お父さんになったら部屋にサーヴァントが来るようになったんだが (きりがる)
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01 娘が可愛すぎる件について

 キャラや設定が確りと把握できている自信が皆無なので、ふんわりとした感じで進めていきます。

 取り敢えず迷ったのが、おとおさん・おとーさん・おとうさんのどれにするかだよね。
おかあさんなんだからおとおさんでええやん?って思うかもだけど、私自身の違和感が拭えなかったからおとうさん呼びにしてみた。異論は認める。直すとは言ってない。

 なんでジャックが懐いたのかは内緒だゾ☆ 
 じゃないと進められないから(真顔)

 この作品は特異点攻略を目指したり、レイシフトしたり、戦闘メインというわけでもなく、原作沿いに進むわけではないことが前提ということをご了承ください。故に、特異点がどこまで攻略されたのかなどの詳細は記載しません。攻略されたとあっても、どこが、というのは想像でお願いします。
 


 とてつもなく大変なことになった。

 今、カルデア内でイベントのときよりも騒々しい、大混乱が生じている。いや、混乱と言うよりも大捜索と犯人探しと言った方がいいかもしれない。

 

「おとうさん、大丈夫…?」

 

「ああ、うん、大丈夫だから」

 

 そんな中、俺は自室にてベッドに座り項垂れていたのだが、その顔を覗き込むようにして銀髪の美少女が心配そうに声を掛けてくる。

 

 露出多めの服装に整った顔立ちは俺が以前見たアイドルなんかよりも断然可愛らしい。ふっくらと小さく自己主張をする胸に女性らしい腰つき。しかし、その小さな体躯からは考えられないほどの力や速さを生み出し、相手を解体しちゃうやべー奴。

 

 ジャック・ザ・リッパー。ジャックと呼ばれる少女だった。

 

 や、ちょっと困っていたところをビクビクしながら助けてあげただけなんだが、彼女の何を刺激したのかはわからないが懐かれた。

 

 以前、絵本を持ってきて『おかあさんにはおとうさんがいるんだって。だからおとうさん!』と若干わけのわからないことを言って、俺はめでたくジャックのお父さんになってしまった。お母さんはマスターちゃんらしい。

 

 俺は突然の爆破事件から生き残った数少ない事務員であり、しかし割と生き残っているしぶとい職員の下っ端も下っ端ゆえにサーヴァントは情報として知っているが、サーヴァントの個人情報だったりマスターの情報だったりと機密情報は知らない。

 

 区間も離れてるから用事がない限りサーヴァントたちが居るところまで行かない。言い換えれば、完全なる裏方というわけである。見えないところで働いている仕事なんて当たり前のようにあるだろう…そして、それはここも例外じゃない。

 

 適材適所。例え、どこぞの身体が子供になった死神探偵のところのように突然爆破が起こってしまったとしても、俺には俺の仕事がある。レイシフトでもなく、マスターのサポートでもなく、それらが上で行われてからの様々な情報を処理する。その他はこのカルデアの整備だったり、他からの要望に応えたりと雑務も多い。

 

 それは置いといて。つまり、何が言いたいのかと言うと。

 

『ジャックちゃんを誑かしたクソ野郎が居るらしいぞ!』

 

『殺せ! 消し飛ばすのだ!』

 

『もし、取り返しの付かないようなことをしていれば……魚の餌にしてやるぜ』

 

 俺の命はあと少しかも知れないということだ。

 

 やべぇよ…外が騒がしすぎて迂闊に出れねぇよ…。ジャックと一緒にいるところを見られた瞬間に魚の餌として売られてしまうだろう。ここ、雪山なのに。

 

 幸いなことに俺はマジで雑用などをこなす下っ端なので、俺が行ったとかは誰も考えていないところだろう。

 

「なぁ、ジャック」

 

「うん?」

 

「お前、周りの奴らになんて言って俺のところに来たんだ?」

 

「えっと…おとうさんの所に行ってくるっていうのと…何でって聞かれたから、お父さんはいつも激しく攻めてくるし、やめてって言ってもやめてくれないけどそれでも楽しいからって言ったよ?」

 

「それあかんやつ」

 

 まるで聞かれたから答えましたと言わんばかりにきょとんと首を傾げてそう答えてくるジャックは可愛い。おっと、毒され始めてきた。

 いやまぁ? 俺のほうが強いから確かに攻めまくったけど? 勝てるなら勝つほうが楽しいし?

 

 はぁ…とため息を吐いて落としてしまっていたコントローラーを拾い上げる。

 

「今度は勝つ…!」

 

「まだまだ負けてやれんよ!」

 

 fight!の合図とともにジャックが動き出し、下段攻撃を仕掛けてくるが、しゃがみ込んでガードする。

 

 ゲームの話なんだよなぁ、それ……。

 

 俺の部屋にはゲームを始め、漫画や映画なんかも多数揃えており、これは俺の趣味である。なんなら防音をいいことに機材を出せばカラオケも出来るようにした。

 

 趣味の合間に人生。ゲームだけが全てではないのでNO GAME NO LIFEとまではいかないが、俺の生き方はこういったものだろう。 

 

 こんな隔絶された俺の部屋であるため、好奇心旺盛で恥ずかしがり屋でもあるジャックは俺の部屋に入り浸るようになってしまった。恥ずかしがり屋のくせになんで俺の秘蔵の本を読んだり、普通にべったりくっついてくるのだろうか。くぁいいからゆるしちゃう!

 

「あっ、またハメ技!」

 

「馬鹿め、端に追いやられたことが貴様の敗因よ!」

 

「ううぅッ…!」

 

 画面端に誘導からのハメ技を行って気分良くなっていた所に、突然来客を告げるコールが鳴る。その瞬間、ジャックも微かに反応するが敵ではないので動きもしなかった。

 

 しかし、現状、俺にとっては全ての人物が敵になり得るのだ。まさか、家宅捜索に入り始めたのか…!?

 

 扉に近寄って確認。その瞬間、俺は絶望に襲われた。

 

『やぁ、突然で悪いんだけど、今、とあるサーヴァントのことで全員の部屋をチェックして回ってるんだ。少し部屋を見せてもらってもいいかな? アルン・ソルシエ君?』

 

 終わった……。かの有名なダヴィンチちゃんと呼ばれる方じゃないですかやだー! 隠し事なんて出来ないんじゃないだろうか。

 

「少々お待ちください」

 

『うん、わかったよ』

 

 ぷつんとモニターを切ってジャックの元へ。

 

「ジャック、緊急事態! 下手すりゃ俺が死ぬ!」

 

「えっ、おとうさん死んじゃうの…? やだよ……誰が敵? 解体してあげる」

 

「うん、そうじゃないんだよ。これから気配を消して、俺がいいと言うまで目を瞑ってること? いいな? ジャックはいい子だから出来るよな?」

 

「できるよ! やるね?」

 

 目を瞑ったジャックが気配を消していく。すぅっと消えていくように錯覚するが、俺には視えている。当たり前だが、これだけじゃ危ないのでもういっちょ細工を施す。

 

『スキル付与を発動。とりあえずスキル気配遮断、絶音、隠蔽、透過の効果を付与しておきました。これで突破されたら…諦めましょう』

 

 潔いな。いやまぁ、これで完璧に隠すことが可能だと思うんだが。スキルは魔術ではない。故に俺にしか解除はできないのだ。

 

 ぺたんと座っているジャックにもう一度だけじっとしているように告げ、俺はダヴィンチ女史を迎えに行く。小さな駆動音と共に扉が開けば、そこには絶世の美女とも言えるべき女性が佇んでいる。

 

 もうこれだけでテンパりそうだが、ボロを出す訳にはいかない。

 

『そうですね。では、ギャンブルで荒稼ぎした時のスキルを……スキル鋼の精神を発動致します。並びにスキルポーカーフェイスを発動』

 

 ナビが俺の不安を感じ取ってスキルを発動してくれたらしい。自分の中が一気に冷静になるのを感じ取り、揺れ1つない水面のように平静を保つ。俺はこのスキル+ほかのスキルでチート行為をしてボロ勝ちの後に、稼ぎ過ぎて出禁になるという伝説を作り出した男である。

 

「はじめまして、ダヴィンチ女史。アルン・ソルシエと申します」

 

「うん、よろしくね。私のことはダヴィンチちゃんと呼んでもらって構わないよ」

 

「ありがとうございます。それで、私の部屋に何か用でしょうか?」

 

「ああ、さっきも言ったんだけど、とあるサーヴァントのことで少し騒ぎがあってね…探すために部屋を回ってるのさ。流石に部屋の中を見るのは誰でもいいというわけにも行かないから、私がこうして回ってるわけだよ」

 

「そうでしたか。しかし、私は職員の中でも下も下。それにここは皆さんの居られる場所とは遠いため……余り意味はないかと」

 

「それでもさ。実はこの区画で見たという情報もあってね…どこに居るかはわからないからこうして探してるんだよね。他人に見られるのは嫌だろうけど、少しの時間、いいかい?」

 

「どうぞ。汚い部屋ですが、見ていってください」

 

「それじゃ、失礼するよー」

 

 にこやかに話す俺にダヴィンチちゃんが探るように対応してくるが、目を見るにそこまで怪しんではいないっぽい。流石に覚えてもない職員にそこまで疑いは掛けてないのかね? とはいえ、生き残った職員は事故前と比べれば数少ないので把握はしていそうだ。油断はできない。

 

 中に入ってくるダヴィンチちゃんは俺のゲームや漫画の多さに驚きながらもさっと目を通す。この部屋で隠れられる場所なんて、シャワールームとかくらいしかないから、確認も早いだろう。

 

 現にダヴィンチちゃんはシャワールームへと、ジャックをすり抜けながら向かっていった。

 

 ちょっとドキドキしたが、どこぞの幻想殺しの上条さんのような存在ではないので大丈夫だったようだ。気配を消すと同時に施したスキル透過。その名の通り、こうしてすり抜けることが可能である。ちなみに、物理限定な。ファイヤーボールとかは普通にぶつかる。

 

 もうわかるだろうが、俺の魔術は魔術らしくない。どちらかと言えば魔法よりであり、まるで物語やゲームのステータスのような能力なのだ。ステータス値というよりもレベル制であり、スキルや魔法スキルなどを行使できる。

 

 このスキルは経験すれば高確率で取得できる。擬似的なものでも何でもいいから試してみれば出来るというヌルゲーだ。料理をすれば料理スキルを得られるとかな。

 しかし、このよくわからない能力のおかげで自分の趣味に打ち込めたり、ある程度自分の好きに行動することが可能なので、とてつもなく便利なのは間違いないだろう。

 

「アルン・ソルシエくーん! シャワールームにとんでもないものが落ちてるんだけどー?」

 

「なんですかー? って、確かにとんでもねえ!? なんでエロ同人誌落ちてんの!?」

 

 だが、これは本当に魔術とは外れた別物。融通の効かない根本から魔術師の連中や魔術協会にバレればどうなるかなんて想像に難くない。封印指定待ったなしになるかも知れないものだ。故にそういった連中にはばれないようにするし、大勢の目につく場所で確実にバレてしまうような事は行わない。

 

 ああ、バレなければ犯罪じゃないように、バレなければ何ら問題ないのだ。

 だが、全てを隠すわけではない。信用、信頼足り得る人物には俺のことを話してもいいと考えている。現状、このスキルについて知っているのは俺を含めてジャックのみ。サーヴァントにバレるイコール魔術協会に情報が流れていくというわけでもないので大丈夫だとは思うのだが…いるかはわからないが、いたずらにバラすようなやつにはもとより近づきもしない。

 

「なんか隅っこに頭落ちてたんだけど…」

 

「ハッ!? それは一ヶ月前に無くした夕立(改二)の頭!!! おかえりわんこ、会いたかったぞ!」

 

 確かに俺のスキルはあらゆることが行えるかもしれない可能性を秘めた万能な能力だ。だが、未だにレイシフトの適性を得るようなスキルが現れたわけでもなければ、俺は人理修復を行うために大々的に動くことはない。今の所、俺的にはサーヴァントよりも強いとは思ってもいない。

 

 力があるから助ける義務がある。力があるから何が何でも救わなければいけない。そう考える主人公気質のやつもいるかも知れないが、俺はそうではない。ヒーローでもなければ正義の味方でもないのだ。

 

 俺は俺の守りたいと思ったやつだけ守れればそれでいい。力を持って、出来ないことが出来るようになって、ちょっと嬉しいだけの一般人なのだ。俺は世界や人類を救うために身を投げられるほど強くはない。だからこそ、今こうして生きていられる。事が起こるなら幼少期に既に起こっていただろう。

 

 現マスターである人物はやらなければいけない状況とは言え、最後に決めたのは自分自身だろう。どんなに怖くても、決心したのであれば、そいつに頑張ってもらう他ない。そいつだからこそ生み出せるサーヴァントとの絆もあるだろうし、そいつだからこそ進められるストーリーというものがあるに違いない。下手に俺が正義感丸出しに入り込んだとして、今までの関係も状況も崩れるようなことがあれば、どうしようもなくなるだろう。

 

 だから、俺は俺の趣味の間に仕事をこなして裏から一職員としてサポートすればいい。細かいあらゆる仕事は俺達がしているから、カルデアは未だに稼働しているのだ。そう思えばいい。それは確かなことなのだから。 

 

 おっと、ダヴィンチちゃんが帰ってきた。同人誌の件はごめんなさい。ジャックによく言い聞かせておきます。頭はありがとう。一ヶ月間首無しでポーズ取ってる夕立にパイルダーオンしておきますね。

 

「どうやら居ないようだね。ごめんね、無駄な時間を取らせてしまって」

 

「ははは、貴女のような美しい方のためなら構いませんよ。大変でしょうが頑張ってください。あぁ、よければこれをどうぞ」

 

「これは?」

 

「私の趣味で作っているお菓子です。余っていたのでどうぞ。疲れている時は甘い物ってね。珈琲もありますので、無理なさらないように、適度に休憩してください」

 

 そう言って先程入れていた珈琲を魔法瓶に入れて、お菓子と一緒に手渡す。

 別にこれは好感度アップのためのアプローチではない。嘘ついてごめんなさいという小さな罪滅ぼしである。

 

 ジャックを隠してごめんなさい!

 

「へぇ…ありがたく貰っておくよ。それじゃあ、失礼するね。お菓子、ありがとう」

 

「いえいえ、それではまたいずれ…」

 

 カシュン…と扉が閉まり、索敵スキルでダヴィンチちゃんが消えるのを待ち、俺の部屋の周りに誰も居ないのを確認してから…力を抜く。

 

「くはぁ……疲れたぜ…。そして何があった俺の口調。おーい、ジャックー、もういいぞー?」

 

「もういいのー?」

 

「もういいのー。疲れたし、お菓子でも食べるか?」

 

「やったぁ! じゃあ、紅茶をいれてくるよっ!」

 

「頼んだ」

 

 俺の許可にジャックは目を開け、喜んで紅茶を入れに行く。以前、漫画を読んでいたジャックが紅茶を入れられるようになりたいと言ったので、つきっきりで教えてあげたのだ。その他にもいいのか悪いのか、様々な影響を受けて、俺が教えているわけだ。

 

 俺も影響されやすいタイプの人間なので色々齧っていたしな。スキルがあるからと言って全てスキル任せの訳でもない。出来ることは自分でやってみて楽しみを見出だし、身につけられたら儲け物というやつだ。これも趣味の一つだろう。

 

 それにしても、これからはジャックに色々対策をさせてから部屋に来てもらわないとな。

 

 ジャックの入れてきた紅茶(今日はダージリン)を飲みながら、くっついてくるジャックを構ってやる。ここはマジで娘をかまう感じで行かないと理性が飛ぶので頑張りどころである。それを除いても天使なんだけども。

 

 後頭部を俺の胸元に擦り付けるために頭頂部は鼻先に来ており、ジャックの甘い香りが常に漂ってきている。シャンプー何使ってんの?ってレベルのさらさら具合を頬で感じながら、細身ながら確りとした肉付きの太腿や殿部を俺の胡座の上に座ったジャックからあばばばば…。

 

 片手はすべすべの柔らかなお腹に回し、もう片方はむにむにと柔らかなほっぺを弄ってうぐぐぐぐ……。

 

 ……。やーじゃっくはかわいいなー。

 

「おとうさん、おもくない? だいじょうぶ?」

 

「全然重くないぞ? それよりも、ジャックこそ大丈夫なのか? 外でジャックのことを探し回っていたが…」

 

「うーん、だいじょうぶじゃないかなー? それに、おとうさんと一緒にいるとわたしたちも嬉しい!」

 

「そうだねー。お父さんも嬉しいぞー。……ちなみにお母さんは?」

 

「……最近、おかあさんは他の人たちと一緒にいるから…邪魔しちゃだめだと思って…」

 

「そうかい。別にその中に突入してもジャックなら大丈夫だと思うけど…ジャックがいいなら別にいいさ。いつでも俺の所に来な」

 

「うん! おとうさん、だいすき!」

 

 マジで天使か。

 普段は仕事で魔術的介入はしてないが、雑用や書類仕事でヘトヘトな俺にとっては癒やしである。掃除とかもスキル使えば楽だが、如何せんこの施設は広い。こなしてもこなしても減らない雑用は、職員の数が減ってしまった事件があったためだろう。

 

 ……ジャックもレイシフトで戦いに行くんだもんな。強いとは言え、戦場で油断はできないだろう。既に俺の出来る限りのスキルや魔法をこっそりと付与しているが、それでも心配だ。

 

 ふと気づけば、ジャックは完全に俺に凭れ掛かって寝ていた。

 幸せそうな顔で寝ているジャックを見れば、本当に何もかもが吹き飛んでいく。女神やな。

 

 ぷにぷにのほっぺを指でつついてみれば、ふにゃりと表情を緩ませるジャック。本当に子供のようだ。

 

「んー……」

 

 少しの間、ジャックのほっぺたを味わっていたら、小さく顔を動かしてきた。頬ではなくぷるんとした瑞々しい小さな唇の端に指先があたった瞬間、ぱくり。まさかの指チュパである。

 鋭い八重歯でカリカリと甘噛してくるのは小動物のようで、唇で確りと指を咥え、熱く、ぬるりとした舌でねっとりと絡め取られた指はふやけるんじゃないかと思うほど舐められている。ただ子供が親指を咥えるのとは違い、舌で指を巻き取るように絡め、適度に強弱を付けながら吸い付いてくる行為はどこまでも官能的だった。

 

 いかん、俺のジュニアがクッパまで大進化する。抑えるのだ……そうだ、母親の裸でも思い浮かべ……母親の顔が思い出せん。ぼやけてらぁ。じゃあブサイクな女芸人の裸でも想像して――ぐああぁあぁぁぁあッッッ!!!

 

 死ぬ。萎えた。破壊力しゅごいのぉ……。

 

「さて、外も騒がしいし、送り届けるか」

 

 ジャックの部屋は知らないし、どこがいいだろうか。誰もが集まるところと言えば、普段俺は使ってないが食堂とかなら直ぐにでも見つけてくれるやつが居るだろう。

 手を出す男が居ればスキルが殺してくれるだろう。最強のセコム。

 

『スキル気配遮断、絶音を発動します。マスターの抱える仲間にも同様の効果が得られます』

『スキル索敵を発動。周囲に気配はありません。動き出すのであれば今です』

 

 もっと伏兵に合図するみたいにお願い。

 

『今です!』

 

 サンキュー。ついでに、食堂までの案内も頼めるか?

 

『はい。食堂までのルートを検索……終了。部屋を出て右へとお進みください』

 

 了解。

 ステータスの声は高性能ナビゲートも出来る優れものであり、俺の意図も組んでくれる万能さんでもある。

 

 ナビさんの声に導かれ、抱えたジャックを起こさないように食堂へと進む。途中、何人かの職員とすれ違ったが、誰にも感づかれることなく到着した。

 

 食堂に入ると既に何名かの職員もいて食事を摂っているが、時間的に早めの夕飯と言ったところだろう。調理場では噂のオカンと呼ばれるエミヤ?だったかが居たが、そこそこ忙しそうだった。

 

 さて、ジャックを置く場所だが…丁度良さそうな所に椅子があったので並べてそこに寝かせておくことにする。

 俺の手が離れるとスキル効果が消えるので、誰もこっちを見ていないときにそーっとおき……

 

「ん~…おとうさん…?」

 

 ダッシュで逃げた。

 

 ジャックも俺のことを分かっているし、何度かこういった事もあったので大丈夫だろう。でもやばい、食堂で、しかも人のいるところでジャックが喋ってしまったので絶対にジャックに気づいたってあれ。

 

 ダッシュで逃げて食堂を出る。通路を更にダッシュしようとしたところで、曲がり角から現れた人物にぶつかった。

 

「きゃっ!?」

 

「おっと、マジですまん! 大丈夫か?」

 

 思わず気配遮断を解いてぶつかった相手に手を差し伸べる。尻もちをついてしまったのは、褐色肌の艶めかしい超絶美少女。やだ、通学路じゃないのにラブコメの神様が……ないな。

 

 その美少女は俺の手に反射的に掴まって一瞬固まる。なんだろうか。

 

「あっ……!!」

 

『スキル全状態異常耐性を発動。マスター、即座にそのサーヴァントから離れてください。異常を検知しました』

 

 何故か状態異常系のスキルが発動し、その際に目の前の美少女が俺の手を振りほどこうと力を入れるが、立ち上がらせてからでもいいかと思って、少々悪いが力ずくで立ち上がらせる。

 

 引っ張る際には丁度美少女が力を入れていなかったためか簡単に起き上がらせることに成功したが、勢いのままに美少女が抱きつくようにして凭れ掛かってくる。

 

 胸元の柔らかな感触と危ない香りにくらくらするが、相手はサーヴァントであり互いに知らない。殺される前に速攻で離れるが、美少女は大きく目を見開いたまま動かない。ちなみに手も離してくれない。なに? なんなの? まさか俺に……ないか。

 

「ジャック!?」

 

 やばい、背後でエミヤとやらの声が聞こえる。ジャックが見つかった!

 

 後ろを見るが誰も来てはいないが、このままここにいては危険だろう。申し訳ないが手を優しく離してから逃げることにする。

 

「本当に申し訳ない。失礼します」

 

 ぺこっと頭を下げてからダッシュ。あらゆる音を絶つスキル絶音と気配遮断を使用し、加速のスキルにより瞬時に部屋へと。完璧である。

 

 ただ、俺が消えて加速する瞬間を先程の美少女に見られていたということには、気づかなかった。

 

 

 




 取り敢えずはこんな感じです。なにかん?あれ?おぅ!?的なことがあれば教えてくだせえ。

 ぐだぐだと追加してしまったので、途中で適当なことぶちこんでおきました。


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02 曲がり角、ぶつかり合うは運命の仕業

 ご都合主義警報。

 どうしても…というほどでもないが、欲しかったのだ。入れたかったのだ。ヒロイン枠に。

 だから無理やり入れてみた。

 んで、静謐ちゃんの修正はあまりしてないけどこれでいきます。


 

 

 マスターちゃんとやらがどこぞの特異点をクリアしたらしい。カルデア内は喜びに大騒ぎであり、こちらの仕事も今日は休みとなった。

 

 ここぞとばかりに自室に篭ってゲーム三昧である。

 恐らく、ジャックはクリアおめでとうパーティーに参加しているだろうし、今回は何かしらの活躍をしたと聞いたので抜けることは出来ないだろう。

 

 久しぶりの休み。久しぶりのゲーム三昧。

 

 ワインを煽りながらゲームをする幸せである。酒には強いので長くゲームできるのは嬉しい。

 

 ふんふんとBGMに乗りながら鼻歌を歌っていると、来客を告げるコールが鳴る。

 酒も入って気分のいい状態で、はいはいと来客に応じると、そこにはいつだかにぶつかった褐色美少女が居た。

 

「こ、この前の……」

 

「は、はい……あの、少しお話したいことが……」

 

 あの、の時点で俺は土下座である。日本ではこれが最上級の謝罪の仕方らしいし、こうするしかないのだ。日本万歳。俺はもはや日本人と言えるほど大好きだぞ? 日本の文化は素晴らしい。アニメ漫画はいい文明。

 

「この前は申し訳ありませんでした。急いでいたとは言え、ただの一言で済ませるなど…御身が望まれるのでしたら如何様にも…」

 

「あ、頭を上げてください! わ、私は気にしませんし、そういったのは苦手なので…その、貴方のいつものような姿をお願いします…」

 

「そ、そうですか? でしたら…はい…」

 

 内心ガクブルで立ち上がり、敬語を止めてみるが本当に大丈夫そうなので普通に話してみる。これでも俺は普通の人間であり、サーヴァントに敵うわけないので下手に出るしかないのだ。ジャックが例外なの。

 

 もしもサーヴァントが暴れてみろ。カルデアの職員で対抗できる人間なんて誰ひとり居ないだろう。一夜で全滅である。

 

 静謐のハサンと名乗る美少女を部屋に招き入れ、椅子に座らせる。その際に持っていたバスケットも机の上においていた。

 ジャック同様に露出の多い暗殺者少女にドキドキしながら俺はベッドに座って話を聞くことにする。

 

「んで、俺に何の用があったんだ?」

 

「えっと…その前にアルンさんに聞いて欲しい話があるのですが…」

 

 どうぞと話を促してみれば、それはこの少女の話だった。静謐のハサン…静謐はなんとその体全てが毒だという。普通の人間が触れれば速攻で死ぬし、サーヴァントといえども無事では済まない。キス(宝具)でもされれば死ぬって話だった。

 

 もう、全身が毒と聞いたときから俺の顔は毒でも飲んだのではないかと言うほど真っ青だったことだろう。

 俺のその顔を見て、静謐も涙目で謝り倒しながら震えていたが、俺は死んでいないので問題ない。

 

 そうじゃないんだ……。

 

 俺が無事だったのはスキルのおかげである。静謐もこのことを聞きに来たのだろうが…もしも今の話、誰かに聞かれでもしてみろ。絶対に面倒なことになるのは目に見えている!

 

「お、落ち着け…俺は死んでないから問題ない。お前が毒だから恐れているわけじゃないんだよ」

 

「そ、そうなんですか…?」

 

「ああ。そのだな…この話、まだ誰にもしてないか?」

 

「はい。確かめてからにしようと思っていました」

 

「よし、ナイスだ! いいか、この話は誰にもしないでくれ。絶対に面倒なことになるから、誰にも話さないでくれ! そうすれば、ある程度の願いを聞き届けてやる。いやマジで頼む。いいか、ダヴィンチちゃんとかに絶対に話すんじゃないぞ!?」

 

「は、はい……!」

 

 華奢な肩を掴んでガクガクと揺さぶりながら頼み込む。褐色の肌を赤く染めているが、それどころじゃない。本気で頼んでいるのだ。

 もしバレてしまった場合、俺は記憶消去のスキルを得るために、誰かを犠牲にしなくてはならない。犠牲者の後頭部はとんでもないたんこぶができることだろう。

 

「よし、信じるぞ? さて…なんでも言ってみろ。金塊か? 宝石か? ある程度なら錬成してやれるが、地位や名誉、権力とかは無理だかんな」

 

「い、いえ、流石にそこまでのものは……で、では、アルンさんがよろしいのであれば…」

 

 錬成のスキルで金塊でも錬成出来るし、鋼の錬金術師のようにいくらでも錬金してやるが、拒否られた。じゃあ怪しい薬でも造ろうか? 既に作ったことあるし。

 

 相手はサーヴァント…何を言われるんだと身構えていると、彼女の口から出てきたのは意外なことだった。

 

「私に…触れてくれませんか!?」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ 

 

 

 

「ん~」

 

 喉の奥から出したような艶めかしい声音にゾクゾクしながら、俺は理性をフル活用して耐え続ける。俺ガイルという小説を読んだときにみた呼称をスキル名にしてみたのだが、今が使うときだろう。

 

『学生時代はぼっちを極めていましたからね。スキル理性の化物を発動します』

 

 可能性の獣というスキル名もあったりする。

 

 意図的なまでに女性らしさに満ち溢れた肢体でしなだれかかってくる彼女を抱きしめて頭から背中までを撫でる。

 最初は触れてくれという願いにとても危ないものを感じたが、彼女の今までの話を思い出し、こういった触れ合いを渇望していたということを思い出した。

 

 自分に触れても死なず、微笑みを浮かべてくれる誰か。いつ微笑んだのかは知らんが、この相手は俺だったのだろうか。流石にマスターたる人物に容易に触れるのは憚られたのか、触れるようなことは一切してこなかったらしい。

 

 ぶっちゃけ、死なない相手なら誰でも良かったのでは? 俺じゃなくてもきっと、探せば居るのではないだろうか。それこそサーヴァントの中とかに。それに召喚してくれたマスターちゃんに忠誠を誓っているのでは?

 

 もはや言いたいことは数々あるが、どうせ今日だけだと言い聞かせ、一言で言えばエロいこの体を堪能しちゃおうとアルコールの入った頭で邪なことを考えつつ抱きしめて撫でることにした。もうこんな機会来ないだろうしな。

 

 滑らかな肌を滑るように撫で、背中を俺の指が滑る度に静謐はビクリビクリと小さく震えて反応する。ちょっと猫っぽいかもしれない。きっと、理性の化物がなければ既に襲っているだろう。

 

 机の上に置かれていた、静謐が持ってきたバスケットの中に入っていた大皿。そこにはパーティーで出されていただろう料理が乗っていた。

 どうやら手ぶらで来るのも悪いと思ったのか、静謐が持ってきていたバスケットの中にはこっそりと選んできた料理を入れていたっぽい。それを食べるが、美味い。ま、まぁ? 俺が作ったほうが美味いけど…? 俺の料理スキルは様々な補正もあるから最強だ。

 

 エビフライを咥えてサクリと噛みながら、口だけで食べ進める。行儀悪いが仕方ない。ポッキーみたいに食べていけば、突然静謐が顔をあげる。頬を染めて、何やら覚悟を決めてから口を開ける。

 

 小さく開いた口の中に覗く赤い舌先が艶めかしい。そして、まるでキスでもするかのように近づいてきたと思えば、俺の咥えているエビフライの反対側…つまり尻尾からパクリと咥え込んだ。

 

 そのことに俺は固まってしまう。なにせ…ちょっとした勢いがあったのと、残り三分の一もない長さのエビフライ。よって、静謐の唇は俺の唇に確りと触れ、吸い付いており、エビフライなんて姿かたちも見えなくなってしまった。

 

 首に回される腕と誘うかのような目。少しして離れると、ちゅっと小さなリップ音が鳴り響く。

 

『スキル毒性物質耐性を取得及び発動しました。これで安心ですね』

 

 ……………マジなのか。静謐にとっては敵にキスするほどだし、そこまで深く考えるものではないのかも知れないが、俺にとってはファーストキスなのだ。

 それに、嬉しいからって流石にすぐこんなことするものなのだろうか。スキルを取得したことさえも頭に入ってこない程、びっくりした。

 

 もしかしたら、現状で触れることの出来る俺を手放したくないがためにキスをして離れなくさせることが目的なのでは…? 

 

 焦りの中でも冷静な部分が様々な可能性を考えるが………静謐の恥ずかしそうに顔を首筋に埋めてくる姿を見たら、何も言えなくなった。

 

 ………………暫くは様子見だな。俺から会いに行くことなんてないけども。

 

 皿に乗っていた料理も二人で食べきり、時間的も夜遅い時間帯である。そろそろ誰も彼もが休むために寝る時間だと言うのに、俺と静謐にとってはこれからだ。

 

 別にいやらしいことをするわけではない。ただ単純に、俺たちのゲームはまだまだこれからだ!ということである。

 

 触れてほしいと言われて暫くはこうして触れていたのだが、元々俺はゲームをしていたため、テレビの画面はずっと自キャラが走っている体勢で停止していた。食事も触れることについてもある程度落ち着いてきたため、静謐を乗せたままコントローラーを手に取って続きを始めた。

 

 それに興味を示したのか、それとも俺がしているから興味を持ったのか…説明と操作を教えてみれば、あっという間に覚えてしまったのはサーヴァントスペックだからだろうか。暗殺者として手先も器用だったことから、練習しているときのボタン操作は滑らかに行われ、中々に上手いものであった。

 

 だいたいのことが行えるとあれば、ゲームだから対戦なり協力プレイなり、一緒に楽しむしかないよね? ということで、現在、俺達は協力プレイでゲームを進めているわけだ。

 

「アルンさん…フレンドリーファイアって有効なんですか?」

 

「おっといけね、消すの忘れてたぜ。悪い悪い、てへぺろっ」

 

「愛おしいので許します……とでも言うと思いましたか? 仕返しです!」

 

「ちょっ、ボス目前で何して!?」

 

 うっかりさんの俺に思いっきりマシンガンを乱射してくる静謐に、俺は為す術なく死んでしまった。おいおい、ここまで来るの大変だったろうに何しちゃってくれてんの?この子。

 

 笑いながら謝ってくる静謐にぐりぐりと頭をドリりながら説教である。頭をゴリゴリされているのに、それでも嬉しそうに笑っている静謐。Mじゃないだろうか。

 

『スキル毒性物質完全耐性に昇華しました。これよりこのスキルを常時発動しますが、よろしいですか?』

 

 おう。

 突如、ナビさんの声が聞こえてきて、新しいスキルを得たとのことだった。全状態異常耐性というスキルは、あらゆる状態異常に耐性があるだけで完全に無効化するものではない。過剰に受けると状態異常にはなる。

 

 長い時間、静謐に触っていた俺だが、その間に毒のみの耐性スキルは取得、発動していたのだが、これで完全に毒に対する耐性が出来たということだ。

 これより、俺はあらゆる毒に対して、何をされても毒状態にならない。唇の触れるだけのキスなのに猛毒だったあれも、深くしても何ら問題はない。することないかもだけど。

 

「……? どうされました?」

 

「いや、たった今、俺が毒に対する完全な耐性を得たんだが、これであらゆる毒は俺には効かねぇってことだ」

 

「ッ!? そ、それでは、完全な、ね、粘膜接触でも…し、死なないんですか…?」

 

「そうじゃねえの? 致死率100%の毒飲んでも死なんのだろ。あれ? 人間やめましたに一歩足踏み入れてね?」

 

 一歩どころではないのだが、それでも既に人外の域ではないだろうか。

 スキルのいいところはレベルを上げていなくてもスキルを得られるところである。更に魔力も消費しないしな。消費するのは魔法スキルだけだ。

 

 レベルを上げる方法…それはゲームのように戦闘によってしか得られない。つまり、モンスターを倒したり、誰かと戦えば得られるのだが…如何せん、そんな機会はなかった俺のレベルは未だ10程度。

 

 これは筋力や敏捷に表すと、アスリートよりも少しばかり抜きん出ている程度のことだ。サーヴァントの足元にも及ばない。

 

 しかし、ここにスキルや魔法を使用して上げに上げると、一応、バリバリ戦闘をしないサーヴァントくらいには上げることが可能となる。多分、それくらいになると思う。タブンネ。

 

 静謐と戦うと? 毒は効かなくても暗殺技術諸々で殺されると思われ。

 

 どれだけ最強のスキルを使用しようと元が低かったらアシストされても俺が保たねえからな。

 

 俺がそんなことを考えていると、先程から静かになりずっと体を震わせていた静謐がいきなり飛び込んできて押し倒された。

 

 この子、相手がマスターじゃなくて遠慮もいらない相手だからって懐き過ぎじゃないだろうか。どれだけ渇望していたのだろうか。

 

 俺に馬乗りになって顔を覗き込んでくる。その表情は熱く、蕩けて、妖艶で…

 

「出会ったばかりなのに……曲がり角でぶつかった関係なのに……これが、運命……」

 

「い、いや待て、そんなギャルゲーのような運命はない…!」

 

 ないよね? 俺、主人公なんてガラじゃないもんね!? 主人公はマスターちゃんだろう!?

 

「いいえ、これは…私と貴方の………」

 

 段々と近づいてくる顔。毒の吐息を熱く吐き出しながら、下半身を強く押し付けて俺の体を固定する。

 

 もういろいろとヤバイ…だが待て、俺にはスキルや魔法が……

 

 

 ―――――抵抗できたかどうかは、ご想像におまかせしよう。

 

 

 

 

 




 ―――――抵抗できたかどうかは、ご想像におまかせしよう。

 
 分かりきったことである。

 分かりきったことである。(二度目)








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03 大天才!きさま!(敬語)見ているなッ!

 ご迷惑をおかけして大変申し訳ありませんでした。あとから読む方はわからんだろうけども。
 一応、それっぽいことを追加と修正をしておきましたので、一話だけでもどうぞ。

 そして問題の3話。これでいきます。転移?なにそれ美味しいの?精神で突っ走りました。
 マスターちゃんのところはまあいいかなって。


 

 この頃、少しおかしいサーヴァントが二人いる。

 片や正体はかなり危ないのに子供らしさ溢れる少女と、片や全身が毒でありいつも身を引いて自分から近づいてこようとしない褐色肌の暗殺少女。

 

 そう、私の仲間であるジャックちゃんと静謐ちゃんの様子がおかしいのだ。

 

 ことの始まりはジャックちゃん失踪事件。またの名をジャックちゃんにお父さん出来ちゃった事件である。これは由々しき事態だ。

 

 だって、そういうことでしょう? 

 私がお母さんであり、もう一人がお父さんということは、それは、その、私達はジャックちゃんにとっては夫婦であり…結婚を……

 

 そこまで考えて頭を振って思考を飛ばす。冷静に考えるのよ、藤丸立香! いいか? 相手は名前も顔も知らないのだから、恥ずかしがる必要なんてない。寧ろ、でっぷり太ったおっさんとかだったらどうする? 居ないけど。

 

 ……そいつ、殺すか。

 絶対にジャックちゃんを怪しいことで手篭めにしたに違いないだろう。殺すしかない。我がサーヴァント全投入してでも消し飛ばすしかない。おっさんのR-18なんて許しはしない。催眠か?ルルブレ(貫通)するしかないのか!?

 

 再度、頭を振って冷静になる。

 

 次は静謐ちゃんである。

 静謐ちゃんはそのスタイルから偵察や暗殺を得意としており、ゴリ押しで攻める強キャラサーヴァントとは違ってとても冷静に仕事をこなしてくれる、とってもいい子だ。

 

 ついでに身体面のスタイルでも、女の私から見ても羨ましいほどに綺麗であり、均整が取れており、実にえっちぃ体をしている。褐色肌にその体はとてもエロいですありがとうございます。マシュのマシュマロボディとはまた違った良さがある。

 

 しかし、その全身、髪から爪に至るまで全てが毒であり、人間が触れたら確実に死ぬだろう猛毒。

 

 そういった過去もあるらしく、自分から誰かに近付こうとはしていないように見られる。話しかければ返してくれるんだけども…。

 

 さて、こうして二人のことを紹介したが、この二人の様子がおかしいのだ。

 別に体調が悪いわけではない、むしろ絶好調?かもしれない。

 

 でもでも! あの好奇心旺盛で子供っぽくてお母さんお母さんと可愛かったジャックちゃんが! 今は前のようにお母さんと言ってくっついてきたりしないの!

 

 お父さんが出来てから、もうお父さんのことばかりなのか思い出しては笑顔を見せると言った感じである。なのに、お父さんのことについては何一つ教えてくれない。こっそりついていこうかと思ったけども、いつの間にか消えている。監視カメラにも映らない。

 

 謎である。

 

 更に、最近はお菓子も作れるようになっており、紅茶も淹れられるようになっている。その腕はあのカルデアのおかんほどではないが、彼が唸るほどなの。とても美味しかったです。

 

 戦い方もおかしいし…誰なの? ナイフを使ったCQCを教えた人。音がドドッドッ!ってなってたんだけど。伝説の傭兵さんなの? 弟子入りしたの?

 

 次いで静謐ちゃん。

 この子もやべぇよ、やべぇんだよ…ゲフン。

 何がヤバイってめっちゃエロくなった。ふとした拍子にとんでもない色気を無自覚に振りまき、男性陣が反応するくらいヤバイ。ちなみに私も顔を覆って後退りするくらいにはやばかった。

 

 なんか知らないけど肌艶いいし、たまに笑顔になるし、両頬を抑えていやんいやんとくねくねするし。

 

 恋する乙女?

 うっそだろ、おい。

 聞いても教えてくれないのぉ!! うわーん!

 

 というわけである。

 

 今、カルデアはそのことでざわついているのだ。

 あ、ジャックちゃんがまたどこかにいこうとし……また消えたぁ!

 

 はぁ…と1つ溜息をつく。

 

 こんな感じなのだが二人は幸せそうなので問題ないとは思ってるけど、どこかやるせないのだ。この二人に愛される二人の男性は本当に幸せものだろう。お、お父さんが私の旦那さんになるかは別として、ね?

 

 あ、それとダヴィンチちゃんも最近楽しそうなんだけどどうしたんだろう? いつもどこか見えていた疲れも消えているようだし、面白いことでもあったのかな?

 

 何してるんだろう。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ 

 

 

 

 何してるんだろう……。

 

 俺は今、仕事である雑用をこなしながらそんなことを思っている。

 先程、カルデア内の掃除を終わらせ、破損場所の対応を行い、今現在は自分の書類を片付けているところである。

 

 スキル速読とスキル速筆を使用して百枚以上はある書類を一枚一秒のペースで終わらせているのだが、そんな俺をずっとストーカーのように見てくる人が一人。いや、サーヴァントが一体。

 

「むむむ…一枚一秒のペース…。魔術の使用痕跡もなしに、正確に長文や多々ある項目を書き記すなんて……やるじゃないか」

 

 そう、ダヴィンチちゃんである。数多の逸話を残している、自分がモナリザになっちゃうまさしく正真正銘のヤベー奴。

 

 柱の陰に隠れて今日一日ずっと俺のことを見ているが、それで隠れているつもりなのだろうか。何もしなくても視線だけで気づけたんだけど。ブツブツ喋れば更にわかるんだけど。周りの職員に大注目されている時点で既に隠れられていないということを気づいてはいないのか。しかし、誰も何も言わないとこを見るに、視察とでも言っているのかもしれない。

 

 ここではめったに見ることのないダヴィンチちゃんに誰もが視線を奪われ、仕事が進んでいない。進んでいるのは俺だけじゃないの? つか、俺のこと見過ぎ! なんなの? 好きなの? 知ってるよ? 中身おっさんだということを!

 

 でも、俺的にはTSキャラは全然ありなのでオールオッケーなのだ。

 

 って、違う。問題なのは選りにも選って面倒くさい相手に目をつけられたことだ。

 

 内心ドキドキしながら書類を終わらせると、丁度そこに上司である銀髪グラマラスな女性がやってくる。手にあるのは一台のパソコン。この仕事場で使われているものではないのでプライベートのものだろう。

 

「アルンくん、お疲れ様。仕事はどうかしら?」

 

「お疲れ様です、エルナさん。今、急ぎの書類仕事が終わったところです。時間も時間ですし、残りは持って帰って済ませます」

 

「それならちょうど良かったわ。このパソコンの調子が悪くて…直せるかしら? お礼はするから」

 

 手渡された白色のパソコン。

 このエルナさん、何かと俺のことを構ってくるけども優しい上司である。自分の仕事が終われば俺の仕事を手伝ってくれたり、忙しいときに仕事を俺に持ってきてはお礼だと言って色々してくれる。この間はエルナさんの部屋で二人で酒を飲んだ。

 

 ただ、酔うととてつもなくエロいので勘弁して欲しい。上司襲ったらどうなると思う? 絶対にヤバイ。

 

 さて、パソコンだがスキルでどうにでもなるのだが改造でもしようか。流石にそれは失礼か。

 

 まずは電源でも付けてみようとしたところで、隣に座って密着してくるエルナさん……の向こうであるダヴィンチちゃんの声が聞こえてくる。

 

「むっ…私のアルン君に近づくなんて……」

 

 聞きようによっては彼女が彼氏に近づいた女に対して言うような台詞だが、俺には隠された言葉が聞こえてくる。

 

「むっ…私の(観察対象である)アルン君に近づくなんて……」

 

 恐ろしいものである。

 そうとも知らずに、電源がつかないのでばらしてみようと弄りだす俺の横のエルナさんは何やら不機嫌そうに話しかけてくる。

 

「ねぇ…今日はどうしたの? あの人、色んな部署を視察しているとか伝えてきたのに、アルンくんのことずっと見てるんだけど…もしかして……」

 

「いやいや、ないです絶対に。俺だっていきなりあんなことされて迷惑してるんですってば。なんの接点もないのにいきなりっすよ? わけわからんです」

 

「そうなの……私が追い払いましょうか? 塩ある? 拳大の角ばった岩塩なら尚いいわ」

 

「アンタ死ぬぞ」

 

「叩き込むのは顔面がいいわよね」

 

「アンタ死ぬぞ!」

 

 サーヴァント相手に何するつもりだ。

 立ち上がろうとしていたエルナさんを押さえつけるように腕を引っ張って座らせておく。周りが騒がしくなったが何なのだろうか。

 

『スキル鑑定を発動します。問題点を抽出中…完了。スキル機械技師を発動します。細部損傷他、バッテリーの中度の摩耗を確認。代わりに疑似S2機関を搭載しますか?』

 

 ちょい待てなんてものを搭載しようとしてるんだ。本家に似たものだからって半永久的に可動し続けるNPCとかいらんだろ。却下だ却下。

 

 ナビさんがとんでもないものを搭載しようと提案してきたが流石に却下して、ため息をつきながら速攻で修理を済ませる。疑似S2機関は魔法とスキルがあったから作り出せたものであり、現在はアイテムボックスに収納されているが出す予定はない。

 

 勿論、その他にもアニメとかに出てきた道具とかアイテムは作れるものは試しに造りまくってみた。夢だよな。ロマンだもんな。な?

 

「はい、出来ましたよ」

 

「わお、僅か五分足らずで直すなんて、流石ね。お礼はまた今度、私の部屋で」

 

「はいはい」

 

 最後に俺の頬にキスをしてから去っていく。この一連の流れに男性陣からの殺気がものすごいがあの人はいつもこれなので仕方ないだろう。俺のところはそうでもないが、国外ではキスが挨拶というところもあるのだし、俺だけじゃないのではないだろうか。

 

 さて、部屋に戻って残りの仕事をササッと済ませるか。ダヴィンチちゃん、どうやって撒こうかね。煙幕で逃げ切れるのだろうか。この前みたいに縮地でも使ったら…更に目をつけられるだろう。これはもう話を聞くしかないのでは?

 

 書類に視線を落としながら歩く。コツコツと俺の靴が音を鳴らすが、背後からついてくるダヴィンチちゃんは音を鳴らさずにスニーキングでついてくる。

 

 このまま部屋までついてこられて、もしもジャックがいて遭遇したら不味いと気づいた俺は、ここでケリを付けることにした。要は俺から話しかければいいのだろう? 

