俺ガイル短編SS集 (ケビンコスナー)
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Stargazers

お気に入りなどありがとうございます、すごく励みになっております。
今回は星を眺める八雪のお話です。
以下本編です。


大学生ともなると毎日暇なのかと思っていたが、わりと真面目に授業を取ってしまった俺の日常は、そこまで暇と言えるものではなかった。今日も今日とて面倒臭いレポートを片付けようと、マッ缶片手に4:00くらいから格闘を続けている。

「もう冬だなあ…」

カレンダーに刻字された12という文字を見つめながら、1人嘆息する。結構寒くて今も毛布を被っているのだが、一人暮らしだと意外と光熱費がバカにならないから暖房とか付けたくないんだよなあ…。

一休みつこうと、スマホをつける。すると、雪ノ下からLINEが来ていた。

 

『今日、天体観測するわよ。』

 

…は?

 

× × × × × × × × ×

 

 

「お前マジで当日予約はないわ」

「だってあなたどうせ暇でしょ?」

「いやそうなんだけどさ」

 

おかしい。俺は今日3つくらいレポートを終わらせようと心に決めていたのに、なぜ雪ノ下を家にあげてあまつさえ宅飲みを実施しようとしてしまっているのか。

 

「つーかお前が飲みたいだけだろこれ」

「そうとも言うわね。でも、今日は星が綺麗に見える日らしいのは本当よ?」

「どうせそれも酒飲む口実なんだろ」

「当たり」

 

ふふふと、愉快そうに笑う雪ノ下。大学で数多の男を魅了する才女とは思えないだらけぶりに、筋違いな不安を抱く。

 

「お前が酒飲んでる姿見たら世の男は全員失神しそうだな」

「大丈夫よ。人前ではおさえてるもの」

「さりげなく俺を人から除外するのはやめろ。傷つくだろ」

「そういう意味で言ったわけじゃないわよ」

 

また雪ノ下はころころと笑う。ほんとにこいつ、よく笑うようになったな。高校のころの雪ノ下に見せてやりたいもんだ。

 

「それにしても寒いわね、この部屋」

「光熱費がもったいないんでな」

「私が来たときくらいつけなさいよ。はい比企谷君、ビール」

「どうせ酒飲んだら暖まるだろ。サンキュ。お前は?」

「スト○ングゼロ一本もらえるかしら」

「これ結構強いんだからな、気をつけろよ」

「いざとなったらあなたに介抱してもらうから大丈夫よ」

「大丈夫なのお前だけなんだよなあ……乾杯」

「乾杯」

 

チン、と音が鳴る。まあ俺も酒は嫌いじゃないし、どちらかというと酔い潰れた後のこいつの対処が苦手なだけだ。やっぱビールおいしい。うめー悪魔的だ!

 

「やっぱり大学終わりのお酒って最高ね」

「大学生が言うセリフとは思えねえな」

「そういえば今日何してたの?」

「溜めてたレポートの処理。年内で5つ終わらせなきゃいけなくてな」

「あなた結構いそがしいものね、授業」

「なんでよりによって今日酒盛りしようって持ちかけてきたんだよ」

「あくまで天体観測よ、天体観測。それにわたし、来週から年始まで海外にいるから」

「マジで?」

「家の付き合いでね…。今週だと予定の空いている日が今日くらいしかなかったの。」

「じゃあ今日が年内最後って訳か」

「そうなるわね、年末もあなたの家で飲みたかったのだけれど」

「俺も年末は帰省してるよ」

 

そりゃあそうでしょう、という感じで微笑む雪ノ下が、2本目の酒を開けた。速い速い、また吐くぞバカ。

しかし年末に海外なんてやっぱこいつんち金持ちだなあ…。なのになんでバーとか行かずわざわざ俺んち来て安い酒飲んでんだろうなあ…。

 

「そういえばあなた彼女とかいないの?」

「なんだよ藪から棒に。いねえよ」

「いないのね。いたらこんなことしてるって知られたら大目玉よ、多分」

「そうなのか?お前は怒るの?」

「恐らくね」

 

ほーん。まあ、彼女はおろか友達すらいない俺にとってはどうでもいい話だけどな。

 

「彼女作ろうとか思わないの?」

「作らないんじゃなくて作れねえんだよ。その仮定に意味がすでにない」

「じゃあ例えば、あなたのことを好きな変人がいたらどうする?」

「人に進歩しただけ大きい成果だな」

 

今日のこいつ結構しつこいな…。もうすでに酔ってきているのかもしれない。なにが天体観測じゃ。

まあしかし、俺のことを好きな人ねえ。いたとしても、俺は多分その好意を信用できないだろうしな。雪ノ下とかのような虚言を吐かない系の方の言動なら多少は信じられるくらいには成長したが、まだまだ俺は人のプラスの感情を信じ切れないままだ。

「そんな奴がいたとして、」と話を続ける。

 

「めんどくさくてつきあわねえんじゃねえの」

「…じゃあ私が好きだって言ったら?」

「…お前今日やっぱ結構酔ってるだろ。水飲め水」

「答えなさいよお」

 

からかうようにけらけらと彼女は笑う。やめろやめろ、わりとどきっとしたんだよ。自分の単純さがいやになるが、あいつは絶対に嘘をつかないからな。

 

「ほら」

「…ん。ありがとう」

「そういうお前は彼氏とかつくんないのかよ」

「いやよ。妥協とか嫌いなのよ私」

「でもお前レベルの男なんて、それこそ海外とか探さないといないんじゃねえか」

「妥協ってそういう意味じゃないわよ」

「いやじゃあどういう意味なんだ…」

「好きになった人と付き合いたいのよ、私は」

「はあん」

 

意外と乙女なんだな、こいつ…。

まあしかしそれこそこいつが好きになるやつなんてハイスペックだろう、どこかで妥協した方がいい気もするんだが。人の趣味にケチ付けたいわけじゃないんだけどな。

 

「あんま理想追い求めてると、平塚先生になっちまうぞ」

「それは大丈夫よ、きっと」

 

いやーもうなんで平塚先生結婚できないんだ。早く結婚しないともはや俺がもらうまである。

 

× × × × × × × × ×

 

「あーもうほら飲みすぎんなよ」

「酔ってないから大丈夫よ」

 

そんなトロンとした目で言われても説得力がねえんだよ。

 

「ほら夜風当たって天体観測するぞ。今日のメインイベントなんだろ」

「いいわねそれ、あなたにしてはまともなアイディアよ」

「元ネタお前なんだよなあ…」

 

やっぱりこいつ、今日は酒盛りのつもりで来たんじゃねえか。なにが天体観測じゃ。

 

「おお、寒…」

 

窓を空けると、肌を刺す寒さが俺を襲った。吐く息も白くなり、鼻から入ってくる空気はもうすっかり冬の匂いだ。

 

「気持ちいいわね…。ここで飲むチューハイって最高だと思わない?」

「思わねえよ。ほらさっさと酔いを覚ませ」

「…寒い」

「毛布使うか?」

「…ん、ありがとう」

 

毛布を使って気持ちよさそうにするぬくの下さんを傍目に見ながら、空を眺めた。

 

「うおお…」

「圧巻ね…」

 

東京の夜空でも、澄んだ空気のおかげかそこには満天の星空が光っていて、まさに絶景といった感じだった。

これが夏だったらあれがデネブアルタイルベガみたいなこともできたのだろうが残念ながら今は冬だ。星座に疎い俺だが、それでもオリオン座だとかこいぬ座といった星座を見つけることができる。流れ星も、浮かんでは消えてを繰り返していて、ふっと俺の気持ちをもの悲しくさせる。

 

「…いつか山のてっぺんとかでまた星を見たいわね」

「お前の体力じゃ難しいだろ」

「これでも体力はついてきたのよ。春休みにどこか行きましょう、約束」

「…まあ、そのうちにな」

 

雪ノ下が肩にもたれかかりながら、「約束よ」と念を押すようにつぶやいた。まだ叶えてない約束も多いのに、約束ばっか増えていくなあ…。

 

「…宇宙ってたしか137億年だかの歴史を持ってるんだっけか?」

「ええ、そうね。地球が生まれたのが46億年前で」

「俺らが生まれて20年か…。小せえなあ、人間…」

「よかったわね、この20年でこんな美女と知り合えて」

「自分で言うなよ…」

 

まあその通りなのがどうしようもないんだけどな。本当に、こいつとこんな関係になれたのなんて、こんな陳腐な言葉で表したくはないけれど、奇跡みたいなものだ。

 

「…来年も」

「ん?」

「再来年も、そのまた先も、宇宙があり続ける限り、また天体観測したいわね」

 

雪ノ下が、優しげに俺に語りかける。その言葉は、祈りのように、流れ星のように、宙に浮かんで消えていく。

 

「…どうだかな」

「なによそれ。私と飲みたくないの?」

「セリフがパワハラ上司みたいだぞお前…。そうじゃなくて、色々あったらもうこんなこともできないかもしれないだろ」

 

元来人間の関係性なんて人以上に儚いんだし、宇宙からみたらゴミだぞゴミ。

 

「色々ってなによ」

「俺がニートになるとか」

「私が養うわよ」

「…お前が結婚するとか」

「あなたと結婚すればいいじゃない」

「…いやもうその、勘弁して…」

「何照れてるのよ、もう」

 

ええいうるさいうるさい。頬をすり寄せるな腕を組むな俺をからかうんじゃないやめろ。もう正直俺のハートがいろいろマックスレボリューションだ、これ以上なんか言われたりしたら爆発してしまう。

 

「だから、問題なくできるでしょう?天体観測」

「俺のハートに問題があるわ。俺じゃなかったら襲われてるぞお前」

「いいわよ、どうせあなた以外にこんなことする相手いないもの」

「…さいで。風呂入るか?」

「そうね、寒くなってきたし、お借りしようかしら」

「もう湧いてるはずだから、入ってきていいぞ」

「ありがとう。…一緒に入る?」

「入んねえよばか」

 

楽しそうに笑いながら、彼女は部屋に入っていった。ほんとにもうあいつは…。からかい上手の高木さんばりのからかいに、西片君な俺はずっとタジタジだ。高校時代散々困らせていた雪ノ下に今となっては毎回困らされているのはもう本当に驚きとしか言いようがないな。高校時代の俺達が今の会話聞いたらどう思うのだろうか。

