「あーあー。まーた、負けちゃったよ」
黒いナニカが、暗闇の中で囁く。まるでそれは、ゲームを楽しんでいる無邪気な子供のように。まるでそれは、命なんてものを考えもしないまま虫を踏み潰す幼児のように。
「次はどうやって遊ぼうかなぁ?」
無邪気な黒いモノは考える。次はどうやって楽しもうか、次は彼らがどこまでたどり着けるのだろうか。そんな事を思い馳せながら…。
「…うーん。思い浮かばないなぁ…、そうだ。本でも読むかー」
何もない空間から本を取り出し、あーでもない、こーでもない等と愚痴を溢しながら読むナニカ。時に笑い、時に泣き、様々な貌をナニカは見せている。
「へぇ、アッチやソッチの世界じゃ、こんな面白い事やってたのかー。…あっれ?」
数秒の間の後、すぐに本を放り投げ、ナニカはふて寝してしまった。
「………なんだよ、また抑止力じみたモノに防がれてるんだなぁ! ぷんぷん」
(ツマラナイ、嗚呼、ツマラナイ。なんだって、こいつらが出しゃばってくるのか。…そうだ、世界をいっそ面白くするのだから、混ぜたりするのはどうだろう?
きっと、ありえないモノが出てきて、それはそれは面白い世界になるんじゃないのか? 考えるだけでも、ワクワクしてくる)
急に悪い事を思いついたナニカはすぐに作業に取りかかる。ガサゴソと粘土をこねくり回すように空間を掴んでは混ぜ、掴んでは混ぜを繰り返す。
それはさながら、オーケストラの指揮者のよう。
「やっぱり、混ぜちゃえば面白くなるでしょ?
………え?
ツマラナイなんて知らないよ。ボクはやりたくてやるだけだもの」
暗闇の世界が様々な色彩を帯びてくる。
それは、幻想的で、でも破滅的で、ただただ気持ち悪くて。
そんな色とりどりの世界の中心で、黒いナニカは嘲笑う。
………狂った人形のように。ゼンマイのような音を立てて。
「…でも、こっちだけ強いのも問題アルよなぁ~。前はこっちが一方的に蹂躙しちゃってつまらない結果になったし、その前は一方的にあちらが強すぎてこちらが瞬殺されたし…よし、決めた! せっかくだし、ゲストを出しちゃおう! 珍しく大盤振る舞いなんだよ、ねぇ、【魔を断つ剣】クン?
…ふひ、ふひひひ。面白くなってきたぞぉー」
その日、不思議な世界は創られた。
【混沌】と呼ばれるナニカの手によって。
「さぁさぁ、開演のお時間です。皆様、映画館で映画を観るようにポップコーンを片手にでも、リビングでゆっくりとコーヒーを片手にくつろぎながらでも、満員電車の移動時間のお供にでも、どうぞご自由にね。ふひひひ…」
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
1.機神再動
「…………………は、腹減った」
薄汚い部屋でソファーをベットにして青年が呟く。誰に聞かれるわけでもなく、ただ口から言葉を紡ぎ出しても空腹など満たされないのに。
「…………………あー、腹減った、腹減った、腹減った、腹減った、腹減った、腹減った、腹減った、腹減ったああああああああああああああああ」
「五月蠅いぞ、下郎がぁ!」
「腹減っ、んがっ!!!!」
怒号と一緒に青年に向けて、フライパンが飛来する。上手い具合に顔面に直撃したのを確認し、ご満悦の少女が一人。
「全くもう夜中なのだぞ? 少しは静かにしたらどうだ? …んぐんぐ」
「ってぇ~、もう少しで鼻が九十度曲がるところだったんだぞ、アルゥ! しかも、ちゃっかりミルクなんぞこっそり飲みやがって、俺の分はどこなんだよ!」
アル選手、再びフライパン片手に振りかぶって~~~~。
「知らんわ、ボケェ!」
「ちょ、は、話せばわか」
ガン!という良い音が鳴り響き、九郎と呼ばれた青年はソファーから撃沈した。
青年の名は、大十字九郎。職業は探偵を営んでいる。これでも、混沌と呼ばれる存在から世界を救ったりした過去があるが、現在は依頼される仕事が無く困り果てている状態だ。
「わからん!全くふがいない亭主じゃのう…。なぜ妾はこんな間男を好いてしまったのやら。………………はぁ~」
溜息混じりの中、珍しく室内にあった黒電話が鳴り響いた。
「はい! こちら、大十字九郎探偵事務所ですが~………って、あれ? 姫さん?」
九郎の回復の早さに飽き飽きとしながら、【姫さん】と聞いて、様子を伺うアル。
『あら…声だけでよくわかりましたわね。夜分遅くに申し訳ありませんが、少々立て込んでおりまして、可及的速やかにお仕事のご依頼があります』
「仕事のご依頼なら、二十四時間いつでも受け付けてますから、ご安心を! 姫さんの依頼だったら、例え火の中、水の中、混沌の中、どこへでも参りましょう!」
『ほー。…どこへでもですか』
「??? ………えぇ、どこへでも」
「お、おい、九郎、さすがにどこへでもってのは難しいじゃろ?」
自分の指で耳をほじりながら、アルはつぶやく。
「だーっ、うるせぇ! 仕事の話してんだから、少しは静かにしてくれっ」
『えー、オホン。よろしいでしょうか?』
「あぁ、姫さんすまねぇ」
依頼は、以前九郎達が戦った逆十字(アンチクロス)が使用していた魔導書の写本が発見されたというのだ。発見場所はアーカムシティ内ではなく、ヨーロッパに存在する某国内で、覇道財閥による調査、回収作業が行われたのものの、先行して潜入した連絡員からの連絡が途絶え、更に再調査に向かった別働隊の連絡も途絶えたという。最後に連絡があった際に伝えられた言葉はただ一言。
[強固な結界がジャマをして…、なんだアレは!? …うわぁぁぁぁあああ!!!]
