広瀬"孝"一<エコーズ> (ヴァン)
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第一部
始まりの日


パラレルワールドのジョジョキャラを使って何か作りたいなと考えて。書いてみました。
康一君の名前が孝一なのは、パラレルワールドだからです。初投稿ですのでなにぶん勝手が分かりません。


子供の頃、ヒーローに憧れた。

弱きを助け、悪を倒す、完全無欠のヒーロー。

誰でもあるだろう?そんな唯一無二の、選ばれた存在になりたいという憧れが。

 

だから、そんな自分の願望をかなえてくれる「学園都市」という存在を知ったとき、僕は歓喜したよ。

子供ながらに土下座までして、両親を何度も何度も説得した。

 

学園都市に旅立つ前日なんて、すばらしい冒険の日々が僕を待っているんだって、

わくわくして眠ることが出来なかったっけ。

 

でも・・・

 

システムスキャン・・レベル0・無能力者・・・

 

それが僕に与えられた現実だった。

 

確かに世界は変わった・・・僕の望まない形で、最悪の現実を突きつけて・・・

 

 

 

「~と、言うわけで、自分だけの現実(パーソナルリアリティ)が能力発達の重要な要素となりうるのです」

 

どこか上の空で教卓で熱弁をふるっている教師の言葉を、広瀬孝一は上の空で聞いていた。

 

広瀬孝一。柵川中学一年生。身長157センチ。成績、中の上。

特に秀でた所のない平凡な学生。そしてレベル0。

好きなもの・なし。将来の夢・なし。

 

「孝一くーん。一緒に帰ろう。」

学校の帰り際、そういって同じクラスメイトの袴田が声をかけてきた。

 

 

「結局、僕らは何のためにここにいるんだろうな、そんなことを思うときがないかい?」

 

「どういうこと?孝一君」

 

「よく目の前の障害を乗り越えてこそ、人は成長するという人がいるだろ?

でもそれは成長できる障害があって始めて成立する事柄なんだ。

僕達の場合、その障害そのものが存在しないんだよ。」

 

「確かにね、僕達はレベル0だもんね。何をどうかけても0にしかならない。

プラスになる方法すら見つかっていない。」

 

袴田とは同じレベル0同士という事もあってか、とても気があった。その為、孝一も日頃の不満を

ぶちまけながら帰宅する。というのが彼らの日課となっていた。

 

「それじゃ、元気出して。お互いがんばろう」

 

「うん。ありがとう袴田くん。」

お互いが分かれる際のこの言葉も、もはや日課となっていた。

 

 

「はぁ・・・」

何もすることがおきなくて、孝一は帰宅するなりベットに倒れこんだ。

 

「ホント、何やってんだろ僕・・なんでここにいるんだ・・・何のために・・・」

 

無能力者の判定を出されてからの孝一は、何をやるにもやる気がおきなくなっていた。

超能力者がその大半を占める学園都市において、

無能力者はそれだけで蔑みの対象とみなされることがあった。

自分ではどうしようもないこの現実に、孝一は恐怖した。

 

夢あふれていた若者にとってレベル0という現実は

まるで自分の存在自体を否定されているも同然の出来事だった。

 

(こんな毎日を、これからも過ごすのか?自分は無能だって劣等感を感じながら?

いつまで?一生?)

 

そんな漠然とした不安と焦燥感を感じながら、孝一は目を閉じる。だが・・

 

「だめだっ・・眠れない・・」

 

何度やっても眠ることが出来なかったので、孝一は夜の街をぶらつくことにした。

 

 

時刻は11時を回っていたが、街は眠ることを知らないかのようににぎやかだった。

 

どこかから聞こえるゲーセンの音。呼び込み、人のしゃべる声。それらをボーっ聞きながら

孝一はどこを目的にするでもなく、歩き続ける。

 

「オィオィ、誰ぁ~れが寝ていいって言ったヨォ!」

ドゴォ!

「うっ・・、ゲェッ、うっ・・もう、勘弁してください・・・」

「シャべんなゃ、豚ちゃ~ん、ぁ~?」

ベキッ!

「げぴぃ!」

「そうそう、てめぇはそうやってブヒブヒないてりゃいいんだよォ!」

 

ちょうど人通りの通らない暗がりで、不快な音が聞こえた。

 

声を聞いていれば分かる。これは明らかに一方的なリンチだ。

 

しかもその行為は次第にエスカレートしている。

 

「ほらぁ~。シュート!!」

ドゴォ!!

「ゲボッ!?」

 

(とっ,止めないとっ!)

しかし、

足がその場から動かない!

 

(考えろ、孝一。相手は5人だぞ!しかもかなりの筋肉質で、ケンカ慣れしてそうな奴らだ。

お前見たいな非力なチビがいって何になる?しかも、見ず知らずの相手を助ける?

そんな義理がどこにあるんだ?

幸い奴等はこっちに気づいていない。このまま逃げろ!そしてアンチスキルに連絡すればいいじゃないか!)

 

心の声が聞こえた。

 

通常は二次被害を防ぐためにもそのほうがいい。わざわざ危険なことに足を突っ込むのは馬鹿のやることだ。

 

(だけど!だけど!)

 

「お、おいっ。それ以上やったら、本気で死んじゃうだろ!?

もうやめろ!」

 

(!?なんで?僕はこんなことを?)

 

自分でも信じられなかった。自然と口が言葉を発していた。

 

そして相手のほうに自然と歩み寄る。

 

 

「おいデブ。てめぇの知り合い?親友?」

「いっいえ・・・」

「オィオィ、ヒーロー気取りの馬鹿参上ってかぁ?」

 

「・・・そんなつもりはないよ、けどそんな一方的な暴力は

見ていて不快なんだ。とにかく、もうやめ・・・」

 

ガスッ!

「ウゼェ!!!」

男の1人が孝一の右顎を思いっきり殴り飛ばした。

 

「うっ!がっ」

孝一は成すすべもなく地面に倒れこむ。

頭が揺れる、視界が定まらない。完全に脳震盪を起こしていた。

 

「オイ馬鹿。そんなにこいつの肩を持つならよぉ!」

ドゴッ

「げェ!」

「テメェが!」

ガスッ!

「!」

「コイツの変わりに!!」

ドスッ!!

「ウゴッ!!」

「サンドバックになってくれんだろぉーなぁー!!!」

ドガッ!!!

「・・・ゲホォ!!!!」

 

何度も何度も孝一のお腹に大男はサッカーボールキックを叩き込む。

 

もはや孝一に抵抗する気力は残っていなかった。

(なんで、こんなことになったんだっけ?何を間違ったんだ?)

朦朧とする意識の中、孝一は昔の自分を思い出す。

 

・・ヒーローになりたかった。

特別な自分になりたかった。昔自分を助けてくれた、あの人みたいに、自分も・・

自分もその高みへ・・・

 

今日、不良グループから逃げなかったのは、レベル0の自分に対する焦りや不安だけではなかった。

今逃げたら、自分はもうあの人に顔向けできない。自分が許せなくなる。

だって、ヒーローは逃げ出さないから・・・

 

力が欲しかった。自分の、自分だけの・・・

 

「チ カ ラ ・・・ぼ・・ぼくだ け の・・」

「なにぶつくさ言ってんだコラァ?まだ寝ぼけんのは早ぇぞコラァ!!!」

 

男の足が大きく上がり孝一の後頭部を蹴り飛ばそうとしたその瞬間!!

 

ドゴッ!

「は?」

ふいに男の動きが止まった。

「?」

ドゴッ!ドゴッ!ドゴッ!ドゴッ!

(なんだ?何の音だ?後ろ?)

男は後ろを振り返るが何の異常もない。

だが

ドゴッ!ドゴッ!ドゴッ!ドゴッ!

だんだんと音が大きくなる

「うるさっ」

 

ドゴッ!ドゴッ!ドゴッ!ドゴッ!ドゴッ!ドゴッ!ドゴッ!ドゴッ!

「がぁ!!!?」

男は耳を押さえて苦しみだす。その様子にただならぬ事態を察して、他の仲間4人が集まってくる。

「おっおい。ミッチャンどうしんたんョ?」

「こ、この音どこから鳴ってんだ!?」

「う!うるせ~!!!こ、この音を消してくれ!!!!、ガァ!!!」

「そ、そういわれても、この音、ミッチャンの顔から出てんだぜ!

な、ナンだよこれ?どうなって」

ガスッ!ガスッ!ガスッ!

「あ、あばばばっお、オレにも音がき聞こえて」

ドスッ!ドスッ!ドスッ!ドスッ!ドスッ!ドスッ!

「う、うるせえ!!!!」

「ひっひぃ!!なんなんだョ!これはヨォ!」

 

「うっ。」

うっすらと、孝一は目を開ける。

なにやら周りがやかましい。

(なんだ?いったい何が?)

そこで見たものは。

 

ドゴッ!ドゴッ!ドゴッ!ドゴッ!ドゴッ!ドゴッ!ドゴッ!ドゴッ!

ドスッ!ドスッ!ドスッ!ドスッ!ドスッ!ドスッ!

ガスッ!ガスッ!ガスッ!ガスッ!ガスッ!ガスッ!

「ウガァ!!!!」

「こ、この音を止めてくれぇ!!!!」

「おおおおおおおお」

 

5人の不良たちはそれぞれが悶絶していた。

 

(ドゴォ?)

テレビアニメやドラマなどで使われる効果音はこの文字を中心に発生しているようだ。

「なんなんだ?これ?」

孝一が疑問に思ったそのとき。孝一の少し上のほうにふわふわと浮かぶ物体を発見した。

「!?」

そいつは今まで見たこともない生物?だった。

自身の身長ほどもある長いしっぽと、人間のような両手、車輪?

はたしてロボットなのか生物なのかよく分からないそれは

形容するなら、まるでさなぎから孵ったばかりの幼虫のようだった、

それ?は特に逃げる様子もなくこちらを凝視している。

 

普通ならこの奇妙な生物を「不気味」「得体の知れないもの」と形容するのだろうが、

孝一は特にそんなことを感じなかった。むしろ

(命令を待っている?)

なぜそんなことを感じたのか分からないが、孝一には確信があった。

こいつは決して僕に危害は加えない、と。

 

「うっ・・・うっ・・・」

ふと気が付くと、不良たちが口から泡を出して痙攣している。

(このままだと死んでしまう。なんとかしなきゃ)

孝一がそんなことを思った瞬間。

ピタッと

世界は静寂に包まれた。

 

(!?こいつは、もしかして?)

 

(そうだ!こうしちゃいられない、とにかくここから離れなきゃ)

いまだ呆然としている被害者の太った男を伴って、孝一はこの場を離れることにした。

 

「・・・うっ・・うっ・・ありがとうございました。彼らがいきなり因縁をつけてきて・・

君がいなかったらあのままどうなっていたか分からないよ。」

「いえ、こっちも黙ってみていられなかったというか、とにかくお互い無事でよかったよ。」

「それにしても、あの変な音は何だったんだろう?あの不良たちがいきなり

苦しみだして・・・」

「さ、さあ?とにかくあの辺りにはしばらく顔を出さないほうがいいよ。」

 

なんだか分からないけど助かったことを健闘?し、孝一たちは岐路に着いた。

 

「さて・・と」

帰宅した孝一は今自分のおかれている状況を確認していた。

孝一の後ろをずっと付いてくるこの”生物”の事と、

さっきの奇妙な現象のことを。

 

(どうやらこいつは他の人間には見えないようだ。

先ほどお礼を言っていたあの瞬間にも僕の隣にこの生物はいたのだが、彼は気づかなかった。

というより見えていなかった。

そしてどうやらこいつは僕の命令を聞くという事が分かった。

さっきの不良たちに対して、僕は何とかしなきゃと思った。その瞬間こいつは音を消した。

と、いうより・・・)

孝一は自分の机に目を向け、この生物に心の中で、不良たちにやった事と同じことをやるように命じた。

すると、この生物は小さな腕を振り上げ、机に向かって、殴るような動作を見せた。

ドゴッ!

 

あの小さい腕から出たのかと、想像もできないような音が発生した。

そして。

カンカンカンカン

机から、遮断機が降りて来るときに発生する効果音が何度も何度も発生している。

不良たちを襲った音とは違った音だ。

これは、さっきテレビドラマのワンシーンで流れていた音だ!

そしてその音は次第に強くなっている。

カンカンカンカン!!!!

「おっおい!もういい!ストップ!やめろっ!」

孝一がそう叫ぶとその瞬間!

ピタッ

音がやんだ。

 

孝一は確信した。これは、この生物は自分の分身だと。そしてこいつの能力は色々な音を発生させる能力だと。

 

ドクンッ

心臓が高鳴る。

こんな能力、学園都市でも聞いた事がない。今までにない能力だ。

 

ずっと、ヒーローになりたかった。

ブラウン管の向こうの先で、いつもまばゆい光を放っていた。ヒーローに。

この学園都市でその願いは叶わないと一時は絶望した。

でも、それに変わる新しい能力を獲得した。

これが何なのか分からない、でもそんなものはどうでもいい。

 

もっと知りたい。こいつには何が出来て何が出来ないのか、能力の限界を。

 

そして願わくば、この能力を正しい事に使いたい。かつて僕を助けてくれたあの人のように、

僕も誰かを助ける存在になりたい。

 

何故かわくわくした。昔、学園都市に来る前に感じた、あの煌きをまた感じた。

失った何かをまた取り戻した。そんな気がした。

 

ドクン ドクン

 

 

世界が変わる音を、僕は確かに聞いた。

 

「そうだ、こいつに名前をつけよう、色々な音を発生させる能力だから、エコー・・・

エコーズ!、こいつの名前はエコーズだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




とりあえず思いつくまま書きなぐってみた感じです。
初めて小説というものを(これが小説という体裁を持っているのかはべつとして)
書いてみました。
この先どうなるかはまだぜんぜん分かりません。
何かを生み出すってとても疲れますね。まさかこんなに大変だったとは。
でもとりあえず満足です。


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エコーズ

とりあえず続いた第二話。
孝一君は身につけたエコーズをどう扱うのか。



僕が手に入れたこの能力・・・・「エコーズ」・・・・

物体や物に音を貼り付け、反復させる能力・・・

こいつが何なのか、なぜ僕に発現したのか・・・それは分からない。

だけど面白い能力だ、使い方によってはいろいろなことが出来そうだ・・・

その為には、こいつの能力をもっと知る必要がある・・・・

 

 

「おはよう」

「・・・あ、ああ、おはよう?」

「あはよう」

「お、はよう?」

朝、柵川中学のホームルーム前。クラスメイト達は広瀬孝一の朝の挨拶に困惑していた。

一見、ただの挨拶である。しかしその挨拶には以前の彼と違ったものを感じた。

どこか自信にあふれた、態度と口調。それは普段の孝一を知っているクラスメイトからすれば

違和感が拭えないものだった。

 

「おっはよう広瀬君。朝から上機嫌だねぇ。ねぇねぇ、何かいいことあったの?

ひょっとして、お金拾ったとか?」

「さ・・・佐天さんっ。」

その孝一の変わりように興味を持ったのか、クラスメイトの佐天涙子が話しかけてきた。

佐天涙子はクラスのムードメーカー的存在であり、

親友の初春飾利にセクハラ行為を繰り返している問題児でもあった。

とくに初春飾利にたいするセクハラ行為は周りの男子生徒からすれば

「目の毒」以外の何者でもなく、思春期の青少年達にはまさに拷問だった。

孝一もそんな青少年の一人であったので、どこか佐天涙子には苦手意識を持っていたのだが・・・。

 

「?」

頭にはてなマークを浮かべて孝一の返答を待っている佐天涙子。

「うっ、うん。ちょっといいことがあったからさ・・

それを契機に自分の生き方を変えてみようかと・・・」

「それで挨拶から?くぅ~若いねぇ~青春だねぇ~

そういう青臭い所、私は嫌いじゃないよ。」

・・・・自分だって同い年の癖に・・・そう孝一は心の中で思っていたが、

あえて無視して

「あっあのさ。佐天さん。前から思っていたんだけど。その、初春さんに対する

セクハラ行為はやめた方ががいいんじゃないかな?

周りの目の毒だし、初春さんも嫌がっているし。」

 

この際だから、クラスメイトの皆が思っていることを代弁しておこう。

そう思い、佐天さんに対し苦言を呈す。

「!!そぉ~ですよねぇ~!!」

その言葉に反応して、佐天さんの後ろに控えていた初春飾利が同意する。

それはもう、おもいっきり。擬音でウルウルという泣き声が浮かびそうなくらいの涙目で

佐天さんに対し抗議する。

「やっぱり広瀬さんもそう思いますよねぇ~!もう、どうして佐天さんはいつもいつも

私のス・・・スカートをめくるんですか!?立派なセクハラですよ?

やめてくださいって何度もいっているのに~!」

「ええぇ~?セクハラじゃないよぅ~。アレは一種のスキンシップだよぅ~。」

と、口をとがらせてブーたれている佐天さん。

本人だけが、自覚なし・・・。クラスメイトの誰もが絶句した

 

 

 

 

「エコーズ、出て来い。」

深夜11時頃、孝一は誰もいない川原でそっと自分の分身を呼び出した。すると

ズワァ

孝一の胸の辺りから、緑色の奇妙な物体が出現した。

それは、生物なのか機械なのか、

この世のどこにもこんな生き物はいないであろう姿をしていた。

しかしこうやって夜中に何度もエコーズを出現させ、

この能力の実験を行っているうちに、孝一はこれがもう一人の自分、

もしくは自分の精神力が形になって現れたものという認識を持つようになった。

最初こそ戸惑ったものの、いまでは自由自在にこのエコーズを使うことが出来る。

 

そのなかで分かったことがある。

まず一つ、エコーズには射程距離があるということ。

どこまで行けるか試してみたところ大体50メートル程度、それ以上はどうしても進めなかった。

しかし意識を集中すれば離れている所にいても、エコーズが見たもの、聞いたものを認識することが出来た。

これは大きな武器になりそうだ。

 

二つ目、物体はすり抜けられないこと。精神体なのだからすり抜けられると期待したのだがだめだった。

三つ目、力が弱いこと。色々試してみたが、小学生の児童程度の力しかないようだ。せいぜい小瓶や空き缶

を持ち運ぶことが出来る程度の事しか出来ない。つまり、戦闘になった場合。殴り合っての実践には不向きという事だ。

四つ目、物体に貼り付けられる音は、何度でも。ただし、孝一が認識している音に限る。

エコーズの能力は孝一が日常生活で聞いた音を、文字に変換してそれを物体に貼り付ける。というものである。

その為、孝一自身が聞いたことの無い音は、貼り付けることは出来ないということである。

五つ目、エコーズの姿は一般の人間には認識できない。これはとてもありがたい。つまり、不意打ちが可能

ということであり、敵に気づかれること無く先制攻撃が可能ということだ。

戦闘において、これほど有利なことは無い。

 

 

 

エコーズの実験を終えた帰り道。孝一は帰り際にトラブルに遭遇した。

「やっやめてくださいっ。」

「へっへっへっやめるといってやめる馬鹿がどこにいるよ?」

例によって例のごとく、深夜時間帯になるとこの手の馬鹿が増えて困る。

学園都市第七学区は比較的普通の、安全とされている学区であるが、それでもこの手の馬鹿がいるのは

なぜだろう。最近では銀行強盗や爆破事件など凶悪犯罪も増加傾向にあり、

ジャッジメントやアンチスキル

がひっきりなしに事件の対応を迫られているという話を聞いたことがある。

(そしてココにもその事件の余波がってとこかな?)

そのアンチスキルの巡回も、今は見えない。そして周りには誰もいない。

まあいたとしても見てみぬフリをするのが関の山だが・・・・

 

「嫌がっているだろう?やめろよ。」

「あん?」

「だれだてめえは?」

弱いものをいたぶって、気分が高揚している不良たちの感情を逆なでするように、

咎める声がかかる。こういう邪魔をされるとマジで白ける。

不良たちの顔は明らかにいらだっていた。だが・・・

「だれだっていい、とにかくやめろ」

「はっ?だれにむか・・・・」

「やめろ」

その少年の眼光に、不良たちはすくむ。なぜだ、相手は見るからに中学生じゃないか。

しかもこっちは3人だあんなチビガキに負けるはずが無い。

それなのに・・・・なんで足がすくむんだ?

 

(相手は三人、ちょうどいい。今日もエコーズの実戦経験を積ませてもらおう)

対する孝一は冷静に相手を分析する。実は彼がこの手の相手と戦うのはこれが初めてではなかった。

エコーズが発現してからすでに二週間。その間孝一はこういう不良のトラブルに

自分から何度も足を突っ込んで関わってきた。その理由はエコーズの経験値を上げるため。

その為に手っ取り早く戦える相手として不良を選んでいたのだ。

 

「!!」

少しもおびえることなく前進してくる孝一に対し、不良達は相手を取り囲む作戦に出た。

一人を囲み、一気にけりをつける。ケンカの常套手段だ。

(それは前に経験したよ)

そう孝一は嗜好しながらなおも距離をつめる。

(まずは、観察。相手の弱点を探る。この中で一番弱そうなのは・・・

僕を取り囲んだ真ん中のオールバック。手にはナイフ。目は少しおびえている?

ナイフを持って威嚇という事は。何の能力も持っていない可能盛大!まずはこいつから攻撃だ!)

そう思考すると孝一はエコーズを出現させ、エコーズによる攻撃を繰り出す。

ドシュン!

エコーズの繰り出した拳から「ドシュン!」という音が具現化し、オールバックの不良の顔に張り付く。

(まずは復習。エコーズに張り付いた文字は少しずつ大きくなり反復する。)

ドシュン!ドシュン!ドシュン!

「なっなんだこの音?どこからでてんだ?おっ俺の顔?」

いつもの通りオールバックの男は耳を押さえながら困惑し、やがて倒れこむ。これでこの男は片付いた。

後二人。こいつらは武器を持っていない。つまり何らかの能力者ということ。

 

「なっなにをしやがった?」

(応える義理は無いよ。それにもうエコーズの攻撃は完了している。)

よく見ると、二人組みの男のうち、一人の顔に「ギィーィィィ」という文字が張り付いている。

だがこの男には何の変化も見られない。能力の不発?

(よしっ。思ったとおり。何の変化も見られない。)

だが孝一には焦りが見られ無かった。

(時間は30秒後に設定。4,3,2,1・・・・)

ギィーィィィ!!!

「ぐわぁ」男が耳を抑えて悶絶する。この音は、黒板を爪で引っかいた時に発生するあの不快音!!!

それの一瞬の隙を孝一が見逃すはずも無く。

「シュッ!」

バキィィ

男の顎にクリーンヒットした。

 

孝一はエコーズでの実験を繰り返すうち、音を反復させるという能力にも変化をつけることは出来ないかと思案していた。そして数度の実験を繰り返すうち、一度貼り付けた音を時間差で発生させるという方法を思いついたのだ。

(よし。実験は成功だ。設定できる時間を長くするのが今後の課題だな。そして・・)

ゆっくりと孝一は残る一人に振り返る。

(あと一人)

 

「はぁ!!」

ボウゥゥ!!

残る一人の手の平からバスケットボール大の炎が発生し、孝一めがけ発射する。

(発火能力(パイロキネシス) か?)

「っ・・!」

孝一はそれを間一髪交わす。だが・・・

孝一と男のちょうど間にいたエコーズは少量だったが、炎の球を右肩に受けてしまう。

「グウッ?」

その時、孝一の右肩に痛みがはしる。

(炎はよけたのに?なぜ?もしかしてエコーズが受けたから?まさか・・・)

「ハッハァ。おっオレ様を、なめんじゃねぇ!!!死ね!焼け死ねぇ!!!」

ボゥッ ボゥッ ボゥッ

連続して炎の球が孝一めがけ襲う。

(そうか、エコーズが受けたダメージは、僕にもフィードバックするのか)

そのまま相手との距離を保ちつつそれらの球を全てよける。幸い相手のレベルは低く、

バスケットボールをそのまま相手に投げているのと変わらないので軌道が丸見えである。

おまけに距離が離れると威力もなくなるようである。

つまりさっきのはラッキーパンチだったということになる。

(だけど、貴重な情報を入手できた。これでもう、むやみにエコーズを出すことは無い。)

そのまま相手に向かい走る!

「はっ!玉砕覚悟かぁ!!なら、死ねぇ!!!」

ボゥッ

男が孝一に炎の球を出すのと同じタイミングで!

「!?」

男の視界が急に塞がれた。

「なっな?なん--」

ガスッ

孝一の右フックが男の顔面を捕らえ、そのまま沈黙させる。

男の顔にはコンビニで使用するビニール袋が張り付いていた。

そう、孝一はエコーズに命じ、そこらへんに落ちていたビニール袋を男の顔に張り付かせたのだ。

(力の弱いエコーズでも機転を利かせればピンチをチャンス変えられるって事だ。

使える。エコーズは使いようで幾らでも戦える。)

 

 

そんな時---

孝一の背後から少女の声が聞こえた。

「そこのあなた、動かないで」

「!?」

「一部建築物の器物破損。及びに集団暴行の疑いで、あなたを拘束いたします。」

振り返ると、髪をツインテールにした少女が孝一に腕章を見せるように立っていた。

そして声高々に宣言する。

「ジャッジメントですの!」

 

 




ツインテールの人を登場させてみました。
これからどうなるのか、作者にも分かりません。


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接触

書いても書いても終わらない現象が発生し、
二倍くらいの文章量になってしまいました・・・
書いても書いても終わらない・・・



うかつだった・・・誰もいないと安心しきっていた・・・

まさかジャッジメントと遭遇するなんて・・・・

予想出来たはずじゃないか。

・・・浮かれ過ぎていたんだ。エコーズの能力に・・・

能力を持った自分に・・・

そしてそのせいで、僕はとんでもない事件に足を突っ込むことになる。

でもこの時点の僕にそんな事は解る筈もなく・・・

 

 

 

「・・・・抵抗、いたしませんの?」

ツインテールのジャッジメントがそうつぶやく。

もちろん孝一としては最大限抵抗して、この場から逃れたかった。

しかし・・・

(逃れてどうする?)

もう一人の孝一がそれを制する。

(もう僕の顔は判ってしまっている。そして、ジャッジメントが来たという事は、

この辺に隠し監視カメラがある可能性が非常に高い。)

そうなら孝一と不良たちとの一部始終も映像にばっちり映っている事だろう。

(それに今逃げられたとしても、やがていつか捕まってしまう。)

この学園都市という檻の中、孝一が100%安全に逃げ切れる保証などどこにもないのだ。

ココで下手に騒いで、もしジャッジメントに怪我でも負わせてしまったら、それこそ

刑務所送りにでもされかねない。

それなら---

孝一は、一番誰も傷つかない方法を選択した。

「言い訳はしません。彼らが男の人を集団で暴行しようとしていたので

仲裁に入ったら、殴り合いのケンカになってしまったんです。」

そういって、両手を差し出した--

 

バチッ!バチッ!バチッ!

ふいに、孝一達の周辺にある明かりの灯っていないビルが激しく点滅した。

いや、点滅というより?スパーク?プラズマ?

一瞬、今が夜だということを忘れるくらいの明るさ。

それが次第に孝一たちから遠ざかって、100メートルくらい先の銀行に吸い込まれる。

そして----

ジリリリリリリリリリ!!!!

鳴り響く警報音、そして、

ドッグゥォッンンンンン!!!!!

爆発音!!!

「な、!?」

「何が起こっていますの!?」

ツインテールの少女は急いでどこかに電話を掛け、なにやら話している。

おそらくジャッジメント支部に状況を報告しているのだろう。

「とにかく、被害状況と犠牲者がいないかの確認が先決ですわ。!

そこのあなた!状況が変わりましたので、今回のことは見逃してあげます。

ですが、詳しい状況が聞きたいので、後日ジャッジメント第一七七支部にまで

顔を出してください!」

「ちょ・・・」

言うが早いか、ツインテールのジャッジメントは一瞬でその姿を消してしまった。

おそらく瞬間移動であろう彼女の能力。孝一は改めて彼女とやりあわなくて正解だと確信した。

しかし、あの爆発は何だったんだ?それにあのスパークは?

(ひょっとして、自分は何かヤバイ事件に遭遇してしまったのか?)

ウ~ウ~ウ~

銀行に接近する消防車の音をどこか遠くに聞きながら、孝一はそう思った。

 

 

バチバチバチッ

そんな孝一を見つめるようにスパークが走った。

それは一瞬、顔の形をとったように見えたが・・・

「・・・・」

孝一に対する興味を失ったのか、すぐにただのスパークに戻り

夜の街中に消えていった。

 

 

 

 

ジャジメント第一七七支部。そこは学園都市第七学区のとあるビルの一角に存在する。

そのビルの入り口に、広瀬孝一は佇んでいた。時刻は午後六時。あの、トミタ銀行大爆破事件から

一日が過ぎていた。

事件は各メディアで大々的に報道されていた。

 

事件の概要はこうだ。

深夜12頃、トミタ銀行内で謎の大爆発が発生する。

原因は不明。目撃情報もなし。

その際作動していたであろう店内カメラにも、なんら不自然な点はなかったことから

当初はガス漏れが原因ではないかとの憶測も飛び交っていた。

しかし、店内のATM、金庫内の現金が全て消失し、

ガードロボットにも明らかに攻撃を受けたであろう損傷が発見されたため、何らかの

能力者の集団による犯行との見方をアンチスキルは発表している。

 

その場にいた孝一にとってこの事件は他人事ではない。しかし今の孝一は別の目的で

ジャッジメント支部に訪れていた。

その目的は自身の潔白を証明するためである。

昨日、事件現場の近くにいたのは事実である。それを無理やりこじつけられ、

今回の爆破事件の関係者と見られるのだけは、どうしても避けなければならない。

(理由もちゃんと考えてある。後はいかに自分が加害者ではなく

事件に巻き込まれた、ただの被害者であるかアピールできるかにかかっている。

大丈夫、僕には出来る、出来る・・・)

そう自分に暗示をかけ

「よしっ。」

孝一は意を決し入り口に足を勧める。

 

「あれ~?ひょっとして、広瀬君?何でこんな所に~?」

孝一の意気込みを削ぐように、後ろから見知った声がかかる。

「さ、佐天さん・・・・」

クラスメイトの佐天涙子だった。

「な、何でこんな所に?」

「あれ?言わなかったっけ?ココ、初春がいるんだよね

ヒマだったから遊びに来ちゃったんだ♪」

(そういえば初春さんはジャッジメントだったっけ、

でもまさかこの支部にいるなんて・・・

というか、遊びに来ていい場所なのか?)

「孝一君は、何の用?まさか!事件の関係者!?

殺人?爆破?強盗?」

「ち、ちがうよ!ちょっと、ケンカに巻き込まれただけだよ」

いったい彼女の中で自分はどんな人間なのか、その頭の中身を調べたくなるが

とりあえず黙っておく。

 

 

「へぇー、じゃあ不良に絡まれていた人を助けようとしてケンカになっちゃったの?」

一七七支部の部屋に向かう途中で、孝一は事の顛末を、佐天さんに説明した。

もちろんエコーズのことは伏せておいてだが。

「やっぱり孝一君、変わったね。」

不意に、佐天さんがポツリとつぶやいた。

「そんなに変わったかな?正直自覚ないんだけど。」

「変わったよ。前の孝一君はなんと言うか、テストで0点とったような顔してた。」

「それって、すごい落ち込んでたって事?」

「うん。少なくても誰かのために、体を張るような人じゃないなぁって思ってた。」

確かに以前の自分は、全ての事柄に対して諦めていた。

どうせ何をやってもレベル0。これ以上の能力向上は認められない。

自分で自分の可能性を否定していたように思う。

「ねぇ。何があったの?孝一君の世界観を変えた出来事って、一体何?」

不意に真顔で佐天さんが孝一の顔を覗き込んできた。

その顔はどこか切羽詰ったようにも見える。

(そういえば彼女もレベル0だったっけ・・・)

意外だった。彼女はクラスのムードメーカーで、楽天的な人だと思っていた。

少なくともこんな表情をする彼女を孝一は知らない。

 

「出会ったんだ・・・運命を変えるようなヤツに・・」

「やつ?」

「そいつは、小さい世界観で物事を見て、腐っていた僕の世界観そのものを変えてしまった。

もし運命というものが存在するのなら、あの出会いこそそれだったんだ・・・」

それは嘘偽りのない正直な感想だった。

もし、あの時別の道から帰っていたら・・・不良達から逃げ出していたら・・・

きっと孝一の人生は、いつまでも誰かを妬むことをやめることが出来ない、

暗いものになっていただろう。

 

「・・・うらやましいな・・・そんな出会いをした孝一君が・・・」

それは羨望。

自分と同じ立場だと思っていた人が、いつの間にか自分より先を行ってしまっている

羨望のまなざし。

「私にも、いつかそんな出会いがあるのかな?」

「・・・・」

孝一にはその質問に対する答えを持っていない。彼女を慰めるため、「絶対あるよ」

と言うのは簡単だったが、その答えをきっと彼女は望んでいない。

これは彼女自身が乗り越えなければならない問題なのだ。

それが分かっていたのか、彼女は勤めて明るく振舞うと、

「その孝一君を変えた人って、どんな人なのかな~。彼?彼女?ねぇねぇ、今度紹介してよ~」

といつものようにおどけて見せる。

「まぁ、その内にね・・・」

(人じゃないんだけどね・・・)

とは死んでもいえなかった。

 

 

「ここが第一七七支部だよ。あっちょっと待っててね。」

勝手知ったる何とやら。まるで自分の家の様に孝一をエスコートし、

佐天さんは、中に入ろうとする孝一を制する。

「あっ。いたいた。ぬっふっふっ」

「?」

佐天さんはまるで空き巣にでも入るかのように、音も立てずにドアを開け、

中腰姿勢で前進する。その先には、何かの資料を大量に持った。初春飾利がいる。

その姿は後ろを向いているので見えない。そして佐天さんはそんな初春に対し

音もなく接近する。

(はっ。まっまさか・・・)

さすがに孝一も途中で気づく。これは?!この動作は!?

(で、でも、さすがに・・・まさか・・・ジャッジメント支部で?

嘘だろ?)

「う~~い~~~」

すべてがスローモーションのように・・・

「は~~~」

「さ、佐天さん?やっ、やめっ・・・」

ゆっくりとそして、寸分の狂いも許さず、佐天さんは・・・

「るっ!!」

初春飾利のスカートをめくり挙げた。

「!? !? !?」

それは一種の完成された動作のように華麗で佳麗だった・・・

「うぎゃぁああぁあぁあぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!!!!!」

か、どうかは分からない。

 

 

「うっうっ・・・男の人に・・・しかもクラスメイトの人に見られてしまいましたっ・・・

もう、お嫁にいけません・・・・・」

「まあまあ、ちょっとしたスキンシップ---」

「スキンシップでもコミュニケーションでもありません!

明日から私、どんな顔をして広瀬さんと接すれば良いんですかぁ!!!」

目に大粒の涙を浮かべた初春をなだめる佐天さん達(原因は当の佐天さんだが)

を尻目に、孝一の焦点はどこか定まらない。というか顔が赤い。

(見てしまった・・・ピンク・・・ピンク・・・)

さっきの光景が何度もオーバーラップする。

やはり孝一も健全な中学男子だった。この手の光景にはテンで弱いようだった。

 

「・・・まったくもう、あなた方はいったい何をやっているんですの。」

ツインテールの少女は呆れ顔でその光景を眺めていた。やがて、

「とにもかくにも、広瀬さん。素直にジャッジメント支部に来ていただいた事、

感謝いたします。こういう場合、知らぬ存ぜぬを通す方が多く、強制的に連行というケース

が多々ありますもので。」

「いっ、いえ。僕は疑われるようなことは何もしていませんから。」

ボーっとしていた孝一の思考がこの少女の一言でクリアになる。

(そうだ、今日は身の潔白を証明するためにきたんだった・・・

しっかりしろ。孝一。)

 

「あの、最初に言っておきますけど、今回のケンカと銀行の爆発事件は何の関係もありません。

もし僕を犯人と疑っているのならまったくの見当違いです。もし疑われるのなら、

僕の能力を調べてください。僕の能力はレベル0、無能力者です。」

とりあえず自分の身の潔白をアピールしてみる。

自分を無能力者だと口外するのは癪だが、

現時点では孝一は無能力者だと登録されている。この情報を使わない手はない。

 

「それは書庫(バンク) に登録されているあなたのデータからも確認済みです。

あなたを犯人とは思っていませんからご安心を。」

それを聞いて孝一は安心する。

(良かった。という事は不良たちとのケンカについてか。これについては

反論のしようもない。幸い彼女達は今回が初犯だと思っている。

ここは潔く罪を認めて、こってりと絞られることにしよう。)

思ったより罪が軽くなりそうだと安堵する孝一。しかし---

「実は、あなたに見てもらいたいものがございますの。」

そういうとカタカタッとパソコンを操作し、ディスプレイに画像を映す。

(これは---)

それは昨日の映像。孝一と不良たちが争っている映像である。

(やっぱり監視カメラがあったのか。あっ!?もしかして)

場面は孝一が不良達を一人、二人、三人、と倒している場面である。

「この場面、実に不可解です。この殿方たち、あなたに襲いかかる寸前に急に苦しみだしているんです。

そして最後の三人目を見てください。」

そういってツインテールの少女は画面を操作して映像を早送りする。

「この最後の一人。あなたに攻撃なさる瞬間。ビニール袋が顔に張り付きます。

わたくしも長い間ジャッジメントをやっておりますが、

戦闘中に、ゴミ袋が、偶然にも、

犯人の顔に張り付くなんて事はありませんでしたわ。」

ダラダラと嫌な汗が孝一の頬から流れる。

(疑いが晴れた?違う!最初から彼女は僕を疑っていたんだ!

最初に犯人じゃないと安心させて、その後追い込む!

まずい!まずいぞ、どうする?どうやって切り抜ける?)

よく見るとその場にいた佐天涙子と初春飾利も

こちらの様子を不安げに見つめている。

「十中八九何らかの能力が使われた証拠。そう思いませんか?広瀬孝一さん?」

チェックメイト。そう言いたげに、彼女は孝一の顔を見つめる。

その顔はまさしく犯人の一味を尋問する時に浮かべる刑事のそれと同じだった。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!白井さん。どうして、孝一君が犯人だと決め付けるんですか!?

私は毎日孝一君と顔を合わせています!そんな私だから分かることがあります!

孝一君は!絶対にそんなことはしない!!」

そんな孝一をかばう様に、佐天涙子は激怒して、まくし立てる。

それは友人が、クラスメイトが疑われたことによる怒りから来る言葉だった。

しかしそれはあまりにも論理性に欠ける。

「ですが、全ての状況証拠はこの殿方がクロだと証明しています。

彼は何かしらの能力を隠し持っていて、あの爆発現場にもいた。こんな偶然ありまして?

あるのでしたら、納得のいく説明をなさってください。」

「そっそれは・・・」

その言葉にさすがの佐天涙子も沈黙する。そして孝一をそっと見る。

その目は「違うよね?」と、孝一に語りかけていた。

 

その佐天さんの視線に、孝一は応えない。なぜなら、ほぼ事実だから。

孝一は不可思議な力を持っており、不良たちを撃退した。それは事実だ。

違うことは、爆発事件の犯人ではないということだが、それを証明するのは難しい。

(どうする?正直に言うのか?でも、なんていう?ある日、不良たちにボコボコにされたら

不思議な力に目覚めました、とでも言うのか?)

 

視線が、痛い。

この場の全ての視線が孝一を疑いのまなざしで見つめている。

その視線に耐え切れなくて、孝一はふいに顔をそらす。

 

「!?」

不意に孝一の目が見開かれる。

それは監視カメラの映像。不良たちを倒し、白井というジャッジメントの少女に

拘束されそうになるその瞬間の映像。そこに不可思議なものが映っていた。

いや、映像自体に映っているんじゃない。

パソコンのディスプレイ自体に、

人間ではない何かの、

顔が浮かび上がっていた。

「ヒッ!」

孝一は驚きの声を上げる。

そいつと目が合ってしまった為だ。

「・・・お前、やっぱりオレの姿が見えるんだなぁ~」

そういうとそいつはにやりと笑う。

そいつはまるで恐竜が人間に進化する途中といった姿で

パソコンの場面から出現する。

しかし白井も、佐天も、初春も、

誰も何の反応もしない。

(!こいつは、・・・こいつは・・・)

「そう、お前と同類だよ~」

孝一の思考を呼んだかのように恐竜もどきは腕組みをしながら答え、

バチバチバチッ!!!

放電する。

 

「え?」

「なんですか?」

「なんですの?」

突然起きたスパークに三人は驚きを隠せない。しかしこの後もっと驚く現象が

彼女達の身に降りかかった。

ピーーガッガガガッ

ふいにパソコンのスピーカーがノイズを発生させたかと思うと。

「ザ・・・ザザ・ザ・・・・・ヨォ・・・ザザザ・・・オレの声が聞こえるカイ?」

パソコンから声が聞こえる。しかもそれは自分達に向けて・・・

「!!!!!」

それぞれがあっけにとられる。

しかもスピーカーからはなおも声が聞こえる。

「驚くのも無理はネェが、まぁ聞いてくれや、

実はヨォ~明日銀行を二、三ヶ所襲撃するつもりなんだが

能力に目覚めたばかりで、まだ力加減がうまくいかねぇんだ。

余計な邪魔が入ると周りの建物全部ぶっ壊しちまいそうなんで、

ジャッジメントやアンチスキルには一般市民の誘導をお願いするワ。

襲撃場所を教えっからヨォ」

「ななななッ」

「というかこれからのことも見てみぬフリを決め込んでくれると

助かるんだけどよォ~。しばらくは銀行襲撃に専念したいし。」

「何を言っているんですの!あなたは!!!」

白井が青筋を立てて激高する。無理もない。それだけヤツの言動は

荒唐無稽なものだった。

「ア、アンタが犯人なの?銀行を爆破した犯人?」

恐る恐る佐天は姿の見えない犯人に質問する。

「ああ、そうだぜ、初めてだったんでつい加減が出来なくてなぁ~

ちょっとやりすぎちまったがな~」

そう平然と応える犯人に対し、佐天は

「ふざけんな!!!!」

怒りの声を上げた。

「ちょっとやりすぎた?見てみぬフリをしろ?

銀行は、アンタの私物じゃないんだぞ!!

あそこには色々な人たちが生活するためにお金を預けてるんだ!!!

アンタの私利私欲のためにお金を預けてるんじゃないんだぞ!!!」

そう激高する。

(だめだ!)

孝一はヤツの顔をみた。

その顔は佐天達には見ることも叶わなかったが、明らかに不機嫌そうに歪んでいた。

そして

「ウゼェ」

そうスピーカーから言葉が発せられると

バチッ

見えない何かが佐天に向かって飛んでくる。

孝一には見えた。やつの手から発射された電気が。それが佐天涙子を襲おうとしていることも。

それに佐天涙子は気づかない!

「危ない!!!!ッ」

「きゃっ」

電気が佐天涙子に着弾する寸前、済んでのところで孝一が涙子を押しのける!!

バチバチッ

瞬間。

涙子がいた地面に放電現象が起こる。地面は黒く変色し、辺りに嫌なにおいが立ち込める

「ハァ--ハァ---ハァ---」

「こ、孝一君?」

孝一の顔は蒼白だった。

一瞬で分かってしまった。こいつは強い。今まで孝一が戦ってきた不良なんて

こいつに比べたらザコだ。エコーズで何とかなる相手じゃない。

 

「気分が悪くなった。お前ら、死ね。」

バチバチバチバチッ!!!!!

今までとは比べ物にならない放電現象が起こる。

パソコンが、コップが、電球が、その場にあるものが粉々に砕け散る。

その圧倒的な破壊力に、その場にいる誰もが成すすべもない。

(死ぬ?死ぬのか?まだ何もしてないのに?まだ始まってもいないのに?

でも、僕に何が出来る?あんなヤツに勝てるわけないじゃないか)

その時---

ギュッ

佐天涙子が孝一の制服を強く握る。

何が起こっているのか理解できないのだろう。

その目は硬く閉じられ、体は震えている。

 

その瞬間、孝一の胸に熱いものがこみ上げる。

それは怒りでもなく、恐怖でもなく、悲しみでもない。

それは守りたいという心。誰かのために、命を懸けたいという想い。

(しっかりしろ!広瀬孝一!!

僕しかいないんだ!あいつと対峙できるのは!!

ヒーローになりたかったんだろ!今がそのときだ!!!

命を懸けろ!彼女達を、彼女だけは守るんだ!!!)

 

ゆっくりと、立ち上がる。

「・・・・大丈夫。守るから。僕が、君達を。」

彼女を不安がらせないように、にっこりと微笑む。

「こっ、孝一君ッ」

そしてそっと彼女が握っている制服を解く。

そして対峙する。

「いくぞっ!」

キッと相手を睨み付ける。

「ケケケッ、ヤレルノかい?お前ごときザコがヨォ~!!!」

 

「うおぉぉぉぉぉぉ!」

 

こうして広瀬孝一と犯人との戦いの幕が切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




レッドでホットな彼が登場。
作中最強と謳われた彼を、孝一君は倒すことが出来るのか?
正直倒す方法が思いつかない・・・どうしよ・・・


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VS(バーサス)

戦闘描写が難しい・・・・です。
書いてる途中、ああでもない、こうでもないと
試行錯誤を繰り返してしまいました・・・


「うおおぉぉぉぉぉ!!!」

孝一は己を奮い立たせるように吼える。

だがそれは弱い立場の野生動物が、自分より大きな動物に対し威嚇するようなもの。

ただのやせ我慢だ。そうでもしなければ、とてもヤツには立ち向かえない。

「エコォーーズッ!!」

孝一は絶叫しエコーズを出現させ、ヤツに向かって文字付きの拳を繰り出す。

ドッシュン!

だが---

「ヘェ~、それがお前の能力かイ。その文字で俺を攻撃して?その先は?」

・・・簡単に、避けられる・・・・

「くっそっ!!」

ドシュ!ドシュ!ドシュ!

諦めず間髪いれずに拳を繰り出すエコーズ。

だが、

「文字が張り付いたら、音がでる。それだけ?お前の能力?」

エコーズの拳が全て空振りする。

(!?っ。早すぎるッ!ヤツの動きが目で追えない!)

エコーズの動きは決して遅いものではない、しかしヤツの動きはそれにも増して素早い。

ドシュ!ドシュ!ドシュ!

攻撃の外れたエコーズの文字が床に張り付き、虚しい効果音を響かせる。

一方の敵は仕方ネェナといった表情で、孝一を見つめると、

「おせぇんだよぉ~。パンチってのはなぁ~。」

敵の右腕が一瞬光り---

 

「!?」

高速の鉄拳が、孝一の頬をかすめる。

「こうやるんだぜ。」

ブシュッ

時間差で孝一の右頬から鮮血が噴出す。

「!?」

(見えなかった。ヤツの攻撃が・・・これほどパワーの差があるなんて・・・)

「ホラホラホラァ!!さっきまでの威勢はどうしたんだヨォ!!!

オレに一発打ち込んでみろヨォ~!!!」

シュッ!ドガッ!バキッ!!

「グハッ!!」

ワザとさっきとは威力を落とした攻撃を繰り出す敵。

何か理由があるのだろうか。

(そんなの、分かりきっている。こいつは、ただ単に相手をいたぶりたいだけなんだ。

まるで猫が獲物をいたぶるように。そこに意味なんて、ない。)

「ハハハハハハアハハハハハハ」

敵の高笑いが、部屋中に木霊する。

 

最初の威勢は鳴りを潜め、展開は一方的になってきた。

見ると孝一の体は所々ぼろぼろになり、床には血だまりが出来上がっている。

「ハァーッ。ハァーッ。ハァーッ・・・・」

 

 

一方。

目の前で不可思議な現象が発生しているこの現状を、佐天達は意味も分からず傍観していた。

無理もない。犯人の姿はこの部屋のどこにも認識できないのに、それに対峙しているであろう

孝一は、明らかに何らかの攻撃を受けているのだから。

「初春。佐天さん。この場を離れましょう。」

ふいに白井が小声で二人に話しかける。

「え?」

「白井さん?なんで?」

「佐天さん。分かりませんの?このままここにいてもあいつに殺されるだけです。

悔しいですけど、姿も見えず、能力も不明な敵との戦闘など愚の骨頂。

勝てる確率はゼロですわ。」

努めて冷静に話をする白井。

「じゃ、じゃあそんな敵と戦っている孝一くんは、もっと危険ってことじゃないですか!

私は嫌です!孝一君を、友達を見捨てるなんてわたしには---」

パシッ

佐天の頬を白井がうつ。

「冷静になりなさい。!そして考えなさい!あの殿方、広瀬君は、わたくしたちを逃がすために

ワザと時間を稼いでくれていますのよ!その努力を、あなたはふいにするおつもりなのですか!」

「あっ」

(---守るから。僕が、君達を------)

「こぉいちくぅん・・・・」

佐天涙子の瞳から、涙が零れ落ちた。

 

 

「ゲホォ!グハァ!!」

「どうした、もうオネンネかぁ~。同じ能力者同士でも、こうまで才能ってヤツに

開きがあるとはヨォ~。ヤッパどこにいってもおちこぼれっているもんだよなぁ~。」

すでに孝一は起き上がることも出来ないほど、ダメージを負っていた。

その状態は傍目から見ると、孝一が見えない何かに土下座をしているように見える。

「その点、オレ様は違う。オレ様は神に愛されてこの能力を授かった。

オレは選ばれた人間だ!俺ほどこの能力を使いこなせる人間はいねぇ!

だから好き勝手に生きる!今までオレを無能力者と馬鹿にし、虐げてきたこの街の連中を、

今度はオレ様が征服してやる!!」

敵は自分に酔っているのか、孝一には目を向けることなく演説している。

孝一は周囲を見回す。見ると佐天達の姿が見えない。

(良かった。無事逃げ出せたようだ・・・時間稼ぎは無駄じゃなかった。)

こんな状態でも孝一は満足だった。

(こんな僕でも、誰かを救えたんだ。状況は最悪だけど、悔いはない。あとは---)

敵に見つからないようにそっとあるものを掴む孝一。

(今度は僕が助かる番だ。僕は、こんな所で死ぬわけには行かない!)

その闘志は、いまだ衰えていなかった。

 

「白井さん!早く!早く孝一君も助けに行ってください!!」

「お願いします!白井さん!!!」

「分かっています。そうせかさないでくださいな、あなたたち!」

無事、ジャッジメント支部から脱出できた佐天達。

佐天と初春は早く孝一を救出するようにせがむ。

そんな時---

「なにがあったの?」

その声のする方向に一斉に振り向く三人。

この声は知っている。こういう場合、一番頼りになるあの人の声だ。

「おねえさま。」

白井が歓喜の声を上げた。

 

 

「なんでだ?」

「は?」

一人高笑いをしていた敵が孝一の一言に振り向く。

その顔はいまだに四つんばいの状態なので見えないが、

明らかに怒りの成分が含まれている。

「それだけの能力を持っているのに、何で奪う?何で人を傷つける?

神様からもらった能力だといったな?だったらなんで、人助けに使わない?

なんで、快楽目的でしか使えないんだ!!」

「うるせーーーーーー!!!」

カッッ!!バチバチバチバチッ!!!!

敵が激昂し、周りに放電現象が起きる。

その顔は、崇高な演説を邪魔された怒りと、ウザイ説教をたれる

孝一に対して怒りに歪んでいた。

「誰の為かなんてカンケーネェ!!!!

他人なんぞ、勝手に生きて勝手に死ね!!!

人助けに使え?そんなウゼェマネ、誰がやるかよ!!!!

せっかくこの能力を手に入れたんだ!!!ウゼェ教師!ウゼェクラスメイト!!!

気にいらねぇやつは、かたっぱしからブッコロス!!!!!

それのナニがいけネェ!!!!」

そしてグイッっと、

孝一の制服の襟首を掴み、無理やり立たせる。

「お前も気にいらネェ・・・弱いくせに口先だけは達者な偽善者がヨォ・・・」

敵が右腕をひき、孝一の腹部に狙いを定める。

あのパワーだ。当たればまず間違いなく、孝一の腹部に風穴が開く。

「・・・・能力を持つ前の僕は常に誰かをひがみ、時には憎んできた。

世の中全てを呪った時期もあった。そういう意味では・・・僕とお前は同類なのかもしれない。」

「ハァ?ナニ言ってやがんだ?テメェ」

「でも、お前と僕とじゃ、決定的に違うことがある。それは、決して他人を傷つけようだなんて

思わなかったことだ!そうやって気に入らないものを消し続けて、その先に何が残る?

永遠に殺し続ける気か?結局お前は傷つく事が怖いだけの、ただの臆病者だ!!!」

「へっ減らず口を・・・」

ビクビクと敵の恐竜もどきに、血管が浮かび上がる。

「僕は死なない!お前なんかに殺されてたまるか!!!」

そういって、孝一は右手に隠し持っていたあるものを、敵の顔面に突きつける。

それは小瓶。しかしその小瓶には、不思議な文字が書いてある。

それは

「最大出力だ!!エコーズ!僕の両耳を塞げ!!!

プワーァーーーーーーーーーーーーーン!!!!!!

「!!!!!」

それは、トラックのクラクション。普段の状態でも聞けば軽く耳がおかしくなるそれを

敵の至近距離から、リミッターを外しての一撃。

そのあまりに強烈な音は、音の衝撃となって敵と孝一に襲い掛かる!

「ぐはッァ!!」

ちょうど壁側にいた孝一はそのまま壁に激突し、

「クゥワァァァ!!」

ガシャァァン!

窓ガラス側にいた敵はそのまま外に投げ出された。

 

 

音域を最大限にまで高め、攻撃する。

これは事実上、物理的な攻撃手段を持たないエコーズの必殺技といえた。

 

孝一がこの奥の手を出し渋っていたのには理由がある。

その、あまりにもすさまじい音域は、

敵ばかりか周囲の人間にも被害が及ぶからである。

元々人を傷つけることを好まない性格の孝一からしたら

そのように人を傷つける攻撃方法は絶対にやりたくないことである。

現に不良たちを相手するときでも、

知らず知らずのうちに、孝一はエコーズにリミッターをかけている。

出来るだけ、人を傷つけないように。

そのリミッターを今回始めて解除した。

成果のほどはすさまじく、エコーズで耳を塞いだにもかかわらず

耳がまったく聞こえなくなる。そして襲う激しい激痛。

 

(ざまぁみろ・・・、一泡、吹かせてやったぞ・・・

でも・・・・この攻撃は・・・もう・・使いたくない・・・・・

こっちの・・・体も・・ボロボロだ・・ぁ・・・・)

意識が少しづつ薄れ始める。やがて

(・・・・・・・・・・・・・)

孝一の意識は完全に失われた。

 

 

 

 

 

(・・・体が動かない・・・・敵は逃げたのかな?

いや、倒された?ボクが?敵が?

あれ?体の感覚がない・・・・

ぼくは・・・死んだのか?)

意識をとり戻したものの、

孝一の思考が定まらない。

それどころか、時間の感覚すら分からない。

何時間過ぎたんだ?1時間?10時間?1日?

しばらくこの不思議な感覚を体験していたが・・・

 

少しだけ感覚が戻ってくる。

 

すると頭のほうになにやら暖かい感触がある。それになにやら顔が温かい。

これは何だろう?水?お湯?

「・・・・・ぅっ、ぅぅっ、孝一くん・・・孝一君・・・」

意識が次第にはっきりしてくる。

誰かが泣いている・・・

この声は誰か知っている・・・

誰?誰だっけ・・・

「孝一君・・孝一君・・・ひっく・・」

 

ああ・・・そうか、思い出した。

彼女は僕のクラスメイトで・・・

セクハラクイーンで・・・問題児で・・・

元気で・・・明るくて・・・

そして、

僕がはじめて、守りたいと思った女の子。

 

「ぁ・・さ・・さてんさん?」

「あ?ああああ孝一君?孝一君が生きてる!生きてるよ~~!

ひぐっ、うっっ、うっ」

「なんで、ないているの?」

孝一は疑問に思った。どうしてこの子は、僕のためにこんなに泣いてくれるんだろう。

僕なんかの為に。

「そんなの、君が生きていてくれたからに決まってんじゃん!

勝手に死ぬな!バカぁ」

「いきてるよ、ありがとう。」

 

あの時、敵と対峙したとき、一瞬だが孝一は死んでもいいと思っていた。

自分の命と引き換えに3人を守れればそれでいい。そう、思っていた。

だがこうして助かり、膝枕を佐天涙子にされていると別の感情が浮かんできた。

----いきたい、彼女の為にもっと生きていたい、と-------

 

 

そんな孝一たちを遠目に、白井たちの表情は暗く、重かった。

「やられましたわ。事実上、第一七七支部は壊滅したといってよいでしょう。」

そういって白井はジャッジメント支部のビルを見る。

遠目から見ると、まるで爆弾テロがあったかのように歪むビル。

いや、実際あいつの出現は爆弾テロのようなものだった。

この施設の復旧までに、いったい何ヶ月かかることやら・・・

「これから、どうしましょう・・・」

そう初春がポツリとつぶやく。その瞳はどこか虚ろだ。

今の言葉も、おそらく自然と口から出てきたものであろう。

その初春のつぶやきに、

「決まってんでしょう!リベンジよ!今回は遅れをとったといえ、私達の完敗。

それはしょうがない。でも、やられっぱなしはやっぱムカツク。

絶対にあいつに一泡拭かせてやる!!」

今まで黙っていた「おねえさま」が口を開く。

 

あの瞬間。ジャッジメント支部の窓ガラスが割れた瞬間。おねえさまこと御坂美琴は敵の姿を確認した。

それは美琴の持つ電気や電磁波を操る能力が原因である。

まるで恐竜人類の様なそいつは、吹き飛ばされながらも周りにあった電線に同化し、その姿を消した。

「あいつは私達にケンカを売った!わたし、売られたケンカは必ず買う主義なの!」

 

 

御坂美琴。常盤台中学の電撃使い(エレクトロマスター)であり、

この学園都市に七人しかいないレベル5の内の一人。

超電磁砲(レールガン) の通り名をもつ彼女の瞳が、燃える。

この学園都市に潜伏している犯人に対し、こう宣誓する。

 

「絶対に、捕まえてやる!」

 

 

 

 

 

 




ビリビリおねえさまこと、御坂美琴さんの登場です。
この後、話にどうオチをつけよう・・・・
うまく話がコントロールできれば良いのですが・・・・


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仲間

戦闘の無い回を進めるのって、とても難しい・・・
テンポの良い会話術を学びたい・・・


バチバチバチッ!

「ぐあぁ・!?」

「至急、至急、こちらジャッジメント第四六支部!現在正体不明の敵と交戦中!

応援を請う!」

ドゴォォォォォン!!!

「ヒィィ!」

「くそッ!ここは、もうだめだ!急いで脱出するぞ!!!」

 

ゴォォォォォォォォォォ・・・・

燃えさかるジャッジメント支部の中で

「ケケケケケケ」

いやらしい笑い声だけが木霊していた。

 

 

 

「ハッ!」

気が付くと、孝一はベッドに寝かされていた。

時刻は、午前5時か6時くらいだろうか?辺りは薄暗いながらも

カーテン越しにはうっすらと陽の光を感じる。

 

そして孝一の鼻を突くかすかな薬品の匂い。

(ここは、病院?)

ジャッジメント支部での戦闘から、後の記憶がまったくない、

おそらくあの後、再び気を失ってしまったんだろう。

あの後、どうなったんだろう?

敵が再び襲って来ていたりはしないだろうか?

初春さんや佐天さんは無事だろうか?

 

「・・・佐天さん・・・・」

ふいに、孝一の口からその言葉がこぼれる。

それは本当に無意識から発せられた言葉で、孝一自身もなぜ出てきたのか分からない。

 

辺りは次第に明るくなってきたようで、部屋に少しづつ光が差し込んでくる。

今日も、一日が始まる。

孝一たちにとって、最悪の一日が・・・・・

 

 

 

「壊滅?」

その言葉が何を意味するのか分からず、白井黒子は聞き返す。

相手は第一七七支部で一緒に働いていた先輩、固法美偉だ。

 

事件から四日後の、

ここはジャッジメント第一七八支部。

 

一七七支部は稼動不能状態であるため、白井達メンバーは

近隣にあるこの支部に、仮要員として在籍することになったのだ。

時刻は午前8時。このような早朝にジャッジメント支部に呼び出される事などまれなケースである。

いったいなにがあったのか?

そんな白井の疑問に固法が答える。

 

「そう、ジャッジメント第四四支部、四五支部、四六支部、とんで五五支部から七十支部までが、

昨夜未明に何者かによって襲撃され、事実上、壊滅したの。

現場にこんな置手紙を残してね。」

そういって固法はプリントアウトした現場の写真を差し出す。

そこにはこんな文面が書いてあった。

 

----------------------------------------------------------------------------------

 

親愛なるジャッジメント諸君。

君たちは銀行襲撃を予告し、無駄死にが出ないよう努めて紳士的に対応したこの私を無視し、

あまつさえ私に重傷を負わせた。

報復としてこれから毎日、各ジャッジメント支部を攻撃することに決めた。

これは確定事項だ。変更はない。

全てのジャッジメント支部がなくなるまで、私の怒りは収まることはない。

 

追伸、銀行襲撃も同時進行で開始する。

もう、予告はしない。

無能なジャッジメント諸君。命が惜しくないのなら、私を止めてみたまえ。

                     ------    Rより   ----------

 

----------------------------------------------------------------------------------

 

「・・・馬鹿にして!何が努めて紳士的にですか!

アレほど下品な忠告を、わたくしは聞いたことがありませんわ!」

そういって手にした写真をぐしゃりと握りつぶす。

「今現在、人死にが出ていない事だけが、救いといったら救いね。

でもそれも、ただ単に運が良かったというだけ。

これからも無事だという保障は、どこにもないわ。」

 

重傷者56名。負傷者152名。それが昨日の襲撃事件の被害人数だ。

その内、重傷者の中には意識不明者や腕を切断したものも含まれている。

 

「なんとか、しませんと・・・」

そういう白井の顔には焦りの色が見える。

犯人は明らかに犯行を楽しんでいる。

そして犯行動機もきわめて稚拙だ。

一連のジャッジメント襲撃事件も、最初の襲撃事件で手痛いしっぺ返しを受けた為の幼稚な報復だ。

こういった手合いは、近いうちに犯行がエスカレートする。

最悪の結末を迎える前に、犯人を捕まえる必要があるのだが・・・・

 

「・・・この事件は、とても奇妙だわ。負傷した152名に聞き込みをしたけど、

すべてが同じ答え。突然パソコンから放電現象が起きたかと思うと、

いきなり物が壊れたり、何かに殴られたり・・・・

犯人は視覚阻害(ダミーチェック) の能力者と考えるほうが妥当かしら・・・

でも、そうすると犯人はレベル3以上の能力者ということになるし、放電現象の説明が付かない・・・」

「・・・・・・」

固法に相槌を打つことが出来ない・・・・

固法がこの推理に行き着くのは、この学園都市の常識で考えるならば至極妥当である。

以前の白井なら固法の推理をさらに発展させ、そこから犯人を特定できないかと

試行錯誤していたはずである。

しかし、白井はあの日実際に体験してしまった。

自分達とは違う、未知の能力を。

 

・・・・そういえば彼、広瀬孝一は大丈夫だろうか?

あの日、意識を失ってから一度お見舞いに行ったが、その時はまだ意識が戻っていなかった。

彼に話を聞きたい。あの不思議な能力の事を。

それはきっと、犯人特定の手がかりとなるはず・・・

 

「すッすいません。おくれましたっ。」

はぁはぁと息切れをおこしながら、初春飾利は白井たちに駆け寄ってくる。

よほど急いできたのだろう。頭の花飾りが少し乱れている。

そして、白井に朗報です、とばかりに目を輝かせながら報告する。

「し、白井さん、さっき佐天さんから連絡が入りまして、広瀬さんの意識が、回復したようです!

行きましょう、今すぐ、病院へ!」

「!!」

言うが早いか白井は初春の手を掴むと、固法に向かって、

「すいません。事件関係者の事情聴取に行ってまいります!帰りは遅くなると思いますので

後の方々には説明よろしくお願い致します!」

と言い残して、二人は一瞬でその姿を消した。

「え?ええええ?」

後には事態を飲み込めていない固法だけが取り残された。

 

 

 

 

「・・・・そうか、あれから四日も寝込んでいたのか。」

シャリシャリ、と孝一が寝ているベットの横でリンゴの皮をむく佐天さん。

孝一はその音を聞きながら、佐天涙子から事のあらましを聞く。

孝一自身はてっきり五、六時間意識がないだけだと思っていたのが、四日間である。

それはあの時受けたダメージの深さを物語っていた。

「本当に心配したんだよ、あれからまた意識を失っちゃうし、ぜんぜん目を覚まさないし。」

そう文句を言いながらも、その顔はどこか嬉しそうだ。

 

孝一は知らないが、佐天涙子は孝一が目を覚まさない四日間、毎日お見舞いに来ていた。

周りの掃除をしたり、花瓶の花を代えたり、時には近況を孝一に語りかけたりもしていた。

知らない人間から見たら、そのかいがいしさはまるで意識不明の夫を見舞う妻のように見えた事だろう。

 

「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

 

陽の当たる病室で、シャリシャリと、リンゴの音だけがする。

しばらくお互いが何も話さない。

そんな空間なのに、居心地が悪いことなどなく、

むしろどこか心地いい・・・。

 

しばらくの間、孝一はそんな心地いい空間を満喫していた。

 

 

 

 

白井黒子と初春飾利が、広瀬孝一の病室へ到着したのはそれからまもなくだった。

 

 

「・・・・こうしてまともに挨拶をするのは初めてでしたわね。始めまして、白井黒子と申します。

先日は敵から逃げる時間を稼いでいただき、本当にありがとうございました。

あなたがいなければ、わたくしたちは、間違いなくあいつに殺されていましたわ。

その点に関しては、本当に感謝しています。

その上で、あなたに協力して欲しいことがあるのです。」

「・・・分かっています。犯人の能力についての事でしょう?僕のわかる範囲で良いのでしたら

喜んで協力させていただきます。」

 

もう、隠し立てはしない。そう孝一は心に決めていた。

孝一の能力は、学園都市上層部からしたらこの上ないサンプルだろう。

もし白井が孝一の能力について上に報告したら、

孝一の存在など瞬く間になかったことにされるに違いない。

その後、どのような生活が待っているのか・・・想像すらしたくない・・・

しかし、それでも・・・

アイツだけはどうしても止めなければならない。

その為にも自分が教えられる情報を提供し、少しでも事件解決に役立てればと、孝一は思っていた。

 

「ご協力、感謝いたします。では単刀直入にお聞きいたします。

広瀬孝一さん。あなたにはこの学園都市の能力者とは異なる、異質な能力をお持ちですね?

そして犯人もそれと同等の能力を持っている。

わたくしの言っていることに、間違いはありませんね?」

「・・・はい。その通りです。」

孝一は素直に応える。そして---

 

カチカチカチカチ

 

「?」

静かな病室に、突然時計の音が発生する。

いったいなぜ?

「僕は、この能力をある日突然手に入れました。理由は分かりません。

本当に、突然だったんです。」

 

ミーンミンミンミン ミーンミンミンミン

 

今度は蝉の鳴き声が聞こえ始める。だが蝉の姿など、どこにもない。

 

「こっこれは?」

白井が驚きの表情を浮かべ、佐天と初春も絶句する。今、この病室で起こっている

不可思議な現象が理解できないのだ。そしてしばらくして、

この現象を起こしているのが広瀬孝一という少年だということを理解する。

「こ、これが・・・」

「孝一君の、能力・・・」

 

「僕はこの能力をエコーズと名づけました。僕が日常的に聞いている音を

人や物などの物体に貼り付ける事が出来る能力。」

 

パチパチパチパチパチパチパチ!

 

今度はどこからともなく拍手の嵐。

 

小鳥の鳴き声。

時計の音。

車の発信音。

蝉の鳴き声。

猫の鳴き声に拍手の音。

 

 

静かだった病室はいつの間にやら大小さまざまな音が乱れ、雑音の大合唱会が繰り広げられている。

そして孝一が、

「エコーズ、もういい。」

そういうと

 

シーーーーーーーン

 

辺りはまるで何事もなかったかのように、再び静寂が訪れる。

 

「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」

「す、すごい・・・」

初春が感嘆の声を上げる。嘘偽りのない、正直な感想だった。

 

 

 

 

「ほっ本当に、私の横に、そのエコーズ・・さん?がいるんですか?」

「あっ本当だ!なんかグニャグニャしたのがいる!」

「・・・正直、予想以上ですわ・・・いまだに頭の整理がつきませんの・・・」

三人とも、現実を受け止めるのに四苦八苦していた。

無理もない、孝一の能力は学園都市の常識では、まるでデタラメな能力だからだ。

 

 

「・・・以上が僕の知る全てのことです。」

 

孝一は全てを話した。エコーズの能力、容姿、弱点。本当に全てを。

これ以上教えられることは、今の孝一にはない。

 

「僕という存在をどうするのかは、白井さん達にお任せします。

ですが、上層部に報告するのは少し待ってください。

ヤツを、あの犯人を捕まえるまでは・・・お願いします。」

そう言って、ぺこりと頭を下げる。

 

「・・・ひとつ、あなたは勘違いなさっています。」

それまでエコーズの存在をいまだに受け入れらなかった白井だが、

孝一のこの発言で決意を固める。

「わたくし達は、あくまでジャッジメント第一七七支部襲撃事件の被害者である

広瀬孝一さんに、事件の詳細についての事情聴取を行っていたに過ぎませんわ。

そして一連の事件について、あなたは無関係だったという事が確認できました。

初春、そうですわね?」

「はっ、はい!そうです、そうなんです!確認できちゃったんです!

広瀬さんは事件とは無関係なんです!」

初春がぱっと明るく笑う。

「よかった!よかったね!孝一君!」

佐天涙子もまるで自分のことのように喜んでいる。

 

「いいん・・・ですか?」

そうおずおずと孝一は尋ねる。

「あなたの人となりは、これまでのわたくし達への接し方から分かったつもりです。

少なくとも、あなたは能力を悪用するような人ではありません。

ですからわたくしはあなたをシロだと判断いたしました。」

「・・・ありがとう、ございます・・・」

胸が、熱くなる。

このような能力を見せ付けられたら、気味悪がるのが普通である。

しかし、佐天達はそんな自分を受け入れてくれる。

それが、とてつもなくうれしかった。

 

 

 

 

 

 




エコーズの存在を佐天さん達に認めてもらう回です。
前回あれほど威勢のいいタンカをきった美琴おねえさまは
今回影も形もありません。
理由は病室での佐天さんと孝一君のシーンを入れてしまったから・・・
どうしても入れたかったんです。リンゴをシャリシャリしたかったんです・・・


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対決前夜

ようやくここまでこぎつけたって感じです。




「・・・では、作戦会議を始めます。議題は謎の怪人"R"についての傾向と対策。

皆さんの率直な意見、疑問、質問など、よろしくお願いします。」

そういって司会進行をかって出る初春飾利。

 

ここは、とあるファミレス。

窓際にある大人数用のテーブルで、孝一たちは"R"事件について話し合うことにした。

そう提案したのは遅れてやってきた御坂美琴である。

その際、孝一も犯人確保に協力したいと同行を求め、

急いで退院手続きを済ませたのである。

 

時刻は午後四時。一日は、まだ終わらない。

 

「まず、現時点で分かっていることを確認しましょう。一つ目、怪人"R"は

電撃使い(エレクトロマスター) に準ずる能力を所有しているという事。

そしてその力はレベル4以上であるということ。」

 

書記を務めることになった佐天涙子がさらさらと

メモ帳に白井の発言を記入する。

 

「二つ目、"R"は学生であるらしいということ。

最も、総人口の約8割が学生であるこの学園都市において、この情報は

砂漠で金の粒を見つけるのと同じくらいの価値しかありませんけど・・・

話がそれましたわね。

三つ目、犯人の姿は一般の人間には認識することが出来ないということ。

ただし電撃使い(エレクトロマスター)である美琴おねえさまには認識可能であるということ。

その意味するところは?」

その黒子の質問に

「・・・電気、もしくは電磁波・・ですかね?」

と初春が答える。

「私もそう思う。きっとあいつの能力は電気と同化し、操ることが出来る能力なんだわ。

だとすると・・問題は"R"がどの程度、どの範囲まで電気と同化することができるのか・・・」

今まで白井たちの話を聞いていた御坂美琴が口を開く。

その顔は少し、くらい・・・

 

「ま、まさか、学園都市中の・・・!」

白井が信じられない、といった表情を浮かべる。

だが、常識にとらわれてはいけない、現にココに

エコーズという能力を持った少年がいるのだ。

どんな突拍子のないことでも、可能性がある以上否定はできない。

だが、もしそうだとしたら・・・

 

「私たちは、学園都市そのものと戦わなければいけないことになる。

もしそうなら、勝率は、果てしなく、低い・・」

そうはき捨てるように美琴はつぶやいた。

 

 

 

「・・・よし!相手の能力についてはこれで分かりました。後は

どうやって"R"を捕まえるかだけです!」

暗くなりそうだった場の雰囲気を、佐天涙子の一言が制した。

 

「皆さん勘違いしているようですけど、私達の最終目的は敵を倒すことじゃない。

どうやって犯人を特定し、逮捕するかです。

今度はそっちの線から考えて見ましょう。孝一君!意見はない?」

 

急に意見を求められ、孝一はとまどう。

孝一を見る佐天の目は、この場で発言しないことは許さないとばかりに

睨みを利かせている。

そんな、とにかくなんでもいいから会話を繋げろ的な視線をうけて

孝一はおずおずと発言する。

 

「そ、そういえば、犯行予告の手紙で『私に重症をおわせた』って一文が

あったと思ったけど・・・もしかして犯人も病院へ通っていたのかなぁ・・・

なんて・・・。まさかね、犯人がそんな迂闊なことをするわけが・・・・」

「『あ!!!!』」

四人が同時に叫んだ。

「そうだ!広瀬さん、犯人に重傷を負わせたんですよね!

音による攻撃で!」

「ダメージを受けたら本体にもそのダメージがフィードバックする。確かそうでしたわね。

この能力は普通の人間には見えない。おそらく犯人も安心して

普通に病院に言った可能性が、高いです!」

「孝一君!知ってるんならどうして最初に言わないの!!」

初春が、白井が、そして佐天がそれぞれに口を開く

「え?いや・・・その・・」

いったよな?と孝一は突っ込みたかったが、言うと倍以上になって返ってくる気がしたので

そのまま黙ることにした。

 

 

敵の明確なビジョンを涙子達は持っていない。

唯一美琴だけがその姿を認識できたので、

その証言から、「敵は恐竜人類もどきである」という認識しか持っていないのだ。

その為それが本体であると思い込み、操っている人物がいるという事を失念していたのだ。

「まいったな、あたしも失念していた・・・」

そういって美琴はポリポリと頭をかく。

だが、これでようやく反撃のきっかけをつかめた。

あとはどうやって犯人と対峙し、捕獲するか。そこが問題だった。

 

 

 

「分かりました。音石アキラ。ジャッジメント第一七七支部襲撃事件の翌日に

耳鼻科で音響外傷と診断されています。」

 

早速ジャッジメント支部に戻った黒子たちは、都内全ての病院の診断記録を、事件翌日から

調べあげる。

音響外傷。

無能力者。

その条件にあった人物はあっさりと見つかった。

「ビンゴ、ですわ。」

白井の頬が緩む。

犯人を、特定できた。

後はこの事実を上層部に報告すれば、事件は早期に解決できる・・・はずであるが・・

「・・・・白井さん、ちょっと、いいですか?」

一緒に同行した広瀬孝一と美坂美琴が白井に話しかける。

その表情はある決意を秘めていた。

 

「犯人と、対峙したいですって?」

「そう。音石が殺される前に、どうしても捕まえたいの。」

美琴がそう白井に話しかける。

「殺される?どうしておねえさまはそう思うんですの?」

「言ったでしょ。音石には電気と同化できる能力があるって。

そのパワーはおそらくアンチスキル数十人が束になっても叶わないでしょう。

それどころか逆上した音石がそれを機に人を殺めてしまうかもしれない。

人質をとったり、学園都市の重要施設を破壊してしまうかもしれない。

そうなったら、きっと上層部は音石に対し殺害命令を下すでしょう。」

「・・・・・・」

 

その考えは白井の頭の中にもあった。腹いせにジャッジメント支部襲撃を行っている

くらい思考が幼稚な犯人である。

もしアンチスキルが音石の捕獲に失敗したら・・・美琴がいったような結末が待っているに違いない・・

それは正義感の強い白井自身も望むことではないが・・・

 

「わたくしに・・・いったいどうしろと?」

「わたしは、音石にも死んで欲しくない。だから少しだけ時間を頂戴。あいつを誘き出し、

必ず捕まえて見せるから。」

「おひとりで、ですか?」

またひとりでいかれるのですか?とは白井は聞けなかった。

「一人じゃありません。」

そういって孝一が話しに加わる。

「これは僕と美坂さんで話し合って決めたんです。僕もあいつを、音石を止めたい。

あいつは僕なんだ、選択を誤ったもう一人の自分なんだ。あいつにとって不幸だったのは

強大な力を持ってしまったことです。あいつはもう、自分で自分をとめることが出来ない。

だから僕が、僕たちが止めてやらなきゃならないんです。」

 

ゴホンゴホン

孝一の背後からわざとらしい咳払いがする。

「二人より三人、三人より四人だと思いません?」

「びっ、微力ながら私達にも協力させてくださいっ。」

「あっ、あなたたち?」

佐天涙子と初春飾利がそこにいた。

その瞳は、戦う闘志に満ちている。

「二人とも、本当にいいの?」

美琴が二人に尋ねる。

「もちろんです!ココまできたら、もう一蓮托生ですよ!」

ニッコリと佐天達が笑う。

 

「・・・おねえさま・・・」

美琴の顔はいつの間にか白井自身に向けられている。

黒子はその表情に期待をする。

 

(わたくしを頼ってください、おねえさま・・・

そしてどうか、あの言葉を、言ってください・・・

そうしたら、わたくしは・・・)

 

「黒子。こんなこと、言えた義理じゃないのかもしれない。これからのことは

本当に独断専行。私達のわがままだ。でもそれでも、言わせて。」

「・・・・」

 

「私達を、手伝って。」

 

(やっと・・・言ってくださいましたのね。その言葉を・・・)

 

そういって胸が熱くなる白井。

しばらくして

「・・・まったくもう、それだけ大口をたたいたんですもの。

音石を捕獲するプランは、ちゃんと考えているのでしょうね?」

そういって美琴に詰め寄る白井。

「プラン?えーっと、その・・・」

さっきの威勢はどこへやら。次第にその声を細めてしまう。

「・・・・そんなことだろうと思いましたわ。」

やれやれと肩をすくめる白井。

 

「あの、そのことなんですけど・・・実は私、一つ思いついたことがありまして。」

そういって初春が発言する。

「個人的には結構な確率で、音石さんを捕獲できるんじゃないかと・・・」

その顔は自信にあふれている。こういうときの彼女は役に立つ。

白井は一緒に仕事をやってきた経験上、そう確信する。

 

「その作戦っていったいどんな?」

たまらず聞き返す美琴。

 

「・・・罠をしかけます。」

自信たっぷりに初春は言い放った。

 

 

 

 

 

 

バチバチバチバチッ!

深夜。

誰もいない銀行内に、放電現象が起こる。

しばらくは静寂が戻ったが、

 

ドオォン!!!!

とてつもない衝撃音が発生し、金庫のドアが醜くゆがむ。

もしこの場に、事件を知っている人間がいたのなら、

だれでもこう思うだろう。

---怪人"R"が現れたのだと-----

 

ココ最近"R"は退屈になっていた。ここ一週間毎日のようにジャッジメント支部を襲撃し、

銀行を襲い、警備ロボットを壊し、現金を盗む。それの繰り返し。

要するに刺激がなくなってきたのだ。

(・・・そろそろ別のこともやってみるかぁ・・・なにがいいか?

学園都市のメインシステムに侵入して都市機能を麻痺させようか・・・

それとも病院の入院患者を人質にして身代金を要求しようか・・・

金でスキルアウトを雇って、街中を破壊させるのもいいかもしれない・・・

とにかく時間は無限にある。やってやれないことなどなにもない。)

 

---ああ、そういえば、

 

"R"は唐突にあることに思い至った。

 

---人が死ぬ所を、見たことがねぇ-----

 

・・・危険な思考が芽生え始めていた。

 

 

いつものように現金を持ち去ろうと金庫内に入った"R"はある違和感を覚える。

その正体はすぐに分かった。

現金がないのだ。

「?」

そして代わりに一枚の封筒が置かれていた。

「なんだ?こりゃ?」

疑問に思いながらも、その中身を確認する。

そこにはこんな文章が書いてあった。

 

---------------------------------------------------------------------------------

 

"R"へ。

現金はここにはない。私が全部預かった。

あんたがこの銀行に来ることは、

過去一週間の襲撃状況から予測算出して簡単に割り出せた。

あんたに要求することは、ただひとつ。

私と勝負しなさい。

私の名前は御坂美琴。常盤台中学所属。

能力名は超電磁砲(レールガン)。

戦う日時は明日の午後17時、場所は第七学区の取り壊し予定のビル。

(詳しい場所は同封の地図参照。)

 

追伸、私は逃げも隠れもしない。

もしこなかったら、臆病者として笑ってやる!

 

----------------------------------------------------------------------------------

 

ひらりと封筒から写真がこぼれる。

手に取ると、封筒の中には現金の前で両腕を組み、不適に笑っている御坂美琴がいた。

 

「ククククククウククク・・・アハハハハハハハハア!!!」

笑いがこらえきれず"R"が身をよじらせる。

 

「・・・待ってたぜぇ!お前みたいなヤツをヨォ!!」

バチバチバチバチッ

気分が高まり、思わず放電してしまう。

「いいぜぇ!なぶり殺しだ!レベル5!!ククククッ!

御坂美琴!!てめぇを、八つ裂きにしてやる!ヒャーッヒャッヒャッ!!」

"R"が歓喜の雄たけびを上げながら放電の光をさらに増していく。

そして心の中でこう思っていた。

(生でみてぇ、「チリペッパー」越しじゃなくて自分の目で、御坂美琴が死ぬ瞬間を!)

 

冷静に考えれば、これが明らかに罠であろうことは明白である。

しかしすでに彼、音石アキラは増大する破壊衝動を制御できなくなっていた。

 

 

一日が終わり、また新しい一日が始まる。

おそらく、ここですべてが終わる。

音石アキラ。広瀬孝一。御坂美琴。

三人の運命が、廻る。

その先に待ち受けているのは果たして、生か死か。

刻一刻と対決の時は迫っていた。

 

 

 




あと残すはラストバトルですけど、
勢いのまま推し進めようかなと思案中です。
考えすぎるとまったく先に進めなくなってしまうので・・・

多少矛盾を含んでいてもそのほうがいいかと思うので。


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反撃

美琴さんの描写が難しい・・
戦闘描写もむずかしい・・

難しいことだらけでした。


時刻は午後十六時。

犯人との対決予定時刻より一時間程前。

 

佐天涙子と初春飾利はとあるマンションの屋上にいた。

彼女たちは双眼鏡を装備し、真向かいのマンションの、ある一室を監視している。

その一室のネームプレートには「音石」と書いてあった。

 

「!?動いた!"R"が動き出しました!向かっている方向は・・・

御坂さん達がいる廃ビルの方角です!」

「やっぱり、御坂さんの挑発が効いたんだ!あとはちゃんと"檻"に入ってくれれば・・・」

 

初春と佐天は耳に装備したインカムで状況を逐一白井に報告する。

その報告を、すぐ隣にいる美琴と孝一にも伝える。

 

ここは第七学区にある立て壊し予定の廃ビル。

もっとも廃ビルとはいっても、補修すればまだまだ現役で活躍できる建物なのだが。

 

行政の指定でこの辺りの建物は全て取り壊しが決定している。

周りには立ち入り禁止の看板が立てられ、人が立ち入る気配もない。

その廃ビルの三階ラウンジに、美琴達はいる。

周りの空間は広く、戦闘を行うときに支障はなさそうだ。

急遽立て壊しが決まったためか豪快なシャンデリアが現役でぶら下がっている。

 

 

「どうやら、目標はこちらの誘いに乗ってきたようです。

これで相手が気が変わったりしない限り、作戦の半分は成功したも同然ですわ。」

「ここまでは、予定通り。後の半分は、いかに相手にこちらの意図を読まれないかね。」

 

腕組みをしながら、美琴は戦闘前の高揚感を覚えていた。

それは、強い敵と戦うときに感じる武者震いのようなもの。

しかし、美琴はその感情をすぐに抑える。

 

(今回は戦うことが目的じゃない。自分を抑えろ。きちんと自分の仕事を全うするんだ。

それが今回の、私に与えられた役割)

 

むしろ、今回の作戦で一番大変なのは、隣にいる広瀬孝一である。

彼がいかに時間を稼いでくれるか、それが今回の作戦の鍵となる。

 

初春から白井に連絡が入る。目標は後数分ほどでこの廃ビルに到着するとの事だ。

 

「目標が接近中です。では、わたくしは予定のポイントで待機しております。

おねえさま。必ずわたくしの所まで来てくださいまし。そして広瀬さん。

くれぐれも無茶をなさらさぬように。」

 

そういい残し、白井は姿を消す。後には孝一と美琴だけが残される。

 

「・・・・」

 

孝一は先ほどから目を閉じ意識を集中させている。

 

「美坂さん。エコーズがビルに進入する人影を捕らえました。

おそらく、音石です。でもあいつはビルに入ろうとしません。

こちらの様子を伺っています。」

 

孝一は不意打ちなどの不測の事態を警戒して、先ほどからエコーズで

周辺の警戒をしていた。そのエコーズが、音石の姿を捉える。

音石の容姿は孝一からしたらとても奇妙だった。

ロングヘアーをオレンジ色に染め上げ、

テレビで見るようなロックバンドのような出で立ちをしている。

その音石がこちらを凝視している。

そして、わらった。

 

「見つかりました!エコーズ!僕の所に戻れ!」

急いでエコーズを戻す孝一。

それと同時に

 

「・・・たしか・・・コーイチ、だったか?お前の名前?

どうしてこんな所にいるんだ?お前らグルだったのか?

まさかオレにリベンジしようなんて、ふざけたことを抜かすんじゃないだろうなぁ~」

 

上の方で声がする。見るとシャンデリアが激しく点滅している。

そしてその上には、美琴が恐竜人類と称した人影がいた。

 

「なんか罠が仕掛けてあるんじゃないかと警戒したが、何にもねぇのな。

おまけに待ち伏せもなし。マジで誰にも知らせてネェのカ?

というか、お前ら二人で戦うってのが、罠なのか?だとしたら・・・クククッ」

 

バチバチバチバチッ!

シャンデリアがやつの発する電圧に耐え切れなくてスパークを繰り返す。

そして

「ずいぶんと舐められたもんだなぁ!!!!

ブツッン

「!!」

そのまま急降下で落下していくシャンデリア。その先には美琴達がいる!

「くっ!」

バチッ

美琴がとっさに生体電気を操り、足の筋力を増幅させる。そして孝一の手をとる。

ガシャァァァァァァン!!

大音量でシャンデリアが砕ける。

その下には誰もいない。間一髪、美琴達は逃れることに成功した。

しかし、

「シャアッ!」

一瞬で現れた"R"は美琴にまわし蹴りを加える。

ドゥッ!

「グッ!」

完全に鳩尾に入り、美琴はたまらず吹き飛ばされる。

孝一と美琴は二つに分断されてしまった。

 

「御坂さん!」

孝一がたまらず叫ぶ。

 

残された孝一を"R"がじっと凝視する。だが

プイっと孝一に背を向ける。

 

「お前は後だ。そこでじっとしてな。先約があるからなぁ!

御坂美琴!テメェを八つ裂きにするっていう先約がなぁ!!!」

 

そういって美琴のほうにその足を進める。

 

「どうしたぁ!レベル5の実力って言うのはこんなもんなのかぁ?

自慢のレールガンってのを、俺に撃ってみろよぉ~!!」

 

 

 

            ◆

 

 

 

「・・・いいですか、御坂さん。超電磁砲(レールガン)を撃ってはいけません。」

とあるファミレスの大人数用のテーブル。

そこで美琴達は作戦会議を行っていた。

時刻は昼の十二時。"R"こと音石アキラとの決戦まであと五時間ほどだ。

そこで初春飾利は美琴に対し最終確認をする。

 

「分かってる。相手が電気を吸収する以上、私は迂闊に攻撃できない。

逆に相手をパワーアップさせてしまう事になるものね。」

「今回の作戦で重要なのは、いかに相手の能力を封じるか。

その為にも相手を挑発し、ヤツに自分が有利な立場にいるんだと錯覚させる必要がありますわ。」

続けて白井が説明する。

「その為にもおねえさまには"やられ役"を演じてもらって、頃合を見てその場から離脱

してもらう必要があります。相手に違和感を覚えさせないように、自然と。」

「そしてその後の数分間を僕が引き継ぐというわけですね。」

「ええ。広瀬さんにはおそらく、痛い思いをしてもう事になりますけど・・」

 

孝一は頭の中で作戦内容を確認する。

成功するも、失敗するも自分の頑張り次第。

こんなに緊張するのはいつ以来か。孝一の両手にはしっとりと汗がにじんでいた。

 

「・・・やられ役、ね。こんなの私の性分じゃないけど、しかたない。

ま、せいぜい女優張りの名演技を見せてやるわよ。」

みんなの緊張をほぐそうとしたのか、美琴はワザとおどけて見せた。

 

 

           ◆

 

 

(・・・とはいうものの、まずいわね。ぜんぜん加減できる相手じゃない。

というか、ヘタをしたら私がやられる・・!)

鳩尾を襲う激痛に、美琴はしばらく息が出来なかった。

 

「グッ・・う・・・」

負傷した鳩尾を庇いながら、ヨロヨロと立ち上がる美琴。

 

「なんだ?撃てねえのか?そりゃ撃てねぇよなぁ~!

俺は電気を吸収できる!てめぇの攻撃は通用しねぇ!ってことはよぉ~。

これからテメェをいたぶり放題って事だよなぁ~!!!」

 

"R"が猛然と美琴に突進する!

「シュッ!

その繰り出される右ストレートは、常人では認識できないほどだ。

「くッ!」

その右ストレートを美琴はなんとかかわす!

それは美琴が所有する、電磁波などを空間把握できる能力のおかげである。

だがそれもいつまでかわしきれるか・・・

美琴は敵からの距離を稼ぐため、電磁力を発生させ、自身を浮かせる。

そして、後方にジャンプする。だが・・

 

「消えた!?」

("Rが"いない?どこ?)

「う・し・ろ・だよぉ~!」

ベキィ!!!

「グッ!!」

 

"R"の一撃が美琴のわき腹を完全に捕らえた。

 

「ケケケケケケケケケッ!」

 

悶絶し、床に倒れこむ美琴にさらに追い討ちをかける"R"。

見ると右腕は手刀の形をとっている。

アレで美琴の腹部を貫くつもりである。

 

「シャァァァ!!」

"R"の手刀が打ち込まれる瞬間!

「ハァッ!!」

美琴の前方に黒い盾が出現し手刀を防いだ。

この盾は周囲に含まれている砂鉄を盾状に組み固めて作られたものである。

磁力を操作できる美琴だから出来る芸当だった。

 

バチバチバチバチバチ!!

"R"と美琴の間に放電現象が起きる。

「くぅッ!」

「ケケケケ!それで俺の攻撃を防いだつもりかい!御坂美琴ぉ!

無駄だね!その証拠にホラぁ!盾が壊れ始めてきてるぜ!!」

「・・・馴れ馴れしく、あたしの名前を呼ぶなぁッ!!!」

 

しかし相手の力は強い。盾は徐々にその形を保てなくなっている。

あまりに強すぎる敵の磁力に美琴の力が押し負けているのだ。

このままでは、"R"の手刀が美琴を貫くのは時間の問題である。

 

 

 

 

 

 

「・・・これじゃあ、完全にあの夜の再現だ!」

 

孝一は初めて"R"と遭遇した時を思い出す。

あの時もこんな風に一方的な展開だった。

違うのは、嬲られている相手が孝一から美琴に変わったということだけだ。

とりあえず当初の目的は果たした。

相手は、完全に油断している。第一段階は成功だ。しかし・・・

 

(このままじゃ、美坂さんが殺される!

使う必要がないかと思っていたけど・・・)

 

孝一は白井から受け取っていたあるものをポケットから取り出した。

 

 

 

 

バチバチバチバチバチ!

 

(あいつの電気と同化し、吸収できる能力・・・この学園のレベルに換算したら

かるくレベル5なんじゃないかしら・・・おまけにあたしとの相性は、最悪。

まいったな・・・攻撃できないのが、こんなに辛いだなんて・・・)

 

美琴はすでに満身創痍だ。常盤台の制服は所々ぼろぼろに破れ、血が各所からにじんでいる。

おまけに肋骨が折れているようだ。このままでは痛みで演算が出来なくなる。

 

相手は余裕からかニヤニヤしながら美琴を眺めている。

次はどこを攻撃しようか、そのときに美琴がどんな反応をするのか

おそらくそんなことを頭の中で想像して、楽しんでいるに違いない。

 

そのとき耳に装備していたインカムから孝一の声が聞こえる。

 

『御坂さん。第一作戦完了です。アレを使います。

僕が注意を引きますので、美坂さんは第二段階に移ってください。』

 

(やっと、反撃開始ね・・・その笑い顔が出来るのも、今のうちよ。覚悟してなさい。)

 

 

「怪人"R"!美坂さんから離れろ!今度は僕が相手だ!!」

「あん?」

 

後ろのほうで声がする。あのコーイチとかいう坊やか。

 

(だがあいつの能力は大体把握した。ヘタこかなきゃ、あんなのろいパンチが当たるはずもネェ。

それよりも、またオレの崇高な処刑タイムの時間を邪魔しやがった。

あいつを殺すのは最後にとっときたかったが、死に急ぎたいのなら仕方がネェ。

御坂美琴の目の前で、スタズタに引き裂いてやる!)

 

そう思い"R"が孝一のほうを振り返る。だが、

 

「?いない?」

 

だが声は聞こえ続ける。

 

「お前の正体はもう分かっている!音石アキラ!第七学区の高校三年!」

 

「ハ?・・・ハッ?」

 

こいつ今なんて?オレの本名?なんでそんなことを?

バレタ?ナゼ?ナゼ?ナゼ?

 

頭の中で思考がぐるぐると反芻する。

何を言っているのかしばらく理解できなかった。

 

その間に美琴は"R"のそばから離脱する。

しかし混乱中の"R"はそのことに気が付かない。

 

「最初の戦闘でお前は負傷した。ばれないと思ったんだろ?

病院にはお前の診察記録がちゃんと残っていた。

お前の能力で消しておくべきだったな!」

 

「くそ!どこだ!どこにいやがる!!!」

 

(この声は、音を貼り付けるというやつの能力か?

よく見ると、周囲の床や壁に、さっきまでなかった文字が書き込まれている。

逃げたのか?まずい、殺さないと。あいつをコーイチの口を塞がないと!!)

 

そんな考えしか頭に浮かんでこない。

 

 

その時、Rは前方にプカプカ浮かぶ物体を発見する。

 

(?なんだこれは?風船?)

 

赤い色をした風船がフワフワと漂っている。

そいつはまるでリモコンで操作されているようにゆっくりと"R"の方向に進んでくる。

 

そして"R"の目前で止まる。

「? ? ?」

孝一に正体がばれ混乱中の"R"は何がなんだか理解できない。

そして

バチンと

風船が割れる。

 

「は?」

 

その中にはエコーズがいた。

そしてその手には何かが握られている。

その形状は映画か何かで見たあるものにそっくりである。

 

「そ、その形状は!まさかぁ!!!」

そしてエコーズはゆっくりと安全ピンを抜く。

 

「!!!!!!!」

 

辺りが強烈な閃光に包まれた。

 

 

白井が孝一に手渡したもの、それはアンチスキルが所有する、対人制圧用のスタングレネードだった。

これをどうやって入手したのか、白井は言わなかったが、おそらく非合法な手段で手に入れたものだろう。

孝一もあえてそれ以上突っ込まなかった。

 

「くぅう!ちくしょう!目が、ミエネェ!!」

 

とっさの判断だったが奇襲はうまく言ったようだ。"R"はスタングレネードの閃光で

しばらくはこちらにも攻撃を仕掛けてこない。

問題は、正体がばれたと知った音石だ。この恐竜もどきを引っ込め、逃走しようとするに違いない。

早く第二段階に作戦を移さなければならない。

 

(美琴さん。よろしくお願いします。)

孝一は目的地に到達しているであろう美琴の名前を心の中で呼んだ。

 

 

 

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ。」

孝一がスタングレネードを炸裂させる、少し前。

御坂美琴は、目的地の五階非常階段入り口を目指していた。

その場に待機している白井黒子と合流するためである。

・・・さっき痛めたわき腹が、痛い。

その痛みをこらえながら、美琴は、目的地を目指す。

 

 

 

 

「!?おねえさま、ご無事で!」

「あんまり、無事って訳にはいかなかったけどね・・・」

白井は美琴の体を見る。所々ぼろぼろで、血があふれている。

よほどの激戦だったのだろう。

「そんなことより、時間がない!黒子!」

「わかっています!さあ、おねえさま、手を!」

美琴が白井の手をとると、一瞬で周りの景色が変わる。

 

ここは、孝一達が戦っていた廃ビルの屋上。

御坂美琴を無事、目的地の屋上に連れてくる。それが今作戦の白井黒子の役割だった。

そしてその役割は達成された。

美琴達は目的地に到着したのだ。

 

「さて・・それじゃ、一丁やりますか。黒子!危ないから下がってて!」

そういって白井を下がらせる。

「ふうー」

目を閉じ精神を集中させる。

わき腹の痛みが邪魔だ。神経回路を弄り、痛覚を遮断。

 

「!!!!!」

バチバチバチバチバチッ!

美琴の髪が逆立ち全身から電気が放電する。

薄暗くなりつつある周囲が明るくなっていく。

意識を集中し、ビル上空の大気に含まれている電子を操り、増幅させる美琴。

そして・・・・

 

カッ!

 

落雷が発生した。

 

 

 

 

孝一がいるラウンジ全体が漆黒に包まれる。

いや、このフロアだけじゃない。

おそらくビル全体が、そして第七学区全体が大規模な停電に見舞われていることだろう。

 

「おっ・・おまえら・・・まさか・・まさか・・・」

 

視力が回復したのか"R"はワナワナと声を震わせながら

その場にいるであろう孝一に声をかける。

 

スッと闇の中から孝一がその姿を現す。

 

「もう、諦めろ。僕たちの勝ちだ。お前は電気を吸収して、同化する能力を持っている。

その力は強大だ。もし学園都市中の電気を味方につけれるのなら、それは脅威だ。

僕たちに勝ち目はない。」

 

そういって孝一は一歩、相手に踏み出す。

相手の顔はさっきまでの余裕さがまったく感じられない。

 

「・・でも、逆の発想で考えると違う点が見えてくる。それはつまり、電気のないところでは

お前は活動できないということだ。」

 

それに気づいたのは初春飾利である。

彼女はジャッジメント支部襲撃事件を調べている途中、ある疑問点を発見する。

それは、最初の事件から三日後の襲撃事件の記録だ。

 

襲われた支部は、第四四、四五、四六、とんで五五~七十支部。

そこで疑問が生じた。なぜ四六からいきなり五五支部に移ったのか?

そこで無事だった四七~五三支部の当時の状況を調べてみると、ある事が分かった。

それはそれらの支部一体が、大規模な停電になっていたという事実である。

これから導き出される答えは一つしかなかった。

 

 

ガシャン

非常用電源に切り替わり、辺りに明かりが戻る。しかしそれは一時的なもの。

おそらく二、三十分程度しか、その電力を維持できないだろう。

 

「だから罠を張った。お前を挑発し、ここにおびき寄せた。

この辺り、第七学区は現在停電中だ。復旧するのに一日はかかる。

もう、お前は逃げられない。」

 

そう、孝一は宣言する。

その言葉は事実だ。もしこの場でアンチスキルがいたのなら

音石を簡単に捕まえられただろう。

 

 

「・・・正直、舐めてたよ・・お前らのことを。

罠があるだろうとは思っていたが、まさか、ここまで俺が追い詰められるとはな・・・」

 

そういってクックッ、とわらう。

そこに見えるのは、諦めの表情か、孝一には判断が付かない。

 

だがこれだけは言える。

(ヤツの目は、まだ死んでいない!)

 

"R"の目は、ギラギラと輝いており、少しも戦意を喪失していない。

今にも孝一の喉下に食らい付きそうだ。

 

「ビルの電気が無くなるまで、せいぜい二十分ってとこかァ・・・

いいぜぇ!簡単なことだ!!その間にお前を殺し!逃げた御坂美琴を殺し!

本体に戻る!簡単なことじゃネェか!!

逃げられないだとぉ!オレを舐めるな!

俺は追い詰められるほど実力を発揮できるタイプなんだぜ?

むしろこれくらい、ハンデがなきゃ、おもしろくねぇ!!!」

 

そういって孝一に対し身構える。

 

「分かったよ・・・いや、むしろ僕も望む所だ。あの時の借りを、今返す!」

 

そういってエコーズを出す孝一。

 

「こいよぉ!やってみろ!広瀬孝一ぃぃぃぃ!!!」

 

「うぉぉぉぉぉ!!!」

 

再び両者が激突する。

広瀬孝一と音石アキラの最後の対決が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




本当なら今回で決着させようと思っていたのですが、
戦闘が思いのほか長引いてしまい、ダメでした。
バトル部分は次回で決着させたいです。


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決着

やっとバトルがおわった・・・
正直こんなに神経を使うとは思いませんでした・・・


激戦が繰り広げられていた。

 

「うおぉぉおおぉぉぉぉ!」

孝一が吼える。

「エコォーズ!!」

そして複数の文字の付いた拳を"R"めがけて繰り出す。

 

「ハッ!」

それを"R"は難なく交わす。

このパターンは、まるであの夜の再現である。

だが、

大音量のスピーカーノイズ!

ジェット機の轟音!

ダンプカーのパッシング!!

それら全てがエコーズのリミッター解除により、音の凶器として

"R"と孝一に襲い掛かる!!

 

「クァァァァァッ!?」

「ウグウッ!」

 

窓ガラスが割れ、電灯が破壊される。そして

 

ピシッピシッ

 

コンクリートの壁にひびが入り始める。

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

孝一達のいるフロアが大きく揺れる。

それだけ、エコーズの繰り出す音の破壊力はすさまじかった。

 

「コ・・コイツ、自身もダメージを受けているのに、ぜんぜん怯まネェ!!

イクラ殴っても!叩きのめしても!倒れネェ!!

もしかして、俺はとんだ思い違いをしていたのか?」

 

 

孝一には何が何でも自分を倒すという、意思のような物が感じられる。

その為には自身を犠牲にしてもいいほどの。

 

普段のエコーズの能力にはリミッターがかかっている。

それは孝一自身のなるべく他人を傷つけたくないという願望の為である。

それを今回は解除した。そして覚悟を決めた。

例え相打ちとなっても、"R"を倒すと。

 

(ヤバイ!この攻撃はヤバイ!どんなに攻撃をかわしても、ダメージが来る!

今はよけられているが、こんな音量を体のどこかにつけられたら!!)

 

「クソガァ!!」

 

ドゴォ!

 

エコーズを捕らえた"R"がパンチを繰り出す。

それをまともに受けてしまうエコーズ。

 

 

「グゥッ!」

 

当然それは孝一にもフィードバックされ、孝一が顔面から鼻血が噴出す。

 

しかし

 

ドシュウ!

 

それでもエコーズは拳を繰り出すのをやめない。

 

とたんに大音量の衝撃が二人を襲う!

 

「ギィアァァァァァ!!!」

とうとう音の攻撃にこらえきれなくなり、Rは絶叫する。

 

もし学園都市中の電気を味方につけていた状態の"R"だったのなら、

広瀬孝一を瞬殺するのは容易い事だったろう。

いかに大音量のエコーズの攻撃とはいえ、高速で移動できるRなら、

攻撃を繰り出す前に、本体である孝一自身を殺害するなど朝飯前である。

 

しかし、いまの"R"にはそれが出来ない。

いまのRに与えられているのは、停電時にエレベーターなどを動かす

必要最小限の電力のみである。それもあと十分ほどでなくなってしまう。

 

かつてのパワーは鳴りを潜め、全盛期の十分の一程度しかその力を発揮できない。

いくら攻撃しても孝一が倒れないのは、それだけ"R"のパワーが落ちているということなのだ。

 

 

"R"は戦慄する。

(俺は選択を誤った。こいつだった!先に殺しておくべきだったのは

御坂美琴じゃなくてコイツだった!!)

 

もう時間がない、まもなくビルの電源が切れる。そうしたらオレは、死ぬ!

 

孝一がなおも音による攻撃を繰り出そうとすると・・・

 

「ま、まて・・・まってくれ・・・」

 

孝一の後ろの方から声がする。

 

「わっ悪かった。俺が間違っていた・・・もう悪さはしネェ・・

ちゃんとアンチスキルに自首もする。だから、命だけは助けてくれ・・・」

 

その人物の名前は音石アキラ。怪人"R"を操作していた犯人である。

 

「・・・音石、アキラさんですね?」

 

孝一がそう尋ねる。

立っているのもやっとなのだろう。

その声はハァハァと息切れを起こし、苦しそうだ。

 

「ああ、俺が音石だ。正直、降参だ。お前達の勝ちだ。

もうこれ以上、戦闘はしたくネェ!頼むから、自首させてくれ!」

 

そう、孝一に対して懇願する音石。

その姿は髪が乱れ、顔から汗が噴出し、実年齢より遥かに老けて見えた。

 

孝一は音石を凝視する。本当に投降の意思があるのか疑っているのだ。

もちろんエコーズで"R"の監視も怠らない。

しばらくにらみ合いが続いたが・・・

攻撃する意思がないと判断したのだろう。耳に装備しているインカムで

誰かを呼び出している。

 

一瞬、孝一の視線が、音石から外れる。それがいけなかった---

 

ゴッ!

 

すさまじい音がして、孝一が転倒する。

 

Rが何かを飛ばしたのだ!

その正体は、いつの間にか隠し持っていたナット。

それをレールガンの要領で、孝一の後頭部めがけて飛ばしたのだ。

 

「オラァ!」

 

間髪いれずに音石が孝一の腹部めがけ、ケリを入れる。

 

「グヘェ!」

「よぉぅし、戻って来いチリペッパー。オレの体内に、早く!」

 

そういって"R"、いや『チリペッパー』と呼ばれたそれを体内に戻す。

 

「ふぅ~。危なかったぜぇ~。正直、死ぬかと思った・・・

だがよぉ~。コーイチくぅん。人を簡単に信じちゃいけないなぁ~。」

 

そういって音石はいやらしく笑う。

 

「ぁ?・・・・うぅ・・」

 

対する孝一は意識が朦朧として動くことが出来ない。

 

「だまされるほうが悪いんだぜぇ~世の中はヨォ。・・・とりあえず、

このまま人質になってもらうぜ!」

 

そういってポケットからナイフを取り出す音石。

 

「御坂美琴はまだこのビルにいるはず!

お前の叫び声を聞いたら、あいつはきっと飛び出してくる。

そのときに『チリペッパー』であいつを殺る!」

 

音石の顔が狂気に歪む。

そしてうずくまる孝一に目をやる。

 

「その後はお前を殺して、とりあえずしばらく潜伏する。ほとぼりが冷めるまでな~!

だがヨォ・・・カリは返さなきゃなぁ~!

このオレ様に、こんなにも傷つけたんだ。俺の美しい髪、顔、指・・・!

指はギタリストの命なんだぜぇ?それをこんなにしやがってよぉ!」

 

しゃべっていて腹が立ってきたのか、音石は孝一の腹部を何度も何度も蹴る。

そしてガシッと、孝一の頭に右足を乗せ、思いきり体重を乗せる。

 

「ぐあぁぁぁぁぁぁ!」

 

「痛いか!?だがオレ様の痛みはこんなもんじゃネェ・・・こんなもんじゃオレ様の

心は癒せネェ!」

 

そしてピタッっと、その足を止め、孝一にこう宣言する。

 

「だからお前が一番悔しがることを、することにした。

あの時ジャッジメント支部にいた、あのアマ。

お前のダチかスケなんだろ?あいつを攫う。」

 

ドクン

 

(・・・なんだって?なんていった?お前・・・)

 

「そしてお前の死体と対面させて、目の前で可愛がってやる。

その時の、泣き叫ぶ声を想像するとヨォ~!

いまからゾクゾクするぜ~!」

 

ドクンッ ドクンッ ドクンッ

 

怒りに感情が支配される。

 

(・・・佐天さんを、どうするって?

・・・許さない・・そんなことは許せない!

いや、許しておくものか!!

ふざけるな!

佐天さんには、指一本触れさせやしない!)

 

 

ドクンッ!!

 

・・・何かが生まれる。自分の中の激しい感情が、エコーズに伝わっていく。

それを養分とするかのように、エコーズが成長していくのが、分かる。

 

パリッパリッ

 

エコーズの背中に亀裂が入る。

その様子は、さなぎから孵る、蝶のよう。

そしてついに、その殻を破る!

 

「・・・るさない・・・」

「?なんか言ったか?」

 

頭に乗っている音石の足を、孝一が掴む。そしてギラリと音石を睨む。

 

「ゆるさない・・・佐天さんに・・・僕の友達に手を出すことは許さない!」

「許さなきゃどうすんだぁ!?今のテメェに、なにが・・」

 

そういって、手にしたナイフを孝一に突きつけようとするが、その手が止まる。

 

「なにが・・なにっ・・・ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

そう絶叫し、ナイフを落とす音石。見るとその右手はまるでやけどを負ったように

赤くただれている。

そして落としたナイフにはある文字が刻まれている。

 

『ドジュゥゥゥゥゥ』

 

その文字がナイフから浮かび上がり、グニグニと変形していく。

そしてそれを、エコーズから孵った"物体"が尻尾に戻し、装着する。

その容姿は昆虫や幼虫を連想させたエコーズが、文字通り成長したようなフォルムをしている。

体からはエコーズの時にはなかった足が生え、より人間のような形体となっていた。

 

孝一には分かる。こいつの能力が、使い方が!

 

「てめぇが!てめえがやったのか!?なんなんだ!?おまえ!お前の、この能力は!?」

 

明らかに、自分の知っている広瀬孝一の能力ではない。

その事が音石を軽いパニックに陥らせる。

 

ゆっくりと、孝一はその体を起こし、立ち上がる。

頭からは血を流し、体中からは激痛が走る。

体力も、もう限界に近い。

しかしそれでも、孝一は音石と対峙する。

その瞳を怒りに染めて。

 

「来いよ・・音石アキラ・・・『チリペッパー』だっけ?お前の能力の名前・・・

そいつを出してみろ。」

 

ジリジリとその距離を狭め、孝一が近づく。

 

(冗談じゃない!こんなわけの判らない能力を持ったヤツと、これ以上戦えるか!

逃げるんだ!・・・あの傷だ、きっと、コイツは追ってこれない!)

 

そう思い、音石が逃亡を図ろうとしたその時!

 

「広瀬君!大丈夫!?」

 

御坂美琴と白井黒子が孝一たちの目の前に現れた。

 

 

(・・・御坂美琴、だと・・・)

 

音石はある事を思いついた。

(これが成功すれば、ここにいるやつらを皆殺しにすることが出来る。

『チリペッパー』に残されているわずかな電力。コイツを今、全て集中させる。狙いは---)

 

突如、音石が走り出す!

その先にいるのは、御坂美琴。

 

(御坂美琴!お前はレベルファイブの電撃使い(エレクトロマスター)だ!

その体内には、莫大な電気が溜め込まれている!そいつを全て貰う!

一瞬だ!チリペッパーが一瞬でもテメェの体に触れることが出来たなら、

それでお前の体から電気を抜き取れる!!)

 

音石の体内から『チリペッパー』がその姿を現す!

 

 

・・・孝一は冷静だった。冷静に美琴に向かう音石を凝視する。

 

(逃げられない、お前はエコーズの射程圏内の中だ!)

 

そして耳に装備したインカムで美琴にある事を告げる

 

 

「おねえさま!」

 

敵の不穏な行動を察知し、白井が美琴の手を掴もうとする。

安全圏内までテレポートするためだ。

しかしそれを美琴は手で制す。

相手は凶暴な表情を浮かべ、美琴になおも接近する。その距離約五メートル!

だがそれでも、御坂美琴は動かない!

 

「もらったぁ~!!」

 

『チリペッパー』は自分の勝利を確信した。

 

 

(・・・新しいエコーズ・・エコーズACT2の能力、それは貼り付けた擬音に触れた

物や物体に、その擬音と同じ効果を体験させる!)

 

『チリペッパー』の手が美琴の体に触れる、その瞬間。

『チリペッパー』は見てしまった。

美琴の隣にいるエコーズを・・・

そして、美琴の服に張り付いている、ある擬音を。

だが、もう腕を止める事が出来ない!!

 

そして『チリペッパー』が美琴に触れた瞬間・・・

 

ドッグォォオオオオオオオオオン!!!

 

発生した爆発の衝撃で、『チリペッパー』は吹き飛ばされた。

 

 

孝一は美琴にこう話していたのだ。

 

『僕を信じてその場を動かないでください』と。

 

 

こうして広瀬孝一と音石アキラの戦いは、音石アキラの敗北で幕を閉じた・・・

 

 




ついに音石アキラとの戦いが決着です。
彼の名前がアキラなのは、やはりパラレルワールドであるがゆえです。
正直、ここに話しを持ってくるまで、かなりきつかった・・・
これを毎週のように投稿している方たちはホントすごいです。




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日常

やっと終わった。これにて第一部完結です。


ドッグォォオオオオオオオオオン!!!

 

「グエェェェェェェ!」

 

チリペッパーが吹き飛び、その体が四散する。すでにエネルギーがつき、人型形態を維持できないのだ。

そしてそのまま小さな粒子となり、パリッっと小さく放電し、その姿を消した。

 

「……」

 

音石はそのまま立ち尽くしている。だがその様子は、どこかおかしい。

自慢のロングヘアーはいつのまにか真っ白に染まり、目の焦点は定まらない。

口からは泡を吹いており、ぶつぶつと何かうわごとをつぶやいている。

どうやら命は助かったようである。

だがもう、その見た目と様子から分かるように、再起はできないだろう。

彼が孝一たちの目の前に立つことは、二度とない。

 

「ハァーッ、ハッーッ、ハァーッ……」

 

終わった……

そう思ったとたん、孝一の体から力が抜ける。

体を支えていた足が、ガクッと崩れる。

 

ガシッ

 

崩れ落ちそうになる孝一の体を、駆け寄ってきた御坂美琴と白井黒子が両側から支える。

 

「す、すみません……御坂さん……ボロボロですね」

 

「何言っていんの、君のほうがひどいわよ、とりあえず、今はしゃべんないほうがいい」

 

そういって孝一に口を閉じるよう促す。

今は少しでも体力を使わないほうがいい。

そう判断した美琴の優しさだ。

それに孝一は甘えることにする。

 

「そ、それじゃ……すこし、や…す…ま……」

 

最後までしゃべることなく孝一の意識は深い闇へと沈んでいく。

そして

 

「……」

 

孝一の意識は完全になくなった。

 

その孝一の寝顔を、美琴は見る。純粋に、かわいいと思った。

もし弟がいたのなら、こんな感じなのだろうか。そんなことをふと、美琴は思った。

 

 

辺りからはサイレンの音がする。おそらく先ほど連絡したアンチスキルがやってきたのだ。

 

「おーい。コーイチくーん」

「御坂さーん。白井さーん。無事ですかー」

 

白井たちから安全だと連絡を受けた佐天涙子と初春飾利がやってくる。

だが、負傷し、意識を失っている孝一を見るや、

早く病院に連絡を!と叫んだり、孝一君!しっかりっ!とベチベチ頬を叩いたりと

静かだった空間が、いきなり騒がしくなる。

そんな二人を、美琴達は意識を失っているだけだから大丈夫。となだめるしかなかった。

 

 

三階ラウンジに突入したアンチスキルが茫然自失状態の音石アキラを確保する。

それを遠巻きに見つめる美琴達。

 

すべてが終わった。

悪夢のようなジャッジメント支部襲撃事件も、現金強奪事件も。

二度とおきることはない。

一連の事件は、この瞬間、終わりを告げたのだ。

 

 

 

 

 

こうして、世間を賑わせていた"R"事件はその幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

                     ★

 

 

 

 

 

「……」

陽のまぶしさから孝一が目を開けると、そこは見知らぬ天井だった。

だがこの天井には見覚えがある。そしてこの独特の薬品の匂いも…

どうやら孝一は、数日前に入院していた病院に再び担ぎ込まれたようである。

時刻は日の高さから考えて、昼ごろだろうか。

とりあえず喉が渇いていた孝一は、テーブルにある水の入った水差しに手を伸ばす。

 

「やあ、起きたのかい?」

 

するとそれを察したのか、誰かの手が水差しをとり、孝一の口に含ませる。

この声は女性だ。一体誰だろう。そう思い孝一はその手の主を見る。

そしてむせた。

 

「ブホッ!」

 

上半身下着姿の女性が、そこにいた。

 

「ああ、すまない、こういう介助方法は実は見よう見まねでね。

今初めてやったんだが、結構難しいんだな」

 

などと、自分の姿など意にも介さずに孝一に話しかける。

 

「いや…いや…」

 

孝一は口をパクパクさせて、ベッドから起き上がり、後ろに下がろうとする。

 

「おい、どうした?どこか痛むのか?必要ならアスピリンを処方するが…」

 

そういって立ち上がり、逃げようとする孝一の両肩を、女性はつかむ。その形は見るものからすれば、

完全に女性が孝一を押し倒す形となっている。そして運の悪いことに…

 

「失礼しまーす。先生、孝一君の容態…は…」

 

佐天涙子が二人の状態を見て、硬直した。

 

 

                       ★

 

 

 

「孝一くん、サイテー。お見舞いに来て損したー」

 

そういって口元を膨らませ、プンプンと怒っている佐天さん。

 

「だから違うんだって。目が覚めたらあの人が…その…下着姿で…」

 

そういって最後のほうはゴニョゴニョと聞こえなくなる。

 

この広瀬孝一という少年は下(シモ)の話にめっぽう弱い。

学校でも男子生徒が話すその手の会話に参加できず、一人顔を赤くするほど耐性がない。

彼は思いのほか純情少年であった。

 

その原因とも言える女性は、もういない。

彼女は二人に挨拶をすると、そそくさとその場を立ち去った。

彼女の名前は木山春生といい、大脳生理学という、難しい分野を研究している先生とのことだ。

知り合いの医師の好意で、この病院で入院している子供達に定期的に会いに来ているらしい。

 

(その先生が、なぜ僕の病室に来たのだろう?)

 

孝一はそう疑問に思っていたが、いまだに口を尖らせている佐天さんをなだめるうちに、

いつの間にか忘れてしまった。

 

 

 

                   ★

 

 

「では、広瀬さんの件、よろしくお願いいたします」

 

「私の専門は大脳生理学だよ、正直お門違いなのだが…」

 

誰もいない病室の一角で、白井黒子と木山春生は孝一のことについて話し合っていた。

その木山の手には、先ほど孝一から採取した、血液入りの試験管が握られている。

 

「それでも、先生に頼みたいのです。」

 

この件についてはあまり表沙汰にしたくない。会話からその意図がありありと見て取れる。

 

「…わかったよ。君達には借りもあるしな…それにしても、彼は何者なんだい?

正直、普通の少年にしか見えないのだが…」

 

「そう、普通なんですわ…問題は、その能力のほう…」

 

これから起こり得るであろう事態を想定し、白井の表情は険しくなった。

 

 

 

                  ★

 

 

ここは…どこだ…病院か…?

オレは…たしか…孝一のヤツに敗北して…

それから、どうなったんだ?…よく、思い出せない…

 

「お目覚めかな、音石アキラ君?いや、世間を賑わしていた怪人"R"と呼べばいいのかな?」

 

…だれだ?お前は?…

 

 

見ると病室には男がいる。その表情はとてもにこやかで、さわやかな好青年といった風である。

場違いだと思ったのが彼の着ている服である。病室に、ビジネススーツはあまりに不釣合いだ。

 

「君の能力はとても興味深いね。電気と同化することが出来る能力。そして君の体から現れる

見えない像(ビジョン)のようなもの。正直、君は、君が思っているよりも遥かに希少価値が高い存在だ。

各組織が君を手に入れるために、どれだけ血眼になっていたか、分かるかい?」

 

そういって音石を覗き込むビジネススーツの男。

その顔はにこやかな表情をいつまでも崩さない。

その内音石はこの男が本当に人間かどうか怪しくなり、しだいに不気味に感じ出した。

 

「そんな君を、私たちは一番乗りで手に入れることが出来た。やっぱり情報は大事だね。

常に根を張り地道な調査。これが一番だよ」

 

ガラガラガラガラ

 

白い手術服とマスクをした男達が、様々な機械や手術道具をキャスターに乗せ現れる。

中には電ノコやグラインダーなど、本当に手術に使うのか怪しいものも含まれている。

 

「私達は君のことが知りたい。君の脳内で、どのような現象が起こっているのか。

一般人と比較して、どう違いがあるのか?細胞や血管、骨や筋肉にいたるまで、全て知りたい」

 

ブゥゥゥゥゥゥン

 

なにやら機械の作動音がする

 

 

いやだ!助けてくれ!死にたくない!

 

そう声にしようとするが、出せない。

 

「ああ、悪いが声帯は切り取らせてもらったよ。手術中に絶叫を上げられると集中できなくなるからね。

ちなみに、意識は残した状態のまま執り行うが、かまわないよね?大丈夫、死にはしない。

君が死ぬのは、私たちが君の全データを取り終わってからだ。

あと、能力で逃げることは不可能だよ?この部屋は電気を通さない絶縁体で出来ている」

 

男がにこやかにそう宣言する。

 

 

…これは、悪夢か?どうしてこんなことになった?ただ、俺は人と違う能力を得て、

自由気ままに生きてみたかっただけなんだ…

やめろ!くるな!やめてくれ!!

 

 

そう思っても、声は聞こえない。

誰も助けに来ない。助からない。

 

ビジネススーツの男は、用が済んだとばかりににこやかに退室する。

 

そして実験と称した手術が始まった……

 

 

 

                      ★

 

カタカタカタカタッ

 

白井黒子は今回の"R"事件についての報告書を作成していた。

しかしその報告書の内容は八割方が本当で、後の二割は多少の捏造が加えられていた。

その二割の方は広瀬孝一に関する記述である。

白井は、広瀬孝一はあくまで事件に巻き込まれた被害者であると、そう捏造したのだ。

 

 

「…ふう」

報告書を作成し終え、白井は広瀬孝一とエコーズと呼ばれる能力について考えをめぐらす。

エコーズとは何なのか。どこから来て、何をもたらそうというのか?

 

現在この不思議な能力を確認できているのは、広瀬孝一と音石アキラの二名のみ。

しかし、この学園都市で二名ということは、潜在的にはもっと多くの、能力者がいるのではないだろうか?

もし彼、彼女たちがその能力を犯罪に使用したら?

白井が恐れるのはそこである。この能力は、一般の人間には認識することが出来ない。

つまり、学園都市のどんな高レベルの能力者でも、太刀打ちできない可能性があるのだ。

 

そして白井はもう一つのことも懸念していた。

この能力は学園都市だけなのだろうか?

ひょっとすると、日本中、いや世界中に同能力者はいるのではないだろうか。

 

この現象の意味する所はなにか?

 

「……」

 

やめよう。いくら考えても所詮素人の自分には答えなんかでない。

下手の考え休むに似たりだ。

 

そう思い思考を中断する。

 

「白井さん。差し入れですよー」

 

難しい顔で考えている白井に気を使ってか、初春飾利がコーヒーを持って現れた。

 

「ありがとう。いただきますわ」

 

そういってコーヒーを受け取る白井。

一口啜り、フウッとため息をつく。

そしてこう考えを改める。

 

(不必要に、神経質になるのはもう、やめにしますわ。

私達はいつもどおり、今出来ることを少しずつやっていくしかないんですから)

 

そう思い、コーヒーをもう一口啜った。

 

 

 

 

                      ★

 

 

 

子供の頃、ヒーローに憧れた。

弱きを助け、悪を倒す、完全無欠のヒーロー。

 

だけどヒーローの日常は常に大変だ。いつ何時誰かに襲われるか分からないし。

時には大怪我をすることだってある。どこかに出歩くだけで、トラブルに巻き込まれたりもする。

 

ヒーローは大変だ。彼らと同じように、力を得た今なら分かる…

 

 

だから守り抜いた平和な日常がこんなにも輝いて見えるんだ…

 

 

 

久しぶりの登校だ。広瀬孝一は学校に行く道すがら、少し緊張していた。

あれから一週間いや、"R"事件から計算すると二週間以上、孝一は学校に通っていないことになる。

孝一は少し不安になっていた。みんな自分のことを忘れてやしないかと。

 

だが

 

「おっはよ~!コーイチ君」

 

突然表れた元気な声が、孝一の肩を叩く。

クラスのムードメーカー佐天涙子だ。

 

「おはようございます。孝一さん」

 

おくれて初春飾利も孝一に対し挨拶する。

 

「おはよう二人とも、昨日はプリントありがとう。後これ授業のノート。

おかげで助かったよ」

 

そういってかばんの中から、初春と佐天が授業中に書き写したノートを返却する。

 

「なんのなんの、コーイチ君には命を助けてもらったからねー。これくらい朝飯前だよ。

なんなら初春のパンツもつけようか?」

 

「パ…パン…」

 

「なななななッ、朝っぱらからなんてことを言うんですか~!

つけませんよ?パンツなんて絶対!」

 

「き、聞こえてる!初春さん!そんな大声出しちゃ、周りに聞こえる!」

 

「あはははっ、冗談だよ、ジョーダン♪」

 

 

 

「オッス。広瀬」

「怪我したんだっけ?元気だったかー?」

「もし分からない所とかあればいって?ノートかしてあげるから?」

 

孝一を見かけたクラスメイト達が次々と声を掛けてくれる。

 

心がスッと軽くなる。そして改めて思う。

自分を受け入れてくれる人がたちがいるだけで、世界はこんな簡単にかわるんだと。

 

 

 

「ゲ!ヤバイ!このままじゃ遅刻するかも!」

「ちょっと歩く速度、遅すぎたかもですね~」

「それじゃ、走ろう!」

 

 

三人が、走る。

 

一日が始まる。何気ない、当たり前の一日が。

 

だけど孝一はもう知った。当たり前の日常だからこそ。かけがえのないものなんだと。

 

「いっけぇ~!」

 

そういって三人は勢いよく、校門の中に足を踏み入れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最初にこの作品を書き始めたときは、自分のモチベーションが続くかどうか、とても不安でした。
これまで小説というものを、ましてやネット上に投降するなんて初めての経験でしたから。
でも皆さんの暖かいコメントのおかげで、何とか完結させることが出来ました。
今はやり遂げた感で一杯です。みなさん、どうもありがとうございました。

引き続き第二部も頑張りたいです。



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第二部
壁の外から来た男


第二部開始。
オリジナル設定、オリジナルキャラ登場です。
この際だからと、以前からやってみたかったことを作品に入れてみました。



学園都市。周囲を高さ五メートル、厚さ三メートルの壁で覆われている科学の街。

そこで暮らす住人は大半が学生で、日夜、脳の開発を行っているという…

 

 

とあるビルの一室。

その学園都市を遠巻きに眺め、四人の男女が会話をしている。

 

 

「これが学園都市における、君の身分証明書。それと、当面の資金だ」

 

そういって黒服にサングラスの男達が、一人の男に必要書類が入ったかばんを手渡す。

手渡された男は、口ひげを蓄えた小太りの中年男性で、

まるで映画に出てくる小悪党みたいだった。

 

「へへっ。オーケーオーケー。確かに受け取ったぜ」

 

そういって男はポンポンと、嬉しそうにかばんをたたく。

 

「それとこれも忘れるな。」

 

もう一人の黒服が、銀のアタッシュケースを男に突きつける。

 

「分かってますって。こいつを指定された日時、場所で、待ってる男に渡せば、

これで俺の仕事は完了。はれて学園都市の住人になることが出来るって寸法だろ?

分かってる。よーく分かってるよ」

 

そういって男は嬉しそうに、これで俺も学園都市の住人…と口の中で何度も反芻する。

よほど嬉しいのだろう。黒服たちがいなければ小躍りしていそうだ。

 

「後の案内は彼女がやってくれる。学園都市に侵入するまでは、彼女の指示に従うんだ」

 

そういって、フードを被った小柄な女性に目をやる。

彼女はとある魔術結社に所属する魔術師である。

それも他の組織とは異なる、特殊な組織に…

 

彼女が所属する組織はいわば裏家業・運び屋と呼ばれる仕事をメインに行っている。

金さえ払えば、どのような物や人物でも、目的地にまで送り届ける。

それこそ、核物質や国際的政治犯まで、彼女が運んできたモノや人物は数限りがない。

 

「へへっ、よろしくな。お譲ちゃん」

 

そういって女性に挨拶する男。

 

「……」

 

彼女はしゃべらない。送り届ける商品のことなどどうでもいいのだ。

 

「では我々はこれで失礼する。君が無事任務を遂行することを祈っている」

 

「そっちこそ、色々ありがとなー。こいつは責任を持ってオレ様が届けてやるぜ」

 

男と女性が学園都市に向かう。これから彼女の魔術で、侵入を果たすのだ。

 

それを遠巻きに眺め、黒服の一人はこうつぶやく

 

「せいぜい短い夢を。ジャック・ノートン」

 

 

 

 

 

「あっ、初春さんだ」

朝、自室のテレビでニュース番組を見ていた孝一は、

かじっていたせんべいの手を止めこうつぶやいた。

テレビでは初春達ジャッジメントの学生が、忙しそうに交通整理や歩行者の通行規制などを行っている。

 

 

実は今、学園都市ではある出来事で厳戒態勢がとられていた。

中米に位置するサマルディア共和国の大統領が、現在学園都市に来日しているためである。

期間は三日間で、すでに予定の二日は消化し、残す所今日だけとなっていた。

 

学園都市は基本的に外部の人間の出入りは出来ない。しかし例外もある。

学園都市の関係業者や学生の肉親などである。

今回の場合、大統領の一人娘が学園都市に留学中しているということ、

かねてから大統領が、学園都市に来日を希望しているという事。

その二つの条件が重なり合い、異例中の異例としてだが、

こうして訪問が実現したのである。

 

とはいえ、学園都市側も大統領訪問など、初めての経験である。

車両や歩行者の通行は制限され、大統領を一目見ようと集まる見物客の対応に、アンチスキルは対応しきれていなかった。その為、初春や白井達ジャッジメントにも声がかかり、様々な雑務をこなしている。

 

今映っている映像は昨日のものだが、この様子では最終日の今日も、彼女たちは大忙しだろう。

 

などとぼんやりと考えていた孝一。

 

その時、孝一の携帯が鳴る。

 

誰だろうと見ると、相手は佐天さんからだった。

 

「おはよう、佐天さん。こんな朝からどうしたの?」

「おはよっ、孝一君。さっきのニュース、見た?初春が映ってたんだよ~」

 

ニュース番組で親友の姿を見かけて、うれしかったのだろう。

そういって佐天さんがうれしそうに報告してきた。

 

「あははっ。僕もちょうど同じ番組を見てたんだよー。大変そうだったね」

 

「なに他人事みたいにいってんの、孝一君?私達もいくよ!

初春達を手伝いにいくの!」

 

そういって口調がちょっと荒くなる佐天さん。

 

「ええ?で、でも僕たちジャッジメントじゃないし…かえって邪魔になるんじゃ…」

「孝一君?孝一君にとって、初春は、なに?

ただのクラスメイト?違うよね、友達でしょ?

友達が大変そうなときに、そばにいてあげないで、なにが友達かと、ワタクシは思うのですよ」

 

何か芝居がかったセリフで話す佐天さん。

彼女達と友達になって一ヶ月経つが、こういうときの彼女は

いたずらを考えている時だと孝一には分かるようになった。

つまり、初春を冷やかしに行きたいのだ。

そして、スカートをめくりたいのだ。

 

ボッ

 

そう考えて、孝一の顔は赤くなってしまった。

 

「とにかく、初春の所に行こう、今すぐ!孝一君、急いで支度しなさい。以上」

 

そういってブツンと携帯が切れる。

 

ツーツー…

 

「ええ~?支度しろっていったって、どこで待ち合わせすればいいんだ?

佐天さん、場所も、時間も、何も言わなかったぞ?」

 

(とりあえず、パジャマから私服に着替えなおして、それから…それから、どうしよー)

 

焦る孝一。そのとき

 

ピンポーン

 

玄関のチャイムが鳴る。

開けると、そこには佐天さんがいた。

 

「……」

 

「実は、いたりして」

 

そういって佐天さんは、にこやかに笑った。

 

 

 

 

                      ◆

 

 

公園

 

初春に会いに行く前に、孝一たちは差し入れを持参するため、

とてもおいしいと評判の移動販売を行っているクレープ屋に向かっていた。

ここのクレープは持ち帰りも行っており、若い女性にとても人気があるそうだ。

 

当然佐天もそれを初春の手土産にしようと考えていたのだが…

 

「アレ?こんな屋台、あったっけ?」

 

見るとクレープ屋の真向かいに、屋台がポツンとある。

そして、店主がいかにも暇そうにイスに座って新聞を読んでいる。

店主は口ひげを蓄えた小太りの中年男で、映画の中の小悪党を連想させた。

 

その屋台の看板には

 

『ジャックのフィッシュ&チップスの店』

と書かれていた。

 

「おっ、フィッシュ&チップスだって、なんか面白そう。

孝一君、ちょっと行ってみようよ」

 

この辺りでは見かけない食べ物に興味を覚えたのだろう。佐天は孝一を伴い、

屋台に近づく。

 

「すいませーん。フィッシュ&チップス二つ下さーい」

 

「ん?おおお!?」

新聞を読みながら半分居眠りしていた店主が、ガバッと起き上がり、

佐天の手をがっちりと握る。

 

「へ?」

 

「おおお!いらっしゃい!うちのフィッシュ&チップスは本場ロンドン仕込みの本格派!

衣はさっくり、中はフワッと臭みもない!一度食べたら病み付きだよ!」

 

男はすごい速さでまくし立てると、孝一たちにフィッシュ&チップスを手渡す。

 

「御代は結構。オレ様のおごりだ。その代わりといっちゃ何だが、一つ、この店の

宣伝なんぞをしてくれると、大変うれしい。出来れば、ネットの口コミサイトなんかで

褒めちぎってくれると、大助かりだ」

 

「は、はあ…」

 

二人は店主の勢いに飲まれ、空返事をする。

そして手渡されたフィッシュ&チップスをなんとなく口に含む。

 

「あ、おいしいかも」

「うん。ホントにサクサクしてて食べやすい」

 

二人はそれぞれ正直な感想を言う。

 

「そうだろう、そうだろう!じゃあ帰ったら、早速感想を…」

 

そういいかけ、男は何か大変なことを思い出したのか絶叫する。

 

「お、おい。お譲ちゃんに兄ちゃん。すまないが、今何時だ?」

「えっと…九時十五分ですけど…」

 

孝一が携帯の時計の時刻を確認するや、

 

「すまねえ。二人とも、ちぃーっとばかし頼まれて欲しいことがあるんだが…」

 

「え?」

 

 

 

                       ◆

 

「ヘ?」

「じゃーすまねえな!チャチャッと用事を済ませたらすぐに戻ってくるからよ!

それまで店番たのまぁ!」

 

そういって二人にエプロンを手渡す店主。

本当に大事な用事があるのだろう。

銀のアタッシュケースを大事に抱え、大急ぎで走り去っていく。

 

「ええ~!?」

 

後には絶叫する二人だけが取り残された。

 

 

                       ◆

 

 

「ヤバイヤバイヤバイ!」

男、ジャック・ノートンは急いでいた。

 

(うっかりしてたぜ!今日が約束の日じゃねぇか!)

 

そう、今日は荷物の受け渡しの日。荷物とはジャックが抱えるこの銀のアタッシュケース。

この中に何が入っているのか、興味が尽きない所だが、詮索はしない方がいいだろう。

おそらく、なにかヤバメのものが入っているに違いない。

 

 

(オープンカフェの『リンクス』ここで間違いねぇな)

 

ジャックは店員にホットコーヒーを注文すると、とりあえずイスに腰掛ける。

 

(リンクス・九時三十分待ち合わせ。そこで男に銀のアタッシュケースを渡す。完了。)

 

そう心の中で確認し、目当ての男がいないか辺りを見渡す。

 

(しまったぜ、相手の顔となりを確認するの、忘れてた)

 

心の中で舌打ちをする。こうなったら、相手が自分を見つけてくれるしかない。

 

そんな時、ヒソヒソと話し声が聞こえるのをジャックは聞いた。

相手は二人組みで、自分と背をむけ、なにやら話している。

その風貌となりで、ジャックは直感的にこの二人が目当ての人物だと確信する。

だが、なにかおかしい。

心の中で、警告音がする。

なにか、ヤバイ…

それは彼らの雰囲気だけじゃなく、話の内容からもうかがえた。

もっと意識を耳に集中し、話の内容に耳を傾ける。

 

「…本当に後悔しないのか?お前の考えは、俺にはわからねぇ…

正直、自分から命を捨てる行為ほど、愚かなことはねぇぜ…」

「それはお前の考えだ。命を捨てるだけの価値が、我々にはあるのだ。

我々は、変化を望まない。ここで大統領が死ねば、体制は覆り、

再びわれらが政権に返り咲く」

 

なんだって?なんていった?

大統領を、コロス?

 

「その為にも確実に大統領には死んでもらわなければならない。

まもなく運び屋から品物が届く。それと私を護衛すること。

それ以外は考えるな…」

 

ジャックは戦慄した。

 

(ヤバメのものだと思っていたが…

コイツは爆弾…か?

命を捨てるとかいったな…

まさか、自爆テロ?)

 

冗談じゃない。そんなものの片棒を担いで溜まるか!

 

そういって彼らに気づかれないよう、ゆっくりと立ち上がる。だが、焦っていたのだろう。

銀のアタッシュケースをイスにぶつけてしまう。

 

その音に二人組みは気づく。そしてジャックの風貌と銀のアタッシュケースを確認し…

 

「~!!!!」

 

ジャックは大急ぎでその場を離れた。

相手は追ってきているのか?分からない、怖くて後ろなんか振り向けるか!!

とにかく逃げなくては!だが、どこへ?どこに?

 

 

 

                      ◆

 

「ありがとうございました~」

 

そういって孝一は客に挨拶する。

現在売り上げは順調で、ぽつぽつと人が入ってくるようになった。

 

「孝一君。在庫がもうないけど、どうしようか?」

 

一番の功労者は佐天さんだろう。

作業の邪魔だからと、ポニーテールにした佐天さんに見とれてこのお店に入ったお客も少なくない。

 

「とりあえず、いまあるヤツで、打ち止めかな」

 

このまま行けば、真向かいのクレープ屋と売り上げで対決できる日もそう遠くはない。

 

 

 

(…って)

 

違うだろ!っと孝一は心の中で突っ込みを入れる。

 

(あの店主はどこにいったんだ?すぐに帰ってくるといったけど、あれからもう一時間は経っている。

それより、この仕事をいつまでやればいいんだ?というか初春さんは?

彼女を励ましに行くんだろ?もう十時だぞ!)

 

頭の中でそんなことを考えていると、

 

「ハァ、ハァ、ハァ…」

 

「あ、アンタは!」

 

茂みの中から店主が現れた。

走ってきたのだろう。顔からは汗が滴り落ち、服にシミを作っている。

 

「ひどいじゃないですか!いきなりいなくなるなんて、こっちがどれだけ大変だったか…」

 

そういって男に食ってかかろうとすると…

 

「すまねぇな、少年。ちょっと、トラブルに巻き込まれてな…

命からがら逃げてきたんだ…」

 

そういう店主の顔は、どこか、蒼い。

そのただならぬ様子に孝一が疑問に思っていると、

 

「探したぜ?ジャック・ノートン。鬼ごっこは、もう仕舞いだ。

手に持っているブツをさっさと渡しな」

 

そういって男が立っていた。

それはさっきオープンカフェにいた男の片割れ。

 

「あ…あ…あ…」

 

ジャックは声が出なかった。追い詰められて絶体絶命。自分はもう助からないと覚悟を決めた。

 

この男に何か不審なものを感じ、孝一は二人の間に割って入る。

 

「あっ、あの…この人が何をやったのか知りませんけど、とりあえず暴力行為は…」

 

「邪魔だぜ、ボウズ」

 

そういうと男は自分の体内から何かを出現させた。

 

(え?これって、まさか…)

 

その手が孝一の体を掴もうと襲い掛かった。

 

"R"事件から一ヶ月。

孝一に再び最悪が降りかかる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




とりあえず、今回の物語の背景説明とオリキャラ説明に終始した回。
導入部です。うまく完結できるか不安ですが、なんとか頑張りたいです。


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ジャック

こういう物語を書いていると、本当に話が進んでいるのかどうか分からなくなるときがあります。


ズワアッ!

 

男の体内から、人型の物体が飛び出す。

ソイツは歯を食いしばっているような顔つきをして、孝一の体を掴もうとその手を伸ばす。

 

「エコーズ!」

 

とっさに孝一はエコーズact2を呼び出し、繰り出される右手をいなす。

その瞬間!

 

ビタッ!

 

「え?」

 

相手の腕をいなしたエコーズが動かなくなる。いや、それだけじゃない。

 

(か…からだが…うごかない…)

 

孝一の体も、まるで何かに固定されてしまったかのように、動かせなくなる。

 

「お前っ…まさか、俺と同じような能力を…」

 

男はいきなり発現したエコーズに驚いているようだ。

しかし、その言葉の先を続けようとする前に…

 

ズルッ

 

男は白目をむいて倒れこんだ。

 

見ると男の後ろには、いつの間にか回りこんだジャック・ノートンが

銀のアタッシュケースを持って息を切らせていた。

おそらく、このアタッシュケースの角で、男の後頭部を殴ったのだろう。

 

「ゆっ…油断したなぁ?…お、おい、少年に譲ちゃん!逃げるぞ!」

 

「あれ?動ける?」

 

さっきのは一体?この男の能力なのか?

そう思う孝一をおいて、ジャックはどこかへ走っていく。

 

「孝一君!あのおじさん、行っちゃうよ?追わなきゃ!」

 

そういって佐天は孝一の手をとる。

 

(そ、そうだ!今はあの人を見失っちゃいけない、

きっと、なにかヤバイ事件に関わっているんだ、あの人。

大統領訪問、謎の男達、アタッシュケース、能力者…

これだけの条件がそろったんだ。何も関係ないはずがない!)

 

そう思い、孝一たちはジャックの後を追った。

 

 

 

                       ◆

 

 

「つっ~…」

 

孝一達がいなくなった後。

男、サーレは目を覚ましていた。

頭がズキズキする。触ってみると、後頭部に大きなタンコブが出来ていた。

 

「くそっ!俺としたことが…こんな油断を!」

 

(これで任務に失敗なんぞしたら、また、サリーの奴にどやされちまう…)

 

彼はいわゆる、便利屋という商売を生業として生計を立てていた。

今回の任務もその一環で、「受け取った商品と依頼者を、目的の場所、時間まで護衛する」

というモノだった。

途中までは、トラブルもなく順調だったのだが…

 

(あのやろぉ…怖じ気づきやがったのかぁ…ま、気持ちは分かるが…)

 

あの男が逃げた理由は、あの銀のアタッシュケースだろう。

あの中に何が入っているのかは、依頼者も言わなかったが、おそらく爆弾の類だ。

おそらく爆弾テロを起こすつもりなのだ。

その行為自体、サーレは気に入らなかったが、それはそれ。

与えられた任務は、きちんとこなさなければならない。

 

(その為にも、あのアタッシュケースは絶対に手に入れる!)

 

そう決意して、サーレは孝一たちの後を追っていった。

 

 

                     ◆ 

 

 

 

「さあ、答えてください。一体あなたは何をやったんですか?そしてあいつは誰なんですか?」

 

とりあえず身を隠すため、裏路地まで逃げてきた三人。

辺りは塗装工事の途中なのだろう、ペンキの缶やら梯子やらが置いてある。

 

「ええ…っと…それは…だな…」

 

はじめは何か良い言い訳を探していたジャックだったが、二人の問い詰めるような眼差しに

さらされ、ついに折れてしまった。

 

「俺が追われている原因は、これさぁ」

 

そういって、手にした銀のアタッシュケースを孝一と佐天に見せる。

 

「何が、入ってるんです?」

 

当然の疑問をぶつける佐天。

 

「それは俺にもわからねぇ、ただ俺は、指定された日時にコイツを相手に渡す。

それだけ言われてただけだからな。だが、あいつらの口ぶりからすると、おそらく、爆弾」

 

”爆弾”という言葉を聴いた瞬間、孝一たちはスザッと後ずさりする。

 

「ば、爆弾!?なんで?そんなものが?というか、どうしてあなたがこんなものを?」

 

孝一はそう口にしたが、頭のどこかでは理解できていた。このようなものを学園都市に持ち込むことができるということは、おそらく…

 

「俺は、密航者だ」

 

ジャックが、孝一の疑問に答えた。

 

 

 

 

 

                       ◆

 

 

「密航者?あなたはテロリストなんですか?」

 

当然の疑問を口にする孝一に、ジャックは一言「ちがう」と否定する。

そしてどっかりと地面に腰を下ろし、銀のアタッシュケースの鍵穴部分を、

持参していた小型の工具セットでカチャカチャといじる。

 

「学園都市に来るのは、俺の夢だった。」

 

そして彼は話し始めた。

 

「子供の頃。俺はスーパーマンに憧れてた。誰だってそうだろう?

とにかくあの頃の年代は、自分より大きな力を持ったものに、とかく強い憧れを示すもんさ。

俺もその一人だった。よく友達と木の上から、スーパーマンごっこと称して飛び降りてたっけ。」

 

そういって遠い目をしながらも、作業を進める。

 

「だがそんな時、悲劇が起こった。交通事故さ。ダンプカーと俺たち家族の乗った車の正面衝突。

親父たちは即死。俺は意識の戻らぬこん睡状態で病院に担ぎ込まれた。

それから何十年も植物状態だったらしい。俺が目を覚ましたのは十年前。

事故からもう、二十年も経っていた。」

 

もうすぐロックが外れる。ジャックはその手ごたえを感じた。

 

「学園都市について知ったのはその後さ。俺を回復させた医療器具。それにリハビリの機器や薬。

これらは全て学園都市の技術が使われていた。学園都市側からしたら何世代も前の型落ち品さ、でも、

それでも、俺は救われたんだ…」

 

カチャン、とロックが外れる音がする。

 

「だから、どうしても来て見たかった。俺の子供の頃の夢をそのまま体現したかのような、学園都市にな。

だが、俺はもう四十。学生として入るには年を重ねすぎたし、ここの関係者でもねぇ、そんな俺がここに来るためには、体を張るしかなかったんだ。」

 

「それで、密航…」

 

孝一たちにはジャックの気持ちが理解できた。自分達も、同じ思いをもって、この学園都市にきたのだから。

もし学園都市にくることが出来なかったら、おそらく、ずっと誰かと自分を比較し、劣等感を持ったまま生きていたに違いない。

 

「さて、俺の話はもういいだろう。それよりコイツの中身は…」

 

そういってジャックはアタッシュケースの中身を空ける。

 

「え?ちょっと、爆弾が…」

 

爆発するんじゃ?と孝一達が言う前に、ジャックは中身を取り出す。そして疑問を口にする。

 

「何だ?コイツは?」

 

それは爆弾ではなかった。

それは実験などで使う試験管で、中に紫色の液体が入っていた。

 

「薬品?爆弾じゃなく、毒殺するつもりなのか?ん?」

 

アタッシュケースの中身にはまだ何か入っている。試験管に目を取られて

視界に入らなかったが、何かのレポート用紙だ。

 

とりあえずこれは後で読んでおこう。そう思いジャックはそのレポート用紙を懐にしまう。

 

「さて、と。とりあえず、この妙な薬品を、どうするかだが…」

 

そういい、ジャックは二人をみる。その目は「どうする?」と彼らに問いかけている。

 

「そんなの決まっています。アンチスキルに連絡しましょう。こんな怪しいもの、

このままにしてはおけませんよ」

 

そう孝一が言うと。

 

「そうだ!白井さんに連絡しよう。あの人はレベル4の空間移動能力者(テレポーター)です。

この試験官ごと、安全な場所まで移動できるはず!」

 

そういうと佐天は携帯をいじり白井と連絡を取ろうとする。

 

しかし

 

「え?え?何?体が、動かない?」

 

佐天は体がまったく動かせなくなっている自分に、軽いパニックを起こしている。

 

「見つけたぜぇ。まったく、手間取らせやがってよぉ」

 

そして、いつのまにか佐天の後ろにいた人影がゆっくりとこちらに向かってきた。

公園で孝一たちを追いかけてきた男・サーレである。

 

「とりあえず、人気の無い所にいると思って、上から探していて正解だったぜ」

 

上?そう思い孝一は上空に視線をやる。するとサーレの上空では小石が大量に浮かんでいた。

 

(浮かんでいる?違う、止まっている?こいつの能力って、もしかして…)

 

孝一は公園での一軒を思い出す。あの時、あいつの拳に触れたエコーズはまるでその場に固められたかのように動けなくなってしまった。

 

(固める。固定?そうか、あいつの能力は触れたものを固定する能力!)

 

しかしそれが分かっていても今は動くことが出来ない。佐天さんを人質に取られてしまったからだ。

 

「ケータイ、だしな。ボウズ。おっと、能力はだすなよ?

一瞬でも出したら、分かってんだろうな?

ジャック、お前ぇも携帯持ってんだろ?出せ。」

 

そういってサーレは二人に携帯を出すよう要求する。

そして

 

「壊せ」

 

携帯を破壊するよう命じる。

 

(くそ!こっちに渡せって言ってくれれば、携帯に貼り付けたaut2の文字で攻撃できたのに…)

そう思いながら、孝一は携帯を足で踏み、壊す。

 

敵は孝一の能力に警戒してか、孝一を近づかせない。

 

「お譲ちゃん。悪いが携帯は壊させてもらうぜ?こっちも任務を全うするまでは

連絡されたくねぇんだ」

 

そういって佐天の携帯をとり壊す。

 

「女の子の携帯を壊すなんて、最低ですね」

 

あまりに悔しかったのか、佐天がそう悪態をつく。

 

「最低?そうかもな…だが最低でも俺はプロだ。仕事は全うしなくちゃならねぇ。

ジャック、次はその試験管と銀のアタッシュケースだ!よこしな!」

 

そういっても、孝一に警戒の視線は怠らない。

 

「よーし、確かに受け取ったぜ。」

 

キキィッ

 

孝一たちの十メートルくらい後方で音がする。

見ると黒いバンが止まっていた。運転手は、カフェでサーレと会話していた人物だ。

 

「ブツは奪取した。これでお前らに用はねぇ。俺はお前達に何もしねぇ。その代わりお前達も何もするな。

俺たちを探そうとしたり、アンチスキルに連絡するのもやめときな。」

 

そういい残し、サーレは黒いバンに走り去る。

 

そしてバンは、どこかへと走り去っていった。

 

 

時刻は昼の十二時。

大統領暗殺の時刻まで、残り三時間…

 

 

 

 




原作では名前も出なかったやられキャラ、サーレーさんです。
パラレルワールドなので名前もサーレにし、パッショーネも存在しないので
何でも屋という設定になっています。

五部の中では結構気に入っているキャラです。


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追跡

何だかんだで三話まで投降することができました。
まさかこんなに続けられるとは…


「やられた…アタッシュケースを取られちまった…」

 

「この携帯、お気に入りだったのにぃ…」

 

走り去ったバンを遠巻きに眺め、思い思いが落胆の色を隠せない。

しかし

 

「今ならまだ後を終えます。ジャックさん。あなた、あのピッキングの腕前からしたら

車の配線を接続して動かすって事、出来ますよね?あそこにある、止めてある車を失敬しましょう」

 

「え?あ?そりゃ…出来ないってこともないが…だがよぅ、車は走り去った後だぜ?

どこにいるかもわからねぇんだ。後なんか追えるはずが…」

 

そのジャックの言葉をさえぎり、孝一は説明する。

 

「さっき僕のエコーズで、ここにあるペンキ缶を、奴らの車の後部にぶら下げときました。

当然穴を開けて。その垂れたペンキ後を追えば、奴らを追うことが出来るはずです」

 

「エコーズ?良くわからねぇが…。分かった、とにかくやってみよう。」

 

「おお、孝一君が燃えてる…」

 

佐天は今まで見たことのない孝一の様子を見て感嘆の声をもらす。

 

「……」

 

孝一の胸は熱く燃えていた。

それは、純粋なテロへの怒りだった。

 

(大統領を殺す?そんなこと、絶対にさせやしない!

この学園都市は、僕たちの街だ!その街で、好き勝手やらせるもんか!)

 

 

 

 

                    ◆

 

「なぜ奴らを始末しなかった?」

 

高速道路。

助手席で頬杖を付いて景色を眺めていたサーレに、男は話しかける。

 

「…殺しは、俺の流儀じゃねぇ…」

 

それはサーレの信念・誇りとも言うべきものだった。いままでどんなムカツク依頼をこなしてきたとしても、可能な限り人死には避けてきたのだ。どんな薄汚れた、汚い仕事に手を染めようとも、殺しだけはしない。

それだけで、心のどこかにキレイな部分を残しておける。自分はまだ、純粋に悪に染まっていない。

そう錯覚させることで、自分は救いのある人間だと思い込ませてきたのだ。

 

だが、そのサーレの信念など男が気づくはずもなく、一笑に付す。

 

「甘いな。それでよく今までこの仕事をやってこられたもんだ…。だが、まあいい。こうして目的のものは手に入ったのだ。後は時間まで、これを守り通せば、それでいい」

 

「だがよぉ…そうはいかねぇみたいだぜ?場合によっちゃあ、ここでアンタとはお別れだ」

 

サーレが何を言っているのかわからず、男が「何?」と聞き返す。

 

「後方の白い軽自動車。さっきからぴったりとくっ付いてきやがる…」

 

 

 

 

                      ◆

 

 

その黒いバンの後方二十メートル後ろ。そこに盗んだ軽自動車に乗り込んだ孝一達がいた。

 

「おお、垂れてる垂れてる。こっちの尾行にも気づかないで、バカな奴らめ」

 

そういって、車を運転しているジャックが笑う。

その後ろのシートには孝一と佐天が座っている。

 

「あいつら、一体どこに向かうつもりなのかな?確かこの方向は第三学区がある方向、だったよね?

まさか!奴らこのまま大統領のいるホテルに突っ込むつもりなんじゃ?」

 

「分からない、奴らがどんな方法で、大統領を狙うのか…とにかく、あいつらを見失っちゃ、行けない…」

 

孝一と佐天の会話を聞いていたジャックが「あ、そういえば」、と懐にしまっていたレポート用紙を取り出し、孝一たちに投げてよこす。

 

「そういや、すっかり忘れてたぜ、こいつはあの銀のアタッシュケースと一緒に入っていたんだ。

あの薬品についてのレポートかも知れねぇ…」

 

孝一と佐天はそのレポートを見る。それは確かにあの薬品についてのレポートだった。

 

 

--------------------------------------------------------------------------------------------

 

この薬品、『パープル・ヘイズ』は、ABC兵器におけるB兵器(Biological Weapons)にあたる。

この兵器が通常の兵器と異なる点は、スタンドと呼ばれる概念を元に製造された点である。

アリゾナ砂漠に存在する土地・通称悪魔の手のひら、ここに訪れた人間は、一定の確率で特殊能力を発現させる。その特殊能力を我々は便宜上スタンドと呼称している。

スタンドの呼称の由来は…

 

--------------------------------------------------------------------------------------------

 

…スタンド?悪魔の手のひら?

 

何か良く分からない単語が出始め、孝一たちはとりあえずレポートを読み飛ばす。

 

 

 

---------------------------------------------------------------------------------------------

 

…この『パープル・ヘイズ』は、悪魔の手のひらの土地にいるウイルスを培養し、スタンド能力のある人間に寄生させ、品種改良を行ったウイルスである。試験管の中に入っているウイルスはそれ自体では無害だが、一端外部の空気に触れると、活動を活性化させ、本来の姿である人型形態へと変異する。

『パープル・ヘイズ』は試験管が割れた時点で自立的に稼動し、目の前の生命体が消滅するまで破壊活動を繰り返す。

特徴は両手の拳に付属している六つのカプセルである。そのカプセルの中のウイルスは猛毒であり、周囲十メートル以内にいる生命体全ての活動を停止させる。また手の平のカプセルは、一日を過ぎると元の状態に復元される。

 

---------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

爆弾じゃなく、毒殺でもない…これは…

 

「バイオ、テロ…」

 

孝一が、ポツリと口を開く。

 

「な、何かない?弱点とか!ウイルスをとめる方法とか!」

 

佐天が必死にレポートを読み漁る。

そこである文章を見つけ、読み、そして凍りついた。

 

 

 

 

-------------------------------------------------------------------------------------------------

 

…このウイルスにも難点は存在する。光に極端に弱いということだ。一瞬でもウイルスが日光に触れた瞬間、ウイルスは死滅する。ただし、それはカプセルが一つ割れた場合である。

これは仮説であるが、『パープル・ヘイズ』のカプセルが六つ全て割れた場合、ウイルスは突然変異を始め、

日光に耐性のある抗体を自ら作り出し、急速に増殖する。その場合、時間にして約十二時間で、都市ひとつが壊滅、約2万7000時間後には地球上全ての生命体が死滅するものと考えられる。

 

--------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「う、そ…でしょ…世界が…滅ぶ?」

 

レポートを読んだ佐天はガタガタと震えだす。それは孝一もジャックも同じだ。

 

(ヤバイ…ヤバスギル…とても僕たちの手には負えやしない…)

 

ちらりと前方の黒いバンを見る。

 

(ヤツラは分かっていないんだ、このウイルスの恐ろしさに…なんとしても、止めなきゃ…)

 

その時

 

「?あいつら高速を降りていくぞ?目的地に着いたのか?」

 

前方のバンが高速を降りる。

 

終点はとある廃ビル。

 

そこでサーレが銀のアタッシュケースを持ちこちらを待ち構えている。

黒いバンがいない。すでにどこかに走り去っている。

 

キキィ

 

孝一たちの乗った軽自動車が、サーレの前方で止まる。

 

「罠だぜ、こりゃ。あのアタッシュケースにゃあ、何も入っちゃあいないぜ?」

 

ジャックがそう宣言する。確かに誰がどう見ても、罠だ。

おそらく試験管だけを持って男が逃走し、その間の時間を稼ぐつもりなのだろう。

 

「でも、逃げた男の居場所は、あの人だけが知っています。どうあっても、聞き出さないといけない。

そうしないと、世界が、滅ぶ」

 

そういって、佐天に何かをつぶやくと、孝一は車から降りる。

 

「佐天さん達は待機してて。あいつは、僕が倒す!」

 

「…忠告、したんだぜ?後を追うなってよぉ…」

 

そういってサーレが自身の体内から人型の物体を出現させる。

 

「クラフト・ワークって俺は呼んでいる。お前もだしな」

 

孝一もそれに従いエコーズact2を出現させる。

 

「あなたは、分かっているんですか?あの試験管の中身を?

それがどんな危険なものかを?」

 

「…何かやばいものだとは思っていた。だが、それでも仕事は全うする。

今後の信頼に関わるからな…それが大人ってもんだ」

 

(…馬鹿な!世界が滅んだら信頼どころじゃないって言うのに!)

 

まだ少年である孝一にはサーレの考えなど理解できるはずもない。

それどころか、これが大人のすることだって言うなら、僕は大人になんか、なりたくない!

本気で、そう思った。

 

「あなたを、倒します。そして逃げたバンの行方を、しゃべってもらいます」

 

「オーケー。大人の約束だ。俺を倒したら、教えてやるよ」

 

 

時刻は十三時三十分。大統領暗殺の時間が、刻一刻と近づく…

 

 

 

 

 

 

 




原作でも扱いが難しくて途中退場させられたスタンド『パープル・ヘイズ』が登場。
思い切って、ウイルスそのものになってもらいました。


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弱者の戦い

サーレさん好きだったので登場させてみたのですが、バトルとなると
どうやって戦わせようかと思案しまくりで、本当に難しかったです。




広瀬孝一は自分のエコーズの弱さを知っている。

力はさほどなく、近接戦闘向けではない。おまけに打たれ弱く、防御力にも難点がある。

自分でも思うが、あくまで誰かのサポートをしてこそ、その真価を発揮できる能力なのではないだろうかと考えている。

 

だからこうして同じ能力者である、サーレの体から出てきた能力『クラフト・ワーク』と対峙してみて思ったことは、

『より強大な敵と戦う場合は、自分の弱点を受け入れ、それを生かした戦術を取る』ということだった。

 

「act2!」

 

そう叫び、孝一は手近に落ちていた石を拾い、サーレに向かって投げつける。

 

「?何のマネだ?そりゃぁ?」

 

そういってその石を『クラフト・ワーク』で払いのけようとする。

 

しかし

 

バチィィィィ!

 

石から電流が発生し、とたんにサーレの腕に、衝撃が走る。

 

「ぐああ!?」

 

「言い忘れてましたけど、僕のエコーズの能力は、物や物体に、音の文字を貼り付け、

それに触れた対象に同じ効果を体験させる事が出来るんです。」

 

サーレの左腕は焦げ、煙が立ち昇っている。

 

(貼り付けた文字を実体化する能力?しかも何個も?マズイじゃぁねぇか!

こりゃあ、どこに罠が張ってあるか、わからねぇぞ…)

 

警戒するサーレに対し、孝一はさらに説明をする。

 

「射程距離は百メートル。どんな物体にも、何個でも、この文字は付けることが出来ます。」

 

もちろんこれは嘘である。基本act2のしっぽ文字は、一回付けたらその能力を解除しない限り、再び使用することは出来ない。act1と違い連続使用は出来ないのだ。射程距離の件もブラフである。

 

(だけど、それは僕だけが知っていることだ。僕は弱い、だけど、弱者だからこそ出来る戦い方もある。)

 

だからあえて能力を説明し、警戒心を煽った。

警戒心を煽る。それが最も重要!

 

ブオォォォォォ!

 

サーレの後方から車の近づく音がする。ジャックたちの乗った軽自動車だ。

その車は、まっすぐにサーレ達の方向に向かい、突っ込んでくる。

 

「ふざけんなよ!?こんなのクラフト・ワークで固定しちまえば…」

 

そういって車を固定しようとかざした手が、ピタッと止まる。

その車の上の方に、エコーズact2と交代したact1がいる。

そしてサーレに向かい、音の文字を投げつける。

 

ドシュッゥ!

 

「チィッ!」

 

その攻撃を、サーレは身をよじり何とかかわす。そして真横を通り過ぎようとする車の車輪部分に

クラフト・ワークで攻撃…

…しようとして、手を止める。

 

先ほどの孝一の能力を見ていたサーレは、車自体にも何か仕掛けが施してあると警戒して、

能力を使用するのを躊躇ってしまったのだ。

そして、そのまま車が通過してしまうのを許してしまう。

 

車は孝一を回収すると、そのまま廃ビルの前に止まる。そして三人はそのままビルの中に進入していった。

 

 

 

                      ◆

 

 

「はぁ…はぁ…これで、第一段階は終了ってとこ?」

 

ビルの二階。そこで物陰に身を潜ませた佐天は、同じく身を隠している孝一に尋ねる。

先ほど孝一は、車から降りる際に、佐天にこのまま車を前進させるよう言っておいたのだ。

 

「とりあえずね。…正直、あんな何もない所で、しかも近接戦闘なんて、

僕のエコーズじゃ百パーセント勝てない。…それよりこうした物陰に隠れての戦闘の方が

勝率はグンと増す」

 

「それで?第二段階は?」

 

ジャックは尋ねる。

 

「…いま、考え中です…」

 

「……」

 

沈黙が、辺りを包んだ。

 

その時、バリィンと孝一たちのいる階層で、窓ガラスが割れる音がする。

たぶん、サーレが入ってきたのだ。そして孝一に話しかける。

 

「…冷静になって考えたらよぉ…文字を何個でも貼り付けられて、それに触ったら実体化して攻撃を受けるって、おかしくねぇか?

そうだよなぁ?それなら何で辺り一面に罠をばら撒いてないんだぁ?

ブラフ、なんだろ?本当はよぉ」

 

コツコツという音が次第に大きくなってくる。恐らく、後数分で孝一たちの所まで来てしまうだろう。

 

(隙を見て物陰から襲い掛かるか?いや、だめだ。触れられた瞬間に体を固定されてしまう。

基本的に近接戦闘は不可能だ。ならact2の文字を床や壁に貼り付け、罠を張るか?

…それも望み薄だ。相手は当然こちらを警戒している。周囲に文字が張り付いていないか当然警戒する。

それに、一回外したら、僕に攻撃手段がなくなる…)

 

エコーズの攻撃は、その姿を見ることが出来る者からしたら、避けるのにさほど苦労はない。

腕力のないエコーズの攻撃は、例えるなら、小学校の低学年が、ボールを投げつけてくるようなものだからだ。

しかも距離が離れていくほどその命中率は下がっていく。

相手に確実に自分の攻撃をヒットさせるには、最低でも五メートルは近づかなくてはならない。

しかし今回はそれが出来ない。近づいた瞬間、相手の射程距離に入り、確実に捕まってしまう。

捕まるという事は敗北と同じだ。

 

(一撃だ。相手を倒すには、一撃で確実に相手にダメージを与えなければならない。

くそ、考えろ!何か策はあるはずなんだ!考えるんだ!広瀬孝一!)

 

 

そして、ある事を考え付く。しかしそれは佐天さん達を危険にさらすことになる…

 

 

                     ◆

 

ブロロロロロロ

 

ビルの外で、車の発進する音がする。

それと同時に、孝一が物陰から飛び出し、サーレと対峙する。

 

「…佐天さん達は、脱出しました。あの銀のアタッシュケースに入っていた書類を持って、アンチスキルの所にね。僕は、あなたが彼女らを追わないように足止めとしてここに残りました」

 

「…嘘だな。正義感の強い坊やたちは、仲間を見捨てるマネなんぞ、出来る筈がねぇ…

そこらへんの物陰に、潜んでるんだろ?」

 

それは正解だった。あの音はact1の能力で発生させた、偽りの音だ。

観念したのか、佐天達も物陰から姿を現す。サーレを取り囲む形で。

 

「それで?三人で取り囲んで、一斉に飛び掛るつもりかい?言っとくが、俺の能力は触れたものならどんなものでも何個でも、その場に固定できる。その坊ならいざ知らず、俺の能力を見ることも出来ない譲ちゃん達を固定させることなんぞ、造作もないことだ」

 

そう言って「試してみるかい?」とばかりに挑発するまなざしを三人に向けるサーレ。

 

「くっ!このぉ!」

 

堪えきれなくなったのか、ジャックがサーレに向かい、拳を振り上げ、殴りかかろうとする。

その瞬間『クラフト・ワーク』が出現し、ジャックの体に触れる。

とたんにジャックの体はまったく動かせなってしまう。

 

「あ?ぐっ…?」

 

「人質をとった。これで終いだ。坊やたちは、こいつを見捨てられない。」

 

勝負あった。サーレはそう実感した。その時佐天が口を開く。

 

「…私達は、アタッシュケースに入っていたレポートを読みました。それにはあの試験管の中身が、細菌兵器であると書かれていました。…何でなんですか?大勢の人が死ぬんですよ?それが分かっていて、どうしてこんな事が出来るんですか?」

 

「譲ちゃんには分からねぇだろうな…組織の歯車として生きるって事がよ…

大人になるとよ、色んなしがらみが発生する…その中でも信頼って奴が一番大事でよぉ…

信頼を得るってのは大変だぜぇ…積み上げるのに時間がかかって、

崩れ去るのは一瞬と来たもんだ。そして失った信頼は二度と取り戻せねぇ…

この仕事が失敗したら、俺は信頼を失う。それだけは出来ねぇ」

 

「だから?人が死んでもいいって言うんですか?そんなのあなたの都合じゃないですか!

世界と秤にかけることなんて、決して出来ない!」

 

そういって佐天はサーレに平手打ちを食らわそうとしたのか、右手を大きく広げてサーレに向かう。

 

「おっと」

 

その右手をサーレは難なく掴む。

能力で固定するまでもなかった。

 

「あっ!?」

 

「世界?ずいぶんと大げさだな。譲ちゃんの気持ちも分かるが、おとなしくしてな。

とりあえず、三時まで、俺に付き合ってここに留まってもらう。」

 

(三時?三時に何があるんだ?)

 

その孝一の問いに答えるには、サーレを倒すしかない。

しかしどうやって?

 

「許さない…そんなあなたの都合で…この街のみんなを…友達を…巻き込むなんて…

絶対に、許さない!」

 

そう佐天は激昂し、掴まれていない左手の手のひらを、サーレの体に近づけ…

 

「?」

 

「だからあなたから絶対に、情報を聞き出し、計画を阻止します!」

 

そして触れた。

 

 

「!??????ッ」

 

とたんにサーレの体がすさまじい衝撃に襲われ、吹き飛ばされ、壁に激突する!

そして

 

「…」

 

その衝撃の凄まじさから、サーレの意識はそこで途絶えた。

 

 

 

『ドオゥゥゥッン!』

 

佐天の手のひらから、文字が浮かび上がりact2の尻尾に戻っていく。

孝一はact2の文字を佐天の左手に張り付かせ、油断したサーレに触れるという作戦を考えていたのだ。

うまくいく確立は五分五分だったが、何もしなければ確実にやられていた。

勝利か、敗北か、部の悪い賭けだったが、ともかく孝一たちは勝ったのだ。

 

「ありがとう、佐天さん。こんな危険な作戦に付き合ってくれて、あと、ジャックさんも

敵に捕まってくれて、ありがとうございます」

 

「なに、お安いご用さ。こんな俺でも誰かの役に立てたんだからよ」

 

一方の佐天は心臓の動悸が治まらず、先ほどまでエコーズの文字が張り付いていた手のひらを見つめている。

 

「佐天さん?どうしたの?」

 

そう訝しがる孝一に佐天は、

 

「ははっ。なんか、ちょっとした、能力者になった気分」

 

そういって笑った。

 

 

                     ◆

 

「……う?」

 

目を覚ましたサーレが最初に見たものは、自分を見つめる三人の顔。

自分の体を見ると、ロープでグルグル巻きにされている。

もっとも、『クラフト・ワーク』を使用すれば難なく脱出できるのだが、

今の状況ではそれは難しそうだ。

 

「…俺は、やられたのか…」

 

油断した。相手に攻撃力が無いと思い、圧倒的に自分が有利だと思い、過信した…

プロにあるまじき行為だ。

だが、捕まってしまったものはしょうがない。

 

「悪いが、何もは話すわけにはいかねぇ…守秘義務ってものがあるからな」

 

「さっき、あなたに勝ったら、情報を教えるって、言ってませんでしたか?」

 

そう孝一が尋ねる。

 

「覚えてねぇな。悪いが大人は嘘つきなんだよ…」

 

そういってそっぽを向くサーレに孝一はかまわず話を続ける。

 

「あなたはさっき、この仕事は信頼が大事だといってましたよね?

信頼は積み上げるのに時間がかかって、崩れ去るのは一瞬だって」

 

「?何の話をしている?」

 

そう訝しがるサーレに孝一は『パープル・ヘイズ』のレポートを見せる。

 

「結論から言うと、あなたのクライアントは、あなたを利用しました。

あなたにこのウイルスの真の恐ろしさを教えず、ただの爆弾だと言ったのでしょう?

嘘の情報を教えたんです」

 

レポートの中身を見せられたサーレの目が見開かれる。

 

(都市部壊滅?人類消滅?

一体何の冗談だ。これは?

この小僧の言うとおり、俺はクライアントから爆弾の類だとしか教えられていなかった。

大統領を暗殺する。その為だけに使うと。それがただの試験管だとわかっても俺は特に疑問にも思わなかった。爆弾がウイルスに変わっただけ…毒性は一過性のもの。すぐに消滅する。そうあの男は言っていた。

俺は無意識に、無自覚に、あの男の言うことを信用していた…)

 

「この業界で大事なのは信頼だとあなたは言っていました。許せますか?

この男はあなたの信頼を裏切ったんです。それどころか、世界そのものを、壊そうとしている」

 

そういって孝一は、サーレを縛っていたロープを解く。

だが自由になったサーレは逃げようとしない。

 

(そうだよなぁ…許しちゃいけねぇよなぁ…裏切り者には、きっちり報復を!

何より、俺の故郷を、帰りを待っている女達を、全て崩壊させる?

ふざけんなよ!そんなこと、誰が許すかよ!)

 

「だからこそあなたに協力して欲しい。正直、僕たちだけでは『パープル・ヘイズ』の居所も、

止める手立てすら分からない。でも、あなたなら、あなたの協力があれば、世界を救うことも可能です」

 

サーレの心は揺れている。孝一には直感で分かった。

そしてダメ押しとばかりに、こうサーレに言い放つ。

 

 

「どうですか?たまには世界を救うヒーローになってみるのも、悪くないんじゃありませんか?」

 

 

 

 

 

 




孝一君マジ策士!ということでサーレさんが仲間になる話でした。
サーレさんは詰めの甘い、プロとしてはちょっと抜けているイメージがあったんで。
こういう感じになってしまいました。


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突破作戦

途中まで書いて、白井さんを登場させれば一気に最上階までいけたのに!と、後悔。
でもいまさら後には引けず、このようになってしまいました。


学園都市第三学区のとある高級ホテル。

現在ここにはサマルディア共和国の大統領とその多くの関係者が滞在している。

そして最終日である今日は、学園都市主催の祝賀会が開催されることになっている。

その為ホテルは物々しい警戒態勢になっており、いたるところに黒服やSP、アンチスキルと思わしき人物が、しきりに無線で誰かと交信している。

そんな状況の中、軽自動車から遠巻きにホテルを眺める四つの視線が合った。

 

「くぅ~。やっぱり、簡単には中に入れそうにねぇな」

 

と、ジャックがぼやく。

 

「サーレさん。あなた、その男の人を護衛していたんでしょ?何とか言い訳を考えて、

中に入ることは出来ないんですか?」

 

佐天が何か打開策がないかとサーレに問いかける。

 

「無理だな、譲ちゃん。俺の任務は奴がホテルに入るまで、安全に護衛すること。その後は別の奴に任務は引き継がれる。当然、そこで契約は終いだよ。」

 

そう言って、サーレは肩をすくめて見せる。

 

「奴…大統領補佐官を、なんとしても捕まえないと…でも、もう時間がない…」

 

そう孝一がつぶやき、時計を見る。

 

事件の黒幕は大統領補佐官だった。

彼は変革を求めない保守派側の人間であり、国際協調や科学技術の発展などを推し進める

改革派に属する大統領を、常日頃から疎んじていたのだ。

彼らがどのようなルートで、パープル・ヘイズを入手したのかは不明だが、とにかく三時から行われる大統領のスピーチの際にそれを使用するのは確定事項である。

 

現在の時刻は、二時三十分。後三十分しかないのだ。

 

「…しょうがない、多少無茶でも、強行突破で行きましょう。僕のエコーズで爆発を起こして

相手の気を引きますから、その隙にみなさんは正面から入ってください」

 

「…孝一君。なんか最近過激になってきたね」

 

そう佐天が突っ込みを入れた。

 

 

 

                     ◆

 

「…あのう…」

 

「何だお前は、ここで何をしている?」

 

不審者がいないか警戒中のアンチスキルの男は、話しかけてきた少年を一瞥する。

 

「実はさっき、知らない男の人から、こんな手紙を貰っちゃって…なんか危ないことが書いてあるんで、

知らせたほうがいいかなって…」

 

そういって少年はアンチスキルに手紙を渡す。そこには「目の前のセダンは爆破させてもらう」と書かれていた。

 

「…なんだと?」

 

そういって男はセダンのほうを見る。

 

それと同時に

 

セダンが突然爆音を上げ、炎上する。

 

「……」

 

しばらく呆然と眺めていた男はハッとしてこう叫んだ。

 

「テ…テッ…テロだ!」

 

男はすぐさま無線で応援を要請する。そして爆音を聞きつけた他のアンチスキルもやってきて、あたりは騒然となっていった。

 

男の隣にいた少年・孝一はすぐさまaut2でもう二、三個程車を爆破しようと行動を開始する。

普通の小石にact2で『ドゴォォォォン!』という文字を貼り付ける。そして車の上空でそれを落とす。

それだけで即席の爆弾の完成である。

立て続けに起こった爆発で、現場の連携が一時的にマヒする。見ると正面入り口を固めていた、アンチスキルの数が大幅に減っている。これなら何とか入ることが出来そうだ。

そして、孝一は急いで佐天たちと合流するべく、男の隙を見て逃げ出した。

 

 

 

                    ◆

 

 

孝一が入り口を通るとき、アンチスキル数名が後ろ手で手錠を掛けられて拘束されていた。

恐らく、サーレが能力を使ったのだろう。そして転がされているアンチスキルは佐天達が待機しているエレベーター付近までぽつぽつと続いていた。

 

「孝一君!早く、こっちへ!」

 

佐天が孝一に向かい、叫ぶ。

周辺にはかなりの数のアンチスキルが、孝一を捕まえようと一斉に動き出していた。

 

「ハアハアハアッ…」

 

孝一は全力で駆ける。前方にいる男達をかわし、タックルを避け、エレベーターまで走る!

…だが、無常にも数名のアンチスキルが、孝一に追いつき、背後に手をかけようとしていた。

 

(つかまる!?)

 

孝一が彼らに捕まり、拘束されることを覚悟したその時、

 

「うあああああ!」

 

ジャックがアンチスキルの前に躍り出て、銀のアタッシュケースを振りかざした。

 

「すまねぇ、少年!どうやら、ここでお別れみてぇだ!おい、お前ら!俺に触れるなよ!

このアタッシュケースの中にゃあ、爆弾が入ってんだ!このビルなんぞ、簡単に吹き飛ぶぐらい、強力なのがな!」

 

そういって孝一の手をとると、エレベーターの中に突き飛ばし、

 

「はやくボタンを押せェ!!」

 

と叫ぶ。

その声に反応し、サーレがボタンを押した。

 

「ジャックさん!」

 

「短い間だったが、結構楽しかったぜ!絶対に、世界を救え…」

 

そうして、扉は無常にも閉じてしまった。

 

「…」

 

ウィィィィィィィ

 

エレベーターの上昇する音だけが、狭い室内に響き渡る。

 

「…すまねぇ、ボウズ。恨み言なら後でいくらでも言え。だが…」

 

「いえ、分かっています。僕たちには時間がない。こんな所で、立ち止まっていられないって事は…

でも…」

 

孝一はしばらくうつむき、やがて顔を上げた。

その顔は、必ず事をやり遂げるという決意に満ちていた。

 

(そうだ。後悔するなら後でもできる。今は試験管を奪取する。その事だけ、考えるんだ。)

 

孝一は時計を見る。

 

(あと・・・二十分…)

 

孝一の顔に焦りの表情が浮かんでいた。

 

 

 

                    ◆

 

 

 

超高級ホテルの最上階で行われている祝賀会。

大きな窓ガラスから学園都市を一望しながら、煌びやかな服やタキシードを着た多くの関係者達が

テーブルに座り、歓談を行っている。時刻は二時五十五分。まもなく、大統領によるスピーチが執り行われる。

 

そんな会場に、柄の悪そうないかつい男と、中学生が二人という、なんとも場違いな三人組が乱入してきた。

 

「あの、壇上の椅子に座っているのが、大統領ですよね?じゃあ補佐官はどこにいるんですか?」

 

「隣の席の男だ。まずいぜ、手に何か持ってやがる!」

 

孝一は早速エコーズact1を出現させ、音の文字を作り出す。

試験管を奪い取る余裕は、もうない!このまま射程距離まで近づき、音の攻撃で眠ってもらう!

 

その時、孝一たちが入ってきた入り口の方から、ザワザワと物音がし出し、何事かと来客の多くが

後ろのほうを見る。

 

(くそっ!気づかれた)

 

先ほど、会場付近にいたアンチスキル数名を気絶させ、ここまでやってきたのだ。

もう少し時間が稼げるかと思ったのだが…

 

孝一はちらりと壇上のほうを見る。

…その瞬間、大統領補佐官の男と、目が合ってしまう。

 

「…!」

 

男は孝一たちに気づくと、すくっと立ち上がり、座っている大統領を見下ろす。

その手には何かを持っている。

 

瞬間!孝一は走り出した!

射程距離に入るまで、後十メートル!しかし、それでは間に合わない!

孝一はact1に新しい文字を作り出すよう命じ、天井に向け、その文字を投げつける!

 

(一瞬でも、動きを止めろ!天井を向け!その瞬間に、試験管を奪い取る!)

 

 

その時、天井から巨大な爆音が発生した。

 

「!!?」

 

そのあまりの轟音に、男は天井をちらりと見てしまう。

 

「エコォォォズ!!」

 

孝一はそう叫び、男の手から試験管を奪い取る。そして、壇上に昇り、男にタックルをかます。

 

「ぐぅッ?」

 

(捕まえた!もう離さない!離すもんか!)

 

そう思い、男の足にしがみ付く。

 

「サーレさん!早くコイツに『クラフト・ワーク』で固定を!」

 

遅れてやってくるサーレに孝一はそう叫ぶ。

 

(やったぞ!これでコイツを拘束すれば、事件は終わる。全て決着だ!)

 

そう安心する孝一の耳元で

 

パリン

 

試験管の割れる音がした。

 

「な…に…?」

 

「…想定、していないと思ったのか?お前たちがここに来ることを…」

 

そういって、男は笑う。

 

「お前たちが奪ったのは、ニセモノだよ。本物は、今、私が割った奴だ…

クックックッ…猛毒の細菌を、たっぷりとその身に受けるが良い」

 

見ると男の左手には割れた試験管が握られている。

おそらく胸ポケットに忍ばせておいたのだ。

 

割れた試験から、紫色の気体が発生している。

その毒々しい色から、周囲の人間は明らかに劇物の類だと認識したのだろう。

少しづつ、少しづつ後ろに下がり、ついには我先にと濁流のように入り口に押し寄せる。

とたんに辺りは阿鼻叫喚の様相を呈し、孝一たちの周辺には誰もいなくなった。

 

「あ…あ…あ…」

 

孝一達は声も出ない。絶対に防がなくてはならない事が、起きてしまった。

これから、どうなる?どうする?

分からない、答えが出ない…

やがて、絶望する孝一たちの目の前に、ゆっくりと、人型の悪魔が現れた…

 

 

 

 




『パープル・ヘイズ』の登場です。
さて、問題はどうやって倒すか、ですが…


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破壊する者

ホント、勢いだけでここまで漕ぎ着けました。



「煙が…なくなった?」

 

佐天がぽつりとつぶやく。

先ほど立ち昇っていた紫色の煙はなくなり、周囲の状況と割れた試験管さえなければ、とてもウイルスが撒き散らされたとは信じられないだろう。

 

「ハァッ…ハァッ…」

「ちくしょう…マジかよ…」

 

しかし、このウイルスを認識することが出来る孝一とサーレには別のものが見えていた。

 

 

「ぐぅるるるるるるるるる…」

 

そいつの顔は獰猛で、まるで全身から怒りががこみ上げているかのような表情をしている。

口からはよだれを垂らし、全ての生き物を憎んでいるかのように、目の前に移る孝一達を睨み付けている。

その両手の拳にはレポートにあった六つのカプセルが張り付いている。あの中に、殺人ウイルスが入っているのだ。

 

「こ…孝一君?いるの?そいつが、目の前に?」

 

『パープルヘイズ』を認識できない佐天は孝一にそう尋ねる。

 

「絶対に…絶対に、動いちゃ、ダメだ!動いたら、まずソイツから攻撃してくる!」

 

そういって、佐天に釘をさす。

その時、『パープル・ヘイズ』を放出した張本人である男が立ち上がり、悪態をつく。

 

「何だ?何も起こらないではないか!くそっ、ヤツラめ!私を騙したのか!?

…こうなったら、私の手で直接!」

 

そういって、懐からナイフを取り出し、逃げ遅れた大統領を殺害しようと振りかざす!

…その隣に『パープル・ヘイズ』がいることも知らずに…

 

ガシッ

 

突然何かに頭を掴まれた男は、くるりと正面を向かされる。

 

「何だ?私の…体が…!?」

 

「うそ!?からだが!」

 

佐天の目には、見えない何かに男の体が浮かび上がらせられているように見えた。

 

いる!何か分からないが、自分の正面に、得たいの知れない何かが!!

だがそう思っても、どうする事も出来ない。それが男を恐怖に陥れた。

 

「ヒ…ヒィッ…」

 

パープル・ヘイズは左手で男の頭を押さえつけながら、ゆっくりと右腕を引く。

 

 

「!?」

「この、馬鹿野郎が!」

 

あいつを攻撃して、もしカプセルが割れたら!

孝一とサーレはとっさにエコーズとクラフト・ワークを出現させ、パープル・ヘイズを攻撃しようとする。

しかし、どうやって?どう攻撃する?そう迷っているうちに、パープルヘイズの右ストレートが男の顔面に伸びていく。

 

「こんのおおおおおお!!!!」

 

その時、佐天が男に向かってタックルを食らわせ、床に弾き飛ばした。

その瞬間、パープル・ヘイズの拳が空を切る!

 

「ウギャオオオオァァァァァァァァァ!!!」

 

獲物を勝手に横取りされ、パープル・ヘイズは怒りの声を上げ、佐天を睨み付ける。

そして今度は標的を佐天に定め、向かっていく。

 

「やめろぉぉぉぉぉ!!」

 

さすがに佐天を攻撃されるとあっては、孝一も黙ってはいられない。とりあえずact1の音の攻撃で

パープル・ヘイズをけん制しようと文字をぶつける。

 

ぶつける文字は、『大音量のギター音』!

 

その文字は確実にパープル・ヘイズの体にヒットする。

しかし…

 

ズルゥッ

 

確実に張り付けたはずの文字が、パープル・ヘイズの体から零れ落ちていく。

 

「!?ば、バカな!?効かない?僕の音文字が!?相手がウイルスだからか?

…だとしたら、act2!!」

 

孝一はエコーズをact2に変更し、転がっているコップに音文字を貼り付け、相手に足元に投げつける!

 

『ドオォゥン!!』

 

イメージしたのは、地雷などを敵が踏んだときに発生する音。当然貼り付けた音は、孝一がイメージしたようにパープル・ヘイズの左足を吹き飛ばした。

 

「そんな…」

 

孝一は愕然とした。吹き飛ばしたはずの左足から紫色の煙が発生し、なくなった足を再生させている。

そして、バランスを崩し、四つんばいに倒れていたパープル・ヘイズは、ゆっくりと立ち上がった。

 

 

 

                      ◆

 

 

…簡単な任務だと思った。ブツ引き取って、相手を目的の場所まで運び、任務終了。

その後は、バーでビールでも飲み、気に入った女がいたら声を掛け、朝までしっぽりとお楽しみ。

そんな当たり前の、簡単な仕事だと思っていた。…それが、何なんだよ!こりゃあよぉ!!!

何で、俺はこんなとこで、化け物退治をやってんだ!?今日は仏滅かなんかか?

じゃなきゃあ、史上最悪の厄日だぜ!!

 

パープル・ヘイズと対峙している幸一を遠巻きに見て、サーレは震えていた。

今までやばい仕事はあったが、今日ほどやばい仕事は恐らくないだろう。

なにせ、失敗したら、世界は死滅するのだ。

 

(にげてぇ…正直、おっかねぇ…)

 

足ががくがくと震えている。その時、ふっと、サーレは孝一の顔を見た。その顔は相手を正面から見据え、決して諦めていない。

 

(やめろよ…なんでそんな表情が出来るんだよ…)

 

しばらく考え、サーレはそれがかつて自分にも存在した、十代の輝きだと知る。

青臭く、未熟で、根拠のない自信と野望にあふれていたかつての自分。それでも、目の前には無限の可能性があると、自分の歩む道に自信を持っていたあの頃…

 

(あいつは…あの頃の俺と、おんなじ目をしてやがる…ったくよぉ…)

 

そうぼやき、頭をかく。

 

(後輩が頑張ってんのに、先輩がこのざまじゃ、カッコつかねぇじゃねぇかよぉ!)

 

自然と、足の震えは止まっていた。

 

 

 

                     ◆

 

 

「くっそぉおお!!」

 

ドシュ! バシュ!

 

何度も、何度も、パープル・ヘイズに対し、エコーズact1は攻撃を加える。

しかし、どのようにしても、何をやっても、『パープル・ヘイズ』にダメージを与えられない!

その間にも『パープル・ヘイズ』は孝一との距離をじわじわとつめていく。

 

(ちきしょう!不死身か、コイツは!

音の攻撃もだめ!体を吹き飛ばしてもだめ!

攻めようがない!!)

 

そしてついに、孝一はact1での攻撃を躊躇してしまう。

その瞬間!

 

ガシィ!!

 

パープルヘイズは狙っていたかのように、act1に飛び掛り、両手でガッチリとキャッチしてしまう。

 

「しまっ…!!」

 

「ガァるるるるしゅるるるる!!」

 

そして、

 

ガブゥッ!!

 

act1の左肩に食らい付き、引きちぎった。

 

「!?…ヵ・・・ハ…ァ…!!」

 

孝一の左肩から鮮血が噴出する!!

そのあまりの激痛に、孝一は声にならない悲鳴を上げる。

 

「グゥワギャァァァァァァァァァァ!!!!!」

 

そしてパープル・ヘイズは狂ったかのように両手に掴んだact1を床に何度も何度も叩きつげる。

 

そのたびに孝一の口から、鼻から、額から、鮮血が滴り落ちていく。

 

「ゴホォッ!!グヘェッ!!」

 

そのあまりの激痛に、ついに孝一はその場に倒れこむ。

 

(だめだ…意識が、飛びそうだ…このままじゃあ、ウイルスの前に、こっちが死ぬ…)

 

その朦朧とした意識の中で、孝一は見た。こちらに右拳を突きつけ、カプセルの一つを発射した、パープル・ヘイズを!

 

「ぁ…ぁ…」

 

すべてがスローモーションになった世界で、孝一は自身の死期が迫っていることを悟った。

 

(もう、だめなのか?)

 

そう孝一が諦めようとした、その時。

 

 

「諦めるんじゃねぇ!!」

 

そう言ってサーレが孝一の前に躍り出て、クラフト・ワークを出現させる。

その手には、テーブルクロスが握られている。

 

「クラフト・ワーク!!そっとだ!このカプセルを割らねぇ様に、そっと包み込め!!」

 

そして、しっかりとカプセルを包み込むと、テーブルクロスごと空中に固定する。

 

「おい!孝一!無事かぁ?」

 

「…あんまり…ハァ、ハァ…無事ってわけには…行かないですけど…」

 

抉られた左肩を抑えながら、孝一は何とか起き上がる。

 

「ギャオォォオォォオオゥォォォォォォ!!!!」

 

パープル・ヘイズは、自分の思いどおりに孝一が死ななかっため、怒りの雄たけびを上げ

周りにあるテーブルやイスなどを無茶苦茶に殴ったり蹴ったりしている。

 

その隙にサーレは孝一に話しかける。

 

「孝一。実際に戦ってみて、どうだ?アイツにダメージを与えられそうか?」

 

「正直、お手上げです。どこを破壊しても、どんな攻撃を仕掛けても、あいつはたちどころに再生してしまう。サーレさんこそ、どうです。何かあいつを倒すいいアイデアがありませんか?」

 

だめ元で、孝一はサーレに尋ねる。

するとサーレは浮かない顔をして、

 

「一つだけ、ある。」

 

とつぶやいた。

 

 

                      ◆

 

 

「一つだけ?」

 

「ああ、あのレポートにはこう書いてあった。『一瞬でもウイルスが日光に触れた瞬間、ウイルスは死滅する』ってなぁ。それってよぉ、あいつ自身にも、当てはまるんじゃねぇのか?あいつ自身も試験管の中から出てきたウイルスだろう?」

 

そういってサーレは『パープル・ヘイズ』を一瞥する。

 

「あいつを良く見てみな、どういうわけか、窓ガラス周辺には、まったく近づかねぇ…」

 

窓ガラス周辺。そこには日光がさんさんと差し込んでいる。

 

「それじゃあ、アイツを窓ガラスに誘い込めば!」

 

打開策が見つかった!そう思い孝一は歓喜する。これで希望が見えてきた!

