ULTRAMAN NEXES THE THIRD (スマート)
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chord001 『THE THIRD』

久しぶりの短編投稿です。
よければ感想いただけると嬉しいです。


『その日、地球は再び脅威に晒される』

 

 それは黒かった。地球上に存在するありとあらゆる物質よりも光を呑み込んでなおまだ、輪郭すら見えないそれは誰からも認識されることなく、誰からも触れられることもなく、ただその場にあり続けた。彼、もしくは彼女には意思があった、それはこの生命体が無数に暮らす緑の星『地球』においてどういった活動を行うかと言う問題である。

不定形な自らの身体を蠢かせ、周囲に満ちる光を吸収しながら。自らがこの地球と言う星でどうすれば生きながらえることが出来るのかを思考する。

 

『THE ONE』は失敗した。地球上の生物を取り込み、自らがその生態系の支配者にならんとして弱小種族だと見下していた民草の怒りを買ったのだ。今やその威風は見る影もなく、肉片となって精々がその場に居合わせた生物を脅かすだけの程度の低い生き物になり下がった。

『THE NEXT』も失敗した。『THE ONE』を追って地球に降り立ち、地球人と呼称される知的生物と融合するまでは良かったが、人格をある程度残してしまった所為で感情という合理性に欠けるものに支配され、あろうことか地球人に協力し『THE ONE』打倒の末に自らも力尽きることになってしまった。

 

だからこそ思考する。例え間違いであったとしても、地球に降り立ってしまった以上俗に言われる『地球外生命体』であるところの自身は、上記に挙げた二人のように短命に終わる可能性が高かったからだ。地球に置ける対応を間違えれば、いつ自らの身に火の粉が降りかからないとも限らない。二人の生物の死(分離)は、無視できないほど重かったのだ。

 

彼、もしくは彼女に『THE ONE』のような野心は存在しない。地球の生命を脅かそうという気はないし、まして支配者を気取ろうとも思ってはいない。

彼、もしくは彼女に『THE NEXT』のような善性は存在しない。誰かのためではなく他ならぬ自分自身の生存の為にその力のすべてを使おうとするだろう。

 

前例は二つしかない。何れも個性も性格も全く違う存在だ。参考に出来るデータなどとれるわけがない。だが、それ以外に頼る物もない以上、彼らの失敗した要素を限りなく排した人格を、彼らの成功した要素を限りなく有したポテンシャルを身に着けなければいけない。それが現状においてもっとも有力な生存方法なのだから。

 

まずは、彼らの生存を分けた地球人という存在を知らなければならない。彼らと自身は地球外生物以前に種族的なつながりが僅かながら存在していたため、ある程度の知識はお互いに持っていた。だが地球人という存在に関して彼、もしくは彼女は全くの無知であったのだ。

一見弱くも見える辺境の星の一種族だが、『THE ONE』を退け『THE NEXT』を感化させてしまう技量を見るに、彼、もしくは彼女が地球内で活動するに関して無視できない存在であることは確かだった。

 

「あ…あああ…」

 

 金属をすり合わせたような、声にならない声が響く。身体をすり合わせ空気を振動させること数時間、やがて明瞭なそれへと変化し、地球人と比べても遜色ないような声色を作り出す。近くを通る地球人を観察し、彼ら特有のコミュニケーションである原始的な『会話』を習得しようとしたのだ。だが、話す内容を聞き取り、その声色を再現しようとも文体を未だ理解できていなかった彼、もしくは彼女には『会話』は出来なかった。

 

ここで『THE NEXT』であるならばお互いの思考を交換、交流するいわゆる『テレパシー』という方法を取るだろうが、地球人という存在が完全に理解できていない状況で思考をやり取りするという愚を犯すわけにはいかなかった。『THE NEXT』がその結果彼らに感化されてしまった以上、彼もしくは彼女もその二の舞になるという可能性が否定できなかったからだ。

 