残っているビールをちまちま飲み、夜空を眺めながら、俺はふっと息をつく。そろそろお開きになりそうなこの飲み会を、ふっと思い返す。雪ノ下との宅飲みはいつも突然だし、すぐ酔うし、たまにゲロったりするし、掃除はめんどいし、からかってきてメンタルは持たないしでもうロイヤルストレートフラッシュと言った感じだ。それでもあいつと出会うたび、こう思うのだ。

また来年、再来年も、宇宙があり続ける限り、あいつとまた出会えますように、と。

 

ビールを流し込み、俺もベランダを後にする。飲み会の片付けは、風呂に入っている雪ノ下が上がってからにしよう。どうせ今日も泊まっていくだろうあいつのために、俺は布団を敷き始めた。



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雪の日のたたかい

ご覧いただきありがとうございます。
とある雪の日の八雪のお話です。タイトルは雪合戦のことではないです。
以下本編です。


万物は流転していき、永遠に存在するものなんてないと言うことを、俺は雪に抱く感情を通じて知ったと思う。いやだってもう雪の日とかぜってえ大学行きたくないし…。なんなら基本的に空から何かが降る日は大体自主休講しちゃってるし…。

 

多くの大人にとってみれば雪なんて通勤、通学を妨げる災害でしかないし、俺ももうすでにその認識が身につきつつあるが、雪が降るたびに愚痴をこぼしていた両親にだって、雪を楽しみにしていた子供時代というのがあったのだろう。月日が経って環境や立場が変化すれば、あるいは時間そのものが経過すれば、きっと永遠に何かを同じように思い続けることは無理だ。人はそれができるやつのことを、狂気、だとか、天才、といった言葉で表すのだろう。

 

 

 

しかし、この事実だけはずっと変わらないと思うのだ。

 

 

 

 

 

男はスマブラが大好きだ。

 

 

 

 

 

「ちょっと待て雪ノ下天空で迫ってくんな…落ちてんじゃねえかお前」

 

「うるさいわね、このキャラが死にたがるのが悪いのよ、このっこのっ」

 

 

 

ア○クを使いこなせていない雪ノ下を見て、俺は爆笑してしまった。ドヘタクソめ、俺のリ○カの力を見せてやるよ!

 

 

 

「ははは、いけ、ピーケーサン…ああミスった!死ぬな死ぬな!」

 

「あなただって落ちてるじゃない」

 

「こいつがサイコキネシスを制御できねえのが悪いんだよ!」

 

 

 

雪ノ下もけらけらと笑う。くっそこいつ、PK○ンダーも操れないとかどうなってんだよ。

 

 

 

現在俺達は、3ライフノーアイテム終点というキングオブ王道設定でスマブラ大乱闘をしていた。

 

なんで雪の日にこいつとこんなことやってんだろうな…。

 

 

 

× × × × × × ×

 

 

 

7時間前。まるでどこぞのCGかよ、というほどに規則正しく降る雪を窓から眺めながら録りためたアニメを見ていると、突然雪ノ下から電話がかかってきた。怪訝に思いつつ、震えるスマホを耳に押し当てる。

 

 

 

「…もしもし」

 

『比企谷君?』

 

 

 

やっぱり雪ノ下だ。後ろからは賑やかな街の音がする。こいつ外にいんのか?こんな雪の日に?

 

 

 

「雪ノ下だよな?珍しいな電話なんて」

 

『ちょっと急ぎの連絡でね』

 

「なに」

 

『今日あなた暇?』

 

「アニメ見るので忙しいな」

 

『要するに暇なのね。ねえ、今日あなたの家に泊まって大丈夫かしら』

 

 

 

バカ言うな、アニメ見るのだって号泣したり爆笑したりで体力使うんだぞ、俺は決して暇ではない。

 

え、ていうかこいつ、今なんつった?

 

 

 

「え?泊まんの?」

 

『そう。空いていればでいいのだけれど』

 

「いやいやいやいや一人暮らしの男の家に泊まろうとすんなよ、なんで?」

 

『なんでもいいじゃない。だめ?』

 

「ダメに決まってんだろ、そんなホイホイ男の家に」

 

『どうしてもダメ?』

 

「いやだめだろ。大体、俺んちからお前んちって結構距離あるぞ、この天気で電車も止まってんだろ」

 

『私今、あなたの家の最寄り駅にいるのよ』

 

「…え?またなんでこんなとこにいんのよお前」

 

『あなたの言うとおり電車も止まってるし、泊まらせて欲しいわ、今日くらいは』

 

「…わーったよ、迎え行くから待ってろ」

 

『あまりプリンセスを待たせないようにね』

 

「俺のプリンセスは小町一択だ、異論は認めん」

 

『シスコン』

 

「ほっとけ、んじゃあな」

 

『ええ、ありがとう』

 

 

 

藪から棒なお願いに、あふれ出るめんどくささがやばい。なんてわがままプリンセスだ。まじっべーわー。だるいなあ…と思いつつ、俺はコートを羽織り、ブーツに足を通す。外はすでに一面の銀世界だった。

 

 

 

× × × × × × ×

 

 

 

回想終了。ただ俺が押しに弱いと言うことしか分からなかったな。

 

 

 

「あー疲れた…。久しぶりに全力でやったな…」

 

 

 

一旦スマブラを休止する。もう3時間以上ぶっ通しでやっているせいか、かなり疲れた。隣をみれば、雪ノ下の頬が紅潮しており、彼女も楽しんでいたようだ。先ほど男はスマブラが大好きだといったがあれは嘘だ。全人類大好きだ。

 

 

 

「はじめてやったけれど、結構楽しいわねこれ」

 

「マジで男が1度は通る道だからな。ちなみに友達がいるともっと楽しいらしいぞこれ」

 

「やっぱりあなた1人でやってたのね、これ。楽しいの?」

 

「お前これ1人でできるんだからな。しかもメインの話は1人でやる用だから、むしろこれは1人でやるのが正しいんだよ」

 

「見事すぎる屁理屈ね…」

 

 

 

いやだって本当に1人でできるし…。でも1人でこれやってるときの寂しさは、小学生だった俺でもなかなかにこらえたな。なんと言っても俺以外全員コンピューターの大乱闘が虚しすぎる。1人でブツブツ言いながらやってたら小町に「きもちわるい」と言われたこともあった。正直泣きそうだった。

 

 

 

「見て、外。もうこんなに暗くなってるわよ」

 

「雪がすげえな…」

 

「とても神秘的よね。明日雪合戦しましょう、私得意なの」

 

「まあいいけど。え、てか、お前、マジで泊まんの…?」

 

「こんな寒空の下美女を放り出そうというの?本当に失礼な男ね」

 

「…まあそうだから泊めるけどさ、今度から雪の日の外出は控えてくれよ」

 

「それは私の気分次第ね」

 

 

 

わがままプリンセスめ…。いやまあ仕方ない用事だってあるだろうしとやかく言えた話ではないけれど。

 

 

 

「つーかさ、マジで今日お前なんかあったの」

 

「なぜ?」

 

「こんな冬の日に外出なんて普通しないぞ」

 

「スマブラがやりたかったのよ、あれ面白いわね」

 

「だろ?今日俺が教えてやったもんな、それ目的なわけねえだろ」

 

「スマブラで思い出したわ、肩がこってるの。揉んでくれるかしら」

 

「露骨に話題逸らすなよ…。まあいいだろ、ほら」

 

「ん」

 

 

 

わりと外出理由、気になるんだけどな…。心でつぶやきながら、ソファの前でだらけている雪ノ下の後ろに回り込む。スマブラだったら絶好のチャンスなのだが、残念ながら今は大乱闘の時間ではない。

 

 

 

「うわーお客さんこれは凝ってますねえ」

 

「なぜ棒読みなのあなた」

 

「いやでも凝ってるのはマジ。俺でも分かるわ」

 

 

 

普段から小町の肩を揉んでやったりしてると、こういうことまで分かってくるのだ。やっぱりお兄ちゃんという立場は最強なのでは…?

 

 

 

「…最近忙しかったからかしらね」

 

「あーまあテストとかもあったしなあ」

 

「それよりも、それを口実にテスト勉強しようと誘ってくる男の対処の方が手を焼いたわ。下卑た目で近づかないで欲しいのだけれど」

 

「腐った目持ってる俺にはなんも言えねえなあ…」

 

「まだあなたの方がましよ」

 

「チャラウェイと比べられてもな」

 

 

 

けっ、という気分で肩のマッサージを続ける。なんだよあいつらすぐちゃん呼びしてでけえ声で騒いで「LINEやってる?笑」とか聞き出しやがって。笑じゃねえんだよもっと真剣に聞き出せ、LINEは遊びじゃねえんだよ。

 

と思ったけど、こいつそういや。

 

 

 

「…いやでもさ、お前テスト勉強っつってよく俺んち来てたじゃん」

 

「…あれはいいのよ、あれは」

 

「なんでだよ」

 

「…少しは察しなさいよ」

 

「何をだよ」

 

 

 

ふん、と言って不機嫌になってしまった雪ノ下がそっぽを向き、沈黙が場を支配する。ええ…今の察せる要素何もなかったでしょ…。じょしとのかいわって、むずかしいなあ。

 

 

 

× × × × × × ×

 

 

 

「すんません、疲れたんでやめてもいいっすか」

 

「だめよ、あと15分はやって欲しいわ」

 

「マジで死ぬって俺の手が」

 

 

 

15分はマッサージしているが、さすがにちょっと腕が疲れてきた。この調子でやっていると永遠にやらされそうで、本当に死んでしまう可能性があるので、俺は雪ノ下の許可を待たずにソファに寝そべった。

 

 

 

「…まだやめていいって言ってないのに」

 

「俺にも人権をくれ…。後でまたやってやるから」

 

「…私がやってあげましょうか?」

 

「いや、別に疲れてないから大丈夫だ」

 

「そう…」

 

 

 

残念そうに彼女が言う。残念がる要素1ミリでもあったか?もしかして雪ノ下は肩フェチだとか言うすごい重い性癖性癖(カルマ)でも抱えてんのか?

