ヒロインバトルロワイヤル! (ささみ紗々)
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集え 10人の少女たちよ!
こちら、小説家になろうやマグネットで更新中の
『ヒロインバトルロワイヤル!』
女の子たくさんです!ぜひ!
空中都市と言われる、リュミエール王国。おとぎの国だと言われるここは、幽霊も人外もなんでもあり。
これは、そんな夢のような国で生きる、10人の少女達の物語。
「やっと……やっとこの日が来たんだわ! 招待状を受け取ってから10日間、生きた心地がしなかった!」
リュミエール王国の中央に位置する、荘厳なお城、リュミエール城。
大男10人ほどの大きさの扉を前に、興奮する1人の少女。名前をキャロルという。リンゴのように赤い髪を高く結んだ彼女は、長く露出した脚を1歩踏み出した。
玉座には女王が座っており、キャロルは対面。待ちに待った瞬間を、今現実にする…………はずだった。
「何よ、これ」
まず目に入ったのは金髪の少女だった。電気に照らされて輝く髪はぐるんぐるんに巻かれており、ドレスは宝石がふんだんに使われた高そうなもの。眩しいその姿に、キャロルは顔をしかめる。
『キャロル様、おめでとうございます!
貴方様は、第34回おとぎ話ヒロインに選ばれました。メアリ女王からの招待状を同封しておきます。
なお、城へは複数人で入ることはできません。お一人でお越しください。』
高価そうな紙に、金糸でリュミエール城の紋を施されたその招待状。もう1度見たが、やはり内容は変わらない。
初めて貰う城からの便り、しかもその内容は、王国民なら誰でも憧れるヒロインの座。
年に1度だけ、国中の16歳の少女から「たった1人だけ」選ばれるヒロイン。人生に1度きりのチャンスだし、確率は実に数万分の1だとか。
女の性を受けた人は皆憧れる地位。
それに選ばれた。
名誉あること。親も親戚も、みんな大喜びだった。
それなのに……!
「誰よ、あなた達!」
大広間にいる全ての人が振り返った。
キャロルの表情は城に足を踏み入れる前と打って変わって、憤りを露わにしている。数分前とは違う理由で赤く染めた顔は、今にも噴火しそうなほど。
城には多くの……そう、まさにざっと数えて7、8人ほどは見えるが、こんなに多くの人が一気に来るなんてことは滅多にないはずである。それも全員同じくらいの見た目。キャロルの嫌な予感は、当たる気しかしなかった。
「まぁ……来ていきなり怒鳴り散らしたのは貴方だけですわ」
小首を傾げて微笑んだのは、先程の金髪の少女である。
「もしかしてあなたも、招待状を頂いたのかしら?」
巻き髪をふわりふわりと揺らしながら、少女はキャロルの方に歩いてくる。
キャロルの気持ちはこの時には大分落ち着いていた。近づいてくる少女に嫌な顔は見せつつも、先程のように顔を赤くしているわけではない。
だが、向かってくる少女の見せる邪気のない笑顔……キャロルはそれが気に入らなかった。言葉も、意味がわからなかった。
「あなたも、ってどういうことよ」
「そのままの意味ですわ。ここにいる皆、等しく同じものを頂いているんですの。もちろん本物ですし、なんなら見せても構いませんわ」
「なっ!」
「まぁ、そう怒らない方がいいです。私達も実際理解出来ていないんですから」
まるで意味のわからない状況に、静かな声が落ちる。透き通った水のような、それでいて無機質な声は、柱にもたれかかって本を読む少女から発せられた。
「私はエリオットと申します。論理的に言うと、この状況は非常に意味が不明です」
「そんなのわかってるわよ!」
「たった1人選ばれるヒロイン……なぜこんなに人がいるんでしょう? そういったことは招待状には触れられていませんでした。しかも女王様はまだ来られませんし……」
「そう、そこなんだよねぇ。私もずぅっと気になってたのぉ」
「何かがありそうで、ワクワクするじゃないっ!」
「嫌な予感がするんだな、怖いんだな……」
静かな彼女……エリオットが疑問を述べると、その場にいた少女達が次々に口を開き始めた。
黙っている子もいるが、キャロル達をじっと見ている。話は聞いているのだろう。
「やっべえええ! 遅刻?! あ、女王様来てない! セーーッフ!!! ……フ? ………………誰?」
勢いよくグリーンの髪を振り乱し、少女が入ってきた。長く伸ばした髪は高い位置でツインテールに結っている。
その視線は城内の人に注がれている。見返すキャロル達。「誰?」という質問には誰も答えられない。
不可解な状況に、誰もついていける者はいなかった。
それを明かせる者は、全員が知っている女王1人……招待状の送り主である。
「あらあら! お待たせ致しましたわ。えーと、ひい、ふう、みい、よ……はいっ、全員揃ってますわね」
「女王陛下!」
金髪の少女が声を上げた。
「これはどういうことなんですの?」
螺旋階段をゆっくりと降りてきた女王メアリは、ドレープを整えるとにこりと微笑んだ。その笑みは優しい聖母のようであったが、集まった面々は悪い予感をさらに増幅させることになった。
「さてお集まりの皆さん、城までわざわざ足を運んでいただき、ありがとうございます。本来は城から使いの者を出すのが当然だと思うのですが、毎年皆様には来ていただいているのです。『掴み取る』意志を感じられる方にお願いしたいので。」
『お願い』──それは皆分かっているとおり、『ヒロインの座』の事である。
では、『掴み取る』とは? 招待状が来た時点で自分に決まったという訳では無いのか?