だからこそ更に時間をかけて彼もしくは彼女は、地球人を観察することにした。幸いな事に自身の身体は地球人には認識されにくくあるようで、多少多く地球人が集まる場所に近付いた程度では地球人は何の反応も示さなかったのもあり、そのデータ取集はおおむね順調に進んでいった。

 

「わたし…は…まいご…なの」

 

未だ片言であり、たどたどしい日本語であったが、それでも意味ははっきりと理解し、相手に通じるような文体の体を保てていた。不定形だった形も人型に合わせ、黒いシルエットの形に変化していた。

そして、彼もしくは彼女は地球人を観察して知っていた、人型の子供は周囲から警戒されにくいと。作られた人型はシルエットの状態から試行錯誤を繰り返し、やがて一つの地球人そっくりの少女の形へと変貌を遂げる。

 

「わたしは、まいごなの」

 

一度そうなってしまえば、あとは簡単だったのだろう。地球人の骨格から推測される挙動や仕草を完璧なまでにトレースした彼女はうわ言の様に『地球人をひきつけやすい言葉』をつぶやきながら昼の街を歩いていく。彼女にはサンプルが必要だった、どれほどうわべを取り繕うとも中身は不定形でしかない存在だ。それが自身の考えで地球人に限りなく似せることが出来たと判断したとしてもそれは、自己満足にしかならない。自身がどれほど地球人としての体を保っているかそれを実地で試すしかなかったのだ。

 

「わたしは、迷子なの」

 

街を歩く途中で見つけた雑誌や書籍、テレビから必要な情報を抜き出しながら、彼女はいかにも薄幸そうに唇をかみしめ涙腺を緩ませ周囲の大人たちの気を引こうとする。だがあくまでも初実験、彼女自身悪戯に注目を集めることは避けたかった。故に彼女は自分の姿に近い子供が多くいそうな『学校』の付近で初めてその姿を人前にさらす。

 

 光を呑み込むことで黒一色に染め上げていた体表から、光を解放することで反射が行われ彼女の外観が明らかになる。薄い絹の様に白くきめ細かい肌に、漆のような光沢を放つ黒い長髪、そして余りにも整い過ぎた顔立ちは、非現実的でまるで人形のようにも見える。

そこへ一筋入った薄紅色のぷっくりとした唇は、白い肌に輝くように生え何処か艶めかしい。ある程度童顔に調整し直されているとはいえ、日本人の男性が見れば10人中10人は振り向くだろう顔立ちだろう。

 

反対に衣服はそこまで奇をてらったようなものではなく、使い古されたサイズの合っていないTシャツとズボンだった。美しい顔立ちと、それに似合わない薄汚れた衣服、この組み合わせは地球人の『庇護欲』を刺激する。つまりは捨てられた子犬を思わず拾ってしまうような、地球人の方から接してくれるような恰好をとったのだ。彼女が自分の姿を作り出す過程で、地球の雑誌を大いに参考にしたであろうことが窺えた。

 

そしてその容姿を使い、大人であれば上手く躱し、子共相手であれば、この数日で身に着けた知識で巧みに誘導し必要な情報を得れるという確信が彼女にはあった。同じ子供の姿を取ったのはそれも理由である。

 

「おかしい…へん…こども…ない?」

 

だが一つだけ彼女の犯したミスはと言えば、現在その日その地点は特殊警戒区域に指定されており、周囲の子供や大人は全て避難しているという事だった。彼女は自身に必要な知識のみを取り入れている傍ら、そのほかの情報は現状では必要ないと切り捨てていた。そうでもしなければ人型となり知能も人並みとなった彼女の情報処理能力では追いつかなかったのだ。

 

不定形であれば考えずとも出来たことが、『人型を保つ』という役割に身体の機能を裂いてしまっている以上知能が落ちるのは当然といえた。それでも地球人と話す分には何の問題もなかったが、こと地球(未知の惑星)で未知の状況に偶然にも陥ってしまった時、対処できるだけの判断力は持ち合わせていなかったのだ。

