聖戦の彼女と彼女の恋 (早起き三文)
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聖戦の彼女と彼女の恋
「ミデェール」
「ブリギット様!?」
リューベック城の天守から臨む砂漠、魔の砂漠と呼ばれるイード砂海を眺めていたミデェール、ユングヴィの弓騎士は、背後から声をかけてきた女性の姿をその目に捉え、驚きの声を上げた。
「イザークへ、私達の子と共に行ったのではなかったのですか!?」
「そういう訳にはいかないでしょう、あなた」
騎士の主君筋にあたり、今では妻となっている彼女の、その決意に満ちた強い声。
クアァ……
「この戦いは、私達ユングヴィ家が過ちの一端を担っているの」
どこからか、砂漠を越えているオオワシの声が紅い夕陽に覆われた空へと響く。
「最期まで供をするわ、ミデェール」
「ブリギット様……」
「様、はもういらない……」
二人の影が軽く重なり合った後、その夫婦は手を握りしめながらイードの砂漠へじっとその視線を向けている。
「でも、やっぱり」
「やはり、なんですか、ブリギット」
「子供達の事は心配」
その妻の声、どちらかと言えば武骨の男であるミデェールには気の効いた言葉を舌へ乗せる事は難しい。
「心配はいらないわ、姉様」
夕の陽を受けた砂漠が、美しくその光を空へ返す光景を見つめていた、二人の背後へ向けて投げ掛かる。
「姉様達の子は」
ブリギットと呼ばれた女性によく似た女の声が、虚ろに響く。
「エーディン?」
「あの子たちは、ね」
純白の神官衣へと身を包んだ女性は、その実姉の言葉に薄く笑った。
「とても安全な場所へ行ったから」
「安全な、場所……?」
ニッコ……
満面の笑みを浮かべるエーディンと呼ばれた女性の衣、その白い衣服は夕陽の光を浴び、紅く……
「ミデェール」
「はい、エーディン様……?」
「嘘だったの?」
「ハッ……?」
「私を生涯愛すると言うのは」
夕陽をその身へ浴びているエーディンの問いかけ。それにとっさにミデェールは答える事は出来ない。
「意味が、分からないのですが……?」
「これで、二回目なんでしょう?」
そのエーディンの言葉、それに夫婦は顔を見合わせて、首を互いに傾ける。
「二回目、ですか?」
「新たな系譜を刻むのは」
紅く、どこまでも紅く染まった白を纏う彼女の言葉、それは言葉をおうむ返しに放ち返すミデェールはもちろん、ブリギットにも理解などは難しい。
「ちょっと、エーディン……」
少し、苛立ちをその面へと出したブリギットは、険しい顔をしながら実の妹へ詰め寄る。
「ハッキリと、説明してちょうだい」
「解ったわ、お姉様」
エーディンへと近づけたブリギットの視界には、一面の純白の神官衣。
「あら……?」
それの余りにも深く夕陽の「紅」に染まった箇所を見て、ブリギットは怪訝そうにその細い眉を潜める。
「エーディン、服の紅い染みは……」
ガァ!!
「ブリギット様!?」
突然に、自分の妻の頭へと疾った黒い陰を見て、ミデェールは驚愕の声を張り上げた。
「ミデェール、あなたは」
ブリギットの頭蓋骨を陥没させた、癒しの力を司る神聖なる杖。何かを受けて黒ずませた色を放つそれに、新たな深紅の色が付着した。
「ずっと、私のルートにいればいいの」
「ブリギット様!!」
「今回も、私はあなたを信じて、ずっと、誰とも、結ばれずに、待っていたのに」
「ブリギットォ……!!」
変わり果てた妻の身体を揺さぶりながら、ミデェールは狂ったようにその首を何度も振り、泣きわめく。
「三回目、必ず約束ね……」
「エ、エーディン様……!?」
「あなたは、レスターとラナの父親だけでいい」
双眸の焦点も、理解の心も無くしかけているミデェールのその、頭へと。
「約束したからね、ミデェール」
ゴゥ……
リューベックを照らす夕陽にも劣らぬ情熱の心、それを秘めた運命の扉が。
「どうせなら、新しい運命の扉を」
唸りをあげて振り下ろされ、扉が閉められると同時に。
「ロードをせずに、開いてね」
虚空へ向けてエーディンは穏やかに微笑んで。
フゥフ……
傍らへ横たわる二人へ向けて、その唇を綻ばせた。
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