銀の鳳の影に潜む者 (マガガマオウ)
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目覚めの隠者~兆し~

気に入って戴けたら幸いです。


転生した。

その事実に気が付いたのは数え年で五つの時だった。

切っ掛けは、そう好奇心から入ったあのあばら家で体験した出来事からだ。

古今東西、何処の国にも暗部と言うものは存在するそれは、人よりも魔獣種と呼ばれる異形の獣との戦いが日常生活に置ける最大の脅威であるフレメヴィーラ王国でも変わらない。

偶然だった、近所でも悪ガキで通っていた兄貴の後に着いて行っただけの有りがちなシチュエーションだった筈の日常は、たった一度の出来心によって瓦解した。

 

「弟を放せ!」

 

兄貴の怯えながらも勇ましい声が部屋に響く。

今にして思えば、自分も怖かっただろうに逃げなかった兄貴は大した奴だったと思える。

しかし相手が悪かった、普通に生活して居たらまず鉢合わせる事が状況は小さな子供の強がりを一蹴した。

 

「状況が読めてねぇみてぇだなクソガキ…。」

「ハハハハハハ。流石は魔獣番の国のお子様だおつむがよぇや!」

「おい!坊主、おめぇの兄ちゃんが健気に強がってるのにだんまりかよ!」

「……。」

 

人質に取られてから一言も喋らない俺に犯行グループの一人が絡んでくる。

その時、俺は自分が置かれて状況を飲み込めずにいた。

 

「たく。気味の悪いガキだな、泣くも叫びもしないなんてよぉ…。」

「まぁ良いじゃねぇか、ここで叫ばれたら始末しなきゃならん所だ…。」

「えっ……!」

 

リーダー格と思われた俺を捕まえていた男のセリフで漸く自分の立ち位置を理解した俺は、さっきとは別の意味で言葉を発する事が出来なかった。

恐怖で体が強張り表情すらも碌に作れなかった事だろう。

唯一の救いはそこでちびらなかった事だろう、あの頃から何故かおねしょをした記憶が無いので生まれつきのものだったらしい。

それでも、目に涙は溜まっているのか視界が揺れていた。

兄貴にあの時の事を聞くと決まってこう返される。

 

「お前も、泣く事があるんだなっと思った。」

 

…確かに、物心つく前から余り泣かない子だったと両親に言われたが、あの場で思ったことがそれか兄貴…。

話が逸れたが、俺はこの時はとても怯えていたのである、それこそ一言も喋れない程に。

当然ながらだが悪党グループにも俺の変化に気が付いた、だからだろうこの場を畳みかけた。

 

「クソガキ、今から言う事を親に伝えろ。」

「何言って…?」

「こいつは人質だ、返して欲しかったら俺たちの要求を呑め。」

 

リーダー格の男が俺を捕まえていた腕に力を込めた、強く掴まれ発せられた痛みにうめき声が漏れた。

 

「やめろ!分った…言う通りにする、だから弟をそれ以上傷つけないでくれ!」

 

兄貴の焦った声音の懇願を聞き、若干力が緩む。

 

「良い判断だ、要件は三つ。一つ目は食料を毎日寄越す事、二つ目はこの里に来る騎士から必ず情報を聞き出して報告しろ、三つ目は俺達の事は誰にも明かすな、この一つでも破れば…。」

 

その言葉の後に、また腕に力を込めて圧迫する。

 

「くぅ、ウェン…分かったよ、分かったから!」

「じゃあ、とっとと伝えて来い。それまでは、こいつは俺達の手にある事を忘れるな。」

 

悔しそうに顔を歪めあばら家から出ていく兄貴を、歪む視界で見送るしかなかった。

 

「上手くいきますかね?」

「心配はいらんだろう、あのガキは言ったとおりにするさ。」

「そうですね、何せ大事な弟が人質なんですからねぇ。」

 

意地の悪い笑い声があばら家中を満たした、この時の事はよく覚えている。

何故ならば、次には阿鼻叫喚に変わるのだから。

 

「ギャー―――!」

 

異変が起きたのは連中が歓喜に沸いていた時だった、取り巻きの一人が高い声を出して倒れたのだ。

 

「おい如何した?」

 

疑問に思った他のメンバーが、倒れた仲間に駆け寄って揺するが反応が返ってこない。

不審に思い顔を覗き込もうとした時、別の場所で誰かが倒れた音がした。

流石にただ事ではない異常な雰囲気が流れ始める、そうしてまた一人音もなく倒される。

 

「誰だ!誰か居るのか⁉」

 

リーダー格の男の怯えた声が虚しく虚空に溶ける、その言葉の後に男の近くに居た一人が倒れる。

 

「ヤメロ――!俺は反対したんだ!だけど隊長がっ!」

 

恐怖に駆られて命乞いの言葉を叫んだ男が言い切る前に倒される、命乞いは無駄だと姿の見えない襲撃者が語っているかの様、その後も一人一人と倒されていき最後に残ったのは俺と、俺を掴んでいた隊長と呼ばれた男だけだった。

 

「おいおい嘘だろ…!」

 

周囲には死屍累々の惨状に嘆き掛ける男、俺は目の前で起こった事の理解が追い付いていなかった。

困惑が極まりよく分からい状況に中、暗がりから件の襲撃者らしい人物が姿を現す。

 

「っ!テメェーか!テメェーが、俺の部下を!」

 

怯えた声音の男の声に、襲撃者は無言で手にした得物を閃かせる。

 

「来るな!こいつが如何なっても良いのか!」

 

襲撃者の存在に怯え切った男を見て、俺は最早恐怖を感じる事は無くなった。

そして掴んでて腕が俺の口元に来た時、俺はその手に思いっ切り噛み付いた。

 

「がぁぁぁ!この…クソガキぃぃぃ!うっ…くっがぁ…!」

 

頭に血が上り冷静さを失った男が、俺に跳びかかって来たが何時に間にやら背後に居たもう一人の襲撃者に首を決められて締め落された。

沈黙した男を見下ろした後、俺に目を向ける襲撃者。

 

「坊や、ケガは無いか?」

 

顔は目元迄黒い布で覆われていてよく見えないが、あの一連の主犯者とは思えない優しい声音に、俺は静かに頷いた。

 

「良かった…坊や、ここで見た事は誰にも言ってはいけないよ。例え、お父さんやお母さんに聞かれてもね絶対に喋らないって約束してくれるかな。」

「…分かりました…。」

「うん。もうお家にお帰り、ここは私達のお仕事だから。」

 

