笑えない少女とニュクスとワガハイ猫と。 (サボテンダーイオウ)
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~原作前~
S子さんの噂


さながら熟れている林檎のようでいて【それ】は毒々しい林檎だった。魔女はごくりと喉を鳴らす。

 

透明のガラス瓶にしまわれた赤い林檎は何処から見てもおいしそうな林檎だ。真っ暗闇の室内でもその瑞々しさは失われず思わずかぶりつきたくなる衝動に駆られるだろう。何も知らない人間からしてみれば。

 

調合を重ねて苦労して作り上げた一つだ。他にもう一度作れと言われたらそう簡単には作れない。というか作ろうとは思わないだろう。昔から魔女は料理が苦手だ。魔法は得意なのに作るものはゲテモノばかり。かつての恋人も魔女の料理下手に君は食べる専門でいいと思うよと朗らかに笑ったのを昨日のことのように覚えている。

 

もう十年以上前のことだ。

 

これを食べれば、死は免れないだろう。死ぬように永遠の眠りにつく。それは終わりのない旅の様なもの。

 

「……いつか、私はこれを食べるのかしら」

 

吐息のように漏れた死刑宣告を自分へと送る。自分で創り上げた死の果実は自分が救われるための道具に過ぎない。

血の繋がらない娘からやっかみがられようと、城中のものから蔑まれようとも私はまだ王妃だ。傲慢な王が崩御されてより一応王妃としての務めは果たしてきたもののそろそろ世代交代が始まるかもしれない。

 

最近になって姫の行動が以前よりも大胆で活発になってきた。やれ王妃の命で城中の窓ガラスをふけと言われただの、今度は三の山まで湧き水を汲んで来いなど無理難題を押し付けられて可哀想な同情を引く姫を演じているとか。(しもべ)の情報ではまだまだあるらしいけど、聞く気も萎えるくらい下らないことばかり。

 

「……さて、今日も頑張りましょうか」

 

自分の身の回りのことは自分で。侍女など一切ついていない王妃は袖をまくり上げるとモップとバケツを持ってお掃除を始めた。

 

【王妃ですけど掃除します。】

 

 

※※※

 

ある噂がまこと密かに学園内の男子だけの間にて囁かれていた。

今日もその噂はある男子からある男子へと伝言ゲームのように伝えられていく。

放課後の教室前、誰もいなくなった廊下を並んであるく二人の少年たち。

 

「なぁなぁ、知ってるか?【S子さんの噂】」

 

「なんだ、それ」

 

「この学園にいるらしい。金さえやれば一晩とびっきり甘い極上の夢をみさせてくれるんだとさ。それで次の日には見違えるくらい生まれ変わった自分になれるらしいぜ」

 

「なんか怪しいような?」

 

「まぁな。それでそのS子さんが例のクール女子らしい」

 

「それって中学ん時ニュースで取り上げられた例の女子のこと?あれって結局曖昧になってたよね。叩くだけ叩いてマスコミもあっという間に別の話題に食いついてたし。そういえば、一緒の高校だったっけ」

 

「ああ、その女子だよ。見た目の容姿とは裏腹にビッチだってさ」

 

「……あれ本当だったんだ」

 

「しらね。でもこういう噂があるってことは当たらずとも遠からずってことだろ。オレも一晩相手してもらいてぇー!んでもってあわよくば俺のもんにしてえな」

 

「俺、そういうのはどうかと思う。そもそも彼女、男嫌いだって話だよ。というかクラスの生徒とあんま交流してないらしいし。人間嫌いって噂があったような」

 

「それマジで終わってるでしょ!でもさ、マジでもったいねぇって!だってあのレベルだぜ!?なかなかいねぇ上玉だって」

 

「まぁ、見た目は俺も好みだけど…でもさ。それってやばいよ」

 

「ちょっと一発当たってみるか。確か、アイツがいつもいる場所って屋上だったよな」

 

「え?いや、やめときなよ。そんな噂っていったって、普通の女子だ。嫌がるだろ」

 

「いやいや、逆に感謝するかもよ?一人で寂しかったの、貴方の温かさで私を包み込んで!私を貴方でいっぱいに満たして!なんつって」

 

「馬鹿だ。俺、もう先行くから」

 

三島由輝は呆れた様子で付き合いきれないと友人を置いて先に歩いていく。

友人は「付き合い悪い奴」と悪態づいては、さっそく屋上へと向かう階段へ。最上階の踊り場まで上がり、さぁ屋上へ出るぞというところで後ろから声を掛けられた。

 

「ねぇ、知ってるかい」

 

「あ、誰だ?お前」

 

振り向いてみればそこには女子受けしそうなイケメンの青年が立っていた。

いつの間に階段を上がって来たのか。その気配は一切なかったはずと少年は訝しんだが、泣きほくろが特徴的な青年はにこやかに軽く挨拶をした。

 

「僕?ああ、失礼。通りすがりってことでよろしく」

 

「は?馬鹿じゃねコイツっていうか不法侵入じゃん」

 

「僕にはあまり関係ないけどねぇ」

 

少年はそう言いながらくるりと指先で円を描くように指を動かした。

すると、

 

「あ、れ…体うごかね…」

 

少年の体が石のように固まって動かなくなった。どうしてか。

少年は必死に自分の体を動かそうとするが、指先までピクリとも動かない。

なのに、目玉だけはぎょろりと動く。

 

不法侵入者の青年、特徴的な泣きほくろの青年は彼の異変など気にすることもなく芝居ががった口調で喋りだす。

 

「実は【S子さんの噂】 にはもう一つ付属されている噂があるのを知っているかい」

 

「そのS子さんには素敵紳士な守護者がいて少女に不埒な真似をする小僧共にはお仕置きをするっていう噂さ。ちゃんと仕事もするけどね。だって少しくらい僕が手を出したって悪くはないだろう?腐るほど男はいるんだ。この世の中に」

 

「どれだけ人に中傷され後ろ指さされてもめげなかった、強くて脆くてそれでも歩くことだけは止めなかった彼女を、自分の抑圧された汚らしい欲で塗りつぶそうだなんて許せないじゃない?許しがたいんだ、ホントは。彼からもくれぐれに言われてるしね。目を離すなって。僕たちにとっては目に入れても痛くない可愛い妹みたいな子なんだ」

 

「だから」

 

「僕がお仕置き係。よろしく」

 

ブンと青年の体が一瞬ずれて何か別のものに変化したのを少年は見てしまった。

 

それは、―――の様なものだった。

 

「―――――」

 

少年から声にならない悲鳴があがった。

少年は夜中、警備員の手によって発見されることになる。

 

あられもない、姿で。

そしてしきりに「―――が―――が」と恐怖に歪んだ表情でうわ言のように何度もつぶやいていたという。

 

 

 

誰もいない屋上にひっそりと彼女は佇んでいた。

 

まるで燃え上がるような夕焼けが世界の端に存在している。

少女はこのまま世界が燃え上がってしまえばいいのにとさえ思った。この腐った社会も、悪戯に人の人生を滅茶苦茶にするマスコミも、自分のことばかりの政治家も、誰も信じられない世界など存在する価値すらない。

いっそのこと暴走してみればそれなりに邪魔なモノを一気に排除できるのかなと少女は考える。一人そう考えこむ少女の背後で靴音がする。少女は振り返らずにその誰かに向けて口を開いた。

 

「……どっか行ってたの」

 

「うん。ちょっと野暮用」

 

「野暮用って、不審者で捕まるよ。実体化してると」

 

「大丈夫大丈夫。誰にも見つかってないよ、安心して」

 

「そう」

 

言葉少なく彼女はまた両目を細めて世界を見る。

後ろにたつ青年がそっと手を伸ばし彼女の視界を両手で優しく塞いだ。

 

「見ない方がいい」

 

「どうして」

 

彼女は青年の行動に驚いた様子もなく静かな声で尋ねた。

 

「外界は君を壊してしまうだろう?」

 

「―――壊れてもいいの。私は」

 

迷いのない言葉に逆に青年は痛ましさを感じた。

彼女の心は壊れかけている。今繋ぎとめている自分がいなかったらきっと、もたない。

 

「……」

 

「私は、誰にどう思われようとアイツらに復讐してやる。母さんを殺したアイツらを」

 

そう、少女には成さねばならぬことがある。誰を犠牲にしてでも行わなければならない。なぜならそれが少女の生きる理由の一つだから。

 

「……そうだったね。君は昔から真っすぐだ」

 

そっと青年は名残惜しそうに両手を外し下し、彼女はゆっくりと青年の方へ体を振り向かせた。

 

「綾兄」

 

「うん」

 

兄と慕う青年を見上げる少女は無表情だった。感情を現すこともないその顔で少女は青年に甘えるように言う。

 

「一緒に、いてくれるよね」

 

「もちろん、君が僕を必要としてくれるまで」

 

青年は愛しみを込めて彼女の額にキスをした。彼女はそれを目を瞑って受け入れた。そして青年からある銀色の銃を手渡された。

 

「時間だよ」

 

「わかった」

 

彼女は銃を受け取り、それを右手で握って『手慣れた動き』で自分の蟀谷に銃口を当てた。もし、この場以外に他者がいれば自殺かと目を疑ってしまう場面。まさにそうだ。

少女は昼間の顔から夜の顔へと変化する瞬間。それは弱い自分と決別の意味もあった。

 

夕焼けから世界は夜へ変化する。

かつて、もう一人の兄が初めて彼を呼び出したように、

 

『ペルソナ』

 

彼女の口から洩れる、力ある言葉。そして人差し指を掛けて引き金を引く。カシャン!と何かが割れる音がして、途端に舞い広がる青い花びら。

そして、優美に現れるもう一人の自分。

全てを力に変える異端の存在。

 

「今日も頑張ろう、ヨシノタユウ」

 

滅多に笑みを見せない彼女は、もう一人の自分に微笑みかけた。ヨシノタユウは静かに頷いて見せた。

全ては、復讐の為に。

 

【この手に望みがあるならば取りなさい】



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世界に興味はない。檻の中で少女は復讐の折り紙を折る。

魔女の鏡は隠れた己を映し出す。それが演出であろうとも。

今日も魔女は鏡に向かっていつもの台詞を唱える。たとえ腹黒い姫の所為で毎日魔法の鏡に向かって『鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰?もちろん私よね』なんてナルシストぶりを発揮していると城中の者に言いふらしていたりしてたとしても全く構わない。

魔女が作った鏡は決してナルシストを開花させる為のものではなく、自分の優柔不断をバッサリと斬ってもらう為なのだ。

 

「鏡よ鏡。答えてちょうだい。今日中に仕上げなくちゃならない依頼の品が二つあるのだけどどちらを優先させた方がいいかしら?毛根が死滅してしまっても再復活させられる毛生薬?それとも浮気夫をぎゃふんと言わせる女体化薬?」

『主様~、それどっちもアリっしょ?ここは死ぬ気で両方仕上げるでオッケー』

 

軽い調子で答える鏡の向こうには見た目軽そうな女が映っていた。

 

「お前は主を死なせる気なのね」

『だってこっちが答えなくちゃ下らないことで納期が遅れるでしょう。逆に感謝してほしーっていうかー』

 

自分で創っておいてなんだが、人格設定に失敗したと思う魔女であった。もうちょっと主を敬う魔法の鏡にしておくべきだったと後からの祭り。でももう一枚作る気になどなれない。だってかったるいから。

 

「髪の毛いじりながら答えないで欲しいわ」

『かったるいわ~』

 

魔女と同じ気持ちなのがさすが以心伝心と言ったところか。

 

「もういいわ。ありがとう」

『あ、そういや小猿みたいな姫森の中で小人七名とランデブーしてるけど~いいスか?』

「ああ、それね。私が姫を殺そうと猟師に暗殺を頼んだとかなんとか理由付けて居座る気なんでしょうよ。逆にその猟師に蹴り入れてリンチして鬱憤晴らししてたのはどこの誰かしらね。どうせ暫く帰ってこないでしょう」

『主様が気にしないならいいけど~、ちょっと気になることあるんだよね~』

「そう?私はどうでもいいわ。まずは納期をクリアすること」

『その意気でガッポリ稼いで艶出しクリーム買って欲しいかも~』

「間に合えば、ね」

 

魔女はそう言い残し作業に取り掛かるために鏡に背を向けエプロンを装着し始めた。どちらから取り掛かるか時間との勝負。

ぐつぐつと煮えたぎった大鍋と材料が詰まった棚やら魔法の本やら呪術の本などが揃った年季の入った本棚など必要な機材に囲まれ魔女はまず最初の一手に取り掛かった。喉の調子を確認し、すぅっと胸に空気を吸い込んでグッと腹に力を籠める。

 

意識を集中して瞼を閉じ、唄を紡ぎ始める。

 

『―――♪』

 

理解できない言語が羅列された一つの音は次第に魔力を辺りに漲らせていく。それに影響を受けて材料や本などが宙にふよふよと浮かび上がり詠う魔女の頭上で円を描くように踊りだす。

 

魔女の薬づくり、基本一つの場合は手作業だが同時進行となるとそうもいかない。なので自分の手を動かすのではなく、必要な物たちに動いて作ってもらうのだ。人はそれを手抜きと呼ぶ。だが高度な技術が伴うと共に集中力も途切れさせないようにしなければならない。あくまで魔女の魔力で動いているのだ。決して意思があるわけではない。

 

魔女は、悪役王妃であるが同時に偉大な魔女と裏の世界では有名なのだ。

 

【器用貧乏】

 

※※※

 

この物語はフィクションである。

 

作中のいかなる人物、思想、事象も、全てまぎれもなく、貴君の現実に存在する人物、思想事象とは無関係だ。

 

以上のことに同意した者にのみ、このゲームに参加する権利がある。

 

【同意する】

【同意しない】

 

貴方は【同意する】を選んだ。

 

……確かに承った。

 

いま世界は、あるべき姿にあらず。

歪みに満ち、もはや「破滅」は免れない……

 

定めに抗い、変革を望む者……

それは時にトリックスターとも呼ばれた。

 

汝、トリックスターよ……

今こそ、この世の歪みの深淵に立ち向かうがいい。

 

 

……なんて、イゴールのおじさんが格好つけていってるかもしれないけど私には破滅なんで関係ない。壊れるなら壊れてしまえばいいと思ってる。何のために湊兄が犠牲になっているのか、その大半の人間は知らずに毎日己の欲望を満たすことだけど考えてせかせかと生きている。

 

昼間は高校生の顔。夜は見習い怪盗の顔。

モルガナは怪盗だなんて洒落たこと言ってるけど、ようは泥棒なわけで。毎日寝不足だ。

……訂正、不眠症だ。

ここ二、三年はぐっすり眠れたことなんてない。一度もない。

魘されて夜中に起きることなんて当たり前だ。

 

憎いのはあの大人、あの大人、あの大人。あとあの女共。アイツらが私をせせら笑い無様だと嘲笑う。親が親なら娘も娘だと罵る。たった一人の母さんを馬鹿にして死に追いやったアイツら、憎い憎い憎い、消してやりたいこの世から完全に抹消してやりたい。

 

信用できるのはほんの一握りだけ。でもそれでいい。私にはこの世界は壊れて見えるから。

 

 

2009年――秋。

 

私はある日、二人の少年と出会った。

 

一人は右目を青い髪で覆い隠しているどっかのキタローみたいな少年。もう一人は泣き黒子が特徴的な女子ばっかりナンパしている少年。どういうわけか、小学生の私はこの二人に懐かれた。というか可愛がられた。元々、一人っ子の私に兄妹という憧れもあってか、実の兄のように二人を慕っては懐いていた。

少年たち、あ、キタローの方ね。名前は有里湊。湊兄は私がワイルドという種類だと見抜き心底驚いていた。

勿論、私はワイルドなんて言葉理解もできなかったし湊兄もその時は詳しく教えてくれなかった。ただ、単純に凄いことなんだって。

もう一人の兄、望月綾。綾兄は私がとある事情から小学校のクラスの中でなじめていないこと、ご近所でも母親の仕事上良く想われていないことを知ると、心配だと言ってストーカーまがいのことをされたこともあった。でも私はそれが心配してくれていることなんだと嬉しく感じたものだ。今考えると気持ち悪いけど。

湊兄にベルベットルームに連れてってもらったこともあった。手を引かれて青いドアを一緒にくぐるとそこは部屋自体が巨大なエレベーターで、長っ鼻のイゴールおじさんやエリザベスが私の訪問をひどく驚いていたっけ。おじさんの鼻掴んで遊んだりもしたな。今じゃやろうとも思わないけど。

エリ姉とも仲良くなったのはあの頃から。弟よりも妹が欲しかったらしく、ペルソナ能力に目覚めていた私にエリ姉は諭すように何度も教えてくれた。男を従えさせてこそペルソナ使いだって。だから私は素直にそういうモノなんだって受け入れてる。私を鍛え上げてくれたのもエリ姉だ。感謝しなきゃ。

あ、エリ姉の弟は今じゃ私の担当なんだけどね。

テオは男でも平気。

でも私が認めた男性以外が視界に入るのも虫唾が走る。接触なんてもってのほか。でもその精神的苦痛に耐えて耐えて仕方なく学校にも通っている。電車通学が悩みだけど。

 

私の住まいは喫茶ルブランの三階。二階は物置き化していて下に降りる時も埃を立てないように注意しながら降りている。本当はおじさんとしちゃ私を家に住ませたいようでその考えは今も変わってはいない。時々、家に来いと声を掛けてきてくれるけど丁重にお断りしている。双葉もいるしおじさんだって子供の面倒二人も見るのは大変だしね。何より、こっちの方が動きやすい。色々と。でも夕飯に誘われたら行くようにしてるし、たまに双葉の様子を見に行ったり、部屋の掃除をしたりしてる。あの子ったらゴミだめの中で暮らしてるんだもん。前に言った時、謎のキノコが生えてて、思わず卒倒しかけたから問答無用で部屋から追い出して窓全開にして掃除しまくった。双葉はその間毛布にくるまって隅っこで丸まってたな。

終わったよーって声かけると脱兎のごとく部屋に駆け込んでくる。毎回同じ行動にため息すら出ない。いつか彼女が自らあの部屋を出られる切っ掛けが訪れればいいなと願っているけど、私にはそんな力はない。精々、双葉が夜寝れないってメールしに来たときに一緒に寝に行くぐらい。幻覚や幻聴に悩まされる双葉が少しでも休めるなら私はどんな時でも行くだろう。あの子と私は少し、似てるから。

 

 

今日も眠れなかった。もはや慣れっこの私はぼんやりとする思考のまま、綾兄の『朝だよー』との声とモルガナの『起きろー!』と腹部に喰らう突撃目覚ましにより起こされ着替えろ着替えろと促され「あー、うー」と生返事して制服に着替え一階へと降りていく。

朝から朝食の支度をして待っていてくれた惣治郎おじさんに欠伸をかみ殺しながら挨拶をすした。

 

「ふあ……、おはよ」

 

「朔、遅刻するぞ。早く食べちまえ」

 

その前に顔を洗いたいけど、ま、いっか。

 

促されるまま私指定のカウンター席に腰かけ、いつもの朝食メニューが出されるのをぼんやりと見つめる。

 

「……眠れなかったのか」

 

「うん」

 

「……またか、薬、ちゃんと飲んでるか?」

 

そういっておじさんは心配そうに眉を下げて、籠に入ってる私専用の薬を一緒に出す。

私はそれを受け取り朝、朝飲む分の薬を取り出す。

 

「飲んでるよ、でも効かなくなってきてるのかも」

 

平然と言う私におじさんは頭を掻いて困った顔をした。別に普通なことなんだけどな、私の中じゃ。あれ、これも飲むんだったっけ?増えすぎてわけわかんない。

 

綾兄が『それとそれとそれ、あ!あとこれもだよ』と後ろから教えてくれた。

 

「……定期健診、来週だったな。電話して早めてもらえねえか聞いといてやる。逃げるなよ、校門とこで待ってる」

 

「うん、わかった」

 

軽く返事するとおじさんはホントにわかってんのかとため息をついた。

前回の健診で逃げ出そうとした時があったからそれで警戒されてるんだと思う。だって病院、嫌い。

 

「いただきまーす」

 

おじさんお手製カレーがこじんまりと皿に盛られ私は両手を合わせてスプーンを手に取った。朝からカレー。これがないと私の朝は始まらない。

でも食べるペースはゆっくりでおじさんとしては見ていてハラハラするらしい。

いつも遅刻ギリギリで登校してるからなおさらかも。

でも、師匠には弟子の振舞いが気に入らないらしい。急に肩が重くなったと感じたら案の定、

 

「ニャー」

 

黒猫が私の肩に乗っかってきた。私は驚かずに

 

「モルガナ、重い」

 

と少し体を揺らした。むろん、落とす為である。けどモルガナったら爪立てるから痛い痛い。

 

「モルガナもさっさと食って行けとさ」

 

「はいはい。おじさん水お代わり」

 

さっそく空になったグラスを持ち上げ催促するとおじさんはグラスを受け取り冷たい水を注ぐ。

 

「ほらよ」

 

「ありがと」

 

おじさんにはモルガナの行動はダメな飼い主を一生懸命送り出そうとする健気な黒猫ちゃんに見えるかもしれないがこれがそんな可愛い対象じゃない。むしろもっと己の欲望に忠実な時もある。たとえばその面が一番発揮されるのは、夜。メメントスとか?

 

『サク、遅刻するぞ。いつものことだけど』

 

テレパシーみたいなもんが脳内に直接声として届く。

私はもぐもぐと口を動かして

 

『わかってるよ、いつものことだから』

 

と返す。

 

『わかってんならさっさと行けよ!』

 

『これが私だもん』

 

開き直るとゴン!と軽くモルガナが頭突きしてきた。

けど私は無視して自分のペースで食事を続ける。

 

『朔、今日は午後から雨らしいから傘持っていくんだよ』

 

『わかったー』

 

テレビの天気予報を見ていた綾兄の言葉に返事をしつつとりあえずゆっくりと食べ終えることだけに専念する。あ、今日そういえば鴨志田の体育だった。

保健室にサボろ。

 

『サクー!もう行くぞ』

 

『はいはい、顔洗ってからねー』

 

まったく、モルガナがこんなに世話焼きに変身するなんて思わなかった。

あの日、メメントスで出会うまでは。

 

【喋る世話焼き猫も乙なもん】




名前:佐倉朔

コードネーム:コーティザン

アルカナ:愚者【ワイルド】

私立衆尽学園高校二年生。

ブラックダイヤモンドのような瞳と髪色。
肩より下までの髪を無造作に後ろでバレッタで一まとめにしている。
他人を寄せ付けないような雰囲気を周囲に放ち、クラスの中で孤立しがち。本人は別に困ってない。整った容姿に(外見)に惹かれて告白されることもしばしば。でも一刀両断。相手を見下した態度をとるときもある。いつも億劫そう。ある意味教師から目をつけられているが成績優秀なので文句もつけられない。
子供のころはサクラサクという名前でいじられた。
居候先は伯父である佐倉惣治郎のお店。母親は中学生の時、病気により死別。父親は不明。

初期ペルソナ

『ヨシノタユウ』

かつて寛永三名妓といわれたうちの花魁、吉野大夫を彷彿とさせるペルソナ。
雲のように白い肌に目尻に沿わせた朱色のアイラン。目は開いておらず固く瞑っている。
絢爛豪華に重ね重ねに着込み下に引きずるほどの着物と様々な簪、そして特徴的な髪形。
側にはおかっぱ頭のおなじ見た目の禿が控えていてそれぞれ、タバコ盆とキセルを持っている。目元には赤い布が巻かれており口元は反対に可愛らしい笑みを浮かべそれとなく不気味さを感じさせる。


他、ペルソナ。

オルフェウス・改【愚者】
タナトス【死神】
アリス【死神】
ノルン【運命】
アリラト【女帝】
スカアハ【女教皇】
キングフロスト【皇帝】
メルキセデク【正義】
スルト【魔術師】
メサイア【審判】

なお、ベルベットルームへの鍵はすでに所持している。エレベーターボーイのテオドアが彼女の担当。


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絶望の檻

「なんと美しい白き姫だろうか」

 

純粋無垢な白き姫に一目惚れした模様の小人Cはとても醜く小人の中で一番ひ弱だった。仲間内で一番最後に仲間入りした小人Cだったが、小人たちとの関係は良好だった。頼りなさげに見えて実は誰よりも頭がキレる存在で仲間内の危機を何度と救ったことか。そんな小人Cが白き姫に恋をした。

 

それも傲慢王の姫に。

 

孤立した森の中で本性を隠した腹黒姫はそれはそれは清楚で可憐な姫を演じた。すっかり騙されてしまった小人たちは喜んで白き姫を家へと招き入れた。掃除洗濯家事炊事なんでもござれ!と白き姫は言わずに私、お母さまに痛めつけられることが怖くて掃除洗濯家事炊事ができないのと涙ながらに両手を組んでみれば、小人たちはコロッと表情を緩めて白き姫に何もしなくていい居候権を与えた。所謂、自宅警備員という奴である。

白き姫は自宅警備員という肩書を大層お気に召し、喜んで小人たちのベットに横になっていびきをかいて寝た。

そのいびきで小人たちは夜も眠れなかったという。仲間内で誰もが不平を漏らす中、小人Cだけは

 

「なんて素敵な響きなんだ。まるで腹の底から唸り声を上げているかのような音だ。一生聞いたら忘れられないほど僕の脳を麻痺させてしまうよ」

 

とべた褒めしていて他の小人たちは軽く引いていた。

 

【まるっきりべたぼれ?】

 

※※※

 

忘れることなど、できやしない。

忌々しい、過去を。

 

『いや、…やめ、てぇ……!!』

 

薄暗い店内、アルコールの匂いとむせかえるような熱気、臭いタバコの煙。テーブルに無造作に投げられた数本の注射器と何かの液体。

電灯の球が切れかかっていてついたり消えたりを繰り返している。

気持ちよくなる薬だと言って注射を打たれようとされたけど男の手を蹴とばして注射器を拒んだ。すると舌打ちし「生意気じゃん、そんな子猫ちゃんにはお仕置きが必要だねぇ」と下卑た笑みを浮かべ指をパチンと鳴らした。すると複数の男たちが一斉に私を取り囲んで体の自由を奪いにかかった。

 

あの、身の毛もよだつような、私の全てを、蹂躙される瞬間のあの下卑た男たちが私を見下ろす顔。手足の自由を奪われ叫ばぬよう制服のネクタイを丸めたものを口に詰め込まれナイフを突きつけられながら制服をはぎ取られていく感覚。私に群がる男たちの後ろでいい気味だと言わんばかりに鑑賞している女子。

 

『っ……!!』

 

嫌だ嫌だ!と何度も首を振って涙を零して助けてと頼んだ。

けどその女子は助けてくれなかった。

 

あの目、あの表情、心を抉り取られる痛覚。

 

ワスレルコトナドデキルモノカ――。

 

「…っあ、ああアアア―――」

 

「朔!」

 

「アアアアアアアアアアアァァ」

 

何度も何度も夢の中で同じ体験を繰り返し、犯される手前で私はベッドの上から目が覚める。夜中、涙を零し悲鳴を上げながら取り乱す私を綾兄は「大丈夫、大丈夫だから」何度も言い聞かせ抱きしめてくれる。収まるまで、ずっと。

 

そのたびに、私はこの世の全てが滅べばいいと心底願う。

髪を撫でてくれる綾兄の胸に縋りついて、何度も何度も。

 

【悪夢に囚われ続ける私】

 

 

不憫でならない。朔の傷ついた心は癒えることはないと分かっているからだ。

生きていく上でずっとこの傷は朔を追い詰め続けるだろう。

たとえ、復讐を果たしたとしてもだ。

本当なら心優しい子のはずなのに、自分を偽って何事もないように振舞おうとする。惣治郎さんにいらぬ負担をかけまいとしているのだ。

体も、心もボロボロで、それでも歩き続けようとしているのは、一重に復讐のため。

 

それだけが朔の心の支えで、歪み切ったそれは朔の心を蝕みつつある。

 

その証拠に朔のペルソナは瞼を閉じたまま。側に控える禿の目元にも布が巻かれている姿は禿の未来を奪っている暗示だ。成長を拒み視界を閉ざすことで己を保とうとする。

もう一人の自分を朔は笑顔で出迎える。

それが当たり前だというように。

 

もう少し、早く朔の元へ来れたらこうはならなかったのかな。

僕が朔の元に来れた時はすでにあの事件はすべてなかったこととされた。謎の出火原因により火事。死亡者、怪我人が出たがその原因は明らかにされず、火事の生存者である容疑をかけられた朔は一時警察に保護と称して身柄を拘束された。だが証拠不十分と扱われ惣治郎さんが迎えに行った時には厳しい取り調べや自白を強要しようとされ精神的に追い込まれ廃人同然の状態だったらしい。

朔の母親は、朔が拘束されている間に病院のベッドで病死したらしい。原因は事件をテレビに取り上げ、過剰報道したマスコミが病床にあった母親の元へ取材するという卑劣極まりない行為により病状は悪化し、加えて犯人扱いされた朔の身を案ずるあまり心労も重なり医師の手当もかいなく亡くなったそうだ。その報告を初めて惣治郎さんから訊かされた時、朔は糸が切れたかのようにその場に泣き崩れたという。

 

僕が探し当てたある病院の一人部屋で久しぶりに見た朔は昔の面影すらないげっそりとやせ細り、目に光宿らぬ生きた人形だった。対人恐怖症と極度のストレスにより不眠症を負った朔は、一時体重が半分にまで落ち込んだらしい。

思わず言葉を失ったよ、その変わりように。

 

あの愛らしい少女がこうも様変わりしてしまうなんて、朔をここまで追い込んだ人間たちを消してやりたい衝動に駆られた。けど何とかその気持ちを抑え込んで朔の傍にいようと決めたんだ。

 

でも朔は僕が来たこともわからず、病室のベッドの上で一日中ぼうっとしていた。

実体化して何度声を掛けても反応すらなかった。気配を悟られぬようずっと朔の傍に控えていたけど、病室にやってくる看護師にさえ怯え身を竦ませていた。酷ければ物などを投げつける始末。そのたびに朔は手足を拘束され薬を投与され無理やり大人しくさせられた。

今でも、思い出せる。耳をつんざく朔の悲鳴、母さん、母さんと必死に母親を求め、手を伸ばす姿。胸を抉られる感覚だった。これを毎日、酷ければ数時間ごとに聞かなければならなかった。早く手を打たなきゃと焦る一方、あの時の僕はまだ世界に降り立ったばかりで力が戻り切っていなかった。精々、実体化が数日で数時間持てばいい方だった。

だから、もう少し、もう少しの辛抱だからと朔を励まし続け、自分の力を蓄えようと躍起になっていた。けど、僕の考えは甘かった。

 

朔はもう追い込まれるところまで追い込まれていた事実をまざまざと見せつけられたんだ。

 

ある日の静かな夜、それは誰も知らぬ間に起こった。

目撃者は僕だ。

 

朔のペルソナが現れ、朔を殺そうとした。

明らかな暴走だった。

ベッドの上に四肢を投げ出して朔は一切抵抗しようとせず、自分の首を絞めるペルソナを愛おしそうに見つめていて、異様と感じた。

 

僕が止めなければきっと朔はあの時死んでいた。

いや、死を受け入れようとしていたのかもしれない。

僕はあの子に生きて欲しくて無視されつづけていることも忘れてあの子に飛びついた。

 

「朔、朔!」

 

あの子が初めて僕を『認識』して言った言葉は、

 

「ころ、して」

 

だった。

掠れた声で、こけた頬につぅと涙を零して僕に懇願する朔を、やるせない想いで僕はたまらずに抱き寄せた。

 

「朔、もう一度だけチャレンジ、してみよう」

 

「……」

 

「もう一度、チャレンジして、駄目だったら一緒に行こう」

 

「いっしょ、に」

 

「うん。湊の所へ連れて行く」

 

「りょう、にぃ」

 

「ああ。僕はここにいるよ。もう君の傍を離れない。だから、今は、生きて……。僕の為に生きて……朔」

 

この子を必ず守ると以前誓った約束を僕は守れなかった。

今度こそは、必ず。

 

僕はペルソナの暴走の影響により気を失った朔を抱き上げて病院から連れ去った。このままここにいても良くなることはないと直感した。現にペルソナの暴走が起こったからには専門の施設で適切な処置が必要だと判断したからだ。……僕には行く当てが一つだけあった。かつての志を共にした頼もしい友人、桐条美鶴。彼女なら朔を救うことができるはず。僅かな望みを賭け、僕は夜の闇に身を溶け込ませた。

 

【生きる目的を与えて】

 

 

母さんは常々口癖のように言っていた。

 

『どんなことがあっても笑うことをやめちゃいけない』って。

 

でもね、母さん。私、笑えなくなっちゃった。あの出来事があって、母さんが殺されて、天涯孤独の身だって思い知った時、笑えなくなっちゃった。それどころか、視界に入る全ての生き物が歪んで見えたの。私、可笑しくなっちゃったんだよ。

あの時は。

 

私がこの世界から消えたいって願ってたら、私のペルソナ、ヨシノタユウがね。

私が可哀想だって、苦しませたくないって、殺そうとしてくれたの。

それで救われるって嬉しかったのに、急にヨシノタユウが悲鳴を上げてもがき苦しんで消えちゃったの。

なんで?って思ったら、誰かが私の名前を必死に呼ぶの。

 

誰だったか、忘れてた。

そう、昔の出来事さえどうでもよくなってたの。でも記憶の中に焼き付いてた。

 

綾兄。

もう一人、兄と慕った人がいた。あの人はどうしたのかな、なんてぼんやりと考えた。

ああ、そういえば綾兄は『死神』だった。

 

だったら綾兄にお願いしてみようって思った。だからお願いした。

 

ころしてって。

 

そしたら、綾兄、くしゃっと表情歪ませて悲しそうな顔した。

 

もう一度だけチャレンジしようって。

駄目だったら湊兄の所に連れて行ってくれるって。

 

綾兄、死神の癖に泣いてた。

 

死神が泣いてくれるなら、私まだ頑張れるかなってちょっとだけ生きる力が湧いてきた。

 

私の為に、泣いてくれる人がいるなら。

まだ私は、頑張れる。

 

まだ、歩けるみたいだよ。

 

母さん―――。

 

【私の心は、まだ完全には絶望に食われかけていない】



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少女がそうである理由

もし、7人の小人のうち一人が呪いを受けた皇子様だったとしたら?

誰だって小人が呪いを受けた皇子だなんて考えないだろう。彼らは小人で白き姫【自宅警備員】を養う存在。全ての我儘に『嫌』とは言えず全ての命令に『はい』と答える。忠実なる僕。

実際、白き姫は顎で小人たちをこき使いまくった。森の中という閉鎖的な場所で馬車馬のようにこき使われて時に虐げられ喜ぶ小人たちが果たしているだろうか?

 

否。

 

七人の内、六人は白き姫を見限ろうとした。我慢の限界だったのだ。だがそれでも小人Cだけは懸命に白き姫の為に他の仲間たちを説得して回った。

 

「お願いだ。どうか恋する僕の為にあの腐ったれ女に傅いて欲しいんだ。お願いだよ!小便臭い女だけどあれでも姫なんだ!きっと僕たちが世話をしなければあっという間に獣の餌になり果てるかもしれない。僕は白き姫のそんな笑える姿なんて見たくないんだよ……」

 

明らかに中傷している言葉を使っているというのに小人Cは白き姫に恋をしているとアピールしている。違和感を覚えた仲間たちは本当に恋をしているのか?と疑問をぶつけた。すると小人Cは朗らかに笑った。醜い顔がもっと醜くなった。

 

「ああ、僕は彼女に恋をしているよ!彼女を見ると動悸が激しくなって感情が高まってしまってあのほっそりとした首をへし折りたくなるほどに恋をしているよ!あの小生意気な瞳を恐怖で染め上げ甲高い声をしゃがれた老婆のような声にしてあげたい。まだまだぶつけてやりたいことは沢山あるんだ。でも理性で押さえているよ。僕の想いは彼女を壊してしまうからね。それではダメなんだ。まだ駄目なんだ」

 

薄ら笑いを浮かべ、喉を鳴らし「クックック」と笑い声をもらす姿は陰気臭く近寄りがたかった。

彼が言う、恋とは一体どんなものなのか。

 

少なくとも仲間たちが知る『恋』とは違うと漠然と感じた。

 

【恋の違い】

 

※※※

 

猫のモルガナから怪盗のノウハウを学んでいるけどさっぱりさっぱり。

リュックに詰め込んだモルガナに急かされておじさんに見送られルブラを出発した私は、ゆったりとした足取りで駅へと向かい超満員電車に嫌々乗り込む。いつものことなので慣れっこ。リュックを胸に抱いて大体ドア付近に身を縮こませている私。

 

「……あー、暑苦しい」

 

「そう言わないで。僕がいるんだから」

 

苦笑しながらも実体化した綾兄が暑苦しい人から私を守るために壁に手をついてガードしてくれている。これもいつものこと。電車代?そんなの払ってない。途中でばれないように実体化してもらってるから。タダ乗りという奴。これも立派な社会に対する反逆の一つであると言える。

 

「あー、そうだね。綾兄という盾がいるからまだいい方だわ」

 

「……盾、ね。だったらテトラカーンでも唱えたら楽じゃないかい」

 

「それもいいかもね。今度試してみる」

 

「……害がない程度に、ね」

 

綾兄は冗談のつもりで言ったつもりだろうけど私に冗談は通じない。

使えるものはなんであれ全部使う。どんな手段でも。

 

そう、あのメメントスでさえ。上手く使えば証拠すら残さずに消せる。

 

私は人間の集団ジャングルに囲まれ電車に揺られながらあの時のことをふと、思い出す。

 

モルガナと初めて会った時のことを。

 

 

私達の出会いはイゴールのおじさんに貰った異世界ナビで初めてメメントスに侵入した時だった。まさかスマホから出入りできるなんてなんて画期的と驚いたよ。しかしシャドウがたくさん蠢ている場所は初体験なのでちょっと胸がどきどきしてた。影時間にしか現れないタルタロスの話は耳にしていたけどここ、メメントスも似たようなものなのかな。

 

「さて、行こうか」

 

「うん」

 

私と実体化した綾兄は、メメントス内部を探索することにした。こういうところはお宝があるのと、シャドウを倒すとお金ももらえるという一石二鳥の場所らしいので、まさに理想ともいうべきダンジョンだ。しかも長時間うろうろしてると刈り取る者が出るのでさらにガッポリ稼げる。

 

「うわ、出た」

 

話に聞いてたけど、ホントに鎖の音鳴らしながら近づいてくるんだね。

でもこっちの方がレベル高いのに気づいたら冷や汗出してる。

 

「朔、稼ぎ時だよ」

 

「だね」

 

普通は死ぬ。けど綾兄も強いし何よりエリ姉に鍛えられた最強のペルソナが揃っているので怖いものはない。最終的にメギドラオン叩き込めって教えられたから。そのやり方で余裕で倒した。

 

テレッテッテー、朔は刈り取る者を倒したー。

 

湊兄がつけていた特別課外活動部の腕章を腕に着けるとなんと金額が倍になる。

どうしてかわからないけどこれも湊兄の力と考えておこう。

さて、モルガナとどこで会ったかだったけ。

 

そうそう、下まで降りたけど扉が開かなくてとりあえず稼ぐものは稼いだから一旦帰るって時になったときだ。線路の上を二人で並んで歩いていると突如、車のヘッドライトらしきものがまぶしく私達を照らした。私達は当然迎撃態勢を取ったけど、それはなぜか喋る車だった。

 

「人間!?こんなところにか」

 

ボフンと煙に巻かれて現れたのは喋って二本足で立つ黄色のスカーフが特徴的な黒猫。シャドウと一瞬構えてしまったけどその予想外の姿に、胸を打たれ一瞬にして固まってしまった。警戒態勢のまま、ギランと睨み付けられ、

 

「お前ら、何者だ?シャドウ、……ではなさそうだな」

 

と私たちの身なりを判断してそう問うてきた。けど私にはその問いすら耳に入ってこなかった。

 

猫さん、二本足の猫さん。しかも喋ったのだ。

 

「……猫さん……もふもふ」

 

動悸、息切れ、眩暈、禁断症状を抑えられない。私はもう一人の自分に素直になりなさいと囁かれ、そうよね、いいよね素直になってもいいよねと言われるまま、衝動的に手をワキワキとさせてしまった。もふもふ、大好き。

 

「は?」

 

呆ける猫さんが一瞬警戒が緩ませた。

 

「……ぶふふ!」

 

「綾兄!」

 

私の後ろで噴き出した綾兄に振り返り笑うなという意味で睨み付けると、綾兄は肩を震わせて笑いを抑えるのに必死だった。腹を抑えて片手で制しながら、

 

「ゴメンゴメン!あんまり可愛くて思わず」

 

と言い訳にならないことを言った。私は付き合ってられないと綾兄を無視してわざとらしい咳を挟んで調子を戻し、猫さんと対峙した。

 

「もう!……コホン!私達はこのメメントスに用事があってきた。そっちは……、猫の縄張り争い「じゃねーよ!」……失礼。じゃあここが大衆のパレスと知って今ここにいるということだね」

 

律儀に突っ込んでくれる猫さんは「……ああ」と間をおいて返事を返した。

 

「そっちは敵、と認識してる?私達のこと」

 

返答しだいじゃ戦うことも選択肢にあった。けど猫さんは迷った素振りを見せたけど結局は首を振った。

 

「……いや…。だが妙な気配だな。そっちの男は」

 

「ふぅん、気づいてはいるんだ。……僕側に近いってことかな?」

 

綾兄は何か気付いたみたいだ。けど私には教えるつもりはないようで、にっこりと微笑んでそれ以上は語ることはなかった。

胡散臭い笑みだなと思いつつ、一応どうすればいいか尋ねてみた。

 

「綾兄……どうする?」

 

「朔の好きにして構わないよ」

 

言うと思ってたよ。大体、綾兄は私の好きにしていいと言ってくれる。

本気でダメっていう時は有無を言わさずにさっさとその場から連れ出されてるはずだからね。

 

「……私、ちょっとね。試してみたい……」

 

「そうするといいよ。朔の思ったまま行動するといいさ」

 

「うん」

 

綾兄の力強い言葉に促され私は前へと進み出た。

 

「あの」

 

「……なんだよ」

 

「お願いですからモフモフさせてください!」

 

両手を組んで真摯にお願いしてみた。

 

「そっちか!?」

 

てっきり攻撃されるかと思ったらしい猫さん。条件反射でツッコンできた。

もうずっとモフモフしたくて仕方がなかった。とりあえず自己紹介して場所を移動した私は思う存分モフモフさせてもらった。猫さん、モルガナと名前を教えてもらった彼は複雑そうな顔してたけど嫌がる素振りはなかった。

 

出会いはこんなとこ。

一旦は別れたけど、またメメントスでちょうど刈り取る者を倒し終わった直後、再会したのでこれはもう運命だと思った私はまたモフモフさせてと拝み倒した。モルガナは嫌そうな顔してたけど、何か思いついたように目をきらっと光らせて、

 

「だったら条件だ!ワガハイと怪盗をしてくれっ」

 

と耳を疑う条件を突き付けてきた。

怪盗ってなんですか?とはてな状態な私にモルガナは自分もペルソナ使いだと教えてくれて、このメメントスで手に入れたいものがあると強く訴えてきた。

自分だけじゃ最下層まで行くことはできないから一緒に来てほしいと。

 

私は当然嫌だと即答したけど、だったらモフモフさせてやらん!と言われたので仕方なく、怪盗ごっこなら付き合うと言った。

モルガナはしばし悩んでたけど仕方ないと私の提案を受け入れ、モルガナは師匠、私は怪盗の弟子という役付けが決まった。綾兄はサポート役。何かあったら対処役に回ってもらうこともできるし。

 

ここに怪盗ごっこがスタートした瞬間だった。

 

その後探索を終えた私達は現実世界に帰るとモルガナに伝えると、ワガハイも一緒に行くぞと言われ驚いたものの、まぁいっかとあっさり了承した私に綾兄はいいの?と戸惑ってたけど何か困ることあったっけ?と逆に尋ねると、いや別にと曖昧に終わらせた。

現実世界に戻るとモルガナはやっぱり黒猫に変身したので遠慮なく私のリュックサックに無理やり突っ込んでルブランに帰った。他人にはニャーニャーと猫が鳴いているように聞こえるらしいが、私にはもっと丁寧に扱え!と抗議の叫びにしか聞こえなかった。

 

黙ってるのもアレなんでそそくさと自室に向かい、そこでモルガナをリュックから出して好きなようにさせた。意外と綺麗だなとお褒めの言葉をもらった。

お店を閉める時間帯になる頃を見計らって一階に降りていきおじさんに率直に猫飼っていいかとストレートに尋ねた。勿論、おじさんは目を見開いて驚いて飲食店なんだから駄目だと言ったけど、あの可愛さならおじさんも落とせると考え、モルガナの名前を呼ぶとニャーと鳴きながら下に降りてきたモルガナをひょいっと持ち上げておじさんの目の前で見せた。私の読みは当たった。おじさんはモルガナのキュートさに胸打たれたおじさんは渋々、いや結構ノリノリでちゃんと面倒見ること、下に客がいるときはモルガナを降りさせないことを条件に飼うことを許してくれた。

モルガナは猫じゃねえ!と鳴いてたけどおじさんにはニャーとしか聞こえてないので意味がない。おじさん、顔緩んでたよ。

 

同居人が増えた日の夕飯はちょっと豪勢な夕飯だった。

夜、就寝前にモルガナは怪盗ならコードネームが必要だよなとウキウキしていた。でも私はメメントスで狩るに狩りまくったので疲れモード。さっさと寝ると言ってモルガナを胸に抱き込んで夢の中へ飛び込んだ。

 

珍しく、その日はあの悪夢にうなされることなく眠ることができた。

 

【モフモフのお陰】




電車内。

朔「ねむ…」

綾「そろそろだね」

モルガナ「ニ゛ャ~」(苦じぃ~)

朔「!?馬鹿、出てこないで!」

バコ。

モルガナ「ニャ!?」(いでぇ!?)

綾「思いっきりやったね」

朔「モルガナが悪い」

モルガナ「……」(覚えてろ!)

学校に着くまでリュック越しにモルガナがゴンゴンと頭突きしつづけていた。


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幸せの因子

『ああ、愛しい王子様。貴方の為に『わたしたちの国』を用意してみせますわ』

 

と白き姫は魔女暗殺を目論む。自分の中で創り上げた王子様に恋をして邪魔な存在である王妃を殺そうと考える。

小人たちのベッドは狭いし寝心地は最悪だし小さすぎて使えない。我慢して寝てやっているけど内装も飽きてきた。

白き姫は飽きやすく全てにおいて長続きしない。

そういう性分なのだ。他人からみれば贅沢な性格である。裏を返せばいつも全力で楽しんでいるということ。でもそれが他人から賛同を得られるかどうかは分からない。白き姫の場合は非難される部類にあてはめられた。

だが本人は気にしない。なぜなら悲劇のヒロインで姫だからだ。傲慢な王の娘は最初から後妻として入った王妃が気に入らなかった。自分より醜い癖になんでも卒なくこなすところが気に入らなかった。他人からの評価を気にしないでいつも自分のやりたいことをやるところが気に入らなかった。目障りだった。姫である自分よりも目立っていたし国民にも慕われていたから中傷する噂を流して嫌われるように仕向けた。そうしたらあっという間に王妃の人気はガタ落ち。声を上げて大笑いしたものだ。腹抱えてバタバタと足を動かして笑い転げた。

 

やった、やった!

これで私は一番になれる。誰もが私に注目する。

飽きない毎日が送れる。楽しいわ。胸が躍るってこういうことなのね。

 

白き姫は頬をバラ色に上気させて歪な笑みを浮かべ恍惚な眼差しで鏡に映る自分を見つめた。

 

「鏡よ鏡。世界で一番可愛いのはだあれ?」

「それは貴方よ、白き姫。ええ!私よ私なのよっ!」

 

魔法の鏡ではない、変哲もない鏡に映り込む自分にうっとりとしながら彼女は一人で二役を演じた。

 

そう、世界で一番なのは私。

狂った感情に支配されながら白き姫は狭い世界の中でクルクルと踊る。想像の王子様と手と手を取り合って永遠に踊り明かす。

きっと二人に用意された扉の先は永遠の楽園が待っていると期待込めて。

 

だが白き姫は知らない。

そのドアの先が永遠の楽園ではなく、死刑台への近道であったことを。白き姫は知らないのだ。

 

【さぁ、王子様。行きましょう】

 

※※※

 

 

佐倉惣治郎は、娘が一人いる。血の繋がりはなく、【ある事件に巻き込まれ亡くなった可能性の高い】友人の娘を引き取ったのだ。当初、彼女は親戚であるおじに引き取られたものの、見るに耐えかねない虐待の痕が目に見えたことに激怒した惣治郎がおじらから親権を金で買い取る形となってようやく娘、双葉は惣治郎の元で平穏を得られることができた。だがしかし、時すでに遅し。双葉は心に深い傷を負い、人との接触を拒み引きこもるようになった。保護者である惣治郎でさえ滅多に自分が篭る部屋に立ち入らせないという拒みっぷりだった。だがその少女にとって例外中の例外がたった一人だけいた。それが同じく惣治郎に引き取られた佐倉朔である。

 

「行ってきまーす」

 

「おう、行って来い」

 

惣治郎を知る人間が彼が朝からわざわざ外にまで出て姪っ子を見送るなど見たら目を丸くするだろう。それくらい佐倉惣治郎にとって目に入れても痛くないほど可愛がっている少女だとご近所の人やなじみの客からはそのネタで度々からかわれている。

 

今日も彼女は遅刻上等と言わんばかりにゆっくりと登校していった。

惣治郎は彼女の後姿が消えるまでルブランの入口で見送った。そして確かにいなくなったのを確認してようやく店の中へと入る。

カウンターテーブルには朝食カレーを食べ終わった小さな皿と、飲みかけの水が入ったグラス、それに朔用の数種類におよび薬が入った専用の網籠が置いてある。惣治郎はようやっと朝の一仕事が終わったと息をつく。

朔の場合、学校へ行くまで戦争なのだ。以前は惣治郎自らが起こしに行っていたがちょっとやそっとじゃ起きない。いや、語弊である。朔の場合、起きているが起きていないような状態なのだ。

目を開いて起きているように見えて、揺さぶっても反応はなくまるで心あらずといった風に朔は反応を示さない。朔が通う特殊の病院での医師による説明では【心を守るための盾】ではないかということだと分からないことを説明され頭を悩ませたものだ。

とにかく、朔が受けた精神的ダメージを少しでも回復させようと朔の心が外界から身を守るために最低限の機能だけで生命を維持させようとしているらしい。

そういったことから朝の登校には時間を要した。

今は突然増えた家族、朔が拾ってきた黒猫モルガナが代わりに起こしているお陰で惣治郎の出番はめっきりと減った。面倒な仕事がなくなったことが嬉しいようで寂しいようなそんな気分もさせられて、惣治郎は以前の自分と変わりつつあることに気づいた。

 

佐倉朔は姉の娘であると知ったのは警察からの一本の電話で初めて知った事実だった。姉がすでに死んでいること、娘がある事件に関与しているらしいとの疑いがあるとある刑事から伝えられた時は突然の知らせで頭がパンクにしそうになった。勿論、惣治郎にとって世間から身を隠しながらひっそりと生活しているというのにまた世間を騒がせているとテレビで連日報道されていた問題児がまさか、二歳違いの姉の娘だとは思うまい。

しかも母親である姉は既に故人で娘の引き取り手がいなく祖父母もなく、仕方なく惣治郎の元に白羽の矢が立ったということだ。

姉とはニ十数年前、喧嘩別れしたのを最後に音信不通だった。発端はろくでもない男に惚れてしまったことだった。別れろと何度も説得したのに本人は頑なに拒み、挙句の果てに駆け落ち同然でいなくなった。親は捜索願など親戚などに頭を下げては方方探したが結局は見つからず愕然と肩を落とした。死に目にまで姉の名を口に出して呼んでいたのを今でも記憶に残っている。

 

その姉の娘とまず、何よりも朔に対して嫌悪感を抱かずにはいられなかった。

厄介ごとを持ち込みやがってと罵倒さえしてやりたかった。最初は。

だがいざ面会となった時、その少女の姿に愕然としたものだ。

目の下には隈、乱れた髪型、明らかに寒さで震えているのではないと分かる自分の体を守るように身を縮ませて誰とも視線を合わせないようにしている姿。

頬や衣服の一部に見え隠れする痛々しい包帯や白いガーゼの数々。

 

明らかに、何かされたと直感した惣治郎はとにかく家に連れ帰ろうとした。

だが朔の精神状態は極めて不安定で誰に対しても恐怖におびえるばかりですぐに精神病院へ入れられることになった。ひと月経過しても朔の状態は一向に良くなることはなかった。見舞いに来た惣治郎でさえ悲鳴を上げて怯えまくる次第だった。

その憐れな姿に惣治郎の胸は痛く締め付けられた。

厄介ごとを持ち込まれたと勝手に勘違いして腹を立てていたのが恥ずかしくなるくらいに、佐倉朔という少女は極普通の少女だった。

 

自分以外の人間、特に男に反応して異常に怯える朔。

 

彼女が受けた精神的ダメージ、そして肉体的ダメージは回復の兆しはないと医者にまで匙を投げられるほどで惣治郎は、他に手立てはないのか!?と思わず医者の胸倉掴んで怒鳴った。それでもないと首を横に振る医者に惣治郎は落胆して膝をつくしかなかった。

そんなある日、いつも通りに拒まれると分かっていて朔の見舞いの為病院を訪れると、行く手を遮るように黒服の男が数名惣治郎を取り囲むように現れた。

身構える惣治郎に、その黒服の男はこう告げた。

 

『佐倉朔様は我が桐条グループ系列の病院へ転院されました。つきまして総帥より直接お会いしてご説明されたいと願われています。どうか共においでください』

 

寝耳に水とはこのことだったが、断れるような雰囲気もなく半ば強制的に黒塗りの車に乗せられ向かった先のある有名なホテルの最上階である部屋へ通された惣治郎はそこで桐条トップである桐条美鶴と面会することになった。

彼女曰く、朔とは以前面識があり彼女の友人が朔を気に入って面倒を見ていたこと。

今はその友人がいないが、彼の分まで彼女の面倒を見させてほしいこと。もし、よければ桐条の名と誇りに賭けて彼女の後見人として名乗り出たいということを惣治郎に告げた。

 

向こうは惣治郎の身辺調査でもしていたのか、ありとあらゆる情報を入手していたようで、経済状況など様々な面でサポートすると告げてきた。

以前の惣治郎なら問題ごとは御免だと放り投げていただろう。

 

だがすでに情が沸いていた惣治郎はその申し出を拒否。朔は自分が育てるとキッパリと告げた。桐条の総帥は、残念そうにしながらも朔の入院費や治療費などのお金は一切気にしないでほしいと惣治郎がいくら断っても断固として譲らなかった。

むしろ、そうさせてほしいと頭さえ下げられては惣治郎も頷くしかなかった。

 

一体朔はどのような交友関係を築いていたのか、首を捻った惣治郎。

 

それから、専門のスタッフと治療による効果で徐々に人間らしさを取り戻していった朔は、初めて惣治郎の家に共に帰ってきた。朔は居心地悪そうにしていたが、惣治郎が事前に用意していた二階の空き部屋を朔の部屋にと教えると、ありがとうとぎこちなく笑みを見せるまでには回復していた。一夜明けて、朔を起こすために控えめに部屋をノックすると反応はなく、遠慮がちにドアを開けるとそこには朔の姿はなくもぬけのから。

顔面蒼白とはこのこと。

惣治郎は慌てて家じゅうを駆けずり回るように朝から大声をあげて探しまくるも姿はない。家を飛び出て周辺を探してもいない。惣治郎は家に戻り、玄関に座り込んで警察と焦りながら震える手で110番かけそうになったが、階段からトントンと降りてくる朔の姿の気づくと驚いたのち、どこに行ってた!と怒鳴りかけそうになった。

だが敏感に惣治郎の怒りを感じ取った朔が怯えている様子に気づき、なんとか冷静さを取り戻せと己に言い聞かせ、どこにいたと尋ねると眠そうに目元をこすぐりながら、朔は双葉のとこだと言った。

これには顎がハズレそうになった惣治郎。

 

まさかあの双葉の部屋。しかも普段からがっちり鍵がしまっているはずの部屋に双葉が他人を引き入れた。

あれだけ探し回ったのは何だったのかと脱力感に襲われながらも詳しく話を聞いてみると、夜やはり眠れなかった朔が水を飲みに下へ行こうと双葉の部屋の目の前を通り過ぎた時、少女の苦しむ声が聞こえドアをノックすると開いたので入った。そこで少女が怖がっていたので一緒に添い寝していた。気づいたら一緒に眠れていた、らしい。

 

朔の大物っぷりを身をもって体験した惣治郎。

それから朔は徐々に惣治郎と双葉だけだった生活の中に溶け込んでいった。

朔がいると双葉の態度も軟化した。部屋から出ることはないが、携帯のメールに双葉から『いつもありがと』とお礼のメールだったり簡単なやり取りが行われるようになった。

夜、双葉と朔が一緒に寝ることもあり、今までと違う生活の変化に戸惑うこともあった。

ルブランから帰ると温かい夕食が作られていて、お帰りと出迎えてくれる朔。

双葉は部屋で食べているが夕食の席の会話で器用にメールで参加したりと、少し可笑しい一家団欒に小さな幸せを感じたりもした。

 

朔を迎え入れてよかった。

そう思う日が来るなど考えていなかった惣治郎。

 

自然にいるのが当たり前の生活となり惣治郎の中で朔は大切な家族とさえ思えるようになっていた。だがやはり居心地が悪かったのか、それともまだ朔は自分が赤の他人で家族の仲を邪魔している厄介者とでも考えたのか、喫茶ルブランに空き部屋があることを知るとそっちに住まわせてほしいと頭を下げてきたのである。

いくら惣治郎がここにいていいんだと説き伏せようとしても朔は頑なに二人の邪魔はできないと拒否。駄目なら家を出るとまで言い出したものだから、ほとほと惣治郎は困り果てた。茶の間で二人の会話を盗み聞きしていた双葉まで転がり込んで朔に泣きながら、行かないでと抱き着く始末だった。

頑固な部分は姉譲りとは。まるで姉そのものを見ているようでその時は、少しだけ懐かしさを感じた。

結局惣治郎の方が折れることになり条件付きでルブランに住まわせることを許可した。

 

夕食は家で食べること。

呼ばれたらかならず家に帰ること。

夜は外に出ないこと。

あと細かい条件もあったがそれでも朔は喜んでルブランに住むと頷いた。

 

それから色々あったが月日が経つのは早いというもの。

だが決して悪いものでもない、と食器を片付けながら感慨深くおもっているとカチャリとドアが開く。音に反応してそちらに視線をやるとなじみの顔ぶれが悪びれた様子もなく顔を覗かせていた。

 

「よ、マスター。お邪魔するよ」

 

と言いつつささっと中に入り自分の定位置へとちゃっかりと座る。

惣治郎は眉を顰めて、

 

「……まだ開店前だ」

 

と指摘するもなじみの客は、余裕そうに

 

「いいじゃないの、客は大事にしないと。昔からよくいうだろ?お客は神様だって、ね」

「ふん、あいにくと俺の店は誰かれ構わず尻尾振ってまで儲かる店じゃないんでな、それにまだ仕込み中だ」

「そう言わないで。アレ、朔ちゃんと同じ朝カレー頼むよぉ。これがないと始まらないんだ」

「……わかったよ…」

 

仕方なく惣治郎は朝カレーを出すことに。

 

「そういえば朔ちゃん、また朝から頼りない足取りで駅まで向かったねぇ」

 

「……手ぇ出すなよ」

 

「出さない出さない!マスターの可愛い娘に手を出すなんて命がいくつあっても足りやしないよ!」

 

「……娘、か…」

 

「可愛い娘じゃないか。……大事にしないとね。お父さん」

 

「ああ、わかってるさ」

 

言われるまでもないと惣治郎は頷いた。

 

桐条美鶴に後見人にならせてほしいと言わせ、初日で引きこもりの双葉に懐かれ、今まで惣治郎の生活を一変させた少女。

 

姉の忘れ形見。

最初は疎ましいとさえ思っていた少女。

 

今は、無くてはならない存在。双葉と同じくらいまもらなくてはいけない家族。

 

「しっかり店に貢献してくれよ。なんせ、金がかかるのが二人もいるんだからな」

 

いつも仏頂面の惣治郎が珍しく表情を緩ませたのは、朔の影響だろうなぁとなじみ客は

感じた。

 

 

佐倉惣治郎には、娘が二人いる。

 

血の繋がりはないが、友人の特徴を色濃く受け継いだ少女。

血の繋がりはあるが、危なっかしくて目が離せない少女。

 

それと飼い猫一匹も。

 

これが惣治郎の『今』の家族構成である。

 

【いつか、父と呼んでもらえる日を夢見て】



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予測変換不可能

ついに実行される時が来た。この熱き想いを伝える時がきたのだ。

 

魔女の所から気づかれないように盗んできた真っ赤で瑞々しい林檎を手に小人Cは白き姫の元へと向かう。白き姫の前で跪いて己の醜さに顔を歪めて露骨に嫌そうな顔をされるのも厭わずに。

 

『白き姫、どうぞこれを。一口齧れば巨額の富が。二口齧れば永遠の美貌と若さが。三口齧ればあの御方と【まるで夢の中にいるように】末長く幸せに暮らせますよ』

 

と真っ赤な林檎を差し出す小人C。

白き姫は欲張って三口齧った。なんと強欲な娘だろうか。

だが単純であるから疑わずに食べたのだろう。愚かで怠惰な姫。

 

「あ、ぁ……」

 

手足のしびれ、痙攣、吐き気、頭痛、ありとあらゆるところが痛い痛い痛い!

