真・恋姫†無双 呉史『神弓の章』 (軍団長)
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転生

血と鉛と硝煙の匂い

 

死と生が僅かコンマ数ミリで隣り合う

 

それが俺の生きてきた世界

 

ガキの頃がどうだったとかは記憶に無い

 

父の顔も母の顔も知らない

 

ひたすらに引き金を引き続け

 

他人の恨みも怖れも何も知らない

 

ただただ命を刈り取るだけの毎日

 

その行為が生み出す結果を知らず

 

ただただ命じられるがままに

 

射って

 

撃って

 

弾って

 

そして俺は・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

気が付けば、何も無い真っ白な空間に俺はいた。服は着ているが、それ以外が何も無い。確かに寸前までもっていたハズの銃も、そして『直前まで何をしていたのか』と言う記憶も。直前のことだけがスッポリと抜け落ちている。どうやって生きてきたかも、何なら引き金を引いた回数まで正確に記憶していると言うのにそこだけがだ。

 

『やぁ、青年』

 

どこか間の抜けた声に、振り返ればそこにはドラマや映画に出てくるような、うだつの上がらない私立探偵、みたいな服装と顔をした男がいた。

 

「幾つか質問がある」

『ふむ。いいよ、答えられる範囲でなら答えよう』

「アンタは何者だ?俺は何故ここにいる?」

 

俺の記憶が無い事に関しても問いたくはあった、だが俺の中の優先順位で先ずは現状を確認すべきだと思ったのだ。

 

『僕の名は『神農』、『外史』の管理者さ』

「『外史』?」

 

聞いた事の無い単語だ。

 

『そうだね・・・・分かりやすく言えばパラレルワールド、と言うヤツさ。二次創作、と言うのは知っているだろう?』

 

その問いかけに、俺は頷く。

 

『元は同じ作品であっても書き手、紡ぎ手によって物語はまるで違う結末を迎える。それが『外史』でありその管理者の一人が僕、と言う訳さ』

 

外見にそぐわない『気』を感じていた。人の姿はしているがこれは人ではない、そう俺の中の理性が告げていた。そしてそれは正しかった。俺の理解が的外れで無ければ『外史』と言うのは『可能性』の世界、俺や俺と同じ世界に生きていた人間が気づくことが出来ない、だが確かにあった別の時間の、別の歴史を歩んだ、確かな『世界』。その管理者、人がそれを単純な言葉で言い表すならば『神』と呼ぶのだ。

 

「ならば次だ、何故俺はここにいる?」

『その質問に答えるためには一つの事実を君に突きつけなければならない』

 

予感はあった。目の前にいる『神農』が『神』と呼ばれる類の存在であるならば、何故俺はそんな存在と同じ場所にいる?見当もついた、だからこの質問は答え合わせのようなものだった。

 

『君は既に死んでいる、今ここに来ているのは君の魂だ』

 

矢張りか。

 

『死因を告げてもいいがそこは詮無い事だ、それに死ぬ直前の記憶は君には無いだろう?』

「あぁ」

『ならば過ぎた事を気にするよりもこれからの事を話した方が建設的だ、そうは思わないかい?』

「あぁ・・・・その通りだ」

 

神農の言葉の通りだ。俺は死んだ、その事実は何を論じても揺るがない。であるならば、俺がここにいる意味を問うべきだ。

 

『君にはとある『外史』に行ってもらいたい、俗に言う『異世界転生』と言うヤツだね』

 

知識としては知っている。二次元趣味に傾倒していた同僚がこちらの聞く聞かないを気にせずにベラベラと熱く語っていたのを覚えている。確か「転生ハーレムものは王道」だとか「俺TUEEEEE!系主人公になりたい」だとか言っていた気がする。

 

『それに当たってだが・・・・要望はあるかい?少なくとも、その世界の住人として生まれ直してもらうから今生での記憶は失ってもらう事になる』

「『眼』を」

『『眼』?』

 

俺の短い答えに、訝しげに問い返してくる神農。

 

「俺は・・・・ロクデナシだった。職に貴賎は無いとは言うがそれは法の範囲に収まってこそ、金で人を殺すなんて商売はそれに当て嵌らない」

 

どんな理由で、切欠で始めたかなんて覚えてない。だが俺が生きてきた世界はロクデナシだらけの世界だった、俺も含めてだ。誇るわけじゃない、だが俺という存在を保っていたのは俺の『眼』だった。なんと説明したら良いのか、『死線』が見えるのだ。自分に向かって放たれた銃弾や刃物の軌道、それが致命傷なのかそうでないのか、また逆に相手のどこに当てれば死ぬか、どう動けば無傷で切り抜けられるか。その軌跡が、見えるのだ。

 

「俺が、例え記憶が無くなろうが、別人として生まれ変わろうが。魂の奥底にいる『俺』を消したくないんだ」

『承ろう、他には?』

「無いな」

 

それだけで十分だ。

 

『思っているより欲が無いんだね』

「俺が『俺』でいられる、それだけで良い」

 

神農は、ニコリと笑ってから手を振りかざす。すると、何もなかったハズのそこに、一枚の扉が現れた。

 

『その扉を潜れば君の新しい人生が始まる。これまでの事は忘れるし、当然僕の事も忘れるだろう』

「ああ、そうだな」

『記憶に残らない事を承知の上で、君に一言贈ろう』

 

話の途中で既に歩き出し、今まさに扉を開かんと伸ばした手を止める。今生で最後に交わす会話ならば、記憶に残らずとも魂に刻むつもりで聞かねばなるまい。そうしなければ、ならない気がしたのだ。

 

『君の新たな人生は数多の苦難に満ち溢れているだろう。でもね、それと同じぐらい、いや君が今生で得られなかった分まで喜びと楽しみに満ち溢れていると僕は確信している。話す事も、顔を合わせる事も最早無いだろうね。でも僕は君の織り成す物語を最後まで読むよ、だから・・・・』

「飽きさせない努力はしよう」

 

最後の一言を遮り、柄にもなく、口元を歪ませながら俺は扉を開け放つ。

 

そして意識が薄れ・・・・・・・・

 

 

SIDE 神農

 

『・・・・行ってしまったか』

 

僕ら管理者は、希にこうやって現し世で死んだ者の魂を呼び寄せ、外史の内から無作為に一ページを選びとりそこに転生させる。それは気まぐれであったり、何らかの調整のためであったりと理由は様々だ。

 

でも僕は、今ままで誰一人として転生させた事はなかった。それは『医』と『農』、人の営みを司る神であれと、そう願われ『創られた』が故の性分だったのかも知れない。一度死した魂を輪廻の輪より引き剥がす行為を、一種の『死』として捉えていたのかも知れない。

 

だが、彼の魂を見た時、私は思わず手を差し伸べていた。

 

空虚。

 

虚無。

 

空っぽだった。

 

そんな事があるはずがないと。

 

生前の彼は暗殺者だった。

 

幼少期に親に売られ、紆余曲折を経て一人の暗殺者の下で育てられる。育ての親となったその暗殺者の背を追うように、彼も10歳を過ぎた頃にその道を歩みだした。ありとあらゆる『銃』を自在に操るその様から『魔弾の射手(マックス)』なるコードネームで呼ばれるようになった。百発百中、放たれた銃弾がターゲットを外す事は生涯で一度も無く。

 

27の誕生日を迎えたその日。

 

かつて殺した男の、その娘に道端で刺され。

 

死んだ。

 

およそ17年、それだけの年月人を殺し続けたならば。空っぽであるはずがない。それが生きるためのものであれば罪悪感だったり、愉悦を求めてのものであれば快楽に染まっていたり、人の魂と言うのは何らかの『色』に染まっていて然るべきなのだ。

 

それが無かった。

 

初めての事だった。

 

その空虚の意味を知りたかった。

 

だから主義を、捻じ曲げてでも彼を転生させた。

 

『僕の信念をねじ曲げさせたんだ、僕が納得の行く答えを見せてくれよ・・・・なぁ?』




どうもはじめまして。作者の軍団長です。
かなり勢い任せで書き始めた作品で、見切り発進気味に投稿したので色々心配です。

主人公は享年27歳、現世では暗殺者。恋姫世界では・・・・どうなるんでしょうね?次話から恋姫世界に転生した主人公の物語が始まります。幼少期からやるか、ある程度成長した状態からはじめるか、早速迷ってるところなんですけどね。


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蒋欽

矢を番え、引き絞り、放つ。

 

放たれた矢は俺の『眼』に映る『軌跡』をなぞって(しし)の眉間へと突き刺さる。

 

響き渡るは断末魔、俺の『眼』に映っていた『幾つかの軌跡』が消えると共に、猪が倒れた。

 

 

―――――――――

 

「おっ兄貴が戻って来た!」

「しかもでっけぇ猪を担いできたぞ!?」

「流石兄貴!!そこに痺れる憧れるぅ!!」

「騒いでる暇があったら火を起こせ!あと包丁だ!疾く皮を剥ぎ飯にする!!」

「「「「「ウィーっす!!」」」」」

 

父と母は俺が二つの頃、流行病で亡くなったと聞く。その後は祖父母に育てられたが、その祖父母も七年前に亡くなった。財産や家は親戚を名乗る連中に持っていかれ、放り出されたのも直ぐだった。手元に残されたのは祖父母が形見の弓と直刀のみ。

 

俺は山へと篭った。山の獣たちを相手にひたすらに生と死を賭けた戦いを繰り返し続けた。

 

『テメェが蒋欽ってガキだな?』

 

そんなある日、どうやら何処からか俺の生存を知った親族たちが町のゴロツキたちに金を掴ませて差し向けてきた。余程俺の事が邪魔であるらしい。俺はその連中を叩きのめした、叩きのめして親族たちの居場所を探り当て、矢文を撃ち込んだ。

 

『今後いかなる干渉も許さぬ、次に干渉を認めたならば鏃には文では無くキサマらの首が提げられると思え』

 

それ以降、親族から追手、刺客の類が差し向けられる事は無くなった。無くなったが・・・・

 

『兄貴と呼ばせて下さい!!』

 

舎弟が出来てしまった。こちらが返答する前に、荷物を纏めて俺の住んでいたあばら屋の近くに陣取ってしまった。それに、悪意に対する処方は知っててもそれ以外の意思を持って接してくる者に対処する方法を俺は知らない。なし崩し的に、俺は彼らを率いる事になってしまった。

 

近隣のゴロツキ集団を叩きのめし勢力が膨れ上がり、気が付けば数は五百を越えるようになっていた。中央から来る臓腑の奥底まで腐ったような役人や、庶人を食物にする悪徳商人、そういった連中だけを狙って襲わせ、他所から入ってくる賊を討ち取り続けた。

 

気が付けば毎年、縄張りの村から志願者まで出て来て加わる有様。今では近隣の村々からは元々いた太守の軍勢よりも頼られてしまっている。どうしてこうなった、と思いはするが俺を慕い、頼って集っている連中を見捨てたり切り捨てたりするような真似は出来ない。

 

「そう言えば最近流れてる噂、棟梁はご存知ですか?」

「あぁー、あの噂な!」

 

いつものように獲ってきた獲物を調理し、商人から奪った酒で宴を催していれば一組の男女がそんな事を言いながら近寄ってくる。

 