それぞれに渦巻く疑問の波。
「さて、皆さん疑問に思ってらっしゃいますよね? 自分はヒロインではないのか、と」
女王は1人1人と目を合わせていき、にんまり笑った。口許のほくろが出す色気のせいで、怪しさが増す。
「皆さんにはこれから、戦ってもらいます──ヒロインの、座をかけて」
ヒロインの、座をかけて……
そんな話は聞いていない。何の冗談か知らないが、タチが悪い。早く私がヒロインだと言ってくれ……そんな声が聞こえてきそうだった。
しかし言える雰囲気ではない。笑みを浮かべながらも真剣な女王の眼差しに、キャロルは背筋を伸ばす。
「具体的に、どう戦うというのです?」
エリオットが問う。
「それはおまかせです。これから皆さんには、『
「残りの9人はどうなるのです?」
「死にます」
「えっ」
「なお、招待状を返還しヒロインになる権利を棄権する者も、ここで死にます」
「「ええっ!」」
声が揃う。
ただ1人、ニヤリと笑った少女がいた。これから始まる混沌を楽しむかのように、舌なめずりをする。
「楽しそうじゃない♡」
金髪の少女、ルーシーが振り向く。
「意味がわかってるんですの? ……死ぬんですのよ?」
「馬鹿にしないでちょうだい! わかってるわよ!」
かっと鋭い眼差しをルーシーに向ける。
しかしその顔もすぐに元に戻り、やがて快楽に身を委ねるように目を細めた。
「正直ヒロインなんて面倒だと思ってたわ、楽しみなんてないと。けれど……えぇ、私は間違っていた! これこそがッッ! 私史上最ッ高に! エキサイティングな出来事だわ!」
彼女──デリーはスラリと伸びた両腕を頭上に掲げ、天井のシャンデリアを仰ぐ。銀色の髪は腰まで伸びており、まるでこの場で、彼女ただ1人が主役のように見えた。
キャロルは思った。
狂ってる───つい、数分前まで……自分がヒロインだと思っていたのに。どうしてこんなことになってしまったのか。
いや、でも。
……死にたくない。
「皆さん行く気になったようですね? それでは……」
女王はドレスの胸元から小さな棒を取り出す。ひと振りするとそれはたちまち伸び、ダイヤモンドのついた杖になった。
「『FAIRYTAIL FIELD』へ」
少女達は消えた。
後書きでぼちぼちキャラ紹介とかしますね。
なおこれから数話はキャラ立てがメインです!
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リムとアプリコット
夢か現か…………微睡みの中にいたリムは引き戻される。
ぐいっと引っ張られているような感覚。
「うっ……吐きそうだし……」
頭が回る。
ここはどこ?
目を開けると、そこは先程までとは全く違う場所。まるで森のような……木に囲まれた場所にいた。
周りには人っ子1人いない。
もしかして、ここが『FAIRYTAIL FIELD』?
リムは記憶を遡る。
まるで夢を見ているようだったから、どれくらい前のことなのかはわからない。非現実的だとは思ったが、リュミエール王国そのものが不思議に包まれた国。何でもありだからなぁ……と、彼女はため息をついた。
もしかして、招待状が来たことすら夢だった……?
リムはおもむろにニット帽に手を伸ばす。深くかぶったピンク色のそれは、長年愛用しているもの。
手を入れると、カサリと音がした。招待状だ。
……じゃあ、まだ私はお城に行っていない? お城に行く夢を見ていただけ?
だったらここはどこ?
「わかんないんだし……」
その時、耳元で声がした。
『やっと皆さん意識が戻ったみたいですね』
「ひっ!」
誰かいると思ったが、振り向いても誰もいない。
何があってもなかなか声を上げることのないリムが、この時ばかりは恐怖を感じた。
誰の声か?
その出処は、いつの間にかつけられたインカム……のようなもの。耳にはしっかり嵌っているが、マイク部分は耳から1、2センチ程しか伸びていない。不良品かと思ったが、そうでもないらしい。
『城のメイド、メイベルです』
……女王様は?
リムは思った。というか、城のメイドということは……やはり自分は城に行っていたのだ。夢ではなかった。
『女王様は他にも職務を沢山抱えてらっしゃるので、この件は私が担当することになりました。
これから毎晩、亡くなった方の報告をさせていただきます。皆さんお互いがどこにいるのか分かりませんよね? 私が皆さんの架け橋ということで……
ご理解いただけましたか?』
シーン。向こうからは何も聞こえない。
『おっとそうでした、返答してくださった皆さんありがとうございます。返答は他のヒロイン候補者には聞こえないようになっています。返答次第でどこにいるかわかったら大変ですから。
もし私に個人的な質問がある場合、耳たぶあたりについているスイッチをオンにしてください。私が他の方との外線を一時的に切りますので』
複雑な説明に、リムが眠くなってきた目をこすった、その時。
ガサガサッ!
出かけた欠伸を引っ込めて、リムは音の方を振り向く。その手はニット帽にかかっていた。
「ニャアオ」
木の向こうから出てきたのは黒い猫だった。
「なんだし……」
ほっと息をつく。
死ぬだとか物騒な話を聞かされたばかりなのだ。眠いと思うのはいつも通りだが、それでもいつもより気が張っている。
ニット帽にかけた手を、ゆっくり下ろそうとする。
はて……?
それにしても、なぜ猫?
念を入れ、ニット帽を外しておく。中から覗くグレーのお団子。
ニット帽の穴を上に向け、リムは手を突っ込んだ。真剣な眼差し。背筋はピンと張っていた。
「ふぅっ」
息を吐いて、勢いよく振り向く。
黒猫!?