 

顔が酷く歪み、肌はどす黒く染まって目はぎょろりとくぼんでだらしなく涎を垂らす。

まるで世界中の苦しみを受けたかのような見るも無残な恐ろしい形相のまま白き姫の心臓は止まる。

あっという間に白き姫は覚めることのない甘い夢の中へ落ちて行き、小人達の手により【地中】へと深く埋葬された。死後硬直が酷くもがき苦しんだままの姿で棺に中々納められず、無理やり押し込められた。

 

その姿、永遠なれと偲ばれることはなかった。

 

「これで、ようやく彼女を迎えに行ける……」

 

想いを吐き出すように呟いた小人Cは、ひっそりと仲間たちの前から姿を消した。それ以来、彼の姿を見た者は誰もいなかった。

 

そう、誰も―――。

 

【生きているのか死んでいるのか定かではない。】

 

※※※

 

校門前付近までたどり着いた私は聞き覚えのある声によってげぇ、と表情が歪んでしまった。

 

そうだ。今日は奴が校門に立つ日だった。すっかり頭から弾き飛ばしていた。

 

これもモルが夜中までコードネーム何にするかわちゃわちゃしてた所為だと思う。

大体コードネームって必要?私が適当にモブでいいよモブでって終わらせようとすると、そうはいかねぇ!って猫姿で興奮しちゃってさらに話は私の怪盗に対するイメージを払拭させるとか意気込んではい!寝れませんでしたってオチだからね。

参ったもんだ。いや、結局寝れないんだけどね。

気持ちが落ち着かないじゃない。

だから今日は私たちのコードネーム決めるって話でファミレスGOという予定である。

 

「おはよう!あ、おはよう!ほら、シャキッとしろ。ちゃんとメシ食ってきてるかー?」

 

校門前でわざとらしく朝から大声上げてる一人の教師、鴨志田卓。表向きは生徒に教育熱心な元オリンピック選手でバレー部の顧問もしている。我が衆尽学園のバレー部を全国でも強豪校へと導いたのは少なからずこの男の手腕によるもの、と推測される。そういえば衆尽が『囚人』に聞こえるのは私の気のせい?

まぁ校長がアレじゃ意外と囚人の方がしっくりくると思うけどね。

教師が教師なら校長も校長。同じ穴の貉とはよく言ったものだ。

裏じゃ生徒への体罰なんて当たり前。むしろ生徒は自分の駒?もしくは家畜?

まー、裏ひっぺがえせば色々と出てくる出てくる。

 

えーと、こいつのパレスにはすでに潜入済み。シャドウは裸の王様の恰好をしていた、らしい。モルガナの情報によると。私はお宝稼ぎで大忙しで接触なし。だって気持ち悪いし、何を好き好んで男の裸見なきゃいけないのよ。

 

あー、嫌だ嫌だ!

 

私は鴨志田の脇をさっとすり抜ける。

 

「おはよう!」

 

「……」

 

無言で。でも鴨志田は私が通り抜けても反応は返さず他の生徒たちにあいさつを振りまく。そう、私の姿があいつに認知されていないのだ。これぞステルス効果!

 

綾兄のお陰で朝からやな奴からあいさつされるというフラグを見事へし折ることに成功した私である。前に奴に挨拶された時、思わず召喚機引っ張り出してメギドラオン叩き込もうとした。けどそこは綾兄に堪えて堪えて!となだめられ、仕方なくモルに思いっきり爪でひっかいてもらうだけで穏便にすませてあげたのだ。モルには感謝の印として念入りにナデナデしてあげた。本人は嫌がる素振りを見せたが、尻尾は誤魔化せないぞ。

 

ふぅ、こうして私は無事、保健室に入室できたのである。

 

【教室?今日は午後からお邪魔します】

 

 

対シャドウワーカーに入ってくれないか。

そう美鶴さんに切り出されてスカウトされた私はこう返した。

 

『仮でいいなら』

 

自分の将来に興味はない。けれどやり遂げなくちゃならない為に、敵と戦う術を教えてくれるなら利用しようと思ったまで。エリ姉にペルソナ関連のことならたくさん教えてもらった。けど戦闘面となると武器で戦うって湊兄が言ってたから不安はあった。だから私としても願ったりかなったりだった。綾兄は私の隣で複雑そうな顔して美鶴さんとのやり取りを見守ってた。

私が大丈夫だよ、頑張るからと言ってみせると綾兄は、そうだね、湊もきっと朔を見守ってるよと言って優しく頭を撫でてくれた。

 

こうして、私は仮シャドウワーカーの仲間入りを果たしたのである。

美鶴さんから受け取ったのは、湊兄が以前使っていた武器。

私は湊兄の残した武器を受け継いで、復讐のための道を進み始めた。

 

【武器の名前は聖杯ルシファー。攻撃力450全パラ+10】

 

 

長くて退屈な授業がようやく終わり、私は素早く教室を出て駅へと向かう。

今日は寄り道してくるっておじさんに事前に報告してあるから大丈夫なのだ。ウザったい人込みの中を、実体化した綾兄の腕を組んで二人並んで歩いていると、後ろのリュックからモルが顔を出して『スマホ鳴ってるぞ』と教えてくれた。私は普段、スマホはリュックにつっこんでいる。だってあんまり使わないし。

私は自分で出すのは面倒なので綾兄に頼んで出してもらった。綾兄は画面に映し出された相手に表情を緩ませた。どうやら綾兄の知り合いらしい。それにしても、諦めずに鳴らし続けるなぁ。

 

綾兄から「はい」とスマホを受け取った。

私は「ありがと」と礼を言って億劫だけど通話ボタンを押した。すると聞きなれた声が耳元から流れる。

 

『よう、元気か?朔。さっさと出ろよ』

 

「あ、どうもです。テレッテッテー」

 

これ口癖になってるんだよね、脳内汚染されてるかもしれない。

順平アワー、恐ろしい。

 

『それわざとだろ』

 

「あ、どうもです。順平さん」

 

『律儀に言い直すなよ』

 

「なんか用ですか。用ないなら切りますよ。あ、チドリ姉は元気ですか?また順平イジリワードについて詳しく教えてもらいたいんで」

 

『マジでイジるのやめてくんない!?』

 

「サーセン」

 

いいカモだ。悪い気はしない。

エリ姉の気持ちがなんとなくわかった。綾兄が頬を突いて笑いをこらえている。

今イイ顔してたらしい。自分じゃわからないから確認のしようがない。

 

『……綾時、そこにいるだろ。すぐ代わってくれ。俺の精神ズタボロです』

 

「はいはい。綾兄」

 

私から綾兄へバトンタッチ!

 

「朔、あんまりからかうものじゃないよ……。もしもし?元気かい、順平」

 

『綾時ぃ~』

 

まったく、私から構ってもらえるなんて金ぴかシャドウ並にレアなのに。

私のスマホで順平さんを慰めている綾兄の手を取って、「行くよ」と歩き出す。綾兄は頷いて私に手を引っ張られながら足を動かした。

旧友との会話に色々と話は弾むらしい。私に対する扱いがおまけになってる。

 

私は構って欲しくてスマホを奪おうとする。けど綾兄はそれを阻止しようと先手を打って私の鼻を軽く抓んだ。

 

「むぅ!」

 

「あはは」

 

一笑いして綾兄はまた順平さんへと向けられる。

私は面白くなくて「先行ってるよ!」と声を掛けてさっさと歩き出す。少し先を行ったところでちろりと後ろを盗み見る。綾兄は私の後をゆっくりと歩いてきて私の視線に気づくと女子もコロッと落ちてしまいそうな笑みで軽く手を上げた。

 

ふん!ご機嫌どりなら後からとっても無駄なんだから!

 

私は大股で歩きながら、リュック越しに『もっとゆっくり歩け!』と抗議の声を上げるモルを無視して一人先にファミレスへと入店するためにもっとスピードを上げるのであった。綾兄は器用に付かず離れずの距離を保って先に入店して店員に席を案内される頃に後ろにいて追いついてきた。

 

っチ、おひとり様パーティしてやろうかと思ったのに。

 

テーブル席に案内され座ると「ハイ」と綾兄からスマホを返された。順平さんとの会話は既に終わっていたらしい。私はそれを無言で受け取ってリュックにつっこむ。

モルガナが『いてぇ!』と鳴いたけど無視だ。

 

「朔、何にするんだい」

 

「綾兄のおごりでパフェ網羅」

 

「コロコロ丸い朔も可愛いだろうね。コロマルみたいにさ。僕はコーヒーで」

 

「遠回しに太るっていうのやめて。それとコロマルはワフワフ天使です」

 

「いや、想像してみただけだよ」

 

「意地悪」

 

「フフッ、朔限定だよ」

 

『お前ら、何気にカップルっぽい会話だぞ』

 

「モルがいるからカップルじゃないわね」

 

「そうだね。仲の良い兄妹とそのペット、かな」

 

「喋るペットだけどね」

 

『ワガハイはペットじゃねぇ!』

 

という会話を楽しみながら私は宣言通りにパフェ網羅した。綾兄のおごりで。

だって綾兄もガッポリ稼いでるんだよ?私以上に。

そんなにお金溜めて何に使うの?って前に尋ねたら、旅行でも行こうかな、だってさ。

ハワイ辺りを狙ってるとか。死神が常夏のハワイでバカンスとは……。

世も末だね。

 

結局、コードネームは決まらなかったのでまたルブランに帰って徹夜であーだこーだと考えあぐねることになる。

 

んで、最終的に決まったのは。

 

私=【コーティザン】

モルガナ=【モナ】

綾兄=【ファルロス】

 

まんまだよね、私たちって言ったらモルガナは不思議そうに私のは違うだろって言った。

モルガナは私の素性を知らないから仕方ない。

私のペルソナが花魁だからだよと軽く説明するとモルガナは一応納得してくれた。

綾兄は沈痛な面持ちで私とモルガナのやり取りを見ていたけど、私は知らないふり。

 

きっと、そのうち嫌でもわかるはずだ。

私が、どういった経緯で【今】に至るのかを。

 

【その意味は推して知るべし】



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見覚えのある、風景

私の心はいつも虚ろで定まった形にはならない。

何かを受け入れて何かに流されて自分という形が分からないんだ。

 

湊兄や綾兄のお陰で今の私は絶妙なバランスの上で辛うじて生きている。

 

それでもちょっと油断すれば、ほら、あっという間に天秤は崩れ落ち私は粉々に砕け散る。

 

retry【再チャレンジ】?別にそんなの望んでなかった。この一度でいい。

(卑怯だから)

 

continue【やり直し】?そうなったらスパッと諦める。

(面倒だもの)

 

昔からcheat【最強】だったら母さんを失うことはなかった。

(ないものねだり)

 

でも気づいたらgameover【終わり】だった。

(仕方ないと諦めたら楽になれるの)

 

Revenge【復讐】することだけが私の指針となっているわ。

(てんで言い訳)

 

だから私にties【絆】なんて必要ない。

(怖いもの)

 

いずれdeleteになるんだから。

(唯一の逃げ道なの)

 

Dead or Alive【死と生】私はその両方の世界を跨いで立っている。

 

※※

 

シャドウワーカーで出会ったセンパイたちは、キラキラと輝いた瞳で自分の道を自信をもって進んでいた。私には、それが眩しすぎてつい距離を取ってしまうくらいに。それでも皆は、特に一部を除いて優しく接してくれた。美鶴さんから粗方理由は聞いていたんだと思うけどね。

テレッテッテー(順平さん)にゆかり姉、風花姉に荒垣先輩(見た目がアレだけどとっても優しい人)、アイギス(ちょっと私に過保護な気がする)にコロマル(私のワフワフ天使!)。天田さんは……ちょっと近寄りがたい雰囲気がある、かな。美形は苦手だ。

あと、プロテイン(真田さん)は無視だ。

 

あの暑苦しさがどうにも性に合わない。悪い人じゃないのはわかるけど、できれば近づかないでほしい。

私の体が細いからって『プロテイン飲め』とか『体鍛えてやるぞ』とか言って一日中マラソンさせられて全身筋肉痛で三日はベッドから動けないときにまたプロテイン勧めるとか人間の所業じゃない。全快したら腹いせに全力でメギドラオン叩き込んでやった。

そしたら、ボロボロになりながらも、『やるじゃないか!俄然鍛えてやるぞ』とか言って彼の中に元からあった闘争心に火をつけてしまった。しかもこっちのことなどお構いなしに鍛錬の相手はもっぱら彼になってしまうというツイてない展開に。

しまいには、美鶴さんに『明彦に気に入られたな。アイツがはしゃぐ姿を見るのは久しぶりだ』と褒められてしまい(?)、この世の終わりとはこのことだと悟った。

 

まぁ、真田さんのお陰で体力面でへばることはなくなったので、感謝している。

それだけは!後は却下。

 

時々、連絡のやり取りをしている。どうでもいいことだったり、近況だったり、シャドウワーカーの仕事に関する件だったりと内容は様々。そんな中でも、忙しいはずの美鶴さんとは頻繁に連絡のやり取りがある。私の身を心配してのことだろうけど。そういえば、前にちらっと耳にした私の後見人に名乗りを上げた話ってのは本当かな。順平さんがぽろっと喋ったのから問い詰めたら

絶対美鶴さんには言うなよって前置きしてから教えてくれた。

 

『お前んとこのおっちゃんに堂々と言い切ったらしいぜ。朔の面倒きっちりみるってな』

 

私の後見人って……。桐条グループにとって価値もない女の後見したって見返りなんてないのは分かりきってることだ。……善意なのか、それとも私の能力を高く買ってのことなのか。なんにせよ、おじさんが私を引き取ってくれて助かった。桐条グループに利益を与えない存在にムダ金費やすこともないからね。きっと、私は美鶴さんの役には立たないはずだから。

 

 

今日の夜はまったりと二人と一匹で寛ぐことに。最近、お宝さがしばっかりで忙しかったから休息だ。床に敷いたカーペットにふかふかクッションを背にて座る綾兄の膝に頭を乗せ寝転がる私はぽちぽちとスマホをいじる。読書しながら器用に指で私の髪を梳きながら撫でる綾兄は好きだ。モルは私のお腹の上で丸くなって寝ている。重い……。けど気持ちよさそうに寝てるので起こさないように気をつけなきゃ。

 

「あ、ゆかり姉からだ。……えーとドラマの出演が決まった?スゴイ!」

 

「ゆかりが?それはすごいね」

 

とか言って本に夢中でこちらには見向きもしない。綾兄が読んでいるのは、ハワイの観光名所や有名な料理店などが取り上げられている専門雑誌だ。

いつ頃行くの?と尋ねると、私が修学旅行に行くときかな、となんともだいぶ先の話をするもんだ。そういえば、来年の修学旅行はどこ行くのかな。

 

私は手を伸ばして本を奪おうとした。けど私の行動を読んだ綾兄はひょいっと少し腕を上げて本を守る。私は唇を尖らせて文句を言う。

 

「……こっち見てよ。ゆかり姉、連続ドラマのキャストに決まったって!それも妹役にあのりせちーと一緒なんだって。ゆかり姉、頑張ってるね……」

 

おめでとう!頑張って、応援してるよとお祝いの言葉を送信する。

キラキラしてるなー。なんだか羨ましいと思ってしまった。綾兄には私の思うことなどお見通しらしく、

 

「朔も十分、頑張ってるよ」

 

とねぎらいの言葉をかけてくれた。相変わらず、視線は雑誌へ。

ふぅと私はため息をつく。キラキラしている人を見るたびに思い知らされる。私はまったく正反対に落ちていく身だと。

 

「……私の場合は、どんどん泥臭いところまで落ちてる気がするけどね」

 

「……僕が拾い上げてあげるよ」

 

「綾兄」

 

パタンと綾兄は片手で本を閉じて脇に置くと、私と視線を合わせおでこにかかる髪先を指ではらいのけて愛しむような眼差しで私を見下ろす。

 

「何より、僕は死神だよ?朔にはピッタリじゃないかな」

 

「……ありがと…」

 

慰めてくれているんだろう。けどその気が利く死神さんはハワイに行く気満々じゃないですか。

じとーっとねめつけると綾兄は軽やかに視線を交わして話題をさらっと変えた。

 

「お礼は、そうだなー、最近肩こりが酷いから肩たたきしてくれると嬉しいな」

 

「後でやってあげるよ、おじいちゃん。あ、返信来た。ありがとう、だって」

 

綾兄の精神年齢って湊兄と一緒のはずよね。だってある程度の年齢までは一緒に育ったようなものだし。でも肩こりって……最近綾兄が。

何か言いたげな綾兄はこの際無視しよう。

 

「……」

 

「それとなんか、今話題の探偵、王子?…がなんか怪しいって書いてある」

 

綾兄が気を取り直してふーんと意味ありげに目を細めた。

 

「探偵王子って、あの今女子たちの間でアイドル化してる彼のことかい。前にも流行ったね、まぁ、あれは王子というより姫だったけど」

 

綾兄の情報網は侮れない。もしかして現場で見てたのって言いたくなるくらい詳細な時もあって、美鶴さんは綾兄だからって納得してるけどそれって怖くない?

 

私は美鶴さんから口頭でかいつまんで教えてもらっただけだけど、以前の八十稲羽市事件に関わりのある人物らしい。白鐘直斗さん。彼女もペルソナ使いであることを教えてもらった。結構、ペルソナ使いっているもんだなーってのがその時の感想だったけど、気になって調べてみると、なぜ探偵王子と呼ばれていたか分かった。男装してたからなんだって。……きっと色々あったのね。

 

「そうみたい。……ゆかり姉の女の勘は当たるからな~」

 

「何にせよ、今の朔にはあまり関係ないんじゃないかな。何より接触できないだろう。芸能界にツテがあるわけでもなし。アイドルに興味が「一切ない」だろうね。じゃあ、今はそんなに気にしなくてもいいよ。ただ心に留めておくくらいで」

 

「そうだね。そういえばおじさんに明日大事な話あるから寄り道するなって言われたんだよね」

 

「珍しいね、惣治郎さんが」

 

「うーん、どうにも嫌な予感がするのは私の気のせいかな」

 

「今から考えたって仕方ないよ」

 

「それもそうだね」

 

そろそろ寝ようかと促され、私はスマホをテーブルに置いてモルをひょいっと抱き上げた。

 

「寝るよー」

 

『うぅ~』

 

機嫌悪そうに唸るモルをベッドに乗せるとまた体を丸ませてすぐに寝息を立てて眠った。

羨ましいこと。

 

「電気消すよ、おやすみ」

 

「おやすみ~」

 

綾兄に電気を消してもらって私は、ベッドに横になった。

瞼を閉じて眠るイメージをしてみるけど、無駄に終わるはずだ。

たぶん、今日も私は眠れない。

 

檻の中から羊でも数えてみようかな。

 

あ、珍しく二本足で立つ羊【Sheep】たちが檻の向こう側でライバル蹴落としたりして足掻いてる。よく同じことやって飽きないなぁ。そうだ。

 

【今日は何匹堕ちるか数えてみよう】

 

 

私が行くベルベットルームは少し特殊な部屋になっている。

精神と物質の狭間に存在する青い空間なんだって、本当は。けど私のベルベットルームはドア開けた途端に、常夏のハワイだった。今日は暑いね。この間は寒かったな。

 

「いらっしゃいませ、朔様」

 

「こんばんは、テオ」

 

サンサンと太陽が降り注ぐ中、大海原を背にして浜辺のビーチパラソルの下でテオが優雅に胸に手を当て挨拶をしてくれた。暑くないのかな、いつものベルボーイ姿で。

そのテオの傍らでビーチチェアにふんぞり返るこの部屋、じゃなくて浜辺の主は、いつものように私を出迎えた、なんてことはなかった。その席の主は空席でどうやらテオ曰く、

 

「只今、主は『出張中』でございまして」

 

とのこと。何処へ『出張中』なのか分からないけど珍しいなと私は思いながらテオに勧められるがまま青と白のコントラストのビーチチェアに腰かける。

ちなみに私の想像通りなら、イゴールおじさんの恰好は、いつもの黒の背広に水中ゴーグルとシュノーケル、そしてビーフィンという今にも水中ダイビング行ってきます!と恰好ではないかと思う。本人がいないのが残念でならない。

 

「それにしても毎回毎回ベルベットルームの雰囲気違うよね」

 

「きっと朔様の精神に影響を受けておられるのでしょう」

 

そう言いながらテオは何時の間に用意したのか七色のトロピカルジュースをトレイから持ち上げて私のテーブル前に置いてくれる。私はお礼を言ってからジュースに手を伸ばした。

 

「だろうね、昨日綾兄がハワイ関連の雑誌読んでたから。それかもね」

 

「ハワイ……、外の住人にとって常夏の世界というわけですね」

 

「……まぁ、そんなカンジ」

 

「朔様、外の世界ではいかがお過ごしなのですか?」

 

「眠れない毎日」

 

「……さようですか」

 

テオが用意してくれたトロピカルジュースには白いハイビスカスが添えられてて雰囲気もばっちしである。うん、美味しい。気分だけでも一足先にハワイ。

 

「テオはさ、ずっとここにいて楽しい?エリ姉は外の世界に飛び出たのに」

 

「姉上は、……ご自分の意思で行かれました。私にはそんな大それたことは」

 

「……でも憧れてる癖に」

 

「……朔様は意地悪ですね」

 

テオはちょっと困った顔をした。この顔、何気に好きだ。

 

「意地悪じゃなくて親切心で言ってあげてるの」

 

「私は……、いいえ。今はやめておきましょう」

 

テオは何かを言いかけて苦笑しながら頭を振った。

 

「言いかけてズルい」

 

「こちらに来ていただいた時に、また」

 

茶目っ気たっぷりに内緒のポーズをとるテオ。これ前に教えてあげたやつだ。

私も少しふざけて同じポーズをとって微笑んだ。

 

「わかった。内緒ってことね」

 

「はい」

 

「そういえば、テオは泳がないの?恰好のそのままだし。せっかく海あるのに」

 

そうなのだ。私の精神に影響を受けているのは分かるが、海もバッチシ存在している。泳ごうと思えば泳げそうである。ただし、海の底は一体何処へ繋がっているのか見当もつかないけど。ズーズー行儀悪くストローの音を鳴らしながら海の方を見つめる。

 

「……泳ぐ、にはこの服装は適していないのでしょうか?」

 

「泳がないんだったら砂浜で足先つけて遊ぶだけでもできるけどね」

 

「では朔様、共にいかがでしょうか?」

 

「私も?」

 

「はい」

 

そう言ってテオは微笑みながら私へ手を差し出した。私は突然のことに驚きぱちくりと瞬きを繰り返した。けど悪い提案ではない。

 

「……気晴らしにはいっか」

 

「では参りましょうか」

 

私はテオにエスコートされて仲良く砂浜で一緒に遊んだ。久しぶりに童心に帰った気持ちになれた。テオって意外と子供っぽい所あるんだよね。今の所私だけが知ってる特権。

夕暮れに海が染まりだした頃、私はそろそろ頃合いだと砂浜に投げた靴を拾い上げた。

 

「そろそろ帰るね。また来るよ」

 

「はい、お待ちしております。お気をつけてお帰りくださいませ」

 

テオに見送られ、手を振って私はベルベットルームを後にした。

 

【次は何にしようかな】



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凋む月(しぼむつき)

魔女と林檎と皇子のアンサンブル。

まったく接点がないように見えて実は至るところに伏線が張り巡らされている。様々な思惑が交差する中、果たしてどのような展開が待ち受けているのか。物語に正しいも間違いもない。
なぜならそれが物語だからだ。誰が正義で誰が悪なのかそれは見た目でしかなくそれぞれに己の正義を掲げている。
愛も憎しみも悲しみも諦めも嫉妬も全ての感情を合わせて混ぜ合った世界の中で彼ら彼女らは息づき、感情をぶつけあいながら最後の終わりまで生存を賭けて争い続ける。

最後に生き残るのは果たして誰だろうか。


唐突に姿を現したかつての恋人に驚きを隠せなかった。何よりも彼から告げられた事実に息を呑んだ。

 

「なぜ、白き姫を殺めてしまったの……!?」

 

小人の呪いを受けていた皇子は元の若さあふれる若者の姿で、魔女の前に現れると、愛おしい者を見るように跪いて愛を唄った。

 

「君を助けるためだよ」

 

魔女は受け止めていたのだ。白き姫が己を邪魔者と煙たがっていたことを。いつか、義理の娘に殺されるかもしれないことを。それでも彼女は魔女を演じ続けた。それが祖国の為と自分に言い聞かせながら。だがみすみす殺されはしない。自害するつもりだったのだ。あの真っ赤な林檎で。

 

それなのに。

 

「私は、貴方に別れを告げたはず!……我が国を救うには傲慢王に嫁ぐしか道はなかった。だから、断腸の思いで貴方に『忘れる呪い』を掛けたはずなのに……」

「あれは失敗していたんだよ。君の想いが強すぎてね。だからと言って国一番の魔女である君の術を完全に防げなかった私は一時的に記憶を失っていた。皇子としての姿を失った私は小人として生きていた。だが断片的に誰かの記憶が常にあった。そこで私は記憶を取り戻すために【彼奴】と契約を結んだのだ」

 

皇子が【彼奴】と示した言葉に魔女は顔を蒼白させた。

 

「……なんてことを……!」

 

【彼奴】が何者であるかは魔女は詳しくは知らない。だが彼と取引した者は死よりも恐ろしい苦痛を受けなければならないと風の噂で耳にしていた。

 

「いや、案外彼の条件は楽だったよ。白き姫に林檎を食べさせればいいと言われた。だから君が作った林檎を食べさせたのだ。見事条件はクリア。元の姿に戻れたのだよ」

 

魔女は皇子が自分の為に犯した取り返しのつかない罪を、自分の為に記憶を取り戻してくれたこと、嘆き、僅かばかりに生まれた嬉しさに己を恥じながら、さめざめと涙を流した。

皇子は魔女にそっと寄り添ってこう甘く、痺れるような声で囁いた。

 

「これで君は自由の身だ。共に幸せになろう。ヴァレリ」

「…アランっ……!」

 

皇子は自由だと言いながら魔女を自身の愛の呪縛で縛る。

魔女は、その呪縛から逃げること叶わず、共に朽ち果てるまでその呪いは続くであろうと悟った。

 

魔女の意思は明かされないまま。

 

【黒雪姫】

 

※※※

 

 

大切な話がある。そう事前に伝えられていた私は、その言葉通り寄り道せずに真っすぐ家に帰宅して先に夕食の支度を済ませることにした。綾兄はやることがあるようで一人別行動をとっている。珍しいこともあるものだ。もしかして、ハワイに行く準備かな?

 

寒くなってきたのでそろそろお鍋にしようと材料は買っておいたのは正解だった。一度、二階の自分の部屋に荷物を置いて再び下に降りて台所へ向かいマイエプロンを着けてさっそく調理開始。魚介つみれのあっさり塩ちゃんこ鍋がメイン。野菜たっぷりで栄養も満点。でもそれだけじゃ物足りないと思うので揚げ出し豆腐の葱餡かけも一緒に。あとは定番の味噌汁に艶々の真っ白ご飯。

 

モルは興味津々のようで私の足元辺りをうろついては『ワガハイもワガハイも食べたい!』とか言ってたけど、熱々だよと教えるとシュンと残念そうに『猫舌だからダメだ』と落ち込んでた。

私は「冷ませば大丈夫じゃない?」というと『熱々が食べたいんだ』と拗ねてしまう可愛いモル。私は思わずしゃがみこんで撫でてしまった。モルは『なんだよ』と少し驚いていたけど私が「早く人間になれるといいね」と慰めれば、目を丸くし『……そうだな』と嬉しそうに頷いた。

 

さて、双葉には今日はお鍋だよと声を掛けたけれど反応はいまいち。何かネットで面白いものでも見つけたのかな。あとで覗いてみようと考えてお茶碗を手際よくセットしていく。

 

丁度出来上がる前に玄関がガラガラと戸が開く音がして、「ただいま」とおじさんが台所にひょっこりと顔を覗かせた。私は「お帰り、手洗ってきなよ。うがいもね」と洗面所へと追い払う。おじさんは「厳しいねぇ」なんて軽口叩いて素直に手を洗いに行った。

 

何を言うか、この時期に手洗いとうがいは必要なのだ。

何事も予防が一番。病気になって一番苦しいのは本人なんだから。

 

それにしても早い帰りだ。どうやらお店を早く閉めてきたらしい。それほど大切な話なのかと他人事のように考えてた。

 

その時は。

 

でも、あとから鈍器で頭を殴られるような衝撃というのはこういうことなんだと身をもって体験することになる。

 

双葉はやっぱり降りくる気配がなかったので双葉用の一人鍋に具を入れて別々にとっておいて正解。私は手早く準備して双葉の部屋の前に「鍋置いとくよー」と声を掛けて置いといた。珍しく鍵がかかっていたから相当集中していると見える。

 

いつものように美味しいと言ってくれるおじさんだったけど、いつもよりも口数が少なかったのが妙に引っ掛かった。いや、もっと早く気づいていればよかった。

喫茶店を早く閉めてくるあたりから。

 

いつものようにおじさんと夕食終え、食後のお茶を出して一息ついている時、それは知らされた。

 

「朔、俺が保護司の資格持ってるのは知ってるな?」

 

「うん」

 

年季の入った急須で入れた私の湯飲みには見事茶柱が立った。

あ、なんかいいことあるかな!

 

なんてちょっとほっこりしてたら、意を決しておじさんの口から出てきた言葉は。

 

「一年という約束で知り合いの息子を預かることになった。ルブランの二階の物置部屋に住まわせようと思ってる。だから家に戻ってこい」

 

いいことどころか、突然の私にとっての死刑宣告をくらった。

茶柱効果ないねー。

 

「……」

 

その言葉の意味を理解するまで数秒かかったと思う。

無表情で固まった私の顔色伺うおじさんに私はスッと頭を下げて

 

「おじさん、今まで大変お世話になりました」

 

と礼を述べた。おじさんはポカンと呆けた顔してすぐに私の言った意味を理解すると

 

「……なんだと!?」

 

と椅子蹴とばす勢いで立ち上がって驚愕しながら大声を上げた。私は静かに椅子から立ちあがりつけていたエプロンを椅子にかけて、

 

「荷物はすぐにまとめるから安心して。ああ、こっちの部屋に戻る気はないから片付けていいよ。それじゃあ、私さっそく荷造りするから戻るね」

 

と早々に会話を切り上げて廊下へ向かった。

荷物?ああ、後でいいや。まずはルブランを出るための荷造りしなくちゃ。

おじさんが慌てて後ろから追いかけてきて私の肩を強めに掴んで引き留めようとする。

 

「お、おい!待て」

 

「待たない」

 

けど私は邪魔だと手を振り払おうとおじさんの方へ向き直った、瞬間!

 

「駄目!」

 

ぐえ。

私の首元を絞めるようにいつの間にか双葉が腕を回して抱き着いてきた。

この私に気配を感じさせないとは、暗殺のスキルでも持ってるのか双葉は。いやそもそもその細腕にどれだけの腕力が潜んでいるの?

 

「双葉!?お前いつのまに」

 

「ふた……ぐるじい…」

 

普段滅多に呼ばない私が勝手につけたあだ名で呼ぶくらい私は必死だった。

ギブギブと意識が遠のきそうな中、懸命に訴えるも双葉は逆に私を引き留めることで頭がいっぱいいっぱいなのか、

 

「だだだ駄目だから!朔はででででで、出ていくのはダメなんだぞ!」

 

ともどりながらも必死に食い下がってくる。だが私もヤバイ。

エビぞりがかっている!首が!腰が!!

私と双葉は結構身長差がある、と思う。

あー足元でモルが『気絶しかかってる?!サク!気絶耐性は持ってないのか!?』とワタワタ焦ってる。

気絶、気絶耐性ね。効果的なのはハリセンかな。

なんて言ったって空腹も直せるくらいだからね。

そう、ハリセンだったらこの気絶からの逃れられるのかな。私は霞む意識の中、無意識に呟いていた。

 

「ハリセン、求ム……」

 

モルが『ワガハイ!今猫だからできねー!』って器用に頭抱えて叫んだ。

可愛い。

 

「双葉離せ!朔が可笑しなこと言い始めたぞっ!?」

 

「あ、ごめん」

 

パッと手を腕を離され、私はぜーはぜーはと荒い息を繰り返して肺に新鮮な空気を送り込むことができた。私は軽く双葉を睨み付けた。

 

「はぁ、ふた?ちょっと力強すぎ。一体その非力な体にどんだけ力溜めてんの?」

 

「はぅ」

 

私の非難の視線に双葉は眉を下げて呻いたが、それも気にしてられないと開き直って

 

「と、とにかくダメだからな!行っちゃ嫌だ」

 

と再度私を引き留めようとまるで捨てられそうな子犬みたいな顔して私の腕をつかんできた。

 

「ふた、そんな顔しないでよ。私が消えるわけじゃないんだから」

 

「だって、朔が出てくって……」

 

縋りついてくる双葉を落ち着かせるために頭を撫でてみたけどあまり効果はないみたいだ。逆に瞳がうるうるしだして逆に慌ててしまった。

 

「朔、そんなにこの家が嫌か?」

 

「おじさんまでなに誤解してるのよ!いつ私がこの家に住みたくないって言った?二人してそんな顔しないで。私が悪いみたいじゃない……」

 

しかもおじさんまで傷ついた顔してさ。この似た者親子は。こっちが呆れるくらいお人よしね。その姿にある意味羨ましさを感じた。おじさんはなお言い募ろうとしたが私が無理やり遮って言葉を続けた。

 

「だが」

 

「私は、やらなきゃいけないことがある。だからあそこの方が都合がいいの」

 

「その、やりたいことってのは何なんだ?」

 

尋ねられるって思ってた。

でも教えない。教えたらきっとおじさんは私を警察に出さなきゃいけなくなる。

私は、失敗するわけにいかない。大切な人を巻き込むわけにいかないんだ。

 

「言えない。でもおじさんやふたには絶対に迷惑掛けないから」

 

「どうしてもか?」

 

「どうしても」

 

厳しい口調に怯えることなく私はキッパリと答えた。

 

「わかった。じゃあ、俺の件は断ることにする」

 

「それは駄目!受けたものは最後まで責任持ってよ」

 

「はぁ、あのな朔。それじゃお前、そいつと一緒に住むことになるんだぞ!?そんなの俺が許さん」

 

「……じゃあ選択肢は二つ。私が出ていくか。それともおじさんが私があそこに住み続けることを許可するか。これだけよ」

 

「俺はお前の保護者だ。大体お前に行く当てがあるのか!?」

 

「あるよ。美鶴さんとこ」

 

「!」

 

私の発言に息を呑んだおじさんは、顔を顰めて黙り込んだ。

 

きっと、傷つけてしまった。

けど、こうでも言わなきゃおじさんは納得しなかったと思うもの。

自分でも卑怯な手を使ったのは分かっている。だから、視線は逸らさなかった。

逸らしたら負けだから。

 

私達の間に気まずい雰囲気が漂い、双葉が可哀想なほどに私とおじさんを交互に見つめて泣きそうな顔をした。

 

「……」

 

「……」

 

「……お互い、少し冷静になった方がいいな」

 

でも先におじさんが大人の対応で身を引いてくれた。視線を逸らしてそのまま台所へ戻っていった。私はその背中を見つめることしかできなかった。

 

「……」

 

「…朔…」

 

私は双葉の方を向いて軽く微笑みかけた。

 

「ごめん…、私今日は帰るよ。ふた、今日は寒いからお腹出して寝ないようにあったかくしてね。おやすみ」

 

「朔!」

 

私は荷物をそのままにモルに「帰るよ」と手招きして呼び寄せて、抱っこして共に家を出た。

 

ルブランに帰ってモルに『サク、大丈夫か?』と気遣わしげに心配されながら階段を上がって自分の部屋に向かった。

綾兄がクッションに背を預けて寛いだ姿で出迎えてくれた。

 

「お帰り」

 

「……」

 

私はモルを降ろして綾兄の隣目指して歩いて腰を下ろした。

 

「何かあったの?」

 

「別に」

 

私はぶっきらぼうに答えて断りなしに綾兄の膝に頭を乗せた。

 

「そうやって別にっていう時は大抵何かあったね」

 

「別に」

 

またぶっきらぼうに答えてスマホをいじりだす。

 

「……そうやって甘えてくる時は売り言葉に買い言葉で返したこと、後悔してるのかな?」

 

「別に」

 

またまたぶっきらぼうに答えて、双葉に『さっきはゴメンね』とSNSで謝罪コメントを送る。……すぐに双葉から『明日は寿司がいい!』と返ってきた。明日は手巻きずしにしようと思う。私はスマホをカーペットの上に投げてモルに手招きした。

 

「まったく可愛いお嬢さんだ。明日、ちゃんと謝るんだよ」

 

「うん」

 

誰に、とは言わない綾兄。全てわかっている、私のことならなんだって。

モルは仕方ないと苦笑(したようにみえた)して私の手招きに応じて身を寄せて寝そべった。

 

『……敵わないな、リョウには』

 

「だね」

 

今まで綾兄に敵ったことは一度もない。私の自慢でもある。

恥ずかしくて本人には絶対言わないけど。

 

「だって僕は君の兄だからね」

 

心の声まで見透かすなんて許してない、と文句言おうと思ったけどやめた。

自分の髪を撫でてくれる温かい手の感触があまりに心地よくて、私は瞼を閉じた。

 

【次の日、手巻き寿司と一緒に謝りました。】




※彼は歪んだ物語をパタン、と一つ閉じ本棚に収めた。

誰もが知る物語は、決して同じではない。それは【認識】の違いでどのようにも創りかえることができる。故に、その物語は証拠として本に残され彼の手元にあるのだ。

本物とは何を指す?偽物とはどこから決める?
人間が決める物差しに境目はない。決めるのは極限られた方だけ。

白き姫と黒き魔女。

その姿、相反するようでまさに鏡のような関係だと彼女達は気づいていないかもしれない。

「まずは、一つですね」

彼は、無事、【記録】を回収することができた。
次は、【   】を目指し彼は異世界へ飛んだ。


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~原作開始~
始まりは憂鬱と共に


あら、こんにちは。

また私のお話聞きたいの?ええ、いいわ!可愛らしいお嬢さん。

誰も信じてくれないんですもの。貴方は天使みたいに優しい子ね。

 

私が住んでいたところね。貴方が想像するよりも広い広い世界なのよ。

 

私の世界は蒼い水ばかりで夜空に浮かぶ花が羨ましいと思っていたの。

 

姉様たちは私の友人が不気味で気持ち悪いって毛嫌いしてたわ。彼女は引っ込み思案な私をぐいぐい引っ張って行ってくれる頼もしい友達なのよ。

 

アンタは普段から危なっかしくて目が離せない!って性格を直せるお薬を破格のお値段で作ってくれたりしたわ。味はちょっと物足りなかったけど飲んでみたら気分が爽快だったわ。でも気が付いたら眠っていて、どうしてかしら。友人ったら酷く青ざめた顔して私を見るなり「ヒッ!?」って怯えてしまって彼女の工房も滅茶苦茶に荒らされていたわ。きっと、物取りにあったのね、彼女の作る薬はとても効果的だもの。不思議なのはどうして私に彼女はお酒禁止!だなんて言ってきたのかしら?

今でも飲ませてもらえないもの。ちょっと悲しいわ。

 

でもね、そんな友人にもまだ言えていない私の秘密があったの。

 

船の上から星のように輝いて見えたあの人を見たくていつも陸(うえ)に上がっていたわ。岩陰からそっと覗き見ては何度もあの人に近づけたらって願ってた。

 

でも、届かないのよ。

 

私の尾びれではあの人と同じ目線で立てないもの。泳ぐのには適しているのに。

だからずっと遠くから見つめているだけだったの。私には飛ぶ翼が背中にあったけれど、それじゃあ、あの人を驚かせてしまうだけだわ。

だから私……。

 

「母さんー!行くよ」

 

あら、あの子が呼んでるわ。

 

ごめんなさいね……、今日はここまでだわ。あの子に置いていかれたら私お家まで帰れないもの。ああ、そんな悲しそうな顔をしないで。

またお話をしてあげるわ。

ええ、約束。

え、口約束じゃ不安?困ったわ、私お呪いは得意じゃないわ。

歌を歌って船を沈めるのは得意なのだけれど……。

 

……指切りげんまん?異国のお呪いかしら?

小指と小指を結ぶのね、ええ、これでいいわ。

 

それじゃあ、またね。可愛らしい天使さん。

 

※※※

 

今日は四月十日。もうあっという間に春です。新入生の時期です。

巷じゃ精神暴走事件なんて物騒な事件も多発している。

綾兄曰く、私は関わらないほうがいいんだって。昨日、食事しようって誘ってくれた美鶴さんに、その件についてちょろっと訊いてみたら詳しく調査する必要があるって眉間に皺寄せてた。せっかく滅多に食べれない懐石料理だったのに余計なこと言ったなって反省した。でもさっと綾兄が話題を変えてくれたおかげで雰囲気も明るいものになった。でもね、話題変えるでもなく居候がルブランに増えるって話はとっくの昔に美鶴さんのお耳に入っていたようで、今からでも家の子にならないか?という趣旨のお話を何度かされた。アイギスもその方がいいです!なんて力んで迫ってきた。

なぜにそこまで私に拘るのか…は、薄々気づいてるけどね。

ありがたいお話ですけど遠慮しておきますってお断りはしたが、美鶴さんはじゃあ高校を卒業したらこちらの大学に来る気はないかって再度猛アタック!

途方にくれた私に綾兄がすかさず笑顔で畳み返した。

 

朔はルブランの子だからって。

 

これには美鶴さんもアイギスも言い返せず、今回は諦めるって渋々引いてくれたから助かった。でも諦めてない顔だなあれは。

 

モルはおじさん家で留守番してもらった。本人は豪華料理が食べれると思ってウキウキしてたらしいけど、置いていくって初めて知ったらヘソ曲げて『どうせワガハイはー!』、なんて叫びながら二階に駆けあがって行った。きっと双葉の所に逃げ込んだのね。

ご機嫌斜めのモルには特上寿司をお土産に買って帰ったので彼はキラキラと宝石のように輝かせて双葉と一緒に喜んでた。おじさんは美鶴さんと食事に行ってくることはあんまり快く思っていないみたいだ。夕飯時にその話を事前に伝えたらわかりやすく顔を顰めたもの。

私のいないところでどんなやり取りをしたのか知らないけど、美鶴さんが私に拘るのは一つだけだ。貴重なペルソナ使いを管理しやすいようにするためじゃないかな。だからと言っておじさんにその理由を打ち明ける勇気はない。

精々おじさんには美鶴さんは良い人だからって地道に説き伏せるしかない。

 

さて、私もシュージンでめでたく二年になることができた。元々勉強は嫌いじゃないので成績は常に上位キープ。教師には問題児のレッテルを張られているけど元々精神面で不安定なため保健室通学も特例で許されている。2-Dの教室に行けば生徒たちから空気のように扱われたので今後問題もない。席は窓際後ろから横に二列目の後ろから二番目の席。左隣は去年から諸事情で転校していったため空席となっている。本当は窓際へ移動したいけど、そこはやっぱり勝手には座れないのでそのうち先生にお願いしようと思ってる。

今年の担任になった川上先生は、実は前々から密かにアルバイトしているという情報をとあるルートから入手していたのだ。事情はどうあれ、公務員がアルバイトしているのは学校側としてもマズい話。そこらへんを揺さぶりかければ色々と便宜もはかってもらいやすいのでは。なんて虎視眈々と狙ってるけど実行には至っていない。

……あんまりそういうの好きじゃないから。

使わなきゃいけないときは覚悟決めて実行しようと思う。

 

昨日はルブランに帰るのが面倒だったので家に泊まりました。前にも話したけどイベントで言うならルブランに居候が増えてる日で私が最も警戒しなければならない日でもある。だがしかし!そんな警戒心すっ飛ばして慌てふためくほどもっと重要なことがある。それはいつも私の癒しでもあり口やかましい師匠だと豪語するモルガナ!彼が、彼が…。

 

「モルが、戻ってこないぃ―――!!」

 

自室、いつもなら私の師匠が口酸っぱくして休みの日はパレス探索行くぞ!なんて意気込んでるはずなのにその姿がないなんて。

うわーんと私は綾兄の胸に抱き着いて縋りつくしかない。

やれやれとため息をついて手慣れた手つきで私の頭を撫でて慰める綾兄の余裕がムカツク!

 

「最近メメントスばかりでパレス探索も怠っていたからね。それがモルガナにとっては耐えられず昨日の夜、朔と口喧嘩。朔もパレス探索なんて面倒くさいことしたくない!なんて言い返すからモルガナが売り言葉に買い言葉で『だったらワガハイ一人でやってやる!』なんて啖呵切って出てったきりだもんね。どうやって向こう側へ行ったのやら……。いや、元々は【あそこ出身】だから行けなくもない、かな」

 

いちいち説明しなくていい!

抗議のつもりで綾兄の頬抓ってやろうと手を伸ばしたけど、動きが見え見えと言わんばかりにパシッと捕まえられた。だが私は諦めない!手が駄目だな頭を使えと誰かは言った。

ずばり頭突きして思い知らせるやるさ!

 

「甘いよ」

 

でも綾兄に先手を読まれ頭突きかましてやろうとしたのに頭を軽く押さえつけられた。これでは顎に頭突きできないじゃないか!

綾兄との身長差が恨めしいと思ったことはない。隙あらばやり返してやるさ、フン!

 

「……どうしよう、モルがカモシダ・パレスであんなことやこんな目にあってたら!ああ!想像するだけで胸がときめくっ!」

 

「とりあえずその表現はやめておこうか。目がキラキラしてるし」

 

「……冗談はこのくらいにして、私、モルを探してくる」

 

さっきのじゃれ合いが嘘のように私は綾兄から身を離してすたこらを出かける準備をした。必要なものはリュックに入れてある。いつもより軽いのが気に入らなくて無理やり回復薬とか詰め込んでパンパンにした。綾兄から入れすぎじゃない?って苦笑されたけど気にしない。背中にモル詰め込んだらきっとこの寂しさは埋まるはずだもの。

 

「それじゃあ僕もお供しますか」

 

「うん、サポートよろしく?『ファルロス』」

 

「お任せください。『コーティザン』」

 

恭しく胸に手を当て、私の手を引いてエスコートしてくれた綾兄は「はい」と召喚銃を私に差し出した。コレはいつも綾兄が持っている。私が勝手に使わないように。でも前回一人で行った時には、カードを握りつぶしての召喚方法ができた。これは偶然だったのかもしれないけど、あまり安定性がなかったからやっぱり召喚機を使ったほうがいいみたい。

とにかく、私はそれをベルト型の白いホルダーにセットする。これは湊兄からのお下がりで大切にとっておいてくれた美鶴さんに感謝しなきゃ。

 

「今宵も艶やかに咲き誇ってあげるわ」

 

私という殻を破って、ワタシが出づるのだから。

 

朝ですけどって顔はやめてよ綾兄。わかって言ってるから。テンション上げるために台詞でも言わないとあの恰好にはなれないんですよ!

 

 

私と綾兄が向かった先は日曜日の衆尽学園。例の転校生、名前なんだったっけ?

えーと、雨宮 蓮(あまみや れん)だったかな。

前々からオタカラに執着していたモルが目をつけていた鴨志田のパレス。ここにモルは単身向かったんじゃないかと推測したからだ。

校門前でナビを開始すると目立つので学校目の前の路地でこそこそとスマホいじってナビを開始した。ちなみにキーワードは変態。ピッタリだわ。ナビの音声が始まると同時に世界は揺らいでいく。ガラリと先ほどまでのそこらへんにある学園の姿は代わり、禍々しい雰囲気の趣味悪いお城へと変化した。

 

「準備はいいかい」

 

「もちろん」

 

私と綾兄の姿も同時に変化している。上部が西洋の女性貴族が着るようなぱっくりと割れた胸元を強調し、ぴったりとコルセットで締める衣装であるのに対し、腰元から足首までふわりと優雅に広がる裾丈。……これ絶対アウトだと思う際どいショートパンツの所為でさらに露出度が高くなっているのは否めない。お尻が寒い……。幸い西洋甲冑を模したニーハイブーツでビシッとしめているからカッコよさはあるはず。見た目とは裏腹に動きやすい滅茶苦茶軽いので驚いた。髪形は横で一つに縦巻ロールとなっている。穴でもあけられそうなドリル具合だ。目元の仮面はベネチアンフルマスク。全ての装飾を白ワントーンで統一しなおかつワンポイントに真珠とレースで飾り付けた女性らしさエレガントな一品。これなら顔バレすることはない。逆に言えば、この仮面が外れた時、私の素性がもろバレするということ。私の生命線……気を引き締めなちゃ。

 

対して綾兄は……どこぞのタキシード仮面化している。恰好良いんだけどさ、いいんだけどさ。どうしてその恰好に?と最初に見た時は思わず「なんでさ!」と叫んでいた。

きっと私たちの恰好は怪盗じゃなくて仮装大会ではっちゃけてる一般人にしか見えないだろう。……良かった、ここが認知世界で。しみじみ感じるよ。

 

「いつみても朔の恰好は……目に悪いね」

 

「じろじろ見ないで」

 

自分でも自覚してるよ、この恰好はアニメにでも出てきそうな恰好だってさ!