 

夕飯にはまだ少し速いな、と思い、本を取ろうと席を立つ。しばらくすると、リビングの方から雪ノ下が俺に問いかけた。

 

 

 

「そういえば比企谷君」

 

「あん?」

 

「夕食はどうするの?」

 

「特に決めてねえ」

 

「冷蔵庫、見させてもらうわよ」

 

「おう」

 

 

 

しばらくすると、雪ノ下の呆れ声が聞こえた。

 

 

 

「…中に何も入っていないのだけれど」

 

「あーそんな気はしてたわ」

 

「どうするのよ夕食」

 

「…我慢」

 

「却下」

 

「ですよねー…。仕方ねえ、目の前にスーパーあるから行くか」

 

「分かったわ、準備しておくわね」

 

「おう、雪どう?」

 

「まだ降ってるわよ」

 

「だりいな…」

 

 

 

行きたくねえ…。我慢じゃダメなの?痩せるし。まあでもあいつはこれ以上痩せたら死んじまいそうだけどな。

 

 

 

× × × ×  × × ×

 

 

 

無事スーパーでの買い物を終え、俺達は帰路についた。雪の降り方はさっきよりも大人しくはなっており、まあギリギリ外に出れるかなといった感じだが、まだまだ寒い。俺も雪ノ下も、マフラーに顔を埋めてとりとめのない会話をしていた。

 

 

 

「…さっきからなにしてんの、お前」

 

「…なんでもないわよ」

 

「…おう」

 

 

 

自分の左手をチラチラ見ては俺を見上げるという奇行を繰り返す雪ノ下に、俺は問いかける。おい雪ノ下ァ、お前さっき(自主規制)

 

止まった会話の後の沈黙の間を歩きながら、彼女の横顔をふと見る。赤のダッフルコートに身を包んだ彼女は、息を吐く姿すら神秘的で、とてもさっきまでスマブラに興じていた人と同一人物には思えない。肌も目も鼻も、その長い黒髪も、触れたら壊れてしまいそうなその雰囲気は、雪ノ下雪乃という名前にふさわしいと、心底思う。

 

 

 

「…なに?」

 

「…いや、なんでも」

 

「…そう」

 

 

 

横顔を眺めているのがバレてしまったらしい。やだ、なんだか恥ずかしい…。

 

 

 

俺は雪がそこまで好きではない。交通機関が麻痺してしまうとかそういう理由もあるけれど、一番の理由は、素手で触れたらすぐに溶けてしまうからだ。永遠という概念をあざわらうかのように一瞬で溶けて、あたかも存在しなかったかのように振る舞う、そのことがなんだか俺を裏切ったような気がしてしまうのだ。一瞬で消えてしまうのなんて人間関係で十分だろ。そんなことを考えていると、まさに雪を体現したかのような彼女が、一瞬で消えてしまうのではないかなんていう馬鹿げた不安が頭をもたげて、俺は苦笑する。

 

 

 

「…なあ」

 

「…なにかしら」

 

 

 

馬鹿げた不安なんてことは分かってる。それでも、それでもだ。

 

 

 

「お前、消えたりすんなよ。」

 

 

 

そして。

 

 

 

「幸せになれよ、ちゃんと」

 

 

 

万物は流転し、永遠に存在するものなんて存在しない。それは雪そのものも、雪に向けられる感情もそうだ。

 

だからきっと、雪ノ下に向けているこの感情だってすぐに変わってしまって、もっと醜いものになってしまうかもしれない。それがひたすらに怖かった。

 

出会ってまだ3年弱しか経っていない関係だけど、出会い方も最悪だったし今だって不思議な関係だけど、俺は今多分、誰よりもお前が幸せになって欲しいと願ってるよ。今日だってなんでか知らないけどこんな大雪の中外に出るわ、俺んちに泊まるとか言うわで、こんなこと他の男にやったら一発でアウトだぞ、多分。

 

ただの嫉妬かもしれない。でも、これがどんな感情かなんて関係なく、お前はこれからも雪ノ下雪乃でいて、幸せになってくれよ。

 

そんな感情を持っていた比企谷八幡なんていうバカみたいな人間を、頭の片隅にとどめておいてくれよ。

 

…急にこんなことを考え出したのは、雪が降ってセンチメンタルになっているからだろうか。俺らしくないな、本当に。

 

 

 

「…急にどうしたの」

 

「いや、なんとなくな。すげえ恥ずかしいこと言ってんのは分かってるから、ツッコまないでくれ」

 

「…ううん、嬉しいわ。だから、」

 

 

 

俺の目を見てはっきりと呟く。

 

 

 

「あなたも、幸せになりましょうね」

 

 

 

そう微笑み、雪ノ下は俺の手をとる。

 

 

 

「…ちょっと恥ずかしいんだけど」

 

「私に消えて欲しくないんでしょ?家まで、こうやって連れて行って欲しいわ」

 

「…わかりましたよ、わがままプリンセス」

 

 

 

俺は嘆息する。もうすでに小町の下僕をやっているような身分だし、これが彼女の幸せだというのなら、甘んじて受け入れるだけだ。

 

彼女の手が発する温もりと、少し照れたような彼女の横顔と、冬の都会の匂いと。

 

 

 

「そういや夕飯なんなの?」

 

「ハンバーグにしようかと考えているわ」

 

「おっけ、俺もなんかするわ」

 

「別に大丈夫よ、あなた料理うまくなさそうだし」

 

「いやすげえうまいから俺。8年前なんかな…」

 

 

 

静かな夜の街に、2人の声が響いた。

 

 

 

× × × × × × ×

 

 

 

「♪~」

 

比企谷くんの家で、お風呂を借りていた。寒い日のお風呂はやっぱり素晴らしいわね、と1人呟く。今日、いろいろと達成することのできた私は、鼻歌をするほどには上機嫌なのだ。

 

 

 

…それにしても、あの男の鈍感さには本当に辟易する。「あんま男の家にほいほい泊まんなよ」と、彼は多分優しさで言ってくれたのだろうけれど、私がそんなに分別のない女に見えると言うことなのだろうか。私がここまで泊まりたがった理由をもうちょっと考えなさいよ、鈍感。きっと彼は勘違いだと結論づけたのだろうけど、手まで繋いだのにまだそのスタンスを変えないつもりなのかしら。

 

…そう、手まで繋いだのだから、あと一歩よ、私。

 

 

 

「今夜が勝負ね…。」

 

 

 

彼女は1人ごちた。夜の2人の駆け引きの内容は、神様にしかわからない。



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misunderstanding

ご覧いただきありがとうございます。
花火大会ではしゃぐ八雪のお話です。
以下本編です。


花火大会。それは、世にも忌々しいリア充イベント。俺の敵である、それも最大の。そもそも花火の由来って爆竹だぞ、そんな野蛮なものが空に打ち上げられて「きれい…」「君の方が」なんてやってる奴らは全員前世が快楽殺人者だったに違いない。人の血を見て「きれい…」とか笑ってるタイプの。ちなみに「きれい…」「あれは炎色反応」だなんだ言ってる奴は多分前世も理系。普通のやつはいくら理系でもそんなこと言わない。なんつったって好きな女の子の前で緊張しちゃってるからな。リア充爆発しろ!

 

「お疲れ様です」

「おつかれーっす」

 

そんな支離滅裂な思考・発言をしながら、挨拶をしてオフィスを出る。比企谷八幡25歳。現在俺は、立派な社畜として勤務中だ。はたらくさいぼうってやつだ。会社の1部となって働いてる点とか俺にも代わりがいる点とかガン細胞はすぐ追い出される的な意味で、この比喩通りすぎて悲しくなってきたな。

就活をなんだかんだ頑張ったおかげか、今は結構ホワイト目な会社に就職することができ、今日もこうして5:00に上がれたわけである。おかしいな、5:00に上がれるだけでホワイト企業と錯覚するあたり、俺も堕ちたな…。初心忘るべからず。今後は専業主夫を目指して再就職を頑張りたいと思う。

まあこんなくだらないこと考えるくらいには余裕あるのか、なんてことを考え、駅に向かい家路を急ごうとする。すると、

 

「比企谷くん」

 

と言う声とともにみぞおちに謎のパンチを食らった。いってえ…。

 

「…いや痛いんですけど雪ノ下さん」

「あなたが私を無視するからよ」

「気付かなかっただけだっつの」

 

パンチした手が痛むのか、そこをさすりながら雪ノ下が恨みがましげな目を向ける。そこが痛むのは俺のせいじゃねえよ。いやまあ、彼女が怒っているのは別のことに対してなのだろうけど。

 

「なに、今日も俺んちくんの」

「今日は別の予定」

「なに」

「今日、幕張の花火大会行かない?」

「…じゃあな」

「待ちなさいよ」

「いってえ!」

 

一瞬なにを言ってるんだこいつは…となったのでそのまま帰ろうとしたら、雪ノ下に腕を引っ張られた。変な方向に曲がってしまって痛い。

 

 

「いや、いやだよ、あんな人の溜まり場。帰って寝たいんだが」

「いいじゃない、行きましょうよ花火大会」

「ええ…」

 

むくれる雪ノ下。絶対に今日は家で休みたい俺は、どうすれば花火大会を諦めてくれるかを考え、必死の説教を始める。

 

「まあ待て雪ノ下。まずあれは人が多い。ゲロ多い。行ったことを後悔するレベルだ」

「それなら大丈夫よ、私は気にしないもの、多分」

「俺が気にすんだよ。別のやつと行ってこいよ」

「いやよ」

「…なんでだよ。そもそもあれはカップルのイベントだ」

「私たちならエリートカップルに見えるんじゃない?問題ないわよ」

「問題ありありだわ」

 

頑張って反論しても、斜め上の説得をされる俺。今日の雪ノ下は頑固だな…。負けないぞ!

