Fate/EXTELLA Liner 無銘と新王と万華鏡の魔法少女 (ノラネコ軍団)
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第0話 エクステラZero No name√

「エクセレント!流石わたしのアーチャー!」
LINKのこのセリフが最高だったので書きました。
竹箒日記できのこ先生もテラZeroで無銘がメインだった場合にちょっと言及してたけど
そういう世界があっていい。何せextraは記録宇宙だからネ


月の聖杯戦争第7回戦

 

 エレベーターを降りた先にあったのは、壮麗な劇場だった。

 赤と金、色とりどりの宝石に彩られたその場所は、とても殺し合いの場には思えなかった。

 

「よく言って壮麗、はっきり言えば悪趣味だな」

 

 赤い無銘の英霊、アーチャーはその光景をすっぱりと否定した。彼のマスターである少女、岸波白野は彼の質実剛健さと皮肉癖を知っているので『アーチャーならそういうだろう』と納得した。

 だが、白野には一概にそうとも思えなかった。確かにこの劇場は悪趣味だ。しかし、根底には何らかの願いがあると思えてならない。

 人間への愛、文明への愛、芸術への愛。そういった、未来への希望がこの空間には込められているように思える。

 

「マスター、君の所感は否定しない。だが、愛とは得てして独りよがりになりがちなものだ。一面では人を救い、人生を豊かにする。だが、愛が極まり、反転した時、それはまた別の物へと変化することもあるのだ。この空間は――――」

 

 それと紙一重だよ、とアーチャーは吐き捨てた。彼の出自は知っている。機械的な正義の味方、人を数でしか量らなかった愚か者、と自虐していた。彼にとって、何か思うところがあるのかもしれない。

 

「むぅ。酷い言い草だな、アーチャー」

「あなたは」

 

 白野は驚愕した。と同時に「ああ、やっぱり」と納得もした。

現れたのは赤いサーヴァント。金髪碧眼の美しい剣の英霊。

―――度々、白野の危機を救ってくれた謎のサーヴァント。

彼女は円形劇場の、丁度白野たちの反対側の2階席から見下ろしていた。

 

「うむ!余こそオリンピアの花にして、至高の芸術!あらゆる才に愛された剣の英霊!そして―――」

「今回の君たちの敵だよ」

 

 奥から彼女のマスターが現れる。それは茶色い髪を持った青年だった。彼も度々白野の前に現れては助言を送ってくれたり、助けてくれた人間だった。

 少女は青年を見据えた。

 青年も少女を見据えた。

掲示板に名前の表示されなかった7回戦の敵。それが彼だった。そして、彼は――――

 

「改めて名乗らせてもらうよ。俺は岸波白野。君と同じ、NPCだ」

「―—―なるほど」

 

 アーチャーは何事か納得したようだった。

 それは彼の鷹の瞳か、あるいは解析魔術か、はたまたムーンセルと契約した正義の味方だからか。

 

「つまり君は、複製品と言うわけだ。ここにいる岸波白野を元に、何らかの形で―――大方、データのコリジョンを起こさないために性別などのデータを変えて―――同じ思考、同じあり方を持った同一存在を作り上げた、とそんなところかね?」

「そこまではっきり言われるとは思わなかったけど」

 

 青年は苦笑した。

 

「きっとその通りだよ。俺も事実を知った時にはショックだったけど」

 

 少女は、と言えば驚きに目を見開いている。

 確かに自分は地上に生きていた人物のコピーだった。それはいい。受け入れた。だが、さらに自分のコピーだって?情報に頭が追いつかなくなっていた。

 

「なるほど―――つまりこれまで我々を助けてきたのは、マスターが傷つくことと君が傷つくことがリンクしていたから、だろう」

「その通り。彼女が死ねば、俺も死ぬ」

「しかし、逆は無い。君が勝ったとしても、どのみち君に未来は無いはずだ」

「それもそうだよ。でも――――」

「愚問だな、アーチャー!」

 

今度はセイバーが答えた。

 

「戦っても戦わなくても死ぬ?その通りだとも。我々に未来は無い!

だが―――人生とは突き詰めれば絶え間なき選択の連続。

余の奏者は選択をしたのだ。たとえ未来がなくとも、たとえその先に何も残らないとしても。決して立ち止まらぬ、と!

貴様、よもや意味がないから、その選択が無価値だからと貴様のマスターに勝ちを譲れなどとは言いだすまいな?だとしたら答えは否!だ!」

 

 アーチャーは一瞬惚けた顔をしてから、すまない、と笑った。

 

「今のは失言だった。なるほど、彼とマスターは同一存在のようだ」

 

 アーチャーは白野に向き合う。

 

「マスター、衝撃的なのは分かる。だが、これは事実だ。そして君もまた生き残るべく戦ってきた。他者の願いを否定し、他者の生を否定してきた」

 

 そうだ、と白野は歯を食いしばった。

シンジ、ダン・ブラックモア、ありす、アトラム。

彼らの思いを切り捨てて、置き去りにしてここまでやってきた。

 

『おまえな、生きるってコトはそういうコトだ。人間はみんな、無自覚に敗者の願いを踏みつぶしてるんだよ』

 

 シンジと共に消滅する間際のライダーの言葉を思い出す。

 ああ、その通りだった。たとえそれが、自分であっても変わらない。いや、自分だからと変えてしまっては、これまで殺してきたマスターたちに言い訳が立たない。

 岸波白野は覚悟を決めた。

 令呪に魔力を込める。全身の魔術回路が焼けるように熱くなっていく。

 

「戦おう、アーチャー」

「了解した。行くぞ、セイバー!ここが貴様の敗着と知れ―――!」

 

 青年はその姿を見ると、彼もまた魔力を回し始める。

 

「始めようセイバー、これが、俺たちの最後の戦いだ」

「うむ!任せるがよい!」

 

 

 

 

 こうして、月の聖杯戦争の最後の一幕が落ちた。

 最後の戦いの勝者は岸波白野となる。6回戦まで二人の白野が生き残ってきたことで、それは確定した未来となった。

 戦いの結果を語ることは無粋であるかもしれない。だが、最後に立っていたのは一人の少女と錬鉄の弓兵だった。それは予定調和であるかもしれないし、番狂わせであったかもしれない。どちらにせよ、彼らは命の限り、その戦いを全うした。

 

「私たちの勝ちだよ」

「うん。そして、俺たちの敗けだ」

 

 赤い壁の向こうにいるセイバーと青年が消滅していく。その様子を、白野はじっと見つめる。最後に言葉は交わされなかった。ただ、彼の言いたいことは分かる。立ち止まるな、進み続けろ、決して―――諦めるな、と。

 紫の粒子となって、二人は消滅した。もはやこの先には何もなく、残ったのは勝利だけ。

 

「言われるまでもないことだよ。私は先に行く」

 

 

 

 

 この後のことを少し語るなら―――それは皆の知っている最後の戦いと、ある反英雄の犯したちょっとしたズルである。

 中枢部に残っていた人類の未来を憂えた男の欠片と、それを見守り続けた覚者との決戦。

 勝利した結果、聖杯へは「聖杯戦争を終わらせること」を願い、それと引き換えにマスターは消滅する。アーチャーもそれに付き合おうとしたのだが。

 

「ご主人様!良かった、お目覚めになられましたね?」

「キャス、ター?」

 

 規格外の力を持つキャスターがズルをしたことで消滅する運命にあった白野はその命を長らえさせ、契約の続いていたアーチャーも消滅せず残っていた。

 キャスターは泣いている。アーチャーはやれやれ、とあきれながらもどこか晴れやかな顔をしていた。

 そうこうするうちに、新たな体制に入ったムーンセルを守る新王として白野は選ばれ、また新たな戦いへと歩みを進めていく。

 月の覇権とマスターを争う大騒乱、遊星の少女を救うための世界戦を超えた戦い、

 オラクルの脅威――――

 岸波白野の戦いは続いていく。これまでも、これからも。

 この物語は、そんな彼女たちに起こった事件のうちのひとつ。

 並行世界―――同じ世界の幹を飛び越えるのではなく、木そのものが違う場所への冒険。

 捕らわれたアルテラを救うための戦い。

 そして、友達と世界を救うために戦う魔法少女たちとの出会いの物語だ。

 




いきなり妄想がベースなのでちょっと補足
竹箒日記に書かれていたエクステラZeroはみなさんご存じだと思いますが、
エクステラを「ネロがメインサーヴァントだった場合」をベースにして書いた、
というだけで、きのこ先生はあれがすべてとは言ってませんでした。
「ネロルートだった場合」「無銘ルートだった場合」「タマモルートだった場合」
で細部が異なる、という記述もありました。これは他二名がメインサーヴァントの場合のテラも無いわけではない、といっているようなものではないだろうか(暴論)
今回は「無銘ルートだった場合」を前提にクロスオーバーさせようと思ってます。
以下登場人物紹介

岸波白野(♀) 

本作の主人公にしてオリジナルの岸波。
竹箒日記の書きぶりとエクステラ本編では女性でも選べるから
はくのんがテラ主人公でもアリなはずだと思う。
(♂)と記憶は統合されているのですが、エクステラの時にまた吹っ飛んでます。
ただ吹っ飛んでいるなりにおぼろげに覚えていることもある……くらいの雰囲気。

岸波白野(♂)

はくのんのコピーとして作られた岸波。
謎の少年ムーブをしてはくのんを度々守ってきた。
レオを倒したのは彼とセイバー。そして最後の敵は――――
例え意味がなくても、勝った先に何もなくても。
彼は止まることなど決してないのです。

無銘     

本作における岸波白野のメインサーヴァント。
もう一度言います、メインサーヴァントです!
エクステラ本編ではドリフトしてきたからか副官として一歩下がって裏方に徹していたが、本作では孫うことなく岸波のサーヴァントとして世話焼き全開である。
テラZero、エクステラを通して白野のサーヴァントとして戦ってきた男。
聖杯戦争に勝てたのも、軍神の剣で鍛冶神ウェウカヌスと接続してセファールとアルテラのつながりを絶ったのも、全部アーチャーが居たからじゃないか!謝れよ!
アーチャーウェルカヌスとかリミゼロ風ムーンドライブとか色々妄想してましたが本作ではカット。


———それは、無銘の英霊の完成形のひとつ。
多くを救うために多くを模倣した剣の丘でなく、用いうる一つの道を限界まで収斂した究極の一。
銘をリミテッド/ゼロオーバー。彼がたどり着かず、しかし誰かのたどり着いた剣製のカタチ。

「生前の私はこの力を手にしたわけじゃない。これは多くを修めた私の剣製とは別のもの。
本来であれば存在を固定されたサーヴァントである私には辿りつけない答えだ。
だがムーンセルはこの剣製をどこかで観測し、データに収めていたのだろう。
———ゆえに、この在り方を私という霊器を用いて再現できる」

「さぁ、来たまえキャスター。この刃は収斂された錬鉄の炎そのもの。
自慢の計算式とやらで防いで見せるがいい。もっとも、解は貴様の敗北だろうがね」


とかやってアルキメデスをかっこよく倒す予定だったんですが。悲しい。


赤王

岸波(♂)のサーヴァント。
赤王からすればアーチャーと白野は自分を負かし、マスターを殺した対戦相手……
なのだが、白野同士の記憶が統合されている&奏者から白野のことを託されたこと、
それはそれとして気に入ったのでハレムには加えるという距離感。
ラストアンコールでハクノを白野とは別の、しかし自分の奏者として認めたのに近い。
アーチャーのこともも忠義者として評価している。
この経緯を学士殿につけ込まれ……たりは絶対にない。。

「見くびられたものだな、シラクサのアルキメデス!
余の奏者はこの世に二人といない、代わりのいないたった一人の奏者なのだ!
決して誰かの代わりとして見たりしているわけではない!
いや、もちろんちょっとくらい独占したいな、なんて思うこともあるが……
むしろキャス狐みたいに余もエンゲージリングに入った奏者と戦場を駆けたい。
ずるいぞ!……いや、そうではなく。
余の愛とはすなわち美しいものを愛することだ。
偏狭な貴様の策略程度で揺るがぬものと知れ!」

ちなみにこのルートでも無銘陣営はほぼ彼女が連れてきました。アーチャーがク―フーリンとか勧誘する未来が想像しずらいし…

キャス狐
テラZero通り、アトラムのサーヴァントとして召喚されたが白野のイケ魂にやられて寝返り、そのまま仲間になった人。
テラでもほぼ本編通り好き勝手はっちゃけた挙句に元さやに戻った感じ。

本作での赤王、無銘、キャス狐トリオはブロッサム先生とか花札くらいには仲がいいイメージ。赤王とキャス狐でマスターを取り合うとなんか生々しいけど間にアーチャーが挟まってマイルドになると思う。


本話はほぼこれまでのあらすじみたいなものなので、本編は次回からです。


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新天地《エクステラ》にて
第1話 岸波さんちの今日のごはん


 アーチャー、無銘は悩んでいた。

 

「くっ……!どうすればいいんだ…!」

 

 脳内ではひっきりなしに計算が渦巻いている。アレではいけない。だが、この手では恐らく満足のいく結果は得られないだろう。さぁ、どうすれば――――

 

「どうすればアルテラの食育に適当な料理を出せるんだ―――!」

 

 無銘は悩んでいた。岸波さんちの今日の御飯のことでである。

 アーチャーが軍神の剣を用い、アルテラをヴェルバーから分離してから数か月ほど。

 現在、月の新王の宮殿でネロ、タマモ、アルテラの3人と彼のマスターは一緒に暮らしていた。

 女性同士特有のギスギスしたような、かと思えばキャッキャとはしゃぎだす雰囲気に満たされた宮殿は非常に姦しく、賑やかである。

 アーチャーはそこで白野の補佐や家事、調理担当などと言った仕事をして日々を過ごしていた。

 大変結構なことにここ最近はセラフは平穏な日々を過ごしている。

 いつまた次の遊星が襲来するかは分からないが、その日まで英気を養うことは必要だろう。

 そこで重要なのは小さくなったアルテラの教育である。

 彼女に人間らしい楽しみを味合わせることはマスターも他のサーヴァントたちも一致した目的であり、食事などもそこに含まれている。

 そういうわけでネロもタマモも度々料理をしてはマスター、ひいてはアルテラの舌鼓を打たせている。

 しかし。

 

「確かにセイバーのローマの宮廷式料理も素晴らしいものだし、キャスターの和風料理も甲乙つけがたさを持っているが!しかし彼女たちはおいしさや豪華さ、量という点にばかり目が行きがちだ。真に人を思う料理とはすなわち、身体にも気を使い、心身ともに健やかになってもらうことを言う。その点で言えば彼女たちのそれはやや偏りが―――」

「いいんだけどよ、アーチャー。それ俺に店先で言うことか!?」

 

 八百屋で店番でアルバイトをしているランサーに突っ込まれた。

 セラフの各階層が解放されたことで、各地にNPCや地上からやってきたウィザード、限界したサーヴァントたちの都市が出来始めている。

 そこでは各人が居住するスペースや娯楽施設、こうした食材を取り扱う店も点在しており、サーヴァントの中にはそこで働いてるものも多くいた。

 ランサーもその一人である。八百屋や魚屋などあちこちを渡り歩いているのだという。

 

「何、私は理解してほしいだけだ。いかに私が苦心し、皆の食事を用意しているかをな。いずれ君からもマスターに言ってほしい。セイバーもキャスターも私の言葉は参考にしか聞かないが、マスターの口から聞けばある程度は考慮するだろう」

「なんつーか、女子寮の管理人っぷりが妙に板についてんな……」

「まぁそういうわけだ。で、ランサー。今日のおすすめはなんだね?」

「はぁ……まぁ、このしめじとかどうよ?俺の畑で栽培してみたんだが、最近ようやく形になってきてな」

「しめじ、しめじか……確かにきのこは栄養価も高く、バターと組み合わせて味も見た目も鮮やかな料理にしやすい。ここはほうれん草あたりとバターでいためるか、鮭とホイル焼きにするか、はたまた和風パスタと言う手もあるな……」

「いいからさっさと買えよ!」

 

 結局、アーチャーはしめじを購入した。通貨はQP。かつての聖杯戦争でも使われたセラフのリソースである。一応、彼は月の新王の直属のサーヴァントなのでQPに困ることは無い。とは言え糸目を付けずに使いまくる浪費家でもないのだが。

 

 町を見れば色々な店や人があふれている。中には雑貨屋などというよく分からないものもあったりする。そこでアーチャーは見知った顔を見つけた。

 

「む」

「おや、貴方は」

 

 紫の無いが髪を持った美女、ライダーだ。真名はメドゥーサ。アーチャーとは色々因縁があり、ヴェルバーの騒動の際にもたびたび衝突していた。だが、目的はセラフの平穏を守ることで一致している。険悪と言うわけでもなかった。

 

「アルバイトかね、ライダー。そしてそこにるのは、桜くんか」

 

 傍らには聖杯戦争において保健室を担当していた間桐桜がいた。二人はいつの間にか仲が良くなっていたらしく、度々一緒にいる時を見かける。

 

「どうもアーチャーさん。どうかされたんですか?」

「いやなに。夕飯をどうしようか、吟味しようと商店街を回っていたのだが。偶々この骨董屋に通りがかってね。別に何か用があるというわけでもないのだが」

「冷やかしですか、アーチャー。あなたも随分暇なようですね」

「失礼な。これでも日々マスターの執務の補佐や、やたら騒ぎたがるセイバーとキャスター、それにアルテラの世話など、忙しい日々を送っているとも」

「貴方も変わりませんね。……そういえば、ですが。少し前にアルテラがここまで来ていましたよ」

「なに?珍しいこともあったものだな。何か迷惑でもかけていないかね?」

「そういうことはありませんでしたが。買い物をしていきました。おもちゃのステッキです。いかにも魔法少女が持っていそうな、という」

 

 ライダーは妙に羨ましそうに語った。体系や可愛らしいものが似合う、という点で彼女の容姿はライダーの理想形に近い。

 

「おもちゃのステッキか。まぁ遊びに興味が出てくるというのは悪いことではないだろうが、無駄遣いをするようなことがあれば大変だな。少し様子を見た方がいいか……?」

「ふふっアーチャーさん、すっかりお母さんみたいになってますね」

「馬鹿なことを言わないでくれたまえ。まぁあれらの保護者みたいなところは確かにあるがね」

 

 そういうアーチャーは妙に満更でもない。桜は「あはは…」と笑い、ライダーは呆れ顔でため息を吐いた。

 

 

 宮殿についたアーチャーは早速、購入した物品たちと現在残っている食材の情報を閲覧し、献立を計算していく。

 量子虚構世界において食事というものは必ずしも必要と言うわけではない。人によっては一切食事をとらない、というものもいるくらいだが、しかし人間と言うのは生活リズムを持っているものだ。睡眠、食事、風呂など、必要でなくてもその生活リズムを整えるために行ったり、あるいは娯楽として行うものもいる。極限状態だった聖杯戦争ですら魔力リソースとして食べ物を再現したものがあったのだから、こればかりは必要か否かではないのだ。

 そして、調理についても必ずしもアーチャーが手を加える必要があるわけでは無かった。データベースに蓄積されている料理のデータをもとに、再現したものを出せばいいだけである。だがこれもアーチャーにとっては楽しみであり生活リズムでもあったので、ついつい自分の手で行うことになっていた。そもそも食材を扱う店舗があるということは、この世界で生きている人々に「自分で調理をしたい」という者が一定以上存在することの証左でもあるだろう。

 

「今日はしめじとツナの和風パスタだ」

 

 颯爽とお盆を2つ手に取ってダイニングに現れたアーチャーは、いそいそと皿を皆で囲む食卓に配膳した。

 席にはすでにキャスター、セイバーが座っていた。

 

「うわぁ、そのドヤ顔!相変わらず妙にうざってぇですねぇ。あ、でも料理は美味しそうです」

「うむ、いつもご苦労であるコックのサーヴァントよ」

「だれがコックか。せめてバトラーと呼びたまえ」

「バトラーはいいんですか、あなた……」

 