黒い長髪を首後ろで纏め上げ、狐のような細い目をした少女。顧雍、字を元歎、真名を柚杏(ゆあん)。同じ揚州内だと陸家や朱家には負けるが相応に家格の高い家の出身。なのだが、しきたりだなんだと面倒な事が元々嫌いだった上に、望まぬ婚姻を迫られ、堪忍袋の緒が切れて出奔。したが捕まって身売りされかけていたのを俺たちが救出、実家に戻る事を拒否した上で俺たちに付いてくる事になった。武力はまるでないが、冷静であり聡明、今まで俺の感覚に任せていた戦いに『理』を与えてくれた補佐役だ。

 

ボサボサな頭に無精ひげ、睨まれただけで皆が逃げ出しそうな凶相の男性。凌操、真名を(こう)。呉郡で五十を率いて暴れていた賊の頭目。俺との一騎打ちに負けると俺の傘下に、それ以来官軍や他所の賊との戦いでも常に先頭をきり戦ってくれている頼りになる存在。見た目と言動とは裏腹に冷静で思慮深く、しっかりと組み合う泥臭い戦いでは幾度となく助けられている。

 

「天の御使いが孫堅に拾われた、と言う話か?」

「えぇ、その通りです」

「本当に面倒な事になりやがったもんだ」

 

易者として有名な管路なる人物の予言。細かい内容までは忘れたが、『天の御使いが流星と共に現れて来る乱を鎮める』、そう言った感じの内容だったと思う。建業太守孫堅は『江東の狂虎』と呼ばれる程勇猛であり、まさしく英傑を人の型に収めたような・・・・いやむしろ収まりきらない人物だと伝え聞いている。そんな英傑が天の御使いを掌中に収めたと言う。

 

「・・・・柚杏、他の動きはどうなってる?」

「甘寧殿と孫堅の娘、孫権が率いる軍が戦闘を開始したようです。現状、形勢は甘寧殿が有利なようですが」

 

甘寧は廬江を拠点とし、長江を縄張りにしている江賊、錦帆賊の長を務める少女だ。俺たちと同じく、襲うのは民に不評な官軍であったり、悪徳商人であったりだが余りにも派手に動きすぎたためか、今回孫堅が動き出し娘を派遣するに至ったようだ。水上で戦うならばそうそう負ける事はないだろう、だが・・・・

 

「徐盛殿、陳武殿は現在、孫堅軍の韓当と戦闘を開始しました。形勢は不利、正直言って陥落するのも時間の問題だと思われます」

 

徐盛と陳武は呉郡南部を縄張りにする山賊の頭目だ。二人共腕は確かであり、十把一絡げの官軍相手ならば問題は無かっただろう。だが相手は孫堅の右腕とも呼ばれる宿老韓当、一筋縄ではいかない相手、と言うよりも孫堅の次に戦いを避けたい相手ではある。

 

「どうします?甘寧、徐盛、陳武がやられりゃあ次は俺らの番ですぜ?」

「そうですね、早い段階でどちらか一方でも壊滅を食い止めるべきだと具申致しますが?」

 

二人の意見は援軍を出す、で一致しているようだ。・・・・・・・・が。

 

「俺たちは動かない」

 

俺の答えを聞き、いつの間にかバカ騒ぎを止めて話を聞いていた皆が息を飲む。

 

「ですが・・・・」

「アイツらの買った喧嘩だ、それに俺たちの都合で手を出すどころか首まで突っ込むのは筋が通らない。次が俺たちだと言うならば準備を整えるべきだ。奴らが降伏し、孫家の尖兵として攻めくる事まで想定して・・・・な」

 

俺の意見に反論しようとしていた柚杏が、俺の言葉に息を飲む。甘寧、徐盛、陳武が敗死するならまだマシなのだ。孫家の兵が減り、上手く行けば将の一人や二人、道連れにしてくれる可能性がある。だが、失った兵を補填する形で、三人が孫家の配下として降ってしまっていたならば。それは最悪の事態になる。消耗らしい消耗をしていない孫家の軍勢が此処を攻めてくる事になるのだから。

 

「空腹を満たしたならば直ぐに動け、糧食の収集、罠の張り直しと確認、必要があれば追加。装備品の点検、防護柵の修繕と補強、やるべき事は沢山あるぞ」

「「「「「へいっ!!!」」」」」

 

俺の言葉に皆が慌ただしく残った飯と酒をたいらげ、慌ただしく動き始める。

 

「昴さんは斥候を出し情報収集を、柚杏は防備の総指揮を・・・・それぞれ頼む」

「おうよ」

「はっ!」

 

甘寧、徐盛、陳武はそれぞれに揚州内で名の売れた面々だ。それを打倒するだけの軍事力、そして降伏させるだけの器が孫家に備わっているならば・・・・。だがそれは仮定でしかない、そうなる『可能性が高い』だけなのだ。確率の高い事象について俺は対処し対応する、ただそれだけだ。最後の最後まで抵抗するか、降るか、それを決めるのも戦ってからでも遅くはない。言葉だけでは語り尽くせない事も不思議な事に一度刃を交えれば相手の思いが、考えが、見えてきたりするものだ。

 

「さて、どうなる事やら」

 

 




第二話でした。

結局、成長した状態から始める事になりました。それなりの規模の山賊団の頭目、というのが現在の肩書きになるんでしょうか。

次話は『孫家VS蒋欽』の戦いになります。攻めてくるのは誰か?主人公はどんな戦いをするのか?次話をそれなりにお楽しみに。

それと、あっという間にお気に入り登録が四十を超えました。本当に、ありがとうございます。


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韓当

「・・・・ここまでするか、孫家・・・・否、孫堅」

 

俺たちが拠点を構える呉郡南部の小山、そこに詰める兵力はおよそ五百。それを俺、昴、柚杏と元は各勢力の頭を張っていた面々に率いさせて戦う。俺たちの強みは小部隊同士の連携、それぞれが固有の役割を必ず一つ持ち、各隊がその事を理解し、互いに邪魔をせぬよう、手を組み、動く。だがその強みも自由に動ける場があってこそのもの。

 

孫家の引き連れてきた兵力は五千。実にこちらの十倍。しかも山を包囲する形でこちらに遊軍を作らせないように立ち回ってくる。こうなってしまえば圧殺されるのを待つだけだ、『本来ならば』だ。

 

既に集合していた、仲間たちへと振り返り、俺は何時もどおりに声をかける。

 

「我らを怖れてか、確実に叩くためにか、江東の虎は五千もの兵力を投入して来た。負けるしかない、降るしかない、抗う術無し、背く術無しと思う者もいるだろう。だが・・・・俺は生まれてこの方変わる事無く臍曲がりだ。是と言う答えしか無い事象には否と答え、否と言う答えしか無い事象に是と答える」

 

そう言うと、皆が笑みを浮かべたり、笑い声を上げたりする。俺がそういう人だと、そうでなくっちゃなと。

 

「であるからこそ、この状況でも俺は戦い、抗い、背こうと思う。逃げたいと、無理だと思う者は直ぐに此処を降り孫家に降ると良い。止めはしない。だが・・・・・・・・」

 

途端、皆の顔が引き締まったモノになり、武器を持たぬ手で拳を握り掲げる。

 

「戦うと決めたならばトコトンまでやるぞ!!」

「「「「「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」」」」」

 

 

 

SIDE 韓当

 

「韓将軍」

 

四方より千づつ、予備兵として千。それを以て包囲し、降伏を促し無血で降す。それが公瑾の策だったはずだが・・・・

 

「賊が戦闘態勢を取っております」

「あぁ、分かっておる」

 

山中より、地を揺らし天をも落とすのでは無いかと思えるような大歓声。それと共に、山全体に殺気が充溢する。

 

「重装歩兵を前に立てよ!相手の出方を見極めつつ包囲を狭める!」

 

儂の号令と同時に兵が隊列を変え、動き始める。

 

「何故」

 

傍らに控える少女からの声に、儂は視線を向ける。

 

「何故抗うの?五百と五千では戦にすらならないはずなのに」

 

少女、孫権様は孫家の血筋にあって非常に、非常に、ひじょーーーーーに珍しい事に生真面目を体現されたようなお方だ。母と姉と妹に振り回されながらも己の成すべきを成し、孫家の娘である事を誇りに思い、立場に甘んじる事無く母や姉妹の分までもその重責を一身に背負おうと邁進なさっている。

 

「さぁ、儂は軍人です。なので賊の気心と言うのは皆目見当がつきませぬ、つきませぬが・・・・そんな儂の勝手な予想で良ければ、お聞きになりますかな?」

 

儂の言葉に孫権様はゆっくりと頷く。

 

「測っておるのでしょう、孫家と、それに仕える者を。興覇や子烈、文嚮らも言っていたでしょう?『蒋欽』と言う男は気高き『鷹』のような男だ。認めぬ存在には徹底的に抗うが、認めさせるだけの器を見せつける事が出来たならばその身命を賭してでも仕えてくれるだろう。と。」

「えぇ」

「彼のものは儂らを、孫家を、測ろうとしておるのですよ。百万の言葉を尽くすよりもたった一度、刃を交わす事の方が雄弁に物事を語る事とは往々にしてあるものです。大殿はそれをお分かりになっていたから、四方の将として伯符様、仲謀様、尚香様を配されたのでしょう。『見よ現在(いま)の孫家と次代の孫家を、どうだ?我らと共に来ぬか?』と問いかけておられるのです、戦を通じて」

 

大殿、孫堅様は粗にして野だが卑に非ず、理を通さずして真を知る。感覚で様々な事を理解し、感覚で事を成す。見ていないようで凡ゆる事を見、その器は儂のような非才の凡夫の眼から見ても『王』足り得ると思える程だ。その大殿が、『蒋欽』と言う男を測るべき存在だと認めたのだ。

 

「私には分からないわ」

「大殿を理解する事は儂らも出来ません、故に儂らに出来るのはただただ『信じる』事だけなのですよ」

 

考えても理解しきれない事に時間を費やすぐらいならば、それまでの結果を鑑み『信じる』方が圧倒的に早い。

 

「分からないわ」

「今はそれで良いでしょう、先ずは目の前の戦です」

 

しかし・・・・山中より放たれる気、これは一筋縄では行かなさそうな相手だ。

 

「徐々に包囲を狭めよ!!敵の出方を観る!!」

 

 

―――――――――

 

「田兄弟がやられました!!」

「李景が捕縛!北側二の構えまで押し込まれてます!!」

 

次々と届く敗走の報。昂さんも、柚杏も、かなり押し返されているとの事だ。俺が担当するここも、かなり押されている。

 

「宿老韓当と虎の次女、孫権か」

 

旗印から想定されるであろう相手の名前を、呟いた。韓当、の名はよく聞く。当主孫堅や程普、黄蓋ら他の二人の宿老程の派手な活躍も武勇伝も無い。だがとにもかくにも失敗が無い。攻めも守りも基本に忠実、定石を外さず、不安定を排し常に安定した状況を作る事に長けている。それは俺の経験上、最も怖い相手である。

 

「止むを得ん、俺が前に出る」

 

俺の宣言に、周囲がザワつく。

 

「もし俺が負けるか、捕まるか、いずれにしろ戻る事が出来ない状況に陥ったならば迷わず逃げろ。昂さんや柚杏に従って、な」

 