 

× × × × × × ×

 

「うわ、めちゃくちゃ人いるな今日…」

「さすがに堪えるわね、これは…」

 

あれから1時間後。そりゃあこうなるよな…なんてため息をつきたくなるほどの人の多さの中で、俺達は改札に向かっていた。ちなみに結局雪ノ下には勝てませんでした。雪ノ下には、勝てなかったよ…。

同じく人の多さに辟易しているらしい雪ノ下に、俺は言う。

 

「やっぱ家で本読んでた方がよかったんじゃねえのこれ…」

「風情がないわね、せっかくの花火なのに」

 

そういう彼女の声にも、少しうんざりしたような声が交じる。俺達はうんざりうんざりしながらも、この人ゴミに身を任せていった。それなりに小柄な彼女の姿は人混みに埋もれてしまい、彼女が潰されそうにならないか心配になるな。いやでも、真っ平ノ下さんだからひとまずは大丈夫だろう、多分。俺最低だな。

 

「…辿り着くまでで疲れるわね、これは」

「花火大会ってどこもこんなもんだからなあ」

 

無事改札を抜けたところで、俺達は一息ついた。花火大会の会場に向かいながら、俺達はとりとめのない会話を繰り返す。

 

「にしてもなんで今日行こうと思ったんだよ」

「行ったことないのよ私、花火大会。せっかくだから行ってみたかったの」

 

…?こいつ、1度由比ヶ浜とかと行ったことあるんじゃなかったのか?そう聞き直そうとするが、彼女の妙な迫力に気圧されて、つい言葉を飲み込んでしまった。その代わりに、別の言葉を探す。

 

「マジで?定番のデートスポットだろこんなん」

「私がそういうデートに応じると思う?」

「いや、応じとけよ」

 

こいつ大丈夫かなあ…。平塚先生化しねえかなあ…。いやまあ平塚先生だいぶ前に結婚したんだが。

 

「私だって人混みは苦手なのだし」

「まあそりゃ知ってるけど、んなこと言ったら今日だって多いだろ」

「今日は別腹なの」

「なにがだよ」

 

別腹ってこういうときに使う概念だったか?もっとこう、「スイーツは別腹!」みたいな感じで使うもんだと思っていたが。それこそ今彼氏と一緒にこういう場所に来ちゃうような女子が。

そんなことを考えていたら、急に周りにいるカップルの存在を思い出してしまった。

 

「けっ、カップルが多くてイライラすんな」

「あなたのそのすぐに人の不幸を願う癖、どうにかならないのかしら…」

「もう小町にも呆れられちゃってるし無理だろうなあ…」

 

それに俺は別に不幸を願っているわけではないのだ。ただちょっと、彼氏が一晩の過ちを犯してすごく彼女と不穏な空気になってくれないかなーと思っているだけで。十分不幸願ってんなこれ。

 

「…懐かしいわね、小町さん。最近あまり会えていないけれど」

「もう1年は会ってないのか、もしかして」

「そうね、彼女の入社祝い以来よ」

「ほーん」

 

逆に言うと、あいつが社会に出てもう1年か…。早いなあ。小町のご飯ももう久しく食べてないし、俺にシスコンを名乗る権利なんてすでにない。千葉県民失格だな。

すると、思い出したように、また呆れたように、雪ノ下が口を開く。

 

「…あなた、小町さんに彼氏ができてからひどくなったわよね、その癖」

「…正直自覚はあるぞ」

 

いやだって、相手が大志だし…。それに俺より先にできてるし…。兄より優れた弟など存在しねえ!まあ小町は妹だけど。

 

「シスコン。それとも、小町さんに先を越されて悔しいの?」

「いや、全く。俺作れないだけなんだなって考えたら気が楽になったわ」

「…あなた別に作れると思うのだけれど」

「俺もそう思ってたんだけどな」

 

まあ希望と現実は別物だというお話だ。お前も気をつけろよ、みたいなことを口に出そうとして、喉元でギリギリとどめる。そんなこと、こいつが一番分かってるだろうしな。

言葉がつっかえてしまった俺の振る舞いを怪訝に思ったのか、雪ノ下が声をかけてきた。

 

「…どうしたの?」

「いや、なんでもねえ。あ、そういや買い出し忘れてたな。コンビニ行こうぜ」

「いいわよ」

 

近くのコンビニに俺達は入った。やっぱりこういう花火大会のある日なんかはコンビニも結構売り上げを伸ばせたりするのだろう。いやでも、店員がカップルを見てHPどんどん削られていくから総合してマイナスだな。やっぱりリア充って最低だな。

 

× × × × × × ×

 

「それじゃあ、乾杯」

「乾杯」

 

俺は氷結、雪ノ下はスミノフを持って互いに乾杯をする。普段上品な雪ノ下がこうしてコンビニの酒を飲んでいることに、俺はふと違和感を感じた。感じたのだが、それでもこいつなんでこんなに様になるのだろうか…。オーラか?かたや俺の方なんか、もう完璧に仕事帰りに酒煽ってるおっさんだ。雪ノ下との釣り合いがとれていなさすぎて、もうどったんばったん大騒ぎといった感じである。

口を離して、ふと呟く。

 

「やっぱ仕事終わりの酒はうめえなあ…」

「あなた、真面目に働いてる?大丈夫?」

「安心しろ、専業主夫になる準備は完璧にしつつそれなりにこなしてるぞ」

「真面目の方向性がおかしいのよね…」

 

おかしいとはなんだおかしいとは。いやまあおかしいか。

 

「お前はどうなんだよ」

「それなりにうまく立ち回れてるわ、社長の座も大丈夫だと思う」

「お前のうまく立ち回るって、効率よく敵を排除できてるみたいなことじゃなくてか」

「違うわよ。しっかり味方を作れてるということよ」

「それは素晴らしい進歩だな」

 

私のことなんだとおもってるのかしら、と呟く彼女を横目に、俺は苦笑した。本当に、高校の頃からすっかり様変わりしたな、雪ノ下は。かつての高校時代に、思いを馳せる。

 

「…思い出すわね、高校時代を」

「…奇遇だな、俺も思い出してたわ」

「あまり過去を懐かしむ真似はしたくないのだけれど、あの頃、本当に楽しかったわね。あなたと由比ヶ浜さんと一色さんと小町さんがいて…」

「俺が小町を一色の手から守ろうと奮闘してた記憶しかねえな」

「なぜ高2の時期を丸々忘れてしまっているのかしら」

「冗談ですすみませんでした」

 

ひいぃ!雪ノ下が怒ってて怖いよう!

まあでも、高2のあの時間は大事な思い出なのだ。もしも雪ノ下が本当にあの時期を忘れてたとしたら、俺も発狂する。多分。

 

「…平塚先生、結婚できてよかったよな」

「本当にね」

「あの俺らに報告してきた顔、すげえむかついたよな」

 

なーにが「比企谷も頑張れよはっはっは」だよ。こういうときくらい俺のことなんて忘れてりゃいいのにな。これも教師の性というやつなんだろうか。

 

「…私ももう笑えない年齢になってきたのよね」

「お前、男なんてよりどりみどりじゃねえの」

「…そうでもないのよ、意外と」

「マジかよ…」

 

雪ノ下ですら男を選べないのか…。俺は涙しそうになる。現実、厳しすぎん?少なくとも他の男の前ではあの冷たさもなりを潜めたんだろ?

そんな現実に心の中でおいおい泣きながら、からかうように俺は言う。

 

「まあ、お前がもし結婚できなかったら、俺がもらってやるよ」

 

……。

しばし生まれる沈黙。あれ?これはミスったか?うわ、なんだか急に恥ずかしくなってきたぞ!やっぱり酔った勢いで変なことなんて言うもんじゃないな。

 

「…あーそのなんだ、雪ノ下、」

 

セクハラで訴えられるのだけはさすがに勘弁したいので、記者会見からの土下座まで視野に入れて謝罪をいれようとした、

 

-まさにその時。

 

ドーン!

 

腹に響くような音と共に、花火が、夜の空に打ち上がった。

 

うおお…。すげえ…。

 

夜の花は何発も連続で打ち上がる。その姿は本当に火でできた花と言うにふさわしいほど、色とりどりの様子を示す。

花びらはキラキラと消えていき、また何発もの花火がそれを追うようにして、打ち上がっては消えていった。

観衆のざわめきを耳にしながら、俺は雪ノ下を見た。おお…なんてまぬけな声を発する彼女が、俺に話しかける。

 

「…きれいね、花火」

「…ああ、本当にすげえな」

 

俺と雪ノ下に見えているものは、多分違う。なんといっても、全く似ていない環境で育った、全然似ていない男女なのだ。8年間付き合ったところで、特に似ることもない2人なのだ。

それでも、そんな俺らがともに美しいと感じるならば、きっとこれは本当に美しいものなんだろう。由来が爆竹なのに、やるじゃねえか、花火…。

 

「ね?きれいでしょ、花火」

 

勝ち誇った子供のように、満面の笑みで言う雪ノ下。悔しいが、認めざるを得ないな、これは…。

 

「…ああ、きれいだな、すごく」

 

彼女の笑みに少しどぎまぎしながら、俺は返答する。ここで君の方がきれいだよ、なんて言えたらよかったのだけれど、あいにくそんな甲斐性は俺は持ち合わせちゃいない。

 

「…そういえば」

「あん?」

「もらってくれるの?」

 

雪ノ下がからかうような、そして、少し縋るような目で俺を見つめる。

やめろって、話を蒸し返さないでくれよ…。ただの俺の臆病な告白だ。情けねえ口説き文句だ。すげえ恥ずかしいし、それに、勘違いするから。

特に俺が、お前にこんな感情を抱いている今じゃ、その勘違いが手痛い被害を生み出しそうなんだから。

なによりこんな関係に縋ってるのは、俺の方なんだから。

 

「…ん、まあ、気が向いたらな」

「…私も、気が向いたら受け入れてあげるわよ」

 

どこか上機嫌そうに微笑む雪ノ下。…まあ仕方ないよな。酒も入ってるし、なんてったってリア充イベントの花火大会だ。こんなことを言ったって仕方ない。

むりくり俺を納得させて、酒をあおる。花火大会は始まったばかりなんだし、酒に溺れてこの感情は忘れてしまおう。

 

× × × × × × ×

 

「花火大会、楽しかったでしょう?」

「あーうん、すげえたのしかったわ」

「…あなた結構酔ってるわね」

「わりいな、ちょっと飲みすぎたわ」

 

あれから結構な本数の酒を空けてしまった俺の足下は現在ふらふらで、少し眠たくもなってきてしまった。花火大会も終わり、周りに大勢の人がいる中帰ろうとするその煩わしさも感じないほどに。

花火大会?すごい楽しかったさ。花火も幻想的で胸を打ったし、酒も上手かったしで。これからは呪うのはやめておこうと思うほどには、楽しかった。

…でも結局、雪ノ下に対するこの感情はいまだ消えていない。むしろ酔って警戒心が解けたからか、油断したら今すぐにでも口に出してしまいそうだ。酔った意味が本当にない。本当に、マズい。