 セイバー、キャスター、アーチャーはいつもどおりの呼吸でやり取りをした。彼らは同じく岸波白野のサーヴァントである。軽口や皮肉の言い合いはもはや日常茶飯事だった。マスターは『仲良いよね、みんな』と常日ごろ苦笑している。

 

「む。そういえばマスターの姿が見えないが」

「そういえば。アルテラさんの姿も見えませんねぇ。そちらセイバーさんは何かご存じで?」

「聞いておらぬぞ?そういえばアルテラは午後から町に出て遊んでいる様子だったが」

 

 3人とも行方を知らない、ということだった。

 

「このままでは料理が冷めてしまうぞ」

 

 アーチャーがそういうと、マスターがあわただしくダイニングに入ってきた。彼女は息を切らし、そわそわした様子である。

 

「マスター、どうしたのかね。食事の時間だが―――」

「ねぇ、みんな!アルテラがどこにいるか知らない!?」

 

 白野はアーチャーの言葉を遮った。珍しく取り乱している。

 

「アルテラがどうかしたのか、マスター?」

「宮殿のどこにもいないし、周りのNPCに聞いても知らないって。もうとっくに帰ってきていてもおかしくないんだけど……」

「それは一大事だぞ、奏者よ!皆で手分けして探そうではないか!」

「まぁ、どこかで道に迷ったとかそんなオチな気もしますが……とかく、探しに行くべきでしょう。アーチャーさんは?」

「無論探しに行くとも。気になる話を聞いていてね。夕飯の買い出しに行った時にアルテラを目撃したという話をきいた」

「え、どこで?」

「ライダーの働いている骨董品店だ。あのあたりを中心に目撃情報を集めるのが適当と見る」

「相変わらずマメな男よな、アーチャー。では奏者よ。まずはその城下町に行ってみようではないか」

 

 そうして白野とサーヴァント三人によるアルテラ捜索が始まった。

 始め、誰もが不安を感じてはいたが、それでも楽観していた。

 きっと、すぐにアルテラは見つかるだろう、と。

 だが、それは大きな間違いだった。四人が力を尽くしてもアルテラを発見することは出来なかったのだ。




セラフの新天地はエクステラで語られた通り、七つの階層が解放され、NPC、地上から来たウィザード、サーヴァントたちによって生活が営まれています。
「NPCってことはサクラもいるんだろうなー。ライダーもバイトしてるっていうし、二人が仲良くしてたりしたらいいなー」なんてよく考えたものです。SN的にも、アルターエゴ的にも関係深そうですよね。

ちなみに彼らがいるのは原作におけるローマ領。
ネロはあくまで副官と言う立場で白野の下にいますが、アーチャーは都市の運営にそこまでこだわりは無いので彼女の好きにさせている、という感じです。
勝手にライブスタジオを建設させない、くらいの口出しはしているでしょうが。


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第2話 魔法使いの杖

関係ないけど白野がサーヴァントをクラス名で呼ぶの好きです。


 アルテラが失踪して丸1日がたった。

 4人の捜索活動にも関わらず、アルテラが見つかる様子は無かった。商店街で目撃情報を集めたところ、商店街を抜けて、現在廃墟になって何もない区画まで遊びに行ったのでは、というところまでは足取りを掴めたのだが、その先が分からない。

 

 

「いやぁ、ダメっすわ。俺もあちこち見て回ったが、アルテラの嬢ちゃんの居場所は掴めねぇ。恥を晒すようで不甲斐ないぜ」

 

 聞き込みをしている最中に協力を申し出たロビン・フッドが言う。

彼以外にもサーヴァントやNPCが協力してくれていた。

皆は一度宮殿まで戻って集まった情報を総合しているところである。

 

「そんなことないよ。ありがとう、アーチャー」

「ちっとばかし気になったんだが……アンタとアルテラの嬢ちゃんはサーヴァントとして契約を結んでるんだよな?俺たちのような仮契約とは違う、きちんとした契約を」

「そうだけど」

「だとしたら令呪を用いて命令してみるってのはどうだい?」

「……何度か試した。でも」

 

 白野は自分の腕をロビンに見せる。そこには三画の令呪すべてが消費された状態になっていた。再装填を何度か繰り返したので、復活には時間がかかる状態だった。

 

「一画では呼び出せなかった。三画重ねて勅令としても呼び出せない」

「そりゃまた……ムーンセルには存在しないってことじゃないかねぇ?」

「でも契約は続いている。私の体を通して、彼女に魔力が流れるパスは確かに存在しているんだ。なのに―――」

 

 見つからない。どこにもいないのだ。

 

「余も皇帝特権で気配感知や千里眼の真似事をしてみたが、どうにも見つからぬ。何か尋常ではない理が働いている可能性も考えねばならぬぞ」

「……もしやヴェルバー絡み、という可能性も考えられますが。どう思われますご主人様?」

 

 ヴェルバー絡み、と言う言葉を白野は思案した。可能性としては考えていなかったわけではない。だが彼女とヴェルバーのつながりはアーチャーが断ち切ってくれたはずだ。その様子をレガリアの中から見ていたので良く分かる。あの一撃で、彼女は英霊アルテラとなったはずなのだ。それは無い、と思いたかった。

さてどうするか、と重苦しくなった

 

「失礼」

 

 玉座の間に無銘が入ってくる。

他の面子に遅れて彼は帰還してきたようだった。

 

「む、遅いぞアーチャー」

「すまない。が、少し気になったことがあったものでね。商店街の聞き込みを続けていたのだ」

「相変わらず独自行動ばっかとってんな赤マント」

「単独行動はクラススキルなものでね。君も持っているはずだが」

「お前さんよりかは空気を読んでるつもりですけどねぇ!」

 

 無銘のアーチャーと無名のアーチャー(ロビン・フッド)

その在り方や生き様、スタンスには似たものがあるのだが、それだけに皮肉の応酬も激しい。

 

「んで?遅れてきたからには何か手がかりのひとつでも掴んできたんだろうな」

「ふむ。それなのだが。私が気になったのは、アルテラが失踪する直前に購入していたというステッキについてだ」

「ステッキ?それがどうかしたの?」

「ああ。一口にステッキ、と言ってもただのおもちゃとは限らない。特別な魔術礼装である可能性もある。そこで

実物を見ていたライダーと桜くんにスケッチをお願いした」

 

 それがこれだ、とアーチャーは一つの図案を取り出した。棒に星型に羽がついた先端部が装着されていて、いかにも魔法少女の杖、といった風だ。

 

「それで、これがどうかしたんですか?」

 

 キャスターは疑問を述べた。

 

「うむ。私はこれについて……その、ちょっとしたこころ当たりがあってね。デザインを見てほぼ確信したところもあるが、確証を得るためにあちこちで証言を洗いなおしていたんだ。すなわち、『アルテラは誰かと喋っている様子は無いか』とね」

「誰かと喋っている?」

「誘拐犯が他にいたとでもいうのか?しかし我らが聞き込みをしたときにはそんな話は無かったはずだぞ」

「ああ。そんなものがいれば誰もが証言に挙げるだろうさ。だが、私が聞いたのは、彼女がステッキに話しかけている様子は無かったか、ということだ。そしてそれについて尋ねたところ、目撃者は口を揃えて彼女がステッキに向かって独り言を言っていたと返した」

「それで、アーチャー?心あたりっていうのは」

 

 白野の質問にアーチャーは一瞬、むぅ、とうなるとやがて観念したように声を吐き出した。

 

「私の見立てが間違っていなければ、彼女が骨董屋で購入したのはカレイドステッキと呼ばれる魔術礼装だ。かの第二魔法使い、キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグが作り出した、誤解を恐れずに言えば魔法の杖だ」

 

 

 カレイドステッキ。愉快型魔術礼装とカテゴライズされたそれは、あらゆる並行世界から魔力を集め、使用者に無限の魔力を与える。そして契約者の並行世界から、特定の技能や能力をインストールさせることができるのが特徴でもあるのだ。例えば紅茶を入れる技能を持たないものが、技能を持っている世界の自分から能力を引っ張り出してくる、というように。

 

「うわぁ、トンデモですねぇ、ソレ」

「何せ魔法使いが作った杖だからな。私も能力のすべてを知っているわけではないが……使い方次第では並行世界に影響を及ぼしたり、ドリフトすることも可能かもしれない」

「詳しんだね、アーチャー」

「ああ。この霊器を為すものの中には、生前にそれにかかわったものもいてね。なんというか、手を焼かされた記憶がある。もちろん機能もそうだが、埋め込まれているAIがトンデモない性悪でね。知り合いの使用者は魔法少女のコスプレをさせられた挙句、黒歴史全開な口上を洗脳されて言わされることになった」

「なんて、恐ろしい礼装……!そしてまた明かされる生前の女性エピソード。やっぱりドンファンだ…」

 

 白野は迫真の表情で手をぐっと握りしめる。

ドンファンとはなんだっ!とアーチャーは慌てて言う。

 

「余は面白そうだと思うぞ!このデザイン、気に入った。愛いらしいのが特にいい!余もこのステッキで変身してみたい!きっとカードを集めたりするのであろう?」

「私は嫌です。トンデモナイことをいつの間にかやらされるとかノーサンキューですねぇ」

「むぅ、確かにキャス狐にはきついか。何せ歳がネックよな。変身しても、魔法“少女”にはなるまい。安心せよ。変身は余が行う故な」

「その“少女”にアクセント置くの止めてくださいません!?大体享年で考えたらあなたも結構厳しいですからね!?」

 

 ネロとタマモは相変わらず楽しくケンカしている。

 

「あー、あっちの姦しいのはほっとくとして、だ。

アンタ、なんか考えがあるって顔してるが。どうなんだい?」

 

 ロビン・フッドが場を仕切りなおす。

アーチャーは「まぁ確証はないが」と前置きをしてから答えた。

 

「つまり魔法の領域の話、ということだ。魔法使いの業には魔法使いに相談するのが一番だろう?」

 




無銘を二次創作で扱う際に必ずと言っていいほど出てくる
『無銘とエミヤはどこまで同じなのか?』問題。
本作においてはEXTRAの描写から、無銘はextra世界の教官やエミヤ、その他色々な要素が集まっているっぽい。なのでSN時空などで起きた出来事や因縁の一部を記憶しているのではないか、という扱いです。
エミヤがカレイドステッキと出会ったことはあったのかって?うん。ロンドン行くまでは遠坂と一緒だったみたいだし、遠坂邸の魔法使いの箱を開けてトンチキ騒ぎを起こしていてもおかしくは無いと思うな。


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第3話 英雄王との問答/カードの原典

CCCの英雄王はかっこよくてすき
エクステラの英雄王は後方プロデューサー面王感があって面白くてすき


 その後、アーチャーは“魔法使い”探しに出かけた。

 月の聖杯戦争において協会に居座っていた姉妹、その妹がそうなのだという。

 白野は月の聖杯戦争の記憶をおぼろげにしか保有していないのでそうなのか、と思うしかない。

 彼女のことを知っているアーチャー、セイバー、キャスターが方々を駆けずり回って探している。

 その間、白野はやれることをしよう、と思い立った。

 並行世界に捕らわれた、という可能性があるなら、並行世界のことを知ることが出来る人物に話を聞こうと思ったのだ。だが、それもよく考えればどこにいるかよく分からない。

 確かに彼はセラフの中にいるだろうことだけは分かっていたが、しかし特定の場所に居を構えているわけでは無かった。それにアルテラの騒動の際にはなぜか白野に協力してくれていたが、今回も聞いてくれるとは限らない。

 

 だが、ことは一刻を争う。状況を把握するためにも、まずはあの英雄王ギルガメッシュを探すべきだろう。彼の宝具である『全知なるや全能の星』はすべてを見通す千里眼だという。

 これまたNPCやロビンに頼ることになるが、やってみる価値はあるだろう、と。

 だが一日二日、と探せどもギルガメッシュの行方は分からなかった。

 もともと、人間には度し難い精神性と行動原理を持つ王である。

 白野にも他のサーヴァントにも彼がどのような行動をするか予想や推理をすることは難しい。

それゆえ。

 

「みずぼらしい宮殿よなぁ、雑種」

 

 捜索から帰還して、玉座の間に戻ってみれば、いつの間にかまるで自分が主かのようにふんぞり返っている、などということも、白野には予想がつかないことであった。

予想外ではあったが、妙に納得してもいた。彼ならば、このような行動をとりそうだ、と。

 

「貴様も人を従える立場となったというのに。未だこのような安宿に居を構えていては、民の忠誠も陰るというもの。王とは民共に背中を見せる存在でなくてはならぬ」

「ご忠告どうも。ありがたく受け取っておきます」

「うむ。先達としての務めゆえな。ゆめ励むがよい、雑種」

 

 今日の英雄王は機嫌がいいようだ、と白野は思った。

 

「して雑種よ。貴様が我を探している、と言う話を聞いたが?」

「えっと、はい。そうですね。探してました」

「別に我は貴様の問いかけに答える義務は無い。ここに寄ったのも偶々だ。それゆえ、貴様が何を問おうとしているかなどはどうでもいいことだ」

「はぁ」

 

 白野はあれ、じゃあこの人は何をしに来たんだろう、とやや落胆していると

 

「何をしている。聞きたいことがあるのなら早く問うがいい。我も暇ではないぞ」

「ちょっと文脈が読めないんですけど」

「我にとってどうでもいいことだと言ったまでのことよ。貴様が我に問うのを止めたわけではない」

 

 本当に、この人は何を言っているのだろうか、と本気で困惑したが、こう言っていることだし聞くことにした。

 彼は生ける嵐のようなものだ、と妙にすんなり諦めがついたからだった。

ギルガメッシュに問うたのはアルテラについて、彼女がどこにいるのか、どのような状況に置かれているのか、ということである。

 言ってから、不敬であるぞ、とかなんとか怒られたりしないかと一瞬身構えた。

 だが、ギルガメッシュは「ふむ」と言って瞳を閉じると、しばらく黙り込んでしまった。

 まるで瞑想をしているかのように静かな時間が玉座の間に流れる。

 かと思えば、ギルガメッシュはだしぬけに「ククッ……ッ、フハハハハハハハハ!」と高笑いを挙げた。

 

「なんと哀れな行き詰まりよ!アルテラ奴、また妙な木に迷い込んだな!」

「あの、ギルガメッシュ?」

「ふん。我自身で糺したくなる不敬もあったが……それはそれ。態々ここにいる我が出向くほどでもないか。おい、雑種」

 

 ギルガメッシュはそういうと、王の財宝を展開し、何かを取り出した。それを白野に投げつける。白野は一瞬身構えたが、それが自分に渡そうとしているものなのだと気づくと慌てて受け取った。

 

「貴様に下賜してやる。ありがたく思えよ」

 

それはカードだった。中央に丸い図案があり、そこから幹のように線があちこちに伸びている。全体は金色に輝いていて、太陽を模しているようにも見えた。

 

「えっと、これは?」

「とある魔術礼装の原典だ。世界の裏側―――お前たちの言う英霊の座へ路をつなげるためのものよ。クラスカード、あるいは呼符、などと呼ぶものもいるが」

「アルテラは世界の裏側にいるってこと?」

「そうではない。これは貴様の求めるものへ向かうためのアンカーに過ぎぬ。あのメシ使いあたりが今頃、あちらとつなげるための道具を融通しているところだろうさ。それと組み合わせて使うためのものだ」

「はぁ。ではありがたく頂戴します」

 

 白野の言葉に英雄王は鼻を鳴らした。やがて、占い師の託宣のように、言葉を投げかける。

 

「貴様にはこの先、世界を超えた冒険が待っている。先達としてもう一つ言っておくならば……冒険とはいいものだ。知見が広まり、想像を超えた多くの出会いがあり、有形無形の様々な宝を手に入れられる。貴様も月の新王などと名乗るのなら、一度は乗り越えるのが良かろうさ」

 

 そうった瞬間のギルガメッシュは王としての尊大さや理不尽さよりも、穏やかな、遠い過去、あるいは遠い未来に思いを馳せるような顔をしていた。白野はその言葉にちょっとしたときめきを感じる。

 

「もっとも、我はやりすぎて国を滅ぼしかけたわけだが。貴様も帰ってみたら臣民が一人もおらず、ビンタで迎えられるようなことが無い様気を付けよ」

 

 台無しだ、と白野は頭を抱えた。一瞬ときめきかけた心を返してほしい。

 AUOジョークだ、とまた笑いだすギルガメッシュに辟易としつつ、白野はもう一つ気になったことを聞くことにした。

 

「その、いつも思ってたんだけど。なんでここまでしてくれるんです?」

「……ふん。アルテラの時と同じ。契約よ。『今生のみ、我の宝物庫を使うことを許す』……まぁ、今の貴様には関わりはあってないようなもの。おとなしく我の施しをありがたく受け取っておけ、雑種」

 

 ギルガメッシュはそういうと、玉座の間から消え去ってしまった。

 恐らく霊体化したのだろう。

 少し残念な部分もあったが……ギルガメッシュの「冒険」という言葉に、白野はどこか心躍らせていた。

 




クラスカードと呼符、似て無い?
機能とか紙幅とかさぁ?
でもこの2つに関係があるなんて話、公式は1ミリもしてないので他所でするのはNG。
完全に本作オリジナル設定ですので。

オリジナル設定ついでに語るなら、本作の呼符はあくまで『英霊を呼ぶカード型魔術礼装の原典』であって、FGOに出てくるそれとはまた別者、というイメージで書いてもいます。
同じグラムでも破滅の黎明と龍の死がまた別の物であるのと同じように。

Q,じゃあ何が違うんですか?
A,英雄王「たわけ!一度使えば消えるような普及品と一緒にするでないわ!我の持つこのカードは何度も使える上、使用者の望む英霊を呼び出せる至高の一品よ。何故だかセイバーは出ないがな!……何故だ?」


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第4話 魔法使いのケータイ/新天地より新たな世界へ

ひびちか……お前はいま、どこで戦っている……


 

 アーチャーは、と言えば無事に魔法使いに会うことに成功した。セラフには地上の街並みが再現されている。

 聖杯戦争における月見原学園の教会は日本の地方都市冬木を再現したスペースにそのまま移築されていて、蒼崎青子はそこに残っているようだった。

 

「あら、アンタ、白野さんのサーヴァントよね?」

 

 扉を開くと赤髪の女性は聖杯戦争の時と変わらず、壇上の椅子に座っていた。

 

「いかにも。アーチャーのサーヴァントだ。真名はわけあって無いものでね。そう呼んでくれて構わない」

 

 青子は「そりゃどーも」と言うと、アーチャーを歓迎した。

 本来、この教会は彼女のものでもなんでもないのだが。

 彼女は茶飲み話でもするかのように、しかし、と続ける。

 

「なんか感慨深いわねー。一番見込みがなさそうなマスターが最後まで生き残って、月の新王とか呼ばれるようになっちゃうんだから」

「その賛辞はマスターにも届けておこう」

 

 アーチャーは協会をぐるりと見まわした。

 

「蒼崎橙子はいないのか?」

「え?あ、うん。アネキなら目的は果たしたからって帰ってったわよ」

 

 聖杯戦争終わり間際ぐらいでね、と彼女は意味深に笑う。

 

「それで、今日はどういう要件かしら?まさか魂の改竄ってわけでもなさそうだけど」

「まさか。いまさらステータスを弄る必要も無い」

「そうよね。別にやってもいいけど……やる?」

「やらない。そろそろ本題に入っていいかね?」

 

 アーチャーはカレイドステッキ絡みの話について青子に話した。アルテラは恐らく魔法使いの杖を手にて、その直後に失踪していること。

 

「うーん……まぁ、遊星の端末が行方不明ってのはこの軸にとってはちょっと困ったことになりそうよね。でも私が出向くほどのことでもないし……なによりきな臭い未来はまだ見えたまんまだし。うーん」

 

 青子はしばし悩んでから、トランクを引っ張り出して中身を広げた。

 

「それは?」

「あ、これ?件の魔法使いの爺様が作った魔術礼装のお仲間よ。ちょっと前にかっぱらう機会があってねー」

「む、大丈夫なのかそれは。いや、主に制御精霊の人格とかそういう部分で」

「あ、大丈夫大丈夫。精霊は積んでないわよ。これは魔法のケータイで、並行世界から並行世界に電話を掛けられるって礼装なんだけど」

 

