩きつけられたのは間違いない。

 ……なのに、どういうわけなのか、フェイトの身体は冷えていなかった。それどころか、むしろ彼女を包む温もりは優しくて――――。

 

「…………よかった……」

 

 聞こえて来た声に合わせるように、フェイトの意識に掛かる靄が晴れた。

 とても聞きなれた声は、今の母のもの。

「……りん、でぃ……さん?」

 なんでここに? そう訊ねようとしたフェイトの問いかけよりも早く、華奢な身体が優しく包み込まれた。

「…………」

 とても温かな温もり――。

 安心する。湯に浸かったときの様な感覚が、自分を包んでいる。

 視界を覆うエメラルド色の髪は、どうやら幻ではなかった。本当にフェイトは今、義母(はは)であるリンディに抱きしめられている。

 状況を把握出来ない。出来ないが、それでも助けられたのだという事だけは判った。

 呆けた頭でも、礼を告げねばということくらいは浮かんでくる。……だが、張り詰めていた糸が切れるようにリンディの身体がフェイトに寄りかかってきた。

「ぅ……、――っ」

 苦し気な声を漏らすリンディ。

 どうしたのか、と彼女の背を見ると、そこは真っ赤に染まっていた。

「え……っ!? どう、して……?」

 漸く、晴れた頭が身体を動かす。

 力が抜けそうな身体を支えながら、フェイトは腹部の辺りにねじ切れそうなほどの焦燥を感じていた。

 それでも、擦れた声で「どうして?」と問いかける事だけは出来た。

 すると、リンディは苦しげな表情を少し緩め、こう言う。

「……大切な人が、危ない目に合っていて……帰って、こないかもしないのに……見ているだけなんて…………いやだもの」

 抜けかけた力を無理やりにでも戻す様にして、フェイトを抱きしめる。

 リンディは喪われていないことを確かめるように、家族の温もりをその身で確かめるようにして、やわらかく、優しくフェイトを抱きしめていた。

「……独りで、心細かったでしょ……? 独りにしてしまって、ごめんなさいね。でも、よかった……本当に、無事で……良かった……っ」

 危うく、また家族を失うところだった。

 しかし、守れた。

 今度はちゃんと、手が届いた。

 夫の時は、ただ泣くだけだった。

 手が届くはずも無く、むしろ守られていただけの存在でしかなかった。

 でも、今度は守ることが出来た。

 当たり前のことだが、なかなか難しい。

 ……けれど、約束したのだ。

 口先だけでなく、この子の家族になるのだと。

 やっと、母親らしいことが出来た。自己満足かも知れないが、二年前の約束をやっと守れたような気がしている。

 その想いは静かに、けれど確かな熱を伴ってフェイトに伝わっていく――。

 沁み渡って来るぬくもりに、焦燥は次第に薄れ、胸を埋めていく幸福はより熱さを増している。

 そうして零れだした(ねつ)を感じながら、フェイトはふと思い返す。

 たくさんの、大切な人の事を。

 

 始まりは偽りだった。

 代わりで、出来損ないでしかないと最後に言われた。

 ……だけど、その先で自分という存在を、たくさんの人が肯定してくれた。

 (プレシア)に命を貰い、(リニス)に育ててもらって、(アルフ)がずっとそばにいてくれて――そうして親友(なのは)たちと出会い、(アリシア)が背を押してくれて、家族(こたえ)を得た。

 何時だって、必ず傍に誰かがいた。

 だから、

「わたしは、独りじゃなかったよ……? わたしは一度だって、独りぼっちになんてなったことなかった――今だって、こんなに優しい家族の温もりが、傍にあるんだから……!」

 まだ立てる。まだやらなくちゃならないことがたくさんある。

 成し遂げたいことがあるのなら、こんなところでいつまでも竦んでいられない。

 心が、再び火を灯す。

 決意を胸に、フェイトはそっとリンディの背に手を当てた。

 治癒魔法は苦手だが、そこは先生たちが優秀だったこともあり、ある程度ならばできるはずだ。

 程なく傷は塞がり、リンディの顔色も穏やかになった。

 ――さあ、今こそもっと向こうへ。

「……うん。分かってるよ、バルディッシュ」

 燃えだした想いに呼応するように、黄金の輝きが闇を照らし始める。

 沈むなと云うように。

 もう一度飛ぼうと誘うように。

 或いは、守り抜こうと告げるように。

 

 ――ならば、もう迷うな。

 

 先へ進むのだ。

 間違ってしまったなら謝ろう。

 相手が過つのならばそれを止めよう。

 身勝手に思えようと、信じる道であるのならば。

 自分の生きる意味。何よりも遂げたい事の為。守りたいものの為に――。

 

(……ああ、やっと分かった)

 

 言葉に出来なかったのは、怖かったからじゃない。

 自分があやふやなままだったからだ。受け入れたつもりでも、自分が自分でそれを消してしまうのではないかと、勝手に思い込んでいたのである。

 これまでを置いて進むのではない。

 これまでを捨てて生きるのではない。

 元より、風化させることなど出来はしない。

 自分がそれを信じられるのなら、必ず。

 迷って、迷って、大回りをして……それでもやっと、辿り着けた。

 誰かが信じてくれているのなら、必ず。

 ――本当の〝優しくて強い〟存在になれる。

 きっかけも、見えた答えも、臆病さに隠されていただけ。

 ほんの少し、勇気を持てたのなら。

 きっと壁は越えられる。閉じていた翼は開ける。

 そうしてもっと向こうに、さらに先へ――――必ず飛べるはずだ。

 

「あの子を必ず説得してくるから、待っててね――母さん」

 

 新たな繋がり、漸く形を得た絆と共に。

 温かな母のまなざしを背に受けながら――フェイトは運命(みち)を切り開く為に、再びレヴィへと挑む。

 

「おまたせ、レヴィ」

 

 岩場を何度か跳び進んで、レヴィの居る場所と真っ直ぐ向かい合える位置まで移動したフェイトは、レヴィに戦いを中断させてしまったことを詫びた。

 けれど、レヴィもレヴィであっさりバインドに捕まってしまった事を拗ねているらしく、フェイトの謝罪を突っぱねるようにして「待ってないし! 別にこんなので時間とってないし!」と、ヘンに強気な返答を返してくる。

「だいたいなんだよ、仲間に助けてもらうとかズルっこだし!」

 加えて、リンディを指さして異議を唱えても来た。

 確かに勝負のやり直しを第三者に手伝ってもらった以上、多少なり不公平感は生まれなくはない。

「レヴィもロボット使ってたし、おあいこだよ」

 しかし、もうフェイトに迷いはない。先程のような迷いなどもう捨て、落ち着いた状態で、自信を持ってちゃんと返答(こたえ)を言える。

 すっかりうじうじした部分が消えてしまったフェイトに、レヴィは反論できず、面白くなさそうに口をとがらせた。

 ただ、黙っているのは悔しかったのか、レヴィはこんなことを訊いて来た。

「むぅ…………、ねぇ」

「?」

「あのヒトって、フェイトの〝お母さん〟?」

 レヴィは少し半目気味でリンディを見据えている。そこに込められた思いはどんなものだったのか、フェイトには判らない。

 でも、答えは決まっていた。

「うん。わたしのお母さんだよ」

 確かめるように、大事そうに口にした言葉の柔らかさを感じて、レヴィは思わずぼんやりとリンディを見つめた。

「――――」

 自分にはない、母親という存在。

 何となく、それが酷く眩しく思えたような気がしたレヴィだったが、

「っ……ふ、ふんだ! 子供のケンカに親を呼ぶとは、ますます卑怯な。ボクが成敗してやるッ!」

 呆けそうになった自分を奮い立たせ、かぶりを振って余計な思考を頭の外へと追いやろうとする。

 しかし、フェイトは直ぐに戦いを再開しようとはせず、まだ言葉を重ねてくる。

「でも、わたしはレヴィとお話しするの楽しい。なんだかちょっと、お姉ちゃんと似てるから」

「?」

「……あ、でも……うーん、やっぱり……似てない?」

「ってどっちやねーん!」

「あはは、元気なトコはそっくりかも。でも、それを抜きにしてもわたしは、レヴィともっとお話ししたいな」

「ふんだ! ボクはキミと話すコトなんてないもんねっ」

「あ。それに、王様と……しゅてるん、で良いのかな?」

「あーっ! それはボクだけが呼んで良いアダ名!! 〝シュテるん〟は〝シュテル〟!」

「そうなんだ。――うん。なら、この戦いを終わらせてから、シュテルたちとも一杯お話ししたいな」

「むぅぅぅ~~っ!!」

 ……先程とは、まるで逆の光景だ。

 フェイトはまっすぐ、レヴィに伝えておかねばならない。

 今度こそ迷いなく、自分が何をしたいのか。それを余すことなく、どんなに不器用な言葉でも――。

 だが、

「無理だね! なぜならここで、ボクがキミをぶち転がすからだ!」

「なら――そうならないように、頑張るよ……!」

 互いの言葉に振り回され合った二人だったが、最後はやはり、それぞれの心を押し通すために戦いを要することになった。

 

「「――――ッ!」」

 

 言葉を終え、戦いが再び始まる。

 二人の周囲に迸る魔力の波動によって、また海が逆立つ。

 吹き上がったように二人を囲んだ水の暗幕(ベール)を突き破るようにして、二人の刃が交わされ合う。

 しかし、今度はフェイトが押している。

 マリエルによって改良を施されたバルディッシュは、新たに『ホーネット』の名を冠されており――これまであった斧の形態を排し、フルドライブのザンバーに近い『ストレートセイバー』を基本形態にすることで、より近接に特化した戦いへと繋げられている。

 牽制に放った魔力弾――『フォトンランサー』に追走するようにして、フェイトは鋭く畳み掛ける。

「せ、ぁぁ――ッ!」

「んぐっ、なぁ……!?」

 先ほどまでのレヴィのそれとは異なった、鋭く迫る剣戟。

 捌けど捌けど、それでもなお迫る刃。

 完全にレヴィはフェイトに流れを手繰られていた。ただ強いだけ、ただ大きいだけの力を、技量で凌駕する――!

「フ――――ッ!」

 振るわれた剣閃が、レヴィを吹き飛ばさんとばかりに迫る。が、彼女もやられっぱなしではない。

「……ぬ、ぐぅぅ……!? こ、のぉ――ッ!」

 フェイトを押し返そうと、鬼気迫る表情で剣を振るう。しかし、それでもまだフェイトの側に流れがある。

「く……っ、ブレイバー! ――ん、アレ?」

 だが、先程放った極光斬の影響はまだバルニフィカスに残っていた様だ。

 再びフルドライブ形態に持ち込めないレヴィを見て、フェイトは『ライトニングバインド』を発動させて拘束する。

「うぇ……ウソぉっ!? ぐぅ、んぁぁああああっ!! この縛るヤツキライぃぃぃ~~ッッッ!!!!!!」

 ジタバタと暴れるも、レヴィを封じた金色の光を放つキューブ上の拘束魔法は外れない。

 そうして、そこを狙う様に――。

「行くよ、レヴィ!」

 フェイトの紅の瞳が、まっすぐにレヴィを見据えていた。

「え、あ……ちょ」

 レヴィの焦ったような声が漏れるが、これも勝負。

 手抜きは出来ないと、フェイトの周囲を一層強く雷光が迸る。

 足下に魔法陣が浮かび上がり、そこへ黒い槍の姿を取ったバルディッシュが反動に備え楔を打ち込む。

 それが意味するところは、つまり。

「受けてみて――わたしとバルディッシュの、全力全開!」

「へ? 行くって……うええええぇぇ~~っ!?」

 高威力の砲撃が来る。と、気づいたレヴィは慌てた様に焦りだすが、拘束を外すことが出来ない。

 文字通り手も足も出ない彼女に、成す術はなかった。

 そうして、フェイトの周りを飛び交う金の雷が、向けられた黒槍の先に集う。金色の光を包むようにして、紫と水色の光が共に迸る。

 堅い決意はまるでダイヤ。

 放たれるその輝きは、そのまま彼女の持つ魔力の煌きに繋がっている。この先へ進むための、その覚悟に――。

 ならばあとは、今の自分が持ちうる全てを、この一撃に懸けるのみ!

