幕末の義賊 (アルマジロ)
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幕末編
幕末の義賊:プロローグ


勢いに任せて書いちゃいました。


 今日は満月のはずであったが、どす黒い雲に覆われて、地上は濃い闇に支配されていた。そして、それは俺――桜泥棒にとって好都合であった。

 

 桜泥棒。

 

 いつからか、俺はそう呼ばれるようになっていた。悪人の屋敷から金をとり、それを市井の人にばら撒く典型的な義賊。ひょんなことから義賊をしている俺は、『仕事』を終えたら屋敷に桜の木を置いて去るようにしていた。

 我ながらかっこつけてしまったのだ。桜の木を置いている理由は、『正義は我にあり』と『私はすぐに散るであろう』。つまり、俺のやっていることは正義である、けれど、罪を犯している以上すぐにつかまるであろう。なんて気持ちで置いたのだが。

 

「桜泥棒って、まるで桜盗んでるみたいじゃないか」

 

 当の本人である俺は、その呼び名はイマイチ気に入っていない。けれどまさか、その名前ちょっと嫌だからほかの名前で呼んでよ、なんて言えるはずもなく。

 俺は桜泥棒としてその名前が定着してしまった。もうどうしようもない。

 

「はぁ」

 

 俺はほんの少し前に盗みを働いたばかりの屋敷の門の上で、座って休んでいた。普通なら門番だったり、見張りだったりが飛んでくるのであろうが、彼らは眠っている。当然、俺が強制的に眠らせたのだが。

 

「さて」

 

 あまり深夜まで起きていると、本業の方に支障が出かねない。さっさと今日手に入れた金を町にばら撒いて眠ることにしよう。

 

 門から飛び降りて、しばらく走る。町の中心に行くために角を曲がり――すぐに後ろにのけぞった。

 刹那、先ほどまで俺の首があった位置を白銀の光が走る。

 

「あっぶな」

 

 流石にヒヤリとした。

 

「待っていましたよ。あなたは『仕事』を終えるとすぐに金子を町に撒きますから、この道を通ることはお見通しです」

 

 俺が曲がろうとしていた角から、まるで闇からにじみ出るように人影が姿を見せる。変わった色合いの髪と、だんだら模様の浅葱色の羽織。見間違えるはずがない。新選組の沖田総司だ。そして、その沖田は俺にとって『なじみ深い存在』であった。

 

「やあ、俺が前に仕事した以来だから一週間ぶりかなーーって、俺が仕事してるってわかってたのに、ここで待ってたのか? 止めに来なよ」

「盗人がそれを言います? それに関しては、ここであなたを捕まえれば問題ありません」

 

 沖田は刀を俺に突き付けて勝気な笑みを浮かべた。

 

「さて、命が惜しくば、盗んだ金を置いておとなしく御用についていただきましょうか」

「命が惜しくば、って、悪人の発言みたいだな。それに、十両盗めば死罪……おとなしく捕まったところで結局俺死ぬと思うんだけど」

「なら、今すぐ死ぬか、しばらく後に死ぬか選んでください!」

 

 殺意に満ちた沖田の突き、俺はそれを籠手でいなす。

 沖田は、はじかれた刀をすぐに横なぎに振るって、俺の首をとらんとするが、紙一重でよける。

 腰に差した小太刀を抜いて、距離をとると、沖田もまた後ろに下がっていた。

 

「いやー、天下の新選組が俺なんかにかまけてていいのかい? もっと他にしなきゃいけないこともあるだろう?」

「あなたがおとなしく捕まってくれれば、私も他のことに専念できるんですけどね」

 

 お互いに軽口をたたきあいながらも、俺は逃げる隙を、沖田は俺に仕掛ける隙を探っている。

 

「それほどの実力があるにもかかわらず、どうして盗人なぞに墜ちたか、不思議でなりません」

「そうかい? まあ、確かに好きでやっているわけでもないが、そうする他にないことだってあるんだよ」

 

 俺の言葉に怪訝そうに顔をしかめる沖田だが、すぐに凛とした表情に戻り、

「どのような大義、正義を持っているかはわかりかねますが、それでも私は仕事をするのみです」

「さて、俺は眠いしそろそろ終わりにしたいかな」

「だったら、降参してもいいんですよ? 今なら特別に牢に布団をつけてあげましょう。ぐっすり眠ってくださいな」

「いやー、さっきも言ったけれど、捕まったら死罪だろうから遠慮しとくよ」

 

 俺はそういって、一息に沖田との距離を詰める。普段、俺は防戦に徹し、隙を見て逃げることが多いので、自ら仕掛けるなどめったにない。沖田もわずかに驚いているようだ。俺は小太刀を持っていない左手で、沖田の肩をめがけて殴るが、当然のように躱される。カウンターとして振るわれた刀を小太刀を振り上げて逸らし、蹴りを繰り出す。

 

「隙を見せましたね!」

 

 沖田はたった今蹴りを繰り出した俺の足を斬りつける。

 万が一足が負傷しようものなら、戦うことも逃げることもできなくなり、俺はあっけなく捕まるだろう。だから、当然仕込んでいる。

 

 沖田の刀が俺の足を斬りつけた瞬間、ガンッ、と金属音が響く。

 

「な、何か仕込んで――」

 

 先週までは仕込んでいなかった。装備を新しく作り、足の保護をするようにしたのは今日の仕事から。おそらく沖田は先週までの俺が足に何も仕込んでいないのを観察できていた。けれど、今日は月が隠れて、辺りは暗い。俺が足に何かを仕込んでいると気付けなかったのだ。

 沖田に隙ができた。

 

 俺は、蹴りを繰り出し、斬りつけられたその足で踏み込み、完全に沖田を小太刀の間合いに入れる。

 動転していた沖田も、それで我に返るが遅い。すでに振り上げた小太刀を振り下ろす方が早いに決まっている。

 

 闇夜を銀の一閃が裂き、鋭い一撃が沖田に振り下ろされた――――

 

 

 

 ☆

 

 

「ふうううううううぅぅぅうう」

 

 店先で沖田総司は唸っていた。お気に入りの団子屋の団子を食べて、気を紛らわそうとしたのだが、その程度でどうにかなる程度ではなかった。それほどまでに、昨日のことは、沖田総司にとって屈辱的だったのだから。

 

「おい、店先で変な声を上げるな。怖い顔をするな。おい、俺を睨むなよ……どうした?」

 

 沖田に男が話しかける。思わず男を睨んだ沖田であったが、ため息をついて、手に持っていた串団子を平らげた。

 

林太郎(りんたろう)さん。昨日、桜泥棒が出たんです……」

「おー、聞いた聞いた」

 

 神妙な顔で語りだす沖田に対し、男は忌々し気に、照り付ける太陽を睨みながら適当な相槌を打つ。男はいつも一見聞いていないような態度なのだから、沖田は気にせずしゃべり続け――

 

「そいつは、そいつは……そいつは――うわああああぁぁん!!!」

「お、おいおい。泣き止めって、団子一本おまけするから」

 

 ることはできなかった。口に出そうとすると、悔しくて悔しくて。

 

 昨夜。致命的な隙を桜泥棒に見せてしまった沖田。当然、桜泥棒はその隙をついて、小太刀を振り下ろしたのだが、彼は、明確に狙って鉢金を叩いた。

 たとえ刃が通らずとも衝撃は伝わり、沖田はしりもちをつき、逃げ去る桜泥棒を見送るのみ。

 

 そして、丸一日たたずとも額にそこまでの痛みがない辺り、力も加減されていたのだろう。

 

「うう、お団子ください…………」

 

 悔しさで気がどうにかなりそうだが、沖田はとりあえず、団子を頼むことにした。

 

 

 ☆

 

 

 俺の名前は林太郎。ひょんなことから義賊をするようになった、巷では桜泥棒と呼ばれる男。

 

 そして、俺――桜泥棒にとって、沖田総司は『馴染み深い存在』である。




 沖田さんが一人で行動してるなんておかしい?
 攻撃されるより先に刀を抜くなんておかしい、新選組のことを勉強しろ?

 創作だからいいのです。菊一文字持たせた方もいらっしゃるし……


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第一話:日常

 俺は団子屋としてそこそこ忙しい日々を送っている。ありがたいことに繁盛して、それでも、ぎりぎり生活ができる程度。誰か、義賊とかが悪人から金を盗んで店先に置いて行ってくれないかな、なんて考える毎日だ。

 さらに、生今日はまったく人がやってこない。遠くの木にとまっている鳥の様子を眺めて、時間が流れるのを待つのみ。

 

「お団子おひとつくださいな♪」

「んあ、い、いらっしゃ――」

 

 呆けていたからか、客に気づかなかったようだ。やけに上機嫌な、心なしか聞き覚えのある声に挨拶しようとして、沖田だと気付いて途中でやめた。

 

「なんだよ沖田か」

「な、なんですかその態度は! そうですよ! 最強かわいい沖田さんですよ!!」

「わーい」

 

 適当に返してやりながら、団子を用意する。適当に接してはいるが、沖田はお得意様だ。多少なりおまけしてやらんこともない。

 

「そういえばですね、さっき子供たちと遊んできたんですよ」

「ふむ」

 

 沖田は、泣く子も黙る剣豪だ。戦ったことのある俺はそれがよくわかっている。冷徹に、冷酷に、必要とあらば確実に殺す。そんな存在だ。けれど、沖田は、心まで冷徹というわけではない。子供たちと遊ぶのが好きな、優しい人だ。

 

「それで、どうしたんだよ」

 

 上機嫌だったことと関係があるんだろうか。

 

「いえ、やはり子供相手なので、手加減すべきだと思っていたんですけどね」

「まあ、沖田が子供相手に本気を出したら、子供に勝ち目なんかないだろうしな」

「けれど、逆に子供に負けちゃったんです」

 

 笑顔で続ける沖田に、少し嫌な予感がした。沖田は相当に負けん気が強くて、たとえ手加減していたとしても、悔しがるだろう。

 

「なあ、まさかとは思うんだけど……」

「子供相手でも、やっぱ手加減はよくないなって思いなおしまして、本気で――」

「お団子一本おまけしようと思ったけれど、やっぱなしだ」

「え゛!?」

 

 

 

 ☆

 

 

 

「だって、たとえこっちが手を抜いていたとしても、負けるなんて悔しいじゃないですかぁ!!」

 

 結局泣き出してしまった沖田に、俺は団子をあげることにした。俺も今は休憩をとって、沖田と店先に並んでお茶を飲んでいる。

 

「ふー、けれど、この店に来るようになってもう三月も経つんですね」

 感慨深げに言う沖田だが、俺からするとそこまでいい記憶でもない。

 

「お前が店先に倒れてたせいで……それにしばらく気づかなかった俺も悪いが……とにかくあれのおかげでずいぶんの間客足が遠のいちまったがな」

 

 最近ではほぼ回復しつつあるが、一時期は本気で生活がやばかった。町から離れた道沿いという立地も悪いのかもしれないが、一週間で一人しかお客さんがいなかったのは本当に、やばかった。

 

「う、でも、しょうがなくありません? 私だって好きで倒れたんじゃありませんし!」

 

 好きで倒れられてしまっては困るが。

 

「まあ、最近はまた体調も少しずつ回復しているんだろう? また変なところで倒れるんじゃねーぞ?」

 

 店先で倒れていた沖田を見たときは本気でびっくりした。その時はすでに俺は『桜泥棒』として活動していたし、その過程で沖田とやりあったこともあった。あの時は、小太刀の扱いを誤って、俺の腕を斬ってしまったばかりで、小太刀に血がついていた。その血を見たせいか、人を殺したのだと勘違いしたのだろう沖田は、特に殺意が高くて死ぬかと思ったものだ。

 そんな修羅や鬼神なんていう二つ名が似合いそうな沖田しか知らなかったものだから、かなり警戒したのを覚えている。覚えているもなにも、たった三月前の事なのだが。

 

「なら、なるべくこの店の前で倒れるようにしますね」

「どこでも倒れるなよ……」

 

 素の彼女を知ってからは、どうにもそういった印象が薄れた。無論、沖田が鬼のように強いことはどうしようもない事実ではあるけれど。

 

「んんーっ、長閑でいいですねぇ」

 

 遠い目をして、柔らかな笑みを浮かべて、そっとお茶を飲みながら沖田は言う。

 

 どうして、沖田は戦うのだろうか。気にはなるが、わざわざ聞くことでもないだろう。俺が義賊をやっているように、そこには人に言いたくない理由があるように、沖田にだって理由はあるかもしれないし、案外なんにもないのかもしれない。ただ、今この平和な時に、沖田に戦いの話をすることに抵抗を感じた。

 

「ずっと平和が一番だな」

 

 俺もお茶を飲んで沖田の視線をたどって、同じものを見る。どうやら、先ほど俺が見ていた木のようだ。今も鳥が止まっているがどうやら先ほど見たものとは別の種類らしい。白と黒の派手ではないものの、美しい鳥だ。

 

 平和を望む彼女の横で、何食わぬ顔でお茶を飲んでいる俺自身に嫌悪感を抱きそうになる。だが、俺には俺の正義がある。

 けれど、少し空気に耐えられなくなった。少し予定を繰り上げることにしよう。

 

「さて、そろそろ町の方に行こうかな」

「あれ? 何かあるんです?」

 

 小首をかしげながら不思議そうに俺を見る沖田。

 

「いや、これといって用はないんだけれどさ、情報収集とかかな」

「情報収集……?」

「まあ、大したことではないよ。ただどの店が安いかなーとか、結構こういうのころころ変わるものだからな」

「なるほど……で、でしたら、私が町を案内してあげなくもないかなー、なんて。どうです?」

 

 沖田はきらきらとした目で俺を見ながら言う。なんとなく、何か奢ってもらおうとか、遊びに行きたいとか、そういった本音が見えるがあえて無視しておく。

 だが、案内も何も――

 

「案内も何も、離れたところで暮らしているからといって、別に俺は町のことを知らないわけじゃないぞ? いや…………まあ、俺が知らないような場所を紹介してくれるというなら別だが」

「! ええ、ええ、この沖田さんにお任せください!」

 

 断ろうとすると、まるで捨てられた子犬のようにしょんぼりとするのだから、断ることができなかった。

 

 別に、何か困ることがあるわけではないだろうしいいのではないかとも思うのだが、やはり、あまり長時間沖田と一緒にいるというのは不安だ。義賊をやっているときは、意識して声色を変えているし、何より夜に黒装束で顔も見られてはいまい。しかし、それでも不安は感じる。ばれたら、俺の顔が完全に知られることになる。

 

 桜泥棒の顔は明るみになっていない。自分で言うのもなんだが、鮮やかなまでに誰にも気取られずに盗みをしている。例外として沖田とはよく遭遇するが。少し前に――当然桜泥棒として沖田と対峙した時に――どうして俺が今日来るか分かったのか、なんて聞いたが、直感とのこと。優れた剣士なだけあって、直感も天下一品ということだろうか。

 

「それでは、早速行きましょう!? ほら、早く!」

「まて、準備するから」

 

 満面の笑みで俺をせかす沖田。やはりどうしても、夜に出会うあの沖田総司(新選組の一番隊隊長)とは俺の中では重ならなかった。

 当然、両方とも間違いなく沖田であると分かっていても、どこか、理性か本能か、はたまた別のところかはわからないが、そこが拒絶し続けている。

 

 なぜだろうか、俺の中の何かが、今俺に笑いかけている沖田と、桜泥棒()を殺そうとする沖田を別人だと思いたがっているようだ。

 

 俺が、沖田と会うことの危険性を理解しながらも、俺の正体を知られる危険性があっても、会う事をやめられないのは、やはりそれが原因なのだろう。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

「むうううぅ……」

 

 町へ来る前と一転して、沖田はどうも不機嫌だ。

 

「まあまあ、目の前の金に引っ張られるのが人間だよ」

「う~、けれど、盗人をみんながみんなここまで褒めているのは納得がいきません」

 

 理由は単純。町での話題は桜泥棒で持ち切り。沖田としては当然面白くないだろう。

 

「次こそは……次こそは捕まえて、余すことなく吐いてもらいます……!!」

 

 変なところで気合を入れないでほしい。次の仕事は苦労しそうだ。どうにか沖田の裏をかくか。

 しかし、余すことなく吐いてもらうとはどういうことか。自白? 拷問? うわ、怖い。

 

「まあ、せっかく遊びに来たんだし楽しめよ」

 

 あんみつ、寿司、そば。食べるものはいくらでもある。

 

「むぅ、それはそうでしょうけど。まー、林太郎さんだってせっかく私と一緒なんですから楽しみたいでしょうからね! おすすめの屋台でもなんでも、お教えしてあげましょう!」

「じゃあ、さっそく何かお願いしようかな?」

 

 沖田は甘いものが好きだったから、おそらくあんみつでも食いに行くのだろうが。

 

 二人して歩き出した時、ちょうど俺の横を走っていた女の子が転びそうになる。

 

「おっと」

 

 腕をつかんで、助け起こしてやると、少女はしばらく目を白黒させていたが、状況を察したらしく、俺を見て「ありがとう」と満面の笑みを浮かべてまた元気に走り去っていった。

 

「…………」

「子供はかわいいですね……」

 

 ほほえましげに言う沖田であれど、俺の心中は穏やかではなかった。どうにも、俺が義賊をするきっかけとなったあの時のことを思い出しそうになって。

 

「林太郎さん? どうかしました?」

「いや、何でもない」

 

 俺は頭を振って、いやな気持を振り落とした。そうだ、自分で言ったじゃないか。せっかく遊びに来たんだから楽しもう。

 

「じゃあ、沖田。おすすめの場所とやらに連れてってくれよ」

 

 俺は努めて笑顔を浮かべ、沖田に言った。




なんか出来が微妙。そのうち修正します。


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第二話:危険

 沖田と町に遊びに行った日からしばらくの時間が過ぎ、俺は今日も団子屋として働いていた。

 最近はそこまで義賊としての仕事をしていない。俺の、桜泥棒の名前が広まってから、大っぴらに悪行をなす人は減った。一見いいことにも感じられるが必ずしもそうではない。

 もしも、俺が悪人から命を取っているなら、恐れて完全に手を引く者もいるかもしれないが、俺は金を盗んでいるだけ。ばれないようにひっそりとやるような奴が増えた。

 

「まあ、それはそれでいいのかな……?」

 

 俺は、不幸になる人間を出したくなかっただけ。大っぴらに悪行ができないなら、やる犯罪も小さいものに変わって、不幸になる庶民が出にくくなるだろう。

 

「……これしかないからな」

 

 剣で時代を拓くことも、政で民を幸福にすることも、俺にはできない。できることは、(俺なりの正義)でほかの悪を潰すこと。

 あの日の、あの人のような犠牲者をもう出さない。絶対に。

 そのためなら、たとえ、何があろうとも。俺の命が尽きようとも。

 俺は――――!