 アーチャーはどこかで聞いたことあるなぁ、と冷や汗をかきながら青子の話を聞く。

 

「これの隠しモードにどうもカレイドステッキと同じ機能があるらしくてね?魔法少女への変身機能があるって話なのよね。私は絶対試さないけど」

「いかにもあの御仁がやりそうなことだが……」

「要するにカレイドステッキで並行世界に飛んだなら、こっちもカレイドの力で並行世界に飛べばいいってわけ。これを使えばあなたもカレイドの魔法少女って寸法よ!問題はちょっと恥ずかしいことくらいだけど……まぁ私が出来るのはこれくらいかしら」

「……マスターと要相談だが。ありがたく受け取っておこう」

「ええ。あ、それとこれは予想なんだけど」

「なにかね?」

「白野さん、魔法少女も似合うんじゃないかしら」

「そういう無責任な発言は魔法使いの特徴なのか!?」

 

 アーチャーは苦虫を噛み潰すような顔で青子を見たが、彼女はあはは、と笑うだけだった。

 この手のタイプはまともに相手をしようとするこちらが損をするだけだ、むしろ解決策を一つ貰ったのだから、となるべく自分を抑えながら、教会を後にするのだった。

 

 

 

 こうして、作戦は結構されることとなった。すなわち、並行世界にいるだろうアルテラを救い出すため、白野とそのサーヴァントが魔法のケータイを用いてドリフトする、という作戦である。

 並行世界に飛ぶ以上、何らかのアンカーが無ければ文字通り、漂流者になってしまうのでは、という懸念もあったがそれもギルガメッシュから下賜されたというカードで解決した。彼の見立ては恐らく正しい。

 そして多くの人が不思議に思っていることだが、彼は白野の不利になることは基本的にしないのである。

 

「しかし信じられんな……ギルガメッシュが君に宝具を渡すだと?」

「契約がどうとか言ってたけど」

「君が嘘をついていないと判断するなら私から言うことは無いが……それで、どうするマスター?」

「何を?」

「並行世界への冒険だ。かの魔法使いのアイテムである以上、身体への危険性は無いだろうが……どんな危険が待っているか分からない。どのサーヴァントを連れていくか、じっくり吟味する必要があると思うが」

「はいはーい!私が行きまーす!ご主人様を守ることから掃除洗濯その他家事、なんなら寂しい夜のお・夜・伽まで♡このキャス狐が最適かと♡」

 

 真っ先に手を挙げたのがキャスター。

 

「あ、ずるいぞ!余、余はどうだ!何せ余は最優のサーヴァントセイバー!あらゆる面で天才たる余がいれば、あらゆる状況下でも負けることほぼなし、だ!異世界の無聊も余の歌を聞けばあっという間に晴れるというもの。これはもう決まったようなものだな!」

 

 ついで手を挙げたのがセイバー。

 

「何よ、歌なら私だって負けてはいないわよ!すごいんだから、私の超音波!小鳥たちはあまりのショックに一撃でメロメロ、みんなして地に落ちてじっくり聞きほれていくくらいなんだから。それに子リス?あなた今度は魔法少女になるらしいじゃない。そうなれな私も翼を広げて真夜中のミッドナイトにランデブー……!二人きりの浪漫飛行……!そして二人は愛を囁きあい、錐揉みしながら夜景に溶けていくの……きゃっ子リス、まだキスは速いんじゃないのかしら……」

 

 そして最後がエリザベート。もはや何の勝負か分からない、白野はそう思った。

 あと魔法少女になるかどうかはまだ決まってない。

 

「ネロ、タマモ。二人の気持ちはうれしいけど、私の気持ちはもう決まってるんだ」

「みこんっ!?」

「なんと!?」

「それと、エリザ」

「な、なにかしら」

「何度も出てきて恥ずかしくないの?」

「ちょっと子リス私にだけ当たりきつくない!?それに今回は何度も出てきてないわよ初登場よ!」

 

 落胆するセイバーとキャスター、キレ芸が板についてきたランサーを尻目に、白野はアーチャーに向き直った。

 

「アーチャー」

 

 はぁ、やれやれ、といった表情で三騎とマスターを見ていたアーチャーは白野の呼びかけにふと気を取りなおす。

 

「なにかね?」

「私と一緒に来て」 

 

 アーチャーは一瞬、不意を突かれたように呆けた。アーチャー自身はそんなことを露とも考えていなかったのだ。彼女がアルテラを救いに行くのなら、このセラフを守るのは彼女のメインサーヴァントたる自分だ、と。

彼女を守ろうとする気持ちはセイバーもキャスターも強い。

 強いて自分が行く必要も無いだろう、と考えていたのだ。

 

 だが。彼女はアーチャーを選んだ。無銘の英霊と無名のマスター。

彼女はもう覚えていないが、多くの戦いを共に駆け抜けた相棒だった。

 

「もちろん。サーヴァント・アーチャー。君の行く先にある、君を害するもの、そのことごとくを打ち砕こう」

 

 言葉はすんなりと出てきた。彼女と共に異世界へと冒険する。それは自分の役割ではない、なんて思っていたが―――なるほど。そういってもらえると存外うれしいものだ、と。

 

「――うん!」

 

 外野たちは当初こそ文句をぶつけてきたが、やがて仕方がないと(未練を残しつつ)諦めた。

 マスターの満面の笑顔を見れば、それ以上、何も言う気が起きなかったからだ。

 

 

 

「じゃあ、後のことはお願いね、ネロ、タマモ」

「うむ。任せるがよい!皇帝としてしっかりセラフを纏めて見せよう!」

「ええ、ええ。私も粉骨砕身、このわがまま皇帝が好き勝手やらかさないか見張っておきますとも」

「ぬう、貴様だって国を何度も傾けた狐だろうに!貴様にだけは言われたくないぞ、キャス狐!」

「え、ちょっとまって。もしかして私の出番ここで終わり!?どういうことなのかしらプロデューサー!?」

「あははは……大丈夫かな」

「まぁ、皇帝ネロは暴君としても知られるが執政官としては非常に人気があったとも伝えられている。政治能力で言えば彼女は手腕を持っているし、キャスターにせよランサーにせよ、君のことを強く思っているのは変わらない。裏切ったりセラフを乗っ取ろうなんてことは考えないだろう。もっともトラブルは何個か侵すだろうが……何かあればこのケータイに連絡が来る手筈にもなっている」

 

 白野は手元のケータイを手に取る。

 旧世紀の、いわゆるガラケーと言われる電子機器。

 セラフにいる彼女にとってはあまりなじみが無いそれをまじまじと見つめる。

 

「アーチャー」

「なにかね?」

「私、うれしいんだ。私がかりそめの命であったことを知ってから、地上にいる誰かのコピーであることを知ってから。ただ自我を持ったに過ぎないNPCだって知ってから。セラフの外に出て、広い世界を見ることができるかも、なんて考えたことが無かった」

「……」

「でもそんな旅を、アーチャーと一緒に行けるのは、とてもうれしい。私はもうおぼろげにしか覚えていないけど……ずっと私を守ってきてくれた、私のアーチャーと一緒に戦いたい」

「ああ。私もうれしい。きっと君とアルテラが無事に帰れるよう、私も力を尽くそう」

 

アーチャーの言葉に白野は強くうなずくと、ケータイを開いて起動詠唱を唱えた。使い方は分かっている。

 

『コンパクトフルオープン 鏡界回廊最大展開』

 

 万華鏡の光が視界にあふれた。さんざめくキラキラ星を目で追いながら、新たな戦いへの覚悟と、未知の世界へと心躍らせる。

 

『我は我の望む場所へ、我は我の望む法を』

 

 手向けるは金の札。英雄王が貸し与えた『英霊を呼ぶための魔術礼装』。

 これをアンカーにすることでアルテラのいる世界へと跳躍できるのだという。

 英雄を呼ぶ札がアンカーとなる世界とはどういうものなのだろう、と考えたところで、世界はホワイトアウトした。

ここじゃないどこかへと落ちてく浮遊感が身体を包む。

やがて、ケータイ電話から音が鳴り始めた。

 

「っ、マスター!」

 

 桜の花びらがくるくると回るアイコン、中央には『Now hacking』の文字。

 初めて聞く/どこかで聞いたことがある音が鳴り響く。

 やがて小気味のいいSEとともに『OK』と表示され―――――

 

『なーんて。そんな簡単にいくわけないじゃないですか。セ・ン・パ・イ♡』

 

 これまた、初めて/どこかで聞いたことのある声が耳の中を満たした。

 




本作のキーアイテム、魔法のケータイ。
当初はCCCエンド後に謎の美少女Bの声が聞こえる黒いケータイさんで
白野が魔法少女カレイド☆はくのんに変身して桜とともに旅をする作品を考えてました。


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Eins
第5話 誰?/我が名はフランシスコ・ザビ


サバ☆フェスピックアップで大爆死したノラネコ軍団です。
BBちゃんのための石がもうない……呼符ONE CHANしかねぇ!


 目が覚めた。

 

 夢を見ることなく、彼女はふと、匂いと肌に撫でつける風を頼りに感覚が覚醒していく。

 身体にさして違和感はない。セラフと変わらない感覚だった。

 今の彼女は並行世界に魔力で編まれた異物として存在している、いわばサーヴァントと同じような状態だ。

 違うのは彼女には戦闘能力や特殊なスキルは存在しないということ。

 そして彼女と彼女のサーヴァントの存在を維持するための魔力はケータイを通してムーンセルから供給されている、ということである。

 時は夜。場所は川沿いの公園のようだ。

 頭を挙げれば大きな橋が架かっている。彼女はこの橋を何度も見ていた。

 新生セラフの冬木の町にある大橋。

 セラフのものは一部にノイズが走っていたが、こちらにはそれが無い。

 成功したのだろうか、とぼんやりした頭で考えていると

 

「目を覚ましたか、マスター」

 

 聞きなれない声変わり前の少年の声が耳朶を揺らした。

 

「え?」

「心配したぞ。全く目を覚まさないからな。何者かのハッキングとやらで君に重大な欠陥でも生じたのでは、なんて思ってしまったほどだぞ」

 

 まぁ杞憂だったが。そう続ける声は最初から最後まで、白野に違和感と混乱しかもたらさない。

 声の源を見れば、そこには褐色に白髪の10歳ほどの少年が座り込んでいる白野の顔を見つめていた。

 

「えっと、アーチャー?」

「そうだが。まさかまた記憶喪失だなんて言ってくれるなよ」

「そうじゃないけど。えっと、でも、アーチャー?」

「分かっている。ああ、分かっているぞ。君が言いたいことはオレが一番よく分かってる!どうしてこんな――――子供の姿になっているのか、だろう!」

「うん。そう。それ」

「そのことだが、私にもよく分からない」

「……はぁ?」

「なんというか、うん。ドリフト前に起きた謎の現象―――恐らくケータイへのハッキングが原因だろうとは思っているが。しかしそれにしてもよく分からん」

「スキルやステータスへの影響は?」

「確認してみてくれ」

 

 白野はアーチャーのステータスを閲覧する。

 

「ステータスがワンランクダウンしてるね」

「ああ。投影精度も幾分か下がっている。もちろんセラフでない以上、幾分かステータスに変調をきたすことは予想していたが……」

「それと、これは……」

スキル欄の最後にこれまで存在していなかったスキルが付与されている。だがそれは名称、効果ともに黒塗りになっていて分からない。

「スキルが追加されるなんてことありえるのかな」

「召喚された土地によって知名度ボーナスがつく、という話は聞くこともあるが。私はその手のブーストがつく英霊では無い。これは恐らくだが、魂の改竄で何者かに付け加えられたスキルと考えるのが妥当だろう。」

「何者か……?」

 

 意識を失う直前に聞こえた声のことを思い出していた。

 あの謎の声の主が、アーチャーをこうした犯人なのだろうか。

 でもなんのために?

 白野もアーチャーも分からないことだらけだった。

 だが、立ち止まってなどいられないというのも事実である。

 

「アーチャー。戦闘はできそう?」

「ふむ。近距離戦闘では体格の影響を受けることもあるだろう。また新天地ならざるこの地ではエクステラマニューバやムーンクランチも制限を受ける。神話礼装も使用することは難しい。だが―――私の本職は弓兵だ。投影し、弓で狙撃するということなら何の問題も無く行えるだろう」

「じゃあもしもの時はお願い。ひとまず、アルテラを探すために、この土地について調査しよう」

「心得た。では探索を始めようか」

 

 例え問題があったとしても、することは変わらない。二人は夜を駆け巡る。

 

 

 

 

 

 

 冬木の町は白野にとって一度も言ったことが無いが、馴染み深いものだった。

 彼女が過ごした月見原学園は冬木市の学校がモデルだというし、新天地となってセラフにおいても冬木の街並みは再現され、度々そこで生活や戦闘を繰り広げてきた。

 彼女にとって本物の冬木の町とは、これまで映像や写真でだけ見てきたものを、実物で初めて見た、という状況に等しい。

 アーチャーとともに新都の高層ビルのひとつに昇り、町の全計を見渡す。

 引っ切り無しに光る街灯、行きかう車たちのエンジンの音、遠くを見渡せば港があって、コンテナが船に運ばれていくのが見える。

 

「こんな風に生きている冬木の街は初めてみたよ」

「そうか。君にとって冬木とはセラフに作られた一区域に過ぎなかったな」

「うん。町としてはローマ領の方がよっぽど栄えているし。あの冬木には建物は沢山あるけど、NPCも地上から来た魔術師もあんまりいなかった」

 

 そもそもの話をすれば、彼女は地上の街を見たことも初めてだった。

 おぼろげな記憶の、さらに不確かな領域。地上に生きていたい欠片が見たかつてのあの地獄の中。

 そして時折流れ込んでくる、正義の味方として活動していた無銘の記憶が彼女の地上についてのすべてである。

 

「私も、懐かしい思いがしてきた」

「アーチャーも?」

「ああ。生前の―――といっても、この体を構成する魔術師のひとりの、だが。彼は日本の地方都市、いやもっとはっきり言えば冬木の出身だったんだ。その記憶や記録は摩耗しているが、少なからず残っている」

「じゃあ町の様子もよく分かる?」

「それは難しいな。正義の味方だった男にとって、この町は大切な場所ではあったが、ここにいた時よりもいな

かった時間の方が長い。だから本当に、懐かしいと思うだけだよ」

 

 アーチャーは感慨を込めて笑う。白野もその姿をみてうれしくなった。

 人生を正義の味方という概念に費やし、死後ついにそのものとなってしまった男にも、生まれた場所があって、青春を過ごしてきた町があった。

 

「そうだ。戦闘や調査には役立たないだろうが、もしひと段落ついたら私の覚えている範囲で君を案内しようか。マウント深山はこの時代でも珍しく活気のある商店街でね。魚屋、八百屋、カフェ、スイーツ屋に小さなスーパーなどに多くの人が行きかっている。そう珍しいものではないが、君にとってはそうでもないかもしれない」

「うん。よろしくね、アーチャー」

「ああ、任された……っ!」

 

 瞬間、弓兵の瞳が険しくなる。

 彼の持つ千里眼、目標を捉える鷹の瞳がぐんと目力を湛えた。

 

「アーチャー」

「ああ。10時の方向、学校の校庭だな。そこで人が不自然に消えた。マスター、コードキャストは」

「ケータイがあれば使えるみたい」

「よし、では索敵を」

 

『view_map();』『view_status();』

 

 地形探索とステータス開示のコードキャストを発動させる。

 これは術者の能力を上げることがメインだが、サーヴァントにもその効果はリンクされる。

 白野の発動したコードキャストによって、アーチャーは違和感の正体を読み取った。

 

「わずかだが不自然な魔力の歪みを感じる。スキルか、はたまた宝具かは分からないが。一番近いのは魔法のケータイから発せられた魔力だな。どうするマスター?」

「聞くまでもない。早く行こう。何か手がかりが得られるかも……!」

「心得た。と、この体系では君を抱えるのは無理だな。やや不格好だがおぶろう」

「えっと」

「早くしたまえ」

「ああ、もう!」

 

 白野は小さいアーチャーの背中に乗ると、アーチャーはがっしりと太腿を脇で抱え込む。

 

「飛ばすぞ!」

 

 瞬間、跳躍した。白野が文句を言う暇もない。

 とてつもない重力が彼女の体に掛かった。

 

 

 

 遠坂凛にとって帰国してからの日々はと言えば受難の連続だった。

 大師父キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグから預かった愉快型魔術礼装カレイドステッキは実にやかましく口うるさく、かつ全く言うことを聞かない。

ともに任務を与えられたルヴィアゼリッタはもともといけ好かなった上、日本に来て早々に大喧嘩(これはほぼ凛のせいだが)、挙句カレイドステッキは離反してそこら辺の小学生と契約したときた。

 

「ああああああ!やってられっかああああ!」

 

 そう叫びたい気持ちをなるべく抑えて、たまたまルビーと契約したドイツ系の少女、イリヤスフィールを仲間に引き入れてクラスカード回収のため境界面にジャンプするところまでは漕ぎつけたのだが。

 

「あっちゃー。いきなり戦闘って言っても無理か」

「ちょっとリンさん!?そんな呑気な状況じゃないんですけど!?」

 

 イリヤはと言えばカードから現れている黒化英霊から逃げて逃げて、まったく反撃する様子が無い。

 もっともただの小学生にいきなり戦え!というのも酷な話だろうことは分かっている。

 だが、こう、もう少し反撃と言うかMS力を見せてほしいというのが凛の本音であった。

 

「MS力ってなに!?」

『魔砲少女力、略してMS力とかじゃないですか?さすが脳筋とごり押しばかりしてラブパゥワーを知らない凛さん!だから私に愛想を尽かされるのです』

「あなたにだけは愛を語られたくないと思うよ!?」

 

 目の前の黒化英霊はまがまがしい魔力と鎖を用いた戦いをする女性。高速にして俊敏。

もっともそれから逃げきっているイリヤも魔法少女化しているとはいえ、結構な健脚である。

 

「ああ、もう無理!戦うとか魔法少女としても物騒だし、平凡な女子小学生たるワタクシめににはとてもじゃないけどちょっと重すぎると思います!」

 

 言いつつも鎖を避けるイリヤ。

 対してカレイドステッキはと言えば『とにかく落ち着いていきましょう!先ほど練習した魔力弾を、距離を取って打ち込むのが基本戦法です!』とゲームのチュートリアルか何かのような口調で言う。

 

「ああ、もう!どうにでもなれーーーーー!」

 

 脳内には斬撃のイメージ。

 さながら彼女の愛好するアニメ「マジカルブシドームサシ」のような――――

 

「ッ!?」

 

 その魔力の奔流に黒化英霊は怯んだ。

 目の前の少女が彼女にとっての獲物ではなく、脅威たりうる存在と本能が認めたからか。

 イリヤの放った一撃は、黒化英霊の認識したとおり、彼女の体にダメージを与えた。

 

「効いてるわよ!」

 

 凛はガッツポーズと共に言った。

 黒化しているとはいえ、腐ってもゴーストライナーである。

 戦いの初手の時点で彼女も試したが、人間の用いる魔術では英霊にダメージを与えることは出来ない。

 曰く、魔術戦とは概念のぶつかり合い。より強度の高い概念を編めるものこそが勝者となる。

 その点で言えば、イリヤスフィールとカレイドステッキの放った一撃はそこまで高位の概念と言うわけではない。むしろその逆。

 純粋な魔力を斬撃と言う形で打ち出す。ここには概念による強弱は存在しない。

第五魔法によって放たれる砲撃が最も純粋な魔力回路によって編まれるのと同じように。

 

「な、なにこれっ!?」

 

 もはや今日のイリヤは叫びっぱなし。

 目の前の大斬撃に自身が出したとはいえやや引き気味であった。

 

『追撃です!相手は人間じゃないんでどどーんとやっちゃいましょう!』

「えっと、じゃあ!」

 

 イリヤも要領を掴んできたのか、斬撃、砲撃と目の前の敵に追撃を仕掛けていく。

 黒化英霊はと言えば先ほどまでとは逆に逃げの一手へと向かっていく。

 

『砲撃ではキリがありませんね……散弾に切り替えてください、イリヤさん!』

「わかった、やってみる!」

 

 無数の粒をイメージし、カレイドステッキを振りかぶる。

 まるでクラスター爆弾がさく裂したかのように校庭一面が砂埃にまみれる。

 だが、その大雑把な一撃がイリヤたちに致命的な隙を与えた。

 

「……やった?」

「いや、あれは―――――」

 

 凛は驚愕した。膨大な魔力の奔流が境界面全体を揺らしていく。

 肌がチリチリと焼けるような殺気。概念強度で言えば最大級の代物がくる。

 緊張が身体を包む。凛はイリヤに『逃げろ』と伝えようとして

 

「ふむ。宝具を使う気だな」

 

 そんな、呑気な少年の声がどこからか聞こえてきた。

 え、と言う間もなく、高速の一撃が英霊を捉えた。

 飛来したそれは矢と言うには太く、剣と言うには持ち手が短い、奇妙な代物。

 

 あまりの勢いに黒化英霊は宝具の発動を止めて怪力と共にその一撃を受け止める。

 すん、という静寂。

 直後、彼女が掴んだモノが爆発した。

 

 凛もイリヤも状況を理解できず、茫然と一撃が放たれた地点を追う。

 校舎の屋上、そこには弓をつがえた少年と、ワンピースを着た少女が一人。

 

「え、えっと誰?「

「嘘、境界面にジャンプしてくるなんて――――」

 

 イリヤは困惑し、凛は驚愕する。

 一体何者なのか。味方なのか敵なのか。

 彼女たちの次の行動を固唾をのんで見守っていると―――

 

「――――我が名はフランシスコ・ザビ!拙者、義によって助太刀いたす!」

 

 そんな、大真面目かつ間抜けな言葉がワンピースの少女の方から放たれた。

 




ステータス情報が更新されました

クラス:アーチャー
真名:無銘
マスター:岸波白野
ステータス
筋力:D
耐久:D
敏捷:D
魔力:C
幸運:E
宝具:E~A++

スキル
対魔力:D
単独行動:C
千里眼:C+
魔術:C-
(投影魔術:B++)-
心眼(偽):B
■■■■■■■■■■■■:■■
繧オ繝シ繝エ繧。繝ウ繝医?髴雁勣繧堤クョ蟆上&縺帙k縲
蜈ィ繧ケ繝??繧ソ繧ケ繝サ縺翫h縺ウ繧ケ繧ュ繝ォ繝ゥ繝ウ繧ッ繧偵Λ繝ウ繧ッ繝?繧ヲ繝ウ縲

繧ケ繧ュ繝ォ逋コ蜍輔↓繧医▲縺ヲ逋コ逕溘@縺溘し繝シ繝エ繧。繝ウ繝医?菴吝臆鬲泌鴨縺ッ繧ケ繝医ャ繧ッ縺輔l縲∫音螳夂憾豕√°縺ァ髢区叛縺輔l繧九?