 

 

「〝ホーネットジャベリン〟……ファイア――ッ!!」

 

 

 

 そうして放たれた閃光が、レヴィを呑み込んだ。

「うっそぉぉぉおおおおおお~~~ッッッ!!!???」

 断末魔にも似た叫びをあげながら、正面からの直撃を受けてしまったレヴィは、直撃の数秒後――魔力の奔流が収まると同時に、彼女は真っ逆さまに海面へと落下していく。

 それをフェイトは受け止め、レヴィの状態を確認する。

 目を回しているが、魔力ダメージの他は特に問題はない。

 勝負は、これで決した。

 フェイトはレヴィを抱えながら、母の方を振り向いて微笑みを向ける。それを受けて、リンディも同じように笑みを返す。

 こうして、また一つ戦いの幕が閉じた。

 

 海上の遊興施設での抗戦の全てが終えられ、残すは一つ。

 事件は、確実に解決へと向かっていた。終わりの時へ続く路は、もうすぐそこまで迫っている。

 

 ――――けれど。

 始まりさえしない戦いがあることを、今は誰も気づいてさえいなかった。

 

 

 



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第十四章 王と主の戦い、そして真実への道は続く

 ――夜天(ひかり)紫天(かげ)
 相反する二人の少女は、共にどちらも統べる者。

 守るべきものの為、
 救うべきものの為、
 取り戻すべきものの為、
 先へ続く自分たちの道を描く為に、彼女らはその力をぶつけ合う。

 戦いの行方。
 勝利の天秤(さら)はどちらに傾くのか。

 その、結末は――――?


 影と光、夜天(そら)紫天(やみ)

 

 

 星光と雷光の激突が幕を下ろした直後――。

 《オールストン・シー》から僅かに離れた山岳地帯で、ディアーチェは己の臣下たちが、二人共に敗れ去ったことを察知した。

(……ちっ、シュテルとレヴィが敗れおったか)

 心中で毒突くディアーチェだが、あの二人が戦いに置いて手を抜くような輩ではないことは重々理解している。よんしんば油断したにせよ、全霊で戦い抜いたであろうことは疑っていない。

 敗北に対する叱咤はくれてやるつもりだが、ともかく今はシュテルとレヴィを救出すべきだろうが――。

(今は……この小鴉が鬱陶しい!)

 苛立ち紛れに魔力弾を放つ。しかし、飛び掛かる散弾を交わしながら、ディアーチェと対するはやては逆に迎撃を掛けてきた。

 もちろんディアーチェも、その程度でやすやすと取られる気はない。

 向かってくるはやてを迎え撃ち、逆に距離を突き放さんと仕掛けていく。

 ――元々、彼女らは共に機動力に優れるタイプではない。だからこそ、直ぐにケリをつけるのであれば、威力の高い魔法を叩き当てる必要がある。とりわけ、はやての側はともかく、ディアーチェは決着を急ぐ理由が出来てしまった。

 なればこそ、今すぐに一面焼土を作ってでもはやてを地に叩き落したいところではある。

 だが、はやては、ディアーチェの思うよりも食い下がって来る。

(……ええい、しぶとい……っ!)

 腹ただしいが、足りない機動力を補う融合機とのコンビネーションに、ディアーチェは苦戦を強いられている。

 見かけ上は一対一(タイ)であるが、その部分に置いてはやてに先を行かれてしまっているのだ。特に、彼女らの様な広域型は支える側ありきの戦い方を取るがゆえに、支える側の有無はかなり大きく出てしまう。

 そもそも、はやては射撃も魔法制御もはっきり言って雑だ。最初からSランクという保有魔力量がダントツだった彼女は、細かい運用が不得手だった。

 そこで、そうした細かい運用を支える融合機の存在が活きてくる。

 《はやてちゃん! コアの位置、発見しました!》

「うん!」

 追走していたはやてとリインのやり取りがディアーチェの耳に届いた直後、彼女の目の前を白い閃光が覆い尽くした。

「ぐ……っ、こざかしい真似を――!」

 目眩ましを受けたディアーチェは腕で顔を隠すようにして接近を止め、引き連れて来た『機動外殻』の〝アメティスタ〟に攻撃をさせようとした。

 その判断は、半分正解で半分は誤りであった。

「コントロールは任せたよ!」

 《はいです!》

 なのはのモノとはカラーリングの異なる『ストライクカノン』を換装したはやては、リインに射撃制御を任せ、自身の膨大な魔力を遠慮なく注ぎ込んで撃ち放つ。

「ぅ――――ぐっ!?」

 一射目はディアーチェに被弾。

 無論、撃墜出来るほどのクリーンヒットではなかった。ディアーチェもはやて同様に、防御力の高いバリアジャケットを身に纏っているらしい。しかし、それは構わない。

 とにかく一瞬でも動きを止められれば、彼女の隷である〝アメティスタ〟を撃ち抜くだけの隙を生じさせられる――!

「ファイア――ッ!」

 白色の閃光が、黒翼を靡かせた巨大な怪物に直撃した。

 はやての膨大な魔力による破壊力と、リインの融合機としての射撃制御によって、〝アメティスタ〟はコアを撃ち抜かれたのである。

 既にほか二つ――〝トゥルケーゼ〟や〝グラナート〟も破壊されてしまい、遂に最後の一体である〝アメティスタ〟もはやてによって撃ち落された。そしてシュテルとレヴィも相手方に囚われている現状は、まさに最悪の一言に尽きる。

 ディアーチェは頂点に達した怒りと悔しさに歯噛みし、それでも尚足りないとばかりに苦々しく吐き捨てた。

「……こんなところでは使いたくなかったが、仕方がない」

 出し惜しんでいたが、ここまで来ればもう我慢ならない。今すぐにはやてを地面に叩き伏せてやると言わんばかりに、撃たれた胸元のアーマー部分を押さえつけながら彼女を睨みつけ、叫ぶ。

「高まれ、我が魔力! 震えるほどに、暗黒……ッッッ!!」

「……っ!?」

 ディアーチェの声に呼応する様に、彼女の足下に三角形の陣が展開される。そして、彼女の周囲に孔が開き――次の瞬間、はやてを闇色の魔力弾の雨が襲う。

 込められた魔力が尋常でなかったと悟り、防御に徹しようとしたまでは良かった。しかし、はやてが魔力的な攻撃を警戒していたのとは裏腹に、ディアーチェははやての目の前まで迫って来た。

 どう見ても互いに広域型であるのに、まさか距離を詰めてくるとは――。

 相手側の取った行動に虚を突かれた時点で、はやては詰め路へと追い詰められてしまったも同然。

 ――そして、手繰った好機を逃すほど、ディアーチェは甘くない。

 近づくや、はやての『ストライクカノン』を自身の杖である『エルシニアクロイツ』でたたき壊した。そうして、杖での射撃を仕掛けはやてを一気に自分の下方へと押しやり、そのまま闇色の紫電を迸らせ――トドメの一撃へと移行する。

 

「絶望に足掻け――〝アロンダイト〟!!」

 

 両手で生成した光球を掛け合わせるようにして叩き付けた、ディアーチェの持つ高威力の大型直射砲撃魔法『アロンダイト』――その闇色の奔流を受けたはやてに畳み掛けるようにして、ディアーチェは生成した孔から追い打ちの魔力弾の雨を降らせた。

 ひとしきりそれらを撃ち切ったところで、ディアーチェは乱れた息を落ち着かせながら眼下を見渡す。

 立ち上った土煙が次第に晴れていく。程なくして、無様に地に転がったはやての姿が見えるだろうと、ディアーチェはそう思っていた。

 が、薄くなった土煙の中から白い光が僅かに覗いている。

 それを見たディアーチェは軽く呆れ、同時に憎らしげに光の辺りを睨み付け、こう言い放った。

「――ふん、融合機に救われたか」

 言い放った先には、ディアーチェの魔力攻撃によって抉られたクレーターじみた大穴と、そこに立っている少女の姿があった。

 はやてである。どうやらディアーチェの弁の通り、融合機であるリインが決死の覚悟で防御を担当し、どうにかはやてのことを守り切ったらしいが――。

「――しかし、その様子ではもう戦えまい。見たところ、とっくに融合の方も解けておるようだしな」

 確かにはやては今、ギリギリ追手から逃れたに過ぎない状態だ。仮にこのまま戦いを続けても、恐らくディアーチェの側に分があるのは必定といえる。

 だが、

「王様も、相当にお疲れの様やけどね……!」

 はやては尚も、強気のままだ。

 自分が疲弊しているように、ディアーチェとてあれだけの大技を出した直後。ならば、互いが十全でない以上に差はない、と。

 まるで挑発のような言葉であるが、所詮は強がりだ。

 が、そうだと判っていても、神経を逆なでされることに変わりは無い。

 ならばいっそ、向こうの望み通りに叩き潰してやろうかと、ディアーチェは本気で考え始めていた。

 火急と思っていたシュテルたちの救出も、実のところ救出そのものにはさして苦労しないのだ。いざとなれば、多少魔力は喰うものの〝門〟を開いてやれば勝手に二人の方から脱出してくるだろう事は想像に難くない。

 であれば、はやての安い挑発に乗ってやるのもやぶさかではない。

 ――と、そう思い始めていた時だった。

「減らず口を……む?」

「??? アレ、は……?」

 

 ――――彼女らが、空へ伸びる光の柱を目撃したのは。

 

 

 

 ちょうどその光の柱に、はやては見覚えがあった。

 ほんの少し前。恐らくはディアーチェたちが目覚めを迎えた時に起こった現象と、目の前のそれは非常に似通っている。

 だが、ディアーチェの方も今の光が何であるのかは知らない様だ。

 でなければ、勝負を急いだかに見えた彼女が、わざわざ戦いを放り出したままにしておくはずがない。

 そうしたはやての思考は当たらずとも遠からず。

 しかし、推察の至らなかった点があるとすれば――それは、ディアーチェはアレを理解しているわけではなかったが、アレを知っていた点である。

 あの光を見た瞬間。

 ディアーチェは、今すぐにあそこへ行かねばならないという直感に苛まれた。

 急ぎ念話を飛ばし、自らの臣下たちを呼び寄せようとする。

「シュテル、レヴィ! 今すぐ〝門〟を創る。急ぎ戻れ――!」

 《……んみゅぅ……?》

 《心得ました》

 対照的な返事が返ってきたが、ともかく繋がっているのならばそれでいい。

 とにかく、早く集まらねばならない。

「迅速にな。何やら、きな臭いことになっておる」

 最後にそう二人へ告げると、ディアーチェは戦っていた筈のはやてを置き去りにして、急ぎ《オールストン・シー》を目指し始めた。

 いきなり逃亡を図られ、はやても慌てて後を追う。

 しかし、やはり先程までのダメージの差もあり、はやては段々ディアーチェに距離を空けられていく。

「ちょぉ待って、王様! アレは何なん!? なんか知っとるなら教えてや!」

「貴様に話す道理があるか戯け! ついて来るな!!」

 それでもどうにか、と、状況を把握せんとディアーチェに問いを投げて見るが、返答はにべもなく切り捨てられた。

「あ、ちょ――王様ってば!」

 結果として先行を許してしまい、訳の分からないまま後を追うしかなくなった。

 はやては悔しげに、焦って後を追うが……そんな彼女の心境を他所に、ディアーチェもまた、別の意味で何らかのざわめきのようなものを感じていた。

 

