ドM対魔忍アゲハ (タムタム)
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アサギとアゲハ

「もう少しマシな任務は無いの?」

 

 彼女は部屋に入ってくるなり、開口一番にそう告げた。

 そんな女性の態度を見て、アサギは悲し気に目を伏せる。彼女が言うマシな任務というのは、言葉通りのまともな任務という意味では無い。むしろ逆だ。

 もっと遣り甲斐がある危険な任務を要求しているのだと、アサギは長年の付き合いから親友の言葉の真意を理解していた。

 

「あなたの任務はそれよ。与えられた任務に文句を言うのはよしなさい」

 

 アサギは窘めるように冷たい口調を意識した。

 親友はいつからこうなってしまったのだろうか。アサギは暗い感情と共に自らに問いかけたが、答えが得られる事は無かった。

 分かっているのはただ一つ。彼女は優しすぎたのだ。それは間違いなく美徳だったが、同時に致命的な欠点でもあった。

 

「……分かったわ」

 

 アサギの言葉に女性は軽く頬を膨らませながら首肯した。

 その態度からはありありと不満が感じられたが、アサギは指摘する事は無かった。あまり良くないとは分かっているが、それでもアサギの前でだけは素直な姿を見せてくれているのだと考えると、その事を注意する気にはなれないのだった。

 

 アサギがそんな事を考えている間にも、女性は背を向けて扉の前に移動していた。

 手にした任務の詳細が書かれた紙束を顏の横でひらひらと振りながら、彼女は「じゃあ行ってくる」とだけ告げて扉の取っ手に手を掛けた。

 別に急ぎの任務では無い。今すぐ行く必要が無いにも関わらず、何かに追われるように任務に向かう親友の背中を見て、アサギは堪らず口を開いた。

 

「もう自分を傷つけるのはやめなさい。鳳羽(あげは)

 

 アサギは親友――北原鳳羽に忠告する。

 鳳羽の二つ名は完成された対魔忍(ミス・パーフェクト)

 彼女の凄まじい技術と圧倒的な美貌、そして任務成功率が一〇〇パーセントという由縁から与えられた二つ名だ。

 どんな任務だろうが鳳羽は成功させ続けてきた。上層部が鳳羽を陥れる為に虚偽情報を与えた事もあった。妬んだ同僚から無理難題を投げつけられた事もあった。鳳羽を恨んだ魔界の組織に罠に掛けられた事もあった。

 それでも決して不平不満を口にせず、鳳羽は悪に立ち向かい続けてきたのだ。

 

 何が彼女の原動力だったのか。

 それは簡単だ。間違いなく仲間の為だろう。

 鳳羽が激しい拷問に消耗した仲間を見ながら、「いっそ代わってやりたい」と呟きながら涙したのをアサギは知っている。そんな優しい彼女だからこそ仲間に危険が及ばないように、いつしか危険な任務を一身で引き受けるようになった。

 

 その行為自体は素晴らしい行いだ。

 もっとも優秀な対魔忍である鳳羽が、危険な任務を引き受けるのも道理に適っている。

 けれどそれをアサギは見過ごす訳にはいかない。鳳羽がただの組織の道具として、仲間を救い続けた挙句にボロボロになっていくのを、黙って眺めている事など出来る筈が無かった。

 

 アサギとて最強の対魔忍と呼ばれる存在。そしてアサギ以外にも優秀な対魔忍の卵たちは、着実に育っている。一昔前とは状況が変わってきているのだ。

 だからもう鳳羽が無理をする必要は無い。仲間を守る為に無茶をするのでは無く、仲間を頼る事――信じる事を覚えて欲しい。そんな想いを込めて放たれた言葉だったが、無情にも鳳羽には届かない。

 

「……わ、悪いが人の趣味に口は出さないで貰おうか」

 

 鳳羽は気まずそうに顔を逸らしながら、それでも断固たる意志で拒否を示す。

 その際に鳳羽は両腕を組んだ。一見すると自然な仕草のようにも思えるが、その絹のような柔肌には赤い線がうっすらとあり、それを隠す為の動作である事をアサギは見逃さなかった。

 

 任務で出来た傷では無い。ならば訓練で出来た跡だろう。

 完成された対魔忍と名高い鳳羽が傷を負うような訓練とは、一体どれ程に苛酷な課題を自らに課しているのだろうか。

 どこまでもストイックな親友に、アサギは溜息を吐く。そして()()()()()()()()()()()()を趣味だと言われてしまえば、アサギから言える事は何も無い。

 

 アサギは静かに苦笑した。

 親友が自分自身を大切にしないのは悲しい。けれどそれが北原鳳羽という対魔忍なのだ。どこまでも優しく強く気高く、そして自らを犠牲にしても仲間の為に尽くす。

 対魔忍としては褒められたものでは無い。けれどそのいつまで経っても変わらない有り様が、とても誇らしく思えたのだ。

 