あの二人は、義理人情も弁えてはいるが、それでいてなお合理的な判断に身を委ねる事が出来る。俺が死んだとしても仇討ちなどせず、俺が捕まろうとも無理に奪還を考えたりはしないはずだ。

 

弓矢は使わない、腰から提げた直刀を抜刀し声を張り上げた。

 

「我が名は蒋欽!!官の将よ!我と刃を交える気概あらば前に出よ!!」

 

五分五分、と言う賭けである。韓当、とまではいかなくとも相手側でそれなりに勇名を馳せたような猛者が出て来て、それを討ち取る事がかなえばまだ形勢を傾ける事が出来る。まぁ、誘いに乗らずに弓矢で射たれればそれまで。避ける事はできるが、必ず全てを避け切れるわけでは無いのだから手傷の一つぐらいは覚悟せねばならんが・・・・

 

「貴殿の気概に感じ入った・・・・秣陵太守孫堅が家臣、韓義公!!その申し出を受け、お相手仕る!!」

 

戟を携え、現れた老齢の将。その名乗りには驚きを隠せなかった。

 

「孫家の宿老殿が直々にお出ましとは、光栄の至り、と言いたいところだ。ところではあるが・・・・」

「賊の首魁たる己の相手に何故、と?」

 

韓当の問に、俺は首を縦に揺らす。

 

「貴殿の放つ気、それは凡百の者が持ち合わせるモノに在らじ。賊の首魁と侮って半端者を宛てがえばこちらの恥、故に儂が出る事にした」

 

戟を一振り、「話は良いか?」と問いかけているよう。俺は再び肯首し、直刀を構え・・・・駆け出した。

 

「蒋公奕」

 

今までに感じたことのない熱が、奥底から湧き上がるのを感じた。

 

「全身全霊にて」

 

魂が叫んでいるようにも思えた。『行け』と。

 

「参る!!」

 

従おう、魂の叫びに。




第三話でした。

韓当さんはロリババア張昭と違ってガチなジジイキャラです。

次話は韓当VS主人公。剣の腕前って・・・・どんなもんなんでしょうね?


そしていつの間にやらお気に入り登録が三桁へ・・・・ありがとうございます。


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敗北

SIDE 韓当

 

逸材である。

 

蒋欽と刃を交える最中、思ったのはその一言につきる。

 

十倍の軍勢に対し、物資も不満足で備えも賊のそれで半日以上持ちこたえる指揮力はまともな軍勢とまともな装備、防備だったならばと思わせるだけのものがある。

 

一騎打ちを持ちかける機、限界ギリギリを見極め立て直しが効かなくなる寸前で仕掛けてきた。その戦術眼を活かせるだけの兵数と手駒が不足している、と言う現実。

 

惜しい。

 

そしてこの一騎打ち。

 

興覇たちからは弓の名手と聞いていたが、直刀を用いての近接戦もまた相当なものである。防ぐ事は出来ているが、何度か冷や汗をかかせられた場面がある。だがいかんせん、基礎的な体力の差だろうか。既に蒋欽は疲労困憊、当初に比べ剣速が鈍ってきている。

 

惜しい。

 

何よりも『重み』が足りない。威力も速度も非凡、だからこそその『重み』の無さが悔やまれる。

 

大殿より仲謀様を任されているのは、儂と仲謀様の性質が互いに『慎重』さと深く『考える』事に重きを置く共通項があるからこそなのだろう。それは光栄な事だ、不謹慎な事ではあるが大殿と伯符様、双方に何かがあれば次代の当主は仲謀様。よもやすれば、泰平な世を創り上げた後には仲謀様に万事を任せ引退する事すら考えているのかも知れない。

 

だが、仲謀様にも片腕が、『矛』が必要となってくる。仲謀様自身は興覇をそうすべしと考えている節があるが、興覇はむしろ『盾』に向いている。後事を仲間へと託し、顧みる事なく標的を討ち果たすべく前へと進む。『矛』に求められるのは『冷徹』である事と『仲間を信じる事』。蒋欽は間違いなくそれが出来ている、出来ているからここにいて、敗北が見えている今もなお耐えている。

 

「蒋公奕に一つ問う」

「・・・・・・・・何、だ」

 

肩で息をしながらも、律儀に言葉を返してくる。今の蒋欽の目的は時間を稼ぎ、仲間たちが『逃げる準備』を済ませる事。だからこそ、儂からの問にも必ず答えなければならない。

 

「何故賊になった?」

 

純粋な興味だった。彼ほどの実力者、その気になれば仕官先などいくらでもあっただろう。家柄、と言う点で取らぬ者は多かったかもしれないが、確かな眼と見識を持つ者であれば彼の才能を見抜き、あるいは見出し登用するハズだ。

 

「求められた、からだ。賊になろうと思っていた訳ではない、俺を頼ってきた皆を食わせるためにそうする必要があっただけだ。故郷にいられなくなった者、家を逃げ出して来た者、そんな者ばかりであるが故に仕官する訳にも行かなかった、だからこうした」

 

見捨てられなかった、自分を頼ってきた者たちを見捨てると言う選択肢など最初から『有り得なかった』。だから世間一般から賊とされようと、そうする選択肢しか選ばなかった。

 

「我らが主君、孫文台は・・・・そんな事はまるで気になさらんお方だ。この戦、儂らが勝ったならば降る事も、考えてはくれんか?」

「勝てば、だ御老公。貴方の加減があったとは言え私はまだ立っている」

 

ヒュン、と直刀を一振りし構え直す。その眼には、先程までよりも鋭い光が宿っている。

 

「それにだ、降る事も考えてくれ、などと弱気な考えで他者を降せるとお思いか?」

「む?」

「『我らは勝者だ、故に降れ』と。俺を打倒したならば高らかに宣言されるが宜しい」

 

なるほどなるほど、耄碌しかけておったらしい。そのような単純な摂理すら忘れておったとは、恥ずかしい限り。

 

「うむ、そうだな。詮無き事を聞いてしまった、忘れてくれ」

「承知つかまつった」

 

儂も今一度戟を構え直す。相手は手負いの猛禽、気を引き締めてかからなければこちらが喉笛を噛みちぎられる事とてあるやも知れん。

 

「ならば、続きと参ろうか」

「あぁ」

 

 

―――――――――

 

凄烈では無い、驚く程の剛撃でも無い、堅実で基本に忠実な動き。だがそれを崩す事が出来ずにいる。しかも・・・・

 

「セァっ!!」

「っ!?」

 

疾く、重い。

 

受け流す事を許されぬ速度に加え、受けに入れば一々直刀を弾き飛ばされる始末。それも身体もろとも、だ。体格差と地力の差があるとは言え、ここまで一方的に押されるとは思わなかった。

 

『大将の攻めは弓矢にしろ剣にしろ軽いんだよなぁ』

 

ふと、頭の中で昂さんの言葉が流れる。

 

『人としての重みって言うのかねぇ?俺らみたいなハンパ者をキッチリまとめるだけの器は間違いなくある、あるんだけどその器が空っぽって言うか何て言うか・・・・あー、学がねぇから上手く言えねぇんだが・・・・』

 

人としての『重み』とは良く言ったものだ。韓当殿は孫家でも最古参であり、常に前線に立ち兵を指揮していたと聞く。賊の頭目である俺と一軍を率いる韓当殿、その背負うものの差が『重み』の差なのだろう。

 

「ゼァアッ!!」

 

最上段からの振り下ろし、韓当殿の上背から、韓当殿の膂力が加われば到底受けきれるものでは無い・・・・無いが。

 

「アァアッ!!」

 

ガラにもなく声を張り上げ、真っ向から戟を受け止めに入った。腕も、肩も、脚も、全身が悲鳴を上げる。それでも、受け止めるべきだと思った。将の持つ『重み』を真っ向から体感したかったのだ。

 

「その意気や良し」

 

一瞬の拮抗。だがそれは直ぐに崩壊し、徐々に押し込まれていく。

 

「だが・・・・儂の勝ちだ、蒋欽」

「あぁ、俺の負けだよ韓当殿」

 

甲高い音と共にヘシ折れた直刀、右肩から袈裟懸けに走る熱。視界を染める赤。

 

「好きに・・・・す、ると、い・・・・」

 

途切れる意識、暗転する世界。

 

「軍医を呼べぃ!!この者の手当を急げ!!儂らは山に残る者たちに降伏勧告をしに行く!!」

 

最後に聞いたのは、韓当殿の声だった。

 

―――――――――

 

次に起きた時、そこには見慣れない天井があった。

 

「おぅ、起きたか棟梁」

「良かった・・・・」

 

覗き込む昂さんと柚杏の顔。二人が無事だった、と安堵すると共に俺は事の顛末を理解してしまった。

 

「負けたか」

「はっはっは、悪ぃ悪ぃ。あの爺さん強過ぎだ」

「昂さんが一合もたずにやられてしまったので降伏せざるをえませんでした」

 

俺と同じように全身包帯だらけの昂さんと、真逆に無傷なままに座る柚杏の姿。

 

「仲間はどうなった?」

「棟梁が韓将軍に敗北して間も無く、潰走致しました。棟梁を助けようと昂さんと一緒に突貫したのが三十、私と一緒に投降したのが二十弱。併せて捕縛されて城外にいるのが五十弱で、他は散り散りになりました。まぁ、棟梁に負けて無理やり抑え込まれていたのが殆どでしたからね」

 

五十弱か。むしろ、それだけの人数が俺と共にいる事を選んでくれたと言うわけか。

 

「起きたか、蒋欽」

 

戸を開けて現れたのは韓当殿と他数名。その中には甘寧、徐盛、陳武の姿もある、あとは・・・・

 

「さて蒋欽、勝ったのは儂ら孫家だ。『降れ』」

「そうする他無いだろう、この二人と城外で捕縛されている面々も引き連れての降伏になるが?」

「今は人でが足りんでな、一人でも使える者が増える事に関して異論は出るまい。賊、という点でならば興覇らの前例もある」

 

とうとう官兵か。物の見事に何の感慨も沸かないな、これは。

 

「とは言え・・・・興覇や文嚮、子烈のように多くの手勢が残った訳では無い。下手をすれば新兵を預かってもらうやもしれん」

「構わない」

 

古参の兵と、お目付のように補佐の名目で武官の誰かを付けられる、と言う可能性も考えていたのだ。昂さんや柚杏がどうなるかは分からんが、敵意などとは無縁な新兵を預けてもらえるならばむしろ好待遇とも言えるだろう。兵に関しては自らの望む色になるよう、鍛えれば良いだけなのだから。

 

「それと手勢の関係上、一武官として働いてもらうことになると思う」

 

何でも甘寧は水軍大将、徐盛と陳武は副大将をそれぞれ拝命しているとの事。江賊である甘寧と、半分江賊的な活動範囲だった徐盛、陳武が水軍関連に選ばれるのは当然と言えば当然。しかも俺たちは特に何か孫家側の軍勢を極端に手古摺らせたわけでも無く、特筆すべきところが現状無いわけだからこれもまた当然だろう。

 

「凌操も武官、顧雍は文官として働いてもらう事になる」

 

昂さんと柚杏が、それぞれ無言で肯く。

 

「と言うわけで、宜しいですかな?仲謀様」

 

甘寧たちに守られるようにしていた桃髪、褐色肌の少女が前へと進み出てきた。なるほど、遠目にも見ていたが・・・・

 