「そんな事あったのか。アーミティッジのじいさんはなんて言ってたんだ?」
『そもそも事の発端は、アーミティッジ様からの連絡で魔導書が見つかったという連絡を受け、私も調査を行いはじめたのです』
「へー。珍しいな、あのじいさんからの連絡からコトが始まるなんて。大方、ラバン先生から経由なんだろうけどなぁ…」
『それも想像はできますね。とりあえず、これ以上の長電話をするのは大十字さんのお隣の部屋にも迷惑になりますし、オーダーを伝えます』
「あぁ、悪ぃな姫さん」
『それでは、大十字九郎さんと、そこでナイムネのくせして、牛乳飲んでる古本女に正式な依頼です。【魔導書を確保、及び、邪魔をしている悪を壊滅させて下さい】!』
「了解だ! ………で、お代は先に半分を先払いでおおおおっ!」
『い、如何しました!?まさかもう敵の攻撃ですか!』
仁王立ちで九郎の前に立っているアル。
「おい、九郎。今、なんか電話越しに“ナイチチ”という単語と一緒に妾の耳に入ってはならない単語が二、三あったようだが…」
「い、いえ、姫さん、ななななんでもございませせせせんよ~。あは、あは、アハハハハハハ」
「そんなわざとらしい笑いなんぞしおっても、さっきの小娘の声を聞こえていなかったと思うのか? 聞こえてないと思うてか? いや、聞・こ・え・て・た。………この痴れ者がぁぁぁぁあ!」
「あ、アルさん、そんなどこぞの格闘家が気を溜めて出す超必殺技を放つ態勢で何を放つっていうんですか! さっきの発言者は俺じゃないんですけど! ねぇ、もちついて、アルさーん!!」
『オホホホ。なんだか、いつもの夜の営みがあるみたいですし、そろそろお電話切りますね、また追って連絡致しますわ。それではごゆっくり~』
ツーツーという音と共に、切れた。あっさりと電話が切れた。
「え?ちょ、ま、まだ話が途中じゃないですかー、あれ?ひ、姫さん?姫さーん」
「………。ぐぬぬ、妾の怒り、どこにぶつけようかっ」
アルの顔が九郎の方を向く。
「…九郎、お前にぶつけてやる、覚悟せいっ!」
「そんな妄想トリガーは結構ですっ!」
目の前が光り出す。だが、部屋の被害よりも、これで気絶すれば空腹を耐え無くて済むんじゃね? と思ったからこそ、アルの攻撃をあっさりと受け入れる九郎だった。
「はぁ……全く地獄耳なんですから」
瑠璃は、窓越しに街の一部で煙が上がるのを自室から確認し、持っていた受話器を置いた。すぐに真正面に顔を向け、そこに立ち会っていた第三者に話しかける。
「さて、これで宜しいですか? アーミティッジ様」
瑠璃が座っている向かいには、邪悪と戦う一人として、齢を重ねた今も戦い続けている老人が座っている。
「こんな夜分遅く、覇道財閥の総帥の眠りを妨げ、あまつさえ下手な芝居までさせてしまって本当にすまない」
「そ、そんな、私が調査を行ったという事実はありませんが、魔導書が発見されたというのは事実なのですし。一応、アレでも世界を救った人達ですから、少しはお仕事もさせてあげませんと」
「はっはっは、そうじゃな。それでは、お言葉に甘えるとしようか。ラバン教授からの連絡というのは本当じゃからのう。信憑性についても、魔導書が発見されたイギリスにいる知人というか、ワシの恩師から聞いて、確実な情報じゃしな」
「判りました。それでは、ウィンフィールド」
静かな室内にノックが二回、鳴り響き、ドアが開く。
「失礼します、お嬢様。そして、アーミティッジ様」
主人と客人にそれぞれ深々と礼をした執事こと、ウィンフィールド。
「大十字様やアル・アジフ様が必要な経費や、念の為、鬼械神(デウスマキナ))の発進準備などは私やチアキなどで行っておきますので、ご安心を」
「よろしい」
瑠璃とウィンフィールドの会話を見て、満足したアーミティッジは席を立った。
「それでは、ワシはこれで失礼する」
「まだ、ごゆっくりされても、当家は問題ありませんのに」
瑠璃も礼儀とばかりに席を立ち、見送ろうとするが、
「いやいや、ここで結構じゃ。老人を構うよりはゆっくりと睡眠をとって下され。御身はただ一つなのじゃから」
「は、はい…」
ウィンフィールドが一歩前へ出て、ドアへ先導する。
「こちらです、アーミティッジ様」
「うむ」
その様子を見ていた瑠璃は老人とは思えない程に堂々と歩くその姿に改めて驚いた。
「………しかし、イギリスにいらっしゃるアーミティッジ様の恩師だなんて、一体、何歳でどなたの事なんでしょう?」
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
2.主はやてと守護騎士一同、ロンドンへ行く
「なー、はやてぇー。ここが本当にロンドンなのか?」
ロンドン市内を歩く一行。
パンクロックを思わせる黒いTシャツにチェックのスカートを身につけた赤い紙の少女が隣のはやてと呼ばれた黒髪の少女につぶやく。
飛行機に乗っていた時間があまりに長かった為、ふてくされる赤い髪の少女。少女の周囲には、笑顔を絶やさない金髪の女性、周囲に気を配りながら警戒しているスーツ姿の男性と女性が一人ずつ。
「ちょっとは静かにしてぇな、ヴィータ」
「全くさ、どんだけ飛行機ってのに乗んだよ! あたし達なら【魔法で飛んでった】方が早いのに!!」
「こ、コラ! ヴィータ、やたらと【魔法】とか言わんといて!」
【魔法】という発言をしたのを注意しながら、周囲をキョロキョロと見回したが、幸いにも周りの客には聞こえていなかったようだ。
「…なぁ、ヴィータ。あまりにうるさいようなら、少し黙っててもらうよ?」
はやてはそれまで読んでいた本を閉じ、ヴィータに笑いかけた。
「か、顔が笑ってないよ?おーい、はやてさーん…」
「えぇ? よく聞えんなー。ほら、笑ってるよー」
「……ま、まぁまぁ」
二人でもない声がはやての胸ポケットから、聞こえてきた。
「落ち着いて、はやてちゃん」
「なんや、リイン。私は注意しようとしているだけなんやけど」
ひょっこりと現れたのは、女の子と呼ぶには小さすぎる大きさだった。さながら子供が遊ぶような人形サイズだ。
「まーまー。ヴィータちゃんもココは、家の中じゃないんですから、少しは静かにして下さい」
「うう、わかったよ、リイン。はやて、わりぃ」
「………。わかったんなら、ええよ。なー、シグナムも忠告してぇな」
「主はやて、あまりヴィータを怒らないでやって下さい。ヴィータはヴィータなりに、今日の旅行を楽しみにしていたのですから」
シグナムと呼ばれたスーツ姿の女性が答える。
「まったく。おい、ヴィータ。大方腹をすかせているんだろ?」
忠告をするスーツ姿の男性こと、ザフィーラ。
「だって、この国のご飯、あんまり美味しくないんだろ? はやての和食がまた食べたいよー。はぁ…」
ヴィータは溜息を交えながら、答えるのだった。
過去に発生した【闇の書事件】。その事件の中心人物となった、八神はやて。そして、はやてを守るヴィータ、シグナム、シャマル、ザフィーラ、リインフォースⅡこと、守護騎士【ヴォルケンリッター】。事件は高町なのはを始めとする時空管理局の関係者達、そして守護騎士自身の活躍によって終結した。はやて達は自分たちで犯してしまった罪を償いながら、保護観察という扱いで日常を過ごしていた。
そんなある日、現在の上司でもあるレティ・ロウラン提督から日々の功績を讃えられ、能力の制限はあるものの旅行を許可されたのだった。
「なぁ、みんな。あたしら、今も監視されている身とはいえ、やーっと骨休めできるんやし、楽しくすごせなあかんよ?」
「はい、主はやて」
シグナムはすぐに答える。
「そういえば、レティ提督に貰った旅行のチケットと一緒に入ってたこの写真なんなんやろな? 本だけしか写っとらんけど。パッと見たら“夜天の書”みたいや」
実はこの本がはやて達にとって、今回の英国旅行で危険を及ぼすことになるとはその時、知るよしもなかった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
3.読子さん、魔導書ですよ。
日本には古書街がいくつかある。その中でも、世界的に有名な街、神保町。そこに住むとある蔵書狂(ビブリオマニア)が、英国にある大英図書館、特殊工作部に所属するエージェントで尚かつ、自身の能力によって一度、世界を救っているという事を皆さんはご存じだろうか?