Fateのss書くと一度はやりたくなるステータス。
本編中で白野に見えているのはこの画面です。
折角無銘は筋Cだったのに異世界に来て筋Dになってしまったのだな。


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第7話 黒化英霊・ライダー戦

 ふたりがイリヤたちと黒化英霊との戦いに介入する少し前のことである。

 

 校舎の屋上にたどり着いてからアーチャーと白野はどうするべきか考えあぐねていた。

 校舎に魔力の歪みがある。そこで人が消えた。

 どう考えても何かある状況だが、干渉する術がない。

 

「高位の魔術行使と考えるのが妥当だな。セラフであれば違和感を元に演算し、テクスチャを引きはがしてしまえばいいわけだが―――ここではそうもいかない。コードキャストで干渉できるか?」

「いや、ムーンセルを通して計算しているけど、どういう術式なのか見当もつかない」

 

 困った、と二人で立ち往生していると、不意にケータイが鳴った。チッチキとひっきりなしになる電子音、続く妖しげな雰囲気の旋律。

 

「なんだろう、アーチャー。無性に切りたい」

「ああ。何故だか私も同感だ。着信を取ったところで碌なことにならないと私の心眼も告げているが―――」

 

 状況を打開するかもしれない一手である、取れ、と目で告げる。白野はそれに反論するものを持っていなかったので、嫌な予感もそこそこにケータイを開いて着信ボタンを押した。

 

『はぁい!聞こえていますか、セ・ン・パ・イ♡』

「……君は誰?」

『えー?忘れちゃったんですかー?ひっどーい。ま、先輩のHDDってば定期的に吹っ飛んでますしィ?いつものことだって諦めがつきますけどね』

 

 酷い言い草だ、と思いつつ、その通りかもしれない、とちょっと納得するものもあった。確かに定期的に吹っ飛んで困っている。

 

『何もしてないのに壊れるって言う人よくますけど。そういうのは大体使用者の無茶が原因なんですよねー。その点先輩はいつも何かしら負荷を掛けまくって吹っ飛ばしてますから、もしかしてマゾヒストなのでは?とセンパイの捻じれた性癖を心配する毎日です』

「いいから本題を言ってくれ」

『もう、センパイのせっかちさん♡でもいいですよ。今回は手短に要件を伝えてあげます。あなた達はいま、鏡面界の前で立ち往生しているはずです。鏡面界って?という無駄な質問はスキップです。簡単に言えば異世界、この世界のすぐ隣にある魔術領域と言ったところです。そこに先客がいるはずです』

「……先ほど見た二人の少女だな」

『うっわー。アーチャーさんったら乙女同士の会話に割り込むとかキモイです。通報しますよ?でもおおむねその通り。その先客は、カレイドステッキと呼ばれる魔術礼装を用いて鏡面界にジャンプしました』

「カレイドステッキって…」

『そうです!いま私とセンパイが話しているこのケータイと同じ、悪趣味な魔法使いの作った魔術礼装というわけですね。魔法少女に変身する機能とかド変態の所業ですよね。清純な私にはとてもじゃないですけど耐えられません』

 

 ヨヨヨ、と泣き真似をするケータイの先の少女を無視しつつ、「それで?」と続きを促す。

 

『つまりはあなたたちもこの魔術礼装を用いて鏡面界にジャンプすることが出来るということです。ま、センパイのアリさんのおつむではそんな器用なことをいきなり出来るとは思えないので、コードキャストの術式にしてケータイに送っておきました』

 

 パケシの匂いがむんむんですねーと笑う少女。正直何を言っているのか半分くらい理解できない。

 

『ま、そういうわけですので。精々、無駄な努力をコツコツ続けてくださいね、センパイ。そうすれば、いずれはアルテラさんにもたどり着けることでしょう』

「……本当に。君は、何者なの?」

『ムーンキャンサーですよ、センパイ。あるいはBBちゃんとでも呼んでください』

「それで、何を知っているの?」

『殆ど全部です♡でも教えてあげるなんてことはしないのです。だってそれじゃあ……』

 

 

 

 

『人間のもがきながら苦しむさまが、ちっとも堪能できないじゃないですか』

 

 

 

 

 BBは貯めてから、まるで超越者のようなことを言うと、そのまま着信を切った。

 白野は、と言えばその迫力満点の最後の一言に「めっちゃ悪ぶってるのにいい子感がぬぐえないなー」なんてこと感じている。

 

「まぁそうだろうな。露悪を気取っているが根の素直さを隠し切れん。もっとも、それはそれで捻子曲がっていると言っていいだろうが」

 

 アーチャーも率直な感想を述べる。

 

「で、どうする?メールの着信音が鳴っているぞ」

 

 先ほどとは違う音声が振動と共に成りだす。あのBBの言っていたコードキャストの術式が送られてきたのだろう。

 

「私見を述べるなら―――あのBBという少女は信用は難しいが信頼は出来るタイプと見た。今回の手助けはほぼ善意によるものと見ていいだろう」

「うん。私もそう思う」

 

 白野もBBを何故だか嫌いになれないでいる。

 彼女の言うことを信じてもいいだろう、と無条件に近い気持ちが心の底から湧いてきていた。

 これが失った記憶によるものなのか、それとも別の何かなにかなのかは分からないけれど。

 白野はケータイを通してコードキャストを発動する。

 

『mirror_Inverted();』

 

 展開されるプログラム。その効果は境界面へのジャンプ。

 反射炉が形成され、鏡界回廊が反転していく。

 この世界へ飛んできた時と同じく、まばゆい光と浮遊感に包まれる。

光が収まり、視界が開けた時、目の前の風景は何一つ変わっていなかった。

 

「これは……」

 

 アーチャーが絶句している。白野も違和感に顔をしかめた。

 屋上の扉、貯水槽、手すり、空の風景。

 いつも通りの夜、普通の校舎であるはずなのに、この世界全体から気持ち悪さを感じる。

 

「……音がする」

「ああ。校庭だな」

 

 校庭からするバタバタとした走り回るような音、時折聞こえる叫び声。

アーチャーと白野は屋上の縁まで行き、その風景を見た。

そこには星形のステッキを持った少女が、黒化したサーヴァントと追いかけっこをしていた。

 

 逃げ回る魔法少女、後方から無責任な応援を続けるどこかで見た赤い少女。

 当初はそれを様子見していたのだが、ライダーが宝具を使うそぶりを見せると白野は「ライダーを狙って!」と指示をだした。アーチャーは「ふむ、宝具を使う気だな」とすぐに弓矢を投影して狙撃する。

 

 そうしてあの場面、「我が名はフランシスコ・ザビ!拙者、義によって助太刀いたす!」につながるわけである。

 

「君の悪い癖だぞ、岸波」

アーチャーは頭を抱えた。

「またお人よしとかいうわけ?」

「いや、それもあるが。その、空気を読まないところがだな!?」

 

 そこまで言って、まぁ良いかと再び鷹の瞳で標的へと意識を移す。

 

「彼女、やっぱり―――」

「ああ。間違いない。ライダーのサーヴァント―――ゴルゴーンの怪物、メドゥーサだろう。

 何があったか霊器に変異を来しているようだが」

「勝てる?」

「愚問だな―――と言いたいところだが。君の心配も最もだ。今現在のステータスではまっとうな接近戦をして五分五分と言ったところか。だが、戦いとはスペックですべてが決まるものではない。我が錬鉄をもってすれば、充分に勝てる相手だ」

「じゃあ任せる」

 

 任されよう、というアーチャーに気負ったところは無い。アーチャーも白野にとっても、この程度の不利はいつもの逆境に比べればなんてことはない。

 弓に次の投影をつがえる。用いるは怪物殺しの概念を持った武器、ハルペー。それを矢に変換して打ち出す。

 

「ッッッ」

 

 ライダーは今度こそ驚愕した。彼女の本能、霊器の底が震える。アレは危険だ。あれだけは、決して当たってはいけない―――!

 最速の敏捷でもってその一撃を回避する。もちろんアーチャーの狙撃は高い命中率を持つ。弓の英霊に相応しい精度をもった一投だ。だが、ライダーとて速度で簡単に後れを取らぬからこその反英雄。最大の警戒と共にその一撃を避ける。

 

「やはりな。普段の君ならともかく、今のお前はそうなるだろうさ」

 

 アーチャーは侮蔑を込めて、つぶやいた。

 瞬間、ライダーの周囲にいくつもの投影宝具たちが出現した。干将、莫邪、ハルペー、カドモス王の槍、そして魔剣の原典『竜の死』。これらはすべて、ライダーが回避することを前提にあらかじめ投影しておいたもの。

 無数の怪物殺しの武器が彼女の周囲に突き刺さったかと思うと、次の瞬間、それらは一気に破裂した。あふれ出る魔力、破片たち、そのひとつひとつが彼女を殺す概念の散弾となって襲い来る。

 

「え、ええー?」

 

 イリヤはつい声を上げてしまう。

 先ほど自分が出した散弾と似たような効果で、規模はそれよりも小さい。だが殺意というか効果で言えば自分の散弾よりはるかに高い攻撃である。

 

『うっわー…あれ、やばいですよ。一つ一つが強力な魔力を内包した宝具です。あれを炸裂させるとか……さしものルビーちゃんもドン引きですねー』

「ちょ。ちょっと、上の人に聞こえるよ!」

『アハハハ。まぁ目的は一緒のようですし、多分大丈夫でしょう。こちらを背中から撃つなんてことはないと思いますよ』

「それならいいと思うけど……」

 

 心配するイリヤだが、そこに凛のヤジが飛んだ。

 

「イリヤ―!このままじゃ横取りされるわ!アンタも攻撃して!」

『なんて言ってますが。まぁここは凛さんに従っておいた方がいいんじゃないですか?こっちに矢を飛ばすことは無さそうですけど、このままじゃ手柄も横取りされちゃいますし。まぁ謎のライバル出現ってのも燃えますけどね!』

 

 ルビーの無責任なひとことに一抹の共感を覚えつつ、「よし、じゃあ私も!」とステッキを振るう。黒化ライダーは屋上の狙撃手に気を取られ、こちらに意識を向けていなかった。そのためか、放った斬撃は再びライダーの腕を切り裂く。苦悶の声をあげているので、ダメージとなっていることは間違いない。

 

「……あれ?」

 

 だが、そこには焦りやプレッシャー、ダメージへの苦しみよりも、屋上の弓兵より近くにいるイリヤへの害意の方が強かった。

 その一撃を喰らった直後、目標を再びイリヤに切り替えた。

 彼女は頭部の、宝石が埋め込まれたバイザーを掴み、それをずらした。

 眼帯が外れ、ギロリとした黄色い瞳に魅入られる。

 バチリ、と。まるで体中が攣ったかのように身体が動かなくなった。

 

「まさか魔眼!?しまった、イリヤ!」

 

 叫ぶ凛。ルビーは「気をしっかり持ってください!カレイドの魔法少女の魔術防壁なら何とかなります!」と告げる。だが、素人であるイリヤはどうしていい分からずパニックに陥っていた。

 呆けているうちにライダーの鎖鎌はイリヤに向けてまっすぐ伸びていく。

 ぼんやりと、実感が無いなりに「あ、やばい」と思い――――

 

 その一撃は白と黒の剣によって弾かれた。

 シュルシュルと回転しながら飛び回る二つの剣。それに警戒する隙をついて屋上から赤い外套の少年が飛び降り、飛び回っているのと同じ双剣、干将と莫邪でもってライダーへ切りつける。

 

「クソッ、まずはやりやすい獲物に切り替えたというわけか――――

何をしているイリヤスフィール!オレが隙を稼ぐから、体制を立て直せ!」

「あ、うん!」

 

 気を取り直すと魔眼の効果が切れたようだった。

 ルビーの言うとおり、少し落ち着けば攣ったような感じは消えている。

 

『イリヤさんはとてもたんじ……素直な方のようですから、気合いを入れれば大抵の魔術呪術は防げます!ようは気合いをいれればいいのです』

「うん、わかっ……って絶対バカにしてるよねルビー!?」

『そういう細かいをことを気にしてはダメでです!さぁ、勢いに任せて初勝利をもぎ取ってください!』

「今それで死にかけたんですけど!……でも、実際のところ」

 

 目の前で戦う赤い外套の少年と黒化英霊は五分五分の戦いを繰り広げているようだった。

 投げ出される鎖鎌を双剣でいなし、時にどこからか出現させた剣を飛ばす。

 アレは魔術というよりマジックでは?なんてことを思ったが、いずれにせよ、自分などよりよっぽど戦いなれているように見える。

 

「私は今回、見学してた方がいいんじゃないかな…」

『うーん。確かにあの二人は拮抗しているように見えます。でも、これは私見ですが―――あの方、ちょっと戦い慣れてない感じですねー』

「あれで?だったら私はただの足手まとい以下だよ…」

『いえ。確かに今のイリヤさんは戦いと言う意味ではとんでもなく役立たずですが。あの人の場合、なんというか、間合いを測りかねているというか』

 

 ナチュラルに馬鹿にされたなー、とイリヤは微妙な顔をしつつ、戦いに目を凝らす。

 ……つまり、自分がサポートする必要があるということなのだろうか、と。

 

 

 



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第8話 ライダー戦決着/地上で最も優美なハイエナ

「……やっぱり苦戦してる」

 

 白野は校舎の階段を駆け足で降り、校庭にでた。

 ライダーとアーチャーの戦いは白野が見たところ苦戦と言う状態だ。

 ルビーが見立てた通り、アーチャーはいつもの体格でないためか間合いが測れていない。

 これまでアーチャーの戦いを見てきた白野からすればそれは一目瞭然だった。

 

「ちょっとアンタ!」

 

 そんな白野の下にズカズカと駆け寄ってくる赤い影。

 白野はその声、顔をよく覚えている。

 幾度となく自分を助けてくれた少女、

 リアリストを気取りながらもお人よしなのがぬぐえなくて、そして

 ――――最後には彼女が殺してしまった聖杯戦争の参加者だった。

 

「―――遠坂?」

「何故私のことを――――アンタ、何者?」

 

 遠坂は警戒心をあらわに白野に相対する。

 腰は落とされ、手には宝石が握られていた。

 

『彼女は違う』

 

 白野はおぼろげにそう思った。彼女は白野の知る遠坂リンではない。

 よく似た人物、よく似た性格なのだろうが。彼女は白野を知らない。

 それはきっと、よく似た別の人生を送ってきた別人なのだろう、と。

 

「その、それはまた今度説明するとして―――まずは目の前のアレを考えた方がいいと思う」

「その前に私の質問に答えなさい。あなた、目的はなに?」

「………」

 

 なおも凛は警戒を解かない。当然だろう、何か答えなくてはならないのは事実だ。

 

「さっきも言った通り。義によって助太刀いたす、という感じと言うか」

「ふざけないで!」

「はい、ごめんなさい!いやでもそれが一番近いと思う。わたしの目的は……一番近いのは人探し」

「人探し?」

「うん、それで偶然通りがかった」

 

 会話をする間にもアーチャーは苦境に追い込まれていく。

 いつも通り。自分たちに楽勝はありえない、と理解していた。

 しかしそれは岸波白野が状況を判断し、頭をフル回転させて全力で戦ってきたからこそ。

 今からでも自分が戦闘を判断しなければ、いかにアーチャーと言えども持たないだろう。

 自身の変化に適応できていないのだからなおさらだ。

 

「今はそれで納得してほしい。ただ、あなたたちに敵対する意図はない」

「……」

 

 遠坂ぐぬぬ、と言いながらこめかみを抑え、一呼吸した。

 

「分かった。今はそれで納得してあげる」

 

 渋々と言った風だが、ひとまず手に取った宝石を納める。

 

「ありがとう。……アーチャー!」

 

 凛がそう言ってくれたということは自分がこの場で戦うことを認めてくれたからだ、と白野は理解した。

 まずはアーチャーの体制を整えなければならない。

 ケータイを開き、コードキャストを展開する。

 

『mp_heal(32)』

 

 度重なる投影によってアーチャーの魔力はどんどん目減りしていっている。

 まずは逆転のためにも、彼の魔力を回復させるのが先決だ。

 

「助かる、マスター!」

 

 アーチャーの返事を聞きつつ、逆転の目を探る。

 まず、現状のアーチャーで接近戦を仕掛けさせるのは苦戦の元となる。

 となれば、初手と同じく、アーチャーには遠距離からの狙撃に徹してもらうのが最適解だ。

しかし――――

 

 ちら、と横目であの魔法少女を見る。

 アーチャーが遠距離戦に徹するということは、敵との位置取りも何も分からずにぽけーっとしている彼女を危険にさらすということになる。それでは意味がなかった。

 

「そこのピンクの魔女っ子ちゃん!」

「ほえ?私?」

「そう、めっちゃかわいいそこのあなた!」

 

 手元のステッキはあははー、と大爆笑しながら『熱烈なラブコールですよー』と茶々を入れる。

 白野はこの際、それを無視することにした。

 タマモに通じるものがある。あれはいちいち相手にしていてはキリがないタイプだ。

 