「孫権、字を仲謀だ」

 

江東の虎の次女、か。親に似ず慎重である、と言うぐらいの話は聞いていたが実際相対してみるとそのとおりだ、と分かる。

 

「貴方には私の直属武官として働いて貰う」

「・・・・韓将軍、ご説明を願おうか」

 

苦笑しながら、韓当殿が頭をかいて。

 

「儂を始めとした黄蓋、程普、張昭、張紘の宿老。孫堅様、孫策様、孫尚香様の主家の方々、他、周瑜や天の御使いをはじめとした若手一同もお主らを臣従させる事に異を唱えはせんかった。だが・・・・仲謀様だけが否と申された。興覇らのように直接干戈を交えた訳でも無く、また義憤から戦っていたわけでもない。そんな面々を手放しで信用など出来ぬ、とな」

 

良くも悪くも真面目なのだろう。そして俺の行動が相当、不実に見えたのだろう。ハンパ者を集め、徒党を組み、義賊のような事はしているが甘寧たちのように国を憂うような主義も主張も無く。また敗れればあっさりと掌を返し降る、うん。自分で言ってても小物にしか聞こえてこないなコレは。

 

「仲謀様は今現在、直属の部隊と言うものを持ってはいない。故に、これ幸いにと監視をするために手の届く場にお主を置きたいと申されたのだよ」

「俺だけ、なのだな?」

「えぇ、そうよ」

 

なるほど、形は違えどもこの人もまた間違いなく虎の娘だ。

 

「承ろう」

 

観念するしか無いだろう。無い信頼は、今から勝ち取っていけば良い。が、それにしても・・・・

 

先行きが、不安で仕方ない。




第四話でした。

まぁ後衛メインの弓武将と前線で戦う長柄系武将がまともに一騎打ちやったらこうなるよねーって話でした。

そして蓮華様の主人公に対する塩対応・・・・まぁ、場合によってはご褒美ですよね!え?私だけですか?

とまぁ、次話からは日常編?的なモノを書いていこうと思います。


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孫権

主人公、蒋欽のプロフィールになります。

姓名:蒋欽 字:公奕 真名:飛鷹(ひよう)
性別:男 年齢:17歳
容姿:黒い肩ぐらいまでの長髪、三白眼
服装:黒いフード付きパーカー風上着に黒いカーゴパンツ風のズボン
   仕官後は上着に赤いラインが追加

生前は暗殺者であり、ありとあらゆる『軌道』が視認出来る特殊な『眼』をもっていた。
死後、神農を名乗る存在により『眼』を持ったまま記憶だけを失くし転生。
両親を流行病で亡くし、実家を親族に乗っ取られ、命まで狙われるが送られた刺客を尽く返り討ちにし、刺客としてやってきたゴロツキたちを配下として山賊デビュー。以後、近隣の賊を打倒して呉郡一帯の侠客の元締めに近しい立ち位置を得る。
その後、討伐軍を率いてきた孫堅ら秣陵軍と戦闘。配下の殆どは離散し、蒋欽自身も韓当に敗れ(凌操もこの後に)捕縛。韓当の要請に応じ、孫家へと仕官する。
元々、職務に対して忠実な気質であったためか張昭、張紘ら二大文官に早いうちから評価され、韓当、程普、黄蓋ら武官筆頭の面々からも気に入られる。が、孫権からは『成り行きで賊をやっていた』と言う一点により警戒されており、それは現在も続いている。


「聞けば聞く程興味を唆るな、天の国の話と言うものは」

「そう?」

 

俺が孫家へと降って既に三ヶ月が経過した。ある程度家風にも馴染み、先達たちともだいぶ打ち解けて来たと思う。その中でも最も馴染んだのが北郷一刀、世に伝う天の御使いと呼ばれる人物だ。と言っても年齢は同い年、かなり気安い友人としての付き合いをしている。

 

「そう言えば三番街の饅頭屋で蜜柑饅と言う新商品を出すみたいだぞ?」

「へぇー、それは面白そうだなぁ」

 

最初は多少の警戒を伴っていた。そもそも『天の御使い』と言う胡散臭い呼び名を持つような存在だ。妖術使いのような力を持っていたりするのではないか?とも思った時もあったが・・・・実のところ、頭の回転が良いお人好し、と言うのが最終的な評価だ。文字は読めない、この国の常識が欠如している、だが妙に聡いところがある。知識にも偏りがあるが、時に周囲を驚かせるような発想をする事もある。

 

―――――――――

 

「風水様、こちらの精査を」

「うむ・・・・飛鷹の作る書類は抜けが無く、文字も綺麗じゃから大助かりじゃわぃ」

 

張紘、字を子綱。真名を風水(ふすい)。立ち格好こそはピンとしているものの、腰まで伸びた顎鬚、頭髪の白さ、そして刻まれた皺。もう一人の文官の長と違って、見た目からして最長齢のご老人。温厚篤実、滅多に怒鳴る事は無く、怒る時は静かに、切々と理と情を以て説く人。

 

「そうまで言って頂けると手伝ったかいがあるというものです」

「うむうむ、近頃の若手にはこういった内政仕事は不人気でなぁ。重要度を理解出来るような地位になった頃に、兼業出来るように育てるしか無いんじゃよ。出来れば専業でやってくれる若手を、雷火と育て上げたいもんじゃがなぁ」

 

孫家に臣従し、向こうから接してきてくれたのが一刀とこの風水様だった。一刀は生来のお人好しから、だっただろうが・・・・

 

『蒋欽、少しお主の知恵を借りたいんじゃが時間はあるかぁ?』

 

何でも、俺が縄張りにしていた地域での施政状況を知りたいとの事だった。直接見に行く事は稀にあるが、その時にはどれだけ悪政を敷いていたとしても覆い隠そうと思えば隠せる。小狡い人間はそういった小細工だけは得意であり、確たる証拠がつかめない。だから現地で暮らしていた俺の証言が欲しい、と言う事だったのだ。

 

その時以来、風水様は小さな仕事を俺に持ってくるようになった。それが徐々に増えてきて、今では周りの文官と同等の仕事を預けられるようにもなった。そのおかげか、文官勢とは距離がかなり縮まった気がする。

 

「飛鷹はおるか?」

 

扉を開けて現れたのは、風水様と並ぶ文官の長。張昭、字を子布。真名を雷火、外見詐欺の方である。何せ見た目は俺や一刀よりも若く見えてしまうのだから。だが経験と知識の蓄積、効率的な運用の手腕は積み重ねた年月相応であり、孫堅様に真っ向から意見を言える数少ない人材でもある。

 

「はっ、ここに」

「おったか。風水、飛鷹を借りていっても構わんか?」

「一段落着いたとこじゃ、構いやぁせんが・・・・」

「なら借りるぞ」

 

 

―――――――――

 

「すまんの、わざわざ連れ回して」

「いえ、何時もの事ですから」

 

あのあと、俺は雷火様と連れ立って近隣の豪族たちへの挨拶回りへと赴いていた。と言うのも、俺が仲謀様の直属武官となった事の喧伝が主目的との事らしい。自慢する訳で無いが、『呉郡の鷹の目』と言えば『江東の虎』程では無いとは言え、結構な勇名として揚州に広まっていたらしい。様々な意味合いで『力が無い』と言われていた仲謀様に『呉郡の鷹の目』が助力する、と喧伝する事で仲謀様にはそれだけの『器』があり、また従えるだけの『力』もあるのだ、と思わせるのが目的だったようだ。

 

「孫家の未来のためにも、必要な事だと理解もしています」

「うむ、皆がお主のように聞き分けが良く、なおかつ協力的であればワシも苦労しないんじゃがな」

 

そこは孫家の気風である、としか言えないだろう。当主である文台様からして誰よりも自由人であるし、長女の伯符様、三女の尚香様もその気質を受け継いでいる。宿老の一人、公覆様も文台様に近しいし徳謀様もそんな気質がある。文嚮、子烈もそれぞれ公覆様、徳謀様の直下に近しいから影響されつつある。昂さんもどっちかといえば、こちら側に近いだろう。

 

仲謀様は他の家族に似ず生真面目だ、公瑾殿もそうだし興覇、幼平、子明、柚杏も真面目な分類に入るだろう。風水様、雷火様は当然であるが、ややどっちつかずなのが伯言ぐらいだろうか?いや、アレは性癖が特殊なだけだからどうなのだろうか?

 

「仕方ありますまい、今の家風を無理矢理に修正したとして・・・・それが『孫家』だと、胸を張って言えますか?」

「・・・・頭の痛い事に否、としか言えんな」

「無理に矯正を考えず、少しでも理解し手伝ってくれる者を増やす事に腐心すべきでしょう」

「じゃな」

 

孫家は言ってしまえばまだ走り出したばかりだ。これから、徐々にさきの事を考えれば良い。

 

 

SIDE 蓮華

 

「ごめんなさいね、みんな仕事で疲れてる時に集まってもらって」

 

夜半、私の部屋には風水、思春(甘寧)、悠那(徐盛)、風央(しおう)(韓当)の四人に集まってもらっていた。

 

「前置きは結構、飛鷹・・・・公奕の事じゃろう?蓮華様」

 

真っ先に口を開いた風水の言葉に、私は無言で頷いた。有り体に言ってしまえば、私は公奕の事を心良く思っていない。思春も、悠那も、(あきら)(陳武)も、それぞれに国の在り方に、役人のやり方に、不満を持ち、義憤のために民のためにと戦っていた。だが公奕はハッキリと言っていた、「別に何かがあったわけじゃない、成り行きでこうなっただけだ」と。それでは十把一絡げの賊と変わらない、だがそんな公奕を母様は受け入れると言った。

 

「蓮華様の危惧は分からぬでも無い、じゃが考えすぎじゃよ。公奕は確かに主義も主張も無く、成り行きで賊の長をやっていたと言う点で思春や悠那、陽と同じ扱いをしろと言うのはどだい無理な話じゃ・・・・じゃがのぅ、あやつが臣従し既に三月じゃ。孫家の臣として、十分過ぎる働きをしており兵士たちや民からの信望も厚い。儂も、ここにいる皆もその事は認めておる。その公奕を、いつまでも蓮華様一人が認めぬ、と声高に言い続けておる・・・・それがどういう意味を持つか、分からぬ訳でもありますまい」

 

分かっている。公奕の実力も、功績も、認めるに十二分なものであり、本来ならば私直属の武官と言う立場もあるのだ、真名を預け合うほどの信頼関係を築いていなければならないはずなのだ。だが・・・・私は、公奕の事がイマイチ分からない。一度たりとも喜怒哀楽の表情を見せた事は無く、常に冷めた眼をしている。そんな彼を信用しきれていないのだ、私は。

 

「ふむ・・・・蓮華様、一つ提案して宜しいか?」

 

そう言って、手を挙げたのは風央だった。私は、ゆっくりと首を縦に振る。

 

「一度、公奕と直接話をしてみては如何か?二人きりで」

「二人きり、で?」

「然り。恐らく蓮華様は公奕と直接語り合う、と言う事はしてこなかったのではありませんかな?」

「・・・・・・・・ええ」

 

確かに、語り合う事はおろか二人だけになる状況と言うのを意識的に避けていたかも知れない。

 

「であれば尚更、我ら武人は刃を交わせば」

「文官である儂らは仕事ぶりからおおよその事は分かります」

「ですが直接に刃を交わす事も無く、彼の仕事の仔細を見る事も少ないのであれば語る事で読み取るしかありますまい」

「そう、ね」

 

孫家の、『江東の虎』の娘が直属の武官と不仲。そんな噂が囁かれ始めている事も分かっている。それは孫家にとっての不利益に違いない、監視のために置いたと言うのは孫家の家臣たちは理解しても民はそうは取らない。風水や風央の言うとおり、公奕と直接語り合い、続けて手元に置くのか、他の手段を取るべきなのかを、決めなければならないのだろう。

 

「風水、風央、早速明日にでも公奕の仕事を調整して一日空けて欲しいのだけれども」

「はっ、御意に」

「仰せのままに」

「思春、悠那・・・・明日は公奕の分の仕事を請け負って欲しいのだけれども・・・・」

「お任せを」

「はいはい、任せて下さいねー」

 

明日の面談で、公奕の事が少しでも理解出来れば・・・・良いのだけれども。




第五話でした。

多分、蓮華様は原作の一刀の時もそうでしたが思想、実力の両方で認めさせれば結構距離を近づけてくれる人だと思うんですよね。でもそうなる前はバリバリ警戒してくる、どれだけ周囲が認めていても自分が認めなければーってタイプだと思ってます私は。

で、次回は蓮華様と主人公の面談回になります。

盆休みも終わり、明日から仕事再開なのでゆっくり考えながら執筆を進めたいと思います。

あと、いつの間にやらお気に入り登録が200を突破してました。本当にありがとうございます!


