テイルズオブデスティニー 〜もう一つの運命の物語〜 (むこ(連載継続頑張ります))
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第一話〜運命の出会い〜
こんにちは、普段はソードアート・オンラインの小説を書いているむこと申します。
昔プレイしたRPG、テイルズオブデスティニーで涙を流したあの結末を変えるべく、筆を執らせて頂きました。
彼の結末に多くの人が悔しく、悲しい思いをしたと思います。
この物語は、そんな残酷な運命に抗う彼の生き様を描いた作品となっております。見苦しい所、納得いかない所など、多々あるかもしれませんが、どうか最後までお付き合い下さいませ。
私があの人と出会ったのは、お兄ちゃんが長い旅から帰ってくる少し前。
共に居た時間はほんの僅か。近所の子供同士が一緒に遊ぶような短い時間だった。
それに、出会ったきっかけが最悪でしかなかった。何せ、いきなり悪者と決めつけて私が彼に襲い掛かってしまったのだから。
落ち着いて話をしてみると、彼は盗賊でも悪漢でもなんでもなく、旅の遠すがりの剣士だという。
その割には自分よりも随分幼く……もとい、若く見えたが、腰に据えられた剣が、彼を剣士だということを表していた。
それに、互いに剣を……じゃない。おたまを交えたこともあり、彼の実力はよくわかった。
一人で世界を旅しても問題ないくらいの力を持った強い剣士だった。
私は襲いかかってしまったことを素直に謝罪した。問答無用で手が出てしまうのは、長年兄を相手にしていたからだろうか。私のいけない癖だ。
彼は気にしなくていいと声を掛けてくれた。村に戻るまでの間、それとなく話をしたが、そんなに会話は弾まなかった。
でも、口は悪いけど彼は心優しい人だということがわかった。
危険を冒してまでモンスターが出る村の外にいたことにも気をかけてくれていた。
あまり女子供が一人で外をうろつくものでは無いと。
更に外にいた理由を話すと、なんと彼は少しの間なら手伝ってくれるという。
彼は何やら『あいすきゃんでー屋』というものを探していたようたけれど、そんなもの私の村にはない。
それを見つけられるまでの間なら、手伝ってやってもいいと、ぎこちない態度で話してくれた。
やっぱり、この人は優しい人だ。ただ単にちょっと不器用で素直じゃないだけなんだ。
付き合ってくれることに感謝の意を込めつつ、私は自分の用事を済ませることにした。
私の目的、それはこの大陸にある数少ない『伝説のにんじん』を探すことだ。
にんじんと言っても、食材に用いるわけじゃない。これで、長い間家を無断で留守にして、ずっと私とおじいちゃんに心配をかけているお兄ちゃんを引っ叩くためだ。
昔から、私の暮らしているこの大陸には自然の恵みが豊富にある。空気も美味しいし水も綺麗だ。
モンスターもいるけど、基本的にのどかで平和な大陸だ。
そのおかげもあって、さほど凶悪なモンスターに出くわすこともなく、私はにんじんを見つけることが出来た。
にんじんを見つけた時に、うさぎさんのような動物? モンスター? に襲いかかられてたけど、慌てて逃げ出した。
あのうさぎさん、このにんじんを食べようとしていたのかな?
ということは、ものすごく美味しいのかも。お兄ちゃんを叩くだけでは勿体ないかもしれない。
珍しい大きさと形をしているにんじんだけど、これはこれで何かの料理に使うことが出来るかもしれないな。
今度レシピを考えてみよう。
――――――
「それじゃあ、僕はノイシュタットに戻るとする」
首元まで伸びた透き通るような黒い髪。貴族を思わせるような身なりの整った服装。
それを覆うように質のいい生地で出来た紫のマントを羽織り、腰にはまたもや貴族が扱っていそうな豪華な装飾が施された曲刀が拵えられている。
ここまで立派な身なりなのにも関わらず、身長は少女とそう変わらない。むしろ体つきは男としてはかなり細めで、パッと見女の子と見間違えてしまいそうなほと華奢だ。
「あ……もう、戻っちゃうんですか?」
先程手に入れたにんじんを抱えながら、少女が問いかける。
少女が首を傾げると、長い金髪のポニーテールが風に揺れた。
家事の最中にそのまま家から出てきたのだろうか。ピンクと白を基調としたエプロンドレスに身を包み、いつでも持ち歩いているのだろうか銀のおたまと鉄のフライパンを据えている。
「僕もそこまで暇ではない」
「アイスキャンデー屋を探していたのに?」
「……ッ」