5年ほど前に自覚したこの気持ちを、俺は一生打ち明けないつもりだった。なぜって、雪ノ下の重荷になりたくないし、あいつの足かせになりたくない。

あいつのそばに、曖昧なのに強制力だけは抜群な肩書きを持って立ちたくなんてない。だってそれがあいつの力になれるとは思わないから。それが、俺の美学であり、強がりだった。

 

「…ねえ、このあとどうする?」

 

縋るような目で、雪ノ下が言う。

ああ、くそ。

 

「いや、俺は帰る。もうフラフラだし」

「…そう」

 

ああもう、くそったれ。そんな顔すんなよ。これから先の関係を願ってるような目なんてすんなよ。

…いやでも多分、誤魔化された花火大会の理由が、これなんだろう。ならば、俺はその問いにどう答えればいいのだろう。

俺のこの美学は、もちろん彼女が俺になにも気持ちを抱いていないことが前提だ。数学は苦手だが、恐らく前提条件が間違っているこの状況なら、もう1度俺の美学を問い直さなきゃいけないんじゃないか?その場合、俺はどんな答えをだすのだろうか。

 

俺は。

 

「…今日さ、俺んち泊まっていかねえか」

「え、」

「最近まともな飯とか食ってねえんだよ、お前の飯がなんとなく食いたくなった」

 

もう本当に、遠回しで婉曲的な言い方しかできない自分がいやになる。

でも。

それでも。

俺は、こんな遠回しで、婉曲的な答えを出したのだ。間違った前提を正して、もう一度問い直して。

彼女に届かなくてもいい。つたわらなくたっていいさ、俺の自己満足なんだから。

 

雪ノ下は、

 

「…仕方ないわね、付き合ってあげる」

 

と返事をした。

 

「…助かる」

「いいえ、私も嬉しいもの」

 

…まあこれはあくまで少しの延命措置なんだけどな。遠回しでも婉曲的でもない俺の告白は、家に辿り着くまで待ってもらうとしよう。

とりあえず、神様に成功を祈る。また来年、同じ花火大会に少し違う形で行けますようにと、俺はそう願った。



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プロポーズド

ご覧いただきありがとうございます。
趣味全回。
よろしくお願いします。



ベランダは風が結構強くて、夏なのに少し肌寒さを感じる。俺は、長袖のシャツを羽織りながら、タバコに火を着けた。何回か火が消えてしまって、いつもならイライラするこの時間が、今は少し愛おしい。

煙はいい…。ストレスや、思い出したくないことを全て洗い流してくれる…。平塚先生がしょっちゅう吸う理由が、今なら分かる。

煙をくゆらせながら、時間が過ぎていく。まだ少し、昨日の余韻が残っていて、珍しく何も考えずぼーっとしていた。

半分ほど吸い終わったところで、後ろから窓の開く音が聞こえた。振り返ると、雪ノ下が立っている。

 

「…おう、おはよう」

 

「…こんなに朝早くから吸うなんて、体に悪いわよ」

 

「今更だろ」

 

「それもそうね」

 

ふふふ、と雪ノ下が笑う。シルク地のネグリジェを着ている彼女は、朝起きたばかりだというのにやっぱりとても綺麗だ。

雪ノ下に合わせて3連休の休みをとって、その間中雪ノ下の家にずっとお世話になっていた。昨日が、3連休の最後の日で、今日から社畜に逆戻りだ。社畜に逆戻りって、脱走に失敗した約束のネバーランドみたいだな。

 

「にしても、起きるの早いな」

 

「あなたの感触がなくなったから」

 

「いやどういうことだよ…」

 

感触で俺を認識してるの?

 

「…三日三晩、ずっとくっついていたからよ」

 

急に下ネタを振る雪ノ下。しかも反応から察するに、彼女も恥ずかしかったみたいで。

 

「赤くなるなら言うなよ…」

 

「…恥ずかしいわ」

 

俺の毒づきにそう反応して、雪ノ下が俺の腕に絡みつく。赤くなった顔を、俺の二の腕に押しつけてきて、顔が見えなくなる。

…まあ確かに、三日三晩離さなかったのは俺だし、仕方ないよな。

 

「…タバコ吸いづれえ」

 

「それくらいいいでしょ?」

 

「…まあ」

 

適当に相槌を打ち、雪ノ下の頭をわしゃわしゃと撫でる。まだ恥ずかしいのか、彼女は顔を二の腕にくっつけながら、しばらくそのままだった。恥ずかしいとき、顔を俺のどこかに押し付けるのは、4年付き合って知った彼女の癖だ。

静かな時間が流れる。午前4時頃の街は、俺達しかいないかのように静まり返っている。2人の間に流れる暖かい空気が、心地よかった。

雪ノ下が同じ体勢のまま、口を開く。

 

「…プロポーズの台詞、あなたらしかったわね」

 

「やめてくれ。あそこで噛んだのは俺の黒歴史なんだ」

 

「今更じゃない?」

 

二の腕から、クスクスと笑い声が聞こえる。まあその通りではあるけど、あそこだけは失敗したくなかったのだ。「俺と、結婚してくじゃ」ってなんだよ…。クジャク?結婚してカラフルになっちゃうの?

憂鬱な気分を胸にタバコを吸っていると、雪ノ下が静かに口を開いた。

 

「…その黒歴史のおかげで、私と結婚できたのよ」

 

雪ノ下が、感謝しなさい、とでも言うように得意気な顔を俺に見せてくる。

ああ、それは本当に。

 

「…最高だな、黒歴史」

 

嘘だ。黒歴史は最高ではない。それでも、確かに、黒歴史は最高ではないけれども、黒歴史が導いてくれた結果だけは、胸を張って最高だと言える。本当に大好きで、一緒に生きていきたい人と、一緒に生きていけること、そして、それをこんなに幸せに感じるのも、俺の黒歴史のおかげなのかもしれない。

 

「あなたとももう、10年近くの付き合いになるのね…」

 

黒歴史つながりなのか、昔の話を振る雪ノ下。そうか、もうそんなに経つのか。10年前に比べて更に美しくなって、感情豊かになった彼女のことを思って、俺は煙混じりのため息を吐く。

 

「高二だっけか?奉仕部」

 

「そうね。出会った瞬間から私にアプローチしてきたから、どんな変人かと思ったわ」

 

「すぐバレる嘘ってついてて楽しいか?」

 

「楽しいわよ。私、ここ4年間、ずっと幸せだもの」

 

「…さいで」

 

ストレートに迫られると、何も言えない。心の底から幸せそうな雪ノ下に対して、俺はなんだかもごもごしてしまう。めちゃくちゃはずい。

 

「恥ずかしいって顔に書いてあるわよ」

 

「告白の時よりはマシだろ?」

 

「あの時よりドギマギしてる顔、一生見られない気がするわ」

 

「あの時は噛まなかったんだけどなあ…」

 

俺はため息をつき、吸い終わったタバコを、灰皿に捨てた。

大学卒業祝い、ということで、2人で1日遊んだ後、慣れない場所でした告白は成功したのに、家という慣れた場所でしたプロポーズはなんで失敗したのか。慣れた場所ほど油断する男、それが比企谷八幡…。ただのザコなんだよなあ。

いたずらっぽい笑みを浮かべて、雪ノ下が言う。

 

「子供が出来たら、一生いじられるわね、きっと」

 

「やめてくれ…」

 

威厳が1ミリもなくなってしまう。今更感はあるけれども。子供になめられてる自分を想像して、げんなりしてしまった。

そこでふと俺は気づいた。

 

「やっぱり、子供って欲しいもんなのか」

 

あんまりそういう素振りを見せない雪ノ下だったから、反対というわけではないけど少し意外だ。

穏やかな顔で、雪ノ下が問う。

 

「あなたは欲しくないの?」

 

「あー…」

 

正直なところ、どっちでもいいと言えばどっちでもいい。が、懸念点をあげるとするならば。

 

「まあ俺みたいな子供になることを考えるとな…」

 

もう今の俺はぼっちでも不幸でもないが、生きづらくなるのは確かだろうし。そこまでうまく教育できるとも思わんし。

 

「…それなら、大丈夫よ」

 

「あん?」

 

「きっと優しい子供に育つわ。私達の子供だもの。」

 

「…そうだな」

 

雪ノ下が言うなら間違いないな。なんていったって雪ノ下だし。

腕を俺の腰に回して、続けるように雪ノ下が口を開く。

 

「それに…その…」

 

「ん?」

 

「な、生でしてみたいとか…その…」

 

「…だから赤くなるなら言うなって…」

 

俺まで恥ずかしくなるだろ。生々しい話はベッドの上だけにしなさいって何度も言ってるでしょ。

顔を真っ赤にして、今度は俺の胸に横から顔を埋めてくる雪ノ下。ダメージは結構でかそうだ。

 

「お前結構むっつりだよな…」

 

「あなたほどじゃないわ。ベッドだと私いつも負けてるじゃない」

 

「落ち着けって。それに大体の男はベッドだとあんなもんだ」

 

「…そうなの?」

 

「ああ」

 

まあ知らんけど。でももしも戸塚があんなもんだったら…いやそれはそれでありだな。

なんだか戸塚のことを考えてたら、気持ち悪いニヤけ顔をしてしまったので、誤魔化すようにタバコに火をつける。

 

「…あー、あと、子供できたら禁煙しなきゃな」

 

「禁煙するの?」

 

「さすがにな。まあお前の目の前で吸いまくって今更感はあるけど」

 

「…私は吸ってる姿が好きだから構わないわ」

 

予想だにしない台詞に、少し驚く。普段はあまりいい顔をされるわけでもないから、尚更だ。

しかし、それに甘えるわけにもいかないよな。

 

「…それでも、お前と子供の前で吸うのだけはやめないと、な」

 

「あなたらしいわね」

 

雪ノ下が苦笑する。まあ、何回も禁煙に失敗してる俺を見たらそりゃ呆れたような反応になるわな。

 

「とりあえず目標は、平塚先生以外の前で吸わないことだな」

 

「…どうせなら、私の前だけで吸いなさいよ」

 

「いや、やっぱ長生きして欲しいし、」

 

「他の女に、吸ってる姿を見せて欲しくないの」

 

「…え、あ、はい」

 

顔を押しつけて、こもった声で言う雪ノ下。

…つまり、そういうことだよな。めちゃくちゃ嬉しい。まあ相手が平塚先生なのが残念ポイントだけれど。

雪ノ下の顔は見れていないが、多分真っ赤だ。そして、それ以上に俺が真っ赤だと思う。

 

「…」

 

雪ノ下が同じ体勢のまま、しばらく沈黙する。この空気、甘すぎてきついな。

 

「…なにか喋ってくれ。恥ずかしい」

 

「…あと1回、しない?」

 

「!?、ブホッ、ゲホッ」

 

思わず咳き込む。

 

「…だれもそんな爆弾発言しろとは言ってねえよ」

 

「…ダメ?」

 

「ちょっと、体力がな」

 

「…今日で最後なのに」

 

…まあ、それを言われると弱いわな。

それに、普段は俺から誘ってるから、やっぱりどこか嬉しくもあり。

 

「…1回だけな」

 

そりゃ断れるわけもなく。

雪ノ下が、満足そうに微笑む。

 

「ゴムってまだあんの?」

 

「3日で2ダース使い切ったのはどこのお猿さんかしら」

 

「…やっぱ俺の方がむっつりかもしれんな」

 

え、3日で2ダース…?そんなにやったっけ俺…?