 

「うーん、僕のマント羽織るかい?寒そうだし」

 

「いらない!これ以上変な格好になりたくないもん。大体なんで綾兄はそれなの?」

 

「僕に言わないでくれよ。朔を守るって思ってこの世界に入ったらコレに変身してるんだから」

 

そんな平然と真顔で言わないでほしい。

こっちが照れる。時々綾兄の素で言いのける言葉にドキッとしてしまう。

 

「……(理由が恥ずかしい)」

 

「行こうか」

 

「ですね」

 

もうこの話題は禁句にしようと決めた。

いざ!カモシダ・パレスに正面……からじゃなくて裏口から物申す!

 

 

隅から隅まで探した。お宝?この私が見逃すはずがない。ちゃんと全て回収致しました。ありがとう、カモシダ・パレス。唯一のいいところだよ。他はまったくない。しいていうなら階段多すぎるからエスカレーターにしてほしい。もう夕方になってしまった。

 

「……」

 

「見つからなかったね」

 

ぐさっ。自分の無能さを感じてしまう。風花姉みたいに探索系のペルソナ持ってたらモルを見つけられたのかな……。できもしないことを考えては現実の壁に撃沈。

項垂れる私の頭に綾兄が優しく手を置いて慰めてくれる。

 

「……」

 

「明日、学校終わったらまた探してみよう?」

 

「……うん……」

 

本当は、学校なんかサボってパレス探索したい。

けど、学生を演じなきゃ今後の活動にも支障が出る。冗談っぽくモルのこと言ったけど、本当は心配でしょうがない。なんだかんだ言ったって、モルは大事な存在だ。

 

それに、今日は外の世界でも色々あったらしい。

地下鉄暴走で死傷者も多数。ダイヤが大きく乱れて私達も帰るに帰れない状況となっている。人でごった返す駅で壁際に避難し、私は深いため息をついてリュックを手前で持つ。片手でスマホをいじって情報を集めてみるが。

 

「帰れない、ね」

 

綾兄が私のスマホを共に覗き込む。

 

「事故だって。……被害は今回も大きいね……」

 

「『精神暴走事件』か……。私達以外にもペルソナ使い、いるみたいだね」

 

その辺にぽこぽこ沸いてでるわけじゃないから確信はないけど、湊兄の時と同じ状況に似ている気がする。あれは無気力症……。その名の通り、何事にも無気力になってしまいまるで抜け殻同然になる病気、なんて公表されてるけどあれは世界が破滅を迎える序曲だったって。

 

「朔は関わっちゃ駄目だからね」

 

「なんで?」

 

思わず訊き返してしまうくらい綾兄がそんなことをいうなんてと思ったから。

でも、綾兄は私が思うほどに私の身を案じていてくれた。

 

「一人で突っ走るから」

 

「……別に、そこまで」

 

ズバリ当たっているのでどうにも視線を逸らしてしまう。

そしたら、私のすぐ横の壁にドン!と片手をついて綾兄はぐっと顔を近づけてきた。

壁ドン実行されている。だが乙女が甘いシチュエーションの意味はなく、私を叱るためにやっているのだからときめきどころか、怒られると分かってびくついてしまう。

 

「この間、僕がダメって言ったのに一人でメメントス行ったよね。勝手に」

 

「……あれは、モルが」

 

「そのモルは危ないからやめろって引き留めたのに無理やり引っ張ってアッシーにしたって?」

 

「……モルめ、黙っててって言ったのに……!」

 

「僕が無理に聞き出したんだよ」

 

「……ごめんなさい……」

 

「あんまり無理するようなら、美鶴に言うよ」

 

「え!?なんでっ」

 

私は驚いてスマホ落としそうになった。

 

「それくらい朔が介入してる世界は危ないってこと。彼女達なら喜んで突入するだろうな。朔のやりたいこと、できなくなっちゃうよ。それでもいいのかな?」

 

綾兄は静かに怒っていた。私の軽率な行いに苛立ちを隠せないようだ。私の心配をして言ってくれているのは十分伝わった。でも私はそれよりも美鶴さんに知られることの方が怖かった。だって、唯一の復讐の手段を奪われてしまうから。

私は綾兄に縋っては訴えた。

 

「……気を付けるから、美鶴さんには言わないでっ!」

 

「……じゃあ、今度から一人で行かないってちゃんと約束できるかい?」

 

「うん、だから」

 

「じゃあ言わない。……(本当はやめてほしいなんて、今は言えないね)」

 

「……おじさんに電話してみる。歩いて帰った方がマシなのかな。運転大変そう」

 

「うーん、いっそのことペルソナ使って帰ろうか」

 

「夜になってからじゃないとマズいと思う…」

 

「まぁね、時間潰してからどこかのビルの上から帰ろうと思えば帰れるよ」

 

「……おじさんに電話するね」

 

「うん」

 

どこか気まずい雰囲気が私と綾兄の間に流れ、それはおじさんの迎えで着いたルブランでも同じだった。二階の雨宮君のことなど頭からすっぽりと抜けていた私は、階段を上がって彼がこちらに気づいて挨拶しようと声を掛けてくれたところ、「私、寝るんで明日にしてください」とそっけない返事を返して自室へ駆け上がった。

ベッドに体を投げだしてスプリングがギシリと嫌な音を鳴る。

 

「朔、パジャマに着替えてから寝なよ」

 

綾兄がそう注意するけど応えなくないから寝たふりをした。ベッド近くに歩み寄る気配がして、ふわりと掛け布団を掛けられたことに気づく。ほどなくして明かりが消された。

 

「おやすみ」

 

挨拶だけ残して綾兄の気配がすうっと消えた。

 

私が悪いのはわかってる。でも焦っちゃうんだもの!悔しいんだもの。すぐにでもアイツラに母さんの無念を晴らしてやりたい!私が受けた屈辱を倍以上に味あわせてやりたい!

その手段があそこにある。パレスに単体で侵入する手ももちろん考えた。

でもあの女の関係者には警察に属している奴もいる。周辺を嗅ぎまわれば不信に思われるのは目に見えてる。証拠不十分だったとはいえ、警察に拘束されていたんだ。いずれは怪しまれる。おじさんや双葉を巻き込まないようにしなきゃ……。

だからメメントスで雑魚から片づける。じわじわと追い詰めてやる。

 

なのに……、なんでわかってくれないの!?

私がやりたいことなんてたった一つしかないのに、なんでやらせてくれないの……。

 

八つ当たりに枕を力いっぱい叩いても気持ちは晴れない。

 

私はやるせない気持ちでいっぱいで、いつも通りの眠れない夜を過ごした。



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見つめることの大切さ

こんにちは。また会ったわね。

え?来るまで待っててくれたの?それはごめんなさいね……。お仕事のついででこの町に寄らせていただいているのだけれどまだ慣れないわ。町中が迷路みたいで私すぐに迷子になってしまうんですもの。

今日も大人しく待ってろよ!なんてあの子に叱られてしまって、お母さん失格ね……。

 

そうそう、この間別の町へ頼まれていたお薬を届けに行ったのだけれど、こちらが提示した金額が高すぎるって怒ってしまわれて大変だったわ。友人には絶対金額はまけるなって口酸っぱくして言われてたんだけど、あの子が忙しそうだから私勝手に了承してしまったの。そのお客様はいつもの常連のお客様じゃなくて新規でお話を頂いたお客様だったわ。友人に言わせればたぬき親父ですって。

おなかがふっくらしていて、本当に叩けるのかしらって試してみたいと思ったわ。あの子に慌てて止められてしまったけど。

そしたらね、後からこっぴどくあの子に叱られてしまったの。仕方ないわよね、勝手に金額を決めてしまうなんて。私あの子のお仕事全然手伝えてないから少しでも頑張ろうって思ったのがいけなかったのね。でもあの子、もう一度そのたぬき親父の所へ行って話つけてくるって出て行こうとしたの。

私はもちろん止めたわ。だって物騒な剣なんか携えてるんですもの。喧嘩はよくないし傷ついて欲しくないわ。

そしたらあの子、喧嘩はしない。あのたぬき親父との交流手段は腹を思いっきり殴り叩いてやることなんですって。それが友情の証だとか?

素敵だと思わない?争いあうことだけが全てじゃないって息子が証明しに行ってくれたんですもの。

 

三十分くらいかしら、満面の笑みであの子は私にサムズアップしてきたわ。

ガッポリ絞れたってそれはそれは嬉しそうに。

あの子が嬉しいと私も嬉しくて、たぬき親父のお腹はどんな音がしたの?って訊いてみたの。そしたら、きったねぇ音ですって。

お腹の調子でも悪かったのかしら?

 

あら、全然違う話してたわ。ごめんなさいね。私ったらいつもこんな調子で友人にも注意されているの。人の話聞けって。

 

ええと、昔話よね。

何処までいったかしら……?

 

私に尾びれと翼があって引っ込み思案で好きな人にアタックできないところから?

そう!そうだったわ。ふふっ、天使さんは記憶力抜群なのね、尊敬しちゃうわ。

 

そう、私はあの人にアタックできなかったの。

だって人は姿形違う者を恐れるでしょう?だから彼もそうなのだと思ったわ。

 

でもずっと私の頭の中を占めるのはあの人だけ。

 

姉様たちといくつ船を沈めるかの競争で99隻だけしか沈められなかったもの。

でもある夜、歌を歌ってまた船を沈めてお城に帰ろうとしたとき、見覚えのある人が溺れかけていたの。そう!あの人だったわ。

 

嵐に巻き込まれて船が沈んだのね。私気が付いたらあの人を抱え泳いで岸まで向かっていたわ。岸に上がるのは大変だったけどあの人の体が冷たくて、私どうすればいいかわからなかった。でも昔友人が適当に叩けば治るって聞いたから思いっきり腹パンチしてみたの。

そしたら、大量の水を吐き出して彼、息を吹き返したわ。

嬉しかった!彼が生きてるって。

 

でも私の姿を見られるわけにはいかなかったからすぐに海の中に飛び込んだの。

その後すぐ、あの人は若い少女に助けられてたわ。

 

良かった、良かったってその時は思った。

でもあの人に直接触れてしまったことで、私の想いはさらに膨れるばかりだったの。

 

会いたい、会いたいと嘆くばかりで友人である彼女が、人の工房で毎日泣いてたらカビが生えるわ!って言って私に人間になれる薬を投げつけてくれたの。すぐ飲むと即効性が強いから陸に上がってから飲むことと副作用が何かしら現れるはずだから気を付けることと教えてくれた友人に背を押されて私、人間になれたわ。

 

翼は無くなって尾びれが足に変わったけど、着る服がなくて近くにあった昆布をぐるぐる体に巻き付けてあの人を探そうとしたの。そしたら偶然あの人が砂浜に現れて、私を見た途端驚いた顔してこう言ったわ。腹パンチした乙女かって。

私はそうですわ!って頷こうとしたの。でも、声が出なかった。

これが彼女が言う副作用だったの。

 

私、悲しくて泣いてしまったら、私を不憫に思ってお城へと招いてくれたわ。

身寄りがない娘だと思われたらしいの。あの人はとても優しい人だった。

 

でも私は喋れなかった。だからあの人を助けた乙女だと知ってほしくて、機会があれば彼の腹をパンチばかりしていたわ。でも人間になって日も浅いのかなかなか力が入らなくてあの人は、ははは!弱いパンチだなって白い歯を光らせてミット持ち出して私にミット打ちを指導してきたの。不思議と心躍る触れあいだった。

息が上がって鼓動がいつもよりも早く高鳴るなんてない体験だった……。

 

そこはダンス練習じゃないかって?

勿論、ダンスも乙女のたしなみだって教えてもらったわ。でも私男の人と接することなんてほとんどなかったから、恥ずかしくてあの人に触れられた瞬間、オクラホマスタンピードであの人の体を持ち上げてツームストンパイルドライバーを叩き込んでいたわ。

 

あの人、よろついた足取りに顔面血だらけでも、お転婆さんだなっておでこツン!って許してくれたの。なんて、優しい人……。でも私とダンスするたびに血だらけになるから貧血になってしまってダンス練習は取りやめてしまったの。

 

ええと、それから毎日のように彼とスクリューパイルドライバーのような素敵な日々だったわ。すごいのよ!あの人ったら血だるまになっても起き上がってくるのだもの。胸がキュン!って締め付けられていたものよ……。

 

嗚呼、夢のような日々は突然終わりを告げてしまうの。

あの人の、結婚を知るまでは……。

 

「母さん、遅くなるから帰るよー」

 

あら、大変!

あの子が迎えに来たわ。ごめんなさい、お話はまた今度ね?

 

あら。約束してほしいですって?手形が欲しい……?

約束手形というのね、色紙にこのスタンプを押す……。

 

これで、いいかしら!

まぁ!これが私の手……。意外と小さいのねぇ……。

 

でも無事に約束も済ませたしこれで次も大丈夫ね?

 

じゃあ、またね。

可愛らしい天使さん。

 

【また続く】

 

※※※

 

今日は四月十一日。

どうして私は通学路の途中で雨の中、傘も差さずにお店の軒先で雨宿りしているのだろう?

 

理由:傘、忘れたから。

 

どうして私は傘を忘れてしまったのだろうか?

 

理由:天気予報見なかったから。

 

どうして私は天気予報をみなかったのだろうか?

 

理由:……教えてくれる人がいなかったから。いや、これは語弊か。おじさんはきっと教えてくれていたんだと思う。ただ、私の頭は思考停止してすべての言葉は左から右状態だったはず。……朝、綾兄はいなかった。モルも当然いない。なので起こしてくれる人がいなかったので親切にも初日から、居候新人が遅刻するよ、なんて起こしてくれたんだけど、私は条件反射で朝から甲高い悲鳴をあげて彼の頬を思いっきり引っ叩いてしまうというイベントが発生してしまった。ちゃんと謝りましたとも。ええおじさんが私の悲鳴を聞きつけて何事かと駆けあがってきて私と居候新人の有様に目ん玉飛び出しそうなほど驚いてすぐに私が彼に何かされたと勘違いしたおじさんが居候新人に殴りかかりそうになるなんて誰が朝から思いつきますか。頭に血が上ったおじさんを抑えるのに苦労し無駄な体力使った。

 

それでは最後の問いだ。

どうして私は朝からげんなりした表情で立っているのだろうか。

 

理由:「そういえば、名前、……佐倉って呼べばいいのかな?」

 

私の隣で同じく雨宿りしている少年、名を雨宮蓮という。癖毛の髪に黒のウェリントン型メガネがよく似合っていてスマートで均整がとれた体躯に一見大人しそうなイメージを受ける。一昨日から喫茶ルブランの二階に居候となった噂の問題児。だけど私は彼が問題児ではなく正義感に溢れた少年であることを知っている。おじさんから以前理由を訊いたが、女性を助けようとして冤罪で捕まったらしい。嫌がるクソ親父からか弱い女性を救ったのだ。それはとても誇れることだし、私が嫌悪を抱く対象は、あくまで私に性を求める男であって、普通に接している分には何の問題もない。彼なら一年間ぐらい一緒に過ごしても問題ないだろうと判断した。

それに何かある前に綾兄が潰すだろうし。……ぐっ、綾兄は関係ない関係ない!

そんな彼の頬が少し赤いのは、前にも述べたが私のせい。真田先輩に鍛えられ極限までに磨きかかった私の躰は、以前とは比べようがないほど引き締まり動きにも無駄がない。だから普通の女子が放つビンタよりも強烈で今はまだいいが、叩いた直後はもっと真っ赤だった。漫画で表現を例えるなら真っ赤な紅葉が頬にできたという感じである。

ごめんなさいごめんなさいと謝り倒す私に雨宮君は、いや大丈夫だから気にしないでと微笑んだどころか、私の手の方が痛くなかったかと心配までしてくれたのだ。

 

私は目を見張り、彼の優しさパラメータが慈母神級であると確信した。

 

「うん。佐倉でも朔でもどっちでも構わないよ」

 

拒否できない弱みが出来てしまったのだ。断る選択肢など私に存在しない。

 

「そう、じゃあお言葉に甘えて朔って呼ばせてもらう」

 

出会って二日目で名前呼び。どうやら、彼の度胸はライオンハートMAX。

中々侮れない人物がルブランに来たもんだ。

最初だから一緒に行くことになった私達はどちらも傘を持たずに登校した。なので途中で雨が降ったので仕方なく軒先で共に雨宿りすることになった。で、冒頭に至る。

それからちょっとして同じクラスの高巻杏さんが共に雨宿りしにきた。変態教師鴨志田が運転する車が現れ、下心満載高巻さんを自分の車に誘い高巻さんは一瞬嫌そうな顔したけどすぐに口元に笑みを浮かべて車に乗った。私はげぇ!と顔を顰めて雨宮くんの背に隠れた。雨宮君は私に隠れ蓑にされても平然としていた。

鴨志田は男の雨宮君には興味も示さずあっさりと無視し、さっさと車を出して去って行った。ステルス効果持続中良好!

奴の車に乗るくらいだったら、ホルス出してその背中に乗って行った方がまだ快適だ。実践できないのが悔しいけど。

さて、そろそろ行かないと遅刻してしまう。私は雨宮君に「行こう」と促して軒先から出ようとした。そこへ目立つ金髪頭男子が走ってきて、限界に達したのか息を乱しながら立ち止まり

 

「あの変態教師が……!」

 

と忌々しそうに悪態づいた。すると雨宮君、不思議そうな顔して

 

「変態教師…?」

 

呟いたじゃありませんか。それに目ざとく反応した金髪頭男子。あ、この顔知ってる。でも名前は知らないので金髪男子と呼ぶことにした。

 

「……何だよ。カモシダにチクる気か?」

 

「カモシダ?何のことだ?」

 

「あ?今の車だよ。鴨志田だったろ。好き放題しやがって、お城の王様かよ……そう思わねぇか?」

 

雨宮君、この問いに、

 

「どこの城?」

 

と本気で尋ねた。すると金髪男子は微妙に眉を下げ困惑した顔で

 

「や、例えだろ…」

 

と首を振る。朝から一瞬コントを見れて得した気持ちになった。

しかし、お城の王様とは的確なコメント。だってアイツのパレスはお城、シャドウは裸の王様だし。

 

「ツーかよ、鴨志田知らないとかマジで言ってっか?」

 

「彼は転校生だから知らなくて当然だけど」

 

「おわ!?び、びっくりした!いたのかよ……!ってかお前……佐倉朔」

 

大方ステルス効果で今の今まで私の存在に気が付かなかったのだろう。私の声を耳にして初めて彼は私の姿を認知し、後ずさりするくらい驚いた。

つまり私が彼の前で喋らなかったら永遠彼に認知されない。その存在は知識として知っていても彼に私は見えない。

なんて便利!鴨志田対策、今後も有効活用させてもらいましょう。

雨宮君は金髪男子の行動に理解できず首を傾げ、私に視線をやってきた。

 

「……?」

 

説明してほしそうな顔をされるも完全遅刻はしたくないので先に歩き出す。

 

「雨宮君、遅刻するからもう行こう」

 

「……ああ」

 

雨宮君はスマホを取り出していじりながら遅れて歩き出した。

 

ぐらり、と世界が一変、したような。

 

うん?

一瞬、違和感が……。世界が変わったような。

あれ、私あのアプリ使ってないよね。

気のせいだと思い私はシュージンへの近道ルートで学校を目指した。

明らかにアッチ側の気配を感じつつも、きっと気のせい気のせいと自分に言い聞かせて。

 

私、雨宮君、金髪男子と続いてビルの脇道を黙々と歩いていく。アンタも一緒かよと心狭いことは言いません。

 

トンネル明けたら別世界――、ではなく路地裏開けたら別世界。

 

城。見慣れた学校じゃなくて、中世時代を模した城がある。

私は目の前の光景に気が遠くなりそうになった。それほどに衝撃的だったからだ。

でも踏ん張って現実から目を背けなかった。たとえ!たとえ、三人そろってここに来ていてもだ。

 

「な、なんだコレ……学校が…」

 

呆然と立ち尽くす男二人。ああ、ここで私もエクトプラズムを口から出して気絶するほどメンタル弱かったらいいのに、あいにくと毛が生えてるほど図太いのでそれはかなわず。

 

「ここが学校?……朔どうした?顔が強張ってる」

 

「ナンデモアリマセンキニシナイデ」

 

せめて外人っぽくなって現実逃避したいので話しかけないでください、雨宮君。

 

「片言になってる」

 

可笑しそうにクスクスと笑う余裕があるとは。さすがライオンハート。

 

「門に衆尽って書いてあったよな……?どうなってんだ?……圏外?どこ来ちまったんだ…」

 

カモシダパレスです。異世界です。生身でくるとこじゃありません。

 

ぐるぐると頭の中でひたすらなんで?なんで?なんで?と疑問が回っている。

この世界に来る原因、それはアプリ以外にないはず。けど私はアプリを所持しているけどいじってないしスマホはリュックの中。さて、問題。

 

誰がスマホいじってましたか?

 

「ちょっと雨宮君スマホ貸してくださいっ!」

 

「え、ああ」

 

雨宮君から奪うようにスマホを貸してもらい、血走った目付きであのアプリを探す。

 

「……」

 

ありました。あの目玉アプリ。

 

とりあえず。覚えてろ長っ鼻と電波送っておいた。

 

私は、「ありがとう」と礼を言ってそっと雨宮君にスマホを返した。

確認の為にとりあえず尋ねてみた。きっと無意味だろうけど。

 

「雨宮君、このアプリ、さっきいじってたよね」

 

「……?ああ。試しに起動してみたけど。なんで?」

 

「ううん、なんでもない」

 

引きつった笑みで首を振る私に雨宮君は怪訝そうな顔した。

 

カモシダパレスに来るためにはキーワードを言う必要がある。

 

『変態』

 

雨宮君は確かに変態教師と言った。それがアプリでひろわれたんだろう。

アプリは声に反応しナビを開始して、私達があそこからここに移動し無事にナビゲート終了。

 

私の服が変化していないのは不幸中の幸い。きっと召喚機があって初めて変化するのかもしれない。あとは今の私の意識が関係しているのかも。

思考の切り替えをしている私にはこの恰好はあくまで昼間の学生。

社会に反逆する意思は、今のところない。

 

それに、今来た道を戻ればすぐ解決する話だ。

そうと決まれば、私は男子二人に戻るよと声を掛けようとした。

 

が!

 

金髪男子は頭をガシガシかきながら、

 

「とりあえず、中入ってみっか」

 

と先に城へ向かって歩き出してしまった。それに遅れて雨宮君もとりあえずついてく。

けど私が一緒に続かないことに気づくと、ある程度の位置で振り返った。

 

「……?朔、行かないのか」

 

ガクッと肩を落とすしかない。大声を上げれば奴らに気づかれるだろうし。

これはもう、やるっきゃないかな。幸い、ペルソナ使い候補はいる。目覚めれば何とか行ける。

 

「……中入ったら一切私に話しかけないで。私、何も話さないから」

 

これは賭けだ。

私が言葉を発しなければ奴らに気づかれることはないはず。

隙を見て逃げられるし、駄目だったらだめだったらでペルソナをカード化させて戦う。

彼らを逃がすチャンスも作れるはず。

安定性がないのが不安要素だけどやるしかない。

 

雨宮君は私の言葉が理解できなかったらしい。

 

「は?」

 

「いいから復唱!」

 

理解できなくても理解させる!

私の勢いに負けて雨宮君はしぶしぶ言葉を続けた。

 

「……中に入ったら話しかけない」

 

「オッケー、じゃあ行きましょう。あ、それとアドバイス。『死にたくなかったら反逆して見せなさい』」

 

「反逆?」

 

これにはますます意味が分からないと言った表情だ。

私の勘も五分五分なんだ。

 

私は彼の背をぐいぐいと押して「とにかく反逆すること!さぁ、行った行った」と中へ押し込むように進ませた。

 

【やっぱり予想通り取っ捕まりました。私以外は】



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雲の上からスーパームーン

あら、こんにちは!

 

わざわざ待っててくれたの?

 

嬉しいわ、ここ最近あの子に全然構ってもらえなくて寂しかったの。

いつもやってるテキサスクローバーホールドをしてもぜんぜん痛がらないのよ?

普段だったら「やめれっいででで!!」とか悲鳴上げてるのにそれそらもないどころか、「これもあの子にやられてると思えば屁でもないぜ、……昇天しそう…」なんて恍惚とした表情でうっとりしてるんですもの。

何処かで拾い食いしたんじゃないかって心配で心配で、つい友人に相談してみたのよ。そしたら「いくら私が天才科学者でも恋を治す薬は作れないわよ。惚れ薬ならちょちょいと作れるけどね。いるの、アンタ?高いわよ」っていうんですもの。

 

でも私、しばらく恋愛はしなくてもいいから断ったわ。

私の一番はあの人だけだから……。

 

そう、今はそれよりも私の息子がついに恋をしたことよ!

 

今まで私の傍を離れなかったあの子がついに大人への階段を上り始めた。

 

何処のお嬢さんなのか気になってしまうなんていけない母親ね。

でも知りたい気持ちを抑えきれなくて、ついに実行してしまったの。

 

コソコソとスカーフをどろぼうかぶりしてあの子に気づかれないように後を追ったの。そしたら、なんと!

 

―――国のお姫様だったのよ!あのお顔は忘れはしないわ。

ええ、可愛らしいお顔立ちをしていらしたけど、それよりも一番印象に残っているのは、二つに分けて両サイドのリボンで結んでいるツインテール。

あれはツインテールよりもツインドリルという表現の方が似合っているかもしれないわ。

それは見事な縦巻ドリルで若い女子たちの熱い羨望を受けていらっしゃったもの。

それにしても……。

 

お忍びでこちらにいらしているのかしら?

それにしては護衛の姿も見当たらないようだし。もしかして、退屈な王宮暮らしに飽きてスパイス程度のスリルと甘酸っぱい出会いを求めて城下町へ降りてらしたのかしら。

 

そして、裏路地へ迷い込んでしまった王女が

 

『げひげひ、強そうな縦髪ドリルじゃねぇか。大人しく置いてってもらおうか?』

 

なんて賊連中に絡まれ身ぐるみ剥がされ簀巻きにされるかもしれないところ、偶然うちの息子が

 

『少し待たぬか悪人どもよ!』

 

なんて叫んで通りかかり、ダブルラリアットで数人を弾き飛ばして掃除しつつ、卑怯にも王女を盾にしようとした愚か者にはボディプレスで不意をつき、驚いた賊が王女を投げ捨て逃げようとするも、息子の動きが早くスクリューパイルドライバーで一撃必殺!

 

『貴方様は命の恩人ですわ。この縦髪ドリルは我が国の秘宝ともいうべき大切な品……。どうかお名前をお聞かせ願えませんか?』

『いいえ、俺はただの通りすがりのさすらいプロレスラー。それでは!』

『ああ、お待ちになって!プロレスラーの君っ』

 

二人の出会いはここから始まり。それから偶然にも二人は思わぬ再会を続ける内に、想いあう関係となるのよ。

 

はっ!?もしかして、禁断の、恋!?

 

身分違いを憂える二人にはいずれ悲しい別れが待ち受けているのよ。

そうなる前に、二人で来世を共にする約束をして命を……!?

 

いけないわ!二人の愛が本物であることを証明しなければ!

何か手立てがあるはずよ、そうきっと……。

身分違いが障害となっているのなら、あの子の身分は私が保証できるわ。

だって、あの子はあの人と私の息子ですもの。王女が相手ならば身分では文句はないはず。ああ、でもこれはダメね。あの人に迷惑をかけてしまうし。無駄な世継ぎ争いに巻き込みたくないわ。……お父様に一度お願いしてみようかしら。

でもあっちでは私は死んでることになっているから、なんとなく気まずいわ。

実はドッキリでした!って看板持って里帰りしてみようかしら。案外皆明るく受け止めてくれるかもしれない……。一度友人に相談してみようかしら。

 

……?あら、ごめんなさい。

私一人でお喋りしてしまったわね。天使さん。

 

息子の話はいいから昔話してくれ?ええ、わかったわ。

 

それでどこまで話したかしら?

ああ、あの人が結婚するっていうところだったわね。

……そう、あの人は別の女性と結婚することが決まったの。あの人を助けた女性ですって。……ショックだったわ。三日三晩枕を濡らして眠ったの。それでも私の心は曇ったまま。あの人はその女性こそが自分を助けた乙女と信じて疑わなかった。

 

私は、ここにいるのに。あの人は私ではなくあの女性を選んだ。

 

辛くて、苦しくて、どうにかなりそうだった。

泡のように消えてしまいたかった。でも、そうなる前に思い出が欲しかった。

忘れられないほどの、思い出が。

 

だから、私はあの人を誘い出してベッドに押し倒したの。

 

思い出が欲しい、ってお願いした。

 

あの人は、私の想いを拒まず、その時だけ、受け入れてくれた。

共に過ごした一夜限りの夜は今でも覚えているわ。忘れられない――。

 

……うふ、ちょっと天使さんには早かったかしら。

 

それから、一か月くらいして船上で盛大的に二入の結婚式をすると教えられたわ。

私も一緒に来てほしいと言われて、私、断れなかった。幸せそうな二人を見ているだけで辛いだけなのに、どうして結婚式まで?

 

気が狂いそうになったりしたわ。

それから体調を崩すようになって食欲も無くなってしまったの。

あの人の強い勧めもあって有名なお医者様に見てもらったら、心底驚いたわ。

 

私のお腹に、小さな命が芽生えていたなんて。

 

勿論、お医者様にはあの人にはもちろん公言しないようお願いしたの。お医者様も勘が鋭い方でお腹の子が誰の子なのか、すぐに察知したわ。私の身を案じて仮住まいを用意してもいいとさえおっしゃってくださった。

私は、そのお誘いにすぐには頷けなかった。

 

せめて、あの人が幸せになる瞬間だけでも見ておきたい。

 

それからあの人の前から消えるのも遅くないって思ったの。

だから、妊娠していることは誰にも気づかれないよう、最大限に注意して結婚式の日をひたすら待ち続けた。

 

……ふぅ、今日はここまでにしましょう?

 

ごめんなさい、ちょっと疲れてしまったの。

なんだか、あの頃の悲しさを思い出してしまって。

 

……大丈夫かですって?ええ、大丈夫よ。

優しい天使さん。ふふ、また貴方が良かったら話してあげるわ。

 

「母さん、腹減ったから帰るよー」

 

あら、もうそんな時間なのね。

じゃあ、また今度、ね。

 

【またまた続く】

 

※※※

 

金髪男子と雨宮君は衛兵型シャドウに捕まってしまい攻撃を喰らって意識を失い引きずられて地下牢へごあんなーい。私の予想は見事的中し、シャドウに気づかれることもなかった。……薄情者というなかれ。出会って一週間にも経たない人間のために自ら命張るような犠牲心は持ち合わせていない。少し痛い目にあって人生経験積むのもいいことだと思う。身をもって知ったほうが後々彼らの為だ。

知らないところへは気軽に足を踏み込んじゃいけないってね。

さて、私は奴らの後を追うことにした。息を潜め、壁に背をピタリと張り付けて敵の様子を探りながら地下へ地下へと進み、ある地下室で彼らがぶち込まれるのを待つ。

衛兵たちが立ち去るのを確認し、檻越しに気絶している彼らに声を掛けた。

「おーい、おーい!」

 

「「……」」

 

だが残念。生身でシャドウの攻撃を受けたのだから起きるにしてもすぐは無理か。

これ以上大声は出せないから、別の手段を用いるしかない。

とりあえず、辺りを見回して投げれるものかないか確認する。……ないみたいだ。

だったらとポケットに入っていたソウルドロップを器用に檻の隙間から彼らに思いっきり投げつけた。雨宮君に。一個しかなかったので金髪男子にはハリセンを投げた。どうやってハリセンがポケットに入ってたかって?そこは乙女の秘密である。

 

「いて!」

 

「あた!」

 

ナイスコントロール!

私が投げた飴とハリセンは彼らの頭にコン!ばしーん!と当たり石畳の床に転がる。

まずは金髪男子が体を起こした。

 

「いってぇ……、なんだここは!?…ん、なんでハリセン?」

 

「ここは……?」

 

次いで雨宮君がベッドからお目覚めに。雨宮君は飴がhitした部分を痛そうに抑えている。結構力強く投げちゃったからな。……黙っておこう。

 

「お目覚めかしら、お二人さん」

 

私は二人にひらひらと手を振った。

 

「あ!佐倉朔……お前は捕まらなかったのかよ」

 

フルネームで呼ぶな!

 

怒鳴りそうになったのを堪えて堪えてできるだけ声を小さくして話した。

 

「お陰様で助かりました。…雨宮君、大丈夫?」

 

「朔、無事だったんだな。良かった」

 

ベッドから降りた彼は檻側までやってきて私が無事な様子を確認するとほっと息をついた。起きて開口一番にそれとは、さすが慈母神だ。

ああ、感心してる場合じゃなかった。ハッと我に返った私は鉄格子越しに雨宮君によく聞いてと真剣な表情で言い聞かせた。

 

「それよりすぐここから出なきゃいけないわ。あいにくと鍵はさっきの衛兵が持っているみたいだから自力では無理だわ。だから心構えというかアドバイスを送る」

 

「アドバイス?一体何なんだよここは!?アイツラなんなんだよっ!」

 

だが私の態度が気に入らなかったのか、金髪男子が睨んで檻越しに怒鳴ってきた。

これは激怒状態じゃないか。思いっきり後頭部ハリセンで叩いてやりたい衝動に駆られたが、今は後回しだ。私は、とにかく黙らせようとした。

 

「馬鹿みたいに大声を出さないで。言ったはずよ、すぐにここから出なきゃいけないって。それともそのお耳はお飾りなだけ?」

 

多少嫌味を言わせていただきましたけどね。さっきからフルネームで呼び続けてる仕返しだ。そしたら、わかりやすく彼は怒りの矛先を私に向けてきた。

 

「お前っ!」

 

「やめろ」

 

けど、雨宮君が華麗な動きで金髪男子の後頭部にハリセンをお見舞い!

 

パシーン!

「ってぇ!」

 

耳に心地よいハリセンの音が牢屋内に響いた。

 

「雨宮君、それの使い方、わかるの?」

 

「うん。なんとなく。コレで叩けばいいんだろ?」

 

「……うん、そうだけど」

 

一瞬でハリセンの用途を理解するなんて、どうやら彼の器用さは超魔術のようだ。いや、普通に叩けばいいだろって思うだろうけどこれ一応戦闘用だからね。普段用じゃないから。

 

優しさ、度胸に続いて器用さMAXだなんて……。チート的な人間が今、私の目の前にいる。これは湊兄の再来!?もしや、私と同じ『ワイルド』……。うむむ!

 

「ハッ!?今はワイルド関係ないし!」

 

「ワイルド?」

 

「いいから、よく聞いて!今私が」

 

と言いかけた時、ガショガショと鎧の音を響かせながら奴らがこちらにやってくる気配あり。これはヤバイと悟った私の行動は素早かった。

 

「ああ~、間に合わなかった。雨宮君、私隠れるからとにかく諦めちゃダメ、反逆することだからね!忘れないで、貴方が自分で反逆しなきゃ世界は変わらないままなんだから!」

 

「反逆?」

 

「じゃ、よろしく!」

 

言うことは伝えたのでささっと近くの物陰に隠れた。すると、まもなく衛兵を伴って裸の王様自らが罪人の顔を覗きにやってきた。出歯亀根性丸出しである。

何やらごちゃごちゃと罵り合いが始まったらしい。騒がしくなってきた。

 

いざとなったら乱入する覚悟もあるけど、やはり雨宮君が覚醒するのを待って飛び込んだ方がいいかもしれない。これは彼自身が決めなくてはいけないことだから。私は暴力を受ける金髪男子と雨宮君のうめき声に突撃したいのを我慢してその瞬間を待ち続けた。

すると、すぐ後ろで聞きなれた声がした。

 

「案外彼は大丈夫じゃないかな。結構タフそうだし」

 

「そうそう、チート男子じゃないかって疑って……」

 

私は会話の途中でハッと我に返りバッと後ろを振り返る。

 

「やぁ、朔」

 

「りょ、じゃなくてファルロス!?」

 

なんとそこには、喧嘩別れして朝いなかったはずの怪盗ファルロスが手をあげてにこやかに立っておりました。

突然の出現に気まずさも何も吹っ飛んでしまった。

驚愕する私に、ファルロスは口元に指先を当てて静かにと合図を送ってきたので慌てて私は口元に手をあてがって周囲の気配を探った。

どうやら、向こうには気づかれていないらしい。ほっと安堵し改めて声を潜めてファルロスを見やった。

 

「なんでここに?」

 

するとファルロスは

 

「ずっといたよ。朔の後ろに。朝からね」

 

あっけらかんとストーカー発言を暴露してきた。

呆ける私に、ファルロスは当たり前のようにこう言った。

 

「へ?」

 

「僕が朔から目を離すわけないだろう?ちゃんと気配消してくっ付いてたのさ」

 

綾兄にとって昨日の喧嘩はじゃれ合いみたいなものらしい。

全然気にしていないどころか、たまには兄妹らしくて張り合いがあっていいねなんて喜んでいる。喧嘩というより私が八つ当たりしていただけだったんだけど。彼にとっては、別らしい。もう、綾兄の器がデカすぎて自分が情けない。

思わず私はその場にしゃがみ込んで顔を両手で隠した。

 

「……」

 

「危なかったら手を出そうと思ったけど、召喚機なしにここまで頑張ったね」

 

綾兄も同じようにしゃがみ込んでよしよしと私の頭を撫でて褒めてくれた。

 

「もう、反則。そこで褒めるとかありえないし」

 

「うーん、これでも朔の兄だしね。頑張ったらちゃんと褒めてあげないと」

 

これだから女たらしと言われるんだ。でも、そんな綾兄が好きだ。

 

「……ありがと……」

 

「うん」

 

ほのぼのとした雰囲気が私と綾兄の間に漂い始める。

 

が!よくよく考えればそういうことしてる場合じゃない!

 

私は勢いよく立ち上がってファルロスに手を差し出した。

 

「今それどころじゃなかった!ファルロス、召喚機貸して!雨宮君が危ないから!」

 

「ああ、彼か。でも覚醒したみたいだよ」

 

「は?」

 

呆ける私にファルロスは雨宮君たちがいる牢屋を指さした。

 

「だって牢屋から出てるみたいだし」

 

「え!?」

 

いつの間に。

牢屋の方に向き直れば確かに雨宮君と金髪男子が無事牢屋から脱出してしっかりと鍵をかけて駆けだしていくところだった。どうやらファルロスと仲直りの会話している間に無事に反逆することに成功したみたい。しかもちゃんとカモシダシャドウを閉じ込めている。よくやった!と拍手を送りたいところだ。

 

でも、はて。よく考えてみると、

 

「……私、忘れられてますよね~」

 

「だね。まぁいいんじゃないかい」

 

いやよくないよ!とツッコミ掛けようとしたが、ファルロスは唐突に手慣れた手つきで私を軽々と抱き上げた。

 

「わっ!」

 

「彼らより先回りしておかないとマズいかもしれないからね。それに、モナを見つけたんだ」

 

「モナいたの!?」

 

思わぬ朗報に綾兄の首を締め上げそうになった。っていうか絞めてた。

 

「朔、苦しいから……うん。地下牢で捕まっていたよ。朔を連れてから助け出そうと思って」

 

「急いで助けに行かないと!」

 

もう私の頭からは男子二人のことなどすっかり飛んでいっていた。

何よりもモナが大事!

 

「彼らが走って行った方にモルがいるんだよ。だから彼らより先にモナと接触しないと、ね」

 

「超特急でお願いします!」

 

「了解」

 

ファルロスに抱き上げられて私は文字通り超特急で彼らよりも先回りし、モナの所までたどり着くことができた。どうやって行ったかって?そこらへんはファルロスの力でしょうなぁ。目を瞑っててと指示されたので言われた通りに瞼を閉じてまもなく「開けていいよ」と言われたので瞼を開くと、モナが囚われている牢屋の前に移動していたんだから。ミラクル。

 

私の目の前には喧嘩別れしたモナの姿があった。

ベッドで横になっているようだが、動かない。寝ているのか、それとも……。

最悪のシナリオが頭をよぎり私はたまらずに鉄格子にしがみ付いて

 

「モナ!」

 

と悲鳴に近い声で呼んでしまった。

まさか、この檻の向こうでモナはもう……!?

 

「……ん?……サク?」

 

モナは私の声に反応して体を起こした。

最初は信じられないといった表情で錯覚でも見てるとでも思ったのか、目をゴシゴシとこする仕草をした。けど私が再度「モナ」と声を掛けると、私がちゃんと目の前にいることを認知して転がるようにベッドを降りて私の所まで駆け寄ってきた。

 

「サク!ファルロスもか!」

 

見た目にはそんなに変化はないようで私は安心のあまり腰を抜かしてしまった。

 

「良かった、無事で……。心配させまくってぇ」

 

感極まって目を潤ませ声を震わせる私にモナはわたわたと慌て始め「な、泣くなよ!」と困った顔をした。ファルロスは苦笑しながら朝あったことをモナに説明した。

 

「君がいないと朔が起きれないみたいだからね、今日は遅刻しそうになったし」

 

「ファルロス……、サク。ホントに来てくれたんだな……」

 

モナも喧嘩別れしたことを悔いているようだった。

私は、正直に今の気持ちを伝えた。モナは鉄格子を握る私の手に自分の柔らかな手を重ねた。

 

「モナ、私、モナがいないと起きれないよ……。だから帰ってきて」

 

目覚まし代わりに帰ってきてくれなんて馬鹿らしい頼み方だけど、私にはそれくらいモナが大事。スマホのアラームとかで代用できるレベルじゃなくて毎日の一瞬一瞬にモナがいて欲しい。なんならずっと一緒に居て欲しいくらい。

懇願する私にモナは照れくさそうに鼻先をこすぐって、

 

「……ったく、仕方ねーな!ワガハイがいないとサクはてんでダメだからな!」

 

と笑ってくれた。私は嬉しくて何度も頷いた。

 

「…うん!」

 

やっぱりモナがいないと私はダメだ。綾兄も同じ。

この三人でこれからも一緒にやっていきたい!

ファルロスは満足そうに一つ頷いた。

 

「これで、仲直りだね」

 

「うん!」

 

私も同意してすぐにぶら下げてあった地下牢の鍵を使い、牢屋を開けた。

モナは牢屋から出るとぐーんと伸びをして「シャバの空気はうめー」とか言ってる。ああ、モフモフ禁断症状が出てしまう。すでに私は手をワキワキさせてはぁはぁと荒い息をしていた。傍から見たら変態モードである。

 

「朔、今はダメだから」

 

「はっ!?」

 

ファルロスに釘を指され今の現状をしっかりと思い出す。くっ、残念だけど現実世界に帰ってから思う存分モフモフさせてもらおう!

 

よし、モナは助けたから早く脱出してモフモフしないと……。

はて。そういえば何か、忘れているような?

 

私はコテンと首を傾げてファルロスに尋ねた。

 

「なんか忘れてるような?」

 

「あの男子二人だろう?」

 

苦笑しながら教えてくれるファルロスに、私はああそういえばと納得。

 

「あ、そういえばそうだった!?大丈夫かな、雨宮君……」

 

いかにペルソナに目覚めたとは言え、まだ扱いに慣れていないはず。

すぐに合流しないと……。

 

モナが不思議そうな顔をして問いかけてきた。

 

「?……誰のことだ?」

 

「私以外にもこっち側に入ってきちゃった男子二人がいるの」

 

私が軽く説明するとモナは飛び上がって驚いた。

 

「なんだって!?生身でか?」

 

「うん、でも一人はペルソナに目覚めた。彼らと合流するつもりなんだけど」

 

と私が答えると、モナはしばし思案顔で考え込んだが、すぐに私に

 

「……サク、お前は先に現実世界に帰れ。ワガハイがその少年二人と一緒に脱出する」

 

と指示してきた。

 

「え!?なんで」

 

「だって学校、ヤバイんじゃねぇか?さっき遅刻しそうになったって言ったよな」

 

「……そうでした…」

 

モナに言われるまで忘れてました。私、今現在遅刻中なんだよね……。

 

「惣治郎さんに怪しまれる、ね」

 

「……ヤバイ、言い訳が思いつかない……どうしよう…!?」

 

おじさんが怒るとそれは滅茶苦茶怖いのだ。情けなくも頭抱えて呻きだすしかない。

どうするよ!?男子二人見捨てるしかないのか?いや、それだけはダメだ。

無関係な人間を不本意とはいえ巻き込んでしまったのだ。彼らを無事現実世界に戻すまでは帰れない…。

 

「モナの言う通りだね。ここは先に帰らせてもらおう」

 

「でも、モナだけじゃ……」

 

信じてないわけじゃないけど、どうにも心配で仕方ない。私の不安を感じ取ったのか、モナが自分の胸をドンと自信満々に叩いて、しっかりとした声で言った。

 

「ワガハイはもう大丈夫だ。ヘマはしねぇ。必ず無事に帰るぜ」

 

「……モナ」

 

「サク、信じてくれ」

 

モナの真剣な表情に何も言えなくなってしまった。

卑怯な、ここで嫌だなんて言えないじゃないか。

 

「……わかった。あっちで待ってる。ちゃんと二人と一緒に帰ってきてね」

 

「おう!」

 

男子二人はモナに任せ、私はファルロスに手を引かれて城門前へと急いで向かい無事に現実世界へと帰ることができた。しかし、問題は残っていた。

遅刻、という現実が!

 

だが!そこは大丈夫。

ささっと校内に入り、保健室であるお願いをしてから教務室へ。ちょうど授業が終わった川上先生の元へ行き、いかにも具合悪いですという風を装って事情を説明した。

 

「先生、実は登校中に気分が悪くなってしまって……保健室で少し休んでいたんです」

 

「ああ、貴方の体の事情もあるしそれは仕方ないわ。ついさっき安藤先生から連絡もらったし。……ったく連絡し忘れたとかあり?職務怠慢じゃん…。あ、ごめんごめん。なんでもないから」

 

勤務仲間への悪態づく先生の姿に心の中で安藤先生に土下座するしかなかった。

私は軽く頭を下げて教務室を退室し自分の教室へと向かった。

 

どうやって遅刻回避を成し遂げたか?

 

実は保健室の先生とは色々と気心知れた仲なので今日の遅刻の件は口合わせしてもらうようお願いしたのだ。勿論、タダじゃない。……貢物を用意せねば……。

 

何が欲しいと尋ねたら、「限定リカバーオイルで」と来たものだ。

それって駅地下モールにあるコスメショップの限定アイテムじゃん。相変わらず目ざとい先生。大体先生に貢物するときは限定ものと限られている。先生曰く、限定物という言葉に弱いらしい。千差万別、か。

 

さっそく今日の帰りに買いに行かなきゃと頭の隅に置いといて私は教室の扉を開く。

途端こちらに集中するたくさんの視線と先ほどまでの賑やかな声も静まり返る。

 

女子とか男子とかわざと言っているとしか思えないくらい会話がもろバレ。

 

「……あ」

 

「……来た来た…。ビッチが」

 

「良い御身分だよな。教師の御墨付ってのは」

 

妬みや嫌味、悪口に邪険な態度。ああ、もっと来い来いって感じ。

だけど陰湿な虐めなどはないからまだいい方か。だってそんなの実行してたら綾兄が何か裏で仕掛けているだろうし本人も無事じゃすまない。

 

私は気にしない。

 

他人に何かを言われてへこんでいた弱い私はもういないのだ。

 

さっさと自分の席目指して歩きドカッと座ってカバンを置き机に突っ伏して寝る。

寝れないけど寝たふりでもしとけば話しかけられることもないし、授業中当てられることも割と少ない。

 

少し、休もう。

ずっとあちらで神経使って行動してたんだ。

体を、休めないと……。

 

喧噪の波から徐々に意識を混濁させて私は瞼を閉じる。

 

夜は、また動かなきゃいけないから――。

 

 

「朔」

 

トントンと軽く誰かに肩を叩かれている、様な気がする。気安く名前で呼ぶな。

 

大丈夫、気のせいだから。

 

「朔、授業終わったよ」

 

さらに続く目覚まし時計。

 

あれ、私目覚まし掛けたっけ?いや私の目覚ましはモルだから大丈夫。

少し腕を動かして手で追い払う仕草をする。これで大丈夫。目覚まし逃げた。ばいばい。

 

だが気配は一向に消えはしない。目覚ましの癖に偉そうな……。

ちょびっとだけイラッときた。

 

「……モナ、どうやって起こすんだ?」

 

『まだ人目があるからワガハイは出れないぞ』

 

「うーん、屋上でアイツが待ってるからな。できれば一緒に来てほしいけど。あ、あっちで使ったこのハリセンで起こしてもいいか」

 

『それはやめとけ。サクが別の意味で怒る。……ほかに手がないわけじゃない』

 

「なにかあるのか?」

 

『この手はあまり使いたくないんだがな、仕方ない。フルネームで呼んでみろ』

 

「フルネーム?……わかった。えーと、佐倉朔。素直に起きろー」

 

棒読み口調だが私をイラつかせるだけの理由にはなった。

 

「だからフルネームで呼ぶなっ!!」

 

苛立ちからついにブチ切れた私は思いっきり机をドンと叩き、怒鳴りながら立ち上がった。そこに誰がいようと叩き落としてやるぐらいの勢いだった。が、そこには。

 

「あ、起きた」

 

『だろ』

 

「……」

 

「おはよう、朔。もう夕方」

 

「あ、雨宮、君?……え、なんで?」

 

そこには目覚ましがいた、ではなく、呆ける私の前で手をひらひらさせて微笑む雨宮君が立っていた。彼のカバンの中にはモルのピンとしたラブリーな耳が見え隠れしている。

 

無事だったこと、もう夕方だということ。まばらだが教室にはまだ生徒がいて私が怒鳴ったことで何事かと視線を向けていること。注目を浴びている一人である雨宮君はまったく気にした態度もないこと。彼の片方の手には白いハリセンがあること。なぜカバンに入れないのか。あ、そうかモルが入ってるから。でも別に手で持たなくていいじゃないか。

それにさっきハリセン使うかとか言いませんでした?一応それ戦闘中に使う奴なんですが。

 

ちょっと情報が一気に頭になだれ込んできてすぐに情報処理が追い付かない。

だというのに、雨宮君はさらに私を追い詰める一言を投げてくる。

 

「朔と一緒のクラス。一年間よろしく」

 

「あ、ははは……」

 

もう、乾いた笑いしかでませんよ。なぜかって?

 

住むところだけは妥協した。私だって困るから。

名前呼びも朝ビンタかましてしまったので泣く泣く許した。

カモシダ・パレスのことだって流れで仕方なく入ったよ。彼にペルソナ使いの兆しがあったから。

 

でもクラスまで一緒とかなんのフラグですか?

 

すでにライオンハート、超魔術、慈母神のスリーパーフェクトな彼と何処まで一緒なのですか?さすがにお風呂までは一緒とか。あ、そういえばうち、銭湯だった。人生詰んだ。いやお風呂の時だけ佐倉家に帰るか。でも銭湯の方が広くていいんだよね。いやそこだけが問題じゃない。

 

「は、ははは」

 

住むところも一緒。学校も一緒。クラスも一緒。あっちの世界での秘め事も共有していること。同じペルソナ使いであること。も、ね。疲れた。

 

もう、色々とパンクしそうです。湊兄。

ちょっと現実から逃げてもいいかな。

 

私の中の湊兄がきらっきらな笑顔でオッケーくださいました。

 

『たまにはいいよ』

 

ですよね~。

 

ので、ここはふらっと気絶させていただきました。

 

「朔!?」

 

『んな!?』

 

横にふらっと倒れる私に度肝抜いた雨宮君が反射的に伸ばす手がゆっくりと動いてみえたがその後どうなったかはわからない。そこから私は意識を飛ばしてしまったから。

 

【起きたらベッドでした。が、真っ先に雨宮君の顔が真横にありましてビンタかましました。】




仲良し親子の会話。

息子「母さん、何暗い顔してんの」

母「大丈夫よ」

息子「母さんの大丈夫は信用できないね」

母「……ちょっと貴方のお父様のこと、思い出したのよ」

息子「……」

母「お腹空いたでしょう?早く帰りましょうね」

息子「……オレに父親なんかいねぇよ」

母「……」

息子「オレは、母さんとおばちゃんがいてくれればそれで楽しいからいいんだ。だから父親なんて言うな」

母「……ごめんなさい……」

息子「なんで謝るんだよっ!」

母「……ごめん、なさい……」

息子「……帰る、……ほら、手出せ」

母「…え」

息子「手、繋がねぇと迷子になるだろうが」

母「……ええ、そうね」



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コーピング

最近母さんの様子がおかしい。

 

おばちゃんのお得意先への薬配達にくっ付いてくるけど目を離すと一人で迷子になってる。これはいつものことだからなんてことはない。夕飯もオレが作るから問題ない。

これは母親なのにどうかと思うが、母さんが作ると奇天烈料理になるのでオレが作れとおばちゃんにキツク言われている。これもいつものことだ。

 

問題はオレがいないときのことなんだ。

 

ある友人からお前の母ちゃん、壁に向かって一人で喋ってたぞ、なんて教えられた時はその言葉の意味が分からなかった。どうせ与太話だとまともに取り合わなかった。

でも、その言葉の意味を知ることになるなんて誰が想像するかよ。

 

誰もいないところで一人で楽しそうに喋ってる姿を見てしまった時。

オレが瞬時に考えたのはあのおばちゃんがついにぽややんな母さんにムカついて一服盛ったんだって。

だから母さん家に連れ帰って速攻おばちゃんとこ殴り込んだ。でもおばちゃんはオレの問いに

 

「この今をときめく天才科学者におバカな友人に一服盛ってる暇あったら男を女に変える薬でも作って浮気旦那に悩まされてる妻たちの復讐心に付け込んで高額で売りつけガッポリ大儲けしているだろう。アンタで試してみてもいいぞ。試作品995号で」

 

と一喝してきっぱり否定した。オレは「実験にオレを使わないでください」と土下座するだけで精一杯だった。ぷるぷる、まだ男でいたい。

片想いの彼女に、「急に女になりました!友達として付き合ってください!」なんて衝撃的告白したくない。大体おばちゃんの薬の実験体なんて今までろくな経験がない。

髪をふっさふさにする薬とか言って無理やり飲まされた挙句、波平スタイルの髪形になった時は一生引きこもりになるんじゃないかと思ったし。

 

他にもいろいろあってオレの中じゃ軽くトラウマだ。

おばちゃんには逆らうなとオレの本能が強く訴える。そうだ、オレは普通でいい。

 

……普通でいい。

 

母さんとおばちゃんがいてくれればいい。

下手すりゃオレと同い年に見えちまう若い母さんとずっと見た目が変わらないおばちゃんだけどオレの家族はこの二人だけだ。きっとおばちゃんの怪しげな薬の副作用とかで若作りできてるだけなはず、と信じたいぜ。

 

……きっと母さんの様子がおかしくなったのはオレの父親の所為だ。

けどオレには父親はいないって思ってる。母さんはソイツのことをずっと忘れられないみたいだが、身籠っている母さんを残してあっさり死ぬなんて根性足りてねぇ。

 

おばちゃんがいてくれたから今のオレがいる。母さんだってそうだ。

ぽややんな母さんはいいとこのお嬢様らしく家事なんて一切やったことない人だ。オレを育てるときだって冷や冷やしたっておばちゃんはのちに教えてくれたし。

それでも不器用な母さんなりに一生懸命ここまでオレを育ててくれたんだ。

それは父親のお陰じゃない。それだけは確かだ。

 

よし、今日は母さんの大好きなアレを作って元気づけてやるか!