さっきの猫が、飛びかかってきていた。
鋭い爪がリムの喉元を狙う。
…………いや、黒猫じゃ、ない。
「チッ……バレた」
黒猫、もとい猫耳の
ダメだ、このままじゃ死んでしまう。
「まずは君が私の餌第1号になるのかなっ!」
「早々でやられるなんて、カールソン家が廃るんだし!」
リムは勢いをつけてブリッジ、そのまま勢いを殺さず足をあげ、彼女の腹を蹴り上げた。
「かはっ……」
彼女は呻く。
リムは立ち上がり、手についた土を払った。その間、ニット帽は宙に浮いていた。
「やっぱりそれ、なんか入ってるのかな?」
彼女は言った。
「さっきからいじってたから、何か出てくるのかと思いきや……まさか道具を使わないなんて、これは予想外なのかな」
「誰だし? 全く、猫だと思って一瞬油断した自分が憎いんだし」
「アナタの敵なんだな……ここでも、現実世界でも」
「? どういうことだし」
「アナタさっき言ってたのかな。『カールソン家が廃る』と。……私の名前はアプリコット。アプリコット=フラン。アナタの家、カールソン家は私の家の政敵なのかな」
「へぇ……」
「ここで会えたのもなにかの運って言うのかな?
──アナタは……リム=カールソン、お前は私が殺す」
「政治のことはよくわからないんだし。けど……殺されるのはゴメンだし。殺られる前に殺ってやるんだし」
ニヤリ、微笑んだアプリコットは舌なめずりをした。
そういえば、ここに来る前にも変な奴がいたような。もしかして、こんな奴らばかり集められているのか? リムはそう思ったが、すぐに考えを改めた。城でよく話していた金髪や赤髪は違う気がする。
「何考え事してるのかな?」
アプリコットは顎をひけらかし、笑った。
真っ白な細い腕の先にある、狂気のような細い指。その爪はまるで猫のように尖っていて、引っ掻かれたら一溜りもない。
リムは宙に浮いたニット帽を取ると、目を細めた。
中から短剣を2本右手で取ると、帽子を腰に挟んで戦闘態勢に入る。
「殺してやるのかな!」
言い終わるが先か、アプリコットはリムに飛びかかった。その勢いは猫よろしく、しなやかな肢体がリムの上に覆いかぶさるようにして先手をとる。
かろうじて立つリム。体力がないのが苦である。
アプリコットの手を短剣でしのぎつつ、リムはどう抜け出そうか考える。
キィン! カン! カン!
爪と剣の出す音が、静かな森に響き渡る。リムの剣さばきは上手く、2本の短剣で見事にしのいでいた。
と、その時。
「っ?!」
リムは崩れ落ちた。
どうして? 全てしのいでいたはず……。
閉じかけた目が捉えたのは、アプリコットの足だった。その先は獣のように大きくなっており、手と同じくらい鋭い爪を持っている。
注意が足りなかった……。
リムは目を閉じる。
「もっと骨のあるやつと思っていたのかな」
落胆した声が、リムの上にかけられる。
「ま、どちらにしろ勝ちは決まったってことなのかな」
アプリコットは戦闘に使った爪をゆっくりと舐めていく。
「じゃ、サヨナラなのかな。……リム=カールソン」
倒れたリムの上に、アプリコットが覆いかぶさるようにし、手を振りあげた時。
アプリコットの背中に、鋭い痛みが襲った。
「!?」
アプリコットが思わず振り向き、リムから目を離す。リムはその隙にアプリコットから離れる。傷ついた足のせいで、思うように走れない。
アプリコットは困惑した。振り向いた先には、
しかし、アプリコットの背中には、依然として痛みが続く。鋭利な刃物のようなものに、何度も何度も刺されている。
アプリコットはとうとう立っていられなくなった。吹き出した血がじわじわと地面を染めていく。
「油断大敵、なんだし」
アプリコットがなんとか頭を動かし声の方を見ると、そこにはニット帽に手を突っ込んだリムがいた。
彼女も彼女で息が荒い。先程アプリコットにやられた際の傷が抉れ、時間を追うごとに痛みが増す。魔法でも使っているのだろう……。
リムは何やらニット帽から取り出すと、それを自分に振りかけた。そして宙に浮く。
足が使えないから飛ぶことにしたのだ。もう1つ、今度は武器を取り出す。
アプリコットの背中を襲う刃物はもう姿を消していた。
飛びながらやってくるリムの姿に、アプリコットは恐怖を覚えるしかなかった。もう動けない。避けることも、立つことすら……。
眼前に迫り来るカーブのかかった刃。その向こうに見えるリムの笑顔。
「死神……」
アプリコットの最後の言葉だった。
「一時は危ないと思ったけど……なんとかなったし。それにしてもこの傷をどうにかしなきゃだし……」
鎌をニット帽の中に戻し、再び先程使っていた短剣を2本取り出す。短剣の先から鞘までアプリコットの血がついており、その争いの悲惨さを物語っている。
ニット帽をかぶり直し、リムは身を翻した。
【リム=カールソン】
常に眠い。語尾が「~だし」。
リムが所有しているものなら何でもニット帽から取り出すことが出来る。リムの目の届く範囲であればニット帽を別の空間と繋げることも。
✕【アプリコット=フラン】
猫と人間のハーフ。語尾が「~なんだな」。
簡単に猫化でき、猫の特性もいくつか持っている。
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キャロルとルーシー
突然、世界が闇に覆われた。
視界が奪われる。真っ暗な世界に、ただ1人。
キャロルは怯えた。なんたって突然殺し合いだとかFAIRYTAIL FIELDとか……急に連れてこられてもわけがわからない。本当に殺し合いが起こるのか? みんなはどこに?