 

「…無理って言っている時くらいは、責めを止めて欲しいわ」

 

「ベッド上での無理は、無理としてカウントされねえんだよ」

 

「…確かに、そうね…」

 

あ、そうなの?冗談のつもりだったのだが。ていうか、やっぱりあれはもっと責めて欲しいという意味で間違ってないのか。

 

「…やっぱお前の方がエッチだな」

 

「~~~!!」

 

無言で腹を殴ってくる雪ノ下。痛えよ。

 

「…先に戻ってるわ」

 

十分に殴りまくって満足したのか、やっぱり顔を真っ赤にしながら俺の腕を離れる雪ノ下に、俺は少し寂しさを感じた。この後どうせくっつきまくるんだけれど、それでも、な。

ああ、そうだ、これだけは言っておかなくては。

 

「…雪ノ下」

 

「もう雪ノ下じゃないわ」

 

「……雪乃」

 

「なに?八幡」

 

雪ノ下の綺麗な笑顔と、初めての名前呼びで、胸の奥がむず痒い熱さを持つ。おっかしいな、これから夫婦になろうというのになんでいまのでこんなにドギマギしてるんだ?相変わらずの自分のヘタレさが、少し悲しい。

思えば、プロポーズだって4年もかかってしまったし、なんならその間、由比ヶ浜、一色、果てはマイスウィートラブリーシスター小町にまで、とっととしろ、となじられ続けたのに、俺はその間ずっと誤魔化してきた。ずっと、俺は彼女にふさわしくないんじゃないかとか考えて、嫉妬の感情を見ないふりして、そんなことばかりしてきた。そんなんだから、昨日だって、雪ノ下に涙声で「…遅いわよ」なんて言われてしまうんだよな。本当にヘタレで申し訳ない。

でも、そんな自分が選び取ったのだ。この、世界で1番綺麗でかわいらしい、雪ノ下雪乃とこれから生きていくことを。(ベッドの上以外では)虚言を吐かず、美しくあろうとする女の子と一緒に死ぬことを。

だから。その始まりの日に、言いたい言葉がある。

そろそろ変わるからさ。今はこれで許してくれよ。

 

「…愛してる。雪乃」

 

少し驚いた表情の後、雪ノ下が応えた。

 

「…私も愛してる。八幡」

 

雪ノ下のその台詞に、全身が熱くなるのを感じる。2人で少し見つめ合って、その後で笑った。似合わないわね、うるせえな、なんていう、そんな応酬も暖かく感じられる。

じゃあ、待ってるから、と一言残して、雪ノ下は窓を開け、ベッドに戻る。なんだかくすぐったい気持ちを胸に、俺はタバコを吸いながら街を眺めた。

…すこし明るくなっている。もう朝日が上ってきたのか。

夏の朝は早い。少しの切なさと、多めの幸福感を胸に、俺は最後のタバコを揉み消した。

 

× × × × × × ×

 

規則正しい生活をしている私ではあるけれど、今日はなんだか違和感を感じ、午前4時という中途半端な時間に目覚めてしまった。目覚めて、私はその理由に気づく。

そうか、比企谷君が、隣にいないからか。

当たりを見渡すと、いつものようにタバコを吸っている彼の姿が見える。私は、少し髪の毛を整えて、ベランダのドアを開けた。

 

「…おう、おはよう」

 

…昨日あんなことがあったのに、なんだかいつも通りの表情をしている彼。なんだかニヤけてしまいそうな私がバカみたいじゃない。

精一杯強がって、私は嫌みを言う。

 

「…こんなに朝早くから吸うなんて、体に悪いわよ」

 

「今更だろ」

 

「それもそうね」

 

比企谷君が少し笑う。彼のことを知らないと全く気づかないけれど、彼は笑うとき少しだけ口角が上がるらしい。最初は、そんなのわかるわけじゃない、と呆れていたけれど、私だけがこのことを知っていると思うと、なんだか嬉しくなってしまう。

タバコを吸いながら、比企谷君が口を開く。

 

「にしても、起きるの早いな」

 

「あなたの感触がなくなったから」

 

「いやどういうことだよ…」

 

「…三日三晩、ずっとくっついていたからよ」

 

…言い終わった後に思ったけれど、完全に下ネタね、これ。恥ずかしくなってしまって、私は比企谷君の腕をとった。

 

「赤くなるなら言うなよ…」

 

「…恥ずかしいわ」

 

「…タバコ吸いづれえ」

 

静かに比企谷君が呟く。せっかく私が腕を組んでるのに、なんでそんなに冷たいのかしら。

 

「それくらいいいでしょ?」

 

「…まあ」

 

比企谷君が、私の頭を撫でる。タバコの香りが、私の胸を満たす。少し乱暴なのに、確かに感じる優しさが心地よくて、私は顔を二の腕に押し付けた。

しばらくこの体勢のまま、私は昨日のことを思い出していた。あまりに前触れが無くて、びっくりして泣いてしまった昨日の夜を。比企谷君は大事な台詞を噛んでしまうし、少し締まらなかったけれど、本当に嬉しくて、幸せで、今もその熱の中に私はいる。

そう思うと、自然と口が開いた。

 

「…プロポーズの台詞、あなたらしかったわね」

 

「やめてくれ。あそこで噛んだのは俺の黒歴史なんだ」

 

「今更じゃない?」

 

クスクスと私は笑った。比企谷君は、憂鬱そうにタバコを吸う。

そう、本当に今更なのだ。比企谷君がやっぱり不健康そうなのも、大事なことほど失敗してしまうことも。

でも。

 

「…その黒歴史のおかげで、私と結婚できたのよ」

 

私は、そんな比企谷君の側に、今立っているのだ。この私の隣にいれるなんて、黒歴史も捨てたものじゃないでしょ?

 

「…最高だな、黒歴史」

 

自嘲混じりで比企谷君が言う。私は彼に得意気な顔を見せながら、ふと私達が出会ったときのことを思い出す。初めて出会ったときはあんなに険悪だった私達が、今こうしているのは、意外なようで、でも10年前の私に言ったら信じてしまうような、そんな気がする。

 

「あなたとももう、10年近くの付き合いになるのね…」

 

「高二だっけか?奉仕部」

 

「そうね。出会った瞬間から私にアプローチしてきたから、どんな変人かと思ったわ」

 

「すぐバレる嘘ってついてて楽しいか?」

 

私に近づこうとしたという意味ではアプローチでしょ。なんだか悔しくて、私は彼をからかいたくなる。

 

「楽しいわよ。私、ここ4年間、ずっと幸せだもの」

 

「…さいで」

 

…やっぱり、比企谷君を困らせるのはこういうストレートな台詞ね。10年間の付き合いで覚えた、彼専用の処世術だ。もごもごしている彼は、10年前から変わらなくて、私は安心する。

 

「恥ずかしいって顔に書いてあるわよ」

 

「告白の時よりはマシだろ?」

 

彼の台詞に、思わず笑ってしまう私。告白の時の顔、ひどかったじゃない、あなた。

 

「あの時よりドギマギしてる顔、一生見られない気がするわ」

 

出会ってから6年で、ようやく告白してくれたあの時間を思い出す。大学卒業祝いということで、彼が私を誘ってくれて1泊2日の旅行に行ったのだ。最後、サヨナラを言う前の、彼の告白するときの顔は、昨日のそれよりも慌てふためいていて、でも私も多分似たようなものだった。あの時も、私は、遅いわよ、と言って泣きそうな気持ちを誤魔化していた気がする。

 

「あの時は噛まなかったんだけどなあ…」

 

「子供が出来たら、一生いじられるわね、きっと」

 

「やめてくれ…」

 

比企谷君がうんざりするような表情を浮かべる。絶対に子供達に言おうと、私は秘かに決心をする。

すると、彼がおもむろに口を開いた。

 

「やっぱり、子供って欲しいもんなのか」

 

私は少し驚く。彼は割と子供好きだったはずだ。

 

「あなたは欲しくないの?」

 

「あー…まあ俺みたいな子供になることを考えるとな…」

 

彼が頭を掻きながら、少し気まずそうに言う。そうか、比企谷君は育てるところに不安があるのか。

どれだけ意識したって、私達は私達なのだから、確かにあなたみたいな子供が生まれるかもしれない。

でも。

 

「…それなら、大丈夫よ」

 

「あん?」

 

怪訝そうな顔をする比企谷君。そう、絶対に大丈夫。

 

「きっと優しい子供に育つわ。私達の子供だもの。」

 

「…そうだな」

 

ひねくれながらも、まっすぐ育つわよ、きっと。

それに、子供が欲しい理由もある。

 

「それに…その…」

 

「ん?」

 

「な、生でしてみたいとか…その…」

 

言ってから、やめておけば良かったと後悔する。完全に痴女じゃない。

 

「…だから赤くなるなら言うなって…。お前結構むっつりだよな…」

 

「あなたほどじゃないわ。ベッドだと私いつも負けてるじゃない」

 

「落ち着けって。それに大体の男はベッドだとあんなもんだ」

 

「…そうなの?」

 

「ああ」

 

なんだか納得いかず、少し私は頬を膨らます。でも、これ以上話しても墓穴をほるだけな気がして、私は口を閉じた。いつの間にか腰に回されてる腕のことを聞かれたら、恥ずかしすぎて死んでしまうかもしれない。