それを最後に俺はあばら家から離れ家にある方角へ走った、途中で何度か近所の人に呼び止められたが構わず帰路に急いだ。

恐怖からではない、この人生で感じた事も無い興奮から来るものだったが、勘違いされていたらしく暫くご近所さんは俺に優しかった。

家に入れば両親に泣きながら抱き留められ、兄貴には何度も謝られた。

余談ではあるが、兄貴はこの時の体験から騎士を志す様になったらしい。

そして俺も、あの日のあの場所での出来事が切っ掛けとなり前世の憧れが蘇った、暗部と云うものへ憧れは生まれ変わっても変わらないらしい。

それからの俺は、様々な事を独学で身に付けていった。

家の領主さまは、領民に書庫を解放して下さっていたし家の近くには魔法を教えてくれる先生も居た為、知識を得るのに苦労はしなかった。

気配の消し方から暗器の製作、体術や薬学や魔法の習得に至るまで何時しか時は経ち…。

勉学に力を入れていた領主さまの推薦でライヒアラ騎操士学園への入学が出来た、まさか先生が先代の領主さまだとは思わなかった。

何は兎も角、俺も夢の第一歩を歩き始めた訳だが、早速問題が起きた。

先生の話だと俺に魔法の実力は一派的な新入生よりも大分上手なのだそうだが、暗部に入りたい俺としては入学早々目立つのは避けたい。

入学式の最中、その事を悩ましく思案していた俺は、それが杞憂であると直ぐに気が付いた。

エルネスティ・エチェバルリア、彼は新入生の中でもずば抜けていた、そして変人でもあった…。

さらに、俺と同じ位の魔法の才を持った人物が二人も居たのは僥倖であるとしか言えない。

自分の安泰に、そっと胸を撫で下ろしていると何故だか背筋が冷えて。

この時の悪寒に似た何かを直ぐに忘れた事を後の俺は、死ぬほど後悔した。

 

東方の地に銀の鳳が羽搏く時、巻き起こりし風が彼の地を守るであろう。

そして、影よりいずる厄災を鳳の陰に潜みし者が打ち払う。

フレメヴィーラ王国目録 銀鳳の章より

 




ご拝読、ありがとうございました。


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隠者としての予行練習~要人救出任務~

続いて呼んで下さる方はありがとうございます。
初めての方はよろしくお願いします。


件の変人もといエルネスティ・エチェバルリア君は今も絶賛我が道を突き進んでいた。直接係わっている訳では無いのでどの程度かは知らないが俺も参加していた最初の魔法学講義の時間に派手に実力を見せた後、以降のこの講義参加の免除を許され学科も学年も違う幻晶設計基礎の講義を受けているらしい。

後は小耳に挟んだ情報だと、件の人物の取り巻きの二人を良く思ってない上級生たちがいるらしい話も聞いた。

如何にも、あの三人の周りはいつも騒がしい。

まぁその分、此方に向けられる関心の視線は大分少なくなっているのは嬉しい事だ、この時期に悪目立ちするのは正直避けたかった。

それでも、興味を持って視線を送って来る人物は僅かばかり残っていたが、そちらの方の問題は片付いているのであしからず。

今一番の問題が有るとすれば…。

 

「ウェン!これから飯か?」

 

この兄貴である…。

俺の兄貴、グリズ・クーランドは俺より二年先にこのフレメヴィーラ騎操士学園に入学していた。

あの事件の後に騎士になる事を志した兄貴に目を掛け稽古を付けてくれた人が、如何やら元はとある騎士団の名の有る騎士様だったらしく、その伝で兄貴もここに入学していた。

 

「そうだけど何?」

「一緒に食べよう。」

 

しつこい様だがあの事件の後、人質に取られた俺を置いて自分は逃げたと負い目を感じた兄貴は俺に対して過保護になっていた。

気に掛けてくれるのは有難いが、こうもしつこいと流石に目立つからどうやって断ろうか思案していると視線の端にあの三人を捉えた。

視線を外し兄貴に向かい合うとゆっくり耳に手を掛ける、耳に集音目的で自作したアイテムを取り付けた。

会話の内容は取り留めの無い日常の愚痴などだった、特に異常も見受けられずアイテムを外そうとした時ある人物が三人の下に近寄って空気が一変した、どんな人物なのか姿を検め様と視線を抜けると意外な人物がいた。

『あれは、確か生徒会長の…成る程な、理解した。』

俺としてはこの先の学園生活の中で関わり合う事が無いであろう人物である、それにあの二人の事情も何となく察していた、これ以上は聞く必要も無いだろうと今度こそアイテムを外し兄貴と昼食を取る事にした。

それから数日の時が経った、授業が終わり領主さまが宿舎として用意してくれた平屋建ての家屋に帰った俺は、研究室と銘打った一室で仲間と共にアイテム制作とその為の魔術研究を始めていた。

 

「ウェイン、暗視ゴ-グルの試作品が出来たぞ。」

「もうですか⁉流石ですねクルス先輩…!」

 

此処まで語って置いて自己紹介をしていなかったな、俺はウェイン・クーランド。

俺の暮らしていた領内では名の知れた商会の次男だ、親の後は継がないのかと聞かれそうだが無問題だ両親は俺達二人に好きに生きろと送り出してくれた。

そして俺と共に居るこの人はクルス・エイグラム先輩、兄貴と同学年の魔法学科の先輩だ。

ここで何を作っているかと言えばもうお分かりだろう、ズバリ隠密用マジックアイテムである。

確かに身体的技術も必要だが、それにも況して必要な物は隠密抜けに調整されたマジックアイテムだと俺は考えていた、そして最初のアイテムの開発を始めた頃に先輩に出会ったのである。

以来、学園の授業が終わった後はこの部屋に二人で毎日アイテム開発に勤しんでいる。

これまでに制作できたアイテムはさっき出来上がった試作品も合わせると四種、防毒と変声能力付与マスク、集音と障害物越しでも音声を聞き取れるイヤーマイク、認識阻害のコーティングを施した外套、そして透視と暗視の能力が付いたゴーグル、どれもまだ試作段階で実用化試験を行えてない。

 

「必要最低限の装備は揃いましたね。」

「あぁ、後はテストが行えれば御の字なんだがな…。」

 

先輩も思っていた事だったのか、そんな一言が口をついて出た。

 

「まぁ、気長に機会を伺いましょう。もしかした、案外直ぐ好機が巡ってくるかもしれません。」

「ふっ…そうだな、そうかもしれん。」

 

この時の何の気なしに口にした言葉が現実になるとは、先輩もましてや本人ですら思いもしなかったのある。

それは学園に入学して数か月経った頃だった、その日は何時もと変わらぬ晴天だった。

切っ掛けは件の変人の取り巻きの男女の男の方アーキッドが上級生と広場で決闘を始めたと聞いた時だった、誰が見ても異常な試合運びに遠巻きに見物していた皆が怪訝そうな表情で二人の戦いを見守っていた。

そんな中俺は、試作品四点セットを身に付け校舎内の空き教室を回り目的の人物を探していた。

 

「工作が下手すぎるな…良くも悪くもドラ息子って所か…。」

 