考え出せばキリがない。
ただ唯一わかることは、これは夢ではないということ……ただそれだけ。けれどそれがわかるということは、つまりはすべて本当のことで……だって、女王様が私たちを騙すわけがないから。騙すメリットがない。
数分前、目を覚ますと街の中にいたキャロルは、その街の様子に首を傾げた。キャロルの知っている街とは様子がだいぶ違う。しかし、誰もいないと思っていたこの場所に、人がいた。
キャロルの街にもいるような青年女性や、どこかの家の侍従であろう年配の女性、馬車を引く男性、駆け回る子供……彼らはこの世界で暮らしていた。
『FAIRYTAIL FIELD』と言うくらいだから、おとぎ話のような世界なのだろう……キャロルは漠然と思っていたが、実際に人がいるのを見ると不思議な気持ちになる。元の街に戻ってきたような……しかし違う。これは、現在のリュミエールではない、それはわかる。
キャロルがさまよっていると、世界は暗くなった。
そして今に至る。暗黒の世界。街の人の話し声すら聞こえなくなる。
「貴方は敵ですの?」
不意に、暗闇の中から声がした。
聞いたような声だ。キャロルは身構えた。
「あなたからしたら敵かもしれないわ……けれど私は戦う気なんて」
「本当ですの?」
なんだっけ、あの人……?
キャロルは城でのことを思い出す。確か、最初に話した……。
「本当ですのか聞いておりますのよ」
「あーーーっ!!!! 思い出したわ! あなた、あの金髪の!」
「えぇ、そうですわ……今となっては、どうしてこんなことになってしまったのか」
「私は戦う気は無いわ。とにかく今は」
「……嘘をついている目ではない……わかりました」
再び世界が明るくなる。視界の先では先程と変わらず、街の人々が騒いでいる。
それにしてもさっきの魔法は……明らかに光属性だった。ということは、王国西のサイロン谷から?
とんとん。ルーシーがキャロルの肩を叩く。突然で驚いたキャロルは、恐る恐る振り向いた。
浮かべた笑顔には、憧れと喜びが混ざっている。
「サイロン谷からお越しなのね? 私、ずっと憧れていたのよ!」
「まぁ、それはそれは……大変光栄でございますわ。してあなたは、魔法に詳しそうとお見受けします。名前を教えてくださいません?」
「もちろん! 私はキャロル=マーフィー!」
「…………もう一度お聞きしても?」
「? キャロル=マーフィーよ」
「もしかして、貴方も魔法を……?」
「えぇ」
「まぁ! ではもしかしてもしかして、火属性ですの?」
「そうよ?」
「まぁあ! 私こそ火属性様の魔法を拝みたいと日ごろ思っておりましたの! しかもマーフィー一族といえば、名門中の名門! 私はルーシー=エメリッヒと申します! 先程は失礼致しましたわ!」
「エメリッヒ!? あなたのお家こそ名門家と噂の! 名高いエメリッヒ家の3兄妹はお美しく魔法の才も長けていると、東のほうでも伺っておりましたわ!」
「まさか!」「まさかですわよねぇ!」
「「こんなところでお会い出来るなんてっ!」」
キャロルとルーシーは仲良く手を取り合う。感極まるあまりに涙も落ちそうなほど、2人は喜ぶ。
この世界では、魔法を使える人が存在する。光、火、土、水が主で、あとは創造魔法や時間魔法などがある。
魔法を使うことが出来るのは限られた人のみであり、光は王国西のサイロン谷、火は東のユクソフ火山といったように、限られた場所に住む一族のみだ。もちろんその中にも派閥というものがあり、エメリッヒ家、マーフィー家、アドルフ家、ミラー家は主な魔法の名門家とされている。
魔法を使う者達の中にも仲があり、かつての戦争や条約などにより、その関係は大きく変化してきた。
中でもエメリッヒ家、マーフィー家は、同じ光を扱う系統の家だということもあり、昔からお互いを尊重する傾向にある。
そんなわけで、2人は今感極まっているのだ。
「とはいえこんな状況、あまり喜んでもいられませんわね……」
「そうね。ルーシーさん、あなた誰か見たのかしら?」
「ルーシーでいいですわ。私は貴方を見たのが初めてですの」
「じゃあ私もキャロルと呼んで。そうね……まず、『FAIRYTAIL FIELD』はどのくらいの広さがあるのかしら? この街だけなのか、他にも街があるのか。他の候補者たちは一体どこに……」
「そうですわよね、油断はできませんわ。私は貴方を殺す気なんて全く無いですし、いえむしろそんなことをしたらそれこそ一族の恥ですけれど」
「私もよ。そもそもまだ実感が湧いていないし、他の人達がどんな人なのかも知らない……戦えるかどうかもわからないわ」
「えぇ……ねぇキャロル? 私達、手を組みませんこと? ここでは何が待っているかわかりませんし、その方が安全だと思うんですの」
「エメリッヒ家のあなたといられるなんてそれこそ光栄よ! もちろん、その話乗るわ!」
2人は再び手を取り喜んだ。
とはいえここからどうしたらいいのかわからない。いつ、どこからやってくるかわからないヒロイン候補。彼女らが殺す気があるのかどうかわからないが、あの時……城で笑っていた彼女、あれだけはどうか会いたくない。キャロルは心の中で願った。
日が暮れかかる。
いつの間にか、時間が経っていたようだ。
「ああ、安心したらお腹がすいたわ」
「そうですわね……」
今日は寝よう。2人は街の人に話しかけて、宿を貸してもらうことにした。
【キャロル=マーフィ】
強気なお嬢様?