(この感覚……。我は、知っている。この力の〝持ち主〟を――――)

 

 ――――嫌な予感がする。

 目覚めたばかりで曖昧な記憶しか持たぬ身であるが、それでも確かに、自分はアレを知っている。ただ、嫌な予感だけではない何かが心のどこかに引っかかっていて、ディアーチェ自身この感覚への判断を付けられずにいた。

 けれど、とにかく行かねばならない。

 確かめるために。

 そして、知るために。

 

 この時を以て、漸く事件はその深淵への足がかりを示し出す。

 たった一人を除き、誰一人として知り得ずに居た――その〝真実(ウソ)〟への、足がかりを。

 

 

 



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第十五章 ――〝嘘〟――

 ――――少女は、真実へ辿り着いた。

 けれど、それは……痛みを伴う現実。
 自らを蝕むすべてに、少女の心が罅割れていく。

 そうして、最後には――――ただ、少女の涙だけが残った。


 ――親愛という名の虚実――

 

 

 

「やっと見つけた。――――これが〝永遠結晶〟」

 

 イリスの声を聴きながら、キリエは力が抜けた様にぼんやりと、目の前の光景を見つめていた。

 ――時は、海上の楽園を包む戦いの真っただ中。

 にも拘らず、管理局に容疑者として追われている二人の少女は、戦いとは近く遠い場所にいた。

 彼女らが訪れたのは、丸く水槽に囲まれた区画(エリア)

 そんな薄暗い展示室の中央に位置する円柱状の水槽の中に、彼女らの目的のモノが在った。

 納められているのは、緋色の美しい鉱石。

 照明など殆ど無いにも関わらず、鉱石(ソレ)は魔的と言えそうな艶めかしい煌きで、見る者全てを魅惑する。

 ……否。事実、確かにソレは輝いていた。

 暗がりを照らす光は、何かに呼応するように輝きを増していく。

 如何様にして放たれるものかは分からないが、理解など通り越して美しさだけが本能に訴えかけてくる。

 〝綺麗〟だと、鉱石を見ていたキリエは素直に思った。

 だが、同時に〝怖い〟とも感じた。

 正に魔的だ。人知を超えたモノは、往々にして人を魅惑し恐れさせる。

 (ただ)しくソレは、そういった類のモノであったと言える。

 しかし、見惚れていられた時間はごくごく短いものであった。

 

「キリエ、遺跡板(わたし)を〝永遠結晶〟の方に」

 

 弛緩した身体を射貫くように声が、ガランとした場に響いた。

 それがイリスのものであると気づいたとき、キリエはまるで自分が、己の身体を一度離れてしまったかのような錯覚を抱く。

 けれど、呆けてはいられない。

 ここからが本番。

 本当の救いへの道は、此処から始まるのだから――。

 

「うん」

 

 イリスの声に頷いて、キリエはそっと遺跡板を結晶の方へと差し出した。

 すると、仮想体のイリスに吸い寄せられるようにして、遺跡板は鉱石の展示された水槽(ケース)の方に向かう。

 そうして、遺跡板とイリスが重なるようにして一つになる。

 仮想体を消して本体へと戻ったイリスは、ほんの少しキリエに何時ものように微笑みかけたのち、鉱石――〝永遠結晶〟の方を向き直ると、いくつかの言葉を並べていく。

「アクセス――システム・ドライブ」

 紡がれていく言葉に合わせ、鉱石の様子が段々と変わり始めた。

 輝きが増し、美しさが増す一方で――同時に、恐ろしさに拍車が掛かる。

 無機質なはずの鉱石であるのに、それはどこか、卵の殻を思わせる。何かが生まれ出る様を、まざまざと見せつけられている様な感覚だ。

 誕生は消滅と表裏一体。

 生と死の狭間を見せつけられている様なイメージに囚われるも、キリエはただ待つことしか出来ない。

 

「――――〝ウィルスコード〟、起動」

 

 そうして、最後の一節が紡がれた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 一気に輝きを増した〝永遠結晶〟の眩さに圧されながらも、キリエは起こり始めた変化を見逃すまいと目を凝らす。

 目を凝らした先では、イリスが何も言わずにただ笑らっているのが見えた。

 ならば、少なくとも何かが起こり始めていることだけは確かだ。どうにかそれを見極めようとしたキリエだったが――。

 

「――そこまでだ!」

 

 彼女がそれを知るよりも先に、其処へ乱入してきた者たちの姿が目に飛び込んだ。

 〝永遠結晶〟の納められていた展示用水槽(ケース)の天井部分から、彼らは彼女らの前に降り立った。

 どうやら天井部分の淵を壊してここへ飛び込んで来たらしい。ガラス張りの透かしのようになっていた為、奇襲に利用された様である。

 奇襲と共に拘束を施され、割られたガラスが何らかの術式によってキリエたちに差し向けられている。しかも掛けられた拘束帯(バインド)には、何らかの術式阻害が伴われており、解除は容易ではなさそうだ。

 一度視たものと似ているが、僅かに違う。

 すぐさま解析を走らせることも出来ず、キリエは差し向けられた制圧の手を前に何も出来なくなってしまった。

 そして、二人の拘束が十分に施されたことを確認し――少女らに制止を呼びかけた黒衣の防護服に身を包んだ魔導師が、再度宣告を投げかける。

「時空管理局・執務官、クロノ・ハラオウンだ。

 キリエ・フローリアン、そしてイリス。次元法違反の現行犯で、逮捕する!」

 ここでもまた邪魔が入るのか、とキリエは苦々しく歯噛みした。

 せっかく、目的の完遂まであと一歩というところだというのに――またしても邪魔が入るのか、と。

 願ったのは、決して間違いではない。なのに、誰しもが寄って集って邪魔をする。

 ……挙句、救いたかった姉でさえもそうだ。

 つくづく自分の目的への障害の多さを呪うキリエだったが、その苛立ちが火を散らすよりも早く――。

 

「もう遅いわ」

 

 何か、黒い影を思わせる冷たい旋律のように、場に響いた声が彼女らを凍らせる。

「…………え?」

 そして、その声がイリスのものだったと気づいた頃には。

 

「だけど、ちょうど良かった。――身体を造る為の()()が必要だったから」

 

 ――――彼女の立っていた場所は、とっくに地獄に変わっていた。

 

 

 

「……? っ、ぐ……ぅぅ!」

「ごぼっ……!?」

「ご――ぐおぇッ!!」

「ぉ、ぐ――ぅ、……ッッ!!??」

「……が――ぁ、ああああああああッッッ!!!???」

 

 迸る飛沫(せんけつ)と、

 響き渡る悲鳴。

 (みみ)を覆いたくなるような光景(おと)を前にしても尚、何がなんだか分からない。

 思考の追い付かない現実(あくむ)への驚愕に目を見開いたまま、キリエは為す術なく立ち尽くしていた。

 しかし、彼女がそうしていようと、構うことなく空間を渡る阿鼻叫喚の連鎖は続く。

 血と肉が抉れ、魔導師たちの身体から溢れたそれが、何か別のモノに変わる。

 彼らの血肉に反応するように、水槽が砕け散り、割れた破片が音を立てて床にまき散らされた。

 〝永遠結晶〟が、いっそう妖しい光を放つ。

 いや、もうそれは結晶とさえ呼べない。鉱石は納められていた水槽(いれもの)と同じように外殻(から)を砕き割り、自らの中身を晒していた。

 五枚の盾、あるいは〝翼〟か。

 何なのか分からない。しかし、思考を底なし沼にでも囚われた様なキリエを置き去って、現実はどこまでも先へ進む。

 魔導師たちの血肉が、木が根を生やし降ろすよう様にして床を這う。

 それらはまるで光を求める新芽の如く、ある一点へと集結して行った。そして、その一点には――。

 キリエが、最も信頼している人物が立っていた。

「……イリ、ス……?」

 名を呼ぶも、返事は直ぐに返ってこない。しかし文字通り、彼女はそこに立っている。

 実体を持たない筈の少女は、今この時を以て仮初の肉体を脱し――己の足で、地面に立っていた。

 だが、そこに立っていた彼女は、キリエの知るそれとは異なる風貌をしている。

 薄紅色の双眸と髪はそのままだが、纏った鬱金香(チューリップ)を逆さにしたような戦闘装束(ドレス)は、以前よりも赤の色彩が濃い物に。

 十四歳程度だった肉体は、姉のアミタと同じか、それよりも一つ上くらいの印象を受けるまでに成長を遂げている。

 柔和だった表情は鋭く変わり、朗らかな表情はまるで氷の様に色を無くしていた。

 同じ少女の相反する印象に苛まれながら、キリエは呆然と立ち尽くす。

 そうして、幾ばくかの時が流れ――。

 イリスが振り向くと共に、一時の静寂が明けた。

 

「あのねキリエ。

 この〝永遠結晶〟の中には、()()が一羽眠ってるの。途方もない力を持った、悪魔が――」

 

 だが、その静寂が明けてもキリエには、イリスの言っていることが呑み込めない。

 悪魔? この鉱石の中で、眠っている……?

 聞こえて来た言葉に対し、様々な思考が頭の中で乱立を始める。しかし、正直なところを言えば、『在り得ない』というのが初めに浮かんだ思考だろうか。

 そもそもキリエ自身、今の自分を取り囲む展開に追いつけてさえいないのだ。急に悪魔などと言われても、直ぐに理解出来るはずもない。

 しかし、そんなキリエを休ませる間もなく、イリスは次々と言葉を並べるばかり。

「だけど悪魔(コレ)は、〝星を救う〟とか、〝あなたのパパを助ける〟とか、()()()()()()()使()()()()()

 ……決して認められない、これまでのすべてを無駄にする様な否定の言葉を、何の躊躇いもなくイリスは並べ立てる。

 

「――――()()()()()()()()()()()()()()()

 

 目の前でイリスの口走る言葉の意味を、キリエは理解出来なかった。

 というより、在り得ない。そういった気持ちの方が大きすぎて、認めることが出来なかったのだ。……何故なら、イリスはキリエにとって、何よりも大切な友達だから。

 

「でも、イリス……〝永遠結晶〟はエルトリア救済の為の力だって……」

 

 声の震えを無理やり抑えながら、キリエはイリスに問い掛ける。

 全部。

 ここまでの言葉全てが、悪い冗談だったのだろう、と。

 

 

「ごめんね、ウソをついたわ」

 

 

 しかし、その想いは――。

 

「パパの病気も、治るかもって……!」

「それもウソ」

 

 結局は全て、悪夢(げんじつ)という名の壁に阻まれる。

 

「だってそう言わなきゃ、あなたに手伝わせるコトが出来なかったから」

 

 にべもなく切り捨てられて行く言葉。

 抱いた願いは幻想でしかなく、もう既に疑いさえも失われていく。

 事実は事実。

 現実は現実。

 決して覆ることの無い、当たり前の道理。

 しかし、それでも。……それでもまだ、キリエはイリスを信じていたかった。

 痛みを伴い、傷を受け――。

 理解してはいけないと心を磨り潰しながらも、信じたかった。

 ここまで来た理由も、沢山のモノを傷つけてきたのも。始まりの気持ちは、覆らない現実を覆したいという願いだったのだから。

 

「……イリス、ウソ……だよね?」

 

 だから、キリエはそう訊いた。

 違うと言って欲しくて、否定が欲しくて。

 

「――()()()()()()()()()

 