その頃には、製作したばかり遠隔映像送信アイテムを先輩に預け決闘の様子を中継して貰っていた。

神聖な決闘という形を取りながら明らかに不正を行った上級生、確か名前はバルトサールと言ったか姓が生徒会長と同じの所を見ると侯爵家関係のごたごたが原因と見た方がいいか、何方にしても騎士を志した者する事とは思えない。

兄貴から日頃、聞かされていたバルトサールとその取り巻きの性格と行動パターンから保護対象の監禁場所の候補を虱潰しに捜索していく。

 

「よく耐えるな、伊達に変人と行動を共にしている訳では無いか…。見つけた。」

 

一方的に攻撃を受けながらも耐え凌ぐアーキッドに感心していると、目的の場所を発見した。

 

「不用心だな、外に見張りも無しか…。」

 

バレてないと思ったのか、教室の外には一人も見張り役が立ってない光景に呆れかえる。

 

「何はともあれだ、作戦を開始する…!」

 

短く呟き行動に移る、先ずは敵戦力を把握する為にゴーグルを透視ギミックを発動する。

 

「室内の敵戦力は三人、武器は杖か…攻撃方法は魔法による遠距離と想定、インビジブルローブで接近した後に無力化及び拘束する。」

 

簡単な作戦の概要を組み立て、軽くドアをノックした。

 

「誰だ!」

 

室内から緊張した様子の声が響くと俺はマスクの変声ギミックを使い絶賛いかさま中の奴に似た声を作って答える。

 

「俺だ。決闘が終わったんでな、中に居るそいつがどんな顔してるか見に来た。」

「なっ何だ、バルトサールさんですか。」

「驚かさないで下さいよ。」

「御託はいい、とっとと此処を開けろ。」

「はいはい只今っと…。」

 

一人が此方に歩いて来るのを確認して脇で待つ。

呑気なバカ面晒した取り巻きがドアを開けた時、開いたドアから室内に侵入した。

 

「あれ?バルトサールさん?居ないな、何処だろうなぁ…!」

 

声の主の不在を不審に思って仲間たちに伺いを立てようとした時その異様な光景に言葉を詰まらせた。

 

「おっおい、如何しt…。」

「騒ぐな、眠っていろ…。」

 

気絶して倒れ伏せている仲間に驚き声を掛けようとした時、彼も謎の襲撃者に意識を刈り取られた。

 

「無力化を完了、拘束に移る…むっ?足音か、早いな…。」

「貴方は…誰…?」

「!アデルトルート・オルター⁉まだ意識が有ったのか⁉」

 

朧気ながらも意識を保っていたアデルトルートが、フードを外した状態で認識阻害の効果が適用されてないウェインを目撃した。

幸いゴーグルもマスクも付けた状態で声を変えていた為、具体的な人相は知られていないがそれでも存在を知られるは不味い、一旦冷静になりアデルトルートに話し掛ける。

 

「此処で見た事は誰にも喋るな、例え身内や親しい友人にもだ…!」

「何…で…?」

「俺は存在は世に知られる訳にはいかない。だから約束してくれ…!」

「でも…エル君に聞かれたら…。」

「…頼む…俺はまだ、夢を叶えられてないんだ…!」

「夢…?」

「あぁ、影から忍び来る災厄からこの国を守るという夢だ…。」

「…分かった、誰にも言わないよ…。」

「ありがとう…。」

 

そう言い残し、俺はその場を立ち去った。

その後は、エルネスティに抱えられたアデルトルートが決闘の場に現れた事で形勢が逆転、アーキッドの勝利に終わる。

決闘でありながら不正を働いたバルトサールは厳重注意を受け自宅謹慎と成る事で一連の事件の幕は閉じた。

だが疑問も残された、アデルトルートを攫っていた取り巻き達はエルネスティが到着する前に全員誰かに昏倒されていた、それもかなりの手練れらしく誰も顔どころか姿すら見ていないと言う。

一体誰が、彼らを気絶させたのか事実を知る者は当事者以外は誰も知らなかったのであった。

 

姿の見えない襲撃者:これは、とある名家のお家騒動が発端と成った事件である。

ある日の中庭にて決闘騒ぎがあり一方の生徒が相手方の身内を誘拐して、決闘を有利に進めようとした。

身内の救出により計画は失敗、首謀者は自宅謹慎の憂き目にあった。

だが救出に向かった生徒の話で、別の事件が起きた。

その生徒の話だと、誘拐グループの生徒は到着した時には全員倒されていたらしいのである。

倒された生徒は顔も姿も見ておらず、誘拐されていた生徒もよく覚えていなと発言したらしい。

この事件には、様々な憶測が流れたが真相はまだ明かされていない。

~ライヒアラ騎操士学園 七不思議より~

 

 

 

 




重ね重ねのご拝読、ありがとうございました。


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魔獣退治の特攻薬~対魔獣用痺れ薬~

一話二話共に拝読、頂いた方はありがとうございます。
三話が初めての方は、宜しければ最後まで読んで行ってください。


ライヒアラに入学から数年経った今日この頃、俺は研究室にて毒薬の研究開発を始めていた。

あれからクルス先輩以外にも共にアイテムの開発を手伝ってくれるメンバーが増え二人で使ってもまだ広かった研究室も少し手狭に成りつつある。

そして、無線通信の為の魔法理論とそれに基いた通信機の試作品も完成に近づいた頃、中等部合同演習と言う校外キャンプみたいな行事が明日に予定されていた。

そこで俺は暗部にとって切っても切り離せない毒薬と解毒薬の研究で始めて得た、魔獣を麻痺状態に出来る痺れ薬のテストをする事にした。

他にも対魔獣感知地雷と言う、魔獣のみに反応して起爆する魔導爆弾のテストも兼ねている、勿論もしもの事も考えて今回は対象を痺れさせる事のみに抑えた仕様だが。

それと最近、たたら製鉄の技術を再現しようと試行錯誤している、これが成功すれば鉄や鋼の鋳造がより安定的に行える様になり行く行くは日本刀製作にも扱ぎ付けるので鋭意模索中である。

 

「ウェン兄さん、痺れ薬の浸透が終わったよ。」

 

俺を兄と呼ぶこいつは、俺の二つ下の双子で姉の方のクリス・クーランド。

俺に着いて回り一緒に勉強やら魔術やらを学んだ妹だ。

 

「はい、分かりました。ウェン兄さん、地雷の設置も完了したって。」

 

そしてこいつも、双子の弟の方でカイン・クーランド。

こっちは俺より兄貴に着いて行った方だが、何故か今は俺の方に居る。

 

「良し、それじゃあ俺は明日に備えてもう休むよ。」

 

何時も寝床に着くより早い時間だったが、明日の事も考えて早く眠る事にした。

 

「うん、お休みウェン兄さん。」

「お休み。」

 

妹と弟に送り出されて寝室に向かう丁度その頃、ボキューズ大森海境界にほど近いバルゲリー砦に異変が起きていた事をこの時の俺は勿論、ライヒアラに通う誰しもが知らなかった。