東のユクソフ火山で生まれ育った、火属性の魔法の使い手。父が魔法議会の火属性代表という座に就いており、名門家出身である。
【ルーシー=エメリッヒ】
西のサイロン谷で生まれ育った、光属性の魔法の使い手。一族の中では最高位の家系出身で、3兄妹の末っ子。位高き姫として育てられた。
心優しい少女。
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エリオット 2人の敵と1人の味方
海。
辺り一面、真っ青な世界。
時折吹く風に、彼女は目を細める。潮の匂い。耳に気持ちいいさざめき。
風に吹かれる長い髪を手で抑えて、エリオットは考える。
──なぜ私はこんなところにいるのでしょうか。
海より青い髪。髪と同じ色の瞳。薄い唇。
白いワンピースが風になびく。
こんな状況じゃなければ、嘆息して目が離れないような姿である。しかし彼女……エリオットもまた、ヒロイン候補の1人である。
彼女は容姿端麗、また頭脳明晰。そんな彼女を見て、人は不平等だと思う。
「論理的に言って……」
これが彼女の口癖。しかし彼女はいつも思う。論理的な思考なんて、このリュミエール王国で出来るはずがない。なにせ何だってありの不思議な国なのだから。
彼女自身もまた、不思議な存在だった。
王国の統治下にある森の奥、神秘の世界と呼ばれる花畑。そこは境地と呼ばれ、定められた者しか入ることの出来ないとされている場所だった。
彼女は幼い頃、森の探検と言ってそこにいつの間にか入っていたのだ。帰ってきた彼女は、そこをエルフの住処だと言った。
他にも彼女の不思議な話はいくらかある。彼女はごく普通の人から生まれたが、実は神の使いだったのではないかとも言われている。彼女の能力は未だに目覚めていない。
そんな不思議な彼女だからこそ、論理的、科学的に説明できる事を好むのかもしれない。
「……圧倒的に不利」
エリオットは呟いた。
戦う。ヒロインになれなかった人は死ぬ。残るのはたった1人、ヒロインになれた者だけ。
まだ力の目覚めていないエリオットにとって、この状況は不利以外の何でもなかった。
「おやおや、おひとりですかい」
静かな波のさざめきの中、異質な声がエリオットの背中を刺した。
──敵だ。エリオットはすぐさま勘づく。この声は、もしかすると……1番出会うべきではなかった人かもしれない。
「もう、デリーちゃんってば……目が怖いよう」
2人!?
エリオットは振り向かない。否、振り向けないのだ。
ケラケラと笑う2人目の声は、甘ったるい鼻にかかった声で煽る。
「この子無視だよう、ひど~い」
完全に舐められている。エリオットは下唇を噛んだ。
戦うのではなかったのか、最後の1人以外は死ぬ、とも。それなのにどうして彼女たちは2人でいるのか。
振り向くべきか迷った末、エリオットは走り出した。体力には自信のある彼女はまっすぐ走る。砂に足を取られることもなく、風の抵抗も受けずに。
「あっ、クソっ!」
低い声の叫び声が背後で聞こえたが、エリオットは気にしない。
絶対そうだ。あの声は……。
「これこそがッッ! 私史上最ッ高に! エキサイティングな出来事だわ!」
エリオットの脳裏に、少し前の出来事が蘇る。あの声。人が死ぬことになんて微塵も辛さを感じず、ただ己の快楽を求める……そんな声。
捕えられたらおしまい。非現実的すぎる!
足音が一向に聞こえない。諦めたのかと気を抜きかけたその時。
ブゥゥン……
動力の音がした。エリオットの背中に悪寒が走る。
遠い音は、だんだん、だんだん近づいてくる。その間たった数秒、真後ろに気配を感じた。
「追いかけごっこなんて、なかなか勇気があるじゃない?」
バイクである。横に並んだ彼女──デリーは、エリオットの横顔を一瞥する。
──終わったな。
そう思ったエリオットは、ピタリと足を止めた。
あれだけなんの抵抗もなかった風が、エリオットが止まった瞬間に大きな旋風を起こした。ほんの一瞬のことで、誰もその風の不思議さには気づかなかったのだが。
デリーの乗ったバイクはエリオットの急な静止には合わせることが出来ず、彼女を少し通り過ぎた後で迂回して止まった。
デリーがバイクから降りる。目にかかる程の長い髪をかきあげて、ニマリと笑った彼女は、まるでそう──悪魔のようだった。
「準備は出来てるかしら」
「……」
「やっと追いついたあ……デリーちゃん、早すぎだよう」
前にも後ろにも敵。もう逃げ場はない。
「君をいただくのは私だよ、残念だけどデリーちゃんじゃないんだあ。可哀想だから私の名前くらい教えてあげるね? 私の名前はテリア。テリア=ポワレ。私があなたの力をもらってあげるから、安心して?」
「……っ! こんなのっ! おかしいと思いませんか! どうしてヒロイン候補がこうやって殺しあわなければならないのです!?」
エリオットが拳を握りしめ、声を振り絞る。まだ死ねない、死にたくない。そんな感情が渦巻いて、いつもの冷静さでさえもうどこかに消えていた。
──お願い私を諦めて。
「知るか。別に私はヒロインなんて望んじゃいない……けどさ、こんなにエキサイティングな出来事待ってるなら、やるしかないじゃん? ほら」
デリーがエリオットの顎に触れる。痺れるような痛みが一瞬デリーの手を襲った。静電気だろう、そう思ってデリーは手を離さない。
ぎゅっと目をつぶって、エリオットはこれから来る苦痛を想像した。意味がわからない……論理的思考に基づいて、この状況は、わからないことだらけ!