だがそんな孝一の回答をサーレは「それじゃ80点だ」と否定する。

 

「アイツは恐らく、細切れにしても、細胞が一欠けらでも残っていたら、たちどころに再生する。

窓ガラスに誘い込んだとしても、どうしても影の部分が出来てしまう。そうしたら、そこから復活するだろう。完全に消滅させるには、まったく影のない所で、日光に当てるしかない。」

 

「そんな!?そんな所、どこにも…」

 

そういって孝一はハッとする。

 

「もちろん俺の言っていることが全て間違いだという可能性もある。それくらいこの作戦は、非常に分の悪い賭けだ。

それでも、乗ってみるかい?」

 

サーレが孝一に、ニヤリと笑いかけた。

 

 

                      

                      ◆

 

 

(…終わった…すべて、終わった…)

 

大統領補佐官だった男は、呆然としてその場にしゃがみこんでいた。

彼は殉教者になるつもりでいた。大統領と共に、自身もウイルスに感染させ、地獄まで道ずれにする。

大統領の死と共に指導者を失った改革派は勢力を失い、我ら保守派が再び政権に返り咲く。その為に礎になるつもりだった。しかし、売りつけられたウイルスは不発で、周囲ではテーブルが突然浮かび上がったり、破壊されたりといった奇妙な怪現象が発生している。ナイフは何者かに奪い取られ、直接大統領を殺害する事も、叶わなくなってしまった。

 

(かくなる上は…)

 

そういって落ちている割れたガラス片を掴むと、男は喉元にそれを突きつけようとした…しかし…

 

「死ぬなぁあああああ!!」

 

そう叫ぶ佐天にガラス片を叩かれ、

 

バシィッ!!

 

頬を思い切り殴りつけられた。

 

「安直に、死に逃げようとするな!!あんたは生きるんだ!生きて、責任を取るんだ!!

自分が仕出かそうとした犯罪に対して!!それが、大人ってもんでしょう!?」

 

「ぅぅ……」

 

年端も行かない少女にそう叱責され、男は俯くしかなかった。

 

 

 

 

 

                          ◆

 

 

 

パープル・ヘイズは怒り狂っていた。先ほどから何度も何度も自分に対し、無駄な攻撃を繰り返すエコーズact2に。

 

「グゥアァアアアアアアオオオオ!!」

 

ブオン!

 

パープルヘイズの攻撃をひらりと回避し、エコーズが懐に入り込む。そして手にしたテーブルクロスをパープル・ヘイズに近づけ、触れさせる。それはさながら、猛牛の突進を避ける、闘牛士のよう。

 

『ドォオオオオン』

 

テーブルクロスにはact2のしっぽ文字が張り付いている。

とたんに大きな衝撃波が発生し、パープルヘイズが後ろに弾かれる。

 

(よし、窓ガラスの真後ろまで誘導した!後は!)

 

aut2が間髪いれず、『パープルヘイズ』に接近し、テーブルクロスを頭からかぶせる!

 

「今です!サーレさん!」

 

その瞬間、サーレがクラフトワークでテーブルクロスを固定し、『パープルヘイズ』の動きを封じ込める。

 

 

「さぁて、…後はアレをやるだけですが…」

 

そういって孝一はエコーズをaut1に変更し、最後の行動に移ろうとする。

その孝一に対し、サーレが声を掛ける。

 

「…こういうのは俺の柄じゃねぇんだが、代わってやってもいいんだぜ?」

 

しかし孝一はきっぱりと否定する。

 

「ありがとうございます。でも、外から来た人に迷惑は掛けられませんよ。この街で起こった事件は、この街の人間が解決しないと」

 

そういって笑ってみせた。

 

(まったく、青臭いこと、いいやがって…)

 

これが単なるやせ我慢だと、サーレには分かっていた。しかしあえてその事は口にしなかった。

 

「分かったよ。サポートは、まかせな」

 

「ええ、よろしくおねがいします…よし!」

 

孝一は両手でパンと顔を張り、気合を入れる。

 

 

 

そして、孝一は行動に移った。

 

「act1!窓ガラスだ!あの強化ガラスを砕くくらい、強力な音を作り出せ!!」

 

act1が孝一の命令に従い、ガラスを破る振動波を発生させる音を作り出し、窓ガラスに貼り付ける!

 

ビシィ!!

 

とたんに窓ガラスに大きな亀裂が発生する!

 

「いくぞ!サーレさん!サポートよろしくお願いします!…ACT2!!」

 

エコーズをaut2に変更し、しっぽ文字を孝一の手のひらに貼り付けて、孝一は『パープル・ヘイズ』めがけ突進する。作り出した文字は、相手を遠くに弾き飛ばす『ドオオオオオンン!!』という文字。

 

「グゥァァッァッァアアアアア!!」

 

目標に近づくと、とたんにパープル・ヘイズは活動を再開し、頭に被っているテーブルクロスを引きちぎろうと、もがきだす。サーレが能力を解除したのだ。

 

(よし!いける!!)

 

「くらえ!!!」

 

孝一は右手を広げ、パープル・ヘイズにしっぽ文字を触れさせようとする。

 

(このまま、窓ガラスから、外に落ちろ!!!)

 

孝一が勝利を確信したその瞬間!!

 

ガシッ!

 

「え?」

 

『パープル・ヘイズ』の両手が、孝一の右腕を掴む!!

 

その瞬間孝一の手のひらがパープル・ヘイズの体に触れた。

 

 

 

『ドオオオオオンン!!』

 

文字に貼り付けたとおりの効果が孝一の手のひらから発生し、『パープル・ヘイズ』と、腕を掴まれた孝一はそのまま窓ガラスまで吹き飛ばされ、そして

 

グワシャアアアアアアアアンン!!!

 

窓ガラスを突き破り、ビルの最上階から投げ出された。

 

 

 

 

 

 

 

 




疲れた…
次の話で完結できるといいなぁ…


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続く日常

やっと…終わった…
第二部完結です。


グワシャアアアアアアアアンン!!!

 

突如大きな音を立てて砕け散る窓ガラス。

 

「孝一君!」

 

佐天はその大きな音が発生した瞬間、何かに掴まれたように外に投げ出された孝一を目撃した。

思わず、割れた窓に駆け寄ろうとするが…

 

「嬢ちゃん!コイツを適当に結べ!早く!!」

 

そう言って、サーレがそこら中からかき集めてきたテーブルクロスを佐天に投げる。

 

「わっ?…と、と…。なんですかこれ!?」

 

今はそんなことをしている場合じゃ!と佐天は抗議しようとするが、それをサーレが遮り、こう付け加える。

 

「アイツは…孝一は、絶対にここまで来る!その時の命綱に、コイツが必要なんだ!」

 

 

 

 

                        ◆

 

 

ゴォォォォォォォォ!!!

 

上空数百メートルにて、孝一とパープルヘイズは絡み合い、激しく上下の位置を交換し合いながら凄まじいスピードで落下している。

 

「くっそおおおおおお!」

 

「グゥギャワァァァァォォォォォォォ!!!」

 

先程からパープル・ヘイズの手を振りほどこうとするが、うまくいかない。

その両手は、痛いほど孝一の右腕に食い込んでいる。

 

孝一はふっと下を見る。

地面は確実にこちらに迫っており、後数秒もしないうちに激突するのは確実である。

 

(act2の文字で、助かるだろうか?数十メートル先ならいざ知らず、数百メートルのビルから落下しているんだ…確実に、助かる保障は、どこにもない!

それに、仮に助かったとしてもその先は?地上に降りたコイツを、一体誰が倒せるって言うんだ!

今しかないんだ!ここで、確実に、太陽に当てて消滅させないと!!)

そして孝一は最後の勝負に出る。

 

「このおッ!」

 

孝一は、左手でパープル・ヘイズの頭をがっちりと掴み、体をねじる。

 

 

グラッ

 

孝一達の体が揺れ、僅かに角度が変わり、孝一がマウントポジションを取る形となる。

その瞬間!

孝一はパープル・ヘイズが纏っているテーブルクロスを引き剥がした。

 

「ギャオォォォァアァァァ!???」

 

さんさんと輝く日光がパープル・ヘイズの全身を照らす。

そのとたん、パープルヘイズの全身から、紫色の煙が立ち上り、苦しみだす。

そしてついに、孝一の右腕を離してしまう。

 

パープル・ヘイズと孝一の距離が、次第に離れ始める。

パープル・ヘイズの全身はぼろぼろと崩れ始め、その顔は命の危機にさらされた動物のような表情をして、孝一を見つめている。

 

(ごめんな…お前も生物である以上、この地球上で生きる権利は、あるんだと思う。

でも、お前が生きるって事は、結果、僕達が滅ぶということに繋がるんだ…

だから、ごめんよ…)

 

そして孝一はact2を出現させ、

手に持ったテーブルクロスにact2の文字を貼り付け、触れる。

 

『ドォッ!ゴォォォォォォォン!!』

 

「グウッ…!!?」

 

とたんに孝一の体は、凄まじい勢いで、ビルの最上階の辺りまで弾き飛ばされる。

 

「アォォ…ォ…ォ…」

 

その光景を遠めで見ながら、パープル・ヘイズは自身の消滅を実感していた。

体は粉々に砕け、指令系統は破壊され、人型形態を維持できなくなる。

やがてさらに細かく散り散りとなり、

 

「……」

 

やがて塵となって、消えた…

 

 

                     ◆

 

 

ビルの最上階まで飛ばされた孝一は、あるものを待っていた。

きっと彼なら、サーレさんなら、自分と同じ事を考え、行動に移してくれているに違いない!

そう信じた。

 

「孝一!!!!」

 

割れたガラス窓からサーレが現れ、クラフト・ワークで何かを投げる体勢をとっている。その手には先程まで佐天と一緒に数珠繋ぎにしたテーブルクロス---それを投げやすいように丸状にしたもの---が握られている。

 

「受けとれぇ!!!」

 

そしてそれを孝一目掛けて投げる!

丸まっていたテーブルクロスは途中でバラけ、一本の線となり、孝一目掛けて放物線を描く。

 

「クラフト・ワーク!!」

 

そしてそれを空中で固定する!

それはまるで一本の橋のように、孝一の手前で固まっている。

 

「うああああああああ!!!」

 

孝一は右手を伸ばし、狙いを定めて掴む!

 

ガシイッ!!!

 

この手は絶対に離したくない。そう思いながら左手でもしっかりとテーブルクロスを掴む。

 

「はぁ、はぁ、はぁ…サーレさん、信じていましたよ…サーレさんならやってくれるって…」

 

「サポートするって、いったろ?それよりパープル・ヘイズは?やったのか?」

 

「はい…あいつは完全にこの世から消え去りました。」

 

固定されたテーブルクロスによじ登り、孝一はそう答える。

これで全て終わった…スマートな勝ち方ではなかったが、ともかく世界は救われたのだ。

 

 

(いや、今はそんなことを考えるのは後だ。いまはとにかく、地面に足をつけたい…)

 

そして孝一は、サーレ達と合流した。

 

 

 

                     ◆

 

 

「はぁーっ…死ぬかと思った…」

 

無事に元いた祝賀会会場まで生還した孝一は、膝をついて床に突っ伏した。

今ほど、足の下に地面がある事が、ありがたいことはない。本気でそう思った。

 

「まったく…無茶をして…」

 

駆けつけた佐天が、そう言って涙ぐむ。

 

「まぁまぁ…嬢ちゃん。それはそれ、結果オーライって事で、

こうして孝一のヤローも無事生還できたんだしよぅ、ついでに世界も救えたんだし、

まずはそっちを喜ぼうぜ」

 

そういってサーレが佐天をたしなめる。

 

(世界を、救った…か…。)

 

かつてはそういうヒーローに憧れていた孝一だったが、いざ自分がその当事者になると、これほど大変なものはないんだと、改めて実感する。達成感も、あまりない。

 

(とにかく今は、ベッドに突っ伏し、横になりたいよ…)

 

 

そんな考えを、

 

「そこの三人、動くな!!」

 

という大声が遮った。

 

見ると、大量のアンチスキルが孝一達を取り囲むようにして銃を構えている。

 

「お前達には不法侵入、暴行傷害の容疑、及びに大統領暗殺未遂の容疑がかかっている!

すみやかに両手を頭の上に組み、投降しろ!」

 

その目は孝一達をはっきりと、凶悪なテロリストだと認識しており、

不必要に動けば、相手が未成年だろうと発砲してくるのは確実だった。

 

(…そりゃぁ、そうだよなぁ…僕たちが無許可でビルに侵入して、アンチスキルの人に暴行を働いたのは事実だもんなぁ…ウイルスのことなんて、言っても信じてもらえないだろうし…)

 

元凶であるパープル・ヘイズはすでにこの世に存在しないのだ。そのウイルスの事が書かれたレポートは、銀のアタッシュケースと共にジャックが持っており、手元にはない。

それに、それを彼らに見せた所で、彼らが納得するとは到底思えない。せいぜい良く出来た創作だと思われるのが関の山だ。

 

(…終わった、な…。)

 

『中学生二人、大統領ビル内に侵入!目的はテロか?』

ふっと、頭の中で、今夜のニュースの見出しが出てきた。

せめて佐天さんだけでも、何とかできないものか…そう思いながら頭に手を載せようとしたが、出来ない。

 

「あ…れ…?」

 

見ると佐天さんも同様らしく、何とか体を動かそうともがいている。

 

(これって?この能力って…?)

 

その時孝一の後ろの方で声がした。

 

「動くなっつったよなぁ~。お前らこそ、動かないほうが、いいぜえ。お前らの目の前にある。宙に浮かんでいるテーブルクロス。その中にゃぁ、猛毒の殺人ウイルスが仕込まれているんだぜぇ。

俺が能力を解除したら、即お陀仏だぁ」

 

「な…に…?」

 

ザワッ

 

そうアンチスキルの間にどよめきが走り、一斉にそのテーブルクロス周辺から距離をとる。

 

「その通りよ!俺と、あそこでうずくまっている大統領補佐官とで、大統領を暗殺しようとした!!

だが計画をそこのガキ共に聞かれちまってよぉ…時間もなかったし、しょうがねぇから人質としてつれてきた!おかげで、今、役に立ってるぜぇ…立派な人質としてな!!

動くなよ!発砲するなよ!?無関係の人間を、あんたらは撃てねぇだろぉ?」

 

そういって、サーレはジリジリと後ろに下がる。その先には大きく割れた窓ガラスがある。

 

(人質?共犯?ああ…そうか…この人は…)

 

孝一と佐天は悟る。さっきのわざとらしい説明口調は、この為…

全ての罪を自分が被るつもりなんだ。

 

(この人は”悪役をやってくれている”んだ。)

 

「俺はこのまま逃げるぜ!いいか坊主、穣ちゃん。全て忘れな!これまでのこと全て、悪い夢だと思って忘れるんだ!それが今後のためだぜ、お互いのなぁ!後、間違っても俺のことをしゃべんじゃぁねぇぞお!」

 

その目は、俺の行為を決して無駄にはするな、と語っていた。

そして、

 

「うおおおおおお!」

 

サーレはビルの屋上から飛び降りた。

 

サーレを逃がすまいと、アンチスキルが割れたビルの方向に近づくこうとする。

それを、孝一が制する。

 

「待ってください!あの人、ウイルスを消滅させる方法をしゃべっていました。

日光です。日光に当てると、ウイルスは消滅します!」

 

とにかく今は少しでも、彼の逃げる時間を稼ぐ。

それくらいしか、孝一と佐天には出来なかった。

 

 

 

                      ◆

 

 

陽は次第に傾き、あたり一面をオレンジ色の夕日が包んでいる。

時刻は午後五時半。あの事件から二時間以上経過していた。

現在孝一達は、大統領がいる高級ビルのラウンジ内でコーヒーを飲んでいる。

先程まであった現場検証やら、事情聴取からやっと開放された為である。

周囲では、アンチスキルの人間が慌しく動いている。

それを遠めで眺めながら、佐天は笑った。

 

孝一が突然笑いだした佐天に「どうしたの?」と質問する。

 

「いや、ね?何か、大事になったなぁって。普通の一日になるはずだったんだよ?

初春を冷やかしに言った後、ちょっとそこらでお茶して帰るだけのなんでもない一日。

それが、まさかバイオテロ事件に巻き込まれるなんてねぇ…。信じられる?

どこの映画に紛れ込んじゃったんだよって話だよ」

 

そういって佐天はニヤニヤと口元を緩ませる。

 

「私達って、世界を救ったヒーローって事になんのかなぁ…。でも、それを誰にもいえない…

うう…もどかしいよぉ…」

 

「ヒーローなんて、進んでなるもんじゃないよ。こんな事件に毎回巻き込まれるなんて、当事者からしたらたまったもんじゃないと思うよ。やっぱり、ぼくは平和な日常を送れる人生のほうがいいなぁ」

 

「うん。それは私も同感。正直、こんな大事件には、しばらく関わりあいたくないなぁ…

…でも、フフフッ。やっぱり退屈しないなぁ、君といると」

 

「え?」

 

その一言に、孝一はドキリとする。

 

「私、孝一君と知り合えて良かった。ホントだよ?なんか、毎日が充実してるって感じで、楽しいの。

ひょっとしたら、君には事件に遭遇する才能があるのかもしれないね」

 

「うぐ…」

 

そんな才能要らない…孝一は本気でそう思ったが…

 

「こんな事件になって不謹慎だとは思うけど、すごいワクワクしたの。

こんな気持ちになったの、子供の頃以来だよ。

たぶん、きっと、孝一君の身の回りではこれからもそういう事件が起こると思う。

でも私は、そんな孝一君に、これからも関わっていきたい。孝一君が見ているものを、私も見てみたい。

一緒に、冒険してみたい!」

 

(それって、まるで愛の告白みたいじゃないか。)

 

そう思って孝一の心臓はドキドキしだし、顔が赤くなる。

佐天も自分の発言が孝一を勘違いさせてしまったと気づき、慌てて「違うから!」と、訂正する。

そしてゴホンと咳払いをして、

 

「まあ、とにかく、これからもよろしく」

 

そういってわらった。

 

 

 

                    ◆

 

 

 

「ふぁぁぁぁぁ」

「あふっ」

 

朝の通学時、佐天と孝一は大きなあくびをした。

 

「お二人とも、夜更かしですか?いけませんよぉ、佐天さん。夜更かしは美容の大敵ですよ?」

 

そういって初春が、まるでおばさんみたいな口ぶりで忠告する。

 

「ぅぅ…いや、まあ…夜更かしというか、まるで寝てないというか…」

 

「…右に同じ…」

 

孝一と佐天の目の下には大きなクマが出来ていた。

あの後、アンチスキルに再び事情聴取を受け、それが終わったらまた違う関係者から事情徴収を受け、それが終わったら…と、繰り替えされること数十回。

そしてそれが三日間も続いている。

昨日も、孝一達が開放される頃には、すでに朝日が昇っていた。

 

 

「よう、お二人さん!」

 

そんな時、幻聴が聞こえた。それどころか目の前に幻が見えている。

口元にひげを蓄え、小太りの男。アンチスキルに拘束されたはずの、ジャック・ノートンである。

 

「お二人の…知り合いですか?」

 

そうおずおずと切り出す初春に、二人がこれは幻聴や幻視ではないことを悟る。

 

 

『ジ・ジャックさん?なんで?ここに?』

 

驚きのあまり、思わず二人の声が重なる。

 

「フフン!いやぁ~お前らにも見せたかったぜ!敵をちぎっては投げ、ちぎっては投げで大活躍する俺様の姿をよ!」

 

「…」

 

そういうジャックをいぶかしげに見つめる孝一達。

 

「…と、まあ冗談はそれくらいにして、本当はサーレの野郎に助けてもらったんだ。あいつはいい奴だぜ。護送車に押し込められた俺を、わざわざ助け出してくれた。それでそのまま風のように立ち去っちまった。」

 

「良かった…サーレさん…」

 

サーレが無事と分かり、孝一達は安堵する。あの後、サーレが捕まったという情報も、ニュースも出ていなかった。一応は無事だということは分かったが、それからどうなったのか不明で、ずっと気にかかっていたのだ。

 

「ああ、それと、一つお前らに伝言を預かっている。」

 

ジャックが思い出したかのように孝一達に告げる。

 

「伝言?」

 

「『またな』だってさ」

 

その言葉は短いながらも、サーレの無事をあらわしているようで、孝一達はほっとする。

孝一達がしばらくその言葉の意味をかみ締めていると、それを遮るかのように、ジャックが言葉を発する。

 

「さて、前置きが長くなったが本題だ。お前らに頼みてぇことがある」

 

そういって唐突にジャックが懐から名刺を取り出し、孝一と佐天に手渡す。

 

「名刺?何で?誰の?」

 

孝一と佐天はそう疑問に思いながら、名刺を見る。そこには

 

『爪楊枝から戦闘機まで、あなたの探し物、見つけます。   探偵会社ノートン』

 

と書かれていた。

 

「…」

 

「いやぁ~。何かいい儲け話がないかと思ってな?ずっと考えていたんだ。そしたら知り合いにこれを紹介されてよぉ…一念発起して会社を立ち上げてみたんだわ。社長は当然、俺様」

 

そして孝一達の手をとり、

 

「ただなぁ、肝心の従業員がいやしねぇ、現在募集中だ。そこでだな、親友であるお前らに、是非とも手伝って欲しくてだな…」

 

そうお願いする。

 

「…ジャックさん」

 

そのお願いに対し孝一は

 

「申し訳ありませんけど、突然、学校に用事を思い出しました。急がないといけないので、これで失礼します。二度と会う機会がないことを、切に願っています」

 

そういってダッシュで逃げ去った。

 

「お…おい、そりゃあねぇぜ!親友!?」

 

「あ、ははははは…。あれ~?そういや私も、学校に用事があったな~。そ、それじゃ失礼しまーす」

 

そういって佐天も「孝一くーん。待ってー」とジャックから離れていく。

 

「まッ待ってくれ、金か?金なのか?分かった!今なら一割り増しでつけてやる!もう仕事の依頼受けちまったんだよ~!頼むから、考え直してくれ~!!」

 

「…え?あれっ?えーっと?…」

 

後にはポツーンと初春だけが取り残される。

やがて

 

「ち、ちょっと待ってくださーい!一体なんの事なんですか?仕事って何なんですか?

私だけのけ者にしないで、ちゃんと説明してくださーい!!」

 

そう叫び、彼らの後を追う。

 

 

滅亡を迎えるはずだった世界の危機は回避され、以前と変わらない日常を紡ぎ続ける。

その影にあった、彼らの活躍など、まるで無かった事にして。

しかしそれでも、彼らの誰一人として、そのことに愚痴をこぼすものなどいなかった。

自分達の日常を守る。それだけで、彼らは満足だったのだ。

彼・彼女達にとって、これはなんでもない物語。身近な日常を守った、ただそれだけの話。

 

 

「おい、親友!頼むから、待ってくれー!」

「お断りします!人が見てますんで、話しかけないでください」

「うう…寝不足で頭痛い…」

「ま…まって~…ゼーゼー…くださ…い…。ハーハー」

 

 

そして今日も、彼らの日常は続いていく。

 

 

 

 




やったー。第二部完結!
飽きっぽい自分が、まさかここまで続けられるとは!
完走できた自分を自分で褒めてあげたい!

とりあえず、疲れました…
色々至らない小説ですが、自分が今出来る事を全力投球しました。
完結させることに意義がある!そう思い、やってきた次第です。
肉体的には疲れましたが、精神的には、ほんと楽しかったです。
これが二次小説の醍醐味なんでしょうね。
第三部は何を書くのかまだ未定ですが、ネタが思いついたらまた投降します。
ありがとうございました。




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第三部
実験サンプル12号


ネタが出来たので、投稿します。
今回からは、マイペース更新です。


透明なガラスに覆われた部屋で、少女は倒れていた。彼女は額から大粒の汗を流し、口元からはよだれをたらし、そしてヒクヒクと痙攣を繰り返している。その様子は誰がどう見ても異常なのにも関わらず、誰も彼女を助けるものはいなかった。周囲の人間はガラス越しに、そんな彼女の状況をモニターで逐一チェックしている。

 

「心拍数190。血圧170にまで上昇。なおも増大中。」

 

周囲の大人たちは様々な器機を操作し、彼女の様子を観察している。彼らは皆、白い白衣を着用しており、これが何らかの違法な人体実験であることは、容易に想像できた。

 

「…………ぁ……ぁ…」

 

ガラスの檻に閉じ込められた少女は、すでに虫の息である。しかしそんなことなど誰も気にせず、わずかな変化も見逃さないようにと、じっと彼女を凝視している。

 

「なんだ?あれは?」

 

研究員の一人が、彼女の周辺に何か異常な現象が起きていることを発見する。

それはスライムのような形状をしており、まるで彼女を守ろうとするかのように、周りを取り囲んでいる。

やがてそれはガラスの中から出ようとしているのか、ガラス一面に広がった。

 

「…発現した。11体目にして、ようやく成功だ!」

 

研究員たちが歓喜の声を上げる。しかし、すぐさまそれはざわめきに変わる。

スライムの一部が、電子ロックの中に進入し、外に出てきた為だ。

 

「うわあ!」

 

スライムは周囲にいた職員数名の体内に、体を尖らせ、突き刺すように侵入していく。

 

「あああああああ!?」

 

突き刺された職員は、スライムに侵食されていき、どろどろに溶け始めていく。

 

「……」

 

やがて、彼らはスライムと同化されてしまった。

 

「ヒッ…!」

 

スライムは次の獲物を求め、さらに近くの研究者数名を取り込もうとする。

 

だが---

 

スライムは突然痙攣を起こし、やがて床に落ち、ドロドロの液体状に分解していき、やがて消滅してしまった。

 

 

「…心肺停止。サンプル11号、完全に機能を停止しました。」

 

あのスライムは、今わの際に、彼女が発現させた能力であった。しかし本体である彼女が死亡したため、スライムはこれ以上顕現することが出来ず、消滅してしまったのである。

 

そのオペレーターの発言を受け、死亡した11号と呼ばれた少女を回収に、防護服を着た男数名がガラスの部屋に入っていく。その光景を遠巻きに眺め、一人の男は浮かれ、叫んでいた。

 

「素晴しい!…11体だ!たった11体目にして、我々は意図的に能力を発現させるすべを発見した!

後はこれを改良し、投与しても死なないレベルにまで持って行かなくては!!

…そういえば、12号は?次は奴の実験のはずだ!」

 

その問いに、誰も答えられない。やがて、一人の職員がおずおずと手を上げ、

 

「あのー。12号でしたら、安宅さんが最終調整があるとかで、連れて行かれましたが…」

 

「…なんだと!?そんなこと、一言も命令しておらんぞ!!」

 

男は額に青筋を浮かべ、職員に怒鳴り散らした。

 

 

 

◆◆◆

 

 

深夜。第七学区のとある公園。

そこに一台の車が止まっている。

 

「私にできるのは、ここまで。あとは自由にしなさい。」

 

そういって女性はポケットからカードを取り出し、助手席の少女に手渡す。

 

「私のキャッシュカードよ。とりあえず一か月は、食うに困らない金額が入っているわ。使い方は、紙に書いておいたから、後で読みなさい」

 

そういって少女に車から降りるように促す。

 

「恐らく、追っ手が私達を探しているでしょう。とりあえず、私がヤツラを引きつけておくから、その隙に、身を隠しなさい」

 

無責任なことを言っている。女性・安宅はそう思った。

自分は、この何も知らない少女に、「都会の真ん中に置き去りにする、後は勝手にしろ」と宣言したのだ。これが無責任と言わずしてなんというのだろう。

 

(だけど、それでも、あそこに置いておくよりは良い。あそこにいたら、確実に死が待っているだけだから…)

 

 

女性がキーをまわし、エンジンを始動させる。車から降りた少女はこちらをじっと見つめている。女性は窓越しに、少女に話しかける。

 

「これが、私から言える最後の命令…。『生きなさい』

あなたは人間よ。人間なら最後まで、足掻いて、足掻き続けるの。生まれ持った生が終わる、その瞬間まで。そして学びなさい。この世界のことを。あなたの世界は、今はまだ白紙の状態。これからその白紙に、色々な事を書き込むの。楽しいこと、悲しいこと、辛いこと。その全てが、あなたという人間を作り出す要素と足りえるの。だから、行きなさい。そして、体験しなさい。この世界を」

 

(願わくば、あなたの事を理解してくれる人達に、出会えますように)

 

そして女性の乗った車は、少女を残し、どこかへと走り去ってしまった。

 

「…」

 

少女は、その車が去った方向を見つめていた。何時までも、何時までも見つめていた。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「ごっはん♪ごっはん♪おっいしい、ごっはん~♪」

 

柵川中学の昼休み。

佐天涙子が謎の『ごはんのうた』を歌いながら、初春飾利の机に弁当を広げ、初春と真向かいに座る。

その隣の机には、同じく広瀬孝一が弁当を広げ、中からサンドウィッチを取り出し、佐天達に手渡していた。

 

「はい。佐天さんに初春さん。残った材料で作ったものだけど、良かったら食べみて」

 

「うわあ。おいしそうです~。それじゃ、遠慮なく頂きます。モグモグ…

…これは、アボカドと、お肉が入っていますね。すごくおいしいです。広瀬さん、本当に料理がお上手なんですね」

 

「じゃあ私はこれっ。中身は何かな~?どれどれ…おっ、タマゴ発見~♪定番だけど、ふわトロでおいしー!」

 

佐天が親指を立て、孝一に対し、「グッジョブ!」と、労いの言葉をかける。

 

孝一が彼女達とお昼を一緒にするようになって、かなりの日数が経った。きっかけは、佐天が孝一の作った弁当を見て一言、「おいしそー」とつぶやいたことがきっかけだった。以来、味見と称して何度も弁当の何割かをあげているうちに、いつの間にかこのような流れとなってしまったのだ。

まあ、孝一にとっては、一人分作るのも二人分作るのも大差ない事なので構わないのだが、問題は周囲の孝一達を見つめる視線(主に男子)である。

 

 

「ブツブツ…ちくしょお…一人、ハーレムルート攻略中かよ…俺にもそのギャルゲー、やらせろよ…」

「孝一君は、僕のものだったのに~(涙)」

「フフ…やはり、現実などクソゲーではないか。奴のステータスに異常が生じておるぞ(負け惜しみ)」

「リア充じゃあー!リア充がおるぞー(怒)」

 

等々、彼らの嫉妬、羨望、うらやましいぞ、このヤロー!等の視線を受け、今日も孝一達は平和な(?)お昼を過ごしていた。

 

 

◆◆◆

 

「ちくしょー。何なんだよ、もう」

 

放課後の帰り道、孝一は一人、愚痴をこぼしていた。帰りの放課後、いきなりクラスメイトの男子数名に喫茶店まで拉致され、佐天さん達の事について根掘り葉掘り聞かれた挙句、その場の料金まで払わされたためである。

 

(しかも、にこやかに泣いていたし…)

 

まったく、訳が分からない。そんなことを一人愚痴っていると、

 

「お穣ちゃん。こんな所、一人でどうしたの~?ひょっとして、誘っちゃってるとか?」

「行く所がないんなら、案内してやるよ?もちろんみんなで楽しませてもらうけど(笑)」

「ハァー、ハァー。青い果実…うまそう…ハァー、ハァー」

 

そんな声が裏路地の方からしてきた。

 

(またか…こりないなぁ…)

 

ポリポリと頭をかきながら、孝一は声のするほうに歩いていった。

 

「…何をしているんですか?こういう事はやめてくださいって、前にも言ってあると思うんですけど。」

 

「ああん?なんだ、てめぇ!?今こっちは…」

 

そういって凄もうとした不良の一人が、孝一の顔を見るなり、とたんに青ざめる。

 

「…お、おまえ…いや、あなた様は…?!」

 

他の不良たちも、孝一の姿を確認するなり、とたんに勢いを失くし、怯えだす。

 

「おいおい、どうしたんヨ?何でこんなチビガキに…」

 

一人だけ事情を飲み込めない不良が、仲間達の行動に、訳が判らないといった顔をしている。

 

「馬鹿野郎!お前は日が浅いからわからねぇだろうが、この人には逆らっちゃいけねえんだ!

この方は、広瀬孝一さんだ!俺たちなんかが束になってもかなう人じゃねえんだ!」

 

孝一がエコーズの能力を身につけて間もない頃、不良達相手にエコーズの実験をしていたことがあった。

その際にあまりに街の治安が悪いことが気になったので、ここらを仕切っている不良たちのアジトに乗り込み、リーダー格の男を(強制的に)説得させたという事があったのだ。以来、ここの治安は以前と比べ比較的に良くなったが、同時にここらの不良たちの間で、広瀬孝一の名前はある主の都市伝説として語り継がれることとなったのだ。

 

「す、すいませんでした!こ、この女の子が道に迷っていたようなので、ご案内して差し上げようと思ってただけなんです!!決して、やましい気持ちがあったわけでは無いんです!!おい、お前らも謝れ!礼だ!」

 

「ス、スイヤセンデシター!!!!」

 

そういうと不良たちは、その場から逃げ出すようにしていなくなってしまう。後には孝一と少女だけが残った。

 

「…」

 

最初孝一は、そこにいる人物が女性だとは思えなかった。彼女は小柄で、男物のだぼついた服を着ていた為、見ようによっては少年のようにも見えた為だ。頭に被っている大きな帽子も性別を特定することが出来ない要員となっていた。とりあえず孝一は彼女に声を掛けてみることにする。

 

「危ない所だったね。でも、こんな所を一人で歩くのは危険だよ。次からは気をつけたほうがいいよ」

 

そういって少女に言うが、反応が無い。その大きな帽子からは、彼女の表情は伺えない。

 

「あのー?」

 

孝一がなんとか会話を続けようとしたとき、少女が口を開いた。

 

「…さっきの方達は、どこへ行かれたのですか?身を隠す場所を提供していただけると、おっしゃっていたのに…」

 

少女は、そのかわいい声とは裏腹に、どこかずれた返答をする。

 

「あの、真に受けちゃだめだよ?さっきの人達は、悪い人たちなんだから。君によからぬ事をしようとしてたんだよ?」

 

「ワルイヒト?ワルイヒトとはどんな人なのですか?」

 

…なんだ、この娘?

孝一は目の前の少女に強い違和感を覚える。会話がかみ合わない、というか無知。まるで三・四歳児が受け答えしているような感覚を覚えた。思わず孝一は、頭に浮かんだ疑問を、少女にぶつけてしまう。

 

「…君はだれ?」

 

その問いに、少女は

 

「私は、何者でもありません。サンプル12号。研究所ではそう呼ばれていました」

 

そういって帽子をとる。

 

「…!」

 

その容姿に、孝一は驚く。自分が知っているある人にそっくりだったからだ。

彼女の髪は真っ白で、あの人より2、3才幼く見える。

だがそれでも、あの人に似ている。孝一は思わずこうつぶやいてしまう。

 

「…御坂、さん…?」

 

それが孝一と、サンプル12号と呼ばれた少女との、初めての出会い。

それがどのような物語を紡ぐのか、今の孝一には知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 




とりあえず第三部開始です。のんびり、マイペースで投稿していきたいと思います。


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劣化複製(デッド・コピー)

今回は、まったり進行です。


…絶対能力進化計画 (レベル6シフト けいかく)と呼ばれるものがあった。

七人しかいないレベル5の内の一人、一方通行を人工的に絶対能力者(レベル6)へと進化させようとする実験である。

 

…実にくだらない実験だと、男は思った。要は科学者の自己満足以外の何者でもない、レベル6になったからといって、私たちが何か恩恵を受けるのか?ただ単に、大量の金が使われるだけではないか?実にもったいない計画だ。

 

むしろ男は以前の計画、量産能力者(レディオノイズ)計画の方に興味があった。レベル5の劣化版である妹達(シスターズ)。その能力はレベル3程度の、オリジナルとは比べられないくらい貧弱な能力である。しかし、それは学園都市においてである。

外の世界に目を向ければ、レベル3とはいえ十分商品としての価値はあるのだ。

 

消費される御坂美琴のクローン体を見るたびに、彼女達を研究用、軍事用、愛玩用、臓器売買など、他国に売却できれば、莫大な富を生み出せるのに…男は常々そう思っていた。

 

そして、一方通行が最弱の無能力者に倒されるという事件が発生する…

 

計画が無期限の凍結を余儀なくされる事となり、男は焦った。そして、とうとう男はある行動を起こす。

 

一方通行との実験により死亡したミサカ10031号。彼女の死体の一部からDNAを採取し、保存するという暴挙にでたのだ。

本当は御坂美琴のDNAを入手したい所だが、自分の権限では無断で使用できるはずもない。そこは折れよう。まずは確かめるのだ。妹達(シスターズ)からの劣化複製(デッド・コピー)が、商品として有効的に機能するのかどうか。

 

男は自宅に自分専用の研究ラボを持っていた。まずはそこで、少しづつ計画を進めていこう。秘密裏に、誰にも知られることなく。そして何時の日か、これらの研究資料を手土産に、他国に亡命するのだ。大丈夫だ。その際、私は死んだ事にし、名前を変え、表舞台に出てこなければ、決してばれることはない。

 

 

…結論から言うと、男の野望は失敗に終わった。製造した劣化複製(デッド・コピー)は、妹達(シスターズ)のそれと比べ、身体的にも、能力的にも、はるかに劣ったものになった。

細胞の衰えからか、髪の色素が生成されず白髪となり、身体的にも虚弱、また、能力のほうも、レベル0~1程度の発電能力しか得られない。そして、脳波のほうにもノイズが混じり、ミサカネットワークを形成することも出来ない。完全なる失敗作であった。

 

男は途方にくれた。夢、欲望、期待。全てをこめ、走り出そうとした計画が水泡に帰したのだ。

しかしこの世には、拾う神というものもまた、存在する。どこから聞きつけたのか、男の前に、一人のビジネススーツに身を包んだ男がやってきたのだ-----

 

 

◆◆◆

 

「…御坂、さん…?」

 

「?…ミサカサン?ミサカサンとは誰ですか?」

 

思わずつぶやいた孝一のセリフに、自らを12号と呼んだ少女は誰のことか判らないような顔をする。

 

(御坂さんのことを知らない?じゃあ、この娘はなんなんだ?ただの瓜二つって訳じゃ、無さそうだし…

サンプル12号といったな?まさか、クローン?なんで?誰が、何の目的で?)

 

頭の中でグルグルと疑問が渦巻く。そんな孝一の考えをよそに、少女が口を開く。

 

「すみません。栄養を補給出来る施設というのは、どこにあるのでしょうか?私は昨日から養分を補充しておりません。このままですと、日常生活動作に支障をきたす恐れがあるのですが…」

 

そういって少女はお腹からクゥ、とかわいい音を出し、孝一に訴える。

 

「あ、ああ。つまり、お腹がすいてるって事?」

 

そう孝一がいうと、少女はコクン、とうなずいた。

 

喫茶店や食堂なら、この辺りに数件あるのは知っている。しかし、それを直接教えるのはどうしたものか?と孝一は悩んだ。なぜなら、彼女の今までの言動からして、商品を注文することや支払いをするという概念を、彼女は、はたして知っているのか?と思ったからだ。

なにより、この世間知らずな少女を連れて行って、そのまま別れるという事は、孝一自身が気になって出来そうにない。

じゃあ食事を彼女におごる?そう思ってみたが、財布の中身は先程クラスメイトの食事代に全て消えてしまっている。

 

「うーん…」

 

孝一は彼女の顔を見る。

 

「…」

 

孝一をジッーっと見る顔が、まるで段ボール箱に入れられている犬や猫に見えてしまい、保護欲を掻き立てられる。

 

「うぐぅ…」

 

孝一の心は揺れた。

 

 

◆◆◆

 

 

「どうぞ入って。いま、お茶でも入れるから。あ、クツは脱いでね」

 

「…はい。失礼します。」

 

孝一の言葉に従い、少女は靴を脱ぎ部屋に入る。結局、孝一は彼女のまなざしに負け、こうして自宅に招き入れてしまったのだ。少女は部屋の中身が珍しいのか、しきりに辺りをキョロキョロと見回している。こう見えて好奇心は旺盛なようだ。

 

「はい。とりあえず、麦茶。待ってて、今簡単な料理を作るから。」

 

孝一はテーブルに少女を座らせ、麦茶を差し出す。そして料理に取り掛かろうとする。しかし少女の一言がそれを制す。

 

「それでは、お願いします」

 

そういって、少女は左腕の袖をまくって、孝一に差し出した。

 

「え?一体何を…?」

 

「?栄養剤を投与しやすいようにしているのですが?」

 

見ると、彼女の白くてきれいな腕に、青紫色の醜い注射痕が付いている。恐らく、日常的に、そうやって栄養剤を投与されているのだ。それに気づいたとたん、孝一は常日頃から、彼女がどのような扱いを受けていたのか、容易に想像できてしまった。

 

「きみは…食事を…とったことが、ないのかい?」

 

孝一は、かろうじて、そう口にする。

 

「おっしゃっている意味が、良く分かりません。食事とは、このように摂取するものではないのですか?」

 

頭がグラグラしてきた。そしてその後に沸き起こったのは、彼女をそのように教育した、大人達に対する怒りだった。

 

「ちがう…。ちがうよ…。食事って言うのはさ、もっと温かくて、うれしくて、食べた瞬間、幸せな気持ちになれるものなんだよ…」

 

それを証明したかった。彼女に、その気持ちを理解して欲しかった。だから孝一は、彼女に「待ってて!」と声を掛けると、急いでエプロンを掴み、調理場に立つ。

作る料理はアレしかない。孝一が子供の頃、母親から作ってもらって、一番うれしかったあの料理だ。

 

フライパンを温め、玉ねぎをみじん切りにし、鶏肉を適度な大きさに切る。

熱したフライパンにサラダ油を入れ、玉ねぎと鶏肉を絡め、調味料を入れる。

 

「なんでしょう?これは…。研究所では嗅いだ事のない匂い…。香ばしく、食欲をそそるような、この香りは…」

 

彼女も興味を持ったのか、孝一の料理の行く末を見守っている。そして、知らないうちに、彼女のお腹がクゥと鳴った。

いい反応だ---孝一はそう思った。早く、彼女にこれを食べさせてあげたい。

 

後はもう簡単だ。ケチャップとご飯を適量混ぜ合わせチキンライスを完成させ、その後、溶いた卵をフライパンに入れ、半熟になるまで待つ。そして先程のチキンライスを投入して、包み込めば…

 

「おまちどおさま。特製オムライスの完成だよ」

 

そういって少女の目の前にオムライスを置き、スプーンをきゅっと握らせ、「食べてみて」と促す。

 

「…」

 

目の前に置かれた湯気を出す食べ物に、最初はとまどっていた彼女だったが、その香りの誘惑には勝てなかったのだろう。スプーンを手に取ると、恐る恐る口に運ぶ。

 

「あむっ…」

 

もぐもぐと何度も口を動かし咀嚼し、彼女は目を見開く。

 

「これは…はじめて味わうものです…咀嚼するたびに、空腹感が満たされ、何度も口に運びたくなります。この食事から香る匂いも、とても心地いい…そして…とても、あたたかい…これが、食事…」

 

そういうと彼女は両方の目からぽろぽろと涙を流した。

 

「お、おい?どうしたの?」

 

「すみません…。私はとても衝撃を受けました…。私が生きてきた中で、これ程あたたかい食べ物は、ありませんでした。食べるたびに食が進み、胸が温かくなる。この感情を、人はなんというのでしょう?」

 

「それは、『おいしい』っていうんだよ」

 

そういって、孝一はその感情の正体を教えてやる。

 

「…おいしい…これが、おいしいという、感情…」

 

少女は自分の中に芽生えた新しい感情を何度も反芻している。

 

「…良かった。君にはちゃんと感情というものがあるじゃないか。君は実験体なんかじゃない。立派な人間だよ」

 

そういって孝一は少女に笑いかける。しかし、少女の顔は暗く翳ってしまう。

 

「…私は、死ぬために作られた実験動物だと教育されました…『とうさま』の為、研究の礎となり、死ぬこと。それが私達に与えられた任務だと入力されました…だから私達には名前も与えられず、ただの"モノ"になり、必要なとき意外は、物陰でじっと待機しているようにと言われました…」

 

少女はなおも話を続けようとするが、それを孝一が手で制す。

 

「…最初に言っておくけど…君を作ったという『とうさま』って奴は、大変な大嘘付き野郎だ。君は人間だよ。ただ人よりちょっと物事を知らないだけの、ただの女の子だ」

 

そういって、少女の真正面に勢い良く座る。

 

「名前も与えられなかった?じゃあ、僕がつけてやる!世界に一つだけしかない、君だけの名前を」

 

そういって、しばらく頭を悩ます。

 

(実験体12号…12…12…は英語で…)

 

ブツブツと口の中でつぶやく。そして…

 

 

「よし、決めた。…『エル』。君の名前は『エル』だ!」

 

「『エル』?それはどういう意味なのでしょう?」

 

少女は孝一に聞き返す。

 

「ああ。12号の12って、英語だとトゥエルブだろ?そこから二文字貰って『エル』。後はアルファベットで12番目の文字という意味もある」

 

そういって、「どうかな?」と少女の顔を見る孝一。

 

「える…エル…私の名前…始めて貰った、世界で私だけの名前…」

 

その表情は、どこかうれしそうに見えた。

 

(良かった…気に入ってくれたみたいだ…)

 

孝一はそっと胸をなでおろす。

 

 

「…じゃあ、名前も決まったことだし、お互い、自己紹介からいこうか?」

 

そういって孝一は咳払いをして、少女に挨拶をする。

 

「始めまして、僕の名前は広瀬孝一です。あなたの名前はなんと言うんですか?」

 

「…」

 

少女は少し恥ずかしそうにしていたが、やがて意を決し、自分の名前を口にする。

 

「…始めまして、孝一様。私の名前は『エル』です」

 

そういって、笑顔を孝一に見せようとしたのだろう。両手で口頬の筋肉を吊り上げ、ぎこちない笑顔を向けてくれる。

 

「ぶっ。あはははっ」

 

その笑顔があんまりにも一生懸命過ぎて、思わず孝一は笑ってしまう。

 

「むぅ…何故笑うのですか?」

 

一生懸命の挨拶を笑われ、エルは少しむくれてしまった。

 

 

 

 

人は、名前を得る事によって、初めてアイデンティティを確立することが出来る。そういった意味では、サンプル12号と呼ばれた少女・エルは、広瀬孝一と出会うことにより、ようやく人間となることができたのではないだろうか。

 

この少女を、守ってやりたい。

エルと一緒に食事を取りながら、孝一はそんなことを考えていた。

 

 

 




改めて見直すと、会話シーンが長すぎるかなと、思ったり、思わなかったり…
バランスの取り方が難しいです。


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名前を得て

3歩進んで2歩下がるという感じで、まったり進行中です。


…男の前に現れた、にこやかなビジネススーツの男は、自らのことを「佐伯」と名乗った。

 

「あ、もちろん偽名ですので、あしからず」

 

「…それで、私を捕まえに来たのかね?」

 

こうやって、自宅の研究室まで押しかけ、劣化複製(デッド・コピー)の事も知られてしまったのだ。当然、何もないでは済まされないだろう。

しかし、そんな男の言葉をビジネススーツの男は否定する。

 

「いえいえいえいえ。何か誤解なさっているようですので、申し上げておきます。私どもは、あなたを如何こうするつもりなど毛頭ありませんよ」

 

そういって、敵意はないとばかりに大げさに頭(かぶり)を振って見せる。

 

「…では、どういうつもりなんだね?」

 

男の意図が見えない。一体自分をどうしたいんだ?そう男が思っていると。

 

「徳永さん。実は我々も、表沙汰に出来ない研究をしていましてね、お互いすねに傷を持つもの同士、ここは一つ、共同戦線といきませんか?」

 

そういって徳永と呼ばれた男に、資料を渡す。

 

「なんだね?これは?」

 

「…使い方によっては、莫大な富を生み出す事の出来る金のたまご、といった所でしょうか?」

 

そういって男はニッコリと微笑んだ。

 

「”R”事件というのをご存知ですか?銀行やジャッジメント支部を襲った、無差別襲撃事件。」

 

男は唐突にそんなことを話し出す。

 

「あ、ああ。だが犯人は捕まったはずではないのかね?」

 

今頃は堀の中だろう。徳永はそう思った。だが何故そんな話を?

 

「実は我々は、あの事件の犯人である少年を確保しましてね。それが実に興味深い。彼は世間一般で言う所のレベル0・無能力者だったのです。だがしかし、あれほどの犯罪を、いともたやすくやってのけた。それは何故か?実は彼には、この学園都市には存在しない、特殊な能力を持っていたのです。」

 

「特殊能力?」

 

「そう。彼は電気と同化し、吸収できるという能力を所有していました。特に興味深いのが、我々の肉眼では認識することの出来ない、像(ビジョン)のようなもの、彼はそれを自由自在に操り、犯行を繰り返していたのです。

その像(ビジョン)は、我々が所持する超光学のカメラでも、はっきりとはその姿を認識することが出来ない。ですが、確かに、それは存在するのです。」

 

そういって男は持っていたトランクから、ある容器を取り出す。

 

「これは…」

 

「…捕獲した少年。音石アキラ。彼の体を解剖し、分解した所、通常の人間には存在しない、未知の成分を発見することに成功しました。この成分にはまだ名前はありません。恐らく、地球上のどこにも存在しない成分でしょう。我々が知りたいことは、ただ一つ。音石明から抽出し、合成されたグロブリン。これを人体に投与したらどうなるのか?この反応が見たいのです」

 

徳永はそこまで聞いて合点がいった。

 

「その為に、私の劣化複製(デッド・コピー)を使うつもりなのだね?」

 

「はい。ご理解が早くて助かります。もちろん、施設などこちらで提供させていただき、あなたには、それなりの金と地位を用意させて頂きます」

 

 

…とんだ所から、うまい話が転がり込んできた。これはチャンスだ。これに乗らない手はない。どの道、劣化複製(デッド・コピー)は研究データさえ取れれば、廃棄処分するつもりだったゴミなのだ。それが金を生み出す…。素晴らしい事だ。

それに、うまくいけば、この新しい研究データで、さらに大儲け出来る…

 

徳永は即決した。

 

ビジネススーツの男が帰宅した後。いまだ培養液のなかで眠る劣化複製(デッド・コピー)に、徳永は話しかける。

 

「喜べ。廃棄処分されるはずだったお前達に、活躍の場を与えてやるのだ。せいぜい私と、私の研究の礎となって、儲けさせてくれ。死ぬまで、永遠にな」

 

そういって徳永は哂った。

 

 

◆◆◆

 

 

 

「…んっ…」

 

カーテン越しに差し込む陽の光が顔に当たり、エルは目を覚ました。そしてゆっくりと、ベッドの上から上体を起こす。服は、孝一から借りたのだろう。少し大きいサイズのパジャマを着ていた。

 

「ん、にゅ…」

 

眠い眼をこすり挙げると、どこからともなく、いい匂いがしてきた。とたんにエルのお腹から、クゥ、とかわいらしい音が聴こえてくる。

 

「あはよう。待ってて、今朝食を作っているから」

 

エルが起床したのに気づき、孝一は厨房でエルに声を掛ける。

 

「おはようございます。とても、おいしそうな匂いがしますね。何を作っているのですか?」

 

「昨日のチキンライスが残っていたからね。それを利用して、ライスグラタンを作っているんだ」

 

「らいすぐらたん?不思議な響きです」

 

しかし、エルの目は期待に輝いていた。その目は孝一の作るものに間違いなどあるはずがないと言わんばかりである。

昨日の残り物のチキンライスをグラタン皿にいれ、牛乳とコンソメを投入しレンジで加熱する。加熱後、とろけるチーズや適度にダイス状にしたベーコン、やアスパラ、トマト、その他適当な具材をいれ、塩胡椒で味付けする。そして再び加熱すれば…

 

「はい。熱々のグラタンの出来上がりだよ。熱いから、気を付けて食べてね」

 

そう言って、テーブルに座ったエルの前にグラタンとスプーンをおく。

 

エルはしばらく熱々のグラタンを見つめて、

 

「…孝一様は、凄いです。一つ一つはただの食材や調味料なのに、孝一様の手にかかれば、この様に、おいしい食べ物に変化させることが出来る。とても凄い能力です」

 

「いや、そんなに褒められても…」

 

孝一は学園都市では無能力者に該当する。その為、支給される奨学金は微々たる物だ。料理の技術は、その際に支払う生活費を少しでも節約するために、嫌でも身に付いてしまったものである。だからこれは孝一にとって、当たり前の事。

しかしこうやって素直に褒めてもらえると、悪い気はしない。孝一はそう思った。

 

 

◆◆◆

 

 

「さて、ご飯も食べたし、外に買い物に行こうか」

 

朝食を終えた後、孝一はエルにこう話を切り出す。

 

「カイモノ?かいものとは何ですか?」

 

エルは買い物の意味が分からず、ちょこんと首をかしげる。

 

「君の日用品とか、生活に必要なものを購入することが出来るお店があるんだよ。

とりあえず必要なものは、今日中に揃えたいからね」

 

「それは…ここに置いて頂けるということなのでしょうか?」

 

エルは期待と不安の入り混じった声で孝一に話しかける。

 

「うん。…君に名前を付けた時から、僕は覚悟を決めたよ。君を絶対に、見捨てないって。だから、君が居たくないというまで、ここに居ていいんだ」

 

「…孝一様は、何故、エルにそこまでしてくださるのですか?」

 

そんなの決まっている。だから孝一は自信を持って、エルにこう答える。

 

「友達だからさ。友達が困っていたら、力になりたいと思うのは、当たり前だろう?」

 

「トモダチ…何故でしょう…始めて聞く言葉のはずなのに、何故か耳に心地いい…

そして、胸がとても温かくなります…」

 

そういってエルは胸に手を当て、しばらくの間、目を閉じ、その言葉をかみ締めていた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

「…孝一様。あれは何ですか?」

 

第七学区の路上。ショッピングセンターに向かう途中で、エルは周囲の建物や、信号機、はたまた清掃ロボにまで興味を示し、孝一に質問してくる。そのたびに孝一は、「あれは○○だよ」とエルに教えてあげた。

 

エルは今、急速に世界というものを学習している。狭い研究施設の中が世界の全てだった少女は、初めて外に飛び出し、この世界のことを知った。

 

青い空。

白い雲。

風の音。

地平線も見えないくらいに立ち並ぶビル群。

路上を行き交う人々。

 

 

その全てがエルには新鮮で、光り輝いて見えた。

 

 

「…ええ。そうです。ちょっと体調不良で、2,3日休みたいのですが…はい。すみません」

 

エルが周囲のものに興味を示している間に、孝一は学校に連絡して、休む旨を伝える。

これから数日は、忙しくなりそうだったからだ。

 

さすがに制服はまずいと思ったのだろう。孝一は現在、私服のパーカーを着ている。対するエルも昨日始めてあった時と同じ、大きな帽子と、男向けのだぼついた服を着ている。そのエルの姿を見て孝一はある事を考える。

 

(エルを逃がした人というのはどういう人なんだろう?)

 

分かっているのは、エルがとある研究施設に居たということと、エルを逃がした人が居るということ。

恐らく施設側の人間が、彼女を探しているという事のみである。正直、それだけでは打つ手がない。これからずっと、彼女を守る気があるなら情報は必要だ。

 

後でそれとなく聞いてみるか。孝一はそう思った。

 

 

◆◆◆

 

メールの着信音がなったのは、孝一達がショッピングセンターに着く直前であった。件名を見ると佐天涙子とあった。そういえば、佐天さん達には言ってなかったな…などと思い、孝一はメールの中身を開いてみる。

 

 

 件名 かぜですか?

 

 本文 しばらく休むって?大丈夫?後でお見舞い行こうか?

 

 

まずいなぁ…。孝一はそう思った。自宅にこられるのは、まずい。エルの事がばれてしまうじゃないか…

なんて返信しよう…とりあえず…

 

 

 件名 結構きつい風邪みたいです

 

 本文 酷い風邪で、うつるといけないからしばらくは、家に来ないほうがいいよ。

 

 

(これでいいか?とりあえず返信だ。)

 

そう思い返信ボタンを押す。

 

するとすぐさまメールの着信を伝える音がする。

 

 

 件名 嘘はいけません

 

 本文 昨日はあんなに元気だった人が、突然風邪になるなんて事あるはずないじゃん。

    また何か変な事件に、巻き込まれたんでしょ?

 

 

(うぐっ…しまった、墓穴掘っちゃったぞ…。しかも、するどい…。

 ここは「返信しない」が正解だったー!)

 

ちょっとパニクっている孝一に、エルが不思議そうな顔をしてこちらを見ている。

 

「どうされたのですか?孝一様?」

 

「いや、大丈夫!ちょっとトラブルがあったけど、大丈夫!乗り切れるさ!あはははっ」

 

そういって変なテンションでエルに笑いかける。

 

「?」

 

そうこうしている内に、今度は電話がかかってきた。相手は初春からだ。

 

(今度は初春さん?何で?今は授業中のはずだろ?何で電話なんか?)

 

そう思っても電話に出ないわけにも行かず、とうとう孝一は電話に出てしまった。

 

「…もしもし?」

 

しばらくの沈黙の後。

 

「ふっふっふっ…引っかかったね、孝一君。初春の携帯だからって、油断したでしょ」

 

「げッ!佐天さん…」

 

「げっ!じゃないわよ!どうして君は、何でもかんでも一人で抱え込んで、突っ走って行こうとするかな?

ちゃんと友達がいるんだから頼りなさい!」

 

そういって一喝されてしまう。

佐天は、初春から携帯を借り、トイレに行くといって、教室から抜け出したのだ。

 

「ス…スミマセン…」

 

「よろしい。それで、今どこ?…あっ、待って…後ろのこの音楽は…ショッピングセンターにいるのね?

待ってて、今から初春もつれてそっち行くから!」

 

「ええ!?授業は?」

 

そういう孝一に対し、佐天は…

 

「そんなのサボるに決まってんじゃん!」

 

そういってブチッと携帯をきってしまう。

 

ツーツー…

 

「…」

 

「…あの?孝一様?」

 

後には呆然となった孝一と、そんな孝一を心配して、袖をクイクイと引っ張るエルだけがいた。

 

(どうしよう…。とりあえず、理解者が増えたと見るべきなんだろうか?)

 

 

 

◆◆◆

 

 

「…まったく。困ったことをしてくれたな。何故こんなことをしたのだ。

…まさか、今更くだらないヒューマニズムに、目覚めたとでも言うのではないだろうね?」

 

「…そうよ。情が移ったのよ。私を「かあさま」と、親愛のまなざしで見つめてくるあの娘達にね。あなたも彼女達に囲まれて過ごして見なさい。きっと愛情が湧くわ」

 

「生憎だが、私にはガラクタと一緒に過ごす趣味はないよ。前にも言っただろう?"アレ"は人間でもなんでもない。単価18万以下で製造可能な、ただの消耗品だと」

 

第七学区のとある、製薬会社。

その一室で、安宅は拘束されていた。手には手錠を掛けられ、椅子に座らされている。彼女は、エルを逃がした後、追っ手から逃れきれず、捕まってしまったのだ。

正面の机に座り、尋問しているのはここの所長・徳永。劣化複製(デッド・コピー)を造りだした張本人である。

 

「…君を世話係にしたのは、こちらの失敗だったようだな…まあ、いい。それで?"アレ"は?12号はどうした?どこに隠した?」

 

「知らないわ…。私は、彼女に『生きろ』と命令しただけ。その後どうなったのかは、分からない…」

 

そして小声で、「ひどい母親ね…」と、つぶやき、自嘲的に笑った。

 

「嘘を言うな!目的は何だ!?金か?ゆすりか?残念だが、そのような脅しにはのらんぞ!…おい!」

 

そういって、机のブザーを鳴らす。すると研究所の職員2名が現れ、彼女を立たせる。

 

「連れて行け。殺す以外ならどのような手段でも構わん。とにかく口を割らせろ」

 

そう命令する。

 

「…」

 

男達に連れられ、所長室を出る直前、彼女は

 

「…哀れな人ね…」

 

そうつぶやいた。

 

 

「…」

 

誰もいなくなった所長室で、男は頭を抱えていた。

 

(まずい、まずいぞ。生きているにしろ、死んでいるにしろ、"アレ"が人の目に触れることはまずい。

生きていた場合、学園都市の身分証明書を持たない"アレ"はどうなる?密入国者として取調べを受け、その際身体検査もされるに違いない。統括理事会にも当然情報が行く…。違法にクローンを製造していたことがばれてしまう。そうしたら、私は…私は…破滅だ!)

 

何とかしなければ。そう思うが、一体どうしたら良いのか、見当も付かない。

 

「うううう…」

 

その時、男の頭に、ある事が浮かんだ。そして、勢い良く引き出しを開けると、そこから一枚の名刺を取り出す。緊急時以外には、連絡しないようにといわれていたが、今がまさにそれだ。かまうものか。

男は藁にもすがる思いで、その名刺に書かれている番号に電話をする。

 

「…」

 

しばらくコール音がした後。相手が出た。

 

「…もしもし、『佐伯』さんか?まずい事になった。是非、あなたの力をお借りしたい。」

 

 

 




ようやく話がちょっとだけ、進んだといった感じでしょうか。
なかなかに筆が遅いので、平日の更新は遅れるかもです。


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ハジマリ

更新が遅くなってしまいました…
現状ではこれが精一杯…




徳永製薬会社の正門から、大きな音を立て、複数の大型トラックが入ってくる。

やがて、敷地内に入ったトラックは、出迎えた人物の前で停車する。

出迎えた人物は、ここの所長・徳永である。

やがて、停車したトラックの中から、にこやかな顔をした、ビジネススーツの男・「佐伯」が降りてくる。

 

「やあ、徳永さん。どうやら、厄介事が発生したようですね。困ったものです」

 

そういう男の顔は、ちっとも困ったようには見えない。

 

「12号が、うちの研究所職員に連れられ、逃走したのだ。職員のほうは昨夜のうちに、身柄は確保したのだが…」

 

「…肝心の12号のほうが、行方不明、と…それで?職員の口は割れたのですか?」

 

「いいや、本人は知らないの一点張りだ。この調子では本当に知らないのかもしれん…だとしたら、くそっ!どうしたら良いのだ!!」

 

徳永は、イラつく気持ちを抑えきれずに、地団太を踏む。

 

「まあまあ。あせりは余計血圧を上げるだけですよ?所で、その逃げた職員の私物を拝見したいのですが?」

 

「私物?それは構わんが、一体それで何が分かるというのだね?」

 

徳永の許可を貰い、「佐伯」の部下と思しき人物が、研究所内に入っていく。

 

「まあ、ただのカンですが、こういう場合、これが結構当てになるものなんですよ」

 

「?」

 

しばらくして、男の無線に部下からの連絡がはいる。

 

「そうですか、やはりありませんか…。ということは、可能性はありますね…

後はただ待つだけ。釣りと同じですな」

 

「さっきから何をいっとるのだね?釣り?何を悠長な…」

 

徳永の言葉を「佐伯」が制す。

 

「こういう場合はね、焦ったほうが負けなんですよ。我々は待つんです。獲物がかかるまで、ひっそりとね」

 

そういって、「佐伯」は楽しそうに笑った。

 

 

◆◆◆

 

「…さて、今回はどういった事件なのかね、明智君?政府の機密文書をめぐる陰謀系なのか、テロリストから、高官の娘を守るアクション系なのか、はたまた、空から謎の美少女が降ってきたファンタジー系なのか?」

 

「その、隣の帽子の方が、今回の事件の依頼者なんですよね?もったいぶらずに教えてください」

 

 

ショッピングモール内にある喫茶店にて、広瀬孝一はやってきた佐天涙子と、初春飾利に追及を受けていた。

佐天は、某探偵映画の悪役のような口ぶりで、(おそらく昨日やっていた映画の影響だと思われる)初春は、本当にワクワクといった感じで、孝一達を見つめている。

…その視線が、痛い…

 

(…二人とも、僕をスパイや探偵かなんかだと勘違いしていないか?だれだよ、明智君って?)

 

そう思い、佐天達の顔を見る。

テーブルを挟んでこちらを見つめてくる瞳は、早く話せと催促している。

…しかたない。こうなった以上、説明しないわけにはいかない。そう思い、孝一は口を開く。

 

「あ、あのね?一つ約束して欲しいんだけど、絶対に、驚かないで欲しいんだ。この娘はちょっと、事情が深いというか、ある人と関係があるというか…」

 

無駄だとは思うが、一応予防線は張っておく。

 

「分かってる、分かってる。訳あり事件は孝一君の十八番じゃん。いまさら驚かないって」

 

二人はうんうんとうなずいている。

 

「そう…それじゃあ、エル」

 

そう言って、エルに帽子を取るよう促す。

エルはこくんと頷き、帽子を取る。

 

「あ…」

「え…」

 

一瞬、沈黙が訪れた。

 

「え?御坂…さん?その髪…どうして…?」

「でも…御坂さんより幼い…。妹さん…?」

 

おそらく二人の頭には、現在大きな?(はてな)マークが浮かんでいるはずだ。

ここは一気に畳み掛けるしかない。

 

「いやあ~昨日の帰り道に、美坂さんのクローンを拾っちゃってさー。とっても可愛かったんで、つい家に持って帰っちゃったんだ。あはははは」

 

 

「…」

「…」

 

…ダダすべりだった。

 

 

◆◆◆

 

「ほえー。ほんとに御坂さんにそっくりだー」

 

ぷにぷに

 

「でも、妹さんみたいで、かわいいです」

 

さわさわ

 

「あう…。くすぐったいです…」

 

現在エルは、佐天と初春の二人組み挟まれ、体をぺたぺたと触られまくっている。

その様子は傍目から見たら、どの様にうつっているだろう。友達とじゃれているように見えているだろうか?

出来ればこの三人には、本当にそんな関係になって欲しい。孝一はそう考えていた。

 

二人には全てを話した。

エルが御坂美琴のクローンであるということ。

第七学区にある、製薬会社から逃げてきて、追っ手が探しているということ。

 

二人は冗談だと受け取らずに、本当に真剣に話を聞いてくれた。

孝一には、それがとてもうれしかった。

 

「さて、スキンシップはこれくらいにして、作戦会議を始めましょう」

 

初春がエルから離れて、カバンから小型のノートパソコンを取り出す。

 

「徳永製薬会社。重点疾患領域の新薬開発と製造を主に行っている会社。特にこれといった特徴のない、普通の中小企業ですね」

 

初春がパソコンのモニターに、徳永製薬会社のホームページを開く。

 

「しかしてその実態は、日夜人体実験を繰り広げ、世界制服を企む、悪の組織って所かな?」

 

初春の説明の続きを、佐天が多少(?)歪曲して引き継ぐ。しかしあながち間違っていない。

現に、エルの姉妹たちに、怪しげな薬を投与し、実験を繰り広げているのだ。

そんな事を考えていると、

 

「…孝一さんに、先に言っておくことがあります」

 

そういって、初春が孝一に話しかける。

 

「現実的に考えて、このまま逃げ続けるのは不可能です。孝一さん。まさか、一生エルちゃんを部屋から出さないなんて、考えていないでしょう?」

 

初春がもっともな質問を孝一にぶつけてくる。

 

(…確かにそうだ。

エルを守るという気持ちは、本物だ。それは今も変わらない。しかし、具体的にどうやって?と聞かれると、まったく答えが出てこなくなる。

蓄えなら、多少はある。それでエルと二人、生活できるはずだ。…そう思っていた。

だが、自分が学校に言っている間は?エルをずっと部屋から出さないのか?

いつまで?ずっと?死ぬまで?)

 

「…ゴメン、初春さん。正直、そんなこと、考えたこともなかった」

 

初春の問いに、孝一は素直に謝ることしか出来なかった。

 

「いいえ。分かってもらえただけで、十分です。さっきも言いましたが、このまま逃げ続けるのは不可能です。ですから、早急に決着をつけるためにも、こちらから攻撃を仕掛けてみようと思います」

 

初春が何か物騒なことを言い出し、孝一と佐天は顔を見合わせる。

 

「ええ?初春?攻撃って、会社を爆破でもするの?」

 

思わず佐天はそんな事を聞いてしまう。

 

「まさか、そんなことしませんよ。ただちょっと、徳永製薬会社のサーバーにハッキングを仕掛けるだけです。そこで、人体実験に関する情報を手に入れ、アンチスキルに通報します。場合によっては、ネット中に拡散させます。要は、災いの元凶を元から断ち切るんです。そうすれば、エルちゃんが追い回されることは、二度となくなります」

 

「うおお…。さらりと、とんでもない事言っちゃったよ、この娘…」

 

「…」

 

(初春さんは、絶対に怒らせないようにしよう…。下手したら、個人情報を丸裸にされかねない…)

 

ニッコリと、何でもないような顔をして微笑む初春に、孝一は恐ろしさを禁じえなかった。

 

「…さて、今後の対策は立てれた。後は、もっと協力者が欲しいね。ひょっとしたら、ヤツラに気づかれて、襲撃される可能性もあるし…。今の私達には、孝一君の能力以外、身を守るすべがない…」

 

そういって佐天が口元に手を当てて、思考している。確かに、敵が大多数で攻めてきた場合、孝一のエコーズでは、対処しきれない。基本的に、複数での戦闘はエコーズには向いていないのだ。

 

「思い当たるのは二人…。御坂さんと白井さん。でも、御坂さんはなぁ…。

『この娘はあなたのクローンです』って、面と向かって言いづらいなぁ…」

 

佐天はテーブルに突っ伏して、ゴロゴロとし出す。

 

「それじゃあ、とりあえず白井さんから先に連絡して、後で御坂さんに連絡するか、決めましょう」

 

そういって初春は白井宛にメールを打つ。

 

「あれ?メール?電話じゃないの?」

 

「佐天さん。今は授業中ですよ。おそらく白井さんは電話には出れません。でも、これなら…。

まあ、今は緊急時なので、致し方ありませんよね」

 

そう言って、打ったメールを白井宛に送信する。

 

「初春。なんて打ったの?」

 

「うふふ。こう打ったんです。『裸になった御坂さんが、ショッピングモール内で倒れていました。今は、喫茶店で休ませています。これからどうしましょう?』って」

 

「あははは。まさかぁ~。白井さんも、そこまで…」

 

佐天がそういった瞬間。喫茶店の入り口付近で、金切り声を出す少女が居た。

 

「お姉さま!!『裸』のおねぇ様はどこですの!?初春!?はやく、目を覚ます前に、愛のメモリーに記録しなくては!!お姉さま~!!?」

 

「…え~…さすがの私も、引くなぁ…」

 

孝一が知っている、あの凛々しく、優雅に立ち振る舞う彼女の姿は、そこにはなかった。

いたのはビデオカメラ片手に、獲物を探すエロハンターと化した少女だけであった…

 

 

◆◆◆

 

「…事情は分かりました。まさか、本当にクローンだなんて…

うーむ…本当に、見れば見るほど、お姉さまに生き写し…」

 

ペタペタ

 

「あう…。孝一様。この方たちは、どうしてエルの体を触りたがるのですか?」

 

「ごめんよ…儀式みたいなものと思って、ちょっと我慢してね…。それで白井さん。協力していただけるんですか」

 

エルに過剰なスキンシップを図る黒子に、孝一は協力者になってくれるかどうか質問をする。

 

「協力?それは勿論させていただきますわ。彼女はいわば、美琴お姉さまの分身。お姉さまの危機は、わたくしの危機と同じですもの。ですが、一つ、あなた方に確認しておきたいことがあります」

 

確認?何のことか分からず、孝一達は首をかしげる。

 

「事件解決した後の、エルさんの身の振り方ですわ。まさか、ずっと広瀬さんのお宅にお邪魔させておくつもりではないのでしょう?…いいですか?どんな形であれ、戸籍や後ろ盾は必要となります。その辺り、あなた達は考えているのですか?」

 

「あー…」

「それは…」

 

孝一達が言いよどむ。とりあえず、エルを助けることしか考えて居なかった為、そのような事は失念していたのだ。だが、考えてみれば、エルがこれから先も安心して暮らしてゆく為にも、後ろ盾となる存在は必要となってくる。

 

「やっぱり、考えていませんでしたのね…まあ、わたくしにも、ツテがないわけではありません。この件はわたくしにお任せなさい」

 

本当に、非常に不本意だが、白井は婚后光子に協力を求める事を考えていた。彼女の財力なら、後ろ盾には申し分ないし、事情を話せば彼女は分かってくれるような気がしたのだ。それが無理なら、多少強引でも初春に戸籍やその他諸々を偽造して貰うという手もある。しかし、あくまでそれは最終手段での話だ。

 

「あのー、白井さん。御坂さんには、やっぱり連絡したほうが良いでしょうか?事情を知らないとはいえ、当事者には違いないですし」

 

初春が白井に、美琴にも連絡したほうがいいか訊ねる。たしかに美琴の力を借りられるのなら心強い。だが…

 

「…今回の件、美琴お姉さまには、しばらく秘密に致しましょう…全てが終わった後、おいおい話していくという方向で、お願いいたします」

 

白井は美琴に協力してもらうことを、拒否してしまう。それは前に美琴と会話をした、ある内容が起因だった---

 

…それは他愛のない会話。もしも自分のクローンが目の前に現れたら?という内容で、美琴たちが持り上がっていた時。白井は何気なく、美琴に質問してしまう。

 

--お姉さまは、どうなさいます?ご自分のクローンが、目の前に現れたら…--

 

--そうね、やっぱり薄っ気味悪くて、私の目の前から、消えてくれって思っちゃうわね--

 

…本気ではない。そう思いたかった…

だけど、実際にエルと対面したとき、もしエルを拒絶するような発言をしたら?

エルを罵倒したり、心無い言葉を浴びせたら?

美琴お姉さまに限って、それはありえない…と、言えるだろうか?

 

そう思うと、白井はどうしても美琴に連絡することが出来なかった。

 

 

「そうですね。やっぱり、いきなりエルちゃんと合わせるのは、早急すぎかもしれませんね。それじゃ今回の件は、美坂さんには秘密の方向で行きましょう」

 

初春がそんな白井の思惑をよそに、話をまとめる。

 

「あー。それじゃあ最後に、孝一君からみんなに向けて、何か一言貰おうかな?何か言いたいことがあるでしょう?孝一君?」

 

そういって佐天が孝一に締めの挨拶を任せる。

 

(そうだね。僕も、今のこの気持ちを、みんなに伝えたかったんだ。ありがとう。佐天さん)

 

そう思い孝一はみんなに向けて、話し始める。

 

「えーと、まず始めに。誰にも相談もせず、一人で勝手に行動して、どうもすいませんでした。

皆さんが居なかったら、問題は何も解決しませんでした。皆さんは本当にすごいです」

 

そういって孝一はぺこりと頭を下げる。

 

「僕はみんなと知り合えて本当に良かった。皆さんは、僕の最高の友達です。ですから、友達として、一つお願いがあります。この娘も、エルも、皆さんの友達に加えてやってください。お願いします」

 

再度、深々と頭を下げる。

すると佐天が、やれやれといった感じで声を掛ける。

 

「孝一君は、まだ私たちのことを見くびっているようだね」

「ですよねー」

「ですわね」

 

三人とも口々に、孝一を非難する。

 

「私達はもう、エルちゃんと友達のつもりだよ?」

 

そういって、「ねー?」と三人ともエルに抱きつく。

 

「友達?エルと皆さんは、友達になったのですか?一体、いつの間になったのでしょうか?」

 

エルが三人に、もぎゅっとされながら、尋ねる。

 

「エルちゃんと会った瞬間だよ。こういうのはね、フィーリングが大事なんだから!」

「そうですわ。理屈ではないんですの。ただ、あなたと、友達になりたい。理由はそれで十分ですわ」

「そうです!かわいい物は正義です!私、もっとエルちゃんをなでなでしたいです!」

 

(…本当に、僕は頭でっかちの大馬鹿野郎だ…目の前に、こんなにすばらしい人たちが居るんじゃないか…)

 

孝一は、エル達4人のやり取りを見て、泣きそうになった。

そんな孝一を見て、佐天はニッカリと笑い、こう言った。

 

「友達なんて、お願いしてなるもんじゃないんだよ?こうやって、自然と、なっていくものなんだから!」

 

 

◆◆◆

 

喫茶店での作戦会議の後、孝一がレジで会計を済まそうとしていると、

エルがそっと懐からカードを取り出し、孝一に手渡た手渡そうとする。

 

「え?エル?これは?」

 

「これをお使いください。かあさまがエルに使うようにと渡されたものです。一月分、食べるのには困らないお金が入っているそうです」

 

「だめだよエルちゃん。これはエルちゃんのお金だよ?こういうのは、きちんと節約しておかなきゃ」

 

佐天があわてて止めに入る。しかしエルは首を横に振り、否定する。

 

「涙子様。皆様には先程、いろいろなものを貰いました。…楽しい思い出を貰いました。暖かい心のふれあいを貰いました。そして、エルを、皆さんの友達にして貰いました。ですが、エルには返せるものが何もありません。エルも何か、感謝の気持ちを表したい。ですから、使っていただきたいのです」

 

孝一と差天が、顔を見合わせる。エルが自発的に何かをしようとしている。

佐天達と出会ったことで、エルに何か、感情の変化が現れたのだろうか?

そうだとしたら、とても、うれしい。

 

「わかったよ。それじゃ、遠慮なく、使わせてもらうよ」

 

そういって孝一はそのカードを受け取った。

 

 

◆◆◆

 

「分かりました。第七学区のショッピングセンターです。喫茶店の会計の際、カードを使用したものと思われます」

 

「…掛かりましたね。意外と近いか…。これなら、爆薬の仕込にもそれほど時間は食わない…

監視カメラは?」

 

「捕らえました。12号です。複数の男女と一緒です」

 

「なるほど…彼らが12号を匿っていたのですか…。おそらく、青臭い友情ごっこでもやっていたんでしょうねぇ…実に若い。駆動鎧の準備は?」

 

指揮車両の中、「佐伯」は部下の男達に次々と指示を出している。

その「佐伯」の単語の中に、「爆薬」や「駆動鎧」という単語が出てきて、同席している徳永は不安になる。

 

「…君たちは、一体何をするつもりなのだね?12号を回収するのに、何故、「爆薬」など使うのだ?」

 

思わず徳永は聞いてしまう。

 

「またまたぁー。私達は、あなたの尻拭いをするんですよ?せっかく12号を回収するのですから、私達にも何か特典があってもいいんじゃないですかね?例えば、新型駆動鎧のテスト実験とかね?」

 

「佐伯」がにこやかに笑う。

 

徳永は、このとき初めて、自分は何かとてつもなくヤバイ組織と手を結んでしまったのではないだろうかと後悔した。しかしそれも、後の祭りである。

 

 

数十分後。

 

「…目標は、ショッピングセンターを出て、遊歩道を歩いています」

 

「囲み終わりました?"バンデット"と"グライム"の準備は?」

 

「全てクリアです。」

 

「よぉーし。では、さくっといっちゃいますか」

 

そういって「佐伯」は、現場に待機している男達に指示を出した。

 

 

◆◆◆

 

「では、初春。作戦決行は、今夜という事で、よろしいのですね?」

 

「はい。今夜中に、全てを終わらせます!」

 

白井の問いに、初春は右腕に力こぶを作って答える。

 

ショッピングセンターの帰り道。孝一達は、今夜の作戦について話していた。

もっとも、頼みの綱は初春だけなので、孝一達は、応援することしか出来ない。

それでも全てを見届けたい。孝一はそう思い、初春の自室にお邪魔させてもらうことにしたのだ。

 

今夜は長い戦いになるかもしれない。そう思い、夜食、お菓子、ジュースなどを買いあさってきた。

これでもう、準備は万端である。

 

「しっかし、孝一君も大胆だねー。深夜の女の子の部屋に、上がりこみだなんて?このこのぉー。孝一君の、エロ魔人!」

 

佐天が孝一を冷やかし、肘でつんつんと突く。

その一言で、白井がハッとなり、孝一に嚙み付く。

 

「はっ!、そういえば!ちょっと広瀬さん!何当たり前のように、初春の部屋に入ろうとしているんですの!反対!大反対ですわ!あなたは自分の部屋で、おとなしく待っていなさい!」

 

「そ、そんなぁー。ここまで来て、仲間はずれなんて、そりゃあないですよ…」

 

孝一が白井に、猛烈に抗議していると---

 

「え?」

「なんですの?」

 

突然大型のトラックが、孝一達の100メートル位前で、ビルに激突した。

そして、

ブシュゥウウウウウウウウ

 

凄まじい勢いで、トラックから煙が吐き出される。

 

「な、なんだこれは!?」

「ガ、ガス!?」

 

身の危険を感じ、孝一達が後ろに退避しようとする。

だが---

 

ギィィィィィィィィ

 

後ろにも大型トラックが停車し、同様に煙を吐き出している。

そして、ボシュッ!ボシュッ!と何かが孝一達めがけ発射され、炸裂する。

 

「うッ!?ゲホゲホ!?目が・・・!?」

「ゴホゴホッ!!」

「いっ息が…」

 

あたり一面が真っ白に染まり、視界がまったく見えなくなる。

孝一達は立つことを諦め、口元を押さえ地面にしゃがみこむ。

 

 

 

 

「…12号を保護してもらって、どうもありがとう。お嬢さん方。でも、窃盗はいけないなぁ…

拾ったものは、ちゃんと落とし主の所まで、届けなきゃ…」

 

 

 

 

 

「ゴホッゴホッ…こいつら、正気か!?日中の、こんな人通りが多いところで…エルを連れ戻すためだけに!?くそ!エル!佐天さん!みんな!どこだ!」

 

視界は完全に白一色に染まり、見ることが出来ない。その孝一の背後から、孝一の倍はある人影が姿を現す。

 

「!?」

 

 

 

 

 

「…だから、これは、おしおきです。少しばかり痛い目を見て、人生の厳しさを肌身で感じなさい」

 

そういって「佐伯」は駆動鎧に命令を出す。

 

 

 

 

 

真っ白に染まった世界の中で、駆動鎧のセンサーだけが怪しく輝いていた。

 

 

 



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HsEP-01 バンデット

投稿できるうちにちゃちゃっと投稿。


全てが、白い煙一色に染まっていた。この煙には催涙ガスが含まれているらしく、

辺りでは、通行人の悲鳴や、咳き込む音、怒鳴る声、様々な音が聞こえて来る。

 

孝一自身もそうだ。さっきから目が痛くて、開けていられない。

その孝一の視界に、黒く巨大な人影が移りこみ、やがて目の前にその姿を現した。

 

それは一機の駆動鎧(パワードスーツ)であった。ダークグレーで塗り固められたその機体は、孝一の3倍近い身長を誇り、見下ろしている。特徴的なのは、右腕の上腕部に装備されている巨大なシリンダーの様な武装だ。そして左腕には機関砲を持っており、その銃口を孝一の方に向けている---

 

 

◆◆◆

 

 

「ゴホッゴホッ…。こいつら、正気ですの?陽も明るい、こんな街中で、襲ってくるだなんて…」

 

「…目的は、エルちゃん?そんな、それだけの為に…」

 

佐天は、エルを煙から庇うようにして抱きしめ、そうつぶやく。

 

「初春、佐天さん!そこでエルさんを守っていて下さい!なにか、来ますわ!」

 

白井は、前方に黒い大きな人影が現れたのを見て、敵が来たのだと警戒する。

そして、独特の機械音を発しながら、それは現れた。

 

 

◆◆◆

 

「…バンデット、目標と接触しました」

 

徳永製薬の敷地内。

そこの指揮者領内で、オペレーターが「佐伯」にそう告げる。

 

「さて、先程監視カメラから、照合したデータと照らし合わせると…相手はレベル4の空間移動能力者が一人、あとはレベル1の低能力者が一人、無能力者が二人…。うーん。バンデットの初陣を飾るには、いささか期待外れかな?」

 

「佐伯」は、さもガッカリしたように、肩を落として見せる。

 

「個人的には、レベル4の人には巻き返しを期待したいところですけど、この状況じゃあ望み薄ですかね?」

 

そして「佐伯」は目標に対し、攻撃命令を出した。

 

 

◆◆◆

 

「…来る!」

 

駆動鎧がローラーダッシュで、孝一に向かい、機関砲を発砲しようとする。

 

「!?」

 

だが、孝一に照準をあわせたとたん、突如地面が爆発し、駆動鎧が転倒する。その右脚部は、まるで地雷を踏んだかのように大きくひしゃげている。

 

『ボオゥンッ!!!』

 

エコーズアクト2が地面に貼り付けた文字を回収し、孝一の手のひらに、新しい文字を貼り付ける。

その間孝一は、転倒した駆動鎧に向かって、ダッシュで接近する。

 

(攻撃なんか、させるもんか!何も分からず、混乱しているうちに、吹っ飛べ!!)

 

そして孝一は、転倒した駆動鎧に触れた。

 

 

◆◆◆

 

 

「…!?バンデット01、沈黙しました」

 

「なんと!?」

 

「佐伯」は思わず、モニターを覗き込んでしまう。

 

「おかしいな?彼は無能力者のはずでは?」

 

「…はい書庫(バンク)のデータではそうなっていますが…」

 

 

「佐倉」は少し驚いたあと、にやりと笑う。

 

「…おもしろい。そして非常に興味深い。ひょっとしたら、彼は音石君と同様の能力を持っているのではないかね?…バンデット03は?」

 

「後方で、待機中ですが…」

 

「至急、彼の方に向かわせたまえ。もう一度、彼と戦わせたい。その際"バンカー"を使用したまえ」

 

 

◆◆◆

 

「こ…これは!?」

 

白井は、駆動鎧が突如発生させた能力に、驚いていた。

 

バチッバチッ…

 

駆動鎧の体が光り輝き、周囲に放電現象を発生させているのだ。

そして右腕を白井に向けると、その電気を一転に集中させ、白井めがけて発射した。

 

「!?」

 

白井は体をひねり、何とかその電撃をかわす。しかし、完全というわけには行かなかった。

 

「あぅ!」

 

電撃の一部が、体に接触してしまったのだ。たまらず白井はその場に崩れ落ちる。

 

「うう…この煙…本当に厄介ですわ…。視界は最悪。この状況では、空間移動が使えない…」

 

周囲がまったく見えない。空間移動能力者にとってそれは、最大の弱点でもあった。

しかも場所は、人通りの多い遊歩道。当然、標識や車などの障害物は多数あり、人もいる。もし、この状況で無理やり空間移動を行えば、確実に何かに接触してしまう。

空間移動を駆使した得意の戦術は、完全に封じられたのだ。

 

(でも…能力自体を封じられたわけではないですの…敵は、わたくしに止めを刺すために、近づいてくるはず…もっと近くにきなさい…その時が、あなたの最後ですわ…)

 

そういって白井は、太ももに仕込んだ金属屋をそっと取り出す。

 

その時、駆動鎧の上腕部に装備されていたシリンダーが、ガシャンと回転する。

 

「…っ!?なんですの?頭が…!」

 

急に発生した頭痛が白井を襲う。

 

(まずいですの!能力が、使えない!)

 

頭痛で能力が使用できなくなった白井に、駆動鎧が機関砲で狙いを定め、発砲した。

 

 

◆◆◆

 

 

「なんだコイツ!?どうして駆動鎧が能力を!?中に能力者が乗っているのか?」

 

再び現れた駆動鎧に、孝一は驚いていた。

先程、装備されているシリンダーが回転したかと思うと、突如機体から放電現象を発生させたのだ。

しかも孝一の能力を警戒してか、一定の距離を保ちつつ、電撃を放ってくる。

そのたびに、周囲の建物から爆発音がして、回りの被害を拡大させている。

 

(まずいぞ…このままじゃあ、いたずらに被害を拡大させるだけだ!なんとか、アイツに接近戦を仕掛けないと…)

 

しかし、ああ見えて敵はすばやい。孝一が近づけば、その分だけ後退する。何か良い方法はないか?

孝一がそう思案していると、またもや駆動鎧のシリンダーが回転し、赤く輝きだす。

 

「え?」

 

その瞬間、駆動鎧はその身に炎を纏い、孝一めがけ炎の球を吐き出した。

しかしそれは孝一自身にではない。孝一の周囲全体に、囲うようにして火の玉をばら撒いたのだ。

 

「う!?…ぁ…ぁぁ…」

 

空気中の酸素濃度が極端に少なくなっていき、孝一は呼吸をすることが出来なくなってしまう。

体からは力が抜け、立っているのがやっとの状態だ。

その瞬間を駆動鎧が見逃すはずもなく、再びシリンダーを回転させ、孝一めがけ、突進してくる。

だが、今の孝一には逃れるすべがない。

そして、駆動鎧が孝一の目前で右腕を伸ばし、孝一の体に触れた。

 

「!!!!?」

 

とたんに凄まじい風圧が孝一を襲い、孝一は周囲のビルの壁に叩きつけられ、やがて意識を失ってしまった。

 

 

◆◆◆

 

「ターゲット。二名とも沈黙しました」

 

オペレーターが戦闘が終了したことを「佐伯に」告げる。

 

「うん。貴重な戦闘データが取れたね。ところで、倒れた彼、12号と一緒に回収できないかな?私は、彼に俄然興味が出てきたよ」

 

「それは、可能ですが…。!?待ってください!待機中の"グライム"が起動しました。12号の方に接近中です」

 

「なんとまぁ…。まさか、暴走しているのかね?」

 

「分かりません。停止コマンドを一切受け付けません」

 

「…」

 

「佐伯」はしばらく思案すると、オペレータに質問する。

 

「…ガスの効果がなくなるまで、後何分?」

 

「約3分です。それ以上は、この場にとどまるのは危険が生じます」

 

オペレーターの答えを聞き、「佐伯」は頭をかく。

 

(まさか、バグが発生したのかな~?完全に消去したと思ったんだけどな~。まあ、なったものは、しょうがない、彼のことは諦めますか…二頭追うものはといいますし…)

 

「・・・しょうがない。12号を回収したら、おとなしく撤収しちゃってください。グライムのほうは…まあ、信号を出してやれば、付いてくるでしょ」

 

そういってオペレーターに指示を出した。

 

 

 

◆◆◆

 

 

「白井さん!しっかりしてください!お願いです!目を覚まして!!」

 

初春が白井に駆け寄り、その体を何度も何度も揺さぶっている。しかし、白井はその瞳を開くことは、ない。

 

「白井さん!!」

 

なおも白井を起こそうと、初春は強めに呼びかける。その瞬間、煙の中からマスクをした男数名が、初春に襲い掛かる。

 

「あ…」

 

初春が声を掛けるまもなく、男の一人が彼女の後頭部を殴りつけ、昏倒させる。

 

「初春!!」

 

エルと共にうずくまっていた佐天が、初春に駆け寄ろうとするが、それは叶わなかった。

男達が彼女の周囲を取り囲んでいた為だ。

 

「あ…あんた達、こんなことをして、ただで済むと思ってんの?こっちには、ものすごい能力者が居るんだからね!見てなさい!あんた達なんか、孝一君がケチョンケチョンに…」

 

そのセリフを最後まで言うことなく、佐天は男達によって、気絶させられてしまう。

後には、そんな彼女達を見つめるエルだけが残った。

 

「…涙子さま…飾利さま…黒子さま…」

 

そうつぶやくエルを尻目に、

 

「…12号を発見。これから捕獲する」

 

無線で、男達が上司に連絡を取り、エルを捕獲する。

 

…エルは抵抗しなかった。抵抗しても無駄だと、感じたのだ。

 

「…短い間でしたが、あなた方の友達にさせていただけて、とてもうれしかったです。それと、このようなことに巻き込んでしまって、本当にスミマセン…さようなら…」

 

そういい残し、彼女は男達と共に、何処かへ消えていった。

 

後に残されたのは、昏倒し、気を失う彼女達だけであった。

 

 

 

 

「…」

 

…エル達が去ったしばらく後。

銀色のメタルカラー配色の駆動鎧が姿を現す。

 

「…」

 

やがてこの駆動鎧は一人の少女に目を止める。

 

気を失っている佐天涙子だ。

 

「…」

 

やがてこの駆動鎧は、彼女を掴み挙げると、そのまま男達の後を追って、白い煙の中に姿を消した…

 

 

 




駆動鎧の設定を考えるのが、結構楽しかったです。
俺ならこうするみたいな。中二心をくすぐられます。


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はつかねずみ

今回は敵側のターンです。


 ---私は、とある培養液から生まれました。生まれた瞬間のことは、覚えていません。ただ、誰にも祝福されずに生まれたという事だけは、後になって、はっきりと分かりました…

 

…最低限の人の知識を与えられたのは、それからしばらく経った後です。それは本当に最低限の、人と会話を会話が出来て、日常生活動作に支障がない程度の、ごく微々たる知識。それ以外は全て不必要と、「とうさま」はおっしゃりました…。

「とうさま」というのは、私を作った造物主の事です。「とうさま」の命令には、絶対服従。それが、私に与えられた、最初の命令でした。

「とうさま」は私のことがお嫌いらしく、私の顔を見るたびに、「役立たず」「不良品」と、とても苦々しい表情で、私のことを睨み付けていました。そして必要なとき意外は、与えられた部屋で、待機しているように命じました。

…部屋には私以外の「私」がいました。その「私」も、「とおさま」に命じられたのでしょう。部屋の隅でじっと、命令が来るまで佇んでいました。「私」の数は全部で20体程いました。

「私」は、いつのまにか「私達」になっていました…

 

しばらくの間…「私達」は何もせず、部屋に待機する日々が続きました…

 

ある日、「私達」の前に、女性の研究員の方がやってきました。彼女は、「私達」のメンタルケアを担当する事になった研究員の方です。彼女は他の研究員の方と違い、「私達」に知識を与えてくださいました。

彼女は「私達」に「絵本」というものを与えてくださいました。それは、どこかの国の、冒険譚を綴った物語です。「広い空」、「青い雲」、「緑の大地」それら異国の物語は、壁の世界しか知らない「私達」にとって、とても新鮮で、夢焦がれるものでした。

また、女性の方は、私達に生き物を飼育することを命じました。小さなゲージに入れられた、つがいの小動物です。

 

「これは何ですかと?」

 

私達のうちの1人が尋ねました。

 

女性の方は

 

「これは、はつかねずみという生き物なの」

 

と、答えました。はじめて見る。自分達とは違う形をした生き物に、私達は、とても興味を覚えました。女性の方は、とても親切に、はつかねずみの育て方を教えてくださいました。エサの与え方。ケージの掃除の仕方。その他色々。…いつしか私達は親愛の念をこめてこの女性の方を「かあさま」と呼び、慕うようになりました。

 

ある日、私がはつかねずみの世話をしていると、そのお腹が大きく膨らんでいることに気がつきました。私は何かの病気ではないかと思い、「かあさま」に知らせました。すると「かあさま」は少し笑い、

 

「この子は、妊娠しているの。もうすぐ赤ちゃんが生まれるのよ」

 

と言いました。

 

妊娠とは、「製造される」ということでしょうか?生き物は、どうやって生まれるのでしょうか?このお腹が、「私達」を生み出した、培養液と同じ役割を果たしているのでしょうか?興味は尽きません。

「かあさま」は、このお腹の中から、子供が生まれると言っていました。いつ生まれるのでしょう。

いつの間にか、「私達」が集まってきていました。皆、やがて生まれてくる生き物に興味津々のようです。

「かあさま」は、もうすぐとおっしゃいました。その日が、とても楽しみです。早く、その子供に会いたいです。

 

…でも、それは叶いませんでした…

 

突然「とおさま」がやってきて、「かあさま」を叱り付けたのです。「余計なことをするな」「こいつらに、人間の真似事でも、されるつもりか」そういって、「かあさま」を罵りました。そして、はつかねずみのケージを見ると、乱暴に取り上げ、どこかへ持って言ってしまいました…

私は、私達は…。

それがとてもとても悲しくて、とても胸が痛む出来事に感じました。

 

…後で「かあさま」聞きました…あの子は「処分」されたそうです。そして、その時から、「実験」が始まりました…

 

毎日のように、「私達が」少しずつ減って行きます。狭いように感じた部屋が、少しずつ、広く、寂しくなっていきます。

 

みんなが、いなくなる。ある日、突然、もう会えなくなる…。それが「死」…

私はそれがとても悲しくて、とても恐ろしい事のように思えました…

そしてある日、私の中に、ある感情が芽生えたのを覚えています。

 

…「死にたくない」…

 

私は、その感情を、「かあさま」に伝えました。「かあさま」はとても悲しそうな顔をして、やがて、何か決意を秘めたような顔をして、こういいました。

 

「あなたに、外の世界を、見せて挙げる。ここから、逃がしてあげる。それが、たとえ一瞬の夢でも、精一杯生きなさい」

 

そして、「かあさま」は私の手をとり、実験室から連れ出してくれたのです----

 

 

◆◆◆

 

 

「この!出来損ないが!!」

 

連れ戻されたエルを待っていたのは、ここの研究所所長・徳永の鉄拳であった。

 

「ぁぅ!!」

 

顔を大きくのけぞらせ、倒れこむ形になるエル。しかしそれは許されなかった。エルの両腕は、研究所職員にがっちりと掴まれていたからだ。

 

「きさまを探すためだけに、どれだけの労力を使ったと思っている!!殺してやる!!役に立たないガラクタは、今すぐ廃棄処分にしてやる!!」

 

徳永は拳を振り上げ、エルにもう2、3発殴りかかろうとする。しかしそれを、隣にいた「佐伯」が制する。

 

「まあまあ、徳永さん、落ち着いて。出来れば私の目の前で、人死には避けて欲しいですなあ…。私こう見えて、グロイものは苦手なものでして…やるなら私の目の届かない所でやって頂きたい」

 

その「佐伯」の一言に、徳永は興を削がれたかのように、振り上げた拳を収める。

 

「…連れて行け、今日の実験は、この後すぐ行う。それまで、部屋に閉じ込めておけ!」

 

そう研究員に命令する。

 

「…」

 

口から血を流したエルを、職員が連れて行く。

その後姿を見送り、徳永が口を開く。

 

「さて、それでは説明してもらおう。何故、あんな真似をした!12号を捕まえるために、何故あんなテロのような真似を!あんなことをして、統括理事会が黙っていると思ったのか!」

 

「ふふふっ…大丈夫ですよ。アレだけの煙幕です。どこの誰がやったのか何て、わかりゃしません。そんな足の付く様な真似、私達がするはずないでしょう?それに、あなたはさっきテロとおっしゃいましたけど、まさにその通り!ちゃんと犯行声明を、アンチスキル本部に送りつけておきました♪」

 

そうにこやかに「佐伯」が告げ、徳永は血管がはちきれそうになる。

 

「ば…、バ…、バカな!?何故そんな事を!?なんで、犯行声明なんて…!!」

 

その言葉をさえぎり、まるで出来の悪い生徒に説明するかのような口ぶりで、「佐伯」は説明をする。

 

「だって、スケープゴートが必要でしょ~?これだけの事件を引き起こしたんだから、敵を与えなくちゃ。だから架空のテログループをでっち上げて、とりあえず捜査の目をそちらに向かしておこうかなーっと」

 

「…その後に、誰か適当なグループを犯人に仕立て上げ、全ての罪を擦り付ける…か…」

 

徳永のその言葉に、「佐伯」が「ご名答!」と嬉しそうに答える。

 

「分かった…。それで、あんたはこの後どうする?このまま、撤収するのか?」

 

「はい。徳永さんの依頼は、片付きましたし、貴重な実践データも取れた。後は、闇にまぎれて消え去るのみです」

 

そこまで言って、「佐伯」は「おっと、忘れる所だった」といい、徳永に頼み事をする。

 

「徳永さん。二つ、頼まれてくれませんか?一つは、こちらの手違いで、攫ってしまった学生がいましてね。その「処理」をお願いしたい。二つ目は、実験機の"グライム"なんですが、実はコイツだけ、データが取れていないんですわ。そこで、この研究所の護衛という形で、預かっていただけませんかね?大丈夫。背丈は2.5メートル程ですので、研究所にも、楽々入ることが出来ますよ♪」

 

「預かる?それは構わんが…その学生というのは?」

 

「好きにしてくださって、構いません。人体実験に使用するのでも、何でも構いません。死体が残るようでしたら、後日、引き取りに参りますので」

 

12号を取り戻してくれたし、処理は向こうでやってくれると言って来ているのだ。これくらいの頼みは、聞いてやるか…。徳永はそう思い、了承の返事をする。

 

「…うふふふっ」

 

遠ざかる徳永の後姿を尻目に、「佐伯」はひとり、笑った。その笑顔は、まるで新しいおもちゃを見つけた子供のようだ。

 

(さあて、駒の配置は完了。後はどのような結末になるか…楽しみだなぁ~)

 

その笑顔の理由は、今から数十分前に遡る…

 

 

◆◆◆

 

 

機体を回収した「佐伯」は、その中の一つ、グライムに直接問いただしていた。

 

「困りましたねぇ~。学生を攫えなんて命令は、出した覚えがないんですけど…」

 

しばらくすると、機械による合成音声が、グライムに内蔵されているスピーカーから聴こえてくる。

 

「…ヒトジチ…」

 

「人質?…だ~か~ら~。そんな命令は…」

 

「…ヒトジチ…ヒツヨウ…ヒツヨウ…ヒツヨウ…」

 

壊れたテープレコーダーのように、同じ単語を繰り返し発し続ける…

 

グライムは脳波コントロールによる操作を念頭に置かれ、開発された実験機である。装着者が必要なデバイスを装備することにより、遠く離れた所からでも、任務遂行が可能になる。また、ゆくゆくは複数機体の同時操作が可能なように、開発を進めている。だが、それはまだ未来の話。現段階では、人体実験の域を出ていない機体である。この機体のパイロットも、現在は別の研究施設で、脳に電極が突き刺さった状態である。

 

(記憶は全て消したはずなのにねぇ…いやはや、人体というものは、驚きの連続ですな)

 

無駄だと思うが、「佐倉」はもう一度グライムに同じ質問をしようとする。

 

だが、何かピントきたものがあったのか、すぐに訂正し、別の質問を投げかける。

 

「人質って事は、誰か来るんですね?」

 

「ソウ…ソウ…ソウ…」

 

そのグライムの答えに。「佐倉」はニッコリと微笑み、こう答える。

 

「そうですか…。じゃあ、思いっきりやっちゃってください。必要な装備も与えます。ただし、私の頼みごとも、聞いてください」

 

「…リョウカイ…」

 

そして「佐伯」はあることをグライムに依頼する。

 

 

◆◆◆

 

 

「ふふふふふ…」

 

「佐伯」は笑う。

 

(撤収は、後回しですね。こんな面白そうなイベント、そうそう見れるものじゃ、ありませんよ)

 

 

◆◆◆

 

 

「入れ」

 

研究職員に突き飛ばされる形で、エルは部屋に入れられる。

その部屋には、一人の女性がベッドに寝ていた。

エルを逃がし、彼女が「かあさま」と呼び、慕った女性、安宅だ。

その顔は酷く腫れ上がり、血が滲んでいる。恐らく酷い拷問を受けたのだろう。息も絶え絶えの姿が、痛々しかった。

 

「かあさま」

 

エルは安宅の姿を確認すると、彼女の元に駆け寄り、その顔に手を当てる。

 

「酷い傷です…何か、手当てをするものを…」

 

そういって何かないか周囲を見渡すが、この殺風景な部屋には、何も見当たらない。

仕方ないので、エルは持っていたハンカチを、安宅の傷口に優しく当てる。

 

「…っ。…なんだ…あなた、やっぱり捕まっちゃったのね…。結局、2日程度しか、あなたを自由にして挙げられなかったわね…」

 

「いいえ。2日程度ではありません。2日間もです。この間、エルは色々な事を学びました。青い空に白い雲。待ちで生活する人々。そして友達…。あなたから聞かせて頂いた絵本のように、世界はとても輝いていました」

 

「エル?…そうか…友達が出来たのね?良かった…」

 

安宅はうっすらと涙を流し、喜んだ。

 

その時突然扉が開き、誰かが中に入れられる。

 

「入れ」

 

「っ!やめてよ!乱暴にしなくても入るってば!!」

 

「…涙子様…。どうして…」

 

中に入ってきたのは、先程別れたばかりの、佐天涙子だった。佐天はエルの姿を確認すると、大喜びでこちらに近づいてくる。

 

「エルちゃん!?よかった!無事だったのね!」

 

そういって佐天はエルに思いっきり抱きつく。

 

「あう…涙子様…苦しいです」

 

「いいの。今嬉しいんだから、ちょっとは我慢しなさい」

 

そういって、しばらくの間、二人は抱き合っていた。

 

 

「…そう。あなたが12号…いえ…エルを匿ってくれたのね…。エルを助けてくれて、どうもありがとう。そして、こんなことに巻き込んでしまって、本当にごめんなさい」

 

そういって安宅は頭を下げる。

 

「この人は?」

 

「…エル達のお世話係をしてくれていた方です。私達は親愛の情をこめて「かあさま」と呼んでいました」

 

「そうか…この人が、エルちゃんのお母さん…。始めまして、お母さん。エルちゃんの友達で、佐天涙子といいます。いきなりで悪いんですが、お互いの持っている情報を交換しましょう。ひょっとしたら、ここから脱け出せる方法が、見つかるかもしれない」

 

そういって、佐天は二人に身を寄せて情報交換をする。

その瞳は、決して絶望に押しつぶされてはいなかった。

 

 

◆◆◆

 

 

「そうですか…あいつら、孝一君のような能力者を量産するつもりなんだ…」

 

佐天は安宅から、今行われている実験の概要を知り、憤りを覚える。

 

「あいつら、この研究成果を外国にでも売り飛ばすつもりなんだ。考えてみれば、この能力って私達、一般人の目には、見ることが出来ない…。もし、この実験が成功して、一般人が気軽に能力を発現出来ちゃったら…」

 

「…重要人物の暗殺や窃盗。何でもござれって訳よ。しかも証拠はまったく残らない…。」

 

安宅が佐天の話に補足を付け加える。

 

「そしてゆくゆくは、軍事利用にも転用可能…そうしたら、世界の軍事バランスは大きく変化するわ。この能力にはね、上限がないの。恐らく、人間のイマジネーションの数だけ、能力は存在する。例えば人間を集団で老化させる能力や、縮める能力…もしかしたら、時間すら支配してしまうような能力だって、あるかもしれない」

 

「…許せない。その為に、エルちゃんのクローンを量産して、使い捨ての物みたいに扱うなんて…」

 

「…あの…「かあさま」…。私の妹達は、無事でしょうか…。実験はどうなっているのですか?」

 

クローンの話が出て、エルが安宅に質問をする。

 

「!?」

 

そのエルの質問に、安宅は悲しそうな顔をして答える。

 

「…エル…。あなたの妹達はね…。私達が逃げ出した後、全員、実験体として、投薬を受け…死亡したそうよ…」

 

「…そ…ん…な…。」

 

エルの瞳は大きく広がり、体が小刻みに震えだす。あの、はつかねずみの時と同じだ…。ある日、突然、自分の知っている人がいなくなってしまう…。

 

(怖い…怖い…怖い…)

 

湧き上がる感情が制御できない。体の震えが、止まらない。そんなエルの様子を察知した佐天が、エルの体をぎゅっと抱きしめる。

 

「大丈夫だから!絶対に!絶対に、幸一君達が助けに来てくれる!!私達を舐めないでよ!こんな危機、今までだって、乗り越えてきたんだから!!だから、私達を、信じて!!エルちゃんは死なない!!みんな助かる!!明日は絶対に、来るって!!」

 

「はい…。信じます…。でも、少しだけ、こうしていてください…」

 

そういって、佐天に体を預けるエルを、佐天はポンポンと、背中を優しく叩いてやる。

 

 

その時、唐突に、扉が開く。

扉の向こうには、白衣を着た男達数名と、徳永がいた。

 

「…時間だ。お前達全員、実験体となってもらう。20号の時は良い段階までいったのだ。今度の実験は、絶対に成功させるぞ」

 

そういって男達に指示を出し、佐天達を捕まえさせる。

 

(孝一君!白井さん!初春!…皆を信じているから!!絶対、私達を助けてくれるって!!)

 

佐天はそう強く願いをこめて、男達に連れられていった。

 

 

…そのしばらく後、

銀色のメタルカラー配色の駆動鎧、グライムがその姿を現した。

しかしその姿は異様だった。右腕は血にまみれ、左腕には、これまで装備していなかった、巨大なガトリングガンが握られていた。

やがてグライムは佐天達の後を追うように、その歩を進めていった…

 

 

 




今回は孝一君の出番はありません。
本当は、交互に視点を変えようかと思ったのですが、この方が流れ的にいいかなぁと思い、こうなってしまいました。


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這い上がるしかない

孝一君のターンです。


「…う?」

 

目を覚ました孝一が最初に見たものは、センターテーブルで、ノートパソコンを操作している初春飾利であった。彼女は一心不乱に、キーボードを操作し、何らかの作業をしている。

孝一は自分の周りを良く見る。どうやら自分はベッドに寝かされているらしい…。そして、女性特有の可愛らしい小物や、家具、部屋の配色などを見ると、どうやらここは初春の部屋であるということが分かってきた。

 

とりあえず孝一は初春に声を掛けようと、ベッドから起き上がろうとするが…

 

「がっ!?」

 

とたんにアバラに激痛が走り、息が出来なくなる。

この痛みよう…。どうやら肋骨が折れているようだった。

 

「…起きましたのね。広瀬さん…」

 

孝一の足元のほうから、知っている声が聞こえる。

部屋にいるのは初春だけではなかった。孝一の寝ているベッドを背もたれにして、白井黒子がこちらに視線を向けていた。だが、その顔色は、かなり悪い。見ると彼女も、右のわき腹を庇うようにして、手を当てている。彼女も肋骨を怪我したのだろうか。

 

「たいしたこと、ありませんわ。ちょっと…銃で撃たれただけですから…。まあ、実弾ではなくて、プラスチック弾だった様ですけど…」

 

孝一の表情で、自身の怪我のことを心配していると察した白井は、孝一にそう説明する。

だが、それでも疑問が残る。これほどの怪我をしている自分たちが、何故、病院にも運ばれず、初春の部屋にいるのかである。

 

「広瀬さん。それだけの怪我をしているのに、何故、私が病院に運ばなかったか、不思議に思っているでしょう?それは、今、広瀬さん達を病院に入れるわけには行かないからです。二人が入院してしまったら、どうなります?一体、誰が佐天さんと、エルちゃんを助けに行くんですか?だから私の独断で、二人を私の部屋に連れてきたんです。佐天さん達を助ける、計画を練るために」

 

初春はこちらに顔を向けず、そう説明する。その間にも、パソコンのキーボードの手が止まる事はない。

 

「佐天さんが?あいつらの狙いは、エルのはずだろ?何で、佐天さんを…」

 

「それは分かりません。ですが、この後の結末は目に見えています。おそらく、佐天さんは数日後、身元不明者として河原や人気のない所で、死体として転がっている事でしょう。この、出来て間もないテログループによって…」

 

そういって、初春はテレビのリモコンスイッチを押す。

 

「…繰り返します。11時35分頃、第七学区で起きた謎の爆発事件は、『宵の明け星』と名乗るテログループが犯行声明を発表しており、多額の現金と、第十学区に収容されている、仲間の即時開放を求めています。もしこの要求が通らない場合、今夜未明にも、今度は第三学区のホテルを爆破すると、犯人は声明文を残しており…」

 

「…なんだ、これ?」

 

ニュースキャスターのしゃべる言葉に、孝一は大きな違和感を覚える。

 

(どういうことだ?敵は徳永製薬会社で、目的はエルの奪回のはずじゃないのか?それが何で、テログループの犯行という事になっているんだ?)

 

「…すべて嘘。作り話ですわね…。架空のテログループを作り上げ、自分達には火の粉がかからないようにする。…その後、適当にスケープゴートを用意して、全ての罪を擦り付ける…。悪党の、常套手段ではないですか」

 

「そんな…」

 

白井の説明に、孝一は絶望する。敵は一体どれだけ大きな後ろ盾がいるんだろう…。そんなヤツラと対峙して、果たして無事、エル達を救出できるのだろうか…。だが、このままここにいても、何も解決しない…

 

「ぐ…」

 

孝一は、痛むわき腹を庇いながら、何とか立ち上がる。そしてそのままドアを目指して歩き始める。

 

「…どこへ、いくんですか?」

 

そんな孝一の背中に初春が声を掛ける。

 

「…決まっているだろう?エルと佐天さんを、助けに行くんだよ…。もうあれから1時間以上経ってる…。いつエル達が殺されていても、おかしくない…。作戦会議なんて、そんな悠長なこと、言ってられない…。いますぐ、いくんだ…」

 

そういって孝一はドアに手を掛ける。しかしその手を、白井がガッチリと掴む。

 

「外には、行かせませんわ。まだ、作戦会議が、終わっていませんもの」

 

「だから、そんなもの、待っていられないって、いってるじゃないですか!二人はここにいてください!後は僕一人で…」

 

カチャ…

 

作業が終わったのか、初春がキーボードの手を止め、立ち上がる。そして孝一の方に歩み寄る。

 

「佐天さんが言っていました。広瀬さんって、重荷を何でも自分一人で背負い込んでしまうって…本当にそうですね…」

 

そして右手で孝一のわき腹にちょんと触れる。

 

「!!!!!!」

 

あまりの激痛に、孝一はその場に崩れ落ちる。

 

「…そんな状態で、一人で行って何が出来るって言うんですか!いいですか!佐天さんとエルちゃんを助けたいって言う気持ちは、私達も同じです!だから、皆で助け合うんです!皆で、力を合わせて、エルちゃん達を助けるんです!その為に、作戦会議をするといっているんです!広瀬さんは、そんなに私たちの事が信用できませんか?頼りなく見えますか!?」

 

「うっ…うっうっ…。ちくしょう…」

 

孝一は泣いた。わき腹の痛みだけじゃない。こんなに無力な自分が、情けなくて、許せなくて、泣いた…。

 

「泣かないでください!今欲しいのは、涙なんかじゃない!絶望から這い上がる、意志の力です!」

 

…本当は、一緒になって泣きたかった…。でも、だめだ…。今はまだ、泣けない…。泣くのは、この戦いが終わった後。佐天とエルを助け出したときだと、初春は決めたのだ。だから今は心を鬼にして、孝一を奮い立たせよう。だから、零れそうになる涙を、孝一に悟られないように、初春は拭った。

 

 

◆◆◆

 

 

第七学区の外れの方にある倉庫街。

そこに一人の中年男性が、人目を気にしながらやってきた。

男は立派な口ひげをはやし、少し小太り、Tシャツに短パンという出で立ちだ。

やがて男は目的の場所まで来ると、携帯に電話を掛ける。

 

「…よぉ、親友。呼ばれて早速やってきたぜ?何か、トラブルらしいな?」

 

「…」

 

しばらくすると、物陰から孝一が姿を現す。

 

「…すいません。ジャックさん。どうしても、あなたに協力をお願いしたい事がありまして…」

 

そういって孝一は後ろの二人にも、出てくるように促す。

 

「どうもですわ…」

 

「お久しぶりです、ジャックさん」

 

白井と初春はそれぞれ、ジャックに挨拶をする。

 

「…しかし三人とも、その服装はどうしたんだ?どうしてアンチスキルの服なんか着ているんだ?…まさか…」

 

「そうです、盗んできました。そして、あなたにも、その片棒を担いで欲しいんです」

 

そういって孝一は、倉庫の中に隠してある"あるものを"ジャックにみせる。

 

「…おいおい。こいつは…」

 

「アンチスキルの所有する車輌です。ジャックさんには、こいつを運転して欲しいんです」

 

とんでもないことを言う坊やだな…ジャックはそう思った。先程、携帯に孝一から重用案件という内容のメールが届き、開けてみると、第七学区の指定された倉庫街の一角に来るようにという内容が入っていた。それで来て見たら、いきなり、これから行う犯罪の片棒を担げという…。まったく、呆れるを通り越して、逝かれているとしか思えない。通常は誰でもそう思うだろう…。だが…

 

「…こいつは、一体、何のためにやるんだい?…金の為?」

 

「違います。友達のためです。友達のために、僕たち全員、命を掛けて、戦うつもりです」

 

「…乗った!いいねぇ!ダチの為に、命を掛けられるなんて、早々あることじゃねぇ。こういうトラブル、俺様大歓迎よ!ガッハッハッハッ!!」

 

そういって、ジャックは笑った。世代は違えど、このジャックという男も、孝一と同じ側の人間。トラブルを愛し、愛されている男なのだ。

 

 

◆◆◆

 

 

徳永製薬会社に向け、アンチスキルの車輌が突き進む。その間に、孝一はジャックに事のあらましを説明する。

 

「…なるほどねぇ…。細菌ウイルスの次は、クローンか…。つくづくお前さんもトラブルに愛される性格らしいな」

 

「…まあ、否定しませんけど…」

 

「所でこの車輌。どうやって持ち込んだんだ?そこのツインテールのお嬢さんの能力かい?」

 

そういってジャックは白井の方をちらりと見る。

 

「ええ。テロ事件の影響で、人が殆んどで払っていたので、さほど難しくはありませんでしたが…。はぁ…ジャッジメントのわたくしが、まさか窃盗をすることになるとは、思いませんでしたわ」

 

そういって白井はがっくりと肩を落とす。例え友達のためとはいえ、犯罪に手を染めてしまった自分に、良心が咎めているのだ。

 

「大丈夫です、白井さん。これは、犯罪ではありません。ちょっとしたレンタルです。後で返しさえすれば、まったく持って、問題ありません。むしろアンチスキルの人には、手柄を立てさせてあげるんですから、プラスマイナスゼロです」

 

そういってにっこりと初春が微笑む。

 

「…」

 

こういうときの彼女の笑顔ほど、恐ろしいものはない。孝一はそう思った。

 

「手柄?そいつは一体全体どういうこった?」

 

ジャックが、「良く分からん」と行ったような顔で、初春に質問をする。

 

「私達は犯罪を起こしに行くんじゃありません。テログループを捕まえに行くんですから」

 

 

◆◆◆

 

徳永製薬会社。そこのオペレーター室にて、現場は混乱を極めていた。

 

「も、もう一度いってください!ありえない…。私達はテログループなど、匿っていない!」

 

オペレーターはある人物と通信で会話をしていた。その人物は、アンチスキルの人間であった。

 

「ですが、これは統括理事会から下された、正式な命令です。あなた方、徳永製薬会社は、テログループ『宵の明け星』の活動を支援し、現在そのメンバーを匿っていると。今すぐ引渡し、投降しなさい。そうでなければ、強制的にでもあなた方を排除することになる。すでに部隊は展開し、そちらに向かっています。抵抗するのか、それとも投降するのか。あなた方が決めなさい」

 

そういって、アンチスキルの男からの通信は、途切れてしまった。

 

「…ば…ばかな…!」

 

◆◆◆

 

「…アンチスキルのサーバーにハッキングを仕掛け、データを改ざんしました。大部隊が、徳永製薬所めがけて押し寄せるはずです。私たちは、"たまたま"他のアンチスキルの人達より早く、現場に到着するんです。その間に、私たちがエルちゃん達を助け出します!」

 

「なるほど…例え嘘の情報でも、中の施設にゃあ、人体実験の証拠が山ほど転がっている。奴らは別件で逮捕されるって寸法だな!やるじゃねえか!嬢ちゃん!」

 

初春がジャックに作戦の内容を説明する。その間に、徳永製薬所の正門が見える。

 

「この際だ、ぶち壊して前に進むぜぇ!!!」

 

ジャックはそういって、アクセルを全快にして正門に狙いを定める。そして

 

 

グワシャァァァァァァァァン!!!!!!

 

正門が派手に吹き飛ばされる!

 

 

それは、まるで反撃の狼煙のように、辺りに響き渡った。

 

 

 




車で、正門をぶち壊すという展開は、以前から一度やってみたかったので、今回やってみました。
問題は、幸一君たちが未成年なので、誰も車を運転できないこと。
なので、再びジャックさんの登場と相成りました。


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血の匂いがした

注意。
今回のお話では、ストーリー中にグロテスクな表現が含まれている箇所があります。そういう話しが苦手だという方は、閲覧を控えて頂く様、お願いします。


孝一達が、徳永製薬会社に突入する少し前…

 

銀色のメタルカラー配色の機体、グライムは中央制御室にいた。良く見ると、右腕は血にまみれ、研究所の職員が数人ほど倒れている。その周りはべっとりと、血の池が出来上がっている。

 

「…」

 

やがてグライムはメインコンピュータ前にたどり着くと、右腕からケーブルの様なものを取り出し、コンピュータにアクセスする。

 

「…」

 

2,3秒の後、グライムの顔に当たる部分から、わずかな光点が点滅を繰り返し、やがて止まる。

 

「…データノコピーカンリョウ。テンソウヲカイシスル…」

 

 

◆◆◆

 

同時刻。製薬会社の実験施設内。

 

「やめろぉ!この!この!!エルちゃんに触れるなあ!!!」

 

佐天涙子はガラスの壁を叩き、職員達に叫び続ける。しかし、まるで佐天が始めからそこにいないように、その声に、誰も、何も反応を示さない。ただ黙々と、器機の類をエルに取り付けている。

 

佐天と安宅は、実験用のガラスの檻に入れられていた。その様子は遠くから見たら、まるで巨大な水槽に佐天達が閉じ込められているようだった。そのガラスの檻の周辺では、研究職員たちが、様々な計器類をチェックしている。その様を見ていると、本当に自分たちが実験動物になってしまったようで、佐天は薄ら寒いものを感じていた。

その佐天のいるガラスケージの向こう側で、やはり同じガラスケージがあり、そこでエルは一糸まとわぬ姿で、手術台に寝かされていた。両方の手と足は、ベルトで固定され、唯一動く頭も、先程取り付けられたセンサー類でまったく動かせなくなってしまった。エルの体には、様々なチューブの様なものや心電図様の器機などが取り付けられ、まるで機械がエルの体から生えてきたようだ。

 

ガラガラガラガラ

 

全ての取り付け作業が終わった後、最後に、キャスターに乗った機械が運ばれてくる。そしてその機械から出ているチューブの先端と、エルの体に取り付けたチューブの先を繋ぐ。

 

…これで本当に作業が終了したらしい。職員達は、手術台の周りから姿を消し、扉を閉める。

 

 

「やめろ!やめろぉ!!この鬼!悪魔!!人でなし!!」

 

佐天が諦めずにガラスを叩き続ける。だが…

 

 

「これより、第20次投薬実験を開始する」

 

機械的に実験開始を告げられる。本当に、なんの感情もなく、ただの"もの"みたいに…

 

やがて佐天は力なく、その場に崩れ落ちた。

 

「…やめて…やめてよぉ…。なんで、こんな酷いことができるの…」

 

その佐天の問いに答えるものは、誰もいない…

 

 

手術台に寝かされたエルは目を閉じ、運命の時を待った。

気が付くと、先程まであった恐怖心は、消えていた。

あるのは、ある種の達観した心と、疑問だけ。

 

("死"とはどういうものなのでしょう…。自分という自我と肉体が、この世から消えてしまい、後には何も残らない。まったくの"無に還る"ということ?それとも「かあさま」の聞かせてくれた本のように、魂が転生し、新しい命を得るという”生まれ変わり・新たな生の始まり”ということ?

…分かりません…。でも、もしどちらかを選べることが出来るなら…エルは後者がいいです。生まれ変わって、もう一度…皆さんの友達になりたい…。)

 

そんなエルの脳裏に、ふと、孝一の顔が浮かぶ。

 

(孝一様。エルに名前と、暖かさをくれた、とても優しいお方…。エルの最初の、お友達…。大切な人…。…孝一様。エルは、最後にもう一度、孝一様の作ったオムライスが食べたかったです…)

 

ブゥゥゥゥゥン

 

キャスターに乗った機械から、どす黒い液体がチューブに乗り、エルの体内に運ばれていく。

それはまるで、この世の全ての醜さを象徴したような、悪意の色。

それにエルが犯されていく…

 

「…やめろ!やめろ!!…いや…やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

佐天の絶叫が辺りに木霊した。

 

 

◆◆◆

 

 

 

「…グライムから、研究用のデータが送られてきました」

 

敷地内で待機中の指揮車輌の中で、オペレーターが「佐伯」にそう告げる。

 

「おほー。出てくる出てくる。我々の知らない研究データがいっぱいだあ♪」

 

そういって「佐伯」は暢気そうに笑った。

 

「徳永さん。やっぱりあなた、我々に黙って新薬の開発を行っていましたね。ゆくゆくはこのデータを他国に売却する予定だったのでしょうね…。実に抜け目のない人です」

 

そういって目を細めて笑顔を作る。しかし、その目はまったくといっていいほど、笑っていない。

 

「ですが、それは我々も同じ事。こうして、あなたの研究成果は、すべて頂きました。…あなたがもう少しお利口なら、生かして差し上げても良かったのですがね…」

 

「…アンチスキルの無線を傍受。『宵の明け星』活動支援、及びに犯人隠避などの容疑で、徳永製薬会社に急行中とのことです」

 

「はあ?」

 

しばらくの間をおいて「佐伯」が大笑いする。

 

「ぷっ…あっはっはっはっ…。いやあ、どうやら我々と同じような事を考え付いた人達がいたようですねぇ…こんなことを考え付くのは、誰かな~?」

 

「!?アンチスキル車輌、一台が正門を突破し、敷地内に進入しました!」

 

(…早すぎる。まるでこの状況を見越したみたいに…。ん?グライムが言っていた人質とかいう少女…。なあるほど。さっき見逃してあげた、子供達か?なんと友達思いの子達だろうねぇ…。捕まっている彼女達からしたら、さしずめ第七騎兵隊参上!といったとこでしょうか?ですが、果たして間に合うかなぁ~?)

 

「…状況が変わりました。これ以上この現場にとどまるのはやめときましょう。我々は、撤退します」

 

「佐伯」が部下の男達に、そう告げる。

 

「…グライムはどうするのですか?起爆時間は30分に設定したありますが…」

 

部下の一人がスイッチを差し出す。

 

「そうですねぇ…。彼は最後の最後まで、私たちの研究に貢献してくれましたしねぇ…個人的には、彼に最後の花道を歩ませてやりたいのですが…」

 

そういって「佐伯」は部下からスイッチを受け取り、押した。

 

「まあ、それはそれ。この際だから、全員あそこで死んでもらいましょうか♪出来ればアンチスキルなんかも巻き添えにしてくれたら、うれしいなあ」

 

そういって、にこやかに答えた。

 

◆◆◆

 

グワシャァァァァァァァァン!!!!!!

 

正門を破壊したアンチスキル車輌は、勢い良く正面のビルを目指し、入り口前で停車する。

 

 

 

「徳永製薬所のメインサーバーにアクセス!…やっぱりです。ビル内部はダミー。実験施設は、地下にあります!地下3階です!」

 

初春がパソコンを操作し、実験施設のある場所を孝一達に告げる。

 

「中の様子はどうなっていますの?監視カメラの映像は?」

 

「待ってください。いま、接続します!……え!?これは…ひどい…」

 

白井の言葉を受け、監視カメラの映像をモニターで確認した初春が息を呑む。

 

「どうしたんだ?初春さん。一体何が…」

 

この様子に不振なものを感じた孝一がパソコンを覗き込む。

 

…そこには人が倒れていた。いや、倒れているだけではない。体から血を流して、絶命している。そしてそれは一人ではなかった。地下一階、地下二階…カメラが映る所は、至る所、研究職員の死体だらけだった。

そしてその死体を作り出している原因がカメラに映りこんだ。

…それは一体の駆動鎧だった。メタルカラー配色の、孝一達は見たことのない機体。ソイツが左手に持ったガトリングガンで、研究職員達を血祭りに上げている。

ガトリングガンが一瞬光ったかと思うと、そのたびに研究職員達は踊るようにして痙攣し、倒れこみ、ただの肉片へと変わっていく。

 

「ひどい…」

 

孝一は思わず呻く…。

 

「うっ…」

 

初春が口元を押さえ、思わずえずく。良く見ると、白井もジャックも顔面が蒼白している。無理もない、自分もそうだ、誰が好き好んで、こんな殺戮の現場に行きたいものか。だが、あそこには、佐天達がいる。友達を、あんな地獄に、一秒だって、いさせたくはない。孝一はそう思い、初春にこう告げる。

 

「初春さん。ジャックさんはここで待機していてください。初春さんは、ここで僕たちに指示を出す指令係。ジャックさんは、迅速に僕たちを回収する運送係。僕と白井さんは、エルと佐天さんの救出係を担当します。白井さん、いけそうですか?」

 

「…愚問、ですわね。いつでも準備、オーケーですわ」

 

孝一の問いに、白井はそう答える。しかし、かなり無理をしているのが分かる。痛めたわき腹のダメージが、かなり酷いのだ。

 

「…本当は、私も行きたいです。一緒に、佐天さん達を助けたい。でも、私では必ず足手まといになってしまいます。だから、お二人に託します。必ず、エルちゃんと、佐天さんを、助け出してください!」

 

涙は後にとっておく筈だったのに…気が付くと初春の目には大粒の涙が零れていた。

 

そんな初春を、白井は優しく抱きしめる。

 

「大丈夫ですわ…。必ず、二人を助け出します。そうしたら、皆でエルちゃんのお買い物に行きましょう?色んなお洋服を買って、色んなおしゃれをして…おいしいものを食べて…。わたくし達はエルちゃんと、まだ、どこにも遊びに行っていません。あの子にはもっともっと、色んな物を見せてあげたい。色々なもの事を、経験させてあげたい。あの子がこんな所で死ぬ道理などありませんわ」

 

「はい…よろしくおねがいします…」

 

気が付けば、お互いの頬から、涙が零れ落ちていた。

 

 

◆◆◆

 

 

「…正面ドアのロック、解除しました…。広瀬さん、白井さん。お気をつけて!」

 

ガシャン

 

正面の電子ロックが外れる音がする。

 

「じゃあ、いってきます」

 

孝一と白井は、そう初春達に告げ、中に入る。

 

「…」

 

中は、元々人などいないかのように静かだった。

 

しばらく進むと、とたんに錆びた鉄の匂いがしてくる。中は薄暗くなっていて、良く見えない。

 

「う!?」

 

「白井さん!こっちを向いちゃ、だめだ!!エレベーターの方まで、まっすぐ、何も見ないで進みましょう!」

 

孝一は白井の肩を抱き、右側を向かせないようにする。

 

「ちょ!?広瀬さん?」

 

「いいから、行きましょう?お叱りなら、後で受けますから!」

 

そういってその場を進む。

 

…孝一達の去った現場。右側には、頭をつぶされた、職員の死体があった…

 

 

 

 

エレベーター乗り場まで来た。

 

すると「チン」といって、ドアが開く。恐らく初春がエレベーターを動かしたのだろう。

耳につけたインカムから初春の声がする。

 

<広瀬さん!あの駆動鎧は現在3階です!3階で銃を乱射しています!だんだんと、佐天さん達の方に向かっています!このままじゃ、佐天さんが!>

 

「佐天さんが見えるの?じゃあエルは?エルの姿は確認できないのか?」

 

<…佐天さんの姿は確認できます。大きな水槽のようなものに入れられているのが遠目で確認できます!エルちゃんは…すいません。カメラが壊れているのか、確認することが出来ません>

 

「初春。今なら、エレベーターで降りても、あいつに気づかれませんのね?」

 

<はい。アイツはエレベーターからどんどん遠ざかっています。>

 

孝一と白井は互いに顔を見合わせ、コクンと頷く。そして、二人とも、意を決して乗り込んだ。

 

ガチャン

 

エレベーターが閉じ、下降していく。

 

そこに待っているのは、恐らく地獄だ。だけど、退くわけには行かない!

 

ウィィィィィィィ

 

しばらくの沈黙の後、エレベーターの扉が、ゆっくりと開いた。

 

 

 

「う!?」

 

「この、匂い…は」

 

広がっていた光景は、まさに地獄絵図だった。かつて職員達だったものは、物言わぬ肉片へと変わり、辺りに血の池を作り出している。そこから発生する独特の鉄の匂いが、あまりに強烈で、孝一と白井は、お互いにえづずいてしまう。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

「う…はぁ…ハァ…」

 

二人は、なるべく死体を見ないように、薄目で、口元に手をやりながら、前へと進む。

辺りには至る所にに銃弾の後が広がり、壊れた計器類や、ビーカーなどが散乱している。

 

(二人は…どこだ…?どこにいるんだ?佐天さん!エル!)

 

「…初春さん。佐天さんの居場所は?このまま通路を真っ直ぐでいいの?」

 

<はい。そのまま直進です。でも気をつけつけて下さい!駆動鎧の姿が、見当たりません!>

 

「なんだって?」

 

<すいません。カメラの死角にいるのか、それともカメラ自体が壊されてしまったのか…。とにかくここでは確認できないんです>

 

(くそ!なんてこった!まずいそ、いきなり襲ってきたら…)

 

孝一は心の中で毒づく。そうこうしている内に、巨大な水槽が孝一達の目の前に姿を現す。

 

(これが、初春さんの言っていた水槽。ということは…。いた!)

 

ガラスに覆われた、檻の中に、佐天はいた。しかし、いたのは佐天だけではない。見知らぬ女性も一緒だった。女性は体を動かせないのか、仰向けになり目を閉じている。

 

「佐天さん!佐天さん!僕だ!孝一だ!助けに来たよ。まってて、今すぐここから出してあげるから!」

 

そういって孝一はエコーズを出現させ、ガラスを破壊しようとする。

 

「?」

 

だが変だ。さっきから佐天の様子がおかしい。佐天は両膝を立て、そこに頭をうずめ、泣いている。孝一達の顔を見ようともしない。

 

「どうしたんだ?もしかして、ヤツラに何かされたのかい?…ちくしょう!なんて酷いことを…」

 

その孝一の言葉をさえぎり、佐天が右手の人差し指で、孝一を指差す。

 

「?」

 

…いや、違う。孝一ではない。孝一の後ろの同じようにガラスに覆われた部屋を指しているのだ。

孝一は思わずその方向を見る。

 

…ドクン。

 

最初は、分からなかった。そこに何が寝かされていたのか…

 

だって、体中から血が吹き出ていて、床がありえないくらい血にあふれていて…

機械に表示された、彼女のバイタルを示す表示は0になっていて…

 

ドクン…ドクン…

 

あの可愛らしいエルの表情とは、似ても似つかない表情をしていて…

彼女が、物言わぬ骸になっているのが、信じられなくて…

 

ドクッドクッドクッドクッ

 

心臓の鼓動が早まる。頭がぐるぐると回る。

 

ありえないありえないありえないありえないありえない!

 

「あ…あ…あ…」

 

うそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだ!

 

そんな現実をを受け入れられない孝一に、佐天が絶望的な言葉を突きつける。

 

 

 

 

「…孝一くん…。エルちゃんが…死んじゃった…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




自分の稚拙な文章では、あまり気にする必要がないような気がしますが、
それでも、そういう表現を不快に思われる方も存在します。
なので、前書きに警告文を表示させて頂きました。


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悪意の双曲線

前回の話で、やっぱりグロイ展開は止めておけばよかったかナァ・・・っと、後悔。
もっと少年漫画風に爽快感ある展開にすればよかった…
不快に思われた人。どうもスミマセン。


頭が…くらくらする…

心臓の動機が収まらない…

何も、考えられない…

 

孝一はその場にへたり込んで、うつろな目で一点を凝視していた…

その瞳に映るものは、何もない…

 

「…さん。…せさん…!…ひろせさん!!」

 

白井がしきりに孝一の肩を揺すって話しかけるが、孝一は何も反応を示さない。

ただ瞳からからぼろぼろと涙をこぼし、ずっと自分を責め続けていた。

 

--僕が…僕が、もっと強かったら…。あいつらをやっつけていれば…こんなことにはならなかった…

エル…。エル!!

…悪いのは誰だ?それは僕だ…何も出来なかった、弱い自分だ…。僕が…僕が…僕が…

 

そこから先で、思考が止まってしまった。何度も何度も、同じ後悔を、グルグルと思考続けている。

 

「孝一さん!!!」

 

バシッ!!

 

白井が孝一の頬を思いっきり叩く。

 

「…ぁ…」

 

そこで孝一は、少し意識を取り戻す。

 

「しっかりしなさい!!あなたには、まだ出来ることがあるでしょう!?作戦を忘れたのですか!?佐天さんと、エルちゃんを、助けるって!エルちゃんの亡骸を、このままにしておくつもりですか!?」

 

「…える…。そうだ…ここは、寒すぎる…。えるを、助けないと…」

 

孝一は、ゆっくりと立ち上がり、エル入っているガラスの檻に手を触れる。

 

ビシッ!ビシッ!!!!ビシッ!!!!!

 

エコーズact2のしっぽ文字を手のひらに貼り付け、ガラスの壁を破壊しようとする。

 

「…邪魔だ…。もっと…もっと凶暴な音を…この邪魔な壁を破壊するくらい、凶暴な音を!!!」

 

ビシッィ!!!バキバキバキ

 

ガラスの壁に次第に亀裂が入っていく。やがて---

 

「くだけろ」

 

ぐッシャぁぁぁぁアん!!!

 

強化ガラスが完全に砕け散った。

 

 

 

「…すごい…」

 

白井がおもわずつぶやく…。だが、途中ではっとし、佐天達に目を向ける。

 

(こうしてはいられません。はやく、佐天さんを助けないと!)

 

そういって、ロックがかかったドアに目をやる。

 

(いきます)

 

そして、そこら辺に落ちている、研究資料の束を手に取ると--

 

「…!!」

 

それらをドアの間に挟まるように転移させる。

 

シュン、シュン、と僅かな音がしたかと思うと、ドアが何かに切られたかのように切断され、破壊される。

 

「佐天さん!」

 

白井が駆け寄り、中にいる佐天に声を掛ける。

 

「うっ…うっ…うっ…」

 

佐天は膝を抱え泣いていた。

無理もない。目の前で、友達が殺される瞬間を見せられたのだ。今すぐに立ち直れというには、あまりにも無茶というものだ。だが、今はここでこうしているわけには行かない。

 

「佐天さん!さあ、ここから脱出しますわよ。立ち上がって!」

 

そういって白井は、佐天の腕を掴む。だが--

 

「…」

 

その手を佐天に振り払われてしまう。

 

「私は、情けないです…友達が目の前で殺されるって言うのに、何にも出来なかった…。何でなんだろう…どうして、私は無能力者なんだろう…。私は、自分が許せない…弱い自分が、許せない…」

 

「だから、ここで腐っているって言うんですか!?それで何か解決しますか!?エルちゃんが生き返るとでも!?それとも一緒に死ぬつもりですか!?…悪いですけど、あなたを死なすつもりは、毛頭ありませんわ!たとえあなたに恨まれようとも、無理にでも、あなたを連れて帰ります!」

 

そういって、佐天の肩を担ぎ、無理やり立ち上がらせる。

…だが、佐天の足には力が入らない。

すぐにでも、座り込んでしまいそうになる。

 

「佐天さん!」

 

そんな白井の励ましを、佐天が恨みがましそうな目で、否定する。

 

「…白井さんは、強いなぁ…でも、分かってくださいよ。皆が皆、あなたみたいに強い人ばかりじゃないんですよ?こうやって、傷ついたら、立ち直れない人間だって、いるんです。私は、あなたみたいに、友達が死んだのに、涙一つ流さない、冷血漢じゃないんです!そっとしておいてくださいよ!私は…私は…」

 

自分の感情が抑えきれない。何かを話すたびに、自分の心がどんどん黒く染まっていって、相手を傷つけるような言葉を投げかけてしまう。でも、今の佐天にはその言葉を抑える手段を持っていない。まるで決壊が崩れたダムのように、次々と、辛らつな言葉を白井に投げかけてしまう。それが分かっているのに、止める事が出来ない。

 

「…それでも…あなたを連れて帰ります…。このままここにいたら、確実に死が待っているだけです。だから、あなたを連れて帰ります…」

 

そんな佐天の言葉を受けても、白井は支える力を緩めない。佐天をガラスの外に連れ出そうとする。

 

「なんで…?なんで、そこまで…強いんですか…?わたし、こんなに酷いこと、言っているのに…」

 

「…だって、あなたは、わたくしの大切な友達の一人だから…。どんなに酷いことを言われても、それが本気じゃないって、分かっていますから…。だから…だから…お願いですから、わたくしの言うことも、分かってください…。今は本当に、危険な状況なんです。このままここに留まれないほどに…。これで、もし、佐天さんが死ぬようなことがあったら、きっと、わたくしは立ち直れませんわ…。ですから、お願いです。今だけでいい、わたくしに、力を貸して…」

 

白井は泣いていた…。あのいつも冷静沈着な白井がだ。そうだ…傷付かないはずがない。彼女だって、エルが…友達が死んで、悲しくないわけがない…。冷血漢?自分は何て酷いことを言ってしまったのだろう…。佐天は自分の心無い言葉が、どれだけ白井を傷つけてしまったのかを悟り、後悔した。そして、そのことが原因で、少しずつだが、彼女の瞳にも生気がもどり始めた。さっきまで、入らなかった足にも力が入る。

 

「今は…まだ頭の中がグチャグチャで、正直、何から始めたらいいのか、分かりません…。ですから、まずは立って歩いて、ここから逃げる事から始めようかと思います。ここから逃げたら、たぶん、また泣いちゃうと思います。落ち込んじゃうと思います。でも、それでも、私は生きなきゃいけないんですよね?死んじゃった、エルちゃんの分まで…」

 

そういって、白井の肩に力を入れ、自分で、ゆっくりと、歩き始める。まだ、その顔は青ざめていたけれど、それでも、彼女は、前へ進むことを決めたのだ。

 

「大丈夫ですわ。泣くのも、落ち込むのも、あなた一人じゃ、ありません。帰ったら、皆で一緒に泣きましょう。皆が泣き止むまで、ずっと…そばにいます。そして、エルちゃんをきちんと、弔いましょう…。」

 

そういって、白井は涙目で、佐天にそう告げる。そして、佐天と一緒にいた女性に目を向け、佐天に「あの方は?」と、佐天に尋ねる。

 

「…あの人は、エルちゃんの教育係をやっていた人で、エルちゃんを逃がしてくれた張本人です…。酷い暴行を受けたみたいで、意識がありません…」

 

「そうですか…なら、彼女も、助け出しませんと…問題は、四人分のテレポートを行う体力が、今の私に残っているか、ですわね…」

 

傷ついたわき腹にそっと手をやり、白井はそうつぶやく。

 

その時、ボシュっと、何かが破裂する音がした。

それは花火のように、あたり一面を輝かせ、きらきらとした粒子を辺りに散布する。

 

「!?」

 

その瞬間、白井がその場に倒れこむ。

 

「し、白井さん!?」

 

「ぐ!?こ、これは…。この感じは…!?ジャマー!?それとも、キャパシティ・ダウン!?あ、頭が…」

 

その白井たちの目の前に、メタルカラーの駆動鎧が姿を現した。

 

 

◆◆◆

 

 

「エル…」

 

孝一は、エルの亡骸と対峙していた。辺りは血だらけで、酷い惨状だった。何より酷いのが、エルの体を覆っていた、無機質な医療用具の数々。それが、あの純真無垢なエルの体に、あまりにも不釣合いで、行われた実験の残酷さを際立たせていた。

 

「…」

 

孝一は、エルに取り付けられた医療教具を全て丁寧に取り外すと、裸のエルの体に、自分が着ているアンチスキルのジャケットをそっと掛けた。

 

「…」

 

そして、そっとエルの体を抱きかかえようとしたとき--

 

「オ友達ガ死デ、悲シイカ?」

 

孝一の背後で、無機質な機械音がした。

 

「!?」

 

 

孝一はバッと後ろを振り返る。そこには、メタルカラーの覆われた駆動鎧がいた。そしてその右手には--

 

「う…。こ…孝一君…」

 

 

佐天が喉元をつかまれた状態で、立たされていた。

 

「お前は!…何をしているんだ!!」

 

孝一は思わず激高し!エコーズを出現させる。だが駆動鎧はそんな孝一の怒りなど、さほど気にせず、言葉を発する。

 

「佐天涙子。コノオンナガ攫ワレタ時、ドンナ気分ダッタ?悔シカッタカ?悲シカッタカ?憎ラシカッタカ?ダガ、コンナモンジャネェ。コンナモンジャ、俺ノ受ケタ痛ミヤ憎シミハ言イ表セネェ」

 

そういって、右腕に持った佐天の喉元に力をこめる。

 

「グ…!が…!」

 

「コノ女ニハ、トラウマヲ植エツケタ。友達ガ死ヌ瞬間ヲ、ハッキリト見セテヤッタ。コレカラコイツハ一生コノ光景ヲ思イ出シテ過ゴスンダ」

 

駆動鎧がなおも力をこめる。

 

「やっ…やめろ!!!」

 

その瞬間、ピタッと佐天の首を絞めていた手が止まる。

 

「安心シロヨ。広瀬孝一。コノ女ハ殺サネェ。イヤ、殺シチャイケネエンダ。…殺スノハ簡単ナンダ。デモソレジャ一瞬ダ。ソレジャダメダ。生キタママ、生活ノスベテヲ破壊シテヤル。死ンダホウガマシダト思イナガラ、コレカラノ人生ヲ生キサセテヤル」

 

そして、左に装備したガトリングガンを取り外すと、腰に装備していた機関砲を左腕に装備し、孝一に向け発砲してくる。

 

ドォ!!!!

 

「お前ヲ殺シテナア!!!」

 

「が!?」

 

孝一の体がガラスの壁に吹き飛ばされ、叩きつけられる。だが、孝一は死んでいない。胸を撃たれたのに?何故?

 

「25ミリノプラスチック弾ダ。弾速モアエテ落トシテアル。何故ダカワカルカ?」

 

ドンッ!!ドンッッ!!

 

なおも孝一に向け発砲してくる駆動鎧。その全ての弾が孝一の体にヒットし、孝一は血反吐を吐き倒れこむ。

 

「簡単ニ殺シチャ、ツマラネエダロ?マア、プラスチック弾トイッテモ、当タリ所ガ悪ケリャ、ソノウチ死ヌイダロウガヨォ!!オ前ニハソレハシネェ。最後ノ瞬間マデ、苦シマセテ、死ンデイケ」

 

「…お前は…お前は…誰なんだ…。お前は、一体…」

 

床に這い蹲りながら、孝一は駆動鎧に問いかける。何故だ?何故コイツは、これ程までに悪意を僕にぶつけてくる?

 

「…マダ分カラネェカ?ソリャソウダロウナァ。俺程度ノ存在ナンテ、お前カラシタラ、取ルニ足ラナイモンダカラナァ。ダガ俺ハ忘レネェ。オ前ト出会ッテセイデ、コンナ姿ニサレチマッタ…。俺ノ美シイ髪。美シイ顔。美シイ指!!指ハギタリストノイノチナンダゼェ!!!ソレガ、コンナ有様ダ!!!コンナンジャ、モウ、ギターヲ弾ク事モ出来ヤシネェ!!!全テオ前ノセイダ!!!」

 

駆動鎧は叫び、当たり構わず機関砲を乱射する。周囲の器機が粉々に砕け、孝一の周囲に散乱する。

 

「お…お前…。もしかして…音石アキラ…か?」

 

そういって孝一はヨロヨロと起き上がる。

 

音石アキラ。アンチスキルに逮捕されて、そのまま少年院に収容されているものとばかり思っていたのに…

それが何故こんな姿になってしまったのだろうか?

 

「ヤット気ガ付イタノカ?馬鹿ガ。ダガ、分カッタ所デドウシヨウモネェ。オ前ハコレカラ俺ニイタブラレナガラ、死ンデイクンダカラヨォ!!」

 

ドンッ!!ドンッ!!!

 

そういって、孝一にさらに機関砲を打ち込む音石。だが--

 

孝一の腹部にヒットするはずだった攻撃が、全て、弾かれてしまう。まるで、ゴムにでも弾かれたかのように。

 

『ビィヨオォーン』

 

孝一の服に貼り付けてあった文字が、act2に回収される。

 

「ソウイヤソウダッタ…。オ前ニハソンナ能力ガアッタンダッタ…」

 

「…お前がどうしてそんな姿になったのかは知らないし、興味もない。だけどあの時も言ったよな?『お前なんかに殺されてたまるか』って。」

 

そういって駆動鎧。…いや、音石と対峙する孝一。

 

「…それに…この惨劇を作り出したのがってのが、お前のせいだと言うのなら…僕はお前を許さない!!お前を、徹底的に、破壊してやる!!」

 

「コイヨオ!!ヤッテミロ!!広瀬孝一ィィィィィィ!!!」

 

…消えてしまいたかった。エルを助けられなかった自分が、許せなくて、ずっと悪いのは自分だと思っていた。でも違う…悪いのは、実験を行った大人達。そして、実験に加担していたヤツラだ。そして目の前に、その張本人がいる。…ちょうど良かった。怒りを、悪意を、誰かにぶつけたかった。

 

「音石ぃぃぃぃぃいいい!!!!!!」

 

広瀬孝一と音石アキラ。互いに悪意を持った二人が、三度激突する。

 

 

 




音石を出すのは、最初から決まっていました。
ただどうやって出したものかナァ…っと思っていたところ、フランケンシュタインの映画を見て、
「あっサーボーグ的な存在にしてみよう」と思い、こんな感じになりました。

それと改めて、前回の小説を見て、不快に思われた方。本当にすいませんでした。


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目覚め

皆さんの意見がほんと好意的で、助かりました。



…広瀬孝一との戦いに敗れた音石アキラを待っていたのは、執拗な人体実験だった。

意識がある状態で、体中の器官を切開され、臓器を取り出され、体のパーツを少しづつ、少しづつ、切り刻まれていった。しかしそれでも、音石は意識を失うことを許されなかった。

…やがて、体はなくなり、ただのパーツとなり、唯一残された脳髄が培養液の中に浸されて、彼の人格は完全に崩壊した。だが…。それでも彼は、死ぬことを許されなかった…

脳髄は電極に繋がれ、新しい実験に使われることとなった。それが今の音石の新しい体、"グライム"である。

実験は、音石の脳髄に指令を伝え、それをグライムに正確に伝達できるかどうかという事からスタートした。

勿論その際、音石自身の記憶は、完全に消去されてだが…

だが…それでも、残るものはあった…それが、"憎しみで"ある。これはどんなに頭の中を初期化しても、まるで意志を持っているように、へばりつき、残った。

かつて『音石だったもの』は考える…自分をこのような状況に追い込んだものの原因を、正体を…

そしてある一つの名前が浮かんでくる。

…ヒロセコウイチ…

こいつが、全ての元凶だと…

その思いは、まるでウイルスのように脳の中に増殖し、グライムの制御機能を乗っ取ったのだ…

 

それが、人間を止めてしまった音石の、新たな再誕であった…

 

◆◆◆

 

「死ネッ!死ネッ!死ネッ!!」

 

ドンッ!ドンッ!ドンッ!

 

25ミリの機関砲が次々と発射され、それが全て孝一に被弾する。

 

胸に!肩に!肋骨に!

 

だが--

全ての弾が、弾かれてしまう。

 

『ビィヨォォォォン』

 

それは、漫画やアニメなどで、ゴムが伸びたときなどに使用される効果音。それを孝一自身の服に貼り付けたのだ。当然、全ての弾は、その文字の効果を体験し、デタラメな方向へ弾け飛んでいく。

 

「うおおおおおおおお!!!act2!!!!!」

 

孝一はそのまま音石の方に駆け出し、ビーカーを投げつける。

 

「!?」

 

音石はそのビーカーを済んでの所で機関砲で打ち落とす!

 

その瞬間!

 

凄まじい効果音と共に、爆風の衝撃が二人を襲った。

 

『ドッゴオオオオオン!!!!!』

 

これは、限りなく凶暴な音をイメージし、作りだした孝一の、最大攻撃だ。孝一は、要塞を攻撃する時に発生する、ミサイルが目標に着弾する音イメージしたのだ。

 

「アブネェナァ!!!」

 

間髪いれずに、音石が機関砲で、孝一を攻撃しようとする--

 

「? イネェ?」

 

爆音と煙が発生している間に、孝一は音石のすぐ隣にまで接近していた。

そして、いつの間にか、手のひらに、先程と同じ文字を貼り付け、音石に触れようとする。

 

「音石ぃぃぃぃ!!!!うおおおおおおおおお!!!!!」

 

 

その瞬間、ずいっと音石が右腕を、孝一の方に向ける。その先には首筋を握られた状態の、佐天涙子がいた。

 

「うう…」

 

「!?」

 

その瞬間、孝一はビタッと攻撃を中止してしまう。その瞬間を、音石が見逃すはずもなく…

 

「甘エェ!!!」

 

機関砲の先端で、孝一を殴りつける!!

 

ゴス!という嫌な音がして、孝一がその場に倒れこむ。

 

「ぐはぁ!!」

 

「ハハハハハハ!!」

 

音石が孝一にさらに攻撃を仕掛けようと、近づこうとする。だが--

 

ピタッとその足を止める。

 

「…アブネェアブネェ。ヤッパリヌケメネェ野郎ダゼ、オ前ェハヨォ!」

 

音石が止まった足元には、

 

『ドッグァァァァァァァン!!!!』

 

という音が張り付いていた。

 

「コレハ地雷カナンカダロ?踏ンダラ俺ハ大ダメージヲ追ウ所ダッタ…。ダガヨォ。種サエ分カッチマエバ、オ前ノ能力、ソレホド大シタモンジャネエ!!」

 

そういって、右腕に掴んだ佐天をその文字に近づける。

 

「や…やめろ!!act2!能力を解除しろ!!」

 

その瞬間、文字が浮かび上がり、act2の尻尾に戻っていく。

 

「ソウダイイコダ。ソノママ立チアガレ」

 

そして、ぐいっと機関砲の先端を、孝一の服に絡ませ、無理やり孝一を立ち上がらせる。

 

「クライナ」

 

そういって機関砲を孝一に向け発射する。

 

ドンッ!ドンッ!ドンッ!!!!

 

「グハァ!!」

 

そのたびに孝一は、まるで踊るように体を跳ね上がらせて、やがて倒れる。

 

だが、孝一から飛び出したエコーズact2は、そのまま音石の方に直進し、音石に攻撃を仕掛ける!

 

「遅セェ!!!」

 

そして、ぱっと佐天の体から手を放したかと思うと、右腕の先端から、何か突起物のようなものを出現させ、エコーズの方に、その手を向ける。

 

バリッ

 

一瞬、プラズマが走ったかと思うと、巨大な電気の束がact2に襲い掛かった。

 

「ぐわああああああああああ!!!!」

 

その衝撃に、孝一自身から煙が噴出し、軽く痙攣しだす。

 

「ククックク!!チリペッパーノ能力ハ失ワレテモ、コウイウ隠シ武器ガイタル所ニ内臓サレテイルンダゼ!?直撃ヲ食ラッタナ?コレデチョコマカト動ケネェナァ!!!」

 

そういって音石は孝一の前まで歩み寄る。もう攻撃される心配がないからだ。その証拠に、孝一のエコーズが先程の電撃で、床に這いつくばって動かない。

 

「フフフフッ。思イ出スナァ。アノ時モコウヤッテ、オ前ヲ追イ詰メタンダ。ダガ、モウアンナ奇跡ハ起コラネェ。オイ、佐天涙子。ヨク見ルンダ。オ前ノ大事ナ広瀬孝一君ガ、コレカラ無残ニ死ンデイク所ヲヨォ!!」

 

そして、佐天の体を無理やり孝一の手前まで持って行き、目を開けさせる。

そこには、息も絶え絶えな孝一が、虚ろな目をして、仰向けに倒れていた。

 

「はぁ…。はぁ…。孝一君…しっかり…。…やめて…お願い。殺さないで…。孝一君を、助けて…」

 

佐天は音石に必死に頼み込む。だが、無情で残酷な答えが返ってくる。

 

「…ダメダ。オ前ニハ地獄ヲ見セテヤル。心ニ深イ傷ヲ、立チ直レナイ位深イ傷ヲ追ッテ、残リノ人生ヲ生キルンダ。待ッテロ。孝一ヲ殺シタラ。次ハ、白井黒子ヲ殺ス。ソノ次ハ、初春飾利ヲ殺ス。全テ、オ前ノ見テイル前デ、処刑シテヤル。オ前ハ一生、コノ光景ヲ忘レル事ハ出来ナイダロウ。ソレデイイ。ソレガ俺ノ復讐ダ。…ククククク。ハハハハハハハハッ」

 

「ウッ…。うっ…。うっ…」

 

不気味な電子音の笑い声と、鳴き声だけが、辺りに響き渡った。

 

 

 

◆◆◆

 

 

…気が付くと、何もない、真っ白な空間だった…

本当に何もない。自分の意識はあるのに、体はない。だけど、とてつもない開放感がある…

まるで全てのしがらみから、解き放たれたかのよう…

ああ…これが死後の世界なんだろうか…。

だとしたら…。あの世というのも、案外悪いものじゃあないのかもしれない…

 

…でも、心残りが一つある…

それは、佐天さんだ…

エルの死を見た瞬間…音石と対峙した瞬間…。自分の心が漆黒に塗り固められそうになるたびに、心の片隅にいたのは、彼女の姿だった。

…彼女を、守りたい。その強い決意があったから、僕は踏みとどまれたんだ…

だけど…

それも、もう出来そうにない…。それだけが、本当に、心残りだ…

 

 

--孝一サマ--

 

そんなことを孝一が考えていると、どこからか、孝一を呼ぶ声がする。

誰だろう?聞いたことのない声だ…

 

--孝一サマ。私ヲ呼ンデ下サイ…。私ノ名前ヲ--

 

名前?だれの?それより、君は?

 

--分カッテイル。アナタハ心ノ中デハ分カッテイル…。私達ハ、ズットアナタヲ見テキマシタ…。アナタガ怒リ、悲シミニ溢レテモ、決シテ折レナイ、不屈ノ心ヲ…黄金ノ様ナ輝キヲ持ッテイル事ヲ。私達ハ知ッテイル。ソシテ、困難ヲ乗リ越エルタビニ、アナタノ心ガ成長シテイクノヲ、ズット見テキマシタ。アナタハ今、成長シタノデス。デスガソノ前ニ、憎ラシイ"アンチクショウ"ヲ倒サナケレバ、ナリマセン。ダカラ呼ンデ下サイ。私ノ名前ヲ--

 

なまえ…お前の、名前は…

 

 

◆◆◆

 

 

「音石アキラ!卑怯者!!孝一君を…皆を殺してみなさい!そうしたら、私がアンタを殺してやる!!どんな所にいても、絶対に見つけ出して、殺してやるから!!」

 

佐天は涙を流しながらも、それでも強い意志で音石の顔(に当たる部分)を睨み付ける。

 

「ハハハハハ。ヤレルワケネェダロ!テメェミタイナクソガキガヨォ!!イイカラジット見テナ!コレカラコイツノ脳天ニ、大量ノ弾ヲブチ込ンデヤルンダカラヨォ!!」

 

そういって、孝一の頭に、銃口を定める。

 

「やめてぇ!!!」

 

思わず佐天が、両手を広げ、孝一の前に躍り出る。

 

その瞬間、プラスチック弾が、佐天の顔面に向け、放たれる。

 

「あっ!?」

 

いかにプラスチック弾といえども、至近距離から、しかも顔面に被弾したとなれば、ただでは済まない。

佐天は両目を閉じ、来るであろう衝撃に身構える。

 

「?」

 

だが、いつまでたっても、衝撃がこない。一体どうしたんだろう?不発?そう思い、佐天が目を開けると--

 

「え?何コレ?」

 

放たれた弾が、地面にめり込んでいた。まるで、何か重石をつけられたかのように…

 

「バッ…バカナ…。タテルハズガ…」

 

音石が動揺している。佐天にではない。佐天の後ろにいる、仰向けに倒れているはずの人物にである。

 

「…」

 

その時、ポンッと佐天の肩に手がかかる。そして--

 

「…前にも言ったよね?佐天さんは、僕が守るって…」

 

後ろの方で声がする。

 

--いつも、いつでもこの声に、私は励まされてきた。辛いときでも、悲しいときでも、とても立ち向かえない困難な敵が相手の時でも、彼は決して諦めず、前を向き続けて、私を、私達を照らしてくれた。太陽のような人。…とても大事な、わたしの、私の大切な人!!--

 

 

「…孝一君!!」

 

「…やあ」

 

佐天が涙を浮かべ、孝一の方に振り返る。その顔はいつ倒れてもおかしくないほど青ざめて、体からは至る所から血が滲んでいた。そんな状態なのにも関わらず、孝一は戦うことを止めなかった。

 

「佐天さん。少し、離れてて、今すぐ、コイツを倒すから」

 

「…うん。信じる」

 

佐天はそういって孝一から少し距離をとり、戦いの行方を見守る。

 

「オ前。何テイッタンダ?倒ス?俺様ヲ?満身創痍ノソノ体デカ?…ハハハハハハハ!!!」

 

そういって音石は銃口を孝一の目の前に、突きつける。

 

「クタバレ。コノ至近距離ジャア、絶対ニ助カラネェゼ?」

 

音石は自身の勝利を確信していた。だが孝一はその言葉に対して不適に笑う。

 

「もう、無理だ。もう攻撃は出来ない。だって、もう攻撃は『完了』しているんだから。僕の新しい『エコーズ』がな」

 

「エコーズダトオ!?オ前ノエコーズハアソコニ…」

 

そういって音石はエコーズのほうを見る。

 

「ナ!?」

 

そこには確かにエコーズがいた。だが、それはまるで脱皮した蝶のように、背中が大きく裂け、抜け殻のようだった。

 

「コッチダ。son of a bitch!(糞野郎)」

 

そういって何かが音石の顔面を殴りつけた。

 

「ガァ!?」

 

突然の衝撃に、音石は地面に倒れこんでしまう。

 

「何ダ!?イッタイ、何ガ!?」

 

そこには、音石が見たこともない物体がいた。体格は孝一と同じくらいで、小柄の人間のような形態をしている。だが顔は、まるで宇宙人の様であり、表情が読み取れない。コイツは腰当のようなものを纏っており、そこには『3』という文字が刻まれている。

 

「エコーズの新しい形態『エコーズ・act3』お前はもう僕には勝てない」

 

「勝テナイダトオ!?オマエゴトキガ!!ナニホザイテヤガ…」

 

ギギギギギギギギギギギ

 

おかしい…左腕が持ち上がらない。照準が、孝一に定められない!

 

「コ…コレハァ!!」

 

ベキィ!!!

 

音石の左腕が、まるで関節が外れたプラモのように引きちぎられ、床にたたきつけられる。

 

ベコォ!!バキッバキッ!!!

 

叩きつけられた腕は、なおも重さを増し、床にめり込んでいる。そして、やがて完全にコンクリートに埋まり、見えなくなってしまう。

 

「これでもう、機関砲は撃てないな」

 

孝一は冷静に、音石に宣言する。

 

「オ前!?ナニヲシタ!?オマエノコノ能力ハ!?」

 

「act3!」

 

その音石の言葉を無視して、孝一はエコーズact3に攻撃を命じる。

 

「ハァァァ!!!」

 

act3が拳法のような構えを取り、目標に狙いを定める。そして--

 

「必殺『エコーズ 3 FREEZE』!!」

 

そういって、パンチの連打を音石に浴びせかける。

 

グシャァ!音石の顔面が次第に砕け散る。

 

そして--

 

ベゴオッ!!!

 

顔面がコンクリートの床にめり込む。

 

「act3の能力…それは殴った人や物体に、重力を発生させ、動けなくする」

 

「ソシテソノ重サハ、孝一様ノ精神力次第デ、ドコマデモ重ク出来マス。今ノ孝一様ノ精神力ナラバ…」

 

グシャア!!!

 

「ァァァァァ…」

 

顔面が次第に地面にめり込み、砕けていく。

 

(何デダ…ドウシテコイツトヤルト、イツモコウナル?何デ勝テナイ!」

 

バキッッバキッッ!!!

 

「音石。お前は、僕の…僕たちの大事なものを、傷つけ、奪おうとした…。だからお前に同情はしない…」

 

メキッッ!ベキィィ!!グシャァァァ!!!!

 

「…1t。このまま押しつぶれろ」

 

「!!」

 

バキョッ!!!

 

そして、音石の顔面は引きちぎられ、地面に埋没していった。残されたのは、頭から分離した体のみである。

 

「…」

 

「か…勝ったの?音石を、倒したの?」

 

「ああ…終わったよ…これで全て…」

 

そういって、孝一は佐天の方に向き直り、笑顔を向けようとする。

 

パン

 

乾いた音がしたのは、その直後だった。

一体何の音がしたのか佐天は最初、分からなかった。

 

「…ゲボッ!!」

 

だがその直後に孝一が血反吐を吐き、倒れこむ様子を見て理解した。これは…拳銃だ。拳銃で撃たれたんだ…と。

 

ドサッ

 

孝一が倒れこんだ床からは、血が大量にあふれだす。

 

「嫌…孝一君…うそ…うそだ!!言ったじゃない!死なないって!私をちゃんと、守ってくれるんでしょ!!孝一君!!」

 

そういって佐天は孝一を抱き寄せる。

 

「…ハァッ。ハァッ。よくも、よくも私の大切な実験を!!金のなる木を!!台無しにしてくれたな!!!」

 

良く見ると、拳銃を構えた男が、こちらに銃口を向けている。この男は、研究所の所長・徳永だ。彼は、あの音石の虐殺行為から何とか生き延びていたのだ。だが、所々、白衣が血に染まっている。完全に無傷とは行かなかった様だ。その顔は、怒りを湛え、孝一達を睨み付けている。

 

「おしまいだ…もうじきここに、アンチスキルの大部隊が押し寄せる…はははっ。今までの研究が、水の泡だ…。お前らのせいだ!!お前らがアンチスキルに通報したせいだ!!おまけにこの駆動鎧まで操作して、我々を攻撃したな!?末恐ろしいガキ共だ!!だが、ただでは死なんぞ!!!お前らも、道ずれにしてやる!!お前ら全員、皆殺しにしてやる!!そこのガキはもう死ぬ!!次は女!!オマエの番だ!!」

 

そういって拳銃を発射する。

 

ダンッ。ダンッ。ダンッ。

 

「!? はずれた?」

 

佐天は三度も弾が外れた幸運に感謝する。だけど何故外れたのだろう?

 

「くそ!!目が!!」

 

徳永が悪態をつき、叫ぶ。

良く見ると、両目が酷く出血している。そのおかげで、狙いがそれたのだ。

 

「なら、近づいて撃てばいい!!この距離なら、はずさん!!!」

 

そういって、徳永は佐天の方に近づき、銃口を佐天のこめかみに押し当てる。

 

「死ね」

 

そういって拳銃の引き金にてをかけ--

 

バチィ!!

 

「!!!!!!」

 

突然発生した電流に、徳永がたまらず悶絶し、その場に倒れこむ。

 

「…なんで?何で次々と、こんな事が…」

 

次々と、自分たちを襲う不幸に、佐天がたまらずつぶやく。

 

「殺サセネェ…ソノ女ハ、殺シチャイケネエンダ…生カシテ、苦シメネェト…」

 

ギギギギギギギ

 

頭部のない状態の駆動鎧が、嫌な動作音を発しながら起き上がる。

 

「殺ス…。殺サネェ…。殺ス?殺サネェ?殺/殺さ…殺★殺?殺♪殺/殺〇す殺…!★」

 

なんだか良く分からない電子音を発生させながら、音石が佐天に近づいてくる。

 

(狂っている!そうまでして、私たちが憎いのね…。でも、悪いけど、私達は死ぬわけには行かないの!あなたの思い通りになんか、ならない!)

 

そうして、佐天は、孝一の体を担ぎ、少しずつ、その場から立ち去ろうとする。

 

「孝一君!大丈夫!!助かるから!!今度は私が、君を助けてあげるから!!だから、しっかり!!」

 

ギィィィィィ、ガシャン!ギィィィィィ、ガシャン!!

 

音石が四つんばいで、佐天達を追いかける。そして、右腕から、電流を発生させる!

 

バチィ!!

 

「く!!」

 

その攻撃は、手加減なんてしていない。本当に当たれば死ぬような攻撃だ。

 

「コ*ロ?サ/ナイ?::安心*コロ♪ス…/」

 

そういって、音石は何度も何度も、電撃による攻撃を繰り返す。

やがて、その攻撃が、孝一達の真後ろに迫ってきた。

 

「危ない!」

 

その攻撃に気づいた佐天が、孝一を突き飛ばす!そして自身も、倒れこむ!

 

「う!?っ~!!」

 

足に激痛が走る。どうやらさっきの拍子に、足を挫いてしまった様だ。これではもう、孝一を担いで、逃げれない。そうこうする間にも、少しづつ音石が迫る!

 

「だ、だめ!!音石!こっちよ!!こっちに来なさい!!」

 

佐天は、少しでも孝一を逃がそうと、孝一とは反対の方向に、這って進み、大声を出し、自身を囮にする。

その声につられて、音石が佐天の方向に進む。

 

(孝一君!!お願い!!今のうちに、逃げて!!)

 

 

 

 

「…」

 

一方の孝一は、虫の息だった。体中の力が抜け、意識が朦朧としている。そして、さっきから体が、寒い。

 

「…」

 

ちらりと、孝一は周囲を見渡す。その目はぼやけ出し、まともに物を見ることが出来ない…。だけど、それでも、このガラス張リの部屋だけは認識できた。この部屋は、エルがいる部屋だ…。

 

(ははっ。最後の最後で、エルと一緒の場所で死ぬのか…神様も粋なことをしてくれるなぁ…)

 

そんなことを、ぼんやりと考えていた。

 

--チュチュッ--

 

すると、孝一の耳に、幻聴が聞こえだしてきた。

 

(この鳴き声は…ネズミ?…実験室のネズミかな?)

 

--チュッチュッ--

 

だがこれは幻聴ではない。さっきから孝一の顔を、白いネズミが舐めているのだ。

 

(これは…。はつかねずみ?でも、なんで?)

 

--キュー。キュー。--

 

やがてネズミは甘えた声を出すと、孝一の周りをくるくると駆け回り、エルのいる部屋へ消えていく。

 

(なんだ?やけに人懐っこいネズミだったなぁ…)

 

そう思って、エルのいた部屋を見た孝一は、青ざめる。

 

何かが、部屋から湧き出していたのだ。その正体を知った幸一は--

 

「あ…あ…あ…」

 

声にならない声をあげた。

 

 




エコーズact3の登場です。能力は、原作のエコーズより1.5割り増しの強さとなっています。



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アルジャーノン

気が付けば、11話も話数を重ねていた第三部。
こんなに続くことが出来たのも、ひとえに皆さんの暖かい声援のおかげです。




--ここは、何処なのでしょう?

 

気が付くと、エルは真っ白な雲の上を、てくてくと歩いていました。

辺りは陽が当たっていて、ぽかぽかと、気持ちいい風が吹いています。

ここがお話に聞く、天国というものなのでしょうか?

 

しばらく歩いていると、大地が見えてきました。そこはあたり一面、見たことのないようなお花が咲いていて、とても美しい所です。お空の上なのに、どうして地面があるのかは、謎ですが…

 

もし、ここが天国なら、先に行ったはずの私の妹達も、ここに来ているのでしょうか?

エルは辺りをきょろきょろと見渡し、妹達の姿を探してみます。

 

すると--いました…。同じ姿をした、エルの妹達が…。みんな、とても楽しそうに辺りの草花と戯れています。

これから、エルもここで過ごすんですね…。妹達と、皆で幸せに…

ここには、なんのしがらみもありません。エル達をいじめる悪い人も、暗く、じめっとしたお部屋も、何もありません。

 

…でも、何かが足りません…なにか、とても大切なものを忘れているような…?

それはなんだったのでしょう…。よく、思い出せません…

 

すると、いつの間にかエルの妹達が、エルの周りに集まっていました。

そして、下のほうを指差します。

 

--下?--

 

見ると、いつの間にか地面に泉が湧き出ています。その泉は、とても透き通っていて、エルが覗き込むと、中の光景を簡単に見ることが出来ました。その光景とは--

 

 

◆◆◆

 

 

「ぐ…!…あぁぁぁ…」

 

壁に追い詰められた佐天涙子が音石に捕まり、体を持ち上げられる。

 

「捕マエタ!!!アッハハハハハ!!!」

 

音石は大声で笑い、破壊された頭部の辺りから、電気をスパークさせている。

 

バチッ!バチッ!

 

やがて、大量の電気が、音石の顔の辺りに集まってくる。そしてそれは次第に、顔の形を形成していく。

 

「ア、ア、ァ、ア~…。コウヤッテ、オ目ニカカルハ、初メテダロ?佐天涙子?…始メテミタダロ?俺様ノゴ尊顔ッテ奴ヲ?」

 

「う…?きっ…恐竜?」

 

佐天ははっきりと見た。大量に発生している電気の中に、恐竜のような顔が映っているのを。

 

「ドウセ最後ダカラ、俺ニ残サレタ全テノ電力ヲ、頭部ニ集中サセタ…。コノ電力ナラ一般人ニモ、俺ノ姿ガ認識出来ルハズ…。ダガ、オ陰デ体内ノ電力ハ、スッカラカンダ…。活動限界マデ、残リ10分ッテトコカナ…」

 

そして、佐天を掴んだまま、音石は孝一の方へ歩き出す。

 

「待ッテロ、ヒロセ、コウイチィ…!」

 

その顔は、復讐心で、醜くゆがんでいた…

 

 

◆◆◆

 

 

--思い出しました…。どうして忘れていたのでしょう…。孝一様と、涙子様が、大きな体をした何かに、襲われています。何とかしなくては…。でも、どうすればいいのでしょう?エルにはその方法が、分かりません…

 

すると、妹の一人が、エルの前に小さなケージを差し出しました。

 

--これは?--

 

<私達が育てていた、はつかねずみ…。彼らは無事、この大地で子供を出産しました…。この子は、たくさん生まれた子供達の内の一人です。この子をあなたに差し上げましょう。きっと、あなたの力になってくれるはずです>

 

そういって、エルにそのケージを手渡しました。中には、とても可愛らしい、真っ白な子ネズミがいました。

子ネズミは、エルと目が合うと、とても嬉しそうにケージの中を、回りだしました。

 

<この子もあなたを気に入ったようです。…それでは、行ってらっしゃい>

 

そういうと妹達は、エルをぐいっと泉の中に突き落とそうとします。

 

--あうっ。怖いです。やめてください--

 

そういっても、妹達は止めてくれません。むしろもっと力が強くなり、エルはもう泉の中に入る寸前です。

 

<…生きてください…。20体いた私達の中で、あなただけが唯一、自己を確立したのです。私達には、死にたくないという感情も、空をきれいだと思う心も、友達も、ついに得る事が出来ませんでした。でも、あなたはそれを得る事が出来たのです。それは私達が望んでやまなかったもの。人として生きる、証。…だから、生きて。私たちの分まで…>

 

そしてついにエルの体は、泉の中に落とされてしまいました。

 

「!?」

 

とたんに、とてつもない浮遊感と同時に、下に落下していく感覚が襲ってきます。

 

<…その子の名前、アルジャーノンって言います。あなたに忠実な、あなたの心そのもの。困ったことがあったら、名前を呼んで下さい。きっとあなたを助けてくれます…>

 

そしてエルは、元いた世界に、再び戻る事となったのです…

 

 

 

◆◆◆

 

 

「…キュー。キュー」

 

意識を取り戻したエルが見たものは、血だらけになった孝一の姿だった。孝一は仰向けになり、虚ろな視線を天井に向けている。

 

(孝一様。孝一様が大変です。早く、お医者様に見てもらわないと…)

 

エルは何とか孝一を抱き起こそうとする。しかし--

 

(? おかしいです。体が言うことを利きません。まるでエルの体ではないような?)

 

はつかねずみは孝一の顔をしきりにぺろぺろと舐めている。

 

(…もしかして、アルジャーノンですか?)

 

エルがそのはつかねずみに問いかけると--

 

「チュッ!」

 

はつかねずみ・アルジャーノンが元気に答える。

 

(あれは、夢ではなかったのですね…。でも、困りました…。これでは孝一様を助けられません)

 

エルがほとほと困り果てていると--

 

「コウイチィィィィ!!!」

 

何か大きくて、嫌な感じのするものが、孝一の名前を呼びながらこちらに近づいてきた。

エルはその姿を一瞬見て、すぐに"悪いもの"だと認識する。

 

(悪いものが、近づいてきます。孝一様を、いじめるつもりです。どうしよう…。どうしたら…)

 

その時エルは、妹達の言葉を思い出す。--何か困ったことがあったら、名前を呼んで--

そしてエルは藁にもすがる思いで、このはつかねずみの名前を呼ぶ。

 

(…アルジャーノン…。アル!…お願いです。孝一様を、助けてください。このままだと、孝一様が、殺されてしまいます。どうか、力を貸して…)

 

すると--

 

「チュー!!」

 

アルは勢い良く孝一の周りをくるくると周り、勢いをつけて、ある場所を目指して駆け出していく。その場所は、ガラスに覆われた実験室。エルの本体が眠っている所だ。そしてエルの姿を発見すると、勢い良くその体に向かって、ジャンプする。

その瞬間、エルの体に吸収されるようにして、アルの体は消えていった。

 

 

◆◆◆

 

 

ドサッ。

 

「あぐっ!」

 

右手に掴んでいた佐天を音石は離した、その代わりに、今度は孝一の体を掴むと、天井高く持ち上げる。その腕からは、孝一のものである血が滴り落ちていく。

 

「ハハハハハハッ!!!ツイニ掴ンダァ!!オイ。マダ死ヌナヨ!死ヌノハモット絶叫ヲアゲテカラダ!!」

 

「…うう、…孝一君…」

 

音石に持ち上げられた孝一を、佐天は這い蹲るような形で見上げていた。

地面に落とされたとき、頭を打ったのか、額から血を流している。

 

「…」

 

対する孝一は、すでに意識の無い状態だった。

さっき徳永に撃たれた腹部のダメージが酷く、血が止まらない。

 

「スデニ"死ニ体"ッテヤツカァ…。マアイイ、佐天涙子サエ無事ナラ…。活動限界マデ残リ少ナイ。遊ブノハ止メテ、トットトブチコロサネェト…」

 

そういって音石は、右腕の力をだんだんと強め、孝一を握りつぶそうとする。

 

「サヨナラ。広瀬孝一」

 

そういって、さらに拳に力をこめた瞬間!

 

「…チュー」

 

「アン?」

 

いつの間にか音石の肩の辺りに白いネズミの様な物がいた。

ソイツは鋭い歯で鋼で出来た音石の体に喰らいつき、丸い楕円形の穴を開けていた。

 

「!? ナンダ!?ドコカラ来タ!?コイツハ!?」

 

驚いた音石が、白ネズミを振り払おうと、体を揺する。

それを俊敏に白ネズミはかわし、地面に着地する。

 

「チュッ、チュッ!」

 

そのねずみは、遅れてきた主の肩に登り、寄り添うようにしてじっとしている。

 

ヒタッ、ヒタッ

 

やがて、そのネズミの主である少女がゆっくりとした足取りで、姿を現した。

 

「あっ…あ、あ、あああ…。うああああああ」

 

その少女の姿を確認した佐天は、感情が抑えきれず、大粒の涙を零し、泣いた。

だって、佐天は、少女の死をこの目で見た。全身から血を噴出して絶命する瞬間をはっきりと、この目で!

なのに、それなのに…!

 

「エ…エル、ちゃん…。エルちゃんだぁ!!エルちゃんが、生きてる!!生きてるよぉ!!」

 

さっきまで悲しかったのに、いきなり嬉しくなって、生きているのが信じられなくって…。でも嬉しくて…佐天は、自分の感情がどこかグチャグチャになっているのを感じながらも、それでもエルが生きていたことを神様に感謝した。

 

「バ…バカナ…。テメェハ死ンダ!死ンダハズダ!!生キテイルハズガネェ!!」

 

一方の音石は、目の前で起こった奇跡に、戸惑いを隠せないでいた。

死んだのに!全身から血を流して死んだのに!!これでは、佐天にトラウマを植えつけられない!計画が、全てオジャンだ!そう思い、ワナワナと体を震わせた。

 

「…生まれて初めて知りました…。誰かを、これ程までに許せないと思う感情を…。この感情を、誰かにぶつけたいと思う自分を…。これが『怒り』と『憎しみ』という感情なのですね…」

 

そういって少女・エルは、音石を睨み付け、対峙する。

 

「…許せません。孝一様をいじめる人は、誰であろうと、許しません」

 

「ウルセエッ!!許セナキャ、ドウダトイウンダ!!ソノネズ公ガテメエノ能力ナノカ!?ソンナ貧相ナ能力デ、俺様に楯突コウナンテ十年早インダヨ!!殺シテヤル!!モウ一度、アノ世ニ送リ返シテヤル!!」

 

音石が孝一の体を地面に落とす。そして右腕から電撃を放とうと、エルに身構える。

 

「…アル。お願いします」

 

「チュチュッ!チュー!!!」

 

エルのお願いに、アルが胸を大きくのけぞらせて、叫ぶ。

 

その瞬間。

 

ズワァァァァァァァァァ!!!

 

エルの影の中から、大量の黒ねずみ達が姿を現した。

その様子は、まるでネズミの噴水のようである。次から次へと、黒ねずみが湧き出してくる。

あたり一面が、黒い絨毯のように黒一色に染まる。その数およそ300匹!

 

その300匹のネズミが一斉に音石のほうへ、狙いを定める。

その顔つきは、凶暴そのもので、目は凶悪に赤く光っている。

 

「チューーーーー!!!!」

 

そして、アルの号令と共に、黒ネズミたちは一斉に音石に襲い掛かっていく。

 

「ウッジャァアァァァ!!!!」

 

「!!」

 

音石が右腕から電撃を発生させ、ネズミ達に攻撃を仕掛ける。しかし、多勢に無勢、倒せたのは最初の数十匹程度、後から後から湧いてくる黒ネズミたちに、成すすべがない。

 

…音石の体が、少しずつ喰われていく…

体に穴をあけられ、その中から侵入され、体内の、重要な器機が少しずつ食べられていく…

 

ズシィィィィン

 

足の膝関節を食われ、音石が地面に膝をつく。やがて、腰から下が完全になくなると、ネズミたちは一斉に音石の体を覆い尽くす。そして--

 

バリッ、バリィィ!!

 

ネズミたちの背中が割れ、中から昆虫のような羽根を出現させる。そして--

 

ブィィィィィィィッィイィ!

 

一斉に羽を羽ばたかせる。

 

そのとたんに音石は絶叫をあげる。

 

「ウギャァァァァァァ!!!」

 

音石の体から煙が上がる。そして、どろりと体が溶け始める。まるで音石の体がアメ細工にでもなったかのようにその体は溶け、音石は灼熱の泉に沈んでいく…

 

(ソ、ソンナ…コンナ簡単ニ、俺ガ…俺様ガ…。ヤラレルナンテ…。コノママ死ンダラ、俺ハ何ノ為ニ生キタンダ?誰ニモ知ラレズ、クタバルナンテ…。嫌ダ!誰ニモ覚エテモラエズ、コノママ死ンデイクナンテ、ソンナノ、寂シスギル…嫌ダ!…嫌ダ…イ、ヤ…)

 

「…」

 

一瞬、音石の体がスパークを起こし、電流が辺りに飛び散る。しかしそれだけだった。やがて音石の体は、完全に溶けてなくなり、後には、溶岩のような灼熱の池だけが残った…

 

「孝一様…」

 

エルはゆっくりと孝一のほうへ歩み寄ると、膝を折り、孝一を抱き寄せた。

 

「孝一様、安心してください。悪い人は、いなくなりました。早く病院へ行きましょう。きっと、元通りになります」

 

「うわああああああん!!エルちゃあああああん!!!」

 

そんな時、佐天が背後からエルを抱きしめた。まるで本当にエルが生きているのか、確認するように、強く強く抱きしめた。

 

「あう…。涙子様。苦しいです…」

 

「何よ!私なんて、もっと苦しかったんだからね!?エルちゃんが死んだと思って、苦しくて、辛くて、胸が張り裂けそうだったんだから!!」

 

そういって涙を流しながら、エルの頬と自分の頬を摺り寄せる。

 

「…すみません。ちょっと、天国へ行っていました…。そこはとてもキレイな所で、そこで妹達に合いました。そこで、エルも一緒に暮らすのだと思っていたら…励まされてしまいました…。エルは、もっと生きないと、だめだそうです…涙子様…エルはこのまま…」

 

「『…生きていてもいいのでしょうか?』何ていったら、怒るからね?…エルちゃん。生きるのに、許可なんて要らないんだよ?誰だって、生きて、幸せになる権利が、あるんだから!ないって言うんなら、私達が与えてあげる!エルちゃんは、幸せになる権利がある!このままずっと、私達の友達として、生きていて良いんだよ!だから、もう、そんなこといわないの!」

 

エルを後ろからぎゅっと抱きしめたまま、佐天はエルにそういって、叱る。エルは短く「…はい」とだけ答えると、そのまま黙ってしまった。ここからではエルの顔は見えなかったが、声が涙声だった。恐らく泣いているのだろう。このまましばらく、余韻に浸りたかったが、そうも言ってられない。こっちには重病人がたくさんいるのだ。早く、病院に連れて行かないと…

佐天はそう思い、エルと一緒に、孝一の肩を持ち、ゆっくりと歩き始める。佐天自身も、足を挫いているため早く歩けないが、それでもここにいるよりはマシだと思った。

 

 

…その後姿を、憎憎しげに見つめている人物がいる。彼は拳銃を持ち、彼女達の後を追って、歩く。

 

 

…これはエルにとって、ある意味通過儀礼となる対峙。

誰かの操り人形だった彼女が、完全に解き放たれるために、必要な儀式。

その瞬間は、今、もう、目の前に…

 

 

 




エルのスタンドの元ネタは、ホラー映画の「フェノミナ」です。
当初は昆虫型のスタンドをイメージしていたのですが、なんかグロイかなぁと思い、はつかねずみになりました。背中に羽があるという設定は、昆虫をイメージしていた時の名残です。

以下はエルのスタンドのステータスとなります。

スタンド名:アルジャーノン
本体:エル

破壊力:B(これは牙による攻撃。必殺技は、A)
スピード:B
射程距離:A
持続力:A
精密動作性:E(ただし、アルに"お願い"した場合はC)
成長性:C

リーダーの白ねずみ(1匹)と、部下の黒ねずみ(300匹近くいる!)からなる群体型のスタンド。黒ねずみは非常に獰猛で好戦的な性格。また、悪食で何でも口にする。一度敵だと認識したものには、躊躇わずに攻撃を開始する。
攻撃手段は、ギザギザ状の頑丈な歯。ダイヤモンドよりも硬く、コンクリートくらいなら簡単に砕くことが可能。
基本的に、リーダーの言うことしか聞かないため、エルは黒ネズミを操作することは出来ない。しかし、唯一意思疎通が可能な、リーダーの白ねずみに"お願い"することで、ある程度のコントロールは可能になる。

必殺技は、『熱殺』。集団で相手を取り囲み、一斉に羽を震わせることで発熱を起こし、相手をどろどろに溶かすことが出来る。ただし、一度この技を使うと、黒ねずみの数が極端に減ってしまう為、一日に一回が限界である。












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巣立ちの前に

今回で完結させるつもりだったのに…
長くなりすぎて、次回に持ち越しとなってしまいました。


「…12号ぅ!」

 

孝一を担いで歩くエルと佐天の背後で、男の怒号が響きわたる。

見ると、血だらけの白衣に、拳銃を持った男が、目を血走らせてこちらに銃口を向けている。

先程孝一に発砲し、音石の攻撃でその身を焦がされた男・徳永である。

 

「あいつ…。死んだはずじゃあ…」

 

佐天は、再び発生した危機的状況に、どうすれば良いのか分からず、ジリジリと後ずさろうとする。

しかしそれをエルが制する。

 

「…涙子様…。しばらく、孝一様をお願いします」

 

そういって、孝一の体を佐天に託し、徳永の方へ一歩ずつ歩き出す。

 

「エルちゃん!」

 

思わず、佐天がエルを止めようと、手を伸ばす。

このまま、エルが帰ってこないような気がしたからだ。

 

「…大丈夫です。エルはどこにも行きませんよ?用件はすぐに終わります」

 

そういって、エルはふっと口元を緩ませ、笑顔を作る。

その笑顔は、まだまだ練習が必要なくらい拙い物だったが、佐天には、それがとても頼もしいものに思えた。

 

 

「うれしいぞ!12号!!役に立たないと思っていたお前が、最後の最後になって、ようやく私に報いてくれた。…実験は成功だ!!となると、俄然生きる意欲が湧いてくるというもの!…逃げてやる!どんなことをしても、必ず!!さあ、私と一緒に来るのだ、12号!!お前の体、隅々まで調べつくしたい!!」

 

徳永はそういって、銃口を佐天に向け、吼える。

 

「だが、その前に、そこの女と仲間達はどうしても許せん!この手で殺さなければ、気が治まらん!12号!女を抑えろ!そして跪かせるのだ!」

 

徳永は、エルが自分の命令に逆らうはずがないと確信していた。コレは命令に忠実な、ただの人形。壊れたら交換のきく、代用品。そう思っていたからだ。だがエルの発する次の一言で、徳永は自分の考えが間違っていたことに気づく。

 

「…意外でした。「とおさま」が死なずに、生き残っているなんて…。物語の中では、こういった場合、悪い人が真っ先に死んでいくと書かれていたのに…。悪運がお強いんですね」

 

そういって、エルは冷ややかな目を徳永に向ける。

 

「な…ん…だと?…貴様…。父親である私に、よくもそんな口が聞けたな!!誰のおかげで、今まで生かしてもらったと思っている!!この恩知らずが!!」

 

そういって徳永が銃口をエルの方へと向ける。だが、エルはそんなこと意にも返さずに、つかつかと、徳永のほうへと歩み寄る。

 

「近づくんじゃあない!これが見えないのか!!」

 

徳永が、銃口におびえないエルに、苛立ちの声をあげる。だがエルはそんな怒号にきわめて冷静に、冷酷に、答える。

 

「はい。見えません。その手には、何かあるんですか?"…何もありませんよ"」

 

「な?」

 

 

ズグンッ

 

手に激痛が走る。

見ると、先程まで握っていた拳銃がなくなっている。…いや、拳銃だけではない。握っていた、指が、手のひらが…。徳永の右手すべてが、まるで何かにかじられたかのような状態になり、鮮血を滴らせている。

 

「うぅぅぅぅぅわぁぁぁぁぁ!!!!」

 

徳永が絶叫し、右腕を押さえながら、その場にへたり込む。

 

「…アル。これ以上食べちゃダメですよ?」

 

「…チュ…」

 

アルは残念そうに、部下達に攻撃を控えるよう、命令する。

 

徳永には見えないが、すでに彼の周りには、黒ねずみ達が取り囲んでおり、リーダーの号令を、今か今かと待ち構えているのだ。黒ねずみ達は、攻撃中止の命令を、とても残念そうにしている。エルはそんな黒ねずみ達に、「ごめんね」と謝ると、再び徳永に近づいていく。

 

「…先程、あなたは、自分のことを、父親だとおっしゃいましたね?」

 

エルが右手を押さえてうずくまる徳永に、声を掛ける。

 

「…もし、あなたがエルの親だというのならば、どうして愛情を注いで下さらなかったのですか?愛情は、親が、生まれてくる子供に最初に与えてくれる、大切な宝物です。ですが、エル達はそのようなもの、一度たりとも与えられていません。あなたが与えてくれたのは、暗いコンクリートの一室と、硬いベッド。そして、生命維持に必要な栄養素だけです。」

 

「き…さ…ま…!!」

 

エルはついに徳永の目の前、触れば手が届く距離まで近づく。

 

「…ですから、エルはあなたを親だとは認めません。いいえ、あなたには親としてだけではなく、人間として、何か大切な感情が、抜けているようにも思えます。そんなあなたに殺された、エルの姉妹達が不憫でなりません」

 

「ハァッ…。ハァッ…。近づくな!この、化け物がぁ!!」

 

「!?」

 

一瞬…。エルの顔が悲しみにゆがんだ…

 

元々、親子の縁などないと思っていたが、それでも期待していた…。いつか、いつの日か、自分のことを、一人の人間として扱ってくれるのだと…。だが、それは幻想。触れたら壊れる、ただの儚い夢。

エルは、激しい胸の痛みを感じながらも、それでも、声を絞り出し、徳永に自身の感情をぶつける。

 

「…エルが化け物なら、そうしたのは、あなたです。…エル達は、あなたの身勝手な欲望が生み出した、ただの消耗品なのかもしれません。でも、意思があります。…感情があります。あなたの実験で、姉妹達が殺されるたび、エルがどんな気持ちでいたか、わかりますか?…怖くて、痛くて、辛くて…。それでも逃げ出すことの出来ない恐怖が、あなたに分かりますか?」

 

エルの瞳から涙が零れ落ちる。こうして今まで表現することが出来なかった感情を、生みの親である徳永にぶつけることで、気持ちが高まり、感極まってしまったのだ。

しばらくの沈黙の後、エルは両手で涙をぬぐうと、徳永に対しこう宣言する。

 

「…お別れです”とおさま”。エルはここから出て行きます。ですがその前に、あなたからもらったものを、返させて頂きます」

 

そういうと、エルは握りこぶしを作り、右腕を大きく振り上げた。そしてそのまま--

 

ガッ!!