そして翌日の早朝、校門前には多くの馬車が揃っていた。

演習とは言っても戦闘らしい戦闘は無くただ野営の訓練を行うだけの本当にキャンプの様な行事ではあるが何事にも不足の事態は有る訳だ、これについて俺の第六感が何か起きると告げていた。

当然、この痺れ薬の効果実験を行うチャンスも巡って来ると踏んでいる。

まぁ、この手の勘が外れた事は少ない為期待はしているがそれでも外れる時は外れるので保険は懸けておこう。

つまり同じ班の連中に話を合わせて貰う為の買収も確りしておいたのである。

出来る仕込みは全部したので意気揚々と俺が乗る馬車に乗り込んだ。

目的地であるクロケの森に着いたのは日が傾きかけた時だった、テントを張り終えてその他諸々の作業も完了したので暫く自由にしていい時間が出来た。

俺は集団から離れない程度の距離で明日の演習で入る森の様子を軽く確かめる、これと言って異質な物は見受けられなかった為に野営地に戻ろうと体を翻した、少し歩いていると目の前に体つきの良い女性の高等部の生徒が見えた。

 

「あれは、確か騎操士科高等部三年のヘルヴィ・オーバーリ先輩?」

 

この学園の生徒の顔と名前それから出自と経歴はある程度把握している為、それにあの先輩は学園の中では誰しもが知っているレベルの有名人だ、そこに同じ高等科の男子生徒が近寄っていくのが見えた。

 

「あの人も確か同じ学科のクラン・ニースト先輩だったな…。」

 

何か会話を交わしているらしい、会話の内容が気になり以前の物より許可された集音マイクを耳に付け気配を消して二人に近づく。

如何やら、二人の上級生が何やら揉めているらしい。

揉めている二人の下へ向かうヘルヴィ先輩の後をつけて行くと、件の先輩方が言い争っているのが見えて来たので目を凝らし顔を見る、二人の顔を見て全てが理解できた。

 

「アールカンバーの騎操士のエドガー・C・ブランシュ先輩とグゥエールの騎操士のディートリヒ・クーニッツ先輩か…大方の予想は着くな。」

 

アールカンバーとグゥエールは、ライヒアラ騎操士学園が保有する二十機のサロドレア型の内の二機で他のサロドレアよりも特殊なチューニングを施された機体である。

その騎操士である二人は、先日の模擬試合でエドガー先輩がディートリヒ先輩を降した事が発端となっているらしい。

ディートリヒ先輩の言分だと整備班の整備不足が原因と言ったそうだが、これにエドガー先輩が反論したらしい。何といったかは現場に居た訳では無いから憶測に成るが、要するに弘法は筆を選ばずに近い事を言ったと聞いている。

 

「成る程な、確かにあの二人の中に割って入れるのはヘルヴィ先輩だけだ…。」

 

同期生で実力も多少上下するが概ね同レベルの三人はよく仲良さそうに一緒にいる所をよく見かける、今回は違うようだが。

言い争いが続き不穏な空気が二人の周りを取り囲んでいる、そんな険悪な空気を感じて一人で遠ざかる他の先輩たちの中からヘルヴィ先輩がズンズン前に出て二人間に割り込む、流石は姉御肌と言った所か二人を強く嗜めその場を諫めると二人は其々別々の方向に歩いて行った。

 

「ギスギスしてるね~、あ~あやだやだ。」

 

俺はそう言い残しその場を後にした。

翌日、予定通り森の中の参道を中等部の下級生全員で歩き基本的なアウトドア技術を身に付ける訓練が始まった。

何もない長閑なとは言えなくとも穏やかな森の入り口を進んで行く。

 

「本当に何も無いな…当てが外れたか?」

 

まだ初っ端だからだろうか森に変化は無い、今日は諦めるかと残念に思いながら森の奥で魔獣討伐訓練を遣っている上級生の協力者からの報告を待つ事にしたその時である、前を進む生徒達から悲鳴が聞こえ始めたのは。

何事かと視線を前に向ければ、小型魔獣の群れが此方に迫って来るをはっきりと確認できた。

 

「はは…やっぱ良く当たるは俺の勘…。」

 

静かに剣を抜き前に進むそして見敵、軽く一太刀切り込むと少しの間が空き動かなくなる目が動いている所を見るに死んではいない様だ。

 

「っ!さぁ次!」

 

無言で小さくガッツポーズしたら迫って来る小型魔獣を切って切って切りまくる、掠りでもすればいいそれだけで彼奴は体が痺れて動けなくなる。

我先にと走って逃げる生徒達を背中で見送り、俺は自分達が作った薬の効果を確かめて行った。

大半の生徒が逃げ切ったのか気付けば前から来るのは魔獣だけになっていた、このまま続けてもいいがそれではこれまで目立たずに過ごして来た努力が水泡に帰す、と考えた俺はその場で転進して後退を始める。

ある程度まで退くと生徒が集まった場所が見えて来た、如何やら俺以外にも逃げ遅れていた生徒が居たらしくみな膝を抱えて身を寄せ合っていた。

 

「おい!如何したこんな所で、野営地はもう少し先だぞ!」

 

俺が立ち止まり声を掛けるとその中の一人がこう返した。

 

「同じ班の仲間が逃げる途中で足を傷めたんだ。」

「ごめんなさい。やっぱり私は此処に残るわ。」

「そんなの駄目だよ!逃げるなら全員でないと!」

「でも…。」

 

奥の方で足を庇いながら申し訳無さそうに班の仲間を見る女生徒が一人いた、その女生徒を一人のは出来ないのか班員全員がその場に残っていたらしい。

 

「くぁ~仕方ねぇ!お前ら此処で見た事は絶対口外するなよ!」

 

その様子をじれったく思いリュックからある薬剤と湿布と包帯を出した。

 

「それ…何?」

「薬だよ!打ち身や打撲によく効くな、それより傷めた足を見せろ!」

 

不安そうに聞いてくる女生徒に若干食い気味に答えた。

湿布に薬剤を塗り晒された幹部に当てると上から解けない様に包帯を巻いた。

 

「ほれ、これで多少は痛みの引いたろ。」

「う、うん…。」

「じゃ行くぞ…、すぐそこまで魔獣の群れが迫ってる。」

「わ、判った…。」

 

足を傷めた女生徒に肩を貸して移動を開始する。

来る途中で地雷を撒いて来たから多少は時間を稼げるだろうが数が数だ、何体かは止められるだろうが大部分はトラップを抜けて来るだろう。

移動速度を考えれば背負った方が早いが両手が使えなくなる、もしそれで途中で追いつかれたらと考えたら速度が落ちようが片手だけでも使えるようにはしたい。

足を気遣ってゆっくり歩む女生徒のペースに合わせながら森の出口に続いている参道を進む。

 

「あっ!見えて来た!」

「やったぞ!もう少しだ!」

 

運よく魔獣の群れに追いつかれる事なく野営地に辿り着いて安堵の息を漏らす。

しかしその時、背後から魔獣たちのけたたましい鳴き声が聞こえて来る。

 