そんなことをしてたということは、暇だったのではないか? と遠回しに突っ込んでみたが、どうやら図星だったようで、彼は言葉に詰まってしまったようだ。
「う、うるさい……」
「くすっ、まだお時間あるんですね?」
表情を見られないように背中を見せ、腕を組みながら恥ずかしさを隠す彼に声を掛ける。
彼は無言であったが、かと言って否定しようともしなかった。
「二度も村まで送ってもらったお礼もしたいですし、よかったら……私の家に寄って来ませんか?」
「……お前の家に、だと?」
「はいっ、あまり大きな家ではありませんけど、ご飯くらいならご馳走出来ますよ」
「…………」
少年は無言のまま、周りの様子を見回す。彼の生まれ故郷に比べると遥かに田舎だ。
生活水準も随分遅れてるし、都会のような施設も見受けられない。
なら何故この地にまで足を運んだのかと言われるとそれまでだが、それは単なる彼の気まぐれと、甘いものへの執着心だった。
どこをどう間違えてこの大陸の唯一の都会であるノイシュタットの街から、山奥であるリーネの村に迷い込んだのかはわからないが。
「……甘いものはあるのか?」
「え……?」
聞こえるか聞こえないかくらいのボリュームで、少年が囁く。リーネに吹くそよ風も相まってよく聞こえなかったため、もう一度少女は耳を済ませてみる。
「だから……甘いものは出るのかと聞いている!」
半分怒って、半分恥ずかしそうな顔で少年は問いただす。そんな様子が面白かったのか、少女はくすっと笑いながら彼の反応を楽しんでいた。
「もちろんありますよ。なんだったら……言ってくれれば好きなものをお作りしますっ」
「……フン。そこまで言うのなら……別に行ってやらんでもない」
本当はご馳走になりたいのに、いざ言葉にして表に出すとこの有様だ。
中々素直になれないが、かといって邪険にするわけにもいかない。
以前の彼ならもっとつんけんで、誰にでも冷たい態度を取っていた。しかし誰の影響かは知らないが、今の彼はだいぶ柔らかくなっている。
率直にお腹が空いていることと、甘いものへの欲求が、彼を突き動かしたのだ。
「ふふっ、わかりました。それなら……家にご招待しますねっ」
「……フン」
彼が家に来る意思を見せると、彼女が笑顔を見せた。滅多に人が訪れないリーネの村にとって、外からの客は大変に珍しい。
大抵は旅の行商人だとか、帰省した若者がほとんどだ。
この少年のように純粋に村の外からの客人というのは本当に珍しいものだ。
しかも、それが容姿端麗な美少年とくれば尚更目立つ。
綺麗な小川が流れるほとりを歩きながら、少女の自宅へと脚を動かしながら、少女は周囲を見回している。
見れば見るほど田舎だ。家屋の壁はほとんど古い木材、屋根部分には藁を被せている家まで見られる。
そして少し歩けば必ず畑や田んぼがあり、至る所で作物を育てている。
少年にはその光景が珍しいのか田舎さながらの風景のあちらこちらに視線を泳がせていた。
「何もないところ……でしょう?」
「……そうだな。ド田舎だ」
特に褒めるところ等ない。空気は美味いが小洒落たカフェや便利な施設があるわけでもない。彼の地元に比べるとやはり田舎だ。
直球ド真ん中の感想を述べながら、少年は腕を組んで少女の後についていく。
「おや、リリスちゃん、今帰りかい?」
道中、傍らの畑で農作業をしているほっかむりを被った中年の女性が少女に声を掛ける。
(……リリスというのか、この女は)
「あ、マギーおばさん、こんにちは!」
手にしていた鍬を傍らに起き額の汗を拭いながら、マギーと呼ばれた女性にリリスは笑顔で挨拶を送る。
「おや、お客さんかい? 珍しいねえ」
「はい、そうなんです。用事を手伝ってもらったんですよ。そのお礼にうちでご飯を食べていってもらおうかなって……」
「……別に、僕は頼んでなどいない。そっちがあまりにもしつこく誘うから、仕方なく付き合ってやってるだけだ」
中々素直になれない彼の態度に、リリスは苦笑いを送る。傍から見たら随分失礼なことを言っているように見えるが、彼女からしたらそうは見えないようだ。
「なるほどねえ、リリスちゃんの押しは強烈だからねえ」
「ま、マギーおばさん!」
「あっはは! 冗談だって、リリスちゃん」
この女性も、彼のつんけんな態度を不快に思っている様子は無さそうだ。
彼女に限らず、この村の住人はどことなく、器が大きいというか、寛容な心を持った人ばかりのようだ。
村全体も、田舎によくありがちな村八分のような感じはなく、住人ひとりひとりか温かで、根が心優しい人達ばかりのようだった。