 

徳永の顔面を殴りつけた。

 

「ガハッ!!」

 

徳永は、鼻血を噴きながら、地面に倒れこむ。

 

「…これは、今まで殺された姉妹達と、エルの友達を傷つけた、お返しです」

 

そしてくるりときびすを返す。

 

「さようなら。"とおさま"。…いえ、研究所の所長さん…。あなたには怒りや憎しみの感情しか貰えませんでしたが、それでも、エルを生み出してくれたことには感謝します。…そのおかげで、エルはかけがえのないものを、友達を、手に入れることが出来たのですから…」

 

それきり、エルはもう二度と、徳永のほうを振り返らなかった。

そして、二人のやり取りを見守っていた佐天と共に、孝一を担ぎ、去っていってしまった。

 

「…」

 

後には、残された徳永のみがいた。

 

「ふっふふふ…」

 

徳永は、どこかおかしかったのか、突然笑い出す。

 

「ヒヒヒヒヒヒヒヒ。人形が、自我を持ったか?ひゃひゃひゃひゃッ!くだらん!!実に下らん!!!そんなことより、ついに、私はやったのだ!!実験を、成功させたのだ!!!この新薬を投与すれば、誰であろうと異能力を手にすることが出来る!!それが生み出す金は、計り知れない!!各国が、私の研究資料に、こぞって、大金を投資してくれる!!やるぞ!!もっとだ、もっと研究を進めて、ゆくゆくはこの新薬を大量に生産するのだ!!ハハハハハハ!!ヒィーッヒッヒッヒッ!!!!」

 

まるで狂ったように笑う徳永の声が、辺りに木霊していた…

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

…夢を見ていた。

ある、はつかねずみの夢を…

 

そのはつかねずみは、実験動物であり、研究職員達はこぞって彼女の仲間達を実験と称しては、過酷な実験に使用していた…。仲間が一人減り、二人減り、遂には彼女だけとなってしまった時、そのはつかねずみは脱走を試みる。研究職員の手を噛み、隙を見て逃げ出したのだ。

彼女は走った。外の世界を求めて、自由な世界を夢見て…

 

そして、とうとう研究所から逃げ出せる、小さな穴を見つける。

 

--これで逃げ出せる!外の世界にいける!--

 

彼女は歓喜した。だが、その穴は、彼女のお腹には小さすぎて、彼女は壁に挟まってしまった。

…彼女は、妊娠していたのだ…

やがて、研究職員が、壁に挟まれた彼女を発見する。

 

--おい。こいつのお腹、やけに膨らんでいないか?--

 

--たぶん。妊娠しているんだよ。やったな。この子供達を使って、また実験が出来るぞ--

 

彼女は叫んだ。

 

--やめて!お腹の子供達には、手を出さないで!--

 

だが、そんな彼女の声が、人間には聴こえるはずもなく、彼女は再び檻の中に入れられてしまった…

逃げ出したくても逃げ出せない。

やがて、彼女は絶望し、自分の腹を噛み千切り、お腹の子供達と共に、死んでしまった…

 

職員達は、そんな彼女の死体を、さも汚そうにつまみ上げ、焼却炉に投げ捨てた。

後には、何も残らない…自分の生きた証も…夢も、希望も何もない…

 

 

そんな、悲しい夢だった…

 

 

 

◆◆◆

 

 

「う…」

 

「おっ。起きたのか?親友」

 

目を開けると、いきなりジャックの顔があった。

 

「…ジャックさん…。ここは…。イッ!?っ~!!」

 

孝一が、起き上がろうとすると、とてつもない激痛が襲ってきた。そのとたんに、曖昧だった記憶がよみがえってくる。

 

(そうだ!僕は音石を倒して、その後、銃で撃たれて!…その後、ねずみが出てきて?あれ?その後は?…そうだ!エル!ねずみと一緒に、エルが出てきたんだ!)

 

「ジャックさん!エルは!?佐天さんは?皆は!?…ウグッ!?~!!!」

 

「無理すんなって。全身打撲に、出血多量。肋骨にはヒビ。おまけに銃で撃たれていたんだぜ!?命があったのが奇跡みたいなもんさ。わからネエだろうが、あれからもう1週間も経っているんだぜ?」

 

そういって、ジャックが「ほれっ」と、孝一に水の入ったコップを差し出す。

 

「ありがとうございます…」

 

孝一がそういってコップの水をごくごくと飲み干す。

周囲を見渡すと、清潔なベッドにカーテン。薬品の独特なにおい。周りでは、ナースコールや患者を呼び出す放送が聴こえてくる。時計を見ると朝の8時を指していた。

 

「?」

 

良く見るとジャックの真後ろに、初老の医師が立っていた。その顔は、どことなくカエルを連想させる。

 

「気が付いたようだね。広瀬孝一君」

 

そういって、カエル顔の医師は、孝一に話しかける。

 

「君の事は、ここにいるジャック君から聞かせて貰ったから良く知っている。…なんでも、君には普通の人間にはない、特殊な能力が備わっているみたいだね?」

 

「え?」

 

孝一はジャックの顔を見る。まさか、この人に、僕の能力の事を、話したんだろうか?

するとジャックは、「安心しろ。この人は信頼できる」と言って、頷いてみせた。

 

「そう不安になる必要はないよ。僕は君をどうこうするつもりはない。…君に能力が備わっていようが、なかろうが、医者のする事は、たった一つ。『患者を救う』ただそれだけだから」

 

そういって、ニッコリと孝一に対し、笑顔を見せる。

 

その時、ガラッと勢い良く扉が開かれる。

 

「孝一君!!」

「広瀬さん!よかった、意識が戻ったんですね!」

 

そういって入ってきたのは、佐天涙子と、初春飾利である。彼女達は孝一の意識が戻ったのを確認すると、孝一のほうへ走りより、そのまま孝一に抱きついた。

 

「うあっ!?」

 

「うっうっっ。良かった…良かったよぉ~!孝一君が、生きていてくれて~!」

「このまま、意識が戻らないんじゃないかって、ずっと心配してたんですよぉ~!!」

 

そういって彼女達は、しばらくの間、わんわんと泣き続けた。

 

しばらくの間、孝一達はお互いの再会を喜び合っていたが、さすがに孝一は気恥ずかしくなり、佐天達から離れるために話を振ってみる。

 

「あ…あのさっ。佐天さん。あの後、どうなったんだい?…正直、撃たれた後からの記憶が、酷く曖昧なんだ…。アンチスキルの人達と、鉢合わせしたり、しなかった?」

 

その孝一の問いに、佐天と初春は、孝一から体を離し、答える。その顔は、少し辛そうだ。

 

「…正直、私一人の力じゃ、皆を運び出せなかった…。初春達とも連絡取れないし、気絶した白井さんと安宅さんを、どうやって運び出そうか、本当に分からなかった。それをね、エルちゃんが助けてくれたの…」

 

「…エルが…?」

 

「…うん。あいつらの実験で、エルちゃんに投与された薬…。それのおかげで、エルちゃんは孝一君と同じ力を持ったの…。私には見えなかったけれど、エルちゃんが言うには、たくさんのネズミを操る能力みたい…。その力で、白井さんと安宅さんを、地上まで運んでくれたの」

 

その後、ジャックにより、この病院へ連れて行かれ、孝一と白井は緊急入院となったこと、佐天と初春も一応精密検査を受け、その日のうちに家に帰されたこと。白井は3日間入院し、その後、学校を無断外出したことで、二週間の謹慎を食らってしまった事などを佐天は説明した。

 

孝一は、「白井さん。すいません」と、心の中で謝罪しながらも、さっき見た夢を思い出していた。あれは、エルの事を暗示していたんだろうか?

…そういえば、その肝心のエルが、いない…。まさか…。

孝一は、今話題に上っている少女がいない事を不安に思い、佐天達に尋ねる。

 

「…そういえば、エルがいないみたいだけど、どうしたの?あれだけの血が出ていたんだ、僕と同じで、とても傷ついているはずなんだ…。エルは無事なのかい?」

 

「あ…」

「それは…」

 

佐天も、初春も、互いに顔を見合わせ、言いよどむ。その様子に、孝一は、エルの身に何かあったのだと、直感的に思い、彼女達に、さらに詰め寄ろうとする。しかし--

 

「…そこから先は、僕から話そう」

 

カエル顔の医師が、孝一達の話に割って入った。

 

「結論から言うと、彼女は無事だ。ちゃんと生きている。…だが、それは本質的な解決には、なっていない…」

 

「?」

 

生きているのに、どうしてそんなに歯切れの悪い答え方をするのだろう?エルは、助かったのではないのか?

孝一は、医師の言っていることが今一つ、良く分からないでいると、医師はもう少し分かりやすく説明する。

 

「彼女は…エルさんは、御坂美琴さんのクローンを、違法にコピーした、悪質な劣化複製(デッド・コピー)だ。当然、体細胞や身体機能、テロメアに至るまで、様々な障害を抱えている。…おそらく、このまま行けば、確実に機能障害が起こり、あと数年で、死亡してしまうだろう…」

 

「!? そ…そんな…」

 

孝一は頭の中が真っ白になった。せっかく、エルを助けることが出来たのだと思っていたのに…

これじゃあ、何のためにエルが助かったのか、分からないじゃないか!

 

そんな孝一の表情を察して、カエル顔の医師は頼もしく、言い放つ。

 

「そんな顔を、しなくてもいい。エルさんは、必ず助けてみせる。この腕に誓ってもね」

 

「…本当ですか!?本当に、エルは助かるんですか?助けてくれるんですか?」

 

藁にもすがる思いで、孝一は医師にたずねる。

 

「当たり前だ。僕を、誰だと思っているんだい?」

 

その自信にあふれた顔は、とても頼れるものに思えた。

 

 

◆◆◆

 

 

医師の後ろを、孝一達が付いていく。孝一は、まだ起き上がれる状態ではなかったので、病院の車椅子に乗っている。

 

「孝一君。無理しなくてもいいのに…」

 

佐天が孝一の車椅子を押しながら、廊下を歩く。その後ろを、ジャックと初春が続く。

 

「…いや。どうしても、見ておきたいんだ。エルがどんな状態なのか。…佐天さん達は、もう見たんだろ?どんな状態だった?」

 

そういって佐天に、エルの状態を尋ねる。佐天はしばらく考えた後、孝一にこう答える。

 

「…なんていうかね…。とっても綺麗だった。まるでおとぎ話に出てくる、眠り姫みたいに…」

 

 

◆◆◆

 

 

「…エルさんは、この部屋にいる。待ってなさい。今、ロックを解除するから」

 

そういって、医師はドアに備え付けてあるボタンを操作して、ドアのロックを開ける。

 

ピッ。

 

小さな電子音と共に、ドアが開閉される。

 

「…あ…」

 

孝一は中の様子に、思わず小さな声をあげた。

 

「…」

 

エルはその部屋の中に、確かにいた。

だが、ベッドに寝ているのではない。

 

ゴポッ…ゴポッ…

 

彼女の体は、長方形の、機械で出来た棺桶のようなもので覆われていた。その機械には、大小様々な大きさの管が接続されており、独特の機械音を発している。彼女はそこに寝かされていた。

その横には、誰かが置いた花が綺麗に花瓶に飾ってある。ここの看護婦が行ったのだろうか?

 

ゴポッ…ゴポッ…

 

そして彼女の体は、培養液とでも言うのだろうか?オレンジ色をした液体に包まれ、口には酸素マスクのようなものを装着している。唯一、顔の部分だけが、透明なガラスで出来ていたため、孝一はエルの寝顔を見ることが出来た。その寝顔は、先程佐天が形容したように、とても可愛らしく。まるで今にでも起き上がってきそうだった。

 

「この機械はね、傷ついたり、失われた体内の細胞を修復し、一般人と同じ、正常な細胞に再生させることが出来る装置だ。そして、それと同時に彼女には、ナノマシンによる治療も行っている」

 

「ナノマシン?」

 

思わず孝一が聞き返す。

 

「うん。このナノマシンには、損傷したテロメアを自動修復する機能が備わっている。これにより、短命だった彼女の寿命を、飛躍的に延ばすことが可能となっている。ただ、副作用として、病気になりにくくなったり、ちょっとした傷なら、すぐにでも回復可能といった、人間離れした機能も持ち合わせてしまう事になるけれど…」

 

そういって、頬をかき、カエル顔の医師は笑った。

 

「…良かった…エルは…、助かるんですね…?本当に、良かった…。うっ…ううう…」

 

孝一は顔をうつむかせて、泣いた。また、エルと会話が出来る。それが何よりも、嬉しい…。

何でもいい。他愛のない話でも、馬鹿な話でも、これから毎日でも出来るんだ。そのことが嬉しくて、心の底から、嬉しくて、泣いた…

 

「グスッ…」

「うう…」

「ヘヘッ…泣かせてくれるぜ、まったくよ…」

 

気が付くと、3人共、孝一と同じように泣いていた。

こうやって、自分と同じ思いを共有できる仲間がいる。それが、孝一にはとても嬉しかった。

 




困ったときのお助けキャラ。カエル顔の医師の登場です。

エルの寿命の問題を解決する方法を考えていたら、真っ先に、この人の顔が浮かんできました。

当初の予定では、エルは最後まで懸命に生きて、孝一の腕の中でとびきりの笑顔を見せて、死ぬ。
そして、エルの思い出とともに、孝一達は涙を振るい、未来へ向かって歩き出す。といったエンディングを考えていました。でも、この物語に、そんなバッドエンドはふさわしくないだろ?と思い直し、出てきたのがカエル医師です。このお医者さんがいてくれて、本当に良かったー。

ラストまで後1話。精一杯、頑張りたいです。


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エル

今回一番難しかったのは、会話シーン。
正直、どのシーンより難しかったです。
人間を書くのって、難しい…

とりあえず、第三部完結です。


「それじゃあ、エルがいつ目を覚ますのか、先生にも分からないんですね…」

 

エルの病室。

その中で孝一達は、カエル顔をした医師に、エルの状態について説明を受けていた。

 

身体機能や、臓器、遺伝子レベルで、エルは酷い損傷を受けている。

今はその、傷ついたいた体を癒す、休眠期間に入っているのだ。

その為、彼女がいつ目を覚ますのか、それは誰にも分からないという。

 

「…その日は、今日かもしれないし、明日なのかもしれない…。だが、確実に彼女は目を覚ます。…今は待ちなさい。そして、もしエルさんが目を覚ましたのなら、笑顔で迎え入れてやりなさい。それが、彼女の友達として、君たちが出来る、一番のことだ」

 

説明の最後にそういって、カエル顔の医師は、孝一達の顔を見渡した。

 

(…彼女の生まれは、とても不幸だったけれど、それでも、救いはあったと思う…。こうして君達という友達を得る事が出来たのだから…。彼女は、一人じゃない。だから、これからも、彼女を支えて欲しい…)

 

医師は、心の底からそう思った。

 

 

バシュ

 

そんな時、病室の自動ドアが開閉される。

入ってきたのは、一人の女性だった。その手には、キレイな花束と、絵本が入った紙袋が握られている。

 

「あ…。あなたは…?」

 

孝一は、いきなり入ってきた女性に少し驚いたが、良く見ると、その女性には見覚えがあった。

彼女は、徳永製薬会社に侵入したとき、佐天さんと一緒にガラスの檻に閉じ込められていた女性。そして、エルを外の世界に連れ出してくれた女性。その名前は確か--

 

「安宅さん…」

 

孝一が答えを出す前に、佐天は思わずつぶやいた。

 

 

◆◆◆

 

 

「…世間一般ではね、私は存在しない事になっているの。…奴ら、私を捕まえた瞬間に、私の戸籍や個人情報を、全て消去したの。…だから、ここにいる私は、存在しない、幽霊(ゴースト)と同じ存在という訳…。笑っちゃうでしょ?」

 

そういって、女性は、花瓶にさしてある古い花を抜き、持参した新しい花に入れ替える。彼女はこうして毎日エルの元へ、足繁く通っているのだ。

 

「…今は先生のご好意で、ここに身を置かせて貰っているの…。これから先のことは、まだ分からないけれど、彼女が…エルが目を覚ますまでは、ここに留まるつもり」

 

そういって、エルの眠っている鉄の機械に近づき、顔の部分に手をそっと置き、なでる。

そして、孝一のほうへ顔を向け、お礼の言葉を口にする。

 

「あなたが、広瀬孝一君ね?あの娘にエルという名前を与えてくれて、匿ってくれた…。ありがとう、エルがこうして無事に生きていられるのは、あなたのおかげよ…。本当にありがとう。あの娘に、人間らしい感情を、与えてくれて…」

 

そういって女性は深々と、孝一に対してお辞儀をする。

 

「…」

 

一方の孝一は、お礼の言葉に対し、何も言わない。この言葉は、まだ受け取れない。彼女に、重要なことを聞いていないからだ。

 

「失礼ですけど…。安宅さん…じゃなくて…。えーっと…」

 

「ああ、ごめんなさい。今は水無月(みなづき)って名乗っているの。母親の旧姓なんだけど…」

 

女性の・水無月の話をさえぎり、孝一が話を切り出す。

 

「…水無月さん。失礼を承知で、お願いがあります。…どうかあの娘の、エルの、本当の母親になって頂けませんか?」

 

「!? そ、それは…」

 

そういって孝一は水無月の顔をじっと見つめ、話を続ける。その顔は真剣そのものだ。

周囲の仲間達は、そんな孝一の言葉に、一瞬戸惑う。

 

「…ああ。そっか…」

 

やがて、佐天と初春は、孝一の意図を理解した。

 

「水無月さんは、研究所で、エル達の世話係りをしていた方ですよね?そして、エルを逃がしてくれた…。最初は、ただの同情心からかと思いましたけど、佐天さんや、エルの話を聞いていると、どうも違うように思えました…。あなたは、いつの間にか本当に、エルを自分の娘の様に感じていたんじゃないですか?」

 

それはただの妄想や過大解釈なのかもしれない、ひょっとしたら、孝一の思い込みで、本当に同情心からエルを逃がしただけなのかもしれない。でも、それでも構わない。恥なら後で、いくらでも掻いてやる。

…今しかないのだ。恐らく、この機会を逃したら、彼女はエルの前からいなくなってしまう…。

だから話を続ける。彼女にあるはずの、エルに対する愛情に賭けて…

 

「でも、私は…この娘の母親になる資格なんて、ない…」

 

その時、孝一は確かに聞いた。水無月から発せられた、言葉を…その意味する所を…

 

(良かった…。希望は、まだある!)

 

孝一はそう思った。そしてその思いに呼応するように、佐天が口を開く。

 

「水無月さん…。一つだけ教えてください。エルちゃんを"愛していますか?"それとも"愛していませんか?"どっちなのか、教えてください」

 

「あ…愛…」

 

水無月は目をそらし、言いよどむ。

…大人の悪い癖だ。世間体や、その他諸々のしがらみに溢れた生活をしてきたせいで、こういう時、本心を言うことに慣れていないのだ。だから…その言葉がどうしてもいえない…。

 

「…はあ~。大人って奴は、これだから…」

 

そういって、仕方ないなという風に頭を掻き、「初春」と、彼女の名前を呼ぶ。初春は、水無月の前まで歩み寄ると、彼女の持っている紙袋を「すみません」と、ひったくる。

 

「…あっ」

 

「ふーん。色々入っていますね。子供向けの童話や、冒険小説。昔話までありますね」

 

そういって本を数冊手にする。そして、水無月にその本を返す。

 

「…水無月さん。もう自分を偽るのは、やめにしましょう?あなたは確実に、エルちゃんを愛しています。そうでなかったら、こうして毎日の様に、病室に通う事なんてないはずです。もし愛していないのならば、それこそ、すぐにでもエルちゃんの目の前から消え去ってしまえば良いだけの話ですから」

 

そうして、初春は、水無月の手をぎゅっと握り、彼女に詰め寄る。

 

「エルちゃんには今後、この社会に溶け込むために、様々な試練があるはずです。…ですが、それは安心してください。私達が友達として、きちんとフォローします。でも、それでも私達には出来ないことがあります」

 

そういって一呼吸間をおいて、話を続ける。

 

「…それは、家族です。エルちゃんには、まだ家族の温もりが必要なんです。そしてそれは、私達には与えることが出来ないんです。それが出来るのは水無月さん。あなただけなんです!」

 

初春も、佐天も、孝一も、今は遠く離れて合うことの叶わない家族に思いをはせる。彼らも、たまにふと、望郷の念に駆られることがある。

最初の頃は、会うことのかなわない両親が恋しくなり、枕を涙で濡らしたことも少なくなかった。そんな時励みになっていたのは、故郷から持ってきた写真であったり、小物であったり、近況を伝える手紙であった。

ほんの僅かでも、そこに家族の繋がりを感じることが出来たから、今日までやってこれた。そういっても過言ではなかった。

 

でもエルには、その繋がりがない。家族の絆も愛情も、暖かさも、知らない。それは、思春期を迎える少女にとって、どれほど不安で寂しい事だろう。

そして、今、彼女にあるその僅かな繋がりも、まさに絶たれようとしている。それだけは、なんとしても避けたかった。だが--

 

「ごめんなさい…。でも、私は…わたしは…」

 

水無月は声を震わせて、うな垂れている。

彼女の心は揺れ動いている。自分の心に、正直になろうとしている。だが、後一歩が足りない!

 

(どうして…。どうして一言言ってくれないんだ…!お願いだから、いってくれ!後一歩…。もう少しなのに…)

 

静寂が辺りを包んだ。

…もう、どうしようも、ないのか?

 

 

「…キュー」

 

その時孝一は、はっきりとその声を聞いた。そしてその声の方向へ振り向いた。それはエルの眠っている機械の上。そこに、白いはつかねずみ状の生き物がいた。その姿を、孝一は覚えていた。それは夢の中で出てきたねずみ…。瀕死の孝一の目の前で、孝一になついていたねずみ…。佐天さんの話を聞いた今なら分かる…。このねずみは…

 

(エル…。エルなのか…)

 

はつかねずみは、じっと孝一の方を見つめ、そのまま孝一を通り過ぎ、水無月のほうへと駆け寄る。

 

「キュー。キュー」

 

そして彼女の足に身を寄せ、体をこすり付ける。当然、彼女や周囲の人間にはこのねずみの生き物は見えていない。だれもこのねずみを無視している。それでも、ねずみは諦めず、彼女の足にまとわりついている。

 

(…そうか…。エル…。お前も戦っているんだな…。体を動かすことは出来なくても、必死に!…必死に母親を繋ぎ止めようとしているんだな!)

 

そして孝一は、エコーズact1を出現させる。

 

(…本当に感謝しているよ…。この能力を、エコーズの能力に目覚めたことを…。エル、見てろ!絶対に奇跡を、起こしてやる!)

 

そしてact1はある文字を作り上げる。その文字は、至ってシンプルな文字。それを水無月に向かって、投げつける!!

 

(お願いだ!エルの心、受け取ってくれ!!)

 

 

「!!?」

 

 

水無月の心に、ある言葉が染み渡る。…それは、まるでエルが発したように、ジンジンと胸に響く…

 

『エルを、愛して』

 

その言葉が、彼女の頑なだった心を、少しずつ溶かしていく。

 

「…ぁ…ぁぁぁ…」

 

水無月がその場にうずくまる。そして、自分の感情を吐露する。その瞳を、涙で滲ませながら…

 

「…怖い…怖いのよ…。あいつらの実験に加担していた私が、いまさらどの面下げて、母親面なんか出来るのよ…。目を閉じるたび、眠るたびに、あの娘達の姿が、こびりついて離れないの!まるで、私を恨むように、じっと見つめてくるの!!…あの娘を愛しているかって、聞いたわよね?…ええ。そうよ、愛している、愛してしまったのよ!!でも、何を話せばいいの!?結局、私はあの娘達の"かあさま”役。親子の会話なんて、した事もない…。なんていって、どんな会話をすればいいの?もし、あの娘が、私を否定したら?そう思うと、怖くて、怖くて、仕方がない…。どうしたらいいの…私は…」

 

まるで今までせき止めていたダムが決壊するがごとく、水無月は嗚咽しながら、誰にともなく語りかける。

 

その言葉を受け止めたのは、佐天涙子だった。彼女は水無月の方にゆっくりと歩み寄ると、目の前にしゃがみ、優しく語りかける。

 

「…そんなの簡単です。今の私みたいに、こうして一歩、相手に歩み寄るんです。そして何でもいい、とにかく何か、会話をするんです。最初は日常生活で感じた些細なこと、今日の晩御飯の話とか、テレビ番組の話とか、服の話、そんな簡単なことから始めていくんです。そして、ゆっくりとエルちゃんのことを知ってください。…大丈夫です。エルちゃんは、あなたの事が、大好きです」

 

「…でも、今の私には…あの娘を養うことすら出来ないのよ?…こんな私がどうやって?」

 

彼女はすでに、恥も外聞もなく涙を流しながら、佐天に尋ねる。

 

その時、ゴホンと咳払いをしたカエル顔の医師が、水無月に話しかける。

 

「そのことなんだが、実はね、うちの病院で薬剤師が一人、欠員が出ていてね。ちょうど求人を出そうかと思っていたところなんだ。水無月さん、たしかあなたは医学部に在籍していたんじゃなかったかね?もし良かったら、うちの病院で、働いてみないかね?」

 

そういって水無月に声を掛ける。

 

「ほ…本当に、いいんですか?…こんな私でも?」

 

水無月は突然降って沸いたような話に、驚きを隠せないようだ。

 

「ああ、君なら、患者の事を第一に考えて、仕事に当たってくれそうだからね。むしろこっちからお願いしたいくらいだよ。それで、どうだい?僕達と一緒に働いてくれるかい?」

 

しばらくの沈黙の後、水無月は嗚咽をこらえきれないのだろう。口を押さえ、小さく「はい…」とだけ答えた。

 

その瞬間、水無月の周りで歓声が起こった。佐天と初春がお互いに抱きつき喜び合い、孝一とジャックは右拳をコツンと合わせ、笑った。

 

「ヨッシャー!!後は戸籍や、ID、住民票、その他諸々の資料だけだな!安心しな、俺様の誇りにかけて、全てそろえてやる!どんなことをしてもな!」

 

そういって水無月に対し、ジャックがにこやかに親指を立てる。

 

「それなら、私もお手伝いできそうです。必要なことを言ってください。どんなデータバンクにもアクセスして見せます」

 

初春とジャックが、手を取り合いう。そして--

 

「よっしゃ。一丁やるか、嬢ちゃん」

「やりましょう!」

 

にやりと、不敵に笑った。

 

「…私は何も見ていないし、聞いてもいないよ…」

 

そういってカエル顔の医師は、やれやれといった表情を浮かべ、孝一に話しかける。

 

「なんというか…君は奇妙な友人に、恵まれているようだね?」

 

その問いに、孝一は笑って答える。

 

「ははっ。個性的でしょ?でも、いざという時には、とっても頼りになる、すごい人達なんです」

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

「…ふーん。広瀬孝一君っていうのかぁ…、彼」

 

とあるビルの一室。

そこで広瀬孝一の資料をベッドで読みながら、ビジネススーツの男・「佐伯」はうれしそうに部下の少女に話しかける。

 

「欲しいなあ…。彼の体、是非とも調べてみたいナァ…。あー。でもでも、今は自重しないとなぁ…。派手なことやらかした後だしぃ…」

 

そういって、ベッドに寝転がり、ゴロゴロとし出す。

 

世間では、テログループ「宵の明け星」の組織は、ほぼ壊滅したとの情報が流れている。

その大元であり、テロ組織の隠れ蓑とされていた徳永製薬会社は、アンチスキルの手入れが入り、現在は閉鎖されている。

その事件の首謀者とされている、研究所所長の徳永は、現在行方不明であり、アンチスキルが懸命に行方を追っているらしかった。

 

「うーん。彼、どこに行っちゃったんだろうネェ…。無事に逃げおおせたのか、それともどこかでのたれ死んでいるのか…」

 

まぁ、生きていても、死んでいてもどちらでもいい。研究資料は無事に、確保できているのだから。

 

そう思い、「佐伯」もう一度、広瀬孝一の資料に目を通す。

一度は自重するといったばかりなのに…

そのあまりのご執着ぶりに、部下の少女が、

 

「必要なら、彼…。広瀬孝一を攫ってきますが?」

 

そう「佐伯」に進言する。

 

「佐伯」はしばらく思案していたが--

 

「…やっぱり止めましょう…。彼、広瀬孝一の交友記録を見てみなさい?常盤台の超電磁砲こと、御坂美琴がいるじゃないですか…。もしこの状況で、彼が失踪なんてして御覧なさい。必ず御坂美琴は出張ってきます。たった一人の少年を手に入れる為に、レベル5と事を構える事態は避けなければなりません。我々は、あくまで極秘裏に、深く静かに、実験を行いましょう…。金と、ゲームのためにね?」

 

そういってひらひらと、少女に対して手を振る。『もう用が済んだから、帰っていいよ』という合図だった。

 

「…」

 

その合図を見て、少女は無言でその場を立ち去る。

 

「さーて、しばらくは暇になりそうだし、ひとっぷろ浴びて、さっさと寝ますか」

 

そういって「佐伯」も部屋から出て行った。

 

闇で蠢く者達。

その活動は、しばらく沈静化しそうである。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

とてつもない開放感を、彼は感じていた。

自分がどこまでも広がっていくような…。それでいて、不特定多数の誰かと、様々な情報を共有している様な一体感を…

それが、とても心地いい…

 

彼…かつて音石だったものは、電子の海にいた。

エルにやられる最後の瞬間、彼は自身の体を、スパークさせ、周辺にあった電子機器の中へ逃げ込もうとした。試みは成功したが、同時に彼自身の中で、ある変化が訪れた。

 

それがこの開放感である。

 

そのおかげか、以前の彼にはあった憎しみという感情は、すっかりと無くなってしまった。

あるのは、ある種、達観したような思いだけである。

 

--このままここにいるのも、悪くねぇかもな--

 

彼はのんびりとした気持ちで、そう思った。こんな気持ちになったのは、いつ以来だろうか?

 

--広瀬孝一…。考えてみれば、何でアイツにこれほどまでに、拘ったんだろうな…。今思うと、自分で自分の感情が理解できない--

 

だんだんと彼は眠くなってきた。…ちょうどいい。人体実験のおかげで、眠ることすら禁じられていたのだ。このまま眠ることにしよう…。そして、眠りに落ちる直前、彼はこう思った。

 

--広瀬孝一。お前には、何か人を惹きつける、魅力みたいなものがあるのかもな…。俺がここまでこだわったのも、それが原因かもしれない…。ちょうどすることも無いんだ…。今度目が覚めたときは、お前の人生を観察させてもらうことにするよ…。お前の生き様って奴を、俺に見せてくれ--

 

そういって、彼の意識は、電子の海に広がる、無数で膨大な情報の渦の中に、消えていった。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

「ふぁあ」

 

柵川中学の朝のホームルーム。

その最中、広瀬孝一は、大きくあくびをした。

 

昨日、テレビの深夜番組を見ていたら、つい夜更かしをしてしまったのである。

 

(平和だなぁ…)

 

孝一は、平和な朝の光景を眠気とともにかみ締めていた。

 

…あれから1ヶ月が過ぎた。

エルは、いまだにその目を覚まさない。というより、最近は、会わせて貰っていない。カエル顔の医師の話によると、しばらく調整やら何やらが必要な為だそうである。

 

「はぁー」

 

孝一は机に突っ伏してため息を吐く。

 

こうやって、エルに会えない日々が続くと、アレは夢だったんじゃないかと勘ぐってしまう時がある。エルなんてそもそも存在していなくて、全て自分の妄想が生み出した、白昼夢だったんじゃないだろうか?

そんなことを思ってしまう。

 

「はぁー」

 

本日何度目かのため息を孝一が吐いていると、抑揚の無い声で教師がこう告げる。

 

「えー。皆さんすでに知っているとは思いますが、今日は、転校生の紹介をしたいと思います。最近、学園都市外から引っ越してきた、水無月さんです。…じゃあ自己紹介を…って、おい!」

 

(そういや、そんな話がでてたなー。話半分で聞いていたから忘れていたよ。どんな子なんだろ?)

 

そんな事を、孝一がボーっとした頭で思っていると。

 

「…孝一様」

 

孝一の頭の方で、そんな声がした…。周囲に耳を傾けると、なにやら騒がしい。一体なんだろ?

そう思い頭を上げると--

 

「あ…え…?」

 

孝一は目をこすった。自分はまだ寝ぼけているのだろうか?そんな事を思ったが、これは違う。彼女を見間違うはずが無い!

白い髪に、幼い顔立ち、セーラー服にロングスカートという出で立ちだったが、間違いなかった。彼女は--

 

「え…る…?」

 

「はい。エルです、孝一様。今は母様に、『水無月エル』という名前を貰いました」

 

そういって、エルは孝一の手をとると、ギュッと握り、そのまま孝一を抱きしめた。

 

「母様の件。ありがとうございます。エルは、ずっと見ていました。孝一様や涙子様、飾利様が、エルの為に、尽力してくれたこと、ずっと見ていました。そのお陰で、"かあさま"は、エルの本当の『母様』になってくれました」

 

そいってエルは、孝一の頬に擦り寄る。

 

「で、でも、どうして…?調整が必要なはずじゃあ…」

 

エルのスキンシップにドキドキしながら、孝一は尋ねる。

 

「あれは、嘘です。実はもっと早くに、エルは目を覚ましていました。…孝一様を、ビックリさせたくて…」

 

(そりゃあ、ビックリしたけど、でもなんで?どうしてここに?柵川に?)

 

その孝一の疑問を、今まで静観していた佐天が、これまた動揺しながら尋ねる。

 

「え…エルちゃーん?何をしているのかなぁ?朝っぱらからそんな事をして…。ねぇ?抱きつくなんて、はしたない。あはははっ。それに、どうして柵川の制服なんか、着ているのかなぁ?」

 

…なんか青筋が立っているようにも見えるが、見なかったことにしよう。

 

その佐天の問いに、エルが答える。

 

「それは、孝一様に会うためです。そのために、母様にお願いして、孝一様のいる学校に入れてもらったのです」

 

「は?」

 

「え?」

 

一瞬、周囲が凍りついた。そしてエルがさらにとんでもないことを口走る。

 

「エルは、孝一様が気に入りました。エルの命が続く限り、孝一様に仕えましょう。どうぞ何なりとおっしゃってください。きっと、孝一様のお役にたってみせますから」

 

そういって、再びぎゅっと孝一に抱きついた。

 

 

その光景に、周囲の男子生徒の大多数が、切れた。

 

 

「てめぇぇぇぇぇぇ!こういちぃぃぃぃぃ!佐天さんや、初春さんだけでは飽き足らず、そんな幼い子まで手篭めにするとは!!この外道がぁぁぁぁ!!」

「バッ馬鹿な!?会って1分も経っていないというのに、いつの間にフラグが立ったというんだぁぁぁぁ!?どこだ!?フラグはどこに落ちていたというんだぁぁぁぁ!?」

「孝一よ、この後ちょっと、面を貸せ(字あまり)」

「お前は、クラスの女子全部を攻略するつもりなのか?やっぱり、現実なんてクソゲーだぁぁぁっぁ!?」

「孝一さんと、呼ばせてください!」

 

 

朝のホームルームは一転して、クラスの男子による、涙と怒号が飛び交う戦場と化した。

 

 

「…これは、強力なライバルの登場ですね?」

 

初春がクスッと佐天に話しかける。

 

「あ、はははっ。何を言っているのかなぁ~?初春?そんな訳、あるはずないじゃん!?…孝一君!良かったね!?エルちゃんと、いちゃいちゃ出来て!!」

 

そういって孝一に笑顔(?)をみせるが…。怖すぎる…。顔が引きつっている…。

 

「? 皆さん、どうして騒いでいるのですか?」

 

騒ぎの張本人であるエルだけが、良く分かっていないようで、首をかしげている。

 

「は…ははははは…」

 

孝一は顔を引きつらせ、この後の展開について考え、頭を抱えた…。

 

 

 

孝一達の日常に、新しい友人が一人加わる。

『水無月エル』

その子は、言われたことをすぐに信じてしまうような、とても世間知らずで、危なっかしくて、見ていて保護欲を掻き立てられる女の子。

 

彼女はこれからも騒動を巻き起こし、孝一はその為に、様々なトラブルに巻き込まれる事になるのだが…

それはまた、別の話である。

 




長かった…ホントに長かった…。第三部も、ようやく終わらすことが出来ました…
途中でしんどくなり、このまま諦めようかと思う時期もありましたが、皆さんの声援のお陰で何とか完結させることが出来ました。
皆さん、どうもありがとう。

エルの名前が水無月になったのは、六月の誕生石を見てです。

石言葉は、健康、長寿、富/高貴、情熱、秘めた思い/愛の予感、調和、決断力。
なんかエルにぴったり会うんじゃないかと思い、つけてみました。

今後のことですが、しばらく長編は控えようかなと思います。
なんか、ごっそりと体力を削られてしまったので…。
(正直、めちゃくちゃしんどかったです…)

しばらくは短編を中心にやっていこうと思います。
(思い直して、いきなり長編にいくかもしれませんが…)

ともかく、今まで読んでくれた皆さん。どうもありがとうございました。


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異世界の屋敷
老夫婦


久々に書いたら、色々と書き方を忘れてしまいました。


 --それは、いつの頃から存在したのか、覚えているものは存在しません。ただ、それは確かに存在し、来訪者を待ち続けているのです。今、この瞬間にも----

 

 

 

 

「--さあさあ、そんな所に突っ立っていないで、こちらにおいでなさい。かわいそうに、びしょぬれじゃないか。おばあさん。早く暖かい飲み物とタオルを持ってきておくれ」

 

「はいはい。すぐに持ってきますよ。おじいさん。」

 

 そういって孝一達を温かく迎えてくれたのは、老夫婦だった。彼らは暖かいまなざしを孝一達に向け、歓迎してくれている。

 

「ど、どうもスミマセン。いきなり押しかける形になってしまって・・・・・・」

 

 先頭にいた孝一が申し訳無さそうな表情で老夫婦に詫びを入れる。その体は突然降ってきた雨のため、ずぶ濡れである。

 

「なんのなんの。この大雨じゃしょうがなかろうて。この辺りは他に休める所もありゃせんからのぅ」

 

 老人はカラカラと乾いた声をあげて笑った。

 

 (あれ?)

 

 何かの違和感を孝一は感じたのだが、それが何なのか分からなかった。やがてこの老人の奥さんがタオルを持ってきてくれたので、そのことは頭の片隅に追いやられてしまった。

 

 「あばあさん、ありがとうございますっ。はい、音瑠(ねる)ちゃん。頭をゴシゴシしようね~」

 

 そういって、老婆からタオルを受け取った佐天涙子は、腰を下ろし、音瑠と呼ばれた少女の頭をわしゃわしゃと拭き出した。

 

「うう~。おねえちゃん。いたいよ~」

 

「ダメダメ。びちょびちょだと気持ち悪いでしょ~?すぐ終わるからね~」

 

 自身もずぶ濡れであろうに、他人のことを気にかける。そんな優しい彼女が、孝一が好きだった----

 

 

 

 事の始まりは迷子探しだった。孝一が街でお気に入りのCDを買うためにショップまわりをしていると。見知った後姿を見かけたのだ。

 

(あれ?佐天さん、と・・・・・・誰だ、あの娘?) 

 

 5、6歳くらいの女の子の手を、彼女は握っている。女の子は肩を震わせて泣いており、佐天涙子はそれをなだめようと、しきりに話しかけている。その姿があまりに痛々しかったので、孝一はたまらず声を掛けてしまった。

 

 話を聞くと、この女の子の名前は音瑠といい、母親と一緒に買い物に来ていたのだが、はぐれてしまったらしい。上の名前も住所も、5歳の女の子が覚えているはずもなく、おまけに携帯もどこかに落としてしまったとの事だった。つまり、完全に手詰まりである。

 

「とりあえず、あと30分くらい探して、もし見つからなかったら、ジャッジメントに連絡したほうがいいんじゃない?」

 

 孝一は二人にそう提案してみた。

 

「う~ん。でもやっぱりこういうのは、リアルに再会させてこそ、感動があるのであって・・・・・・」

 

 佐天涙子はブツブツと不満げであったが、それはとりあえず無視しておこう。

 

「どうかな?音瑠ちゃん?」

 

 孝一はそう音瑠に切り出した。音瑠は少し考えて、「・・・・・・うん。そのかわり、おかあさんがくるまで、まっててくれる?」と上目遣いで二人に聞いてきた。

 

「うん。それは勿論」

 

 話は決まった。とりあえず30分。全力で探してみよう。孝一は自身の体から、『エコーズ・act1』を出現させ、周囲50メートルを探索させた。もし誰かを探している様子の人間がいるのなら、それが音瑠のお母さんの可能性が高い。しかし、探せど探せど、そのような人物は見当たらなかった。

 

(やっぱり、一足先に迷子の届けをしにいってるんじゃあないのかな?だとしたら、ジャッジメント支部に行ったほうが再会できる可能性が高いよなぁ・・・・・・)

 

 そんな事を孝一が考えていると、突然エコーズの反応が消えた。というより遮断された?切り離された?

 

「な、なんだ?どうしたんだ?」

 

「どうしたの?孝一君?」

 

 様子のおかしい孝一を、佐天涙子が訝しげに見つめる。

 

「エコーズの反応が消えた・・・・・・。あのビルの奥で、一体何があったんだ?」

 

 そういって、孝一はエコーズの消えた方向へ走り出した。

 

 孝一は内心焦っていた。今までこのような事はなかったからだ。敵の攻撃を受けたのか?でも、なんのリアクションもない。孝一を襲ってくる様子もない。まるで、電波の届かなくなった携帯の様に、エコーズの反応だけがなくなったのだ。

 

 ビルの奥、人通りの少ない空間。孝一がその場所に到着すると、強烈な違和感があった。

 

「・・・・・・エコーズ?」

 

 エコーズはそこにいた。だが何か様子がおかしい。本体である孝一がそばに来ても、エコーズは何の反応もしめさない。まるで、孝一の姿が認識できないように。

 

「?」

 

 良く見ると、エコーズと孝一を隔てるように、薄い膜のようなものが見える。心なしか、エコーズの後ろの建物の色が、違うように感じる。

 

(これは、触れるべきなんだろうか。エコーズは”これ”のお陰で、僕の姿を認識できないのだろうか?いや、でも何かの罠かも・・・・・・)

 

そう、孝一が思っていると、後ろの方で佐天涙子の声がした。ああ、そういえばおいて来ちゃったな。と、孝一が思った瞬間。

 

「わあ~!!どいて!どいて!」

 

「うげっ!?」

 

 背中に衝撃が走り、孝一は膜の中に突っ込んでしまった。

 

 

「いたたっ。佐天さーん・・・・・・」

 

「ごめんごめん。だってビルの角を曲がったら、孝一君が突っ立ってるんだもん。あんなの避けられないって」

 

「おにいちゃん、だいじょぶ?」

 

 恨みがましい目で抗議する孝一に対して、佐天涙子はどこ吹く風だった。心配してくれる音瑠の心使いが、心の支えだ。

 しかしそのお陰でエコーズに接触できた。エコーズは孝一の姿を確認すると、孝一の体内へ戻っていった。

 

「うわ?」

 

 すると今度は、突然の大雨と雷が孝一達を襲ってきた。

 

「な、なんで?」

 

「うひゃー。髪がー!制服がー!」

 

「うえぇぇぇん」

 

 まるで、孝一達に狙いを定めるかのように、大雨の粒が孝一達に降り注いだ。

 

「ど、どこかっ。隠れる場所!家!」

 

 孝一達は嵐から逃れるために、身を隠す場所を探した。しかし、探せど探せどそのような場所は見つからない。それどころか、周りの景色が、どこかおかしい。孝一達の周りを囲んでいたはずのビルの群れがまったく見えない。代わりに周辺にあるのは、漆黒の闇と森。

 

「う、嘘だろ~?今は昼だぞ。何で”夜”になってんだぁ!?」

 

 孝一は思わず時計を見る。だが、時計は秒針の針が止まっている。まったく機能していない。

 

 おかしい。何かがおかしい。僕達は今、いったい”どこ”にいるんだ!?

 

 その時、佐天涙子が先のほうを指差し叫んだ。

 

「孝一君!明かり、明かりだよ!ほら!」

 

「え?」

 

 そこには屋敷が立っていた。日本の家屋ではなく、映画で見たような、西洋風の古ぼけた屋敷だ。なぜこんな所にと思ったが、暗闇と嵐から逃れたい現状からすれば、この屋敷は、まさに救いの女神だった。

 

 そして孝一達は屋敷のドアの前に立ち、ノックをした。ガチャリとカギの外れる音がし、扉がゆっくりと開いていく----

 

 

 

 

 「まずは部屋でシャワーを浴びなさい。二階に部屋がある。音瑠ちゃんと、涙子さんは二人部屋。孝一君はその隣の部屋だ。食事は、冷えた体を温めてからだ」

 

お互いに自己紹介を済ませると、ロルフと名乗った老人は、先導して階段を上り、部屋に案内してくれた。屋敷の内装は木造で出来ており、学園都市の自分達が住んでいる建物とまったくちがう温かみに溢れていた。まるでおとぎの国の一軒屋のようだ。孝一はそう思った。

 

「ロルフさんと、メイソンさんはお二人でこの屋敷に住んでいるんですか?」

 

 佐天涙子はそういって、物珍しいのだろう。きょろきょろと周りを見渡している。見ると、それを真似して音瑠も同じようにしている。

 

「ああ。こうして人と話すのは数年ぶりだろうね。しかも今日はお客さんが5人もだ。こんなに嬉しい事はないよ」

 

「5人?」

 

 孝一は思わず聞き返した。

 

「ああ。君達の前にも、2人程やってきたんだ。年齢もさほど君達と変わらないくらいだ。彼らには3階の部屋に泊まってもらっている。食事時には会えるだろう」

 

 自分達のほかにも2人。彼らも同じようにしてきたのだろうか?そういえば、この場所のことについて聞いていない。ロルフさんに聞いてみよう。

 

「あの・・・・・・」

 

 そう言おうとして、何か違和感が生じた。

 

 ・・・・・・ナンデボクタチ、ココニキタンダッケ?

 

 何を言おうとしていたのか、思い出せない。

 

「ん?どうかしたかね?」

 

 ロルフが孝一に尋ねる。

 

「い、いえ。嵐がすごいなぁって。いつまで降るんだろう」

 

 まあいいや。思い出せないって事は、たいしたことじゃないんだろう。きっと。孝一はそう思い、質問を変えた。

 

「ふふ。この辺りはいつもこうさね。だけど安心したまえ。明日の夜明け前には嵐は過ぎ去っているよ。君達も無事、帰れると思う」

 

「そ、そうですか。それは良かったです」

 

 そうこうしている内にロルフの足は止まる。部屋に着いたようだ。ロルフは懐をごそごそと漁り、カギを2本取り出し、孝一と佐天に渡した。

 

「部屋の鍵だ。何もないとは思うが、念のために渡しておこう」

 

「音瑠ちゃんには、はい。これ」

 

 一緒についてきたメイソンが、ポケットに隠していたものを音瑠の前に差し出す。それは、クマの人形だった。クマは目はボタンで、口は×印に縫い付けてあり、黒いちょこんとした鼻がとてもかわいらしかった。

 

「うわあ!くまちゃんだぁ!」

 

 音瑠はさっそくクマを気に入り、頬ずりしている。

 

「すごいな。手作りですか?」

 

 孝一は思わず感嘆の声をあげる。

 

「ワシの唯一の趣味でね。こうやって何体も作っているんだ。音瑠ちゃん。この子が気に入ったんならお部屋に入ってごらん。きっと、もっと気に入るよ」

 

「ホント!う~!入る、入る!」

 

 音瑠は待ちきれないのか、佐天に「早く、はいろ」とせかしている。

 

「ふふふ。それじゃ、ワシらはこれで。また食事時に」

 

「フフフ。やっぱり子供っていいわねぇ」

 

 ロルフとメイソンは笑いながら一階に降りていった。

 

「それじゃ私達も。孝一君。また後で」

 

「おにいちゃん。あとでねっ」

 

 そういって佐天涙子と音瑠も部屋に入っていこうとする。

 

「あ、そうだ」

 

「?」

 

 何かを思いだし、佐天は孝一の耳元に囁きかける。

 

「私達、これからお風呂に入るけど、孝一君の『エコーズ』で覗いちゃだめよ」

 

「覗かないよ!!」

 

 顔を真っ赤にした孝一に満足したのか、悪戯っぽいまなざしを向けた佐天は、今度こそ部屋に消えていった。

 

 

 

 

「まったく、僕を何だと思ってんだよ!」

 

 シャワーを終え、ひと心地付いた孝一は、さっきの佐天の言葉を思い出し、一人愚痴た。

 

 それにしても、疲れた。

 孝一はベッドにどさりと寝っころがり、周りを見回す。

 周りにはロルフが作ったのだろう。手作りの人形達が可愛らしいまなざしを孝一に向けている。

  

 今頃、隣の部屋では佐天と音瑠が人形に囲まれて大喜びだろう。まあたまにはこういうのもいいかな。明日になったら、帰れるんだ。それまでは、僕も楽しむことにしよう。

 

 ・・・・・・って、あれ?

 

 ナンデアシタニナッタラ、カエレルッテオモウンダ?

 

 ???

 

 ・・・あれ?

 

 なんだっけ?良く思い出せない・・・・・・

 

 

 

 ・・・・・・ああそうか。

 もうすぐ食事の時間だったっけ。

 

 でもその前に、すごく眠い。

 

 すこし、ねよ・・・・・・

 

 孝一の意識は、そこで途切れた。

 

 孝一が目覚めたのはそれから30分後。メイソンが食事の用意が出来たと、呼びにきた時であった。

 

 

 

 

 

 

 --こうして、5人の男女がこの屋敷に集められました。この屋敷は、見える人間、波長の合う人間にしか存在を認識することが叶いません。この屋敷は何なのか、この老夫婦は何者なのか、その疑問を持つ権利を、彼らは与えられていません。なぜなら、それがこの屋敷のルールだからです。

 

 そしてもう数時間後、後からやってくる男が一人。

 

 彼が何をもたらすのか、5人の男女がどうなってしまうのか、それはまだ分かりません。物語はまだ、始まったばかりなのですから----

 

 

 

 

 

 

 

 

 




時間が作れず、投降ができなくてごめんなさい。
これから少しずつ投降できればいいな。


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無邪気な悪魔達

今回目指したのはホラー映画。こういうの大好きなんです。


「いやあ~。まいったっスよ。いきなり周りがすっげぇ暗くなったと思ったら、土砂降りの雨でしょ~。正直、死ぬかとおもったっスわ。あっ、おばあちゃん。スープおかわり」

 

 そういいながら、2人の先客の内の1人、大泉亮(あきら)は、バクバクと食事を食べながら、孝一達に話しかけている。いや、厳密に言うと、大泉が一方的に話し、孝一達は相槌を打つだけしか出来ないという状況なのだが・・・・・・。その食べ方は、とても汚い。まるで野良犬が食い散らかしたかのようだ。

 

「・・・で、オタクらはどういった関係?その子供、まさかアンタらの?」

 

 一方、もう一人の先客、柳原隆二(りゅうじ)は食事に一口も付けず、孝一達を値踏みするように見つめている。

 

「ち、違いますよ。この子は、ただの迷子で・・・・・・」

 

「フーン。という事は、彼女、じゃあないんだ?なら、俺がアプローチしてもいいってことだな」

 

 孝一は柳原の発言を否定するが、もはや柳原の視線は孝一に向いていない。彼の視線は孝一の隣の席に座る佐天涙子。その中学生にしては豊かに育った胸部に向けられていた。その視線を痛いほど感じ、さっきから佐天涙子は押し黙ったままだ。このまま「やめてください」というのは簡単だが、それで止めてくれる相手だとはどうしても思えなかった。むしろ、相手が嫌がれば嫌がるほど歓ぶタイプだと感じ取った彼女は、必死にガマンしている。

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

「ふぇぇ・・・・・・」

 

 音瑠が敏感に異常さを感じ取り、涙目になる。

 

 食堂の雰囲気は完全に壊されていた。この一方的にしゃべりかける大泉亮と、佐天涙子に精神的視姦を行う柳原隆二によって。

 

「ゴ、ゴメン。あたし、ちょっと気分が・・・・・・」

 

 榊原の視線に耐え切れなくなった涙子は、ついに席を立ち、二階へと駆け上がってしまう。

 

「佐天さんっ!」

 

 孝一がキッと榊原を睨み付ける。

 

「ンだよ?俺なんかしたかよ?ただ見てただけでしょうが~?」

 

 そういって柳原は下卑た笑みを浮かべた。

 

「・・・・・・最低だ。あんた」

 

 そうはき捨て、孝一は涙目の音瑠を伴い、佐天涙子を追いかけていった。

 

 

 

 

「あはははは。ヤナさん、さいって~。だって。ギャハハハハ!」

 

「うっせ。それより、いい女だったよなぁ~。ああいう純朴な感じの女を、俺色に染め上げてぇ~」

 

 3人だけとなった食堂に、大泉の笑い声と、柳原の名残惜しそうな呟きが響いていた。その様子をじっと観察していたロルフが2人に向けて口を開く。

 

「・・・・・・若いあんたらに、こんなこと言うべきではないのかもしれんが、もう少し、人の気持ちというものを汲み取った方がいいと思うぞ?」

 

「あれれ~。せっきょーですかー?いやーん。僕ちゃんこわーい」

 

 大泉がバカっぽい声をあげて、わざとらしく怯えたフリをする。

 

「ワリっ。俺耳が悪いんだ。悪ぃがもういっぺん、いってくんね?」

 

 柳原も悪意の篭ったにやけ顔で、ロルフの次の反応を待っている。

 

「綺麗なものは、綺麗なままでいて欲しい。わざわざ綺麗に咲いとる花に、汚水をぶっ掛ける事もあるまい。じゃが・・・・・・」

 

 ロルフはにやりと笑い、2人を見つめる。

 

「それと同時に、ワシはお前さん方のような人間が、大好きなんじゃ。濁った瞳。歪んだ心。醜い魂の持ち主がね」

 

「っ!?」

 

「!?」

 

 何故だか知らないが、2人の背筋に、ゾワリとしたものがはしった。

 

 その理由は、何故だか分からない。

 

 だけど分かる。

 

 この爺さん。なんかやばい。

 

 

 「おまちどおさま。スープのお替りを持ってきましたよ。アラアラ、音瑠ちゃん達はもう上がってしまったのね。せっかくデザートも用意したのに」

 

 メイソンは心底残念そうにつぶやき、お替りのスープを、緊張で顔がこわばっている大泉の前に差し出した。

 

 

 

 

 

 

「はぁ~。情けないなぁ。あんな視線一つで、こんなヘコムだなんて」

 

 佐天涙子は自室のベッドにうずくまり、マクラを頭に被って落ち込んでいた。

 

(初春相手には平気でやってることなのに、いざ自分がそういう対象に見られたら、このザマかぁ)

 

 正直、食堂には戻りたくない。というより、あいつらの顔を見たくない。

 

 あの視線。

 

 はっきりと自分のことを性の対象としてみていたあの目。

 

 そのことを思い出し、涙子はブルッと体を震わせた。

 

 

 しかし、そのこととは別に、やはりお腹は空くわけで・・・・・・

 

 涙子のお腹がぐぅとなった。

 

(お腹へった・・・・・・。そういえば殆んど何も食べずに、逃げてきたんだっけ。でも、下には降りたくない。でも、お腹が~!!)

 

 その時コンコンと部屋の扉を叩く音がした。

 

「佐天さん。僕だよ。悪いけど、ドアを開けてくれないかな」

 

「おねえちゃん、あけて~」

 

 声の主は孝一と音瑠だった。

 

(・・・・・・そういえば、音瑠ちゃんを置いてきちゃった。ついでに鍵まで閉めちゃった。私と一緒の部屋なのに。私ってば、なんてドジなの?)

 

 涙子はバッと勢い良くベッドから起き上がると、急いで鍵を開け、ドアノブをまわした。すると、目の前に大量の料理が乗った銀のトレーが現れた。その料理から発せられる匂いにつられて、たまらず涙子のお腹はグゥと鳴った。

 

「佐天さん、お腹空いてない?実はメイソンさんに大量に残り物を貰っちゃってね。一緒に処分してくれる人を探しているんだけど」

 

 

 実はこれは半分は本当である。涙子を追って彼女の部屋まで来た孝一達だったが、涙子が殆んど食事をしていないことに気がついた。そこで、柳原たちが食堂から消えたのを見計らって、食器を片付けているメイソンに頼んで、彼女の分の食事を用意してもらったのである。しかし一緒にいたロルフに、「お前さんたちも殆んど食べていなかったじゃろ?ついでだから、残りもんも全部持って行きなさい」とこのように大量の食事を貰ったのである。

 

 

「音瑠もしょぶんにきょうりょくするの~」

 

 孝一と同じように銀のトレーを持った音瑠が「しょっぶん♪しょっぶん♪」と謎の歌を歌っている。たぶん涙子を元気付かせようとしているのだろう。彼女のトレーにはおいしそうな、生クリーム入りのムースが乗っており、音瑠がトレーを揺らすたびにブルブルと揺れている。

 

「おねえちゃん。いっしょにたべよ♪」

 

「・・・・・・うん。」

 

 おいしそうな料理と、涙子を見つめる音瑠の瞳に勝てるものはなかった。涙子は早々に白旗を揚げると孝一達を部屋に招きいれた。

 

 

 

 

 

「ああ~くったくった。あのじいさんとばあさん。すんげえ気味悪かったけど、メシだけはうまかったわ。もー動けん」

 

 ベッドの上でゴロンとしていた大泉は腹をぼりぼりとかき、柳原を見る。

 

 柳原は小型のポシェットからナイフとスタンガンを取り出し、出力のチェックをしている。

 

「なあ、ヤナさん。マジでやんの?」

 

「当たり前だ。お前ェも早く準備しろよ」

 

 そういって大泉に空のリュックを投げてよこす。

 

「お前は、この家の高そうなもんを片っ端からそのリュックに入れるんだ。これだけでけぇ屋敷なら、宝石とか貴金属とか金になりそうなもんは山ほどあるはずだ」

 

「その間にヤナさんは?あの女としっぽりお楽しみですか~?そんなにあの女が気に入ったんスね~」

 

「そりゃそうだ。隣の敷地にうまそうな果実が実ってたらどうすんよ?奪うしかないっしょ。この屋敷にゃあ俺ら除いて、チビなガキ2人と、ヨボヨボのジジイとババアしかいねぇ。簡単にやれるって」

 

 そういうと柳原はスクッと立ち上がり、部屋から出て行く。

 

「はー。しょうがねえ。一仕事しますか。ヤナさん。俺にも後でお楽しみを残して置いてくださいよ?」

 

 後に残された大泉は、ため息をつきながらも準備を整え、部屋を出て行った。

 

 

 彼らが去った部屋。

 

 彼らの行動の一部始終を観察していた”もの”がいたのだが、その事に彼らが気がつくのは、もう少し経ってからである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 柳原の目はランランと輝きを増していた。もうすぐ、うまそうな果実が手に入るのだ。どのようにして料理してやろうか、どんな泣き声をあげるのか、そんな事を考えるだけで、滾る物がある。彼は現在2階に降りてきており、佐天涙子の部屋まであと少しという所まで来ていた。獲物を駆る。そのことを考えている時が、柳原にとって、至福の瞬間であった。だから、彼が佐天涙子の部屋まで来たとき、不意に後ろから声を掛けられたときには、驚きよりもまず怒りの感情が先走っていた。

 

「どうしたんですか?柳原さん。あなたの部屋は3階ですよね?佐天さんに何か様ですか?」

 

 孝一が後ろの壁にもたれかかり、感情を表に出さずに問いかける。その声はどこか冷めたものがある。

 

「て、てめ・・・・・・」

 

「警告は一度だけします。今すぐ自分の部屋に帰ってください。そうでないなら、実力で排除させてもらいます」

 

 その声にはなんの抑揚もない。ただ、ありのままの事実を、柳原に告げている。

 

「お前ェに何が出来んだよ!チビのてめぇが!!」

 

「僕を甘く見ないほうがいいですよ。やるなら、一歩も体を動かさずに、あなたを排除することも出来るんですから」

 

「~~!!」

 

 柳原は頭に血が上り、懐に隠し持っていたナイフを取り出し、孝一に突きつけた。だが、それは一瞬のことだった。

 

 ナイフが、重い・・・・・・

 

 柳原の持ったナイフが、どんどんと重くなっていく。その重さは、5キロ?10キロ?柳原の手がブルブルと震えだす。そしてついに、その重さに耐え切れずにナイフを落としてしまった。

 

 ・・・・・・柳原の足に・・・・・・

 

「ウガッッ・・・・・・」

 

 あまりの激痛に叫び声を挙げたかったが、それは叶わなかった。見えない”なにか”に自身の口元を塞がれていたからだ。

 

「んー!?んんー!!」

 

 孝一は人差し指を口元において、「シー」っと、静かにしろのジェスチャーをとる。そしてこう付け加えた

 

「いっただろう?僕を甘く見るなって」

 

 とたんに体が軽くなって、自由を取り戻す。

 

「あ・・・・・・あああ・・・・・・」

 

 柳原は恥も外聞も投げ捨て、這うようにしてその場を逃げだしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・おっ、この食器高そー。いただきっ」

 

 4階の貴賓室と思わしき場所。大泉は誰もいないことを確認すると、どんどんと貴重品を手持ちのリュックへと投げ込んでいる。

 

 彼らは窃盗の常習犯だった。こうして、ビルやマンションに忍び込んでは、金品を物色する。そこに若い女性がいれば、しっかりと頂いていく。そうやって欲望のままに生活していた。

 

 今回は楽な仕事だと、大泉は思っていた。あの老夫婦が見回りに来ることもないだろうし、来たとしてもボコボコにして、明日になったらズラかればいい。それにこんな所でさび付かせているくらいなら、自分達の役に立ったほうがこの貴重品も本望だろう。それくらいの軽い気持ちだった。

 

 

「クスクスクスクスクスクス」

 

「?」

 

 今、何か声がしたか?

 

 大泉は作業を中断して周囲を見渡す。だが、誰もいない。周りは、高そうなアンティークと安物の人形くらいだ。気のせいだと、大泉は再び作業に取り掛かろうとする。

 

「ケケケケケケケケケケ」

 

「!?」

 

 まただ。今度は気のせいじゃない。はっきりと、何かの笑い声と足音を聞いた。

 

「だ、誰かいるッスか~!?スミマセン。部屋ぁ、間違えちゃったみたいで~」

 

 この期に及んで誰も信じないような嘘で取り繕う大泉。だがその問いに答えるものはいない。

 

「はっ、ははっ・・・・・・」

 

 なんかヤバイ。直感的にそう感じた大泉はジリジリと後ずさり、出口のドアに擦り寄る。だが--

 

 バタン!という音とともに、ドアが閉められる。

 

「うっうわぁ!」

 

 もう限界だ。大泉は脱兎のごとくドアに近づき、ドアノブをまわす。しかし、何か強い力で押さえつけられているのか、ドアが開かない。

 

「くそ!くそっ!くそっ!!なんだよ!なんなんだよ!!コレ!!」

 

 ドンドンと扉を叩く大泉。もはや自分が窃盗目的でこの部屋に侵入したということを忘れてしまっている。

 

「開けろ!フザケンなよ!!おい!コラァ!!・・・・・っぅ!?」

 

 その時、大泉は違和感を覚えた。あまりに興奮しすぎていたため反応が遅れたが、足が、痛い。何かで引っかいたのか?

 

「?」

 

 大泉は痛みの原因を見ようと足元を見る。そして凍りついた。

 

 そこには可愛らしい人形が2体いた。

 

 その2体の人形は、互いに協力し合い

 

 ゴリゴリと

 

 糸ノコで大泉の足首を切り取ろうとしているのだ。

 

 しかし糸ノコで骨を切るのはさすがに無理だったようで、代わりに大量の鮮血が大泉の足首からあふれ出していた。

 

 「うぎゃぁぁ!!!」

 

 ガクリと大泉の体がバランスを崩し、床に激突する。右足がぜんぜん動かない。アキレス腱を切られたのだ。

 

「ひぃ!ひぃいい!!」

 

 大泉は必死に両手を使い人形を払いのけようとする。だが--

 

「ゲゲゲゲゲギャギャギャ」

 

「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ」

 

「フフフフフッフフフフフフフフフ」

 

 貴賓室にいた大量の人形達が、それぞれの手に凶器を持ち、大泉に飛び掛った。

 

 ピエロの人形は背中にハサミを付き立て、

 

 可愛らしいウサギの人形はナイフで大泉の頬を抉り出し、

 

 ドレスを着た女性型の人形はマチバリで大泉の左目を刺した。

 

 皆いずれも、普段の可愛らしい笑顔とはかけ離れた、醜く歪んだ笑い顔を浮かべている。

 

「ぐあぁ!!」

 

 大泉は残された左足で何とか立ち上がり、ドアにタックルをかました。さっきまでアレほど開かなかったドアは、意外とあっさり開き、大泉は命からがら部屋から出て行く。そこで凍りついた--

 

 部屋の外にも大量の人形達が、それぞれいびつな表情を浮かべて大泉を出迎えてくれていた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・」

 

 (飛び越えるっ。飛び越えるしかネェ!!何とかジャンプしてあいつらを飛び越えて、3階まで降りるんだ!そうすりゃきっと助けを呼べる!)

 

 心臓の動悸が激しい。めまいがする。右足は使い物にならない。左足だけで何とかジャンプするしかない。大泉は覚悟を決めた。

 

「うわあああああ!!」

 

 叫び声と共に、大泉は飛んだ。

 

 

 人形達は彼の悪あがきに、何の反応も示さなかった。ただ静かに、悪意のこもった視線を、逃げる大泉の背中に投げかけていた。

 

「やった、やったぞ!後はこの階段を下りれば・・・・・・」

 

 大泉が勢い良く階段を下りようとした瞬間。彼は自分が助からないことを悟った。

 

 ・・・階段の下に大量の人形達が大泉を待ち構えていたからだ。そしてその事に気をとられ、大泉は階段にロープが張られていることに気がつかない。あっ!と叫んだときには、すでに手遅れだった。

 

 

 

 ・・・・・・全てがスローモーションのようだった。

 

 階段を落ちていく自分も

 

 それを見上げる人形達も。

 

 目の前にキラリとした光る糸のようなものが張られているのも。

 

 「・・・・・・」

 

 それがピアノ線だということに

 

 大泉は自身の首が胴体から離れるまで気がつかなかった・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




3連休っていいですね。執筆に時間がかなりさけますから。

でもこの話し、ちょっと長くなりそう。予定では3話くらいで終わらせるはずだったのに・・・・・・
出来れば連休中に終了させたかったかな・・・・・・


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遅れてきた来訪者

やっぱり終わらなかった第3話。
もう少しお付き合いくださいませ。


「くっそぉぉ!!足が、足が痛てぇよぉぉぉお!!」

 

 ズルズルと痛む足を引きずりながら柳原は一人愚痴を垂れる。

 

(あのガキを甘く見ていた。まさか、能力者だったとは・・・・・・)

 

 柳原はとにかく金品を物色中であるはずの大泉と合流するべく、彼のいる4階へと足を進めていた。今の彼はとにかく何かに当り散らしたかった。その対象として大泉の存在がいつもあった。

 

 柳原はこれまでにも何度も、機嫌が悪いと大泉に八つ当たりをしていた。だがそれを大泉はいつも笑顔で受け流してくれていた。彼がこれまでコンビを解消しなかったのは、大泉のそういう所が気に入っていたからである。

 

「・・・・・・大泉?」

 

 その大泉が4階の階段下でうなだれていた。表情は後姿なので見えないが、服が血まみれだ。そして、うなだれた上のほうの窓ガラスが割れており、カーテンがゴオオ、と嵐の音と共にたなびいている。廊下も雨のしずくで水溜りが出来ていた。

 

「大丈夫かよ?おい、大泉・・・・・・」

 

 どこか怪我でもしたのだろうか?柳原はそう思い、大泉の方に手をかける。すると--

 

 ゴロリと

 

 彼の頭がまるでボール玉の様に転がり、柳原のクツにぶつかった。

 

「ヒッ!」

 

 思わず柳原は尻餅をついてしまう。

 

 誰が?

 なぜ?

 どうして?

 

 まったくわけが分からない。

 

 

「・・・・・・あ~あ、取れちまった。せっかくキレイなオブジェだったのに・・・・・・」

 

 思考がうまく働かず混乱した柳原に追い討ちをかけるように、彼の後ろの方で声がする。

 

 そこにはかなりガタイのいい大男がいた。ソイツは怪我をしているのか、服に大きな血のシミを作っていたが、さほど気にしてはいなかった。その男は腕組みをしながらニヤニヤと、柳原の無様な様子を見てほくそ笑んでいる。

 

「お、おまっ・・・・・・お前がやったのか!?大泉を!?どうして!」

 

「俺じゃあねえよ。このドジは大方、敵の攻撃を受けたんだろうぜ。ま、ご愁傷様といったところかな。そんなことより、自分の心配をしたほうがいいぜぇ~」

 

 そういうと、大男は柳原を素通りして大泉の死体の前にしゃがみこみ、四つんばいの状態になった。そして

 

 ズジュルルルルルッ、と死体から湧き出ていた血をすすりだした。

 

「オエッ・・・・・・!!」

 

 あまりの衝撃と気持ち悪さに、柳原は吐き気を催した。大男はそんな柳原を尻目にスクッと立ち上がると--

 

「な、なにすんだ!?やめ・・・・・・!!ムグゥ・・・・・・!!」

 

 大男は柳原の唇を奪った。そして、口に含んだ血液を柳原の体内へと流し込む。とたんに鉄の嫌なにおいが口中に広がる。同時に、自分の意識がだんだんと薄らいでいく。

 

「ん・・・・・・ガ・・・・・・ぁ」

 

 プハっと大男が唇を離す。その口にはクチャクチャと先ほどの血液とは違う何かが入っている。

 

「いけねぇいけねぇ・・・・・・思わず”喰”っちまったよ」

 

 そういってブッ、と吐き出した先には、噛み千切られた柳原の唇があった。

 

「・・・・・・」

 

 あまりの激痛に、”何故”か柳原は耐えていた。いや、”何”も感じてはいないようだった。その証拠に、彼は白目を剥きながらもスクッと直立不動の体制をとり、大男の命令を待っているようだ。

 

「覗かせて貰うぜ、お前の”脳みその記憶”・・・・・・ガキが3人にジジイとババアが2人か、そのうちの一人は、俺と同じような”能力”をもってやがるのかぁ。だが、俺様の敵じゃあねえぜ、この俺の”アクア・ネックレス”の前じゃあなぁ!!」

 

 大男こと”片霧安十郎”(かたぎりあんじゅうろう)はそういうと、血にまみれた顔で、ほくそ笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おねえちゃん。おしっこ」

 

「ん~?」

 

 食事を終え、音瑠と人形遊びをしていた涙子は途中で疲れて寝てしまったようだ。音瑠がゆさゆさと肩をゆする声で、その意識を取り戻す。

 

「おしっこいきたい」

 

 音瑠はもじもじとふとももをすり合わせている。どうやらそうとうガマンしていたようだ。

 

「大丈夫?我慢出来そう?」

 

「ん・・・・・・だいじょぶ。がまんできる」

 

 音瑠は「んっ」と顔をこわばらせて涙子にそういうが、色々と危なそうだ。

 

「よし。じゃあ急いでいっちゃおうか?」

 

 涙子は音瑠の手をとりドアの鍵を回す。その時、ふっと頭の片隅に、あの柳原の下卑た笑い顔が浮かんだ。

 

(まさか、待ち伏せしてないよね?)

 

 その不安を払拭するように頭をブルブルとふり、涙子はドアを開けた。

 

 

 ォォォォォォォォォォ・・・・・・とまるで何かのうなり声の様に外で風の音が聞こえる。そしてそのたびにガタガタと窓ガラスが振動する。

 

 涙子と音瑠は夜の薄暗い廊下を二人手を取り合い進んでいく。

 

「音瑠ちゃん大丈夫?こわくない?」

 

 涙子は努めて励ますように音瑠に声を掛ける。というより声を掛けないと自分のほうが怖くてしょうがない。

 

「だいじょぶ!”トト”もいっしょだもんっ」

 

 音瑠は一緒に連れてきたクマの人形をぎゅっと抱きしめながら、涙子に答える。

 

 この人形は最初にこの屋敷に来た時にあの老夫婦から貰ったものである。音瑠はこのクマの人形をトトと名付け、以来片時も手放さなかった。

 

(それにしても、夜の廊下って何でこんなにも気味悪いんだろう・・・・・・)

 

 涙子が音瑠と同じ位の年齢だったとき、夜は悪魔や妖精が支配する世界だと本気で信じていた。夜の闇には得体の知れない何かがいて、つねに涙子をこちらの世界に引き込もうとしている。そう思っていた。それは昔に見た怖い話や童話の影響なのだが、実は今でも信じているフシがあるのだ。

 

「”るいこちゃん。だいじょうぶだよっ。いざとなったらボクがまもってあげるよっ”」

 

 音瑠がトトをぴょこぴょこ動かし、さっきやっていた人形遊びの続きをする。きっと不安そうな顔をしていた涙子を元気付けるためだろう。

 

「あはは。”うれしいっ。そのときはよろしくねっ。トトちゃん”」

 

 涙子も音瑠の遊びに乗ってそう答える。そうゆうやり取りをしているうちに目的のお手洗い場までたどり着いてしまった。

 

 

「一人で大丈夫?付いていこうか?」

 

「だいじょぶっ。トトがまもってくれるもんっ」

 

 音瑠は元気な声でそういうと、バタンとトイレのドアを閉めた。と思ったら再びドアを開けた。しかし出てきたのは人形のトトだけである。

 

「?」

 

「あのね。トトがおはなしあるんだって」

 

 そういって音瑠はトト揺らし、涙子に話があることを告げる。さっきの人形遊びの延長だろうか?

 

「”なあに話ってトトちゃん”」

 

 涙子はとりあえず話しに乗ってみることにする。するとトトはこんなことを言ってきた。

 

 

「”・・・・・・正直言って、現状はかなり厳しい・・・・・・。君達がどちら側なのか。童心を持った人間なのか、判断付かないのだ・・・・・・。気をつけることだ、これからの自分の行動に・・・・・・”」

 

「・・・・・・え?」

 

 

 バタンという音だけを残し、唐突にドアは閉められた。

 

 後には静寂と闇・・・・・・

 

 そして風の音だけ・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 「クスクスクスクスクスクス」

 

 何かの笑い声が聞こえる。その声は最初、とても小さく、そしてやがてはっきりと孝一の耳元に届いてきた。柳原を追い払った後、ヤツが報復をしに再び襲ってこないかと気を張って監視していたのだが、そんな様子は見られなかった。だがそれと同時に、孝一のエコーズact1が何かを感知した。それがこの笑い声だ。

 

 孝一はエコーズを自身の部屋の外に出し、まるで監視カメラの様に外の情景を見ていた。異常が見られたのは涙子と音瑠が自室のドアを開けた後。彼女達の後を追いかけるように、小さな物音や笑い声が次第に増えていく。そしてついにその姿を捉えた。

 

「うそだろ・・・・・・」

 

 それは人形だった。それも一体じゃあない。大量の、ラルフが作った手作り人形の群れが、それぞれ武器を片手に涙子達の後を追いかけているのだ。そしてトイレのドアの前で音瑠が出てくるのを待っている涙子に向かって--

 

「くそっ!」

 

 孝一はいてもたってもいられなくなり、ベッドから飛び上がる。だがそこにも笑い声が木霊する。

 

「ギギギギギッギッギギギィ」

 

「ケケケケケケケケケエエケケケケケケケケェ」

 

「ホホオホオホホオホホホオオホホホホホホォ」

 

 アンティークの隣や棚の上に鎮座してあった人形達が、一斉に孝一めがけて襲い掛かってきた。

 

 あるものは待針で、あるものは鉛筆で、あるものはハサミで、孝一に飛び掛る。

 

「うわあぁッ!」

 

 孝一はとっさにベッドのシーツを掴むと、襲ってくる人形にかぶせる。そしてその隙にドアノブを回し外に出た。

 

 「ハァッ。ハアッ!!」

 

 孝一は走る。涙子がいる場所まで。トイレまでの距離はそう遠くない、すぐにたどり着ける。だがその為には、あの人形の群れを飛び越える必要がある。

 

 だが廊下いっぱいに広がっているやつらをどうやって飛び越える?

 

 ヤツラとの距離、約10メートル!!

 

 考えろ。

 考えるんだ。

 広瀬孝一!!。

 

 (そうだ!!)

 

 孝一はエコーズact3を呼び出すと、人形達がいる廊下の壁付近に浮かばせた。

 

 5メートル!!射程距離内!!

 

 そして、孝一自身も壁に向かいジャンプした。

 

「act3!!ボクを思いっきり引っ張れ!!そして・・・・・・!!」

 

 act3が孝一の左腕を掴み--

 

「思いっきり放り投げろぉ!!」

 

 孝一はact3の腕力により、人形達を追い越し、そのまま涙子達の下へ向かう。

 

 

「佐天さん!!」

 

「孝一君っ!ドアがっ!ドアが開かないの!!この中に音瑠ちゃんが!!」

 

「危ないからどいて!」

 

 孝一は必死の形相の涙子をなだめ、act3でドアノブを破壊する。

 

「・・・・・・お前っ!?」

 

 --そこには虚ろな目をした柳原と、彼に首をつかまれ身動きが取れない音瑠がいた。

 

 

 

 --同時刻

 

 屋敷の玄関をノックするものがいた。

 

 「はいはい。おまちください。今開けますよ」

 

 そういって、笑顔を浮かべて来客を歓迎しようとするロルフだったが、開閉早々出迎えたのは、自身に向かって振り下ろされる大型のハンマーだった。

 

「ッ!!」

 

 ゴキンッと鈍い音がし、ロルフはそのまま動かなくなった。

 

「おっおじいさんっ」

 

 慌てて駆け寄ろうとするメイソンだったが、直後、大男が取り出したロープにより首を絞められ、それは叶わなかった。

 

「グッ・・・・・・ガッ・・・・・・」

 

 やがてビクビクと痙攣すると、彼女はそれきりピクリとも動かなくなった。

 

 横たわる老人と老婆の死体を尻目に、大男こと、片霧安十郎は堂々と玄関から侵入を果たした。

 

「・・・・・・わざわざ玄関から入り直してやったぜ。後3人。お楽しみはこれからだ」

 

 そういって安十朗は狂気にも似た表情を浮かべ、2階を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




片霧安十郎さんの登場です。片”霧”なのはやはりパラレルワールドであるがゆえ。
ある意味物語を手早く進めるための燃料投下キャラです。
彼がどうしてこの世界に来たのかは、次の話で。


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籠の中の鳥達

次で終わらす! と意気込んではみたものの・・・・・・
やっぱり終わらなかった第4話目。
次こそはホントに終わらせたい・・・・・・



 片霧安十郎は子供の頃から歪んだ性格の持ち主だった。自分より弱い生き物をいたぶるのが楽しく、よく虫や小動物の死骸を持ち帰っては、ホルマリン漬けにして自室にコレクションしているような子供だった。やがてそれがもっと大きな生き物、猫や犬へ変わるのにさほど時間はかからなかった。

 

 初めて犯行が発覚したのは12歳の時、彼が学園都市へきて間もない頃だ。そこで自分を馬鹿にした能力者に殺意を覚え、自室に侵入。犯行に及ぶ。被害者は腹部を数箇所とアバラを6本も折る大怪我をおった。ついでに、両耳と外鼻も切断されていた。

 

 彼の異常性に興味を覚えたある科学者が、彼を実験対象として、研究所に招く。安十郎という名前は呼びにくいことから以降、”アンジェロ”という愛称で呼ばれることになる。当然、ガラスケースという檻の中だが。

しかし彼らは知らなかった。彼が生まれつき持っていた特殊な”能力”について。

 

 ある日、研究員の一人がアンジェロの様子を伺いに行くと、ガラスケースはもぬけの殻だった。周りには、惨殺された研究員の死体が放置されていた。

 

 それから彼は、顔を変え、身分を偽り、学園都市を転々としていた。気に入らないヤツは殺し、犯し、暇だからという理由で、自身の能力で一般市民を操り、通り魔的犯行を楽しんでいた。

 

 そんな彼の日常が終わりを告げたのは、数時間前、とある路上でだ。彼はその時、清掃員に身分を偽っており、獲物を物色中だった。

 そんな彼に声を掛ける人物がいた。

 

 ショートヘアが似合う、黒髪の女だった。その女は、軍服のようなものを着込んでおり、”S.A.D”という聞いた事のない機関の名前を告げ、自分を拘束すると宣言してきた

 

 そいつは自分の能力が見えるようだった。そして、自身の懐から三日月刀を取り出し、いつでも自分を切りかかれる体勢をとった。本能的に叶わないと悟ったアンジェロは迷わず逃げ出すことを選択した。途中、その女に体を数箇所切りつけられたが、そんな痛みより、今は完全に逃げ出すことのほうが先決だ。

 そして、彼は人ごみに紛れ、裏通りを通り抜け、気が付けばこの世界にやってきていた。

 

 どこをどう走ったらこんな世界にやってこれるのか、わからなかったが、ここには自分を追ってくるあの女もいない。火照った体に、自身に当たる雨粒が気持ちよかった。しばらく歩くと、屋敷の明かりが見えた。明かりがついているということは、人がいるということ。

 

 --ちょうどいい。あの女にやられっぱなしで、むかついていたんだ。ここは中のヤツラを殺すことで憂さを晴らそう--

 アンジェロは、まるで息をするのが当然のごとくその思考にたどり着き、屋敷の壁を伝い屋敷内部へと侵入した----

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここにいれヴぁぁ~!やってくるとおボッだぜ~!!ドイレっで必ずするヴォんだがだなぁ~」

 

 口から大量の血を吐き出しながら、柳原は孝一達と対峙する。その右手には、首を絞められ苦しそうな音瑠の姿があった。

 

「柳原っ!お前、どうしたんだ?」

 

「ヴォンダぁあああ!!(女)おばえど(お前と)ごうがん(交換)だばぁ~!!!おヴぁえヴぉオガずゥ!!」

 

 明らかに様子がおかしい柳原に、孝一は困惑していた。口からはボトボトと鮮血を垂れ、目は虚ろ・・・・・・(というか殆んど白目だが)何かの薬でもやっているのだろうか?いやそれよりも、早くしないと、人形達が入ってくる!!

 

 孝一は柳原を説得するのは無理と判断し、act3を出現させ殴りかかった。柳原を昏倒させるためだ。

 

「奥義!!3 FREEZE(スリーフリーズ)!!」

 

 柳原の右腕が自身の重さに耐え切れなくなり、掴んでいた音瑠をついに離す。

 

 その瞬間--

 

「ヴゥパァアアアアア!!!!」

 

「!?」

 

 柳原が大量の血反吐をact3の目前で吐き出した。とっさにそれを避けるact3だが、その血反吐から一瞬、何かの顔が見えたのを見逃さなかった。

 

「シャァ!!」

 

 血反吐から一瞬腕が伸びて、パンチを繰り出すが、act3はそれを軽くいなした。

 

 ビシャッと血反吐が床に付着する。そしてその血反吐が人間の形になり、人語を話し出した。

 

「ケケケケッ。それがお前の能力かぁ。”相手を重くする”・・・・・・確認したぜぇ」

 

「うわ、キモ・・・・・・」

 

 涙子がそう表現するのも無理はない。血反吐はまるで生き物の様にガサゴソと不規則な動きを行い。やがて、洗面台の排水溝までよじ登ると、チュルンとその中へ消えてしまった。

 

「なんなんだ、アイツは!?この屋敷に、あんなヤツはいなかったぞ!?」

 

「音瑠ちゃん!!・・・・・・良かった、怪我はないみたい」

 

 音瑠の元へ駆け寄った涙子は、無事を確認しほっと胸をなでおろした。だが、まだ安全とは言いがたい。先ほどチラリと確認した大量の人形達。その殺人人形達が自分達を待ち構えているのだ。

 

「あれ?」

 

 だが、様子がおかしい。外になんの気配もない。

 

「?どういうことだ?」

 

 孝一はエコーズで外の音を確認するが、誰もいないようだ。何かトラブルでもあったのか?だが、これはチャンスだ。一刻も早く、この屋敷から逃げ--

 

 そう思った瞬間に、孝一達の認識は書き換わった。

 

 

 ・・・・・・?

 

 どこに、逃げるんだっけ・・・・・・?

 

 

 ああ、そうだ。

 

 

「佐天さん!部屋だ!部屋に逃げ込もう!!そこで篭城するんだ!」

 

「うん!」

 

 孝一と涙子は気を失っている音瑠と、柳原を抱えて扉の外に飛び出した。

 

 

 

 ・・・・・・屋敷には、あるルールがあった。それは自分達がこの場所に存在しているということを疑問に思ったり、屋敷の外に出ようとすると、屋敷の都合の良いように認識が書き換わるというものだった。

 彼らは実際、籠の中の鳥で、許可なく屋敷を去ることも叶わないのだが・・・・・・

 孝一達がそれを知る機会は、永遠に訪れなかった。

 

 

 

 

 「・・・・・・おかしい・・・・・・やっぱり誰もいない」

 

 あまりにもあっけなく自室のドア付近まで来てしまった孝一達は、ある意味拍子抜けしてしまった。もっと大掛かりなワナでも張りめぐされているかと思ったからだ。

 

 それにしても・・・・・・

 

 正体不明の敵と人形達・・・・・・

 

 一体なんの目的で人を襲うんだ?

 

 自分達が何かしたのだろうか?例えば、守らなければならないルールを破ったとか・・・・・・

 それともこれは、獲物を見つけた大型動物がとる搾取行為のようなものなのだろうか?

 分からない・・・・・・敵の目的が何なのか・・・・・・

 

 「・・・・・・ん・・・・・・むにゅ・・・・・・ありぇ?ここどこ?」

 

 そんな事を孝一が考えていると、気を失っていた音瑠が目を覚ました。だが、この状況では、眠っていたほうが幸運だったかもしれない。

 

 「あ、あははっ。音瑠ちゃんは、おトイレで寝ちゃってたんだよぉ。・・・・・・今お部屋の前だから、今からまたおねんねしようねっ」

 

 涙子が努めて冷静に、音瑠に現状を悟らせないよう明るく振舞う。せめて音瑠だけにはこれ以上怖い思いをして欲しくないという、彼女なりの優しさだった。

 

 だが音瑠はそんな涙子の話を聞いておらず、さっきから人形のトトの口の部分を自分の耳にあて、なにやら相談している。

 

「あのねっ。トトがはやく、こういちおにいちゃんのおへやにはいったほうがいいっていってるよっ」

 

「トト・・・・・・ちゃん、が・・・・・・」

 

 そういえば、人形達の中でトトだけが攻撃に加わっていない。それどころかさっきも助言めいた言葉を発し、涙子に警告(?)をしてくれた。涙子はゴクリとつばを飲み込むと、恐る恐る音瑠に尋ねる。

 

「ねえ・・・・・・。音瑠ちゃん・・・・・・。トトは、何を、知っているの?・・・・・・なにが、起こるの?」

 

「うーんとねえ。いまはみんな音瑠たちのようすをうががっているんだって。いま、”おおもの”がきてどっちをさきにこうげきするかきょうぎちゅうなの。でも、きの早いれんちゅうが・・・・・・うーんと・・・・・・”じっこうぶたい”?をおくりこんできているんだってっ」

 

 その時廊下の遥か遠く、暗闇の奥から音楽が聞こえてきた。それはリズミカルに何かを鼓舞するような音。

 

「タイ・・・・・・コ?」

 

 孝一のエコーズが拾った音は、確かにタイコのそれだった。音は次第に大きく、孝一達の方へと迫ってくる。やがて、暗闇の中から、人形の一団が現れた。

 

 ヒゲ面のステッキと笛をもった人形を筆頭に、トランペットやドラムをもった楽団のような人形達。彼らの着ている帽子に服装は、子供の時に見たおもちゃの兵隊そのものだった。そしてその闇から更なる一団が姿を現す。どうやらこちらが本命のようだ。数が圧倒的に多い。

 

 その一団の姿を見たとき、孝一達の誰もがサーッと血の気が引いた。

 

「うそだろぉ・・・・・・」

 

 彼らがその手に持っているのは、おもちゃの様な銃。通常なら微笑ましいそれは、孝一達には禍々しい凶器に映った。

 

 ヒゲ面の人形はホイッスルを鳴らし、右手に持ったステッキを高々と持ち上げる。それと同時に音楽は止まり、銃を持った兵隊型の人形が、孝一達に狙いを定める。

 

「佐天さん!早く鍵を!!ドアを開けるんだぁ!!」

 

「やッやってる。でも、手が震えて・・・・・・」

 

(act3で銃弾が防げるだろうか?いいや、ダメだ。あんな数の銃が相手ではさばき切れる自身がない。何より、佐天さん達を危険にさらしてしまう。)

 

「佐天さんっ!!」

 

「あっ・・・・・・開いたっ!!」

 

 そして、ヒゲ面の隊長人形の腕が振り下ろされた。

 

 瞬間。

 

 まるで爆竹のような音を発し、銃口が火を噴く。

 孝一達がいた辺りは、弾着の煙により白い煙に覆われた。

 

 一瞬の沈黙。

 

 その後煙が晴れると、周囲の建物は無数の穴で破壊されていた。だが、そこに孝一達の姿はなかった。

 

 

「たすかった・・・・・・の?」

 

 涙子は体のあちこちに触れ、どこにも怪我がないことを確認する。

 

「いや、助かったわけじゃないよ。とりあえず生き延びただけだよ・・・・・・今のところは。でもそれもそう長くは持たない・・・・・・」

 

 なぜならドアの外のほうで、再びあのドラムの音が聴こえてきたからだ。こんなドアごとき、あの銃弾の雨で簡単に破られてしまうだろう。

 

「どうする?どうしたら良い?・・・・・・孝一君!!」

 

 涙子は音瑠を抱きしめ、すがるような目で孝一を見つめる。

 

「・・・・・・」

 

 孝一の頬から汗がにじみ出る。

 

 対抗策が、思いつかない・・・・・・

 

 使えそうなものは見当たらない。ベッドにクローゼットに小物類や電気スタンドくらいしかない。

 

 ・・・・・・ひょっとしたら、もう”詰み”なんじゃあないか?この部屋に逃げ込んだ時点で、あの銃を持ったおもちゃの兵隊が出てきた時点で・・・・・・

 

 ダメだ!!思いつかないっ!僕の部屋には逃げ出す道具は何もないっ!

 

 その時孝一はふっと音瑠の言葉を思い出した。

 

 (そういえば、音瑠は・・・・・・いや、トトはなんていっていた!?こう言わなかったか?”こういちおにいちゃんのおへやにはいったほうがいい”って。なんで僕の部屋?佐天の部屋じゃあなく?この部屋には何がある?いや重要なのは、位置取りか?この下には?)

 

 そう孝一が思考した瞬間。大音量の銃撃音と共に、破壊されたドアの破片が辺りに飛び散った。

 

「っ!!」

 

 孝一は倒れている柳原を抱え、瞬間的にベッドに飛び乗った。

 

「佐天さんっ!音瑠ちゃんっ!!こっちだっ!ベッドに飛び乗れっ!!」

 

 ドアの前でうずくまる彼女達に孝一は大声で指示を出した。

 

「うああああっ!!」

 

 その声に反応して、音瑠を抱えた涙子は、叫び声と共に孝一のいるベッドのほうへ飛び移る。ガシッと孝一はお姫様抱っこの要領で涙子を抱えると、すぐさまact3を呼び出した。

 

 部屋に侵入した兵隊人形は、ベッドにいる孝一達の姿を確認すると、一斉に襲い掛かってきた。

 

「act3!!3 FREEZE(スリーフリーズ)を食らわせるんだぁぁぁ!!」

 

 孝一の叫びと共に、act3は3 FREEZE(スリーフリーズ)を発動させる。

 

「・・・・・・行動ハ、完了シマシタ孝一サマ。アナタノゴ命令ドーリニ」

 

 とたんにベッドが軋む音を上げ、木造の床が悲鳴を上げる。そして、メキメキという破壊音と共に強烈な落下感と浮遊感が孝一達を襲った。

 

「アナタノゴ命令ドーリニ、”ベッド”を重クシマシタ。行動ハ完了デス。後ハ落チルダケデス。ハイ」

 

 一か八かの賭けだった。確か孝一の部屋の下は、一階の食堂の辺りではなかったか?もっとも違う場所でも、今の状況よりかはマシだ。

 

「お、落ちる!!落ちるっ!!」

 

「きゃあああああ!!怖いよぉ!!」

 

 涙子と音瑠は孝一にぎゅっとしがみつき、絶叫する。やがて、地面にたたきつけられる衝撃と共に、孝一達はベッドからはじき出され地面に激突した。

 

「ううううう。フリーフォールが大嫌いになりそう・・・・・・」

 

「音瑠ちゃん。大丈夫?」

 

「うん。おにいちゃん、だいじょぶ。・・・・・・うわわっ!おそらにうかんでるっ」

 

 孝一はとっさにエコーズをact2に換え、音瑠が地面に激突するのを防いでいた。力の弱いエコーズでも5歳の子供を支えるくらいなら何とかなるのだ。やがて音瑠をストンと地面に着地させると、周囲を見渡した。

 

 どうやら孝一は賭けに勝ったようだ。何とか無事に食堂にたどり着けたらしい・・・・・・

 

 だがこのままではジリ貧だ。遅かれ早かれ、ヤツラがやってくるだろう。

 

(いったいどうすれば?)

 

 孝一がそう思っていると--

 

「お~お~。ずいぶん珍しい登場の仕方だなぁ。おい」

 

 男の声がした。この声は、柳原の体内にいた奴か?

 

 

 

「お前、誰なんだ?」

 

 見るとそこに大男が立っていた。男はニヤニヤと孝一達を見つめ、自己紹介する。

 

「片霧安十郎。まあアンジェロでもなんでも、好きなように呼んでくれ。どうせすぐに意味がなくなる・・・・・・。お前らはここで、死ぬんだからなぁ!」

 

 そういうとアンジェロは懐に隠し持っていた大量の酒ビンを孝一達の周囲に撒き散らした。

 

「はい詰んだ。これでお前に勝ち目はねえぜ」

 

「・・・・・・”なんでこんなことをするんだ”っていっても、理由は聞かせてもらえないんですよね・・・・・・」

 

 孝一はact3を出現させ、相手の出方を伺う。

 

「理由ぅ~?別にネェよ。ただむかつく女にコケにされたから、その腹いせだ。別にたいしたことじゃあねぇ」

 

 

 ・・・・・・ああ、そうか。

 

 こいつは”悪”だ。

 

 純粋な、悪意の塊なんだ。

 

 ただ殺したいから殺す。そこに他意はないんだ。

 

 そんな奴に、躊躇いはいらない。ただ思いっきり、顔面をぶち抜いてやる!!

 

 「シュッ!!」

 

 act3がアンジェロ目掛け、フルスイングの拳を繰り出す。だがアンジェロは動じない。そういえば、奴が能力を出していない。一体どうして!?

 

 瞬間。酒ビンで出来た水溜りから、醜い顔が浮かび上がり、エコーズではなく孝一本体を殴りつけてきた。

 

「ぐっ!?」

 

「やっぱりなぁ~。お前、そんなに戦いなれてネェだろ。もしくは正面からバカ正直に戦いを挑むタイプかぁ~?生憎だなぁ。俺はそんな質面倒くさいことは大嫌いなんだよ」

 

 ガクンッと孝一が片膝をつく。当たり所が悪かったのか、脳みそがゆらゆらと揺れているようだ。

 

「やるなら徹底的に、相手の弱点を探し出してからだ。正面切ってやるのは、相手がくたばる寸前だけだ。今のお前みたいにナァ」

 

 コキコキと首を鳴らしてアンジェロが近づいてくる。

 

「俺の能力は・・・・・・ああ、アクア・ネックレスと名づけてるんだけどな?水や水蒸気に同化できるんだ。そして相手の体内に侵入して、そこから臓器なんかを食い破ったりして相手を殺すんだ。他にも人間に取り憑いたりして自由に動かせるって言う特技も持ってる」

 

 そしてグイッと孝一の前にしゃがみこみ、孝一が回復するまで待つ。

 

「この距離なら、お前の能力が届くなぁ。使えよ。お前の、”相手を重くする”っていう能力をよぉ」

 

(なんだこいつ?なにを企んでいる?)

 

「何で自分の能力について話しているか疑問か?そりゃあ簡単だ。俺が勝つからだよぉ!対峙してみて分かったぜ。お前には俺は倒せネェ。お前の能力の弱点をもう見つけたからナァ!!」

 

「きゃああああああ」

 

 その時後ろの方で声がした。

 

「や、柳原っ!?」

 

 そこには両手で涙子と音瑠の首を絞めている柳原がいた。その目はさっきと同じ、白目をむいた状態だ。

 

「いっただろう?人間に取り憑けるってなぁ!!お前、俺の存在ばかりに気をとられて、周囲には目もくれなかったな?そこが甘ちゃんだといってるんだよぉ!」

 

 アンジェロはスクッと立ち上がり、懐からハンマーを取り出す。

 

「さてクイズだ。俺は今からアクア・ネックレスに命じてあの2人を絞め殺させる。・・・・・・冷静に考えれば止めるのはそっちのほうだよナァ。だが、それと同時に、俺がハンマーで、お前の頭をぶッ叩く。・・・・・・どちらを止める?」

 

 グイッと孝一の襟元を掴み上げ、アンジェロがハンマーを振り上げる。

 

「お前の能力、1度に1人しか重くする事が出来ねぇんだろ?さあ、どっちだ?ええ?・・・・・・答えを教えてやろうか?俺を殺せばいいんだよぉ!!俺を殺せば、アクア・ネックレスの能力は解除され、あの2人は助かる。考えるまでもネエだろ」

 

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・・・・」

 

 ダメだ・・・・・・完全に相手のペースに乗せられている!落着け!冷静になるんだ!こんなクイズに、答えなんてあるものか!!殺すなんて選択肢はありえない。じゃあ気絶させる?でも、本体が気絶してもあの”アクア・ネックレス”がしばらくの間は稼動したら?奴の捻じ曲がった精神だ。十分ありえる。

 

 ・・・・・・だったら・・・・・・だったらっ!!

 

「残念。時間切れだ。さよならボウズ」

 

 そういってアンジェロは孝一の後頭部目掛けてハンマーを振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




長いっ! 書いているうちにあれこれ付け加えすぎた感が・・・・・・
とりあえず、次で完結の予定です。


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解放

ついに完結です。いつも思っている事ですが、ホント、エネルギー使うなぁ・・・・・・


 アンジェロを殺すことは出来ない。そんな覚悟も責任も負えない。

 

 かといって気絶させれるという保証もない。

 

 だったら・・・・・・自分の心のままに動こう・・・・・・

 

 正しいと思うことをするんだ。

 

 自分の脳天に目掛けて振り下ろされるハンマー。それを見た刹那、孝一は決断した。

 

 act3を体内に戻し、替わりにact1を出現させる。

 

「ムゥッ!? 形状が変わった?」

 

 エコーズの突然の変化に一瞬戸惑うアンジェロ。その隙にact1は両手から文字を形成する。作りだした文字は夏の祭りなどで打ち上げられる花火の音。遥か上空からでも下っ腹に衝撃が起こるそれを、柳原の体に貼り付ける。そうすれば、中に潜んでいるアクア・ネックレスといえどもただでは済まないだろう。だが、これを行えば、柳原に拘束されている涙子と音瑠もただではすまない。それでも、現状を脱するためには、この方法しか今の孝一には思いつかなかった。

 

「いけえっ! act1っ! 柳原に文字を貼り付けろっ!」

 

 エコーズが柳原にむけて文字を投射しようとした直前・・・・・・!

 

「うああああんっ。 孝一君っ!! たすけて!!」

 

「えっ!?」

 

 柳原の拘束から逃れた涙子が孝一の所に・・・・・・。エコーズの斜線上に走りよってくる。そしてガシッっと孝一に抱きついた。

 

「え・・・・・・? え・・・・・・?」

 

 あまりに突然のことに、孝一は涙子の行動を阻止できなかった。涙子はガッチリと孝一を捕まえ、離さない。

 

「切り札ってもんは、最後までとっとくもんだよなあ。お互い・・・・・・」

 

 その声がし終わったとたん、孝一の後頭部にアンジェロの放ったハンマーが打ち下ろされた。

 

「俺がアクア・ネックレスに憑り付かせていたのは、始めっからこの女だったんだよぉ! 柳原は脅して従わせていただけだ。やっぱりお前はアマチュアだぜ。戦い方ってもんを知らねぇ! 世の中、騙しあいなんだぜぇ!?」

 

 アンジェロは最初からまともに戦うつもりはなかったのだ。彼は当初、act3が柳原を攻撃したのなら、その瞬間涙子の体を食い破り、act3に襲い掛かるつもりだった。一瞬の隙を突けば、倒せない相手ではないと踏んだのだ。しかし、孝一はエコーズをアンジェロが今まで見たことのない形状--act1--へ変化させた。これを見て直感的にヤバイものを感じ取ったアンジェロは、涙子を操作し、孝一の前に躍り出させた。涙子の記憶を読んだ限りでは、この孝一は少なからずこの女に好意を持っている。そんな彼女が目の前に躍り出たら、必ず油断する。アンジェロはそう踏んだのだ。・・・・・・結果、その通りになった。

 

 孝一は床に倒れこみ昏倒し、アンジェロがその場に立っている。それが全てだった。

 

 アンジェロは自身の勝利にしばし酔いしれていると、やがて冷静さを取り戻し、残された獲物を見定める。とはいっても、残っているのは音瑠一人だけなのだが・・・・・・。

 

(これじゃあ、おもしろくねえな)

 

 そう思ったアンジェロはアクア・ネックレスに命令を出す。

 

「う・・・・・・。げぇえっ・・・・・・!!」

 

 とたんに涙子の口から、アクア・ネックレスが排出される。ビチョ、っと床に産み落とされたそれは、ガサガサと生物の様に動き、柳原の喉元に飛び掛った。

 

「ぞ、ぞんば(そんな)!? ぎょうりょぐ(協力)じだら。だずげでぐでるっで」

 

 鮮血が当たりに一面に撒き散らされる。

 

「約束? ああすまん。そりゃ嘘だ。俺は始めからお前を助ける気は、さらさらなかったんだ」

 

「ひ、どおぉ・・・・・・。ゲヴォォオオ!?」

 

 それが柳原の最後の言葉になった。彼はアクア・ネックレスによって喉元を食い破られ、そのまま絶命してしまった。

 

「さて・・・・・・そろそろ正気に戻ったかい。お穣ちゃん? あのままアクア・ネックレスで体内から食い破っても良かったんだが、それだとぜんぜん面白くネェ。だから、”あえて”元に戻してやったぜ」

 

 アンジェロはゲホゲホと床に吐瀉物を吐いていた涙子に、話し掛ける。

 

「げほっげほっ。あ・・・・・・れ・・・・・・?あたし、なんで・・・・・・?」

 

 柳原に拘束されて、それからの事が思い出せない。涙子がしばし混乱していると、いつのまにか涙子の体に音瑠が抱きついていた。

 

「音瑠ちゃん・・・・・・?あたし・・・・・・」

 

 --どうしてここに? そう訪ねようとして、涙子はハッと目を見開いた。そこにハンマーを持ったアンジェロがこちらを見上げでいたからだ。そして、その足元には孝一が・・・・・・

 

「いやあぁぁぁっ!!? 孝一君っ!!!?」

 

「あ・・・・・・あ・・・・・・あぅ・・・・・・」

 

「おっ。まだ生きてる。しぶといねぇ。・・・・・・どうやら当たり所が悪かったみたいだ。あ~あ。ヘタに抵抗しなけりゃ。楽にあの世に行けたのによぉ。って、聴こえてねぇか・・・・・・」

 

 そういってポイッとハンマーを投げ捨てたアンジェロ。

 

「あのボウズは後できっちり殺すとして・・・・・・ど、ち、ら、に、し、よ、う、か、なぁ!!」

 

「あぅっ!!」

 

 アンジェロは音瑠の首を掴むと、そのまま自分の顔の所まで高々と持ち上げる。まるで首を吊っているような形になり、苦しさのあまり音瑠が足元をジタバタとさせる。

 

「あッ・・・・・・ぎッ・・・・・・」

 

「そっちの嬢ちゃんは逃げていいぜぇ。鬼ごっこをしよう。俺がこのガキをバラバラに解体し終えたらスタートだ。どこに隠れようが、必ず探し出してやるからよぉ。せいぜいうまく隠れるんだな」

 

 そういって涙子に一瞥をくれると、音瑠の首をさらに強く締め上げた。

 

「ガキの体は柔らかくってよぉ。ちょっと締め上げるとすぐに首の骨が折れるんだ。ニワトリ締め上げんのと同じで、”コキッ”てよぉ」

 

「やっやめてっ!!代わるからっ。私が代わりになるからっ!!音瑠ちゃんを離してっ!!」

 

 そういって涙子はポカポカとアンジェロの体を殴りつけるが、まるでアリがゾウに挑むようなもの。その攻撃は、アンジェロにはまったく届いていない。だが、さすがに耳元でギャアギャと騒ぎ立てられるのは、うっとうしい。

 

「うるさいよ。お前」

 

 そういうと、まるで虫を払うかのように左の手のひらで涙子の頬を打った。

 

「ガッ・・・・・・!?」

 

 衝撃で涙子は壁に頭を打ちつけ、そのまま起き上がって来なくなった。

 

「いけねぇいけねぇ。強く殴りすぎたかな?気絶させちまったよ。おい、起きな。これじゃ面白くねぇだろ。俺を楽しませろよ。おいっ」

 

 そういって、アンジェロはおもちゃを捨てるかのように、ポイッと音瑠を放り投げると、涙子の元まで近寄り、バシバシと頬を2、3度打った。

 

 

「ゲホゲホっ!・・・・・・。う、うぅぅぅぅ」

 

 アンジェロから解放された音瑠は、ずるずると四つんばいで這い、アンジェロからより遠くに逃れようとする。音瑠には訳が分からなかった。突然入ってきたこの大男がいきなり孝一と涙子に襲い掛かり、自分をどうにかしようとしているのだ。不意に、音瑠は童話で読んだある生き物を思い出した。

 

 --悪魔--

 

 姿形こそ違えど、凶器の表情を浮かべ音瑠達を襲ってくるアンジェロは、まさにそれだった。

 

(たすけてっ。たすけて!ぱぱ、ままっ!!こういちおにいちゃん、おねえちゃんっ!)

 

 だが、彼女を助けてくれるものは、誰もいない・・・・・・

 

「ひっ、ひっぐ・・・・・・。うえぇぇぇぇぇ・・・・・・」

 

 とうとうこらえきれなくなり、音瑠は泣き出してしまう。

 

 その時--

 

「・・・・・・ととっ!!」

 

 床に落ちた人形のトトが音瑠の視界に入った。音瑠は必死にトトに所まで這いより、ぎゅっ、とその胸の中に抱きしめる。

 

「トトっ! トトッ!! うええええええん!!」

 

 自分を守ってくれる人間は、もういない。彼女にとって、頼ることが出来るのはもはや人形のトトだけだった。

 

 「トトッ!あくまがっ、あくまがでてきたのっ。あくまがでてきてこういちおにいちゃんと、るいこおねえちゃんにひどいことしたのっ!!こんどは、ねるのばんなのっ。おねがいっ。ねるたちを、まもって!!」

 

「・・・・・・なにをぶつくさ言ってんだ、ガキィ!?」

 

「ヒッ・・・・・・!?」

 

 声のしたほうを、音瑠がおそるおそる振り変えると、そこには調理用のナイフをもったアンジェロがいた。

 

「あ・・・・・・あぅっ・・・・・・」

 

 音瑠は歯ををガチガチとさせながら、トトをぎゅっと握り締めた。

 

「あの姉ちゃんを起こそうと思ったがよぉ、気が変わった。先にお前をを料理して、その姿を見せて、泣き叫ばせてから殺すことにしよう。・・・・・・そこで、だ」

 

 ギラリと光る調理用ナイフを音瑠の頬に当て、アンジェロはさも名案を思いついたかのように、微笑む。

 

「お前の生皮を、こいつで剥いでやる事にした。生きたまま、じわりじわりと、リンゴ剥くみてぇになぁぁ!!」 

 

「や、やだぁぁあああああああ!!」

 

 アンジェロは音瑠の首を押さえつけ、床に叩き付けると、どこの皮から剥いでやろうか思案する。そして--

 

「・・・・・・決めたっ。頭だ!そこから全身を剥いでやろう」

 

 びゅっ、とナイフを持ったアンジェロの腕が振り下ろされる。

 

「たすけてぇ・・・・・・トトっ!!ととぉ!!!」

 

 

 ブシュッ。 という音と共に、鮮血が当たり一面に飛び散った・・・・・・

 

 

 

 

 

 鮮血が、滴り落ちる・・・・・・。だが、それは音瑠の額ではない。

 

「は・・・・・・? あ・・・・・・?」

 

 それはアンジェロの右腕から。ナイフを持ったアンジェロの腕が第2関節ごとごっそりと削り取られている。いや、噛み千切られている?

 

「・・・・・・とと・・・・・・?」

 

 そこで音瑠は見た。自分の目の前に立ちはだかり、二足歩行で立ち上がっている。クマの人形を。

 

「ウギャギャギャギャギャギャギャ!!」

 

 クマの人形は、音瑠が抱きかかえていた時よりも、倍くらいの大きさに膨らんでおり、ボタンの目は弾け飛び、中からギラリと光るもう一つの目が覗いている。そして、可愛らしい×印の口からは紐が解け、代わりにギザギザ状の、のこぎりのような歯が見え隠れしていた。その口がもごもごと動いて、やがて、ペッと、アンジェロの持っていたナイフを吐き出した。

 

「あああああああ!? お、俺のぉ!?俺のっ、腕がぁああああああぁ!?無くなってるぅぅうううう!?」

 

 あまりの激痛に、アンジェロはこらえきれず絶叫をあげる。

 

 

 

「・・・・・・やれやれ。ずいぶんと破壊してくれたな。アンジェロ君」

 

「ウフフフ。本当に、酷い有様ですこと」

 

「て、てめぇら!?」

 

 そこには先ほどアンジェロが殺害したはずの、ロルフとメンソンが立っていた。二人はニコニコとした表情を浮かべながらこちらに歩いてくる。

 

「・・・・・・何で、殺したはずのワシらが生きているのか、分からないといった顔だな。簡単なことじゃよ。ワシらも人形じゃからな。他の連中と違って、等身大の人形じゃが」

 

「うふふふ。その証拠に、ほら」

 

 老夫婦はそういうと顔に手をあて、にこやかな自分達の顔を”外した”。その中には、脳みそのような気持ち悪い物体が入っており、ドクンドクンと脈打っている。

 

「おや、顔色が悪いが、どうしたんじゃ?ああ、そうか。出血が酷いのか。じゃが大丈夫。君も、もうじきワシらの”仲間”になるんじゃからな」

 

 老夫婦は自分の”顔”をパチリとはめなおすと、諭すようにアンジェロに話し掛ける。

 

「何いってんだ!?てめ・・・・・・グゥ!?」

 

 体がおかしい。体から、ベキベキと、あり得ない音がしだす。

 

「実を言うとな・・・・・・。ワシらが待っておったのは君なのじゃよ」

 

「正確に言うと、あのたのその”悪意”」

 

「最初に来た5人の内、2人はそこそこの悪意のエネルギーの持ち主じゃった。じゃが、それでも少なすぎた。この屋敷を維持するには、もっと多くの悪意のエネルギーが必要じゃった」

 

「そんな時に、あなたが来た--」

 

 老人達は、まるで種明かしをするようにアンジェロに解説する。もっとも、今のアンジェロがそんな事を聞ける状態なのかは別問題なのだが。

 

 

「他者を傷つけても平気な精神力。邪悪な心。存在しているだけで周囲に悪影響を及ぼす負の存在。それはまさしく、純粋な、悪」

 

「あなた一人で、ゆうに10年はこの屋敷を維持する事が出来る」

 

 

「・・・・・・がッ!!!がぎぎっがっがああああ!!!」

 

 だんだんとアンジェロの体がしぼんでいく。そして体が、顔が、セルロイドの人形の様にテカテカと輝きだす。しだいにアンジェロの体が、何か違うものに作り変わっていく。

 

「・・・・・・言い忘れたが、この屋敷で人形に手傷を負わされたものは、強制的に人形に--ワシらの仲間になってしまう。いかに君が抵抗しようが、もう君は逃れられない。」

 

「大丈夫。可愛がってあげるわ。未来永劫、ずっとね」

 

「ア・・・・・・ギ・・・・・・」

 

 やがて、かつてアンジェロだった”もの”は、小さな人形に変身してしまった。ロルフはその人形をひょいッと持ち上げると、状態を確認する。

 

「フフフ。ずいぶん小さく縮んだもんだなあ。アンジェロ。それにしても、清掃員の服とは・・・・・・君は服のセンスがないのぅ」

 

「うふふふふ。あなたにぴったりのお洋服を、用意してあげますからねぇ」

 

 そういうと老夫婦達は、にこやかに笑い声を上げた。

 

 

 

「ウギギギギギギギギ」

 

「グギャギャギャギャギャギャ」

 

「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒイヒ」

 

 気が付くと老夫婦の周りにはたくさんの人形達が集まっている。そして、あの兵隊型の人形も・・・・・・

 

 彼らは昏倒している孝一と涙子を取り囲み、一斉に銃を構えている。

 

 ・・・・・・生存者は、誰一人として生かして帰す気がないらしかった。そして、隊長の人形が持っているステッキを振り下ろし--

 

「やめてぇぇぇぇええええ!!!」

 

 音瑠は近くに倒れていた孝一の体にのしかかるようにして抱きついた。その瞬間、兵隊人形の銃口がぴたりと止まる。音瑠の願いをかなえたわけではない。音瑠の前に、銃弾をさえぎるように立ちふさがった”トト”を

みて、攻撃を止めたのだ。

 

「おやおや・・・・・・驚いたな。お前がそんなにこの子に肩入れするとは・・・・・・」

 

 ロルフは両手を広げて立ちふさがるトトを見て感心する。

 

「一緒にいる内に、情が移ったのかい?」

 

 にこやかな顔でメイソンが尋ねる。その問いに、トトは、コクリと頷く。

 

 それを見たロルフはニンマリと笑い、

 

「なるほどなるほど。情が移ったか。結構結構。お前にここまで思わせるとはなあ。童心を忘れない、純真な子がまだ存在していたとは驚きだよ・・・・・・」

 

「・・・・・・皆どうかしら?当面のエネルギーは確保できた事だし。これ以上の搾取は意味がないと思うの。ここは同志の顔を立てて見逃してあげましょう?」

 

 老人達は周囲の人形達にこう呼びかける。

 

「ヒソヒソヒソヒソヒソヒソヒソ」

 

「ブツブツブツブツブツブツ」

 

 人形達の小声が辺りに木霊する。音瑠達をどうするのか、協議中らしい。やがて、しばらくの静寂の後--

 

「・・・・・・」

 

 人形達は、一人、また一人と、ゾロゾロとその場を後にしていった。

 

「ありがとっ。・・・・・・ひっく。ありがとう、おじいさん。おばあさん。」

 

 両目に涙をいっぱいに浮かべて、音瑠は感謝の言葉を老人達に贈った。

 

「礼には及ばんよ。ワシらはルールに従っただけじゃ。一人の意見はきちんと聞いて、必ず全員の総意とする。仲間同士じゃ争わん」

 

「それに、私達は悪意を持った人間も大好きだけど、それと同じくらい、童心を持った人間も大好きなの」

 

 そういうとメイソンは音瑠の両目に手を当て、目を閉じさせる。

 

「さあ、ゆっくりと息を吸って、心を落着かせなさい。今まで起きていたのは、ただの夢。怖い悪夢。朝になれば、全てを忘れて元通り--」

 

「・・・・・・あっ・・・・・・」

 

 そういって、何かのスプレーを音瑠に吹きかける。すると、急激な眠気が音瑠を襲い、そのまま深い眠りに落ちてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・・怖い夢を見た。

 

 だが、その内容は忘れてしまった・・・・・・

 

 

 昨日の夜、あれ程猛威を振るっていた嵐は、今朝になると綺麗さっぱり消え去っていた。孝一達は寝ぼけ眼の目をこすり、ラルフ達と朝食をとる。何故だか頭がガンガンする・・・・・・。まるで何かに殴られたみたいに。昨日、寝ぼけてベッドから落ちてしまったのだろうか?

 

 そういえば大泉と柳原の両名がいない。その理由を尋ねると、彼らは早朝、朝早くに出発してしまったらしい。なんでも、抜けられない大事な用事があるとかないとか・・・・・・

 

 

「・・・・・・それじゃあ、僕達はこれで失礼します。どうもありがとうございました」

 

「ロルフさんにメイソンさん。本当にありがとうございましたっ」

 

「おじいちゃん。あばあちゃん。ばいばーい」

 

 孝一達はそれぞれに老夫婦にお礼を述べる。

 

「なんのなんの。久しぶりに若い人のエネルギーを分けてもらって、わしらもいい気分転換が出来た」

 

「又いつでも来ていいのよ。うふふふ」

 

 二人は寄り添うようにして、笑顔で孝一達を見送ってくれる。

 

「・・・・・・そうそう、実は昨日、新しい人形を作ったんじゃ。ちょっと見てみるかい?」

 

 屋敷を出る直前。ラルフはそういって3体の人形を孝一達に披露してくれた。

 

「え?」

 

「これって・・・・・・?」

 

「ヒウッ・・・・・・!」

 

 三者三様の表情を浮かべて孝一達は人形を見た。

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

 その人形の一体はちぎれた首を補強するため、糸が何重にも縫い付けてあり、もう一体の人形は、造りかけなのか、唇の辺りがちぎれたようになっている。そしてもう一体・・・・・・

 

 その人形は右腕に鍵爪を装着しており、見るからに凶悪そうな顔をしている。

 

「あ・・・・・・あうっ・・・・・・」

 

 何故かそれを見た音瑠が、ガチガチと歯をならし、肩を震わせている。その顔は、どこか青い。いや、それ音瑠だけではない。孝一と涙子も同じだった。何故だろう?この人形を見るたび、震えが止まらないのは・・・・・・。

 

「フフフ。他の2体にはまだ名前を付けとらんが、コイツにはもう付けてあるんじゃ。”アンジェロ”。どうじゃ?いい名前じゃろ? そら、アンジェロ。ご挨拶じゃ」

 

 すると人形の口がパカっと開き、孝一達に挨拶を披露した。

 

「・・・・・・ウ・・・・・・ギ・・・・・・アバヨ、クソガキ」

 

「!?」

 

 その声を聞いたとたん、孝一達は屋敷のドアを勢い良く開け、逃げ出すようにして外に駆け出していった。

 

 

 

 

 

 

                    ◆◆◆◆◆

 

 

 

「ありゃ?」

 

「へ?」

 

「うりゅ?」

 

 気が付くと、孝一達はビルの裏街道で突っ立っていた。だが、なんでこんな所にいるのか、思い出せない。何かすごい怖い思いをした気がするのだが・・・・・・

 

「・・・・・・あの」

 

 すると孝一達の背後で女性が声を掛けてきた。

 

「うひゃあっ」

 

 それがあまりに突然すぎたので、孝一達はビックリしてピョンと後ろに飛び上がってしまった。

 

「ご、ごめん。その、脅かすつもりはなくて・・・・・・」

 

 孝一達に声を掛けた人物は申し訳無さそうな表情を浮かべて孝一達に謝罪する。それは、ショートカットが良く似合う女性だった。年齢は孝一達より少し上といった感じだろうか。きりりと引き締まった目元とその表情は、どことなく頼りがいがありそうな大和撫子といった感じだった。きっと和服を着たらすごく似合うだろう。

 違和感があるとすれば彼女が軍服の様なモノを着込んでいることだ。襟元の企業ワッペンには、組織の名称だろう。”S.A.D”という刺繍が施されていた。

 

(S.A.D? 聞いた事のない名前だな。どっかの警備会社かな?)

 

 孝一の疑問を尻目に、女性は質問を続ける。

 

「実は、この辺で怪しい男を見なかったかな? 大柄で、身長180cmくらいの、清掃員の格好をした男なんだけど・・・・・・」

 

 

 清掃員? 

 

 大柄? 

 

 身に覚えがない・・・・・・ハズなのに、心臓の動悸が激しくなる。

 

 何故だろう?

 

 だが、わからないものは分からない

 

 孝一達は正直に、「分からない。そんな男、見たことも聞いたこともない」と女性に問いを返す。

 

「・・・・・・そうかぁ。ごめんね。ありがとう。・・・・・・はぁ・・・・・・無断で犯人を追いかけた挙句、取り逃がすなんて・・・・・・隊長が知ったら、また胃に穴が開くなぁ・・・・・・ごめんね。たいちょー」

 

 女性は、がっくりと肩を落とすと、とぼとぼと項垂れながらその場を後にした。どうも、メンタル面が弱い女性のようだ。

 

「なんだったんだろう? あの人?」

 

「・・・・・・さあ?」

 

 孝一と涙子は互いに顔を見合わせて、苦笑するしかなかった。

 

「・・・・・・うう~。おかーさん。おとーさん」

 

 くぃくぃと孝一のズボンを引っ張り、涙目になった音瑠が孝一達に抗議する。

 

「あ」

 

「そういえば・・・・・」

 

 そうだった。これから音瑠をジャッジメント本部まで連れて行くんだった。何で忘れてたんだろう?

 

 ・・・・・・まあいい。思い出せないって事は、たいしたことじゃないんだろう、きっと。

 

 孝一はそう思い直し、涙子と音瑠を一緒に、ジャッジメント本部へと向かった。

 

--その後。音瑠は両親と無事再会できたことをここに記しておく。

 

 

エピソード・異世界の屋敷 END

 

 

 

 

 

 

 

 

--その屋敷は、次元の狭間にある世界に存在しています。

 

 その屋敷がいつから存在しているのか、誰が作ったのか、知っているものは誰もいません。分かっているのは、屋敷が自身の活動エネルギーを得るために、数年から数十年に一度、現世に現れる必要があるということだけです。

 屋敷は人間の悪意が大好きです。そして寂しがりやです。その為、迷い込んだ旅人の悪意のエネルギーを抜き取ったら、人形という形で自身の僕としてしまうのです。

 この屋敷は今も次元の狭間を揺蕩い(たゆたい)続けています。未来永劫・・・・・・

 

 

 

 

 

 ここではないどこか。

 今とは違う時間。

 

 ある山奥で、一組の夫婦と子供が道を歩いていました。彼らは、旅の途中に車がエンストを起こし、近くの民家へと助けを求めに行く最中でした。夫婦は仲がとても悪く、車のエンストをお互いのせいだと擦り付け合っています。一緒にいる子供はうんざり顔です。

 そうこうしている内に大粒の雨が降ってきました。辺りは暗くなり、風がびゅうびゅうと吹きすさび、ゴロゴロと雷が鳴り響いています。

 

どこか非難する所はないか?夫婦は辺りを見渡すと、目の前に一軒の古びた屋敷が現れました。こんなに近くにあったのに、今まで気が付かないとは、よほど疲れていたのでしょうか。

 

 夫婦は藁にもすがる思いで、屋敷のドアをノックしました。

 

 すると、中からにこやかな表情をした老夫婦が、彼らを出迎えてくれました--

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




終わった・・・・・・。
軽い気持ち出始めた短編集でしたが、思いのほか時間がかかり、大変でした。
本当はもっと登場人物の数も多い物語でしたが、話がダレてくるなと思い、ぐっと少なくなりました。(今思えば、削ってよかったです。)

とりあえず、屋敷のステータスを作ってみました。


スタンド名(?):The HOUSE(ザ・ハウス)
本体:なし

破壊力:なし
スピード:なし
射程距離:なし(屋敷内部ならどこでも影響が及ぶ)
持続力:A
精密動作性:なし
成長性:なし

 次元の狭間を漂うスタンド(なのかは不明)。屋敷そのものが意思を持っており、自身のエネルギーがつきかける数年から数十年の間に現実世界に現れ、獲物を自分のテリトリー内へ引き込む。(その際は屋敷と波長が合う人間でなければならない)。エネルギー源は人間の持つ悪意で、悪意を抜き取られた人間は、その後人形にされ、屋敷の僕として働かなくてはならない。(その際、人間としての自我は殆んど残されていない)

 屋敷には簡単なルールが存在する。
 ①・屋敷を訪れた人間は、屋敷に留まることを疑問に思わない。また、出て行こうとも思わない。(思った瞬間、屋敷の都合の良いように、記憶が書き換わる)
 ②・童心を持った人間は、なるべく襲わない。(あくまで”なるべく”であり、そのときの状況・気分次第な所がある。)理由は、きれいな花はいつまでも愛でていたいという、単純な理由。
 ③・獲物を襲う際は、十分な協議を行う。一体でも異論・反論する人形が出た場合は、全員の同意が得られるまで、協議を繰り返す。

 攻撃方法は、人形の特性によってそれぞれ異なるが、屋敷内で一度でも人形に傷つけられた場合は、屋敷の能力により人形に造りかえられてしまう。

以上です。

とりあえず、あと一回短編を挟んだら、久しぶりに長編をやってみようかと思います。意外と短くなるかもしれませんが・・・・・・
ここまで読んでくれた皆様。ありがとうございました。






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短編
ある河原にて


1話完結の短編もの。気楽に書くことが出来ました。


 ある休日の午後。孝一は河原の土手でゴロリと寝そべり、空を眺めていた。

白い雲と青い空。さわやかな風。河原では、子供たちがラジコンを飛ばして遊んでいた。

 そんな気持ちのいい午後だというのに、孝一の表情は暗かった。実は孝一がこの場所にいるのは、ある人物に呼び出されたからなのだが、当の本人は、約束の時間になってもまだ訪れていなかった。

 

「はぁ・・・・・・」

 

「はぁ・・・・・・」

 

 ため息が重なったた。孝一が寝そべったまま土手の上を見る。

 

「あ・・・・・・」

 

「あ・・・・・・」

 

 ある男子学生と目が合ってしまった。彼はちょうど孝一がいる土手の上を通りがかっており、孝一とまったく同じタイミングでため息をついてしまったらしい。・・・・・・なんというか、少し恥ずかしい。

 見ると男性の服は少し薄汚れ、ビニール袋からはグチャグチャに潰れた卵のパックらしきものが見えた。どうやら盛大に転んでしまったらしい。

 

「派手に、転んだみたいですね」

 

 なんとなく親近感のようなものを覚えた孝一は、何気なくその学生に声を掛ける。

 

「あはははっ・・・・・・・いやあ、お恥ずかしい。ちょっと野良犬に追いかけられて、その後凶暴女に勝負を吹っかけられて、せっかく撒いたと思ったら、小石に足をとられてこのザマだ。・・・・・・うう~。せっかくタイムセールで勝ち取った、黄金のタマゴちゃんだったのに・・・・・・」

 

 話しているうちに何かがこみ上げてきたのか、学生は顔を歪ませていた。良く見ると目元から涙がにじみ出ていた。

 

「それは、散々な目に合いましたね・・・・・・」

 

 かける言葉が見つからない・・・・・・。声掛けなきゃ、良かったかな・・・・・・

 

 でも、不謹慎だが、彼を見ていたら自分の悩みが本当にたいした事のないように思えてきた。世の中には、こんなにもついてない一日を送った人物がいるのだ。それに比べたらこれから起こる出来事なんて、どうとでもなる。

 

「あははは・・・・・・はぁ~・・・・・・。それじゃ・・・・・・。はぁ・・・・・・」

 

 学生はどんよりとした表情を浮かべて、がっくりと肩を落とし、とぼとぼと帰路に着いた。

 

 (さようなら、ツンツン頭の人。あなたのお陰で気持ちが少し、軽くなりました)

 

 孝一は心の中で男子学生に礼をして、彼の後姿を見送った。

 

 

 

 

                  ◆◆◆◆◆

 

「ごめん。遅れた」

 

 孝一を呼び出した張本人、御坂美琴が現れたのはそれから30分後だった。彼女は、額から流れる汗をぬぐうと、率直に孝一に詫びを入れた。見ると心なしか、息が上がっている。

 

「どうしたんですか?御坂さん・・・・・・。寝坊でも・・・・・・」

 

「孝一君。いきなりでゴメン。 あなたに聞きたい事があるの」

 

 孝一の言葉をさえぎり、美琴は話を進めようとする。その表情は真剣そのもの。一切のごまかしも、言い逃れもきかないという意思がありありと見てとれた。

 

「あたしはあんまり回りくどい言い方はしたくないから、単刀直入に聞くわ。 ・・・・・・孝一君。あなた、あたしに隠し事してない?」

 

 ・・・・・・やっぱりその話だったか。孝一は「ついにきたか」と、心の中で覚悟を決めた。

 

 

 今から数ヶ月前、孝一はある少女と出会った。彼女は御坂美琴のクローンであり、実験動物として処分される運命だった。そんな運命を嘆いた一人の研究者の手によって、彼女は研究所から逃れることが出来、孝一達と交流を持つようになった。だが、その矢先、組織の手により、彼女は囚われてしまう。孝一はそんな彼女を仲間達と共に奪回したのだが・・・・・・

 

 

「・・・・・・大体1ヶ月くらい前かしらね・・・・・・。黒子が寮を無断外泊したの。正直驚いたわ。あの子があたしに連絡もいれず、そんなことをするなんて思いもしなかったもの。そしたら重傷を負って病院に担ぎ込まれたって言うじゃない・・・・・・。ほんともう、ビックリよ」

 

 美琴はそう吐き捨てると、少し自虐的な笑みを浮かべる。

 

「まあ、あたしも人の事いえないくらい、無茶をした事もあったし、無断外泊する事もあったけど・・・・・・。知らなかったわ・・・・・・。自分があずかり知れない所で、自分だけが蚊帳の外に置かれているって事が、こんなにももどかしいだなんて・・・・・・」

 

 バチバチっ、と美琴の体から放電現象が起こる。髪の毛は逆立ち、その視線は孝一を射抜くように捕らえて離さない。

 

「・・・・・・この一ヶ月、黒子は何も話そうとしなかった。あたしがどんなに尋ねても、どんなに電撃を当ててもね・・・・・・。でも昨日、ようやく話してくれたわ。・・・・・・ああ、そういえば、伝言を預かっているの」

 

 美琴は冷酷な笑みを浮かべ伝言を伝える。

 

「”広瀬さん。この一ヶ月、ひたすら耐え難きを耐え、忍び難きを忍んでおりましたが、もう限界です。黒子には、おねえさまの愛は重過ぎました。ガクッ” だって」

 

 なんてこった。白井さん・・・・・・

 

 一ヶ月も耐えるなんて・・・・・・。とてつもない精神力だ。僕はあなたに敬意を表します。

 孝一は白井の境遇を思い、心の中で深く敬礼した。

 

「孝一君。知ってること全部、洗いざらいしゃべってもらうわよっ!」

 

 美琴はそういうと、体から発生させた電気の束を、孝一目掛けて解き放った。

 

「うわぁああ!? ちょっ・・・・・・」

 

 最後の言葉はいえなかった。孝一は避けるまもなく、美琴の電撃をまともに受けて黒焦げになってしまった。

 

「うう・・・・・・むごい・・・・・・」

 

「ちょっとちょっと・・・・・・。何で避けないのよ。あんなの軽いジャブじゃない。君の能力で何とかできるでしょ?」

 

 美琴は拍子抜けした顔をして、地面に倒れこみ、プスプスと黒煙を上げている孝一を見下ろした。

 

「・・・・・・ううっ。美坂さんは。勘違いしてますよ。・・・・・・確かに僕は”エコーズ”っていう能力を持っていますけど、それ以外は普通の人間なんですからね。美坂さんみたいに、電撃で相殺したり、大ジャンプで避けたりなんか出来ないんですから。・・・・・・正直、さっきの攻撃も、”何か光った”くらいにしか僕は感じませんでしたね。勝負になんてなりませんよ。悪いけど」

 

「そうなんだ。なんか、ゴメンね? あたしの知っている”あいつ”はこんな攻撃くらい楽に避けていたから、つい誰でもできるもんだって思い込んじゃった・・・・・・」

 

 そういって美琴は手を差し出し、孝一を起き上がらせた。

 

「あ~あ。なんか気が抜けちゃった・・・・・・。君とはもっといい勝負が出来ると、思ってたんだけどなあ・・・・・・」

 

「すいませんね役者不足で。基本的に僕の"エコーズ"は戦闘向けじゃないんですよ。むしろ、戦闘のサポートに向いているタイプなんです」

 

 美琴は完全に毒気を抜かれたといった表情をして、大きく伸びをした。何だろう、この”失望させちゃった感”は・・・・・・。

 向こうが勝手に攻撃を仕掛けたのに、孝一はなぜか居た堪れない気持ちになった。すると、美琴はさっきまでの快活な表情から一転、どこかしょんぼりとした表情を浮かべ、孝一に尋ねてきた。

 

「一応、勝負はあたしの勝ちだけどさ・・・・・・。やっぱり、話してくれない? あたし、そんなに信頼置けないかな・・・・・・」

 

 その表情を見て、孝一は決断した。

 

 ・・・・・・決めた。打ち明けよう。

 

 元々”エル”の事を隠していたのは、美琴とエル、両方の為だと思ったからだ。もしある日自分のクローンが

人体実験の道具にされ、何十体も虐殺されていると知ったなら。その人間はどう思うのだろう。決していい気分にはならないはずだ。そしてもしそのクローンが自分の目の前に現れたら? 大抵の人間は拒絶の反応を示すのではないだろうか? 孝一達が懸念しているのはそこであった。もし美琴がエルを目の前にして、エルを拒絶するような暴言を吐いたら? 

 知る事と知らない事。果たしてどちらがお互いにとって幸せなのだろう。

 だからエル達を会わせられなかった。

 だけど、それももう限界だ。

 こうして知りたいと願う人間がいる以上、隠し通すことは出来ない。いずれ何らかの形でバレてしまうだろう。後は、エル達が傷付かないように全力でサポートするしかない。結局、問題を解決できるのは当の本人達だけなのだから。

 

 よしっ。腹は決まった。

 

 そう思ったとたん、気がふっと楽になった。人間、覚悟を決めると気が大きくなるものである。

 とたんに先ほど負けた勝負に一矢報いたくなってきた。だから美琴にこう提案してみる。

 

「美坂さん。もう一回、僕と勝負しませんか? ただしこちらのルールで。その勝負にかったら、全てをお話します」

 

 もちろん勝っても負けても孝一は真実を話すつもりだった。勝負を吹っかけたのはただの、見栄だ。このままやられっぱなしは少し癪だった。

 

「もう一度? いいけど。一体どうやって勝負するの?」

 

「いい方法があります」

 

 そういって孝一は河原で遊ぶ子供たちに目を向けた。

 

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆

 

 

「お兄ちゃーん。これくらいでいいのぉ~」

 

「そうそう。そのまま運動会のゴールみたいに引っ張って紐を持っててくれる~?」

 

 白い旗を持った二人の子供は「うんっ」と大きな声で返事をした。

 

「孝一君・・・・・・。マジで、やるの?」

 

「マジです。これならある程度、平等に勝負が出来ますよ」

 

 そういって孝一はラジコンヘリを「はいっ」と美琴に差し出した。

 

「うう~。ちゃんと返してね」

 

「大丈夫大丈夫。このお姉ちゃんは電気操作に関してはプロなんだ。壊すことなんてないよ」

 

 そういってポンポンと不安そうな子供の頭を、孝一は撫でた。

 

「ま、あたしも嫌いじゃないけどね」

 

 どうやら美琴もこの勝負、というかゲームに乗ってきたようだ。さっきのシュンとした表情から再び、勝気な表情を浮かべ始める。

 

「じゃあ、もう一度確認します。勝負は上空50メートルからスタート。あの紐を持った子供達の所へ先にゴールした人が優勝。その際、御坂さんはそのラジコンヘリを自分の能力で操作して、僕のエコーズはコイツを纏います」

 

 そういって孝一はエコーズact1に袋をかぶせた。それは新製品の着ぐるみ型エコバックだった。そのエコバック、通称”ゲコバック”ともいい、「ジッパーを、パッチリと閉めるとあら不思議、かわいいゲコ太がお出迎え♪」というキャッチフレーズで有名な新商品だった。それを偶然持っていた子供達の一人にお願いして貸してもらったのだ。そのゲコバックを装着したエコーズは、まるで本当のゲコ太が空に浮かんでいるようだった。

 

(空飛ぶゲコ太。かわいい・・・・・・)

 

 思わず見とれてしまっている美琴に、孝一は「それじゃ、さっそく勝負しましょう」といい、ゲコ太を上空50メートルまで浮上させる。美琴もあわててそれに従う。

 

 50メートル上空で停止する両物体。道行く人は何事かとその歩みを止めている。子供達はこの前代未聞の勝負に大喜びだ。

 

「それじゃあ、10秒前からはじめるよー。・・・・・・10!」

 

 子供の一人がカウントを開始する。

 

「・・・・・・本当はですね。勝っても負けても、美坂さんには本当のことを話すつもりなんですよ。」

 

「8!」

 

 勝負の直前、孝一は隣の美琴にそう告げた。

 

「へえ。それじゃ、どうしてこんな勝負を仕掛けてきたの?」

 

「6!」

 

 美琴がにやりと笑い、孝一を見やる。

 

「それはですね、やっぱりやられっぱなしは、性に合わないからですよ。どうにかして一矢報いたいんです」

 

「あっはっはっ。やっぱり男の子だねぇ。嫌いじゃないよ、君のそういうとこ。・・・・・・でも、勝負は勝負。きっちり勝たせてもらうわよ」

 

「3!」

 

 お互い上空を見やる。ラジコンヘリとエコーズ・・・・・・もといゲコ太は勝負の開始を今か今かと待ちわびている。

 

「・・・・・・望む所です。負けませんよ」

 

「ゼロッ!」

 

 その掛け声と同時に、ラジコンヘリとゲコ太。二つの物体は、急降下をはじめた----

 

 

 

 

 とある河原の、少し奇妙な出来事。

 

 美琴とエル。二人がどのような出会いを果たすのか。

 

 それはまた、別の話し----

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 一話完結の話って前からやってみたかったので、書くことが出来て満足です。

 さて、次は長編っぽいやつ書きたいなぁ。でも体力が続くかなぁ・・・・・・


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第四部 闇の胎動
閉塞する世界


第四部・開始です。この話、うまく完結まで漕ぎ着けられるのか、今から戦々恐々です。


 ぼくは今、いじめにあっています。相手は4人。同じクラスメイトです。きっかけは、ぼくにも分かりません。きっと、ぼくの体格が人より小さく、体力も劣っているからだと思います。でも、なんでぼくなんだろう。なんでぼくだけが・・・・・・。

 最初はぼくの私物がなくなりました。それが陰口、やがて暴力になりました。それからはもう地獄です。今日、10万円要求されました。ないといったら血が出るまで殴られ、蹴られました。もうぼくは耐えられません、お願いです。だれか、あいつらを

 

 そこまで文章を書き込んで、内田和喜(かずき)はその内容を見返し、すべて削除した。

 

「何やってんだ・・・・・・。こんな事書いても、誰も助けてなんかくれないのに・・・・・・」

 

 

  ●さくら :  今日の授業むずかしかったー。そちらの学校はどうでしたか?

  ●ゆにこ :  右に同じですよ。特に物理がむずかしかったですー。あの教師、絶対嫌がら

          せしてるよー

  ●フラワー:  まあ、授業がむずかしいのは、あたりまえですよ。私達、勉強しに来ている

          ということをお忘れなく。

  ●キング :  でた!KYっ。委員長かよ。

  ●さくら :  KY-!退散ーっ!

  ●ゆにこ :  退散ーっ!

  ●フラワー:  (涙)

 

 

 学園都市が運営している とあるチャットルーム。そこでは各学校の生徒達が日々の出来事やちょっとした悩みなどを気軽に書き込んでいる。そのやり取りを画面越しに眺めながら、和喜はいっそう憂鬱な気持ちを募らせていった。

 

 楽しそうに、しやがって・・・・・・。お前らは、ただ運が良かっただけだ。ぼくだって、あいつらと出会うタイミングがちょっとでもずれていたら、そちら側に行けたんだ・・・・・・。ちくしょう!なんで、なんでぼくなんだ!?なんで!?

 

 頭の中でグルグル同じ事を考える。

 

「・・・・・・明日中に、30万なんて、無理だ・・・・・・」

 

 和喜は椅子の上で膝を抱え込み、ブルブルと震えだした。

 

 

 

 ・・・・・・あいつらにボコボコにのされた直後、リーダー格の少年が和喜にこう告げた。

 

 --今日10万もって来れなかったのでー。和喜君には利子が加算されますー。明日は30万もって来てくださいねー--

 

 冗談じゃない、とてもそんな金は作れない。和喜はそういうと

 

 --銀行襲ってでも持ってきてくださいねー?でなければー。罰ゲームが待ってまぁーす--

 

 そういってリーダー各の少年とその取り巻きは、その場を去っていった。後には、絶望で顔を歪めた和喜だけが残された。

 

 

 銀行を襲うなんて出来ない。とてもじゃないが、無能力者の自分がどうこう出来る訳がない。でも、持って来なければ、あしたはもっと酷いイジメを受けてしまう・・・・・・ 

 

 ・・・・・・もう、限界だ・・・・・・。

 

 「死のう・・・・・・」

 

 和喜はそうつぶやき、机の引き出しから、この日のために用意しておいたロープを取り出した。

 

 その時----

 

 和喜の携帯からメールの着信を告げる効果音が鳴った。

 

「?」

 

 誰からだ?

 

 和喜はそう思い、受信したメールを開けてみた。そこにはこんな内容が書いてあった。

 

 

 件名:あなたは選ばれました

 

 本文:人生に絶望感を感じ、生きていくのが辛いとお思いのあなた。

    我々はそんなあなたに、救いの手を差し伸べる事が出来ます。

    内田和喜様。

    クラスメイトからイジメられている現状。変えたくはないですか?

    我々を信じ、指定された場所まで来られたならば、あなたに新しい才能をお与えします。

 

    場所は第3学区の×××××××

    時刻は本日午前0時。時間厳守のこと。

 

 

「なんだこりゃ?」

 

 見るからに怪しい内容だ。新手の迷惑メールだろうか?だが、その文面には心惹かれるものがあった。

 ”あなたに新しい才能をお与えします”

 その一文に、どうしても目を離せない。そして、このメールの送り主は自分のことを知っている。

 

 悪戯の、メールではない。だとしたら・・・・・・?

 

 本当に・・・・・・?

 

 和喜はゴクリと唾を飲み込み、メールの文面を何度も読み返した。

 

 どうせ、死のうとしてたんだ・・・・・・。失うものなんて、なにもない・・・・・・

 

 ・・・・・・和喜はそのメールの誘いに乗ることにした。

 

 

 

 

           ◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 指定された場所は、誰もいない廃ビルだった。まあ当然だろう。こんな怪しいメールを出してきたのだから。それは予想していた。驚いたのは和喜以外にも複数の男女がいたことだった。

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

 数は4人。男女2組の学生だった。彼らは和喜を一瞥すると、すぐに興味をなくし、視線を戻した。その様子から、和喜はメールの送り主が彼らではないことを理解する。恐らく、彼らも和喜と同じ理由でこの場所へやってきたのだ。彼らは所在なさげに腕組みをしたり、石を蹴ったりしている。メールの送り主はまだ来ていない。--担がれたか?--

 

 和喜がそう思い始めたとき--

 

「やあやあ、時間通り。どうやら誰も欠ける事なく来てくれた様だね。結構結構♪」

 

 階段の暗がりから、にこやかな顔をしたビジネススーツの男が現れた。

 

「あ、あんたが? メールの主?」

 

 先に来た男子学生の一人が、その男に声を掛けた。

 

 「いかにも! 月の光も届かぬ漆黒の廃ビル。こんな所までご集まりいただき痛み入ります。皆さんよっぽど現状が切羽詰っているご様子で・・・・・・」

 

 そういって男は、どこか芝居がかった調子で和喜達に頭を垂れると自己紹介をした。

 

「はじめまして、皆さんにメールをお送りした佐伯と申します。以後お見知りおきを」

 

「・・・・・・そ、そんなことより。どういうつもりなんだよっ! あんなメールを送ってきたりしてっ!」

 

 4人組のうちの一人、小柄で太った男子学生が、佐伯に文句をいう。

 

「はて? どういうつもりとは?」

 

「とぼけんなよっ。どうやって俺のこと調べたんだよ。プライベートの侵害だぞ! 何より目的は? ここに俺達を集めた理由は何だ?」

 

「まあまあ、そんなに目くじらを立てないで・・・・・・。メールにも書いてあったでしょお? 君達に特別な才能を与えてあげるって・・・・・・。”これ”でね」

 

 憤りを隠せない太った男子学生を佐伯は宥め、指をパチリと鳴らす。

 

「・・・・・・」

 

 すると、今まで待機していたのだろう。佐伯と同じ暗がりから、褐色の肌の少女が姿を現した。その手には大きなトランクが握られている。そして、佐伯の所まで来ると、パチリとロックを解除し、中身を和喜達へと見せた。

 

「なんだ? 試験管?」

 

 そこには緑色の液体が入った試験管が5本入っていた。5本。ちょうど和喜達と同じ数である。・・・・・・まさか・・・・・・

 

「はいはい。ご静粛に。これが、君達に才能を与える薬です。君達には、今からこれを投与してもらいまーす」

 

 まるで引率の先生の様にして佐伯はパンパンと手を叩く。だが、もちろん進んで彼らの元に来る物はいない。

 

「・・・・・・は、ははっ。 やっぱりなっ。・・・・・・やっぱりなっ! そんなこったろうと思ったぜっ!」

 

 太った男子学生は、乾いた笑い声を上げると佐伯を指差し大声を上げる。

 

「コイツは何か未認可の試験薬で、表沙汰に出来ないヤバイ薬なんだろう? そいつを俺らに投与して実験データを得たいんだ! つまりモルモット代わりってこった。 その結果、俺らが死のうが生きようがどうでもいいんだ! そんなんだろ? ええっ?」

 

「いやあ~。スルドイッ! 大正解。まったくもってその通り」

 

 まったく悪びれる様子もなく、とんでもないことを口走る佐伯に、四人の男女は、開いた口が塞がらなかった。事実佐伯を糾弾した太った男子学生は、パクパクと口を金魚の様に動かし、言葉が出てこない様子だった。

 

「そんなにおかしなことかなぁ? 私達は研究データが欲しい。君達は、能力が欲しい。お互い、利害が一致していると思うんだけどなぁ~」

 

「だ、だけど。倫理ってもんが・・・・・・」

 

「・・・・・・倫理ぃ~?」

 

 四組の男女の一人が放った言葉に、佐伯がせせら笑う。

 

「あのねぇ・・・・・・。君達は、状況は違えど、お互い尻に火がついてここにいるんだろう? あんなメールを送った後で何なんだけど、よくここに来たね? 私なら絶対来ないね。それくらい怪しいメールだよ、あれは。・・・・・・だけど、君達はきた。その理由は?」

 

 そういって佐伯は彼らを値踏みするように見渡す。

 

「現状を変えたい。逃れたい。違う自分になりたい。そう思ったからこそ、ここに来たんじゃないのかい? でも、ただではあげられない。君達にはリスクを背負ってもらう」

 

 佐伯は緑色の試験管を一本とり、和喜達の目の前に掲げて見せる。その場にいる全員がその試験管に釘付けとなっていた。

 

「何かを得るためにはリスクを犯さなくちゃならない時がある。それが”今”さ。・・・・・・さあ、どうする? 私達は強制はしない。止めたいのなら帰ってもいい。・・・・・・・だけど、言っておくよ。君達はすでに”禁断の果実”を目にしてしまった。忘れることなど出来ない。ここを去ったら必ず後悔する。あの時、違う選択をしておけばってね。嫌でも惨めな自分達の現状を呪いながら生きていくんだ、永遠にね」

 

 佐伯の言葉に、誰も反論できなかった。確かに彼らは、現状・何らかのトラブルに巻き込まれたり、どうしようもならない事態に追い込まれてはいる。しかし、それでも、一歩踏み出すきっかけが掴めない。だが--

 

「ぼくは・・・・・・。ぼくは・・・・・・現状を、変えたいっ。もう、あんな生活は、嫌だ」

 

 そのきっかけを作ったのは、他でもない和喜だった。

 

「・・・・・・おめでとう。君は、一歩進めたようだね」

 

 佐伯がニッコリと和喜に微笑みかけた。

 

 その和喜の行動をきっかけとして、残り4名の男女は、ゆっくりとした足取りで佐伯の掲げる試験管の前まで集まってきた。

 

 

 

 

 

 

                   ◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 和喜達が薬品の投与を受け、帰宅した後。ビルの内部で佐伯はほくそ笑んだ。

 

「ふふふふっ。大成功。やっぱりまだまだ子供だねぇ。あんな言葉一つでコロッと騙されるなんて」

 

「・・・・・・佐伯さん。悪の幹部みたいですね。もしくは、悪代官?」

 

 佐伯の笑みをみて、褐色の肌の少女は率直な感想を口にした。

 

「ひどいなぁ、ネリー君は。・・・・・・まあ、実際、悪巧みは大好きなんだけどね」

 

「・・・・・・薬の効果が現れるまで、2、3日。わたしはそれから彼らの経過を観察すればいいんですね?」

 

 ネリーと呼ばれた少女は、使用済みの試験管を回収し、カバンに収める。

 

「ああ。”スタンド”能力は同じ”スタンド使い”である君にしか見ることが出来ない。しっかり観察してくれたまえよ。・・・・・・それにしても、君は幸運だよねぇ。こうしてここにいられるんだから・・・・・・。もし”R”事件の時に君に出会っていたら。間違いなく標本棚行きだったね」

 

「・・・・・・今からでも、わたしをばらばらに分解します?」

 

「まっさかぁ。もう、その段階は過ぎたよ。これからはビジネスの時代だ。この試験薬を売り込んで、評価をつけてもらう。そして、製品を世界中のマーケットに流す。うふふふ。戦争の有り様が、様変わりするかもしれないねぇ? ・・・・・・そういえば・・・・・・まだ、この薬品に名前を付けていなかった・・・・・・ネリー君。何かいい候補はないかな?」

 

 佐伯はニッコリとした笑顔でネリーをみる。ネリーはしばらく考えた後・・・・・・

 

「・・・・・・”タイト・ロープ”なんでどうですか? 私達の現状にぴったりだと思いますけど?」

 

「タイト・ロープ。・・・・・・綱渡り・・・・・・。あっはっはっはっ。確かに確かに・・・・・・。結構、危ない橋を渡っているからねぇ。・・・・・・良し決定。薬品の名前はタイト・ロープ。T-01とする」

 

 そして佐伯は支度を終えたネリーと共に、その場を後にする。その際、先ほどまでいた5人組の学生の事を思い出し、顔が緩む。

 

「・・・・・・それにしても、本当に単純だねぇ・・・・・・。”怪しい人物の甘い言葉には気を付けよう”って、学校で習わなかったのかねぇ・・・・・・」

 

 クスクスクスっと、佐伯は彼らの末路を想像し、ほくそ笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 




とりあえずプロローグ部分(?)です。これからどっちの方向に舵を取ればいいか悩み中です。


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経過報告

経過報告①

 T-01を投与して一日。5名とも原因不明の高熱に襲われる。あらかじめ各被験体の家に設置した監視カメラから確認。これはマウスやチンパンジーなどの実験結果により、当初から予想されていたことであるので特に異常なことではない。恐らく二、三日中には高熱は収まると予想される。このまま観察を続行。

 

 経過報告②

 被験体5名の内二名に異常発生。

 

 被献体ナンバー04・渡奈辺美晴 

 被献体ナンバー05・小松崎莉奈

 

 共に意識が回復せず。こん睡状態に陥る。5時間後、ナンバー05の死亡を確認。遺体を回収する

 こととする。

 他の被験体は、高熱から回復。スタンド能力が発現したかどうかは不明。観察を続行する。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 経過報告⑤

 被献体三名から、スタンド能力を確認。詳細は追って報告。

 

 

-------------------------------------------------------------------------------

 

 被献体ナンバー01・高井直人の場合--------

 

 ・・・・・・原因不明の高熱で高井がベッドで寝込んでから一週間経った。そこで高井が見たものは、自分をじっと見つめる巨大な”怪物”だった。

 

「うひゃっ!?」

 

 思わず高井はベッドから飛び上がり、後ろの壁に頭をしこたまぶつけてしまった。

 

「~~っ!!」

 

 だがそんな高井の動揺とは裏腹に、その怪物は高井に何もしない。ただじっと、彼を見つめているだけである。

 その様子を見て、少し冷静さを取り戻した高井は、まじまじと怪物を観察する。

 

 ”そいつ”は良くファンタジー映画とかで見るワーウルフ(人狼)そのものだった。狼の頭部、毛むくじゃらの体毛で覆われた鋼のような体。触れるものを全て切り裂くような鋭い鍵爪。そいつが人間の様に二足歩行でた立ち、高井を見つめている。

 その時ふいに、一週間前の事が思い出された。

 

 廃ビル。

 集められた5人の男女。

 にやけ顔の怪しい男。

 試験管。そして、投薬・・・・・・

 

「もしかして・・・・・・。こいつが・・・・・・。こいつが・・・・・・」

 

 新しい能力。

 

 ワナワナと高井は身震いし、そしてこの狼の怪物に命令してみる。

 

「お、おい・・・・・・。右手を、あげろ。・・・・・・いやっ。挙げてくれません?」

 

 すると

 

「--------」

 

 ソイツは高井の命令を忠実に守り、高々とその右腕を上げた。

 それを見た高井は・・・・・・

 

「すっ・・・・・・。スッゲー!!」

 

 大きくガッツポーズをし、全身で喜びを表現する。

 

「すげえっ! すげえっ!! これが、俺の・・・・・・才能! 能力!? ・・・・・・イヤッホーーっ!!」

 

 周囲の住民の迷惑も顧みず、高井は声の限り叫んだ。その時----

 

「ちょっと、高井さん。あんたうるさいよ」

 

 隣部屋に住んでいる男が、部屋のドアを開けて入って来た。どうやら鍵をかけずに寝込んでしまっていたようだ。

 

「あ・・・・・・。すいません」

 

 思わず高井は謝ってしまうが、何か変だ。男は目の前の”怪物”の事など目もくれずに、こちらに抗議をしてきているのだ。やがて男は言いたいことを言い尽くすと「次はないですからね」と言い残し、部屋を後にした。

 

「もしかして・・・・・・お前の姿は、俺以外には”視えない”のか?」

 

 ・・・・・・それって・・・・・・すごくね?

 

 何やってもばれない。自分には火の粉はまったくかからない。

 

「おっ・・・・・・おっ・・・・・・。おっしゃーっ!!」

 

 高井は再び歓喜の雄たけびを上げる。

 

 隣の住人が再び怒鳴り込んできたのは、言うまでもなかった。

 

 

 

-------------------------------------------------------------------------------

 

 被献体ナンバー02・古谷敦(あつし)の場合--------

 

 早朝のモノレールの中。学校に通うため、かなりの学生が車内にいるその中で、二組の女子学生を見つめる小太りな学生がいた。その学生は、楽しくおしゃべりをしている彼女達に近づくと、突然----

 

「きゃあっ」

 

「な、なにすんのよっあんたっ!」

 

 学生は、いきなり女子学生のスカートをめくると、そのまま彼女を抱き寄せ、彼女の胸部をわしづかみにしても揉み拉いた。女子学生はあまりのことで反応が遅れてなすがままだ。その時、彼女と一緒にいたもう一人の学生が冷静さを取り戻し、持っていたスポーツバッグでその人物を殴りつけた。

 

「なにすんのよっ! 変態!! このくそ野朗っ!」

 

 そして彼は異変に気づいた周囲の学生によって取り押さえられた。被害にあった女子学生は、カタカタと振るえ、涙顔で親友の少女に抱きしめられている。

 そんな様子を見ても、取り押さえられた彼はどこ吹く風だ。

 

「ふへへへへっ。これが女の子の感触かぁ~。いいなぁ。もう一回触りたいなぁ。良し、もう一回トライだ」

 

 そういうと、取り囲み、汚いものでも見るかのような目で自分を見ている連中に挨拶をする。

 

「それじゃ。みなさん。また会いましょ。”リセット”」

 

 周囲の人物には見えなかったが、彼の真上にはさっきから、ドクロ顔の物体がプカプカと浮かんでいる。そのドクロは彼の”リセット”という言葉を受けて、自身の能力を発動させる。

 

「・・・・・・OK。”ワンス・モア・アゲイン”発動」

 

 ドクロがそういうが早いか、周囲の景色や人が歪みだし、完全に消え去る。そして----

 

 彼--古谷敦(あつし)の自室がそこにあった。

 現在朝の7時。もちろん彼を拘束していた学生達も、被害にあった女子学生も、そこにはいない。全ては”まだ起きていない”出来事なのだ。

 

 高熱を出して一週間目の今日。古谷敦には、通常の人間には見えない”もの”が見えていた。そいつはドクロを連想させる顔をしており、プカプカと敦の上空を漂っていた。そのなんとも奇妙な光景に、敦はすぐに順応した。これはあの薬の効果だとすぐに分かった。

 このドクロは自分の意思があるらしく、人語を話してきた。そして、 能力について説明してきた。それは”時間を1時間ほど巻き戻す”というものだった。確証が得たかったので、敦は室内にあった電気スタンドを破壊し、能力を発動させてみた。すると周囲の景色が歪み、気が付くと、自室は少し暗くなり、破壊したはずの電気スタンドは元に戻っていた。時計を見ると6時。ちょうど1時間、巻き戻った事になる。

 彼は笑った。自分の身におきた幸運に、軽く小躍りした。そして、今に至る----

 

 

 

「あーーっ、ひゃっひゃっひゃっ。やってやった。やってやった。ついにチカンをやっちまった~!すんげ気持ちいい~」

 

 そういうと敦は右手をニギニギとし、先程の女子学生の感触を楽しんでいる。

 

「・・・・・・マッタクヨー。オ前、順応力高スギ。コレデ”何回目”ダヨォ~。”時間ヲ巻キ戻シタノ”」

 

「5回? ・・・・・・いや、6回だっかな? 覚えてねえよ、そんなの。さて、また、”あの”モノレールに乗りこもーっと」

 

 そういうと敦は、着ていたパジャマを脱ぎ捨て、いそいそと制服に着替えだす。

 

「・・・・・・ホント。バイタリティ溢レル野朗ーダ」

 

 

 高ぶる気持ちが抑えられない。

 

 もっと試したい。もっと色んな事が出来るはずだ。あれも試したい。これも試したい。

 

 何かしても、全てを”なかった”事に出来る。誰にも迷惑がかからない。

 

 ・・・・・・ああ。何て最高なんだろう。

 

 

 そして、彼はこの未知なる力に酔いしれながら、自室を後にした-----

 

 

 

 

          ◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「・・・・・・悪いけど、そーゆーの興味ねーんで」

 

「あっ・・・・・・ちょっ・・・・・・」

 

 いうが早いか、男子学生は席を立ち、中年男性からすばやく離れ、店内から姿を消した。

 

「あーあ。まぁた勧誘に失敗しちゃったよ。やれやれ」

 

 とある喫茶店。

 くたびれた感じの中年男性は、そういうと懐からメモ帳を取り出し、キュッキュと名前の欄から、先程の男子学生の名前を削除した。

 

「彼の学校が終わるのが5時か6時だろ~。それまでどうしようかな~。本部まで戻ろうかなぁ」

 

 この勧誘は、隊員人数を増やすために、中年男性が定期的に行っているものだった。しかしその成果の程はあまり芳しくない。まあそれは理解できる。自分がこんな怪しい話を持ちかけられたら、まず逃げる。

 それでもやらざるを得ない。それが中間管理職の辛い所だ。

 中年男性は、あははっと自虐的な笑い声を上げる。

 

「・・・・・・」

 

 周りから白い目で見られるだけだった。

 

「とりあえず本命の彼。何としてでも、話だけでも聞いてもらわないと・・・・・・」

 

 メモ帳に視線を落とす。

 

 そのメモ帳には大量の削除した名前の下に、”広瀬孝一”と書いてあった。

 

 

 

 

 

-------------------------------------------------------------------------------

 

 被献体ナンバー03・内田和喜の場合--------

 

 あの薬品の投与を受けて、自分は生まれ変われるんだと思っていた。こんなクソみたいな人生を一変してくれる何か。あの時、和喜はこれで自分は救われると本気で信じた。だけど、待っていたのは原因不明の高熱----。正直、死ぬかと思った。だがそれも、苦難を乗り越えるための試練だと思い、必死に耐えた。----これさえ、この苦難さえ乗り越えれば----

 

 でも、何も変化は起きなかった。

 特別な能力が飛び出すでもなく、急に視界が広がるほど頭がよくなっている。という事もなかった。全てはそのまま、惨めな自分が自室に一人・・・・・・

 

 同じように投薬を受けた彼らはどうなったのだろう・・・・・・

 同じように変化がなかったのだろうか・・・・・・それとも、自分だけハズレを引いてしまったのだろうか・・・・・・

 

「はあっ・・・・・・」

 

 和喜は深いため息をつくと、憂鬱な気持ちのまま、ベッドから起き出す。

 

 一週間も休んでしまった。その間、委員長が一人、プリントを持参して見舞いに来てくれたが、もちろん和喜を心配してのことではない。大方先生に頼まれて、仕方なく和喜の家までやってきたのだ。そうに決まっている。こんなカスの様な自分に、心配してくれる人がいるはずがない。

 

「学校。・・・・・・行きたくないなぁ・・・・・・」

 

 それでも、制服に手を伸ばしてしまう。

 

 そういえばあいつらに30万もってこいって言われてた・・・・・・。でも、一週間も休んでしまった。利子がいくらになっているのか・・・・・・考えるだけでも恐ろしい。

 

 もういいや・・・・・・。今日、学校にいって、あえてあいつらにボコられよう。そうしたらこの世界に踏ん切りがつく。それでいいや、もう・・・・・・

 

 そう思ったときだった。

 

「・・・・・・せっかく産まれたってのに、今日の夜にはもうサヨナラだなんて連れねえ事いうんじゃねえよ。パァパァ~!?」

 

「痛っ!?」

 

 右手の甲が突然痛み出す。良く見ると、小さな出来物が出来ている。そいつは少しづつ大きくなり、やがてぱっくりと口のようなものが出てしゃべりだした。

 

 「ひっ!? なんだ、お前はぁ!?」

 

 和喜はその気持ちの悪い出来物をブンブンと振りながら、なるべく遠ざけようとする。だが勿論そんなことは何の意味もない。

 

「俺はテメエだよ。テメエのヘナチンな精神力から産まれたスタンドさ。生んでくれてありがとうよ、パパァ!? これから仲良くしようぜぇ!!」

 

 

 ・・・・・・ついてない人間というのはとことんついていない。そのことを和喜は身をもって知った。そして、ツキに見放された彼の人生は、その日からさらに昏迷の度合いを深めていくのだった。破滅の足音が、ゆっくりと彼の耳元で聞こえだした・・・・・・

 

 

 

 

 

 



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夢幻

やっと孝一君を登場させる事が出来ました・・・・・・


 「ひぃいいいいい!?」

 

 和喜は台所まで行くと包丁を取り出し、右手に突然出来たこの不気味な生物を切り離そうとする。

 

「おいおい。せつねえなぁ。俺はお前なんだぜ? お前が生み出したスタンドなんだぜ? 酷いことはやめておくれよ、パパァ~!?」

 

 出来物はギャハハハ、と笑い、和喜を馬鹿にし続けている。

 

「・・・・・・なんで、・・・・・・なんでこんなことにぃ!? なんで!?」

 

「おいおい。脳みそ腐ってんのか? ちっと考えればすぐに分かんだろぉ? それともぼくちゃんは一から十までまでママに教えてもらわなきゃ理解出来ないんでチュカぁ!? 本当はあの薬のせいだって理解してるんだろぉ!?」

 

「うあぁぁあああああああ!!」

 

 和喜は絶叫すると、包丁を高笑いし続ける出来物に向かって振り下ろした。だが--

 そこで和喜は信じられないものを見た。

 その出来物は、包丁が当たる瞬間、突然ぱっくりと口を広げたのだ。そして、その口を器用に使い包丁を咥えると、信じられない力で和喜の手から奪い取ってしまった。

 

「ひぃーっ・・・・・・ひいっ・・・・・・ひっひっ・・・・・・」

 

 その異常な光景に、和喜は悲鳴とも笑い声ともつかない声を漏らす。そんな和喜を前にして、その出来物は咥えていた包丁をペッと吐き出すと、こう告げた。

 

「これからよろしくなぁ。パパァ。・・・・・・安心しな。お前の不安材料は、全て取り除いてやるぜ。俺の為にもな」

 

 そういってその出来物は、口を吊り上げて笑った。

 

 ・・・・・・いつの間に出来たのだろう。口の間からするどいギザギザ状の歯がのぞいていた。

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・・振り返ると、この約半年の間に色々な事があった。ある日突然エコーズという能力を得て、そこから始まった奇妙な出来事・事件の数々。それが元で出会った様々な人たち。それは敵として立ちはだかったり、あるいは味方として、孝一をサポートしてくれたり・・・・・・。

 

 だからなのだろう、こんな夢を見るのは・・・・・・。

 夢の内容は、チリペッパーが巨大化したり、駆動鎧が闊歩していたり、はたまたパープルヘイズが大量に増殖していたりしているというものだった。特にストーリーらしいものはなく、ただ延々と街のビルを壊したりして暴れまわっているだけ。そうこうしている内に、そしてそれを迎え撃つために、突然空から孝一のクラスメイトの佐天涙子と初春飾利が、巨大なロボットにのってやってきた。彼女達は自分の機体を変形し、合体させ、音石達と戦っている・・・・・・

 

 なんだこりゃ。我ながら支離滅裂すぎる・・・・・・。そう孝一は苦笑した。だけど何かおかしい。自分は夢を見ているはずなのに、これが夢だということを自覚している。

 

「? なんだ、これ?」

 

 その時、孝一の後ろの方で声がした。

 

「・・・・・・あなたの夢って、とってもおもしろいね」

 

「!?」

 

 その瞬間、全ての景色が渦を巻くようにして捻じ曲がり、変わりにだだっ広い草原が出現した。

 見渡す限り一面が草原の景色。周囲には黄色や赤の花が咲き乱れ、遠くでは木々の緑が太陽を美しく反射している。

 

「・・・・・・子供の頃、家族と行った北海道旅行。その思い出を再現してみたの。綺麗でしょ?」

 

「え? え? え?」

 

 そこには、一人の少女がいた。前髪と両面がきれいにそろえられたボブカットの少女は、柔らかい表情で孝一を見つめている。その光景はさっそうと広がるこの草原に驚くほど似合っていた。唯一違和感があるとすれば、彼女の肩に奇妙な物体がいることだろう。そいつは三頭身くらいのミニマムサイズで、死神のような仮面とマントを装着して、ちょこんと彼女の肩に乗っている。

 

「・・・・・・”スタンド”っていうらしいよ? 私みたいな能力を持った人達の事を。広瀬孝一君」

 

「スタ・・・・・・ンド?」

 

「君も持ってるんでしょ? 悪いけど、君の夢、覗かせて貰っちゃった」

 

 そういうと少女はペロリと舌を出し、悪戯っぽい表情で幸一を見つめる。

 

「・・・・・・自己紹介がまだだったね。私の名前は、渡奈辺美晴(ミハル)。君と同じ、スタンド能力者だよ」

 

 

 

 

 

 

 

「それで、その・・・・・・ミハル、さん? あなたはどうして僕をここに呼んだんですか?」

 

 至極当然な質問をミハルにぶつける。

 この少女に敵意はない。

 だとしたら、一体何が望みなんだ?

 

 しかしその応えはあまりにも理不尽なものだった。

 

「別に。ただの暇つぶし・・・・・・。というのは半分冗談。ほんとうは、寂しかったから・・・・・・話し相手が欲しかったの・・・・・・私。 私ね? もうすぐ死ぬの」

 

 そういって、ミハルは孝一に目を向ける。その目には、うっすらと涙がたまっていた。

 

 

「・・・・・・頭の中にね? 握り拳大位の腫瘍があるんだって。それはこの学園都市の医療でも取り出す事が出来ない。長くもって2ヶ月。お医者さんはそう言ってた・・・・・・」

 

 そういってミハルは、コツンと足元の小石を蹴った。

 

「それは・・・・・・。なんというか・・・・・・」

 

 言葉が見つからない・・・・・・。

 

「勿論泣いたわ。・・・・・・ベッドにうずくまってワンワンと。・・・・・・だって、悔しいじゃない? 私、まだやりたいことが一杯あったもの。友達と一緒に色んな所に行きたかったし、ショッピングも楽しみたい。学校の帰りにクレープ屋にいって、バカな話しで盛り上がったり・・・・・・恋だって、したかった・・・・・・」

 

 ミハルは孝一に背を向けてしばらく押し黙る。

 

「・・・・・・だからね。あのメールが来た時、頭の中では怪しいと思っていたけれど、誘いに乗っちゃったの。佐伯って名乗る人の、人体実験に」

 

 不自然な単語をきいた。なんだって? 人体実験?

 

「藁にもすがる思いだったの。うまくすれば、私の病気も、それで治るって・・・・・・。でも、それは間違いだった・・・・・・。あの薬を打った日から高熱が続いて、気が付けば意識不明。その時、自分がスタンド能力に目覚めた事が分かったの」

 

 少女はそういうと、肩に乗っていたミニマムなスタンドに命令して、景色を一変させる。その瞬間。孝一達は、遊園地の観覧車に乗っていた。

 

「私の能力は、他人の夢の中に入り込んで、その光景を見る事が出来るというもの。私は意識不明になった後、病院に収容された。だから病院関係者や患者の夢から、私に関する情報を断片的に繋ぎ合わせて、自分がおかれている状況を確認できた。夢は過去の記憶映像の再現。夢の中では隠し事は出来ないから、・・・・・・そんな時に、君に出会った」

 

 辺りは突然夕暮れになり、外では”蛍の光”の音楽が流れ出す。

 

「もうすぐ、夢が覚める。・・・・・・あなたに出会ったのは、お願いがあったから。これは、同じスタンド能力をもったあなたにしか頼めないこと・・・・・・」

 

 周囲が少しずつ白く靄のしたものに覆われていく。幸一は自分の意識が次第に目覚めていくのを自覚していく。

 

「私のほかに、薬の投薬を受けた人数は、4人。それぞれの名前や所在は分からない。でも、彼らも私と同じようにスタンド能力が発現しているのかもしれない。佐伯って人は私達を使って、スタンド能力発現の人体実験をしている。遅かれ早かれ、彼らはきっと”処分”されてしまう。だから、お願い・・・・・・。彼らを助けてあげて・・・・・・私も、能力を使って、情報を集めてみるから・・・・・・」

 

 その瞬間、周囲が光に覆われた・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝----

 自室のベッドで孝一は目覚めた。

 

 夢の内容は覚えている。

 

 「・・・・・・なんとかしろって、いわれてもなぁ・・・・・・」

 

 頭をぼりぼりと書きながら、孝一はそうぼやいた。

 考えてみれば、迷惑な話しだ。いきなり人に夢の中へ入り込んできて、4人の男女の行方を捜してくれって・・・・・・? 顔も名前はおろか、住所も分からないのに?

 

 「・・・・・・無理だ」

 

 孝一は憂鬱な気持ちで、ベッドから起きた。そしてその気持ちは、通学途中でも、学校の授業中でも晴れることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 朝の通学路。憂鬱な表情を浮かべ、一人の学生が歩いていた。右手には、怪我をしたのだろうか? 包帯を巻いている。その学生--内田和喜は、右腕をぎゅっと抑えながら重い足取りで学校を目指していた。

 

「・・・・・・そんなに緊張するなよ。俺にまかせな。大船に乗った気でいろよ。すべてを解決してやるからよぉ・・・・・・」

 

「本当に・・・・・・。本当に、助けてくれるのか? どうやって? どうして?」

 

「どうやって? そんなこたぁ、てめえは考えなくていいんだよ。そんな頭もねえだろう? ・・・・・・助ける理由は俺のためだ。宿主がいたぶられているのは、俺としても気分が悪いからよぉ?」

 

 周りの人間が見たら、右腕に話しかける和喜の姿は、常軌を逸しているように映っているだろう。だが、今の和喜にはそんな余裕はない。あるのはこの異常な現状を、何とかして解決したいという思いだけだ。

 

「ほおぅら、到着ぅ。一週間ぶりの学校はどうよ? 和喜ぃ?」

 

 出来物がせせら笑う。

 

 コイツと話しているうちに、校門前にたどり着いてしまった。右腕の出来物は、和喜に早く構内に入るようにとせかす。

 だが、足がすくんで動かない。どうしても、一歩が踏み出せない。中にあいつらが待っているかと思うと・・・・・・。

 

「内田君?」

 

 そんな和喜に、背後から話しかける人物がいた。

 

「・・・・・・委員長・・・・・・」

 

 それは昨日、わざわざ自宅まで、プリントを届けてくれたクラス委員の女子だった。

 

「内田君。右手、怪我したの? 大丈夫?」

 

 委員長は、和喜の右腕の包帯を見ると、心配そうに手の状態を聞いてくる。

 

 

 ・・・・・・やめろよ。心配する”フリ”なんて。 ぼくになんか、本当は興味ないくせに。

 

 どうせ教師に気に入られる為の点数稼ぎだろ?

 

「・・・・・・平気だよ。たいしたことない」

 

 和喜は委員長に顔も合わせず、その場所を後にした。・・・・・・自然と足の震えは止まっていた。

 

「内田君・・・・・・」

 

 後には一人取り残された委員長がいるだけだった。

 

 

 

「けけけっ。冷たいねぇ和喜クン。人に心配されるのがそんなに気に食わないかぁ?」

 

「うるさい。それより、本当に何とかしてくれるんだろうな」

 

 出来物のからかいの言葉を受け流し、教室へと急ぐ。

 

「・・・・・・」

 

 ドアの前では学生達の談笑が聴こえる。

 

「はぁっ・・・・・・。はぁっ・・・・・・はぁっ・・・・・・」

 

 扉を開ける指先が震える。動悸が激しい。自分の心臓が高鳴っているのが、分かる。

 

「っ!」

 

 一瞬の躊躇の後、和喜はドアを勢いよく開ける。一瞬--教室中の全ての視線が和喜に集まった。だが、それも一瞬だ。ドアを開けたのが担任の教師ではないと確認した生徒達は、再び、クラスメイトとのとりとめのない談笑に花を咲かせ始めた。しかし、和喜は理解していた。自分を見つめる4人分の視線がある事に----

 

(今日で変わる今日で変わる今日で変わる今日で変わる・・・・・・)

 

 和喜は心の中で呪文の様にその単語を唱えると、震える足で教室の中へ入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・」

 

 授業中、熱弁をふるっている教師をボーッとした視線で眺めながら、孝一は夢であったミハルの事を考える。

 

 この学園都市には人の命を平気で弄ぶことの出来る連中がおり、そいつらは日夜、怪しげな人体実験を繰り返している。

 確かにそんな輩は許せないし、何とかしたいとは思う。

 

 だけど----

 

「僕に、何が出来るんだ・・・・・・」

 

 スタンド能力を持っているとはいえ、一介の学生に出来ることなど、たかが知れている。

 

(悪いけど、力になれそうもないよ)

 

 だけど、胸のモヤモヤがとれない。--名前。確かあの娘、”ワタナベミハル”っていったな?

 どうしよう? 初春さんに頼んで、調べてもらおうか?

 

 孝一は授業の間中ずっとそんな事を考えていた。

 

 

 

 

「・・・・・・孝一さま? 授業中、ずっと難しいお顔をしていましたね? 何かお考え事ですか?」

 

 昼休憩。そういってエルは両手で孝一の顔を掴むと、そのままジィーっと顔を覗き込んできた。

 

 ・・・・・・というか、近い、近すぎるっ。

 

「うおおっ!?ちっ近いっ。顔が近いぞっ。エル!?」

 

 思わず孝一も両手でエルの頬を掴んでしまう。そのまま引き剥がそうとするが、エルも負けじと両手に力を入れる。

 

「孝一さま。何か困りごとですね・・・・・・。水くさいです・・・・・・。どうしてエルに相談して下さらないのですか? 孝一さまには返しても返しきれないご恩があります。是非恩返しをさせてください」

 

「わかった。わかったから、まずはその手を離そうっ!? ね!?」

 

 なんだこれ? 何でお互い顔を引っ張り合ってんだ? とりあえずこの手をどかして・・・・・・

 

「何やってんの・・・・・・。キミタチ・・・・・・」

 

「広瀬さん・・・・・・」

 

 そこには呆れ顔の初春飾利と佐天涙子がいた。

 

 

 

「夢?」

 

 サンドイッチを食べながら、初春は興味深そうに孝一に聞き返す。

 

「うん。簡単に言うと、夢の中で人体実験を受けたっていう女の子が現れて、その子以外にもあと4人実験を受けた人物がいるから、組織に捕まる前に助けてくれって・・・・・・」

 

「・・・・・・う~ん。でも名前も住所も判らないんでしょう? 正直、今のところ事件性もゼロだし」

 

 涙子がタコさんウインナーを口にほおばりながら、訪ねる。

 

「そうなんだよなぁ。仮に見つけたとしても、夢の中で警告を受けたから気をつけてって、忠告するくらいしか出来ないし・・・・・・」

 

 野菜ジューズを飲みながら、孝一は愚痴る。

 

「人探しですか・・・・・・。それだとエルの出番は無さそうです・・・・・・。エルの能力は食べるくらいしか能がありませんから・・・・・・クスン」

 

 オムライスを食べていたエルはしぼんだ声を出してがっくりと肩を落とした。それでもオムライスを食べる手を止めないあたり、エルらしいというかなんというか・・・・・・

 

「とりあえず、依頼人の女性の名前は分かっているんです。”ワタナベミハル”さん。とりあえずこの名前から調べてみましょう」

 

 サンドイッチを食べ終えた初春は、鞄からノートパソコンを取り出すとさっと検索を済ませる。

 

「学園都市で”ワタナベミハル”という名前は53名。内、不登校、意識不明者は。3名。でもその二人はいずれも50代と80代の女性。・・・・・・ということは」

 

 画面にパッとその学生の情報が浮かび上がる。

 

「あっ!この子だっ!」

 

 初春が見せてくれた画面の女性を見て、孝一は思わず叫んだ。さらさらとした、柔らかそうなボブカットの髪。間違いなく夢の中で見たあの女性だった。

 

「後はこの美晴さんが入院されている病院を検索すれば・・・・・・。え?・・・・・・そんな・・・・・・」

 

 初春は突如キーボードを叩いていた手を止め、孝一を見る。

 

「渡奈辺美晴さんは、今朝8時過ぎに死亡が確認されたそうです。死因は心臓麻痺・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・結局。全て振り出しかぁ・・・・・・」

 

 学校の帰り道の途中で、孝一は一人ぼやいた。

 何か見つかるかもという淡い希望は泡と消えてしまった。手がかりは、ゼロ。なにもない。

 

「はあ・・・・・・」

 

 孝一がため息をついて帰路に就こうとすると--

 

「広瀬・・・・・・孝一君?」

 

 くたびれた顔の中年男性が孝一を呼び止めた。

 

「ちょっと、お話があるんだけど・・・・・・?いいかな」

 

 そういって男性は懐から名刺を取り出し、孝一に差し出してきた。

 

 いきなり現れた男を不審に思い、少し警戒する孝一だったが、とりあえず名刺を受け取った。

 

「S.A.D(エスエーディー)隊長? なんの組織です?」

 

 どことなく胡散臭いこの男に、とりあえず質問をぶつけてみる。

 

「特殊能力対策課・・・・・・正確に言うと我々が”スタンド”と呼んでいる未知の能力に対処することを専門にした組織。・・・・・・広瀬孝一君。君を勧誘しに来た。とりあえず、お話だけでも聞いてもらえないかな?」

 

 そういって中年男性は、不敵そうににやりと笑った。

 

 

 

 

 

 

 




美晴さんの能力は死神13のプチバージョンです。本体の精神力が未熟なので、スタンドのビジョンも三頭身のミニマムサイズになりました。
それにしても、話を広げすぎたかなと後悔。もっとこじんまりとした物語にするつもりだったのに・・・・・・


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転換点(ターニング・ポイント)

「・・・・・・まあまあ、そんなに硬くならないで。リラックス、リラックス。・・・・・・オレンジジュースでいいかい? あ、おねえさん。ぼかぁフルーツパフェで」

 

 そういうと、ウエイトレスの女性に注文を伝え、改めて自己紹介をする。

 

「はじめまして。S.A.Dの隊長なんぞをやっております。四ツ葉堅一郎と申します。いやはや、帰宅途中に突然声を掛けてしまって、ほんとスイマセン。おまけにこうして、お茶まで御一緒してくれる。いやあ、良い人だ。あなたは」

 

 四ツ葉はそういって孝一を褒めちぎる。だが、そんなおべっかが聞きたいのではない。孝一が知りたいのはもっと別の事だ。その為にわざわざこの中年男性の誘いに乗って、喫茶店にまで同行したのだ。

 

「・・・・・・そんなことより、さっきの話の続きを知りたいです。・・・・・・えっと、”スタンド”?って、なんですか? それに四ツ葉さんの組織のS.A.Dってなんです? そんな組織、聞いたことありません。それに勧誘って?どうやって僕のことを知ったんですか?」

 

「待った待った。・・・・・・そう興奮しないで・・・・・・。順を追って説明しますから」

 

 四ツ葉は両手で待ったのジェスチャーをして、孝一をなだめる。そして、孝一が静かになったのを見計らって話し始めた。

 

「・・・・・・まず最初の質問。”スタンド”についてですが。・・・・・・広瀬さん。あなた最近この学園都市で起こりつつある異変にお気づきですか?」

 

「異変?」

 

「この学園都市の能力ではない。もっと超常的な何か。その能力は通常の人間には視認することは不可能で、犯罪を立証することも難しい。ですが、”それ”は確かに存在するのです。・・・・・・

そう、君と同じような”能力”を持った人間が増加しているのですよ。そしてその能力の事を、我々は”スタンド”と呼称しています」

 

「!?」

 

 少なからず、孝一は衝撃を受けた。確かに、ここ数ヶ月で能力に目覚め、複数のスタンド能力を持った相手とも遭遇した。しかしそれでもごく少数。孝一達のような存在は、まれなものだと思っていたのだ。しかしそうではなかった。こうしてS.A.Dなる組織が出張ってきたということは、それなりの数の同能力者の存在を、上層部が認知しているということ。その人数は? 50人? 100人? それよりもっと?

 

「・・・・・・とはいっても、このスタンド能力を認知している人間は、上層部の方でもそうはいません。むしろ眉唾だと一笑に付す連中の方が多いほどです。それでも、一部能力者の暴走を危惧している人間がいるのもまた事実。だからこそ我々の組織、S.A.Dが結成されたのです」

 

「・・・・・・つまり、結成されて間もない、出来立てのホヤホヤの組織って事ですか?」

 

「その通り。だから今、隊員が不足している状態でして・・・・・・。そこで有能そうな人材を、こうしてスカウトしに来ている訳なんですよ」

 

 ウエイトレスが「おまちどうさまでした」といって、注文の品をテーブルに置く。四ツ葉は一時小休止といって嬉しそうに、パフェ頬張りだした。この男、見かけと違い、かなりの甘党のようだ。

 孝一も喉が渇いたのでオレンジジュースに口をつけ、一息入れる。そこである事が疑問に思ったので、質問してみる。

 

「あの、S.A.Dって『スタンド能力を持った人間の犯行を未然に防ぐ組織』だと認識していいんでしょうか?

だとしたら、あなたも・・・・・・?」

 

 そういって孝一は四ツ葉を観察する。この中年男性にそんな能力があるとは思えなかったからだ。だが、四ツ葉は事も何気にこう答える。

 

「はい。そうですよ。私もスタンド能力を持っています」

 

 そういうとポケットから携帯を取り出す。するとその画面の中から、小さな妖精の様なものが浮き上がってきた。その妖精は全部で5体おり、頭部に当たる部分は小型のカメラのようなもので出来ていた。そいつらはしばらくフワフワと辺りを漂うと、再び携帯の中へと戻っていった。

 

「・・・・・・実を言うと、君のことを知ったのも、こいつらのお陰でなんですよ。サマルディア共和国の大統領がバイオテロに巻き込まれた事件でね? 事情聴取されている君の隣にスタンドの姿を確認しまして・・・・・・どんな能力なのかは企業秘密。もし君がS.A.Dに来てくれるなら、お教えしますよ」

 

 安い挑発だ。そう孝一は思った。そんな誘惑に、普通の人間は乗ってこない。だけど、不思議と耳を傾けずにはいられない。

 

 「・・・・・・孝一君。人を助ける事ができる能力を持った人間が、それを行わないことを、私は罪だとは思いません。だけど、軽蔑はします。この学園都市には、潜在的に人に危害を及ぼす可能性を持った人間が、巨万(ごまん)といます。大抵の事件の8割はアンチスキルが対処してくれるでしょう。でも残りの2割は? スタンド絡みの事件は、事件性も認められず、認知もされないのが現状です。今はまだ表立った被害は出ていませんが、いつ何時スタンド能力を悪用する人間が現れるとも限らない。孝一さん、お願いです。私どもに力を貸しては頂けないでしょうか?」

 

 四ツ葉はパフェを食べる手を止めると、孝一に対して、深く頭を下げた。

 

 それを見て孝一は------

 

「少し、考えさせてください・・・・・・」

 

 ”申し訳ないんですけど” とはいえなかった・・・・・・。でもその理由は、孝一自身にも分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 孝一が四ツ葉と出会う少し前----

 

 「がっ!?」

 

 「オラオラッ!」

 

 内田和喜は校舎裏で、イジメグループ4名から執拗な暴行を受けていた。和喜は取り巻き3人に体を捕まれ地面に膝をつかされている。そしてリーダー格の少年が和喜の腹に何度も蹴りを放っている。そのたびに和喜は体をビクビクと揺らし、ついには嘔吐してしまう。

 

「げぇ!?」

 

「うわ。きったねぇ」

 

 リーダー各の少年はまるで汚物を見るかの表情で和喜を見る。こんな絶望的な状況なのに、和喜の右腕の出来物は、何の反応も示さない。

 

(なんで!? ・・・・・・いったのに! 助けてくれるっていったのにっ!!)

 

 すると出来物の声が和喜の脳内に木霊した。

 

(・・・・・・助けるのは簡単だが、お前はまだ俺と契約してねぇ。・・・・・・誓うか? お前の体の主導権を、俺に譲渡するって)

 

(・・・・・・それって、お前に体を乗っ取られるってことか? そんな・・・・・・)

 

(そう深く考えんなよ・・・・・・。乗っ取るのは一時的だぁ。きちんと返してやるさ。・・・・・・ただなぁ。俺も、自分の体で自由に動く時間が欲しい。その為の契約だぁ)

 

 

 そんな言葉、嘘に決まっている。一度体を渡したら、恐らく乗っ取られる。

 侵食されていくんだ。肉体も、ぼくの精神も・・・・・・

 少しずつ、少しずつ・・・・・・。

 これは、悪魔のささやき、甘い誘惑。

 

・・・・・・ああ。

 どうしてぼくは、搾取される側なんだろう?

 どうして、人間は平等じゃないんだろう?

 

 ・・・・・・疲れた

 ・・・・・・なにもかも

 

(・・・・・・どうすんだあ? 渡すのか渡さないのか? ええ?)

 

 その悪魔の提案に、ぼくは・・・・・・ぼくは・・・・・・

 

 

「なにやってるの!?あなたたち! ・・・・・・先生っ! こっちです!」

 

 その声の主は、クラスメイトの委員長だった。彼女は和喜達の姿を確認すると、こちらの方へ駆け寄ってくる。

 

「ちっ・・・・・・」

 

 リーダー各の少年とその取り巻きは、和喜から離れると、そのまま一目散に逃げ出していった。

 

「・・・・・・大丈夫? ひどい・・・・・・。顔が腫れてる・・・・・・。いそいで保健室へ!」

 

 委員長はそういうと和喜の腕を自分の肩に乗せ、起き上がらせる。教師はやってこない、恐らく委員長がとっさの判断でいった嘘なのだろう。

 

「やめろっ!」

 

 突然、和喜は委員等を突き飛ばし、怒りの声をあげる。

 

「内田・・・・・・君?」

 

「やめろよ! やさしくする”フリ”なんてするな! 本当はどうでもいいくせにっ! むしろ迷惑に思ってんだろ!? 自分の目の前でトラブルを起こしやがってって! ウザイと思ってんだろ!? 馬鹿にしてんだろ!? この偽善者が!!」

 

 こらえきれなくなった感情を委員長にぶつけてしまう。止めようと思っても、もう止められない。

 

「・・・・・・なんで、そんなこと・・・・・・」

 

 委員長はヨロリと後ろに後ずさる。今までこんなに悪意をぶつけられた事がなかったんだろう。顔は真っ青になり、口元は引きつっている。

 

「本当にぼくのことを心配しているなら、なんでっ! 何でもっと早く助けてくれなかったんだ!? これまでぼくがどんな目に合っていても、知らん顔だったくせにっ! ・・・・・・偽善者! 偽善者ぁ!! お前なんて嫌いだ!! 早く、どっかへ行けぇ!!!」

 

 自分の中の醜い部分を全てさらけ出すように、全てのの感情をこめて、委員長を糾弾する。和喜の悪意を全てぶつけられた委員長は、その瞳に大粒の涙をためて、それでもキッと眉毛を吊り上げ、和喜の悪意を受け止める。

 

「・・・・・・その通りよ。・・・・・・あたし、委員長なんてやっているけど、本当はクラスメイトの誰にも興味なかった。トラブルさえ起こしてくれなければそれでいい・・・・・・。そう思ってた。だから、内田君の服がちょっと汚れていた時だって、友達とふざけてただけだと大して気にも留めなかった。でも、分かるわけないわ。だって内田君、何かあってもヘラヘラ笑っているだけだったもの。あたしがたまに尋ねても「なんでもない」ってしかいわなかったもの。本当のこと、話したいことを話してもくれなくて、どうやって分かれって言うのよ!? 内田君のこと、常に気にしてろっていうの? 片時もそばを離れずに? そんなこと出来ない。あたし、そんな出来た人間じゃないっ!」

 

 そういうと委員長はそのまま和喜から逃げるように去っていった。

 

 

 

 

 

 

  ●たくま  :今日、レベル5の御坂美琴をみかけたよ。

  ●リンク  :マジ!?どこで?

  ●たくま  :駅前のクレープ屋。そこで友達とクレープ食ってた。

  ●リリアナ :なんか・・・・・・普通だな。

  ●たくま  :ほんと、もっと凶暴な人かと思ってた。ほんで、記念に写真撮ろうかと思って

         たら、ツインテールの女に携帯奪われた・・・・・・データ消された・・・・・・(涙)

  ●フラワー :盗撮は犯罪です!!

  ●ガチ兄さん:いつも思うけど、フラワーさんって、いつもここにいるね・・・・・・

  ●たくま  :もしかして、友達いないとか

  ●フラワー :wそ

  ●ガチ兄さん:あ、動揺してる

 

 

 

 くだらないチャットのやり取りを眺めながら、和喜は、委員長の言葉を思い出していた。

 

(本当のこと、話してもくれないのに、どうやって分かれって言うのよ!?)

 

 本当にそうだろうか?

 ぼくがもっと意思表示をしていたら現状は変わったのだろうか?

 助けてくれる人間は現れたのだろうか?

 

 最後に・・・・・・一度だけ、試してみよう・・・・・・

 

 和喜はカチャカチャとキーボードを操作して文字を打ち込み、送信ボタンを押した。

 

 

 

  ●日陰者  :ぼくはころされる。怪しげな薬を投与され、変な出来物が出来た。そいつは、

         ぼくに憑り付いている。学校でもいじめを受けている。もう、どうしようもな

         い。

 

 

 その投稿内容に、他の投稿者の反応は・・・・・・

 

 

  ●リンク  :なにこのひと?電波さん?

  ●たくま  :なにかのコピペじゃね?