非常勤の高校教師でもある、その蔵書狂のコードネームは【ザ・ペーパー】。紙という名の如く、【紙使い】である。性別は女性なのだが、化粧もろくにせず、髪は寝癖がつき、見てくれは酷いモノ。蔵書狂の名については、本好きがこうじて、本屋を丸ごと買うといった、店舗購入を何度も経験している筋金入りの蔵書狂だ。
だが、ひとたび紙を持たせると、時には敵を駆逐する武器に、時には万能な乗り物にと、コードネーム通りの能力者となるのだ。
そんな彼女が関わった【稀覯本奪回・偉人殲滅作戦】から数ヶ月が経過し、読子はただ本を読むだけの自堕落な生活を再開していた。
ある日、読子はいつものように神保町にある古書店で本を手にとって、立ち読みをしていると、携帯電話が振動した。
「はい、もしもし」
『………あぁ、読子、お久しぶりです。ジョーカーです。相変わらずの生活を送っているかと思いますが、お元気ですか?』
本の文章に目を動かさないままで読子は電話に応えた。
「はい! ジョーカーさん、お久しぶりです。いかがお過ごしですか」
『それは、こちらの台詞です。読子、今すぐにイギリスへ帰還して下さい』
「はぁ…。でも、この本を読んでからでもいいでしょうか?」
『…読むのは構いませんが、貴方はもっと余裕を持って対応ができないのですか』
ジョーカーの様子からただ事ではないと受け取れるのだが、目の前の文章の続きが読みたくて仕方がない。
『すみません、今、すごく良いところなんです』
「…ふぅ、いいでしょう。読みながらで構いませんから、耳を傾けておいて下さい。一ヶ月程前に、我が英国の国内でとある本が発見されました』
「本っ!!」
【本】という言葉を聞いても、読子は目に映っている本を読むのをやめない。
『読子、落ち着いて下さい。いいですか、話を続けます。その本はただの本ではなく、魔導書と呼ばれる本でして…。私自身あまり信じたくないのですが、この本を所持した者は魔法が使えると伝承されている代物なのです』
「まほう、ですか…」
『ええ、魔法です。その魔導書の中でもクラスの高いモノは、自ら意志すら持つとか』
「…なんだかオカルトじみてますね。その本」
『私からしたら、貴方の存在もオカルトじみてますよ』
「そぉですかぁ?」
そう言いながらも読子の表情は変わらない。
『はい。それで我が大英図書館特殊工作部としては、…その本の確保を命じます』
「…ちなみに、その本は私でも読む事ってできるんでしょうか?」
数秒無音状態が続いたが、すぐに返答があった。
『ん~、ウェンディ君そこらへんどうですか?』
ジョーカーは近くで待機していたウェンディに聞く。
『ウェンディです。読子さん、その本は多少なりとも魔力が無いと開く事すらできないそうですよ』
「魔力ですかぁ~。私、そういう類いは持ち合わせてないので読めませんね…」
溜息をしながら、本当に残念がる読子。
『読子、既にそちらまで迎えが行っているはずです。少しでも早く行動して下さい』
「わかりましたぁ~」
通話をしている間も持っていた本を読み続け、通話と同時に読み終えてしまった。
「あぁ、魔法かぁ…。私も一度でいいから変身したりしたいなぁ…」
「おい、おまえはそんな少女趣味じゃないだろ」
後ろから男の低い声がする。振り向くと見知った顔だった。
「あっ、ドレイクさん!」
ぱぁっと顔が明るくなり、読子は笑顔になる。
「ようやく見つけたぞ。この街も狭いようで複雑だからな。GPSを装備しててもな、おまえの位置がわかりづらいんだよ! さぁ、出かける準備しろ」
苛つきながらも、踵を返して先行するドレイクだったが、読子はついていこうとしない。
「おい! 早く来い!」
「嫌です!ちょっとだけ待ってて下さい!」
ドレイクが進んだ方向とは逆のレジがある方向へスタスタと歩いて行く読子。
「何ぃ?」
店主の目の前まで歩いて行き、両手をあげながらこう言った。
「ご主人、私こちらのお店の本を読み足りないのでぜーんぶ下さい!」
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
4.まさかまさかの顔合わせ
「ん~っ!ようやく着いたー」
両腕を上げ、大きく伸びをしながら、ヴィータは笑顔になる。
「ここがイギリスでも有名な古書街か~。なぁ、はやて、あっち見に行こーぜ!」
「ちょっと待ってぇな、ヴィータ」
ヴィータに急かされ、はやても早足になる。はやて一行はロンドンから少し離れたこのヘイ・オン・ワイにやってきた。
「シグナム達はここで待っといて」
「わかりました。ヴィータ、主はやての警護任せたぞ」
シグナムやシャマル、ザフィーラの三人は周囲を警戒している。
「わかってるよ!あたしだって、守護騎士だぜ?」
「主はやて。ご自身もどうぞお気をつけて下さい」
シグナムは心配そうにはやてを見つめる。
「あぁ、わかった、わかった。大丈夫や。私かて、もう魔法少女なんやで?」
「そうです、はやてちゃんは私がしっかりと守ります!」
はやての胸ポケットからリインの声がする。
「あぁ、そうだったな。それでは主はやて。また後ほど、お会いしましょう」
「ほなな、また後でなー」
シグナム達と別れ、ヴィータとはやては歩き出した。
「さて、あの画像に添付してあった本、ホンマにここにあるんかな?」
「考えても仕方ねぇだろ、下手したら【ロストロギア】らしいんだからよ」
「困ったもんやね。すぐに見つかるといいんやけど…」
キョロキョロと辺りを見回すはやて。
「んんー、私の勘からしたら、あっちの路地裏に秘密の本屋さんがあったりするんやないかなーとか思うねんけど…」
「試しにのぞいてみようぜ」
路地裏に行こうとした直前に、曲がり角から本を片手に読みふけりながら人が出てきた。
「…っと! ご、ごめんなさい!」
「………………」
「なぁ、あんた聞いてるのか? おーい」
「………………」
「こらヴィータ、初対面の人にあんたなんて言うもんやないの。あれ? あなたは…
よ、読子先生!?」
「はい、読子です! あれ? あなたは、八神はやて、さん?」
流石に本を読む手を止めて、読子は呆れた顔をしていた。
「そうです、はやてです。先生、なんでここにいらっしゃるんですか?」
「はやてさんこそ、どうしてここに?」
「ええっと、どう説明したらええんやろ…」
「そうでしたか、では、こちらに住むおばさんに呼ばれて一家で来られたんですね」
嘘をつく形となったものの、読子にどうしてここにいるかをはやては説明した。
「そ、そうなんです~。この場所に来たついでに探してほしい本があるって言われて、姉や妹たちで探しているとこなんですわ」
「そうそう、なかなか見つからなくてな」
うんうんと頷きながら、ヴィータも同意する。
「ちなみにどんな本を探しているんですか?」
読子は興味津々で質問を投げてきた。
「え、えっとー」
「…なぁ、はやて。せっかくだからこのせんせーにも手伝ってもらおうぜ」
「ヴィータ、それはいくらなんでもダメやろ、私らだけで探さんと怒られるで…」
はやてはウィンクを投げかける。
「そ、そうだな。あたしらだけで探さないとな! ってワケで、読子せんせー、あたしらはここでお別れだ」
「…わかりました。この街は広そうで実は狭いと思いますから、また日本でお会いしましょう」
寂しそうな顔をしながら、読子はカートをガラガラと引いて行ってしまった。
「ふぅ…、危ないなぁもう…」
見送って、安堵する二人。
《どうかしましたか、主はやて》
テレパシーでシグナムが声をかけてきた。
《実は学校の先生と、ばったり出くわしてん》
《なんと。ん? ここはイギリスでは…》
《そうなんよ、偶然鉢合わせ。普段から本だけには目が無い先生やからね、それにしても、まさかおるとは思ってなかったわ》