「それでその、何用でしょうか…?」

「アーチャーは結構ピンチになってる。体格差もあってライダーと戦うにはやや不利」

「はぁ」

「かといってあなたに近距離戦をさせるわけにもいかない」

「うう……役立たずですみません…」

「だから、アーチャーを後方から援護してほしい。タイミングは私が指示するから。

――――遠坂、それで大丈夫?」

「……まぁあの子がこの場でライダー相手に有効打を与えられそうだし―――それで構わないわ」

 

 というか英霊相手に善戦できるあの子何者よ!あとで教えなさいよ!と怒る遠坂に苦笑と共に礼を言う。

 おぜん立ては整った。ここから、いつもの逆転劇だ。

 

 

 

 

 

 いわばいつもの通りだ。

 コードキャストによる支援、その中には援護射撃で相手の行動を封じ、こちらのサーヴァントに有利な状況を作り出すことも含まれる。

 

「今―――!」

「はい、ザビ子さん!」

 

 ステッキを振るう。放たれる砲撃。

 同時に遠坂が「ぶほっ」と蒸せた。何がおかしいというのか、と非難の目を浴びせる。

 

「いや、笑うでしょザビ子……ザビ子って!どう考えても笑うわよ!」

「へっ。なんで?その、フランシスコ・ザビ子さんなんでしょ?」

『ザビ、とは言ってましたけどザビ子とは言ってませんでしたよ。あと十中八九偽名ですね。あるいは一時のテンションに身を任せて言っちまったアレでしょう』

「失礼な。わたしはことあるごとによく言ってる」

『訂正します。この人、イリヤさんに負けず劣らずのおもしろおかしい方ですね!』

「私はそこまで面白おかしくないよ!」

 

 その会話を聞きながらアーチャーは目の前の敵に剣を打ち込んだ。

 苦境は変わらないが、彼女のサポートのお陰で幾分か戦いは楽になっている。

 やはり白野には戦闘指揮の才能がある、と改めて感じる。

 

「これでもう少し、真面目になってくれたらっ、な!」

 

 回転と共に剣をこうさせた一撃。

 先ほども感じたが、このライダーの攻撃はてんで幼稚だった。

 あらゆる攻撃を力任せに打ち込むだけだ。

 その点で言えばアーチャーの知るライダーも彼から見てそこまで駆け引きがうまい方では無かったが、幾分かは道理を弁えていた。

 やってくる一撃を回避し、時に双剣で受け止める。

 

『ここで攻められればまずい』

 

 という状況は何度かあった。だが、彼女はその場所に追撃を仕掛けない。

 つまり彼女には知性と呼ばれるものは残っていないのだ。

 

「木偶の棒め――――おっと、これは彼女に聞かれれば逆鱗ものだろうが。そろそろ決めさせてもらうぞ!」

 

 干将莫邪を投げつける。

 その数は四つ。

 先ほどと同じく回転し、襲い来るその斬撃を今度も鎖鎌で守ろうとし、しかしその防御は様を為さなかった。

 鎖鎌は確かに干将と莫邪を捉えたが、それでも勢いは死なず、鎖鎌を持ち上げる。

干将莫邪は夫婦剣。

 投影によって合計四つ、宙を舞う夫婦剣たちは、お互いを引き合う性質によって空中で鎖鎌を捉えたまま浮遊を続ける。まるでライダーは貼り付けにされたごとく、鎖に引っ張られる。

 

「トレース・オーバーエッジ」

 

 アーチャーの詠唱と共に、手元にもう二振り、剣が用意された。

 その技の名は鶴翼三連。アーチャーが編み出した干将莫邪の奥儀。

 最後の二振りはその名の通り、空を舞う鶴の翼のように姿を変える。

 干将莫邪の宝具としてのランクはC。

 本来であればそう強力な宝具と言うわけではない。

 だが、オーバーエッジ化してその威力は大きく上がっていた。

 何より、この宝具には魔性に対して振るわれればその威力をさらに大きく上げる。

 剣を持って隙だらけのライダーへと駆け、その勢いのままに切り抜ける。

 ライダーは苦悶の声を挙げた。

 すでに致命傷。だが彼女はまともな思考など残っていない。

 せめてもう一撃、死ぬ間際に最後の悪あがきを――――

 

「もう一撃!」

「いっけーーーー!」

 

 だが、そうはならなかった。

 襲い来る光の奔流。

 カレイドステッキから放たれた強力な魔力弾―――それも、最初よりも要領を得た―――が、ライダーの胸に直撃する。

 その一撃が決着となった。霊核にダメージを受けた黒化英霊はもがき苦しみながら断末魔を上げ、やがて収束し、一枚のカードとなって地面にはらりと落ちていく。

 

「……勝った、の?」

 

 イリヤは緊張を解いてへなへなと座り込む。それが勝利の合図となった。

 

「アーチャー!」

 

 白野は名前を呼びながら駆け付けた。

 すっかり小さくなってしまった彼は「ふむ」と言って手元をまじまじと見ている。

 

「ああ、マスター。いい援護だったぞ。それに比べて、オレは相当不甲斐ないところを見せてしまった。狙撃なら十全、などと言ってられないな。接近戦についても対策を考えねばな」

「ううん。お疲れさま。わたしももっといいフォローを考えるよ」

「ああ。お互い精進と行こうか」

 

 白野とアーチャーは戦闘についての反省をお互い述べつつ、今後の戦いについて思いを馳せている。

 そんな二人の前に凛が割り込んだ。

 

「和やかに会話をしているところ悪いんだけど。さっき約束した通り、もう少し詳しい話を聞かせなさい。あなたちに邪気が無いのはよく分かるわ。でm「おーっほっほっほっほ!」って、この馬鹿笑い、まさか―――――!」

 

 凛の言葉に割り込んだ謎の笑い声。

 声の元へと意識を向ければ、そこには金髪近眼のコーカソイド。

 いかにもお嬢様、という服と髪型と高笑いを浮かべた女性が立っていた。

 

「まずは褒めて差し上げますわ。私より先手を取ってクラスカードを回収したこと、トオサカリンにしてはまずまず、というところかしら。でも――――我がエーデルフェルト家の二つ名はご存じかしら?」

「『地上で最も優美なハイエナ』でしょう……!」

「exactly!最高の褒め言葉ですわね。この通り、ライダーのクラスカードはいただきましたわ!」

 

 彼女、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトは手にクラスカードを見せつけるように立つ。

 そのまま先ほどと同じような高笑いを、さらに大声で続けた。

 もはや笑いが止まらない、とでもいうように。

 




最後の一撃はサーヴァント以外が、みたいなのいいですよね。

覚えているのは無印extra初週ガウェイン戦、敵の残り体力三桁。
無限の剣製使用後なので投影精度はリセットされ、そもそも魔力が無いので
アイアスも使えない。マスターMPも赤原礼装連発で破邪刀一発が限度。

三手完勝+extraアタックすれば勝利はできる。
ただ、レオは六手目に『転輪する勝利の剣』を持ってきている。
体力的に六手を防ぐことは出来ないので、それ以前に仕留めるしかない。
残された手はガラディーンを破邪刀でスタンさせること。
ただ弾かれる可能性が高い。

戦闘で合計三手までは開示と勘で勝ったものの、extraアタックは出来ず、
イーブン二手でダメージは与えたが残りHP32に。
後一手、あと一手ダメージがあれば―――――

そんな時、最後の一手、コードキャスト破邪刀がガウェインを捕らえ、
最後の一押しとなったのでした。
最強の敵の止めが、戦闘力では劣るキャラの一撃とか少年漫画染みた
プレイングになってアドレナリンドバドバですよ。再現は絶対無理。



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第9話 言い訳と後始末

 ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト。北欧のエーデルフェルト家の当主。時計塔に所属しており、今回のカード回収任務にあたっている魔術師。

時計塔の魔術師の中でも特に才能があり、秀才遠坂凛としのぎを削りあったライバルでもある。

 今回の任務に成功すれば凛とルヴィア揃って『魔法使いの弟子』になれるという。根源へ到達した魔法使い、その直属の弟子になれるというのは魔術師たちにとっては到達すべき根源への近道ともいえる。当然、二人とも気合が入る。

 

「だーらっしゃーーーー!」

「ホウッ!?」

 

 凛のキックが高笑いを続けるルヴィアの延髄に打ち込まれた。

 恐らく誰が見てもこの光景は、世間一般で言われる気合いが入っている、という程度に含まれない状況だろう。時計塔の誰が見ても顔をしかめるに違いない。当の魔法使いは大爆笑しているだろうが。

 

「何がクラスカードは頂いた、よ偉そうに!苦労したのはほとんど私たちじゃない!」

「れ、レディの延髄にマジ蹴りを!?よくもやってくれましたはねトオサカリン!」

「やるわよ、後からずけずけこられちゃあねぇ!」

 

 きー、と声を鳴らして獣のように言葉と手が出会う凛とルヴィア。

 それにイリヤは「あわわわわ」と慌て、ステッキはと言えば呆れている。

 

「まったく。どの世界でもこういう因縁はある、というわけだな」

「そうだね……そういえばわたしたちの知ってる遠坂もラニとよくバトってたし」

「うん?あ、そうか。まぁその話でもあるが……と、これは?」

 

 瞬間、地面が割れ始めた。地面だけではない。空もパラパラと、まるで割れた鏡のように崩れ落ちていく。

 

『原因たるカードを取り除いたので鏡界面が閉じようとしているみたいですねー。なんとか脱出を図るべきなのですが……』

「ふむ。カレイドステッキ。君は脱出の術式は行使できるかね?」

『ええ、もちろんです。ただ、凛さんとルヴィアさんは一向にケンカを止める気配が無いですし。イリヤさんはこの通り、テンパってるのでレクチャーしなくては……』

 

「……私がやる。サファイア」

「はい美遊さま。半径六メートルで反射炉形成。通常界へ戻ります」

 

 後ろから現れたもう一人の少女が、手にもったカレイドステッキで術式を展開していく。

 こうして、この場にいた六名全員が鏡界面からの脱出に成功した。

 

「ふぅ、何とかなったね、アーチャー」

「しかしアルテラの手がかりは手に入れられなかった。もっとも、あの二人はこの世界の魔術師だ。彼女たちに事情を聞く、というのも手だろうが―――」

 

 相変わらずルヴィアと凛はケンカを止めない。むしろ程度が激しくなっていく。

 そろそろ肉体言語に飽き足らず魔術が出るのでは、という頃あいだ。

 

「……」

「む」

 

 アーチャーはふと視線に気づいてもう一人のカレイドステッキの持ち主に意識を向けた。

 

「なにかな?」

 

 彼女はアーチャーの貌と声を聴いて、一瞬だけ目を見開いた。だが、それだけ。

 そのまま目を伏せた。

 

「……なんでもない」

「ならいいが。おい、ルヴィアゼリッタ、トオサカリン。二人とも聞きたいことがあるのではないかね?」

「あ、そうよ!あなた達、なぜ鏡界面に!?あれは高度な魔術礼装があって初めてジャンプできるものよ。人探しがどうとか言ってたけど……」

「そうですわ!よもや我々の妨害に来たというわけかしら?どこの派閥かはしりませんが……答えようによっては容赦はしませんわよ?」

 

 今度は凛とルヴィアが結託して白野とアーチャーへ敵意を向ける。

 その様子を見てイリヤは

 

「に……人間関係が複雑すぎるっ!?」

 

 本日何度目になるか分からないツッコミを入れる。今日だけで私の人生に何人の新キャラを出す気!?と。もはや頭がパンクしそうだ。

 

 

 

 

 

 凛とルヴィアに対して、白野はまず説明を試みたのだが。

 

「わたしはある地方で魔術師をやっているんだけど」

「それで?何故この冬木に来たのよ」

「それは……その、人探しを……」

 

 言ってから、すぐに言葉に詰まってしまった。

 凛の詰問に困った白野はアーチャーへと視線を向ける。

 彼は肩をすくめると、そのまま口をはさんだ。

 

「彼女は魔術師と言ったが……私と彼女の家系は魔術使いに近い一族でね。根源に向かう研究は親の代で止まっていた。そうしてひっそりと暮らしていたのだが……彼女の妹に宿る特殊な魔術回路に何者かが目を付けたのか、行方不明になってしまったのだ。私たちは妹を救い出すために情報を探していたのだが、どうやらこの冬木の地に連れてこられたのでは、という情報を掴んでね。確証はないが、確かめないわけにもいかない」

 

 白野は「よくそんなつらつら嘘がでてくるものだ」と感心してしまった。所々、事実を元にした脚色が入ってくるのでもっともらしく聞こえる。

 

「鏡界面にジャンプしたのは魔術礼装の力だ。そこにいるカレイドステッキと同じ、かの魔導元帥が作った魔術礼装を我々も所有していてね」

 

 アーチャーが話題に出した魔術礼装を「これ?」と白野は手に持って彼女たちに見えるように出す。

 

「本当ですのサファイア?」

『データベースに照合しました。間違いありません。あれはゼルレッチ様のおつくりになった魔術礼装のひとつです』

「はぁ……つまり、あそこに通りかかったのは本当に偶然ってわけ?」

「ああ。その、クラスカード、だったか?それと我々の妹の失踪が関係している可能性はあるかもしれないが。少なくとも、あのカード自体を目的としてここに来たわけでないことは断言しよう」

 

 どうだね、マスター、とアーチャーは片目でウィンクする。今後も何かあればアーチャーを交渉に立てよう、と白野はひそかに考える。

 

「ちょっと待ちなさい。事情はおおむね納得してあげてもいいけど……でも、アンタが何故英霊相手に戦えたのかの説明にはなっていないわ」

「君も見たから分かるだろうが、我々は少しばかり特殊な魔術適性を持っている。タネは、なんて聞いてくれるなよ?魔術師にとってこれを明かすことは致命的であることは分かるはずだ。相応の対価がなければ、な。あのカードから出てくる化け物相手に相性がいい、とだけ言っておこう。大方、あの英霊の対魔力を突破できたことを問題にしているのだろうが……例外というものは何事にもあるものだ」

 

 アーチャーの言うことに特に突っかかるべき部分が無い。それはアーチャーが元魔術師である、というもあるし、トオサカリンやルヴィアの納得のツボを心得ているからでもある。

 

「アンタとそこのザビ子は?どういう関係なのよ」

 

 凛のザビ子呼びに「あ、それで通すんだ」とイリヤ申し訳なく思った。結構変なあだ名だと思うのだが、白野は特に気にする様子もない。むしろドヤ顔だ。

 

「それを答える必要が「姉弟です」マスター!?」

 

 これまで黙っていた白野の唐突なアドリブに困惑を隠せないアーチャー。どういうことだ、と抗議の目を向ける。

 

「わたしとアーチャーは、姉弟です。わたしが姉。彼が弟。探してるのが妹」

「思いっきりマスターって言ってるけど……」

「わたしたち三人とも義理のきょうだいで、彼は幼いころから少年兵として戦かわされてきた。相手を雇い主と呼ぶ癖が抜けなくて……私は常日頃、お姉ちゃんと呼んでもいいよ、と言ってるんだけど、アーチャーは中々心を開いてくれないんだ」

 

 アーチャーはわざわざ念話で「恨むぞ、マスター……!」と伝えてくる。よっぽど腹に据えかねているらしい。白野からすればいつも口うるさいお母さんみたいなムーブをしてくるアーチャーへのちょっとした仕返しのつもりだった。もちろん彼を信頼しているし、ちょっとしたあこがれもあるが、それはそれ。

 実際のところを考えても今のかわいらしい姿では兄とか保護者は無理がある。

 これは白野なりに、趣味と実益を兼ねた名言い訳なのである。

 

 凛は「まぁそういうこともあるかもだけど」なんて言ってるし、ルヴィアは「そんなことが……」と涙ぐんでるし、イリヤも妙に感心してるし、美遊はと言えば結構曇っているような様子である。

 少なくともこの場にいるカレイドステッキ以外の人物たちにとって「義理のきょうだい」はキラーワードだったというわけだ。この場の空気を読んで白野はもう一度、ふんすとドヤ顔を決める。

 白野とアーチャーの説得は完全な納得を引き出すことは出来なかったが、一応の妥協を見せることには成功した。

 

「あー、まぁ、そう、そういうわけだ!とかく、こちらの事情は君たちの望み通り話させてもらった。だが、魔術師にとって等価交換は原則だ。私たちが答えたのと同じく、そちらの事情とやらも教えてもらいたい。推測するに利害を共有することは出来ると思うが」

 

 アーチャーのヤケクソ気味な言葉にルヴィアが前にでる。

 

「どういうことかしら?」

「なに、先ほども言った通り、クラスカードとやらに興味は無い。だが、それに付随した問題には興味がある。人為か事故かは知らんが、我々の探し人の手がかりにはなるかもしれん」

 

 ルヴィアと凛は顔を見合わせた。二人はケンカばかりしているが、その分お互いのことは様理解してもいる。

 

「ルヴィア?さっきから気になっていたけど、何故そっちの子がステッキを持っているのかしら?」

「あら。そっくりそのままお返ししますわ。まるで……」

 

『ステッキに見限られたみたい』ね/ですわね。と、語尾以外がハモッた。つまり二人は同じような状況、それも結構不利な―――に追い込まれているというわけである。

 

「はぁ。じゃ、いいわね?ルヴィア」

「ええ。都合のいいことをおっしゃってくれてるのですもの。精々こき使って差し上げましょう」

「分かったわ、アーチャー。アンタたちの申し出を受けさせてもらう」

「文面はどうする?なんならセルフギアススクロールでも使うか?」

「……いいわ。そこのザビ子もあんたも底抜けの善人っぽいし。契約は後日正式に結びましょう。まずは――――そうね。この土地で観測された異常について、あなたたちに教えてあげる」

 

 

 

 

 二週間前、この冬木市に突如観測された謎の歪み。魔術協会の調査によって、それは「クラスカード」と呼ばれる謎の魔術礼装によるものであることが判明した。

 協会の魔術師によってアーチャーとランサーのカードが回収されたものの、構造解析は出来ず、用途、製作者ともに不明であるという。

 ただひとつ、分かっていることは、この魔術礼装は英霊の座と呼ばれる場所にアクセスし、一時的に英霊の力―――特に宝具を引き出せる、ということ。どちらにせよ危険な礼装であることは間違いない。しかもそれが合計七枚。何としても回収せねばならない。

 

「―――そこで派遣されてきたのが私たちってわけ」

「しかも任務が成功すればかのゼルレッチ卿の直属の弟子にしてくれる、などと言う話だったのですわ。私たちとしても、絶対に失敗できないのです」

 

 その割にケンカばかりだが。よっぽど相性が悪いのか、はたまた分かっててやりあっているのか。どちらにせよ難儀なものである。

 

「そういうわけよ」

 

 イリヤは「そういう話だったんだ…」となんだか興奮した目をしている。

 美遊は最初から知っていた、と言うように平然としている。

 そして白野は、と言えば少し思いついたことがあった。

 

「……まるで聖杯戦争だね」

 

 七体の英霊。それは月の聖杯戦争でも受け継がれてたルールである。もっとも月においてはトーナメント式だったが、オリジナルにおいてはバトルロイヤル形式の乱戦だったと聞く。もしかしたら何か関係があるのかもしれない。

 

「はぁ?」

「いや、なんでもない。取りあえず、この冬木で何かが起こっていることだけは分かった。私たちの追っているものとも関係があるかもしれない。さっきもアーチャーが言ったけど……協力させてほしい」

「……そう。じゃ、話は決まったわね」

 

 凛は両手をパン、と叩いて各々に向き合った。

 

「取りあえず今日はもう遅いし、解散にしましょう。ルヴィア、カードは私が管理しておくから渡しなさい」

「は?嫌ですわ」

 

………

 

「あのねぇ、ルヴィア。遊びじゃないのよ、これ」

「もちろんですわ。これは――――そう、勝負!あなたと私、クラスカードを賭けた大勝負ですわ!」

 

「……絶対失敗できないんじゃなかったっけ」

「彼女たちなりの矜持もあるのかもしれん。もっとも、魔導元帥の人選ミスと言う線もあるが」

 

 アーチャーは言ってから無いな、と思った。伝え聞く魔法使いのことを考えるならむしろ分かってて二人に任せた可能性の方が高い。

 