 

 なんて、考えを続けていたが、これではまるで自己正当化。俺は間違っていないと自分に語り聞かせているみたいだ。

 

「どうかしてんな俺」

 

 最近、どうにも自分のやっていることに疑問を感じ始めた。それが何故かはわからない。今も、俺は市井の人々を救うためには、義賊をするほかないと信じている。賄賂の横行している役人どもの悪行を裁く者は、悪の他ない。そして、その悪の行い(義賊)こそが俺なりの正義だ。

 悪と正義は必ずしも対立ではない。混在しているのだと、俺は思う。

 

 しかしなぜだろうか。沖田と会ってから、どうにも自分の在り方に疑問を感じるようになったのだ。自分がするべき事はこれしかないと確信しているのに、他に何かできないかなんて考えている。そんな矛盾に苛まれているのだ。

 

「……散歩するか」

 

 

 客は来ない。そこそこ繁盛しているはずなのだが、来ないときはてんで来ないものだ。

 

 変なことばかり考えてしまって、どうにも仕事をする気にならない。

 町に行こう。町に行ってぶらぶらと散歩をしていれば、町の活気に触れて、気分もよくなるかもしれない。

 

 店を閉じて、俺は街へ行くことにした。

 

 

 

 ☆

 

 

 町に来ても気分は晴れない。俺は、川辺にしゃがんで流れる水をただ見続けていた。すでに日は沈み始め、少し前まで無色透明であった川は、ほのかに橙色に染まっている。

 

「あれ? 林太郎さんじゃありません?」

 

 遠くから、聞き覚えのある声がした。

 

 見ると、沖田がこっちに向かって大きく手を振りながら走り寄ってきている。

 

「沖田か……」

「町にいるなんて珍しいですね! いつも買い出ししたらすぐにお団子屋の方に帰っちゃうんですよね? 何かあったんですか?」

「いや、何でもないよ」

 

 やはり、俺は誰かと話すことが好きなのだろうか。沖田と話していると、少しだけ気持ちが晴れた。

 

「あの……彼は?」

 

 その時、沖田の後ろにいた男が、沖田に尋ねた。

 これから何かあるのだろうか。後ろには他の新撰組の隊員がいる。

 そのうちの一人、特に威圧感のある背の高い男が、俺を睨んでいるのだから心地が悪い。

 

「えっと、お団子屋さんをやっている林太郎さんです。林太郎さんの作るお団子、とってもおいしいんです!」

「……団子屋?」

 

 低い声で、少し意外そうにつぶやいたのは、その威圧感のある背の高い男だった。

 

「そいつが団子屋だと? おい沖田、そいつは何の冗談だ?」

 

 男は俺の足先から頭の先まで、じっくり見てから。

 

「体幹といい、腕の筋肉の付き方といい、そいつは明らかに――――」

「お団子屋さんは激務でしょうからね。力仕事だってあって、筋肉も付きますよ。林太郎さんのお店、すごく繁盛しているんですから」

「ああ、まあ、今日はさぼって町に遊びに来る程度に人が来てないがな」

 

 危なかった。あの男は、俺の戦闘能力を確実に見抜いていたのだろう。それだけで桜泥棒だとばれることはないかもしれないが、面倒なことになることに変わりはないし、正体がばれる危険性が大きくなる。

 

 けど――男の言葉を遮った今の沖田の様子は――まるで――――

 

「そうだ、今日はだめですけれど、今度また町で遊びませんか?」

 

 沖田は、柔らかなほほえみを浮かべて俺に言う。

 

 その表情は、あの人に似ていた。じっとしていると大人びた雰囲気で、けれど悪戯好きで、子供っぽくて、時たまこんな風に柔らかい笑みを見せる。美しくて、それでいて儚さを感じる笑みだ。

 

 そうだ、あの時もあの人はこんな風に笑って……二度とその笑みを俺に見せることはなかった。

 

「あの、林太郎さん? だめですか?」

 

 思わず呆けてしまっていたが、その沖田の言葉に現実に引き戻された。沖田は俺を上目遣いで見ながら、少し寂しそうな表情を浮かべている。

 俺は慌てて返事をすることにした。

 

「いや、もちろんいいけれど」

 

 沖田は俺の返事に満足げにうなづいた後、後ろのほかの新選組の隊員達に「行きましょう! 行きましょう!」と言いながら、どんどん歩き去っていく。他の隊員達も慌てて沖田について行っている。

 去り際に、背の高い男は俺をひと睨みして、そのあとはまるで俺に関心がないかのように、振り返ることなく歩き去った。

 

 

「……まずいか?」

 

 

 あの時の沖田は、まるで俺をかばっているようだった。あの状況で俺をかばう理由なんか、普通ないだろうに。訳が分からない。沖田は俺の正体に気づいていたのか?

 それならどうして、普通に俺に接してくるんだ? 確証を得ていないから? いや、普通疑った時点で距離をとったり探りを入れるなりするはずだ。それは今までなかった。だからこそ俺は沖田に自分の正体はばれていないと確信していたのに。

 

「……なんだろう?」

 

 どうにも、沖田にばれたかもしれないということに、恐怖のほかに何か別の感情が叫びをあげている気がする。悲しいような、寂しいような。

 なぜだ、と自問する。分からない。なぜ悲しいと思うのか、寂しいと思うのか。

 

 だって、沖田に俺が(桜泥棒)だとばれたら――ばれたら、なんだ? 俺は何を寂しいと思っているんだ?

 

 ふと、あの人と似た笑顔を浮かべた沖田の表情を思い出して――――。

 

「とにかく、もうなるべく沖田に合わないように……いや、もっと遠くに逃げるべきか?」

 

 いずれ捕まって殺されるであろう、そう思っている。俺の末期がそうであることは、まず間違いないだろう。けれど、決して自殺志願者ではない。可能な限りそれを避けるべきだ。そう、この町を出ていく。そうしてまたほかの町で、悪行を成す者のため込んだ金を奪い、庶民の暮らしを助ける。それが一番だ。

 

 だのに。

 

「そういう別れ方は、いやだな」

 

 今、沖田から距離をとると、あの人と似た、あの笑顔を最後に別れることになる。

 

「次で最後か」

 

 もう一度会って、それでどこか遠くへ逃げてしまおう。

 

 

 その最善の選択をしてもなお、俺の心が締め付けられるような痛みを訴え続けるのは、なぜだろうか。

 

 誰かのことを大事に思い、その人に会えると嬉しくて、気分もよくなって。

 その人と相容れない存在だと、認めたくなくて、苦しくて、悲しくて。

 その人ともう会えないかもしれないと考えると、どうしようもなく胸が苦しくなる。

 

 そんな感情を何というか。俺は、気づかないでいたい。

 

 あの人を最後に、俺はその感情を捨てたはずなのだから。




 少し当初の想定とぶれてきているので修正のための導入。ほんとは主人公の葛藤はあまりなかったはずですが、書いちゃったのでどうにか解決せにゃならん。

 ほんとはこのまま主人公の過去編に行ってもいいんですけれど、沖田かわいいから書いているはずの当小説は、今のところ沖田のかわいさを描けていない。

 次回こそは……


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第三話:沖田総司

 翌日、店の準備をしようと外に出るとすでに沖田がいたものだから、思わず吹き出してしまった。

 

「な、なにやってんだよ?」

「え? 昨日お誘いしましたよね? 今日の花火を見に行きましょうって。待ち合わせの場所を話し合ってなかったので、用事があるんですが、その前にささっと決めちゃおうと思ってきたんですが……」

「花火? 聞いてない」

 

 沖田は俺の言葉に「あれー?」と首をかしげて、

 

「んー、じゃあ今から話し合ってると間に合いませんね。しようがありません。今晩、迎えに来ますから」

 

 一方的に言うと、俺が何かを言うより先に沖田は走り去ってしまった。

 

「お、おい……」

 

 すごく足が速い。何か急ぎのようでもあるのだろうか。跳ねるように駆け、すぐに見えなくなってしまった。

 

「……あんな早く動けるのか」

 

 桜泥棒を追いかけているときの沖田は、あそこまで早く動いていない。

 なぜだ。

 

「手を抜いていたのか」

 

 いや、けど、一度沖田を負かせた時に死ぬほど悔しがっていたし、手加減していたなら――いや、

『だって、たとえこっちが手を抜いていたとしても、負けるなんて悔しいじゃないですかぁ!!』

 

 なんて、沖田は言っていた。あれが本心なら。

 

 

「ばれてて見逃されたのか?」

 

 けど、沖田がそんなことをするような奴とも思えない。

 

「いや、いいさ。腹をくくろう」

 今日、花火を見に行くというのなら、そこで決着をつけるほかない。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 沖田が、その男にあったのは、夜の見回りをしているときであった。ちょうど他の隊員たちと別れていた時に、屋敷の塀を飛び越えて道に現れた黒ずくめの男と遭遇したのだ。

 その男の刀は、月夜に照らされ、赤く輝いていた。血だ。暗殺者か。

 

「まて、貴様、逃げられると思うな」

 

 この平和な町で殺しなど、あってはならない。沖田は、自らを正義だなんて思っていない。かといって悪でもない。ただ、目的のために、町の平和を守るために、ただひたすらに斬るのみ。

 

「うぇ? ちょっ、新選組ぃっ――!」

 

 一息に距離を詰め、足を斬る。それですべてが終わるはずだった。

 

 だが、

 

「っぶな」

「ちっ」

 

 男は後転し、刀の攻撃を避けると同時に沖田の顎めがけて蹴りを繰り出す。それを避けることができたのは、ほとんど偶然だった。

 

(油断、していましたね)

 

 目の前の男の評価を変える。暗殺者だとしたら、白兵戦など到底不能と考えていた沖田が愚かであった。

 だが、もう慢心はない。今のやり取りで、目の前の男の実力はわかった。そこそこやれる。その程度。

 

 沖田は、構えて、男に向けてもう一度踏み込もうと――、

 男は、小太刀を逆手に持ち構え――、

 

 

 しかし、つんざくような甲高い悲鳴に、両者とも思わず構えを解いた。

 

 悲鳴、しかもただ事ではない様子だ。沖田が向かわずとも、他の誰かが向かうだろう。しかし、目の前の男を見逃してもよいのだろうか。

 沖田のそのわずかな葛藤は、男が逃げ出すに十分な隙を与えてしまった。男は、塀の上、屋根の上と飛び上がりそのまま走り去ってしまう。

 

「……仕方ありません」

 

 ともかく、悲鳴のした方へ急ぐべきだ。沖田は刀をおさめると、すぐさま駆け出す。

 

 悲鳴の位置はそこまで遠くなかったはずだ。だが、正確な位置はわからない。闇雲に探しても時間を浪費するだけであるが、だからといって何もしなければ、それが一番時間の無駄というものだろう。

 

 だが、もしも無事なら続く悲鳴があってもよいはずだが、それはない。つまりは、最悪の事態になってしまっている可能性が高いということだ。

 

 それでも駆けて、駆けて、駆けて。沖田はようやく二人の人影を見つけた。先ほどの男と、身なりのいい女性。悲鳴の主ではないだろうが、このままではあの女性が危険だ。沖田は刀を抜き、駆けだす。男は沖田に気づき、慌てて逃げ出すが、それを許す沖田では――

 

「ま、待ってください!」

 

 だが、女性の叫び声に沖田は足を止めた。

 

「あの方は、私を助けてくれたのです!」

 

 そう叫ぶ女性は、少し先の曲がり角を指さす。今からあの男を追いかけても追いつけまい、とにかく女性の話を聞くことにした。

 

「助けた、ですか?」

 

 女性の指さす角の先を見ると、三人の男が縛られて転がっていた。

 

「その三人の強盗が、私に襲い掛かって。叫び声をあげたのですが、すぐに押さえつけられて、それで、覚悟したのですが何もなく。恐る恐る目を開けると、先ほどのお方が三人をすでに倒してしまった後で」

 

 それで逆に金をせびられたのか、沖田はそう考えた。女性は女性で、助けてもらった恩があるから無下にできずに、謝礼をするだろう。それが狙いだったのではないか。

 だが、沖田の考えは外れる。

 

「謝礼をしようとしたのですが、いらないと答え。せめてお名前をと頼んだのですが、少し悩まれてから、これを」

 

 女性が沖田に見せたのは桜の枝。

 

「そうか、あれが」

 

 あの有名な義賊の桜泥棒だろうか。なるほど、それならば無償でこの女性を救ったって不思議ではないだろうが。

 

(盗みは盗み)

 

 彼は決して正義の人ではないだろう。

 

 

 その後、調べたが、桜泥棒の被害のあった屋敷でけが人はおらず。周辺でも傷害事件すら起きていなかった。桜泥棒の小太刀に付いていた血の正体は不明であるが、どうやら誰かを傷付けたわけではないようだ。

 

 

 

 だからといって、彼の存在を認めるわけではない。今度会ったら、そのとき必ず捕まえる。

 

 

 ☆

 

 

「ぐえぇ」

 

 沖田は、ちょっとした散歩に出たつもりが、その道中体調を崩してしまった。このまま倒れてはいけないと思い、偶然遠くに見えた団子屋まで歩いて――力尽きた。

 

 けれど、店先で倒れたのなら、すぐに助けられるはずだ。やってくる客なり、店主なり。そう思って早四半刻。うまく声が出せず通りかかる人に助けを呼ぼうとするも、逆に逃げられてしまう。店に入る客がいないのだから、店主が様子を見ることもない。

 

(あうぅ、皆さん、最後まで戦えず、申し訳ありません……)

 

 死を覚悟する沖田であったが、その時、何者かが店から出てきた。助かった、そう考えた沖田はその人物に助けを求めようとするのだが。

「――!」

 

 あの時の男は顔を隠していた。体格も何かを仕込んで分からなくしていた。

 

 けれど、その程度で隠せないものはいくらでもある。気配であったり、足運びであったり。意外と歩き方というものは癖が出てくるものだ。店から出てきた人物はまず間違いなく、あの日の男、桜泥棒であった。

 

「うわ、なんか倒れて……うわー」

 

 店から出てきた男の顔を見ると、ひどく驚いた表情をしている。当然、店先で誰かが倒れていれば驚くだろうが、男の表情はただ驚いただけでなく引きつった表情をしていた。

 

(……結局助かるかわかりませんね)

 

 

 ひょっとしたら、あの桜泥棒ならば自分を助けてくれるかもしれない。けれど、自分の正体がばれたと考えて自分を消す可能性も十分ある。

 けれど、どうしようもない。

 

 沖田は、ゆっくりと目をつむると、そのまま沈み込むように意識を手放した。

 

 

 ☆

 

 

「ここは……?」

 

 沖田が目を覚ましたのは、




プチ過去編的な。沖田さんのかわいさを描きたかったのに、勇ましさというか、剣士なところばかりだったという……。
プロットを書いた時の、私の『なんやかんや主人公の善性に触れて、沖田さん見逃す(様子見?)』という無茶ぶりが苦しかったです。


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第四話:花火

 真っ黒な空に、光の花が咲き誇る。ほんの一瞬美しき光で人々を感動させた後、すぐにまるで最初からなかったかのように消えてしまった。その後次々とほかの花火が上がるのだから、誰も花火一つ一つを惜しむことはない。なんだかそれは、ひどく寂しいことのように思えた。

 

「きれいですね……また、来年も来れたらいいですね」

 

 こちらを見て微笑む沖田。空の花の光に照らされた横顔、細い首筋がやけに艶めかしくて、どきりとさせられる。

 

「来年か」

 

 来年の今頃、俺はどうしているだろうか。ひょっとしたらとっくにこの世からいなくなってしまっているかもしれない。どこか遠くに逃げて、そこで暮らしているかもしれない。

 

 けれど、願うことなら、来年も。

 

 

 

 

 夜、いつもと違って浴衣でやってきた沖田に案内されて、橋に着く。すでに大勢の人が集まっており、半ば祭りの様な雰囲気を醸し出している。

 

「やっぱ人が多いですね~、でも、これぐらい活気が楽しくていいかもですね!」

 

 沖田の態度は変わらない。それは当然だろう。昨日の様子から、俺は沖田に自分の正体が知られている可能性に気づいた。けれど、沖田が俺の正体に気づいていたとしたならば、それはずっと前のことだろう。今更俺に対する態度が変わる余地はない。

 けれど、俺の態度が変わっていることくらいには沖田なら気づいているはずだ。

 

 沖田は努めて普段通りに接しているのだろう。俺もそれに乗っかるべきか。それとも、それとなく俺の正体に気づいているか探りを入れるか――。

 

「そうだな。やっぱお祭りみたいで楽しそうだ」

 

 俺も、あえていつもの調子で返した。特に何か作戦があるわけでも、狙いがあるわけでもなく、ただ、沖田との今までの関係が崩れるのが嫌だった。

 

「しかし、まさか突然花火に誘われるなんて思わなかったよ」

「あはは、昨日話したと思っていたんですけどね……」

 

 沖田は、申し訳なさそうに笑って頬をかく。

 

「しかし……花火か」

 

 誰かと何かを見に来るなんて、本当に久々だ。いや、あの人と行ったのがほぼ唯一で、人生で二回目の経験か。

 

 近頃はたびたびあの人のことを思い返してしまう。もうすでに吹っ切れたと思っていたのだが、いや、引きずっているからこそ、俺は義賊をやっているのか。思えば、俺が『俺なりの正義(仕事)』をした場所に桜の木の枝を――『枯れた』桜の木の枝を置いているのは、あの人を悪人に殺された恨みから、無意識に置いているのかもしれない。

 正義は枯れた、悪でしかさばけない。

 俺の心も枯れた、あの人を、愛した人を失ってから。

 

「でも――」

 

 沖田の声に現実に引き戻される。沖田は、少し照れた表情で俺を見ながら、

 

「今日は、林太郎さんと来れてよかったです……」

 

 言ってる途中で恥ずかしくなったのか、尻すぼみになっていく。恥ずかし気にうつむいてしまう沖田に、俺は何かを言おうとして――

 

 

 大きな音が轟いた。花火が始まったのだ。

 

 

 

 

「すごかったですね、花火」

 

 団子屋までの帰り道、沖田は感慨深げに言う。本当に頼りないことに、俺は沖田に「帰り道に野盗に襲われでもしたら大変ですから」と言われ、送ってもらっている。

 だが実際、野党に襲われたら困る。返り討ちにすると、俺の戦闘力が明るみになりかねないし、だからといって口封じをするわけにもいかない。

 それに、沖田ともうしばらく一緒にいられるのだから、ちょうどいいというものだ。

 