 

 スキル気配察知によってダヴィンチちゃんがどこに居るのかは把握しているので、振り向いて真っ直ぐにダヴィンチちゃんのもとに向かう。その顔は、何故か驚愕に染まっているが、まさかあの下手くそな尾行で気づいていないとでも思っていたのだろうか。

 

「これは、ダ・ヴィンチさんじゃないですか。奇遇ですね、ここらへんになにか用事でもあったんですか?」

 

「アルン・ソルシエ君……君、なんで私のことがわかるのかな?」

 

「いや、意味がわからないんですが…今日一日、付け回してましたよね?」

 

「そうさ、見てたのは認めよう。でも…仕事場を出てからは違うんだよね。気配を消す道具を少し前に作っていたのを思い出してね、試運転も兼ねてそれを使って尾行していた。サーヴァントでも中々見つけられないほどの出来にしていたはずなんだ。けど…君はずっと私をわかっていたように言ってるし、現に気づいていた。どうしてかな?」

 

 そうダヴィンチちゃんに告げられ、表情には出していないが内心では驚愕のあまり、心臓が爆発四散するのではないかと言うほど焦っている。気配を消す魔道具? 仕事場では職員にも見られていたから使っていなかったのだろうが、出てからは使っていただと?

 

 やっべ、気配察知のスキルを使っていたから俺はなんの違和感もなかったのか!

 

 これは流石に想定外だ。だが、そのことをおくびにも出さずに話しかける。

 

「すみませんが、それ、本当に発動していたんですか? それよりも、今日は仕事中も含めてずっと見てましたよね…流石に気分がいいものではないのですが」

 

「おっと、それはごめんよ。どうしても君のことが気になってね。それと、話し方だけど君の本来の話し方で構わないよ。敬語は君には似合わないぜ?」

 

「あ、そう、それじゃあ遠慮なく。んで、何のようなの? ジャックちゃんだっけ? 見てないぞ」

 

 今日のところは。と付け足しておこう。嘘は言ってない、嘘はな。

 

「いやいや、それはもういいのさ。アルン君に聞きたいことがあったんだよね。この前くれた珈琲とお菓子あるじゃない?」

 

「あげたっけ?」

 

「貰ったの。それで、それを食べたら身体の疲労という疲労が消えて、最高のパフォーマンスを出せる状態まで一瞬にして回復したんだけど…なにか魔術でも仕込んでいたのかな?」

 

 そう言って探るように目だけ笑っていない笑みを浮かべて来るダヴィンチちゃんだが、魔術なんて使っていない。ちょっと、料理スキルが補正として勝手に付与しちゃうだけであってだな……。

 

「いや、俺はそんな魔術なんて使えないんだが…」

 

 ファンタジーのような魔法は使えるけども。

 

「確かに、君の魔術回路は少なく、魔力も少ない。使える魔術も大したものはないのだけれど…」

 

 この人、俺のことを貶すために来ているのか? 

 

『今日はいい天気ですね。ソーラービームでも撃ちたい気分になります。おっと、ここにいい的がありますね。これはもうそういうことでは?』

 

 どういうことだってばよ。やめなさいってばよ。

 

「さっきのことといい、掃除や書類仕事のときといい、君は他と比べると変わっているようだ。魔術ではない何かを持っているんじゃないかと疑っているんだよ……ねぇ、話してくれないかな?」

 

 静かな威圧ははぐらかすことを許さないとでも言うかの如く。……周りの職員仲間にとっては既に慣れたものなので何も言われなくなったが、この人にとっては違ったのだろう。まぁ確かに普通とは違う、特殊であり特別っぽいのは認めよう。

 

 だが…それがどうした? 

 

 こんなもの――――――――「慣れ」の一言で済むんだよ!!

 

 ピシャーン!と背後で雷の音が聞こえた気がした。胸を張り、堂々とそう告げた俺にダヴィンチちゃんは唖然とする。

 

「仕事が早くて何が悪い。俺は俺の趣味であるゲームのために早く終わらせようとしているだけ。特殊の何が悪い。英語でいうとスペシャルだ。なんか優れてるっぽく聞こえるだろう?」

 

「ふっ……く、くっくっくっ……ハハハハハハッ! 確かに、それは格好いいよ、何かのスペシャリストみたいだ。いいね、スペシャルか……うんうん、君は実に面白い子だ。今までにないタイプじゃないか」

 

 やっべ、俺の好きなキャラの真似したらターゲットロックされた気がする。俺がエリートぼっちで、相手は魔王なのだろうか。やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。

 

 これ以上ここに居るとヤバイと俺の中の何かが告げている。俺はそろそろここで帰らせてもらおう!

 

「はー…久しぶりにこんなに笑ったよ。いいねぇ、君はまた違った面白さがある。中々に興味深い…どうだい? もしよかったら、これから二人で食事でもしながら話をしないかい?」

 

「ほう…それはとても魅力的なお誘いだ。どこの高級料理店に連れて行ってくれんの? 拒否るけど。俺はわざわざ火の中に飛び込む虫にはなりたくない」

 

「おや、こんな美女を前にして火と言っちゃうんだ」

 

「綺麗な薔薇には棘があるように、綺麗な女性には謎と危険性が備わってると思ってるので」

 

「言うねぇ、君」

 

「そりゃどうも。それに、俺はこれから帰って残った書類を片付けてゲームをしなきゃならないので、今回は断るぜ」

 

 そこそこ分厚い書類を掲げて見せれば、今回は諦めたような顔を見せるが、その目は俺のことを諦めているようには見えない。厄介な人に目をつけられた…まだ、決定的な証拠を押さえられていないので推測の域を出ていないし、今は職員も少ないので強硬手段に出るとどうなるのかはわかっているのだろう。

 

 俺に対する興味を失ってくれればいいのだろうが……。

 

 ダヴィンチちゃんを見てみれば、無意識だろうか…赤く、艶めかしい舌が肉厚な唇をちろりと舐めているのを見てしまい、ぞくりと背筋が震える。肉食獣に狙いをつけられた気分だ。

 

「そ、そういうことで、またの機会に…」

 

「うん、今回は諦めるとしよう。それじゃあ、また明日ね」

 

 手を小さく振って背を向け、遠ざかっていくダヴィンチちゃん。

 

 …………なんやて!? 明日!?

 

 

 

 

 

 

 

 

「やめろショッカー! ぶっ飛ばすぞぉ!」

 

「ハッハッハ! イー!とでも叫べばいいのかな? ほら、暴れないで一緒にご飯でも食べようぜ」

 

「イーッ!ヤダーッ!」

 

「……君がショッカーになるのか」

 

 笑顔のダヴィンチちゃんに腕を絡められ引きずられる男性職員の姿が、食堂で確認されたとかなんとか。二人の関係が大いに噂された。

 

 

 

 




「(よし、なんとかなったか…ん…?)」

クルリ「とでも、言うと思ったかい? この程度、想定の範囲内だよォ!」

「お、オレのそばに近寄るなああーッ!!」

「アハッ!ハハハッ!ヒァハァハッ!」

 とんでもない笑い方で爆走しながら職員を追いかける大天才の姿が目撃され、二人の関係が大いに、大いに、噂された。

                               ――BAD END――


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04 体は正直なようで(尚、深い意味はない模様)

短い…。
ぶっちゃけ繋ぎ回だからなくて良かったかもしれん。

いつもいつも誤字報告ありがとうございます。大変助かってますが、見るたびに阿呆な間違いをしてんなと思ってます。ええ。


「そんな感じで、相手は複数人で一度で決めないと終わる状態。相手の弱点となる魔術を選び、一瞬で複数を展開しなければ勝てない。でも、そこまでの力がないのに魔術を使わないと抜け出せない状況……君ならどうする?」

 

「大人しく死ぬ」

 

「それ、なんの打開策にもなってないじゃないか…」

 

 何度目かのダヴィンチちゃんに引っ張ってまで連れてこられた食堂で、興味津々と言った数多の視線の中、二人でカレーをつついて話をする。ダヴィンチちゃんは何の意味もないだろう話を楽しそうにしてくるので、俺も答えるのが楽しい……何ていうわけがない。もともとあまり喋らない俺が食事時に話なんてしたいと思うか? ねぇよ。

 

 中辛程度のカレーを食べ、ダヴィンチちゃんの話には適当に答えておく。

 

 それにしても、激辛を食べるやつの気がしれん。辛味とは痛覚であり、激辛とは激痛である。つまり、激辛が大好きなやつがドMじゃないか説は有名だろう。逆説的に甘口はドSになる…というのは尚早か。俺的には中辛が普通だと思うんだが…真ん中だし。

 

「なんか面白い答えを出しておくれよー」

 

「面白いって…寧ろ、その状況を予想して何も対策してこなかったのかと言いたい」

 

「対策しても内通者がいてバレたということにしておこう。そして上回った的な」

 

「巫山戯んな後付設定! そうやって適当にあとからあとから設定を付け足していくからわけのわからんことになるんだ。BLEACHとか途中で読むの止めたかんな……って知り合いが言ってた」

 

「いや、知らないよ…」

 

「まぁいい。ばれない対策をすればいいんだろう? じゃああれだ、骨に魔法陣でも刻んでおけばいいんだ」

 

「ほう?」

 

 俺がそんなことを言えば、ダヴィンチちゃんは目を鋭く細めて興味深そうに見つめてくる。たまにあるんだよな。

 

「詠唱も魔法陣も用意せずにできるじゃん。痛いだろうけど。指は十本あるけど、その中には骨が3つずつあると言ってもいい。更に手内骨は八個程あり、橈骨尺骨なんていくつか刻めそうなくらいの幅はある。なりふり構わなくてもいいなら、全身合わせて200以上の骨に多くの陣……あれ? 痛覚やら云々を無視すれば最強じゃね? 魔力あれば200種類の魔術を一度に放てるじゃん。拒絶反応出ないように隣接する魔法陣は考えないとだけど」

 

 昔、どこかのオリジナル小説で見たんだよなぁ…痛みを我慢して自分の体を切り裂き、中の骨に魔法陣を刻んで無詠唱で魔法を放っている主人公。痛そうだし、色々考えることもあるだろうけど、なるほどとは思ったものだ。

 

「でも…股間から放たれる魔術とか見たくねぇ…」

 

「アッハッハ! 確かに、それは滑稽だね。お尻向けて魔術放つとかね。やっぱり君は面白いなぁ…そんなこと考えもしなかったよ」

 

「頭からかの有名なビームも撃てるのでは……? ―――まさかだけど、今言ったことするんじゃないぞ?」

 

「うん? 流石にやらないけど、なんでか聞いてもいいかな?」

 

「いや、もとはクソジジイだとしても今は誰もが認める美女だろう? 魔術とかでどうとでもなるとは言え、簡単に体を傷つけるのもどうかと思うしな。骨にまで刻む狂人さは見せなくてもよろしい」

 

 いくらダヴィンチちゃんの頭が違う意味でパッパラパーとはいえ、そこまでやられると正気を疑う。そのダヴィンチちゃんはぽかんとしている。まさか、マジでやろうとしていたんじゃないだろうな。

 

 もう一口、カレーを食べようとして自分のミスに気づく。ルーとご飯の相対が……ご飯マネジメントミスった。

 

 仕方ない、福神漬で白飯でも食べるかと福神漬の容器に手を伸ばしたところで、前の方からスプーンが伸びてきて俺の白飯の上にルーが載せられる。なんぞ?と確認してみれば、ダヴィンチちゃんが自分の分のルーを入れてくれたようだ。ちなみにダヴィンチちゃんはルーが余っていた。

 

「いやぁ、まさかそんなことまっすぐ言われるなんて思ってもみなかったよ。流石の私もちょっと恥ずかしかった」

 

「なにが? それよりサンキュー」

 

「いいさ。……ねぇ、私達って二人を足して割れば丁度良さそうだよね」

 

 いきなり何のことを言っているのかと思えば、カレーのことだろう。確かに、俺のご飯余らせちゃうのとダヴィンチちゃんのうっかりとルーを余らせちゃう下手くそさを足せば丁度いいかも知れない。

 

「そうかもな」

 

「おおっ、アルン君も思ってくれてたなんて……でもまだ早いかな。もう少し、もう少しじっくりと……」

 

 最後の一口分をまとめていると、なにやらブツブツと呟きながら、ゾクリとするような妖しげな目で見てくる大天才様。あれは碌でも無いことを考えている目だろう。このままでは研究対象になりそうだ…そう予想して最後の一口を速攻で食べ終わり、立ち上がる。

 

「ごちそうさま。俺は先に行くからな」

 

「うん? ああ、わかった」

 

 食器類を返却口に返して足早に食堂を出ていく。はぁ…あれは絶対に碌でも無いことに巻き込む気だろう。そうなればスキルや魔法で逃げるのも吝かではないが…。

 

 今日はもう仕事はないので昼から休みである。これからどうしようかと考えるが、自室でゲームくらいしか思い浮かばない。何時も通り自室でフィーバーするかと脚をそちらに向けたところで、俺の端末に通信が…見てみれば、それはダヴィンチちゃんだった。いつの間に入れたんだ…。

 

 先程別れたばかりだというのに、何のようだ。カレーの件か? あれは貸しにもならんぞ。

 

 面倒くさいので、出てくだらなければ速攻で切ろう。

 

「もしもし…何のようだ」

 

『いやぁ、さっき別れたばかりなのに悪いね。あ、これなんか駄目なカップルみたいじゃないかい?』

 

「黙れ爺切るぞじゃあな」

 

『あ、待って待って! 少し聞きたいことがあるんだけどさ……』

 

 そこで一度溜めを作るダヴィンチちゃん。

 

「ちょいとダヴィンチちゃん? 早く言ってくれない?」

 

『あーうん、そうだね…実は今、君の部屋に居てだね…』

 

「はぁ?」

 

『無断で入ったのは悪かったと思うよ? でも、ちょっと用事で君のところに行こうと思って、曲がり角から顔を出したら、勝手に扉が開いて閉まるもんだからさ、ちょっと侵入したんだ』

 

「は? はぁ!? ちょ、おま、侵入ってなんだ侵入って!」

 

『まあまあ、怒らないでよ。おとうさん?』

 

 通信機越しのダヴィンチちゃんのその言葉…それだけで察してしまった。ジャックとの関係がバレた。つまりはそういうことだろう。

 

 ふらりくるりと反転し、壁にゴンッと腕と頭をぶつける。終わった…。

 いつかバレるとは思っていたが早すぎる…しかも相手は面倒くさい相手ときたものだ。どう口封じをしようか…。

 

 痛覚限界ギリギリまで上げる、快楽3000倍、毒、声帯切除、気管切除、植物状態、抜歯、四肢欠損、五感消失……」

 

『ちょ、ちょっとまってよ何怖いこと呟いてるんだい? 通信機越しでも殺気が伝わってくるんだけど……そ、そのことは後でゆっくり話そう? 誰にも言わないから…』

 

「…………それで、何の用だ」

 

『いやぁ、実に言いにくいんだけど……その、私が入ってきたことに反応したジャックとちょっと反射的に動き合っちゃって……あの、部屋のね? あ、わざとじゃないんだよ? でも偶然さ? えっと…棚のプラモデルが沢山壊れちゃって…なんか、以前見た子の頭も…』

 

 俺のぽいぬー!!

 

「判決。死刑」

 

『早っ!?』

 

『うぅ……ごめんなさい、おとうさん。わたしたちが早とちりしなかったら……』

 

 ふと、ダヴィンチちゃんの声の隣からジャックの声が聞こえてくる。その謝っている声は鼻声であり、嗚咽も聞こえることから泣いていることがわかる。

 確かに、俺のプラモデルは丹精込めて作った大切なものだったが、ま、まぁ、可愛い娘と比べれば? ぜ、全然ただのゴミ同然だしぃ?

 

 俺は動揺を隠しながら話を続けた。

 

「よ、よし、許す」

 

『ほ、本当かい!?』

 

「おいおいおいおい、何勘違いしちゃってくれてんの? ダヴィンチちゃん。お前は許さねえから。許すのはその子だけだから。か、勘違いしないでよね! 別に貴女のためなんかじゃないんだからっ!」

 

『それ、良く良く考えたら結局怒ってるってことだよね。しかもなにそのツンデレ…嬉しくない。アルン君綺麗なんだから、もっと可愛らしく…』

 

「貴様を殺すッ」

 

『え、ちょ、まっ』

 

 通信機を怒りのままにぶち切り、ポケットに仕舞うと少し離れたところで視線に気づく。なにやら全身に纏わりついてくるような愛溢れる熱い視線……おい、静謐。

 

 ため息を零す俺に小声で話しかけてきた。周りには誰も居ないが、一応の配慮だろうか。

 

「もしかして、ジャックちゃんのことがバレてしまったんですか?」

 

「静謐……お前、なんでここにいるんだよ。マスターちゃんに用事があるとか朝言ってなかったか?」

 

「アルンさんの姿を見つけたから付いてきてしまって…すみません…」

 

 申し訳なさそうに謝ってくる静謐の頬をむにーと引っ張れば嬉しそうにふにゃりと表情を緩める。しっとりとした柔らかな頬はジャックとはまた違った柔らかさを魅せてくれる。

 摘むようにしているのにサーヴァントにもなると流石にこの程度では痛みも感じないのだろうか。緩めた口から八重歯がちらりと覗き、光を反射して輝く。

 

「というわけで俺は行くわ」

 

「はい」

 

 それじゃ。と手を上げて足早にその場を去るが、トテトテと付いてくるのは静謐。

 

「なんで付いてきてんだよ…」

 

「はっ!? 身体が勝手にアルンさんを求めて…」

 

「なにそれちょっとアレだな」

 

 静謐のちょっと危ない発言にチョップを入れたらやっぱり笑顔になりながら頭を触っている。まあ、もうそれはいい。静謐がいいと言うなら別にこのままともに部屋に向かって、ジャックのこととまとめて静謐のこともダヴィンチちゃんに話してしまおうか。

 

 どう説明したものか…とにかく、言いふらさないことを第一に交渉しなければいけないだろう。こうして俺に耳を引っ張られて嬉しそうにしている静謐はこう見えて毒そのもののような存在…いざとなったらダヴィンチちゃんに静謐ミサイルでも食らわせようっと。

 

 そんな事を考えていたら、離れた曲がり角からとある人物が現れた。その人物はピンク色の髪を持った美少女だったが、こちらに気づく瞬間に手を離したのだが…ぶっちゃけ見られてないかどうか自信がない。疑惑の判定である。

 

 こっからあっちまではまさしく長い廊下の端から端であるので、見えていなかった可能性もある。これ以上ここにいて俺のことを覚えられても困るので、何事もなかったかのようにこちら側の角に隠れる。当たり前のように静謐もついてきた。

 

「先ほどの……大丈夫でしょうか…」

 

「大丈夫だとは思いたいな…迂闊だった。俺にとってはお前に触れられる事が当たり前となっていたから気が抜けていた」

 

「すみません…私がもう少し我慢してたら…」

 

「いや、これに関しては何も悪くねえよ。気にすることはない。ほら、さっさと帰るから掴まれ。じゃないとさっきの子が来ちまう」

 

「はいっ」

 

 何も悪くないのにしょぼんとしていた静謐に苦笑しながら手を差し出せば、俺が本当に気にしていないし悪いとも思ってないことを感じ取れたのか、微笑みながらそっと俺の手を握って細くしなやかな指を俺の指に絡めてくる。

 

 誰にも見られていないことを確認してから転移魔法で部屋の中に転移する。

 

 なんだかんだで触れることができた静謐は嬉しそうにしながらも顔を蕩かし、ごきげんである。チョロいな、こいつ。何もしてないのに好感度が上がる一方なんだが…。これ以上のことしておいてこの程度でいいのか。

 

 部屋の中に転移して静謐から手を離す。……が、静謐は一向に手を離してくれはしない。抱きついてくるわけでもなければ擦り寄ってくるわけでもない。指を絡めながら手を握っているだけで、時折力を入れてにぎにぎと感触を確かめているくらいだ。

 

 流石女の子。俺も男にしては手が細いほうだが、静謐の手はそれよりも細く、小さい。

 

 でも部屋ついたからそろそろ離してくれない?

 

 

 




ご飯だけ残る弁当。
ご飯だけ残る牛丼。
ご飯だけ残る定食。

数多の敗北を得て。
私は、最後の一口で最後の一口を食べ終わるという境地に達した。
それはまさしく、神の如き一手。

訳・比率を間違えないようにね!


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05 こんな可愛い子が女の子のはずがない

 感想欄のご飯ネタでの盛り上がり様よ。でも後書きで頭空っぽにして好き放題書いてみるのは楽しい。
 イベントあらかた終えて何気ない呼符単発で水着ジャンヌが来てくれたことにより、リリィは居ないけど、夢の(大人)ジャンヌハーレムができました。白黒水着、実に眼福。
 ついでにようこそ運試し10連で来てくれたBBちゃん。デカイ(確信)
 そしてようこそ、リアル不幸…運を使い切ったと翌日に悟った。

それは置いといて。

 ピンクの髪はこの子です。感想で預言者が複数人居たけど、女性サーヴァントの中にためらいなく入れてくるあたり、同類なんだなぁ、と。類友類友。
 この作品の一話の中心は主にヒロインになるはずなのに…ヒロイン? ああ、なんだ、問題ないじゃないか。

書けば出ると聞いて。
書いた。
単発。
出た(驚愕)

君はまさしく私のヒロインだった…!


 

 

 静謐に手を離してもらうことを諦めながらベッド方向に向かうと、小さな影が突っ込んできて腹部に衝撃が加わる。慣れ親しんだ暖かさと衝撃は、娘となったジャックのだと瞬時にわかった。

 

「おとうさん…ごめんなさい……」

 

「別にプラモぐらいならいいって。直しておくから問題ない」

 

 涙を流し俺の腹部を濡らすジャックを慰めるように頭を優しく撫でる。ゆっくりと安心させるように撫でれば、きゅっと力を入れて抱きしめ、顔を擦り付けてくるジャック。ああ、なんて可愛いんだろう…とても癒やされるでございますねぇ。

 

 それにしても、ついに俺の部屋にやってくるサーヴァント三人が集合してしまった。別に静謐とジャックだけなら問題ないのだが、ここにダヴィンチちゃんまで入ってくるとなれば、絶対に面倒くさいことこの上ない。そう簡単に言いふらす人じゃないだろうけど、好奇心強いしな。

 

 ほら、こっちをみて滅茶苦茶目をキラキラさせている。なんなの? 何にそんなに反応してんの? なにかキラキラさせるようなことあったか? MVPとった?

 

「ダヴィンチちゃん…なんでそんなに見てるんだよ」

 

「いやいや! だって君、さっき毒の塊みたいな静謐のハサンと手をつないで、しかも見たこともない魔法陣を展開して空間から出現したんだよ!? なんだいあれ!? 空間転移? 別の魔術? なんで毒が効かないの? ねぇ、どういうことなのさ!」

 

「五月蝿い唾飛んでる近いし離れろ!」

 

「むぐぅ…」

 

「おっと、悪いね。それで、どういうことなのかな!? 私、気になります!」

 

「近いっつってんだろ!!」

 

 とっさに静謐を離し、悪いねとか言いながら離れたくせにもう一度鼻先が触れ合うほどにまで近寄ってくる変態を掴み、ベッドの方に放り投げる。その豊満な胸と俺に挟まれていたジャックが空気を求めて顔を上げ、ぷはぁと可愛らしい顔を見せる。ああ、可愛いんじゃ~。違う、そうじゃない。

 

「はぁ…ジャック、紅茶入れてくれないか?」

 

「うん、いいよ!」

 

「静謐は好きにしてくれていいけど…「なら散らばっているものを集めますね」……いいのか? ならお願いしようか」

 

「わかりました」

 

「ダヴィンチちゃんはステイ」

 

「わん!とでも言えばいいのかな?」

 

「ハウス!」

 

「拒否るぜ!」

 

 随分とノリがいいな。プラモは魔法で集めて直そうと思ったが、静謐が集めてくれると言ったので任せた。

 キラキラしている視線にため息を吐いて俺は自分の人を駄目にするソファーに沈み込む。もともとゲームをしようとしていたんだから、俺はこれからゲーム三昧を実行する。

 

 テレビとゲーム本体の電源を入れ、コントローラーを手に画面を見つめる。今日はFPSの気分なのでCODシリーズのどれかでもしようかね。

 

 よーし、やるかぁ!と気合を入れたところで待ったをかけられる。全く持って無粋である。

 

「ちょっと質問に答えてよ! ねぇ、さっきのはなんだったのさ!?」

 

「うるせぇなぁ…毒に対する完全耐性があって、魔法陣を通して転移できる転移魔法を使えるだけだ。はい、説明終了」

 

「転移魔法だって!? そうか、さっきの一瞬で現れたのも転移魔法とかいうのか…魔術じゃなくて魔法だと言ったのは? 違いは…」

 

 なんかダヴィンチちゃんのせいでいろいろ考えていたのに気が抜けて説明が適当なことになってしまった。しかもダヴィンチちゃんは一人で何やら納得している。俺のことについては静謐とジャックには話しているが、ダヴィンチちゃんは色々と質問とかしてきてうるさそうだから話すの面倒くさいと考えていたんだが…。

 

 武装を選択しながらソファに身を深く沈めてため息をつく。それと同時に静謐が壊れたプラモを持ってきてくれた。どうやら棚の上に乗せていたから結構散らばっていたらしく、小さなパーツを集めるのに苦労したっぽい。

 

「多分、これで全部だと思います……なかったらごめんなさい」

 

「あー、別に細かいのはいいさ。ある程度ありゃ修復可能だから」

 

 申し訳なさそうにする静謐に礼を言いながら頭を撫でてやり、それからプラモに手をかざす。自分でパーツを作って直すのもいいのだが、今回は時間が勿体無いので魔法を使うことにする。

 

『魔法スキル、時間遡行を発動。対象の時間を損傷前まで戻します。ちなみに集められた中で夕立改二の頭と三番砲塔がありませんでした』

 

 爆発でもしちゃったの? ぽいぬの頭もまたどっかいったの!?

 掌の先に魔法陣が展開され、ナビの声と共に壊れていたプラモ達が時間を巻き戻して壊れる前まで戻っていく。何故か時間のズレていた時計の針を戻しただけで得た時属性魔法。うん、まぁ、本当にどんなことをきっかけにスキルや魔法を得るのかは、未だ俺にもわからん。

 

「おぉ、戻ってる…アルンさんはこんな事もできるんですね」

 

「まぁな。お前ら相手に出来るか分からんが静謐も若返りたいならその年代まで戻してやろうか?」

 

「いえ、今は貴方が見てくれる、この私でいいです……」

 

 苦笑しながらそう冗談めかして言ってやると、静謐は小さく首を振って静かに微笑みながら、ソファに身を沈めている俺の頬に頬を擦り付けてくる。無自覚にこういう事を言い、遠慮なしにその魅力的すぎる身体をくっつけてくるのでこちらも赤くなるのは耐えられない。

 

「おとうさん、紅茶ー」

 

「おー、サンキューな」

 

 ジャックが入れてくれた紅茶を貰い、画面の中で敵兵をヘッドショットしながら一口飲む。やっぱ自分で入れるのよりも人に入れてもらったほうが美味く感じるな。ジャックが入れてくれたということもあるんだろうけど。

 

 静謐もジャックから紅茶を受け取ることで俺から離れる。代わりにジャックが俺の腹の上に乗ってくる。

 

「ジャック、重いぞ…」

 

「だめ…?」

 

「いや、いいけどな」

 

 鼻先をくすぐるジャックの髪から逃げるように顔をズラして画面を見る。おっと、プラモも邪魔になるから片付けて置かないと。

 

 使ってない指から魔力を使った糸である魔力糸を伸ばしてプラモを持ち上げ、指をくいと動かせばプラモが元あった場所に戻って立つ。実はこの魔力糸というのは便利なものでな、遠くにあるものでも自分の手足のように操って動かすことが出来る。

 

 今みたいにソファにいると動きたくないという欲求は抑えられない。普通に面倒くさいよな? ほら、あれだ、炬燵に入ったら抜け出したくないあれと同じである。冬の炬燵から出たくない欲求はもはや人間の三大欲求に付け加えて四大欲求と言っても過言ではない。食欲、睡眠欲、性欲、コタツムリ欲。抗えないその魅力はドラゴンをも魅了する!

 

 それにしても、先程からダヴィンチちゃんが静かだが、どうした?

 

「ダヴィンチちゃん、どした?」

 

「……………ねぇ、アルン君。さっきさ、時間を巻き戻したってこと?」

 

「ああ、そうだが……魔力糸は別だけど」

 

 もうダヴィンチちゃんには隠しても無駄だろうし、何気なしに答えてしまったが大丈夫だよな? 実験動物扱いされないよな? そうなれば最大限の抵抗はさせてもらう。後頭部のたんこぶは覚悟してもらわねば。

 いざとなったら名状しがたいバールのようなもので頭吹き飛ばして時間巻き戻して記憶を飛ばすしかない。助けて、超能力者!

 

「もしかしてだけどさ……時間を操作できるのかな?」

 

「まぁ…」

 

「ということは、他にも魔法を…!?」

 

「ああ…」

 

 その瞬間、俺の上に寝転んでいたジャックが一瞬で消え去り、代わりに違うデカいものがのしかかる。画面見えないしゲームができないし自キャラが死ぬ…!

 

 何だと思えば案の定、ダヴィンチちゃんだし! どうもジャックを放り投げて代わりに馬乗りになってきたようだ。丁度下半身…骨盤周囲の腰部にのしかかる感じで、我が息子が潰れそうだが上に乗る柔らかな感触に違う意味で死にそうになる。

 

 金属質の冷たい片手を俺の胸において動けなくし、もう片方は俺の頬に添えている。近すぎる顔に熱い吐息が顔の下半分を襲い、もはや互いの息を交換しているかのような距離で……

 

「ねぇ……もっと色々私に教えてくれないかい?」

 

 内容は違うのにその妖艶さはとても危ないものだった…。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 翌日、俺は夜通しダヴィンチちゃんに攻められて(質問)絞り尽くされた(情報)。もうまじで疲れた…後半になればもはや俺が何を言っているのかすらわからないほどには疲れた…。

 

 疲れて眠い身体に鞭打って仕事をこなす。俺達の部署が終わらせた書類を詰め込んだ、眼の前が見えないほどに積んだダンボールを倉庫に運ぶ作業で、フラフラと歩きながらも器用に落とさないように運ぶ。中は全て書類であり、紙というのは一枚が軽くても重なれば滅茶苦茶重いのは知っているだろう。それでも運べるのは怪力スキルのおかげである。

 

 今の俺にとっては重さなど感じさせない…からなのか、余計にフラフラするが落としてないので無問題。

 

 さて、問題は別に眠いことでもなければ、持っているもののことではない。

 いつからだろうか。俺が仕事をしているときには感じなかったが、外に出るたびに視線は感じていた。

 

 ……ついこの前も同じような体験をした気がする。どこぞの誰かが俺のことを気になってストーキングしていたあの一件。デジャヴかな? 最近のカルデアのブームはストーキングなのか。そんなの静謐だけでいい。

 

 スキルによる気配察知では確かに一人、俺の後ろについてきているやつが居る。ためしに本当に俺のことを見ているのかと思って、スキル視界ジャックを使って見ればずっと俺のことを見ているではないか。ははーん、さては俺のことを付け回す屍人さんだな? 恥ずかしがり屋さんめ、俺の聖剣で倒してあげるから出てきなさい。

 

「うわわ、落としちゃう…!」

 

 違った。曲がり角でちらりと横目で見てみれば、先程から一人のサーヴァントらしきとんでもないピンク髪の美少女が俺のことを尾行していた。隠れる気があるのかは知らんが、めっちゃバレバレだけども。以前つけていたダヴィンチちゃんよりも下手くそだわ。

 

 ピンクの髪を大きな三つ編みにし、ニーソとガーターが素晴らしく、所々に装備を身につけた忙しない彼女。おや? この姿も一瞬だがつい最近見た気がするな。

 

『鑑定結果より、シャルルマーニュ十二勇士、アストルフォと断定。数日ほど前に召喚されたばかりであり、男性です』

 

「……は?」

 

 今、ナビさんがなにやらとんでもないことを言った気がする。

 

『男性です』

 

「男…?」

 

『はい』

 

「Man?」

 

『はい』

 

「彼?」

 

『はい』

 

「リアルガチで?」

 

『リアルガチです』

 

「……………。…………マジか」

 

 誰にも聞こえないくらいの声でナビさんに聞いてみれば、本当に彼女は彼だという…え、マジか。マジで女の子にしか見えないのにち○こ付いてんのか。こんなに可愛い子が女の子のはずがないのか。マジか。

 

 …………マジかー。

 

 まあいいか()。俺、男の娘もいける罪深い男だし。いや、リアルは流石に無理だけど、ここまでリアルを越えたリアルだとなんかもう一周回ってオッケーって…もうホモでいいや…。

 

 ないけども。マッスルマッスルゥな筋肉ムキムキマッチョマンの変態は流石に無理だろJK。

 

「あ…」

 

「あっ!」

 

 あまりの衝撃の事実に足元が疎かになり、躓いてダンボールを落としてしまった。つまり、中の書類がぶちまけられてしまったということで……

 

 廊下一面は紙の海により真っ白という名の絶望。まさしく紙海(死海)。スキル使ってもいいけど尾行者がいるので使えない。これを…俺が、一人で…片付ける…だと? この疲れ切った状態で…?

 

 死ねる…。

 

「嘘やん……嘘だと言ってよバーニィ……誰かタスケテ…」

 

 静謐、ジャック、助けてくれ…がくりと膝をついて絶望に浸る。あれかな、大きなことしたYouTuberとかも片付けが面倒臭すぎて絶望とかに浸るのかな? 俺ならソロだと絶対に絶望。

 

 そんな時、俺の肩に誰かが手を置く。振り返ってみれば、女ではなく男だったストーカーが。

 

「助けを聞いたよ。もう大丈夫! 僕が助けてあげるから、一緒に頑張ろう!」

 

「…………アリガトウゴザイマス」

 

 とても男には見えない素晴らしい笑みを浮かべながらそう言うが、俺の顔は死んでいただろう。心境は、原因が何を言うか、である。

 

 

 




 同僚に書類だと言われて渡された大きな段ボール。中身は大切なものだから扱いには注意しろよと強面の顔を更に怖くして言いつけた彼。 
 そこまで鬼気迫る顔で言われれば、自分は見てはいけない機密事項なのだろうかと考えてしまう。運び場所はなんとその同僚の部屋だった。
 同僚の彼は部屋に置いていたまとめ終わった書類入のダンボールを持ってきたはずだったのに、別のものと間違えてしまったのだ。
 それも仕方ないだろう。つい最近、ダヴィンチちゃんが部屋に訪問するというドッキリのようなイベントがあったのは記憶に新しい。
 そのダンボールは、同僚の彼が速攻でしまったものが入っていたのだ。

 だが、同僚が必死に大切に扱えと言い、中は見るなと言ってもう一つの方のダンボールを持ってきてくれと更に頼み、上司に呼ばれていたためダッシュで消えていった。余程、大切な物に違いない。
 だけども、今回必要だったのはもう一つのダンボールの方だった、ということだろう。

 しかし、押し付けられたアルンはと言えば、とある人物の事によるショックでダンボールを落としてしまったではないか。

「嘘やん……嘘だと言ってよバーニィ……誰かタスケテ…」

 何百という紙を整理して片付けるのか…と絶望に涙し、落ちた物に目を向け――固まった。

 一方、彼の助けてコールを耳にしたアストルフォは助けてあげなきゃ!と隠れていたところから身を晒してアルンのもとへと躍り出て、宣言する。

「助けを聞いたよ。もう大丈夫! 僕が助けてあげるから、一緒に頑張……ろ……う……………ぇ?」

 元気良く出た彼?だったが、落ちているものを目にして同じように固まってしまった。

 二人がそこで目にしたものとは…!!

「「ナニコレ…」」

 幼女がアイスを舐めている表紙、セーラー服の少女が恥ずかしそうに服を脱ごうとしている表紙、高校生くらいの水着姿の少女が胸を強調している表紙、女性が下着姿で大きく股を開いている表紙。
 
 それだけではない。美男子が見つめ合い抱き合っている表紙、ムキムキの男が絡み合っている表紙にパンツなレスリング物もある。

 しかも、まだ。老爺と老婆の表紙、熟女と言うには熟しすぎた女性の表紙、顔面偏差値が低すぎる女性の表紙やふくよかすぎるまるまるとした体型の女性がうつっている表紙まで。

 下から上まで、美から醜まで幅広い範囲の薄い本が散らばっていた。

「こ、これ……君の?」

「いや、同僚が代わりに運べって……」

「そ、そう………凄いね…」

「凄いな…」

 ストライクゾーンの幅が広すぎて、どこに投げてもストライクが取れるほど。
 業が深すぎる。二人には、もう、どうすることもできなかった。

 やがて、駆けつけた同僚がその現場を見て、絶望と羞恥を混ぜた汚い顔で泣きながら拾い集めていた。彼の恥ずかしさと絶望感は相当なものだろう。彼にとっては人類滅亡よりも絶望だったに違いない。まだ母親にKENZENなERO本を整理される方が良かっただろう。

 奇妙な体験をしたアストルフォとアルンの間に、謎の友情が生まれたのは言うまでもない。

 この事がカルデアに広まるかどうか。彼(同僚)の受難は始まったばかりである。


                    ―――絶対に続かない謎の友情END―――



※この話はフィクションです。無難を求めたため私及び周囲の人物、趣味嗜好とは一切関係ありません。



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06 美少女(のよう)な男友達

 約一ヶ月ぶり。書いてたさ。ただ、保存してなかっただけ(絶望)
 先の展開どうしようか迷ってました。  諦めていつものように頭空っぽで書いた。
                 完璧(に駄文)

 1評価別に構いませんが直せるような駄目な所の理由をちょっとでもいいので下さいな。

 アストルフォきゅんの対応が思い浮かばなかったのでこっちも諦めました。ゲーム情報過多にでもさせてやる。



 このアストルフォ、理性が蒸発しているとかいうわけのわからない状態らしいが、そのせいなのか俺が喋っていなくても勝手に自分のことをペラペラと喋ってくれる。この間召喚されたばかりだとか、俺のこの間のことをみて興味を持ち、調べてみればもしかして毒触れてる?みたいなことで更に興味を持って、勘を頼りに探して特徴とあっていたからついていってみたとか。

 

 勘とか言いながら嫌らしくも天然チックに確信持って聞いてくるあたり、アレは完全に見られていただろう。ダメダッタ……。

 

 随分と人懐っこいが、それでもまだ初対面なので壁は感じる。結構グイグイと来るタイプだろうが、ある程度の一線からこちらに踏み入れてくることはない。それ以降は親しくなった相手だけだろう。

 

 その彼女…ではなく、彼は大量の書類を嫌そうな顔をせずに拾い集めてくれる。助かるけど、四つ這いになってこっちにお尻向けないでくれない? なんか危ないから。そう言えばスカートの下はどうなってるんだろうか。男なのに女性物の下着なのだろうか。男の娘だから許されるという罪深き装備なのだろうか。ぼっんん……はみでげふんっ……謎の風吹かないかなー。

 

「ふーん、じゃあアルンは本当に毒が効かないんだー。それって凄いね! 毒殺とかされないんだから何を食べても安全だ!」

 

「カルデア内で毒殺事件とか洒落にならんぞ…俺はマスターじゃないからレイシフトすることもないし、毒盛られるようなことないわ」

 

「いざというときに毒蜘蛛や毒蛇食べても平気だね」

 

「お前何食べさせようとしてんの? タランチュラは美味いらしいが……」

 

「まあまあ、それ抜きにしても凄いじゃないか。毒を完全に無効化する人なんて探してもそう居ないよ? それに、他にもなんかありそうだね。何かないの?」

 

「ない。ないからさっさとマスターちゃんのところやサーヴァントのところに行って仲良くなってくることだ。俺はあれだから。これを寂しくゆっくり拾ってサボってるから気にしないでくれ」

 

「いや、気になるから、それ…」

 

 一枚一枚ゆっくりと拾い始めたのが逆に気になるのか、アストルフォは未だにここに残って紙を拾ってくれる。ダンボールごとに書類が違うので分けなければいけないのだが、これがまた面倒くさいのだ。正直、好意は嬉しいが去ってくれたほうが俺一人になるのでスキル使って速攻終わらせられる。

 

 はぁ…何が悲しくて延々とアストルフォの話を聞きながら隣り合って地味で辛い作業をせねばならんのだ。驚異の2時間も経過すれば最初は距離を感じていたのにそこそこ気を許したのか、スキンシップが激しい。自分の興味があることに一直線なんだな。

 

 ただな、本当に怖いのが……先程ステータスナビことナビさんがポツリと怖いことを言ったのだ。

 

『理性が蒸発しているため、嘘をつけず隠し事も出来ないのでマスターのことが晒される危険性が高いかと』

 

 なぜ、それを先に言わなかった…? 

 

『申し訳ありません…』

 

 誰の声かはわからないが綺麗な女性の声なのだが、いつもの淡々とした感じではなく落ち込んだような声音で謝ってくる。確認しなかった俺も悪かったけどさ。

 

 そういうことで、この突如現れたダークホースをどうしてくれようか。案を募る。安価も辞さない。

 

「だからアルンも一緒に見に行かない? どっちが勝つか賭けて当たればなにか美味しいものが貰えるんだって! 何かなぁ…スイーツとかいいかもね! アルンは何が好きなの?」

 

「抹茶系統のもの……なぁ、俺のことは一切誰にも言わないと約束してくれ」

 

「ん? 別にいいけど」

 

「約束破ったら無視します。どれだけ俺に話しかけても初対面のフリします。痛い子決定させます」

 

「えー!? せっかく友達になれたのに!?」

 

「それでもだ。悪いな…俺もついうっかり言ってしまったのも悪かっただろうけど、それでも信頼のおけるやつ以外に知られると困るんだよ…俺の力は、守りたいものだけに使いたい」

 

 少し強めに、そして真剣に言ってみる。ああ、そうさ、間違っちゃいない。俺はこの力を守りたいもののために振るいたいのだ。

 

 俺は、俺の平穏と日常、なによりも趣味のために使いたい。アストルフォに言ったのは嘘じゃないだろう? まぁ、ジャックや静謐……ダ・ヴィンチちゃんも入れとくとして、この3人のためにも使うけど。

 

 きっと、マスターちゃんも全人類の為を思って戦ってるわけじゃないと思う。そうだったらどれだけ聖人なんだよって話だ。マスターちゃんにも憎い人物や、こいつ助からなくてもいいんじゃね?と思う人物はいるだろう。一回は絶対に他人に向かって死ねとか言ってるに違いない。思ってるよね、にんげんだもの。

 

 それはいいとして、アストルフォは俺の真剣な話をいい具合に勘違いしてくれたのか、同じように真剣な顔をして聞いていた。ラッキーである。

 

「それって人類のためにってわけじゃないってこと?」

 

「当たり前だろう? それは俺の…じゃなくて、俺は俺のために頑張るの。確かに誰にとっても頑張り時かもしれないけど、その中で仕事の合間に趣味全開に今を楽しんでるのが俺だ。寧ろ趣味のためと言ってもいいわ。あー、引き篭もってゲームしたい…」

 

 言ってることクズっぽいけどワーカーホリックってわけじゃないから、引き篭もってゲーム三昧を楽しみたい。だから引き込もれるように世界でも救ってくれ、マスターちゃん。頑張れ頑張れ。そのために君ら(大天才)の方から申請が来てた礼装改造案件、俺達の部署で頑張るから。禁術に手を出してやるって、ヤバイ上司が目を見開きながら呟いてたから。これだから研究職は。

 

「そっか。何かのために、誰かのためになんて人それぞれだもんね! アルンが今が楽しく出来てるならそれが一番だよ! ねぇ、それよりアルンの言ってるゲームってどんなの? それって楽しいのかな!?」

 

 アストルフォがキラキラした顔でゲームについて聞いてくる。ゲームがどういうものかという知識は入っているだろうが、詳細は知らないのだろう。ジャック達も知らなかったし。

 

「ああ、勿論だ。最高に楽しいに決まってる」

 

「へー、ねえねえ! ボクにもそれ教えてよ! やってみたい!」

 

 そう強請られ、自分の部屋に連れ込んだ時のデメリットを考えるが…コイツ相手には無駄だろうと予想する。ジャックや静謐はレイシフトかなにかで居ないし、ダ・ヴィンチちゃんもそれと同じだ。

 

 ふむ…三人が居ないのであれば別にいいか。

 

「やりたいならこれを速攻で片付けないと出来ないぞ」

 

「うおー! 本気でやるぞー!!」

 

「丁寧にやれよ!?」

 

 ぐちゃぐちゃにせんばかりの勢いで紙を拾い始めたので流石に注意しておく。それからアストルフォが集めた紙を俺が仕分けして入れていくようにして、実に一時間。頑張った甲斐もあって終えることが出来たが本当に無駄な時間だったと思う。

 

 アストルフォにはお仕置きとして俺に一勝もさせない。負けをとことん味わってもらって帰っていただこう。運では越えられない勝利というものがあるんだよ。負けた末に勝ったときの楽しさや嬉しさを教えてあげようかね。

 

「さあ、終わったからキミの部屋に行こう! 楽しみだなぁ~、絶対に勝ってやる!」

 

「そうか、なら俺はお前を狩ってやろう」

 

「え!?」

 

 下らないことを話しながらダンボールを倉庫まで運んで俺の部屋に向かう。音符でも出そうなほど機嫌良く鼻歌を歌いながら隣を歩くアストルフォだが、ぶっちゃけ不安なのだ。絶対に俺のことを喋りそうだが……毒云々のことを話せないように、ゲーム三昧で過ごさせて、ゲームのことしか話せなくすればいいんじゃないかとすら考え始めている。

 

 暗記系かパズル系か膨大な物語で構成されているものか…情報過多で俺の情報を潰してやろう。もしくは最終手段の監禁ルート。

 

 部屋のキーを解除し、扉を開ければ俺よりも先にアストルフォが入っていく。

 

「おっ邪魔しまーす!」

 

 部屋に飛び込んで既に俺の並べたゲームや漫画を眺め、直したプラモを色んな角度から眺めている。どうしてこうもテンションが高いのかわからない…思い返せば、俺がテンション高く叫んでいることなんてあっただろうか。

 

 恐らく、俺は思考が停止するかテンパるほどの状況が起きても表には出さないだろう。何度かあるが、スキル関係なく理性がどうしても抑えてしまうのだ。だから俺にドッキリは全く効かないし、ホラゲーでも態度や表情に出すほどの驚きもしない。驚いたとしても反応が薄いのだ。

 

 傍から見れば詰まらん人間だろうなぁ…仕方ない。それが俺だもの。

 

 冷蔵庫から紅茶の入った2本のペットボトルを取り出して、一本をアストルフォを座らせる場所に置き、俺は自分のソファに沈み込む。あぁ、これだよこれ…仕事終わりの脱力感が堪らなくいい。仕事終わりのビールみたいなものである。ビールはあんまり好きじゃないからわからんが。飲めても最初の一杯。

 

「始めるぞ。さっさと座れ」

 

「うん! あ、これってボクの?」

 

「おう。さて、最初は格ゲーから始めるかね」

 

「おお!? これがアルンの言ってたのか~」

 

 いつもジャック達が使っているコントローラーを投げ渡す。ボタンの説明と格ゲーの説明を簡単に行い、あとは慣れてもらうしかない。そこは静謐やジャックも同じだった。

 

「よし、完璧だ! アルンも大丈夫?」

 

「俺はもともと大丈夫だ」

 

「なら勝負しよう、勝負! 操作は完璧だから負けないよ!」

 

 十分な時間を操作に費やし、アストルフォは自信満々に俺に勝負を挑んでくる。確かに、見ていた限りでは操作は問題なく行えており、コマンドも覚えてはいた。だが、それだけだ。格ゲーの面白さを教えてやろう…。

 

 なぁ、アストルフォ。ハメ技って知ってるか? ちなみに次のゲームはアストラルヒートというものがあってだな。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ 

 

 

 

 流石に疲れていたその日は一端終了してアストルフォを帰してから寝てしまい、翌日の早朝からやってきたアストルフォと再びゲームをしていた。その日から珍しく二連休であったため、勿論部屋から出ることはなかったのだが、それはアストルフォもだった。つまり、二日間、俺の部屋から出なかったわけだ。

 

 やー、ほんとうにおとこだったんだなー。

 

 ごほんっ。

 

 生前にはなかったゲームの楽しさに味を占めたのか、かなり気に入ったアストルフォ。隣で共に対戦したり、協力したりと楽しんだものだ。一人でプレイするのもいいけど、やはり誰かとするのも違った楽しさがある。

 

 ジャック達とは違い、これでも男だったので男同士のノリというのもあるのはわかるだろう? 気兼ねなく言い合い、手を叩き合い、喜び合う。男同士の遠慮無い関係というのもいいものだ。めっちゃ可愛いけど。風呂上がりに裸で出てきたり、レースゲームで身体が動いちゃって俺の方に倒れ込んでくるとか、不意打ちをやめて欲しい。死ねる。

 

 そう言えばだが、ジャック達はレイシフトにより特異点に行っており、結構長いのか未だ帰ってきていないようだ。

 

 何かのために戦い、誰かを守るために動き、何かを成すために考えて、共に協力して絆を深める。

 まぁ、確かに聖杯戦争や今のような状況とかならマスターとサーヴァントの関係なら戦いを通して、自分の思いを伝えて絆を高めることが多いかも知れない。

 

 だけど、それだけじゃないはずだ。現代社会では遊んだり、気が合えば絆を深めるだろう。俺の場合はそうなのかもしれない。……いや、今回の状況でアストルフォとの友情が娯楽によるものだったということだろう。俺はマスターではないので、別の切っ掛けがこれだった。

 

 マスターでもない俺が、些細なきっかけからアストルフォという英霊とゲームやカラオケ、漫画で仲良くなったことは確かなのだ。

 

 きっと、アストルフォもそう思ってくれているに違いない。じゃなけりゃ友人の部屋に来たときのようなリラックス感は出さない。俺がソファに沈んで一人でゲームして、その後ろで俺の服を着てダメソファの盛り上がった部分に背をつけ、もはや結んでもいない良い香りのするピンクの髪をバサリと俺の胸元に垂らしながら、パソコンでエロゲをしているアストルフォ。

 

 なんだろう、この青春のような日常。

 

 ……………。

 

 ……………………。

 

 ………………………………。

 

 チョット待って? お前、なにしてんの? ねぇ、なんで俺のパソコンでエロゲしてんの? ちょ、それは好奇心から買ってしまった男の娘物のエロゲじゃねぇか!! なんで数あるエロゲの中からそれをチョイスしてんだテメェ!!