 結局、ルヴィアと美遊はクラスカードを持ってそのまま去っていってしまった。呆れる凛と取りあえず最初の戦いに勝てて安堵するイリヤとともに校舎の外に出る。

 

「そういえばあんたたちはどこを拠点にしているのかしら?」

「あっ」「むっ」

 

 主従の間抜けな声が重なる。そういえば、そういうことを全く決めていなかった。

 

「何、どうしたのよ。今後の連絡のこともあるし、聞いておきたかったんだけど」

「わたしたちは今日の深夜に到着して、そのまま異変を感知してここまで来たんだ」

「そうだ。だから今日の宿を何とか確保せねばらないんだが……」

 

 この時間、開いてるところはどこか無いか、と白野とアーチャーと相談する。いや、そもそもこの世界の通貨は今手持ちがない。稼ぐ方法はあるかもしれないが、今晩の宿を確保するまでに間に合うことは無いだろう。

 

「野宿、かも」

「それなら私が番をしておこう。いくら日本の治安がいいとは言え、野宿では流石に危険もある。私が見ておけば流石に大丈夫だろう」

「……ああ、もう!分かったわよ。一晩くらいは貸してあげる。私の家に来ない?」

「流石に、そこまでしてもらうわけには」

「いいのよ。どうせ使ってない部屋とか結構あるし。魔術工房だから、勝手に入らないでほしいところはあるけど」

「でも」

「でもじゃないわよ。打ち合わせするのに一々探すのも面倒そうだし。……そうだ。こういうのはどう?」

 

 名案を思いついた、と言わんばかりに人差し指を天に指す。

 

「等価交換よ。私の工房に一晩泊まる代わりに、あなたたちの魔術特性について教えるってのはどう?信用の問題もあるし、信頼の問題でもあるわ。そう悪い話じゃないと思うけど」

「アーチャー、どう思う?」

「……君の魔術特性を告げるのはおすすめしないな。トオサカリン。実際に戦場で戦うのは主に私だ。私の魔術特性について教えよう。それで異論はないな?」

「ええ。今後の指針を立てるのにも丁度いいわ。それで宜しく」

「まったく、ちゃっかりしたヤツだよ、君は」

 

 そういうアーチャーの表情はどこか懐かしげで。

 白野はガン、と彼の足を蹴った。

 

「な、なぜだね?」

「知らない」

 



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第10話 遠坂との契約/ガールミーツガール・アフター

サバフェスのひろやま先生の限定礼装いいですよね。
ルヴィア主役の悪役令嬢モノパロとかぜひ本編も描いて欲しいところ。
絶対ひどいことになる(確信)


 根本的な話をするなら、だが。白野とアーチャーに睡眠は必要ない。

 食事もしなくても最悪何の問題も無い。

 なぜなら二人はムーンセルにおいては情報の塊であり、この世界においては魔力で構成された疑似的な身体だからだ。存在の在り方、と言う意味ではサーヴァントに近いだろう。

 そうなると魔力を供給する元が必要となるが、彼らの場合、魔法のケータイによる並行世界からの無限の魔力供給と、ムーンセルからのパスが両方通っている。

 

 この世界は認識宇宙だ。地球と言う惑星に、人間と言う霊長類のためのテクスチャ、人理が貼り付けられることで今の世界を構成している。

 いわば彼らの在り方はセラフという環境に適したデータを、地上の人理テクスチャに持って行って無事なように変換したもの、と言ってもいいかもしれない。

 

 そういうわけで、別に宿を無理に取る必要はないのだが。それはそれとして、岸波白野は人間としての生活リズムを持っていて、アーチャーも彼女はなるべくそれに従って生きた方がいいと考えている。

 セラフにおいてすら、必要のない食事をみんなして取っているのである。精神衛生上、必要なことと言えるだろう。

 

 だから遠坂凛の申し出を受けて、一晩、泊まらせてもらうことになったのだが。

 

「とは言っても、いつまでもお世話になるわけにもいかない」

「道理だな。なんとかして私たちの拠点を築く必要があるだろう」

 

 遠坂邸の一室。屋敷全体から歴史を感じられる造りで、この室内もやや時代がかったものを感じる。

 部屋のしつらえからドレッサーやベッドと言った調度品まで、すべてが貴族の邸宅のようだった。

 

 時刻は早朝6時。普段よりも少し早起きして今後の指針を軽く話し合うことにした。

 アーチャーが霊体化して確かめてみたところ、遠坂はまだ寝ているようだった。

 まず当面の問題は活動資金について。

 

「アルバイトでもしようかな」

「学生が稼げる程度は知れているだろう。かといって今の私が働ける場所があるわけでも無し。そもそも、だ。私たちの目的はあくまでアルテラの捜索だろう。そんなことに時間を割いていては本末転倒だと思うがね」

「……そうだけど」

 

 ではどうすればいいのだろう、と白野は思案する。

 彼女はこれまで地上に出たこともないし、働いたことも無い。

 お金というものはエネミーを倒せば湧いて出るものだが、ここでそんなことを言ってはゲーム脳呼ばわりされるのがオチだろう。

 

「背に腹は代えられん。ここはムーンセルの演算能力をもってちょっとしたズルをするのも止む無しだろうな」

「でも、違法なことをするってのも気が引ける」

「何、犯罪に手を染めろとは言っていない。チートを使うにしろ、非合法ギリギリな範囲内ですればまだマシだろう」

 

 例えばムーンセルの演算能力を用いて各所にハッキングし、戸籍を準備する。

 今後の株価について予測し、銘柄を購入する等々……

 

「もっとも先立つものは必要になるからな。そこについては若干、失敬させてもらう必要がありそうだが……」

「とても正義の味方らしからぬ発言だね」

「何、募金と思いたまえ。一つの口座からいきなり数百、数千万を失敬すれば問題が起こるだろうが、一つの口座から10円、20円と失敬し、それを数百万人からもらうという形にすればそこまで大きな問題にもなりにくい。それを元手に増やしていけばいい。当面の生活費を稼ぐ緊急手段だ」

 

 ああ、そういえばこの人の属性は秩序善じゃなくて中庸中立だったな、なんてことを思いつつ、とは言え対案も出なかったのでそうすることに決めた。とかく、アルテラを探すことが先決なのも確かなのだった。

 

「……それで、アーチャー。クラスカードのことはどう思う?」

「ふむ。英雄王はあの呼符とかいう魔術礼装がアンカーとなる、といっていたのだな?」

 

 そうだ、と白野は頷いた。

 英霊(ゴーストライナー)と接続できる魔術礼装。これがアルテラのいる場所へつなげてくれる、と。

 

「英雄王の言を信じるなら、アルテラが巻き込まれた何事かとクラスカードは関係していると考えるべきだろう」

「やっぱりそうだよね」

「ああ。それにしても英霊を呼ぶ、か。君も先ほど言っていたが」

 

 主従の頭にある言葉が浮かんだ。

 ――――聖杯戦争。

 七騎の英霊を呼び出し、最後の一騎になるまで争わせる儀式。

 それに対して英霊を宿した七枚のカード、という方式は何か近いものを感じさせる。

 

「冬木の聖杯戦争は様々な幹において派生した儀式を生み出している。君の知っている月の聖杯戦争もセラフが観測したそれがベースとなっている。だからこれも聖杯戦争のひとつの派生、と考えられるかもしれん」

 

 もっとも、冬木式聖杯戦争の形式にも元となった儀式がある。魔術世界において七と言う数字は重要な意味を持っている。必ずしも聖杯戦争が元となっている、とは言い切れないのも確かだった。だが。

 

「……あの、蒼いカレイドの魔法少女」

「えっと、美遊だったっけ?」

「ああ。君が聖杯戦争、という言葉を言った時、彼女の表情がわずかに変わった。まるでその言葉を知っているかのような、あるいは忌避するかのように」

「彼女は聖杯戦争を知っているってこと?」

「その可能性は高いだろう。マスターだったのか、関係者か。・はたまた――――」

 

 聖杯戦争には掛けられるべき聖杯が必要だ。アーチャーの記憶の底、もはや記録にも近い、ある正義の味方の思い出が告げてくる。

 聖杯とは、必ずしもモノである必要はない。魔力を貯め、願いを集約させうる器であれば。

 ――――冬の城の少女の姿がアーチャーの脳裏に浮かぶ。

 

「そういうことだ。彼女について注意を向けておく必要はあるだろうな」

「わかった。彼女は要チェックということだね」

「ああ。ひとまず、今後の指針はこんなものだろうな」

 

 時計を見れば七時前。遠坂は学生の筈だからそろそろ起こさねばならない時間だろう。

 彼女が起きる気配がないので、ふたりで遠坂を起こしに行くことにした。

 

 

 彼女の朝の弱さは相当なものだった。まず起こしても起きない。「ちょっとまって」を繰り返し、一向に布団から出る気配が無い。

 昨日は遅かったから仕方がないかもしれない、と白野は思った。

 アーチャーは「キッチンを借りるが問題ないか?」と遠坂に聞き、言質を取ると嬉々として向かっていった。恐らく朝食を作っているのだろう。

 

「はぁ……」

 

 白野と凛は今のソファで向かい合って座っている。

 ため息をついて寄りかかる遠坂を見て、月の聖杯戦争で知り合った友人のことを思った。

 

 ―――わたしは、彼女を殺した。

 遠坂を見て罪悪感のひとつでも浮かんで来ればよかったのだけど、どうもそうはなっていない。むしろ、懐かしさまで出てくる。記憶がおぼろげで実感が薄いから、だろうか。だとしたら懐かしさももっとおぼろげであることが自然だろう。

 

 彼女は単純に、遠坂のような人間が好きなのかもしれない、と思い至った。

 

「ちょっと、なにジロジロ見てるのよ?」

「……いや、なんでも」

「そういえば気になってたんだけど。あんた、なんで私の名前を知ってたわけ?」

「それは―――」

 

 昨夜……正確に言えば今日の早朝。白野は彼女を見て、つい「遠坂」と呼んでしまったのだった。

 どう答えるべきか、白野は迷う。

 ―――わたしはあなたのことを前から知っていた。

 ―――わたしは来世のあなたと縁がある。

 ―――実はわたし、超能力者で。

 白野が考えついたのはどれもストーカーかさもなくば電波人間と言って差し支えないものばかりだ。今出た選択肢は却下して、ここは正直に言おうと思った。

 

「……海外で、遠坂という人と会ったことがある」

「海外で?」

「そう。あなたとよく似た魔術師だった。本家ではなくて、分家だって言ってたけど」

 

 聖杯戦争のおぼろげな記憶。断片がまるで欠けたパズルのように頭の中に刺さっている、と言う感覚。そのピースのひとつ。

 文脈や流れは正確に思い出すことは出来ない。だけど、大切だったという気持ちだけは残っている。だから、忘れていないのだろう。

 

「わたしは彼女と友人だった」

「……そう」

「だから、馴れ馴れしくしてしまったと思う。ごめんなさい」

「別に構わないわ。そういうことなら納得がいく。父さんが海外に行ってた時期は長かったみたいだし、そこで現地妻くらい作っててもおかしくないものね」

「私がいうのもなんだけど……それ、嫌じゃない?」

「別に?魔術師は根源にたどりつくことを使命とした一族よ。父さんはそうするべきだと思ったから子を為したのだろうし。……まぁ、ショックじゃないっていえば嘘じゃないけど。でももう死んだ父さんに、今さら文句を言ってもね」

 

 白野は「彼女はやっぱり強い人だ」と笑みを浮かべた。確かに別人だけど、面影がある。ドライだけど、どこかに優しさを隠し切れない。そんな人柄。何せ昨夜であったばかりの自分を家にまで泊めてくれているのだ。これから彼女といい関係を気づいていきたい、なんてことを思った。

 

「ふむ、起きたかね、トオサカリン」

「ええ。お陰さまで。というか何それ?」

 

 アーチャーはお盆を二つ、体形の割に危なげなく運んできた。

 片方には食事が乗った皿、片方にはいい香りを漂わせたティーポットとカップが載っている。

 

「朝食だ。トーストと目玉焼き、それと紅茶を淹れさせてもらった。茶葉も食材も勝手に使わせてもらったが」

「本当に勝手だね。勝手知ったる他人の家」

「それもいいわ。使っていいっていったのは私だし」

「だ、そうだ。まぁここはこれで一つ」

 

 アーチャーは白野と凛の前に食パンの乗った皿、目玉焼きとサラダの乗った皿とティーカップを配膳する。

 すかさずポットをかざし、カップへと紅茶を淹れた。アーチを描いて赤い液体が注がれていく。白野は宝石みたいだ、なんてことを思った。アーチャーの手馴れた手つきに凛も感心している。

 

「出た、アーチャーのどこでも紅茶」

「秘密道具みたいな言い方はよしてくれ。なんだその言い草」

「いや、戦場でも野営地でも所かまわずお茶入れてるじゃない、アーチャー」

「なに、戦場であるからこそ心の余裕は必要、というわけだ。君の精神安定を兼ねた知恵だよ、知恵」

「ホント、仲いいわよねあんたたち。流石姉弟ってわけかしらね?」

 

 凛は羨ましそうに言うと、カップに一口つけた。

 

「驚いた。おいしいわ」

「それは光栄だ。食事も是非手を付けてくれ」

「……普段は朝食は取らない派なんだけど。作ってもらってそんなこと言うのも

バチが当たるか。いただくわ」

 

 こうしてひとまずは食事ということとなった。

 和やかな朝の時間、二人で皿を空にする。アーチャーは、と言えば「私は後で良い」などと言い出す。彼にとって自分が食べるものと人に食べさせるものには違いがる。

 彼は決して食事を軽視していない。むしろその逆なのだが、自分が食事に加わるということは積極的にはしない。もしかすると、一応友好的とは言え、まだ立ち位置が定まり切っていない凛のことを警戒してのことか。あるいはその奉仕体質の故か。

 白野は「あとで文句言ってやろう」と考えた。

 

「おいしかったわ。ごちそうさま」

「ふむ。お粗末さまだ」

「さて、それじゃ―――今後の話と行きましょうか」

 

 凛と白野たちの間で取り交わされた契約は魔術的拘束を伴う呪術契約、ということになる。しかしその拘束力はセルフギアススクロールほどではなく、違反した際に拘束力を持った呪いが身体を駆け巡る……と言う程度のものである。

 いわば保険のようなものだ。

 白野はその効果を聞いて「大丈夫なの?」と不安そうにする。

 

「そう心配しなくても大丈夫よ。この契約はあくまでお互いの領分をはっきりさせるためのものよ。もっとも、破るつもりがあるってのならこちらもそれ相応の態度を取らせてもらうけど」

「……わかった。なら大丈夫だよ」

 

 建てられた条項は以下の5つ。

 1つ、岸波白野、およびアーチャーは魔術協会から派遣されたクラスカードの調査を行う魔術師の妨害をしてはならない

 2つ、同二名は回収されたクラスカードを許可なく解析してはならない

 3つ、遠坂凛は両名が上記に反しない限り、冬木市での調査活動を認める

 4つ、調査中に得たクラスカードの情報は魔術協会の調査員に報告すること

 5つ、この契約は観測されたクラスカード、そのすべてを回収するまで有効とする

 

「どうかしら?」

 

 主にアーチャーと遠坂が話し合って決めたので、白野にしてみるとどう、と聞かれてもよく分からない。これは良い内容なの?とパスを通じて聞いてみた。

 

『まぁ、悪い内容ではないだろう。特にトオサカリンがこちらの冬木での調査を認める、ということは重要だ。下手な争いを避ける意味でもね』

 

 ―――でも契約の穴を突かれたり、ということはないだろうか

 

『それを言うならこの程度の大雑把な文面、こちら側も突く隙がある。例えばそうさな、クラスカードの情報の報告義務があるが、それも即時なのかという時間の指定が成されていない。それもこちらが知ったとして、相手にばれなければ何の意味も無いわけだ』

 

 白野はそういうことか、と納得した。つまりお互いに牽制しあえる程度の内容だということ。

 

『何、それに万が一この条項がこちらにとって不利になったとしても、こちらには切り札がある。破戒すべき全ての符―――少なくともこれがあれば、最悪の状況は防げるだろうさ』

 

 最後の切り札だろうがね、とアーチャーは苦笑した。そのような状況には陥りたくないものだ、というニュアンスである。

 

 白野は文面を吟味するふりをしながらアーチャーと念話をしていた。会話が終わると、「分かった。これで異存は在りません」と発言する。

 

「決まりね。もっとも締結はルヴィアも同席した状態で行いたいわ。これをたたき台として彼女の意見も容れる可能性があるから、そのつもりで」

 

 とにかく、これで二人は冬木市での活動の自由を得たということになる。

 

 

 

 それから二人は遠坂邸を出ることにした。凛は「今夜、さっそくもう一つのカードの回収に出かけるわ。10時ごろにもう一度、この家まで来なさい」と言っていたので、それまでは地盤固めに使えることになる。

 

 ひとまず二人は今朝話し合った通り、新しい口座を開いてムーンセルを用いたチートを行うことにした。ムーンセルの力を用いれば、データ上、不正の足は付かない。太陽系最古のアーティファクト、強力な演算能力を持った聖杯の異世界最初の使い道が口座の開設と勝手に募金を募る行為だというのは若干情けない。

 

 ただ、これによって当面の活動費は確保できた。捜索にどれくらいの時間がかかるかは分からないが、これも投資を用いて増やしていけば今後の活動も大丈夫だろう、と判断する。

 

「良心が咎めるなら、すべて終わったら募金でもしたまえ。慈善活動だよ。貧困地の恵まれない子供たちを救うのに使うとなれば失敬された人々も文句は言わないだろう」

「……まぁ、募金するか最終的に返すかは分からないけど」

 

 どちらにせよ、彼女たちには目的がある。まずはそれを果たさなくてはならないのだ。

 

 

 

 ひとまず活動拠点として定められたのが新都の冬木ハイアットホテルである。高層階だとやや割高だが、快適な生活は遅れるだろう、ということからだった。

 

「ぶるじょわじーな一室だ……」

「仮の宿だ。今後何かあれば移動することもあるだろうが」

 

 ぼふ、とベッドに大の字になって飛び降りる白野。なんだかこうしておかねばいけない気がしたのだった。

 

「まったく……」

 

 アーチャーも呆れこそすれ、特に小言は言わなかった。年相応に普通にはしゃぐ機会があってもいいだろう、ということなのだろうか。

 だが少年の姿と声変わり前の声で言っても何一つ説得力は無い。ムカつくクソガキが関の山だ、なんて憎まれ口をたたいた。

 

「ふ、君も存外視野が狭いな。見た目で人を判断するべきではないと、あまたのサーヴァント戦を潜り抜けてきた君ならばよく分かっているはずだが?」

 

 その言葉自体がすでに生意気そうな少年感をだしているのだが。

 彼にこれ以上言っても認めることは無いだろう、と諦めた。

 

「それで、これからどうしよっか」

「ふむ。私たちなりに情報収集をするのもいいが……ひとまずは、クラスカード回収に加わるのが手と見る」

「アーチャー。アルテラとこの事件、関係があると思う?」

 

 この世界について一日なので二人ともはっきりした情報は手に入れられていない。だが、今のところ、つながりが良く見えてきていないのが本当のところだった。

 

「ふむ。少なくともアルテラが最後に持っていただろうカレイドステッキにはたどり着いた。一度、機を見てルビーに尋問してみるか」

「カレイドステッキ。少なくともアレは関係してたんだよね。でも、ルビーとサファイアだっけ?二本あるんだし、個体ごとに違ったりするかもしれない」

「それは調べてみないと分からんな。もっとも、聞いたとしてアレがまともに答える未来が考えられんが」

 

 ああ、そうだった、とうんざりした。あのステッキ、かなり性格が破綻している。あらゆることを茶化し、シリアスをシリアルに変えることに杖生を賭けているように見えた。

 

「いっそのことさ、アーチャーが学校に行っちゃうってのはどう?ルビーってイリヤと一緒にいるらしいし。ルビーの監視とイリヤとの連絡、両方とれて一石二鳥だと思う」

 

 まともに取り合わないだろう、と思い軽い気持ちで白野は言った。

 彼女のいつもの悪戯心、悪乗り、というつもりだ。

 帰ってくる返事は「馬鹿なことを」と鼻で笑われるか、あるいはアーチャーも悪乗りで返すか。

 