 

夕飯づくりに意気込んだオレは、籠片手に材料買い出しに出かけた。

そしてオレの値切り交渉で獲得した満足のいく材料を手に入れて家に帰宅すると、台所で暗い表情のおばちゃんが珍しく部屋から出ていて、紙を片手にオレに「…おかえり」と言った。オレはテーブルにドカッと籠を置いた。

 

「……どうしたんだよ、実験でも失敗したのか」

「……ったく、あの馬鹿が」

 

吐き捨てるように呟くおばちゃんの眉間に深い皺が寄っていた。明らかに不機嫌状態。

 

「…だからどうしたって」

「実家に帰った」

「……は?」

 

ほらと、手渡された紙をオレは奪うようにひったくった。

そして見慣れた母さんの文字を目を皿のようにしてみた。

 

そこには、しばらく実家に帰るということ。

心配するなという趣旨の内容が書いてあった。

 

オレは呆然とするしかなかった。

 

「だから、自分の実家に帰ったって。ずっと音沙汰なかった実家に」

「……なんだよ、それ」

 

意味が、わからなかった。

母さんはオレを身籠ったから厳しい家を飛び出てきたって。

それっきり母さんは実家とは縁を切った生活をしてるっておばちゃんが言ってたはずだ。

それがなんで、急に?

おばちゃんは頭を抱えて椅子に座り込んだ。

 

「まさか、こんな突拍子もないことするなんて私も思わなかった。てっきりずっとこっち【陸地】に移住する気でいるかと思ってたのにさ」

「おばちゃん、その母さんの実家ってどこ。教えて」

「……教えて、でアンタはどうするつもり」

「連れ戻す」

「無理だ」

 

おばちゃんは即答した。オレは食って掛かった。

 

「なんで!?だって今まで音信不通だった親戚だろ!?あの母さんが突然訪問したって歓迎なんかされるわけねぇじゃんか!」

 

オレの剣幕におばちゃんは怯むこともなく言った。

 

「だからってアンタがしゃしゃりでても仕方ない」

「なんだよ!やってみなきゃわかんねーだろうがっ!」

「……」

「オレは母さんを連れ戻す。だから場所を教えてくれ。いや、教えてください!」

 

オレはおばちゃんに頭を下げて必死に頼んだ。だがおばちゃんの答えはNoだった。

 

「無理」

「なんでだよっ!?」

 

おばちゃんは深いため息をついた。

 

「……泳げないだろうが、お前は」

「今関係ないだろうが!」

 

悪いか泳げなくて!どうせオレは男の癖に泳げねぇよ。

でもそれとこれとは全然関係なしだ。

 

「問題大アリだこの馬鹿」

「あ?」

「お前のの親戚が住んでるいるのは海の奥深く、つまり海の底だ。カナヅチでは到底たどり着けまいさ」

 

どうやら耳が詰まって良く聞こえないようだ。

オレはおばちゃんと再度頼むことにした。

 

「………もう一回、言って」

「海の中」

 

答えは変わらない。

 

海の中、海の中。

そんな地名あったっけ?

 

「言っとくけが、地名じゃない」

 

おばちゃんはオレの心を読んだかのようにズバリ指摘してきた。

 

「昔からこの辺に語り継がれてる話知ってるだろう。恐ろしいローレライの話」

「……片っ端から船沈めまくった最恐最悪のローレライだろ。歌が聞こえたら終わりだって」

「それお前の母さんの仕業」

「……はい?」

「あの子、上の姉貴たちと競って遊んで船沈めてたらしい。理由が理由なだけに何も言えなくなったけど」

「あの、話が見えないんだけど」

「まだわからないか、この阿保は」

 

阿保で悪かったな。母さんの息子なんだから仕方ねーじゃん。

 

「お前の母さん=ローレライ。人魚、マーメイド、セイレーンとも言われている。結構有名だぞ」

「……」

「んでアンタはローレライの血を受け継ぐ息子。泳げないカナヅチ人魚とも言う。分かったか?」

「……ちょっと外出て走り込んでくるわ」

「おう行って来い。運動馬鹿にはそれが一番頭に入りやすいだろうから」

 

オレはおばちゃんに見送られて外へ走りに行き、ハッと我に返り気が付けば隣町にたどり着いていた。へろへろになりながら自宅に帰るとおばちゃんは「何処まで走りに行ってた馬鹿もんが。お腹減った」とメシ作れコール。

 

オレはぼんやり料理作りながら、あの話はきっとオレを驚かせるための作り話なんだろうなと思えた。

だが、おばちゃんは無情にも、

 

「そういえばあの子迎えに行くなら泳げる練習しといた方がいい。なんせ相当深いから。私はあっちじゃ指名手配されてるからのこのこ顔出せないから行けないし。本気で迎えに行くなら覚悟しといた方がいい」

 

と頼んでもないアドバイスをしてきてオレを撃沈させた。

 

【人魚の息子とか、アリ?】

 

※※※

 

四月十一日。

下校時間――だけど私は保健室~♪

 

気絶して現実逃避した結果、雨宮君に保健室に担ぎ込まれたようで馴染みの安藤先生より目を覚まして健康チェック受けた時にサラッと嫌味で言われました。先生曰く、「噂の転校生が佐倉俵担ぎしてきたからつい高笑いしちゃったわよ!」ですって!聞きました奥様?そこでなぜ高笑い?

 

余計なお世話じゃ!とテーブルがあったらひっくり返しているところですわよ!

あいにくとテーブルひっくり返すよりも先に反射的に手が出ちゃってまして、私、ただいま平謝り状態ですわ。

 

「ほんとごめんさない!条件反射に男なら叩いちゃう習性がありまして」

 

「いいよ。わざとじゃないんだし。オレがびっくりさせただけだから気にしないでくれ」

 

私の横になっているベッドの脇に椅子を持ってきて座っている雨宮くんの左頬には真っ赤な紅葉が見事にくっきりと出てまして、その原因は私なんです。はい、前にも申しました通りパチリと目を覚ました時、すぐ顔上で雨宮君が私の顔を覗き込んでまして、あーはい。それでバチンとやってもうた。

ベッド脇の棚に置いてある雨宮君のリュックから隠れきれてないモルがひょっこりと顔を覗かせて突っ込んできた。

 

『習性ってなんだよ。野生児か?』

 

『はい!モル~。女子のハートを華麗に抉り取ったんで後でこちょこちょの刑~。おめでとう~』

 

『なんでだ!?』

 

私とモルのやり取りは雨宮君には聞こえてないみたいで不思議そうに首を傾げては「なんて言ってるんだ?」と尋ねてきた。

おっと、失敗。いつもの癖で会話してしまったようだ。私は付け足すように説明をする。

 

「ああ、そっか。これは私専用チャンネルみたいなものだからね」

 

「チャンネル?」

 

大雑把ないい方じゃわかりませんよね。でも詳しく説明すると専門用語が飛び出てきそうだから簡単に。

 

「テレビのチャンネルみたいなものだよ、私の波長とモルの波長が合うようにしてるの。それで普通に会話してなくても頭の中で意思疎通ができるの。……ゴメン、次からは普通に会話するね……。人のいないところで」

 

「ああ、そっか。ここ保健室だもんな」

 

納得したように頷く雨宮君はまだ気づいていないらしい。モルに目くばせするとコクンと頷き返した。やはりコレで分かりましたか。さすがモル。

 

「そーいうことです」

 

私はそう言うな否や、素早く後ろにある枕を手に取るとあるポイント、カーテン越しに狙いをつけて勢いよく投げつけた。

 

ばし!

「イで!!」

 

どうやらクリーンヒットしたらしい。枕を顔面に受けた相手はその場に座り込んだ。雨宮君が椅子から立ち上がってカーテンを思いっきり引くとそこには、赤くなった顔面を抑えてへたり込む一人の男子がおりました。

 

「いってぇ~」

 

「お前、屋上で待ってるんじゃなかったのか?」

 

心なしか呆れた様子の雨宮君に食って掛かる金髪男子は、

 

「お前が来ねぇから様子見に来たんだよ!教室行ったら保健室駆け込んだとか聞いたから慌ててきてやったってのに」

 

と怒鳴り返す。誰も頼んでませんがな。

そこにヘッドホンした安藤先生から「そこ五月蠅い!今いいとこなんだから黙りなさいっ!」とのお叱りの声が飛んでくる。パソコン画面にはドラマらしきものが放映されていた。学校で韓流ドラマ見てるのかい。この先生も学校で堂々としたもんだ。他にも色々やってそうでこれからもうまくやっていけそうな気がした。

 

ほらね。

 

誰が聞き耳立ててるか分からない、ということ。

 

ちなみに、なぜ彼がいるか分かったか。

単純なこと。足、見えてたから。

 

 

安藤先生により「病人じゃないなら秘密会議は他でしなさい」と保健室から蹴りだされた私達は仕方なく、最初の待ち合わせだった屋上へと移動することになった。階段上がりながら雨宮君から道すがら教えてもらったけどなんと、私が保健室で寝ていた時間はそんなに長くはなかったみたい。精々30分ぐらいだそうだ。

 

どーでもいいですけね。あー、しんどい。階段、しんどい。

 

億劫そうに階段を上る私を見かねて、雨宮君は手を差し伸べながらこういった。

 

「おぶるか?」

 

「結構です」

 

速攻お断りを入れて彼を抜かしてズンズンと階段を上る私。

どんだけ病弱設定なんだ私は。

 

雨宮君、お願いですからこんなところで、慈母神発動させないで。

保健室まで私を俵担ぎしたという事実を私に突きつけないで。明日には、きっと校内新聞のトップ記事を飾るほどに騒がれていると思うから。今はそっとしておいてほしい。

私の度胸は貴方の様にライオンハートではないのです。

 

屋上にたどり着いた私達は、進入禁止と紙が貼られたドアを開けて屋上へと出る。ドアが軋んで嫌な音を立てた。きっと普段から誰も入らないんだろう。その証拠に少し錆びていた。でも私はここの侵入者の常連なのですとは言えませんね。

 

それぞれ所定の位置につき、まず金髪男子がパイプ椅子に座ってお行儀悪く使われていない古びた机に脚を引っ掛けて少し椅子を地面から浮かしながら、

 

「来たな」

 

と言い出した。そこに私は「いや、皆で来たじゃない」とツッコむ。

 

「しょうがねぇだろ、そういう決まりになってんだからよ」

 

「なんの決まりだ」

 

雨宮君がそう尋ねると金髪男子は、真面目な顔でこういった。

 

「話の決まりだっつーの」

 

「それじゃあ仕方ないわね」

 

「だろ?」

 

決まりなものは仕方ない。物語には始めの流れというものがある。それをクリアしてこそ、先に進むのだ。例えるなら、裸の王様が最初から服を着ていたらそれはもう裸の王様ではなく普通の王様ということだ。最初が肝心。

 

「それで、お前ら。川上に言われたんだろ。俺に関わるなとかさ」

 

「問題児なのか?」

 

「いや、私は君がこの学校に在籍していたことすら知らないわ」

 

開き直ってそう答えると分かりやすくかみついてくる男。

 

「へっ、お互い様だろ?それとオメェ!いい方がいちいち癪に障るんだよっ!」

 

唾飛ばしながら怒鳴るだなんてまぁなんてお下品でザンショ!

こうも人の意見に真っ向から対決したがる人がいるとは世の中ってのは不思議なもんだ。

そして、私もそのうちの一人に当てはまる。気に入らなければ、叩き潰す。でなければやられる前にやられてしまうからだ。身をもって体験すればこその知識。これからも大切にしていきたいものだ。

 

「それはスイマセンね。なんせ初対面からの流れがああでしたんで。さっさと話し進めてくれない?早く帰りたいし」

 

髪の毛の先っぽをいじりながらそうぶっきらぼうに言い返す私。

あ、枝毛発見。やだ!最近ストレス続きだからすぐにダメージ受けちゃうのね。

これはメメントスでシャドウ狩りならぬ、刈り取る者狩りしよう。

 

「だったら黙ってろ!ったく、お前さ、前歴あるんだってな。聞いたぜ」

 

「ああ」

 

黙ってます黙ってます。

私いる意味なくない?モル、これどうよ。ムカつかない?

 

と専用チャンネルをカチッと合わせてモルに愚痴を零す。

男子たち?勝手にしゃべらせとけばいいわ。どうせ関係ないし。

 

「どうりで肝が太てぇワケだぜ。……あれ、何だったんだ。城で殺されそうになったやつ……。夢、じゃないよな?お前も、だよな」

 

「そうだな」

 

モルと回線が繋がって私の愚痴に似たようなもんだと呆れたように言うモル。

 

『サクととことん相性悪いみたいだな』

 

『でしょ!私もそう思うわ』

 

早くメメントス行きたい!刈り取る者狩りしたい!

お金がっぽがっぽ稼いで今後の資金の為に貯めときたい!

私は雨宮君のリュックからモルを取り出してむぎゅうっと胸元に抱きしめる。

 

『キツッ!』

 

『そんなこと言ってぇ、このこの!』

 

『馬鹿、痛いって』

 

何言いますか!美鶴さんみたいな世の男性らが夢を抱くような胸ほどはないけどそれなりに豊かに育っていると言えよう。サイズ?それはヒ・ミ・ツ。

 

「まぁ、一緒だから何だって話だけどよ……つか、夢とは言え鴨志田から助けてくれたよな?とりあえず、礼言っとくわ。雨宮」

 

「どうしたしまして」

 

男子二人が親睦を深めている間、私はひたすらモルを胸に抱き込んで愚痴を零す。

本人目の前にして堂々と言うこの快感と言ったら!病みつきになりそう。

 

『大体ズカズカと城の中に入って行ったのは誰よ?コイツでしょ?』

 

『いや、それは場の流れみたいなもんじゃねぇか?』

 

『それで捕まって騒いで殺される~とか言って情けなく悲鳴上げて?まだアイツに私の存在が気づかれてないからいいようなものを、あそこで気付かれてたら今後の計画がおじゃんだったわ!』

 

『けど助けないわけにはいかないだろ』

 

『わかってるけどさ!』

 

私だってそこまで鬼じゃない。けど誰だって行動には責任を持つべきじゃない?

思慮浅いから突然の問題にも回避できないのよ。………誰だってすぐに助けてくれるわけないんだから。こんな世の中じゃ、大抵仮面被って笑ってんだから。

 

「けど、あそこでみた鴨志田。……お前は知らないだろうがヤロウには噂があんだよ」

 

「鴨志田……」

 

「ほら、校門で会っただろう?ガタイのいいやつ」

 

「うーん?」

 

私の胸から逃げ出そうとするモルと嬉しい格闘していると、何やら金髪男子の説明にいまいちにピンとこない様子。しょうがない、助け舟を出してあげましょう。

 

「変態教師よ」

 

ピンポイントで教えてあげると雨宮君は頭の上に電球を光らせた。

 

「ああ!」

 

ぽんっと手を打って納得したようだ。

 

「そこで納得か!……バレー部の顧問だが元メダリストで、部も全国行ってっから誰も何も言えねぇ。あの城で『鴨志田が王様』とかそこが妙にリアルっつうか」

 

「だって実際裸の王様だし」

 

「あの城、また行けんのかな?」

 

「朔、行ける?」

 

ああ、ええ肉球やわ~。

と諦めて大人しくなったモナの肉球に和んでいたら肩をトントンと軽く指先で叩かれた。

私の癒しを邪魔する不届き者は誰だ!

 

「何?」

 

雨宮君だった!

 

「あの城にまた行ける?」

 

あー、カモシダパレスのことか。また懲りずにあっちに行きたいと?

学習しない男だな。

 

「あー、夢だ!夢に決まって「行けるわよ」……って行けんのかよ!?」

 

ビシィー!

坂本男子の華麗なツッコミスルーが炸裂した。

 

「生身ではお勧めしないわ。覚醒してる雨宮君なら大丈夫だろうけど……」

 

「……なんだよ」

 

気に入ら無さそうな態度だな。はっきり言ってあげましょう。

こういうタイプにはストレートにいうのが一番。

 

「アンタじゃ、奴隷になりに行くだけよ。可哀想だけど」

 

「あんだとテメェ!!」

 

机蹴り上げて椅子から立ち上がった金髪男子は、馬鹿みたいに怒鳴りつけて私を威嚇する。そこに雨宮君が間に入って、「やめろ!」と私を庇ってくれた。

 

「いいの、雨宮君。止めなくて、仮に私が殴られたとしても圧倒的に不利なのは彼のほうだし。女子生徒に乱暴……。今度は退学ね」

 

「て、めぇ!」

 

男相手だったら殴りつけてるかしら。辛うじて拳握っているままで耐えてるようだけどいつまで持つことやら。本当に殴られるまえに帰ることにしよう。

彼らは気づいていないだろうけど、ストーカーしてる綾兄が怒りに震えながらなんとか堪えている様子がビシビシと背中に伝わってくるのだ。モナも分かっているので私を抑えようと尻尾でぺしぺしと軽く叩いてくる。あ、癒される……。

 

「悪いけど、もう帰らせてもらうわ。……あれ、私の着信鳴ってる?モル、スマホ取って」

 

『待ってろ……』

 

そう言って私の肩に乗ったモルはそこから身を乗り出して私のリュックに顔を突っ込んだ。

 

『………物ありすぎだろ。何だコレ?』

 

「あった~?」

 

『ああ、もう少しで……!取れたぞ~』

 

ガシッとしっかりつかんだモナからスマホを受け取って、モナの頭を撫で繰り回してあげた。

 

「おー、ありがとう。これぞかゆいところにも手が届く孫の手ならぬ猫の手!」

 

「座布団一枚!」

 

「ありがとう~」

 

雨宮君の掛け声に手を振って応えた。ノリがいいな彼は。

 

私は彼らに背を向けて片手でひらひらと挨拶しながら、自分からリュックに収まったモルを回収してスマホの着信ボタンをスライドさせながら耳にあてがって「もしもし」と応える。この時点で、誰が電話してきているのかわかりません。

 

『朔、今何処だ』

 

「お、おじさん!?」

 

酷く狼狽した様子に慌てて両手でスマホを持ち替えてしまった。

 

『お前が倒れたって保健室の担任の川上先生から連絡もらってな。保健室で寝てるはずの朔を迎えに来たんだがお前の姿が見当たらなくて校内放送掛けてもらおうかって話してたんだよ。あと、あの雨宮の今日のことも含めてな』

 

「ああああの!ゲシュタルト崩壊が関係してまして」

 

『何言ってんだ?まだ学校内にいるんだろ。さっさと校門とこに来い。そこで待ってるぞ。……雨宮も一緒なら連れて来い。車の中で説教してやる』

 

ぶつっと切れた電話にどうやら今日はメメントスには行けない予感がして、がっくりと肩を落とす。

 

「雨宮君、お迎えきたから校門までダッシュして」

 

「おじさん?」

 

傍に寄ってきた雨宮君を見上げて頷けば、「わかった」と素直なお返事が。

そこまでは良かったんですが、流しそうめんを流すようにさらっとした流れで私の手を取った彼は呆けている金髪男子に振り返り、「じゃあ、また明日」と言って歩き出す。私も引っ張られる形で彼に続く。

 

なぜ手を引っ張られているのか分からない。

階段を途中まで降りた所で質問してみた。

 

「あの雨宮君、なぜ私の手を握っておられるのでしょうか?」

 

「途中で倒れたら困るだろ、だから」

 

「あ、そうですね」

 

ウェリントン型メガネが良くお似合いの彼はにっこりと微笑んで私にそう言った。

あ、今こうやって距離が近いことでようやく気がついた。

 

彼の魅力は魔性の男だってことに。

 

【なんだか身の危険を感じてならない今日この頃】




おまけ。

ルブランに帰ってからの一コマ。

量兄「朔、ステータスMAX目指そうか」

朔「なぜにいきなり?」

綾兄「度胸がライオンハートならあーいうの自分で撥ね退けられるでしょ?だから」

朔「あーいうのって?」

綾兄「わかってない。ああ、僕の可愛い朔がこれから真っ黒に染まってしまうなんて耐えられないよ!」

朔「だから何が!?」

モナ『意外と天然なんだな』


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ambitious

ふぅ、息子の為に実家に帰って来たのにいたく歓迎を受けてしまったわ。

 

自分の部屋に戻ってきて尚更どっと疲れが出てしまう。

 

『姫、疲れたのか?』

『いいえ、大丈夫よ』

 

私を心配してくれる彼に笑みを浮かべてそう答えると『そうか、ならいいが』といまいち疑り深い目を向けられてしまったわ。私、そんなに疲れた顔を出していたかしら?

 

白く大きな貝殻のベッドに腰掛けて辺りを見回すと随分と懐かしい部屋に自然と頬が緩んでしまうわ。残しておいてくださったのね。その証拠に普段からお掃除されて清潔に保たれているもの。

 

『よくぞ、無事で……』

『お父様……』

 

お父様、まだご健在でらした。代替わりしたとは伝え聞いてないから心配はなかったものの、随分と変わられたわ。白髪も目立っておられたし昔のイメージよりは小さく見えたもの。

……あんなにむせび泣いて私の生存を喜んでくださるなんて。でも私の友達が指名手配されていたなんて吃驚だわ。しかも理由が私を誘拐したからですって!

自分から陸に行ったことは姉様たちも知らないのね。何だか複雑だわ。

 

姉様たちも温かく私を迎え入れてくださった。臣下の皆も、魚たちも。

そうそう、私の友達のクロコダイルも。

ワニなのに海で生きれるから仲間はずれにされてた時に友達になった子なの。

私の生存を誰よりも喜んでくれたわ。嬉しさのあまり甘噛みされかかったけどさすがに痛いからやめてもらったけど。

 

水の中で呼吸するということを忘れていたわ。

久しぶりに人魚の姿になった時、一瞬だけパニックになってしまった。

呼吸をどうやってするのか。尾びれをどうやって動かすのかも綺麗さっぱり完全に忘れてたもの。

 

……私、本当に海の中に戻ってきたのね。

最初はあの人に近づきたくて人間に憧れた。あの人の瞳に写りたいって心から願った。

けど、私が思い描いていた夢とは程遠い現実だったわね。

 

あの人は別の女性と結婚。

私は息子を身籠ってシングルマザー。

まともに家事も仕事もできずに友達のサポートなしじゃ母親失格。

息子には、苦労ばかりさせてきてしまった。父親がいない分、あの子を強く逞しい子に育てなくてはいけないと張り切ってもいつもあの子に頼ってしまう情けない私。

 

私は、一体何のために人間の世界に行ったのかしら?

あの人が私を見ないことに絶望して、息子が私の手を離れて行ってしまうことに悲観して、素直に成長を喜んであげるのが母親なのに。

もっとあの子との毎日が続けばいいと願ってしまうなんて、いけない母親。

 

今こちらに戻る為にきた理由も本当は、息子の身分を意中の姫と釣り合わせるため。

 

海を統べる王の娘の血を引く息子なら、人間の姫の相手としてもそれなりに位はつりあうでしょう。でもそれはあの子の生活を一変させてしまうもので安易に出来ることじゃないわ。そう、頭では理解できていたのに。

 

結局私があの子の為に出来ることなんて何もないんだわ。

 

いずれ、私の手を離れていくのなら今のうちに離れたほうがあの子の為なのかしら?

 

手のかかる母親を持つと苦労するってあの子いつも口癖のようにぼやいていたものね。

あの子も、私という足枷がいるからお家を出て行かずに友達の仕事の手伝いばかりしているんだわ。もっと自分の好きなことをしてもいいのに。

 

優しい子。

私が駄目な母親なばかりに苦労させてしまって。

 

いっそのこと、このままあちらに帰らなければいいのかもしれないわ。

あの子は潔いところもあるから私がいなくなっても動じないでしょう。いっそのこと見切りをつけて自分の為に生きていくかもしれないし。

お城に仕官するって方法もあるわ。友達も顔が広いからその辺の融通はききそうだし。

 

『………』

『悲しいのか、姫』

『いいえ、いいえ。そうではないのよ』

 

クロコダイルは私の隣にのそりと上がってきて慰めるように身を寄せてくる。

陸では涙は零れるものだけど、海の世界では輝く宝石【雫】となる。

とめどなく溢れる輝きは決して私の慰めにはならないの。

手の平にこぼれてくる宝石を受け止めても、心は満たされない。

 

『私は、駄目な母親ね』

『姫……、ならずっとここにいればいい』

『………』

『地上はさぞ姫にとって辛かったのだろう。ならばここにいればいい』

『………分からないわ、クロコダイル。分からないのよ』

『なら答えが出るまでここにいればいい。オレはそう望む』

『ありがとう、クロコダイル』

 

彼の優しさに甘えてしまう馬鹿な私。

彼は私の手ずから宝石を食べてバリバリと鋭い歯で砕いて咀嚼する。するとベッドの上でゴロンと横になってお腹を見せた。

すると、クロコダイルのお腹が煌々と輝きだす。私の宝石が好物だと彼はいうけれど、それは彼なりの優しさの表現の仕方。涙の証拠を消せば私がまた笑うと信じているからでしょう?

 

『懐かしいわね』

『ああ』

 

私はその温かなお腹に縋って瞼を閉じた。

 

【今だけは、甘えさせて】

 

※※※

 

四月十二日。今日はあいにくの雨模様。外ではザァザァーと酸性入りの雨が際限なく降り注ぎ地上のアスファルトを今日も溶かしているだろう。昨日の疲れがまだ取れない今の私はゲームで言うところ、疲労マークが上に出現しているとはずだ。自分で確認したことがないからはっきりとそうだとは言えないけど。

昨日のおじさんの雨宮君に対する説教にいつの間にか私も+されとんだとばっちりだ。

でも、意外だった。おじさんが雨宮君を気に掛けてたなんて。彼を迎え入れる前は、「いらねぇ仕事受けちまったぜ」とか愚痴零してたくせにまるで親みたいにしっかりと叱ってたし、心配する素振りもあるとはたまげたもんだ。私と一緒だと露骨に顔を顰めるけどね。

 

綾兄が雨宮君に対して並々ならぬ警戒心を抱いてしまったことには困っているが、実質彼に被害が向くことはないと思われる。……私が余計なちょっかいを出さなければいいらしい。居候だけどただの居候。それ以上は接触しない、分かった?と口酸っぱくしていう綾兄の顔はそれはもう震えあがるほど怖かった。彼の裏面を見たって感じ。

けど嫌と言う感情はない。それは私を心配してくれている証だから。だから、ありがとうって抱き着いてお礼を言ったら一瞬複雑そうな顔をして綾兄は「朔、男の喜ぶポイントを素で抑えているなんて……、僕はもっと心配になったよ」と私をぎゅうぎゅう抱きしめてきて頬ずりされた。何か綾兄のポイントを刺激するようなことをしただろうか?

分からない。男が喜ぶポイントなんて考えたことないし知りたくもない。

私がビッチなどと言われている理由だって私自身が直接やってるわけじゃないし、あくまでペルソナ『私』にお願いしてやっているだけだし。素人のJKに何ができますか。

 

「朔、トリップしてるな」

 

そういえば、かなり前から重いなぁと思ったらいつの間にか侵入してきているデカい猫がいた。私の普段使わぬベッドに堂々と寝転んで足をこちらに向けてパタパタと動かす。生足出して相変わらず寒い恰好だこと。

 

「……双葉、何してるの。人のベッドでさ」

 

私は端っこに追いやられながら頭を抱えてそう彼女に尋ねた。

狭くなったベッドの上に女子二人はぎりぎりだ。それなりに大きいベッドだというのにこの子がいるだけで狭く感じる。しれっと双葉は答えた。

 

「ハッキング」

 

「自分の部屋でやりなさい」

 

隣の部屋を指さして指示すると、双葉はノートパソコンを広げて見事なタイピングを披露しつつキッパリと「やだ」と言い返してきた。ムカついたから双葉の無防備な片足をむんずと捕まえて足の裏こちょこちょしてやった。

 

「にゃぁ!?キャハハハハハ!ひ、ひきょっ」

 

逃げようと体をよじらせる双葉だがしっかりと足首を掴んでいる私からそう簡単に逃げられない。双葉はバタバタと暴れて笑い声をあげて自分のパソコンのキーボードをバシバシ叩いた。あーあ、滅茶苦茶に押されてるわ。

でも気にしない私は、気がすむまでこちょこちょしてやった。

 

それからぐったりと全身の力が抜けてベッドに顔を伏せている双葉を跨いでベッドから降りた。後ろから「ひきょうだぞ~~~」と恨みがましい声がするけど無視。

 

ぐーんと伸びをして肩を大きく回す。

 

「やっぱ体動かさないと駄目だな」

 

本日、佐倉朔はお休みであります。世間は?いやいや普通の日ですよ、休日でもなんでもありません。それもこれもおじさんからのご命令。今日は休めだってさ。

大体心配しすぎなのだ。たかだか現実逃避した結果気絶しただけなのに、おじさんときたら「薬の副作用かもしれないだろ!」なんて必死な顔して心配してくるものだから本当の理由言えずじまいで素直に頷くしかなかった私。ルブランには寄らずに速攻家に連れ戻されてベッドに寝かされました。しっかり車の中で説教したからいいんだって。雨宮君はそのまま家で夕食食べてルブランへ戻った。

私のスマホには早速彼との連絡交換で得たSNSからの私の体調を気遣う内容と、今日またあちらの世界に行ってみると書いてあった。まだ覚醒したばかりの彼だけでは心配だったので朝急遽モルに着いていってもらうことにした。モルも同じく私と一緒に昨夜はこちらに泊まった。綾兄は家にいるなら大丈夫だからとメメントスにお金稼ぎに行った。そんなにハワイで優雅に過ごしたいのかしら?

彼曰く、『ワガハイがいないと朔は寝れないからな』だって。心配なの丸わかりで胸キュンしてしまいそりゃもうぎゅうぎゅうに抱きしめてあげましたよ!

本人は悲鳴上げて喜んでたけど綾兄に言わせれば窒息寸前だったとか。

 

いやん!愛の力って恐ろしい!

 

しかも私を心配して一緒に寝たのはモルだけじゃない。

そこのベッドで伸びてる双葉もそうだ。昨日からこの子私にべったりくっ付いて離れやしない。だから余計ベッドも狭く感じたし抱き着いて眠りについてる双葉みたら私は抱き枕かとも思ったしね。自分愛用の機材まで私の部屋に持ってきてパソコンやり始めようとしてたのはさすがに止めてもらった。双葉は分かりやすく拗ねてたけどだったら自分の部屋に戻りなさいと言うとそこは素直に諦めてくれた。

いや、諦めないで自分の部屋戻ればいいのにね。普段から閉じこもりな癖して、一点してこういうところは強情だ。それだけ私に気を許しているということは素直に嬉しいのだけど。

双葉がのそりとベッドの上に体を起こして私に声を掛けてきた。

 

「朔、寝てた方がいいんだろ?さっきから百面相してる」

 

「大丈夫よ。ただの気絶なんだから」

 

「でも!何かあったら……」

 

双葉は途中で言葉を途切らせて眉を八の字に下げて泣きそうな顔になる。

私は言葉が足りなかったと心内で反省し、双葉の隣に腰かけて自分の胸に小さな頭を抱き寄せた。

 

「ふた……、ゴメン。心配かけたね」

 

「……心配した。学校で気絶したなんて惣治郎がいうから」

 

双葉は強い力で私のパジャマを掴んだ。

大事にしすぎなのだ、おじさんも。こういうことに双葉が敏感なのはわかってるはずだろうにと苦言を伝えたところで倒れたお前が悪いなどと言われてはぐうの音もでない。だって現実逃避したかったんだもん。双葉には軽く「ちょっと精神的ショックを受けただけなのよ」と説明したが彼女には別の意味で捉えられたらしい。

 

「精神的ショック!?ここころの病か?!そっちなのか!?」

 

「いやいやそんな大袈裟なものじゃ!ただ……チート的主人公に吃驚したというか」

 

「チート?なんだそれ」

 

「ステータスの内四つもパーフェクトなんて誰が予想できるかっての」

 

「ステータス?ゲームの話?」

 

「いや現実」

 

「やっぱどっか悪いんだ!」

 

「いや大丈夫だから。ちょっと現実逃避したいだけだから」

 

「やっぱ朔寝てろっ!」

 

乱暴にベッドにボフッと押し倒されました。双葉も一緒に寝転んで慌ててベットから降りると双葉は転がるように部屋から出て行った時には後の祭りというやつで。

おじさんに電話かけて泣きながら助け求めるわ、おじさんも真に受けて店放ってドタバタと急ぎ足で帰ってくるわで大変でした。

一生懸命に説明して大丈夫なんだと訴えたけど信じてくれなかった。絶対安静を言い渡されずっとベットの上で暇つぶしにスマホをいじることも許されず眼鏡光らせる双葉の監視の元退屈な時間を過ごした。眠れないし、はぁ~、憂鬱。

 

病人じゃないのに夕飯御粥だし。でも珍しく双葉が作ってくれたようで嬉しかった。緊張しながら私が食べるのを傍で見てて食べづらかったけど意外と美味しかった。双葉を褒めれば、えへへと得意げに鼻先を指でこすぐった。

夕食時に雨宮君と対面したらしく、奇声上げて私の部屋に駆け込んできたのには驚いたな。だって私のベッドに飛び込んでくるんだもん。受け身なんてしてない私に突っ込んできた双葉の重みで一瞬昇天しかけたわ。

 

「ふた、じぬ」

 

「あわわわわ!!」

 

気が動転した双葉は慌ててどいてくれたがブツブツと「おとこがおとこがおとこが」と同じことばかり繰り返して呟いて縋りついてくる姿見ると、頑張ったねとねぎらうしかないだろう。彼もこっちでご飯食べるようにおじさんから勧められたらしい。彼も双葉と対面することは今日が初対面だろうから吃驚したかも。

元々引きこもりがちで人と喋るどころか対面することも双葉にはきついだろうに、私のおかゆを下げて台所に降りた時に丁度雨宮くんと鉢合わせしたようだ。

 

「よしよし、頑張ったね」

 

「うぅ、もっと撫でろ!」

 

「はいはい」

 

イイ子ちゃんにはナデナデしてあげましょう。

双葉はいい感じに表情緩ませてすっかり緊張もほぐれたみたいだ。

 

「さぁ第二ラウンド行って来い!」

 

「鬼?!」

 

「冗談だよ。ちょっと」

 

「それってほとんど本気ってことじゃん」

 

だって暇なんだもん。私は双葉に掌を見せて催促した。

 

「だったらスマホ返しておくんなんし」

 

「やだ。それと言葉遣い変」

 

「ふたのパソコンぶっ壊すよ」

 

「返した!」

 

双葉はいい子なのでスマホを素直に返してくれました。

ポチポチとスマホを動かしているとドアの方からカリカリと爪を立てる音がして、私はベッドから降りてドアを開けると隙間からモルが頭の覗かせて『帰ったぞ』と私を見上げた。私は笑顔で

 

「お帰り、モル」

 

と声を掛けて出迎えた。モルは慣れたように私のベッドの上に飛び上がって軽く伸びをした。

 

「朔ってモナのことモルって言ってるんだ」

 

「ああ、たまにモナって呼ぶけどね」

 

まさかコードネームを堂々と呼べないでしょうよ。

 

「さてと、お風呂入ろうかな……、モル一緒に入る?」

 

『入らねぇよ!』

 

「あははは、そりゃ紳士ですものね」

 

「朔はモナと話せるのか?」

 

「うん、なんとなく言ってること分かるんだよ」

 

私は着替えを持ってモルを構いだした双葉に手を振って部屋をでた。スリッパを履いて下のお風呂へ降りると丁度玄関に雨宮君が腰かけながら靴を履いていて私に気づいた。

 

「あ、朔。具合はどう?」

 

少し振り返って体調を尋ねてきたから私は苦笑しながら「ああ、全然。逆に暇なくらいだし」といたって健康であることを伝えた。

 

「そうなのか?ならいいんだけど……。あ、それと今日あの場所行ってきたんだ」

 

「……分かったわ、後で連絡して」

 

色々と消化しきれない顔しているから、それなりに何かを見てきたことはすぐに分かった。また面倒ごとに巻き込まれている感は否めないが仕方ない。できるだけ彼らが危険に首を突っ込まないようアドバイスくらいは送ろうと思う。

雨宮君は「うん」と返事もそこそこに明日のことを尋ねてきた。そっちの方が気がかりみたい。

 

「明日は学校行けるんだろう?」

 

「そのつもりよ、私は。どうして?」

 

「いや、一緒に朝登校できたらなって」

 

そう言って立ち上がった彼はサラッと流すように恥ずかしげもなく登校のお誘いをしてきた。照れる様子どころか笑み浮かべてる余裕すら感じられます。私は彼がどうして一緒に登校したいのか理由が分からずとりあえず思い当たることを言ってみた。昨日一緒に行って道は分かるでしょうに。電車だって乗れてたし。

 

「……別に途中で気絶したりしないわよ?」

 

「そんな心配してないよ。オレが朔と一緒に行きたいだけ」

 

ますます彼の考えが理解できないと首を捻る私。

雨宮君の笑みは深くなり、「そんなに深く考えることじゃないと思うけどな」と遠回しなアドバイスを送ってきた。しかも心なしか彼と距離が縮まったような。顔が近くなった?

だが佐倉朔、これで合点がいきましたよ。彼はまだ登校通路に慣れていない。

即ち、不安でたまらないから一緒に行きたいということだ。

 

「……まだ不慣れというわけね。わかったわ。学校行く前にこっち寄ってくれる?」

 

「そういう意味じゃなかったんだけど、まぁいいや。それじゃあおやすみ。あ、そのパジャマ可愛いね」

 

「?うん、ありがとう。おやすみ」

 

ひらりと手を振って雨宮君はお帰りになった。去り際にパジャマ褒めとは出来る男。

その後、お風呂入る前に台所に顔を出すと片付け中のおじさんがぎょっとした顔で私を叱ってきた。

 

「朔!なんでパジャマなんだ!?」

 

「おじさんが学校休ませて寝てろって言ったんでしょ?だからパジャマ」

 

「お、おまえな!あー、もう……アイツしっかり見たな」

 

「は?」

 

なぜパジャマが駄目なのか。解せぬ。

喚くおじさんに適当に相槌打ってお風呂にゆっくり浸かりました。

それから30分ぐらいして濡れた髪のまま部屋に戻ると双葉に次お風呂いいよと促してお風呂に入らせた。モルはすっかり双葉にいじられてどっと疲れたようにぐったりとベッドに手足伸ばしていた。

 

「すっかり遊ばれたね」

 

『サクと一緒だぜ、加減がないんだ』

 

失礼な。

私は使い慣れたドライヤーを手に取ってコンセントに差し込んでベッドに腰を落とす。

 

「私は愛を持って常にモルと接しているわ」

 

『モフモフが好きなだけだろ』

 

カチッとスイッチを入れて温風で髪をタオルでわしゃわしゃと乾かしていく。

 

「禁断症状抑えられなくなるのよ。これは一生ものね」

 

『真面目な顔していうことじゃねーぞーってぎゃあ!』

 

「ウフフフどうだ、温かい風だぞ~」

 

ドライヤーの風を送ってやってモルを構ってあげたら、さっとモルはベッドから降りて机の上に避難。つまらない。私はまた自分の乾かしはじめた。

モルが机の上に置いてある私のスマホを覗き込みながら、『アイツからきてるぞ』と教えてくれた。だがあいにくとまだ手が空かない。なのでモルに「代わりに打ち込んどいて」とお願いした。モルは、嫌そうにしてたけど器用に返事を返し始めた。あーでもないこーでもないと格闘している姿は見ていて萌えた。

丁度乾かし終わった頃には、モルはやり遂げた達成感から白く燃え尽きてた。

私はよしよしとモルの頭を撫でてスマホを手に取ってベッドに腰かけた。

 

「えーと、何々『朔の好きなタイプはモフモフなんだね』……ナニコレ」

 

まったく今日の出来事に対しての内容とは程遠い雨宮君から私に関する質問ばかり。それに返事を返しているモルも適当に打ち込んだな。

思わずモルに文句言おうとしたけど燃え尽きているので返答も期待できない。

仕方なく明日の朝に簡潔に訊こうと思って適当に打ち込んでそれで終わらせてモルを抱き上げるとさっさとベッドに寝転んだ。モルはすっかり寝つきモードに入っていて熟睡していたので胸に抱き寄せておやすみなさーい。

 

【そういえば綾兄が帰ってきてないみたいだけど、まぁいっか】





朝の電車の中での会話。

雨宮「朔、長っ鼻のじいさんを知ってる?」

朔「知ってます。鍵はもらった?」

雨宮「鍵?鍵なんてもらってないよ。それどころか独房に閉じ込められてるし」

朔「独房!?どういうコンセプトでそうなったの?エレベーターガールは?それともボーイ?」

雨宮「エレベーターガールとかボーイとはいないけど看守なら二人小さいのが……。難しい顔してどうした?」

朔「独房プレイ……ちっこい看守に痛めつけられる新しいスタイル。罵られながらその内病みつきになりそうな快楽に身を堕としていく……?」

雨宮「あまり朝からは良くない話だ」

朔「そうね、……ベルベットルームも人それぞれだから私は雨宮君を変な目でみたりしないわ」

雨宮「……あまり嬉しくないな、それは。それにしても、……なんだか殺気を感じてならない」

朔「雨宮君?着いたよ」

雨宮「あ、ああ」

綾時『僕がいない時に狙ってくるなんて言い度胸だ。……悪い虫は潰す』

モル『勘は鋭いようだな、怪盗団も人数が増えるな!』


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トラップ・ビースト

オレがカナヅチになったのにはちゃんと理由がある。

幼い頃、オレは母さんに連れられて海へ遊びに行ったことがある。母さんは泳げるけど事情により泳げないことになっているから遠くまで行っちゃだめよと注意されオレは純真無垢だったから素直に頷いた。

 

でもそこでオレはカナヅチになる原因ともいえる奴と出会った。

 

『……なんだろう。これ?』

 

言っておこう。オレは今よりも世間知らずで純粋だったからソレが世間的にはヤバイ奴であることを知らなかった。母さんも危険だから見たら触っちゃ駄目よ、というか逃げなさい、なんて教えてくれなかった。それどころか、この子は私の昔の親友に似てるわ、なんて動物図鑑を一緒に見ながら懐かしそう顔をしていて、ああ、これは友達なんだなと母さんによって刷り込まれた。

だからオレはカナヅチになったことは仕方ないと思っている。

 

状況が状況だったのだ。

幼いオレにはどうしようもない。

 

オレの目に前には、図体デカいクロコダイルが仰向けに浜辺に打ち上げられていた。バタバタと短い手足を動かして懸命に海に戻ろうとしてたが、近所の子供たちが木の棒でつついたり貝殻を投げたりと面白がってイジメていたのをオレは見ていられなくて助けに入った。

 

『やめろ!いじめるな』

『なんだよお前!』

『邪魔すんな!』

 

オレより体の大きい餓鬼がオレにつかみかかろうとした。だがオレは日ごろから母さんに鍛えられていたのでその手をひょいっと難なく横に避け、体勢を低くして足払いを掛ける。するとあっけなく餓鬼は顔から盛大に砂に突っ込む。もう一人の餓鬼は一瞬たじろいだが我武者羅にオレに突っ込んできた。オレは餓鬼の勢いをそのまま利用して餓鬼の片腕を掴みかかりそのまま背負いあげ砂浜に叩きつける。

 

『う、うわぁぁああああんん!』

『ま、まってぇええ』

 

餓鬼二人は泣きながら逃げて行った。

 

オレ、強し。

 

クロコダイルはじたばたと未だ仰向けのまま四苦八苦していて、小さなオレでは持ち上げることも難しかったが。とりあえず声だけは掛けることにした。適度な距離でしゃがみ込んでと「お前をいじめる奴はいなくなったよ」教えてやると、何処からか謎の声が帰ってきた。

 

『助かった。できれば起こしてほしいのだが』

『……』

『どうした。やはり小さき者ではかなわぬか』

 

どうやらオレの目の前でじたばたしているクロコダイルから発せられる声らしい。オレは目を白黒させて驚いた。

 

『喋れるんだ。クロコダイルって』

『オレは特別なクロコダイルだからな』

 

偉そうに言っているクロコダイルだが間抜けな体勢だということは割と気にしていないらしい。

 

『でもオレには持ち上げられないよ』

『やってもいないことをどうやってお前は知った?それはやってから言う言葉だ。お前はただ恐れているだけだ』

『……』

 

怖れているも何も大きさが違うだろうがと今のオレなら即ツッコミしかけているところ、当時のオレは疑うという言葉を知らないのでクロコダイルの言葉はストレートにオレのハートに突き刺さった。

 

『わかった!オレ、やってみるよ』

『うむ、それでこそ姫の息子よ』

 

クロコダイルは満足そうに唸り声をあげた。歯がカチカチしてマジ怖かった。ちびりそうになった。けどオレは頑張った。

弱き者を助けてこそ、伝説のさすらいレスラーなのよと普段から母が何度もオレに言い聞かせたからだ。刷り込みというやつだ。ここで恐れてしまっては、伝説のさすらいレスラーになれないと感じたんだ。……その時のオレの夢、伝説のさすらいレスラーになること。誰にも言えないオレの黒歴史。

 

『うむむむむむ!!』

『それ、そこで踏ん張りを見せろ!』

 

クロコダイルの応援を受けてオレは何とか両足を踏ん張ってクロコダイルを元の体制に戻すことに成功した。クロコダイルは牙をちらつかせてオレをねぎらった。

 

『よくやった。姫の息子よ。お前のお陰でオレは海に帰れる』

 

何しに来てたんだ?

 

『クロコダイルって海に棲んでるの?』

『オレは特別なワニなのだ。だから肉は食べないぞ』

『そうなんだ』

 

わりとどうでもいいやり取りでオレはさっさと母さんの元へ帰りたくなった。別にマザコンじゃねぇぞ。ただ方向音痴の母さんのことだから『まぁ!貝殻綺麗!あ、あっちにもあるわ』なんてフラフラしてるうちに別の場所に行きかねないからな。幼児のオレはおばさんから監視役を頼まれていた。……オレって昔から苦労してたんだな。やべ、目頭が熱くなってきた。

 

『オレを助けてくれたお礼に、そうだな。姫が沈ませた船の中に海賊船があったはずだな。そこにたんまりとお宝があったのを記憶している。それをお前にやろう』

『本当!?あ、でもオレ海の中なんて行けないよ』

『大丈夫だ。姫の息子だからな』

『でも』

 

どうでもいいけど今思い返してみると姫の息子って何ってかんじ。オレが王族とかマジないわ。

 

『ぶつくさ言わずにオレの背に乗れ。男が決めたことを覆すなど見苦しいぞ』

『オレちゃんと行けないって言ったんだけど』

『さっさと乗れ。噛み砕くぞ』

『えー!?さっき肉は食べないって言ったくせに~』

『肉は食べないが噛み砕くのは好きだ』

『屁理屈だ』

『ハハハッ!姫と話していると皆こうなるのだ』

『さっきから姫姫って一体誰の事?』

『そうか。お前は知らないのか。ならば教えられまい。大人になったら自然と知ることだ。今は忘れろ』

『わかった』

 

このクロコダイルって強引なとこあったよな。おばちゃんとテンション似てるわ。今さらながら気づいたけど。

まぁ、それでスッゲェ痛い思いしてクロコダイルの背中に乗って海の中へレッツゴー!

なんてうまくいくはずもなくオレは案の定溺れたわけだ。

誰でも分かるよな、このオチ。

 

幸い、通りすがりの色黒の体格のいい漁師が『今助けるぞ坊主ぅぅぅうう―――!!』と恰好よくオレを救助してくれたおかげで今のオレがいる。オレの夢、恰好いい漁師になることに変更されたのはこの時からだった。今でもそのおっちゃんとは交流があり、カナヅチなオレに根気よく泳ぎを教えてくれている。でも全然進歩ないんだ。

どうしても海=クロコダイルって身構えちゃってガチガチになって足も竦んじまう。

 

でもそんなこと言ってられない。

母さんが海の底にいるなら(まだ信じられないけど八方手は尽くした)最後の望みを賭けてオレは泳ぎをマスターしなきゃならないんだ!

 

「そうか、そうか。お前の決意はオリハルコンよりも硬いんだな。だったらテストしてやろう」

 

おばさんがオレの決意に揺らぎがないことを確認してきた。

 

「テスト?」

「ああ」

「またろくでもないこと考えてるんじゃ『ゴン!』ぐえ」

「この移動には沈黙を守らねばいけないというルールがあるんだ。仕方ない」

 

いけしゃあしゃあとおばちゃんはそう言ってオレをフライパンで沈めたに違いない。意識を失う寸前おばちゃんのニヤリとしたあくどい笑みが頭のどっかに残っている。

家から砂浜に移動【魔術らしい】したおばちゃんから問答無用の蹴りをもらって復活したオレ。体は丈夫なんだよな。これも母さんが逞しく産んでくれたお陰だ。

 

さて、わざわざ海まで来てオレを確かめる方法なんて、一体何するんだと首ひねってたら、何やら怪しい儀式を始めたじゃないか。見知らぬよぼよぼなおばあちゃん数名とズンドコズンドコ太鼓の音と共に手拍子取りながらたき火を囲んで怪しげな踊りを踊りだす。

 

オレ、別次元来ちゃったのかな。

ぷるぷる、母さん、怖いです

ちなみに、おばあちゃんたちはこれだけの為に雇ったそうだ。ムダ金使いやがって!

 

怪しげな儀式が数分続き、何か感じたのか、よぼよぼなおばあちゃんたちが一斉に「ぁぁああああああ――――!!」と苦しそうに心臓部分を抑えてバタバタと倒れて行った。

 

「おばちゃん一体何したんだよ!?」

 

オレの動揺とは反対に真顔でおばちゃんは言い切った。

 

「生贄だ」

「人殺し―――!!」

「嘘だ。召喚するために生気を少しもらっただけだよ。大体前金払ってるしちゃんと雇用契約書に『わが身全てを捧げることをここに誓う』って部分にサインもらってるから」

「同じことだろ!?それとこれ超小さい字で書かれてておばあちゃん読めないだろ!?」

「だって仕方ない。私指名手配されちゃってるもーん!」

「うわ!わざとらしい!」

 

コントみたいなやり取りしてる間に何かが海から召喚されたっぽい。のそのそと海から上がってくる物体にオレはごくりと鍔を呑んで視線を凝らした。

……なんか、生き物?こう、昔見たことあるようなシルエット。

 

「ほら、海から呼んでおいた。私の試作品、337号」

「……おばちゃん、これ、ワニだよね」

 

オレが指さした先にはいつか見た、図体デカいクロコダイルがいた。おばちゃんは、しれっと言った。

 

「ああ。私が創ったクロコダイルだ。設定は仲間外れにされて独りぼっちの可哀想なワニさん。丁度お前の母さんの親友ポジションになってる」

『姫の息子よ、見違えるほど大きくなったな』

「スイマセン、気絶します」

 

そう前置きしてオレは意識を手放した。

全て、おばちゃんが元凶だと悟ったオレでした。

 

「気絶してしまった。これではテストもできないじゃない。ムダ金を使ってしまった」

『主よ、どうせだ。このままオレが連れて行こう』

「ああ、そうだ。どうせ泳げないの分かってるしその方法が手っ取り早い」

『主、どのように姫の息子を連れて行けばいい』

「お前の体に括りつける。それとこのペンで額に『海の男』と書けばあっと驚き誰でも人魚のように泳げるという優れもの」

『主よ、最初からそれを姫の息子に使えばよかったのではないか?』

「だって面白くないじゃない。私が」

『確信犯だな』

「そうでなくてはつまらない!」

 

クロコダイルの尻尾にロープを巻き付けて気絶した息子の足首にもう片方を巻き付けて狂科学者〈マッドサイエンティスト〉は優雅に手を振ってクロコダイルを送り出した。ずずっと引きずられて海に沈んでいく気絶した息子に、笑える土産話を期待しているよと願わずにはいられなかった。

 

【マッドサイエンティストの退屈】

 

※※※

 

今日は球技大会なので憂鬱です。毎日憂鬱です。ですが私は保健室でのんびりと優雅に過ごさせてもらうのです。昨日のカモシダパレスでの一件は簡略に説明を受けたがだからと言って私が手を出す理由もない。情報を得たいのなら勝手にやってと彼に伝えた。彼は残念そうに肩を落としたがすぐに表情を切り替え「じゃあアドバイスだけもらえる?それならいいよね」と凹まずにグイグイと顔を近づけてきた。私は少したじろいで「それくらいなら」と了承してしまっていたのである。綾兄から『うまく丸め込まれたね、やっぱり潰そうか』と危ない発言をニッコリと言われたものだからなだめるのに気疲れした。クラスの生徒達が体育館へと向かう中、一人(モルも一緒)保健室へと歩いている私に雨宮君と坂本君が寄ってきたが寄ってくるなよと蹴り入れたい。けど入れられない。清純派な売りの私には辛いわ~。

 

「朔、見学なのか?つまらないな」

 

「うん。参加する意味がないから、あのね、私誰が好き好んで鴨志田のスパイクにいちいちキャーキャーわめかなきゃならないの?そんなことしてるぐらいだったら保健室で推理ドラマでも観ながら開始10分で犯人言い当てるわ」

 

私の決意表明に坂本君からお褒めの御言葉を賜った。

 

「やる気ねぇ発言だな……つーかそれで許しちまう教師も教師だな。学校まで来てドラマかよ!」

 

ええドラマですよ!そっちの方がよっぽど燃えるわ!