その類を見ない慎重さと、敵を作りにくいステルス性を帯びた黒さの所為で、今まで外敵にさらされることなく過ごしてきた彼女が、『避難』とよばれる概念についてよく理解していなかったのも原因だろう。

 

 生物的な脅威にさらされたのは、この地球が初めてなのだ。

 

 昨日まではたくさんいた子供たちが、今日は何故か休日でもないのにいないなと彼女が疑問を覚えた。この地域での特別な行事、地球人の大まかな生活習慣を把握していた彼女は、昼間の学校付近に人の気配が一切無くなっているのを見て思わず立ち止まる。

 

「これは…におい…?」

 

何かリサーチ出来ていないものがあったのだろうか。例えば年に一回という極めて少ない頻度で起こる、地球人の行事という可能性。でそういった無数の可能性を考察し始めた彼女は、そこでふとどこからか漂う刺激臭に顔をしかめた。

 

まがい物ながらも地球人の姿を模っているからこそ感じ取ることが出来たその臭いは、彼女はまだ知らない事だが、主に医療現場にて使われるような薬品の臭いだった。鼻がむずむずするという未知の感覚に悩まされつつも彼女は、その臭いを特に関係の無いものだと判断してしまう。

 

いずれにしてもこのままでは、自身の姿が正しく地球人の体を成しているのか確かめることも出来ない。場所を移動しようと彼女が再び足を動かそうとしたその時、誰かに手を掴まれたのだ。突然の事に彼女は動揺するも、身体のざわめきを何とか抑え込む。

 

「おい、子供がこんな所で何してる!?」

 

 酷く焦った様子の声に、疑問を感じて振り向くと黒い革ジャンを着込んだ短髪の男がそこに立っていた。それは彼女が待ち望んだ地球人との邂逅だった。

移動しようとしていた彼女は、男に引かれるままに足を止めて、もう一度自分の身体に問題がないかを確かめる。動揺して少しでも少女の形が崩れていたらそれは、地球人を観察するどころの話ではないからだ。

 

「此処がどんな場所かわかってるのか!警報は出てたはずだ……くそ、迷い込んだのか?おい、お前家はどこだ?親はどこにいる?」

 

 何時間も炎天下にいたのか日焼けした顔に汗を流しながら男は、彼女の手を引いてこの場から連れ出そうと掴んだ手を引こうとする。だが、彼女にしてみても、言葉は理解してもこの男が言わんとする意味が分からないのだ。

普通の子供ならば、意味が分からないままでも、その雰囲気から何かを感じとって男についていっただろう。

 

 彼女の頭ともいえる不定形の中で『警報』『迷子』『親』といった単語の羅列がもやもやと通り過ぎていく。何か焦っている事は彼女にも理解できたが、それがどういう事なのか分からない以上彼女は、見ず知らずの地球人に流されたくは無かったのだ。

 

彼女の中には地球人は『THE NEXT』を絆させた(洗脳)者としての印象が根強く残っている。言ってしまえば彼女は、迂闊に地球人に関わり過ぎる事で起こりうる、地球人に洗脳されるという事態を警戒したのだ。

望むべくは、まず近くで地球人と話して見る事……それ以上をいまはしてはいけない。何故なら、彼女はまだ地球人という生命体のすべてを理解したわけではないのだから。

 

手を引かれても彼女は一向に動こうとしない、その仕草に彼女が身構えていると勘違いしたのか、男は苛立ちまぎれに、彼女の肩を掴んで揺り動かす。だが、彼女はその行為に地球人のコミュニケーションは、『会話』の他にこういった他者とその接触を伴うものなのだろうかと見当違いの考えをしてしまうのだ。

 

「…あなたは…だれ?」

「俺は准だ。それよりお前の親はどこにいるんだ、迷子にでもなったのか?悪い事は言わない、早く此処から逃げろ」

 

 准と名乗った男は、彼女の言葉にハッとしたように肩から手を離し、警戒させちまったかと呟いて彼女の目線に合わせてしゃがみ込む。そして乱暴だが、ゆっくりとした口調で言い聞かせる様に言葉を紡ぐ。その間にも何かに警戒しているように常に周囲に視線を向けるのは、何処かそういった経験を積んできたかの様な歴戦の雰囲気を感じさせる。