「こんな時に!」

「もう少しなのに…!」

 

此処まで行動を共にした生徒達の口から軽い落胆の声が零れる。

心が折れかけてると感じた俺は、女生徒から離れ前に向き直った。

 

「お前ら、俺が時間を稼ぐその間に野営地に戻れ…。」

「そんな!」

「此処まで助けてくれた奴を見捨てられるかよ!」

 

他の生徒から、俺が残る事に反対的な意見が上がる。

 

「バ~カ…俺だけなら、お前らより早く動けるに決まってんだろ…。野営地に着いたら大声を出せ、そしたら俺も退く…。」

 

俺の説得に口を噤み黙って避難先の野営地に歩いて行く生徒を見送り、此方に迫る魔獣の群れに備える。

辺りにオーブ型の地雷をばら撒き痺れ薬を沁み込ませた剣を握る、地鳴りの音が近くなる。

そして先頭集団がトラップに差し掛かった時、地雷が発動して動きが止まる。

 

「うっし…!地雷の効果も良好だ!」

 

こんな状況でも、開発したアイテムが期待通りの効果を見せたら嬉しいものだ。

しかし直ぐにトラップを仕掛けた場所は動かなくなり倒れ重なった魔獣の体が塞いでしまう。

 

「さぁ、ここからが本番だ…!」

 

迫りくる魔獣の群れの一体一体に痺れ薬に漬け込んだ刃を奔らせる。

効果はさっきの戦いで立証済みの痺れ薬だ、期待通りに魔獣たちを倒していく。

そんな感じで暫く立ち回っていると、野営地の方から声が上がった。

 

「お~い!俺達は、辿り着いたぞ~!」

 

一緒に避難していた男子生徒の声だ、俺それを聞くと踵を返して全速力で走りだした。

魔獣の群れを引き離し、かなりの距離を空けて野営地に走り込む。

 

「ウェイン君!良かった無事だった!」

 

奔り込んだ先で最初に出迎えてくれたのはあの足を傷めた女生徒だった。

 

「当たり前だ、あの程度の魔獣に遅れを取る程、軟な鍛え方はしていない。」

 

当然の様に返す俺に、目の端に涙を貯めていた女生徒は朗らかに微笑む。

それからは別の場所で戦っていたあの三人の下に幻晶騎士に乗った上級生たちが向かい残りの生徒と教諭達が野営地に戻って来た。

それから平静を取り戻した教師陣が現状の確認を始め、魔獣との遭遇戦を目的とした実習の為に森の奥に取り残された中等部の上級生たちの救出が当面の最重要課題になった。

その会議の中でエルネスティの提案で作戦が決まり、急遽編成された救出部隊が森の奥に入っていた。

一段落したはずなのに俺の心中では嫌な胸騒ぎがしている、一連の事件は序章でしかないと…。

 

陸皇襲来前夜

この事件が起きたのは丁度、ライヒアラ騎操士学園の中等部合同演習が予定されていた少し前だった。

ボキューズ大森海の境界に立つ旧バルゲリー砦にて最初に目撃されクロケの森を横切り本国領内に接近せしめる、それに合わせて森の奥地に生息する魔獣が入り口付近まで下がって来たのを演習中だったライヒアラ騎操士学園中等部の生徒及び教諭が遭遇した。

フレメヴィーラ王国目録 陸皇の章前編より

 




そろそろ感想を頂けますと嬉しいのです。


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大地を揺らす要塞魔獣~ベへモス襲来~

ここまで拝読頂きましてありがとうございます。
初見様は他の話も読んで行って下さい。


俺、グリズ・クーランドは迫り来る魔獣の群れに弟から贈られた短槍型の杖ランスロッドを振るって薙ぎ倒した。

今日俺達はライヒアラ騎操士学園中等部の2年と3年の合同でクラケの森の奥地で魔獣との遭遇を想定した演習を執り行っていた。

その最中、突如魔獣の大群が現れ此方に雪崩れ込んで騒然となった、一時は混乱したものの生徒会長の機転で木々の少ない開けた場所に防衛線を張る事になって大分落ち着いた。

後は味方の救援が来るまで耐え凌ぐだけだったが、思った以上に魔獣の数が多いのと元々長時間森の奥に居る予定では無かった為に物資も乏しい、じりじりと消耗していった。

絶対防衛線は死守できているがそれでも、前線が押され始め後退してきていた。

 

「オウラッ!」

「グリズ、助かった!」

「気にするな!次が来るぞ!」

「おう!」

 

倒れて動けない所を猿型の魔獣に襲われかけた級友を助けた後、手を貸して立たせて迫り来る魔獣を睨み付ける。

暫くランスロッドを振るって魔獣を屠っていたが、前線が崩れ始め立て直しの為に後退する。

 

「此処が最後か、皆!此処より先へ通せば本隊が崩れる、故に何としても此処を死守する!これが正念場だ、覚悟を決めろ。是より先に、退路は無い!」

「「「「おう!」」」」

 

士気はまだ十分にある、これならまだまだ耐えられそうだと確信する。

其れからも防衛戦が続き、マナ切れを起こす生徒も増え始めた。

あれだけ高かった士気も疲れと共に下がりつつあるのが見て取れる、そんな時防衛線を超えて数匹が本陣に侵入した。

 

「ちぃ!数匹取り逃した!こっちは手一杯だ、其方で対処してくれ!」

「承りました。」

 

後方で本体を指揮している生徒会長のステファニア・セラーティの声が返って来る、それを聞いて再び前から来る魔獣に槍の先端を突き刺して火球を打ち込む。

 

「棘頭猿です、こっちに向かって来ます。」

「判った。あれは俺が対処する、他は薄くなっている前線の立て直しに向かえ!」

「「「「了解!」」」」

 

足を縦に大きく開き腰を低く屈め、ランスロッドを両手で前に突き出す様に構える。

一瞬の静寂と共に俺が地面を強く蹴り体を前に突き出す、猿型の魔物は体こそ大きいが細かい揺動に弱い、事実俺が突進したの合わせて奴も突っ込んで来たが直前でランスロッドを地面に突き刺して火球を放つ事で方向転換した事に対処できていなかった。

 

「オラ!」

 

そのまま背中に回り込み、やつの急所にランスロッドを突き刺すと火球を体内に直接打ち込んだ。

内側から一瞬だけ膨れ上がり、口から血と煙を吐き出して仰向けに倒れた。

 

「もう一体来たぞ!」

「っ!次から次へと、俺が行く!陣形は崩すな!」

「「「「了解!」」」」

 

正直、此処も限界だがそれでも本隊にこれ以上侵攻させる訳にはいかない、歯を食いしばり足腰に力込めて魔獣に突撃を仕掛ける。

 