  ●リリアナ :スルーしましょう。

 

 

 ほらな。やっぱり無駄だった・・・・・・。みんなほくのことなんか興味ないんだ。そう思っていると--

 

 

  ●フラワー :詳しく話してください。

 

 

 ・・・・・・意外にも食いついてきた人がいた。

 

 和喜はもっと詳しい内容を投稿した。

 

 自分がイジメにあっていること。

 変なメールの誘いに乗ったこと。

 そのせいで奇妙な出来物ができたこと。

 

 

  ●フラワー :あなたと、直接会いたいです。

 

 

 こんなに親身に話してくれる人は、初めてだった。和喜はつい、この相手に心を許しそうになる。だが、これまでのつらい経験が、それを邪魔する。

 

 (きっと、この人も、最後には裏切るんだ。他人を信頼なんてするな。)

 

 そうだ、もう遅い・・・・・・

 全ては、手遅れだ・・・・・・

 急に冷めた気持ちになった和喜は、チャットからログアウトした。

 

 

「・・・・・・気が済んだかぁ? 和喜よぉ」

 

 出来物が気持ち悪い笑い声を上げる。

 

「ああ・・・・・・。もういいよ。契約するよ」

 

 全てを諦め、和喜は考えることをやめる。

 

「OK。契約成立だ」

 

 その瞬間、出来物がボコボコと動く。

 

「!?」

 

 自分の心が侵食されるのを実感しながら、和喜の意識は遠のいていった。

 

 

 

 

 深夜。とあるマンションの一室。

 

「ふぁ~あ」

 

 オンラインゲームを眠気をこらえながらやっていた少年は、ついにガマンできなくなり、ログアウトしてしまう。彼は、和喜を虐めていたグループの一人だった。

 

「あのATM。今度はお金持って来るかな?」

 

 ATMとはグループが和喜から金を巻き上げるときに使う、俗称であった。彼らは、カードの挿入と称して和喜をしこたま蹴ったり殴ったりして、金を出させていたのだ

 

「そろそろ遊ぶ金がなくなってきてんだ。明日はもってこいよなぁ・・・・・・」

 

 少年はそう独り言をつぶやくと、パチリと電気を消した。

 

 暗がりになる少年の部屋。

 

 その少年の天井の壁に

 

 悪魔の形相をした内田和喜がへばりついていた。

 

 和喜は少年の元までゆっくりと降りてくると、手にしていた金槌で少年の前歯を叩き折った。

 

「・・・・・・ムガァアアアア!!!」

 

 あまりの激痛に少年は声をあげようとするが、和喜は瞬時に口の中に自分の左腕を突っ込み、叫び声を上げさせない。

 

「ハアロゥォオ!! 調教の時間だぜぇえ!?」

 

 和喜は・・・・・・和喜の主導権を奪った出来物は、ゲハハハと笑いながら、少年に向かって、手にした金槌を振り降ろした。

 

 

 

 

 

 



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急変

ちょっと急ぎすぎかな? とも思いましだが、ダラダラと長くなり過ぎるのも何なので、タイトルどおりの内容です。


 気が付くと、そこは観覧車の中だった。そしてそこにはおかっぱの少女・・・・・・

 

「え? え? えええっ? ミハルさん?」

 

 昨日も見たような光景。というか・・・・・・まんま夢の続きである。

 

「・・・・・・生きてたの?」

 

 とりあえずそう訪ねてみる。

 

「いえ、死んでるわ」

 

 冷静なツッコミが返ってきた。

 

「今の私は、例えるなら、携帯の内部電源のみで稼動しているようなもの。いずれ、そのエネルギーも切れて、その魂は天に召されるわ。でもその前に、この件だけはどうしてカタをつけたかったの。・・・・・・例えどんな結末を迎えようとね。・・・・・・4人の被験者のうち、一人を探し出す事が出来たわ。名前は、古谷敦。住所も分かってる。・・・・・・私は、彼の夢の中に入り込み、何度も警告をしたわ。でも、聞き入れられなかった。だから、君にお願いしたいの。生身の君の意見なら、死者の私より効果があると思うから・・・・・・」

 

「・・・・・・いいですよ。やってみますよ・・・・・・」

 

 孝一には、四ツ葉の言葉が頭に残っていた。

 

(人を助ける事が出来る力を持っているのに、それをしない人間を罪だとはいいません。だけど、軽蔑はします)

 

 

 

 人を助けることの出来る力。

 

 それが僕にはあるという美晴と四ツ葉。

 

 全てを鵜呑みにするわけではないけれども、何故か心動かされた。

 

 だったら、やってみよう。後悔しないように、出来る事をやってみるんだ。

 

 孝一はそう決意し、美晴を見る。美晴は「ありがとう」と小さくつぶやき、そのとたんに、周囲の世界は白一色に包まれていった。

 

 

 

 

 

 

 「キャアアアアッ!!」

 

 午前九時。通行人が行き交うスクランブル交差点で、突然女性の悲鳴が上がった。女性は四つんばいで道路にうずくまり、下半身を押さえている。

 ・・・・・・女性はスカートを太った男性に奪われていた。

 

 その男性、古谷敦はその女性の下着を剥ぎ取ろうとにじり寄る。周囲の通行人が敦を止めに行こうとするが、敦はあらかじめ持参してきた包丁で牽制し近づかせない。そんな敦の目の前に、突然ジャッジメンとの少女が登場し、瞬く間に彼を拘束してしまった。

 

「ジャッジメントですの!あなたを婦女暴行の現行犯で拘束しますの!」

 

 白井黒子はそういって、敦を見下ろした。しかし、当の敦は余裕綽々である。

 

「せっかく追いはぎゲームやってたのに、もうゲームオーバーか・・・・・・。ちょっとむかついた。ゲームを変更してまた来る」

 

 そういうと敦は「リセット」と叫び、時を巻き戻した。

 

 

 

 

 

 

 古谷敦は選民思想のある少年だった。子供時代には、自分は選ばれた少年であり、いつか天空から美少女が自分を迎えに来てくれるといつも考えている子供だった。その気持ちは今でも残っており、彼は周囲の人間が馬鹿に見え、折り合いをつける事が出来なかった。その為、その憤りをインターネットの掲示板を荒らしたりして憂さを晴らしていた。

 彼は自分の人生に満足していなかった。

 

 ・・・・・・そんな時、あのメールが着た。

 

 正直、胡散臭いと思った。だが同時に、胸の高鳴りを覚えた。

 

 (あなたは選ばれました)

 

 それは子供の頃から待ち望んでいた言葉。佐伯とかいう胡散臭い男に不平不満をぶちまけながらも、その実、彼が掲げる試験管から目が離せなかった。

 

 そして現在。

 

 彼はスタンドという新しいおもちゃの魅力に、すっかり酔いしれたいた。

 

 

◆ 

 

 

 午前九時。通行人が行き交うスクランブル交差点で、突然女性の悲鳴が上がった。女性は全身血だらけで道路にうずくまり、そのままビクンビクンと痙攣しだす。

 

「ヒッ」

 

「うわぁあ!」

 

 周囲の通行人は、突然発生した凶行に恐れをなし、我先にと逃げ惑っている。後には、血だらけの包丁を持った敦一人。そんな敦の前に白井黒子が姿を現した。

 

「!? あなた、自分が何をしているのか分かっていますの!?」

 

「おいでなすったな。さあて、一体何週でクリアできるんだろうな?」

 

 そういって敦は、持っていた包丁を白井目掛けて突き出した。

 

 

 

 

 午前十一時。

 

「・・・・・・おう、ヤス。お前どこいんだよ?」

 

 通学路をぶらぶらと歩きながら、リーダー格の少年は、取り巻きの少年の一人と連絡を取る。彼ら3人は何故か同時に学校を休んでいた。おまけに金づるの内田和喜も学校を休んでいたため、面白くなくなって、早退したのだった。

 

「あ、相原さん? その重要な話があるんで、ちょっと家まで来てくれませんか?」

 

「・・・・・・重要な話ぃ?」

 

 リーダー格の少年は「今すぐ話せ」とせっつくが、なぜだか少年は「ついたら話します」の一点張りだ。ついに折れたリーダー格の少年は、「わかった」といって電話を切った。

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・こ、これでいいですか?」

 

 ヤスと呼ばれた少年は震え声で、和喜に尋ねる。見ると、彼の耳たぶには大きな穴が開けられ、そこに鎖が通されていた。

 

「じょーとーじょーとー。あとはあいつが来るまで、・・・・・・ヒヒッ」

 

 和喜は後ろに目を向け、2人の少年をみる。少年のうち一人は、歯が全て折られており、口から大量の血を吐き出している。そしてもう一人は鼻がつぶされたのか、鼻がありえない方向へ捻じ曲がっていた。彼らは全裸にされ、首輪をつけられている。その首輪の鎖は、先程のヤスと呼ばれた少年の耳に通されている。

 

「うっ・・・・・・。うっ・・・・・・。うっ・・・・・・」

 

「も、もう勘弁してください・・・・・・」

 

 少年達は口々にスイマセンや許してくださいといい続けている。だが、そんな彼らの謝罪の言葉など、和喜には届いていない。

 昨日の夜、少年の一人をボコボコにした後、和喜はその足で、二人の少年のアパートまで行き、同じように半殺しの目にあわせた。そして、彼らを連れ去り、お互いを逃げれない状態にして監禁したのだ。

 

「後は、メインデュシュだけだ。・・・・・・喜びな、”和喜”。もうすぐ、クライマックスだぜぇ!」

 

 そういって和喜は自分の右腕に話しかける。

 

 しばらくして、ヤスの携帯が鳴り出す。どうやらリーダー格の少年がマンションの近くまで来たらしい。

 

「ヒヒヒッ。うまく誘導してこの部屋に上げるんだ。もし余計なことをしゃべれば・・・・・・」

 

 そういってヤスのアバラの辺りをしこたま殴りつけた。

 

「や・・・・・・。やります・・・・・・。やりますから。もう殴らないで・・・・・・」

 

「ギャハハハハハハハッ!!」

 

 狂ったようにして笑う和喜に、彼らは縮こまり、震える事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 午後・五時三十分。

 

「・・・・・・どなた?」

 

「・・・・・・あの、高井直人さんですか?」

 

 夢で美晴から聞いた住所を頼りに、孝一は高井直人のアパートまで来ていた。高井は始め、孝一のことを警戒していたが、「君が見た夢のことで話しがある」というと、彼を自室まで入れてくれた。

 

「それで、何の話だよ?」

 

 高井はウーロン茶をコップに注ぐと、「ん」といって孝一に差し出す。

 

「高井君。君の現状は はっきり言って、かなり危険だ。出来れば、今すぐにでも、しかるべき機関に保護してもらったほうがいい。僕の知り合いにジャッジメントに勤めている子もいるし、そういうのを専門に扱っている機関も知っている」

 

 孝一は高井から受け取ったウーロン茶をぐっと飲み干すと、一気にそう告げた。

 

「・・・・・・夢で見た女と同じこと言うんだな」

 

「だけど信憑性はあるだろ? 一日に、2回も同じ警告を受けたんだ。絶対無視するべきじゃない」

 

 孝一は真剣な表情で、高井の顔を見る。その真剣な表情に高井は次第に事の重要性を認識しだす。そしておもむろに、こんなことを言い出した。

 

「・・・・・・なあ、この力って、なくすことは、出来ないのかな?」

 

「?」

 

「・・・・・・最初はよぉ。やったーって思ったぜ? ケンカすりゃ負け無しだし、・・・・・・その・・・・・・ものをパクってもばれたりしなかった。でもよ・・・・・・だんだんと、コイツ言うことを聞かなくなってきやがったんだ。ある日、不良グループの抗争に介入した。その時はいい気になってたんで、ちょっとしたヒーロー気取りだった。世直しのつもりだったんだ・・・・・・」

 

 高井はそこでぐっと押し黙ると、かすれ声でこういった。

 

「あそこまでやるつもりは、なかったんだ・・・・・・」

 

 高井の話では、能力でちょっと殴って気絶させるつもりだったらしい。だが、そこで能力が暴走した。

 

「俺のスタンドだっけ? ・・・・・・ソイツが不良の腕を思いっきり捻じ曲げやがったんだ。当然、相手の腕はプラプラと変な方向で気味悪く揺れ動いていたよ。それでもこいつは止まらなかった。不良たちの、足を折り、血反吐を吐かせ、頭蓋骨を砕いた・・・・・・。その時俺は はっきりと理解した。こいつは・・・・・・」

 

 高井はその言葉を最後まで言えなかった。彼の体から、巨大な人狼の様なスタンドが現れ、高井の体を、鍵爪の手で握り締めたからだ。

 

「ぎゃああああっ!」

 

 悲鳴を上げる高井を握り締めたまま、人狼のスタンドはそのまま窓を破壊し、外へと逃走した。

 

「スタンドの、暴走!? まずい、追わないと!」

 

 孝一は表に飛び出し、高井の姿を探す。

 だが、スタンドどころか高井の姿も確認できなかった。

 

「くそっ! どこだっ!・・・・・・どこにっ!」

 

 高井の姿は、忽然と消えてしまった。

 

 

 古谷敦

 内田和喜

 高井直人

 

 

 ・・・・・・スタンドの人体実験に翻弄される被験者達。

 

 それぞれ時間軸の異なる彼らの物語は、終局へ向けて加速し始めた。

 

 

 

 

 



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崩壊

今思いました・・・・・・。複数のキャラを登場させると、そのキャラに関する結末まで考えなくてはならないということに・・・・・・。通常の三倍しんどい・・・・・・


 午前九時。

 

 白井黒子との戦闘・一週目。

 突き出した包丁を難なくかわされ、拘束される。ゲームオーバー。

 

 白井黒子との戦闘・二週目。

 包丁による突きをかわされた瞬間に振り向き、殴りつけようとするも失敗。再び瞬間移動した彼女によって拘束される。ゲームオーバー。

 

 白井黒子との戦闘・三週目。

 今度は通行人を人質にしてみる。だが、そのせいで、反応が遅れ、振り返ることも出来ずに彼女に拘束されてしまう。ゲームオーバー。

 

 

 白井黒子との戦闘・49週目。

 

「くっ!?」

 

 まるで予知したかのように、瞬間移動先に攻撃を仕掛けてくる敦に、白井は困惑していた。最初、白井は敦の背後に立ち、その体を拘束しようとした。だが、まるでそれを見越したかのように、目潰しの砂を振掛けられてしまう。あまりの突然のことだったので、白井の目にまともに砂が入ってしまう。その瞬間を敦は見逃さず、包丁による突きを繰り出す。

 

(この後の行動は前々回で体験済みだ。この女は俺の突きを逃れるために、瞬間移動する。だが、視界が見えない状況での移動だから、周囲に気を配れない。通行人が落とした鞄が移動先にあって、アイツは一瞬バランスを崩す! そこを刺すっ!)

 

 敦の思ったとおり、白井は移動した先で、鞄に足をとられバランスを崩す。そのことを予測していた敦は、そのポイントに、すでに体を走らせている。そして----

 

「死ぃねぇええええええ!!」

 

 掛け声と共に、白井の腹部に包丁を深々と突き立てた。

 

「そ、・・・・・・ん、・・・・・・な・・・・・・」

 

 地面に倒れこんだ白井は、自分の置かれている状況が理解できなかった。

 

 何故?

 

 どうして?

 

 だがその思考も、だんだんと薄い膜がかかったようになる。周囲に聴こえるサイレンの音がやけに遠くに聴こえている。

 

「ヨッシャーッ! ミッションコンプリートッ!!」

 

 対する敦は、まるでゲームをクリアしたかのように。高々と勝利宣言をすると、白井に話しかける。

 

「ゴメンネェ。痛かったでしょ。でも大丈夫。すぐ元通りになるから」

 

「・・・・・・もと・・・・・・どおり・・・・・・?」

 

 何を言っているのか理解できない。すると敦は、軽いネタバレでも教えるような気軽さで白井に自分の能力のことを話し始めた。

 

「俺の能力ってさあ、時間を1時間巻き戻す事が出来るんだよねー。その能力をちょいと発動させれば、全てリセット。無かった事に出来るって寸法さ。でも、あんた強いねぇ。あんたをハントするのに49週もしちゃったよ。それももう終わり。ステージクリアっ。 よーし、時間を巻き戻そーっと」

 

 敦はエヘヘッと笑い白井を見ている。その顔には罪悪感のかけらもない。まるで本当にゲームでもやっているかの様に、あけっけらかんとしている。

 その様子に、白井はむかっ腹が立った。何とか一矢報いたかった。でも、もう、自分の体は動かせそうにない。だから、最後の負け惜しみのつもりで、こんなことを言ってみた。

 

「・・・・・・能力をつかうに、は・・・・・・。リスクが、とも、・・・・・・なう・・・・・・。くっ。・・・・・・それだけ、の・・・・・・能力・・・・・・代償は、高くつくんじゃあ、・・・・・・ありません・・・・・・? ・・・・・・ぐっ・・・・・・」

 

 それっきり、白井はピクリとも動かなくなった。それをみて敦は、馬鹿にしたようにして笑った。

 

「ひゃひゃひゃひゃっ。リスク? 何言ってんだよ? この能力にそんなもん、ありゃしねーっつーの。バーカ。バーカ」

 

「イヤ。アルゼ、オ前ェ」

 

「ははははは・・・・・・はっ?」

 

 引きつる表情の敦に、ドクロ顔のスタンドはそういって、時間を巻き戻した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後一時。

 

「・・・・・・よくさあ、イジメを扱ったドラマでさあ。散々虐められていた主人公が、最終回でようやっとイジメから解放されるっていうシーン、あるじゃん」

 

「ンーっ!? ンーッ!? ンンンーー!?」

 

「大体が、担任や親や弁護士の協力とかでさー? いじめっ子がちょっとい追い詰められたとたん、主人公と和解したりしてさー? ハッピーエンドっぽい終わりになるジャン? あれって、理不尽じゃね?」

 

 ヤスのマンションの一室。ここでリーダー格の少年は、彼の取り巻きの少年達に体を拘束されていた。口には猿轡を噛まされ、怒鳴り散らすことも出来ない。そんな彼の周りをぐるぐると歩きながら、和喜の体を乗っ取った出来物は、誰に聞かせるでもなくしゃべり続けていた。

 

「だって1話から10話まで、散々虐められてだよ。最終話で、イジメグループがちょっと泣きついて和解って・・・・・・。ありえねぇだろ? 結局、こすズルい イジメグループの作戦勝ちさ。絶対ほくそ笑んでるぜ、あいつら。・・・・・・でも、お前は違うよなぁ! お前は泣きついたりしないよなぁ!? ええ? リーダーさんよぉ!!」

 

 そういって和喜の姿をした出来物は、リーダーのわき腹に何度も何度も何度も、パンチをお見舞いした。そのたびにリーダーは悲鳴にも似たうなり声を上げる。しだいにわき腹がどす黒い紫色に変色していく。

 

「ん? 何かいいたそうだナァ? おいヤス。猿轡とをれ」

 

 もはや彼らの関係は一変していた。ヤスは出来物の命令に素直に「はいっ!」と答え、猿轡を外す。

 

「ゲホォ! ウゲェっ! お、ま、え・・・・・・。こんな、ことして、ただで・・・・・・」

 

「はい。終了ォ!! まだ調教が足りないようだなぁ!?」

 

 リーダーの悔し紛れの言葉をさえぎり、出来物はリーダーの頬にボールペンの先端を突き刺した。

 

「おごぉああああ!?」

 

「・・・・・・あと1時間。追加決定ぃいいい!」

 

「ま、まて。・・・・・・まって・・・・・・!!!?」

 

 再び悪夢のような調教が始まった。

 

 

 

 

 

 

 午後二時。

 

 このアパートに監禁されていた時は、あれほど強情な態度を崩さなかったリーダーも、徹底して、執拗な度重なる調教という名の拷問に、ついに折れてしまった。というか、精神に偏重をきたしてしまった。

 

「うぁああああああああああんっ!!! おれが・・・・・・ぼぐがっ!!ぼぐが悪がっだでずっ! もうじまぜんっ。ゆるじでぐだざいいいいいい!!!」

 

 リーダーの手足の爪は全てペンチで抜き取られ、さらにそこに待ち針が何個も突き刺さっている。

 

「もう、もう限界ですっ!!! 鼻からいっぱい血が出て息が出来ませんっ! アバラも何本か折れています! このままじゃ、僕たち死んでしまいますっ! もう、あなたには手を出しませんっ!! 誓いますっ!! 奪ったお金もお返ししますっ!! だから、だから・・・・・・お願いですっ!! 助けてくださぁぃぃぃ!!」

 

 取り巻きの三人は恥も外聞も投げ捨て、床に頭をこすり付けて土下座をしている。そんな彼らの様子は、完全に負け犬のそれだ。そんな彼らの懇願を----

 

「だめだ」

 

 出来物は一蹴した。

 

 

 

 

 

 

 

 

(・・・・・・おい、カズキよぉ。どうだい? 気分はぁ。・・・・・・満足だろぉ? 今まで見下してきた連中が、今じゃお前に媚びへつらってんだぜ? 最高だろ? 最高の気分だろ?)

 

 出来物は心の中の和喜にそう呼びかけながら、パシャパシャと携帯でリーダー達の姿を撮影する。彼らは一矢纏わぬ姿で寝転がっており、和喜の機嫌を損ねないよう、体を出来るだけ動かないようにしている。

 

「おいリーダー。 今日からお前、俺の代わりな? 代わりに虐められろ。・・・・・・取り巻き3人。明日から学校でコイツをいたぶれ。やり方はいつもやってんだから、わかんだろ? それを一ヶ月でローテ組んで、交互に虐めあえ。・・・・・・逆らったらこの写真を学校中に、ネット中にばら撒く。住所も晒す。分かったな?」

 

 4人は涙でグジャグジャの顔で、何度も何度も頷きあっている。

 

(・・・・・・最後にもう二、三発。どたまをしこたま殴りつけておくかぁ。カズキよぉ。奴等が憎いだろ? お前もやってみろよ? 絶対、すっきりするぜぇ!!)

 

 出来物はそういうと、体の主導権を和喜に戻した。

 

「・・・・・・」

 

 ぼおっとした意識から急速に覚醒した和喜が見たものは・・・・・・

 

「ひっく・・・・・・ひっく・・・・・・」

 

「ううっ。ママァ・・・・・・」

 

「ごめんなさい・・・・・・ごめんなさい」

 

「ゆるじで・・・・・・。ぐだざいぃ」

 

 

 ・・・・・・血まみれで

 

 まるで子供の様に泣きはらしながら

 

 自分に許しを請うクラスメイトの姿だった。

 

「うわああああああああああああああ!!!」

 

 和喜は絶叫すると、そのまま部屋から逃げ出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

午前八時。

 

 さわやかな風を感じる朝。

 通学路には、これから会社や学校へ向かう人々が、ぽつぽつと現れ始め、目的の場所へと歩を進めている。

 そんな朝の始まりの路上で、怒鳴り声を上げる人物がいた。

 

「どういうことだよ? 何だよリスクって!? 聞いてないぞっ! オイッ!」

 

「・・・・・・ダッテヨォ。聞ナカッタカラ。ワザワザ聞カナイ事ヲ、親切ニ教エテヤル義理ハネーヨナ。俺ハオ前ノオ袋ジャアネンダゼッ!」

 

 古谷敦は、自分のドクロ型スタンドに食って掛かっていた。その顔は蒼白で、額からは大量の汗がにじみ出ている。

 

「そんな・・・・・・。リスクって何だよ? どんなペナルティがあるって言うんだよ?」

 

「俺ノ能力ハ、時間ヲ1時間巻キ戻ス事ガ出来ル。・・・・・・ダガヨォ。ソノ能力ハ俺カラ借リタモノ。必ズ返済シナケレバナラナイ。クレジットカードノキャッシュローント一緒サ。期限ガキタラ、使ッタ分ハ、必ズ払ッテ貰ウ」

 

「・・・・・・へ、返済って? どうやって?」

 

 その敦の問いに、スタンドは冷酷に事実を答える。

 

「一回時間ヲ遡ルゴトニ、1年分。オ前ノ寿命ヲ頂ク。ダカラァ・・・・・・。ダイタイコレマデノ使用回数ヲ計算スルトォ・・・・・・。ザット、249年分ッテトコカナ」

 

 頭の中が真っ白になった。

 

 何だって?

 

 にひゃくよんじゅうきゅうねん? ・・・・・・249年?

 

 そんなの返せるわけない・・・・・・

 

「・・・・・・返セルワケナイッテ顔シテルナァ。デモヨォ。取立テハモウ、始マルンダゼ?」

 

 ・・・・・・どうやって?

 

 そう、敦が問うまもなく、突然、暴走した車が敦目掛けて突っ込んできた。

 

「!?」

 

 あまりの突然の不意打ちに、敦は受身も取る事が出来ずに、吹っ飛ばされた。だが、死んではいない。多少の擦り傷は負ったが、まだ無傷だ。

 

「・・・・・・正確ニ言ウト。オノ寿命ハモウ尽キテイルンダ。後ハドウヤッテオ前ヲ殺スカ。ミンナデ審議中ダ」

 

「ひぃいいいいい。何だよ!? みんなって?」

 

「ソリャア寿命ノ取立人ッテイヤア・・・・・・”死神”シカイネエダロ。タダシ、”運命”トイウ名ノ死神ダケドナァ」

 

 四つんばいで這いつくばっていた敦の周囲に影が出来る。それはだんだんと大きくなってきて、やがで敦自身をすっぽりと覆ってしまう。

 

 上に何かある?

 

 それを敦は最後まで確認できなかった。

 劣化して脆くなったマンションのコンクリートの一部が落下し、敦の体に直撃したからだ。

 周囲には敦のほかにも数名の学生がいたが、”なぜか”彼らには一片の欠片も当たらなかった。

 

 

「・・・・・・ナンツウカヨォ。コンナコトニナッテカライウノモナンダケドヨォ・・・・・・。オ前ガ本当ニ幸運ダッタノハ、能力ニ目覚メル前ダッタヨナァ・・・・・・。世間ニ対シテブツクサ文句イッテル時ガ、一番幸セナ時間ダッタノニヨォ・・・・・・ッテ、モウ聞イチャイネェカ・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

 スタンドは、物言わぬ骸と化した敦の周りをフワフワと漂い、やがて彼からは離れていった。

 

「オッ、離レラレル。ラッキー。・・・・・・次ハ、モット面白ソウナ奴ニ憑リツキテエナァ・・・・・・」

 

 周囲に野次馬が集まってくる。

 

 スタンドは周囲の人ごみの中に紛れ、やがてその姿を消した・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後三時。

 

 「・・・・・・ぼくじゃない、ぼくじゃない、ぼくじゃない、ぼくじゃないっ!!!!」

 

 どこをどう走ってたどり着いたのか、わからない。和喜は自宅のアパートまでたどり着くと、そのまま布団を被り、ブルブルと震えている。

 

 さっきまでの光景が頭から離れない。あれは本当に、現実の出来事なのか?

 

 たしかにぼくはあいつらに消えて欲しいと願っていた。

 

 それを叶えてくれるといった出来物の誘いに乗った・・・・・・

 

 でも、でも・・・・・・こんなことになるなんて・・・・・・

 

「うっ!?」

 

 急に吐き気を催し、和喜は洗面所に駆け込んだ。

 

「・・・・・・うげぇ!!」

 

 中の内容物を全てぶちまけてしまった。

 

「・・・・・・」

 

 ふいに鏡を見る。血の気の引いた酷い顔がそこにあった。だが、酷いのはそれだけではなかった。

 

「うっ、腕が!?」

 

 和喜の右腕が、正確に言うと右腕の出来物が、急成長を遂げていた。大きさはミカン大位。それがだんだんと大きくなっている。

 

「ひぃいいいい!」

 

「・・・・・・そんなに驚くなよ。大丈夫。落着きなって。これからお互いが入れ変わるだけなんだからヨォ」

 

 出来物は急成長を遂げ、次第に人間のような形状になっている。頭が出来、腕が生え、胴が伸び・・・・・・。反対に和喜の体は少しづつ、出来物に吸収されるかのように縮んでいく。

 

「・・・・・・お前の体を乗っ取って、パワーを得た。これで完全に入れ代われる。・・・・・・今までありがとうよ、お前は依り代としちゃ、最低だったぜぇ!!」

 

 出来物は出来たばかりの醜い顔を、さらに醜く歪ませ、笑う。和喜は既に赤ん坊くらいのサイズにまで縮み、体を動かす事が出来ない。

 

 吸収される? いや・・・・・・侵食されているんだ・・・・・・

 

 消えていく・・・・・・。ぼくの意識が・・・・・・

 

 ・・・・・・

 

 ・・・・・・和喜の意識は、そこで途切れた。

 

 

 

 

 

「ひゃはははははぁ! もうすぐ、もうすぐ肉体を得る事が出来る! 馬鹿な宿主に代わって、俺が”内田和喜”に成り代わるんだ! まずは何をしよう!? フへへへッへへ」

 

 宿主から肉体を奪ったことに、喜びを禁じえない”スタンド”は高笑いを繰り返す。その時、玄関のドアが開き、一人の人物が顔を出す。

 

「なぁ!?」

 

 それはショートカットの少女だった。彼女は軍服の様なものを着込んでおり、鋭い目つきでこちらを見つめている。その服の襟にはS.A.Dという刺繍が施されているのが見える。彼女は腰から下げた刀袋から、刀を取り出すと、構えの姿勢もとらずに、その刀を床に突き立てた。

 

「なんだぁ!? てめえはぁ!?」

 

 突然の乱入者に怒りと戸惑いの声をあげるスタンドに対して、少女は凛とした声で返答する。

 

「S.A.D 第二支部・隊員ナンバー2、黛 纏(まゆずみまとい)! あなたを、退治しに来たものです!」

 

「退治ぃ!? その刀でかぁ!? そんな刀でどうやって俺を切るっつーんダヨォ!!」

 

 出来物の言うことも もっともだ。少女は刀から鞘も抜かずにいるのだ。しかも、この刀には、鎖によって封印がれており、安易に刀から抜くことも出来ないのだ。だが、そんな事に、少女は動揺もしていない。

 

「刀を抜くのは、私ではありません。この刀に宿る、スタンドですっ!」

 

 その瞬間、床に突き立てた刀から、何かが姿を現した。

 

 頭に纏う巨大な王冠。

 

 全身にくまなく巻かれた包帯。

 

 右手に持つ輝く刀身と刀を振るうにふさわしい筋肉質な体。

 

 

 それはスタンドだった。

 

 

 

 ・・・・・・世の中には稀に、本体が死亡しても、そのまま消滅せずに現世に留まるスタンドがある。それは例えば、刀であったり、時計であったり、拳銃であったり、人形であったり・・・・・・。たいていが土地や物に縛られており、しばしば呪いの土地や、アイテムとして伝承で語り継がれたりする。

 そして、そんな呪いのアイテムを使いこなす人間もまた、存在する。

 

 彼女、黛 纏は、そんな一族の血を引く少女であった。彼女自身はスタンドを認識することは出来ない、だがこの刀、”オシリスの妖刀”と同化することにより一時的にそれが可能になるのだ。

 

 

「・・・・・・ゲェ!? スタンド!? ば、馬鹿な!?」

 

 驚きの声をあげる出来物。一瞬にして実力の差を感じ取った彼は、どうにか逃れようとするも、それが出来ないことを悟る。

 

「・・・・・・」

 

 オシリスのスタンドが自身の体重を乗せ、自分目掛けて刀を振り下ろしているのを見たからだ。

 

「まッ待て!? 俺を殺したら、宿主のコイツもッ・・・・・・!?」

 

 その言葉を、最後まで言えなかった。出来物は、体を真ッ二つにされ、そのまま、ズブズブと煙を上げると、消滅してしまった。

 

「・・・・・・オシリスの怪刀。その能力は、触れた物体や人間の呪いを浄化する事が出来る・・・・・・」

 

 そういって、スタンドを刀に戻す。

 

「・・・・・・」

 

 そこには、床に倒れている和喜の姿だけがあった。

 

 

 

 

 

「・・・・・・良かった。気が付いたね」

 

 気が付くと、見慣れない少女がいた。少女は和喜の顔を覗き込み、状態を確認している。

 

「危ない所だった。もう少しで、君はアイツに取り込まれていたよ。でも、もう大丈夫。アイツはこの世から消え去った。もう悪さすることもない」

 

「・・・・・・君は? だれ?」

 

 思わず訪ねてしまう。こんな女の子。絶対に知り合いなどではないはずだ。

 

「チャットで、君の助けを求める文章を見て、いてもたってもいられなくなったんだ。嘘にしては話に信憑性があったし・・・・・・。だから、悪いけどチャットの運営者に頼んで、君の住所を教えてもらったんだ。”日陰者”くん?」

 

「・・・・・・もしかして、”フラワー”さん?」

 

 そう問いかけると、少女はニッコリと和喜に微笑みかけた。

 

 

「・・・・・・ことばが、届いた・・・・・・」

 

 和喜は誰ともなしにつぶやいた。

 

 不意に、委員長の言葉が思い出された。

 

(ほんとの事、話したいことを話してもくれなくて、どうやって分かれって言うのよ!?)

 

 本当にその通りだ・・・・・・。

 自分の中でだけ気持ちを押し込めて、それで相手にわかってくれなんて、独善的過ぎる・・・・・・

 

 あの時初めて、自分の言葉をチャットを通して発した。

 大抵の人は、無関心のままだったけど、それでも、耳を傾けてくれる人がいた・・・・・・

 

(踏み出す勇気・・・・・・か・・・・・・)

 

 少女に介抱されながら、和喜はそんなことを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後六時半。

 

「くそっ! どこだっ! 一体どこに!」

 

 陽が次第に傾き、夜の様相を呈し始める。

 広瀬孝一は、都会のざっそうの中、一人奔走していた。

 

 あれから一時間近く探したが、手がかりはおろか、痕跡すら見つからない。

 

(どうしたらいい・・・・・・?一体どこを探したら?)

 

 ほとほと困り果てていたその時、メールの着信を知らせる音が入る。

 

「? 誰からだ?」

 

 孝一が開いたメールには件名でこう記されていた。

 

 

 件名:高井直人の居場所

 

 

「!?」

 

 そのメールには、高井の現在位置の情報が記入されている。

 

「なんで? 一体誰が?」

 

 だが、迷ってはいられない。相手が何者だろうと、今は僅かな可能性にでも賭けるしかないのだ。

 孝一は一抹の不安を禁じえなかったが、そのメールの記されている場所に行ってみることにした。

 

 

 

 

「・・・・・・」

 

 高井の位置情報を孝一の携帯に送信し携帯をぱたりと閉じる。佐伯にネリーと呼ばれた褐色肌の少女は、そのまま、街の雑踏に消えていく孝一の後姿を眺めている。

 

「一人で捕獲できないこともないけど、面倒くさいリスクは避けなきゃね。・・・・・・悪いけど、協力してもらうよ。広瀬孝一君・・・・・・」

 

 

 

 

 

 とあるビルの屋上。

 学園都市の誇る巨大な風力発電の風車を遠巻きに眺め、狼型のスタンドが遠吠えをする。しかし、スタンドである彼の遠吠えに耳を傾けるものなど存在しない。それに構わずスタンドは遠吠えを繰り返す。まるで、原始の記憶が呼び覚まされたかのように、何度も、何度も。

 

「・・・・・・」

 

 右手にはぐったりとし、意識がない状態の高井が、しっかりと握られている。

 

 その時、ガチャリと屋上のドアが開く。そこに顔を出したのは、広瀬孝一だった。

 

「高井君・・・・・・」

 

 孝一は高井の無事を確認すると、スタンドと向き合い、エコーズact3を出現させた。

 

 そのエコーズの姿を見るなり、スタンドは敵意のこもったうなり声を上げ、孝一と対峙する。

 

 ビリビリと下っ腹に響く威圧感。

 

(なんとかして、アイツから高井君を引き剥がす! だが、出来るだろうか?)

 

 なんとなく嫌な予感を感じながら、孝一は敵の前に一歩足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 




やっとこさ、古瀬君と内田君のエピソードを終えることが出来た・・・・・・
長かった・・・・・・


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敗北は血の味

やはり戦闘シーンって、難しい。こればっかりは、どんなに書いても慣れるもんじゃない・・・・・・


スタンドとは精神エネルギーの具現化である。その形状、能力は、それぞれの本体が持つ願望に如実に反映される。だとすれば、現在孝一と対峙しているこの人狼型のスタンドは、高井直人の夢・希望・こうありたいと願う理想の自分。それらが結実して産まれた、彼そのものであるといえる。

 

 彼、高井直人は未来に展望を見出せない少年だった。いつもどことなく息苦しくて、周りと同調する事に抵抗を持っている。自分には何かが出来るという漠然とした思いはあるが、その何かが分からない、そんないらつく毎日を送っていた。

 

 この窮屈な毎日をぶち壊したい。

 

 いつしかそんな鬱屈した思いをもつようになっていた。

 

 --破壊する--

 

 その願望が恐らく、このスタンドの誕生理由である。だが、そのスタンドを押さえ込むだけの精神力を高井は持ち合わせて居なかった。産まれた瞬間は従順であった彼のスタンドは、日数を重ねるたびにしだいに彼のコントロールを離れていった。

 

 これからどうするのか?

 

 それはこのスタンドにも分からない。だから、自分の中にある欲求に素直に従うことにした。

 

 それは

 

 ”敵対するもの全てを破壊すること”

 

 

 

 

「ウオオオオオオオオオ!!」

 

 スタンドが吼え、孝一に向かい突進してくる。

 

 その足元には、エコーズact2が作りだした相手を吹き飛ばす文字が張り付いている。だが、狼の巨人は吹き飛ばされても、しばらくするとムクリと起き上がり、再び孝一に向かって突進してくる。

 

「これで何度目だよ? 何て頑丈なヤツなんだっ!」

 

 まるで堪えていない。スタンドはダメージを追うどころか、逆に孝一の攻撃に対して怒りを募らせている。本来なら、もっと強力な音を作り出すことも可能だ。だが、それをすれば本体である高井にまで影響が及ぶ。

 

「!?」

 

 ちょっと目を離した隙にスタンドの姿がない。

 

「孝一様。上デス。奴ハ上空ニジャンプシヤガッテイマス」

 

 act3の指摘で、ハッと上空を見た時にはもう遅い。スタンドがその巨体を揺らしながら孝一に向かって急降下し終える直前だった。

 

「うわあああ!? act3ッ! このスタンドを重くしろぉ!!」

 

「了解。3 FREEZE(スリーフリーズ)!!!」

 

 とたんに、スタンドの右腕に、何十キロもの重さがかかり、そのまま地面に叩き付けられる。そのあまりの衝撃に、床のコンクリートに大きな亀裂が入る。だが、それでもこの狼の巨人は止まらない。その重い右腕をズルズルと引きずりながら、地面から立ち上がってみせたのだ。

 

「馬鹿な!? 右手を重くしたはずだ!? 立ち上がれるはずなんてないんだ! ・・・・・・はっ!?」

 

 スタンドは足を大きく後に振り上げると、そのままコンクリートを抉り、その塊を、まるでサッカーボールの様にして孝一に蹴りだした。まるで弾丸の様に打ち出されたそれを、孝一はact3でとっさに防御する。

 

「ウグッ!?」

 

 だが完璧に、とまではいかなかった。その衝撃に、孝一の体はたまらず後方に弾き飛ばされ、ビルの壁にしこたま頭をぶつけてしまう。一方のスタンドは、さっきまで重かった右腕が急に元に戻ったので、再び孝一の方へとその歩を進める。

 

「~~痛っ~~!? なんて頑丈で、馬鹿力のヤツなんだ。エコーズの攻撃がまったく通用しない・・・・・・」

 

 孝一は先程からエコーズを様々な形態に切り替えては、狼のスタンドと対峙している。だが、まるで効果を得られない。ヤツは重くしようが、文字で吹き飛ばそうが、かまわず孝一に向かってくる。

 

(アイツを高井君から引き剥がしたいけど、それは少し難しい。アイツの強靭な肉体は、けっしてその手を離さないだろう・・・・・・。おまけに、あまり強力な攻撃は出来ない。スタンドが傷付けば、本体の高井君にもダメージが及ぶ。・・・・・・くそっ、せめて後一人、援軍がいれば、何か妙案でも浮かぶかもしれないってのに・・・・・・!)

 

 その時、狼のスタンドは孝一の約10メートルで突然その歩みを止め、その拳をコンクリートに叩き付けた。

 

「何、を!?」

 

 そう言おうとして、スタンドのやろうとしていることを理解した。

 

 スタンドの右手には、自身の拳で砕いた、コンクリートの塊が握られており、その腕の筋肉が次第に盛り上がっていく。

 

「グワゥルルルルルルル・・・・・・」

 

 

 投石

 

 そのシンプルな攻撃手段に孝一は震えた。

 

(こいつっ! 近寄らせないつもりだっ! 一定の距離を保ったまま。延々と投石を繰り返す! シンプルだけどヤバイッ! この攻撃はヤバイッ!)

 

 そして、狼のスタンドは軽く助走をつけながら、孝一に向かって投石を開始した。肉眼では追い切れないほどの超スピードで投げつけられたコンクリートは、もはやそれ自体が弾丸や大砲と同じである。

 

「act3っ! 叩き落せるか!?」

 

「S・h・i・t! コイツハ、骨ガ折レソウダ」

 

 そういいながら、必殺の3 FREEZE(スリーフリーズ)を繰り出すact3。

 

 その瞬間----

 

「!?」

 

 投げつけられたコンクリートは、act3によって、何とか防ぐ事が出来た。叩き落されたコンクリートは、地面に深く深くめり込んでいる。

 だがそれよりも驚いたのは、突然乱入してきた少女の存在だ。褐色の肌を持つ彼女は、自身の体から何か手のようなものを浮き上がらせると、その拳で、スタンドの両目を殴りつけた。

 

 

「ウギャォオオオオオオオ!!!」

 

 それがあまりにも突然だったので、不意をつかれたスタンドは、思わず握っていた高井の体を離してしまう。すると、少女は今度は高井目掛けて攻撃を仕掛けてきた。

 

 「どすっ」という音が聴こえてくるくらい、深く心臓を抉る少女のパンチ。

 

「・・・・・・心臓を停止させた。いくら強靭なスタンドだろうが、本体が死亡しては、その存在を維持することは出来ないわ」

 

「・・・・・・」

 

 狼のスタンドはそのままズシンと膝をつくとそのまま倒れこみ、やがてその存在が嘘だったかのように、消えていった。

 

「・・・・・・なんてね。ホントは仮死状態にしただけだから、適切な処置をすればまた蘇生できるんだけどね・・・・・・。たぶん・・・・・・」

 

 小声でそういうと、少女は孝一の方に振り返る。

 

 褐色の肌にウェーブのかかった髪。グレーの制服。おそらく孝一より年上であろう少女は、孝一をじっと見つめながら目を細め、微笑む。その笑みは、孝一が「ホントに笑っているのか? 」 というほど作り物っぽかった。

 

 

「・・・・・・君には感謝しているわ。このスタンド、頭は悪いけど、体力だけは馬鹿にあるから。一人だと骨が折れるなって思ってたのよ」

 

「彼らに人体実験を行った組織の人ですか・・・・・・?」

 

 突然の乱入者に驚くも、美晴との会話から大体の察しはついていた。たぶん彼女は回収人。こうして自分達が行った実験の、後始末専門の人間。今回は高井のスタンドが暴走した為、こうして回収に来たのだ。

 

「察しがいいね。それじゃあこのまま、黙って引き下がってくれるとうれしいな」

 

 少女はそういうと高井を担ぎ上げようと身をかがめる。だが、それを広瀬孝一は許さない。

 孝一は、彼女の肩を掴みこう宣言する。

 

「あんたを捕まえる。ついでにあんたの組織のやつらも捕まえる。そして、高井君も助ける。・・・・・・あんたがどんな強力なスタンドをもっていようが、必ず・・・・・・」

 

 孝一が掴んだ肩を、彼女は撫でるようにして触る。彼女は少しも動揺していなかった。まるで、自分の絶対的立場が揺るがないというかのように。そして--

 

「やっぱりね。簡単には通してくれないかあ。それじゃ力ずくで!」

 

 言うが早いか、彼女は自身の体からスタンドを出現させ、転がっている高井の体を持ち上げ、孝一に投げつけた。

 

「な!?」

 

 何かやるとは思っていたが、まさか高井を盾に使うとは予測できず、孝一は反応が遅れてしまう。瞬間、鋭いパンチが孝一の顎にヒットし、思わずのけぞった。

 

「グゥ!?」

 

 さっきの攻撃で脳震盪を起こしたのか、頭がぐらぐらする。だが、何とか体制を整え直し、敵である少女に向き合う。

 

(これが、こいつのスタンド・・・・・・!)

 

 そこには白銀色に輝くスタンドがいた。全体的に丸みを帯びた人型フォルム。そいつが孝一の前に立ちはだかる。

 

「メタル・イリュージョン・・・・・・。君はもう、逃れられないよ」

 

 少女はそういって再びパンチを繰り出す。

 

(早いけど・・・・・・。かわせない速さじゃない。このまま3 FREEZE(スリーフリーズ)を叩き込む!)

 

 そういって、孝一はカウンターを狙い、act3のパンチを繰り出す。だがそれは失敗に終わった。

 

「え?」

 

 体が揺れる? 足がふらつく・・・・・・。さっきの脳震盪が、まだ回復していないのか?

 

 結局孝一の体は、少女のスタンド『メタル・イリュージョン』の攻撃をかわす事が出来ず、そのパンチをまともに受けてしまった。とたんに、激しい激痛が、孝一を襲う。

 

 どろり、と 口の中で鉄の味がする。どうやら口の中を切ってしまったようだ。

 

「・・・・・・何が起こったのか、理解できていないって顔をしてるね。わかっている? 自分の置かれている現状に」

 

「ぐっうう・・・・・」

 

 孝一はたまらず膝を落としてその場にうずくまってしまう。

 

 頭がぐらぐらする。

 

 口から血がボタボタと滴り落ちる。

 

 殴られた箇所の、激痛が酷い。

 

(なんだこれ? なんだこれ? なんだこれ?)

 

 孝一は訳が分からなかった。体からは力が抜け、視界全体が揺れているかのようだ。まともに立ち上がる事が出来ない。

 

 ・・・・・・さっきから、血が止まらない・・・・・・

 

 何故だ? そろそろ止まってもよさそうなものなのに・・・・・・

 

 その時孝一はある可能性に思い至った。それを確かめるために、act3に孝一自身の腕を手刀で傷つけさせる。

 

「・・・・・・」

 

 傷つけさせた箇所から僅かに血がにじみ出るが、それはしばらくするとやがて、止まった。

 

 ボタボタとさっきから延々と流れ続ける口の傷と比べると雲泥の差だ。

 

(・・・・・・まっ、まさかっ! こいつの能力は!?)

 

「やっとわかったの? お馬鹿さん? でも、もう遅いよ。我が『メタル・イリュージョン』の能力からは逃れられない」

 

「っ・・・・・・!!」

 

 

 ・・・・・・生命には再生能力が備わっている。手を切ったり、擦り傷をした時、しばらくすれば出血が止まり、やがて傷が塞がるのは、体の組織がその損傷箇所を修復するからだ。

 

 それがもし、阻害されたら?

 

(”再生させない”・・・・・・。くわしい言い方は分からないが、こいつの能力は殴ったものの再生能力を阻害するというもの・・・・・・。殴られればダメージは回復せず、刺されたら、その箇所からは延々と血が流れ出すっ! ・・・・・・だとしたら、この状況で、僕に勝ち目は・・・・・・)

 

 そう、もうない。

 

 この少女の、スタンドの攻撃を食らった時点で、孝一に勝機はなかったのだ。

 

 完全に、かたに嵌められた・・・・・・

 

 孝一の、敗北だった。

 

 

「悪いけど、タイムアップだよ。ぐずぐずしてると、本当に彼が死んでしまうからね。お遊びはここまで」

 

 そういうと、少女は孝一の胸倉を掴むと、その顔面を思いっきり殴りつけた。

 

 

 

「ぅ・・・・・・」

 

「あっ。そういえば、名前を言ってなかったね。私の名前はネリー。下の名前はない。ただのネリーだよ。また機会があったらあいましょう」

 

 そしてネリーはスタンドで高井の体を抱え上げると、ビルの屋上から姿を消した。

 

 後に残されたのは、殴られ、気を失った孝一だけ。

 

 

 時刻は午後八時三十分。

 一連の事件はこうして幕を閉じた・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 




たぶん、後1話で完結です。


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スタートライン

やっと終わりです。終わってよかった。
一気に気が抜けました・・・・・・


「いやあ、今回は残念な結果になっちゃったね」

 

 とある研究施設。その一室で、佐伯は部下のネリーからの経過報告書を読み、彼女にそう答えた。

 

「・・・・・・5名の被験者のうち3名が死亡。一名はスタンドが消失。そしてもう一名は・・・・・・」

 

 そういってネリーは、部屋の透明ガラスのはるか向こうにある、巨大な水槽に目を向ける。そこには、実験体である高井直人が入っているからだ。彼は今、佐伯による新しい実験のサンプルとして、スタンドと本体とを切り分ける実験に強制的に参加させられている。

 

「・・・・・・私は以前。このT-01を、世界中の軍事各国に売り渡すといっていたけど、それはヤメ。中止することにしたよ。だってそうだろう? 100人が投与して、約半数もの人間が意識不明になったり、能力を暴走させてちゃ、話しにならない。兵器としてはあまりに不完全で危険極まりない薬品だ。・・・・・・つまり、T-01は完全な失敗作ってことだ」

 

 腰掛けている椅子をギィとならし、佐伯は今回の実験の正直な感想を述べる。だがその顔には落胆したような表情は見られない。むしろまた、新しい悪戯を思いついた子供の様に、ニヤニヤと一人笑いをしている。

 

「・・・・・・開発は、中止ですか?」

 

「中止? とんでもない。確かにT-01を海外に売りに出すことはやめにしたよ? だけど、それで終わりじゃない。もっと、別の使い道もあると思うんだ」

 

 ネリーの問いに佐伯は、”何を言ってるんだ?”と言う様な表情でそう答える。そしておもむろにこんなことを言い出す。

 

「昔、ある科学者がいてね。人間の体を機械のパーツに交換した場合、どこまで自我が維持できるかという実験を行っていたんだ。その結果得られたのは、人間は脳みそとそれに繋がっている神経さえあれば、自我を保てるということなんだ」

 

「はあ・・・・・・」

 

 佐伯が何を云わんとしているのか分からず、ネリーは曖昧な返事を返す。

 

「つまりさ、脳みそを大量に複製し、それにT-01を投与すれば、今よりもっと隠密に、かつ確実にスタンド能力を入手出来るとは思わないかい?」

 

 すごいことを思いつくなとネリーは思った。だが、すぐさまある疑問が浮かんだので、素直に質問してみることにした。

 

「ですが、スタンドの発現条件や能力は、本体のそれまでの生活環境・人生観などに左右されます。全てが白紙の状態の脳にT-01を投与しても、意味が無いのではないでしょうか?」

 

 そのネリーの問いに佐伯は「その点は大丈夫さ」と自信たっぷりに太鼓判を押す。

 

「わが組織が誇るスーパーコンピュータを使う。そいつに様々な年齢、性別、職業、環境、親友の有無、家族間構成その他諸々を何パターンもシュミレートさせ、それぞれの脳に移植する。まあそれでも成功確率は30パーセント位だけど、数人を攫って足がつくよりかは遥かに安全だし、なにより隠密に活動できるしね」

 

 佐伯は両手を頭で組み、机を蹴ると、椅子をクルクルと回転させた。

 

「子供ですか」

 

 ネリーは佐伯の行儀の悪さに辟易してつぶやく。しかし、当の佐伯は我関せずだ。

 

「スタンドの研究に関しては、我々はまだスタートラインに立ったばかり。ずぶの素人と同じだ。まあ色々と、試行錯誤してみましょう・・・・・・。試してみたいこともあるしね」

 

 そういって、彼はこれからのことを思い浮かべ、ほくそ笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 あの出来事から一週間が経過した。その間、彼・内田和喜の生活は劇的に変化・・・・・・することもなく、今までと変わらない毎日を送っている。唯一変わったことといえば、イジメグループが和喜の事を虐めなくなったことくらいだ。彼らは、和喜の姿を確認すると、とたんに恐怖で顔を歪ませ、その場から逃げるようにして去っていってしまう。

 

「内田君、次の授業は多目的ホールよ。急がないと遅刻しちゃうわよ」

 

「うん。ありがとう、委員長」

 

 訂正、もう一つ変化した事があった。それは----

 

 

 

 

 4日前、つまり和喜が、黛によってスタンドから解放されてから3日後。彼女の上司という人間が現れ、事情聴取を受けることとなった。とはいえ事件について根堀葉堀、執拗に聞かれるということは無く、ごく形式的なものだった。

 

 場所はどこで、どのような種類の薬を投与されたのか、和喜の他に何人の被験者がいたのか、それくらいだった。それが、あまりにあっけなかったので、思わず「本当に終わりなんですか」と聞き返してしまったほどだ。

 上司の人が言うには、スタンド絡みの事件は立証が難しく、特に目立った被害が確認できない以上、踏み込んだ捜査は出来ないとのことだった。むしろ事件を解決できたこと自体が珍しく、今回は非常に稀なケースらしかった。上司の人は事情聴取を終えると、「それではお疲れ様」と言い残しそのまま帰ってしまった。

 

「・・・・・・」

 

 事情聴取を終え、和喜はベッドに横になる。そしてそのまま壁の一点を見つめ、動かない。

 

 和喜はこの三日間、学校をズル休みしていた。学校に行くのが怖かったからだ。暴言を吐いてしまった委員長に合わせる顔が無かったし、何よりあの四人組がどうなったのか、知るのが怖かった。だけど、いつまでもこうしていることは不可能だった。どんな結果でも、それは自分が引き起こした事、甘んじて受け入れなければならない。

 

(あした、学校へ行こう・・・・・・)

 

 そう和喜が決意したその時、不意にドアをノックする音が聴こえた。先程の上司の人だろうか? そう思いドアを開けるとそこには意外な人物がいた。

 

「委員長・・・・・・」

 

 そこにはブスッとした顔をして、和喜の顔をジロリと睨み付けている委員長がいた。彼女は手に持ったプリントの束を和喜に押し付けるようにして手渡すと、「卑怯者!」といって、和喜を糾弾した。

 

「・・・・・・あの時、暴言を吐いたのは悪かったと思っているわ。でも、次の日から三日も学校を休むなんて、卑怯だわ。なによ? 無言の抵抗、いやがらせって訳? 私が和喜君をどんなに傷つけたのか、反省しろって?」

 

 矢継ぎ早にぶつけられる委員長の言葉に和喜は成すすべがない。

 

「あの・・・・・・その・・・・・・。なんというか・・・・・・ゴメン」

 

「本当に悪いと思ってるんだったら、ちゃんと学校に来なさい! じゃなかったら、イヤミすら言えないじゃない・・・・・・バカ」

 

 何か、いつもの委員長と違う。和喜はそう思った。ひょっとしたら、今の方が彼女の”地”なのかもしれない。

 

「とにかく! この三日間。あたしは罪悪感に苛まれていたの。まずその謝罪を請求するわ。だから、ズル休みなんかせず、きちんと学校で、あたしに謝ること! 以上!」

 

 そういうと委員長はくるりと背を向け、そのままドアから出て行った。心なしか顔が赤かったのは気のせいではないだろう。

 

 

 

 

「内田君、次の授業は多目的ホールよ。急がないと遅刻しちゃうわよ」

 

「うん。ありがとう、委員長」

 

 和喜は委員長と並び、一緒にホールまで向かう。

 

 あれから、委員長とは少しだけ仲良くなった。必要な時しか会話しなかった今までとは雲泥の差だ。何故だろう? お互いの地の部分を見せ、罵りあったからだろうか? でも、悪い気分じゃなかった。むしろ心地よく、和喜はこの関係をもっと維持したいと思うようになっていた。でも、それにはやらなければならない事が一つある。彼女と本当に友達になるためには、和喜の口からキチンと相手に伝えなければならない。

 

 それが、すごく怖い。

 

 彼女に拒絶されたらどうしよう? それが怖くて、一歩踏み出せない。

 忌々しいけど、あの佐伯って人の言葉が思い出される。

 

(何かを得るためにはリスクを犯さなくちゃならない時がある)

 

 そうだ、ここで一歩踏み出さなきゃ・・・・・・。何も変わらない。友達になってほしいなら、キチンと伝えなきゃ。その思いが、和喜に勇気をふるい起こさせる。

 

「あのさ・・・・・・委員長」

 

「ん?」

 

 和喜は突然ぴたりと止まり、委員長を呼び止める。

 

(伝えたい思いはたくさんある。だけど、長々と説明なんて出来ない。頭では分かっていても、言葉が追いついていかない。きっと吃(ども)ってしまう。だから、一言。たった一言でいい。言葉に出して言うんだ。断られても構わない。何もしないよりずっといい!)

 

 そして和喜はその一言を口にする。

 それがたぶん、彼にとっての、スタートライン。

 

「委員長! ぼくと、友達になってくだしゃひ!」

 

 ・・・・・・思いっきり、噛んでしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・久しぶりだね、美晴さん。そろそろ会えるんじゃないかって気がしていたよ」

 

 いつか夢で見た草原が広がる場所で、孝一は美晴と再会を果たしていた。あの事件から一週間ぶりの再会である。だが、美晴を見る孝一の表情はどこか浮かない。

 

「・・・・・・失望、させちゃったかな? あんな不甲斐ない結果になっちゃって。結局、君との約束は守る事が出来なかったよ・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

 美晴は答えない。いや、それどころか、体が少しずつ透けてきている。よく見ると微妙に、周囲の景色もうすぼんやりとしている。おそらく美晴は、最後の力で孝一に会いにきたのだ。

 

「何か、言ってくれよ・・・・・・。罵ってくれよ。”うそつき”でも、”ふざけんな”でも何でもいいから!」

 

 孝一は感情をあらわにして、あらん限りの声で美晴に向かい叫ぶ。その孝一の絶叫にも近い感情の吐露に、触発されてか、ようやく美晴が口を開いた。

 

「・・・・・・思ってもいない事を、言うことはできないわ・・・・・・。そんなに自分を卑下しないで。あなたは、良くやってくれた」

 

「でもっ! でもっ! 救う事が出来なかった! 助けてあげられなかったっ! 悔しい・・・・・・。すごく、悔しいんだ・・・・・・」

 

 孝一はワナワナと振るえ、拳をぎゅっと握り締めた。

 

「ごめんね・・・・・・。かってにあなたを巻き込んで・・・・・・。あなたに辛い思いをさせちゃった・・・・・・。あなたに期待していなかったっていえば嘘になるけれど・・・・・・。よく言うでしょ? ままならないのが人生って。だから、この結末にも一応納得している」

 

 美晴の体は、すでに下半身が消えており、その体も消滅する一歩手前だ。だが、そこに悲壮感はまったくない。むしろ、晴れやかともいえる表情で、まっすぐと孝一を見つめている。

 

「私は全ての出来事には意味があると思っている。私がこうして君に出会う事が出来たのも。高井君のために奔走してくれたことも、何か意味のあることだと思っている。それが何なのかは、分からないけれど・・・・・・」

 

「美晴さん・・・・・・。行ってしまうのか?」

 

「ええ。でも悲しむことはないわ。死人が、あるべき場所へ戻るだけだもの」

 

 そして、彼女の体は粒子状の粒に変化し、そのまま周囲の景色と同化してしまう。それと同時に世界が白一色に覆われ--

 

 孝一は夢から覚めた。

 

 

 目覚めると、目の前に机があった。どうやら机で書き物をしていて、眠り込んでしまったらしい。孝一の頬に、下敷きにしたノートの痕がうっすらと刻まれている。

 

 時刻は深夜の十二時。朝ではなかった。

 

「美晴さん・・・・・・」

 

 夢の内容は、はっきりと覚えている。あの時、彼女は全ての出来事・出会いには意味があるといっていた。それは本当だ。この一連の出来事は、孝一に何らかの影響を及ぼした。

 

 この一週間。孝一には思うところがあった。だが、それを行動に移すのは、やはり勇気がいる行為だ。なにより本当に信用できるのか・・・・・・。

 

 誰かの助言が欲しかった。孝一の背中を後押ししてくれる誰かの・・・・・・

 

 

 

 

 

「・・・・・・ありゃ、孝一君?」

 

 パソコンで対戦式のネット麻雀をしていた佐天涙子は、孝一からの突然の電話に驚くも、ゲームを中断し、すぐに電話に出る。ここ最近の孝一の様子が少しおかしかったので、それ絡みの電話なのではないかと直感的に思ったのだ。

 だが、電話に出たものの肝心の孝一は「こんな深夜にゴメン」というとそのまま黙り込んでしまう。このままではラチが明かないが、急いで先を促す事はせず、孝一が話しだすまでじっと待つ。やがて、孝一がその重かった口を開き、涙子に質問をしてくる。

 

「あのさ・・・・・・。誰かを助ける事が出来る力を持った人が、その誰かを助けないのは罪だと思うかい?」

 

「なにそれ? ナゾナゾ?」

 

「いや・・・・・・まあ、そんな感じ・・・・・・。深く考えなくていいんだけど・・・・・・」

 

「いや、罪でしょ。それ」

 

 涙子は孝一の問いに実にあっさりと答えを出した。

 

「それって、救命用のうきわをもっている人が、溺れている人を助けないのと一緒じゃない? 絶対罪だよ、罪」

 

「やっぱり、そうだよね・・・・・・」

 

「相談って、それ? 前に夢に出てきたっていう”美晴”さん絡み? ・・・・・・それとも もう、終わってしまった?」

 

 相変わらず、鋭い・・・・・・。孝一は素直に悩みを打ち明けることにした。

 

「実は、僕の能力を人助けに使わないかっていう人がいるんだ・・・・・・。その人は、名前も聞いたことのない組織の人間で正直かなり胡散臭い。でも、話しに乗ってみようかと思う・・・・・・。その人が言ったんだ。さっきの質問を。僕は僕なりにやってたつもりなんだけど、個人じゃどうしても限界がある。だから・・・・・・さ・・・・・・」

 

「な~るほど。孝一君、あたしにハッパかけて欲しいんだ。一応聞くけど、その組織ってホントに大丈夫なの? 信頼できる?」

 

「うん・・・・・・まあ・・・・・・大丈夫だと思う・・・・・・たぶん」

 

 孝一は素直にうんと答える。涙子はしばらくの沈黙の後・・・・・・

 

「・・・・・・なら、いいじゃん。やりなよ。しない後悔よりした後悔ってね。正直、今の気持ちのままで鬱屈した毎日を送るくらいなら、その方がいいって。いざとなったら、あたし達がサポートしてあげるからさ。だから、元気だして? 沈んだ顔は、君には似合わないよ」

 

 そういって、孝一の望みどおりに元気に励ましてくれた。

 

 人間って、単純だなぁ・・・・・・。これだけで、心がジンワリと温かくなっていく。そう思いながら、孝一は、涙子としばらくの間 世間話に花を咲かせるのだった。

 

 

 

 

 

「ふぅ・・・・・・」

 

 孝一は涙子との会話を終え、携帯をパチリと閉じると、以前四ツ葉から受け取った名刺を取り出した。

 

(S.A.D・・・・・・。スタンド絡みの事件を専門に扱った機関、か・・・・・・)

 

 机に頬杖をつきながら、孝一はその名刺をいつまでも眺めていた。

 

 それが孝一にとって、スタートラインに為り得るかどうかは、彼自身にも分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 




これにて第四部完結です。
やはり長編は疲れる・・・・・・。
次回はたぶん、そんなに長くない話をやると思います。その後の予定は未定です。


前回書き忘れたネリーさんのスタンドのステータスです。

スタンド名:メタル・イリュージョン
本体:ネリー

破壊力:C
スピード:B
射程距離:D
持続力:D
精密動作性:C
成長性:D

 殴った生命体の再生能力を阻害する。殴られれば痛みは引くことは無く、切られれば出血は止まることはない。メタル・イリュージョンから受けたダメージは、射程距離外に逃れない限り回復することは無い。相手の体力を少しずつ奪う戦法が得意。


以上です。
正直名前は語感で決めました。特に意味は無いです。なんとなくかっこいいかなと思ったもので・・・・・・

それでは失礼します。


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少女、わが道を行く
ようこそS.A.Dへ


すんごい気軽に書いてみました。


「・・・・・・ふんふんふんふーん。ッタカタッカッターン♪」

 

 セミロングの髪を揺らし、少女が鼻歌交じりに街道を歩く。その足取りは軽く、まるでこれから楽しい事が始まるかのようだ。人通りが無かったら、スキップでもしていたかもしれない。そんな彼女は、とあるビルを目指していた。

 

 

 

 

「ここが、S.A.Dかぁ」

 

 都心の外れ、人通りも少ない所にある、かなり立派な建物を目の前に、広瀬孝一は、感嘆の声をあげた。

 

(けっこう、大きいな)

 

 孝一は名刺に書いてあった番号に電話をして、四ツ葉に見学をする旨を伝えていた。正直、組織に入るにはまだ抵抗があるので、どのような所か、実際に見てみることにしたのだ。時刻は9時。もうすぐ、四ツ葉が案内にくるはずである。

 

「広瀬さん。こっちこっち」

 

 待ち合わせの時刻に四ツ葉はキチンと来ていた。だが、何故だろう? 建物の隙間から顔を出し、こちらに向かって手招きをしている。

 

「何してんです? なんでそんな所から顔を出してんです?」

 

「いやあ、良かった。時間に間に合って。・・・・・・みんな最初は間違えるんですよねぇ。さ、こっちですよ。こっち」

 

 孝一の質問には答えず、四ツ葉はグィッと孝一の手をとると、そのまま、強引に隙間の中を歩き始めた。

 

「ちょっ!? 一体どこ行くんですか?」

 

「まあ、いいからいいから」

 

 薄暗い裏道をしばらく進むと、そこに見えたのは薄汚れた、小さな5階建てのビルが見えた。このビル、概観はかなりくたびれており、まるで、築40年くらい経過しているようだった。そしてそのビルのプレートには『S.A.D』と記されたあった。このプレートだけ、急遽取り付けたみたいに新品で、この薄汚れたビルとあまりに不釣合いだった。

 

「は?」

 

 孝一は頭の中で思った単語をそのまま呟いた。・・・・・・すごく、嫌な予感がした。なんというか、キャッチセールスに声をかけられてついて行ったら、そこはヤーサンの事務所だった的な、激しく騙された感が、このビルからはほとばしっている。

 

「さあさあ、そんなところに突っ立ってないで、ビルに入りましょう。詳しい話はそれからという事で・・・・・・」

 

「・・・・・・ちょっとまて・・・・・・」

 

 思わずタメ口になってしまったが、そんなことはどうでもいい。とりあえず、このあふれ出る怒りを、この男にぶつけなければ気がすまない。

 

「何考えてんだよあんた!? なんだよこのビル!? 話とずいぶん違うじゃないか! どうみても、廃ビルだろこれ!? あの時の口ぶりだと、すごい組織みたいな感じだったのに、どこにいんだよ、そんな人間っ!?」

 

 何か、我々の組織に協力、とか言っていたが、その我々がこのビルの中に存在するとはどうしても思えなかった。

 今この場所には、孝一と、四ツ葉と、このくたびれたビルしか存在しない。

 

「あははは・・・・・・。あれは、その・・・・・・。嘘は言ってないよ? 一応・・・・・・。これからそうなればいいなって言う希望と、多少の誇張はあったかもしれないけれど・・・・・・。そもそも、組織の定義ってさ・・・・・・」

 

(詐欺だ、これ・・・・・・)

 

 言い訳をし始める四ツ葉を無視してそう結論付けた孝一は、くるりときびすを返すと「帰ります」と言い、その場を離れようとする。しかしそれを四ツ葉が許すはずも無かった。四ツ葉はガシッと孝一の体に抱きつき、羽交い絞めにする。

 

「まって! まだ来たばかりじゃない!? 中にはいろうよ! お茶も出すしさ!? 話を! とにかく話をしようっ! な!」

 

「うげっ!? は、離せよ!? せっかくの休日を、こんなことで潰されてたまるか! ・・・・・・帰る! 帰るんだぁぁっ!」

 

 少年と中年男性との絡みは熾烈を極め、お互いがマウントポジションをとろうと、体を入れ替えあっている。そんな不毛の争いに、女性の声が割って入る。

 

「なにをやっているのですか?」

 

 S.A.Dのビルの入り口から、二つの影が現れる。一つはジャージ姿の若い女性。彼女は、頭に頬っ被りとはたきを持って、呆れた顔でこちらのやり取りを見ている。もう一人、いや一体は学園都市の街中でよく見かけるお掃除ロボだった。

 

「堅一郎。お遊びはそれくらいにして下さい。この方が、新しい隊員の方ですか?」

 

 このお掃除ロボットは女性の声で、孝一を羽交い絞めにしている四ツ葉に声を掛ける。どうやらさっき割って入った声の主はこのロボットのようだ。

 

「ああ、ごめんごめん。ハルカちゃん。ちょっとね、広瀬君がね、緊張しちゃってるみたいだから、リラックスさせようと思ってね。 ほら、広瀬君~。スマイル、スマ~イル」

 

 そういって四ツ葉は孝一の口に手を突っ込んで、無理やり口を吊り上げた。

 

「新しい隊員・・・・・・。年下・・・・・・。でも、そんなの関係ない・・・・・・。ブツブツ」

 

 もう一方の、頬っ被りをした女性は、孝一たちを引き離すとおもむろに孝一の両手を握り目を輝かせてこういった。

 

「はじめまして。黛纏(まゆずみまとい)といいます。広瀬さんっ! メールアドレス交換しましょう。お友達になってください!」

 

「へ?」

 

 いきなり過程も何もかもをすっ飛ばして、黛と名乗った少女は、孝一に友達になろう宣言をしてきた。

 

 

 

 

 

 

「え~っと。まずこのビルについて説明します。このビル全部が我々S.A.Dの所有物です。でも、1階から3階は基本的に使いません。・・・・・・こら、そこ。物置部屋だとかいわないように」

 

 エレベーターを上りながら、四ツ葉は孝一にビルの説明をする。孝一は半ば強引にビル内に連れ込まれ、ふてくされ顔だ。そんな孝一の肩を、さっきから笑顔でもみしだいている黛が不気味だった。もしかしてリラックスさせようとしているのだろうか。

 

「四階は第一支部。でも、彼らには会うことはまずありません。彼らは諜報活動をメインとしており、基本的に学園都市の外に、スタンドについての情報を集めてもらっています。メインは5階。ここが我々第二支部の活動拠点です」

 

 チーンというベルが鳴り、エレベーターの扉が開く。このビル。エレベーターの開いた先が、そのままオフィスと直結している構造をしている。つまり、扉を開けば、すぐに第二支部の仕事場なのだが・・・・・・

 

「うわあ・・・・・・」

 

 孝一が感嘆の声をあげたのは、関心したからではない。ビルを見たときに感じたイメージどおりの光景がそこにあったからだ。おそらく倒産したビルの備品をそのまま流用しているのだろう。ホワイトボードやオフィス用の机が並んでいる。その机の上や床には、よくわからない資料や、パンフレットだとかが所狭しと置かれていた。そして、汚い・・・・・・。拭けばほこりが舞うような感じだ。

 

「大丈夫っ! ここら辺は”今”はまだ汚いけどっ! 今必死で掃除中だからっ! 綺麗になるからっ! だから、そんなゴミを見るような目で私を見ないで~!!!」

 

 孝一の侮蔑の視線に気が付き、四ツ葉は顔を覆って泣きまねをする。・・・・・・嘘泣きだと丸分かりである。

そんな四ツ葉を、掃除ロボットのハルカが優しく慰める。

 

「大丈夫ですよ。堅一郎。堅一郎はやれば出来る人だと、ハルカは信じていますから」

 

「ありがとぉぉぉお! ハルカァアアア! 私に優しくしてくれるのは、やっぱり君だけだぁああああ!!」

 

 機械に慰められる中年男性は、はたから見るととても哀愁があった。

 

 

 

 

「・・・・・・とりあえず、説明してくださいよ。S.A.Dってなんなんですか? 本当にスタンド能力を扱った専門機関なんですか? 正直、上層部の人たちは本腰をあげて対策に当たっているとは思えないんですけど」

 

 とりあえず孝一は、疑問に思ったことを四ツ葉に尋ねてみた。というよりも、質問することなどそれ以外ない。話を切り上げてさっさと帰りたかった孝一は、それだけ聞いて帰るつもりだった。

 

「・・・・・・まあねぇ。喫茶店でも言ったけど、上層部の連中は、スタンド能力について懐疑的だ。無理も無いだろ? ここは科学と超能力の街だからね。いきなりふって湧いた未知の能力に、はいそうですかって認定してくれるほど甘くは無い。大体スタンドで物を持ち上げるとか壊したりするとかなら、超能力であらかた出来てしまうしね。」

 

「じゃあなんで?」

 

 孝一の質問に答えるように、「だがそれは確実に存在する」といい、四ツ葉は話を続ける。

 

「例えばさ、君が虐められっこで、殺したい人間がいるとする。そこでちょうど拳銃を拾った。使ってみるかい?」

 

「・・・・・・使いませんよ。仮に使ったとしたら、すぐに特定されてしまうでしょうね。監視カメラとか、指紋とか」

 

「じゃあ、その拳銃が、使っても証拠が残らなかったらどうだい? 一度ロックしたらどんなに離れていても相手に当たるようになっていたり、拳銃自体が自分にしか見えなかったり、撃っても、罪に問われないなんて銃だったら? まあ、大抵の人間は倫理観ってもんがあるから、使わないかもしれないけど、でも、使うかもしれない。そんな危険な代物が大量に出回っているのを、お偉いさんが知ったら、眉唾でも対策に乗り出そうとするだろ?」

 

「それがこの組織ですか・・・・・・」

 

 スタンド能力を有している人間は、学園都市でも大体2割弱。だがそれでも現在は目立った被害報告は出されていない。それは、2割のうち1割の人間はこの能力を悪用しようと考えていない善良な市民だからである。

しかし残りの1割も表立ってスタンド能力を悪用していない。彼らは知っているのだ。目立つという行為は自分達の首を絞めることに繋がるのだと。必ず自分達に仇名す存在が現れることを。その仇名す存在というのが、彼らS.A.Dという事になるのだが・・・・・・

 

「存在は多少は認められても、それ程目立った被害も見受けられない。そもそもスタンドなんて胡散臭い能力がホントにあるのかどうかも疑わしい。それなら別の所に金と予算を組み込んだほうが有意義だ。上のお考えはまあ、そんな所かな・・・・・・」

 

 四ツ葉が「はははは」と自嘲気味に笑う。そして次第に背が丸くなり、ブツブツと独り言を言い出す。なにかのスイッチが入ったようだ・・・・・・。その姿は、すごく不気味だ。

 

「・・・・・・スタンド能力をね? 証明しろっていう上官がいましてね? 私の能力を使って証明することにしたんですよ。私の能力は、まあ力は弱いんですが、隠密行動に特化したものでね。その上司の周辺を探ってみたりしたんですよ。・・・・・・そしたらまあ、出てくる出てくる。横領、不正の雨あられ。それでね、それを告発しようとしたら・・・・・・左遷させられちゃったんですよ・・・・・・。・・・・・・な~にが”新しい職場でも、部下の能力を引き出すような指導をしてください”ですか・・・・・・。こんなボロビルでね。何が出来るって言うんですか」

 

「堅一郎。あなたの正義感。人としてのすばらしさをハルカは知っています。ですから、そんなに落ち込まないで下さい。」

 

「それでも隊長は立派ですっ! 立派に不正と戦いましたっ! これがその結果なら、甘んじて受け入れましょう!」

 

 必死に中年男性をなだめる、ジャージの少女と、ロボ一体。なんともシュールな光景だ・・・・・・

 

「かえろ・・・・・・」

 

 二人の意識が四ツ葉に向いている今のうちにと思い、孝一はそろりそろりとエレベーターの方まで進んでいく。そしてボタンを「開」のボタン押そうとするが、突然エレベーターのドアが開いたためそれが叶わなかった。そこにはセミロングの少女がいた。少女は、クリクリとした瞳をこちらに向けると、大きな声で挨拶をする。

 

「はじめましてっす! 今日からS.A.Dに入る事になった二ノ宮玉緒(にのみやたまお)といいますっ! よろしくお願いするっす!」 

 

 そして彼女は敬礼の真似事をしてニカッと微笑んだ。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

 あまりの突然の出来事でその場にいる全員が固まってしまったが、しばらくすると正気に戻った四ツ葉がこう呟いた。

 

「・・・・・・来る日にち、間違えてない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




たぶんこの話短いです。2話か3話で終わりそう。
でも更新頻度は落ちそうです。


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最初のお仕事

「こんにちわっす! 二ノ宮玉緒といいます! たいちょーはいますか?」

 

「はあ、たいちょーさんですか。・・・・・・申し訳ありませんが、我が社にはそのような名前の社員はおりませんが・・・・・・」

 

 S.A.Dのビルを塞ぐ形で、そのビルは立っていた。だから、S.A.Dを訪ねる人間は、最初のうちは必ずこのビルが目的のビルだと勘違いしてしまう。今受け付け譲を困らせているこの少女もご他聞に漏れず、このビルをS.A.Dと勘違いしていた。少女はキョロキョロと辺りをうかがうと、大声でたいちょーと連呼し始めた。

 

「たいちょぉおおおお! 玉緒っす! どこっすかぁあああああ!?」

 

「おおおおおお客様ぁ!? 何をなさっているのですかぁああ!? ただちに止めてください!!」

 

 今からちょうど10分前の出来事であった。

 

 

 

 

 

 

 

「いやあ~っ。申し訳ないっす。今日だと思ったんですけどねー」

 

 そういって二ノ宮玉緒と名乗った少女は「にひひ」と照れ笑いをして頭をかく。

 しかし、四ツ葉に詫びの言葉を入れるその態度からは全然悪びれた様子は見られなかった。一方の四ツ葉もそんな彼女の態度を平然と受け流し「まあ、来ちゃったもんはしょうがないよね」と、近付きつつ、玉緒と孝一の肩に手をかける。

 しまった、と孝一が思った時には遅かった。

 

「ああ~。予定より一日早いですが、新しい隊員がやってきました。これで、欠勤の一人を除いて隊員数は5名。何とか組織としての体面を保つ事が出来ます。まあ、堅苦しいことは抜きにして、これから皆で仲良くやっていきましょう」

 

「はいっ! 改めましてっ! 二ノ宮玉緒ですっ! これからお世話になるっす!」

 

 その言葉に、その場にいる全員(孝一を除く)が「おお~!」と声をあげる。

 

「いやあ。今日はいい日だ! こうして一気に仲間が増えて! おじさんはうれしいなぁ!」

 

「あの、は、始めましてっ! 黛纏(まゆずみまとい)といいますっ! メ、メルアド、交換しませんか?」

 

「おめでとう。堅一郎。これで本格的にお仕事が出来ますね。ハルカはとてもうれしいです」

 

 孝一と玉緒を中心に隊員たちが集まる。四ツ葉は声高々と、「君達は希望の星だ」と褒め称え、黛は玉緒にさっそくメルアド交換を申し込み、清掃ロボットのハルカは四ツ葉をヨイショしている。

 カオスだ・・・・・・。カオスな空間がそこにあった。

 

 (かえれない・・・・・・)

 

 完全に帰るタイミングを逃した孝一はその場に佇むしかなかった。

 

「んー・・・・・・?」

 

 いつのまにか玉緒がじーっと真顔で孝一を観察している。

 

「ん? ああ、彼は広瀬孝一君。君と同期入隊ということになる。お互い年齢も近いし、仲良くしてね」

 

 そういって四ツ葉は二人の肩をぽんぽんと気さくに叩く。いつのまにか隊員扱いされている孝一はたまったものではないが、それよりジロジロとこちらを観察している玉緒のほうが気になった。

 

「な・・・・・・なんだよ?」

 

 その孝一の問いに、玉緒はしばらく考え込んでからおもむろに---

 

「君、背ちっこいっすね~。かわいいっす」

 

 そういって孝一の頭をよしよしと撫でた。

 

(・・・・・・コノヤロウ)

 

 ビキッと孝一の額に青筋が立ったのはいうまでもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・うううう。なんで僕がこんな目に・・・・・・」

 

「こーいち君っ。頑張るッす! もっと腰に力入れるっす!」

 

 玉緒が孝一にハッパをかけるが、そんなの知ったことではない。孝一は自身におきた理不尽な出来事に呪わずに入られなかった。

 

 いつの間にか孝一はオフィスの清掃を手伝っていた。ジャージに着替え、床や壁をゴシゴシと清掃中だ。その孝一のすぐ隣では、玉緒と纏がいらないファイルやパンフレットなどを段ボール箱に入れている。

 

「まゆまゆ。このファイルはいらないっすねー? 捨てちゃいますよ?」

 

「まゆまゆ!? ああああ・・・・・・今日はなんていい日なんだろぉ。友達が二人も出来ただけじゃなく、こうしてニックネームまでつけてくれるなんてぇ・・・・・・」

 

 纏は玉緒の付けてくれたニックネームがよほど気に入ったのか、天を仰ぐようにしてジーンと感動していた。よほど友達がいなかったんだな。と孝一は思ったが、勿論そんなことは口には出さない。

 

「みなさん。一息入れましょう。ハルカがお茶をお持ちしましたよ」

 

 そういって、掃除ロボットがマジックハンドの手を器用に使い、お茶を持ってきた。きちんとお盆に人数分のお茶を注いで持ってくるさまは、テレビで見たからくり人形みたいだ。

 何でもありだよなぁこのロボット、と孝一は思った。四ツ葉になついているようだが、彼がプログラムしたのだろうか? そういえば、先程からその四ツ葉の姿が見えない。どこにいるのかと思ったが、かすかに香るタバコの匂いで全てを理解した。

 

 かくれタバコだ・・・・・・。あのオヤジ、人をこき使うだけ使っておいて・・・・・・。

 

 怒るのを通り越して呆れた。本当は「何してんですかと」怒鳴り込みたいが止めておく。そんな元気も体力もすでに無い。

 

 

 

「・・・・・・あの、二ノ宮さん。S.A.Dに所属するって事は、あなたも、スタンド能力をもっているのかな? どんな能力なのか聞いていい?」

 

 孝一達が地べたに腰を下ろして一息入れていると、おずおずと纏がそんなことを質問してきた。これから一緒にやっていく仲間の能力に興味津々といった感じだ。

 

「まゆまゆぅ。二ノ宮さんは、他人行儀っすよぉ。自分達もうフレンドじゃないですか。だから下の名前で呼んでくださいよぉ。んーっとぉ。玉緒だから、タマタマでいいっすよぉ」

 

「タ・・・・・・タ・・・!? マ・・・・・・!!?」

 

「ブフォォオ!?」

 

 纏は思わず顔を真っ赤にしてしまい。彼女達の会話を聞いていた孝一は思わず口に含んだお茶を吹き出してしまった。

 

「ん? かわいいじゃないっすか~? タマタマ。語呂もいいし。何かおかしいっすか?」

 

 一人玉緒だけは何がいけないんだという顔をしている。

 

「タッ、タ、タマッ・・・・・・おさん! ・・・・・・玉緒さん! ・・・・・・うう、今はこれが精一杯ですぅっ。玉緒さんって呼ばせてくださいぃ」

 

 纏は何とか玉緒の期待にこたえようとしていたが、やはり、羞恥心には勝てなかったようだ。うっすらと目に涙をためて、弱弱しく、そう玉緒に訴えた。その姿はどちらが年上なのか分からなく程の威厳のなさである。

 

「ま、いいっすよ。名前なんて呼びやすいほうで。ようはフィーリングっすから」

 

 あっけらかんとした表情で彼女は答え、「あ、自分の能力っすけど」と先程の纏の質問に答える。

 

「今の自分の能力は、発火能力(パイロキネシス) っす。レベルは1っす」

 

 そういって玉緒は人差し指をたて、能力を発現させる。ポッ、と小さな炎がそこから現れた。とても戦闘で役立つとは思えないその能力に、纏だけでなく孝一も驚き、つい会話に参加してしまう。

 

「ちなみに・・・・・・。スタンドとかは見えたり・・・・・・」

 

「しないっすよ? まったくもって視えないっす」

 

 そういって玉緒はニヘラっと笑った。

 

「・・・・・・」

 

 おいおいおいおいおいおい。何考えてんだあのオヤジ。来る者拒まずかよ。人員はもっと慎重に選べよな。孝一は心の中でそう四ツ葉に突っ込みを入れた。

 

(はっ!? 違う違う違う。これじゃ、僕がこの組織を心配しているみたいじゃないか。・・・・・・僕には関係ない僕には関係ない。僕は部外者僕は部外者。心配なんかしてないぞ。・・・・・・よーし。落着いてきた。掃除を終わらして早くかえろう。それがいいそうしよう)

 

 そう自分を叱責しつつ、少しずつ深みにはまっていく孝一なのであった。

 

 

 

 

 

 

 オフィスの掃除は結局午後になっても終わらず、残りは明日になってからという事で各自解散となった。時刻は午後三時。やっと介抱された孝一はフラフラとした足取りで帰路につくのだった。

 

 

 

「・・・・・・堅一郎。あなたの采配を疑いたくはありませんが、あの二ノ宮という女性。なぜ彼女の入隊を許可したのか、伺ってもいいですか」

 

 隊員が誰もいなくなったオフィスで、一人くつろいでいる四ツ葉にハルカが尋ねてきた。四ツ葉は孝一達がいなくなったので、机で悠々とタバコをふかしている。

 

「んん~? ハルカちゃんはあの子を気に入らなかったの?」

 

「いえ、個人的には好意を感じていますが・・・・・・。彼女の能力には疑問が残ります。今後のS.A.Dの活動に彼女の能力は必要なのでしょうか?」

 

 言うようになったナァ・・・・・・。などとハルカの成長振りに軽い感動を覚える四ツ葉。彼は咥えていたタバコから煙を「ふうっ」と吐くと、こう答えた。

 

「・・・・・・確かに、彼女の能力は使い勝手が非常に悪い。戦闘面でも役に立たない事がしばしばあるだろう。使い道も分かりづらいしね。だが、使いようによっては、非常に有効な能力だともいえるんだよなぁ・・・・・・」

 

「発火能力(パイロキネシス)が、ですか?」

 

「違う違う。あれは彼女のホントの能力じゃないよ。彼女の能力はね・・・・・・」

 

 そういって四ツ葉はハルカに玉緒の能力を教えてあげた。

 

 

 



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オレンジ景色、空模様

「こーいち君! こーいち君っ!ちょっと待つっすよ~!」

 

「げっ! 玉緒・・・・・・さん」

 

 クタクタになりながら帰路を急ぐ孝一に、元気はつらつな玉緒が声を掛けてきた。気力が大幅に消耗しているこの現状で、彼女の大声はつらいものがあった。しかし彼女は、孝一とは逆の方向へ帰ったはずである。一体なんの用事があるのか? 孝一がそう思っていると、彼女は孝一の両手を取り、「お願いしたい事があったのを忘れていたっす。だからこうして追いかけてきたっす!」と目をキラキラさせて言ってきた。

 

「・・・・・・お願いって、なに?」

 

 出来ることなら早急に退散願いたかったので、ワザと声のトーンを落として不機嫌そうな表情を作ってみたのだが、彼女にはなんのダメージも与えられなかった。そして彼女は孝一にお願いをしてきた。それはもう、シンプルにはっきりと。大声で。

 

「こーいち君っ! お願いっすっ! スタンド見せてくださいっ!!」

 

「・・・・・・」

 

 何事かと孝一たちを見つめる人々の視線が痛かった。

 

 

 

 

「おおおお! これがこーいち君の”エコーズ”っすかあ? 見えないけどぬいぐるみみたいな感触っす!」

 

「うひゃひゃひゃ!? ちょ!? どこ触ってんだよ、バカっ!?」

 

 広場に設置してあるベンチに腰掛け、玉緒が孝一のエコーズ(act1)の全身をくまなく触りまくっている。玉緒はそのたびに「すごいっす!」と大声を上げるものだから、周囲の人間がしきりにこちらを見ている。一方の孝一もエコーズと感覚を共有しているため、玉緒がエコーズを触るたびに、くすぐられているような感触を味わい、変な声をあげてしまう。

 皆の視線が痛い・・・・・・。「あらあら。こんな真昼にはしたない」といった生暖かい視線も含まれているのが辛い。もう限界だ。

 

「も、もう十分に堪能しただろ!? もう離してくれぇ!!」

 

「え~? もうちょっとなでなでしたいっす・・・・・・」

 

 まだ撫でたりない玉緒は不満顔だが、これ以上やったら人間として何か大事なものを捨ててしまうような気がする・・・・・・。これでご勘弁願おう。そう思った孝一の視線の先に、見慣れないものが見えた。

 

「ん?」

 

 それは蛇の様にとぐろを巻いているロープ状の何かだった。そいつは、プカプカと浮かび、自身の体からロープを垂らしている。そのロープはまるで本物の蛇の様に地面を這うと、ベンチに座っている男女に近付く。そして----

 

(あ!? 抜き取った?)

 

 そのロープは男性の懐に侵入すると、気づかれないように財布を取り出した。そして、再び地面を這い、ロープのような物体の元に戻る。周りの人間はこの物体に気が付いていない。

 

(これって、スタンド!?)

 

 孝一は直感した。スタンドをスリに悪用しているヤツがいるのだ。あの形状からしてパワーは無さそうだ。遠距離操作型だろうか? 孝一は周辺を険しい目で本体がいないかどうか確認する。するとロープ状のスタンドがすばやく移動を開始した。

 

「ん? どうしたっすか? こーいち君?」

 

「しっ。だまって」

 

 玉緒に黙るよう促した孝一はそのスタンドが向かった方向を見る。するとそいつはいた。距離にして約100メートル位。そこでベンチに腰掛けている男。そいつはスタンドから受け取った財布を見て一人ほくそ笑んでいる。だが、その男がふいに孝一たちのほうを見る。しまった。そう思ったときには遅かった。犯人と目が合った瞬間、男は一目散にベンチから逃げ出した。

 

「追わなきゃっ!」

 

 孝一も犯人を追うために駆け出す。

 

「おおっ! 事件っすね!?」

 

 孝一の様子から事件のにおいを感じ取った玉緒も孝一に続いた。

 

「こーいち君っ! 自分達の前を走っている人が犯人なんすかぁ~!?」

 

「ああ、あいつはスタンド使いだっ! 自分のスタンドを使って、財布を掏っているのを見た! くそ、早いっ」

 

 男の逃げ足が速い。この広場を抜けて、街中に逃げられたら完全に見失ってしまう。その前に何とか捕らえたいのだが・・・・・・

 

「よ~しっ! ターボかけるっす!」

 

 そう玉緒は言うと、一緒に走っていた孝一を追い抜く。そしてそのままスピードを落とすことなく犯人の男との距離を縮めていく。

 

「は、早っ!」

 

 かなり早い。そしてそのまま犯人の男を広場の端にまで追い詰めた。逃げ場をなくした犯人は、ジリジリと後ずさるが、後ろに退路はない。

 

「盗んだものを返してください。今ならまだ軽い罪で済みますよ?」

 

 孝一はエコーズact2を出現させ、犯人を威嚇する。その後ろに玉緒も続く。

 

「・・・・・・ちっ。まさか俺の能力が見えるやつがいたなんて・・・・・・」

 

 犯人はそう毒突いて孝一を睨み付ける。だが、おかしい。観念したように思えない。なのに何故ヤツは自分のスタンドを出さない? 

 孝一がそう思った瞬間、孝一の首や手足にロープ状のスタンドが絡みついた。

 

「し、しまった!?」

 

 そう思ったが遅かった。スタンドがゆっくりと、確実に孝一の首を締め上げていく。

 

(このスタンドっ! 全身をひも状にすることも出来るのか!)

 

 そして周辺の草木の中に潜み、そのまま孝一の元まで地面を這い、襲い掛かってきたのだ。完全に不意を疲れた。孝一の意識がだんだん薄れていく・・・・・・。act2のしっぽ文字で攻撃する余裕も無い。act3に変更も出来ない。変更するには一度孝一の体内に戻さなくてはならないが、その時間がない。完全に万事休すだ。

 

「・・・・・・こーいち君。ひょっとして今、スタンド攻撃を受けてます?」

 

(そういえば玉緒さんも一緒だった。まずいっ! 彼女はスタンドが視えない)

 

 だが、孝一の気遣いもどこ吹く風、彼女は孝一の前に進むと犯人と対峙した。

 

「おい女ぁ。どうやらお前は能力を持っていないようだなぁ。このまま俺を見逃せばこいつを解放する。そうじゃなかったら、お前にも痛い目を見てもらう。どっちがいい?」

 

 犯人は、自分の優勢を確認し、余裕の表情だ。対する玉緒も、孝一が今まで見たこともなかった真顔を見せ、犯人を凝視している。

 

「・・・・・・たしかに、このままじゃ分が悪いっすね。こーいち君も動けないみたいだし。よしっ。自分がやるっす!」

 

 

 そういうと玉緒は孝一の体にぽんと手をおいてこう呟いた。

 

「・・・・・・そういうわけでこーいち君。”借りますね”」

 

 

 ----その瞬間。孝一の全身に電流が走った。

 

 それは時間にして1秒にも満たない衝撃だ。だがその時、孝一の中で何かが失われていき、同時に新しい何かが孝一の体内に流れ込んでいった。

 それは新しい理。孝一がこの学園都市に来て望んでもやまなかった能力への覚醒。

 

 超能力

 波束の収縮

 物理法則

 観測

 自分だけの現実(パーソナルリアリティ)

 

 様々な単語が浮かんでくる。やがてそれは孝一の体内で定着し、まるで始めから自分のものであったかのように、能力の使い方が分かった。

 

 発火能力(パイロキネシス)レベル1。

 

 それが孝一の体内に新しく入った能力だった。

 

 

 一方の玉緒も、自分の中に新しい能力が入ったことを肌で感じ、孝一を見る。そこには今まで彼女が見る事が出来なかった物体が視覚情報として認識できるようになっていた。

 

「見えるっす! こーいち君を縛っているひも状のスタンドがっ」

 

 そして玉緒は意識を集中させると、自身の体内から能力を発現させた。

 

 それは紛うことなき、広瀬孝一のスタンド・エコーズact2であった。

 

「なるほどぉ。これがこーいち君のエコーズっすかぁ。実物はこんな感じなんすね」

 

 玉緒はエコーズをくるりと一回転させたり自分の肩に止まらせたりして、操作の仕方を確かめている。一方の犯人と孝一は開いた口が塞がらなかった。

 

「おおお、お前っ!? お前は、一体!?」

 

 そう犯人が動揺している隙に、玉緒は犯人に向かってエコーズact2を飛ばす。そして自身も犯人に向かって走り出す。

 

「良く観察してたんすけど、犯人さんのスタンドって、一人しか縛れないんすね? そうじゃなかったら自分はとっくに縛られているはずですし。つまり、今は無防備状態って事でいいっすかぁ?」

 

 そういうと玉緒はエコーズact2に命令を出し、シッポ文字で犯人の後頭部を思い切り殴りつけた。

 

「ぎゃんっ!」

 

 そしてそのまま犯人を後ろ手で縛り拘束する。

 

「はい終了っす」

 

 ぱんぱんと手をはたきながら、玉緒は犯人の拘束から解けた孝一に「ブイッ」とピースサインを出しニッコリと笑った。

 

「・・・・・・」

 

 孝一はなんとなく、人差し指に意識を集中させてみた。すると「ポン」と小さな火が指先から出てきた。

 

「君は・・・・・・。君の能力って・・・・・・」

 

 思わず口から出た言葉を玉緒は「うん、そうっすよ」と何でもない事の様に言ってのけた。

 

 

 

 

 

「能力の交換・・・・・・」

 

 四ツ葉が教えてくれた玉緒の能力を、ハルカは何度も反芻する。

 

「うん。触れた対象と自分の能力を強制的に交換する。というのが彼女の能力だ。実際に体験者がここにいるんだから間違いないよ」

 

「それで彼女をスカウトしたのですか?」

 

「まあ、元々、元気そうな子だったし、ムードメーカーになるかなぁと思って声を掛けてみたんだけど、これが大当たりだった訳。身体検査(システムスキャン)にも感知されない原石の少女。恐らくどんな能力でも交換できてしまうだろうね」

 

 四ツ葉がタバコを吸殻に押し付け、消す。

 

「それはある意味脅威ですね。もしその能力で、学園都市が誇るレベル5に触れでもしたら・・・・・・」

 

「まあ、本人はそんなこと望んじゃいないけどね? 彼女曰く、”今の能力(発火能力)が気に入ってる”そうだから、悪用することも無いでしょう。・・・・・・あの性格だしね」

 

 四ツ葉は「ヨッコラセ」と重い腰を上げ、手早く荷物をまとめる。彼も帰宅の途につくようだ。

 

 

「・・・・・・それにしても、ずいぶんと個性的な人達を集めてきましたね。これからこの組織をどう運営していくのか、堅一郎の采配にハルカは期待します」

 

 ビルを出た直後、ハルカはそういって四ツ葉に声を掛ける。四ツ葉は頭をかきながら、空を見上げた。空は日没が近いのか少しオレンジがかっていた。その日没前の冷たい空気を吸い込み四ツ葉はこう答えた。

 

「まあ、肩肘張らずに行きましょう? 組織は人なりってね。結局、一緒にやっていく上で重要なのはその人が好きかどうかだからね。この組織はまだ発展途上。これからどうなるのかは想像もつかないよ」

 

 そういって、四ツ葉はビルのドアを施錠すると、ハルカと共に帰路についた。

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・うううううっ。よかったっ! エコーズが戻ってきたぁ」

 

 玉緒と再び能力を交換した孝一は、エコーズにヒシッと抱きつき、再会を祝っていた。

 

「大げさっすねぇ。ちょっと借りただけじゃないっすか」

 

 玉緒は両手をうーんと広げ、大きく伸びをする。上空はいつの間にかオレンジ色になっていた。

 

「さてと、犯人は無事捕まえたし、こーいち君のエコーズも体験できたし。今日は言うことないほど充実した一日だったっすっ!」

 

 そういうと玉緒は孝一にビシッと敬礼をして、「これからよろしくっす!」と、ニカッと笑い、そのまま全力ダッシュで駆け抜けていった。

 

「なんというか・・・・・・。台風のような子だったな・・・・・・」

 

 誰もいなくなった広場で、孝一は先ほどの光景を思い出していた。夕日に照らされてニッコリと微笑む玉緒は、どこか幻想的で、昼間とは違う印象を受けた。

 

 なんだろう、予感がする。孝一はこれからも彼女と関わっていくような、そんな予感が・・・・・・。

 そしてS.A.Dとも・・・・・・

 

 初めてエコーズの能力を得たときに感じた、世界が変わっていく音。

 

 その音を、孝一は彼女から聞いた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




とりあえず終了です。
この話で目指したのは、テレビシリーズの第一話っぽい感じで話を進めること。
一応、最初に考えていた話から、ほぼ修正することなく完結させる事が出来たので満足です。

以下、玉緒の能力です。

名前  :二ノ宮玉緒
能力名 :能力交換(リプレイスメント)

自分の能力と相手の能力を強制的に交換する。その特性ゆえに学園都市の身体検査(システムスキャン)にも引っかかる事がなかった。ほぼ全ての能力を交換してしまう彼女の能力は、うまく活用すればこの上なく脅威な能力であるが、本人にその意思がないため(今持っている能力で十分らしい)宝の持ち腐れとなっている。
弱点は相手の体に触れないと能力が発動しないことと、遠距離からの攻撃にはほぼ無力なこと。


以上です。いい名前が浮かばなかったので、てきとーに付けた感がありありと見て取れますがご了承下さい。

さて、次回はどうしようかまだ未定です。
ネタがあまり無いので、いいネタを思いついてから、また投稿しようと思います。
それでは失礼します。



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スタートラインに立つ前に?

「うげ・・・・・・」

 

 さわやかな朝の始まりにふさわしくない声をあげ、孝一はメールの件名を見た。

 

 

 件名:朝ですよ

 本文:さわやかな朝の空気を吸い込むと、身が引き締まりますね。孝一さんはもうご飯を食べら

    れましたか? 朝食は一日の活力の源ですから、出来るだけ食べるようにしましょうね。

    お互い学校は違いますが、今日も一日頑張りましょう。

                                         まとい

 

「・・・・・・」

 

 最近、決まった時間に必ず一通来るこのメールに、孝一は辟易していた。メールの送り主は黛纏(まゆずみまとい)。孝一とメルアドを交換した次の日から、毎日朝八時に一通。夜の八時に一通。このようなメールが送られてくるようになった。最初のうちは、なんとか返信していた孝一だったが、こうも毎日だとさすがにうんざりしてきた。

 

(でも、返信しないと悲しむんだよなぁ・・・・・・)

 

 前に一度返信しない時があったのだが、それはそれでめんどくさい事になったのを孝一は思い出した。その時の件名はこうだった

 

 

 件名:(´・ω・`)

 

 

 あの時は纏をなだめるのに1時間くらいかかってしまった。その時の経験から、纏のメールにはなるべく返信しようと孝一は硬く決心したのだった。

 

「はぁ・・・・・・」

 

 広瀬孝一の悩みは尽きない。だが、これはまだホンの序章だ。孝一が真にうんざりするのは放課後になってからである。

 

 

 

 

 

「おい、あの子また来てるぞ」

「すげーかわいい子だなぁ。おれ、アタックしようかなぁ・・・・・・」

「やめとけやめとけ。お前知らねぇの? あの子はちょっと特殊なんだよ・・・・・・」

「特殊? どゆこと?」

「ああ、それは・・・・・・」

 

 

 最近、柵川中学では放課後になると、校門前で一人の男子生徒を待つ他校の少女が話題となっていた。

 セミロングで 艶のある黒髪。幼い顔立ちにクリクリとした瞳。小動物系とでもいうのだろうか。見ているだけで癒されるような、そんな彼女は大きなリュックサックにカバンという不釣合いな荷物をもって毎日誰かが来るのを待っていた。

 しばらくすると少女は目当ての物を見つけたのだろう。その人物に向かって大きく手を振り、開口一番こう叫んだ。

 

「おーーーーい!! こーいち君っ! 迎えにきたっすよーーー!! 早く本部に行くっすーーーー!!」

 

 その場にいる全員がずっこけるくらいの大声で、セミロングの少女こと、二ノ宮玉緒は、向かいからやってきた少年・広瀬孝一に声を掛けた。

 

「・・・・・・玉緒さん。毎回毎回、大声で名前を呼ぶの、止めてくれよ。あと、僕はまだ隊員になったわけじゃ・・・・・・」

 

「まぁーた、そんなこと言ってるんすかぁ? いい加減観念して、本部に行くっすよ。ほら、ゴーゴー」

 

 孝一は玉緒に引きずられるようにして、その場から離れていった。後に残ったのは玉緒を遠巻きに眺めていた男子学生のみである。

 

「たしかに、特殊な子だよなぁ・・・・・・」

「・・・・・・もったいないよなぁ。あれで口を開かなかったら最高なのに・・・・・・」

 

 男子生徒たちは口々にもったいないと呟き、孝一達が向かった方向を眺めているのだった。

 

 

 そのさらに後方に、孝一たちの姿を見つめる生徒が二名ほどいた。

 

「・・・・・・なんか、面白そうなことになってるねー」

 

 

 

 

 

「Hi! TAMAOを出してプリーズ?」

 

「は、はあ・・・・・・?」

 

 とあるビルの受付にて。

 突然入ってきた金髪のロックバンド崩れの風貌をした男が、手にしたギターを「ジャーン」と鳴らしながら受付嬢に尋ねてきた。受付嬢は若干顔を引きつらせつつも、仕事と我慢して、男に対応する。

 

「・・・・・・も、申し訳ありませんが、TAMAOさん? という方はどのセクションにおられる方なのでしょうか? もう少し具体的な内容を・・・・・・」

 

「ノープロブレムでーす。 TAMAOとミーはソウルブラザー。ミーの熱いソウルシャウトを聞けば、すぐに飛んでくるはずでーす!」

 

 男は受付嬢の言葉をさえぎると、持っていたギターを「ジャガジャガ」と鳴らし、大音量で自作の歌を熱唱し始めた。

 

「You're my friend~♪ 落ち~込んだ~ときは~♪ 大切な~・・・・・・」

 

「ウルセーーーーっ!!! あんた、いい加減にしなさいよぉおおおお!?」

 

 普段は温厚な受付嬢も、ついに切れてしまった。

 

 

 

 

 

「はい、皆さーん。注目~っす!」

 

 S.A.Dのビル。そこでメンバー全員がそろっていることを確認した玉緒は、声を張り上げ、視線をこちらに集中させた。

 

「この一週間の皆さんの働きで、このビルもだいぶ落着いてきたっす。そろそろ自分達は次の段階に進むべきだと思うっす」

 

 次の段階? メンバー全員はお互いの顔を見合わせ、頭に? を作っている。たしかに玉緒を言ったようにS.A.Dのビルは以前のそれと比べるとだいぶ綺麗になった。汚かった天井や壁のヨゴレも取れ、余計な荷物や備品なども殆ど処分した。さすがにビルの外観はなんともならなかったが、それは後でどうとでもなる。今の状態は老舗の中小企業のビル位にはよく片付いていた。

 

「皆に聞きたいっす。今のS.A.Dに足りないものは何っすか? はい、まゆまゆからどうぞっす!」

 

「・・・・・・ええ? 私から?」

 

 突然話をふられた纏(まとい)は戸惑うが、やがてオズオズと「仲間・・・・・・かな?」と、玉緒に返答した。だがそれを玉緒は「違うっす!」とばっさり切り捨てた。纏は「ひどっ!?」と、涙目だが玉緒は気にせず、同じ質問を四ツ葉にもぶつける。

 

「・・・・・・うーん? 予算?」

 

「違うっす! はい次! ハルハルっ!」

 

 ロボットにまで意見を求めるなよ。と孝一は呆れたが、ハルカは玉緒の意見に率直に答える。

 

「戦力、でしょうか。正直、現段階では能力者との戦闘時には、力、能力、共に不安材料が多分にあります」

 

「違うっす! はい、こーいち君っ!」

 

 ハルカの意見もバッサリと切り捨てると、玉緒は最後に残った孝一にも質問をする。孝一はもう面倒くさくなったので、適当に答えることにした。

 

「人徳じゃない? 」

 

 その孝一の答えに四ツ葉と纏は「ひどいっ! こーいち君っ! それはひどい!」と抗議の声をあげたが、あえて孝一はその言葉を無視した。

 

「ぜ~ん、ぜんっ! 違うっす!! 皆はわかってないんすか? この危機的状況をっ!!」

 

 メンバー全員の意見を聞いた玉緒は大声で頭(かぶり)を振ると大声でそう叫んだ。だったら皆に聞くなよと孝一は思ったが、また玉緒が噛み付きそうだったので何も言わなかった。

 

「自分達に足りないのは、”認知度”っす!! 自分、街中でアンケートとって見ました。そしたら、S.A.Dを知っている人は皆無でした。当然スタンドの事についても同じっす。せいぜい電気スタンドの開発会社を連想する位っす!! こんなんで事件の依頼なんて来る訳ないっす!」

 

 その言葉を聞いて、全員が「あ~」と納得した。

 

「そういや、そうだよね~。 本部の清掃にかまけて、そこんとこ考えてなかったわ」

 

 四ツ葉がボリボリと頭をかいた。その言葉を聞いて、孝一はガクンと肩を落とした。胡散臭い組織だとは思っていたがまさかここまでとは・・・・・・。

 

「四ツ葉さん・・・・・・。スタンド絡みの事件って、上層部から何か指令のようなものが届くんじゃないんですか? まさか、そんな情報も入ってこないほど、ボロイ組織なんですか・・・・・・?」

 

 孝一がそう尋ねると、「ははは」と苦笑いして答えをはぐらかす四ツ葉に変わって、ハルカが答えた。

 

「・・・・・・基本的に、上層部からはなんの期待もされていないですから、この組織って」

 

 ブラック企業、どころの話ではなかった。沈みかけの客船。いや、ドロ舟である。孝一は今度こそ、文字通りがっくりと膝を落として、床に両手を付いてしまった。

 

「はいはーい!! こーいち君っ。落ち込んでる暇なんてないっすよ! 話を続けるっす。現状は今、限りなくゼロに近い所からのスタートっす! だから、色んな対策を講じる必要があるっす! そこで自分、こんなものを作ってきたっす!」

 

 玉緒はそういうと、持参したリュックサックからノートPCを取り出し、起動させた。その画面には「ようこそS.A.Dへ」という文字と共に、「S.A.Dの活動内容・理念」「スタンドについて」「事件依頼・募集」「活動報告」などのコンテンツが表示されていた。

 

「うおー。こりゃ、すごい。玉緒君。君、意外と手先が器用なんだねぇ」

 

「玉緒さん。すごいです。私なんて最近顔文字を覚えたばかりなのに」

 

 四ツ葉と纏はノートPCの画面を見てしきりにすごいを連呼していた。

 

「ぬふふふ。いまや企業にホームページはつきものっす。上層部が頼れないなら、こうして自分達で事件を見つけてくるまでっす」

 

 玉緒は腰に手を当て、鼻高々にそういった。

 

「・・・・・・しかし、ファンシーだなぁ・・・・・・」

 

 孝一は率直な感想を述べた。画面はピンクやオレンジで構成されており、背景の画面は玉緒の手書きだろうか(けっこううまい)デフォルメ調の可愛らしい猫が様々なポーズをしている。そしてマウスカーソルも、猫の顔だ。コンテンツをクリックすると「にゃーん」という効果音付きである。とても一企業のホームページだとは思えない。

 

「しかも、これだけじゃないっす。次の一手も用意してあるっす」

 

 そういうと玉緒は、今度はカバンから「ジャーン」といって、ハンドカメラを取り出し全員に見せる。

 

「これでPVを撮るっす! そしてネット上の動画投稿サイトに流すっす! うまくいけば、そこからホームページに依頼が舞い込むかも知れないっすよ!」

 

 そういって「にししっ」と玉緒は笑う。

 

 ・・・・・・すごいな。

 

 思わず孝一は感心してしまった。一体この小さな体のどこに、こんな情熱があるのだろう? 驚きと同時に孝一は胸の高鳴りを覚えずにはいられなかった。人の気持ちというのは伝染すると何かの雑誌で見た事があったが。それがまさにこれだと思った。ここまで情熱を傾けて、何かに打ち込むことの出来る、この二ノ宮玉緒という少女に、孝一もしだいに感化されていっているようだ。毎日のように無理やりこのビルにつれてこられた不平不満など、もはや消し飛んでいた。もっと、彼女の情熱を感じたい、そう思った。だから、玉緒がこの後どういう行動に出るのか知りたかった孝一は、先の話を促すことにした。

 

「でも、PVを撮るといっても、どんな内容にするんだい? そこら変の内容は決まってんの?」

 

「その点、抜かりはないっす! コンセプトは出来てるっす!」

 

 そういうと玉緒は一枚のメモ帳を全員に見せた。それはこういう内容だった。

 

 

 

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ナレーション:スタンドとは、一般の人の目では認識出来ない生命エネルギーの様な物。それを自

       在に操る事が出来る人間のことを、スタンド使いと言う。

(効果音・なるべく派手なヤツ)

 

ナレーション:今、学園都市内ではスタンドを悪用した犯罪が急速に増加しています。

(BGM・少し不安をあおる音楽)

 

ナレーション:あなたの身の周りで起こる不思議な現象、それはスタンド能力を悪用した、何かの

       事件の前兆かも知れません。それらスタンドによる不可思議な事件を解決するため

       に結成された特殊能力対策課・通称S.A.D。

       詳しい内容は以下URLにて。電話・FAXにも対応しております。

       街をスタンド被害から守る事が出来るのは、私達しかいない。(キメゼリフ。出来

       るだけしぶく言う)

(BGM・かっこいいヤツ希望)

 

 

 

-------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 

「おお、何かすごいっ。かっこいいっ」

 

「すごいです、すごいですっ! 玉緒さん、文才もおありのようで、私、うらやましいですっ!」

 

 四ツ葉と纏はノートPCを見たときとほぼ同じ感想を述べ、玉緒を称える。

 

「それで、後は背景やら、人物やらを撮影するだけっす! BGMはすでに外注に頼んであるっす。たぶん、もうじきここに来るはずっす!」

 

 玉緒がそういうと同時に、チーンというエレベーターの音が聴こえ、ドアが開いた。そこには---

 

「え? 佐天さんと初春さん? どうしてここに?」

 

「やほー。孝一君。何か面白そうだから、後、つけてきちゃった」

 

「あははは。どうもー」

 

 そこには孝一のクラスメイトの佐点涙子と初春飾利がいた。そして彼女達のノ背後にもう一人、金髪の男がいた。

 

「HAHAHAっ! TAMAO! MY friend! 会いたかったデースっ!」

 

 そういうと男はもっていたギターをジャガジャガと弾き鳴らした。あまりのうるささに、玉緒を除く全員が耳を塞ぐ。

 

「ジュンジュン! ヤホーッス! 迷わずにこれたみたいっすね?」

 

「oh・・・・・・! 手前のビルに間違えて入ってしまいマシター。あいつらアホデース。ミーのこと放り出すなんてー。まったく、芸術のわからない連中デース」

 

 そういってジュンジュンといわれた男は、ボロロンと悲しげなメロディを奏でた。

 

「あの、孝一君? 玉緒さん? こちらのお方達は、どこのどちら様?」

 

 突然の来客に、四ツ葉は知人であろう孝一と玉緒に説明を求める。

 

「あ、彼女達は僕のクラスメイトで佐天涙子さんと初春飾利さんといいます。この組織に興味があるみたいで・・・・・・」

 

「どうもー。孝一君のクラスメイトで佐天涙子といいます。孝一君がちゃんと頑張っているか、見に来たんですけど、なんか、面白そうなことやってますね?」

 

「ど、どうも。同じくクラスメイトの初春飾利といいます。同じく佐天さんの付き添いで来ました。あの、ご迷惑でした?」

 

 涙子と初春は孝一に促され、それぞれ挨拶を済ませる。はじめこそ少々怪訝な顔をしていた隊員たちも、彼女達の人となりを見てすぐにその警戒を解いた。現に纏は携帯を片手に早速彼女達とアドレス交換をしようとしている。

 

「いやいや。孝一君の友達なら心配ないね。ゴメンネ~。お茶もお出しせずに。今ちょっと立て込んでてね~。ハルカ。彼女達にお茶をお願いします」

 

 そういうと四ツ葉は孝一の方に耳を寄せると、ヒソヒソ声で、孝一に耳打ちする。

 

「いや~。孝一君も隅に置けないねぇ。こーんなかわいいガールフレンドが二人もいるんだもの。・・・・・・で、どっちが本命なんだい? あの長い髪の子? それとも花の髪飾りの子?」

 

「んな!? な、な、な・・・・・・なにを言ってるんですか? 違いますよっ。彼女達は、ただのクラスメイトで・・・・・・」

 

 孝一は顔を真っ赤にして反論しようとするが、四ツ葉は「またまた~」と孝一をビジでつつき、いたずらっ子のような目をした。

 

「はいは~い! 注目、注~目っす!!」

 

 玉緒は再びこちらに意識を向ける為に手をパンパンと叩き、大声を張り上げる。

 

「この人はジュンジュンっ! ネットで知り合ったミュージシャンの人っす! 今回のPVの音楽担当の人っす!」

 

「friendの頼みとあっては、断るわけにもいきまセーン。ミーのフルパワーを持って答えたいと思いマース」

 

 そういうとジュンジュンは「ジャジャーン!」とギターを鳴らしはじめた。

 

「と、言う訳で、ジュンジュンにはこのまま作曲をしてもらうとして、自分達は早速街に繰り出すっす!」

 

「・・・・・・え、今から? 全員で?」

 

 突然の玉緒の宣言に孝一を含む全員が驚きの視線を玉緒に送る。

 

「そうっす! 今回のPVのキモは臨場感っす! その為にはゲリラ撮影を敢行するしかないっす! メンバー全員にも出番があるッすから、気合入れて頑張るッす!」

 

「ええええええ!?」

 

 メンバー全員の絶叫をよそに、玉緒はニッコリと全員に笑顔を向けた。

 

 

 

 

 

 

        

 

 

 

 




この章は前の話で終了予定でしたが、書きたい事があったのでもう少し続きます。


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いざ撮影、とはいうものの・・・・・・

「やってきたっす、ショッピングセンター! さあ、さくさくっと撮影を始めるっすよ~! って、みんなどうしたんすか?」

 

 とあるショッピングセンター内。

 そこで元気に撮影開始を宣言する玉緒をとは裏腹に、他のS.A.Dメンバーはこそこそと建物の物陰に隠れ、恥ずかしそうにしていた。

 

「た、玉緒君? 今更だけど、ほんとにやるの? 正直、おじさんにはレベルが高いというかなんというか・・・・・・」

 

「は、恥ずかしいです、恥ずかしいですっ。うううう、私にはレベルが高すぎますぅ~」

 

 四ツ葉はと纏(まとい)は、顔を真っ赤にしながら「恥ずかしーっ!」を連呼して、周囲を見回している。特に纏は顔が真っ赤で、今にも煙が出そうなほどである。彼女は四ツ葉の制服にしがみつき、イヤイヤと頭(かぶり)を振っている。それは同行している孝一も同じだった。

 

「ひ、人じゃない。これはじゃがいも、じゃがいも・・・・・・。人間じゃない、人間じゃない・・・・・・」

 

 彼はブツブツとなにやら呟き、顔を能面の様にして一点を凝視している。だが、特にどこを見ているというわけではない、あまりの羞恥心にそこ以外見る事が出来ないのだ。こんなに恥ずかしいのは、演劇でステージに立ったとき以来だろうか。まるで、全ての視線が孝一たちに向けられているようだった。

 

「・・・・・・なんだなんだ? コスプレのイベントか何か?」

「そんなチラシ、あったっけ?」

「どっかの劇団の人かな?」

 

 道行く人達がヒソヒソと孝一たちを見ている。無理も無い、孝一たちは現在、S.A.Dの制服を着込んでいるのだ。ダークグレーの制服は、ショッピングセンターの日常の景色とはあまりにも不釣合いで、それだけで目立ってしまう。

 

「孝一君ー、ファイトー。ばっちりいい絵を撮るからねー」

 

「広瀬さん。頑張ってくださいっ」

 

 その後ろで、佐天涙子と初春飾利が、孝一を激励している。涙子はハンディカメラで孝一の顔や、他の隊員達の表情などを撮影している。

 

「ひ、人事だと思って・・・・・・」

 

 そういって、孝一は涙子たちを恨めしそうに見つめるのだった。

 

 

 

 ----事のいきさつは玉緒のPV・ゲリラ撮影宣言まで遡る。

 

 

「・・・・・・そうっす! 今回のPVのキモは臨場感っす! その為にはゲリラ撮影を敢行するしかないっす! そしてメンバー全員にも出番があるッすから、気合入れて頑張るッす!」

 

「ええええええ!?」

 

 メンバー全員の絶叫のさなか、一人の少女が手を上げた。孝一のクラスメイト佐天涙子だ。

 

「・・・・・・あのー。もしよろしかったら、私達にも撮影を手伝わせてもらえませんか?」

 

 その表情は、自分達も面白いイベントに参加したいといっているような満面の笑みだった。玉緒は「おお?」と涙子達に視線を移すと、やがて、何かを閃いたのか、手をポンと叩いた。

 

「そうっすね! 誰か第三者に撮ってもらうっていうのも、アリっすね!」

 

 そういうと玉緒は自分のハンディカメラを涙子に手渡し、その手を握った。

 

「決めたっす! るいるいにはPV撮影を担当して貰うっす! その方が全員を色んなアングルで撮れるっす! よろしくっ、るいるいっ!」

 

「る、るいるい?」

 

 玉緒は即断即決で涙子を撮影担当にしてしまった。当の涙子も、いきなり大役を任され若干戸惑い気味だったが、やがて「・・・・・・うん。わかった」と玉緒の手を握り返した。

 

 

 

 

 

 

「さあ、みんなっ! 覚悟を決めるっすよ! 一発勝負のつもりで撮影に挑むっす! ほら、こっちこっち!」

 

 玉緒が痺れを切らしてメンバーに手招きをしている。

 

 

「はぁ・・・・・・こいつは、もう・・・・・・」

 

「覚悟を決めるしか、ないですね・・・・・・」

 

 四ツ葉と孝一は覚悟を決めたように、互いの顔を見て苦笑いを浮かべた。

 

 これまでの短い付き合いで、孝一は二ノ宮玉緒という少女の人柄をある程度理解した。それは、彼女は一度決めたことは必ず成し遂げようとする鉄の意志をもっているということだ。ここで撮影を拒んでも、きっと彼女は諦めない、あの場所を離れる事は無いだろう。きっといつまでも待つに違いない。

 

「え? え? 嫌です嫌ですっ! 私には無理です! 堪忍してくださいぃぃ!」

 

「ハルカちゃん、お願い・・・・・・」

 

「了解です。さあ、纏(まとい)。観念して行きましょうね」

 

 孝一たちはスクッと立ち上がると、いまだイヤイヤと壁にしがみついている纏を引きずり、玉緒の元までやってきたのだった。

 

「さ~て、始めるっすよぉ! るいるいっ! シーン1スタートっす!」

 

 玉緒は全員が揃ったのを満足そうに見つめ、涙子に撮影スタートの合図を送った。

 

 

 

 

 

 

 撮影はその後も場所を変えながら順調に行われた。当初は通行人の視線が気になり挙動不審だった隊員たちも、しだいに慣れてきたようで、多少の演技も出来るまでになっていた。ただ一人を除いて・・・・・・

 

「さあ、シーン31っ。街中を歩くまゆまゆっ。何かの気配を感じ、上空を凝視するっす!」

 

「ダメですダメですっ! 出来ません出来ませんっ! 恥ずかしいですぅ!」

 

 纏はハルカの体にピッタリとしがみつき、動こうとしない。客観的に見ると、路上でその格好もかなり恥ずかしいものがあるのだが、纏にはそんな事はわからない。彼女は、まるでコアラのようにハルカにしがみつき、イヤイヤと泣き出してしまった。

 

「・・・・・・玉緒君。ここは日を改めるか、纏君のシーンは何かに置き換えるかした方がいいんじゃない?」

 

 あまりに纏が不憫に思い、四ツ葉が思わず助け舟を出す。だがそれを玉緒は「だめっす」と一喝した。

 

「このシーンにはまゆまゆは絶対必要っす! ・・・・・・自分、今のメンバー結構気に入ってるっす。だから、誰一人欠けてもだめなんす。このPVにはみんなが揃わないと意味ないんす! だって、これからやってく”仲間”なんすから!」

 

「なかま・・・・・・」

 

 その言葉に纏がピクリと反応した。

 

「そうっす! 仲間っす! だから、まゆまゆの力を貸して欲しいっす! これからやっていく仲間として、そして友達としてっ!」

 

「・・・・・・」

 

 纏はグスッと目元をぬぐうと、ハルカから体を離した。

 

「・・・・・・わかりました。やってみます・・・・・・。うまく出来るか、わかりませんけど・・・・・・」

 

「いよぉっしっ! 撮影最再会っす! 気合入れて撮るッすよぉ!」

 

 玉緒は満面の笑みを浮かべて、纏の手を握った。

 

 

 

 

「・・・・・・ふぅ」

 

 撮影は一端小休止を挟む事となった。孝一達は、街の通りに設置してあるベンチにこしかけ、思い思いに休憩をとる。

 

「お疲れモードだね、孝一君」

 

 そんな孝一の隣に、涙子が座ってきた。その手にはタオルが握られており、彼女はそれを孝一に「はい」といって手渡した。孝一はそれを「ありがとう」と言って受け取り、額の汗を拭く。

 

「いやあ。PV撮影がこんなに疲れるなんて思わなかったよ。組織の制服なんかを着るのも、初めてだし。やっぱりなれない事はするもんじゃないね。もう、首がキツくってしょうがないよ」

 

 そういって孝一は制服のネクタイを緩めた。

 

「でも、孝一君楽しそうだねー。一週間前はあんなにうんざりした顔をしてたのに・・・・・・」

 

 

 涙子の言葉を受け、孝一は「そうかもしれない」と言った。たしかに、最初は騙されたと思ったし、今日限りで見切りをつけようかとも思った。だけど、次第にその意識が変わっていった。その原因はやっぱりあの少女だ。

 二ノ宮玉緒。

 彼女の持つ不思議な魅力に、孝一は次第に感化されていったようだ。もう孝一は以前の様にS.A.Dにマイナスのイメージを持つことはなくなっていったし、愛着も持ち始めていた。そういえば、孝一は正式に隊員になると四ツ葉には言っていない。・・・・・・そろそろ、覚悟を決めなくてはならなかった。

 

 ふいに、涙子が手にしたハンディカメラを構え、孝一を撮影する。

 

「孝一君。これから組織で働く事になるとして、何か抱負を一言お願いします」

 

「えええ?」

 

 孝一は、まだ入ると決まったわけじゃないと否定するが、涙子は「あくまで”もしも”の話しだから」とガメラを向けるのを止めてくれない。孝一は涙子の押しに負け、あくまで”もしも”としての話をする。

 

「・・・・・・まあ、自分の能力を使って、誰か困っている人の役に立てるのなら、喜んでこの力を使いたいと思うよ。たぶん、この力はその為に授けられたと思っているから・・・・・・」

 

 そういって孝一は握りこぶしを作り、その手を見つめる。嘘偽りの無い正直な気持ちだった。

 

 

「・・・・・・はーい。みなさーん。後10分したら撮影再開っすよぉ~! 後はたいちょーのシーンをとって、今日のところは終了っす!」

 

 玉緒がベンチから立ち上がり、撮影再開の旨を伝える。

 

「後10分かぁ。それじゃ、あたしみんなの分のジュース買ってきてあげるよ」

 

 涙子はそういうとハンディカメラをカバンにしまうと、近くにある自動販売機まで駆け出していった。

 

 

 その時、孝一たちの近くで何かの破壊音が木霊した。良く見ると、銀行の防犯シャッターが派手に壊されている。そこから二人組みの男が飛び出してきた。男達は顔にマスクをしており、手には重そうなカバンを抱えている。誰がどう見ても銀行強盗だった。

 

「どけっ! このアマっ!」

 

「きゃっ!?」

 

 その男達の進行方向にいた涙子を、男達は思い切り突き飛ばした。涙子は持っていたカバンを地面に派手に落としてしまう。強盗の一人はそのカバンが何か金目のものだと思ったのか、さっ拾い上げると、さっさとその場から逃げ出そうとする。だが、それを涙子はさせなかった。

 

「これはダメっ! この中には、とても大切なものが入っているのっ! 他のものはあげる。でも、これだけはっ・・・・・・」

 

 彼女は、その強盗が取り上げたカバンにしがみつこうとする。しかしそれは出来なかった。カバンを持った強盗は自身の体から、人型の物体を出現させたのだ。

 

「あ・・・・・・からだが!?」

 

 涙子の体はスタンドの力によって易々と持ち上げられ、やがて床に投げ捨てるように地面にたたきつけられてしまった。

 

   

「・・・・・・お前ら」

 

 その光景を見たとたん、孝一は切れた。孝一は自身のスタンド、エコーズact3を出現させると、男達のほうへと歩み寄って行く。だが、そんな孝一より早く彼らの前に立ち塞がる人物がいた。

 

「・・・・・・何を、してくれちゃってるんですか・・・・・・私の友達に・・・・・・」

 

 纏はこれまで孝一たちに見せたことの無いような表情で犯人を睨み付けると、手にしたオシリスの刀の柄を思い切り地面に叩きつけた。そのとたん、妖刀から、スタンドが出現する。

 

「ちっ! おい、例の場所で落ち合うぞ!」

 

 もう一人の強盗はスタンド能力を持っていないのか、スタンド使いの強盗からカバンを受け取ると一目散に逃走を始めた。残った男は足止めのつもりなのだろう、自身の体からスタンドを出現させ、孝一たちと対峙している。

 

「・・・・・・孝一さん。はやく、玉緒さんの後を追ってください。ここは私が引き受けます」

 

 纏は感情を押し殺したような声を出してそう孝一に告げる。良く見ると玉緒の姿がない、どうやら逃走を始めた強盗に瞬時に反応して追跡を開始したらしかった。

 

「で、でも纏さん! 相手の能力もわからないのに一対一なんて・・・・・・!」

 

「いいから! 行きなさいっ! この男だけは、どうしても許せませんっ! 私がこの手で倒しますっ!」

 

 纏のあまりの剣幕に、孝一はたじろぎ、その言葉に従う事にする。

 

 

「・・・・・・」

 

 孝一が玉緒を追ってその場から離れる。

 

「へっ、いいのかぁ? 二対一じゃなくて? 正直お前の剣と俺の能力、相性は最悪だと思うぜぇ!」

 

 強盗は仮面の下からニヤニヤとした表情で纏を見つめている。だが、纏はその挑発の言葉にもまったく動じない。その視線はあくまで冷徹に、相手を見据えている。

 

「今の内に、その減らず口を叩いておきなさい。もうじきそれも出来なくなるのですから」

 

 そういうと纏はオシリスのスタンドを操り、強盗犯の男に突進させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 



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妖刀と少女

「ちょっと、ちょっと、お嬢さん、どこいくの?」

 

 犯人と纏のやり取りを遠巻きに眺めていた四ツ葉は、立ち上がり、彼らの元に行こうとする初春の襟首を慌てて掴み、その場に押し留めた。

 

「離して下さい! 佐天さんを助けないとっ! このままじゃ、逆上した犯人が何をするかっ・・・・・・!」

 

 涙子は先程犯人に地面に叩きつけられ、その場から動けないでいる。ひょっとしたら意識を失っているのか、もしくはそれ以上の状態なのかもしれない。初春としては友達の危機にいてもたってもいられないのだろう。だが、今の状況では近付くのは難しい、何故なら犯人は、ただの人間ではない、スタンドという一般人には視る事も叶わない未知の能力を有しているのだ。その事がわかっているから、四ツ葉は努めて冷静に、しかしはっきりと、強い口調で初春に告げる。

 

「だめだ。今君をあそこに行かす訳には行かない。はっきりいって、スタンドを見ることの出来ない君は、あの場では邪魔な存在だ。かえって犯人の人質になる可能性のほうが高い」

 

「でも、でも・・・・・・」

 

 初春はそれでも友達を見捨てる事が出来ない。その顔は血の気を失っていて今にも倒れそうだ。そんな初春を、四ツ葉はポンと肩を抱き、優しく諭す。

 

「大丈夫だ。うちの隊員は飛び切り優秀だからね。纏(まとい)君なら、きっと一瞬で犯人を捕まえてくれるよ。だから、私達は彼女を信じて待とう」

 

 そして四ツ葉は、犯人と対峙する纏に視線を移すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 相手に向かい突進したオシリスのスタンドは、剣を大きく振りかぶるとそのまま犯人に向かい、振り下ろそうとする。

 

「はっ、甘ぇよっ!」

 

 そういうと犯人は自身のスタンドの手を広げ、何か光るものを飛ばした。

 

「!?」

 

 とっさにオシリスはその光る何かを剣でさばく。剣にはなにかドロリとしたものが付着していた。

 

「これは、粘液!?」

 

 纏は瞬時にその正体を把握する。

 

「ビィンンゴォ! 粘液を弾丸状にかえ、超高速で発射する! これが俺の能力だぁ」

 

 纏は改めて犯人のスタンドを凝視する。全身がどろどろの粘液に覆われた人型スタンド。犯人の近くから離れない所を見ると、恐らく近距離パワー型だろう。そして近距離型の弱点である射程距離を、弾丸を打ち出すことで克服している。犯人の言葉通りなら、近接型で、なおかつ飛び道具の無い纏には、確かに分が悪かった。

 

「しかも流れ出てくる粘液は無尽蔵! つまり、永久に弾丸は尽きる事がねえんだよぉ!!」

 

 そういうと犯人は、スタンドの十の指から、粘液の弾丸を、四方八方に撃ちまくる。

 

 街の街灯が、ガラスが、コンクリートが、犯人の攻撃によって粉々に砕かれる。一発一発の威力もかなり高かった。

 

「そおらっ! 全身穴だらけになりやがれっ!」

 

「くっ!」

 

 犯人は四方に撃っていた弾丸を、纏一人に集中させて撃ちこむ。対する纏は、スタンドで防御するが間に合わない。捌ききれなかった弾丸が、纏目掛けて高速で迫ってくる。

 

「!」

 

 瞬間的に纏は体をねじり何とかその攻撃をかわす。だがその瞬間、纏の妖刀・オシリスはその形態を維持できなくなり、霧の様に四散してしまう。

 そう、纏はスタンド使いではない。妖刀・オシリスをマジックアイテムとして使用しているに過ぎない。  基本的にマジックアイテムはその大きさ、能力、ランクによって使用制限がかかる。より強大な能力を使用するには、それなりの代償を払わなければならないということである。

 このオシリスのランクはFクラス。使用する際にかなりの制約がかかるのだ。

 この場合、剣の柄を地面に突き立て、その場から動かないという制約を守らないと、とたんに纏は能力を使用出来なくなるのである。

 

「・・・・・・おいおいおいおい。どうやら一定の構えを崩すと、能力が解除されちまうらしいなぁ! とんだポンコツ能力だなぁ。おいっ!」

 

 犯人は攻撃を止め、ニヤニヤとした表情を浮かべ、地面にうずくまったままの纏を見下ろしている。

 

「・・・・・・確かに、訂正しなければなりませんね。あなたの能力に・・・・・・。結構やるじゃないですか。あなた”程度”ならこれでいけると踏んだ、私のミスですね。これは」

 

 そういうと纏は地面から立ち上がり、妖刀を右手に持つ。

 

「なんだよ? また弾丸を・・・・・・」

 

 喰らいたいのか? と言おうとして、犯人は口をつぐんだ。何かがおかしい。あの刀からものすごいプレッシャーを感じる。すると、

 

 ジャラリ。と言う音がして、妖刀にかかっていた鎖が地面に落ちる。そして、纏はその鍔に手をかけ、刀を引き抜いた。三日月刀は太陽に反射して、まるで猛獣の牙の様に光り輝いている。

 

「・・・・・・侵食率50パーセント。ってとこですかね? あなた”程度”を倒すのに・・・・・・」

 

「な、なんだ? 刀から?」

 

 一瞬、あの妖刀から先程のスタンドが、纏の体に吸い込まれるように入っていったのを男は目撃した。その瞬間、纏の様子が激変した。

 

「ウォォオオオオオオ!」

 

 纏は獣のような雄たけびを上げ、犯人の男に向き合う。良く見ると、黒一色だった瞳は青白く変色し、顔には不思議な文様が表れている。それはまるでエジプトの象形文字のようだった。

 

「フシュルルルルルルル」

 

 犯人と対峙する纏は、先程とまるで別人だった。纏は刀を中段に構え、切っ先を犯人のスタンドにむけている。

 元々、オシリスの妖刀は、もう一つの対なるアヌビスの妖刀と共に、刀を鞘から抜いた者を操る能力を有していた。それを長い年月をかけ、手綱を握ればなんとか操る事が出来るまでにしたのは、マジックアイテムを使う、纏の一族である。この場合の手綱とは、纏の手の甲に移植された、先代から引き継がれた魔を封じるルーンである。これがあるからこそ、纏はオシリスに意識を乗っ取られることなく、妖刀を振るう事が出来るのである。

 

 それを今、一時的に元の形に戻した。

 オシリスのスタンドを、纏い自身に憑依させた。

 もちろん完全に憑依させるわけではなく、約半分。50パーセント程、侵食を許可した。それ以上を許せば、たとえ魔封じのルーンがあるといえど、意識を完全に乗っ取られてしまう。

 

(この状態でいられるのは約3分。その間に、決着をつけます!)

 

 纏は次第にぼやける意識を抑え、犯人に直接、切込みをかけた。

 

「なんなんだ!? おまえはっ! おまえはぁ!?」

 

 纏の様子に尋常ではないものを感じ取った犯人は、一直線に向かってくる纏を自身のスタンドで、迎撃しようとする。纏の体を包み込むように弾丸の嵐が襲い掛かる。だがそれを纏は驚異的な身体能力で、全て潜り抜けていく。

 

「うそだっ! こんな、馬鹿な事がっ!」

 

 犯人はやたらめったらと弾丸を撃ち、纏を近付かせないようにする。だが、今の纏に交わせないものはない、身体的に強化された彼女の視力は、打ち出された弾丸全てがまるでスローモーションの様に見えていた。弾丸と弾丸の間を縫いながら次第に犯人との距離をつめていく纏は、三日月刀を鞘に戻す。そして、左手で刀の鯉口を切り、右手に柄を握る抜刀体勢をとり、ついに自分の攻撃が届く射程距離に入った。

 

 その瞬間、纏は吼えた。

 

「うああああああああああ!!!」

 

 敵のスタンドが間抜けにも、一秒遅れの銃撃を纏に仕掛ける瞬間、纏は敵スタンドの懐に飛び込み、横一文字に抜刀した。

 切りつけられた敵スタンドからは、鮮血も何もほとばしらなかった。その代わりに切られたわき腹を中心にその部分がしだいに散り散りになっていく。

 

「・・・・・・オシリスの妖刀は、呪いや人々に取り付いた邪気をはらう為に作られた神事様の破邪の剣。この剣で切られたスタンドは四散し、二度と元には戻らない」

 

 纏は犯人にそう言うと、妖刀を鞘に戻した。いつの間にか彼女の状態は元に戻っていた。

 

「お、おい。俺は、俺はどうなったんだ? 切りつけられたはずなのに、どこも痛くねぇ! でもわかるんだ。俺の中で何かが確実に失われている! なんだ? なんなんだよ! これ! 俺は、どうなるんだ?」

 

 犯人は自分に起こっている異変に対処しきれず、纏に怒鳴り散らしている。見ると彼のスタンドは、もはや原形をとどめないほど散りじりになっており、このまま消滅するのは時間の問題だ。そんな犯人に対し、纏は冷静に結果だけを報告する。

 

「別に? どうもしませんよ。元の”無”能力者に戻るだけです。・・・・・・一度得た能力を、二度と取り戻す事が出来ないという後悔を抱き続けて、これからの人生を生き続けなさい」

 

「あ・・・・・・あ、ああ・・・・・・」

 

 そういって纏は犯人の所までやってきて、蔑みのまなざしを送る。

 犯人は抵抗しなかった。自分のスタンドの消滅を、実感してしまったからだろうか? 地面に膝をつき、力なく項垂れている。その犯人に対して、纏は柄で後頭部を思い切り殴りつけた。

 

「がはっ!」

 

 地べたを這うようにして気絶している犯人に対し、最後に纏はこう付け加えた。

 

 

「私の友達を傷付けたんですから、そのくらい安い代償でしょう?」

 

 

 

 




この話は戦闘シーンがメインです。纏を刀を持ったキャラにしてしまったため、戦闘描写がものすごく難しくなってしまいました。普通のスタンドにしておけば良かったと、今更ながら後悔しております。
 以下、纏のステータスです。



スタンド名 :オシリス
本体    :なし
現在の所有者:黛纏(まゆずみまとい)

破壊力  :C
スピード :C
射程距離 :C(10メートル)
持続力  :C
精密動作性:E
成長性  :E

刀身に触れた者の精神を支配し、操るという、アヌビス神と同等の能力を有する。それを纏の一族が長年をかけ、強制的にマジックアイテムとして使役している。無理やりに従わせているため、威力・精度とも本来の三分の一程度しか発揮できていない。また、使用する際は、それなりの制約が必要になる。刀で切った人や物の呪いを浄化すると言う能力を有している。

オシリス:バーストモード

破壊力  :A
スピード :B
射程距離 :E
持続力  :E
精密動作性:A
成長性  :E

オシリスの持つ精神支配を利用したモード。
自身とオシリスの精神を同化させ、戦闘力を底上げする事が出来る。使用者は肉体能力・身体能力が飛躍的に上昇する。
 侵食される割合が高いほど、技の威力やスピードなどが上昇するが、反面、意識を完全に乗っ取られる確率も増えてくる。(侵食率が90パーセントを超えると、完全に精神が支配されてしまう)
持続時間も非常に短い。(侵食率が10パーセントの場合でも、10分が限界。それを超えると強制的に能力は解除されてしまう。)

以上です。

残す所、あと2話位で終わりそうです。



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能力交換(リプレイスメント)

「佐天さんっ!」

 

 犯人が纏によって倒されるや否や、初春は佐天の元に走り、彼女を抱き起こす。

 

「・・・・・・うっううっ・・・・・・。あれ? あたし・・・・・・」

 

「佐天さん。しゃべらないで下さい! 佐天さんは犯人にやられちゃったんです。今救急車を呼びましたから、病院で精密検査を受けましょう?」

 

 うっすらとした意識の中、涙子は犯人の片割れを捜す。だが、どこにもいない。きっと逃げてしまったのだろう。そう思うと申し訳ない思いでいっぱいになる。

 涙子が持っていたバッグに、今まで撮影したPVに使う映像が入っているのだ。もし、それが戻らなかったら・・・・・・

 

(弱っちぃなぁ・・・・・・。あたし・・・・・・)

 

 心の中に、罪悪感を感じながら、涙子は目を閉じ、そのまま深い眠りについた。

 

 

 

 

「はあっ・・・・・・」

 

 一方、バーストモードを解除した纏は、その反動を受けがくっとひざをつく。このモード、使用者の身体機能を底上げする反面、体にかかる負担が尋常ではない。今、纏の体は無理をさせた反動で、強烈な筋肉痛に襲われている。きっと、明日はまともに歩くことも出来ないだろう。

 そんな纏の肩を、四ツ葉はポンと叩く。

 

「お疲れ様。もうすぐ救急車が来るから、君もそれに乗って病院にいきなさい? 後の事は、私がやっとくから」

 

「・・・・・・でもっ! まだ犯人がっ!・・・・・・ぐぅっ!」

 

 纏がしゃべり終わる前に、四ツ葉は彼女の腕を強く握る。そのとたん、纏は小さくうめき声を上げる。

 

「そんな状態で何が出来るの? いいから君は休みなさい。休むのも仕事のうちだよ」

 

「・・・・・・はい。すみません。それでは、後の事はお願いいたします」

 

 さすがに今の状態では役に立てないと自覚しているのだろう。纏は四ツ葉の言葉に従い、素直にお辞儀をした。

 

 

「・・・・・・さて、さて。あちらの様子はどうなっているのかな?」

 

 そういうと四ツ葉は纏から離れると携帯電話を取り出す。そこから彼自身のスタンドを発現させる。すると、携帯の画面からカメラの頭部の様な、妖精サイズの人型スタンドがその姿を現す。

 

「ピーピング・アイズ。モニター起動。二人の映像を移せ」

 

 四ツ葉がそういうと、妖精サイズのスタンドとは違う、丸いボールのようなスタンドが四ツ葉の周囲に浮かぶ。そしてそれは、真ん中に空いている穴から、赤外線のような光線を発射した。すると、四ツ葉の目の前に、ディスプレイが5つ表示され、空中に浮かぶ。その画面には

 

№01:表示

№02:表示

№03:NO SIGNAL

№04:NO SIGNAL

№05:NO SIGNAL

 

 と表記してあった。

 №03から05が”NO SIGNAL”なのは今回は使用していない為であり、本来ならば5つのディスプレイ全てが表示されるはずであった。

 

四ツ葉のスタンドは「ピーピング・アイズ」といい、スタンドに憑りつかせた対象の視覚や聴覚を、スタンドのディスプレイに写し、監視する事が出来るというものだった。先程、孝一達が犯人の追跡を開始した際、2体ほど彼らに憑りつかせていたのだ。

 

 その№01には犯人を追跡中の玉緒が、№02には、玉緒の行方を追っている孝一の姿が映し出されていた。四ツ葉は№01に映った玉緒の姿を眺めながら、

 

 「頼むから、無茶しないでくれよぉ・・・・・・」

 

 と、祈るように呟いた。

 

 

 

 

 

 

 人ごみを縫い、赤信号を渡り、ゴミバケツを蹴り飛ばし、裏道を走り、そしてまた人ごみを縫い・・・・・・。それを繰り返すこと数十分。玉緒は持ち前の身体能力の高さを生かし、確実に犯人との距離を縮めていた。

 

「くそっ! このアマっ! はぇえっ!」

 

「捕らえたっす! もう、逃がさないっすよ!」

 

 そしてとうとう犯人との距離を5メートル、4メートル、3メートルと狭め、ついに手を伸ばせば犯人の体に触れられるまでに追い詰めていた。

 しかし犯人も馬鹿ではない。

 玉緒が手を伸ばしたその瞬間に急ブレーキをかけ、後ろ回し蹴りを玉緒に放った。

 

「!?」

 

 とっさの事で反応が遅れた玉緒は、そのまま鳩尾に犯人の攻撃を食らい、二メートルほど後方に吹っ飛ばされてしまう。

 

「ぐっ!」

 

 衝撃で地面に尻餅をついた玉緒に、犯人は懐から取り出したペットボトルの蓋を緩め、上空に投げる。

 

「くらいな!」

 

 犯人が叫んだその瞬間、緩んだ蓋から液体が蛇の様に螺旋を描き、玉緒の顔に張り付いた。

 

(ぐっ!? 息が、出来ないっす!)

 

 液体が玉緒の鼻や口にまとわりつき、離れない。なんとか剥がそうとするが、その指は液体をすり抜けるだけで、離す事が出来ない。

 

「もう、お終いだなぁ」

 

 犯人は勝ち誇ったような顔をしてこちらを見ている。

 

 犯人の男は水流操作(ハイドロハンド)の能力の持ち主だった。そのレベルは3で、レベル1の発火能力(パイロキネシス)である玉緒には、荷が重い相手であった。

 

(それならっ、こうっす!)

 

 玉緒は瞬時に立ち上がると、犯人に向かい猛然とダッシュする。水を取り除けないのなら、意識を失う前に犯人を倒してしまえばいいという発想から出た行動だった。しかし、それは犯人に読まれていた。

 

「ふん。そう来るだろうと思ったぜ!」

 

 犯人は余裕綽々で玉緒の前で仁王立ちしている。息継ぎもしないで、しかもこの短時間にあちこちを走りまわった直後なのだ。玉緒の体内に酸素が残り少ない事は誰が見ても明らかだった。

 

(せいぜいもって約1分。それを凌げばこの女の意識は失われる)

 

 そう犯人は楽観視していた。唯一誤算があるとすれば、犯人が玉緒の能力を把握していなかったことだ。玉緒のもつ特異な能力を。

 玉緒が犯人に近付き、右手で掴みかかろうとする。犯人は余裕でそれを受け流す。

 

 そして二人の体が触れた瞬間。

 

 玉緒のもつ、能力交換(リプレイスメント)が発動した。

 

 

「んなぁ!?」

 

 何が起きた? 犯人は困惑していた。この女に触れた瞬間、自分の能力とはまったく異なる能力が入り込んできたのだ。

 

 そしてさっきまであった自分の能力が失われている。

 

 時間にして約1秒にも満たない出来事。

 

 それは犯人に玉緒の能力を警戒させるのに十分な時間だった。

 

(この女、何かヤバイッ!!)

 

 直感的にそう感じた犯人は、玉緒に背を向け、猛然とその場を走り去る。

 

 

「げほげほっ!!」

 

 玉緒の顔を覆っていた水の塊は、犯人と能力を交換した瞬間にはじけ、周囲に四散した。

 

 犯人は戦いより逃げの一手を選んだ。それはきっと、異常なものから逃げたいと言う動物的本能であり、恐らく犯人の行動は正しいのだろう。だが、同時にそれは悪手でもあった。

 彼女・二ノ宮玉緒の闘争心に火をつけてしまったのである。

 

「フフフフッ!・・・・・・たぎって来た・・・・・・。たぎって来たッすよォ! ・・・・・・絶対、絶対に捕まえてやるっす!」

 

 

 

 

「まずいなあ・・・・・・実にまずい・・・・・・」

 

 玉緒に憑とりつかせたピーピング・アイで様子を伺っていた四ツ葉は、頭を抱えてそう呟く。そして携帯を操作し、孝一に連絡を入れる。

 

「もしもし、孝一君?」

 

「すみません。四ツ葉さん。犯人と玉緒さんを見失ってしまいました。今、エコーズを周囲に飛ばして、索敵中です」 

 

 申し訳無さそうにそう伝える孝一に、四ツ葉は心配要らないという。

 

「場所はこちらで把握している。・・・・・・孝一君。次の角を曲がって、50メートル程したら右だ。その後はまた指示する」

 

「・・・・・・すごいな。四ツ葉さんのスタンド能力ですか?」

 

 孝一がそう尋ねると四ツ葉は「まあね」と答えた。

 

「とにかく早急に彼女と合流して、犯人を確保しないと大変なことになるかもしれない」

 

「大変なこと? 犯人が逆上して何か仕出かすんですか?」

 

「いやその逆。仕出かすのは玉緒君だよ」

 

「?」

 

 孝一は四ツ葉が何をそんなに恐れているのか理解できない。玉緒の能力と関係しているのだろうか? 

 玉緒の能力・能力交換(リプレイスメント)。

 

「・・・・・・もしかして」

 

 うっすらと何かがわかりかけてきた孝一は「・・・・・・制御できないんですか?」と言葉を続ける。その問いに四ツ葉は重く口を開く。

 

「・・・・・・厳密には違う。正確には、一定の興奮状態に陥ると、彼女は能力のオン・オフが出来なくなってしまうんだ」

 

「・・・・・・そいつは・・・・・・」

 

 大変ですね。とは軽々しくいえない状況だ。とにかく早く玉緒と合流するしかない。孝一は携帯をオンの状態にして、いつでも四ツ葉の指示を受けれる状態にし、指示されたポイントまで急いだ。

 

 

「このまま何事もなければいいんだけど・・・・・・」四ツ葉はそう発言してすぐさま、「ダメなんだろうなぁ・・・・・・」とがっくり肩を落とした。

 

 

 

 

「待て待て待て待て、待つっすよぉ!!」

 

「くそぉ!!しつけぇ!!」

 

 

 

 

「ん?」

 

「え? なんだこりゃ!?」

 

「きゃあっ!」

 

 

 行き交う通行人を押しのけて逃走する犯人と、追いかける玉緒。彼らが通るたび、小さな悲鳴が木霊する。いずれの人々も押しのけられたことよりも、強制的に入れ替えられた能力に戸惑いを隠せず悲鳴に近い声をあげている。

 

 

 

 

 

「はぁ・・・」

 

 

 小太りの少年はため息をつき、とぼとぼと街路樹のある道を歩いていた。彼は最近自分の能力の伸びしろに悩んでいた。

 

 いくら努力しても能力が発現しない。

 いくら努力しても無能力者のまま。

 

 それはこの学園都市において最下層の人間とレッテルを張られるに十分な理由だった。

 少年は現状を何とか変えたかった。

 だからかつて、都市伝説の一つであるレベルアッパーなるものの誘惑に負け、使用してしまったのだ。

 

 結局、思わぬ副作用のせいで、こん睡状態に陥ってしまったのだが、それは自分の中で納得し、受け入れた。ズルをして手に入れた能力に意味なんてない。それがその時彼が学んだ教訓だった。

 

(でも、やっぱり能力が発現しないのはくやしい)

 

 きっかけが欲しかった。レベルアッパー使用時に体験した、能力を使用する感覚をもう一度体験したかった。もう一度体験すれば、何かがつかめる様な気がする・・・・・・

 

「ごめんっす!」

 

「え?」

 

 その時小柄なセミロングの少女がぶつかってきた。何だろう? 大きなカバンを持った男を追いかけているようだ。

 

「・・・・・・」

 

 少女はわき目も触れず、その場から立ち去ってしまう。

 

「んん!?」

 

 その時少年に僅かな違和感がおきた。

 

「これって・・・・・・。ええ!?」

 

 それはだんだんと大きくなりやがてはっきりと形となって現れる。

 自分に、能力が宿ったのだ。

 

「うおおおおおお!?」

 

 突然ふって湧いた能力に、少年は吼えた。

 

 予断だが、少年はその後、能力発現のきっかけを掴み、メキメキとその才能を開花させていくのだが、それはまた違う話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

「この思い、届きますように・・・・・・」

 

 郵便ポストに手紙を投函したお団子頭の少女は、両手を合わせ、これを受け取るであろう少女の事を思いながら、そう呟いた。

 かつて少女は、交際していた彼氏から自分の身体的特徴を指摘され、さらには捨てられるというトラウマを抱えていた。その為、彼が付き合っていた常盤台中学の生徒を逆恨みして、複数の女性徒を無差別に襲撃するという暴挙に出てしまった。最終的には、警備員(アンチスキル)に補導される事になったのだが、その際自分の身体的特徴である太くて短い眉毛を笑うことなく「好きだ」と言ってくれたある女性徒と手紙でやり取りするうち、好意以上の感情を持ち合わせてしまったのだ。

 

 もっと彼女と話したい。

 仲良くなりたい。

 彼女に触れたい。

 

 新たに沸き起こる、様々な感情と向き合う日々。それでも、直接会いに行かないのは嫌われるのが怖いから。だからこうして手紙をしたためる。いつかこの想いに、彼女が気づいてくれるその日まで。

 

「どけどけっ!」

 

「きゃんっ」

 

 唐突に、男が彼女を突き飛ばした。男は大きなバックを抱え、彼女に目もくれることなく走り去ってしまう。

 

「いったぁ・・・・・・」

 

 バランスを崩し、地面にがっくり膝をつく彼女に追い討ちをかけるように、後ろから少女の声が響く。

 

「ごめんっす! ちょっと通るっすよっ!」

 

 地面に膝をつく少女の脇を、セミロングの少女が駆け抜ける。その際彼女の体に触れてしまった少女は、その瞬間、電気に当たったような衝撃を受け、思わず手を引っ込めてしまった。

 

「・・・・・・いったぁ。なんなのよ、もうっ」

 

 少女は太い眉を吊り上げ、抗議の声をあげるが、当事者の男と少女は既に、視界から完全に消え去っていた。

 

「あれ?」

 

 その時、自分の体から何かが無くなっているような感覚を受けたのだが、それが何なのかはついに分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「!? あの女、どこ行った!?」

 

 人通りの多い通り道で、犯人の男は玉緒の姿を見失ってしまった。自分の追跡を諦めたのか、それとも人ごみに隠れて機をうかがっているのか。

 

 どこだ? どこだ? どこだ?

 

 だが、まるでその存在が始めから無かったかのように、玉緒の姿は忽然と消えてしまった。犯人にはそうとしか思えなかった。もちろん玉緒の姿が消えたわけではない、これは先程の少女と交換した視覚障害(ダミーチェック)と呼ばれる能力である。

 自分の存在感を限りなく薄くすると言うその能力。犯人が注意深く観察していれば、物影から犯人の背後にまわる玉緒の姿に気づく事が出来たであろう。しかし、逃走中と言う状況と、この人ごみが目くらましとなり、犯人にはその姿を認識する事が出来なかった。

 

(もらったっす!)

 

 玉緒が犯人の死角に周り、捕まえようと歩を進めた瞬間、玉緒は彼女の前に通りがかったポニーテールの女性とぶつかってしまう。

 

「痛ってぇ!? おいテメェ。ちゃんと前向いて歩きやがれよっ!」

 

「大丈夫っすか? 姉御」

 

 背中にバラの刺繍が入ったジャンパーを着た、”姉御”とばれた女性は、取り巻きの男達に気遣われながら、ぶつかってきた玉緒を一瞥し、睨みを利かせる。

 

「おい、シカトかよ。きちんとこっち・・・・・・ん?」

 

 玉緒の顔を威圧すように覗き込む姉御は、自分の体に起きた異変に気づく。

 

「なんだこりゃ!? 視覚障害(ダミーチェック)!? なんでこんな能力がアタイに!? てめえ、アタイになにしやがった!?」

 

「ごめんっす、ポニーさん。後でキチンとお返しするッす」

 

「だぁれがポニーさんだ、こら!?」

 

 その騒動で、犯人の男は玉緒の接近に気づき、再び距離をとる。

 

「あっぶねぇ。お前、一体何なんだ? お前に触れてから能力がおかしくなるし、急に姿を消したりもする。まさか、多重能力者(デュアルスキル)だとでも言うのか?」

 

「・・・・・・そんなんじゃないっす。自分の能力はただのレベル1の、発火能力者ですよ? だから、返してもらうっすよ。るいるいから奪ったバッグも、自分の能力も」

 

 そういうと玉緒はいまだメンチを切っている姉御に「あとでちゃんと返すッす」と謝罪し、歩を進める。それを見た犯人は再び逃走を開始しようとするが、それは出来なかった。

 

「な!? 足が!?」

 

「・・・・・・表層融解(フラックスコート)。アスファルトの粘土をコントロールする事が出来るっす。だから、犯人さんの足元を、地面に埋め込ませたっす」

 

 犯人の足が完全にアスファルトに埋め込まれ、動きが取れない。それを見た玉緒は悠然と犯人の元まで歩み寄ると、

 

「逮捕するっす!」

 

 そういって、鳩尾に強烈なボディーブローを喰らわせた。

 

「ぐえぁ!!」

 

 犯人が鳩尾を抑え、体を句の字に曲げる。その瞬間、玉緒は犯人の顔面目掛けて、ローリングソバットを食らわせた。

 

「えげつな・・・・・・」

 

 姉御が思わずそう呟くほど見事な急所攻撃を食らい、犯人は白目をむいてその場に倒れこんだ。玉緒は犯人が落としたバックを拾い上げると、

 

「全部、返してもらったッす。自分の能力も、ルイルイのバッグも」

 

 そういって玉緒は姉御に向かって、勝利のvサインをだした。

 

「・・・・・・って、終わってねぇだろぉ! かえせ! アタイの能力をぉおお!?」

 

 姉御の絶叫がその場に轟いた。

 

 

 

 

◆ 

 

 

 

 

「四ツ葉さん。今到着しました・・・・・・けど、もう終わっちゃってるみたいなんですけど・・・・・・」

 

 現場に到着した孝一が見たものは、白目をむいて倒れている犯人と、ポニーテールの少女とその仲間達に突っかかられている玉緒という図だった。

 

「・・・・・・うん。わかってる。こっちでも見てたから・・・・・・」

 

 携帯からは四ツ葉の沈んだが聞こえる。いや、泣き声かもしれない。どことなく涙声で、四ツ葉は孝一に対しお願いをしてくる。

 

「お願いなんだけど・・・・・・。これから、玉緒君が能力を交換しちゃった人達”全員”のお話を聞かなきゃならないからさ・・・・・・。悪いんだけど、手伝ってくんないかなぁ!?」

 

「えええ・・・・・・」

 

 軽いめまいを覚えながら、孝一は今だ、言い争っている玉緒達の姿を見るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・」

 

 孝一との連絡を終えた四ツ葉は軽いめまいを覚えていた。これから行わなければならないであろう、面倒くさい事情聴取の事を思うと気がものすごく重い。

 

「堅一郎。ハルカは今日の結果を聞いて、堅一郎がなぜ二ノ宮玉緒という少女をS.A.Dに入隊させたのか、わかった気がします」

 

 ハルカが四ツ葉のやつれた様子を見ながら、発言をする。

 

「あのような特異な能力の持ち主を、野放しにしておくのは得策ではない、放置しておけば、学園都市内で、必ず大きな騒動に発展する。それなら目の届く範囲で監視し、対策を講じたい。そんなところでしょうか」

 

「ハルカちゃんは何でもお見通しだねぇ・・・・・・。あの子の扱い方はツーマンセル。二人一組で行動して、始めてその真価を発揮する。一人で任務に当たらせるには、あの力は異質すぎる」

 

「そのバディ役が、広瀬孝一ですか?」

 

 四ツ葉の言葉を受け、ハルカがそう訪ねる。

 

「そのつもりだったんだけど、問題は当の孝一君が今一やる気が無い事なんだよねぇ。彼とはもう一度、話をしてみる必要があるかもねぇ・・・・・・」

 

 そういうと四ツ葉は、「何をやるにも面倒くさいなぁ・・・・・・」と呟き、頭をガリガリとかいた。

 

 

 

 

 

   

 




スタンド名:ピーピング・アイズ
本体   :四ツ葉堅一郎

破壊力   :E
スピード  :D
射程距離  :A
持続力   :A
精密動作性 :D
成長性   :E

 小型のカメラのような頭部をしたスタンド。大きさは非常に小さい。
 全部で6体おり、内5体が外部で集めた情報(盗撮・盗聴など)を、残り一体のディスプレイに表示させる事が出来る。
 攻撃力は皆無で、能力は「見て・聞く」だけだが、その分射程距離が非常に長く(約数百km)持続力もある。
 憑り付けた相手の位置情報もディスプレイに表示されるため、諜報活動向きのスタンドであるといえる。
 






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エピローグ

「・・・・・・えっとぉ。最初に、おかっぱ君に触ったっす。その後は、眉毛ちゃんに触って、その後はゲジゲジ君、メガネちゃん、ツインちゃんにおさげくんでぇ・・・・・・」

 

「ちょっと待って、ちょっと待って。・・・・・・ニックネームで呼ぶのは止めようね。とりあえず、この写真を見てね。この中で触った覚えのある人は?」

 

「・・・・・・ううううーーんっ。覚えがないっす」

 

「うそでしょ!? ややこしいことになったなぁ・・・・・・」

 

 S.A.D本部にて、玉緒は今回の事件についての取調べを四ツ葉から受けていた。厳密に言うと玉緒が触れてしまった人達の確認作業である。彼女は机に突っ伏したり、こめかみに手をやったり、はたまた椅子の上で座禅を組んだりと、彼女なりに何とか思い出そうとしているのだが、芳しい成果は得られていないようだった。

 

 

 

「・・・・・・おい! まだかよっ! 何時間待たせるんだよっ!」

 

「早くして欲しいかもです」

 

「自分はこの能力気に入ってるんですけどね」

 

「てめっ。それは俺の能力だっ!」

 

 

 

 5階のビルには玉緒が能力を交換したと思われる人達でごった返していた。皆共通しているのは、「能力を返せ」と「早く帰りたい」と言うことだけだ。

 

 孝一は彼ら全員の持っていたとされる能力と書庫(バンク)の中のデータが一致しているのかの確認作業に追われていた。現在このビルには隊員は四人(うち一人はハルカ)しかいない。纏は、全身筋肉痛で早退し、涙子は一応病院で精密検査を受けている。それに付き合う形で初春も病院に行っている。正確には涙子達は隊員ではないのだが、数時間前まで一緒だった人間が居なくなると、やはり寂しいものがある。

 

 結局、作業が終了したのは深夜0時を回った頃だった。彼らは去り際に口々に「ふざけんなー!」と捨てゼリフを四ツ葉達にあびせ、憤慨して帰っていった。しかし一番泣きたかったのは、部下の不始末の一切合財を引き受けた四つ葉だろう。彼ら全員が帰り終わった頃には、げっそりとした頬で、机に突っ伏していた。その表情は、まるで生気を抜かれたようで、目の焦点も合っていない。

 

「ぐぅ~。すぴ~・・・・・・」

 

 一方の玉緒は、仮眠室の畳の上に大の字になって眠っていた。精も根も尽き果ててしまったようで、自分のバッグをマクラ代わりに、制服のまま爆睡している。

 

「・・・・・・それじゃ・・・・・・これで、失礼します・・・・・・」

 

 全ての作業が終わった孝一は、四ツ葉と同じくげっそりとした表情で足取りもおぼつかない感じで、四ツ葉にそう告げると、エレベーターの所まで行き、「開」のボタンを押そうとする。その指を四ツ葉の「孝一君。ちょっといいかな」という声が静止させた。

 

「・・・・・・一体なんです? 正直、もう帰りたいんですけど・・・・・・」

 

 孝一はうんざりした表情で、声を掛けられた方へ振り向く。そこには先程までの死顔だった表情とは一転して、真剣な顔つきをした四ツ葉が孝一を見据えていた。

 

「・・・・・・こんなときに恐縮なんだが、そろそろ君の答えを聞いておきたい。今後、我々の組織でやっていくのか否かをね」

 

 いつかは出さなければならなかった答え。それを回答する時が唐突に訪れた。孝一も気持ちを切り替え、四ツ葉の表情を見据える。

 

 「私の意見は変わらない。君の能力は買っているし、君自身も好きだ。だが、肝心の君はどうなんだい? これまで無理やりつき合わせてしまった感があって、反省しているんだが、君は本当に嫌々我々と行動を共にしていたのかい? もしそうなら、深く謝罪する。明日からは来て貰わなくても構わない。でも、もし違うのなら・・・・・・」四ツ葉は一端そこで区切り、「我々の力に・・・・・・本当の意味で仲間になって貰いたい」そう付け加えた。

 

「・・・・・・」

 

 その視線は、まっすぐと、孝一の視線と重なった。おちゃらけも、ごまかしもない、本音の対話。だから孝一も、嘘偽りなく、今の自分の気持ちを、自分の口で四ツ葉に伝えることにした。

 

「・・・・・・最初は、騙されたと思っていました。甘い言葉で誘いに乗せて、無理やり組織で働かせる。よくあるブラック企業の一つと思っていました」

 

「それは、今もかい?」

 

 苦笑する四ツ葉。今までの組織の実績から行ったらそう思われて間違いない。ある意味自虐的な表情を浮かべ、孝一に尋ねる。

 

「いいえ。今は、違います。いつの間にか、好きになっていました。組織の現状はどうあれ、みんな本気で街のことを心配して頑張ろうとしている。今回のPV撮影だって、通常ならこんなこと考えも付きませんよ。まったく、無茶苦茶な組織です」

 

 そういう孝一の表情は肩をすくめ、やれやれといった仕草をする。その表情は出来の悪い子供を持った親のようでもあり、「それでも嫌いになれないんだよなぁ」といった風でもあった。

 しばらくそんな顔をしていた孝一だったが、やがて表情を元に戻す。そして2,3秒ほど何かを思い出すようにして目を瞑り「・・・・・・でも、楽しかった」と率直な感想を述べた。

 

 その脳裏には、これまでのS.D.Dでの活動が思い出される。大半はろくでもない思い出だったが、彼らと共有した時間・活動は少しも嫌なものではなかった。・・・・・・もう少し、彼らと一緒にいたい、活動していきたいと思った。だから、孝一はその胸に沸き起こった感情をそのまま素直に四つ葉に伝えた。

 

「改めて、こちらからお願いします。これからもこちらで働かせてください。よろしくお願いします」

 

 孝一はぺこりと頭を下げた。

 

「・・・・・・」

 

 四ツ葉は椅子から立ち上がり、こちらに歩み寄ると、頭を下げている孝一の手をとり、硬い握手を交わした。そして

 

「・・・・・・こちらこそ。ようこそS.A.Dへ」

 

 そういって力強く、孝一の手をいつまでも握り締めるのだった。

 

 

 

 

 数週間後、とある動画投稿サイトにある映像が投稿された。

 それはある組織の宣伝、PR動画だった。

 

 その映像をクリックすると、突然けたたましい音楽が鳴り響き、ナレーションが始まった。

 

 『スタンドとは、一般の人間には認識できない生命エネルギーのようなもの。それを操るものをスタンド使いと言う・・・・・・』

 

 場面は変わりショッピングセンター。その人ゴミの中央に軍服のような紺色の制服を着た男女四人(+なぜか掃除ロボット一台)が集合してカメラを見据えている。

 

 『今、学園都市内ではスタンドを悪用した犯罪が急増しています。あなたの周りで起こる不可思議な現象。私達、S.A.Dが解決します』

 

 彼ら画面の中央に「どーん」という効果音と共にS.A.Dというテロップがデカデカと表示される。

 

 『S.A.Dとは、スタンド犯罪に対抗するために結成された専用機関です。もっと詳しい情報を知りたいと言う方は、こちらのURLからアクセスして下さい』

 

 

 

 

「・・・・・・う、うううう。恥ずかしいですっ」

 

 S.A.D本部にて、この場にいる全員と動画を見ていた纏(まとい)は顔を赤らめ、両手で視線を塞きながらそういった。

 

「いやいや、まゆまゆの凛々しい表情、大変えになってるっすよ? ねえ? たいちょー?」

 

 ニコニコ顔の玉緒はそういって四ツ葉に視線を移した。

 

「いやはや・・・・・・。私、写真写りとか悪いほうなので、大丈夫かなぁ? 映像の私、ちょっと顔色悪くありません?」

 

 と、いいながらも四ツ葉はまんざらでもないといった顔で、動画を見ていた。玉緒の質問には当然、まったく耳に入っていない。

 

「大丈夫ですよ。堅一郎はいつだって男前ですから」

 

 ハルカはそんな四ツ葉をしきりにヨイショしていた。ヨイショ機能でも備わっているんだろうか? このロボットは。

 

「ああ、恥ずかしい・・・・・・。これ何万人にも見られてるんだよねぇ・・・・・・。そう思うと・・・・・・。うわあっ。とんでもないことしちゃったなぁ・・・・・・」

 

 孝一も纏と同様、顔を赤らめ動画を見ている。

 このPV。タイトルに『S.A.D/PV01』と表記してあるように、PV02.PV03も存在する。こっちは一般視聴者には視えないスタンドをCGを駆使して表現したり、それを倒す隊員のショートドラマも盛り込んでいたりする。もっとも、そこは素人が撮影したので、演出にも乏しく役者も大根なのだが・・・・・・

 

「だけど、これで取っ掛かりは出来たっす! 後はこれで興味をもってくれた人がホームページを見てくれれば・・・・・・!」

 

 玉緒はノートパソコンのホームページを開き、その閲覧数を確認する。

 閲覧数:98人

 投稿したてにしてはいい数字だ。

 

「へぇ。もう見てくれている人がいるんだ。・・・・・・あっ。感想を書いてくれている人もいる。なんて書いてあるんだろう」

 

 孝一はBBSの書き込み画面を表示させ感想をみてみる。そしてすぐさま「げっ」と呟いた。

 

 ●その節はどうもお世話になりました。何時間も拘束してくれてありがとう

 ●周囲に被害を及ぼす迷惑組織S.A.D!

 ●荒らしてやる荒らしてやる荒らしてやる

 ●給料どろぼー。

 

 そこには罵詈雑言の雨あられ。おそらく玉緒に能力を交換された学生達であろう、恨み辛みの書き込みが大量に投稿されていた。

 

「これは・・・・・・。悪い意味で認知度が上がったみたいだね・・・・・・」

 

 四ツ葉が「ははは」と引きつった笑い声を上げる。

 

「・・・・・・うううう人間怖い人間怖い・・・・・・」

 

 纏が書き込まれた内容を見て、何度も「人間怖い」とお経の様に唱えている。孝一はそんな彼女の肩を抱き「よしよし」と慰めてやった。一方、騒ぎの張本人・玉緒はそんなことなど気にも留めないでこう宣言する。

 

「まあ、言いも悪いも含めて、これからスタートっす! みんな気合入れていきましょ!! 合言葉は『悔いのない人生を』っす!」

 

 そういって一人「おー」といって拳を天高く掲げる。言葉の意味はわかるが、「お前が言うなと」その場にいる全員がそう思った。

 

 こうして、非常に多大な不安要素を残しながらも、S.A.Dは活動をスタートさせたのであった。

 

 

 

 

 

 



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プロメテウスの炎
発端


久々更新です。
仕事が忙しくて、なかなか執筆まで漕ぎ着けられませんでした。



それはいつもの朝だった。

 上空では青い空と白い雲、そしてゆっくりと漂うように飛行船が飛んでいる。

 下の方に目を下ろせば、学園都市が誇る巨大な風力発電用プロペラが、街行く人々を、まるで見守るようにゆっくりと回転し続けている。

 この学園都市に住む住人からしたら、それは当たり前の光景だった。

 

 ――――これからもきっと、同じ毎日が続くに違いない。

 

 街の住人は 学校や、研究所や、仕事場に向かいながら、そんなことを考えているのだろう。だから、通勤途中に突然爆音が鳴り響いたとしても、彼らは最初、それが何を意味しているのか分からなかった。

 

 ――――なんだ? ガス爆発?

 

 ――――でも、あのベンチのあった辺りに、人が倒れているわ・・・・・・これって・・・・・・

 

 次第に騒然とし出す周囲と、遠くから聞こえるサイレンの音。

 

 彼らは爆発のあったほうに目をやり、そこにさっきまでベンチに座っていた人間が、もくもくと黒煙を上げながら倒れているのを見てやっと理解する。

 

 

 ――――爆弾テロ――――

 

 これが、後に”プロメテウス”と呼ばれる犯人の、犯行開始を告げる狼煙だった。

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・一週間前、第3学区の路上にて発生した爆弾事件。周囲の建物を破壊し、被害者を出すという痛ましいものでした」

 

「また、これらの事件に共通するのが、被害者はいずれも白い箱のようなものを開け、事件の被害にあっているという事です」

 

 

 ジャッジメント第177支部。

 その一室では1週間前から発生したプロメテウス事件の対策会議が行われていた。大画面の液晶には、オフィスの一室や、学校の校門前、ファミレスなど、これまで起こった爆弾事件の痛ましい写真が映し出されている。

 

「今回の事件で使用されているのは、きわめて原始的な爆弾の模様。先の『グラビトン事件』のように能力者による犯行ではなく、またその威力もきわめて低いものと推察されます。現に、爆弾を開けた被害者は、全員重傷を負っていますが、命に別状はありません」

 

 画面の前ではジャッジメントの学生と固法が代わる代わるに、事件についての説明をしている。その報告を他の学生達と聴いていた白井と初春は、

 

「・・・・・・命に別状がないからといって、それで許せるものではないですわ」

 

「犯人には必ず、しかるべき報いを受けさせます。許せません、こんなこと絶対っ!」

 

 思い思いに犯人への怒りをたぎらせ、事件現場の映ったモニターを、まるで犯人であるかのように睨み付けていた。そのモニターの視線上にいた固法は、まるで自分が睨まれている様に感じ、視線を彼女達からそっと離し、説明を続けた。

 

「現在の所、時間も場所も関連性が認められず、犯人の意図は不明。唯一の証拠は事件現場に残されていた白い箱と、犯人からのメッセージのみです――――」

 

 

 ――――事件は一週間前から始まった。

 

 早朝、通勤途中の学生達が賑わう路上にて、ベンチに腰掛けていた学生が隣に置かれていた白い箱を開けた瞬間、爆発に巻き込まれたのだ。爆発の威力は弱く、命に別状はなかったのだが、それでも無事ではすまない。爆風により弾け飛んだ部品や、熱風が襲い、被害者は頭蓋骨と腕を骨折、そして上腕にかけて酷い裂傷、やけどを負ってしまった。

 だが、その際現場では奇妙な現象が起こっていた。通常、爆弾の破裂と共に消滅するはずの白い箱が『何故か』無傷で残っていたのだ。爆弾は確実に破壊され、周囲に散乱していたというのにである。

 事件はその後、一日おきに発生した。先の固法の説明の通り、時間も場所も問わず、白い箱を開けた瞬間に爆発し、白い箱は必ず無傷で発見される。また、その際、被害者達が口々にありえないことを口走っていたのも『奇妙』だった。

 彼ら曰く”箱を置けた瞬間、見えない何かに体をつかまれ、逃げられなくなった”そうなのだ。一人なら錯乱状態での幻覚と説明も出来るだろうが、その後3人の人間が同じような証言をしているのは、どういうことなのか。事情を聞いたアンチスキルの人間は首をかしげざるを得なかった――――

 

 

「――――今回もまた、箱の裏には、プロメテウスからのメッセージが記されていました。これが一体何を意味するのか。犯人からの挑戦状なのは間違いありませんが、これが暗号なのか、次の犯行予告なのか、現時点では不明です」

 

 そういって固法はモニター画面にプロメテウスからのメッセージを表示させる。

 

 -5x=-75

 

「・・・・・・犯人は、ゲームのつもりなんでしょうね。ほんと、忌々しいですわ」

 

 白井は、犯人に手のひらで転がされているような気分を味わいつつ、その暗号をサラサラとノートに書き写し、答えを導き出す。

 

 15

 

 これが番地なのか、地名なのかもわからない。そもそもこの答えそのものが意味を成さず、実は方程式に何か重要な意味が隠されているという可能性も考えられる。

 

(今のところ、手がかりはこれだけしかない。しかも本当に意味のあるものなのかも疑わしいですわ・・・・・・。せめて、もう少し手がかりがあれば・・・・・・)

 

 白井はメモ帳をめくり、今までのプロメテウスからの暗号をもう一度確認するしかなかった。

 

 

 

 ――――最初の犯行現場に残された縦、横約10センチ、高さ約10センチの正方形状の鉄製の白い箱。

 通常なら爆弾と共に破壊されたであろうその箱には、『何故か』なんの破壊の痕跡も認められなかった。アンチスキルは箱を回収し、詳しい分析をするために鑑識に回したところ、箱の裏にあるメッセージを発見した。そこには文面で

 

 

 ――――これが最初の犯行である。愚かな群集へ

x-8=5          Prometheus(プロメテウス)

 

 と記されていた。

 

 プロメテウス――――人間に火を与えたギリシャの神族で、行き過ぎた科学文明の暗喩としてしばしば用いられる事がある。犯人は文明批判を行っているつもりなのだろうか。そしてこの数式は何なのだろうか?

 しかしそれを考えるまもなく、犯人・プロメテウスからの犯行はこの1週間で4件も発生し、今に至るのだった。

 

 

 

「――――明後日、アンチスキルより爆弾物処理班の方がこられ、今回使用された爆弾についての詳しい説明と、レクチャーが行われます。実際に私達が爆発物を取り扱う可能性は万に一つもありませんが、その形状や特性をしっかりと頭に叩き込み、市民を守るため迅速な対応を心がけなければなりません」

 

 

 x-8=5

36÷6+3

2x+4=56

-5x=-75

 

 固法の説明を聞きながら、白井はシャーペンをくるくると回し、犯人からの暗号を何度も見る。

 

 何らかの座標・・・・・・記号・・・・・・論文で使われている数式・・・・・・

 

 ――――だめですわ。なんの共通点も見当たりませんわ――――

 

 何の答え、ヒントも閃きも降りてはこない。白井はシャーペンをコロンと机に転がし、思考を中断する。自分の頭が固すぎるのか、それともまったくの見当違いなのか・・・・・・。

 そうこうしている内に時間だけが過ぎていき、やがて、固法が明後日また同じ時間に対策会議を行うことを告げ、会議は終了となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――犯人の思惑がさっぱりわかりませんわ。こうしている間にも犯人は次の爆弾の準備をしているかもしれませんのに・・・・・・。ああ、もどかしいっ!」

 

「そうですよね。分かっている事と言えば、無能力者による犯行。それと爆弾に対する知識がある位しかないですもんね」

 

 会議室を出ていつものオフィスに戻った白井と初春は、今回の事件についての情報を整理するため、パソコンに今まで得た資料を入力していた。

 

「問題解決の鍵は、やはりこの数式ですわね。わざわざ現場に残しているんですもの。絶対に何らかの意味があるはずですわ」

 

 手早くパソコン操作をする初春の後ろに立ち、白井は表示されている数式を見て、そう唸る。

 

「・・・・・・でも、この事件、本当に無能力者の犯行なんでしょうか? 被害者の人達の証言が気にかかります。みんな『見えない何かに体を押さえつけられて逃げられなかった』と証言しています。これってもしかしたら『スタンド能力』による犯行なんじゃないでしょうか。だとしたら、私達だけでは荷が重いと思います。私達には『スタンド』は視る事が出来ませんから」

 

「ちょっと初春。さっきから言っている『スタンド』って何ですの?」

 

 初春はその問いに答える前にパソコンを操作し、とあるホームページを表示させる。

 

「えっと、スタンドって言うのは、以前の”R”事件や広瀬さんみたいな、私達とは違う能力を持った人達が持つ、特殊能力の総称らしいです。そしてそのスタンドを使いこなす人達を『スタンド使い』って言うらしいんです。まあ、みんなこのホームページの受け売りなんですけどね」

 

 初春が表示させた画面には『ようこそS.A.Dへ』と文字が記されていた。

 

「白井さん。どうです? この際、彼らを頼ってみたらどうでしょう? ひょっとしたら、事件解決の糸口が見つかるかもしれませんよ」

 

「・・・・・・これ、なんですの? 画面からそこはかとなくファンシーさが醸し出されているのですが・・・・・・」

 

 顔を引きつらせた白井が指差す先にはオレンジやピンクなどの背景画と共に、可愛らしい猫がこちらに向かって『ピコピコ』手を振っている。

 

「自称『スタンド対策のエキスパート』の方々がいる組織です。この組織には広瀬さんも所属していますし、私も佐天さんも何度か足を運んでいます。きっと私達の力になってくれますよ」

 

「まあ、初春がそういうなら・・・・・・」

 

 モニター画面をまじまじと眺めながら、白井は初春の説明に半ば押し切られる形となり、同意するのだった。

 

(・・・・・・本当に、大丈夫なのかしら? )

 

 ――――一抹の不安を覚えながら――――

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・四つ葉さん。今になって思い知りましたよ。その場の勢いだけで、軽々しく『うん』なんていうものじゃないって・・・・・・。それがどのような結果を招くのか、良く吟味してから答えるべきだったと、いま、激しく後悔していますよ・・・・・・」

 

「孝一君。どうしたんです? 急に達観したような事を言って。その年齢で悟りの境地ですかな?」

 

「・・・・・・ええ。悟りましたよ。『後悔先に立たず』ってこういうことを言うんだなって、身をもって経験させてもらいましたからね!」

 

「ンモー」

 

 隣で干草を食べていたウシがこちらを振り返り、孝一の怒声に驚き声をあげる。それと同時に『コロンコロン』と音を出す鈴付き首輪のネームプレートには、可愛らしい文字で『かとりーぬ』とかかれている。

 

「はいはい。『かとりーぬ』ちゃん。なんでもないですよぉ。ちょっとこのお兄ちゃん、カルシウムが足りてなくてイライラしているだけだからね。気にしないで、ご飯をお食べ」

 

 四つ葉はかとりーぬの頭を撫でて宥め、食事に戻らせる。その様子を遠巻きに眺めていた孝は「はぁ・・・・・・」と四つ葉にワザと聴こえるように大げさにため息を吐く。もちろん四つ葉がそんなイヤミなどまったく意に返さない性格なのを知っての行動である。

 

「孝一さん。隊長! ほら、見てください。この子やっと私の肩に止まってくれたんですよぉ。私の事、お母さんって思ってくれているのかな? えへへ。かわいい」

 

 別の動物飼育を担当していたはずの纏(まとい)が肩にオウムを乗せ、孝一たちの元にやってきた。纏は人差し指でオウムの喉をなでて至極ご満悦のようだ。この階に現在いる動物の数は

 

 ウシ一頭。

 ニワトリ10羽

 オウム3羽

 メダカ500匹

 

 であり、一週間後には、そこに猿が10匹ほど加わる予定だ。ちなみにここはSADビルの一階であり、動物園では決してない。

 彼らが何故こんなことをしているのかと言うと、別に職変えを行ったわけではなく、依頼主から依頼を受けた為、貰い手が見つかるまで一時的に預かっているのである。

 

 ――――玉緒のPV作戦が功を奏し、S.A.Dの知名度は格段に上がったと言ってもいいだろう。最初の頃と比べ、ホームページの閲覧数『10000人突破』は大変喜ばしいことである。まずはS.A.Dの名前を思えてもらうという当初の目的はとりあえずは果たせている状態だ。

 

 だが喜んでばかりもいられない。認知度が上がると言う事は、それだけトラブルも多くなると言うことである。――――というより現段階では専ら、そちらに対処することのほうが多いのが現状である。

 まず、この10000人の内、S.A.Dの活動方針を正式に理解している人は二割にも満たないということが挙げられる。彼らの大半は、『スタンド!? なにそれ!? 』状態でありホームページの『ご依頼、お待ちしています』という文面から、彼らを『何でも屋』と勘違いして、様々な依頼を送ってくるのだ。

 

 その内容は『引越しの手伝い』に始まり、『イベント設営』や『ぬいぐるみショーの怪人役』、果ては玉緒を名指しして同人即売会で『超機動少女カナミン』のコスプレイヤーになってくれなど、意味不明なものまで含まれる始末であった。それに輪をかけているのが二ノ宮玉緒の存在である。彼女は「どんなものでも依頼は依頼っす」とほぼ全ての依頼にOKを出す始末で、四ツ葉も強気に出れないものだから、実質、来る者拒まず状態になっているのだ。

 今回の依頼も『実験動物の引き取り先が確保できるまで預かって欲しい』というもので、「そんな場所どこにあるんだよ」と孝一が抗議した所、一階が大改造され、晴れて動物園状態となってしまったという経緯があった。

 

 

「――――ブラック企業だ、ここ・・・・・・」

 

「ん? 何か言った?」

 

 あからさまに聞いていたはずの孝一の呟きを華麗にスルーする四ツ葉。このずうずうしさ、強(したた)かさが企業を生きていくうえで必要なんだなと。ちょっぴり大人になる孝一なのであった。

 

 

「おーい! たいちょー! こーいち君! まゆまゆ! 大、大、大ニュースっすよぉ! ついにっ! ついに、スタンド絡みの依頼者が来たんすよぉ!」 

 

 その時、メダカの飼育に取り掛かっていたはずの玉緒が髪を振り乱しながら孝一たちの元までやってきた。目はランランと輝き、その顔は紅潮し、まるで一等5億の宝くじが当たったかのような興奮状態だ。だが、そんな彼女を尻目に孝一達は冷めていた。

 

「・・・・・・あー。はいはい。わかってるよ。どうせ電気スタンドの清掃かなんかでしょ? 隊長。前回は僕一人がゲコ太ショーの怪人役やったんで、今回は隊長が代わりにやってくださいよ」

 

「おいおい孝一君。こんなおじさんに肉体労働をさせる気かい? つれないなあ。一緒にやろうよぉ。あ、思い出した。おじさん、持病のぎっくり腰があったんだ。あいたたた。思い出したら腰が痛くなってきちゃったよ」

 

「汚っ! そんな話し初耳なんですけど」

 

 孝一と四ツ葉はさっさと視線を戻し『かとりーぬ』の作業に戻る。玉緒の言葉など微塵も信じていないようだ。

 

「ちょおーっと! 今回は違うっす! 正式な依頼なんですってば! 現にこうしてお二人とも来られてるんすよ!」

 

「・・・・・・ここは動物園か何かですの? 」

 

「こ、こんにちは。しばらく見ない間に、ずいぶんと様変わりしましたねぇ・・・・・・」

 

 聞き覚えのある声がしたので孝一がそちらの方に向き直ると、そこには見知った顔があった。

 

「白井さんと初春さん?」

 

 孝一の意外そうな声に、白井は腕組みをしたまま答えず、初春は「どーも」といって笑顔を向けてくれた。

 

「まったくもう! 初春がどうしてもと言うからワザワザ来て見れば。なんですのここは。これが本当に組織の有り様ですの!? 生まれて初めてですわ! ビルに入った瞬間にニワトリに出迎えられるなんて経験は!」

 

 白井はぷりぷりと怒って蔑みの視線を孝一達に送っている。どうやら出迎えの方法に問題があったようだ。

 

「あ」

 

 よくみると纏がサーッと血の気の引いた表情をしている。鳥類関係の管理は彼女の担当である。どうやら、檻の鍵を閉め忘れていたようだ。まあ、これもいつものことだ。纏は何か一つのことに没頭すると、他のものに目が行き届かなくなる傾向がある。今回のニワトリもそうだ。オウムと戯れているうちに、鍵のことなど頭の隅に追いやられてしまったのだろう。

 

「まあまあ、白井さん。めったに出来る経験ではないですし。そこは水に流しましょうよぉ。今回は、事件解決の協力要請のためにこちらにお邪魔したんですから。そっちの話をしましょう?」

 

 白井の機嫌が悪化する前に、初春が本題に入り気を紛らわせようとする。

 

 ――――事件解決?

 ――――協力要請?

 

 ということは、本当に?

 

 孝一も、四ツ葉も、纏も、それぞれの顔を見合わせ、先程の初春の言葉を反芻している。玉緒は「それみたことか」と言わんばかりの顔で、しきりに「うんうん」と頷いている。

 

「い・・・・・・」

 

「い・・・・・・」

 

「いやったああああああああ!!!!」

 

 孝一達は喜びの雄たけびを上げる。

 孝一と四ツ葉は互いに抱き合い、纏はその場に泣き崩れる。玉緒はそんな纏を「よしよし」といって慰めてやる。

 

 待ちに待った瞬間がついにやってきたのだ。イタズラやガセなどではない。ちゃんとした、正式な依頼がやってきたのだ。もう、イベント運営の設置も、ゲコ太の中の人もゴメンだ。やっと、捜査らしい捜査が出来る。

 この気持ちの高ぶりを抑えきれない孝一達は、天高く拳を掲げ、もう一度雄叫びにも似た喜びの声をあげた。

 

 そんな状況を冷めた視線で見つめていた白井たちは

 

「・・・・・・初春。本当の、本当に、大丈夫なんでしょうね?」

 

「は、はい。大丈夫ですよ。 きっと・・・・・・たぶん・・・・・・そこそこ・・・・・・」

 

 うさんくさそうな目で彼らを眺めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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不協和音

 さすがに動物達が大勢いる一階でする話でもないので、孝一達は五階の、我らがS.A.Dのオフィスまで白井たちを案内した。

 来客用のソファに座った白井と初春に対し、四ツ葉が依頼内容についての確認と応対を請け負う。

 

「いやあ、まさかジャッジメントの方にお越し頂けるとは思いもしませんでした。・・・・・・何でもうちの孝一君を頼って来て頂いたそうで。やはり持つべきものは人望を持った仲間という所でしょうか。あっ、すみませんなんのお構いもしませんで、いまお茶をお持ちいたしま・・・・・・」

 

「・・・・・・四ツ葉さん、でしたかしら? 」

 

「は、はい。そうですが・・・・・・」

 

「わたくし、あなたのくだらないおべんちゃらに付き合うつもりは毛頭ありませんの。とっとと本題に入りたいのですけど、よろしくて?」

 

「はいぃ。スミマセン・・・・・・」

 

 取り留めのない話で場を和ませてから本題に入ろうとする四ツ葉だったが、白井にそうバッサリと切り捨てられてしまった。四ツ葉の様子は見るからに『落胆』そのもので、がっくりと肩を落として小さそうにしている。そのやり取りを遠巻きに眺めていた孝一は

 

「うーん。あいかわらず、おっかない・・・・・・」

 

 と率直な感想を述べた。

 

 

「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・はぁ。お二人とも、ケンカは、やめましょー。みんな、なかよく。『らぶ&ぴーす』ですよぉ・・・・・・」

 

「纏(まとい)さん・・・・・・。そういうセリフは、もっと近くによって、大きな声でしゃべらないと・・・・・・」

 

 孝一と同じくその様子を物陰で(孝一を物陰代わりにして)ブルブルと眺めていた纏は、文字通り孝一にしか聴こえない小声でそう呟いた。そのさらに後ろには玉緒が隠れているが、そちらは意外と辛辣な言葉を誰にともなく投げかけていた。

 

「・・・・・・ああいうタイプはどこにでもいるっす。自分の信念は絶対に正しいと信じていて、それによって他人がどれくらい傷付いても気づかない、構わない、見てもいないタイプ・・・・・・。きっと世界が自分を中心に回っているっていう、お花畑の世界で両親にぬくぬくと育てられたんでしょうね。『ボク』の母親とは大違い・・・・・・」

 

「え?」

 

 そのあまりの異質な発言に。普段の玉緒をしっている孝一と纏は思わず振り返ってしまった。

 

「・・・・・・なんっすか?」

 

 そこには普段と同じ微笑を浮かべた玉緒がいた。

 

「い、いや・・・・・・」

 

「な、何でもないですよ。玉緒さん」

 

 それ以上は深く追求することも出来ず、二人はさっきの発言はきっと聞き違いだったと強制的に思い込んだ。そして再び四ツ葉達の方へ視線を移すのだった。

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・うーん。なるほどねぇ・・・・・・」

 

「伝えるべき情報は全てお伝え致しましたわ。今の情報から、あなた方の言う『スタンド』? 能力を使った犯行だと思われますか? それともただの悪質なイタズラですか? あなたの見解を是非ともお聞きしたいですの」

 

 現段階で提示できる情報を四ツ葉に伝えた白井と初春は、じっと四ツ葉の顔を見て意見を求める。しばらく腕を組んで考え事をしていた四葉は

 

「・・・・・・白井さん。確か、明後日にジャッジメント支部で専門家の人達がやってくるんでしたよね? その席に、私達も参加させてもらえないかな?」

 

 そういって白井に提案した。

 

「それって、オブザーバーとしてジャッジメントの会議に参加したいということですの? 残念ですが、一般人の立ち入り権限は・・・・・・」

 

「残念ですが、一般の人ではないんですね。これが。一応統括理事会から認可された組織ですので、会議に参加する権限位はあるのですよ」

 

 そういうと四ツ葉は携帯を操作して、白井たちに身分証明書を提示する。そこには統括理事会から認可を受けた旨を証する文面がたしかに記述されていた。

 

「・・・・・・うーん。意外ですわ。どうやら、あなた方の認識を改める必要があるようですわね。てっきり、おふざけの同好会だとばかり思っていたものですから。ごめんなさい」

 

 白井はそういって素直に頭を下げる。こういった切り替えの早さが、彼女の長所だろう。現に先程までの、胡散臭いものでも見るような視線は消え、ある程度の信頼のまなざしで四ツ葉を見つめている。四ツ葉は「さてと」とつぶやくと、後方でやり取りを伺っていた孝一達に視線を移すと、

 

「はい、みんな。集合。集合ー」

 

 と、顎をしゃくり、こちらに来るよう促した。その言葉を受け、孝一達はゾロゾロと四ツ葉達の方まで歩み寄る。

 

「詳しい話は後でお話しするけど、明後日、白井さん達のいるジャッジメント本部まで足を運ぶことになりました。そのときにこられる専門家の人たちの話を伺うためです。とりあえず、孝一君と玉緒君は私と同行して、纏君とハルカは待機と言うことでヨロシク」

 

「・・・・・・隊長。そんなにわたし、頼りないですか、役立たずですか、仲間はずれですか・・・・・・」

 

 ハルカと待機を命じられた纏は机にノノ字を書き、どよーんとした表情で、四ツ葉を恨めしそうに見る。いつものネガティブ思考が発動したようだ。

 

「・・・・・・いや、まあ。来られたらいいんだけどさ。纏くん・・・・・・。本部には、大勢の学生がいるわけだよ。その彼らの視線はいきなりやってきた、見ず知らずの私達に注がれることになるわけだ。・・・・・・君、その視線にさらされる勇気、ある?」

 

「はっ。そ、それは・・・・・・。スミマセン。待機してます。・・・・・・はいぃ」

 

 四ツ葉の回答にぐうの音も出なくなった纏は、がっくりと肩を落としてそう答えるのであった。

 

 

 

 

 

◆  

 

 

 

 精神を研ぎ澄まし、爆弾の信管をセットする――――

 

 この作業だけは、毎度の事ながら緊張する・・・・・・だが、一番の楽しみの時間でもある。

 

 明日、明後日、明々後日。

 

 この箱を設置した後、何日で、何時間で爆発するのだろう――――

 

 この白い箱を開ける運のないお方は誰?