 

「坂本君」

 

「お、おう」

 

私の真剣な顔に分かりやすくたじろいだ。

そんな後ろに引かなくてもいいのに。ただ、怪盗になったお祝いの言葉を伝えたいだけなのだ。

 

「反逆おめでとう。これで君は社会という檻から離反した立派な猛者だ。その力存分に大人たちに見せつけてくれたまえ。自滅しない程度に。そして私の邪魔しない程度に!」

 

「……お前っていちいち癪に障るいい方するのな」

 

口元ヒクヒクさせて怒りを抑えているようだ。

ワォ!怒りっぽい!これぞ不良少年です。

 

「ありがとう。飴と鞭で育てるタイプなので君には鞭で対応しようと思うの」

 

ぜひ私のストレス発散所となってくれることを期待したい。

 

「褒めてねーし!鞭ばっかじゃねーか」

 

「そうともいう!それじゃあ未来ある若者よ!達者で」

 

『じゃあな』

 

私とモルは雨宮君と坂本君に別れを告げて保健室入りを果たしたのである。

そんな私は男子二人のぼそぼそ話など聞こえておりませんでした。

 

 

坂本「……マジ、噂と違いまくりだわ」

 

雨宮「あのさ、竜司」

 

坂本「あん?」

 

雨宮「その朔に関する噂って、何?」

 

坂本「顔怖いんだけど」(逃げようとするも両肩をガシッと掴まれているので逃げられず)

 

雨宮「気になったから教えて」(拒否の二文字は許さないらしい)

 

坂本「ああ、あのな……」

 

ぼそぼそ、ごにょごにょ。

 

男二人顔突き合わせているのが廊下の真ん中だったのでいらぬ噂がのちにたてられることに気づかずに二人は内緒話を堂々とするのであった。

それと同時時刻、壁際でキラリと目を光らせていた新聞部の女子がノートに殴り書くように一心不乱に書く様子が他の生徒たちから目撃されていたようだ。

 

【スクープ頂き!】

 

 

先生から露骨に嫌な顔されたが、一緒にパソコンで韓流ドラマ観させていただきました。最初はつまらなそうと侮ったが、これまた!登場人物達がそこで罠にはまるかってところでまんまと罠に嵌ったり、運命の出会いが露骨な部分に出てきたりと、期待を裏切らない展開に視線が釘付けになってしまう。

侮っていたぞ、韓流ドラマ。

 

「くあ~」

 

私の膝でお昼寝をしていたモルも暢気に欠伸を一つする。

 

先生はモルを連れ込んでも文句は言わなかった。けど貸し一つだそうで、また賄賂を所望してきおった。今度は何だと思います?大正屋の名菓・あめ納豆ですよ?雨の日限定の1300円もする菓子買って来いですよ?しかも雨の日に並んで買って来いと。鬼ですかマジで。しかも前回差し入れした【限定リカバーオイル】どうしたと思います?てっきり使ったのかと思ったらネットオークションで高く売ったですって!

 

このクソ教師めぇ――!

 

って罵倒してやりたくなりましたわ。いや、しないけどね。しようとしたら眼力でねじ伏せられました。

しかし、人が汗水流して働いた(メメントスで狩りまくった)お金で買った貢物を売るとかどんな鬼ですか、悪魔ですか!

もう二度と借りなんか作ってやるものかと心に固く決めた後でこれですよ。も、ね。先生の気分次第で私、どんどん借りつくられちゃいそうな予感しかない。

そうして、私は雨の日に買いにいくのだろう。

決して自分が食べることのないお菓子をわざわざ人込みの、長蛇の列に並んで!この私自らの財布からお金を出して!

 

と憤っている間に画面のドラマでは今にもハラハラドキドキの展開に突入☆。

 

「スイマセンー!安藤先生いますかー?」

 

ですがここぞという時に邪魔者は現れるものです。パソコンの画面に噛り付いている時に、ガラリと保健室のドアが開く。咄嗟に機転を利かせた先生のマウスを操作する動きが肉眼で把握できないほどに一時停止ボタンとプラウザ隠ぺいの術が発動され私は「あ」と間抜けな声を出してしまった。

 

「どうかした?」

 

偽安藤先生が椅子から立ち上がって降臨した。いかにも善良そうな顔して怪我人を連れてきた保健委員に問いかける。たぶん、心の声じゃ『よくも邪魔してくれたな、ぼけぇ』とか罵ってるよ。どうやら怪我人は鴨志田に直接スパイクもらったらしい。スパイクする瞬間、三画面で切り替えられてキラリと光る汗を飛び散らせながら「フッ」とか漏らして口角上げて女子共から黄色い悲鳴あげられてるのが容易に想像つくわ。

でも顔面に受けるなんて痛そうだわ。やっぱり出なくてよかった!

 

と喜んでいるのもつかの間、早々に付き添いの保健委員を戻らせた先生はなぜか怪我人の生徒の治療をせずにスタスタと戻ってきて椅子に座るとマウスを動かしてまたドラマを視聴しだす。

 

「佐倉、怪我人来たら手当頼むわ」

 

「えぇ!なぜ私が」

 

「アンタ裏保健委員だから」

 

「いつそんな設定が決められてたんですか!?」

 

何その裏技コード的な扱い。

 

「今決めた」

 

「横暴な!」

 

「借りが増えるわよ」

 

「喜んでやらせていただきます!」

 

ビシッと敬礼一つして私はギラついた目で獲物(怪我人)を捕捉する。モナが危険を察知してするりと膝から飛び降りて避難した。

 

『怖いぞ!?サク!』

 

「うふふふ、早く終わらせてドラマの続きを観る!」

 

「……あの」

 

何か言いたげの幸薄そうな顔をしている怪我人男子には悪いが、さっそく治療と行こうか。

ああ、そんな怯えた顔をして逃げようとしなくてもいいのに。なぜか怪我人男子(よく見たらウチのクラスにいたかもしれない男子)は自分が怪我人であることも忘れて窓際に走るのか。しかも窓枠乗り越えて身を乗り出して危ないったらない。

咄嗟のラリアット決め込んで床に倒れさせることに成功した。

 

ふぅ、うまく気絶してくれたみたいでこれで治療もスムーズに行うことができる。ベッドへとズルズル引きずって寝かせた。

 

「拒否の言葉は求めていない。君は大人しく私に身を委ねるだけで至高の快楽に落ちることができるのだから、ね」

 

『それいかがわしいぞ』

 

モルのツッコミはスルーして、私はおでこにそっとちびたいヒエヒエールを張り付けた。

 

「あ、名前思い出した。三島君だ」

 

『今頃かよっ!』

 

私の手当ての甲斐あって数十分後、三島君はこの世の絶望全て背負っているかのような顔で見事復活し、精根尽きた弱々しい声で礼を言われた。

 

「あの、ありがとうございました……」

 

「良かったね」

 

なぜ敬語なのか解せぬ。

 

「……佐倉、さんさ、オレにラリアット「何か言った?」何も言ってません」

 

「そうだよ。気のせいだよ。鴨志田スパイクが見せた白昼夢だから。全部の元凶は鴨志田スパイクだから」

 

「そ、うですよね」

 

「うん」

 

また敬語なのが解せぬ。

だがこれも良しとしよう。三島君を見送って私は早速ドラマの続きを!とウキウキと椅子に座ろうとしたら安藤先生に「見終わったからさっさと出ろ」と背中を押されてリュック入りのモルもろとも保健室を放り出された。

 

鬼だ。

 

すぐ帰ってもいいのだけど暇つぶしに男子たちの様子を伺うことにした。SNSではどうやら情報収集に勤しんでいるらしく、中庭に集合と書いてある。私に向けてのメッセージは返信を期待していないからか、坂本君からは今のところない。だが雨宮君からはマメにメッセージが送られてくる。他愛もない話だ。

 

『具体的にモフモフな男性ってどう思う?』

 

とか、

 

『オレもモルガナになりたい』

 

とか、

 

『そういえ朔の後ろにへばり付いてる幽霊って悪霊?お祓いする?』

 

とか。転校してきたばかりで友人を作ろうと話題作りに奮闘しているのは伝わってくるけど女子な私としてはもうちょっと普通な話題にしてほしいと思った。

きっと雨宮君なりに努力しているはずなんだろうけどね。

 

適当に返信をしつつ、モナが入っているのでずっしりと肩に食い込むリュックを背負いつつ、生徒たちが体操服だらけの中、一人制服で堂々と中庭に向かってみると、雨宮君の後ろ姿発見!

 

「雨宮君」

 

「朔、来てくれたんだ」

 

うっ、雨宮君の微笑みで花が一気に咲き誇ったように見えてしまった。これって魅力パラメータが関係しているのかしら。いいえ、きっと気のせいのはず。私は軽く頭を振って雨宮君と向き直る。

 

「あ「ちょっといい?」……」

 

声を出して一言目で別の誰かに言葉を被せられた。

一気にやる気が削がれた私は、無言でベンチに腰掛ける。後ろからやってきたのは、今色々と大注目のツインテール高巻杏さん。彼女は私が雨宮君といた事に目を瞬かせて驚いて困惑していた。

 

「……佐倉さんも一緒だったの……?」

 

いえ同類ではありませんという意味で首を横に振る。全力で。

 

「私に構わずどうぞ」

 

群れてると思われたくない私は、ずずぃっと後ろに下がって壁になる。高巻さんは、「え、でも」とか言い淀みつつも私がどうぞどうぞと下出にでたのでさらに驚いたが、要件を優先させたいのか「ごめんなさい」と短く謝ってから雨宮君を睨みつけて腕組みをした。

 

「何か用」

 

「てかさ、アンタ何なの?この間の遅刻も嘘だし。妙な、噂あるし」

 

噂?

 

「雨宮に何のようだ」

 

何というタイミングで坂本君登場ですよ。

まったくやる気のない恰好ですね。

 

「そっちこそ何、クラス違うじゃん」

 

「たまたま知り合ったんだよ」

 

どうやら二人は面識アリの間柄のようだ。

 

「鴨志田先生に何するつもり?」

 

「はぁ!?……そっか、そういうことな。鴨志田と仲いいもんな、お前」

 

途端に高巻さんは屈辱を味わったかのような表情に変わり、声を荒げた。

 

「坂本には関係なくない!?」

 

「ヤローが裏で何してるか知ったら、ぜってー別れたくなるぞ」

 

ハハーン、坂本君は高巻さんがあの鴨志田と付き合ってると勘違いしているようだ。アレと付き合うってマジで言ってます?ないわ、マジないわ~。あんな裸の王様とかマジないわ~である。

しかしだね、坂本君も余計な事言ってくれますよね。黙って聞いている方はハラハラドキドキしてますよ。あれ、コレリアルドラマ?

 

「裏……?それ、何?」

 

案の定、引っ掛かりを覚えた高巻さんは裏というキーワードに反応を示した。だがここは私の出番!完全空気となっている雨宮君を押しのけて突撃隣の坂本くん!

 

「はい!ごめんなすってぇ~~~!!」

 

軽めのアッパーカット下から決めて「ぐふっ!」と呻きながら天上に舞う坂本君。

 

「ふぅ、ちょっと季節外れのすっぽんが坂本君の足元に見えたから咄嗟に突き飛ばしちゃったよ!あ、高巻さんもチャイム鳴るから行ったら?」

 

「いや、なってないし」

 

彼女の目線は地に伏している坂本君へ注がれる。

だがそれを遮るように私が一歩前へと出る。決して隠しているわけじゃない。見られたくないから隠しているわけじゃない。

 

「鳴るよ」

 

私がそう宣言したすぐあと、チャイムの音が校内に鳴り響く。

度肝を抜かれて「嘘」と信じられない顔して呟く彼女をこの場から追い出す為に私は笑顔で近寄った。

 

「さぁさぁ!」

 

「ちょっ、顔近いってば」

 

ぐいぐい高巻さんに行くと、なぜか雨宮君も対抗しだした。私の後ろ髪を掴むと、せがむようにこう言った。

 

「朔、後でオレにもして」

 

軽く髪を引っ張られて地肌がツンツンする。適当に「わかった、わかったから髪離して」と相槌を打つ私に彼は「了解」と手を離してくれた。

私の熱意が伝わったのか、高巻さんは変人を見るような目で色々ご丁寧に忠告して去って行った。

 

リュックの中で状況把握していたモルがひょっこりと顔を出して一言漏らす。

 

『リュージ、息してるか』

 

「大丈夫よ。軽めだから」

 

ドヤ顔して言い返せば、

 

「そういう問題じゃねーよ!」

 

華麗な復活を遂げた坂本君から厳しいツッコミいただきました。その後、雨宮君から事情を教えてもらうと鴨志田に体罰を受けている生徒を探しているらしく、それがドンピシャ!私が手当した三島君らしい。彼が急ぎ帰るまえに接触する必要があるというので私は物陰からそっと見守ることにした。

 

問題児二人、三島君に絡む。

 

私、初めて三島君がバレー部であることを知る。

 

鴨志田、絡んで登場してくる。

 

私、直視しないように視線をスマホへと向ける。

 

鴨志田、偉そうな事いって三島君を無理やり連れ去る?三島君、服従状態。

 

私、スマホでしっかりと連射で写メる。(何かに使えるかと思った)

 

問題児二人が私に絡んでくる。

 

「オメェそこでコソコソと何してんだよ」

 

「視界に入るのも煩わしいから隠れてた」

 

ハッキリ言い返せば、坂本君はあきれ顔で「三島もお前みたいな性格だったらな」と零すじゃない。失礼よね。彼が私になれるはずはないじゃない。私は一般人とは歪んでいるもの。

 

「それは無理ね。私と彼はベツモノであり同じ個体ではないもの」

 

「はぁ?」

 

理解できないと頭上にクエスチョンマークすら浮かばせている坂本君にこれ以上は話す理由もないので私は立ち上がって玄関へと向かう。

 

「雨宮君、私先に帰るわ。さようなら」

 

「いや、オレもすぐ着替えるから待ってて」

 

「お、おい!オレも行くって」

 

誰が共に帰ることを許可した?いつ出したいつ言いました?

ちょっと雨宮君、私の手を離しなさい!ズルズル引っ張らないで!

 

ああ!後ろの方で噂好きの女子共がバッチシ注目している視線が背中に突き刺さる。

 

男二人従えて気分は女王様、なわけない!

全力で逃走を図ろうとしたけど、雨宮君には敵いませんでした。待っていると従順なフリをして逃げようとしたのに、すでに玄関で待機されていた。

 

「お待たせ」

 

「いつの間に瞬間移動したの!?」

 

呆然と佇む私の後ろでワタワタしながら「はえーし!」とか文句飛ばしている坂本君が合流するってなんですか?

 

「朔、また転ぶよ」

 

ガッチリと腕掴まれて気分は首輪に繋がれた犬状態。

チート的人間には逆らえないオーラみたいなものがあるのだろうか。……私の気のせいであると、信じたい。

 

そういえばルブランに入る前に、雨宮君がおかしなことを訊いてきた。

 

「今日はいないね。あの悪霊」

 

「悪霊?何の話?変なのっていうかもう精神的に疲れた放置してください」

 

「わざと?それとも素?放置なんてしないよ、だって朔面白いから」

 

和やかに微笑んでますね。

 

「酢?」

 

「たぶんその酢じゃないよ」

 

「あんまり変な事言ってると、おじさんに頼んで激辛カレー食べさせるよ」

 

「それだけは勘弁してください」

 

二人一緒にルブランにお帰りしました。

そういえば綾兄が姿を消していたけど夜中にひょっこり帰ってきた。どこ行ってたのと尋ねたら「湊の所だよ」だって。なんでも強敵が現れたから相談しに行ってたとのこと。綾兄が強敵とか恐れる相手ってどれだけ強いのかしら。メメントスにも注意して潜らなきゃならないと気が引き締まった。

 

【たぶん意味が違う】



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明日ありと思う心の仇桜

似非おとぎ話はギャグ満載なんですが、本編が暗すぎる。ギャップの差がまたたまらない。


コポコポと湧き出るような水の音と、母さんの悲痛な叫びが頭に響く。

 

「――――!お願い、目を開けてっ」

 

ああ、この声、泣かしちまってるんだなと一発で理解した。

オレの弱点はズバリ、母さんで必死にオレの名を呼び続けている姿が眼に浮かぶ。

 

待ってろ、母さん。すぐに、すぐに起きるから―――。

 

ズキリと痛む頭を押さえてオレはゆっくりと目を開けた。

 

「う、ここは……」

 

青くまるで水の底にいるような見たこともない世界が一気に広がり、天井から淡い光が差し込んで何度か瞬きをしてから完全に目を開ける。どうやらベッドか何かに横たえさせられているようだ。すぐ端の方でもぞりと動く気配がする。少し体を起き上がらせて周囲を確認しようとするとその人物が顔を上げた。オレと同じ瞳が潤んでいる。

 

「うぅ、うう、良かったぁぁあああああああ」

「うわ!母さんっ!?」

 

ウチの行方不明だった母さんでした。

オレに抱き着いて顔を摺り寄せてむせび泣く姿に、ああ、心配かけちまったと罪悪感が生まれる。と同時にほわっと胸が温かくなった。オレの為に泣いてくれる母が、好きすぎてヤバイ。

もしかしてオレ、マザコンか?

 

「良かった、良かった……もう、目を開けないかと、心配、したのよ。……貴方青白い顔して白目向いたままなんですもの……」

 

なんて、考えてると母さんはさらにオレの首後ろに腕を回して密着度を増してくる。むぎゅっと弾力のある柔らかなものが胸に押し付けられた。

 

「え、そうだった?ああ、たぶんそれおばさんの所為……ってなんちゅー恰好してるんだよ!?」

 

よく見たら上半身裸じゃないか!?

髪が長いからうまく胸が隠れていて良かった。っていうかまるで水の中に漂っているみたいな動きをしていてオレの方が吃驚する。

 

「え?私の恰好、そんなに変かしら」

「変って言うか!ひ、ひひひひれだし、むむむむ、胸が!」

 

まるで水の中に泳いでいるように母さんのひれ?が意思を持って動かされる。

 

いや!今重要なのは足の代わりにひれになっていることじゃなくて胸が胸が当たってるんだよ!そうだよ!むにゅって当たってんだよ!直にさ。

 

「ええ、胸が?」

 

不思議そうな顔をして母さんはたわわに実っている胸をさらに押し付ける。落ち着けぇぇ!マジ落ち着けオレ!!

 

「なぬぁぁあああああ!!見てない見てないオレはまったく見てないぞぉおぉぉ!!とにかく服着て、オレの服着て!」

 

がばっと引き離してオレは自分の服を急いで脱ぎ母さんに無理やり手渡した。勿論視線は逸らして。

オレの服を来た母さんはだぼっとした格好で「大きくなったわよね……」と感慨ぶかそうな顔をする。そりゃそうだ。オレの体格と母さんの体格なんて違うのは当たり前だろ。

 

「……はぁ、つ、疲れたマジでどっと疲れた」

 

まさか母親の裸を見て動揺するとは思わなかったぜ。

まだまだ修行が足りないと肩を落とすとオレの隣で嬉しそうに笑っている母さんをねめつける。

 

「うふふ」

「何喜んでんだよ」

「ううん、なんでもないわ」(私が裸だと思って心配してくれたのね、もう優しい子。人魚だから当たり前なのに)

「そういえば母さん、今まで何処にいたんだよ!心配してたんだぞ!?」

「ええ、ごめんなさい。私、貴方の為に実家に帰ろうと思っていたの。……だって、貴方、実はドリドリル国の王女様と……」

「え、誰それ」

 

ドリドリル国って一応オレ達が住んでる国だよな。

 

「え?だって、貴方可愛らしい女の子としょっちゅう会ってるじゃない?違う?」

「……ああ、彼女か。違うよ、彼女はしょっちゅう王女様に間違われているけど顔がそっくりなだけでごく普通の一般庶民だって!」

「ええ?そんな……」(でもあの御顔は間違いなく王女だと)

「それがさ、彼女もよく間違われるから髪形をドリルからストレートに変えようか真剣に悩んでるくらいだしさ。けど彼女にはストレートよりもドリルの方が似合ってるし。オレとしちゃ、変えて欲しくないって言うか」

「そう、なの」(きっと、勘違いね)

 

いまいち納得してなさそうな顔してるけど、彼女は本当によく間違われているからちゃんと正しておかないとな。

 

「ところで母さん、ここどこ?」

「え?ここ?私のお部屋よ」

「……なんか随分とファンタジーっていうか、夢が溢れているというか、貝殻のベッドとかマジスゲー精巧につくられてんじゃん」

「そうよ、これも小さい時から愛用しているの。御父様がそのまま部屋を残しておいてくださったの」

「へぇ、まぁ、大事にされてたんだな」

 

思ったよりも母さんに対して愛情はあるらしい。

 

「ええ。貴方の御爺様でもあるわ」

「……なんか、複雑って言うかさ、今更っていうの?あ、そういえば、じーさんって何してる人?」

「職業の事?海を統べる王よ」

「またまた冗談言っちゃってぇぇ」

 

揶揄うならもっと笑える冗談にすりゃいいのに。

オレは手をパタパタ振って否定した。だが母さんは口元に手を当てがって上品に微笑んだ。

 

「あら、冗談なんかじゃないわ。ウフフ、私だって王族だもの」

「……またまた冗談言っちゃってぇぇ!大体ジョークはその恰好だけにしとけよ!こんなひれなんか足につけちゃってさ!」

 

好奇心からひらひらと揺れるひれに触れたら、母さんは身をよじって笑った。

 

「ちょっとくすぐったいわ、もうエッチね」

 

息子に言う台詞じゃない。オレは複雑な気持ちで手をひっこめた。しかし今一度確認しなければならないことがある。

 

「……ところで母さん」

「なぁに?」

「オレってカナヅチだよね」

「ええ、そうね。昔から泳げなかったものね貴方は。人魚の息子なのに将来が心配だったわ」

 

人魚の息子とかの部分はスルーしておこう。

 

「………オレって泳げないよね」

「ええ、そうね。どうしたの?おさかなさんみたいに口パクパクさせて。真似っ子?母さんも真似っ子しようかしら?」

「しなくていい!……母さん。今どこですか」

「海の中よ」

「母さん、オレ死んでる?」

「まさかこうして私の目の前にちゃんといるわ」

 

母さんまたオレに抱き着いてくる。

確かに温かい。ダイレクトに二つの膨らみがモロあたる。

落ち着け、落ち着け!母の乳だこれは。

かつて赤ん坊の時に乳をもらったじゃないか決して動揺してなどいない!そうだ、違うぞ!

 

「貴方ったらいつの間にか海の中で呼吸できるように成長したのね、嬉しいわ」

 

ほろほろと母は宝石を瞳から零した。

え、母さんって今宝石量産期?やべ!小金持ちになれるじゃん!

って違うわ!何、実の母親を利用しようとしてんだよ、オレの馬鹿!ああもう、そうじゃない、そうじゃない!

 

「お、おおおおオレは人間だよ!だって足あるし!」

「そうね。確かに……もしかして貴方の御父様の血が濃いのかしら?」

 

親父だと?聞きたくもない言葉にオレはイラついた。

なんか無性に当たり所が欲しくて部屋の中に目に入った銅像にいちゃもん付けた。

 

「っていうかさっきからあの銅像マジキモいんだけど。こっち睨み付けてない?っていうかなんで尾ひれついてんのに赤い前掛けしてんの?ヒラヒラ漂って動いてて不愉快なんですけどパンチらみたいなんですけど」

「え、銅像って?……あら、御父様そこで何をしていらっしゃっるの?」

「え!?」

 

ここで祖父降臨。というか最初から部屋にいたらしい。

バリバリ筋肉質な祖父がオレを絞め殺そうと(抱擁しようと)するからサッと後ろに逃げた。

 

「よくぞ気が付いたな、我が娘よ。そして、よくぞ来た!我が孫よ!」

「うわぁ一番来てほしくないパターン来たわ」

 

一気に顔が歪むオレに対し生きた彫刻であった祖父は母さんよりも立派な尾ひれを動かして母さんの隣に泳いでくる。槍みたいな厳ついもん持って危ないったらない。

 

「一番可愛がっていた末娘の孫と対面できるとクロコダイルから報告を受けたのだ。ならばそれに相応しい恰好として地上で人間の男が着ける正装として褌なるものをつけてみたぞ。どうだ、姫よ似合うか?」

 

ピエール髭が自慢げに上にクイっと上に上がる。

 

「ええ御父様、可愛らしい前掛けみたいでとてもお似合いですわ」

「いやそれ明らかなる誤報だから。人間が着ける正装で褌ってなに?クラシックパンツって何?マジ勘弁して!」

「何!?褌は正装ではないと申すかっ!?」

 

ピエール髭が電撃を受けたかのように稲妻型になる。

 

「そんな電撃ショック受けたみたいな顔しないでくださいよ」

 

やりにくいジジイだと思わず舌打ちしそうになった。

でも母さんがいるからしない。すぐ私の教育がなんたらとか落ち込むからな。

 

ジジイは額を抑えて苦悶の表情を浮かべてよろよろと岩に腰かけた。

 

「ううん、せっかくの孫との話題探しが他に見つからないぞ」

「他にあるだろうが、ツッコミどころあるだろうが!」

 

こんなジジイがオレのじーちゃんだなんて認めないぞ。断じて認めない!

母さんがジジイに寄り添いながらぷりぷりと頬を膨らませて(可愛いなんて思ってねーぞ!)オレを窘めてくる。

 

「駄目よ、御父様にそんなこと言っちゃ。貴方の為に歓迎してくださっているのに」

「何処の世界に初の孫との顔合わせに銅像のふりして褌を正装と真顔で語るジジイがいるんだよ」

「儂だな」

「素直に認めるんかいっ!?」

 

駄目だ、この親子のテンションについていけない。

帰りたい帰りたい。

 

「どうやらお前のおっとりなところには似ず活発な性格のようだな。健康に育っているようで何よりだ!」

「はい。どちらかというとこの子の父に似ているかと」

「そうか。人間の、しかも王子の子を身籠ったと聞いた時は卒倒しかけたが、これなら我が王族として皆に御披露目できるというもの」

「本当ですか!?」

 

母さんが目をキラキラさせて爺のピエール髭を握りしめた。

 

「ちょっと待て、今聞き捨てならない言葉が聞こえたんだけど」

「え?どの辺が?」

「ジジイの『しかも王子の子』とかの辺りだな」

「ああ、それはそうよ。貴方の御父様は王子ですもの」

 

ケロッとした顔でとんでもない話を暴露された。

 

「………ハイキター!二番目の気絶していいですかコールキター!」

 

というわけで気絶させていただきます。

 

天然人魚は微笑ましいものを見ているかのように和やかに微笑んだ。

 

「あら、この子ったらまた白目向いて眠るだなんて器用な子。あの人もたまにこんな風に眠っていたわね。血だらけだったけど……」

 

そして、感慨深くため息をついた。父人魚は

 

「しかし、よくぞここまで逞しく育てたな。昔は海藻一つでも枯らしてしまう子だったのに……」

 

と娘の成長ぶりに瞳を緩ませた。

 

「まぁ、御父様……、嬉しくて泣いてくださるのね」

「ああ、孫が死なずにここまで成長できたことが嬉しくてな……」

 

どうやら爺として孫の生存が嬉しいらしい。

 

「ええ。私も心から嬉しく思いますわ。まともにご飯も作れなくてどうやって食事を与えればいいのか分かりませんでしたもの。とりあえずスープでも作ろうとしたら根太いマンドラゴラも一発で枯らせることのできる除草剤が出来上がりまして地上ではヒット商品になりましたのよ」

「それを聞いてますます儂は嬉しいぞ」

「もう御父様ったら豪快に男泣きしてしまって」

 

似た者親子は今までの空白を埋めるかのように穏やかな時間を過ごした。

 

【とりあえず母子は再会できた。爺付き】

 

※※※

 

体に焼き印のごとく刷り込まれた恐怖は一生消えることはない。

 

廃ビルの最上階角部屋。

煙たい煙草の匂いとキツイ香水の混ざった不快な悪臭。

酒瓶やらアルコールの入った缶やら乱雑に足元に転がっている。

薄暗い照明は、電球が切れかかっていてチカチカと点滅を繰り返す。

古ぼけたソファに押さえつけられ四肢を複数の男に抑えられ口にネクタイをねじ込まれ悲鳴をかき消され、少しでも身をよじって逃げようとすれば殴られ蹴られ罵られ罵倒され、次第に剥かれてく貧相な体の私。木枯らし吹く季節に、下着だけの姿にさせられてぶるりと震える体は決して寒さからだけではない。

これから行われる残虐極まりない行為に恐怖しかないからだ。

 

下卑た目と舌なめずりして群がる男。

犯されようとしている私を遠巻きから面白そうに観察しているクラスメイトの元友人女子三人。その手には携帯が握られていて時折フラッシュで目が眩みそうになる

 

「いい気味よ」

「――――!!」

 

声にならない悲鳴にアイツは喉を鳴らして笑った。

 

「澄ました顔して気に入らなかったのよね、アンタさ」

「そうそう、売女の癖してお高くとまっちゃって」

「でもほら!今イイ顔してね?」

 

キャハハハ!と下卑た笑い声が脳内で木霊し、負の感情が一気に爆発する。

 

嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダ!!

 

誰か――助けて!

 

誰でもいい、そう何度も何度も心の中で叫んだ。すると、私の声によく似た誰かがすぐ傍で囁く。甘美で体の芯から蕩けてしまいそうなほど毒を回すような声で。

 

【我は汝、汝は我。永久より紡ぐ縁の糸、今再びこなたの時より結びんしょう】

 

世界が全て一時停止し、私はその誰かを探す。

 

誰、誰なの。

だが私の周りには誰もいない。全て時が止まっている。

 

【わっちでありんすか?わっちはぬしでありんす。幼い時、契約を交わしんした。覚えていんせんかぇ?】

 

哀愁が籠められた声音に、私はバツが悪く眉を下げる。

 

分からない、わからない。何も、覚えてない。

自分の声だけど、私は知らない。覚えていないと頭を振る。申し訳ない気持ちに拳を強く握ると彼女は、

 

【仕方ありんせん。それもわっちでありんすから。――さぁ、行きんしょう。朔、みなを消しんしょうぇ】

 

と気を取り直して私の名を愛しみを込めて呼んだ。

 

全てを消す。

それはどうしようもない状況を打破する唯一の行いだった。

 

湧き上がる抑えの効かない力に負かされて私は意識を手放した。気が付けば、そこに私以外の人間は皆『血まみれ』になっていた。そこかしこ痣だらけの私は、呆然と座り込んでいる。

『自然発火した火事』から救い出されても火傷一つしなかった。

 

私の心は、壊れかかっていた。

一度完全にダメになってしまった時はおじさんから母の訃報を聞いた瞬間だった。

 

私のたった一人の母さん。大切な家族。

再び再会した時は母さんは小さな骨壺におさまっていた。

これが、母さん。

 

母さん、母さん。随分小さくなっちゃったね。私の腕の中にすっぽり抱きしめられるくらいに。

 

もう、生きる理由がない。私も傍に行きたい。

体も心もボロボロで生きる気力がない。世界がぐにゃりと歪んで見えてその世界の住人が私を追い立てる。お前が犯人だお前が首謀者だとほざく。私は被害者で、アイツらがいなければ、私は、母さんとずっと一緒にいられたのに。あいつ等が憎い、アイツラを殺したい。罪を償わせて死に追い込んでやる。

 

【大丈夫。わっちがいんすよ、ずっと。ずっと】

 

彼女は私を後ろから抱き寄せてそっと視界を手で閉ざした。

真っ暗闇と彼女の冷たい手。仄かに鼻腔擽る伽羅の香と衣擦れの音。

 

彼女は詠うように言の葉を噤む。

 

【未来を閉じんしょう。視界を遮りんしょう。目隠しでありんすぇ。】

 

これは彼女の愛。

私は私を守るために囲うことを決めたのだ。

 

【世界は闇のまんま、ずっと一緒】

 

そう、彼女は私で、私は彼女。

インプリンティングされた私は水を飲むがごとく当たり前のように認識し身を委ねる。

 

【わっちがいんすよ、朔】

 

行燈の火がふっと吹き消され、彼女、ヨシノタユウに抱き込まれて私は闇に身を落とす。

 

【全てのものにさようなら】

 

 

忙しくなったスケジュールの合間をぬって彼女は妹分との再会の為慌ただしくスタジオを飛び出してマネージャーが運転する車に飛び乗る。

 

「急いでくださいっ!」

 

そう急かすゆかりに新人の頃から付き合いのあるマネージャーは「まだ大丈夫だよ」と苦笑しながらハンドルを握りアクセルを踏んでサイドブレーキを戻した。ゆっくりと走り出す助手席の窓からどんよりと排気ガスに汚染された空を見上げては自然とため息が出る。

 

「……はぁ……」

 

岳羽ゆかりは佐倉朔と顔を会わせるまで面識はなかった。だが共通の彼を通して話越しに彼女の存在は知っていた。学校でもかなりのモテ男で有名だった彼と微妙な距離だったが、それらしい伸展もないまま、あの突然の別れを経験し色々葛藤し乗り越えて今に至る。いや、本当は乗り越えられていないのかもしれない。

湊と繋がりのある朔と交流を持つことで何か解決の糸口が見つかるのでは、そんな打算的な想いに縛られてゆかりは朔と親交を深めていった。だが最初こそ罪悪感のようなものを感じていたが、次第に朔の光と闇の部分を知っていくうちに自分の中で何かが芽生えた。

 

彼女の為に何かしてあげたい。

朔が受けた心の傷を癒すことはできないかもしれないが、自分たちが彼女の為にしてあげられることはあるはず。

決して邪な気持ちではなく、素直にそう受け止められるようになったのはそう時間が掛からなかった。トラウマにより異性に対する異常な恐怖心を覗けば朔は素直な何処にでもいる少女だった。ただ湊と同じワイルドの力を所有しており、自由にペルソナを変えることができてアイギスが過保護になるくらい危なっかしいだけ。美鶴から朔をシャドウ事案特別制圧部隊、シャドウワーカーに仮入隊させる旨を電話越しに伝えられた時、つい激高してしまったほどである。

 

当初、ペルソナが安定するように基礎体力とペルソナに対する正しい知識を与えること。それだけが必要事項だったはずなのに、朔のペルソナ適正とずば抜けた才能そして戦闘スキルを美鶴は見逃すはずがなかった。順平やゆかり達の反対をよそに朔の今後の為にもと半ば強制的に仮入隊とさせたことは、まだゆかりの中でそう簡単には消化されていない。

メキメキと才能を開花させていく姿にゆかりは一抹の不安を抱いた。

 

朔の真意が知れないからだ。

 

たとえ湊に見いだされていた力とは言え突然不可思議な力をそう簡単に受け入れられるかということ。朔は、まるで取りつかれているかのようにペルソナの力を求めていた。それに綾時だ。彼もまた背後霊のごとく朔に付きっ切りというか過保護なのだ。まるで互いの足りない分を補うように二人はいつも寄り添い続ける。それが親愛以上に見えてしまうのは自分の気のせいなのだろうか。いや、もしかしたら皆同じことを考えを抱いているだけで口に出さないだけかもしれない。

 

二人の関係性は、ある意味『異常』なのだと。

 

笑うことが出来ない子。本人は笑っているつもりでも顔は笑えていない。朔に自覚があるかどうかは知らないが、綾時の説明によれば自分のペルソナには笑いかけているらしい。それも壊れている笑みだとか。

 

彼女の不安定な心の拠り所が自分のペルソナであることが窺い知れ、ふと一抹の不安を抱いてしまう。

朔も、湊のように消えてしまうのではないかと。

 

たまらなく不安になる。

 

「………」

 

ゆかりは無意識に自分の腕を庇うように握った。

湊のように、なんて縁起でもないと首を振り邪な考えを振り払う。すると握りしめていたスマホが振動し、着信を知らせる。画面にうつしだされた名前にハッとすぐに指をタップし電話に出た。

 

「朔?」

 

『ゆかり姉、お疲れ~』

 

間延びした声に自然と頬が緩んだ。

 

「うん。ゴメンね、今向かってるとこだからさ」

 

『大丈夫大丈夫。綾兄と暇つぶししてるし。それよりゆっくりきなよ。今や有名人なんだから!もしかしたらパパラッチとか付いてきてるかもよ?』

 

「そんなわけないでしょう?まだまだ私駆け出しなんだから」

 

『はいはい。まー、気を付けてきてね』

 

「ん、後でね」

 

会話を終了して通話ボタンを押す。今日は同じドラマに出演している久慈川りせからの紹介で今流行りのふわふわパンケーキの店に朔と共に行く予定なのだ。学校が終わってからちょうどよい時間帯にゆかりもつかの間の休みが取れたからこそ実現できたもの。

 

同じペルソナ使いのよしみでりせとは仲良くしている。お互いに情報交換も欠かせない。勿論裏の世界でのことも。機密情報が関わることは極秘扱いなので明かすことはできないがそれでも頼りがいのある後輩なのは間違いない。芸能界ではゆかりの方が後輩になるがそんなことも感じさせないほどりせは明るく慕ってくれる。

 

まだまだ若輩者だけどしっかりと自分の地盤を固めていきたいと考えているゆかり。だからこそ、今をしっかりと生きる。

 

湊が守りたかった朔を慈しみながら。

 

【彼が遺した彼女】

 

今日はゆかり姉とデートの日!

 

気分はルンルンと高揚して気づけばステップまで踏んでしまう。苦笑しながら綾兄に指摘されて慌ててやめようとしてつんのめってしまうけど、すかさず綾兄が腕を伸ばして自分の方へ引っ張り私が転ぶのを防いでくれた。

 

「ありがと」

 

「どうしたしまして、いくら嬉しいからって怪我したら元も子もないだろう?朔」

 

「ごもっともです」

 

綾兄の胸板に両手をついてつい顔を見上げてしまう。女受けしそうな容姿と自分を優しく見下ろす二つの目。

必然と近くなるお互いの距離。町中で密着してるとカップルかと周囲から疑われてしまいそうになるけど私は気にしない。

綾兄から少し身を離すと差し出される手を自然と繋いで歩き出す。

 

「楽しみだね、ふわふわパンケーキ」

 

「うん。僕もゆかりに会うのが楽しみだよ」

 

「私も!」

 

先ほどの電話ではまだ車内で移動中とのことなので到着まで時間が掛かりそうだ。けれど事前におじさんにはゆかり姉と会う約束をしているので遅くなるということは伝えてあるから大丈夫だ。おじさんとしては心配らしいが私も高校二年。少しくらい遅くなったって罰は当たらない。それにメメントス通いや情報収集で毎晩とは言わないけど部屋を抜け出しているのだ。多少の夜遊びは慣れたもの。

 

『なーなー!ワガハイも食べてもいいものか?』

 

リュックサックからモルが顔をひょっこり出して私の肩に前足を乗せて無邪気に尋ねてくる。けど綾兄と私は首を捻った。

 

「モルねぇ。……多分駄目じゃないかな。猫だし」

 

「うーん、カロリー高そうだしね」

 

するとモナはしょんぼりとした顔で「そんな~」とテンションサゲサゲ。帰りに御刺身でも買ってあげるよと言うと嬉々として『マジか!?やったぜ~』とテンションアゲアゲで私の肩をバシバシと叩いてくる。痛くはなかったからそのままにさせておいた。モルが嬉しそうだと私も嬉しいのだ。

雨宮君と坂本君は高巻さんに鴨志田の情報を聞き出せないかと接触を図るらしい。なんでも坂本君は鴨志田彼女説を諦めていないとか。アレの彼女になるなんて絶対ないはずなんだけどなぁと思ったけど私の意見が採用されることはなかった。

 

だから適当に頑張ればと声援を送って学校でお別れして今に至る。雨宮君からは張り付けた笑みでズズッと近寄られ「もしかしてデート?デートなんだ?デートなの?」とデート説を疑われたけど知り合いの女性と会うと説明したら(その時の私はどうしてか恐ろしさを感じ冷や汗をかきまくっていた)コロッと態度を変えて気をつけて行ってらっしいと笑顔で送り出された。その際、私の背後に立つ綾兄をじっと見つめているような仕草があったけどたぶん気のせいだと思う。

まさかねぇ、見えてるとかないしアハハハ。

 

さて、楽しい楽しいゆかり姉とのデートはそれはそれは素晴らしいものでした。

 

「朔~!久しぶり」

 

「ゆかり姉!」

 

まるで姉妹のように仲良くさせてもらっている年の離れた姉のような存在である彼女は飛びつくように抱き着いた私を思いっきり抱きしめてくれた。

 

「綾時君も久しぶり」

 

「ああ、ゆかりも元気そうで何よりだよ」

 

私の後ろに立つ綾兄に微笑みかけゆかり姉は私の手を引いてお店の中に引き入れた。実はいつも行列ができるお店で有名なんだけどりせちー効果で特別に休日の日にお店を開けてくれたのだ。気前のいいマスターが作るふわふわパンケーキは絶品と太鼓判を押してくれたとゆかり姉から教えられる。

美味しい夢のようなパンケーキに舌鼓しつつお互いの近況を伝えあいゆっくりと楽しい時間を過ごした。途中でモルの存在に気づかれそうになったけどそこはすかさず機転を効かした綾兄のお陰で難を逃れることができた。

 

「猫の鳴き声しなかった?」

 

『ヤベっ!?』

 

「!?」

 

「ああ、それ僕だよ。ニャ~って。どうだい?そっくりだろう」

 

「え、何いきなり……」

 

戸惑うゆかり姉に心の中でゴメンと手を合わせて謝罪した。それと同時にリュックサックの中にいるモルに向けてぎろりと睨み付ける。気配でビクッと怯えているモルがいることが容易に分かった。

 

「朔?どうしたの、怖い顔して」

 

「なんでもないよ!」

 

まだまだ現役ペルソナ使い。コロマルという特殊なペルソナ使いがいるのだから喋れる猫だって驚かないかもしれないけど、もしゆかり姉に気づかれたら今の私を取り巻く現状を包み隠さず打ち明けなければならない。そうなれば必然的に美鶴さんの耳に入るのは必衰!バレたら終わりだ。何もかも。

 

だから決して悟られるわけにはいかないと意固地になる私はいけないのだろうか。

 

楽しい時間はあっという間に過ぎ去っていく。無理はしないことと何かあったら連絡することを約束させられ私と綾兄はゆかり姉のマネージャーさんの運転する車に揺られておじさん家へと送られた。ルブランで降ろしてもらっても良かったんだけどゆかり姉が挨拶すると言って聞かないので仕方なく玄関でゆかり姉の隣に並ぶ。綾兄は既に私の部屋に上がり込んでいる。玄関からおじさんと鉢合わせさせられないからね。

 

おじさんが出てきたところで粛々とした態度で頭を下げるゆかり姉。玄関で頭を下げて挨拶するゆかり姉は私といた時よりもずっと大人の女性に見えた。

 

「夜分遅くに失礼します。私は岳羽ゆかりと言います。今日は遅くまで朔さんを付き合わせてしまって申し訳ありませんでした」

 

「あ、いや!そんな……」

 

突然の芸能人の訪問におじさんは目を丸くして戸惑った。

 

「おじさん、ゆかり姉が美人だからって鼻の下伸ばさないでよ」

 

「伸びてねぇよ」

 

軽い言いあいにゆかり姉はクスリと小さく笑った。

 

「フフッ、仲がいいんですね。美鶴さんから話で聞いてた通りでした」

 

「……そうですか」

 

反対におじさんは苦虫噛み潰したような顔になった。

あれ?一体どうしたんだろう。不思議そうな顔をする私をちらっと一瞥しておじさんは「気にするな」と言ってゆかり姉に向き直った。

 

「それじゃあ私は失礼します」

 

「気を付けてね」

 

「うん。またね」

 

玄関を出て車に乗り込むゆかり姉に手を振って私は家の中に入った。クワッと欠伸一つして二階へ上がろうとすると背中越しにおじさんから声をかけられる。

 

「朔」

 

「ん?」

 

眠気から出てくる涙を拭いながら振り返るとおじさんはどこか寂しそうな顔をしていた。

 

「なぁ、お前はまだ―――」

 

「?」

 

「いや、なんでもない。風呂、沸いてるぞ」

 

おじさんはそう言ってリビングの方へ歩いて行った。一人取り残された私は首を捻りながらまた自分の部屋へと向かう為階段を上った。

 

一体何を言いかけたのかな?

 

お風呂に入ってさっぱりしたところでモルは既に夢の中。私がいない間に御刺身を独り占めして幸せそうな顔をしてベッドの上で丸くなっている。綾兄に手ずから髪を乾かしてもらいながらスマホをいじっていると雨宮君から電話があったことを今頃になって知る。でも時間帯も時間帯なので明日でも大丈夫だろうと決めて今日の幸せにどっぷりと浸った。

 

だから、次の日のあの事件は私にとって衝撃的なものとなった。女がどれだけ男にとって都合のよい存在であるかを思い出させるくらいに。

 

【明日、彼女は飛び降りる。】



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切歯扼腕

本編がさらに暗くなっていく。似非おとぎ話は佳境へ………。


あら、こんにちは!

 

久しぶりね、……何処に行っていたかって?

うふふ、しばらく実家に帰っていたの。息子と一緒に。実は家出同然で出てきたばかりだから勘当されているものかと思っていたけど案外すんなりと受け入れてくれたわ。御父様も現役バリバリだしお姉さま方も御結婚されていたりと環境の変化はあったけど皆に会えて嬉しかったわ。

 

え、そのまま実家にいようとは思わなかったのかですって?

そうねぇ、それも考えたわ。御父様ももちろんそのように仰ってくださったし、その方が何かと息子の為になるのかもなんて考えたけど、私やっぱり陸の生活が気に入っているみたいなの。

友達も残してきたままだし、心配だったもの。

 

でも家に帰ったら帰ったで早速商品を届けて来いって息子に蹴り入れてたわ。フフフ、寂しかったら寂しかったって言えばいいのにね?素直じゃないのは昔からなの、彼女。

私も一緒に配達しに行ったわ。泳いでばかりじゃ足もなまってしまうしね。

 

今回の事で息子とまた仲良くなれた気がしてるわ。

泳げないからだで私の為に気絶しながら海の中までやってきてくれたあの子の成長を強く感じたし、ああ、まだ息子のお母さんでいていいんだって心底思えたの。

 

まだ子離れしなくていいんだって。

 

一応聞いてみたのよ?私、もう息子離れした方がいいのかしらって。そうしたらあの子、真っ赤なタコみたいな顔して怒ったわ。

 

『母さんはオレの事嫌いになったのか!?オレは母さんから離れるつもりはないし面倒見るのが嫌だなんて思ったことないぞ!!』

 

息子に本気で怒鳴られたことないからすごく吃驚したわ。でも自然と口元が緩んで気が付けば笑顔で抱き着いてた。私の息子は私を見捨てたりしない。あの人みたいに、私を捨てたりしない。……正直、あの人に未練たらたらだったわ。

でも少しだけ、どうでもよくなったの。

 

あの人はあの人の生き方がある。

私は私の生き方がある。

 

違う道を進んだだけで、きっとお互いに悔いはないのよ。

私は、私の息子がいてくれるだけでいいわ。

 

私と、息子と、友達と。

ああ、もしかしたら息子の彼女とかも。

 

惚気話とか興味ない?あら、ごめんなさい。自分の事ばかりペラペラと喋ってしまって。ああ、なら貴方の御話を聞かせてくれないかしら?

 

今まで私の話ばっかりだったけど貴方は一体どこからやってきたの?……気が付いたらいつもここにいるの?それじゃあ私待たせてばかりなのかしら、それはごめんなさいね。え、違う?

あ、じゃあお名前は?……白雪姫…?そう、お姫様なのね。だからそんなに可愛らしいのね、ふふ。

当たり前?そうね、とても愛らしいわ。

まぁ、褒められるのがそんなに嬉しいの?だったら沢山褒めてあげるわ。貴方は優しい子だもの。

私の話なんて退屈なはずなのに飽きもせずにじっと聞いてくれる。ちゃんと面白いか面白くないかハッキリと教えてくれる。

素直がところがとても好きだわ。

 

どうして、否定してしまうの?自分は優しくない……?

だって継母を殺そうとした……?そう、それで貴方はどうしてそんなことをしようと思ったの?貴方に辛く当たるような酷い方だったの?

それはなかった。むしろうざいくらい構ってきた?自分とは正反対の性格だった?国を乗っ取られるかもしれないと思った?

そう、ではその方は貴方を愛そうと努力なさったのね。

 

あら、どうしてそこで驚くの?

確かに貴方はお義母様に対して辛辣に当たったのでしょう。それでもその方は貴方をけなすことは一度としてあった?

―――なかったのね。……距離を置いて貴方の自由にさせていたのではないかしら。貴方の無茶な行いを王妃として庇いつつ、正当な国の王女である貴方が国を治めるまでの繋ぎとして国を統治なさっていたのでは?……慎ましやかな方ね。きっと民に慕われた方なのでしょう。

 

……悲しいの?綺麗な涙を流すのね。心が洗われるような素直な涙だわ。……貴方は自分の行いを悔いているのね。

 

気が付けたこと。それは大きな一歩だわ。

大丈夫、貴方は変われるはずよ。時間はかかってしまったみたいだけど。

 

でもほら、貴方の後ろにお迎えがいらっしゃってるわ。

 

とても黒い恰好なさった男性の方が………。あら、どうしたの、そんな怯えた顔をして?

 

『白雪姫、探しましたよ』

『……ぁぁ、嫌ぁぁ』

『勝手に抜け出されては困ります。まだ貴方の刑期は終わっていないのですから。さぁ、戻りますよ』

『嫌、やめてあそこには戻りたくないぃぃぃ』

『何を我儘なこと……。御婦人、ご迷惑をおかけしました』

 

いいえ、とんでもない。あの白雪姫が嫌がっているように見えますが、手荒なことはなさらないでくださいね?

 

『ええ、大丈夫です。私は面倒ごとは嫌いなので』

 

まぁ、それは良かったわ。

女性に手荒なことをするなんて天誅ですからね。

 

『肝に銘じておきます』

『ひっ!いや、腕を掴まないでっ』

『行きますよ。それでは失礼します』

『助けっ』

 

大丈夫よ。彼は手荒な真似はしないと仰ってくださったし。きっと丁寧に迎えてくださいますわ。お元気で、白雪姫。

 

謎の男性に連れて行かれた彼女はその後、二度と会うことはなかったわ。

 

※※※

 

死を決意した者の気持ちなんて本人以外誰も分からないし理解できない。抑えきれない悲しみを背負いながら生きていくことに絶望し、誰も手を差し伸べてくれない状況を嘆き悲しみながら消えたいと願う。

 

自分に唯一残された希望は、死のみ、と死ぬことで救われようとする行為そのものが浅ましいことに気づかずに人は死を望む。私もそうだった。彼女のように生きる希望を失い、果てようとする寸前に綾兄によって掬い上げられた命はこうして辛うじて繋がれている。復讐という細い糸で雁字搦めに縛られている。

 

四月十五日、金曜日の曇り空。

鈴井志帆が午前中の授業中に屋上から飛び降りた。

 

騒然とする学校内、授業中ということもあり生徒たちは教室を飛び出して野次馬として中庭に群がり狼狽する教師らが宥めようと声を荒げるが何の効果もない。すでに駆けつけた救急隊員らによってストレッチャーに乗せられている鈴井さんは青白い顔で横たわっていた。

 

鈴井さんの親友である高巻さんが悲痛な声を上げる。

 

「志帆……!」

 

「コイツラ、クソだな……」

 

遅れて現場に駆け付けた坂本君が侮蔑を込めた言い方で辺りを睨みつけた。まるで見世物のように群がる生徒たちに憤りを覚えたのだ。しかもその中にはスマホを掲げて動画や写真など撮っている生徒まで複数いた。腐った輩と反吐が出るくらいだ。

 

救急隊員の一人が付き添いを求める声を上げるが、冷たい教師達は自分は担任ではないと非道な言い逃れをした。そんな中、高巻さんが誰よりも声を上げて「行きます!」と駆けだした。「早くっ」と頷いた隊員によりストレッチャーは救急車の中へ向かって動かされる。その際、鈴井さんと高巻さんが何か話している様子が伺えたが何を話しているかまでは騒然とした中でかき消されて聞こえなかった。そんな時、顔面蒼白で三島君が現場から怯えて逃げるように走り去ったのを坂本君は見逃さなかった。

 

「おい、三島追いかけるぞ!」

 

「わかった」

 

雨宮君を促して二人で走っていく。動き出す救急車とけたたましいサイレンの方角を見つめる私の足元でモルが急かしてきた。

 

『サク、ワガハイ達も行くぞ!』

 

「……先、行ってて」

 

か細い声で答えるだけで精一杯だった。モルは不審を抱いた様子だったけど『わかった』と答えてすぐに二人の後を追って尻尾をなびかせて走り去った。私はフラフラとした足取りで人のいない場所を求めて歩き出した。雨宮君たちとは反対側へ。

 

『朔、朔!』

 

綾兄の声がずっと私を呼んでいる。心配そうに私を気遣う声だ。でも人目が多い場所で姿を現すことができない彼は歯がゆそうにしているだろう。

 

ああ、どうでもいい。そんなことは。

 

焦点の定まらぬ瞳で生徒の波をかき分けてひたすら進む進む進む。途中誰かにぶつかって地面に跪いてしまうが這うように立ち上がり進む進む進め私。そうだとにかく逃げろここは危険だ私にとって危険な場所。

 

―——あの鈴井志帆の顔はどこかで見たことがある。

デジャブじゃない。実際に確かに見たんだ。私は。

 

ではどこで?

思い出せ、思い出せ私。けれど思い出そうとすればするほど凍りつくような寒さが私を包み込もうとする。手足、膝がガクガクと震え立っていられなくなる。眩暈がして頭が痛くなって吐き気が急に襲い掛かってきて口元を片手で覆う。

 

縺れてしまう歩行で私は校舎裏に何とかたどり着くことが出来た時には息も絶え絶えで壁を頼りにズルズルとへたり込んだ。すると誰もいないことで姿を現した綾兄が「朔!」と私の名を呼びながら焦ったように地面に膝をついて私の頬を挟み込んでくる。

 

「朔、一体何が……?」

 

「綾にぃ、……あの顔が、あの顔を、私は知っているの」

 

焦点が定まらない。綾兄が歪んで見える。何人もなんにんもいるみたい。気持ち悪い。きもちわるい。

 

「今は黙って」

 

「知ってる、しってるのぉ、あのかおを、わたし、は……」

 

そうだ。思い出した。

あの顔は。

 

奴らに襲われた時の、顔だ。

力でねじ伏せられ自由を奪われ、人としての尊厳を踏みにじられた行為。

弱者は強者には勝てないと体に歪んだ形でねじ込められた、あの日。

あの日の私と、鈴井志帆は同じ。

 

途端に戦慄が私の体を駆け巡り、封じ込めていた感情が迸り私は気づけば絶叫をあげていた。

 

「嫌ぁぁあああああぁぁあああ―――――――――――!!」

 

「朔っ!?」

 

驚愕する綾兄を尻目に私は頭を抱えてただただ叫ぶ。恐怖に顔を歪めてボロボロと涙を零す。

 

「朔っ!落ち着いてっ!!」

 

「いやぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――」

 

あれは私!あの時の私!!

鈴井志帆はあの時、私。

 

「朔!!」

 

綾兄が私を落ち着かせようと肩を掴んでくる。でも恐怖で混乱している私に綾兄の行動は私を拘束してくるように見えてしまった。

アイツラだ、アイツラがまた私を追い詰めようとやってきた!

 

バッと手を振り払って私は横に転がり逃げ出す。

 

「来るな来るな来るな来るなぁぁあああ―――!!ヨシノタユウぅぅう!」

 

召喚銃がないまま、私はあの青く光り輝くカードを出現させて強く握りつぶす。そしてペルソナ、ヨシノタユウを呼び出した。伽羅の香りを纏って現れる優美で艶やかなもう一人の私。

 

「なっ!」

 

「アイツラを、殺せっ!!」

 

私の目に映るのは綾兄ではない。敵だ。私を追い詰める悪魔共だ。そう認識した私は大声でヨシノタユウに命令した。コクリと頷いたヨシノタユウからメギドラオンが放たれようとしている。

 

「朔っ!駄目だっ」

 

綾兄の声で私と止めようとするなんてあざとい奴ら。許さない許さない許さない。殺してやる殺してやる殺してやる!!