「はぁはぁはぁ。救援はまだか?」

「まだです、それより退いて下さい!」

「そうか、それは聞いたら尚更退けないな…俺が退いたら、前線が崩れる…。」

「グリズ君!」

「其れよか、良いのか?指揮官が、こんな場所まで出て来て?」

「それは…良いんです。もう後方も大分ボロボロですから。」

「前も後ろも無いか…へっ!こうなりゃ、腹括りますか…!」

「えぇ、お供しても構いませんか?」

「…止めろって言っても聞かないんだろ?」

「はい!」

「じゃあ…止めようがねぇじゃねぇか…。」

「良く分かっておいでですね。」

「仕方ねぇ、好きにしろ…但し、目立つ場所に傷は作るなよ。いざ生き残ったら、後々面倒になる。」

「じゃあ、そうならない様に守ってくださいね。」

「けっ!こんな状況で、肝の太い女だ…行くぞ。」

「はい!」

 

まだまだ終わりが見えない魔獣の群れに、俺達は息を合わせて迎撃を開始した。

救援をまだかまだかと待ち乍ら、互いに背を守りながら次々に押し寄せる魔獣たち迎え撃っていた時、後ろから短い悲鳴が聞こえた。

 

「きゃ!」

「ステファニア!ぐぅぅぅ!タリャ――!」

 

攻撃を受けて飛ばされたステファニアを押し退けて、突進してくる魔獣をランスロッドを突き立て受け止める、火球で追撃したいがマナが切れていて打ち出せないので力任せに振り回して投げ捨てる。

 

「うっ!はぁはぁはぁ…。」

 

思った以上に体力を使い、膝を着く。

 

「グリズ君!大丈夫ですか⁉」

 

立ち上がったステファニアが駆け寄って来る、言葉を発する事も難しく手だけを上げて答えた。

 

「このままじゃ、お願い誰か…。」

「お待たせしました先輩方!」

 

男にしては大分高く、女にしては少し低い少年の声が元気よく響く。

 

「はぁはぁはぁ、や…とか…。」

 

疲れていたのか、何故一年生のエルネスティがとかの疑問は浮かばなかった、ただやっと助かったと言う安堵感が張り詰めていた緊張感を解して強い睡魔に襲われた。

 

「グリズ君!」

「スゥ…スゥ…スゥ…。」

「…お疲れさまでしたグリズ君…。」

 

微睡みの中で最後に聞いたのは、ステファニアの優しい声だった。

 

ステファニア視点

私の腕の中で、ゆっくりと寝息を立て始めたグリズ君を優しく抱き留めて、弟と妹がお世話になっているエルネスティ君を見る。

 

「グリズ先輩は大丈夫ですか?」

「えぇ、疲れて眠ってるみたい。ずっと戦い続けだったから。」

「そうですか。其れより、森の奥だからでしょうか?魔獣の数が多いですね。」

 

エルネスティが辺りを見回して、今この時も奥から湧いて出る魔獣の大群を視界に留めた。

 

「まぁ、幻晶騎士の敵ではないでしょうが。」

 

彼がそう続けた後、大きな音と共に生い茂る木々の間から巨大な人の形をした機械仕掛けの騎士が現れた。

 

「幻晶騎士だ!救援が来たぞ!」

「助かった!俺達、助かったぞ!」

「あぁ、一時はダメかと思ったぁぁぁ。」

 

これまで頑張って戦っていた生徒達が、感涙の声を上げる中には安心したのか号泣する生徒までいた。

 

「良かった…皆、生きてる…。」

 

私も感情が昂り目尻に雫が溜まる、修羅場を乗り切り少し感傷的に為ったのだろう腕の中で安らかな顔で眠る彼のおでこに軽いキスをした。

 

「守ってくれてありがとう…グリズ君。」

 

寝ている彼に、小さな声でお礼を囁いた。

 

ウェイン視点

森の奥から帰って来た上級生達の中に、生徒会長に寄り添われて眠る兄貴を見たのは何かの間違いだと思いたい。

いや別に兄貴が異性にモテないと言う訳では無い、実際地元に居た頃は結構な女子に思いを寄せられていた、だが今回は生徒会長である、かの有名なセラーティ侯爵家の長女だぞ、そこそこ名の知れた商会の長男坊とじゃ如何あっても発展は難しい、第一侯爵家のご令嬢と恋仲になんてなったら俺の立場が…!

 

「え~っと、貴方がグリズ君の弟さん?」

 

ついさっき目撃した衝撃的な光景に、脳が拒絶反応を示し苦悶していると渦中の人物であるステファニア・セラーティ生徒会長から話し掛けられた。

 

「…はい、弟のウェイン・クーランドです。」

「あぁ、良かった。一度会って挨拶したかったの。」

 

俺に会って挨拶したかった!そそそそ、其れってやっぱりそう言う事なのか⁉

 

「私は、ステファニア・セラーティ。生徒会長をやっています。」

「えぇ、存じておりますが!」

 

パニック状態になっている俺は、声が上ずってしまう。

 

「あらあら、緊張させてしまったかしら?」

 

そんな俺に、朗らかに笑い返してくる生徒会長様。

 

「あ、あの!大変失礼で不躾な質問をしますが宜しいでしょうか⁉」

 

この際だ、気になる事は聞いておこう。

 

 

「?何かしら、私に答えられる事なら何でも答えてあげるわ。」

 

いえ、貴女にしか答えられない事です。

ご本人からの了承も得て、緊張で乾く口を開いて質問する。

 

「家の兄とは如何言った類いのご関係で?」

「えっ?」

「いえ、先程その…寝ている兄に寄り添っていたので…。」

 

俺の質問の意図を汲んだのか、顔が赤くなる生徒会長様。

 

「あ、あの!彼とは、まだそう言うのではなくてですね!」

 

必死に取り繕っておいでですが、今まだって言いませんでした⁉

 

「も、もう失礼しますね!弟と妹に顔を見せにいきたので!」

 

これ以上ボロを出さない様に戦略的撤退を敢行した生徒会長様を見送り、我が兄貴の人たらし振りに思わず目元を片手で覆い俯いた。

会長と何が有ったんだよ兄貴…。

これからの身内の恋愛事情について考えていると、どんどん気分が落ちて来るので一旦忘れて別の事を考える事にした、そう今日の魔獣の群れに関して落ち着いた今なら考えられる。

明らかに異常だった、まるで何者か自分達より上位の生物に生活圏を追われて混乱していた様にも見える今回の魔獣たちの様相を思い出して考察に耽っていると、何処からともなく地鳴りが響き地面が揺れた。

明らかに巨大な生物が移動する足音の様な地響きに、俺の第六感が最大級の警告を促していた。

 

「やれやれ、イレギュラーは兄貴の人間関係でお腹いっぱいだってぇーの…。」

 

俺の呟きが掻き消える程、野営地は錯乱していた。

後に陸皇襲来と称されたこの事件は、この後一人の大英雄が世に出る切っ掛けとなった。

 

陸皇襲来レポート

これは、当時それを実際に体験した元ライヒアラ騎操士学園の生徒だった騎士から聞いた話を纏めた物である。

騎士D:当時の事?勿論覚えているよ、何せべへモスと実際に戦っていたからね。

書記:怖くは無かったのですか?