「いいよ、テリア」「おっけい」
テリアの口がエリオットの首元に寄せられる。顎が持ち上げられているので、いともたやすく到達してしまう。抵抗さえできない自分の無力さに、エリオットは絶望した……その時。
「どえりゃあああああああああああああ!」
小鳥も魚も飛んでいきそうな大きな声が、遮るもののない海辺に響いた。エリオットが目を開けると、そこにはテリアもデリーもいなかった。
「………………え?」
代わりにそこにいたのは、緑の髪をツインテールにした少女。
──遅刻した人。エリオットは呑気に思った。
テリアとデリーは、数メートル先に転がっている。
一体……?
「大丈夫!!? 2対1なんて卑怯だよ! ほんとにもう……ほら、行こ! こっちだよ!」
一方的に彼女がエリオットの手を引っ張り、走る。砂浜を抜けて道路に出ると、立てかけてあった箒を手に取りまたがる。
「箒なんて、乗れません」
怯えたエリオットが言うと、緑の少女はニカッと笑って言った。「大丈夫!」
空高く飛んだ2人が振り向くと、後ろには誰も追ってきていない。
やっと安心した2人だが、エリオットの胸の中には新たな疑念が湧き上がってきた。
──どうして私を助けたんだろう、この子もヒロイン候補の1人のはず。
「んあっ! そうだそうだ、名前言ってなかったねえ! うちの名前はネオ! ネオ=ガーレンだよ! さっきなんであいつら倒したのかって不思議に思ったでしょ? うちの体は聞いて驚け! 鋼で出来てるんだっ!! もちろん普段からカタカタなんじゃなくて、ちょいっと力入れたら体が硬くなるってわけ! ヒロイン候補の招待状が来るまでは魔法使いのとこで勉強してたのもあって、箒に乗ったりとかそういう軽いヤツなら私もできるんだ! だから任せて!」
何が任せてなのか、早口でまくし立てたネオは得意げに微笑んだ。
「……ありがとうございます。助けてくれて」
なんだか安心できそうな人だと、少し気を緩めるエリオット。
「でもどうして私を助けたのです? 私を殺しておけば、候補生は減ってネオさんはヒロインに近づけるのに」
「やっだ~ネオって呼んで! それよか、うーん、そっかあ。そうだよね、確かになんて助けたんだろう? でもなんか……胸糞悪かったってのかな? うち、あの子達嫌いだもん! なんか自分強いってひけらかしてるところとか! ホントはもっと早く助けるべきだったんだけどね、どうやって助けようかって見てたんだけどなかなかタイミングが……でも1箇所に固まってくれてよかったよ! ま、うちは君がうちを殺すって言い出すんじゃなきゃ君を殺すつもりは無いし、よろしくしようよ!」
「……私の名前はエリオットです。エリオット=ワトソン」
「よろしく、エリオット!」
「……ええ、ネオ」
少し早口でお人好しなネオ。能力が目覚めていないが故に、あまり頼りきれないエリオット。2人は海から遠ざかる。眼下には、森が見えた。
【エリオット=ワトソン】
論理的に説明できる事柄を好む。少し頭が硬い?
まだ能力に目覚めていないが、かつては神の使いと呼ばれたことも。口癖は「~です」「~ます」
【デリー=デュ=フレネ】
スリルが大好き。一言で言うとやばいやつ。
創造魔法で、しっかり思い描けるものたなら自分の力で生み出すことが出来る。少々時間がかかるのが難点。
【テリア=ポワレ】
ぶりっ子。吸血して相手の能力を奪う力がある。
デリーと手を組んでいる。
【ネオ=ガーレン】
緑の髪の少女。1人で喋る。早口。
体が鋼で出来ており、戦うのは基本素手。魔法使いのもとで修行を重ねたこともあり、簡単な魔法なら使える。
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ウィルチェとパオラ
「どうせヒロイン候補に選ばれても、わしは死ぬんじゃからなあ……」
薄い紫色のまっすぐ伸びたストレートヘアーを風になびかせて、彼女は言う。
「……どうしてそう言えるんだな?」
マッシュルームカットの少女が、体を縮めたままで尋ねる。
「予知できるんじゃわ、未来をな」
「ほう……予知」
「そうじゃ。わしはどうせヒロインにはなれぬし、誰に殺されるかもわかっとる。お主を殺すこともない」
「予知でそうわかったんだな? んじゃあ信じられるんだな……」
うむ。頷いて、立ち上がる。遠い目をしているのは、死ぬ時をわかっているからだろうか。彼女──ウィルチェ=マーキュリーは、ひらりとその身を翻した。
未だ縮こまっているパオラ=ウィアレは、ウィルチェの背中を目で追う。……どこへ行くのだろうか。
『FAIRYTAIL FIELD』についたものの、2人が降り立った場所は街の中心の時計塔の上。たまたま近くに降り立ったから話していただけである。
時計塔からは、街が広く見渡せる。遠くまで見えるほどの目さえあれば、それはどこでも可能だ。
流石に標高が高く、パオラは降り立った当初びびって動けなかった。そんな時にウィルチェがそばにいて──黙ったままであったが──心の支えになった。そんな彼女が敵だというのだから皮肉なものだ。
「私、ヒロインなんて望んでないんだな……」
平穏な生活、ただそれだけが望み。パオラはため息をついて、立ち上がった。
「早いうちにここから移動しなきゃ、なんだな」
服についた埃を払う。時折ヒュウと吹き去る風に身を固めながらも、急いで移動しようとする。ウィルチェのいないここは怖い。
彼女が時計塔の中に入った時、不意に砂嵐のような音が聞こえだした。
ザザ……ザ……
インカム?