 

一つの感情に突き動かされている私は「やれ!」とヨシノタユウを促す。

その一手で全てが消え去る寸前だった。けど。

 

「そこまでにしてもらうわ」

 

鋭い女の声と共に首にチクりと走る痛みが私を襲う。

 

「なっ、に……!?」

 

反射的に首元を抑えると何かが私の皮膚に刺さっていて、小細工を!と舌打ちしそれを強引にブツッと抜き取り地面に投げ捨てる。よくよく確認すればそれは小型の吹き矢のようなもの。

 

動きを奪おうという魂胆か。

 

刺さった場所から血が少し溢れ出すのも厭わずに私は新たな敵を睨み付ける。

 

誰だ、私を殺そうとする奴は!?

血走った目付きで相手の顔を確認しようとするけど、なぜかぼやける視界。

 

「ヨシノたゆ、う?」

 

ならば、指示を飛ばそうとペルソナの名を呼ぼうとするけど口が回らない。世界が斜めに傾いて立っていられなくなり前のめりになる体でたたら踏むもそれは一瞬で完全に平衡感覚させ維持できないほどに私の体は急激な眠りによって行動の自由を奪われていく。それと同時にヨシノタユウも消えかかっている。私自身が保てないからだ。

 

駄目、まだ、敵が……!

 

私に誰かが必死に名を叫びながら手を伸ばそうとする行動を最後に私は意識を手放した。

 

 

暴走する朔の威力は並外れたものではない。しかも全力でメギドラオンを放とうとする彼女は理性の欠片もありはしなかった。綾時は朔を傷つけたくはなかったが、校内での戦闘しかも昼間となると早々に片を付けねばならないと断腸の想いで自身の力を解き放とうとした。だが、その前に予想外の乱入者が現れた。

 

白い白衣をなびかせて静かに佇む一人の女。

 

その者は顔見知りと言っていいほどの人物で、とても普段のだらけた様子からは想像できないほど冷静沈着な姿だった。彼女が朔に向けて放った吹き矢により朔は急激に態度を激変させ、抵抗を見せるもあっけなく地面に倒れ込む。綾時は朔が地面に着く寸前にぎりぎりセーフで抱き留めることに成功した。ふぅとインテリ眼鏡をかけた女が息をつく。

 

「間一髪だったわね」

 

「……お前は何者だ」

 

眠る朔を庇うように腕に抱きしめて綾時は低い声音で問う。すぐにでも攻撃できるよう態勢を整えて。すると女は茶目っ気たっぷりに一つウインクをした。

 

「保健室の安藤先生で、いいかしら?今回の事は上【上司】に報告させてもらうわ。さすがに暴走一歩手前で見逃しちゃうわけにいかないし」

 

綾時はしばし思案顔をし、

 

「……美鶴の部下か?」

 

と尋ね少しだけ警戒を緩めたが、まだ信じるには至らず不振の目を剥ける。安藤先生はワザとらしく肩を竦めてみせた。

 

「まぁ、そんなところ。統帥の可愛い可愛いモルモットちゃんには怪我させないようにキツク上層部には言われてるから間に合ってよかったわ」

 

朔をモルモット扱いだとほざく女に憤りを覚えずにはいられなかった綾時。すぐにでも消してやりたい衝動に駆られる。

 

「……随分と舐めた言い方をするねぇ。……気に入らないなぁ」

 

「そう殺気出さないでくれるかしら?一応ここ学校なのよ」

 

それとなく釘を指されるが綾時は構わずに仮称安藤先生を脅した。

 

「だったら発言には注意することだね。僕は気に入らない者は徹底的に潰す主義だから容赦はしないよ。人間でもね」

 

人外相手に怖がる素振りも見せずに余裕な態度を見せる安藤先生は不敵に微笑んだ。

 

「肝に命じさせてもらうわ。悪いけど佐倉は保健室運ばせてもらうわよ。ここからは私(安藤先生)の出番ですから」

 

だが朔をすんなりと手渡したくない綾時はけなすいい方をした。

 

「………君に朔が運べるのかい。そんな貧弱ななりで」

 

「貧弱とは失礼ね。女子一人くらい余裕で運べる力はあるわ」

 

しばしにらみ合いが続いた結果、仕方なく仕方なく!綾時は朔を託すことにした。自分が姿を現すわけにはいかなかったからだ。だからといってそのままルブランに連れて行くわけにもいかない。考えあぐねいたすえ涙の決断である。

女の背後にべったりとくっ付いていることでおかしな動きをすれば首一つ飛ばすつもりだった。

 

「少しでも変な真似したら覚えておいて」

 

「わかってるわ。過保護すぎると嫌われるわよ」

 

「なっ!?」

 

絶句する綾時に安藤先生は喉を鳴らして女の細腕で朔を姫抱きして保健室まで運び、その後惣治郎に迎えに来てもらう為電話を掛けたのであった。

 

その後、朔は突然の電話に驚愕し保健室に転がり込んできた惣治郎によって家まで運ばれることになった。酷く取り乱しエプロンを着けたままの状態で学校にやってきた惣治郎はベッドに寝かせられている朔を見て顔を青ざめよろよろとベッドの傍について眠る朔の髪を撫でた。

 

「……先生っ!朔は一体どうしったってんだ!?」

 

「実は……」

 

幸い、過労と今日の事件のことがショックで倒れたという説明により惣治郎は納得したので怪しまれることはなかったが暫く学校は休ませるということになった。

 

 

一方、朔のことなど知らない蓮達は三島を問い詰めたことにより一連の首謀者が鴨志田であることを知る。鈴井志帆が鴨志田の鬱憤晴らしに利用されたことを知り怒髪天を衝く勢いとなったが、奴は権力を振りかざし蓮、竜司、三島に退学処分を言い渡した。今度の理事会で取り上げ正式に退学させると脅し、下卑た笑みを浮かべた。蓮と竜司はモルの協力を得てカモシダパレスに潜入し、オタカラを盗むことで罪の告白をさせようとたくらむ。一度、朔と連絡を取る為電話を掛けるも留守電に切り替わったので伝言だけは入れておいた。

 

さて、そこに高巻杏が聞き耳そばだてて異世界ナビであちら側に巻き込まれる形で行くことになる。一度はジョーカー達に追い返されるもなぜか杏のスマホに異世界ナビが入っており彼女はそれを使用して単独でカモシダパレスに潜入してしまうことになった。その先でシャドウに見つかってしまい捕らえられてしまうことに。いち早く杏の危機に気づいたモナの言葉により杏の元へ駆けつけるとそこには複数のシャドウに刃を突きつけられ四肢を縛り付けられ身動きが取れずにいる彼女とシャドウ鴨志田の姿があった。杏の危機にジョーカーたちは彼女の命を盾に出されただ見ていることしかできずにいた。言葉の暴力で杏は弱気になるが冷静なジョーカーからの

 

「また言いなりか?」

 

との問いかけに目の覚める想いとなった。ずっと我慢して我慢して従っていればいつか解放される時が来ると思い続けていた。逃げていたのだ、現実から。目を背けていた。だから鈴井志帆は鴨志田の犠牲となった。

弾ける意識と心の奥底で眠っていた反逆の力が目を覚ます。

 

「もう、我慢しない!行くよ、カルメン!」

 

男を虜にする妖艶な踊りの美女。カルメンと共に世界に反逆の意思を掲げた杏は勇猛果敢に強敵に立ち向かった。

ここにまた新たな怪盗の仲間が集った瞬間だった。

 

その後、杏の活躍もあって強敵を退けるも初めてのペルソナの目覚めと戦闘により疲弊し混乱した杏を連れてジョーカーたちは一度現実世界へと戻ることにした。そこで、鴨志田のこれまでの罪を告白させる手段としてオタカラを盗むことを杏に説明すると自分も一緒にやりたいと願い出る。もとより仲間が少ないことを懸念していたので蓮達は喜んで杏を受け入れた。

 

ふと思い出したようにスマホを取り出した蓮はいまだ朔から音沙汰がないことに違和感を覚えた。

 

「そういえば、朔から連絡が中々ないんだけど、どうしたんだろう」

 

「あん?用事でもあるんじゃねーの。アイツ、薄情っぽいし。オレ達に協力しようとしねぇしよ」

 

投げやりないい方をする竜司に対してモルが目を吊り上げて蓮のバックから飛び出してリュージに飛びかかった。

 

『サクはそんなんじゃねーぞ!?馬鹿リュージ、適当な事抜かしてんじゃねー!』

 

「うわ!爪立てるなっ」

 

シャーと毛を逆立てて怒るモルを抑えようと格闘する竜司。実は蓮も今の発言にはちょびっと怒った。なので助けようとはせずに傍観している。慌てた杏が仲裁に入ったことで竜司から引き離され杏によって宙ぶらりんに抱き上げられたモルは「うぅ~」と唸って竜司を睨みつけている。

杏はため息をついてモルを蓮のバッグにしまい込む。

 

「……前から思ってたけど佐倉さんって、アンタたちとどういう付き合いなの?」

 

「付き合いって言うか、あっちの世界の事知ってる。勿論モルの事も」

 

そう簡潔に蓮が説明すると杏は目を瞬かせた。

 

「……それって私達と同じ力があるってこと?」

 

『ああ。サクはオレと出会う前からペルソナ使いをしていたらしいぜ。リョージもそうだ』

 

「……リョージ?って」

 

途端に口を滑らせたことを知ったモルは慌てて口元を前足で塞ぐもすでに遅し。

 

『……あっ……。やべっ!』

 

「モル、それってもしかして朔の背後霊じゃないか?」

 

にこやかに微笑む蓮に首根っこ引っ掴まれてバッグから引っ張り出されたモルは『ギクゥ!』と分かりやすいリアクションを取る。杏が不思議そうな顔をして竜司に「背後霊?なにそれ」と尋ねるが、竜司は「知らねぇ」と首を横に振る。

その間にも蓮はモルガナに迫る。

 

「モルガナ。正直に答えたほうが身のためだぞ」

 

「ニャ、ニャー!」

 

「こんな時だけ猫の振りするなよ」

 

呆れたように竜司が突っ込んだ。意地でも口を割ろうとしないモルガナにしびれを切らして、だったら朔に直接訊くと蓮は早々に仲間に別れを告げて佐倉家に向かった。

だが家に向かう前ルブランの目の前を通ったら、いつもは開いている店がcloseのプレートが下げられていて変だなと思いつつ、佐倉家に向かえば暗い顔をした惣治郎が蓮を出迎えた。

 

「……あ、おじさん。ただいま」

 

「ああ、お帰り」

 

「どうかした?顔色が、悪いよ。それにお店も閉まってたし」

 

そう言って慣れた動作で玄関に腰掛けて靴を脱ぐ。

 

「……お前は、知らなかったのか?」

 

「何が?」

 

動きを止めて自分の後ろに立つ惣治郎を見上げると、彼の口から信じられない言葉が出た。

 

「朔が、……学校で倒れたんだよ」

 

「……え……」

 

そこで初めて、蓮は初めて朔が学校で倒れたことを知った。バッグに入っていたモルが『サク!?』と声を上げて飛び出して素早く階段を駆け上がって行くのを呆然と見送るしかなく、惣治郎の説明を右から左へと聞き流していた。

 

「今部屋に寝かせてる。過労と、今日学校で飛び降りあったって?それがショックでぶっ倒れたらしい。暫く店は休む。朝飯は夕飯と同じでこっちに食べに来いよ」

 

「あ、うん……。おじさん、朔の様子見てもいい?」

 

「おう。顔見せてやれ。双葉も泣きつかれて部屋に寝かせたとこだ。今なら顔見られる」

 

惣治郎の娘、双葉とは顔見知りだが極度の人見知りであるため滅多に顔を会わせることはない。たまに後ろ姿とか朔の部屋にパパッと逃げ込むところなんかは見たことがある。

泣きつかれたということは双葉にとってもショックだったということ。

 

「ありがとう」

 

許可を得た蓮は重たい足を上げて階段を昇って行った。

今も朔が倒れたという事実をうまく受け止めてきれていない。

朔の部屋の前にはモルが前足でカリカリと何度もドアを開けようとしていて、蓮が上がってきたことに気づくと

 

『おい!ドア早く開けてくれっ』

 

と切羽詰まった声で頼んだ。猫の姿では朔の部屋に入ることもできないのだ。いつもはこの部屋の主がドアを引っ掻く音が聞こえればすぐに開いていたドアも今は固く閉じられている。

蓮は黙ってドアに手を掛けた。ほんの少しの隙間から身を滑らせて先に入り込むモルに続いて蓮も部屋へ入っていく。

そこには、ベッドに横たえられ眠りについている見慣れた少女と、その横に腰かけて朔の手を握りしめ見守る青年がいた。モルは青年がいることに構わずベッドへと飛び上がって『サク、サク!』と必死な声で少女の名を呼びながら頭をこすりつけた。

 

『リョージ!サクはなんで倒れたんだよっ!?』

 

「……過労とされてるよ。表向きはね」

 

『なんだそれ、他に理由が……?』

 

普通の人間ならモルガナの言葉など分からないはずなのに平然と会話をする青年。それは蓮が視た朔の背後霊だった。

ふと、その青年が顔を上げて立ち尽くす蓮に視線が向けられる。

 

「やぁ、雨宮君。朔が日頃からお世話になっているね」

 

背後霊は場違いな笑みを浮かべてこう挨拶をした。

 

「僕は、望月綾時。初めまして、じゃないね。ワイルドの力を持つ者よ」

 

吸い込まれそうなほど彼の澄んだ瞳が蓮に向けられるが、蓮にはそれが好意ではなく敵意を抱かれていることを密かに感じた。

 

【彼は滅びの宣告者】



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叫べるものなら叫んでる。

書き始めた頃よりもお気に入りの数が増えてて日々戦々恐々しています。
これも励みと思いつつ本編よりも似非おとぎ話の方へ妄想して逃げる日々。では本編どうぞ。


『海に行かないかしら?気分転換に』

 

そう言って誘われたのは、二人が出会った初めての場所。

 

夕暮れの海辺に二人の女性が佇む。一人はふんわりとした髪を海風で揺れるのを手で押さえながら。もう一人はサラリとした黒髪に黒メガネを掛けて白衣を風に揺らしている。キリリとした印象が特徴的だった。

 

「最近、呟きが無くなったらしいな」

 

ついこの間まで奇行が目立っていたようだが、ピタリと収まったと馬鹿息子が逐一報告に来るのでこれでしばらく静かに仕事ができるとほっとしていたのだ。

 

それだというのに、どうしてここに誘うのか人魚の親友は理解できずにいた。対して人魚はいつものようにマイペースな様子。海に足を浸からせて「ああ~、生き返るわ」と嬉しそうにはしゃいだりした。

 

「おい、はぐらかすな」

「はぐらかしてないわよ。……気になるのね、あの子が」

「………」

「お迎えが来たわ。どこへ連れて行かれたのかは知らないけれど」

「―――そうか」

 

人魚の親友はぽつりと答えた。海辺に沈んでいく太陽をじっと追いかけるように見つめる。

 

「……あれから700年くらい経ってるかしら。貴方が精神的に死にかけて浜辺に打ち上げられてから」

「……正確には699年と三か月だ」

「細かいのね、変わらず」

 

人魚は苦笑した。今の彼女の固い口調が定着し始めたのはいつだったか。最初はもっと女らしい言葉遣いだったのに、過去の自分を消すかのように彼女は変わった。変わざるおえなかった。そうでなくては、きっと人魚の親友は今隣にいなかっただろう。

 

「………」

「恨んでいる?私の、事」

 

ぽつりと人魚は問いかけた。ずっと、胸の奥にしまって訊ねることをためらってきた。けど今なら口にすることができる。そう決めた人魚は意を決して親友に尋ねた。

 

自分を恨んでいるか、と。

 

親友は決して人魚の方を向こうとはしなかった。ただ、

 

「……どうしてそう思うんだ」

 

と静かに尋ね返す。

 

「だって、貴方はあの時『死にたい』と言って涙していたわ。でも私は貴方を助けた。私のエゴで」

 

かつての恋人に置いて逝かれた彼女はただ死を願い続けた。だが寂しがり屋の人魚は親友が欲しかったから彼女を死なせずに生かした。

 

「……そう。私は死にたかった……。死を望む私に居場所を与えたのはあんた」

「でも貴方は死ねなかった。それが恋人からの【呪い】だから」

 

【愛の呪縛】

 

自分より先に死んではならない。そう恋人からの呪いで親友は死ぬことができなくなった。恋人が病気で死んでしまった後でもその呪いは途切れることなく親友を蝕んでいった。

 

「……馬鹿よね。人を殺しておいて幸せになれるわけないのに。だから彼の最後の死に顔は安らかな顔ではなかった。おぞましい形相で苦しみの中に死んでいった」

 

今でも脳裏から消せないほど鮮明に思い出せる、恋人の死に際を。これが罪の証。

 

因果往々。

決して誰人もその輪から逃れることはできない。犯した罪の数だけ死の後に待ち受ける罰が課せられるのだ。

不老不死である親友も、人魚も死ねばきっと同じような罰が待っているだろう。精々今を懸命に生きろと天の方からのお達しというわけだ。

 

「……今も、そう思っている?」

「……いや、最近は割と……お前の息子のジークもいるし退屈ではないよ」

 

そう言って滅多に笑わない親友は小さく微笑んで人魚を見つめた。

 

「……そう。良かった」

 

人魚は親友の笑みに目を見張っては、ゆっくりと微笑み返した。

 

「……それはそうとトリトン王はジークを王族として迎えるつもりらしいじゃないか。それでいいのか?」

「……それね。断ろうと思うの」

 

迷わずに人魚はそう答えた。

 

「理由は」

「……あの子には、やっぱり平穏が一番だと思ったから。海ではなくジークが生きるのはきっと陸なのよ」

 

彼の人生は彼のもの。決して母親だからと言って都合の良い道を選んではいけないのだ。ジーク自身が自分で決めて選び進んでいくものだから。700年弱かけてようやく知ることができたのだ。かなりの進歩を言えよう。

 

「……少しは母親になれたな。メリエル」

「ええ。これも貴方のお陰よ。ヴァレリ」

 

不老不死となった落ちこぼれ魔女と、

永劫人々の間で語り継がれるであろう天然ボケ人魚は

共にゆっくりと人生の最後の帰路まで歩んでいくだろう。

 

持ちつ持たれつの関係のまま。

 

【人魚姫の息子】

 

※※※

 

深淵の奥深く。人々が忘れ去った場所に彼はいた。自らの魂を捧げることで仲間たちを守りぬいた彼は英雄のようにもてはやされることはなかった。むしろその存在を永遠に失ってしまったことに仲間たちは嘆き悲しんだ。大切な人たちが生きれる世界を残した。一度破滅を迎えようとした世界は今再び破滅を迎えようとしている。彼はその場所から手を伸ばせば届きそうな場所に縮こまって眠っている彼女の名を慈しみを込めて呼んだ。

 

『朔』

 

『……誰』

 

顔を少しあげた彼女の目元は赤い布に覆われて目隠しされていた。

異形の証であるそれを彼女が外すことはない。なぜなら彼女は外界を恐れているからだ。自分に害なる者しか生存しない世界など壊れてしまえと呪詛の言葉を吐き彼女は身を縮こまらせる。

 

だが先ほどからそんな憐れな少女を呼び続ける声がした。何度も何度も。

 

『朔』

 

『……聞き覚えのある声』

 

少女は耳を澄ませてみた。懐かしいと思える声に少し興味が沸く。だが

 

『朔、こっちだよ』

 

まるで誘導するかのようないい方に彼女はまた恐れをなして耳を塞いだ。

 

『いや!目を開ければ怖いものばかりだもの。目隠ししていれば安全だわ!』

 

『でも俺が見えないだろう。大丈夫、ここに君を傷つける者はいないよ。俺が許さないから。だからお願い、朔』

 

耳を塞いでいるというのに今度は脳に直接メッセージが送られてくる。懇願してくる言葉に恐る恐る彼女は真偽を確かめた。

 

『……本当?私を傷つけたりしない?』

 

『俺が君に嘘をついたことがある?』

 

『………分かった』

 

彼女は彼の言葉を信じることにした。どうしてか、信じてもいいと思えたからだ。

後ろで結ばれていた目元の布をシュルリと取り去り、ゆっくりと瞼を開いていく。すると、目の前には巨大な檻があった。鋼鉄の檻は左右にどこまでも広がっていて彼女の腕一本通れるか通れないかぐらいの隙間がある。何より彼女の目を一番に惹いたのは檻の中にいる彼の存在だ。全身白い恰好でまるで天国にいるかのような姿。

 

『……湊兄?』

 

『ああ、やっと可愛らしい顔が見えた』

 

檻の向こう側で喜びに頬を緩める少年は幼少の頃、兄と慕いすでに故人であるはずの有里湊その人だった。

朔は信じられないと思いながらも震える足で檻の方へ近づいていく。湊は檻越しに手を指し伸ばした。朔はゆっくりとその手を取った。

 

『湊にぃ』

 

『朔。綺麗になったね』

 

『………ほんとに、湊兄?』

 

『うん』

 

ぎゅっと握りしめ合う指先からかれ温もりが伝わる。朔はゆるゆると瞳を緩ませていった。本当なら死んだはずの人がいるはずがない。けど湊は大切な人の為に囚われることを選んだ。その大切な人の中に自分も含まれているのかと思うと切なくなってくる。

今も湊は冷たい檻の中で囚われているのかと思うと……。

 

湊は慈愛こもった瞳で朔を見つめこういった。

 

『俺はこの檻から出られない。でも一度だけ、本当に一度だけこの檻が開けられる瞬間が来る』

 

『檻?』

 

『その時はおいで。俺の所へ、綾時と一緒に』

 

『……そっちに行ってもいいの?』

 

そっち側がどんな場所であるか、朔は知っているはずだ。だがおいでと誘う湊に騙されているわけではないと分かっている。本当に来て欲しいと湊は願っているのだ。

 

『うん。俺は歓迎するよ。でも朔が選択しなければ檻は開かないんだ』

 

『私が?』

 

『そう。だからその時が来たらちゃんと選ぶんだ。君の世界を』

 

『私の、世界』

 

そっと湊は手を引いた。解かれる指先に朔はハッと我に返る。

 

『俺はずっと朔を見てるよ。ここから、ずっと』

 

『湊兄!』

 

檻の中に必死に手を伸ばしても湊の姿はゆっくりと遠ざかっていくだけだ。湊は繰り返すように言った。

 

『朔、選ぶのは君なんだ』

 

ダルイ倦怠感と柔らかなシーツの感触と繋がった温かな指先で私は意識を取り戻す。

目覚め初めて目にするのは、私の顔を覗きこむ綾兄の優しい瞳だった。

 

「…あ…」

 

綾兄は目覚めたばかりの私を自分の膝に持ち上げて頭を撫でて抱きしめながら言った。

 

「朔は何も気にしなくていいんだ。思い出さなくていい。いいかい?思い出さなくていいんだ」

 

何度も暗示をかけられているかのように繰り返される言葉。次第に私はああ、思い出さなくていいんだと安堵する。綾兄は、優しく微笑んで私を抱きしめてくれた。

 

それでいいんだ。朔。君は君のままでいい。

 

耳元で甘く囁かれ私は安心して身を委ねる。瞼を瞑り綾兄の温もりに癒されてほだされていく。これでいい、これでいいと広がっていく言葉の魔力は何かに抗おうとするものを抑えてくれる。

 

「なんだか、不思議。気持ちがどんどん治まっていくの。怖い気持ちが抜けていくの」

 

「……朔、君は僕の掛け替えのない大切な妹だ」

 

「うん」

 

ぎゅっと抱きしめられ綾兄からの独占力に甘く酔いしれる私。

 

「誰にも、渡さないよ。誰にも――」

 

「うん。ずっと、一緒だよ」

 

包まれる温かさに涙がじんわりと浮かんだ。悲しいわけじゃないのに涙が止まらなく溢れてしまう。

 

「綾にぃ」

 

「朔、湊には会えたかい」

 

「湊にぃ?……うん、会えたよ。あのね、湊兄はずっと待っててくれてるみたいなの。私と綾兄を」

 

「そう。そうだね、一人は寂しい場所だよ。あそこは」

 

綾兄はその場所を知っているようだ。まるで体験してきたようないい方に私も表情を曇らせる。それに酷く胸が痛んだ。きっと寂しかったのだろうと思う、湊兄と出会うまでは。だから私は綾兄の背に腕を回して寂しくなんかないよという意味を込めてさらに抱き着いた。すると綾兄は分かっていると言わんばかりに頭をポンポンと二度軽く叩いた。

 

「………私が選ばないと檻は開かないんだって」

 

「そうだね。朔はどうしたい?」

 

「……分からない。どうすればいいのか」

 

「まだ時間はたっぷりあるさ。ゆっくり悩んで決めればいい」

 

「うん」

 

私と綾兄は暫くの間、そのまま抱きしめ合っていた。

ほどなくしておじさんが部屋にやってきてから私が倒れてから数日経っていることを知る。

 

 

今日は四月二十一日。

 

気が付けばカモシダに予告状を出す日らしい。というのも私の数日間の記憶が欠落しているのだ。あれよあれよという間にカモシダパレスに潜入することになった。ペルソナ使いが雨宮君から二人加入ということで怪盗団らしくなったとモルは喜んでいる。だったら私と綾兄はお役目御免かしらと冗談交じりに言ったらモルは本気で受け止めて慌てて、サクとリョウが抜けるなんて考えられねぇー!と必死に止めてきた。まさか、冗談を本気に受け止められるとは私も考えていなかったのでモルに辞める気はないと説明するまで時間が掛かってしまった。意地悪するつもりなかったんだけどモルにとって私達は大切な仲間と受け止めてもらえて嬉しく思う。

 

そして怪盗姿で皆の前に御披露目となった今日。警戒した様子の雨宮君(なにかあったのかしら?)が少し気になったけど綾兄に誤魔化されて有耶無耶になってしまった。

 

だから晴れて怪盗団として参加するのは今日が初めてなのだけれど。私としては、コーティザンの衣装で皆の前に出るのはドキドキなのです。

 

「よろしく。皆」

 

「え、誰?」

 

開口一番に高巻さんに言われてうっとたじろいでしまう。

 

「……そんなに衣装変かな」

 

自分の衣装をちらちら気にしながらぼそっと呟くと雨宮君と綾兄が声を揃えて、

 

「いや似合ってる」「まさか似合ってるよ」

 

と褒めてくれた。若干照れながら私はお礼を言った。

 

「ありがとう」

 

だが二人は私の言葉など聞いておらずおでこくっ付きそうなほど顔を近づけてメンチ切って睨みあっている。

 

「なぜ貴方が朔を褒めるんですか。シスコンも度が過ぎると大概ですよ見苦しいですよ」

 

「可愛い妹を褒めて何が悪いんだい?君こそ赤の他人にしては深入りしすぎじゃないかい。前にも言ったけど適度な距離で頼むよ適度な距離で」

 

いつの間に仲良くなったのか私は知らなかった。でも喧嘩するほど仲が良いというので良しとしよう。

しかし一連のやり取りでようやく私であると認知してもらえたようだった。

 

「え、その声。マジで佐倉朔!?」

 

「うっそ!」

 

女豹の高巻さんは大口開けて驚いた。それはいい。その反応は分かる。だがそこの海賊男子、聞き捨てならぬことを吐いたな。

 

「名前で呼ぶな!」

 

「あ。本人だった」

 

条件反射に怒鳴る私に金髪男子こと、坂本君は間抜けな表情になってそう呟いた。私は皆の視線が集中することに居た堪れなくなり無理やり声を張り上げた。

 

「おっほん!私、コーティザンと申します。そしてこっちは……」

 

隣のタキシード仮面を紹介しようと腕を引っ張って、促すとファルロスは私の意図に気がついて皆に胸に手を当てて恭しく頭を下げた。

 

「コーティザンの相棒。ファルロスです。どうぞよろしく」

 

「……なんか一人だけ別世界ってカンジ」

 

坂本君の呟きは私も賛成。こうアニメの世界でも紛れ込めそうって意味でしょう。モナがしっかりと私達の事を説明してくれた。

 

「コーティザンとファルロスはワガハイと行動を共にする前からペルソナ使いだ。勿論パレスの事も詳しい。お前らのサポート役は二人に任せるからしっかり教えてもらえ」

 

「というわけなんで、よろしく」

 

っていうわけでこれからカモシダパレスに潜入ってことなんだけど。その前にファルロスが独断で決めたことを皆にサラッと話す。

 

「で、今日はカモシダシャドウを懲らしめにいくって話らしいんだけど。僕とコーティザンはパスってことで!」

 

「え?」

 

「「は?」」

 

目が点になる高巻さん達。私だってそうだ。何も聞かされていないし倒す気満々だったのに。ファルロスはあっけらかんと口元に笑みを浮かべて言う。

 

「君達意外と強いみたいだし僕たちがいなくても大丈夫でしょう。モナもいるしさ」

 

「そりゃそうだが……」

 

モナも皆の実力なら大丈夫だと思っているらしく、戸惑いながらも認めてはいる。けどせっかくお披露目してそのままバイバイはないでしょう。でもファルロスの考えは割と正解だった。

 

「大体大人数で動いたって効率がいいわけじゃないし、狭い城の中で別行動したって行きつく先は一緒なんだ。僕たちが先に攻略をしているお陰で君達はすんなりとボスの所までたどり着けるだろう。ということで僕とコーティザンは帰らせてもらうね。あ、モナは今日彼の部屋に泊めてもらってね。僕たち佐倉家の方に帰るからさ」

 

「え、ちょっと?ファルロス!」

 

「じゃあ、お先に」

 

という強引さで私は攫われるようにファルロスに抱きかかえられてカモシダパレスから帰ってきてしまった。現実世界での学校前から私は綾兄と手を繋いで駅まで歩き途中、どうしてあんな強引な事をと訊かずにはいられなかった。すると綾兄は

 

「だって汚いものを朔に見せるわけにいかないだろ」

 

と爽やかに言ってのけました。カモシダパレス内で起こることを知っているような口ぶり。

私は呆気にとられるしかなくこういう時綾兄に何を言っても無駄であることは十分理解しているので下校途中の生徒たちに仲良く手を繋いでいる私たちの姿がたとえ明日、変にねじ曲がった噂として校内で流れようと気にしないことにした。どうせいつもの如くやれビッチだ不潔だなどと言われる程度なのだ。

 

私の大好きな綾兄に害がないのならどうでもいい。

 

「だったら放課後デートでもしますか」

 

「それもいいね」

 

「綾兄のおごりで」

 

「了解」

 

とここで私のスマホが着信を告げる。綾兄に取り出してもらい出ると珍しい!なんと荒垣先輩からだった。

 

「荒垣先輩!」

 

『元気か、朔』

 

頻繁に会っているとは言えないけどつい先輩と呼びたくなるほど優しい人で荒垣先輩から教えてもらった料理のレシピは佐倉家では大人気だ。

 

「はい。あのこの間はお見舞いのお花とかお菓子ありがとうございました」

 

『いや、気にすんな。他の奴らも心配してたぜ』

 

「はい、そうみたいで順平さんとかゆかり姉とかに電話でしこたま叱られました。えへへ……。風花姉にもですかね」

 

皆に迷惑をかけてしまって本当に反省してますと電話口で謝るとホントだと言われなんだかしょげてしまう。私が体調に気遣わなかった所為で皆に要らぬ心配をかけてしまった。

 

学校で起きた事件が原因らしいが、おじさんも詳しく教えてくれないしどういう内容なのかがいまいち分からない。綾兄も誤魔化して教えてくれないしそれとなくモルに尋ねても分かりやすく動揺して話を逸らしてくる。で決まって皆言うんだ。

 

『朔には関係ないことだから』って。

 

私には関係ない。そう何度も同じ言葉ばかり言われると、あ、本当に私に関係ないことなんだって思えてくる。だから今は関心すら沸かなくなった。不思議だね。

まるでマインドコントロールされてるみたい。

 

さて荒垣先輩だけど、彼も私が倒れていた間にお見舞いに来てくれていたらしいので顔を会わせることはなかった。どうせなら会えないかなぁなんて期待込めつつ会話をしていると一緒にラーメンでも食べに行くかとの誘いをもらった。これには飛び上がらんばかりに喜んで声を弾ませて綾兄と一緒に行くと大声を上げた。周囲の視線などまったく気にならないくらいだ。綾兄は苦笑しながらとりあえず道路の端っこへと誘導してくれる。

 

「行きます行きます!死んでも行きます!」

 

『後半はいらねぇぞ、冗談でも』

 

「はい!どこ連れてってくれるんですか?っていうか待ち合わせは?迎えに来てくれるんですか!?」

 

早口でまくし立てるように矢次に尋ねると荒垣先輩は動じた様子もない。

 

『これから行く。高速飛ばせばはがくれ行けるだろ』

 

「はがくれ!?おぉ~」

 

あの湊兄が足繁く通ったとされる伝説の、は・が・く・れ!

一度は行ってみたいと思っていたのだ。何という夢のシチュエーション。荒垣先輩と私と綾兄が一緒だなんて。ああ、幸せ。

 

『じゃ、待ち合わせは――――』

 

荒垣先輩が待ち合わせ場所を伝えてくれてたけど私は幸せのあまり有頂天だったので綾兄が代わりに場所を聞いてくれていた。それから待ち合わせ場所で荒垣先輩の車を待って待ちに待ったはがくれデビューを果たしたのである。

 

※※※

すっかり夜になってしまった。四月とは言え、まだ夜も冷え込む時期。佐倉家にはすでに遅くなるという電話を入れてあるので心配されることはないが、それでも遅くはなるなと厳しく電話口で何度も惣治郎に言われ彼が納得するまで電話を終えることができなかった。お腹一杯満たされ朔はお店を出てから荒垣に礼を言った。

 

「美味しかった~。また連れてってくださいね!」

 

「またな」

 

ぽんと朔の頭を撫でる荒垣。笑えない朔は目元を細ませ気持ちよさそうにする。たとえ笑えていなくとも荒垣には嬉しそうに微笑む朔の姿が想像して見えた。

朔が自分のスマホをいじって雨宮達からのMissionクリアの連絡に返信している間に綾時がさらりと紙を差し出す。

 

「これ、僕のアドレス。お願いね」

 

「……そう美鶴を出し抜けると思わねぇ方がいいぞ」

 

紙を受け取ってさっとポケットに乱暴に突っ込むと荒垣は忠告をした。

 

「分かってるさ。君は保険だよ」

 

「っチ……」

 

男二人の謎のやり取りを知ることなく、朔が返信を終えてさっと綾時の腕に自分の腕を絡ませて強引に覗き見る。

 

「あー!綾兄いつの間にスマホ持ってるの?もしかして自分用?」

 

「うん。これがあれば朔といつでも連絡できるからね」

 

「そんなこといっていっつも私の背後にいるじゃない」

 

「まぁ、万が一ってこともあるからさ。ちなみに朔のスマホには僕の連絡先すでに登録済みだから安心して」

 

「えぇ!?いつの間に……」

 

パスなんていつの間に分かったんだろとブツブツ呟きながら荒垣の車へと三人並んで向かうのであった。

 

【君は知らないままでいい】




彼は歪んだ物語をパタン、と一つまた閉じ本棚に収めた。

幸せの形。それは誰もが同じパターンではない。
他人にとっては悲しみの最後でも本人にとっては幸福な終わり方である時もある。

故に、その物語は証拠として本に残され彼の手元にあるのだ。

本物とは何を指す?偽物とはどこから決める?
人間が決める物差しに境目はない。決めるのは極限られた方だけ。

憐れな人魚姫と不老不死の魔女。

彼女達は自分たちの生き方に満足しているのだろう。故に彼女達は巡り合った縁を大切にして生きていくはずだ。終わりの時まで。

「これで、二つ。まだまだ道のりは遠そうだ」

彼は、無事に【記録】を回収することができた。

「ちょっと!いつまでこんな地味な仕事させんのよ!」

乱暴な言葉遣いに似合わない可愛らしい容姿を持つ少女は椅子に縛り付けられながら片手に羽根ペンを持たせられ空っぽの本棚の前に立つ男に文句を飛ばす。男はゆっくりと振り返りながらいつもの癖である眼鏡をくいっと持ち上げた。

「いつまで、とは?」
「何そのいい方!?」
「まったく反省の素振りすら見せないのですね。貴方は」
「反省してるわよ!だからこうやって手が痛くなるの我慢して付き合ってるんじゃない」

罪を背負った少女は男の元である仕事を任せられていた。真っ白な本にただひたすら自動で動く羽根ペンで字を書くことだった。楽、と思うかもしれないがこの作業、本が完結するまで終わらないのだ。席を立つことさえ許されない。存外退屈を嫌う少女にとって苦痛以外の何者でもない。だからこそ彼女に最適な仕事なのだ。ちなみに今は報告書(感想文)を書かせれている。それも彼女の仕事なのだ。
男は呆れながらも机の前まで行き、少女が仕上げた報告書(感想文)を手に取って、目を動かす。顎に手をやって「ふむ」と一つ頷き自分の腕時計をちらりと見て「もうよろしいですよ」との言葉と同時に少女は「はぁ~~~」とため息をついて羽根ペンを放り投げ机に突っ伏した。

「これくらいでへこたれては先が持ちませんよ」
「うるさいわ~」

気力もない声で少女は言い返す。本当に口先だけは一人前だと男は心の中で思い

「しばらく休んでいなさい。次がまたありますから」

と言い残して【   】を目指し彼は異世界へのドアを開けて出ていった。

残された少女はのそりと顔をあげていなくなった【上司】に悪態づいた。

「失敗でもしてくればいいのよ、偏屈眼鏡!」

彼が飛んだ先でくしゃみしたとかしないとか。


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彼が彼たらしめるものは

栞・お気に入り等ありがとうございます。

只今アトリエオンラインの罠にはまり更新停滞中です。同時にストック切れを起こしておりますのでもっと遅いです。
課金するかしないかのぎりぎりの瀬戸際で生きてます。タンドリオン引いたけどすばやさ遅すぎて使えねぇ。


『お前、ブッサイクだな』

 

初恋だった幼馴染の男の子からそんな事を言われてしまった頬にそばかすのある少女は目に大きな涙を溜めて男の子の腹に盛大な蹴りをかまして草原から逃げた。

 

『げぼ!』

『アホンダラ~!』

 

何度も何度も砂利だらけの道で転びながらお屋敷に帰った少女は優しいおばあ様のお膝でずっと泣いた。

 

『おばあ様、わたしってブサイクなの?』

『そんなことはないわ、私の可愛い小さな天使。お前は誰よりも素直で元気な子よ』

 

おばあ様は優しく少女の髪を撫でた。おばあ様は足を弱くしていていつも杖をついて歩いている。少女はおばあ様が大好きでたまらなかった。自分の知らないお話を訊かせてくれるから。だからいつもおばあ様の足が良くなりますようにと趣味の一環である発明ともいえない奇抜な機械ばかり作ってはおばあ様の役に立ちたいと願っていた。

けれどおばあ様は体調を崩してあっさりと亡くなってしまった。

おばあ様が亡くなってから、少女は元気を失くしてしまった。いつもおばあ様が座っていた椅子に縋って泣いていた。

 

『うぅ、おばあ様……約束していたのに。いつか、いつか一緒に遊びに行こうって』

 

けどずっと泣いてばかりの少女を心配した両親がある有名な魔女にある頼み事をした。

 

どうか、娘にいつもの溌剌とした元気(暴れん坊)を取り戻して欲しい。

 

魔女は滅多に研究所(ラボ)から出ることはなく、いつも代理のぽやっとした美人の秘書が対応していた。だがその秘書もまるで頓珍漢な事ばかりいうのでその補佐として秘書の息子が幼いながらに大人相手に応対し、金勘定までこなしていた。支払いは後払いでも可能だったが大抵金を渋る奴ばかりなのでそういう奴には美人秘書が密かに取り立てに行っていた。周囲の人間はあの美人秘書には無理だろうと心配していたが、まるでそんな心配などよそに美人秘書は一切乱れた様子もなくいつも通りのぽやっとした様子でしっかりとお金の回収に勤しんでいた。

 

さてそんな魅力もない依頼に魔女がすぐ飛びついたかと言えばそうでもない。なぜなら魔女はそれはそれは高額な客でなければ相手にしないと噂されていたからだ。がめついというかなんというか。ブランドというものを大切にしていて馴染みの客からの紹介で渋々内容だけは聞く(無論出張費はもらう)という条件で少女の御屋敷を訪れた。だが少女は先回りして父が所有する高い塔のてっぺんに逃げた。魔女は呆れながら父親自らの手でそこへ案内される。

 

高い塔には階段があるが少女の発明道具によってトラップが張られており階段を使うことができない。仕方ないので声が拡声する薬を具備ッと飲んで魔女は下から叫ぶことにした。

 

「情けない」

 

魔女は泣きすぎて兎のように目を真っ赤にさせているであろう少女に向けて大きな声で言い放った。

 

「?」

「泣くだけで死人が生き返るなら誰だってそうしているだろう。お前は悲劇のヒロインぶって現実から目を背けているだけの弱者だ。道端の石ころにも満たん!所詮お前の発明など一時の道楽にすぎない」

「……っ、ちがうわ!」

 

少女は思わず叫び返していた。

 

「わたしはおばあ様の為にこの綺麗な眺めをみせてあげたいと思っていたのよ!わたしが作った発明で!決してあきらめたりしないわ!こんなところでずっと泣いてるわけじゃない!」

「だったら作ればいいだろう」

「!?」

「作ると決めたのなら作ればだけのいい話だ。何を落ち込むことがある」

「……」

 

ストン、と少女の中で何かが落ち着いた。色々とごちゃごちゃしていたものが綺麗におさまって行ったのだ。魔女の言葉一つで。

 

少女は高い塔の窓から下を覗き見た。そこには若い女の魔女がいた。

綺麗で鋭利な刃物のような印象を受けた少女は、

「あの、貴方は……」

 

と魔女の名を尋ねた。魔女は少女を見上げて名乗った。

 

「ヴァレリだ」

「ヴァレリ……さん」

「さっさと降りて来い。父君と母君に余計な心配を掛けさせるな」

 

そう言い残して魔女は身を翻してさっさと屋敷へと歩き出していく。少女は慌てて部屋を飛び出て階段を降りようとした。けど自分で作ったトラップに嵌ってしまい情けなくも恥ずかしい姿で助けを呼ぶ羽目になってしまう。少女が助けられている間に魔女はさっさと報酬を受け取って帰ってしまった。

 

「ヴァレリ師匠……、素敵!」

 

少女は頬をピンク色に染めて勝手に魔女を師匠と決めてしまった。それから少女は魔女に弟子入りを志願するが蹴とばされてしまうがそれでも粘り強く諦めようとはしなかった。

 

それから少女はメキメキと才能を開花させていき、後に機械仕掛け人の魔女として有名になるのである。

 

【高い塔の上の少女】

 

※※※

 

荒垣真次郎は初対面を果たした佐倉朔の瞳に宿る復讐の色を感じ取ってから、この脆い少女をお節介人物listに加えた。それもトップ上位に入るくらいに。かつての復讐に身を燃やす天田を見ているようで放っておけなかった。復讐を果たした人間が幸せになることはないと知っているからだ。

 

ペルソナ、【カストール】を制御する為に服用していたペルソナ制御薬にて副作用により一度死の縁を体験しその身をもって知った【生きる】という意味を少女に教えたかった。だから佐倉朔は荒垣にとって目の離せない者。

そんな朔がペルソナを暴走させてしまったと美鶴経由から話を受けた荒垣は急遽仕事である寮母から普段着に着替えて朔の居候先へと車を走らせてやってきた。

 

元々一匹狼の荒垣は美鶴がリーダーを務める『シャドウワーカー』とは一線を引いているとは言え彼も現役ペルソナ使いである。昔よりその威力は衰えたとは言え経験は豊富だ。精神的に不安的な朔が少しでも心休まるならと頻繁ではないものの佐倉家への訪問は多い方である。なので比較的友好的に惣治郎は迎えてくれる。事前に電話をして見舞いしたい旨を伝えれば快く了承してくれた。

 

目が覚めた朔にとお見舞い用のちょっとした花とお菓子を持参して荒垣は佐倉家へ。少し疲れた様子の惣治郎に挨拶をして朔の部屋へと上がる。途中で明らかに誰かのねちっこい視線を感じたものの、例の娘かと納得してスルー。朔の部屋に一応ノックして入るとそこにはベッドに向かうように椅子に座っている綾時が荒垣を迎えた。

 

「綾時」

 

「やぁ、元気にしてたかい」

 

「何があった」

 

荒垣は驚いた様子もなく静かにドアを閉めてベッドに眠る朔に近づきベッドサイドへと腰かける。

 

「色々とね。話せば長くなりそうだ」

 

「………」

 

荒垣はそっと眠り続ける朔の髪に手を伸ばし、軽く触れそっと手を戻した。

静かに眠り続ける少女の胸はしっかりと上下を繰り返し、生きている証を証明し少しだけほっとした。綾時は目を細め静かに荒垣の様子を見守っていた。

 

「君に協力してもらおうと思っているんだ。共犯者になってくれ」

 

「共犯者?」

 

「実はね―――、美鶴から今回の件について説明してくれと言われているんだ。でも僕は教えるつもりはない」

 

「……なんだか厄介な山抱えてそうだな」

 

普段、温厚そうでありながら一番のジョーカー『道化師』はいつもコイツだという認識は荒垣の中である。綾時は友人ではあるが仲間ではないからだ。

 

荒垣はポケットから買っておいた缶コーヒーを二本取り出し、一本を綾時へ差し出す。綾時は「ありがとう」と礼を言って人肌に温められた缶コーヒーを受け取った。

さっそくプルトップを開けて、微糖のコーヒーを口付ける。荒垣も同じようにした。

 

少し間をあけて、綾時がとんでもない発言を口にした。まるで他人事のように。

 

「――――ああ。その通り。一国どころか世界に影響を与えるだろうさ。これから世界は変化していくと思うよ」

 

「………そんな展開を見過ごしている癖に言わねぇだと?」

 

「うん。朔の為に」

 

あっさりと綾時は言った。それは朔の為に世界が壊れても構わないと断言しているのも同じこと。

 

「……分かってるさ。オメェが朔以外に動く理由がねぇことぐらいはな」

 

「なら話は早い。僕たちの協力者になってくれるかい。君は唯一シャドウワーカーとは一線引いている存在だ。だからこそ連絡も取りやすい。あちらの動向を探ってくれないかな。きっと美鶴は今回の件で僕を信用してはくれないだろうからね」

 

「………」

 

とんでもない無茶なお願いである。あの美鶴相手に一芝居うてというのだから。これには荒垣も目を丸くして驚いた。それは引いて言えば桐条グループでさえ敵に回すと言っているようなものなのだから。

だが綾時なりに事情はあるらしい。荒垣に対しては胸の内を少しだけ吐露した。手にしていた缶コーヒーを机に静かに置いてからベッド脇に膝をついて朔の手を両手で取り包み込むように優しく握りしめた。

 

「朔の世界はとても小さい。小さい中で懸命に呼吸をして彼女は生きようとしているんだ。たとえそれが許されない理由であってもね。僕は出来ることなら朔の願いを叶えたげたいと思っている。でもそれは朔の小さな世界を壊してしまう結果に繋がる。そうすれば朔は死を選ぶだろう。この世に未練が無くなるんだから」

 

脆く危うい少女は生と死の丁度真ん中を跨いで生きている。いつ、どのように転がるか分からない。誰も予想できないのだ。どちらにせよ、最終的に朔は死を選ぶ。

だから綾時は少しでも暗闇の中にいる少女に光を与えたかった。どんな手段を使ったとしても。最終的に選ぶのは朔だと受け止めてはいるのだ。

 

「……今はお前がいるから生きてるってことか」

 

「それもあるね。……僕は、朔の世界(視野)をもっと広げてあげたい。一握りの人間しか信じられなくなってしまった朔を。あの頃の無邪気な子供の頃の朔に戻してあげたいんだ」

 

今でも綾時は忘れられない。

湊と綾時と朔でいたあの輝かしい過去を。その頃の朔は本当によく笑う子だった。

喜怒哀楽が激しく見ていて飽きないほどだった。それが今では無表情一つ。綾時には朔の様子は手に取るように分かるが、さすがに心内までは理解できない。だからこそ、朔が少しでも光を得ようと望めるように場を整えるのだ。邪魔者を出来るだけ排除する。

それが綾時が朔の為にしてあげられる兄心だ。

 

「その為に俺を利用するってか?」

 

「そう。僕はね、真次郎」

 

朔以外は、どうでもいいんだ。

 

朗らかに綾時は笑ってみせた。その言葉に嘘偽りはないんだろうと荒垣は呆れながら思う。

 

コイツなら、朔が望めばあっさりと世界を壊しにかかるだろうと。

友人ではあるが腹の底が読めない。

 

「でも君や順平は好いているよ。分かりやすいからね」

 

「……気持ち悪ぃいい方するな」

 

途端に荒垣は顔を顰めた。そんな荒垣に対して綾時はぐいぐいと攻めに入った。

 

「あ、そうだ。この機会に僕も携帯持とうと思うんだ。真次郎のセンスで選んでくれるかい」

 

「なんで俺が!」

 

「だって下見するには丁度いいだろ。それに召喚機持ってきてるみたいだし?」

 

「………いつもの癖で持ってきただけだよ」

 

そう言ってそっぽ向く荒垣だったが、しっかりとその後綾時に付き合ってタルタロス以来のダンジョン、メメントスに足を踏み入れるのであった。

 

(紹介しよう。彼がモナ、僕達と同じ個性的なペルソナ使いだよ。……真次郎?どうしたんだい)

 

(……おい、触っても、いいか?)

 

(サクと同じ反応してやがる!?)



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理想の彼

マリー当たった。タンドリオン使ってない。女子強し。
では本編どうぞ。


とある少女の行動。

 

電撃的な出会いの次の日、ヴァレリ師匠に会いに行きました。いつもの言葉遣いも出ないくらい緊張してます。でも門前払いくらいました。師匠から

 

「『手土産もなしに厚かましい。まずは礼儀というものを学んでから出直してこい』、だってさ」

 

と見知らぬ少年へ言付けされドアをバン!と閉められました。

 

次の日、再度チャレンジしました。ちゃんと手土産も持って行きました。また門前払いくらいました。師匠から

 

「『好みのお菓子じゃないからいらない』だとよ」

 

とまた少年に言付けされました。少年に師匠の好みを尋ねたら、真っ赤な林檎を使ったアップルパイだそうです。しかも手作りの。急いで家に帰ってシェフに頼んで作ってもらうことにしました。

 

またまた次の日、今度こそリベンジを決めると意気込んでドアを叩きました。そしたらぽややんとした美人さんが出てきました。出来立てのアップルパイが入った箱を差し出して師匠に会わせてもらおうとしたけどその前にぽややんとした美人さんに

 

「あらあら、いらっしゃい。とっても楽しみにしてたのよ、さぁ中に入ってお茶にしましょう」

 

と手を取られてなぜかぽややんとした美人さんと一緒にお茶をしてました。アップルパイは好評でした。家のシェフが作ったんだから当然。えっへん!