《以前から、話があった変人先生でしたか。ですが、話を聞いている限りでは、悪い人ではなさそうですが…》
普段の読子は、地味で暗そうな印象だけど、教えてくれる教科はわかりやすいと評判だった。その事を思い出すはやては、自然と顔が笑顔になっていた。
《…そうやな。まぁ、また日本で再会するからええんやけど》
はやてとヴィータは、気になっていた本屋の前に来ると、そこで男女の兄妹が
いがみ合っているのを見つけた。
「じゃから、今度こそ、ここから魔導書の匂いがするって言っておるのに、何度言ってもわからんのか、この大うつけ!」
「あーもう、知らねぇよ! 古本娘! おまえのその匂いってのを頼りにきたはいいが、もうこれで何度目の間違いだよ? 入った先々で店主に怒られるわ、探してるもんじゃない贋作を買わされるわで、もううんざりだ!!」
「お主が金を払うのでは無く、あの小娘のプラチナムカードとやらで支払いをしとるんだろうから、別によいではないか」
「いや、今の手持ちが借りたこのカードしかねぇけど、結局報酬から天引きされんだぞ?」
「「む~~~!!」」
額と額を合わせて、キスでもしそうな距離なのにイーッとにらみ合う二人は痴話ゲンカをしているようにも見えた。
「なんやろね、アレ」
「さぁー」
店先でのやりとりに呆れながらも、はやてとヴィータはそっと二人の横を通過していった。
「だーかーら、これで終わりにすると………ん?」
「どうした、アル?」
少女の顔がはやてとヴィータがいた場所へ振り向いた。
「いやな、魔術師の気配がしたんじゃが…。でも、これは………、うーむ」
アルは、腕を組んで考え込んでいる。
「おい、魔術師って、今誰か通ったのか?」
「はぁ…、お主は、これだから…」
やれやれといったジェスチャーをしながら、アルは大きな溜息をついた。
「変な本は多いけど、なかなかな無いもんやなー」
はやてとヴィータは店内の本を隅々まで調べていた。
「けほけほ。なんや、すごいホコリやね」
「カビくっせー本ばっかだな、この本屋」
「せやねー」
古書店特有の匂いになれない二人は、何百冊もある中から一冊の本を探すのに落胆していた。
「なぁ、はやて、コレじゃないのか?」
ヴィータは適当に近くの棚にあった本を取りだし、はやてに見せつけた。
「ヴィータ。それ、全然ちゃうよ?」
「そうか、あたしにはどれも同じに見えちゃうからなぁ」
「せやろね。ヴィータはいつもマンガばかり読んどるから」
「な、なんだよ! マンガは面白いんだよ! 特に最近は『世界のイジン』って本が面白くて!」
「………あ」
少し怒り気味のヴィータの顔を見ていたはやては、急に顔をあげる。そして、ふらふらと歩き出した。
「どうしたんだ? はやて…」
はやては立ち止まる事無く、店の奥へと進むと、おかしな形のドアの前で止まった。
「みつけた…」
ドアは勝手に開くと、はやてが暗闇へ飲み込まれていった。
「お、おい! はやて、待てよ!!」
ヴィータも駆け足でドアの前に向かう。ドアを開けようとドアノブに手をかけひねると、開かない。ガチャガチャと何度もドアノブをひねっても、鍵がかけられているようだった。
「なんだよ、これ…、悪い冗談はよせよ、はやて~!」
何度もドアを叩くが、はやてから返事がない。明らかにおかしいと思ったヴィータは、少し自分の手に魔力を込め、ドアを無理矢理開けようとした。
そんな時、鍵が外れたような音と共にドアが開き、はやては一冊の本を片手に帰ってきた。
「!!? はやて、その本…」
「そうやー。この本やろ?」
はやてはこちらに顔を向け、受け答えするものの、目はこちらを向いていなかった。
明らかにおかしい。魂が抜けた人形のようだった。まるで、本にガッチリと、とらわれているような印象を受ける。
「な、なぁ、はやて。それ、ヤバイ代物だから、あたしに寄越せよ?」
「なにするんや! ヴィータ、いくらあんたでもコレはダメやで!」
はやてから問題の本を奪おうと手を伸ばすも、がっちりを掴んで話さない。ヴィータはただならぬ不安を感じてきてきた。
「さぁ、せっかくやし、開いてみよか? ………」
はやては呪文を詠唱するようにブツブツと言葉を話し始めたが、目の前にいるヴィータにも聞き取ることができない。
「おい、はやて!」
いよいよ、実力行使をしようとしたその瞬間、本から黒い霧のようなものが一気に吹き出した。瞬きをしたそんな一瞬に、空間をごっそりと変えられたような感覚が襲う。
はやてがいた場所をのぞくと、本から大きな鎖が出ており、はやては絡め取られていた。
「畜生、これじゃ、あの時みてぇじゃねぇか! アイゼン!」
ヴィータは胸にかけていたペンダントに話しかける。
『Jawohl(了解)!!』
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
5.合流
「ん…んぅ」
「あ。目が覚めましたね」
聞き慣れない声がしてゆっくりと目を開ける。
「あれ? あんた…たしか」
「はい、読子。読子・リードマンですよ。ちょっと待ってて下さいね」
「シャマルさん、ヴィータちゃん、起きましたよぉ~」
「はーい!」
今度は聞き慣れた声がしてきた。
「シャマル…。ここって…」
確か自分ははやてと一緒に本屋にいたはずだ。なのに、今いるのはチェックインしたホテルの一室だった。
「よかった。ヴィータちゃんが無事で」
シグナムとザフィーラも駆け寄ってくる。
「大丈夫か」
ザフィーラが優しく声をかける。
「…あぁ、大丈夫、だってててっ」
「あまり無理をするな。人間ならばおそらく致死量に匹敵する電撃を浴びたのだぞ」
「そ、そうか…。…そうだ、はやてっ!!!」
ヴィータははやてが部屋の中にいないことを思い出すと、急いで起き上がる。
「やめろ。主はやては何者かに連れ去られた」
ザフィーラがヴィータの肩をつかむ。
「おい、なんだよそれ!!」
「………」
シャマルもシグナムも落胆していた。
「どうして落ち着いてられるんだよ!! すぐにでも助け出そうぜ! なぁ、あたしら守護騎士じゃなかったのか!!」
「落ち着いて、ヴィータちゃん!!」
シャマルが一喝する。
「そうそう、落ち着かんとこれからの話できんじゃろ?」
モグモグと何かをほおばりながら、アルが部屋の隅から現れた。
「おい、アル! 勝手にホテルの冷蔵庫から、メシ引っ張り出すなよ!」
よく見ると昼間本屋の前で痴話ゲンカしていた兄妹だった。
「おまえら…」
「おっ、起きたみたいだな。自己紹介しとこう、オレは大十字九郎。こいつは嫁のアル」
「よめぇ?……」
アルと九郎の顔を見比べる。
「どうみても、兄妹とかが限度だと思うぞ…」
珍しくヴィータが冷静にツッコむ。
「ほれ、ちゃんとした挨拶をせんから、誤解を招くのだ。ワシはアル・アジフ、またの名を【ネクロノミコン】という。こう見えても、汝よりは年上じゃから、敬えよ、小娘」
「【ネクロノミコン】って、超有名な魔導書じゃねぇか!」
ヴィータは開いた口が塞がらない。
「でも、あたしを小娘って呼ぶのに、背丈じゃ同じくらいだろ? …一体、何歳なんだよ」
「デリカシーのないやつじゃのぅ。女に年齢は聞くもんじゃなかろうて。カッカッカ」
「・・・で、そのお二人がどうしてここに?」
ヴィータは溜息を混じらせながら、会話を続けていく。
「実は同じ本を探しててな、そこに出くわしたのがあんた方だったってワケだ」
「なるほど」
事情を伺い、ある程度飲み込め始めたヴィータだった。
「なぁ、シャマル。はやてと交信はできないのか?」
「残念だけど、ヴィータが気絶してる間も何度もやってみたけれど、変な壁みたいなものがあるのか、連絡が取れないのよ」
シャマルは苦虫をつぶしたような顔を浮かべた。
「そうか…。そういや、さっき読子せんせーがいたけど、なんであの人が?」
「案ずるな、赤いの。それについても説明をしてくれる輩が来る頃じゃ」