パオラは耳元に手を当てる。
『ひやぁ~なかなか白熱のバトルを見せていただきました! まさか開始数分でバトルが始まるなんて、異例ですよ、今回は! 面白くなりそうですねえ……』
メイベルは1人で喋っている。近くに誰かいるのか、それより……どういうことだろう。まさかもうバトルが?
『おぅ、そういえば報告がまだでしたね。ンン、残念な──候補生達には幸運なのかもしれないけれど──お知らせがあります。アプリコット=フランさんが亡くなりました!』
……誰だろう。
思ったのはそれだった。誰かもわからない人が、同じ状況下で……自分もいつ死ぬかわからない状況の中で、もう命を絶っている。残酷な運命。
何より怖いのが、自分なんかよりずっとヒロインの『座』を欲しいと思っている人がいて、彼女達は戦う気なんだってこと。こっちがどう思ってるかなんて、きっと彼女達には関係ない。それが何より怖い。問答無用で殺されるかもしれないんだから。
「はぁ……」
時計塔を降りる。広がる世界は普通に平和。だけどこの中でいつ争いが起こっても不思議じゃない。
どうしてここに来たんだろうか……。
一方のウィルチェは、一足先に街の人々の中に溶け込んでいた。市場を珍しそうに眺め、気に入ったものを手に取っていく。お金は無いが、ウィンドウショッピング的なアレだ。
ウィルチェの身につけているのは、まるで魔女を彷彿とさせるようなものばかり。濃い紫のローブを纏い、フードを深くかぶっている。その下には、丈の長い黒の古びたワンピース。手首にはブレスレット、足首にはアンクレットと、じゃらじゃら装飾品をつけている。
近寄り難い雰囲気の彼女は、催眠術師なのだ。
彼女の能力では人の心や行動を操ることが出来る。また、先程のように未来予知なども可能。神職と言われる仕事に近い存在である。
「ふむ……もう1人亡くなったのかの。やはりか」
相手はリム=カールソン。城で眠そうに目をこすっていた彼女だ。人間観察をしていたが、彼女においては特に気になる点はなかったのに……人とは不思議なものだ。となると、残りの人達も争い合うのかもしれない。
「平和な日々など望めぬのじゃな」
ウィルチェは静かに笑って、フードを深くかぶった。
【ウィルチェ=マーキュリー】
語尾が「~じゃわ」
ミステリアス少女。
催眠術や予知などの力を使うことが出来、自分の死を悟っている。
【パオラ=ウィアレ】
語尾が「~なんだな」
ビビり。透明化できる。あるものを持つと人格が変わる。
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ヒロインバトルロワイヤル1
アプリコットちゃんは超初期に殺してしまいましたが、ここから先はヒロイン予想しながらどうぞー!
「くそっ! 誰だよあいつ!!!!」
「逃げられちゃったねえ」
エリオットとネオが空を悠々と飛んでいる頃、デリーとテリアは空を眺めていた。デリーは唇を噛み締めているが、テリアは気にしない風である。まるで違う2人の反応だが、ここまで性格の異なる2人がどうして一緒にいるに至ったのか……。それは、この地に飛んできてすぐのこと。
「おうおう、運がいいのかな私は……ねえあなた、名前を教えて?」
獲物を見つけたような目をして、デリーがテリアに近づいた。テリアは城でのデリーの様子を覚えていたので、もちろん怯える。
「ひっ……わ、わわ、わたしは、テリア=ポワレと申しますでございます」
「ビビりすぎね?」
「いや、でも、その……殺します? 私を」
「んん……そうねえそのつもりだったけど。考えが変わったわ、私の力になってよ」
「へっ?」
「誰かが来た時一対一よりも2人で確実になぶり殺したほうが楽しいじゃない? 違うかしら?」
「わかんないけど……とにかく私を殺さないっていうなら、協力します」
「OK交渉成立ね」
デリーが主導権を握っているようだった。実際そうだった。テリアが強いデリーに従ってついていく形。
しかしその形も、テリアの中ですぐに壊れた。元々自信過剰なところのある女。テリアはすぐにデリーの隣に並ぶことに慣れ、むしろその地位を利用しようと考えた。
──私、相手の力を吸収することが出来るとは言ったけど、その力を自分のモノに出来るなんて行ってないんだよね……。
テリアはデリーを騙しているつもりはなかった。「相手の力を吸収する」そう言えばわかってくれると思ったのだ。
となると、いずれテリアの存在が脅威になるのは目に見えている。しかし何も警戒しないデリーの様子から、テリアはわかった。
──こいつは馬鹿だ。
不思議な存在ばかりが集まるリュミエール王国。テリアは一般家庭で、何も特別な能力がない家系から生まれた。
そんな中テリアの能力が芽生えたのは天賦の才とも言え、奇跡に近かったのだ。ヒロイン候補になるまでは、その能力も使用価値がわからないままだったのだが。
「もっと能力奪っておけばなあ」
ほとんどゼロに近い能力。エリオットの能力も奪い損ねた。誰かの能力にでも頼らないと、デリーは倒せない。この世界では生きていけない。
──ヒロインに一番ふさわしいのは、この私。
テリアはデリーの作った空を飛ぶ絨毯の上で、デリーの背中に向けてほくそ笑んだ。
「ヒロイン」と言えば、国中の誰もが羨む輝かしい地位。それを手に入れるためなら努力を惜しまない。
例外を除き、それは国中の女性に言える。テリアの母だって、ヒロインになれると知ったら今からでも頑張るだろう。その夢を娘に託した。
他の候補者たちもほとんど同じ。たとえその身が朽ち果てようと、手に入れてみせる……!