始終ぽややんとした美人さんと楽しいお茶会はあっという間に時間が過ぎて行きました。気が付けば従者が迎えに来ていてぽややんとした美人さんに見送られて馬車に乗って家へ帰りました。部屋に帰ってから侍女のマキに

 

「ヴァレリ師匠様に会えましたか?」

 

と笑顔で質問されそこで初めて目的達成してなかったことに気が付きました。

 

またまたまた次の日、手土産の第二弾タルトタタンを持って約束をしっかり付けていざ面会へと意気込む私の前にまたもあの少年が出てきました。

今度こそヴァレリ師匠と面会をと意気込む私に少年は引き気味な顔で

 

「とりあえず中入れば。よく懲りないよな、お前。見た目と違って根性あるんだな」

 

と褒められました。でも師匠はいませんでした。日頃の鬱憤晴らしに盗賊退治へ出かけたらしいです。ドタキャンされました。でも私はヴァレリ師匠のアクティブさにますます尊敬の念を抱きました。煮詰まった時の斬新なストレス発散法。素晴らしいと思います。ぜひ私も真似してみたいとなぜかお茶している少年に高揚とした気持ちを伝えたら、

 

「お前には無理だからやめとけ、おばさんだからできるんだよ。アレ絶対人間じゃねーし」

 

と言われました。少年の名前はジークというみたいです。あのぽややんとした美人さんの息子さんらしいのですが、お茶会がいつの間にやら愚痴の席に変化しておりました。まだまだ若いのに色々と苦労してるみたいです。お母さんであるメリエルさんが重度の迷子症らしくご近所でも数秒目を離した瞬間に迷子になっているとのこと。ここまでくると拍手を送りたいくらいです。

ジークは今から将来禿げないか心配していました。ふさふさしてるのに大変だねと労いました。そしたら結構精神的にキテるのか若干涙ぐみました。

私は彼を慰めながらタルトタタンもっと食べなよと勧めました。

愚痴だらけのお茶会はあっという間に終わってジークが見送ってくれる時、また愚痴聞いてくれよと言いました。

家に帰るとマキが今度こそヴァレリ師匠様にはお会いできましたかと尋ねてきたので愚痴を聞いてきたと言いました。そうしたらマキは困惑していました。私もこのままではヴァレリ師匠に一生会えない予感がして何とかこの状況を打破できないかと考えた結果、家出することにしました。

そこで就寝間際、マキに家出の準備をしてほしいとお願いしました。するとマキはお嬢様が家出なさるのなら私も付いて行きますと願い出てきた。

マキに苦労させるわけにはいかないので説得しましたがマキは頑なに拒みました。まったく強情で可愛いマキです。

なので仕方なく二人で家出することにしました。家出の支度を終えた私とマキはこっそりと朝方家専属の御者であるカルロスの元を訪れました。そして家出するのでヴァレリ師匠の家に向かって欲しいとお願いしました。

するとカルロスは驚愕して私の足にしがみ付いてお嬢様が家出なさるならオレもぜひ一緒に!と離れてくれません。見た目子供に抱き着く大の男。絵的にカルロスが圧倒的に不利になります。私はすぐにでも出発してほしいのと離れて欲しい気持ちで、私を助けようとしがみ付くカルロスに遠慮なくゲシゲシ足蹴するマキとそれでも粘り強く離れない必死なカルロスを仲裁しました。結局マキとカルロスを伴ってヴァレリ師匠の元へ向かいました。

 

「たのもう!」

「……お前今何時か分かってんの?てか何しに来てんだよ」

 

夜中の3時半です。

 

「ヴァレリ師匠に会えないから家出してきた。居座らせてください!」

「阿保か!」

 

正直に言えばジークに怒られました。でもなんだかんだ言ってジークは家の中に私達を入れてくれました。マキとカルロスには大人二人して子供のやることに付き合って何してんだと呆れたように説教していましたが私は眠くていつのまにかウトウト。寝ていました。朝起きたらメリエルさんのドアップ。

 

「可愛らしいお顔ね、おはよう。よく眠れた?」

「は、はい」

「お嬢様、おはよございます」

「マキ」

 

今日も可愛いメイド姿のマリー。背中には愛用の【ティソーナ】がありいつものようにマキの背後を守っています。完全無敵のメイドです。隙がありません。

 

「お褒め頂き身に余ることでございます。ですがお嬢様こそ私唯一の弱点なのでしっかりと死守(小賢しい虫はすり潰す)したいと思います」

「あらあら、頼もしいわマキちゃん。元勇者なだけあるわね」

「いえ、かつて最恐最悪とまで恐れられたローレライ様には到底及びません」

「うふ!やぁねぇ〜。あれこそ若気の至りというものよ。それに姉様方の方がもっとすごかったんだから」

 

二人で話が盛り上がっているところなんなんですが、お腹が空きました。ジークが扉の隙間からこっそりと手招きして私を呼んでいます。私は二人に気づかれないようにコソコソとほふく前進移動してジークの元へ。

 

「お前んとこのメイドヤバくない?」

「マキは可愛いメイドなの。だって本人がメイドだって言ってるんだし。背中の【ティソーナ】はマキの家でのしきたりだって」

「何処の家に四六時中剣背負うメイドを輩出するんだよ……。それにあのカルロスって奴おかしいぜ。だって天井にぶら下がって寝てるんだぞ。引力とか無視してるしやたらと家の中に蝙蝠いるし」

「カルロスは寝相がすごく悪いからきっと天井に移動しちゃったんだね」

「そういう問題じゃないって。まーいいや。朝飯食おうぜ」

「うん」

 

ヴァレリ師匠はまだ盗賊退治から帰っておらず私はヴァレリ師匠が帰ってくるまで居座ることにしました。でも朝食を食べ終えた頃、父様が迎えに来て強制的に家に帰ることになりました。

また次の日ヴァレリ師匠の家に行きました。懲りるという言葉は私の辞書にはないのです。でも諦めない姿勢が報われました。ついに盗賊退治から帰って来たヴァレリ師匠と会えたのです。

 

「師匠!弟子入りさせてください!」

「駄目だ!」

「駄目だと言われても諦めないのが私!ふぁいとー!」

 

とりあえずヴァレリ師匠に気に入れられようと、アップルパイを大量生産できるような発明を作ってみようと思いました。肝心のアップルパイの味についてはアドバイザーである家のシェフにお願いしました。彼は『筋肉で料理と語り合う』という有名な料理家で何人ものお弟子さんがいるようです。私の熱意にシェフも感動の汗を流してくれました。感動の涙じゃなくて感動の汗でした。暑苦しい事子の上ないのですが、協力してくれるのでありがたいと思わなければいけないのでしょう。

 

【シェフの名前はハガーです】

 

※※※

 

雨宮蓮という少年は実に模範的だった。敬愛する両親に愛され学校では普通の成績で普通の友人に囲まれ非行に走ることもなかった。真面目で礼儀正しく誰に対しても優しい少し控えめな少年。だが一つだけ抜きんでた所があった。それはいかなるゲームに置いても彼が負けることはなかったということ。友人とのゲームでも父の趣味であるダーツにおいても彼が一度として負けることはなかった。

 

「蓮、すごいじゃないか」

 

「そんなことないよ、父さんの教え方が上手いからだよ」

 

「そうか?いや~、蓮は口が上手いな~」

 

遠慮がちに微笑んで相手の機嫌を【損ねることがないよう謙虚なフリ】をする。そうすることで日頃上司と部下との間で気を病んでいる父親を持ち上げて場の雰囲気を和らげる。

 

「あら、手伝ってくれるのはいいけど勉強はいいの?」

 

「大丈夫だよ、母さん。そこそこだけど基本はできてるから」

 

「ありがとう。貴方は優しい子ね」

 

「俺みたいな奴なんて一杯いるよ」

 

母親にとって理想の息子であるよう【夢を抱かせてあげる】のも楽な話だ。それは周囲に相乗効果をもたらし、雨宮蓮という少年はご近所でも評判の少年と認知される。自慢好きでお喋りな母親ならではのお陰である。

 

彼は模範的でありながら、非常に飽いていた。偽りの自分を演じることも、それに騙されいい様に操られる人も。彼は、飽いていた。この変わらぬであろう現実に。

彼は全てにおいてパーフェクトであった。生れながらの能力が、天賦の才か。だが性格は多少捻くれておりその現状に飽きていた。

 

(今日も変わらない日常だった)

 

だから、まるで演出されたかのように待っていたあの冤罪は彼にとって好機でもあった。全て積み上げた来たものを一気に壊すことは爽快で今まで体験したことはない愉快なものだった。彼を満足させるには物足りないが、自分の今までの面白味もない経歴を吹き飛ばすようなものだから。だから彼は事件を起こした。

 

(まるで俺の為に用意された盤上じゃないか)

 

大物政治家、獅童正義。民衆から高い支持率を得ているらしいが、どうにもきな臭いと蓮は感じていた。だからこそ、あの無茶っぷりなのだろう。蓮が助けたはずの女性を脅して逆に暴漢と訴える強引さ。お陰で雨宮蓮は地元を追い出されることになった。

 

「蓮、私はお前を信じているぞ」

 

「そうよ、蓮。きっと何かの間違いだわ」

 

そう言って多額のお金と引き換えに佐倉惣治郎の元へと託した両親は心底蓮を信じている。たった一人息子の為に。大物政治家相手にそう簡単に冤罪が覆ろうものか。

 

「行ってきます。父さん、母さん」

 

寂しそうな笑みを浮かべる蓮に母親はたまらず涙を零して抱きしめた。そして父親は大丈夫だと蓮の肩に手を置いて送りだした。

 

少しはこの退屈な日常から変化を、と期待したもの。その当ては外れることなく今までにない世界を蓮に見せつけた。

 

佐倉惣治郎が経営する喫茶の3階に住むという先輩同居人。

 

名を、佐倉朔。彼女は蓮にとって非常に興味深い存在だった。無表情でありながら周囲に存在を知らしめるほど圧倒的存在感を放ちつつ彼女はそれに興味を示さない。それどころか彼女は他者との交流を拒むようにクラスの中で浮いている。

笑いもせずいつも別の世界を見つめている朔の瞳が気になった。これは新たなゲームを始められる兆候ではないか。

 

(面白い)

 

彼女を自分の方に向かせ、笑わせる。卒業までに自分の世界に引き込む。

だが間に合わなければ自分の負け。潔く地元に戻る。

 

これは彼女との密かなゲーム。

佐倉朔が知らずとも彼女はゲームの参加者になっている。

 

だからこそ、あの日、あの背後霊が姿を現した時これは本物だと蓮は確信した。メメントスで活躍する時は、モナ。日常の中で過ごす時はモル。そういう風に自分たちを同じように名を使い分けて過ごしているモルは、望月綾時という人物が蓮の前に姿を現した事は驚いていてものの、逆に姿を明かしても大丈夫だと判断したらしく、眠っている朔の傍に付いた。いつも余裕ぶっているモルが嘘のように憂色を浮かべている。それほどにモルにとって朔という少女は大切な部類に属していると理解できる。

その眠れる姫を守るようにいつも背後霊の如く付き従っている者はようやっと姿を現す気になった。

 

「本当なら僕は姿を現すつもりはなかった。けど君は可愛いい朔に思いのほか影響を与えているようだからお願いというか、忠告をさせてもらおうと思ってね」

 

「忠告?」

 

はやる気持ちを抑えて蓮は酷く驚いたような顔をした。背後霊、もとい望月綾時は蓮に理解するには少し説明不足な単語と共に言葉遊びのようないい方で牽制する。

 

「いくら君がトリックスターだとしても、終焉を終わらせることはできない。最後に朔が選ぶ選択肢を君は止められる権利はない。だから君は黙って朔の選択肢を受け入れることだ。どんな結果であれ、君には受け止めて欲しい。それが朔の願いなのだと」

 

もったいぶったいい方をする。ハッキリと邪魔だと言えばいいのにと蓮は思った。

 

「あと適度な距離で頼むよ。君はどうにも朔に肩入れしすぎている節があるからね」

 

「わかりました」

 

蓮は物分かりがいい態度を装って、心の中で笑った。

 

このゲームは楽しめる。

彼女が何処へ向かう世界かは分からないが、もし彼女が自分がいる世界を選びなおかつ笑いかけることがあれば、それは自分の勝ち。

だがもし彼女がその世界を選んでしまったのなら、自分の負け。

 

なんて単純かつ、奥が深いゲームなのか。

頭を捻って行動に移し、なおかつ会話のやり取りまで周到に計算しつくさねば彼女は興味も示さないだろう。

 

目の前の背後霊?そんなもの気にする必要もない。ゲームの中のキャラクターとでも思えばいい。そう、蓮にとって自分と朔以外はゲームの中の駒。チャレンジャーである自分と朔だけ。

 

新参者のペルソナ使いと古参のペルソナ使い。経験の差は歴然だ。だが蓮はゲームに勝つために実に貪欲だった。己の隠された実力を隠すことなく全力で発揮させ生まれて初めて扱った玩具の銃も認知世界で軽々と使いこなした。武器だってそうだ。

斬るなんて感覚、一度として味わった事はないが何より体が先に動いた。

 

ゲームに勝つ為。ただそれだけの為に蓮は全力を尽くす。

 

それは今もそうだ。無事に最初のゲーム【色欲の裸の王様】をクリアした。その証拠に鴨志田は自宅謹慎と称して家に閉じこもっていると担任の川上から聞いている。理事会で理不尽にも退学処分されそうになっていたが先手を打った事で状況は変わった。最初の掴みはこんなものかと冷静に納得する蓮の隣で坂本は川上からの話に半信半疑と言った様子だった。五月二日までまだ時間はある。モルの案内でメメントスとやらに足を運ぶのもいい。退屈を紛らわす暇つぶしにはなるはず。

 

深い思考の外側で身支度を慌てて整えて階段を下りてくる音がする。蓮は意識を外の世界へ向けた。慌てて制服に着替えたのか所々衣服に乱れがあるようだ。後ろにはしっかりと背後霊がいた。目線もバッチシ合う。蓮はワザとらしくにこっと笑みを作ったのに対し相手は露骨に顔を歪めた。そんな二人のやり取りなど知らずに朔は玄関で待っている蓮に申し訳なさそうに一言謝った。

 

「ゴメン!」

 

「大丈夫だよ。慌てて階段降りてきたら落ちるよ」

 

朔が喧しく階段を下りてきた音で台所からエプロンを着けた惣治郎がやってくる。ついでにモルも。

 

「朔!メシは!」

 

「いらない~!遅刻しそうだもん」

 

朔はそう言い返しながら横にリュックを玄関に座って靴を履く。モルが呆れたように『またこのパターンか』と呟いて慣れたようにリュックの中に身を滑らせて入る。

 

「はぁ、モルが起こしに行ったってのに今日もこれか」

 

「おじさんはいつも一言多いの!」

 

眉間に皺を寄せて惣治郎を一睨みしてから朔はモル入りリュックを背負い立ち上がった。

 

いつもならルブランの三階で暮らしている朔もあの事件から彼女の体調を気遣う惣治郎によってルブラン禁止令が下り佐倉邸での生活を送っている。蓮はどうして朔が鈴井志帆の自殺未遂事件を『認知していない』かのように振舞うのか理由を知ろうとは思わなかった。周りの人間も朔をあの事件から遠ざけようとする節があるのを薄々感じ取っているが今の所興味は沸かない。知ろうと思えばいくらでも突ける。だがそれを行うことによりこれから自分の今作り上げた立場を不利に追い込むような気がするのだ。

佐倉惣治郎、望月綾時、モルガナ、その他朔と交友関係にある蓮の知らぬ人物。彼らから雨宮蓮は朔にとって有害な人物と印象付けてしまうのは良くない。出来るだけ距離を保ちつつ無害を装っていた方が後々ゲームにおいて有利になるだろう。真相を知るのはまだ早急すぎる。

 

朝、習慣となりつつある朔を迎えに行く行動パターンも慣れたもの。そう、これも朔の生活領域に溶け込むための手段に過ぎない。

 

「じゃ、行こうか」

 

「うん」

 

蓮が先に玄関の戸に手を掛けた。だが朔は思い出したように蓮を呼び止める。

 

「あ、待って」

 

「うん?」

 

振り返る蓮に朔は無表情でこういった。

 

「おはよう、雨宮君」

 

蓮は目を瞬かせて律儀だなと思いつつ、少しだけ口元に笑みを浮かべ返した。

 

「……おはよう、朔」

 

今日も雨宮蓮は佐倉朔とゲームをする。

 

どちらかが勝者となり、どちらかが敗者となるまで。

 

一方的なゲームを仕掛けるのだ。

 

【だから笑いなよ、朔】



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I'm alive

前半、女性に対する扱いが胸糞悪い内容となってます。ご注意ください。



産み育てる事に葛藤がなかったと言えば嘘になる。日に日に成長していく赤ちゃんとは裏腹に私は未来に希望を見いだせなかった。

 

惹かれていた。あの時は弟に紹介されてから。単純な私の一目ぼれ。

平凡で地味な私よりもキラキラと異彩を放っていたから。いや、そうじゃない。そんな言葉じゃおさまらない。野心に満ちた男。それも並の野心じゃない。己に貪欲で他者を排すことに何の躊躇いもない。その気になれば世界さえ掌握してやろうとする野心家。そんな男に惹かれてしまった私は馬鹿な女の一人。のめり込むように嵌っていった。

きっと彼は私を選んでくれる。数多要る女の中でも私は一時の癒しになれていると自負していた。でも私には彼しか見えていなくて、彼は私なんか人込みの中のすれ違うだけの赤の他人程度にしか見てなかったんだろう。

あっさりと捨てられた。いや、子供が出来たと報告したら『おろせ』という完結一言で終わった。中絶費用をばらまいて寄越し彼はしゃがみ込んで呆然とする私に背を向けて部屋から出ていった。

必死に追いすがって止める間もなくあの男が私の元へ帰ってくることは二度となかった。きっと赤ちゃんが出来たと知ったら変わるだろうと考えていた私の甘い期待はあっさりと消えた。

 

終わった。何もかも。そう、思った。

 

一人で生きて我が子を育てていく自信は正直なかったし、両親、弟ともその頃は疎遠状態で頼れる身内、親戚もいない。

絶望的の中に私は死に場所を求めて元いた地を離れて一人電車に乗った。僅かな荷物と小さな命を宿したお腹を抱えて。

 

虚ろな目に生は宿っておらず、どうせ死ぬならあの男が渡した中絶費用を全部使ってから死んでやろうと思った。全部、全部嫌い嫌いきらい。

巌戸台駅に一人で降りた頃には真夜中になっていて誰もいない不気味な気配漂う中、私は棺桶が無数に点在する町中を彷徨い歩く。生ぬるい風が前よりもこけた頬をなぞるように当たった。

緑色の空にぽっかりと浮かぶ黄色の月。灯りが消え生者が消えた街中に私だけがぽつんと取り残されている。

 

死にたい、死にたい。憎しみも悲しみも苦しみもこの世に置いて逝きたい。

足取りは鉛で出来た靴を履いているように重く、進むのだけでも苦になる。赤い水たまりに映る私の姿は儚く脆く、以前の私とは比べようもないくらいに変わり果てていた。

 

「……も、いっか……」

 

吐息のように漏れた言葉は全てを否定し諦めかけたもの。もうどうでもいい。疲れた。何もしたくない、動きたくない。私は赤い水たまりに座り込んだ。

あの男が良く似合うと褒めていた白いスカートに赤が仕込みんでいく。血のように染まっていくスカートをぼんやりと見つめていると不意に前方から何かが蠢いてやってくるのを感じた。

棺桶の集団の陰からヒソヒソ声が聞こえてくる。

 

『………』

 

『………ァ……』

 

人間の声のような、そうではないような私が初めて耳にする声。いや、あれは鳴き声だ。

墓地のような静寂の街の中に潜む、影。化け物が奇怪な動きで私との距離を縮めてくる。アレは私を殺すのか。淡々とそう思った。

 

けど。

 

「逃げるぞ!」

 

「え」

 

見知らぬ声とグイッと力強く引っ張り上げる手が私の腕を掴んで力の抜けた体を引っ張り上げられたかと思うとその勢いのままその場から連れて行かれる。後ろでは何かが追いかけてくる気配があった。でも私に後ろを振り返る余裕はない。ただ現状に流されるだけだ。

体型からして男、だと思う人はその何かから私を助け出してくれたようだ。けど

ずっと座り込んでいたいた所為かそれとも疲労感からか私は数メートル駆けた所で足を縺れさせて地面に倒れかけた。咄嗟にお腹を手で庇う。

 

「あ!」

 

「チッ!」

 

男は倒れかけた私の体に咄嗟に腕を回し地面に倒れ込むのを防ぎ、素早い動きで私の体を抱き上げて走り出した。闇の中で男の風貌はあまり分からなかったが若く見えた。

突然の出来事に何もかもが一瞬のように思えて私にはどこか他人事のように思えた。でもアイツらから逃げきれた場所で緊張の糸が途切れた私は震える体を抱きしめた。

迫りくる死というものがあり、死を望んでいたはずの私が生きていることに歓喜し同時に死への恐怖を感じている。生きている感覚が全身から感じられて自然と涙が溢れた。

 

もう何が何なのか分からなかった。どうしてこんなところにいるのか。アレが何なのか。見たこともない集団の棺桶や緑色の月が存在する世界。

全てが一気に情報として溢れ出して私は頭がパンク寸前で助けてくれた男に礼を述べることもできなかった。立っていることもできずその場に背を丸めて蹲る私に男は気持ちが落ち着くまで背中をさすってくれたり大丈夫だと声を掛け続けてくれた。大分気持ち的に周りを見る余裕が出来た頃、

 

「驚いたよ。君は『影時間』に適正があるんだな」

 

「影、じかん?」

 

あの化け物やこの異形な世界の事を示しているのか、すぐに男の示す言葉を理解することはできなかった。今の状況を受け入れることは難しく男も付近の様子を伺うように視線を動かして口早に喋った。

 

「説明してあげたいが今はもっと安全な場所へ行こう。まだ『影時間』は終わっていない。———僕は幾月修司だ。君は……」

 

「わたしは、さくら、……佐倉……暁子…です」

 

差し出された手におずおずと自分の手を重ねる。男の手は人肌に温かく冷え切った心をじんわりと温めてくれ、生きている実感を与えてくれた。

まだ空は不気味な緑色のまま、私はまた男に抱きかかえられて男が云う安全な場所へと向かうことになった。

 

※※

 

贖罪の意味を桐条美鶴は誰よりも深く理解している。そしてその贖罪は今現在も続いている。終わりがあるのかと問われれば否と云うだろう。

全てにおいて抱え込む癖がある美鶴は度々親友である岳羽ゆかりにその点を注意され年下から叱り飛ばされている。自覚していても中々直せないのが人間である。

 

祖父、桐条鴻悦が犯した許されざる業。そしてそれは桐条武治を通して美鶴へと受け継がれた。始まりは己の欲を満たすだけに過ぎなかったモノが人知を超えた力を目の当たりにしたことで世界の破壊と再生を企む思想を生み出し、それは他の人間を巻き込み浸食して食らっていった。数多の犠牲を生み出したあの忌まわしい事件は美鶴にとっていや、皆にとって大切な『仲間』である有里湊の死によって終止符を打った、かのように見せた。実際はその後も事件が発生していたが、その一環で自身と警視庁と桐条グループで共同設立し組織された『シャドウワーカー』を一つの手段として様々な事件を裏の世界から解決へと導いた。美鶴を筆頭にかつてのペルソナ使いの仲間達を含むメンバーの助力もあり、鴻悦が作ったエルゴノミクス研究所―人間工学研究所、通称『エルゴ研』に関わる残されたデータや研究物など着実に回収、または破棄することに成功している。勿論危険を伴うようなことも多々あるが、それに憶するメンバーではない。数々の死線を10代から幾度となく潜り抜けてきた彼女らにとって仲間との確かな絆と自身が経験して培ってきた何事にも負けじと抗おうとする鋼のような精神力は強い武器となっている。その中で失った犠牲は美鶴にとって贖罪の意味をより深く刻み付けた。そんな日々の中、近年、幾月修司がエルゴ研での研究員として働いていた当時の資料や研究データがとある場所から発見された。その内容はある被験者を使った実験データの内容でとても信じがたいものだった。だが実験結果は結局失敗に終わったようでプロジェクトもすぐに解散している。

 

有里湊。

 

彼が生前、気に掛けていたとある小学生の女の子の話は美鶴の耳に何度か話題の種として入ることがあった。湊曰く、とても可愛い女の子でどうにも目が離せない脆さがある。湊は一人っ子だったが妹がいれば朔のような子かもしれないと云っていたのを会話の中で微かに覚えている。美鶴も一人娘だったので湊が目に掛けるくらいなら一度は会ってみたいと思っていた。

だがそんな想いも時間の経過と共に徐々に記憶から薄れつつあった。

 

再び再会した望月綾時と彼が大事そうに抱き抱えている憐れなほどやせ細った少女に会うまでは。その時の事を美鶴は忘れることがない。

当時、外は大雨で仕事終わりの車の中、ついうとうとと睡魔に襲われていた美鶴は突如自身を襲った車の衝撃とシートベルトの締め付けにぎょっと閉じかけていた瞼を見開き、運転手に事態の説明を求めて叫んだ。

 

『どうした!一体何があった』

 

『も、申し訳ありません……!ひと、人が急に降ってきて』

 

『人!?』

 

しどろもどろになり取り乱す運転手の説明では大雨の中急に目の前に人が現れたという。それを慌てて避ける為にハンドルを大きくきった所為で車がスリップを起こして反対側車線まで飛び出したらしい。美鶴は運転手にすぐに救急車を手配しろ!と一喝して土砂降りの雨の中へと飛び出した。濡れることをいとわず運転手が目撃した場所へと走って確認して行ってみればそこには地面に膝をついている一人の男とその腕に大切に抱き抱えられたびしょ濡れの病院服の少女がいた。病衣から出ている手足が異様に細かった。美鶴はその男の顔を目にした途端、全身を硬直させた。

 

『美鶴、お願いだ。彼女を助けてくれ』

 

『……望、月……綾時?お前、どうして……』

 

当時の記憶がフラッシュバックして美鶴の頭を駆け巡る。昔の記憶よりも大人びた印象を持つ男は確かに望月綾時だった。トレードマークの黄色のマフラーは流石にしていなかったが、その左目の泣きふくろは忘れはしない。

 

『説明は後でさせてほしい!今は一刻も早くこの子を、朔を助けてくれっ!』

 

『さ、く……?』

 

悲痛な叫び声を上げて懇願するかつての友人であり宿敵とも言える綾時とさくと言う名の少女との出会い。美鶴はすぐにその少女が誰であるのか思い出すことはできなかったが、急ぎ手配させた桐条傘下の病院で少女の容態と綾時からの直接の説明、そして少女の身元を特定したことで彼女が一体誰であるのか真の意味で知った。

 

佐倉朔。

 

当時、湊と綾時が目を掛けていた少女。綾時が語る朔の能力、湊と同じ『ワイルド』の力を持つ特別なペルソナ使いであり美鶴に贖罪の意味をより深く理解せしめた人物である。

そして朔が巻き込まれた事件の関係者には警察庁や大物政治家その他何らかの権威ある者の血縁者または娘、息子らが関わっていた。つまり朔が起こしたペルソナ暴走事件は何らかの力ある者の介入によって湾曲され隠ぺいされた可能性がある。だが公安になんだかんだとマークされているシャドウワーカーの桐条美鶴としてや、統帥としての立場で動いては何かと面倒なことになる為、動けずにいた。

 

鴻悦が始めてしまった業によりある意味犠牲者となった湊が目に掛けていた少女の存在は美鶴の中で贖罪の意味をより深く刻み付けるような人物である。ようは彼の身代わりだ。亡くなった湊の代わりに朔に奉仕することで少しでも湊への贖罪に繋がるのならと、美鶴は朔を湊の代わりとして庇護しようとした。所詮自己満足でしかないと理解はしている。だがそれ以上に朔はそのペルソナ能力もさることながらずば抜けた戦闘力、戦局を見極める頭脳、冷静な判断力と特別課外活動部のリーダーをしていた湊を彷彿させるような能力をメキメキと開花させていった。ゆかりから非難を受けたシャドウワーカーへの入隊も彼女自身の能力を買ってこそもある。それに以前暴走しかけたペルソナ能力がいつまた同じことを起こすかも分からない。監視の意味を含めて朔を側に置きたかったのだ。いつも無表情な事とは反対に性格や喋り方は女子高生そのもの。他者との関わり合いも親近感を覚えた者には警戒心を解いた子猫のようなもので可愛らしいと思えた。ただ自分の胸の内を決して語る事はない。秘めたる想いは一体どんなものなのか。それを知るのは、綾時だけなのだろう。

 

そんな心砕く朔に通っている学園でペルソナ能力の暴走があったと知らせを受けたのは四月の中旬頃。学園での生徒飛び降り事件が朔に何らかの引き金を与え、ペルソナ暴走に至ったとの報告を受けたが、その要因はいまだ不明にある。桐条の統帥としての立場とただ単に朔を心配する桐条美鶴として彼女の容態が気がかりだった。綾時を呼び出したのはそのためだ。本人は呼び出されることに関して渋る様子はなく、あっさりと指定の場所にやってきた。

美鶴が贔屓にしている日本料亭の一室にて、両者向かい合う形で話は始められた。この席にアイギスの姿はない。いつも綾時との衝突が激しいので今は別室にて待機しているのだ。

 

美鶴は回りくどい質問はせずストレートにぶつけた。

 

「今回の朔のペルソナ暴走について説明してくれ。お前は朔のすぐ近くにいたんだろう。それに巷で賑わっている精神暴走事件について何か思い当たりがあるんじゃないか?」

 

これは単なる美鶴の勘でしかなかった。突如人格が豹変したかのように暴れたり暴走行為を起こす極めて不可解な事件。当事者である加害者は当時に関する行動を覚えていないおらずその犯行理由についても曖昧であるという。当然、シャドウワーカーにも警察庁から協力要請が来るかと思われた。だがその一報はいまだ来ず、以前からの深い付き合いである黒沢に連絡を取るも『上から』の圧力が掛かっていると苦し気に説明されるのみ。ジレンマを抱える美鶴にとって今回の件は何か繋がりがあるはず。そう本能が訴えるのだ。美鶴なりにこの状況を打破しようとの想いとは裏腹に綾時は美鶴の質問に答えようとはしなかった。

 

「美鶴、僕達の事は『今』は見逃してくれるかい。その代わり情報を提供しよう。今関わっている件を掘り進めればそれなりの物的証拠が集まる予定なんだ」

 

それはお願いではなく強制に近い言葉だった。美鶴は気に入らないと言わんばかりに目を細めた。

 

「断る、と言ったら?」

 

「今回の事件はしばらく傍観していた方がいい。僕からの忠告だよ。相当、『根』は深いはずだ」

 

信じられない言葉に美鶴は目を剥いた。

 

「綾時、お前は一体何を考えているんだ。……『何』を知っている?」

 

その問いに綾時は口元を緩ませて人差し指を作って内緒のポーズをした。

 

「……内緒だよ。それに決まってるじゃないか。全ては朔の為。今この世界に僕がいる理由も朔がいるから。それだけだよ、理由なんて」

 

さらりと言いのける綾時の目に偽りはない。

 

「………」

 

「今は時期尚早だ。餌を泳がせておけば大物はきっと確実に釣れるよ。だから、……ね?」

 

「餌か。それはお前の知り合いならば同情の念を抱かずにはいれないな」

 

美鶴なりの皮肉に綾時はおかしそうに喉を鳴らした。

 

「―—そうだね。彼らが大物になればなるほど獲物は彼らに着目していく。最終的に邪魔になるくらいに大物になってもらわないと、僕が困るんだ」

 

まるで全て望月綾時の掌で転がされているような印象を受ける言葉に美鶴は背筋が寒く感じた。今ここにいる望月綾時は自分が知る望月綾時ではないと確実に思い知らされたからだ。

決して彼は人間ではない。人間の形をしているだけの異形の者。

 

桐条美鶴には恐れるものがある。

きっとそれは―――。



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四月二十九日・山岸風花

山岸風花が作る手料理は破壊的な不味さを誇る。

 

下手すれば死人が出るとまで仲間内で恐れられているのだ。そんな彼女は高校生時代、荒垣の料理の腕前にほれ込み、ぜひ!教えてくださいと頼み込んだものの残念ながらその腕前が上達することはなかった。

『死に至る猛毒』や『殺人料理』という異名は伊達ではないということだ。

去年の事である。シャドウワーカーの集まりの席で今度こそは!と意気込んで作ったマドレーヌを持ち込みしたのだがしょんぼりと肩を落とす風花だったがそんな中、朔だけは風花の作るお菓子を恐れずに手を伸ばして食べた。

皆が目を見張る中、もぐもぐと食し、

 

「あ、これバニラエッセンスじゃなくて酢が入ってるよ。たぶん、他のもまちがって、る……と……」

 

味見して間違いを指摘していくうちに顔を青白くして言葉を途切れさせていき最終的には盛大にその場に倒れた。皆が大慌てする中、朔は食中毒ということで病院へ搬送されることになる。流石にこれは風花も精神的に打撃を受けて病院のベッドで手当てを受け意識を取り戻した朔に縋るように謝罪した。もう料理はしないからと零すと朔は風花に謝る事はない、たまたま食べ合わせが悪かったのかもしれないしと気にしないように言った。それどころか今度は私と一緒に作ろうよと料理の誘いまでした。これには風花も理解できずに困惑した。自分の所為で死にかけたかもしれないのに、仲間は絶対風花の作る物には手を付けないというのになぜ朔はそこまで気に掛けてくれるのかと、問わずにはいられなかった。普段から表情の変化が乏しい朔だがその時は真剣に「諦めたらおしまいだから。そしたらきっと私は死ぬだけだよ。だから全力でやれることはやる。それが私の基本みたいなものなんだ」と自分の信念を語ったうえで、諦めないで欲しいと風花に訴えた。諦めたら成長することもできずにその場に取り残されるだけ。とにかく前へ前へ進むだけでも見えてくるものがきっとあるから。

朔の励ましに風花は「朔ちゃんは強いね」と羨まし気に苦笑した。確かにそうかもしれない、だがそれは朔だからできるのであって自分には無理かもしれない。そう卑屈になりかけている風花に朔は言った。

 

「別に逃げることを否定する気はないよ。でもいつまで逃げてればいいの?ずっと逃げられると思ってるの?風花姉だって好きな人が出来たら自分の料理を食べて欲しいって思うかもしれないじゃない。その時食べさせてあげたいけど自分の料理は『殺人料理』だって相手に言い訳するの?言い訳をして楽して逃げようとしてるだけじゃない。諦めて保守的になってれば相手が代わりに作ってくれるから自分は作らなくていい。そういうことだよね。それって結局相手に負担かけてるだけだよね。甘えだよね。相手の不得意な所を補い合っている。うん、その言葉も正解かもしれない。でも何度も何度もチャレンジしてそれでも諦めずにやって結果上手くいかなかったから最終的にその形におさまった。それはそれでいいと思う。でも風花姉はまだチャレンジの途中。『殺人料理』だなんてあだ名あるけど本当に誰もまだ死んでない。誰かが本当に死んでから諦めればいいよ。もし、私がそれに当たったらそれは私の責任だし風花姉が気にすることはない。だって私の自業自得だし。でも私はまだ死んでない。だから諦めるのは早いと思うよ」

 

風花の胸を抉るように次々と突き刺さる朔の言葉。風花は圧倒され言葉も返せなかった。それどころか軽々しく自分の『死』を口にする少女が恐ろしくなった。

自分よりも年下の子が死をすぐ隣り合わせのものと認識している。それが極当たり前のように語る様子はどこか異質で、ああ、この子はきっと全部本気で言ってるんだと実感させる。

風花はそれから本気で自分の料理と向き合った。なぜ、材料を間違えるのか。そこから疑問を抱いて改善点を探るようになった。一つ一つ問題をクリアしていく内に段々とミスが減って行った。最終的には『殺人料理』から『ちょっと歪だけど何とか食べれる料理』へと変化を遂げた。自分でも食べれることへの驚きと劇的な変化に戸惑いを隠せず、つい朔へ電話してしまうほどだった。すると朔は驚いた様子もなく、風花がもともと抱いていた先入観から同じミスを繰り返していただけだと説明した。

自分が作る物は失敗してしまう。そう頭の中で決めつけていたものが実際に作る時にミスを招いていた。だから進歩がなかった。けれど実際に朔が食べ倒れたことで恐怖を抱いたこと。目の前で自分の料理の被害者が出たことでいかに自分の料理が害あるものか認識させる。そして一旦恐怖させたところでもう一度発破を掛け失敗に繋がる要因を自分で自覚させる。他人から指摘を受けたところですぐに自覚できるものでもない。本人が意識して初めて視界に入るというもの。そこから一つずつ問題点をクリアしていけば地道だが自分が望むものへと最終的にはたどり着く。後は練習でモノにできるようになる。荒療治だけど効果があって良かったと朔は嬉しそうに電話口で語り風花は唖然とするしかなかった。

本当に佐倉朔という少女は自分よりも年下なのかと疑ってしまうくらいに風花の中で抱いていた佐倉朔という少女像が改めさせられた瞬間でもある。

 

だが逆に言えば少女への不安は増す一方だった。大人顔負けの思考を持つ少女の中で『死』への認識の深さが自身をも追い込んでいかないか、と。

誰しも抱くであろう死への恐怖心を朔からは感じられないのだ。だからこそ堂々とあのような発言ができるというもの。高校生の年齢としては成熟しすぎているがゆえにそれが後々問題にならないかと一抹の不安を抱く風花であった。

 

※※

 

これをプレゼントしようと思った事に他意はない。ただ、自分達の置かれていた状況を思い出してみると年頃の年代で監視下に置かれる立場ほど辛いものはない。あの頃はただ目の前の問題を片づけるだけで精一杯だった。

毎日を仲間と過ごすことがあっという間だった。でも特別な力を持つということは、それなりの覚悟を持たないといけないと風花は思っている。皆で過ごしていた寮の部屋それぞれに監視カメラが設置されていたと知るのは結構後になってからだったが、もしかしたら朔の周辺でもそのような行為が行われているのではないかと勘ぐってしまう。ましてや、年頃の少女には精神的にも辛いものだ。だからせめて身を護るための手段として使って欲しかった。

何時渡そうか考えていた時、朔からパソコンが欲しいとの相談に丁度いいタイミングと、パソコン選びを申し出た。お互い電話やSNSでのやり取りはあるものの、直接会う機会はあまりないためまたとない機会だった。

約束した日、先に指定場所で待っていた風花は人込みの中から自分の向かって手を振って走ってくる朔の姿を見つけた。その後ろには定番の如く綾時が付いていて、ああ相変わらず安定の過保護だなと思わずにはいられなかった。

朔目当てのパソコンだが風花には慣れたパソコン用語でも朔には意味不明な言語にしか聞こえず頭がパンクしそうだったので本当に初心者向けのパソコンを一式選ぶことにした。その際、高校生がさらっと出せる金額ではなかったが、朔はあっさりと会計へと向かったことには多少驚いた。それから三人で談笑しながら洒落たカフェでお昼ということに。

 

「はい」

 

「ん?なぁにこれ」

 

お互い席に着いた状態ですでに頼んでおいたものは揃っている。その前にと風花は包装された箱を朔に差し出した。

 

「プレゼントだよ。中身はお家に帰ってから開けてみてもらえると嬉しいな」

 

「え!いいの!?今日は私の買い物に付き合ってもらったのに……」

 

申し訳なさそうに眉を下げる朔に風花は小さく微笑んで首を振った。

 

「そんなこと気にしないで。私も朔ちゃんと一緒に回れたし。それに、ここ最近、物騒な事件とか多いから心配なの」

 

「………」

 

そういうと朔は意味深に黙り込んでしまった。綾時は静かに口を挟まず紅茶を飲んだ。

巷で賑わっている精神暴走事件は当然シャドウワーカーとして無関係ではないと考えているようだがそう安易に乗り込めないらしいので今の所様子見と言ったところか。

風花も美鶴から朔の通う学園での事件は耳にしている。学生が飛び降りをするなんて精神的に追い込まれていたとしか考えられないと推察されるが、ショックを受けた本人に今言えることではない。風花は誤魔化すように苦笑した。

 

「ゴメンね、私の勝手な心配押し付けちゃってるよね……。でも覚えていて。私は朔ちゃんの味方だよ」

 

「え?」

 

「美鶴さんはやっぱり立場ある人だから時には厳しい選択を強いられることもあると思う。それがどんなことであれ、ね。朔ちゃんはどう受け止めてるか分からないけどその歳でシャドウワーカーに非常勤とはいえ所属することになったのも朔ちゃんの能力買っていると同時に保護する意味でもあると思うの。私達は普通とは無縁の生活をしてるから。きっと知らない頃の私に戻ることはできない。きっと一生付き合っていくものになる。……だから、朔ちゃんには出来るだけ『私達の時のような体験』はさせたくない。してほしくない。皆ね、自分たちなりに朔ちゃんを守ろうとしてる。その気持ちは分かってあげて欲しいの」

 

大人の仲間入りを果たして初めて分かることがある。それは大人には大人のルール『縛り』があること。それがあって初めて秩序が保たれている。

高校生だった時とは違う、重い責任を持っていることで為せることもある。そう受け止めるようになれたのはすぐにではない。だからこそ、美鶴の気持ちも理解できるし、朔の気持ちも分かる。

朔が美鶴に対して複雑な想いを抱いていることは知っていた。けれどあえて言葉にすることは避けていた。

 

「………風花姉は……美鶴さんを信頼してるんだね。……でも私は、私が、佐倉朔ってことじゃなくて桐条美鶴にとって『必要な駒』だからあの時助けてもらえたって思ってる」

 

「朔ちゃん、それは」「朔」

 

咎めるように風花と綾時が声を揃えた。だがそれを遮るように朔が少し声を荒げて言い返す。

 

「分かってるよ。自分が卑屈すぎるっていうのは。でもさ、そう思わなきゃ、割り切らなきゃやってられないよ。普通の佐倉朔だったらとっくに死んでる。あの火災の中で焼け死んでるよ。でもヨシノタユウがいてくれたから私は今生きてる。生きて、自分がやらなきゃいけないこと(復讐)を実行できる立場にいることを感謝してる。だから美鶴さんにどう思われようと構わないんだ、私は」

 

自分に言い聞かせるように朔は強く拳を握りしめた。

当時の事件のことは風花も知っている。捜査関連の資料を美鶴から渡された時その内容があまりにもずさんすぎるものだった。まるで朔が一方的に悪いかのように決めつける扱いには憤りを覚えたものだ。

権力ある者の事件改竄による隠ぺい工作。弱者を貶める強者のたくらみには反吐が込み上げるくらいに。その事件の被害者ともいえる朔の心境を察することなど風花にはできない。彼女が受けた精神的苦痛を癒す術を風花にはないからだ。

 

「「………」」

 

「ゴメンね、雰囲気暗くしてさ。さぁ、食べよう?せっかくこんなお洒落なとこきたんだから美味しそうなの全部食べなきゃ!」

 

やや強引ではあるが声を弾ませて話題を切り替える朔に風花も空気を読んで掘り返すことはせず「そうだね」と相槌打って久しぶりに他愛もない話題で盛り上がっての食事を楽しんだ。

自分が考えていたよりも朔は大人の考えを持っている。それも割り切った感情と一緒に。そういった要因が彼女から笑顔を奪って行ったのではないかと思わずにはいられない日になった。

 

【私が彼女にしてあげられることは一体何なのか、改めて考え直さなきゃ】



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四月二十九日・佐倉双葉

ちょいと早めの双葉のターン!

『逃げるのはやめだ!』


佐倉双葉は心臓が爆発しそうなほど早鐘打っているのを胸元を手でぎゅっと握ることで何とか耐えようとする。

今、双葉にとっての転換期ともいえる瞬間が迫っているのだ。だからこの緊張感は乗り越えなくてはいけない。

 

今まで逃げ続けてきたんだ。これくらい屁でもない、とは言えないけど頑張る。

 

そう、双葉は逃げていた。怖いから。恐ろしいから。逃げて耳を塞いで目を閉じて小さくなればいつか、いつか誰かが助けてくれる。そんな期待を抱いていた。

でも現実は違う。閉じこもっている世界には自分しかいなくて誰かが童話の王子様みたいにドアを蹴り破って助けに来てくれるわけじゃない。自分で、自分の手でドアノブを握らなくちゃドアは開かない。

 

切っ掛けは、佐倉朔。

彼女と初めて出会ったのは自分のベッドの上でだった。惣治郎から姉の子供を預かることになったと伝えられてどんな奴なのかと怯えていた。当時の双葉は今よりも人見知りが激しかった。いや、自分と惣治郎以外の者は受け入れられなかったのだ。だから引っ越し作業のトラックが止まるのを二階の窓から確認した時、双葉はすぐに自分の部屋に飛び込んで鍵を閉めてベッドの布団にくるまって体を震わせた。

 

怖い、怖い。自分の空間に他人が入ってくる。知らないものが入ってくる!

 

そんな恐怖心から逃げる事は出来なくてガタガタと震えるしかない。気が付けば寝落ちしていてぐぅと空腹感にぼんやりとした思考でお腹を抑えていた。ベッドから力なく降りてよろよろとドアへ向かう。ドアノブをゆっくりと握り、廊下へと恐る恐る顔を出す。ドアの横下にはいつも通り惣治郎が作って置いた冷めた夕食がお盆に乗せて置いてあった。双葉はそれを引っ掴むように持ち上げて部屋に引っ込んだ。電気もつけずパソコンの灯りだけを頼りに一人で食べる遅い夕食。双葉は家族団らんで食べるという体験をしたことがない。というか今までまったく縁がない。忙しかった母も然り、惣治郎に引き取られてからも引きこもりになってしまった双葉と共に食卓を囲むということは一度としてない。それは双葉だって惣治郎と一緒に食べたいと思っている。だが心と体が思うように動かないのだ。人の視線が怖い。他人が怖い。自分の領域に入ってこられるのが怖い。向けられる視線、言葉、指さし。全てが自分を非難するものだと思ってしまうから。ご飯を食べる箸の手も二、三度口に運んだだけで終わる。味気ない、っていうか味がしない。美味しくない。惣治郎が作るものが不味いわけじゃない。ただ、双葉が美味しいと感じられなくなっているだけなのだ。

食事も途中なまま、また双葉はベッドへと寝っ転がる。眠れるわけでもないのに、ただ横になる。すると数分もしない内に、またアレがやって来た。魘され苦しめられる。

昔から双葉を脅かすもの。幻影、幻聴、幻覚。母親の罵倒、親戚からの暴力、黒い大人達からの非難の声。全てが双葉を責める攻撃する。

 

「い、や、やめ、て…」

 

『双葉、双葉!お前なんか産まなければ良かった、死んでぇフタバぁぁあ―――』

 

『お前が母親を――した。全部お前が悪いんだ!』

 

「違う、ちがっ!」

 

『消えろキエロオマエハジャマナンダ消えてしまえばいい』

 

双葉は両耳を抑えて身を縮こまらせた。誰も助けてくれない。誰も誰も―――。そんな悲痛な声なき叫び声を上げた。誰も、届かないと諦めていた。

けど。

 

「だいじょうぶ」

 

聞いたことのない声が双葉に襲い掛かってくるものを霧散させた。

 

「だいじょうぶ。こわくない、こわくない。わたしがまもってあげるから」

 

双葉を覆うように包む何か。今までにない経験に双葉はただただ戸惑うしかない。けれどその何かは双葉を害する様子はなく、むしろ守るように傍についた。

 

「わたしはここにいるから。だからあんしんしておやすみ」

 

その声に導かれるように双葉に訪れる安心感は彼女をしばらくぶりの健やかな眠りへと誘った。

朝、鳥の鳴き声で目が覚めるといういつにない体験をした双葉はゆっくりと瞼を開くと見知らぬ人物に抱きしめられて寝ているという状態に気づく。黒髪に整った容姿を持つ自分と年の近い少女。

双葉はぼんやり眼で彼女を自分の世界で認知した。そして、その存在を違和感なく受け入れた。この人は自分を害することがないと本能的に知ったからだ。

 

「……そっか、……寝よ」

 

双葉は二度寝をすることにした。自己紹介すらしていない少女によりぴったりと寄り添ってその温もりを求めた。あれだけ他人を拒んでいた自分が初対面の人間に懐くなど考えられないことだが、朔に関してはあっさりと許した。いや、いて欲しいとさえ思った。また目が覚めて朔がいない事に気づくと双葉は朔を探して自分の部屋を出てくるという驚きの行為を惣治郎に見せた。

 

「おはよう、双葉」

 

「……ん…」

 

台所入口の影からひょっこりと顔を覗かせた双葉に声を掛ける朔は惣治郎と一緒に朝の朝食の準備をしていた。双葉の気配に気づいたのだろう朔は振り返り挨拶をすると短いながらも双葉も挨拶に答えた。驚き固まって声も出せない惣治郎の前で双葉は朔に向かって手招きをして朔を呼び寄せる。エプロンをしたままの朔は「なに?」と問いながら双葉の近くまで行くと双葉は唐突にむぎゅっと朔に抱き着いた。まるで子供にしかみえない愛らしい精霊に思いっきり抱き着く幼子の様に。双葉はその感触を味わいつつ、

 

「……これだ、やっぱり」

 

と確信に満ちた声を出す。朔は驚いた様子もなく双葉の跳ねた髪を撫でつけながら

 

「なに、朝から。顔洗っておいで、ご飯もうすぐだよ」

 

と洗面所へ促した。双葉は素直にこくっと頷いてよろついた足取りで洗面所へ向かった。朔は気を取り直して中途半端だった料理を再開する。その隣で今までのやり取りを青天の霹靂と言わんばかりに受け止め狼狽える惣治郎がいた。

 

「……双葉が、部屋から出てきた!?……しかも顔洗うだと」

 

「おじさん、顔洗うくらいで驚かないでよ」

 

「いやそうじゃなくてな……」

 

「あ、お味噌汁吹きこぼれそう!おじさん消して消して!」

 

「お、あぁ!」

 

なんだかんだで惣治郎も流されるように朔の言われるがまま朝食作りを再開することに。そして初めて惣治郎と双葉と朔という三人で迎える家族団らんの朝の風景を体験するのであった。

無論、これがすぐに継続していくわけではない。やはりまた引きこもりの様になりはするが、幻覚などの症状が頻度が以前よりも少なく成ったり朔が付き添えば夜ぐっすりと寝れるようにもなった。生活習慣も朔のスパルタ教育のお陰か徐々に時間をかけて改善されていった。

全部、全部朔のお陰。彼女がこの家に双葉の所に来てくれたから変わった。だから、自分も変われるチャンスがある。そう思うようになったのは何時頃からか。

そう、新たな同居人が来るとかで朔が家を出ると騒いだ時だ。あの時のショックは二度と体験したくないと思い出しては身震いばかりしている。元々泣き虫ではあるが、あの時は意地でも出ていかせてなるものかと引っ付いて泣き喚いた。まるで子供のように。それ以来、双葉は朔から目を離さないようになった。ルブランにこっそり内緒で盗聴器を仕掛けているけど実は朔の部屋にも仕掛けている。バレた時が怖いがこれも朔の為と思わば妙な達成感を感じた。そこで得た様々な情報とネットから引き出したパズルの断片が双葉の中で上手い具合に積み重なっていく。母、若葉の研究と葬式に現れた黒服達。自分に聞こえる幻聴幻覚の類。朔の独り言。まるで喋っているかのように返事をするモル。見えないけど気配を感じるなんか。

 

全てを計算して見えてくる、ものがきっと―――答えだ。

 

 

朔の部屋に突撃をして朔をベッドに押し倒して乗っかる作戦は成功した。逃げようとするけど朔は優しいから自分を転がしたりはしない。だから逃げ出せない。逃がさない。

 

「なぁ、朔」

 

勇気を出せ、佐倉双葉。

腹に力を込めて声をしぼり出せ。朔が何度か口にしていたあの言葉を。不思議と耳に残る言葉。その意味はもっとも深く単純で様々な意味を持つ。

 

「『ペルソナ』って、……なに?」

 

普段表情を変えることが少ない朔の瞳が限界までに見開かれた。双葉はこれで確信した。朔はその何かと繋がりがある。確実に。

学園で起きた事件も、ネットで書きこまれたなんとか教師の許されざる隠された犯行の数々も。きっとこれはわたしを変える切っ掛けになる。

 

「時々、一人で喋ってるの、知ってる。……なぁ、ホントは『誰か』いるんじゃないのか?……モルだってそうだ。猫なのに話しかけてる。普通にモルだって猫みたいに鳴いてるけどちゃんと朔の言葉に返事してる……」

 

自分でもどうかしていると思う。まるでこれは脅しのようではないか。相手の秘密を追及して弱みに付け込んで自分の願いを押し通す真似なんて。でも双葉にはこれしか思いつかなかった。

今、自分でできること、これしかない。

 

「教えて、朔」

 

今度は逃げたくない。逃げない。決めた。そう決めたんだ。

 

双葉は再度同じ問いを朔に向けた。

 

「『ペルソナ』ってなに?」

 

【ほんとうのきっかけは、佐倉朔】



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四月二十九日・佐倉朔

『異世界ナビ』よりも『目玉アプリ』の方がしっくりくる。



一応、佐倉朔は『桐条美鶴』に飼われている自覚はある。現役ペルソナ使いであると同時に多数のペルソナを扱うことが出来る『ワイルド』の持ち主。アイギスや、以前八十稲羽市の事件に関わった青年、そして雨宮君を入れた計四人がワイルド属性。だけど先輩たちが把握しているのは三人だけ。雨宮君の存在が知られるのは今後活動する上で不便になるのでなるべく情報漏洩には気を付けておこうと思う。

 

だってその道の研究者らにしてみれば恰好の研究対象なのだ。私が精神的に追い詰められた時、綾兄の手によって桐条傘下の病院へ転院することになった時も私の治療とペルソナとの因果関係を探る研究は同時進行で行われた。そのテストも凡人では理解しがたい内容だった。だが生きるモルモットと彼らに扱われようが別に構わない。私の許容範囲に侵入してこなければ目に止まるほどでもないのだ。だが一度邪魔をすれば容赦するつもりはない。

 

見た目女子高生だが相当なひねくれ者だと自分でも思う。補欠として扱われているがシャドウワーカーでの出動時なるものもたまに要請が掛かってくる。学生の身であることを考慮されているがまぁ大概私の体の具合とかペルソナ関連でのデータ取りだけどそれでも給料というのは発生している。母さんが生前私の為にと少しづつ貯金してくれていた口座を指定してそのまま積んでいる。お金の管理は全ておじさんに任せているし、そのお金に手を付けるつもりは一切ない。いずれ私がいなくなった後、今までの養育費としておじさんに受け取ってもらおうと考えているけどそう簡単には受け取ってくれないだろうなぁ。弁護士さんにお願いするとか頼んでおけばいいのかな。そこら辺は法律関係に詳しそうな人にでも尋ねてみるとしよう。

 

色々考えて見慣れた天井を見上げつつ、この『状況』から思考だけでも現実逃避させようとしているけど、なかなかに強情だ。この子は。

人のお腹の上でスマホいじりだしたわ。なんか前よりも行動が活発化してない?引きこもりはどうしたと訊ねたい。いや、最初に出会った頃よりもオドオドしなくなった。そりゃ私が生活改善を叩き込んでいったから彼女の歪んだ体内リズムを正常に戻せて言ったのかもしれないけど他は彼女の意思次第で変わる。ということは彼女なりに心境の変化があったということか。だから、『あの発言』なわけかと一人納得する。

 

「そろそろ飽きない?」

 

「朔がゲロするまで退かない」

 

ポチポチ指先を動かしながら彼女は視線を合わせずに言う。私は彼女の言葉遣いを窘めた。

 

「ゲロ言わないの」

 

「だったら教えて」

 

素直に教えるわけないじゃない。私は一言キッパリと断った。

 

「やだ」

 

「じゃ退かない」

 

これの押し問答がえーと何回目?だっけと数えるのが面倒になったくらいは続けている。幸い、おじさんはお店の方だしこの家にというか私の部屋には私と彼女二人っきり。モルは雨宮君に強制連行されてメメントスへシャドウ狩りへお出かけ。本人は私と一緒に行動したい~(可愛いというと拗ねるので言わない)と駄々こねていたが首根っこ掴まれては逃げようがない。私は「いってらっしゃーい」と手を振って「ニャ~~!」と暴れまくるモルと爽やかに手を上げて出ていく雨宮君を見送った。うん、頑張れ。

 

今日は四月二十九日。祝日だが私は午前中デートだった。秋葉原で。相手?勿論男、なわけない。

 

朝食の席で雨宮君から洒落こんでるねと言われ、デートだと茶化して答えればそれはそれは笑顔で「相手は?」などと顔を近づけて迫られ質問され朝から尋問されている気分になり胸糞悪い気分になった。私は素っ気なく「女性だよ、誰が男と何かと」と答えてマーガリンがたっぷり塗られた焼きたて分厚い食パンをガブっと噛んでその話題から逃げた。それからさっさと準備して待ち合わせの場所まで途中まで背後霊verの綾兄と出かけた。

風花姉はシャドウワーカーの中でもずば抜けて機械に詳しい人だったから、パソコンを始めたいとついこの間電話口で話題の種として振ったら、じゃあ私が選んであげようか?との提案をされ嬉々としてそれに乗ったわけである。

そして秋葉原にて、右も左も分からぬ店の中、あれやこれやと色々説明を受けて頭がパンクしそうになったけど最終的にはノートパソコンで落ち着いた。それも初心者の私でも分かりやすいシンプルかつ使いやすいのが特徴的なものを選んでくれた。お金の面を心配されたけど普通の高校生が持たないような金額は軽く蓄えてあるので問題はなかった。荷物持ちを買って出てくれた綾兄のお陰で私が重たいものを持つことはなく、お昼を食べる際立ち寄った洒落たカフェで風花姉からプレゼントだと渡された箱には予想外の物が入っていた。中身を確認したのは家に帰ってからだけど、最初はドッキリか何かかと首を傾げたけど、よくよく考えてみると風花姉もそれらしい話を濁して教えてくれたから多分、そういう意味なんだろうと受け取った。

 

綾兄は私が家に着くと足早にまた出かけて行った。何やら約束があるらしい。珍しいから相手が誰なのか揶揄ってみたらなんと、美鶴さんとのこと。途端に私が焦りだしたので綾兄は私を落ち着かせる為に頭を撫でてくれ、「大丈夫だよ。上手く誤魔化すから」と言ってくれた。綾兄の言葉を信じて私は彼を見送った。あの美鶴さんに勝てるかどうか不安だったが、案外綾兄ならのらりくらりとかわすかもしれないと焦る気持ちを無理やり落ち着かせた。

 

それでもって、暇つぶしにプレゼントされたブツを動かしてみたわけだ。そしたらなんと!まさかまさかの反応アリ。

いやー、愕然とした。まさか自分の部屋に仕掛けられてるなんて誰が思います?