アルは腕を組みヴィータに伝えると、すぐ近くの部屋の壁から手が生えてきた。
「は? …手ェェェェェェ!!?」
後ずさるヴィータを余所に、花が咲くように女性が現れた。女性はピッチリとしたラバースーツを身にまとった妖艶な姿をしている。
「…ふぅ。こういうのも慣れないわね」
「今度は誰だ!?」
驚くヴィータを余所に、女性はしゃべり出した。
「あら、可愛い子ね。私はナンシー。ナンシー・幕張よ。大英図書館でエージェントをしてるわ」
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
6.召喚
礼拝堂で掲げられた十字架を見ている老年が立っていた。十字架にはキリストでは無く、全く違う歪なナニカが身体を貫かれている。
「ナイア神父、準備整いましてございます」
跪いたジェンナーは深く礼をする。
ナイア神父と呼ばれた男は、人では無かった。だが、誰に知られる事無く、この島へ居座り、誰に疑問がられる事無く島民を操り、そして改造していった。
「ありがと。君達、新しい偉人軍団の調査も、この島の島民がいなかったら今頃、頓挫してただろうね。もっとも、調べた人間は僕の遊び道具になって、自壊しちゃったわけだけどさ。ハハハ」
「………」
ジェンナーは何も言えなかった。
礼拝堂の地下に奇妙な洞窟があった。洞窟の中に何千人という人ならざるナニカが、うごめいていた。
「た、しけて…」
「もう死に、たいよぅ…」
「殺してくれー!!!」
地獄絵図とはこのことなのだろうか。そんな中央部に小さな椅子と、八神はやてが座らされていた。
「………」
はやての目は虚ろなままだ。
「はやてちゃん! はやてちゃんってば! 起きて下さい!」
ポケットに隠れたままだったリインはこの場所へ連れられてきてから、何度もはやてを呼び掛けた。
「なんやぁ…」
時折、反応があるかと思えば、やはり抱えている本に囚われているからか、反応うすい。
「どうしましょう…ワタシ一人じゃ…」
他のヴォルケンリッターにテレパシーを送れないかも試してみたが、強力な結界がこの島を覆っているらしく、連絡が取れない。
「人形がペチャクチャと喋っちゃダメじゃないか?」
「きゃっ!!」
ひょいっとはやてのポケットからリインが放り出された。
「いたたっ」
上を見ると、そこにいたのはナイア神父だった。パチンと指を鳴らすと、ぽすっという音と共にリインは気絶した。
「ふむ。面白い形状をしているが、所詮はこの程度か。さぁて、これで…準備は整ったかな。あとは君達が来るのを待つばかりだね? 【神をも断つ剣】クン」
連れ去られたはやては、ヘイ・オン・ワイから百キロ近く離れた海上にある、地図にもない島だという事が衛星からの調査でわかった。しかしながら、正しい場所までの特定には至らなかった。そして、ヴォルケンリッターの面々、そして、九郎とアル、大英図書館特殊工作部の一行は覇道財閥が用意した船に乗船し、問題の島まで近づいていた。
「…なぁ、シグナム。あたしらの場合、やっぱ空飛んだ方が早いんじゃ無いのか?」
ヴィータは隣にいるシグナムに対してぽつりと愚痴をこぼす。
「確かにそうだが、今回ばかりは一筋縄ではいかない敵が待ち受けているかもしれん。仮にお前は敗れたのではないか? …体力は温存しておけ」
「わーったよ、いくらシャマルの治癒魔法をもらってるからっていっても、もしもの時に大技を出せなきゃダメだしな」
ペンダントになったグラーフアイゼンを見続けていた。
ホテルで読子も大英図書館特殊工作部の一員だという事を聞き、驚いたものの彼女が紙を使って、折り紙を作ったのを見て信じることにした。その場にはいなかったが、後ほど合流するドレイクという男の説明もあった。その後、はやてを誘拐したワットは九郎の手で倒されたという事を聞いた。しかし、次の刺客としてジェンナーが現れ、はやてを連れ去ってしまったという。
「ホントすまなかった。謝ってもこればかりは変わらねぇんだが、オレの気持ちの問題だからな」
話の最後、九郎はヴィータや他のヴォルケンリッター全員に対して、謝罪した。
「…もういいよ。それに次はあたしも本気出すから」
ヴィータから真剣な表情を返され、九郎は笑みをこぼした。
「わかった。宜しく頼むぜ、守護騎士さん。オレも次は全力だ」
「…さぁて、そろそろ問題の場所へ到着よ」
ナンシーが皆に声をかける。周りを見ると、全員がそれまでとは異なる姿へ変身し、臨戦態勢となっていた。
「何が出てくるか判らないわ。力はなるだけ温存しておいて」
「バックアップは私とザフィーラがします。とりあえず、目の前にあるであろう結界を破壊することを最優先で対応しましょう」
「オオオオオッ!!!」
ザフィーラが結界前で雄叫びをあげ、結界に殴りかかった。
『チッ、なんて堅い結界だ』
九郎達は遠くに船を止め、上部甲板から様子を見ていた。
「ザフィーラ、選手交代よ。やっぱりアレを打ち破る術式を撃てる魔術師が出番みたい」
「了解した」
シャマルの声でザフィーラはその場を離れた。
「…なら適役は大十字クンとヴィータちゃんね、あとは任せたわ」
ナンシーはそう伝えると、甲板を透過するようにいなくなった。
「よっしゃーぁ!! オレ達が最初から本気だっていうのを見せつけねぇとな、いくぜアル!」
マギウススタイルの九郎が吼える。
「応よ!」
それにアルも続いた。
「「憎悪の空より来たりて…」」
「「正しき怒りを胸に…」」
「「我らは魔を断つ剣を執る!」」
「「汝、 無垢なる刃! デモーンベィィィィン!!」」
二人が言葉を紡いでいくと、雲が割れ光の中にデモンベインと呼ばれた巨神が顕現した。
「うお!! でっけー。なに、あのカッケーロボットは!!」
空中に浮かんだヴィータが興奮している。
『へへっ。こりゃな、鬼械神(デウスマキナ)ってんだよ』
「ふーん。じゃ、あたしのグラーフアイゼンと破壊力勝負としゃれ込むかい?
九郎のにーちゃん!」
『おう!望むところだ! シャンタク!!』
そう九郎が伝えると、デモンベインは背中から羽を生やした。
一人と一機は必殺技のモーションへ入る。
『いくぞぉアル!!』
『応!』
「グラーフアイゼン! ロードカートリッジ!!」
ヴィータも負けじと叫ぶ。
『Explosion. Raketenform.」
「ラケーテン、ハンマァァァァァー!!」
『『アトランティス、ストラァァァァイク!!』』
同時タイミングで、分厚い結界に着弾する。ビシっという音が聞こえると、ガラスが砕け散るように崩れ去った。
『いよぉぉっし!』
「やったな、九郎のにーちゃん!!」
『あぁ! しかし爆発力がすげぇな、そ…』
会話の途中で、デモンベインの背中が大爆発を起こした。
『あんだぁ!?』
『九郎、上を見ろ!』
アルからの言葉で顔をあげると、九郎は絶句した。
『………。な、なんで、アイツがココにいる?』
この場所にいるべきのない、もう一体の鬼械神、リベル・レギスがそこにいた。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
7.介入者
『…やぁ、大十字九郎ぉ。そして、アル・アジフゥ』
『ん? 誰だ!? マスターテリオンじゃ、ない!?』
『…あぁ、そのようだ』
聞き覚えがあるが、九郎もアルも思い出せない。でも、仇敵であるマスターテリオンとナコト写本でないことがわかる。説明はできないが、九郎とアルは脳がそう理解していた。
『おい、赤いの。ここはオレらに任せて、お前ははやてちゃんを助けてこい』
「え? でも…、いいのか?」
『いいもなにも、こればかりは譲れねぇんだ』
デモンベインの顔がヴィータへ向く。コックピットの中はわからない。けれど、真剣な声で話す九郎達から「早く行け」なんて言われているように思えた。