 

 その時、マスコミはニュースでどんなに騒ぎ立てるのだろう?

 

 ・・・・・・ネットの反応が知りたい。

 

 

 掲示板を除いてみる。

 

 

 ●プロメテウスの犯行って次はどこだろうね?

 

 ●きっと彼は、世の中の間違いを正すために犯行を行っているんだよ。

 

 ●ええ? でも規模が小さいぞ。こんなので世直しになんの?

 

 ●馬鹿。違うよ。これは見せしめだよ。学園都市という機械化文明に対する反抗なんだよ。

 

 ●今度は学校を爆破して欲しいなぁ。そしたら休校になるのに。

 

 ●13歳学生です。虐められています。以下の名前の人たちを爆破してください。

 

 

 皆が自分の一挙手一投足に注目しているのがわかる。

 

 ネットは正直だ。普段心の奥底に隠していえない本音も、匿名という隠れ蓑を被ればホラこの通り。

 

 まるで自分が、本当に神になったような気がしてくる。

 

 ――――まっててね。

 

 この爆弾が完成したら、また大騒ぎになるはずだから。

 

 だから、皆でこの祭りを盛り上げていこうね――――

 

 

 

 

 

 

 ヒソヒソヒソヒソヒソヒソヒソ。腕章をした学生達が、孝一たちを遠巻きに眺めている。良く耳を済ませてみると

 

 ――――あの人たち誰? なんでここにいるの? ジャッジメント以外立ち入り禁止のはずじゃ・・・・・・

 

 ――――あの見慣れない服って、軍服? 軍の関係者?

 

 ――――でも、私達とあんまり年は変わらないんじゃない?

 

 という声が聞こえてくる。

 やはり、というか。当然の結果なのだが・・・・・・

 

 その場にいる人間全ての視線が、まるで孝一達を突き刺すように凝視している。

 

 

 ジャッジメント第177支部の会議室。その一番後ろの片隅の机に、孝一は居心地悪そうに座っていた。爆弾処理班の人間がまだ現場に到着していないらしく、会議はまだ始まっていない。その為、手持ち無沙汰になった彼らの視線は、自然と異物である孝一達に注がれることになる。

 

(今なら、纏さんの気持ちが痛いほどわかるよ・・・・・・。視線が痛すぎて、とてもじゃないけど前なんて見れないよ・・・・・・)

 

 孝一は右も左も見ることが出来ずに、先程からジッと床を見つめている。『ああ、良く磨かれた床だなぁ』なんて思考を別の所に持っていかないと、とてもじゃないが耐えられそうにない。そんな孝一を、隣に座っていた四ツ葉は 

 

「孝一君。リラックス、リラックス。今から緊張していたんじゃ、身が持たないよ?」

 

 そういって、孝一の肩をもみし抱き、緊張をほぐそうとしている。

 四ツ葉はこういう場面を何度も経験しているらしく、平然と座っている。きっとここがジャッジメント支部でなかったなら、タバコでもふかしていたことだろう。

 だがそれは傍から見れば、中年男性が、中学生に過剰なスキンシップをしていると言う、一部の誤解を招きかねない行為だ。現に先程とは違う、「ああ、そういう関係ね」という納得にも似た視線が(特に女子)増えている気がする。

 

「・・・・・・こーいち君。大丈夫っすよ。ここにいる人たちとは、もう二度と会うこともないですし、自分達とはまったく係わり合いのない人間ばかりです。だから、ただの『物』として捉えてください。自分達以外は全て排除するんです。そうしたら、多少の恥ずかしさも我慢できるってもんすよ」

 

 玉緒があっけらかんとした表情で、そんなことを言い出す。

 

「そんなこといっても、それが出来ないから、苦労してるんじゃないか・・・・・・。君はよく平然としていられるね」

 

 孝一は苦笑にも似た表情を作り、玉緒を見る。そんな孝一に玉緒は

 

「だって、ここにいる人たち全員、ただの『肉の塊』ですもん。音を出し、呼吸をし、動き回る、肉の塊。ただの『物体』。そんなものに、いちいち反応していたんじゃ身が持たないっすよ」

 

 そういって、先程と同じ、にこやかな視線を孝一に投げかけた。

 

「は? 君、なにいって・・・・・・」

 

 孝一が聞き返そうとした瞬間、玉緒は座っていた椅子から立ち上がる。そして孝一を見る。

 

「!?」

 

 それはどこか無機質な昆虫のそれを連想させ、思わずゾッとしてしまう。

 

「・・・・・・こーいち君。大丈夫っすか? 汗、びっしょりですよ。・・・・・・自分、お水を貰ってきますね?」

 

 ・・・・・・そのまま、後ろの扉から出てしまった。

 

 

 ――――汗? そんなに、かいてたっけ?

 

 孝一はそう思い額をぬぐう。

 

 ・・・・・・いつの間にか、大量の汗をかいていたようだ。

 これは、なんの汗だろう? 大勢の視線にさらされた、緊張から来た汗だろうか? それとも――――

 

 孝一は玉緒が出て行ったドアを振り返る。するとそこには、腕組みをした白井黒子がいた。

 

「白井、さん・・・・・・」

 

「どうしたんですの、広瀬さん。顔色が優れないようですが・・・・・・。みなの好奇の視線にでも、おやられになりましたの?」

 

 そういって悪戯っぽい視線を孝一に送る。

 

「は、はは。まあ、そんなとこです」

 

 正直、何故か救われたような気持ちになった孝一は、四ツ葉に「ちょっと席を外します」というと、白井の下まで歩み寄った。

 

「意外ですね。心配して声を掛けてくれるなんて。もっとクールな人かと思っていました」

 

 そういって、孝一も先程の白井と同じようにして、悪戯っぽい視線を送る。

 

「意外はこっちのほうですわ。まさかこうして、広瀬さんをジャッジメントの施設にご招待することになるとは・・・・・・」

 

 孝一の視線を受け流して白井は話を続ける。

 

「何があなたを、その行動に駆り立てましたの? 参考までにお教え願いませんこと?」

 

 ――――そういえば、白井さんには話してなかったかな。

 

 孝一はこれまでの経緯をかいつまんで白井に教える。

 

 スタンドによる犯罪が急増していること。その能力を悪用している組織の人間がいること。一度手ひどく敗北を喫したこと。そのせいで救えなかった人達がいたこと。等々・・・・・・

 

「・・・・・・だから、罪滅ぼしって訳じゃないですけど、自分の能力を活用して、少しでも多くの人たちを助けれたらなって、そう思ったんです」

 

 白井は孝一のセリフを黙って聞く。そして孝一が話し終えると「そうでしたの」と呟いた。

 

「・・・・・・孝一さん。あなたのお考え良くわかりました。あなたの能力を活用して人助けをしたい。その気持ちわたくしも分かりますもの。・・・・・・ですがっ!」

 

 ズイッと孝一の前に一歩踏み出す。

 

「何故ゆえにあの組織ですの? 街の安全を守りたいのなら、何故、わたくし達、ジャッジメントを頼ってくださいませんでしたの? ・・・・・・回りくどい事はやめて、率直な感想を述べましょう。わたくし、あの組織に、広瀬さんはふさわしくないと思います。あなたの能力は、我がジャッジメントでこそ、その真価を発揮できる。わたくしはそう思います。今からでも遅くはありません。お考え直しなさい」

 

「え? ちょっと・・・・・・白井さん?」

 

 白井が孝一の肩をガシッと掴み、詰め寄る。

 

 ――――おいおい。今度はウチの白井女史にいいよられてるぞ、あの少年。

 

 ――――やだぁ、あんなかわいい顔して、両刀使いだなんてぇ。

 

 ヒソヒソヒソ、と。周囲のざわめきが再び孝一に集中しだす。恥ずかしい。あまりにも、恥ずかしすぎる。このままどうにかなってしまいそうなくらい、恥ずかしい。

 

「そうですわ。それがいいですわ。孝一さん。今からでも柵川中学で志願書を提出なさい。そうすれば、後は契約書と適正試験のみ。どうとでもなりますわ。・・・・・・さあ、孝一さん。ご決断なさい。さあっ! さあっ!」

 

 白井は一人で勝手に納得して、孝一の肩をゆする。そのたびに孝一は首を前後にガクガクと揺さぶられる。

 

「ちょ、し、白井さんっ。く、苦しっ・・・・・・」

 

 もう勘弁してくれ。そう、孝一が思ったとき、

 

「・・・・・・くぉら」

 

「いだだだだ! 誰ですの!?」

 

 少々暴走気味の白井を止めたのは、水を持ってくるといって退出した玉緒だった。彼女は白井の背後に回ると、両方の手でそのほっぺたを抓る。

 

「ぬぅわあに、ウチのこーいち君をかどわかそうとしてるんすかぁ? たいちょーへの暴言といい、今までは大目に見てきましたけど。あまりちょーしこいてると全力で排除するっすよ?」

 

 『ゴゴゴゴゴゴ』という効果音が聞こえてきそうなほど、玉緒の表情には凄みがあった。顔はいつもどおりにこやかだが、目はぜんぜん笑っていない。というか怖い。

 

「ほぉう? わたくしを? 排除する? どこの口がそんな戯言をいっていますの?」

 

 一方の白井も、玉緒の腕を振りほどくと、同じように、凄みのある笑顔を見せ、玉緒のほっぺたをぎゅうっと抓り返す。

 

「あぎゃっ!? このっ! 泥棒猫がっ! 人のものを盗るのは、立派な犯罪っすよ!?」

 

「いだだだ!? いつ、広瀬さんがあなたのものになりましたの!? きちんと本人の意思を確認しまして!?」

 

「したっすよ!? したからこうして自分達の下にいるんじゃないっすか!? 後から出てきたくせにしゃしゃり出てくるなっす!」

 

「あら残念。わたくし、広瀬さんとのお付き合いは、あなたよりずっと前ですのよ。しゃしゃり出てきたのはあなたの方ではなくて!?」

 

 白井と玉緒は、お互いの頬や髪を引っ張り合いの取っ組み合いの大喧嘩を始めてしまう。

 

 

 ――――おお、すげえ! 一人の男子をめぐって、二人の女の子が取っ組み合いのけんかをしている!

 

 ――――恋の三角関係ってやつかぁ。

 

 ――――いや、あの中年男性を入れると、四角関係だぞ!

 

 ――――いやあんっ。どっちが受けかしらぁ?

 

 ざわざわざわ、と。

 周囲がどよめきに包まれる。

 

「ちょっと、ちょっと! もうすぐ会議を始めるんだけど!? そこの二人! なにやってるのよ、もう!」

 

 そんな固法の言葉も、二人はまったく意に介さずに争いを続けている。その様子をボーゼンと眺めていた孝一は、頭の中が真っ白になっていた。

 

(・・・・・・なんだこれ? どうしてこんなことに? わからない。まったく持ってわけが分からない・・・・・・

 分かっているのは、今すぐここから逃げ出したいと言うことだけだ・・・・・・)

 

 立眩みにも似た感覚を覚えながらそんなことを考える孝一。本当に気絶できたならどんなに楽だろう。だが現実は非情である。孝一は気絶することを許されずにその場に佇むしかできなかった。(エコーズで止めるという発想は、今の孝一には思いつかなかった)その孝一の代わりに、突然表れた野太い声が、白井と玉緒の二人の動作を止めた。

 

「くぉら! ガキ共! なにしとんじゃ! コラぁ!」

 

「スミマセン、遅れました。アンチスキル・爆発物処理班、鑑識課に所属している溝口(みぞぐち)といいます。こちらは、相方の五井山(ごいやま)です。よろしくお願いします」

 

 後ろから現れた二組の男性は、アンチスキルの制服を着用して、それぞれ両手にバッグを持っている。おそらくあの中に今回の事件の資料でも入っているのだろう。

 

「あ、あの。できれば通りたいので、そこをどいてもらえませんか?」

 

 二人組の内の一人・溝口は、申し訳無さそうな表情をして、お互いのほっぺたを抓り合っている白井と玉緒を見ている。ちょうどドアの入り口の所でのケンカだったので通行の妨げになってしまっているのだ。

 溝口はいかにも人がが良さそうな外見をしており、身長は孝一とほぼ同じくらいだ。そのため、孝一はなんとなくこの人物に好意、というか親近感を抱(いだ)くのだった。

 

「けっ! これだからガキは嫌いなんだ。どこでも構わず騒ぎやがる。おらっ! 通行の邪魔だ! どけどけっ!」

 

 もう一方の相方、五井山は溝口とは正反対の体格と性格をしていた。五分刈りに刈り上げた頭髪。筋肉質な体。身長は180cmくらいあるだろうか。五井山は白井達のやり取りを心底馬鹿にしたように見下ろし、やがて持っているバッグで白井たちの頭を小突くと、無理やり押しのける。

 

「いだっ! ちょっと!! うら若き乙女の頭を叩くなんて、どういう神経をしていますの!」

 

 白井は激高して抗議するが、五井山は振り返りもせずにそのまま前方のモニター横に設置された、自分達専用の机まで進む。そして、どっかりと腕組みをしながら、テーブルにふんぞり返る。当然、視線はこちらに合わせもしない。残された溝口は「ごめんね」と苦笑を浮かべ謝罪すると、いそいそと五井山の後を追う。

 

「・・・・・・攻撃、されたっす。これは敵対行動とみなして良いっすね? ・・・・・・排除するッす」

 

 一方の玉緒はフラッとした足取りで、前方の五井山達のいる方へ歩み寄ろうとしている。

 

 おいおい勘弁してくれよ。これ以上のトラブルはゴメンだ。孝一はそう思い、とっさに彼女の体を後ろから羽交い絞めにする。

 

「まった、まった。ちょっと待った。とりあえず落着こう、ね? はい、どー、どー」

 

「うーっ! 離すっすよ! あれは敵っす! 攻撃されたっすよ!? 例え体格面で敵わなくっても、一矢報いなければ気が治まらないっす! 離せーっ!」

 

 玉緒は駄々っ子の様にジタバタとして孝一の拘束から逃れようとする。

 

 いや、ダメだ。ここで手を離したら乱闘騒ぎになるのは確実! それだけはなんとしてでも避けなければ!

 孝一はこの場で玉緒を押し留める事が自らの使命とばかりに必死に食らい付く。もう一人いればおとなしくなるかもしれない。そう思い、チラッと四ツ葉の方を見る。

 

「ぐうぅ・・・・・・」

 

 中年オヤジは鼻ちょうちんを作り、惰眠をむさぼっている。

 だめだ、あのオヤジは。まったく役に立たない。

 

(ああ、そうだ。エコーズだ。act3で動きを止めよう。何で今まで忘れていたかなぁ)

 

 孝一がやっとエコーズの事に思い至ったと同時に、

 

 バアンッ、と。

 

 手にした資料の束を固法が机にたたきつける。

 その衝撃に、この場にいる全ての人の視線が固法に集中する。

 

「・・・・・・いい加減にしてください。ここは、ケンカをする場でも、ましてや乱痴気騒ぎを起こす場でもありません。会議をする場です。そんなにケンカがしたいのなら、どうぞ、ビルの外に出て好きなだけやってください」

 

 彼女はビキッと青筋を立てて、この場にいる全ての人間の顔をジロリと睨み付ける。そのあまりの剣幕に、冷静さを取り戻した孝一や玉緒、学生達は、いそいそと自らの席に戻る。四ツ葉はいつの間にか目を覚まし、じっと正面を見据えていた。ある意味神業である。

 

「・・・・・・白井さん」

 

「は、はいですの」

 

「・・・・・・後でお話があります。会議の後、私のところまで顔を出しなさい」

 

「は、はい・・・・・・」

 

「なんでわたくしだけ!?」といった表情の白井を見据え、固法はメガネをくいっと持ち上げると

 

「それでは、プロメテウス事件の対策会議を始めたいと思います」

 

 会議開始の宣言をした。

 

 

 

 

 

 

 



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わかりあえない

「・・・・・・これが今回使用された爆弾、その模型です。現場に散乱していた破片から、我々が復元したものです」

 

 そういって溝口(みぞぐち)がバッグから復元した爆弾を机に置く。その瞬間、後方の人間にも見えるようにパッとモニターに同様の爆弾が表示される。

 

 ――――小さい。

 

 それがこの爆弾を見た全ての人間が同時に思った事だった。これなら周囲の人間にも不審に思われず、持ち運びが可能だ。

 爆弾の模型はスケルトン型の小箱に入れられ、中身が見えるようになっている。勿論、現物がそうなっているのではなく、解説用にワザと透明にしているのだ。

 

「――――犯人は、この小箱を恐らくポケットに忍ばせ、任意の場所に設置したのでしょう。これなら周囲の人間に不審に思われませんからね。よって、モーション・ディテクタ(振動探知機)の類は設置されていないと予測されます」

 

 モーション・ディテクタとは、よく爆発物を取り扱う映画などで登場する、蓋を開けたり振動を与えると起爆スイッチが点火し、爆発する装置のことである。溝口たちの見解では、今回使用された爆弾は、それらの類は装備されておらず、単純な時限爆弾であるとの事であった。

 

「爆弾の構造を説明します。バッテリーとタイマー、そして起爆スイッチで成り立っている初歩的な爆弾です」

 

 爆弾の中身は、きわめてシンプルだった。左に四角い形の時計が一つ。その右側に小型のバッテリーが二つ。その下にスイッチが一つ。それだけだ。あとは時計を中心にして赤やら黄色やらのコードが巻きつけられている。その様子はさながら、時計を生かすために繋がれた生命維持装置のようだった。

 

「爆弾の原理はこうです。まず対象者が蓋を開けることによって、光学センサーが作動し、時計のスイッチが起動。爆発までのカウントを開始します。被害者達の証言と合わせると、およそ2、3分の猶予があったと思われます」

 

(・・・・・・2,3分・・・・・・。それだけの猶予がありながら、被害者達は逃げる事が出来なかったのか・・・・・・)

 

 孝一は溝口の説明を聞きながら、その情景を思い浮かべる。話を聞いた限りではやはり『スタンド能力』の可能性が濃厚だ。だが、どうも腑に落ちない。

 これまでの話から推察すると、犯人は遠距離操作型のスタンドを所有しているものと思われる。しかし、被害者の体を逃げられないくらいに押さえつけていると言う事は、かなり力の強いスタンドということになってしまう。これは矛盾しているように思う。

 疑問に思う事はまだある。

 遠距離方にしろ近距離型にしろ、犯人は被害者が箱を開けるまでその場に留まる必要が出てくる。何故ならスタンドとは使う人間の意志によって操作するからだ。つまり、誰かがその箱を開封し、爆弾を作動させるまで、その場所に留まる必要があるのだが・・・・・・。犯行現場はいずれも、人通りの多い場所や隠れる所のない大通りなどである。だとしたら犯人はどこに潜伏して被害者達の様子を伺っていたのだろう?

 

(うーん。難しい。この犯行はスタンドによるものなのか、そうでないのか・・・・・・)

 

 孝一はメモ帳に、「人の犯行? それともスタンド? 遠距離? 近距離?」と記入し、やがてそれをシャーペンでグシャグシャと塗りつぶしてしまった。

 

「――――この時計の部分を見てください。長針がありません。短針のみです。短針が0時の位置まで進み、接触することにより、微量の電流が発生。それにより爆弾が起爆する作りです。解除方法は、時計に接触している赤、青、黄色のコードを順に切断し、起爆スイッチをオフにする必要があります。ですが心配要りません。ごく初歩的な爆弾ですので、知識のない皆さんでも、参照の資料どおりに作業を行えば、解除する事は可能です。――――もっとも、皆さんがそのようなことを行う機会はまずないと思われますが、あくまで念のためです」

 

 そこで照明がつき、周囲に明かりが戻ってくる。

 

「――――以上で説明は終わります。何か質問はあるでしょうか?」

 

 溝口は持っていたマイクを机に戻して、周囲を伺う。すると、その説明を黙って聞いていた白井が挙手をし、机から立つ。

 

「白井黒子ですの。早速ですが、質問させていただきます。この爆弾の部品から、製造元を特定する事は可能なのでしょうか? この中に、特定の製造元でしか出回っていない部品がある場合、そこから購入者を特定する事が可能だと思うのですが」

 

 白井の問いに、溝口は頭(かぶり)を振ると申し訳無さそうに返答する。

 

「・・・・・・残念ですが、爆薬に使うアスベスト・ワイヤの類でも含まれていれば、その可能性もあったのでしょうが・・・・・・。今回使用された爆弾は、いわゆる『IED』と呼ばれるタイプの爆弾です。そこから犯人を特定するのは、困難だと思います」

 

「IED?」

 

 聞きなれない単語に、白井は思わず聞き返す。すると、今まで黙っていた五井山(ごいやま)が腕組みをしたまま、白井の問いに答える。

 

「IEDってのは、日本語に訳すと即席爆発装置って意味だ。名前の通り、有り合わせの部品から爆弾を製造可能で、海外の内戦でゲリラ共が好んで使用している」

 

 五井山はそこで一端区切ると、周囲をじろりと見渡す。その鋭い眼光は、まるでこの中に犯人が紛れ込んでいるようである。

 

「IEDが攻撃手法として好まれる理由の一つが、その製造の容易さだ。・・・・・・『中学生程度』の知識があれば、『誰』でも容易に製造することができるからなぁ」

 

「・・・・・・聞き捨てなりませんわね。あなたのその発言。そしてその態度。まるでわたくし達の中に犯人がいるような口ぶりですのね」

 

 五井山の敵意のこもった視線に、白井も負けじとにらみ返す。そんな白井を、「ガキがっ」と五井山は吐き捨て

 

「ああ、そのとおりさ。俺はな、犯人はお前らガキだと思っている。当然だろ? ここは学園都市だぜ? ここに何千人、お前らのお仲間がいると思っている。何か事が起これば、真っ先に疑われるのは当然だろ?」

 

 白井たちを見渡しながらはっきりと悪意のこもった視線を投げかける。

 

「んな!?」

 

 あまりの暴言に、白井は開いた口が塞がらない。白井だけではない、周囲にいる学生達も、ざわざわとどよめきだつ。

 

「・・・・・・なんの科学的根拠もなしに、わたくし達をお疑いになるのは止めていただきたいですわね。捜査とは、仮説に基づき目的意識を持って・・・・・・」

 

「うっせえなあ。お前にいちいち捜査の鉄則をご高説賜る謂(いわ)れはねえんだよ。化学薬品なんて学生が『実験を行う』とでも言えば、比較的簡単に入手できるし、そもそも、学園都市の犯罪者の多くは十代のガキ共なんだ。疑ってかかるのが鉄則だろ?」

 

 五井山は白井の発言をさえぎり、わざと彼女を挑発する。

 

「この・・・・・・」

 

 白井はギリッと歯を食いしばり、怒りを必死に抑える。

 

 

「あのー」

 

 その時、おずおずと挙手をする人物が一人。少々白髪の混じった中年男性、S.A.Dの四ツ葉だった。

 四葉は挙手をする手を下ろすと、ゆっくりと机から立ち上がる。隣にいた孝一と玉緒もそれに続く。

 

「なんだ、お前ら?」

 

 思わぬ横槍が入ったため、五井山の機嫌は最高に悪かった。その態度は、チンピラかヤ○ザのそれである。

 

「失礼。S.A.Dという組織に所属しております、四ツ葉と申します。スタンド事件の捜査のため、こちらにお邪魔させていただいております」

 

 四ツ葉は物腰柔らかに、五井山に挨拶をする。

 

「スタンドぉ? なんだそりゃ? 電気屋か何かか?」

 

(やっぱり、そうなるよな・・・・・・)

 

 孝一は心の中で大きくため息をつく。というか、これから「スタンド?」と聞かれるたびにいちいち説明しなきゃならないのか。そう思うと非常に憂鬱になってくる。

 

「ええっと、スタンドっていうのは・・・・・・」

 

 孝一はやれやれと思い、五井山にスタンドについて説明しようとするが、先を越されてしまう。口を開いたのは玉緒だった。

 

「――――スタンドって言うのはこの学園都市の能力者とは違う、第三の能力のことっす。いうなれば、人間の持つ生命エネルギーが具現化したものと捉えてもらっても構わないっす。・・・・・・今回の事件には、そのスタンドを悪用した可能性があるので効して捜査に来たって訳っすよ。・・・・・・理解しましたか『ゴリ山』さん?」

 

「プッ」

 

 五井山の語呂と外見をかけての発言だろう。それがあまりにもマッチしていたので、学生の誰かが思わず吹き出してしまう。

 

「だぁれが『ゴリ山』じゃ、コラァッ! そして誰だ今笑ったやつは! 出て来いや!」

 

 五井山はギラリと睨みを聞かせて、声のしたほうを凝視するが、もちろん「はい、自分です」なんていう馬鹿はいない。皆、視線を合わせまいと目をそらしている。

 

「あんたの発言には多大な矛盾と歪んだ先入観が含まれているっす『ゴリ山』さん。まず第一に、『中学生程度の知識があれば製造可能』と言われましたけど、それって裏を返せば『爆弾は誰にでも製造する事が出来た』とも取る事が出来るっす。それで大人が容疑者リストから外れたと考えるのは安直過ぎませんかね? それ位、ちょっと考えれば誰でも行き着く推理っすよ? 『ゴリ山』さん?」

 

 玉緒はまるで出来の悪い子供に教えるような口ぶりで五井山に問いかける。

 

「こ、この・・・・・・」

 

 五井山は青筋をビキッと立てて玉緒を睨みつけている。心なしか体が震えているようだが、武者震いとかの類ではなく怒りを必死に押さえつけているようである。

 

「第二に、科学用品の入手経路っすが、これは学生より、むしろ大人のほうが入手しやすいといえるっす。よく考えてくださいよ? もし『ゴリ山』さんのいうように、学生が実験を行う名目で化学薬品に接触したのなら、必ず申請記録が残るはずっす。犯人は今まで『四回』犯行を重ねてるッす。それだけの量の薬品を、学生がくすねたとは考えにくいっす。仮にくすねられたとしても、いきなりそれだけの量の薬品が消えたら、どんな人間だって怪しいと思うはずッす。発言は感情的にならずに、もうすこし考えてからしたほうがいいっすよ? 『ゴリ山さん』?」

 

「この、ガキャァ・・・・・・」

 

 ビキビキ、っと、青筋の数が先程よりも多くなっている。その憤怒の表情は玉緒が『ゴリ山』と称したように、まさしく野獣のそれである。

 

「あわわわわわ・・・・・・」

 

 先程からしきりに『ゴリ山』と連呼し、挑発する玉緒と、今にも噴火寸前の五井山。

 孝一は二人の一触即発のやり取りを、緊張した面持ちで見守っている。というか、見守ることしか出来ない。とてもあの場に仲裁に入るなんて勇気は、持ち合わせていない。

 

 

 そんな時孝一は唐突に、先ほどの玉緒のセリフを思い出した。

 

 ”――――例え体格面で叶わなくっても、一矢報いなければ気が治まらないっす! 離せーっ! ”

 

(そういうことか・・・・・・。まったくなんでこんなことに・・・・・・。爆弾のやり取りとしているこの二人こそ、爆弾そのものだよ・・・・・・)

 

「――――第三に、あんたのようなカチカチのクソ石頭のおっさんには、この事件は解決出来ないっす。ゴリラはおとなしく動物園にでも帰って、バナナでも食べろっす」

 

 その一言で、『ゴリ山』・・・・・・。もとい、五井山は切れた。怒りの導火線に、火がついた。もう誰も彼を止める事は出来ないだろう。

 

「上等だッ! かかってコイや、コラァ!!」

 

「望むところっす!!」

 

「うわぁッ! まてまてまてまてっ!!」

 

 あわてて孝一と四ツ葉。それと、彼らのやり取りを見守っていた、その他大勢の学生達が止めに入る。

彼らを取り押さえる様子は、さながら棒倒しの棒のようであった。

 

「離せコラァ! このガキッ! 一発しばき倒さなきゃ気が治まれねぇ!!」

 

「やるならやって見ろっす! その代わり! 何倍にもしてやり返してやるっす!!」

 

 もみ合い、押し合いの状況なのにも関わらず、二人はまだ いがみ合いを続けている。というよりあの体制で、お互いに蹴りを入れているのは、ある意味感心物だった。

 

(・・・・・・爆弾どころか、地雷も一緒に踏んじゃったみたいだな・・・・・・。つくづく厄日だよ、今日は・・・・・・)

 

 他の学生と一緒になって五井山の体を押さえつけていた孝一は、ハルカと一緒に待機している纏(まとい)を思い浮かべ、『あっちが正解だったよなぁ』と後悔するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・イテテテっ。あのゴリラっ! 一発多く蹴りやがったっす。今度会ったら、ボコボコのギッタンギッタンに、倍にして返してやるっす」

 

「・・・・・・」

 

 帰り道の路上にて、玉緒は五井山に蹴られたわき腹やひじをさすり、そう悪態づく。その様子を彼女の背後からついてきていた孝一は黙って眺めている。

 先程から孝一は、玉緒とまともに口を利いていない。彼女の後姿を追ってただ眺めているだけだ。

 

 

 ――――あれから、会議は中断を余儀なくされた。ケンカの張本人である玉緒と五井山は、別室に連れられ、固法にこっぴどくしかられていた。やがて、会議は玉緒と五井山抜きで再開される事になった。争いの火種となった二人はおそらくもうこの会議には呼ばれないだろう。二人には退室が命じられた。

 

「孝一君。私はあそこの溝口さんにまだ聞いてみたい話があるから残るけど、君は玉緒君についてあげて? あの様子じゃ、また何を仕出かすか分かったもんじゃないから」

 

 彼女の事が心配だった孝一は、四ツ葉の素直に従い彼女と一緒に帰路につくことになった――――

 

 

「・・・・・・どうしたっすか? こーいち君。 さっきからずっとだんまりで・・・・・・。自分に何か聞きたいことでもあるんすか?」

 

 玉緒は勘の鋭い子である。さっきから孝一が何か言いたげにしているのを察して、逆にこちらから孝一に問いかけた。

 

「・・・・・・そこまでわかってるなら聞かせてもらうけどさ・・・・・・。君の言動はおかしすぎる。変に白井さんに絡んだり、揉め事を起こしてみたり・・・・・・。一体どうしたんだ? 何かあった、どころじゃない。今まで気が付かなかったけれど、それが君の本質なのか?」

 

 孝一は今まで胸の奥に沸き起こっていた疑問を、玉緒にぶつける。それに対し、玉緒はぴたりと歩みを止め、孝一を流し目に見る。その瞳はどこか狂気をはらんだ印象を受けた。

 

「何言っているんです。自分は自分ですよ。何も変わってないっす。・・・・・・こーいち君は今まで自分の事をどんな目で見てきたんですか?」

 

「・・・・・・最初は、にぎやかな奴が入ってきたなって思ってた。そして変なヤツだって。でも、その突飛な行動も、皆のためを思ってやっているって分かったから、理解する事が出来た。だけど、今は理解できない」

 

「自分は、ただ外敵を排除しようとしただけっすよ。別に他意はない。生物なら当たり前の行動っす」

 

「外敵? 何を言っている? 一体、敵って誰なんだよ?」

 

「・・・・・・敵は敵っすよ。『自分達』以外の全ての人間の事っす」

 

「な!?」

 

 一体コイツは誰なんだ? こうも簡単に他者を排除しようとする、二ノ宮玉緒という人物は何なんだ? 玉緒は表情を崩さずに、淡々と、孝一の質問に答えていく。それがどこか、人間的ではなくて、孝一は思わず身震いを起こす。

 

「・・・・・・この組織に入ったのは、何のためだ?」

 

 孝一はゴクリト唾を飲み込み、目の前の少女に問いかける。少女は、

 

「自分のことを必要だと、たいちょーが言ってくれたからっすよ・・・・・・」

 

 そういって嬉しそうに答えた。その時の玉緒の表情は、先程までの機械的な顔つきではなく、ごく普通の十代の少女の笑顔だった。

 

「うれしかった・・・・・・。初めて自分のことを見つけてもらえたような気がして・・・・・・。だから、自分は・・・・・・」

 

「・・・・・・自分の気に入った人間だけを、あの組織に入れて、異物は排除しようとしたのか? だからあれほど過剰に外敵を排除しようとしたのか?」

 

「・・・・・・」

 

 玉緒はそれ以上何も言わなかった。話はこれでおしまい、話すつもりはないらしい。

 

「・・・・・・先に、帰るよ」

 

 玉緒にこれ以上かける言葉が見つからない。孝一はこれ以上この場に留まるのに抵抗を覚え、一人、先に歩き出す。

 

「・・・・・・こーいち君」

 

 その孝一の後姿に、玉緒が声を掛ける。孝一は何も言わず、玉緒の言葉に耳を傾ける。

 

「自分、こーいち君の事、一番の味方だと思ってます。だから、これからも同じでいてください。敵には、ならないで下さい。こーいち君とは、戦いたくありませんから・・・・・・」

 

(・・・・・・『味方』か、そういう場合は『友達』って言って欲しかったな・・・・・・)

 

 孝一は玉緒の言葉を聞きながら、その場を後にした。

 

 人間は、他人のことを完全には理解できない。どんなに言葉を重ねても、どんなに触れ合っても、それは解消されることはない。他人とは、完全に分かり合うことは不可能なのだ。だが、それでも、人は言葉を重ね続ける。いつかは自分の言葉の意味を理解してくれるという『希望』があるからだ。希望があると信じられるからこそ、人は前に進む事が出来る。だとしたら、二ノ宮玉緒という少女とも、いつかは分かり合える日が来るのだろうか・・・・・・。そういう『希望』を持ってもいいのだろうか。

 帰り道の路上で、孝一はそんなことを思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだこりゃ!? 箱?」

 

 深夜。

 

 路上にポツンと転がっている白い小箱。それをを見かけた会社員の男性が拾い上げる。

 

「何が入ってんだろ?」

 

 ひょっとしたら、金目のものでも入っているのかもしれない。そう思った男性は、思い切ってその箱を開けた。

 その瞬間――――

 箱がまるで、意思を持ったみたいに中に浮かび上がる。

 

「え? え?」

 

 男性はあっけにとられながら成り行きを見守る。だが、その箱の中身を見て凍りつく。カウントを始めるタイマー。そしてバッテリーに、たくさんのコードのようなもの。それを見ただけで、これが何であるのか想像がつく。

 

「ば、ばくっ・・・・・・」

 

 ――――爆弾だ――――

 

 そう判断した瞬間、男性はその場所から逃げ出そうとする。

 

「あ? なんで? 体が、うごかな・・・・・・」

 

 いつのまにか男性は爆弾から離れる事が出来なくなっていた。それはまるで見えない何かに体を捕まれているようである。

 時計は11時57分から時を刻み始め、次第に短針が0時に近くなっていく。たぶん、これが0時になったら、爆発するのだ。

 

 男性は思い切って爆弾に近付く。なぜか今度は体が動く。

 

「くそっ、止めてやる! こんな爆弾! コードを、コードを抜くんだ!」

 

 しかし爆弾の知識のない男性には、どの順序でコードを切断すれば良いのか分からない。また、その道具も持ち合わせていない。

 

「そ、そんな・・・・・・」

 

 そうこうしている内に、短針が0の文字に触れる。男性が「あ」と叫んだ瞬間。男性を中心として爆発が起こった。

 

 周囲の建物は破壊され、黒煙が舞っている。ガラスは割れ、コンクリートは砕け、小さな火の手が上がっている。

 

「う・・・・・・。あ・・・・・・う・・・・・・」

 

 男性は生きていた。だが、死に体、虫の息である。やがて誰かが通報したのか、サイレンの音が遠くから聞こえてくる。その男性の付近に、白い箱がまたもや無傷で転がっていた。その箱の底には

 

 x+12=5

 

 と記入されていた。

 

 プロメテウス、第五の犯行が起こなわれた瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

 

 




GWが今日で終了するので、更新が不定期になるかもしれません。
ご了承下さい。


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混沌

「皆さん! 近隣に不審な物体を見かけた場合は、絶対に触れないようにして下さい!」

 

「特に、小箱のようなものには気をつけてください! 絶対に開封などはしないように!」

 

「もしそのようなものを見かけた場合は、最寄のジャッジメントか、アンチスキルに一報を入れてください!」

 

 プロメテウスによる第五の犯行を受けて、ジャッジメントとアンチスキルは周辺施設の見回りを強化、情報提供を募った。

 事件から二日後、いつもなら数名で各所を見回るだけのジャッジメントだが、今回は数十名の団体行動で、拡声器を使い周囲の人々に呼びかけている。

 

 

「――――よろしくお願いします! 事件解決にご協力下さい!」

 

「――――僅かな情報、思い過ごしでも構いません。周囲に不審人物がいた場合、是非、一報をお入れ下さい」

 

 ジャッジメントの白井と初春もこの二日間、時間の許す限り周囲の人々にビラを配り、注意を呼びかけている。だが現在、特にめぼしい情報は得られなかった。

 

 いつ何時、次の犯行が発生するのか、今度はどこが狙われるのか・・・・・・。

 その見えない恐怖に、しだいに彼らに焦りの感情が芽生え始めていた。

 

 

「・・・・・・いい具合に、カオスってるなぁ。・・・・・・面白いからいいけど」

 

 ビルの屋上にて、彼らジャッジメントの活動をフェンス越しに眺めていた少女がいた。

 肩まであるセミロングの髪が、ビル風でたなびく。それを手で押さえながら、少女は携帯の画面を操作する。

 

 

 ●プロメテウスの犯行も五回目かぁ。後、どれくらいやんのかな?

 

 ●というか、爆弾ってそんなに簡単に作れるものなの?

 

 ●たぶん、海外のサイトとか探せば、出てくんじゃね? 俺はやらないけど。

 

 

 とある掲示板のやり取り。プロメテウス事件について盛り上がっているスレッドがあった。

 

 少女は、そのやり取りを見るとにやりと笑い、携帯を操作する。

 

 ●爆弾についての情報でーす★ 爆弾はIEDと呼ばれる即席爆弾です★ たぶん皆でも作れるよ♪ 作り方のURL張っとくね♪ みんなも神になろー★

 

「・・・・・・ウフフフ。燃料投下っと。さてさて、みんなどう動くかな? ボクの思い通りに動いてくれればいいけど」

 

 その時、非常扉がガチャっと開いた。そこから顔を出してきたのは、

 

「あ、いたいた。玉緒さん。隊長がみんな集合っていってたよ? 早く一緒にいこ?」

 

 玉緒を呼びに来た纏(まとい)であった。玉緒と呼ばれた少女は、纏の呼びかけにくるりと振り向き

 

「・・・・・・わかったっす。わざわざ呼びに来てありがとうっす。まゆまゆ」

 

 と、答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――模倣斑?」

 

 孝一が素っ頓狂な声をあげた。

 

「うん。ここ数日から急にその手の輩が増えだしたんだ。原因は不明。正直、状況はさらに混迷の度を深めたと言っていい」

 

 数日後。

 S.A.Dビルに集まった孝一達を待っていたのは、四ツ葉からの模倣犯発生の報だった。

 ニュース報道やインターネット、ここ最近のジャッジメントの活動などで刺激を受けた一部の人間が、プロメテウス事件を真似て、犯行に及んでいるのだ。

 昨日分かっているだけで12件。不審な小箱が発見されている。その大半は、爆発してもたいした被害も出ない子供だましのような代物だったが、中には本格的な、人を殺傷する目的で製造されていたものもあった。 今回、ジャッジメントの精力的な活動で、危機意識を持った市民達により、発見者は誰も箱には触れはしなかった。そのため幸運にも死傷者の数は0であった。しかし、それは今回たまたま運が良かったと言うだけだ。次回は安全だと言う保障はない。

 

「――――とりあえず、そんな馬鹿な輩が、今も、どこかに爆弾を仕掛けようとしているのかもしれません。と言うわけで、今回は我々も爆弾探しをしようかと思います。情報源はコレです」

 

 そういうと四ツ葉はS.A.Dのホームページを開き、『緊急募集』という項目を表示させる。

 

「今回のために設置したプロメテウス事件についての情報提供の欄です。この中から、不審者情報や、怪しい小箱を設置しているのを見たという情報が寄せられているので、まずは現場に行って、情報の有無を確かめたいと思います。と言うわけで、孝一君。纏君。君達でペアを組んで、情報提供者に会ってみてくんない? 私とハルカは他の箇所を当たってみるから」

 

 四ツ葉はそう孝一達に伝えた。相方であるはずの玉緒はいない。彼女は2、3日家を離れなれない事情があるそうだ。なんでも妹さんが病気になったらしい。彼女に妹がいたとは驚きだが、それを聞いたとき、孝一は安堵していた。今の彼女に何を話したらいいのかわからなかったし、仮に話しかけても口論となるだけだろうと思っていたからだ。

 

(――――やめよう。今は事件に集中するんだ)

 

 孝一はブンブンと頭を振り、玉緒についてのことを頭の中から追い払う。そして「――――それじゃあ、情報提供者と会ってきます」というと、纏と二人、情報提供者の元へと急ぐのだった。

 

 

 

 

 

 

 纏と二人、現場を目指す。

 その間彼らは他愛のない話で盛り上がった。孝一はテストの成績が悪くて、そのことをクラスメイトの女の子にからかわれたことや、よく読んでいる雑誌のことを話し、纏はアパートにいついた猫をひそかに飼っている話をした。そのアパートは動物を飼う事は禁止されているらしく「ホントはだめなんですけどね、ないしょですよ」と纏は人差し指をたてて、『ないしょ』のしぐさをした。

 孝一は久々に心が軽くなった気がした。やはり気を使わない友達というものはいいな。そう思うと同時に、やはり思い出してしまうのが玉緒のことだった。

 

 あの時から何度も何度も思い返す。あれは本当に玉緒だったのだろうかと。ジャッジメント本部に出向く前まではなんともなかった、はずだ。孝一が違和感を感じ始めたのは、白井達が、尋ねてきたあの日だ。

 あの時の二ノ宮玉緒・・・・・・。

 

 客観的な意見が欲しかった。当事者ではなく、第三者としての玉緒の印象を聞いて見たい。

 孝一はチラリと纏を見た。

 彼女はあの日、会議に参加していない。彼女の視線から、玉緒はどう映っていたのだろう。それを聞いてみたかった。

 

「・・・・・・なあ、纏さん。最近、玉緒の様子がおかしいと思わない?」

 

「玉緒さんが、ですか?」

 

 現場に向かう道すがら、孝一は玉緒の事を纏に相談していた。孝一はジャッジメントビル内の出来事をかいつまんで纏に説明し、意見を求めた。

 纏はしばらく考えた後。「確かに、あの日の彼女は、どこかおかしかったように思えますけど・・・・・・」他人の影口はあまり言いたくないのだろう。どこか言葉を選んでいるような感じだった。

 

「でも、私は隊長を信じます。あの人は決していい加減な気持ちで私達を組織に入れたんじゃないんだと信じます。現に、孝一さんを含め、みんな良い人ばかりです。だから、玉緒さんのことも信じます。きっと何か事情があったんですよ。私達には言えない、何か事情が・・・・・・」

 

 それは違うと孝一は思った。確かに人を信じるのは人間の美徳の一つだと思うが、今回ばかりは違う気がする。あれは、いうなれば・・・・・・

 

 

「――――その制服、S.A.Dのひとですか?」

 

「へ?」

 

 見知らぬ男子学生に声を掛けられた。

 

「あの、何時間か前にメールしたものなんですけど・・・・・・」

 

「あ、ひょっとして・・・・・・」

 

 サイトに情報提供をくれた人だ。

 纏と話しこんでいたら、いつの間にか現場の公園にまで来ていたらしかった。

 とりあえず、小箱を見たという情報が本物か、現物を拝む必要がある。この学生に案内してもらおう。そう孝一が思っていると、学生は先に「スンマセン」とあやまった。

 

「えっとぉ、ほんとにあんた達が来てくれるか分からなかったんで、アンチスキルの人たちを呼んじゃいました。たぶんもう来る頃だろうと思います。余計なことしちゃいましたね? ゴメンナサイ」

 

 孝一が「マジで?」と言おうとした瞬間。青色のアンチスキルの車輌が到着し、中に搭乗していた隊員が、すばやく姿を現す。

 

「げ!?」

 

「て、てめぇは!? あの時の小僧!」

 

 現れたのは、ジャッジメンと本部にて、玉緒と大乱闘を繰り広げた五井山だった。

 

「ど、どうも・・・・・・」

 

 その五井山の後に、同じくジャッジメント本部で、爆弾の説明と、レクチャーを行っていた溝口が姿を現す。

 

「あ、うう・・・・・・」

 

 運が悪い、よりにもよって現場に現れたアンチスキルの人間が、彼らだなんて・・・・・・。孝一は思わず顔をしかめた。

 

「市民の通報で駆けつけてみれば、まさか会いたくもなかった顔を再び見ることになるとはよ! あのガキは今日はいねぇのか!? あったらボコボコにしてやろうと思ったのによ!」

 

「・・・・・・」

 

 五井山はじろりと孝一と纏を見やり、「出ていきな」と冷たく言い放った。

 

「ちょ!? それはないでしょ!? こう見えても僕達は上層部から認可された組織なんですよ? 現場に立ち入る権利はあると思うんですけど!」

 

 孝一は食い下がった。もし犯行にスタンド能力が使用されているなら、それを見ることの出来る自分なら、犯人の手がかりをつかめるかもしれないからだ。だが五井山はまたも冷たく「いいから、でていけ」とあしらう。この不遜な態度に、さすがの孝一もカチンときた。

 

「人が下手に出てれば・・・・・・。なんだよ! そんなに子供が憎いのか!? 全ての学生が犯人なのか? 玉緒が最後に言っていたけど本当だな! カチカチのクソ石頭って! そんな頭ごなしで犯人って決め付けて、正常な捜査なんて、できるわけないよっ!」

 

 売り言葉に買い言葉、孝一の罵りの言葉に吊られて、五井山も怒りの言葉を返す。

 

「捜査なんて関係ねぇ! 俺は、ガキが信用ならねぇ! お前らは若気の至りと称して、暴れ、騒ぎ、誰かを傷つける。そして、その責任も取れやしネェ! 最終的には大人に尻拭いさせる最低最悪の生き物だ!」

 

「訂正しろ! それは一部の人間だけだっ! それで子供全てを悪者にするな!」

 

「だが、事実だ! そうじゃなかったら、俺の娘は傷付かなかった!!」

 

「え?」

 

 話すべきでもないことも話してしまったのだろう。五井山は「ちっ」と舌打ちをする。やがて、この際だからと思ったのか、続きを話し始める。

 

「・・・・・・娘はただ、止めようとしただけだ。酒を飲んで酔っ払ったガキ共のケンカを・・・・・・。だが、ヤツラは娘の仲裁も聞かずに・・・・・・それどころか酒の力で気の大きくなったヤツラは、自分の持っている能力で、娘を傷つけた。娘は、全治二ヶ月の重症だった・・・・・・」

 

 五井山は哀愁の漂った視線を孝一に送る。

 

「全ての学生が悪いわけじゃねぇ・・・・・・。頭じゃ分かってるさ、そんな事・・・・・・。だがよぉ、理屈じゃねぇんだ・・・・・・。ガキ共は許せねぇ・・・・・・。路上で馬鹿面で笑い転げているガキ共を見るたび、俺はその気持ちに苛まれる。この溝口の右腕もそうだ。今は隠れて見えないが、この袖の下には酷いやけどのあとがあるんだ。つい最近、パイロキネシスの馬鹿ガキ能力者に絡まれた時につけられた傷らしい・・・・・・」

 

 溝口は困ったような、悲しそうな顔をして右腕を服の上からそっと押さえる。五井山はそんな溝口を同情の視線でしばらく見つめた後、孝一に視線を戻す。

 

「これで、分かっただろ! 俺がガキが嫌いな理由が! だから俺は信じねぇ! ガキなんて大嫌いだ!」

 

「五井山。そろそろ・・・・・・」

 

 溝口が現場に急ぐようにせかす。そこでようやく本来の仕事を思い出した五井山は、最後にこう言う。

 

「・・・・・・爆弾処理は俺の専売特許だ。誰にもジャマはさせネェ。部外者は引っ込んでな」

 

 そして、情報提供者の学生を伴い、小箱の置いてある現場に姿を消してしまった。

 

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・ど、どうしましょう」

 

 後に残された纏はどうしたら良いか分からずに、オロオロと孝一の顔を見る。

 

「・・・・・・決まってるさ、僕らも行こう」

 

「で、でも・・・・・・」

 

 しり込みする纏に、孝一は

 

「あの人が子供を嫌う理由は分かった。だけど、それで『はい、そうですか』って引き下がれるもんじゃない。事件解決の糸口になるかもしれないんだ。無理やりにでも、お邪魔させてもらう」

 

 そういって五井山たちが消えた方向へ、孝一は走った。

 

「あ、孝一君、まってぇ」

 

 纏も慌てて孝一のその後に続いた。

 

 

 

 

 

「おい。その怪しい小箱ってのは、どんな形状で、どこに置いてあった?」

 

 現場に向かう五井山は、案内人の学生にプロメテウスが犯行に使用した箱かどうかの確認を取る。

 

「はい。白いプレゼント用の小箱で、ベンチにおいてありました。最近騒いでいる爆弾入りの小箱だと思って、中は確認していませんけど・・・・・・」

 

 ――――箱の形状は合っている。後はそれが本物か、それとも愉快犯の作った偽者かの確認だけだ。プロメテウスの爆弾ならば箱を開けなければ起爆しないが、ニセモノの場合、どのような作りになっているのか、まったく持って不明だ。まずは、その確認からしなければならない。

 

 どのような爆弾でも即実対処出来るように、頭の中で、複数の爆弾解体のパターンをいくつも呼び出す。あとはぶっつけ本番。臨機応変に対処しなければならない。だが、そんな五井山達を出迎えたのは、想定外の出来事だった。

 

「な!?」

 

 ――――失念していた。爆弾が置かれている場所のことを・・・・・・

 

 五井山達がそう思っても、もう遅かった。

 

 爆弾の置かれていたのは、公園のベンチである。当然、周囲には遊戯で遊ぶ子供達の姿がある。好奇心旺盛な彼ら、彼女達がポツンと置かれている小箱に興味を示さないはずがないのだ。

 事実、その小箱に一人の女児がやってきて、今、まさに箱を開けようとしていた。

 

「ば!? やめろ!! その箱を開けるな!!」

 

 五井山が声を限りに叫ぶが、遅かった。女児は、小箱の蓋を開けてしまった。その瞬間、奇妙な現象が起こった。

 

 

 ――――黒長い帽子に、三日月状の口。そして、黒いマントを纏った怪人が突如現れたのだ。

 

 五井山達にはその姿を視る事は叶わないが、そいつは爆弾入りの小箱を胸の空洞に押し込み、女児の体を掴む。そして、

 

 『・・・・・・箱を、開けたな!? 開けたからには、受けてもらうぞ! 運命の試練を! ・・・・・・3分やろう! 生き残るための時間を!』

 

 三日月状の口から、機械的な声色で、死の宣告とも取れる告知をした。

 

 

「―――― 一体何が起こっていやがる!? 子供と小箱が空中に浮いている!?」

 

 五井山は訳が分からなかった。箱を開けたとたん、このような奇妙な現象が起こるなんて・・・・・・。

 能力者の犯行? だが、それでは相手はどこにいる?

 この広い園内で、それらしい人物はいない。予測の範疇を超えている現象だった。

 だが現状が危険なのは分かる。もしこれがプロメテウスの爆弾ならば、爆発するまで猶予は後2、3分しかない。大人でも瀕死の重傷を負うあの爆弾の威力、それが女児ならば・・・・・・

 

「・・・・・・」

 

 五井山は最悪の状況を想定し、思わず舌打ちをする。

 

 

「――――あれは!? スタンド!? やはり、この事件はスタンド絡みだったのか!」

 

「・・・・・・スタンドの本体は・・・・・・。目視だけじゃ、怪しい人物は発見できません」

 

 声のしたほうを振り返ると、そこには遅れて五井山たちを追いかけていた孝一たちがいた。

 

「お前ら!? 出て行けと・・・・・・」

 

 五井山はそう言おうとして、言いよどむ。先程とは孝一達の雰囲気が違っていたからだ。

 

「悪いですけど、『出て行け』という命令は聞けません。この事件がスタンド絡みだと判明したからには、出張らせてもらいます」

 

 纏がスラリと剣を抜き、バースト・モードに入る。

 

「スタンド対策は、僕達の専売特許。部外者の人はすっこんでてください」

 

 孝一も、エコーズを体内から出現させ、臨戦態勢で挑む。

 

「・・・・・・お前らは、一体・・・・・・」

 

 五井山は呆然と事の成り行きを見守ることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 孝一達が小箱から出現したスタンドと対峙しているその背後で、その状況を観察している人物がいた。

 少女は髪を掻き分け、双眼鏡で、そのやり取りを遠巻きに見ている。

 

「・・・・・・こーいち君の後を追ってきてみれば・・・・・・本命に遭遇するなんて・・・・・・。四ツ葉隊長の方に行かなくてよかったー」

 

 少女は持参した『カロリーメイト・ヤシの実味』をかじると視線を孝一達から外す。

 

「爆弾処理班がいる。ってことは・・・・・・。げっ! あれは、ゴリ山! まさかまた会うなんて・・・・・・。犯人が爆殺してくれりゃいいのに・・・・・・」

 

 ぎりぎりと歯軋りをした後、また視線を別のほうへと移す。少女はそこで目当ての人物を見つける。

 

「見ぃーつけた。さてさて。後はどうやってコンタクトをとろうかなぁ」

 

 少女はまるでゲームでも観戦するかのように、再びその視線を孝一達に向けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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闇の中の瞳

幼女の体を、黒帽子のスタンドが胸の空洞に引き寄せる。その中にあるのは爆弾の入った小箱。

 

「あぅ・・・・・・。うぇぇえええ・・・・・・」

 

 幼女は自身の身に何が起こっているのかわからず、泣きじゃくっている。

 

 

『さあ、選択を行え。運命に立ち向かうか、それともこのまま、破滅の時を待つか・・・・・・』

 

 時計の短針がカチカチと冷酷に時を刻む。

 残り、後2分15秒。

 

「――――時間がない! 纏さん。このままあのスタンドの腕を切り離して! その瞬間、僕のエコーズであの子を救い出す!」

 

「うん!」

 

 孝一は纏にそういって、スタンドに掴まれている女児の元まで走る。纏は孝一の言葉にすぐさま反応し、倍の速度で孝一を追い越し、スタンド目掛けて一直線に突っ込む。

 その纏の肩に、孝一はエコーズact2を張り付かせ、いつでも女児を救出可能な体勢をとる。

 

(―――― 一撃だ。一撃であのスタンドの腕を切り落とす! そしてあわよくば、ニ撃目でアイツを消滅させる。それなら、孝一さんの手はわずらわせなくて澄む。・・・・・・いける!)

 

 纏が抜刀体勢をとりながら、弾丸のようなスピードで敵のスタンドの元まで、突き進む。相手との距離は、約20メートル。そのままなんの邪魔も入らなければ、後10秒後には、敵は纏の斬撃で完全に消滅するだろう。

 

「!? 敵がこちらを向いた! 何か仕掛けてくるつもりだ! 纏さん! 一端距離をとるんだ!」

 

 黒帽子が三日月状の口を開け、こちらに視線を移している。いち早く異変に気が付いた孝一は、纏にそう叫ぶ。だがそれは少しばかり遅かった。

 

 ガパァっと、黒帽子の口が大きく開く。そこから大量の黒い塊が、纏目掛けて吐き出された。

 

「!?」

 

 吐き出された塊は、一瞬で姿を変え、纏の進路方向上、四方八方に漂う。

 

「――――黒帽子の付録? 分身か!?」

 

 孝一がそう指摘したように、それは黒帽子のスタンドが作りだした分身だった。身長は130センチ位で小学生程度、本体と同じく黒い帽子とマントを装着している。黒一色で覆われて表情などはうかがえないそれは、フワフワと前方を漂い、纏の進行方向を塞ぐように立ち塞がる。

 

「――――こけおどしを! いくら数を出したって!!」

 

 纏は、前方に展開する大量の小型黒帽子の一体に狙いを定め、抜刀した。

 

 

 その瞬間――――

 

 小型黒帽子が爆発した。

 周囲に孝一達だけに聞こえる爆発音が響き渡る。

 

 「ぐぅぅう!?」

 

 妖刀を握る纏の剣先から煙が立ち昇る。

 

 爆風の衝撃に、纏とエコーズはその場からはじき出されるように後退する。

 

「こ、これは!?」

 

 ――――自爆!? スタンドの一体が自らの体を爆発させた!?

 

 纏はチラリとオシリスの妖刀を見る。

 刀身に傷は見当たらない。無傷だ。纏は「ホッ」と胸をなでおろす。だがそのせいで、隙が生じてしまう。

 

「纏さんっ! 左だ! 敵スタンドの一体が、左から接近している!」

 

「!?」

 

 一瞬気を緩めてしまった纏は、敵の接近に反応が遅れる。

 

 ・・・・・・小型の黒帽子が纏の左肩に密着する。

 

「しまっ・・・・・・」

 

 その言葉を最後まで言う暇もなく、再び辺りに爆音が轟いた。

 

 一瞬、爆風で巻き上がる土煙で辺りが見えなくなる。

 

「纏さん!!」

 

 孝一は急いで爆発の中心地に急ぐ。

 

「う、ぐっ・・・・・・」

 

 ――――纏は左肩を押さえ、地面にうずくまっている。スタンドが触れた左肩からは煙が立ち昇り、S.A.

Dの制服はぼろぼろに千切れ、素肌が露出している。その肌からは大量に出血しており、ポタポタと血のしずくが地面を赤く染め上げていた。

 

 纏の前方には大量の小の黒帽子たちが浮遊している。だが、彼らは何も仕掛けてこない。ただ周辺を漂っているだけだ。それを見たとき、纏はピーンと頭に浮かんだ。

 

(――――機雷――――)

 

 自らは何もせず上空を漂い、対象が触れた瞬間に爆発する。これはその類だ。

 爆弾が作動する3分間。その間、邪魔者を近付かせないためだけに存在するのがコイツらの役割なのだ。

 

 

「――――纏さん、平気か!?」

 

 遅れて駆けつけた孝一が纏を発見し、その肩を抱こうとする。だが、纏はそれを手で制し、かわりに刀を地面に突き刺し、それを支えにしてヨロヨロと立ち上がる。

 

「・・・・・・孝一さん。爆弾が作動するまで。時間がありません。・・・・・・何としても、このスタンドの機雷群を突破して・・・・・・。グッ・・・・・・。黒帽子のスタンドを叩かなければなりません」

 

 纏はゼーゼーと息を吐きながら、約20メートル先の黒帽子のスタンドを見る。

 

 残り、1分15秒。もう時間がない。

 

「だ、だけどどうやって!? 残り時間であそこを突破するのは、不可能だ!」

 

 孝一がそう叫ぶ。

 

「・・・・・・孝一さん。よく見てください。機雷群は、あの子供と、黒帽子のスタンドの周辺には漂っていません。彼らを中心に、円をかくように、取り囲むように浮遊しています。・・・・・・恐らく、巻き添えの恐れがあるからでしょう。・・・・・・そこを、狙います・・・・・」

 

「ま、まさか・・・・・・」

 

「孝一さんのエコーズの能力なら、機雷の届かない上空まで、私の体を飛ばす事が可能でしょう? 相手の懐まで入り込めば、こちらの勝ちです」

 

「・・・・・・」

 

 ――――残り1分を切った。もう考えている時間はない。やるしかないのだ。孝一はしぶしぶ「わかった」と答え、右腕に、エコーズact2のシッポ文字を貼り付けた。

 

「孝一さん! 早く! もう時間がない!」

 

「わかってる!」

 

 孝一はact2を纏の肩につかまらせる。そして、その手で纏の背中に触れた。

 

『ドォオオオオオオン!』

 

 その擬音の通りに、貼り付けた右手は、纏を敵スタンドのいる方向へ吹き飛ばした。

 

「ぐ、ううう!」

 

 ものすごい衝撃が、纏の背中から起こる。上空10メートル。彼女は機雷の届かない空を、まるで、大砲で打ち出されたかのように飛んでいた。

 

 一瞬の浮遊感と同時に、落下の感覚が襲ってくる。

 重力に体を引かれ、落ちるその先には、敵の帽子スタンドの姿があった。

 

「!!」

 

 徐々にその勢いを失い失速して行く纏の体。反対に敵の姿はドンドンと大きくなっていく。

 

「はああああああああ!!!」

 

 纏は刀を構え、下っ腹に力を入れる。そして、ついに射程距離に相手を捕らえる。地面までもう僅か―――― そしてついに着地に成功する。

 その衝撃に足を踏ん張る事が出来ずに、纏は地面をニ回転三回転と転げ回り、やがてその動きを止める。だがそれも一瞬だ。纏は全神経を足に集中させ、それを解放させ、相手の背後から切りかかった。

 

「くらえ!」

 

 その振り下ろされた切っ先が、黒帽子の左の肩先を裂く。

 

『ウギャアアアアアア!』

 

 黒帽子の肩先から、鮮血の変わりに粒子の粒のようなものが吹き上がる。オシリスの妖刀の能力により、切られた部分が消滅し始めているのだ。黒帽子は思わず、幼女を掴んだ腕の力を緩めて、彼女を放してしまう。

 

「!? いまだ!!」

 

 その隙を孝一のエコーズは逃さなかった。エコーズは幼女を抱え挙げると、一目散に黒帽子から離れる。

 爆弾のタイマーは後30秒。ぎりぎり間に合った。

 

「これで! トドメェ!!!」

 

 纏は突きの構えを取ると、そのままスタンドの胸部に刀を突き刺そうとする。だが、その瞬間

 

「な!?」

 

 黒帽子の胸部に収められていた爆弾が、突然爆発した。

 

『オオオオオオオオオオオ』

 

 黒帽子とその分身たちが、機械的なうめき声を上げる。それと同時に体が透け、やがてその存在など始めからなかったかのように、消えてなくなってしまった。

 後には、ぽとりと落下した小箱が残るのみであった。

 その小箱の背面には例のごとく、

 

 99÷9+10

 

という暗号が刻まれていた。

 

 

「・・・・・・う、うええええええええん!!」

 

 緊張の糸が切れたのだろう。解放された女児はこらえきれず大粒の涙を零しながら泣きじゃくる。纏はそんな幼女のそばに歩み寄ると、視線を低くし

 

「よしよし」

 

 そういってその髪を優しくなで上げるのだった。

 

 

「・・・・・・」

 

 その様子を遠巻きに眺めていた五井山は

 

「・・・・・・あれが、スタンド・・・・・・。スタンド対策斑・・・・・・」

 

 そうポツリとこぼすのだった。

 

 

 

 

 

  

 

 周囲はけたたましいサイレンと、無線のやり取りの音で騒然としていた。公園周囲には『keep out』のテープが張られ、周囲に散乱している爆弾の破片を、溝口ら爆弾処理班の人間が回収している。

 

「まさか、いきなり本命にぶち当たるなんてなぁ・・・・・・。運がいいんだか悪いんだか・・・・・・」

 

 事件の一方を聞き、現場に駆けつけた四ツ葉はタバコをふかしつつ、そうぼやいた。

 纏の傷は思ったより深かった。使用したバースト・モードの後遺症もたたり、彼女は救急車に乗せられ、救命病院に運ばれていった。

 

「・・・・・・」

 

 残された孝一は、五井山と共にアンチスキルから事情聴取を受け、解放された所である。

 

「・・・・・・孝一君。お疲れ」

 

 四ツ葉が差し入れのコーヒーをポケットから取り出し、孝一に投げてよこす。

 

「どうも」

 

 孝一はそのコーヒーを受け取ると、早速蓋を開け、中身のコーヒーを一口飲んだ。

 どことなくほろ苦い、大人の味が口の中に広がっていった。

 

「・・・・・・事件についての詳細な情報は、あらかた聞いたよ。そこで、ここじゃいえない話をしたいんだけど・・・・・・。孝一君。まだ、時間いいよね?」

 

 四ツ葉は急にヒソヒソ声になると、孝一にそう耳打ちした。

 

「・・・・・・面白そうな話だな。俺も参加させてくれねえか?」

 

 孝一達が声のしたほうを振り返ると、そこにいたのは孝一とともに事情聴取を受けた五井山だった。

 

「・・・・・・」

 

 五井山は先程までとはうって変わり、怒りの感情を孝一にぶつけることもない。その表情は真剣そのものだ。

 

「・・・・・・この事件が、ただの爆弾を使った犯罪じゃないことは分かった。だが、まだわからない事がある。・・・・・・スタンドについて。詳しく聞きてぇ。・・・・・・捜査に、協力して欲しい。この通りだ」

 

 そういって五井山は深々と頭を下げた。それを見た四ツ葉は、いつもと違い真剣な表情と声色で五井山に問いかけた。

 

「・・・・・・いいですが、あんまり気持ちのいい話じゃないですよ?」

 

 そう告げると、「場所を変えましょう」といい、三人は現場を離れるのだった。

 

 

 

 

 

 時刻は夜の7時を回ったところだ。ビルの外は日が落ち、しだいに薄暗くなる。その代わり、街灯がぽつぽつと点灯しだす。後数時間もすれば、周りはネオンやライトアップの照明などで、昼の頃よりも数倍明るくなることだろう。

 

 その様子をS.A.D本部のオフィスで眺めていた四ツ葉は、先程まで聞いた孝一達の証言や、今までの事件の事を頭の中で整理し、話を切り出す。

 

「――――今回の事件、犯行動機などは不明ですが、犯人の目処は粗方つきました」

 

 その四ツ葉の発言を聞き、五井山は驚きの表情を浮かべた。

 

「ほ、本当かよ? 犯人が分かったのか? それは、一体!?」

 

 五井山は、四ツ葉を突き飛ばすような勢いで詰め寄る。だが「・・・・・・順を追って話します。だから落着いてください」と冷静になるように諭されてしまう。

 

「今までの話を推測すると、犯人は遠隔自動操縦型のスタンド能力を有しているということが分かっています」

 

「あの、隊長。遠隔自動操縦ってなんですか?」

 

 知らない単語が出てきたので孝一は四ツ葉に質問してみる。

 

「ああ、すいません。遠隔自動操縦というのは、物体にとり憑かせ、一定の条件を満たすことで自動的に発動するスタンドのことですよ。スタンド使い本人がスタンドを動かすのではなく、あくまで自動的に、命じられたことだけを延々と繰り返すスタンドのことです。どんなに遠くに離れていても、命令を実行するメリットもありますが、反面、自動的なので、スタンド自体が何を行っていても本体は察知する事が出来ず、回収するためにわざわざ現場にまで出向かなければならないというデメリットも存在します」

 

 四ツ葉が孝一に説明する。その様子を五井山は黙って聞いている。

 

「今回犯人はミスを犯しました。纏君にスタンドを消滅させられることを恐れた犯人は、予定の時間より早く、爆弾を作動させました。おそらく、携帯電話や無線電波などを利用した『リモートコントロール(遠隔操作)式』の起爆装置があの小箱に設置されていたんでしょう。・・・・・・つまり、あの場に犯人もいた事になります。そして、自動操縦型の特性。『スタンドを回収するためには現場まで赴かなければならない』――――この場合小箱ですね――――。そこから導き出される答えは?」

 

 四ツ葉はそこで一端区切ると、暗号の書かれたメモ帳を開く。

 

 ●第一の犯行 x-8=5  答え13

 ●第二の犯行 36÷6+3 答え9

 ●第三の犯行 2x+4=56 答え26

 ●第四の犯行 -5x=-75 答え15

 ●第五の犯行 x+12=5 答え7

 ●第六の犯行 99÷9+10 答え21

 

「・・・・・・恐らく後二回。プロメテウスは犯行を行うつもりなのでしょう。その時の答えは、『20と9』のはずです。この暗号。一件難解なようですが、これをこうすると・・・・・・」

 

 四葉が書き込んだその名前を見て、孝一と溝口は息を呑んだ。

 

「・・・・・・まさか、そんな・・・・・・」

 

「あの人が・・・・・・どうして・・・・・・」

 

「後は証拠固めですね。今のところ、仮説の域を出ていませんから。犯人の家を家捜しして、爆弾を押収する必要があります。そのためには、犯人に外出してもらう必要があるんですが・・・・・・。いいアイデアがあります。犯人を所定の場所におびき出す方法が」

 

 四ツ葉がそのアイデアを孝一と五井山に伝える。

 

「――――と、言うわけなんだが、孝一君、頼めるかな? 犯人がスタンド能力を有している以上、通常の人間が取り押さえるのは難しい。追い詰められた犯人が何をするか分からないからね。私の能力では役に立たない。今いる隊員では孝一君しか頼れる存在がいないんだ」

 

「了解です。やってみますよ。aut3なら犯人を拘束するのに便利ですから・・・・・・」

 

 孝一は「人払いはお願いしますよ」というと大きく頷いた。

 

「俺も同行させてもらう。もし犯人があんたらの言うとおりなら、俺が止めなくちゃならネェ・・・・・・。いや、止めたいんだ」

 

 五井山も孝一と同行する旨を伝える。その確固たる決意は、揺ぎ無いものだろう。恐らく「行くな」といってもついて来るに違いない。

 

「わかりましたよ。・・・・・・やれやれ。では明後日、予定の場所にて・・・・・・」

 

 四ツ葉はそういうと、集合場所を孝一達に伝えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――失敗した。失敗した・・・・・・。まさか、自分と同じような能力を有する人間がいるなんて・・・・・・。おかげでリモートコントロールで爆破せざるを得なくなった・・・・・・。

 

 プロメテウスは自室の机で頭を抱えていた。

 

 ――――スタンドは回収したが・・・・・・。やがて自分にまで捜査の手が及ぶだろう・・・・・・。もう、おしまいだ・・・・・・

 

 机に置かれた小箱を見る。

 

 ――――これが、最後の作品・・・・・・。このまま、潔く逮捕されるのか、それとも・・・・・・

 

 その時、インターホンのベルが鳴り響く。プロメテウスは一瞬、どきりと心の臓をならす。こんな時間に来客なんて、一体誰なんだ!? まさか、特定されたのか? あの暗号から? だとしても、何で今、この時間なんだ。

 時刻は夜の8時を回っている。ベルの主は「ピンポンピンポン」と何度も何度も、ベルを鳴らしている。おそらくこちらから出向かない限り、この音は鳴り止まないだろう。それにこの時間にこう何度もベルを鳴らされたんじゃ、近隣住民に不審がられてしまう。最悪、中に踏み込まれでもしたら・・・・・・

 

 プロメテウスはその光景を思い浮かべ、身震いする。

 

 ――――まだだ、まだ捕まるわけには・・・・・・

 

 とりあえず相手が誰なのか確認するのが先だ、プロメテウスはブザーの主を確かめようと、モニター越しに相手の姿を確認する。

 

 その瞬間。相手は、ベルを鳴らす手を止める。そしてまっすぐと、設置してあるカメラを見つめる。

 

「プロメテウスさぁん。いるんでしょぉ!? あなたが犯人なのは分かっているんすよぉ。・・・・・・もし、このままだんまりを決め込むんなら、通報しちゃおうかな?」

 

 ブザーの主はそういうと、手にした携帯を高々とプロメテウスに見えるように掲げる。

 

 ――――この少女が!? なんで!? ばれた! どうして!? どうすれば!?

 

 プロメテウスは少女の出現に軽い混乱を起こしている。モニターに映る少女は、まるでこちらの胸の内を見透かすように笑い、「大丈夫。自分は敵ではないっすよ」そうささやいた。

 

 

 

 

「・・・・・・フーン。意外と普通の一室って感じっすね。もっとこう、爆弾の部品が散乱する、メカメカしい部屋だと思っていたのに・・・・・・」

 

 少女は興味深げに部屋を見渡す。

 机に爆弾の部品が散乱する以外、そこは当たり前のマンションの一室と言うくらい、質素な部屋だった。

 

 ――――少女を自室に招かざる得なくなった・・・・・・。どうしよう・・・・・・隙を見て始末するしかないのか・・・・・・。女は後ろを向いている。やるなら、今しかない・・・・・・

 

 プロメテウスは自分の先を行く少女の首筋を狙い、両手を伸ばす。

 

「・・・・・・ああ、ところで」

 

 少女がくるりと回転し、こちらを向く。

 

「もう、だめだと思うっすよ?」

 

 犯人にそう告げた。

 

「リモコンでの爆破は失敗でしたね。これで完全に証拠を残してしまいました。見る人が見れば、分かる証拠をです。いずれ、あなたにも行き着くのも時間の問題っすよ。つまり、もうお終い。ゲームオーバー。詰みです。もっと遊べるかと思っていたのに、残念。期待はずれでした」

 

 少女は仰々しく首を振り、犯人を見る。

 その瞳に映る色は失望だろうか。興味を失ったゲームを見るような、冷めた視線だった。

 

 ――――おわり・・・・・・か・・・・・・。こんな少女にまで、自分の正体が知られてしまった。きっともう、アンチスキルでは自分に対し、逮捕礼状が出ているのかもしれない。いや、もう向かっているのかも? ・・・・・・来るべき時がきたのだ・・・・・・。今更この少女を始末した所で、何も変わりはしない・・・・・・。少女の言うとおり、これでもう、詰みだ・・・・・・

 

 プロメテウスはがっくりと膝を落とす。気力が急激に失われていく。もう何をしても手詰まりなのだ・・・・・・

 その犯人に対し、少女はポンと肩に手をおくと

 

「安心してください。敵ではないって言ったでしょ? ・・・・・・もっとも味方でもないんすけどね・・・・・・。今のところ他に正体を知る人間は、一部の人たちのみっす。その人たちも、確たる証拠があるわけでもない段階です。つまり、逮捕までまだ猶予はあるって事ッすよ」

 

 口元をにやりと歪めた。

 

「だからね? 有終の美を飾ってくれないっすか? あの爆弾。もっと火薬の量を増やせるんすよねぇ? それで大量の人間を巻き込んで、自爆してくださいよ。どうせ、一人で死ぬつもりだったんでしょ? だったら、連れ添う相手は多いに越した事はないっす・・・・・・。――――ああ、この口調面倒くさいな。やめよ――――」

 

 少女の口調が変わる。さっきまでのは誰かの物まねだったのだろうか? 

 

「明後日、ジャッジメント支部にて、もう一度爆弾の講義が行われます。その席にて、爆弾を作動させてください。恐らくあなたを含め、大量の人間が死ぬでしょう。でも、それであなたは永遠になる。全ての人間がこの事件のことを忘れない。プロメテウスの名前は、未来永劫語り継がれることでしょう」

 

 少女は犯人に置いた手をそっと離す。そして最後に

 

「これはただの戯言ですから、決めるのはあなたです。このまま逮捕されて誰からも注目されずに長い時を過ごすのか、それとも伝説となるのか。猶予は2日。それまでに、『あなた自身』で決めてください。『ボク』個人としては、あなたが、予定通り遂行してくれることを『期待』していますけどね・・・・・・」

 

 そういい残し、少女は流し目で犯人の姿を見ると、やがてその場を離れた。バタンというドアが閉まる音だけを残し、この部屋は再びプロメテウスひとりだけとなった。

 

「・・・・・・」

 

 沈黙がしばし部屋を支配し、やがて犯人は、笑った。

 

「・・・・・・伝説・・・・・・か。それもいいかもしれない・・・・・・。どの道、一人で死ぬには寂しすぎると思っていたんだ・・・・・・。アンチスキルはまだ来ない・・・・・・。猶予は2日・・・・・・。彼女の言葉を、信じてみようか・・・・・・。フフフッ」

 

 その瞳にはさっきまでの怯えや諦めの光はなかった。変わりに、暗く深い、どす黒い闇の光が宿っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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夕闇の中、二人

――――2日後。

 プロメテウスは自宅のアパートを出て、バスを乗り継ぎ、ジャッジメント支部を目指す。

 

 

 持参したカバンの重みが心地いい・・・・・・。

 

 こうしてバスに揺られている間も、彼の心は揺れ動いていた。

 このまま、大量殺人を実行に移すのか、それとも思いとどまるのか・・・・・・。

 両者を天秤にかけ、勝つのは果たしてどちらの気持ちだろう・・・・・・

 

 などど、考えている瞬間もまた、気持ちが良かった。

 

 ――――充足感を感じる。かつてないほどの満足感だ。こうして死と隣り合わせの瞬間。ボタン一つで周囲が吹き飛ぶという緊張感。はじめて自分が生きているんだという実感を得る事が出来る。

 

 

 そうこうしている内に、ついに、ジャッジメント支部に到着してしまう。

 

「・・・・・・」

 

 IDを見せ、本部に入り、エレベーターで会議室を目指す。

 

 心臓の動悸が激しい。もうすぐ、全てが終わる。・・・・・・そして、伝説が始まるのだ・・・・・・

 

 プロメテウスはガチャリと、会議室のドアを開けた。

 

「?」

 

 プロメテウスは中央まで歩み寄り、周囲を見渡す。

 

「いない?」

 

 違和感の正体はすぐに分かった。講義を行う為に集まっているはずの、学生の姿がない。誰もいないのだ。

 

 

「――――まってたぜ。お前が来るのをな・・・・・・」

 

「!?」

 

 驚き振り返ると、そこにはドアの鍵をロックしている孝一と、プロメテウスを悲しげな表情で見ている五井山の姿があった。

 

「――――そういう、ことか。・・・・・・あの女は、お前達の仲間だったと言うわけだ・・・・・・。こうなることを予想して、僕に情報を与えたのか? やられたよ・・・・・・」

 

 プロメテウスは瞬時に状況を把握した。自分は、罠にはまってしまったのだ。どうりで、ビル内が静か過ぎると思った。だが、後悔してももう遅い。ここが、彼の終着点だった。

 

(・・・・・・女?)

 

 孝一はプロメテウスの発言に訝しんが、すぐさま思考を切り替えた。犯人の戯言に構っている暇など、今はないのだ。その発言の意図は、彼を逮捕してから確かめればいい。

 

 

 

 

「あなたのスタンド。遠隔自動操縦型のスタンドですね。この能力のデメリットは、スタンドを回収する必要があること――――。でも、全ての犯行の後、アンチスキルが到着する前に、わざわざ犯人が回収に訪れるという危険を犯すとは思えない。この時点で、一般人の犯行という線は薄れました。唯一可能だとすれば、内部の犯行。それも、爆弾処理班の人間なら、簡単に小箱を回収できる。そして、あの暗号。あれ、数式は関係なく、答えが重要だったんですよね? 」

 

 孝一がメモ帳を開き、犯人に見せる。

 

「第一の犯行に残されていた数式の答えは13。これはアルファベットに直すと13番目と言う意味。つまり、『M』って事になります。そのまま、第2から第6までの答えを合わせると――――」

 

 第2の犯行 答え9  『I』

 第3の犯行 答え26 『Z』

 第4の犯行 答え15 『O』

 第5の犯行 答え7  『G』

 第6の犯行 答え21 『U』

 

 メモ帳にはそれぞれの犯行時の答えと、該当するアルファベットが書き込まれている。

 

「ここまでくれば後の答えもわかります。20と9。『T』と『I』です。そうですよね? 『溝口』さん?」

 

 孝一が、『プロメテウス』こと『溝口』にそう告げた。対する溝口は、特に動揺も見られずに、孝一達を見つめている。

 

「まさかこんな結末になるとはね。・・・・・・僕は弱い人間だから、一人で死ぬ事なんて、とてもじゃないけど出来なかった。でも、大勢の学生達を道連れにするのなら怖くない。そう思って、この部屋なんて簡単に吹っ飛ばせるくらい強力な爆弾を持参してきたのに、無駄になっちゃったね・・・・・・。まあ、いいさ。あの世への同行者の数に、いささか不満はあるが、仕方ない。君達二人で満足することにしよう」

 

 溝口はそういうとバッグから白い小箱を取り出した。

 

「!?」

 

 孝一が小箱に反応して一歩前に踏み出す。それと同時に、溝口はジリジリと後ろに下がる。

 

「溝口っ! どうしてだ!? 何でお前が、こんなことを!!」

 

 五井山は溝口に向かって、あらぬ限りの声で叫んだ。このまま溝口の心に届いて欲しい。そういう願いをこめた叫びだった。だがその問いかけを、溝口は一笑に付す。

 

「まあ、君には分からない理由さ。それなりの地位は約束されていたし、安定した毎日だった。だが、面白みも何もない、退屈な毎日だったよ・・・・・・。毎日毎日、鑑識で証拠探しの日々・・・・・・。次が終わればまた次だ。そんな毎日にうんざりしたのさ。正直、犯罪を起こしているヤツラがうらやましかったよ」

 

 溝口はさらに孝一たちと距離をとり、「だから」と小箱に手をかけ話を続ける。

 

「僕もそちら側に行ってみたくなった。そう思ったら、この能力に目覚めていた。その時、はじめて『あちら側』に足を踏み入れたんだよ」

 

 溝口はまるで神に出合ったかのような恍惚として表情をして語る。

 

「・・・・・・すばらしい経験と、充実した日々だったよ。これまでの無為な人生全てを犠牲にしてもおしくないと思えるほどのね・・・・・・」

 

「・・・・・・もう、いい。それ以上、しゃべるな・・・・・・」

 

 五井山は声を詰まらせそう言った。その瞳にはうっすらと涙が混じっている。

 

「・・・・・・頼むから、だまってくれ・・・・・・。これ以上、俺の友達の口から、そんなセリフを聞きたくねぇ・・・・・・」

 

「・・・・・・はっ! 友達? 五井山、お前と僕がいつ、友達になったというんだ? 僕はね、お前が大ッ嫌いだったよ。運動神経抜群で、明るくて、誰からも慕われるお前と、運動音痴で、根暗で、友達もなく、同僚からも馬鹿にされる僕。憎くて憎くてしょうがなかったよ。お前を見るたび、自分がどんなに惨めな存在か、思い知らされるんだ!」

 

 激情にかられた溝口は、持っていた小箱を、空中に放り投げた。小箱が回転をしながら放物線を描く。

 

「溝口ぃぃいいいいいいい!!!」

 

 その軌道を目で追いつつ、五井山は即座に反応した。

 

 目の前の机を踏み代替わりに駆け上がり、大きく跳ぶ。空中の小箱まで、必死に手を伸ばした。

 

「つかんだっ!!」

 

 五井山が小箱をキャッチすることに成功した。だがその際、蓋がはずれ、箱の中身が露見する。

 

「!?」

 

 ――――中身は、ただのアナログ時計だった。これは、ダミーだ!! つまり・・・・・・

 

 五井山は溝口を見る。溝口は、ポケットから小箱を取り出し蓋に手をかけている。

 

「孝一ぃい!! 本命は、あいつだ!! あいつが取り出した箱が本物だっ!!」

 

 孝一に向き直り、あらん限りの声で叫ぶ。

 

「・・・・・・っ!!」

 

 孝一は既に反応していた。

 

 エコーズact2を溝口の元まで飛ばし、今まさに箱を開けようとする溝口の手を掴んだ。

 

「ちぃ! こいつ!?」

 

 溝口はエコーズを振り払おうとする。

 

「今だぁあ!!」

 

 そのスキに孝一は溝口に飛びつき、箱を奪う。バランスを崩し、地面に倒れる両名。

 

「返せ! 返せ! 返せ!」

 

 溝口は半狂乱となり、孝一に飛びつき殴りかかる。

 

「ぐっ! もう、あきらめろ! あんたの負けだ!!」

 

 溝口の拳を顔面で受け止め、箱を死守しようとする孝一。

 二人は互いに体を入れ替え、箱を奪い合う。

 

「あっ!?」

 

 箱に手を伸ばす溝口の手を振り払った瞬間、孝一はバランスを崩し、小箱の蓋を地面に落としてしまった。

 

 その瞬間――――

 

『・・・・・・箱を、開けたな!? 開けたからには、受けてもらうぞ! 運命の試練を! ・・・・・・3分やろう! 生き残るための時間を!』

 

 黒帽子のスタンドが出現し、孝一の体を掴みかかってきた。

 

「!!」

 

 体をガッチリと固定されてしまった。こうなったらこのスタンドは決してこの手を放さないだろう。その様子を見ていた溝口は、半狂乱だ。

 

「違う、お前じゃないっ! 箱を手にするのは僕だっ! 伝説になるのは僕だっ! 僕こそがプロメテウス!

神の代行者だ!」

 

 そういうなり、孝一から箱を取り戻そうと手を伸ばす。しかしその手は、彼のスタンドの手により、阻まれてしまう」

 

『試練を邪魔する不届き物よ! この崇高な時間を邪魔する行為は万死に値する! ・・・・・・受けよ! 報いを! 』

 

「ヒッ!?」

 

 スタンドの口から大量の黒い塊が、溝口目掛けて吐き出される。

 それら全ては、瞬く間に人型を形作り、彼の体に密着する。

 

 ――――その瞬間、閃光が走った。

 

「ぐわああああああ!!!」 

 

 大音量の爆音と共に、溝口の体が踊る。顔が、手が、足が、爆発の衝撃で醜く焼け爛れ、肉の焼ける、不快な臭いを発生させる。

 

「溝口っ!」

 

 黒煙を上げ、その場にピクリせず横たわる彼を、五井山は助け起こそうと歩み寄る。

――――だが、

 

「来るなっ!」

 

 孝一は一喝し、五井山を制す。

 

「・・・・・・爆弾を、解除するのが先です。五井山さんには見えないでしょうが、今、大量の機雷型のスタンドが周辺を漂っています。それ以上近付けば、五井山さんも、ただでは済みませんよ」

 

 五井山はその場に留まり、周囲を見渡す。この、何の変哲もない空間に、溝口を攻撃したスタンドが漂っていると言うのか・・・・・・。思わず、ゴクリと唾を飲みこむ。

 

「・・・・・・このスタンド。ルールさえ守れば、こちらに危害は加えてこないようです。ですから、このスタンドの言うとおり、爆弾を解除します。・・・・・・爆弾の構造自体は、以前説明を受けたとおりです。これなら僕でも解除できます。・・・・・・五井山さん。ニッパーはありますか? 上空に投げてください」

 

 五井山は「・・・・・・わかった」というと、ニッパーを取り出し上空に放る。それをエコーズが受け取り、孝一の元へと運ぶ。

 

「・・・・・・」

 

 爆弾の中身をじっくり見る。以前と同じ、赤、青、黄の導火線が時計とバッテリーに繋がれている。時を刻む短針の時間は――――1分30秒――――急いでコードを切断しなくてはならない。

 孝一は、以前習ったレクチャーの通り、赤のコードにニッパーの刃先を持っていく。一瞬、指先が震えたが、神経を集中させて、震えをとめる。

 

 そして、パチンと、コードを切断する。

 

 ・・・・・・何も起こらない。やはり、以前とまったく同じタイプの爆弾らしかった。これなら大丈夫だ。孝一は「ふうっ」と安堵の息を吐く。

 よく映画で、赤と青の導火線のどちらを切ればいいのか、という選択に迫られる場面があるが、今回はどのコードを切ればいいのか丸分かりなのだ。気を楽に、と言うのは変だが、かなり負担が軽減し、作業に当たる事が出来る。孝一は続けて、黄のコードをニッパーで切断した。

 残り1分。十分にお釣りが来る。

 

「・・・・・・や、め、ろ・・・・・・。や、め、て、くれ・・・・・・」

 

 見ると溝口が意識を取り戻し、血だらけの手を伸ばし、こちらに歩み寄ろうとしている。

 

「神に、なるんだ・・・・・・。プロメテウスの名を、もっと、知らしめるんだ・・・・・・お前達のせいで、全てがパーだ・・・・・・。どうして? なんの権利があって・・・・・・」

 

 この期に及んでの神様気取り、反省の色などまったくない。あまりの身勝手さに腹が立った。だから、孝一は仕返しのつもりで、溝口の恨み節にこう返した。

 

「神様ねぇ・・・・・・。残念だけど、僕は見たものしか信じない性質なんだ。・・・・・・僕から見たアンタは、ただのイカレた犯罪者だ。アンタにお似合いなのは、堀の中の独房だ。そこで、自称・神様を気取っていればいいさ」

 

 そういって孝一は、最後の青のコードを、ニッパーで「パチリ」と切断した。

 

 ――――爆発30秒前。タイマーはそこで停止した。

 

 爆弾は、無事解除されたのだ。

 

「・・・・・・」

 

 爆弾の解除が成功した瞬間、孝一を掴んでいた黒帽子と、付属の小型スタンドは、音もなく消えていった。

同時に、空中に浮かんでいた小箱が、コロンと地面に落ちる。

 

(x-9=11と3x-4=23か・・・・・・)

 

 小箱を拾い上げ、底に書かれている文字を、孝一は確認する。プロメテウスからの最後のメッセージだ。

 

 世間に注目されたい。認められたい。それは理解できる。だが、そのために、どうして人を傷つけたり、大量殺人を行おうとするのか・・・・・・。地面にうずくまるプロメテウスこと、溝口を見て

 

「犯罪者の考えている事は、わかんないよ・・・・・・」

 

 孝一はそう呟き、小箱をテーブルの上に置いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事件から数十時間後。

 ジャッジメントビル屋上にて。

 五井山はフェンスに持たれかかりながら、タバコをふかしていた。

 時刻は6時。そろそろ周りの景色が、夕刻色に染まる頃だ。

 

 あれから――――

 アンチスキルの人間は、すぐ後にやってきて、溝口は逮捕された。その際お互いの目が合ったが、彼らは何も語らなかった。

 

 ――――溝口の自宅のマンションからは、爆弾の部品と遺書が見つかった。遺書には、これまでの犯行は自分であることと、自分はこれから神に生まれ変わる等の、内容が書かれていたらしい。その内容から、溝口の精神状態に疑問が生じたため、裁判で責任能力の有無をめぐって、争う事になるらしい・・・・・・。

 

「なんだかなぁ・・・・・・」

 

 五井山はタバコをプカプカふかしながら、ボーッと上空を見上げた。

 

 その時、ガチャリと扉が開く音がした。見るとそこには孝一の姿があった。

 

「こんな所にいたんですね・・・・・・探しましたよ」

 

「なんだよ? 俺に用でも会るのかい?」

 

 五井山は孝一に背を向けたまま、ぶっきらぼうにそう答える。

 

「まあ、何ていいますか、落ち込んでいる見たいでしたので、ちょっと気になって・・・・・・」

 

 孝一は照れながら頬をかく。

 

「それで、慰めようとしてくれたってのか? やめてくれよ、気持ちわりぃ」

 

 五井山は、今吸っているタバコの火を消し、もう一本取り出す。

 

「・・・・・・禁煙ですよ」

 

 孝一は五井山に苦言を呈す。

 

「かてぇこと言うない。今は、無性に吸いたい気分なんだよ・・・・・・」

 

 五井山は構わずタバコに火をつけた。

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

 しばらく二人、沈黙の時が続く。

 空の端は次第に赤みを増し、青色の空と交じり合う。遠くには風力発電用の風車がゆっくりと回転しているのが見える。昼の頃とはまた違った情景だ。

 

「・・・・・・あいつとは同期でよ。最初の頃はドン臭くて何をさせてもドジばかり踏む野朗だった」

 

 ポツリ、と五井山が口を開く。昔を懐かしむように、その口調はどこか優しげだ。

 

「だけどよ、嫌いに離れなかった。あいつは、仕事は遅いが、人一倍、犯罪を憎む心を持ったやつだった。皆が仕事を終えても、一人残って現場の残留物から犯人を特定できる何かを探すようなヤツだった・・・・・・。その時は、確かにアイツの中に溢れんばかりの正義の心って物を感じたんだ。・・・・・・なのに・・・・・・それなのに・・・・・・」

 

 五井山の肩がワナワナと震える。背を向けているので顔は判らないが、その声色から五井山の表情は容易に想像できた。

 

「・・・・・・どこで捻じ曲がっちまったんだよぉ・・・・・・溝口ぃ・・・・・・」

 

 五井山は嗚咽の混じる声で、かつての友人の名前を呼んだ。

 

 

 

 

 

 五井山は孝一と話して幾分気が楽になったらしい。先程までの張り詰めたような表情は消えているようだった。そして去り際に「ありがとよ、世話になったな」というと屋上を後にしていった。

 

「・・・・・・」

 

 孝一はその場に留まった。そしてジィっと何かの音を聞いているようだった。

 

「・・・・・・そこにいる奴。出てこいよ。一体なんのつもりで、聞き耳なんか立てているんだ」

 

 孝一は五井山が出て行ったドアに向かってそういった。やがて――――

 

「・・・・・・ばれちゃったっすね。こーいち君のエコーズはすごいなぁ。心音が一人分多いって事を聞き分けるなんて・・・・・・」

 

「おまえ・・・・・・」

 

 現れたのは、ここにいるはずのない少女。孝一は警戒してエコーズを出現させる。

 

「やだなぁ。『おまえ』なんて他人行儀で・・・・・・ちゃんと玉緒って呼んでくださいっすよぉ」

 

 少女はエコーズに一瞥をくれると、馴れ馴れしく孝一に近付こうとする。

 

「・・・・・・おまえ、だれだ?」

 

「やだなあ。自分は玉緒っすよぉ。SADの隊員の二ノ宮玉緒。ボケちゃったんすかぁ?」

 

「違うっ!」

 

「ちがう?」

 

 少女は首をかしげる。

 

「二ノ宮玉緒は、そんな事をいわない! アイツは、おかしな奴だったけど、人を惹き付ける魅力に溢れた奴だった。そんな彼女だったからこそ、僕たちはどんなムチャな要求にも、答えてやろうと言う気になれたんだ。だけど、お前は違う! お前は、嫉妬深く、好戦的でぞっとするくらい冷酷な奴だ。僕の知っている彼女と、明らかに違う!」

 

「あのさぁ・・・・・・」

 

 少女は髪を掻き分け、うざったそうにこちらを見る。

 

「こーいち君は、自分のことをどこまで知ってるっていうんすか? 今まで隠してきた本性を、ついにさらけ出したのかもしれないじゃないっすか。なのに、『そうだろう』、『そうであってほしい』、『そうに違いない』。希望的観測や憶測だけで自分を批判するのは御門違いっすよ」

 

「だったらなんで、さっき僕のエコーズを見た」

 

「・・・・・・っ!」

 

 一瞬、焦りの表情を浮かべた彼女を、孝一は見逃さなかった。

 

「さっき、エコーズと視線を合わせたな? 二ノ宮玉緒は能力者だが、スタンド使いじゃない。なのにエコーズを見た。それってどういうことだ?」

 

「やだなぁ・・・・・・。つまり、交換したんすよぉ。他のスタンド使いの方とぉ」

 

「それは誰で、どこにいるんだ? 教えろよ。ついてってやるから」

 

 やっと、確信が持てた。この女は、二ノ宮玉緒なんかじゃない。別人だ。思えば、白井がSADに来た時から、玉緒の様子はおかしかった。あんな発言をするような子じゃない。

 あの時、既に入れ替わっていたのだ。

 

「・・・・・・本物の、二ノ宮玉緒を、どうした?」

 

「・・・・・・」

 

 少女は口をつむぎ、押し黙る。

 

 一瞬、辺りが静まり返る。その静寂を破ったのは、他でもない、少女自身だった。

 

「・・・・・・フフフっ。あーあ。気づかれちゃった。入れ替わりゲームもこれにて終了かぁ」

 

 少女はしばらくの間クスクスと笑い、やがて姿勢を正すと、まるで舞台で演じた役者が客席の観客にするような丁寧なおじぎをした。そして

 

「始めまして。二ノ宮玉緒の妹。二ノ宮双葉(ふたば)と申します。以後お見知りおきを」

 

 と芝居がかった口調で自己紹介をした。

 

「・・・・・・妹、だって?」

 

 孝一は目を見開き、目の前の少女・双葉を見た。何から何まで、玉緒にそっくりな容姿だった。しかし、溢れんばかりの気力とやる気に満ち溢れていた玉緒とは違い。双葉は、どことなく浮世離れした、それでいて人を小ばかにしたような雰囲気が全身からにじみ出ていた。

 

「ウフフフ。姉が酷い風邪を引いてしまってね。それでも、君たちの元に行きたいと寝言で言うもんだから、ちょっと興味が出てきてね。しばらく入れ替わることにしたんだ。うまい演技だっただろう?」

 

 双葉は少しおどけてみせる。その視線を孝一はあえて無視する。

 

「溝口に入れ知恵をしたのはお前か? どうして? 何でそんな真似をした?」

 

「なあに。ちょっとした演出さ。普通に逮捕したんじゃ全然面白くないからね。なかなかスリリングな展開になっただろう?」

 

 双葉は平然と言い放った。

 

「ふざけたこと、しやがって! 一歩間違えれば、大勢の死人が出るとこだったんだぞ!」

 

「でも、結果として君達が阻止したじゃないか。終わりよければ全てよし。今回の件で君たちの株は上がること間違い無しだろう。むしろボクに感謝して欲しいね」

 

 孝一はあまりの自分勝手さに思わず怒鳴る。しかし双葉は、そんな言葉など意に介さす、話を続ける。

 

「溝口のスタンド。どうして3分なんて時間を設けていたと思う? スタンドは精神エネルギーの具現化。あんな能力になったのは、彼自身の心の弱ささ。彼は、爆弾で世間を騒がせたいと思う一方で、死者は出したくない。出来るだけ傷つけたくないと思っていたんだ。矛盾してるだろ? そんな、彼の不安定な精神が、そのまま能力に反映された。『生き残る3分と言う時間を与える代わりに、それで怪我を負ったのならそれは自分のせいじゃない。悪いのは解除できなかったお前らだ』ってね。そんな弱い彼だからこそ、懐柔できるとボクはふんだ。人を操るっていうのは、初めての経験だったけど、意外とうまく出来たと思うよ」

 

「ふ、ざ、け、る、なっ!!」

 

 孝一ははっきりと分かった。こいつは敵だ。決して自分とは相容れない存在だ。孝一はエコーズact2を双葉に向かい突進させ、殴りかかった。

 

「ふふふ。無駄無駄。この状況じゃ、君に勝ち目はないよ」

 

 双葉は余裕綽々で笑う。それが益々癪に障る。

 

「そんなの、やってみなくちゃ、わからないだろ!」

 

「無理無理。・・・・・・だって――――」

 

 夕日に照らされて出来た双葉の影法師が、不自然に形をゆがめ、孝一の足元まで伸びる。そこから、ギラリとした二つの目がこちらを覗きこむ。

 

「!?」

 

「君は、ボクのスタンド『ザ・ダムド』の射程距離の中にいるんだ。もう、逃げられないんだよ」

 

 影法師から黒い鎌のような触手が二本伸び、孝一の体を切り裂いた。

 

 

 

 

 

 

 

「はっ!?」

 

一瞬、記憶が途切れた。

 違和感がある。自分の中の何かが奪われたような、消失したような。

 彼女に対して怒りを感じていたのだが、それが何なのか、思い出そうとすると記憶が曖昧になってしまう。

 

「孝一君」

 

 気が付くと、目の前に双葉がいた。彼女は孝一の両頬に手を添えると、強引にその唇を奪った。

 

「――――んんん!?」

 

「んっ・・・・・・」

 

 突然の衝撃に、孝一の頭は真っ白になった。口の中に生暖かい感触が侵入してくる。それが彼女の舌だと気づいた孝一は、双葉を突き飛ばすようにして引き離す。

 

「――――な!? な、な・・・・・・何を、したんだぁ!? お前っ!?」

 

 双葉はペロッと唇を舐め、不敵なな笑顔のまま、孝一を見る。

 

「君と行動を共にしたのは、僅かな時間だけだったけど、君はいいね。君は、どこか頼り無さげな外見とは裏腹に、曲がる事はあっても、決して折れない精神力、人間性を兼ね備えた人間だ。君には、不思議と人を惹き付ける『魅力』ってやつを感じるんだ。初めてだよ。ボクが『異性』に興味を覚えるなんて」

 

 先程のキスのショックが抜け切らない孝一の顔をしばらく眺めた双葉は、やがてドアの元まで行き、ドアノブに手をかけた。

 

「孝一君」

 

 双葉はドアを開けて孝一に声を掛ける。

 

 

「正体がばれたんで、今日のところは退散することにしよう。君に免じて、『タマ』はそちらに返してあげる。・・・・・・君とはもっと仲良くなりたいな。友達としてだけではなくて、もっとそれ以上の関係に・・・・・・」

 

 双葉は孝一に投げキッスを送ると、「それじゃ、またね」と言い残し、そのままドアを閉じた。

 後には、あまりの衝撃に、呆然とした表情の孝一だけが残った。

 

 

「・・・・・・二ノ宮、双葉・・・・・・」

 

 孝一は唇にそっと指をはわせ、双葉が出て行ったドアをジッと凝視する。

 玉緒とは別の意味で台風の目となる存在の彼女。

 次に会うときは、敵か味方か・・・・・・

 

 夕焼けに染まった空は、次第に日が陰り、黒い闇に包まれていった――――

 

 

 

  

 

 

 プロメテウスの炎 END

 

 

 

 

  

 

 

 

 



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オーシャン・ブルー
発端 ―内田和喜―


 AM10:15 2F 食品売り場

 

 見渡す限りの人、人、人。

 

 

 買い物カバンを持った年配のお年寄りから、制服姿の学生まで、千差万別の人間がこの施設に集まり、ワイワイガヤガヤとにぎやかな音を発生させている。それもそのはず、『オーシャン・ブルー』はこの一週間、『閉店セール』と称して、店内の品物を半額以下の価格で売りに出しているのだ。

 

 ――――『オーシャン・ブルー』 建築物の高さ:51.6m 最高高度86.8m――――

 

 この『オーシャン・ブルー』は第七学区の一区画に立てられた複合レジャー施設だ。地上12階・地下2階建てのこの建物は、アミューズメントフロアから、ブティック、歴史展示場、飲食フロアなどで構成されている。

 建物は築50年と古く、目を凝らすと所々薄汚れていたりうっすらとした傷が付いていたりと、よく言えば歴史を感じさせる、悪く言えば、古臭い概観をしていた。――――なんでも学園都市が建設された当初に出来た、由緒ある建物らしい――――。 

 まあ、ぼくが生まれてもいない時代の話なので、『だからどーした』で済んでしまう話なのだけど・・・・・・。問題はここのオーナーがこの『オーシャンブルー』を本当に閉店・建て壊しを決めたことだ。

 なんでも、高齢の上、跡継ぎもいないし、建物自体も老朽化のための決断だそうだ。その為、利益も損得も考えず大還元フェアと称し、ここ一週間、店内の全ての商品、施設、食べ物を半額以下で売りに出しているのだ。(交渉次第ではそれ以上の値引きも可、らしい)

 うわさを聞きつけた来客は、我こそは先にと、長い長蛇の列を作り、店内に入る。

 

「いらっしゃいませ! いらっしゃいませ! 本日は最終日となっております。今回は出血大サービス! なんと、今月誕生日を迎えられたお客様には、最大8割で商品をご購入いただけるサービス券を配布しております! 御入り用の際は受付のカウンターにて、身分照明となるものを提示下さーい!」

 

 店員の人が拡声器で大声を張り上げ、持っていたベルを鳴らす。それに吊られて、何十人もの人間が店員の人の指示に従い、受付のほうへ向かう。

 

「――――すごい人だかりね。このままだと身動きが取れなくなりそう。内田君。早く上に行きましょう」

 

「う、うん」

 

 そういうと委員長は僕の手をとり、一目散に上の階を目指す。人ごみではぐれないための行為だと分かっていても、やっぱり異性に手をとられると緊張してしまう。

 

 僕、こと「内田和喜」は、現在クラスの委員長と一緒にこのオーシャン・ブルーにショッピングに来ていた。もちろんデートとかそういうやましい事ではなく、単なる友達同士としてだ。

 

 ――――おっと。そうだった。まだ友達ではなかったんだ。僕たちは、まだ友達”見習い”の関係だったっけ――――

 

 僕はかつてクラスメイトからイジメにあっていた。その現状を何とか打破したくて、僕は怪しげな人体実験に参加してしまった。もちろん、そんな不正で得た何かが、僕にプラスに働くはずもなく、状況は以前より最悪になってしまったけど・・・・・・

 

 委員長とはそこで知り合いになった。

 以前は、簡単な挨拶を交わす程度だった僕らだが、あの事件から少しだけ親しくなった気がする。

 今日はその親睦もかねて、このオーシャン・ブルーに一緒に出かけることにしたのだ。

 ちなみに、なぜ”見習い”かというと――――

 

「――――内田君。あなたが私と友達になりたいと言う気持ちは良くわかったし、悪い気はしないわ。でもね。その――――。なんというか・・・・・・。んっと・・・・・・」

 

 めずらしく委員長が恥ずかしそうに言いよどむ。視線はちらちらと。おさげ髪をいじいじと、なんだかせわしない。

 

「と、友達”見習い”からなら、はじめてあげてもいいわっ・・・・・・」

 

 消え入りそうな声で僕にいった。

 

「見習い?」

 

「し、しかたないでしょっ。わ、私だって、その・・・・・・。友達なんて、いない・・・・・・から・・・・・・。どうやったら友達なのか、わからないもの・・・・・・」

 

 最後のほうはごにょごにょとしか聞けなかった。

 でも、そうか。

 委員長も、僕と同じなんだ。

 そう思うと、同じ道を志す相棒の様に思え、親しみが増した。

 ――――なんていったら、怒り出しそうなんでいわないけど・・・・・・

 

 とにかく。

 

 この日から僕と委員長は友達”見習い”となったのだった。

 出来うるなら、早く友達にまでランクアップしたいものである――――

 

 

「――――どうしたの? 内田君。さっきから黙っちゃって」

 

 おっと。

 いけないいけない。

 今までの回想に耽り過ぎた。

 

「ごめんごめん。ちょっと人の気にあてられちゃって・・・・・・」

 

 ボーッとしていたなんて思われたらせっかくの関係も壊しかねない。

 意識を切り替えよう。

 なんて思っていたら、早速人にぶつかってしまった。

 なんてこった。

 

「おい。お前。気をつけろ」

 

 ぶつかったのは一人の女の子だった。でも、なんだろう? この格好は? コスプレだろうか?

 

 黒いフードを被った僕と同じくらいの(15,6くらいだろうか)少女は、明らかに気分を害した様で、僕を睨みつけた。

 フードの下から見える顔立ち、金色の髪。そして青く光る瞳は明らかに日本人ではない。

 その様子は、ゲームや漫画・小説なんかで登場する魔法使いみたいだった。

 

 あ。しまった。いまはそんな事に驚いているときじゃない。あやまらなくちゃ。

 

「ご、ごめんなさい。前を見てませんでした。あの。怪我とかはしてませんよね?」

 

「そんなもの。見れば分かるだろう? お前のそのもやしみたいな体で、ワタシが怪我を負うとでも思ったか? タワケが」

 

 うわあ。

 すごい尊大な女の子だ。

 しゃべらなけりゃすごいかわいい子なのに。何てもったいない・・・・・・

 

 でもガマンガマン。悪いのは僕なんだから。

 

「――――あっ。ごめんなさい。この子ちょっと口が悪くて。でも、悪気があったわけじゃないからね」

 

 どうやら連れがいたらしい。

 連れの少年はぺこぺこと頭を下げると少女の服を掴みその場を離れていった。

 

「――――オイ。コーイチ。今のはあの男が悪いのだ。何故に誤る必要がある?」

 

 黒いフードの少女は連れの男の子に文句を垂れながら、人ごみの中に消えていった。

 

「はあ。緊張した・・・・・・」

 

 一緒にいた委員長が大きな息を吐き、安堵の表情を浮かべた。

 

「もう、内田君。気をつけなさいよ。ぶつかったのがかわいい女の子だったから良かったものの。いかつい不良とかだったらどうする気だったのよ?」

 

「・・・・・・うう。面目ないです」

 

 返す言葉がない。次からは気をつけなくては。

 

「まっ。無事だったから良しとしましょう。さあ。ショッピング、ショッピング」

 

 委員長と僕は、気を取り直してといった感で、目的の場所へと歩を進めるのだった。

 場所は3Fのファッションと生活雑貨売り場だ。

 

 うーん。

 ファッションはまったく興味ないや。こういうときどんな会話をすればいいんだろう?

 わからん。

 僕としては、7Fのミリタリーフェアに興味があるけど・・・・・・。

 たぶん、無理だよね。

 

 

AM 10:45 3F ファッション・生活雑貨フロア

 

「ちょっとあんた! それはあたしが先に手を伸ばしていたでしょうが! 離しなさいよ!」

 

「なにいってんのよ! 私のほうが先だったでしょ! そっちこそ離しなさいよ!」

 

 戦争だ。

 フロアの至る所で女学生と年齢の行ったおばちゃんによる物品の奪い合いがおこっていた。

 

 正直言って、少し怖い。

 まあ、どの品物も二束三文の値段で売りに出されれば当たり前と言えば当たり前か。

 しかし女性と言うのは、どうして割引という言葉にこうも過剰に反応するのだろう?

 そのパワーたるやブルドーザーの如し。

 うーん。

 おそろしい。

 

「あった。ノートにペンに、消しゴム。やっぱりゲコ太シリーズの文房具はいいわぁ」

 

 当の僕たちは、そんな戦場をすり抜け、一目散に文房具コーナーへ向かっていた。

 委員長は、ゲコ太グッズのノートやら消しゴムなどを次々と買い物籠に放り込むと、ご満悦そうにうっとりしている。

 どうやら委員長は変わった品物が好きらしかった。

 授業中には見かけたことはないので、恐らく自宅にはこういう変わったグッズが大量に溢れているに違いない。

 しかし、なんというか。

 ファッショングッズを華麗にスルーして、真っ先に文房具コーナーに向かう所が委員長らしいと言うか何と言うか・・・・・・。僕は思わずおかしくなり苦笑してしまう。

 

 

「――――あああ!? あった! ゲコ太の指キャップ、レインボーバージョン! ずっと探していたレア中のレア! こんな所にあったなんて! やっぱり来てよかったー」

 

 僕達のすぐ隣でしゃがんでいた女性が歓喜の声をあげていた。少し茶髪系の髪をヘアピンで止めた、可愛らしい顔つきの女の子だった。

 常盤台の制服を着用していることからかなりのお嬢様だと思われるが、それがなぜかゲコ太の指キャップを大事そうに手に取り、頬ずりしていた。

 

「えへへへ。さっきはゲコ太にサインしてもらっちゃったし、レア物もゲットできたし、今日は最高の一日ね。ちょっと早いけどご飯でも食べて帰ろっと」

 

 女の子は「フンフンフン♪」と上機嫌で鼻歌を歌い、その場を立ち去った。

 

 何故に、ゲコ太?

 女子の間で流行なのだろうか?

 わからん。

 

「内田君。お待たせ。この後どうしようか? 少し早いけど、ご飯でも食べる?」

 

 委員長はいつの間にか買い物を済ませていた。

 食事かぁ。

 でも、いまレストランに行くと、さっきの女の子と鉢合わせするかもしれないなぁ。

 それはなんか気恥ずかしい。

 少し、時間を遅らせていくことにしよう。

 

「その前にちょっと喉が渇いちゃったな。近くのベンチでジューズでも飲んでからにしない?」

 

 僕のその提案に、委員長は「そうね」と頷いた。

 

 

 

 AM 11:00  6F 漫画・コミックフロア

 

「クレ」

 

「はい?」

 

 このフロア全体は、書籍がメインだ。電子書籍などがもてはやされる今日では、その需要は半分以下と言ってもいいだろう。実際、このフロアにいる利用者の多くは、若者ではなく年配の人達が多く見受けられた。

 何故ここのフロアに来たかというと、ひとえに他の所より静かだったからだ。読書用のテーブルなんかも配置してあるしね。一休みするにはちょうどいいかと思ったんだ。なんだけど・・・・・・

 

「クレ」

 

「・・・・・・」

 

 目の前に突然現れた等身大のゲコ太が、僕の飲もうとしている缶ジュースを血走った眼(?)でじっと見ていた。

 

「な、なんなんですか? あなた!? 非常識にも程がありますよ!」

 

 委員長がゲコ太を指差し注意する。

 だがそんな様子をゲコ太は気にする風でもなく、「クレ」と同じ単語を繰り返し言うだけだ。

 

 ・・・・・・怖すぎる。

 今日は厄日だろうか?

 黒いフードの少女といい、さっきの女の子といい。さっきから変なヤツと遭遇しすぎる。

 しかしこのままだとまずい。ほっとくとこのゲコ太。何を仕出かすかわからない。

 しかたない。

 

「・・・・・・わかりました。どうぞ」

 

 僕は、無難に、特に抵抗を見せず、手に持った缶ジュースをゲコ太に差し出した。

 こういう輩には、逆らわない。

 今までの生活で僕が身につけた処世術だ。

 

 ゲコ太は受け取った缶ジュースを握り締めるとブルブルと震えだした。

 

「おおおおお・・・・・・」

 

 その様子は、まるで砂漠で遭難中にオアシスを見つけたかのよう。

 そしてそのまま、ゲコ太はダッシュでその場を走り去ってしまった。

 

「・・・・・・なんだったんだろう? あれは」

 

「・・・・・・さあ?」

 

 取り残された僕たちは、二人顔を見合わせて苦笑するしかなかった。

 

 

 

 AM 11:30  9F 飲食フロア(ファーストフード)

 

 

 小腹が空いて来た僕達は、とあるファーストフードの店内でイベントをやっているのを見かけ、立ち寄ってみた。

 見せの周りには『フードファイト・最終章 夏の陣』という立て看板が立てられ、それに興味をもったお客が人だかりを作っている。

 店内はなかなかの盛況のようだ。

 

「すごい! すごいぞっ! ハンバーガー10個目完食! あの小柄な体のどこに、そんなスペースがあると言うのかっ! まさに”俺の胃袋は宇宙だ”状態! 現在トップを独走中なのは、まだ若いお嬢さんです。 まだペースを落としません! このまま11個目も、飲み込むように平らげたぁ!!」

 

 司会を勤めている男性が興奮気味に実況をしている。その目の前には並列に置かれた5つの机と、そこに座り、もくもくとハンバーガーを食べている参加者達。そして大勢のギャラリーが見守っている。

 その視線の先には、司会の男性が信じられないと叫んだ少女がいた。

 

「あぐっ。んぐっ。んぐっ。おかわり、なんだよっ」

 

「おおーっと! 12個目に突入! いったいこのまま何個平らげてしまうと言うのか!? その様は、まさに早食い界のボルトの如し! このまま逃げ切り、独走を許してしまうのでしょうか!?」

 

 開催されている競技はハンバーガーの早食い競争である。他の選手も負けじと胃袋にハンバーガーを押し込むようにして貪っている。そのスピードは決して遅くはない。だけど、それにも増して少女の食べるスピードは尋常じゃないくらい速かった。

 

「むがっ! んぐっ! んぎゅっ! ごっくん! おかわり! なんだよっ!!」

 

「すげぇ・・・・・・」

 

 僕は思わずそう呟いてしまった。いや、僕だけじゃない周りのギャラリーも口には出さないけれど同じ事を思っているに違いない。それ位少女はすごかった。

 しかし・・・・・・なんのコスプレだろうか?

 白い修道服? のような出で立ち。腰まで伸びた銀色に輝く髪。そして緑色の瞳。明らかに日本人じゃない。

 十四学区の生徒だろうか?

 それで敬愛なクリスチャンとか?

 

「いいぞっ! いけっ! お前ならやれるっ! そのまま他のヤツラをぶっちぎれ!」

 

 シスター(?)の女の子の隣には、付き添いの男性がいて、激を飛ばしていた。

 年は高校生くらいだろうか? ツンツン髪の、少しガタイのいい学生だった。

 

「オーケーなんだよっ! ターボ! 全開っ!」

 

 少女は男子学生の激に相槌を打つと、目の前に置かれているハンバーガーの山に次々に手を伸ばして言った。

 

「あぐっ、あぐっ、あぐっあぐっ、あぐっ、あぐっ、んぐっ、あぐっ、あぐっ、んぐっ!!」

 

「・・・・・・し、信じられません! あれで全開ではなかったと言うのカァ!? 消えるっ! 目の前に積まれているハンバーガーの山がっぁ! 少女が手を伸ばすごとに次々と切り崩されていくぅ~!! わたくしは夢でも見ているのでしょうかぁ!?」

 

 圧倒的だった・・・・・・。

 もはや食べるというより、飲み込むという表現のほうがいい気がしてきた。

 しかし、明らかに少女が食べたこれまでのハンバーガーの体積と、少女のお腹の容量が一致していないのだが、本当にどうなっているんだろうか?

 

「うぷっ・・・・・・。見てるだけで、わたし、胸やけが・・・・・・」

 

 委員長が口元を抑えている。

 当然だ。一緒に見ていた僕も、気分が悪くなってきたんだから。

 それは僕達ギャラリーだけでなく、参加していた選手達も同じだったようで、戦意を消失した彼らは次々と棄権していった。

 

「――――終了ぅ~。参加者全員棄権のため、勝者はシスター服の少女になりました~! いやあ、わたくし感動いたしました。人間、あそこまで胃袋に物が詰め込めるもんなんですネェ」

 

「やった! やった、やったぞ!! 俺達の勝利だっ! インデックス! やれば出来る子だと思っていましたよ、上条さんはっ!」

 

「ふぃ~。腹八分目なんだよ」

 

 上条さんという名前の学生は、シスターの少女を抱きしめ、全身で喜びを表現している。

 対する少女はまだ余力を残しており、ごくごくとテーブルに置かれたお茶を飲みながら上条さんの賛辞をご満悦そうに聞いている。

 そんな彼らの前に、司会者の男性がマイクを片手に歩み寄る。

 

「ええ~。では優勝商品授与を行いたいと思います。皆さん! 優勝した少女に、暖かい拍手をお願いいたしますっ!」

 

 司会の男性の言葉が終わるや否や、ギャラリーから少女の検討を湛えて、大量の拍手の雨が木霊した。

 

「うおおおおおおお!!! すげえっ! お穣ちゃん! あんたすげえよっ! おれっち、ちょー感動しちゃったよぉ!!」

 

「信じられないっ! ナイスファイト! わたくしは今日あった出来事を決して忘れないでしょう!」

 

「勇気をもらった。人間。為せば成る。不可能なことなどないんだな」

 

 ギャラリーの人達が口々に、少女を賞賛し、健闘をたたえている。

 

 

「おお。きたきたきたっ! これだよ、これをまってたんだよ!」

 

 一方の上条さんは商品授与の言葉を聞き、ガッツポーズをして少女に商品を受け取るように促している。

 

「ではお受け取り下さい! ゲコ太INエコバッグ。 通称ゲコバック1年分です。末永くお使い下さい!」

 

「ぐは!?」

 

 その瞬間、上条さんがその場から崩れ落ちた。漫画的にいうと『ズコー』とその場に卒倒したといった所か。

 

「ちょ、ちょっとまって? あれ? 俺の耳がおかしくなったのかな? 優勝商品って無料食事券1年分なんじゃあ!?」

 

 上条さんはおそるおそるポケットからパンフレットを取り出し、司会の男性に見せる。

 

「ああ、これは昨日のチラシですね。申し訳ありませんがそれはもう終了してしまいました。と、言うわけで改めてゲコバッグ1年分です! どうぞお受け取り下さい!」

 

「そ、そんなぁ!?」という上条さんの声を強引にさえぎり、司会の男性は、ずっしりとした重さのダンボールの束を上条さんに手渡した。

 

「うぉ!? 重たっ!?」

 

「はい。30キロ近くありますので、お帰りの際にはお気をつけてお帰り下さい」

 

「いっ、いらねぇ~!? ・・・・・・ううううう。じゃあ何のために俺達は来たっていうんだ・・・・・・。参加料まではらって・・・・・・。食品売り場に直行すればよかった・・・・・・。ああ、格安のタマゴが、キャベツが、にんじんが・・・・・・」

 

 ズシーンという音を響かせ、ダンボールと共に、上条さんはその場に崩れ落ちた。

 

「あっ。ちなみに現物はこんな感じです」

 

 司会の男性がゲコバックを手に取る。

 緑色の三頭身くらいのゲコ太がそこにいた。

 首がパカッと取り外しが利き、その胴体の中に商品を詰め込むようだが・・・・・・

 正直な感想を言うと・・・・・・キモイ。

 これを、1年分・・・・・・

 

「電子回路搭載型でしてね。会話が可能なのがチャームポイントなんですよぉ」

 

 そういうと司会の男性はへその所にあるボタンを押した。

 

「ヤア! ボクゲコ太! 君ノ友達サ! ヨソ見ヲシテルトォ・・・・・・。イ・タ・ズ・ラ・シチャウゾッ♪」

 

「・・・・・・」

 

「どうです!? いい出来でしょう? 末永くお使い下さいね」

 

 司会の男性はポンッと上条さんの肩に手を置いた。

 

「・・・・・・ふっ、不幸だぁああああああ!?」

 

 上条さんの絶叫がフロアに木霊した。

 

 

 

 PM 12:30   10F 飲食フロア(洋食・和食レストラン街)

 

「それにしても・・・・・・。さっきのはすごかったわねぇ」

 

「うん。別の意味で・・・・・・。あの人、最後は泣いて土下座してたもんね・・・・・・」

 

 あの後・・・・・・。

 司会者の人に土下座をしながら「せめて敢闘賞のティッシュに交換して下さいませんか!?」と、すがりよる上条さんを見て、さすがにいたたまれなくなった僕達は、そっとその場を離れた・・・・・・。

 男子学生と外人の少女。

 あのコンビはどういう関係なんだろう? という疑問は残ったが、それは彼らのプライベートだ。

 僕達がとやかく言う事はない。

 

 で、もう少し静かなところで昼食を取ろうということになり、現在10階の洋食レストランで食事中である。

 大きなガラス窓から学園都市の概観を一望できるこのレストラン。

 黒を基調にしたシンプルでモダンな空間。

 そして店内に流れるジャスの音楽。

 さっきまでの騒音が嘘の様に静かで落着いた気持ちになれる。

 僕は一発でこの店の雰囲気が好きになった。

 でも、それも、今日で終わりだ・・・・・・

 そう思うとなんだか寂しい気持ちになってくる。

 

「それにしても、残念よねぇ。今日でこの『オーシャン・ブルー』が終わりだなんて・・・・・・」

 

 委員長がしみじみと、哀愁に満ちた表情で周辺を見渡した。

 

「委員長が今日ここを選んだのって、何か思い入れがあっての事なの? 閉店セールが理由とかじゃなくて?」

 

「ふふっ。特に理由はないわ。ただ、半世紀近くの間、この学園都市の人々と存在を共にした建物の歴史が、今日、終わるのよ? 学園都市の住人として、その最後を見取ってあげたいと思っただけ。そう思っているのは、私だけじゃないと思うわよ」

 

 委員長は食事後にウエイターが持ってきたカプチーノを一口啜ると、そう答えた。

 

「今日いるお客さんの大半が私達より年配の人達だったの、内田君は気づいてた? きっと、みんな、それぞれに想う所があったのよ」

 

「想い・・・・・・?」

 

「そう。人と人が触れ合えば、その瞬間から歴史が生まれる。このビルは、そんな人達のふれあいの架け橋として、50年間歴史を刻んできたの。嬉しいこと、悲しいこと、色んな想いがその人たちに刻まれていった。それはある人にとってはビル内の行きつけのお店だったり、店員さんとの他愛ないやり取りだったり、何かを落として出来た傷だったりしてね。その瞬間に存在した、誰かと誰かの関わりや想いが歴史を形作っていくの。それが、今日で終わりを迎える・・・・・・。50年間そんな人達を見守ってきたビルは、明日には立て壊されてしまう。新しい思い出を、歴史を築くことはもう出来ない。それは、とても悲しいことだわ」

 

「・・・・・・」

 

「だからこそ、最後の瞬間までこのビルを覚えていて欲しい。例えそれが、どんな形であれ。出来るだけ多くの人の心に・・・・・・。たぶん、ここの社長さんはそんな思いで還元セールと銘打ってお客を呼び集めたんじゃないかしら? まあ、全てわたしの推測なんだけどね」

 

 そういって僕に話をする委員長は、いつものどこか子供っぽい顔つきとは違い、どこか大人の女性の様に感じた。

 そんな僕の知らない表情をする委員長に、僕は何故か、一抹の寂しさを覚えた。

 一人だけ先に、僕の知らない場所に行って、僕の知らないものを見ている気がしたのだ。

 こうして見ているものは同じはずなのに・・・・・・

 

 僕には何も感じない・・・・・・。そんな風に物事を感じた事がない。

 浮かれていた。

 うぬぼれていた。

 これを機会に、今以上の関係になれると思った。

 そんなことしか考えられない自分・・・・・・。

 僕は、自分がたまらなく子供なんだと思い知らされた。

 それが、たまらなく、嫌だった。

 

「? どうしたの? 内田君。さっきから黙っちゃって」

 

 その委員長の言葉に、僕は何も答えられなかった。

 

 

 

 PM 12:59 

 

 

「さあて、ご飯も食べたし、今度はどこいこっか? 映画でも見ていく?」

 

 レストランを出た僕に委員長はその後の予定を尋ねてきた。

 でも、正直そんな気になれない。

 自分でも馬鹿だと思う。

 子供なんだと思う。

 でも、さっきまでの楽しい気持ちが消えて、暗い、嫌な気持ちが僕の心に広がっていくのを感じた。 

 これは、嫉妬だ。

 こんな、くだらないことで嫉妬するなんて・・・・・・

 その思いが、僕をさらに落ち込ませ、さらに暗い気持ちを増幅させた。 

 このままだと、いけない。

 このままだと、言いたくもない言葉を委員長にぶつけてしまう気がした。

 それだけは、避けないと。

 

「・・・・・・ご、ごめん、実は・・・・・・」

 

 かろうじて感情を押し留めて、努めて冷静に用事があった風を装い、この場で解散することを委員長に提示しようとした。

 

 

『――――ガ、ガガガガガ。ザザザザーー』

 

「なんだ?」

 

 店内の外部スピーカーから変なノイズ音が聞こえてきた。その後、「ブーーーーゥウウン」という少しうるさい音がさっきから断続的に聞こえだしている。

 

 そして――――

 

 ギャリギャリギャリという振動音と共に、周辺が暗くなっていく。

 それと共に落とされる電灯。辺りが暗闇に包まれていく。

 これは、ビルの防火シャッターが閉じられていく音?

 どうして?

 

「ううっ!? っ・・・・・・。頭が・・・・・・」

 

「委員長!?」

 

 委員長に注意を向けると、彼女は肩肘をつきとても気分が悪そうにしている。

 いや、それは委員長だけじゃない。よく見ると周りの人達も、大半が地面に突っ伏し、苦しそうに呻いている。

 なんだこれは!? 一体何がどうなってんだ!?

 僕は委員長の肩を抱きながら、今起きている現象を冷静に観察しようとする。

 ――――この現象はあのスピーカーのノイズ音から始まった。

 そしてなぜか僕を含め、効果のない人達も多数見受けられる。

 

 誰かが意図的に?

 これは事故じゃない?

 人為的なのか?

 何のために?

 

 とにかく、通報だ。この現状をだれかに伝えないと!

 僕は携帯を取り出しアンチスキルに通報しようとする。

 

「あれ?」

 

 電波状態を示すアンテナが立っていない。

 何かの通信障害か?

 くそ! それなら、非常電話だ。

 それならどこの階にも備わっていたはず!

 

 「委員長、ゴメン。少しの間、まってて!」

 

 委員長を置いてこの場を離れるのは気が引けたが、一刻も早く現状を打開しないと!

 僕はそう思い、電話のある場所を目指し、走った。

 

「あった!」

 

 電話はすぐに見つかった。しかしそこには既に僕と同じ考えに至った人々であふれていた。

 やっぱりこの現象、効果のある人とない人が存在するようだ。

 一体どういう基準で!?

 

「くそ!? くそくそ、どうなっているんだ? 電話が繋がらない!」

 

「エレベーターは使える。とりあえず一階に降りてみないか?」

 

「倒れている人達はどうします? 正直、全員を一階に下ろすのは無理だと思いますよ」

 

「そんなの、後回しだろ! とにかく、この現状を外部に伝えるほうが先だ!」

 

 残った人達はワイワイと今後のことを相談している。

 そうか、エレベーターは無事なんだ・・・・・・。それなら、委員長も一緒に一階に降りられる。

 この人達が降りた後、使用させてもらおう。

 

 僕がそんなことを思っていると、突然、耳障りな音が聞こえてきた。

 一発。

 二発。

 三発。

 それは断続的に僕の後ろの方で続いた。

 これは、銃声!?

 

「動くな」

 

 そして冷たい地を這うような声で、僕の背後で声がした。

 

 その瞬間――――

 

「がっ!?」

 

 僕の後頭部にものすごい衝撃が襲った。

 世界が、揺れる。

 受身も取るまもなく、地面に倒れこむ自分。

 倒れた後の数秒間で、僕はやっと頭を殴られたんだと気が付いた。

 

 「・・・・・・うぅ」

 

 意識が途切れる寸前。僕が最後に見たものは、僕を殴ったヤツが着用している軍用のブーツだった。

 

 PM 13:30 へ続く。

 

 

 

 

 




久々投稿です。
ネタがまったく浮かばなかったので、投稿できませんでした。
完結までゆっくりスペースですが頑張りたいと思います。


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甘い話しには気をつけよう ―佐天涙子―

 ――――暑い・・・・・・

 

 

 

 ――――暑い・・・・・・

 

 

 『おい、なにやってる』

 

 『さっき教えた通り、皆とのタイミングを合わせろ』

 

 『もう時間がない・これが最後の練習だ。もう一度通していくぞ』

 

 「・・・・・・も、もう、無理・・・・・・」

 

 大量の等身大ゲコ太に囲まれながら、あたしはゼーゼーと全身で呼吸するように何度も息を吐く。

 普通に死ねるくらいの暑さだ。

 冷却装置とかついてないの? この着ぐるみ・・・・・・。

 それにこれ、重い・・・・・・。

 さっきから体を動かすだけで一苦労なんだけど・・・・・・

 

 『おい』

 

 「ぎゃんっ」

 

 『おい』と書かれたプラカードで頭を殴られた。

 しかも角で・・・・・・

 痛い! 

 それはあまりにも痛いってば!

 

 あたしを殴ったゲコ太は、キュッキュとプラカードの文字を消し、新しい文字を記入する。

 

 『さっきから言ってるだろ!』

 

 『ゲコ太はしゃべらない!』

 

 『お前は子供達の夢を潰すつもりか!?』

 

 近くにいた他のゲコ太も、あたしの周りに集まってきた。

 

 あたしを取り囲んだゲコ太達が無言でプカラードに文字を書いている場面は、傍から見たらさぞ不気味に映ることだろう。

 

 このプラカード。ボタン一つで書いた文字を消すことが出来ると言う優れもの。

 さっきからゲコ太は何度も文字を書いては、あたしを怒っている。

 というか、お金をかけるところが間違っている気がするんですけど・・・・・・

 さっきも言ったけど、この着ぐるみ、暑いんだよ!

 うううう・・・・・・

 なんで、あたしがこんな目に・・・・・・

 

 どうしてこうなったんだっけ?

 ・・・・・・ああ、そうだ。

 すべてはあの誘いに乗ったことから始まったんだ――――

 

 

 

 ――――事の発端は、四ツ葉さんの一言だった。

 

『ねえ、涙子ちゃん。ちょっと、アルバイトしてみない?』

 

 SADビルで、漫画本を読みながらくつろいでいたあたしに、四ツ葉さんが声を掛けてきた。

 ここ最近、あたしはこのビルに入り浸っていた。

 なんというか、居心地が良かったのだ。

 最初は一般人のあたしが、勝手に立ち入るのって、いけないことなんじゃ? とも思っていたんだけど、なんか意外とゆるいというか、例えるなら学校の部活動の延長みたいだった。

 仮にも学園都市が運営している組織で、それはどうなのよとも思ったけど、ここの責任者の四つ葉さんが「別にいいんじゃない?」というので、気にしないでお言葉に甘えさせてもらうことにした。

 彼らは基本的にSADの活動をしている以外は、ビル内でダラーンとしていることのほうが多かった。

 大抵は漫画を読んだり、他愛ない話で盛り上がったりと、かなりゆるい感じだ。

 

 ちなみに、今日は孝一君はお休みだ。

 後で知ったけど、緊急時以外は自由参加OKらしい。

 その話を聞いて益々部活みたいだと思ったのはナイショだ。

 

『アルバイト、ですか? 一体なんの?』

 

 

『なに、ちょっと知り合いのオーナーのお店が、ゴタゴタで立て込んでいてねぇ。誰か生きのいい人間を貸して欲しいっていうんだよ』

 

『・・・・・・へえ、アルバイトかあ。ちょっと興味あるかも。あたしにも出来る内容なんですか?』

 

 

『大丈夫! 期間は一日、それも土曜日オンリー。ちょっとだけ被り物をしてお客を呼び込む、簡単な仕事だヨ!』

 

 四ツ葉さんはそういって笑顔であたしの肩をポンポンと叩いた。

 

 今になって思うこと。

 

 中年男性の、甘い誘いには気をつけよう。後々後悔すること多々あり・・・・・・。

 

 

 

 AM9:40 1F ラウンジ・催し物広場

 

「ゼハー。ゼハー。し、しぬ・・・・・・。みず・・・・・・」

 

通しのダンスレッスンを終え、あたしはその場にうずくまった。

今あたしが考えている事はただ一つ。

四つ葉のオヤジをひっぱたくことだけだ。

ちくしょう。

なにが誰でも出来る簡単な仕事だ。嘘、嘘。大うそつきめ!

 

今から40分ほど前。

時間ちょうどにきたあたしを待っていたのは、大量のゲコ太達だった。

彼らはあたしの姿を確認するなり、そのままゲコ太の着ぐるみをあたしに着せこう言った(プラカードで)。

 

『時間がない、早速訓練を開始する』

 

「へ?」

 

 ゲコ太達は、状況が飲み込めず、頭に大きなハテナを浮かばせているあたしの体を引っつかむと、そのまま会場まで連行していった。

 

「えええええ!? なにこれ? なにこれ!? ちょっとまって!?」

 

『質問は後だ』

 

 

『とりあえず』

 

『練習あるのみ』

 

 訳が分からなかった。

 練習って何?

 何をする気なの?

 なんでプラカードで会話してんの? この人達!?

 

 そんなあたしの疑問を吹っ飛ばして、地獄のダンスレッスンが始まった。

 

 

 そして今に至る――――

 

「ゼー。ゼー。ゼー・・・・・・」

 

 

『まあ、なんとか形になったな』

 

『技術面では完成系には遠く及ばないが・・・・・・』

 

『そこは熱意と根性でカバーだ』

 

『では、最終ブリーフィングを開始する』

 

 地獄のダンスレッスンのさなか、あたしはやっと状況が飲み込めた。

 

 どうやら彼らは、イベント専門の会社に所属する社員達のようだ。

 ここ一週間この『オーシャン・ブルー』で10時に行われるダンスイベントでゲコ太48(ふぉーてぃえいと)としてダンスを披露していたらしい。

 ところが最終日の今日だけ、社員の一人がどうしても外せない事情があるとかで欠員を出すことになってしまった。

 で。

 その穴を埋めるのが、あたし、と・・・・・・

 

「・・・・・・」

 

 ふ・・・・・・

 ふっ・・・・・・

 

「ふざっ、けんなぁあああああ!!」

 

 あまりの理不尽さに、あたしは吼えた。それはもう、天高く。力の限り。

 やはり四つ葉のおやじは殴る。

 いや、蹴る!

 いや、あの残り少ない髪の毛を一本一本! 毛根から引き抜いてやるううううう!

 

 『うるさい!』

 

 「うぎゅ!?」

 

 おおおおお・・・・・・

 

 また、角で・・・・・・

 

「~~~~~っ!!」

 

 あたしはあまりの痛さにうずくまっていると、『ブリーフィングを、ちゃんと聞け』というプラカードがあたしの目の前に突き出された。

 

「・・・・・・はい」

 

 あたしはしぶしぶうなずいた。

 

『プラカードで!』

 

 これ以上逆らうと頭の形が変形してしまいそうだったので、あたしはプラカードに『はい』と書くしかなかった。

 しくしく。

 

 

 AM9:55

 

『みんな、最後にこれだけは言っておく』

 

 リーダーのゲコ太の手がせわしなく動き、プラカードに文字を生み出す。

 

『中の人などいない!』

 

 何か名言っぽいっけど、絶対しゃべったほうが早いだろうに・・・・・・。

 なんて、ツッコミを入れるとまたプラカードの角が頭にめり込むので黙っておく。

 

『皆も経験あるだろう。遊園地で! 動物園で! イベント会場で! 往来を闊歩するかわいい着ぐるみと、もっと仲良くなりたいと思ったことを! そして、その後を追いかけていったら、中から知らないヒゲ面のおっさんが出てきたときの悲しみを! 苦しみを! トラウマを! 』

 

 ちなみにあたしたちは今、舞台裏でリーダーを中心に円陣を組み、話を聞いている状態だ。48人もいるのですし詰め状態。熱気が着ぐるみの中にまで浸透し、汗が全身から噴き出している。

 

『そんな悲劇を子供達に与えてはならない! 俺たちはゲコ太だ! それ以上でも以下でもない。ただのゲコ太だっ! さあ、いくぞ! 子供達に夢を与えるために! お前達、復唱だ! ・・・・・・復唱っ! ゲコ太はかわいい! ゲコ太はしゃべらない! 中の人などいない!』

 

『ゲコ太はかわいいっ!』

 

『ゲコ太はしゃべらないっ!!』

 

『中の人などいないっ!!!』

 

 あたし以外の47人のゲコ太が興奮状態でリーダーの復唱を繰り返す。

 うう、怖いよぉ・・・・・・。

 うちにかえりたい・・・・・・

 

 知らず知らずのうちに足が出口の方に向くあたし。

 でもリーダーのゲコ太がそれを見逃すはずもない。

 あたしは二人がかりで羽交い絞めにされて、しまう。

 

「あ、あの、あの・・・・・・心の、準備が・・・・・・」

 

『いくぞ! 総員、戦闘準備! GOGOGOGO!!!』

 

「いやあああああああああああ!!!」

 

 あたしはそのまま、47人のゲコ太に押し出される形で、イベント会場に連れ出された。

 

 

 AM10:25 1F イベント会場

 

 ――――暑い。

 ――――腹減った。

 ――――水をクレ・・・・・・

 

 ・・・・・・あたしは燃え尽きた。

 何をどうやって、どんな風に踊ったかなんて覚えていない。

 今はもう、全てを忘れて深く深く眠りたいだけだ。

 

今、目の前にはゲコ太を見にきた小さな子供達が、私達ゲコ太にサインをねだっている。

 

「おねがいしますっ!」

 

「・・・・・・」

 

 あたしは目の前に出されたサイン色紙に、もはや自動書記状態で、なんの感慨も泣くサインをしている。

子供達には悪いけど。あたしの今一番の望みは、この憎たらしい着ぐるみを脱ぎ捨ててしまうことだけだ。

 後何回サインしたらこの苦行から解放されるのか。

 あたしは出所を待つ受刑者。

 サイン一枚一枚があたしの刑期を短くしてくれるのだ。

 なんて

 くだらない事を考えながら、黙々と子供達にサインを行っていった。

 

「――――あの、おねがいします」

 

 その時、あたしの目の前に、良く見知った声と顔の人がサイン色紙を持って現れた。

 茶髪系のショートヘア。

 常盤台の制服。

 紛れもない、御坂美琴その人だった。

 

 な、なんで?

 なんで御坂さんが!?

 いや、そんな事はどうでもいい。

 とりあえず、中身があたしだとバレるのだけは避けないと。

 こんなの、恥ずかしすぎる。

 平常心、平常心。

 大丈夫。

 普通にサインすればバレない。バレるはずがない。

 あたしはドキドキする気持ちを抑えて、御坂さんが差し出したサイン色紙に大きく『ゲコ太』とサインした。

 

「・・・・・・」

 

 しばらくそのサインを眺めていた御坂さんは再びあたしに声を掛けてきた。

 

「あのっ――――」

 

 思わず「はいっ」と返事しそうになる口を、慌てて押し留める。

 なんだろう?

 まさか、ばれた!?

 いや、まさか・・・・・・そんなはずは・・・・・・

 あたしが一人ドギマギしていると

 

「あの、『美琴ちゃんへ』って書いてもらっていいですか?」

 

 へ?

 そんなこと?

 ああ、良かった。

 そんなのいくらでも書いてあげますよ。

 あたしは『ゲコ太』とかいたサインの隣に、御坂さんの希望通り『美琴ちゃんへ』と書き込んだ。

 

「うわあ! ありがとう、ゲコ太! 私、一生大切にするね!」

 

 御坂さんは満面の笑みを浮かべて会場を後にした。

 御坂さん・・・・・・

 変なものが好きだとは思っていたけれど、まさか子供用の会場にまで足を運ぶだなんて・・・・・・

 友達の知られざる一面を垣間見、あたしは複雑な気持ちになるのだった。

 

 

 AM10:40

 

 終わった・・・・・・

 終わったよね?

 いやったああああああ!

 これであたしの仕事は終わった。

 もう帰る!

 絶対帰る!

 

 子供達へのサインを全て終わらせたあたし達は、イベント会場を後にしていた。

 これで終わりだ。

 早くこの着ぐるみを脱ぎたい。

 体中汗臭いし、喉も渇いた。うちに帰ったら最初にシャワーを浴びて、冷たいジュースをがぶ飲みしてやるんだ。そしてクーラーガンガンに効かせて、大の字でベッドに横になるんだ。それから、それから・・・・・・

 あたしがこの地獄から解放された後、したいことリストを脳内で作成していると、リーダーがプラカードを提示してきた。

 そこには、

 『よーし! 軽い昼食後に昼の部の練習に取り掛かるぞ! 気合いれろよー』

 と書いてあった。

 

「は?」

 

 終わりじゃ、ない?

 

 なんで?

 なんで?

 その時、あたしは四つ葉さんとの会話を思い出していた。

 

『――――大丈夫! 期間は一日、それも土曜日オンリー。ちょっとだけ被り物をしてお客を呼び込む、簡単な仕事だヨ!』

 

 まさか、まさか・・・・・・

 

 『期間は一日』

 

 最終日。昼の部。夜の部。これで終わりじゃない。お別れイベントあるかも。ダンス。帰れない。ずっと。一日。今日が終わるまで。

 

 様々な単語が頭に浮かび、あたしの頭はグルグルと回りだした。

 

「・・・・・・」

 

 そして一つの結論に達した。

 

 逃げよう。

 

 もうやってられない。

 そもそもこんなことに付き合う義理はない。

 そうだ、そうしよう。

 

 思い立ったら吉日。あたしはこの着ぐるみ集団の輪から少しずつ離れ、全員の不意をついて逃走した。

 

『あ』

 

『逃げたぞ!』

 

『追え! 逃がすな!』

 

 あたしの逃走に気が付いたゲコ太達が、プラカードにそんなことを書きながらあたしを追ってきた。

 冗談!

 捕まるもんかっ!

 外に出ることはできない。そんなことをしたら、たちまち不審者扱いされてアンチスキルでも呼ばれてしまうだろう。

 とりあえず、喉が渇いた。着ぐるみも脱ぎたい。あたしはとりあえず適当な階に逃げ込むため、上に続く階段を駆け上った。

 

 

 AM 10:55  6F 漫画・コミックフロア

 

 水。

 お茶。

 ジュース。

 なんでもいい。飲みたい。

 

「もう、限界・・・・・・」

 

 もう、いや・・・・・・

 暑いし

 重いし。追っ手は来るし・・・・・・

 今日は何? 悪夢か?

 

 追っ手をまいたあたしはとあるフロアで一息入れていた。

 ここはどこだろう?

 やたらめったら駆け上ったんで、何階なのかまったく分からない。

 まあいいや。

 とりあえずジュースが飲みたい。

 あたしはフラフラとした足取りで、自動販売機の前に歩き出した。

 そして絶望した。

 

 財布が、ない・・・・・・

 そうだ。

 財布は会場に到着した時、手提げカバンに入れていた。

 そのカバンは・・・・・・

 ゲコ太達に拉致されたとき、そのまま、そこに・・・・・・

 

「う、うわああああああん!」

 

 なんてこと!

 目の前に自動販売機があるのにっ!

 手を伸ばせばすぐ手が届くのにいっ!

 お金が、お金がないなんてぇええええ!!

 あたしはこの気持ちをどこかにぶつけたくてガンガンと自動販売機に頭突きを食らわした。

 周囲の人達が危ないものを見るような目つきであたしを見ているが、もうそんな事は気にしていられない。

 もう、いい・・・・・・

 こうなったら、この自販機を叩き壊してでもっ!

 あたしがそんなことを考えていると『ガコン』というあたしが待ち望んでいる音を聞いた。

 その音は、あたしの隣の隣の隣から。

 一人の男の子がいる自販機から。

 

「あ・・・・・・。あ・・・・・・。あ・・・・・・」

 

 男の子が手にしているのは缶ジュース。ヤシの実サイダー。

 あたしは、その缶ジュースに釘付けになり、まるでゾンビのように、それを求めて歩み寄る。

 

「ジュース・・・・・・。冷たい、キンキンに、冷えた・・・・・・」

 

 男の子には連れがいた。おさげ髪で、黒縁眼鏡をした知的そうな女の子。

 男の子は購入したジュースをその子に渡し、自分の分を買うために再びボタンを押した。

 カップルか。

 なら、いいよね?

 一本くらい貰っても。あたしに恵んでくれても、罰は当たらないよね。その幸せを、あたしにちょびっと分けてくれてもいいよね!?

 何か思考が支離滅裂だけど、しょうがない。

 あたしは自分の欲求の赴くままに行動するのだ。

 

「クレ」

 

「はい?」

 

 出来るだけ簡潔に、あたしは交渉を開始した。

 男の子はぽかんとした顔をしていたが、思いは伝わったはずだ。

 

「な、なんなんですか? あなた!? 非常識にも程がありますよ!」

 

 女の子が何かまくし立てているが、そんな事は耳に入らない。完全にシャットアウトだ。

 これはあたしとこの男の子の問題だ。彼女とはいえ、他人がしゃしゃり出ていい事じゃない。

 

「・・・・・・」

 

 しばらく男の子とのにらみ合いが続いたが、やがて根負けしたのか男の子は折れてくれた。

 

「・・・・・・わかりました。どうぞ」

 

 すっとヤシの実サイダーをあたしに手渡してくれた。

 

「おおおおお・・・・・・」

 

 やった!

 交渉成立だ。

 神様は存在した!

 あたしは嬉しさのあまり声にならない声をあげていた。

 

 しかしその時、あたしの視界に忌々しい物体が視えた。

 ヤツラだ。

 『ゲコ太』

 あたしを捕まえにきたのだ。

 ちくしょう。

 こんなところで、捕まってなるものか。

 

 あたしは心の中で、目の前にいる親切なカップルにお礼を言うと、そのフロアから逃げだした。

 

 

 

 AM 11:25  4F 家電・パソコン売り場 倉庫内

 

「んぐっ。んぐっ。んぐっ。ぷはあっ!!」

 

 追っ手から逃れてパソコン売り場の倉庫内に逃げ込んだあたしは、缶ジュースのプルタブを開けて至福の瞬間を味わっていた。

 邪魔な着ぐるみはそのばに投げ捨てた。

 

「ああ。五臓六腑に染み渡るぅ。ジュースがこんなにもおいしいだなんて」

 

 倉庫内はクーラーがないのでかなり暑かったのだが、そんなのこの着ぐるみよりは遥かにマシだ。

 思い出したらむかついてきたので、あたしは脱ぎ捨てたゲコ太の頭部にゴスッと蹴りを入れた。

 

「・・・・・・さて、と」

 

 冷たいジュースを飲み、冷静さをとり戻したあたしは今後の事を考えていた。

 これからどうするか。

 ほとぼりが冷めるまではここにいるとして、その後は?

 人ごみにまぎれて、外にでようか?

 

 あたしがそんなことを考えているとあたしの背後で声を掛けられた。

 

「なんや、おねーちゃん? こないなとこで何をしとるん?」

 

「ひえっ!?」

 

 あたしが振り向くと、そこには小学年くらいの男の子がいた。

 男の子は、商品が納められている棚の一番てっぺんに上って、なにやら品物を物色している。

 まさか、この子、泥棒?

 でも、まてよ?

 この部屋って、密室だったよね?

 ということは、この子、あたしが来る前からこの倉庫の中で一人きりだったって事?

 しかもあたしにまったく気配を感じさせずに?。

 この子は一体?

 

「き、きみこそ。こんな所で何してんのよ? 君、まさか泥棒?」

 

 あたしはそう尋ねるだけで精一杯だった。

 

「泥棒? ちぃとばかし、違うなぁ。・・・・・・ウチの本当の目的はな? これや!」

 

「ええ!?」

 

 男の子はそういうと、棚の商品の一つを強引に地面に叩き落した。

 グシャッという強烈な音が辺りに響き渡る。

 中身はビールか何かだろうか?

 衝撃音の後に、商品を絡んだダンボールからジンワリと液体がにじみ出てきた。

 

「ちょっ!? あんた、何してんのよ!?」

 

 そんなあたしの言葉などどこ吹く風で、男の子は棚の上から飛び降り、そのまま倉庫の扉を開ける。

 

「えへへっ。おねえちゃん。そこにおってもええけど。そしたら、おねえちゃんが真っ先に疑われてしまうな?」

 

 男の子はそういって面白そうに笑うとそのままドアから飛び出した。

 

 嘘でしょ。

 何なのよ今日は。

 厄日なの?

 何でこうも次から次に変な事が起こるわけ?

 

「おい、誰だ? 誰かそこにいるのか?」

 

 やば。

 誰かがやってきた。

 あんな大音量で物を壊したんだから当然だ。

 ていうか、やばい。

 このままじゃ、あたしが疑われちゃうじゃん。

 あたしは、声の主がドアを開けるよりも早く、ドアから飛び出した。

 

「ぐはっ!」

 

「ごめんなさいっ!」

 

 やばい。

 つい、男の人にタックルをかましてしまった。

 男の人は突然の衝撃で受身がとれず、その場にうずくまっている。

 どうやら鳩尾にあたしのひじがヒットしてしまったようだ。

 

 でも、いまは謝っている暇はない。

 あの男の子の後を追わないと!

 

 

 

 pM 12:30  8F ムービーシアター前

 

 

「みつけたっ。 ゼーゼーっ。ちょっと、まって。そこを、動くなぁ・・・・・・」

 

 息切れをしながら、あたしはなんとか男の子を見つける事が出来た。

 

 あたしは必死の思いで男の子の後を追った。

 でもこの男の子、ものすごく足が速い。

 なんだろう。

 身のこなしが普通の子供のそれじゃない。

 あたしは何度も男の子の後を見失ったが、彼が上の階に上っていくのは確認できたので、何とかその後をついて行った。

 そしてシアター前でようやく彼を見つける事が出来たのだ。

 

「・・・・・・うん。任務は成功や。これであの連中。血眼になってウチの事探してくるやろな。そんで、事が起こんのはいつ位や? ・・・・・・なんや、もう時間無いやん。せっかくおもろそうな映画しとったのに」

 

 男の子は携帯で誰かと連絡を取り合っている。

 誰だろう?

 この子の親かな?

 

「ん? ああ。なんでもあらへん。とりあえずしばらくは自由時間やな。なら好きにさせて貰うで」

 

 男の子はそういって携帯を切った。

 

「なんや、おねえちゃんやないか。こんなとこでどしたん?」

 

 男の子はあたしの姿を見ると、にこやかな笑みを浮かべ、そういってきた。

 その笑顔を見たとたん。

 あたしはぶちきれた。

 

「な~にが、”おねえちゃんやないか”よ! 君のお陰で店員さん突き飛ばしちゃうし、あたし犯罪者扱いされてるかもしれないんだから! 店員さんに”ぼくがやりました”って説明してよ!」

 

「あははは。なんや、結局見つかったんかいな。おねえちゃん、どんくさいのぅ」

 

 男の子はまったく悪びれた様子を見せずに、逆にあたしを小ばかにした態度をとってきた。

 むかつく!

 むかつく!

 この子、超むかつくっ!

 

「あ、あんたねぇ・・・・・・」

 

 あたしがなおも男の子に食って掛かろうとすると、彼はそれを手で制した。

 

「おねえちゃん。”あんた”やあらへん。リクや。ウチの名前はリク。間違えんといてや」

 

「・・・・・・あ、あたしは。佐天涙子」

 

 男の子。いや、リク君がそういってきたので、あたしもつられて自己紹介してしまった。

 

「ふふふふっ。おねえちゃんはかわいいなあ。ウチな。おねえちゃんの事、気に入ってしもたわ」

 

 リク君はそういってくすくすと笑い。あたしにこんなことを言ってきた。

 

「だからな、おねえちゃんだけは助けたるわ。もうすぐな、みんな死んでしまうねん。だけど安心してや。ウチのそばを離れんかったら、おねえちゃんだけは助けてくれるよう、佐伯さんに言うたるさかい」

 

 は?

 なんていったの?

 みんな、死ぬ?

 正直言って、この子が何を言っているのか、あたしは半分も理解できていない。

 でも少なくとも、こんな小さな男の子の口から出て良い言葉じゃない。

 

「もうじきや。もうじき、事が起こる。みんな大パニックに陥るでぇ」

 

 時間はもうじき一時を回ろうとしていた。

 ああ。

 やっぱり、今日は厄日だ。

 こんな時、孝一君がいれば、どんなに頼りになるだろう。

 孝一君なら、どんな危機だって必ず乗り越えられる。

 あたしは今までそれを何度も見てきた。

 孝一君・・・・・・

 あたしは無性に孝一君声が聞きたくなった。

 でも、彼はこの場にはいない・・・・・・

 

 ―――そして

 時計の短針は、一時を指し、それはついに起こった―――

 

 pM 13:30 へ続く

 

 

 

 

 

 



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逃げない勇気 ―内田和喜―

「・・・・・・うっ。ううっ」

 

 頭が痛い。ズキズキする。

 僕はどうしたんだっけ?

 確か、電話を発見して、その後銃声がして・・・・・・

 それから・・・・・・

 そうだ、殴られたんだ。

 後ろから、後頭部を思いっきり。

 

 そうだ、委員長は?

 あの後どうしたんだ!?

 

 「う・・・・・・くっ・・・・・・」

 

 意識がゆっくりと覚醒していく。

 周りの状況は?

 僕がゆっくりと目を開けると、そこには大勢の人達がいた。

 それも十人や二十人の話しではない。百人、いやそれ以上の人間がこのフロアにいた。

 彼らは十人単位で円陣を組まされ、後ろ手をロープで拘束されていた。

 

「あ!?」

 

 かくいう僕も同じ立場だ。

 僕も周りの人達と同様、後ろ手を拘束されていた。

 拘束されている両手を何とかしようとしたが、手に食い込むばかりでどうしようもなかった。

 自力でこの拘束を解くのは、あきらめたほうが良さそうだ。

 

 辺りは電源が落とされているらしく、薄暗くなっている。

 でも、ここのフロアには見覚えがあった。

 

 ここは確か催し物をやっていたフロアだ。確か『ゲコ太48』とかいう着ぐるみショーを開催していたはずだ。という事は、ここは一階か?

 

 

 PM 13:15 1F ラウンジ・催し物広場

 

「・・・・・・オ、オっ、オマエラ。抵抗するな。てっ、抵抗するヤツ。みっ、みんな殺す」

 

 ラウンジのエレベーターの前に、巨漢の男が立ち、僕達を見渡していた。

 スキンヘッドに軍服を着た男は、手には何も持っていない。

 でも抵抗しようと考えるものはきっとこの場には誰もいないだろう。

 あの筋肉隆々の腕で殴りかかられたら・・・・・・。そう思うだけで体がすくんでしまう。

 

「おっオマエラ、人質。うっ、動かなかったら、何もしない。あっ後で全員、解放。OK?」

 

 巨漢の男はどもりながら、それだけ伝えると、後は何もしゃべらなくなった。

 

 

 どうしよう?

 まさかテロリスト?

 委員長は、無事だろうか?

 この中にいるんだろうか?

 でも体を拘束されている今の僕には、彼女を探すことも叶わなかった。

 

「――ちくしょうっ。ぐぐぐっぎぎぎぎっ。このロープ、かてぇええっ」

 

 僕の右隣で拘束されている男の人が、この戒めから逃れようともがいていた。

 しばらく、四苦八苦していたが、やがてこのロープの拘束を解くのは無理だと判断したのか、急に静かになった。

 

「ゼー。ゼー。まったく、何て日だ。大食い大会で無料券目指すはずが、ゲコバッグ一年分も貰うわ、テロリストには襲われるわ。不幸なんて言葉じゃ形容できねぇ。・・・・・・呪いだ。もうこれは呪いですよ」

 

 男の人は自傷気味に笑う。

 

 この男の人。覚えてる。

 たしか9階のファーストフード店で店員に泣きついていた人だ。

 名前は確か・・・・・・上条さん。

 まさかこんな所で一緒のグループになるなんて。

 

「あ? 悪りぃ。騒がしちまったな。だけど、俺はここでジッとしているわけにはいかねえんだ。インデックスを、助けねえと」

 

 インデックス?

 何のことだろう?

 あの大食いの女の子のことだろうか?

 

「――助けに行くのは賛成だ。俺も、上にダチを残してきちまってる。見捨ててはおけねぇ」

 

 今度は僕の左隣の人が声を掛けてきた。

 小太りで、たくましい口ひげを蓄えた中年男性だった。

 

「俺の名前はジャックってんだ。短い間だが、まあよろしくたのまぁ」

 

 小太りの男はそういって僕達にウインクをして見せた。

 

 

 PM 13:30

 

 事態の急変を告げたのは、巨漢の男が持っている無線機からだった。

 

『――ザ、ザザザザ。デク。おいっデクっ。返事をしやがれ。』

 

「どっ、どうした。あ、アニキ」

 

 デクと呼ばれた巨漢の男は無線にでる。

 

『――想定外の事が起こった。あのガキ、なかなかやりやがる。それに仲間もいやがるみたいだ。オメエの力が必要だ。すぐにこっちに来い』

 

「でっでもアニキ。こ、ここ。どうする? もっ、持ち場。離れていいのか?」

 

『そいつらは無能力者のクズどもだ。そいつらが束になってかかっても、おれたちゃ負けねぇ。そいつらは後回しでいい』

 

「――わ、分かった」

 

 デクと呼ばれた巨漢は、無線を切ると僕達を一瞥する。そして会場の建て看板に視線を移すとそれをにらみつけた。

 

 その瞬間。

 建て看板から火柱が上がり、激しく燃え上がった。

 

「うわあああああ」

 

「ひっひぃいい」

 

「きゃああああああ」

 

 その光景を見て、周りの人質になった人達が、恐怖で悲鳴を上げる。

 

「おっ俺達逆らう。みっみんなこうなる。しっ死にたくない。なら。そっそのまま、おっおとなしくっ」

 

 巨漢はそういい残すと、エレベーターに乗り込み、姿を消した。

 

 後に残ったのはザワザワという騒音だけ。

 

「――無能力者のクズどもか・・・・・・。いってくれるぜ」

 

 上条さんはそういって悪態をついた。

 

「見張りはいなくなったか。こいつはチャンスだ」

 

 ジャックさんはそういうと、上体をそらしたり、下半身をねじったりと変な運動を繰り返している。

 やがて、ジャックさんのポケットから、ゴトリと何かがこぼれ落ちる。

 それは、万能ナイフだった。

 

「よっ」

 

 ジャックさんは足を器用に使い、それを手元まで手繰り寄せると、ナイフで拘束しているロープを切断した。

 

「お、おい。ジャックさん。俺も! 俺のロープも切ってくれ!」

 

 拘束を解き立ち上がったジャックさんを見て、上条さんはあわててお願いした。

 

「ぼ、僕も」

 

 それに便乗して、僕もジャックさんに拘束を解くようお願いした。

 

 

 PM 13:45

 

 この場にいる全員の拘束を解いた僕達は、これからのことを話し合っていた。

 

「こ、これからどうしようっ」

 

「こ、このままおとなしく助けが来るのをまってればいいよ! 余計な事はしないほうがいいっ!」

 

「シャッターが開かない! くそっ、誰でもいいからドアを開けれる能力者はいないのかよっ!」

 

 外に出るためのシャッターは、硬く閉ざされ、素手では破壊できそうもない。出るためにはレベル4かそれ以上の能力者の助けを借りでもしない限り難しそうだった。

 だがこの場にはそんな能力者はいないことは明白だった。

 僕達はうすうす感ずいていた。

 この場にいる人間は、皆、能力を持たない人間ばかりなのだと言うことを。

 

「――これで決まりだな。この音波兵器は、能力者にしか効果がない。だから無線の男は俺達を無視して現場に駆けつけろとあのデブにいったんだ。俺達なんか、すぐにでも始末できるからってな」

 

 ジャックさんはそう結論付けるとその場を離れ、階段のほうへ向かっていった。

 

「おい、あんた!? どこにいくんだ!?」

 

 それに気づいた数人がジャックさんを呼び止める。

 

「――上にダチがいるんだ。エレベーターで行ったんじゃ、ヤツラに感づかれちまう。だから階段で上へ昇る。俺じゃ、力にならねぇかもしれんが、駆けつけたい」

 

「馬鹿な!? 殺されるぞ!?」

 

 ジャックさんはその言葉には答えず、すたすたと階段を駆け上っていく。

 

 

「・・・・・・いいじゃん、上のヤツラが何人死んだって・・・・・・」

 

「・・・・・・なに?」

 

 誰かがポツンと言った言葉に、ジャックさんは足を止めて視線をこちらに向けた。

 

「・・・・・・そうだよ。いいじゃん。あいつらが死のうが、どうなろうが。上の倒れているヤツラって、みんな能力者なんだろ!? だったらいいじゃん!」

 

 さっきとは違う誰かの発言に、ジャックさんはその顔を歪ませた。

 

「だってさ、あいつら、いつも偉そうなんだもん。ちょっと能力のレベルが高いからって、いつもうちらのこと見下すしさ」

 

「そうそう。無能力者のあたしらを見る目つき、なにあれ? まるで害虫でも無る見たいな目で見やがって! あたしらも生きてるんだっつーの!」

 

「今回の事ってさ。いわば天罰なんじゃね?」

 

 周りの人間は口々に能力者への悪口を言い合う。みんなよほど普段から冷遇されてきたのだろう。

 それでも、いっちゃいけない言葉だってある。

 上の階に大事な人間を残してきた人達だっているんだ。

 その人達に、「死んでもいい」だなんて、そんなこといっちゃいけない。

 そんな彼らの罵詈雑言を、ジャックさんは「それでもっ!」と大声でさえぎった。

 

 

「それでも、だ。能力があるとかないとか。そんなことはどうでもいい! 意地を通さなきゃならねぇ時があるんだ。あいつは・・・・・・。孝一は、俺の都合でこの事件に巻き込ませちまった。このまま俺だけが無事で、アイツが死ぬなんて事あっちゃあならねぇ。そんなこと、俺が許せねぇ・・・・・・」

 

 ジャックさんが肩を震わせながらそう答える。

 

「つきあうぜ、あんた」

 

 そんなジャックさんに対し、横に並んだ上条さんがポンと優しく肩を置いた。

 

「――俺にも守りたいやつがいる。悲しませたくないやつがいる。・・・・・・初めてだったんだ。誰かの為に、命をかけてもいいと思える存在と出会えるなんて。そいつの為に、何かをしてやりたいと思える自分がいるなんて。あいつは今、上の階のどこかで、一人おびえている。悲しんでいる。だからさ、俺が迎えにいってやらなきゃならないんだ」

 

「・・・・・・そうかよ。じゃあ、もう。俺らからは何も言う事はねぇよ」

 

 それきり、周囲の人間は上条さん達に構うことはなくなった。

 

 上条さん達は二人そろって、そのまま階段を上り始める。

 

 きっと、大抵の人間は上条さんたちを見て、何て馬鹿なヤツラなんだと思うことだろう。

 わざわざテロリストが上にいるというのに、そこに向かうなんて馬鹿げている。自殺行為だ。そんなに死にたいのかと彼らを嗤うだろう。

 でも、僕は笑わない。笑えない。

 僕も同じだ。委員長を、助けたい。

 そうだ。僕は馬鹿で、どうしようもなく子供で、たまにとんでもない間違いも犯す。

 でも、そんな僕でも、守りたいと思える人に出会えたんだ。

 それが一方通行の片思いでも、今はいい。

 その勘違いを動力源にしろ。

 そして、命を賭けろ。

 

 必ず、生きて委員長ともう一度再会すると、心に誓うんだ。

 

「まって!」

 

 僕は階段を上る上条さん達に追いつき、声を掛ける。

 

「・・・・・・僕にも、守りたい人がいます。一緒に、行かせてください!」

 

「いいのかい?こっから先は俺らの独断。生きるも死ぬも自己責任。それでも、来るかい?」

 

 ジャックさんがそういって僕を見る。その目はまるで僕を値踏みするようだった。

 だけど僕は動じない。

 今の僕には絶対的な信念があるからだ。

 委員長を助ける。

 それだけが今の僕の行動原理だ。

 だから僕はジャックさんにこう言い返してやった。

 

「構いません。 僕も、馬鹿の一人ですから」

 

 するとジャックさんは嬉しそうに笑うと僕に対して手を差し出してきた。

 

「へっ! いいぜぇ。馬鹿同士、よろしくやろうや。えーとっ」

 

「・・・・・・和喜。僕は内田和喜です」

 

 ジャックさんと上条さんに僕はそう挨拶し、差し出された手を握った。

 

 

 

PM 13:45 2F 生活雑貨・食品売り場

 

「――悪りぃ。待たせたな」

 

 ジャックさんが戻ってきた。

 

 二階のフロアに着いたとたん、ジャックさんは「ちょっとここで待っていてくれ」とだけ言い残すとそのままフロア奥に姿を消してしまった。

 

 そして行きがけには持っていなかったリュックサックを背負っていた。

 

「それ、どうしたんです?」

 

「何。客の誰かが落としたものをちょいと拝借したのさ。なんかの役に立つかもしれないからよ」

 

「ずいぶん膨らんでいますけど、何が入っているんです?」

 

「ちょっとした生活用品さ。さすが学園都市。一般では入手不可能なものまで売りに出してやがる。まったく使う必要がねぇかもしれんが、一応、な」

 

 ジャックさんはリュックの中身を教えてくれたが、使う機会があるのか疑問なものだった。

 

 

 PM 13:50 3F 階段

 

「・・・・・・敵の目的は、一体何なんでしょう?」

 

 上の階を目指す間、僕は疑問に思ったことを二人に尋ねてみた。

 別に回答が欲しかったわけじゃない。ただなんとなく、この二人ならこたえてくれる気がしたのだ。

 

「ヤツラの目的は、わからねぇ。俺が4階で拘束されるとき、見たのは4人だった。いきなり周りの人達が倒れて、駆け寄った瞬間、後ろから銃を突きつけられた。そしてそのまま拘束されちまった。ちくしょうっ。インデックス・・・・・・」

 

 上条さんが悔しそうに下唇を噛む。よっぽどそのインデックスという少女の事が大切なのだろう。

 

「――ヤツラの目的は、麻薬さ」

 

「麻薬? 何か知ってんのか!? あんた?」

 

 唐突にそう答えたジャックさんに、上条さんが詰め寄る。

 

「俺も全部知ってるわけじゃねぇ。ただこの麻薬はかなりヤバイ代物で、それがこの『オーシャン・ブルー』内のどこかに隠されているって事だけだ。ヤツラの目的はひょっとしたら、テロじゃなくて、それを取り返すことなのかも知れねぇ」

 

 麻薬?

 それを取り戻すためだけに、ヤツラはこんな大掛かりな事件を起こしたっていうのか?

 

「――悪りぃが、情報の出所はいえねぇ。あいつは最悪の仕事をしているが、まだやり直す事が出来る。だけど、この事が学園の上層部にでも知られたら、あいつの身の保障は出来ねぇ・・・・・・。だから、言う訳にはいかねぇ・・・・・・」

 

 あいつ?

 アイツって誰のことだ?

 

 だけどそれきり、ジャックさんは口を開くことはなかった。

 

「・・・・・・二つだけだけ聞きてぇ。そいつは、間接的にこの事件に関わってんのか?」

 

「ああ」

 

「そしてあんたは、そいつの事が守りたいんだな?」

 

「ああ、そうだ」

 

 口をつむぐジャックさんに上条さんはそう訪ねた。

 上条さんはしばらく黙っていると、最後には「わかった」と答えた。

 

「いいのか? 俺を信じるのか? こんなどこの馬の骨とも分からない俺を信じんのか?」

 

 ジャックさんの問いに上条さんは「ああ」と答えた。

 

「俺はあんたのことを信じたんだ。だからあんたが信じるそいつの事も信じてやる。だから、絶対助けろ。命がけで、守ってやれ。」

 

 そういって右手でこぶしを作ると、ジャックさんの胸を軽く小突くようにした。

 

 ジャックさんは嬉しそうに「ありがとうよ」とだけ答えた。

 

 

 PM 14:10 5F 階段

 

 突然の轟音が上の階を目指している僕達に響き渡った。

 

「!! なんだ!?」

 

 単発的な爆発音が少しづつ近付いてくる。

 

「!?」

 

 それと共に、誰かが階段を下りてくる足音が聞こえてくる。

 

 敵が、きた!?

 

 僕達は慌てて階段を下り、五階のフロアに身を隠す。

 

「どうしましょう!? ジャックさんっ。上条さんっ」

 

「ちっ。あの轟音からして、相当やばい能力者なのは間違いねぇ。一歩間違えると、全滅コースだな。何とかやり過ごせりゃいいが・・・・・・」

 

「多角的な戦闘だったら、こっちが不利だ。何とか一対一に持ち込めれば・・・・・・」

 

 このまま身を隠そうと考えているジャックさんと、攻めに転じようと考えている上条さん。

 どっちの答えが正解だなんて、僕には分からない。

 分かっているのは、このままだと一分もたたずに戦闘になるかもしれないと言う事実だけだ。

 

 

 今更ながら、体が震えてきた。

 あの轟音からして、何かヤバイ能力の持ち主なのは明白だ。

 だが、ここで疑問が生まれた。

 今もずっと聞こえているこの「ブゥウウウウウン」という音。これが原因で能力を持っている人間に影響を及ぼすのだとすれば、あの轟音を出しているヤツは、何で能力を使えるんだ?

 分からない・・・・・・

 分からないことだらけだ。

 

 そして僕達が敵に対して身構えているその瞬間。

 

 天井が大きく振動し、やがてドロリと、まるで雨細工の様に、天井が溶け出した。

 

「う、うわあああああああ!!」

 

「や、やばいっ!!」

 

「階段まで、はしれぇっ!!」

 

 突然の出来事に僕達は脱兎のごとく駆け出した。

 無理だっ!

 あんなヤツに、かなうわけない。

 逃げるんだ!

 

 天井から何かがズシィィンという音を出し落下してくる。

 

「ガキィイイイイイイ!! おんなぁああああ!! どこいったぁあああああ!!!!!」

 

 そういって、まるで狂ったかのように炎を連射するアイツに、僕達は見覚えがあった。

 ソイツは、一階で僕達を監視していた巨漢のデク呼ばれたテロリストだった。

 

 

 PM 14:15 

 

「ハーッ。ハッーっ。何だ、あいつは? どうしたってんだ。俺達のことなんてまるで眼中にないみたいだった」

 

 息も絶え絶えにそういうジャックさん。

 

 そうだ、あいつの様子は何かおかしかった。 

 まるで誰かを探すみたいに、やたらめったら攻撃していた。

 一体誰を?

 だけど一番気になるのは、あいつが来た道だ。

 あれだけ派手に暴れまわったのだ。

 上の階がどれだけ破壊されているのか想像もつかない。

 場合によっては人死に(ひとじに)も出ているかもしれない。

 ・・・・・・嫌な予感がした。

 まさか。

 まさか・・・・・・

 

「上の階が気になる。急ぎましょう!」

 

 僕は焦る気持ちを抑えて、上条さん達にそういった。

 

 

 

 PM 14:25 10F 洋食・レストラン街

 

「――委員長っ!」

 

「う・・・・・・ち・・・・・・だ・・・・・・君?」

 

「しゃべらなくていいっ! 良かった・・・・・・委員長が無事で・・・・・・」

 

 10階に到着した僕達はそれぞれに自分達の大切な人間を探し始めた。

 僕は委員長を。

 上条さんはインデックスさんを。

 フロアは激しい戦闘があったのか、物が散乱したり、銃弾の後があったりと、酷い有様だ。

 焦りの気持ちが次第に大きくなる。

 まさか、最悪の事態が・・・・・・

 だが、それは杞憂だった。

 

 僕は無事、委員長を発見することに成功したのだ。

 委員長は、とあるレストランの一角で後ろ手を縛られ、拘束されていた。

 よく見ると他のお客の人達も、同様に拘束されている。

 

「まってて、今、ロープを解くから」

 

 僕は拘束されている委員長達のロープを解く。

 

「い、けない・・・・・・。に、げ、て・・・・・・」

 

「え?」

 

 委員長の様子がおかしい。

 何かを伝えようとしている?

 

「ば、くだん・・・・・・。重力子爆弾(グラビトン・ボム)。12階。ちゅうおう、かんりしつ・・・・・・」

 

「爆弾!?」

 

「おんなのこ、と・・・・・・はなして、た・・・・・・おとこの、こ、が・・・・・・ぜんぶ、ふきとばすって・・・・・・」

 

 そんな・・・・・・。

 爆弾で、全員吹き飛ばすつもりか!?

 どうしたら・・・・・・

 

「・・・・・・・・・」

 

 委員長は再び、意識を失ってしまったようだ。

 ぐったりして動かない。

 

「ぐっ・・・・・・」

 

 どうする?

 このまま逃げる?

 委員長だけ担げば、何とか逃げられる?

 

 ・・・・・・・・・

 

 ――違うっ!

 まだそんなことを考えるのか!?

 僕らだけ逃げるだなんて、そんなこと出来ない。

 今、状況で、僕達だけが状況を把握できている。

 僕達しかいないんだ。

 出来るやつが、出来ることをやらないで、どうするっ!

 

 ・・・・・・でも、まだ勇気が出ないんだ。

 だから、委員長。

 後でいくらでもしかられるから。

 ひっぱたいてもいいから。

 僕に、勇気をください。

 

「・・・・・・委員長、ごめん」

 

 僕は気絶した委員長の前にひざまずくと、そっとその唇に自分の唇を合わせた。

 

 

 PM 14:30

 

「上条さんっ」

 

 僕は委員長をその場に残し、上条さんと合流することにした。

 上条さんは、待ち合わせの自動販売機の前で僕を待ってくれていた。しかしその表情は、暗い。

 まさか・・・・・・

 

「・・・・・・見つからなかった。俺、あいつに言ったんだ。ここで待ってろって。それなのに・・・・・・ちくしょうっ! どこにいったんだよぉ・・・・・・。インデッスク・・・・・・」

 

 感情を抑えきれなくなったのか、上条さんが自動販売機横のゴミ箱を思い切り蹴り上げた。

 

「ウギュ」

 

「・・・・・・へ?」

 

 ・・・・・・ゴミ箱から何か声がした。

 自動販売機横のゴミ箱は、街で見かけるゴミ箱よりかなり大きめな作りになっている。

 それこそ人一人隠れるのに十分な・・・・・・

 と、いうことは、まさか!?

 

「ま、まさか!? インデックス!? いるのか?」

 

 上条さんがゴミ箱の蓋を開けると・・・・・・

 

「・・・・・・とーま?」

 

 そこには空き缶の中で涙を浮かべてうずくまっている修道服姿の少女がいた。

 女の子は上条さんの姿を確認すると、涙目の瞳を大きく見開き、そのまま上条さんに抱きつき、大声泣き出した。

 

「うわあああああんっ! こわかった、こわかったんだよっ! いきなり悲鳴や銃声がするし、とーまは帰って来ないし! 一人ぼっちでさみしかったんだよぉ!!!」

 

「悪かった! 俺が悪かった! ゴメン。怖い思いをさせて・・・・・・」

 

「ううん。いい。こうしてとーまが帰ってきてくれたんだもんっ」

 

 上条さんと女の子はお互いに抱き合い、無事を喜び合った。

 

「――感動の再会の所を悪いがよぉ・・・・・・」

 

「!?」

 

 僕達の後ろで声がする。

 この声は、覚えているぞ。

 無線で聞こえた男の声だ。

 巨漢の男はアニキとか言っていたヤツだ。

 

 男は白髪をオールバックで固めており、まるで鷹のような鋭い眼光で僕達を睨みつけていた。

 白い髪に、白いスーツのリーダーと思わしき男。

 この雰囲気。只者じゃない。

 完全に僕達の住む世界とは別な所。

 もっと血なまぐさい世界の住人だ。

 男の後ろには銃を構えた仲間が2人控えていた。

 三人か・・・・・・

 一人なら何とか逃げられそうだが、銃を持ったヤツラが三人。

 状況は圧倒的にこちらが不利だ。

 

「お前ら、あいつの仲間か? ずいぶんと滅茶苦茶にかき回してくれたよなぁ! お前らのお陰で、俺はボスに大目玉だ。場合によっちゃあ始末されるかもしれねぇ。・・・・・・よくもここまでコケにしてくれたよなぁ!! ただで済むと思うな!? 全員、この場で串刺しにしてやるっ!!」

 

 男の額に青筋が浮かびあがり、怖い顔がさらに恐ろしい事になっている。

 

「・・・・・・何のことだか、わからねぇな。それによ? ただで済まそうだなんて、これっぽっちも思ってねぇよ。逆だぜ。お前等がどこの誰だかしらねぇが、俺達の街でよくも好き放題してくれたな! 絶対に! テメエ等は許さねえ! 必ず、その面に一発お見舞いしてやるっ!」

 

 上条さんは少女を自分の後ろに隠すと、身構える。

 

「おもしれぇガキだ。さっきのガキといい、まったくむかつく面してやがるぜ!」

 

 男は何も構えない。武器らしいものも持っていない。

 でも、なんだ!?

 この男の体から、像(ビジョン)のようなものが浮かび上がってくる!?

 ・・・・・・なんだ、これは!?

 

 男の体から浮き出たものは、氷の彫刻で出来た鷲のような形をしていた。

 そいつが口をあんぐりと開け、中から出したのは・・・・・・

 つらら!?

 直径3cmくらいの馬鹿でかいつららが、口の中から・・・・・・

 

「でやあああああああ!!!!」

 

「なにっ!?」

 

 その時、男達の背後から忍び寄ったジャックさんが、筒状の何かを投げた。

 それも一本ではない10本以上である。

 煙を吐き出しながら周囲に落ちるそれは、たちまち僕達の周囲を覆い、煙幕を作り出す。

 これは、発炎筒!?

 

「今のうちだっ! 当麻! 和喜! 逃げろっ!!」

 

 ジャックさんの声に僕達はすぐさま反応し、男達に背を向け走り出す。

 

「ちくしょう! このままコケにされて、黙ってられるか! お前達、絶対に逃がすんじゃネェぞ!」

 

 背後で男の怒声と銃声が聞こえる。

 

「グぅッ。・・・・・・おい、全員無事かぁ」

 

 煙の中からジャックさんが合流してきた。

 よかった。全員集合だ。

 

 これからどうする?

 このまま隠れてやり過ごすというわけには行かない。

 それは出来ない。

 僕はジャックさんたちに委員長が聞いたことを伝えることにした。

 

 

「・・・・・・ジャックさん。上条さん。僕達はどうあっても上の階に行かないといけません」

 

「なんだって!? 上じゃ、どうあがいてもやつらをまけねぇ。逃げんなら下だろ!?」

 

 ジャックさんが言う事はもっともだ。普通逃げるなら下の階だろう。

 でも、それは出来ないんだ。

 

「爆弾が、設置されているんです。このビルを吹き飛ばすくらい。強力なやつが。たぶん、テロリストたちも知らないことだと思います。知ってたら、こんな悠長に僕達を追うわけない」

 

「まじかよ・・・・・・証拠隠滅ってわけだ。痕跡を全部残さず、綺麗さっぱり消し去るってわけかよ」

 

 ジャックさんが立ち止まり、息を呑む。

 しばらく考えた後。

 

「和喜。これ持て」

 

 そういって背負っていた自分のリュックサックを僕に渡してくる。

 

「なんです?」

 

「上にいくにしても、敵を分散しておく必要があるだろ? おとりは俺がやってやる」

 

「そんな!? それなら僕がやりますよ。」

 

 僕がそう食い下がるとジャックさんは首を横に振った。

 

「意地があんだよ。おっちゃんにもよぉ。それに、こういう役割は昔っから年寄りの仕事だって相場が決まってんだ・・・・・・。ぐぅっ!?」

 

「おいっ!? ジャックさん!? どうした!?」

 

「とーま。この人、すごい血なんだよっ」

 

 よく見るとジャックさんのわき腹が血でべっとりと赤く染まっている。

 

「・・・・・・へへっ。しくじった。流れ弾に、当たっちまった」

 

 ジャックさんは額に汗を滲ませると、そのままヨロヨロと歩き出す。

 

「同情はすんな。そういう役回りが回ってきたってだけさ。もちろん、死ぬつもりもねぇ。こうみえても俺はしぶといんだ。・・・・・・いいか、和喜。当麻。お穣ちゃん。やれるやつが、やれることをやるんだ。今お前等がしなけりゃなんねぇ事は、俺に悲しみの目を向けることじゃねぇだろ。・・・・・・行け。行って、皆を救って来い」

 

「ジャックさんっ!」

 

 僕の叫びに、ジャックさんは答えることなく駆け出していく。僕達の行く上の階段とは逆の方向へ、敵の数を一人でも減らすために!

 

 それに呼応するかのように、「ブゥウウウウウン」という音で能力者の皆を縛っていた、あの音が消えた。

 そして、僕達の遥か下の階層から、轟音が轟いた。

 

 PM 15:00 へ続く

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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一撃 ―内田和喜―

 PM 13:00

 

 上の階層を目指して走る。

 走る!

 走るっ!

 

 重力子爆弾。

 それがどのような形状で、いつ爆発するのか、想像もつかない。

 解体する方法も、分からない。

 だけど、走らずにはいられないっ!

 何かをせずには、いられないんだ。

 

 11階のフロアが見てきた。

 後、一階・・・・・・。

 それで、中央管理室に到着する。

 

「あっ!?」

 

 その時、僕達の後ろで何かが飛んでくる気配を感じた。

 上条さん達は気が付かない。

 たまたま彼らの後ろ側を走っていて、背後に空気の流れを感じた僕だけがその異変に気が付いたんだ。

 

 それはツララだ。まるで杭のような馬鹿でかいツララが何本も。何十本も。僕達に向かって、まるで弾丸の様に飛んできたのだ。

 

「うわあああっ! あぶないっ!」

 

 僕は前を走る二人を思いっきり突き飛ばした。

 

「ぐうぅ!?」

 

 その瞬間、僕の左足に激痛が走った。

 たまらず僕はその場にうずくまる。

 僕は恐る恐る自分の足を見る。

 

「あ、あしがっ・・・・・・!?」

 

 僕の左足の太もも部分に、でかいツララが突き刺さっていた。

 そのツララの先端部分は僕の太ももを貫通し、地面にまで及んでいる。

 

「――そのツンツン頭のガキを狙ったのによぉ。まさか、避けられるとは・・・・・・。ボウズ。お前、俺のスタンドが見えているのか?」

 

 コツンコツンと靴音が下の階段から聞こえてくる。

 そして、白髪の、オールバックの男が姿を見せる。

 取り巻き二人組みはいない。

 きっと、ジャックさんがうまい事やってくれたのだ。

 だけどスタンドとは何だろう?

 このツララの能力の事か?

 

「お、おい。和喜っ。大丈夫か!?」

 

「あいつは何にもしてないのに、いきなり足に大きな穴が開いたんだよっ!? どういうこと!?」

 

 上条さん達が駆け寄り、心配して僕に声を掛けてくれるがそこで大きな違和感が生じる。

 

 その口ぶり。まるでさっきの攻撃が見えていなかったかのよう・・・・・・

 まさか・・・・・・

 二人には、さっきの攻撃が、あの鳥のような物体が、見えてないって言うのか!?

 見えているのは僕だけなのか!?

 そこで僕ははっと気が付く。

 

 ・・・・・・そういえば。

 僕は以前違法な薬を投与された事がある。

 あいつがいうスタンドという能力が見えているのはせいなのか!?

 

「はやくっ。おきるんだよっ!? あいつが上ってくるっ!」

 

 インデックスさんが僕を必死で引き上げようとするが、うまくいかない。

 

「――うまく、固定されたようだな。その氷は、もう抜けねえ。どうする? 仲間を見捨てて逃げるか? それとも命乞いでもするか? どっちでもいいんだぜ、俺はよぉ。どのみち三人とも、生かしては帰さねぇけどよぉ」

 

 男がにやりと、罠にかかった獲物を見てほくそ笑むハンターの様な表情で笑う。

 

 僕のモモを貫通し、地面に突き刺さった氷の先端。その先端部分は地面の温度で溶け、再び凍り始め、完全に地面を固定してしまっている。まるで接着剤でくっつけてしまったかのように。

 

「くそくそっ! だめだ動かないっ! 上条さんっ! 行ってくれ! 僕をおいて、上の階へっ」

 

 僕は、もうだめだ。

 僕が出来る事は、せめてアイツが少しでもこの場に留まるように、時間を稼ぐ事だけだ。

 

「・・・・・・いやだね」

 

 だけど、上条さんはそんな僕の声を無視して、アイツと対峙する。

 

「あん!? ボウズ。なんか、いったか?」

 

「・・・・・・アンタのいった。二つの選択肢。どっちもNOだといったんだよ。仲間は見捨てない。命乞いもしない」

 

「だったら、どうするってんだ!? クソガキィ!!」

 

 男が激昂し、スタンドからツララを何本も発射する。

 

「分かりきったことを!」

 

 そういうと上条さんは、僕のももの部分に、そっと右手を乗せた。

 

「――全員、助けるに決まってんだろうがっ!!」

 

 その瞬間。

 僕のモモに突き刺さっていたツララが、はじけるように、跡形もなく四散した。

 

「な、にぃぃぃい!?」

 

 驚く男を尻目に、上条さんと女の子は僕を担ぎ上げ、その場を離脱した。

 

 

 11F 会議室

 

「か、上条さん。あなた、一体・・・・・・」

 

「まあ、上条さんは生まれつき、こういう能力を持ってまして・・・・・・」

 

 そういって照れ笑いをする上条さん。

 だけど、どういう能力なんだ!?

 相手の能力を無効化する能力なんて、聞いたこともない。

 

 11階に上った僕達はフロア全体を見渡す。

 

 このフロアにも戦闘の後がある。

 所々に机や椅子が散乱して酷い有様だ。

 

「さてと・・・・・・」

 

 上条さんは僕をその倒れている机の一角におろすと、階段の方に視線を向ける。

 ちょっとしたバリケードのつもりなんだろう。

 

「インデックス。ちょっとの間、和喜を頼む」

 

「とーま!?」

 

「あいつとやりあう。無事に上の階にたどり着くためには、どうやったってあいつを何とかしなくちゃならない。・・・・・・大丈夫。ああいう輩の対処法は、心得てますから」

 

 インデックスさんを心配させまいと、努めて明るく笑う上条さん。

 

「・・・・・・わかったんだよ。でも、絶対。絶対、無事に帰ってきてっ。そうじゃないと、許さないんだよっ!」

 

 インデックスさんが叫ぶ。

 ウルウルと目に涙を浮かべ、修道服をぎゅっと握る。

 まるで、上条さんを引きとめようとする心を、ぎゅっと押し留めるように。

 だけど、それでも零れてしまう心の声。

 インデックスさんはポツリと、

 

「・・・・・・いやなんだよっ。とーま。とーまが死んじゃうっ。いかないでっ」

 

 そう呟いていた。

 

 

 コツ。

 

 コツ。

 

 と、階段を上がる靴音。

 

 やがて11階に姿を見せる白髪の男。

 

 上条さんはそこらへんに転がっていた椅子に座り、相手を待ち構えている。

 

「・・・・・・逃げんのは、やめたのか?」

 

 男はそういって上条さんを見つめる。

 上条さんは座っていた椅子から立ち上がり、相手を見据える。

 

「ああ。ここで決着、つけようぜ」

 

 上条さんと男が対峙する。

 

「さっきの能力。あれはどういう能力なんだ? てめえが触れた瞬間。能力が解除された。スタンド使いってわけでも無さそうだし・・・・・・。てめえ、何もんだ?」

 

「・・・・・・別に。ただの、無能力者さ。なんの力もない。最弱の、普通の高校生のな」

 

「はっ。最弱、ねぇ・・・・・・」

 

 男は笑うと、自分のスタンドを発現させた。

 スタンドの口から、巨大なツララが生み出され、上条さんに狙いを定める。

 

「・・・・・・そういうやつが、一番おっかねぇ!!」

 

 男はそう叫ぶと、スタンドで上条さんを攻撃した。

 巨大な一本のツララが、上条さん目掛けて発射される。

 

「うぉおおお!! 和喜ぃいいいい!!」

 

「前方! 巨大なツララ、目の前っ!!!」

 

 僕の声に反応した上条さんは、座っていた椅子を構えると、前方に突き出す。

 ツララに触れた椅子が、大きな音を出し、ひしゃげ、原型をとどめないほどになる。

 

 だがそれはそれ以上先には進まない。上条さんを串刺しにはしない。何故なら、上条さんの右手に触れた巨大なツララは、触れた瞬間、きれいな結晶体となって四散したからだ。

 

「なにぃ!?」

 

「俺は! お前の能力を見ることは出来ない!」

 

 上条さんはそのまま全速力で男の下まで走り寄る。

 

「だけど、お前が驕っているのは分かっていた。俺の能力を警戒していたとしても、能力を見ることも出来ないヤツに負けるはずがない! あんたは心の中でそう思っていた!」

 

 上条さんが男の懐に入る。

 

「!?」

 

 そして思いっきり体をねじり、右手でボディーブローを放つ。

 

「げえぇえ!?」

 

「だから、アンタの軌道を読むのはわりかし簡単だったぜ。あんたは絶対。馬鹿正直に、真正面から攻撃してくるってな。」

 

「ぐえぇぇぇぇぇっ!!」

 

 そのまま男は鳩尾を押さえ、ガクリと膝を落とした。

 

 

 上条さんはスタンドを見る事が出来ない。だけど触れるものを打ち消すことの出来る能力を持っている。対する僕は体力もないし、今は満足に動く事が出来ない。だけど、スタンドを見る事が出来る。

 

 圧倒的有利に立った人間というものは、必ず驕りを見せる。

 そして揺るがない自分の勝利を確信し、どこかで必ず詰めが甘くなる。

 驕りは油断を。

 油断からは隙が生じる。

 こういう勝負どころでは、先を読んだほうが先手を打てる。

 僕達は賭けたのだ。

 アイツは必ず、僕達に対し油断し、馬鹿正直に攻撃すると。

 

「――やったっ!」

 

 僕達の予想通りに事が運び、思わず喜びの声をあげる。

 

 でも、それも一瞬だ。

 男の様子がおかしい。

 今まで男の傍らにいたスタンドの姿がないのだ。

 一体どこへ!?

 

 ・・・・・・!? 音がする。

 ベキベキと、何かが膨らむような音が。

 目の前じゃない。

 少なくとも僕の視界の中には・・・・・・

 そこで、はっとなり、視界を天井に移す。

 

「ああああ!?」

 

 スタンドは、いた。

 上空に佇んでいる。

 そして何かを作り出している!

 それは、氷だ。

 スタンドが、氷を、少しずつ少しずつ巨大にしている。

 直径3cm。

 5cm。

 10cm・・・・・・

 

 ま、まさか、コイツっ!?

 

「か、上条さんっ! 逃げろぉっ! 上だっ! 巨大な氷が落下してくるっ!」

 

「なにっ!?」

 

 僕の声に反応して、地べたに突っ込むようにダイブし、その場所から離れる上条さん。そのすぐ後で、巨大な氷が、さっきまで上条さんがいた地面に落下した。

 ベキベキという凄まじい音を出して、地面にめり込む氷の塊。

 

 スタンドの見えない上条さんには何が起こったのかきっと理解できないだろう。

 

「ぐぅっ!? この衝撃っ。助かったのか? ・・・・・・ヤツは?」

 

 衝撃にたじろぎながらも上条さんは上体を起こし、男の姿を追う。

 

「・・・・・・・・・」

 

 男はいた。

 ただ立っていた。

 立って、鬼のような形相で、僕達を睨みつけていた。

 

「うぉのぉれぇえええええええええ!!!! よぉおおくぅううもぅおおおお!!!!」

 

 スタンドの体がブルブルと震えだす。

 全身から血の様なものが大量に噴出す。

 

「ぐへへへへっへへへへへえ!!!」

 

 それと同時に男の体からも大量の血が噴出す。

 こいつ。

 自分で自分のスタンドを傷つけているのか!?