騎士D:あぁ、実際私はあれを前にしたら足が竦んだよ。

書記:矢張り迫力も、相当だったでしょうね?

騎士D:うむ、ここだけの話だが…私はその時、戦いの途中で逃げ出してしまったんだ…。

書記:!では、一体誰がべへモスを討ったのですか⁉公式では、騎士団が討伐した事になっていますが?

騎士D:ハハ。それは、私の口からは何も言えないな…ただ一言、彼はあの頃から規格外だったって事だよ。

書記:それは!彼とは一体⁉

記録は、ここで終わっている。

この続きがどうなったかは、何処にあるかは現在も所在知れずであると言う。

 




ご拝読ありがとうございました。
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巨獣を討つ手助け~痺れ薬の真価~

ご拝読頂きありがとうございます。
…いい加減しつこいですかね?


その姿を最初に見たのは幻晶騎士に乗っていた騎操士科の先輩だった。

 

「何だ…あれは、山が動いてる⁉」

「あれが…本当に、たった一体の魔獣だと…!」

 

この発言の意味を、最初は聞いた全員が全員理解できた訳では無い、だが後に続いた先輩の言葉に愈々ただ事ではないと自覚した。

やがて自分達の視界にもその存在を捉えてた時、誰もが息を呑み言葉を発する事が出来なかった。

 

「大き過ぎる…!これでは、我々の幻晶騎士では…!」

 

大きさとは、偏に生命力の強さの判りやすい目安である。

人が自分達より遥かに巨大な生物を目にした時、彼らは先ず最初に怯え逃げようとするのは生物として遺伝子の刷り込まれた生存本能に差し支えない。

しかし、時として人は自分達が持ち得る知恵と技術を組み合わせ研鑽していく事でこれを克服しようとした。

その代表例が、巨大な人型兵器である幻晶騎士であり魔法なのである。

では、事ここに置いて其れをも凌ぐ巨大な生命体と遭遇したらどうなるか、それは想像するに難くない。

 

「「「「「う、うぁぁぁぁ!」」」」」

 

思考を挟む余裕も無い程、恐れ慄く恐慌である。

たが此処にも、僅かながら例外と言うものが存在する。

 

「落ち着いて下さい!皆さん、馬車まで移動して下さい!」

 

それは往々にして、集団を取り纏める司令塔である事が多い。

非常時でも、慌てる事なく取り纏め生還へ導く能力を持った者は、常日頃から他者に信頼を寄せられ易いのである。

そして守護者と成らんとする者は窮地に立たされた時、誰よりも精神の強さが試される…そう、この場で例えるならアールカンバーの騎操士エドガー・C・ブランシュ先輩の様に…。

 

「!アールカンバーが前に出た⁉」

「…僕たちが避難する時間を稼ぐつもりですか?」

 

アーキッドとエルネスティの掛け合いを直ぐ近くで聞いていた俺は、それだけじゃ無いと踏んだ。

『先輩…アンタ、もしかして騎士団の到着まで此処にこいつを留める気か?』

幾ら何でも、こんなデカブツが砦を迂回して此処に来たとは考え難い、だとするなら恐らく境界近くの砦はもう…それでも伝令ぐらいは出されただろう。

奴が進んできた進路から考えて、かち当たる砦は……バルゲリー砦、そこから一番近い騎士団の駐在してる町は確かヤントゥネンか、距離にして幻晶騎士の移動速度で凡そ一日休まず移動し続ければ夕方頃だから、ちょうど今位だなそこから戦力を集めて討伐隊が市街地を出発して到着するまでどれだけ急いでも少なくとも数時間は係る、さらに言えば大部隊だろうから移動する街道もある程度絞られて…クロケの森に到着するのは夜中か…つまりは、既に終わっている昼間の戦闘も含めると約一日戦い漬けと言う事になる、もつのか体力が?

やっぱ用意して貰って正解だったか、しかし足りるの幾らあの痺れ薬の薄める前の原液とは言えだ、あの巨体に効力が発揮されるまでいくら時間が係る事か、取り敢えず準備位はして置くとするか。

それでだ、どのタイミングで抜け出すかな少なくとも今はダメだ目立ち過ぎる、ベストは馬車での移動が始まった直後辺りだが…。

この動乱では、早々には無理だなと考えていた時、エルネスティが動いた。

 

「皆さん落ち着いて下さい!離れて避難していては却って危険です!全員馬車まで移動して下さい!」

 

この状況でも動じずか、大した玉だなそこら辺の子供よりよっぽど肝が据わってる。

何はともあれこれで、俺も狙ったとおりに動けるから御の字って所か…俺は同じ班の仲間に目配せをして抜ける手筈を整えた。

馬車に乗り込み移動を開始すると、俺は仲間に手伝って貰い偽装工作を手早く始めた。

先ずは身代わりの人型を俺の座ってる位置に置き服装を着せ替えてすり替わる、次に人型の中に仕込んだ俺の肉声を録音した再生機能付きマジックアイテムを作動させる、これで暫くはやり過ごせるだろう。

次に俺の仕度だ、俺は人型に着せていた身体強化インナーを着込んだ。

これは、個人の身体能力を身体強化魔法の十分の一のマナで5倍に引き上げてくれる優れものだ、実験はもう既に済ませてある。

次に以前のゴーグルとマスクを一体化して更に強化した仮面を着けると改良強化したインビジブルローブを身に纏う、其れから後の口裏合わせの段取りを仲間と確認し合ったら、馬車の後ろから降りて原液が入ったタンクの隠し場所まで移動した。

 

「この量だと、一般的な幻晶騎士の装備する剣の二本分がやっとて所か…。」

 

配置されていた痺れ薬の原液を確認してどの位用意されてたかを計測してみたが、矢張り量が心許ない。確実に突き刺せるなら未だしも斬り付けた程度ではそこまで効果は無いだろう。

幸い隠されていた場所から戦闘が行われている位置までは結構離れている、まだ熟考する時間は有りそうだ。

そしてこれからの事を考えていた時、直ぐ近くで何か巨大な物が空から降りて来た音がした。

ベヘモスが到達したにしては早すぎると思い、様子を見に行くと見慣れた幻晶騎士が片膝を付いていた。

 

「あれは、グゥエール?何故ここに…まさか、逃げて来たのか?」

 

遠方からはまだ戦闘の続いてる音が聞こえてく事からも、此処にこの幻晶騎士があるのは異質でしかない。

だがこれは渡りに船だ、如何やら今日の俺は最高に運が良いらしい。

此処に来たのがグゥエールであるという事は、搭乗している騎操士はディートリヒ・クーニッツという事になる、ならば交渉のやり方では最高とは行かずとも色よい反応が返ってくる筈だ、ならばとグゥエールに近づこうとした時別の人影が搭乗口を開け中に居たディートリヒと会話を始めた。