「追いかけっこか、面白いじゃない? あいつは必ず捕まえるわ……」
「頑張ろうね~」
なるべく闘志を見せないようにしなければ。
☆
「ねぇ、あれ……」「ですね」
ルーシーとキャロルは、小さく頷き合う。2人の視線の先には──パオラだ。不審そうに周りをキョロキョロと見回して歩いている。2人には気づいていない。
先程のメイベルからの連絡で、既に1人死んでしまったと知った2人。
遊びじゃない、殺されるんだ。確実に残り1人となるまで……。2人の頭の中には恐怖が芽生えた。
メアリ女王が言った言葉を深く受け止めていなかったのかもしれない。「死ぬ」と言われても納得出来るはずがないが、さすがにここに着いて早々で1人死んだとなれば、信じずにはいられない。
お互いがお互いを尊敬している存在。殺すともなれば家の名に傷をつける。殺されない、殺さないとわかっているから2人は安心して一緒にいることが出来るが……もし残り2人だけになったら? 戦わなくてはならない。その時は仕方ない。しかしそれで手に入れる名誉というものも皮肉だ。
──とにかく最優先は、殺らなきゃ殺られるってこと。
「あまり乗り気じゃないけど……
ビクっと身体を震わせ、振り返ったパオラ。2人の姿を確認すると、目を見開いて──消えた。
「消えたわ! 追うわよ!」
しかしルーシーは動かない。
「……どうしたの?」
「…………本当に、いいのかしら……」
「何が?」
「人を殺すなんて……」
キャロルは戸惑う。そう、今からキャロルがしようとしているのは、紛れもない殺人……。
「けど……殺らなきゃ殺られるのよ! ルーシーだってヒロインになりたくてここに来たんでしょう! たとえこれが殺人でも、ヒロインになるためには、死なないためには、やらなきゃいけないの!」
ルーシーはぽかんとしてキャロルを見る。そしてゆっくり笑った。
「そうですわね……キャロルも辛いんですわ。私は自分のことばかり。キャロル、絶対ヒロインになりましょう!」
それは、無理だ。どちらかは少なくとも死ぬ。逃れられる方法など、探しているうちに殺されるのがオチだ。
だが、キャロルは答えた。強い意志で。
「ええ、その意気よ!」
2人は走る。街の中を、人混みをかき分けて。
「彼ら、蝋人形だわ」「そのようですわね」
「
キャロルの魔法で爆発が起こり、人々が溶けてゆく。周りにいた人々が消え、魔法の効果が届かなかった人達も悲鳴を上げて逃げていった。
ついに残ったのはキャロルとルーシーだけ。消えたパオラを探そうとするが、あてもなく探すのは……とキャロルは方法を探す。
「
ルーシーが呟いた。
その一瞬で、世界は闇に染まる。
「聖なる光の前には、誰も逃げられないのですわ……
ルーシーがかざした手の平から、小さな光の玉が生まれる。青白く輝くそれはゆらりゆらりと漂って、闇の中をさまよう。
キャロルは初めて見るルーシーの魔法に見とれていた。
光は一点で止まる。
「そこですわね」
またルーシーがつぶやく。
やるしかない。
「
黒い鎖のようなものが、ルーシーの手から伸びる。何も無かったはずの場所に鎖が巻き付く。
「いっ……あ、ぎゃあああああああああああ!」
断末魔の叫び声。キャロルは思わず目をそらす……が、自分がルーシーにああいった手前、逃げていられない。
「
金の炎が、鎖の巻き付いたパオラに向かって放たれる。
パオラの力も弱まり、姿が顕になる。
「いっ……た、す……け」
鎖に閉められて苦しむパオラ。2人は苦しそうな表情だが、逃げるわけにはいかない。
呪うなら、運命だ。
「
ふいにキャロルが炎を放つ。先程の呪文の炎よりはるかに小さいが、それでも
「っ!? 何をするんです!」
そう、その炎はルーシーに向けられたもの。
「間に合った……」
パオラ、キャロル、ルーシー……誰のものでもない呟きが、暗闇の中で聞こえた。
「まぁ、間に合うようにできとるんじゃからな」
ルーシーの魔法は炎の熱さで解けている。ウィルチェはパオラを抱き、後ろに隠した。
「2対1なぞ格好悪いじゃろ? わしが相手になってやろうかの」
ウィルチェが人差し指を動かす。キャロルがルーシーに手をかざす。ウィルチェが手を開く。キャロルの手のひらに力が集まる。
「や……やめてください、冗談でしょう? ねぇ、キャロル?」
ルーシーがキャロルの顔を見つめて、気づいた。
キャロルの目が虚ろだ、と。光を失ったキャロルの目。
「操られているんですの?」
キャロルは何も言わない。
「待って、お願いですわ。キャロル! 目を覚まして!」
「無駄じゃわ」
「
「キャロル!」
ヒュウとルーシーの喉が音を立てた。
「ひっ……熱い、あぁぁぁぁああぁああああああ
!!!!!!!」
ルーシーの体に炎が点火する。真っ赤な炎がルーシーを焦がす。
その隙に、パオラを連れたウィルチェは逃げた。
【Calidum】
周囲に熱を発する。
【Scoppio】
爆発魔法。
【Umbra】
闇魔法。自分の視界が届く範囲を闇に染める。
【Holly】
聖なる光を放つ。相手の魔法や術を一時的に解ける。
【Despair】
闇魔法。闇の鎖で相手を巻き付ける。
【Prometheus】
金色の炎を放出し、相手を燃やす。
【Ignis】
下級の火の魔法。小さな炎を出す。
【Ignited】
対象物に点火する。
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