 

「おぉ~……こんなのもあるんだぁ……魔力供給のときにでも……覚えとこっと!」

 

「何を!? マスターちゃん女! いや、おま、お前! 何してんの!? 勝手に俺のパソコンでエロゲするなよ!」

 

「あぁ!? 途中なのに!」

 

「黙れ……黙れ!」

 

 パァンッとパソコンを閉じて確保する真っ赤な俺氏。親にエロゲバレた時並に恥ずかしい…いや、バレたこと無いけど。

 それよりもお前どこでパソコンとエロゲのことを覚えた。どうしてエロゲをやろうと思ったんだよこのやろう。

 

「漫画でちょっとねー」

 

「二度とパソコンは触らせん」

 

「うわぁ!?」

 

 アストルフォの首根っこを掴んでベッドに放り投げる。勢いよく壁に頭をぶつけて痛がっているのを傍目に、なんでPCのパスワードがバレたのか知らんが、確りとアイテムボックスの中にしまっておくことにした。

 

 ゲームでもあるようなアイテムボックスであれば何があろうとも俺以外が干渉することは出来ないので安全なのだ。

 

「アルンなにするのさ! 痛いじゃないか!!」

 

「うるせぇ、ムッツリ女男めが。いいか、男にとってパソコンやパスワードのかかっているものの中身は最重要機密事項なんだよ。他人が開けてはならないパンドラの箱なんだよ。開けたら最後、持ち主であるそいつの絶望が溢れ出す。希望はない」

 

「なにそれ怖い」

 

 それほどまでに怖いものだ。ついでに思春期のそいつの部屋も最重要機密領域であるので、おいそれと入り込んで掃除をしないようにな、そこの画面の向こうのお母さん! 友人がエロ本探しに精を出すのはOK。見つけようとカミングアウトして、それを止めに入るまでが茶番の流れだからな。王道である。

 

 今の時代はデータで見れるからエロ本なんて買ってる少年なんていないかも知れないけど。

 

「あ、立ったついでに冷蔵庫の中からM○nster取ってくれ」

 

「はーい」

 

 俺が創り出した緑色の爪痕がキュートなエナドリを取らせる。受け取って一口飲み、その炭酸と味を堪能してからテーブルに置けば、ソファに座ってきたアストルフォがM○nsterを飲む。もはや互いのものを勝手に飲んだり使ったりなんて、ぐーたらしてる俺達にとっては普通である。2日寝てないからね。仕方ないよね。

 

 アストルフォが座ったことにより俺の位置がズレてしまったので、良い所にセットしようとしたらアストルフォが沈み込んでくる。ま、俺が動けばそうなるわな。暖かくて柔らかいが、2日徹夜して思う存分にゲームをしていると反応も薄くなる。

 

 にしても、コイツは元気だなぁ…眠くなさそうだし。英霊って寝ないでもいいんだっけ? 

 

「そろそろお腹空いたねー」

 

「確かにな…カップ麺はもうなかったはず」

 

「そっか…なら、ボクが食堂からご飯持ってきてあげるよ!」

 

「……いいのか?」

 

「勿論!」

 

「そうか…俺のこと喋んなよ。それと、気分的に……」

 

「アルンの気分的に今はお肉より麺でしょ? ガッツリ系じゃなくてあっさり系ね。うどん持ってくる!」

 

「おー」

 

 行ってくるねー!と俺の部屋を出ていくアストルフォだが、あいつ服を変えずに俺のシャツと短パンで行きやがった。まあいいか。でも、俺ってあんなに太腿出るような短い短パン持ってたっけ?

 

 たったの2日だが久しぶりに一人になった静かな部屋で、ゲームの電源を切って立ち上がり、体を伸ばす。ああ、ずっと動いてないせいで身体が鈍っていけないな。筋緊張が少しばかり亢進されて身体が硬い。

 

 仕事は時間でも止めて済ませ、どこかで身体でも動かすかな。

 

 バキバキとなる身体を解し、ボサボサの長い銀髪を一つに纏めて結びながらアストルフォの帰りを待っていると、部屋の扉が開く。

 

「赤いきつねと緑のたぬきはないってー。代わりに赤い紅茶と緑の緑茶が居たよ!」

 

「どっちも食えねえな。悪いな、俺の分まで」

 

「いいのいいの! なんでかわかんないけど、物凄く見られてたんだよね。なんでだろ」

 

 大方、私服姿のアストルフォが珍しかったからだろう。アストルフォの持ってきたうどんセットは片方は天ぷらがついており、もう片方は手巻き寿司がついているものだった。その2つのうちの手巻き寿司とうどんのセットを受け取り、テーブルに置く。アストルフォは俺の前に座った。

 

「いただきます」

 

「いただきまーす!」

 

 汁をひと啜りしてから麺を食べる。カップ麺とは圧倒的に違ったそれらは、きっと日本人でない人たちでも満足するだろう。俺は日本食問わず好きだが。これも英霊エミヤが作っているのだろう。

 

「カップ麺とぜんぜん違うね!」

 

「そりゃそうだ。まぁ、カップ麺にはカップ麺の良さがある。アレンジも豊富だし」

 

「あはは、確かにそうかも。あ、次はボクがペヤ○グだから忘れないでよ!」

 

「はいはい」

 

 アストルフォの大葉の天ぷらを貰い、俺は手巻き寿司を食わせながらと、つい3日前に出会ったとは思えない雰囲気で夕食を済ませる。やはり、ゲームや娯楽は人種身分問わず楽しめる素晴らしいものだ。

 

 さてと、腹も膨れたし、流石に三日目の徹夜は厳しいのでこのまま寝るとするかな。

 

「ごちそうさん。俺はもう寝るけど、好きにしてくれ。気が済んだら帰ってもいいし」

 

「うん。食器持っていったらボクも寝よっかな」

 

「そ。サンキュ」

 

 欠伸を1つして、アストルフォに礼を言ってからベッドに寝転がる。ここはアストルフォが寝転がりながら漫画を読んでいたからなのか、あいつの匂いがする。

 

 それにしても、久しぶりに全力でぐーたら出来て満足だ。明日は身体でも動かそうかね。

 

 

 




「このクモ…死んでるかな?」

「俺が見る限り……死んでるな」

――調理――

つ タランチュラの素揚げ

「……見た目クモ」

「うんうん」

「…ん……匂いカニ」

「ふんふん」

「いただきます……」カリカリ

「うわ、食べたッ」

「―ッ! 味カニ以上ッ」

「マジか!!」


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07 黒猫が不幸をお届けします(速達)

遅くなりました。日々が疲れる……。書き上がったので今から寝ます。

今回は適当に繋ぎと少しのナニカを入れておきましたが……男、元男、男の娘。
男しかいねえ……!
何故だ!
ジャック達は直ぐにちゃんと出しますので(日にち的な直ぐとは言ってない)


 

 

 

「アルン君、いつまで寝てるんだい? 朝的にギリギリだよ、起きなって」

 

 寝ている俺の体を誰かが揺さぶりながら何か声かけてきているのを感じ取れた。ただ、寝ぼけているので誰なのかまではわからない。鬱陶しいと思っていると、それに反応したナビさんが話しかけてくる。こいつの声は耳から入るわけではないので聴覚を必要としない。どれだけうるさかろうと、ナビの声だけは聞こえてくるのだ。

 

『レオナルド・ディ・セル・ピエーロ・ダ・ヴィンチより接触を確認。マスターの睡眠を妨害中。自動迎撃システム作動。弱プラズマ砲のシークエンスに入ります。エネルギー充填、最終ロック解除。発射まで3、2、1……』

 

 ストップ! 待て待て待て! Wait!!

 

 ナビの迎撃について聞こえてきた瞬間に一気に目が覚めた。一体この子は何をしようとしていたのだろうか。例え非殺傷設定だとしてもプラズマであるなら何かしらの欠損は免れん。つか死ぬ。

 

 いくら弱設定だとは言え、旧式ターミネーター位なら余裕で破壊できるほどの威力や殺傷性がある。この間の小さなミスともいえないミスから張り切りすぎている気がしないでもない。一緒にターミネーター見たからか? 

 

『とても参考になりました。面白かったですね』

 

 そうですね。

 

 ということで、俺も目が覚めたからシステムはシャットダウンしましょう。

 

『命令を受諾。自動迎撃システムを停止します』

 

 ほっと一息、これで殺気を持った誰かが俺を殺そうとすれば、一瞬の間に迎撃されているだろう。目を開ければダヴィンチちゃんが俺の顔を覗き込んでいるところだった。先程まで死にそうだったことなんて知りもしない本人は、俺が目を覚ましたのを確認したら離れてくれた。

 

 俺も上体を起こす。

 

「おはよう、アルン君。遅刻ギリギリまで寝るなんて、仕事は大丈夫?」

 

「おはよう…仕事は…やることはやってある。この時間なら遅刻しないし…急ぎじゃない追加で出てきたものは後で時間でも止めて纏めて済ませる…残業案件だろうし」

 

「うわ、せこい。けど、時間停止中に何でも出来るっていいなぁ…あ、まさか時間停止中に悪戯とかしてるんじゃないだろうね?」

 

「ぶっちゃけ出来るけど…時間停止自体をそこまで使わないからな」

 

 ザ・ワールドさせなくてもやりたいことは出来るし。

 

「それより、なんの用だ」

 

「いや、ただ3日も会ってなかったから会いに来ようと思ってさ。あと……アルン君は布団の中に何を隠してるのかな? 見られちゃヤバイもの? 大丈夫、私も元は男だから理解はある方だぜ! さあ、見せちまいなよ!」

 

「いや、何の話…」

 

 何の話だとダヴィンチちゃんに突っ込もうと思ったが、言われて気づく。確かに、俺の布団の下半身部分が盛り上がっている。ただ、それは男の生理現象によるものではなくて、本当に何かを入れているかのように大きく盛り上がっているのだ。

 

 何だと思ってみたが、俺の下半身に伝わってきているのは温かな感触。何かが…というか、誰かが俺の右脚に抱きつきながら寝ているような感じがする。あと、絶対に涎垂らしている。湿っている部分が生暖かいのだ。

 

 ダヴィンチちゃんがいるけども、普通に誰がいるのか気になったので布団を捲ることにした。静謐?

 

「ん~……んぁ…? ぁ、アルンおはよー……くぁ~…ふぅ……もう朝?」

 

「朝だとよ。ちなみに時計はあちら」

 

「え、ほんとに? あはは、ボクもアルンも寝坊だ! ま、いいか! おはよう、アルン!」

 

「おはよう、アストルフォ。お前、自分の部屋に戻って寝たんじゃなかったのか?」

 

「まあまあ、いいじゃん! ボクがキミと寝たかっただけだよっ」

 

 布団を捲れば涎を垂らして俺の脚に抱きつき、丸くなって寝ているアストルフォだった。結局、あのあと自分の部屋に戻るのではなく、こっちに戻ってきて寝てしまったようだ。起き上がった拍子にアストルフォの顎先から俺の太腿まで涎の橋がとろりと光る。最悪だ。

 

 随分と懐かれたものだ。やはり、ゲームというのはただ話すだけとは違い、仲を深める効果があるのかもしれない。互いが楽しければ誰でもそうなるか。

 

 そんな俺達のやり取りを見ていたダヴィンチちゃんは驚いたようにアストルフォの方を見ていた。つい最近、召喚されたばかりのサーヴァントが俺のような職員のもとにいればそうなるかも知れない。だが、その表情もすぐに崩れてやっぱり増えたみたいな表情になる。

 

「やっぱり増えたね、アルン君のもとに来るサーヴァント」

 

 本当に言いやがった。

 

「でも、なんで彼なんだい?」

 

「あー…尾行されててな。ダヴィンチちゃんよりも下手くそな尾行」

 

「なんで尾行してたんだっけ…? えっと、とりあえずなんかゲームの話になって実際にさせて貰ったのさ!」

 

「そゆこと。で、今に至る。この三日間はずっと篭ってゲームしてた。男同士だからわかるノリがある」

 

「外見は美少女だけど?」

 

「理性は強い方なんだ。最近は自分自身のことを信じられないけど」

 

 アストルフォを退けて涎で汚れたズボンを着替えるために立ち上がると、アストルフォはシャワーを浴びてくるとシャワールームに駆けていった。俺は俺で綺麗なズボンを取り出して履き替え、長い髪を手ぐしで適当に整えた。

 

 昼飯は適当にポテチでいいかなぁなんて考えていると、ダヴィンチちゃんが話しかけてきた。

 

「アルン君、今日の予定は?」

 

「んー…久々に身体でも動かしたい気分だったが…普通に仕事で雑用案件」

 

「それもそうか。でも、今日のアルン君はいつもよりも疲れてるね。大丈夫かい?」

 

「連日ゲーム漬けのときは大体こんなものだ。これでもミスを犯すようなヘマはしない程度に体調は整えてあるし」

 

 答えながら腰をバキバキと鳴らして捻りを加えていると、アストルフォがシャワーを浴び終わったのか、俺の服ではなく初めてあったときの衣装で戻ってくる。流石にずっと俺の服を着ているわけじゃない。

 

 ところでダヴィンチちゃんとかずっと同じ服だけど、それってどういう風になってんの? 魔力的なアレだから洗濯の必要とか着替えもないとか? でも、決まった服装でずっといるというのはある意味楽ではないだろうか。今日は何を着なければと言う悩みもないのだから、制服は割と楽なものだ。

 

「ほら、さっさと出た」

 

「わわっ、急に押さないでよっ」

 

「はいはい。わかったから押さないでおくれ」

 

 ダヴィンチちゃんが起こしてくれた時間的にもギリギリだったのでさっさと自分のデスクに行かなければ遅れてしまう。今日の朝食はなしだが、俺は朝にしっかり食べられる体質ではない。菓子パン一つでも割と気持ち悪くなるタイプなので朝は食べないことが多く、なにか飲むだけが常。

 

 ああ、でもあれは良かったな。朝アイス。冷たいし、甘いし、腹にたまるわけじゃないがカロリーは得られるので結構続いたものだ。カルデアに来てからはアイス食べてないな…。

 

 部屋から出てロックをかければ、後は解散なので二人の背中から手を離す。

 

「はい、解散」

 

「まったく…ま、アルン君の姿も見れたし、また夜にでも来るとするよ。君はどうするんだい?」

 

「ボク? んー…別にやることもないし、アルンについていっちゃ駄目かな?」

 

「なんで俺のとこだ。好きにどこにでも行けばいいだろうが」

 

「うん、好きにアルンのとこに居るよ! 大丈夫、ボク、アルンのこと大好きだしっ」

 

 いい笑顔で真正面からそう言われて嬉しくないやつはいないだろう。少なからず、俺にも嬉しいと思う気持ちはあった。

 

 アストルフォがどんなやつなのかはある程度、この三日間で感じ取ることはできたし、嘘じゃない事もわかっている。随分と懐かれたようだ。

 

 口角を上げ、息を吐くように小さく笑いながらアストルフォの頭を撫でてやると嬉しそうにすり寄ってきた。こいつは犬みたいだな。

 

「わお、情熱的だね。でも、彼、男だよ?」

 

 ダヴィンチちゃんの言葉につい、そっちを見てしまう。

 おう、そうだな。可愛ければ問題ない。お兄ちゃんだけど愛さえあれば関係ないのと同じなのだ。

 

 それに、お前が言うなと言うやつである。今は美女だが元男。お前どっちなの? 女としてみてもいいの? 歴史や偉人にそこまで詳しくもない俺からすれば、俺のダヴィンチ像は目の前の人物なんだが。

 

 そんなことを考えながらじっと見つめていれば、何やらダヴィンチちゃんが頬を赤くしながらもじもじしだして、口を開く。

 

「あー、その、なんだ……わ、私も、アルン君のことは好き、だぜ…?」

 

 自分の手をその豊満な胸の前に持ってきて、右手で左のデカイ機械の指を弄りながらそんな事を言う。

 

 突然どうした。

 

「好きなだけなの?」

 

「えッ」

 

 そしてアストルフォも俺に抱きつきながら顔だけ向けてそう言えば、ダヴィンチちゃんはあーうーと言葉にならない声を出しながら視線を左右へと右往左往させる。

 

 お前もどうした?

 

「わ、私もアルン君は大好きだよっ! こ、これでいいね!?」

 

「うん、ばっちし!」

 

 だからなにが!?

 

 意を決したように顔を真っ赤にさせながら俺の方を涙目で睨み、大声で叫んでくるダヴィンチちゃんだが…こんな姿初めてみたぞ。何が何やら訳がわからないが、これはアストルフォが凄いのだろうか。

 

「こ、この私がまさか勢いでこんなことに……」

 

 俯いて何やらしょんぼりとしているが……ああ、わかった。アストルフォと同じように頭を撫でてほしいということだろうか。あのダヴィンチちゃんの超絶かわいい姿が見れたのだし、お礼を込めてしっかり撫でるとしよう。

 

 なんだ、アストルフォが羨ましかったんだな? 言ってくれればいくらでも頭だけではなくどこでも撫でてあげるというもの。頼もうにもキャラじゃないから無理だったのかもしれない。

 

 そっと空いている手を伸ばしてダヴィンチちゃんの頭に置き、艶々でサラサラの髪を撫でてやれば、何事かというような顔をして勢いよくこちらを見てくる。そして、俺が頭を撫でていることを認識し、それが自身の頭であることを確認し、徐々に顔が赤くなったかと思えば、

 

「~~ッ!!」

 

 言葉にならない声を叫ぶようにして出し、俺が縮地したときみたいな速度で一瞬にして消えていった。

 残されたのは宙にさまよう俺の手だけ。

 なんだあの可愛い生き物。

 

 というか、どうやら色々と違ったようだ。

 

「何しに来たんだろうな」

 

「ねー」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ 

 

 

 

 時間停止を使ってスキルも使ったせいか、他の職員含めて今日は意外にも早めに仕事も終わり、結局一日中俺の側に居たアストルフォが暇だ暇だと五月蝿いのでトレーニングルームとやらに行くことになった。確かにゲーム漬けなのは楽しいが、体が鈍るというか、運動不足に陥ることは目に見えているので、こんな俺でもたまに鍛えることくらいはしている。

 

 割と他の職員とかとも筋トレしたりしてるのだ。俺から誘ったり、向こうから誘ってきたり。体を動かして調子を整えたりしておかないと体調が悪くなったり風邪をひいたりするのは誰だってそうだろう。たとえそのときにならなくても将来的に何らかの病に発病する確率は上がるってもの。魔術が全てどうにかしてくれることなんてないのだ。

 

 しかし、今回はアストルフォが俺の呟きを拾って体を動かしたいと言ったのであって、俺がトレーニングをするわけじゃない。俺は結局体を動かすのをやめて付き添いみたいなものだ。

 

 結局、ダヴィンチちゃんは俺の部屋に来ることはなかったので、二人でペ○ングを食べてから向かうことにしたのだった。ペ○ングの辛いやつってマジで辛いんだけど、あれなに? 俺の中の辛いランキングで今の所上位に君臨してるんだけど。甘いカフェオレ飲んでも消えないんだけど。

 

「うーん、なにするかな。遊び感覚で色々しようかな?」

 

「言っておくが、体を動かすことは専門じゃないから戦えと言われてもガチ戦闘はできないぞ」

 

「大丈夫だよ、ボクも弱っちい方だから!」

 

「何も大丈夫じゃないよな、サーヴァント」

 

 やろうよーと腕を引っ張ってくるアストルフォを無視しながらトレーニングルームへ到着。ここは機械を操作すれば仮想の敵を色んな条件で出現させることが出来るらしいが、使用したことないのでイマイチ分からん。

 

 さて、アストルフォを送り届けることができたので、俺は隅っこでゲームして待ってますね。

 

 壁に背をつけながら座り込み、アイテムボックスの中からペットボトルのカフェオレとゲームを取り出してゲームスタイル。そしてもう片方には無限ポップのように次々と追加されてきた仕事をするために大量の書類と宙に展開させた空間ディスプレイを複数。

 

「ほんとにここでもゲームするの!? 来た意味ないじゃんっ」

 

「仕事もする。それに付き添いだからな」

 

「えー…あっ、じゃあさ、せめて色んな武器でも出してよ! それ使って遊ぶから!」

 

 まぁ、それで絡まれないのならいいかもしれない。

 一時期、刀の格好良さと綺麗さに憧れて自分で必死になって作っていた時期があった。設備がスキルや魔法で用意できるからこそのことだが、今思えば長いことバカなことしていたと思う。影響されやすいというのも考えものだ。

 

「しゃーない。それで我慢しろよ」

 

 アイテムボックスの中から金の装飾が施された黒い鞘に収まる一本の刀を取り出す。柄と鍔も金であり、ちょこっと抜いてみれば抜いた刃が光を反射しており、前回使ったときと何ら変わってないことを確認する。刀身は黒いが光の当て具合では深い青が見え隠れし、刃紋も金となっている。全体的に黒と金により構成された刀。銘は景光。

 

 俺のお気に入りの一本でもあり、これを作るのには本当に苦労した。何度諦めようと思ったことか…。日本人凄い。鍛冶師しゅごい…侍ちゅよい…。

 

 もう一本は同じような姿かたちをしているが、青白く光っているもの。銘は吉野。第二作だ。

 

「おお…綺麗だね……他は?」

 

「刀だけじゃ不満なのかい…仕方ないなぁ、アス太君は」

 

 刀だけじゃ不満だったアストルフォに促されて、俺は徐ろに立ち上がって懐から複数個のダイスを取り出す。それを地面に落とせば、コーンッという音ともに花弁が散り、様々な武器が出現する。

 

 ロングソード、ツヴァイヘンダー、レイピアスウェプトヒルト、ショーテル、ソードブレイカー、エクスキューショナー。

 

 西洋武器が俺を囲むように床に突き刺さっている。

 

「才能、英雄の証!?」

 

「良い演出だろう?」

 

「かっこよすぎかよっ!」

 

 テンション高く、お目々キラキラでエクスキューショナーを持ち、重ッといいながらも軽々振り回しているアストルフォきゅんを見て、怪力だなって思いました。こっち向けないでね…? かの有名なモーニングスターも置いとくからどーぞ。

 

「現代兵器は!?」

 

「へいへい」

 

 FPSとかしてればさすがに言ってくるだろうとは思っていたけども、壊れかけのカルデアの武器庫から応急処置の際にちょいと拝借したくらいなので、そこまでの種類を持っているわけじゃない。なので空飛ぶ日産マーチ置いときますねー。

 

 銃器は無難にベレとかガバメントとか置いておけばいいか。FPSでもよく登場するようなM16、AK、レミントン、PSG1、MP5、P90…え?BARも欲しい? 確かにお前も見た目性別わかんないもんな。ドタマぶち抜かれないように気をつけることだ。

 

「よーし、色々試してくるね!」

 

「いってらー」

 

 俺はゲームと仕事してるから。

 片手にツヴァイヘンダー、片手にBARを持ったアストルフォが笑顔で機械を操作して出現させたキメラにダッシュで向かっていく。お前のスタイルがわからん。

 

 暫くして、部屋中に射撃音と斬撃音、咆哮に笑い声が聞こえてくるが、俺は現在ナビさんと協力プレイ中である。

 

「あ、やべっ、それ取り忘れた」

 

『お任せください、マスター』

 

「流石ナビさん。痒いところに手が届く。サンキュ」

 

『…有難うございます』

 

 照れたな。

 ナビさんは俺が意図的にスキルを使用するだけではなく、自身の判断で俺のためにスキルを使用するのは毒云々のくだりでもわかるだろう。それと同様に、どこぞのバロットのようにスキルによる電子撹拌能力で遠隔操作も可能であれば、ゲーム機をもう一つ用意すれば二人で対戦なんかも可能なのだ。

 

 とはいえ、ナビさんは機械のように正確なのでミスがなくあまり面白みがないが、暇だったり気分で相手してもらうことはそこそこあった。

 

「にしても、こうして二人でするのは久しぶりか」

 

『サーヴァントと関係を持つようになりましたから』

 

「それもそうか」

 

 ちらりとアストルフォを見てみれば、吉野とベレでダブルサーキューラーを決めているところだった。P90もあるんだし、57でも出しておくべきだったか。俺が一番最初に好きになったハンドガンがFive-seveNだったのだが、GGOで出て来た時は何気に嬉しかったのを覚えている。あれ、ベレッタ90-Twoだったっけ? ベレッタM93Rだったかもしれん…この3つのどれかだったはず。

 

 さて、そろそろいい時間だし、帰るとしよう。

 

 遊んでいるアストルフォを止めるために機械の元へ行ってキメラを消そうと思ったのだが、どの項目をタップすればいいのだろうか。少し悩んだ結果、端っこにあったものを押して見る。

 

『それ…強化ボタンですね』

 

「あ…」

 

「えッ!?」

 

「GURUA!」

 

「へにゃぁ!?」

 

 あ、猫パンチ。

 突如強化されて強くなったキメラ(黒)に猫パンチをお届けされたアストルフォが吹き飛んでいく。

 そして、キメラは次の獲物として俺のことをロックオンしたのか、低い唸り声を上げながらジリジリと近づいてくる。

 

 嘘やん…俺今丸腰……。

 

「GOAAA!」

 

 凄まじい速度で突進してくるキメラに、すぐさま景光とP90に飛びついてローリングしながらバラ撒く。5.7x28mm弾が弾幕のようにキメラに迫るが強化されたからなのかは知らないが貫通しない。

 

「ううっ…イテテ……」

 

 アストルフォー! 早くー! 早くこいつぶっ殺してー! 

 

「ごっふぁ!?」

 

 こいつの猫パンチは世界を狙える。

 

 




「GURUAAAAA!!」

「来る! また攻撃が来るよ、アルン!」

「チッ、どうする…!!」

 あれは…!? これしかないのか…!

 ヒュッ!
 
 カッ! コロコロ…。

「GUA? GU~、GURUA~~」

「あ、危なかった……また猫パンチを届けられるところだった…」

「え、まさかのボールに反応って……猫かな?」

「猫だな」

「ていうか、あれ手榴弾だけど!? ねえ、大丈夫なの!? 大丈夫だよね!?」

「安心しろ、アレはベースボールと呼ばれているからな」

「呼称の心配じゃないけど!?」

「他にもパイナップル、レモン、同じだけどアップルがあるぞ。どれがいい?」

「全部手榴弾!」


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08 新しいメンツ。お前も「家族」だ

次は書けてるので、きっと多分、覚えてたら近いうちに。


 

 

 あの後、復活したアストルフォとなんとか共闘してキメラを消すことに成功した。決め手は巨大猫じゃらしとボール、それにねこまんまだった。危なかった…完全に猫ですね、あいつ。

 

 それらに夢中になってる間にアストルフォが機械を操作して消すことに成功。いやぁ、俺のミスとはいえ死ぬかと思った。つい、スキルを使うのも忘れてたくらいハチャメチャだった。ちなみに、レベルが5上がった模様。

 

 キメラとのドキッ!命をかけたじゃれ合い戦闘!~ぽろりもあるよ~によりなんだかんだ負傷した俺は、アストルフォを引き連れて…いや、アストルフォに引っ張られて半ば無理矢理に医務室へと連れて行かれている。

 

 あのぬこの爪は痛かった…引っ込めてくれないと遊んでやらないんだからね!

 

 んで、既に治癒魔法により傷は治癒しているというのに聞かないのだ。

 

 それほどまでに俺の身を案じてくれているのだろうが、無傷なのに血まみれの状態で医務室に行っても怪しまれるだけなので困る。どこかいいところでアストルフォに適当な理由でも付けて別れようとは思ってはいるんだが……。

 

「ほらほら、早く! 見えない所にダメージが残ってたら大変じゃん!」

 

「内部も治癒するし、スキルによる自己再生能力もあるから問題ないんだが…何も分からずに即死級、用意なしの即死攻撃くらわない限り、四肢欠損位なら戻るぞ」

 

「なにそれ凄い治癒能力!? もしかして…頭とかも生えてくる?」

 

「生えるが?」

 

「怖いよ!? 亜人かな!?」

 

 試したことないけど、予め術式を内部で展開させて置いておけば、首が飛んだときに発動して生えてくるだろう。とは言え、何も分からずに首が飛べば危ういが…人間、首チョンパされても数秒の間は意識があるらしい。斬首された人間の頭部に、切り離されたとしても意識は残っているのかという実験もあったらしく、意識は残っていたそうだ。諸説あり。そこらへんは英霊召喚して聞いてくれ。

 

 逆に首が切られた鶏の身体が生き続けたっていうのは有名だろう。あれも面白いものだとは思う。額を射抜かれたのに月を目掛けてどこまでも飛んでいったミネルヴァ先輩も同じなのだろうか。

 

 って、今はその話はいいんだ。俺は部屋に戻って着替えたいんだが、もう医務室も目と鼻の先…とまでは言わないが、これからの道は人通りも多くなるし、他のサーヴァントもいるだろうから、ここらへんで撤退させてもらおう。

 

「なあ、アストルフォ。やっぱ医務室は止めておく」

 

「なんで? あんなに怪我したんだから…」

 

「今は傷は治ってるだろう? それに、こんな格好で行けば逆に何かあったんじゃないかと思われるって。敵襲でもあったんじゃないかと…余計な騒ぎを起こさないためにも部屋で着替えさせてくれ」

 

 敵襲というか茶番と猫パンチのせいだけど。

 ジャックの事件については内緒だぞ。その時はアストルフォも召喚されてなかったから黙っておこう。

 

「そう、だね…うん、わかったよ。今回はアルンの言う通りにするけど……」

 

「けど?」

 

「今度、アルンがどこか怪我したら絶対に連れて行くからね! 大丈夫だと分かってても心配なんだから!」

 

「……わかったわかった。ほら、お前も自分の部屋でシャワーでも浴びてこい。俺に抱きついたから血に濡れてるぞ」

 

「おっと、それもそうだね! これは着替えたほうが良さそうだ。じゃあね、アルン!」

 

「はいよ」

 

 笑顔を浮かべながら小走りで自分の部屋の方向だろう通路を小走りで駆けていくアストルフォに、ホッと一息。アイツ相手にはなんだかんだ何言ってるのかわからない感がいつもあるのだが、いい子なのですんなり聞いてくれるのは有り難いものだ。理性蒸発してるせいかもしれないが、いいとしよう。

 

 少しして、アストルフォにも帰ってもらったし、誰かと遭遇してしまう前に俺も部屋に帰ろうとアストルフォが消えて少ししてから振り返ると、そこには一人の美少女が立っていた。

 

 薄い桃色の髪を持つ美しい少女であり、スタイルもよく、腰に刀を帯刀している。鍛え抜かれた脚はスラリと長く、それでいて女性らしさを失わない見惚れるような脚線美も備えており、白い衣装を押し上げる胸は決して小さくはなく寧ろデカい。

 

 というかなんでそんなエロい恰好なのだろうか。露出が多いと言うか、それ脚大胆にも見せてるし太腿眩しいし、肩と脇出てるし、なにそれなにか履いてるの? 

 

 だが……彼女はその胸元と口元を真っ赤に染めているのだ。濃い血の匂いに自身の血で染めた身体…それが、振り返って一発である。

 

 つまり、吃驚。

 

「「ぎゃー! 血塗れの変態だーっ!!?」」

 

「コフッ!?」

 

「吐血した!? 変態だーッ!」

 

「すみませんッ! でも変態はやっぱり酷くないですかッ!?」

 

 互いに叫んだと思ったら突然の美少女の吐血に強襲される。がっつり口から吐き出された血は既にボロボロだった俺の身体を更に血の色に染める。最悪である。

 

 見るからにサーヴァントだろうし、この吐血から医務室にでも向かおうとしていたんだろうが、俺が立っていたから気になったのかもしれない。

 だが、吐血して倒れた彼女は俺にとっては都合がいい。血をぶちまけられて冷静になった俺は、このまま彼女を放置して自室に向かって歩き出した。

 

「えっ!? まさか倒れた人を放置ですか!?」

 

「大丈夫大丈夫。吐血して歩いてこれたんだから、もう一回くらい歩いていけるだろ」

 

「起き上がれるまでが時間かかるんですけど!?」

 

「いや、俺は医務室行きたくないし…早くシャワー浴びたいし。汚いし。そこでしばらく寝てたら落ち着くのでは?」

 

「くっ…布団代わりの羽織を忘れてきて…って、そうじゃないです! 血を吐いたのはすみませんでした……でも! 目の前で美少女剣士が倒れたのであれば、そっと抱きとめてくれるのが男子というものでは!?」

 

「面倒事は御免こうむる」

 

「酷い…助けて下さいよー!」

 

「お前実は元気だろ…」

 

 倒れた状態で俺に向かって拳を振りながら叫んでいる彼女はどう見ても元気である。なんか、こう、目の前の相手は気が抜けるというか…接しやすいと言うか、いつもの俺のように接してしまっているのが不思議だった。

 

『鑑定結果が出ましたので簡潔に御教え致します。カルデアにて初期より召喚された主力メンバーの一人、新選組一番隊隊長、沖田総司ですね…どうやらスキルに病弱:Aがついているようで、生前は肺結核にかかっていたためそれが原因かと』

 

 なるほど…体調悪くなるのはそういうこと…つか、女だったのか。でも俺の中の沖田は沖田総悟なんだけど。ドSの方なんだけど。

 

『どうも今日はいつもより体調が悪いらしく、ああ見えて身体が動かせないレベルには辛いようです』

 

 叫ぶほど元気はあるように見えるが、それは虚勢であり、隠していると……ふむ、よく見れば身体から力は抜けているし、顔にも無理やり表情を作るために力を入れているのか筋の僅かな痙攣が見て取れる。

 

 まぁ、俺のせいで二回目の吐血をさせてしまったわけだし、今回だけだ。

 

 ぬこ戦で使用して無理やり引きずられたのでしまっていなかった景光に腕を置きながら、はぁ…とため息を吐いて沖田総司に近寄っていく。お気に入りの一本だし、今回は結構使ったから手入れしておきたいのだ。

 

「おお? まさか、助けていただけるので…?」

 

 ごろんと沖田総司を仰向けにし、肩と太ももに手を回して持ち上げる。見た目通り軽い彼女は何の抵抗もなく持ち上げることが出来た。別に医務室に向かってもいいが俺も巻き込まれそうで嫌なので、俺の部屋で無理やり(魔法)寝かせてその間に魔法スキルで治し、起きたら追い出す。その間にシャワーでも浴びればいいだろう。

 

 流石に無断で抱き上げたために沖田総司は少しばかり頬を赤らめながら動揺しているが、身体に力は入っていないため全体重は俺の腕の中にかけられている。そのまま大人しくしててくれ。

 

「あ、あの…? いきなりお姫様抱っこは流石の沖田さんも恥ずかしいかなぁ…なんて…。助けていただけるのは有り難いんですが、これはちょっと…」

 

「うるせぇな…無理しているのはわかっている。だからもう喋んな。今は大人しく全てを預けてろ」

 

 余計なことに時間を取って別のサーヴァントと鉢あっても嫌なので、周りを警戒しつつも少しだけ顎を下げて下を見るようにそう告げる。 むやみに動かずに全て体重を預けてもらわないと抱きにくいしね。変にガチガチだと抱えにくい。

 

『……言葉が少々足らなかったと思います』

 

 何が? 全部言ったやん。

 沖田総司も理解してくれたのか、俯きながら身体を小さくして大人しくしてくれた。たまに視線を感じるがどこまで行くのか不安で気になるからだろう。

 

 やがて俺の部屋についたのでそのまま中に入ってベッドに向かう。しまった、ゲームとか片付けてなかったな…あとで片付けておくか。

 

 俺のベッドにゆっくりと沖田総司を寝かせ、彼女の刀をベッド脇に立て掛けるついでに俺の景光を立てかけ、それから布団でもかけようと思ったが…血で濡れた胸元を見て少し止まる。胸と口周りを綺麗にしてからの方が寝やすいだろう。胸元は浄化魔法で綺麗にすることにした。

 

 沖田の目を手で隠し、胸に触れないように手を翳して発動すれば、白い光が血を全て消し去っていく。これくらいなら魔術レベルであるだろうし問題ないに違いない。

 

 次いで、アイテムボックスからおしぼりを取り出して、顔を拭く。

 

「少し触れるぞ」

 

「え…んむ……あの…それくらい、自分で……」

 

「俺の方が早いし、待つの面倒だ…というか、どうせ動けなくね?」

 

「それは…そうですが……」

 

 出来るだけ素早く丁寧に優しく頬と口、首を拭いていき、唇の端の拭き取れていなかった乾いた血を親指で軽く擦るようにして取る。柔らかでしっとりとした感触が指腹に感じ取れるが、もはや介護なのでササッと終わらせたのだが、彼女にしては好き勝手されるのが恥ずかしいのか顔が赤い。青白いよりましか。

 

 すべて終わってから布団を肩までかけて、終了。あとは寝てくれ。それですべて終わる。

 

「よし、あとは寝てくれ。さっさと寝て、さっさと元気になって出ていってくれ」

 

「は、はい、ありがとうございます……あの、新しく召喚されたサーヴァントですか?」

 

「は? いや、普通の一般職員だが…」

 

「ですが、刀とかその怪我とか…」

 

「あー…ちょっとでかい猫に襲われてただけだから気にしないでくれ。というか、早く寝ろ」

 

「猫なのに血まみれ!? じゃ、じゃあ最後に、お名前を教えていただけますか? あ、私は沖田総司です」

 

「アルン・ソルシエ。アルンでいい」

 

 それを最後に着替えを持ってシャワールームへと向かい、血塗れの服を捨てて体を洗うために室内へと入る。現在、色々と厄介な状況のカルデアでは節電やら節水を心がけているので、水をドバドバ使おうものなら何言われるかわかったものではない。事故のせいで管理する人が少なくなったのよね…。今は俺の仕事。あと少しで直るのでそこまでいけば使い放題。

 

 なので、俺は水属性魔法によりお湯を頭上からドバドバかけているという反則技を使う。皆も魔術でどうにかすればいいのに、応用が利かないというかそっちまで頭がまわらないのかね? 変なプライド持ってるし。

 

 ジャババーと容赦なくお湯を生成して贅沢を楽しんだあとに出て、パパっとタオルで体を拭いてから服を着る。しかし、長い髪は乾くまでも時間が掛かるし、濡れたままだと服も濡れてしまうしでいいことない。そろそろ切ろうかとは思うけども、この髪はジャックのお気に入りなので切ると悲しむ。仕方ないので風呂上がりはポニテで妥協しているのだ。

 

 部屋に戻ればどうやら沖田総司は既に寝ており、寝息すら聞こえないほど静かだったため死んでんじゃね?とは思ったものの、治癒魔法をかけるために近寄ると、生きてたっぽい。流石に死ぬことはないか。

 

 さて、やることやったし、風呂も入ってさっぱりしたし、仕事もスキルフル活用で死ぬ気で済ませたし……いい時間なのでゆっくりとゲームするしかないな!

 

 ソファーに沈み込んでマダオと化し、寝てるやつがいるのでイヤホン派の俺は高級イヤホンを装着して大音量でゲームを始める。慣らしで音ゲーから始まり、RPGで繋げ、ホラゲーで終わる。育成やクラフト系はのんびりしたいときに行うのだが、今はホラーな気分であり、バイオな気分なのでファミパンおじさんに立ち向かいに行くのだ。

 

 二周目故にサクサクプレイではあるが、やっぱ一周目とは違った感じでやりたいじゃん? 既に内容を知っている身としては、その余裕から別の方法で楽しんでみたいという思いもある。狩りゲーみたいに武器を変えたり装備をアレンジしたりと別の楽しめる要素もあるが、それでもやはり狩り慣れたモンスターというのは何度もやると飽きてくる。

 

 とはいえ、これは人それぞれだろう。延々と狩り続けられる人もいれば、俺のように何度かプレイして把握してしまうと飽きてしまう人もいる。ゲームなんて楽しみ方と楽しむ要素は人によって違う。それがいいのだ。だからゲーム実況は実況者によって楽しめる。

 

 イヤホンから漏れているのではないかというほどの大音量で戦いながら、がんがんと弾薬を消費していく。やはりショットガンは強いと思いました。まる。

 

 割と弾薬とか回復アイテムとか渋って溜めていくタイプであるので、終わり際には結構余らせてしまうのだ。過去のバイオシリーズでもハンドガンの弾を拾いまくっていたら多くなったので、ハンドガン縛りとまでは行かないが、ボスのために強力な武器を残していたら、ボスもハンドガンと他の少量の武器で倒し、集めて残していた強力な武器は余らせてしまう…分かってくれるだろうか。

 

 ナイフで殺せるならナイフで殺して弾薬節約しようというタイプ。だから、今回はがっつり使っていこうと思ったため、弾切れするんじゃないかと言うくらい使いまくる。

 

 思ったよりも…いや、思ったとおりに楽しいでござる。連射の勢いで敵に撃ち、近ければショットガンをブッパする。たのちぃ…。

 

 抑え込まないって素敵なのね。わかるわ。

 

「あっ、そこアイテム取り逃してますよ!」

 

「おっと、マジだ。一周目でも気づかなかったわ…」

 

「ふふーん、私にかかればどうということはないです! さぁ、派手にぶっ放して吹き飛ばしてください!」

 

「任せな。今の俺に、自重という文字はないんだよ」

 

「きゃー! カッコいいー! そこ! やった、当たりましたよ!」

 

「当然……………ん?」

 

 既に深夜も回り数時間もプレイしているが、俺はいつの間に誰かと会話をしながらプレイしていたのだろうか…誰と喋ってた?

 

 戦闘中なので目を離すわけにもいかないが、一瞬であれば問題ないのでちらりと横目で見たところ、俺の隣にはいつの間に起きたのか、沖田総司が後方から抱きつくように頬が触れる距離で片方のイヤホンをして、腕を振り回して画面を見ていた。

 

 なんということだ…マジで気づかなかった。そう言えば驚かし要素のあるイベントでびくりと抱きついてきたり、普通に話しかけて答えていたし、意識して気づいた彼女から漂う甘い香りもサラサラの髪も、男性ではありえない頬の感触も………普通は気づくだろうことなのに、余りにも自然に入ってきて見るだけとは言え一緒にプレイしていたので、違和感を覚えなかった。

 

 自然に溶け込んでくるとは……これが、サーヴァント……ッ!!!

 

 

 

 




家族増加攻撃。尚、家族とはジャック達含むアルンファミリーの模様。

アルンの部屋に通う奴らはどこかで見えないファミパンを食らっているとか。

後書きはついにネタ切れ。
これ書いてるの仕事終わりの丑三つ時だからね。是非もないよネ。


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09 ちょっと速すぎるかもよOダッシュ

ホモじゃねえよ(挨拶)

少ないです。
でも、ジャックの武器をローソンという迷宮から得たので書かなきゃ(使命感)
眼の前でエレちゃんとイシュタルが見てるから書かなきゃ(確信)この二人、色んな意味でとても、イイネ!(視線下)

どこかで見たシチュエーションを書いたけど、どこで見たのかはマジで覚えてません。忘れててもいいって死にかけの脳みそが言ってた。

それにしても、難産でした。サブタイが。適当につけておきますね。


 

 一時停止。流石にこの距離感はおかしいだろうという俺の正常な判断に従ってゲームを一時中断する。

 

「あれ? 止まりましたよ? どうしたんです?」

 

 そんなことを聞いてくる沖田だが、ゲーム自体は知っているんだろうがこの手のゲームをしたことはないのだろう。だからこんなにも……いや、自分でプレイしているわけでもないのにここまで楽しんでいるというのは素直に嬉しいことだけども。

 

 近いんだよなぁ…。

 なんで俺が右耳右側でお前は左耳左側なわけ? 確かに反対につけると違和感が物凄いから正規道理につけたいという気持ちはわかる。反対に来ればええやん。そうすれば余裕できるやん? わざわざ俺の左隣に来る意味!