 

だが、先ほどと一転してまるで子供慣れしているかのような口調は、本質的は子供でも、まして地球人でもない彼女には響かなかった。

 

「わたし…に…なにか…のぞむ?」

 

避難警報の意味も理解できなかった彼女には『逃げる』という言葉が、意味がわからなかった。取りあえず何処かへ行こうというのだろうとは理解できたが、それ以上は少ない処理能力では判断できない。だからこそ彼女は、直接『准』に自分に何をしてほしいのか問うたのだ。それが的外れな問いだとしても、今の彼女にはそれが精一杯だった。

 

「のぞみだぁ?何かのごっこ遊びのつもりか、悪いがそんな状況じゃねぇんだ…早く逃げろ!わかるな?ああ…くそっ…きやがった!!」

 

彼女と准が押し問答を繰り広げている時、突如として彼女と男の目の前にそれは飛来した。

それは一言で表現するならば「ウミウシ」。だがそれは図鑑に載っているどのウミウシよりも巨大で醜悪だった。疱瘡のように膨らんだ疣を全身に身に纏い、赤黒い触手を手足の様に伸ばしている薄紫色の姿は、ウミウシと言うよりも巨大な肉塊と言った方がわかりやすい。

 

空中から叩きつけるように落ちてきたそれは、襲うべき獲物を見つけたと思わず耳を塞いでしまいそうな金切り声をあげ、ウミウシ状の胴体の中心が裂け、そこから触手を無数に伸ばし始めたのだ。

 

 彼女を軽く覆い隠してしまえるほどに大きな巨体は、ゆっくりとだが確実に歩幅を狭め近づいていく。だが彼女はそんな恐怖を煽る場面において何の動作もなくただ生物を見つめているだけだった。懐かしい、そんな感情は彼女には存在しない。彼女が気になったのは、目の前の生物がかつて地球に飛来した『THE ONE』と似た波長を纏っていたことである。

 

見た目は明らかに違う、身体構造もその動きも、臭いであってさえ同じものは一つとしてない。だが、地球の生命体からは感じる事の出来ない同郷を同じくする者が持つ独特の波長。それが目の前の生物から何故か感じられたのだ。

 

『THE ONE』はもういない。死んだと表現するよりは、肉片となって散らばったと表現する方が正しいが、その規模はアメーバ程度のごく小さな生き物になっていたはずだった。少なくとも過去に彼女が観測した限りでは、特に命の危険を感じるほどの大きさの生物ではなかった。

 

そこで彼女は一つの答えにいきついた。それは『THE ONE』の持っていた特性である。地球外生命体には地球人が予想しえないような能力を保有している存在が多くいる。その中でも『THE ONE』は他の生物を取り込み自身へ反映させる特別な力を持っていたと。

 

カラスやネズミを取り込み、その特徴を反映させ地球人の言うところの『悪魔』の様な姿になった『THE ONE』を思い浮かべ、彼女は目の前にいる生物が『THE ONE』のその特性を引き継いだまま、明確な意思なく獣の様に動いているのだろうと辺りを付けた。

 

『THE ONE』の置き土産とも言うべきか地球人にとっては迷惑極まりない代物であるが、彼女にとっては脅威足り得ないものだった。むしろふってわいた『THE ONE』の肉片をサンプルとして手に入れることが出来るこの状況を好機とさえ感じていた。当時東京で大規模な戦闘を繰り広げた『THE ONE』の死骸は何故か綺麗に処理されてしまっていて彼女は、手に入れることが出来なかった為だ。

 

こうして変異してしまっている以上明確な死因を特定することは困難だったが、それでも地球人と接する上で必要な情報が得られるかもしれない。特に『THE ONE』が蓄えているであろう情報に彼女は、非常に興味をそそられたのだ。

 