 やはり、もう決定的なのかもしれない。沖田に、俺はあの人に抱いた感情と同じものを持ってしまっている。けれど、それだとまた失ってしまいそうで、怖いのだ。

 もっとも、沖田は簡単に死ぬほどやわではないが。

 

「ねえ、林太郎さん?」

「なんだ?」

 

 そんな感じで、沖田のことを考えていたせいか、もうあと家に帰るだけと油断していたからか。

 

「桜、好きなんですか?」

「!!――――」

 

 沖田の言葉に、俺は大げさな反応を見せてしまった。思わず沖田を見るが、沖田は特別真剣な表情をしているわけではなく、けれどいつもの楽し気な笑みというわけでもない。

 俺の大げさな反応に対しても、追及することなく、ただ俺の返事を待っているようだ。

 

「桜……か」

 

 俺は桜が好きなんだろうか。特別なものではあるのだが、好きかどうかと問われると少し悩む。あの人が好きだったから、あの人のことを忘れないために、あの人を奪った悪を挫くために。

 

「……好きだね。悪人に殺された、俺の好きだった人が、桜好きだったから。俺も桜が好きだ」

 

 俺の今の発言は、完全に俺の正体が桜泥棒だと認めたようなものだろう。そして、今の発言は、一切包み隠さずに言ったつもりなのだが、まるで自己正当化しているように聞こえてはいないだろうか。

 

 いや、俺は何を言っているんだ。悪だと自覚しているのに、なぜ今更沖田にはここで自己正当化するような人間だと思われたくないなんて思っているんだろうか。

 

「ふふっ、林太郎さんらしいですね」

 

 しかし、沖田は、刀を抜いて俺を捕まえようとするわけでもなく、いつもの楽し気な、少し子供っぽい笑顔に戻った。

 

「だったら、来年の春には桜を見に行きませんか? すごくきれいに桜が見える場所を知っているんです」

「あ、ああ。もちろん……」

 

「よかったです! では、また今度遊びに来ますね」

 

 そういって、沖田は歩き去る。気づかなかったが、どうやらすでに団子屋についていた。団子屋の裏に俺の家はあるのだが、しばらく俺は、団子屋の前に立ち尽くして、沖田を見送っていた。

 

 俺は、今までのように沖田といていいのだろうか。沖田は俺の正体に気づいているのだろうか。

 

「……義賊か」

 

 俺が、義賊を続けているのは、市井の民を救いたかったから。あの人と同じような犠牲者を出さないため。そして、あの人を殺された恨みを、悪人の金を奪うことでどうにか晴らそうとしているから。

 

 

『あなたは、もう、誰かに縛られて生きなくていいの。わたくしにも、縛られないで』

 

 そういってくれたあの人の言葉。俺が義賊を続けていることは、あの人に縛られていると言えるのだろうか。

 

 

「……」

 

 

 俺は、今後どうするべきなのだろうか。

 思考放棄して、今までと変わらずに沖田と普通に過ごせばいいと、最低なことを考える自分が、いやになった。

 

 

 でも、たとえ、正真正銘の悪人になり下がったとしても。それが最低最悪の事だったとしても。

 

 俺は沖田と一緒にいたい。

 

 

 ☆

 

 

 

 結局、彼がどういった人間なのか。三月前から知っている程度では、完全にわかるはずもない。ただ、少しだけ、彼がどうして悪になってまで悪を挫くのか、少しだけだが知ることができたのかもしれない。

 沖田は、自分が笑みを浮かべてしまっていることに気づかずに、夜道を歩いていた。

 

 彼がどうして悪になったのか。彼の発言から知れる範囲でも、想像することがやっとだが、なんとなく、彼らしいと思った。

 

 沖田が知っている彼は、優しくて、正義感に満ちていて、不器用で、愚直。なるほど、彼にはああする他なかったのかもしれない。

 

「私は、どうするべきなんでしょうか?」

 

 そんな言葉が、口から出るが、もうすでに結論は出ていた。これはまるで思考放棄しているようで、逃げているような答えなのかもしれないが。沖田は、これからも今までと変わらずに彼と会い、彼としゃべり。そして夜には桜泥棒と会って、少し戦ってから、見送る。

 

 

 思えば、最初に桜泥棒にあった時から、自分の中で、彼を捕まえようという意思は消えてしまっていたのかもしれない。

 

 自分が天才とも、剣豪とも思ってはいないが、それでも、戦えばある程度であれど、相手のことがわかる。

 

 沖田が、初めて桜泥棒と戦ったとき、まるで悪人とは思えない、不器用ながら正義であろうとする『正義』だと感じてしまっていた。沖田がたどり着けない、正真正銘の正義。それは、公共のためではなく、一人のために真っ直ぐに戦い続けることなのかもしれない。

 

 

 何が正義で、何が悪か。それは個人の裁量で決まってしまうだけに、簡単に判断するのは危険だ。だからこそ、沖田は、今まで通り彼――林太郎と過ごそうと決めていた。秋の紅葉を見て、ふゆの雪景色を見て。約束通り春の桜を見て、また来年の夏の花火を見る。

 

 それは、とても楽しいだろう。

 

 

 

 未来のことを考えて楽し気に笑っていた沖田だったが、唐突に胸の痛みに襲われた。

 

「けほっ、けほっ」

 

 近くの木の幹に体を預けて、咳き込む。

 

「ゴホッ、ガフ」

 

 激しく咳き込んで、何かがせりあがってくるのを感じた。もう一度咳をしたとき、その何かが吐き出される。

 木の根元に咲いていた、小さな白い花が真っ赤に染まった。

 

「また、ですか」

 

 沖田はしばらく休んでから、その場を離れて、けれどすぐに引き返す。自らの血に染まってしまった花に、小さく謝って、沖田は今度こそ、その場を離れた。

 

 真っ赤な花は、夜風に揺れる。




 最後の沖田さんの咳き込みは「こふっ!」だとシリアス感がなくなるので、ガチ咳き込みにしました。

 しばらく忙しくなるので、次回は遅くなるかもですが、日曜日には投稿されると思います。


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第五話:最後の日

「ふー」

 

 お茶を飲んでいた沖田が、大きくため息をついた。

 

「最近忙しくて、ちょっと疲れちゃいました……」

 

 困ったように笑う沖田だが、確かにその表情には疲れが浮かんでいるように思える。

 

 

 花火を見に行った日からしばらく、沖田は忙しかったようで、あまり団子屋に来なかった。時々、俺の団子を食べに来てはいたのだが、前のように駄弁ったりすることはなく、すぐに帰って行ってしまっていた。

 

 今日は久々の非番ということらしい。

 

「けほっ……ん、お茶、おいしいですね……」

「おいおい、本当に大丈夫か?」

 

 沖田は、今日何度か咳き込むことが多い。もともと病弱であるのだから、とても心配であるのだが。

 

「最近寒くなってきましたからね。体調には気を付けないといけないですね」

 

 団子屋の近くの木々も、色づいて来た。秋になって、沖田の言う通り、最近は寒くなるばかり。日中は過ごしやすい気候なのだが、夜になると流石に冷える。

 

「でも、今日はずっと咳き込んでないか? 医者に行ったらどうだ?」

 

 悪化して手遅れになってしまったら大ごとだ。

 けれど、不安はそれだけではない。世間では徳川幕府に対しての不満が増えている。経済的にも逼迫し、そこそこ繁盛している方の俺ですら食うに困っているのだから、気持ちも分からなくはない。

 新撰組の、沖田自身はそのことをどう思っているのだろうか。

 

「いえ、医者に行っている暇があったら、頑張らないとですから」

 

 そこまでして、身を粉にして忠を尽くすのは、なぜだろうか。

 

「だが、今日は非番なんだろう? それこそ今日にでも――」

「いえ、それだと林太郎さんに会えなくなっちゃいますから……」

 

 小さく微笑んで沖田は言う。いつもと変わらない笑みだと思ったが、違う。寂しさ、悲しさ、そういった感情を押し殺して笑っている。そんな儚い雰囲気を感じられた。

 それに、沖田がそう言ってくれることはうれしいが、沖田がそういうことを言うときは、いつも恥ずかし気にしたり、うつむいたりしたり。それを素直に言うこと自体が、沖田の余裕のなさを物語っているように感じてしまった。

 

「……おい、沖田。お前なんか隠してないか?」

「あはは、何も隠してませんよ?」

「……ならいいけれど。無理はするなよ?」

 

 明らかに何かを隠しているが、追及したところで沖田はきっと話してはくれないだろう。

 沖田は「安心してください」と言って、立ち上がる。

 

「では、私は少し用事があるので」

「ん? そうか? まあ、気をつけてな」

 

 沖田は手をひらひらと振って、去っていった。

 

 

 

 

 

 今日の『仕事』が終われば、当分の間、義賊としての活動をしないように決めていた。これがただの逃げなのか、それとも、これからようやく始まるのか、それはわからない。

 ただ、一つだけ言えることは、あの人に助けてもらうより前の自分の意志で何かを決められなかった時とは違い、俺は自分の意志で自分のこれからを決められる。

 

 塀を超えて、屋敷の中に忍び込むと、見張りの一人が大あくびをして地面に胡坐をかいて座っていた。闇夜にまぎれて近づいて、万が一にも叫び声をあげられないように口をふさいでから、首を絞めて昏倒させる。これでしばらくは起きないだろうが、見張りを気絶させたままこの場に置いておくと侵入を気取られるので、どこか藪の中に隠さなければならない。

 

「……このまま胡坐かかせてれば、眠ってると思われるか?」

 

 藪の中に隠すのに少しとはいえ時間がかかる、音を出してしまうなどの危険性があるが。

 

「いや、桜泥棒に警戒しているだろうから、しっかり隠しておくべきか」

 

 その程度の時間で、安全が確保できるなら。

 

 

 見張りの男を隠して、あとは屋敷の中を闇にまぎれながら移動し土蔵を探す。さすがに土蔵の前の警備は厳重で、三人もの男が刀を携えて仁王立ちしている。馬鹿正直に突っ込むのはだめだ。どうにか三人ほぼ同時に沈黙させられる手立てはないだろうか。

 

 まったく、最後だというのに、ずいぶんと厄介だ。

 

 金持ちは、自分の家を守らせるものだ。盗まれて困るものがあって、それを少しの金で防げるなら、誰だってそうするだろう。だが、それでも土蔵の前にこんなにも人を配置するというのは少し意外だった。もしも見張りに盗まれたら、なんて考えをして、人を寄せ付けることすらしないものもいるというのに。

 

 さて、どうしたものか。誰かが厠に行くのを待つというのもありだが、行かない可能性だってあろう。

 

「どうしたものかな、まったく」

 

 一応こんな時のためにいくつか道具を持ってきてはいるのだが、本番ではほとんど使ったことがないのでうまくいくかわからない。とりあえず、やるだけやってみよう。

 

 俺は、持ってきていた中くらいの袋を取り出して、中から蛇を出す。蛇を三人の見張りの方へ投げると、

 

「うわっ!」

「ひっ」

「蛇……いや、誰かいるのか?」

 

 驚いた一人、のけぞった一人、冷静に俺のいる方を見ている一人。一番の脅威は最後の者。蛇に大きな悲鳴をあげられても困るので、イチかバチかではあったが、うまくいった。もっとも、夜中の見張りを負かされる堅強な男が、大きな悲鳴を上げるとも思えないが。

 

 一番冷静な男に石を投げつける。顔に向かって飛んだそれを男は腕で防ぐがそれは悪手、自ら視界をふさいでしまっている。一瞬で距離を詰めて、首を絞めて数秒とかからずに落とす。残りの二人がこちらに気づいたようだが、慌てずに、一人を確実に落として、もう一人を蹴り上げた。

 

「うぐ……!」

 

 痛みにうめく男も、同じように首を絞めて気絶させる。

 

「何とかなったか」

 

 あとは土蔵を開けて、中の金を盗むだけなのだが――。

 

 見たことないタイプの錠前だな。本当に最後の最後で厄介なことばかりが起きる。それでも、見たところそこまで難しいものではなさそうだ。

 

 果たして、しばらくもすれば錠前は簡単に開いた。変に警戒してしまったが、大したものではなかったのだろう。

 

 

 

 金を盗んだら、枯れた桜の枝を土蔵の中に置いて、その場を去る。いつもより少しばかり時間がかかってしまったが、あとは町で金を撒いて、山に逃げて、そのままこっそり団子屋に戻るだけだ。

 

 帰りも警戒しなければならない。見張りに見つかって、大騒ぎになったら、今度は町に見張りが多く駆り出され、金が撒けなくなる。

 

「何者だ?」

 

 なんてことを考えていたら、背後からそんな声がした。どうにも、今日は気を付けようと思ったときに、問題が起きるようだ。本当に最後だというのに。今日は不運だ。

 

 振り返ってみると、笠をかぶった、刀を腰に二本差した背の低めの男がいた。男は刀に手をかけており、こちらとやる気満々のようだ。

 

「何者って、まあ、うーん? 同業者?」

「なめているのか? 貴様、噂の桜泥棒か? 貴様をとらえれば、わが名声も上がるというものだな」

 

 刀を抜いて、こちらに突き付ける男だが――沖田と比べると、隙だらけだ。自分一人の手柄にしたいようで、俺の存在を大声で伝える様子もない。

 

「そうかい。じゃあ、頑張ってくれよ!」

 

 

 

 ☆

 

 

 

「いてて」

 

 油断したわけではないが、右腕を掠って、少し出血している。笠をかぶった男は、顎を蹴り、昏倒させた。彼は彼で、当分の間起きることはないだろう。あとは、逃げて町に行くだけだ。

 

「本当にこれで最後か」

 

 少し、それでいいのか悩みもするが、俺は、沖田との日常を選ぶことにした。約束通り、来年の春の桜、夏の花火を見よう。

 

 塀を乗り越えて、道に出る。

 

 今日も曇天だが、わずかに雲の切れ間から月明かりが見えて来た。どうやら今日は満月らしい。

 まぶしいほどに輝いて、俺の行く先の人影を照らしていた。

 

 男だ。俺の行く先に男が立っていた。

 新撰組の浅葱色のだんだら模様の羽織を身に着け、腰には刀を差している。背の高い男で、全身から威圧感がにじみ出ているようだ。

 

「あ? なんだお前」

 

 その低い声には聞き覚えがある。いつぞやに町で沖田と偶然会ったときに一緒にいた男。あの後、沖田にあれが誰だったのか聞いてみたことがある。

 

 あの沖田にすら、本気で戦ったら勝てないかもです、と言わせるほどの豪傑。

 絶対的な規律を敷き、強者ぞろいの新選組の隊員にすら恐れられる鬼の副長。

 

「なるほど、お前が桜泥棒か。こんなところで遭遇するとはなあ」

 

 不敵に笑い抜刀する男に、俺も小太刀を抜いて構える。

 新撰組副長、土方歳三。

 

 

 鬼が、俺の前に立ちはだかっていた。




 土方さん霊衣解放とかで羽織来てくれると嬉しいけど、あれはもう着ないってGOでいっちゃってるからなー、な話でした。
 リアル関係のトラブルで、次回も遅くなるかもです。遅ければ15日になってしまいそうです。

追記。
 リアル関係のトラブルがトラブルどころではなくなったので、執筆時間がとれてません。最長でもう一週間更新出来そうにありません。


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最終話:さくら

 土方さんがまだバーサーカーじゃなくて生前なので、もう少し冷静そうな口調にしようと思いながらも、普通に口調が違う。
 なぜか土方さんの口調かこうとしたら難しいの……


 引くことも、進むこともできない。土方の剣は無茶苦茶であった。型なんてあってないように思えた。隙をついてくるわけでもなく、おおざっぱに適当に振るっているようにも思えてしまった。

 

 しかし、尋常じゃなく強い。

 

 大振りに振り下ろされた剣をどうにか防いで、斬り返そうとすると、その時には次の剣が迫っていた。紙一重でよけて距離をとったと思うと、すでに目の前にいた。

 

「くそっ!」

 

 殺す気でやらなければ負ける。殺す気でやったってどうせこの男は殺せないだろう。

 俺は、刀を防ぐのではなく避けて、小太刀でのどを突きにかかる。体を無理やりに曲げて土方は俺の攻撃を避けるが、それでは更なる隙を作るばかりだ。

 

「がっ」

 

 小さな悲鳴が響いて、気が付いたら俺は地面に転がっていた。

 

「な、なにが……」

 

 腹が痛い。血が出ていないことから斬りつけられたわけではないのだろうが。

 

「蹴られたのか?」

 

 なんて冷静に状況を判断している時間などあるわけがない。近づいてきた土方が転がっている俺に向けて刀を振り下ろす。俺は左手の籠手で受け流して、小太刀を土方に向けて投げる。

 簡単に見切られたが、一瞬でも注意をそらすことができるならそれでよかった。その隙をついて土方から距離をとる。

 

 

 どうするべきだろうか。

 

 土方は、刀を構える様子もなく、俺をじっと見据えている。今なら簡単に逃げられるのではないだろうかと思ってしまうのだが、勘がやめろと叫んでいる。いや、勘というよりは本能といった方がいいのかもしれない。

 ここで引いたら、確実に死ぬ。

 

 もっと決定的な隙を作って、確実に逃げたい。

 

「小太刀を捨てて、これ以上どうするつもりだ?」 

 

 問答無用で斬りかかってくる奴だ思っていたが、意外なことに、土方は俺に話しかけてきた。いや、話しかけてきたというよりは、投降を呼びかけているということか。

 

「いやいや、まだまだこれから、俺の専門は逃げることだからな」

 

 声色を変えることを忘れずに言うが、ひょっとしたらもうすでに俺の正体に気づいていそうで怖い。

 

「……お前、逃げられると思ってんのか? しかし、ずいぶんと実戦慣れしてるが、桜泥棒はほとんど目撃すらされずに逃げおおせていると聞く。おい、これはどういうことだ?」

「いやね、ちょっと昔に教え込まれたこともあってな」

 

 それは嘘ではなかった。あの人に助けてもらう前は、それこそ戦闘技術を教え込まれていた。

 

「ああ、殺しなれてるか……または、殺しを教わったか。まったく、団子屋っていうよりかは、隠密の方がらしいと思っていたが、盗人とはな」

 

 ばれていた。だが、遭遇してしまったときから、気づかれる可能性は考えていた。

 

 動きだけで気づくなんて、本当に新撰組は物騒だ。沖田以外の隊長格の人間に遭遇していたとしても、おそらくばれていたのだろうか。

 本当に俺は、ぎりぎりのところで活動していたんだなと思い知らされる。

 

「あーあ、こういうことになるんだったら、さっさと遠くに逃げておくんだったかな」

 

 俺は隠し持っていた小太刀を抜く。

 