 けれどその願いは、都合のよすぎた幻想の様に、呆気なく花と散る。

 まるでそれは、大人になってしまった子供が、自らの希望を忘れ去ってしまうかのように。

 何もかもが違って。

 何もかもが虚実(にせもの)でしかなかったのだという肯定(ひてい)と共に、イリスはキリエとの〝絆〟という〝嘘〟を切り捨てた。

 

「あなたに話したことも。あなたに言った言葉も。出会ってからの全部が、ウソ」

 

 紡がれる音が耳に届くたびに、何かが軋むような音がする。

 イリスの言葉の全てが、キリエの全てを壊してく。

「…………う、そ……?」

「ええ。本当(ウソ)よ――だって何もかもが、あなたの勝手な勘違いだったんだもの」

 頬を伝う微かな(なみだ)の意味は、果たして怒りか悲しみか。

 何もかもがないまぜになった中で、イリスはキリエを撃ち抜く。

「ぁ、うっ――――」

 自分を襲った衝撃が身体中を掻き回す。

 痛みを痛みとさえ思えないほどに、白熱した鋼を押し付けられたような感覚が襲うと共に、迫り上がってくる塊に喘ぎ、咳き込んだ。

「ごほ……がぼっ……」

 咳き込むたび、鉄の味が舌を包む。

 吐き出された鮮血が床を染めるごとに、キリエの思考が段々と白く染まる。

 そうして熱く粘りつく様な味は、自分の命が……最も信じていたはずの者に削られたという揺らがぬ証明(じじつ)となり、彼女を蝕んでいく。

 段々と冷めていく理性が、漸く現実(いま)を理解し始める。

 ……だというのに、そこまで行きながらも、まだキリエは諦められていなかった。

 縋る様な目でイリスを見る。

 だが、倒れ伏せたキリエを蔑むような眼で見下ろしながら、イリスは。

 

「こうまでされて、まだあたしに縋るつもり? ……ホント、何時までもずっと変わらないのね、あなたは」

 

 呆れたようにイリスは吐き捨て、キリエを罵倒する。

 これまでずっと隠してきた鬱憤を晴らすかの如く、言葉という刃を突き立て、責め立て始めた。

「……まったく、甘ったれのあなたに付き合うのは大変だったわ」

 被った〝迷惑〟を突き返していくイリス。

 何時もうじうじと下らないことで悩み、その度に自分を頼っていた。

 時に親身に、時に励まし。時には叱りながらも、先へ進む道を指し示す。

 何度も、何度も。

 それなのに、いつまでも学ばない。

 ずっとずっと、一人じゃ何にもできないから、キリエはイリス無しで何かを成せたことがない。

 役立たずだと告げるように。

 もしくは、成せたと思っていた幻想が利用されていただけの傀儡の業だったのだと突きつけるように。

 しかし、

「――――だけど一応、少しは感謝してるから教えてあげる」

 義理立てを果たす様に、これまで傀儡に甘んじていた分だけは返して置く。

 そう言ってイリスは、ほんの少しだけ真実を語り出した。これまでひたすらに隠し続けて来た、自分のことを――まるで、自分たちの終わりを見せつける様にしながら。

 

()()()は人工知能なんかじゃない。エルトリアで暮らしてた、〝人間〟だった。――――だけどこの悪魔に、()()()は命も家族も大切なものも、全部奪われて……心だけが生き残ったまま、あの遺跡板の中で眠ってた」

 

 告げられた初めての真実は、これまでの彼女へ対する認識をがらりと変えた。

 妖精。

 遺跡板の主。

 人格を持った仮想体。

 …………もう一人の、姉。

 抱いていた全部が変わり行く。

 優しく自分を導き続けてくれたイリスが、自分以上に目的に執着していた復讐の鬼だったという真実に、塗り潰されて行く――。

「だから、ずっとずっと――眠っている間もずっと、()()()()()。この悪魔に復讐するための方法を」

 浮かぶ〝翼〟――未だに目覚めぬ〝悪魔〟を睨みつけながら、イリスは苦虫を噛み潰した様に最後にそう結ぶ。

 自分の目的は全てコレだったのだ、と。

 そのために、キリエを利用し続けていたのだと。

「……でも……ッ」

 事情は分かった。細かい経緯はともかく、イリスもまた悲しみを背負ったものだったのだと理解した。

 だが、その為に騙されていたと知り、キリエは強い悲しみの波に呑まれていく。

 何で話してくれなかったのか。

 どうして教えてくれなかったのか。

 最初から、それを教えてくれていれば――こんなことまでしなくても、よかったのに。

 と、そう責めるような思考が湧き起こる。

 信頼を逆手に取ったような思考。

 それはある意味正しく、何よりも間違っている。

 ――少なくとも、この場においてそれは鬼門(タブー)だ。

 

「…………だけどっ、だからって……!」

「――――心から願った〝思い〟があるなら、()()()()()()()()()()()()()()

 

 何故ならそれは――。

 キリエが、決して抱いてはいけない思考であるが故に。

 

「――――ぁ」

「キリエもそうやって、自分の願いを叶えようとしていたでしょ?」

 

 再び突きつけられた刃に、遂にキリエの心が完全に砕け散った。

 抱いていた覚悟はもう紙切れ以下。

 割れた心の、罅だらけの欠片(のこりかす)

 それさえも更に磨り潰すように、罪悪感という槌が打ち付ける。

 ――――沢山の〝傷〟が思い浮かんだ。

 高速道路の上で、自分が叩き落したアルフとザフィーラ。

 ヴォルケンリッターやはやて、アミタ。なのはとフェイト、ユーノ。そして、最後に撃ち抜いたリインの姿が。

 ……あの傷は全て、キリエが分かっていて作ったものだ。

 悲しみを無くすために。これから先にどんな咎を背負うことになろうと、正しいと信じたことを成そうとしたが故に。

 が、それも視点(みかた)を変えてしまえば――ただの自己満足。

 それどころか、本来なら此方の事情など、傷つけられた側からすれば知った事ではない。

 偶々、善性の範疇に収まっていただけ。こちら側さえ重んじるような、行ってしまえばお人好しの中にいただけの話だ。

 

 ――では、その境が取り払われてしまったとしたらどうか。

 

 全部を客観的に、キリエのしてきたことを端的に言ってしまえば、それは。

「みんなを傷つけて、わたしを利用して……それでも叶えたかったんでしょう? ()()()()()()が被る迷惑より、自分の〝目的(ねがい)〟の方が大事から――――」

とどのつまり、いま自分が受けているものと、何ら変わりないのではないか。――否。それどころか、自分の意志や方法を他人に任せっきりだった分、己の方が遥かに酷いのではないだろうか……?

 決定的だ。

 逡巡を経るたび、生まれる痛みがそれを物語る。

 キリエの中にあった何かがガラガラと崩れていくのが、何よりの証拠だと言えよう。

 けれど、認めたくない。

 自分のこれまでは、こんな酷いものではない。

 だから、キリエは否定してようとした。……だが、イリスはそれを許さない。

「ち……ちが……っ」

「おんなじよ」

 いまさら、都合のいい逃避など認めない。

 自分たちは目的を掲げ、それを成そうと足掻いた。

 そこで傷つくモノに、どれほどの情けをかけたのかなど瑣末なことだ。

 つまるところ、欲したのは変わらない。

 本質そのものは、何一つとして違わない。

 だから、イリスはこう言った。傷だらけのキリエの心全てを踏み躙り、自分たちの本質を刻み付ける為に。

()()()()()()も、何も変わらない」

 突きつけられた言葉が、屍になった心を抉り続ける。痛くて痛くて、助けてと叫びたかった。

 でも、誰も助けてなどくれない。

 分かっていたからこそ、認めたくなかった。

 救えるのが自分だけなら、違うと言わなくてはならなかった。

 しかし、それこそがウソだと思おうとしても……。

 既に矜持などは失って、決して欠けさせないと決めた決意さえ、今となっては塵も同然。

 

 ――最早、今の自分(キリエ)を守るモノなど、何も無い。

 

 信じていたはずのものは砕け散り、

 確かだったはずの道標はもうどこにもない。

 それが正しい事実で、目の前の現実。

 何一つとして形を残さない彼女に、再び立ち上がるきっかけなど皆無。

 ……そう。

 どこまでも、今のキリエは――〝ひとりぼっち〟だった。

 

「…………っ、ぅ…………ぅ」

 

 ……零れていく涙は、嘗て卑怯だと堪えたもの。

 しかし、最早あったはずの自分(かくご)を失った今のキリエには、留める堰を用意することなど出来なかった。

 出来たのは捨てられた赤子の様に、涙を流す事だけ。

 そんな彼女を見ても、イリスは何も言わない。

 だが、別にそれは情けを掛けている訳でも、これ以上責め立てる気が失せたからですらない。

 イリスがそうしなかった理由は、実に単純である。

 用済みの駒に、これ以上語る意味(コトバ)など無く――

 願いの本質を直視出来ず、この程度で起き上がれない者になど興味が無いというだけのこと。

 故に、

 

「……お話は終わり。

 それじゃ、バイバイ――――()()()()()()()()

 

 イリスは最後にこう言い捨て、キリエという存在への関心を完全に捨てた。

 

 〝――もう要らない――〟

 

 と、暗に告げる様にしながら。

 無様だと罵るでも、情けないと誹るでもなく――。

 

 〝信頼(きずな)〟という幻想を砕き、キリエという少女の〝希望(ユメ)〟だけを否定して――その場の全てへの興味を失ったように、イリスはただ静かに立ち去って行った。

 

 

 

 ――少女が上空(そら)へ消えた痕には、微かな嗚咽だけが残るのみ。

 虚空(フロア)に響く音は、痛々しさしか残さない。

 

 それ以上の音は消えている。

 

 地獄だった場所は、もう地獄ですらない。

 何もかもを失くしてしまった少女にとって、其処はただの伽藍洞。

 

 ――――自分が願っていた筈の理想(ひかり)さえも失って、キリエはたった独りで泣いていた。

 

 



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第十六章 抱く決意、先を目指すために

 始まりの力は、何のためのモノか。

 固い決意。
 揺らがぬ意志。
 先を目指すための力、それこそが――戦う意味。

 しかし、時は少しだけ遅く――――悪魔(てんし)が、目を覚ます。


 ――〝(まほう)〟――

 

 

 

 ある一つの真実が露見した頃。

 二つの恒星の激突があったエリアBで、ユーノは起こった戦闘で負傷を負ったなのはの治療を行っていた。

 ただ、本来の集束魔法(ブレイカー)による傷の治癒は、そこまで厳しいものではない。

 威力は高いが、基本的に非殺傷(スタン)設定の魔力による攻撃では、生物への物理的な攻撃力が伴うことはない。だが、なのはたちの様な魔力量が膨大な魔導師が行う高威力攻撃は余波だけで無機物を壊してしまうこともある。

 それでも生物が死に直結するだけの傷を負うことはない筈だが、

「…………」

 なのはの治療をしていたユーノは、彼女の()を見て、苦い顔をする。

 『機動外殻』との戦闘やキリエとの戦闘。そして、アミタから聞いたことで『フォーミュラ』や『ヴァリアント』が物理的な攻撃力を伴うことは判っていた。……判っていて、自分たちが戦わなくてはならないということも理解していた。

 けれど、実際にこうして無茶をしでかしたなのはを見ていると複雑な気分になる。

 先程なのはと戦った、シュテルという名の少女。どことなくなのはと似通った出で立ちをしたあの彼女は、魔法までなのはと酷似していて、集束砲を用いた。

 それを相殺するためになのはもまた、同じように集束砲撃を用いて、ユーノは彼女らの放った砲撃の余波を抑えたわけなのだが――その時にシュテルの使っていた攻撃には、非殺傷設定が適用されていなかった。