出来ることならその情報が欲しい。この地球で生きるために「失敗」したというデータが欲しかったのだ。

 

『THE ONE』と彼女は多少なりとも面識はあった。「同じ宇宙空間にいるもの」というだけの認識だが、それでも波長さえ分かっていれば姿かたちを変えようとも、認識する事など彼女には容易い。彼女は准がその場に居るのにも目もくれず『THE ONE』の肉片へと一方的に波長を送り付け交流を図ろうと腕を伸ばす。

 

「もう追って来やがったか……おいガキ、俺から離れるなよ!」

「なぜ……っ?」

 

だがその手は、彼女の前に立ちふさがった男の背中によってさえぎられてしまう。

何度も彼女の邪魔をする男に対して不満の言葉をぶつけようと口を開いた彼女だったが、男が手にしていた赤い光が瞬く白く細長い筒を見て言葉を飲み込んだ。

 

そこから漏れ出す波長も、彼女がよく知るものだったのだ。

 

「……ねくすと」

 

『THE ONE』よりも彼女が警戒していた存在、その事実に彼女は思わず一歩後ろに下がる。男とその波長の持ち主にどのような繋がりがあるのか、いずれにしても彼女にとってあまり芳しいものではなかったからだ。

 

地球人に接触は出来たものの、嫌な波長までおまけについてきたのは、いただけない。予想外に起こった戦闘をもう少し観察したいという欲求もあったが、彼女は身の安全を天秤にかけるつもりは更々なかった。

 

怪物と男が戦っているのを幸いと此処から離脱した方が良いと考えた彼女は、そっと男の背を後にするのだった。

 

 男との出会いは偶然だったのかもしれない。だが地球に降り立った彼女が一番初めに出会った相手が、彼だったと言うのは。そして、立て続けに出合うものが怪物だったというのは……偶然で片付けてしまうには、いささか出来過ぎていた。

 

まるで何かに導かれるかの様に、その因果に誰かの意思を感じずにはいられない。

 

物語は佳境へと進む。




仕事が落ち着いて久々の小説投稿はいささか疲れました。
他のも疎かにしていますが、日が経ちすぎてしまった為リハビリもかねて、取りあえずはこちらを優先に進めさせていただきます。


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chord002『夕闇に蠢くもの』

 何も言わない彼女にそれが肯定と受け取ったのか、男は叫び、その筒へ赤い光が収束する。心臓の鼓動にも似た断続的な光が発せられ、やがて一筋の煌めきとなって怪物へと発射された。光のエネルギーが射出され怪物に命中する。

 

光が当たった箇所を風船の様に爆発させ、焼け爛れた肌を晒しながら悲鳴のような金切り声を上げる怪物はだが、その場から逃げようとはしなかった。むしろ、それを行った男に対して恨みを募らせるように、残った触手を再び振るってきたのだ。

 

だがその勢いは先ほどと比べても遅い。最早瀕死に近いほどダメージを受けた怪物は、男を捉えられるほどの勢いを出す事は出来なかったのだ。細長い筒を盾にする形で触手を軽々と受け流した男はそこで、ふと後ろにいるはずの彼女に視線を送り、そこで彼女が忽然と消えてしまっている事実に気が付き憤慨する。

 

「……あのガキ!?」

 

 道の先を見れば、彼女が准にとって全く見当はずれの方向へ行こうとしているのが見えた。怪物の恐怖から何処かへ逃げてしまったのだろうか。思えば先ほどから声を掛けても、受け答えのおかしな不思議な雰囲気の子供だった。返事が返ってこない事を良い事に男は勝手な解釈をしてしまっていたと、自分がもう少し気を付けて彼女の気持ちを汲んでいればと自責する。

 

 追いかけようとするが、そんな准の前に立ち塞がるように同じ姿をした無数の怪物が姿を現したのだ。頭部に突き出た毒々しい触角を回転させながら、ウミウシよろしく粘液を撒き散らしながら准を取り囲む。

 