「………わかった。死ぬなよ」
ヴィータは背を向けて、はやてのいる島へ移動した。
『…さて、いっちょ行きますか!!』
『応!! ぶちかませ、九郎!!』
『だぁりゃああっ!!!』
デモンベインは大きくパンチを振りかぶり、リベル・レギスに突撃していく。
だが、パンチは空を切った。
『おいおい、今日はこんなんばっかだな!』
『グチるでない! 右だ!』
『おおおおおおおっ!!?』
かろうじてガードするもデモンベインが大きく揺れ、九郎は苦悶の表情を浮かべた。リベル・レギスの反撃として、水平蹴りが飛んできたのだ。
『どうだぁい、この蹴りはぁ。必殺技は流石に再現出来なかったけれどぉも、君達を倒すのなら、この程度で充分だぁぁぁぁっ』
『気持ちの悪りぃしゃべり方だな! …悪いがオレ達にはそうやって余裕かましてられる程の時間的な猶予ってのがないんでな、すぐに決めさせてもらうぜ!!』
『あぁん?』
『アトラック=ナチャッ!!』
デモンベインの頭部から、蜘蛛の巣が出現する。
『その程度ぉの術式などぉ!!』
リベル・レギスは腕を組み、その場で待機しているとあっさりと捕縛されてしまった。
『なにぃっ!!』
『アイツ、バカか? …まぁ、いい! 一気に決めるぜ!!』
デモンベインの右手が光り出す。
『オオオァァァッ!! 光射す世界に! 汝ら暗黒棲まう場所なしッ!!』
デモンベインが空中を奔っていく。
『渇かず、飢えず、無に還れッ!!! レムリアッ、インパクトォォォォ!!』
デモンベインがリベル・レギスの胸元に拳を叩きつける。
『昇華!!』
『なんだとぉぉぉぉぉぉ!!!』
アルの一喝で、デモンベインがリベル・レギスから離れると、その空間が消失した。無事にリベル・レギスを倒したことを確認する。
『うっしゃ。なんだって今みたいな亡霊を見せんだろうな?』
『そうぼやくな、九郎』
『ま、そうだな。あ、今の声って、アウグス………、いやなんでもねぇ…』
九郎は以前戦った敵幹部の名前を言いかけたが、結局やめた。その程度の輩だったというのも思い出したからだ。
『…さて、三下程度に大技を使ってしまったが、下のあちらは大丈夫かのう?』
『まぁ、平気だろ』
『そうそう、あんまり細かいとぉ、背中から刺されちゃうよ?』
『!!? 今の声は!!』
リベル・レギスがいた空間を改めて見渡すと、今度は白のリベル・レギスが現れた。
『はぁい。愛しの九郎くん。そして、ごーきげんよう、アル・アジフ』
『今回も貴様が元凶か! ナイアルラトホテップ!!』
デモンベイン越しにナイアを睨みつける九郎とアル。
『ご明察ー。どう面白かったでしょ?』
『全然つまんねぇもん作りやがるな、相変わらず』
悪態をつきながら、九郎は今の状況の最善策を考え始めた。
『それは、それはお褒めの言葉として受け取っておくよ』
◆◆◆
先に小型船で上陸したナンシーと読子は辺りを見回す。
「怪しげな島だこと。まずは入口を探さないとね」
「ナンシーさぁん、この島、なんだか気味が悪いですよぅ」
読子はナンシーにべったりとくっついて、行動している。
《読子、聞こえるか?…》
そこにドレイクから無線が入った。
「ドレイクさぁん、どうですか追加の紙は?」
《ありったけ用意してきた、あと三分で現地に着く。だから、もう少しだけ待ってろ》
「はぁい」
「行くわよ、読子! あんた教え子を助けたいってこっそり言ってたじゃ無いの」
「お涙頂戴ですかぁ、特殊工作部のエージェントさん」
「!!?」
驚く読子とは対照的にナンシーは拳銃を構えた。
「そこね!」
挨拶代わりに一発お見舞いするが、周囲に溶け込んでいるからか、
あっさりと外れてしまった。
「誰ですか?」
「こんばんわ、新生偉人軍団が一人、ジェンナーです」
カメレオンの力がなくなったのか、ジェンナーは目の前に現れた。すぐに異なる注射器を取り出して、首に突き刺す。すると、鳥になった時のようにボコボコと身体が変化し始めた。
「これはこれは…私は読子ですぅ」
「コラ! 読子、そんなヤツに挨拶なんてすんじゃないの!」
お辞儀をしている読子を突き飛ばして、ナンシーは何発も銃撃を浴びせる。
「読子! こいつはあたしにまかせてあんたは、はやてちゃんの救出に行きな!」
「でも、それじゃナンシーさんが…」
「そうですよぉ、あなた死ぬ気ですかぁ?」
銃弾に倒れたはずのジェンナーが、起き上がった。
「なっ!?」
「驚くのも無理ありませんね、さてコレじゃ私を倒すのは到底無理ですよ?」
銃弾を受けた場所が盛り上がっている。弾丸が貫通せず固い甲羅のような細胞が受け止めていた。
「お返ししましょう、プッ!!」
身体についていた弾丸を口に含むと、ジェンナーはナンシーに吐き出した。速度もナンシーが撃った拳銃と同じ速度だ。
「危ないわね!」
ナンシーは後ろに宙返りでよけると、頬から血が垂れてきた。どうやら敵の攻撃が
掠ったらしい。
「女の顔に傷をつけるとはふざけたやつね!」
「なんとでもいいなさい、プッ! プッ!!」
ナンシーは、ジェンナーの唾弾丸をひらりとかわしていく。
「どうです? 私の身体は今、様々な動物達の能力が備わっているのです!」
「あーやだやだ。こういう自意識過剰なオトコって…」
ジェンナーの様子を見て、ナンシーはうんざりとしてしまった。
「読子、行きなさい。大丈夫よ、この程度」
「わかりました」
《ちょっと待て! これ持ってけ!!》
気づくと、ドレイクを乗せたヘリが三人の上空へ来ていた。ドレイクは上空から大きなジュラルミンケースを取り出し、投下した。
「プッ!!」
ジェンナーはケースを撃ち落とそうとしているのか、弾丸を吐き出した。
だが、ケースからはかろうじて外れた。
「受け取りました!」
紙の力でキャッチした読子は大きなジュラルミンケースを受け取った。
《よし、下から攻撃食らっちゃひとたまりもねぇから、一時退却だ!》
「はい!」
読子が受け答えると、ヘリは遠くへ離れていった。
「本当にいいんですね?」
読子は改めてナンシーに確認を行った。
「いいから早く!」
「わかりました…ナンシーさん、気をつけてください」
心配そうな読子だったが、見渡すと洞窟が見えた。読子はそこへ駆けていった。
「…とはいえ、あたしじゃ倒せるかな、コイツ」
《おい、ナンシー!》
ドレイクからの無線だ。
「なに?」
《あと三十秒したら、ヤツの身体を三時の方向に向けさせろ!》
「…なにそれ?」
《いいから! それから、俺の合図で透明化しろよ? わかったか!》
「あーも、わかったわよ!」
一方的な通信だったが、おそらく勝機があっての連絡だろう。
「フン! 戦闘中に独り言とは、なめられたモノですね」
同じ場所に何発か銃弾を発射する。
「同じ場所に穴などできませんよ、プッ!」
「ハッ!」
段々と敵が繰り出す唾弾丸の速度が速くなっている気がした。
「まずいわね…、なら!」
ナンシーは息を止めると、地面に潜り始めた。
「? なんですか?」
手を振ってナンシーはその場から消えた。
「逃げる気ですか!」
背後から銃声が聞こえる。
「だから聞かないと言ってるでしょう!!」
何発弾丸を浴びても、ジェンナーは怯まない。
「そこです!」
ジェンナーの変化した右腕のハサミが空を切る。
「ちくしょーっ!!」
ジェンナーは暴れ回っている。
「はぁい」
「見つけましたよぉ!」
ナンシーの首筋にハサミでガッチリと掴んだ。
「捕まえましたぁ、これで終わりです」
ゆっくりとハサミの力が強まっていく。
《今だ!》
ドレイクの無線を合図にナンシーは改めて空気を吸い込み、透明化を発動した。そして、掴まれていたハサミがたたまれると、次の瞬間、巨大な射撃音が辺りに木霊した。
ナンシーは、ゆっくりと地面から出てきて、小刻みに息をしながら、ジェンナーの頭部は跡形も無く吹き飛んでいる事を確認した。