 それが、今なのはが負っている明確な傷の理由である。

 あれだけ激しい魔力の渦を越えたのだ。如何にA.C.S.によって、突き抜ける様な形になったとはいえ、身体に掛かった負担は大きいと言わざるを得ない。

 おまけに、

 

 《――クロノ執務官および、武装局員十六名が重傷。対象『キリエ・フローリアン』は確保しましたが、対象『イリス』は上空へ逃走。

『機動外殻』の対処に当たっていた局員は、状況が済んだ者から至急応援に向かってください。ですが、対象『イリス』は何らかの大型エネルギー反応を伴って居る為、激しい抗戦になる恐れがあります。負傷や魔力切れの者は、絶対に無理をしないように……》

 

 思念通話から流れ込んでくる状況報告に、ユーノはますます表情を曇らせる。

 ……大局を見れば、管理局側の現状は少なくとも悪くはない。

 《オールストン・シー》へ進行を掛けて来た『機動外殻』は全て倒されているし、なのははシュテルを破り、フェイトもリンディの助力を受けレヴィと名乗る少女を確保したという報告があった。

 それに、はやても残る一機の『機動外殻』を撃墜したという。

 操り手らしい少女――シュテルやレヴィの発言にあった〝(ディアーチェ)〟――は取り逃がしてしまったらしいが、逃げた方向は《オールストン・シー》の側であるため、つまり用意をしておけば確保することは可能だ。

 キリエは確保され、残るはイリスとディアーチェのみ。

 事態は間違いなく解決に向かってはいる。……だというのに、粘つくような嫌な空気は依然強まるばかり。

 割と喧嘩も多いが、クロノの実力はユーノも判っている。そんな彼が出し抜かれたという時点で、相手側はまだ何かしらのカードを残している可能性が高いとユーノは見ている。

 そもそも、わざわざ現場へ向かう時間を削ってまでアミタに『フォーミュラ』について訊いたのも、未知の力を用いる相手を警戒したのもあるが、それ以上に腑に落ちない部分があったからだ。

 

 ――まだ、相手側が隠している目的がある。

 

 そう思えて仕方がない。

 キリエが確保されたのも、イリスが単独で行動を始めた理由も、何もかもが不明瞭だった事件を更に掻き乱す。

 ……そして、こうした不安が蔓延するとき、必ずなのはは。

「……? ユーノくん、どうしたの……?」

 向けた恐れを感じ取ったように、なのはは僅かに不安そうな顔をしている。

 それを受けて、ユーノはすぐさま自分の中にあった嫌な予感を握り潰しながら、優しく治療が済んだことを告げた。

「あぁ、ごめん。――よし、応急処置はこれで終了。でも、全快まではまだ少し掛かるからね?」

「うん。ありがとう」

 柔らかな笑みを交わし合うなのはとユーノ。

 だが、既にその心の行く先は決まっていることを、言葉にしないままに、互いに理解し合っていた。

 案じる気持ちも、支えようとする気持ちも。

 守りたいという願いも、救いたいという意志も。

 何方も大切で、重い決意だ。

 それ故に、二人は互いの道を阻む事は出来ない。……否。それ以上にこの二人は、自分の役割を放棄できるようなタイプでもないのだ。

 

 ――だからこそ、決意が揺らぐことはない。

 

 再度それを認識し合い、ユーノは一度目を伏せてから顔を上げ、なのはの傍らから離れる旨を告げる。

 ただ、最後にもう一度だけユーノは、なのはに告げなくてはならないことがあった。

「なのは」

 真っ直ぐに名を呼ばれ、なのはは「なぁに?」と首を傾げる。

 彼女の顔を見て、ユーノは改めて思う。止められない事や、止めたくないという気持ちが自分の中にあることを。

 半ば予期していたが、それでも心配なことに変わりはない。

 だから、ちゃんと言葉にしてそう告げる。

 それは共に立って空を翔ることの出来なくなった少年が、これからも輝きを放ち続ける少女の背を守る覚悟の言葉。

 

「――無茶しすぎちゃ、だめだよ?」

 

 決して彼女の心が曇ることの無いように。

 迷ったとき、そっと振り返った彼女の行く先を示せるように。

 翼を鈍らせることの無いように。

 そして、必ず帰って来られるように願いを込めて、少年は飛ぶことを止めない少女を送り出す笑顔を向けた。

「うん」

 するとなのはも、ユーノに笑みを返した。

 ……ある意味それらは、どちらにとっても残酷な行為である。

 しかし、そんな感慨は寧ろ、彼らの決意を貶めるに等しい。

 抱いたのは、折れない覚悟。

 まさしくそれは、二人の絆を表すに相応しいといえる。

 そんな不屈の魂こそが、なのはとユーノを初めに繋いだ絆なのだから。

 

 覚悟を確かめ合った時間は、ごくごく短いものだった。

 だが、それで十分。

 切なくも、けれど満足そうに二人はもう一度笑みを交わして離れた。

 そしてユーノは治療のためになのはを寝かせていた車両から降りて、外で待っててくれていたヴィータに声を掛ける。

「じゃあ行こうか、ヴィータ」

 すると、ヴィータは「おう」と頷いた。

「二人共、気を付けてね」

「わーってるって。

 ま。あっちはアタシらに任せて、なのはは大人しくしてろよ。すぐ片付けてくっからさ」

 ニカッと笑って、なのはの声に応えると、ヴィータはユーノと一緒になのはの寝ていた車両を離れ、イリスの居るというエリアへ向かおうとした。

 しかし、少し離れたあたりで、向かってくる人影に気づく。

 三つ編みにした赤い髪と、ユーノより少し濃い緑の双眸をした、高校生くらいの少女。

 この事件の首魁だったキリエの姉、アミタである。

 彼女の姿を見つけたユーノは、ヴィータには先に現場へ向かってもらうように頼み、頼んでいた件を確かめるべく彼女の元へ足を向けた。

 

 

 

「……すみません、ユーノさん。妹の所為で――」

 開口一番に謝罪を述べて来たアミタだったが、ユーノはそんな彼女を制した。

「それについては、また後で……。今はまだ、事件の途中ですから」

 全てを終わらせてからでなくては、話は始まらないと。

 もちろん、目に見えるだけでも罪は大きいと言わざるを得ない。しかし、それを騒いでも解決できる問題は何もないのだ。

 故に、

「それよりも、お願いしていた件は……?」

 まずは、事件を終わらせるために出来ることをしなければならない。

 ユーノの意思に触れ、アミタも思考を切り替えて、説明を始めた。

「準備は行いました。幸い、『コア』の予備は一つしかなかったのですが、ユーノさんの方は使わないとのことでしたので、『ナノマシン』の予備だけで事足ります……でも」

 しかし、それでも無茶だとアミタは言う。

 頼まれた無茶の度合いでいえば、ユーノの方はまだマシな方だとはいえ、それでも無茶苦茶なことに変わりはない。

 不安げなアミタは、ユーノを案じるようにそういった。

 それに対し、

「……確かに、無茶だと思います」

 ユーノはまず、自分の考えが無謀さを孕んでいることを認めた。

「なら、こんなことは――」

 と、アミタは彼に思いとどまるように言おうとしたが、ユーノはそれに対してこう応える。

「本当なら、多分……僕は此処に必要ないのかもしれません。僕のやろうとしていることも多分、究極的には必要ないんだと思います」

 口調自体は、酷く平坦に。

 事実のみを述べるかのような話し方で、ユーノはぽつりぽつりと語っていく。

「なのはたちは、必ずこの事件を終わらせます。僕はみんなが未来を掴み取ってくれると信じていますし、キリエさんもイリスも、彼女たちなら救えると思ってます。……だけど、そこで自分たちの負う傷を顧みずに戦うのを見ているのだけは、出来ません」

 弱くて、戦う力に乏しい。

 それは間違いない事実だ、と。

 ユーノは自分が戦いに向いていないことを認め、それでも我慢などできないと言った。

 自分は、物語の上で必要とされていないかもしれない。少なくとも、この場には英雄(ヒーロー)と呼ぶに相応しいだけの役者がそろっている。だが、そこに割り込んででも、果たしたいことがあると。

「無茶だから止めて欲しい。止まって欲しい。

 ……そんな気持ちはありますが、みんなが止まれないんだっていうことも、解ってしまうので」

 困ったように笑うユーノを見て、アミタは何を思い浮かべたのだろうか。

 胸を占める感情は、靄が掛かったように不明瞭極まりない。重なりすぎた感情が声を上げるように、それまでの自分やこれまでの時間が思考を過ぎる。

 余りにも膨大過ぎて、障りの良い言葉は吹き飛んでしまったが――ただ、そんな中でも一つだけ確かだと思ったことを口にした。

「……ユーノさんは、弱くはありません。まして、必要とされていないなんて」

 自分を認めた少年の心は、決して要らぬものなどではない、と。

 と、そこまで言って、また一つ思考の中に答えの様なモノを得た気がする。

 事情聴取を受けた時、フェイトとユーノを選んだ理由をふと考えて、何となくキリエに似ている節があるように思えたのだが、こうして話していると、ユーノの方は少し違うのが分かった。

 ……たぶん、アミタは羨ましかったのだ。

 ずっとキリエが求めていたことを、本当の意味で認めることが出来なかった自分とは違い、支えるという行為の意味をちゃんと知っていたユーノが。

 

 無茶であろうと止まれない。

 無茶だから止まって欲しい。

 

 仲間たちの中にある二つの気持ちをちゃんと理解した上で、自分の中の気持ちにさえも整理を付ける。

 それは果たして、どれだけ重い事なのか。

 アミタにもよく分る。なぜなら彼女は、片方を()り損なって来たのだから。

 ただ一方的に守るだけでも、ただ留め置くでもない。

 それは信頼と背中合わせの苦悩で、同時に現実だ。

 たった一人で全てを守ることが出来ないように。たった一人であろうと、誰かを支え切ることは難しいのである。

 

 本当は、全てを守りたい。

 本当なら大切な人を絶対に傷つけさせたくない。

 

 それらは当たり前の感情であり、

 不可能な現実の写し鏡でもあり、

 そして同時に、酷く傲慢な考えだ。

 だからこそ、ユーノは悩みながらも、自分がそうした事柄に向き合っていくべきなのかを考え、決めたのだろう。

 

 ――仲間を支えるために、己の取り得る最良を。

 

 であればこそ、アミタが言うべきことはもうない。

 ユーノの覚悟を受けたアミタは改めて、用意した『ナノマシン』を投与するための準備が出来たことを告げる。

 適合確認(バイタルチェック)をするために、別室でモニターの用意がしてあると。

 それを訊くや、ユーノはもう一度お礼を告げて場を離れた。その背を見送りながら、アミタはもう一方の頼みを果たすために、一人の少女の元へ向かう。

 

 同じように言葉を交わし、アミタはまた揺らがぬ覚悟を聞いていた。

 諦めて後悔することも、自分が諦めたことで誰かが悲しみ続けるのを見ているのも、嫌なのだ、と。

 そして、自分の〝魔法〟はそのための力なのだ、とも。

 

 その少女の言葉に、アミタはどこか納得を得た。

 ――ユーノの言っていたのは、間違いではなかった、と。

 確かにこの真っ直ぐな視線には、救ってしまうだろうと思わせるだけの力がある。……ただ、それと同じだけ、危うさも感じさせる。

 ユーノが我慢できないと言ったのはこれが理由だろう。

 誰かを助けたいという願いは、酷く美しく、同じだけ尊い志だといえる。

 しかし、度が過ぎたら意味がない。そうなったが最後、美しさは醜さに、尊さは歪みに変わってしまう。

 狂気にも似た感覚は間違いではないのに、過ちを生みかねない。

 だからこそ、ユーノは支えたいといったのだ。どこかへ飛んで行ってしまいそうな少女の、帰るべき道標を示すために。

 これを改めて知り、アミタはつくづく思う。

(……本当にあなたたちは、まるで外れてしまった欠片の様ですね)