 

「いてぇえええええええ!! ぐへへえええ!! 痛てぇええけどぉ!!! これで、スタンドパワーはたまったぁ!!! スタンドは意志の力っ!! その力が強ければ強いほどぉ!! そのパワーは増すぅう!!今の俺は、絶好調だぜぇ!! テメエらをぶちのめすっていう、恨みのパワーでぐつぐつと煮えたぎっているからよぉおおおおおお!!!!」

 

 スタンドから大量のつららが浮き上がる。

 それも10本や20本じゃない。

 それ以上だ。

 

「てめえええええ!! 軌道がわかるとか抜かしたなああああ!! これでもっ!!! こぉれぇでぇもぉおおおお!!!! 同じ事がああいえんのかあああ!!! このスカタンビチグソ野朗がぁあああああ!!!!」

 

「!?」

 

 大量のツララが、上条さんに向かって・・・・・・。いや、上条さんだけじゃない。やたらめったら、目標なんてお構い無しに、撃ちまくっている。

 辺りの建物が、机が、破壊され、穴だらけになる。

 

 こんな攻撃を避けるなんて、スタンドの見えない上条さんには無理だ。

 

「上条さんっ、逃げろぉ!! 軌道なんて、読めない! 四方から襲ってきているんだっ!!」

 

「ぐっ!?」

 

 僕の発言に危険を感じた上条さんは、その場を離れようとする。

 

「にぃがぁすぅかああああ!!! ボケがああああっ!!!」

 

 男が叫ぶと同時に、大量のツララが、上条さんの足元に着弾する。

 

「あ、足が!?」

 

 着弾した床が、瞬く間に凍りつき、上条さんの両足を包み込む。

 

「固定したあああっ!! そしてええ!!」

 

 スタンドから大量のツララが発射された。

 

「目の前だっ! 上条さん目掛けて、大量のツララが発射されているんだぁああ!!右手で防ぐんだぁ!!」

 

「っ!」

 

 上条さんは体制を低くし、左手で頭を庇いながら右手を構える。

 少しでも、タメージを受ける面積を最小限にしようという苦肉の策だった。

 そして大量のツララが、上条さん目掛けて着弾する。

 

「ぐぅぅ!?」

 

 その大部分は上条さんの右腕が無効化する。

 上条さんの右手に触れたツララは結晶と化し、そのまま四散する。

 だがそれ以外はそうはいかない。

 

「うがああああ!!!」

 

 上条さんが絶叫をあげる。

 

 左肩や、腹部、そして右足などに大量のツララが、上条さんに突き刺さる。

 それでも即死にならなかったのは、体を縮めたお陰で急所だけは攻撃されるのが免れたのと、突き刺さった箇所を即座に右手で、無効化したからだ。

 

「おーおー。生きているとはしぶてぇな。やはりその右手の能力、あなどれねぇ。だが、それも、もう終わりだ。後一回。同じように攻撃されたら・・・・・・クククククッ」

 

 男は歓喜の表情を浮かべ、スタンドのツララを発現させる。

 

「ま、だ・・・・・・だ。ぐっ! ま、だ・・・・・・」

 

 一方の上条さんは、死に体だ。全身は血だらけで立っているのはやっとに近い。だけど、それでも上条さんの表情は死んでいない。

 痛む左肩を押さえ、腹部から血を流し、右足を引きずりながらも、それでもヤツに向かいその歩を進めようとしている。

 上条さんはまだ、戦おうとしているんだ。

 

「ちくしょう・・・・・・」

 

 僕は自分が悔しかった。

 なんの力にも、なってやれない

 遠くから眺めていることしか出来ないのか!?

 それでいいのか!?

 でも、僕に何ができるんだ!?

 スタンドを見る事が出来たからって、戦うことも出来やしない。

 結局ただの、足手まといなのか?

 

「・・・・・・・・・」

 

 だめだ! 思考を停止させるな!

 止まるな!

 考えるんだ。

 まだ何か方法があるはずなんだ。

 

 やつのあの攻撃。

 触れるだけで、周囲のものを凍らすというあのツララの能力。

 あれさえ何とかできれば!

 

 ・・・・・・まてよ。

 触れるだけで?

 

 そのとき僕の頭の中である事が閃いた。

 ひょっとしたら・・・・・・

 何とかなるかもしれない。

 その考えに至ったのは、ジャックさんだ。

 彼が残してくれたこのリュック。

 答えはこの中に入っている、はずだ・・・・・・

 

「――ううっぎぎっ・・・・・・」

 

 僕は出血の酷い左足を引きずりながら、リュックの中身を取り出す。

 今まで気が付かなかったけど、この出血、やばいかもしれない。

 少しでも気を抜くと意識が飛んでしまいそうだ。

 

 

「どうしたんだよっ!? かずきっ!? こんな時にりゅっくなんか漁って!?」

 

 隣にいたインデックスさんが心配そうに訪ねる。

 ちょうどいい。

 この子にも手伝ってもらおう。

 

「インデックスさんっ。これっ。この容器の蓋を開けてくれっ。」

 

「うわわっ。なにこれ!? んんー? 掃除用の洗剤?」

 

 インデックスさんに渡したのは、業務用の青い容器に入った洗剤だ。トイレなんかを掃除する際に使用する。もちろんこれだけでは何の役にも立たない。必要なのはもう一つ。ジャックさんが一般では入手困難だといっていたものだ。その容器も取り出す。

 

「インデックスさんっ。僕がこの蓋を開けるから、君はその青い容器の蓋を開けて! それでいっせーので床にぶちまけるんだ。それで、上条さんを助ける事が出来るかもしれない!」

 

「う、うんっ。分かったんだよっ」

 

 上条さんを助ける事が出来るという言葉を聞き、インデックスさんは俄然やる気を出す。

 

「蓋を開けたんだよ」

 

「じゃあいくよ。いっせーの・・・・・・」

 

「せっ!」

 

 僕達は二人同時に中の薬品を全て床にぶちまけた。

 そのとたん、大量の煙とものすごい異臭が当たり一面に広がっていく。

 

「ゲホゲホゲホっ。な、なんなんだよっ!? これ!? げほげほげほっ!」

 

 想像していたとはいえ、すごい異臭だ。

 

 僕達がぶちまけたもの。それは洗剤とアンモニアだ。

 洗剤は中の成分に塩酸が含まれる。そしてアンモニア。この二つを合成すると、ある化学反応を引き起こす。それが、この煙だ。塩化アンモニウムという物質だ。

 

 あたり一面が煙に覆われ、視界をさえぎる。

 だけどそれもしばらくの間だ。あの容器の容量じゃ、もって2,3分。

 その前に、あの場所に、行かないと!

 

「てめえっ! 煙幕のつもりカァ!? そんなことして、逃げられるとでも思ってんのかあ!?」

 

 男が怒りの声をあげ、ツララで周囲を攻撃する。

 だけど、視覚の塞がれた状態での攻撃なんて、そうそうあたるものか!

 

「ぐっううう! 早く、あの場所までっ!」

 

「おっ重いんだよっ! むぐぐぐぐっ!!」

 

 インデックスさんに支えてもらって、僕はある場所を目指す。

 煙幕を生成したのには目的があった。

 それは、少しでもやつに攻撃されるリスクを回避するため。

 目的の場所――どんなビルにも必ずある。窓際に設置されたカーテンに近付くためだ。

 

「そ、それで? これからどうするんだよっ!?」

 

「しばらくの間、少し離れていてっ」

 

 そういうと僕はリュックの中にあったペットボトルの容器を取り出し、蓋を開け、カーテンにふりかけた。

 

 そして僕は、ライターに火をともし、カーテンに向かってそれを投げた。

 

「!!」

 

 僕が投げた容器にはガソリンが入っていた。

 それが炎で引火し、カーテンに燃え移り、たちまち巨大な火柱となり、天井を焦がした。

 

「たのむっ! うまくいってくれ!」

 

 しばらくの沈黙の後・・・・・・

 

「ジリリリリリリリリリリリリリリ!!!!」

 

 という非常ベルの音と共に、天井に設置されているスプリンクラーが一斉に作動を開始した。

 とたんに大量の水が豪雨のごとくフロア全体に降り注ぐ。

 

「やった・・・・・・」

 

 僕が考えたこと。

 それは頭上にあるスプリンクラーを作動させることだった。

 

「・・・・・・なにやってんだ!? てめえ。頭でも、いかれたのか?」

 

 男が気でも違ったのか? といった表情と声色で僕を見ていた。

 

「――なるほど。そういうことか。わかったぜ、和喜。」

 

 上条さんは僕の意図したことが分かったらしい。

 全身に力を入れ、一歩。また一歩と男に歩み寄る。

 

「決着を、つけようぜ。・・・・・・たぶん、次の一撃で、全てが終わる」

 

「ああん!? そんな満身創痍の体で、スタンドも見えないテメエに、何が出来るってんだっ? 対等の立場にでも立ったつもりか?」

 

 土砂降りの暴雨のような雨がフロア内に降り注ぐ。

 男と上条さん。

 しばらくの間二人はにらみ合った後・・・・・・

 

「いくぜっ!!」

 

 最初に先手をとったのは上条さんだった。

 自分の間合いに近付くために。

 あいつに一発をぶち込むために!

 

「おせえっ!」

 

 スタンドから大量のツララが生み出され、上条さん目掛けて打ち出される。

 

 その数18本。

 スタンドの見えない上条さんが、かわしきれる量ではない。

 だが――

 

「なるほど、これがお前のスタンドって奴か・・・・・・」

 

「なぁにぃぃぃいいいいい!?」

 

 上条さんが、ツララを避ける。

 かわす。

 右腕で打ち払う。

 

「な、何故だっ!? 何故、俺の攻撃がぁ!」

 

 男が絶叫する。

 今起きている現象が信じられないといった表情だ。

 

 スタンドの攻撃をかわし、上条さんが次第に相手との間合いをつめていく。

 

「・・・・・・おまえ、負けた事がないんだろ。ずっと連戦連勝。一撃で相手を負かしてきたんだろ? だから、自分の能力の弱点も気が付かないんだ」

 

「弱点だとぉおお!?」

 

 そうだ。

 それが僕がスプリンクラーを作動させた理由だ。

 アイツは氷のスタンド。

 攻撃する際は、必ず、周囲の物体を凍らせてしまう。

 

「今降り注いでいるスプリンクラーの水。この水滴が凍って、てめえのスタンドを浮かび上がらせていることに気が付かないとはなあ!!」

 

 攻撃で発射されたツララは水滴で強制的に凍り、軌道が丸見えである。

 弾道の予測さえ出来れば、上条さんの右手で相殺できる。

 つまり、アイツの攻撃は、もう通じないようなものだ。

 

 そしてついに上条さんが男との距離を数mにまで縮める。

 完全に上条さんの距離だ。

 

「うわああああああ!!」

 

 男はスタンドを急いで自分の所に戻し、ツララで攻撃をしようとする。

 だけどそれは無駄だ。

 上条さんの繰り出す拳のほうが、早い。

 

「お前の、負けだぁあああああああ!!」

 

 上条さんの拳がうなる。

 

「馬鹿な!? こんなっ! こんなことがっ!?」

 

 いままで好き勝手してくれた分を上乗せして、全体重を乗せて、右拳がうなりを挙げる!

 

「歯ぁ、食いしばれっ!!!」

 

 そして、男の顔面に、見事な右ストレートが炸裂した。

 

「がっ、はぁああああああ!!!」

 

 男の顔に拳がめり込む。

 上条さんの一撃を受けた男は衝撃で吹っ飛ばされ、男の後方にある机や椅子の障害物をなぎ倒す。

 

「ガ・・・・・・ァ・・・・・・」

 

 そしてしばらく、びくびくと痙攣すると、やがてそのまま動かなくなった。

 

「・・・・・・・・・」

 

「はーっ。ハーッ。はぁーっ」

 

 上条さんは拳を振り下ろした姿勢のまま、全身で大きく息を吐いている。

 

 勝った。

 

 勝ったんだ・・・・・・

 

 上条さんの、勝利だ。

 

「すごい人だ、あの人・・・・・・」

 

 ぽつりと、自然と、そんな言葉が飛び出していた。

 無意識から飛び出した言葉は真実だと言うけど、本当にすごいと思う。

 

「・・・・・・うん。すごいの。かっこいいの。とーまは。・・・・・・だって・・・・・・」

 

 僕の呟きを聞いていたインデックスさんは、一区切りおくと、

 

「だって、とーまは、みんなのヒーローなんだもんっ」

 

 満面の笑みで、続きの言葉を答えた。

 

「・・・・・・ヒーロー、かぁ」

 

 僕はそう呟き、そのまま地面に横たわる。

 

「かずきっ!?」

 

 張ってきた気が抜けると、とたんに全身から力が抜けていた。

 インデックスさんの声が、どこか遠くに感じる。

 本当に出血が酷いらしい。

 

 視界が、ぼやける。

 世界が、回っている。

 

「おいっ、しっかりしろっ」

 

 上条さんが僕に駆け寄ってくる。

 

「か・・・・・・み・・・・・・」

 

 もう、言葉も出ない。

 ・・・・・・上条さん。

 僕はここまでです。

 後の事は、お願いします。

 

 そうして、僕の意識は暗闇の中に沈んでいった。

 

 epilogue ―内田和喜― へ続く

 

 

 

 



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裏舞台 ―佐天涙子―

pM 13:10 8F ムービーシアター前

 

「うっ・・・・・・うう。だ、れ、か・・・・・・」

 

「頭が、痛い・・・・・・」

 

 シアター前で、人々が一斉に倒れだしてから数十分が過ぎた。

 

 うつぶせになって呻く人。

 仰向けで、起き上がれず、そのまま天井を見つめる人。

 現場は散々な状況だ。

 

 周囲は電源が落ち、薄暗くなっている。

 

 今から数十分前、突然銃を持った男達が乱入し、銃を乱射し、私の様になんの影響も受けていない人達を攫っていった。

 彼らは、人質を伴い、そのままエレベーターで、下の階層へと消えていった。

 

 あたしは現在、シアター内の受付ボックスに隠れている。

 ヤツラが再び、戻って来ないとは限らないからだ。

 

 大体13:00頃に、それは起こった。

 スピーカーから、「ブウゥウウウウウウン」という大きな声が聞こえてきたかと思うと、行きかう人達が突然倒れだしたのだ。

 あまりに突然のことで、あたしは最初、何が起こったのか分からなかった。

 だけど今、こうして落着いてくると、あたしはこの音に聞き覚えがある事に気が付く。

 

「キャパシティダウン・・・・・・」

 

 言葉として口に出してみて、それは確信に変わる。

 そうだ。

 かつて春上さん達を救出しに、皆で訪れた推進システム研究所。

 そこでこの音と同じものを、確かに聞いた。

 

 それなら、あたしがなんの影響も受けていない説明がつく。

 だとしたら、この音を発生させている大本を叩かないと、皆は回復しない。

 あの時は巨大な装置だったけど、そんなものがこの施設内に設置されているの?

 それに場所が分からない。

 

「うーん」

 

 でも、ここでいつまでもこうしていても、埒が明かない。

 出てみるか。

 あたしは思い切って受付ボックスから出てみることにした。

 

「なんや? おねえちゃん。こないなとこでかくれんぼかいな?」

 

「うひゃっ・・・・・・!?」

 

 あたしは「うひゃああああああ!!」と絶叫しかけの所を、何とか両手で口を塞ぎ、こらえた。

 あたしの目の前にリク君がいた。

 この子は、キャパシティダウンが発生するのと同時に、そのままどこかへと消えていってしまった。

 そのリク君があたしの目の前に立っている。

 

「な、なんで。戻ってきたのよ?」

 

「いうたやろ? おねえちゃんは、助けたるって。だから、お姉ちゃんに危険がないように、邪魔者を排除してきたんや。このフロアと上のフロアは、安全やでぇ」

 

 そういって無邪気そうに笑うリク君の頬には、血しぶきが付いていた。

 それが、幼さの残る少年の笑顔とあまりに不釣合いで、不気味で・・・・・・

 あたしは背筋にぞくりとしたものを感じずにはいられなかった。

 

 ・・・・・・最初に会ったときから思っていたけれど、この子は絶対に普通じゃない。

 何か特殊な訓練をつんだ兵士?

 それともエルちゃんのような誰かのクローン?

 わからない・・・・・・

 全然分からない・・・・・・

 だから、答えが欲しくて、あたしはこの少年に尋ねずにはいられなかった。

 

「・・・・・・あんた、一体、何者なの? 今回の事件について、何か知ってんでしょ!? 答えなさい!」

 

 少し気丈に、怯えていることを悟られないよう、あたしは語気をあらめてリク君に問いただした。

 

「ウチが何者かて? そんなもん。ウチかて知らんわ。ウチはただの消耗品。命令に従うだけの犬や。今回の事は、概要しか知らん。それより、ウチはこれから上の階にいくんやけど、お姉ちゃんどうする? 行くか?」

 

 リク君はあたしの問いをにあっけらかんと受け流すと、そのまま歩いていってしまう。

 

「・・・・・・・・・」

 

 あたしは、言いたい事はたくさんあるのだが、現状じゃこの子についていったほうが助かる確率が高いような気がして、不本意ながらも彼の後をついていった。

 

 

 pM 13:20 10F 飲食フロア 洋食レストラン街

 

 あたしたちは階段を上ると、10階へとやってきた。

 リク君曰く、10階はまだ掃除が済んでいないのだそうだ。

 あたし達は、階段の影から様子を伺う。

 

 辺りは薄暗く、閑散としている。

 だけど人がいないわけじゃない。

 

「う・・・・・・う・・・・・・」

 

 倒れている能力者の女性を、数人の男達がレストランの一角へと運んでいる。

 通行の邪魔になるからだろうか?

 

 

「二人か。ちょうどええ。お姉ちゃん。ちょっとまってて」

 

 そういうとリク君は忍び足で男達に近付き、取り出したナイフで男達の喉を・・・・・・

 ・・・・・・だめだ、見てられない・・・・・・

 

「えへへへっ。楽勝やん。お姉ちゃん来ぃや」

 

 倒れた男達の亡骸を一角に押し込めながら、リク君はあたしに向かっておいでおいでをしている。

 

 この子はっ。

 なんで。

 笑顔で、こんな事が出来るんだっ。

 

 気が付くとあたしは目から涙を浮かべていた。

 悲しかった。

 ただ、悲しく、さびしかった。

 そして、彼をこんな風に教育したであろう誰かが、どうしようもなく許せなかった。

 

 

 pM 13:25

 

「ごめんね。あたしには、これくらいしか出来ない・・・・・・」

 

 おさげ髪の女の子の頭に水で濡らしたタオルを置く。

 この子は、さっき男達に運ばれそうになっていた子だ。

 あたしはせめてこの子が縛られているロープだけでも解こうと手にかける。

 

「そんな事しても無駄や。さっきもいうたやろ? 全員助からんって」

 

 リク君は、まるで時間の無駄とばかりに興味無さそうにしている。

 それなら、あたしを置いていけばいいのに。

 そうしないのは、彼なりにあたしの事を守ってくれているのだろうか?

 

「そういえば、そんなことを言っていたわね。どういうことよ?」

 

 するとリク君は事もなさげにとんでもないことを口走った。

 

「佐伯さんが言うとった。目撃者は全員始末するて。ここのお客も、マフィアの連中も、全員まとめて仲良くドカン! や。重力子爆弾(グラビトン・ボム)いうたかな? ソイツを使うんやと」

 

「んなっ!?」

 

 重力子(グラビトン)!?

 重力子(グラビトン)って、初春達が追っていたあの?

 

 あの時はセブンスミストの一角が半壊状態になったけど、このリク君の口ぶりだと、ビルを丸ごと吹き飛ばせるくらいの強力な爆弾ということになる。

 それって、やばいじゃん!

 

「ど、どこにあるの? その爆弾!? いつ爆発するの!?」

 

「爆弾の場所は、12階の中央制御室いうとったかな? いつ爆発すんのかは知らん」

 

「な、なんてこと・・・・・・」

 

 なんの能力のないあたしには、爆弾をとめる事は出来ない。

 止めるには、それこそ御坂さんクラスの能力者の協力が必要不可欠だ。

 だけど・・・・・・

 キャパシティ・ダウン・・・・・・

 これが作動している以上、能力者の協力は得られない。

 せめて、場所さえ分かれば・・・・・・

 

「ねえ、リク君。キャパシティ・ダウンの発生場所って・・・・・・」

 

「しっ! ここに隠れとき」

 

 リク君が人差し指を当てて声を出すなとジェスチャーをする。

 あたしはとっさに介抱している女の子と一緒に、レストランの一角に隠れた。

 

「あかん。ばれてしもたか」

 

 リク君はしかたないといった風に、ヨッコイショと腰を上げる。

 ドアの隙間から、あたしは顔をのぞかせる。

 

 そこには白い髪をオールバックにした男と、8人くらいの銃を持った男達がいた。

 

「・・・・・・てめえか。どこのどいつだ? 『ガナンシィ』を破壊した挙句。俺らの部下も殺したな? あのガキと女は? お前の仲間だろ? 誰に頼まれた? 他に何人、仲間がいる?」

 

 男は矢継ぎ早に質問をし、後ろに控える男達に銃を構えさせる。子供だろうと容赦はしない。歪む笑みを浮かべる男はそういっているようだ。

 どうする!?

 どうしよう!?

 あたしに、何が出来る?

 やめてといって、飛び出すの?

 だめだ。

 怖い。

 怖くて、体が動かない。

 

「やったのはウチだけや。仲間なんかおらへん。それより・・・・・・。アンタがボスか? 聞くところに寄るとえらい強そうなスタンドもっとるらしいの? ひとつ、ウチに見せてくれへん?」

 

 だけどリク君は、恐怖の表情一つ浮かべず、相手と対峙する。

 彼がもつ唯一の武器は、懐から取り出したナイフだけだ。

 だけどあのナイフ。

 何か形状がおかしい。

 あたしも、ナイフに詳しいわけじゃないけどあのナイフは何かおかしかった。

 

 そのナイフは中央に、赤いルビーのような、宝玉のようなものがはめ込まれている。

 

「んだぁ!? そのナイフ?」

 

 男が怪訝そうな顔をしてリク君を見つめている。

 

「さあて。何やろな?」

 

 リク君はにやりと笑みを浮かべて、ナイフを前に突き出す。

 

「エフェクト、起動や!」

 

 え?

 なに、が!?

 

 リク君がナイフを突き出した瞬間、宝石が赤く輝きだす。

 あたしが分かるのはそれだけだ。

 あたしには、何も視えない。

 

「な、にぃぃ!? てめえも、スタンドを!?」

 

 男には、リク君が何をやっているのかわかるようだ。

 スタンド?

 リク君がスタンド使い!?

 

「燃えて、消し炭になれ!!」

 

 リク君がナイフを振り下ろす。

 その瞬間に、男の部下達の体から炎が立ち上った。

 燃える。

 男達の持っていた銃が。

 服が。

 体が。

 

 男達は叫び声も上げる事が出来ずに、その場に崩れ去った。

 

「・・・・・・・・・」

 

 もう一人の、リーダー格の男は無事だった。

 男は乱れた髪をかきあげ、鋭い眼光をリク君に向ける。

 

「おまえ――」

 

 男が言いかけたそのとき。

 

「でやああああああ!!」

 

 男の後頭部を、誰かが踏み抜いた。

 

「ぐはっ!?」

 

 男はもんどりうってその場に倒れこむ。

 

 その場に着地した、突然場に乱入した誰かは、女の子を抱えていた。

 黒いフードを被った小柄な少女だ。

 その誰かはリク君たちには目もくれず、一目散にその場を離れていく。

 

「あ・・・・・・ああああっ」

 

 あたしは思わず声を出してしまう。

 だって、後姿をあたしは知っていたんだもの。

 そうだ。

 あの男の子は、今もっともあたしが会いたかった。

 ――広瀬孝一君だったからだ。

 

「あははははっ。知っとるでぇ。あいつ。資料で見たことあるわ。広瀬孝一や。まさかこないな所であうとはな。へへへっ。よーしっ」

 

 リク君はそのまま、あたしの事など気にせず孝一君の後を追っていってしまった。

 

 

 PM 13:30

 

「――デク。おいっデクっ。返事をしやがれっ!」

 

 意識を回復した男が無線で誰かと話をしている。

 男は二言三言男と会話すると、そのままあたしがいる場所から姿を消していった。

 

「・・・・・・ふーっ」

 

 ばれるかと思った。

 いや、あたしの存在に気が付かないくらい、冷静さを欠いているといったほうがいいのだろうか。

 額に青筋が出来ていたしね。

 まあ、なんせよ。これで、移動が出来る。

 本当は孝一君と合流したい所だけど、携帯も通じず、どこにいるかも分からない彼を探すのは得策じゃない。

 逆に人質になって、孝一君の足手まといになるのだけは、避けなくちゃならない。

 ――あたしは、お荷物なんかじゃない。

 ――彼の負担になんかならない。

 

「・・・・・・行こう」

 

 あたしは、気合を入れると、そのまま階段で上の階層を目指した。

 

 

 PM 13:40 11F 会議室

 

「・・・・・・・・・」

 

 あたしは身を低くして部屋の様子を伺っていた。

 フロアは複数の個室で区切られており、用途によって展示会や説明会、大型研修等に使われているようだ。

 階段で登ることはできるのは、ここまでだ。

 後は、中央付近にあるエレベーターで上層に行くしかない。

 各部屋には明かりが灯っている。

 そして人の気配がする。

 下の階層は真っ暗だった所を見ると、ここがヤツラの拠点なんだろう。

 あたしは四つんばいで、少しずつ少しづつ先へと進む。

 

 そのとき、コツンコツンという足跡が聞こえてきた。

 誰かが、廊下を歩いてきているのだ。

 もう少しで、エレベーターまでいけたのにっ!

 どうする!

 どうする!?

 このままだと確実に見つかる。

 それを避けるためには、部屋に隠れるしかない。

 でも、部屋には明かりがついているのよ!?

 中に敵がいるのは確実。

 どの道、敵に捕まってしまう。

 

 なら・・・・・・

 なら・・・・・・

 

 祈るしかない。

 あたしは、『研修室』と書かれたネームプレートの部屋で止まると、ドアノブをまわしてみる。

 よし。鍵はかかっていない。

 ここから先は出たとこ勝負だ。

 いきなり中に入って、敵をふんじばる。

 祈るのは、敵が一人だったらいいなということだけ。

 

「・・・・・・・・・」

 

 いや、もう一つ。

 ――どうか敵が弱っちいヤツでありますように。

 

 あたしは神様にそうお願いするとゆっくりとドアノブを――

 

「あ」

 

「あ」

 

 ドアノブを開ける前に、あっちから開けられた。

 中にいたのは、ビジネスマン風の男だ。

 体格は逞しくない。むしろ華奢なほうだ。

 よし。

 これならいける。

 

 あたしは立ち上がると拳を振り上げ、男の顔面に・・・・・・

 

 拳を打ち込もうとしたが出来なかった。

 男が取り出した香水のスプレーのようなものを吹きかけられたあたしは、そのまま力が入らなくなり、そのままうずくまる。

 

「まったく、乱暴なお嬢さんだ。出会い頭にいきなり殴りかかろうとするなんて・・・・・・。んっ?」

 

 男があたしを抱きかかえる。

 

「・・・・・・君は、佐天涙子か? ・・・・・・ふふふっ。君といい、孝一君といい、よほどトラブルに巻き込まれる体質らしいな? こんなに嬉しいことはないよ」

 

 朦朧とする意識の中、男の顔が笑ったような気がした。

 

 

 PM 14:30

 

「・・・・・・おや、気がつかれたかな?」

 

「・・・・・・・・・」

 

 覚醒したあたしが最初に目にしたのは、テーブルのまえであぐらをかき、グラスで赤い液体を啜る男の姿だった。男のそばに開閉されたビンがある。どうやらそれはワインらしかった。

 あたしは覚醒後ではっきりしない頭を振り、何とか意識を正常に保つと、起き上がる。

 

 あたしは意識を失った後、そのまま運ばれ、床に放置されたようだ。

 女の子相手にそれはないだろう。

 せめて、そこにある椅子を複数まとめてベッド代わりにするとか、他にやりようはあったと思うのだが・・・・・・

 まあ、敵に捕まったあたしにそんな高望みは望めそうもないけど・・・・・・

 

「?」

 

 そういえば、拘束とか、されてない?

 あたしは、てっきりロープとかで手足を縛られているかと思ったけど、そんな事はなかった。

 周囲に視線を向ける。

 円卓形式で囲まれた机の中心部分に、あたしは寝転がされていた。

 周囲には誰もいない。

 あたしと、男だけだ。

 

「・・・・・・あんた、誰なんです?」

 

 150インチ位ある大型モニターの前で、あたしを見据えながらお酒をたしなむ男。

 そいつに、訝しげながら質問をしてみた。

 

「あんた、テロリスト達の仲間ですか? どうして、あたしをロープとかで縛らないんです?」

 

「どうしてかって?」男はグラスに入った液体をくるくると回しながら、笑った。

 

「まあ、ぶっちゃけ、君と話してみたかったのさ。今、このフロアにいるのは私と君の二人だけだ。ちょうど、話し相手が欲しかった所でね。”暇だった” その理由だけじゃ、不服かな?」

 

「・・・・・・キャパシティ・ダウンを設置したの、あんた達でしょ。何の為に? どうしてこんなことを?」

 

「なんだ、キャパシティ・ダウンの事を知っていたんだ。これは意外だ。てっきり、何も知らないお嬢さんだとばかり・・・・・・」

 

「はぐらかさないで、答えて!」

 

 のらりくらりと会話を交わす男に、あたしは語気を荒める。男はそれでもにやにやとした、人を小ばかにしたかのような笑みを絶やさない。こういう奴は、本能的に好きじゃない。でも、こいつは何かの答えを知っている。僅かでもいいから、何か情報を引き出さないとっ。

 

「・・・・・・君の質問に答えてあげよう。これはね? 実験だ。キャパシティ・ダウンは能力者の演算能力を阻害し、戦闘力を奪うには有効な装置だったが、いかんせん巨大すぎる。持ち運びに不便だし、標的を設置場所にまで誘導しなくちゃならないという欠点を持つ。そこで開発されたのが、このソフトだ」

 

 男は懐からCDケースを取り出す。

 

「キャパシティ・ダウンが能力者の脳波に影響を及ぼす一定の音域は解析できた。後はそれを増幅させ、密閉された周囲に拡散すれば、同様の効果を得られるんじゃないかと思ってね? 今回はその実験なんだ。結果、いいデータを得る事が出来たよ。後はコイツを――」

 

 実験?

 そんなことの為に、こんな事件を?

 人死にが出ているかもしれないのに?

 男が得意げに話を続けているが、頭の中に入ってこない。

 ふざけている。

 人の命を、人間を、何だと思っているんだ?

 あたしにはわからない。

 どうして。

 どうしてこいつらは、こんなに簡単に、人を実験動物の様に扱えるんだ。

 男はあたしの事などおかまいなしに、癇に障るにやけ顔でまだ話している。

 これ以上、こいつの声は聞きたくなかった。

 

「・・・・・・どうして。笑ってられるの?」

 

「ん?」

 

「あんた達、何様のつもりなの? 実験っていう大義名分があれば、何をしても許されると思ってんの? ふざけんなっ!」

 

 あたしは口を開くと、男に対し、罵声を浴びせていた。

 許せなかった。

 こいつらは何だ?

 神様にでもなったつもりか?

 

 

「人間は、おもちゃじゃないのよ? どうして、あんたは笑えるの? こんなことして、ただで済むと思ってんの?」

 

 あたしは男の前まで歩み寄ると、男が持っていたワイングラスをはたいて叩き落した。

 グラスはパリンという小さな音を立て、砕け散る。

 飲みかけの赤ワインが、床に赤い染みを作る。

 

「おやおや。気の短いお嬢さんだ」

 

 男は取り立て動じる風でなく、グラスを弾いた時に濡れた指を、ポケットから取り出したハンカチでゆっくりと拭いた。

 

「重力子爆弾(グラビトン・ボム)のありかを教えなさい! 後、キャパシティ・ダウンとそれの解除方法も!」

 

 男を睨みつける。

 もう、くだらない話は、無しだ。

 もし男がこれ以上ふざけた事を言うつもりなら、コイツをぶん殴って、首根っこを引っつかんででも、爆弾のありかを聞き出してやる!

 

「なぁんだ。 重力子爆弾(グラビトン・ボム)の事も――」

 

 確定だ。

 コイツをぶん殴る。

 

 あたしは思いっきり腕を振り上げ・・・・・・!?

 

 後ろから衝撃が走った。

 あたしは足を払われ、右手をひねられてしまう。そして地面に体を思いっきり押し付けられる。

 

「たとえ、お姉ちゃんでも、これ以上佐伯さんに狼藉働くようなら、その腕、へし折るで?」

 

 あたしを拘束していたのは、孝一君を追って姿を消したはずのリク君だった。

 リク君は、まるで全ての感情を消し去ってしまったかのような機械的な声を出す。

 

「お疲れ様。首尾の方は? 戦闘経験はつめたかな?」

 

「てーんで、だめや。あいつら弱すぎるで。話しにならへん」

 

「スタンド使いのリーダーとはやりあったかい? エフェクトの効果は? 実戦に耐えられたかい?」

 

「それがな? ウチがやりあう前に横槍が入りよって、白髪のおっちゃんとはやりあえんかったんや。それとな? その・・・・・・な? その時に、エフェクト壊してしもうたんや。堪忍な?」

 

「なるほど。耐久性に問題ありか。そのときの状況を、後で詳しく知りたいな。帰還後に、レポート作成するから、逃げるなよ?」

 

「・・・・・・佐伯さん。怒らへんの?」

 

「なにがだい?」

 

「エフェクト、壊してしもたし。リーダーとは戦えへんかったし・・・・・・。そのな? 任務、うまくできひんかったし・・・・・・。ウチ、佐伯さんに捨てられるかとおもて・・・・・・」

 

「馬鹿だなぁ。せっかく大金はたいて君を購入したのに、捨てるなんてしないさ。大丈夫。安心したまえ。君が任務を無事にこなせるうちは、飼ってあげるからさ」

 

「ほんまに? えへへっ。よかったぁ。ウチ、佐伯さんに捨てられたら、他に行くとこないんや」

 

 ・・・・・・なに、これ? 

 あたしを拘束したまま、佐伯と名乗る男と、リク君が会話している。

 リク君は、あたしを拘束した時とは違い、感情表現豊かな声で、男のご機嫌を伺っている。

 あの時、リク君は自分の事を犬と例えていたけれど。これじゃ、まるで、本当の犬と飼い主みたいだ。

 

「・・・・・・リク君に、何をしたの? ・・・・・・普通じゃない。こんなの。こんな関係・・・・・・」

 

 あたしは首を振り、まるで駄々っ子の様に、彼らの関係を否定した。

 人間が人間を買う。

 こんな世界があるなんて、あってはならない。

 ううん。

 認められない。認めたくない。

 そんなあたしの態度が佐伯と名乗る男の悪戯心を芽生えさせたのか、あたしの前に歩を進める。

 そして「一つ、君にこの世の真理というものを、教えてあげよう」といい。あたしと同じ目線になるまで腰を落とし、あたしの目を覗きこむ。

 

「人間はね? 平等じゃないんだよ。世の中は、二種類の人間しかいない。搾取する人間とされる人間だ。・・・・・・利用する側とされる側という風に置き換えてもいい。世の中を動かしているのはつねに一握りの権力者だ。彼らは富を欲し、至福を肥やし、一時の快楽を得るために刺激を求める。今回の事件も、君達にとっては巻き込まれただけの悲劇だろうが、我々にとっては十分価値のあるイベントだったよ。キャパソティ・ダウン改良型の運用試験はうまく行ったし、エフェクトの効果も十分有効だということがわかった」

 

 

 金、名声、名誉。快楽。人間の欲求は果てしない。

 やがてそれを得るために、他者をどんなに痛めつけても、心が痛まなくなる。

 今回の事件も、たぶん彼らにとっては些細な問題なんだろう。

 人が何人死のうが、自分達に利益があるのならかまわない。

 そういう人間が、あたし達の知らない所で、あたし達の知らないうちに、日々誰かを食い物にしている。

 

「・・・・・・そんな、ことが」

 

 許されている。

 まかり通っているのだ。

 これが、現実。

 世界の、真理なのだろうか。

 

「しかし、君達は愚かだよね。日々をただなんとなく生き、我々から与えられた娯楽に満足し、人生を全うする事になんら疑問にも感じないんだから。そんな社会にとって何の役にもならない人間を、僅かばかり殺した所でどれほどの損失だ? 数が減ったら、またどこかで補充すればいい。このリクみたいにね?」

 

 男はリク君の頭にポンと手をおき撫でる。

  

「彼も元は搾取された側の人間だ。家族と引き離され、人格さえ消され・・・・・・。君達はこういう場合、悲劇とか、かわいそうという言葉を使うのだろうね? だが、世の中にはその悲劇を生業としている人間も存在しているんだよ。こういう子達はいると便利だからね。使い捨てが聞くし、何より主人に従順だしね」

 

 そのときのあたしはどんな表情をしていたのだろう?

 目の前の出来事が信じられなくて、驚きの表情を浮かべていたのだろうか?

 それとも、絶望にも似た表情をしていたのだろうか?

 わからない。

 まったく違う価値観を教えられ、あたしの思考は停止寸前だからだ。

 

「――リク。涙子さんを離してやりなさい」

 

 あたしを拘束していたリク君の手が離れ、自由になる。

 

「さっき訪ねた質問に、答えてあげよう。まず、キャパシティ・ダウンの解除方法だが、それは単純だ。機械をぶっ壊したまえ。中のディスクさえ消滅すれば、この音はやむ。そして、重力子爆弾(グラビトン・ボム)のありかだが、キャパシティ・ダウンと同じ場所に設置されている。つまり、12階の中央制御室さ。ちなみに私のCDを奪おうとしても無駄だよ。これはコピーだからね」

 

「なんで、急に・・・・・・」

 

「君が、我々にとって、なんの価値もない人間だからさ。よくいるだろ? 自分の秘密を、飼っている愛玩動物に告白して、気持ちを落着かせたりする人間が。それと似たようなものさ。たまには私も退屈しのぎに遊んだりするんだよ? ちょっとしたお遊戯みたいなもんさ」

 

「どこまでも、馬鹿にして・・・・・・」

 

「いいのかい? 12階に行きたいんだろう? 私達は別に君を止めたりしないよ。むしろ頑張れって応援してるさ。せいぜい、善戦してくれたまえよ」

 

 男は、「がんばってね」といって手を振っている。

 ふざけている。

 馬鹿にしている。

 あざ笑っている。

 

 思いっきり、この男の顔面にパンチを入れたい。

 でも、今はこらえろ。

 たとえ遊ばれていても、キャパシティ・ダウンと重力子爆弾(グラビトン・ボム)のありかは分かったのだ。

 あたしには重力子爆弾(グラビトン・ボム)はどうにかできない。でも、キャパシティ・ダウンは何とかする事が出来る。

 キャパシティ・ダウンさえ破壊できれば、能力者の人達が復活する。そうしたら、異変に気が付いた誰かが、重力子爆弾(グラビトン・ボム)を何とかしてくれるかもしれない。

 そうだ。

 無駄なんかじゃない。無駄なことなんてない。

 あたしはあたしが出来ることをするんだ。

 

 あたしは歩く。

 出口へ向かって、ただひたすらと。

 

「残念やわぁ。お姉ちゃん、好いとったのに」

 

 リク君があたしの背中に声を掛ける。その声は心底残念といった風ではなく、ただ単に自分のお気に入りのおもちゃが手に入らないから残念といった声だった。

 リク君・・・・・・

 たぶん、そういう風に育てられた君は、あたしが何を行っても聞く耳を持たないんでしょうね。

 だから、あたしは何も言わない。

 でも、もしあたしが生き延びて、もう一度目の前に現れたそのときには・・・・・・

 もう一度、話をしましょう。

 

 ドアノブに手をかける。

 じっと、あの佐伯という男の顔を見る。

 

「?」

 

「・・・・・・絶対、後悔させてやる」

 

 あたしの声がアイツに聞こえたかどうかは分からないけど、構わない。

 これはあたしの宣戦布告だ。

 あんたの顔は、忘れない。

 もう一度、あんたに合う事があったなら、その顔を思いっきりぶん殴る!

 

 乱暴にドアを閉め、あたしは12階を目指して走る。

 もう、後ろは振り返らなかった。

 

 epilogue 佐天涙子 へ続く

 

 

 

 

 



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閃光と決意と ―epilogue 佐天涙子―

 別にさ。

 あたしだって、こんな役回りを好き好んでやっている訳じゃない。

 よく、『試練を一つ乗り越えるたびに人は強くなる』とか、『若い頃の苦労は買ってでもしろ』という言葉があるけど、本音としては誰もそんな苦労なんかしたくないはずだ。

 マゾじゃないんだから、何でわざわざ自分を追い込んだり、体に負担をかけるなんて事、しなくちゃならないんだ。

 あたしだってそうだ。

 あたしだって本当はこんなことする柄じゃない。

 本当のあたしは友達とショッピングに出かけたり、初春をからかったり、みんなと仲良く生活する事が望みのただの平凡な女の子だ。

 毎日が無事平穏に送れますようにと願う、ごく普通の少女だ。

 

 でも、知ってしまったんだ。

 世の中には自分の欲望を満たすために、自分だけの都合で他人を食い物にするヤツラがいる。

 そして、そんなヤツラが裁きも受けずに、のうのうと生きているって事に。

 

 学園都市の暗部・・・・・・その一端を、あたしは知った。

 知ってしまったなら、もう、見過ごせない。

 だからあたしは走る。

 

 12階に続くエレベーターに入り、中央制御室に続く廊下をひた走る。

 あいつらに、一泡吹かせてやりたい。

 あたしの意地を見せてやりたい。

 その怒りにも似た感情が、今のあたしの体を激しく突き動かしていた。

 

 

 PM 14:50 12F 中央制御室

 

「――ついた」

 

 『中央制御室』と書かれたプレートを確認し、ドアの前に立つ。

 中央制御室まで、何の障害もなくたどり着けた。

 あの男は本当に邪魔をする気はないようだ。

 その上で、あたしにキャパシティ・ダウンを破壊しろと煽っている。

 それが何を意味するのか、今のあたしには想像もできない。

 だけど、止まるわけには行かない。

 今こうしている間にも、孝一くんが戦っているのだ。

 あたしも戦わないと。

 

「・・・・・・開いてる?」

 

 電子ロックのドアは開いている。施錠がされていない。

 思い切ってドアを押し、中の様子を見る。

 

「ひっ!?」

 

 部屋の中は店内の様子を見るための複数の巨大モニターと、その前に設置されたそれらを制御するための計器類がある。

 その計器類を監視するためのオペレーターと思わしき男性2人が、床に血だらけとなって転がっていた。

 2人がどんな武器で殺害されたのか、うつ伏せになって倒れているので分からないけど、酷い有様だ。

 だって、出血で彼らの周りに血だまりが出来上がっているんだもの。

 

 

「・・・・・・ごめんなさい」

 

 あたしは出来るだけ死体を見ないように薄目で彼らを素通りし、キャパシティ・ダウンが設置されている機器を探す。

 機器はすぐ見つかった。一箇所だけ明らかにおかしい駆動音をたてている機械があった。CDの挿入口もあるし、たぶんこれで当たりだろう。あたしはCDの開閉ボタンを押してみる。しかし、いくら押しても何の反応もない。

 これは、きっとキャパシティ・ダウンのCDが影響しているのだ。恐らくどんなに取り出そうとしても、このままでは埒が明かないだろう。

 しかたない。

 あたしは、周囲に倒れていた椅子を両手で掴むと、思いっきり振り上げた。

 

「・・・・・・せぇのぉっ!」

 

 あたしは掛け声を上げると、機械に対し椅子を振り下ろす。

 だけど女のあたしでは、機械を破壊するには力が足りないらしい。

 

「意外と頑丈だっ。こうなったらっ」

 

 根競べだ。

 機械が完全に壊れるまで、あたしは椅子を振り下ろす。

 

「こんのぉっ!」

 

 何度も。

 何度も。

 何度も。

 

 そして4,5回目にしてようやく機械はバチバチと火花を飛び散らせ、その機能を完全に停止させた。

 

「はあっ。はあっ。これで、キャパシティ・ダウンは片付いた。後は重力子爆弾(グラビトン・ボム)だけ」

 

 でも、辺りを見渡すが、それらしき爆弾は見つからない。

 モニター付近の計器類や周囲の私物なんかも見たけれど、爆弾の「バ」の字すら見当たらない。

 まさか、あの男に一杯食わされたのか?

 あたしがそう思い始めた時、異変が起こった。

 

 地面に倒れ、血だまりを作っていたオペーレーターの死体。

 その内一体が激しく痙攣しだす。

 

「なっ? え?」

 

 まるで、電機でも当てられたかのような激しい痙攣。やがてそれが極限にまで高まると、オペレーターの体を食い破るようにして何かが吐き出された。

 それは、銀色をした直径2cmくらいの丸い玉だった。

 玉はあたしの身長と同じ位の高さで止まりグルグルと回転している。

 

「まさか、これが重力子爆弾(グラビトン・ボム)!?」

 

 なんで?

 どうしてキャパシティ・ダウンを停止した瞬間に、見計らったみたいに、爆弾が作動するの?

 不可解なのはそれだけじゃない。

 銀色の玉に変化が起こっていることにあたしは気づいた。

 

「・・・・・・うそ。大きくなって、いる?」

 

 気のせいじゃない。

 爆弾は少しずつ、まるで成長するかのように、次第に大きくなっている。

 そのまま、どんどんと、銀色の玉は風船を膨らますように、膨張していく。

 わからない。

 どうして爆弾が?

 なんで?

 いくら考えても、答えは出ない。

 その時ふいに――

 

 ――爆弾が、爆弾の形状をしているって誰が言ったんだい? ――

 

 あの男の、人を小馬鹿にしたような笑い声が聞こえた気がした。

 

 ――ああ・・・・・・

 その時になって、あたしは自分が勘違いをしていることに気が付いた。

 これは、ゲームなんだ。

 あの男が主催した、お遊戯。おふざけ。

 考えてみれば、何故あの男が、こうも簡単に爆弾のありかをあたしに教えてくれたのか。

 もっと深く考えるべきだったんだ。

 

 たぶん、重力子爆弾(グラビトン・ボム)は能力者が使うみたいに、あの玉の中で演算を自動で行っているんだ。そして一定の大きさにまで拡張した瞬間、爆弾が作動する仕組なんだ。その演算を阻害していたのはキャパシティ・ダウン。これによって、爆弾を作動させたにもかかわらず停止状態となり、今の今まで実害はなかった。だけど、それに気が付かない愚かなあたしが、それを解除してしまい、再び活動を再開した。つまり――

 

「・・・・・・遊ば、れた・・・・・・」

 

 あいつは、はなからあたしを使って遊ぶつもりだったんだ。

 意気揚々と、あいつの言葉を信じた馬鹿なあたしを、ほくそ笑みながら送り出したんだ・・・・・・

 あたしは・・・・・・あたしは、知らないうちに、自分のこの手で、爆弾のスイッチを押して・・・・・・

 

「あ・・・・・・あ、ああああああ」

 

 カクリと、足に力が入らなくなり、そのままペタンと地面に膝をついてしまう。

 重力子爆弾はあたしを見上げる形でさらに膨張し、ついにバルーン状の大きさにまで成長した。

 この後の顛末はわかる。

 重力子が急速に加速・膨張した球体は、その形状を維持できなくなり、破裂するだろう。

 その威力は、そして惨状は想像すらできない。

 爆弾が破裂するまで、恐らく1分もない。

 

「あたしのせいで、あたしのせいで、あたしのせいで・・・・・・」

 

 いまさら、押し殺していた恐怖がよみがえってきた。

 あたしは頭を覆い、全身を震わせ、これからあたしが殺してしまう大勢の人達に対して謝罪する。

 さっきまで体中で暴れまわっていた、怒りにも似た気迫はすでにない。

 代わりにあるのは激しい後悔の気持ちだけだ。

 あたしは頭においていた手を胸に置き、自然と手を組んでいた。

 

 

 ・・・・・・神様。

 科学の街でその言葉を口にするのは、ナンセンスでしょうか?

 でも、お願いです。

 あたしのお願いを聞いてください。

 みんなの命を、助けてください。

 孝一君を助けてください。

 あたしの好きな人を助けてください。

 もし足りないと言うのであれば、あたしの命を使ってくれても構いません。

 だから、どうか。

 奇跡を起こしてください。

 

 こんな時ばかり神様にお願いするなんて、都合が良すぎると思われるかもしれません。

 でも、それでも、お願いします。

 ・・・・・・誰でもいい。

 

「だれか、助けて・・・・・・」

 

 その時だった。

 あたしの背後から足音が近付いていることに気が付いたのは。

 

「はぁっ。はあっ。はあっ・・・・・・」

 

 吐く息も荒く、その人物は、こっちに近付いてくる。

 この人物に、あたしは見覚えがあった。

 この人は、確か美坂さんの想い人の・・・・・・

 名前は、確か、上条当麻さん。

 上条さんは体の至る所から出血している。

 きっと、あいつらにやられたのだろう。

 学生服は所々破れ、傷口からあふれ出す血液が、歩くたびに地面に血の滴をしたたらせている。

 そんな、致命傷にも近い傷を負いながら、それでも上条さんは止まらない。

 左肩を庇い、右足を引きずり、それでも一歩、また一歩と、闘志を秘めた目で重力子爆弾(グラビトン・ボム)に近付いていく。

 

「――こいつが、重力子爆弾(グラビトン・ボム)・・・・・・」

 

 爆弾を前にして、上条さんが右手を突き出す。

 

「あ、あぶないっ。爆弾が――」

 

 爆発する――。そう言いかけるあたしと上条さんの視線が重なる。

 一瞬だ。一瞬、上条さんはあたしに微笑みかけ、視線を爆弾に戻す。

 

「爆弾は、作動させない。だれも、死なせない。そんなこと、俺の目の黒いうちは、絶対にさせるもんかぁ!」

 

 ついに爆弾が臨界を迎え、球体を維持できなくなり変形を始める。

 ボコボコという音を立てながら、爆弾が少しずつ圧縮されていく。

 その後に起こるのは、圧倒的な重力子の解放。そして破壊。

 

「うぉおおおおおおおお!」

 

 上条さんが吼え、右腕を重力子爆弾(グラビトン・ボム)に触れる。

 

「うそ・・・・・・」

 

 ありえない事が起こった。

 どう表現していいのか分からないし、理屈も分からない。

 でも、ありのままを表現すると、

 上条さんが触れた右腕が、重力子爆弾(グラビトン・ボム)を押さえ込んでいる。そう表現するしかない現象が目の前で起こっていた。

 

「きゃあっ!」

 

 それでも抑えきれない爆発によって生じた熱風や、衝撃、耳を劈くばかりの轟音。目を覆うばかりの凄まじい閃光があたし達に襲い掛かる。

 あたしは体を支えきれなくて、地べたに這いつくばり、爆風に吹き飛ばされないようにすることしか出来ない。

 

「重力子爆弾(グラビトン・ボム)が・・・・・・」

 

 ちらりと薄目を開け、様子を見たあたしが見たものは、またしても信じられない光景。

 爆発の威力が次第に弱まっているのだ。

 あの体を焦がすような熱風も

 耳を劈くような轟音も

 破壊を象徴するような衝撃も

 目を覆うばかりの閃光も

 まるで上条さんがその威力を吸収しているかのようにその力を弱めていく。

 

 やがて、その全てが収まる。

 重力子爆弾(グラビトン・ボム)は完全にその機能を停止し、消滅した。

 

「終わった・・・・・・の?」

 

 まだ耳の奥で、爆発の轟音が轟いている。

 頭の中で、衝撃の記憶が反芻している。

 あのまばゆいばかりの閃光は消えうせ、辺りは薄暗い闇に包まれている。

 爆発の衝撃で管理室の電源が破壊されたためだろう。

 

「おい。御坂の友達。生きてるか?」

 

 夜目にまだ慣れていないあたしに、不意に声が掛けられ、右手が差し出される。

 あたしはその手を握ることに一瞬躊躇してしまう。

 この右手で、爆弾を押さえ込んだんだ、よね・・・・・・?

 一体どういう能力を使えばそんな芸当ができるのだろう。

 少なくとも、あたしが知っている能力者にはそんな人はいないし、常識的に考えて、こんな非常識な能力なんてありえるのだろうか?

 

「大丈夫かよ? 腰が抜けたのか? よしっ」

 

「え? ええっ?」

 

 上条さんはあたしが立つ事が出来ないほどの状態だと勘違いしたらしい。あたしの前まで近付くと、背を向けしゃがむ。

 まさか、これって・・・・・・

 

「ほら。背中貸してやるから負ぶされよ」

 

 やっぱりっ。おんぶだこれ。

 

「いいっ。いいですっ。自分で立てますし歩けますからっ」

 

「いいから遠慮するなって。御坂の友達を見捨てたとあっちゃ・・・・・・。あら?」

 

 上条さんがぐらりと体をよろめかせ、尻餅をつく。

 

「かっ。上条さん!?」

 

「やばいな。力が・・・・・・」

 

 そうだ。ここに来るまでに何があったのか知らないけれど、上条さんは重症なんだ。

 そんな状態なのに、あたしにまで気を使うなんて。

 

「肩、貸してあげますから、つかまってください」

 

「いいって。これくらい・・・・・・」

 

「強がらないで下さい。今にも死にそうなくせに」

 

「・・・・・・・・・悪い」

 

 あたしが強く言うと上条さんは何も言わず、あたしに肩を預ける。

 あたしは上条さんの肩を支え、立ち上がる。

 

「このまま、エレベーターまで歩けますか?」

 

「ああ・・・・・・。でも、11階で一度とめてくれ。友達がいるんだ」

 

「わかりました」

 

 上条さんの肩を支え、歩くさなか、あたしは自分のことについて考えていた。

 今回の事件ではっきりと分かった事がある。

 それは、あたしは無力だということだ。

 思えば、あたしはいつも、誰かのお荷物だった気がする。

 重力子(グラビトン)事件の時も、幻想御手(レベルアッパー) の時も、R事件の時も、エルちゃんの時も・・・・・・。そして、今回も・・・・・・

 

 あたしは敵の思惑通りに、爆弾を作動させ、数千人というビル内の人間を危険にさらしてしまった。

 今回は上条さんという奇跡のような存在がいたから、被害は免れたけれど、それでも敵の言葉を鵜呑みにしてしまった自分が許せなかった。

 あたしは、無力だ。

 無力で馬鹿な、ただの小娘にすぎないんだ。

 

「おい。さっきから黙っているけど、大丈夫か?」

 

「・・・・・・・・・」

 

 あたしは何も言わなかった。

 いや、言えなかった。

 あたしの心の中で、激しい自責の念が渦巻いていたからだ。

 

 こうして、今回の事件はあたしの心に深い悔恨を残し、幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

「――オーシャン・ブルーにて、テロ未遂事件が発生して、早くも一週間が過ぎました。しかし事件の詳細につきましては今だ不明な点も多く残されており、テロリスト達がどのルートで学園都市内へ侵入をはたしたのか不明なままです。今回の事件につきましては、事件に関与したとされるテロリストが1名を除き、全て死亡するという事態で幕を閉じました。その事が、 事件の真相解明を困難な状況にしている一つの要因となっています――」

 

 あたしはテレビのスイッチを切り、自室のアパートのベッドに寝転がる。

 そのまま、特にすることもなく天井をボーッと眺めていた。

 何もする気が起きなかったのだ。

 

 ――あの後、あたしたちは通報で駆けつけたアンチスキルの隊員達によって無事保護された。

 その後は病院へ収容され、事情聴取や、カウンセリングなどのケアを受け、無事帰宅が許されたのは昨日の事だ。

 そういえば、病院で入院していたとき、白井さんと、初春がお見舞いに来てくれたっけ。

 あたしの顔を見るなり口々に「大丈夫ですか」「お体に異常はありませんこと?」と血相を変えて心配してくれたのが、ちょっとおかしくて笑ってしまった。

 あたしの事を心配してくれる友達が要るって言うのは、やはりいい。心がほんわかと温かくなってくる。

 初春達はあたしの病室に顔を出した後、今度は御坂さんと孝一君の病室にもお見舞いにいくと言い残し、病室を後にする。

 

 そういえば、孝一君とはあれから顔を合わせずじまいだ。

 あの黒いローブを羽織った女の子は一体何者なんだろうと孝一君に問いただしてみたいが・・・・・・

 それに結局、あの佐伯と名乗る男とリク君の行方は分からずじまいだ。

 まさかあのまま、死んだなんて事はありえない。

 きっと、うまいこと脱出して、あたし達を嗤っているんだ。

 

 どこにいる? どこに消えたの?

 あいつらのアジトは?

 

 ・・・・・・・・・

 

 やめよう。

 今は自分のことで精一杯だ。

 この病室で、あたしが出来る事は限られている。

 なら、目を閉じ、自分自身のことについて考えてみよう。

 自分自身と向き合おう。

 そしてそれは、アパートに帰宅し、ベッドで寝転がっている今でもまだ続いていた。

 

 

 ――あたしは、無能力者だ。

 あたしはいつも、友達の間で疎外感を感じていた。

 御坂さんはレベル5で、初春と白井さんはジャッジメントの活動で忙しく、孝一君はスタンドと呼ばれる未知の能力を持っている。

 あたしだけだ。

 あたしだけ、何もない。

 力が欲しかった。

 あたしもみんなと同じになりたかった。

 同じ目線で、同じものを見たかったんだ。

 でも・・・・・・

 そこで気が付いた。

 長い長い思考の旅の果てに、あたしは気が付いた。

 あたしは、それに見合うだけの努力をしてきたのだろうか?

 

 答えはわかりきっていた。

 あたしは、何もしていなかった。

 能力を伸ばす努力も、勉学も部活も、何にもしてこなかった。

 ただ、自分はダメなんだとか、どうせ自分には才能がないだとか、自分で都合のいい理由を作って諦めてしまっていた。 

 自分で自分の成長の目を摘み取ってしまっていたんだ。

 自分だけの現実(パーソナルリアリティ)は自分の中にある様々な可能性から能力を一つ選び取り、能力を発現させる。

 早々に可能性の芽を摘み取ってしまっていたあたしに、能力など発現するはずもなかった。

 

 それでいいのか?

 自分に問いただしてみる。

 このままの自分で、本当にいいのか?

 何もしないでいるのは楽だ。

 だけどその状態が長く続くと、今度はそこから抜け出せずに、変化を恐れるようになってくる。

 一歩も先に進めなくなる。

 もう一度自分に問いなおしてみる。

 停滞を取るのか、それとも前へ進むのか。

 

「――佐天涙子。あなたは本当は、どうしたいの?」

 

 言葉に出して問いかける。

 

 あたしは・・・・・・

 あたしはっ・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 夕日が沈む夜の高校で、教師が帰宅の準備をしている。

 教師は外見がほぼ子供そのままといった容姿で、教材道具を持ってトテトテと歩き、校門から外に出る。

 

「あの・・・・・・月詠小萌先生。こんな夜分にすいません。あたしのこと、覚えていますか?」

 

 そんな彼女に声を掛ける生徒がいた。

 この学校の生徒ではない。

 でも、その姿には見覚えがあった。

 

「あなたは確か―。佐天涙子ちゃん。特別講習の時以来ですね―。元気していましたか―?」

 

 小萌はにぱっと人懐っこそうに笑うと涙子の元まで駆け寄ってくれる。

 月詠小萌はレベルアッパー使用者の特別講習を行う際の担当教師だった。

 出会ったのはその一回こっきりの講習のみだったのだが、こうして自分の名前を思えていてくれた事に、涙子は自然と胸に暑いものがこみ上げて来るのを感じた。

 

「あの、先生。先生に折り入ってお願いがあります」

 

「お願い、ですか―?」

 

 ちょこんと首をかしげて頭の中に「?」マークを作っている彼女に、涙子は頭を下げる。

 

「涙子ちゃん?」

 

「自分だけの現実(パーソナルリアリティ)についてもっと、ちゃんとした講義を学びたいんです。あたしは自分のことを、もっと知りたい。自分を、受け入れたい。努力したい。だけど、その方法が、まだ分かりません。それは、授業をまともに聞いていなかったせいですし、何の行動も移さずにただその日をなんとなく過ごしてきたあたしが悪いってのもわかってます。でも、やっと気が付いたんです。このまま何もおきない、何の変化もない停滞するだけの人生なんて、もういやなんです。だから放課後の少しの時間でもいいんです。あたしに教えてください! 講義を受けさせてください。お願いします!」

 

 自分でも、無茶苦茶な要求だと涙子は思っていた。だけど、他に教えを請えそうな人物は思い浮かばなかった。

 

 涙子は事の顛末を月詠に掻い摘んで説明する。

 オーシャン・ブルーで事件に巻き込まれたこと。

 何も出来なかったこと。

 その時に自分がいかに無力だったのか思い知ったこと。

 月詠はそんな涙子の説明を、何も言わず、黙って聞いてくれた。

 

「――なるほど。それで涙子ちゃんは、私を頼ってきてくれたんですね。でも、どうして私なんですか? 他にも指導してくれる先生はいくらでもいると思うんですけど」

 

「それは、講習会の時、先生の授業を受けたからです。先生の授業は分かりやすかったですし、あの授業のお陰で、あたしは自分の侵した罪を見つめなおす事が出来たんです。頑張ろうって思えたんです。だから、誰に声を掛けるのか悩んだとき、真っ先に先生の顔が思い浮かびました。先生なら、あたしに能力開発の糸口をくれるんじゃないかって」

 

 月詠はしばらく涙子の顔をじっと見ていたが、やがてあっけらかんと「いいですよー」と、見ているこっちが罪悪感を覚えるくらいの純粋な笑顔を見せてくれた。

 

「・・・・・・本当ですか? 本当に、講義してくれるんですか?」

 

「はい。涙子ちゃんはどうやら迷える子羊のようですから―。それを導くのは教師である私の使命なのですよ」

 

 小萌は「大船に乗ったつもりでいろ」とばかりに胸を叩き、こちらを見据えている。

 

「ありがとうございます!」

 

 涙子は何度も頭を下げ、感謝の感情を行動で示す。

 

 ここから、はじめるんだ。

 怠惰な毎日はもういらない。

 自分に甘える日々もお終いだ。

 前に進むんだ。

 歩くような速さでいい。

 少しずつ、努力していこう。

 失敗を恐れずに、出来ることをやっていこう。

 

(あたしはもう、逃げない)

 

 前に進むと決めた少女にさわやかな風が吹いた。

 

 epilogue 佐天涙子 END。

 

 

 



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僕の物語 ―epilogue 内田和喜―

 PM15:30 11F 会議室

 

 

「・・・・・・ぉい! おいっ! 生きてるか!? しっかりしろ!」

 

「・・・・・・ぅ?」

 

 闇の中を漂っているような混濁した意識の中、ワンワンとうるさい声がどこからか響き渡る。

 

「起きろったら起きろっ! じゃなきゃ、鼻と口を塞いじまうぞ!」

 

 

 ・・・・・・うるさい

 耳元で怒鳴らないでくれ・・・・・・

 こっちはもっと寝ていたいんだ・・・・・・

 

「内田君!」

 

 この、声は・・・・・・?

 

「内田君っ! しっかり! 死なないで!」

 

 僕の元に駆け寄る足音。

 そして、聞き覚えのある声。

 僕の体を抱きしめてくれる感触。

 

「い・・・・・・いん、ちょ・・・・・・う?」

 

「内田君っ!!」

 

 うっすらと覚醒した意識が最初に知覚したのは、涙を浮かべ、顔を歪ませている委員長の姿だった。

 委員長は僕の意識が戻ったことを確認するなり、僕の体にすがりつくようにしてワンワンと泣き出した。

 

「ゴメンなさいっ! 私が爆弾を止めてって言ったせいで、内田君にこんな怪我を負わせてしまって! 本当にゴメンなさい!」

 

 爆弾?

 そういえば、爆弾はどうなったんだ?

 僕が意識を失ってから、どれくらい時間がたったんだ?

 それに委員長が元も状態に戻っている?

 それって、つまり・・・・・・

 

「そうか、やったんだな。上条さん・・・・・・」

 

 周りを見渡してみる。

 そこにいるのは、委員長とジャックさんと知らない若者達が数十名ほどいた。

 そこで違和感にきずく。

 

 え?

 ジャックさん?

 ジャックさんが地面に腰を下ろし僕を見ている。

 あの別れ方からして、絶対無事に戻っては来れないと思っていたジャックさんがそこにいた。

 テロリスト達に撃たれた傷口からは、新たな血は出ていない。

 無傷とは行かないものの、それでも僕よりは遥かにマシな状態だった。

 ジャックさんは僕と目が合うと、「グッ」と親指を立てる。

 

 ・・・・・・そうか、逃げ切れたんだ。

 ジャックさんの様子を見て僕はやっと、彼がが無事なことを、実感を伴い認識できた。

 

「う・・・・・・ぐっ」

 

「内田君! ムチャしないで!」

 

 僕は委員長に「大丈夫だよ」と答え、体を起こしジャックさんと向き合う。

 

「よかった。無事だったんですね」

 

「おうよ。この不死身のジャック様がこんな所でくたばる訳ねぇだろ」

 

 ジャックさんがニカッと僕に対し笑いかける。

 

「敵をまいて物陰に隠れていたんだがよぉ。しばらくしても誰も追ってこねぇ。こりゃ変だと思って顔を出したら、敵はもう全滅した後だった。」

 

「全滅? じゃあ、僕達以外にも闘った人がいるってことですか?」

 

「たぶんな。でも、そいつはたぶん、俺達の敵だ。あの殺し方は、素人にゃあ真似出来ねぇ」

 

 ジャックさんはそのときの状況を思い浮かべたのか、顔を曇らせる。だけどそれも一瞬で、また元の飄々とした彼に戻った。ジャックさんは後ろで後ろでせわしなく駆け回っている若者達を見やる。

 

「そんなときに遭遇したのがあいつらさ。和喜よ。あいつらの顔に見覚えがないか?」

 

「え?」

 

 ジャックさんが顎をしゃくって見せた先にいる若者達。

 彼らは・・・・・・

 そうだ。彼らの数人には見覚えがあった。

 確か、1階のフロアで一緒になって拘束されていた人だ。

 彼らは能力者を毛嫌いし、そんなヤツラのために命を賭けるのは馬鹿だと、僕達にいった人達だ。

 それが、なんで?

 

「まあ、人間追い詰められれば本性が出るってことさ。あの連中、口では能力者を非難していたが、それでも罪悪感はぬぐいきれなかったらしい。テロリスト達が下に降りてこないことを好機と考えて偵察に行き、そこでヤツラが全滅していることを知り、こうして救出に駆けつけてくれたって訳さ」

 

「そうかぁ。みんなが・・・・・・」

 

 世の中の人間全てが、善人ではないと分かっている。

 そうじゃなきゃ、僕達はこうしてテロリストなんかに襲撃されていないんだから。

 だけど、それでも、人間の本質は善なんだと信じたい。

 

「俺は嬉しいぜぇ。人との関わりが希薄だというこの現代でも、やっぱり人は人。本質は変わらねぇ。世の中、まだまだ捨てたもんじゃねえなって思えてくるからよ。・・・・・・ほっ! と」

 

「あれ? ジャックさん?」

 

 ジャックさんは腰を上げ立ち上がると、僕達に背を向け歩き出す。

 

「世の中捨てたもんじゃネェとは言ったが、それでも融通が利くとは思えねぇってのが悲しい性だな。悪いがこのままアンチスキルと鉢合わせする訳にゃあいかねぇんだ。だってよ、俺は密入国者だからな。IDパスも偽造されたもんで、尋問されれば確実に嘘がばれる。捕まる訳にはいかねぇんだ。上条も、アイツが連れていた女の子も、それが分かっているから姿を消したんだろうぜ」

 

 ちょっと胡散臭い人だとは思っていたけれど、正体を知ったら実は犯罪者だったなんて・・・・・・

 だけど、何故だか知らないけど、この人に騙されたとか、嫌悪感を抱くということはなかった。

 

「でも、それならどうしてさっさと逃げてしまわなかったんです? ぐずぐずしていたらアンチスキルの包囲網から逃げ出すのは難しくなるってのに」

 

「そりゃあな、あいつに、上条に伝言を頼まれたからな。」

 

「伝言?」

 

「――ああ。『和喜。お前のお陰で、俺達は敵を倒すことが出来た。お前の気転がなけりゃ、俺は今頃アイツに串刺しにされていただろうよ。それに、後1分遅かったら、爆弾は作動して、俺達は全滅だった。敵を倒したのは俺だが、間接的にみんなの命を救ったのはお前のおかげだ。ありがとうよ。ヒーローってのはお前みたいなやつのことを言うんだろうぜ』・・・・・・以上だ」

 

 ・・・・・・上条さん。

 そんなことない。

 そんなことないよ。

 僕はただ、目の前の彼女を助けたかっただけだ。

 それが結果として、誰かを助けることに繋がったってだけだ。

 僕はヒーローなんかじゃない。

 ヒーローにふさわしいのは・・・・・・

 

「じゃあな。縁がありゃ、また合おうぜ。今度は、事件とか関係無しにゆっくり話しをしたいもんだな」

 

 ジャックさんは後ろ手を振って別れを告げると、そのまま歩いていく。

 

 ・・・・・・そうだ、ヒーローにふさわしいのは、ジャックさんや上条さんだ。

 たとえ裏の世界で生きている人でも、僕はあなた達に憧れる。

 ヒーローはあなた達であるべきなんだ。

 

 上条さんの残してくれた言葉をかみ締めながら、僕はジャックさんの後姿を、彼がフロアから姿を消すまで見つめ続けていた。

 

 

 

 

 

 ――あれから、数ヶ月が過ぎた。

 事件というものは熱しやすく、冷めやすい。

 当初は連日連夜ぶっ通しで報道していたメディアも、時の流れと共に、報道する回数が減っていった。

 おそらく、数年後には「ああ、そういえばそんな事件もあったなあ」といった具合に、風化していってしまうのだろう。

 結局、あの事件はなんだったのか?

 テロリスト共の目的はなんだったのか? 僕にはヤツラの意図が最後まで読み取れなかった。

 もし事件を俯瞰してみる事が出来たのなら、この事件の裏側を見ることも叶ったのだろうが、一介の中学生である僕にそんな能力は備わっていない。

 『物語の登場人物は、自分の役割以外の出来事に干渉する事は出来ない』といったのはどんな小説だっただろうか?

 だからこれは、僕にとって本筋の話ではないのだ。ただの番外編。サブストーリーだ。

 僕の物語は終わりを告げた。

 本筋は、きっと別の登場人物が演じている。

 彼、ないし彼女は僕達とは異なる世界感で、異なる物語を紡いでいることだろう。

 それがどんな物語かは、僕には知る由もないけれど――

 

「内田君。おはよう」

 

「あ、おはよう」

 

 通学路で同じ学校の女性徒と出会い、僕は挨拶を交わした。

 せっかくなので、思考を中断し、クラスメイトとおしゃべりを楽しむことにする。

 

 あの事件をきっかけとして、僕は自分を変えようと努力するようになった。

 クラスメイト達に積極的に挨拶し、言葉を交わす。

 多少ウザがられても、諦めない。

 クラスの行事にも積極的に参加する。

 学校外での活動にも参加するようになった。

 その内ポツポツと話をふられる事が多くなり、次第に教室の輪に溶け込める様になっていった。

 

 努力できる事は、自分の力で頑張る。

 それは、ジャックさんや上条さんに教わったことだ。

 結局、上条さんやジャックさんとはあれから会うことはなかった。

 彼らがどこで何をしているのか知らないけれど、この学園都市にいる限り、どこかでばったりと出会うかもしれない。

 その時のために、彼らを失望させないために、後ろを向くことはもう止めた。

 精一杯、前を向いて努力して行こうと、僕は誓ったんだ。

 

「ねえ、ねえ、内田君?」

 

「ん? 何?」

 

 ふいにクラスメイトの女の子が僕に尋ねてきた。

 

「何かさ、内田君、変わったね。前より明るくなって、話しかけやすくなったって言うか・・・・・・」

 

「へん、かな・・・・・・?」

 

 自分では自覚がないのだけれど、そうか、少しずつ変われているのか、僕は・・・・・・

 そんな僕に女の子は「ううん。そっちのほうが断然いいよ」と明るく笑いかけてくれた。

 

  

「おはよう和喜」

 

「よう、和喜」

 

 クラスメイト達が次々と声を掛けてくれる。

 

「おはよう。内田君」

 

 その中には委員長の姿もあった。

 僕の中に芽生えたもの、あの時に感じた委員長への想い。

 それが恋なのか、それとも淡い憧れなのか今だ不明瞭だ。

 だから今は、少しづつ、その芽を育てていこう。

 いずれその時が来たら――

 

 だから、今はもう少し、歩くような速度で・・・・・・

 育んでいこう。委員長へのこの思いを。

 僕は委員長達に笑顔で

 

「うん。皆、おはよう」

 

 と挨拶を交わした。

 

 僕の本筋。

 たぶん、きっと、これから始まるんだ。

 それがどのような物語を紡ぐかは、まだわからない。

 ハッピーエンドなのか、バッドエンドなのか・・・・・・

 それはこれからの僕次第、といった所だ 

 だからこれからも、努力していこう。まだ見ぬ未来が、より良き物であると信じて。

 

 epilogue 内田和喜 END

 

 

 




ちょっと短いですが、ここで一区切り。
次からは孝一君の話となります。


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壁の外から来た魔女 ―孝一編その①―

「――眠れ。魂無き物共よ」

 

 声の主が小さく呟くと同時に、ドラム缶のような形をした警備ロボットがその活動を停止させる。

 コンクリートの床でその動きを止めたロボットは、まるでオブジェとして、はなからそこに陳列されていたかの様だ。

 警備ロボット、監視カメラ、人工衛星。その全てを一時的に無効化した。

 完全には破壊しない。そんなことをすれば、たちまち大量の警備ロボット達やこの学園の能力者達と事を構えなければならなくなるだろう。もとより彼女に戦闘力は皆無。

 潜入。

 彼女はそれだけに特化した魔術を使う、ただの運び屋だ。

 その彼女が今、学園都市に侵入を果たした。品物はない。彼女の身、一つだ。

 外壁を突破し、警備ロボを黙らせ、彼女はどこに向かうというのか。分かっているのは、彼女の瞳には何か決意に満ちた強い意思のようなものが宿っているということだけだ。

 

「・・・ジジジジジジ」

 

 警備ロボットが電子音のようなものを発し、フリーズ状態となっている。

 その頭部には何か、鳥の羽のようなものが張り付いている。

 羽には魔術の文字(ルーン)の様な者が刻まれ、よく見るとうっすらと、紫色に発光していた。

 おそらく、何らかの呪文が発動しているものと思われる。

 

 停止(バインド)の呪文の効果は30分程度。

 その前に、この場所を離れなければならない。

 声の主は肩に落ちた漆黒のフードを被り直すと、暗闇に溶け込むけるように同化し、その場を後にした。

 

 ――私には、使命がある。

 

 しかしそれには人手が足りない。私一人の力で事を成すは困難だ。

 使命を果たすには、協力者がいる。

 

 少女には心当たりがあった。

 学園都市内で、自分の命令を忠実に聞いてくれそうな人物の心当たりが。

 その人物は私の頼みを断らない。いや、断れないはずだ。

 何故なら、彼の弱みに付け込むすべを、自分は心得ているのだから。

 少女は、闇の中でにやりとほくそ笑んだ。

 

 

 

 

「ぐぅ・・・・・・。フガ・・・・・・」

 

 深夜。

 既に廃ビルと言っても差し支えない、建物。その一室で、ジャック・ノートンは高いびきをかき、ベッドで大の字で眠りこけていた。

 周囲には書類の束が散乱し、脱ぎ散らかされた衣類やカップ麺等が床一面に散らばっている。

 ここは彼の自宅兼、仕事場だった。

 

 第七学区のうらびれた路地裏。

 そんな人気のない場所に、ジャックが立ち上げた『ノートン探偵事務所』はあった。

 彼が請け負うのは人探しや盗品の捜索だが、それだけでは食っていけない。実際は、表沙汰にできないような案件を請け負うことのほうが多かった。

 今回請け負った案件も、窃盗団に盗まれ、闇の市場に流されていった宝石の回収というもので、ついさっき犯人の一団と大乱闘の末、無事宝石依頼主の元へと届けたばかりだった。

 

「ぐごごごごご。すぴー」

 

 ジャックは久しぶりに晴れやかな気分で熟睡していた。

 やはり、きちんと働いたと実感してから寝るのと、毎日暇をして惰眠を貪るのとでは、その睡眠の質にも影響を与えるようだ。

 ジャックのようにすねに傷のあるに人間に、学園都市という環境はとても無情だ。密入国という違法手段をとっている以上、まともな組織が彼を雇ってくれるはずもない。だからこうして裏の家業にも足を染めてしまう。

 だが、それでもジャックは今の生活に満足していた。

 

 子供の頃、スーパーマンに憧れた。一般の人間には備わっていない異能の力、それを行使する人々。全てが彼の憧れだった。だから、その夢を体現したような学園都市にこられて、彼はそれだけで十分だったのだ。

 

 

「・・・・・・おい。おきろ」

 

「ぐえっ!?」

 

 気持ちよく熟睡しているジャックの鳩尾辺りに、重い衝撃が加わった。その衝撃があまりに突然すぎて、ジャックは強制的に安眠から覚醒させられてしまう。それと同時に胸の辺りまでこみ上げるものを感じ、気分が悪くなった。

 

「な、な、なぁっ!?」

 

「お前が、ジャック・ノートンか? ずいぶんと小汚い所に居を構えているんだな」

 

 ジャックが目を開けると、そこには自分の鳩尾に足を乗せ、思い切り体重をかけている全身黒ずくめの女がいた。

 

「お、おまえ!?」

 

「アジャンテという組織に、心当たがあるだろう? 私はそこから来た。お前に協力を求めにな」

 

 一体何がなんだかわけが分からずに混乱するジャックを見下ろし、女は頭に被っていたフードを下ろす。

 とたんにフードと一緒に、サラサラとした金色の髪が零れ落ちた。

 腰まで伸びた、さらさらとした金色の髪。

 青いエメラルドブルーのような瞳。

 そこから顔を出したのはまだ年端の行かないような少女だった。

 その顔立ちはまだ幼く、15、6位だとジャックは連想させられた。

 しかしその瞳には、強い意志のようなものが内包されており、一般の女性徒とは明らかに一線を画している。

 

「・・・・・・・・・」

 

 その清楚な顔立ちにジャックは一瞬見とれるが、すぐに思考を切り替え、この少女が誰なのか考えをめぐらす。

 少女が言った『アジャンテ』という組織。

 そして体を覆う漆黒のローブ。

 ジャックはようやくこの人物の正体に思い至った。

 

「お、おまえ、もしかして!? 俺を学園都市に運んでくれた運び屋の仲間か?」

 

 少女は「やっと分かったか。馬鹿め」とでもいいたげな表情で、ジャックを見下ろし続けている。

 

(そうだ、思い出した。『アジャンテ』、俺が学園都市に密入国する際に手引きしてくれた組織がそんな名前だった。確か、どのような非合法な品物でも、目的地まで運ぶことを生業とする魔術結社で、俺はそいつらを利用して学園都市に侵入する事が出来たんだ。それがなんで、いまさら、俺に用があるってんだ? )

 ジャックには思い当たる節がまったくなかった。

 

 元来、魔術師というものは群れで行動することを嫌う傾向にある。それは、魔術師の行動原理には「願望を成就させる。その為にはどのようなものも利用する」という個人的な感情が伴うからであり、組織に属していてもその考えは変わることはない。彼らにとって、組織とはあくまで願望達成のための手段であり、その気になればいつでも裏切ることもいとわないのだ。

 しかし何事にも例外はある。

 とくに近代の魔術師達の中には、己を高めると言う崇高な理由も、願望成就という手段すら捨て、私利私欲に走る者達が出現し始めたのだ。

 なぜなら魔術は、正規の手順さえ踏めば素人にも使用する事が出来る、この上なく魅力的な技術だからだ。

 その為、そこに金の臭いを感じ取って悪用しようとするものがいてもおかしくはないのだ。

 彼らの目的は純粋なビジネスであり、魔術はその為の手段でしかない。

 この『アジャンテ』なる組織もその内の一つだ。

 彼らは居を構えず、まるで遊牧民の様に各地を転々と移動しつつ、依頼をこなす。

 それは、教会側からしたら明らかに異端であり、粛清の対象となっているだろう自分たちの身を守るための行動だった。

 

 

「――お前に、手を借りたい案件ができた。協力してもらおう」

 

 少女は尊大な態度でジャックを見下ろしている。

 人の安眠を妨害しておいて、いきなり何をほざきやがるのかと顔をしかめたジャックだったが、なんとか感情は押し殺した。こういう場合は、努めて冷静に話し合うべきなのだ。とりあえずこの体制だけでも何とかしなければならない。だから、ジャックは努めて紳士的に、大人の対応で少女に対応した。

 

「あ、あー。お嬢さん、分かった。とりあえず、話しは聞こう。だから、この体勢から一端離れないか? その、さっきからお嬢さんの下着がさ? この体勢だともろ見えになっているっていうか・・・・・・」

 

「!?」

 

 少女はとたんに顔を真っ赤にしかめて股下を抑えると、そのままジャックの顔面を足の裏で踏みつけた。

 

「ぐはぁっ!?」

 

「この、変態が!」

 

 ああ、良かった。

 こういう反応は年相応じゃねえか。

 ジャックは妙な安心感を覚え、しばらく意識を失った。

 

 

 

 

「――ほらよ」

 

 少女を来客用のテーブルに座らせたジャックが、ココアを入れたカップを持ち、現れる。

 

「フンッ」

 

 差し出されたココアを、少女は鼻を鳴らしながら無言で受け取った。

 ジャックは「やれやれ」と心の中でため息をつく。

 どうやら下着を見られたのがよほど許せなかったらしい。

 魔術師とはいえ子供は子供。

 それも思春期真っ只中の十代だ。どんなことで自尊心が傷付くか、分かったもんじゃない。

 

(まあ、それはそれとして・・・・・・)

 

 ジャックはとりあえず、深夜に訪れたこの可愛らしい魔術師の話を聞くことにした。

 机を挟み、少女の真正面に座る。そして足を組む。

 いつもの依頼者とのやり取りと同じ、彼独自のスタイルだった。

 

「それで、俺に手を借りたい用件ってのはなんだ? 言っとくが、前の様に細菌兵器のアタッシュケースを運ぶなんて仕事はお断りだぜ」

 

「それはサマルディアの連中が勝手にやったことだ。我々の仕事は、依頼された品物を運ぶ。ただそれだけだ」

 

「依頼内容に善悪は問わないってか? 気にいらねぇな。それでどれだけ多くの人間が――」

 

 そこまでいってジャックは口を閉じた。

 この少女に言ってもしょうがない事だと思ったのだ。

 何故ならそれが彼らの日常であり、常識だからだ。

 『アジャンテ』という組織がどれほどの規模かは知らないが、少なくとも目の前の少女が生まれる、遥か以前から存在しているのは間違い無さそうだ。

 だから、彼女は間違っていない。土地があり人間がいれば、その数だけ独自の文化形体が発生する。そこでの教えは少女の常識、世界そのものだ。それを咎め、覆す権利など誰にもあろうハズもない。

 

(――だが、気にいらねぇ)

 

 口を閉じたまま何も話そうとしないジャックを見て、少女は怪訝な顔をする。ジャックは少しぶっきらぼうに「なんでもねぇ。話しの続きを聞かせろ」と、用件を話すよう促した。

 

「――用件というのは、我々の下から盗まれた、ある品物を回収することだ」

 

「品物だぁ?」

 

「そうだ。我々の仕事は、依頼されたものならどのようなものであれ、目的地まで運びこむ事。大抵の依頼者は契約が遂行された後、我々に対し報酬を支払う。だが稀に、品物を運び込んだ瞬間に襲い掛かってくる不届き者もいる。そういう輩に対処するため、大抵は5人一組で行動するのが原則だ」

 

 話を一区切りし、少女はテーブルに置いたカップを手に取る。そして、口をつけて一口啜る。

 とたんに口内から鼻孔にかけてチョコレートの甘美な香りが広がる。

 

「甘いな。これ」

 

「なんだ。甘いのは苦手か?」

 

「いや、久しく味わっていない、暖かくて優しい味だと思っただけだ」

 

 少女はカップを両手で持ち、中のココアを覗き込むようにしている。その表情は一瞬だが、どこか幼く、年相応な顔立ちだとジャックは思った。

 

「――3ヶ月ほど前、我々の仲間が賊に襲撃された。品物を目的地まで運び、報酬を受け取ろうとした瞬間、四方から襲い掛かってきたのだ。仲間は殺され、品物は盗まれた」

 

「そりゃあ、また・・・・・・」

 

「問題はない。よくある話だ。・・・・・・だが、我々は裏切り者を許さない。仲間の受けた屈辱は何倍にもして相手に返す。襲った集団は、我々の仲間が総出で探し出し、しかるべき報いを受けさせた。だが、依頼された商品と受け取り主の男だけは、あえて取り逃がした」

 

「取り逃がしただぁ!?」

 

 ジャックは思わず、素っ頓狂な声をあげてしまう。

 意味が分からなかった。なぜ、わざわざそのような真似をするのか。とっとと回収してくれりゃ、この女がここに来ることもなかったろうに・・・・・・。ジャックはその取り逃がした人物を、心の中で恨んだ。

 

「それには理由がある。それは私のためなのだ」

 

「はぁ?」

 

 益々わけが分からない。盗品を取り返すのではなく、見逃すのがコイツのため?

 まあ、続きがあるようなので黙って聞いておくことにする。

 

「我々のような流浪の民は実戦経験に乏しい。仕事が毎回あるわけではないし、その内容は危険が伴うものが殆んどだ。そこで、見習い期間である人間に対し、実践を積ませる必要がある」

 

「おいおいおいおいおい。まさか、それでか? だから、あえて逃がしたってのか?」

 

「そうだ。どのような組織にも、試験というものは存在する。これは見習いである私に対する昇格試験なのだ」

 

 こいつは、ヘビーだ。

 ライオンは子供をあえてがけ下に突き落とし、その力量を測るというが・・・・・・

 まさか実践しているヤツラがいたとは。

 自分の常識とは異なる世界を垣間見、ジャックは開いた口が塞がらなかった。

 

 

「商品を取り戻し、あの男に然るべき罰を与えるまで、私は『アジャンテ』に戻ることを禁じられている。だからお前に協力を要請したのだ」

 

「協力? お前さんの口ぶりからはそんな態度が一片も見えてこねぇんだが・・・・・・。それに、おかしいだろ。仲間の手は借りられないが、赤の他人の俺の手は借りてもいいなんてよ、ずいぶんと手前勝手な理由だな?」

 

 ジャックが足を組み替え、呆れ気味に少女に問いかける。

 

「つまりこういうことだろ? 任務の遂行に手段は問わない。仲間の手を借りる以外のことなら、現地の人間を捨て駒に使っても構わない。俺は使い捨ての便利屋って訳だ。まったくひでぇ話しだぜ」

 

 ジャックは少女の話を聞いていられなくなり、両手を上げ、文字通り『お手上げ』のポーズをとった。

 

「なんだ。協力を断るのか?」

 

「当たり前だろ!? 誰が、名前も知らない赤の他人の為に、犯罪の片棒を担がなけりゃならないってんだ!?」

 

 少女のさも協力して当然といった答えに、ジャックは憤慨する。

 これも『アジャンテ』の教育の賜物なんだろうが・・・・・・。それでもイカレていることには違いない。

 まあ、百歩譲ってその尊大な態度も、かわいいお顔に免じて許そう。

 だが、ただ働きは御免被りたい。

 誰が好き好んで無償で地雷原を突破するような真似をしなくちゃならんのだ。

 こっちは明日のメシの食い扶持まで心配しなけりゃならない身の上だってのに。

 ジャックは立ち上がると、隣にある自室のベットの方に足を運ぶ。

 

「おい。どこへ行く? まだ話は終わってないぞ」

 

「馬鹿らしくて聞いてられるか。俺は寝る! 明日も仕事が入ってんだ!」

 

 実は仕事など入っていないのだが、そこは方便。ここを離れるためならどんな嘘でも今のジャックはつくことだろう。

 

「・・・・・・しかたない。ならば私はお前の身の上をここの連中に垂れ込むだけだ。そうなると仕事の心配ではなく自分の身の上を心配しなければならなくなるが、それでもいいのか?」

 

「な、にぃいいいい!?」

 

 ジャックが急に方向転換し、少女の元に戻ってくる。

 

「お、お前。それはズルイだろ!? 立派な脅迫だっ。犯罪だぞっ。お前にはプライドがないのか!?」

 

「さっきも言った。使えるものは何でも使う。そのために私は心を鬼にしたのだ。さあ、どうする」

 

「ぐぐぐぐぐぐっ」

 

 いくら歯軋りしても、相手になんのダメージも与えられない。だが、せずにはいられない。

 しばらく無言のにらみ合いが続いたが、ついにジャックが折れた。

 

「――わかった。だがその代わり、お前の名前を教えろ。赤の他人の名無しの権兵衛じゃ、呼びにくいからな。これから共犯関係を結ぶってんなら、必要最低限、互いの名前くらい知っておきたいからな」

 

「名前など・・・・・・」

 

「いいから話せ。名前も明かさない奴とは、信頼関係は結べない。これが最低限の譲歩だ」

 

 少女はしばらく言いよどんだが、やがて小さな声でぶっきらぼうに

 

「――サルディナ」と呟いた。

 

(さてと、とんでもないトラブルが舞い込んできたもんだが、俺とこのサルディナだけで事に対処できるのだろうか? 出来ることなら後一人、協力者が欲しい所だが・・・・・・)

 

 頭を切り替えてこれからすべき事を考える。

 さすがに数多のトラブルを乗り越えてきてはいない。

 現在、頭の中のコンピュータでは様々な計算が行われている。

 現状打破に必要な協力者は・・・・・・

 そこで一人、うってつけの人物の名前が浮かんできた。

 

(やっぱり、こういう時頼れるのはあいつしかいねぇ。あとはどうやって説得するかだが・・・・・・まあいいか。こういう場合は出たとこ勝負でいこう)

 

 明日に備えるためベッドに向かうことにする。そう、全ては明日からだ。

 サルディナには床かソファにでも眠って貰おう。いきなりやってきた客人に、ベッドを恵んでやるほど俺は甘くないんだ。ジャックは少しだけ罪悪感が過(よぎ)ったが、それを振り払う。

 

「――おい、サルディナ。悪いがソファか床に・・・・・・」

 

「寝てくれ」と言おうとしたジャックはその口を閉じる。

 

「すぅ・・・・・・すぅ・・・・・・」

 

 サルディナはソファに寄りかかり、すでに寝入っていた。よほど疲れていたのか、それとも緊張の糸が切れたのか。

 

(――たぶん、両方だな)

 

 考えてみれば、この年頃の少女がたった一人で見知らぬ土地に来るという事が、どれだけ心細いことか。

 ジャックにも経験があるから分かった。

 

「ちっ」

 

 自分に対し、舌打ちをする。やはり自分は非常に徹しきれないようだ。ソファに不自然な形で寄りかかるサルディナの体を抱え挙げると、そのままベッドへと直行する。

 

「・・・・・・今日だけだからな」

 

 お気に入りの自分のベッドにサルディナを寝かせる。

 

「くぅ・・・・・・くぅ・・・・・・」

 

「こうしてみるとかわいい寝顔なのによ・・・・・・」

 

 屈託のないのない顔で寝息を立てるサルディナは、どこにでもいる十代の少女だった。

 ジャックはサルディナに毛布をかけると、そのままソファに直行する。

 

「くそっ」

 

 そのまま明かりを消し、自室から持ってきたシーツを投げ、ソファに寝転がる。

 安物のソファは硬く、落着いて眠れない。体に合わないため、さっそく背中が痛くなってきた。起きたら筋肉痛にならなきゃいいが――。ジャックはそんなことを考えながら、まぶたを閉じた。

 

 

 

 

 

 



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サルディナ ―孝一編その②―

「ん・・・・・・」

 

 まぶた越しに陽の光を感じ、サルディナは目を覚ました。

 眠気眼をこすり、周囲を見る。

 開け放たれた窓からカーテンがそよぎ、優しい陽の光が差し込んでくる。

 いつの間にベッドに寝ていたのだろう。訝しみながらもサルディナは上体を起こした。

 そのとたんに、手前の部屋からベーコンの香ばしい香りが漂ってきた。

 「フンフンフン」というジャックの鼻歌が聞こえてくる。どうやら、朝食の準備中のようだった。

 そういえば昨日から何も食べていない。

 そのことに気づくと、サルディナのお腹から「くぅぅ」という音が鳴った。

 

「ううっ・・・・・・」

 

 なんとなく気恥ずかしくなり、サルディナはお腹を押さえた。

 

「おーい。朝飯できたぜ。とっとと起きろぉ」

 

 ジャックがサルディナを起こしに寝室にやってくる。

 

「お前。私に何かしたか? 朝起きたら、ベッドに寝かされていたのだが」

 

 ジャックが来たとたん全身を毛布でくるみ、サルディナは頬を赤く染めじろりと睨む。

 

「ああ? 何もしてねぇよ。あいにく俺の守備範囲は30代からなんだ。お前みたいな洗濯板の胸なんか見ても、ちっとも嬉しくないね。んな下らん事言ってないで、さっさと飯食え」

 

「うぐ・・・・・・」

 

 そうやって全否定されるのも、それはそれで納得いかないのは何故だろう。

 サルディナはなんとなく釈然としないまま、ジャックの言葉に従った。

 

 

 2人がけのテーブルには皿が二枚とフォークが二本置かれており、中身は厚切りのベーコンが添えられたスクランブルエッグ、そしてこんがりと焼けたトーストといった内容だった。

 ジャックは自分のいつも座っている椅子に腰掛けると、自分のトーストにタマゴを乗っけてかじりついた。

 サルディナもそれに習い、席に座る。2人がけテーブルなので、ジャックと真向かいの形になるのがなんとなく気恥ずかしかったが、空腹には勝てない。フォークで自分の分のスクランブルエッグを一口大にしてすくうと、そのまま口に運んだ。

 

「おいしぃ」

 

 素直な感想が口から零れた。

 

「そりゃあ良かった。これでまた、『こんな塩分の多いものを乙女に食わすな』何ていわれたら、たまったもんじゃねえからな」ジャックがベーコンをパンにはさみつつ、皮肉を言う。

 

「そんなことは言わん。うまいものをうまいと言ったまでだ。そうつんけんするな」サルディナがフォークに刺した角切りのベーコンを口に運び、咀嚼する。

 

 その様子を見たジャックは「なんだ。今日はやけに殊勝じゃねぇか。昨日の傍若無人ぶりはどうした」と、からかい混じりの言葉を浴びせた。

 

 サルディナは「別に、なんでもない」と顔を膨らませ、食事を続ける。

 女心と秋の空とはよくいうが、ちょっとした言動で気分をころころと変えのは勘弁願いたいぜ。

 ジャックは、心の中で大きなため息をつき、食事を取る。

 しかしこのお嬢さん・・・・・・

 おいしそうにスクランブルエッグを平らげるサルディナを見やり、ジャックは昨日までのこの見習い魔術師の言動を回想する。

 

(――なるほどな。こいつはまさしく見習いだ。しかも「超」が付くほどの世間知らずだ。恐らく自分の仕事の内容も、それがどのような結果を生むのかという意味も、まだ深く考える事もないのだろう)

 

 トーストを全て平らげ、コーヒーを入れるために席を立つ。念のためサルディナにも訪ねると「暖かいココアがいい」とジャックに答えた。ジャックは「あいよ」と返しキッチンへと向かう。

 

「・・・・・・おっかないねぇ」

 

 ポットのお湯が沸くのを待つ間、ジャックはポツリと一言呟いた。

 それは、サルディナの行く末についてなのか、彼女をそういう風に教育した『アジャンテ』についてなのか。ジャックは自分でも分からなかった。

 

 

 

 

「・・・・・・おお。夜の時には分からなかったが、改めてみるとなんという大きさだ」

 

 高層ビル群に圧倒されるサルディナが周りをキョロキョロと見渡している。

 上空を飛ぶ飛行船や巨大な風車に驚き、自動掃除機に目を丸くし・・・・・・

 その姿はまるで地方から初めて都会に出てきた観光客のようだ。

 ただし、普通の観光客は全身黒ずくめのローブなど羽織ったりしない。

 特に早朝の人通りが多い時間ではその姿は目立ってしょうがない。

 

 彼らは現在、「ノートン探偵事務所」を出て、ファミレスまで向かう最中である。

 事前に連絡した待ち人に合うためだ。

 その際、サルディナが昨日と同じ黒いローブで表に出ようとしたため、「そいつは目立ちすぎるんじゃあねぇか?」と止めたのだが、サルディナの「これはアジェンテの正装だ。恥じることなどなにもない」という一言でしぶしぶ了承せざるを得なくなってしまう。

 案の定、道行く人々が怪訝そうな顔をしてジャックたちを見て通り過ぎていく。

 

(ったく。勘弁して欲しいぜ)

 

 こっちはただでさえ人目につくのは勘弁願いたい身の上だってのに。

 ジャックは帽子を深く被り、なるべく通行人と視線を合わさないように注意する。

 

「あはっ。すごいすごいっ。なあ、ジャック。あの建物は・・・・・・」

 

 だがそんなジャックの努力など、サルディナはお構い無しだ。

 ジャックの服を引っ張り、次々に質問攻めにしてくる。

 

「おい。サルディナさんよ。お前さんは観光をしにここに来たのかい」

 

 とりあえずたしなめておく。

 その言葉にサルディナは「ハッ」と息を呑むと、とたんに顔を真っ赤にして自制する。自分のはしゃいでいる姿を思い出し、羞恥心が蘇って来たのだろう。「コホン」と一つ咳払いし、顔をジャックからそらす。

 

「ったく。お前はどこの田舎から出てきた旅行者なんだよ。ビルくらい今迄だってあったろうに」

 

「し、しかたないだろ」サルディナが頬を膨らませて答える。「我ら流浪の民は特定の土地を持たない。大抵が、山奥や草原地帯や地下等を根城にしているのだ。それに私は、このような大都会を一度も見た事がなかったのだ。圧倒されて当然なのだ。うん」

 

 サルディナは自分で自分の行動を正当化するように、何度も「うん。うん」と頷いた。

 

「・・・・・・それよりジャック。そのコーイチという奴は、本当に信頼できる奴なんだろうな?」

 

 サルディナが話をそらすようにして、これから合う人物について、ジャックに再確認を取る。

 

「あたりまえだ。なりは小さいが頼りになる男だ。こいつが参加するか否かで、作戦の成否は劇的に変わるからな」

 

「ふーん」

 

 サルディナはまだ信頼できないといった顔で見ているが、ジャックには確信があった。

 これまでだって何度も、孝一はジャックを助けてくれた。

 絶体絶命のピンチを土壇場の大逆転に変える男。それが広瀬孝一という男だ。

 孝一となら今回のトラブルも、きっと乗り越える事が出来るさ。

 ジャックは希望の地を求める旅人の心境で、孝一との待ち合わせ場所へと急ぐのだった。

 

 

 

 

 とあるファミレスにて。

 

「嫌です」

 

 開口一番、孝一はぴしゃりとジャックに言い放った。

 

「そりゃあねぇぜ!? 俺ぁまだ何にもいってないじゃねぇか!?」

 

 ジャックが「信じられない!」といった顔で孝一を見る。

 ファミレスの一室で、ジャックの真向かいに座る孝一の口から飛び出したのは、完全な協力拒否の言葉だった。

 

「いらっしゃいませーご注文はお決まりになられましたかー?」

 

 タイミングがいいのか悪いのか、ウエイトレスがメニューを携えやってきた。

 

(おい。なんだこの尊大な男は。こいつがお前の言うコーイチとかいう奴なのか?)

 

 ジャックの横に座っていたサルディナが、脇をつつきながら小声で訊ねる。

 サルディナはフルーツパフェを注文した。

 

(いいから黙ってろ)ジャックは同じく小声でサルディナに返し、コーヒーを注文する。

 

 最後の孝一はカフェオレを注文する。ウエイトレスは注文を読み上げると「しばらくおまちください」といって、頭を軽く下げると去っていった。

 

 ウエイトレスが去った瞬間。

 

 「あんたなぁ・・・・・・」孝一はまるで詐欺師を見るような目でジャックを睨む。「今まで何度でしたっけ? こうやってジャックさんに『お願い』とやらをされたのは」

 

「そ、それは」ジャックが言いよどむ。

 

「あんたにされたお願いで、平穏無事に解決したものってありましたか!? いいや、なかったね! 下水道の件も宝石強盗の件も、こっちは何度死にそうな目に合ったことか。たぶん普通の人間だったら5回は死んでますね。絶対!」

 

 孝一は早口でまくし立てるようにジャックを責める。よほど煮え湯を飲まされてきたのだろう。その様子はまさに怒り心頭といった感じだ。

 

「で、でもよう・・・・・・。こうして待ち合わせのファミレスまで来てくれたって事は、少なくとも話だけは聞いてくれるんだろう?」

 

 ジャックは孝一が話し終わるタイミングを見計らって、おずおずと訊ねる。

 

「そ、そりゃあ、電話で『絶体絶命の大ピンチだ。お前が来てくれなきゃ俺は死ぬ』なんていわれたら。後味悪くて仕方ないじゃないですか」

 

 流れが変わりそうだ。

 ジャックは頭をテーブルにこすり付け、情に訴える作戦を取る。

 

「たのむ。今度こそ本当の本当に、ピンチなんだ。俺だけじゃない。この子の将来に関わることなんだ」

 

「あの、ジャックさん。さっきから気になってたんですけど。この子、誰です?」

 

 孝一はファミレスに来た時から気になっていたことをジャックに聞く。

 中年男性と、年端も行かないような少女。明らかに不自然な組み合わせだ。

 

「おお。よく聞いてくれたな。実は――」

 

 ジャックはその言葉を待ってましたとばかりに、昨夜にやってきた、この見習い魔術師の話を孝一にする。

 

 ――こうなったら、無理にでも話を聞かせて共犯にしてしまおう――というジャックの打算的な思いに、孝一はまたしてもトラブルに片足を踏み入れてしまうのだった。

 

 

 

「――はあ。魔術師さん。ですか」ウエイトレスが持ってきたカフェオレを飲みながら孝一がジャックの隣にいる少女をまじまじと見る。

 

「サルディナという。ジャックはお前のことを高く評価していたが、にわかには信じられんな」

 

 孝一の気のないような返事に、サルディナは「コイツ本当に頼りになるのか?」といった微妙な表情で答える。

 

「俺の話は以上だ。運び屋のアハドという男を捕まえるために協力してくれ! 孝一。お前はこんないたいけな女の子を見捨てるつもりか? 何とかしたいと思わないか? ちょっとやってやるぞって気にならないか?」

 

「なりませんよ。大体、どんな品物で、今どこに保管してあるのかもわからないのに、どうやって探せって言うんです?」

 

「場所は分かっている。『オーシャン・ブルー』と呼ばれる建物のどこかだ。詳しい場所は、近付けばこの紋様が教えてくれる」

 

 それまでフルーツパフェを一心不乱に食べていたサルディナが、二人の会話に割り込んでくる。フードの袖口を少しめくり、右腕を差し出すとジャック達に掲げてみせた。彼女の手首周辺には丸や、古代文字らしき奇妙な文字が書き込まれている。

 

「なんだそりゃ」ジャックが腕に刻まれた紋章を指差し、訊ねる。

 

「昨日説明しただろう。商品を強奪しようとする不届きな輩がいると。そういう手合いに対処するために、商品にはあらかじめ追跡(トレイス)の文字(ルーン)が刻まれているのだ。今回の品物にも当然それが刻まれている。商品に刻まれた文字(ルーン)と私の文字(ルーン)。近付けば互いに共鳴反応が起こる」

 

「へぇぇ。なんか、すごいなぁ。本当の魔法使いみたいだ」孝一の素直な感想に「本物だ。愚か者」とサルディナは鋭いツッコミを入れた。

 

「オーシャン・ブルーは数週間前に急遽閉館が決まった建物だ。今は目下閉店セールで格安販売中。人の出入りはすこぶる激しい。その盗んだ奴も、迂闊には別の所に運び込むことも出来ないってわけか。見失う心配はなさそうだな。だがまてよ?」ジャックがコーヒーを一口啜り、疑問を口にする。「ちなみに、品物はどんなものなんだ? 形状が分からねぇと、持ち運びの仕様がないぞ」

 

「それも問題ない。段ボール箱程度の大きさだ。数量は片手で数得られるほど。あとは全て回収したらしい。品物は何かは私は聞かされていない。ただ、名前だけは知っている。『ガナンシィ』というそうだ」

 

「ガナンシィ!?」

 

 その言葉を聞いたとき、ジャックには思い当たる節があった。こう見えても裏の社会に身をおく人間だ。それなりの情報は入ってくる。

 今の言葉が間違いじゃなければ。かなり、ヤバメの品物だ。このお穣ちゃんには荷が重過ぎる――

 それは技術的なことだけではなく、もっとメンタルなもの。

 つまり、心構えや自分の行動に責任を負えるほどの強い覚悟だ。このサルディナにそんな覚悟があるとは思えなかった。

 冷酷な言い方かもしれないが、サルディナにはそういった、闇の世界で生きていくための才能がまったく無かった。それは、昨日まで一緒にいてすぐ分かった事だ。

 

「・・・・・・・・・」ジャックはサルディナを見る。あの、闇の世界の住人独特の、冷たく濁ったオーラが、サルディナには感じられない。だとしたら――

 とたんに、気が変わった。

 他人に強要された仕事というのは今一つ身が入らなかったが、今は違う。

 サルディナを、放って置けなくなった。

 他人の生き方に干渉するのは本位じゃないが、それでも彼女と出会ってしまったのだ。出会い、心惹かれるものがあるのなら、見過ごすことなどできない。

 

「ひとつ、お前に聞いておきたい事がある」ジャックはサルディナに訊ねた。「お前が試験を合格するのに躍起になっているのは分かる。どこの世界でも、見習いなんて、ろくな扱い受けないだろうしよ、お前が速く昇格したいって言うのももっともな話だ。だからお前に問いたい。お前、今回の試験で、人を大量に殺す覚悟はあるのか?」

 

「何の話だ? これは私の試験だ。何故人を大勢殺す必要があるのだ?」サルディナは怪訝な表情でジャックを見る。

 

 ジャックは真剣だ。真剣な表情でサルディナを見ている。その表情を見て、二人を諌めようと思っていた孝一は様子を伺うことにした。ジャックがサルディナに何を言うつもりなのか興味があったのだ。

 

「俺は不器用だからな。さりげない気配りなんて出来やしねぇ。だからはっきりいうぜ。サルディナ。お前は、この仕事に向いてない。今すぐ転職をオススメするぜ」

 

「なんだと」

 

 その言葉を聞いて、サルディナが激昂し、ジャックの襟元を掴んだ。

 

「お前は、私を愚弄するのか? いうに事欠いて『向いてない』だと!? 何故だ!? 何故そんなことをいう! お前に、私の何が分かると言うのだ!」

 

「お前の試験で追っている薬品が、いずれ人を大勢殺すと分かっていてもか?」

 

「なに?」

 

「『ガナンシィ』情報に間違いが無けりゃ、コイツは都市部壊滅を目的に開発された麻薬だ。元々はロシア政府が能力開発の試験薬として開発していたらしい」

 

「能力開発、ですか?」孝一が興味深そうにジャックに尋ねる。

 

「なにも、学園都市だけが能力開発を行っているわけじゃねぇ。話題に上らないだけで、アメリカでも、中国でも、イギリスでも、世界中のいたるところでそういった実験は行われているのさ。やっぱりだれしも、未知の能力を得たい、っていう欲求はあるからな。・・・・・・『ガナンシィ』はそんな能力開発の実験中に開発された新薬だ。服用すれば、人間の身体機能を一時的にだが、飛躍的に向上させる事が出来るらしい」

 

「すごい! それが本当なら、夢の薬じゃないですか」

 

 感心する孝一に「話には続きがあるんだ」とジャックがいう。

 

「そんな薬が開発されたなら、確かにすごい。ノーベル賞ものだ。だが、おいしい話には裏がある。この薬に思わぬ欠陥がある事が分かっちまった。それは、重い中毒症状だ。薬を服用した被験者は、身体機能を向上させる代償として、酷い薬物依存状態に陥っちまう事がわかったのさ」

 

「そ、それでっ」ジャックの話を聞いていたサルディナがジャックに食って掛かる。「その話と、さっきのお前の私への暴言がどう関わるんだ!? これがどうして人を大量に殺すことに繋がるのだ!?」

 

「まだわからねぇか? この薬自体は、あまりにも危険だという事で、第一種指定薬物に認定された。製造自体行う事が違法になった。だがそれは表向きだ。裏の世界では、この薬は、政権奪回を狙う政治家や、民族浄化を謳うテロ組織なんかに流れ、悪用されている。手口としてはこうさ。まず、表向きはごく安全な能力向上薬として、市場にばら撒く。実際能力は向上するんだから嘘じゃねえわな。大体一ヶ月か、うわさを聞きつけた市民達に口コミが広がり始めるのは。それから後は、もう何もしなくても売れる状態さ。そして、十分に薬物服用者の数を確保した所で――」ジャックはカップのコーヒーを全部飲み干し、孝一とサルディナの顔を見る。「薬物の流入を止める。物流の流れを完全にストップしちまうのさ。するとどうなると思う?」

 

 ジャックは孝一に尋ねる。

 

「えーっと。薬をどこからも供給出来なった人達は、一斉に中毒症状になる?」

 

「正解だ。中毒症状になり、正常な判断が付かなくなった人々は、互いに言い争うようになる。そして、既に無い薬を求めて、所構わず暴れまわるようになる。そんな時にだ、ポツリと耳元でささやいてやるのさ。例えば『隣の家の住民が薬を大量に保管しているぞ』とか『政府が薬品に規制をかけている。今の現状は政府のせいだ』とかな。国を簡単に転覆させてしまう程の薬。それが『ガナンシィ』だ」

 

「え、ちょっとまってくださいよ? それが少量でも、この学園都市にあるってことは!?」孝一が事の重大さに気が付く。

 

「そうさ。能力時向上がうたい文句の薬品だ。無能力者の奴らにはさぞや受けがいいだろうよ」

 

「そ、そんな? 大変じゃないですか! 今すぐアンチスキルに連絡しないと」孝一は携帯を取り出す。

 

「そいつは止めたほうがいい」ジャックが手でそれを制す。「あまりに危険だ。例えば追い詰められたヤツがやけくそになって爆弾でも起動させるかもしれない。特にオーシャン・ブルーは今、大量に人が出入りしているからな。ヘタすりゃ大惨事になりかねない」

 

「つまり・・・・・・。僕達で、秘密裏に回収しろと?」

 

「それが人死にを出さず、平穏無事に解決する最善の策だと思うぜ。運び人の野朗は商品を回収した後、ボコボコにしてアンチスキルに引き渡しゃいい」

 

「・・・・・・・・・」

 

 二人の会話をサルディナはテーブルにうつむきながら聞いていた。先程ジャックに対して抱いていた怒りも消え去り、胸に去来するのは命の重み。

 人の命や重みというものを急激に実感し始めたのだ。それを察したジャックが優しく声を掛ける。

 

「サルディナよ。どんな物事にも責任っていうものは付きまとうんだ。人間は、自分の行った行動に、責任をとらなけりゃならない。俺は『アジャンテ』の生き方そのものに苦言を言っているんじゃねえ。世界には違う価値観・理で動いている人間ってのはいるからな。だがよ、お前はどうなんだ? 事を成す時、全てを背負って生きる覚悟ってのが、あるのか? 他者を犠牲にする事が出来るのか? 自分の運んだ品物のせいで、大勢の人間が死ぬという罪の重さ。お前はそれに、耐え切れるのか?」

 

「・・・・・・・・・」

 

 サルディナは何もいわなかった。ただ静かにジャックの言葉に耳を傾けるのみだった。

 

「それでも・・・・・・」やがてポツリと言葉を吐く。「私は使命を全うする。しなければならない。だって、そうじゃなきゃ、私は生きられない。他に生き方を知らない・・・・・・」

 

 孝一もジャックも何も言わず、そしてサルディナもこれ以上口を開くことはなかった。

 ただただ静寂だけがその場を包み込んでいた。

 そして、会議はそのしばらくの後、お開きとなった。

 

 

 

 

 

 深夜。

 ジャックは昨晩と同じソファで横になっていた。

 ベッドはサルディナに貸してやった。幼い少女には命と向き合う機会が必要だと感じたからだ。

 

「決行は、明日だな・・・・・・」

 

 誰にとも無く呟く。

 明日、オーシャン・ブルーへと赴く。

 それがどんな結果になろうとも、サルディナにいい結末を迎えさせることは出来ないだろう。その事が少し心苦しい。

 

 孝一は協力してくれることになった。「『ガナンシィ』が市場に出回る事態は阻止したい」というのが理由だった。

 孝一。いつもすまない――ジャックは心の中で謝罪した。

 毎回トラブルに巻き込むのはジャックにとっても本意ではない。だけど、それでも頼らざるを得ないのは、他に信頼できる友人がジャックにはいないからだ。嘘や騙しあいが日常のジャックの生活で、孝一という存在がどれほどありがたいか。『まるで俺という地上の虫を照らしてくれる太陽』とはジャックの談だ。

 

「――ジャック。おきてるか?」

 

 ふいに、サルディナの声が聞こえた。

 

「――ああ、起きてる。どうした。緊張して、眠れないのか」ジャックは起き上がり、振り向く。そこには少し落ち込んだ様子のサルディナがいた。サルディナはジャックから借りたパジャマを着て、マクラをギュッと両手で抱きしめている。

 

「お前のせいで、眠れない。だから、責任を取れ」

 

 そういうと、ジャックのソファまで歩み寄り、隣にポスンと腰を下ろした。

 

「眠れるまで、話し相手になれ」

 

 マクラで口元を隠しながら、サルディナは頬を染めてこちらの様子を伺っている。

 ジャックは少し気恥ずかしい、それでいてどこか放って置けない雰囲気を感じ取り、「わかったよ」と短く呟いた。

 

 

 ――夜が更け、新しい一日が始まる。

 それぞれの想いが交差する一日が。

 

 上条当麻はインデックスと、明日開催される早食い大会に優勝するため作戦を練り、

 御坂美琴はゲコ太グッズを集めるための下準備を進めている。

 内田和喜は委員長とはじめて遊びに行くアミューズメント施設に心躍らせ、

 佐天涙子はアルバイトの内容をまったく知らないまま、興味本位で参加する。

 

 視点が変われば、物語もまた変わる。

 広瀬孝一とジャック、サルディナの物語はどのような着地点を見せるのか。

 『オーシャン・ブルー』を舞台とした物語。

 今再び、開幕。

 

 

 

 



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オーシャン・ブルー ―孝一編その③―

見渡す限りの人。

 人。

 人。

 人の波。

 

 

 買い物カバンを持った年配のお年寄りから、制服姿の学生まで、千差万別の人間がこの施設に集まり、ワイワイガヤガヤとにぎやかな音を発生させている。

 

「すごい、人の列だ・・・・・・」

 

 僕は思わず感嘆の声をあげる。

 

「今日は一体何なのだ? 皆、何故にこのように集まってきているのだ? 祭りか?」

 

 隣で人ごみに飲まれまいとジャックさんに抱きついていたサルディナさんが、戸惑いと驚きの声をあげる。

 それもそのはずだ。

 ここ一週間は閉店セールと称してほぼ全ての商品が投売り状態になっているんだから。

 出来れば僕もそちら側に客として参加したかったなあ・・・・・・

 

『さあ、早速盛り上がっていきましょう! オープニングを飾る最初の一発。みんな大好きマスコットキャラ。ゲコ太48による華麗なダンス! 張り切ってどうぞ!』

 

 一階のラウンジに設けられた特設ステージ上では、大量のゲコ太達が華麗なダンスを披露していた。48体の息のあったダンスはそれだけで見るものを圧倒する。

 訂正。

 一体ほど、タイミングが遅れているゲコ太を発見してしまった。

 これは残念だなぁ。

 たぶん、アルバイトの人か何かだろう。

 おっと、こうしちゃいられない。とりあえず、ここから動かないと。

 僕達は、はぐれないように必死に人ごみを掻き分け、前へと進む。

 

 

「ふうっ。疲れた」

 

 何とか二階の食品売り場まで到着出来た。

 しかし二階も、すごい有様だ。

 買い物カゴいっぱいに荷物を放りこみ、カートを引くお客が大量に要る。

 店内にはエアコンが効いているはずなのに、ちっともそんな感じがしない。

 これだけ人がいると、やっぱり熱気がすごい。

 

「おい。サルディナ。後何階だ?」ジャックさんが尋ねる。

 

「わからん。だが、この階ではない」とサルディナさん。腕の文字(ルーン)には反応が無いらしい。

 

「今日中にカタをつけたい。迂闊だったぜ。今日でこのビルが閉店だって事、すっかり忘れてたぜ」

 

 そうだ。今日が終わればこのビルは建て壊される予定だ。そうなれば、商品をここに隠したアハドという男も、人目を気にせず商品を回収できる。ガナンシィが闇のルートで売り捌かれてしまう。

 この薬品は、無能力者の人達にとっては喉から手が出るくらい欲しいシロモノだ。例えば、『服用するだけで能力が身に付く』なんて誇大広告で売りに出したなら、服用する人間はきっと出てくるだろう。

 そういう事態は回避しなければいけない。

 

 ――昨日の深夜。ジャックさんから電話がかかってきた。明日――。つまり今日のことだけど―― もしガナンシィを回収する事が出来たなら、人知れない場所で破壊してしまおう。という内容だった。

 

 ――サルディナが抵抗するかもしれんが、そのときはお前のエコーズで取り押さえといてくれ――

 

 電話越しで顔は判らなかったけれど、どこか沈んだ感じだったのは分かった。

 「いいんですか?」とは聞かなかった。僕もその方がいいと思ったからだ。

 サルディナさんを泣かせることになるけれども、この学園都市の人間に被害が及ぶ可能性があるのなら、それは止めなくちゃいけない。

 だから僕は二つ返事で「わかりました」と答えた。

 

「――いらっしゃいませ! いらっしゃいませ! 本日は最終日となっております。今回は出血大サービス! なんと、今月誕生日を迎えられたお客様には、最大8割引きで商品をご購入いただけるサービス券を配布しております! 御入り用の際は受付のカウンターにて、身分証明となるものを提示下さーい!」

 

 店員の人が拡声器で大声を張り上げ、持っていたベルを鳴らす。

 それに即座に反応したお客の波が、受付のほうへどっと向かう。

 

「うおっ、とっと」

 

 人の波が、僕達を押し流す。

 その力は凄まじく、僕達はたちまち離れ離れになってしまった。

 

「ちょ、ちょっ!? まっ!?」

 

 あっという間に、ジャックさんを見失ってしまった。これはマズイ。サルディナさんは大丈夫だろうか。

 辺りを見渡すと、サルディナさんを発見した。だけど、様子がおかしい誰かともめているようだ。

 

「――ご、ごめんなさい。前を見てませんでした。あの。怪我とかはしてませんよね?」

 

「そんなもの。見れば分かるだろう? お前のそのもやしみたいな体で、ワタシが怪我を負うとでも思ったか? タワケが」

 

 小柄な僕と同い年位の男の子に、サルディナさんは文句を言っている。その後ろでは彼女らしきおさげの女の子が心配そうに様子を伺っている。

 マズイ。

 余計なトラブルはマズイ。

 僕は何とかサルディナさんのところまでたどり着き、彼女の手を掴む。

 

「――――あっ。ごめんなさい。この子ちょっと口が悪くて。でも、悪気があったわけじゃないからね」

 

 どっちが悪いのかは知らないが、とりあえず謝っておく。

 相手の少年もそれ程憤慨してはいなさそうだ。

 僕達は『これからは、お互い気を付けましょう』といってその場を離れた。

 

 

「おい、孝一。今のはあの男が悪いのだ。何故に誤る必要がある?」

 

 サルディナさんは膨れ面だ。

 

「今、余計なトラブルはマズイ。今は『ガナンシィ』を回収することが重要じゃない?」

 

「むぅ」

 

 サルディナさんは、まだ納得しきれて意ないと言った顔をしているが、ここは折れてもらう。

 ジャックさんと早く合流しないといけない。

 

「おい。孝一。ちょっとまて」

 

 サルディナさんが後ろから僕の服を掴む。

 どうしたんだ。こんな時に。

 

「あれは、両親とはぐれたのではないか?」彼女は一人の女の子を指刺す。

 

 泣きべそをかいた5~6歳くらいの女の子が、周りをキョロキョロ見渡しながら誰かを探すようにして歩いている。

 あの様子は、完全に迷子だ。

 

「ほっておけない。少し待て」

 

「ええっ!?」

 

 サルディナさんはそういうと女の子の方へと歩み寄る。

 そりゃあ放っては置けないけど、今はそんなことをしている場合じゃないってのに。

 しょうがないので僕も、後を追う。

 

「おい。子供。はぐれたのか?」

 

 サルディナさんが泣いている少女に声を掛ける。

 だけどあまりに唐突に声を掛けたので、女の子は目をパチクリとさせて驚いている。

 

「・・・・・・まじょ、さん?」

 

 彼女の黒いローブの姿がアニメや絵本に出てくるキャラに似ていたのだろう。女の子はサルディナさんをじーっと見上げ、ポツリと一言零した。

 

 

 

 

「おいおいおい。何やってんだよ、お前等は」

 

 合流したジャックさんが女の子を連れてきた僕達を見て、心底呆れたように言った。

 女の子はサルディナさんのローブの端を持ち、不安そうな表情で僕達を見ている。

 まあ、こんな怪しい中年男性の前につれてこられちゃ当然な反応だろうなぁ。と僕は心の中で呟いた。

 

「すまない。どうしても放ってはおけなかったのだ」

 

 サルディナさんが肩を落とし謝る。その表情は、少ししょんぼりとしていた。

 

「こういうのは迷子センターにでも頼めよ。ったく」ジャックさんが悪態をつく。

 

 その言葉を聞き、サルディナさんが虐められているとでも思ったのだろうか、女の子がジャックさんの前まで歩み寄ると、唐突にすねの部分を蹴り上げた。

 

「ぐわっ!?」

 

 突然の出来事にジャックさんは大声を上げる。というか、あそこは痛い。痛すぎる。

 

「お姉ちゃんを、いじめんなっ!」

 

 続けてもう一発、今度は逆のすねを思いっきり蹴り上げる。

 

「~~~~~っ!?」

 

 あまりにも痛かったのだろう。ジャックさんは今度は叫び声さえあげることも出来ず、その場にうずくまった。

 

「こ、の、くそ、ガキっ」

 

 かろうじて、そう悪態をつくだけで精一杯のようだ。

 

「おい。少女よ。これ以上は止めるのだ。ジャックも反省をしている」

 

 サルディナさんが女の子を諌める。

 

「わ、わかった。このガキ・・・・・・。いや、お穣ちゃんは、俺が責任を持って両親の元へと送り届ける。だから、お前等は先に行ってくれ。これ以上、トラブルを持ち込むな」

 

 ジャックさんは痛みをこらえて立ち上がり、女の子を抱え挙げる。

 

「うわあん。ろくでなし、悪者、ひとさらいいぃぃ」

 

「おい。縁起でもねぇこというな!」

 

 暴れる女の子を無理やり押さえつけるようにして、ジャックさんは僕に向き直る。

 

「いいんですか? なんなら僕が連れて行きますけど」

 

「いいや。時間がねぇ。この人ごみに溢れた混乱した時間が、物取りには最適なんだ。とっとと品物を見つけねぇと、それだけリスクが跳ね上がる。それに、もしも場合、スタンドを持っているお前がいた方が、何かと都合がいいだろ?」

 

 そういうとジャックさんは僕に向かって懐のポーチを投げてよこす。

 

「何が入っているんです?」

 

「使わないに越したことはねぇが、いざという時のためだ。中に銃が入っている。もしもの時には脅しに使え」

 

「銃!? い、いやですよ。何かあったらどうするんですか? 僕は持ちませんよ」

 

 銃なんてとんでもない。

 僕はそれをジャックさんに返そうとする。

 

「慌てんな。銃と入っても麻酔銃だ。中を見てみな」

 

 そういわれて、僕はポーチの中を覗きこむ。

 中には、小型の銃と長細い箱が入っている。

 小型の銃のほうは映画で見た事がある。たしかデリンジャーって言うんじゃなかったっけ?

 

「デリンジャー銃を俺好みに改造したものだ。コイツは銃弾じゃなく、別のものを込めて使用する。箱を開けてみな」

 

 ジャックさんに言われて箱の中身を改める。

 箱の中には、注射器。もしくはダーツを連想させるものが12本入っていた。

 先端部分は注射器の様に尖り、後ろには赤い羽根のような飾りが付いている。

 

「麻酔銃用の(ダート)だ。大型動物なんかを眠らせるときに使う、強力なやつさ。使うか使わないかは、お前の判断に任せる」

 

 それだけ言うと今度こそ女の子を担いで、ジャックさんは姿を消してしまった。

 

 

 

 

「すまなかったな。迷惑をかけて」

 

 ジャックさんと別れてから僕達は、ガナンシィ捜索を再開した。

 3階のファッションセンターを越え、現在4階の家電フロアへ向かう途中だ。エレベーターは混雑しているので、ホーム階段を使用している。

 そんな時に、サルディナさんが僕に謝罪の言葉を言ったのだ。

 

「あの年頃の少女が泣いているのが、気になったのでな。私の妹分を思い出したのだ」

 

「妹分?」

 

「泣き虫でな。良く私の後ろをついては、ピーピー泣くやつだったよ。だが技能は優秀で、私より早く試験に臨むことになったのだ」

 

「へえ、すごいですね。その妹さんは合格できたんですか?」

 

「ああ、優秀だったからな。私も鼻が高かった。・・・・・・だが、死んだ」

 

「え?」

 

 サルディナさんの声のトーンが落ちた。暗い、悲しみのトーンだ。

 

「言ったろう? 闇討ち、強奪は当たり前の世界だと。商品の受け渡し時に潜んでいた敵に気づかず、囲まれ、そのまま殺された・・・・・・。なぶり殺しだ」

 

「そんな・・・・・・」

 

「遺体は回収されず、そのまま打ち捨てられた。もとより我々は流浪の民、墓石すら持てぬ。『全ては胸のうちに刻め。肉体は、風の瞬きとともにいずれ朽ち、消滅するもの』それが『アジャンテ』の教えだ」

 

 唐突に、

 サルディナさんが歌う。

 誰にともなく、口ずさむ。

 これは『アジャンテ』の歌だろうか。

 とても不気味で、

 おそろしく、

 そして悲しい歌だった。

 

 

 人を殺して旅をして。

 旅をしながら巡礼し、

 巡礼しながら許しを請い、

 許しによって清められ、

 清められれば人殺す。

 

 

「――小さい頃は、この歌の意味が分からず、口ずさんでいた。でも、今ならわかる気がする。これは、人の業の歌だ」

 

 それは、永遠に終わらない業。

 アジャンテが商品を売り、その商品で誰かが傷付き、その誰かがまた誰かを傷つける。

 そしてまたその誰かが、赤の他人を――

 

 報復

 強奪

 狂気

 怨嗟

 宿業

 

 それは未来永劫に終わらない負の連鎖だ。

 

「ジャックに言われた言葉、『お前には向いていない』。その意味を私はやっと理解したよ。私はきっと、その業に耐えられない。きっとどこかで、心が壊れてしまうだろう。だから、今は、恐ろしい。ただ、恐ろしいのだ・・・・・・。このまま、試験を終えるのが、たまらなく、怖いのだ」

 

 サルディナさんの体が震える。

 業。

 まだ十代の女の子が背負うには重過ぎるものを、彼女は背負おうとしている。

 僕にはそれがとても痛々しく見えて、声を掛けてしまう。

 目の前で、こんなに苦しんでいる女の子がいるのに、放っておく事なんて出来なかった。

 

「だったら、耐えなきゃいい」

 

「え?」サルディナさんが僕のほうを見る。

 

「そんな業なんて、背負う必要ないよ。捨ててしまえばいい。逃げればいいんだ」

 

「・・・・・・簡単に、いってくれるな」サルディナさんが自虐的に笑う。「無理だ。私は『アジャンテ』以外に生き方を知らぬ。行き場が無いのだ。裏切ることなど、出来ない」

 

「自分で自分の可能性を否定するな!」僕の叱責にサルディナさんの体が震える。

 

「こういち・・・・・・?」

 

「人間の生き方って、一通りじゃないんだ。色んな選択肢があってしかるべきなんだ。だから、逃げるっていう選択肢だってあるし、逃げた先にだって、新しい生き方はある。そこから始まるものや、出会う人だっているんだ。でも――」

 

 サルディナさんと向き合う。

 

「諦めて、何もしないでいるのは思考の放棄だ。可能性の芽を自分で潰している」

 

「だが、どうすれば良いのだ? 一人で一体何ができると?」

 

「一人じゃない」

 

「な、に?」サルディナさんが目を見開き僕を見る。

 

「僕やジャックさんもいる。他にも友達がいます。一人ひとりは頼りなくても、それが集まれば何かが出来るはずです。特にジャックさんはああ見えて意外と頼りになるんですよ? だから、望んでください。助けを求めてください。あなたさえ望めば、僕達はいつだってあなたの手をとる事が出来るんだ」

 

「・・・・・・なぜ、そこまでして、私の為に?」

 

「理由なんて無いです。強いてあげるなら、サルディナさんが、困っていたからかな? あなたがさっきの子を助けたみたいに、僕もあなたを助けたくなったんですよ」

 

「変なヤツだな、お前は。お前等は・・・・・・」

 

 サルディナさんが目を閉じ苦笑する。

 

「・・・・・・ありがとう。そこまで私の為に怒ってくれて」サルディナさんが礼を言う。「だけど、今はまだ心の整理が付かない。だから、保留にさせてくれ。この件が片付いたら、必ず答えを出すよ。だから、しばらく待ってはくれないか?」

 

 サルディナさんがそういって、少しはにかみながら笑う。

 その顔は先程までの重苦しい表情ではなく、少し気が晴れたようだと僕は思った。

 

「わかりました。とりあえず、『ガナンシィ』を回収してしまいましょう。話はそれからです」

 

 僕達はそういうと再び上の階層を目指すのだった。

 

 

 

「ここですか」サルディナさんに尋ねる。

 

「ああ。反応はこのフロアからしている。間違いない」

 

 右腕に触れ、サルディナさんは反応を確かめている。

 4階の家電フロア。

 ここに『ガナンシィ』が隠されている。

 周囲は買い物客で溢れかえり、レジに長蛇の列を作っている。

 常識的に考えてこんな所に品物は置かない。つまり、フロアの奥。商品保管庫の可能性が高い。

 僕達はその場所を目指し歩を進める。

 

「――反応が強くなってきた。間違いない。『ガナンシィ』はこの奥の部屋にある」

 

 サルディナさんが指差す先には、思ったとおり商品保管庫のネームプレートがかけられた部屋があった。

 人気はない。運び出すなら今がチャンスだ。

 

「よし――」

 

 僕はゴクリと唾を飲み込んで、ドアノブに手を伸ばす。その時だった。

 

「おまえら、そこで何をしている?」

 

 しまった。

 そう思ったときには既に遅かった。

 ここの清掃員の服装を着た男に声を掛けられてしまったのだ。

 

「あ――」

 

 言い訳が思いつかない。『ドアノブに手をかけて中に入ろうとする子供』を見たとき、大抵の大人はどう反応するのだろう。それは十中八九、こう思うはずだ。『ドロボウ』と。

 

「聞こえなかったのか? お前等、ここで何している。中に入ろうとしてんのか? まってろ、今警備室に――」

 

 男が無線機に手をかけたときだった。

 

「おまえ、は・・・・・・。『アハド』・・・・・・」

 

 サルディナさんが目を見開き、男を凝視している。

 

「なに?」

 

 その声に反応した男が、サルディナさんに視線を向ける。そして、彼女が纏っている黒のローブと服に入っている刺繍に気が付き、凍りついたような顔になる。

 

「ま・・・・・・まさか、お前、『アジャンテ』の人間か!? 俺を追ってきたのか!?」

 

 男が動揺している。まさかこの男が『アハド』だったとは。だけどそれなら好都合だ。薬品と一緒にこの男も捕まえてしまおう。

 僕がそう思い、エコーズを出そうとした時だった。

 

「アハド。探したぜぇ。こんな所まで逃げやがって。てめえ、覚悟は出来てんだろうなぁ」

 

 その声がした瞬間。男――アハド――の足に、氷で出来たツララのようなものが突き刺さった。

 

「ぐはぁ!?」

 

 アハドは衝撃でその場に崩れ落ち、その場に倒れこむ。

 

「テメエには聞きたい事が山の様にあるんだ。ちょいと楽しいおしゃべりをしようじゃあねえか?」

 

 声の主は白い髪をオールバックで固めた男だった。

 いかにも近寄りがたい雰囲気を醸し出すこの男。白いスーツに白いクツ、全てを白一色できめている。

 後ろには、10人くらいの彼の部下と思われる男達がこちらを正視している。

 しかし僕が驚いたのはそれだけじゃなかった。

 この男の体から、鳥のような形をした像(ビジョン)が視えたからだ。

 

 この男。スタンド使いか?

 だとしたらマズイ。

 こんな所で戦ったりなんかしたら、周りに被害が及びすぎる。

 しかも、敵は一人じゃない。複数いる。

 コイツラ全員倒すのは、僕のエコーズじゃ無理そうだ。

 それに今回はサルディナさんもいる。彼女を庇いながら戦うのはあまりにも無謀だ。

 

「このガキ共。どこのどなた様だぁ? まあいい。見られたからにゃあ仕方ねぇ。お前等、攫え」

 

 男の号令で、部下達が一斉に僕達を羽交い絞めにする。

 

「ぐぅっ」

 

「おい。おまえ! どこを触っている! はなせっ」

 

 サルディナさんは激しく抵抗するが、僕はあえてそれをしなかった。

 今行動に移すのはあまりにもリスキーだと思ったからだ。

 

「ここじゃ騒がしいな。おい。11階に会議室があったな? そこにいくぞ」

 

 男の命令で、僕達は無理やり立たされる。後ろにはゴツリとした重い感触が伝わってくる。恐らくこれは拳銃だ。逆らえば容赦なく撃ってくるだろう。

 最もそんなことをしなくても、この男にはツララを飛ばしたさっきのスタンド能力がある。それで僕達を串刺しにすれば済むと思っているのだろう。

 だから、今。

 僕がスタンドを見ることが出来るという事実を、こいつ等に悟られてはいけないんだ。

 

「歩け」

 

 男の命令で僕とサルディナさん。そしてアハドは先頭を歩かされる。後ろには彼の部下達がピッタリとマークしている。

 今は、いい。

 こいつ等の目的を知るのが先決だ。

 人を一人始末するには、かなり時間がかかるし、後処理も面倒だ。

 きっと隙が生まれる。

 それまで、無力な被害者を装っておこう。

 反撃するのはその後だ。

 

 僕はそう思いながら、男達とともに上の階へと進むのだった。

 

 

 

 

 

 



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実験 ―孝一編その④―

「くそっ。あいつら、どこ行った?」

 

 女の子を案内所まで連れて行き、両親が来るまで待つこと数十分。

 館内放送で呼び出しが行われ、晴れて女の子と両親はご対面となった。

 ジャックはそれを見届けた後、孝一達と合流するべく携帯を鳴らす。

 しかし何の反応も無い。

 十分おきにかけて見るが、繋がらない。

 

(やばいぞ。何かあったな)

 

 ジャックは理解した。

 孝一はこういう場合に、連絡をおろそかにする男じゃない。

 敵に捕まったか、あるいは――

 最悪の光景が脳裏に浮かび、ジャックはその光景を無理やり打ち消す。

 

(こうなりゃ、しらみつぶしに探すしかねぇ)

 

 ジャックは1階から順に、怪しそうな箇所を探し始める。

 

(孝一! サルディナ! 頼むから、無事でいてくれよ)

 

 焦燥感を覚えつつ、ジャックは各フロアを駆け回るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 僕達が男達に拉致されてから、どれくらいの時間がたったのだろう。

 時計が無く、携帯も没収されてしまった現状では、それを知ることは叶わない。

 僕達がいるのは11階の、複数ある会議室の一室だ。

 スクール形式に設置された机の前方には、プロジェクターやスクリーン。マイクセットなどがある。

 僕達はその一番前の席に座らされている。

 

 僕達は拘束はされていなかった。

 自由に立つことも移動することも可能だ。

 だけどそれをする気にはならない。

 僕達の後方(列でいうと6列目に位置する)で、白髪の男と部下達が見張っているからだ。

 

「ううっ。いてぇ。いてぇよぉ・・・・・・」

 

 ちなみに、アハドも僕達と同じく、前列に放置されている。

 もっとも彼の場合、椅子に座ることも叶わず、床にうずくまったままだ。

 あの男に撃たれた傷が、かなり酷いのだろう。

 

 いざとなれば、串刺し、だよなぁ。

 アハドの末路を思い描き、背筋に薄ら寒い悪寒が走る。

 そしてそれは僕達も同じだ。

 どうにかして、現状を打開しなければならない。

 だけど・・・・・・

 今はまだ、行動に移す時じゃない。

 彼らが何とかばらけてくれないことには、それが叶わない。

 

「――ええ。それは分かっています。ブツを回収した後の、手筈を再確認させてください――」

 

 男達は、先程から携帯でしきりに誰かと連絡を取り合っている。

 話しの内容は詳しく分からないが、単語の中で「ボス」という言葉が数回にわたって出ている所を見ると、こいつらはマフィアか何かで、電話の主の「ボス」と逃走経路の確認や、今後の打ち合わせを行っているらしい。

 

 周囲をちらりと横目で見る。

 電話をしている男の周囲には、さっきまでいなかったサラリーマン風の男がいて、こちらも携帯で誰かにメールを打っている。

 その隣には、巨漢の男がどこを見ているんだか分からない表情で、ボケっとしている。

 見た目どおり、かなり怪しいやつだった。

 そして後には、リーダーの男と一緒にいた部下らしき人間が10人ほど椅子にもたれかかっている。

 リーダーの電話が終わるのをじっとまっている。

 

 逃げることは、叶わない。

 なぜなら、前方の僕達が座っているところには、入り口が無いのだ。

 入り口は後方。

 男達の座っている右側だ。

 

「孝一。お尻が痛くなってきた」

 

 サルディナさんがぼやく。

 それは僕も同じだ。「静かに。今は波風を立てないほうがいい」小声で僕はそう返す。

 

 

 その時、状況に変化が起こった。

 リーダーの男が長電話をやめ、僕達のほうへとやってきたのだ。

 

「――さてと。ちょいと長電話が過ぎちまったな。悪りぃ悪りぃ」

 

 男は僕達を素通りして、床にうずくまっているアハドの元まで歩み寄ると、そのまましゃがみ込み、髪の毛を強引に掴む。

 

「あ・・・・・・がっ・・・・・・は」

 

 ブチブチという髪のむしれる音がして、アハドが強引に顔を上げさせられる。

 

「なぁ。アハドよ。ちょいと教えてくれよ。お前は俺たちと契約したよなぁ。『ガナンシィ』を受け取ったら、俺たちにソイツをそっくりそのまま受け渡すって言う契約をよぉ。たしか、前金も払ったよなぁ。甘い汁も吸わせてやった。なのにどうした? 何トンズラこいてんだてめぇ? ボケちまったのか? んん?」

 

「ゆ、ゆるしてくれ・・・・・・。マークのアニキ。ちょっとした出来心だったんだぁ・・・・・・」

 

 アハドは涙を浮かべながら、マークと呼ばれた男に許しを請う。

 

「出来心・・・・・・。出来心ねぇ・・・・・・」男が口の端を吊り上げ、笑う。「おまえ、この世界で重要な3つの戒律を忘れちまったわけじゃあるまいな?」

 

「・・・・・・ぁ。・・・・・・ぁ。・・・・・・ぁ」アハドはガタガタと震えている。声も出ないようだ。

 

「『嘘をつかない』『裏切らない』相手を『敬う』。どこの世界にもある簡単な戒律だ。それをよぉ・・・・・・」

 

「ぎゃあ!!」

 

 男は空いているほうの手で、アハドの傷口に手を突っ込み、こねくり回す。

 うわぁ・・・・・・ひどい。これは、ひどい・・・・・・

 

「ひぎゃ!? ぐおおおおお!!」アハドが激痛のあまり、叫び声をあげる。

 

「テメェは、3つとも、反故にしたなぁ!? 俺の顔に泥を塗りやがって! お陰で、こんな所まで足を運ばなくちゃいけなくなったじゃねぇか!! 休暇中だったんだぜ!? 俺はよぉ!!」

 

「ゆるしてくれぇ。あにき。あにきぃぃぃ!!」もはや絶叫に近い叫び声をあげながら、アハドは許しを請い続ける。

 

「うう・・・・・・」顔面蒼白のサルディナさん。あまりにひどい拷問だったので、顔を反対の方向へと背けてしまう。僕もそうだ、気分が悪くなってきた。

 

 男はしばらくアハドをいたぶっていたが、気分が落着いたのか、その手を離す。床にへばりつき、そのまま身動きを取れない状態の彼に、「ボスはお冠(かんむり)だ。裏切り者は許さない。だが、同時に寛大な方だ。お前に、チャンスを与えるとよ」そうささやく。

 

「チャン、ス?」

 

 その言葉に、アハドが顔を上げる。

 

「そうだ。お前が隠した『商品』を耳をそろえてきっちり持ってくる事が出来りゃあ。全てを水に流すとよ」

 

 男がアハドの肩をポンと叩きながら言う。

 

「言う。いいます! 4階です。4階の、家電フロアの倉庫です!」アハドが息も絶え絶えの声で叫ぶ。

 

 だけど、男はまったく嬉しそうな顔をしない。むしろ不機嫌そうだ。

 

「おいおいおい。お前よぉ。それだけか? ありかを言って、それで終いか?」

 

「え?」

 

 アハドは男が何を言っているのか分からないといった表情で、見ている。

 

「俺たちは、テメェのせいで、故郷から数千キロも離れた所まで着ちまったんだぜ。それなのによ? わざわざテメェの不始末の荷物を運ばせる気かぁ? ・・・・・・テメェが持ってくんだよぉ! 俺の元まで! 今すぐ! 」

 

 男はアハドを強引に立たせると、「おい。おまえら」と、部下の男2人を呼び、アハドを彼らに渡す。

 

「そいつら2人は、監視役だ。お前が無事、おつかいを果たせるかどうかのな? 言っとくが、手助けはしねぇ。コイツラはただ見ているだけだ。だが、あんまりのろのろしてるとっ!」そういって、アハドの傷口に蹴りを食らわす。

 

「うぎゃああ!」再び叫び声をあげるアハド。

 

「今みたいなケリが、コイツラから飛んでくるぜ?」

 

「うううううう・・・・・・」

 

 泣きべそをかきながら、男達とともに、アハドはフロアから消えていった。

 

 

「――さてと」

 

 男はそういうと、髪を掻き分け、今度こそ僕達の方へと視線を向けた。

 

「商品が見つかるまで、ちょいとお話をしようじゃねぇか?」男が言う。「おめぇ等はどこのどちらサマだ?」

 

 その言葉に反応し、サルディナさんが席を立つ。

 

「私の名は、サルディナ。『アジャンテ』の人間だ。アハドによって奪われた商品を取り戻しに来たのだ――」

 

 

 

 

 

「ひぃっ・・・・・・。ひぃ・・・・・・。ひぃ・・・・・・」

 

 損傷の酷い足を引きずり、アハドが歩く。後ろには男が2名、ピッタリとくっついている。

 逃げ出せるような状況ではなかった。

 よしんば逃げおおせたとしても、必ず燻り出され、そして狩られる。

 それなら無駄な抵抗はしないほうがいい。少しでも生存の可能性があるなら、それに賭けるしかない。

 

 今回の出来事。それは彼の本意では無かった。

 彼は組織の中ではかなり低い立場、いわゆる下っ端の人間だった。

 上からの命令に従い、商品を運び、たまに甘い汁を吸う。それだけで満足だった。

 しかし彼のチームのリーダーはそうではなかった。

 もっと金が欲しくなったのだ。

 『アジャンテ』襲撃をアハドたちに提案したのは彼だった。

 彼は組織に反旗を翻そうとしたのだ。

 その行いが愚かな行為だったことを、彼は後に身を持って知ることとなる。

 しかし、そのとばっちりを受ける身としてはたまらない。

 仲間は次々と消され、組織に泣きつくわけにも行かず、残ったのは、数ケースの『ガナンシィ』のみ。

 正直、泣きたくなった。

 その後どうにかして、学園都市に潜入することに成功した。

 知り合いの魔術師のツテを頼り、大金を払い、ほとぼりが冷めるまで也を潜めるつもりだった。

 ――その魔術師も『アジャンテ』の息がかかったものであり、意図的に見逃されていた事実を彼は知らない――

 

 『ガナンシィ』が保管されている4階の家電フロア。その倉庫に到着する。

 アハドはドアに手を伸ばそうとして、異変に気が付く。

 何か物音が聞こえるのだ。

 

「おい、誰だ? 誰かそこにいるのか?」

 

 中の人間に声をかける。まさか、あの魔術師の仲間だろうか?

 後ろを振り返るが、男達はアハドを助けようとはしない。

 それどころか早く開けろというジェスチャーをしてくる。

 

「うううう・・・・・・」

 

 アハドは観念してドアノブに手をかける。

 その瞬間。

 

「ぐはっ!」中から飛び出してきた人物にタックルをかまされる。

 しかも運の悪いことに、鳩尾辺りだ。

 アハドは突然の衝撃に対処できず、その場にうずくまった。

 

「ごめんなさいっ!」

 

 出てきたのは、黒髪ロングの少女だった。

 彼女はそのままわき目も振らず、上の階へと姿を消していく。

 

「――よせ。ここで銃声は目立ちすぎる。それに逃げたのは上の階層だ。対処の仕様はある」

 

 逃げる少女に向けていた銃口を、もう一人の男が掴み、制する。銃口を向けていた男は「――ちっ」と舌打ちをし、銃を下げる。

 

「マークの兄貴に報告だ。指示を仰ぐ」

 

 部下の男は携帯を取り出し、リーダーの男に連絡を取り始めた。

 

 

 

 

 

 

「――成程。『アジャンテ』の魔女と現地のガキか。おかしな組み合わせだな」

 

サルディナさんの説明をひとしきり聞いた後、男はどうでも良さそうに答える。

 

「お前達の事情は関係ない。だが、そちらが不義理を働いた以上。我々は相応の対応を考えざるを得ない。商品を回収した後、アハドの身柄を引き渡してもらおう」サルディナさんがいう。

 

「身柄ねぇ。」男が鼻で笑う。「おめえ。勘違いしてねぇか? 取引できる立場だと思ってんのか? 現状っつうもんを、理解してねぇのか? お前が許されるのは、泣いて、俺達に惨めったらしく許しを請うことだけだぜ」

 

 サルディナさんには視えていないが、男がスタンドを出し、此方を威嚇している。

 合計12本ものツララが宙に浮かび、いつでも此方に打ち込める様になっている。

 この男は、僕達がどこの誰だろうと興味がない。

 僕達を生かす気はないのだ。

 男の表情には、殺気というか、狂気の様な者が宿り、これから僕達をなぶり殺しにするのは安易に想像が出来た。

 

 男がこちらに来る。

 僕達はガタッと席を立つと、ジリジリと後ろに下がる。だけど後数m下がったら、そこにあるのは壁だけだ。逃げ場所はどこにもない。

 

「商品を取り返しに遠路はるばるご苦労なこった。だが、運が無かったな。お前達は、ここで終いだ」

 

「お、おまえ。私達をどうするつもりだ!? 始末するのか!?」

 

 サルディナさんが声を震わせながら、後退する。

 こうなったらやるしかない

 僕は、彼女の前に立ち、エコーズをいつでも出せる体勢をとる。

 

「中世じゃ、魔女の処刑にゃあ、火あぶりか串刺しがもっともポピュラーな方法だったそうじゃねぇか。・・・・・・おい、デク。こっちにこい」

 

 男がそういうと、僕達より一回りくらい大きな男が、やってくる。

 

「あ、あ、あに、アニキ。な、な、な、なんのよぉ?」

 

 大男はどもりながら男に尋ねる。

 

「コイツラがお前の能力を見たいとよぉ」

 

 男がそういうと、「ひひひひっ。見せる。見せてあげるっ!」大男は上機嫌で、手をパンパンと叩くと、僕達の前にある机をじっと見る。

 その瞬間、巨大な火炎が立ち昇り、机が溶け出す。

 猛烈な熱気が僕達を襲う。

 プラスチック製の机は、中の成分が溶けて液状となり、黒煙を出し、やがて消し炭となっていった。

 消し炭となった机はぼろりと崩れ落ち、原型すら分からなくなる。

 

「こ、こいつは!?」僕は驚きの声をあげる。何故なら、この男の体からは、スタンドの(ビジョン)らしきものが見当たらなかったからだ。それなのに、この男が睨んだとたん、大きな炎が発生し、机を丸焦げにした。まるで、学園都市の能力者の様に・・・・・・。

 

「おい。デクその辺でいいぜ。それ以上やったら、スプリンクラーが作動しちまうからな」

 

「わ、わ、わかった。あ、アニキ」

 

 男は大男の肩を抱き、僕達に向き直る。

 

「どうでぇ。ちぃっとしたもんだろう? うちのデクはこの学園都市でいやぁ。レベル4に匹敵する能力者だ。・・・・・・さあ選びな? 火あぶりか・・・・・・」

 

 デクがニコニコ笑いながら、男の指示を待つ。

 

「それとも、串刺しか・・・・・・」

 

 男の体から、あの鳥のスタンドが浮き上がる。ビキビキと大量のツララを出現させ、僕達を狙う。

 狙うのは、一瞬だ。

 コイツ等がエコーズを見て油断した瞬間が、逃げ出すチャンスだ。

 ――敵がジリジリと間合いをつめ、こちらに近づく。

 その時だった。

 男のポケットから、携帯が鳴り出す。

 

「――ったくなんだよ。これからって時によぉ」

 

 男はぼやきながらも携帯に手を伸ばす。

 

「もしもし? ――なんだと?」

 

 短いやり取りを済ませ携帯をしまうと、男は僕達にきびすを返す。

 

「野暮用が出来た。お楽しみは後回しだ。お前等、ちょっとこい」男は顎をしゃくると、部下数名に「ついて来い」というしぐさをする。

 

「こ、こ、こいつら・・・・・・どうするの?」大男が尋ねる。

 

「お前はどうしたい?」

 

「や、や、やるなら、やるよ?」大男が張り切り、力瘤を作る。

 

「おいまて。逃げ惑い、泣き叫ぶサマを見るのが楽しいんだろうが? 俺抜きで始めるつもりか?」

 

「じゃ、どうする? アニキ?」大男がどうするの? という顔をして男を見る。

 

「それならこうしましょう」

 

 え? 誰だ?

 僕は思わず声がしたほうへ振り向く。

 それまで黙っていたサラリーマン風の男が、こちらに向かって歩いてきた。

 その男は懐から香水のようなものを取り出すと、それを僕達に向かって噴射した。

 

「うっ!?」

 

「っ!?」

 

 目の前がくらっとしたと思った瞬間に、僕達はその場に崩れ落ち、深い意識の底へと落ちていった。

 

 

 

 

「おい。そいつは、催涙ガスか何かか?」

 

「はいそうです。わが社が開発した、製品でしてね。効き目はご覧の通りです」マークの問いに、佐伯はにこやかに答える。「万一逃げられでもしたら事ですからね。彼等にはしばらく眠ってもらいましょう」

 

「すげえ効果だが、無駄になるかも知れねぇぜ? どうせすぐに土の中で眠ることになるんだからよぉ」

 

 マークが声を出して笑う。それにつられて大男のデクも「うっひっっひっ」と嬉しそうに笑った。

 

「それより、さっきの電話はなんだったんですか? なんかトラブルのようですけど?」

 

「――やられたよ。『ガナンシィ』が1箱、破壊された。部下が黒髪の女が倉庫から出てきているのを目撃している。恐らくソイツが犯人だ。今、部下を1階のエレベーター付近に張り込ませている。残りの部下に階段を見張らせる」

 

「成程。それでは、私達は中央管理室に向かいましょう。あそこには監視カメラもありますし、今回の実験にも好都合ですし」

 

「実験?」マークがたずねる。

 

「そうです。私が今回赴いたのは、閉鎖空間における『キャパシティ・ダウン』の効果・影響の程を観察するためでしてね。この際だから、派手にやっちゃいませんか?」

 

「具体的にどうするんだ?」

 

「なに、簡単なことですよ。『キャパシティ・ダウン』作動と同時に、ビル内のシャッターを全て閉鎖させます。それと同時にジャミングも発生させますから、外部との連絡は不可能です。後は私の部下が、周りを固めますから、事件が発覚するのはかなり遅れると思いますよ」

 

 佐伯はこともなげにとんでもない事をいい、マークを呆れさせる。

 

「マジか? このビルにいる人間全部を巻き込む気か? あんた、相当イカレテルな。・・・・・・ちなみに、脱出経路は?」

 

「屋上に、ヘリを待機させています。『オーシャン・ブルー』に来た時とは逆の形になりますね。躊躇うことはありませんよ。学園都市は科学の街。科学には実験が付き物じゃないですか。」

 

「へ、へへへ・・・・・・」思わず笑い声が出てしまう。――ボスといい、この男といい、上の世界の住人の考えていることはわかんねぇ――マークはあまりに常識ハズレな男の言動に、薄ら寒いものを感じた。

 

 

 

 

「――やあやあ。どうも。はじめまして。佐伯というものです」

 

 マーク・ドーバンスがこの佐伯という男とあったのは、昨日の夜のホテルの一室であった。

 マーク達は佐伯の手引きで学園都市に潜入する事が出来た。表向き、外部から来た観光客扱いである。

 もっともそれは建前に過ぎず、本当の目的は、アハドが奪った『ガナンシィ』の回収と、落とし前だ。

 

「まあ、うちとしましてはそろそろ海外で顧客を抱えてもいい時期なんじゃないかと思いましてね? あなた方の組織と接触を図ったんですよ」

 

 そういって佐伯はマークに右手を差し出し握手を求める。

 

「で、お宅らは何を提供してくれるっていうんだ?」マークも右手を差し出し、互いに握手を交わす。

 

「・・・・・・最新鋭の駆動鎧(パワードスーツ)。その設計図と技術者を提供いたします。後は試作品の武器などでしょうか?」

 

「ヒュウ」と、マークが口笛を鳴らす。「えらい太っ腹だな? まあ、新規に顧客を獲得するにゃあ、ケチなことはいえんよなぁ。それで、今回は俺たちに協力することで恩を売っておきたいってわけだ」

 

「まあ、そんなもんです。それと、明日のことですが、私もあなた方に同行させてもらいます。私も私の都合がありましてね――」

 

 佐伯はにこやかにそう告げる。

 その時、マークは物好きな男だと思った。

 彼が佐伯の真意を知るのは、後1日経ってからの事である。

 もっとも、その時には、すでに手遅れとなっているのだが・・・・・・

 この時の彼には分かりようもなかった。

 

 

 

「がっ!?」

 

「ぐぇぇ!!」

 

 中央管理室に侵入したマークは、部下の男達に命じ、オペレーターの男達を殺害した。

 喉元をナイフで切り裂かれたオペレーター2人は、短いうめき声を上げると、そのまま地面に倒れこむ。鮮血が、床一面に広がっていった。

 

「やあ、流石に手際がいい」佐伯は感心した様子で、部下の男達を褒めた。

 

「佐伯さんよ? ちょっと質問があるんだが」マークが佐伯に神妙な顔で尋ねる。

 

「なんです?」

 

「その『キャパシティ・ダウン』ってのが作動すると、能力者に影響を及ぼすんだよな? てことは、うちのデクにも影響があるんじゃねぇのか? 正直、それは勘弁願いたいんだ」

 

 マークが同行したデクの肩を叩く。デクは何だか分からないが、自分が責められているんだと思い、指をもじもじとさせながらしょんぼりとしている。

 

「そういや、ずっと気になってたんですが、デク君って超能力が使えるんですよね? 一体どういうことです?」

 

「・・・・・・デクは、まあ。どこにでもいる人体実験の被害者ってヤツよ――」

 

 マークが佐伯に経緯を簡単に説明する。

 

 超能力という概念は古くから存在した。古くは神通力や、霊能力、神の怒りなど、時代ごとに呼び名を変えながら、それは確かに存在する現象だった。

 

 自分たちも力が欲しい。その力を使いこなしたい。利用したい。

 かつてナチスドイツが積極的に超能力を軍事利用しようとしていた事実があるように、人々はそれらを畏怖するとともに、憧れを抱き、それを収めようとした。

 80年代。90年代になると各国が盛んになって、超能力の実験を行っていった。

 学園都市が誕生し、超能力者が次々と誕生しているという事実がさらに拍車をかけ、各国は躍起になって開発実験を行っていった。

 それはデクの故郷でも同様だった。

 しかしどのように実験を重ねていっても、確固たる成果は上げられない。

 そして彼等は、人体実験に手を伸ばすようになる。

 デクの故郷では、戦争による浮浪者の子供達の増加が大きな社会問題となっていた。その為、政府はその子供達を使って人体実験を繰り返していったのだ。

 名目上は、新たな労働力確保として集められた彼等は、非人道的な実験により次々に命を落としていった。

 だが、中には奇跡的に命を長らえた者もいる。その内の一人が、デクだった。

 彼は、投薬された薬品に耐性を持っており、他の人間ならショック死するような実験にも耐えて見せた。

 その成果は驚異的で、デクは物を見るだけで物体を燃やす事が出来る発火能力(パイロキネシス)を獲得するに至った。

 だが、その代償は高くついた。

 実験の副作用で、知能の著しい低下が発生したのだ。

 IQ75。

 それが強大な能力を得る代わりに支払った代償だった。

 やがて、その非人道的な実験が明るみになり、施設は閉鎖。

 行き場を失ったデクは、マフィアに拾われることとなる――

 

「なるほどね。そういう経緯でしたか」

 

 佐伯は納得し、デクを見る。そこにはきょとんとしているデクがいた。

 

「それならこういうアイテムもあります」佐伯はマークに小型のインカムを渡す。

 

「これは?」

 

「まあ、ノイズ・キャンセラーと似たようなものです。これをつけている間は、『キャパシティ・ダウン』の影響を受け付けない使用となっています。無線機なので、無線越しに連絡を取り合えば意思の疎通も可能でしょう」

 

「おお。何から何まですまねぇな。喜べデク。これでお前は安心だ」

 

「?」

 

 喜ぶマークの意図が分からず、デクは困ったような顔をするのだった。

 

 

 

 

 

マーク達は管理室から去り、再び会議室へと戻った。

 アハドと孝一達を始末するつもりらしい。

 広瀬孝一。

 出来ることなら生き残って欲しいが、あの場で自分が諌めるのもおかしい。

 眠らせるだけで精一杯だった。

 まあ、無理なら無理で構わない。お楽しみが少し減るだけだ。

 

 佐伯は一人管理室に残り、携帯を弄っている。

 誰かと連絡を取るつもりらしい。

 やがて携帯にその誰かが出た。

 

「――もしもし佐伯さん? 言われたとおり、倉庫にあった薬品を壊しといたでぇ」

 

 携帯の相手は子供だった。佐伯は「よくやったね」と答える。

 

「・・・・・・うん。任務は成功や。これであの連中、血眼になってウチの事探してくるやろな」

 

「そうだろうね。元よりそれが目的だ。私達が開発した『エフェクト』の使用運転。彼等マフィアはその栄えある実験台一号に選ばれたというわけだ」

 

「相手は10人程かぁ・・・・・・」

 

 電話口の子供が、ぼやく。

 

「なんだ。自身無いのかい?」佐伯は挑発するように尋ねる。その言葉に相手は「そんな事あらへん。ただあんまりあっさり勝負が決まると、試験にならへんなと思うただけや」と、自信たっぷりに返した。

 

「まあ、部下のヤツラはザコだが、二人ほど手強そうなやつがいる。そのうち一人はスタンド使いだ」

 

「なぁるほど。メインはその男ちゅうわけや?」

 

「その通り。その為にわざわざあの男を『オーシャン・ブルー』におびき寄せたんだ。閉じ込められるのは自分自身だとも気づかないでね」佐伯がクスクスと笑う。

 

 そう。これは実験だ。

 我々の開発した『エフェクト』が、実戦で十分通用するかどうかの。その手頃な相手として、生きのいいスタンド使いを一体ほど、こちらによこしてくれないかと、あちらのボスには話を通してある。

 

「そんで、事が起こんのはいつ位や?」

 

「そうだね。今からセットするから・・・・・・。後数十分ってとこかな?」

 

「・・・・・・なんや、もう時間無いやん。せっかくおもろそうな映画しとったのに」

 

 そういう所は子供だなぁと佐伯は笑う。まあ、わんぱくボウズを希望したのは自分なのだから文句は言うまい。

 

「――とりあえず、しばらくは自由時間やな。なら好きにさせて貰うで」そういって相手の電話は切られた。

 

「――さてと」

 

 佐伯は懐からCDの様な物を取り出すと、管理室の機械に目を通す。フロア全体のスピーカーに直結している機械を探すためだ。やがてそれらしき機械を見つけるとCDをセットする。

 

「それと・・・・・・」

 

 懐から鉄で出来たボール状の物体を取り出すと、真ん中にあるくぼみのボタンを押す。

 カチッカチッというタイマーの音が聞こえだす。

 それを、床で大きな血溜まりを作っているオペレーターの遺体のそばまで持っていく。

 

「悪く思うなよ――」

 

 佐伯は遺体の喉元につけられた傷口を広げ、その鉄の玉を喉の奥に見えなくなるまで押し込む。

 時間は12:59分。頃合だ。

 

「さて、ゲームの始まりだ」

 

 佐伯は『キャパシティ・ダウン』のCDがセットされた機械に手を伸ばし、ボタンを押した――

 

 

 

 

 同時刻。

 

「ふうっ。これで全部か」

 

 上条当麻は、1年分のゲコバック入りダンボールを4階の家電フロアまで持ってきていた。

 大食い大会で優勝したはいいが、まさか景品がゲコバックとは・・・・・・

 

(無理。こんなの家に運び込んだら、パンクしちまう)

 

 当麻は司会の男に泣きついた。

 年甲斐もなく泣きじゃくり、土下座もした。

 その様子を見た司会者が哀れに思ったのか、ついに折れてくれた。

 ゲコバックを4階の倉庫まで運んでくれるのなら、商品券と交換してもいいと言ってくれたのだ。

 その申し出に何度も「ありがとうございます!」といい、当麻は喜びいそんでゲコバックのダンボールを4階まで下ろし始める。

 連れの少女がいたのだが、あの食い物で膨れたお腹で何かが出来るとは思えない。当麻は「その場で待っていろ。動くんじゃないぞ」と念を押すと、借りた台車でダンボールを運び始めた。

 

 その作業がついに終わる。

 

「いよっしゃああ!」

 

 自分で自分にガッツポーズ。

 ものすごい達成感が当麻を襲う。

 

「よく頑張りましたね。はい。約束の商品券です」

 

 司会の男の人が商品券を当麻に渡してくれた。

 

「うぉおおおお!! ありがとうございますっ!」

 

 当麻は司会の男に何度も頭を下げた。

 

 

(――げ。何してんのよあいつ)

 

 御坂美琴は物陰に隠れつつ、当麻の様子を伺う。

 

(まずい。こんなの見られたら、絶対あいつは笑うに決まってる)

 

 美琴は両手いっぱいに抱えたゲコ太グッズを胸に抱く。

 こんな所をアイツに見られるわけにはいかない。

 しかしこういう時に限って、相手は去ってくれないものである。

 当麻は男と長話をし始める。

 

(ああ! なにやってんのよぉ! じれったいわねぇ! はやくどっかいきなさいよぉ!?)

 

 マズイ。

 イライラして髪の毛が逆立ち始めている。

 というか、このまま美琴が後ろに下がれば当麻見つかることなくその場を離れられるのだが、頭に血が上った美琴には、そんなことを考える余裕は無かった。

 

 その時だった。

 

 放送用の館内スピーカーから「ブゥゥゥゥウウウウウウン」という音が聞こえてきたのは。

 

「なに、これ?」

 

 美琴がそう思った瞬間、激しい頭痛が脳内でおこった。

 いや、頭痛だけじゃない。

 めまいや吐き気も同時に沸き起こる。

 

「う、ぐっ・・・・・・。こ、れ、は・・・・・・」

 

 美琴はそれ以上立っていられなくなり、その場にうずくまる。

 これは・・・・・・

 この状態を私は知っている・・・・・・

 

 これは、あのテレスティーナが使っていた・・・・・・

 

「キャパシティ・ダウン・・・・・・」

 

 それ以上は思考が定まらない。

 美琴はそのまま、闇に落ちるようにして意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 



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脱出 ―孝一編その⑤―

キャパシティダウン作動から数十分後。

マーク・ドーバンスは11階会議室ロビーに戻ると、部下達に指示を出す。

 

「よし前ら、準備に取り掛かれ。行動開始だ。まず、倒れていないヤツラを、1階に全部集めろ。ガナンシィを破壊した賊の女がいねぇか、その時に確認だ。その後は、倒れているヤツラを、一人ひとり調べ上げろ。確認できた奴等は、邪魔だからふん縛って個室にでも押し込めておけ」

 

 現在、11階に存在している人間は、マーク達だけである。

 そのほかの人間――会議を行っていた人間など――は既にこの場からご退場願っている。逆らった人間は、この世界から強制的に退場してもらった。

 部下達は私服を脱ぎすて、紺色の迷彩服を装着している。

 閣員各々が、スポーツバッグから小銃やショットガンと言ったものを取り出し、装備している。

 

「焦らず、急いで行動に移せよ? 俺もガキ共を始末したらすぐに行く」

 

 マークが片手を上げ、「出撃せよ」の号令を出した瞬間、部下達は迅速な動きで下の階層へと降りていった。

 その様子を見届けたマークは一人ポツンと取り残されたデクに声を掛ける。

 

「おいデク。おめぇにも仕事を与えてやる」

 

「な、なに、アニキ?」

 

「おめぇは1階に移動しろ。そこで集められたヤツラを見張れ。妙な動きをするヤツラがいたらかまわねぇ。焼き殺せ」

 

「わ。わかった・・・・・・アニキ」デクは指を折りながら、マークがさっき言った命令を反芻し、ゆっくりとその場から離れた。「1階・・・・・・。おりる。その後、見張る・・・・・・。そのあと・・・・・・、そのあと・・・・・・」

 

「――さて、俺たちも行こうか。3人仲良くあの世へのランデブーだ。寂しくないだろ? なあ、アハド?」

 

「う・・・・・・。う、う、うう・・・・・・」

 

 マークは散々痛めつけられ、息も絶え絶えで床にへばっているアハドに目を向けた。

 

 

 

 

 

「ああ、デク君。ちょっと待ちたまえ」

 

 デクが下の階へ降りる為、エレベーターが来るのを待っていると、誰かに声を掛けられた。

 顔は覚えている。マークのアニキと一緒にいた佐伯という男だ。

 

「・・・・・・なに?」デクは頭の中で反芻する作業を中断され、少し不機嫌そうだった。

 

「君にプレゼントを持ってきた。いざというときに使いたまえ」

 

 そういって渡されたのは何かの液体が入ったアンプルだった。

 

「ナニこれ?」

 

「君の力を数倍にも高めてくれる薬さ。ここぞというときに飲めばいい」

 

「じゃあ、今飲む」デクはアンプルの蓋を開けようとするが、それを佐伯が止める。

 

「ああ、まてまて」佐伯がたしなめる。「今は飲むな。この薬の効果は一時的なんだ。ずっとは持たない。敵と対峙して手強そうなヤツがいたら、その時に使うんだ」

 

「ふーん?」

 

 デクは最後まで良くわからないといった表情だったが、薬をポケットにしまう。

 その時「チーン」という音がしてエレベーターのドアが開く。

 

「あはっ。きたきた」エレベーターに乗り込み、デクはそのまま下の階へと降りていく。

 

 たぶん数分もしたらさっきの会話も頭の片隅に追いやれることだろうが、構わない。元よりただの好奇心だったのだから。佐伯はしばしの間、一人エレベーターの前で佇む。

 

 そして、数分経った頃。

 

「――おーい。もう出てきていいよ」誰もいないはずの空間声を掛けた。

 

「――パパ良かったの? せっかく回収した薬だったのに」

 

 少女が物陰からすぅっと姿をあらわす。彼女もまた、リクと同じく佐伯に買われた少女だった。

 

「なに、リクがから受け取ったサンプルはまだあるんだ。1本位彼にあげたってかまやしない。それに、見てみたいじゃないか。レベル4クラスの能力者に『ガナンシィ』を投与したらどんな反応を見せるか」

 

「ふうん」少女はあまり興味の無い様子で曖昧に返事をした。「私はこれからどうしたらいいの、パパ?」

 

 すると佐伯は小型のハンディカメラを少女に渡す。

 

「シロ。君は撮影係だ。キャパシティダウンの効果を出来るだけ詳しく知りたい。能力者の状態。店内の様子。デクを追っていく途中で、それらを撮影しろ。1階についたらデクから目を離すな。そのままじっと撮影だ」

 

「わかったよ。パパ」

 

 そういうと受け取ったカメラを早速起動し、少女は再び闇の中へと姿を消した。

 

 

 

 

「――おい。おい、孝一。おきろ」

 

 誰かが僕の体を揺り動かす。

 その声に導かれるように、意識が次第にはっきりとしてくる。

 

 そうだ。

 僕は、僕達はサラリーマン風の男から変な薬品を噴射されて、そのまま意識を失ってしまったんだ。

 ということはこの声の主は、サルディナさん?

 目はゆっくりと開ける。

 

「おお。気が付いたか。孝一」

 

 サルディナさんが僕を覗きこむ。青い瞳を心配そうに細め、僕を見ている。

 

「うう・・・・・・。僕達はどれくらい眠らされていたんだ?」

 

 

 周囲を見渡す。

 場所は、意識を失う前と同じ部屋だ。

 だけど、男達がいない。

 ということは――

 

「チャンスだぞ孝一。ヤツラがいない。逃げ出すならば、今のうちだ」

 

 そうだ。サルディナさんの言うとおり、ここから逃げ出す、千載一遇のチャンスだろう。

 僕は起き上がり、辺りの様子を伺う。

 その為に、エコーズを出現させ、会議室周辺の音を拾い集める。

 

 コツコツコツコツ。

 会議室の廊下。

 足音が四つ。

 

 ――おい。きびきび歩け――

 

 男の声。これはさっきのオールバックの男だ。

 

 ――ひぃ。ひぃ。う、ううう・・・・・・――

 

 男の悲鳴にも似た泣き声。コイツはアハドの声だ。

 その後ろ、アハドを挟むようにして二人分の足音。

 これは、部下のものだろう。

 

 この四つの足音は、次第に大きくなり、僕達のいる部屋のほうへと近付き、やがて止まる。

 運が悪かった。僕達がもう少し早く起きられたら、安全に逃げられたのに。

 仕方ない。

 こうなったら――

 

「サルディナさん。よく聞いて。僕が合図したら――」

 

 サルディナさんに指示を出し。僕達は、入り口のドアのある場所まで移動する。

 ドアノブが回り、男達が入ってくる。

 オールバックの男はドアを開けたとたん僕達が視界に入ったもんで、目を見開いて驚いた様子だった。

 でもそれも一瞬だ。すぐに「運が無かったな」とばかりに、にやけ顔を作る。

 

「これはこれは。どこかへおでかけかな?」

 

 いやみったらしい笑みを浮かべ、僕達を見ている。

 

「このまま、見逃してくれたりは、してくれません・・・・・・よね?」

 

 サルディナさんを背中に隠すようにし、前に立つ。

 

「そりゃ、無理な相談だな」男が言う。

 

(サルディナさん。いい? 耳、塞いどいて?)

 

(わかった)

 

 僕の合図で、サルディナさんが両耳を塞ぐ。

 

「そうですか、無理ですか。じゃあ――」僕はエコーズact1を出現させ、男達に向い、音文字をぶつける。

 

「――戦うしか、ありませんよね?」

 

 

 出現させた音は何でもいい。

 そこらへんで拾った、適当な雑音だ。

 ただし、音量は最大。

 それを無防備な状態で受けたら――

 

 『ビシュッ』『ビシィ』『コツコツコツ』『ガチャァァァン』

 

 男達の顔面に、エコーズの作りだした文字が張り付き、反響させる。

 

 何度も。

 何度も。

 何度も。

 

「うがぁああああああ!?」

 

 男達は両耳を押さえ、その場にうずくまる。

 彼等からしたら、突然スピーカーの大音量を聞かされたようなものだろう。

 悪いとは思うけど・・・・・・。いや、思わないか。

 彼等に対して良心が痛むことはまず無い。

 このまましばらくそこでうずくまっていてもらおう。

 

 僕はサルディナさんに合図を送り、ドアから脱出する。

 

「てめぇぇぇぇぇ!? 殺す、殺す! ブチ殺してやる!!」

 

 リーダー格の男が床に這いつくばりながらも、ドアから顔を出し、叫び声をあげる。

 鳥型のスタンドを出し、つららで攻撃をしようとしている。

 すごいタフだな。この人。

 それじゃあ、なおさら捕まるわけには、いかないよね。

 僕はダメ押しにエコーズの顔文字を、もう一発、男の顔に貼り付けた。

 

「うぎゃああああああ!!」

 

 これで大丈夫だろう。

 僕達は一目散に、この階層から脱出することにした。

 

「・・・・・・待て、孝一。あいつを――」

 

 サルディナさんが逃げずに立ち止まり、指差す。その先にいるのはうずくまっているアハドだ。

 

「このまま、ヤツラに殺されるのは忍びない。助けてやってはくれまいか?」

 

「――本気?」

 

 昨日はしかるべき報いをとかなんとか言っていたのに。

 ジャックさんの言葉が聞いたのだろうか。

 

「頼む」

 

 そう必死になってお願いされてしまうと、断れないじゃないか。

 しかたない。

 僕は、アハドの元まで駆け寄ると、体を抱え、その場から一緒に連れ出した。

 

 

 

 

 

 一階下の飲食フロアまで降りると、アハドを店内の隅に隠した。

 いくらなんでも、けが人を担いで下まで逃げられないからである。

 

「う・・・・・・。う・・・・・・。ううう・・・・・・」

 

「少し痛いぞ? 我慢しろ」

 

 サルディナさんは、負傷したアハドの足の部位を、周囲を散策して発見したゴム紐で縛る。

 出血を食い止めるためだ。

 アハドは「ぐぅっ」という短いうめき声をあげる。

 かなりきつく縛ったようだ。だけど、これで出血のほうは収まるだろう。

 

 

 逃げるので精一杯だったので気が回らなかったが、辺りは電源が落ちたのか薄暗く、視界はかなり悪い。

 周囲を散策すると、懐中電灯があったので、店の持ち主には悪いが失敬させてもらうことにした。

 しかしこの懐中電灯、かなりアナクロだ。

 学園都市製の懐中電灯とは違い、一回りほど大きい。

 これはあれだ。

 僕が学園都市に来る前。つまり外の世界のものだ。

 中の単一電池を取り出すと、中身が空洞になるタイプのやつ。

 おそらく店主はレトロ物を集める趣味が合ったらしい。

 よく見ると店内も、どことなく、昭和臭い内装だ。

 

「ここまででいい。後は、神がこの男の運命をきめてくれるだろう」

 

 サルディナさんは短い祈りをアハドにささげると、立ち上がる。

 アハドは荒い息を吐き、サルディナさんを見ている。

 

「・・・・・・なせだ? どうして俺を助けた? 『アジャンテ』の教えに反するんじゃないのか?」

 

 サルディナさんはしばらくの沈黙の後「わからない」と答えた。

 

「分からないだって?」アハドが驚きの声をあげる。やがて「・・・・・・そうか。お前はまだ、アジャンテの教えに染まりきっていないって事か。だったら、お礼にアドバイスしてやる。手を引け。全うな世界にい生きな。俺もクソだが、お前がいる組織は肥溜めだ。奴等が何かを運ぶたびに、周囲に恨みを買っている。俺の聞いた話だと、ある国を筆頭に、大々的な報復措置が取られるらしいぜ。『アジャンテ』はもう終いだ。悪いことはいわねぇ。そのまま逃げな」

 

「アジャンテが・・・・・・終わるのか・・・・・・」

 

 サルディナさんは呆然とした表情で、アハドの言葉を聞いていた。

 

 

 

 

 

 アハドと分かれた後、僕達は11階の階段下の様子を伺っていた。下にヤツラの仲間が待ち伏せしているとも限らないからだ。

 それにあのオールバックの男。

 すでに射程圏内を離れたため、エコーズの能力は解除され、こちらを追撃してくる頃だろう。

 おそらく、鬼のような形相で僕達を襲ってくるに違いない。

 

「これも、因果応報か・・・・・・」

 

 サルディナさんの発する声は、低く、暗く、抑揚の無い感じだった。

 そりゃ、そうだ。いきなり自分のいる組織が、生活の場が、跡形も無く消滅してしまうなんて聞いたら、誰だってショックを受けるだろう。

 

「全ては『アジャンテ』の為だった。『アジャンテの』ために生き、『アジャンテ』の礎となる。その為に今日という日を生きてきたのだ。・・・・・・だけど、気が付いてしまった。その影で、犠牲となり、今も苦しんでいる人間がいるということを。私達の行いが、世界に悲しみを広げる一端になっていることを・・・・・・。こんな気持ち、お前達に指摘されるまで、考えたことも無かった。ちょっと考えれば、子供にだってわかるはずのことなのにな。・・・・・・私は、愚かだった」

 

 サルディナさんの声が震える。

 泣いているのだろうか。

 でも、この暗闇の中、彼女の表情を見ることは叶わない。

 

「アジャンテはもう、止まらない。止められない。私が組織に帰り、事実を伝えたとしても、決して止まることはないだろう。・・・・・・孝一。私はこれからどうしたら、どうすればいい?」

 

 僕に答えは出せない。たかだか十数年しか生きていない僕に、彼女を導く言葉を吐けるはずもない。

 でも、しゃべらなくては。

 どんな言葉でもいい。

 彼女の心に何かのきっかけとなれば・・・・・・

 だから、言葉を紡ぐ。僕が思ったことを。僕の言葉で、サルディナさんに伝わるように。

 

「・・・・・・組織を捨てて、仲間を見捨てて、生きてください」

 

「・・・・・・孝一?」

 

「どんなに惨めでも、かっこ悪くても、罪悪感に苛まれても・・・・・・。それでも生きてください。人間は、生きることを諦めちゃ、思考を停止させちゃ駄目なんだ。・・・・・・だって生きているんだもの。生きている以上、最後まで生きなきゃ。それが人として生まれた以上、人に課せられた使命のはずです。サルディナさん。組織に戻っちゃ、駄目ですよ? 戻ればあなたは確実に死ぬ。・・・・・・いいじゃないですか。全部投げ出したって。それでも生きてさえいれば、幸せになるチャンスは巡ってくるはずです」

 

「幸せか・・・・・・。見つけられるのだろうか? この私が」

 

「見つけるんですよ。幸せは、それを願う人間の所にしかやってこないって言いますし・・・・・・」

 

 

 ――その時、

 

「――あのガキと女は? お前の仲間だろ? 誰に頼まれた? 他に何人、仲間がいる?」

 

 あの男の声がする。

 どうやら僕達を追ってきたようだ。

 だけど、様子がおかしい。

 誰かと話をしているようだ。

 

「――やったのはウチだけや。仲間なんかおらへん――」

 

 子供の声が聞こえる。

 この暗がりでよく分からないけど、男と子供が言い争っている?

 

「――聞くところに寄るとえらい強そうなスタンドもっとるらしいの? ひとつ、ウチに見せてくれへん?」

 

 今、なんていった? スタンド?

 その瞬間だ。

 

「――エフェクト、起動や!」

 

 男の子はナイフのようなものを取り出すと、掛け声とともに、それをかざす。

 そのとたん、ナイフを中心に周囲が赤く輝きだし、人型の物体が出現した。

 鳥のような頭。

 たくましい人間のような肉体。

 その異形な姿は、男の子に付き従うように、命令を待っている。

 

「――な、にぃぃ!? てめえも、スタンドを!?」

 

 男が驚くのも無理はない。

 どうやらあのナイフ、正確にいうとそれにはめ込まれた赤い宝石のようなものに秘密がありそうだ。

 あのスタンドは宝石が赤く輝いた瞬間、その中から出現したように感じたからだ。

 やがて少年はスタンドに命令を下す。

 

「燃えて、消し炭になれ!!」

 

 スタンドの体から、巨大な火の手が上がる。

 炎を纏ったスタンドは手をかざし、男の部下達目がけそれを放った。

 炎がまるで生き物の様にうねり、男達を攻撃する。

 

「!?」

 

「がっ!」

 

「~~~!!」

 

「!!」

 

 燃える。

 人間が燃えていく。

 自由自在に形を変える炎が、男達の体にまとわりつき、逃がさない。

 どんなに苦しくても、逃げ出しても、炎が離れる事はない。

 やがて、一人。

 また一人と、男達がまるで人形の様にその場に崩れ落ちていく。

 

 少年はそのままリーダーの男と対峙する。

 マズイ。

 このまま戦闘になったら、こっちにまでとばっちりを食う可能性がある。

 早々にこのフロアから脱出しないと。

 

「サルディナさん。ごめん」

 

「なんだ? なにをあやま――」

 

 僕はサルディナさんの体を倒し、抱きかかえる。

 続に言うお姫様抱っこというヤツだ。

 

「な!? ななななななな、何をする!?」

 

 珍しく顔を赤らめるサルディナさん。

 ゴメンよ。

 だけどこれには理由があるんだ。

 

「ちょっと我慢して下さい。少々危険だけど、強行突破します」

 

 僕はエコーズact3を出現させる。そしてサルディナさんを抱えたまま助走をつけ、走る。

 戦闘を開始寸前の男達の間に割ってはいる!

 

「act3! その場で固定!ジャンプした僕達の踏み台になれ!」

 

 act3を僕達の前方に配置し、土台代わりにする。

 勢いをつけて走った僕は、act3の構えた手に乗り、大きくジャンプする。

 僕の足にact3の両の手のひらの感触が伝わる。

 

「でやああああああ!!」

 

 そしてact3は僕の足を思いっきり持ち上げ、上空に放り投げた。

 着地地点は――

 

「ぐはっ!?」

 

 男の後頭部だった。

 男はもんどりうって倒れこみそのまま動かない。

 恐らく死んではいないだろうが、確認する暇なんて無い。

 サルディナさんを抱きかかえたまま、僕は下の階へと急いで駆け下りた。

 

 

 

 

 

 サルディナさんを抱えたまま、1階。また1階と順調に降りる。

 飲食フロア。

 ムービーシアター。

 ミリタリールーム。

 懐中電灯を照らして、ネームプレートだけを確認する。

 フロアの状況は薄暗くて見ることは叶わない。

 各階ごとに開催されていた催し物が、これで見納めになるかと思うと、かなり残念だ。

 本当なら、もっとゆっくりと。

 それこそ友達を誘って楽しみたい所なのに。

 

 ――う、ううううう――

 

 ――頭が、痛い――

 

 ――ハァ。ハァッ。ハァッ――

 

 エコーズが周囲の音を拾い、僕に教えている。

 どうやら各フロアごとに、数百人規模の人間が拘束されているようだ。

 しかし今はどうすることもできない。

 僕達にできることは、一刻も早く中の状況を外部に知らせることだけだ。

 

「!?」

 

 背後から音がする。

 誰かが階段を下りてきている。足跡からして子供のもの。

 もしかして、さっきの子供か?

 

 僕は階段下に見えた、暗がりの広がるフロアに飛び込み、身を隠す。

 暗がりなのでここがどんなフロアか分からなかったが、しだいに夜目に慣れてくる。

 辺りに洋服のようなものが見える事から、どうやら夫人用ブティックのフロアらしかった。

 

「どうした? 追手か?」

 

「ええ。どうやら、さっきの子供のようです。どうやらあちらは僕とやる気のようですね」

 

 サルディナさんをその場に下ろし、僕は遠目に階段を見る。

 おそらく、僕達がこのフロアに逃げ込んだのは、あの子供も分かっているはずだ。

 問題は、戦うことになった場合の対処の仕方だ。

 正直、男達を攻撃した際に使用したあの武器は、かなり厄介だ。

 あの炎。

 どのエコーズを使用しても、防ぎようが無い気がする。

 と、なると――

 

 

 

 

「おーい。おにぃちゃーん。遊ぼうでぇ」

 

 階段をゆっくりと下りてきた子供が、僕を呼んでいる。

 スタンドは・・・・・・すでに発現している。

 炎を纏った鳥頭のスタンドが腕を組みながら、少年の後からピッタリとくっついている。

 

「出てこんならぁ・・・・・・。炙り出すでぇ!」

 

 フロア内に入ってきた少年はナイフを前に突き出し、スタンドに命じる。

 スタンドが少年の命令に応じ、赤く、巨大な火の玉を作り出す。

 その数は6つ。

 少しずつ。

 少しずつ。

 力を貯めるように、炎の威力を凝縮し、やがてそれを少年の指し示す方角へと連続して打ち出した。

 

 一つ目、二つ目はまったく違う場所へと着弾する。

 その威力は凄まじく、触れた瞬間、衣服が火の粉を上げ燃えあがった。

 そして三つ目だけど・・・・・・。

 ・・・・・・ちくしょう、いい勘している。

 まっすぐに僕達の隠れている所へと、炎の玉が飛んできた。

 僕達は急いでその場所から身をかわす。

 身をかわした瞬間。さっきまで僕達のいた所に火の手が上がった。

 

「見つけた!」

 

 少年が続けて二発。三発と、火炎の玉を僕達に浴びせかけるように打ち出す。

 

「どうしたぁ!? おにぃちゃんのスタンドを、ウチにみせてぇな!」

 

 少年は嬉々として、まるでゲームを楽しむかのような表情を見せる。

 だけど、悪いけど・・・・・・。

 それはお断りだね。

 僕のようなタイプのスタンドは、力を見せびらかすべきじゃない。

 能力というものは使用すればするほど、相手に情報を与えてしまう。

 使うのはここぞという時のみ。

 それ以外は、知恵と工夫で何とかするさ。

 

 僕は少年の前へ躍り出ると、ポシェットの中から銃を取り出す。

 ジャックさんに渡された、麻酔銃入りの拳銃だ。

 それを少年に向けて構える。

 一瞬のことだ。少年は一瞬驚き、必ず拳銃を攻撃するだろう。

 何故なら、彼は僕のスタンドと遊びたいのだから。

 それなのに、拳銃なんて無粋なものを持ち出したことに怒り、必ずそれを破壊しようとするはずだ。

 

「なにしとるん自分? なんでスタンド出さへんのや? アホちゃうか!?」

 

 案の定、声色が怒りのトーンに変わる。

 

 ――これでいい。

 ――これで相手は、僕のことしか目に映らない。 

 

 そして、スタンドの口から直線状の炎が吐き出され、僕の拳銃にまとわりつく。

 

「っっ!!」

 

 銃身が溶け、グリップが熱を帯び、持っている事が出来なくなる。

 僕は拳銃ををすぐさま投げ捨てた。

 今だ!

 

「エコーズ!!」

 

 僕はエコーズに命令を下す。

 

『今すぐ、一直線に降下をしろ』

 

「!?」

 

 エコーズは僕の命令どおり、降下を開始する。

 驚く少年の真下に。

 纏っていた女性用ポンチョを少年目掛け投げ捨てて。

 

 

 act2は最初から動いていない。

 少年がが来るまでの間、ずっと上空に待機させていた。

 この暗がりの中。

 僕と戦うことしか頭にない少年だ。

 きっと僕がまともに戦うことを期待して、上空のことなんて視界に入っていないだろうと思っていた。

 そういう純粋なところは、まだ年相応の子供だ。

 

 投げつけられたポンチョが少年の視界を塞ぐ。少年が「なんや!? こんなもん!!」と憤慨し、振り払う。

 それでいい。

 一瞬。意識がそれただろう?

 それで十分だ。

 

 act2はするりと少年の真下にもぐりこむと、その尻尾で持っていたナイフを弾き飛ばした。

 

「あっ!?」

 

 一瞬少年が「信じられない」と言った表情をして、その後すぐさま弾き飛ばされたナイフを回収しようとする。

 その手がナイフに触れる。

 ・・・・・・ごめんよ。

 この勝負。僕の勝ちだ。

 

 ナイフに少年の手が触れた瞬間、少年の体はまるで巨大な衝撃波に襲われたように跳ね飛ばされ、ブティックの洋服をなぎ倒し、やがて壁に激突した。

 

「・・・・・・・・・」

 

 少年は叫び声をあげることも出来ないまま、衝撃で意識を失ってしまったようだ。

 

『ドッ! ゴォオオオオオオン!!』

 

 ナイフを弾き飛ばした際に貼り付けたシッポ文字が、ナイフから離れる。

 僕はナイフをまじまじと見る。

 これは危険な武器だ。こんなのを持っていたら、また僕を襲って来るかもしれない。

 僕はとりあえずそのナイフをact3の3FREEZE(スリーフリーズ)で破壊しておいた。

 

「やったのか? 孝一」

 

 身を潜めていたサルディナさんが、辺りが静かになってきたのでひょっこりと顔を出す。

 

「まあ、なんとか。あいつが何者なのか分かりませんけど」

 

 たぶんマフィアの仲間だとは思うが、いまはそんなことは後回しだ。

 エコーズが、この階層に駆けつける声と足音をとらえたからだ。

 

 ――今の音は? ――

 

 ――分からんが、何かの爆発音の様だった――

 

 ――とりあえず、現場に急げ! ――

 

 マフィア達がここにやってくる。

 いそいで移動しなければいけない。

 

「サルディナさん。急ぎましょう。早くこの現場から離れるんです」

 

 僕達は再び出口を目指して、下の階層へ降りていった。

 

 

 

 

 

 




補足。

エフェクト。
佐伯たちが開発した武器。
現段階では、ダガーナイフのみ。
ナイフの柄の部分に埋め込まれた宝玉にボタンがあり、それに触れている間だけ使用者はスタンド能力が発現する。コンセプトは誰でも使用可能な強大な武器。
スタンド能力者から切り離したスタンドを、宝玉に移植して能力を獲得している。
現在開発が成功しているのは、魔術師の赤(マジシャンズ・レッド)と音石のレッド・ホット・チリペッペーのみ。しかし、スタンドの暴走状態を抑えるため、その能力は本来のものと比べるとかなり落ちる。スタンドの意思もないため、複雑な技は使用できない。
それでも、スタンド能力を一般人が認識する事が出来ないという利点は大きく、将来的には、能力者制圧用に大量生産を目指している。





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ガナンシィ ―孝一編その⑥―

 ――これは!? 一体何があった!?

 

 ――おい。こっちにガキがいるぞ!

 

 孝一達が去った数十分後。

 騒ぎを聞きつけたマークの部下達が現場に駆けつける。

 周囲は惨憺たる状況だった。

 店内の衣類や小物が、まるで火炎放射器で焼かれた後の様に消し炭となり、ブスブスと煙をあげて、嫌なにおいを充満させている。

 そんな中に少年が一人。

 壁に寄りかかり、額から血を流した少年がいた。

 仲間の無線連絡による特徴と一致する。この子供が仲間を惨殺したのだ。

 

「・・・・・・・・・」

 

 少年は虚ろな表情で虚空を見つめている。

 何か大きな衝撃が彼を襲ったらしいが、そんなことは男達には関係ない。

 男達は銃を構え、壁に背をつきもたれかかっているリクを取り囲む。

 

「よくも、仲間を殺してくれたな。もうテメェをただのガキだとは思わねぇ」

 

 中央にいた男が歩み寄り、リクの眉間に銃を突きつける。

 リクはそれでも反応しない。ただ、ブツブツと何かを呟いている。

 

「――なんだ? 何を言ってやがる?」

 

 男が耳を傾ける。

 

「――油断した、油断した、油断した・・・・・・。エフェクトを壊してしもうた・・・・・・。どないしよ、どないしよどないしよ・・・・・・」

 

 ブツブツ同じ単語を呟いている。そしておもむろに懐からナイフを取り出す。これは最初のナイフとは違う同一のナイフだ。唯一違う所といえば、柄の部分にある宝玉が赤から黄金色に変わったことだけだ。

 

「――エフェクト、起動」

 

 リクがその単語を発し終わるのと同時に、宝玉が怪しく輝きだす。

 

「!?」

 

 何かやばい。そう確信した男は、銃口の引き金をリクに向って引く。

 だが、弾は発射されなかった。

 それどころか、男の視界から持っていた拳銃が消えた。

 

「な、にぃ!?」一瞬、鈍い痛みが襲う。

 

 よく見ると、拳銃を持った自分の腕が、在らぬ方角へと捻じ曲がり、プランと垂れ下がっている。

 

「ぐあっ!?」

 

「ぐへっ!?」

 

「ごっ!!!」

 

 リクを取り囲んでいた周囲の男達が、1人、また1人と、見えない何者かに殴れらるように、弾かれ、宙を舞い、血反吐を撒き散らし悶絶する。そしてついに残っているのはリクに銃口を向けた男ただひとりとなった。

 

「な、なんだ!? おまえ、一体・・・・・・!?」

 

 折れ曲がった片腕をかばい、男は後ずさりをする。

 

「・・・・・・・・・」

 

 リクは男を見ているんだか分からない表情で見つめ、ナイフから発現したスタンドに命じる。

 それは、かつて孝一達と激戦を繰り広げた、音石アキラが本体の『レッド・ホット・チリペッパー』だった。

 

「・・・・・・・・・」

 

 チリペッパーは意思を持たない表情で男の体に触れると、力をほんの少しだけ加える。

 

「うがぁぁぁぁあ!?」

 

 電気のスパークによる放電現象が起き、男の体を駆け巡る。

 男はビクンビクンと激しく痙攣し、のた打ち回り、やがて黒煙と異臭を体内から発生させると、そのまま動かなくなった。

 

「・・・・・・ほんま、どないしよ。佐伯さんに、何て報告しよ・・・・・・」

 

 全てが終わったフロア内で、リクはブツブツとそれだけを繰り返し、その場を後にした。

 

 

 

 

 

「――ハァ。――ハァ。――ハァ」

 

 連続して発生する銃声が僕達の背後で聞こえてくる。あの形状からするとマシンガンだ。広いフロア内、おまけにこの暗闇だ。そう簡単に当たることはないだろうが、それでも、死への恐怖は消え去らない。

 僕達は移動を頻繁に繰り返し、逃げ惑っている。

 現在は、本棚の陰に、姿勢を低くして隠れている。

 廊下周辺は完全に男達に固められてしまっている。このままだと身動きが取れない。

 

 ――あの少年との戦闘の後、轟音を聞きつけた男達が次々と下の階段から昇ってきた。

 僕達は男達の姿を見るなり、急いでこのフロアに逃げ込んだ。

 そしてこの銃撃戦である。

 時計が無いため時間の感覚が分からないが、30分程、こうしてこの場所に足止めを食らっているんじゃないだろうか?