 

「どうしたんですかー? ねー、つーづーきー!」

 

「五月蝿いぞ血反吐美少女」

 

「血反吐美少女!? 褒めてるのか貶してるのかわからない!」

 

「褒めてねえよ。そうじゃなくてだな……近いんだが……」

 

「……あー……うん、まぁ……そうですね……離れます」

 

 流石にこの近さは気づけば恥ずかしくなる。言葉からはあまり気にしていないですよーという感じを出しているのだが、顔は真っ赤で少しだけ震えている。イヤホンを外しながら正座なのにホバー移動の如く距離をあける。何その謎歩法。どこぞの魔術師殺しさんの心臓をSMASHした外道神父も吃驚。

 

 それにしてもいつの間に隣に居たのだろうか。治癒魔法を掛けたからと言って寝ていたくせに起きるのが早い。鑑定した結果からも今現在は無理していることもなく体調は良好のようで直ぐ様戦闘してもいいくらいにはコンディションも整えられている。魔法って凄いと再確認したわ。

 

「で、なんで俺の隣で騒いでたんだ?」

 

「いやー、目が覚めたらなにか面白そうなことしてるなーって思いまして。私が起きたのにも気づいてなさそうだったので、こっそり参加してたら夢中になっちゃいまして…」

 

「起きたのを報告しないと」

 

「言えば追い出されると思いまして…てへへ」

 

 頭を掻きながらてへへじゃねえんだよ、可愛いじゃねえかこんちくしょう。

 

 男ではなく女だった沖田の純粋な可愛さに内心悶えながらもコントローラーを一旦置いて立ち上がる。突然立ち上がった俺を不思議そうに見上げてくる血反吐美少女こと沖田だが、その沖田にまるで泣いている子供を安心させるような微笑みを向け、そっと両手を差し伸ばす。

 

 何故か少しだけ頬を染めた状態で首をかしげるが、しゃがみこんだ子供を立たせるときのように両腋に手を差し込んで立たせる。

 

「ひゃあっ!?」

 

 ……腋、露出してるの忘れてた。柔らかくも、腋窩であるため他の部分よりも温かいので沖田の熱をよりダイレクトに感じられた。

 

 敏感な部分をいきなり触られたこともあり、反射的にきゅっと腋を締めて力を入れ、恥ずかしそうに可愛らしい悲鳴を上げるが……手がより挟まれて色々ともう大変である。緊張しているのか汗によりしっとりと、しかし、強く柔らかさも感じられるのだ。

 

 立たせるまでの数瞬の出来事。スキルで平静を保つ俺と、恥ずかしさに真っ赤になって身を固めている沖田。

 

 そう、お気づきだろうか。

 身を固めて身動ぎもしないので俺の手は未だに沖田の腋に挟まれており、より熱い彼女の熱を感じたままなのだ。

 

 なんだろう、この意味のわからない光景。傍から見ればとんでもない状況だというのはわかる。変態呼ばわりもされるだろう。俺が。

 

 あー…俺が腋フェチとかだったら危なかっただろうが、スキルもあるので過ちを犯すこともない。ないが、この状況を打開しないと今後どうなるのかわかったものではないので、事を進めよう。

 

 俺が手を引っ込めようと体に力を入れて小さく動いた瞬間。

 

「んぁぅ……」

 

 動いた振動が伝わってしまいくすぐったかったのか、目の前の彼女は無意識的にだろう、小さく開いた桜のように色っぽい唇から艶気の含んだ声を漏らした。

 

 小さな声だったはずなのに、ゲームも中断されて俺と沖田のみの部屋は物音一つない静謐な世界であったため、よく響いた。

 

 自分の声を自覚したからなのか、沖田は身を縮まらせるように俯く。

 

 だが待って欲しい、わかっているのだろうか? その腋には未だに俺の手が挟まれていることを。

 

 初対面から数時間の関係で何を間違えればここまでの状況になるのだろうか…俺は、俺の知らないところでなにかおかしなスキルを所持しているのではないか、疑問に思った。

 

 これはスピードがものを言うだろう。手を引き抜いてから沖田を逃がすまでの時間。

 きっと…いや、絶対に沖田もこの部屋から出ることが出来る状況を作れば、一目散に逃げることを選ぶに違いない。俺と沖田の思いは一致していると言ってもいい。

 

 ならば、俺がどうにかするしかないだろう。

 

 腋というのは人間にとって本当に敏感な部分だ。自分で触ってもそうでもないが、他人に触られるとよく分かるのは擽られたときなど。指先に力を入れれば他人に不快感を与えるため、掌全体で力を入れるか、そのまま持ち上げるのがベスト。

 

 いくぞ!

 

 不快感を与えない程度に力を入れて持ち上げ、一歩で扉まで移動し、開けた瞬間に誰も居ない通路に沖田を置く! 魔力糸で取り寄せた刀を放り投げる!

 

 瞬時に状況を理解した沖田は一瞬で俺の視界から消えてどこかへダッシュで去って行った。まさかの俺にも感知できなかった。まぁ、だろうな。俺でもそうする。誰でもそうする。

 

 残された俺の手には、俺と彼女の汗がべっとりとついており、それをみるとどうしても思ってしまうのだ。

 

 ――俺も彼女も何をしていたんだろうか。

 

 ただ一つ言えることと言えば、俺は今日、たったの一日だけで二度も女性にダッシュで逃げられたということだ。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ 

 

 

 

 沖田ダッシュを見送ってから落ち着くためにもう一度シャワーを浴びたあと、景光を手入れし終えたところで部屋の扉が開いた。俺の部屋に勝手に入れるのはジャック、静謐、ダヴィンチちゃんにアストルフォだけなのだが、気配的にジャックだというのはわかっていた。静謐だとそれが当たり前なのか、気配が薄いのが特徴だからある意味分かりやすい。

 

 景光をアイテムボックスの中にしまって横を向いた瞬間、黒と銀色の小さな塊が俺の腹に突っ込んでくる。わかっていたが、やはりジャックだった。

 

「疲れたー」

 

「お疲れさん。なんのレイシフトだったんだ?」

 

「ずっと周回だった。おとうさんに会えなくて寂しかったよ…」

 

「うんうん、俺もジャックを抱きしめられなくて悲しかったぞー」

 

「わたしたちもー。おとーさーん」

 

「ジャックー」

 

 ぎゅーっと互いに抱き合えば、嬉しそうに笑いながらぐりぐりと俺の胸に顔を押し付けてくる。普段とは違って静かに甘えてくるジャックに、ふと思い立って胸からジャックを剥がす。

 

 よく見なくてもジャックも露出過多であり、あちこち出ている……確か別に好きでこの姿なわけでもないので、今度ジャックに別の服を着せてみるのもいいかもしれない。

 

 ジャックの腋の下に手を差し込み、ぶらーんと目の前に持ち上げてみれば、ジャックは不思議そうに首を傾げるだけで特に抵抗もしてこない。

 

 うむ、ジャックとの接触は今ではなんとか慣れることができたため、別にこの程度であれば問題ないだろう。多分、静謐でもなんとか…うん、多分、きっと出来ると思う。ダヴィンチちゃん? ぶち転がされそう。

 

「おとうさん? どうしたの?」

 

「なんでもないぞー。ほれほれ」

 

「ふふっ、くすぐったいよー」

 

 プラプラ揺らしてやれば笑いながら身動ぎする。うん、やはりジャックは天使だということを再確認できたことだし、今日はもう寝よう。まだ2時だがジャックも疲れてるだろうし、一緒に寝ることにする。

 

 持ち上げたまま立ち上がってベッドに一緒に倒れ込めば、バフンとベッドが二人分の体重に軋み、跳ね上がって俺達を受け止める。

 

 寝転がったところで手を離して仰向けになれば直ぐ様、ジャックが俺の上に乗ってきて仰向けで俺の顎下から上目遣いで見上げてくる。

 

 鳩尾くらいに小さくも柔らかな弾力、脚に絡められる細くしなやかでありながらとても柔らかな太腿、首筋に掠めるはサラサラの銀髪であり擽ったさを感じさせる。

 

 穏やかな時間に寝ることも忘れて腹の上のジャックに構ってやっていたが、気づけば三十分経っていたようだ。

 

「そろそろ寝るかね」

 

「そうだね。わたしたちも眠くなってきちゃった」

 

「それでは私も失礼しまして……」

 

「静謐か? いつ来やがった…」

 

「ッ!? …びっくりした。ちゃんと気配出してくれないと、つい、解体しちゃうよ?」

 

「それは怖いですね…次からは気をつけます」

 

 確かにそれは本当に怖い。

 

 いつの間にか部屋に入っていた静謐が、俺と可愛らしく欠伸をしたジャックの隣に寝転がっており、そっと寄り添うように手を俺の腕に当て、脚を絡めていた。やめろ、お前は普通にエロいから眠れなくなる。ジャックも居るんだぞ。

 

 いつもいつの間にか入り込みやがって。セコムしてますか?

 

「私がアルンさんのセコムです」

 

 俺よりマスターちゃんのことをセコムってあげてくれない? それよりもジャックに触れないように気をつけてくれよ。でなきゃジャックが痙攣して真っ青になる。

 まぁ、流石にそれは注意しているのか、ジャックに触れないように俺にべっとり抱きついていない。

 

「すみませんが、もう少しアルンさんをくれませんか?」

 

「んー…じゃあ右半分だけね」

 

「ありがとうございます。これで、沢山アルンさんのことを感じられますね…」

 

 言い方。 

 

 しかしこの状況、どう見てもベッドで両サイドに女を侍らしているクソ野郎にしか見えないのはなぜだろう。幸いなことに二人共自分から来てくれているからいいのだが、片や毒の暗殺者で片や解体の暗殺者だかんな。どれだけヤバイのかは聞いただけでわかるだろう。

 

 どっちも色んな意味で天使だが。

 

『バイタル的にも深い安心感を得ているようです』

 

 それは俺のか? それともこの二人のか? 

 ナビさんの言葉に、あながち俺のことを言っていても間違ってないなとは思う。

 

 一人では考えられなかったことだ。

 大体の事が一人でなんでもできていて、ほぼ全てのことが周りとは違っていた俺が家でも外でも浮いていたのはなるべくしてなったようなものだった。

 

 ナビを除けばぼっち野郎だった俺が、まさかサーヴァントとは言えこうしてここまで親密な関係になれたことに驚きだ。仕事仲間である職員も一癖も二癖もある奴らばかりなので、変なのは俺だけじゃないためにそこそこ仲良くしているのは、まあ、そういうものだ。

 

 初めに出会えたのが純真無垢で可愛いジャックだったのは、俺にとっても良かったに違いない。

 

「んー…………はむっ」

 

 ただ、反対の静謐はやっぱりエロいんだけどなぁ!

 

 寝てるのか寝てないのかはわからないが、俺の耳を咥えて甘噛をしてくる静謐。寝ぼけて親指を咥える子供もいるのだし、抱きまくらがないと寝られないという人もいるため、寝ていて無意識ならまあ耐えればなんとか…。

 

 と、思っていたのだが、生暖かい舌がにゅるりと入ってきて舐めてきた瞬間、俺は静謐の太ももに挟まれていた手で内腿を抓ってやった。

 

「ひにゃあ!?」

 

「やっぱ起きてんじゃねえか…!」

 

「な、何するんですか…! そこは痛覚が勘弁ならないとこ……痛ぁッ!」

 

 もう一度抓ってやれば痛みに悲鳴を上げる静謐だったが、静かな空間にそれはよく響いた。いつものようなちょっとした痛みに甘く鳴くのではなく、普通に痛かったから反射的に出たという感じだ。

 

 しばらく抓ってやろうかと思っていたのだが、突然、反対から細い腕が伸びてきて静謐の頭を叩きのめした。

 

「五月蝿い……じゃま…」

 

 ジャック!? お前素手で静謐殴ったら…! 

 

 心配してジャックを見てみれば何事もなかったかのように寝ているが…その手に握られているのは、鞘に収まったナイフだった。寝てるのに毒を警戒して鞘付きのナイフでぶん殴ったのか。何この子、ちょっと凄い。

 

 勿論、不意打ちでぶん殴られた静謐は声もあげずにダウン。

 ジャックもナイフ放り捨てて再び抱きついてきた。

 

 ……ナイフ捨ててもいいんだ。

 

 

 




「じゃま………」ペイッ

――――ジャックのランドセル姿か。愛が溢れる。


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10 受け入れろよ、これも運命だ

久しぶりな気がします。気がするだけでしょう。

うちのフォウはアレです。大人しくて安全です。なにももんだいはない…。

このネタをやりたかっただけとも言う。


 

 

「おとーさーん、これ飼っていい?」

 

「こら、ジャック、駄目でしょ? そんな犬か栗鼠かもわからないような珍生物拾ってきちゃ。どんな病原菌持ってるのかわからないんだから。ちゃんとダンボールに戻して雪山で滑らせてきなさい。麓まで一直線よ」

 

「はーい…ちゃんとSRB付けとくね」

 

「フォウ!!?」

 

「月でも目指すのか?」

 

 とある日、ジャックがどこからかフォウと呼ばれるフォウと鳴くフォウさんを拾ってきて俺の目の前に持ってきた。大人しくジャックの腕の中に抱かれていた珍生物だったが、俺の捨ててきなさい発言に驚いたように鳴き声を上げる。

 

 自室で一緒にゲームをするようになった人斬りさんと俺の部屋なのに何やら機材を持ち込んで何かを作っている大天才。その二人もフォウがジャックと共にやって来たのに気づき、こちらに目を向ける。

 

「おや、まさかアルン君の部屋にこの子が来るなんて思っても見なかった」

 

「俺もだ。それより大天才、何を作ってる」

 

「これかい? これはアルン君のために作ってる、水とちょっとの材料を入れるだけで究極のドリンクが作れる発明品さ! これがあれば好きなときに好きな飲み物が最高の品質と味で飲めるんだよ」

 

 指パッチンと共に「続行」と告げれば「アイアイサー!」と元気よく返ってきた。

 

 魅惑の究極メーカーだった。

 

 それよりも、ジャックが抱えているこのカルデア内を自由に歩き回る珍生物のことだ。なにげに俺はフォウを触るのは初めてになるのかもしれない。動物に好かれるスキルがあるので嫌われはしないと思うのだが、この生物に通用するか……。

 

 ゆっくりと手を伸ばし、つぶらな瞳で見つめてくる小動物に触れれば……

 

「ーッ!!?」

 

 この、もふもふ感は――ッ!!

 

 人が作ったものでは味わえないような温かで手に優しいもふもふ感! 少し沈めるだけで指の間を通っていく毛! 

 これは、人では味わえない別種の感覚。動物だからこそ味わえるもふもふ感!

 

「これはいいもふもふだッ」

 

「フォーウッ!」

 

 もふぁ!と一気にフォウを抱きしめてモフり倒すと、俺の撫でテクもといもふテクにフォウもご機嫌な様子。

 

『スキル、モフニシャンを取得しました。毛のない対象には効果を発揮しません。髪の毛は、毛 です』

 

 知ってるわ。というか毛ありきのスキルなのか…スフィンクスとかは撫でても普通ってことだ。ハゲはカエレ!ということですね分かります。

 スキルを得られたのであれば、俺はこいつに天国を見せてやることもできれば、どこへだろうとイかせてやることも容易い…! 

 

 モフリストとなった俺に抗うこともできずに全身を預けている。誰にもなつかない? 懐くのが珍しい? 物理的?に心を射止めて懐かせてしまえばいいじゃない。

 

「おお、凄く気持ちよさそうな表情してますね」

 

「いいなぁ…おとうさん、私も!」

 

「仕方ないな…ほら」

 

 自分もしたいとジャックが言ってきたので、父親としては娘の願いを叶えてやらんわけにはいかんので蕩けたフォウを差し出した。

 

「ん~」

 

 語尾に音符でも出そうなほど嬉しそうな声を出すジャック。その手には何も持っておらず、俺の膝の上に座って俺に撫でられている。フォウは引き続き撫でろと催促してきたのでジャックの太ももの上に乗って俺に撫でられている。

 

「そっちなんですね…」

 

 沖田の台詞に大いに賛同する。俺に撫でられる方を羨ましがってたのね……。

 

「はぁ…それにしても……」

 

 顎の下がええんか?ほれほれ。とフォウの弱点を探っていたところ、徐にコントローラーを置いた沖田がダメソファに座ったまま手足を伸ばしてそんな事を言う。手足を伸ばしたことでしなやかな脚と胸が強調されて眼福である。

 

 なんでこうも女性サーヴァントって…アレなんだろうね? だって見ちゃうよ、男の子だもん。絶対にバレないけども。ハイパーセンサーって知ってる?

 

「まさかアルンさんが噂のお父さんだなんて思ってもみませんでしたよ…しかも、ここ数日通ったところからも、こんなに他のサーヴァントの方がいるなんて吃驚です」

 

「バラしたら実験台だからな」

 

「実験台!? なんの!?」

 

「おや、この場で実験と言ったら私しか居ないじゃないか。大丈夫、すぐに良くなる。血反吐を吐かなくてもいい頑丈でメカメカしい体にしてあげるよ?」

 

「メカ沖田さん!? ちょっと見てみたい気もするけど、え、遠慮しておきますね~…あはは…」

 

 引きつった笑みを見せる沖田は既に数日に渡って俺の部屋に通っている。あのときの出来事以来の最初の出会いは恥ずかしかったのか、真っ赤になって小さくなっていた。まあそれでも俺のゲームを見に来ていたということは俺の部屋に入るということである。

 

 つまり、俺の部屋に来るこいつらと出会うのは必然であろう。全員集合の俺の部屋に沖田が来た瞬間、アストルフォが何やら動けなくし、ジャックが更に押し倒して動けなくし、さらにさらにダ・ヴィンチちゃんがヘンテコなアイテムで拘束し、静謐が俺に抱きつくコンビネーションを見せた。

 

 ダ・ヴィンチちゃん監修の沖田さんと一緒にOHANASHIしよう!で悲鳴が聞こえるほどの話し合いが行われたらしいのだが、俺はシャワールームに一人押し込められていたため何があったのかはわからない。

 もはや俺がなにかしなくても他のメンツが口止めしてくれるからありがたいものである。

 

 でも、そろそろ危なくなってきている気がするんだが……いや、厳密に言うとまだまだ大丈夫だろう。ここ、カルデアにいるサーヴァントはかなりの数だ。その中の両手の指に満たない人数だからバレル可能性も少ないかもしれないが、主力の沖田や中心となるダ・ヴィンチちゃんに大人気でお父さんの鼻が高いぞジャックちゃんまでいる。

 

 うん、まだセーフ。まだいける。基本、サーヴァントってなにもないときは自由らしいし。

 

「ジャックは昨日何もなかったと思うけど、何してたんだ?」

 

「えっとね、昨日はあどばいす?通りに厨房で食材を解体してたよ!」

 

「あ、だから昨日のご飯はみじん切りとか一口サイズが多かったんですね!? でもでも、沖田さん的には食べやすいので有りでしたよ」

 

「ガッツリいきたい奴らには食べごたえなかったんじゃね?」

 

「それは別にどうでもいいです」

 

 ほら自由。解体欲も食材で発散すればいいじゃないというアドバイスをどこからか受けたジャックがこうして自由奔放に楽しんでいる。

 

 その悪魔の囁き(アドバイス)したの俺だけど。

 

 言わんとこ。

 

 だからこっち見ないでダ・ヴィンチちゃん。

 

「フォーウ……」

 

 そんなバカジャネーノみたいな目で見られても知りません。お前も蓬莱人形にしてやろうかッ。

 大体なんでお前はフォウしか言えないの?(責任転嫁) もしかしなくてもそういうキャラ作りではないだろうか。

 

 また無駄な思考を行っていると気になってきたので他の言葉を言わせてみたいと思い、フォウを両手で捕まえて目の前に持ってくる。

 

「おとうさん?」

 

「ンキュ……」

 

 何すんだよみたいな視線を向けてくるが、目を逸らしたら負けだと思っている。そのよく七変化するつぶらな瞳を見つめること数秒。周りの三人も何をしているのか気になったのか、俺たちのことを見ている。俺は、その視線を一身に受けながらもフォウが次に鳴くのを待った。

 

 そして、それは来た。

 

「フォ…フォウ…?」

 

「それはベトナム料理だな。インド料理は?」

 

「フ…フォ……」

 

「インド料理は?」

 

「………………………」

 

「インド料理は?」

 

「………………。……………ナァン…」

 

「うむ、正解だ。じゃあナンが属する、小麦粉やライ麦粉に水や酵母、塩を混ぜた世界の広い地域で主食としても有名な食べ物は?」

 

「キャーゥ………」

 

「世界中で見られる有名な食べ物は?」

 

「フォ……ファ………」

 

「世界中で見られる有名な食べ物は?」

 

「……………………」

 

「世界中で見られる有名な食べ物は?」

 

「………………。…………パァン…」

 

「正解だ。なんだ、別のことも喋れるじゃないか」

 

「え…それ確かめてたんですか…」

 

 冷や汗ダラダラで震えているフォウと満足な俺を見て沖田がそう言うが、これでやろうと思えば似たようなことは何でも話せるんじゃないかということがわかった。快く協力してくれたフォウにはスキルをフル活用した撫で撫でをしてやるために、膝の上に置いて固くなった白い塊をモフり倒すことにする。

 

「おとーさん、わたしたちもー!」

 

「はいはい」

 

 今度は2単語以上の何かを喋らせてみせようと思った日だった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ 

 

 

 

 

 フラフラの死にかけといえばいいのだろうか。まさしくゾンビという名が似合いそうなほどにフラフラゆらゆらとしながら俺は食堂へ向かっている。目の下に隈を作り、亡霊のような姿の俺に見たこともないサーヴァントたちも気味悪そうに俺のことをちら見しながら通り過ぎていった……というのをナビに聞いた。俺は全く意識に入ってこなかったので知らない。

 

 クマー…もうこんなとこやめてやるクマー……。

 

『外に出てもなにもないのでは?』

 

 知ってんよ。人類が仕事してねえもん。

 

 ようやっと食堂にたどり着けば、そこは地獄だった。

 

 俺と同じ制服を着た誰も彼もがテーブルに突っ伏しており、全員が黒い何かを背中から放出しているという死に体。これは、先程まで俺と共に戦っていた戦士の……亡骸だ。

 

「死んでねえよ……」

 

 俺の亡骸発言に(言ってない)誰かが何かを感じ取ったのかそう呟いたのが聞こえた。俺もすでに限界だったので一つのテーブルに向かって行き、倒れ込むようにして座ると本当にテーブルに倒れ込むと同時に、今回の仕事の終わりを告げる会議が始まる。

 

「よーし、全員集まったな……まず、ソルシエは最後まで片付け助かった……」

 

「うぇーい…」

 

「うーい…で、三日三晩の修復作業、お疲れだった…これから自由だ。2日の休暇を与える……死ね」

 

「「「「「へーい…?」」」」」

 

「間違えた……死んだように眠るといい…」

 

「「「「「へーい…」」」」」

 

 誰も彼もがもはやツッコミを入れる元気もなく、班長的なリーダーからの声に呻くようにして応えた。

 そのまま部屋に帰って寝ようとするやつや、少しでも食事を摂ろうと注文しに行くやつ、既に崩れ落ちて仲間に引きずられているやつなどいるが、殆ど帰って寝るようだった。

 

 それ以外の人といえば何故壊れたのかわからない装置を修復していた俺たち以外のスタッフや修復中は休暇だったサーヴァントしかいない。

 三日三晩、休みなく急速で修理していた俺達だが、もう誰も彼もが全力だったので死にかけだ。そりゃ壊れるよ、機械だもん。このボロボロカルデアで酷使してればいつかなるとは思ってた。

 

「お前はどーすんの…」

 

「あー…もうここで寝てもいいかもしれん…」

 

「ここまで来ると食欲もないもんな…」

 

「それな……ん…」

 

「フォウッ!?」

 

 眼の前の仲間からの問い掛けにぼんやりと答えながら、視界の端にはしった白い塊も確保し、それをテーブルの上において顔面からダイブする。

 

「フォーウ! キャゥ……ンキュ……フォウ、フォーウッ!」

 

「うるさいぞ、枕…」

 

「フォーゥ………」

 

「お前、何やってんの……」

 

「枕だ…」

 

「枕か…」

 

「そうだ」

 

「そうか」

 

 フォウフォウキャウキャウとうるさい白い枕に顔面をもふもふしながらも顎下などを撫でてやれば、すぐに大人しくなって力を抜き、枕役に徹するフォウ。もふもふの尻尾が首に巻き付いて気持ちいい…これは寝れる。

 

 眼の前の仲間も脳内の処理能力が限りなく低下しているのか、俺が何を言っても死んだ目つきで納得しやがった。これでいいのだ。

 

 さて、俺も帰ろうかな…。

 

『マスター、食事をして栄養をお摂りください。現状のままではお体に悪いです』

 

 ……スキルでどうにでも…。

 

『出来ますが、食事をすることからくるメリットのほうが上だと思われます。食べられるうちに食べておきましょう』

 

 そこまで言うのなら…まぁ…。しかし困ったことに一つ問題があるのだ。

 まぁ、なんだ……動きたくないという問題なんだけども。

 

 疲れ切った体は俺に動こうという思考すら持たせないくらいで、気力という気力を根こそぎ持っていってしまったようだ。

 

 そこで一つ思いついたのが、俺の代わりに行けるやつを用意すればいいということだが、生憎とこの人の目が多い場所でジャックや静謐を呼ぶわけにもいかないので、ゴーレムとかでも出して動かせばと…。

 

「フォウ…お前、芸覚えるつもりないか?」

 

「フォウ…?」

 

「料理注文してからしっかりお座り待ちしてここに運んでくるまでをやってもらおう」

 

「フォーウ…」

 

 無理だろ…という心の声が聞こえた気がした。流石に大きさ的に無理なのだろうか。

 コールボタンなんてあるはずもないので、もうそこらへんのチラシに胃に優しいものとだけ書いて鶴を折り、式神にして飛ばすことにした。出来上がった鶴がパタパタと動き出したのを見届け、キッチンの方に飛ばそうとしたのだが、その前に横から声をかけられる。

 

「あの、すみません…」

 

「ん…?」

 

 声の方向を見てみれば、そこには眼鏡をかけた美少女、デミサーヴァントになったら更にエロくなった我らがカルデアのアイドル(的な存在だった)マシュ・キリエライトが佇んでいた。その目は俺の顔とその顎の下にあるフォウを行き来しているが、俺とキリエライトの間をパタパタと呑気に飛んでいった式神に目を奪われていた。いきなりこんなものが飛んでたら誰でもそうなる。

 

「んで、何か御用ですかね」

 

「………あっ、えっと、その、フォウさんが私や先輩以外に懐いているのが珍しくて、つい話しかけてしまったのですが……フォウさんのそれは…?」

 

「枕だが」

 

「枕ですか…」

 

 今の俺には話をする気力もないために、それだけ言ってフォウの背中に再び顔を埋めれば、キリエライトも無言になる。どうしていいのかわからないのだろう、そわそわしているのは気配でわかるのだが、そんなに居たたまれないのであればどこかに行けばいいものを。というか、フォウって懐くの珍しいのか。

 

 俺としてもそうしてくれたほうが助かる。そうやってずっと俺のそばに立ったままというのも注目を集めてしまうだろう。無理なら座ってくれ。

 

 流石にこのままにしておくわけにはいかないのでキリエライトに話しかけようと顔を横に向けたとき、一人の少女が小走りで走り寄ってくる。その少女はこのカルデアでは知らないものは居ないだろう、最後のマスター、藤丸立香であった。

 そのマスターちゃんの視線はキリエライトに向かっているので彼女に用事があるに違いない。そのままどこかに連れて行ってくれることを願ってる。

 

「マシュー、よかったら一緒にご飯でも食べなーい?」

 

「あ、先輩…。はい、そうですね、ご一緒させていただきます」

 

 よしよし、その調子である。

 二人の会話を盗み聞きながら、よーしもうちょっと、ここで他のサーヴァントが更に誘いに来て……来ないかぁ……、などと脳内独り言をかましているその時、目の前の同僚がこっそりと話しかけてくる。

 

「おい、アルン…このままぐでーっとしてたら失礼にならないか?」

 

「いいんじゃね…」

 

「だが、最後のマスター様だぞ。サーヴァントがセコムってくるかもしれないじゃないか…」

 

「お前はマスターをなんだと思ってんの? 例え最強のセコムが居ようと、例え可愛らしい美少女だろうと、マスターはマスターだぞ。…ところで、聞いたところによると、言葉一つで相手を懐柔したり、小さな拳一つでなぎ倒したり、嗤いながら英雄達をけしかけて相手を殺す、そんな少女だと聞いた。何してんだよ、お前。もっと敬えよ。視線一つで殺されるぞ」

 

「ま、マジかよ……」

 

「ああ。真の英雄は目で殺すらしいからな……」

 

「………俺、マスター様に出会ったら道の端にずれて大きな声ではきはきと挨拶しながら、深く頭を下げるわ……」

 

「その側にいる、マシュー・キリエライトもな。彼女こそ、マスター様に逆らうものを消す、最強のセコムだ。なんでも、どこぞの妹の心臓を食べるくらいだからな」

 

「ガクガクブルブル」

 

「フォーウ……」

 

 んなわけねえだろ……という声でフォウが鳴いているが、現在疲れ切ってダメダメな脳状態である同僚はガクガクブルブルである。

 

 そして、この話は勿論、真横に居た二人にも聞こえているわけで……。

 

「そんなことありませんけどッ!!? 私はただの女の子だよ!? 視線一つで殺せるわけ無いじゃん!!!!!」

 

「マシュ・キリエライトです!! それと心臓を食べるってなんですか!! 私はそんな酷いことしませんし、食べられません!!」

 

 まあ、こうなる。

 

「やだ、男子会に女子が混ざってくるなんて」

 

「無粋よねー」

 

「セコム…してますか?」

 

「「すみませんでした」」

 

『セコムしてます』

 

 サーヴァント(戦闘組)をけしかける気だ…そんな目をしている。俺のセコムはナビなので問題ないが、同僚は瞬殺だろう。

 その同僚はこのままここに居てはまずいと悟ったのか、俺の目を見てアイコンタクトで帰ると言っている。

 

「帰るわ…怖いから…」

 

 現に言っていた。

 

「シッ! 目で殺されるぞ……俺も帰るわ」

 

「あ、貴方は少しお話でもしませんか?」

 

「そうですね。丁度、ソルシエさんのお食事が来たようですよ?」

 

 逃さねえぞという視線と共に肩を掴まれて椅子に座らされ、キリエライトの言うようにキッチンの方から盆を持った一人のサーヴァント、おかんことエミヤがやってくる。この隙に同僚は逃げていたが、俺はもう駄目かもしれない。少し遠くに居た沖田と目が合ったために助けを求めたが、いい笑顔が返ってきただけだった。

 

 俺の肩の細く小さな手に噛みつけとばかりにフォウを持ち上げて口を近づけても、フォウの奴は前足でテシッと叩くだけ。あぁ、使えない…。

 

 おかんが対面に来る。それと同時に、前を進んで案内していた鶴も俺の側に飛んでくる。

 

「君か、使い魔で注文してきたのは……………これは、どういう状況だ?」

 

 眼の前に置かれたのは多数の薬味と湯気を上げる美味そうなお粥。それと俺を囲むは二人のとびきりの美少女。ついでにエプロンの似合うムキムキ白髪褐色イケメン。そして、飛んでいる鶴を無邪気に追いかけて食堂を駆け回っている、フォウだった。

 

 




「ところでお前、本当にそれだけしか喋れないのか? まだ喋れるんだろう? ん?」

「フォーウ……」

 がっしりと両脇から手で掴まれて宙に吊るされる一匹の動物。それは脅されているかのように体を震わせて、掴んでいる男を見つめていた。

「フォウで始まる言葉だ。これを言え」

 眼の前に出された一枚の紙には、とある言葉が書かれていた。言えと言われて力も込められ、哀れな小動物は力に屈する。その声はまるで助けを求めるかのような叫びだった。

「フォーウ!……チュンクッキャーウ……」

「次はこれだ」

「ンキュッ……ーリ……」

「そんでもってこれだ」

「フォーウ…リナー……キュゥ…べぇ……キャゥ…メロット……」

「お前、割とちゃんと喋れるくね?」

「アルンさん…流石に止めてあげましょうよ…可愛そうですってば…」

「おぉー…っ!! おとーさん、凄いよ…! 喋れてる……!」

 それは、はたから見れば完璧に虐待にしか見えなかった。


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11 『私のことは親しみを込めてナビさんと呼んでください』

 エロゲ主人公にでもいそうなイケメンに飯を貰い、のそりのそりとゆっくりした動きで匙を動かしてお粥を食べる。暖かなお粥を飲み込めば、胃が暖かくなったかのような感覚に、ホッとするかのよう。作るのが簡単そうに見えて難しいお粥でもあのイケメンの手にかかれば何段階も進化してお届けできるということだろうか。こんな美味いの初めて食べた。

 

 薬味を入れて味を変えながら食べれば様々なバリエーションを感じれることもあって、匙は止まらない。

 

 そんな病人、又は老人のように食べている俺の前にはあの最強と言われた、

 

「なにか言いましたか?」

 

 …とてもかわいいマスターちゃんとキリエライトが座って二人でオムライスを食べている。話がしたいと言われたが、別に俺達の間に話すこともなければ、疲れ切っている俺に話すことなどなにもない。

 

 まさか、ジャックお父さん事件のことや部屋にサーヴァントが来ることがバレたわけでもないだろうし……バレれば速攻でコンタクトを取りに来たはずである。

 

「それで、話というのはなんでしょうか……」

 

「あー…お話ですね、えっと…別に話すことはなかったり…」

 

「なら何故?」

 

「いや、マシュがいたし……マシュはなんかある?」

 

「そうですね…では、フォウさんがなぜあそこまで懐いていたのかお聞きしてもよろしいですか?」

 

「あれは俺のモフテクが凄まじかったからなので…」

 

「モフテク…ですか」

 

 キリエライトがそうつぶやきながら俺の手をじっと見つめているが、なんなのだろうか、撫でてほしいの? セクハラで訴えられそうだからやらないぞ。

 

 というか、マスターちゃんの後ろにいる緑色を基調とした美少女が扇子で口元を隠しながら凄い見てくるのだが、あれはなんなのだろうか…めちゃくちゃ怖いんですが。向こうも俺が見ていると気づいたのか、扇子を横にずらし、口パクで何かを伝えてくる。なになに…

 

 

 

 ま す た ぁ に ち か づ く な

 

 

 も や し ま す よ

 

 

 

 速攻で目を逸らした。おい、マスターちゃんの背後にトンデモナイヤンデレセコム少女がいるんだが! あれ下手したら俺焼き殺されちまうぞ!

 

「なんかここ、暑いねー」

 

 後ろに答えがある。体や口からチロチロと炎が蛇のように漏れ出ているのだが、暑さは熱さの間違いだろう。

 話すことがないと言いながら俺に話しかけてくるマスターちゃんに相槌や受け答えしているのだが、後ろの目が爬虫類のヤンデレ少女が怖くて何言っていいのかわからんし、何言っているのかもわからない状態である。疲れているのに更に疲れているっていう…。

 

 キリエライトは慣れているのだろうか。疲れ切っている俺の横でマスターちゃんと普通にお話している。なんならキリエライトのときだけ何も反応せずに俺に殺気を放ち続けている。

 

『殺気を検知。マスターに対する敵対行動とみなします。対象を敵対する者と登録。害獣の排除を開始します。迎撃プログラム―――1582万6666個のスキルにより殲滅―――承認。スタート………マスターに仇なす害獣、魂ごと消え去りなさい』

 

 あ、ちょ、まっ……アッ!(セーフ)

 

 うちのセコムもとんでもない事しようとしているので宥めるのに内心は大忙しだった。それにしても迎撃プログラムが多いのだが、俺の知らないところでスキルが量産されているのだろうか…なんなの?俺のセコムって安心院さんなの?ナビは実は西尾維新作品からやってきたの? 承認ってどこに申請したんですか。

 

 そろそろ俺の飯が終わりそうであり、いつの間にか俺の周り……否、マスターちゃんの周りにはヤンデレ少女以外の他のサーヴァントが集まっているようで、騒がしいことこの上ない。何人かは俺に話しかけてこようとしていたが、げっそりとした顔に話しかけるなオーラでなんとかなってしまった。いや、これは俺だけではなくて今回の仕事に関わったスタッフ全員に言えるだろう。

 

 さっさと帰って寝て、ゲームしよう。

 そう決めて立ち上がり、空になった食器の乗った黒塗りの盆を持とうとしたところで、横から俺の手よりも小さな女性の手が伸びて盆を持った。なんぞや。

 

 手の持ち主を見るために顔を上げてみれば、輝くような金髪を持った美女が優しく微笑んでいた。まさしく、聖女…あぁ…ついにお迎えが……。

 

『ふー…落ち着きました。彼女の名はジャンヌ・ダルク。彼女は正真正銘、聖女です』

 

 ガチの聖女だった。

 

「とてもお疲れのようですので、私が代わりに持っていきましょう」

 

 これは聖女ですわ。

 

 疲れている他人を見て代わりに自分がやってやろうと思って行動できる人が、現代では一体何人いるだろうか。そんなもの二次元だけだろう。つまり、ここは二次元になるということでは……。

 

 しかし、流石にそれは悪いので、遠慮しようという日本人らしさが出て来て……あ、俺、日本人じゃねえわ。

 

「……いえ、流石にそれは申し訳ないので、自分で持っていきます」

 

「そんな、別に遠慮なさらなくてもいいんですよ? 今回の修理だって、貴方方は不眠不休で私達はすることがないから休みだったんです。せめて、できることでお助けしたいんです」

 

「ダイジョブダイジョブ…帰ってゲーム三昧突入するくらいには元気ダカラ……」

 

「それでは、持っていきますねー」

 

「やだ、強引なところがイケメン…!」

 

 とんでもない美女が聖女でイケメンだった件。アリガトゴザイマス…と片言でお礼を言いながら、揺れる長い三つ編みを見送る。

 

 ジャンヌ・ダルクか…そういえば、彼女は聖女としては確かに有名だが、他にも有名な理由があったな。

 看護といえばナイチンゲールだが、リハビリテーションといえば、そう、ジャンヌ・ダルクだったりする。リハビリテーションは「全人間的復権」であり、リ:再び、ハビリテーション:適したもの/ふさわしいものにする、からくる。魔女から再び人間らしく、聖女らしく……回復したと。

 

 ジャンヌ・ダルクの死後、裁判によりローマ教皇がジャンヌ・ダルクを無罪と判決を下し、そこからリハビリテーションという言葉が初めて使われたらしい。

 こうして認められたことからジャンヌ・ダルクの権利の回復、名誉の回復…つまり、リハビリテーションの語源はジャンヌ・ダルクと強い関係があると言ってもいいのだ。

 

 確かね。そうだった気がするんだよね。うろ覚えだよね。何年も前の記憶だからね、仕方ないね。

 

 聖女以外にもこうやって有名要素があるのだから凄いものである。それがたとえ死後だったとしてもだ。偉人は死後に認められること多くない?

 

 それよりも持っていってくれるのであればそれはそれで有り難いので、俺は御暇することにした。ふらりと自室に向けて歩みを進めれば、やがて食堂の喧騒も薄れていき、一人靴で床を鳴らす音だけが響く。

 

 そういえば食堂にはジャックが居なかったが、俺の部屋にでもいるのだろうか。我が娘の行動範囲は大体、食堂かお母さんのところか俺の部屋でゲームであり、割合的には俺の部屋が一番多いのだ。

 

 先程のマスターちゃんとの邂逅では俺のことをジャックのお父さんだと微塵も思っていないような感じではあった。ジャックのお父さん事件も思えばそこそこ前の話だし、そろそろ収まって調べるやつも居なくなってきたのだろう。数多といるサーヴァントでジャックだけをずっと行動を把握し続けるのも無理に近い。

 

 まあ、バレなければバレないで俺には有り難いし…

 

「あっ! おとうさん、おかえり! お疲れさまー」

 

「ただいま、ジャック。ほんと、疲れたぜ…」

 

 こうしてジャックの可愛らしい笑顔を独り占めできるし、癒やされることができるのでこのままでいい。

 

 部屋についた俺が扉を開ければ、俺に気づいたジャックが直ぐ様顔をこちらに向けて、確りと一時停止したあとにコントローラーを放り投げて駆けつけてくる。俺が疲れているというのを知っているのでいつものように飛びついてくるのではなく、近くまで駆け寄ってきてからそっと抱きついてきた。

 

 きゅっと力を込めて俺の腰に抱きつき、ふにゃりと緩めた表情で見上げてくる。これだけで本当に疲れが吹き飛ぶかのような気分だった。

 柔らかで温かい体に俺も抱きしめ返しながら部屋の中に入る。

 

「ジャック、俺は3日も風呂入ってないから臭いぞ」

 

「んーん、おとうさんの匂いがする…わたしたちはこの匂いは大好きだから、全然臭くないよ!」

 

 グリグリと額を俺の胸に擦り付け、小さな鼻でくんくんと匂いを嗅いでいるが、そうは言っても俺が自分の匂いを臭いと思っているから嫌なのだ。それに汚い。

 

「ほら、離れなさい。臭くなくても汚いから。シャワー浴びてくる」

 

「じゃあわたしたちも一緒に入る!」

 

「例え娘でも疲れ切った俺の理性では耐えられないので駄目です」

 

「えー」

 

「えーじゃないの。ほら、ゲームの続きでもしてな」

 

「はーい」

 

 ジャックが駄目ソファに身を沈めるのを背後に着替えの服を持ってシャワールームへ。中の鏡を見てみれば、心なしか銀髪がくすんで見えるような見えないような…。まさか、年…?

 

『ご安心ください。色に変わりはありません』

 

 一安心である。この歳で老けたとか言われたらショックで髪を切るところであった。

 男のシャワーなんて誰得であるので15分程度でささっと終わらせて、髪を拭きながら部屋に戻れば、そこにはジャックだけでなく沖田もいつの間にかベッドに座って俺の漫画を読んでいた。

 

 このシャワーの間にこいつもやってきたのだろう。食堂で目はあったし、俺のことを見ていたので来てもおかしくはないと思っていたが本当に来るとは…いつものことである。

 

「あ、おかえりなさい、アルンさん。食堂で見てましたよー。凄いお疲れのようで」

 

「ああ、疲れた。眠い」

 

 ボスンと沖田の横のスペースに座る。このまま倒れ込んで寝てしまいたい欲求があるが、濡れた髪のままでは風邪を引くかもしれないし、ベッドが濡れるし、寝癖になるしでいいことはない。しかし、眠い、眠いのだ。この眠気が何事にも勝る状況でやらなければいけないと思っていてもできるやつはいるのだろうか。俺には無理だ。

 

 寝るしかねえんだよなぁ。

 

 諦めて後ろに倒れ込もうと、力を抜いて背を後ろに倒そうとしたのだが、

 

「おっと。寝るにはまだ早いですよっと」

 

 沖田に片腕で抱きとめられ、寝れなかった。なに。お前は俺に寝るなといいたいのか。

 

「このおにちく……」

 

「鬼畜じゃないです沖田ですー。それより髪を乾かしてから寝てください。髪が痛みますよ」

 

「濡れるからとかじゃねえのか……いいよもう、傷んでも気にしないし。男だし」

 

「駄目です! 風邪引くじゃないですか!」

 

「だがな、腕一本動かせないんだ……誠に残念ながら、今回はここまでとさせていただき…」

 

「断念しないでください。動かしたくないだけの間違いでしょうに。よーし、わかりました、私が乾かしてあげましょう! ドライヤー持ってくるので寝ないで座っててくださいね」

 

 諦めるという選択肢は? 

 シャワールームに置いてあるドライヤーを取りに沖田が小走りでベッドから離れていき、直ぐに出てきてコンセントにさしたかと思うとベッドに飛び乗って俺の後ろに回り込む。ぎしりと軋むベッドに体が軽く揺れた。

 

 ドライヤーの駆動音に温風。髪を通る櫛は俺のものではないので沖田自身が持っていたものだろう。

 それにしても、ドライヤーなんて電化製品がない時代の人間がこうも当たり前のように使いこなしているのだから、なんとも不思議なものだ。聖杯が知識を与えているらしいが、その学習機能は凄い。ポケモンにも仲間に経験値を分け与えるのではなく、こうやって一気に学習させれば楽なのに…。俺、全体的に育てるの苦手なのだ。一体二体を最強に育て上げ、相性なんて関係なく勝ち進むタイプ。一体だけでチャンピオンになるなんてザラである。あとは秘伝要員。

 

「むむむ…これで何も手入れとかしてないんですもんね…羨ましいくらいにサラサラ…」

 

「面倒いし、切りたいんだけどな。そういう沖田こそ、お前でも髪とか気を使うのか?」

 

「失敬な、これでも立派に女の子してますからね。髪の手入れだって気にしますよ」

 

「ああ、やっぱり? まあ、見ればわかるさ。こんなにも綺麗なんだ、俺と比べるまでもないだろう」

 

 未だに俺の髪を乾かしている沖田に向くように首を少しばかり後ろに傾け、膝立ちの沖田を少しばかり見上げるようにしながら左手を彼女の髪に差し込むように伸ばす。サラリとした髪質に指は引っかかることもなく、抵抗なく髪が指の間を流れていく。

 

 たったこれだけなのにドライヤーから出てくる温風に乗って沖田の香りが流れてきた。コンディショナーなのか沖田自身なのかわからないが、男には縁のない香りだろう。

 

 唐突に髪を触られたのに驚いたのか、暫し呆然としたと思ったら顔を赤くして左手で俺の顔を前に向かせてきた。駆動音の中に小さく「あ、ありがとうございます…」と声が聞こえてくる。同時にジャックの操っていた兵士が死んだ。

 

「あーあ、やっちゃった……」

 

 ジャックが小さく呟き、再び挑戦。そこは手榴弾ブッパでゴリ押し戦法やで。

 

 こののんびりした雰囲気に空間…疲労が蓄積された俺には眠気を助長させるかのようであり、それに加え、沖田の優しく触ってくる感触に本当に眠くなってくる。キューティクル探偵の言ってたことは本当だったんだ…頭触られると眠くなるのね…。

 




 少し前に友人とカラオケに行って二人で歌いながらガチャってた。何度10連しても星4キャラすら出ない。
 カーマ狙って死にまくり、春うららの連続。ああ、春だからか………。
 頭が春どころか冬で草すら生えていない荒野のようになりそうだった。

 また10連。

「おいおい、勘弁してくれ…また、うららったぞ」

「また? あ、俺もうららった」

 既に二人の間では爆死のことを「うららった」と言うほどであった。
 ならば、10連が無理なら単発の連続でどうだ。

 出ない。それもそうだ。なにせ課金せずに貯めていた石で行っているのだから。限界がある。
 しかし、それでも10連×10回の合計100連はした。無課金たる脆弱な兵では駄目だというのか。カーマとパールヴァティーどころか星4キャラすら出ないではないか。
 とはいえ、よくあることだ。あぁ、神よ。我を見捨て給うたのか。

 石は既に尽きかけ、残り7個。

 まだ、終わっていない。

 撃鉄と言う名の指を起こし、引き金というボタンをタップする。

 うららった。

 泣いても笑ってもこれで最後である。さあ、行こう。まだ見ぬ勝利の果てを撃ち抜くのだと。そう言って、終わりを始めた。

 線は三本。サーヴァントだ。しかし、金色にすらなっていない。やはり、駄目か……。

 だが、諦めかけたその時ッ!!