 声には出さなかったが、それが正直な感想だった。

 まるっきり、欠け合った欠片が互いを求め合っているかのようだ。この縁だけは、どうやっても外しきれないのではないかと思うほどに。

 例えるなら巣、或いは剣と鞘か。

 長い長い時を経ても、最初の縁を手繰るようにして――どれだけ離れていようが、いつかは戻ってくる。

 ぼんやりとだが、そう確信できた。

 それを知れたからだろうか。

 アミタはもう、協力してもらう事に抵抗を失くしていた。むしろ、自分もこの結末を見届けなくてはならないとさえ思う。

 

 ――――そうして二つの〝翼〟が再び、空を目指す。

 

 

 

 

 

 

 決意(かくご)代償(えるもの)対価(うしなうもの)

 

 

 

「…………」

 やるべき事は決まっている。

 ユーノは緑色の液体が入った注射容器(アンプル)を見ながら、改めてそう心に言い聞かせた。

 怖くないわけがない。

 これから手にしようとしているのは、未知の力。

 ある程度は情報を頭に叩き込みはしたが、それでも自分たちの知り得る理の外にあるものだということに変わりは無い。

 だが、

「――止めるなら今のうちだぞ~?」

「そうね……。やり直して別の方法を探すなら、投与しない方が身のためと言えば、その通りね」

「ロッテさん。アリアさんも……」

 決意を固め直そうとしたところで、声を掛けられた。

 夏期休暇を取ったユーノの代わりに、『無限書庫』のバックアップに出てくれていたリーゼ姉妹だった。

 数時間前に彼が資料のデータをヒットした物から全て送ってくれと頼んだのに合わせ、ひとまずここまでに集まったデータ全てを直接渡すついでに、バイタルの調整にも一役買ってくれたのである。

 ……とはいえ、今の彼女らは公には活動できない。

 書庫でのバックアップすら、元々はリンディやレティ、そしてユーノ自身が書庫の責任者であることなどからの特別措置だ。

 その為、ここに来ていることさえも秘匿事項であるし、戦闘に参加するなど御法度である。

 尤も、今回の相手は通常の魔法は効果が薄い。

 彼女らの主人であるグレアム元・提督もここ数年で前線を退いてから、だいぶ衰えが始まっている。そうした要因もあって、彼女らの力は僅かに落ちてしまっている為、前線に出すのは好ましくないと言えるだろう。

 しかし、そういった事情を除けば、リーゼたちは経験豊富なアドバイザーとしてこれ以上無い存在だ。

 彼女らもまた、自身がそうであると言う自負があるからこそ、こうして忠告をしてくれている。

「迷っているなら、止めるのもまた選択の一つよ」

 アリアは真っ直ぐにユーノの瞳と向き合った。

 引き返すならば今だと。

 そして、そこから先に進むのならば――決して後悔しない様に全力を尽くすだけの心構えを損なうな。

 と、二つの事柄をユーノに向け、彼の覚悟を確認している。

「――――――」

 恐らく、コレが最後の機会だ。

 引き返す為の、戦いから背を背ける為の機会。――なら、論外だ。

 考えるまでもない。

 当たり前だ。自分という駒を加えることで、逆にみんなが戦いにくくなる可能性(リスク)を背負うと判っていても尚、この道を選ぼうとしたのだから。

 それなら失敗は出来ない。まして後悔など、ふざけているにも程がある。

 余計な道理を挟もうというのであれば、結果がどうであれ、後悔するなど戦いに身を窶す人々全てを侮辱する行為だ。

 コレはあくまで、ユーノ自身が背負うべきもので――。

 懸けた想い、賭した危険性。それら全てをひっくるめて、押し通したいものがあるという決意。

 ――――なら、もう言葉などでは軽すぎる。

 躊躇いを捨てて、ユーノはアンプルを腕に刺した。

「……っ」

 身体の中に入ってきた異物が、段々と肉体と同化していく際の痛みが額に汗を滲ませる。

「あーあ、ったくいきなりするなっての。最初から引くような玉じゃないことは判ってるってのに……」

「そういうとこも、男の子の意地なんじゃない? クロノもそんなだったし――っと、バイタルの方、少しだけ拒絶反応あるわ」

「オッケー。治癒術の応用で緩和しとく……」

 傍の筈が、一枚壁を隔てた様な聞こえ方をする二人の声を聞きながら、ユーノは脳裏に自分の身体の中が書き換えられるようなイメージを浮かべた。

 違う(すべ)を用いる為の代償(いたみ)を、歯を食いしばり耐える。

 此処で根を上げるわけには行かない。

 何のための覚悟なのか、何のために伸ばした手なのか――その意味をもう一度、己に刻み込む。

 

 そんな精神的な心構えがどれだけの効果があったのか。

 不明瞭この上ないが、それでもどうにかユーノはその変化に適応した。……しかし、まだやるべき事は山積みだ。

 術式の記憶に応用。そして、資料の検閲。

 時間はいくら合っても足りない。

 足りない中でも、刻限(じかん)は彼らを待ってはくれない。

 

 ――――もう既に、事件の最奥までの道は見え始めているのだから。

 

 

 

 

 

 

 目的(ユメ)の代価、刻む血と目覚めた〝悪魔(てんし)

 

 

 

 《オールストン・シー》上空。

 夜の帳が下ろされた静寂な場で、イリスは〝悪魔〟を伴って佇んでいた。

 街々に灯された明かりを見つめる瞳に、苛立ちと哀愁の様なものが掠める。

 それは、懐かしさと憎しみ。通常では決して背中を合わせはしない二つの感情が、イリスの中で綯い交ぜになっていた。

 けれど、そんな感覚に意味は無い。

 瞼を閉じ再度開くと、イリスの瞳からはそうした色は消え、再び氷の様な印象だけが残ったものに(かわ)っていた。

 ――そこへ、三つの影が現れる。

 ディアーチェと、彼女の作った〝門〟によって回収されたシュテルとレヴィである。……だが、その姿は随分と傷だらけだ。

 

「あら。少し見ない間に、随分とボロボロになったわね」

 

 そんな三人を小馬鹿にしたようにイリスが言うと、ディアーチェは眉をひそめ、シュテルは「言われていますよ」と意識がぼやけているレヴィを起こそうと揺する。僅かに唸りながらレヴィが目を開けたのを見計らって、ディアーチェはイリスを見据えて問う。

「……貴様、名は確か〝イリス〟とか言ったな。いったい、どういうつもりだ?」

「何のこと?」

「とぼけるな。貴様と謎かけをする気などない。良いから答えよ。――――我は、ソレが何かを訊いておるのだ」

「…………」

 鋭く詰問をしたディアーチェだったが、イリスは飄々とした態度を崩さない。むしろ、そんな質問の方がナンセンスだと言わんばかりに笑みを深めるばかりだったが、それでは話が進まないと理解したのだろうか。

 イリスは一つ息を吐いて、こう答えた。

「どうもこうも、わたしのするコトは一貫してるわよ」

 まず口にしたのは、最初の質問への解答。

 己の目的。行動理由における心変わりなどない、とイリスは言う。

 が、ディアーチェたちからすれば、そこからして疑わしい事この上ない。

 変わってなどいない、と、イリスは言った。

 しかし、その割には成そうとする事柄が一切浮かび上がらない。一緒だったはずのキリエの姿もなく、加えて得体の知れない『何か』をここへ連れて来た彼女への疑心が深まるのも当然だろう。

 ……いや、違和感を覚えるというのなら、イリスの連れている発光体(つばさ)もそうだ。

 微かに記憶を掠める、既視感のようなもの。

 どうにも掴めない。もちろん、先程目覚めたばかりのディアーチェたちがイリスという人物のことを把握しきれないのは当然だ。――だが、それにしてもイリスの語る言葉は本心らしきものを覗かせない。

 ディアーチェたちの覚えている限りでは、キリエの故郷であるエルトリアを救うために自分たちが失った『力』を取り戻させる必要があると語っていたのが最初か。

 要するに、取り戻すための手伝いをする代わりとして、力を貸せという事なのだろうと思った。

 無論、ディアーチェとて〝王〟の名を冠される者としては、ある程度の供物には相応の対価を払うべきだという心づもりはあった。己が目的として刻まれている命題を成すために、不足した力を補う役者が必要だということは明白だったのだから。

 故にこうしてイリスらの助力を受けつつも、まずは邪魔者の排除を行おうとしていたのだ。

 けれど、いま目の前にある状況は些か語られた情報との齟齬を感じる。

 力を貸し、目的を果たす。

 それはそうなのだろうが、思えばイリス自身が最終的に遂げようとする目的を、ディアーチェたちは勘違いしていたのかもしれない。彼女はキリエとまったく同じ望みを抱いていたわけではなく、別の目的を持っていたという事なのだろう。

 ――――では、その目的とは何か?

 ディアーチェが最も問い質したいのは其処だ。

 しかし、イリスは結局それについて語ることはなかった。代わりに、まだ協力している体で話を進めていく。

「目的のためにすべきことがあって、わたしはそれをしているだけ。最初から、何にも変わってなんかないわ。――そして、王様たちが欲しがってる『(モノ)』は、()()()の胸の中にある」

 再び冷たい微笑みを浮かべながら、イリスは連れて来たモノに視線を向けると、彼女はソレを〝この子〟と呼んだ。

 まるで、その『何か』がヒトであるかのように。

 が、そう評した直後であるにも関らず、イリスはこうも言った。

「ココから抉り出せれば、無限の力が手に入る……。まあ、〝この子〟は抵抗するでしょうけどね」

「…………」

 その言葉に、今度は詰問していたディアーチェたちの方が口を閉じた。

 ヒトであるかのような言い回しであるのに、『抉り取れ』とはどういうことなのか。……否、理屈は解る。

 とどのつまり、イリスはこう言っているのだ。

「……わたしたちに、〝その子〟と戦え、と?」

「ええ」

 シュテルが訝しむように訊ねると、酷く軽い肯定が返って来た。

 そうして、招き入れる様な所作でシュテルたちへ片方の手を差し出すと、イリスは今こそが本当の〝始まり〟であると謳うかの如く、差し出した手で円を描いた。

 振り払ったその手は、踊り狂う者たちの舞台を示している。

 

「――――そう。

 ()()()()()()()()()()

 何の遠慮も要らない広大ステージで戦い、何もかもを捨て去って挑み、そうして勝ち取りなさい。

 『無限の力』を――この子を殺して、ね」

 

 その時、初めて話を聞いていた三人は、イリスの腸を垣間見たような気がした。

 込められた思いはドス黒く、しかし何処までも憎悪の炎を灯し続けている。まさしく、そこには何らかの本音が覗いている。

 だが、その気迫の様なものに、僅かだが三人は気圧されていた。

 ――――三人は知る由もないが、エルトリアにはこんな訓話がある。

 〝悪魔は、天使より綺麗で優しい〟

 もしも今のイリスを例えるのなら、それ以上に正しい表現があるだろうか。

 柔らかな声音と、冷たい微笑。美しさと畏れ、そして一種の慈愛さえも同居させている今の彼女は、紛うことなく〝天使よりも美しい悪魔〟だといえる。

 まさしく矛盾の様で、矛盾でない。

 イリスから感じ取れたのは、言うなればそういった類のもの。

 そんな道理さえも無視したような感覚(いわかん)に苛まれながら、三人はイリスとその背後にあるソレを静かに見つめていた。

 

 戦うべきかを迷う必要はない。

 確かに本能に刻み込まれた衝動が、アレの中に目的の力があると告げている。元々、ヒトでない彼女らにとって、定められた行動理念に逆らう意味などないのだ。

 何故かなどと問う意味すらない。

 仮に人間が生まれて目的を成すのだとすれば、ヒトならざる彼女らにとって、その工程はまったくの逆だ。

 目的があって、初めて彼女らという存在を生み出す工程が成立する。

 それこそが、彼女らが生まれた意味。

 こうして活動している理由そのものなのだから。

 

 ……だというのに、疑う必要のない衝動を圧し留める衝動もまた、今の彼女らの中に存在していた。

 アレを手に入れろ。

 決してアレに手を出してはならない。

 どうしたことか、自分たちのコトさえ判らなくなり、三人は己の中にある感情と意識を改めて確かめてみる。

 相反する二つの意識を鑑みるに、同じところから派生しているわけではなかった。

 手に入れろという衝動が、刻まれた本能であるならば――手を出してはいけないという衝動は、経験した恐怖からの警戒。

 ここまで来ると、流石に判り始めて来た。

 朧であろうとも構わないと道を探していたが、本当はもうその道をディアーチェたちは知っていたのかもしれない。

 否、それどころか。

 もしかすると、この二つと共に感じていた既視感は。

 今はただ忘れてしまっているだけで、きっとアレと彼女らは、共にあった存在だったのではないか――?