他にも仕掛けられてるんじゃないかって家の中うろつきまくって外まで出てルブランまで行ってみた。……悪い予感が的中した。まさかルブランにまで反応があるだなんて。

これには結構ショックでした。自分の生活範囲内に盗聴を受けている。そこまでして監視したいのかと憤りさえこみ上げた。けどここで怒りのままに怒鳴り込みに行ったところで無駄足になるだけだろう。むしろ、それくらいですんでいるのだから感謝しろと言われかねない。私の立場はとても微妙なものだから。下手に反抗心を抱き牙を向けば、奴らは精神に異常アリなんて診断してあっという間に私は病院のベッドへ縛り付けられる生活に戻るだろう。それどころか本当にモルモット生活デビューかも。

自分の復讐をやり遂げられないことが何より悔しい。そんなことになるくらいなら舌をかみ切って死んでやる。

80%が復讐のため、残りの20%が綾兄がいるから生きてるようなものの私には今更死を恐ろしいものだとは感じていない。むしろもっと身近なものだと受け止めている。

 

……あーあ、色々考えたら疲れた。このまま寝ようかな。でも重たくて眠れない。悪夢だ。現実でも逃げられないし、夢の中にも逃げられない。たまに沢山出てくる謎の羊共を蹴り落としたいのに。

まさか双葉に馬乗りされる日が来ようとは。指通り滑らかな髪が僅かに動く。華奢な肩が小刻みに震えている。緊張しているのか。

 

「ふた、どいて」

 

「ヤダ」

 

「双葉」

 

「嫌だ」

 

言い聞かせるように優しい声を出していたが梃子でも動かない様子にこちらも苛立ちが増してくる。低い声で脅すようないい方になってしまう。

 

「退きなさい」

 

「………」

 

ここで初めて私が怒っていることを感じたのか、双葉は若干たじろいだ。というか怯えてさせてしまった。瞳が潤みだし、眉がへにょりと下がり唇を噛む真似をする。双葉なりに意地を見せたんだろう。

画期的な進歩に敬意を表して、ここは私が折れるべきだ。うん、その方が利口だね。

 

「………だって…」

 

「まずは退いて。それからちゃんと話そう。ね?」

 

今度こそ言い聞かせるように伝えれば双葉は目元をゴシゴシ乱暴にこすりながら小さく「……うん…」と頷いた。

ぐすぐす言い始めた双葉はゆっくりと私の腹からベッドの端に移動する。ようやっと起き上がった私は双葉を覆うように抱きしめた。

 

「さすがに人の部屋に盗聴器は駄目。それ犯罪ですから」

 

「………う、ん…ごめん」

 

そう、真犯人はお腹の上にいた。美鶴さんではありませんでした。スイマセン!美鶴さんと心の中で謝罪しておく。だがこれも双葉なりの理由がある、らしい。ズバリ、私が心配だから。

私の昔の事情とかを知っているだけに双葉は自分のことよりも私の心配をするようになった。というか、ちょこちょこ付いて回るようになった。まるで親鳥にでもなった気分だけどこれが依存にならないか心配ではある。

 

「心配だから付けてくれてたんだよね。そう受け止めておく」

 

「うん」

 

この話はこれでおしまい。後は……。

私は双葉から少し体を離してベッドから降りた。ティッシュの箱を持ってきてそこから数枚取り出して双葉に差し出す。双葉は鼻をすすりながらそれを受け取ってチーン!と鼻をかむ。十分に鼻をかんだ双葉は私が用意したゴミ箱に丸めたティッシュの塊を投げ込んだ。

 

「よし。―——それで、双葉はアレのことについて知りたいわけね。理由を訊かせてもらってもいい?」

 

ゴミ箱を床に戻して私は双葉の隣に座りなおした。双葉は私と同じように腰かけてぽつぽつと語りだす。ゆっくりと蓋を閉じ込め続けた自分の気持ちを声に出した。

 

「………わたし、も、強くなりたい……変わりたい……!」

 

双葉は今までの苦しい気持ちを吐き出すように言葉にした。惑わすように現れる幻聴、幻覚それらに負けたくないと切実に訴える。

 

「アレを知ったくらいで強くなれないかもしれない。むしろもっと怖い事、危険な事待ってるかもしれない。それでも知りたい?」

 

「………知りたい…!」

 

双葉の瞳には強い意思が宿っていた。以前初めて出会った時のどんよりとした曇った瞳ではなく、光が差し込んでいる。

 

「分かった……、双葉は……社会に反逆の意思があるんだね」

 

「社会に、反逆?」

 

「………うん、私は双葉を歓迎するよ。ただ、双葉も皆と同様に自分自身と向き合わなきゃならない。だから双葉のパレスに行こう」

 

「パレスって、なんだ?」

 

訳が分からないと双葉は戸惑っているように首を傾げて不安な顔をする。けど私は安心させるように頭を優しく撫でた。

 

「双葉が変われる事が出来る場所。そのきっかけを与えてくれるところだよ」

 

そう言って私は双葉の手を取りベッドから立たせる。そして机の上に置いていたスマホを手に取ってあの目玉アプリを作動させた。綾兄はいないし、モルや雨宮君もいない。本当ならここで二人で行くことは危険行為なんだと思う。もし綾兄が帰ってきたら雷が落ちるかも。でも今行かなきゃ。双葉が自分から動いてくれたから私もすぐに行動に移したい。

………私は、どれだけ双葉が苦しんでいたか十分なほど知っている。母親から疎まれていたと嘆き悲しむ双葉の姿は今胸をぎゅっと締め付けるものだ。出来ることなら直接助けてあげたかった。でも私に出来ることは彼女にとって母親、若葉さんが本当に双葉を疎んでいたのか、恨んでいたのか、それをしっかりと思い出して欲しいと告げ励ますくらいしかできない。おじさんから訊いていた限りではとても双葉を愛していない母親という印象を受けていないし、彼女が研究していた認知科学はある意味、私達が活動している世界と酷似している。人の認知を利用して何らかの悪事に運ぶことだって可能かもしれない。そんな危険な世界に双葉を巻き込むことはしたくなかった。

なんだかんだ言って、私は双葉を見捨てていたも同然だ。だから変わりたいと願って縋って来た双葉を無下にできない。したくない。その想いに少しでも早く応えたい。その気持ちが私をなお急かすのだ。

 

「佐倉双葉」

 

『候補が見つかりました』

 

「ななっ!?」

 

スマホから発するナビゲーションの声に双葉はビクついて私の背にササッと隠れた。私は苦笑しつつ害はないことを教える。

 

「大丈夫。これが向こうへ行く手段だから。さてさて、ふたのパレスは。ねぇ、ふたはここをどんな風に感じてた?」

 

「ふぇ?」

 

少しだけ後ろを向いてそう尋ねると背中に引っ付く双葉が目線を合わせる。

 

「率直な感想でいいの」

 

「………前は、朔が来る前は、自分の死に場所だと思ってた。ここから一生出られないって。———でも、朔が来てくれたから出たいと思った」

 

ぎゅっと私の服を握りしめる双葉。うん、守るから大丈夫。

 

「そっか、うんありがとう。きっと出させてあげるからね」

 

「うん」

 

「よし、じゃあ『墓場』、かな」

 

『入力を受付しました。目的地までのルートを検索します』

 

「ここまではよし」

 

私は一旦スマホをから手を離す。ボタンをタップすればナビが開始されるのだが今はまずやることがあるからだ。

 

「朔?」

 

「双葉、ちょっとそれなりに準備しようか。今のままだと危ないからね」

 

そう言って私はスマホを机の上に置いて自分のクローゼットをに向かう。

 

「?」

 

「それと飲み物とかも用意しなきゃ。ほらほら、私の服貸してあげるから着替えるよ」

 

「うぉ!?」

 

動きやすい恰好じゃないと向こうはどんな世界か分からないものね。双葉の腕を引っ張ってあれやこれやと自分の服を合わせた。ポイポイっとベッドに私の服が山積みになっていく。私と身長差がある双葉には中々あうサイズが見つからなかった。けど私が中学生の時に使用していた体操着がピッタリ合ったのでそれを着てもらった。本人はふんふんと体操服の匂いを嗅いでは「朔の匂いがする」と変態発言していたのでデコピンしておいた。若干袖丈が長いがそれは折って調節する。それから双葉の長い髪をゴムで縛ってポニーテールにした。

 

「うぅ~」

 

「ほら、動かないの」

 

「あう」

 

本人は後ろがスース―するのが気に入らないらしいが、私としては動きやすい恰好の方が何かと守りやすい。動きやすいスニーカーを玄関から持ってこさせて左手に持たせた。後はリュックに必要な回復薬とかぎゅうぎゅうぱんぱんになるまで詰め込んだ。双葉の手を握ってこれで準備オッケーとスマホを手に取る。

 

「ではいざいかん!双葉のパレスへ」

 

「お、おー」

 

弱々しくも双葉がノリで付き合ってくれた。めちゃぷりちーである。あ、そうだ。綾兄と雨宮君には一応連絡は入れてある。

 

【双葉のパレスに行ってきます】




※佐倉朔専用コミュ

愚者 :???
魔術師:???
女教皇:山岸風花
女帝 :桐条美鶴
皇帝 :???
法王 :佐倉惣治郎
恋愛 :岳羽ゆかり
戦車 :???
正義 :???
隠者 :佐倉双葉
運命 :望月綾時
剛毅 :???
刑死者:???
死神 :??? 
節制 :???
悪魔 :???
塔  :???
星  :??? 
月  :荒垣真次郎
太陽 :???
永劫 :アイギス


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四月二十九日/三十日・アイギス

ルビを初めて振ってみた。案外楽しい。


託された想い『願い』がある。それは決して本人には明かせない秘密の話。

今でも昨日の事の様に鮮明に思い出せるのは、一秒一秒が忘れることができないからだ。この機械の心臓(パピヨンハート)に刻まれている。彼が生きていた証を。

 

風に運ばれて屋上へ流れてきた桜の花びらを見上げながらお休みなさいと自分の膝に寝る彼を見送った。束の間の休息だと思っていたのに、また『アイギス』と名を呼んでもらえると思っていたのに。それは二度と来なかった。

 

彼が眠りにつく前、アイギスは瞳に涙を溜めながらこう告げた。

 

『わたし、あなたを守りたい。あなたの力になりたい。こんなのきっとわたしじゃなくたって出来る事だけど、でも、いいんです』

 

『その為なら、きっと。わたしは生きていけるから』

 

『ありがとう』

 

彼は、ゆっくりと指先をアイギスの目元へやった。彼の温かな体温が冷たい涙を拭ってくれる。

 

『泣かないで』

 

『……はい……』

 

そして青い瞳の彼はアイギスに願った。

 

『お願いがあるんだ』

 

『はい?』

 

今にもとろけてしまいそうなか細い声で彼はアイギスに願った。眠りに引き込まれてしまう前に手を打つように。

 

『アイギス。あの子を、俺の代わりに守ってくれないか』

 

『あの子?』

 

『きっと、あの子は、……なく、だ、ろう、か、……ら…』

 

『湊さん?』

 

アイギスの問いかけに彼は答えることはなくそのまま瞼は閉じられた。彼の元に仲間達が集まってくる騒々しい音が階段の方から響いてくる。

ああ、彼が起きてしまうかも。なんてアイギスは苦笑しながら彼の髪を優しく撫でた。

 

『———今はゆっくり休んでください。起きたら、話の続きを聞かせてくださいね』

 

そう囁いてアイギスは頭上を見上げ柔らかな春の風を全身で感じ受け止めた。満たされる幸せというものを噛みしめながら。

だがアイギスはすぐにも絶望の淵に叩き落される。仲間たちが湊の元へ駆けつけた時、アイギスが彼を起こそうとするのを止めさせたが暫く見守っていてもまったく起きる気配がない。

いや、気づくべきだったのだ。彼が寝ているのではなく、すでに呼吸が止まっていることに。誰よりも身近にいたアイギスは現実を受け止めることができずにいた。

ただただ、彼が救急車へと運ばれていくのを見送ることしかできなかった。彼が死亡したと報告を受けてより、アイギスは心にぽっかりと穴が開いたようだった。彼の死に至る真相を知り、彼から受け継いだ力を大切にしていこうと決め、美鶴と共にシャドウワーカーの隊員として日夜日常の裏世界でその力を使い人々の平穏の為に動いてきた。ただ、湊が最後に言い残した言葉が気がかりだった。

 

あの子とは一体誰の事なのだろうか。それが湊の最後の願いならば叶えたいと思った。

それが湊との最後の繋がりになる。

 

湊の周りには多数の人との(コミュ)が育まれていた。それこそアイギスが見知らぬ人物もいた。その内に一人が湊が云った『あの子』である。

生前、湊はもし妹がいたらこの子かもしれないと順平に嬉しそうに語っていたと後にアイギスは順平を通して知るのだが、時すでにそれらしき少女は別の土地へ引っ越した後でアイギスは約束を果たすことができないと諦めていた。まさか自分の都合で美鶴の傍を離れることもできず、心の片隅に湊の願いがしこりとして残ったまま時を重ねた。あれから成長していく仲間たちと以前と全く変わらないことに少し置いていかれているような寂しさを抱いていたが、それを曝け出すことはなかった。だが美鶴から新しいペルソナ使いを見つけたと報告を受け、そのペルソナ使いが入院しているという病院へ共に向かった際、胸が騒めくような感じがした。それは病室へ足先が向かう度にひどくなっていく。アイギスはなぜこんなにも気持ちが落ち着かないのか不思議でならなかった。

その人物を視界に捉えた瞬間に激しく機械の心臓(パピヨンハート)が胸打った。

 

ドク、ドク、ドク。

 

限界まで見開かれる瞳に映るのはベッドに眠る黒髪の少女。ベッドの脇の椅子に座って林檎の皮をむいているまさかの望月綾時にも驚きはしたものの、それは例外だった。というか眼中にない。アイギスの視線が釘付けになるのはただ一人。

 

「やぁ、久しぶり。アイギス。美鶴も来てくれたんだ」

 

綾時は包丁をお皿の上に置いて椅子から立ち上がり笑みを浮かべて二人を出迎えた。美鶴は軽く手を上げて挨拶を返す。

 

「ああ、彼女の様子はどうだ」

 

「大分落ち着いてきたよ」

 

その声には安堵感が含まれていて彼女の容態が安定してきたことを含ませていた。それほどに重症だったのだろうかと一抹の不安がなぜかアイギスの頭をよぎる。

早く、早く彼女の名前が知りたい。急かす気持ちがアイギスの口から問いとして漏れた。自分でも驚くほどに声が掠れて出た。

 

「……その人は、誰ですか」

 

『ご臨終です』と医師から告げられた湊と同じように白いベッドに横たわる少女は。だが彼と違うのは少女が生きているということ。

そう、生きているはず。たとえ、消毒された様な白さの肌をしていたとしても。

 

「彼女は佐倉朔。湊と僕が守りたいと思った女の子。湊が君に託した願いの正体だよ」

 

そう答えた綾時はベッドから数歩下がってアイギスに場所を譲った。綾時は知っていたのだ。湊がアイギスに託した願いを。

 

「……朔、さん……」

 

「アイギス、どうした?」

 

美鶴の問いに言葉を返す余裕もなくアイギスは唇を震わせてゆっくりと一歩一歩、ベッドへと近づく。この少女が湊が言い残した『あの子』。

眠っている少女の顔があの時の湊とダブって見えて重なり恐ろしくなったアイギスはベッド脇に縋りついて少女の体を揺さぶり始めた。衝動のままアイギスは動く。

 

「起きてください――ー。お願い、起きて」

 

突然のアイギスの行動に美鶴が咎めるよう声を出し一歩動いた。

 

「おい、アイギス!」

 

「美鶴、いいよ。好きにさせてあげて」

 

だが綾時が美鶴の制止を止めさせた。何かしら考えがあるのだろうと美鶴は戸惑いながらも浅く頷いて傍観することに。

 

「起きて……、起きてください……!湊さんっ」

 

二度と開かれることはなくさよならも言えずに逝ってしまった湊の姿が少女と重なる。今アイギスの中であのシーンが再現されている。

つい零れるように出た彼の名前。目の前にいるのは湊ではない。この少女も湊のように起きないのではないか。自分の問いかけに二度と答えないのではないかとどういようもない不安が襲ってくるのだ。

 

「…………?」

 

「……ぁ……」

 

声にならぬ歓喜がアイギスの口からあふれ出た。黒曜石の瞳がゆっくりと開かれていく。

 

「……どうして、貴方は、泣いてるの?」

 

あの時と同じようにアイギスの涙を優しく拭ってくれる少女の手がほんのりと温かくそれが生きている証拠と認識させてくれる。

湊のように吸い込まれそうな瞳にはしっかりと自分の姿が映りこんでいた。アイギスの瞳が波の様に揺らいで少女の姿を歪ませる。ついに決壊した涙は滴となってアイギスの頬を伝っていく。

 

「泣かないで」

 

自分を労わるその言葉。

ああ、温かい。人の温かさにこれほど嬉しさを感じた事はない。

 

「……はい、……はい!」

 

少女の手を自分の手で重ねるように合わせてアイギスは何度も相槌を打った。零れる涙が歓喜に震えるアイギスに呼応するように暫くの間止まることはなかった。

 

アイギスは佐倉朔とこうして出会いを果たした。湊から託された願いを必ず守らなくてはと決意に奮い立つアイギスだったが、それがただの自己満足の塊でしかない事を認めようとはしなかった。

佐倉朔は湊ではない。身代わりではない。朔だから守らなくてはいけないのに、アイギスの心の中で朔を湊の代わりに仕立て上げようとする愚かな自分がいること。それは薄々気づいていた。だがそれでもいい。

今は、彼女を守りたい。様々に葛藤を抱えながら機械の乙女は生きる理由を胸に刻んだ。

 

※※

 

朔が学園での自殺騒ぎのショックで倒れたとの説明により呼ばれた綾時が慌ただしく帰って行った後、一人部屋に残される美鶴の元へアイギスはやってきて開口一番に美鶴に食って掛かった。普段従順な姿から想像できぬほど感情のままに意見をぶつけてくるアイギスに美鶴は驚かずにはいられなかった。

 

「朔さんを月光館学園へ転校させるべきです!」

 

「まず彼女の意思が何より最優先されるべきだ。それにアイギス。彼女の保護者は佐倉惣治郎氏だ。最終的に判断は彼が下すべきもの。朔はまだ未成年だ」

 

美鶴は痛む頭を抑え瞼を閉じて苦悩に満ちた表情になる。

美鶴とてアイギスの意見に気持ちとしては賛同したいところだが、桐条の総帥としての立場から言えばそう簡単に肯定できるものではない。現実的に朔の親権は惣治郎氏にある。権力を持ってすればそれなりの非道なやり方もあるかもしれないが、そんな下種な事やるわけがない。ペルソナ暴走という今回の件は直接一般人に被害が及ぶ前に回収が済んだが、もしこれが一般人の目の前で、もしくは巻き込むような事件へと発展すればペルソナ使いという存在が世間に晒されてしまうことになる。そうなれば自分たちの存在も危うい立場へと追い込まれるだろう。それだけは避けねばならない。実力者としての力を十分に備えている朔とはいえ、まだ17歳の少女。輝かしい未来もある。

出来れば目の届く範囲内(監視)にいて欲しいというのが希望でもある。……閉じ込めることが彼女の身を護ることができるしすぐに対処も利く。すでに学園に潜り込ませている隊員からの報告は出来れば今回限りであればいいと願っている。だが先ほどの綾時との会話でそれが難しいということは確定された。ならばこちらとしても手段を講じねばならなくなる。

 

「ですが私は朔さんが大切です。彼女の精神状況を考えれば一刻も早く手を打たねば。ペルソナの暴走がそう何度も続くようでは体への影響も否めません。今は薬での安定で持ちこたえているような状態ですよ?……私は、二度も失いたくはないのです」

 

拳を強く握りしめアイギスは辛そうに顔を伏せて訴えた。

 

「私も同じ気持ちだよ。アイギス。だが我々に無理強いをすることはできない。もし、そのような行動に出れば朔からの信頼は永遠に失われるだろう。これだけはハッキリと言えるぞ」

 

「……っ!だったら、わたしを朔さんの元へ行かせてください。わたしが直接お願いしに行きます」

 

「アイギス」

 

流石にそれは無理強いにもほどがあるとアイギスを咎めようとした。だがアイギスの意思は固かった。

 

「お願いします。美鶴さん、チャンスをください」

 

深々と頭を下げてお願いする姿に美鶴は深くため息をついた。

 

「……分かった。ただし、強要することだけは避けてくれ。あくまで朔の意思によるものだ」

 

「分かってます」

 

頭を上げたアイギスは深々と頷いた。

 

※※

 

四月三十日。

次の日、アイギスは黒塗りの車を校門前に停めて朔が出てくるのを待っていた。勿論、しっかりと服を着ている状態で。約束を取り付けていないので突撃訪問ともいえる。

下校途中の生徒たちは当然金髪碧眼の美少女に好奇の視線を向けたり、ヒソヒソと誰を待ってるんだろうなど囁き合っていたりもした。そんな注目の的であるアイギスは沢山の生徒の中から待ちに待った人物を見つけ自然と笑みを浮かべた。

 

「朔さん」

 

「―——アイギス?どうして」

 

表情は変わらずとも自分の登場に驚きを露わにする朔にアイギスは素直に答えた。

 

「貴方に会いたくて来ました。……お時間、大丈夫ですか?」

 

朔の連れらしき男子生徒が「朔の知り合い?」と小声で尋ねていて、朔も「まぁね、そんな感じ」と短く答えている。名前で呼ばせている様子からかなり親しい間柄であるとアイギスは考える。そして彼の存在を記憶保存領域(データベース)にしっかりと保存した。朔は「わかった」と頷いて少年へ短い挨拶として背負っていたリュックを胸元へ持ってきて中身を確認してから何か小声で呟くと階段を下りてくる。アイギスは「それじゃあ、こちらへ」と朔の手を取って車へと誘った。最初に朔がその後にアイギスが乗り込みドアを閉めると車は動き出す。朔は背負っていたリュックサックを膝に乗せてアイギスに軽い挨拶をした。

 

「元気にしてた?アイギス」

 

「はい。朔さんは……体の方は大丈夫ですか?」

 

「あー、まぁいつも通りってやつかな」

 

ぽりぽりと指先で頬を掻く朔。なんとなく誤魔化しているとアイギスは思った。それにしても朔のリュックが勝手に動いているが、中身を尋ねてもいいのだろうかと思う。視線はリュックへ向かった。

 

「………」

 

「アイギスは心配してきてくれたんだよね。ゴメンね、わざわざ」

 

「いいえ、そんな……。朔さんは、迷惑、でしたか?」

 

気持ちばかり先走ってしまったが、実際のところ朔にどう思われているのか不安で仕方がなかった。朔は手を振って否定した。

 

「全然そんなことないよ。…あふ……」

 

「最近はちゃんと眠れてますか?」

 

若くして不眠症を患っている朔に薬は欠かせないものとなっている。

 

「う~ん、どうだろう。昨日は砂漠のピラミッドでスフィンクスと戦う夢みたしね。強かったよ」

 

そう言って二度目の欠伸をする朔にアイギスは小さく笑った。

 

「変な夢ですね」

 

「だね」

 

他愛もない会話をして二人が乗る車が向かった先は井の頭公園だった。落ち着いた場所で話したいとアイギスの希望である。ちなみにリュックの中身は猫だった。飼い猫で普段からリュックの中に入ってくっ付いてきてしまうらしい。主人想いの黒猫だがアイギスを見ても驚いた様子はなく鳴くこともない。尻尾をゆらゆら動かしてリュックの中から顔を出して興味深そうに眼をくりくりさせて観察してくる姿は愛嬌があって可愛らしかった。

だがアイギスが朔に会いに来た理由は飼い猫を愛でる為ではない。静かな場所へと朔を誘った先は公園の湖がある木のベンチだった。二人でそこに並んで座る。カップルが乗っているボートがゆっくりと濃いで進む姿を眺めながらアイギスは意を決して朔へ願い出た。

 

「朔さん、月光館学園に転校しませんか?」

 

「え、いきなりなんで急に」

 

やはり想像通り戸惑う朔にアイギスはズイッと距離を詰めて朔の両手を取って握りしめた。

 

「心配なんです。貴方のことが」

 

「………アイギスはさ、私と湊兄を重ねてみてるだけなんだよ。湊兄に頼まれたからって私を守ろうとしなくてもいいんだよ」

 

「いいえ!そんなこと」

 

ないと続けようとしたがそれを遮るように朔が続けた。

 

「私は湊兄じゃない」

 

「!」

 

ハッキリとした拒絶だった。苦し気にそういう朔はアイギスから視線を逸らす。アイギスは胸を突かれたように反射的に朔の手から自分の手を離した。

朔はベンチから立ち上がり、アイギスに背を向けて言葉を続けた。

 

「湊兄がアイギスに託した願いは貴方を縛っているよ。過去の呪縛になってる。それって邪魔じゃない?私はアイギスに守られなくてもちゃんと生きてるよ」

 

「朔さん……わたしは、そんなつもりで……」

 

縋るように朔へ手を伸ばしかけたが、アイギスは嫌われることを恐れ手をひっこめた。

 

わたしは、今言い訳をしようとした?

いや、嘘だ。違う。わたしは。

 

確かにアイギスは朔を理由にして湊からの願いを正当化していた。朔だから守りたい、ではなく、湊から託された願いだから朔を守ると決めたのだ。それは朔の意思を無視する行為に他ならない。

朔の中に湊の影を見出そうとした。過去の呪縛に支配されているのは、本当は朔ではなくアイギスなのか。自分の、朔を守りたいという気持ちがグラつき始めた。託されたから守りたいと思っているのか、朔だから守りたいと決めたのか。

 

「ゴメン。こんないい方して……。突然のことだから私も混乱してるの。アイギスの気持ちは分かった。———返事はもう少し待ってもらえるかな」

 

「……はい……」

 

もとよりすぐに返事をもらえるとは考えていなかった。ただ、彼女の身を案じての行動であると朔には理解して欲しかったが、これ以上言葉を重ねればそれだけ朔を傷つけてしまうような気がしてアイギスはただ、頷くことしかできずに帰りの車の中でも互いに言葉を交わすことなくそれぞれの日常へと帰ることになった。

 

【守りたい気持ちに偽りはない】



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フタバ・パレスに行こうよ!【放浪編】

天にも届きそうな感じの高い三角屋根の塔。

幼馴染であるジークから長すぎる名前を省略されて『プゥ』と呼ばれている少女の自前の工房(ファクトリー)には馴染みの客が訪れていた。

ドリルでも開けられるんじゃないかというくらいの見事なツインドリルが特徴的な【美少女】。ちょっとキツめのつり目とピンとした細い眉毛。捉えたものを逃さないような強い意思を宿す瞳に魅惑的に艶やかな唇。完璧に武装された化粧に細身の【彼女】に合わせた最高のドレスは一着だけでどれだけの国民が助かることかというくらいの金額ではなく【彼女】が目を掛けている庶民の新人デザイナーの逸品である。【彼女】はそのやんごとなき身分を笠に着ることなく、貴族と庶民との隔たりを超えてこれも世間を知る為とお忍びで城から毎日の如く城下町を訪れている。

プゥは上客であるはずの【彼女】の訪問を露骨に嫌そうで出迎えた。

 

「来るの早すぎですよ、【殿下】。まだ二週間前なんですけど。約束の日まで』

 

「君の事だから納期前より早くできてるんじゃないかと思ってね」

 

ニコリとツインドリル殿下は微笑んで先ほどまで興味深そうに手に取っていたプゥ力作の【親指おばあちゃん】の人形を元の位置に戻した。プゥは王族目の前にして舌打ちをした。

 

「っチ、見透かされてるか」

 

「君は仕事が早くて助かるよ。それで頼んでいた魔銃機の改良はどうだい?」

 

プゥは面倒臭そうにごちゃごちゃな自分の作業机から一本の銃を手に取ってツインドリル殿下へ見せた。

 

「んー、前よりは精度が上がってますけど使い手に偏りがあるとキツイと思いますよ。っつか下手くそな奴には暴発しちゃうかも」

 

「術者育成には時間が掛かる。量産に踏み切るには魔力量が少ない者にも使えるものでないと軍での普及も難しい。君にはその改良をお願いしたはずだけど?」

 

「いっそのこと、下手くそ用とベテラン用に分けたらどうですか。その方がわたしも楽だし」

 

「金がかかる」

 

「……あのですね、戦争ふっかけようと考えてる人が云う台詞じゃないですよ」

 

「どれだけ此方に有利にことを運ばせられるか、君みたいに単純に考えられるほど戦争は甘くはないよ」

 

「へぇーそうですかい。大体この小国ヴァレンスティア国に喧嘩売る国がいますか?後ろの海にはトリトン王が統治するアトランカ。この小国を他国から囲うようにそびえる山々には天を統べるという気位高いアシェントドラゴンが住むと言われているようなそうでもないような。巷を賑わせている異国からの来訪者、筋肉伝道師?それと超長生きしてそうな年齢詐称のヴァレリ師匠とその親友である最悪最恐と恐れられたセイレーン、あれマーメイドどっちだっけのぽやっとしたメリエルさんとハーフのジーク。後なんか色々強者が集ってますよ。その内勇者誕生とかありそうだし。攻めてくるほうが馬鹿じゃない?」

 

「そうだね。攻めてくるものが今後現れないという保証がないのが僕は嫌だね。だからこその保険だ。これは」

 

プゥから受け取った魔銃機を手に取ってツインドリル殿下は撃つ真似をした。その動きは手慣れたものだった。もし、これが今使用できる状態なら躊躇いなく撃っているほどに。

 

「………ふーん。殿下の女装も保険ってことですか」

 

「まさか!これは僕の趣味だよ。こちらの方が何かと有利だろう」

 

そう言って魔銃機をプゥへと手渡したツインドリル殿下はふわりとスカートの両端を持って軽く会釈をした。プゥは冷めた視線を向けた。

 

「変態殿下」

 

「君の幼馴染のジークも良くしてくれるよ。毎回毎回。ああいうのをお人よしというのだろうね」

 

「………胸ぺったんこの癖に、わざわざパット入れやがって偽乳作って誘惑してる癖に。自前なのはツインドリルだけじゃんか。女声だって師匠が作った声替え飴舐めて変えてる癖に」

 

「一丁前に嫉妬かい。僕の偽乳よりも胸を十分に育ててからすることだね」

 

「っ!!~~~~嫌味~~~!」

 

「とにかく誰にでも使える物を早急に作ってくれ。じゃ、よろしく」

 

「殿下、声が男声ですよ」

 

「ああ、そうだったそうだった」

 

ぷぅが差し出した瓶を手に取るツインドリル殿下。ヴァレリに頼んでいたものだがそろそろ切れそうだったので今日取りに来たわけだ。瓶をきゅっと開けてカラフルな飴玉を一つ手に取ってぽいっと口に放り込む。

あっという間に先ほどまでの青年の声から可憐な少女の声へと変化する。

 

「これから【親友】のジークと会う約束だったんだ。忘れてたよ」

 

「ハァ!?聞いてないしっ!」

 

怒鳴るプゥに対してツインドリル殿下は可笑しそうに言い返し背を向けた。

 

「いちいち言うわけないだろう。君の想い人とデートするだなんてさ。それじゃまた来るよ。それまでに完成させてくれ」

 

ツインドリル殿下は手を軽く振ってひらりと身を滑らせて降りて行った。

身体能力が異常に高い彼だからできる荒業である。彼の護衛は毎回殿下が降りてくるのをハラハラしながら見守っているのでいつか心臓が破裂するのではないかと秘かに心配している。

一人残されたプゥは顔を真っ赤にさせて地団太を踏んだ。

 

「生意気~私よりも年下の癖して~~!」

 

実はジークはプゥにとって淡い恋心を抱く相手だった。

だけどジークは女装殿下に惚れていて女装殿下はジークを親友だと思っていて……。プゥと女装殿下は仕事上の関係であるがヴァレリのお得意様でもあるので強気な態度に出れない。

不憫な三角関係である。

 

プゥが悔しさのあまり自身の散らかった机を思いっきりドン!と叩いたらそこに乗っていた怪しげな薬瓶が次々と倒れてしまい化学反応を起こして……。

 

ボンッ!!

 

あっという間に工房(ファクトリー)は爆発した。

たまたま配達の途中だったジークが遠くの空に上がる黒煙を見上げながら「またプゥが失敗したのか」と呆れたように呟いていたとか。

 

【お馴染みの光景】

 

※※※

 

容赦なく照りつけてくるギラギラとした太陽。お肌の水分まで持っていかれそうになるカラカラに乾燥した空気。見渡す限りの砂、砂、砂。双葉のパレスは広大な砂漠でした。

双葉が最初に発した言葉は「あっつ!」でした。そう、靴履かせてなかったね。私も急いで用意していた靴を履きましたよ。初の海外が砂漠ってのもなんかな。あ、双葉のパレスだから海外ってわけじゃないよね。でもここで記念写真とか撮れそうじゃないと考えました。後で双葉と写真撮ろう。

 

「さーて、ここはどこかしら~」

 

「さ、さささ朔!砂漠、砂漠が!」

 

「そうそう。砂漠ね。双葉ったら心に砂漠広げてたのね。これは見事だわ。辺り一面砂だらけ。ラクダいないかな~」

 

こんなこともあろうかと双眼鏡を用意しておりました。スチャッ!とそれを装備して地平線の彼方まで覗いてみる。うん、砂漠だね。すっかり観光気分の私の横でヒッキー卒業しつつある双葉がジタバタ暴れてる。

 

「呑気すぎるぞ!ってか観光気分にならないし!」

 

「……そうでも言わないとやってられないでしょ。大体、ここからまず移動しなきゃいけないんだから」

 

ちょっとしたジョークだったのに。すっかり観光気分も萎えた私は双眼鏡を双葉に渡してポケットからスマホを取り出す。……なんだかんだ言って、双葉だって双眼鏡覗いてるじゃない。

 

「うわ~、スゲー。え、だってパレスってすぐ行ける場所なんじゃないの?」

 

「そりゃ目玉アプリ使えば来れるけど、あくまであれは道案内。初めて入る場所でいきなり表玄関には繋げないってことよ」

 

「ふーん。で、これからどうするの」

 

双葉は私のリュックに双眼鏡を押し込んでからガサゴソと何かを探し出す。私は「何探してるの」と尋ねると、「ジュース」と言ってお目当てのジュースを取り出した。

まだまだ先は長いだろうに今から飲んじゃうの?私は双葉のマイペースさに呆れながらため息をついた。

 

「ハァ、……歩く、しかないでしょ」

 

「イヤダ!」

 

と言いつつプシュッとプルトップ開けて美味しそうに飲みだす。私にはくれない?駄目?あげない?それ私買ってきたのだよ。

 

「ここで駄々こねますか、双葉ちゃん」

 

「……んぐんぐ、プハッ!だって無理だろ死ぬぞわたしが!」

 

「アンタがかいっ!でもそれもそうよね。確実にパレスに着く前に死ぬわ。そしてふただけじゃない。私もよ!」

 

大丈夫、共倒れになる時は一緒だからと力強く頷けば双葉は逞しさを垣間見せた。

 

「うぅ、こんなところで死んでたまるか!」

 

どうやら一人でも生きてみせるぞって根性を出し始めた。これはいい傾向だ。この調子でプラス思考で進めたらいいと思う。でも本当に置いていっちゃやーよ。

 

「それは私も同じ意見。ってなわけでやってみますか」

 

「なにを?」

 

「双葉が知りたがってたペルソナってのを披露してあげるわ」

 

「おお~!」

 

「と言っても、召喚機がないから不安定のアレなやり方で出すしかないから。双葉、ちょいと下がってて」

 

「わかった」

 

双葉は素直に下がったのを確認して私は意識を集中させる。すぅっと深呼吸をしてリラックス、リラックス。イメージはカードにペルソナを映すこと。それを潰す勢い。ごりっと、めりっと。めきょっと。

………オッケー、イメトレ終了。この砂漠から脱出するに相応しいワタシよ、出てきて。

青白い光と共に一枚のカードが目の前に現れる。それは私の力であり、私の心であり、私の源である。双葉が「おおっ!」とワクワクドキドキの声を上げる。

 

では期待に応えて見せましょうか。さぁ、出番よ!

 

「……ケルベロス!」

 

グシャリとカードを手の中で握りつぶすと光の粒子があふれ出てきてそれが徐々に獣の姿を形どっていく。あっという間に地獄の門番、ケルベロスの登場であーる。

見た目は白一色の毛並みがモフモフなライオンだけど尻尾は蛇。でもデカい。私は慣れてるけど双葉は尻餅着くほどのリアクションで声をあげた。

 

「ほわぁ!?」

 

「よし、成功」

 

私は気分よく鼻歌交じりに尻餅つく双葉に手を差し出して起こす。双葉はケルベロスを警戒するようにすぐに立ち上がりササッと私の背にしがみ付いて隠れた。

ケルベロスはお行儀よくお座りして待機している。なんて良い子だろう!そしてなんてモフモフ具合だろうと感動&興奮したけどよく考えたら、彼は私なわけで、自分で自分を褒めて自分をモフモフしようとしているのかと冷静に考えたらなんか萎えた。尻尾をフリフリして命令待機中のケルベロスをおーよしよし!と構ってやっぱりモフモフした。モフモフが足りない。モル来ないかな~。

 

「これに乗るの?」

 

「うん。二人くらい余裕でしょう。ねぇ、ケルベロス?」

 

そう言って頭を撫でて同意を求めれば得意げに『ワン』と鳴く。私の中でのケルベロスのイメージはコロマルそのものなので鳴き声もコロマルそっくり。

私が最初にケルベロスの背に乗って恐る恐る双葉が遅れて乗る。

 

「うわ、毛がフサフサ……。ペルソナってもう一人の自分ってことなのか」

 

「そうね。だからこの子も私ってことになるよ。そこら辺複雑だからもっと詳しい人きたら教えるね」

 

「分かった」

 

「それじゃあ、とりあえずオアシスを見つけましょうか。そこを休憩所にして探しましょう」

 

「ラジャー」

 

ケルベロスの背に乗って私達は一旦オアシスを目指して進むことにした。

 

 

最初こそ快適な旅だった。だが熱さからは逃げようがない。一向にオアシスが見つからない道中で先に双葉が暑さでダウンしてしまった。

私は急いでケルベロスからキングフロストへ切り替えた。特徴的な王冠がチャーミングである。

 

「キングフロスト!中に入れて!」

 

『オッケーヒィ—ホォー』

 

冷蔵庫のドアを開けるようにキングフロストが禁断のドアを開けてくれた。私は双葉を引っ張って急ぎ中へと入る。そして、パタンとドアは閉じた。

キングフロストの中は実に快適。ジャックフロスト達と仲良くババ抜きして遊んでいると双葉が目を覚まして介抱してくれていたジャックフロストに驚いて奇声を上げた。ひんやりとしてさぞ気持ちよかったことだろう。彼のまんまるとしたお腹は。そう、双葉はジャックフロストのお腹を枕代わりに寝かされていたのだ。絵面的に可愛かった。

 

「$#%&????!!!」

 

「あ、気が付いた?」

 

「さ、朔~~~!」

 

あうあうと言葉にならず口をパクパクさせてぴゅーとダイブしてくる双葉に私は受け身を取れず全力で押し倒されて氷の地面に後頭部をぶつけて暫く気を失ってしまった。数分経ったくらいに痛みから気が付いたら双葉が鼻水垂らしながら泣きじゃくって私の首元にしがみ付いていた。私と双葉を囲むジャックフロスト達が私が目が覚めたと歓喜の小躍りをして喜んでくれた。私達からしてみれば『ヒーホー』『ヒーホー』連発してるだけなんだけど。

 

「後頭部が、痛い」

 

「朔の馬鹿!わたし置いて気絶するな」

 

「それって無理な話でしょ。ふたが抱き着いてきて頭打っちゃったんだから」

 

「ここどこ!?っていうかコイツラなに!?」

 

「キングフロストの中。双葉気絶しちゃったから涼しい所にいれてもらったの。ちなみにこの子達はジャックフロストっていう名前でキングフロストの、……僕(しもべ)?」

 

「朔のペルソナって、なんか変!」

 

「失礼な!」

 

ジャックフロスト達はそれはそれは甲斐甲斐しく私達の世話をしてくれたので快適に過ごすことができた。というか太陽ギラギラの外へ出るのが面倒になったのでどうせ綾兄が見つけてくれるだろうと見越して暫くキングフロストの中で過ごすことにした。最初こそジャックフロスト達にバリバリ警戒心を露わにして私の背中にへばり付いていた双葉だったけどあの子たちに害がないと判断すると少しだけ安心感を見せた。へばり付いたままだったけどね。

 

「ほら双葉、アイスくれるって」

 

「なんか餌付けされてる気分だぞ」

 

と複雑そうな顔しているがすでに彼女の手には三段重ねのアイスがある。この魅力的な誘惑には勝てまい!

 

「そんなことないわよ。彼らなりに歓迎してくれてるんだから!。ささっ!どうぞどうぞ」

 

上手く誤魔化してアイスを勧める。ちなみに私の手にもちゃっかりアイスがある。三段ではなく四段だけど。

 

「ふーん……う、うまっ!?…」

 

「うーん、流石本場は違うわね」

 

二人してしっかりとアイスを舌鼓しつつお迎えが来るまでジャックフロスト達と遊んでいた。

 



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四月二十九日・モルガナ

佐倉朔と奇妙な縁で繋がりを得ているモルガナは自身の目的よりも彼女を優先することが多くなった。勿論、己の一番の目的は人間になること。これは譲れない。理想とする人間になって、意中の人へ想いを告げること。

そしてタルタロスの最下層に向かうことも忘れてはいない。その努力も日々重ねている。

だけど、どうしてか、たまにその優先させるべき想いよりも、ごくたまに彼女の方を気に掛けていることがある。それは彼女の辛く悲しい過去を綾時から教えてもらったことで引き起こされているわけではない。言い訳のように聞こえるかもしれないが実際にそう思ってる。

朔が受けた屈辱やあまりに悲しすぎる別れは負わされたレッテルなどモルガナにとって怒気を抑えがたいものばかりだった。もし、自分なら許せない、この力を利用して復讐に走っていることだろうとも考えてしまうくらいに。

だからもし、朔が実行したいと密かに願っているとしたら自分に止めることが出来るだろうかと悩むこともある。今後、そのようなことがないよう願うことしかできないのが心苦しい。

 

最初の出会いから不思議な少女だと思った。あのような不可思議な場をたじろぐ様子もなくむしろ堂々と自分と向き合い話し合う姿は、モルガナの中で強く印象に残っている。

その生い立ちも性格も行動もひと際目を引く中で朔は自分を貫き通している。いや、他人の目を気にするという現代社会の中を己の旗を掲げて一人奮起しているのだ。その手段の一つとしてペルソナが彼女の強さより際立たせている。自分と同じペルソナ使いということに喜びもしたが、朔のペルソナ能力は自分の力を遥かに上回るものだった。普通なら己=一体という根底を覆しいくつものペルソナを所有、綾時に言わせるなら【ワイルド】の力らしいが、それを呼吸するようにいとも簡単に使いこなす。17歳という若さですでに戦闘経験豊富であることも驚いたもので独自の戦闘スタイルには度肝を抜かれた。レン達は自分の仮面を脱ぐ、つまり普段の自分から社会に反逆する者として変化するという意味で仮面を剥ぎ取って戦うが、朔がペルソナを召喚するやり方は専用の銃で自分の蟀谷を打ち抜くというやり方。モルガナにはそれが自殺行為にしか見えず思わず止めに入ったくらいだった。

だが慌てるモルガナに綾時は『これが朔の覚悟なんだよ』と共に静観するよう求めた。いつになく真剣な表情にモルガナは伸ばしかけた腕をだらりと下げ、心配そうに朔を見守った。視線の先で朔、いや、コーティザンは声高々に叫んだ。

 

『行くよ、ヨシノタユウ』

 

細い指が引き金を躊躇いなく引くとパリーンと何かが割れたような音と共に青白い花びらがコーティザンの背後へ集まって一つの形を創りだす。最もコーティザンが信頼を置けるペルソナ、ヨシノタユウである。

その姿、優美でありながらどんな相手でさえも虜にしてしまうような妖艶さを放つ花魁のペルソナが彼女を愛おしそうに自分の袖の中にコーティザンを囲おうとする。顔を寄せてコーティザンの耳元に何かを囁きかける。コーティザンはそれに一つ二つ頷きヨシノタユウの白い手を擦って応える。ヨシノタユウはくすぐったそうに小さな声で笑った。二人『一人』にだけしかない絆の証は見ていて異様と感じられる。モルガナ達はペルソナ達の力を信用してはいるが、あのような仲睦まじい姿のやり取りなど全くと言っていいほどない。朔だから特別なのか、それともペルソナ自体が特別なのか。モルガナの頭脳では理解しがたいものだ。朔を守るようにふわりと彼女の前に降り立つ。それにならって禿と呼ばれる小さな少女も音もなく降り立つ。それぞれが持つ道具は本来の形にとらわれず強力な武器となる。回復や一撃で敵を薙ぎ払う技など多彩なバリエーションを所持しているペルソナだけあって貫禄というものがあった。ファルロス曰く、コーティザンが最初にペルソナ使いとして覚醒するきっかけとなったペルソナだという。だがその説明をするファルロスの横顔は何処か複雑そうだった。

 

『元々【ヨシノタユウ】はあの姿ではなかった。僕が初めて見た時、彼女は子供の姿だったよ』

 

『成長型のペルソナってことなのか!?まさか、そんなことが』

 

『だろうね。僕も湊も驚いたさ。あの時は……』

 

『アレは特別ってことか』

 

『そうだね。コーティザンだからこそ従っている。いや、自分を従えるって言葉は間違っているか。……なんにせよ、彼女には気を付けた方が良い』

 

『どういうことだ』

 

『言葉そのままの意味だよ。彼女はコーティザンの敵になる者は自分の意思で排除することも動作もないだろうさ。なんせ、コーティザンはヨシノタユウなんだから』

 

たった一人で複数のペルソナらを倒すコーティザンの背中を、いや正確にはヨシノタユウを厳しい視線で見つめながらファルロスはモルガナに忠告をした。ごくり、とつい喉を鳴らしヨシノタユウの背を見つめるモルガナは一度だけ振り返ったヨシノタユウと視線が合い、全身の毛がビビビッと逆立った。いや、視線など合うはずがない。ヨシノタユウは瞼を閉じている状態なのだから。だが確かに彼女の視線をモルガナはその身に感じたがそれもすぐに興味を失ったようですぐに戦闘へ向けられた。

 

※※

 

くたびれて帰ったら朔はいない。双葉もいない。双葉のパレスに行ってくるという書置きを無表情で手に取って見下ろす綾時から問答無用で首根っこ引っ掴まれ双葉のパレスに連れ込まれ、無限に広がる砂漠をモルガナカーとして走らされている。運転席にはファルロス、後部座席にはジョーカー。外もクソ暑いというのに室内も黒服に身を包む男二人がいるとなお暑苦しい。朔が双葉に対して過保護ともとれる接し方をしていたのは分かるし、朔なりに愛情を注ごうとしていたのは理解できる。だがもう少し待てと叫びたい。せめてファルロスの到着を待ってもよかったのではないかとモルガナは今ここにいない朔を恨んだ。

 

「なんで君も来るかな」

 

「お世話になってる身ですから」

 

ニコニコと場違いな笑みを浮かべてそう答えるジョーカーに対してファルロスの機嫌がさらに急降下していくのが分かる。それはなぜか?先ほどよりも車の室温がやや冷えてきている。冷房ガンガンきかせているというよりファルロスから発せられるオーラのようなものがエアコン効果を発していると考えられる。ジョーカーは快適だと言わんばかりにファルロスに話しかける。その会話を続けていく内に段々とおなかが冷えそうなほど室内が寒くなって来た。モルガナはその冷え冷えに耐え切れず、ついに動きを止めてしまった。

 

『は、腹痛い……』

 

「モルガナ!」

 

ボフン!とモルガナは元の姿に戻ってしまう。その所為で二人は砂浜に投げ出されてしまう。が!無様に尻餅つくことなくしっかりと着地する辺りスタイリッシュである。

ファルロスは困ったように焼けつくような日差しを手で遮りながら辺りを見回した。どこ見ても、砂、砂、砂しかない。

 

「朔の気配はするんだけど、この辺かな」

 

「大丈夫、モルガナ?」

 

「うぅ」

 

ジョーカーは腹を抑えて蹲るモルガナを抱き上げた。モルガナはお前らの所為だと言いたかったが、声に出せない辛さがあり呻くしかできない。そして腹が痛い。そんなアンバランスな三人であったが、誰よりも朔レーダーに敏感なファルロスが何かに気づいて声を上げた。というかジョーカーからでも確認できるものが確かにあった。かなり距離はあるが向こう一帯だけ吹雪(ブリザード)が発生しているのだ。砂漠地帯なのに。そこに何かいるのは確実である。

 

「あそこにキングフロストがいるのは僕の目の錯覚かな」

 

「キングフロスト?この砂漠地帯に?」

 

眉間を抑えて瞼を瞑り軽く頭を左右に振るファルロスは疲れたようにため息を一つついてある仮説を立てた。

 

「……ふぅ。まー、移動途中でバテて彼の中に避難したっていう筋書きが有力かな。さて、行こうか」

 

「分かりました」

 

ほとんど正解である。

素直に頷いてマントをなびかせて目標に向かって走り出すファルロスに続いてモルガナを抱えてジョーカーも走り出した。普通に考えたら砂浜を走るなど無謀ともいえるし砂に足がとられて思うようにスピードも出ないはず。だが二人はまるで水面を蹴って行くがごとく軽快な走りで吹雪(ブリザード)地帯へ向かった。そんな中、ジョーカーは一応走る衝撃がモルガナに伝わらないように配慮していたりもした。

 

その後妙に偉そうなキングフロストとの一方的な戦闘が開始されたが、あっという間にボコボコにされキングフロストは『ヒホォ~ヒホォ~』泣きながらへこへこ謝っていた。キングという名に相応しくない謝り方だった。たとえ朔のペルソナだろうと迷惑を掛けている奴に対して容赦はないらしい。普段の過保護っぷりが嘘のような清々しい一方的な戦い方だった。戦力差を見せつけられた。ちなみにジョーカーは傍観に徹していた。ファルロスの力がどのくらいのものなのか見物するくらいの気持ちだったが、そこはファルロスの方が一枚上手だった。自らの手札を明かすことなくあっさりと倒した。ファルロスは満足げに一つ頷いてキングフロストに鍵を開けるよう促す。というか命令する。

 

「開けて」

 

『ハイ!ヒ~ホ~ォ~~!』

 

解錠された扉がギィ~~と音を立てて開いていく。すると最初に顔をひょっこりと覗かせたのは……『ヒホ!』……ジャックフロストだった。しかも一体だけではなくわらわらと『ヒホ』『ヒホ』『ヒホ!お客さんヒホ~』と興味深そうに顔を覗かせてくるではないか。ファルロスはイラッとしたようで無言でドアに手を掛けてジャックフロストを押し退け中へと強引に入り込んだ。その際、ジャックフロスト達をぐいぐい乱暴に押して入ったので彼らはドミノ倒しのように倒れた。

 

『痛いヒホ~』『酷いヒホ』『人間じゃないヒホ』『妖怪ヒホ』『お腹空いたヒホ~』

 

個性的なジャックフロスト達をかき分けてかき分けて進むとようやく目的の人物と再会することができた。当の本人は暢気にジャックフロスト達とポーカーをやっている。

 

『フルハウスヒホ!』

 

『オオ~』『負けたヒホ……』

 

「甘いわ!ロイヤルストレートフラッシュ!」

 

『初めて見たヒホ!?』『負けたヒホ~』

 

「フッフッフ、勝つって気持ちがいいわね」

 

『爽快そうだけど自分自身に勝っても微妙ヒホ』

 

鋭いツッコミに朔は聞こえないふりをした。

 

「朔」

 

「綾兄モナに雨宮君も来てくれたんだっていたいたい~」

 

そう言って立ち上がった朔にファルロスがまず初めに朔にしたことはほっぺをつねること。そして言い聞かせるように尋ねた。

 

「まず僕に言うことは?」

 

「ごめんなさい~~」

 

これで終わりではない。促すように目を細める。

 

「それと?」

 

「もうしません~~」

 

まだまだ。反省だけさせても意味はない。

 

「それだけ?」

 

「来てくれて嬉しいです~~」

 

「よし」

 

感謝の気持ちを忘れちゃいけない。

ファルロスは満足したように手をパッと離す。朔は恨みがましい目で痛そうに赤くなった頬をさすり、ジト目でファルロスを軽く睨む。

 

「容赦ないし」

 

「ちゃんと待ってたから今回は見逃してあげるけど次はないよ」

 

「はい」

 

しっかりと最終宣告を受けた朔はがっくりと項垂れた。そんな朔の背中にへばりついてびくびくしてはいるが、逃げようとはしない双葉は怪しいコスチュームの男二人に眼鏡を光らせて警戒心を露わにしていた。

 

「朔、朔!変人が二人もいる」

 

「ああ、大丈夫。仲間だから。恰好はアレだけどまともだよ」

 

双葉を安心させるようにフォローする朔だが、双葉は黒づくめ二人をぷるぷる震える指で指し示した。

 

「ホントか!?だって、だって……タキシードだぞ!しかもシルクハット被って仮面付けてどこぞの国民的アニメに出てきそうなコスプレだし!その内美少女なんちゃらも出てくるんじゃないのか!?」

 

「そこはツッコまないであげて。それと妙なフラグ立てないで!」

 

面倒ごとには関わりたくない朔は青白い顔で耳を塞ぎ始めた。ジョーカーは興味深そうにジャックフロスト達を観察し始めた。そしてアイスを差し出されると断る事なく礼を言って食べ始めるくらいに余裕はあるようだ。

モルガナはよくこんな寒い場所でアイスなんか食えるなとおなかを抑えながらジョーカーから離れる。見ているだけでも寒い。というか早く出たい気持ちが勝った。お腹を抑えながら朔の目の前に移動する。

 

「……ったく。ワガハイがいないとサクはまるっきりダメだからな!」

 

「うん。……そういえば前にも同じ台詞を聞いたような」

 

朔はそう言ってモルガナと同じ視線になる為にしゃがみ込んだ。モルガナは誤魔化すようにニカッと笑った。

 

「そうか?まー気にするな」

 

「そうだね」

 

「猫が喋ってる!?なんで!?なんで?」

 

双葉はもうパニック状態だった。変人はいるし、朔のペルソナというのは個性的過ぎて強烈だし、猫は喋るは周りのジャックフロスト達はマイペースに『ヒホ!』『ヒホ!』と歓迎の踊りをし始めるし。もう何が何だか分からず涙目になる。だが朔はモルガナが褒められたと勘違いした。

 

「そう!モルガナは喋れる猫なのよ!すごいのよ!モフモフなのよ!」

 

得意げに語る朔にモルガナは腹の痛みを一瞬どこかに放り投げて

 

「ワガハイ猫じゃねぇ!」

 

とお決まりの台詞を叫んだ。キングフロストのお腹から出るまでかなり時間が掛かった、ような気がする御一行。ようやく双葉のパレスへ行こうかなってところでモルガナのお腹がコロコロと急変し、

 

「ワガハイ、もう無理ぃぃ!」

 

産まれたての小鹿のようにプルプルと震えお腹を抑えるモルガナの切なる願いにより急遽現実世界に戻ることになりまた振り出しに戻ることになった。

 

【腹巻してリベンジすることになったモルガナ】



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