 バチバチと鳴り響き、金に染まっていく眼の前の最後の希望ッ。やはり、私はまだ終わってはいなかったのだッ!

 今はもう、激しい喜び(星5)はいらない。そのかわり深い絶望(二枚目等)はいらない。持っていない可愛いキャラよ、来い。それだけだった。

 二人して食い入るように見つめる。もう、うららることはない。
 カラン…グラスの中の氷が鳴り、ストローが円を描く。

 来た……これは……!!

「……ジャックが……ジャックが出たぞーーッ!!!」

 神はまだ、私のことを見捨てていなかったのだ!!
 ついに、私が書いている作品のメインとも言えるジャックが、娘が出たのだ! 持っていなかった私は大興奮してしまった。これは流石に仕方ないと言えるだろう。うららってばかりであったのに、最後の最後で来てくれたのだから。

 なぜ、今ここで?と思わないでもなかったが、それは直ぐに頭の中から消え去った。
 石は使い果たした。残り、1個。カーマは出なかったが、私はやり遂げたのだ。呼符二枚で少し前の紫式部二枚抜きよりも嬉しかった。

 ああ、ついにお迎えすることが出来たのか。ふっ……こんなにも嬉しいのに、心はまるで波一つ無く満月を浮かべる水平線のように穏やかだった。

 これで今夜も…くつろいで熟睡できるな。
 
 まさにそんな気分の一夜であった。

 

 ようこそ、ジャック。


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12 すみませーん、カツドゥーンひとーつ!

皆が昼食にカツ丼食べたくなる呪いにかかりますように。

私は夜中に衝動的に作って食べたのでもういいかな。
ちなみに、この人は部屋に入り浸るなんてことはないのであしからず。


 

 

 丸半日、ぐっすりと眠った俺は、隣で眠っていたジャックといつの間にかくっついていた静謐を起こさないようにベッドから離れる。伸びをすると共に冷蔵庫の中から紅茶のペットボトルを取り出して、一気に三分の一ほど飲み干せば、冷たさに目が覚める。

 

「おとーさん……」

 

 ジャックがむにゃむにゃと寝言を言いながら細い腕をフラフラと彷徨わせているが、このままでは静謐に抱きついてしまいそうなので、アイテムボックスから抱きまくらを取り出して差し出せば、ぎゅっと抱きしめた。これでいいだろう。

 

 さて、今は何時かね。

 

『現在の時刻は午前8時32分です』

 

 なるほど、つまり、朝からゲームができるということですね。最近は徹夜で仕事が多くてゲームする暇も碌になかったが、休みがあるのであれば、むしろやらなければ失礼というもの。

 

 もはや皆が座ってゲームしているのでぺったんこになりつつある駄目ソファに座り込んで、ゲームを起動する。二人ほど未だに寝ているのでヘッドホンをつけてすることになるが、ヘッドホンはヘッドホンの良さがあるので嫌いではない。

 

 かつてはオンラインもできて楽しめていたのだが、今ではオンラインができないので楽しさも半減と言ってもいいのかもしれない。一人でするゲームもいいし、友人と対戦するのもいいのだが、やはりオンラインで知らない奴らと戦ってドキドキしたり、悔しくなったりと高揚感も楽しいのだ。

 

 とはいえ、それでもゲームは嫌いではないので一人でもやっていて楽しい。俺が集めたゲームはこのカルデアにあるものよりも遥かに多いし、種類も豊富なので幾らでもできるところが自慢。しかも、機種を変えれば更に多くのゲームができるのだから更にドン! フリゲもあるからドドン! あぁ、世界はゲームに溢れてる…。

 

 今日は実況動画見直してのびハザの気分になってしまったので、アイテムボックスから机とデスクトップを取り出してちゃちゃっと設置。大画面でやるゲームは最高である。

 

 確か、このデスクトップパソコンにのびハザのファイル諸々をダウンロードして解凍してあったはず…。数多とあるファイルをさっと見渡せば、確りとのびハザのファイルが有るのを確認。よし、やるか。

 

 前に実況を見て知っているが、自分でやると割と難しいというのを実感したことを思い出した。初めてしたときは難しかった…懐かしいものだ。

 

 久しぶりのゲームに止め時など無いに等しく、ぶっ通しで昼までしていたのだが、いつの間にかジャックは用事でもあったのか居なくなっており、静謐は俺の背中にぴっとりとくっついてゲームを眺めていた。……いや、ゲームをしている俺を眺めていた。横顔に視線が集中している…。

 

「………いつまで俺を見てるんだ」

 

「…勿論、いつまでも、です」

 

「いや、流石にずっと見られていると落ち着かないんだが…」

 

「大丈夫です。私がとても落ち着いていますので」

 

 俺が良くないから駄目に決まっているだろう。

 ため息一つ、一時停止してヘッドホンを外せば、伸びをして固まった体をほぐす。腕を下ろせば、肩を回す前に俺の肩に静謐が手を置いてゆっくりと揉んでくる。

 

「お疲れ様です。お昼、ですか?」

 

「そうだな、いい時間だし、昼飯でも食うかー」

 

 たまには食堂でまともなものでも食うか。

 

 もういいぞ、というように肩を揉んでいた静謐の手に俺の手を重ねれば、逆に俺の手を両手でそっと握り、微笑みと共に俺の手の感触を確かめるように握ってくる。少しだけ乾燥した俺の手に比べ、静謐の手はしっとりと女性らしく柔らかな手だ。

 こいつとこんな関係になっていつでも触れると言うのに、静謐はいつまで経っても俺に触る度に確かめるように、存在するのを確認するかのように、嬉しそうに触るのだ。

 

 まぁ、俺も少なからずこいつのことは知っている。見ていればわかる。だからこそ、好きにさせている。嫌ではない。嫌ではないからこそ、いろいろと困るのだ。

 

「……ほら、先に出ろ」

 

「できれば…ずっとお傍に……」

 

「いつでも部屋に来れるだろう?」

 

「それでも……それでも、足りないくらい、ですから…」

 

 そう言った静謐は儚げに微笑む。そして、手を更に強く握るようにしながら抱きつき、頬を俺の腕に擦り付けてくる。ここまで想われて無碍にできる男はいるのだろうか。たまたまだったかもしれない。俺じゃなくても、いずれマスターちゃんが静謐を救ったかもしれない。

 

 静謐の今までの苦しみや悲しみは、静謐自身にしかわからない。それでも、俺が傍にいることでこいつの胸の内に潜むなにかを和らげる事ができるのであれば、ジャックとは違えど、こいつの思うように愛してやってもいいかもしれない。

 

 ただ、取り敢えず、今は…

 

「今は別だ。うん、腹減ったもん。さっさと出ていきなさい。俺が出られないでしょーが」

 

「うきゃんっ」

 

 ペシンとデコピン一つ。手を引き抜いて腕を柔らかな双丘から逃しつつ、静謐を扉へ追いやる。

 

 頬を膨れさせつつ、おでこを抑えている静謐だが、まったく……わかっててやっているのだから質が悪い。ま、それでも確かに本音だから良いのだが、それを利用しつつ迫ってくるのは流石というかなんというか……結構、やり手である。自分の魅力をしっかりと把握しつつ、利用しているのだから。

 

「シッシッ」

 

「アルンさんは酷い人です……おでこ、赤くなってませんか?」

 

「褐色だからわからん」

 

「むぅ…!」

 

 あっかんべーと真っ赤な舌を小さく出しながら、最後に花の咲いた様な笑みを見せながら部屋から出ていった。

 

 やれやれ、今度、ジャックナイフの刑だな。ちなみに、このジャックナイフはテニスのことでも、牽引車の現象でも、プロレス技でもない。我が娘、ジャックのナイフの柄で強打の刑ということである。一度、静謐は寝ぼけたジャックにこの技を喰らっている。さぞ痛いだろう。

 

 少しばかりの時間が経ってから俺も部屋を出る。昨日、お粥を食べたとはいえ、一晩ぐっすりと眠れば休息に必要な分のエネルギーを消費したのか、何気に体が重くて腹も減っている。ガッツリ行きたい気分だ。つまり、肉ですね。

 

 食堂に行くに連れ、少し遅いとは言えども昼時ということもあってか、がやがやと五月蝿い。その殆どがサーヴァントというのだからどうも俺には居づらい場所である。

 

 こそこそと影に忍ぶように、されど迅速に移動して列に並ぶ。注文からの配られるまでが異常に早いこの調理要員だが、これで最高に美味いというのだから英霊は凄い。料理に関する何かを残した人たちなのだろうか。

 

 本当に気配を消して並んでいたらいつの間にか自分の番が来ていたのだが、俺ってもしかして忍びか何かだったのか。ジャックのお父さんなのでアサシンになっているのかもしれない。というか俺が最後だった。

 

 それよりもカツドゥーンだ。

 

「はいはい、ご注文は何かな?」

 

「カツ丼一つ」

 

「カツ丼ね。ちょっと待っててね、今作ってくるからさ」

 

 そう言って赤髪の美女が厨房に戻っていく。昨日作ってくれたエミヤは他の人の対応をしているし、猫っぽいナニカも元気に対応中だ。というかなんだろうか、あれ。キャラブレブレと言うか…でも、嫌いじゃないわ! モフってみたいものである。

 

 のんびりとカウンターに肘を付きながら食堂の中を見てみるが、改めて見渡せばなんともまぁ、こんなにもサーヴァントが集まって、誰も彼もがマスターちゃんラブ。どいつもこいつも何らかの形で世に名を残した人物ばかり……。

 

「マスターちゃんのコミュ力は化物か」

 

 俺とは真逆の人間だな。マスターちゃん、英霊にでもなるんじゃないだろうか。

 そのマスターちゃんは現在、いつの間にか居なくなっていたジャックとその他お子ちゃま達と昼食を食べているところのようだ。お父さんとしてはお母さんにも確りと甘えているところはポイント高いぞ。

 

 アイテムボックスからパックのカフェオレを取り出し、ストローを咥えて飲んでいると、好き嫌いもせずにトマトを食べたジャックと目が合った。ちなみに俺は生のトマトは大嫌いである。お父さんに似なくてよかったね…いい子に育っておくれ。

 

 俺と目が合ったジャックは満面の笑みを浮かべて机の下の方でぶんぶんと手を振っていたので、俺もカフェオレを持っていない左手でひらひらと振り返してやる。おっと危ない、マスターちゃんがこっちを見てきた。

 

 何食わぬ顔でカフェオレを飲み、マスターちゃんが再びジャック達の方を向いたところで娘の観察に入る。可愛い。

 

 そんな俺の背後から声が聞こえてくる。どうやらカツドゥーンができたようだ。

 

「なーにそんな優しい笑みを浮かべてるのかな?」

 

「いえ、なんでもないです」

 

「ふーん、そんな風には見えなかったけどね…私としては、とても良い顔だったと思うけど? 慈愛の笑みっていうのかな? 男の人がそんな優しい笑みを浮かべるなんて、中々できないことだよ」

 

「そんな顔してません…それより、料理の方は…」

 

「ああ、はい、おまたせ。サービスで量を増やしておいたんだ。はいっ、ダブルカツ丼!」

 

 そう言って渡されたのは、普通のカツ丼に更にカツが斜めに立てかけられていた。二枚分のカツということか…なんというお得感。出汁のいい香りにとろとろの卵と三つ葉、見ただけで美味いとわかるのにこれだけガッツリ行けるとは、男にとっては嬉しいに違いない。

 

「ありがとうございます」

 

 礼を言って、半分ほど飲んだカフェオレをストローで咥えて、両手にカツ丼を持ってさあどこで食べようかと振り返れば、あまり座れそうな場所はない。一人で座れそうな場所がないので、これはもういつだかのアストルフォのように持って帰って食べるしか無いのでは? 

 

 しかし、この状況を俺の後ろで見ていたこの人…

 

『古代ブリタニアの女王、ブーディカです』

 

 なるほど。ブーディカさんは頭を掻きながらしまったという風に声を出す。

 

「あちゃー…人でいっぱいじゃんか。どこかに座らせてもらう?」

 

「いえ、これ持って帰ります」

 

「それだと冷めちゃうよ?」

 

「仕方ないということで…」

 

「駄目だったら! せっかくなんだから、君には暖かくて出来たての状態を食べてもらいたいの! ……よし、お姉さんに任せなさい!」

 

 ドンと自身の胸を叩くブーディカさんだが、その揺れる豊満な胸に視線がいかなかったのは奇跡に近い。あっぶね、もうちょいで胸ガン見して叫び声挙げられて捕まっちゃうとこだったぜ…って、誰に捕まるんだろうか。

 

 その頼もしいお姉さんはどこかに行ったと思うと、直ぐに戻ってきたようだった。そのまま調理場へ戻り、俺のいるちょうど反対のカウンターの裏、そこに折りたたみのテーブルと丸イスを置き、カウンターの上のダブルカツ丼を折りたたみテーブルへと置いた。

 

 まさか、そこで食えというのだろうか。

 

「さっ、即席だけど食べるところ作ったから、こっちおいでよ」

 

 マジだった。

 

 流石に躊躇う俺の手を何の躊躇もなく掴んだと思ったらカウンター越しにひっぱるものだから、そのまま引きずり込まれるのかと思った。それはなかったが、手を引かれるがままに連れ込まれ、丸椅子に座ればカウンター裏ということもあって、外からの目は無いに等しい。

 

 しかし、端っことはいえ内なのでエミヤにはガッツリ見つかった。

 

「君は昨日の……何故、ここで食べているんだ…?」

 

「いや、俺もさっぱり…」

 

「あ、私が連れ込んだんだよ。いやぁ、どうも他の子達と混ざって食べるのを躊躇ってたからさ、美味しいご飯を食べに来たのに嫌な気持ちで食べたくないじゃん? だから、一人で食べれるようにってね」

 

「そ、そうか……その、なんだ……ゆっくり食べていってくれ」

 

「うす……」

 

 なんか同情の視線を貰ってしまったが、まあ、それよりも飯だ。未だに湯気の上がるカツ丼だが、まずは味噌汁からだ。ネギと豆腐の味噌汁をゆっくりと啜れば、濃くもなく、薄くもない、丁度良い俺の好きな味加減。インスタントとは全く比べ物にならない風味にホッと落ち着くかのようだ。日本人じゃないのに故郷を思い出すレベル。

 

 お次はカツ丼。まずは増量されたカツの方を箸で取って噛じる。サクリとした衣と肉厚な食感に先端についていた出汁と卵が絡みついて、カツだけを食べているんじゃないということを実感させられる。

 

 なにこれ、どうやって揚げればこんなに肉汁を閉じ込めたままサクサクに揚げられるの? どんな分量で出汁をとってんの? 卵はなんでこうもいい感じにふわとろなんですかね?

 

 俺だって料理スキルがあるのでこれくらいのものを作ることは作れるのだが、やはり人に作ってもらったほうが美味いに決まっている。

 

「美味い…」

 

「ほんと? それはよかった」

 

「ああ…もう自分で作ったのは食べれないレベル」

 

「へぇ、君は料理できるんだ」

 

「え? ああ、はい、そうですね。別に難しいことでもないですし、余計なことしなければ大抵は何でも作れますし…やろうと思えば誰でもできるのでは?」

 

「う、うん、そうだね……余計なことしなければ、誰でも作れると思うんだけどねぇ…」

 

 まあメシマズヒロインとかいうジャンルもあるので一概に誰でもというのは流石にないのかもしれない。作れたとしても、盛り付けとかはセンスで決まりそうだし。

 

 その後は割と夢中で静かに食べ進めていったのだが、いつの間にか目の前で丸イスを持ってきて座り、両肘をついて手に顎を乗せながらニコニコとこちらを見ているブーディカさんがいた。その目はまるで子供を見るような優しさがあり、見守るかのようであった。

 だが、両腕の間のテーブルの上にのしっと乗っかっているその凶悪な2つの山とそれが織りなす谷は目に毒なので止めてほしい。

 

 途中で水を飲もうと思ったが、どうやらセルフのようで水はなかった。仕方ない、ポケットから取り出すように見せかけたアイテムボックス内の野菜ジュースを飲むとしよう。

 ストローをさして飲むのはいいが、なんだろう、これ、目の前の人にもなにか出したほうが良いのだろうか。俺一人だけ飲んだり食べたりしているので、なんか居たたまれないのだが…。

 

 ………追加で取り出すことにした。母指と示指の間にカフェオレ、示指と中指の間にいちごオレ、中指と環指の間にフルーツオレを挟んでブーディカさんの前に差し出す。

 

「……飲みますか?」

 

「え? あ、うん、せっかくだし、貰おっかな。なんかゴメンね、本当なら私が水かお茶を出さないといけなかったのに…」

 

「いえ、気にしないでください」

 

「それでも気になるんだよ。それとね、いつまでも敬語は禁止! もう他人じゃないんだから、普段通りの君みたいに喋ってくれたら、お姉さんは嬉しいなぁ」

 

 うーん、なんだろうか、この近所のお姉さん感。それと近所のお姉さん…ではなく、ブーディカさんはカフェオレを取っていったが、残りの2つはどうしようか。

 

 そのままアイテムボックスにでもしまうかと思ったところで、気配察知スキルが3つの小さな気配を感じ取った。一つはとても慣れ親しんだ、ジャックの気配だ。三人分には一つ足りないので、複製スキルでいちごオレを2つに増やし、3つを持って少しだけ腰を上げてカウンター越しに見てみれば、丁度ジャックが目の前に居た。

 

 ジャックもここでお父さんと呼んではいけないということはわかっているので、俺と目があってもそこまで騒がない。ほれ、三人でお飲み。

 

「ありがとうッ!」

 

「あら? 何を貰ったの?」

 

「それは…紙パックのジュースですか?」

 

「うん! 親切な人に貰ったの。好きなの選んでいいよー」

 

 これでよし。

 仕事は終わったとばかりに腰を下ろせば、やっぱり満面の笑みを浮かべたブーディカさん。今度は何なの? 

 

「優しいんだ」

 

「余ってたので」

 

「わざわざ一つ増やしてまで?」

 

「三人居たので。手品ですよ」

 

「敬語。それにしても、三人いるなんてよくわかったね。しかも子供が」

 

「足音が子供のそれで3つ分あったからですy「敬語」……あったから、だ」

 

「ふーん…? それでも三人分ちゃんと用意して上げるなんてやっぱり優しいじゃん。偉い偉い」

 

 そりゃ娘とその娘の友だちなんだから優しくするのは当たり前でして……だからあんたも偉いといいながら頭を撫でてくるんじゃあない。善意でやっているため無理に払えないし、腕を伸ばしてくるから目の間に胸が来て揺れているので眼福でございます。

 

 その後、撫で続けられながらカツ丼を頬張る俺がいたとかなんとか。

 

 

 




ア「これは『獣肉に穀類を纏わせ高温の油に浸したもの。鳥類の卵をグチャグチャにしてそれを上に掛け 魚汁をもって更に加熱したもの』である」

エ「喧嘩を売っているのかね…?」

ブ「間違ってないけどなぁ…言い方に野生感が感じられるんだよねぇ」

キャ「言葉通りのものを作ってみたゾ! さあ、喰らうがいい!」

ブ「うわ…これは…」

 猫で狐な獣の彼女がドンッとテーブルに置いた料理は、恐らく牛…ステーキ肉に穀物であろう粉っぽいなにか。これは…

エ「飼料用じゃないか!!」

キャ「ナハハッ! 獣ゆえな、穀物ならばとこれにしてみたのだ。だが安心めされよ、一応、食えるぞ♪」

 そう、動物の餌に使われる穀物がまぶされてこんがり油で揚げられていた。普通なら肉に火が通る前に周りが焦げてしまうに違いないが、予め謎の肉に処理がされていたのか見た目はカツである。ステーキ肉っぽい見た目ではあるが、カツにかろうじて見える。

 さて、お次は卵をぐちゃぐちゃにしてかけるのだが、卵は、卵なのだ。
 つまるところ、この卵は一体何の卵を使っているのかわからないのだが、卵の量がとんでもなく多い。それはカツもご飯も隠してしまうほどであり、黄身の量が多く、白身も溢れている。鶏卵ではありえない量に、ダチョウかエミューなどの大型の鳥類の卵でも使っているのではないかと予想させる。

エ「これは…何の卵だ」

キャ「ワイバーン」

エ「ワイバーン!?」

 もしかしなくてもこれ、親子丼の間違いでは……? エミヤとブーディカは気づいてはいけない事実に気づき、ゴクリと喉を鳴らして汗を拭う。

ブ「じゃあ…出汁は一体……」

キャ「ヤドカリと海魔を煮詰めてみたワン。思った以上に濃厚な出汁がとれたナ。この味のパンチ力にはワンパンでノックアウトも余裕だろう!」

エ「エネミーを使うんじゃない!!」

 米以外、エネミーで構成された眼の前の料理に、もはや湯気ではなくオーラでも溢れ出ているのではないかと錯覚に陥りそうだった。

 このコンボ技で作られたカツ丼もどき。何が怖いって出汁が一番怖くて二人は手が出せなかった。

 だがそこに、何のためらいもなく丼を持ち上げたと思ったら、躊躇なくカツを齧ってご飯をかきこむ猛者が居た!

ア「美味也」

キャ「貴様、見どころがあるではないか! 人参をやろう!」

ア「美味也。我人参よりモフりたい也」

キャ「ふんっ、このキャット、ご主人以外に引かぬ、媚びぬ、省みぬ! …だがしかし、貴様のテクニックはなかなかのものだとアタシの獣の勘が告げている…少しだけなら許可しようではないか!」

ア「誠美味也。カツは五枚也。おっぱいはニ也」

エ「これやられてないかね? 悟りを開いてる気がするのだが…!」

キャ「海魔とヤドカリの出汁が決め手だな!」

ブ「というか、どこからおっぱい出てきたのよ…」

キャ「む? アタシのおっぱいをモフりたいのか?」

 翌日、アルンは腹と精神を壊した。
 



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13 やはり俺のぼっち弄りは間違っていない

 昔はね、ポンポンとネタも湧いてきたしスラスラと書けていたんだ。
 しかし、今ではネタすら思いつかない、書けない、面白くないと酷いものです。脳の劣化がいらんところで突きつけられてしまった。言葉すら出てこやしない…終わったか。

「改めまして、よろしく。サーヴァント・レオナルド・ダ・ヴィンチ。そう――今からは、きみだけのダ・ヴィンチちゃんというコトさ!」

 だがまぁ、こんなことを何気ないテキトーな召喚時に聞かされりゃあ、書くしかねぇよなぁ?
 今回、ダ・ヴィンチちゃん出てこないけども。

「なんて面白い……! 私の計算を超えて行った……!」

 今回はお休みだぜ。アルンのベッドでおネンネしてな。


 

 

 カツ丼も食べ終わり、折りたたみのテーブルは俺が片付けて再び食堂に戻ってくれば、そこには片付けが丁度終わったのか、湯気が立つカップを2つ持っているブーディカさんが立っていた。

 

 俺を見つけると微笑みと共に片方のカップを手渡された。どうやら中身はコーヒーのようだ。

 

「はい、食後のコーヒーだよ。なにか入れる?」

 

「なら、ミルクだけ」

 

「じゃあ私もっと…」

 

 備え付けのコーヒーフレッシュを一つ取ってプチリと先端を折った後に蓋を開け、コーヒーの中に注ぐ。黒に白が混ざり、やがて茶色く侵食していくが、入れるだけでは全体に渡りきらない。そのためお手軽にカップを持っている手から魔力を行き渡らせ、軽く指を鳴らせば、カップの中で静かに、しかしマドラーで混ぜたとき並の速さで液体が回転し、魔力も液体に浸透してから直ぐに収まる。俺の魔力だし、飲めば帰ってくるからプラマイゼロである。いつもしていることだからこっちのほうが早いのよね。

 

 本当にいつもの癖で行っているが、魔力をこうして使うこと自体が珍しいのか、それとも面白いことをしているとでも思ったのか、ブーディカさんに加えてエミヤまで面白そうに俺のカップを見てくる始末。

 

「おー、そんなことできるんだ」

 

「ああ、面白い使い方だ。しかもほぼ意識せずに行っているということは、普段から様々なことに魔力を使用しているのではないか?」

 

 え? ああ、俺に聞いてるのね。自己完結しているのかと思った。

 

「まあ、ちょっとしたことでも省けて、生活が便利になるんだし、使えるなら使ったほうがお得じゃないか?」

 

「ほう…例えば?」

 

「例えば? ふむ………」

 

 何に使っているのだろうか…魔力糸のこととか? 

 とはいえ、魔力で強化や物を修復とか普通に魔術師は行ってるし、似ているのだから珍しいものでもないと思うのだが。

 

 ああ、でもよく使っているのは温めたり冷やしたり? 

 他の魔術師でも出来る範囲のことにしておかないと面倒なことにはなりそうなので、その範囲内で行うことにしよう。ただ、ダ・ヴィンチちゃん曰く、俺の基準は魔術師の基準とちょいと違うらしいので注意しないといけないだろう。

 

 手の中で魔力を生み出し、それをBB弾くらいの大きさの氷に変える。コロコロと5つほどの透き通った不純物の一切ない綺麗な氷玉が出来上がるが、このままモデルガンで撃てそうな程だ。

 これを熱すぎるコーヒーの中に入れてちょいと冷ますことにする。これくらいならすぐに飲めるほどの丁度良い温度にしてくれるだろう。

 

「綺麗な氷の玉だね。サイズ調節できるならいろいろ出来そうじゃない?」

 

「グラスにビー玉サイズやBB弾サイズの氷玉を入れて、そこに酒を注げばまたいつもと違った味わいと雰囲気が出来るからな」

 

「おっ、いいじゃんか。形変えれば子供受けもしそう」

 

 丸、四角、三角、星と氷を作り出してブーディカさんに渡してみる。どれも透明なので向こう側が透けて見える。

 

「他はなんかないの?」

 

「他…? 魔力で物造ったり、錬金術の真似事してみたり?」

 

 魔力で何かを作り出すのは漫画やアニメではメジャーな出来事である。氷細工もその一環ではないだろうか。

 

 ブーディカさんの催促に、再び手の中で魔力を集めて形を変えれば、一瞬でナイフやフォークが出来上がる。流石に想像したものやサーヴァントが持っているような武具はスキルや魔法を使わないと無理だが、魔力単体で作るなら既存のものは何でも創造出来るだろう。

 

 この魔力で造ったものを変化させて材質を固定すればもはやただのナイフとフォークである。錬金スキルを使用すればどこぞの錬金術師のように別のものへ。バチバチという音と共に完成したのはブーディカフィギュア。鉄なので銀色だが、その形は本物と同じほど精巧で売られていても何ら問題はないほど。フィギュアづくりのスキルがここで役立つとはな。

 

「わぁ! これ私じゃん! 凄い、細かい所までしっかり出来てるし! え、なに、プロなの?」

 

「プロですがなにか」

 

 売れるレベルまで自分で作っていましたがなにか。資金源でもあったくらいである。

 キリッとした表情で宣言すれば、ブーディカさんは自分のモデルである鉄人形を持って感心している。

 

「あ、スカートの中は違うんだ」

 

 ボソッとそう呟かれたがそれは仕方ねぇだるぉうッ!? 実際にその秘密のほにゃららの奥を見たわけではないんだから!

 

 そこら辺は今までの女キャラ達のフィギュアを作ったときとか、イラストとか諸々を参考にさせてシンプルに作らせて頂きました。

 

 それにしてもエミヤが静かだが、どうしたのだろうか。

 ちらりとコーヒーを飲みながらそちらを見てみると、何やら真剣な顔で氷を見ていたようだが、俺の視線に気づいて次は俺の顔を見ているようであり、それに合わせて何かを考えているっぽい。やだ、イケメン。

 

 そして、いきなり俺の肩をがっしりと掴んできたと思うと、食い付くように俺に顔を近づけてくる。

 

「君、食堂で働かないか?」

 

 ―ッ!?

 

「サーヴァントの中には酒を飲む者たちもいる……騒ぐ連中は飲むだけ飲んでつまみを食べ尽くし、毎度毎度大変なのだが、そこで考えた。先程のように綺麗さと風情を出せば、ゆっくりと味わうようにして飲んでくれるのではないかと…しかも料理まで出来るときたものだ」

 

「あー、なるほど…ガバガバ飲む子達もいるから。部屋で飲むならいいんだけどねぇ……」

 

「そういうことだ。どうだ? まかないとかなら出せるが……」

 

「……えー…あー……魔術師の方に頼んでは? もしくは、キャスターの人」

 

「マスターの頼みならしてくれるかもしれないが……」

 

 じゃあ頼めばいいじゃないかと言いたいのだが、駄目なのだろうか。

 

 尚も人手が欲しいや困ったことがあれば協力もしようとあの手この手で誘ってくるのだが、仕事が…、ゲームが…と断りを入れても勢いに負けている。助けを求めてブーディカさんを見てみるも、そっちも何故か乗り気であった。俺が料理できるというのも喋っちゃうものだから更に勢いが増す。

 

 これはまずい、俺の貴重な時間が無くなってしまう。

 

 やばいとばかりにあたりを見渡せば、誰も居なかった食堂に一人のサーヴァントが入ってくるのが見えた。映える銀髪に豊満なお胸を持った、今の俺にとっては聖女のような女性。

 

「ああ、やっと見つけたわ。そこの貴方」

 

 ……俺のことか? もしも二人であるならそう聞きはしないだろう。普段なら適当に返事して撒くところだが、今は逃げるには丁度良い理由付となる。タイミング良すぎかよ。

 指だけで俺のことかと確認してみると、その通りだと頷いた。

 

「少し貴方に聞きたいことがあるのだけれど……」

 

「おっと、それなら仕方ない。というわけでご両人、話はまた今度ということで!」

 

「あ! 待ちたまえ!」

 

「ありゃりゃ、逃げられちゃった」

 

 逃げますとも。

 カップとブーディカ人形をカウンターに置いてジャンヌ・ダルク似の彼女の元へダッシュで移動し、いきなり俺が来たことで驚いているがなんのそので手を取り、食堂の外へ。速攻で手を放すが…これでしばらくは大丈夫だろう。当分は食堂に来ないことにしよう。

 

 誰もいない廊下を少し進んだところで立ち止まり、すぐさまに手を離す。とりあえず謝っておこう。

 

「いきなり走り出してすみませんでした。あそこからいち早く抜け出したかったもので」

 

「まったくよ。走り出すものだから吃驚したわ…まあ、それはいいです。それよりも聞きたいことがあるの」

 

「はあ、別に構いませんが…」

 

 そういえば俺に聞きたいことがあるから話しかけてきたのだったか。こちらを見ている黒くて白い彼女はどこか昼に見たジャンヌ・ダルクと似ているが、雰囲気からして別人のようである。それでも例によって美女。街中にいれば十人が十人振り返るどころかオーバーして殆の人物が見るだろうくらいには美人である。

 

 その初対面の彼女が俺に聞きたいことなんて言われても俺には皆目見当がつかない。何かに関連するようなこともなければ、まさかジャック達のことがバレたわけでもないだろう。本当に何故ここに来たのかわからないので、つい、さとりのように人の心を読む読心術のスキルでも使ってしまおうかと一瞬思ってしまうほどであった。

 

 取り敢えず、話の前に手短に自己紹介だけ済ませて置いたのだが、なんとこの美女もジャンヌ・ダルクだと言うではないか。しかもオルタ。なんのことやらと思わんでもないが、簡単に言えば聖女ジャンヌ・ダルクの反対の存在だと思えばいいとのことだ。

 

「へぇ…貴女もあの聖女聖女した人と同じようなものと…」

 

「同じにしないでちょうだい」

 

「そうですか…で、結局、私になんの用なのでしょうか」

 

「そうね…その前に、明らかに使い慣れていないだろう敬語を止めなさい。無理やり使っているようで不快よ」

 

 初対面でサーヴァントだから使ってたのだが、まあ、本人がやめろというのならやめようじゃないか。

 少しだけ話してだが、このジャンヌ・ダルク…邪ンヌの言い方や性格は人によっては受け入れられないだろう。明らかに上からな目線に命令口調は、俺が予め言って置かなければセコムのナビがキレるところだった。

 

『精神干渉魔法や事象改変のスキルなどで文字通り中身まで聖女にしようかと……』

 

 怖いわ。最近過保護が過ぎるのでは…?

 

「さいで。ならさっさと用件を言ってもらってもいいか? 俺も暇じゃないんでね」

 

「よく言うわね。どこからどう見ても暇そうな顔してるじゃないの。それに、少しの間、休みなのでしょう? ふん、その時間、少し私に寄越しなさい」

 

「却下だ。時間が欲しいわけではなく、俺になにかさせようってことだろう? 俺はやることがあって忙しいんだ」

 

「そのやることに私が用があるといえば?」

 

「………ほう?」

 

 さて、ここまで喋っておいてなんだが、この女、そこそこ喋れるじゃないか。この調子だし、遠慮はいらないだろうと思って粗暴な感じで話していたが、それに怒るどころか普通に対応してきているのでこのままでいいのかもしれない。だが、彼女の琴線に触れるようなことがあればその限りではないだろう。

 

 しかしまぁ…邪ンヌってなんか俺に似てないだろうか。髪の色同じだし、俺も髪を切れば目の前の彼女と似たような髪型になる。顔もどことなく……とはいえ瓜二つというわけでもない。俺は目が青いし、流石に別人だとわかるか。

 

 邪ンヌも真正面に立つ俺のことをみて眉を顰めているようだが、今はいいようで話の続きを始めた。

 

「少し前に聖女様のもう一人の私が勝手に話してきたのよ。私がゲームしているのを知ってなのか、貴方がゲームをしているというのをね。その真偽を確かめに来たというわけよ」

 

「なるほど…あの言い訳のやつか。まあ、そうだな。俺はゲームが大好きで毎日のようにしているし、漫画やアニメにラノベと同人誌なんかも大量に読んでいる。カルデアにあるゲームなんて目じゃない」

 

 ゲーム好きの俺がここにある程度のゲームの量で終わるわけがなく、アイテムボックスの中にかなりの量が収めてある。中には俺自身が作ったものや、ナビと一緒に作ったゲームもあるのだ。俺の部屋に出されているゲームはほんの一部で、気分で変えたりよくプレイしているものを出しているだけだ。

 

 俺の肯定に一瞬目を輝かせた彼女だがそれも一瞬であった。

 

「私も自分の部屋でよくしているのだけれど、その…一人でするのもいいけど、や、やっぱり対戦とかしてみたいじゃない?」

 

「だから俺を誘いに来たと」

 

「そう、その通りよ! 貴方もどうせ一人でしょう? 感謝しなさい、私が一緒にやってあげます」

 

 いや、俺は別に一人でやっているわけでもないのだが…。しかし、そのことを眼の前の邪ンヌに言うのもアレであるし、どこか期待しているようで精一杯の勇気を振り絞って誘ってみましたという友達のいなそうなぼっち感が見て取れる。ぼっち歴の長いエリートぼっちであった俺じゃなきゃ見逃してたね。

 

「別に俺じゃなくても他のサーヴァントかマスターちゃんでも誘えばよかったんじゃないか? それこそ、もう一人のお前の聖女様にでも」

 

「いや、そのっ……あ、アレよ! 他のやつをわざわざ誘うことでもないじゃない!? それだったらゲームできる……そう! 既にゲームしてて対戦もできそうな貴方のほうが良いと思ったのよ! 初心者と対戦しても面白くないじゃない?」

 

 どうだと言わんばかりに胸を張る黒い聖女様はドヤ顔だ。必死になって言い訳のようなことを慌てながら言い、体のいい言い訳があったからそれをあたかも最初からそうでしたと言わんばかりに声を大にして言ったというところだろう。

 

 何だこいつ、可愛いな。

 

「もう一人の自分なら遠慮は要らないだろうに。というか、自室ではなく娯楽施設ですればゲーム仲間でも居るんじゃないか?」

 

「そっ…それはっ! その、アレよ……他の人と大勢でやるなんて無理そうだし……」

 

「ならなんで初対面の俺なら良いんだ?」

 

「えっと…なんか、初めて見たときに貴方なら大丈夫かと思って…私に似てたし…………って、ああもう、何言わせんのよ! いいからやりなさい! じゃないと燃やすわよッ!!」

 

 ガルルッと噛み付いてきそうな邪ンヌだが、弄れば輝く。

 

 何だこいつ、可愛いな(二回目)

 

 素直になれないというか、ぼっち気質というか色んな意味で仲良くなれそうである。念話で他の奴らに今からとあるサーヴァントとゲームをするから俺が許可するまで暫く部屋にこないようにということを伝えておく。暫くレベリングか何かで部屋に来れていなかったアストルフォが駄々をこねていたが仕方ないだろう。少し相手をすれば満足するだろうから、それまで待っていて欲しい。

 

「わかったわかった。んじゃ、俺の部屋でいいか? ゲームは一式揃っているからな」

 

「ええ、それでいいです。早く行きましょう」

 

 そう言ってずんずんと廊下を進んでいく。やれやれと思わないでもないが、まあ、ここは先輩として意を汲んでやろうじゃないか。

 

 その前に一言。

 

「おい、俺の部屋はそっちじゃないぞ」

 

「…………わかってましたともっ」

 

 わかるわけ無いだろう、俺の部屋に来たこと無いくせに。痛い、わかった怒るな、案内するから俺の髪を引っ張るんじゃあないッ。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ 

 

 

 

「ふーん、ここが貴方の部屋というわけ……随分と偏ってるわね」

 

「いい部屋だろう?」

 

「そうね…悪くないわ」

 

 お気に召したようで。俺の部屋を一周りしたかと思えばフィギュアが所狭しと並べられている棚のところで立ち止まり、我が子達を眺めているようだ。

 

 俺は俺でいつもの駄目ソファに身を沈めて2つのテレビモニターとゲームを起動する。一人一つの画面でやったほうが楽しいやん?ということで少し前から設置した。邪ンヌはゲーム経験者ということもあるのでジャックや静謐のように教える必要もないだろうことから、最初からFPSなど本格的に殺しあえるものを選んだ。格ゲーもいいが気分じゃなかったので。

 

「私のコントローラーは?」

 

「ほらよ」

 

「ん」

 

 言われるまでもなくジャックが昨日まで使っていたコントローラーを邪ンヌに渡せば、駄目ソファの隣においてある座椅子に座って画面に向く。こっそりと横顔を見てみたが、楽しみなのか少しだけニヤけているのが隠せてないぞ。

 

 その横顔に息を吐くように苦笑しながらもゲームを始めていく。いつからやっていたのかは知らないが、やはりやり慣れているようで静謐よりは上手いかもしれない。それでもまだアストルフォの方が上を行く。まあ、俺と耐久レースや地獄の修行作業ゲーをこなしてきたからな。

 

「くっ……なかなかやるじゃない…ッ!」

 

「ふん、格が違うのだよ。ゲーマーの俺に歯向かってきたこと、後悔させてやろう」

 

「言ってろっ。今に見てなさい、吠え面かかせてやるんだから!!」

 

 いつになるのか見ものである。俺の操作するキャラが邪ンヌの操作するキャラに対してヘッドショットを決める。

 

「あーッ! またやったわね! そこ止まってなさい、その頭ぶち抜いてあげるわッ!」

 

 それは御免こうむる。

 こいつの動きは読みやすいのだ。まさしくゲーム始めたての頃のやつがするだろう行動や隠密行動を行うので先回りすればたやすく頭が見える。我慢ならなくなれば猪突猛進に高火力武器を携えて正面特攻。直後、頭はパーンである。

 

「弱っ。弱々の弱ですわ」

 

「ぐぎぎ…べ、別のゲームよ! 別のなら私が余裕で勝つんだから!」

 

「負け犬の遠吠えですな」

 

「うっさいッ! いいから用意なさいッ!」

 

 へいへい。

 仕方ないのでレース系のマリカーとかで遊ぶことにする。これなら誰もがやったことあるだろうからこいつでも経験あるだろう。これでも駄目なら協力プレイできるもので遊ぶしかないわな。

 

 セットして駄目ソファに戻れば、負けず嫌いな邪ンヌに横パンチされながらぐちぐちと文句を言われる。

 

 なるほど、こんなゲーム仲間も、悪くない。

 

 




「あ、スカートの中は違うんだ」

 ボソッとそう呟かれたがそれは仕方ねぇだるぉうッ!? 実際にその秘密のほにゃららの奥を見たわけではないんだから!

 俺がリアルに見たことあるモデルをお望みだというのなら、沖田かダ・ヴィンチちゃんか……アストルフォ……になるんだが…。

 究極の選択だぞ…何がって特に最後の奴。

「仕方ないなぁ…ひと肌脱いであげよう」

 そういって本当に物理的に脱ぎ始めるブーディカさんに流石に目を剥く。マジで脱ぎ始める人を初めて見た。

「あっ、おい待てぃ(江戸っ子)。いや、そうじゃない、なんで躊躇いもなく脱ごうとしてるんだ。しかも下から」

「え? ああ、ここに初めてきたときはこれ履いてなかったからね」

 マジかよこの人。

「アルン君だけに特別だよ?」

 いかん。俺的には美味しい思いができそうだが、この場は二人だけというわけではない、ヤバいやつ扱いされてしまう!

 これで勘弁してください。

 ドンッと、俺はテーブルの上に錬成し直したメメ子フィギュア(炎道イフリナ)を叩きつけた。



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14 聖女は友達が少ない

なにせ暇だからな!

しかし今回は繋ぎみたいなものなので面白くもなんともないです。
あとがきもいつもの10分クオリティー。ボリューム的に物足りないです。

そういえばいつも誤字修正などありがとうございます。感想もしっかりと読ませていただいております。中国語みたいな感想も来たけど、まさか殺害予告か…!?
違った、普通にひらがなとか抜きにした普通の感想だった…!
なにげに面白かったです。

ちなみに、MONSTERはダ・ヴィンチちゃんが作ったナニカなので化け物的MONSTER。
モンスターはこの世界のエナドリ。決してモ○スターエ○ジーではない。
よく読めば流れ的に理解は出来ると思います。それでもわからなかったらそう言うものだということでおk。


 邪ンヌが俺を訪ねてきて一緒にゲームをして以来、邪ンヌが頻繁に俺の部屋に訪れるようになって朝から夜までずっとゲームをしたり漫画を読んだりするようになってしまった。俺としては同じようなタイプのやつだからこうなるのではないかと薄々感づいていたが、まさか本当に我が物顔で俺の部屋に居座るとは思わなかった。満足するどころか俺が帰れと言うと不満を顕にする。

 

 それを見てやはりなと思った俺だったが、こいつは友達がいないに違いない。

 

「お前…」

 

「………あによ」

 

「ぼっちだな」

 

「は、はぁ!? べ、別にぼっちじゃないわよ! ええ! ぼっちなわけありますか! 私としては別にそう言った奴らが必要とは思ってないからいいのよ。まあ? 向こうからなってくれと頼み込んで来るようならなってあげなくもありませんが?」

 

 聞けばこうである。もう言い訳というかなんというか、哀れである。

 しかし、そうなると俺も友達というわけではないのでお前が他人の部屋に居座るのはどういう了見だろうか。

 

「アンタは別よ。貴方のものは私のもの。私のものは私のもの。わかるわね?」

 

 わかると思ってんのか、なんだそのジャイアニズム。

 

 そろそろレベリングの種火周回に精神をやられたアストルフォと、俺に会えなくて不機嫌がピークに達しそうなジャックと静謐、部屋に行けないからと外の方でかまってちゃんとなり始めた沖田に、傍にいられないからかベタベタしてくるダ・ヴィンチちゃんが特攻してきそうなのだ。

 

 恐らく、というか絶対にお前のこと知られればメッタメタのギッタンギッタンにされるぞ。ジャイアンに殴られたのび太のようになるのはお前の方だぞ。

 

 俺はこれから飯食って仕事なのだ。

 ほれ、邪魔だ、俺も出るんだからお前も帰れ帰れと背中を押すようにして部屋の外に押し出していく。

 

「な、なによ、そんなに邪魔だったってわけ? ああ、そう、それは悪うございました。結局、貴方もそうだったってわけね。聖女様なもう一人の私とは違って、私は綺麗でもなければ魅力もなにもない黒くて汚い存在ですからね。ふんっ、もういいわよ、二度と来ないから」

 

 こいつは何を勘違いしてこんなに卑屈になって拗ねてるんだ? 見た感じからして自然と言葉に出していることからこれがこいつのコンプレックスのようなものかもしれない。もう一人の自分が聖女で綺麗な存在であることに対して自分と比較しているのだろうか。

 

 どうでもいいけど子供みたいなやつだな。怒られてしゅんとしている犬というか、どうでもいいと思っているようなのに顔は悲しげに歪んでいる。ここまでわかり易いやつだとは思わなかった。

 

 やれやれとふてくされてしまったガキをお米様抱っこして食堂まで向かう。いきなり肩に抱えられたことに邪ンヌも驚き、叫びながら俺の背中を我武者羅に叩き始めた。動くたびにかなりでかい胸が押し付けられて役得でござる。

 

「ちょっ、なにすんのよ! こんなはしたない惨めな格好させて…離しなさい! くっ、この…ッ、いい加減にしなさい、燃やすわよッッ!!」

 

「はいはい、子供は黙ってましょーね。まったく、何を勘違いしたのかは知らんが、もう来るなとは言ってないだろうに。確かにジャンヌ・ダルクとは一言程度とはいえ話したことはあるが、それだけだ。たったそれだけ。そんなことでお前と比べるなんてあるわけ無いだろう。お前はお前。我儘で卑屈で捻くれていて負けず嫌いで…構ってちゃんで一人が嫌いなぼっちのお前。俺はジャンヌ・ダルクよりもそんなお前のことの方がよく知ってるぞ」

 

 こんな短期間で大体のことを知れてしまうほどにはわかりやすいやつであり、母親に見てもらいたい子供のような感じが言動の節々から見て取れるくらいだ。

 

「俺を誰と比較したのかは知らんが、そんなやつと一緒にしてくれるな。互いの信じるお前を見ようぜ。俺の邪ンヌはさっき言ったように。お前の俺は、お前の思う誰かさん達と同じだったのか?」

 

「……………違うわ」

 

「そりゃよかった。別に二度と来んなとは言ってない。いつでも来ればいい、俺はお前を否定しない。俺にとってのお前は、お前だ」

 

 いつの間にか静かになった邪ンヌだが、まぁ、いつでも来いと言ってしまったからには他のメンツにも話はしないといけない。そうすれば、本当にいつでも俺の部屋に来れるようになるのだから。

 

「ただまぁ、俺のとこに居たいのであれば、ちょいと覚悟しておいたほうが良いかもな。穏やかでのんびりと出来るが、色んな意味で刺激的だぞ」

 

 やがて食堂についたため、一つの椅子に抱えていた邪ンヌを下ろすようにして座らせる。既に食堂にはサーヴァントやスタッフも居たので少しばかり注目されてしまったが、少ないので許容範囲内だ。

 

 座らされた邪ンヌは考え込むような顔をしていたが、俺がアイテムボックスから取り出した某有名外でも出来る携帯ゲーム機とソフトをいくつか取り出して太ももの上に放ると、ぽかんとした表情をみせる。

 

「俺が仕事終わるまで、それでゲームの腕でも鍛えてるんだな。そうすれば、俺の足元とはいえ手が届くかも知れないぞ? お嬢ちゃん」

 

 ニヤリと軽薄に笑いかければ、負けず嫌いの彼女は直ぐに乗せられる。ほうら、情けない表情から直ぐに好戦的で、嬉しさが隠せていない顔で睨みつけてくる。

 

「ハッ! 仕事でもなんでもさっさと行きなさい。その間に私は()()()でも追いつけない境地に至ってやりますからね!」

 

「それは楽しみなことだ」

 

 そう俺に宣言したと思ったらダッシュでどこかへ行ってしまったのだが、アイツのことだから自室でゲーム三昧と洒落こむのだろう。羨ましいことだ。

 

 あいつも俺の部屋に来るようになるのなら口止めしないといけないのかと考えつつも飯を食うためにカウンターへ向かえば、最近では俺の姿を見つけると直ぐに声をかけてくるまでに仲良くなった…かもしれないブーディカさんがやはりすぐに俺を見つけて声をかけてくる。

 

「おっ、アルン君、おはよー。今日は何食べる?」

 

「おはよう。今日はキッシュの気分なんだが、いけるか?」

 

「それなら朝一で作った奴があるからすぐに出せるね。ちょっと待ってて」

 

 はいよと返事をしながら待つことにする。さて、これからアルンファミリー脳内緊急会議でも始めるとしますかね。

 

「おう、白髪。朝から来るとは珍しいナ。サービスでモフらせてやろう」

 

 やったぜ。

 このあと朝食が用意できるまで存分にキャットをモフり倒してグデングデンにさせた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ 

 

 

 

「ねえ、ちょっと…! なに、なんなの!? これどういうことなのよ!! ちょっとアルンーーッ!!」

 

「こうなることはわかっていた…あぁ、哀れな黒猫よ……お前も、家族だ」

 

「それファミパ………アッ!」

 

 仕事も終わり、既に自室でグデンとタレながらゲームをしていたところに邪ンヌがやってきたのだが、しばらく俺とゲームしていたのに今では突如現れた複数人の侵入者に捕獲され、ズルズルとシャワールームへと引きずられていく。最後に壁を掴んで抵抗していたのだが、それも虚しく引きずり込まれてしまった。

 

 シャワールームでは邪ンヌの騒がしい声が聞こえてくるが、やがてそれも抑えられてしまったのか静かになってしまった。これではスキルもなにも発動していない俺には何が起こっているのかわからないではないか。教えて、エロい人。

 

『現在、シャワールームではレオナルド・ダ・ヴィンチの作品による拘束具で拘束されたジャンヌ・オルタが洗n…調ky…教育を施されているところです』

 

 ナビはエロい人だった…?

