S14特区の指揮官 (鯱(しゃちほこ))
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捨て犬と指揮官

「嫌だ…捨てられたくない。」

 

戦術人形。危険な戦場で人に代わって動くオートマタ。

今では基本的に民間軍事会社、PMCに買われそこに属することが多い。

 

「嫌だ…いやだ…」

 

もちろん少ないケースではあるが、人間の傭兵に雇われることもある。

そして、囮や、部隊からはぐれたか、属する部隊が壊滅したか、『はぐれ』となった人形は少なくない。

 

「いや…ぁ…」

 

これは『はぐれ』だった少女と、

いずれPMC『G&K』で戦い続けた傭兵のお話。

 

 

 

          *

 

 

廃工場の中。老朽化も進みコンクリートは崩れあちこちから鉄骨がはみ出ている。その上で交戦したのだからさらに壁やら柱が崩壊している。そんな中に1人の人形が取り残されていた。

部屋の外からはいちいち間隔を置いて銃声が鳴り、硬い無機物を引きずり回すような音が近づいてくる。

────もう弾薬はない。人形にとって燃料ともなる食料もない。自分は囮となって主人を逃がした。

そして銃声が壁一枚向こうまで近づいたところで、目の前のトビラが吹き飛んでいった。

 

 

バックアップを持たない人形は、誰も知らない場所でバラバラにされれば基地で目を覚ますことなく消滅する。最初に設備を整ってない場所に買われた人形はほとんどがそうやって役目を終えるか、たとえ拾われてもその先でバックアップを取れることは稀だ。少なくとも自分と言える存在はそうやって転々と所属を変えて現実を見てきた。

ここで最期…と諦めようとした時、

 

「ああ?なんだ、はぐれか。」

 

目の前からは、なんとも気怠けな声が聞こえてきた。

「登録名はG41。自律人形としてはプロトタイプをそのまま流用してきたもので、体の機械の一部が露出し、主従関係をはっきりさせるために動物的な耳を持ち、所有者をご主人様と……」

 

急に現れた男ははぐれを見つけるや否や、指を折りながら事務的に人形の確認するように独り言を続け始めた。

 

「捨てないで…」

 

自身の一部ともいえる銃を抱き、俯いてこぼした声に、男は困った顔でため息をつく。

 

「捨て犬か…」

 

ここで一度、G41の意識はシャットダウンした。

 

 

 

            *

 

 

 

──────プログラム起動。再起動します。

 

最初に目に入ったのは2つの色。地面を覆う激しい白と、対をなすように広がる青。

そして、あたりには大小のテントがあり、自分はその中の一つで木箱の上に座らされていた。

どうやらここはどこかのベースキャンプらしい。

 

「おう、目ぇ覚めたか。」

 

状況を確認していると、突然横から声が飛んできた。

声の主は片手で携帯食料を食べながら二つに折った地図をもう一つの手で持っている。間違いなく、シャットダウンする直前に見た男だ。そして、男は少女が目を覚ましたのを確認すると、横に置いてあったバッグから持っているものと同じ携帯食料を投げてよこした。

 

「食っとけ。簡易レーションだが、ここにはそれしかねぇんだ。許せよ。」

 

「あの、アナタは…」

 

やっと声を出した。いや、出せたというべきか。

 

「アルカナ。アルカナ・ステュード。時代遅れの傭兵だ。今はこの前に世話になったセーフハウスを借りてる。お前を見つけたのは昨日。ここから東の工場なんだが、覚えてるか?」

 

記録に残っている。少し前に人類の敵となった鉄血人形。その工場の一つに襲撃を行い、離脱をするときに囲まれ、自分は囮となって残った。飼われていた所は金回りがよかったから、もう新しい人形を買ったんだろうか。

拾われて、また、捨てられて…

 

「今からここから南西にあるS14特区のグリフィンのところに行く。そこまで歩いて…聞いてるか?」

 

アルカナに顔を覗き込まれ、G41はハッと意識を戻した。

 

「あの、ご主じ…」

「ストップ。悪いが、お前のマスターにはなれない。俺のことはアルカナと呼んでくれ。」

 

「アルカナ…様。よろしくお願いします。」

 

G41は大きなミミを元気なくたらし、小さくこぼすと、自分の銃を膝の上でもう一度抱きしめた。

 