比企谷君が、2本目のタバコに火をつける。私が煙の行く先を眺めていると、彼が何かを思い出したかのように言った。

 

「…あー、あと、子供できたら禁煙しなきゃな」

 

「禁煙するの?」

 

今まで幾度となく禁煙に失敗している彼のその台詞に、私は苦笑交じりで反応する。

 

「さすがにな。まあお前の目の前で吸いまくって今更感はあるけど」

 

少し申し訳なさそうに言う比企谷君。

 

「…私は吸ってる姿が好きだから構わないわ」

 

「…それでも、お前と子供の前で吸うのだけはやめないとな」

 

「あなたらしいわね」

 

苦笑交じりで比企谷君が反応した。今度の禁煙は成功すると良いわね、と私も笑う。と同時に、いつの間にか子供を作ることに乗り気な比企谷君に、少し嬉しくなった。思わず腰を強く握る。

 

「とりあえず目標は、平塚先生以外の前で吸わないことだな」

 

なんでもないかのように口を開いた比企谷君の台詞に、少し胸が苦しくなった。別に平塚先生と飲むからって、何かがあるわけないことは私もよく知っているけれど。

 

「…どうせなら、私の前だけで吸いなさいよ」

 

「いや、やっぱ長生きして欲しいし、」

 

彼の台詞を遮るように言う。

 

「他の女に、吸ってる姿を見せて欲しくないの」

 

「…え、あ、はい」

 

赤くなる表情を誤魔化すため、比企谷君の腕に顔を押し付けた。嫉妬の感情をぶつけたのは初めてだったから、彼がどんな反応をするかなんて分からないけれど、声色的に恥ずかしがってるらしい。私は少し安堵して、しばらくそのままの体勢で固まる。甘すぎるこの雰囲気に、しばらく身を委ねる。

 

「…なにか喋ってくれ。恥ずかしい」

 

居心地の悪さを掻き消すように比企谷君が言った。私は、もう少しこの雰囲気を楽しんでいたくて、だから恥ずかしいことを言いたくなって。

 

「…あと1回、しない?」

 

「!?、ブホッ、ゲホッ」

 

比企谷君が咳き込む。改めて聞いても問題発言だけど、今日くらいは、ね?

 

「…だれもそんな爆弾発言しろとは言ってねえよ」

 

「…ダメ?」

 

「ちょっと、体力がな」

 

「…今日で最後なのに」

 

彼の目を見つめて、恨めしそうに言う。

 

「…1回だけな」

 

比企谷君が承諾した。これからはいつでも会えるだろ、とか言い出さない当たり、やっぱりあなたも満更じゃないんじゃない。

比企谷君が私に聞く。

 

「ゴムってまだあんの?」

 

「3日で2ダース使い切ったのはどこのお猿さんかしら」

 

「…やっぱ俺の方がむっつりかもしれんな」

 

なんだか意外そうな顔をしている比企谷君だけれど、こういう長い休みの時はいつもそんな感じよ、あなた。いつも最初に限界を迎えるのは私で。次の日最後まで寝ているのも私で。

 

「…無理って言っている時くらいは、責めを止めて欲しいわ」

 

ベッド上でいつもわがままを聞いているのも私。

それを許している私に感謝しなさい、と言う意味を込めて笑うと、彼はふっと笑って私に言う。

 

「ベッド上での無理は、無理としてカウントされねえんだよ」

 

…何を言っているのか分からないけれど、なんとなく分かってしまうのが悔しかった。心当たりもある。

 

「…確かに、そうね…」

 

「…やっぱお前の方がエッチだな」

 

その台詞に、反射的にそんなわけないでしょ、と反応したくなった。でも、今までの4年間を思い返すと、否定できないのが恥ずかしくて、私は行き場のない気持ちを比企谷君にぶつける。

 

「~~~!!」

 

そんな私を、涼しい微笑で見つめる比企谷君。もう、本当に、あなたって人は。

 

「…先に戻ってるわ」

 

離れる寂しさを押し殺して、私はベッドに向かう。お風呂に入って、化粧を少しして…、と、このあとの予定を考えていると、ふと後ろから声をかけられた。

 

「…雪ノ下」

 

…甲斐性なし。心の中で彼に毒づく。

 

「もう雪ノ下じゃないわ」

 

これから先、呼び方に困らないように。

少しドギマギしている彼の表情を見つめる。

 

「……雪乃」

 

「なに?八幡」

 

お互い初めての名前呼びで、頭の中が熱くなった。それにしても、急に何?

 

「…愛してる。雪乃」

 

真剣な表情で、彼が言う。昨日も言ってくれたその台詞は、今聞いてもやっぱり嬉しくて、午前4時の気怠さと相まって心地いい気分を迎え入れてくる。

ありがとう。私と一緒に居てくれて。初めて付き合った人があなただったから、私もよく分からないことばかりで、本当にあなたを傷つけていないか、いつも不安だった。告白の時も、昨日も、遅いわよ、なんて言って、内心の喜びを伝えられなくて、比企谷君は優しいからもしかしたら気にしているかもしれない。

だから、今日こそは。ひねくれずに、素直に。

 

「…私も愛してる。八幡」

 

私が言い終わった後、2人で見つめ合って、その後、恥ずかしさを誤魔化すように笑った。似合わないわね、と、やっぱり素直になれない私を、これから変えていきたいと、そう思う。

じゃあ、待ってるから、と一言残して、私は部屋に入った。とりあえずベッド上では素直になろうと私は決意しながら、彼がタバコを吸うのを眺める。

じゃあ、待ってるから、と声をかけて、私は部屋に入った。とりあえずベッド上では素直になろうと私は決意しながら、彼がタバコを吸うのを眺める。

…私は、今日の比企谷君の後ろ姿を、一生忘れないんだろうな。

朝の匂いを感じて、夏の朝の早さに少し切なくなる。私は、まだ熱い体を預けるように、バスルームのドアを開けた。




Twitter:@lucky7boy51


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wear a costume of truth

少し早いですがハロウィンのお話です。前作「プロポーズド」と同じ世界観のお話です。後数話続きます。


「なんでせんぱいって、雪乃先輩と付き合ってないんですか?」

 

× × × × × × ×

 

今年初めての11月を迎えた日の朝、俺は雪ノ下のいるマンションの中にいた。相も変わらず、1人で住んでいるとは思えないほどでかいな、ここ、なんて1人ごちながら、俺はインターホンを押す。

…いや、正確には押そうとした。

なんだか手が震えてしまって押せない。アル中?

まあ、寒いし、緊張してるしってことではあるのだろうが、それでもここまで体に出てくるとは思わなかった。どうやら俺は皆が思っているよりナイーブみたいなので、今後はもっと丁重に扱ってもらおうと誓いながら、どうにかインターホンを押す。

すると、厚着をした雪ノ下が、中から出てきた。

 

「…いらっしゃい」

 

「悪いな、急に。体調は大丈夫か?」

 

「すこぶる元気よ」

 

「ふらふらの足取りで言われてもな」

 

どう見ても元気じゃない雪ノ下。どういう強がりなの?

そう、完璧美女雪ノ下雪乃は、現在風邪を引いている。昨日開催されたハロウィンパーティーをそれで欠席し、女性陣3人がしきりに俺にお見舞いに行けというので、今日馳せ参じた、と言うわけだ。まあもともと行く気だったので問題は無いが。

 

「別に熱はないわよ。…ほら」

 

そう言って、俺の額に自分の額を持ってくる雪ノ下。あまりに突然で、避けたりすることも出来ず俺はぼーっと立ち尽くす。

 

「…いや、熱いよ」

 

「そう?」

 

多分熱いのは雪ノ下のせいではないけど。

雪ノ下が、そんなに熱いかしらなんて言いながらベッドに戻る。俺はその横で、見舞い品を広げた。

 

「しかしまあ、お前も風邪引くんだな」

 

「言ったでしょう、私、体力だけは無いの」

 

「他にもないものあるけどな。俺への遠慮とか」

 

そう言うと、雪ノ下がぽすっと、俺の胸のあたりを殴る。

 

「…痛えよ」

 

「病人なのだし、これくらいは許して欲しいわ」

 

「横暴だ…」

 

理屈が明後日の方にぶっ飛びすぎてて、地球一周して帰ってきそうなまである。

すると、申し訳なさそうな顔で雪ノ下が言った。

 

「昨日のハロウィンパーティー、行けなくてごめんなさい」

 

「病人なんだから気にすんなよ。それに欧米だとまだハロウィン終わってないらしいし」

 

「とんでもない屁理屈ね…」

 

「変な理屈をこねるのはお互い様だろ。だから同じ会社に入るハメになったし」

 

「なに、私と同じ会社で何か不服なの?」

 

「働くこと自体が不服なんだよなあ」

 

結局大学4年間で理想の伴侶は見つかんなかったしなあ…。本格的に夢を下方修正した方がいいかもしれない。とりあえず、有給は毎年全て消化し、残業を全くしない、そういう人間に私はなりたい。

 

「…なら、私が働くから問題ないのに」

 

「お前が問題なくても俺が死ぬんだよ…」

 

「…そういうことじゃないわよ」

 

違うの?俺が死ぬのはいいの?死にたくなるんだけど。

まあさすがにそういう意味ではないのだろうが、そうなるとますます意味が分からなくなる。体調でも悪いのだろうか。悪いわ。今日俺見舞いにきたんじゃねえか。

今日ここに来た本来の意図を思い出し、俺は見舞いの品を袋から取り出す。

 

「まあひとまずこれ飲んどけ。体力落ちてんだろうし」

 

「…あーん」

 

「…は?」

 

「…私、病人なの。あーん」

 

いやウィダーインゼリーなんだが。この世で最も食べさせるのに向いてないだろ。

ずっと口を開けた間抜け面をしている雪ノ下。なんだかマーライオンみたいだな。マーライオンとゆきのんってなんだか語感が似てる気が似てないですねすみませんでした。

誰にしてるかも分からない謝罪を心の中でしていると、雪ノ下が俺の袖を数回引いた。口を開けたまま。

 

「…はやく」

 

「…すまん。見た目が面白すぎてな」

 

「ヒキガエル君に褒められるなんて光栄ね」

 

「ヒキガエルの見た目ディスってんの?…っておい」

 