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孫権 その二

「飛鷹、今日は仲謀様の部屋へ行け」

 

朝一、前日に予定されていた部隊の調練に赴くべく準備をしていた俺に風央殿からそう告げられた。調練は悠那と陽が代わるから、との事でもあり俺は仲謀様の部屋へと向かっていた。

 

俺と仲謀様の仲はあまり良くない。こちらから意識してそうしている訳じゃない、仲謀様がこちらを避けるようにしているのでこちらも意を汲んでそのとおりにしているだけ。だがそうする事で、領民たちにまでそれが伝わっている事は分かっている。仲謀様への領民からの信望は厚い、だがその直属武官であるハズの俺とは仲が悪い。そんな状況があらぬ憶測を産み、民の不安を煽る事も分かっている。分かっているからこその、仲謀様からの呼び出しなのだろう。仲謀様がどのような解決方法を取るかは分からない、だがそれ次第で・・・・俺は去就を考えなければならないだろう。

 

「仲謀様、蒋欽です」

「入って」

 

部屋の外から声をかければ、直ぐに返答が入ってくる。短く「失礼」と言いながら扉を開ければ、最近では護衛のように張り付いていた思春の姿は無い。補佐に着いていた穏(陸遜)の姿すら無い。

 

「急に呼びつけてごめんなさい、二人で話がしてみたかったの」

「いえ、今の俺は仲謀様直属の武官です。その指示、要請に従うのは至極当然の話でしょう」

「・・・・そう。立ち話もなんだから座って」

 

一礼し、椅子に座る。

 

「貴方とこうやって話をする事は無かったものね」

「そうでしたな」

 

思い返しても見れば、最低限の指示、報告を除けば改まって話をするという時間は無かった。俺と仲謀様に足りないのは相互理解、と言う事なのだろうか。

 

「公奕は呉郡の生まれなのよね?」

「ええ、父母はそこそこ大きな商家でした」

「・・・・それで何故賊に?」

 

そう思うのも当然だろう。と言うことで俺はかいつまんで、賊になるまでの経緯を説明していった。少々、人に言えないぐらい荒っぽい事もしたのでそこはぼかして話をしたが。

 

「そう、だったの。ごめんなさい、踏み込んだ事を聞いてしまって」

「いえ、思春、悠那、陽、昂さん、柚杏は知っている事ですし風水様、雷火様、風央殿もこの話は知っています」

 

それでも、どこか申し訳なさそうな顔をしている仲謀様。

 

「風水様や風央殿から聞いているかも知れませんが・・・・俺は思春たちのように、義憤や民を思う気概から賊になったわけではありません」

 

仲謀様の表情が変わり、俺の話を聞く態勢に入っている。

 

「何も期待していなかったんです、国にも、役人にも、何の期待もしていなかった。『だから』賊になった、後ろ盾も無ければ志があるわけでもなかった俺たちは『生きるために』賊になるしかなかった」

「生きる、ために」

 

悪徳役人や悪徳商人ばかりを標的にしていたから義賊、なんて持て囃されはしたがそこに上下は無い。義賊だから上等だと言うわけではなく、山賊野盗だから下等と言うわけでも無い。『賊』は『賊』なのだ。

 

「民の殆どもそうです。極端な例えにはなりますが高祖劉邦と二世皇帝胡亥、それぐらいの落差が無い限りは民にとっては為政者が誰でも構わない。その日その日を生きていられる、それが一番大事なんです」

 

誰が治めるかは大きな差さえ無ければどうでもいい。日々を生きていけるかどうか、民にとって大事なのは『それだけ』。恭順の意を示す意味で、喜んで見せる事はあっても心の底から歓迎する何て事は少ない。

 

「だが俺は、孫家ならば・・・・揚州の民が、もしかすれば天下の万民が。『その日を安心して生きていける』国を作ってくれるかも知れないと言う、期待もあるんです」

「公奕・・・・」

「正直、俺の面があまり良く無いのは知っています。あまり感情を表に出す性分でも無いんで、不気味だと思われるのも分かります。それでも、俺が孫家に抱く期待と、その期待を成し遂げるまで孫家と共に歩もうと言う『覚悟』は本物です、それだけは・・・・信じて欲しいんですよ」

 

一代で作り上げる天下など脆いものだ。だが孫家には『孫堅(先駆者)』がいる、『孫策(繋ぐ者)』がいる、『孫権(安定させる者)』も、『孫尚香(未来の可能性)』もいる。道半ばに倒れたとしても、その道を継いでくれる者がいる。だから俺は孫家を選んだ。

 

その事は、仲謀様にも理解して欲しいんだ。

 

SIDE 蓮華

 

こうまで公奕が何かを語る、と言うのは初めてかも知れない。思春や悠那、陽から聞いていた公奕は寡黙で表情を表に出さず、常に冷静で感情に身を任せずに『理』で戦を動かす一種の傑物だと。

 

風央や風水に後押しされたとは言え、今日公奕と話せて良かったと思う。私たち生まれながらにある程度の暮らしを保証されていた者にはわからなかった感覚。

 

「何も期待していなかったんです、国にも、役人にも、何の期待もしていなかった。『だから』賊になった、後ろ盾も無ければ志があるわけでもなかった俺たちは『生きるために』賊になるしかなかった」

「生きる、ために」

 

それは衝撃的な言葉だった。思春たちと戦った時にも、薄々感じていた事ではあった。でもこうしてハッキリと言われて、改めて感じた。『何も期待していない』の言葉。自惚れていたのかも知れない、生まれて母様の背中を見てきたからこそ、自分たちが民を治め、導き、護らなければならない。そうする事を民も望んでいるから、そうあらねばならないと。

 

「民の殆どもそうです。極端な例えにはなりますが高祖劉邦と二世皇帝胡亥、それぐらいの落差が無い限りは民にとっては為政者が誰でも構わない。その日その日を生きていられる、それが一番大事なんです」

 

生きる。

 

それが民にとっては一番大事、知識としては知っていた。それでも、どこかで他人事だったのかも知れない。分からないから、理解出来ない、と心のどこかで思い込んでいたのかも知れない。

 

「だが俺は、孫家ならば・・・・揚州の民が、もしかすれば天下の万民が。『その日を安心して生きていける』国を作ってくれるかも知れないと言う、期待もあるんです」

 

これまでの公奕の語りに、私の心には靄がかかりかけていた。自分がやってきた事は、自分が正しいと信じて疑わなかった道は、間違っていたのだろうかと。でも、公奕の言葉は私の中にかかりかけていた靄を一瞬で払ってくれた。公奕がそう期待してくれているという事は、他にもそう期待してくれている人がいるかも知れないと言う事。

 

「公奕・・・・」

「正直、俺の面があまり良く無いのは知っています。あまり感情を表に出す性分でも無いんで、不気味だと思われるのも分かります。それでも、俺が孫家に抱く期待と、その期待を成し遂げるまで孫家と共に歩もうと言う『覚悟』は本物です、それだけは・・・・信じて欲しいんですよ」

 

私は、公奕そのものを認めたくなかったんじゃない。公奕を、公奕の在り方を認める事で『自分の考えが間違っている』事を認めたくなかった。思春たちの語る公奕の在り方は、自分が目指していた位置とは真逆のもの。

為政者として民を『庇護』しなければと考えていた自分と、並び立つ者として民と『協力』していた公奕。そこに確かにあった差を、認識したくなかっただけなのかもしれない。

 

「信じるわ」

 

そう答えを返す事に迷いは無い。

 

「でもその前に聞きたいことがあるの」

「何なりと」

「私たちが貴方を降した戦い、あの時・・・・貴方は何故『弓』を使わなかったの?」

 

公奕の異名は『鷹の目』。思春たちにも、公奕の『弓』には気をつけろと言われ通常よりも多くの、しかも風央の精鋭兵をつけられ護衛されていた。だが、報告を聞いても公奕が『弓』を使ったという話は一向に聞こえてこない。だからこそ気になった。

 

―――――――――

 

「信じるわ」

 

胸中にあった思いは吐露した。結果として、仲謀様からその言葉を引き出せた事は最上だと言えよう。

 

「でもその前に聞きたいことがあるの」

「何なりと」

 

事ここに至って隠すような事も無い、答えが用意出来る質問であるならば全て答えてみせよう。

 

「私たちが貴方を降した戦い、あの時・・・・貴方は何故『弓』を使わなかったの?」

 

そう来たか。だが、『俺』を、蒋公奕を知ってもらう意味でも、俺が『弓』を使うと言う事の意味を教えておいた方が良いのだろう。

 

「俺はですね、『弓』を持ち、『矢』を番えたならば『必ず射殺す』と決めているんです。当てるだけでは駄目、一射にてその命を奪う。それが俺の小さな矜持、たった一つの掟」

 

意識した事では無い、俺が弓を手に取るようになった頃から、俺の中の『何か』がそう囁くのだ。それが間違っているとは思わなかった、むしろそれこそが正解だと俺の本能が理解していた。

 

「だからこそ、俺はあの戦いでは『弓』を使わなかった。孫家に降る事は大筋決めていた、もし噂だけが先行した愚物の集まりであったならば相討ち覚悟で『弓』を使うつもりもあった。だが・・・・風央殿と打ち合って分かった、噂は本物だったどころか・・・・こちらの想像の上を行くと」

 

風央殿はまさしく将の鑑たる存在、その人が愚物の配下である事を由とする訳が無い。孫家を信じていた、と言うよりも風央殿程の将が仕える孫家、と言うのを信じていたのだろう。

 

「俺の『弓』は敵対する総てを射抜く、だが孫家は『敵』では無く背を預け合い共に行く『仲間』になれると思った。だから使わなかった・・・・」

 

さて、仲謀様から返って来る答えはどうなのだろうか?