「しっかし……リリスちゃんも隅に置けないわねえ。これはトーマスさんやバッカスが黙っていないんじゃないのかい?」
「へ……おじいちゃんが?」
何故このようなことを言われるのか、リリスは理解出来ていないようだ。
彼女の年齢は今年で十七歳。言ってしまえば年頃の女の子だ。
色恋沙汰など、浮ついた話題に敏感なお年頃。
しかし、大自然の中で育ったためか、はたまた家系がそうなのか、そういった話にはかなり鈍い様子だ。
何故マギーにそんなことを言われているのかイマイチ理解が出来ていないようだった。
「……フン、くだらんな。おい、さっさと案内しろ」
「え……? あ、わ……わかりましたっ」
リリスが進んでいこうとしたルートを先に行こうと、少年がそそくさと歩を進めていってしまう。
地元なのにおいてけぼりにされそうなリリスが遅れまいと、その後を追い掛けた。
そんな様子を、マギーは微笑ましく鍬を片手に見守っている。
「おばさーん、今度またジャム持っていきますねー!」
「あいよー! 楽しみに待っとくよー!」
スタスタと歩いていく彼を追いかけようと小走り気味に、リリスは彼の隣へと脚を動かした。
少年はその小柄な身長からすると想像出来ないような歩行速度で、どんどん先に行ってしまいかねなかった。
家屋の少ないこの村で大凡の目的地の見当がついてるのか、なんとなく歩いているのかはわからないが、とにかくその場から逃げるかのように歩を進める。
「ごめんなさいね。ここ……お客さん滅多に来ないから、みんな珍しがっているんです」
「そうだろうな。こんな田舎……わざわざ外から人がやってくるなんてこと、まず無いだろう」
「……でも、いい所もあるんですよ? 村の皆はいい人ばかりですし。困ったことがあったら助け合ってますし。静かで……暮らしやすいですし」
「…………」
ノイシュタットや隣の大陸の都会、ダリルシェイドにはない温かさが、この村にはある。
初めはよく分からなかったが、先程のやりとりや、村人同士が楽しく笑い合っている様子を目にしていると、少しずつ……少しずつ、なんとなくだが理解してきた。
「まあ……嫌いではない……」
「……くすっ、ありがとうございます」
話をしながら歩いていると、村の一番奥、一際大きい家屋が佇んでいる光景が目に映った。
大きいと言っても、他の家屋に比べてほんの少しだけ、何坪か広い、といった程度だ。
しかし、その家屋の隣に併設されている羊牧場の広さには目を見張るものがあった。
牧場には十数頭の羊が放牧されており、牧草を食べる個体、のんびり風を感じている個体、すやすやと眠ってしまっているものまで様々な羊が見受けられた。
「ここが私の家です。羊の酪農をしていて、兄と祖父との三人で暮らしているんです」
「……そうか」
都会暮らしの少年にとって、牧場もやはり珍しいもののようだ。旅の途中で野生動物は目にしたことはあるものの、こういった家畜を目の当たりにするのは初めてだ。
そんな彼の視線に気付いたのか、放牧されてる羊の一頭が、彼に向かって「めぇー」と鳴き声をあげる。
「……フン」
「どうぞ、狭いところですけど……」
リリスが木製の古びた扉のノブを捻ると「キィ……」という扉独特のよくある音が響きわたる。
中は灯りが付いておらず、リリスはまず、戦利品のにんじんをテーブルに置くと暖炉の前までとことこ歩き、ポケットからマッチを取り出してくべてある薪に着火する。
するとボッという音と共に火が燃え移り、辺りを明るく照らす。
壁に吊らされているランプのスイッチもオンに切り替え、生活に必要な明るさを確保する。
「適当にくつろいでくださいね、今……作りますから」
「…………」
入り口の扉を閉めると、少年は家の中の様々な所へ視線を移した。
外見からは想像出来なかったが、田舎の家というよりは、内装はログハウスのような作りと装飾になっている。
ほのかに色あせた白色の壁、温かみを感じるフローリングとなかなかに太い大黒柱。
家というよりも別荘と言った方が、そのイメージにはピッタリだろう。
「まあ、悪くはない」
相も変わらず図太い感想と態度を見せながら、少年はリビングフロアのソファに腰を下ろす。
家の中は狭くはないが広くもなく、リリスの包丁で材料を切る音と、暖炉で薪が燃え上がる音だけが、屋内に響いていた。
「…………」
よくよく考えてみれば、どうして自分はこんなところにいるのだろう。
ちょっとお忍びでアイスキャンデーを買いにいくだけのつもりが、道に迷った挙句こんな山奥の村にまでやってきてしまった。