(聞いていたイメージと違うな。まぁ、個体差みたいなもんか。)

 

どちらにせよやることは変わりない。「ヒトは常に機械より優れている。」そんな言葉を何処かで聞いたことがあるような気がした。機械が感情を持っても、ぞれが常にポジティブに働くのだろうか。もっとも、目の前の少女は落ち込んでるようだが。

 

 

               *

 

 

 

グリフィンに向かう途中、当たり前のように鉄血兵との衝突はあった。アルカナと名乗った男は若い見た目とは裏腹に、驚くほど戦闘に慣れていた。地形や自然などのあらゆるものを利用し、投擲物の小物を使って撒き逃げ、敵の兵種に合わせて武器を変えた。これらは一つの武器に特化する人形にはない強みだ。

 

そして2日ほど過ぎ、5つほど中継地点を挟んで目的地に着いた。

空港のそれらを思わせるほど大きな建物に、威嚇するようにグリフィンの印が張り付けられている。

 

「止まれ。この中に入りたければ、グリフィンの身分証か許可証が必要だ。」

 

入り口では、武装した人間が二人塞いでいた。一人はいつでもこちらを撃ち殺せるように銃口を向けている。少し過剰な警備のように思えるが、ここ特区のグリフィンが相手にするのは鉄血の連中より民間の依頼による警護や対テロリストの荒事が多い。その分、ここを狙う敵も増えている。

 

アルカナはま、そうなるよな。と呟くと、めんどくさそうにコートの内側からいかにも古臭い薄汚れた紙切れを差し出す。番兵が目を凝らしてよく見たあと、顔色を変えて仰々しい態度で中に通してくれた。

 

アルカナは手を軽く上げてお礼のサインを送りながらグリフィンの中に入っていく。G41は不思議そうな表情を浮かべてそれについて行った。

 

 

 

 

 

「スマン、はぐれを預けに来たんだが、ここの指揮官を呼んでほしい。」

 

入ってすぐに近くにいたスタッフに声をかけると、一瞬だけ戸惑う素振りを見せた後、すぐに奥にかけていく。

 

「一介の傭兵じゃなかったんですか?」

 

「ありゃ昔にもらった許可証だ。まだ使えると思わなかったがな。」

 

間が開いたこの機会にG41が素直に尋ねたが、アルカナは短く答えるだけでそれ以上何も言おうとしなかった。

 

 

 

 

 

「はい、何のごようけんで…アルカナ?」

「シェイナ。こんなところにいたのか。」

「今度はお知合いですか?」

 

呼ばれてやってきたのは、光を受けて不自然に輝く紅い髪を持った女性だった。しかもアルカナの知り合いらしい。G41は、自分を拾った男の次々やってくる情報に困惑した。

「副官のシェイナです。よろしくお願いしますね。」とシェイナが手を差し出すと、G41は小さく「よろしくお願いします」と言い、手を交わした。そしてそのあと、検査のためにG41は別のスタッフに連れていかれた。

 

「お前、副官をやってるんだな。指揮官は作戦中か?」

 

「指揮官はいません。鉄血への抑制が決まってから、ここはあちこちに作られたばかりの部署のうちの一つなんですよ。今の部隊指揮や管理は私が行っています。」

 

「ふ~ん、なるほどな。」

 

アルカナは上の空といった感じで、現状より何か別のことに納得したように視線を宙に浮かべて頷いた。

 

「私と別れてからは何をしていたんですか?」

 

「ずっと傭兵をしながらいろいろな場所を巡っていた。いろいろと興味深い事はあったが、最近は特に何もないな。」

 

「それなら丁度いいでしょう。指揮官になってみませんか?アナタほどの者ならできると思いますよ。」

 

「ん~、断る理由はないんだが、南の方にも気になるものが・・・」

 

そこまで話をすると突然部屋中が赤く照らされ、神経を逆なでするようにけたたましいサイレンが鳴り響いた。

 

「防犯訓練か?」

 

「どうでしょうか。そうだとしたら、副官の私に話くらい通してほしいですね。」

 

口ではとぼけた言葉を交わしつつ、あくまで冷静に、二人はまじめな表情でそれぞれ武器を構える。アルカナはハンドガンのセーフティを外し、シェイナはアルカナから”まだ使えるだろ”と、武器を一つ渡された。

 

「シェイナさん!攻撃を受け、東から壁を破られて侵入されました!」

 