 

「ごめんなさい・・・・貴方は私たちを信じようと、歩み寄ろうとしてくれていたのに私はそうする事を拒んでいた」

 

謝罪、と言うのは少々想定外だった。

 

「仲謀様、俺は・・・・」

「蓮華」

 

そんなつもりでこの話をしたんじゃない、そう続けようとした俺を制した仲謀様がそう呟く。

 

「蓮華と呼んで?貴方の信頼に報い、これまでの謝罪の一歩として。貴方に私の真名を預けたいの」

「・・・・ならば飛鷹と、そうお呼び下さい『蓮華』様」

「えぇ、改めて宜しくね『飛鷹』」

 

まぁ、俺が想定していた状況とは違うが真名を預け合うまでになったのは想定以上の成果でもある。

 

炎蓮様(孫堅)には風央殿や雷火様、風水様に祭殿(黄蓋)や粋怜殿(程普)がいる。

 

雪蓮様(孫策)には冥琳殿(周瑜)や、最近は昂さんが気に入られて一緒にいる。

 

小蓮様は・・・・まぁ、まだ別として。

 

蓮華様には特別に近しかったり、付き合いが長かったりする者がいない。思春が最近は比較的近しいようだが、蓮華様、思春、両方の性格の問題で未だにどこかぎこちなくもある。

 

『仲謀様はな、まぁ・・・・なんだ、不器用なのだ。母である大殿に似ず生真面目で、悪く言えば頑固とでも言おうか。儂はな、出来ればお主がそんな仲謀様に寄り添い、片腕となってくれればと思うのだよ』

 

そんな風央殿の言葉を思い出す。風央殿は風水様と共に、蓮華様の教育係を務めたと聞く。それこそ、親と子のように接していたと。そんな親のような人物が、そうあって欲しいと願ったのだ。認められたならば認められたなりに、報いねばなるまい。

 

「改めまして、今後とも宜しく」

「えぇ、宜しくお願いするわ」

 

そう、笑い合うのだ。




第六話でした。

かなり悩んで、迷走して、ようやっと書き終えましたよ。ところどころ整合性が取れない気がするなーとか、矛盾してたりしない?とか思ったりもしましたがここはこれでいい、と思っています。

さて、そろそろヒロインを決めようかなーと思うこの頃。一人に絞ろうか、何人か選ぼうか・・・・上手く描けるかどうかは別としても迷うよね!


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蒋欽その二

「新兵だけの部隊を俺が、ですか?」

 

ある日の朝、炎蓮様に呼び出された俺は執務室で炎蓮様からそんな事を言われていた。

 

「おぅ、お前が調練した蓮華の隊。ありゃあ中々見事な仕上がりだった」

「お褒めに預かり光栄です」

 

『江東の虎』『狂虎』、何れもその武勇を以て周辺諸侯に知れ渡っている異名。そんな炎蓮様から『武』や『軍』に関して褒められる、と言うのは至極光栄な事だと俺は思っている。

 

「だがあくまで蓮華のための、隊だからな。だから今度は貴様の直属部隊を一から作って見せろ、副官候補も二人つけてやる。蓮華の直衛、と言う立場は変わらんが一武官から将にも格上げだ。貴様はそれだけの実力がある、ガタガタ抜かすヤツがいたら力で黙らせろ」

「・・・・御意」

 

『武官』から『将』へ、その差異は大きい。持つ権限、それに伴う責任は段違いだ。異論の一つも唱えたかったが、それすらも封殺するように言い募られた。最早覚悟を決めてやるしかあるまい。

 

「風央!」

「ハッ」

 

炎蓮様の呼びかけに、風央殿が竹簡を差し出しながら口を開く。

 

「兵数は五百、副官候補として朱桓、董襲の二名を付ける」

 

朱桓と董襲、名は聞いている。それぞれ祭殿、粋怜殿に師事していたが、その能力の偏重具合が原因で既存の部隊に入る事が出来ずにいたと。要するに、そのクセが強い二人を俺の下に配属すると言う事は俺の技量がかなり試される事になるだろう。

 

「既に第三練兵場に集まらせている、今後どうするかはお前が好きにすると良い」

「部隊の特色、方向性、人員、全部テメェの好きにしな」

 

疼く。

 

軍を率いるようになって僅か数ヶ月、他人(孫家)から預けられた兵を率いていた時も多なり少なり興奮していた。だが今度は、『俺が率いるための』隊を、一から造り上げてみろと言う。これで疼かないようでは、将として失格だと俺の中の本能が告げている。

 

「全身全霊にて」

 

静かに拱手し、俺はそう答えていた。

 

―――――――――

 

「俺がこの隊を率いる事になった蒋欽だ」

 

一刻後、俺は炎蓮様に宛てがわれた兵たちを目の前に挨拶をしていた。だが・・・・まぁ、アレだ。ただ新兵を預けられて、ハイ終わり、で済むとは思っていなかった。思ってはいなかったが、一目で見て分かる。明らかにカタギでは無いような、何らかの修羅場をくぐったのだろうと思われるヤツばかり。

 

朱桓は如何にもお嬢様と言う感じだが、それ故に、融通の効かなさと言うのを感じた。うん、蓮華様に近い感じだろうか。

 

董襲は・・・・俺に近い。元賊か、ゴロツキか。まともな人生を送らず、喧嘩に明け暮れ、相当の場数を踏んだ。そう言う風格を兼ね備えている。

 

「先ずは・・・・戦ってみるか、お前ら。俺一人とお前ら全員、あぁ武器は模造品だけだぞ?」

 

俺の宣言にザワつき始めると、朱桓が挙手をするので、俺は頷いて発言を許可する。

 

「何故、そのような事をする必要があるのでしょうか?」

「正直・・・・お前らからの視線で『ナメられてる』と感じた、だから先ずは俺がお前らの上に立てる『武』があるのだと納得させる事にする」

 

あの後、風央殿からこっそりと忠告されていた。『お前に預けるヤツらはクセが強すぎるぞ』と。恐らくは、気性の荒さ故に周囲とソリが合わなかったり、凶相であるが故に避けられてそれが原因でもめたり、そんな感じなのだろう。そう言った連中を従わせるには、一も二もなく、力を見せつける事だ。

 

「逆に俺を打ち倒す事が出来たヤツは孫権様に推薦してやってもいい」

 

更に響めきが大きくなる。俺の実力はともかくとして、俺が蓮華様付きの武官だと言う事は世間一般にも知られている事実だ。その俺が、推薦をするといった。その途端、一気に熱量が上がった。中には殺気すら滲ませている者もいた。

 

「そうだな・・・・開始は四半刻後、制限時間は一刻。その間に俺を倒せればお前らの勝ち、以上だ」

 

SIDE 董襲

 

『儂は古い人間だからなぁ・・・・故に、お前には同世代にも傑物がいる。と言う事を知ってほしいと思う』

 

そう言って風央様に送り出されたのは近頃、頭角をあらわしてきた蒋欽に任されると言う新設部隊。元賊であり、風央様に敗北し孫家に降った男。確かに、風央様と数合でも撃ち合えると言うだけでも相当な腕前だと言う事は分かる。だが、俺から見れば『その程度』だ。故に孫堅様や黄蓋様、程普様、張昭様、張紘様の宿老方、孫策様、周瑜殿と言った次代を担う存在が評価し、目をかける意味が分からない。最近では不仲であったハズの孫権様までもが、重用し始めている。俺には見えていないだけで何かがあるのだろうか?

 

「俺がこの隊を率いる事になった蒋欽だ」

 

風央様との戦いから数ヶ月、今のところは別段。あの頃と変わった様子は見受けられない。新参である上に、極端に目立った武功を挙げているわけでもない。だからこそ、他隊で上手く行かず弾かれてここに来た連中からすればそんなヤツに率いられるのは気に入らない。そんな雰囲気がアリアリと感じられる。

 

「先ずは・・・・戦ってみるか、お前ら。俺一人とお前ら全員、あぁ武器は模造品だけだぞ?」

 

正気を疑う言葉だ。五百人、まともに調練を受けていないから新兵扱いはされているが、単純な戦闘力、経験で言うならば下手な新兵よりも上なのがコイツらだ。そのぐらい、見て分からないものだろうか?それとも自らの力量すら測れないような愚物だったか?

 

「何故、そのような事をする必要があるのでしょうか?」

 

そう異論を唱えたのは朱桓だ。呉家四姓、朱家の一人娘。本来ならば陸遜殿のように、即幹部格として迎え入れられてもおかしくないだけの実力を備えているらしい、のだが当人の希望により一士官としての道を選んだらしいと言うもの好きだ。第一印象としては生真面目、が服を着て歩いているようなヤツだと思っている。

 

「正直・・・・お前らからの視線で『ナメられてる』と感じた、だから先ずは俺がお前らの上に立てる『武』があるのだと納得させる事にする」

 

・・・・成る程道理だ。力こそ正義の世界で生きてきた連中を従えるには力を見せつけるしか無い。だからこそ、それだけの力量があるか否か。

 

「逆に俺を打ち倒す事が出来たヤツは孫権様に推薦してやってもいい」

 

その一言に兵たちの発する気が一回りか二回り、大きくなる。当然といえば当然、孫権様直属武官からの推薦。ともなれば即出世と言う事、そこにやる気を出すのは一般的な考え方だろう。

 

「そうだな・・・・開始は四半刻後、制限時間は一刻。その間に俺を倒せればお前らの勝ち、以上だ」

 

蒋欽は既に準備をしていたようで、その場で仁王立ちしたままに兵たちが武器を選び、準備をする様子を眺めている。

 

「蒋欽殿」

「どうした?」

 

手空きだったようなので、問いかけをする事にしてみた。

 

「勝てるのか?」

 

それなりに素地が出来ている、しかも士気が跳ね上がっている五百名を相手だ。孫堅様や風央様、孫策様あたりならば、難なくして遂せそうではあるが・・・・

 

「勝たなければならないだろう、でなくば孫堅様や韓当殿の期待を裏切る事になる」

「――――――」

 

思わず、絶句した。勝たなければならない、そう断言した蒋欽の目を見たから。

 

「・・・・アンタが率いる隊、楽しみになってきた。武運を祈るよ、『蒋欽将軍』」

 

『鷹の目』。甘寧らをはじめとした揚州領内の賊出身の者たちが口を揃える蒋欽『殿』の異名、俺は弓術が巧みだと聞いていたのでその事を称えての異名だと思っていた。だが、今その思い込みに対する勘違いを是正するに至った。

 

「刻限だ。始めるぞ」

 

正しく『鷹』、大空を舞う猛禽の王者。その風格を感じさせる眼光を俺は垣間見た。

 

「では、不肖この朱休穆の合図にて開始とさせていただきます」

 

結果は見えた。

 

「始めっ!!!」

 

先を見据えるように大空を舞う『鷹』と、甘言に惑わされ目先の利に囚われた『井の中の蛙』。どちらが勝つかなど・・・・

 

分かりきった結末だろう。




第七話でした。

正直・・・・主人公なのに口調がやや定まらないっ!