「本当は一振りしか持ってないと思い込ませて、それを手放して。油断して近づいてきたところをもう一振りで殺せって教わったんだが。あんたにはそういった小技が通じそうにないからな」

 

 真正面から戦った方がどちらかと言えば勝機があるだろう。まだ、土方の戦い方をそれほど長く見ていないため何とも言い難いが、それでも、少しはその特徴のようなものが見えてきた。

 この男はまっすぐに、まるで何も考えていないように無茶苦茶な戦い方をするが、その実、その裏で相当の戦略を組み立てている。小技程度では、逆に隙を作りかねない。

 

 

『殺人は忌むべきことだけど、あなたのその技術も、無理に忘れることはない。忘れてしまって罪の意識を覚えるようならば、いっそのこと完全に自分のものにしなさい。いつかあなたを救うわ』

 

 あの人は、どうして俺を救ってくれたのだろうか。俺なんかを、救わなければ、あの人は死なずに済んだのではないだろうか。

 

 ふと、あの人の笑顔が、沖田のそれに変わった。

 そうだ、もう沖田と会えなくなるのか。

 

 

 それが嫌なら――――。

 

 

「で、団子屋。どうするつもりだ? 俺を殺さねば、もしも逃げれたとして、その後がないぞ」

 

 そうだ、選ぶべきことは決まっている。

 

 もしも本当に、俺が沖田のことを好きならば。

 

「そうだな。俺がやるべきことは決まってるさ」

 

 本当に、俺は、沖田のことが好きなのだから。

 沖田に嫌われたくないのだから。

 

「全力で逃げて、その後のことはその時に考えるさ」

 

 先ほどのように守りに徹していれば、反撃できずに攻め立てられてそのまま敗北は必至。いつものように小太刀を逆手に持ち、土方に襲い掛かる。

 

 土方は落ち着いた様子でそれを回避し、刀を振り上げるが。

 それより先に左足で、土方の胴めがけて蹴りを放つ。土方は刀を片手で持つだけにして、右腕で防ごうとするが。ちらりと俺の足を見て、すぐに転がって避ける。

 

「ちっ、針かなんか仕込んでやがるな」

「ああ、掠っただけでお陀仏だぜ」

 

 そうだ、殺しちゃだめだ。殺さずに、隙を作って逃げる。

 

 振り下ろされた刀を避けて、避けて、避けて。

 

 仕込んだ針で不意を突いたり、小太刀で単純に斬りつけてみたり。

 

 土方の振るった刀が俺の腕を裂いた。深くはない。深くはないのだが、動きが少し悪くなる。

 土方の振るった刀が俺の額を掠めた。深くはない。深くはないのだが、垂れた血で見えづらくなる。

 土方の突いた刀が、俺の右肩を刺し貫いた。深く、深く突き刺さり。

 

「くっそがああ!!」

 

 殴ろうとして、逆に殴り飛ばされた。

 

 痛い、死ぬほどいたいが、まだ生きている。新選組の副長を前にして、俺はまだ生きている。

 

「ちっ、お前みたいなのが一番面倒だ。思想や忠誠でなく、執念で生きてやがる。殺しても死なないような――」

「うるせえよ、俺はまだ、ここでは」

 

 そうだ。沖田に会いたい。

 

 小太刀で斬りかかる。片目が気づかないうちにつぶれてしまっていたようで、何も見えない。もう片目も視界が真っ赤で、まともに見えたものではない。

 黒い塊が土方で、銀色の線が土方の刀だろう。それさえわかればそれでいい。あとは、あとは。

 

 金属と金属のぶつかり合う音が響いて、俺の手にしていた小太刀が吹き飛んだ。

 

 土方が、今どんな表情をしているのかわからない。

 笑っているのか、怒りの表情を浮かべているのか。それとも無表情なのだろうか。それが一番ありえそうだ。

 

 結局どんな顔をしているかわからないが、俺の腹に刀が突き刺さっていることだけは確実だった。目が見えずともそれくらいはわかるというものだ。

 

「まだ、助かる見込みはあるが? 投降するか?」

「ああ、お前はこれで負けるからな」

 

 俺は、俺の腹に刺さっている刀をつかむ。そのまま、手で土方の手の位置を探って、針を突き刺した。

 

「つ!!」

 

 土方が刀を振り抜いて、俺の腹が裂けると同時に刀が抜けた。

 

「安心しろよ……筋弛緩剤だ。死にゃしないさ」

 

 

 逃げる。あとは逃げるだけ。俺は死なない。また、沖田に、会いたい。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 遺体が見つからずとも、桜泥棒の死は確実だとされた。

 桜泥棒は、ボロボロになりながらも、あの土方から逃げることに成功した。だが、橋までたどり着いたところで、橋から転落。川に落ちた。血痕からそう推測された。

 

 そして、見つからなかった遺体も今日見つかった。腐敗してしまい顔が分からなくなっていたが、服装、桜の枯れ枝を複数所持していたことから、桜泥棒に間違いない。

 

「そうですか。桜泥棒が」

「……沖田。お前は――――いや。いい。今は休め」

 

 何かを言おうとした土方だったが、すこし考えて、結局何も言うことはなく。すっと立ち上がると部屋から出て行く。

 体調を崩し、沖田はすでに前線で活躍することもなくなっていた。

 一日部屋で、ずっと布団で寝ている毎日。

 

 庭にある桜の木を見て、沖田は小さくつぶやいた。

 

「嘘つきなんですから……まったく」

 

 

 

 ☆

 

 

 

 仕事の際、俺はさまざまな準備をしている。例えば、替えの服。例えば、怪我した時に血の痕跡を見せなくするための包帯であったり、ちょっとした変装道具。

 

 俺は、貫かれた腹を抑えながら、どうにか服を脱いで、橋から川に落とした。あの土方なら、すぐにでも追いかけて襲ってきそうだ。普通の人間ならば、丸一日は動けなくなるほどの毒であるはずなのだが、どうにも安心できない。他の誰かに見られても面倒だ。なるべく早く着替えて、包帯を巻いて、止血をして。

 

 準備を整えて、俺はもう一度闇夜にまぎれるように姿をくらませる。他の人間にばったり遭遇したら大ごとだ。今なら新撰組の隊員になら簡単に敗れてしまいそうだ。

 

 だが、腹を貫かれて、長く持つとも思えない。団子屋に戻る訳にはいかない。正体が知られた以上、そのうち誰かが調査にでも来るだろう。どこかほかの場所で休まなければ。

 

 

 

 

 あれから数か月がたった。俺は奇跡的に生きていた。医学などに造詣はないが、普通の人間は腹を貫かれたら死ぬとは思うのだが。

 

 巷では、桜泥棒が死んだといわれている。だが不可解なことがいくつかある。俺の死体が見つかっていることだ。

 顔がわからない状態であるとのことだが、どうやら俺が捨てた服を着ていたらしい。全身がボロボロであるとのことだが、ひょとして本当に俺なのではなんて恐ろしいことを考えてしまう。

 ひょっとして、俺はあの時死んで、今は別の何か。『妖怪』の様な何かになってしまったのではないだろうか。

 そんな恐ろしいことばかりを考えてしまっていた。

 

 

 それとは別に、俺は一目でいいからどうにか沖田に会おうと画策していた。

 すでに前線から引いていた、沖田を探すには骨が折れた。土方によって、俺の人相が新撰組全員に知られてしまっているかもしれない。いくら、俺が死んでいると思われているからといって、油断はできない。

 

 

「桜……」

 

 屋敷の庭に、桜が咲いていた。そういえば、沖田と桜を見る、なんて約束をしていたか。

 ひらひらと舞い落ちてきた桜の花びらを一片手にして。

 

「夏までに見つけよう」

 

 

 

 

 慶応四年、五月は二十九。

 

 とうとう沖田がどこにいるのかわかった、近藤勇という新撰組の人間の妾宅にいるのだとか。

 夜。俺はその家に忍び込むことにした。今更、屋敷に忍び込むなんてことは造作もないこと。一応桜泥棒は死んだということになっているのだから、恰好はいつもと違う。

 黒い着物を着ているだけだった。

 

「もうすぐだ」

 

 夏を手前に、気温は高くなっていたが、夜はまだ冷える。茂みからは虫の声がうるさいほどに響いていた。

 

「もうすぐ沖田に会える」

 

 言葉を交わせずとも良かった。ただ、もう一度だけ、沖田の顔を見たかった。それだけで、俺は救われる。

 

 もう一度――――

 

 

 

 

 

 

 そこで俺の歩みは止まっていた。足を前に出そうと思っても出なかった。もう一度、右足を出して、左足を出して――出ない。進めない。

 手をまっすぐ、進みたい先に延ばす。いつか桜の在った屋敷が、遠くに見える。そう、あそこだ。あそこに沖田はいた。あそこ、あとほんの数分もかからずに歩いていける距離に、沖田はいる。

 あれほど会いたかった沖田に、もう一度会える。

 

 にもかかわらず、足が前へ出ない。不思議に思って、俺の足を見ようとして、それより先に、おかしなものが視界に映った。

 

 俺の胸。

 俺の胸から、鋼色の枝のように細い何かが生えていた。

 血がにじんで、背中と、体の中と、胸とが痛くて、ようやく俺の体をその枝が貫いていることに気が付いた。

 刀。刀だ。刀が俺の胸を刺し貫いていた。

 

「がふっ」

 

 そのことに気が付いて、ようやく体が追い付いたように、口から血があふれて、息が急に苦しくなる。

 

「……ようやく見つけた。影武者なんぞ用意しやがって、桜泥棒」

 

 全身が寒くて、震える。どうにか振り返ると、最後の仕事と忍び込んだ屋敷にいた、笠をかぶった男がいた。

 

「貴様のせいで、俺は、俺の地位は……!!」

 

 ぐりぐりと、俺の胸の刀をねじるが、もはや痛みなどなかった。ただ、急激に体が冷えていく感覚。来るべき何か、それに対する恐怖だけ。

 

「あ、は、な、るほど。俺に負けて、解雇された、か?」

 

 より一層強くねじられて、また口から血があふれた。

 

 

 これは助からない。冷静にそんなことを考えていた。

 この笠の男の話からして、見つかった死体、桜泥棒の死体というのは、この男が殺したのだろう。

 そんな偶然が起こりうるとは考えづらいが、俺の捨てた桜泥棒の装束を、誰かが見つけ、そいつが模倣犯として活動しようとしたところを、この笠の男が見つけ、殺したといったところか。

 

「に、しても。よく、おれ、だと、分かったな」

「歩き方で分かるだろうが」

 

 妙に湿った音共に、刀が抜かれた。倒れそうになるのをかろうじて踏みとどまった。

 歩き方で分かるとか。俺の周りの人間は何でこうも無茶苦茶なんだろうか。

 

「……あーあ」

 

 これじゃあ、流石に沖田に会いに行けないだろう。忍び込むなんて無理だ。堂々と前から言ったら、俺の正体に気づいていたのかどうか、沖田が責任を問われかねない。

 あれ? でも土方には俺の正体がばれているのだから、すでに沖田が俺の正体に気づいていたかどうか、問題になっているんじゃないか。沖田が俺に気づいてなかったと言ったら、沖田の能力を疑われ。俺の正体に気づいていたと言ったら、見逃していた責任を取らされているだろう。そういった話は聞かなかった。

 

 単純にそういった情報が洩れてないだけか?

 まさか、土方は誰にも俺のことを言わなかったのか?

 

 ああ、気になる。どうしてこんな簡単なことに今まで気づかなくて、死ぬ直前の今になって気づいたんだろう。

 本当に、つらい。

 

 ここで死ぬのは辛い、沖田に会えないなんて辛い。

 人を殺してしまうのは、つらい。

 

 けれど、沖田に会えなくされたことは、俺を感情的にするには充分だったようで。

 

「お前、『二人目』に、するよ」

「……? っ、!」

 

 最後の力を振り絞って、隠し持っていた小太刀を背後の笠の男に向けて振るう。

 笠の男は背後に跳び、小太刀を避ける。だが、俺はもう一歩だけ踏み込んで、男の喉に向けて小太刀を投げた。吸い込まれるようにのどに突き刺さり、笠の男は一言も発することなく絶命。

 

「約束、守れなくて、ごめんなさ……」

 

 今度こそ、全身の力が抜け落ちるように倒れ伏す。

 

 約束が守れなかった。

 

 沖田との、桜を見る、花火を見るなんていう、他愛のない約束すらも。

 あの人に言われた『私以外誰も殺してはいけない』という約束も。

 

 でも、あの人なら苦笑を浮かべて、しょうがないね、といって許してくれそうで。それがまたどうしようもなく、悲しかった。

 

「しょうがない、だろ? こいつのせいで、もう、沖田と、あえなくなったんだか、ら」

 

 機械のように、殺す方法だけを教わって。

 あの人に救われてようやく人間に近づいた。

 誰かに恋をして、人間になって。

 誰かに、その人を殺してしまうほどの怒りを覚えて、今日、また人間をやめてしまった。

 

 あの人に会えたら、あの人は許してくれるだろうか。いずれ、もしも沖田に会ったら、沖田はどんなことを俺に言うのだろうか。

 

 

 

 そうだ。沖田に会わなければ。

 

 

 

 

 胸を貫かれたはずなのに、体が動く。こぶしを握り締め、足に力を入れて、一歩ずつ前に進む。

 視界が真っ暗で何も見えないが、このまま直感に従って、歩き続ければ沖田に会える。そんな気がした。

 

 沖田に会うために、一歩一歩、歩いて、歩いて――――

 

 

 

 

 その日、一人の男が命を落とした。胸を貫かれた位置から動くことができずに、ただ、沖田のもとに歩いていく妄想にとらわれ、沖田に会いたいと言う、強い強い意志と共に。その執念は、やがて――

 

 

 

 ☆

 

 

 沖田は、その日特別体調がよかった。ただ起き上がることはできず、ずっと布団で横になっていた。

 暑い日にもかかわらず、なぜか過ごしやすいと感じていた。夏にもかかわらず、春の様な暖かな、包み込まれるような気候に思えて。

 

 体を少しだけ起こして、庭先で遊んでいる黒猫を眺めていた。

 労咳にいいというが、その効果はわからない。けれど、ただ見ているだけで癒されるものだろう。

 

 風鈴の音色と共に、一陣の風が部屋に入り込んだ。ひらひらと舞い踊る桜の花びら。

 

 沖田はそれに手を伸ばすが、つかむことはできず、桜の花びらは溶けるように消えていった。

 

 幻覚だろうか。けれど、

「……なぜか、なつかしいですね」

 

 

 

 黒い猫が、布団の上で横たわる女性に近づいて行った。いつもなら近づいたら撫でてくれるのだが、今日は撫でてくれない。不思議に思いながらも猫は、女性の顔を覗き込む。

 目を閉じている。眠っているのだろうか。

 

 猫は、女性の頬をなめて起こそうとする。夏なのに冷たい。体を冷やしてしまったのだろう。

 猫は、布団の中に潜り込んで、女性を温めてあげることにした。




 幕末編終了。

 リアル多忙等で執筆時間の確保が厳しそうなので、いったんキリをつけるという感じで超急ぎ足で終わらせてしまった。

 GO編(救済編、たぶん)に次回から移りますが、GO編プロローグ投稿後、練り直し、リアル多忙等で、かなり(←ここ重要)遅くなるかもです。

 書き溜めというのをやってみたい。あれやってれば定期的に投稿できるらしい。


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GO編
プロローグ:さくら


幕末編の最終回を直前に上げてますので見ていなければそちらを先に。


「人を殺してはいけない理由なんてね、本当はないの。ただいけないというだけよ」

「意味が分からない。それなら俺が里で習ったことの何がいけなかった?」

「あれは、自由意思を殺す里よ。命を奪う以上のことだわ。人を機械にするなんて」

 

 優し気に微笑む女性は、どことなくカルデアで見覚えがある誰かに似ているように思えた。容姿は全く異なっているのだが、雰囲気が、見覚えのあるものだ。

 

「けれど、殺すことで誰かを守れるならば、それもいいんだと教わった」

「そうね。私もいいと思うわ。ただし、それをやるのは個人じゃないわ。集団よ。人を殺すなんて個人で背負える責任ではないの。だから、あなたは人を殺してはダメ。私が守ってあげるから」

 

 女性は少年の頭をなでる。うっとうしそうにしながらもどこか嬉しそうな少年は――――

 

 

 場面が変わった。

 

 燃える屋敷の中で、一人の女性が胸を小太刀で刺し貫いていた。肺が片方つぶれ、けれど生きようと必死にもがいていた。

 

 そこに駆けつけてきたのは、先ほどの少年だった。成長したようで、もはや青年という年齢になっている。女性は青年を見てうれしそうに笑って、何かを言った。

 青年は目を見開いて、女性の髪をつかみ無理やり立たせ、胸の小太刀を抜いた。

 その小太刀を逆手に持ち替え、いともたやすく女性の首を刎ねる。

 

 

 ☆

 

 

「おかしな夢を見た気がする」

 

 藤丸は慣れない布団から這いずり出て、ぐっと伸びをした。

 特異点反応を見つけ、レイシフトしてから一晩。

 今のところ特に進展はない。今日は調査を頑張らねばならないだろう。

 

「先輩? お目覚めですか? おはようございます」

 

 襖の向こうからひょっこりと顔を見せてきた少女に、藤丸は手を挙げて答える。

 

「うん、今起きたとこ。おはよう」

 

 今いる場所は、小さな村の村長宅。そこそこ広い屋敷で一晩か、二晩くらいならと、泊まらせてくれた。村に来たときは、よそ者なんて、といった様子であったのだが、村を襲った獣を追い払ったのが大きかったのだろう。

 

「沖田さんもすでに起きて、外で剣を振るっています」

「沖田の様子は?」

「……問題ないとのことですが、やっぱりどうにも様子が」

「うーん」

 

 沖田の様子は、幕末の時代に特異点が見つかったという話が出たときからおかしい。妙に落ち着きがないし、この村に来た時も村民に誰かの存在を知っているかを聞いて。その後しばらくの間、何かを決意するかのように力強い表情で、目を瞑っていた。

 

「沖田さんと桜泥棒に因縁があるという話は聞きませんが……」

「桜泥棒?」

「はい、幕末に存在したという『義賊』です。悪人の家からだけお金を奪い、それに一切手を付けることなく庶民に撒いていたらしいんですが。

 最期は、新撰組の副長土方歳三に殺されてしまったと。ですが、彼は幕末の亡霊ともいわれているんです」

「亡霊?」

「彼の死体が出た後に、後の研究で桜泥棒の犯人として有力視されている人物が死んでいること。その後も桜泥棒による事件が発生していることなどから、死後も活動し続ける亡霊と。もちろん、模倣犯や情報の間違い、いろいろな要因があってのことだといわれていますが」