どこから何が来るかわからない状況で待ち伏せていると、グリフィンのスタッフらしき人間が駆けてきた。

 

「相手は?」

 

「人間が少数。カメラには人形は映りませんでした。外の状況はわかりません。」

 

「人間か…職員は全員裏口付近に集めろ。ただし絶対にあけるなよ。あと人形もひっこめろ。相手に奪われると売り飛ばされる事になる。こんな所を狙ってくるぐらいだ。十中八九対策されているはずだろう。」

 

「は、はい!・・・あの、もう一つあるんですが…」

 

「もうひとつ?」

 

「G41が、行方をくらませました…」

 

 

 

           *

 

 

 

 

「それで、どうするんです?」

 

指示を受けたスタッフが走っていくのを見届けた後、シェイナがアルカナを尋ねる。

 

「・・・どっちの事だ?」

 

「両方です。」

 

とぼけて言ってみれば、シェイナは軽く笑って答え、アルカナは観念したようにため息をついた。

 

「わかったよ。侵入者を片付けて、その後指揮官になってやる。俺の名前を出せば、すんなり通るだろ。」

 

「コネでもあるんですか?」

 

「傭兵、下積み時代のおかげかな。」

 

 

 

               *

 

 

 

侵入者は、あまりにも静かな状況に、警戒を強めながら進行していた。

ここはまだ機能を始めて間もない。動ける戦術人形はいないだろうし、いても少数、戦闘経験の浅いモノたち。

嵐の前の静けさといったところか。慎重に行動を続けている。

 

目標はこの施設へ大きなダメージを与えること。指揮室。工廠。研究室。なんでもいい。

雇い主は、とにかく大きな損害を与え、脆弱性を公表することを目的としていた。

 

「信号は?」

 

「さっきまで動き回っていたが、今は止まっている。あまりアテにならないだろう。」

 

「了解。おそらく最初にいた場所が工廠だ。そこを目的地とする。」

 

 

 

 

突然ガツン、と音が鳴った。

 

そして次の瞬間、自分たちのいる部屋の壁から煙が噴き出し、一瞬にして部屋中を満たされた。

しかしさすがに行動は早く、机や機械などの金属の遮蔽物に身を隠し、ガスマスクを装着し、すぐに体勢を立て直す準備をする。

この異変は明らかにこちらが特定されたものと見ていい。各々完全な警戒態勢を取っていく。

 

 

床をノックする音が聞こえる。コッ、コツ、と音が大きくなる。自分たちの誰の足音でもない。無警戒過ぎる足音だが、こちらにこられても困る。

 

すぐそこまで来たところで、一気に身を乗り出して射撃を行った。

しかし引き金を引きつつも違和感を覚えた。

 

(おかしい…手ごたえがない、弾が壁に当たる音が、遅い…遠すぎる……?)

 

そして次に聞こえたのは、銃声ではなく、味方のうめき声だった。

後方から順に次々と小さな声が上がり、すぐに静かになる。

 

(銃声は聞こえない。消音機を使った様子もない。どうやって…!)

 

「人数を絞りすぎたな。」

 

背後から声が聞こえた瞬間、肩にそして足に衝撃が走った。

 

 

 

            *

 

 

 

「じゃあ、一応色々吐いてもらおうか。抵抗しようとしたらもう片方の足を撃つからな。」

 

アルカナは足に刺したナイフを抜き、倒れた侵入者を見下ろした。

 

「一体どうやって…」

 

「侵入するにあたって危険なところってのは理解できるが人数を絞りすぎだ。退路を十分に確保できてないし、裏取りにも弱い。こっちは建物の構造を理解してるからな。」

 

そして侵入者の襟を掴んでズルズルと煙の外に引きずって出す。途中、携帯を拾い上げて録音アプリを切り、そして、暗視ゴーグルを外してもう一度、拳銃を向けながら見下ろした。

 

(足音…!)