「仕方のない奴ね……」

 

 アサギがそう呟くと、鳳羽は心底申し訳なさそうに「すまんな」と呟いた。

 その事が可笑しくて、思わず笑みが零れた。きっと鳳羽の性根が変わる事は無いだろう。彼女が自己犠牲の精神で仲間の為に戦い続けるなら、それを全力でサポートする事がアサギに出来る唯一の援護なのかもしれない。

 

(あなたが無理してでも、皆を守るというのなら……私たちもあなたを守る為に多少の無茶はさせて貰うわ。その事に文句は言わせないわよ、鳳羽)

 

 五車学園の訓練教官室から逃げるように去って行く親友の背中に向かって、アサギは固く誓うのであった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

「ふう……」

 

 鳳羽は訓練教官室から出ると、溜息を吐き出した。

 凝り固まった筋肉を解すように左右の肩をそれぞれ一周させると、続いて首を回転させてポキポキと骨を鳴らしていく。そして一通りの体操が終わると、再び溜息をついた。

 

「まさかばれるとは思わなかった……流石はアサギ」

 

 鳳羽は赤面しながら呟いた。

 彼女は昨夜遅くまでSMプレイに興じていたのだが、その際に縄できつく縛られた為に手足に多少跡が残っていた。だが鏡で見てもほんのりと赤い程度なので、流石に分からないだろうと鳳羽は高を括って、アサギに会う事にしたのだった。

 

 しかしアサギの目は誤魔化せなかったようで、「自分を傷つけるのはよしなさい」という言葉で指摘されてしまった。

 まさかほんのりと赤い縄の跡を目敏く見つけて、それが被虐趣味の結果だと看破されるとは思わなかったのだ。アサギのポテンシャルには、ただただ戦慄するばかりだ。

 

 確かに任務の前に傷跡が残る程の激しいプレイに興じるのは不謹慎だろう。体力は減るし、プロ意識が欠如していると言われたら反論する事はできない。

 アサギの言いたいことは良く分かる。でも仕方ないのだ。鳳羽は超がつく程のマゾヒズム。簡単に言えば、酷い事されないと興奮する事が出来ないド変態なのであった。

 

 性欲を処理する為には、ある程度肉体を痛めつけなければならない。

 だから任務前だとしても、体を傷つけるのは必要だった。と言うよりもむしろ任務前だからこそ体を痛めつけて性欲処理するのは必要不可欠な事だった。

 

 何故なら性欲を処理せずに任務に向かうと、わざと失敗して捕まりたくなる誘惑に駆られてしまうからだ。

 オークに捕まって、奴隷娼婦にされて、自由と尊厳を奪われて犯されるだけの毎日。考えただけでも涎が垂れる程に、羨ましい光景だった。

 正直に言えば捕まりたい。捕まって滅茶苦茶に犯されたいというのが、鳳羽のかねてからの夢だと言っても過言では無い。

 

 それでも我慢して任務を達成し続けているのには理由があった。

 まず給料を貰っているのに、わざと失敗するのは不味いという良識があった。そして失敗して捕まれば命懸けで救援が来る可能性が高いというのも分かっていた。

 

 流石に自分のせいで友人や知人が傷つくのは困る。

 滅茶苦茶に犯されている間に、友人の悲鳴が聞こえてきたら、流石の鳳羽も罪悪感で楽しめる自信が無かった。だからこそ彼女は任務に本気で取り組んでいる。

 

 全力を出して失敗すれば、罪悪感は少なくて済む。

 そして救助を諦める位の大物に捕らえられてしまえば、いくら何でもわざわざ危険を冒してまで仲間が助けに来ることは無いだろう。

 そう結論付けた鳳羽は、なるべく魔族の恨みを買うように行動しながら、とにかく片っ端から危険な任務を引き受けるようになったのだ。

 その結果が任務達成率一〇〇パーセントにして、完成された対魔忍という二つ名だった。

 

(……全部魔族が弱すぎるのが悪い)

 

 いくら鳳羽が特殊な訓練を受けているとはいえ、女の子一人に敗けるとはあまりに不甲斐なさ過ぎるのでは無いだろうか。

 鳳羽は魔族に対して理不尽な怒りを抱きつつも、小さく首を振ってそれを霧散させる。今は時期尚早、まだ先行投資の段階だ。

 

 出来るだけ魔族を倒して、彼らから恨まれるようにする。

 そうすれば大物が出てくるようになるし、鳳羽が捕まった時にたくさん酷い事をしてくれるだろう。完璧な計画だ。鳳羽はオークに取り囲まれる未来を想像しながら、口元から垂れてきた涎を拭って呟いた。

 

「あー……早く私も感度三〇〇〇倍になりたい」

 



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