「沖田はその人のことを聞いていたのか」

 

 単純に、気になっただけだろうか。同じ時代にいた人物として、後の時代に同じく名前の残っている存在として。もしくは、盗人として断罪しようとしているとか。

 

 いや、それならあそこまで様子がおかしくはならないだろう。

 それに、どことなく期待や、喜びの様な感情が奥に潜んでいるような気もして。

 

 藤丸はそこまで考えて、頭を振って立ち上がる。考えていても埒が明かないだろう。

 

「ちょっと沖田の様子を見に行ってくる」

「あ、先輩。私も行きます」

 

 外へ出ると、温かな風が吹いていた。遠くの山を見ると、桜色に染まっている。ちょうど春の気候だ。桜は短い間であれど、美しく咲き誇り、やがて散りゆく。はかなさの象徴のような花だ。

 思えば、沖田も桜というような印象だった。そのことを沖田に話したことがある。沖田は、

 

『桜、ですか? 私に桜は合いませんよ。それはもう二度と会えないあの人、私がどうとでも助けられたあの人にこそ合う言葉でしょうから』

 

 などと言っていたが。ひょっとしたらあの人こそが桜泥棒だったりするのだろうか。いや、因縁なんてなかったはずだとマシュは言っていたか。

 

 村長宅の裏で、沖田は刀を振るっていた。沖田の様子は、やはりおかしい。鍛錬を積むというよりかは、まるで誰かと戦っているように舞っていた。

 

 鋭い太刀筋は、離れてみていても恐怖を覚えるほどだが、精錬されたその動きは美しさを秘めている。

 冷たい氷の様な――薄氷の様な鋭さ。触れれば砕けてしまうような、溶けてしまうような、儚い美しさと共に、それはある。

 

 それでいて、素人の自分がわかるはずがないのだが。なんとなく、手を抜いているようにも思えてしまった。

 

 美しさと、儚さと。そしてその手抜きは、優しさにも思えた。

 

 

 体制を低くして、仮想の敵の攻撃をかわしたらしい沖田は、刃を反して振るい、そっと息を吐く。一通り終わったようだ。

 

「あの時、関係が崩れようとも、問いただしていればよかったんでしょうか? でも、私には……」

 

 うつむいて、悲しげな表情をしていた沖田だが、そこでようやく藤丸とマシュの存在に気が付いた。

 一転して笑顔を浮かべて。

 

「どうされました? 私に御用ですか?」

「いや、沖田が大丈夫かと心配で」

「大丈夫ですよ? ほら、この通り元気――こふっ」

「わー! 沖田さん? 沖田さん!?」

 

 血を吐いた沖田にマシュが駆け寄って介抱する。藤丸も沖田のもとに駆け寄ろうとして――一片の桜が風に乗って飛んできた。

 

「……さくら?」

 

 手を伸ばそうとするが、それをしてはいけない気がした。

 藤丸の様子を眺めるように、ひらひらと少しの間ゆっくりと落ちて、また吹いた風に飛ばされてどこかへ行った。

 

 どうにも、見覚えがあるように感じて。

 

 それは、つい先ほど夢で見た、彼に似ていた。

 

「……彼?」

 

 誰の事だろう。

 藤丸は少し考えるも、

 

「わが生涯に、一片の悔いなし……!」

「沖田さん!!? 沖田さん!!!!」

 

 いつも通り(面白コント)の二人のもとに、今は駆けつけることにした。




 前話で書いている通り、次回は遅くなりますが、必ず投稿します、約束。

 これ書き終えたら、いっそのことほかのセイバー顔全員分義賊シリーズ的なものかいたら楽しそう。これ義賊やってんのかやってないのかわからないくらい描写カットしてるし……
『フランスの義賊』『ブリテンの義賊』『ローマの義賊』みたいな感じで。


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第一話:里へ(前)

 沖田は、もう一晩だけ泊まらせてくれるという村長の家から抜け出して、一人、崖に座っていた。暗くて景色を楽しむことはできない。誰が見ても、山がたくさんあるなぁ、くらいの感想しか出ないだろう。

 

 草木も眠るというが、夜中であっても虫はうるさいくらいに鳴いていた。風で木々がざわめくのだから、木も起きているのではないかと、沖田は遠くをぼんやりと眺めながら考えていた。

 遠くといっても、物理的なものではない。遠い過去のことだ。生前、守れなかった、叶わなかった、大好きだったいろんなもの。

 ひょっとしたらと思って半ば無理を言ってレイシフトについて来たが、この時代は彼と出会う五年も前の時代らしい。

 当然、自分自身も、彼もどこかにいるはずだ。だが、会ったところで向こうは沖田のことがだれかわからない。

 一目見ることが叶えばそれでいい、なんて思っていたが、いざこの時代に来てみると、直接会って言葉を交わしたくてたまらなくなった。もう一度でいいから、たった一度でいいから、会いたい。

 

「はぁ」

 

 らしくないと、沖田はため息を吐いた。

 藤丸やマシュに心配されている事は、当然沖田自身気づいている。明るく振舞おうにも、どうにもできない。無理に振舞えばかえって心配をかけるだけなのだろうから、自分がどうするべきかもわからない。

 

 こんなことならば、レイシフトに付いて来るべきではなかった。

 

 彼がカルデアに召喚される可能性に賭けて、ただあそこで待っている方が良かったかもしれない。生半可に距離が縮まった分、もう自分の感情を抑えることすら難しくなっていた。

 もう一度彼と話したい。彼と花火が見たい。そのためにここに来たのに、それはおそらく叶わない。

 

 

『団子屋に会うのなら、その前に里を探せ。会わないつもりならこのことは忘れろ』

 

 この時代にレイシフトする直前に、こっそり土方から言われたことを、沖田は一度頭の中で繰り返した。彼のことを好いていたことも、その正体が桜泥棒であったことも、沖田がそのことに気づいていて見逃し続けていたことも、土方には気づかれていた。沖田が思わず、なぜ生前にそのことを責めなかったのかを尋ねても、背を押されるだけでこたえてはくれなかった。

 

「里……ですか」

 

 その里についてももちろん詳細を尋ねようとしたが、教えてくれず。

 

「里を探そうと思えば……でも勝手に行動するわけには」

 

 優し気な藤丸の笑顔を思い浮かべる。その笑顔に恥じず、彼女は優しい。もしも沖田が「会いたい人がいる」と言ったら、きっと、少し驚いてからニカっと笑い「任せろ」なんていうのだろう。その光景がありありと浮かんできて、思わず苦笑してしまった。

 

「わがままなんて言ってられないですかね」

 

 沖田は、ぼんやりと遠くを眺めていた。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 夢を見た。これは私の記憶ではない。他の誰かの遠い昔の記憶だ。

 彼は里で生まれた。生まれて数年の時が経った時、里の老人から刃物を手渡された。

 

「この里に侵入してきたものだ。我々を全員殺そうとしていたらしい。ここで殺さねば里のみんなが死ぬ。殺せ」

 

 老人から発せられる声は、低く威圧的で、ガタガタと震えながら縛られた男の首に刃物を突き付ける。

 あと少し押し込めば男が死ぬといったところで、動きが止まった。

 

「……何をしている? そいつを殺さねばお前の親も、儂も、お前自身も死ぬ。いいか、誰かを殺して多くの者が救われるのならばそれが正義だ。正しいことだ。儂が命令した通り、お前は人を殺す。それだけで正義がなせるのだ」

 

 首に振れていた刃物が小刻みに震え続ける。彼は涙を浮かべて老人を見上げる。鋭い眼光でこちらを睨んでいた。優しい老人のもつ温もりはなく、厳しい老人の愛を感じさせる激しい情熱もない。頑固な老人の持つ硬い意志すら感じさせない。ただただ冷め切った冷たい瞳。

 

 彼はもう一度男を見た。男も震えて、涙を滂沱と流し、鼻水でぐちゃぐちゃに汚れた顔。こちらを見る目は完全に怯えて、弱弱しい。

 だが、怯えの中に、自分を軽蔑する、人間以外の何かを見ている憎悪にも似た感情が混じっていた。

 

 夢を見ている私にも、その時の彼の感情が不思議と伝わってきた。老人の理不尽に対する怒りや、悲しみ、こんなことを強要されたことへの驚きでもない。ただ、恐怖の感情一色だった。

 

 彼も、怯えていた。ここで殺さなければ、老人の言っている通り自分たち全員が殺されてしまう。本能的にそう理解した。

 

 手の震えは止まった。

 

 そして――

 

 

 

「……お前は、明日から地獄を見ると思え。徹底的に修行をつけてやろう」

 

 

 

 結局、彼は男を殺せなかった。

 

 老人にあっけなく息の根を止められた男を見ても、何も感じることはない。それを自分がやったとしても大したことではなかった。そう感じるにもかかわらず、彼は男を殺せなかった。

 

 

 

 

 数年の時が経った。夢として見ている私に正常な時間感覚はないが、彼が成長していたのだからわかる。まだ十にも届かない少年だが、その手に持っていたのは遊び道具などではなく、小太刀。彼に自由はなかった。徹底的な座学、徹底的な戦闘訓練。

 

 暗器の扱い、毒物の扱い、家屋への浸入方法、追跡技術。逃げられた時の対処、痛みを感じにくい自刃の手法、逃げられた先で鍵をかけられた時のための解錠技術。

 それらを徹底的に叩き込まれる。

 

 

 ある日、里に一人の男が迷い込んだ。里の全員が男の面倒を見て、衣食住を提供し、最後に口止めをして里を送り出した。

 

「なぜ、あいつは殺さないんだ」

「迷ったものまで殺す必要はない。我々は正義である。無闇な殺生は悪に他ならない。なれば、迷い込んだだけの者ならば手厚い歓迎をして口止めをして送り出す」

「殺した方が危険が少ない」

「言いふらされたとしても里を移せばいい。それもまた修行になる」

 

 老人と彼は、男を見送りながらそんな会話をしていた。

 

 優し気な顔をしていた彼は、かつての彼と同一人物かすら怪しいほどに鋭く冷たい目をしている。その変化も、彼の口から平然と殺人を許容する言葉が出たことも、私には耐えられないほど悲しく思えた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「……目が覚めちゃった」

 

 藤丸は布団から体を起こして、目をこする。何か悲しい夢を見ていた気がする。悲しみともう一つ、里に対する恐怖のようなものが。

 

「里?」

 

 里って何だろう。藤丸はしばらく小首をかしげつつ考えてみるが、特に何も思いつかなかった。

 

「うーん、ちゃんと寝ないとなぁ」

 

 明日はもっといろいろ調べてみることになっている。近くの村でいろいろ訪ねてみても特別何かおかしなことが起きているといったことはない様子であった。明日は少し足を延ばして、山の向こうにある町へ行くつもりだ。大変な道のりになるであろうし、しっかり寝ておくべきだろう。

 村長は、「あ? 仕方ねぇなもう一晩だけだ」なんて言って今日も泊めてくれた。だが、なんだかんだ優しそうな村長のことだ、またもう一晩だけといって、何度だって泊まらせてくれるだろう。

 

「といっても食べ物だって多くないだろうし、本当に今晩までだよね」

 

 藤丸は布団に寝転がって、目を瞑る。眠気はやってこない。

 

「ちょっと歩くかな」

 

 

 やけに多くの独り言を言ってしまうのは、今までの旅でずっと隣に誰かがいたからだろうか。ふと、自分の独り言が多いことに気づいて、口を噤んだ。

 

 藤丸はこっそり村長の家を抜け出し、何処へ散歩するか考えて、崖の方へ向かった。少し危ないかもとも思ったのだが、崖から遠くを見ることによって得られる情報があるかもしれない。

 

 しばらく歩いていると崖と、人影が見えて来た。

 

「あれ? 沖田?」

 

 沖田は振り向いて、微笑みながら手を振ってくれる。藤丸も笑って手を振った。

 

「どうしたのこんなところで」

 

 沖田は崖沿いに座って、足を崖から投げ出していた。危ないと思ったが、沖田なら間違っても落ちることはないだろう。藤丸も沖田と同じようにしようと思い、崖から下を覗いて、ゾッとしてやめた。結局沖田の横、すこし後ろに座って、遠くを眺めることにした。

 

 

「マスターこそ、どうしてこんなところに? 眠れないのですか?」

「ううん。あ、えっと、眠れないのもあるんだけど、ちょっと遠くを見てみたいなって思ってここまで来たんだよね」

「生憎、山しか見えませんけどね」

 

 苦笑する沖田に藤丸も苦笑を反す。

 

 沖田の言う通り、月明かりのない今日は闇が完全に支配して、山も真っ黒いシルエットでしか見ることができない。

 そんな山以外、他には何も見えるものがなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 はずだった。

 

 

「あれ?」

「……あれは」

 

 藤丸たちのいる崖のちょうど向かいにある山の中腹。わずかに光った。そう思った次の瞬間には、その光がいくつもの数に増えて、しばらくしてまた消えた。

 

「……何かあるのでしょうか?」

「…………里……? あそこに里があった気がする」

 

 藤丸はそんなことを呟いてから、ふと我に返る。どうしてそんなことを呟いたのかわからなかった。無意識に口から出たその言葉が、けれど、正しいことに思えてならない。あそこには里がある。

 

「里? ……里ですか」

「え、ごめん沖田。なんかそんな気がしただけで、何も分かんないや」

 

 だが、沖田の言葉を聞いて、急に自信がなくなってきた。

 

「いえ、何にせよ明日、あそこへ向かってみましょう。何かがあるかもしれません」

 

 

 一見冷静な沖田だが、なぜか藤丸にはどこか焦っているようにも見えてならなかった。



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第二話:里へ(中)

夜中に投稿しているので一応書いておきます。
前話『里へ(前)』を見ていなければ、そちらを先にどうぞ。


「灯り……ですか」

 

 翌朝、藤丸はマシュに昨夜の出来事を話して、そこを調べに行きたいと言う。マシュは少し考えてから、指示に従うと言った。

 

「いったい何があるのか確かめたいからね。あ、あと、迷い込んだ風に行こうと思うのだけど」

「? どうしてでしょう? いえ、それくらい慎重に行動した方がもちろんいいとは思われますが」

 

 マシュになぜかと問われて、藤丸も首をかしげてしまった。なぜだろう。そちらの方が安全だと思ったのだが、どうしてそちらの方が安全だと思ったのかがわからなかった。

 けれど、マシュの言う通り、そのくらい慎重に行動した方がいいだろう。きっと自分も無意識にそう思ったのだろう。藤丸は自らをそう納得させてから、

 

「うん、何があるかわからないからね」

 

 マシュにそう返した。

 

「……どこかへ行くのか?」

 

 いつの間にか近くにいた村長が、投げやりに言う。だが、その声色に寂しさが込められているように思えて、藤丸は噴き出しそうになった。

 

「うん。ありがとうね。二日間もお世話になってごめんね」

 

 もちろん、何かあったらここに戻ってきてもいいが、進展があれば、もう戻ってこないかもしれない。

 

「そうか。まあよい。お主らには村を守ってもらったからな……また、困ったら来るといい」

 

 そっぽを向きながら、最後は早口で言う村長に、今度こそ藤丸は噴き出してしまった。村長が機嫌を損ねたのは言うまでもない。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「ここ何処だろう」

 

 村を出てもう数時間の時が経っただろう。藤丸は村でもらった竹製の水筒を取り出して、浴びるように水を飲んだ。

 かなりの距離を歩いた。それも道が舗装されていない山道をだ。藤丸の疲労は大きく、マシュや沖田も藤丸を気遣いながらだんだんゆっくりと進むようになってきた。

 

「……おそらく、先ほどおっしゃっていた山の中腹にはたどり着いていると思うのですが」

「……何もなかったんかな? もしそうだったらごめんね」

「いえ、ここが特異点である以上、何か普通とは違う現象があったのなら、調べる価値は十分でしょうから」

「マスター」

 

 マシュと話していると、沖田が声をかけてきた。真剣な表情でこちらを見たまま、地面を指さす。

 

「これを」

 

 沖田の指さした地面を見てみると、

 

「足跡?」

 

 地面には足跡が残っていた。誰かがここを歩いていた証拠だ。だが、偶然これが残っていただけらしく、他の足跡は見つからない。もしも残っていればそれをたどってほかの痕跡を見つけられたかもしれないが。

 

「お、沖田さん!?」

 

 慌てたマシュの声に、驚き、沖田を見るとふらっと倒れそうになっていた。

 

「お、沖田! 大丈夫?」

 

 駆け寄った藤丸に沖田が倒れこんでくる。抱き着くように藤丸にしがみついた沖田に大丈夫か尋ねようとして。

 

「マスター、小声で少しお話ししたいので、このままで」

 

 沖田が何か目的があってこうしていることが分かったので、抱き留めていた手で沖田をポン、と叩いて。心配そうにこちらを見るマシュにアイコンタクトで『大丈夫』だと伝える。

 

「マスター。付近に三人ほど人が潜んでいます。多少敵意も見えますが、仕掛けてくる様子はありません。監視といったところでしょうか?」

「……なら、このままで。少し沖田を介抱しているふりをして様子を見ようか」

 

 藤丸は、沖田を近くの木に寄りかかるように座らせて、沖田を介抱するふりをする。駆け寄ってきたマシュに事情を話して、沖田に水を飲ませたり、食べ物をとらせていると。

 

「どうかなさいましたか」

 

 背後から何者かの声がした。ボロボロの着物を着た若い男だ。

 

「いえ、実は彼女が突然体調を崩してしまい。もともと体が強くないため、どうしたものかと」

「それはよくない。よろしければ里で面倒を見ましょう」

「里? この近くに里があるのですか?」

 

 マシュが尋ねると、若い男は小難しい顔をして、

 

「いえ、その里のことは誰にもお話ししないでいただきたいのですが……」

 

 要領を得ない返答に、思わず藤丸とマシュは顔を見合わせる。

 

「えっと、沖田を助けてくれるなら、お願いします」

 

 藤丸が言うと、若い男は薄く笑って頷いた。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 それほどいい里とも思えない。ボロボロの家屋、ボロボロの着物を着た人。裕福な生活をできているものなど一人としていないだろうと思えた。

 

「すみません。あまりいいところではなく」

「……この里はいったい?」

「実は、年貢を納められなくなり、生活もままならなくなったものが集まって作った里なのです。もしもこの里の存在が明るみになれば、私たちは命がないでしょう。ですので決して誰にも言わないでいただきたいのです」

「なら、どうして私たちを助けたの?」

 

 藤丸が問うと、心なしか誇らしげな表情をして若い男が答える。

 

「私たちは、確かに年貢を納めることなく逃げた悪でしょう。ですが、決して私たちがただ悪かっただけではないと思っています。庶民のことを考えない、豪商、役人、そして幕府。彼らこそが、悪である。そんなことを考えてしまっています。私たちは決して正義の心を損ねることはなく、困っている人には手を差し伸べるつもりです。

 そしてそれは特別なことではなく当然のことです」

 

「それで、自らの命を縮めることになったとしてもですか?」

 

 藤丸に肩を借りて歩いている沖田が、かすれた声で尋ねる。

 異常に仮病がうまい……まさか、慣れているのか。

 

 なんて自らのサーヴァントのことを少し信じられなくなった藤丸に、誰も気づくことはなく。

 

「ええ、たとえ私たちが全員死ぬことになったとしても。私たちは困っている人を救うつもりです」

 

 立派なことを言う若い男に、藤丸はなぜか危険な何かを感じた。それは、困っている人が助かるなら、なんだってやるといっているようにも思えて。

 いや、それだけでなかった。藤丸には、若い男のその言葉が、若い男の言葉ではないと感じた。

 『理念』『理想』『思想』そういった、自らから生まれた何かを人に話す時には感情、意志が混じるはずだ。

 だが、若い男の口調にそれはなかった。

 『知識』として、それを言っているように思えてならなかった。つまりは誰かに、『人を救うためならなんだってやっていい』と教わったということで。

 

(流石に考えすぎかな……?)