「はぁ…はぁ…、全く、こういうの嫌なのに」
《…とはいっても対処法あったか?》
アンチマテリアルライフルを装備した、ドレイクが奥から出てきた。ヘリから急降下して、指定した方角で待機していたのだ。
「…ないわね。おかげさまで助かったわ。読子を追いかけましょう」
「あぁ」
◆◆◆
「キシャァァァァア!!」
「おい! こいつらキリが無いぞ!」
ヴィータとシグナムは洞窟に群がるインマウスの怪人達と攻防を繰り広げていた。
「弱音を吐くな、ヴィータ!」
シグナムの斬撃が木霊する。
「レヴァンティン!!」
『Explosion』
シグナムの持っていた剣が反応する。
「紫電…、一閃!!! デェェェェェイ!!」
百体はいたであろう集団目がけてシグナムが剣を振りかざすと、その一団は跡形も無く消し飛んだ。
「進むぞ」
「あぁ」
「はぁい。守護騎士さんたち」
進んだ先に妖艶な女が立っていた。見るからに怪しい。
「なんだよ、今あたしたちは急いでるんだ、邪魔するなら、力尽くでも退いてもらうよ!」
ヴィータはアイゼンを振り、威嚇する。
「おー、怖い怖い。そんなんじゃ、はやてちゃんに嫌われちゃうよ?」
「!! どうして、主はやての名を!」
シグナムは手に持ったレヴァンティンを引き抜こうとした。
「ダメダメ」
「っ!!」
耳元で囁くように女の声がする。
「ボクの名前は、ナイア。ヨロシクね」
二人に向かって礼をすると、ナイアは地面に手を置いた。ズルりという音と共に、はやてとリインを取り出した。はやての手には魔導書がくっつている。
「ほーら。君達が希望してた子でしょ?」
「はやて!」
「ヴィータ、落ち着け!」
今にも飛び出しそうなヴィータの肩を抑えて、シグナムはナイアを睨みつける。
「我が主、返してもらおうか」
剣を引き抜き、ナイアに向けて突きつける。
「あはっ、でもボクを倒せるかな?」
パチンと指を鳴らすと、自分達がいた場所が大きくすり替わった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
8.ナイアの罠
「!? ここは」
目を覚ますと、ヴィータとシグナムは先程とは違う場所に寝ていたことを知った。
「…ここはね、ちょっとした疑似空間さ。ほら、そこに九郎くんやアル・アジフ、読子とかいう子もいるだろ?」
ナイアの声の方向を見ると、先程別れたはずのデモンベイン、そして、読子がジュラルミンケースを持って、おかしな浮遊大陸へ立っていた。
「面倒だから一箇所に閉じ込めてもらったのさ。さて、これから何して遊ぼうか?」
『遊ぶだと? 悪いがそんなヒマねぇっての! 先手必勝ォ!』
人のサイズをしたナイアに向かって、デモンベインで殴りつける九郎だったが、白いリベル・レギスの手に阻まれる。
『くっそ、またか!』
「あははははっ、中身はないけれど、それはボクの駒なのさ」
ナイアはほくそ笑みながら、三ツ目の顔へと変貌していく。
『おい! 守護騎士のお二人さんに読子さんよ、ちょっとばかし力を貸してくれ。目の前にいる女の動きを止めてくれるだけでいい!!』
九郎は他の全員に指示をした。
「え? え? なんですかぁここぉ?」
読子はキョロキョロと辺りを見回す。ナイアの近くに見えたはやてを見つけると、ジュラルミンケースを開いた。
「はやてちゃんを返して下さい!」
「なんだか知らないけど、わかったよ!」
「承知した」
ヴィータとシグナムは自分の武器のチェックに入っている。
『おい、九郎! まさかこんな狭い場所でアレを出す気か!?』
心配そうにアルが質問を投げかける。
『さすが、我が嫁わかるじゃねぇか!』
アルの背中をバシッと叩く。
『バカ者! そんなことをすれば、デモンベインにいる我らはよくても、他の者達が巻き添えを食ってしまうではないか!』
『そりゃなんとなくだけど、大丈夫な気がしてんだ』
『大丈夫って…』
「ゴホン、夫婦の会話は終わりでイイかな?」
会話の内容が途切れないよう待っていたかのようにナイアは話しかけた。
『あぁ、お前を捕まえる鬼ごっこの開始だ!』
「てぇぇぇぇぇぇぇい!!!」
「アイゼン!! 続けぇ!!」
『Jawohl(了解)』
読子の操る大量の紙がナイアを襲い、同時にヴィータの放つアイゼンが鉄球を打ち出した。放たれた紙と鉄球はナイアのいる場所へ打ち込まれていくが、どちらも手応えがない。
「なんだよ、その程度?」
ナイアはあっさりと避けており、やれやれといった表情だ。
「ならば、これはどうだ!」
『Bogenform』
音声と共にシグナムのレヴァンティンが変形していく。
「オオオッ!! 翔けよ、隼ッ!」
『Sturmfalken』
シグナムが放った一筋の矢がナイアを貫く。
「おおおっ、効いたよソレ」
大穴が開いているにもかかわらず、冗談交じりでナイアはつぶやく。
「ヴィータ!!」
「あぁ、任せとけ! やるぞ! アイゼェェェン!」
『Gigantform』
グラーフアイゼンが巨大化し、大きなハンマーの形へと変形していく。
「今度はモグラ叩き? 面白いね、その武器」
「ここです! でぇぇぇぇぇやぁぁぁぁぁ!」
読子はありったけの紙を結合させ、ナイアの身体に巻き付けた。
「ありゃ? 捕まっちゃった」
ナイアは簀巻きのようにくるまると、もぞもぞと芋虫のような動作をした。
「ごぉぉてん、ばぁぁぁくさい! ギィガントォシュラァァァァァク!」
ヴィータが巨大な、グラーフアイゼンを振り下ろした。読子は防壁を紙で作り対処、シグナムも即席の防御壁を作り、踏みとどまった。
「やったか?!」
「ふーむ、まだまだ甘いよー」
フワフワと首だけになったナイアは溜息をつくような顔になった。
『今だッ、アトラック=ナチャ!!』
「なっ、大十字九郎!? 君の出番はもう少しあとじゃないの?」
『んなもん、知るか!!』
デモンベインから蜘蛛の糸がナイアに向けて発射され、見事ナイアの首を拘束した。
『さぁ、ハネムーン旅行としゃれ込むぞ、ババァ!!』
デモンベインは疑似空間を飛翔し始めた。白いリベル・レギスも追随するが、追いつけない。
『アル!』
『もうどうなっても知らんぞ! 最終必滅兵器シャイニング・トラペゾへドロン!!』
『うおおおおおぁっ!!』
デモンベインが金色に光り輝いていくと、天井の空間からシャイニング・トラペゾへドロンを取り出した。そして、アルと九郎は、二人で言葉を紡いでいく。
『『祈りの空より来たりて!』』
『『切なる叫びを胸に!!』』
『『我らは明日への路を拓く!!!』』
『『汝、無垢なる翼、デモンベイン!!!』』
一気に手に持ったシャイニング・トラペゾへドロンを振り抜く。
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
ナイアの断末魔が聞こえ、同時に白いリベル・レギスも飲み込み、そして、疑似空間が崩壊していった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
9-1.それぞれのエピローグ
「おい、ヴィータ起きろ」
「ん…」
目を覚ますと、シグナムが横に立っていた。
「なんだよ、シグナムもうちょっと寝かせろよ…」
「寝ぼけるな、ここはどこだ?」
「え?」
目をごしごしとこすると、そこは洞窟の中だった。
「そうか、あたしらおかしな空間から脱出できたんだな…。はやて! はやてはどこだ!?」
「ここだ」
シグナムが抱きかかえる形で、はやてはすやすやと眠っていた。ポケットにはリインもいる。問題になった本も一緒に抱えていた。
「いたっ! いたいですぅ~」
読子の声が暗闇から聞こえてきた。
「読子せんせー、どこだ~」
ヴィータが魔法を使い、火の玉サイズの光球を近くに照らし出すと、四つん這いに
なった状態で、読子が右往左往と捜し物をしている所だった。