 懇切丁寧に教えてくれたエロい人ことナビい人だが邪ンヌの状況を隠しきれて、もとい誤魔化しきれていなかった。もうそのことですべてが分かってしまったのだが、この部屋のことや俺のことを他人に言わないようにしているのだろう。俺がしなくてもいいって、ここにやってくる奴らはもう色んな意味で便利すぎやしないだろうか。

 

 この部屋の主たる俺はといえば、ぺしゃんこになりかけていた駄目ソファを魔法で新品同様に元に戻してそれに身を沈め、ゲームをしているというのに。いいご身分である。

 

 既に1時間は経過しているだろうか。

 

 さて、もう何が起こっているのかはわかるだろう。そうだ、鬱憤の溜まったジャック達が邪ンヌにそれらをぶつけるかのように念入りに外に口外させないことを教え込んでいるのだ。

 

 今朝邪ンヌを食堂に捨ててから飯を食い、その後に仕事を始めた俺だったのだが、仕事の最中に念話でジャックや静謐達に邪ンヌに関してのことを伝え、俺の部屋に来てもいいということを話しておいたのだが、結果、こうである。

 

「そんなに長いこと来れなかったわけじゃないだろうに…」

 

『数日程度ですね』

 

「数日でも私達にはもう長いと感じてしまうんです。それだけアルンさんのことを愛してるんです……ふふっ、本当にお久しぶりです…」

 

「数日だっつってんだろ」

 

 たった数日のことでそこまで反応することもないのではないかと思うのだが、静謐的には数日もアウトの範囲内なのだろう。こいつは全身が毒であり、触れたら即アウトのためシャワールームで恐喝組には入っていない。こいつがやるなら…必ず殺すということで必殺組というところだろうか。

 

 いつもなら傍に居て触れてきたりしなだれかかってきたりする静謐ではあるが、本人が久しぶりと言っている事もあっていつもよりもベッタリとくっついてきている。まるで猫が体を擦り付けてくるかのように、全身を俺の体に擦り付けるように動き、手と腕を俺の服の中に入れて撫で擦り…上気した頬を肩に擦り付け、熱い毒の吐息を首筋に浸透させるかのように吐き、当ててくる。

 

 完全にスイッチが入ったときの妖艶で危険な香りを全身から出している。簡単に言えば物凄くエロい。これに我慢できる男がいるのなら、そいつはきっと女に興味のないやつなのか、枯れているのか、それとも鈍感系の主人公くらいではないだろうか。

 

 常人なら触れただけで死ぬような肌は熱く、しっとりと俺の肌に吸い付くようであり、全身を持ってして俺から離れたくないというようだ。

 

 だがしかし、ずっとくっつかれていては流石に暑いのでそろそろ離れてもらいたいところだが、きっと言っても聞かないだろう。これで本当の意味で二人きりであれば最後まで行っているに違いない。

 

 それよりもまだ終わらねえのか。今日は随分と長いじゃないか。

 

 べったべたな静謐に抱きつかれた俺のため息とダ・ヴィンチちゃんが持ってきたヘンテコな発明品が直立不動からのウィンウィンと捩れるように動きながらあげる唸り声が部屋に響くのみ。

 

 ――ウィンウィン…ウボォ…ウゴロアァaaaAAAaaッ――

 

 しかしうるさいものである。あのジャスタウェイのような棒状のものが溶けかけた巨神兵のような顔で腕を組みながら腰を振っているのだが、あれは一体何に使うのだろうか。ナニに使おうにも怖すぎて入れるに入れたくないのではないだろうか。もはや一種の化け物である。

 

 試しにモンスター(モン○ターエ○ジーではない)からステイオンタブを取って指で弾いて投げてみるのだが、向こうのMONSTERは組んでいた腕を解いて叩き落とす。ほう、なるほど、これは俺とモンスターに対する宣戦布告と取っていいだろうか。

 

「…アルンさん……?」

 

 ゴゴゴゴ…と俺とモンスターの雰囲気が変わったのを感じ取ったのが静謐にも伝わったのか、どうしたのかと言った風に少しばかり戸惑いながらも俺に声をかけてくるが、それを無視して少しばかり姿勢を直し、モンスターをドンッと床に置きながら向こうのMONSTERを睨む。

 

 ベッドの上、俺たちを真っ黒な目で見つめてくるMONSTERは振っていた腰を今度は挑発するかのように、そして誘っているかのように左右に振るではないか。

 

 ―ッ!? こ、コイツ…ッ! 誘ってやがるッ。まるでその程度かと言わんばかりの腰つきッ…!!

 

 ゴクリと唾を飲み込む音が、やけに頭の中に響いてくる。真剣勝負のような緊張感が場を支配し、その静寂な空間にウィンウィンと駆動音があたかもその場に必ず在り、最初からその場のものとして生み出されたかの如く、ずっと鳴り響いている。

 

 モンスターがカタリと揺れ動いた。コイツも緊張しているのか…同じだ。自身の一部であったタブを目の前に飛んできた邪魔な羽虫をあしらうかのようにはたき落とされたことから未知の戦闘力と…憤りを感じているのだろう。我が相棒を虫けらのようにと。そいつは実はくるっと回してストローを挿せばストローを固定させることが出来る便利なやつなんだぞと。使うこと殆どないけども…とも。

 

 既に立ち上がっていた俺はその憤りに答えるように、缶蹴りを行うときのスタイルでモンスターの上に足を置く。ウィンウィンとなる部屋に、ガツリと俺とモンスターの二重奏が強く、存在感を現す。

 俺たちは独りと独りではない、アリアではないんだぞと。二人で一人、2つで一つ。ふたりはプリキュアなんだぞと!

 

 俺達の雰囲気が伝わったのか、モンスターも漸く誘うかのように左右に振っていた腰を上下運動の本気モードに変え、アップをはじめた。

 

 なるほど…最初の一撃が、最後の一撃か。静謐、下がっていろ…この激闘、刹那の間に全てが決まるが、その一瞬が凄まじく激しいぞ。

 

 果たして勝負は―――、一瞬であった。

 

 まるで抑えられていた強いバネが解放されたかのように俺の筋肉は全てが連動しているが如く、ノーモーションから最高のパフォーマンスを叩き出し、戦友であるモンスターを蹴り出した。

 爪先がしっかりとモンスターを捉え、全ての力が受け止められて爆発的にMONSTERに向かって一直線に進んでいく。

 

―――最短でッ 真っ直ぐにッ 一直線にッ!!―――

 

 胸の歌がある限りとでも叫びそうな熱い鼓動がここからでも伝わってくる。ああ、行ける、これはいけるぞッ。

 

 対するMONSTERも一瞬の出来事、そしてあまりの威力に一瞬の隙ができてしまった……その一瞬が命取りとなる。腕を開放するが…間に合わない。腰が最骨頂に振動し、震えて対抗しようとしているが…直撃したのは、顔だった。

 

 勝負あり…だな。

 

 MONSTERの顔を拉げさせて吹き飛ばした、戦友のモンスターがその身を歪に変形させながら宙に放り投げられた。役目は果たした…敵は取ったぞ。そう、聞こえてくるかのようだ。

 

 くるくると舞って行くモンスターに俺はよくやったとばかりに満足な表情で頷くと、それを受けたモンスターも頷くかのようにくるりと回転し、戦い果てたその身を安らかに沈めようと……………

 

「イタッ!? まったくもぅ……なんだい? おや? なにか踏んだ?」

 

 カンッという音ともにとある人物の顔面に当たり、床に落ちたと同時にその人物に踏み潰されてしまった。

 

「あっ……」

 

 静謐の小さく開いた唇から吐息のように漏れ出た小さな声が、俺にはやけに大きく聞こえた。嘘だろう…あんなにも奮闘したモンスターが、こんなにも簡単に…ッ!!

 

 あまりのあっけなさに膝から崩れ落ち、手を床について項垂れるほどのショック…なぜだ、なぜなんだ…なぜこんなにも、世界は残酷なんだ……。

 

 第三者に終わらされるなんて、くだらん結末だ……。殺すがいい……。

 

「世の中、理不尽だ……」

 

 仰ぐ俺の声は、死して尚も腰を振るい、ウィンウィンと唸り続ける音にかき消された―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ、アルン君か……それで、今回のコンセプトは?」

 

「二人の友情と決意が強大な敵を倒すことに成功するが、一人が犠牲になってしまい、最高の勝利とは言えないトゥルーエンド的な」

 

「ああ、実はその物語の中では壮大な世界観だけども、リアルにすると小さな虫とか物がキャラとなって戦いを繰り広げていて、人間にぺしりとやられてしまう的なパターンね。よくありがちじゃないか。8点」

 

「ひっく…何点満点なのか…」

 

「というか、なんでそんなことしてたんだい?」

 

「お前らが遊んでいる間、俺は暇だったからな。ネタ的にネタを行うなら全力にならねば。なにせ暇だからな!」

 

「なるほど、一理ある。百点」

 

「百点満点中の8点だったのか…きびしっ」

 

 

 

 

 

 




「最短で真っ直ぐに一直線に!! そこに胸がある限りッ!!」

「うきゃああぁぁぁあああぁぁッッ!!!?!?!?? あ、ああぁぁぁぁあアルンさわきゃりあぁぁ!!?」

 無防備な沖田に向かって一直線に突っ込んでいく。俺の中のナニカが歌っているのだ。そこに素晴らしい胸があるのなら、突っ込むしかないだろう?と。

 誰だってそう言う。

 ガイアだって囁いてる。

 俺だってそう言う。

 テンパりの極みに陥った沖田だが、それは好きにしてくれと言っているようなものである。男とは違った甘い香りに柔らかくも弾力がある2つの果実の間に突っ込めば、それはもう天国だろう。

「い、いいいいきなりなにしてんですッ!?」

「胸の歌がこの胸に突っ込めと言ってたんデース。勝算はあるのか? ええ、あったデース…………だって…あなたはただのやさしいマリア(沖田)なのですから。略して たやマ もしくは たやお」

「い、言ってること全然わかりませんッ!!!」

 なんだかんだ突き飛ばさずに逆に真っ赤になりながら抱きしめてくれた優しい沖田さんだった。母性本能とかだろうか。




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15 「負けたことがある」というのが、いつか大きな財産になる…変身ッ!

名言の最後に変身をつけると誰でも仮面ライダーになれる説。

作者名言という名の言い訳
「俺は忘れてたんじゃねえ、記憶の奥の隅に大事にしまっておいただけだ! 変身ッ!」

 結局忘れてただけじゃないか。




 

「仕方ねぇな…ハンデとして、俺は人差し指しか使わないことにしよう」

 

「ひとっ…!? ば、馬鹿にしてぇ…!! いいわよ、その選択、後悔すんじゃないわよ!」

 

 コントローラーを床に置き、両手の人差し指をピンと伸ばして挑発するように邪ンヌに笑いかければ、面白いようにこの挑発に乗って白い肌を真っ赤にして怒りを顕にす。コイツも相当に練習してきたのだろうが、それでも俺には未だに一度も勝てていないのだ。

 

 画面の中では俺の小さなキャラが邪ンヌの大男のキャラから攻撃を食らっているが、ジャストガードで難なく防いでいる。これを指一本でやっているというものだから、攻撃の入らない邪ンヌの怒りボルテージは更に上昇。

 

「ぐぬぅ…! なんで入らないのよ! おかしいでしょ!」

 

「おっとあぶねぇ…指一本ってのもなかなかどうして面白いものじゃないか。おいおい、どうしたどうした? ゲージが変わってるように見えないんだけど?」

 

「うっさいわねぇ…! 今に見てなさい、アンタの隙ってやつを突いて………」

 

「隙ありッ」

 

「あッ…!? な、なんてこと…」

 

「どやぁ」

 

「プラチナむかつく!」

 

 邪ンヌのキャラが大振りの攻撃をしようとしたところで、そろそろ終わらせようと俺も動くことにした。瞬時に間合いを詰めて下段からの繋ぎ技に入って上に飛ばし、蹴り下ろすとともにスタン状態の邪ンヌキャラを堂々の必殺技で仕留める。フルHPだった邪ンヌのキャラが俺の猛攻に一瞬にして死んでいく。

 

「決まった、詰みだ! ぐうの音も出まい!」

 

「ぐぅ!」

 

「マジで言う子は初めて見たよ」

 

 もはや悔しさのあまりにキャラ崩壊している邪ンヌ。しかし、負けは負けであり、今日は散々負けているので力を抜いて倒れるようにして負けを認めたようだ。短パンにシャツ一枚の姿なので、倒れ込めば折れてしまいそうなほど細い腰に綺麗なお腹までが見えてしまう。

 

 なんで俺の部屋に来るやつは自分の部屋でもなく、男の俺がいるのにこうも無防備になるのだろうか。

 それにしても人差し指を動かし続けたので割と疲れた。

 

「ミッションコンプリート。今日は祝勝会だ。おめかししてこいよ」

 

「わーい、負けた立場なのにウレシーナー……アンタ強すぎよ…どれだけやり込めばここまで強くなれるのかしら」

 

「さらば青春よ、それもゲーマーの定め」

 

「灰色のアオハルね、納得しました」

 

 無表情でわーいとか言わないでほしいものである。表情の変わらない邪ンヌのやわやわ極上ほっぺを勝利の人差し指でぐりぐりと押し潰す。

 

 はぁ…と二人して同時にため息をつき、俺はだらけている邪ンヌを傍目にのそりと立ち上がって、冷蔵庫に飲み物を取りに行く。簡素な部屋のほうが好きな俺の部屋は冷蔵庫まで速攻で行けるのだが、この部屋に来るサーヴァントが増えてからというもの、俺の私物以外のものが本当に増えてきた。

 

 もともと、フィギュアや漫画を入れている壁に隣接した棚と絨毯にテーブル、駄目ソファと座椅子、そしてベッドのみだったのに、いつの間にかジャックのナイフや纏っていた黒い布が本棚の横に掛けられていたり、アストルフォが作ったフィギュアと数多の私物にダ・ヴィンチちゃんがいつの間にか作り出した本棚とラックには発明品や部品が所狭しに並べられている。沖田、お前、刀忘れて……。

 

 そして何よりも最近俺の部屋に入り浸るようになった邪ンヌの私物の方が多い。何が多いって、こいつ服を脱ぎ散らかしていくから、床に色々散らばっているのだ。しかも、俺の服を着たりするものだから困ったものである。

 

 サーヴァントってのは自分の格好ってものがあるし、大体はそれで過ごしていることが多いらしく、現にダ・ヴィンチちゃんや静謐などはいつも同じだ。だというのに、特に気にしないやつや気楽に行きたいやつは自分の服を着ているが、それの殆どが俺の服だというのだから止めてほしい。ジャックはいいだろう、なにせ我が娘なので。

 

 まあわからなくないよ? 鎧的なのや防具的なのは邪魔になるのもわかるが、別に魔力で構成されているのなら消せばええやん。邪ンヌのヘッドバッドしたらめちゃくちゃ痛そうな金属のあれも消えてるし、あれだけ消せば普通に過ごせるだろう。

 

 ジャックだって消すときはナイフ消してるし…なぁ、ジャックー?

 

「あっ、おとーさん終わったー?」

 

「おう、終わったぞー。邪ンヌの馬鹿をコテンパンにしてぐうの音を実際に出させてフィニッシュだ」

 

「うっさいわよ。まったく……って、ジャックは何してんのよ? なんか…手の中のキューブ?がウニョウニョ動いてるけど…気持ち悪いわね」

 

 起き上がった邪ンヌの言葉に俺も振り返ったジャックの手の中を見てみれば、そこには黒いルービックキューブほどの四角い物が変化しようとしているのか、スライムのように蠢いている。なるほど、確かに見様によっては気持ち悪いかもしれないが、なんだろうか…俺にはそのキューブに見覚えがあるような既視感を覚えていた。

 

 あれは確か…まだお父さんにもなっていない頃の……

 

『あれは持っているものの想像通りの形に変化する魔道具です。一年ほど前にマスターが暇つぶしに作られたものでしょう』

 

 そう、そうだ、あれは持っている奴が考えた形に変化し、自律行動する魔道具であり、暇つぶしに作った玩具のようなものだった。命令しなくても自分で考えて動くことから、犬や猫に変化させてペットのようにすることもできる。

 

 また、ルービックキューブ程度の大きさまでしかなれないようにしているので、手の平サイズの動物やドラゴンなどの幻想種が出来上がり、それがまた可愛いものだ。

 

 まあ、本物というわけではないので火を吐くなどの行動は出来ないから危険ではない。しかし、飽きてアイテムボックスの中にしまっていたんじゃなかったのか。

 

『私の記憶ではフィギュアの奥にそのまま放置されていたと思います。それをジャックが見つけたのでしょう』

 

 なる。

 

 俺がナビとともにそんなことを思い出していると、ジャックの手の中のキューブが鴉に変化して部屋の中を飛び始める。

 

「嘘ッ!? 生き物に変化して動き始めた!?」

 

「そうだよ。なんか、わたしたちが考えたものに変わって、動くんだー」

 

「ということは、何にでも変われるってこと…?」

 

「あー、まあ、そうだ。思ったものに変化して自分で動くんだが、別に攻撃するとか言った危険はないぞ。ただの玩具みたいな魔道具だ」

 

 説明がてら鴉を回収して今度は俺の考えたものに変化させる。

 手の中でグニョグニョと変化した鴉はやがて、一匹のドラゴンに変化する。手乗りサイズのドラゴンは吠えることもなく翼をバサバサと羽ばたかせるだけだが、ただ動くだけとなるとドラゴンだというのに何の迫力もないな。

 

 なるほど、流石にこのままでは面白くない。

 

 少しばかり考えて、調節しながら付与スキルで新たな要素をキューブに付与していく。鳴く、吠えるを可能とし、その生物の代名詞とも言える現象や行動を一割以下にまで効果を抑えて可能とする。

 

 少しばかりドラゴンが光ったと思うと、次の瞬間にはまるでドラゴンが自由性の増したのを歓喜したかのように吠え始めたではないか。

 

「グルァアアアァァッ!!」

 

「わー! ドラゴンだー!」

 

 口からチロチロと炎が漏れ、更にひと鳴きして自由に宙を飛び回り始めた。これで多少は面白くなるだろう。ブレスも最大でガスバーナー程度には抑えておいたし、爪も折りたたみナイフ程度の切断力。

 

 ………殺り様によっては人を殺れるな。

 

「ほら、竜の魔女。喜べよ、大好きなドラゴンちゃんだぞ」

 

「……色々と驚きに顎が外れそうだけれども、これはドラゴン…でいいの?」

 

「見た目ドラゴンだし、ドラゴン以外の何に見えるんだ?」

 

 いやまぁ、本物ではないけども。

 えー本当にドラゴンにござるかー?と首を傾げる邪ンヌだが、見た目はドラゴンだしドラゴンて呼んでもええやん?と対面で頭にドラゴンを乗せたジャックと、頭の上のドラゴンもシンクロして首を傾げている。何だこの二人と一匹、可愛いな。

 

「……まあいいか」

 

 思考を放棄した邪ンヌが俺の隣に座って考えることを止めた。諦めたらしい。

 ジャックも俺の胡座の中にお尻を収め、背中を俺に預けて座ってくる。ジャックの手の中ではドラゴンが未だに弄られており、しっかりとジャックの遊び相手になってあげているようだ。

 

 そして何を思いついたのか、ハッと顔を上げて首だけ動かして俺の方を見上げてくるのだが、今では慣れたがキスしそうなほどの距離感に前は動揺していたものだ。今では好き勝手ぐりぐりと頭を押し付けられたり、匂いを嗅がれても愛で返すだけ。

 

 そんな可愛いジャックが俺を見上げて、もしかしてと口を開く。

 

「これ、おとうさんのことを思えばおとうさんになったり…」

 

「なりません。というか、させません」

 

「ちぇー。ミニミニおとうさん、ぜったいにかわいーのに」

 

 ぶーと頬を膨らませるジャックだが、これ、人には成らないようにしてるのよね。面白くないし。

 

「まあまあ、そう不貞るなって。その大きさじゃ楽しめないことでも、お父さん自身が変身して大きくなってやるから」

 

「ほんとッ!? おとーさん、変身できるの!?」

 

「おー、できるとも。邪ンヌにでもなってやろうか?」

 

「えぇ…私になるとか、もう同じ顔はこれ以上いらないんだけど…」

 

「んじゃ、なにがいい?」

 

「えーっとね……もふもふがいいから…」

 

 もふもふね…何にしようかと悩んでいるジャックだが、悩んでいるのが手の中の黒いキューブからも、ずっとうにょうにょしているから伝わってくるようだ。何にしようか悩んでいるから形を固定することなく、グニャグニャの状態が続いているのだろう。

 

 その間にジャックのサラサラの髪をゆっくりと撫でて待っているのだが…なにやら隣に密着するレベルで座っている邪ンヌの頭が徐々にジャックの頭の横に近づいている気がする。顔を見てみると、私なんでもありませんよといった表情だが、頬はほんのりと赤く、目も逸らすように反対を見ている。

 

 本当、子供みたいなやつだな。キャラ的にないとは思っていたが、一度甘やかすとここまで甘えるようになってくるのだろう。

 

 苦笑しながら反対の手で邪ンヌの頭を撫でてやる。

 

「………私は別に撫でて欲しいなんて頼んでませんけど?」

 

「じゃあ止めるか?」

 

「……………特別に。ええ、特別に私の頭を撫でるのを許しましょう」

 

「素直じゃねぇなぁ……」

 

 ジャックが俺の変身先を決めるまでの少しの間、俺は二人の頭を優しく撫でてやるのだった。

 

 さて、ジャックはあれこれと悩みに悩んだようだが、結局決めたのは――

 

「きゅーびの狐!」

 

 まさかの九尾の狐というものであった。確かに、俺の中でのもふもふと言えばトトロ、ネコバス、九尾の狐の尻尾が3強ではあるが、なんならトトロとかでもええんやで? あの尻尾にダイブしたいし、猫バスにもダイブしたい。子ども達も大人達も、良い子も悪い子も一度は夢見る夢であろう。

 

「九尾ねぇ…よーし、お父さんが一肌脱いで……一肌どころかまるっと変えて毛皮になろうじゃないか」

 

「やったー!」

 

「ちょ、言い方ッ」

 

 ジャックを足の上から降ろし、机などの邪魔なものを一切合切アイテムボックスの中に収納してしまえば、部屋の中はベッドと本棚だけという伽藍堂とした空間の出来上がり。二人を部屋の隅に行かせて、俺は部屋の真ん中で変身系の魔法を使って変身ッ。

 

 別にライダー的なポーズは決めちゃいないが、それっぽく見せるためにせめてもの演出でボフンと煙を出しておいた。

 

 次の瞬間には、部屋になんとか収まる程度の大きさをした九尾の銀狐が一匹。大きさが大きさなだけに尻尾も九本あれば部屋をモフりと埋め尽くすほどである。

 これにはジャックも目をキラキラさせて大喜びであり、邪ンヌも呆然として大喜び(?)である。

 

「すごいすごーい! ねえねえ、おとうさん! 抱きしめてもいいッ!?」

 

「おー、どこにでもいいぞー。自慢の毛並みを体感していくといい」

 

「わーい!」

 

「邪ンヌもどうだ?」

 

「……アンタ、本当に何でもできるのね…もういいわ、慣れた」

 

 呆れたようにそう呟く邪ンヌはそれでも九本の尻尾の中に埋もれるようにしながら入っていき、気持ちよさそうにもふもふしている。人間、諦めが肝心と言うし、受け入れてしまえば楽しく生きていけるのではないだろうか。

 

 ジャックを見てみるといい。何の躊躇いも抵抗もなく、自分の背よりも高い俺の背中にひとっ飛びで、しかも満面の笑みでダイブしてるぞ。娘がこんなにも嬉しそうに笑顔でお父さんに戯れてくるなんて、俺はもうそれだけで幸せである。

 

「そういや、このカルデアに動物系サーヴァントとかいないのかね」

 

「なによ、動物系サーヴァントって……いや、いるけども。今のアルンみたいなガチ動物系はいないわね。狐系は……あれはどの分類…………まだ来てないわよ」

 

 ほーん、いないのか。鬼とかもいるらしいから九尾の狐というとびっきりのネームバリューをもった何かしらもいそうだけども、それは今後に期待ってことか。

 

 いやまて、食堂で働くキャットはなんなのだ。キャットでフォックスなまさに犬ではあるのだが、あれは狐に分類してもいいのだろうか。わからないからこそ、邪ンヌも迷ったのかもしれない。諦めてたけれども。

 

 教えてくれてどうもという風に尻尾をモフりと動かせば、邪ンヌの体を尻尾が撫で上げる。できることならば、俺もやる側ではなくてやられる側の立場でいたかったものだが、仕方ない。まるで洗車機に突っ込まれた車のように尻尾で撫で上げられている邪ンヌは、あまりの質量に両手をわたわたと動かしていた。

 

 きっと…いや、絶対にこの姿でジャックを乗せながらカルデア内を闊歩すればパニックの極みに陥ることだろう。

 

 しかし、それよりも面倒くさそうなことになりそうな人物が一人いる。

 

「ただいまー……はぁ!? 九尾の狐!? どうなって…あ、わかった! またアルン君の仕業だね!? おや、そのアルン君がいないけどもどこに行ったんだい?」

 

 コイツである。ダ・ヴィンチちゃんが来たのだが、ただいまってどういうことだろうか。ここはお前の部屋ではない。

 そのダ・ヴィンチちゃんも俺の部屋に入り、俺の狐姿を見た瞬間に疲れが全て吹き飛んだような勢いで目を輝かせて、背中にジャックを乗せ、尻尾に邪ンヌを埋めた俺の狐姿に大興奮を示す。

 

 このあと、俺の部屋に全員集合したメンツが俺の体に抱きついたりモフり倒したりしたのは言わなくてもわかることだろう。

 

 

 




ジャック・ザ・リッパー
「解体するよ、変身ッ!」

静謐のハサン
「貴方に出会えて、よかった。私が触れても、死なない貴方。私に触れてくれる、貴方……。永久に、尽くします………変身ッ!」

レオナルド・ダ・ヴィンチ
「さあ、万物の成り立ちを話し合おう。変身ッ!」

アストルフォ
「ボクはキミの剣、キミの刃、キミの矢だ! 弱いボクにここまで信を置いてくれたのだから、ボクは全力で応じよう! 変身ッ!」

沖田総司
「戦場に事の善悪なし……ただひたすらに斬るのみ。変身ッ!」

ジャンヌ・ダルク・オルタ
「これは憎悪によって磨かれた我が魂の咆哮!変身ッ!『吼え立てよ、我が憤怒(ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン)(ライダー名)』!」

フォウ
「マーリンシスベシフォーウ! 変身(フォウシン)ッ!」




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16 あきめたらそこで試合終了ですよ…?

 そろそろ、次話あたりで新しくキャラ入れたいなって思いながら現在作成中ですが、いつの間にかあの真面目な子が修復不能レベルで壊れ果てていた件。もうむりぽ

 でもそろそろ少しだけマスターちゃんとも絡ませてみたいし…。

 書き直そうとすれば色々面倒くさくなって来年になるだろうと思うけどいいよなって思い始めてきた今日此頃。


 幾多の死線を越え、敗北を背負い、勝利を刻み続け、数多の世界を救い続けてきた。何百何千と殺し、何万何千万と救い、恨み、恨まれ、喜び、崇められ、救世主となったときもあれば、目的のためにまさしく世界を破壊する悪魔や魔王にだって成り下がった時もあった。

 

 この手は既に血に濡れて綺麗な所など在りはせず、武器の重みと冷たさ、そして命の軽さがへばり付き、微かに残った愛すべき者や頼れる仲間の温もりが前へと進む力を作り続けていた。

 

 化け物を殺すのはいつだって俺達人間だった。だからこそ、人間から英雄と呼ばれる存在になり、希望を常に人間という種に見せ続けねばならない。

 

 しかし、それはやはり、殺し奪い続けた命の数が英雄と呼ばせるのだ。戦いは終わらない。家族のために、愛する者のために、仲間のために、人のために、信念のために、希望のために、そして、自分自身のために。

 

 そうやって、あらゆる物を犠牲にし、あらゆる物を生み出し前に進み続けている。後に下がることは許さないと声なき声と見えない手に常に背中を押されながら。

 

「クソが……」

 

 だが、そんな俺も今回ばかりはもう、駄目かもしれない。

 

 ただでさえ体を酷使して疲れ果てているという状態であるのに、極限まで集中力を高めて技術を振り絞り、体を傷つけながら見えない先へと進み続けていたが、喜びと可能性を見せつけた瞬間…一歩、たった一歩で地獄とも呼べる絶望が身を襲う。

 

 どこまで進んだと思っている。

 どこまで勝ち進んできたと思っている。

 幾千幾万の戦いを超え、敗北を乗り越えて結果を出し続け、俺の人生は止まること無く…俺の世界は壊れること無く……。 

 

 生まれ落ち果てるまでの運命のように長い時を使い、あらゆる物語を数え切れないほどの世界に、時計の針が時間を刻むように刻み続けてきた。

 

 今回だってそうだ。終わりを迎えるために最善策を出し、実行し続けてきた。

 

 しかし…しかしッ!それでも俺は屈しそうになるッ!

 終りを迎えるはずなのに始まりが許してくれない。常に始まりという深淵が手を伸ばして俺の足を掴み、引きずり降ろそうとしてくるのだ。

 

 まさしく終わりがないのが終わり……これが、ゴールド・エクスペリエンス・レkッ……ではなく。

 

 本当に、今回ばかりは諦めてしまうかもしれない。久々だ、久々の感覚だ。

 

 ………駄目だ、このままの思考ではまさしく駄目になってしまう。体が疲れ果て、精神が病んでいるのだ。休息、息抜き…そう、気分転換だ。気分転換が必要だろう。

 

 だから俺は手にしていた物を手放し、相手を睨みつけ、その場に背を向けて立ち去った。

 

 待っていろ。

 

 次は必ず俺がこの手で終わらせてやる。

 

 必ず――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそったれ……なんなんだ、あれ…」

 

「あー、もー、巫山戯んじゃないわよ! どう足掻いてもクリアできないんですけど! なにあれ、嫌味? あのナレーション嫌味なの?」

 

「確かにあれはイラつく。集中と時間と慣れがものを言うんだろうなぁ……クリアは出来るだろうが、色々犠牲にしそうだぜ」

 

「もう限界に近いのですけれど…」

 

「限界はあるものではなく、自分で決めるものでござるよ」

 

「じゃあここで限界ということで」

 

「お前のメンタル脆すぎだろ。剣心に謝れ」

 

 そうぶつくさと吐き捨てるように文句を言いつつ、糖分を寄越せとばかりに邪ンヌと二人で食堂の一角にて、負のオーラを撒き散らしつつパフェをぱくついていた。割とゲームをしているが負けず嫌いのくせにあまり保ちが良くない邪ンヌと、廃ゲーマーの俺が辟易としつつグダっているのだ。

 

 今回のゲームは精神的に来る。しかもマウスで操作しているのでいつものコントローラー操作とは違い、あまり慣れていない。とはいえ、これは邪ンヌに言えたことで、俺はFPSなどで慣れているからいいものの、そんな俺も疲れ果てている。

 

 久々にゲームでこんなにも疲れてイライラする。ある意味、この感覚も懐かしいものであり、楽しいのかもしれない。必ず、クリアしてやる。

 

 だが、交代でそのゲームを行っていた俺以外の奴らはイライラがマックスまで達したようだ。故にこうして気分転換に食堂でお茶でもするかということである。

 

 俺の抹茶パフェから小さな抹茶のケーキを邪ンヌが手を伸ばして摘んで口に運び、俺は邪ンヌの食べているチョコパフェの板チョコを摘んで食べる。声の掛け合いもアイコンタクトもなしに互いの物を交換するように食べている姿は、傍から見ればカップルのようではないだろうか。にしては行動が自然すぎるし、わかり合っている感が凄まじいが。どこかで聞いたことのある聖女様の黄色い悲鳴が聞こえた気がする。

 

「根気だな。もはや気合で乗り切るしかないのでは」

 

「確かに、もうそれしかないわよねぇ……癒やしが欲しいわ。ちょっと九尾の狐に変身してくれない?」

 

「後でな。大体ここでやればヤバいだろ、確信犯か。俺にも癒やし寄越せ。胸揉ませろ」

 

「後でね」

 

 はぁ…と二人でテーブルにぐでたま。

 

 そう言えば他の一緒にやってた奴はどうだと耳をすませば。

 

「おい、沖田よ。一体どうしたんじゃ…目が死んでおるぞ」

 

「……………あぁ、ノッブですか……………ハハッ、ノッブノブー……あー…」

 

「だ、駄目じゃ、嘗てないほどに沖田の精神が死んでおるッ! 何があった、言ってみるがいいッ!」

 

「………終わりがないのが終わり……これがゴールド・エクスペリエンス・レクイエム…」

 

「え、マジで? 病みすぎじゃね? どしたん、壺でも割って怒られた?」

 

「壺………。壺………? 壺ッ………うがぁ! ちっくしょぉおおぉぉぉッッ!!」

 

「ちょ、まっ、何をするッ……のぶわぁああぁぁぁ………ッ!!」

 

 ガシャーンッ!と連続で何かが壊れる音と沖田の渾身の叫び声に、誰か女のヘンテコな悲鳴が聞こえ、何やら黒い物体が吹き飛んで壁に激突している。是非もないよネ。

 

 その叫びは悔しさと怒りとやりきれない思いが詰まっているかのようだった。

 あいつはもう駄目だ。ええ、もう駄目ね、狂化スキルが入ってるわ。どうやら沖田はいつの間にかクラスがバーサーカーになっているようである。

 

 さて、それでは最後の一人は…と、地獄イヤー。

 

「ふふっ、紅茶が美味しいわね」

 

「ねえ、どうしちゃったの! なんか今日おかしいよ!」

 

「酷いわ酷いわ。これではもう別人のよう……うぅ、見ていられないのね…」

 

「あらあら、お二人共、そんなに慌ててどうされましたか? もう、紅茶が冷めてしまいますわよ?」

 

「いっつもジュースとか喜んで飲んでたのに、ストレートな紅茶!? しかもどこかのお嬢様然としてるし!」

 

「ふぅ…今日もいい天気ですわね」

 

「外は吹雪だよ! しかも室内だから天気もクソもないからね!?」

 

「あらやだ、マスターさんったら。そんなに揺さぶられては困ってしまいますわ。はしたないですわよ」

 

「困ってるのはこっちだけども! もしかしてお父さんとやらになにかされた!?」

 

「まあ、そんなことありませんわ。(わたくし)はお父様の娘であり、お嫁さんですもの。愛し合う(わたくし)達がなにかあろうなんてございません」

 

「なんか怖い! ねえ本当に何があったの! 何かあったのなら相談してよ! 力になるから! だから…だからいつもの元気な姿を見せて…!」

 

「うふふ」

 

「ねぇ………()()()()ってばぁッ!!」

 

 ……ありゃマジで駄目だ。うちの娘、もう駄目かもしれんね。

 涙目のマスターちゃんに揺さぶられ、お友達の紫の女の子に泣かれているのに、ジャック本人はまるで綺麗な庭園でティータイムを嗜む、白いドレスでも似合っていそうなお嬢様のように静かに微笑み、優雅に紅茶を飲んでいる。誰だあれ。もはや別人枠だろ。責任者呼んでこい。

 

 とまぁ、この二人の豹変ぶりに周りは唖然騒然とし、俺達二人が仲良くイチャついて?いるのなんて若干1名を除いて目にも入らないわけである。部屋の隅で全貌を知っているダ・ヴィンチちゃんが笑いすぎて死にかけていた。

 

「もうあの二人は使えないわね」

 

「選手交代だな。無理だろうけどワンチャンアストルフォ。おそらく黙々とクリアするまでやるであろう静謐。しかし、静謐は溜め込むタイプだから終わった後のストレス発散で俺がヤバい」

 

「どうヤバいのよ」

 

「とある薬を何本も用意しなければならない」

 

「……? ……ッ!! なっ…!!? なっ、何言ってんのよ!! そんなこと私の部屋でさせませんからね! 静謐は却下しますッ!」

 

「俺の部屋だぞ」

 

「私の部屋でもあるわ」

 

「巫山戯んな巻き込むぞ」

 

「………考えておきます」

 

 何いってんだコイツ。

 真っ赤になった邪ンヌは置いておいて、寒くなってきたので温かいお茶を頼むことにする。アイテムボックスから紙とペンを取り出して注文内容を書き、邪ンヌにも目で問いかけると要ると頷いたので2つ。

 

 この紙を折折と折って紙飛行機にし、キッチンに向かって投げれば一直線に向かっていく。しかもこの紙飛行機、魔力によるブーストが付いているので、ジェットのように風を取り込んで後方に吐き出し、剛速球並みの速度で飛んでいくが、キャットにとっては何のその。主人が投げたフリスビーか枝をキャッチするが如く、横から飛びついて口で犬のようにキャッチした。よく躾ができている。結構苦労した。

 

 ビシッと親指立てれば、ビシッと獣のお手々が返ってくる。後は待つのみ。

 

「ところで話は変わるけど、そろそろ夏よね」

 

「夏はとっくに終わってんだよなぁ……」

 

「何言ってんのよ。これが書かれているのはまだ夏よ。下手に先読みしないで頂戴。それで、夏休みとかあるの?」

 

「さあ、あるんじゃね? 無けりゃ他のスタッフ連れてデモ行進を行ってやる。プリーズサマバケ」

 

 まあ、たとえ夏休みがあったとしても部屋でゲームや映画、漫画にゲーム、カラオケに何か影響されて新しいこと始めてみたり、ゲームしたり、ゲームするだけの日々だろうけども。

 

「それでちょっと水着とか考えてみたりしてるのよ。その水着衣装で刀でも使おうかなって思ってるから、アンタの刀貸してくれない?」

 

「景光と吉野? 別に構わんが、水着に刀ってなに? どんなコンセプト? 厨二病?」

 

「うっさいわね。いいじゃない、なんでも」

 

「ま、いいけど。水着姿後で見せろよなー」

 

「はいはい」

 

 言質取った。もう刀使う時点でどんな水着姿なのか割と気になるし、絶対にコイツの水着姿とか最高に決まっている。

 まあ刀は後で渡してやるとして、食べ終えた器にパフェで使う長細いスプーンを放り入れれば、カランと音を立てながら少しばかり縁でくるくると遊んで止まった。それと同時に注文のお茶も来たようだ。

 

「はい、おまたせ。温かいお茶だよ」

 

 持ってきたのはキャットではなくもはや俺のときは必ずと言ってもいいほど来るブーディカさんのようだ。お盆の上には湯呑みが2つあり温かいということを主張するように湯気を上げていた。そのお茶を俺達の目の前に置くようにしながらも、視線は俺と邪ンヌの顔を行き来して、一つ頷いては笑みを浮かべた。

 

「うんうん、二人とも一人でいるのが多かったけど、まさか二人がお友達になるなんてね。よかったよかった」

 

「失敬な。俺は別にぼっちではあったが一人きりというわけではなかった。なんなら俺がコイツの友達になってやったまである」

 

「はぁ? 何言っちゃってくれてんの? 私から話しかけてあげたんでしょう? 勘違いしないでもらえます?」

 

「出たよ、この相手のマウント取りたいムーブ。お前、縛り付けてクリアするまで休憩もなしで延々とプレイさせるからな。身動きできず動けるのは右腕一本。何があろうとそこから動かさないかんな。そう、たとえ漏らしたりしそうになってもだ」

 

「ふっ、言うじゃない、上等よ………私が悪かったから許してくださいお願いします」

 

「よくってよ」

 

「軽いわね」

 

「ぷっ、あはははっ! 仲良いわね! これからもその調子で仲良くね」

 

 突然笑い出したと思えば、そんな事を言いながらもなぜか俺の頭を抱きしめてその豊満な胸で包み込む。極上の柔らかさといい匂いに暖かさ…これが、癒やし。突然のことであったがあまりの母性というか癒やしに抵抗虚しく、いやもはや抵抗のての字も出していなかったがなされるがままに胸に顔を埋めて頭を撫でられることに。

 

 邪ンヌが何やら騒いでいるが、ブーディカさんはケラケラと笑いながら躱している。

 

「なんでアルンを抱きしめて頭撫でるのよ!」

 

「まあまあ、いいじゃない。やりたいなら後でやらせてあげるからさあ」

 

「なっ!? べ、別にそんなんじゃないわよ!」

 

「照れちゃってもー。こう、不思議と甘やかしたくなるというか、可愛いからねぇ…つい構っちゃうのよね。それより、なんか騒々しいけど、何かあった?」

 

 俺に聞いているのだろうか。胸の中で上目だけで確認してみると、俺を見てるので俺に言っているのだろう。

 

「若干二名、精神崩壊からのキャラ崩壊が激しくて、その豹変ぶりに騒がしくなってる」

 

「あんっ、もう、胸の中でそんな激しくしないの。赤ちゃんじゃないんだから……よしよし」

 

 ………………。本当なら怒っても良いところなのだろうが、敢えての大人しくして堪能することに。男だもの、仕方ないよね。

 

 しかし、そろそろ邪ンヌが切れそうなので名残惜しいが、本当に名残惜しいが胸から顔を離すことにした。この人なら頼めばいくらでもしてくれそうだが、帰ってこれなくなりそうだから流石に自分からは行かない。その先は地獄どころか天国だぞ。極限まで甘やかされて駄目にされるぞ。

 

 まあ、俺は殆ど親に捨てられていたようなものだし、愛だの甘えるだの情報でしか知らないから、こういうものなのかと新鮮ではある。父性?ジャックに対してはMAXですが何か。与えられる愛は知らないが、与える愛なら溢れてますが何かっ。

 

 おっと、普段とは違うお嬢様のようなジャックに鼻血が……。既に透明化した機械の目玉が浮いているようなドローンを飛ばして全方面からジャックの録画と撮影は行われているので、あとでいくらでも楽しめる。抜かりなし。後で存分に甘やかしてもとに戻してやらねば。

 

 いい感じに温度が下がったお茶を飲みつつ、沖田の方も見てみるが、荒れている。ただ、壺という単語に過度に反応して、口にしたものを投げ飛ばしているようだ。気持ちはわからんでもないが、温度差が激しい。死んだ目で沈んだかと思うと、這々の体で返ってきた軍服っぽい物を着た美少女が再び吹き飛んでいく。哀れ、是非も無し。

 

 もうひと啜りで飲み干し、空になった湯呑みを置いて立ち上がる。

 

「おや、もういいのかい?」

 

「ああ、ごちそうさん。また、夕飯のときに食べに来るわ」

 

「それなら夕飯は何がいい?」

 

「チーズドリア」

 

「ん、りょーかい。美味しいの作って待ってるわね」

 

「おう」

 

 ブーディカにそう告げて、体を伸ばし、首と手の関節をバキバキと鳴らす。邪ンヌもそんな俺を見てお茶を一気に飲み干し、立ち上がった。

 

 更に、俺達を見たジャックと沖田も悟られないように立ち上がって体を解しつつ準備をしている。いい気分転換にはなっただろう。さあ、最高難易度で全員クリアという目標を達成しなければ。

 

 俺と邪ンヌの二人が最初に帰り、少ししてからジャックと沖田が帰ってくる手筈である。 

 

 さて、行くぞお前ら。 

 

 あの壺に入った男を空の彼方にまで連れて行ってやろうじゃないか。

 

 

 




「もう面倒くさいんで壺に火薬詰め込んで爆発させて打ち上げません?」

「どこの戦国のボンバーマン? 松永のあれ脚色されたものじゃなかったっけ」

「おとーさん、海に捨ててー!」

「わけがわからないよ…飛行石じゃあるまいし…」

「ねえ、アストルフォが死んだわ」

「嘘だろ…アストルフォの霊圧が…消えた…?」

 この後意地でもクリアした。


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17 私達が好きなのはアルンで、アルンが好きなのは私達。ハイお話おしまい

けっこうそこそこなんとなく遅くなってしまいました。
なので今回は少し長めですので暇なときにどうぞ。

最初に言っておくと、あの子のキャラが崩壊しているのでご注意ください。

それでは、またいつか、ご機会が有りましたらお会いしましょう。




 最近、例の珍生物ことフォウが撫でてくれと俺の方に来るから構い倒して、更にはキャットも参加して撫でくり倒しているのだが、その際によく視線を感じるようになった。

 それは複数の視線というわけではなく、一人の人物による一つだけの視線らしく、ついにはフォウが居なくても俺のことをこっそりと監視しているかのように見てくるのだ。

 

 忘れているかもしれないが、俺はあのジャックちゃん父親事件の犯人、父親である。だが、こうも事件やら犯人やらと言うと俺がどうも悪いことをしているかのように聞こえるではないか。

 

 バレなきゃ犯罪ではない。全くもってその通りだが、これは別に犯罪じゃないから俺が気に病む必要もない。というか、そろそろ忘れられているのではないかとさえ思えてくる。

 

 だというのに、俺のことを執拗に見てくる相手がいるとなると、それは俺がジャックの父親であることに感づいているのではないかと疑ってしまうのは仕方のないこと。やっぱこれ、悪くないのに自分が悪いと何故か認めている自意識過剰な陰キャのようなんだが。パトカーが近くを通るだけでドキドキするみたいな。

 

 まあそんなことはどうでも良くはないのだが、置いておくとしよう。

 

 そして、置いておいた結果がこちらである。

 

「フォーウ…」

 

「ああ、つけられているな…」

 

「ねえアルン、何かしたの?」

 

「いや、何もしてないんだけど……」

 

「何もしてないのが悪いんじゃない? よぅし、代わりにボクが聞いてきてあげるよ!」

 

「止めなさい!」

 

 ただでさえ、俺のストーカーっぽい静謐がその見てくるやつのことを排除しようとしているのに、お前が突撃すればそれこそ穏便に済まなくなる。

 

 最初こそ、それはただ単に視線が行っちゃって見てるだけなのかなとは思ったものの、時が経つにつれてなにやら視線が変化しだし、ついには俺を尾行するが如くストーカーになり始めた。

 

 人物が人物なだけに、好奇心や知りたいからという探究心、それに引っ込み思案というかあまり積極的に話しかけるようなタイプの子ではなかったから話しかけれないのかなと思ってみたりはしたものの。

 

「ふむふむ、やはりアストルフォさんとは仲がよろしいようですね…おっと、今日で11回目の欠伸。これはコレクションしましょう」

 

 放置した結果、俺の行動が俺の知らない単位で観察されている模様。その時間とそのスキルは俺じゃなくて、君ならもっとやるべき人物が最も近くに要るでしょうと言ってやりたい。

 

 何気なく出した欠伸の回数が知られており、更には凄まじい早業で俺の欠伸の顔を盗撮する始末。くそっ、これが一ヶ月以上無視して好きにやらせた弊害…ッ!