 

 自分たちを助けてくれようとしている人に、そんなことを考えるのは流石に失礼だろうと、藤丸は自らの考えを振り払った。

 

 

 

 

 

 

 若い男に案内された家屋は、その他の家屋よりもいっそう古めかしく思える。冗談抜きに、風が吹けば倒壊しそうなほどであった。

 

「源郎さん。道に迷って困っていた人がいたので助けてきました」

 

 躊躇することなく家に入っていく若い男についていき、藤丸たちも家に足を踏み入れる。

 中には、綿が飛び出てしまっている座布団に座ってお茶をすする一人の老人がいた。

 

「それはそれは。こんな山奥まで大変なことで」

 

 優し気な笑みを浮かべて迎え入れてくれる老人は、急いで布団を敷いて「儂の使っているもので申し訳ないが、彼女を寝せてあげなさい」と言ってくれた。沖田をそこに寝せて、老人の出してくれた座布団に座る。

 

「して、なぜこのような山奥まで? その軽装では、旅とも思えませんが」

「えっと……」

「いえ、長い旅のつもりでしたが、野盗に襲われまして。偶然いたお侍様が追い払ってくださったのですが、生憎と持ち物はすべて奪われてしまいまして」

 

 思わず言葉に詰まるマシュだが、藤丸はつらつらと言い訳を口にした。マシュは素直な性格であるため、とっさの言い訳は出にくいようだが、藤丸は経験から得意であった。そう、夏休みの宿題をしていないときの言い訳とかで。

 

「それは許せません。全く、こうやって慎ましく――なんて言っているとまるで自分を上に見ているようですが、いえ、野盗と比較すれば我々はましな部類だと信じたい」

「そして帰ろうにも、沖田は体が弱く。しばらく休めば回復すると思うのでどうか」

「もちろん。儂らにできることなら何でも言ってほしい。ああ、名乗りが遅れてしまったな。儂は源郎という。その娘が回復するまで、いや、気が済むまでここにいてくれて構わない」

 

 

 

 ☆

 

 

 沖田には体調悪いふりをしてもらわねばならないため、しばらく源郎の部屋で休んでもらうことになった。藤丸は、何もないところだが、里でも見て回ってくれと言われて、適当に歩くことにした。

 

 しかし、源郎の言っていたとおり、本当に何もない。

 

 

「……うーん。子供は多いけどなんか……」

 

 大人たちは好意的なのだが、子供たちはこちらを睨みつけたり、遠目に見ているだけで、近づいてきたりしない。人見知りする子が多いのだろうが。

 しばらく歩いて、里の端まで来ると、切り株に座っているひとりの青年を見かけた。

 

 ほかの里の人間がボロボロの着物を着ているのに対し、彼は真っ黒の新品同然の着物を纏っていた。

 彼が他と違うのはそれだけでなく、腰には小太刀を差して、枯れた桜の木の枝を弄んでいる。

 

「……こ、こんにちは」

 

 藤丸が挨拶をすると、黒い着物の男はにこりと笑った。

 

「やあ、こんにちは。こんな辺鄙な里に来るなんて余程運がないか、よほど変わり者か」

「え、えっと」

「この付近に人は……いないか。それなら普通に忠告をしておこうか」

「忠告?」

「この里には長居しない方がいい。うっかり変な秘密を見てしまうと命はないぞ?」

「ええっと? 秘密って?」

「まあ、いろいろ。俺もいるし、ここはあまりろくなことにならないよ」

「? えっと、別にこの村の人たちも、あなたもそんな悪い人には」

「見えないか? そりゃあそういう風に訓練されてるからな。それと、俺が悪いかどうかよりも。もうすぐここは再会と復讐の舞台になる予定だ。巻き込まれないように逃げるんだな」

 

 黒い着物の青年は、手にした枯れ枝を折る。

 

「まあ、喋ったのも縁だ。何かあれば多少なりとも助けてやるよ。どうせ今は源郎の家で世話になってんだろ? そこまで言って守ってやらんでもない」

「うーん、でもそこまでしてもらうわけには。それにこの里の人も悪い人には思えないし」

「そうか? 正義を遂行するからくり人形がいい人に見えるのか? いや、機械的に正義を遂行するなら当然いい人か。ただ、彼らの言う悪い人に分類されないように気をつけな。何でもして来るぞ」

「え、えっと。ありがとう?」

「ああ、何かあったら大声で助けでも呼ぶんだね。俺は生憎と彼女が来るまで暇だからさ」

「彼女?」

「ああ、約束したから、桜を一緒に見ようと思ってね」

 

 

 黒い着物の青年は、懐からもう一本枯れ枝をとって、藤丸に投げ渡す。

 

 突然のことに慌てるがどうにか受け取って、まじまじとそれを見る。変わったところのない、ただの枯れ枝だ。

 これがどうしたのかと青年の方をもう一度見やる。

「あれ?」

 

 藤丸が視線を向けたとき。切り株の上にいたはずの青年はすでに姿を消していた。




 今更ですが、今主人公たちのいる特異点は、GOのイベントとかでよくある。『これって時間軸いつだ? 平行世界? んー?』みたいになる特異点と思ってください。

 

 


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第三話:里へ(後)

 三人称視点、主人公(桜泥棒)、三人称。

 の順で視点が変わってます。視点がコロコロして読みにくいでしょうがごめんなさい。


 枯れ枝をどうするか悩んでから、ポケットの中にしまうことにした。入るか不安だったが、ちょうど入る。

 

「うーん」

 

 あの不思議な青年が言うには、この里は結構危ないところらしい。しかし、里の人間に最初こそ違和感を感じたが、そこまで危ない人とも思えない。だが、沖田が、何者かが敵意をもってこちらを見ているといっていたことも事実。

 

「でも、一応は里の人間の言葉で説明がついちゃうんだよなー」

 

 根っから疑うのはあまりよくない。彼らが敵意を持った目でこちらを見ていたのは、彼らの言う通り、年貢が厳しく逃げてきた者が集まってできた里であったなら、警戒することも当然だろう。

 だが、長く戦ってきたからこそ培われた直感だろうか。あの青年の言うことは正しいことのようにも思えた。

 

「分かんないから、とりあえず源郎さんの家に戻ってみようかな」

 

 

 

 今まで来た道を戻って、源郎の家に戻ると、体を起こした沖田と、その沖田と話しているマシュだけであった。

「あれ? 源郎さんは?」

「えっと、里の皆さんに連れられてどこかへ。何でも誰か不審な人がいたと。もし藩の役人だったら私たちが巻き込まれるかもしれないから、ここで待っているようにと」

「……不審な人か」

 

 一瞬先ほどあったおかしな青年のことを思い出す。里の他の人間と違って、ずいぶんと上等な着物を着ていたし、確かにこの里の人間ではないのかもしれない。それなら、その藩の役人である可能性もあるのではないだろうか。

 

「マスター、この里少しおかしいです」

 

 ふと、沖田が言った。

 マシュも沖田の言葉にうなずいて同意を示す。

 

「この里の人間、みんな実力者ぞろいでした」

「それも、あの人と似た特徴の……なぜ、土方さんはこのことを知っていたのでしょうか」

「? 土方がどうしたの?」

「いえ、彼らの体運びは独特のものです。隠密行動に特化しているようで、先ほどの源郎という老人は、剣を修めているようでした。彼と同じで」

 

 それ以降黙りこくってしまう沖田。やはり様子がおかしいが、土方の名前が出てきたのも気になった。レイシフトする直前に何かをこっそり話しているようであったが。

 それに、沖田が今言った「彼」とは誰のことを差しているのだろうか。

 

「その、沖田さんは、何かを探しているのですか? 里に入ってから、ずっとちらちら何かを観察していたようでしたが」

 

 沖田があえて言っていないということは、きっと言いにくいことなのだろうと考えたのだろう。少し躊躇いがちにマシュは沖田に尋ねた。

 

「そうですね。ある人を探しています。その人と会いたいのです。会えるかわかりませんが、この時代のどこかにいるはずなのです」

 

 

 悲しさを含んだ笑顔を浮かべて言う沖田に、藤丸とマシュは思わず顔を見合わせるばかりであった。

 

「それで、その人はどこに?」

「分かりません。この時代に彼がどこで何をしていたのかはさっぱりわからなくて」

「そうかー。うーん、何かヒントがあればいいんだけどなー」

「ヒント……この里」

「? この里に何かあるの?」

 

 藤丸の質問に、沖田は何かを言いかけて、少し目をそらして「いえ、何でもありません。お気になさらず」なんて言う。

 

 何かあるのだろうと分かっても、沖田が言いたがっていないのだから追及するわけにはいかない。

 やけに重くなった変な空気を払拭しようと、藤丸はポケットの中のものを取り出した。

 

「そういえばさっき変な人がいたんだよ」

「変な人? 先ほど里の方の仰っていた不審者を見たのでしょうか?」

「それはわからないけれど、黒い着物を着て、腰に短い刀を差してたよ。それで、何よりおかしいのは――」

 

 藤丸はポケットにしまっていた桜の枯れ枝を沖田とマシュに見せた。

 

「枝? ですか?」

「うん、枯れ枝みたいなんだけど、突然渡されて――」

「そ、れを、何処で?」

 

 気づけば、沖田が布団から立ち上がってまじまじと枯れ枝を見ている。内心驚きながらも藤丸は。

 

「えっと、その変な人が突然投げ渡してきて。たしか、もうすぐここは復讐と再会の舞台になるから、とかそんなことを言って突然消えたんだよ」

 

 

 沖田が、藤丸の持っていた枝に手を伸ばし、今まさに触れようとした瞬間に、大きな叫び声が響き渡った。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 生前。こんな夢を見た。

 

 今思っても、変わった夢だ。俺はその夢を、夢だと分かっていて見ていた。

 俺が殺したはずの彼女が、俺の隣に座っていた。俺は縁側に座って、暑いお茶の入った湯飲みを持って、彼女と共に月を見上げていたのだ。

 その月は満月であった。夢だからだろう、現実ではありえないほど大きく、夜の空を半分覆ってしまっているほどだ。

 

「平和ね」

 

 彼女が言った。

 彼女の長い黒髪は、月の光に照らされて、まるで濡れているかのように艶やかにきらめいていた。

 

「ああ、いろいろ、忘れられるな」

 

 俺が言うと、彼女は俺をまじまじと見て。

 

「いろいろって、あの里のことかしら?」

「……忘れた、って言ったが?」

「ごめんなさい。でも、あの里のことどう思っているの?」

「今も正しかったと思っている。やり方はどうであれ結果としては、少数の悪人が消えて、大多数の善良な一般市民が救われている」

「……そうね。それで、それはあなたの考えかしら?」

「え?」

「それは、あなたが自分で正義とは何かを考えて出した結論かしら? その考えに、あなたの考えは本当に入っているの?」

 

 隣に座っていた彼女は、いつの間にか俺の目の前に立っていた。周りの場所も、ただ真っ白い空間に変っていた。

 

「悪い。いまいち意味が分からない」

「他人にこう行動するのが正しいよ、なんて言われて、その通りに行動することも間違いではないわ。でも、それで正義を成すのは危険よ。正義とは何か、よく考えてみなさい。例えば、法を素直に守ることが正義かしら? 善良な一般市民が、食うに困って……いえ、そうね、自分の家族を助けるために金を奪ったとしましょう。それは悪かしら? その人が盗みを働いているのを見たときに、その人の事情も分かろうとせずに、捕えることが正義かしら?」

「……そんなことを考えていたら、キリがない。全員の立場に立って、全員の状況を理解して、誰も傷つかない結果を求める何て無理だ」

「ええ。よくできました。なら、あなたにとっての正義は何? 今の話を聞いて、どう行動するのが正しいと思った?」

「……わかんない」

「そう。それでいいわ、焦って答えを出すより断然ましだわ。じゃあ、一つ助言よ」

「助言?」

 

 気づけば、彼女の存在は消えていた。右も左もない真っ黒な空間の中で、俺は彼女の声だけを聴いている。

 

「ええ、私の望みはあなたが幸せになることだわ。そのための助言。

 

 自分勝手に生きなさい。たとえあなたの正義が他の誰かにとって、すべての人間にとって悪だったとしても、あなたが信じた正義こそが、あなたにとって正しいものだわ」

 

「そんなことをしたら、それこそ幸せになれないんじゃないのか?」

「ふふ、その時は私が無理やりにでも幸せにしてあげるわ」

 

 

 

 夢から醒めたとき、俺は涙を流していた。

 空を見上げると、月が出ている。夢のそれとは違って、細い三日月であった。その細い三日月に手を伸ばしてみた。届くはずがない。

 

「あなたが俺に幸せになってほしいのならば、俺もあなたに幸せに――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 まず飛び出していったのは沖田であった。沖田はわき目も振らず、叫び声のしたであろう方向へ走っていった。里から少し外れた山の中だ。

 

「……先輩。他の方がだれもいなくなってしまっています」

 

 冷静に周囲を見ていたマシュが、そっと藤丸にささやいた。マシュの言葉通りに、周りを見渡してみると、先ほどまでいたはずの里の住人が消えている。

 

「人が移動している気配なんてなかったけど」

「……沖田さんの言葉では、隠密行動に特化していると。ひょっとしたら」

「とにかく、行ってみようか」

 

 声のした方へ、走り出す。

 

 里を抜けると、当然山道に代わるのだが、心なしか誰かの通った後が残っている。

 木の枝をかき分けて、藪を突き進む。気づけば、視界が開けて――

 

「さ、里?」

「もう一つ、里があったのですか」

 

 驚いた表情でマシュも、里の様子を見渡している。先ほど藤丸たちのいた里と違い、家屋はきれいで、そこら中に弓や刀が置かれている。木の板に突き刺さっているクナイは訓練の後だろうか。

 

「なるほど、沖田とあの変った人が言っていた通りに……」

「……とにかく、沖田さんたちを探しましょう」

 

 

 

 『それ』が近づいてきた時だ。当然、藤丸たちにはそこに『それ』があるなんてわかっていない。

 ただ、それに近づけば、いやでも理解できた。それは、今までの戦いで嗅ぎ慣れてしまったものだ。慣れた、なんて表現を使いたくはないが。

 

 濃密な、鼻につく金属の臭い。生臭さは、吐き気を誘う。その臭いがだんだん強くなって、地面が赤く染まっている個所が現れるようになった。

 地面に、打ち捨てられたボロボロの雑巾のように、人が倒れていた。首を大きく裂かれて、もう息絶えていることは明らかだ。

 

「っ!」

「ひ、ひどい……」

 

 傷だらけになった子供の亡骸が、家の壁に刀で縫い付けられている。それを見て、藤丸もマシュも思わず口を手で塞いで、すぐに目をそらしてしまう。

 その目をそらした先では、真っ二つにされた女性がいるのだから、藤丸は悲鳴を挙げそうになるのをこらえるので必死であった。

 

 

 

「ひぃ、や、やめろおおおお!!」

 

 

 少し遠くから、そんな悲鳴が聞こえ、藤丸とマシュはすぐに走り出した。里の中で一番大きな家。その裏手。

 

 

 

 立ち尽くしている沖田がいた。

 

 両腕を失って、膝立ちになっている源郎がいた。

 

 その源郎の首を刎ねる、青年がいた。

 

 間欠泉が如く噴き出す血を浴びて、青年は源郎の首を刎ねた刀を眺める。首から上を失った源郎はそのまま地面に倒れる――前に、もう一度青年が刀を一閃。たった一度しか振るっていないように見えたが、源郎の体はバラバラになって、地面に転がる。

 

「どうし……て、ですか?」

 

 かすれた声で沖田が青年に問いかけた。

 

「これが俺の正義だ」

 

 青年は、沖田に刀を向けながら言う。

 

 状況が理解できないが、どうやら青年と沖田は顔見知りらしいことが分かった。藤丸は、沖田の顔をじっと見つめ続ける青年を観察する。

 藤丸が、最初に案内された里で出会った青年に間違いない。

 

 先ほどと服装が微妙に違っていた。黒い着物であることに変わりはないのだが、足は見慣れない防具で覆われ、腕には籠手が装着されている。腰に差してある小太刀は、三本に増えていた。

 全身に赤い血糊がべっとりとついて、それらの服装の特徴はかろうじてわかる程度であった。

 

 その返り血の量は、この里の惨劇を起こした張本人であろうことが容易に理解できる。

 

 だが、彼は狂っていなかった。

 

 子供をボロボロにして殺害し、女を真っ二つにし、今まさに老人の首を刎ねた彼は、狂ってなどいなかった。

 

 その瞳の奥にあるのは、激しい情熱。

 

 自分の目的を遂行するためなら、何でもする。殺人が楽しい。なんていう狂気は一切うかがうことができない。

 正義の炎が、瞳の奥で静かに、しかし取り返しのつかないまでに激しく燃えていた。




 終盤が近づいてくると、急展開になるのは私の悪い癖の一つです。
 直そうかとも思ったのですが、構成力を鍛えるのはまたの機会として。

 長らくお待たせして申し訳ございません。

 
 主人公の本名忘れてる作者がいるらしい。


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第四話:桜泥棒

「正義……? いったいこの行いのどこに正義があるというんですか!? どうしてこんなことをするんですか? 林太郎さん!」

 

 震えた声で言う沖田に、しかし林太郎と呼ばれた男は平然と答える。

 

「お前に――いや、誰にも理解されなくとも。俺の正義はこれだ」

「子供達も殺して何が正義だ!」

 たまらずに叫んだ藤丸を、林太郎はちらりとだけ見て、小さく笑った。その反応が藤丸をさらに苛立たせたが、林太郎は気にも留めていないようだ。

 再度、林太郎は沖田をじっと見つめる。

 