 

「こっちとしては雇い主やら話してもらいたい訳だが。…初めからグリフィンを狙うためにアイツをあの工場に置いていったな?」

 

「…仕事内容を喋る奴がいるかよ。家に残ってる味方を危険にさらすわけにいかねぇし、雇い主の事を話すなんてのもあり得ない話だ。」

 

うっすらと怒りを込めた表情のまま侵入者の一人は答える。

 

「・・・そうか。そうだよな。」

 

つまらなさそうに呟くと、アルカナは引き金を引いた。

 

 

 

 

「あら、もう殺したんですか。今回の事についての情報はどうしたんです?」

 

シェイナが片手で煙をはたきながら出てくる。もう片方の手には発煙弾を装填した小型のクロスボウを持っていた。

 

「予測にしかならないが、まぁ、何となく分かったからいい。」

 

確かなのは、こいつらが傭兵として一流ってことかな。と付け加えると、アルカナはそのまま足を止めずにどこかへ行こうとする。

 

「どこに行くのですか?」

 

「ちょっと落とし物を探しに。後処理は任せた。」

 

「なるほど。いってらっしゃい。」

 

引き留めようとすると、アルカナは笑いながらも少しだけ困ったように答え、シェイナは静かに見送った。

 

 

 

               *

 

 

 

自分の知らない場所の隅で、少女は自身を抱きしめて隠れていた。

サイレンが鳴った瞬間、やってきたのが前にいた部隊だと分かった。そこに合流しようとしたけど、怖くなった。

合流したところでまた別の場所で捨てられるんじゃないか、と。

それなら、ここにいた方がいいんじゃないかと思った。けど、襲撃してきた部隊を手引きしたのが自分だとバレるのは時間の問題。人形は仲間を撃つことは許されない。だけどこれからここにいても、記憶が消され、今の自分がいなくなるんじゃないか。

怖くなって、どちらかも逃げ出した。

 

壁一枚向こうから足音が聞こえる。目の前のトビラがゆっくりと開いた。暗い部屋の中を光が照らした。

 

もう終わりかな、と何度思っただろうか。

 

「…やっと野良犬になったな。」

 

自分を見つけたその言葉に、少し救われた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ま、そんなことがあった訳だ。」

 

「なるほどのぅ。」

 

作戦指揮室で、アルカナは椅子に座りながら両腕を机に投げ出すような体勢で休めていた。

もう襲撃されたときに出た個所は修理され、それから何度も作戦命令を受けてこなす時間が過ぎ、今じゃ軽い任務なら人形たちに任せても平気なほどになった。

 

作戦命令待機中に昔話を話したのはナガンリボルバーの戦術人形。この部署でずっと指揮補佐の副官を任せており、最古参の一人で襲撃されたときも一応配備されていた。待機中で時間が空いてるからこの機会に、と事件の内容の説明をしてくれと頼まれた所だ。

 

「信号を外しただけで他の権限を放ったかしにした理由はなんじゃ?また復讐しに来るとは考えなかったのかの?」

 

「こんなところをわざわざ襲撃する奴らが返り討ちにされたんだ。敵わないと思って手を引いてくれると思ったのさ。まぁ、完全に気まぐれだけどな。記憶も…ああ、そうだな。」

 

「おかげで少し有名になったがの。『あそこには指揮官を呼び捨てにする変わったG41がいる。』とな。」

 

同時に部屋のある場所を見る。そこにはソファの上で寝るG41の姿があった。その幸せそうな表情に二人ともつい口元が緩んでしまう。そこに、シェイナが扉を開けて入ってきた。

 

「失礼します。アルカナ、話が…あら?お邪魔でしたか?」

 

「いや、いい。ちょうど話が終わったところだ。なにがあった?」

 

「そうですか。前に話してた知り合いが、新しく指揮官に就任するみたいですよ。部署はここよりずっと北に行ったところなので、会うのは難しそうですが。」

 

その知らせと渡された資料に目を通すとアルカナに別の笑みが浮かんだ。先のものが安心からくるものであれば、これはとめどない好奇心に身を任せるようなものだ。その変化に気づいたのは、シェイナだけか。

 

「なんじゃ?期待の新人、というやつかの?」

 

「ああ、これで全部始まる。物語が動くぞ。」

 

ナガンはその言葉の意味を計り知れずに、ただ首をかしげる。

 

 

 

 

資料にはこう書かれていた。”オレスト・レイス”

 




無事日本版が出たので、自分の中にくすぶっていた脳内設定をピッチで書き上げました。なので、描写不足や推敲不足などが多々見えると思います。所によっては読み手への推測の要求があると思います。心当たりもあります。

副官にはカリナではなくオリキャラを設けさせていただきました。

全ては自己満足のため故な、許せ


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