「すみませぇん、メガネを探してもらえませんかぁ~」
「せんせーのパンツ見えてるし、どんな体勢で捜し物してんだよ。あんたの足下にあるぞ?」
ヴィータは近づいてメガネを拾ってから、受け渡す。
「ほい」
「ありがとう、ヴィータさん。…ひっ! なんですかぁここは!?」
手元の光が、先程の戦闘で斬った相手を照らし出していた。
「あー、こいつら、魚人みたいだぜ?」
「おそらくナイアという曲者に惑わされた者もいるのだろう…」
斬ってしまった相手に対して、寂しそうな目を浮かべるシグナムだった。
「おーい!!」
九郎の声が入り口から木霊する。九郎の後ろをアルやナンシー、ドレイクもやってきた。
「良かった。これで全員無事みたいだな、はやてちゃんも助け出せたみたいだし、万万歳だ」
「おかげさまでな。しかし、すげぇもんぶっ放したな、九郎のにーちゃん」
「少しばかり危険は伴ったが、やっぱなんとかなったろ?」
「うつけが。こちらで多少の制御をしておらねば、危なかったろうに…」
「大十字九郎、アル・アジフの言う通りだぞ?」
暗闇の奥から聞いたことのある老人の声がした。カツカツとしっかりとした足取りで現れたのは、ラバン・シュリュズベリィとハズキだった。
「ラバン先生! いらしてたんですか!」
九郎の顔が明るくなる。
「奥にいた残党は始末しておいた。お前達には戦う余力は残っておらんだろうしな」
ラバンの笑顔が暗闇でも眩しく感じた。
「あはははは、ありがとうございます」
冷や汗をかきながらも、この人すげぇなんて心底思う九郎だった。ラバンは、はやてが抱えている魔導書を手に取る。
「この本は…、今ここにいるお前達以外の陣営が欲しているというのも把握している。こちらで取り分けられるよう、細工を施しておこう」
「イエス、ダディ」
ラバンはハズキに手渡すと、数分も経たないうちに、まったくうり二つの本が出来上がった。
「これでよし。まずは、大英図書館にはコレだ。魔術の力がなくても開けるようにしておいた。他の本と変わらん」
「本!!」
待ってましたとばかりに読子が奪い去った。すぐに読み耽っている。ナンシーもドレイクも頭を抱えている。
「…続いて、この本を守護騎士とやらにお渡ししよう。呪いの効果は先の戦闘で
なくなった。届けるにしても、問題の無い状態だ」
「ありがとう、じーさん」
「…ダディはじーさんじゃない」
本を渡す手前でハズキがヴィータに食い下がる。
「ハズキ! 別に年齢は気にしておらんぞ?」
「…イエス、ダディ」
寂しそうにするハズキの頭を撫でるラバンだった。
「すまないな、これでもいい子なんだが…」
「気にしてねぇよ」
無事に本を受け取ると、ラバンは来た道を戻ろうとしていた。
「…では、私達はまだ調査があるので、これにてな」
「はい、また!」
一同がみな、ラバンに一礼をした。
「…大十字九郎よ、できれば次に会う時は君がトラブルの渦中でない事を祈る」
◆◆◆
「はいはい、こんな風にいじっても、また負けだよ!」
黒いナニカこと、ナイアルラトホテップはどこか暗闇の、もっと暗闇にある虚空を見つめていた。
「まー、それでも少しは楽しめたかな? うーん、パンチが弱かったかな? やっぱり巨大メカ戦をもっと増やすべきだったかも? あるいは魔法少女の連中をこてんぱんにしてから、やればよかったかな? 次はもーっともーっと、苦戦するように仕込みが必要になるかなぁ?」
誰に対してでもなく、独りごちる。
「あー、そうだ、次こそはこんな風にしてみようっと。面白いアイデアが浮かんだし、何より愉しめそうだ!」
何かを閃いたかのように掌を叩く。
「ふふふっ、愉しみだなぁ」
彼、もしくは彼女が練る次なる世界はなんなのか、それはそれは先の話。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
9-2.それぞれのエピローグ
あれから一ヶ月が経過した。手に入れた魔導書は時空管理局が保管する事となった。ラバンと別れた後、すぐにイギリスへ帰還した。そして、それぞれの道へと帰っていった。
読子は相変わらずここ神保町の自分の部屋で本を読み続けている。そんな彼女にジョーカーから電話が入った。
『読子、おはようございます』
「おはようございます。今いいところなので、あとでもいいですか?」
『ダメですよ、読子。大至急、イギリスへ帰還して下さい。緊急事態です』
「えーっ、あとちょっとなんですよぉ~」
『あなたのあとちょっと、は大抵三時間以上かかるので、今回は強制的に執行させて頂きます。ドレイク君』
その言葉の後で、ガチャとドアが開く。そんな音に反応しても、顔は本を向いたままだ。
「おい、読子。早く行くぞ、支度しろ! …って、お前なんだって下着のままなんだよ」
頭を抱えるドレイクをよそに、読子はブラジャーにパンツのみという姿で本を
読み耽っていた。
「えー、だって、減るもんじゃないんですし、いいじゃないですか。それよりも…あっち向いてて下さい」
「ったく…三分待つからな、それ以降は強制的に麻酔薬でもなんでもぶち込むぞ!」
「はーい」
本を持ったまま、相変わらずのペースで着替えをする読子だった。
◆◆◆
「ココに来て登場! ドクタァァァァァァウェェェェェエストォ!!」
ギターをかき鳴らし、大十字九郎探偵事務所に殴り込みをかけたこの男は、その名の通り、ドクターウェスト。今回、出番が無いからか、既に事務所に帰ってきた晩にも襲撃をしてきた、誠めんどくさいキャラである。その時もすぐにボコボコにして退散してもらっていた。
「げっほげっほ。おい、うっさいぞ、このマッドサイエンティスト」
「そうじゃ、少しはゆっくり寝かせろ!」
「フン、この程度、騒音でもなんでもないのであーるっ!」
パンツ一丁で頭が焦げ、普通の髪型からパンチパーマへと変貌した九郎と、
ネグリジェ姿のアルに、吼えられても、ギターをかき鳴らすのをやめないウェストだった。
「ダーリンずるいロボ! こんな古本娘よりもよりグラマラスな、このエルザにも快楽を教えて欲しいロボー!!」
ウェストが造った人造人間であるエルザも、もじもじと恥ずかしがりながらウェストとを押しのけるように乗り込んできた。
「あーもーめんどくせぇな! アル、行くぞ!」
「なんじゃ! せっかくいい感じじゃったのに、この怒りを彼奴らにぶち込めば良いののじゃな?」
「ああ!」
九郎とアルは両目に炎を燃やし、いつもの口上を口ずさんだ。
「「憎悪の空より来たりて…」」
「「正しき怒りを胸に…」」
「「我らは魔を断つ剣を執る!」」
「「汝、 無垢なる刃! デモンベイン!!」」
◆◆◆
ヴィータとはやては、二人で家までの帰り道を歩いていた。
「はー。もうあそこには行きたくねぇな…、魚介類とマズいメシは勘弁だ」
「せやな、私もまたああいう経験するのは御免や」
二人ともうんざりしている。
「そういやさ、はやて。アイツら、今頃何してるんだろうな?」
「さぁ、私を助けてくれたみたいに、困っている誰かを助けたりだとかしとるかもね」
短い間ではあったが、おかしなメンツでパーティーを組んでいたものだと、改めて思う。でも、また会ってみたいそんな事も思えた。
「読子せんせーとはまた会えたんだろ?」
「それがな…」
はやての声のトーンが下がる。
「実は、他の学校に行ってしまってん。私に正体がバレたからなんかな…わからんが」
「し、しっかりしろよ、はやて! あたしや、シグナム達だっているだろ?」
ヴィータは寂しそうな顔をする、はやてを慰めるように声をかけた。
「そうやね、じゃ、今日はヴィータの好きなハンバーグ作ろか?」
「マジで!?」
「マジも大マジや」
満面の笑みを浮かべるヴィータの手を取り、はやては手を繋いで歩き出した。
目次 感想へのリンク しおりを挟む