「この里の人間は総じて暗殺者としての訓練を受けている。残しておくと誰かが死ぬ。彼らを一人殺せば、数人の命は助かるんだ」

 

 そこまで言うと、林太郎は持っていた刀で沖田に斬りかかった。突然の攻撃に、沖田は流石と言うべきか、一瞬で抜刀し刀を受け止める。

 続けて林太郎は突きを繰り出すが、それを軽々とよけ。縦、横、斜めと迫りくる連撃を、顔色一つ変えずに防いで見せる。

 

「ちっ」

 

 対して、沖田が振るう刀を林太郎はまともに受けることができず、沖田が刀を振るうたびに、肌に赤い筋が入る。致命傷はまだ受けていないが、だんだん傷が深くなっていく。

 沖田がわざと大きな動作で斬り上げるのを後ろに下がってよけ、そのまま林太郎は距離を取った。

 

「やっぱ強い、なんでだろうな。俺はいくらやってもそうはなれそうにない」

 

 林太郎は頬を流れる血を手で拭って、忌々しげに言う。動揺していた沖田も、少しは落ち着いてきたようで、ひとまず林太郎を倒すことに集中する。剣術のことなど、ほとんどわからない藤丸にも、その実力差ははっきりと理解できた。沖田はまだ本気を出していない。だからと言って油断しているわけではないし、この先どれほど優位に立っても沖田は油断などすこしもしないだろう。

 まず間違いなく沖田が勝つ。

 

 しかし、なぜか林太郎は少し余裕ぶっているようにも見えた。林太郎は持っていた刀を地面に突き立てて、今度は小太刀を抜いた。

 

「林太郎さん。本気で私と戦うつもりですか?」

 

 林太郎が沖田に勝てる可能性はほとんどない――――わけではない。沖田には一つ致命的な弱点が存在する。万が一戦闘中に病弱スキルが発動してしまった場合。今度は一転して沖田が圧倒的に不利になる。

 そうすれば林太郎が沖田に勝つこともあるかもしれないが。

 

 それでもまだマシュがいる。たとえ沖田が敗れそうになっても藤丸やマシュがサポートすることで、林太郎を倒すことはできるだろう。

 

 それでも林太郎が戦おうとするのは、それほどまでの理由があるのか。あるいは。

 

「戦うつもりはないよ。今のはちょっと試してみただけ。どうやら俺は英霊になったからと言ってお前には勝てないらしい」

 

 意外なほどにあっさりと、林太郎は負けを認めた。しかし、いまだ小太刀を離さずに構えたままだ。

 

「でも、たとえ実力で劣っていようとも、英霊にはとっておきがあるだろう?」

「宝具……」

「そう。俺の宝具は三つあるんだよ。そのうちの一つはすでに発動準備に入っている」

 

 やけに自信満々に。もう既に勝っているといわんばかりの雰囲気で、林太郎は言う。その態度を見て、沖田は逆にはったりだと判断した。

 

「確かに英霊の宝具はかなり強力ですが。『桜泥棒』の逸話にそれほど強力なものはありません。そもそも、戦闘向きの宝具を持っているかすら――」

「だから、俺は戦わないって。そもそも俺は本来泥棒だから、誰かと戦うような状況になる前に逃げるさ」

 

 

 林太郎は、小太刀を鞘に納め、ニヤリと笑う。その目は藤丸を向いていた。

 

「やあ、カルデアのマスター。先ほどぶりだね。捨てられてなくて安心したよ」

 

 突然そんなことを言われた藤丸は、何を言っているのか理解できずに硬直する。

 

「俺のこの宝具は、使い道次第ではそこそこ。けれど、警戒している英霊には全くの無意味だし、魔術師だってまずそもそも受け取ることすらしないだろう。たとえ受け取っても一般人ならまだしも、英霊とかはすぐにその状況から抜け出しちゃうだろうし」

 

 受け取る? 何をだ? 

 

「俺は生前に盗み終えたら証拠としてそれを残した。そして、それを誰かが見たということは、俺がすでに逃げているということ」

 

 藤丸は少し考えて、すぐに思い出した。捨てられてなくて安心したとはこのことか!

 

 沖田やマシュも何かに気づいたようで、慌てて藤丸に駆け寄る。藤丸も慌てて、ポケットから受け取った『それ』を取り出し――

 

 

 

 

 

 

 

「それをその場に残すということは、俺が盗み終えた証拠だ」

 

 藤丸が桜の枯れ枝を投げ捨てた瞬間に、その姿が消えた。桜の枯れ枝は、先ほどまで藤丸のいた場所にポトリと落ちて、その場に残っている。

 慌てて林太郎の方を見た沖田だが、林太郎の姿もまた消えている。

 

 たった今林太郎が言った通り。藤丸が桜の枯れ枝を手放して、その場所に桜の枯れ枝が残る状況になったから、藤丸は『盗まれた』。

 そして、その場に残った桜の枯れ枝を見た時にはすでに、桜泥棒は逃げた後。

 

 青ざめたマシュが、辺りを見渡しているが、おそらく無駄だろう。

 

「林太郎さん……」

 

 まさかこんな再会の仕方をすることになるとは思っていなかった。

 

「どうして」

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

「林太郎さんは沖田と知り合いなの?」

 

 ぼろぼろの小屋。町の少し外れたところに建っている団子屋の前身となる建物だ。俺はあの人を殺してしまった後、ここの小屋を使って団子屋を営みながら、『桜泥棒』になった。

 時代的に、俺がそうなる前なので、今はただのボロ小屋だ。

 

「知り合いっていうか。うーん。なんだろう。知り合いっていうべきなんだろうけれど、知り合いよりはもうちょっと仲のいい感じの」

「友達?」

「友達……うーん? なんか違う」

 

 俺が『盗んで』きたこの藤丸という少女。どうにも肝が据わっているというか。縛っていないのに逃げたりしないし、むしろ沖田とのことを必死に聞きたがっている。

 

「というか、英霊……俺が怖くないのか?」

「え?」

「自分で言うのは何だが、ついさっき里の人間を全員殺してきたばかりの人間だぞ」

 

 俺がそういうと、藤丸は少しだけ考える素振りを見せてから、

 

「また、誰かを殺すの?」

「ああ、あと一人。あと一人を殺せば俺の正義は完全に終わる」

「……さっきも言っていたけれど、正義って?」

「あの人を殺した奴と、殺そうとした奴を殺して、あの人が助かる道を作ることだ」

 

 沖田とはもう一度だけ会えた。

 

 

 あと一人。

 

 俺を殺す。




 たぶんあと三回くらいで終わります。
 あまりオリ主の過去編を長くやってもあれなので、作中で大事なところに触れる程度で終わらせて、機会があれば番外編みたいな感じで投稿しようと思います。

 


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第五話:わがまま

「結局、俺が沖田にかなうはずはない」

 

 あれから時間が流れ夜。林太郎は藤丸を連れて、ある屋敷の前にいた。カルデアのマスターを誘拐したところで、魔術的な結界であったり、何らかの宝具を使わなければすぐに居場所が特定される。

 林太郎の宝具は三つ。そのうちの一つで完全に隠れていたおかげか今までは特定されずに済んだが、今はその宝具も解いている。時期に沖田ともう一体のサーヴァント――あれはデミ・サーヴァントだったか――がやってくる。

 

「なら、どうして待ってるの?」

 

 とりあえず縛っておいた藤丸は、縄でぐるぐる巻きにされていることをまったく気にした様子を見せずに、林太郎に尋ねた。

 そう、天才沖田総司に、高々泥棒が叶う道理はない。

 

 それこそ――聖杯の力がなければ。

 

 実のところ、特異点の原因である林太郎自身も、なぜこんな特異点が発生したのかはいまいち理解できていない。自分がこの時代に召喚されたからだということだけはわかっている。そして、自分が欠片とはいえ聖杯を偶然拾ったから。

 けれど、なぜそんなものを拾うことができたのかすらわからない。聖杯の欠片がそこら辺に落ちているはずもなく、ただ、気が付いたら拾っていた。

 理由なんかわからなかった。けれど、しなければならないことがあった。

 

 まさかこの時代に沖田が現れるとは思っていなかったのだから、カルデアのサーヴァントとして現れたときは大変驚いたが、神か仏か、どうやら林太郎に機会をくれたようだ。

 まだわからない。まだ、

 

 林太郎は、無理やりに出力を上げた体の調子を、手を何度か握ったり開いたりして確かめて。

 

「沖田を待っている理由は――――俺のわがままかな」

 

 

 

 ☆

 

 

 

 マスターが連れ去られた直後のマシュは、思いのほか冷静であった。慣れた訳でも、薄情なわけでもなく、ただ、沖田の影響が大きかった。

 沖田が落ち着いていたからマシュも――というわけではなく。

 

 これ以上なく沖田が取り乱してしまったため、かえってマシュが冷静になったのだ。

 

「……」

「沖田さん……」

 

 刀を握り締め、立ったままの沖田に、マシュは一体何と声をかけていいのかわからなかった。

 

「あの人は、すごく優しい人だったんです。変わっている人だったし、まさしく正義の味方といってもよかったかもしれない」

 

 沖田がぼそぼそとこぼす。

 

「どんな状況でも人を殺すような人ではなかった……はずです。あの人は、少しでも誰かを助けたくて、それをするには悪に手を染めるほかなくて、それでも本当に自分が誰かを救えているのかずっと不安がるような……」

 

 確かに、マシュは、桜泥棒が生前誰かを殺したという記録はなかったと記憶している。その活動理由までは知らないが、盗んだ金に一切手を付けずにそのすべてを庶民にばら撒いていたというのは、一周まわって常軌を逸しているとすら思う。

 犯罪行為を正当化するつもりも、また、犯罪行為に勇気なんて言葉を当てはめるのは気が進まないが、失敗すれば釜茹でにされるという危険な橋を渡って、なおかつそれで得た全てを手放している。いったいどれほどの勇気と理由があればそこまでのことができるのだろうか。

 今の沖田の話からすると、誰かのためになりたいという理由だけでそれを行っている。カルデアにいる英霊たちの中にも、そういって完全に自己の利益を捨て、誰かのためにのみ生きて死んでいったものがいる。そしてそんな彼らを知っているからこそ、その行いが簡単なものではないとよく知っている。

 

「どうしたらいいんでしょう……私は――」

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「わがまま?」

 

 林太郎の答えに、藤丸は小首をかしげながら聞き返す。

 

「ああ、俺はすごく自己中心的な人間でね。今回のことも結局そうなんだよ」

「どういうこと?」

「俺の目的は……そうだな、ある人が死ぬ可能性を消す――――っていうのが建前。

 本当の目的はどちらかというと『                         』」

「うっわあ……」

「おい」

「それはわがままだなー」

「まあ、それ故に沖田がこの時代に来たのも偶然ではないのかもしれないな」

「あー、そうかも」

 

 苦笑していた藤丸だが、そのうち真剣な表情になって、数秒間沈黙が流れる。

 

「じゃあ、沖田と戦って勝ったら?」

「俺が正しかったってことだろう」

「負けたら?」

「……この勝負の場合、負けても俺の勝ちだよ」

「……ほんとに自分勝手だね」

「なんか毒吐くようになったな……まあ、俺が義賊なんかやってた理由もある意味自分勝手な理由だからな」

 

 林太郎は、軽く腕を振って、その場で数回飛び跳ねる。そのあと小太刀を抜いて構えた。

 その様子を見てポカンとしている藤丸に林太郎は続ける。

 

「要はさ、誰かにお前が必要だって言ってもらいたかったんだ」

 

 林太郎が見据える先には、一人――いや一騎。

 夜にもかかわらず、すぐに見つけられるような目立つ格好。浅葱色の、だんだら羽織。

 腰に差した刀は、いつも使っていたはずの刀とは別の物。

 

「やあ、沖田。林太郎として、夜に会うのは初めてかな?」

「えー? ひどいですよ。花火見に行ったの忘れたんですか?」

「おいおい、俺が桜泥棒の恰好をして、なおかつ夜に林太郎として会うのは初めてだろう。今まで顔隠していたし」

 

 林太郎は、闇に紛れるための黒い装束。それに籠手、いたるところに暗器を隠し、臨戦態勢。普段通りの桜泥棒よりも、さらに戦闘に備えているが、唯一、普段は顔を隠しているのを今はしていない。

 どうにも、顔を隠してしまうと、林太郎ではなく『桜泥棒』になってしまう気がしたからだ。

 

 すごく不気味な光景だと、林太郎は思った。これから自分のすべてを否定する。沖田からしたら、自分のマスターを連れ去られてはらわたが煮えくり返っているはずだ。

 お互いに、もはや正気の沙汰で居られるはずがない。にもかかわらず、それこそ久々に会った旧友と和やかに話しているような雰囲気で。

 

 林太郎が振り抜いた小太刀は、夜闇を切り裂くがごとく勢いで沖田の肩めがけて、落ちる。それを体裁きだけで躱した沖田はくるりと回転。その勢いで刀を抜いた。とっさに距離をとった林太郎だったが、腹が血ににじんだことから、少しばかり斬られたようだ。

 

「突然攻撃してくるなんて、ひどいですよ林太郎さん」

「いつかお前が突然首を刈り取りに来た時の仕返しさ」

 

 今の攻防だけで、林太郎はやはり沖田に敵わないことを悟る。聖杯で無理やり出力を上げた程度では、まだ足りない。

 けれど、それでも勝てると思った。いつか土方にやられたときのように、絶対に勝てない相手がやって来たとしても、その程度で林太郎は負けたりしない。

 

 力は無理やり追いつく。技量は数段向こうが上。速さ、経験、その他剣技における全て。沖田に挑むことがいかに馬鹿馬鹿しいか、比較するまでもない。

 ただ、あの時土方に、たとえ致命傷を与えられようとも終ぞ死ななかったように。不意を突いてぎりぎり逃げられたように。

 

 たかが自分と格が違う程度では、自分を止められるわけがない。

 

 




やっぱり終盤の展開が無理やりになるのは、僕の実力不足だと再認識できましたが、このまま最後まで投稿したいと思います。
 今日の夜には最終回上げます。


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最終話:幕末の義賊

 弾けるように、林太郎は沖田との距離を詰めた。沖田は慌てた様子を見せずに構えているが、沖田の間合いに入る直前に林太郎は左手を振るった。何も持っていないように見えたが、どうやら針を隠し持っていたようだ。それを見切って、躱した直後に斬りかかってきた林太郎の小太刀を刀で受ける。

 

「やっぱ無理か」

 

 林太郎はそういうが、残念な様子を見せずにすぐに距離をとる。林太郎を追おうとする沖田だが、ころり、と何かが落ちたのを見てすぐに後ろに飛んだ。導火線に火のついた、丸い何か――爆弾だ。爆発に備える沖田だったが、導火線がなくなってもそれは爆発する様子を見せない。

 

 そして、それを防げたのはほとんど運だった。何本も飛来した飛びクナイ。それを刀ではじいて――今度は視界が白に染まった。

 動揺した時に、大きく息を吸ってしまいむせる。どうやら煙幕を張ったようだ。

 

 ならば同じ位置にとどまっているのは危険か。だが、下手に動いても危険。一瞬どうするべきか悩んだ沖田の前に、また何かが転がって来た。導火線に火のついた爆弾。躊躇した沖田だが、これが爆発しないとは限らない。導火線がなくなるより前に後ろに飛んで――。

 

「つっ!!?」

 

 半ば無意識に手が動いた。沖田に向かって振るわれた小太刀を手の甲で逸らし、致命傷を避ける。すぐに林太郎の存在を確認すると、沖田は刀を振るった。不意打ちされたにもかかわらず、超人的な反射で身をよじり、刀を躱そうとした林太郎だが、それでも肩口を少し斬られる。

 

「がっ!」

 

 小太刀を沖田に向けて投げて距離をとる林太郎。小太刀を躱した沖田は、また構えなおし、林太郎を見据える。

 林太郎は笑っていた。余裕の笑みなどではなく――

 

「あーもうこれ、どうすんだよ。ここまでやって手の甲ちょっと斬れただけって……」

 

 笑うしかない。

 林太郎は、沖田を甘く見ていたわけではないだろうが、だからと言ってここまで圧倒的に差があるとも思っていなかった。

 

「まだやるつもりですか? 林太郎さんでは私に勝てません」

「……あーあ、どうだろう。俺の全てを出し切った方がいいか。そうじゃなきゃ否定されてないからな」

「……?」

「煙幕を焚いても、だまし討ちをしても、不意打ちをしても、通用しない。けれど、俺なんかがいっちょ前に剣を見て何かに気づくなんて生意気かもしれないけれど、分かったことが一つ。沖田、結局まだ、俺と戦うことに悩んでんだな」

「……」

「大方剣を合わせれば何かに気づくことがあると思ったのか? それともマスターの救出を優先したか。とにかく。お前は俺を倒せない」

「――たとえ。たとえその通りだったとして、だからと言って林太郎さんが私にかなう理由にはなりません」

「ああ、林太郎なら勝てないだろうな。けれど、『幕末の義賊』としてなら――」

 

 林太郎は、小太刀を後ろに放り投げて、今度はどこに隠し持っていたのか刀を抜いた。

 

 

 ☆

 

 

 沖田と林太郎が戦っている隙にマシュは藤丸の救出に向かっていた。藤丸はぐるぐると縄で縛られているが、見たところ怪我をしている様子はない。

「お怪我はありませんか!?」

 

 それでも心配が収まらないマシュは、藤丸に尋ねる。藤丸はマシュが縄をほどいてくれたおかげで動かせるようになった手を振って、「問題ないよ」と笑顔で答えた。

 

「けれど、それより沖田は――」

 

 沖田と林太郎の戦闘。先ほどまではどうにか林太郎が攻撃を加えようとしている状況であった。それでも沖田には敵わない。それでも林太郎は戦うことを選んだのだが。

 

「嘘……」

 

 林太郎が振るう刃も、沖田が振るう刃も、そのどちらも藤丸の動体視力で見ることは叶わない。火花がまるで花火のように激しく散り、地面がえぐれ、塀に大きく傷が入る。そういった、戦いの痕跡と言うべきか、副次的に発生する破壊でしか、二人の戦闘を認識することはできなかった。

 けれど、

 

「林太郎さんが、沖田と互角?」

 

 実際のところはどうかわからない。藤丸にそう見えているだけなのかもしれない。でも、遠目に見える沖田の表情は焦っているようにも見える。

 