 瀕死のダメージを受け、傷つきながらも逃げようとしなかったのは、仲間が近くに居たことが原因だったらしい。焼けただれた皮膚を持つ怪物に現れた怪物の一匹が寄り添うように触手を重ねると二匹は一回り大きな一匹の怪物へとその姿を合体させたのだ。

 

二匹が混ざり合い溶け合った事で皮膚のダメージは無くなり、疣の様な隆起が目立つ不気味な皮膚へと戻ってしまう。怪物達は互いに共鳴するかの様に金切り声を上げながらにじりじりと准へと迫ってくる。

 

「ちぃっ…これじゃああの時と何も変わらねぇ」

 

准の脳裏に浮かんだのは、かつて自分の目の前で戦死してしまった幼い少女の姿だった。状況は違えども一歩間違えれば逃げ出してしまった彼女は、あの時の少女と同じ目に合いかねない。

 

自分の不注意で幼い命が死んでしまう。准はもう、あの時の過ちを繰り返したくはなかった。そして、白く細い筒へと更に力を込めた准は、眩い光に包まれる。

 

 

 

                  ・

 

 

 

 

「…また…あえた」

 

 准と別れて(逃げて)から数分後。彼女は再び『THE ONE』の肉片と相対していた。身体に残っているはずの傷が無いところを見るに准と戦っていたものとは全くの別個体。だが同じくウミウシのそれと酷似した怪物を視界に捉えて、怯えるでもなく逃げるのでもなく……初めて微笑みを作る。

 

「取り込んだ…まだ、それ、のこってるんだ」

 

『THE ONE』のようで、そうではない。だが限りなく近い波長に、集中して観察してみればわかる『THE ONE』の意思の様なものに彼女は自分の期待が高まっていくのを冠居ていた。

 

まるで感動の再会を果たした恋人のように頬を上気させ……彼女は怪物を嘗め回すように観察する。先ほどは准によって邪魔されたが、今度は十分に『THE ONE』の肉片の持つ情報を手に入れることが出来ると、珍しく彼女の顔が興奮で歪んだのだ。

 

ふたたび腕に自らの波長を纏わせ、相手にぶつけようとする彼女。そうすることで彼女は『THE ONE』が何かしらの反応を示すと思っていた。だが、生物はそれを解さず、ウミウシ状の左右に腕の様についた太い触手に絡み取られてしまう。

 

「どういう……つもり?」

 

 知能が低い事はわかっていた。獣並みの思考で動き行動しているのは彼女でなくてもわかる。だがそれならば、自分と近い波長を感じれば多少なりとも意思疎通が出来ると彼女は思っていたのだ。曲がりながらも『THE ONE』の波長を感じるからこそ、彼女はそれを信用していた。だからこそ、彼女は訝しげに生物を見る。

 

「いし…そつ…は…できる…はず」

 

 情報を開示するを拒否するという事だろうか、ならば早く腕を離してほしいと首を傾げた彼女に、生物は更に細い触手を伸ばして彼女を拘束する。彼女はその行為に何の危機感をも見いだせなかったため、動きが遅れ触手に捕まってしまう。

 

そして、ウミウシ状の胴体の中心に開いた亀裂を大きく広げ、その内にに取り込まんとする生物の行動の意味を理解し陶磁器の様な白い顔を歪ませた。いや、その余りにも理性的ではない反応に面喰い、彼女を構成する不定形が揺らいだのだ。

 

「……わたし…を…たべるき?」

 

 彼女に恐怖はない。現実問題として彼女は『THE ONE』はまだしも、その肉片にどうこうされるほど弱くは無かった。だが、目の前の生物は、愚かにも彼女を捕食(殺害)しようとしている。その行為自体が彼女を強く揺さぶった。

 

彼女は地球に降り立ってから、今までの数年間を自身の身の保身を第一に考えて活動してきた。それほどまでに彼女は自分と言う生命が大事であったし、地球に来て初めて知った『THE ONE』や『THE NEXT』が陥った『死』という概念に怯えていた。