ヒキガエルの見た目の良さを力説しようとした矢先、雪ノ下が俺の手を取って無理矢理ウィダーインゼリーを飲む。そのせいで、彼女が俺に無理矢理あーんさせているという奇妙な構図が目の前にできあがった。

…いや、そこまでするなら自分で持てばいいのに。

熱で思考がおかしくなったのか?雪ノ下はiPhoneかなんかか?なんてバカなことを考えているうちに、俺は昨日のハロパでの会話を思い出す。

 

× × × × × × ×

 

『なんでせんぱいって、雪乃先輩と付き合ってないんですか?』

 

『…はあ?いやなんで』

 

『だっていつもイチャついてるのに』

 

『イチャつきの範疇に入ったことをした覚えはねえよ』

 

『この前のディズニーのとき、せんぱいチュロスで餌付けしてたじゃないですか』

 

『ただ欲しがってたからあげただけだろ』

 

『タワーオブテラー出た後ずっと抱きあってましたし』

 

『…あれだ、吊り橋効果ってやつだろ』

 

『それに、冗談でも左薬指に指輪なんて付けてるじゃないですか』

 

『冗談なんだよ。それ以上でも以下でもねえ』

 

『雪乃先輩、あの指輪見せては男子をフってるって言ってましたよ』

 

『…方便だろ。あいつはモテるし、大人数の相手をするならそれが楽だろうし』

 

『…私、一回見ちゃったんですよ』

 

『なにを』

 

『雪乃先輩が男子フってるところ』

 

『…ああ』

 

『幸せそうに、『私、好きな人が居るの』って言ってましたよ』

 

『…』

 

『雪乃先輩は嘘をつかないって言ってたの、せんぱいじゃないですか』

 

× × × × × × ×

 

昨日。ハロパに少し疲れた俺がタバコ休憩に行ったときに、一色から言われた言葉。

そう、雪ノ下雪乃は嘘を嫌う人間で。高校時代から、1ミリもそれは変わっていなくて。

風邪を引いているというのに、変わらず左手薬指にはめている指輪が目に入る。くだらない3年前の約束を、まだ彼女が覚えていることが分かって、俺は胸が少し苦しくなった。破ったって、なんならその指輪を捨てたって、全く構わないのに。

もし、一色の言うそれが本当なのだとしたら。

そう考えると、急に今の状況が恥ずかしく思えてきてしまい、思わず振り払おうとする。しかし、思いの外強く握られてて結局外せなかった。病人なのになんでこんな強いの?刃牙なの?

雪ノ下が、空になった容器を口から離す。少し血色が良くなったみたいだ。

 

「…おいしかったわ」

 

「…そうか」

 

「…?どうしたの?」

 

「いや、別に、何もない。何もなさ過ぎて困ってるまである」

 

「…小町さんの言う通りね」

 

「?」

 

「何かあるときは、普段よりもくだらないことを言うって」

 

小町…。色々ショックだけど、普段からくだらないと雪ノ下にも思われてることが1番ショックだ。

 

「今日ずっと挙動不審よ、あなた」

 

「…あれだ、普段より距離が近えんだよお前」

 

「いつも通りじゃない」

 

ですよね。俺も分かってはいるのだが、昨日の会話のせいで変に意識してしまってる。

だが、そんなことを言えるはずもなく。

雪ノ下が、微笑みを湛えて俺の背中を撫でる。彼女の熱が、心地よく俺の脳を揺らす。

 

「何かあったなら、話してみなさいよ」

 

優しいおばあちゃんみたいなことを言われて、俺は困惑した。いや、つーかそういうスキンシップが原因だっつの。そんなことが言えるはずもなく。

 

「…まあ、いろいろとな」

 

はぐらかして、雪ノ下からそっと距離を取った。少し赤くなった顔を見られたくないなんて、子供じみた理由で。

 

「…昨日のハロウィンパーティー?」

 

「時期を特定しようとしないでくれ」

 

「特定したいのよ。もっと信用してくれてもいいじゃない」

 

「…信用してなかったら、なんかあったなんて言わねえよ」

 

「それは、そうだけれど」

 

心配そうな顔をする雪ノ下。でも、俺が言うことは1つだ。

 

「病人はしっかり寝て休めよ。ほら」

 

そう言って、雪ノ下にポカリスエットを渡す。

 

「…ありがとう」

 

「ん」

 

不満げな雪ノ下だったが、やっぱり体調には勝てないのか、素直に床につく。俺の心配をするより、自分の心配をしろよな。

しかし、暇になってしまった。本でも読もうと、俺は、持ってきた小説のしおりに手をかけた。確か、一色が昔よく読んでいた、失恋をテーマにした小説のしおりに。

 

× × × × × × ×

 

『そもそも。俺と雪ノ下が付き合わないからって、お前にデメリットねえだろ』

 

『そういうことじゃないんですよ。乙女の純情を踏みにじるなんてサイテーですね』

 

『…俺と付き合わない方が、あいつのためになったりするかもしんないだろ』

 

『雪乃先輩だけじゃないです。私と、結衣先輩の気持ちもです。特に私のことフってるくせに』

 

『…それは、まあ、すまなかった』

 

『今はせんぱいのこと全然好きじゃないのでだいじょーぶです!』

 

『ひでえ…。優しさが逆に痛え…』

 

『結衣先輩も失恋乗り越えて彼氏作りましたし。でも、せんぱいが雪乃先輩を選ばなかったら、なんか悔しいじゃないですか』

 

『…』

 

『まあ、私達のことより、せんぱいたちの気持ちの方が全然大事ですけどね。雪乃先輩せんぱいのこと好きですし、』

 

 

 

 

『せんぱい、雪乃先輩のこと好きなんですよね?』

 

 

 

 

× × × × × × ×

 

ふと目が覚めた。読んでいたはずの小説は閉じられてしまい、膝にはなぜか毛布が掛かっていた。

 

「あら、お目覚めかしら」

 

後ろから、少し元気になった様子の雪ノ下の声がする。ああそうか、雪ノ下がかけてくれたのか、毛布。

 

「…ああ、寝ちまってたのか。悪い」

 

「お茶、飲む?」

 

「飲む。サンキュ」

 

雪ノ下から渡された熱いお茶をそのままずずっとすすって、2人で笑う。こんな時間が心地いいと、心の底から思う。

昨日、一色から言われた言葉。彼女によって掘り起こされた感情。

こんな日が続けばいいなんて、漠然と思って、何もせずぼんやりとしていた。そのためなら、この関係性で構わないと思っていた。ずっと続くはずはないのに。高校時代にそんなことは学んだはずなのに。

彼女の横に立つべきは俺ではないと、ずっと感じていた。雪ノ下に踏み込んで、関係を築くのは、逃げ癖のついている俺であるべきではないと、平塚先生の言ってた誰かは別の誰かであるべきだと。モテる雪ノ下なら、もっといい相手がいるんじゃないかと。

でも、いつか世界が変えられてしまうなら。変わってしまう世界の中で、俺達が変わらずにあるためには、どうするべきか。

きっとまたどこかで計算ミスをしてたのだ。守るべきものを偽って、むやみに考えることを増やして。

考えるべきところは、あの奉仕部が崩壊しかけていたときと同じで、たった1つだ。

 

雪ノ下が好きかどうか。

比企谷八幡はどうだ?

そんなの、

 

 

 

 

『大好きに決まってんだろ』

 

 

 

 

「それで、比企谷君」

 

「あん?」

 

「昨日、何かあったの?」

 

「…え、この話まだ続いてたの?」

 

「病人に言えないのなら、健康な私になら言えるでしょう?」

 

なかなか鋭いとんちを言ってくる雪ノ下。お前は一休さんかよ。

 

「…本当に、たいしたことはねえよ」

 

「…あなたに言われると、本当に説得力無いわね」

 

「信じてくれよ…」

 

「冗談よ」

 

クスクスと、口に手を当てて笑う雪ノ下。

その仕草に、しばらくみとれる。

 

「なあ、雪ノ下」

 

「何?…、ちょ、比企谷君?」

 

数秒溜めて、俺は雪ノ下の背に手を回した。普段もよくやるのに、今日はなんだか緊張するし、それでも変わらず心地いい。

 

「…やっぱり何かあったんじゃない」

 

「…別に、傷ついたりしたわけじゃねえよ。むしろ決意がみなぎってるまである」

 

「珍しいわね、比企谷君にしては」

 

確かにな。いつもなら諦めるところなのに。

でも、今回は諦めない。なんと言ってもかわいい後輩に諦めることを許されてないし、なにより俺も諦めたくない。

初めて計算し尽くせなかった、割り切れない感情。

だから。今できる最大限を、しなくては。

 

「…なあ、雪ノ下」

 

「…ん」

 

「…大学卒業したら、2人で旅行行こう」

 

「…どこに?」

 

「…どこに行きたい」

 

「1ヶ月かけて世界一周旅行がしたいわ」

 

「…もうちょっと現実的なところで頼む」

 

「…じゃあ、あなたの隣」

 

「…そんなんでいいなら」

 

「…そこがいいの」

 

そう言って、雪ノ下が俺の背に手を回す。抱き合う姿勢になって、部屋の寒さが少し和らぐ。

俺に出来る最大限がこれって、本当にもうクソザコナメクジというかなんというか…。

 

「…サンキュ」

 

「ねえ、比企谷君」

 

「何?」

 

少し自己嫌悪に陥っていると、雪ノ下が深く息を吐いて、呟いた。

 

「…好きよ」

 

瞬間、心臓がどくんと跳ねる。

 

「…え?」

 

「…コスプレよ」

 

「…なんの」

 

「あなたのことが大好きな人の、コスプレ」

 

雪ノ下の赤い頬を見つめながら、俺は息を吐く。

 

「…それなら、仕方ないな」

 

「ええ」

 

そう、コスプレなら、仕方がないから。

思わず心の声が漏れ出すのも、普通だから。

 

「…俺も、好きだ」

 

「…それも、コスプレ?」

 

「…ああ」

 

雪ノ下のことが大好きな人の、コスプレ。

 

「…ふふ、なら、仕方ないわね」

 

「…ああ」

 

今はまだ、仮の台詞しか言えないけれど。仮装していない本当の台詞は、旅行の時に言おうと、そう決意する。

彼女の体温と匂いを感じながら、きつく抱き合う。今夜はまた、眠れない夜になりそうだと、雪ノ下の心音を聞いてそう思った。



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