 周囲に本やCDなどが散乱している。

 たしか見取り図だと、ここは5階だ。

 下のフロアまで、あと半分もあるのか・・・・・・

 軽いめまいを覚える。

 

「孝一。このままだと埒が明かない。お前の能力で何とかならないのか?」

 

 サルディナさんが小声で僕に話しかける。

 もちろん僕もそれはわかっている。

 しかし、それはあまりにリスキーだ。

 

 僕のエコーズは多角的な戦闘には向いていない。

 基本的にエコーズは周囲に罠を張り、相手がそれに引っかかるのを待つという戦法を得意としている。そのためこうして広範囲から複数の人数で攻められると、とたんにその特性を封じられてしまうのだ。

 

 だけどサルディナさんの言うとおり、このままこうしていては埒が明かない。

 ――打って出るべきか?

 

「いたぞ! こっちだっ!」

 

 5mくらい先で男と目があう。

 仲間を呼ばれた!?

 瞬間、僕はact2を出現させ、男に殴りかかる。

 

「ぐはっ!?」

 

 シッポ文字で殴られた男はその場にうずくまる。

 

「――死ね」

 

 僕ははっとする。僕の背後で銃の引き金に手をかける音が聞こえたからだ。

 もう1人、男が背後から忍び寄っていたのだ。

 しまった。エコーズは5m先。今から戻しても間に合わない。

 

Caidil!!(眠れ)

 

 その時、サルディナさんが何かを叫ぶ声が聞こえた。

 そしてその数秒後、誰かが倒れる音。発砲音は聞こえなかった。

 僕は恐る恐る後ろを振り返る。

 

「これは!?」

 

 そこには意識を失い、昏睡する男の姿があった。

 男の額には、不思議な文字が書かれた鳥の羽根がくっついており、うっすらと紫色に発光している。

 

「私も見習いとはいえ魔術師の端くれ。相手を眠らせる魔術は心得ているつもりだ」

 

 これはサルディナさんがやったのか。今まで実感したことはなかったけど、これが、魔術。

 ・・・・・・まてよ。

 こいつを使えば、現状を打開できるんじゃないのか?

 

「ねぇ。サルディナさん。この魔術って、難しいものなんですか? 複数同時にって、出来ます?」

 

「まあ、所持しているアイテムが無くならない限り、何度でも使用は出来るが・・・・・・」サルディナさんがローブから複数の羽を取り出す。「なにか、考えたな? 私に出来ることなら協力するぞ」

 

「なに、作戦はいたってシンプルですよ。僕のエコーズだけなら勝率は低かったですけど、サルディナさんが加われば、それがぐっと跳ね上がりますよ――」

 

 

 

 

 

「いた! 12時の方角だ! 本棚の陰に隠れていやがった!」

 

 男の声と同時に銃声が轟く。

 その音に反応し、複数の男達が声のする方向へ向う。

 

「どこだ! ガキはいたのか!?」男の一人が叫ぶ。

 

 周囲を見渡す。

 薄暗い店内でガサゴソという、人の移動する声が聞こえる。

 孝一達2人の姿は見えない。また移動したのか。

 その時。

 

「捕らえたぞ! 捕まえた! こっちだ。早く来てくれ!」

 

 仲間が孝一達を捕らえたと声高々に宣言する。

 男達がにやりと笑う。

 ここまでコケにされたのだ。

 この落とし前はきっちりとその体と命で償ってもらおう。

 早足で声のするほうへと向う。

 

「こっちだ! 早く来てくれ!」

 

「わかった。そうせかすな」

 

 薄暗いが、『ビッグフェア・最終セール』と張り出しされた棚の奥から声がするようだ。

 そして男達は到着する。

 

「こっちだ! 早く来てくれ!」

 

「・・・・・・いない?」

 

 仲間の声はする。しかし、誰もいない。その姿を確認することは出来ない。

 なのに「こっちだ! 早く来てくれ!」という声は断続的に聞こえてくる。

 もし彼等がスタンドを見る事が出来たのなら、棚に貼り付けられている文字が発生源だと気が付いただろうが、普通の人間である彼等には土台不可能な話だ。

 ということは、幸一達の作戦は、この時既に成功していたといえる。

 

「一体何なんだ? この声はどこから・・・・・・」

 

 男達が緊張の糸を緩めたその瞬間、サルディナと孝一は物陰から躍り出した。

 

Caidil!!(眠れ)

 

 サルディナは男達に羽根を4枚同時に投げ、魔術を発動させる。

 額や胸に、魔術の刻印(ルーン)が刻まれた羽は紫色に輝き、張り付く。

 

「ぐっ」

 

「あぅ」

 

 男達はその場で昏倒した。

 

3 FREEZE!!(スリー・ フリーズ)

 

 act3の放った奥義が、残った男の体を地面に倒す。そして拳で顔面を殴りつける。

 

「がぁっ!!」

 

 男がビクリと痙攣し、動かなくなる。

 それは一瞬の事。

 そして騒音が収まった後、辺りは再び静寂に包まれた。

 

 

「やったな。孝一」サルディナが孝一の手をとり、互いの健闘を喜び合う。

 

「ええ。さっきやっつけた3人とあわせると、これで8人倒したことになります。恐らく、敵の数はもうそれ程多くはないはずです。後もう少し、同じ方法で片付けていきましょう」

 

 act1の能力で敵をおびき寄せ、油断した隙に攻撃するという孝一の作戦は成功した。

 孝一とサルディナは作戦の成功を喜び合うと、残った男達を狩るため再び移動を開始した。

 

 

 

 

「――ふう。これで全部片付いたな?」

 

「たぶん。このフロアには敵はもういないはずです」

 

 僕とサルディナさんで昏倒している敵を拘束する。

 彼等の所持している道具に手錠があったので、それを利用させてもらった。

 

 あれから――

 

 敵を誘い出し、サルディナさんの魔術で眠らせ、一人ひとり確実にその数を減らしていった。

 そして先程、めでたく、フロア内の敵全てを拘束することに成功したのである。

 

「オガムの羽根が足りてよかった」サルディナさんが僕に一本だけ残った羽根を見せる。

 

 敵は僕達を取り囲み、散策範囲を狭くしていくという戦法と取っていた。

 もし僕1人で敵を倒していったのなら。

 確かに1人2人は倒せるだろうが、その瞬間、本体である僕が無防備となり、敵に蜂の巣にされてしまっただろう。今回の作戦はサルディナさんがいたからこそ、成功したんだ。

 

「――み、みんな・・・・・・。みんなが・・・・・・」

 

 その時、フロア入り口から声がした。

 僕は驚き、その方向へ振り向く。

 そこには、巨漢の男がいた。

 この男に見覚えがある。

 会議室に閉じ込められていた時に、オールバックの男といた、デクと呼ばれたヤツだ。

 

「うぉぉおぉおおお!? みんなが! みんながぁ!!」

 

 デクは両目から大粒の涙を流し、狂ったように泣き叫ぶ。

 もしかして、僕達がこいつの仲間を殺したと思っているんじゃないだろうな?

 

「うぁあああああ!!」デクは絶叫しながら僕を睨みつける。

 

 まずい!

 こいつの能力は、発火能力!!(パイロキネシス) 確か、机を睨んだだけで、発火させる事が可能だった。だとしたら、こいつに見られるとヤバイ!

 

「逃げろっ! サルディナさん!!」

 

 僕達は急いで身を翻して、デクの視界に入らないよう、本棚の影に身を隠す。

「ボンッ!!」という爆発音にも似た音が、僕達の身を隠したすぐ後に聞こえ、黒煙が立ち昇る。

 危なかった。

 もう少しで、黒焦げになる所だった。

 どうやら銃声に導かれて、とんでもないヤツまでこのフロアに呼び込んでしまったようだ。

 

「――ふぅ」

 

 一息を入れ、僕は少し冷静になる。

 あのデクの能力。

 確かに危険だが、気をつければ対処できない能力ではない。

 発火能力(パイロキネシス)は面と向って使用されれば厄介だが、それでもスタンド能力を持っている僕のほうが有利だと思ったからだ。

 デクはスタンドを見ることは出来ない。だとしたらact2のシッポ文字をヤツ目掛けて投げつければ一瞬で方がつくのではないだろうか?

 気を付けるとしたら、相手の流れ弾に当たることだ。

 以前、街の不良と戦いになった時、相手の能力がエコーズに触れた瞬間に僕にもダメージが来た事を思い出す。

 学園都市の能力者の攻撃は、スタンドも影響を受けるという事があの時分かった。

 そのことを肝に銘じておけば、倒せない相手じゃない!

 

 act2で文字を作り出す。

 あの巨体を倒せるだけの、特大の文字を生み出す。

 相手の視界に入らないようにact2を移動させる。

 そして、完全にこちらの様子に気づいていないことを確信すると、デクの前に躍り出た。

 

「!?」

 

 デクの様子がおかしい。

 体をブルブルと振るわせ、口から泡を吹いている。

 なんだ!?

 何かの発作か!?

 床を見ると、何かのアンプルのようなものが落ちている。

 もしかして、これを飲んだからか!?

 

「ああああああああああああああがぁあああああ!!!」

 

 デクの絶叫とともに、異変が起こった。

 

 ――あつい!? 部屋中の温度が上昇している!?

 

 フロアに熱気が蔓延しだす。

 例えるなら、まるで溶鉱炉の前にいるようだ。顔はチリチリと熱を帯び、息がしづらくなる。

 

「うがぁあああああ!!」

 

 デクが吼える。それと同時に、目の前の本棚から煙が上がり、瞬く間に炎に包まれ、爆発を起こす。

 黒い塵となった本達は、熱風により周囲を舞い、まるで雪の様に僕達の上空を待っている。

 

「ガァアアアアアキィイイイイ!! おんなぁあああああ!!!!」

 

 デクがズシンという音を発生させ、こちらに歩いてくる。

 一歩。

 一歩。

 そのたびにデクの体から煙が上がり、歩いた床は溶け、足跡を生み出している。

 僕達の周囲にある本棚は次々と爆破炎上し、巨大な爆発音と熱風がこちらに襲ってくる。

 その際、僕達が拘束した男達も巻き添えになっていく。

 男達は蝋燭に、火をともすように全身を燃えあがらせ、抵抗する暇も無く消し炭となった。

 完全に見境無しだ。

 

 マズイ!!

 この状況はマズイ!

 周囲を移動しながら僕は戦慄する。

 どんな手品を使ったか分からないけど、あの薬品を飲んだとたん。デクの能力が桁違いに跳ね上がった。

 ・・・・・・桁違いに跳ね上がる?

 

「――あ!?」

 

 ――服用すれば、人間の身体機能を一時的にだが、飛躍的に向上させる事が出来るらしい――

 

 ジャックさんの言葉が思い出される。

 まさか、これは・・・・・・

 

「ガナンシィ・・・・・・」

 

 サルディナさんが呟く。

 

「ぐぅっ!!?」

 

 また爆発が起こる。

 次々と身を隠す場所が炎上していく。

 このままだと駄目だ。いずれ逃げ場所すらなくなってしまう。

 

「にぃげぇるぅなぁああああああ!!! うううううううううぉおぉぉぉぉぉ!!!」

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴ、と地面が震えだす。

 

 デクが僕達の方向をものすごい表情でにらみつけている。

 目が血走り、血管を浮き上がらせ、口からは唾液が滴る。

 完全に悪鬼のそれだった。

 

 フロアの温度は益々上昇しているように思う。

 暑い・・・・・・。

 息が出来ないほどだ。

 

 やがて、地面のコンクリートから水蒸気のようなものが立ち昇る。

 

「あ・・・・・・あ、ああああ」思わず呻く。

 

 コンクリートが赤く変色し、まるで飴細工の様に溶けはじめる。

 どろどろになった床は、重力に逆らえず、そのまま下に落下していく。

 

「うわぁ!?」

 

 僕達のいた床が、重さに耐え切れなくなりまるで引きずられていくように下に崩落し始める。

 

「サルディナさん! つかまれ!」

 

「孝一!」

 

 このフロアはもう駄目だ。

 こうなったら、一か八か、賭けるしかない。

 僕はサルディナさんを抱き上げ、思い切って、穴の中へと飛び込んだ。

 

「にがぁすかああああ! ガキィイイイ!!」

 

 デクの激高する声を聞きながら、僕達は重力に身を任せ、下の階層へと落下していった。

 

 

 

 



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炎熱の終焉 ―孝一編その⑦―

 落下していく。

 サルディナさんを抱えながら

 下へ、下へと落ちていく。

 

「ニガザネェエエエ!!」

 

 上空ではデクの声。

 そしてともに落ちてくる破壊され、溶け出したコンクリートの一部。

 このままだと、地面に激突し、ただではすまない。

 

「act3!」

 

 act3を出現させ、僕の体を支えさせる。

 各エコーズには飛行能力が備わっている。

 エコーズの中で一番パワーがあるact3なら、落下の速度を減速させられるはずだ。

 案の定、重力の法則に従い落ちていくだけだった僕達の体が、そのしがらみから開放されていく。

 少しずつゆっくりと、まるで気球を操作するように、下へ下へと滑空していく。

 やがて、下方にコンクリートの床がみえ、僕達はその場所へ無事に着地した。

 

 

 サルディナさんを下ろし、辺りを見渡す。

 周囲にはパソコンやテレビなどの家電が展示されている。

 ここは家電製品を取り扱うフロアのようだ。

 

「・・・・・・ううっ」

 

「ぃ・・・・・・・」

 

 周りにはたくさんの人の息遣いと、うめき声。

 このフロアにも、たくさんの人達が、拘束されているようだ。

 

「・・・・・・まずい」

 

 ――しまった。

 僕達がここに逃げたということをデクは知っている。

 当然追ってこのフロアにやってくるはずだ。

 今ここで戦闘になれば、彼等を巻き込むことになってしまう。

 

「サルディナさん! はやくここから――」

 

 サルディナさんの手をとり、このフロアから逃げ出そうとするが一歩遅かった。

 

 ズシィイイン、という岩が地面に激突したような音を立てて、デクが降下してきたのだ。

 

「ガキィイイイイイイ!! おんなぁああああ!! どこいったぁあああああ!!!!!」

 

 デクはあらん限りの声で叫び、僕達を呼ぶ。

 当然その声につられて出て行くほど、お人よしじゃない。

 僕達は近くの家電製品の展示したあるテーブルに身を隠す。

 

「――うぐぇえ? ぉぉぉぉぉおおおお!?」

 

 デクの様子がおかしい。

 体をくの字に折り曲げ、両腕で自分の顔や腹などを掻き毟る。

 そして大量の吐しゃ物を撒き散らす。

 明らかに薬の拒否反応だ。

 もしかして、このまま自滅するのでは? 一瞬、僕はそんなことを期待したがそれは甘かった。

 

「うっがぁあっぁあああああああああ!!」

 

 デクが周囲を見渡す。

 その瞳が暗闇で怪しく光る。

 バチバチといって、周りの家電製品が火花を散らす。

 よく見ると、白い煙が立ち昇っている。

 これは、マズイ。

 上の階の再現だ。

 

 「ボン!」という爆発音が立て続けに三度、起こり――恐らくテレビだろう――その後周囲全てのブラウン管が破裂する音が聞こえた。

 

「うわぁあああああ!?」僕は思わず悲鳴を上げる。

 

 衝撃で、辺りに黒煙が立ち上り、薄暗い店内をさらに黒く染め上げる。

 例えるなら、全てのテレビに、爆薬をセットし、一斉に爆破したような感じだ。

 あまりの爆発の衝撃と飛び散るガラス片に、僕達はたまらず頭を庇い、地面に横ばいになる。

 

「うがぁ!! うごぉぉお!? がぁあああああ!!」

 

 デクは頭部を大量に出血させ、頭を抱えながらフラフラとした足取りでこちらにやってくる。

 そのたびに、周囲の壁や家電製品が火花を散らし爆発し、巨大な火の柱を作り上げている。

 その炎のお陰で薄暗かった店内が限定的に明るくなる。

 周囲を赤く、そして怪しく染め上げながらこちらにやってくるデクは、あまりに異質で、まるで遠い日に見た悪夢のようだった。

 

「――ハァ。ハァ。ハァ。ハァ」

 

 僕は荒い息づかいでこの光景をただボーぜんと眺めていた。

 ひょっとしたら、息をすることも忘れていたのかもしれない。

 ――かなわない。

 素直な感想が出てきた。

 あいつは視界に入る者すべてを焼き尽くす。

 いくらエコーズがあいつに見えないといっても、姿をさらして前に出すことはあまりに危険だった。

 思考する。

 あいつに対抗する方法を。

 

 この状況で使用できるエコーズは2種類。

 act1とact2のみ。act3は論外だ。

 act3の3 FREEZE(スリー・ フリーズ)は確かに強力だが、その反面、射程があまりにも短い。

 攻撃するには射程距離の5mまで近付かなくてはならないからだ。

 今の状況でそれを使うことは自殺行為に等しい。

 となると、射程が長く、直接攻撃が可能なのはact1とact2のみとなる。

 だが、ac1の文字の攻撃は実体に直接的なダメージを与えられるわけじゃない。

 逆にデクが逆上して、あたり一面を灰にする可能性だってある。

 じゃあact2か?

 だけど、それだって完璧じゃない。

 仮に地面にシッポ文字を貼り付けたとしても、デクが必ずしもそれを踏んでくれるとは限らない。

 直接ぶつけるか?

 だけど、果たしてそれでアイツを倒せるのか?

 もし耐えられたら?

 今のアイツの状態だとそれは考えられる。感覚が麻痺して痛みすら忘れている可能性だってある。

 それに攻撃するには、どのみちあいつの前に躍り出ないといけない。

 もし失敗したら?

 

 もし・・・・・・もし・・・・・・もし・・・・・・

 だけど、だけど、だけど・・・・・・

 

 駄目だ。

 どんなに考えても、堂々巡りだ。ネガティブな意見しか出てこない。

 

「孝一! 危ない!」

 

「え?」

 

 サルディナさんの声とともに、凄まじい爆風と、熱線が僕を襲った。

 数秒して、僕達が隠れていた場所が爆破炎上されたことにやっと気が付く。

 

「見ツケタゾ!!

 

 デクと視線があう。

 あいつは親の敵に出会ったみたいな、憎しみと歓喜が入り混じった表情を浮かべている。

 

「――しまった!?」

 

 意識を別の所に巡らせていたせいで、デクの攻撃に対処する時間が遅れた。

 だけどもう遅い。

 アイツの視界に入った以上、僕達に助かる道はなかった。

 

「しねぇええ!!」

 

 デクが絶叫し、その目が赤く光る。

 視界に入ったものを全ても燃やす能力。

 たぶんこれで僕達の体を焼き尽くすのだ。

 後には骨すら残らない。

 

「!!」

 

 僕はとっさにサルディナさんを庇い、その場にうずくまる。

 無駄かもしれないが、せめて男としてこれくらいはかっこつけておきたかった。

 まあ、これから死ぬのにそんな事気にしていてもしょうがないけれど。

 

「・・・・・・っ!!」

 

「・・・・・・っ!!」

 

 そして僕達の体は赤い炎に包まれ――

 

 ・・・・・・・・・

 

 ・・・・・・・・・

 

 ・・・・・・あれ?

 なんとも、ない?

 僕はまだ生きてる?

 視界をそっと開ける。

 そこには、信じられない人物が立っていた。

 

 茶髪色の髪をヘアピンで留め、常盤台の制服に身を包んだ少女。

 彼女が懐から取り出したコインを親指と人差し指で弾き、上空に放る。

 そして右腕を真っ直ぐ伸ばし、標的のデクに狙いを定める。

 

「あ・・・・・・。あなたは・・・・・・」

 

 そうだ。僕はこの人を知っている。常盤台のエースで佐天さん達と友達の、そして学園都市に7人しかいないといわれるレベル5の――

 

「――御坂、美琴さん・・・・・・」

 

「くらえええっ!!」

 

 御坂さんが大量に発声させた電気と同時に、コインを撃ち出す。

 コインは高速の弾丸となって、デク目掛けて一直線に伸びていく。

 

 佐天さんたちから聞いたことがある。

 コインを電磁加速により超高速で打ち出す、御坂さんの必殺技。

 御坂さんの通り名。その名は――

 

超電磁砲(レールガン)・・・・・・」

 

 一直線に伸びた弾丸は、このまま光の矢のごとくデクに当たる。

 予定だった・・・・・・

 

「うがぁあああああ!!」

 

 デクの目が怪しく光ると同時に、発射されたコインが巨大な火炎に包まれる。

 爆炎をあげ消滅するコイン。

 煙の中から顔を出したデクは無傷だった。

 

「――相殺、された?」御坂さんの目が驚きに包まれる。

 

「じゃまぉお! するなぁああ!!」

 

 デクが怒りの表情を浮かべる中、御坂さんがすぐに第二投目のコインを打ち上げる。

 でもだめだ。

 あいつの能力を、美坂さんは知らない。

 あいつに姿を見せちゃいけないんだ。

 

「だめだ!? 御坂さん! あいつの視界に、入るなぁ!!」

 

「・・・・・・え? 孝一君?」

 

 初めて僕の姿を認識したのだろう。美坂さんは驚いた表情で僕を一瞬見る。

 でも、今は感動の再会を喜び合っている暇はない。

 僕はエコーズact2をデクの前に躍りださせ、シッポ文字を投げつけた。

 『ドォオン』という文字がデクに当たる。

 大砲の着弾する音を基に造りだしたact2の文字。当たればかなりのダメージを追わせられるはず!

 

「ぐぐぐぐぐぐぎぎぎぎっぎっぎいい!」

 

 倒れない?

 デクは奇声を発生させのけぞるだけで、攻撃をこらえた。

 身体能力が飛躍的にアップしているという話しだったけど、まさかここまでとは・・・・・・

 そして当然、怒りに狂ったデクは、攻撃された方向に向けてやたらめったらと炎をで攻撃しまくるだろう。

 恐らくその攻撃は、エコーズに当たる。

 

「くぅっ!!」

 

 僕は今度こそ死を覚悟した。

 その時だ。

 デク目掛けて、家電製品が飛んでいき、頭にぶつかる。

 

「がぁ!?」

 

 デクは一瞬の不意打ちでバランスを崩し、在らぬ方角を攻撃してしまう。

 誰もいない、廊下側の壁が激しく炎上し、爆発が起こった。

 

「君、大丈夫か?」

 

 助けてくれた人物が僕に声を掛ける。

 それは、高校生と思わしき男性だった。

 

「えっと、はい」

 

 僕は純粋に感謝の言葉を述べる。

 

「気をつけて! あいつ、まだやるきだよっ」

 

 今度は別の、中学生らしい少年が声をかける。どうやらこの子は水流操作(ハイドロハンド)の能力を持っているらしい。少年の足元には大量の水の塊が意思を持ったように動いている。

 彼等だけじゃない、周りには複数の能力者の思わしき人達が戦闘に参加する為にこちらに駆けつける。

 

 これは一体? どういうことだ?

 気が付くと、薄暗かった店内に電気が復旧したのか、明かりが宿る。

 

 

「――何があったかは分からないけれど、キャパシィティ・ダウンが解除されたようね。どこのどいつが仕掛けたかわからないけど 、ずいぶん好き勝手してくれたじゃない」

 

 いつの間にか御坂さんが僕のそばに立ち、嬉しそうに拳を鳴らしている。

 

「孝一君。まさかこんな所であうなんてね。積もる話もあるけれど、まずは――」

 

 御坂さんの体から大量に電気が放射され、バチバチと火花を散らす。

 

「コイツをぶっ倒してからにしましょうか!?」

 

 御坂さんが両手を広げ、電流を周囲に放射する。

 すると同時に大量の家電製品が宙を舞い、デク目掛けて襲い掛かる。

 普通ならこれで勝負がつくところだが、今のあいつは普通じゃない。

 

「ぐああああっ!!!」デクが叫ぶ。

 

 宙を舞った家電製品が次々と爆破され、黒煙を撒き散らす。

 

「!?」

 

 それを見て周囲の人達が一斉にデクに対し攻撃を仕掛ける。

 水流の渦を放ち、バスケットボール大の火の玉を打ち出し、風の力により周囲の物体をぶつける。

 だか、それは焼け石に水だ。

 水流は蒸発させられ、火の玉は飲み込まれ、打ち出された家電製品は溶けて灰になる。

 

「ちぃっ!? それならぁ!!」

 

 御坂さんはむき出しになっていた鉄骨や鉄筋を能力で引き抜き、デクの周囲へと飛ばす。

 大量の鉄骨が一直線にデクを襲う。

 溶ける。

 デクが標的を目視した瞬間、鉄骨が飴の様に溶け、周囲に降り注ぐ。

 かつて鉄骨だったものは「ジュゥ」というこげた臭いを発生させ、水蒸気を発生させる。

 

「無駄ぁ!!むだだぁあああああ!!! ・・・・・・うげぇええええええ!!」

 

 デクの体から発生する煙がだんだんと大きくなる。

 やがて、「ボン」と体から炎が立ち昇る。

 

「あああああ、あがががががが!!」

 

 苦しむデクを見て確信した。

 肉体の崩壊が起こっているんだ。

 このまま、コイツが自滅するのを待つっていう選択肢もあるけど、追い詰められたデクが最後になにをするのか分からない。

 それまでに何人かが犠牲になる可能性がある。

 人死にはなるだけ避けたい。それはデクを含めてだ。

 

 考えろ。

 考えるんだ。広瀬孝一。

 この現状を打開する方法を。

 

 手持ちの備品を見る。

 僕が持っているもの。

 10階で拾った、昔の型の懐中電灯。

 アハドを縛ったゴム紐。

 そして麻酔銃用の(ダート)のみ。

 ・・・・・・これしかないのか。

 

 周囲を見る。

 なにかアイテムが無いか、確認するためだ。

 ・・・・・・ん?

 あれは?

 僕達の後方にダンボールが積まれ、中から商品が顔を出す。

 こいつは!?

 コイツを活用すればあるいは――

 だけどまだ足りない。アイテムが足りない。

 そうだ。

 

「サルディナさん。君、確か――」

 

 僕はサルディナさんに説明する。

 

「ああ、確かにそれは可能だが――。だがどうする? どうやってあいつまで近付くのだ?」

 

「それにはもう1人、協力者がいる――」

 

 

「――もらったぁ!!」

 

 苦しみだすデクを見てチャンスだと思ったのか、御坂さんは地面に散乱する砂鉄を集め、一本の剣とする。

 このまま近接戦闘に持ち込むようだ。

 しかしそれは自殺行為だ。

 それに今回の作戦の要の御坂さんを、ここで失うわけには行かない。

 

「御坂さん。待った!」僕は御坂さんの体を掴み、押しとどめる。「あいつは、その眼に映るものを燃やす能力を持っています。今はその力を薬で底上げしている状態です。正直、近接戦闘はやめたほうがいい」

 

「じゃあ、どうするっていうのよ? このままじゃ、埒が明かないわよ」

 

「いいアイデアがあります」僕は事のあらまし、作戦内容を美坂さんに説明する。

 

「マジで? あたしはいいけど、下手したら、君、即死よ?」

 

 僕の作戦内容に御坂さんは呆れたようにいう。

 だけど、それはここにいても同じことだ。

 だからあえて美坂さんに発破をかけてやる。

 

「あれ? 御坂さん。ちょっとして、自信ないんですか?」

 

「・・・・・・なんですって?」御坂さんの眉がピクっと反応する。

 

「確かに、複数操作って高度な技術ですもんね。美坂さんにはまだ難しかったってことで納得しますよ」

 

「ちょっと、待ちなさいよ」

 

 御坂さんがガシッと僕の肩を掴む。

 

「――言ってくれるわね。いいわよ。やってやろうじゃない。その代わり、死んでも文句言わないでよ」

 

 かかったな。

 プライドの高い御坂さんのことだ、きっと乗ってくるだろうとは思っていた。

 

「大丈夫。死にませんよ。御坂さんがちゃんと成功させてくれさえすれば」僕はにやりと笑う。

 

「なまいきっ。言われなくても、やってやるわよ」同じく御坂さんも同様に笑う。

 

「さて、行きましょう」

 

 僕はエコーズを出現させ、準備態勢をとる。

 

「なんか、この状況って、前にもあった気がしない?」と、御坂さん。

 

 そういえば、スタンドに目覚めて間もない頃、音石と対決した時を思い出す。

 あの時もこうして御坂さん達と協力して敵を倒したっけ。

 

「それじゃ、カウント3で開始するわよ」

 

「はい」

 

「3、2、1。スタート!」

 

 美坂さんの号令とともにデクを倒す作戦が始まった。

 

 

 

 

 

 

「うっげええええええええ!!」

 

 デクは突然起こった猛烈な吐き気に襲われ、その場に吐しゃ物を撒き散らす。

 これは、あの薬を飲んだときからずっと続いている。

 わからない。

 わからない。

 自分に何が起こっているのか、まったく理解が出来ない。

 デクの体は既に限界だ。

 体内の細胞は死滅し始め、突然与えられた強大な力をもてあまし、肉体が崩壊を始めている。

 このままでは、デク自身が自分の能力で身を焦がし、自滅するのは時間の問題だった。

 だけど、その前に、あのガキと女だけは、始末しなければ――

 

 既にデクの思考はそのことだけで頭がいっぱいだった。

 そういえばあのガキはどこだ?

 少し気分が安定したデクは周囲を見渡す。

 散乱した家電製品2時の方角に、孝一はいた。

 

「あああああああ!!」

 

 それを見た瞬間デクに怒りの感情が沸き起こる。

 あいつを殺す!!

 あいつを殺す!!

 そのことしか考えられない。

 

「!?」

 

 その孝一の周辺に、大量の小さな何かが浮かんでいることにデクは気が付いた。

 小さくて、ぬいぐるみ状のそれは、ゲコ太だった。

 それは、上条当麻がその階層に残したゲコ太のバッグ。通称ゲコバックだった。

 ゲコバックの体内には音声認識用の小型コンピューターが内蔵されている。

 電気を帯びたものなら、美琴は操作可能なのだ。

 そのゲコバックが大量に宙に浮かんでいる。その総数およそ100体。そして一斉に、デク目掛けて襲い掛かってくる。

 あるものは上空から急降下して。

 あるものは真っ直ぐにデクの方向へ。

 四方八方から襲い掛かるそれを、デクは馬鹿にされた気分で見つめ、感情の赴くままに破壊しだす。

 次々と、ゲコ太たちが爆炎の中に沈んでいく。

 

(これでいい。作戦通りだ)

 

 その様子を、孝一は冷静に観察していた。

 

 100体あるゲコ太の内、98体は実はおとりである。

 本命は2つ。

 1つは上空をひっそりと飛行し、デクの背後にある五m先の壁にたどり着いたゲコ太A。

 このゲコ太にはエコーズact2が作りだした文字が貼り付けてある。

 そのゲコ太が壁に触れる。

 その瞬間。大音量で爆発音が発生し、壁が破壊される。

 

「!?」

 

 デクが驚き後ろを振り返る。

 何かが、爆発した?

 一体何が?

 デクには最後までそれが孝一の作戦だとはわからなかった。

 

 生物は、突発的な大音量が後方で聞こえると、思わず後ろの方向を振り向いてしまう。

 それはどんな生き物でも、避けられない習性だ。

 実際、デクもその法則に従い後ろを振り向いてしまった。

 それは時間にして3秒にも満たない短いもの。

 しかし孝一が欲しかったのは、まさしくその時間だった。

 本命のゲコ太B。

 そのゲコ太がデクのすぐそばまで歩み寄り、着ぐるみを脱ぎ捨てる。

 そこには何かを構えるエコーズがいた。

 

(先端部分を破壊し、完全に円柱状態になった懐中電灯。

 それにゴム紐を通し、即席のパチンコを作り出す。

 投射するのはジャックさんから受け取った麻酔銃の(ダート)。そしてサルディナさんから受け取った、眠りの魔術が作動状態の羽根)

 

 孝一は確信していた。

 みんなの力を合わせたのだ。必ず成功すると。

 

 スタンドを見る事を出来ないデクは、目の前に不自然に浮かぶ懐中電灯に必ず反応が遅れる。

 そしてヤツが振り向いた3秒という時間。

 この状況でその時間のロスは命取りだ。

 ――絶対に、当たるはずだ。

 

 そしてエコーズはゴム紐を引き絞り、デク目掛けて一気にそれ解き放った。

 

 

 

 

 



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手紙 ―孝一編 epilogue―

長かったこの話も。これでようやく完結です。


 エコーズの放った麻酔弾が、デクの心臓部分へと吸い込まれるように突き刺さる。

 

「おおおおおおおおおおお!?」

 

 デクが獣のごとく咆哮する。

 恐らく、通常の麻酔弾ではデクは倒せなかった。

 麻酔がデクの全身に回るまで、若干の猶予があるためだ。

 だから、倒すにはもう一工夫必要だった。

 それがサルディナさんの眠りの魔術がかけられた羽根。

 この二つの合わせ技なら、デクを倒す事が出来ると踏んだ。

 

 デクに突き刺さった羽根は、紫色に発光し、小型の魔方陣を浮き上がらせる。

 

「あ、ああ、あが、ががあああ・・・・・・」

 

 デクの体が小刻みに振るえ、一瞬、ぴたりとその動きを止める。

 やがて。

 

「う・・・・・・が・・・・・・ぁ・・・・・・」

 

 巨体をくの字に折り曲げ、デクはその場に崩れ落ちた。

 

「・・・・・・・・・」

 

 ――一瞬の沈黙の後。

 

「・・・・・・やった。・・・・・・んだよな?」

 

 瓦礫と化したフロアに佇んでいた誰かがポツンと洩らす。

 

 それを皮切りに、「やったぞー!!」という喜びの歓声と、勝利の雄たけびが周囲に木霊した。

 デクを倒したと同時に、あれだけ熱気を帯びていた周りの空気が四散して行く。

 空調設備が復旧し、熱を吸い上げているためだ。

 これで、本当に、終わったんだ。

 そう思った瞬間。僕は力なくその場にしゃがむ。

 正直、5,6回は死んでもおかしくない状況だった。

 無事に切り抜けられたのが信じられないくらいだ。

 それもひとえにみんなのお陰だと思う。 僕1人ではとても無理だった。

 サルディナさん。

 御坂さん。

 この場にいるみんな。

 彼等の力があってこそ、こうして僕達は生き残る事が出来たんだ。

 

「――おい。あんたら、無事か?」

 

 階段から複数の人達が姿を現す。

 彼等は周囲の惨憺たる状況を見て「うわ。ひでえ」「めちゃくちゃじゃねぇか」など、口々に声を洩らす。

 

「あんたたちは? 下の階から来たのか?」

 

 フロア内の誰かが男達に声をかける。

 

「――ああ。俺たちは一階から来たんだ。テロリスト共がいなくなって、その後すんゲェ爆発音が上から響いたんで、その・・・・・・。上のヤツラは無事かなって」

 

「最初は、まあ。能力者の事なんて放っとけ、何て意見も出てたんだけど。友達を助けに、上の階に行ったおっさん達もいるし。・・・・・・こういう場合、助けなかったら、俺たちのほうがかっこ悪いかなって」

 

 男の一人がそういって、ばつが悪そうに頬をかく。「俺たち、何の能力も無いけど。数だけは多いから。怪我人を運ぶ位のことなら出来るぜ」

 

 周りには、御坂さんがキャパシティ・ダウンとかいった装置の後遺症か、今だ動けない人。戦闘の巻き添えで負傷した人が大勢いる。正直、手を貸してくれるのはうれしい。

 男達の申し出に、フロアで僕たちと一緒に戦ってくれた高校生の人が歩み寄る。

 

「――正直。ありがたい。手を、貸してくれるか?」そういって男達に手を差し伸べた。

 

「あ、ああ。こちらこそ」男の人は少しはにかみながらその手を握り返すと「おい。お前等。怪我の酷いヤツから下に運ぶぞ。タンかもってこい」そういって、怪我人の元へと駆け寄っていった。

 

「――さて。どういうことか説明してもらおうじゃない。孝一君。今回の事件、何がどうなってんの?」

 

「そ、そんなこと言われたって、僕にも分からないですよ」

 

 僕の隣にいた御坂さんが腕組みをして僕を見下ろしている。その表情は、僕がまるで事件の当事者だといわんばかりだ。

 だけど、それは無理な相談だ。

 僕だって、事件の全貌を把握しているわけじゃない。

 あのマフィアどもが、『ガナンシィ』を巡ってこの事件を起こしたというのは分かっているが、それでも疑問が残る。 

 あの薬品を回収するためだけに、果たしてこんな大事件を引き起こすだろうか?

 こんな目立つことをして、ヤツラはその後、どこに逃走するつもりだったのだろう?

 分からない。

 この事件は、謎が多すぎる。

 

 その時、「あっ」と御坂さんが声を上げ、その場を駆け出す。

 階段のほうで誰かを見つけたみたいだ。

 

「――あ、あんたっ。どうしたのよ!? 全身血だらけで!」御坂さんが相手に詰め寄っている。

 

「げっ、御坂!? なんでここに?」

 

 声の主は男のようだが、ここからじゃ良く見えない。

 

「コラッ、短髪。とーまから離れるんだよっ。とーまは全身傷だらけなんだからっ」女の子の声がするが、誰なのかは確認できない。

 

「ちびっこ シスター!? まさか、今回の事件、あんた達が一枚噛んでるんじゃないでょうね!?」

 

 御坂さん達は、お互いにワイワイと言い合いになり「ここじゃなんだから」といって、このフロアから姿を消した。

 一体どんな関係なんだろう。まあ、それを聞くのは野暮ってことかな。

 

 

 

 

「孝一。当初の目的を果たそう」

 

 御坂さんがこのフロアから消えて数分後。サルディナさんが僕に声をかける。

 

「当初の目的?」

 

「忘れたのか。『ガナンシィ』を回収する。それがこのビルに来た目的だったはず」

 

「あっ」僕は声を出して驚く。マフィア達と命のやり取りをしたせいで、すっかり忘れていたのだ。

 

「人がまばらな今がチャンスだ。今のうちに、回収しよう」

 

「う、うん」

 

 僕達は足早に、商品保管庫に移動する。

 

 

「――よっ」

 

 保管庫に到着した僕達を、思わぬ人物が待っていた。

 

「ジャックさん!?」

 

「よっ。孝一。サルディナ。久しぶりだな」

 

 ジャックさんは保管庫の壁に寄りかかり、手を上げて挨拶をする。しかしその様子は、今朝のそれとはまるで違う。服には大きな血の跡があり、腹部を左手で庇うようにしている。表情も心なしか少し青かった。

 

「だ、大丈夫ですか!? どうしたんです!? この傷?」

 

「なーに。ちょいとマフィアと追いかけっこをして、ドジ踏んじまっただけだ。たいしたことはねぇよ」

 

「でも、血が!」

 

「大丈夫、大丈夫。もう、血は止まってんだ。それより、『ガナンシィ』だが・・・・・・。サルディナ。悪いが、お前の試験は、終わりだ」

 

 ジャックさんが顎をしゃくり、保管庫の中を指し示す。

 僕達は、中を覗きこむ。

 その中にはグチャグチャに散乱し、砕け散った、アンプルの束があった。

 アンプルは、破損し、床一面に液体を撒き散らしている。

 

「・・・・・・そうか。ガナンシィが・・・・・・そうか・・・・・・」

 

 サルディナさんは、砕け散ったアンプルを見つめ、感慨深げに呟く。その表情はどこか安堵しているみたいだった。

 

「さて、これでここに留まる理由は無くなったな。俺たちは、アンチスキルの目から逃れなきゃならん。ヤツラが来る前にここを脱出する。孝一。お前はどうする?」

 

 ジャックさんが僕に尋ねる。正直、一緒について行きたいところだけど――

 

「――いえ。僕はここに残ります。怪我をしている人が大勢いますし、今は人手が多いほうがいい」僕はそう答えた。

 

「そうか。じゃあ。とりあえず、ここでお別れだな。孝一。今日は助かった。このお礼は、いずれ精神的にお返しさせてもらうぜ」

 

 ジャックさんは「じゃあな」というと、サルディナさんを伴いその場を後にする。

 サルディナさんは「ありがとう。孝一。お前のお陰で助かった」というと頭を下げ、ジャックさんに続いた。

 ――精神的ねぇ。

 僕は彼等に手を振りながら、心の中で苦笑する。

 今までそういって、実現された事など殆んど無いからだ。

 まあ、それでも憎めないのは、ジャックさんの人徳のなせる業だろう。

 僕はしばらくジャックさん等の姿を消えるまで眺めていたが、やがて災害活動に協力するために、フロアの人達と合流することにした。

 

 そのしばらく後。

 

「あ」僕は声をあげた。

 

「どうした、君?」一緒に救助活動をしていた男の人が不思議そうな顔で僕を見つめる。

 

「い、いえ。なんでもありません」僕は笑顔でその場を取り繕う。

 

 そういえば。

 あのリーダー格の男。あいつが生き残っていた。

 そのほかにも、サラリーマン風の男がいたはず。

 今の今まですっかり失念していた。

 仲間もいないこの状況で、彼等は一体どうするのだろう。

 いくらなんでも、ここにいる能力者全員を始末する事など、不可能に近い。

 恐らく、身を潜め、逃走する機会をうかがっているはずだが・・・・・・

 

 

 

 

「うっ・・・・・・う、うううう」

 

 床には這いつくばり、天井を朦朧とした意識で眺めていたマーク・ドーバンスは、自分の目の前に小さな人影が立っていることに気が付いた。

 

「・・・・・・・・・」

 

 それは、まだ年端も行かない少女だった。

 少女は、腰まである長い髪を三つ網で1つに束ね、幼い顔つきでこちらを見下ろしている。

 

「お、ま・・・・・・え・・・・・・は・・・・・・」

 

 かろうじて、それだけ声が出せた。

 上条当麻にやられたダメージがまだ残っており、全身に力が入らないのだ。

 少女は懐から携帯電話を取り出すと、腰を落とし、マークの耳元に押し付けた。

 

「――やあ、マークさん」

 

 相手の男が呼びかける。この声は聞き覚えがある。

 

「さ、え、き・・・・・・?」

 

「ええ、そうです。佐伯です。どうやら、お互い芳しくない結末を迎えたようですね」

 

「な、に?」

 

「こちらとしては、あなたがウチのリクに倒される結末がベストでした。・・・・・・それをまぁ。どこの馬の骨ともしれない輩に、無様に負けてしまいましたね? せっかくお宅のボスに、あなたの身柄を譲ってもらったというのに。役立たずこの上ないですな」

 

 何を言っているのだ、コイツは?

 マークは佐伯の言葉が信じられなかった。

 ボスが、俺を売った?

 この男に?

 なぜだ?

 

「驚いて声も出ないと言ったところですか? あなたはね、売られたんですよ。私達が開発したエフェクトの、戦闘データを取る実験サンプルとしてね。まあ、結果はご覧の有様でしたが」

 

「は、はは・・・・・・はは・・・・・・は・・・・・・」

 

 思わず、笑った。

 つまりこれは、最初から俺をこの学園都市におびき寄せるための、罠。

 実験というのは、おれ自身の事。

 これが笑わずにいられるだろうか。

 マークは虚空を眺め、乾いた笑いを繰り返す。

 

「マークさん。大変の名残惜しいですが、あなたとは、これでお別れです。私どもの活躍を、草葉の陰から応援していてくださいませ。それでは――」

 

 そういって「ブツリ」と携帯は切られた。

 少女はそれを確認すると、携帯を懐にしまい、かわりにダガーナイフを取り出す。

 

「――エフェクト、起動」

 

 少女はナイフの宝玉に触れると、周囲が赤く染まり、鳥の頭をした人型のスタンドが出現する。

 全身に炎を纏ったそれは、リクが使用していたエフェクトと同一のものだ。

 少女は何の感慨も無い表情で、マークを見下ろしている。

 

(――あーあ。やっぱ、上の人間の考えていることは、わかんねぇや)

 

 死が身近に迫った中、マークはぼんやりとした表情で、そんなことを考えていた。

 それが、彼がこの世で最後に残した心の声だった。

 

「さよなら」

 

 少女がポツリと呟くと、スタンドでマークの体を焼き尽くした。

 

 

 

 一足先にヘリで脱出した佐伯達は、部下との交流ポイントを目指していた。

 このヘリも、目的地に着けば処分する予定だ。

 自分たちの痕跡となるものは、残さない。

 残したとしても、それは他人に全て負わせる。

 今までも佐伯達はそうして、物事を推し進めてきた。

 

 そんな中、佐伯は1人、ぼんやりと沈んだ様子のリクを見つけた。

 あれだけ気にするなと言ったのに、自分の失態でエフェクトを破損させてしまったのが、よほど堪えたのだろう。

 

「リク。言ったはずだよ。気にするなって。たかだか、試作した3本のうちの1つが壊れただけじゃないか」

 

 ペットを躾けるには飴も必要。佐伯は優しくリクにねぎらいの言葉をかける。

 

「でも、ウチ・・・・・・。佐伯さんの命令通り、全員始末できんかった・・・・・・。ウチ、役立たずや・・・・・・」

 

 本当の犬の様に、シュンと項垂れるリク。そんな彼に、佐伯は「そんなに挽回したいのかい?」と問いかける。リクは間髪いれずに「うん。したい」と答えた。

 

「それなら大丈夫だ。近々、エフェクトのお披露目会と言う名目で、各国のお偉方が、この学園都市に訪れる。君とシロは、エフェクトの性能を実証するために、敵を撃破してもらう」

 

「ほ、ほんまか!?」リクが驚きの声をあげ、佐伯に詰め寄る。「いつや!? いつ? いつ?」

 

「おいおい。気が早いよ。現段階では、まだ未定。スケジュールの調整中だ」

 

「なんやぁ・・・・・・」リクがあからさまにガッカリした表情を浮かべる。

 

「だから、そんな顔をしないの。君たちの出番は必ずあるんだから。それまで英気を養っておきなさい」

 

 苦笑する佐伯に、リクが「はぁい」とややふてくされて返事を返した。

 

 その時、佐伯の携帯に連絡が入る。

 

「はい」

 

「・・・・・・・・・」

 

 電話の相手は、佐伯の雇い主だった。

 

 ――君の計画は順調のようだね――

 

 佐伯に話しかける。

 

「ええ。何しろあなたに好きにしろといわれているので。それより珍しいですね。あなたのほうから連絡を入れてくるなんて」

 

 ――君に伝えておかなくてはならない事があったんだ――

 

「なんです?」

 

 ――私のほうの計画は順調だ。ついては、これ以上の子供達の追加は必要ない。それを伝えたくてね――

 

「なるほど。『イレイズ』の手は、もう必要ないと。わかりました」

 

 電話の相手は本当にそれだけを伝えると、ブツリと電話を切ってしまった。

 

「・・・・・・・・・」

 

 電話を切ってしばらくの間。佐伯は思案していた。

 やがて、なにか面白いおもちゃを見つけたときみたいに、無邪気に笑う。

 

「・・・・・・『イレイズ』はもう必要ない。なら、もう潰しちゃっても構わないわけだ。これまで散々、お世話になって何だけど。私達の踏み台になってもらおう」

 

 問題は、『イレイズ』にはスタンド能力を持った人間が複数いたはず。見限るのはいいが、リクとシロだけで事に対処できるのか?

 

「・・・・・・・・・」

 

 そこで思い至る。

 

「戦力が不足しているなら、どこからでも補えばいい。学園都市の組織を動かしてね・・・・・・。しかも、うってつけの組織がいるじゃないか」

 

 ある程度の指針は出来た。

 後は、どう転ぶか? 

 どちらの組織が生き残るのか?

 

(まあ、最終的に私自身の懐は痛まないからいいけどね)

 

「――これからが楽しみだ」

 

 窓の外を見る。

 目的地まで、あとわずか。

 地上には黒いワンボックスカーと部下達が、佐伯が来るのを待ちわびていた。

 

 

 

 

 

「――っ! いててて」

 

「おい。大丈夫か? ジャック」

 

 自室兼オフィスの『ノートン探偵事務所』にて、ジャックは包帯でぐるぐる巻きにされた腹部をさすり、コーヒーを頂いていた。

 入れてくれたのはサルディナだ。その殊勝な態度は、昨日の彼女を見ている自分からは想像がつかない。

 だが、それを茶化すのはやめておく。

 それだけ今回の事件は、彼女の心に変化をもたらしたのだ。

 それがいい変化だといいが――

 ジャックはサルディナをチラリと見る。

 

「? なんだ? じろじろ見て」

 

 テーブルの真向かいに座る彼女は、一件普通のようだが、それでもどこか、暗い影のようなものを感じさせた。だから、ジャックは聞いてみた。彼女とこうしていられるのは、後僅かの時間しかないのだから。

 

「なあ。サルディナ。お前、これからどうするんだ?」

 

「・・・・・・唐突だな。どうするとは?」

 

「つまりだ。お前、このまま死ぬつもりじゃないだろうな?」

 

「・・・・・・・・・」

 

「おい!」

 

「・・・・・・わからない」

 

 サルディナがポツリと洩らす。その声色は、「本当にどうしていいのか、分からない」と、彼女の感情を表しているようだった。

 

「このまま、アジャンテの仕事を継ぐことに疑問が生じたのは事実だ。そして組織が、このまま掃討される運命だということも分かっている。だが、それでも、『アジャンテ』は私の全てなのだ。私が生まれ、私が生活し、苦楽を共にした仲間がいるのだ。このまま、仲間を見捨て、私だけ生きることなど、とてもじゃないが出来そうに無い」

 

「だから、『アジャンテ』に戻って、運命の時が来るまで待つってのか? 馬鹿げてるぜ」

 

「・・・・・・孝一にも、似たような事を言われたよ。『すまない』孝一にも、そう伝えてくれ」

 

 サルディナが自傷気味な笑みを浮かべ、すくっと椅子から立ち上がる。

 

「・・・・・・もう、行くのか?」

 

「このまま長居すると、決心が鈍りそうだ。だから、これでいいんだ」フードをすっぽりと被る。それと同時に彼女の心までも仕舞われたようで、ジャックの胸はざわめき立つ。

 

「本当のことを言うと、私はかけてみたいのだ。人間が持つ可能性というものに。・・・・・・私は見たよ。この街の人間が、とてもじゃないがかなわない相手に、それでも立ち向かう姿を。一人ひとりの力は弱くても、それらが束になれば、奇跡を生むこともある。私は『アジャンテ』の長老達を説得してみたいのだ」

 

「それで、死ぬことになってもか?」

 

「ああ。私の試みは、無駄に終わるかもしれない。だが、それでもいいのだ。ひょっとしたら、周りの人間に何かを残すことが出来るかもしれないだろう? それが元で、長老達の考えを、改めさせる事が出来るかもしれない。私はそれで十分だ」

 

 サルディナはそのままジャックに背を向ける。「短い間だった世話になった。礼を言う」

 そして、ドアから出て行った。・・・・・・が。

 

「まて」

 

ジャックがサルディナの首根っこを掴み、これ以上進むのを阻止した。

 

 

 

「ジャ、ジャック? お前、何を・・・・・・」

 

「まったく。お前ってヤツは。前から思ってたが、ホント『単純』で『バカ』だな。どれだけ世界に夢みてんだよ。無理無理。お前みたいな小便臭いガキの言う戯言に、大人が真剣に聞くわけねぇだろ? 1人で勝手につっ走んな、馬鹿」

 

「お、お、お前。言うに事欠いて馬鹿だと? 前から思っていたが、なんというデリカシーのない男だ」サルディナがジャックの方へ向き直り、ワナワナと振るえる。

 ジャックはそんなサルディナをものともせず、逆に、両の頬を引っ張る。

 

「!? にゃ!? にゃにおひゅる(何をする)!?」

 

「聞け、サルディナ! お前1人じゃ無理だ。だから俺も一緒について行ってやる! ありがたく思え!」

 

「にゃ、にぃ!?」

 

 サルディナは目を丸くして驚く。

 

「正気か? お前が行ってどうなる。わざわざ死にに行くようなものだぞ? お前こそ馬鹿じゃないのか?」

 

「行けば死ぬってわかってるのに、それでも行こうとするお前の方が馬鹿だ。だが、俺様は違う。お前より遥かに知識は上だし、これまで何度と無く死線を潜り抜けている。運の良さは折り紙つきだ。『アジャンテ』の問題も、パパッと解決してやらぁ」

 

 ジャックがサルディナに親指を立て、にやりと笑う。

 

「・・・・・・なぜ、私のためにそこまでする。・・・・・・わからない。なぜだ」サルディナは瞳に涙を浮かべ、視線を外す。ジャックは「そりゃあ、簡単だ」という。

 

「サルディナ。お前。体つきいいよな」

 

「は?」

 

 唐突に、ジャックはサルディナの体をじろじろと凝視する。

 

「胸は、まだペッタンコだが、腰のラインは悪くない。将来的に俺好みの女に化ける可能盛大だ」

 

「な、なななななななな!?」

 

 サルディナが顔を真っ赤にして、ついでに自分の体も隠そうとして身をよじる。

 

「そんないい女がよ。わざわざ死ぬために故郷に戻るなんて、あまりにもったいねぇ話じゃねぇか。だから、ついて行くのさ。そしてあわよくば、おめえを俺好みの女に・・・・・・ウヘヘヘ」ジャックは冗談めかした態度でサルディナを見る。「・・・・・・だから、勝手に死ぬなんて許さねぇ。俺にも、手伝わせろ」

 

「ふふっ・・・・・・」

 

 サルディナは、思わず吹き出してしまった。

 驚いたり、恥ずかしがったり、泣かされたり。この男といると、どうしてこうも自分のペースが崩されてしまうのか。

 

「あっはっはっ」そして今度は、笑わされている。一体何なのだ、この男は。

 だが、何故だろう? その事がちっとも不快ではない。むしろ、この関係が、とても心地良いものに感じた。

 

「知らなかったよ。お前。私を口説いていたのか。そんなにいい女か? 私は?」

 

「いや!? それは言葉のあやという奴でだな?」

 

 だから、サルディナも、冗談めかしてジャックにお返しをする。

 自分でも、浮かれているのが分かる。

 何故だろう。

 この男といると感じる、この安心感は。

 そして期待してしまう。

 この男なら、『アジャンテ』を変えてくれるのではないかと。

 

「いいさ。『アジャンテ』の問題を解決する事が出来たなら、お前の女になってやる」

 

「だぁあああ! 人の話を聞け!」

 

 世の中は広い。こんな、馬鹿みたいな男がいる。

 現状は絶望的だが、それに飲まれることは、もうない。

 サルディナの心には、今まで感じた事のない、爽やかな風が吹いていた。

 

 

 

 

 

 あの『オーシャン・ブルー』を襲った激震から、数日が経った。

 世間のニュースは、この未曾有のテロ事件に持ちきりだった。

 断片的な情報を繋ぎ合わせると、首謀者であるあのオールバックの男は、最後に追い詰められて自殺したらしい。

 頭から灯油を被って、火をつけ、一巻の終わり。あっけない幕切れだった。

 だけどあの男が自殺するなんて、仮もマフィアのリーダー格の男がそんなことをするのだろうか?

 そして謎のスーツの男。

 彼の行方は分からずじまいだ。

 一体この事件は、なんだったのか。

 結局の所、僕には見当もつかなかった。

 

 

 デクは現在も特別施設で集中治療を受けている。

 その姿を見ることは叶わないが、今だ予断を許さない状況のようだ。

 ただし、どの施設に収容されているのかは分からない。あくまでニュースから得た情報だ。

 

 アハドの行方は分からなかった。あれから無事に逃げおおせたのか、それとも敵に見つかり始末されたのか。『オーシャン・ブルー』が閉鎖された今となっては、うかがい知ることは出来そうに無い。

 現在あのビルは、アンチスキルが事件の全容を解明しようと躍起になっている。

 全容究明まで、果たしてどれほどの時間がかかるのだろうか?

 

 

 そして僕達に再び日常が戻った。

 いつもと同じ日常が。

 だけど、同じではないこともある。

 この学園都市から二人。

 何処へと姿を消した人達がいる。

 ジャックさんと、サルディナさんだ。

 

 オーシャンブルーで救助活動を行ったしばらく後。アンチスキルの人達が到着した。

 やはり本場は違う。

 レスキューセットや、担架など。最新機器が備わっており、しかも隊員は迅速丁寧だ。

 僕達は事件の被害者であり、PTSDの疑いが濃厚ということで、病院へ強制的に入院することになった。

 その間、ジャックさん達とは、連絡を取ることは出来なかった。

 でも、あのときの僕は、彼にすぐに会えると思っていたんだ。

 

 退院後。ジャックさんの事務所へと足を運んだ。

 しかしそこはものけのからだった。

 生活用品はそのままだが、部屋の主がいない状態。

 そこに、僕宛の手紙が置かれていた。

 ジャックさんがいつもふんぞり返っているテーブルの上に。

 手紙は便箋に入れられており表紙には「孝一へ」と汚い字で書かれていた。

 手紙を開けてみる。

 

 ――孝一へ。

 これをお前が呼んでいるって事は、俺たちはすでにこの学園都市からいなくなっているって事だ。お前に別れを告げるのが手紙という形なのは不本意だが、悪く思うな。

 これから俺たちはアジャンテの問題を解決するために、組織の長老達とコンタクトを取るつもりだ。そこを足がかりとして、複雑に絡み合った問題を、少しずつでも解いていこうと思う。なので、そっちに帰るのはかなり遅れることになりそうだ。少なくても、1年。いや、それ以上かかるかも知れねぇ。

 事務所の私物で、使えそうなものはお前に譲る。いらなけりゃ捨てといてくれ。だが、何年かかろうと俺は必ず帰ってくる。そのときは、お前と祝杯を上げたいね。(お前が、酒が飲めるようになる歳まで帰らないって意味じゃねぇぞ)

追伸。

 手紙だから言うが、俺はお前のことを本当の親友と思っている。だが結果として、お前を色んなトラブルに巻き込んじまったな。それをどうか、許して欲しい。

 それじゃ、これでしばしのお別れだ。お互い、笑顔でまた合おうぜ。

 

 

 手紙はジャックさんらしく、シンプルな内容だった。あまりにシンプルすぎて、明日になれば、またひょっこりと現れるんじゃないかって思うくらいだ。だけど、この日を境に、ジャックさんは僕の目の前から姿を消してしまった。

 

 

 学校の帰り道、夕刻になる前の空を見上げる。

 オレンジがかった空と雲が一面に広がっている。

 夕暮れ時の時間というのは、少しセンチメンタルな気分になるようだ。

 ふと、ジャックさんの顔を思い出してしまう。

 この空の向こうでジャックさんは、いつもの飄々とした感じで、トラブルを切り抜けていることだろう。

 不思議と寂しさは感じなかった。

 

「・・・・・・だから、さよならなんて、いいませんよ」

 

 口に出していってみると、それは確信に変わる。

 予感がする。

 ジャックさんとは、またどこかでめぐり合うって。

 

「・・・・・・ジャックさん。再会を楽しみにしていますよ」

 

 僕は再会の希望を胸に、帰路についた。

 

 『オーシャン・ブルー』を舞台にした一連の事件は、一部の人達以外には、いつもの日常の延長として当たり前に過ぎていき、やがて風化していった。

 

 

 オーシャン・ブルー END

 

 

 

 

 

 

 



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短編
おいしいオムライスの作り方


ちょっとした息抜きに、こんな話も書いてみました。


 とあるマンションの一室。

 1人の少女が、キッチンで大量の食材をまな板に並べている。

 

「さて、アル。早速取り掛かりましょう」

 

「チュー」

 

 少女はエプロンをきゅっと結ぶと、肩に乗っている白いはつかねずみに語りかけた。

 

「よし」

 

 少女・水無月エルは、自分に気合を入れると早速調理に取り掛かった。

 

 事の発端は、数日前に遡る――

 

 

 ズルズル・・・・・・と、カップラーメンを啜る音が室内に響き渡る。

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

 夕食時。

 エルは彼女の母親である水無月良子と食事を取っていた。実に質素な食事である。

 彼女達は、ただひたすら、無言で、カップラーメンを啜る。

 

 ・・・・・・非常に気まずい雰囲気が、辺りを包んでいた。

 

「あの・・・・・・。母様・・・・・・。このカップラーメン・・・・・・。おいしいですね」

 

 この気まずい現状を打破しようと、エルが何でもいいから話題をふろうとする。

 

「そう? スーパーで98円であったから、適当に放り込んできたけど。それ程おいしいかしら」

 

「ぁぅ・・・・・・」

 

 見事に玉砕してしまった・・・・・・。

 カチコチカチコチと、壁にかかっている時計の音が、酷く大きく感じた・・・・・・

 水無月良子暮らし始めてから分かった事が1つだけある。それは、彼女は料理をまったくしない人だということだ。

 ここ数ヶ月のレシピを思い返すと、全てレトルト食品。たまに出前。そしてカップめんといった、あまりにわびしい食事だった。おまけに、彼女はエルと同じく非常に口下手な性格で、まともに会話をした事がここ最近、思い出されなかった。

 

 

 

 

 

 

「これでは、いけません!」

 

 アルを手のひらに載せ、話しかける。自分に言い聞かせるように。

 

「なぜでしょう? 研究所にいた時は、こんなことはなかったのに・・・・・・」

 

 あの頃は、観察対象兼、飼育係という立場だったエル達だが、それでも今よりは会話があった様に思える。

 初めて暮らし始めたときも、最初はポツポツとだが、会話があった。

 だが、最近ではそれらしい会話も、殆んどなくなってしまった。

 

「ひょっとしたら、母様は、エルの事を嫌いになってしまったのでしょうか? アル・・・・・・。エルはどうしたらよいのでしょう?」

 

「キュー」

 

 いくらアルに訊ねても、彼はただ困惑するばかりで、答えをくれることはなかった。

 

 

 

 

「――会話が、ない?」

 

「はい・・・・・・。研究所にいた時は、こんなことはなかったのに・・・・・・」

 

 とある病院にて。

 薬品のチェックを行いながら、水無月良子は職場の同僚にエルのことを相談していた。

 

 良子の話はこうだ。

 最近、食事の際にも、日常生活の際にも、会話がギクシャクしがちになっているという。

 最初、エルと一緒に暮らし始めたときは、それでもポツポツとだが、会話があった。

 だが、最近ではその会話も、殆んどなくなってしまったらしい。

 

「・・・・・・特に、食事時は酷いです・・・・・・何も会話がありません・・・・・・。ひょっとしたら、あの子・・・・・・。エルは、私の事が嫌いになってしまったのでしょうか?」

 

 そういって、良子は同僚の女性の手をガッチリと掴み、涙目で訴える。

 

「・・・・・・うーん。そりゃ、お互いに気を使っているからじゃないかしら?」

 

 同僚の女性苦笑して良子に答える。

 

「気を使っている・・・・・・ですか?」

 

「水無月さん。あなたと娘さん・・・・・・。失礼ですけど、実の親子ではないのでしょう? だからお互いに嫌われないように、必要以上に怖がって・・・・・・。それで会話が無くなってしまったんじゃない?」

 

「そうかも、しれません・・・・・・。私、子供を持ったことなんてないから・・・・・・。あの子に嫌われるのが、怖かったのかも・・・・・・」

 

 良子が項垂れていた肩をあげ、エルとの暮らしを思い返す。

 そういえば思い当たる節はいくつもある。

 エルに質問を投げかけ、それにエルが答え、その答えの意味を熟考しながら、次の答えを考える。

 エルに嫌われないように、不快に感じないような答えを返す。

 エルとの現状を維持するために、当たり障りの無い会話でその場を取り繕う。

 壊れ物を取り扱うように、慎重に、慎重に・・・・・・

 

「まずは、どんなに不恰好でもいいから、腹を割って話し合うことが重要なんじゃないかしら。だって血は繋がってはいなくても、あなた達は家族なんですもの。家族なら本音をぶつけないと」

 

 同僚の女性の言う事はもっともだった。良子は目からうろこが落ちたような感覚を味わった。

 

「アドバイス。ありがとうございます。私、早速今晩にでも実践してみます」

 

 良子は同僚の女性にお辞儀をして、お礼をいった。

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・」

 

 エルは心、ここにあらずという感じで学校の授業を聞いていた。

 授業中の教師の会話も。

 お昼時の孝一達との会話も、なにもかも、ぜんぜん耳に入ってこない。

 

(何か良い方法はないのでしょうか? このままではいけませんっ。家庭崩壊です。一家離散の危機です)

 

 エルは机に突っ伏し、うんうんと唸る。

 そしてついに放課後となってしまった。

 

(何か方法は・・・・・・。何か方法は・・・・・・。何か方法は・・・・・・)

 

 ブツブツと呟きながら、通学路を歩き帰宅する。

 

「!?」

 

 その時、あるアイデアが浮かんできた。

 

(そうですっ。これですっ)

 

 エルは、初めて孝一様に食べさせてもらったオムライスを思い出していた。

 同時に、孝一に言われた言葉が脳内に再生される。

 

 ――食事とは、暖かくて、嬉しくて、食べた瞬間に幸せにものなんだよ――

 

 脳内に稲妻が走った。まさに今のエル達に必要なものだと思ったのだ。

 これまでの良子との食事の光景を思い浮かべる。

 食事の時の彼女は、まったく幸せそうな顔をしていなかった。

 

(それではいけません。エルと母様は家族です。家族とは、幸せにならないと、いけないのです)

 

 そう思うと、いてもたってもいられなくなった。

 エルは、来た道を引き返し、スーパーへ直行する。

 良子に笑顔を浮かべてもらうために、今自分が出来ることはそれだと思った。

 

 

 

「どんっ!」と購入した商品をまな板の上に置く。

 

 購入した品物。

 鶏肉(ブラジル産2k)

 玉ねぎ(10k。網に入ったやつをそのまま購入)

 米(コシ●カリ。白米5kg)

 卵(一パック)

 その他、塩、コショウなど調味料各種。

 

 『サルでも出来る、簡単調理BOOK』という本を参考にして、必要なものは全てそろえた。購入の際あまりに超重量になってしまったので、殆んどの荷物は黒ねずみ達に運んでもらった。

 スタンドの見えない一般の市民は、宙に浮かぶこれらの品々を見て目を丸くしていたが、そんな事、今は些細な問題だ。

 問題はこれから。果たして、自分にオムライスを作る事が出来るのか?

 まな板に置かれた品々を、エルは戦々恐々と見つめていた。

 

「――やるしか、ないです。これにはエル達の未来がかかっているのです」

 

 ゴクリと唾を飲み込み、エルは戦闘態勢(右手に包丁。左手に料理の本を装備)に入った。

 

 パラリと、オムライスの作り方が書いてある項目を開く。

 

『美味しいオムライスの作り方』『ケチャップと鶏肉のハーモニー』『半熟とろとろの卵が絶品』食欲をそそる単語が次々と目に飛び込んでくる。

 

「まず、最初にやるべき事は――」

 

 最初の項目を読み込む。

 

『熱したフライパンに油を引き、みじん切りにした玉ねぎと、細かく切った鶏モモ肉を炒める』

 

「みじん、ぎり・・・・・・?」

 

 いきなり最初でつまずいてしまった。みじんぎりとは一体?

 

(こういう場合は、ネットで検索です! )

 

 エルは携帯を取り出し、みじんぎりを検索する。

 みじんぎりとは?

 

「えーっと。みじんぎりとは、『材料を細かく切り刻むこと』。なるほど、そういうことでしたか」

 

 エルはまな板に玉ねぎを五個程取り出すと、言われたとおりに細かく切り刻みだす。・・・・・・皮ごと。

 

「せいっ」

 

 包丁を振り上げ、叩きつけるようにして玉ねぎを切る。何度も何度も。

 

「うっ!?」

 

 玉ねぎの強烈な臭いに、思わず顔をしかめる。そして同時に。

 

「うぅうぅうううう。目がっ。痛いっ。痛いですっ」

 

 目の奥がツーンとなり、涙が止め処(とめど)もなく流れ落ちる。

 思わず床を転げまわる。

 

「うううう。負けませんっ。こんなことで、負けてなるものですかっ」

 

 エルは起き上がり、玉ねぎを次々と気合で刻んでいく。しかし悲しいかな、出来上がったものはみじん切りではなくぶつ切りであった。

 

「次ですっ」

 

 鶏を細かく刻んだエルは、油を大量にフライパンに投下し、大量の玉ねぎをそこにぶち込む。

 

「あれ? あれ?」

 

 みじん切りに気をとられてしまった。フライパンは、まったく熱していなかった。それに気が付いたエルは、IHレンジのメモリを最大にする。

 しばらく待つと、フライパンから蒸気が発生し、ぱちぱちと中の油が跳ね上がる。そして中に投下した玉ねぎと鶏肉が、「ジュワー」という音を立てて、揚がりだす。こんがりと狐色に揚がった玉ねぎは完全に素あげの状態だ。

 

「いまですっ」

 

 エルはその間に急いで次の項目を読む。

 

『玉ねぎがしんなりしてきたら、塩、こしょうで味を調え、最後にご飯を加え、一緒に炒めます』

 

「こ、この中に、調味料を投下すればいいんですね・・・・・・よしっ」

 

「どばどば」と、塩とこしょうを投下してみる。そして最後に、ご飯。

 お米をそのまま、フライパンに入れてみる。なみなみと、油と同じくらいまで。

 

 しばらく待ってみると、米が油を吸収し、ギトギトとした光沢を放ち出す。

 

「そして、これをお皿に移す・・・・・・」

 

 ご飯茶碗に、ギトギトの米をよそい、型とりを済ますと、大皿に盛り付ける。

 

「最後です」

 

『熱したフライパンに油をしき、溶き卵を入れて半熟の状態で火を止めます』

 

 エルはフライパンをもう1つ用意すると、同じように油を投入し、卵を入れる。

 溶き卵はさっき検索した。『タマゴの黄身と白身ををかき混ぜたもの』これならエルでも出来る。

 だが、大量の油と合わさり、これも溶き卵の素あげ状態となり、半熟にはならなかった。

 

「そーっと・・・・・・そーっと・・・・・・」

 

 油でべちょべちょとなった卵を、箸でつまみあげると、型とりをしたご飯の上に乗せる。

 それを最後に、ケチャップで「お母様へ」と文字を書き、それはついに完成した。

 

「できたっ。できましたっ」

 

 エルは満足げな顔で、作品の仕上がりを見ていた。

 

 

 

 

 エルは大皿を抱えたまま、公園を歩いていた。

 この公園を突っ切ったほうが、良子の職場が近いからだ。

 自分の初めて作った料理を、良子に食べて欲しかった。

 そう思ったら、いても経ってもいられなくなった。

 

 良子は今日は残業のはずだ。

 その時に、これを食べてもらおう。

 そうしたら、きっと良子は自分のことを褒めてくれるに違いない。

 

「・・・・・・お腹、減ったんだよ・・・・・・」

 

「?」

 

 公園のベンチに何かが横たわっていた。

 

「・・・・・・お腹、へったんだよ・・・・・・」

 

 それは、修道服を纏ったシスターらしき少女だった。少女はベンチで仰向けになり、うつろな視線を上空に向けている。

 

「ぐぅううう」という大きなお腹の音が、エルのほうにも聞こえてきた。

 

「・・・・・・ひもじいんだよ・・・・・・。今月は食費が底をついたんだよ・・・・・・。おかずが沢庵しかないんだよぉ・・・・・・」

 

 少女はうわごとのようにお腹がすいたことを、ぶつぶつと繰り返し呟いている。その様子は、浜辺に打ち上げられたトドかセイウチの様だった。そのあまりの惨めさに、エルは思わず足を止め、持っていた大皿とベンチに倒れている少女とを見比べる。やがて。

 

「・・・・・・あの。もし良かったら。これを頂いてください」

 

 そういってエルは、うつぶせになっている少女の隣に、オムライス入りの大皿を置くと、急いでもと来た道を引き返していった。

 もう一つ。自分用に作ったオムライスがある。今から取りに戻れば間に合うと思ったのだ。

 

 

「・・・・・・・・・」

 

 一方。突然ふって湧いた幸運を、少女は驚きと喜びの入り混じった表情で迎え入れていた。

 

「うわぁ! すごいんだよ! ご飯を貰ったんだよ! 世の中捨てたもんじゃないんだよぉ!」

 

 少女は起き上がると、さっそくご好意に甘えさせてもらうことにする。

 

「あぐあぐあぐあぐあぐあぐあぐあぐあぐ」

 

 ものすごい勢いで、オムライスをほおばる。

 

「・・・・・・・・・ん?」

 

 しばらく咀嚼した後。

 

「・・・・・・・・・」

 

 

 ・・・・・・・・・

 

 

 

「・・・・・・ぐはぁ!?」

 

 およそ少女らしからぬ声を上げ、シスターの少女はその場に昏倒した。

 

 

 

 

 エルが自宅に戻り、ドアを開けると、そこには見慣れた履物があった。これは、良子の履物だ。

 

「どうして。お母様が?」

 

 今日は残業があるといっていたのではなかったのか。

 エルは恐る恐る、玄関をくぐり、良子がいるはずであろうリビングへと向う。

 

「あ・・・・・・」

 

 エルは小さな声をあげた。

 そこには、エルの作りかけのオムライスを皿によそい、スプーンで食べている良子の姿があったからだ。

 

「おかえりエル。これ、あなたが作ってくれたのね。さっそくいただかせてもらっているわ」

 

 良子はさらに一口、二口と口に運ぶ。

 

「お母様。残業だったのではないのですか?」

 

「今日はね、無理を言って早引けをさせてもらったのよ。エル。あなたとお話がしたくてね」

 

 良子は、オムライスを半分以上平らげている。その様子を見てエルはオズオズと、自分のオムライスの評価を良子に尋ねる。

 

「あの・・・・・・。お母様。お味のほうは?」

 

「そうね。はっきり言うと。不味いわね」

 

「え?」エルは慌てて駆け寄り、残ったオムライスを口に運ぶ。

 

 とたんに、口いっぱいに油のギトギトした食感と、芯の硬い米粒が歯にまとわりつく。味も塩から九手食べれたものじゃないし、何よりオムライスなのに、ケチャップがご飯に絡んでいない。それを、良子は半分近く食べた。その事が分かったとたん、エルは良子の手をつかむ。

 

「お母様。もう止めてください。こんなもの食べては駄目です。こんな・・・・・・こんな失敗作・・・・・・」

 

 エルは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。だが、良子はその手をどかし、また一口オムライスを口に運ぶ。

 

「お母様っ」

 

「そうね。確かに不味いわ。でも、エル。あなたが心を込めて作ってくれたのが、手に取るようにわかる。だから、残すわけにはいかないじゃない。味は残念だけど、このオムライス。とっても、心が温かくなる味だもの」

 

 そういって良子は、またオムライスに手を伸ばし、やがて全て完食してしまった。

 

「・・・・・・お母様」

 

 エルは胸がいっぱいになった。でも、涙を零すことは出来なかった。表情の変化に乏しい彼女は、声を震わせるだけで精一杯だった。

 

「おいでエル。私、あなたとお話したい事がいっぱいあるの。学校のことでも、お友達のことでもなんでもいい。もっと、あなたの事が知りたいの。だって私達、家族じゃない。・・・・・・始めから、遠慮なんかすることなかったのにね。始めから、こうしておけば――」

 

 良子はエルの体を胸に抱きしめた。

 とくんとくんという心臓の音が聞こえてくる。

 それはどこか懐かしい、原始の音。聞いていると心が落着く、優しい音。

 

「お母様・・・・・・」

 

「エル。そのお母様って言うの。もう、やめにしない? だってそれは、あの研究所であなた達を従順に管理するために刷り込まれた、偽りの記憶だもの。だからね、これからは、「ママ」って呼んで欲しいな」

 

「・・・・・・ママ」

 

 エルは目を閉じ、その単語を何度もかみ締める。やがてもう一度。今度ははっきりと自分の意思で「ママ」と答え、良子の体を強く抱きしめた。

 

 おいしいオムライスの作り方。

 それは塩とこしょうと、ケチャップと。

 玉ねぎ鶏肉、油を少々。

 料理の腕は後回し。

 経験なんて二の次だ。

 この世で一番大切なのは。

 料理を作る人間の、

 あなたに食べて欲しいという。

 

 精一杯の、愛情。

 

 

 おいしいオムライスの作り方 END

 

 

 



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アウトサイダー
 能力開発


「広瀬君。今日、何でここに呼ばれたか分かっているかい?」

 

「・・・・・・はい。なんと、なくは・・・・・・」

 

 柵川中学の応接室にて、広瀬孝一は担任教師の大圄(だいご) に呼び出しを受けていた。

 

「確かに、うちの学校は偏差値が高いとは言えない。でもそれを理由にして、勉学をおろそかにしていい言い訳には、ならないよね?」

 

「はい、その通りです・・・・・・」

 

「特に十代というのは、学んだことをスポンジの様に吸収しやすい、人生において一番重要な時期だ。今はくだらない、面倒くさいと思う授業内容が、大人になった時、どれだけ大切だったと後悔することか・・・・・・。僕はね、何も君に、意地悪をしようとしているんじゃない。君に将来、辛い思いをさせたくないから、あえてこうして苦言を呈しているんだ」

 

「うぅぅ・・・・・・」

 

 孝一は終始うつむき加減で、時たま大圄の問いに「はい」とか「そのとおりです」など返答し、叱責をすべて受け入れている。

 自分自身に責任があるため、孝一は何も言い返せなかった。

 耳が痛いなと、孝一は自己嫌悪に陥るのだった。

 

 ここ最近、孝一は勉強を殆んどしていなかった。

 理由は特にない。

 ただなんとなくやる気にならず、気が付いたらテレビゲームや漫画を読みふけり、気が付いたら深夜を越えていたり、という不摂生な生活を送っていただけだ。

 その結果。

 学期末のテストで、見事な赤点を取ってしまった。

 そして現在、孝一は大圄から呼び出され、お叱りを受けている・・・・・・

 

(おかしいよなぁ。今日こそはやろうとは、毎回思っているんだけどなぁ・・・・・・)

 

 大圄の説教をうわの空で聞きながら、孝一は首をかしげる。

 孝一は知らない。いつかやろうと思っている人間に限って、そのいつかが永遠にやってこないということを。

 

「・・・・・・おい。広瀬君。聞いているのかい?」

 

「はっ。はいっ」

 

 まずい。

 昨日も徹夜でゲームをしていたため、頭に酸素が回らなくなって、ついボーッとしてしまった。

 気持ちを切り替えないと。

 

 結局、孝一が解放されたのは、時計の針が6時を回った頃だった。

 

 

 

「ううぅ~。酷い目に合った・・・・・・」

 

 帰りの道をトボトボと帰る。

 

「遊びは程ほどにしないとなぁ・・・・・・。今度あんな点数を取ったら洒落にならないぞ」

 

 とりあえず、今日こそは真面目に勉強しないと。

 孝一は自分に活を入れ、今晩の遊びの予定を全てキャンセルする。

 

「・・・・・・やあ。孝一君」

 

 そんな時だった。

 夕暮れ時の通学路。日が傾きかけ、そびえ立つビルが地面に大きな影を伸ばし始める黄昏時。

 ビル壁に寄りかかっていた誰かが、ゆっくりとこちらに歩いてくる。ちょうどビル影が出来ていた所だったので、最初は顔が分からなかった。しかし、しだいに日の陰から出てくるその人物に、孝一は驚愕する。

 

「お前は・・・・・・。双葉っ」

 

「うれしいなぁ。ボクの名前。覚えていてくれたんだ」

 

 双葉はにっこりと微笑み、孝一に前に姿を現した。

 二ノ宮双葉。

 二ノ宮玉緒の双子の妹であり、その容姿は姉の玉緒と酷似している。

 しかしその性格は、あまりに違いすぎる。

 玉緒はそのポジティブさ、アグレッシブさで周りを引っ張っていくタイプなら。

 双葉は、そのどれとも当てはまらない。

 単独行動を好み、決して誰とも群れようとしない。しいていうなら、アウトサイダーな性格をしていた。

 

「な、何のようだよ。言っとくけど、僕から君に話すことは何もないからなっ」

 

 孝一は双葉から距離をとり、エコーズを出現させる。

 前回のことを警戒してのことだった。

 そんな彼女は、Tシャツに赤いカーディガンをはおり、下はデニムのジーパンというボーイッシュな出で立ちで孝一と向き合う。

 

「なに。孝一君。君が困っているようなんで、ちょっと協力してあげたくてね」

 

「協力、だって?」

 

 孝一は何の事か分からずに首をかしげる。

 

「君を叱り付けていた、担任の・・・・・・。えーっと。たしか大圄先生だっけ? あいつ。ずいぶんと調子に乗っているみたいだからね。僕がお仕置きしておいてあげるよ」双葉はそういうと、自分の影からスタンドを出現させる。黒い影をした彼女のスタンドは、その瞳だけを怪しく光らせてこちらを凝視している。「そうすれば、君はもう叱られなくて済むだろう?」

 

「や、やめろ!」

 

 この女。さっきまでの大圄先生の会話を立ち聞きでもしていたってのか? 

 でもいつから? まさかずっと聞いていたのか?

 それとも?

 

 孝一はカバンやポケットなどを大急ぎで調べる。私物を地面に撒き散らすことになるが、そんなことをいっていられない。双葉は「あちゃー」といった。まるで悪戯が見つかった子供のような表情で孝一を見ている。

 

「あっ!?」

 

 そしてついに見つけた。

 一㎝大の黒い長方形状のそれは、孝一のカバンの隙間に挟まっていた。

 

「盗聴器・・・・・・」

 

 これを、この女がしかけたのか?

 

「ふふっ。好きな男の子の事は、何でも知っておきたいからね? 出来れば四六時中監視しておきたいくらいさ」

 

 この女。異常だ。

 孝一は背筋に寒気を覚えた。

 そしてはっきりと分かった。

 この女とは決して相容れない。コイツは敵だ。

 

「act2!」

 

 しっぽ文字を丸め、攻撃態勢に移る。いつでも、双葉を攻撃できるように。

 

「・・・・・・スタンドを、引っ込めてくれないかなぁ・・・・・・。さっきも言ったけど、君の事が好きなだけなんだ。君の事が知りたい。そしてボクの事も知ってもらいたい。その為には、邪魔者は排除する。ただそれだけさ」

 

 双葉の影が、急速に伸びる。

 陽が傾いているからではない。彼女のスタンドが、自分の意思で伸縮の動作を行っているのだ。

 目だけが異様に光り輝くスタンドは、その体内から黒い触手を出す。

 小型の鎌の様なそれを、スタンドはヒュンヒュンと音を鳴らす。孝一を威嚇するためだ。

 

「くっ!?」

 

 ジリジリと、孝一は後ろに下がる。

 こいつの能力は、その一端だけだが、味わっている。

『相手の記憶を奪う』恐らくその類の能力だ。

 だとしたら、こいつの射程距離に入るのはまずい。

 遠距離から、一気に方をつけなければならない。

 

(先手、必勝だ!)

 

 act2が投てき体勢に入り、双葉にシッポ文字の攻撃を加える直前で、双葉はくるりと背を向ける。

 

「え!?」

 

 思わずact2の攻撃を中止させてしまう。

 

「・・・・・・やめておこう。君と戦うのは、ボクも望むことじゃない。それほど嫌がるのなら、大圄先生への攻撃も中止しよう」

 

 そのまま背を向け、孝一の前から去っていく。「だけど、ボクは絶対に君を振り向かせて見せる。君は必ずボクの事を好きになる。いや、そうさせて見せる。・・・・・・必ず」

 

「・・・・・・・・・」

 

 夕闇の中へと消えていく双葉を、孝一はただ見送ることしか出来なかった。

 体が動かなかった。

 自身に向けられた異常な愛情に、どうしたらよいかの判断が出来なかったのだ。

 額をぬぐう。

 びっしょりとした、嫌な汗をかいていた。

 

 

 

 

「ごめん初春。あたし、用事があるんだ」

 

 放課後の教室にて、涙子は「帰り道でちょっとお茶して帰ろう」という初春の誘いを断り、手提げカバンを引っつかむと、急ぐようにして教室から出て行った。

 

「・・・・・・うう~。またですかぁ。ここ最近。佐天さん、一体何をしているんでしょう? エルちゃんに孝一さん。何か聞いていませんか?」

 

 涙子が開けて出て行ったドアを、どこかしょんぼりとした表情で見つめながら初春は訪ねた。

 

「いえ。エルは何も聞いていませんよ。孝一様は?」

 

「・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・孝一様?」反応がない孝一を不審に思い、エルが首をかしげる。

 

 孝一は机に頬杖をつきながら、ボーっとした表情で黒板を眺めていた。

 完全に上の空と言った感じだ。

 だがそれには理由があった。

 あれから、自室に帰った孝一は、自室のいたるところを調べてみた。

 監視カメラや盗聴器の類が設置されていないか、調べるためだ。

 そして、出てきた。

 合計14もの小型のカメラや、マイク等が。

 それはベッドの下や、本棚の奥。

 そして極めつけは風呂場やトイレにまで設置されていた。

 これには流石の孝一も絶句した。

 自分の知らない所で、赤の他人が自室に入り何かをしていたという事実に、孝一は戦慄した。

 

(どうする? どうしたらいい? アンチスキルに通報でもするのか? でも、あいつはスタンド能力を持っている。それにあの性格だ。ヘタに刺激をしたら何をされるのか分かったもんじゃない。最悪・・・・・・。どうする? どうなるんだ? この先・・・・・・)

 

 そんなことを一晩中考えていたら、気が付けば朝になっていた。

 あれから殆んど一睡もしていない――

 

 

「――孝一様っ」

 

「!? うわっ!?」

 

 気が付けば目の前にエルの顔があった。思わず机からのけぞる。

 

「一体どうされたのです? まるで心ここにあらずといった感じです」エルが心配そうに見つめている。

 

「寝不足ですか? 目の下にクマができていますよ」初春も心配そうに言う。

 

「・・・・・・大丈夫。大丈夫さ・・・・・・。ちょっと、ゲームをしすぎてしまっただけだよ」

 

 孝一は嘘をついた。

 下手に心配をかけさせて、彼女たちを危険に巻き込みたくなかったからだ。

 だが、状況はかなり悪いといえる。

 このままだと、取り返しの付かない事態に発展しそうだ。

 

(そうなるまえに、あいつを何とかしないと・・・・・・)

 

 だけどその方法は? そしてどうしてあいつは自分にここまで執着するのか。

 孝一はその理由を見つけるのが先だと思った。

 

 

 

 

 

 

 とある高校の準備室。

 佐天涙子・能力開発。

 第十四日目。

 

 その一室で、涙子は持参したジャージ服に着替え、座禅を組むように座っている。

 室内は日光を押さえるためカーテンが閉められ、両の耳には、ノイズキャンセラーを装着している。

 雑音を抑え、精神を集中させるためである。

 そして手の平には、葉っぱが数枚乗せられている。

「この葉っぱを、宙に浮かす」それが今回の課題だ。

 

 集中する。

 手のひらに、能力を集中させる。

 頭の中で、イメージする。

 自分の手の平に噴射口を作り、そこから葉っぱを舞い上がらせるイメージを。

 

 1分経過。

 2分経過。

 3分経過。

 

(・・・・・・くっ・・・・・・)

 

 しかし、何も起こらない。

 首筋にかいた汗が一筋、肌を伝い落ちていく。

 次第に焦りの気持ちが表情に表れてくる。

 そしてさらに、意識を集中させようとして。

 そこで唐突に、室内が明るくなった。

 

「!?」

 

「は~い。佐天ちゃん。そこまでです。一端休憩をしましょー」

 

 涙子の様子を教卓から伺っていた小萌が、室内の電気をともす。

 急な明るさに軽いまぶしさを感じながら、涙子はノイズキャンセラーを外し「ふぅ」と一息吐いた。

 

 ここ数週間。

 涙子は小萌の指導の下、能力開発のカリキュラムを受け直していた。

 放課後の、生徒が帰ってからの1日、僅か1時間程度の授業だったが、涙子はそれでも構わなかった。

 強くなりたい。その一心だったからだ。

 

 だが、その成果は芳しいものではなかった。

 ここ数週間、自分ではかなり真面目に取り組んでいるはずだったが、能力の鱗片は欠片も見えてこないのだ。

 

「くそっ」思わず自分に対して苛立ちの言葉をぶつける。

 

 手のひらを見る。

 吹けば飛ぶような、小さな葉っぱが一枚。

 そんなものもすら、動かせられないなんて。

 それがたまらなく、悔しい。

 

「こんなに、努力しているのに・・・・・・。なんで? どうして何の力も出てこないの? こんなのじゃ、あたし、本当にただの『無能』だ」

 

 木の葉をぎゅっと握り締め、うつむく。

 

「佐天ちゃん。自分で自分の可能性の幅を狭めるのは、良くないことだと先生は思いますよ」

 

 そんな涙子を小萌は優しく励ます。

 

「能力発現において、自分だけの現実(パーソナルリアリティ)は非常に需要です。一般的な常識を捨て、そことは違う、もう1つの世界を観測する。手から炎を出す。電気を操る。大気を操る。そんな事が可能な世界を想像して下さい。涙子ちゃんは一度、その世界に足を踏み入れた事があるはずですよ」

 

 かつてレベルアッパーで能力を使用したことを思い出す。あの時は、同じようにして簡単に葉っぱを数枚、宙に浮かせていた。

 

「自分の力を信じてください。そして、妄想してください。自分は能力が使えるんだと」

 

「妄想・信じる力・・・・・・」

 

 あの時、レベルアッパーを使用した時はどうだったっけ?

 特に複雑な計算式を用いず、簡単に木の葉を浮かせていた気がする。

 そうだ。思い出せ。

 そして、妄想しろ。馬鹿になれ。私には出来ると、自惚れろ。

 

「・・・・・・・・・」

 

 誰に言われるでもなく、涙子は目を閉じ、再び腰を落とす。

 

「・・・・・・・・・」

 

 再び葉っぱを手のひらの上に。座禅を組む。

 

(出来る。出来る。あたしは出来る。こんな葉っぱ一枚。息を吐くくらい簡単に空に吹き飛ばせる)

 

 信じる。

 自分を、自分の中に眠る能力を。

 自惚れる。

 妄想する。

 自分はすごい能力者なんだと。

 

「佐天ちゃん。能力というのは、例えるなら自転車と同じなのです。色、形、機種。人それぞれ好みがあり、みんなそれぞれ好みの自転車が違うわけです」

 

「・・・・・・自転車」

 

「能力も同じことだと仮定してください。佐天ちゃんが学園都市に来た時点で、すでに能力開発は完了しているのです。つまり、もう涙子ちゃんは自分だけの自転車を持っているのです。そしてその操作方法も頭の中に入っているはずです」

 

 今まであたしが能力を使えなかったのは、せっかく自転車を持っていても、それを自転車だと認識できなかったから?

 使い方が分からなかったから?

 

 じゃあ、今は?

 レベルアッパー使用時には、能力を使う事が出来た。

 それが出来ないということは?

 

「・・・・・・そうです。今の佐天ちゃんは、例えるなら、自分の自転車を駐輪していた場所が分からなくなっている状態と同じなのです。仮にも一度獲得した能力なのですから・・・・・・。思い出してください。佐天ちゃんだけの、能力の保管場所を」

 

 手のひらに意識を集中させる。熱い何かを感じる。

 だけど何かが、

 常識という壁が涙子を邪魔をする。

 あともう一息だというのに・・・・・・

 そんな時、小萌が涙子にそっとアドバイスをする。

 

「佐天ちゃん。先程、自転車を例えに出しましたけど、佐天ちゃんは自転車を運転するとき、何を考えていますか?」

 

 自転車の運転? 「そんなの特に・・・・・・。ただそこにあって使うのが当たり前だって、特に何も考えていません」即答する。

 

「脳に視点を移してみましょう。人間が自転車を運転するとき、脳内では複雑な演算が行われているのです。転倒しないように、体とハンドルのバランスを水平に維持するにはどうしたらいいのか? ペダルを漕ぐタイミングは? 重心移動は? それら複雑な計算を脳は行っているのですが、私達は普段それを実感する事がありませんよね?」

 

 確かにそうだ。

 そんな質面倒くさい事を一々考えていたら、頭がパンクしてしまう。

 

「あっ」

 

 そうか・・・・・・

 ただそこにあって、使うのが当たり前・・・・・・

 自分で言っていたじゃないか。

 答えは、もう、そこにある。

 

(あたしは、出来る! 常識なんか、クソ食らえだ!)

 

 脳内で自分をイメージする。

 大きな竜巻を巻き起こし、周囲の建物を浮かび上がらせ、破壊する自分。

 常識を取っ払う。

 中二病でも何でもかまわない。

 自身から沸きあがった衝動を。

 すべて手の平に集中させる。

 

「・・・・・・・・・」

 

 集まる。

 集まっていく。

 暖かい血潮が心臓に流れていくように、涙子のイメージした思念が、意志となって手のひらに集まっていく。

 

 それを極限に極限にまで高め、ついに解放する。

 

「浮かべっ!」

 

 その時、頬に風の感触が触れたような気がした。

 

 恐る恐る、両の目を開ける。

 最初に見たのは自分の手のひらだった。

 そこに葉っぱは、無かった。

 

 ドキドキと、胸の鼓動が早くなる。

 この感覚は、涙子が初めてこの学園都市に来る事になった日の夜と同じだ。

 あの時も、ちょうどこんな感じだった。

 本当はレベルアッパーの件でも同じ感動を味わったが、あっちはズルをしたからノーカンだ。

 

 手の平から離れた木の葉は、ゆっくりと涙子の手のひらの上を、円を描く様に回転している。

 

「ぁ・・・・・・ぁぁぁっ!」

 

 思わず声が出た。

 それくらい、涙子は嬉しかったのだ。

 真面目に取り組んで、ついに獲得した自分だけの能力だ。

 他の能力者にとっては取るに足らないちっぽけな能力かもしれないけど、これが第一歩だ。

 

「やったぁ!!」

 

 おもわず両手を上げ、万歳をする。

 そのとたん、手の平で円を描き回転していた木の葉は、上空に撒き散らされた。

 ぱらぱらと、木の葉が地面に落ちていく。

 

「先生っ! ありがとう! ありがとうございますっ!」

 

 涙子が小萌の体に抱きつき、喜びと感謝の気持ちを全身で表す。

 

「先生は何もしていないですよ? この力は、元々佐天ちゃんが持っていたものなんですから」

 

 小萌はしばらく涙子にされるがままに抱きつかれていた。

 その時、ふと、地面に落ちた木の葉を見る。1つの葉っぱだけ、くるくると地面に立ち、今だに回転を続けていたのだ。

 

(これは・・・・・・。ひょっとしたら佐天ちゃん。このまま成長したらものすごい能力者になるかもしれませんね?)

 

 小萌は、この突然押しかけてきた佐天涙子という学生に、思わず期待を抱かずにはいられなかった。

 

 

 

 

 



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 増長する悪意

 件名:おはよう

 本文:孝一君、今日は君へ朝食を届けにきたよ。

    恐らく不摂生な生活を送っている君のことだ。朝食もまともに取っていないんじゃないの

    かな?

    それではいけない。

    朝は血糖値が下がり、内臓や神経脳の機能が最も低下している状態だ。

    朝食とはこうした状態を回復させる役割を持っているんだよ?   

    君が授業中に身が入らないのは、集中力が低下しているからだ。

    それでは勉学に支障が出てしまってもしかたがない。

    だから、僕が作ってきてあげたよ。

    それを食べて、学校に生きたまえ。

    食膳はそのままでいいよ。

    後でボクが回収に行くから。

    

 

    追伸

    寝ている君の笑顔は、とてもかわいかった。

    思わず壊してしまいたいくらいに。

                                       双葉。

 

 

 朝、孝一が自室で目を覚ますと、キッチンからとてもいい匂いがしていることに気が付いた。

 そしてそれと同時に、携帯に自分宛にメールが入っていることにも気が付いた。

 差出人は、二ノ宮双葉。

 

 キッチンに行く。

 テーブルには、ご飯に味噌汁。そして焼きシャケなど、とても健康的なメニューが作られていた。

 だが、孝一はとてもその料理を食べる気にならなかった。

 背筋が凍り、食欲がなくなったためである。

 携帯を取り出し、メールの受信ボックスを確認する。

 

 127件。

 

 件名:おはよう孝一君。

 件名:今日はいい天気だね

 件名:君に色目を使っている女子学生がいるね

 件名:君の友達って、女の子が多いよね

 件名:無視しないでくれよ

 件名:そこにいるんだろう?

 件名:なあ!

 

「・・・・・・・・・」

 

 こんな調子の文面が127件も。流石に眩暈がしてきた。

 この数週間、突然双葉からのメールが頻繁に届くようになってきた。

 メールアドレスをいつ知ったのか? それは分からない。

 だが、その内容は次第に狂気じみてきているように思う。

 そして今朝は、ついに実力行使に出てきた。

 

 自室に侵入されてしまったのだ。

 あいつは・・・・・・

 寝ている僕の顔を何時間も・・・・・・じっと・・・・・・

 

「ハァ・・・・・・。ハァ・・・・・・。ハァ・・・・・・」

 

 自然と息が荒くなる。

 冷や汗もたくさん出てきた。

 

「もう、耐えられない・・・・・・」

 

 このままでは本当にどうにかされてしまう。

 そうなる前に、あいつをどうにかしないと。

 

 

「そうだっ」

 

 双葉の姉。玉緒だ。

 玉緒なら、あいつについて、何か知っているのかもしれない。

 孝一は早速玉緒にメールを打つ。

 

『今すぐあえないか? 駄目なら放課後でもいい。とにかく今日中に会いたい』文面を作成し、送信する。

 

 メールはすぐに来た。

 

『なにか、あったんすね?』孝一に何か起こっていることを察したような文面だった。

 

『ああ。君の妹のことで話がしたい』だから孝一もそのつもりで文面を返す。

 

 しばらくして。

 

『授業があるんで、放課後でいいすか?』

 

 それで十分だ。

 孝一は即答で『かまわない』という文章を打ち、送信した。

 

 

 

 

「それじゃ」

 

「今日は急ぐんで」

 

 孝一と涙子は、放課後になったとたん、初春とエルにそう告げ、同時に席を立った。

 

「あれ? 孝一君も用事?」タイミングが合ったことに驚きつつも、涙子は手提げカバンを掴み、ドアを目指す。

 

「うん。ちょっと待ち合わせ」

 

 孝一もカバンをとり、ドアを目指す。

 

「そっか」涙子がドアに手をかける。そしてくるりと孝一に向き直る。

 

「なに?」

 

「幸一君達とは最近、遊びに行けてないね。でも、もう少しまってね? あたし、もう少しで何かを掴める様な気がするんだ」

 

 ニッコリと健康的な笑顔を浮かべ、涙子は教室を後にした。

 

(・・・・・・なんか、たくましくなった?)

 

 孝一は涙子の浮かべる笑みから、そんな印象を受け取った。

 

 

 

 

 佐天涙子・能力開発。

 第二十一日目。

 

 いつものようにジャージ服に着替えた涙子は、両手をホワイトボードに突き出すようにして立っている。その距離約5m。そして手のひらには、葉っぱが一枚ほど乗せられている。

 

「うかべっ!」

 

 涙子が目を閉じ、念じると、木の葉はそこからゆっくりと浮き上がり、手のひらの周りを回転し始める。

 ここまではいい。

 これから、第二段階に入る。

 今までは上空を漂わせるだけだった木の葉。それをホワイトボード目掛け、水平に飛ばす。

 ボードには4重丸でそれぞれ「100点、80点、50点、30点」と書かれている。

 涙子が目指すのはもちろん真ん中部分の「100点」だ。ちなみに30点の外は「はずれなのです」と小萌先生直筆のメッセージと、かわいらしい猫が描かれている。

 

「・・・・・・すぅ・・・・・・」

 

 息を大きく吸い込み、気持ちを安定させる。

 イメージする。

 木の葉が、真っ直ぐ、ホワイトボードまで飛ぶ光景を。

 参考にするのは婚后光子。

 トラックを吹き飛ばす程の彼女の能力。

 自分も同じ空力使い(エアロハンド)なら、同じように出来るはず。

 イメージが固まる。後はそれを、実行に移すだけ。

 

「いけっ」

 

 涙子は能力を発動させた。

 

「・・・・・・・・・」

 

 木の葉が手のひらからぺっと吐き出され、ヘロヘロっと、地面に落下していった。

 ホワイトボードには届きもしなかった。

 

「だぁあああ! 何なのこれ!? 手の平だと簡単なのに、なんで離れるとうまくいかないの!?」

 

 涙子は「きぃいいい」と地団太を踏む。

 

「まあ、自分の周りで数m浮かすのと、目標に向って水平に打ち出すのとでは、演算の仕方が違うということですよ・・・・・・。こればっかりは練習あるのみ、としかいえません」

 

「婚后さんのようには、いかないなぁ・・・・・・」自分の手の平を見つめながら、涙子は愚痴た。くやしくて、少し涙が出てきた為、視界が滲む。そんな彼女に小萌は「婚后ちゃんのように、やる必要はありませんよ」と涙子を諭した。

 

「人間が一人ひとり異なるように、能力もまた、一人ひとり異なります。それは、同系統の能力でも同じです。佐天ちゃんは空力使い(エアロハンド)ですが、それで婚后ちゃんと同じ能力が使えるかは、また違ってきます。まあ、どこかは似通っているでしょうが、それでも同一になる事はありません。例えば発火能力(パイロキネシス)でも、手の平から炎を発生させる能力者がいれば、逆に、対象を見つめるだけで発火させる事が可能な人も存在するようにです」

 

「・・・・・・練習したら、真っ直ぐ飛ぶように、なります?」

 

 涙子は涙混じりに小萌を見据える。

 

「なります。いまの佐天ちゃんは単純に、力不足! 筋肉がついていない状態なのです。ではどうやったら筋肉がつくのか? それは何度でも練習するしかありませんっ」

 

 小萌がビシッと涙子を指差す。

 

「さあ、6時までまだ時間がありますね。それまで何度でも繰り返しやりましょう」

 

「ふぁい」涙を手でぬぐい、鼻声で返事を返す。

 

 授業が終了すまでの間。涙子は何度も何度も、木の葉を飛ばし続けるのだった。

 次の日も。そのまた次の日も。何日も、何日も・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

「こーいち君。こっちっす」

 

 ファミレスのドアを開け、店内を見渡すと、手を上げ自分の名前を呼ぶ人物がいた。

 同じS.A.Dと呼ばれる組織に所属している二ノ宮玉緒だった。

 その玉緒は学校帰りでこのファミレスに立ち寄ったため、ブレザーを着用している。

 普段は動きやすいラフな服装の方が印象が強いため、幸一の目にはそれが新鮮なものに映った。

 

「突然呼び出しちゃって、ごめんよ。でも、とても重要な話なんだ」

 

 玉緒がいるテーブルの、真向かいに着席する。ウエイトレスがすぐに来て孝一にメニューを手渡す。

 孝一は「オレンジジュース」を注文した。玉緒は既に注文しており、手元には「クリームソーダ」が置かれている。

 

「双葉のことっすね」

 

 ウエイトレスが厨房に消えたのを見計らって、玉緒が孝一に訊ねた。

 

「ああ。あいつについて、君に聞きたい。あいつは一体、どういう奴なんだ?」

 

 孝一は双葉の異常な行動について、玉緒に詳しく説明した。自分がストーキングされていること、『プロメテウス事件』で入れ替わっていたこと、全て説明した。

 

「・・・・・・・・・」

 

 孝一の説明を聞いていた玉緒は、クリームソーダのアイスの部分をストローでプスプスと突き、孝一に答えた。

 

「あいつは、双葉は・・・・・・。後天的な性格破綻者っす」

 

 そして玉緒が双葉について説明し始める。

 

 かつて、ある実験が行われていた。『幼少期の愛情不足が子供にどのような影響を与えるか』それを調べるための人体実験だった。その対象として玉緒と双葉は選ばれた。両親は反対しなかった。まだ新人の研究員だった両親は、むしろこの実験による論文をまとめ、所長に気に入られることに躍起だった。

 そして比較実験が行われた。

 対象Aとして選ばれた玉緒は、一般的な環境と親子の愛情を与えられ。

 対象Bとして選ばれた双葉は、劣悪な環境に、劣悪な両親という元で育てられた。

 

「双葉を引き取った両親役の男女は、それは酷い奴等だったらしいっす。食事を与えない。殴る蹴るは当たり前。もし双葉が普通の人間だったなら、彼女はそこで死んでいたかも知れないっす」

 

「でも、双葉は生き残った」

 

 孝一がコップの中の水を飲み干して言った。

 

「そうっす。きっかけは、双葉が6歳の頃。両親に野次られた際、この実験について知らされたと、双葉はいってたっす」

 

 そのときの双葉の心情はどのようなものだったのだろう。偽りの家庭。偽りの両親。それを手引きしていたのが、自分の本当の両親だったと知った双葉は・・・・・・

 

「その時、双葉にスタンド能力が宿りました。双葉はその能力で、偽りの両親を攻撃し、もっと詳しい情報を聞き出したそうっす。目的は、復讐」

 

「それで? 君達はどうなった? 何があったんだ?」

 

 孝一が身を乗り出して尋ねる。しかし玉緒は首をふり「わからないっす」と暗い表情で返した。

 

「わからない? わからないって、どうして?」

 

「すいません。実はそこからの記憶が自分にはないんです。分かっているのは、自分が気が付いたら双葉が当たり前の様にそこにいて、両親や、研究所の全員。その全ての人間が、双葉をまるで本当の家族の様に扱っていたって事だけっす」

 

「なん、だって?」

 

 孝一は椅子にもたれかかり、双葉の能力を思いだす。

『記憶を奪う』もしかして、自分の都合の悪い記憶だけを消し去ったのか?

 当時6歳の少女が?

 研究所の人間全てを?

 それだけの精神力を持つ双葉という女を、改めて恐ろしいと孝一は思った。

 

「自分が真相を教えられたのは、1年ほど前。この学園都市で能力開発を受けている時だったっす。双葉が突然やってきて、自分に声を掛けたっす。あいつが何をしたのか、スタンド能力のない自分には分からなかったですけど、急に頭の中に、知らない情報と記憶が流れ込んできたんです」

 

「そして、今に至るのか・・・・・・」孝一が腕を組み、唸るように言った。

 

「これまで双葉と暮らしてみて分かったのは、あいつは人の気に入ったものを、自分のものにしたがるクセがあるということっす。玩具から始まって、時計やサイフ。お気に入りの友達・・・・・・。全部あいつに盗られたっす。そして、思い通りに事が運ばないと、すぐに癇癪を起こす」

 

 思い当たる節はある。プロメテウス事件の時、五井山に食って掛かったこと。そしてエスカレートするメールの文面。今朝の行動。このままだといずれ、誰かが犠牲になることは明白だった。

 

「玉緒。双葉の居所は? 同じ家に住んでいないのか?」

 

「残念っすけど・・・・・・。あいつは学園都市に来たとたん。どこかに行方をくらませたままっす。この間。酷い時間の喪失感を味わったっすけど、あれも、双葉の仕業だったんすね」

 

 おそらく入れ替わった時だな。そのときから自分の事を目に付けていたのか。

 だが、どうする? 居場所が分からない相手をどうやって特定する?

 そしてどう説得する?

 孝一には、解決策が思い浮かばなかった。

 だけどこのままにしてもおけない。

 

「そうだ。メール!」

 

 孝一は携帯を取り出す。今朝届いたメールの文面を見る。

 

「・・・・・・たしか食器は後で回収するって。つまり僕の自宅を張っていれば、いずれヤツが出てくる」

 

 孝一はガタッと席を立つ。

 

「どうしたんすか? こーいち君!?」

 

「あいつは僕に執着している。つまり僕が自宅にいれば、双葉は必ず現れるんだ。その時、決着をつける」

 

 こうしてはいられない。孝一はテーブルにお札を置きそこから離れる。

 

「・・・・・・でも、そううまくいくと思えないっすけど・・・・・・」

 

 背中を向けた孝一に、玉緒はボソッと呟く。

 

「なんで、そう思うの?」

 

 思わず聞き返してしまう。

 

「自分は双葉という人間を知っていますけど。あいつああ見えて、勘が異様に鋭い所、あるっす。もし少しでも異変を感じたら、目標を変更するかも知れないっすよ?」

 

「変更?」

 

「もし自分なら、たぶん外堀から埋めていく作戦を取るっす。例えば友達を先に攻撃して廃人にするとか」

 

『件名:君の友達って、女の子が多いよね』

 

「ああ・・・・・・っ」

 

 メールの文面が思い出される。僕の部屋に盗聴器を仕掛けたくらいだ。ひょっとしたら、ここでの会話も、どこかで聞いているかもしれない。だとしたら、佐天さん達が危ない?

 

「そんな、どうすれば・・・・・・」

 

「こーいち君。多少危険ですけど、こういう方法もあるっすよ」

 

 うなだれる孝一に玉緒が耳打ちをする。

 

「まさか!? そんな、友達を危険にさらすことっ!」

 

「でも、このまま何も手を打たないでいるのは、事態をさらに悪化させることになるかもしれないっすよ? こーいち君はそれでもいいっすか?」

 

「・・・・・・ううう」

 

 孝一はしばらく目を伏せ、やがて携帯に手を伸ばした。

 

 

 

 

 佐天涙子・能力開発。

 第二十八日目。

 

「すぅ・・・・・・。はぁ・・・・・・」

 

 涙子は息を大きく吸い、吐き出してを何度も繰り返す。

 今回は、今までの集大成。

 一月近いこの期間で、あたしが身につけたものを小萌先生に示す。

 涙子はホワイトボードから20m近く離れ、そこに描かれている4重の円を見据えている。

 目指すのはもちろん真ん中の「100点」だ。

 

「いきますっ」

 

 小萌に開始の宣言をすると、手の平に力を込め、葉っぱを浮き上がらせる。

 

(大丈夫だ。あれから家に帰宅しても何度も何度も練習したんだ)

 

 そのお陰で、射程距離は少しずつ伸びていった。

 だけどまだ、1回もホワイトボードにはたどり着けないでいる。

 手から放たれた葉っぱは、飛距離こそは伸びたものの、コントロールを失ったように床に滑空するだけ。

 今度こそは。涙子は気合をいれ、葉っぱの着弾予想地点を見る。

 

「とべっ!」気合と共に葉っぱを打ち出す。

 

 だが、真っ直ぐに飛ばない。

 ヘロヘロと、木の葉自体が回転して、右に大きくスライドしたり、左によれたりとメチャクチャな軌道で飛行している。

 

(でも、落ちていませんね)小萌は冷静に観察している。

 

 前回とは違い、落下はしていない。

 だけど、この軌道は・・・・・・。

 小萌はゴクリと唾を飲み込んだ。

 

「ううっ・・・・・・くっ! このっ! おとなしく、いう事を聞けっ!」

 

 涙子は手の平に力を込め、何とか葉っぱをコントロールしようと努める。

 

(前に! 前に進みなさいっ!)

 

 心の中で強く念じる。やがてその願いが通じたのか、木の葉は右に大きくスライドしながら、まるで激突するように、ホワイトボードにぶつかり、止まった。

 点数は・・・・・・

 的の外。

『はずれなのです』というセリフがかかれた猫に葉っぱはぶつかったのだ。

 

「あああああ!?」

 

 涙子はがっくりと両膝から崩れ落ちた。「あれだけ頑張ったのに、的にすら当たらないなんて・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・」

 

 しょんぼりと落ち込む涙子を、小萌はわくわくといった表情で見つめていた。

 

(確かに的には当たりませんでしたね。でも、佐天ちゃん。あなたはそれ以上のことをやって見せたのですよ? 風の噴射口を作り対象を打ち出す空力使い(エアロハンド)。通常は打ち出された対象は、直線の軌道でしか進みません。でも、佐天ちゃんの場合は、それを遠隔操作してみせたのです。空気を操作する風力使い(エアロシューター)とも違う、空力使い(エアロハンド)の亜種。これは本当にひょっとするのかもしれませんね?)

 

「ああぁっ!! くやしいっ!! もう一回、やるぅ!!」

 

 涙子はそういうと、再び立ち上がり、木の葉を目標に打ち出す。

 小萌は、そんな涙子を温かい目で見守っていた。

 

 

 

 同時刻。

 涙子が能力開発にいそしんでいる校舎を、1つの人影が様子を伺っている。

 

「フン」

 

 物陰から、双眼鏡を取り出し様子を伺っているのは、玉緒の妹、二ノ宮双葉であった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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 引き金

「それじゃ先生。あたしはこれで失礼します」

 

「はい。佐天ちゃん。何事も、成せばなるです。焦らずじっくり、前へ進んでいきましょう」

 

 能力開発の実習を終え、涙子は教室をでる。

 小萌先生はこれからまだ、明日の授業の準備で帰れないようだ。

 それなのに、この約一ヶ月間、文句も言わずに涙子に付き合ってくれた。

 

「・・・・・・先生。ありがとうございます」

 

 自然と、感謝の言葉が口から零れ出る。

 誰もいない廊下での、涙子の独り言だ。

 今度目処が立ったら子萌先生を誘って、ささやかな食事会をしよう。

 感謝の気持ちを何かで示したい涙子は、自分の懐事情と相談して計画を練る。

 

(もちろんお金はあまりないから、ファミレスとかになってしまうけど・・・・・・)

 

 寒い懐事情だった。

 

 

 

「――こんにちは『るいるい』」

 

 校門を出て少し歩いた頃。誰かに呼び止められた。

 

「・・・・・・あれ? タマ、ちゃん?」

 

 日は完全に落ち、辺りは薄暗い夜の顔を見せ始める。

 街灯が薄ぼんやりとした光を放ち、通学を照らす。

 その光の中に涙子は見知った顔を見つけた。

 

 肩まで伸びたセミロングの髪。

 くるりとした眼。

 華奢な身体。

 それは紛れもなく、涙子の知り合いの二ノ宮玉緒であった。が――

 

「・・・・・・・・・」

 

 どことなく、違和感を覚える。

 うまく説明できないが、何かが違う。

 それは、彼女のちょっとした動作や、表情。雰囲気から漂う何か。

 涙子は本能的に何か、危険なものを感じ、一歩後ずさった。

 

「どうしたんすか? 玉緒ですよ? あなたのお友達の」

 

「・・・・・・あんた、誰?」涙子はさらに二歩後ずさり、身構える。

 

「・・・・・・ふふっ。やっぱ、分かっちゃうかぁ・・・・・・。姿はごまかせても、溢れ出る君への悪意は隠しきれなかったみたいだね」

 

 街頭の照らす光から笑みを浮かべる彼女は、その光から出て、涙子の元へと歩み寄って行く。

 

「だから! あんた、誰なのよ!?」

 

 涙子は浮かび上がる恐怖感を、威嚇することで必死に隠す。

 

「ふふ、ボクは二ノ宮双葉。玉緒は姉さ。まあ、君はそんな記憶も、もうじき無くなるけどね」

 

 双葉は、影の中から自身のスタンドを出現させる。

 ぎょろりとした光る眼が涙子を目標に定め、背中に当たる部分から触手を出す。

 左右にしなる触手は、涙子の目の前を何度も往復し威嚇しているのだが、スタンドの見えない彼女には何が起こっているのか認識する事が出来ない。

 その様子を見て双葉は「フンッ」と鼻で笑う。完全に相手を馬鹿にした笑いだ。

 

「な、何が目的なの? あたしに何の恨みがあるの?」

 

 双葉の態度にカチンと来た涙子は、声を張り上げ、双葉を睨みつける。

 その態度は完全に虚勢であり、双葉もそれをわかっていて軽く受け流す。

 

「しいていうなら、君の全てかな? 佐天涙子。君はどうして孝一君とつるんでいるんだい?」

 

「え?」突然孝一の名前が出てきて、虚を突かれる。

 

「君の事を調べさせてもらったよ。そして確信した。君は孝一君にはふさわしくない。そばにいるべき人間じゃない」

 

「な、なんでそんなこと・・・・・・」

 

「じゃあ、君は何が出来るんだい? 君の周りの人間は有能だ。御坂美琴はこの学園都市の最高峰のレベル5で、初春飾利と白井黒子はジャッジメントに所属しており、それぞれに得意分野がある。だが、君は? 『レベル0』のただの『無能力者』の君は、いったい何が出来るんだい?」

 

 双葉は『レベル0』と、『無能力者』という単語をワザと誇張して、涙子を糾弾する。 

 

「有能な人間は有能な人間同士、仲良くしていたらいい。でも、君ときたら・・・・・・。誰かの足を引っ張るお荷物だって事、まだ気が付かないのか? 君の存在が、仲間内でどれだけ足枷になっているか、そろそろ自覚したほうがいいんじゃないの?」

 

「そんなの! あたしが誰と仲良くしようが、あんたに関係ないでしょ!?」

 

 散々罵詈雑言を浴びせられ、涙子が切れ気味に叫ぶ。

 

「大有りだね。特に孝一君に関しては。君という存在は、孝一君にとっては有害でしかない。きらきらと光り輝き、辺りを照らす炎。それが孝一君だ。そして君は、その光に誘われて回りを飛びまわっている害虫だ。害虫は害虫同士で仲良くしていたらいいのに・・・・・・。だから今日は、それを分からせるために来た」

 

 ヒュンヒュンと涙子の周りで威嚇していた触手がぴたりと止まり、標的を定める。

 

「君の記憶を全て貰う。孝一君のこと、友達の事、学園都市での出来事、全ての記憶を貰う」涙子目掛けて触手が、振り下ろされる。「さよなら。全ての記憶を失い、絶望の中で生きるがいい」

 

「・・・・・・ぁ」

 

 何かに気が付いた涙子が小さな声をあげる。

 そして、ついにスタンドの触手が涙子の身体を――

 

「なに?」

 

 涙子を切り裂くはずの触手が空振りする。

 あるはずの場所に、涙子がいない。

 

 双葉は上を見る。

 

「――何とか、間に合いましたね。涙子様。無事でよかったです」

 

「エ、エルちゃん!」

 

 上空には大量の黒ねずみが、まるで黒い絨毯の様に密着して、エルと涙子を乗せて浮かんでいる。

 黒ねずみ達の背中からは羽のようなものが出て、「ブブブブ」という羽音を出している。

 

「驚いたな。まさか、こんな伏兵がいたとは。これは計算外だ」

 

 双葉は上空に浮かぶ涙子達を、冷静に観察する。

 

(群体型スタンドか、数は約300近く。コイツ等に一斉にかかられたら、厄介だな。だけど――)

 

「双葉ぁ!」

 

 暗闇の路上から孝一がこちらに向かい、エコーズact2の『シッポ文字』を投げつける。

 

「ちぃっ!」

 

 投射された文字を、双葉は何とかかわす。

 『ドゴォ』

 かわした場所に着弾した文字はその通りの効果を発揮し、その爆風で双葉は数m空き飛ばされる。

 

「くっ!」何とか体勢を立て直す。

 

 爆風が逃げた正面には、怒りの表情を浮かべた孝一と、姉の玉緒がいた。

 

「やあ、孝一君。よくボクが彼女を標的にするって分かったね?」

 

 双葉が余裕の態度を崩さず、笑いかける。その態度に、孝一はぶち切れそうだったが、かろうじてこらえる。

 

「・・・・・・エルに頼んだんだ。彼女の能力なら、複数の対象を監視・報告できるから」

 

(なるほどね。ボクが標的にする人物にあたりをつけ、あのネズミを監視に当たらせたのか。そして何かあれば、すぐに知らせ、現場に向う。あの女の子の能力、やはり厄介だ)

 

 双葉はエルの能力をそう分析し、ジリッと後ずさる。

 

「双葉。こうして合うのはいつ以来振りですかね? でも、お前と再会の喜びを分かち合うことは、たぶんもうないっすね」

 

 玉緒が、悲しみと怒りの入り混じった複雑な表情を浮かべている。

 

「やあ、タマ。プロメテウス事件の時は、ありがとう。おかげで孝一君と知り合いになれたよ」

 

「・・・・・・・・・」

 

 玉緒は答えない。もう、会話を交わす事もないと思っているのかもしれない。

 

「それで、どうするんだ? この状況で、一戦やりあうか? こっちは全然構わないぞ」

 

 3対1というこの状況を、孝一は卑怯だとは思わない。双葉に同情もしない。これ以上、コイツが何かを仕掛けるのなら、全力でそれを叩き潰す。今はそれしか考えない事にした。

 

「双葉。お前が、好意を向けてくれることを、僕は嬉しいとはまったく思わない。むしろ迷惑だと思っている。お前の思いは一方通行だ。自分の都合ばかり優先して、相手のことを見てもいない。そんなのは愛情じゃない。ただの押し付けだ」

 

「・・・・・・・・・」

 

 孝一が双葉に非難の言葉を浴びせる。

 双葉はただ、その言葉をじっと聞くだけだ。

 だが、確実に何かの変化を与えたのは確かだ。

 先程までの、余裕の笑みが、彼女から消えている。

 

「はっきり言うぞ。『お前のことなんて、だいッ嫌いだ』。おまえと、友達にはならない。それ以上の関係にも決して、なることはない。それで、お前が逆上して報復に来るなら、今度は容赦しない。全力で、お前を再起不能にする」

 

「・・・・・・・・・」

 

 静寂が、孝一達を包み込む。

 誰も、何も答えない、静寂の時間。

 聞こえるのは、街の騒音。

 車やネオンから発生する音だけ。

 その静寂に終止符を打ったのは、双葉だった。

 

「・・・・・・・・・そこまで、嫌われたんじゃ、仕方ない。退散することにするよ」

 

 ゆっくりと、一歩ずつ、孝一達に背を向け歩き出す。

 闇の中にその身体を溶け込ませ、双葉はビルの雑踏の中に消えていく。

 誰も何も声を掛けなかった。

 かける言葉もないし、これ以上彼女と関わり合いになりたくなかったのだ。

 やがてその存在が完全に消え去った後、玉緒がポツリと「・・・・・・双葉」と声を洩らした。

 それが同情か、家族としての愛情だったのかは、玉緒にも分からなかった。

 

「・・・・・・一体、何なの? あいつは、何なの?」

 

 エルと共に地上に降りた涙子は、孝一に問いただす。

 その顔はまだこわばったままだ。

 よほど怖い目に合ったのだろう。

 孝一はしばらく黙っていたが、「このままだんまりを決め込むのは良くないっす」と玉緒に諭され、重い口を開いた。

 

「佐天さん。これは、僕の問題だ。君を巻き込むつもりはなかった。でも、巻き込んでしまった以上。話そうと思う。聞いてくれるかい?」

 

 その孝一の問いに、涙子は涙混じりにコクリと頷くのだった。

 

 

 

 漆黒の、街の明かりも届かない路地裏を、双葉は歩いている。

 その表情に浮かぶものは何もない。ただの能面だ。

 完全に、無表情で、双葉は路地裏をさまようようにのそのそと歩いている。

 

 だが、その闇にいるのは彼女だけではない。

 闇の中にはそれにふさわしい住人も存在する。

 

「おいおい姉ちゃん。こんな時間にお1人で、どこいくのぉ?」

 

 ヘラヘラとした表情を浮かべた男達が、5人。闇の中からその姿を現し、双葉を取り囲む。

 

「・・・・・・・・・」

 

 双葉は何も答えない。顔を落とし、ただ闇の一点を凝視している。男達のことなど眼中にないようだ。

 だがその様子を、おびえて声も出ないと勘違いしたのか、男達が下卑た笑い声を上げる。

 

「へっへっへっ。おびえて声も出ないんでちゅかぁ? 大丈夫、大丈夫。おれ、こう見えても女性には優しい方だから、もちろん『アッチ』のほうもなぁ」

 

「い、今のうちに、じゃんけんで決めようぜ?」

 

「馬鹿。順番なんてどっちでもいいじゃん。どうせ最初は、『全員』でお相手してもらうんだからよぉ」

 

 その時、男の1人が馴れ馴れしく双葉の肩に手を伸ばし、自分の方に手繰り寄せる。華奢な身体がすっぽりと男の身体に包み込まれる。

 

「早い者勝ちっ。俺はやっぱり『一対一』の方がいいなぁ」

 

「あ、てめー! 抜け駆けかよ!」

 

「てめ、コロスっ!」

 

 男達の野次が飛ぶ中、男が双葉を押し倒そうとする。

 

「・・・・・・ああ。ムカツク。思い通りにならない事って、なんでこうもイライラさせるんだろう」

 

「あん? 何か言ったか?」

 

 双葉のポツリと洩らした言葉に、男が何だと耳を伸ばした瞬間。

 双葉のスタンド『ザ・ダムド』が発現し、その触手で男を切り裂いた。

 ブワァとその切り口から鮮血、の変わりに大小様々なシャボン玉が飛び散っていく。

 

『ザ・ダムド』。名前は、双葉自身が自分の人生になぞらえてつけた。

 形容詞は、永久に地獄に落とされた。呪われた。

 あるいは、忌まわしきもの。

 家族に忌み嫌われたろくでなしの自分に、ぴったりなスタンド名だと双葉は思った。

 

 

「んあ!?」

 

 間抜けな言葉を残し、男はその場にズルリと倒れこむ。

自分が何をされたのか、皆目見当がつかなかった。

 

(おれ、どうしてここにいるんだっけ? それに体が動かない? なぜ?)

 

 地面に突っ伏した男は、立つこともしゃべることも出来ずに、コンクリートの地面に頬を押し付け、延々と「なぜ?」と問い続けるしかなかった。

 

 倒れた男を、何の感慨もなく、見下ろしていた双葉は、やがてゆっくりと男達に向き直る。

 

「て、てめ!? 何しやがった!?」

 

 男達数人が角材やナイフを持ち、双葉に襲い掛かる。

 しかし数歩歩いた瞬間、『ザ・ダムド』の餌食となった。

 

 2度。

 3度。

 4度。

 

 男達の体を複数回きり付ける、スタンドの触手。そのたびに体から大量のシャボン玉が飛び散っていく。

 

『5分前、いい女が裏路地を歩いていた。後をつける』

『今日は朝シャンをした』

『ダチの女がいい女だ、やりてぇ』

『1時間前、Bennysでダチ4人と食事をした』

 

 このシャボン玉に入っているのは、彼等の記憶。双葉のスタンド『ザ・ダムド』は触手で切った対象の記憶をシャボン玉状にして閉じ込め、奪う事が出来る。

 『ザ・ダムド』には二つの触手がある。1つは、相手の短期記憶を奪う『黒鎌』。対象の、短時間の記憶を奪う触手である。そしてもう1つ――

 『ザ・ダムド』の触手が赤く輝き、男達を再び何度も切り裂く。

 

 

『俺の出身地は長崎だ』

『小学時代、初恋の先生に告白した』

『6歳の頃、友達数十人から誕生日を祝ってもらった』

『親父の名前は川島幸助』

『俺は第七学区のアパートに住んでいる』

『呼吸の仕方』

 

 赤いシャボン玉に閉じ込められているのは、彼等の長期記憶。生まれや、家族構成、少年時代の思い出などが対象だ。『赤鎌』はそれらを奪い取る能力である。

 

「あーあ。残念。運がないね君」双葉が1人の男に告げる。

 

「ひゅーぅ。ひゅうー。ヒィッ。ヒィッ」

 

 男が、引き付けを起こして地面を転げまわる。彼が『赤鎌』で奪われたのは、思い出だけではなく、呼吸の方法。すなわち肉体の記憶である。

 男は「ヒィー! ヒィー!」と必死に息を吸おうとし、痙攣を起こしている。

 

「うぇぅえええええん。ここどこぉー。ママァ。パパァ」男の1人が幼児退行を起こし、泣き喚く。

 

「おれ。誰だっけ? なんでここにいるんだっけ? ていうか、きみたちだれ?」

 

 もう1人の男はこれまでの数十年分の記憶を根こそぎ奪われ、きょとんとした顔をして周りを見ている。

 

「あ――。あうぅ――」もう1人は完全に赤ん坊に逆戻りしている、指をしゃぶり、仰向けになり、体をゆらゆらと揺らしている。

 

 そんな彼等の周りを舞う、大量のシャボン玉達。『ザ・ダムド』は、腹の部分からバックリと大きな口を出現させ、全てのシャボン玉を吸い込み、飲み込んだ。

 

 後には無様な醜態をさらす男達がいるだけだった。

 

「ふんっ」双葉は男達をしばらく見下ろし、やがてその場から立ち去ろうとする。

 

「――おいおい。コイツは一体どうしたんだ?」

 

 黒い革ジャンを着た男がやってきた。

 茶髪のウェーブがかかった髪。そして手にはなぜか『ムサシノ牛乳』。

 彼の名前は黒妻綿流(くろづまわたる)。スキルアウトの1つ。ビッグスパイダーを束ねている。

 

 黒妻は様子のおかしい男達に「大丈夫かよ」と駆け寄る。

 

「お穣ちゃん。こいつはまさか、あんたが――」

 

 その言葉を最後までいえなかった。

 『ザ・ダムド』の触手が、黒妻の体を十文字に切りつけたからである。

 黒妻はその場に、糸の切れた人形の様に倒れ、動かなくなった。

 

「――いらつく。むかつく。むしゃくしゃする。こんな気持ちは初めてだ。こんなに愛しているのに。こんなに愛してあげたのに。想いが届かないなんてありえない。あの女が悪いんだ。きっとそうだ。そうに違いない。あの女。あの女。あの女。あの女。あの女・・・・・・」

 

 双葉は、その場から歩き出す。

 

「・・・・・・・・・」

 

 その一部始終を覗いていた人物がいた事を、双葉は知らない。

 男は、双葉がその場からいなくなると、一目散に逃げていった。

 

 

 明かりのある路地に出た双葉は、携帯でどこかに連絡を取る。

 

「――やあ。ボクだよ。ちょっと、協力して欲しい案件があって電話をしたんだ」

 

 電話の主と短いやり取りをする。

 

「君たちの組織『イレイズ』には色々協力してあげただろ? その借りを、ちょっと返して欲しいんだ。人員は2人程でいい。・・・・・・何をするのかって?」

 

 電話の主の問いに、双葉は笑って答える。

 

「1人、(さら)って欲しいヤツがいるんだ」

 

 その表情はどことなく、狂気をはらんでいるように見えた。

 

 

 

 

 



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 侵食

黒妻(くろづま)さん・・・・・・。ちくしょうっ。一体、誰がこんなんなマネを・・・・・・」

 

「そんなの、分かりきってるだろ。ヤツラだよ。能力者の野朗共がやったに決まってんじゃねぇか!」

 

「だけど、黒妻さんには怪我らしい怪我はまったくねぇぞ。一体どんな能力を使ったんだ?」

 

「それは、わからねぇけどよ・・・・・・。俺らが知らねぇ、未知の能力か何かだろ? とにかく、襲った野朗がわからネェことには、どうしようもねぇ・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・」

 

 病室のベッドで、黒妻綿流(くろづまわたる)は、虚空を見つめている。彼の体に取り付けられた計器類は全て正常に作動しており、彼がまったくの健康体である事がうかがい知れる。しかし、心は別だ。

 黒妻の精神はまったくの空白の状態になっていた。

 例えるなら精神だけを他のどこかへと置き忘れてしまったような状態だ。

 そんな彼が眠っているベッドに、彼の舎弟達が数十人。悲愴な面持ちで黒妻を見下ろしている。

 あるものは下唇をかみ締め、感情を押し殺して涙を浮かべ。あるものは握りこぶしを作り、行き場のない怒りの感情に体を震わせている。

 

「おい。目撃者がいたぞ! この辺りを根城にしている玉美って野朗だ」

 

 舎弟の一人が、病室のドアからすごい勢いで飛び込んできた。

 

「なに!? ホントか? よしっ。そいつんとこに案内しろ」

 

 舎弟たちが怒りの捌け口を探すように、口々に「ぜってぇ、探し出してボコボコにする」「全殺しだ」と息巻き、病室を後にする。

 

「・・・・・・・・・」

 

 誰もいなくなった病室。そこに、1人の男がやってくる。

 その男は虚ろな瞳で虚空を見る黒妻に視線を合わせる。

 

「・・・・・・・・・」

 

 完全に心が抜けた状態の黒妻と、視線を合わせる事が出来るはずも無い。 

 だが、それでも男は無言で黒妻を見やる。

 

「・・・・・・・・・」

 

 しばらくの間。静寂が室内を包み込む。

 やがて、男は黒妻に背を向けると、病室を後にする。

 

「・・・・・・落とし前は、きっちりつけさせるぜ」

 

 去り際に、仲間の敵を撃つと宣言をして。

 

 

 

 

「はぁ~あ。なぁにが悲しくて、こんな朝っぱらから、ゴスロリ女と街中を歩かなきゃいかんのだ」

 

「はぁ!? それ、エリカのセリフだし。なんで朝っぱらからあんたのキモイ顔を見なきゃならない訳。ほんと、ウザイわ。死ねばいいのに」

 

「んだとこら」

 

「なに、やんの? 言っとくけど、エリカ超強いからね。あんた五秒もかからず殺せるわよ」

 

 早朝の通学路を、異様な出で立ちの二人組みが言い争いをしながら歩いている。

 一方の男は頭を金髪に染め、眉毛と鼻、そして両耳に金色のピアスをしている。

 年齢は二十歳くらいだろうか。夏場のこの時期に、アロハシャツに短パンは良く似合っている。しかし完全にそのスジの人間だとはばからない格好は、行く先々で人々の格好の視線の的になっている。

 もう一方の少女は、黒い日傘を差し、頭にはちょこんと小さめの帽子を乗せている。ウェーブのかかった黒髪は、黒いゴスロリ服とマッチしており、それだけで人々の注目の的だ。

 

「なあ」男が少女が引っ張る黒い旅行用カバンを見る。

 

「なによ」少女は、自身の丈の半分程の高さのカバンを、ゴロゴロと転がして、男をジト目で見る。

 

「いつも思ってるけどよぉ。そのカバン、邪魔じゃね? お前の能力なら、そこらへんのものでも何でも仲間にすぐ出来るだろ? 意味あんのそれ?」

 

「いいじゃん。エリカのお気に入りをそろえても。なに? それであんたに迷惑かけた? この金ぴかピアス! 死ねばいいのに」

 

「うわ、ひでっ。そこまでいう。おめぇ。そのうち誰かに刺されて死ぬぞ。マジで」

 

 30分程彼等は言い争いを続け、やがて指定された場所までたどり着く。早朝の公園。その場所に、彼等の依頼主である二ノ宮双葉はいた。

 

「やあ。お久しぶり。真壁さんに、岸井さん。お二人ともお変わり無いようで何より」

 

 小説を読み時間を潰していた双葉は、二人の姿を確認すると、ベンチから腰を上げ、彼等を出迎えた。

 

「べっつにぃ。いいアルバイトがあるってゆーから来ただけだしっ」岸井エリカはツンとそっぽを向く。この態度は彼等に対してだけでなく、在る意味彼女の平常運転なので、2人とも不快に思うことはない。

 

「それで? 電話の話じゃ、人を一人攫うって? いつもみたいに子供を大量に攫うんじゃないのかよ」

 

 隣の真壁竜一がピアスをチャラン鳴らし、大きく伸びをする。

 

「ひっとり!? そんなんでエリカたちを呼んだの!? 何で? なんで? 」

 

 岸井エリカがさも驚いた様子で目を大きく見開き、双葉に訊ねる。

 

「実はね、標的の友人達にスタンド使いが多数いる。これがなかなか手強そうで、僕1人じゃ手こずりそうなんだ。だから君達に協力を頼んだんだ」双葉は「ま、アルバイトのつもりで気楽にやってよ」と最後に付け加える。

 

「ま、俺は金さえもらえればいいけど。そんで、手順は?」

 

「そーそー。てじゅんは?」

 

 2人が双葉に攫う人物と、その手順の詳細な説明を求める。

 双葉は簡単に作戦を説明する。

 

「なるほどね。でも疑問。その佐天涙子っての、あんたの何? そこまでする価値あんの?」

 

 エリカが至極全うな質問を双葉にぶつける。

 その言葉を聞いたとき、双葉の表情が変わる。

 目はどこか翳りを見せ、「ウフフフ」と、薄ら笑いを浮かべはじめる。

 

「・・・・・・大有りさ、彼女が全ての元凶だ。だからそれ相応の罰を与える。どうしようもない孤独の中、死にたいと思っても死ぬことすら許されず、永遠に孝一君に近付いたことを後悔させながら、残りの人生を生きさせてやる」

 

「あんた、前々から思ってたけど・・・・・・。思いっきりイカレてるわ」

 

 双葉の嬉々とした様子を見て、エリカは呆れ顔で、肩をすくめた。

 

 

 

 

 

「・・・・・・おはよう」

 

「・・・・・・おはよ・・・・・・」

 

 教室に入った孝一が机に突っ伏している涙子に声をかけると、気だるそうな返事が返ってきた。机から起きた彼女の眼の下にはうっすらとクマの様な跡がついている。

 

「まさか、全然寝てないんじゃ・・・・・・」孝一が自分の席にカバンを下ろし、着席する。

 

「そんな事ないよ・・・・・・。全然なんかじゃ・・・・・・。3時間くらいしか眠れなかっただけ・・・・・・」後ろの席の涙子はそう言って、「ふぁあ」と大きくあくびをした。

 

 昨日の出来事は、やはり涙子にとってかなりショックな出来事だったのだろう。考えてみれば、自分が人知れず誰かに恨まれていることなど、これまでの生活で想像すらしていなかったことだ。それをあのように悪意をむき出しにしてぶつけられたのだ。心中穏やかで眠ることなど出来ないだろう。

 実際、双葉が報復に自分のアパートまで押しかけてくるんじゃないかと恐ろしくて、涙子は昨日殆んど眠る事が出来なかった。

 

「・・・・・・何というか。ゴメン」

 

「いーって。いっーって。悪いのはあの娘なんでしょ? だったら孝一君に罪はないじゃん」

 

 涙子が手をひらひらさせて薄く笑う言う。その後再び「ふぁ~」と欠伸(あくび)が出た。

 

「――起立」

 

 授業開始のベルと共に、担当教師が入ってくる。学級委員の号令と共に、教室の生徒が全員立つ。慌てて孝一と涙子も、それに倣う。

 

「――礼。着席」

 

 授業が始まる。教師は早速前回のおさらいとして、簡単な数式をホワイトボードに書き込んでいく。

 その時涙子が孝一の背中をちょんちょんと叩き、小声で声を掛ける。

 

「正直、今は頭の中がゴチャゴチャしてるし、まとまりつかないんで、ちょっと寝たいかも。というわけで、後よろしく~」

 

 そういって机に突っ伏すとそのまま寝息を立て始める。

 

(ほんと、ゴメン・・・・・・)

 

 後ろの涙子にチラリと目配せをして、孝一はもう一度謝罪をした。

 

 

 

 

「おいコラ。玉美! さっき言ったことホントなんだろうナァ!?」

 

 とあるビルの裏側。人通りの少ない路地で、ビッグスパイダーのメンバー達は、玉美と呼ばれた男をぐるりと取り囲んで尋問をしていた。

 玉美はこの辺りで学生を恐喝したり、詐欺行為を働いたりして日銭を稼いでいるチンピラだ。

 昨日の夜。たまたま通りを歩いていたら、1人の女に対して、複数の男達が暴行を働こうとする現場に遭遇してしまったとのことだった。

 

「まあ、なんというか俺もおこぼれに預かろうかなと思いまして・・・・・・。うへへっ・・・・・・」

 

 玉美は下卑た笑みを浮かべ、照れ笑いをする。

 だが男達の誰も、笑うことはない。それよりも早く続きを話せと、無言で威圧してくる。

 それを察した玉美は、「あはは」と愛想笑いを浮かべると、いそいそと続きを話し始める。

 

「あー。それで、ですね。1人の男がその女に抱きついたとたんに、そいつが急に倒れこんだんですよ。その後、驚く男達も同様、地面に急に倒れてしまって。・・・・・・それでですね。その様子がとても奇妙なんですよ。はい」

 

「奇妙だぁ!?」

 

「はい。倒れた男達は、幼児退行っつーのかな。急に赤ん坊みたいに泣き叫んだり、記憶がすっ飛んだみたいにボケーッとしたりで、ほんと、あの現場は一種異様でしたわ。そんで、そんな時に、おたくらのリーダーの黒妻さんがやってきたんですわ」

 

 ”黒妻”という名前で、男達の顔つきが変わる。

 

「それで、黒妻さんも、同じ目にあったんだな・・・・・・。オイ玉美。その女の特徴は!? 詳しく教えんかい!」

 

 取り巻きの一人が巻き舌で玉美を睨みつける。

 

「・・・・・・えーと、ですね。髪は肩まで伸びたセミロングで、髪の色は黒。顔つきはどこか幼さが残るくらいでぇ。・・・・・・あれー? でも、あの顔。どっかで見たような気が・・・・・・」

 

「おい! そこが重要なんじゃねぇか! 思い出せ!」

 

 男達が口々に「はよ思い出さんかい!」「しっかりしろコラ!?」と、がなり立てる。まったくのとばっちりに玉美は泣きそうだ。

 

「うーん・・・・・・。うーん・・・・・・」

 

 玉美はこの状況から解放される為に、脳を総動員して必死に思い出そうとする。しばらく考えた後、記憶の端に引っかかるものを感じ、やがてそれを思い出す。

 

「そうだ! 確か、S.A.Dっていう。電気スタンドの会社だったかな? そこのPVにその女が映っていました。名前は・・・・・・。確か俺とよく似た語呂で・・・・・・。確か、タマ・・・・・・たまお? ああ、そうだっ。玉緒って名前でした」

 

 出るものが出てすっきりといった表情で、玉美は答えた。

 

「S.A.D。・・・・・・これか」

 

 男達が携帯で検索をかけ、ホームページを表示させる。そのメンバー一覧に、玉美のいう女は・・・・・・。いた。のほほんとした顔つきの女が、仲間と思しき人間達と映っている。男の1人が携帯の画面を玉美に見せ、「こいつか?」と確認を取る。画面を見た玉美はコクリと頷き「間違いないっす」と答えた。

 

「場所は、第七学区のビルの・・・・・・。なんだ、近いじゃねぇか」

 

 男達は互いに目配せをすると、玉美など初めからいなかったかのように、ぞろぞろと足並みをそろえて、目的の場所へ向う。

 

「やれやれ・・・・・。やっと解放されたぜ・・・・・・」

 

 残された玉美は、特に危害を加えられなかったことに安堵し、男達とは逆の方向へと歩いていった。

 

 

 

 

「ハァ・・・・・・」

 

 二ノ宮玉緒は、机に突っ伏しため息を吐いた。

 

「ハァ・・・・・・」

 

 もう一度。

 今度は椅子に寄りかかり、天井をボケーっと眺めている。

 

「あの・・・・・・玉緒君? さっきからため息ばかり吐かれると、おじさん気が滅入っちゃうんだけど・・・・・・」

 

 四葉が迷惑そうな表情で玉緒を見ている。さっきから仕事のレポート作成がまったくといっていいほどはかどらない。原因はもちろん、突然オフィスにやってきた玉緒だ。

 

「というか・・・・・・。君、学校は? 今日、創立記念日かなんかだっけ?」

 

「・・・・・・なんか、やる気でなくて、サボったっす・・・・・・」

 

「ええ!? 君、それはだめだろう・・・・・・」

 

「はぁぁぁぁ・・・・・・」

 

 四葉の問いには答えず、玉緒は盛大なため息を吐いた。

 昨日の夜の双葉の言動。

 玉緒にはあれで全てが丸く収まるとはどうしても思えなかった。

 長年一緒に暮らして来たから分かるが、双葉が一度執着した相手に引き下がるなんてありえない。

 きっとどこかで機会をうかがい、孝一を監禁でもするのではないか。そう思うと、とてもじゃないが学校なんかに行ってられなかった。 

 でもその反面。双葉のことをどこかで信用しようと努めている自分がいる。それはやはり、血を分けた肉親だから・・・・・・。心のどこかで、反省をして全うに生きてくれるんじゃないかと甘い期待を抱いてしまう。

 双葉は危険だ。でも、心のどこかでは信じたい。

 そのジレンマに玉緒は悩まされ、身動きが取れなかった。自分はどうするべきか。双葉を信じるのか、信じないのか・・・・・・。

 

「うがぁぁっ」

 

 玉緒がバリバリと頭をかきむしる。その様子を四葉がぎょっとした表情で見ていたのだが、「またいつものことだ」と無理やり自分を納得させ、レポートの作成にいそしむことにした。

 

 

「オイコラァ! 玉緒ってのはお前か!? ちょっと顔かせや、コラァ!」

 

 突然の罵声がオフィスに轟く。見ると、複数の見知らぬ男達が、エレベーターから降りて来た所だった。だがその様子は、とても事件捜査を頼みに来た風には見えない。男達の手には、それぞれ釘バットや、鉄パイプ、角材などが握られ、その風貌も学ランにチェーンを通していたり、両腕に刺青を彫っていたりと、かなりお近付きになりたくない人種の人達だ。

 

「な、なんのようですか?」

 

 試しに四葉はコンタクトをとってみる。

 

「うるせぇ! じじい! てめぇにゃあ聞いてねぇんだよ! すっこんでろ!」

 

「は、はい・・・・・・」

 

 コンタクトは失敗に終わった。

 

「おい(アマ)! お前ぇだ! お前ぇ! 」男が、鉄パイプを玉緒に向け、怒鳴る。「よくも、黒妻さんをやりやがったな。テメェが能力者でも関係ねぇ。この落とし前はきっちりつけさせてやる」

 

「え・・・・・・」

 

 その一言で、直感した。

 双葉だ。

 あいつが、何かしたのだ。

 嫌な予感がする。

 今日という一日が、このまま無事に済むとは到底思えない。

 あいつが、双葉が狙うのはもちろん・・・・・・

 

「――行かないと」

 

 玉緒は自分の浅はかさに後悔した。そして双葉を信じようと思った自分を激しく責めた。

 何をおいても、目を離すべきじゃなかった。

 孝一が、涙子が、危ない。

 

「おい! 無視スンナコラァ! 」

 

 何か玉緒を罵倒するような言葉を発していた男が、何の反応も見せない玉緒に苛立ち、前に歩み寄る。

 

「邪魔しないで下さいっす。友達が危険にさらされているっす」

 

「ああン!?」

 

 男と目を合わせた玉緒は、自分の間合いまで歩み寄ると男に足払いをかける。

 

「んな!?」

 

 男の体がぐらりと揺れた瞬間。懐に飛び込み、見事な一本背負いをきめた。きめられた男は「ぐえ」と声を洩らすと、そのまま意識を失った。

 

「てめぇ!?」

 

 仲間がやられたのを見た男達は、それぞれの武器を手に、玉緒を取り囲み、ジリジリとその間合いをつめていく。玉緒は倒れた男を解放すると、男達と対峙する。

 

「こんな事しといて何ですけど・・・・・・。犯人は自分じゃないっすよ。やったのは、妹の双葉・・・・・・」

 

「ふざけんな!? そんなたわごと、誰が信じんだコラァ!?」男達が口々に、「死ね」や「コロス」などの罵声を玉緒にぶつける。

 

「いいですよ。信じなくても。その代わり、全員ぶっ倒すだけっスけど」玉緒が身構える。

 

「・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・」

 

 重苦しい沈黙が、周囲を包み込む。まさに一触即発。ちょっとしたバランスが崩れれば、たちどころに大乱闘に発展するだろう。

 

「待ちな」

 

 沈黙を破ったのは、以外にもビッグスパイダー側の人間からだった。

 それまで男達の背後で事の成り行きを静観しているだけだった男が、一歩前へ歩み出る。

 

「・・・・・・・・・」

 

 男達がその人物のために道を開ける。

 

「おい。姉ちゃん。あんた、さっき友達が危機にとか言っていたな。そしてその件には、あんたの妹が絡んでいる」

 

 男は低い、しかしよく通る声で玉緒にたずねる。この圧倒的な雰囲気。

 この男は周りの連中と違うと、玉緒は本能的に分かった。

 学帽と学ランに身につけた金属の鎖。腰に巻いた二本のベルト。そして何より、190cm以上ある長身と筋肉質な肉体は、見るものを威圧するには十分過ぎる。

 

「そういう認識で間違いないか? ここにいるヤツ等全員をぶちのめす覚悟で挑むほど、大事な用件なんだな?」

 

 再び玉緒に質問する。このえも言われぬ威圧感に、思わず「コクリ」と頷いてしまう。

 

「妹の居場所は。姉ちゃんは知ってんのか」男が三度尋ねる。

 

「・・・・・・たぶん。柵川中学っす」玉緒が素直に答える。理由は分からない。だけど、この男には嘘や隠し事はしないほうがいいと、何故か思った。男は周りの取り巻き立ちに目をくれると「・・・・・・柵川中学か」と短くいう。

 

「じょ、丞太郎(じょうたろう)さん!? あんた、まさか・・・・・・。信じるんですかい? この女のたわごとかもしれないんですよ? 」

 

 取り巻きの一人が丞太郎と呼ばれた男に、慌てて言う。せっかく犯人が目の前にいるのに。といった表情だ。

 

「そいつを判断するのは、このお嬢ちゃんの言っている事が真実か確かめてからでも遅くはねぇぜ。それに、名前と住所は分かってんだ。お前等なら、逃げても見つけ出すなんて簡単なことだろ」

 

 丞太朗が口元を吊り上げ、男達を見る。そういわれれば悪い気はしない。とたんに「そりゃあ、まあ・・・・・・」と口ごもる。

 

「いいんすか? 信じるんすか? 自分のことを」玉緒が丞太郎に声をかける。

 

「別にあんたを信用しちゃいねぇ。嘘だとわかれば速攻で締め上げる。それより、早く案内しな。」丞太郎は帽子を被り直すと玉緒に目配せをして、先導するように促す。

 

「あんたの妹さん。もし噂に聞いた通りの能力の持ち主なら・・・・・・。柵川中学は、今頃大事になっているぜ」ポツリと洩らした言葉を玉緒は聞いた。

 ――たぶん、その通りになる。玉緒は丞太郎達の後を慌ててついていきながら、予感めいた何かを感じ取っていた。

 

 

 

 

 

「――さあて、はじめようか」

 

 柵川中学の校門前、孝一のいる教室を見上げながら、双葉が率いる2組の男女が校舎に足を踏み入れる。

 

「最終確認だけどぉ。エリカ達は相手のスタンド使いを引き止めておけばいいのね?」

 

「そう。後の細かいことはボクがやるさ」

 

 双葉は自身のスタンド『ザ・ダムド』を出現させる。同時にエリカは黒い旅行用のカバンを開く。

 中には大量の骸骨でできた人形が入っていた。

 

「・・・・・・やっぱりさあ。その人形より、現地のものを使ったほうが効率よくね?」

 

 竜一はそうぼやきながら、スタンドを発現させる。銀色の不定形状のスライムが、ぶよぶよと蠢き、地面を這う。

 

「うるさい『金ピア』。エリカのお気に入りだからいいのー。さあさ、マロンちゃん。ログネちゃん。エンネちゃん――。全員出撃よぉ」

 

 エリカもスタンドを出現させる。頭、両腕、両足に、金のメダルのような物体が装着され、全身が黄金色に輝く、カラフルなスタンドだった。そのスタンドが、髑髏の人形に触れると、とたんに生命を得たかのようにビクビクと痙攣し、やがてゾロゾロと動き始める。

 

「ギギギギギギ」

 

「ウグゴゴゴゴ」

 

「ギシャアアア」

 

 それぞれの髑髏がそれぞれの奇声を発し、目的地を目指す。

 

 

「――なんだ!? 君達! ここは関係者以外立ち入り禁止――」

 

「――うるさいよ」

 

 学校の職員と思しき男が双葉達に歩み寄った瞬間、『ザ・ダムド』の放った触手が職員を切り裂いた。

 

「・・・・・・・・・」

 

 職員はその体から大量のシャボン玉を噴出し、地面に倒れこんだ。

 

「くくくく、佐天涙子。もうすぐ行くからね」

 

 柵川中学校舎内に3人の悪魔が侵入を果たした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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 その時が来た

 教卓では教師が熱弁をふるい、ホワイトボードに数式を書き込んでいる。

 生徒達は各々に、ペンを走らせ、ノートに授業内容を書き写す。

 孝一達も同様、それに倣っている。唯一、佐天涙子だけは昨日の睡眠不足から、机に突っ伏し静かな寝息を立てているが――

 

 カリカリという音と教師の声のみが支配する、当たり前の風景。その静寂が破られたのは、「カラカラ」という入り口のドアが開かれる音だった。

 

「?」

 

 いち早く察した教師は、最初、自分に用件がある職員の誰かだと思っていた。しかし、開けられたドアは5cm程度。それ以上は開かれなかった。

 誰かの悪戯か? だとしたら、性質が悪い。

 教師はそういきり立つと、ドアを閉めるために一歩踏み出す。

 

 ゴロリと、教師の足元に丸い円形状の何かが当たる。

 教師がその正体を確認するため、足元を見た瞬間――

 

「な!?」

 

 ボシュゥ! という大きな音がしたかと思うと、大量の煙が噴出し教室中を満たす。

 

「ゲホゲホゲホッ!?」

 

 煙の充満と同時に、目に大きな痛みが走り、涙が止まらなくなる。いや、目だけでなく、鼻や口に至る全ての呼吸器官が、煙を吸い込むたびに焼け付くような激しい痛みを発生させる。

 この突然の異常事態に、生徒達はパニックを起こす。静寂に包まれていた授業光景は、一瞬にして、悲鳴と戸惑いの絶叫に支配される。

 煙の探知機が作動し、「ジリリリリリ」というベルが廊下中に響き渡る。

 その音に反応して、隣のクラスメイト達が廊下から「何だ何だ」と顔を出す。やがて室内に煙が充満していることを察知すると、急いで自主的に教室から避難を開始する。

 

「ゲホゲホゲホッゲホ!? みんな! 早く! 早く、教室から逃げるんだぁ!!」

 

 その教師の声が引き金となり、生徒達は悲鳴を上げながら、我先へと教室のドアから逃げ出していく。

 

「ゲホゲホゲホッ。佐天さん! 初春さん! エル! 無事か!?」

 

 口元を押さえ涙を浮かべながら、孝一は姿勢を低くし、周囲を伺う。

 すぐに「はい」「はいです」という初春とエルの声が聞こえたが、涙子の声だけは聞こえない。

 

「佐天さん!?」

 

 孝一が煙を掻き分け、涙子がいるであろう方向を見る。

 

「・・・・・・・・・」

 

 涙子は、いた。床にうずくまり、ボーゼンとした表情で事の成り行きを見ている。

 

「・・・・・・狙いは、あたし?」口元を両手で押さえ、涙子がカタカタと全身をふるわせる。

 

 そうだと、孝一は直感した。

 やったのは、二ノ宮双葉だ。あいつは、本格的に涙子を始末するつもりらしい。

 

「・・・・・・野朗」孝一が唇をかみ締め、こみ上げる怒りを必死に抑える。

 

(今はまだだ。冷静になれ。あいつの狙いは佐天さんだ。だとしたら、この場にいるのは不味い。

 この教室には初春とエル。そして逃げ遅れた生徒達がいる。

 このままここに留まるのは、彼等を巻き添えにしてしまう可能性がある)

 

 

「――くっ。エルちゃん。両足をしっかり持ってくださいっ」

 

「は、はいですっ」

 

 

 初春とエルは、逃げ遅れた生徒達の肩を抱き、必死に廊下まで出そうとしている。

 本来なら孝一もこれに加わるべきなのだが・・・・・・。

 

「佐天さん。立って!」

 

「え? 孝一君!?」

 

 孝一は涙子を無理やり立たせると、急いで教室の外へと向う。

 

「初春さん! エル! ゴメン。この騒動の原因は僕達だ。だからこれ以上被害が出ないように、この場所を離れる! 」

 

 孝一は「まって!? 待ってよ!?」と手を解こうとする涙子を強引に引っ張り、教室の外へと連れ出す。

 

「広瀬さん!」

 

 初春が教室の中から声を張り上げる。

 

「後で、ちゃんと、説明してくださいね!」

 

 ――ゴメン。初春さん。エル――

 

 孝一は心の中で二人に謝罪すると、涙子を伴って校舎からの脱出を試みるのであった。

 

 

「――孝一君、痛いよ。離して――」

 

 二階まで全力で駆け下りた孝一に、弱々しい声で涙子が声を掛ける。

 

「――え? あっ!?」

 

 どうやら思いっきり手首を掴んでいたらしい。孝一がその手を離すと、涙子はその部分を手でさすりながら立ち止まった。

 

「佐天さんっ。立ち止まっちゃ駄目だ! 双葉に見つかる! 早くこの場所から離れないと!」

 

「・・・・・・でも、離れて・・・・・・。逃げてどうなるの? ずっとあいつに怯えて過ごすの? 」

 

「そ、それは・・・・・・」

 

「あたしは嫌よ。そんなの。双葉はここに来てるんでしょ? だったらここで戦おう! ここで決着をつけよう?」

 

 涙子の気持ちは分かる。だけど、敵がどんな隠しだまを持っているのか、まだ分からない。それを見極めないうちは、迂闊に攻撃をするのは不味い気がした。

 

「――あらぁん? 勝気なお穣ちゃんね? でもいーけないんだっ。身の程ってものを分かってないお馬鹿さんわぁ、殺しちゃうわよん」

 

 廊下から孝一達に向かって、ゴスロリの服を着た少女・エリカが歩み寄ってきた。

 

「!?」孝一は息を呑んだ。その足元には、骸骨状の人形達がゾロゾロと歩いてきているからだ。

 その数は、約十体程。身の丈は20cm大の人形達は、手にそれぞれナイフなどの武器を携え、孝一達に向かってくる。

 

「竜一はハズレだったわねん。まあ、普通に考えて上の階に逃げるわけないでしょ? ねえ。君もそう思うよねぇ!」

 

 エリカがクスクスと笑い、人形達に号令を出す。その合図を待っていたかのように人形達は孝一達に向かって襲い掛かかってくる。

 

「ギョギョギョギョ」

 

「ゲギギギギギギギ」

 

「ギシャアアアアア」

 

「佐天さん。下がって」各々のうめき声を挙げる人形たちに、孝一は冷静に対処する。

 涙子を後ろに下がらせ、自身のスタンド・エコーズact3を出現させる。

 

「ウリャア!!」

 

 掛け声と共に人形の一体をその拳で完全に破壊する。

 

「!!」破壊された人形を見て、エリカの顔色が変わる。

 

「セヤッア!! ハイッ!! クタバレ!! S.H.I.T!!!」

 

 act3の連続攻撃が人形達に炸裂する。

 頭部を砕き、回し蹴りでしとめ、一体一体を原型無きまでに完全に破壊していく。

 

「act3を舐めるなよ。3 FREEZE(スリー・ フリーズ)が無くても、こんな人形くらい簡単に破壊できるパワーはあるんだ」

 

 全ての人形達を破壊したact3が仁王立ちでエリカを指差し挑発する。

 

「次ハ、モット歯ゴタエノアル敵ヲ用意スルンダナ。Go to hell ! fuckin' bitch ! (地獄へ行けこのクソ女が)

 

 この挑発に、エリカが切れた。

 

「このクソ野朗がぁ! エリカの大事なコレクションを!! よくもぉ!?」

 

 瞬間に現れたのは黄金色に輝く人型スタンド。そいつが周囲の廊下やら、掃除用具のロッカーなどをやたらめったらと殴りつける。

 

「なに!?」

 

 その瞬間、スタンドが殴り、砕け散ったタイルや、窓ガラスの破片や、ロッカーが、不規則な動きをし始める。窓ガラスやタイルの破片は、それぞれが合わさり人型の形をとりはじめ、ロッカーはメキメキと嫌らしい金属音を響かせ、こちらに突進してくる。

 

「くっ!」

 

 まるで意思を持ったように突進してくるロッカーを、act3は3 FREEZE(スリー・ フリーズ)で叩き落し、地面にめり込ませる。だがその間に人型となった、タイルやガラス片が自身の突起物を突き出し、孝一達を襲う。

 

「能力ヲ解除シ、迎撃シマス」

 

 act3は瞬間的に3 FREEZE(スリー・ フリーズ)を解除し、人型のガラス片をその拳で粉々に打ち砕く。

 

「無駄よ。無駄無駄ぁ。まだまだ、いっぱい来るわよぉん!」

 

 見ると、エリカのスタンドが再び周囲の建造物を攻撃し、破壊している。そして、再び意思を持った教室のドアや、タイル片などが再び孝一達を襲い始める。

 

「――孝一様。撤退ヲ進言シマス。一ツ一ツの攻撃ハ、私ニトッテハ大シタ事ハアリマセンガ、数ガ多スギマス。コノママ無尽蔵ニ敵ヲ生産サレタラ、イズレ押シ切ラレマス」

 

「それって、僕達を守る自身が無いって事?」

 

 孝一の問いに、act3は無言でコクンと頷いた。

 

(確かに、こんなとこで時間を食っている暇はない。こいつはたぶん双葉の仲間だ。一体後何人の仲間がいるのか分からないけど、このまま敵に囲まれたら不味い)

 

 エリカの作りだした生命体(?)は、いつの間にか30以上までにその数を膨らませていた。このままだとact3の言うように、数に押し負けてやられてしまうだろう。

 

「グギャギャギャギャ」

 

「キキキキキキ」

 

「ケケケケケケケ」

 

 不気味な声を出しながら、スタンドの生み出した物体がジリジリと孝一達の元まで迫ってくる。

 

「よしっ!」

 

 孝一は決断する。

 

「きゃあ!?」孝一はact3に涙子を抱き上げさせると、そのままエリカのいない廊下へ全速力で逃走する。

 

「悪いけど、構ってられないんだ!」

 

 エリカを一瞥する。しかしエリカはそれ以上追ってはこない。

 諦めたのだろうか? それならこちらとしても助かるけど。

 孝一は頼むから追ってこないでくれよと心の中で願い、エリカの視界から消えて言った。

 

「――もしもし。双葉ぁ? 言われたとおり、ちゃんと足止めはしたかんね。エリカの役目、これで終了ってことでいい?」

 

 孝一達が去った後、エリカは携帯を取り出し、双葉と連絡を取る。

 

『ああ。十分さ。こちらももうすぐ片がつくから。孝一君達をこの校舎に引き止める役目は、真壁さんにしてもらうことにするよ』

 

 そのまま携帯は切られた。エリカは「フン」と大きく鼻を鳴らし携帯をしまうと、パチリと指を鳴らす。

 そのとたん、意思を持って動いていた道具類は、無言でその場に崩れ落ちた。後には廊下に散乱するゴミが散らばるだけである。

 

「ああ! ムカツク! あの孝一ってやつ、よくもエリカのお気に入りを粉々にしてくれたわねぇ!!」

 

 エリカが「きぃぃぃ!」と歯軋りしながら地団太を踏む。

 

「あ~あ・・・・・・。ま、お小遣いは稼げたし、いっか。エリカし~らない。もう、し~らないっ」

 

 エリカは手にした日よけ用の傘をクルクルとまわしながら、その場を去っていった。

 

 

「・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・」

 

「・・・よぉ」

 

 一階に降り、そのまま校舎から出ようとした孝一は、金髪の髪をした、顔の至る所にピアスを嵌めた男に声をかけられた。壁に寄りかかり、不敵な笑みを浮かべるこの男は、明らかに学校の関係者じゃない。ということは、双葉の仲間か?

 一体何人の仲間がいるんだ!?

 孝一は身構える。

 

「双葉から聞いてるぜ。お前の能力。物体を重くする事ができるんだってな? ひとつ、その能力を俺に見せてくれよ」男はチャランとピアスを揺らし、孝一と対峙する。「手合わせしようぜ。俺の能力とどっちが強いか」

 

 男が銀色をしたスライム状の物体を出現させる。これがこの男・真壁竜一のスタンドだった。

 

「俺だけお前の能力を知っているのもなんだから、俺も教えてやるぜ。・・・・・・俺の能力は形状変化。用途に応じて様々に形体を変化させる事が出来る。・・・・・・こんな風になぁ!」

 

 スライム状だったスタンドが大きな球体に変化すると、全身から鋼の針を何本も出現させる。それはまるでウニや毬栗の様に、全身を覆う。その毬栗がまるで車のタイヤの様に、急速な勢いで回転し始める。針が触れている地面が、次々と抉り、削り取られていく。

 

「さあ、くらいなぁ!!」竜一の一声で、球体ははじき出された様に超高速で、孝一に真っ直ぐ向かっていく。

 

(はやいっ!)

 

 超高速で向ってくる球体はとても孝一の目では追えない。

 

「だとしたらっ! act3ッ!」

 

 スタンドの目でなら、act3なら、このスピードを捉える事が出来るかもしれない。

 呼び出されたact3は拳に力をため、間合いを計り、ギリギリまで敵をひきつける。

 やがてact3の射程距離に入ると、

 

「奥義! 3 FREEZE(スリー・ フリーズ)!!」

 

 必殺の、一撃を繰り出した。

 

 

 

 

 

「ゲホゲホッ! これで、全員ですね」

 

「ごほごほっ。はい。あっていると思います」

 

 初春とエルは、教室に残されたクラスメイトの救出に全力を注いでいた。

 最初は、一人ひとり肩を抱きながら教室に運んでいたのだが、それでは埒があかない為、最終的にはエルのスタンドで全員を教室から連れ出すことにした。

 スタンド能力は必要に迫られた時以外は、あまり人前では使用しないこと。彼女の母、水無月良子はそう言っていたが、今がその必要なときなのだ。エルは心の中で母親に謝罪しながら、クラスメイトをスタンドを使い救出したのだ。

 

「・・・・・・エルちゃん! カザリン! ハァ・・・・・・。ハァ・・・・・・。良かった。間に合ったっす」

 

「え? 玉緒さん!? どうしてここに?」突然目の前にやってきた少女に初春が目を丸くする。よほど急いできたのだろう。立ち止まった少女はゼーゼーと背中から大きく息を吐き、呼吸を整えている。

 

「みんなに危機が迫っていたから、急いで知らせにきたっす。ゼーッ。ゼーッ・・・・・・」

 

「それは、昨日の妹さんの件と関係アリですか?」エルが昨日の夜の出来事を思い出し、訊ねる。

 

「・・・・・・そうっす。双葉です。あいつが性懲りもなく、孝一君たちに復讐を企てていたんです。早くどこかに非難しないと・・・・・・。そういえば、幸一君達はどこっすか?」

 

「わかりません。佐天さんを連れて、どこかへ消えてしまいました。だぶん、私達を巻き込まないように、離れたんだと思います」

 

 初春がしょんぼりと、先程のやり取りを思い出し肩を落とす。その表情には、足手まといになってますかね? といった感情がありありと見て取れる。

 

「無事だと、いいですけど・・・・・・」同じくエルも、初春と同様に肩を落とし、心配そうにしている。

 

「・・・・・・大丈夫っすよ。孝一君なら無事っすよぉ。だって――」

 

 その瞬間。初春はグラリと体のバランスを崩し、地面に転倒する。

 

 異変を察知し、エルが初春に駆け寄ろうと手を伸ばす。だが、それは叶わない。

 

「あ――」

 

 エルも初春同様、体を崩し、地面に倒れこむ。だが、スタンド使いであるエルには見えた。黒い触手のような物体が、自分たちの体を何度も切り裂いたことを。

 切り裂かれた箇所から、大量のシャボン玉が空中に飛び散り、浮遊している。

 

「――孝一君はぁ。ただいま戦闘中でぇす。・・・・・・だから、迎えにいってあげないとね。フフフっ」

 

「・・・・・・あ・・・・・・ぅ・・・・・・」

 

 地面に突っ伏したエルが少女を見る。その表情は、笑顔のはずなのだがどこか恐ろしい、歪んだものに見えた。

 

 

 

 

 

 




補足。
スタンド解説。

真壁竜一
小アルカナの棒(wands(ワンド))を暗示するスタンド使い。銀色に光り輝く液体金属状のスタンドで、様々な形状に変化させる事が出来る。飛行は出来ないが、かなりの高速で動く事が出来る。

岸井エリカ
小アルカナの金貨(pentacles(ペンタクルス))を暗示するスタンド使い。殴った無機物に擬似的な生命を与え、従わせる事が出来る。何個でも出来る。有効範囲は50mとかなり広い。



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 残された後に

3 FREEZE(スリー・ フリーズ)!!」

 

 act3の放った拳が竜一のスタンドに向って伸びる。

 あの剣山のような球体に触れたならば、act3もただではすまないだろう。

 覚悟をきめなければならない。

 最低限のダメージで、敵のスタンドの動きを封じる。

 それはイコール、本体の竜一の動きを封じることに繋がるのだから。

 

 act3の拳がスタンドに接触するまで後、数mもない。

 だが、そこで予想外の事が起こった。

 

「!?」

 

 孝一は息を呑む。

 スタンドの形状が、まるで伸びた餅の様に変化し、act3の拳を(かわ)したのだ。

 そしてそのまま、act3のわき腹へ突き刺さる。

 

「ぐはっ!?」

 

「孝一君っ!?」

 

 わき腹に発生した激痛に、孝一の顔が歪む。その異変を感じ取り、涙子がそばへと駆け寄る。

 だが――

 

「・・・・・・だめだ・・・・・・。来るんじゃない。巻き添えを食うぞ・・・・・・」

 

「でもっ」

 

 孝一は左手で涙子を押しのけ、庇うようにして前に出る。

 

「・・・・・・あたしは。お荷物なんかじゃない」

 

 涙子は無理やり孝一の隣に立ち、右手をかざす。その手にあるのは、シャーペンだ。

 

「佐天さんっ!?」孝一は驚きの表情で涙子を見る。

 

「あたしも、戦う。もう、誰かの足枷なんかにはならない。二人でかかれば、あいつを倒す事が出来るかもしれない」

 

「あっはっはっはっ。おい、ずいぶんと勇ましいお嬢ちゃんだなぁ? それで? その手にしたシャーペンで、何をしてくれるってんだぁ」

 

 竜一はさもおかしそうに笑い、涙子を馬鹿にした表情で見据える。

 

「・・・・・・馬鹿にしないでよ。空力使い(エアロハンド)。その気になれば、あんたの目を潰すくらい、簡単に出来るんだからっ」

 

 本当は、まだ木の葉を飛ばす程度の力しかないのだが、威嚇の効果も込めて、目標の竜一に狙いを定める。

 

「馬鹿な!? なんでっ」

 

 孝一は涙子の行動が理解できず、思わず怒鳴ってしまう。

 

「・・・・・・・・・」

 

 涙子はその言葉を無視したように、正面を向き、狙いを定めたまま動かない。

 やがてポツリと、孝一に聞こえない位小さな小声で口を開く。

 

「少しくらい、かっこつけさせてよ・・・・・・。あたしだって・・・・・・(好きな人くらい)守りたいし・・・・・・」

 

「・・・・・・え?」

 

 途中の言葉が良く聞こえなかった。

 

 

 

「――そこまでにしたまえ」

 

「!?」

 

 その時、二階の階段から声が聞こえた。この高圧的な、人を見下したようなしゃべり方は・・・・・・

 

「双葉ぁ!!」

 

 声のする方を向き、孝一は怒りのこもった声で、思い切り叫んだ。

 

「やあ、孝一君。ずいぶんと苦戦しているみたいだね。やっぱり佐天涙子がいると、全力で戦えないのかな?」

 

「きゃ!?」

 

「なにっ?」

 

 涙子の小さな悲鳴が聞こえ、孝一は慌てて隣を見る。だが、その場所にいたはずの涙子がいない。

 

「え?」

 

「――任務完了。佐天涙子を捕獲しました」

 

 涙子はいた。孝一の上空。天井の辺りを浮かんでいる。

 

「そんな・・・・・・なんで・・・・・・」

 

 孝一の見上げた先。そこには涙子の体を拘束しているエルと、大量の黒ねずみがいた。

 黒ねずみ達は背中から羽を羽ばたかせ浮遊しており、エル達はその上に乗っている。

 

「孝一君が驚くのも無理はない。一つネタ晴らしをしてあげよう。――おい」

 

 双葉は後ろの誰かに声を掛ける。すっと、現れたのは初春飾利だった。

 孝一は思わず「初春さんっ!?」と声をあげてしまうが、当の初春は顔色一つ変えず、ロープで後ろ手を縛った男子生徒を、双葉の前に連れてくる。

 

「ご苦労。・・・・・・さて、ボクの能力『ザ・ダムド』。記憶を奪う影のスタンドな訳だが、実はもう一つの能力も持っている」

 

 双葉は『ザ・ダムド』を出現させ、その触手で男子生徒を切り裂く。

 

「!!」

 

 男子生徒の体内から、大量のシャボン玉が飛び散る。

 

「さて、ここからが本題だ。孝一君。彼の傷口を見てごらん?」

 

 双葉の指し示す箇所を孝一は見る。スタンドに切られた箇所が少しずつ塞がっていくのが分かった。

 

「そう。『ザ・ダムド』に切りつけられた箇所は、すぐに塞がる。――その前にっ!」

 

 『ザ・ダムド』の黒い触手。その先端部分が、丸い球体となり膨らんでいる。そしてそれを塞がる前の傷口に埋め込む。

 

「がっ!?」

 

 男子生徒はビクッと体を振るわせ、一瞬項垂れるが、すぐに立ち上がる。しかしその表情はどこかおかしい。まるで意思を持たない人形のようだ。

 

「記憶を奪った空っぽの心。『ザ・ダムド』はその心に偽りの記憶を植えつける事が出来るのさ」

 

 双葉が「こんな風にね」といって指をぱちんと鳴らす。

 

「・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・」

 

 意思を持たない人形のような目をした生徒達が、双葉の背後からゾロゾロと姿を見せる。その顔ぶれは、すべて孝一のクラスメイト達だ。

 

「――お前はぁ!!」

 

「ふふっ。面白い趣向だろ? 」

 

 激高する孝一と涼しい表情の双葉。

 ふいに双葉の表情がにやりと歪む。

 

「もっとだ。もっと怒りの表情を浮かべたまえ。それはつまり、君がボクの事で頭が一杯になっているって証拠だろ? もっと、もっと、もっと、もっと・・・・・・。四六時中、ボクで頭の中を満たすんだ」

 

 その表情は、完全に正気を失っているように孝一には見えた。

 

「・・・・・・お前は、狂ってるっ」

 

「ふふ、ここで君と狂人と正常な人間の違いを論議するのも面白いかもしれないけど、それはまたの機会だ」

 

 双葉が上空に浮かぶエルに目配せをする。エルがそれを察知し、黒ねずみ達を双葉の元へ移動させる。

 その間にもクラスメイト達はゾロゾロと、階段を降り、孝一達の元へと向う。

 

「彼等には、君が肉親や親しい友人の敵だという記憶を植え付けてある。死ぬ気で逃げ回りたまえ。何なら殺しても構わない。・・・・・・大丈夫。孝一君なら、逃げ延びられるさ。ボクの認めた君なら、必ずね」

 

 黒ねずみ達が経羽音を強め、移動を開始する。

 

「嫌っ! 離してっ! 孝一君っ!!」

 

 涙子が必死に高速から逃れようとするが、双葉の支配下にあるエルは決してその拘束を緩めることはなかった。

 やがて、窓ガラスを割り、双葉達を乗せた黒ねずみが上空へと飛び立っていった。

 

「・・・・・・佐天さんっ!!」

 

 だが、その孝一の叫び声は、虚しく廊下に響き渡るだけであった。

 

 

「――ちくしょう・・・・・・」

 

 孝一の胸の奥に去来するのは、圧倒的な敗北感だけであった。

 

「――さて。話もすんだことだし。そろそろ戦闘続行といこうや」

 

 孝一達の様子を伺っていた竜一は、双葉達が去ると再びスタンドを出現させ、孝一に向って攻撃を再開し始める。

 高速で移動する液体金属は、傷心の孝一に向って真っ直ぐと突き進んでいく。

 

「!」

 

 意識を反対の方向へと向けていた孝一は、突然の攻撃にかろうじてact3を出現させ、防いだ。

 

「グッ!?」

 

 丸い球状のスタンドを、act3は両手で受け止める。

 

「それで終わりだと思うか?」竜一が笑う。

 

 その瞬間。

 スタンドからたくましい二本の腕が生え、握りこぶしを作ると、act3に向けて連続のパンチをお見舞いした。

 顔や胸部などを思いっきり殴りつけられ、act3は大きくのけぞる。

 

「ぐはっ!?」

 

 当の孝一も、頭部にまるで鉄アレイで殴りつけられたような衝撃を受け、体をぐらつかせる。

 

 このままではまずかった。

 正面には、敵のスタンド。

 後方には、自分を襲ってくるクラスメイト達。

 完全に挟まれた状況だ。

 

(それならっ・・・・・・)

 

 孝一はact3で窓ガラスを割り、外に飛び出す。

 

「逃がすかよっ!」

 

 竜一も瞬時に反応し、後を追う。

 

 だが、これでいいと孝一は思った。

 少なくとも、クラスメイト達を相手にしなくて済むからだ。

 

 

「――くらいなっ!」

 

「ちぃ!」

 

 校門前付近まで逃げだした後、ついに敵に追いつかれた。鋭い、一本の尖った氷柱の形体へと変化したスタンドが、孝一を襲う。

 

「act3!」

 

3 FREEZE(スリー・ フリーズ)!!」

 

 act3の拳で攻撃を食い止めようとする。だが、その拳はまたしても空を切る。

 

「まただっ!? また、形状が変化したっ!」

 

 攻撃はロープの様にひも状へと変化したスタンドによって華麗にかわされる。

 そしてその攻撃は真っ直ぐ孝一の元へと伸びていく。

 鋭く尖った先端が、孝一の喉元へと――

 

「オラァ!!!」

 

「え?」

 

 その瞬間。

 敵のスタンドが見えない何かに吹き飛ばされた。

 あまりに早くてそのようにしか見えなかった。

 やがてそれが、スタンドの繰り出した拳だと孝一が理解したのは、孝一の目の前に現れた男の体から、透けるように人型のスタンドの(ビジョン)が見えたからだ。

 

 逆立った頭髪。

 たくましい、古代の拳闘士のような肉体。

 そのスタンドが繰り出した拳が、孝一を救ったのだ。

 

「――やれやれ。悪い予感は当たっちまったか・・・・・・」

 

 そういった男は学帽を被り直し、敵と対峙する。

 

「あ、あなたは・・・・・・?」

 

 孝一は突然現れたこの男に困惑の表情を浮かべながら問いかける。

 

「名乗るほどのもんじゃねぇよ。この学校にいるらしい双葉って奴に、合いに来ただけなんだが・・・・・・」

 

「ふ、双葉っですって?」

 

 男・丞太郎は、真壁竜一と彼のスタンドをじろりと睨む。

 

「中学校にしちゃ、ちょいと場違いな野朗じゃあねえか。どうやら、あいつを締め上げりゃ、居所が分かりそうだな」

 

 そのまま、竜一の下まで歩を進めていく。

 

「危険だっ。敵は状況に応じて形状を変化させるスタンドなんだっ! 一対一じゃ・・・・・・」

 

 その時、孝一の背中を誰かがツンツンと叩いた。

 

「え?」

 

「――やっほー。こーいち君」

 

 振り向いた先にいたのは、双葉の姉。二ノ宮玉緒だった。

 

 

 

 

「――てめぇは、何もんだ」

 

 竜一が丞太郎にガンを飛ばし、威嚇する。

 

「・・・・・・・・・」だが、その質問に、丞太郎は答えない。あえて無視を決め込んでいる。

 

 晴天の中、柄の悪い男が2人。敵意を向き出しで対峙する。

 それを見守るのは、孝一と玉緒。

 互いに何もしゃべらず、沈黙だけがその空間を支配する。

 まるで西部劇の決闘のようだと、孝一は思った。

 やがて丞太郎がその沈黙を破る。

 

「女の場所まで案内しな。そうしたら、殴るのは許してやる。だが、抵抗するのなら・・・・・・」丞太郎はスタンドを出現させ握りこぶしを作る。筋肉隆々の丸太のような腕が、力を入れたことにより大きく膨れ上がる「――容赦はしねぇ。ボコボコに、完膚なきまでに叩きのめす」

 

「やってみろよこのボケがぁ!!」

 

 竜一のスタンドが鋭い突起物を全身に出現させ、丞太郎に向けて突進させる。

 

「オラァ!」

 

 丞太郎のスタンドが両手を出し、スタンドを取り押さえる。「ブシュ」とスタンドの突起物が両手に突き刺さり、本体である丞太郎の両手に鮮血を滴らせる。だが、傷の痛みを押し隠し、そのまま、力で強引に地面に叩きつけようとする。

 

「!!」

 

 敵のスタンドの形状がまた変化する。ぬるりと軟体状のアメーバに変化すると、丞太郎のスタンドと同様、二本のたくましい腕を出現させ、パンチの連打(ラッシュ)を叩きつける。

 その連打(ラッシュ)に、丞太郎は応戦する。

 

「オラオラオラオラオラッ!!!」

 

 スタンドの叫び声と共に、弾丸のような鋭い連打(ラッシュ)が2人の間に巻き起こる。その凄まじい速さの突きは、遠目から見る孝一にはまるで認識する事が出来なかった。スタンドの両腕が消えているかのような錯覚すら覚えた。

 やがて、この連打(ラッシュ)の勝利者が決まる。

 

「オラララァッ!!」

 

「ガァッ!?」

 

 勝利者は、丞太郎だった。丸太のような二の腕が繰り出すスタンドの連打(ラッシュ)は、竜一のスタンドの拳を破壊したのだ。周囲に砕かれたスタンドの体液が飛び散り、地面に吸い込まれていく。

 スタンドのダメージを受け、竜一が口から血を滴らせ、ガクッと膝を落とす。

 

「てめぇのスタンド・・・・・・。確かにスピードはかなりのものだが、俺と張り合うには若干パワー不足だったようだな。吐いてもらうぜ。女の居所をよぉ」

 

「ふざっけんなぁ!!」

 

 竜一は体を振るわせ、丞太郎を睨み付ける。それに呼応して竜一のスタンドが全身を鋭利な刃物と化し、丞太郎目掛け一直線に突っ込んでいく。タイミングはばっちり。丞太郎の腹部に直撃コースだ。もし相手が広瀬孝一だったなら、その超スピードに付いてこれず、スタンドごと彼を串刺しに出来たことだろう。

 竜一の唯一の誤算は、相手が丞太郎だったことだ。

 

「オラァッ!!」

 

「なぁ!?」

 

 丞太郎のスタンドが、その異常な動体視力で竜一のスタンドを止める。両の手で、鋭利な刃物と化したスタンドを受け止める。賊に言う真剣白刃取りという奴だ。

 

「捕まえたぜ。・・・・・・言っとくが、抵抗はしないほうがいいぜ。そうじゃなきゃ、お前は激しく後悔することになるぜ」

 

 その敗北宣言に、竜一は激怒し、激しく抵抗する。スタンドの形状を変化させ、うなぎの様に手の平から逃れようとする。

 

「ひゃはははっ! 馬鹿がっ! 誰がそんな戯言を聞くかよっ! 後悔だとぉ!? それをするのはお前だっ! この至近距離から、テメェを――」

 

 そういいかけて、竜一の地面に倒れこむ。

 突然後頭部に、鈍器で殴られたような衝撃を受けた為だ。

 

「――やれやれ。自分の事ってのは本当に見えにくいよな。もしくは自分の置かれている状況か・・・・・・。てめえの周囲を、ちゃんと確認してみな」

 

「な、・・・・・・に・・・・・・」

 

 竜一がフラフラとした足取りで何とか立ち上がる。

 そこには金属バットや角材を携えた男達が、竜一を取り囲んでいた。

 

「・・・・・・黒妻の舎弟達だぜ。こいつ等が、お前に気が付かれないように、物陰から忍び寄っていることに気が付かないとは・・・・・・。よほど頭に血が上っていたようだな」

 

「・・・・・・丞太郎さん。こいつ、やっちゃっていいんすよねぇ・・・・・・」

 

「俺ら舐めんなよコラ」

 

 男達がメンチを切り、竜一に迫る。

 

「こんな、こんなヤツラぁ・・・・・・。俺のスタンドで・・・・・・」そこまで言いかけて竜一は「あっ」と叫ぶ。

 

「おいおい忘れたのか? テメェのスタンドがどこにいるのか(・・・・・・)。その状況で、テメエはどうやって(・・・・・・)こいつ等の攻撃から身を守んだ?」

 

 竜一のスタンドは丞太郎のスタンドの手のひらで、いまだもがいている。つまり、今はまったくの無防備状態だ。

 

「歯ぁくいしばれやこらぁ!!」

 

「ひぃぃ!? ウギャアアアアア!!」

 

 男達がそれぞれの獲物で、竜一を殴りつける。頭部を殴り、腹をけり、急所を潰す。完全なリンチ状態だ。

 やがて、丞太郎の手の平でもがいていたスタンドが姿を歪ませ、完全に消滅する。

 

「・・・・・・・・・」

 

 竜一は男達にフクロにされ、ピクリとも動かない。

 髪は乱れ、白目を向き、口から血を流し・・・・・・・。完全に意識を失っている状態だった。

 

「――やれやれ。この状態でこいつから女の居所を聞き出すのは、ちと骨が折れそうだな」

 

 丞太郎は学帽を被りなおし、孝一達に視線を合わす。

 敵を倒したことで安堵した孝一と玉緒が、丞太郎の方へと向ってくるのが見える。

 

「・・・・・・・・・しかしこの短期間で、こうも複数のスタンド使いとめぐり合うとは・・・・・・」

 

 その現状に、丞太郎は奇妙な何かを感じずにはいられなかった。

 

 

 

 



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 敵陣へ

「・・・・・・おい。起きたようだなぁ」

 

 スキルアウト達にリンチにされた真壁竜一が目を覚ますと、そこは見知らぬ一室だった。

 両手はロープで縛られ、地面に寝転ばされ、その周りを、囲むように男達が竜一を威嚇している。

 周囲を見る。

 ブラインドは閉じられ、室内は電気もついていないので薄暗い。外部から漏れる薄明かりで、かろうじて室内の概観が把握できる。

 

「・・・・・・・・・あ・・・・・・がッ・・・・・・」

 

 痛みで再び意識を失いかける竜一を、男達の1人が、しゃがみこみ、耳たぶに装着しているピアスに触れ、引っ張る。

 

「・・・・・・眠るなよ。お()ぇには、聞きたい事があんだからよぉ・・・・・・」

 

 そのままピアスを強引にひっぱり、引きちぎる。

 

「ギッ!? うぎゃ――」絶叫をあげようとする竜一の口を塞ぐ。そして、今度は鼻に装着されているピアスに手をかける。

 

「女の居場所は、どこだ? 言わねぇと、その趣味の悪りぃピアス、全部引っこ抜くぞコラァ!」

 

(お、おかしいっ!? スタンドが! 出せねぇっ!?)

 

 竜一は動揺した。この程度の人数、たとえ拘束されていようと、スタンド能力を持つ竜一なら簡単に倒す事が出来る。だが、いくら待っても、スタンドが現れない。

 変わりに分かるのは、自分に新たな能力が備わっている事だけだ。――発火能力(パイロキネシス)・レベル1――

 

(な、なんじゃこりゃあ!?)