 と、そこまで思考が至った直後。

 閉ざされていた記憶の扉を叩こうとした、その時だった。

 

 ――彼女たちの周囲を、魔導師たちが取り込んだ。

 

「そこまでよ。全員動かないで……ッ!」

 聞こえた声は、凛とした女性のもの。

 平時であれば穏やかであろう(それ)は、警戒の為か、とても鋭い色を帯びていた。

「シャマルより、東京支局へ――。

 対象を捕捉。イリス以下、容疑者四名の姿を確認しました。これより次元法違反の現行犯で、彼女たちの逮捕に移ります!」

 報告と宣告を済ませ、シャマルを始めとした局員たちがイリスたちを見据えている。

 だが、

「――――――」

 イリスはそんなシャマルの声を耳にしても、一切の動揺を見せない。それどころか、逆につまらなそうに溜息を零すと、状況を手短に見て取った。

 どうやらその弁から推察するに、この場の指揮は彼女が取っているのだろう。

 事前に閲覧したデータにもあった顔だ。

『闇の書』の本来の〝守護騎士システム〟として据えられた『ヴォルケンリッター』の一人で、騎士たちの参謀兼支援役を務める湖の騎士・シャマル。優れた補助系統の魔法と、それらに付随する死角を突くような戦法を得意としている。

 補助系と言えども馬鹿には出来ない。実際、『トゥルケーゼ』を機能停止にまで追い込んだのは彼女だ。元々警戒はしていた。爆発的な破壊力を伴う技こそ持たないが、〝旅の鏡〟などのトリッキーな戦法は少々懸念材料でもあった為である。

 しかし、

(……まあ、この状況ならあんまり関係ないだろうケド)

 残る顔ぶれを見渡し、他に留意すべき点が無いと判断したイリスは、行動に移ることに決めた。

 本当ならもう少し揺さぶりを掛けたかったのだが、仕方がない。

 捕まってやる意味も無いし、これ以上邪魔されるのも好ましくはない。

 ――というより、単純に目障りだ。

 微かな煩わしさを込めると、イリスは拳を軽く上げる。

 すると、武装隊員の中にいたヴィータがいち早くその動作を察知するや、「動くな」と警告を発した。

 けれど、イリスはヴィータなど眼中にない。

 ここまでの戦いでデータは十分に得た。

 躍らせていた駒たちも、それなりに情報収集に役立ってくれた為、主だった『魔法』はもうイリスには効かない。まして、それが単純な物理攻撃であるのならば尚更だ。

 それに加えて。

 むしろこの場に留まる気なら、攻撃よりも自分の身を守ろうとする方が賢いと言えよう。

 まあ、それは無理な相談かとイリスは微かに鼻で嗤った。これから始まる、皮肉さを伴った惨劇を思い浮かべて。

 

 正義を振りかざした者たちは地獄を描き、

 逆に自分の身可愛さに逃げる方が地獄を回避出来る。

 

「……まったく、いつまで寝てる気?」

 そんな光景を場に生むための引き金を、イリスは一切の躊躇いなく引き絞った。

 文字通りに、眠れる〝悪魔〟をその手で叩き起こして――――

 

 

 

「――――さっさと、起きな……さい!」

 

 

 

 ――瞬間。

 また、地獄が生まれた。

 

 そして、また同じようにもう一羽の――――〝天使の様な悪魔〟が、目を覚ます。

 

 

 



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第十七章 ――〝魔法使いの意味〟――

 ――遂に目覚めた〝悪魔(てんし)〟によって、再び地獄が生まれた。

 目的への幕を開けた少女と、
 辿り着いた真実に向き合う少女。

 ……けれど、その為の切っ掛けはとても重い。

 既に全てを捨てると決めた少女は全てを為すと言い、もう一人の少女が何も為せはしないとまた突き放す。

 しかし、それを弱さと断じた事を糾す少女が一人。

 そして、更にまた――――二つの光が現れる。
 地獄を覆すだけの思いを胸に、悲しみを終わらせる為に。

 ――――並び揃った〝矛〟と〝盾〟が、眠りから目覚めた『闇』へと挑む。


 ※9/9 16:50
 冒頭の部分をカットしました。
 最初は行間みたいなつもりだったのですが、場所は後のほうがいと思いましたので、構成を少し修正することにしました。
 あと、挿絵も少し修正入れました。


抱く決意と掲げた意志

 

 

 

 ――――光の中から、一羽の〝悪魔(てんし)〟が目を覚ました。

 

 それは、あまりにも現実味の無い光景だった。

 普段から『魔法』という、本来は現実とは遠い筈の技術に日々触れている魔導師たちですら、そう思えるほどに。

 靡く髪は、まさに夜空に溶かされた金。

 見開かれた瞳は同じ色で、どこか淡い愁いを覗かせる。

 しかし、そうした可憐な見た目とは裏腹に。()()の姿は神秘的な美しさの分だけ、同じように異様さを伴っていた。

 紫色の装束は、まるで戒めの茨か鎖の如く少女を縛り付けており。

 彼女の背に浮かぶ翼は、一枚だけ削がれたように不揃いになっている。

 右に三枚、左に二枚、そんな歪な翼を背に窶し、少女はこの場でついに、永い眠りから目覚める。

 ……だが、魔導師たちはそうした光景に見惚れる事さえ許されなかった。

 目覚めの赤い波動は、〝悪魔〟を叩き起こした少女の意志(いろ)を伴うもので。

 そして同時に、魔導師たちの生命(いのち)の色だった。

 

「ぐ、が――ぁ、ああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!!」

 

 それは、誰の挙げた悲鳴だったのか。

 定かではない――しかし、夜の闇に響くその音だけが、正しく今そこに起こった地獄の様相を告げていた。

 けれど、目覚めた〝悪魔〟は、自分が何をしているのかさえ分かっていない。

「…………?」

 不思議そうに辺りを見渡し、自身の現状を知ろうとするが、見えるものは全て少女自身には覚えのない光景ばかり。

 困惑に包まれ、戸惑いを覗かせる。

 しかし、そんな彼女の困惑を断ち切るようにして、低い声が鋭く場に響いた。

 

「――――やっと会えたわね、ユーリ」

 

 聞こえて来た声に驚いたように、少女――ユーリはイリスの方を向く。

「イリス……!」

 そこにいたのは、旧知の顔。

 対面した二人は、しばし沈黙のまま見つめ合う。

 ……だが、その向け合う視線に込められた感情はまるで異なる。

 最も憎らしい存在。

 最も気がかりだった存在。

 非常に複雑な感慨がそこに在る。一言で言い表すには、互いに大きすぎる相手だ。けれど、それでも決して忘れられない間柄であることに変わりはない。

 何を言うべきだったのか、何を言いたいのか。

 決して正しい答えを持ち合わせていたわけではないが、だからこそユーリはイリスへ向けて手を伸ばした。

「イリス、あなたは……」

 伝えねばならないことがある。謝らなくてはならないことも、……再会出来た気持ちも。

 しかし、イリスはそれを拒絶した。

 否。より正確に言い表すならば、イリスはユーリの伸ばした手を、彼女に打ち込んでおいた楔によって押し殺した。

 〝ウイルスコード〟という、彼女たちの存在を縛り付ける楔によって。

「っ、……!?」

 視界を染めた緋色に、ユーリは自分が何をされたのかを理解する。

 予期していなかったわけではない。少なくとも、自分は許されざることをしたのも確かだ。

 だが、それでもまだ……まだ、伝えなくてはならないと思っていた。

 贖罪としてはあまりにも軽いものだが、どれだけ誹られようと伝える事だけはしなくてはならなかった。

 そう、思っていたのに。

「アンタ専用の〝ウイルスコード〟を打ち込んである。――全てはわたしの思い通り」

 イリスは、ユーリを自分に触れさせようとしない。少なくとも、向こうからは決して何も受け取らない。

 ――それが今のイリスが、ユーリに与える一つ目の復讐。

 己の感情を示す様に、イリスは伸ばした手を押さえつけた当てつけの様にユーリの頬を殴りつける。

「っ、ぅ……」

 無表情に。けれど、隠しきれない黒い感情を覗かせながら、イリスは殴りつけたユーリの頭をわしづかみにして、こう囁いた。

「抵抗は不可能。心も身体も、自由になんてさせないわ」

 全てを手の中に納め、使ってやると告げる様に。

 だが、

「イリス……わたし、は……」

 ユーリはその言葉を受け止めながらも、まだ伝えようとしていた。しかし、イリスはそんなユーリの言葉をはねのけ、更に彼女を縛り付ける。

 同時に、拒絶を決定付けるようにして顔を近づけながら、

「これは復讐よ。わたしは、アンタからすべてを奪う……。アンタがあたしに、そうしたように」

 イリスは、拭えぬ罪を突きつけるようにして、未だ残る呻き声を背に、最後にユーリにこう言った。

「まずは邪魔者の片づけ――手伝ってもらうわよ?」

 イリスの瞳に、また緋色の光が浮かぶ。――すると、呼応するようにユーリは胸を押さえて苦しみ出した。

「っ……ぅ――――ぐ……ぅぅ……っ!」

 脳に直接イリスの命が下されるも、自分の中にある楔に必死に抗う。

 だが、抵抗も虚しく。

 彼女の瞳に文字の羅列が走り、ユーリの中に絶対の命令を刻み込んだ。

 瞬間。

 

 

「ぁ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!!」

 

 

 

 ――――その場に、囚われの〝悪魔(カナリア)〟の悲鳴が響いた。

 

 

 

 先程の赤い波動とは異なる、紫の波動が場を震わせる。

 痛いと叫び、耐える子供の悲鳴。

 何もかもを奪い、殺す力であるのに、何故かそれは哀しげな色を思わせた。

 故に、必ず救わねばならない。

「――止めるぞ!」

「はい……ッ!」

 到着したフェイトとシグナムが、現場の危機に即時参戦の構え。

 嵐の中に飛び込むようにして、イリスと新たに現れた少女を止めんと挑みかかる。

 それを、

「ユーリ」

 イリスは、たった一言で無に還す。

 

「「――――ッ!?」」

 