 

 というか、何が面白くて俺のような一スタッフをストーキングするのだろうかということに疑問が耐えないが、これをダ・ヴィンチちゃんに聞けば、何を言うかと呆れた顔で言われるのだろうことは簡単に想像がつく。

 

 でも俺の秘密は知られてないのよ? それがなければ何も面白みはないと思うのだが。サーヴァントとの仲もアストルフォと邪ンヌくらいしか外では見せておらず、他の奴らはマスターちゃんラブみたいに見えるはずだ。

 

 何が原因か。フォウのせいなのか。

 

『恋に切っ掛けはないのです…つい、目で追ってしまっていたら、その人の存在が心の大部分を占めてしまうのです……』

 

 絶対に恋じゃないというのはわかるのだが、何故ナビさんがそう恋のスペシャリストみたいにしみじみした感じで語る。誰だお前。

 

『漫画でそんなことが描写されていました』

 

 だろうと思ったよ。

 ナビの阿呆な発言を無視して休憩していたベンチにため息とともに深く座り直す。隣にはアストルフォがいて、膝の上にはフォウが丸まって寛いでいる状況。

 

 そして、この状況を遠く離れたところから覗き見ている一人の少女。その少女は掛けていた眼鏡の位置を直すように指で動かし、そのまま把持しているメモ帳に何やら書き込み、カメラで盗撮している。

 

 何度でも言おう、こんなことをするような子じゃなかったはずなんだ。今回ばかりは、俺は全く関係ないんだと。

 

 はぁ…と、また一つため息をつく。

 

「あぁ…! あのため息を保存できないこのもどかしさ…! 時間を止められない自分の無力さが恨めしいですっ」

 

 変態じゃないか。

 

「うわぁ、徹夜明け並みに疲れてるじゃんか…ほら、膝枕してあげるよ! おいでおいで!」

 

「我は神也……」

 

「なんか言い出した…」

 

「フォウ…」

 

 自分の膝をポンポンと叩くようにして俺に膝枕を誘ってくるアストルフォに、遠慮すること無く壁を滑るようにして倒れ込んで、男のくせに女の子並に柔らかな太ももに頭を置けば、優しく笑顔で撫でてくれるアストルフォが俺を見ていた。

 

 もう男の娘でも良いや…なんてことが素で思えてくる。ちなみにフォウは俺の腹の上に移動して胸に顔を置いてべったりと腹ばいで寝転がり、リラックスしている。お前が原因かもしれないんだぞと横腹を人差し指で突けば、猫パンチ的な右フックで頬をモフモフ叩いてきやがった。

 

 肉球を頬に感じながら力を抜いてリラックスタイム突入。

 

「くっ…! まあいいでしょう、いずれはあの位置に居るのが私になるのですから」

 

 あれ? もしかしてストーキングされてるのって俺じゃなくてアストルフォじゃね? と思わなくもないのだが、マジで真意がわからない。そろそろ本当に俺の方から聞きに行くべきなのだろうが、面倒くさいと言うか自ら藪を突いて蛇を出すのもアレではある。

 

 巷ではあの炎をチロチロ出してた扇子のヤンデレ美少女や何故か静謐がマスターちゃんラブ勢として常にマスターちゃんをストーキングしているという噂は聞いたことがあるのだが、静謐がストーカーと言われている噂は何なのだろうか。

 

 そう言えば、マスターの弱点などを探ってきますって一週間ほどずっとマスターちゃんをつけていた事もあったが、それがそう思われていたのかもしれない。

 

 ちなみにマスターちゃんの弱点は俺に献上された模様。中身はパラパラとしか見ていないが、がっつり個人情報の詳細や弱点と言う名の弱みも書いてあった。詳しく見てないけど。

 

 ぼっち筆頭だった俺がこんなことになるなんて思ってもみなかった。

 

「それにしても、やっぱりアストルフォは静かに集中する系のゲームは苦手だったようだな」

 

「あー、あのゲームねー。面白かったけど、頑張ったのに最初からって絶望感がちょっとなー」

 

「理性蒸発してるくせに、最近はそう思えないと思ってれば…ストレス発散とか言ってセーラー服で暴れまわるの止めてくんない? しかも満足したと思ったら一日中べったりで離れないし。ジャックとか静謐とか拗ねて面倒くさかったんだぞ」

 

「ごめんごめん! そんな事するのアルンだけだから許して!」

 

 何を許せば良いのだろうか。

 つか、セーラー服とかどこから持ってきたというのだ。俺はどちらかといえばブレザーの方が……いや待て、セーラー服も捨てがたい。どちらも服の形や着ているキャラにより好みは変わるのだが、俺はどっちかといえば…いや、どちらなのだろうか。ラブプラス……うぅむ、アマガミだってマジ最高……ぐぬぬ……ここでいちご100%も持ってくるべきか…しかし、駄菓子菓子、ここで突き抜けてエロゲにまで行けば……元はと言えばこの作品もエロゲが始まり……ではなくて、ああいや、エロゲはもはや制服アレンジされすぎ作品多いし………悩ましい……。

 

 俺はこれだ!ここだ!という一つの信念を持った紳士ではなく、あれよこれよと様々なものが好きで一つの好みが決められない浮気性な紳士であるからして、あっちこっちと思考が入り乱れている。言っておくが、変態ではない。例え変態であったとしても、それは変態という名の紳士だよ。つまり変態ですねわかりますん。

 

 それにだ。古来より、『前屈みのむっつりスケベより、胸を張ったオープンエロであれ!』と言う格言があります。

 

 こそこそして気持ち悪いのよりも堂々としている方が紳士度も遥かに上だろう。限度と種類はあるが。

 

 またいらん事に悩みに悩んでいると、俺のことを撫でていたアストルフォが突然と声を上げた。

 

「あッ!? そう言えば、マスターとの約束忘れてた! ごめんね、アルン! ボクはもう行くよ、いってきまーす!」

 

 本当、あいつのいつも行動が突然すぎるのは困りものである。座っていたベンチから突然立ち上がれば、膝枕されていた俺が床へと転がり落ちるのは必然なことで……アストルフォの太ももからころんと転がり落ちた俺は床に激突する羽目になった。

 

「フギュッ!!」

 

「あうち…」

 

 腹の上のフォウを押しつぶすようにして転がり落ちた後に首を動かしてアストルフォの方を見れば元気に走り去っていく姿が見えるではないか。ところでそれは上下とも俺の服なのだが、短パンと半袖シャツでミッションに向かうつもりなのか。防御力ゼロだからボロボロになる未来しか待っていないぞ。

 

 まああいつならなんとかするだろう。

 腹の下からもぞもぞと這い出てきたフォウがやっと出れたというように息を漏らしている。悪かったが悪いとは微塵たりとも思っていない。

 

 床の冷たさを感じながら無気力に起き上がろうともせずに、フォウとともに寝転がって居るのだが、背後…つまりは足元の方から靴が床面を叩くような音が聞こえてくる。控えめで高めの音であるからして、これは女性の足音だろう。

 

 その足音の持ち主は俺達の側まで来ると立ち止まり、床に寝転んでいる俺を覗き込むようにしてしゃがみこんできた。

 

「あの…大丈夫ですか? 床に寝るなんて…汚いですよ? 体調でも悪いのでしたらすぐにでも医務室に…」

 

「ああ、いや、お構いなく…別にどこも悪くないので」

 

「そうですか、良かった…それなら、硬い場所じゃないと寝れないという性癖でもあるのですか?」

 

 ホッとしたように安堵の表情を見せたかと思うと、次いで少し誂うかのように冗談を言ってきた少女………そう、さも偶然を装ってあたかもここを通っていたら見ちゃいましたーといった様に振る舞っているこの少女こそ、最近俺を見つめている人物。

 

「ベンチもありますし、眠たいのでしたら私が膝枕でもしましょう。任せてください、男の人とは違ってこれでも柔らかさには自身があります」

 

 フンスと謎の自信を見せるのは、マスターちゃんの美少女後輩である、マシュ・キリエライトである。

 

 少々強引に引っ張り起こされてキリエライトがベンチに座ると同時に俺も寝転がるように動かされ、そのままその魅惑の太ももへ頭をポン。なんだろう、この俺の部屋に来る奴らとは違ったこの子特有の香りに暖かさと柔らかさ。

 

 とても新鮮であり、本来ならこれほどまでの美少女の膝枕なんて喜び舞い踊るほどのものであろうが、今は後頭部に感じる柔らかさや見上げた先の立派な山脈の絶景に見惚れるよりもなによりも。

 

 ええ、後頭部から感じる熱と振動、触れたいけども触れてはいけないと葛藤するかのような宙を彷徨っている両手に恍惚とした表情をしているだろうと予想できる顔と熱の籠もった声。例え、ふるふると揺れるおぱーいが素晴らしくとも、こやつがマジで何を考えてこんなことしているのか、なんでこうなってしまったのかの方が気になりすぎて堪能できないのが正直なところである。

 

 ふぉおぉぉぉとか言ってそう。

 

「ふぉおぉぉぉっ……!!」

 

 言ってた。

 

「フォオォォウ……キャゥ……」

 

 これにはいつも側に居たであろうフォウ氏も呆れて何だこいつ、やべえなっていう声を出していた。

 

 大体、マシュ・キリエライトといえば礼儀正しくて真面目で、でも天然でありながらもクール系な寡黙で心優しい美少女ではなかったのか。割と好奇心旺盛だというのは聞いたことはあるが、こんなことに好奇心を振り分けられても困るというものである。それに、マスターちゃんへの想いの方が強いはず…。

 

 このままというわけにも行くまい。変なテンションではあるが、キリエライトに話しかけることとした。

 

「ちょっといいですかね、キリエライトさんや」

 

「はい? なんでしょうか。ちょっとどころか果ての果てまで限りなくどこまでも全てにおいて、このマシュ・キリエライトがお答えしましょう。あと、敬語は無しでマシュと呼び捨てでお願いします」

 

「さいで…んじゃあ、マシュに聞きたいんだが、その奇行と変貌っぷりを教えてもらいたい。つか、なんで俺なのかも教えろください」

 

「なるほど、私とソルシエさん…アルンさんとの出会いについてですね」

 

 出会いも何も食堂での出会いがまともな初の対面になっているのではないだろうかと思うのだが、突っ込んだら負けだろう。

 

 突っ込まずにキリエライト改めマシュの言葉に耳を傾け、どうしてこう残念になってしまったのかの理由を聞き始めた。

 

 まともな出会いはやはり食堂で俺がフォウを枕にしていたのが初めてだったらしい。マスターちゃんが来る前はマシュ以外に姿を滅多に見せることもなかったほどのこの小動物が俺に良いようにされて文句の一つも言っていなかったのが不思議で、印象深かった。いや、文句は言っていたと思う。

 

 ここから、マシュの好奇心旺盛な部分が刺激されて、俺のことをちょくちょく観察し始めて考えるようになった。とはいえ、あれ以来まともに会うこともなかったので遠目で見ていたらしいのだが、俺が特定のサーヴァントと仲いいのも分かっていたそうだが、流石にいつも見られていれば気づかれもする。だが、そこは邪ンヌやアストルフォといった外でも構ってくる奴らのみなのでジャックなどは大丈夫そうだ。

 

 まあ、邪ンヌやアストルフォといたことでも好奇心の熱に油を注ぎ込んでしまう結果となったようだが。

 

 だがわからない。興味がある程度ではこんなストーカーじみた行為にまで至るだろうか。その答えはマシュ自身が語ってくれる。

 

「その時点では私もサーヴァントの方々と仲の良いスタッフの一員、しかしながらフォウさんともとても仲の良いことからどの方よりも飛び抜けて私の中に残る不思議な人だったのです。でも、それ止まりだったのですが………切っ掛けは、とあるミッションでの失態とそこからの疑問や悩みでした」

 

 マシュも同伴したとあるミッションで、マスターちゃんのことを守りきれずに怪我を負わせてしまった。幸いにもその怪我自体はそこまで大きなものでもないので直ぐに治癒出来たそうなのだが、護り切ると心に決めていた彼女にとってはこのミスがずっと残り続けていた。

 

 更には最近、自身の力不足を感じてきており、このままでは更なる大きなミスを犯すのではないかと不安でもあった。他のサーヴァントと比べれば弱く、自身はマスターちゃんの力になれているのかどうか。この先もしっかりとやっていけるのか。

 

 些細な悩みに思えるかもしれないが、真っ直ぐで真面目であり、悩みに対してずっと考え続けるタイプの彼女にとって、それは大きな問題となっていたのだろう。

 

 ああ、そうだとも。人によって問題や悩みというのは規模も深さもまちまちだ。あの人にとっては重大なことかもしれないが、この人からすれば直ぐに解決や解消してしまうようなもの。それが、その人自身が持つ悩みや問題というものだ。

 

 そこからなんとか解決し、前に進めるかというのも、人それぞれの強さによるのではないだろうか。

 

 マシュの悩みは俺からすればそんなことかと思うけれども、マシュ自身からすれば大きな大きな悩み。もしかしたらマシュにとっては一つのターニングポイントだったのかもしれない。そして、悩み元気のないマシュを見た某天才がアドバイスをした。

 

「一旦そのことは置いといて、気分転換でもしてみたらどうだい? その悩み…そうだね、アルン君でも見てれば解決するんじゃないかな。君、前々から目で追ってたじゃん? 面白い子だから見ていて飽きないよ? 気分転換、気分転換」

 

 貴様は斬刑に処す。

 

「だからアルンさんをずっと見ることにしたのです。片時も目を離さず、アルンさんのことだけを考えるようにして」

 

 違う、そうじゃない。

 

 気分転換だって色々あったろう! 読書とか、甘いもの食べるとか、寝るとか難しく考えないでも様々な方法があるはずだというのによりにもよって。 

 

 純粋すぎる。そこで真面目さを発揮しなくてもいいではないか。このアドバイスは軽んじても良いものだ。それは要らない前向きさ!

 

「自身のしたいことのために適当かつ確実に終わらせていく。我を通す強さと奔放さ、そして自身の欲に嘘をつかずに欲のために全てを向ける…………これは、強い!(確信)」

 

 別の意味でな。

 お前はどうやら頭が弱いようだ(確信)

 

「こうして、私はアルンさんにのめり込むと同時に色々と癖になり、いつしかずっとアルンさんのことを考えるようになり、私の中で先輩に次ぐ大きな存在となりました。このようなことは初めてです。四六時中考えてしまうようになった私はもう一度ダ・ヴィンチちゃんに聞きに行きました。これで良いのかと。これは何なのかと。そうしたら…」

 

「それはまさしく、恋、ってやつだ」

 

「…………なるほどッ!!」

 

 違うだろ。そうじゃないだろ。あいつは必ず殺ってやる。極彩と散るがいい。

 

 真っ直ぐだったはずのマシュの性格が、それが災いして逆に歪曲しているようだ。そもそも、悩みというのはどうしたのだ。解決もしていないのではないだろうか。

 

「アルンさんは私に大切なことを教えてくれると同時に私自身を強くして下さいました。後ろからつけるために必須の気配遮断、他の方に気取られず、されどアルンさんのことにも気を配るための気配察知能力及び空間把握能力。アルンさんのことを考えていたらついた高速思考と並列思考。影から影へと素早く移る敏捷性。咄嗟に身を隠すために物にへばりつける程の筋力。そして何より観察能力と情報収集及び処理能力。これらの習得によるついでで、マスターへの被弾率はゼロ、敵殲滅完了速度3倍、奇襲強襲率上昇、暗殺阻止率100%、アサシン顔負けの暗殺成功率カンストなどなど……強くなれました。全て貴方のおかげです」

 

 嘘だ、強くなりすぎ頭おかしいこの子。暗殺とか巨大な盾持ってどうやって殺っているのだろうか。違う、そうではなくて身についたスキルが全て暗殺者寄りというかストーカーの必須スキルじゃないですかやだー。

 

 お前は全てを間違えているとか、ガバガバやないけとか、正気に戻ってはいかがか?などと言いたいことは色々…本当に色々あるのだが、まずはやるべきことがある。いらない後押しをしたもはや元凶と言っても過言ではないのではないだろうかという人物。

 

 七夜名言録は持ったか? 

 

 行くぞ―――

 

 大天才を殺りに行く。

 

 

 

 

 

 

「アルンさんにはまだまだ秘密があると思います。秘密が多い男性というのも格好良いです。素敵です。でもその秘密含めてアルンさんを愛していたいと思っているので、仲間に入れてください!」

 

「え…やなんだけど…」

 

「仲間に入れてください!」

 

「だから、お前はマスターちゃんのとこに帰r…」

 

「仲間に入れてください!」

 

「俺よりも優先すべきことg……」

 

「ここで働かせてください!」

 

「ジブリ観た?」

 

「アルンさんがジブリ作品の中でも特に好きな『もののけ姫』と『風の谷のナウシカ』を観て好きになりました。ヒロインが可愛いです。あの世界の生き物の絶妙な気持ち悪さや怖さが少し癖になります」

 

「歓迎しよう、盛大になッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マシュ・キリエライトが仲間になった。

 

 この事実において一同(ダ・ヴィンチ除く)は驚愕に目を見開き、開いた口は閉じることなく呆気にとられていた。しかし、仲間になったということに驚愕したのは半分以下であり、ジャック含めた他のメンツが最も驚いたのは。

 

「ここが、アルンさんのお部屋なのですね。スー、ハー……素晴らしいです。世界にはこのような至高の場所というものがあったのですね!」

 

 マシュの変わり様であった。この子の世界はレイシフトもして色々見てきたはずなのに部屋レベルで滅茶苦茶狭いらしい……つか、深呼吸はしないでもらいたい。

 

 マシュがここに来たというだけでも驚愕なのに、普段大人しい彼女が緩みに緩んだ表情で両腕を広げて部屋の真ん中でくるくると踊っている姿を見て顎が外れんばかりの驚きを見せている。

 

 また、その部屋の片隅にはボロボロになった絶世の美女だった物が放置されていることはどうでもいいこと。

 

 マシュの変わりように仲間入り、そしてマシュにとっても俺の部屋にいるメンツやジャックのお父さんであったのが俺だということは信じ難いような内容であった。

 

 勿論、今まで以上に場は騒ぎ立ててひと悶着あったものの、いつものようにマシュは他のメンツに別室へと連れ込まれて色々と教え込まれることとなるのだが、なんともまぁ、それが誰よりも長いのだ。

 

「長えなぁ…」

 

「フォウ…」

 

「ねえ、私のことは無視なのかな……? 見てくれたまえ、自慢の美貌が汚れ果て、服もボロボロであーんなところやこんなところまで丸見えだよ? 興奮しない? それよりもなによりも動けないから回復魔法ちょうだい………」

 

「まあ、今回はマシュというマスターちゃんに一番近い奴だから念入りなんだろうなぁ…スキルで喋れないように防止するけどさ」

 

「フォウ、フォーウ……ナゲェフォウ」

 

「ねえったら、わーたーしーはー?」

 

 かれこれ二時間は経っているのだが、マシュ自身が連れ込まれること自体に乗り気だったので、逆質問を行っているのかもしれない。

 

 流石に長すぎるのでフォウを頭に載せつつ、這うようにしてこちらまで戻ってきたダ・ヴィンチちゃんと共にゲームをして時間を潰すことにしたのだった。

 

 駄目ソファに身を沈める俺とボロボロの姿で俺の膝の上に伸し掛かるようにして伏せたダ・ヴィンチちゃん。こいつが言うには完璧なスタイルの体らしいが、その魅力には思わず納得するしかないだろう。主に俺の太もも全体を覆うかのようにむにゅりと柔らかに形を変えて押しつぶされている大きな胸。

 

 飽きることなどないのではないかと思うほどの柔らかさにしっかりと形を決めるほどの弾力もありつつ、決して不格好とは思わせないその体にあった大きさ。胸の下に手でも挟んで揉みしだけば最高ではないのだろうか。

 

 興味もない他人なら絶対に無理と言えるだろうが、俺であれば多分、頼めば…いや、頼まずとも無言で行ってもこいつなら全然許してくれるし、それ以上も推奨するかもしれない。なにせこいつ、元は男だからな。男の気持ちは確りと理解も把握もしている。

 

 現に確信犯なのか、俺の上に覆いかぶさるように伏せた状態で顔を少しだけ上げて、流し目で妖艶に微笑みながら、その艷やかな唇をそっと開き、吐息を吐くかのように言葉を紡いでくる。

 

「ふふっ、どうだい…? 今まではこうも大胆ではなかったけれども、たまには直球のセックスアピールというものさ。満足して頂けたかな?」

 

「うむ、苦しゅうない。余はとても満足じゃ……ところで顔が真っ赤なんだが、熱でもあるんですかね?」

 

「……………密着してるから暑いのかなー。ほら、特に胸がとっても熱いんだ。内も外も」

 

 さあ、始まったよと俺を促すように言ってくるが、十中八九実は恥ずかしかったということなのだろう。

 

 息を吐くような苦笑と共に、コントローラーを持った両手をダ・ヴィンチちゃんの小さな頭に置いてゲームスタート。あまり一緒にゲームをしないダ・ヴィンチちゃんだが、たまにはこういうのもいいだろう。

 

 おっと、なにあのドローン。痛すぎるんですけど。

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ 

 

 

 

 

 

 

「アルンさん、先に言っておきます。申し訳ないのですが…私のゲーム戦闘力はたったの5……ゴミレベルです。素人がリズムゲームで適当に叩いてなんとなく良い結果が出ちゃったときの運の良さよりも劣るレベルです」

 

「アルンザブートキャンプでも始めようか。安心するといい、一時間でゲーム実況者並の腕になる」

 

「個々人の腕もあるし、一概に上手くなってるとは言い切れないわよ、それ……」

 

「あ、でも、アルンさんに関することであれば……私の戦闘力は530000ですよ」

 

「怖いので近づかないでもらえますか。さて、マシュのゲーム特訓はどこから始めたものか…」

 

「ここから、始めましょう。一から……いいえ、ゼロから」

 

「そのセリフをここで使うんじゃねえよ。使いどころ考えろ、それにお前のセリフじゃねえ……つか、戦闘力zeroから始めるんじゃなくて5から始めてくんない? いや待てよ……そうだ、ゼロから始めるのであれば、お前は俺のことをなんとも思っていないときから始めるとして、俺とお前は出会っていないという状態からやり直せばいいのでは? まともなお前に戻れるぞ」

 

「私はいつだってまともですよ! それに、今も少し前も、私が好きなのはアルンで、アルンが好きなのは私。ハイお話おしまい」

 

「役に入り切らないでもらえますかおいこっちみろテメエ」

 

「ばっくれつ!ばっくれつ!ばっくれつ!」

 

「ついに壊れたか」

 

 柔らかな頬を握り潰すが幸せそうにするだけで効果はなさそうである。こいつは静謐タイプなのかもしれない。

 

 あれから更に時間が経ってダ・ヴィンチちゃんと一章分をクリアした頃に、他の奴らは別室から戻ってきた。マシュも事情を把握したのか、たとえマスターちゃんであっても口外しないことを約束してくれたのだった。

 

 マスターちゃんに黙ってるのがイケナイコトをしているようでドキドキするとのことだが、どことなく小学生が頑張って秘密にしておけよと言われたことを言わないようにうずうずしている感が否めない。

 

 まあそのうち慣れるだろう。なにせジャックだって今では立派なゲーマーで、隠し通すことも呼吸をするかのように行えるのだから、初めから割と変態ムーブしてたマシュも直ぐにこちらの世界に馴染むに違いない。ただ、嘘だけはいけない。焼かれるだろうから。

 

 それにしても…と、モニターの前を譲ってベッドに座った状態で一つ息を吐く。

 

 目の前ではジャックとアストルフォ、邪ンヌがマシュにゲームを教えており、静謐は体質的に他のやつの中に入れないから俺の右隣へ。沖田が左隣に座ってダ・ヴィンチちゃんは未だにボロボロの姿のまま俺の後ろに座ってマシュのことを暖かい目で見守っている。

 

 驚いたり笑ったりとマシュを見ていると微笑ましいのだが、あのマシュ・キリエライトが俺の部屋にいるというだけで違和感が凄まじいというもの。それがさらに俺の部屋に来る奴らがマシュのことを受け入れて善意だけでゲームを教えているという光景は本来なら見られないものではないだろうか。

 

 物珍しげに俺が目の前の光景を見ていると、後ろのダ・ヴィンチちゃんが俺の背中に抱きつきながら目の前の光景に熱い吐息を吐く。

 

「まさかあのマシュがこんなことになるなんてねぇ……」

 

「おい、確信犯が何を言ってやがる……お前が切っ掛けだというのはわかっているんだぞ。吐け、何を考えてマシュにアドバイスという名のネタを提供した!」

 

「はてさて…何を言っているのかさっぱりわからないね。私はただ純粋に面白くなればいいなと思って、純粋なマシュにああ言ったのさ」

 

「それ言い訳ちゃう、アンサーや…」

 

 そうほざきながらケラケラと俺の耳元で笑うダ・ヴィンチちゃんだったが、横目で確認したがその目だけは温かく、優しいものだった。それだけで色々と予想はできるのだが、ダ・ヴィンチちゃんや、あとは……ドクター。そう、俺の考える限りで思いつく人物の限りでは、この二人にとってはマシュという少女は特別なものなのかもしれない。

 

 別にマシュのことを深く知ろうなんて思ってはいないし、この二人にとってどういう存在なのかなんていうものも、ぶっちゃけ興味はわかない。

 

 それでも目の前で楽しそうに笑っている少女を見れば、まぁ、こんな俺でもジャックの次くらいに色々と教えてやっても良いのかもしれないとは思う。なにせ純粋なので。

 

 ここで俺が色々と教えればある意味純粋さは失われて、ジャックのように俺よりになってしまうかもしれないが、それでも良いじゃないか。なぜなら、既にこのメンツの仲間入りしているのだから。

 

「ハッ!? 今、アルンさんの吐息を感じました! 間近で吸える幸せ…これは一人だったら危なかったですね…」

 

 しかもこのザマだし。

 大体、こんなにも人がいる時点で吐息も糞もないと思うのだが、項部分を手で抑えていることから俺のため息がそこまで届いたのかもしれない。

 

 これはどういうことだという様に俺の頬に頬をくっつけているダ・ヴィンチちゃんの顔を掴んで見れば、焦ったように言い訳をその河豚のように窄められた口から吐露し始める。

 

「し、知らないよ! 流石にここまでとは大天才の頭脳をしても予測できるものではないんだよ! 寧ろマシュのこの変な成長具合を目の当たりにした私も驚愕を禁じえないんだってば!」

 

 慌てたように俺に言い訳をしているが、先程、一度なにかに納得したかのように「まあいいか」と呟いたのを聞き逃すほど、俺も阿呆ではない。というか、呟くのであれば俺の耳元ではなく離れて呟くことを推奨しよう。

 

「まあまあ、アルンさん落ち着いてくださいってば。いいじゃないですか、悪意があってわざとやってるわけではないですし」

 

「そうです、気持ちはとても良くわかります。アルンさんに忠実な下僕ができたと喜びましょう!」

 

「下僕ってゆーな、静謐。まあ、俺もぶっちゃけどうでもいいとは思ってるんだがな。マシュについてはある程度知っている、だからこそ自由にさせてみるのもいい経験になるだろう」

 

「ここにいるとアルン君に染まるからある意味では悪影響だけどねー」

 

「お前みたいなちゃらんぽらんがいるからだろうなぁ…」

 

「なにその手…って、痛い痛い! 世界に誇る頭脳が馬鹿になっちゃう!」

 

「一度リセットしてみてはいかがかな?」

 

 せっかく沖田が俺を宥めていたというのに、自分からまた仕置されにくるとはマゾな野郎だ。ギリギリと俺のアイアンクローがダ・ヴィンチちゃんの頭を締め上げれば、必死に俺の腕を掴んでくる。貴様の筋力程度、俺のスキルの前ではなんの役にも立たぬ!

 

 反応がなくなり、ビクンビクンと体を痙攣させるダ・ヴィンチちゃんをベッドの上に捨て去り、再びマシュ達の方を向く。

 

 そこにはジャックや邪ンヌと話をしながら楽しそうにゲームをしているマシュの姿。ギャップは凄まじかったものの馴染めているようで何よりではあるし、ジャックも邪ンヌもアストルフォも楽しそうに遊んでいるのだから、つまらないという後悔は無いのではないだろうか。

 

 今ここに居るメンツは……この部屋にこうして集うまで、昨日まではどこかで話すことはあれど、こうして笑い合いながらリラックスして、好きに自分を出して楽しむなんてことはなかったに違いない。

 

 やはり漫画やゲームっていうのは仲良くなるための秘訣であり、仲良くなるための最高のスパイスであり、形はどうであれ人を幸せにしてくれるものなのだ。

 

 きっと、これからも俺たちは何気なしに過ごしていき、何があろうとなんとなく解決して、進むべき道を、辿り着くところまで行けるはずだ。

 

 俺は、そう願っている。

 

 

 

 ――その日、夜が落ちきるその時まで、俺の部屋に明るい声が絶えることはなかった。

 

 

 

 

 

 



















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18 半分は優しさと言っておけば大体のことは解決する

どうも、お久しぶりです。
とりあえず、半分はスランプで出来ており、半分は優しさから遅くなりました。(?)

前半がガチ(年々何もネタが思い浮かばない、これが老い…)、半分は待ってない人のための敢えて遅くするという優しさという名の言い訳。(??)

本音:モチベやネタすら思い浮かばないから次は何年先になるのかわからぬ(???)

まあ、つまり、前話のは最終話じゃないよってことですね、ええ。


 もはや下っ端とか言ってられない。

 

 既に徹夜7日目を突入しており、俺自身が他の職員よりも頑丈でスキルも魔法もナビのサポートもあるからして、仮眠も取らずに他の職員の分の仕事もこなしているくらいである。

 修理も研究もチェックにサポート……俺を含めて仲間たちもそこそこ以上に仕事ができると露見してしまった今、もはや中心で共に仕事しているのだ。

 

 眠気のピークなんて既に越えており、体はフラフラになり頭も揺れている状態でモニターとにらめっこして新たなシステムを構築し始めた。畜生、おのれレフ・ライノール…貴様が情報処理を行っている機器…母体を破壊さえしなければこんなことまでやらされなくて済んだだろうに。

 

 ところで、隣で物凄い隈を作って死にかけているドクターは寝させた方が良いのだろうか。他の仕事に加えてマスターちゃんのバイタルチェックやレイシフト中のサポートも行ってるんだろう? 死ぬぞ、こいつ。

 

『身体及び脳の極度の疲労がみられます。休息を摂らないと過労死する可能性が高いですね。無理やり眠らせますか?』

 

 マジか…そこまで行ってるのか。俺のようにちょいとずるしているのではなくて普通の状態で頑張りすぎているこの人は、周りからの信頼も厚く、誰もが分かるほど優しく、マスターちゃんだけではなくて他職員からもひと目置かれているような人物である。

 

 ドクターと言うだけあって怪我だけではなく、心理面にも精通しており、ちょっとした気遣いも的確。

 

 ドクターにおける情報は聞いただけでもこれ以上のことを教えてもらったが、所長に変わって最高責任者となり数多のことを熟すこの人は居なくてはならない存在…居なければ人理の修復なんて難しいのではないだろうか。

 

 俺も少し接しただけでどれだけのお人好しでどこまでも他の人のために考えている奴だというのは分かった。

 

 だから、こいつは今後のためにも休ませるべきだ。そして、元気な姿を見せてマスターちゃんや他の職員を安心させるべきなのだ。

 

 だから…だから、こいつを一刻も早く……

 

「うへへ…コーヒーカクテル美味しいなぁ……カラダもってくれよ! 30倍カフェインだっ!!!」

 

 一刻も早く、この気が狂った状態をどうにかしてやるべきだッ。

 

 虚ろな瞳でモニターを凝視し、片手でキーボードを叩いてもう片方の手にはカップが把持されているのだが、その中身が問題である。中身は珈琲なのだが濃くしすぎてもはや泥水状態であるのに、そこに数種類のエナドリをぶちこんでかき混ぜ、最強最悪のカクテルを作り出している。

 

 俺だって既にエナドリのちゃんぽんはしているが、珈琲に入れようとは流石に思いつきもしなかった。

 この狂人じゃないと思い浮かばない悪魔の方法を実行したドクターは既に限界だろう。もういい、もういいんだ…後は俺に任せろ。

 

 優しく、ドクターの手からコーヒーカクテルを取り上げてやると、それを不思議に思ったドクターがこちらを向く。目が死んでいる。

 

「…? どうしたんだい、アルン君。あっ、君もボクの珈琲が飲みたくなったのかな? 仕方ないなぁ、ちょっとだけだよ?」

 

「ドクター…俺達は二人並んでこの激戦を越えてきたよな」

 

「うん、そうだね。いやぁ、しかし忙しいものだよ。何度、珈琲に手を振ったかわからないんだからさ。ふふふ、エナドリに歌って珈琲をブレイクダンスしたのなんて楽しかったよね!」

 

「もういい…もういいから喋るな、我が戦友(とも)よ! 何を言ってるのか分かってるか? 何を言ってるかわからねぇぞ!」

 

「あはは、アルンきゅんは面白いなぁ」

 

「眠れ…次に起きたときはきっと、優しい世界が待ってるさ……」

 

 もはや狂っているとしか思えないドクターの額を人差し指の先でトンと軽く突けば、一瞬でドクターは意識を失って深い眠りについた。眠ってしまったことによって倒れ込んできたドクターを優しく抱きとめ、そっと頭を撫でてやる。

 

 別に男の頭を撫でる趣味があるのではなく、回復魔法をこっそりとかけてやっただけであり、これで短い睡眠でも全快以上のコンディションを発揮できる、モンハン式睡眠術とよばれるものである。

 

 ただ、一つ欠点を上げるとすれば、起きた瞬間にシャキーン!という音とともにコロンビア。他の人に見られていたら恥ずか死ぬ。

 

 眠ったドクターを抱え上げ、プリンセスポジションに持って行き、医務室にこの壊れかけのDoctorを持っていくことにした。道中で俺達と比べれば全然と問題のないスタッフにすれ違ったが、どいつもこいつも俺のやつれた顔や死んでんじゃねってドクターを見て驚いたような顔をする。

 

 まあ、ドクターが抱えられていたら誰だって驚くだろうというもの。

 俺も若干ながらフラフラしながらも、靴とリノリウムの床が出す小さな音を聞きながら医務室に向かっていく。ただまぁ、そこそこに距離があるので誰か力の有りそうなやつがいればそいつに任せて俺は戻り、仕事の続きでもしようかとは思っているのだが、こういうときに限って誰にも出会いはしないというのはよくあることだ。

 

 しかし、疲れている身に人を運ぶというのは結構面倒くさいものではある。

 

 ここで紹介したい商品がこちら。全自動で運んでくれるストレッチャー。

 このストレッチャーは頭側についているモニターに行きたい場所を入力し、半分の優しさともう半分のお茶目心で人に途中で止められたり触られないようにするために、サイレンやアナウンスが流れるという仕様になっている。

 

 このストレッチャーにドクターを乗せれば、下腿、腰部、胸部にベルトが巻き付き、反対にくっついている部品にカチリと装着された。少しばかりのモーター音が鳴り響きベルトが巻き取られて隙間なくきっちりかっきり締め付けられて、その姿はまさに直立不動のまま貼り付けられたかのような哀れで滑稽な姿である。

 

 手足をぴーんと伸ばして白目をむいているドクターがストレッチャーに固定されている。これがある意味無人で自動に通路を走り回っているのだ。絶句するか、笑い転げるかの二択になるのではないだろうか。

 

「よし、これでいいだろう」

 

『しっかりと固定されているので落ちませんし、揺れることもないですね。マスターはとてもお優しい……一歩間違えなくても虐めと嫌がらせの所業ですが』

 

「地獄の鬼も笑って流すお茶目な所業だろう? 子どもたちが見れば笑うに違いない」

 

『ええ、きっと、嘲笑うでしょう』

 

 噛み合っているようでどこか噛み合っていないナビとの会話を行いながら、ボタンを軽く押す。大きく遠回りをする様に設定された目的地とルートを走り出すために、自動ストレッチャーは起動する。

 

 頭部の上から一本の棒と赤いランプ、四方の角から同じ様に棒が飛び出し巻き付いていた布がバサリとほどかれてその姿を露にす。

 

『患者に触れないでください』

『只今お昼寝中のため起こさないでください』

『ドライブなう』

『優しい目で見守ってください』

 

 そう文字が書かれている旗が広がっていた。

 更にサイレンとともに機械音のような女性の声が流れ出してくる。

 

『患者が通ります、道を開けてください。極めて(頭が)重症な患者が通ります、道を開けてください。事件は会議室で起こっているんじゃない、管制室で起こっているのです』

 

 ストレッチャー下に設置されたスピーカーから、既に組み込まれていたプログラムからセリフを抽出してランダムに発せられており、優しさとお茶目さが半々に織り交ぜられていた。

 

 そのドクターを乗せた阿呆みたいなストレッチャーが俺の目の前で動き出して小走り程度の速度で通路の向こう側へと消えていく。うーむ、あのサイレンとセリフと旗と格好は色んな意味で危険だ。主に後のドクターの名誉などなどに関してなのだが。

 

 まあ、俺も疲れていたから仕方なかった、ということにしておこう。誰も俺がヤッたというのはわからないのだから…そう、誰も……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、なんだありゃあ……」

 

「もしかして、ドクター? ドクターじゃない、あれ!?」

 

「なんだ、アレ……新しい遊びか何かかね…」

 

「ねえっ、みてみて! 何かしらあれ! 勝手に走っているわ!」

 

「うわぁ……あれぜったいにおとうさんだよ……それ以外にヤる人いないもん……流石だなぁ」

 

「今、患者と重症という言葉が聞こえました。患者はどこですか!! 消毒殺菌します!!」

 

「おい、逃げんぞマスター、巻き込まれちゃ堪んねえ」

 

「ええ、もうちょっと追いかけてみようよ術ニキ。なんか面白そうだよ!」

 

「確かに面白いが…いや、マジで何だあれ。あいつなんで拘束されて走ってんだ?」

 

「あ、ナーサリー、ジャックー! あんまり近づくと何があるかわかんないよ!」

 

「だいじょうぶだよー! あれ、半分の優しさと半分のお茶目で出来てるからー!」

 

「なにそれ、バファリン?」

 

 

 

 

 

 

 後日、相当以上に疲れ切っているとカルデアに居る全ての者に判断されたドクターに一週間の休暇が無理やり渡された。笑いの種及び酒の肴、妙に優しくされたドクターは結構堪えたという。

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ 

 

 

 

 

 

 

 ドクターがカルデア内を駆け巡り、笑い者にされた(させられた)らしいが疲れ果てた俺にとってはもはや関係ないと言ってもいいのではないだろうか。いいよね。ただのクズじゃないか。

 

 管制室に戻った俺はドクターの分の仕事も、俺の残りの仕事も、他のスタッフが休憩に入った瞬間にスキル全開で終わらせた。一秒間に十六連打のタイピングはまさしく音速のソニック。指が分身に分身を重ねてもはや指が何本も生えている宇宙人のような手に見えるほどであるが、これを見ていたのはナビだけだった。

 

 しかし、やっと仕事を終わらせることができた。今までは手加減していたのさ………これが、俺の本気。これが私の全力、だぁぁぁぁ!! 俺のレールガンが火を吹くぜ。

 

 流石の俺ももう眠気の限界が来ており、このままではうっかり何をしでかすのかわからないので直様に部屋に戻らなくてはならないだろう。うっかり魔法でも発動して、うっかりどこの世界にいるのかわからないレフなんちゃらのモジャモジャを燃やし尽くし、うっかり裸にして貼り付けにした状態を、うっかりカルデアの食堂のど真ん中に設置してしまうかもしれない。

 

 うっかり属性もここまで来るとあざとさの欠片もないものだが、どこかの一族のうっかりさんも別に可愛いものでもなかったし、問題ない。なんなら俺のうっかりの方が可愛いね。うっかりが擬人化してドジっ子メイドみたいにあざとさ全開にしてくれるもんね。はわわっ!ってよくわからない普通なら口にしないだろう声を出してくれるもんね。

 

『はわわっ、私、うっかりしっかり転移魔法を発動させてしまいました』

 

 ……いきなりどないしたん?