まぁ、それはそれとして。部下として朱桓、董襲が登場。まぁ、呉のオリキャラはあと一人だけ追加して打ち止めにしようかと思っています。


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孫家の日常其の一

「休暇・・・・ですか?」

「えぇ」

 

新設する隊の各種準備を俺は進めていた。用意された宿舎がボロボロで寂れていたため、修繕と清掃。配給する装備の確認、正式な転属の届け出、蓮華様の近衛兵の指揮権を後任へ移譲し引き継ぎ。と、せわしなく動き回り、一通りの事が完了しさて調練、と思ったところに蓮華様からの待った、が入った。

 

「貴方、ここに来てから一度もまともに休みをとっていないでしょう?聞いたわよ、休暇を与えた日も思春や明命、悠那、陽たちを相手に報告書の書式や書類仕事に関連する指導をしていた、って」

 

事実だ。冥琳殿や穏を除けば、若手側で書類仕事を他人に教えられる程度に出来るのは俺だけ。だが自分の仕事中に他人に教えながらやる程の器用さは無い、故に休暇を利用し教えていた。思春たちも、未だに遠慮と先達への隔意があるのか直接指導を仰ぐ事を躊躇う事のほうが多いが故だ。

 

「貴方の隊の兵たちの転属届けが正式に完了するまで残り二日、その間は貴方と貴方の隊の者は休暇よ飛鷹」

 

上官命令、ともなれば否とも言えない。何より本格的に始動すれば俺基準ではあるが、厳しい鍛錬を課すつもりでもある。その前の骨休めを部下たちにさせられる、とも思えば悪い提案では無い。

 

「ありがたく受け取らせて頂きます」

 

部下たちには、恐らく既に連絡は行っているはずだ。俺は・・・・どうしようか。弓の手入れついでに久しぶりに狩りにでも行こうか、それとも・・・・

 

「そ、それで・・・・ね?」

 

と、考えを巡らせていると、蓮華様がどこか落ち着きの無い様子でいる。

 

「もし・・・・もし良かったらなのだけれど、私も明日は休みなの。だから、本当にもし良かったらなのだけれど・・・・私の買い物に、付き合って貰えない・・・・かしら?」

「構いませんが」

 

二日あるのだ。何をするべきか迷っていると、気が付けばまた仕事のことに手をつけてしまいそうな気がする。それならば、蓮華様の誘いに乗って見るのも良いだろう。最初の頃よりも打ち解けてきたとは言え、まだ俺と蓮華様の間はどこかぎこちなさが残る。微妙な距離を詰めるなり空けるなり、見極めるためにも良い機会だと思う。

 

「そう、ありがとう飛鷹」

 

そう言って微笑む蓮華様、その笑顔を見た途端に、心の臓が一際大きく鼓動した気がする。・・・・が、すぐに治まる。今のはいったい・・・・?

 

 

SIDE 一刀

 

「一刀、ちょっと良いかしら?」

 

ある日、蓮華に呼び出された俺は思わぬ相談を受けてしまう事になる。

 

「その・・・・ね、飛鷹を・・・・あ、逢引に誘いたいのだけれどもどうやって誘えばいいのかしら?」

 

一瞬。意識が飛びかけて、それを何とか持ちこたえながら俺は口を開く。

 

「なんで急にそんな事を?」

 

『友情』の感情からもっと仲良くなりたい、と言うのであれば良い。だがもし蓮華の中に芽生えた感情が『恋愛』であったならば、何が起きるか想像出来てしまう。思春や風央さんをはじめとした一部の『蓮華至上主義』派が暴走し、炎蓮さんや雪蓮さん、祭さんら『面白ければなんでもいい』派が状況を片っ端から引っ掻き回し、俺や冥琳、雷火さんをはじめとしたどちらでもない面々が後始末に追われる事になるんだろう。だからこそ、仔細までを聞き出し、ゲームで見た諸葛孔明のような的確なアドバイスを蓮華にしなければならない。

 

「自分の中の感情の意味を知りたい、とでもいえば良いのかしら?」

 

んー!黒に近い灰色?拙い、扱いにかなり困る。もしだ、もし蓮華の中での再確認が終わった時、それが『友情』だったならそれはそれで問題無い。だが『恋愛』だったら?今後、鈴の音に怯えながら暮らさなければならなくなるかもしれない。

 

でも、蓮華とは最初こそ確執があったけど今では良い友達だ。飛鷹も、少し取っ付き難い印象はあったが今では最も信頼している相棒のように思っている。だからこそ、その二人がそう言う関係になるかも知れないと思うなら俺は応援してやりたいと思ってる。粋怜さんや悠那や柚杏、明命あたりは味方になってくれるだろうし、穏と祭さんも条件次第では引き込めるハズ。

 

「分かった、それなら・・・・」

 

むしろ燃えて来た。将として俺よりも圧倒的格上な風央さんと思春、韓当に甘寧と史実でも名将として語られる二人を相手にしての戦い。場合によってはもっと相手は増えるかも知れない、だが上等だ。もし飛鷹と蓮華が、そう言う関係になることを望むのであれば・・・・俺は全力でその手助けをしよう。

 

―――――――――

 

『明日の朝食の後、北門で待ち合わせましょう』

 

普段着に袖を通したのは久しぶりな気がする。思えば、武官としてか文官としてか、休日であっても動き回っていたからか仕事着の確率が高かった。解れたりしているところがなく、助かったといえば助かったが。

 

「?」

 

視線を感じた気がした。一つだけではない、二つ、三つ・・・・もっと多いか?だが城門前に、仮初にも将軍職に就いている者が見慣れぬ普段着でここにいるのだ。自意識過剰と思われるかもしれないが、道行く兵士たちからの視線なのかも知れない。

 

「飛鷹!」

 

呼び声に、振り向けばそこには蓮華様。急いできたのか、頬を上気させながら駆け寄ってくる。

 

「待たせてしまってごめんなさい」

「・・・・いえ、俺も今来たばかりですので」

 

・・・・何故だろうか?蓮華様の事は元から綺麗だと思っていた、が今日は何時もより割増でそう見える。化粧をしている様子もなく、服装、髪型も平時と変わらない。

 

「?どうか・・・・したの?」

「いえ、行きましょう」

「そうね」

 

蓮華様が微笑む、と俺の心の臓がまたしても跳ねる。本当に・・・・何なんだ、いったい。

 

SIDE 翔馬(董襲)

 

「・・・・何をしておられるのですか?」

 

兵士たちの転属手続きが終わる明日までは休暇、そう伝えられた俺は朝食を済ませ城内を散策していた。風央様以外の上官に仕えるのも初めて、風央様以外の上官に興味を持ったのも初めて。今後の己の立ち位置をどう模索すべきか、共に副官に就く休穆との付き合い方。そんなことを考えていたら、ありえない光景を目にした。

 

「翔馬、静かにせよ」

 

風央様が、何かを覗き込むように隠れていた。それだけではない、孫堅様、孫策様、尚香様に黄将軍、程将軍、北郷殿、甘寧、徐盛、周泰、凌操、顧雍と孫家の今と次代の基幹を担うであろう人々が、同じように門を挟んで覗き込んでいる。北郷殿に手招きされ、歩み寄ってから指差す方向を見れば連れ立って歩く飛鷹殿と孫権様。

 

「まさかとは思われますが・・・・要職の方が揃いも揃って出歯亀行為を成している、と?」

「まぁね」

 

頭の痛くなる返答だった。孫堅様、孫策様、尚香様は分かる、娘や妹や姉の恋愛ごとだ、心配半分、おもしろ半分なのだろう。風央様と甘寧は心配全部、なのだろう。北郷殿もお二人とは友人関係にある、孫家の方々よりも心配側に寄っているだろう。だが残りは間違いなく、黄将軍をはじめとして面白全部だろう。

 

「蓮華はクソ真面目だからなぁ・・・・もしかしたら嫁にも行かず、一生独身とかそんな未来も想像しちまったが・・・・飛鷹が貰ってくれるってんなら願ったりだ。いざとなれば北郷に無理矢理襲わせる事も考えたからなぁ」

「・・・・頼む頼む頼む頼む頼む飛鷹飛鷹飛鷹飛鷹」

 

孫堅様の爆弾発言に、北郷殿が顔を真っ青にしながらブツブツと呪詛のようにつぶやいている。種馬、だの女誑しだのと言われてはいるが北郷殿は女性との付き合いに対して真摯に、段階を踏んで歩み寄る人だ。暴力的な手段を嫌うし、よもやすれば幹部格の中でも別の国の出身と言う事もあってか最も常識人であるとも言える人だ。

 

「ふむ・・・・」

 

だが、だ。存外にお似合いの二人であるのかも知れない。孫家のお姫様と元賊の棟梁、まるっきり正反対な身分の二人だが思いのほか『しっくりくる』。恋が人を変えると言う事もある、風央様が仰っていた孫権様が幾つか抱える『課題』も、切り開けるのかも知れない。

 

「北郷殿、微力ながら手助けしよう」

「本当に!?」

「あぁ」

 

北郷殿は頭は切れるが腕っ節は期待出来ない。俺は腕っ節にはそれなりに自信があるが、さほど頭が良い訳では無い。だが、二人が組めば何とかなるかも知れない。

 

「成し遂げよう、北郷殿」

「あぁ!」

 

さて、参ろうか。




第八話でした。

蓮華様ルートに入りました。基本、蓮華様一筋で行くつもりです。どこかで気がかわって複数ヒロインのハーレムルートに移行する可能性も微レ存ですが。

そして、気が付けばお気に入り登録数が五百を突破していましたね。本当に皆さん、ありがとうございます。そして今後共よろしくお願いします。


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孫家の日常其の二

皆様半年ぶりになります。ネタが思いつかない、話の着地点が見えない、急な昇進でリアルが忙しい、といろいろな要素が重なり中々投稿に漕ぎ着ける事が出来ませんでした。
ですが、ようやくその余裕が出来てきましたのでボチボチ投稿を再開しようと思います。


「この服はどうかしら?」

「・・・・あ、いや。よく、似合っていると・・・・」

 

どうしてこうなった。

 

俺を指名しての買い物、それなりに重量物であったり、書物などの嵩張るものを買うのだろうと思っていた。だが・・・・蓮華様に連れられて来たのは服を取り扱う店だった。しかも女性ものを多く取り扱うような、そんな店に連れ込まれれば困惑するに決まっている。(確信)

 

「そう思うならちゃんと私の眼を見て答えて頂戴?」

「・・・・は」

 

蓮華様の言う事も最もである。正しいと思う意見を述べるのであれば、相手の眼を見て言うべきである。だが、だが蓮華様の今身につけている服は何時もよりも露出が、具体的にいえば胸元が開いた服だ。同世代の同性に比べて枯れているという自覚はあるが、それでも俺だって男だ。どうしてもそちらに視線が向いてしまう。

 

「じゃあ次は・・・・」

 

ただ、今望むべきは・・・・『この状況から開放してくれ』だ。

 

SIDE 諸葛瑾

 

妹たちと別れて約半年。近頃揚州にて勢力を拡大させてきた孫堅様にボクは仕える事になった。風の噂では妹たちは今は平原の相、劉備に仕えているのだと言う。いつの日か妹たちと再開したとき、胸を張れるようにボクも学び、研鑽を積まねばならない。

 

『明後日よりお主は蒋欽の下で働くが良い』

 