おまけによくわからないトラブルに巻き込まれ、今はこうして他人の家のお世話になっている。
『ぼっちゃん、こんなことしてていいんですか?』
「…………」
突如、どこからともなく声が聞こえた。
声の主は少年でもなく、もちろんリリスでもない。この家に他の誰かがいる、というわけでもない。
「黙ってろ……シャル」
『し、しかしですね……』
声の正体は、少年が腰に据えている曲刀から発せられていた。
そう、彼の装備している剣はただの剣ではない。この時代から千年以上前に開発された、意思を持つ剣「ソーディアン」と呼ばれる兵器だ。
ソーディアンは現在五本存在しており、その中の一本をこの少年が所持しているというわけである。
普通の武器と違うところは、まず先程のように自らの意思を持ち、会話が出来ること。そして「晶術」と呼ばれる魔法のようなものを操ることが出来ることだ。
現代より進んでいる千年前の技術の全てが詰められたこのソーディアンの声は、素質のある者にしか聞くことは出来ない。
故に、一般の人から見るとまるで独り言を言ってる危ない人に見られかねない。
なので、少年は剣に向かって不用意なお喋りを控えるように促したのだ。
「いいから黙ってろ。面倒事をこれ以上起こしたくはない」
『……わ、わかりました……』
「どうかしました……?」
少し様子がおかしい彼に向かい、リリスは上半身の向きを変えて声を掛ける。
その手には包丁とピーマンが握られていた。
「何でもない、気にするな」
「……そうですか、わかりました」
「……それより、おい」
「? 何ですか?」
彼女の持っているソレが視界に入ってしまい、彼は口出しせずにはいられない状況となってしまった。
やはりまだ未成年のためか、彼にも見過ごすことが出来ない事案の物が、リリスの手に握られているのを見逃さなかった。
「……まさかソイツを使うわけではないだろうな?」
「
「……それはしまっておけ」
「え……ど、どうしてですか?」
「いいから、言う通りにしろ。それと……そのオレンジ色の物もさっさと引っ込めてもらおうか」
少年のいうオレンジ色の物とは、言わずもがなにんじんのことである。
先程取ってきたばかりの物とは違い、普通の大きさの物だが、彼はこれが偉く気に入らない様子だった。
「……もしかして、食べられないんですか?」
「…………」
隠し事が下手な少年はあからさまに無言になり、部屋の隅っこに視線を移して時間が過ぎるのをただただ待っていた。
そう、リリスが察した通り、彼はピーマンとにんじんが食べられないのである。
子供の食べられない物ベスト3に常にランクインしているこの二つの野菜が献立に使われそうになっているのを、彼はすかさず見逃さなかったというわけだ。
「好き嫌いはダメですよー?」
「黙れ、僕は食べないぞ」
「ダメです。好き嫌いしてると体の栄養が偏っちゃいますよ?」
その細い華奢な体つきを目にしながら、リリスが痛いところを突いてくる。
実際、少年の身長はリリスとそう差はないように見える。それにガタイに至ってはもしかしたらリリスの方がいいかもしれない。
「僕には必要ない。いいからそいつらを下げろ」
「そうはいきません、食べないとダメです」
少年は子供じみたわがままで、リリスは食材に対する感謝の気持ちを忘れぬ心から互いに一歩も譲らない。
「ならもう結構だ。僕は帰らせてもらう」
食べられないものは食べられない。
そんな姿勢を崩さない少年が不機嫌そうにソファから立ち上がる。
するとそんな態度を見透かしていたのか、リリスは溜め息を吐き出しながら、ぽつりとわざとらしく独り言を漏らす。
その独り言は、彼がノブに手をかけたところで発せられた。
「あーあ……折角とびきりのプリンをご馳走しようと思ってたのに……」
「……ッ」
「プリン」というキーワードを耳にした瞬間、彼の動きが固まった。
あからさまに、それこそ砂漠のモンスターから石化させられたかのような見事な固まりっぷりを見せていた。
甘いものに目がない彼にとって、プリンは一位二位を争うくらいに大好物だ。
それを目の前にちらつかされて、彼の心は大いに揺らいでいた。
嫌いな物と大好物を一緒に腹に収めるハイリスクハイリターンを取るか、もしくは少しのリスクも回避すべく、この場を立ち去るか。
そのどちらかの選択を迫られていた。
何故自分の好物を把握しているのかはわからないが、今、彼は相当に迷っていた。
『ぼっちゃん、ここは覚悟を決めた方がいいかもしれませんよ?』
「…………」