 ナビさんが突然に無感情棒読みではわわっとか言い出したのだが、なにも萌えることはなかった。しかも、うっかりしっかりと言っている時点で、しっかりと魔法を発動させてるじゃねえかと。うっかりはどこにいったんだと。

 

『さあ、うっかりしっかりきっかりかっきりきっちりと、お休みくださいませ』

 

 こってりあっさりうっかりと、ラーメンみたいに休んでやるよこの野郎。

 

 頭の悪そうなナビに無理やり俺の部屋に転移させられ、部屋のど真ん中に魔法陣とともに出現した。

 久しぶりに見たような俺の部屋には、いつもはその他諸々のサーヴァント達がいるのだが、今は誰も居ないために伽藍堂とした印象を与えてくる。

 

 静かなのも久しぶりじゃないだろうか…。

 

 どうせ寝るのだし別にいいかと、伸びをしながら服を脱ぎ捨て、シャワーを浴びるのも億劫だったので魔法により身を清めてからベッドに置かれていたパーカーを着る。

 このパーカー、何やら胸元が緩くなってやがる……それに邪ンヌの匂いが漂ってくるところから、あいつまた俺の服を勝手に着て、脱ぎ捨てていったな。

 

 まあもともとぶかぶかのパーカーを着ていたので、少しの緩さなんて気にもしない。邪ンヌによってお伸びになった灰色のパーカーを適当に着込めば、それだけで全身の余分の力が抜けていくかのような錯覚にとらわれる。自室でラフな格好というのが開放感あふれる一人の世界を、更に助長させているからだろうか。

 

 風呂入ってる場合じゃねえ!とばかりに、某白黒熊のようにダメソファを飛び越えてベッドにダイブすると、飛び込まれたベッドが悲鳴を上げて大きく揺れる。浄化により体を清潔な状態にしているので汚くはないのだが、風呂後のさっぱり感はないためにどこか違和感を感じる魔法である。本来、清潔目的で体に使うものじゃないからだろう。

 

 ところで、違和感を感じる、という言葉は頭痛が痛いの兄弟のようなものであるのに、俺たちは普段から疑問に思うこともなく使用しているのだが、そこのところどうお考えだろうか。

 頭痛という時点で頭が痛いという意味を持っているために頭痛が痛いというのは違和感を感じるのだろう。ほら、既に違和感さんが出現した。こやつ、違和感という時点で既に完結しているのに、感じるまで付け加えられても、頭痛さんのような違和感を感じない。ほら、これまた違和感さんry(永遠ループ)

 

『くだらないこと考えていないで、早く寝てくださいませ、ご主人様』

 

 なにその嬉しくないメイドさんじみたセリフは。

 疲れ切っているのにいざ寝ようとすると、どうでもいいことを考えてしまって寝れなくなることがあるだろう。その感覚を味わっていてだな。

 

 まあ、ナビさんの言う通りに本当に疲れて眠いので、大人しく寝ることにする。これがゲームとか趣味による連続徹夜とかであれば問題ないのだが、さして面白くもないことで連徹しているので疲れ切っているのだ。

 

 久しぶりに一人の部屋で、一人で寝るかもしれない……本来であればこれが普通であったのにひどく懐かしく感じる。なんだかんだで皆といる時間が気に入っていたのか。

 

 きっと、起きたら誰かしらが部屋にいて、また騒がしくなる。ベッドにも静謐あたりが潜り込んでいるだろう…ジャックなら大歓迎。俺の癒し、天使なので大歓迎である。むしろ推奨。

 

 あー、ジャック今すぐ来て抱き枕になってくれねぇかなー…なんてことを考えていると 今度こそ次第に思考力が溶けていき、完全に寝落ちしてしまったようだ。

 

 翌朝、ナビによる脳内アラームと平坦な声ではあるが負担をかけないようにという優しさのみえるような声掛けにより目が覚める。たったの一夜程度の睡眠しか取っていないが(普通に十分)、割と回復できているのだろう。思考も通常モードの寝ぼけモードで体の気怠さもあらかた消えている。

 

 布団の中で寝起き特有の動きたくない症候群に捕らわれてもぞもぞと動いていると、隣に人肌程度の温かな塊があることに気づく。寝ぼけている思考はいつものように我が娘だろうと思ったのか、寝返りを打つとともにその塊に抱き着く。

 

「うぐっ…! こ、これは過去最大級の危機ですッ…!! 耐えろ、耐えるんだ私! あぁ、暴走モード突入はヤバいです……行きましょう私! 確率変動、確率変動! あれ? おめでとうという先輩や皆さんの声が拍手とともに聞こえる……?」

 

 これはイッテイーヨという啓示では…?という声が聞こえるような聞こえないような…。

 

 何故か何かを耐えるように震えている、抱きしめている存在をさらに強く抱きしめることで震えを収めようとする。もしかしたら怖い夢でも見たのかもしれない。

 

 片方の手で背中を撫でつつ、もう片方の手で頭を抱えこむ。髪の中に差し込むようにして添えた手は、まるで絹糸のように柔らかな感触に包まれている。少し触れるだけでも手入れが行き届いているというのは容易に想像できる。少し動かすだけで良い香りが一瞬にして鼻腔を満たす。

 

 撫でる背中も男のそれと比べたら天と地ほどの差があるほどに柔らかで、服の上からでもわかる滑らかさ。少し押すだけで簡単に指が適度に沈み込み、女性特有の柔らかさを感じ取れる。

 

 そして何よりも抱きしめているために自身の上腹部から胸板にかけて、覆うように密着している極上の柔らかさと温かさ。呼吸のようなほんの少しの動きだけでも、それはむにゅりと好き勝手に形を変え、何とも言えぬ幸せを与えてくれている。

 

 これこそ、男には生み出せない最高の感触……そこ、大天才は?とか血迷ったこと言わない。あれは例外である。イレギュラーなんだよ、奴は。

 

 寝ぼけた頭に何かを期待するのも無駄というもので、腕の中と胸に感じる快楽には抗えずに強く強く抱きしめてしまう。きっと、これが正常な思考回路であったのであれば、無意識的にといえどもジャックだと判断し、優しく抱きしめていたに違いない。

 

 だが、今はそうではなかった。

 

「はうぁ! これが……天国!! ああ、全身が幸せです……これはもうゴールしてもいいのでは…? …………ヨシ!(現場猫)」

 

 抱きしめている方からも強く、熱く抱きしめてくるのが分かった。そして、するりと相手の手が服の中に入ってきて背中に添えられ、吸い付くような細く綺麗な指で撫で上げられながら、腕によって服を捲られていく。

 

 同時に脚がこちらの脚へと隙間のないほどに蛇のように絡みつき、細くながらもしっかりと肉感的で柔らかく、離すつもりはないのだとばかりに絶え間なく押し付け、擦り上げ、抵抗しようという意志さえも消し去ろうとしてくる。

 

 手も、脚も、胸も、官能的な動きと感触を与え続けてこちらをどろどろに蕩けさせようとしているかのようだった。

 

 火傷しそうなほどに熱い吐息が、頬と唇を撫でつけ、その距離は既にコイン一枚分の厚さにまで迫っている。

 

「はぁ…! はぁ…! もうっ…いいですよね…ッ!!」

 

 耐えるかのように、しかし、耳を犯し脳を溶かすかのような甘い声が聞こえるたびに、互いの吐息が混じり合う。目を開ければきっと、男なら我慢できないほどの婀娜たる姿が目に入るに違いない。

 

 そして、限界を迎えたかのように、より一層と柔らかな体を押し付けてきた瞬間に―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 思いっきりデスロールをかまして、ベッド下の床に獲物を叩きつけた。

 

「きゃいんッ!!?!?」

 

 甲高い犬のような鳴き声とともに、俺の体に絡みついていた四肢が解かれて力を失う。

 目を開けてみればそこには目を回した一匹の獲物がいた(失礼)。

 

「おーい、檻から発情期の雌犬が逃げ出してんぞー」

 

「ごめーん、餌あげようとしたら逃げ出してねぇ…どうも(朝食)よりも別の(アルン君)の方がよかったらしい」

 

「餌ってゆーな。つか、なぜ止めなかった」

 

「どうせ失敗すると思っていたし、面白そうだったからさ!」

 

 飄々とした態度でそう言ったのは大天才こと、ダ・ヴィンチちゃんである。その絶世と言ってもいいほどの美貌は、今やにやにやとしており、どこからともなく取り出した鎖で目を回してる犬……マシュ・キリエライトという名の変態を縛り上げていく。

 

 扱いが雑である。ほんと、どーしてこーなったのやら。

 

 溜息一つ吐きながら部屋を見渡せば、俺が昨日の夜に笹食ってる場合じゃなくなったパンダアクションにて飛び越えたダメソファに座っている、顔を真っ赤にした沖田と、その沖田によって目隠しされているジャックが見られた。

 

「ねー、なんでわたしたちの目をふさぐの? おとーさんが見えないよー」

 

「いいんです、今は見なくても。見るのはアルンさんに擦り寄る悪い虫を退治してからにしましょうねー」

 

「えー」

 

 …とりあえず、沖田にナイスアシストとばかりにサムズアップしておいた。

 

「ところで、なんでマシュは俺のベッドに忍び込んでたんだ。ジャックはともかく、静謐ならまあ、わからんでもないんだが」

 

「私達4人はほぼ同時にこの部屋に来たんだけどね、マシュが寝てるアルン君を見るや否や、それはもうだれも止めることができないほどの自然な動きでアルン君のベッドの中に潜り込み、添い寝を始めたんだ。いやぁ、あまりにも自然すぎて、それが当たり前かのような錯覚に陥ったよ。ねえ?」

 

「え? あ、はい、そうですね。ええ、それはもう一切の躊躇いなく、当然かのように潜り込んでいたので、止める間もなかったですね」

 

「付き合っている恋人同士だったとしても、あそこまで出来る子はいないだろうね。吃驚だ」

 

「わたしたちならできるよ!」

 

「ジャックは張り合うんじゃありません。まず土俵が違います」

 

「どすこーい!」

 

 はい、可愛い。

 

 

 




イベントは一日で終わらせるもの。

水着鯖当たらねえ…糞が…石も時間も無くなったので失踪します。

夏だからね。仕方ないね(ホラー感)







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19 俺たちの夏はこれからだ!

 うん? 前話も夏の話、今話も夏の話、投稿日時も夏……なんだ、随分留守にしてると思ったが、前回から今回の投稿までそんな期間が空いてなかったのか。ふーん、早いじゃん。

 私もまだまだ捨てたもんじゃあないな。

 


 

 ワニにハントされた雌犬の処理が終わったのちに、久しぶりにまともに寝れたこともあって、むしろ長く寝たことによって気怠い体をほぐしながら、沖田とジャックの座っていたダメソファに身を沈める。

 

「わー」

 

「おー」

 

 押し出された二人が棒読みのような感情の籠っていないわざとらしい悲鳴を上げながら、ころりと横に転がり落ちていった。

 

 そんな微笑ましい娘の姿に和みながらも、コントローラーを手にしてもはや人生とも言えるであろうゲームを始める。

 

 やはり夏と言ったらホラゲーに限るというもの。怖がることも、驚くこともせずに進めていられる俺だが、それでもホラー系統は好きなジャンルのために欠かせない、夏のテイストなのだ。

 

「今日はホラーの気分なんですか?」

 

「まあな。夏になったし、そろそろホラーがおいしくなってくる季節。今が旬だからな」

 

「さすがおとーさん。採れたてが美味しいんだよねぇ、わかるとも!!」

 

 横からダメソファに肘を置くようにしてモニターを眺めつつ話しかけてくる沖田と、俺を挟むようにしてその反対で腕を組みつつ首を縦に振る、わかってますよムーブをしているジャック。だがそのセリフはこの世界線では多少の危険が伴うものだと、おとーさんは思います。

 

「採れたてが美味しいのよね、わかるわ」

 

「ならばよし!」

 

 手を頬にあて、少しばかり首を横に傾けながら言うジャック。それならばぜんぜんいいと、おとーさんは思います。

 

 小さい子が頑張って大人びようとした、ちぐはぐさが見えるのかと思えば、かなり自然な仕草と表情にギャップ萌えである。しかも頬の傷と包帯の巻かれた手というのがミスマッチで更にドン。わかるわ。

 

 既に写真と映像により記録してログに保存してある。ジャックの可愛さを残し続けるという義務がある! そう、声を大にして腕を振りかざして全世界の人間どもに伝えてやりたいのだが、これは俺だけが知っていて満足すればいいので、教えてやるなんてとんでもない!なのです。

 

 ジャックの可愛さに癒やされながらホラゲーの続きをするのだが、ここにいる奴らのホラゲー耐性の急上昇には眼を見張るものである。初めの頃はどいつもこいつもビビり腐って可愛らしいものだった。

 

 我が娘はゲーム自体が新鮮だったのか、目をキラキラさせていたが、ドッキリ要素には悲鳴を上げて抱きついてきていたし、沖田だって初めてここに来て俺の隣で見てた頃も、ベッタリだった。

 

「ジャックちゃん、予言します。あそこの棚の上の天井から、女の人の幽霊がディグダのようにニュッと湧き出てきますよ。アルンさんは気づかずにダメージを食らうでしょう。2ポンドかけてもいい」

 

「わたしたちは、それを予想しているおとうさんが呪具でジャストアタックするに、花京院の魂も賭けよう!!」

 

 なのに今はどうだろうか。頼もしいことに、逞しいことに、悪霊が出てくる位置を予測し、それに対して賭けまで始めるではないか。 

 

 ジャックは一体どこから花京院の魂を持ってくるのかはわからないが、探して来る必要も、持ってくる必要もなくなるだろう。

 

 俺のホラゲ脳が、沖田が予想する前から囁いていたのだ。

 

 3個あるうちの1つを右手にセットし、悪霊が出現する間合いに入る。1歩、2歩と近づくにつれて視界がドクドクと明滅し、重苦しい空気が全身を締め付ける。

 

 緊張が最骨頂を迎えた瞬間、引き絞られた弓矢が放たれるが如く、一瞬の間も置き去りにして右腕が呪具を振りかざした。

 

 丁度、そのタイミング。まさしくのタイミングで悪霊が出現し、顔面に眩い光を喰らい、身も毛もよだつような叫び声を上げて消滅したではないか。勝ったな。風呂入ってくる。

 

「ほらね? わたしたちとおとーさんは相思相愛の以心伝心なんだよ!」

 

「な、なんだってー!?」

 

「ちょっと聞き捨てなりませんねジャックさん! 私とアルンさんこそが世界に…いえ、この宇宙に定められ、祝福された夫婦なのですよ!」

 

「ナ、ナンダッテー。ア、テガスベッター」

 

「あ痛ッ!? アルンさんじゃないからとても痛いですよ沖田さん!」

 

「あの雌犬はもう駄目だねー。頭の中まで何かしらの菌に侵されちゃってるよ。それより、沖田お姉ちゃん、2ポンドちょーだい!」

 

「くっ、そうでした…これで勘弁してください」

 

 そう言って沖田が差し出したのは、腰に差していた自身の愛刀であった。お前の大切な刀は2ポンド程度の価値しかないのか。

 

 気絶から復活した簀巻き状態のマシュに投げた小銭といい、刀といい、お前の価値観が段々と狂ってきてるような気がしないでもない。この間も刀忘れていたことがあった。

 

 その刀を貰ったジャックはというと、珍しそうに刀を抜いたり振り回したりしているようだが、普段からナイフを使っていることもあり、刃物の扱いはお手の物。

 

「逝ってるミツルギスタイル!? お取り寄せぇぇぇぇぇぇッ!!」

 

「危なッ!?」

 

「もう一発いくよー。………支店を板に吊るしてギリギリ太るカレーセット!アッーーーー!!」

 

「なんですかそれ!? 危ない! 死ぬ、死んじゃいますってジャックさん!」

 

「荒ぶってんなぁ、あいつら」

 

「呑気にし過ぎじゃないかい? いいの? 娘が真剣を部屋の中で、人に向けて振り回してるんだよ?」

 

「今更だろ。あいつ、ナイフ振り回して色々解体してるんだぜ」

 

「それもそっか」

 

 ミリ単位で神回避したことにより、鎖を敢えて切り裂かせて脱出したマシュが、ジャックのお遊び(ヒテンミツルギスタイル)に付き合ってやっているのは微笑ましいものだと思う。ただ、付き合ってやってると言うには、汗流して本気で避けているのだが、気にしたら負けというやつだろう。

 

「アルンさん! おたくの娘さんが凶行に走ってますよ! このままだと私が、【マ/シュ】になっちゃいますよっ!」

 

「なにそれどういうこと?」

 

「頭と首がチョンパです」

 

「見せてくれ」

 

「なぜ乗り気に!?」

 

 ホラーが美味しい夏の季節だからな。

 

 あと、はしゃぐジャックが可愛いから。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 粗方仕事も片付き、今日は何もすることがねえなと食堂の片隅で、キャット特性の茶をしばきつつ、テーブルの上のフォウを撫でながらのんびりと午後の続きを謳歌する。

 

 流石にこの時間帯は、酒を飲んで騒ぐようなサーヴァントもいなければ、大食い選手も顎が外れんばかりの量を貪るサーヴァントもおらず平和なものである。

 

 俺自身は割と食堂を利用しており、ブーディカにキッチン内に連れ込まれたり、キャットに技を仕込んだり、エミヤの新作を味見したりしているのだが、そういえばと、ふと、周りを見渡す。

 

 俺以外のスタッフ、いなくね?

 

 ちらほらと見えるのは、露出多めで目のやり場に困る複数の女性サーヴァントや何やら死にかけでネタがなんとかと叫んでいるサーヴァントくらいなものである。

 

 別にサボりというわけじゃあない。ああ、そうだとも。サボりじゃあないんだよ。

 俺はどちらかといえば、仕事自体は早いほうだし、スキルもあるからどうとでもできる、自分で言ってしまうがチートのような存在だ。チーターや!

 

 それに、この職場自体、どこぞのモジャモジャが爆発する前は確かにしっかりとした職場ではあったが、今現在で言えば、忙しいときは最骨頂に忙しい。だが、暇なときは別に好きにしてもいいよ。しっかり休んで次に備えてね。といった方向性になっている。

 (ドクター)(ドクター)という理由もあるし、サーヴァント増えたからというのも一因なのかもしれない。

 

 なーんていう言い訳じみたことを言ってはみるが、俺を含めたチームが仕事終わっただけなので、それ以外のチームは未だに仕事というだけである。だからこうして、優雅にカップを傾けながら、キャット特性の茶……茶ットなるものを飲んでいるわけだ。何が入っているのかは謎だが、意外に美味い。

 

「でもなぁ…なーんか、どことなく獣臭いんだよなぁ…このお茶」

 

 もっと細かく言えば、キャットの匂いがほのかにする。臭いではなく匂い。最悪の想像が脳内を過る。具体的に言えば、キャットがニャハハと笑いながら、尻尾をプロペラのように回して高速飛行している。両手にはこんもりと毛玉。ソニックにいたな、そんなキャラ。

 

「動物の糞から採れる実で作られている珈琲ってご存知ですか?」

 

「いやいや、あれは流石に別物……というか、静謐」

 

「はい、貴方の静謐です」

 

 いつの間にいたのか、俺の席の隣りに座って、綺麗に背筋を伸ばしている静謐の姿がある。気配が感じにくいことから、気配遮断を使用しているのだろうが、一応、俺の部屋の外ということで距離を保っているのだろう。隣に座っているが。

 

 今も腕に抱きつきたいのか、澄まし顔であるが体を少しだけゆらゆらと揺らし、手を脚の間に挟んで我慢しているようだ。

 

「ちなみに、有名なのは猫ですが、他にも猿、狸、象なんかもあるそうですね」

 

「いや、んな豆知識いらねえから。大体、糞からとった実なら獣臭さとかないだろう」

 

「なら、そういうことですね」

 

「ヤメテヤメテ!」

 

 気のせいだと思うことにした。

 

 フォウに珈琲豆を食わせて、体内でいい感じに発酵させ、糞から採取して淹れてみたらどうなるだろうとも思ったが、視線を下に向けると愕然とした表情をしたフォウが顔だけこちらに向けていたので、気の迷いということにしておいた。

 

 ………………いつかしてみたいとも思ったのだった。

 

「ところで、アルンさんはここで何を…?」

 

「見てわからんのかね。優雅に午後の余暇を満喫しているのだよ。放課後ティータイムってやつだ」

 

「そうですか……直ぐに部屋に戻らないというのも、珍しいです」

 

 言われてみればそうかも知れない。今までの生活を考えてみれば、仕事が終わり次第、一直線に部屋に戻って駄目ソファに沈んでゲームをしていたのに、部屋以外で余暇を過ごすなんて以前の俺なら考えられないようなことだ。

 

『サーヴァントの皆さんと関わってから、マスターにも変化があったようですね』

 

 そのようだ。

 

 しかしながら、トータルしてゲームしている時間は変わってないと思われ。その他諸々の趣味にも時間を費やしているので、結局の所、やることや時間自体は変わっていないのだと思う。

 

 ただそこに、ジャックや静謐といった奴らが加わっただけ。

 

 もうボッチとは口が裂けても言えないのではないだろうか。

 

 静謐の言葉に少しばかり息を漏らして、気持ちを切り替える。思い込むように目を閉じて茶ットを飲んでいた俺の顔を、不思議そうに静謐が見つめていた。

 

「ま、たまにはな。それよりも、お前こそ暇なのか? マスターちゃんのところにでも行けばいいものを」

 

「…いえ、特にこれと言って、行く理由もありません。なぜか、巷…もとい、他の方々からは、何やら私がマスターガチ勢だと思われているのですが………なぜでしょう?」

 

 心底不思議そうに、キョトンとした顔で首を傾げる。人差し指を顎に当てているのがまたあざとい。天然なんだろうけど。

 

「私はアルンガチ勢なのに……」

 

「今の言い方、マシュみたいだったぞ」

 

「え”っ」

 

 凄い声出したな。ショックを受けたような顔だが、広い目で見ればお前もしてることはマシュと同じようなものだと思うのだが。俺にとってはバレバレだが、ストーキングしていることには変わりないぞ。

 

「今、とてもショックを受けたはずなのに、どこか納得している私がいます……」

 

「自覚してる証拠だ。マスターガチ勢に思われているのは、あれだ。一時期、偵察とか言って、マスターちゃん尾行して情報収集してただろう? アレのせいで、セコムだと思われてるんだろうよ」

 

「…………あぁ、あれですか。なるほどです」

 

 そういえばそんな事もあったなとでもいうかのように、納得した顔で頷いている静謐。しかし、一瞬鋭い目つきになったかと思うと、次の瞬間には気配を消して俺の背後に潜むように隠れた。

 

 何事かと一瞬身構えてしまったが、気配察知スキルが感知した気配から、静謐が隠れた理由がわかり、納得する。

 

 食堂に近づくに連れ、気配が大きくなってくるのはサーヴァントという英霊だからであり、マスターちゃんもいるのだがこちらは普通の少女くらいの気配の大きさしかない。したがって、普段からパッシブで発動させている気配察知スキル。やればカルデア全域まで可能だが、そう、やればそれはもう…うむ、それはもう凄まじい大きさのオーラが雪山から立ち上るレベル……というか、天を衝くレベルになる。

 

 気配という名のオーラに潰されて、俺は車に轢かれたカエルのように、中身を噴出させて死ぬことだろう。俺のような一般人にはキツイものである。

 

 そのため、普段は30m前後に留めているというワケダ。

 

『逸般人の間違いでは?』

 

 英霊からしてみれば俺なんて一般人、一般人。

 

『かの大天才がチートの塊と称していましたが……』

 

 聞き覚えがないですねぇ。

 

 ナビさんのツッコミにすっとぼけながらも、残りの紅茶を優雅に飲み干す。

 さて、既に食堂に入ってきたマスターちゃんとマシュ、その他複数名に目をつけられないために……主にマシュが面倒くさいことをしないために、俺は早々に退散でもしようか。

 

 静謐? ああ、あの人見知り? もう既にどこかに行ったんじゃないですかねぇ?

 

「っ!?」

 

 背後の静謐が動揺しているが、なんのその。カップを置いて立ち上がろうとしたところで、俺はその光景に体を固まらせることになる。

 

 立ち上がろうと少しばかり離殿し、中腰になった瞬間、俺の空っぽになったカップにトポポポ……と、湯気と香りの立つ薄い赤色の液体が注ぎ込まれた。

 その突然のことにピシリと体を固まらせ、ゆっくりと顔を上げれば、そこには優しげに微笑むマシュがポットを片手に佇んでいた。そのポットは天まで届けとばかりに高く高く掲げられており、まるで小さな滝のように紅茶を俺のカップという滝壺に注いでいる。滴は一滴たりとも飛び跳ねていない。まさしく、難易度ウルトラCである。

 

 マシュは、微笑んだまま小さく口を開く。

 

「お代わりをお持ちいたしました。放課後ティータイム、延長戦です」

 

 その言葉に、ゆっくりと椅子に座り直す。

 マシュ以外の連中は離れたところでマスターちゃんとおり、どうやらマシュだけが一瞬のうちに紅茶を用意して近づき、淹れたらしい。こいつのことだ、普通に俺とお茶をしたかっただけで、悪意はないだろうし、どうせフォウさんがなんちゃらと適当に理由をつけて一緒にいることだろう。

 

 別に普段ならいいのだが、タイミング考えろや。マスターちゃんがさっきまでマシュがいたところと、俺の目の前のマシュを驚愕の表情で何度も見比べている。首取れそう。

 

 これは少しばかり面倒なことになりそうな予感。

 

「フォーウ……」

 

 駄目だこりゃとばかりに小さな畜生が呑気に鳴きやがる。しっかりとそれを押し「ムギュゥ…」潰しながらカップを手に取る。静謐が背後で震えた。

 

 俺は額に怒りマークを浮かべながらも引き攣った笑顔を、目の前の可憐な立ち姿のマシュに向ける。マシュ、やっちまったの顔。

 

 いいだろう、砲火後ティータイム、突入である。

 

 

 

 

 




フォりじなる後書きしょウせつ ~珈琲と共に~

タイトル
    【夜と珈琲の輝く綺麗な黒い花】


 夜。俺の部屋にはいつもいる奴らが、思い思いに過ごしている。自分の部屋で過ごせと思わんでもないが、既に慣れてしまった俺は突っ込むこともなく、ジャックが淹れてくれた珈琲を飲んでいた。

 そのジャックは俺の膝の間に収まって、背を胸に預けて漫画を読んでいる。

 他にもベッドで寝転がりながらゲームをしているけしからん格好の邪ンヌや、俺の背中に背中を合わせて座り込み、こちらもゲームをしているアストルフォ。

 部屋の隅で小説を読んでいる静謐もいる。

 ちなみに、俺の頭の上にはやけにぐったりした死にかけのフォウもいたりする。

 そんな静かな時間と空間の中、カップをテーブルに置き、ジャックをゆっくりと駄目ソファに移し、首に巻き付いていたアストルフォのピンクの髪を解いて、立ち上がる。

 向かう場所は部屋の一角にある、ダ・ヴィンチちゃんお手製のドリンクバーゾーン。その中のコーヒーメーカーの前で足を止める。

 アイテムボックスの中からとある珈琲豆の入った袋を取り出し、豆をセット。抽出。

 コポコポと普段飲んでいる珈琲よりも薄い色をした黒い液体が溜まっていくのを眺める。程なくして、珈琲の芳しい香りが部屋を満たし始めた。

 いつもの俺なら、珈琲の良い香りにリラックスするのだが、今回ばかりはなんとも言えない顔で、その液体を眺めている。頭の上のフォウも、凄まじく顔を顰めていた。頭を叩かないでほしい。

 やがて、抽出も終わったのか、コーヒーメーカーが仕事は終えたとばかりに眠りについたようだ。

 俺を抜いた人数分のカップを用意し、珈琲を均等に分け入れる。白いカップが滑らかな動きで注がれる珈琲に侵食されていく。白いキャンバスを染める黒いインクは、暴力的かつ光を飲み込む黒に染めてしまうが、珈琲の黒さはカップの白さと同調し、光を含んで静かに揺らめく。明るくても、薄暗くても、どこにでも合うなんとも言えない安堵さを生み出す色合いだ。飲み干したあとの少しだけ残った『跡』も良い。

 今回ばかりはそうも言えないのだが。

 カップをソーサーに乗せ、魔力糸で全ての珈琲を運ぶ。

 夜も深まってきた。そろそろ寝るにはいい時間だろう。珈琲のカフェインで眠れないなんていうこともあるが、俺達は既にカフェインに慣れているのか、リラックス効果の方が上に出ているため、飲んでから寝ることが多い。

「お前ら、手に入れようと思えば容易に手に入るが、中々手に入らないどころか、絶対に手に入らないであろう、世界に一つだけの珈琲だ。寝る前にでもどうだ?」

 そう言いながら、珈琲をテーブルに置いていくと、各々が手に持っていたものを置いて、集まってくる。
 
「なによ、それ。手に入りやすいのか、手に入りにくいのかわからないじゃない」

「そういうな、今回ばかりは特別なんだ」

「ふーん……それなら頂きます。ミルクや砂糖はないの?」

「ああ。ぜひ、ブラックで味わって欲しい。この珈琲そのものを、舌と全身で味わってほしいんだ」

「はいはい、わかりましたよ」

「あれ…? アルンの分はないの?」

「ああ、俺はいい。ジャックの淹れてくれた珈琲を飲んだからな」

 アストルフォの疑問に、いつも通りの表情で、自然に断りを入れる。頭上で、てめえふざけんなよとばかりに、フォウが叩いてきた。剥げちゃうからやめてね。

「おとーさん、苦くない…?」

「色合い的にそこまで苦くないんじゃないか? 焙煎が浅いから、酸味はあるかもしれないが、苦味はそこまでないと思うぞ」

 ならいっかーと我が最愛にして最高に可愛い娘はカップを手に取る。その無邪気な姿に俺は…………多少ながらも罪悪感が胸を突いてくる。

 それぞれがそれぞれの手にカップを把持し、香りを楽しんだ後にそっと、男とは比べ物にならないような悩ましい美しさの孕む唇に(約1名多分男)縁をつけ、珈琲を口内に含む。

 小さく動く白く細い喉を見ながら、自身も唾を飲み込んでその様子を見守る。飲んだ、飲んだぞ、こいつら…。

「どうだ…?」

「うん……あっさりしてるのに、香りが強くて美味しいわね」

「飲みやすいよ!」

「はい、いつもより美味しいです……」

「アルン、おかわり!」

「…………ああ、まだあるからな」

 カップを突き出してくるアストルフォに残りの珈琲を入れてやり、他の奴らにも2杯目を入れてやれば、完売だ。

 美味しそうに2杯目を味わっている。静かな夜に、美味しい珈琲。これで、さぞかしリラックスした睡眠を得られることだろう。

「それで…」

 邪ンヌがカップから唇を離し、俺を見てくる。

「この珈琲は何が珍しいのかしら?」

「ああ、コレはな……」

 全員が再び、珈琲を飲むのを見てから、俺は、ついに今まで黙っていた珈琲の真実を口に出した。

「この珈琲はな、フォウに実を無理やり食わせて体内で発酵させ、糞として出てきた実を採取し、乾燥させ、焙煎した珈琲。世界に一匹しかいない獣から採った、世界でここでしか飲めない、世界レベルで貴重な珈琲だ」

「「「「ブーーーーッッ!!??!?!?」」」」

「キャーゥ……」(///)

 俺の答えを聞いた四人が一斉に絶世の美貌を変顔に変化させて、珈琲を霧状に吹き出す。

 静かな夜に包まれた、いつもと変わらないある意味、静かで騒がしい一部屋に、光を含み、光とともに輝く綺麗な黒い花が咲くのだった。




                                  ~完~



















答え合わせ

フォりじなる後書きしょウせつ ~珈琲と共に~

          ↓

フォ()りじなる後書きしょ()せつ ~()()と共に~

          ↓

      ~ フォ ウ 珈 琲 ~

 珈琲界の革命児、至高の一杯を味わいたい方は、是非、カルデアスタッフ:アルン・ソルシエとフォウまで

 あなたに安らぎと癒やしの時間を提供します
                                    きりがる


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20 タコパのパって、頭がパーのパでしょう?

お久しぶりです。

コツコツ書いてたんですよ。コツコツ……一ヶ月に一文とか、二ヶ月に30字とか。

ある意味、最高に難しい事してたんですよ…。

褒めて…?


 額に怒りマークを浮かべた俺の前の席に、少し怯えたマシュが座り、その隣にマスターちゃんが座るような配置。

 先程までレイシフトを行っていたからなのか、その他にもサーヴァントがいたのだが、そこまで干渉するつもりがないのか、それとも離れたところから観察していたいのか、散り散りとなっている。

 

 テーブルの上には追加で置かれた人数分のカップに、更に追加となった紅茶。そして、四人席最後の。

 

「ねえ、アルン。これ、アレじゃないよね…あの珈琲と同類の物じゃないよね…?」

 

 アストルフォが、俺の隣りに座って、湯気の立つ紅茶を微動だにせずに見つめていた。

 

 このままでは「オソマ…」とでも言いそうな顔をしている。

 

 どうやらフォウ珈琲がトラウマになっているようだ。

 あと、流石にこの紅茶はフォウが産んだ実を焙煎したものではないので安心してほしい。マシュが持ってきたものである。

 

 というか、なんでお前ここにいるんだ。そしてこの四人で丸テーブルを囲んでいる状況よ。背後の静謐なんてどこから取り出したのかはわからないが、ダンボールを被っている。流石ダンボール、誰にもバレていない。

 

「は…はぁ…はっぷ……はっぷ……」

 

 アストルフォがカップを手に持って、紅茶を飲もうか飲ままいかと、口元に近づけては遠ざけてと葛藤している姿が面白いため黙っていると、マスターちゃんが話しかけてきた。この雰囲気で最初に口を開くコミュ力には脱帽する。

 

「あのー、確か、アルンさん……でしたよね? こうしてちゃんと話すのは初めてですよね。私は藤丸立香です! 気軽に立香とでも呼んでください!」

 

「はい、藤丸さん。自分はアルン・ソルシエ、このカルデアで下っ端職員として雑用等の仕事をしています。はい。今回はどういったご用件でこの席に来られたのでしょうか」

 

「おっとー…これは攻略難易度が高そうだねぇ……」

 

 俺はギャルゲのヒロインかなにかか。

 

「特に要件はないんですけど、マシュと仲が良さそうだったので、つい。あと、アストルフォはなんでいるの?」

 

「ん? ボクかい? それはもちろん、アルンがいるからだよ?」

 

「へー。アストルフォはアルンさんと仲がいいんだ」

 

「うんっ。それはもう、恋人以上、夫婦未満さ!」

 

「それはそれでどうなの!? 男同士だよね!?」

 

 ドヤ顔で胸を張るアストルフォに驚愕するマスターちゃん。まあ、それはそう。普通そこは友達以上、恋人未満とかじゃないのだろうか。恋人以上夫婦未満の立場は、男同士であればどのポジションに落ち着くのかとても気になるところであるのだが……ナビ曰く。

 

『男同士でそれは適切ではないかと…普通に親友だと思います』

 

 確かに。チョップを入れながら、ナビさんの言った通りに訂正しておくことにした。

 

「そこは親友とかそこらへんでいいだろ。あらぬ誤解を招くわ」

 

「物足りぬわッ!!」

 

「そうか、じゃあ、21歳拳でッ!!」

 

「ちょっと待って下さい、お二人共! キャラッ! キャラッ!! あと、アストルフォさんはチョップに対する物足りなさを言ったんじゃないと思いますよ!」

 

 しかし、時既にお寿司。肉厚とろ鯖のようなゴンッ!という鈍い音がアストルフォの頭から鳴る。でもあれはどちらかといえば、ずんっ!とくる食べごたえ。のくせに、割と個数食べれちゃう不思議。しゅき。でもやっぱりバッテラが好き。

 

 拳の落ちたところの頭を抑え、ふくれっ面になり涙目で見上げてくるアストルフォは可愛いが、なんだ、やろうってのか?

 

 もちろん俺らは抵抗するで。拳で。

 

 まあ、流石にネタでやっているのでこれ以上のことはないが、そこそこに痛かったのか、アストルフォが腰に抱きついてきて、拳を受けた部位を俺の腹にぐりぐりと押し付けてくる。スマンて。多分クリティカルやったんやろ。

 

「そういえば、アストルフォさんとの仲はよろしいのですか?」

 

「まあな」

 

 ピンクの頭を撫でてやっていると、マシュが紅茶を飲みながらそんなことを聞いてくる。傍から聞けばただ仲が良いのかと聞こえるだろうが、マシュが言ったのは、俺の部屋の外でこんなにも仲が良い関係だとバレても良いのか、ということだ。

 

 アストルフォに限っては…いや、ダ・ヴィンチちゃんもだが、この二人は最初の頃から割と外でも話しかけてきているため、そこまで不思議に思われていないと思う。というか、(サーヴァント)によるが話すくらいなら注目なんてされん。もちろん、例外もあるが普通にサーヴァントと話をするスタッフもいるわけだし。

 

 マスターちゃんは物珍しいものでも見たかのように驚いているが、この二人に限っては今更である。

 

 邪ンヌ? あれはブーディカくらいしか知らない。マシュ? ああ、今回のことで露見したな! まあ、俺の部屋のことを知られなければそれでいい。

 

「先輩、それほどまでに驚くようなことなのですか?」

 

「そりゃそうだよ! 確かに誰にでもフレンドリーなアストルフォだけど、一定以上は踏み込ませてくれないような距離感を保ってたのに。私だってまだここまで仲良くないよ?」

 

 ぐぬぬ…と羨ましそうに見てくるマスターちゃんだが、なるほどどうして、よく見ているじゃないか。元一般人とは思えないほどの洞察力…隠れた才能でもあったのだろう。でなければ、ここまで多くのサーヴァントと絆を結ぶことなんて出来ないはずだ。

 

 マスターちゃんの言葉を聞いて、アストルフォがまたドヤ顔しながら顔を上げた。

 

「当たり前さ。ボクが一番アルンと仲が良いんだからねッ!」

 

「なっ!? 何を言うんですか、アストルフォさん! 私のほうがアルンさんと相思相愛の両思いです! 絆レベル10なんて既に天元突破グレンラガン!」

 

「おっと待ちなよ二人共。ここで私というダークホースを忘れてもらっては困るよ…というか、仲間に入れて! 私はアルンさんと、将来的には、アイコンタクトだけで戦闘・炊飯・掃除・談話ができる……そんな関係を目指しています」

 

「……先輩? それ、私の台詞じゃないですか?」

 

 お前はそんな意味のわからない台詞を持っていたのか。アイコンタクトで俺とともに戦闘を行うマスターちゃんの関係性も気になるところだが、そろそろ本当に何しに来たのかを知りたいところである。

 

 初対面のくせにフレンドリーで、接しやすく話しやすい。人の感情も良く感じ取り、判断も機敏で、それでいて人の機微な話題には触れないようにしている。この歳にしては上手いコミュニケーションをとれているが、レイシフト先での多くの出会いがそうさせたのだろうか。

 

 色々と経験してきた英霊達には心地よいものかもしれないが、俺のようなちょっと特殊で疑り深く、ぼっち気質の人間には、逆に警戒させてしまうものである。

 

 いい人も悪い人も疑りから始まるコミュニケーション。俺の隠れた特技である、パンチから始まり、キックで終わる交渉術を披露しなければならないようだ。

 

 冗談は置いといて。

 

「それより、そろそろ本当の用事を教えていただいてもよろしいでしょうか。藤丸立香さん」

 

「すっごい他人行儀! いや、用事もなにも、マシュと仲が良さそうだったので、私もアルンさんと仲良くなれたらと思ってるんですけど……」

 

「いえ、間に合ってます」

 

「心の壁がッ!!」

 

 え? 俺そんなにATフィールド強そう?

 ズダンッとテーブルに腕を叩きつけて台パンをし、打ち拉がれたように項垂れるマスターちゃん。リアクションがとてもよろしくて、少し離れたところにいる人達が視線を向けてくるが、ああ、またかというように直ぐに戻った。

 

 俺がマスターちゃんと関わってみろ。あれやこれやと気を使わなければいけなくなるし、下手に深く関われば、マスターガチ勢やちょっとやばそうなサーヴァントに喧嘩売られるかもしれない。

 

 それこそ、俺がパンチで始まり、キックで終わる交渉術を有無を言わさずに食らう可能性がある。

 

 くっそーと震えるマスターちゃんを眺めながら、紅茶を口にする。少しぬるくなってきたそれは、香りも薄くなっているようで、苦味を感じた。顔を顰めるのはそれだけじゃない。何やら一つの視線を感じ取れるのだ。

 

『視線の主は、騎士王アルトリア・ペンドラゴンですね。恐らく、騎士らしく主の心配でもしており、何かあれば駆けつけられるようにしているのでしょう』

 

 なるほど。ナビの言う場所をちらりと見てみると、真剣な顔でこちらを見ているきらっきらなオーラを放つ青いサーヴァントが一人。知らない男と話しているから訝しんでいるようだが、マスターちゃんに何もないので、こちらには干渉してこないようだ。

 

 ……突然、一人になったところを辻斬りのように斬り捨てられないか不安なんじゃが。

 これ、仲良くしといたほうが良いんちゃいますか?

 

「ところで藤丸はん。最近、調子はどうでっか? ワシ、これでもここのスタッフやってん。秘技をつこうたマッサージや、入用でしたらマシンガンから核兵器まで、なんでも取り寄せまっせ! まま、なかよーしていきましょーや! へへ、へへへっ」

 

「何突然そのキャラ崩壊……え、怖いんですけど。なんかちょっと危ない人が上の立場の人に媚び売ってるみたいなんですけど…」

 

 手をスリスリ下っ端ムーブで今更ながらに媚を売ってみたが、逆効果のようだ。マスターちゃんは、あ…これ映画とかで昔見たことあるやつだ…とでも言わんばかりの目で、引き気味にそう呟いている。

 

 これは俺のコミュ力の低さが出てしまいましたね。下手にでて真っ先にこのキャラが出てくるあたり、俺も相当偏ってると言わざるを得ないだろう。自分で言っておいてあれだが、相当キモい。

 

『マスター、おやめください。それは女性の方々に向けて良いムーブではありません。あえて言うなら、叔父貴とか若頭とかそこら辺の方々に向けるものではないでしょうか』

 

 それで気に入らんとかでぶん殴られて、以降は一切出番がないモブキャラだろう? 知ってた。

 

 だが、その甲斐あってか、騎士王様は問題ないと判断したのか、それともあいつ程度ならどうとでもできると判断したのか、引いたように顔を反らしていた。

 

 ふ、ふんっ、今回は失うものもデカかったけど、俺の勝ちなんだからねっ。未来への投資なんだから。か、勘違いしないでよねっ!

 

「アルン、それ、女の子の顔で本気で照れながらもう一回やってくれない?」

 

「言い値で払いますよ」

 

「やってないし、言ってないよね?」

 

 両手を合わせて頼み込んでくるアストルフォと財布を取り出すマシュ。

 

 21歳ならぬ26歳拳一発で沈めた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ 

 

 

 

 マスターちゃんとのお茶会から1週間。頭に拳2発喰らったアストルフォの、低下しきった機嫌を回復するのにそれはそれは苦労し……たこともなく、一週間放置した結果。飄々と日常を過ごしていた俺を遠巻きに、チベスナの如き目で見つめ続けるアストルフォにストーキングされていた。

 

 このまま放置すれば、ハイライトがさよならバイバイしかねないが、別にそれはどうでもいいとして…俺の生活には面倒事が増えていた。

 

「アルンさん、こんなところで奇遇だねっ! いつもお疲れ様。今日レイシフト先で海産物を沢山獲ってきたんだー。お裾分けしてあげる!」

 

 そう言って手渡されたのは、プラスチック製の籠いっぱいに詰め込まれた、禍々しい色をした蛸に似た足や毒々しい色のヒトデ達であった。ぶつ切りにされ、粘液を垂らしており、時折思い出したかのようにピクピクと動いている。これは断じて、海鮮物でもなければ、お裾分けするものでもない。

 

 君、もしかしてだけど、俺の事嫌いじゃないか? 攻略やら好感度やら言っているけども、ガン無視だよね。

 

「アリ……ガ、ト……」

 

 心を知り、言葉を覚えたばかりのモンスターのように礼を言う。

 笑顔で籠を渡してくるマスターちゃんの背後では、いつもは素敵な笑顔のアーラシュさんが引きつった笑顔を浮かべていた。

 

心を失いそう。

 

 アストルフォどころか、俺がチベットスナギツネ……俺の手の中には蠢く振動が伝わってきている。

 最近、このマスターちゃんは何を考えた結果なのか、行く先々で俺のことを待ち伏せしては偶然あったという体で接触してくるのだ。

 

 時には廊下の曲がり角で。多くは食堂で。はたまた仕事先で。

 

 アサシン仕込みなのか、気配を消すのが割りと上手いが気配察知スキルの前では無力どころか、ワクワクそわそわしている様子まで全てお見通しなのである。その度に悲しきモンスターの顔を晒す俺に対して、少しは配慮してくれてもいいんじゃないだろうか。

 

 というわけで。

 

「今夜はタコパします!」

 

「どこにタコがあるのよ」

 

「節穴め。そこに蠢く新鮮なタコ足が見えんのか。それに……タコはなくても、パはあるじゃないか」

 

「どこにパがあるのよ」

 

「何言ってんだ。お前らがパだよ」

 

「誰の頭がパーですって?」

 

 夜。仕事も終わり、いつもの俺の部屋に入り浸っているメンバーを集め、呼ばれたことに対して不思議そうにしているメンツを有無を言わさずに、テーブルの周りに座らせる。不思議そうにしているだけという時点で、我々は全員頭パーなのである。

 

 メンバーのうち一人である、既に色々察して顔色の悪いマシュに台拭きを渡し、綺麗に拭かせた卓上に、1度に24個焼くことのできるたこ焼き器を2つ、用意する。その他にも既に調合してある生地とジンジャエールやコーラなどのドリンクを床に並べておいた。

 

 中に入れる具材? タコ以外に何があるのだろうか。変わりタネを入れるのも醍醐味ではあるが、今回はタコが………そう、タコが!!…沢山あるので、それ以外に要りはしないというもの。それを見て逃げ出そうとしたやつをロープで雁字搦めにしておく。

 

 クックックッ、逃さねぇぜダ・ヴィンチちゃん。

 

 因みに。邪ンヌはなんやかんや言ってくるが、割りと俺寄りなので嫌そうな顔してても、心の中では楽しんでいるタイプである。

 

「ねえ、アルン。一応、聞いておくけどね…これって、毒じゃないよね。お腹壊さないよね?」

 

「だそうだが、大天才殿?」

 

「問題無し!」

 

 これまた吹っ切れたことでノリノリとなったダ・ヴィンチちゃんがサムズアップで答える。しかし、この吹っ切れ方は悪い方の吹っ切れ方ではないので、きっといい方向に、いい感じのスパイスを加えてくれるだろう。

 

 その証拠にロープを解いてやれば、いそいそと懐からとある物を取り出し、テーブルの上に置いた。

 

「これはね、とある複数の植物の種子から抽出した、激獄辛…いや、撃滅獄葬辛味成分さ。キャロライナ・リーパー? なにそれ? これがあれば竜種……いやさ、龍種も一撃な劇物だよ!!」

 

「なんだその撃龍槍みたいな名前の劇物。龍種死ぬなら俺らも死ぬやんけ」

 

 どのような植物か非常に気になるところではあるが、つまるところ、これを使用してロシアンルーレットたこ焼きにしようぜってことらしい。

 

 瓶の中の赤を通り越して赤黒い粉を目にし、一斉に顔面の色を消滅させ、信じもしていない神に祈りを捧げる一同にこちらがもはやドン引きのレベル。

 

「おぉ、神よ…迷える子羊を救い給え………そして、そこにいる大天才を地獄に落として頂戴。殺ってくれたら、私、神に感謝し尽くして聖女になれそうな気がします」

 

「ラーメンバレイショピーナツバター!! …ラーメンで思い出したけど、おとーさんが作ったパエリアは絶品だったよー」

 

「レーメンハニトーチョコムース………ん? ジャックちゃん、ラーメンからどうやったらパエリアに繋がるんですか? というか、私呼ばれてないッ!!!」

 

 沖田はそのときどこぞの特異点に遊びに行ってたとかで、邪魔しちゃ悪いと思って呼ばないでおいたんだっけか。

 ジャックと話していたはずだったのに、仲間外れにされているのではないかと必死の形相な沖田に掴みかかられる。

 

 やめろ近い良い匂い。生臭かったので助かりますわ。

 

 流石にその劇物を生地に練り込むと全てが終了となるため、たこ焼き2個程にちょびっと、そう、ほんの一片二片程度入れておいた。これに誰も文句を言わない辺り、俺たちは既に芸人の域に足を踏み込んでいるのではないだろうか。ワンチャンVTuberにでもなれそうなくらい。

 

 たこ焼きに関しては、ピックなんて暗器も同然お手の物ですと言わんばかりに、意外な才能をみせている静謐に任せている。タコの解体? 我が娘が秒でしてくれましたよ。よくある異次元料理漫画の、一瞬にして食材を細切れにするアレ。

 

 ダ・ヴィンチちゃんの劇物もだが、タコというゲテモノもどうなるか、気になるところである。

 

 

 

 




……タコパってなに? 

自分たちで焼くよりも、絶対に屋台で買った方が美味しいじゃん。

味に対する満足度違うじゃん。

準備も後片付けも友達とやらも要らないじゃん。

モノを食べる時はね、誰にも邪魔されず、自由で、なんというか救われてなきゃあダメなんだ。独りで静かで豊かで……


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