直属の上司である雷火様からそう告げられたのが昨日の話。蒋欽将軍、と言えば近頃孫権様直属として頭角を表して来た『鷹の目』の異名で呼ばれる御仁。武の技量もさる事ながら、軍の指揮も古参の将軍方に勝るとも劣らず、更には政治方面にも才覚を示しているようで雷火様も彼の事は相当評価している様子。

 

それに、ボクも彼の事は気になっていた。齢は同じと聞く。風水様から彼の身の上を聞かされもした、故にだ。親を親戚に奪われ、賊にまで成り下がったにも関わらず今は孫家の次期筆頭武官の候補にすら上がるような人物となっている。故に知りたい、その心の内にあるモノを、信念をだ。

 

「・・・・何をされているのですか?」

 

蒋欽将軍の隊が本格的に始動するまで二日、それまでは同隊配属の者は等しく休みだと言う話だ。ボクも例外ではなく、何時ものように市井を見て回りながら細かな変化を観察して歩くために街に出た。・・・・と言うのに、ボクの目の前には想定外過ぎる光景が広がっていた。

 

「あぁ、子喩。大きな声を上げないでくれ」

 

ボクの言葉に反応してくれた顧雍殿が、そう言って指差す。その先には、孫権様と蒋欽将軍が連れ立って買い物をする姿。一時は不仲を囁かれた両人が、最近はその噂を払拭するように近しい仲になっている事は孫家に仕える皆が周知している。むしろ孫堅様なぞは早く手を出せ、とまで公言するような状況でもある。だが・・・・何も孫家の基幹を担う人々が、その能力を遺憾無く発揮してまでデバガメをするのはどうだろうか?とも思う。

 

どうかとは思う、が非才なボクでも状況は理解出来た。お節介と妨害と享楽が一対一対一ぐらいなのだろう。だがこれが孫家の家風なのだろう、とも思う。主家筋の娘と外様の優秀な男の恋を形はどうあれ応援するような家風を持つのはここぐらいなものだろう、そして問題があるとするならばボク自身はその家風をとても好ましいものだと思ってしまっている事だ。

 

「さて、ボクはどうすべきだろうか」

 

―――――――――

 

いつになく不覚を取った。

 

そう認識したのは三軒目の服屋を見終えた頃だろうか。昼食をどうしようか、と蓮華様に問われ思案すべく冷静になろうと思っていたところで気づいた。視線、気配、併せ十四。一つだけ見知らぬ気配も混じっているが、それ以外は良く知ったものばかり。

 

「蓮華様」

 

小声で話しかけると、何かを察したように蓮華様が表情を改める。

 

「どれぐらい?」

「十四」

 

蓮華様だけに見えるように、大きな声をあげないようにと合図を送りながら数を告げる。と、驚いた様子を見せながらも、ため息を一つついている。

 

「どうするべきかしら?」

 

指を二本立て、俺は意見を挙げる。

 

「気づいているぞ、何をしている、と怒鳴り追い散らすのが一つ」

「もう一つは?」

「あの面々を相手に撒くように逃げるのが一つ」

 

またしても、驚いた表情をしてから笑みを浮かべる蓮華様。それは、まるで炎蓮様や雪蓮様が悪戯を仕掛ける前のような笑みで。

 

「逃げる場合、勝算はあるのかしら?」

「五分、条件次第では六分まで。機動力の高い思春、勘が良い炎蓮様、雪蓮様を撒けるかが鍵かと」

「じゃあ逃げましょう?」

「・・・・・・・・らしくないですな」

 

何時もの蓮華様なら、こちらの静止よりも早く怒鳴りに向かっている気がする。

 

「そうね、でもたまにはこういうのも良いでしょう?」

「・・・・ですな」

 

ここ最近の蓮華様は、出会った時よりも雰囲気が柔らかくなった気がする。その事を炎蓮様に話したら、お前の影響だと、言われた事があった。

 

「では、俺が気を逸らすので・・・・合図と共に走りましょう」

 

無言で肯く蓮華様、俺は懐から硬貨を数枚取り出し両手の指先に番える。狙うはそれぞれが隠れ蓑にしている曲がり角に積み上げられて置かれた木箱、一斉に硬貨を弾くと同時に俺と蓮華様は走り出す。目指すは城門方向、そっち側には気配が二つしか無い。俺は走りながら再び懐から硬貨を取り出し、瞬時に左右を確認する。

 

「「あ」」

 

右に柚杏、左に一刀。俺は迷う事なく二人に向けて、ほぼ同時に硬貨を弾く。

 

「ふぎゅっ!?」

「眼がっ!?眼がぁああああああ!!?」

 

うん。取り敢えず動きを封じることには成功した、後方も俺が打ち出した硬貨で崩れた木箱で足止めが出来ている。

 

「振り向かずに走り抜けるぞ!」

「ええ!!」

 

―――――――――

 

「何とか・・・・撒けたみたいだな。ったく、あのザマだと炎蓮様と風央殿が主導か?暇人共が・・・・」

「・・・・・・・・」

 

無言の蓮華様が、不思議そうな表情で俺を見ている。

 

「貴方のその口調・・・・」

「っ!?失礼をしました!」

 

ドサクサ紛れに何時もの口調に戻ってしまっていたようだ。が、蓮華様は笑みを浮かべながら言葉を続ける。

 

「その口調で良いわ、それが素の貴方なのでしょう?」

「まぁ・・・・そうだが・・・・」

「どうせなら普段から素の口調にしましょう?名前も呼び捨てで良いわ・・・・その方が『らしい』と思うから」

「だが・・・・」

 

普段から、と言う事は周囲からの印象をガラリと変えかねない。俺が無理にでも敬語らしき言葉遣いをしていたのは俺が新参であった事と、元賊である事が理由だ。例え他の連中がしっかりしていても、元頭であった俺が相応の立ち居振る舞いをしなければ「所詮は元賊」「他の者だって猫を被っているだけ」と不必要な軋轢を生むと、そう思っていたからだ。

 

「貴方は十分過ぎる実績を積み重ねているわ。本来なら私の補佐なんかじゃなくて、風央や姉様、祭や粋怜と共に肩を並べて一軍を率いていてもおかしくないくらいに。誰も今更貴方の口調や呼び方一つなんかで陰口を叩いたりしないわ、そもそも・・・・」

 

浮かべた微笑みは、矢張り他の孫家の人々とは異質なもの。

 

「当主である母様があの通りだもの、気にしなくていいわ」

 

炎蓮様も雪蓮様も、もしかすれば小蓮様も、その気質は燃え上がる焔。だが蓮華様は違う、まるで遍く総てを照らす太陽。敵対する総てを焼き尽くすような熱量は無い、だがその優しき日差しは照らされる民に安心感を与える。

 

「そうだな」

 

安定させる者、俺は蓮華様をそう評価した事がある。

 

「なら改めて、宜しく頼むよ『蓮華』」

「ええ」

 

その評価を、上向きに修正しなくてはならないようだ。

 

「かつて・・・・風央殿に『雪蓮様にとっての冥琳のような存在になって蓮華様に寄り添って欲しい』と、言われた事があった」

 

俺の切り出しは唐突だったが、それでも蓮華は直ぐに聞く態勢に入っていた。

 

「その頃は『そう頼まれたから』そうあろうと思っていた、だが今は違う」

 

蓮華の前に片膝をつき、拱手し俺は続ける。

 

「俺の意思で、悪名高き『鷹の目』でも孫家の将の『蒋欽』でも無くただ一人の『飛鷹』として支えて行きたい。お前に足りない『戦』の力を、『矛』として俺が担おう。故に示せ、これから訪れるであろう乱世。その先にお前が望む世界を、俺は総てを投じて『そこ』を目指そう」

「望む世界?」

 

母である炎蓮様でも、父替わりの風央殿でも、姉妹である雪蓮様、小蓮様でも駄目だ。蓮華にその『自覚』を持たせるには、俺ぐらいの距離感がちょうど良いのだ。

 

「乱世とは時化のようなものだ、引き起こされた大波による余波はありとあらゆる総てを打ち払い、願う願わぬにかかわらず奪い、与えていく。炎蓮様は紛れもなく稀代の英傑、今天下に近しい者の一人である事に間違いは無い。雪蓮様もその資質を受け継いでおり、炎蓮様に『何かあっても』孫家をあるべき姿、目指すべき場所へと導いてくれるだろう」

 

『何かあっても』と言った時に、何か言いたそうだった蓮華を眼で制す。『最後まで話を聞け』と、蓮華もそれを感じ取ってか続きを促してくる。

 

「だがいくら強く、眩く、超越した存在だとしても炎蓮様も雪蓮様も神でも怪生でも無い一人の人間だ、首を跳ねられ、心の蔵を穿たれれば死ぬ。毒や流行病に侵されても死ぬ、よもやすれば酔って転び頭を打ち据えた拍子に死ぬ事すらあるかも知れん。炎蓮様が倒れ、雪蓮様まで倒れる事になれば次に孫家を導かねばならないのはお前だ蓮華。故に問う、お前は・・・・孫家と言う御旗を、俺たち臣下を、従う臣民を、如何に導く?」

 

蓮華は、心の奥底で炎蓮様、雪蓮様が死ぬ事は無いと『決めつけてしまっている』。そして自分が生きているうちに、孫家当主の椅子が巡ってくる事など微塵も考えてはいない。俺はそれを危険だと思った、その通りになれば良いが今は乱世。小指の爪ほどでも、そうなる可能性があるならそうなる事を常日頃から心の片隅にでも考えて置いておかなければならない。

 

「私は・・・・まだ分からないわ」

 

言い淀む、理として理解は出来るが、と言ったところか。

 

「でも、もしそうなる事があったなら」

 

一度伏せかけた視線を俺へと戻したその時、俺は一つの光景を幻視した。

 

「母様の背も、姉様の背も追い続けるつもりは無いわ。私にはあの二人の真似は出来ないもの、だから・・・・」

 

数多の臣、数多の兵、数多の民の先頭に立ち。

 

「私なりのやり方で、江東の地を、民を護りたい」

 

人らしいままで、人のままで、懸命に命を張り続ける王の姿。

 

「これじゃ・・・・駄目かしら?」

「蓮華らしいと、俺は思う」

 

風央殿が蓮華に俺をつけた意味が、分かった気がする。

 

「俺は軍師じゃない、だから教え導く事は得手では無い。だが戦は得意だ、だからこそお前が望むべき道を切り開く事は出来る」

 

片膝をつき、拱手し俺は口上を続ける。

 

「俺はお前がお前で在り続ける限り、その矛として仇なす全てを打ち払おう。だから・・・・」

「えぇ」

 

蓮華も俺と同じ視線にまでしゃがみこみ、拱手した俺の手を握る。

 

「貴方が傍にいてくれる限り、私は何もかもを『諦めない』。孫家の天下も、母様や姉様を越える事も」

 

基本、俺は自分の『眼』で見たモノしか信じない。だが・・・・

 

「私の行く道は尋常では無いわ、越える目標があの二人だもの」

 

『運命』と言うものを信じたくなった。

 

「それでも、私を支えてくれるかしら?」

 

俺と蓮華の出会いは。

 

「ああ、当たり前だ」

 

運命だったのだ、と。




ブランクはありましたがどうだったでしょうか?

蓮華ルートには入りましたが、まぁ主従の絆が深まる、ぐらいにしておきましょう。まだ何話か、日常系が続くと思いますので次回を乞うご期待。


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