『それに、こういう自然豊かな所の素材は、嫌な味がしないとも聞きますし……』
「……フン」
リリスの立っている台所の傍らには、食後のデザートの材料も既に並べられていた。
牛乳や卵に砂糖。やはり彼女はプリンを作ろうとしているようだ。
ソーディアンであるシャルティエの入れ知恵もあり、渋々納得した少年は、再びソファに腰を下ろす。
「付き合ってやる。だが……あまり多くは入れるんじゃないぞ、いいな?」
「ふふ、わかりました」
ニコッと笑顔を振りまきながら、リリスは再び背中を見せ、調理を再開させた。
野菜に包丁を入れるトントントンという音が心地よく聞こえてくる。
「…………」
楽しそうに台所に立つその姿を、少年はどこかで見たことがあるような感覚を覚えていた。
勿論、彼らが出会うのはこれが初めてである。
そして、このような感覚は過去にも感じたことがある。
そう、屋敷で彼の帰りを待っている、自身の母親の面影を感じさせる、あの人物と出会った時と、まるで同じような感覚を。
(……何を考えているんだ。コイツはマリアンとは似ても似つかないじゃないか……)
そう心の中で思いつつも、リリスの家庭的な立ち振る舞いは、どことなく彼の思う人を連想させるような雰囲気を感じさせてならない。
一緒にいて安心するような、なんとなく居心地の良さを感じるような。
唯一心を許せる、あの人と同じような感覚を覚えていた。
「あ、そういえば……」
突如、調理の手を止めて、リリスが少年の方に顔を向ける。その顔を、彼は頭に疑問符を浮かべながら見つめ返す。
「……なんだ?」
「名前、まだ言ってませんでしたよね?」
「…………」
包丁と野菜をまな板の上に戻し、傍らに置いてある布巾で手を拭うと、リリスは少年と向かい合う形で姿勢を正す。
「私はリリス。リリス・エルロンです」
「……エルロン、だと?」
「え……?」
「……いや、何でもない。気にするな」
エルロンという姓に反応したのを隠すように、言葉を濁す。
リリスはその様子を変だなと思いつつも、深く追求しようとはしなかった。
そんなことよりも、家の中にまで上げたのに未だ聞いていない彼の名前のことが気になって仕方がない、といった様子だった。
「それで……お兄さんの名前、教えてもらえませんか?」
「……フン、名乗るほどの名前など持ち歩いてはいない」
「え、えぇ……そんなのズルいですよー!」
まさかまさかの回答に、リリスは困惑の様子を隠せないでいた。素直じゃないということは察していたが、ここにきて名前まで明かさないとは。
もしかして素直じゃなくて捻くれているだけなのではないか? とも内心思っていた。
「……リオンだ」
「……え?」
ぽつりと、囁かな声量で少年が呟く。
「……リオン・マグナスだ。呼びたければそう呼べ」
捻くれてなどいない。やっぱり、ただ単に不器用で、素直じゃないだけだ。
そんな彼の優しさを確信したリリスは笑顔を見せると、彼のそばまで駆け寄り、改めて挨拶を交わす。
「リオン君……ね?」
「……そう言ってるだろう。何度も言わせるな」
客員剣士であるこの僕が、一般庶民であるこの女に名前を名乗るだけなのに、何故こうも赤くならなくてはならないのだと、やり場のわからかい憤りを感じながらも、リオンと名乗った少年は料理が出来上がるのを待っていた。
「いい名前じゃない! よろしくね、リオン君!」
「……フン」
組んでいた脚の位置を入れ替え、腕組みをしてぶっきらぼうな態度を取る彼に対して、リリスは絶えず笑顔であった。
彼の名前が聞けたからなのか、随分ご機嫌な様子で再び台所に立った彼女からは、鼻歌が聞こえていた。
『意外ですね、ぼっちゃん』
「……黙っていろと言ったはずだぞ、シャル」
『でも、ぼっちゃんの珍しい姿、見られた気がしましたよ』
「いいから、黙っていろ……!」
お喋りが過ぎるシャルティエの態度に憤慨しつつも、この家独特の居心地の良さを、リリスの人当たりの良さを肌で感じ、このようなこともたまには悪くないなと、リオンは感じ始めていた。
そして、心のどこかでこんな温かさを求めていることを、無意識に感じていた。
「……フン、全く……くだらんな……」
出会いのきっかけは、サブイベント『道草剣士』のワンシーンですね。あのイベントでは、本当に少しの間しか一緒にいませんでしたが、二人が出会った貴重なイベントでした。
ここから始まる二人の物語。これからどうなるか、見守っていただければと思います。
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