「ふむ……」

 

 しかしアーチャーは手を顎に当てて何事か考えた。まさか、と白野は曖昧に笑う。まさかそんな、いくら見た目が小学生くらいとは言え、アーチャーが羞恥プレイみたいなことを承知するとは思えない。

 ―――思えなかったのだが。

 

「いいかもしれないな、それ」

 

 アーチャーはにやり、と何かを企んでいるような笑みを浮かべて言う。

 

「その場合は君も、ということになるが」

「……私も?」

「そうだ」

「この背格好で小学生は厳しいんじゃないかな」

「いやそうでなくて。君、昨夜の学校の造りがどんなものだったかは覚えているかね?」

「学校の造り?えっと―――」

 

 なんてことはない。生では初めて見たが、記録上で見た普通の小学校に近かった、と回想した。特におかしなところは無かったと思う。

 

「学校の敷地の隣にもう一つ校舎があったろう?インターネットで少し調べてみたまえ」

「そうだったっけ?」

 

 コードキャストを展開してインターネットにつなげる。アーチャーの言うとおり、穂村原学園は小等部、中等部、高等部がある小中高一貫の私立学園のようだ。

 

「もうひとつ、彼女を起こしに行った時にクローゼットが見えたが、遠坂凛も穂村原の学生のようだった」

「アーチャー、そんなことまで……」

 

 少し気持ち悪いが、いつものことだし話が進まないので無視しておく。

 褒め言葉だと思ったのかふふん、と得意げだ

 

「つまり、君が穂村原学園に通えばトオサカリンとの連絡も簡単につくということになる。それに、だ。オレにとってはこちらの方が大事なんだが……

君も、月海原で学園生活を送ったことはあるだろう。だがあれは極限状態、命のやり取りを伴ったもの。決して普通の学園生活とは言えない。ここでひとつ、同年代の人間とまっとうなモラトリアムを味わってみても罰は当たらないと思うのだが」

「それは」

「何、遊んでいるわけじゃない。オレは小等部で、君は高等部で調査活動を行う。それに学園生活が伴う、というだけのことだ。君に何かあればオレもすぐに飛んでいけるしね」

 

 アーチャーの言ったことは白野にとってとても魅力的で、新鮮な言葉だった。普通の高校生活。予選でもなく、聖杯戦争でもなく。ただ、学んだり友人を作るためだけの学園生活。ああ、それはきっと楽しいだろう、と白野は感じる。

 

「どうだろう?」

「……ありがとう、アーチャー」

 

 心の内側から温かいものがあふれてくる。こんな時でも、彼は白野のことを考えていた。ちょっと過保護なところもあるし、今はかわいらしい少年だが―――でも、彼が自分のことを考えてくれているのはよく分かった。

 

「わたし、学校行ってみるよ」

「……そうか。そうなると、さっそく準備しなければなっ」

 

 とはいえこのやり取り、社会復帰を決めた不登校の生徒と母親の会話みたいではないだろうか、と場違いな感想も浮かんできたのだが。

 

 善は急げ、とでも言うように戸籍の捏造作業が始まった。転居前の住所、転居後の住所、在学記録、各種証明証をでっち上げ、穂村原学園に連絡し転入手続きを行う。

 明日から、というのは普通に考えれば非常識なのだが、幸いなことに私学だったので多少融通も効くようだった。

 アーチャーは転入が決まり、白野も翌日、休日を利用して試験と面接を受ける手筈になっている。

 

「思ったよりもあっさり決まった気がする」

「それだけムーンセルの演算機能が高い、ということだな。もっとも君は聖杯の所有者ということになるのだから、もっと堂々としていいと思うが」

「学校か……」

「なに、感傷にふけっている暇はないぞ。準備すべきものはいくらでもある。そら、新都の商店街まで買い出しと行こう」

 

 張り切っているアーチャーに困惑しつつ、でもそれはそれで楽しみだ、と思いながら彼の後ろについて行った。

 

 

 

 

 美遊が穂村原小に転校してきて、クラスもイリヤも色々揺れ動いていた。初対面は昨日のカード回収の時、ルヴィアとともに現れたもう一人の魔法少女。。

 クールキャラ、なんかすごい学力、美術力、料理の腕前、イリヤにとって特に大事なのは足の速さでまで負けたという事実である。

 小学生にとって足の速さは重要な問題だ。だってそれだけでモテる。モテなくても尊敬されたり一目置かれたりするわけで、まぁそれはともかくとしても、突如現れたもう一人の魔法少女は完璧超人というわけである。

 

 ちょっとしたコンプレックス、あと近寄りがたさ。イリヤは美遊にそういうものを感じ取っている。だから、放課後の通学路、たまたま出会った彼女に

 

『……それじゃあなたはどうして戦うの?』

『その程度の理由で戦うの?』

『あなたは戦わなくていい。カードの回収は全部わたしがやる』

『せめて、私の邪魔だけはしないで』

 

 そんなこと言われてしまうと、理不尽じゃないかとか、ただ巻き込まれたからやってるのになんでそこまで言われなくちゃいけないのか、とか。もう色々ルビーに愚痴とか言ってしまわざるを得ない。

 

『いやーどうなんでしょうねー。美遊さんはイリヤさんとはまた別の方向の魅力はありますが、それにしても若干シリアスがすぎるというか、重いと言うか』

「そうだよ。大体、巻き込まれたっていうのならあの子も一緒じゃない…」

 

 ぶつぶつと言いながら歩みを続けるイリヤ。そんな彼女の帰途に、本日二回目の再開がやってきた。岸波白野とアーチャー、カード回収に乱入してきた魔術師の姉弟(イリヤ視点)だった。

 

「……また?」

「あっていきなりウンザリされるとは。わたし何かしたかな」

「昨日のアレは相当だと思うが」

 

 白野は昨日のシンプルなワンピースとは違って白いシャツとスカート、アーチャーも鎧では無く黒いTシャツとジーパンの上に赤いパーカーを羽織っている。

 

『おや、ザビ子さん。あとアーチャーさんも。お二人はどうされたのですか?』

「ちょっと新都に買い物を。イリヤは学校帰り?」

「はい……それでザビ子さまはわたしに一体どのようなおお叱りのお言葉があるのでしょうか?」

「なんかあったの、イリヤ?」

『いよいよ卑屈さに磨きがかかってきましたね。実はですね?』

 

 ルビーはつい先ほど、イリヤと美遊の間にあったことについて語った。「アニメとか ゲームみたいで楽しそう」と言ったところ、美遊は憤りと共に強い言葉でイリヤに当たったのだ、と。

 

『まぁそんなわけです。わたしはそんなこと考えなくたっていいとおもうんですけどねー』

「はははー…」

 

 イリヤは曖昧に笑いつつ、横目で二人を見る。

 美遊に面と向かってあんなことを言われたのである。面食らったのもあるが、内心ちょっと傷ついてもいる。彼女は少しナイーブになっていた。こんなことを言ったら、二人にはなんて言われてしまうのか、と。

 白野は読めない。美遊と同じように感情が薄そうに見えて、あの名乗りから察するとお調子者なところもありそうだ。

 アーチャーには厳しいことを言われるかもしれない。不思議な安心感と頼もしさ、懐かしさを感じたりもするのだが、昨夜の戦いの様子や語っていた来歴からすると美遊と同じように厳しい性格のように見えた。

 

「別に、戦う理由が薄いことを恥じることは無いと思う」

 

 白野は美遊とは違う、イリヤにとって安心できる返答を返してきた。

 

「そう、だよね」

「うん。わたしも、こういう世界に関わって、戦いを目の当たりにしたりしているけど。最初から強い動機や理由があったわけじゃない」

「……状況が人を作る、ということもあるからな」

 

 アーチャーも口を出す。皮肉げな様子はなりを潜めているので、イリヤを慰めようとした言葉なのだろう。厳しそうに見えて以外と優しい人なのかもしれない。

 だが、白野は言葉を続けた。

 

「ただ―――人によっては強い思いや理由があることもある」

「……やっぱり、そういう理由がないとダメなのかな」

「そうじゃない。ただせめて、理由を持って戦う人には誠意を持つべきだとは思う」

「別に……わたしはミユさんのことバカにしたわけじゃないよ!」

「うん。だからイリヤが魔法少女として戦っていくなら……これからもカード回収に関わっていくのなら。あなたが決して悪意を持っているわけではないと彼女に分かってもらえるまで、彼女とコミュニケーションを取っていくしかないと思う」

 

 そう言った時の白野はとても優しそうで、イリヤを応援してくれているのがよく分かった。

 そういえば、こういう人はイリヤの周りにはあまりいない。リズはちょっとズボラだし、セラは小言がうるさい。ママはあまり家にいない上、いたとしてもちょっと破天荒なところがある。最近であった凛は落ち着きがない。

 白野はそのどれとも違う。等身大で、寄り添ってくれて、でも包み込んでくれるお姉さん、みたいな――――

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、アーチャー。今のわたし、なんかお姉ちゃんって感じしなかった?」

「それを言わなければ君の成長を素直に喜べたんだが……うん、色々台無しだな!」

 

 イリヤとルビーと別れてしばらくしてから、白野はそんなことを言った。正直な話、イリヤの悩みは白野にとっては身近なもの、これまで味わってきたものに近い。

 自分もあんなことがあった、なんて、そんな先輩風をつい吹かしたくなったのだった。

 

「だが、困っているものに自分なりにアドバイスを、というのは良い傾向だろう。君も経験が蓄積されてきた、というわけだ」

「うん。……なんだか放っておけなかったのも本当だし。でも、アーチャーもちょっと優しくなかった?」

「そうかね?」

「うん。普段だったらもっと厳しい言葉を投げかけるか、そもそも彼女に何も言わないというか」

「気のせいだろう。そもそも、いくら私でもあのような子供相手にそんな厳しいことは言わないよ」

 

 首をすくめるアーチャー。答えるつもりはないということだろう。

 白野はちょっと不満に思った。

 

「そんなことより、マスター。ひとまずの買い出しはこれで問題ないな?」

「うん。制服は買ったし、取りあえず後は食事をとって遠坂の家に行くだけだね」

「ああ。今日またクラスカードの回収がある、ということだったが……さて、今度はどんな蛇が出てくるやら」

 

 凛とルヴィアの言葉を思い出す。魔術協会はアーチャーとランサーを先んじて回収していた。昨夜ライダーを回収したので残りは四枚ということになる。

 

「残りのクラスはなんだろう?」

「残りはセイバー、アサシン、キャスター、バーサーカーと考えるのが妥当だな」

「どうして?もっと偏っててもおかしくないと思うけど」

「もしこれが冬木式聖杯戦争の再現なら、クラスの重複はあり得ない。君の経験した聖杯戦争とはルールが根本的に違う。ならば残りは基本クラスと考えるのが妥当だろう」

「……セイバー、か」

「どうした?」

「いや。英霊を呼ぶものなんだよね。アレにアルテラが引っ張られて封印されている、とかあるかもしれないと思って」

 

 アーチャーは少し思案して「その可能性は低いだろうな」と言った。

 

「何故?」

「理由は二つある。ライダーの状況を見るに、彼女はサーヴァントではなく、英霊を現象として再現したもののようだった。そこに意志は無い。あれはサーヴァントの意志を塗り替えているのではなく、意志が存在しないように力を抽出していると考えられる。リンとルヴィアも言っていただろう?あのカードは宝具を人間が使えるようにしたものだ、と。

この考えが正しければ、もしアルテラがカードに引っ張られていたとしても、あの魔術礼装に意識を完全に塗り替えられるとは考えられない。

もう一つはクラスカードがつなげている場所は恐らく英霊の座だろう、ということだ。もしクラスカードとアルテラが繋がったとしても、引き出されるのは英霊アルテラの力であって、新天地にいたアルテラではないはずだ」

 

 まぁ、カレイドステッキによって混線を起こした可能性はゼロではないが、と結ぶ。

 やはりアーチャーはサーヴァントだけあってクラスカードの力を感じ取っているようだった。

 

「ま、どちらにせよ仮説だ。まずは今夜の回収がどうなるかだな。気を抜くなよ、岸波」

 

 もちろん、と頷いた。気合いを入れて、ホテルへの帰り道を歩いていく。

 どのような敵が出てきても、わたしのアーチャーは絶対負けない―――と。

 




ちなみにプリヤ原作での次回サブタイトルは「負けました」です。


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第11話 負けました/黒化英霊・キャスター初戦

今回投稿から一時下げすることにしました。
これ以前の話でも全部修正しています。
こちらの方が読みやすいか辛いかでと何かあれば感想で頂ければ。


 約束通り凛と合流した白野、アーチャーは未遠川周囲の公園、冬木大橋が見える場所までやってきてジャンプと相成った。

 白野にとっては昨日、この世界で最初に来た場所、ということになる。

 

「最初に来たときは特に異変は感じ取れなかった。アーチャーは?」

「あの校舎の異変を感じ取れたのはトオサカリンとイリヤスフィールが消えたのを発見できたからだ。確かに少し厭な流れは感じたが……この町ではそう珍しいものでもなかったからな。いずれにせよ言い訳をするつもりはない。私の落ち度だ」

 

 この場にはすでにイリヤと凛がいた。

 ルヴィアと美遊はまだ来ていない。

 

「はは、どうも、こんばんは……」

 

 とイリヤは遠慮がちに白野に挨拶する。

 昼間の会話のこともあって少し気恥しいようだった。

 

「うん。これからがんばろう」

「呑気よね。もうちょっと緊張感持ったら?」

「自然体だ、ということだ。目くじらを立てることもあるまい」

「ふぅん。それがあんたたちのやり方ならそれでいいけど」

 

 会話をしているとやがてルヴィアと美遊が現れた。

 美遊すでに転身を完了している。臨戦態勢、といった雰囲気だ。

 

「遅いわよ、ルヴィア」

「あら。約束の時間は今夜0時でしょう?まだ10分もありますわ」

「時は金なりっていうことばは知ってるかしら?」

「ええもちろん!時間順守しか誇れない貧乏人の戯言ですわよね?」

 

 相変わらず皮肉が絶えない二人だった。ギスギスとした言い合いが続いていく。

 

「『ごめん、待った?』『ううん、今来たところ』に通じるものが―――ないか。でもあそこまで喧嘩が続くのは一周回って仲がいいんじゃないかって気がしてくる」

「その例えはどうかと思うが。まぁ、君の指摘もそう的外れではあるまい。あのコンビ、何だかんだ続いて、10年ほどたてばいい感じに背中を預けあったりするかもしれん」

 

 まるで見てきたかのように語るアーチャー。

 イリヤは「そういうものなのかな…」なんて考えている。それからふと、美遊を見た。彼女としたのはケンカ……とは違う。凛とルヴィアとも違う関係だろう。だが、彼女友やがて信頼を結べたり出来るのだろうか。

 

 そうこうするうちに約束の12時の1分前となった。

 

「油断しないようにね、イリヤ。敵もそうだけど、ルヴィアたちが何をしてくるか分からないわ」

「速攻ですわ。開始と同時に距離を詰めて一撃で仕留めなさい。あと可能ならドサクサ紛れで遠坂凛も葬ってあげなさい」

 

 カレイドの魔法少女たちに基本方針を示す二人。どこかおかしいが、基本的に言っていることは半分くらいは全うである。

 白野は手を挙げた。

 

「それでわたしたちは?」

「基本的にあなたたちは私たちの調査のサポートをしてもらいますわ」

「ええ。今回の調査に限らず、だけど。アーチャー、あなたのその出鱈目な魔術特性は切り札となりうる。だからこそ、もしもの時の切り札として温存しておきたいの」

 

 凛には朝の時点で魔術特性の話をしている。その時は「なんて出鱈目!」といつものキレ芸が発動したが、彼女元来の甘さか、あるいは時計塔に自分たち以外の協力者について報告することに問題があるからか、アーチャーが出した他言無用という条件を呑んだ。

 

 継げたのは大まかに言って、彼の魔術特性は投影―――それも条件付きで宝具すらコピーできる、という部分。流石に固有決壊のことは告げていない。

 普通に考えればそれですら告げるのはリスキーなのだが、アーチャーも白野もこの世界にそう長居するつもりもないので、協力するためにもある程度情報を開示した形になる。

 

「後詰めってこと?」

「そうなるわ―――っと、もうすぐね。時間を合わせるわ。5,4,3―――」

 

 凛がカウントダウンを始める。反射炉の形成はルビーとサファイアで折半することになっている。白野もケータイで可能なのだが、彼女たちの役割はもしもの時の撤退準備も含まれているので今回は動かない。

 

「2、1!」

 

『限定次元反射炉形成、鏡界回廊一部反転 接界!』

 

 そうして再び、鏡界面へのジャンプを行った。

 浮遊感、魔力の奔流、光が収まった後に来る本来とは微妙に異なった雰囲気の鏡界面に酔うような雰囲気もそこそこに、現在の状況を判断する。

 

 飛び込んできたのは無数の魔法陣。

 中央には翼を広げた女性の姿。

 そこに警戒は無く、狼狽もなく、静かに狙いを定め、悠々と飛ぶ姿のみがある。

 

「――――っ!」

 

 肌が焼けるように暑い。

 あれはやばい、と彼女の経験則、鑑識眼が告げる。即座に対策を練らねば負けるのはこちらだ。

 

「イリヤ、美遊、魔術障壁を展開!」

 

 即座にカレイドの魔法少女たちに指示を飛ばす。恐らくあの魔法陣はひとつひとつが規格外の威力を誇る代物だ。

 

「え?」

「一体どういう―――」

「まさか、美遊、防御を――」

「ちょっと白野?なにを」

 

 呆然とする他の面子たちを無視して白野は「アーチャー!」と告げた。

 魔力を込めるは左腕の三画の令呪。

 現在はケータイを通しているので時間はかかるが、月の新王たる彼女の令呪は再装填が可能なものだ。必要ならばすぐに切ることができる。

 

『令呪を持って命ず。目標を偽・螺旋剣Ⅱで狙撃せよ!』

 

 赤い輝きと共に一つが消え、アーチャーに魔力を供給する。

 令呪、それはサーヴァントに対する絶対命令権。これによって為された命令は、サーヴァントに本来なら不可能なことですら可能にさせる。

 

 励起するアーチャーの魔術回路。彼の投影もまた規格外の魔術。彼がこれまで見てきた名剣、魔剣、あらゆる剣―――たとえ宝具であっても―――を心象世界に貯蔵し、それを現実世界に取り出す魔術。投影ならざる投影こそアーチャーの真骨頂だ。だが、その規格外にも制限がある。投影の制度を高める過程が必要になるのだ。

令呪の命令ははこの準備をすっ飛ばし、初手から強力な投影をすることを可能にする。

 

『我が錬鉄は崩れ歪む』

 

 アーチャーの手に現れたのはドリルのように捻れた剣。

 ケルトの英雄、フェルグス・マックロイの山を穿つ刃。

 それを例のごとく、矢に変えて打ち出す。

 

「爆ぜろ、螺旋剣!」

 

 矢が放たれる。その速度は音にすら達する勢いだ。

 矢としての偽螺旋剣は空間をねじ切るほどの威力を持つ。

 さらに宝具を自壊させて魔力を暴発させる壊れた幻想を用いれば、どのようなサーヴァントとて無事では済まない。

 

 果たして、その一撃は確かに黒化英霊に達した。

 無数の魔力砲、魔術防壁など物の数ではない。

 さらに言えば、偽螺旋剣の一撃は魔術によって作り出されたものだが、魔力そのものではない。黒化英霊が最後の守りとして展開している魔力反射平面も容易に突破できる。

 その一撃は確かに、彼女の身に届いたのだ。

 

「やった、のかな?」

『いいや、まだです!』

 

 だが、それは致命傷とはならなかった。

 

「チッ……霊核を外したか……!」

 