そこにきて初めての外的接触が友好的なそれとは違い、彼女を捕食しようとする一方的な攻撃である。

 

そこに危機感は無かったが、先の例から、地球と言う惑星は『地球外生命体』の生存には適さないという通例がある以上、どういう因果から自身の死につながるか予測が出来なかった。故にそれは明確な敵対行為(自身の死に直結するかもしれない事)だと判断し迎え撃つ事にしたのだ。

 

本来、生物的な生理現象から隔絶された『THE ONE』という個体が、どういう経緯を経て自身を捕食しようとしたのかは興味があったが、敵対行為を見逃すわけにはいかなかった。サンプル(情報)の提供は殺してから行えばいい。そう判断した彼女は薄ら笑いを浮かべ、左手を模っていた自分の身体を元に戻そうとした……その時だった。

 

「あうっ…」

 

砲弾のようなものが生物と彼女を繋ぐ触手に当たり爆音を響かせたのは。 

 彼女は触手が外れ、さらに正面から襲ってきた爆風で後ろへ飛ばされてしまう。人型である彼女は少女の姿を模している為軽く、まだ身体の制御が上手くいっていないため、無理な姿勢からの立て直しは難しかった、何が起こったのかと冷静に状況を分析しながら一度地面に転がって様子を見ようとして、そこで何か柔らかいものに受け止められたのを感じたのだ。

 

「え…なに…?」

 

何が起こったのかと体制を立て直した彼女が見たのは、巨大な銀色の右拳が生物を押し潰す瞬間だった。

彼女から見てもかなりの巨体だった生物は、それをかるく包み込んでしまえるような拳の前になす術もなく、水風船の様に内容物を撒き散らした。断末魔を上げることも許されず、本当の肉塊となり果てた生物は少しの間身体を痙攣させた後動かなくなった。

 

体液の飛沫をもろに喰らった彼女は、視界を奪われ一瞬目を顰めるが、人型となった所為で情報の処理能力がいささか低下している彼女は、目の前で起こった光景が自分の許容量を超えたのかしばらく無言になり、やがてゆっくりとした動作で目についた体液を拭う。

 

この状況で不定形へと戻らず身体を維持できたのは、ひとえに彼女が人前に正体を晒すのを酷く嫌ったからだろう。地球で正体を晒すという行為が即ち『死』へと結びつくのは先の例を見るに明らかだった。地球人は自分と違うものを排斥したがる生き物だという知識を蓄えた彼女は、その身体の維持に並々ならぬ力を使ったのだ。

 

そして、わずかばかり身体が落ち着きを取り戻し、冷静になり始めた時、彼女は今の状況を作り出した存在を目視した。その生物を押し潰した拳の先へと目線を向けたのだ。

そして、見てしまった……

 

銀を基調とした、ビルにも匹敵しそうな巨大な巨人の姿を。

 

「……っ」

 

彼女にあったのは「驚き」だった。再び騒めきだす身体を必死に止める。今この場で不定形になる事は絶対に避けなければいけないと先ほどよりもより身体に力を入れた。アレは、アレの前で正体を晒せばどうなるか彼女は嫌と言う程理解していたのだ。

 

 東京で起こった災害を彼女はずっと観察していた。『THE ONE』が地球の生物を取り込んでいく様を、そして『THE NEXT』が地球人に絆される様を。だが、それだけではない。彼女は見ていた『THE ONE』が肉片となり果てて尚生きていたように、『THE NEXT』もまたその存在を地球人の中に残すのをみていたのだ。

 

だがそれは『THE ONE』同様に微々たる力だと彼女は推測していた。今までそれが表だって現れなかったのもあり、彼女はもしそれが現れても准の波長の様に逃げれば問題は無いと楽観視していたのだ。地球人を完全に取り込むことを拒否した『THE NEXT』であるならば、復活しようともそれは『THE ONE』の肉片にすら劣ると。

 

だが、その力は今回、『THE ONE』の肉片を殺してみせた。そして、その有り余るエネルギーは全盛期の比ではないとはいえ十分に彼女を殺しえる力だったのだ。

 