 

 訳が分からなかった。自分の中にあったはずの能力が、ごっそり失われている現状が理解できない。そして目の前には、敵意むき出しの男達。竜一に、はじめて恐怖の表情が浮かぶ。

 

「おい。無視してんじゃあねえぜ」

 

「んごぉおおおおお!?」

 

 竜一がシカトしていると判断した男は、そのまま躊躇いも無く、鼻のピアスを引きちぎった。

 

 

 竜一が尋問されている部屋とは別の一室。

 

「・・・・・・・・・」

 

 ブラインドを指で広げ、丞太郎は周囲の状況を確かめる。

 とりあえずは、自分達を追うアンチスキルの様子は確認できない。

 いつもと同じ街の光景に感じられる。

 

 ここは第七学区の廃ビル。ビッグスパイダーの根城である。

 日々他のチームとのケンカの絶えない彼等は、騒ぎを聞きつけたアンチスキルやジャッジメントの追撃を避けるために、こういった拠点を他にいくつも持っている。

 いわば彼等にとってのセーフハウスのようなものであった。

 

「――おー。このスタンドはなかなか使い勝手が良さそうっすね。射程距離は長いし、小回りも利く。複数を相手にするにはもってこいの能力っす」

 

 玉緒が真壁竜一から交換したスタンドを発現させ、使い加減を確かめている。銀色に輝く液体金属が縦に長く延びたり、鉄板の様に平らに伸びたりと、形状を様々なものに変化させている。

 

「・・・・・・おっかねぇ能力だな。他人と能力を交換しちまえる能力なんてよぉ・・・・・・。つくづく、あんたが敵じゃなくて良かったって思えるぜ」

 

 ブラインドを閉じた丞太郎は、玉緒の方へと視線を向け、その場に腰を落とした。

 壁に寄りかかりながら、ライターにタバコで火をつけ、そのまま虚空に向けタバコをふかす。

 

「これから、どうするんです? 助けてもらって感謝はしています。でも、クラスメイトをあんな(・・・)目にあわせるなんて・・・・・・」

 

 ブスッとした表情の孝一が、棘のある声色で丞太郎を見る。

 

「・・・・・・あの場じゃ、あれが適切な処置(・・)だと思ったのさ。他に方法も思い浮かばなかったしな」丞太郎は孝一の視線を平然と受け止めている。

 

「でもっ」

 

「まあまあ、こーいち君。過ぎたことを悔やんでもしょうがないっす。ここで今言い争っていてもどうしようもないですし・・・・・・」

 

 不粋な表情の孝一を玉緒がなだめる。彼がこのように不快な表情をしているのには訳があった。

 

 ――真壁竜一を倒した後。

 

「・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・」

 

 孝一を追いかけ、校門前に追いついたクラスメイト達が襲い掛かってきた。

 手にはハサミやらモップなどを装備し、一直線に飛び掛る。それを――

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラッ!!!」

 

 丞太郎のスタンドが全て叩きのめした。

 もちろん、威力を落とし、気絶する程度に加減してだが・・・・・・。

 だがそれでも、クラスメイト達が無残に殴られていく様は、孝一には耐えがたく、思わず目をそらしてしまった。

 

「――丞太郎さん。こいつらどうします?」

 

 その場に倒れ、気絶しているクラスメイト達を、ビッグスパイダーの男達が見下ろしている。

 

「目が覚めて、また暴れられるとやっかいだ。とりあえず縛っておきな」

 

 丞太郎の指示に即座に反応した男達は、ロープを片手にクラスメイト達を拘束する。

 だがそこで、思わぬ事態に遭遇する。

 事情を知らない学校関係者や生徒達が、こぞってアンチスキルに通報したのだ。

「スキルアウトの連中が柵川中学を襲撃している」と。

 このままここに留まっていては、アンチスキルの包囲網から抜け出せなくなる。

 それを察知した丞太郎達は逃走。

 現在に至る――

 

 

「――こーいち君。丞太郎さん達の事情は、さっき話した通りっす。自分も、こーいち君も、丞太郎さんも、理由は違えど、双葉を止めたいっていう思いは同じはずっす。なら、ここは協力したほうがいいと思うっす」

 

 玉緒は「ねっ?」と孝一をなだめる。

 

「そう・・・・・・だけど・・・・・・」

 

 こういうのは理屈ではない、感情がどうしても優先してしまう。だけど二人の大人な対応の後では、まるで孝一が駄々をこねて不貞腐れているように見えてしまう。実際、孝一はそう感じていた。

 

「・・・・・・・・・」

 

 これ以上何かを言っても、自分が余計に子供に感じてしまうので、孝一はそのまま何もしゃべらなかった。

 

「――丞太郎さん。野朗の口が割れました。女の居所はなんと、俺らのホームグラウンド。『ストレンジ』です」

 

 

 

 

 ストレンジ。

 それは第10学区にある、ビッグスパイダー達が根城にしている地域の俗称である。

 その治安の悪さから、犯罪の温床とまで言われ、良識あるほかの学区の住人達は、めったなことでは立ち寄ろうとはしない。

 その荒廃とした街の、とある廃ビルに、双葉達はいた。

 

「・・・・・・あんた。あたしをどうするつもり? 何が目的なの?」

 

 後ろ手をしばられ、椅子に拘束された涙子が双葉をきっと睨む。

 

 双葉は、涙子の目の前に椅子を置き、腰掛ける。そしておもむろにその顔に手を伸ばす。

 

「え?」

 

「普通だ。何の魅力もない、ただの小娘。何の能力も無い、ただの役立たず。・・・・・・孝一君は、どうしてこんなのがお気に入りなんだ・・・・・・」

 

 涙子の頬を握る手の力が強くなる。涙子はしだいに圧力を感じ始める。

 

「ちょ、ちょっと!?」

 

「君とボクの違いは何なんだろう? 能力? 容姿? 出会い方? 分からない。全てにおいて、ボクの方が君より劣っている事なんてありえないのに」

 

 さらに、双葉は力を込める。はっきりとした激痛を涙子は覚え、

 

「や・・・・・・やめてっ!」

 

 涙子は顔を思いっきりふり、双葉の手を振りほどく。

 荒くなった息を整え、キッと睨み付ける。

 

「あんたは、間違ってる。あんたは、孝一君の何になりたいの? 友達? 恋人? でも、今のあんたじゃ、そのどれにもなれない。決してなれないっ」

 

「ほう・・・・・・?」

 

 その発言に、双葉の眉がピクリと動く。

 

「参考までに、ご高説賜ろうかな。それはなぜだい?」

 

「あんたは、相手との関係を、すべて有益か無益かで判断している。自分の役に立てば有益、そうじゃなければガラクタ同然。・・・・・・でも、そうじゃないでしょう? 友達も、恋人も、そんな物差しで計りきれるものじゃないでしょう? 気が合うから・・・・・・。お互いが気持ちよく、対等に付き合えるから、一緒にいたいって思えるんじゃない。そこに有益か無益かなんて、関係ないわっ!」

 

「それは弱者同士の理論だよ。群れることで、心の隙間を埋めたい、ただの弱者のね・・・・・・。有益な人間は有益な人間とだけ付き合えばいい」双葉は涙子の顔をじっと見て、話題を変える。「・・・・・・君はボク達のスタンドと呼ばれる能力についてどう考えている?」

 

「なに? なにを・・・・・・」

 

 唐突にスタンドについて話し始める双葉。何でそんなことを話し始めるのか、涙子は分からなかった。

 

「このスタンドと呼ばれる能力。これは学園都市だけじゃない。世界中で確認されている現象だ。今は少数の報告だけだが、いずれ世界中がこの能力について認めざるを得なくなるだろう。ボクはこれを進化だと考えている」

 

「進化?」

 

「そうだ。かつて類人猿が道具を手に取り、言葉を発し始め、急速に進化を促されたように。このスタンドと呼ばれる能力は、その一端を担う事になるとボクは踏んでいる。つまり人類が新たな段階へと進むための、前触れということさ」

 

「そんな・・・・・・。そんなこと・・・・・・」

 

 ありえないとは、涙子はいえなかった。思い返せば、これまで関わった事件の大半が、スタンド絡みのものであったからだ。この数ヶ月で、それは異様ともいえた。

 

「今は少数だが、いずれボク達の方が、逆転する時が来るだろう。その時、旧人類(・・・)である君たちは、どんな顔をするのかな? そして、この学園都市の存在意義はどうなるんだろうね?」

 

 双葉は「だからね」といって椅子から立ちあがる。

 

「君たちはもう不要だ。クズはクズ同士仲良くしたらいい。だけど、孝一君は渡せない。彼はボクといるべきなんだ。・・・・・・それを横恋慕しようとする君には、罰を与えないとね」

 

「な、なんて自分勝手なっ! そんな訳の分からない理由で!」

 

「最初は、君を廃人にする事を考えたよ。全ての記憶を奪い。そのまま朽ちさせる。でも、それじゃ全然罰にならない事に気が付いた。だってそうだろ? 君自身は思考する事が出来なくなるんだから、ある意味気楽さ。全然罰にならないってね。だから考えたよ。君がもっとも苦しむ方法を・・・・・・」

 

 双葉がニッコリと笑う。

 

「だから、君が関わった人間すべての記憶から、君を抹消することにした」

 

「なっ!?」

 

「やり方は簡単さ。僕の能力で、君のクラスメイト達の記憶を奪ったように、周りの人間の記憶を消す。その上で残りの人生を、誰にも認識されないまま、孤独に生きさせてやる。・・・・・・ボクは細かい作業が好きなんだ。一人ひとり、念入りに調べ上げ、確実に記憶を消していく」

 

 双葉は涙子に背を向けるとドアのほうへと歩み寄る。

 

「君がこの部屋から出るとき、その時は全てが終わった後だ。孤独に、二ノ宮双葉に逆らったことを生涯後悔しながら生きるがいい」

 

 バタンと、ドアは閉められた。残された涙子はしばし呆然としながらも、すぐに正気を取り戻し、必死に高速から逃れようともがく。

 

「ふざっけんなぁ! あたしの人生は、あたし自身のものだ! 他の誰かに、良いようにされるなんて、そんなの絶対にさせるもんかっ」

 

 涙子の瞳には絶望の色はなかった。

 曲がりはするが、決して折れない精神力。

 これまで、色んな出来事に遭遇してきた彼女は、最後まで諦めない強い意志こそ、未来を切り開くことだと本能的に感じ取っていた。

 

 

 

「――俺はこれから、敵陣へと乗り込む。お前等がどうするか。そいつは自分自身で決めな」

 

 出発の前に丞太郎は、ビッグスパイダーのメンバーを集めそう切り出した。

 丞太郎らしい短く簡素な説明だったが、その場を去るメンバーは誰もいなかった。

 皆、強い決意に満ちた表情で前を向いている。

 

「・・・・・・いいんだな? 敵は俺と同じスタンド能力を持っている以上、人死にが出るかもしれん。間違っても、お前等が束になっても敵う相手じゃねぇ。それでも構わないんだな?」

 

 その丞太郎の問いに、彼等は笑みを浮かべ答える。

 

「もちろんっす。理屈じゃあねえんですよ。黒妻さんが・・・・・・。俺らの仲間がやられた。何の落ち度も無いあの人を、一方的に・・・・・・。これで引き下がったんじゃ男じゃないでしょう?」

 

「・・・・・・黒妻さんは、クズ同然でその日を生きてきた俺らにも普通に接してくれた。俺らに居場所をくれた。・・・・・・弔い合戦、させてくださいよ・・・・・・」

 

 男達の各々の言葉を丞太郎は黙って聞き、

 

「――愚問。だったな。もう俺から話す事は何もねぇ。女をぶちのめして、全員、生きて帰るぜ」

 

 その言葉を待っていたかのように、男達が「おおおおおおお!!!」と一斉に雄たけびを上げ、廃ビルに響きわたる。

 

 丞太郎が歩く。廃ビルの出口まで、決意の表情を浮かべ。

 それに男達が無言で続く。

 

「・・・・・・・・・」

 

 出口の前に、孝一と玉緒の姿がある。

 

「――妹の不始末は、姉である自分がつけるっす」そういって丞太郎の後に続く。

 

「――双葉を倒す。そして、佐天さんを救い出す」孝一も一団に加わる。

 

「・・・・・・惚れた女の為か。いいじゃねぇか。嫌いじゃないぜ、そういうの」

 

「ち、ちがうっ。そういうんじゃあなくて・・・・・・」

 

「こーいちくん、ひゅーひゅーっすよぉ」

 

 丞太郎の冷やかしに、孝一が赤面しながら否定し、玉緒がそれを茶化した。

 そんな他愛も無いやり取りも、じきに出来なくなるだろう。

 激戦の予感がしたからだ。

 

「ま、なんにせよ、惚れた女なら、二度と離すな。強引にでも、自分のものにしちまいな。後悔したくないんならな」

 

 丞太郎のアドバイスに、孝一は「はい」と素直に頷いた。その言葉にはさっきまでの茶化しはなく、真摯さが含まれていると感じたからだ。

 

(そろそろ自分の心に正直に向き合わないといけないな。)孝一は丞太郎とのやり取りのさなか、そう思った。

 

 廃ビルを出ると、薄暗い室内から一転、青空が広がっていた。

 だが、そこに開放感はない。爽快感も生まれない。

 それを感じるのは、双葉を倒した後でだけだ。

 

「行くぜ」

 

 丞太郎を筆頭に、男達が歩く。それぞれの思いを胸に。

 それは病室の友人のため、愚かな妹のため、さらわれた友人のため。

 思惑が異なる彼等が一丸となり、一つの場所を目指す。

 目指すは第10学区。

 彼等のホームグラウンドだ。

 

 

 

 

 

 

 



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 戦闘開始

廃墟。散乱するゴミ。破壊された車。そして至る所に施されている落書きの後。

 第10学区の一区画、通称ストレンジに、孝一達はやってきた。

 この荒廃した街を見た玉緒の第一声は「まるで世紀末なんちゃらの世界っすね」だった。

 その意見に孝一も賛成だったが、あえて何も言わなかった。玉緒の発言で、男達の眉がピクリと釣りあがったのを見逃さなかったからだ。

 そんな彼等は、現在、物陰に身を潜め、辺りの様子を伺っている。

 街の様子が、明らかにおかしかったからだ。

 

「・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・」

 

 荒廃した街を、目的も定まらない男達が、まるでゾンビのごとく徘徊しているのだ。

 彼等は全て、この第10学区の住人達だ。

 彼等は手にそれぞれ角材や金属バットなどを持ち、意識の無い表情で、ゆっくりと街中を歩き回っている。

 

「・・・・・・こりゃあ、いったいどういうこった?」

 

 様子を伺っていた男の1人が、思わずそう洩らすほど、異様な状況だ。

 だが、孝一達には心当たりがあった。こんな事が出来るヤツは、あいつしかいない。

 

「・・・・・・双葉」隣で玉緒がポツリと洩らす。

 

 そうだ。これは双葉のスタンド能力だ。記憶を奪い、まるでロボットの様に、相手を従わせているのだ。

 

「――なるほどな」

 

 周囲の状況を観察していた丞太郎が孝一達に向き直る。

 

「どうやら双葉って野朗は、相当用意周到な奴らしいな。俺らの行動は相手に読まれていたらしい。俺とした事が、迂闊だったぜ」

 

「どういうことです? 一体どうやって双葉は、僕達がここに来ていることを知ったっていうんですか?」

 

 孝一のその問いに丞太郎が「真壁竜一だ」と、忌々しそうに答えた。

 

「定時連絡だ。一定の時間になると相手に携帯で連絡しあい、安否の確認を行う。それをヤツラは実践していたんだろうぜ。だが、真壁竜一は今頃夢の中だ。連絡なんて出来るはずもねぇ。そこでばれちまったのさ」

 

「双葉は当然、真壁の口からこの場所が特定されるのを予測したんでしょうね。そして、猟犬を放った」

 

 玉緒が双葉の奴隷と化し、周囲をうろつく男達を見る。

 

「つまり奴はやる気満々。来るなら来いと、挑発してるんだろうぜ」

 

 丞太郎は「おい、お前等」と男達を数名呼び、指示を出す。

 

「ヤツラを精一杯挑発しな。そして所定の場所までおびき寄せるんだ。適当に数が増えたら、その後は逃げていい。合流地点で落ち合うぜ」

 

 合流地点。双葉が本拠地にしている廃ビルだ。男達はコクリと頷くと、早速行動を開始する。

 意思のない表情で周囲を徘徊する男達の前へ躍り出て、挑発行為を行う。

 

「おい、ウスノロ! デクノボウ! 俺らを見な!」

 

 持っている角材で地面を鳴らし、仲間をおびき寄せる。それを見た彼等は、とたんに表情を一変させ、男達を取り囲もうとする。

 

「捕まるかよぉ! こっちだ! こっちまで来やがれ!」

 

 そのまま、狭い裏路地へと男達は逃げ込む。それに吊られ、彼等も後に続く。

 

「・・・・・・・・・」

 

 後には、何事も無かったかのように、無人の廃墟が立ち並ぶのみである。

 

「――双葉は、恐らく男達を簡単に操るために、殆んどの記憶を奪い、ゾンビの様にしているっす。その上で、単純な命令を与えているッス。すなわち、『異物を排除しろ』『異変があればすぐに知らせろ』。・・・・・・たぶん、そんな命令だと思うっす」

 

 玉緒が無人となった道路に身を晒す。誰も来ない。あのゾンビのような男達は、うまく誘導されていったようだ。丞太郎と、孝一。そして残ったビッグスパイダーのメンバー達も玉緒に続く。

 

「これで僕たちがここに来た事が、双葉に分かってしまいましたね」

 

 孝一が遠い目で目的地のある辺りを見る。

 双葉。お前にもう、情けをかけたりはしない。お前は、必ず、僕がぶちのめす。

 戦うことは苦手だが、それでも時には手を下さなければならない時もある。

 孝一は意識を切り替え、凶暴な自分を呼び覚ます。

 いまが、その時だと、孝一は感じた。

 

「・・・・・・望む所だ。これは俺等流の宣戦布告だ」丞太郎は人差し指で、双葉のいる建物を指し示す。「――やっつけてやるぜ。首を洗って待ってな」

 

 

 

 第10学区の中心部にある、とある廃ビル。

 真壁竜一がいっていた奴らの合流地点。

 その場所に、孝一達はいた。

 物陰に身を隠し、ビルを見る。

 

「・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・」

 

 

 ビルの敷地内には、先程と同程度の奴隷状態となっている男達がいる。その数、約100人以上。

 皆、手にそれぞれの獲物を持ち、臨戦態勢だ。おそらく今身を晒せば、たちまち男達と交戦状態に突入してしまうだろう。

 

「もう、物陰から身を隠す必要ねぇな。こうなったらよぉ・・・・・・」

 

 丞太郎は孝一達に目配せをする。その場にいる全ての人間が、コクリと頷く。

 

「こういう時は、正面突破あるのみっすね。敵陣まで、一直線ッス」

 

 玉緒がバシッと両手を叩く。彼女なりに気合を入れているのだ。

 

「邪魔する人には悪いけど、容赦しない」

 

 気持ちを切り替えた孝一も、眼光を光らせ、丞太郎の号令を待つ。後ろにいるビッグスパイダー達も同様だ。

 そしてついにその時が来た。

 

「――行くぜ」

 

 丞太郎の短いながらも力強い一言に、孝一達は一斉に敷地内に飛び込んでいった。

 

「オラオラオラオラオラオラ!!」

 

 最初に切り込んだのは丞太郎だ。

 彼のスタンドが雄たけびをあげ、拳を一振りするごとに、ニ、三人の敵が吹き飛ばされていく。

 

「エコーズ!」

 

 孝一も容赦しない。無用心に近付く男達に、act2のシッポ文字を踏ませ、その衝撃で大量に吹き飛ばしていく。残った男達はact3の連続攻撃で、全て気絶させた。

 

「やるじゃねぇか」

 

「丞太郎さんこそっ」

 

 孝一と丞太郎は互いの健闘を称え合い、男達を次々となぎ倒していく。

 

「うおおおおお!!」

 

 その孝一達がとり溢した敵を、ビックスパイダーの男達が、それぞれの獲物を手に襲いかかる。

 圧倒的有利な数を誇っていた敵陣は、たった数人の男達によって、次第にその戦力を低下させていった。

 

 一方の玉緒も負けてはいない。ボール状に変化させたスタンドを周囲の遮蔽物にバウンドさせ、敵の顔面や胴体に次々にヒットさせていく。

 玉緒は、スタンドだけに頼っていない。

 前方に切りかかってくる敵がいれば、瞬時に懐に入り相手を背負い投げ、背後から遅い来る敵には、回し蹴りを顔面に食らわせる。

 

「ぐはっ!」

 

 男達がうめき声を挙げ、次々と倒れていく。その先には、先程まで男達が立ち塞がっていた、入り口のドアが見える。玉緒はこれを好機と捉え、そのまま入り口まで突き進む。

 

「一番乗りっす――」

 

 一歩、入り口に足を踏み入れようとした瞬間。激しい違和感に襲われ、玉緒が急停止する。

 その瞬間。

 入り口にあるドアやコンクリートの一部が吹き飛び、玉緒に襲い掛かる。

 

「っ!」

 

 一瞬の判断で、玉緒はそれを回避する。

 

「――ふぅん。結構すばやいんだあ。あんた」

 

「ほほほほ」という少女の笑い声が入り口から聞こえる。それと同時に、地面が盛り上がり、ロッカーやベニヤ板、テーブル、木材などが一箇所に集まり、一つの大きな巨人を形作る。

 その高さおよそ10m。そいつが不気味なうめき声を挙げ、玉緒達を見下ろしている。

 

「――なっ」

 

「なんじゃあ! ありゃあ!?」

 

 その信じられない現象に、ビッグスパイダー達が挙って、驚きの声をあげる。

 

「広瀬孝一ぃ!」

 

 その巨人の肩に、ゴスロリ服を着た少女がちょこんと乗っかり、孝一に敵意のこもった声をかける。

 

「よくもエリカの大事なお人形を、ぶち壊してくれたわねぇ! 」

 

「これはまた・・・・・・。えらい女の子とお知り合いのようっすね・・・・・・」

 

 玉緒が冷や汗を描きながら、ビル二階分に相当する高さの巨人を見上げる。

 

「あんた達の、邪魔をしてやるっ!!」

 

 巨人が轟音を立て、孝一のいるほうへ蹴りを放つ。

 

「ぐっ!?」

 

「やべえっ!!」

 

 土ぼこりと凄まじい風圧のケリが、孝一と丞太郎を襲う。

 

星の白銀(スター・プラチナ)!」

 

 丞太郎がスタンドを出現させ、地面を蹴り上げる。孝一の首根っこを引っつかみ、真横に飛ぶ。

 瞬間、ものすごい突風が生まれ、先程まで丞太郎達のいた所を強襲する。

 

「がああ!?」

 

「ぐはぁ!?」

 

 自分たちの味方であるはずの男達がその風圧によって、次々と吹き飛ばされていく。上空に飛ばされ、血反吐を吐きながら、地面に激突する。

 

「あいつ、自分の味方をっ」

 

「見境無しだな。あいつにとっちゃ、手前(てめぇ)だけが世界の中心。他人のこと何ざ、どうでもいいって事か」

 

 ヨロヨロとした足取りで、孝一達は起き上がり、体制を整える。しかしこの巨体をほこる相手から、そういつまでも逃げ切れられるとは思えなかった。

 

「――こーいち君。丞太郎さん。行って下さいっす。あいつは自分が引き受けるっす」

 

 玉緒が孝一達のほうへと合流し、先に行くよう促す。

 

「正気か? あれを1人でどうにかするってのか?」

 

 孝一が驚きの表情を向ける。

 

「こーいち君。さっき言ってたじゃないですか。双葉をぶちのめすって。あんなザコ(・・)に構ってる余裕、無いんじゃないっすか?」

 

 玉緒が流し目でエリカを見る。余裕綽々といった感じで、玉緒達を見下ろしている。

 

「正面突破は無理っす。だから、()から行ってください。自分が援護しますんで」

 

「・・・・・・・・・」

 

 孝一は「ぐっ」と唸り真正面を向く。入り口は完全にエリカが立ち塞がり、通ることは出来ない。となると残された通り道は、上空のみだ。

 上を見上げる。ビルの屋上にはフェンスと、丸い給水塔らしきものが見える。

 しかし高さは数十メートル。目の前の巨人より遥かに高い。

 あそこを昇る。孝一はゴクリと唾を飲み込んだ。

 

「――やるぜ。ぐずぐずしてたら、あの巨人の餌食だ。誰か1人でも双葉の元にたどり着き、ぶちのめす。そういう段取りのはずだろ?」

 

 丞太郎が玉緒の提案にのり、孝一を見る。その目は「どうするんだ?」と語っている。

 孝一はしばらくの間沈黙し、決意する。

 

「・・・・・・分かった。君を信じる。だから、まかせた(・・・・)。必ず、追って来いよ」

 

「了解っす」

 

 その言葉を聞き、玉緒はさっそくスタンドを出現させる。

 銀色に光り輝くスタンドはその形状を再びボール状に変形させ、上空に大きくバウンドさせる。

 

「なっ!? これは、真壁のスタンド!? なんであんたがっ!?」

 

 今までビル内に留まっていたエリカは、玉緒が竜一のスタンドを使えることを知らない。

 バウンドし、球状のスタンドに乗る孝一達より、驚きの方が優先し、反応が遅れる。

 

「今っす! 乗ってください!」

 

「っ!」

 

 その言葉に瞬時に反応し、丞太郎はスタンドで思い切り地面を蹴り上げる。孝一の襟首を掴み、数10mの高みへ。エリカの巨人と同じくらいの高さに、丞太郎は飛んだ。

 

「あ?」

 

 きょとんとしたエリカの目線と丞太郎の目線が重なる、だがそれは一瞬だ。

 丞太郎の足元に、玉緒がバウンドさせた球状のスタンドが見える。

 つまり、これを足場代わりにしろと言っているのだ。

 丞太郎は、玉緒の意図を汲み取り、スタープラチナでスタンドを思い切り蹴り上げた。

 

「オラァ!」

 

 あまりの衝撃に、球状だった玉緒のスタンドが大きくUの字にひしゃげる。

 だがその甲斐はあった。

 蹴り上げた力で、丞太郎達は遥か上空まで飛び上がる。

 

「――しっかりつかまってな」

 

「は、はいっ」

 

 丞太郎の腰にしがみついた孝一は、突き上げる衝撃に必死に耐える。

 屋上まであと数m。地上から見たときは小さかったフェンスが少しづつ原寸大へと戻り、ついに眼前に捕らえる。距離にして2メートル弱。手を伸ばせばすぐ届く所に、孝一達はいた。

 

 スタープラチナがフェンスに無理やり手をかけ、強引に体を手繰り寄せる。そしてそのままよじ登り、ついに屋上に孝一達は到着した。

 

「終点だぜ」

 

「はぁ。はぁ。はぁ」

 

 丞太郎から離れ、地面に腰を下ろし孝一は息を整える。

 

 その時、

 

「――え?」

 

 と思わず間抜けな声をあげてしまう。孝一達が登ってきた屋上。その給水塔に何者かが佇み、視線を送っているのを発見したからだ。

 

「君は――? エル?」

 

 そこには、冷酷な表情を浮かべ、孝一達を見下ろすエルがいた。

 

「――侵入者を確認。これより排除します」

 

 同時に大量の黒ねずみ達が、孝一達に襲い掛かってきた。

 

 

 

 

「――あんた一体、何者なの? どーして真壁のスタンドを使える訳?」

 

 孝一達を逃したエリカが1人残った玉緒を見下ろしている。

 その表情は怒りよりも、驚きの方が強かった。

 

「さあ? 何ででしょうかね?」

 

 相手の質問に答える義理はない。玉緒は思いっきりシラを切り通した。

 

「・・・・・・まあ、いいわ。それよりもあんた、さっき、聞き捨てならないことを言わなかった? エリカの事をザコだとか何とか?」

 

「それっすか。言葉通りの意味っすよ。あんたは、こーいち君が戦うまでも無い。自分一人で十分って意味っすよ」

 

「はぁ!? 意味わかんねぇし! この体格差で、どーやったらエリカに勝てんの?」

 

 エリカを乗せたスタンドが、ズシリと重い足取りで玉緒のほうへと向う。

 だが玉緒は動じない。エリカに視線を定め、いつでも飛びかかれるよう、身構える。

 それがエリカには我慢が出来ない。

 なぜ脅えないのか。この戦力差では勝つのは自分のほうじゃないか。

 

「やせ我慢! やせ我慢! やせ我慢っ! 本当は怖いくせにっ! 泣き叫んで許しを請いたいくせにっ! でも、許してあーげないっ! そのかわいい顔を血反吐に沈めてやるっ!」

 

「・・・・・・わかんない人ッすね。あんたじゃ、役不足だっていってんすよ」

 

 玉緒がスタンドを発現させる。手を形作り、中指を立てさせ、エリカを挑発する。

 

「御託はもういいから、かかって来るっすよ。これからまだ、馬鹿な妹をぶん殴りに行くっていう大仕事が待ってるんですから」

 

 それを見たエリカの額に、青筋が浮かび上がる。

 

「コロス! あんたなんか、一捻りでブッコロス!」

 

 巨人が吼え、強烈な蹴りを、玉緒に向けてお見舞いする。

 すさまじい砂埃と衝撃が、玉緒に向って一直線に伸びていく。玉緒は瞬時に真横に避けそれをかわす。砂埃と衝撃は、スタンドの形状を真四角の盾に変化させ、防御する事でほぼ無効化した。

 

「こ、こいつ~!!」

 

「見え見えっすよ。そんなモーションの大きい振りじゃ、避けてくれと言っているようなものっす」

 

 そして玉緒はスタンドの形を巨大な拳――玉緒とほぼ同じ大きさ――に変化させ、

 

「さあ、始めましょうか」

 

 エリカを指差して、高らかに戦闘開始の宣言をした。

 

 

 



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 二つの戦い

 晴天の雲ひとつ無い空に、明らかに不釣合いな大量の黒いネズミ。その大群がまるで決壊したダムの様に、孝一達に向ってくる。上空から。地面から。我を先にと土石流のごとく襲い掛かる。

 

「――え?」

 

 不意に、孝一の胴体が不意に持ち上がる。何事かと背後を見た孝一が目にしたのは、丞太郎のスタンドの腕だった。あの丸太のような豪腕が、孝一の服を無理やり掴み宙に浮かせている。

 

「――フンッ・・・・・・」

 

 そして一息短い呼吸を吐くと、孝一を思い切り投げ飛ばした。

 

「うわっ!?」

 

 一体何が? 何で? と思う間もない出来事で、孝一は受身がまったく取れないまま、遥か前方に飛ばされる。コンクリートの地面が背中にもろにぶつかり、何度も横転しながら、やがて壁にぶつかり止る。

 

「・・・・・・うぐっ!」

 

 ヨロヨロと体勢を持ち直し、立ち上がった孝一が見たものは、黒い大群に果敢に挑む丞太郎の姿だった。

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラッ!!」

 

 雄たけびをあげているのは丞太郎なのか、それともスタンドなのかここからでは判別できない。

 分かっているのは、その音速を超えたような連打(ラッシュ)はネズミ達にも効果があるということだけだ。

 スタンドがその豪腕をふるう度に、ネズミ達は数十匹単位で撥ね飛ばされ、あるいは千切り飛ばされ、上空に舞い上がる。地面にはヒクヒクと痙攣し、血の様なものを撒き散らし散乱するネズミの山が築き上げられる。

 そのすさまじい連打(ラッシュ)一発一発が、まさに一撃必殺の攻撃。近付くものは誰だろうとぶちのめす。そんな意志のこもった攻撃だという事が、遠目から見ていても痛いくらいに良くわかった。

 

「――――」

 

 一瞬、丞太郎がこちらに視線を向ける。その瞳からは「――やれる奴が、やれる事をするんだ」と言っているように見えた。

 孝一の飛ばされた先、目の前には屋上を出入りする為のドアがある。

 

「――分かりました」

 

 丞太郎の思惑を理解した孝一は、そのまま扉を開け階段を駆け下りていく。後ろは振り向かない。今は双葉を倒すことだけを考えるようにした。足止め役を買って出てくれた丞太郎に報いるためにも、今はそれが一番だと判断したからだ。

 

 

「――――」

 

 丞太郎の地面に散乱するネズミ達は数を増してきている。その状況に不利なものを感じたのか、エルは一端攻撃を中止させ、生き残ったネズミ達を周囲に集結させる。

 

「アル」

 

 白ねずみのあるに命令し、スタンドをエルの影の中に戻す。それに伴い、地面に散乱していたネズミ達もその姿を消し始める。後には給水塔で佇むエルと、その肩に乗るアルだけとなる。

 

「・・・・・・哀れなものだな。自分の意志すら奪われ、戦わされるなんてよ。人間ってのは精神と肉体が合わさって、初めて生きているって言えるんだぜ。その一つを奪われちまったあんたは、そういう意味じゃ、死人と同じだ。主の命令に忠実な、ただの人形」

 

「・・・・・・・・・」

 

 エルの表情は変わらない。元より感情を奪われた彼女には、丞太郎の言葉に反論する権限も与えられていない。あるのはただ一つ。『侵入者を撃退せよ』。それが彼女に与えられた、ただ一つの心のよりどころなのだ。

 

「取り戻してやるぜ。双葉にきっちり落とし前をつけさせてからな。その為には悪いが・・・・・・倒させてもらうぜ」

 

 丞太郎がスタープラチナを出すのと、エルがアルに号令を出すのはほぼ同時だった。

 アルが甲高く雄たけびをあげる。

 

 

「!? こいつは・・・・・・」

 

 丞太郎の顔が驚愕のものとなる。エルの影から再び300匹近い黒ネズミ達が湧き出てきたからだ。

 給水塔近くを、まるで黒い染みの様に侵食し始めるネズミ達は、再び丞太郎に向かい、襲い掛かって来る。

 

「おいおい。ひょっとしたら、無限に呼び寄せられるってのか・・・・・・。こいつはかなりヘビーだな」

 

 丞太郎が思わず軽口を叩きたくなるほど、状況は切迫していた。

 あれほど叩きのめしたネズミ達が、もし無限に復活出来るとしたら。たとえ音速を超えるほどのスタープラチナの攻撃といえど、いずれ数で押し切られる。

 今は無傷で済んでいるが、撃ちもらしの可能性がある以上、ダメージはいずれ追ってしまうだろう。

 相手はただ待てばいい。丞太郎が弱るその時まで、延々と同じ攻撃を続けるだけでいいのだ。

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラッ!!」

 

 先程と同じ状況の再現。スタープラチナの攻撃に触れたネズミ達は、次々と上空を舞う。だが、今回は状況は少し異なる。

 

「――成程。考えたな」

 

 一瞬。冷や汗が流れる。

 ネズミ達は今度は、上下左右、あらゆる所から丞太郎に対し攻撃を仕掛けてきているのだ。

 羽を生やし、上空から。羽は使わず地面から。丞太郎の正面。背後。右側、左側。その全の死角から、丞太郎を覆うように展開している。

 

 いくらスタープラチナのスピードと破壊力がすごいといえども、スタンドの数は一体。凶暴な攻撃性を誇る群体型スタンドの前では、圧倒的に不利だった。

 案の定。連打(ラッシュ)の隙間をかいくぐって、ネズミ達が丞太郎の肩の肉や、太ももの組織などを、その鋭いくちばしで抉り取っていく。一瞬の鋭い痛み。それに反応し、すぐさま該当箇所を攻撃するネズミを叩き潰した。

 多い。あまりにも、数が多すぎる。倒しても倒しても攻撃を止めないスタンドに対し、ついにスタープラチナの動きも鈍くなる。

 その好機をネズミ達が逃すはずも無く、やがて完全にネズミ達に覆われていく。

 

「・・・・・・・・・」

 

 丞太郎の体をすっぽりと覆いつくすネズミ達。その黒く蠢く物体を遠目で見ながら、エルは給水塔から降りていく。全てが終わった後、下の階層へと降りた孝一を追撃するためだ。

 

「!!」

 

 ふいに、丞太郎を覆いその全身を貪っていた黒ねずみ達を押しのけ、スタープラチナがエルに向い何かを投げつける。

 それは、コンクリートだ。ネズミ達の攻撃の際に破損させた、直径5cm程度のコンクリート片。

 それが一直線に、給水塔から降りたばかりのエルを狙う。

 

 それを察知したアルが、黒ねずみ達を呼び戻す。丞太郎を攻撃していた黒だかりは攻撃を中断し、一斉にコンクリート片へと追いつく。

 追いついたネズミ数体がコンクリートにワザとぶつかり犠牲となり、威力を削く。そのカケラにネズミ達は食らい付く。

 一瞬にして、丞太郎の投げたコンクリート片はこの世から消滅した。

 

「・・・・・・・・・」

 

 ネズミ達の攻撃から介抱された丞太郎は、酷い有様だった。髪の毛は乱れ、全身に酷い噛み傷の跡がつき、学ランを鮮血で汚している。

 

「――成程な。分かったぜ。お嬢ちゃんのスタンドの弱点が」

 

 ボタボタと鮮血を地面に垂らしながら、丞太郎はスタープラチナでコンクリートをぶち抜き、新たにコンクリート片を手に取る。

 その表情は敗北感や絶望の色など、まったく感じていない。それどころか勝利すら感じているような、不適な笑みを浮かべている。

 

こいつ(・・・)で、決着をつけようぜ」

 

 スタープラチナが全身の筋肉を込め、コンクリートを握る。

 

「無駄なことを」

 

 エルが黒ねずみ達を前方に展開し、攻撃に備える。

 

「いくぜ、嬢ちゃん。負けても恨むんじゃあねえぞ」

 

 スタープラチナは大きく振りかぶり、全身の全ての力を注ぎこみ、コンクリート片を投げつけた。

 音にならないうねりを上げ、コンクリートが音速の弾丸となり、エルに向う。

 その破壊力は、黒ねずみ数十匹を犠牲にしても防ぎきれないだろう。

 

 

「・・・・・・・・・」

 

 エルは表情を変えない。自分の勝利を確信しているからだ。いくら丞太郎の攻撃が凄まじくても、自分には300匹のネズミ達がいる。たとえ数十匹犠牲にしても、余りある位の仲間がいるのだ。

 エルは黒ねずみ達を突進させ、その威力を殺そうとする。

 その後は、もう決まりきったこと。コンクリートを食いつくし手薄になった丞太郎に攻撃を加え、仕留める。あの傷ではネズミ達の攻撃を防ぎきれないはずだ。

 頭の中で勝利の方程式が出来上がる。後はそれを実践するだけだ。

 コンクリート片がネズミ達に到着するまで、あと数m・・・・・・

 

「オラァ!!」

 

 その時丞太郎がもう一投、コンクリート片を投げる光景が見えた。

 その間にネズミ達が、最初の投石のコンクリートを餌食にする。

 

 

「無駄です。何投来ても、全てネズミ達の餌食です――」

 

 だがその一投はまったくの桁違いの方向へと投げられた。エル達の遥か上空、何も無い場所へ。

 いや、あった。

 その場所は、エルが最初にいた場所。給水塔のあった場所だ。

 とたんに嫌な音が上空から発生する。

 

 

「――っ!」

 

 エルは息を呑む。給水塔のタンクには大きく穴が開けられ、そこから大量の水がちょうど真下にいるエルの方へと降り注いで来たからだ。その水圧、およそ一t。直撃すればただではすまないだろう。

 

「さて、選択だ。どっちを避ける?」

 

 上に気をとられ、丞太郎から視線を外してしまった。視線を戻したエルが見たものは、スタープラチナが大きく振りかぶり、第三投をエルに向い投げている場面だった。

 再び、弾丸のような速球がエルに飛んでくる。

 上からは水。正面からはコンクリート。

 とてもネズミ達を使い回避する暇はなかった。

 

 

「アルッ! 部隊を二手にっ!」

 

 そう指示を飛ばすだけで精一杯だった。

 ネズミ達の大半は上空から降り注ぐ水に、残りのネズミは真正面のコンクリートに対処する為に飛んでいく。

 上空に飛び立ったネズミ達は降り注ぐ水流からエルを守るために、それぞれが集まり逆vの字型の形状を取る。

 ネズミ達に触れた水流が二手に別れ拡散し、エルのいる箇所だけを避け地面に降り注ぐ。

 ――直撃は免れた。

 そうほっとしたのもつかの間、いつの間にか丞太郎が目前まで迫っていた。

 

「っ!?」

 

「オラァッ!」

 

 エルには何が起きたのかわからなかった。

 スタープラチナの手が瞬間的に動いたかと思ったら、いつの間にか肩に乗っていたアルがいなくなっていた。そしてそのアルはスタープラチナの手の中。有り得ないほどの早業だった。

 

「やはりガードしたな。本体を守るためにはガードせざるを得なかったな。いくらスタンドが強力だろうと、本体が死んじまったら元も子もないからなぁ」

 

 手の中でもがくアルを、スタープラチナはぎゅっと強く握りしめる。とたんにエル自身にもその圧迫された痛みがやってきて、地面に倒れこむ。

 

「最初から、これをねらって――」

 

「注意深く嬢ちゃんの戦いぶりを見てれば分かる。この白ネズミだけ、何故か(・・・)戦闘に参加していないという事がなぁ。じゃあ、なんで参加しないのかと言うと・・・・・・」丞太郎はエルに当身を食らわせ、昏倒させる。

 

「この白ねずみが本来のスタンドで、後はおまけって事だ。300匹近くのネズ公をまとめ上げるリーダーってとこか? そのスピード、統率力は賞賛に値するぜ。・・・・・・まったく。不意を付かなけりゃ、やられてたのはこっちの方だったぜ」

 

 その瞬間エルのスタンド達が姿を消し、水流がエルに降り注ぐ。それをスタープラチナは即座に庇い、共に脱出する。

 エルを抱きかかえた丞太郎は、水流がコンクリートに降り注ぐサマをしばらく眺めて、

 

「――やれやれ。思いのほか骨の折れる仕事だったぜ。・・・・・・あの孝一の坊や、うまく辿り着けたかな? 返り討ちにされてなきゃいいが・・・・・・」

 

 そう呟いた。

 やがて給水塔タンクの水が空になり水が流れ出なくなる頃には、エルを地面に寝かし、自らも孝一の後を追っていった。

 

 

 

 

「ホラホラホラッ! こっちっすよ!」

 

「こいつぅ!! ちょこまかとっ!」

 

 地上では玉緒とエリカが激戦を繰り広げていた。

 地面は抉れ、周囲の建物はひび割れ、ガラス片やコンクリート片が散乱している。

 百戦錬磨のビッグスパイダーの猛者達も、さすがに彼女達の戦闘には参加しようとはしない。

 近付けば、巻き添えになることを分かっているのだ。

 よく見ると周囲にまともに立っている敵は、エリカしかいない。殆んどの敵はビッグスパイダー達が倒したが、止めを刺したのはエリカだった。

 双葉に操られ逃げるという意識さえ奪われ彼等は、自身にコンクリートが降りかかろうが、巨人の下敷きになろうが、ただ成すがままにされるしかなかった。そしてついに最後の1人も、エリカの蹴り上げたコンクリート片の直撃を受け、その場に倒れこんだ。

 

 

「なんなの? コイツッ!? 攻撃が全然当たんない。スピードもさっきより速いしっ!」

 

 エリカは焦っていた。圧倒的な攻撃力を誇るはずの巨人の攻撃が、全然当たらないからだ。

 撃ち振るわれる豪腕を拳状に変化させたスタンドで防がれ、全霊を込めた蹴りすら、まるで端からそこに攻撃するのが分かっているみたいに回避されてしまう。

 

 

「自分の事ってのは見えにくいっすよね。――その攻撃。確かに威力は凄いっすけど、そんな巨体から繰り出される攻撃なんて動きがスローすぎて簡単に避けられるっすよ」

 

 玉緒はエリカの攻撃を全て、予測することで回避していた。相手の眼球の動き、巨人の繰り出されるモーション。そこから予測軌道を読み、かわす。

 それを可能としているのは、竜一から奪ったスタンドだ。玉緒は竜一のスタンドを、まるで自分の手足の様に使いこなし、エリカを翻弄している。

 

「それにあんた、一つの事にこだわり過ぎっす。たぶん圧倒的な戦力差を見せつけ、自分たちを屈服させたいんでしょうけど、そのお陰で攻撃がずいぶん単調になってきているっすよ?」

 

 スライムの形体をとっているスタンドをブーメラン状に変化させ、反動を付け投げつける。高速で回転するブーメランは、エリカの乗る巨人の足元に突き刺さり、そのバランスを大きく崩す。

 

「おわ!? っとっ、とっ・・・・・・」

 

 突然訪れた落下する衝撃に、エリカは巨人の肩にしがみつくことで何とか凌ぐ。

 一方の巨人も地面に片膝をつき、何とか転倒をするのだけは免れる。強烈な衝撃が地響きとなってあたりに振動する。

 

「あいつが、いない!?」

 

 ふと目を離した隙に、玉緒の姿が消えていた。エリカは周囲を必死に探す。あの女がこのまま逃げるはずが無い。隙を見て自分を攻撃するつもりなのだ。

 エリカは地面に片手をついている巨人を再び立ち上がらせる。

 

 

「――だから、一つの事にこだわり過ぎなんですって」

 

「!!」

 

 声のする方向をエリカは見る。そこにはスタンドをゴム状に変化させて腰掛けるようにしている玉緒がいた。よく見ると、スタンドの両側から紐状の何かがエリカの巨人の左腕に巻きついている。

 ――まさか。

 エリカがその意図を理解すると同時に、玉緒が一直線に跳ね飛んだ。

 要領はバンジージャンプやスリングショットなどと同じだ。相手に張り付き、ゴム状のスタンドで自身を飛ばす。だが分かっていてもなかなか実践できる人間はいない。圧倒的な精神力を持つ玉緒だから出来る芸当だといえた。

 跳ね飛んだ玉緒はそのままの勢いで巨人の左腕に張り付く。全身を使い、衝撃を受け止めると一気に左腕を駆け上る。目標は、その頂上にいるエリカだ。

 

「そらそらそらっ!! もうすぐご対面っすよ!」

 

「く、来るなぁ!」

 

 悲鳴に近い叫び後をあげながら、エリカは巨人に命じ、玉緒を振り落とそうとする。

 

「そうは、させないっす!」

 

 それを予期していた玉緒は、スタンドを巨大な手裏剣状にして回転。玉緒より早く駆け上らせる。ザクザクと、スパイクの様に巨人の腕を抉り、上昇していく手裏剣。

 

「ひ」

 

 自分に向ってくるそれを、エリカは紙一重で避けた。いや、避けさせられた?

 そのまま上昇を続ける手裏剣は、巨人の頭部にまで到達。その顔面を大きく抉る。

 擬似生命とはいえ生命は生命、痛みを感じないわけではない。

 突然発生した痛みに、巨人は両手を抑え、体を大きくくねらせる。

 これで、しばらくは攻撃できない。

 そう判断した玉緒はそのまま駆け上り、ついにエリカを正面に捕らえる。

 

「来るな来るなくるなぁ!」

 

 巨人の一部から凶器になりそうなものを取り出し、能力で玉緒に向って投げつけるエリカ。

 意思を持った物体が、玉緒の命を奪うために心臓部分をねらう。

 その凶器たちを玉緒のスタンドは主を守るために、全て打ち落とす。

 まるで始めからスタンドの持ち主が玉緒であったかのように、液体金属のスタンドはボール状に、刃状に、様々な形態に変化させ、玉緒を守る。

 

「ばあっ!」

 

 やがてエリカの前に飛び出した玉緒は、さらに擬似生命を生み出そうとするエリカの肩口に軽く触れた。

 その瞬間。玉緒の能力交換(リプレイスメント)が発動した。

 

「え? え? え? え?」

 

 突然のことに頭の中が真っ白になるエリカ。無理も無い。突然自分能力が消え、変わりに新しい能力が入ってきたのだから。例えるなら愛車で走行中に、気が付いたら突然まったく見知らぬ車を運転していたという状況か。

 その認識の違和感、迫り来る玉緒に対処するための認識の切り替え。思考が正常になるためのタイムラグ、約0.8秒。だが戦闘中のその遅れは、命取りだ。

 

「貸した能力、返してもらうっすよ!」

 

 相手の懐に入ると、いまだ状況が把握できていないエリカに対し、強烈なボディブローを叩き込んだ。

 

「――!!?」

 

 あまりの衝撃に声にならない声をあげ、直後大量の吐しゃ物を撒き散らすエリカ。両手で鳩尾を押さえ、両膝を押さえながらうずくまる。

 

「あ、あん・・・・・・た・・・・・・」

 

 両目いっぱいに涙を浮かべ、口からは唾液を吐き出しながら、エリカはその場に昏倒した。

 

「せっかくの能力なのに、うまく使いこなせてないっすね。スピードでかく乱されている事が分かった時点で、すぐに巨人を解除して通常攻撃に変更すれば、善戦くらいは出来たのに・・・・・・変なプライドを持つから・・・・・・」

 

 そのとたん巨人が音を立てて崩れ落ちる。巨人を構成していた土やロッカー、ベニヤ板などがばらばらに分解され元に戻り、地表に落ちる。

 エリカが完全に戦闘不能状態に陥った証拠だ。

 玉緒とエリカ。2人は重力の法則に乗っ取り、そのまま地面に真っ逆さまに下降を始める。

 巨人の高さは約10m。このまま地表に落下すれば間違いなく即死の高さだった。

 このまま自分だけが助かるのならスタンドを使えば問題ないが、それはさすがに気が引ける。

 エリカも助けなければならない。しかしそれにはどうしてもエリカに触れなければならない。だがそうなると能力が強制的に発動してしまう。

 

「――しかたないっすね」

 

 玉緒は地表に落ちる寸前再びエリカに触れ、能力を交換することにする。

 落下する土砂にスタンドで触れ、等身大の土人形を二体作り、それぞれに玉緒達を抱きかかえさせる。

 

「よっと」

 

 無事地面に着地した玉緒は能力を再び交換し、一息入れる。

 

「ふう。ちょっとハードだったっす」

 

 

「――あんた! すげえ! なんだかよく分からんがすげぇ!」

 

「大したもんだぜ。あんたならビッグスパイダーの幹部を任せてもいい」

 

「玉緒さんと呼ばせてくれっ!」

 

 エリカを撃退した玉緒に、ビッグスパイダーの男達が思い思いの言葉を投げかけてくる。その全てが自分を賞賛する声で、玉緒は少し気恥ずかしくなる。

 

「これで、地上は片付いたな。後は正面。堂々と侵入できるってこったな」

 

 男達はそれぞれボロボロになった武器を敵から奪い取り、正面のビルに集まる。

 

 

「――さて、上に行った丞太郎さんは無事だろうか?」

 

「無事に決まってんだろう? あの人なら、今頃双葉の息の根を止めているかもしれねぇぜ」

 

「・・・・・・それは、急いだほうがいいっすね」

 

 丞太郎ならしかねない。

 玉緒は男達の言葉を聞き、強くそう思った。

 しかるべき報いは受けさす。だが、それでも殺させたくはない。

 双葉は悪人だが、それでもなるべくは殺したくない。そう思うのはやはり家族だからだ。

 

「――まじかよ」

 

 ビッグスパイダーの1人が突然顔色を変え、後ずさる。

 

「? どうした?」

 

 男が指を指し示す方向。

 そこには100人規模の団体が、虚ろな表情でビル周辺に向ってきていた。

 

「・・・・・・・・・」

 

 彼等はそれぞれ獲物を片手に包囲網を縮め、玉緒達を取り囲みつつあった。

 

「こりゃまずいわ」

 

「まいったな。まだ仲間がいたとは」

 

 男達は頭をボリボリと掻き、互いに顔を見合わせる。

 

「・・・・・・こうなりゃしょうがねぇ」

 

「いっちょ、覚悟をきめますか」

 

 違う男達が金属バットと角材を持ち、号令をかける。

 生き残ったビッグスパイダー達が即座に反応し、玉緒を後ろに押しやる。

 

「ち、ちょっと!?」

 

 戸惑いの声をあげる玉緒を、男達は無視した。変わりに男の1人が、金属バットで後ろを指し示す。

 双葉のいるビルへ向えと、男達は言っているのだ。

 

「玉緒さん。あんたは行ってくれ。ここは俺たちで何とか食い止める」

 

「この現象は双葉って奴が起こしてんだろ? だったらソイツをブチのめしゃ、この現象は止まるって事だ」

 

「だったら話は早い。この中で一番戦闘力のあるあんたが行ってくれ。俺たちじゃ足手まといになるのは分かっているからな」

 

 男達は玉緒に背を向けたまま振り返らない。これは意地だ。長年不良をやってきた彼らの、自慢にもならないやせ我慢だ。

 だがそれでも、ここは通さねぇ。

 男達の目はギラギラと輝き、臨戦態勢にはいる。

 

「うおおお! こいやあ! 死んでも、ここから先はとおさねぇ!」

 

「通りたきゃ、殺す覚悟でくんだなぁ!!」

 

 その男達の覚悟の背中に、玉緒は純粋に尊敬の念を抱いた。

 

「・・・・・・なんかあんた達。ちょっとかっこいいかもっすよ」

 

 その玉緒の呟きが聞けただけでも十分だ。

 男達は「いくぜ!」と気合と威圧の掛け声を上げ、敵陣へ一斉に切り込んで行った。

 その光景を見て、玉緒も動く。

 目指す愚妹・双葉のいるビル。

 孝一君たちより早くつければいいけど――

 玉緒はビルに侵入しながら、一抹の不安を覚えていた。

 

 

 

 

 

 



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 再び手にした君の温もり

 突入したビル内は正面から見た外観とは異なり、かなり小奇麗だった。

 フロア内には電気が行き渡っているため明るく、散乱しているガラクタも殆んど無い。

 最近まで生活していた痕跡も見られる。

 恐らくストレンジの連中が、このビルを根城にしているためだろう。

 この場所に涙子がとらわれ、双葉が待ち受けているのだ。

 エコーズを飛ばしながら、孝一は周辺の音を拾わせる。

 周囲に複数の足音。

 身長は孝一より高く、体重も重い。

 カラカラとした金属音を地面にこすり合わせ、目的も無く周囲を徘徊している。音の正体は金属バット。明らかに双葉に操られた男達のものだ。

 ――まだこんなに伏兵を隠していたのか。

 このビルに突入した時点で、自分達の事はばれている。ならもう下手な小細工は必要ない。

 一階一階周囲を散策するのも面倒だ。双葉を一気にあぶりだす。孝一はそう決意した。

 

「響かせてやる」

 

 階段を一気に駆け下り男達の真正面へと踊り出る。目の前に異物が現れたことで彼等は一瞬ぎょっと身を固まらせるが、すぐに各々の武器を手に、孝一へと襲い掛かる。

 

 

「エコーズ」

 

 act1が文字を丸め、男達に向かい投げつける。孝一はすぐさま耳を塞ぐ。

 

『双葉ぁ!!』

 

 そのシンプルな単語は張り付いたとたん音の凶器へと変貌する。

 なにしろ拡声器を数倍高めた音量を、相手に投げつけたのだ。その衝撃は尋常ではない。

 ビリビリとした音の衝撃が密封された空間に、恐らく全ての階層へと響き渡る。

 

「・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・ァ・・・ガ・・・」

 

「・・・・・・ゥ・・・」

 

 攻撃対象となった男達は白目をむき、口から泡を吐きながら地面に崩れ落ちている。

 ぴくぴくと体を振るわせ、失禁しているものもいる。

 これで戦線には復帰できないはずだ。孝一はエコーズで再び音を拾わせる。

 こちらのいる場所は双葉には分かったはずだ。自分に執着している双葉なら、必ず自らの姿を見せる。

 

「来るなら、こい」

 

 エコーズをact3に切り替え、周囲に注意を払う。すると、

 

「――そんなに大音量でボクの名前を呼ばないでくれよ。照れてしまうじゃないか」

 

 どことなく鼻につく、少女の声が響き渡る。

 

「双葉っ」

 

「やあ、孝一君」

 

 双葉はその場に現れた。どこと無く人を見下した、優雅な笑みを孝一に向けて。

 

「期待していたよ。君は絶対にボクを追いかけてここにやってくると。やはり君とボクは巡り会うべくしてめぐり合った運命の2人なんだね」

 

 ポジティブ思考もそこまで行けばたいしたものだ。孝一は半ばあきれ果てながらも、双葉との距離をジリジリと縮めていく。

 

「もうお前に何も期待しない。何も頼まない。ただこのまま、おとなしく再起不能にされろ。その後で皆を元に戻し、佐天さんを探す」

 

「それは困るな。再起不能にされちゃ、非常に困る。これから彼女に関わる全ての人間の記憶を消しに行くんだからね」

 

 双葉はパチリと指を鳴らす。

 

「・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・」

 

 次々と、下の階層から男達が顔を出してくる。ガリガリと金属バットを地面にこすらせ、角材を引きずらせ、意志のない目をした彼等は孝一を包囲していく。

 

「出来れば君の記憶は弄りたくない。人形になった君を愛しても何の感慨も沸かないからね。でももし邪魔をするというのなら・・・・・・」

 

 台詞を最後まで言わせない。孝一は一直線に、act3を伴い双葉の元へと駆け出す。

 

「何を言っても聞く気なしかい? 仕方ない。やれ」

 

 双葉が号令をかけると、男達は一斉に孝一へ向け攻撃を開始する。

 大量の30人以上の男達が孝一へ向けてなだれ込む。

 

 

「来い!」

 

 それを受けてたつ孝一。

 一番乗りした男2人をact3の拳で撃退する。顔面をぶち抜かれ、血反吐を吐きながら男2人は崩れ落ちる。

 

「がぁ!」

 

 新たな男達が角材を振り上げ、孝一を狙う。

 だがスタンド能力の無い彼等など、たいした脅威ではない。

 角材をへし折られ、顎を砕かれ、たちまち沈黙させられる。

 

「何をしている! 進め!」

 

 双葉の号令で男達は一斉に飛び掛る。たとえ1人2人が犠牲になろうとも数で押し切る作戦のようだ。

 

「act3!」

 

「ウリャアア!!」

 

 act3の拳が唸りをあげる。丞太郎のスタープラチナには及ばないものの、それでもスピードはかなりある。その連続攻撃を男達に叩き込む。

 

「がはっ」

 

 男の1人は鼻を折られ、その後顔面を強打し、その場にうずくまる。

 

「ぐへっ」

 

 違う一人は鳩尾を打たれ、悶絶する。

 そうして一人ひとり、敵を打ち倒していく。

 だが、30人という数は流石に多い。そして彼等は恐れるという感情を奪われている。

 双葉の命令に忠実に前進し、act3の攻撃を突破するものが現れてくる。

 

「グゥ!?」

 

 背後から孝一を襲う強烈な痛み。act3の攻撃から逃れた男が木刀で思い切り殴りつけたのだ。

 

「ぐへっ!?」

 

 act3がまわし蹴りを放ち男を弾き飛ばすが、すぐさま他の男達が孝一を狙う。

 角材を持った男が2人。

 木刀を持った男が3人。

 金属バットを持った男が4人。

 孝一目掛けて武器を振り上げ襲ってくる。

 

「・・・・・・くっ」

 

 焦るな。冷静に対処するんだ。

 孝一は向ってくる男達に対処するため、エコーズを切り替える。

 

 

「act1!! 喰らわせろ!!」

 

 連続攻撃が可能なact1を呼び出し、攻撃を仕掛ける。

 男達の顔に、サイレンや飛行機の轟音を具現化した文字を貼り付け、能力を発動させる。

 

「!!!?」

 

「~~~~!!」

 

 男達は突然発生した爆音に絶叫をあげ、地面を転げまわる。両耳を押さえつけ必死に音が鼓膜に入ってこないようにするが、それは頭の中まで染み渡り逃がさない。やがて男達はガクガクと前進を痙攣させ、その後まったく動かなくなった。あまりの衝撃で意識が飛んでしまったらしい。

 孝一を取り囲む男達は、その数を半数以下にまで減らされていた。残った男達は攻撃をやめ、双葉の命令が下るまで待機している。

 

「どうした? もう諦めたのか?」

 

 肩で息を切らせながら孝一は一歩前へ、双葉の元へ進む。動くたびに振動で肩口が痛むが、そこは気合でカバーする。

 

「・・・・・・そこまで、嫌かい? そんなにあの女の事が好きなんだ?」

 

 表情を暗くし、妬みの感情をまったく隠そうともしない双葉。自身のスタンド『ザ・ダムド』を出現させ、恨みがましい瞳で孝一を見る。

 

「孝一君は選ばれた人間だ。スタンドという、すばらしい力を持った新人類だ。ボクと同じ人種だ。なのに何故、旧人類であるあの雑種のような女に固執するんだい? それがボクには理解が出来ない」

 

「何度も、言ってるだろ? 嫌いな人間だけを排除して、自分が許可した人間だけをそばに置く。そんなのはただの独裁だ。狂信的な宗教と同じだ。そんな自分勝手な理想郷を作って、何になるんだ?」

 

「・・・・・・・・・」

 

 孝一の問いは、双葉の心に届かない。目を閉じしばらく何かを思考していた彼女は、やがてニッコリとした笑みを作る。その笑顔の意味が分からず孝一はいぶかしげな表情で双葉を見る。

 

「――予定を変更。孝一君の記憶も奪うよ」

 

 そう告げると双葉は『ザ・ダムド』を孝一に向ける。

 双葉の影が歪み、一直線に伸びていく。黒い触手を出し、今にも孝一に切りかかりそうだ。

 

「君には純粋にボクのことを好きになってもらいたかったけど仕方ない。多少強引でも、君の記憶を再構築させてもらうよ。その為にはまず、佐天涙子の記憶を君から追い出す!」

 

 触手が地面を伝い、孝一の元まで伸びる。

 

 

「この! 分からず屋がぁ!!」

 

 孝一はact3を出し、迎え撃つ。両目に怒りの表情を浮かべ、この決して分かり合えない人種と決着をつけるために。

 

「!?」

 

 だがその一騎打ちに横槍が入る。

 金属バットが回転しながら孝一に向け投げ込まれる。

 見ると遠巻きに眺めていた男の1人が、投擲し終えた姿勢をとっていた。

 ――この男が? 双葉の指示か?

 孝一はact3で回転する金属バットをガードし弾き飛ばしてしまう。

 しまった。

 そう思ったときには双葉の『ザ・ダムド』は牙をむき、孝一に切りつける寸前だった。

 思い切って体を倒すが間に合わない、足の付け根から真横に『ザ・ダムド』の触手が切りかかった。

 シャボン玉が切りつけられた箇所から大量に吹き上がる。

 

《――え? 佐天さんと初春さん? どうしてここに?》

 

《やほー。孝一君。何か面白そうだから、後、つけてきちゃった》

 

《あははは。どうもー》

 

 それはS.A.Dの撮影会初日の記憶。

 玉緒の提案に賛同を示すメンバー達。そこでエレベーターが開き、涙子と初春が顔を出した――

 

「あ・・・・・・ああ・・・・・・」

 

 奪われた。涙子に関する記憶の一部が、孝一の心の中から消えていく。

 周囲に漂うシャボン玉。これに記憶が閉じ込められている。

 思わず手を伸ばしてしまうが、孝一に触れることは叶わない。

 

「孝一君。手元がお留守だよ! ボーっとしてて良いのかい?」

 

 記憶を奪われ呆ける孝一に、『ザ・ダムド』がなおも攻撃を加える。

 今度は左腕の部分を切りつけられる。

 

《・・・・・・なら、いいじゃん。やりなよ。しない後悔よりした後悔ってね。正直、今の気持ちのままで鬱屈した毎日を送るくらいなら、その方がいいって。いざとなったら、あたし達がサポートしてあげるからさ。だから、元気だして? 沈んだ顔は、君には似合わないよ》

 

 噴き出したシャボン玉。今度の記憶は涙子にS.A.Dに入る事を相談している場面だ。

 彼女に電話することで心が軽くなった孝一は、大事な決断を下すのだ。

 ――大事な記憶が。

 涙子との思い出が、次々と消えていく。

 

「全部! 消してやる。あの女の記憶を全部! 一欠けらも残すものか! そしてその後に、ボクの記憶を植えつける! 大丈夫。記憶の改ざんはお手の物さ」

 

 双葉は高笑いをしながら男達に命じ、孝一を取り押さえさせる。そして鞭で撃つように孝一の体を何度も何度も切りつける。

 不思議な屋敷での一夜。

 エルとの出会い。研究室にさらわれた涙子。

 パープルヘイズを巡る攻防。

 R事件。

 その出来事で共に戦った涙子の記憶がすべてシャボン玉となり、孝一の体から消えていく。

 部屋一面に広がっていくシャボン玉の数は数百を越えている。それもそのはず、奪われたのは涙子に関する記憶だけじゃない。この学園都市に来た辺りからの記憶が、仲間たちの記憶がごっそり奪われていく。

 

「――ついでだから、残りの記憶も奪わせてもらうよ。君の交友関係は女性が多すぎる」

 

「・・・・・・・・・」

 

 押さえつけられ項垂れる孝一は何も答えない。

 誰かが、自分に声をかけているのは分かる。だけど、その人物が誰で自分が何故男達に押さえつけられているのか、孝一にはもはや理解できなかった。

 孝一に残されたのは自分の名前と、スタンド能力のみ。

 広瀬孝一。

 エコーズ。

 それが全てだった。

 

「――さて、それじゃあ。改ざんを行おうか。大丈夫。怖がることはない。君はこれから、まったく新しい世界感でボクと共に生きていくことになるんだ」

 

 まるで聖母の様に孝一を慈しみ、双葉が歩み寄る。男達は無言で孝一を解放し、のろのろと下がっていく。双葉がもはや脅威はないと判断したため下がらせたのだ。

 

「・・・・・・・・・」

 

 孝一は意志のない表情で虚空を見て、それから双葉を見た。

 まったく知らない女だった。

 その女が何か黒い物体を自分の影から出すのが見える。

 ――スタンド。

 スタンドに関する記憶だけは残された孝一は、その影の正体に瞬時に理解する。

 だがそれだけだ。それを使い彼女がなにをするのかまでは、今の孝一には理解できなかった。

 

「安心して、ボクに身を任せるといい。たった数秒で全てが変わるから」

 

 双葉は孝一を胸元に抱き寄せ、その頭をやさしく撫でた。

 

 

「ずっとこうしたかったよ。こうして君を抱き寄せて、触れたかった」

 

 母親が子供を甘やかすように、包み込むように、双葉は自愛の表情で孝一を見つめる。

 

「――よく分からないけど・・・・・・。あんたは()、なんだな? そういう解釈でいいんだな?」

 

「え?」

 

 胸元に抱き寄せた孝一が双葉をジッと凝視している。その表情は、記憶を抜かれた男のそれじゃない。明確な意思をもって、双葉を敵と認識している。

 

「な、なんで・・・・・・?」

 

「・・・・・・声が聞こえるんだ。自分の頭の中に、直接響いて僕に訴えかけているんだ。お前が敵だって」

 

 双葉は孝一の背面部を見てはっとした。何かが張り付いている。

 

「文字? まさか、これは君のエコーズの?」

 

 孝一の後頭部辺り、そして背中にかけて、エコーズact1で作った文字が張り付いていた。

 

『目の前の女は敵ダ』

 

『近付き、油断したラ』

 

3 FREEZE(スリー・ フリーズ)をぶち込め』

 

「馬鹿なっ!? 予め、こうなることを予想して、ワザと攻撃を受けたってのか? ボクにこうして近付くために?」

 

 双葉は孝一を振りほどき距離をとろうとする。だが遅い。孝一のスタンドはact3に変化し、既に攻撃を放っている。完全に射程距離内だ。逃げられない。

 

「奥義! 3 FREEZE(スリー・ フリーズ)!!」

 

 act3の攻撃が双葉の体にヒットし、彼女の右手が地面深くめり込んだ。

 

「ぐあぁ!?」

 

 数tにも及ぶ重力が右手にかかり、骨や筋肉がブチブチと音を上げ破壊されていく。

 それでも彼女にかかる圧力は収まらない。次第にその重さを増し完全に右腕を押しつぶそうとする。

 

「~~~!?」

 

 双葉は、あまりに激痛が勝ると声すらあげる事が出来なくなるということを、今始めてしった。このまま右腕が引きちぎられるのは嫌だなと思ったが、孝一の表情を見る限り止めてくれそうにはなかった。

 そのまま、その時が訪れるのを大人しく待つしか出来ない。だが、それは訪れなかった。

 

「・・・・・・こーいち君。もういいいっすよ」

 

 そういって自分の体を庇うように抱きしめてくれた玉緒が現れたからだ。

 

「同じ、顔!?」

 

 記憶を奪われた孝一は驚きの表情を浮かべ、玉緒を双葉を交互に見比べる。

 

「ああ。そうか。記憶。奪われたんでしたっけね。すぐに解除するっす」

 

 玉緒はパチリと指を鳴らす。『ザ・ダムド』は大きな口をあんぐりと開け、今まで吸収したシャボン玉達を全て解放する。

 これは玉緒の能力交換(リプレイスメント)だ。双葉に触れた瞬間に、能力が発動したのだ。

 シャボン玉はまるで意思を持つように周囲を飛び回り、やがてボーゼンとする孝一の体内へと戻っていった。

 

「・・・・・・あ? 玉緒?」

 

 呆けた声を上げ、孝一が周囲を見渡す。

 全てがはっきりと分かる。ここがどこなのか、目の前の相手が誰で、敵が誰なのか、全て分かる。

 失われた記憶が全て、孝一に戻ったのだ。

 

「っ?」

 

 ふいに孝一の背後から、柔らかい丸みを帯びた何かが抱きついてくる。

 

「え? ちょ・・・・・・」

 

 これは明らかに女性だ。それもかなりふくよかな・・・・・・

 もしかして、と孝一は思った。

 

「――佐天、さん?」

 

「良かった。孝一君が無事で・・・・・・。そして信じてた。絶対、助けに来てくれるって・・・・・・」

 

 声の主はそういって孝一を背後から抱きしめ、しばらく抱擁を繰り返していた。

 その声、そしてこの感触。彼女は確かに自分が知る佐天涙子だった。

 だが疑問が残る。彼女を助け出した人物は誰なのか。

 

「双葉を捜している途中で自分が見つけたっす。ご丁寧に鍵付きの部屋に閉じ込められてましたけど、スタンドで難なくこじ開けたっす」

 

 孝一の表情から察したのだろう。玉緒が事の成り行きを説明する。

 

「・・・・・・そうか、ありがとう」

 

 玉緒に感謝をしながら孝一は目を閉じ、しばらく感慨に耽っていた。

 涙子を救出できたこと。双葉を倒す事が出来たこと。

 それが出来たのは皆のお陰だった。

 やがて自分に抱きついている涙子の手をそっと握り返すと、

 

「君が好きだ」

 

 と自分の正直な気持ちを涙子にぶつけた。

 

 

 

 

「――さて、これで終わりじゃないっすよ」

 

 再会を喜び合う孝一達を他所に、玉緒は双葉を羽交い絞めにし地面に押し付ける。

 

「ぐっ! 何をする気だい? ボクの邪魔を散々してくれて、この落とし前は必ずつけさせてやる」

 

 双葉が憎しみのこもった目で玉緒を凝視する。だがそれは玉緒も同じだ。表情には出さないが双葉を見下ろす彼女は、明らかに眼が据わっている。

 

「双葉。あんたはただ一人の家族だから、このまま殺したりなんて事はしないっす。だけど、落とし前はきっちりつけさせてやるっす。もし、今度こーいち君達の前に現れて悪さをして御覧なさい? あんたにはきつーい。罰を与えるっす」

 

 玉緒は「こーんな風にね」というと、後ろに控えていた人物を招きよせる。

 それは丞太郎だった。

 丞太郎はスタープラチナを出現させ、双葉を見下ろしている。

 

「・・・・・・いいんだな? きっちり、ぶちのめしても、かまわねぇんだな?」

 

 ボキボキと腕を鳴らしながら丞太郎が前へ歩み出て、双葉を無理やり立たせる。

 玉緒は「どーぞどーぞ」と笑顔で双葉を差し出す。

 

「それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらって――」

 

 双葉が青い顔をしながら、玉緒を見る。「た、たすっ――」手を伸ばし助けを求める彼女を玉緒は突き放す。

 そして丞太郎のお仕置きタイムがやってきた。

 

「オラオラオラオラオラオラオラっ!」

 

 最初の一撃で宙を待った双葉は、スタープラチナの連打(ラッシュ)で地面に落とされることも叶わず、パンチの圧力だけで浮かび上がる。

 そのまま何度もスタープラチナのパンチを全身に浴び、最後の一撃で地面にめり込むように叩き付けられる。だがこれで終わりではない。

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラッ!!」

 

 再び襟首をつかまれ無理やり立たされると、今度は真正面から何発も叩き込まれる。

 顔面は砕かれ、肺は潰され、肋骨は砕け散る。

 まるで全身を車で撥ね飛ばされたような衝撃を何分もその身に受け、双葉は意識を失いかける。

 しかしそれをスタープラチナは許さない。

 意識を失いかける寸前、再び新たな激痛みが発生し、それをさせない。

 気絶することすら許されず成すがままにされ、やがて双葉は何も考えられなくなりそのまま無の極致へと誘われた。

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァ!!!!!!!!!!!」

 

 やっと解放された時、双葉は白目を向き、口から泡撒き散らして失神していた。

 その様子を見た丞太郎は、

 

「――やれやれ。これで、こいつの心に『敗北』の二文字を刻み込め、仲間の記憶も戻った。俺自身もすっきり気分爽快でぶちのめせた。全て解決。メデタシメデタシってとこかな?」

 

 そういって帽子を被りなおした。

 

 

「・・・・・・・・・」

 

 双葉がピクピクと痙攣し、口から泡を吐き出す。

 

「あちゃー。やりすぎちゃったっすかね?」

 

 玉緒は頭を掻き、しまったと呻いている。

 ――先程まで、双葉が体験したことは真実ではない。

 玉緒が『ザ・ダムド』で双葉に植えつけた偽りの記憶だ。

 彼女に反省を促すために行った処置だが、刺激が強すぎたようだ。

 双葉は、瞳から涙を浮かべながら、何やらうわごとを言っている。

 

「――おいおい。どうやら、決着がついちまった様だな」

 

 先程の偽りではない、本物の丞太郎が到着した。

 周囲を見渡し、横たわる双葉を確認すると、「やれやれ」とため息を吐く。

 

「丞太郎さん。申し訳ないっす。先にやっつけてしまいました」

 

 玉緒が少しばつが悪そうな表情をして謝る。

 

「かまわんさ。俺が先だったら、こいつを半殺しどころか全殺しにしていたかもしれんからな」

 

 その言葉を聞いて玉緒は心の中で「やっぱり間に合って良かったっす」と胸をなでおろした。

 

「こいつはどうする? というかどうなったんだ? こいつ」

 

 丞太郎は地面に倒れこみ、痙攣している双葉を指し示す。

 

「ちょっと精神的にダメージを与えすぎたようで、たぶんもう二度と悪さは出来ないと思うっす。当分の間は入院生活っすね」

 

 そういうと双葉を担ぎ、そのまま歩き出す。周囲では「俺は、一体・・・・・・」「何で俺等、血を流してんだ?」というストレンジの住民達の声が戸惑い気味に聞こえてくる。

 

「双葉の能力が解除されたから、皆元通りっす。黒妻さんも、きっと元通りになってるっすよ」

 

 その時「おーい」と玉緒達を呼ぶ声が聞こえる。それはビッグスパイダーの面々だ。

 玉緒がビルに突入するために足止め役を買って出た彼等が、笑顔でこちらに手を振り走ってくる。

 顔や服に所々血の跡があるが、命に別状はないみたいだ。

 その様子を見た丞太郎は、口元を吊り上げ笑みを浮かべる。

 

「どうやら、嬢ちゃんの言う通りみたいだな。これで黒妻に顔向けが出来るぜ」

 

「だけどこれからが大変っすね。スタンドの存在が証明出来ない現状では、全ての実行犯は丞太郎さん達だって思われてるっよ」

 

 柵川中学襲撃の犯人は、いまだ丞太郎達だということになっている。いずれアンチスキルの追っ手がやってくるかもしれない。だが玉緒の心配を他所に丞太郎は「かまやしねぇさ」と笑みを浮かべる。

 

「今までもこうしたトラブルは日常茶飯事だったんだ。それが一つ増えただけよ。俺等はアウトサイダー。社会不適合者だからな。まあ、何とかして見せるさ。それより――」

 

 丞太郎は涙子と抱擁を続ける孝一を見ると、

 

「今は悪い魔女にさらわれたお姫様を救出できた事を、素直に喜こぼうじゃあねえか」

 

 そういって帽子を被り直した。

 

「――そうっすね」

 

 口元に笑みを浮かべる丞太郎に吊られ、玉緒も自然と笑みを浮かべて返すのだった――

 

 

 

 

 

 アウトサイダー END

 

 




アウトサイダー編。
これにて完結です。
本当は後日談も考えたんですけど、ここで切った方がきりがいい気がしたので止めました。
さて次回ですが、結構しんどい話になるかもしれません。
作者的にもストーリ的にも。まあ構想だけで全然まとまっていないんですが。
終盤に向けて舵を切るには必要な話だと思うのでご了承下さい。


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盤上の駒たち
opening


執筆が送れ大変申し訳ありませんでした。


「う……!?」

 

 閉じるまぶたの上から強烈な光を感じた彼は、思わず右手で視界をさえぎり顔の向きを逸らす。

 

「ここ……は?」

 

 意識が次第にクリアになり覚醒した彼は、上体を起き上がらせ、周囲を窺う。

 

「……」

 

 白いコンクリートの壁が四方を取り囲んでいた。上には蛍光灯のジジジという人工的で耳障りな音が聞こえる。出口らしいところは……

 彼はそこで自分が何らかの機械の中で眠らされていたことに気がつく。

 卵形の人一人分が入れる容器の中。容器には良く分からない機械や、デジタルパネルの表記がされている。

 そのパネルには「open」とだけ記されていた。

 そう。この卵形のふたは当初閉まっていた。それが、彼の覚醒によりふたが開かれたのだ。一体何故!? 誰が、何の目的で!?

 

「あ……!?」

 

 彼はそこではたと気がつく。自分が納められていたのと同じ容器が、計八つ。彼の横にずらりと並べられていたのだ。覚醒時にはまだ意識が薄らぼんやりだったので、完全に意識の範疇外だった。だが何なんだ、一体これは!?

 彼は恐る恐る容器から降りると、自分の隣の機械を覗き込む。この容器の中に自分が入っていたという事は、これらの八つの機械の中にも人が入っている可能性が高い。現状を確かめる意味でも、確認しておいたほうがいい。そう思い、容器に収められているはずであろう人物の人となりを確認する。

 

「うっ!?」

 

 彼はそこでひどい頭痛に襲われた。その容器に収められている人物を、彼は知っている。それはいつも彼のそばで、彼と一緒に行動を共にしていた……

 

「ぐっ……うううう……」

 

 頭痛がひどい。これ以上は思い出そうとすると、こちらの頭がはじけ飛びそうだ。だけど確かに知っている。自分は、この容器に納められている少女を知っている。名前は、たしか……

 名前……?

 そこで気がつく。

 

「ぼくの……ぼくの、名前は。なんだっけ? 思い出せない……」

 

 彼は自身に関する、すべての記憶を喪失していた。

 

 

 

 

「……ここ、は……?」

 

 覚醒した意識の中で彼女が目にしたものは、人工的な光で周囲を照らす蛍光灯だった。その無機質な光はどことなく不気味な感じがして彼女は思わず目を逸らし、その後体を起こす。一体ここはどこなんだろう? あたしは一体なんで、こんな知らない場所に? 記憶が思い出せない。思い出そうとすると頭がひどく痛む。彼女は両手で顔を覆い、しばらくたっても頭から何の記憶の欠片も出てこないことを理解すると、現状を確認するために自身が眠っていた機械から降りる。

 

「やあ」

 

 その時彼女に声をかけるものがいた。思わず声のした方向へ顔を向ける。ひょっとしたら、この人はあたしのことを知っているんじゃないか。そんな淡い期待をこめ、その人物を探す。だがその期待はものの見事に外れる。

 

「いきなりの質問で悪いけど、君は僕の事を知らないかな? 何故か、君の事を知っている気がするんだけど、思い出せなくて……」

「……あなた、誰なんです?」

 

 まったく見覚えのない少年が自分に声をかけてきた。少年は困ったような顔をして自分を見つめている。どことなく頼りなさそうな、人が良さそうな顔つきの少年だった。

 

「それが、僕にも分からないから君にこうして話しかけているんだよ。どうやら、僕は君の事を知っているらしい。でもその記憶がない」

「たちの悪いナンパってわけでもなさそうですね」

「そ、そんな!? ナンパだなんて、考えたこともなかったよ!?」

 

 少年は顔を真っ赤にして少女に抗議する。その動作や必死そうな表情がどこかおかしくなり、少女はくすりと笑みをもらす。そして確信した。この少年は嘘を言っていない。それどころか自分と同じ境遇なんだと。

 

「ごめんごめん。からかうつもりはなかったんだけど、ね。とりあえずここから出ることを一緒に考えましょう?」

 

 とたんに親近感が湧き、口調も少し砕けた感じになる。同じ境遇の人物いるという事実が、彼女の不安を和らげているのだろう。少しずつ体に活力がみなぎり、思考もクリアになっていく。

 ふと、そこで。

 奇妙な一団が目に留まった。

 

「……こども? なんで?」

 

 思わず彼女は驚きの言葉を口に出してしまう。

 彼女の視線の先。四方を白いコンクリート壁に囲まれた一角に、7人くらいの少年少女がたむろしていたからだ。

 彼、ないし彼女達は入院中の患者が着ているような服を着込み、それぞれが壁に寄りかかったり談笑したりしている。歳は自分たちより若い。……と、思う。

 なにしろ自分の顔や名前すら分からない現状だ。自分が彼らと同い年ではないという保証はどこにもない。

 だが10歳程度の外見をしている彼らを見ると、自分がそれと同様の歳を重ねているとはどうしても思えなかった。

 

「順番的に言うと君が最後だ。僕が一番最初に目が覚めて、その後あの子達が目を覚ましたんだ。でも、彼らは僕たちと同じ立場というわけではないらしい」

「それってどういうこと?」

 

 彼は苦笑いを浮かべて、彼女に説明する。

 

「僕はあの機械から出てきた彼らにすべて声をかけたんだ。ここはどこか知ってる? 君たちも記憶がないのかい? ってね。結局、誰も質問には答えてくれなかった。みんな無視するか、嘲笑の笑みを浮かべるだけだったよ」

 

 彼は苦笑いをやめ、諦めにも似た表情を浮かべ説明を終える。そしてがくっと大きく肩を落とす。完全に八方塞といった感じだった。

 

「彼らは何かを知っている。けどそれを僕たちに教えるつもりはさらさらないらしい。それが単純な悪意なのか、それとも……」

「それとも、なによ?」

「いや、ただなんとなく怖いことを考えてしまって」

 

 そういって彼は口ごもる。しかしそんなもったいぶった言い方をされれば、気になって仕方がない。案の定、彼女は少しいらだった口調で彼に続きを話すよう促す。

 

「……僕たちが拉致・監禁されたって言うのは間違いない事実だと思う。目が覚めたらいきなりこんな場所に連れて来られたんだ。そう思わないほうがどうかしている。だけどそうなると疑問に思うことがある。犯人は一体どんな奴らなんだろう?」

「どんなって……。単独じゃこんな犯行できっこないし、複数なんじゃないの?」

「複数にも色々あるよ。4人? 10人? それとももっとたくさん?」

「わかんないよ。君が何を言いたいのか」

 

 ついに彼女が音を上げ、彼に答えあわせを求める。

 

「つまりさ……。あの子達が僕の質問を無視したのは、言えないから。正確に言うと『答える権限を与えられていないからなんじゃないか』って思ったんだ」

「なにそれ。じゃあ、あの子たちも犯人側の人間って事? 何の為に? 何で一緒の部屋に寝かされてた訳?」

「それはわかんないけど。……例えば、僕たちを監視するため、とか?」

 

 彼も自分の推理に矛盾が生じていることがわかったのだろう。彼女の詰問にしどろもどろになりながらかろうじてそう答える。よく見ると目があらぬ方向へ泳いでいる。

 

 ……はあ 埒が明かない。

 こんな不毛な議論なんて時間の無駄だわ。

 彼女はため息一つつくと視線を子供たちへと向ける。

 さっきは気がつかなかったが、あの一角にドアらしきものが見える。おそらく彼らは待っているのだ。外からドアを開けてくれる人間を。

 

「……確かにただの推論、当てずっぽうな所があるのは認めるさ。でも方向性はあっていると思う。犯人はおそらく何らかの大規模な組織で……」

 

 彼がまだ何かまくし立てているけれど、そんな不毛な議論はもううんざりだ。あそこに、答えを知っているであろう人間がいるんだ。なら、直接聞いて確かめればいい。

 

「あ、おい!?」

 

 彼女は彼の制止しようとする手を振り払うと、彼らのもとまで歩み寄る。

 

「聞きたいことがあるの」

 

「あん?」

 

「あたしたち、ここで目覚める以前の記憶がないの。目が覚めたらこんな四角い部屋にいた。名前も顔も思い出せない。あなたたち、何か知ってる? 何が起こっているの? 知っているんなら、どうか教えて頂戴」

 

 彼女は強気の姿勢を崩さず、子供たちの一人に質問する。彼らが怖くないといえば嘘になる。だけど、それ以上に何も知らない、何も分からないこの現状に彼女は耐えられなかった。

 彼女が質問した少年は、いきなりの来訪者に若干苛立ちの声をぶつける。

 年齢は自分より若い、はずだ。おそらく12歳くらい。顔立ちは本当に歳相応の幼さがにじみ出ている。しかしその口から発せられた言葉は、嘲笑だった。

 

「ぷっ、くっくっくっ……」

「な、なにがおかしいのよ!? あたしは本気で……」

「いやあ、スマンスマン。今回はそういう趣向なんやなって、思うただけやわ」

 

 関西弁を使う少年はそういうと、心底おかしそうに彼女を笑う。

 

「なにを、いって……」

「ルイコのねーちゃん。そんで後のコーイチのにーちゃん。やっとまともに話せて嬉しいわぁ。短い間やけど。ま、せいぜいよろしゅうな」

 

 少年は手をひらひらとさせ、二人に挨拶する。

 

「ルイ、コ? それが、あたしの名前?」

 

 ルイコ。

 自分のことを少年はそう呼んだ。それが、あたしの、名前?

 そして自分の後にいる彼の名前は、コーイチ。

 その名前、知っている。いや、知っていた。

 どこかで……

 いつ……

 

「っ」

 

 鈍い激痛が脳内に走り、思わず頭を抑える。

 だめだ。これ以上考えられない。

 それは後のコーイチも同じだったようだ。ルイコが後を向くと彼も自分と同様、こめかみ辺りを押さえている。

 

「リク。余計な情報。与えるのは駄目」

「ええやんシロ。名前くらい。それにどうせもうじきいなく人達やし」

 

 シロと呼ばれた白髪の少女が、リクをたしなめる。だが、そんな制止などリクはどこ吹く風だ。

 一方のルイコはリクたちの会話など耳に入っていなかった。

 それ位頭に響く頭痛は酷く、動揺していたのだ。

 あたし……

 あたしはなんで、こんな所に……

 頭の中でその疑問の言葉だけがグルグルと反芻する。

 しかしその彼女の問いに答えてくれるものは、誰もいなかった。

 

「佐伯さん怒る。いいの?」

「う。……わかった。黙る。だからチクらんといてな」

 

 シロが「佐伯」という人物の名前を出すと、とたんにリクはおとなしくなる。

 

(佐伯……?)

 

 彼らのボスの名前だろうか。

 ルイコはその名前を聞いて何か引っかかるのを感じたが、再び頭痛がぶり返してきそうだったので考えるのをやめた。

 その時だった。

 ピピッと言う電子音と共に、閉ざされていたはずの扉が開かれた。

 それはつまり。

 自分たちを閉じ込めたであろう人物かその仲間が、目の前に現れるということ。

 不意に訪れた来訪者に、ルイコは緊張で一瞬身をこわばられた。

 

「へ?」

 

 しかしそれも一瞬だった。

 あまりにも似つかわしくない人物が扉から姿を現したからだ。

 

「全員。目覚めているのね。yeah。これから身体検査(メディカル・チェック)を行います。ついてきなさい」

 

 その人物はその部屋にいるルイコ達全員を見渡すと。事務的にそう告げる。

 

「いやいやいやいや……」

 

 あまりの突然のことにルイコが思わず待ったをかける。

 いくらなんでも、おかしすぎるでしょ。

 この現状にもだいぶなれ、ある程度の事には驚かない自信はあったルイコだが、その人物の容姿には驚きと突っ込みを入れざるを得なかった。

 中から出てきた人物。

 ウエーブのかかった髪でどこかジト目の研究服を来た女。そこまではいい。

 問題はその容姿だ。

 その背丈はルイコの半分にも満たない。そしてその外見はリクたちよりも幼い。

 ルイコの見間違えではなければ実年齢6歳くらいの少女(幼女)が、白衣を着てルイコ達に指図していることになる。

 だからルイコは思わず。本当に心のかなで湧き上がった感情を口に出してしまう。

 

「子供じゃん!?」

 

 その言葉を聞いた少女は、意外な俊敏さでルイコに近づくと彼女のかかとを思いっきり蹴り上げる。

 

「ぎゃ!?」

 

 痛みで思わず屈んだ瞬間ルイコが見たのは、驚くほどの跳躍力で自分に回し蹴りを食らわせる少女の姿だった。

 

「きゃん」

 

 後頭部に鈍い衝撃を受け、そのままルイコは地面に突っ伏した。

 

「口の利き方に気をつけなさい。……布束砥信(ぬのたばしのぶ)。こう見えても20歳なの」

 

 そういって乱れた髪を掻き分ける布束の言葉を、ルイコはまったく聞いていなかった。

 

「きゅー」

 

 ……今日はきっと厄日ね。

 目が覚めたら知らないところに監禁されていて、知らない子供がたくさんいて。

 おまけに知らない子供にローリングソバットを食らうなんて。

 人生最大の厄日……

 願わくば。

 目が覚めてとき、これがすべて夢でありますように。

 

 ルイコは薄れゆく意識の中でそう祈るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




間が空いてしまい申し訳ありません。
仕事が忙しくてあまり執筆に時間がとられませんでした。
これから少しずつでも更新できたらいいな。


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dubious move

「被検体A。脈拍、呼吸共に正常。状態に異常なし。精神異常も認められない……。採血する。どっちでもいいから腕を出して」

 

 自分のことを布束と呼んだ女性(幼女)はまるで学校の保険医のようにコーイチを診察すると、携帯型の機器に何かを記入する。そしてそれが終わると注射器を取り出しコーイチから血を抜き取る。

 

「……っ」

 

 二の腕に鈍い痛み。

 注射針から、血液が抜き取られ容器に真っ赤な血液がたまっていく様子を、コーイチはぼんやりと眺めている。

 コーイチは先程から従順に布束の指示に従っている。先程、彼女からかけられた言葉から、今はおとなしくしていたほうが言いと判断したためだ。

 

 ――――今から1時間ほど前。

 コーイチ達が閉じ込められていた部屋から出る際。彼女は自分たちにこういったのだ。

 

「……分かっているとは思うけど、抵抗はしないほうが身のためよ。お互いのね。どの道ここからは逃げられないし、私に人質としての価値もないから。おとなしく協力してくれると助かるわ」

 

 布束はコーイチとルイコに釘を刺したのだ。そしてそれが冗談ではないということが、部屋の外に出て分かった。

 

「こっちよ。ついてきなさい」

 

 布束は顔をしゃくりコーイチたちについてくるよう促す。

 

「ほんじゃ、また」

「……」

 

 リクとシロはコーイチ達に軽く会釈をして、反対側の通路へと歩いていく。

 あの7人の子供たち。

 彼らは一体なんなんだ?

 結局、彼らの正体は分からずじまいだ。

 彼らの姿を見送りながらコーイチは、自分たちが何かロクデモない事に巻き込まれている感覚を味わっていた。

 

(それにしても……)

 

 トテトテと前方を歩くさまはやはり幼女のそれだ。

 しかし、それを口にすることは絶対にない。

 そんな台詞を一言でも言おうものなら、瞬時に伝家の宝刀ローリングソバットがコーイチの後頭部に決まるのは目に見えていたからだ。

 ルイコもそれが分かっているから先程から何も言わない。

 いや、ほんとは言いたくてしょうがないのだろうが、あえて我慢している。

 

(これから、どうなるんだろ)

 

 漠然と不安を感じながらも、今のコーイチ達は布束の後を着いて行くしかなかった。

 

 白く無機質な廊下をしばらく歩くと、そこには巨大な実験室が見え始めた。

 少なくともコーイチの目にはそう見えた。

 分厚い透明のガラスの向こうでは、白衣を着た男女の集団が良くわからない実験を行っている。

 

「う、わぁ……」

 

 コーイチは思わず呻いた。

 実験室では高速具に縛られた男性に対して、なにやら怪しげな薬品を投薬されている。その男性は拘束から逃れようと、しきりにかぶりをふっていたが、薬品が体内に入ると今度は逆におとなしくなり口から泡を吐き始めた。

 その凄惨な光景に、コーイチは思わず目をそらした。しかしそらした視線の先でも怪しげな実験が繰り広げられている。

 今度は動物実験らしかった。

 対象の動物はチンパンジー。

 やはり全身を拘束されている。内容ではこちらのほうが凄惨だった。

 チンパンジーは頭部を切開され、むき出しになった脳にピンクや黒色のコード、そして電極が差し込まれている。

 その電極の先では白衣の男性が、良く分からない機器を操作する。そのたびにチンパンジーは、通常ではしないような笑い顔や泣き顔を作り出し、その様子を別の研究員がカルテに書き記している。

 コーイチは周囲を見渡す。

 透明ガラスの向こうでは、そういった類の実験室が至る所に設置され、非献体に対し様々な実験が試みられているのだ。

 

「な、なんで……こんな、こと……」

 

 コーイチは足をよろめかせ、後ずさる。

 少しでもこの光景から遠ざかりたかったからだ。

 そこで後ろを歩いていたであろうルイコにぶつかってしまう。

 

「ご、ごめ……」

 

 コーイチが後を振り向き謝罪しようとするが、その時のルイコの表情を見て口を閉じてしまう。

 ルイコは歯をガチガチと鳴らし、顔面蒼白でガラス越しの光景を見ていたからだ。

 

「抵抗しなかっただけ、あなたたちはまだましね。おかげで最後の時まで穏やかに過ごせるもの」

 

 布束はそういってふと寂しそうに視線を落とした。何か思うことが彼女にもあるのだろうか。

 

「僕たちに、何をさせようって言うんだ」

 

 コーイチは恐怖で体を震わせるルイコの体を抱き、尋ねる。

 布束は本当にごく自然に、当たり前のように一つの言葉を紡ぐ。

 

「殺し合い」

 

 それがどんな意味を持つのか、コーイチ達が理解するのにはまだしばらくの時間が必要だった。

 

 

 

 

「検査は終了。今日はとりあえず休みなさい。今個室に案内するわ」

 

 実験室の一室。採血を終えたコーイチに布束は事務的にそう答える。

 この一室だけほかの実験室とは違い少々こじんまりとしていた。

 内装は知らない薬品が納められた棚と、見慣れぬ電子機器。きつい消毒液のにおい。それ以外は学校の保健室を思わせるようなつくりだった。

 後は透明ガラスがなきゃ完璧なのにな。コーイチはそう思った。

 こちら側からは見えないが、大多数の人間に確実に監視されている。そんな視線をコーイチは感じ取っていた。

 その時、部屋のドアが開く。

 そこから現れたのはルイコだった。

 ルイコは顔を真っ赤にしながら、ややうつむき加減でこちらを見ている。

 やはり彼女もコーイチと同じように裸にされ、様々な身体検査を受けさせられたらしい。

 その瞳は恥ずかしさのあまり涙で潤んでいた。

 きっと女の子にとってこれほど屈辱的なことはないんだろうな。

 

「やあ。君も今終わったの? 今日の検査は終わりらしいから、早く行こう?」

 

 だからコーイチはあえて鈍感を演じ、その場を離れようと椅子から立ち上がった。

 だが最後に、どうしても聞いて置きたい事があった。

 布束を見つめ、詰問する。

 

「あなたは、どっち側の人間なんですか?」

 

 敵か、味方か。

 自分の足場さえ定かでない現状で、これだけは確認しておきたかった。

 

「……」

 

 布束は表情を変えない。いつもの仏頂面だ。

 最初コーイチはその表情が、自分たちに無関心な実験動物を見る目だと思っていた。

 だが、違った。

 違うように思った。

 自分たちに接するほかの研究員とは違う視線。まなざし。態度。

 その微妙な差異を、コーイチは感じていた。

 布束はしばしの沈黙の後。

 

「その質問は、nonsenseね。私もあなたたちと同じ。ゲーム盤上のただの駒の一つに過ぎない。私はただ、自分に与えられた役割を演じるだけ」

 

 そういってジト目でコーイチ達を見つめ返してくる。

 その顔の意味するところは、諦め。

 すべての事を放棄して、ただ黙々と自分の役割を演じている。

 コーイチにはそう思えた。

 

「この実験の全容は私も知らされていない。私はあったこともない上層の人間の指示に、ただ従がっている。そこに疑問を挟む権限を、私は与えられていない……観察と経過報告。私が与えられたのは、ただそれだけだもの」

「殺し合いって何ですか? いつ、誰とやりあうんです? それに何の意味が?」

 

 この際だから聞いておきたかった。手にする情報は少しでも多いほうがいい。

 コーイチは矢継ぎ早に布束に質問してみる。だが返ってくる質問は、「わからない・知らされていない」

 それだけだった。

 

「ただ――」布束は最後に一つ付け加える。「もし、あなたたちが生存率を少しでも上げたいのなら、effectを使いこなしなさい。そこから、チャンスが生まれるかもしれない」

 

「エフェクト?」

 

 新たに出てきた単語に、コーイチとルイコは首を傾げざるを得なかった。

 

 

 

 

 案内された個室は、ビジネスホテルのような造りだった。

 そのかわり何もない。

 室内はかなり質素だ。

 簡易ベッドと毛布。テーブル。

 漫画や雑誌など娯楽用品の類は一切ない。

 誰が植えたのか、観葉植物が植木鉢に植えられているのが唯一の慰みか。

 ルイコはいない。コーイチより先に個室に案内されたからだ。

 今頃は自分と同じ質素な部屋に同様の感想を抱いているに違いない。

 後で尋ねてみようかな。

 コーイチがそんなことを考えていると、布束が別れの挨拶を切り出す。

 

「それじゃ、また明日」

 

 布束はそういって立ち去ろうとして、足を止める。

 

「おそらく残された時間は、あと一週間も無い。その期間をどう過ごすのか、すべてあなた次第よ」

 

 そういってコーイチの方へと視線を向ける。

 口では自分はどちら側でもないという事を言っていたのに……コーイチは心の中で苦笑する。

 やはり彼女の本質は自分たち側だ。

 だったらその好意に報いないわけには行かない。

 

「明日そのエフェクトってのに、触らせてもらえますか?」

 

 好意に甘え提案してみる。

 

「かまわないわ。上には話を通しておくから」

「でもいいんですか?」

「なにが?」

「僕にそんな武器を持たせて。何かするかもしれませんよ」

 

 布束は「ああ、そんなこと」と事も何気に言い放つ。

 

「観察対象者の自発的な行動に関しては、極力阻害すること無かれって指示が出ているから問題はないわ。この数日にあなたが何と接触して何を感じたのかを観察するのも、この実験の目的だもの。ただ、そこにescape。逃走や篭城が含まれているのかは分からないけどね」

 

 布束はそういって「試してみる?」と意地の悪そうな笑みをコーイチに向ける。

 それはつまり、お前たちがやろうとしていることはすべてお見通し。無意味だという事だ。

 仮にコーイチがそれを実行に移しても、上からすぐさま制圧部隊がやってきて、この建物の職員ごとコーイチを排除するだろう。

 彼女が嘘をついているとはとても思えない。

 現状では脱出は不可能に近いといわざるをえなかった。

 

「最初に言ったけど、私は……いえ、違うわね。ここの研究員すべてを含めた人間は、sacrificeなの。いくらでも替えの効く捨て駒。いなくなったらすぐにでも補充の利く、ね」

「そんな……馬鹿な」

「そんな馬鹿みたいに非常識な組織なのよ。ここはね」

 

 布束は自嘲気味に笑う。

 

 「そんな組織に長年いるとね、心が麻痺してくるの。何も考えられなくなってくる。そして楽なほうへ、誰かの指示に従っている事に安心を覚えるようになってくる。善悪関係なくね? ……自分でも分かるの。年数を重ねるたびに、心がどんどんと腐っていくのが」

「……だからアドバイスをくれたんですか? 僕に」

「そうかもね。きっと、たぶん。自分がまだましな人間だって、ここの連中よりましな人間だって思い込みたいだけなんでしょうね。こんな非常な実験に加担しているのにね」

 

 彼女は再び笑う。口元を吊り上げただけの、悲しい笑みだった。

 

「だからあなたは気にしなくてもいい。これは私の都合なんだから」

「でも、感謝してますよ。あなたはいい人だ。少なくとも、僕はそう思います」

 

 布束は少し面食らったような照れたような表情を浮かべる。そんな自分に恥ずかしくなったのか「それじゃ」と言い残し、あわてた風に去っていった。

 

 布束が去ってしばらくした後。

 ベッドにゴロリと横になったコーイチは考えをめぐらせていた。

 あと一週間かそこら、遠くない未来。自分たちは名前も知らない相手と殺し合いをさせられる。

 そんな非常識なことが現実に時分の身に降りかかるなんて。

 コーイチはまるで自分がコミック雑誌の世界に紛れ込んだような気持ちになっていた。

 だけどこれは現実だ。

 いくら否定していても、タイムリミットは残りわずかしかない。

 

「だったら、少しでも助かる可能性に賭けてみるしかない」

 

 別に殺し合いをするつもりは無い。

 頼まれたってしてやるものか。

 生き残るための手段として、少しでも力をつける必要があるだけだ。

 何にしても、今日は疲れた……

 

 目が覚めたら自分が何者なのか分からず、へんな幼女に案内された先には非合法な人体実験を行う研究室。

 そこで散々体を弄繰り回され、あと一週間かそこらで殺し合いをさせられるという。

 厄日どころの話じゃない。どう見ても人生設定がハード過ぎる。

 

 う~ん。

 考えすぎて知恵熱が出てきそうだ。

 コーイチはそっとベッドに添えてあるデジタル時計に目をやる。

 PM10:25

 つまり夜だ。

 外部と隔絶された環境で時間を知ることができたというのは、たとえるなら洞窟でたいまつの炎を手に入れることができたのと同じ安堵感に似ている。

 そして今が夜だと分かったとたん、強烈な眠気が襲ってきた。

 

「ねよ」

 

 とりあえず、すべては明日だ。

 明日のことは明日考えよう。

 コーイチは電灯の光を消すとまぶたを閉じた。

 そうしてコーイチの意識はすぐさま深い眠りについた。

 はずだった……

 

「?」

 

 コーイチが熟睡してしばらくたった頃、違和感を覚えはじめた。

 変だ。

 体が妙に重い。

 まるで2,30キロ位の荷物が乗っかっているみたいだ。

 しかもこの荷物、生暖かい?

 その圧迫感にコーイチは耐え切れず、深い眠りから目を覚ます。

 そのコーイチが最初に見た風景は、幼女の頭部だった。

 

「はえ?」

 

 正確にいうと、金髪の6歳くらいの幼女が、コーイチの胸を枕代わりにして「くーくー」と寝息を立てていた。

 しかもこの幼女ゴスロリ調の服を着ているのだが、スカートが乱れ、中の下着があらわになっている。

 

「なぜゆえに!?」

 

 これじゃまるで、自分がこの女の子に何かしたみたいじゃないか!

 今日はこれ以上驚く出来事は無いと思っていたコーイチだったが、これにはさすがに度肝を抜かれた。

 とりあえずこの状況は非常にまずい。

 誰かに見られたら誤解されるんじゃないのか?

 でもどうする?

 たたき起こすのも気が引けるし……

 かといってこのままでいるというのも……

 

「うーん」

 

 コーイチが現状を打開しようと唸っていると、個室のドアが急に開いた。

 

「ね、ねえ。コーイチ、君? 起きてる? その、ちょっとさ、眠れなくて……話し相手になってくれないかなぁって……」

 

 顔を見せたのはルイコだった。

 彼女は言葉を最後まで言わなかった。

 彼女はコーイチの胸の中で眠る幼女と乱れた着衣を見ると、まるでごみを見るような目つきでコーイチを見て、

 

「この、変態が!」

 

 そういってコーイチの顔面に全体重を乗せた蹴りを入れるのだった。

 

「ぐは……!?」

 

 薄れ行く意識の中でコーイチは思った。

 

(やっぱり、今日は、厄日……だ)

 

 

 

 

「……へえ。フェブリちゃんっていうんだぁ。かわいいお名前ね。で、フェブリちゃん。どうして知らないお兄ちゃんのお布団なんかにもぐりこんだのかなぁ?」

 

 ルイコはフェブリと名乗った少女をひざに座らせてやんわりとたずねる。

 その際金髪に輝く髪があまりにきれいだったので、思わず何度も髪を撫でてしまう。

 フェブリはそのたびにくすぐったそうに目を細め、ルイコのされるがままになっている。

 きっと猫ならそのままゴロゴロとのどを鳴らしていることだろう。

 

 ちなみにコーイチは床に座らされていた。

 その顔の右半分にはくっきりと、ルイコのつけた青あざが浮かんでいる。

 誤解を解いたのにこの仕打ち。

 自分のベッドと部屋なのに何たる理不尽だよ。

 コーイチは頬杖をつきつつ仏頂面で彼女たちの会話に耳を傾けていた。

 

「だって、たいくつだったんだもん。ままもぱぱもおしごとでフェブリのことかまってくれないしぃ。お人形さんもお絵かきちょうもないんだもん」

 

 フェブリは足をぶらぶらとさせながら、口をとんがらせ不満を口にする。

 

「だから、一人かくれんぼでもしてたのかな?」

「うん。べっどの下にかくれてたの。でもそしたらねむくなっちゃって」

「そっか。その眠っちゃった部屋っていうのが、コーイチ君のところだったんだね」

「コーイチ?」

「そう。あそこで仏頂面でこっちを見ているお兄さん」

 

 その紹介の仕方はどうかと思うが。

 とりあえずこっちに話が降られたので、右手を上げ「ども」と挨拶はしておく。

 

「えへへへ。コーイチ、あったかかったぁ。また一緒におねむしようねぇ」

 

 コーイチの挨拶にフェブリも手を振り元気いっぱいに答える。

 

「あ……うん? ……まあ、僕はいいけ、ど……」

 

 あまりに悪意の無い笑顔に、コーイチは毒気を抜かれ素直に「はい」と答えてしまった。

 

「フェ、フェブリちゃん!? こ、今度来るときはお姉さんのお部屋に来てくれるとうれしいなぁ!」

 

 ルイコがフェブリを抱き寄せそう提案する。

 幼いフェブリの体はすっぽりとルイコの両腕に収まり、すこし息苦しそうだ。

 コーイチと目が合ったルイコの表情は、誤解が解けたとはいえ警戒心を隠しきれていない。

 そんなルイコの動揺をコーイチは呆れ顔で見ていた。

 

 一体彼女の中では僕はどんなイメージなんだ?

 まさかとって食うとか考えてないよな?

 出会って1日にも満たない彼女に自分はどんな風に思われているやら。

 コーイチは本当にこれが夢だったらどんなにいいことかと、思わずにはいられなかった。

 

 

 コーイチの部屋に、フェブリという珍客が訪れてから約1時間。

 時刻はもう夜の11時を回っている。

 さすがに子供にはきつい時間帯だ。

 先程までルイコと遊んでいたフェブリだったが、ついに限界が来たようで、今はルイコの膝を枕代わりにスースーと可愛らしい寝息を立てている。

 「まだ……あそぶぅ……」と時折寝言をつぶやくフェブリ。ルイコはそんな彼女のほっぺを人差し指でつんとつついた。

 

「にへへへぇ……」

 

 フェブリはどこかくすぐったいような、それでいてどこかうれしそうな表情を浮かべている。

 きっと夢の中でもコーイチとルイコ。二人と遊んでいるのだろう。

 そんなフェブリをルイコは慈愛の表情で見つめている。

 

「ほんと、何なんだろうねこの子」

 

 ルイコがポツンともらす。

 

「どこから来たんだろう? パパとママが働いているって言っていたから、ここの建物で働いているんだとは思うけどさ、信じらんないよね……。こんな時間まで、子供をほっとくなんてさ……」

 

 さっきまで明るかったルイコの表情が影を落としたように暗くなる。

 

「わけわかんないよ。なんであたしたち、こんな所にいるの? あたしたちが何をしたって言うの? どうして、こんな目に……」

「……わからない。分からないことだらけだ。だけど、これが現実なんだ。僕たちは囚われ、わけの分からない実験に参加させられようとしている。それが今分かっている事の全てだ。ここの奴らはその答えを決して教えてはくれないだろう。だから肝心なのは、そこからどうするかだ。全てを分かった上で、何をするのか」

 

 ルイコの問いに、コーイチは自分を鼓舞する意味で答える。

 

「何を、するの?」

「戦うさ。このまま殺されるなんてあまりに癪じゃないか」

「それって、殺し合いに参加するって事?」

「違うよ。殺し合いなんて、頼まれたってしてやるもんか。だけど現状では僕たちはあまりに無力だ。だから、生き残るためには力がどうしても要る。その為に、明日からエフェクトって言うのを使いこなさなきゃいけないんだ」

 

 その時、まるでコーイチの会話が終わるタイミングを見計らっていたかのように扉が開いた。

 そこから顔を出したのは布束だった。

 

「その通り。あなたたちが生き残るには、力をつける他無いわ」

 

 布束は室内に視線を這わせると、そこで熟睡しているフェブリに目を留める。

 

「え? なんで、ここに?」ルイコは突然の来客に目をきょとんとさせている。

 

「娘を預かってくれてありがとう。引き取りに来たわ」

「へ? むすめ? 誰の? 誰が?」

 

 今度はコーイチが虚を付かれた表情をして尋ねる。そんなコーイチとルイコに布束ははっきりと「私のよ」と答えた。

 

「「え」」

 

 二人は仲良く同じタイミングで声を合わせ、

 

「えええええええええ!?」

 

 再び同じタイミングで絶叫した。

 

「それほど驚くことかしら」

「いや、やばいでしょう!? 特に、外見上の問題とか! 倫理的な問題とか!」

 

 コーイチの突っ込みに布束は平然と「そんなに大した事かしら」と言わんばかりの表情をしているが、彼女の見た目からして大した事なのは確実だ。

 何せこの自称20歳の外見はフェブリと並んでもさして違和感が無い外見をしておられる。

 もし公園などに彼女達がいようものなら「仲のいいご姉妹ね」と挨拶を交わされるくらい幼い。

 

「さすがに、冗談、だよね? 子供が子供を生むなんて……は、ははは……」

 

 引きつった笑いを浮かべるルイコに布束はつかつかと歩み寄ると、持っていたバインダーの角で彼女めがけ振り下ろした。

 身長が足りないので助走をつけたジャンプからの一撃。

 重心が乗ったその一発は、確実に彼女の頭部にヒットする。

 

「いぎゃ!?」

「言わなかったかしら? 年上を馬鹿にする発言は控えるようにって?」

「は、初耳……です」

「単語が違うわね。誤りを正すときには、何ていうのかしら」

「ご、ごめんなさい……」

 

 ルイコは目に涙を浮かべて布束に平謝りをする。

 コーイチは思った。

 見た目で人を判断しちゃいけないよね。うん。

 

「んにゃ? ……まま?」

 

 フェブリが眠気眼をこすり、ルイコの膝からゆっくりと起き上がる。

 まだ意識が半分夢の世界なのだろう。時折「ふぁ~~」と大きな欠伸をして、また夢の世界に落ちようとしている。

 

「フェブリ。待たせてごめんね。迎えに来たわ。一緒に帰りましょう」

 

 布束は言葉を区切り、フェブリに聞き取りやすい声色で優しく話す。

 その表情、しぐさ一つが先程とは違う。

 フェブリを見つめる彼女の表情は、まさに母親のそれだった。

 

「ままっ! ままだぁ! わはっ! おしごとはおわったの?」

 

 母親の言葉を聞き間違える子供はいない。

 フェブリは布束の言葉にすぐさま反応し夢の世界から覚醒すると、母親の元に駆け寄った。

 

「ままぁ~~。にへへへ」

「……もう、すぐに甘えて……」

 

 母親に抱きつき頬ずりするフェブリ。布束はそん名彼女を優しく抱き止める。

 この一見絵になる状況に、コーイチはやはり違和感しか覚えなかった。

 

 

 

「コーイチ! ルイコ! じゃあねぇ。また遊ぼうねー」

 

 布束の手に引かれたフェブリがブンブンと手を振り、別れを告げる様を、コーイチとルイコは笑顔で手を振ることで答えた。

 やがて完全にその姿が見えなくなると、ルイコが「じゃああたしもそろそろ……」

 そういってコーイチに別れを告げる。

 その去り際に「ごめんね? 思いっきり蹴っちゃって」そう謝罪した彼女にコーイチは「貸しにしとく」と意地悪そうに返答する。

 変に湿っぽくなるよりは、少しくらい茶化したほうがいいと思っての事だった。

 

「わかった。貸し一つだね。必ず返すから」

 

 ルイコは先程まで暗い顔をしていたルイコは少しだけ明るく、そう返答してくれた。

 

 それにしても……

 誰もいなくなった室内で、コーイチは思案する。

 考えているのはあの布束のことだ。

 あの外見。あれは間違いなく幼児のそれだ。

 しかし自分たちに対する対応や業務に当たる姿は完全に一般の大人と変わらない。

 コーイチの霞のかかった記憶の中にそういう病気があることを思い出す。

 でもそれだけではないような気もする。

 フェブリは言っていた。「パパとママがおしごとでかまってくれない」と。

 つまり父親がいると言うこと。

 父親の外見も同じなのだろうか。

 そういえば……

 はたと今日の出来事を思い出す。

 自分が目覚めた先で出会ったは子供の集団。

 自分を案内した布束も子供。

 自室にもぐりこんできたフェブリも子供。

 

「どういうことだ?」

 

 この異常な程の子供率はなんだ?

 この舞台の裏側で、何が進行しているんだ?

 コーイチは自分のあずかり知れぬところで、何か得体の知れない計画が不気味に進行していくのを感じずにはいられなかった。

 

 

 

 

 研究所の一室にて、カチャカチャとキーボードを叩く音が聞こえる。周りに研究者たちはいない。なぜならここは彼女のプライベートルームだからだ。

 先程からキーボードを打っているのは布束砥信だ。

 そのパソコンから少し外れた長いすには、フェブリが今度こそ力尽きぐっすりと深い寝息を立てている。

 経過報告の提出と提示報告書。

 これは実験が終了するまで彼女に課せられた仕事であり、欠かすことのできない義務でもあった。

 報告書の内容は以下の通りだ。

 

 指示通り、観察対象をフェブリに引き合わせる。

 能力者同士の接触が引き金となり、能力の覚醒が促される可能性がある為だ。

 しかし能力発現の兆候は見られず。

 フェブリとの接触は継続予定。

 明日はエフェクトの接触実験を行う予定。なおこれは対象が自発的に取り組むと申し出たイレギュラーである。

 前回との差異を含め、再考する必要性あり。

 

 布束はそこでキーボードの手を止め、フェブリを見る。

 

「フェブリ……。この実験が終了したら……。いよいよあなたも……」

 

 そう思ったら目頭が熱くなってきた。両手で顔を覆い、あふれ出る感情を必死に押さえつける。

 布束はこれまでの実験を思い返す。

 自分はきっと地獄に行くだろう。

 それだけの事に加担してきたし、これからもそれをしなくてはならない。自分が生き延びるために。

 だけど、この子。フェブリには何の罪も無い。

 自分に出来た子供。

 自分の卵子と他者の精子から人間が形作られていく様は、それだけで生命の神秘を感じずにはいられなかった。

 そして芽生えた母親としての自覚。

 自分を母と慕うこの子がとても愛おしい。

 だけど、それももうじき終わってしまう。

 

「私はどうしたら……どうすればいい」

 

 組織への忠誠か、それとも母親としての愛情を取るのか。

 布束は答えの出ない自問を繰り返すのだった。

 

 

 

 

 



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first move

 翌朝。

 コーイチは布束の案内に従い、目的の場所へと歩を進めていた。

 後数日のうちに殺し合いをさせられるという冗談にもならない事実を受け入れるのは癪だが、ここは折れるしかない。

 今しなければならないことは、力をつけること。

 自衛の為の力がどうしても要る。

 布束はそこからチャンスが生まれるかもしれないと言っっていた。それは、逃走の可能性がわずかでも残されていることを指す。

 つまり戦闘はこの施設外で行われる可能性があるのではないか。もしかしたら郊外。警備もここより手薄なのかもしれない。

 もしそうなら、戦闘時の混乱に乗じて逃走のチャンスは多分にある。

 

(使いこなしてやるさ……。見てろ。ここの奴らに必ずカウンターパンチをお見舞いしてやる)

 

 コーイチの決意は固まっていた。

 こんな所一秒だっていたくないんだ。必ずルイコと一緒に逃げてやる!

 ちなみに、当のルイコもコーイチの後をおっかなびっくりと言った様子でついて来ている。

 何をしていても自由と言う権利はルイコにも与えられている。

 だから本当は自室にいてもいいのだが。

 

「あたしも付いて行くわ! 嫌よ! こんな気味の悪い施設に一人きりでいるなんて! どうにかなっちゃいそう」

 

 そういって同行を申し出てきたのだ。

 昨日のフェブリでもいてくれれば慰みにでもなっただろうが、布束がいうには彼女は「実験中」らしい。

 そういった時の布束の表情はどこか悲痛そうだった。しかしかける言葉も見つからないのでコーイチは気が付かないふりをし、目的の場所まで歩くのだった。

 

 フェブリ。

 やはり、そういうことか……

 こんな施設に連れ子がいるわけは無い。

 彼女も僕たちと同類。

 実験の被験者なのだ。

 何とか、フェブリも外の世界に連れ出せないものか。

 コーイチがそう思案している間に、ついに目的地まで到着してしまった。

 

 目的の場所は重厚そうな扉で閉ざされている。

 扉には電子パネルのようなものが装着されており、どうやら暗証番号化何かを入力しないと開閉できない造りになっているようだ。

 

「この部屋は特殊加工を施されている特別室よ。だからあなたがどんなに派手に暴れようが、nothing。建物が壊されることは無い。一種の能力者用トレーニングルームだと思いなさい」

 

 布束が扉前に設置された液晶パネルに指を這わせ、番号を入力する。

 

「あなたたちの行動は全てモニター上でチェックされる。だけど中で何が起こっても、私にはそれを止める権限は無い。だから、心してかかりなさい」

「どういうことです? そんなに危険な武器なんですか?」

 

 不吉なことを言う布束に一抹の不安を覚えたコーイチは、若干緊張した面持ちで布束を見据える。

 この扉の向こうに一体何があると言うのだろう。

 

「武器じゃない。危険なのは、中の人間」

 

 全ての番号を入力し終え扉が開く。やがて、中の光景がうっすらと見え始める。

 その中にはすでに先客らしき人影があった。

 

「あなたたちに心良い感情を抱いていない連中もいるって事よ。気を抜くとあなた、死ぬわよ」

 

 そしてコーイチ達の長い一日が始まった。

 

 

 

 

 室内は布束がトレーニングルームと評していたようにかなり広い空間だった。学校の体育館かそれ以上の広い空間だ。

 鋼鉄製の床に壁。そして青白い照明。

 そんな人工の光に照らされ、先客の人物はトレーニングに勤しんでいる。

 その人物にコーイチは見覚えがあった。

 それは昨日同じ室内にいた子供達だった。

 人数は4人と昨日より2人少ない。

 その一人にコーイチは見覚えがあった。

 名前は確か、シロ。髪が真っ白で特徴的だったので印象に残っていたのだ。

 後はポニーテールの少女に、お下げ髪の少女。

 そして小柄な少年。

 彼らの名前は分からない。これから先も知る機会があるのだろうか?

 彼らは各々手に光る何かを装備し、四速歩行で動く蟹みたいな機械と対峙している。

 恐らく、訓練用のロボットの一種なのだろう。それはウィィンと駆動音を唸らせ、彼らに対し攻撃を行っている。

 

「え?」

 

 コーイチは目を見開いた。訓練にもかかわらず超高速で何かレーザーのようなものを発射したロボットにも驚いたが、もっと驚いたのはそれを交わした彼らの動きだ。

 ロボットの攻撃を紙一重でかわし、異常な俊敏さで懐に飛び込んでいく彼らの動きは、明らかに常人のものとは思えない。

 そして彼らが何かナイフのようなものを取り出し突き出すと、ロボットはその動きを止め唐突に爆発した。

 耳を劈く爆発音が室内にこだまする。

 

「うわっ!?」

 

 思わず耳を塞いだが、一体何が爆発したのか。コーイチには皆目見当が付かなかった。

 

「あれがeffect。私たちが開発した、まったく新しい概念の武器。その試作品よ」

 

 そういって布束が取り出したのは小型のアタッシュケースだった。カチリと箱の中身を開封するとそこから出てきたのは一本のダガーナイフで、ウレタン性のスポンジにすっぽりと収まっている。

 ナイフは赤みを帯びた色合いをしており、柄の部分に赤い宝石のようなものがはめ込まれている。

 

「陽炎。このナイフの名前よ。手にとってみなさい」

 

 コーイチは恐る恐るといった様子でナイフに手を伸ばす。ナイフは意外と軽い。自分でも扱えそうだ。

 ためしに2,3回振ってみる。

 しかしこのナイフにあんな爆発を引き起こせる効果があるとはとても思えない。

 

「あとは慣れね。私がレクチャーしてあげてもいいけど。もっと適任者がいるわ。シロ」

 

 布束は訓練を終え、一息ついているシロに声をかける。

 

「何?」

 

 シロは汗をタオルで拭うと、こちらにやってくる。白いシャツにスウェットハーフパンツを着ている彼女は、怪訝な表情をしてこちらを見つめる。

 

「この子に、エフェクトの使い方をレクチャーしてあげて。実践経験豊富なあなたなら分かり易く説明してくれるでしょう?」

「私、まだ訓練したい」

 

 シロがあからさまに不機嫌な声色を出し抗議する。

 そんなシロに対し、布束は「しかたないわね」といった表情で提案をする。

 

「もし条件を飲んでくれたのなら、またプリンを作ってあげるわ。それじゃだめ?」

「プリン!」

 

 その言葉にシロは即座にピクンと反応した。

 

「それはもしや、円錐台の上にカラメルソースが乗って肌色をしているあのプリン?」

「そう。そのプリン。今なら牛乳プリンもおまけにつけてあげるわ」

「おお~~」

 

 シロは目を大きくあけ、頬はほんのりと高揚し、何かを思い出すように唸っている。

 

「プリン……あれはいいもの。この世にこんなおいしい食べ物があるなんて……」

 

 目をうっとりと輝かせ、プリンに思いをはせるシロに、最初の頃の無愛想さは微塵も感じられない。

 まあ、その気持ちは分からないでもないけど。

 コーイチは今朝の朝食を思い出す。

 職員が持ってきた銀のトレイにはブロック上のレーションのようなものがドンと置かれていた。

 まるで色粘土のようなそれにとりあえず口を付けてみたが、あまりのまずさに二度と口に含もうとは思わなかった。

 これが毎食出るとしたら……

 布束さんにいって、食事はちゃんとしたものをお願いしよう。せめて最低限の食事だけは採りたい。

 

「しかたない。プリンの為だ。レクチャーしよう」

 

 どうやら交渉は成立したようだ。シロはコーイチが手に持っている陽炎を指差し、自分に渡すようジェスチャーする。

 

「それじゃ、後は任せたわ」

 

 コーイチの肩をぽんと叩き、布束はそのまま扉から出る。それと同時に重い扉が閉じられる。

 

「コーイチ君。ふぁいと」

 

 後でルイコが声援を送ってくれる。

 当面の目標はこのエフェクトを使いこなすこと。その為にもシロから貰う情報は必要不可欠なものだ、聞き逃すまい。

 コーイチはエフェクトをシロに手渡しつつ、これからするべきことを頭の中で反芻させた。

 

「このエフェクト。『陽炎』は、スタンドと呼ばれる能力を所有する能力者から、その能力を抽出して造られた」

 

 スタンド?

 また新しい単語が出てきた。

 しかし話の腰を折るのも気が引ける。質問は後だ。今はシロの話に耳を傾ける事にする。

 

「現在生産されているのはこの『陽炎』『雷電』そして試作途中の『桜花』のみ。このエフェクトを起動させると使用者は擬似的にスタンド能力を有するようになる」

 

 つまり現時点では二本使用できるエフェクトがあるって事か。

 その一つが、今シロが手にしている『陽炎』。

 

「この『陽炎』の特殊能力は『炎』。物体を焼いたり、広範囲の敵を殲滅するのにとても有効」

 

 シロは陽炎をコーイチに手渡す。

 

「まずはなれることが肝心。エフェクトを構えて」

「こ、こうかな?」

 

 とりあえず、見よう見まねでエフェクトを構えてみる。

 

「柄の部分に親指を乗せて」

「あ、ああ」

 

 赤い宝石に指を這わす。

 

「キーコードを言う。『エフェクト起動』それだけでいい」

「エ、エフェクト……起動?」

 

 その言葉に反応し、宝石が一瞬輝きを増す。

 何? とコーイチが思うまもなく、宝石から霧状の何かが炎の渦を巻き、形となっていく。

 それは人型をした物体だった。

 しかし完全に人間の形をしているわけではなく、頭部は鳥、体は筋肉隆々とした男性を思わせるデザインをしていた。

 悪魔。

 最初にコーイチから出てきたのはその単語だった。

 唯一違うのは、黒く陰湿なイメージがあるそれとは違い、こちらは赤く燃え盛る炎を身にまとっていることだろうか。

 その異形の何かはコーイチを見据え、ただじっと主の命令が下されるのを待ち続けているように見える。

 

「これが、エフェクト?」

「そう。宝玉から呼び出された、忠実な僕。使い魔。好きなことを念じてみるといい。エフェクトは、その通りに動くから」

 

 動く?この物体が? 自分の思うままに?

 シロに促され、コーイチは恐る恐るといった風に、目の前の鳥人間に命令を出してみる。

 

「……えっと、じゃあ……右手、あげて?」

 

 スッとコーイチの命令に反応した『陽炎』は即座に右手を上げる。

 

「う、わぁ」

 

 本当に命令に反応した。

 ある種の感動を覚え、思わず感嘆の声が出てしまう。

 

「まずは慣れる事。これ重要。だから、ドローンを攻撃してみる」

 

 シロが呼んだのか、いつの間にか四速歩行型のロボットが一体、こちらに近づいてくる。このロボットは先程シロたちが訓練で撃破したものと同じ形状をしている。

 それがコーイチの約20メートル手前で停止した。

 

「大丈夫。初心者モードに設定してある。だから攻撃はしてこない。エフェクトで攻撃してみて」

 

 シロがドローンを指差す。

 

「陽炎の特殊能力を使う。つまり炎。それを飛ばしてドローンをやっつける」

「炎を、飛ばす……?」

「最初は格好を気にせず、ナイフを目標に定めて」

 

 言われたとおり、ナイフを突きつけるように目標に定める。

 

「陽炎と意識を同調して。『陽炎』は、もう一つのあなた。陽炎の見ているものをあなたも見ている。そのつもりでドローンを見て」

 

 意識を同調……。難しいな。

 思わず目を閉じる。

 

(あれ?)

 

 どういうわけか、目を閉じているはずなのに、外の情景が見える。

 これは、ひょっとして……『陽炎』の視点か?

 これが意識を同調するって事か?

 そういえばエフェクトを起動してから体全体が熱い。

 『陽炎』の炎が自分にも飛び火したみたいに熱い。

 

「後は意識して。絶対に目標に当てるんだという気持ちを持って」

 

 目標。

 20メートル先のドローン。

 頭の中でイメージが沸き起こる。

 それは炎。火球にも似たそれを相手に投げつけるイメージ。

 これは『陽炎』が抱いたイメージなのか?

 それはだんだんと膨らみ、やがて開放してくれとコーイチに迫る。

 だからコーイチはその言葉に答えるため目を見開き、イメージを解き放つ。

 

「当たれ!」

 

 その言葉に応じるように、『陽炎』の口内から巨大な炎が吐き出される。

 炎は一直線にドローンの元へと向かい、そのまま直撃するかと思われた。

 しかしその瞬間、ドローンはひらりとその体を回転させ、攻撃をかわしてしまう。

 派手な爆発音だけが空しく室内に木霊する。

 

「あ、ら……?」

「残念。攻撃はしてこないけど、回避はするから、あれ」

 

 シロが無慈悲に新事実を述べる。もっと早く言ってくれよコーイチは思った。

 遠くのほうで「あっはっはっはっ」という明らかに馬鹿にした笑い声が聞こえる。

 見るとシロの仲間のうちの一人が、「ヘタクソ」といわんばかりに大笑いしている。

 ぐぐっ……ちくしょう。そんなに大笑いしなくてもいいじゃないか。

 一撃で敵を粉砕し自信を付けたかったコーイチは、軽いショックを受けながらも、シロに尋ねる。

 

「に、逃げる敵に当てるのって、どうすれば?」

「訓練」

「そーですか……」

 

 いいさ。何度でもやってやる。

 そして絶対使いこなしてやる。

 今のうちにせいぜい高笑いしておくといいさ。

 コーイチは叫びだしたい気恥ずかしさと、悔しさを何とか胸の奥に押し留め、訓練を再開するのだった。

 

 

 

 

「ゼー。ゼー」

「コーイチ君。大丈夫?」

「ま、まだまだ……」

 

 仰向けに倒れ荒い息を発しているコーイチに、ルイコが心配そうに駆け寄る。何とか呼吸を整え上体を起こしたコーイチは、ルイコに心配要らないとやせ我慢を言う。

 かれこれ3時間。

 コーイチは一心不乱に『陽炎』を使いこなそうと。ドローンに攻撃を繰り返していた。

 最初のうちは変則的に回避運動をとるドローンの動きに対応できず四苦八苦していたが、1時間ほどすると次第に目が慣れ、動きに対応できるようになってきた。

 また、炎の使い方でも発見があった。この炎はある程度自分の意思でコントロール可能という事である。

 それを発見したのは30分ほど前。攻撃が外れ、「ああ、この炎が曲がったらいいのにな」と心の中で思ったら、逃げるドローンのほうへ自然にシフトしていったのだ。

 ふとシロを見るとあからさまに不自然に視線を逸らして来た。知ってたな。こいつ。

 

「よっこらしょ」

 

 思わずおじいさんのような掛け声を出して、コーイチは起き上がる。頭がボーっとする水分が不足しているのかもしれない。そう思っていたら、どこから調達してきたのか、シロがペットボトルを差し出してきた。

 

「水分補給も大事。はい」

 

 中身は白色をした液体が入っている。どうやらスポーツ飲料のようだ。それをコーイチは「ありがとう」と感謝の言葉と共に受け取り、すぐさま飲み干す。

 

「ぷはあっ」

 

 五臓六腑に染み渡るとはこのことだ。

 気持ち的にリフレッシュできたコーイチは、流れ出る汗をタオルで拭い、訓練を再開しようとする。だがそれをシロが手で制止する。

 

「エフェクトは長時間の使用には不向き。精神力を多大に消耗する。そんな中での訓練は無意味」

「そうなのか?」

「そうなのだ。だからしばらく休息が必要」

 

 シロが地面を指差し、座るように促す。

 

「ん……。じゃあ、まぁ……」

 

 実を言うと体力面でも限界に近かった。コーイチはシロの言葉に甘えさせてもらうことにする。

 ぺたんと地面に腰を下ろすと、とたんに疲労感がどっと押し寄せてくる。

 

「ありゃ?」

 

 腕に力が入らない。そのまま体を支えきれなくなったコーイチは、仰向けに倒れこむ。その衝撃で頭をしこたま床にぶつけてしまう。

 

「いだぁ!?」

「ルイコ。反対の足を持って。私は頭を持つ。ひっくり返す」

「え? ……う、うん」

 

 コーイチの様子を見たシロはルイコに手伝ってもらい、コーイチをうつぶせにする。

 

「な、なに?」

 

 いきなりのことで何が起こったのか分からないコーイチに、シロが「ちょっと黙れ」と言う。

 そしてそのまま背中に乗ると、トレーニングウェアをめくり、両手で強く押し始める。

 

「え? ちょっ!?」

「マッサージする。明日筋肉痛になったら動けなくなるから」

 

 ぎゅっぎゅっと少し強めに背中を押し、両腕や足をほぐしていく。

 

「そ、そんな!? 悪いよ! 大丈夫、これくらい何ともないって!」

「筋肉痛を馬鹿にしない。マッサージは運動直後にやるのが最も効果的。筋肉の緊張を解き、血行を促進する効果がある」

「いや、だから? そういうことじゃなくて。恥ずかしいんだけど!?」

「安心して。私も恥ずかしい。これでお相子」

 

 ならやるなよ、というコーイチの願いは却下され、この後しばらくマッサージは続くのであった。

 

 

 マッサージ終了後。

 

「うん。これはかなり恥ずかしいね。上半身裸で女の子にマッサージしてもらうなんて、なかなか無い状況だよ?」

「言わないでくれ……。思い出すと顔から火が出そうだ」

 

 ルイコの茶々にコーイチは心底うんざりした様子で答える。

 しかし効果はてき面で、腕に力が入らないということは無くなった。明日の筋肉痛の心配も無いだろう。その辺は感謝しなくてはならない。

 

「いい? 疲れた体を癒すには半身欲がもっとも効果的。全身の新陳代謝が活性化するから、疲労回復にも効果的。他にも免疫機能の向上やリラックス効果が期待できて……」

 

 そのシロはコーイチに疲労回復のノウハウを教え、「健康こそが最大の資本!」と力説する。接してみて分かったが、意外と彼女は世話好きな性格をしているようだ。

 だからこそ、コーイチは聞いてみたくなる。彼女達の事を。

 彼女達は怖くないのだろうか?

 自分たちが明日死ぬかも知れない生活を送っているということに。

 疑問に思わないのだろうか?

 自分たちが何故戦わされるのかという事に。

 コーイチは思い切って聞いてみることにした。

 

「あのさ。シロ。……君に聞きたいことがあるんだ」

「何?」

 

 突然の話の切り出し方に、シロは一瞬戸惑うが、すぐに元の表情に戻る。

 コーイチは一瞬ためらうが、この際だからと思い切って質問する。

 

「君は……。君たちは疑問に思わないのか? この実験に。もうすぐ自分達が殺し合いをさせられるこの現状に!」

「……」

「僕は、怖い……。自分が明日をも知れない命だなんて、考えただけでぞっとする。しかもそれを他人が管理しているだなんて……。どうして君たちはそんなに平然としていられるんだ? お願いだ。どうか答えてくれ」

 

 シロはしばらくコーイチの問いに答えなかった。

 ただ虚空に目を這わせ、コーイチの視線を交わし、どこか遠くを見つめているようなまなざしを送っていた。

 

「……理由なんて、ない。だって私たちには、始めからそれしか与えられなかったから……」

 

 まるで最初の頃のシロに戻ってしまったかのように、無表情で、抑揚の無い声で話す彼女がいた。

 

「一体何が……。何をされたんだ? 奴らに!」

 

 コーイチがさらにシロを問い詰めようとしたその瞬間。

 すぐ隣で何かが爆発した。

 

「!?」

 

 爆発の威力は小さく、3人が巻き添えを食うほどではなかった。

 しかし明確に、コーイチ達を狙ったのは明確であった。

 爆風の煙をもろにかぶり、コーイチは思わずむせる。

 

「クスクスクス……ごめんなさい。標的を外したわ。あのドローンよく動くから」

 

 それが嘘なのは明白だった。なぜなら彼女の練習相手のドローンはすでに黒煙を発して、その活動を停止させていたからだ。悪意ある犯人は、煙の中から下卑た笑い声を発し、こちらにやってくる。

 

「アズサ。何の真似?」

 

 巻き添えを食った形のシロは相手をギロリと睨む。

 

「だから謝っているじゃない。事故よ事故」

 

 煙から現れたのはやはり年端の行かない少女だった。長い髪をポニーテールにした彼女は、勝気そうな表情を浮かべ、「それより……」とコーイチを凝視する。

 

「な、なんだよ?」

 

 あまりにも敵意のこもった視線に、思わずたじろぐ。この子に何かしただろうか?

 コーイチは思い返すが昨日あったばかりの、ほとんど初対面の相手の事など、ろくに思い出せるはずも無かった。

 するとアズサはビシッと人差し指でコーイチを指差し、「ちょっとあんた!」と語気を荒めて詰め寄る。

 

「あんた、佐伯さんのお気に入りらしいじゃないのさ! 聞いたわよ! あんたは特別だって!」

「特別? 僕が?」

 

 何を言ってるんだ? この子は?

 一瞬、このアズサという子が何を言っているのか理解できず、ポカーンとした表情を浮かべる。

 それにしても。また佐伯って名前が出てきたな。

 それがこの子供達のボスの名前か。

 

「ちょっと! 何ボケッとしてんのよ! 話聞いてんの?」

 

 アズサは不機嫌そうな表情をいっそう悪くし、怒鳴り散らす。

 

「ああ、ごめん。なんだって?」

「きぃ~~! むかつく。何その余裕の態度。ほんと~~に! むかつく! いいわねあんた! 施設内を自由に行き来出来て! あたしらなんて、訓練以外の場所には立ち入ることさえ許可されてないのに!」

 

 え? ……そう、なのか?

 思わずくるりとシロのほうへと目を向ける。

 シロは無言で「コクン」とうなずいた。

 なんで僕とルイコだけ?

 コーイチが再び思考を巡らせようとするとアズサが「訓練、しましょ!」と甲高い声で邪魔してきた。

 

「こーんな攻撃もしてこないドローンばっかり相手にしないでさ? 手っ取り早くちゃっちゃと戦闘経験積みたくない?」

 

 くるくるとエフェクトを指先で器用に回転させながら、アズサが挑発的にコーイチを見据える。

 

「佐伯さんが特別だって言ったあんたの力。あたしに見せてよ?」

 

 たぶん彼女の内心を翻訳するとこうだろう。

 

『むかつくのよ! ぽっと出の新人が偉そうにしてんのが! 見てなさい! ギッタンギッタンのボコボコにのしてやるから!』

 

 冷静に考えれば、こんな安っぽい挑発に乗ることなんて無い。しかし、時間が無いのも確実だ。

 今は少しでも戦闘経験を積む方が得策だと思う気もする。

 だが、最初にドローンを攻撃していた彼女達の実力は折り紙つきだ。たかだか数時間エフェクトを触った程度の自分が、果たしてまともに相手になるのか。

 あ、そうか……

 コーイチはそこではたと思いだす。

 何もガチンコで戦う必要は無い。

 生き残る。

 それだけを念頭にエフェクトを使用すればいいんだ。

 ならこれは来るべき時の予行演習も兼ねる事になる。

 攻撃を捨て、守りに徹した場合。格上の相手とどこまでやりあえるのか。

 今回はそれを学ぶことに意識を集中すれば良い。

 

「……わかった。確かに実戦経験は積んだ方が得策だもんな。よろしくお願いするよ」

 

 コーイチはアズサの申し出を受ける事にした。

 

「意外。逃げるのかと思ったのに……。ふふふ。じゃあさっそく、はじめましょうか? 出来るだけ実戦に近い形でやりあいましょう?」

 

 アズサがエフェクトを手にし、『陽炎』を発現させる。

 

「なんで? コーイチ君!?」

「命知らず。何で逃げない」

 

 ルイコとシロが口々にコーイチを批難する。彼女達の心配は痛いほど分かる。現状では勝ち目が無いことは誰の目から見ても明白だからだ。しかしそれでもやらなければならない。

 

「ごめん。でも、実戦に近い形で無ければ意味無いんだ。そうじゃなきゃ、きっと生き残れない」

 

 コーイチも『陽炎』を出し、アズサと対峙する。その瞬間、巨大な火球が目前まで迫り、コーイチを飲み込もうとする。

 

「な!?」

 

 瞬間的に『陽炎』の炎で火球を相殺しよう試みる。しかし突然のことで、出現させた火球は威力が弱い。当然相殺できず、半分近く残して火球はこちらに向かってくる。

 

「くぅ!」

 

 コーイチは『陽炎』に、コーイチ自身の体を放り投げるよう強く念じる。それに反応し、服をむんずと掴まれたコーイチはそのまま床に叩きつけるように投げつけられる。

 堅い床で肘やもも部分をすりむき出血してしまったが、どうやら炎は回避できた。

 

「言ったでしょ? 実戦に近い形でって。わざわざ『よーいドン』で仕掛けてくるとでも思ったのかしら? だとしたら本当、おめでたいわねあんた」

 

 クスクスクスとアズサが笑う。

 あの一撃。本当にコーイチを殺す気で撃ってきたように思った。

 もしとっさに防御しなければ。

 そう思うと薄ら寒いものを背中に覚える。

 しかし同時に、妙な高揚感があった。

 脳内でドーパミンが出すぎたのか、次第にこの状況を楽しみ出す自分もまた存在していた。

 そうだ。実戦だ。そうじゃなきゃ、意味が無い。

 もっと追い詰めろ。

 命が無くなるそのせめぎ合いの瞬間まで、僕を追い詰めるんだ。

 その時、アズサと対峙していたコーイチの顔は、確かに笑みを浮かべていた。

 それがやせ我慢から来たものなのかそうでないのかは、ついにコーイチにも判別できなかった。

 

 

 

 

 



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gambit

「食らえ!」

 

 アズサ掛け声と共に『陽炎』が火球が連続して三つ、己の口から吐き出し、コーイチに放つ。

 すさまじい轟音を上げるそれは圧倒的な速度でコーイチに迫る。

 

「『陽炎』」

 

 コーイチは自身の『陽炎』に、同様に火球を三つ吐き出させ、これを相殺する。

 火球同士が互いにぶつかり消滅する際に、ボンっというすさまじい音と水蒸気が周囲に巻き起こり、白い煙で周囲が見えなくなる。

 その結果を見て、コーイチはニヤリと笑う。

 コーイチは明らかにこの状況を楽しんでいた。

 未知の武器、能力を手にする楽しさに酔っていたのかもしれない。

 体がすごく軽い。思い通りに動かせる。

 『陽炎』と意識を同期しているせいだろうか。

 精神が研ぎ澄まされたようにクリアで、気分がいい。高揚感もある。

 先程までアズサに感じていた、恐怖感や不安に思う気持ちは今は微塵も無い。

 コーイチは『陽炎』を見る。

 だんだんとエフェクトの使い方が分かってきた。自分の使用する武器も『陽炎』なら、アズサのも『陽炎』。同系統の武器なら威力を相殺することが可能なのだ。

 後は戦闘経験の差……か。

 こればかりはそう簡単に埋めようが無い。

 もっと引き出してみせる。

 エフェクト(コイツ)の力。何が出来て、何が出来ないのか。見極める!

 コーイチは脱兎のごとく、アズサから距離をとる。

 

「コイツ!? また逃げる!?」

 

 苛立ちの混じった声を上げながら、アズサはコーイチの後を追う。

 大分いらだっているな。自分を追撃してくるアズサを見てコーイチはほくそ笑む。

 無理も無い。先程からコーイチは積極的にアズサに対して攻撃を仕掛けていない。

 防御主体の戦闘。

 きっとアズサは「何で攻撃を仕掛けてこないの!?」と疑問に思っていることだろう。

 これはコーイチにとって実験に近かった。

 高々一週間程度、戦闘の訓練を積んだからといって、実践でそれが生かされるとは思えない。

 それで意気揚々と敵に向かって行っても、恐らく瞬殺されてしまうだろう。

 漫画のような修行を積んでの急激なパワーアップなど絵空事でしかないのだ。

 なら自分に出来ることは?

 それは守りだ。

 ルイコを守りつつ。敵の攻撃をかいくぐり、隙を見て脱出する。

 その為だけの力を得る。

 明確な殺意を持って襲ってくるアズサはその実験の良い練習台というわけだ。

 だからこうしてヒット&アウェイを繰り返している。

 いける! この調子で練習を積めば、エフェクトは使いこなせる。

 希望が見えてきた。

 そう思いコーイチは少し気を抜いてしまう。

 それがいけなかった。

 

「あ!?」

 

 コーイチの目の前に火球が迫る。

 数は5つ。

 大きさは先程より小さい。

 だが小さい分、スピードが速い。

 

「『陽炎』!」

 

 相殺している余裕は無い。コーイチは『陽炎』でその火球を全て弾き飛ばした。

 間一髪。

 ふー。と息を吐くコーイチに上空から影が迫る。

 

「!!」

 

 それは先程と同じ火球だった。それが上空から2つ。

 ゆっくりとコーイチ目掛け襲ってくる。

 まさか……。コーイチははっとする。

 迂闊だった。

 さっきの5つの火球は陽動だったのだ。

 実際に放たれた火球は7つ。

 本命はこちらだ!

 

「『陽炎』! 打ち落とせ!」

 

 スピードが遅いのが幸運だった。これならなんとか相殺できる。

 だがそれは甘かった。

 2つの火球は、コーイチが攻撃する目前で爆発したのだ。

 

「くぅ!」

 

 巻き起こる爆風と爆煙・熱風に思わず身体を丸め、防御姿勢をとる。

 

「つ~かまえた」

「しまっ……!?」

 

 煙の中からアズサの声がしたと思ったその瞬間。

 『陽炎』の右腕から繰り出された拳が、コーイチの腹にめり込んだ。

 

「うげっ!」

 

 コーイチはうめき声を上げ、地面に転がる。息が出来ない。

 そのコーイチを、獲物を捕らえた喜びに満ちた表情のアズサが見下ろした。

 たった一発。右腕から繰り出された『陽炎』の一撃でこの様かよ。

 ボクシングの選手がボディーブローを受けたらこんな感じになるんだろうなぁ。ぼんやりとそう思った。

 

「……あの2発目も……おとり……か?」

 

 かろうじてそれだけ口にすることが出来た。

 

「そう。周りを煙幕で覆っちゃえば、絶対油断すると思ったけど。きゃはっ。まさにビンゴね!」

 

 アズサがコーイチの握っていたエフェクトを足で蹴飛ばす。

 カラカラとあらぬ方向へと飛ばされたエフェクトを眺めながら、コーイチは己の敗北を悟った。

 

「これから何が行われるのか、わかるかしら?」

「ろくでもない事なのは、確かだろうね……」

「余裕ね。軽口を叩くなんて」

 

 コーイチはちらりと真正面の鉄の壁を見る。

 たぶんあのあたりにカメラがあって、布束たち研究者がこちらを見ているのだろう。

 だが、止めに入る様子は無い。

 つまり、このまま様子見という事だ。

 もしかして、このまま殺されても助けに入らないんじゃないだろうな?

 そう思うと涙より、ある種のおかしさが胸の中からこみ上げてくる。

 せめて軽口くらいは言わせて欲しい。そう思っていると、見えない何かにいきなり服をつかまれ、無理やり立ち上がらされた。

 

「エフェクトを持たないあんたにはもう見えないでしょうね。『陽炎』の姿が」

「何でもありだな……。この武器は……」

 

 一般人には見ることが出来ないのか、こいつは。

 確かにこれはすごい武器だ。これは試作品だといっていたけど、こんなのが量産されて一般に出回ったら、武器のあり方が変わるかもしれない。

 

「もう止す。勝負はついた。これ以上の戦闘は無意味」

 

 見かねたシロが鋭い視線をこちらに向け、戦闘を止めるよう促す。しかしアズサは聞く耳を持たないといった感じで睨み返す。

 

「最初に言ったでしょ? 実戦に近い形で戦闘を行うって。まさか敵に参ったって言えば許してくれるなんて思ってないでしょうね? 中にはこうやって、嬲るのを趣味にしている奴だっているんだから!」

 

 アズサの右腕が唸りを上げ、コーイチの顔面を襲う。子供の、それも少女のものとは思えない思い一撃を頬に受け、たまらずコーイチは吹き飛んだ。

 鼻が折れたのか、鼻血が吹き出、口の中に入る。たちまち鉄の味と匂いが口全体に広がっていく。

 コーチは鼻を押さえながら、よろよろと起き上がる。だがそれはアズサを喜ばせる行為でしかなかった。

 5発。6発。7発。

 顔や腹や腕。

 痛みでもはやどこを殴られているのか分からない。

 先程から右目が塞がって見えない。たぶん顔はパンパンに膨らんでいる事だろう。

 アズサの鋭い蹴りが鳩尾に見事に入る。

 吹き飛ばされ、頭を地面に強打する。頭がぼんやりとして何も考えられない。

 意識が……。だ、めだ……。僕はまだ、戦える……。戦わなく、ちゃ……。

 コーイチの意識はそこで途絶えた。

 

 

「いいかげんにする。これ以上やるなら私も黙ってない」

 

 シロがコーイチとアズサの間に割って入り、エフェクトを取り出す。いつでも戦闘を始められるように、予めエフェクトを発動させている。

 シロが手にしているのは『陽炎』とは違うもう一種類のエフェクト。

 金色のカラーをしたナイフの名称は『雷電』。鳥の頭部のような顔付きの『陽炎』と違い、こちらは恐竜のような顔付きをしている。

 その『雷電』は全身からバチバチと電気を放電させて、臨戦態勢をとりアズサを見据えている。

 

「意外ね。あんたが他人の為にここまでするなんて。もっと冷血漢だと思っていたのに」

「不愉快なのが嫌いなだけ。今のあなた、とても不愉快。消えて欲しい」

 

 向かい合う二人。まさに一触即発の状態だ。

 その均衡状態を崩したのは一発の火球だった。

 火球はヘロヘロとアズサの前方5メートル付近、何も無いところで爆発した。

 アズサはその火球がやってきた方向へと振り返る。

 

「はーっ……はーっ……はーっ……はーっ……」

 

 そこにいたのはルイコだった。

 ルイコは肩で大きく息をしながら。アズサを睨みつけている。

 その両手にはアズサがコーイチから取り上げたエフェクトが握られている。

 

「何の真似よ、あんた。やろうっての?」

 

 アズサがルイコを睨みつける。せっかく盛り上がってきた気分に水を指され、かなり語気が荒い。

 

「これ……。実戦と同じ形式なんでしょ? だったら、こうやって横槍が入ることも珍しいことじゃないでしょ? あたしがそれをやって何か不都合でもあんの?」

「そんなことされて、ただで帰すと思う? 死にたがりなんだ? あんた」

「冗談! 死にたい訳無いじゃない。目の前で仲間がやられて放っとけなくなっただけ」

 

 精一杯のやせ我慢で、ルイコは挑発的な笑みを浮かべる。

 両手に持った剣先はブルブルと震えている。

 本当は怖いが、このままではコーイチが危ない。

 その時スッと一つの影がルイコの隣に立つ。

 

「二対一だけど……。やる?」

 

 それはシロだった。すでに臨戦態勢の彼女はいつでも飛び掛る気満々だ。

 一方のアズサも「もちんろん!」と『陽炎』を構え、ルイコ達に挑もうとする。

 

「……アズサちゃん。もう止めましょう?」

 

 それを制したのはアズサの仲間であるはずの、お下げ髪の少女だった。

 どこと無くおっとりとした雰囲気をかもし出している少女は、困ったような表情でアズサを見る。

 それはやんちゃな子供を見守る母親のような視線だった。

 彼女の背後にはくっつくように少年が立っている。どこかおどおどとした年端の行かない少年だった。

 

「……ナナミ。コータ。あんた達まで邪魔すんの?」

 

 アズサは憎憎しげに二人を見る。

 

「だって、意味無いもの。シロちゃんとアズサちゃんの実力はほぼ互角。本気で戦ったらどちらもただじゃ済まないもの。私、二人にはどちらも死んで欲しくない。だからね? やめよう?」

「おねーちゃんの言うとおり、なの」

 

 ナナミとコータの「もう止めよう」という声に、アズサは「うう……」とたじろぐ。

 

「おねがい」

 

 自愛のこもったナナミの視線に晒され、先程までの激情していたアズサの態度が溶解する。

 そして彼女の瞳からほろりと、一筋の涙が零れ落ちる。

 

「なによ……。私だけ悪者? だってあいつが悪いんじゃない! 後から来たクセに特別扱いされて! なんであいつだけ!? 私、頑張った。言われたとおりに頑張って敵もいっぱい倒してきたのに! なんで!? どうしてよ!?」

 

 アズサが意識を失っているコーイチを指差しながら、涙交じりで非難する。

 

「そうだね。アズサちゃんは頑張ったね。私は知ってるよ。先陣を切って敵をまっ先に倒してくれるのはいつもアズサちゃんだもんね。そのお陰で私たちがどれだけ助かっているか。すごい子だよアズサちゃんは」

「うん。偉いの。アズサ」

 

 ナナミがアズサの身体を包み込み、よしよしと頭を撫でる。

 それにコータも続く。

 

「私……。謝らないから。私……悪くないもん……」

 

 グスっと鼻を鳴らしながらアズサはナナミの腕の中で嗚咽した。

 

「えっと……? どうなってんの? これ?」

 

 ルイコはいきなりの展開に戸惑った声を上げる。

 あんなに激昂していたアズサのあまりの変容振りに戸惑いを隠せないのだ。

 それを察したシロがどこか悲しそうにアズサを見る。

 

「……アズサ。感情の制御が出来ない。ちょっとした事で、すぐに気分が変わる。実験の副作用」

「実験?」

「神経細胞シナプスの強化実験。脳から筋肉への伝達をスムーズに行うようする。これによって、私たちより数倍の運動能力向上が見込まれる。はずだった……」

「はずだったって……。じゃあ、実験は?」

「失敗。能力向上は見込まれず、代わりにひどい副作用がついた」

 

 それが、感情の制御不能。

回復の見込みは、無いという。

 これから一生。あの子は不安定な精神で日常を送るのか。

 ルイコは胸が締め付けられるような感覚を覚えた。

 改めてこの研究施設の非人道的さが浮き彫りになってくる。

 ここは人を人とも思わない、人間の皮をかぶった悪魔の巣窟なんだ。

 そう思うと、先程アズサに抱いていた怒りはどこかに消し飛んでしまう。

 

「むごい……」

 

 ナナミの胸の中で泣きじゃくる彼女を見て、ルイコが独り言をつぶやくように言った。

 明日は我が身。

 不意にそんな言葉が頭の中に浮かんだ。

 

 

 

 

 ?月?日?時??分。

 一体どれくらい時間が経ったのだろう。

 両手と両足に手錠を掛けられ、彼女、二宮双葉はベッドに寝かされていた。

 清潔なシーツに薬品のにおい。真っ白な室内。

 耳を凝らすと遠くで急患を告げるアナウンスや人々の息遣い、足音などが聞こえる。

 ここがどこかの病院であることは容易に理解できた。

 恐らくアンチスキル管轄の病院なのだろう。でなければ自分に手錠など掛けるはずない。

 目の前にはシンプルなつくりのパイプ椅子が一つ置かれている。

 今は席をはずしているらしいが、ここで自分のことを監視していた人物がいたのは明白だ。

 しばらくの後。ガチャリとドアノブが回され監視していた人物が姿を現す。

 がっしりした体格の男だった。ウインドブレーカーを着込み、鋭い視線を双葉に向けている。

 その人物に双葉は見覚えがあった。

 

「……なんだ。誰かと思ったら。プロメテウス事件の時以来だね。ゴリ山さん」

 

 双葉がゴリ山と称した人物は、強面の表情を崩さず一言「五井山だ」とだけ正すと、備えてあるパイプ椅子にドカッと腰掛ける。

 五井山の脳裏には彼女と取っ組み合いの喧嘩をした記憶が鮮明に思い出される。

 

「本当はお前を絞め殺したいよ。捜査かく乱。犯罪助長。犯人隠避。おまけに先の柵川中学占拠事件。数え上げたらキリがねぇ」

 

 思い出したら向かっ腹が立ってきたのか、五井山は額に青筋を浮かべている。

 

「それで? 用件はなんだい? まさか僕に愚痴を言うためにここにいるわけじゃないんだろう?」

 

 双葉は苦笑いを浮かべ、「本題に入りなよ」と先を促す。

 

「柵川中学襲撃事件の際、お前には協力者がいたはずだ。真壁竜一と岸井エリカ。その内、岸井エリカの行方は未だ掴めずだが、残りの真壁竜一の身柄を確保した。その真壁が証言したよ。自分は『イレイズ』という組織の一員で、お前もかつてその組織にいたんだってな?」

 

『イレイズ』という言葉に双葉は眉を一瞬潜める。

 

「公にされていないが学園都市には『暗部』と呼ばれる非人道的な組織が複数存在している。兵器開発。人身売買、人体改造。要人暗殺、その他もろもろの糞ったれな犯罪に手を貸しているろくでもないやつらさ。『イレイズ』はその中でも人身売買を専門に扱っている。その被害にあっているのが置き去り(チャイルド・エラー)と呼ばれる年端も行かない子供達だ」

 

 取り出した資料の束を苦虫を噛み潰したような顔をして見る。

 ページをめくるたびに五井山の表情がだんだんと怒りを帯びたものになってきているのは、それだけページの内容が悪意に満ちたものだからだ。

 

 置き去り(チャイルド・エラー)とは現在、学園都市内でも無視できない社会問題となっている、置き去りにされた子供達の総称である。

 その理由は年間の学費が払えない、あるいは厄介払いと様々理由が挙げられる。

 いずれにしろ心の無い両親によって帰るべき場所をなくした子供達は、犯罪組織からすればの格好の餌食であった。

 学園都市内では年間数百人の割合で行方不明者が発生しているが、その大半が彼ら、置き去り(チャイルド・エラー)の子供たちである。

 

「なるほどなるほど。それで僕を通して組織の情報を得たいって事か」

 

 双葉は納得したようにうなずく。そのまるで他人事のような態度に、五井山はつい語気を粗め、持っていた資料を握りつぶしそうになる。

 

「そうだ! 『イレイズ』の大まかな活動記録を見たが……。吐き気を催すぜ。人間が、人間をモノみたいに売り介しているなんてよ!」

 

 双葉のベッドの上についに捜査資料の束をぶちまける。

 その内の一つ、購入者の売り買いの記録が双葉の目に留まる。

 

 ①6歳くらいの幼女。

  髪は長髪。黒髪。

  顔立ちは可愛らしい感じで。

  性格は天真爛漫。

  自分のことをパパと慕うように教育してください。

  落札希望価格150万円

 

 ②10歳の男性希望。少々茶髪の髪型で、ショートボブがいいです。

  呼び方は「ボク」。それ以外は認めません。

  性格は少し恥ずかしがりや。おどおどした感じ。

  顔立ちはどこか中世的なのを希望します。

  価格は100万円程度を希望。

 

 ③14歳。女性。

  マゾヒスト希望。

  どんなに痛めつけても快楽として受け入れる感じで調教をしてあると嬉しいです。

  容姿は特にこだわりません。

  眼帯をしている方が好みなので、右目は潰してください。

  価格200万。

 

 ④人体改造用の献体希望。

  容姿は特に問わず。

  健康優良児なら男女を問わない。

  落札価格500万までなら一括で支払えます。

 

 これは少年少女たちを売買しようとする業者と買い手のやり取りの記録だ。

 カタログには幼児から20歳前後の女性が一糸まとわぬ姿で様々な角度から撮影されている。

 良くここまでまで手広く揃えたと感心するほどだ。

 特徴的なのは、皆、感情を消されたかのように表情が能面であるということ。

 まるで人形の見本市のような彼らに付けられる金額は低くて100万。中には1000万以上の高値をつけられるものもいる。

 

「イレイズの手口はこうだ。まず、さらってきたチャイルド・エラーの子供たちの記憶を完全に消去し、空っぽの状態にする。そして、顧客のリクエストに沿う性格を植え付け、顧客主の下へ発送する。その利用者は学園都市のみならず、外の世界にも広がっている」

 

 途中から五井山の声は怒りに震えていた。同じ年頃の娘を持つ親として、この非道さは許せないものがあったのだろう。

 

「お前は組織の事情に精通している。お前の知っている情報、詳しく話してもらうぞ」

 

 タイミング良く話が一区切りすると、五井山の後から別の男性が二組入室してきた。

 いずれもアンチスキルの制服を着ていることから、五井山の同僚なのだろう。彼らは持参した折りたたみ椅子を広げ、ついでに栄養ドリンクの束まで床に広げ、椅子に座る。

 この気合の入りようは、相当この案件を重要視している証拠だ。

 しかし何故今頃?

 双葉は疑問に思う。

 通常表の組織であるアンチスキルが暗部の問題に関与してくることなど、まずありえない。

 なのに何故この案件だけ? 

 『イレイズ』だけを標的にしているようなこの動きは何だ?

 これではまるで、スケープゴート……

 そこまで考えて理解する。

 そういうことか……

 ようやく合点がいった。

 アンチスキルに命令を下したのは上層部の連中だ。彼らにとってこの『イレイズ』という組織は、存続させるには少々不都合になった。だから潰すことにした。

 そこにどんな意図が隠されているのかは分からないが……。

 何らかの意図が関与していることは間違いようの無い事実だ。

 その時。

 あわただしい足音が室外から聞こえてきたかと思うと、ドアが活き良いよく開け放たれた。

 彼らの仲間であろうアンチスキルの隊員が息を切らせながら五井山達の前に姿を現す。

 ゼー、ゼー。と肩で大きく息を切っている隊員はよほど急いできたのだろう。しばらくして呼吸を整え終えると、ついさっき起きた出来事をまくし立てるように五井山達に伝える。

 

「緊急事態です! 第一九学区内、廃工場内にて爆発事故発生。死傷者は不明。上層部の情報によると『イレイズ』の関与が濃厚! 至急現場に向かわれたし、との事です!」

「なんだと!?」

 

 五井山を含む3人はその言葉を聞き終わるや否や行き良いよく椅子から立ち上がると、次々に室内に飛び出していく。

 最後に室内を出ようとした五井山は双葉を指差し、

 

「聞きたいことは後回しだ! 戻るまでそこでおとなしくしていろ!」

 

 と、告げると情報を伝えに来た隊員にその場に待機するよう伝え、姿を消した。

 

「始まった……? いや、もう終わったのか……」

 

 双葉は誰に言うともなく呟く。

 これはきっと誰かのゲーム。その一手なのだろう。

 五井山たちはきっと間に合わない。

 彼らの役割は恐らく記録係。

 適当な理由を付けさせ、捜査を打ち切らせるためだけに用意された駒。

 

「全部。誰かの手のひらの上か。……気に食わないな」

「え?」

 

 口に出した言葉を隊員が拾うが、双葉は無視を決め込み目を閉じた。

 何かを思案しているのだろうか。

 やがて徐に目を開けると隊員に口を開く。

 

「ねえ君。悪いが僕の双子の姉に面会を希望したいんだが……」

 

 

 

 

「あ、目を覚ました」

 

 コーイチが目を覚ますと心配そうに自分を見下ろすルイコの顔があった。

 背中にやんわりとしたベッドの感触。

 見覚えのある室内。

 ここは自分の部屋だった。

 体中に包帯が巻かれている。ルイコが手当てしてくれたのだろうか?

 そうだ。

 おぼろげだった記憶が蘇り始める。

 自分はアズサと実践さながらの訓練を行って、ボコボコにのされて……。

 おまけに頭部をしこたま床に叩きつけられ……。

 気を失ったのだ。

 

「ばあっ」

「いだっ!?」

 

 

 不意にベッドの下からフェブリが顔を覗かせたかと思うと、そのままの勢いでコーイチの体にダイブしてきた。

 その瞬間、激痛でコーイチの体が跳ね上がる。

 

「こら、だめじゃない! お兄ちゃん怪我してんだから」

 

 慌ててルイコがフェブリを持ち上げ、引き離す。

 

「な、なんでフェブリが……!?」

「忙しい案件があるから、しばらく面倒を見ていて頂戴。だって。ねー」

 

 ルイコとフェブリは互いに見つめあい、「ねー」と口を揃える。

 聞くとコーイチをここまで運び、手当てしてくれたのは布束らしい。

 本当ならこんなにひどい怪我を負う前に止めて欲しかったところだが、上からの命令には絶対服従を誓わされている彼女の立場というものも理解できる。

 多分こうして手当てする事が、彼女に出来る限界だったのだろう。

 

「うー。コーイチ、病気だったから元気を分けてあげようとしたのー」フェブリはまったく悪意の無い笑みでニパーっと笑う。

 

 その心遣いは本当に嬉しいが、出来ればもう少し待って欲しかった。

 時計を見るとあれから数時間経過している。つまり怪我したてのほやほやだ。

 その状態で幼女の全身ダイブはさすがにきついものがあった。

 それが表情に出てしまったのだろう。フェブリはとたんに顔を曇らせる。

 

「あう。……コーイチ、ごめんね。痛かった?」

 

 しょんぼりと肩を項垂れ申し訳そうな表情で見るフェブリを見てしまっては、さすがに文句は言えない。痛みの残る右腕でぽんぽんとフェブリの頭を撫でると、「怒ってないよ」とフォローするのだった。

 

「それにしても……。無茶しすぎよあなた。相手の安っすい挑発に乗っかっていきなり実戦だなんて、無謀もいいとこ」

 

 ルイコは腰に手を当て、本当に「呆れた」という表情を浮かべている。

 

「それは分かってるさ。でも時間が無いからね。少しでもレベルアップしときたかったんだ」

「それで死んじゃ元も子もないじゃない。シロちゃんが止めに入ってくれたから良いようなものの……。もしあのままだったら、確実に死んでたわよ」

 

 ルイコはコーイチが気絶してからの事のあらましを掻い摘んで話す。

 

「そうか。シロが割って入ってくれたのか。……後、ナナミとコータだっけ? お礼を言わなきゃいけないな……」

 

 コーイチは「いだだだだ」と悲鳴を上げつつ、ベッドから上体を起こす。

 体のダメージは思ったほど酷くは無い。これなら明日の訓練に支障はなさそうだ。

 本当は今すぐにでも訓練を再開したいところだが、さすがに無理そうなので自重することにする。

 

「それにしても、今回は実りのあることが多かったよ」

「何のこと?」

 

 ルイコが怪訝な表情を浮かべながら、コーイチを見る。

 

「シロ達さ。最初は奴らの仲間で、僕たちと馴れ合うつもりなんて微塵も無いって思ってたけど、そうじゃなかった。うまくすれば、仲間に引き込めるかもしれない」

「そりゃあ、あの子達の協力が得られれば、逃げるリスクがもっと簡単になるだろうけど……。そううまくいくかな?」

 

 ルイコの疑問はもっともだ。確かにコーイチの話に全員が耳を傾けてくれるとは考えにくい。

 しかし可能性はある。それなら今出来ることはやっておくべきだ。

 

「現状で話が分かりそうな相手は、シロとルイコの話に出てきたナナミとコータ。もう一度彼女達とコンタクトを取る必要がある」

「やっぱり明日も、行くの?」

「うん。やれることはやっておきたいんだ。ルイコだってこのまま死ぬのは嫌だろう?」

「でも、またあのアズサって子が突っかかってこないかな? 今度は全身ボコボコじゃ済まないかもよ」

 

 確かに、アズサが「第二回戦よ!」と突っかかってくる可能性もある。

 そして今度こそ天国に召還される可能性も多分に含まれる。

 

「そこは、まあシロに期待するしかないか。あの子意外と面倒見が良いし、僕を見捨てないとは思う……一応」

「なんか今、さらりと不安になる発言が出たような……」

 

 ルイコが「ほんとに大丈夫?」という目でコーイチを見たが、そこはさらりと見ないふりをした。

 何にせよ明日だ。明日!

 コーイチは気持ちを切り替える。するととたんにお腹が鳴り始めた。

 どんなに問題が山積していても、こればかりは生理現象なのでどうしようもない。

 生きている以上はどんな環境にいても、人はお腹がすくのだ。

 

「一応、食事は出てるわよ。……ホラ」

 

 お腹の音を聞いたルイコは、おずおずとテーブルに置かれていた銀の食器をコーイチの前へ差し出す。

 

「でも……食べる? コレ」

「わはっ!ねんどだ! ねんど! ルイコ! ルイコ!! これでおうちつくろ!」

「……」

 

 差し出されたのは朝食のときに出された色粘土だった。

 いや、これがレーションなのは分かっているが、フェブリの形容する通り、どこをどう見ても粘土にしか見えない。

 ……しまった。

 布束さんに、食事内容の変更を伝えるのを忘れていた……

 しかしお腹はすいている。

 何か胃に収めたい。

 

「しかたない……」

 

 背に腹は変えられない。僕は今お腹が減っているんだ。

 覚悟を決め、おもむろにレーションを手に取る。

 口に含む。

 歯で咀嚼する。

 ごくりと胃に流し込む。

 

「……マズイ」

 

 やはり朝と味は同じだった。

 あまりにまずそうな顔をしていたのだろう。フェブリが「うえっ」とばっちいモノを見るような目で顔をしかめた。

 

 

■ 

 

 

 学園都市は最先端の科学技術を扱い、その技術は20年以上も先を言っているとされている。

 そのためその情報は秘匿され、学園都市内外の入出には厳重な警備が伴っている。

 外周は高い壁に覆われ、上空は人工衛星や監視カメラで24時間絶えず監視されている。

 まさに科学の都市。人類文明ここに極めりといった所だ。

 しかし何事にも例外というものが存在する。

 それは例えば肉親。

 例えば、関係業者。

 例えば、魔術師。

 抜け穴を探せば学園都市に入る方法はいくらでもあった。

 そしてまた、誰かが学園都市へと侵入を果たす。

 しかしそれは戦うためでも、ましてや誰かを探すためでもない。

 しいて言えば娯楽。

 イベント。

 エンターテインメント。

 それだけを楽しみに、この都市にやってきた。

 彼らは街の人ごみに紛れ、ある場所を目指す。

 第三学区。

 裕福層のみが入れるその場所こそ、自分たちにふさわしい。

 やがて彼らはやってくる。

 その場所へ、とある高級ホテルまで。

 彼らの姿を確認した黒服のSPがやってきて、恭しく頭をたれる。

 

「――――お待ちしておりました。ようこそ学園都市へ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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back rank mate

「待ちたまえ布束君。君に用件があるんだが」

 

 コーイチが自室でレーションと格闘している頃。

 廊下で自分のラボに戻る途中の布束は、後から掛けてくる声に内心舌打ちをしながらも振り返った。

 彼女を呼び止めた声の主は、ここの人間特有の陰湿な雰囲気醸し出し、布束に笑みを浮かべている。

 それは好意的な笑みではなくむしろその間逆、侮蔑の笑みだった。

 この男……

 確か村越といったか。

 布束はこの男が苦手だった。

 理由など無い。ただ生理的にこの手のタイプは好きになれないのだ。

 常に他人を見下し、出世欲が強く、そのくせ小心者。

 好きになる理由を探す方が難しいくらいだ。

 

「……なんの用ですか? 正直、私からはなんの見当もつかないのですが」

 

 だから手早く話しを終える為に、こちらから用件を切り出す。

 

「あのイレギュラーとナンバー03とのやり取りはこちらでもモニターさせてもらったよ。まあ、何と言うか……子供のケンカだねありゃ。ナンバー03の精神不安定ぶりはいつもの事として、あのコーイチとかいうイレギュラーも、何で挑発に乗っちゃうかなぁ。……まったく、上もどうしてあんなのを観察対象にしているんだか」

 

 しかし、村越はなかなか用件を切り出さず、先の出来事の不満をグチグチと言い続けている。

 この男のクセだ。上司には決して口にしない不平不満を、立場の弱い人間に延々と聞かせてくる。

 もちろん聞かされる方はたまったもんじゃない。

 内心苛立ちを覚えていた布束は、ついに痺れを切らてしまう。

 

「……用件、ないんですか? 無いのなら私、急ぎますので」

 

 そういって早足でその場を立ち去ろうとする。

 それを慌てて村越は「待ちたまえ」と言いつつ、手で制す。

 

「……っ!」

 

 肩口に掛けられた手に鳥肌が立ち、思わず払いのけたい感覚に襲われるが、それを必死に押さえつける。

 こんな男でも上司は上司。

 変に目を付けられてはたまらない。

 今は相手の出方を待とう。

 そう思い「なんですか」とだけ、口にする。

 自分でも低いと思うトーンだった。怯えていると思われて無いだろうか?

 

「せっかちだなぁ君は。上司にはおべっかでも話を合わせないと。この世界じゃ生き残れないよ。……まあいいや。用件というのはだね。今度行われる実験の日程が決まったって事を君に伝えたくてね。実験開始は明後日の午後19時。場所は第十九学区内の廃工場。対戦相手は我々が懇意にしていた人身売買の組織『イレイズ』。その内の幹部3名。いずれもスタンド能力を有しているらしい」

「……それに、彼らをぶつけるという事ですか」

「そういうこと。恐らくミッション終了時における彼らの生存率は限りなくゼロに近いものになるだろう。まあ、ぶっちゃけ? 上は中古品の在庫処分をしたいのさ。彼らも様々な実験なんかで大分消耗していたからね。ここらが使い潰し時って奴なんじゃないかな?」

 

 そういって村越は下卑た笑みを浮かべる。

 

「……そう、ですか……」

 

 いつの間にか布束は視線を落としていた。

 村越の顔をこれ以上見たくなかったからだ。

 だけど、彼を責める資格が自分にあるのだろうか?

 かつての自分も同様の実験に加担し、子供たちをモルモットのように扱ってきたのではなかったのか?

 今回も同じだ。

 実験が終了すれば、また同じような実験が始まるだけ。

 シロ達がいなくなれば、シロ達と同じような子供たちがまた補充されてくる。

 

「……」

「どうした? さっきから黙りこくって。……まあいい。要件というのはもう一つあるんだ。実はこっちの方が本命でね」

 

 だったら早く言えば良いのに。そう思いながら、村越のいう用件とやらを聞く。

 暗く沈んだ今の状態で聞ける話だろうかという一抹の不安を覚えながら。

 しかし村越の口から出た言葉はやはりというべきか、ろくでもない話だった。

 

「ナンバー01。訓練中にあの二人の対戦に介入してきたね? あれは非常によろしくない反応だ。彼女に人間らしい反応は必要ない。逆に戦闘の妨げになる可能性が高い。……だから初期化を行いたまえ」

「……え?」

 

 ナンバー01。

 シロの事だ。

 対戦中に介入とは、コーイチ達を助けたことを指すのだろう。

 だが、上層部はそういった人間的な感情は不必要と判断し、彼女の記憶を消去するよう命じてきたのだ。

 

「今晩から早速執り行いたまえ。後2日で実戦投入を行うのだからな。手早い方がいい」

「……」

「まさかとは思うが、彼らに同情しているのではないだろうね? 忠告だがそんな余分な感情など、ここでは何の価値もない。彼らは人間ではないのだよ? ただの人体実験の献体。実験動物だ。君も余計な感情など捨てて組織に忠誠を誓いたまえ。そうすれば何も感じず、何も苦しまず豊かな生活を送れるというものだ」

 

 そういって村越は「じゃあ、後はよろしく」と言い残し、その場を後にした。

 

「……そう思えたのなら、どんなに楽なことか……」

 

 誰もいなくなった廊下で布束がポツリと洩らした言葉は、静寂に吸い込まれるように消えていく。

 誰にも届かない。

 誰もわかってくれない。

 多分、異端なのは自分なのだ。

 ここでは彼らの言い分が絶対的に正しいのだ。

 彼らの言うとおりに実験を行い。

 彼らの言うとおりに記録をとり。

 対象がいなくなれば、新しい対象を実験に使う。

 誰も咎めない。

 むしろ研究が成功すると、皆が評価してくれる。

 それは出世につながり、より大きなプロジェクトを任される事につながる。

 それが正しい。良いことなのだ。

 余計なことは考えるべきではないのだ。

 罪悪感を抱くことなど何も無いのだ。

 

「……うっ。……うっ……ううっ」

 

 じゃあ、何故だろう?

 何故自分は今、嗚咽を洩らしているのだろう?

 悲しいから?

 じゃあ、何が悲しい?

 何故悲しい?

 今まで同様のことを実験対象者に行ってきたじゃないか。それなのに、何をいまさらいうのだ。

 心の中で自分を罵倒する声に耳を傾け、一人自問をする。

 

「……分からない。私は一体、どうしたらいい……」

 

 頬を伝う涙はとめどもなく流れ続け、布束はしばらくの間、自分の感情に身を任せて一人泣くのだった。

 

 

 

 

「昨日はどうもすみませんでした。アズサちゃんがご迷惑をおかけして」

 

 翌日。

 ナナミとコータにどうやってコンタクトを取ろうか思案中のコーイチに話しかけてきたのは、そのナナミだった。

 今回の訓練に参加しているのは、ナナミとコータ。そしてトールという若干癖っ毛の少年だけだった。

 どうやらシロは今回訓練に不参加らしい。アズサも姿を見せていない。

 昨日のことで何かお咎めを貰ったのだろうか?

 

「アズサちゃんを怒らないであげて下さい。彼女は少し情緒不安定で……」

 

 ルイコから事のあらましは聞いていたので「それは全然気にしていないよ、それより二人は顔を見せていないけど、もしかして昨日のことで?」と尋ねてみる。

 ちなみに今回ルイコはコーイチと同行していない。おそらく今は、自室でフェブリと仲良く遊んでいることだろう。

 布束が言うには、外せない案件が出来たとの事。その間フェブリに寂しい思いをさせたくないので、またしばらく預かってくれとのことだった。どんな案件なのかは尋ねても教えてくれなかったが。

 

「……アズサちゃんは、あなたに会いたくないみたいです。気恥ずかしくて、どんな顔をすればいいのか分からないって言っていました。シロちゃんは……」

 

 そこまでいってアズサの表情が曇る。視線を落とし、どこか悲しそうな瞳をたたえている。それこそ見ているこちらが申し訳ないくらいに。

 

「……シロちゃんは現在初期化中です。恐らく、次にあった時はコーイチさんの事は覚えていないでしょう。私たちのことも……」

「え……」

 

 どくん、と心臓がひときわ大きく跳ねた気がした。

 

「基本的に、戦闘データ以外の記憶を持つことは、私たちには許されていません。それは戦闘を行う際には不必要なものですから……。昨日のシロちゃんの行動は、たぶん研究所の皆さんから見たらずいぶん異質なものに映ったのでしょう。昨日から初期化の手続きが布束さんの手によって行われ、実行中と聞きました」

 

 外せない案件……。

 これの、ことかよ。

 思わずこぶしを強く握り、怒鳴りちらしたい気持ちを押さえつける。

 

「……異質って、なんだよ。仲間が間違ったことをしたら止めに入るのがそんなにおかしなことなのか? それは人間として当然のことだろうに。命令に忠実な人形でいろってか? そんなこと人が強要することじゃないだろう!?」

 

 しかし湧き上がる怒りは言葉としてあふれ出て、結果としてその場にいるナナミに当り散らすことになってしまった。

 

「……」

 

 ナナミはそんなコーイチの暴言を目を閉じしっかりと受け止め、

 

「ありがとう」

 

 と感謝の言葉を口にするのだった。

 

「な、んで?」思わず疑問の言葉が口から出る。

 

 わからない。何故ナナミはお礼の言葉など?

 酷いことを言ったのは自分だ。それなのに何故感謝される?

 その疑問に答えるように、ナナミが優しい口調で答える。

 その自愛に満ちたような笑顔は、自分より年下の少女とはとても思えない、とても落ち着いた貫禄のあるものだった。

 

「見ず知らずの他人の為にそこまで怒ってくれたのは、恐らくあなたが初めてです。シロちゃんはこの場にいませんが、多分、その言葉を聞いたらきっとこういったと思います。だから私が代わりにお礼を言わせて貰います」

「そんな、僕こそ君に当たってしまって……」

「いいえ。さっきのは当り散らすのとは違います。純粋に私たちの為を思って怒ってくれたのでしょう? 誰かの為に怒ることの出来るあなたは、とても素敵だと思いますよ」

 

 コーイチを真正面から見つめるナナミ。

 その嘘偽りの無い純真なまなざしについ気恥ずかしくなり、コーイチは思わず視線をはずしてしまう。

 

「照れてるの」

 

 いつの間にかナナミの後にいたコータが、コーイチを指差して「照れてるの」と連呼する。

 

「本当。照れてますね。ふふっ。顔が真っ赤です」

「……やめてくれよ。恥ずかしくて顔が見られない」

 

 ナナミの笑みにとうとう我慢できなくなったのか、コーイチは彼女達とは正反対の方向へと背中を向けてしまう。その動作に「可愛い」とクスクス笑みを洩らすナナミとコータ。

 ……まいったな。これじゃどっちが年上か分からないや。

 ばつの悪そうな顔をしながら、しばしコーイチは二人のクスクス笑いに晒されるのだった。

 

 

 

 

「ちょっと良いかしら」

 

 トレーニングルームと外を隔てている重いドアが開く。

 ナナミとコータとの合同訓練を終え、一息入れていた彼らに対し声を掛けてきたのは布束だった。

 

「布束さんっ。アンタ!」

 

 布束の顔を見るなりコーイチは彼女に詰め寄り、問いただす。

 

「シロは! あの子の記憶を消したって、本当なのか!?」

「……」

 

 布束は答えない。

 目線を逸らし、コーイチと顔を合わせようとしない。

 それだけで合点がいった。

 

「……本当、なんだな? どうして、そんな……」

 

 ガクリと、力なくうなだれる。

 分かっている。

 彼女には彼女の立場というものがある。

 ここで逆らえば、どんな扱いを受けることになるのか、そんなことは十分に分かっている。

 だけど、それでも、彼女にはNOといって欲しかった。

 シロを助けて欲しかった。

 

「ナナミ。コータ。上層部からの命令を伝えます。明日。午後19時より実験を開始とする。生存率は限りなくゼロに近いものになるでしょう。この戦いに降伏はありません。敵を殲滅するまで、あなた方が解放されることはありません。全身全霊で任務を全うせよ。以上です」

 

 淡々と例文を読み上げるような布束の態度にコーイチは怒りを覚えた。思わず襟首を掴み、罵倒したくなる。だが、その右手が襟首を締め上げることは無かった。

 

「いいんです。コーイチさん。これが私たちの運命なのですから」

 

 ナナミがそっとコーイチの右手に手を添えて、やんわりとそれを阻んだからだ。

 彼女は少しだけ悲しそうに眉をゆがめ、それでもコーイチに対し笑顔を浮かべてくれた。

 その笑顔がとても辛そうで、思わず胸が締め付けられる。

 

「ナナミ。コータ。付いて来なさい。これから処置室にあなたたちを連れていくわ」

「処置室?」

 

 その単語を聞いてコーイチははっとする。

 まさか……

 シロと同じようにこの二人の記憶も……

 

「ご明察。あなたの考えているとおりよ」

「あんたはっ!」

 

 携帯していたエフェクトを抜き、布束の首筋に突きつける。

 それをまるで意に介さず受け入れる布束。

 

「言ったでしょ。私に人質としての価値なんて無いって」

 

その表情には動揺の後はまったく見られない。やがて彼女は突きつけられたエフェクトを素手で握り締め「ね? 誰も来ないでしょ?」と自嘲気味な笑みを浮かべた。

 握り締めた手から鮮血が滴り落ちる。

 誰も、来ない。

 逆上し、危害を加えようとしたのに……

 誰も、何の反応もしめさない。

 こちらを見ている人間がいるにもかかわらずだ。

 それはまるで、「やるならお好きに。君が何をしようと、そこで何人死人が出ようとかまわない」そういわれている様だった。

 やがてコーイチの手が緩み、エフェクトがカランと乾いた音を立てて床に転げ落ちる。

 

「……間違ってる。なんだよ、これ。こんな世界、僕は認めない。人間が、人間に対してこんなことをして良いはずがないんだ……」

「だけど、ここではそれが真実なの。社会的弱者は圧倒的な強者の前によってたかって喰いものにされる。生き残るためには自分が喰う側に回るしかないの。事実、私はそうやって生き残ってきたもの」

 

 血が滴る右手を白衣のポケットにそっと隠す布束。しかしその部分は次第に血が染み出し、真っ赤に染まっていく。

 ナナミが「傷の手当を」と言って駆け寄るが、布束は「気にしないで」とその申し出を断る。

 

「……時間を無駄にしたわ。それじゃ、行きましょうか」

 

 そういってナナミとコータを伴って扉から出て行く布束を、もうコーイチは引き止めなかった。

 仮に引き止めることが出来たとしても、それは何の意味も持たないことだと理解したからだ。

 結局、ここで出来ることなどありはしない。

 この閉じた世界では自分と言う存在はあまりにもちっぽけだ。

 そんな無力感に襲われているコーイチに声を掛けたのは、意外にも布束だった。

 

「コーイチ。あなたも来なさい。あなたの精神は若干不安定よ。鎮静剤を処方してあげるわ」

「……」

「ナナミもそれを望んでいる。記憶の無くなる瞬間まで、あなたと話がしたいと言っているけど、それを無碍に断る?」

「……そう、なのか? ナナミ」

 

 ナナミは、はにかみながら「はい」とはっきりとした口調で答える。「たとえ短い時間でもいいんです。廊下を歩く少しの時間でもかまわない。私は、もっとあなたとお話しがしてみたいんです」そう言ってコーイチの片手を取り、両手でそっと包み込むようにして握り締める。ほんのりとした暖かさが手のひらから全身に伝わるように流れてくる。

 

「何故だろう。君の言葉は温かくて、とても嬉しいはずなのに。悲しくて仕方ないんだ」

 

 ナナミの顔を、コーイチはまともに見れなかった。

 見るときっと泣いてしまうから。

 ナナミ。

 君とはもっと別の形で出会いたかった。

 街中で、学校で、こことは違う明るい世界で、普通に出会いたかった。

 そして本当の友達に……

 

「……一緒に、行きます。最後の瞬間まで、ナナミ達につきそいます」

 

 布束に同行する旨を伝える。

 感情の抑揚がない声だったが、かろうじて布束に聞こえたのだろう。「行くわよ」とだけいうと、後ろも降り返えらずにそのまま部屋を出て行く。

 

「行きましょうか?」

「……うん」

 

 ナナミに促され、布束の後を追うためにドアを出る。

 握られた手を離さないよう、しっかりと握った。

 か細く、暖かな手のひら。

 このぬくもりも脈打つ鼓動も、全て彼女が生きていると言う証だ。

 しかしそれも残りわずかだ。

 あと一日。

 それで全て終わりだ。

 ナナミも。

 コータも。

 ルイコも。

 シロも。

 全員死ぬ。その中には自分の命も含まれている。

 ……嫌だ。

 死ぬのは、嫌だ。

 唐突に死への恐怖が頭をもたげる。

 しかし、何の打開策も見つからない。

 見つからないまま、時間だけが過ぎていく。

 コーイチは地に足が着かない、まるで奈落の底に落ちていくような感覚を味わいながら歩を進めていた。

 

 

 

 

 到着した先は、処置室とはまったく違う場所だった。

 扉にはネームプレートがついており、そこには「布束」と記入されている。

 

「……ここまでは予定通りね」

 

 布束がそう言ってドアを開ける。すると中からは少女達のかしましい声が聞こえてくる。

 

「わはっ。またまたフェブリのかちー。ルイコが最下位ー。ルイコよわーい」

「うがあっ!? なんで? 3人とも強すぎない? 何で一回も勝てないわけ? 詐欺よ詐欺!」

「神経衰弱は記憶力と集中力が必要不可欠なゲーム。ルイコさっき同じカードを捲っていた。それが敗因」

「ププッ。ルイコ記憶力鳥並み? 忘れっぽい? そんなんじゃ私たちに何度やっても勝てやしないわよ?」

 

 場違いな。

 あまりに場違で能天気な空気が室内には漂っていた。

 室内にはルイコ、フェブリ、シロ、アズサの四人がおり、彼女達はテーブルでトランプに興じていた。

 

「どゆこと?」

「さあ……。どうしたことでしょう?」

 

 あまりの光景にコーイチとナナミはしばし目が点になった。

 何で記憶が消されたはずのシロがここにいて、ルイコ達とトランプしてんだ?

 しかもなんでアズサも?

 フェブリとルイコも?

 たくさんの「?」が頭の中に浮かんでは消えていった。

 

「あなたたち。おとなしくしていなさいって言ったでしょ? 緊張感が無さ過ぎる」

 

 室内ではしゃぐ彼女達に呆れ顔になる布束は、ボーゼンと佇むコーイチ達を「何をしているの。早く入りなさい」と強引に部屋に連れ込み、室内のドアを閉めた。

 

「だってぇー。フェブリ退屈だったんだもんっ」

 

 ほっぺたを膨らませて文句を言うフェブリ。それをよしよしと頭を撫でなだめているのはルイコ。

 シロは自室の冷蔵庫に保管してあったプリンを拝借し試食中。アズサはコーイチと目が合うなり「あ、謝らないからね!」と何故か顔を赤らめ怒ってきた。

 

「……ちょっと待て。現状が飲み込めないんですけど。よく分かるように説明してくれませんか?」

「シロちゃんは? 初期化中ではなかったのですか?」

 

 コーイチとアズサは布束に視線を移し、現状を把握しているであろう彼女に説明を求めた。

 

「あれは嘘。ブラフよ。確かに上層部から記憶を消去するよう言われたけど、私にはどうしても出来なかった。だから、機械に出鱈目の数字を入力して、記憶を消したように見せかけたの。もともとシロは感情が表に出るタイプじゃないしね。連中には不自然に思われなかったわ」

 

 布束は怪我をした右手に包帯を巻きながら、事も無げにそういった。

 

「じ、じゃあ、トレーニングルームの一件も?」コーイチが尋ねる。

「あの時は完全な監視状態。会話は全て筒抜けだった。だから完全にこちらが従っているふりをしなければならなかったの。あなたがエフェクトを突きつけた時はどうしたものかと思ったけど、説得に応じてくれて助かったわ」

「そ、そんな……」

 

 包帯を巻き終えた布束の手には、うっすらと薄く血が滲んでいる。

 事情を知らなかったとはいえ、女性の手のひらに傷をつけてしまった。

 とたんにコーイチは申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 それを察した布束がフォローを入れる。

 

「気にしなくていいわ。こんな傷、すぐに治る。それよりもこれからのことを話し合いましょう」

 

 傷を負った部分を手でさすりながら、その場に居る全員に目を通す。

 

「シロ、アズサ、ナナミ、トール。あなたたちは他の三人に比べ、話がしやすい。こちらの事情にも一定の理解を示してくれる。だからここに呼びました」

 

 布束はソファに腰を下ろすと、はっきりとその言葉を口にした。

 

「コーイチとルイコ。そしてフェブリ。彼らと一緒に、外の世界に行ってみたくない?」

 

 その言葉は組織への反逆を意味する言葉。

 彼らと共に、外の世界へ逃げろ。布束はそう言ったのだ。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ」

 

 最初に戸惑いの言葉を口にしたのはアズサだった。

 

「そ、そりゃあ。外の世界には憧れを持っているけど、いきなりそんなことを言われても、私、どうしたらいいか……。布束っ! 分かってんの? これは立派な反逆行為よ!? ばれたら粛清対象よ!? いいの? あんたはそれで?」

 

 そういいながら落ち着きなく目を泳がせる。

 無理も無い。

 これまで壁の中に閉じ込められてきたような生活を送ってきたのだ。

 それがいきなり壁の外に逃げろと言われて、「はい。そーですか」という訳には行かないだろう。

 

「だけど、生き残る可能性は出てきますね。明日の戦闘における生存率は九割を切っていると聞きますし……。私、出来るならまだ死にたくありません。もっと生きていたいです」

 

 アズサの言葉を受けてナナミがはっきりと自分の意思を主張する。

 コーイチはついナナミを目線で追ってしまう。

 彼女の手を握ってからどうも調子がおかしい。

 彼女を見ると胸が高鳴り、いつの間にか視線を合わせてしまう。

 もしかして、これは恋なのだろうか?

 人が恋に落ちるのに年数は関係ないという。出会った瞬間、目と目が合った瞬間に人は恋に落ちるのだと言う。

 それが本当だと言うことを、コーイチは身をもって知った。

 しかしわずか数日だと言うのに自身に起きた変化が信じられない。

 

「……あ」

 

 不意にナナミと視線が合う。

 ナナミは力強い視線をこちらに送り返す。

 生きたい。

 生きていたい。

 その瞳は生命への渇望を確かに望んでいた。

 そうだ。このまま死ぬだなんてごめんだ。

 恋を知ったばかりだと言うのに死んでたまるか。

 絶対に、生き残る。

 コーイチはナナミの瞳を見てそう決意した。

 

「あたしだって死にたくない。自分の事も分からないまま、こんなところで死んでやるもんか! 絶対に生き残ってやる。シロだってそうだよね?」

 

 ルイコもこのまま死ぬのはごめんだと息巻き、シロに同意を求める。

 

「死んだら、プリンが食べられなくなる。それは嫌。もっとおいしい、世界中のプリンが食べたい」

 

 死にたくない理由がそれなのはいささか疑問だが、シロも同意見のようだ。

 残るコータも「ン」とだけ言うと親指を立てる。「了解」という恐らく意味だろう。

 

「うううう~~」

 

 彼らの意見を聞いていたアズサは先程から犬のように唸り声を上げると、やがて観念したのか「わかったわよ! やるわ! やってやろうじゃない! 私だってまだやりたい事だってあるんだから!」そういってほえるように叫んだ。

 

「しー! 静かにっ」

「むがっ!?」

 

 慌ててルイコが両手でアズサの口を塞ぐ。

 その様子がおかしくて、コーイチはつい笑ってしまう。

 

「フフフッ」

 

 隣を見るとつられてナナミも笑っていた。

 ふいに、先程のアズサの言葉が思い出され、ナナミに尋ねたくなる。

 

「あのさ、聞きたいことがあるんだ」

「どうしたんですか? 藪から棒に」

 

 ナナミはきょとんとした瞳でコーイチを見る。

 

「ここを脱出できたとして、ナナミはやりたい事とかあるのかい? どんなことがしてみたい?」

「やりたい事、ですか?」

 

 そういうとナナミは「そうですねぇ」と少々考えるしぐさをする。

 やがて、人差し指を口に当てると「ないしょです」と悪戯っぽく笑った。

 

「えー!? なんだよそれぇ」

「ふふっ。ごめんなさい。でも、やっぱり内緒です。だって……」彼女は困り顔でテーブルに視線を落とす。「叶わないって、知っていますから」

「それって、どういう……」

 

 しかし、その言葉は最後まで言えなかった。全員の同意を得たと解釈した布束がプランの説明を始めたからだ。

 

「現在、私たちのいるフロア全体に、ダミーの監視カメラの映像を流している。恐らくあと数時間なら発覚しない。脱出するなら今が好機って訳。でも問題が一つある」

「問題?」

 

 アズサが疑問を口にする。

 

「現在位置はナカタ製薬会社。その地下一階。上のフロアに向かうためにはどうしてもゲートを通る必要がある。だけどパスコードは毎時間ごとに変更されて、おまけに武装した監視員も居る。だからシロ達には、彼らを無力化して欲しいの」

「それはお安い御用。でもパスコードは? あまり解析に時間は取られない。もたもたしてたら皆一網打尽」

 

 シロがもっともな疑問を口にする。確かにゲートが空けられなければ脱出することが出来ない。

 パスコートを知っている人間を探し出し人質にする?

 しかしそんなことは無意味だとコーイチ達は知っている。

 必要なら誰であろうと切り捨てる。

 それがここの組織だ。

 

「そうよ! その問題を解決できない限り私たち逃げられないんじゃない? 布束っ。対策はあるんでしょうね?」

 

 アズサが重大な欠陥を見つけてしまったと言わんばかりの表情を浮かべている。

 しかし布束は動じない。ふいにフェブリに視線を向けると目を細め、薄く笑う。

 

「対策はある。フェブリの能力を使う」

「ふぇ?」

 

 いきなり自分に話題を振られ、フェブリが「なにごと?」という表情を浮かべる。

 

「フェブリの能力?」アズサが疑問の声を上げる。

「そう。この子には特殊な能力が備わっている。スタンドと呼ばれる特殊能力」

 

 スタンド?

 コーイチはエフェクト使用時にシロから受けた説明を思い出す。

 確か、人間の精神エネルギーを具象化したものだとか何とか……

 『陽炎』も『雷電』も元は誰かのスタンドを抽出し、複製したものらしい。

 それがフェブリにも備わっている?

 

「それで、フェブリのどんな能力で現状を打破しようと言うの?」

「それは……」

「そこまでだ諸君」

 

 唐突に室内のドアが開き、アズサの疑問に答えようとした布束の声をさえぎる形になる。

 入ってきたのは知らない男だった。

 研究服を着ているこの男は陰気な雰囲気をまとい、薄ら笑いを浮かべコーイチ達を凝視する。

 

「村越っ!? 早すぎるっ。どうして?」布束が驚きの声を上げる。

「相変わらず、目上の人間に対する敬意がなってないね。……まあいい。君が彼らに思いのほか肩入れしているのは知っているからね。何かやらかすんじゃないかと警戒していたんだよ。それで注意深く監視していたらこの有様だ。くくくくっ。君はどうやら破滅的な人間らしい。こんなことをして、ただで済むと思っているのかい?」

 

 村越と名乗る男は白衣のポケットからなにやら取り出した。

 

「?」

 

 その場に居る全員がそれを凝視する。

 それは携帯用の電子手帳と同じほどの大きさで、何らかの突起物がついている。

 リモコンのボタン?

 コーイチがそう思った瞬間、村越はそのボタンに手を掛ける。

 

「強すぎる実験体には予めこういう処置が施してある。反乱等起きっこない。何故ならそういう輩を従えるすべを、我々は持っているのだから」

「まさか、それは!?」

 

 布束の悲鳴のような声を聴いたその瞬間に村越はボタンを押した。

 

「っ!?」

 

 それはまるでテレビのリモコンで電源を落とすようだった。

 ブツリという音を聞いた瞬間。

 コーイチの意識は漆黒の闇の中に消え去っていった。

 

 

 

 

 



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