「林太郎……沖田さんもそう呼んでましたが、それが『桜泥棒』の名前なんですね」

「え? 『桜泥棒』の名前ってわかっていなかったの?」

「はい。『桜泥棒』だとされた死んだ人物も記録が残っておらず詳細不明。模倣犯がつかまったり、殺されてしまったりして結局本当の『桜泥棒』が何者であったのかいまだに不明とされています」

「でも、あそこまで強いなんて」

 

 藤丸の目で、二人の戦いを見ることはできないが、藤丸と違ってマシュにはあの二人の戦いが見えているはずだ。

 マシュは、二人の戦いを見て、

 

「おそらくですけれど。『幕末の義賊』の影響ではないかと」

「『幕末の義賊』?」

「沖田さんの刀と同じで、後世の作家が、『桜泥棒』を凄腕の剣客として記したせいで、剣豪という認識を持った人がいるんです。幕末という動乱の時期に義賊をしていたという、確かに劇的な人物ですから」

「じゃあ、林太郎さんって」

「……もちろん、程度はそこそこかもしれませんが、ある程度の剣の腕を有しているはずです」

 

 

 ☆

 

 

 

 あと一歩足りない。聖杯の力を使っても、宝具を使っても、策を練っても、小細工を重ねても。

 

 なんだこいつ。

 

 

 俺の振るった刀を最小限の動きでかわして見せた沖田は、今度は自分の番だとばかりに刀で突いてくる。それを刀でどうにか受け流して、反撃――しようとしたところで沖田が横なぎ。半歩下がってギリギリでかわして、今度こそ刀で斬り上げる。

 これに大きく後退した沖田に、追撃を仕掛ける。

 まずは地面を刀で抉って、沖田に向けて飛ばす。視界を塞ぎ、うまくいけば沖田の目をつぶせる。

 

 土砂に隠れるように沖田に接近。

 

 だが、沖田は土砂を斬って見せた。ただまっすぐ振り下ろしただけ。それだけのことで、剣圧で土砂はかき消され、無防備な俺の身体がさらされる。

 

「っ!!」

 

 無理やり体をひねると、体すれすれのところを刀が通り抜けていく。体勢を崩したまま、どうにか沖田に攻撃を仕掛けるも、刀でいなされる。

 

 

 どうにかその勢いを利用して沖田から距離をとる。

 

「くっそ……」

 

 沖田と互角だったのは本当に最初だけ。それ以降はいくら斬りかかっても表情一つ変えずに凌いで見せている。それでいて、沖田は手加減をしている。何度か俺に致命傷を与えられる機会があったにもかかわらず、それをあえて見逃しているのは俺にも理解できた。

 

「もうやめましょう。林太郎さんでは、私に勝てません」

「知ってるさ」

 

 まだ、まだチャンスはある。

 

「わるいけどさ。俺は絶対に、俺を否定したいんだ」

 

 もう一度沖田に斬りかかる。当然俺なんかの攻撃を沖田は簡単に避けるが、無理やり連撃。体勢が崩れ、型はめちゃくちゃ、当たるはずはない。沖田はまた、俺が受け流せるような攻撃を繰り出してくる。それをあえて防がずに、俺は刀を沖田に向けて投げた。

 沖田の刀が肩から入り、俺を大きく切り裂くのと同時に。俺の投げた刀は沖田の右肩に深々と突き刺さった。

 

 

 ☆

 

 

 気が付いたら、沖田は別の場所にいた。あたりを見渡してみるとどうやらどこかの屋敷らしい。咲き誇った桜の木を、縁側に座って一人の女性が見上げていた。

 見覚えのない女性だ。長い黒髪は艶やかで美しく、仕立ての良い着物は彼女によく似合っていた。はかなさと、気品。そして、芯のある強さが感じられる。

 

「彼はね」

 

 女性が言った。沖田に向けていったのか、それともただの独り言か。

 

「彼は私の父を殺しに来たの。庶民から搾取するような人で、恨みも相当買っていたから仕方ないのかもね。ただ、これは私の身勝手な感情だけれど、父親を殺されるのは嫌だし、それをただの子供がしてしまうのも駄目だと思ったの」

 

 女性は桜の木に手を伸ばして、

 

「彼は破綻してた。私はどうすることもできなかった。今も多分、破綻しているんでしょうね。生きる意味を与えてはいけない。悪いことを悪いことだと教えてはいけない。彼がひたすらに追い求めている、正義が何か、彼に正義を与えてもいけない。

 彼は自己を消すように育てられている。もしも生き方を教えてしまったら、本当に彼がただの人形になってしまう。

 私を殺させないことが正義だと思っているならば、それが間違いだと教えてあげて。それと、きっと私のためだなんて、あとから自分の行動を正当化するために考えた方便だろうから、あなたが彼を止めてあげて」

 

 そこまで言うと、女性は沖田に向かって笑みを浮かべる。

 

「私は、私を彼に殺させたことを後悔しているし、後悔していない。彼は『命令、殺せ』と言われると、ただの殺戮人形になるように洗脳されているから、それを利用してしまったの、それを後悔している。

 でも、私がいたら、彼は永遠に大切なものを見つけられなかったから、後悔していない。

 誰かのために、命を使うなんて馬鹿らしく思えるかもしれないけれどね。彼は私を『私』にしてくれたの。悪人の娘、跡取り、利用価値のある小娘。そういった評価しかされなかった私を、人間として、ただの『私』としてみてくれた彼には、幸せになってもらいたかったから」

 

 

 

 右肩の痛みと共に、視界が元に戻った。体を大きく切り裂かれた林太郎が目の前にいる。英霊と言えども致命傷には変わりないだろうに、いまだ立ったまま。

 

「生前から、生命力に関しては自信があってね」

 

 そんな状況でも笑いながら言う林太郎に、沖田は特に反応を返さなかった。

 

 目の前の林太郎は、いったい何が望みなのだろうか。それを考え出していた。

 

 先ほど林太郎は、自分を否定するといった。

 彼の生まれ育った里を壊滅させて、次は何をしようとしているのか。たった今、沖田が見た夢のような何か。あの時見た女性が言っていた彼とは――根拠はないが、林太郎のことに思えた。

 ならば、林太郎はあの女性を助けようとしている。助けるとは何か――彼女は彼に自分を殺させたといっていたのだから――林太郎自身を殺すこと。

 

 けれど、あの女性は彼が自分を救おうとしているなんて方便だといっていた。つまり、本当の理由はもっと別のところにあるのだろうか。

 自分の存在を否定する。わざわざ沖田を待っていた意味は――。

 

「ああ、本当に、わがままですね」

 

 

 

 小太刀を抜いた林太郎が、まっすぐに突きを放ってくる。その切っ先は沖田に向いているように見えるが、寸前で逸らそうとしていることが理解できた。林太郎に負けても、勝っても駄目。

 

 沖田は刀を振り上げて、その勢いのまま刀を捨てた。

 

「なっ!」

 

 まっすぐ飛び込んできた林太郎を抱きしめて、

「『自分を否定することを否定してほしい』と言ったところですか? いつからそんなわがままになったんですか? 林太郎さん」

「……俺はさ」

「はい」

「俺の育った里はさ、悪人を殺すことが正義、自分たちこそが正義だって言っていたんだ。情報を吐かれたら困るからって、ずっと子供のころから拷問になれるよう訓練させられてさ、辛くて喋ったら、里のみんなから殴られるんだ。『お前のせいでみんなが今死んだ。正義が途絶えた』って。

 初めて殺しの指示が出て、行った屋敷で、初めて優しくされたんだ。その人は俺を初めて人間としてみてくれた。けれど、それでも俺という存在は必要なかった。俺という存在がいなければ、あの人は不幸にならなかった。

 あの人を殺してしまってから、俺は、誰かのために生きようと思った。誰かを助けたいんじゃなくて、誰かに必要だといってもらいたかった。そんな自分勝手な理由で、悪人から金を奪って、庶民に撒いた。みんなが『桜泥棒』を称賛しても――やっぱり俺じゃなくてよかったんだ。

 俺が死んだ後も模倣犯が出たらしい。彼らもまた必要とされた。いや、必要とされたのは『桜泥棒』だったんだろう。誰一人、『林太郎』を必要としなかった。

 そのずっと後の時代もそう。結局、いつだって表にいるのは『桜泥棒』で、必要とされたのも『桜泥棒』で。『林太郎』じゃなくて『幕末の義賊』なんだ……」

「……そうですね。『桜泥棒』をやるのは、林太郎さんじゃなくてもよかったんでしょうね。『幕末の義賊』がいなくても、別に何の問題もなく世の中が回ったことだと思います」

「……はは、だよね」

 

 

 結局、社会に必要とされる人間なんていないんだと思う。沖田総司が沖田総司であった必要なんてどこにもないのと一緒だ。その役目を全うできる人間が他にいたなら、その人は必要ないだろう。

 ただ、沖田総司以外の人間が新撰組の一番隊隊長ができたかどうかはわからない。他の人間だったら、何かが狂っていたかもしれない。他の人間が代わりになれたかどうかわからないから、沖田総司は必要とされる人間になれた。

 

 ただ、『桜泥棒』には、模倣犯という代わりの人間が現れてしまった。『桜泥棒』が、『幕末の義賊』が、たとえ林太郎でなくとも、構わなかったことが証明されてしまった。

 

「でも。『幕末の義賊』は私にとって必要ないですけど、一緒に花見をするなら『林太郎』さんがいいです」

 顔を上げた林太郎に、沖田は笑いかけた。

 

「花火を見に行くのも、紅葉の中散歩してみるのも、雪景色を家の中で温かくしながら楽しむのも、林太郎さんがいいです。それじゃあ、だめですか? 大勢に必要とされないとだめですか?」

「そんなんでいいのかな。世の中に必要とされて、世の中を救って。俺は特別なことをしなきゃいけないと思ったんだ。自分勝手で、誰かに必要とされたかったけれど、あの人を殺してしまった罪もあって、多くの人を救わないとそれが正しいことだって」

 

 沖田は林太郎の言葉を聞いて、少し考えてから、

 

「それ、マスターに聞いたんですけど、現代では中二病っていうんです。幸せな世の中だからかもしれないですけれど、平凡な幸せをかっこ悪いとか言っちゃうんです。林太郎さん、中二病はカッコ悪いですよ」

「えっと? 何を言って」

「高望みし過ぎってことです。確かに沖田さんは最強無敵可愛いですから、林太郎さんが敵わないのは当たり前ですけど、私なんかにぼこぼこにされてかっこ悪いですよ。林太郎さんはお団子作るのが似合ってます。生まれも人生も関係なく、林太郎さんは、私と花見をするためにお団子作るのが仕事です」

 

 ポカンとした様子の林太郎を見て、沖田は思わず吹き出して、

 

「つまり、そうですね――――私が『林太郎』さんを必要としているので、それでいいじゃないですか。私との約束を守って、花見をする。正しいこととか、正義とか、いろいろあって正直分からないですけど、きっとそれが正しいことですよ」

 

 やはり、しばらく呆けた様子であった林太郎であるが、少し考えてから、笑って。

「なるほど、なんで俺が沖田を待ってたかよくわかったよ。

 好きな人に必要とされなきゃ意味がなかったってことか」

 

「へ?」

 

 

 赤くなった沖田を横目に、林太郎は満足した表情を浮かべて消えていった。




 無理やりな終わらせ方だと思う人も多いかもしれませんが、僕はこれでいいと思ったので。
 結局、主人公が相当わがままな人間だったということです。
 本編で書くべきことを、あとがきで説明するのは邪道かもしれませんが、主人公が沖田に勝っても負けても自分の勝ちだというようなことを言っていたのは、『林太郎』として沖田の目の前に現れたうえで、『桜泥棒』として挑んだからです。このまま『林太郎』=『桜泥棒』として沖田が決着をつけていたら、林太郎の、『林太郎』を否定するという目的が達成できると考えたからといった感じです。
 本編最後で林太郎自身言っていたとおり、『桜泥棒』が林太郎である必要がないのなら、誰かに『林太郎』を必要としてもらいたくて、特別、沖田に必要とされたかったのです。

 つまるところ、『桜泥棒(林太郎)』でもなく、『幕末の義賊(林太郎)』でもなく、団子屋として、沖田と普通に過ごしていた『林太郎』を肯定してもらいたいがために、自分を否定する行動(自分が生まれた場所を否定して、生まれたこと自体を否定したり、過去の自分を殺すことを目指したり)を起こしていたといった感じです。

 この小説の主人公は、タイトルの通り『幕末の義賊(桜泥棒)』ですが、最終回に関してだけは『林太郎』で、ただの人間です。ですので、これまでの話は『桜泥棒』をいかに人間から乖離した英雄じみた義賊かを描いて、最終回だけは、無茶苦茶な行動、利己的な行動、わがままという、ただの人間を前面に出しました。出しすぎた感はありますが。


追記。
 大勢の方に後日談の要望をいただいてうれしく思います。大変ありがたいですが、しばらくは無理そうです。それこそ、来年のエイプリルフールとか、桜の咲く時期に、ひょこっと更新できたらな、と言った感じです。
 ちなみにこの無理そう、と言うのは、なんとなく、僕が最終回で完全に終わった気になってるので、今書いても、うまくかけない気がするという感じです。匿名で何か投稿することがあるかもですので、文体から、『あれ、こいつこいつかな?』なんて特定できる猛者がいらっしゃいましたら、ぜひよろしくお願いします。

 いつか皆さんが完全に忘れたくらいに匿名解除します。


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おまけ

 なんか短いです。
 後日談を書くと言ったので、この作品を完全に閉じるためにも後日談を書きました。


 カルデアでの、私室。普通サーヴァントには必要のないものだ。サーヴァントにも至れり尽くせりなのだから、本当にマスターには頭が上がらない。

 もともと俺がここに呼ばれたのは、カルデアのマスターと縁が生まれたから。その縁が生まれた理由というのが、俺が何かしらのやらかしをしたからだと聞いているのだが、そんな相手に分け隔てなく接してくれるのはマスターの人徳なのだろうか。

 

 迷惑かけた相手にも優しくできるその精神性を讃え、感謝するべきだろうか。

 あるいは、「みんな大体やらかしているようなものだから」と言った言葉を憐れむべきだろうか。

 

「……で、なんで俺の部屋がたまり場になってんの?」

 

 

 ベッドの上で寝そべりながら何やら本を読んでいる沖田。

 その近くに座りながら煎餅を食べる織田信長公。

 その他新撰組の見たことがある連中やら、何処の誰か知らないけれど神秘的な雰囲気の女性とか、武将っぽい人とか、なんか色々集まってる。

 

 正直な感想を述べれば、彼らは突然読めない行動をとるので、一緒にいると疲れる。

 

 沖田自身、元気で突然訳の分からない行動する――確かテンションが高いというのだったか――人ではあったので、慣れてはいるが。

 

 もともと彼らは沖田が俺の部屋にやってくることが多いから、という理由で集まっている。それならば沖田をどこかへ、茶室が落ち着くと言ってたのだからそこらにでも一緒に連れていけばいいものを、いつしか当たり前のように俺の部屋に集まるようになった。

 

「特に、あんたがいるのが一番落ち着かないんだけどな」

 

 我が物顔で俺の部屋を占領する彼ら。俺とほとんど面識がなかった連中も、最初から当たり前のように遠慮なく接してくるので困ったが、中でも一番受け入れがたい男がいる。

 

「あ?」

 

 新撰組副長、土方歳三。

 

「まあ、今さら過去の事を言ってもどうしようもないとは思っているんだけどさ」

「…………」

「…………」

 

 

 いや、会話しようというつもりはなかったが、無視か。無視された方が良かったのかもしれないけれど。

 

 

 そんな風に俺と土方歳三との間に殺気にならない程度の張り詰めた空気が流れていると、ふと信長公が俺に対して手を振っていることに気が付いた。どうやら俺を呼んでいるらしい。

 

「御用ですか? 信長公」

「相変わらず微妙に硬いのう……まあ良いか。おぬしと沖田の話じゃ。沖田が読み物を借りて来ての」

 

 そう言いながら示す先。沖田が本を読んでいた。

 

「…………何それ、『幕末の義賊』? ………………俺じゃん」

「それが林太郎さん! これ、なんか私の知ってるのと全然違うんですよ!」

「はあ、まあ、だってねぇ」

 

 言いながら俺は信長公を見た。歴史が正しく伝わらない事は、ここに極まれりだ。

 信長公ほどの人間の話が正しく伝わっていないのだから、俺みたいな、精々一時期世間を騒がせただけの人間の話なんて、全く違ってくるだろうに。

 

「いちいちそんなことで文句言ってたらキリがないだろう。ほら、俺もよくわからないけれど、ここで過ごしていたらそんなのばかりなんだろ?」

「それはそうなんでしょうけれど……」

 

 

 まだ不満げな沖田に呆れながら、ふと辺りをさりげなく探る。なぜだか周りの眼が生易しい。ちょっと不快なくらいに。

 

 どうやら、俺の知らない俺――つまりはカルデアのマスターと縁を作ったやらかした俺――が何かをしたらしい。

 

 

 自分の知らない自分って言うのも、おかしなものだし、ここにきて聞いた話だが、可能性の世界というものものあるらしい。例えば、俺があの村に生まれなかった世界もあるだろうし、あの村に生まれても環境が違った世界もあるだろう。そういった可能性が、こことは別の世界として存在しているというのだ。

 

「もしあるのなら……なんて、意味のない話か」

 

 こうしてまた沖田と出会えたのだから。

 別の可能性なんて考える暇があったら、今を楽しむことにしよう。




 みんな元気? 数年ぶりですね。まあ、普通にその数年間活動しているんで、その間に筆者の別作品読んでくれた方もいるでしょうが。

 冗談はこのくらいにして、本題ですが、なんか前から言ってましたがリメイクします。理由としては、単純に出来が悪いと思っているからです。
 筆者は三十作投稿してその内完結作がこれを入れて三作という、エタエタの実の能力者ですが、これは完結させたい一心で、もうとにかく最終回にたどり着くことだけを目標に書いてました。

 もっと良くできるのではないか、この展開を入れたいけれど実力がない。そう言ったものを全て妥協して、無理やり書いています。読み返した時、筆者はこれに合格点を付らけれないレベルだと思っています。

 匿名設定に戻していますが、活動報告や感想等で、この作品を気に入ってくださっているのだなという方が多く、筆者は驚いています。勿論嬉しいのですが、それ以上に、もっと良いものを書けていればという思いもあります。
 今言ったように、この『幕末の義賊』が好きという方もいて、その方にはリメイクで却ってがっかりされてしまうかもしれませんが、それでも、少なくとも自分が納得のいく形にしたいと思い、リメイクします。

 設定の変更や、展開の改編。あと新撰組も増えたし、口調の練習一杯しないと真似するの苦手だし。

 と言った感じなので、月姫待つくらいの気持ちでお待ちください。


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