 フェイトとシグナムは、何をされたのか理解する間もなかっただろう。

 それほどまでに、ユーリの力は凄まじい。

 高速機動型であるフェイトに正面から相対したかと思えば、その頭蓋を掴むやシグナムへ向けて投げつけた。

 しかし、それだけならばいくらでも態勢を立て直すことはできただろう。

 自慢のスピードを真っ向から止められたフェイトも、受け止めたシグナムとて、単なる危機(ピンチ)というだけならばここまで動揺はしまい。

 それなのに二人が動揺を隠せなかった理由は、たった一つ。

 下らないくらいシンプルな答えだ。

「な……ッ」

 何方かが短く声を上げた途端、二人は。

 まるでテレポートでもした様に、()()()()()()()回っていたユーリの一撃を受けて、気づけば海面に叩きつけられていた。

 まさに蹂躙と呼ぶに相応しい、圧倒的な力。

 一合も打ち合う暇もなく、シグナムとフェイトはユーリの持つ素の力に敗北を喫した。

 が、何よりの問題はそこではない。

 何度も言う様に、ただ一度の攻防の結果だけで戦いは終わらない。

 立ち上がる気概があるのなら、少なくとも終わりと評するには足りないだろう。

 しかし、逆に終わらせることが出来るとすれば、

「……っか、ぼ……!?」

 それは、あまりにも力に開きがあるという事実があることによってしか成し得ない。

「ごぼ、……ぐぼぉ……がぁ――っ!?」

 海中に沈んだフェイトとシグナムを押し上げる、黒い塊。彼女らの身体から直接生成されたそれは、命の具現化と呼んでも差し支えないだろう。

 何故ならそれは、数多の生命(いのち)を殺し、吸い尽くしてきた悪魔の力に他ならないのだから。

「生命力を結晶化して奪い取るのが、この子の力の一つ――近寄るだけで、皆殺しよ?」

 僅かにでも力の範囲に触れたモノを侵食し奪う、と。

 魔導師たちを嘲笑いながら、イリスは実に愉快そうにそう語った。

 僅かに意識が残っていた者たちが、その説明をどう受け取ったのかは分からない。少なくとも、彼らの『魔法』の範囲にはそうした〝命の具現〟を成し得る技術は、ハッキリ言って数えるほどしかないのだ。

 まして、個人が運用するレベルでなど在り得ない。

 ――正に悪夢。

 そう評するにふさわしいだけの〝力〟が、そこにはあった。しかも、時間が進むごとに浸食が進み、魔導師たちの力が奪われていく。

 ちょうどそれは、先程イリスが肉体を構成したのと同じ。

 正確にはユーリだけの能力だが、イリスはユーリを操って自分の身体を造る為に利用したというのが正しいか。

 ともかく、その力はイリスにとって実に馴染み深いものだ。

 ……そもそも、それは端から彼女らの為の力でもあるのだから当然だが。

 故にこそ、ユーリは哀しげにイリスの名を呼んだ。

「イリス……わたしは」

 止めて欲しい、と懇願するように。

 けれどそれは、自分の苦しみを拒むためではなく、自分の力を使ってはいけないという制止に近い。

 ……確かにイリスを殺したのはユーリで、同じようにイリスがいるのもユーリの為。

 そう、元々は一つだった。――否。一つになるはずだったというべきか。

 本来同じ器に収まるべきであったのに、今は別たれている。

 つまるところ、不可能だったのだ。

 諦めでもなんでもない。

 無理だった、と、結果が全てを証明している。

 イリスとユーリ、ディアーチェたちがここにいるという事実そのものが、成し得なかったという証明なのだから。

 だからこそ、イリスは〝復讐〟を果たすと決めたのだ。

 自分に与えられた苦しみを全て世界に返し、

 自分が苦しんだ痕跡の全てを消し尽くして、

 そうして最後に残った場所で、綺麗だったものを取り戻す為に。

 その為に今、イリスはユーリを虐げる。

 全てを壊すにはユーリの力が必要で、同時に彼女に何もかもを失う苦しみを与えなくてはならないが故に――。

 

 

「意思も力も自由にはさせない。〝大切な命〟も、〝無関係な命〟も、その何もかもを殺し尽くして……。

 ――――誰もいなくなった世界で、独り泣き叫びなさい」

 

 自分と同じように閉じ込めてやる。

 壊され尽くした世界。

 真っ暗な牢獄の中で、決して明けることの無い暗闇の中にたった一人。孤独の中で誰にも届かない叫びをあげさせてやる。

 それこそが〝復讐〟に置ける(つい)

 全ての破滅と全ての再生。

 その為の最終段階を成すと言う宣告を終えて、イリスはついに始まりを成せたと歓喜していた。

 ……だからだろうか、一瞬の隙が生じたのは。

 そこを突くようにして、背後で大きく風が揺れる音と共に、カチャリと微かに金属がこすれるような音がした。

 音の正体は察するまでもない。

 振り向くだけで事足りるというのもそうだが、そもそも()()()()()()()()()()()()()()()という時点で、何となく判った。

「…………へぇ、驚いた」

 だが、予想外と言えば予想外。

 本当に感心するように、イリスはぽつりと呟いた。

 そうして、先程まで滾らせていた黒い感情を一気に冷ましたまま振り向くと、そこにはやはり予想通りの人物が立っていた。

 髪と瞳と同じ、桃色の防護服(スーツ)と、その武装。

 左右に止められた花の髪飾りと、柔らかなウェーブを描いて風に戦ぐ長い髪をした、端麗と呼んで差し支えない少女の姿は――どれもこれも、イリスにも()()のあるものばかり。

 ……そう、そこにいたのはキリエだった。

 すっかり置いて来たと思っていたのだが、存外にしぶとかったようである。

 いや、単純にこれは。

「ああ、そっか――〝フォーミュラスーツ〟のおかげで、ユーリの能力を受けにくいのね」

 忘れていたとばかりに、軽い口調で目の前にある事象を検証するイリス。

 だが、そんなものはどうでも良いとばかりに、キリエは手に握られたザッパーにいっそう力を籠めた。

 今、二人の間に阻むモノは何もない。

「イリス……わたしは」

 向ける言葉を遮る壁はない。

 なら、それを届かせられるかもしれない、と。

 キリエは思い、

「どうする? ――撃ってみる?」

 だからこそイリスは、軽くキリエの感情をまた綯交ぜにするように、そう訊いた。

 

 〝――やれるものならやってみろ〟

 

 そうイリスは、言っている。

 キリエの覚悟を問うている。

 同時に詰っているのだ。

 ……なんて、都合の良い思い込み。

 実に下らない、と暗に告げるように。

「良いわよ? 今なら見逃してあげる……けど、もし撃ったら」

 キリエの持つ全てを、踏みにじりながら――。

 

 

「――――死ぬより、もっと酷い目に合わせる」

 

 

「…………ぇ」

 イリスは彼女の覚悟、これまでの意味を詰り続ける。

「アンタのパパとママとお姉ちゃんにも同じコトをする。―――――それでも良い?」

 冷たい緋色の瞳が、向かい合う桃色の瞳をじっと見据える。

 その視線を通して、キリエは身体の中身全てが凍りつかされている様だと感じた。

 自然と手が震えてくる。凍えそうなほどに冷え切った所為なのか、それとも単に怖いからなのか。

 仮に後者だとして、ならここでイリスを撃つことこそが勇気だというのか。

 そんな迷いを感じ取ったように、

「ほら、やっぱり撃てない」

 イリスはキリエを、臆病者だと罵倒した。

「アンタは結局なんにも変わってない。あたしがいなきゃ何にも出来ない。自分じゃ何にも決断できない」

 向けられた言葉がキリエを追い詰めていく。何もかもが分からなくなり、苦しみばかりが募り続けている。

 そんな心の隙を、イリスは抉り続ける。

「弱くて、泣き虫で――冴えない子」

 これまで重ねて来た全てが嘘だったから、今のキリエは紛い物。イリスが整えたお人形で、目的のための駒に過ぎない。

 だからこうして相対しているのに、何も出来ずに震えている。

 見捨てられ、糸の切れた独りきりのマリオネット。

 この星を殺す手伝いをして、この星の人々に災厄を運んで、滅びを齎した道化者。

 何も出来ない、役立たず。しかも、現実を見ることが出来ないから、それを違うと言いたいからこうしてここにいる。

 だから中途半端。だから引き金も引けない。

 貫くことさえできないニセモノに、何の価値もない、と。

 イリスの否定は止まらない。

 誰よりも見ていたから。

 誰よりも傍にいたから。

 ――だから、結局はこれが事実なのだと、イリスは並べ立てていく。

 突きつけ、抉り、心を揺らす。

「違う……ちがう……っ! あたしは……ッ」

 そうして、突きつけられた()()に、罅だらけの心が、摩耗に耐え切れず悲鳴を上げた。

 血を吐くように、知らず染み込んだそれらを吐き出す様に、キリエは叫ぶ。

 自分の弱さから目を背け、涙に濡れた、とてもひどい姿で。

「――違わないわ」

 自分を知れ。現実を知れ。真実を知れ。

 イリスは平坦に、一切の起伏なく淡々と告げていく。

「現実は絵本なんかとは違うの。

 独りじゃ何にも出来ない女の子は、大人になってもそのままだし……どんな願いも叶う指輪なんて絵空事」

 夢を見るな。

 都合の良い幻想に縋るな。

 決して甘くはない現実を変えたいのなら、その程度の覚悟で此処に立つな。

「いつまでも優しい時間なんて続かない。

 綺麗なモノなんて直ぐに壊れて、痕に残るのは傷ばっかり……」

 けれど、

「――――でも、当たり前のことなのよ。そうした何もかもが」

 それこそが、現実。

 何時であろうと、諦める事を強いられる辛い世界。

 夢などなく、具現化出来るのは確実な事柄だけ。逆にそれ以上を望めば、必然的に〝報い〟を受けることになる。

 哀しく、厳しい。

 そんな報われないという不条理こそが、絶対の法則として敷かれたものこそ、正しい現実と言えるだろう。

 であるが故に、

「願いは叶わないし、悲しい物語は悲しいまま終わる。

 何かの切っ掛けがあろうと、変われない人間は死ぬまで変わることは出来ない。

 努力が報われないこともあるし、絶対に届かない壁もある。同じように、叶える為に死に物狂いで何かをして、それが成功するってことは、そこに絶対があるから……」

 賭した想いは、黒く黒く染まり、焼け付きそうなほどに冷え切った。

 だが、それだからこそ、必ず成し遂げることが出来る。何もかもを犠牲にして、何もかもを捨て去って、何もかもを消し去って、終わらせて、そしてやり直す。

 他ならぬ自分がそう決めて進めて来たのだから、コレは絶対。

 しかし、ならばキリエにはそれがあるのか? ――答えは、否だ。

 

「あなたには、それがある? あるわけ無いわよね。だってずっとずっと、わたしの傀儡(にんぎょう)だったんだもの。だからあなたは何も決められないし、引けないわ。

 そんなに軽い〝切っ掛け(トリガー)〟さえもね――――」

 

 そう締めくくり、イリスはキリエの事を静かに嗤った。

「っ……、ぅ…………ぅぅ」

 後には、何も語れなくなったキリエが押し潰されそうな重みの中で、いっこうに動けずにいた。

 イリスの言うとおり、彼女はザッパーのトリガーを引くことは出来なかった。向けていた腕は次第に下ろされていき、併せるように視界はますます涙に濡れる。

 本当に、一人ぼっちになった様だ。

 イリスに置き去りにされて、ウソを教えられて。あまりに痛かった現実が認められなくて、同じだけ目の前で始まろうとする悲劇が自分の所為なら止めねばならないと思った。

 だが、止める方法など判らない。

 仮にイリスを撃ったところで、果たして止まるのかさえ定かではない。

 そしてもし、本当に家族が――思い込んでいた