驕っているつもりはなかった、冷静に状況を分析した故の推測だった。だが彼女は『THE NEXT』の力を完全には理解できていなかったのだ。『THE ONE』と違い、元の姿を色濃く残したその姿に彼女は凍り付く。地球人に絆され、毒され『地球外生命体』を屠るその存在は、彼女には恐怖以外の何物でもなかった。

 

胸に輝くV字型の赤い模様が光るたびに彼女は意識が遠くなるほどの恐怖に苛まれた。『THE ONE』との戦いで『THE NEXT』は似た器官から強力無比な光線の力を其処へ溜めたのだ。

 

銀に入ったグレーのラインが彼女には絶望を呼ぶ色に見えた。彼女は、そこが赤く変化した時『THE NEXT』が更なる力を得たのを知っていたのだ。

 

二つの光る相貌に見つめられ、次は自分だと悟った彼女は激しく動揺した。

 

自身がその存在の手のひらの上に乗っているのだと理解して背筋に怖気が走った。そこに殺気は込められていなかったが、東京の事件にてあそこまで執拗に『THE ONE』を追い回し殺害した存在を前にして、更には人型であることに気を使っていた彼女はそこで自分の意思と身体がぶれる。

 

……ぶれて、しまった……

 

恐怖から逃れようと不定形に戻ろうとする本能と正体を晒してはいけないとする理性が、明確な形で彼女の身体に亀裂を生じさせたのだ。

 

 『銀色の巨人』の瞳がこちらを見つめているのを彼女は知覚した。正体がばれた。その事実に気が付いたとき、遅れてやってくる背筋が凍りつくようなほどの恐怖感と絶望感。

 

「あ…ああああ…いやだ…死にたくない、死にたくない…私は…死にたくない!!!」

 

少女の形を形成していた人型が真っ二つに裂け、そこから彼女自身ともいえる真っ黒な粘液が噴出した。

 

 それに対して、驚いたのは『銀色の巨人』だった。彼にしてみれば生物から助けたはずの少女が、突如としてよく分からない黒いヘドロへと姿を変えたのだから。戦士としての勘か、それとも人としての咄嗟の防衛本能か彼は手の平で広がり続けるヘドロを地面に投げつけてしまったのだ。

 

それが、地面に叩きつけられ。鈍い音を立てながら少女の泣き叫ぶような声を上げた時、彼はそれが自分が助けようとした少女だったものだと気づきハッとする。思わず彼は手を伸ばすが、それはもう遅すぎた。

 

果たしてそれは、二人の命運を分ける大きな溝となって横たわることになる。

 

「いだい…いだいよぉ…ああ…あ゛あ゛あ゛あ゛」

 

最後はもう、声ではなかった。錆びた楽器を無理矢理鳴らしたかのような耳障りな不協和音が鳴り響く。少女の形は見る影もなく崩れ落ち、やがて一つの黒い不定形へとその姿を戻す。

叩きつけられたことで知覚した痛みを、彼女は『銀色の巨人』の敵対行為だと受け取ってしまう。

 

こわい

   いたい

      しにたくない

             

 正体はバレしまった。本来の姿を現したことで取り戻していく処理能力を使っても『銀色の巨人』から逃げることは難しいと分かってしまう。そして、未だ冷静になりきれないほど恐怖し、混乱し酩酊しきった彼女だったものは、どう血迷ったか、その敵を排除しようと動き出した。

 

目の前の敵を打ち倒すためなら、彼女は今一度、人型を捨てる。

彼女の生への執着は、『死』への恐怖を身近に感じ、痛みをも加えられた事で途轍もなく大きく膨れ上がっていた。それは怨念に形を変え、彼女の意思を黒一色へと染め上げた。

 

 死にたくないから。生き残る為に、恐怖から逃れるために。

それはかつて起こった東京事変よりも大きく、未曽有の災禍を撒き散らす事になる。

 

 

 

 

黒い闇が動き出す……

 

THE NEXT



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