 アーチャーの鷹の瞳が黒化英霊を捉える。

 偽螺旋剣Ⅱが直撃した黒化英霊は半身が吹き飛んでいたが、すぐさま、まるで時間を巻き戻すかのように身体が再生される。

 アーチャーが狙ったのは一撃必殺。サーヴァントの中心、いかなる英霊もそこを砕かれれば消滅を免れない、ウィークポイント。頭部や心臓部にある霊核であった。

 確かにカラドボルグは彼女の半身をねじり切った。しかし、この鏡面界における彼女は地脈から魔力を吸い上げている。

 半身をねじ切られた程度で消滅などしない。その程度のダメージ、即座に治癒魔術で再生させられる。故にこそ神代の魔女、故にこそキャスターのサーヴァント。

 

「魔女め、現象となって却って戦いに容赦がなくなったと見える……!」

 

 魔法陣はまだ健在。本丸を潰そうとしたのが仇となった。

 アーチャーの追撃が無いと見ると、即座に魔法陣から膨大な魔力を放出する。

 

『魔術障壁を最大まで展開します!ザビ子さんも凛さんも離れたら死にますよ!』

「……ダメだ」

 

 イリヤとルビー、美遊とサファイアが最大まで障壁を張る。だがそれもすぐに突破されてしまうにちがいない。事実、イリヤに守れている白野は魔力によって生み出された熱をその身で味わっている。

 

 アーチャーだけは前に出て干将莫邪で魔力砲を何発か叩き落しているが、それも焼け石に水と言った様子で、ほとんどの砲撃は白野たちの守りを貫通してダメージを与えてくる。

 

「熱い!ついでに痛いよ!?」

「なんでランクAの魔術障壁が突破されるのよーーー!」

『あら?おかしいですねー?』

 

 イリヤたちはなすすべもなく、あまり効果の無い守りに徹している。

 次の一手を、と思案する白野の隣を黒化英霊の物とは違った魔力の奔流が通り抜ける。

 

「放射!」

 

 張り巡らされた弾幕、その合間を縫って美遊とサファイアが反撃を試みたのだ。イリヤに比べると攻撃らしい攻撃となっている魔力射出は、まっすぐにキャスターの元へと届き、しかしそれはキャスターの身に届くことなく霧散した。

 呆然とする白野たちをよそにキャスターは高速真言を唱える。現代の魔術体系に残らない、現代からすればほぼ魔法の粋の術式たち。その一端が容赦なく襲い掛かろうとしている。

 黒化英霊は彼女たちの退路を断つように竜巻を起こした。

 鏡面界においてもはや彼女たちに逃げ道は無い。どうすることも出来ない彼女たちに止めを刺すように、これまでの比ではない規模の魔法陣と魔力の動きが黒化英霊の周囲で巻き起こる。

 

「……詰み、だな。撤退をお勧めするぞ」

『全くですね。これはマジヤバですよ』

「悠長に話している場合かっ!」

 

 アーチャーの言葉を受けて、白野は決断する。

 

「みんな、撤退しよう!わたしとイリヤは反射炉形成、美遊は防壁に専念!」

「は、はい!」

「了解!」

 

 三人は即座にステッキを操作し、撤退を行おうとする。そうする間にも、黒化英霊の魔力は時間を追うごとに勢いを増していく。

翼のように開かれたローブから、光が漏れ出た。この場にいる面子全員をゆうに消し飛ばせるだけの規模だ。

 

「はやく、はやく!早くーーーーーー!」

 

 光輝く魔力の渦が彼女たちに届こうとする、その瞬間。

 反射炉の形成が完了し、彼女たちは鏡面界から離脱する。

 彼女たちは撤退することに何とか成功したのだ。

 

 

 ―――敗北である。

 結局のところ、アーチャー以外キャスターになんら有効打を与えることが出来なかった。そのアーチャーが放った偽螺旋剣Ⅱにしても止めを刺すには至らず、黒化英霊は依然健在だ。

 これ以上ないくらいの敗北と言っていい。

 

 六人と二本は青色吐息で撤退すると、ひとまず川沿いの公園のベンチで座りながらの作戦会議である。。

 

「まるで要塞でしたわ……あんなの反則じゃなくて!?

「あの魔法陣、ランクAの魔術障壁すら貫通する威力から察するにキャスタークラスと言ったところか。どう思う、ルビー、サファイア」

『大方そんなところでしょうねー。ま、魔術の域はとっくに超えていそうですが』

『恐らくアーチャー様の言うとおりでしょう。現代の系統のどれにも属さない、魔法にすら近い代物です。神代の魔術を操るキャスタークラスの英霊と考えるべきでしょう』

 

 遥かな神代、まだ世界にエーテルの満ちていたころの大魔術。キャスターが用いていたものはそれであろう、とサファイアは分析する。

 

「威力もそうだけど。あの魔術反射平面も問題だわ。アーチャーはなんとか一撃を加えられていたけど―――」

 

 凛はアーチャーを横目で見る。あの戦いを思い出しても、彼がただの魔術師―――それも年端のいかない―――などとは考えられない。

 百歩譲ってカードの英霊に対して有効打が与えられる、というのはまだいい。魔術戦とは概念のぶつかり合いであり、そこには相性が大きな要素を占めてくる。規格外の存在を倒しうる規格外はそう多いものではないがあり得ないわけでもない。

 だが、接界した直後。白野とアーチャーの間には何らかの、魔力のやり取り―――それも白野が持ちうる魔力以上のもの―――が流れ込んでいたように見える。

 

(ま、何か裏はあるわよね)

 

 とは言え協力姿勢は見せているし、裏はあっても他意は無さそうだ、というのも凛にとって正直なところだった。なのでこの際、それは忘れることにする。いずれ追及することもあるだろうが。今大事なのは目の前の敵をどう攻略するかだ。

 

「美遊が放った一撃がたやすく弾かれてしまった以上、イリヤも私たちにも遠距離からの攻撃が出来るとは思えない」

『観測した限り魔法陣も反射平面も固定式のようですので、魔法陣の上まで飛んでいければ戦えるとは思えますが』

「なんて言ってもねぇ。飛行なんてそう簡単には出来ないわよ。……念のため聞いとくけど、アーチャー、ザビ子、あんたたちは?」

「飛べてたらライダーと戦っている時に颯爽と飛び降りてスーパーヒーロー着地してた」

「そうだな。魔力を用いた跳躍は出来なくもないが、キャスターの上を―――それも弾幕をすり抜けて、などと言うことは不可能だ。叩き落されるのがオチだな」

「あ、そっか。飛んじゃえばいいんだね」

「やっぱりか―――って、え?」

 

 凛たちががどうしたものか、と悩んでいる真後ろ。そこを見ると、何事もないかのようにふわふわと浮かんでいるイリヤの姿。

 

「えっと、どうしたの?魔法少女って飛ぶものでしょ?」

 

 その一言に唖然とする凛とルヴィア。

 彼女たちはカレイドステッキを用いての飛行に丸一日練習してようやくものにした過去がある。

 白野は「まぁそうかも」なんて思っているのであんまり驚いていない。彼女自身は飛べはしないが、周囲には飛べるもなどいくらでもいるのでいまいち難しさが分かっていないのだ。

 アーチャーは「なるほど」と勝手に納得している。

 

「なんて頼もしい思い込み―――」

「ミユ。あなたも負けてはいられませんわ!今すぐ飛んでみなさい」

 

 その言葉に、蒼い魔法少女は、と言えば。

 

「人は―――飛べません」

 

 そんな、当たり前と言えば当たり前なひとことでもって両断した。

結局その後、「明日は特訓だ」などと言ってルヴィアは美遊を引っ張って行ってしまった。

 遠坂陣営にさせられているイリヤがあっさり飛べたのがよほどプライドを刺激したのか、相当気が立っている様子である。

 

「……ま、攻略はまた後日ね。明日は休みだし私は戦略を考えようと思うけど。白野、あんたはどうする?」

「わたしは明日ちょっと用事があるから」

「用事?」

「そう―――学校の、転入試験が……!」

「あ、そう……まぁがんばりなさい」

 

 やたら気合いを入れる白野。そのテンションたるや絶対に負けられない戦いに挑むかのよう。そんなことかよ、という凛の呆れ声もそこそこに四人は解散することとなった。

 

 

 




黒化英霊は大体弱体化してますが黒化キャスターはむしろ強くなってそうな感じがします。
性格が何だかんだいって若奥様+魂食いで律儀にあちこちから少しずつ魔力をもらっているとか、ところどころ人の好さというか甘いところが見えてきちゃう。

それに対して黒化キャスターは霊地から大量の魔力を吸い上げて魔法陣もバカスカ打てるし魔力弾程度は弾けるんでよっぽどですよ。


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第12話 岸波白野の学校見学/弓道部の少年

旧主人公と新主人公の出会いのお話



 転入試験と面接はすぐに終わった。

 そこまで難しい内容でもなかったし、聞かれたことも生活や家庭環境についてなどといったものだった。

 監督した教師もやや強面だったが高圧的ではなく、ただ白野の人となりを見極めようと淡々と質問をしていたように思う。

 試験は何事もなく終わり、暇になったので探検がてら校舎を見て回ることにしたのだった。

 アーチャーは高校には付いてきていない。今日は冬木の霊脈、霊地の探索や調査を行うそうだ。少し寂しいとは思ったが、それはそれ。見知らぬ場所のマッピングも悪いものではないだろうと気を持ち直す。

 

 探検、とは言ったが穂群原学園の敷地内は白野にとって馴染み深いものだった。彼女がいた月海原学園がもともと冬木の学校をベースにしたものだから、というのもあるのだろう。

 教室の雰囲気や部屋の配置などが所々似ている。だが、どれも微妙なズレを伴ってもいる。

 

 屋上に上がれば学校の前景が良く見える。広い校庭では陸上部員たちが練習をしていた。今は休憩中なのか、中でもやら元気な三人が楽しそうに会話をしているのがここからでも聞こえる。部活に入るというのも楽しいかもしれない。

 白野からみて右手には大きめの体育館。月海原では教会があった場所だが、さすがにこの校舎にはないらしい。こういったズレが随所に存在する。

 体育館の隣には弓道場がある。あれは月海原と同じだった。そんなことを考えていると、弓が綺麗な放物線を描いて飛んで行った。的に向かって真っすぐ、やがてパン、と乾いた音がなる。

 命中。ここからでは良く見えないが、的の中心に近い部分に当たっているようだ。

 

「すごい…」

 

 自然に声があふれる。白野からすればただ的に当てただけの筈だった。考えてみればアーチャーも弓矢使いのサーヴァントである。彼が隣にいると感覚が麻痺するということもある。

 しかしアーチャーはは「これはあくまで道具である」という観点で弓を撃っていると公言していた。

 自分のそれは術であって道ではないのだ、なんて。

 

 遠目から見て、その矢の軌道はアーチャーのそれとは何かが違う。時間がやや下ってもう一発。今度も命中した。

 そこにあるのは気迫、あるいは丁寧な行程。もしくは誠実さ、だろうか。

 その在り方はむしろ、アーチャーが投影について語るときのそれに近い。

 あの矢を放った人はどのような人間なのだろう、興味が出てきた。

 女性なのだろうか、男性なのだろうか。ぜひ見てみたいが。

 

「行ってみようかな」

 

 白野はなんとなく、そんなことを思ったのだ。

 

 

 

 

 射場の扉をこん、と小突いた。

 やがてガラガラ壊れそうな音を出しながらスライドして開く。

 

「はい。どうしました?」

 

 やがて奥から、道着を来た茶髪の青年がやってきた。

 とても物腰が柔らかい。

 あの気迫、機械のような丁寧さからは想像しにくい、と白野は意外に思う。

 

「見学をしたくて」

「見学?そういえばその制服、ウチのじゃないけど」

「転入する予定なんだ」

「ああ、そうか。でも参ったな。弓道部の練習、今日は午前で終わってるんだ。俺が引いてたのも、片付ける前に最後に少しやっただけというか」

 

 見学は後日になるな、とすまなさそうに言う。

 白野は少しやっていた、というだけで気迫を感じていたことに驚く。

 これは果たして自分に見る目が無いのか、それとも彼がそれだけすごいということなのか。

 

「迷惑でなければ、もう一発見せて欲しい」

「俺の?そんな大したものでもないと思うけど」

「――屋上から、あなたが引いたのを見た。それをもう一度見てみたい」

 

 そういうと、少年は白野の真剣な表情を見て、面食らいつつも「分かった」と承諾してくれた。

 白野を射場に招く。

 なんだか、清廉な空気が流れているのを感じる。

 床や様々な備品たちが綺麗に手入れされているからだろうか。

 

「ひとつ言えることは、俺よりうまいヤツは沢山いるってことだ。俺の弓は手本にするにはまだ未熟だし、これが正解というわけでもない。それでもいいんだな?」

「うん。わたしは弓道に興味があったわけじゃない。あなたが引いている姿が印象的だったから、ここに来ただけだから」

 

 少年は少し慌ててから「集中!」と自分の頬を叩いた。

 客観的に見て彼女のこれは口説いているに入りそうなものだが、彼女自身は全く気付いていない。

「なんと、この男子は聞きようによっては失礼なわたしの頼みに全力で答えようとしてくれている!」などと感心すらしている。

 

 少年は息を整え、きっと前を向く。雰囲気が変わった。

 左手に弓、右手に矢を持ち、静粛に歩みを始める。執り弓の姿勢と呼ばれる姿だ。

 そのまま射位、つまり的の左側へと向かっていく。

 射法八節。弓道において射の基本動作八節を表すものだ。

まず足踏み。

 的を左に見据えながら、両の足を定める。

次に銅作り。

 左ひざに弓を置きながら重心を中心に置く。

弓構え。

 右手で弦を持ち、弓を持つ手の内を整える。

打ち起こし。

 弓矢を持つ両腕を額よりも高く持ち上げ、

引き分け。

 弓を左右均等に引き、

会。

 そのまま、射るタイミングが熟すのを待つ。

そして離れ。

 カラン、と弦と矢が離れる音が聞こえる。やがて矢はまっすぐと、的を射貫いた。

残心。

 彼は弓が放たれた軌道をずっとみている。全く集中を解いてはいなかった。

 そのまま弓倒しをして、姿勢を拳を腰に当て、再び的に向かって正面を向き、礼をした。

 

 ふう、と息を吐くと緊張感が解けていく。

 それは白野のではなく、彼ののでもなく、いわば空間全体の緊張感ともいうべきものが弛緩していくのが感じられた。

 

「すごいね、また当たった」

「別に当たるのが良い射ってわけじゃないぞ。今のは―――まぁ、及第点ってところか」

 

 白野から見ればあの気迫、集中力、機械のように綺麗に行程をなぞるその姿は息を呑むほどのものだった。

だが、それでも彼からすると足りないのだという。

 

「急なお願いに応えてくれてありがとう。えっと……」

「ん?ああ。そういえば自己紹介してなかったな。俺は衛宮士郎。弓道部の二年だ」

「わたしは岸波白野。学年も一緒だったんだね。これからよろしく」

「うん。こちらこそよろしくお願いします、とそうだ。そろそろ片付けなきゃ不味いな」

「そうだったね。無茶を言ってごめん。片付け、何か手伝えればいいんだけど」

 

 申し訳なくなる白野に士郎は「別にいいよ」と優しく答える。

 

「本当にありがとう、士郎。でもやっぱり、何かお礼でもしたいんだけど」

「良いってば。別に特別なことをしたわけじゃなし。むしろ他人に見てもらえて気が引き締まったくらいだ」

 

 全く自分を誇らず、ひたすら謙虚な士郎に不思議な気持ちを感じる。

 まるで春の風のような人だ、なんて、そんな感想すら出てきた。

 

「弓道の方はどうだ?もし興味があればきちんと練習をしている日にでもまた見に来てくれ。その、なんだ。うちの主将も喜ぶし」

 

 一瞬、それもいいかもしれない、と考えてすぐに頭を振る。運動部ということはそれなりにハードなメニューがあって、時間を拘束されることになるはずだ。

 

「わたしにはやらなきゃいけないことがあるんだ」

 

 目先を見ればカード回収、最終的にはアルテラの行方を探すこと。

 その目的を果たすために行動をしているのだから、本格的な部活に入るのは難しいだろう。

 なにより―――

 

「それに、士郎の弓を見ていると、気迫とか誠実さとか、そういうものが伝わってきた。中途半端な覚悟でやるには失礼な気がする」

「別に弓道をやるのに必ずしも全力を尽くす必要はないと思うけど……でも、よっぽどそっちの方が大事なんだな。悪い、無理を言った」

「こちらこそごめん」

「いいよ。そうだ、もしこれからも何かあったら相談してくれ。転入だと何かと困ったりすることもあるだろ。何か力になるよ」

 

 本当に士郎は良い人だった。感動すら覚えてくる。

何気なく見学していたらこんないい友人が早速できるとは。やはり英雄王の言うことは本当だった。白野はもう一度、丁寧に礼を言ってから、射場を失礼する。

 新しい場所、今まで生きてきた場所とよく似た場所。

そこにあった新しい出会いに感謝した。

彼とはこれからいい関係を築いていけるかもしれない、と、そう期待しながら。

 

 

 

 そんな白野と士郎のさわやかな出会いのシーン。だがさわやかなのは当人ばかり。

誰が知ろうか、この時、弓道場周囲20メートルには衛宮士郎を中心とした、色々面倒くさいラブコメ空間と化していたのだ。

 

 ひとり。弓道部、衛宮士郎の後輩。間桐桜。

 彼女は士郎が一人残って片付けとその前に練習をすることを知っていた。

 そこに「手伝います、先輩♡」と現れ、ふたりきりの空間を演出しようと目論んでいたのだが、ミステリアス転校生・岸波白野にその作戦を見事にぶち壊されてしまったのであった。

 

 ひとり、森山菜菜巳。衛宮士郎に好意を抱くモテカワふんわり美少女である。

 彼女も部活終わりの士郎に偶然を装い接近、何故かたまたま持っていたはちみつ漬けレモンを差し入れつつ、何となくいい雰囲気になろうと企んでいたのだが、そこを突如現れてなんか良い会話をして帰っていった岸波白野に出るタイミングを完全に奪われてしまっていたのだった。

 

 この空間だけで二名。

 そこにさらに留学扱いでこの学園にやってきたルヴィアゼリッタと遠坂凛、そして生徒会長柳桐一成を加えると校内での衛宮士郎包囲網は完成することとなる。

 世はまさにエミヤ戦国時代。空前のモテキである。

 岸波白野はそこに図らずも飛び込んでしまったのだ。

 当人の気持ちはともかく、周囲にとっては突如現れた謎のレース参加者である。

 ギルギルマシン号のようなものだ。

 果たして彼女たちの明日はどっちだ!?

 彼女たちのToloveるはまたしばらく続くことは確かである――――

 

 

 

 

 

「今日は学校を見学したけど友人ができたよ」

「ほう?それは良いことだ。どんな友人だね?」

「弓道をやってる男子で、たまたま道場で練習しているのが見えて。見せてって頼んだら見せてくれた」

「ふむ、弓道か。私はすでに道を修めるのを止めた身だが――一-多少は齧った身でもあるからな。実力はどれほどだった?」

「すごく抑制された動きで、行程が丁寧で、三射みたけど全部当たったよ」

「さて、弓道は当てることよりも精神性を重視するものだが―――」

「彼も同じこと言ってた。当てたけどまだまだだって」

「自分の未熟を弁えている、というのは素晴らしい。弓の方も行く行くは大成するだろう。君はいい友人を持ったな、岸波」

 

 夕方、アーチャーと合流した白野の会話の一幕。

 やがて彼はその友人の名前が衛宮士郎であることを知り、苦虫を噛み潰したような顔をすることになるのだが、それはもうしばらく後の話である。

 






筆者は弓道経験者ではないのですが、市販の解説書やYouTubeで公開されている学生への講演会、昇段試験の様子、奉納などに取材して描写しています。

【弓道】 其八 射法八節 - まとめ -  講師:教士七段 増渕敦人 氏 / キラスポアカデミー https://www.youtube.com/watch?v=TnOaNXNMDFQ

からは特に実際の射場での動きや射法八節の流れについて参考にさせていただいています。

なので何か間違いがあったりするかもしれません。「どうしてもここが納得できねぇ」「ここは弓道的には矛盾だと思う」みたいなご意見があれば致命的なものだと直すと思います。


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