 

「何であいつが此処に…?」

 

特徴的な銀髪に小柄な体躯、抽象的で何処か幼い女児のような顔立ちを見て思わずそう呟いたのは仕方ない事だと思う。

我らがライヒアラ騎操士学園を代表すべき幻晶騎士バカことエルネスティ・エチェバルリアがそこに居たのだから。

だが冷静になってみれば、グゥエールが通って来たと思われるルートは丁度学園の馬車が通る街道を横切る様になっていた。

成る程、それで逃走途中のグゥエールを見かけて追いかけて来たのか。

何を話しているかマイクを向けて聞いていると、如何やら逃走の是非を問うている様だ、だが責めている様な気配を語気から感じられない、寧ろ喜んでいる様に感じられた。

 

「これは、若しかしたら……最高の実験が出来るかも!」

 

此処に来て、状況は益々俺に有益な方に傾いて来た。

気配を消し近くの太い木の枝に降り立った俺は、声が変更されている事を確認して会話に熱が入った二人に声を掛けた。

 

「よぉ、こんな場所でなにしけ込んでんだ?」

「むっ?」

「今度は誰だ⁉」

 

落ち着いた反応を返したエルネスティと困惑した反応を返したディートリヒ、其々の違った反応が返って来た事に口元が緩む。

 

「な~に、ただの薬の調合士さ。何処も怪しくなんてない。」

「その形で言うか!」

「その薬の調合士が、僕達に何の用ですか?」

 

ディートリヒは疑り深く見てくるが、エルネスティは興味が無いのか以外に淡白な反応を示す。

 

「まぁまぁ落ち着いて、おたく等ライヒアラの生徒さんだろ?此処にそいつが有るって事は、あんちゃん逃げて来たな?」

「ぐぅ!お前まで、私を貶すのか!」

「別にあんちゃんを貶してるわけじゃないさ、ただ逃げ出したしたのか或いは、そうじゃないのかハッキリ知りたくてね。」

「………。」

「だんまりは肯定と取っていいんだよな?」

「っ!あぁ、そうさ!私は、あの場から逃げた其れの何が悪い!」

「どおどお。落ち着けって、さっきも言ったが別にあんたを貶してるわけじゃない。そうだよな~、怖いよな~、だってあんなデカブツだぜ、普通はビビッて当然だ寧ろ逃げない奴はの方がどうかしてる。」

「!そ、そうだろう、私は…私は正常だろう⁉」

「あぁ、あんたは生物としては正常だな。」

「分かってくれるか!調合士よ!」

「だが、俺が今一番話をしたいのは…今から、そいつをちょろまかしてあのデカブツと戦おうとしてる、そこのいかれた銀の坊ちゃんだ。」

「なっ!」

「僕ですか?」

「あぁ。お前さん、これからあのデカブツをダンスに誘いに行くんだろ?」

「えぇ、そのつもりですが?」

「じゃあ、土産の一つも持って行かねぇのは不味いんじゃねぇのか?」

「!それもそうですね!…しかし、今から準備するとなると…。」

「そこでだ、俺達が作った痺れ薬でもそいつの得物に塗って送ってやるは如何だよ?」

「それはいいですね!きっと、あの魔獣も喜んでくれますよ!しかし、効力の方は…?」

「…実はな、お前さん達の学園がこの時期にやるって言う演習行く数人の生徒に声掛けて実験してたんだよ!」

「おぉ!それで結果は?」

「お前さん、森から抜ける時不自然に動かない魔獣を見んかったか?」

「!はい見ました!若しや?」

「その通~り!あれは大分薄めた物だったが、それでもあの効果だ!じゃあ、もし原液をそのまま塗ったら?」

「…成る程、多少時間は係るでしょうが動きは制限できますね。」

「但し、問題がある。」

「何ですか、それは?」

「ただ斬り付けただけじゃ、効き目も薄いだろう。だからブッスリ剣先から根本まで突き刺す必要がある。」

「成る程、それは難題ですね…。」

「それと、ここで俺に会った事は内密にしてくれや。俺も何かと入用でね。」

「理解出来ました。その条件呑みましょう。」

「ありがとよ、恩に着るぜ。」

「待て待て待て!私は行かんぞ!折角逃げ遂せたのに、また戻るなんて!」

「おいおい、何もあんちゃんが戦う訳じゃねぇんだからよぉ。」

「そうですね、先輩はその間眠っていて下されば…。」

「へぇ?」

「そんじゃ、おやすみ~!」

「おやすみなさい先輩!」

 

二人掛かりで意識を刈り取りに行ったのは流石にやり過ぎたか?

まぁいいや、さっさと始めますか。

 

「おい坊ちゃん!薬塗るの手伝ってくれや!」

「了解しました!」

 

グゥエールの二振りの剣に、喜々して痺れ薬を塗り込む二人の人影が夜の森で怪しい雰囲気を醸し出していた。

 

 

今を輝く銀鳳騎士団の団長にべへモスと激闘を演じた当時の事を聞いた者の物と思われる手記が発見された。

内容を一部掲載する。

 

当時の事ですか?はい、よく覚えています。

ですが一番思い出深いのは、彼と最初に出会った時の事ですね。

彼が誰かって?それは、言えませんね。

ただ彼のお陰で、べへモスとの戦いが大分優位に成ったのは事実ですね。

 

この先、話題になった人物について掘り下げていたと思われる部分は黒く塗り潰されていた。

 




最後までご拝読お疲れ様でした。
感想を待ってます。


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巨獣が討たれて影が動く~本格始動~

お馴染みになってきましたが、閲覧及びご拝読ありがとうございます。
この話が、本作に置ける一つの節目となります。
如何か最後までお読み頂けると幸いです。


「よぉし、塗り終わったぞ~!」

「お疲れ様です。こっちも終わりました。」

 

べへモス討伐の為、グゥエールの剣に痺れ薬を塗る作業をしていた俺とエルネスティが、其々の作業を終わらせ一息ついた。

 

「後は、お前さんの仕事だけだな。」

「えぇ、任せて下さい。」

 

少しの休息の後、エルネスティはグゥエールのコックピットに入り自分が操縦する為の改造を施していく。

 

「大したもんだな、幻晶騎士の操縦系を掌握しちまうとは…。」

「おや?随分詳しいですね。」

「鍛冶師とは、何かと縁があってね。」

「ほほう!それは、奇遇ですね!僕も、知り合いに鍛冶師がいるんですよ!」

「はは、そうかい。だけど、今はそっちに集中しな。」

「あぁ、これは失礼。」

 

身を乗り出して続きを喋ろうとするエルネスティを、俺は静かに窘めた。

あっと言う間にグゥエールを起動させると、俺はその場から離れ近くの気に飛び移った。

 

「それでは、色々ありがとうございました!」

「気にすんな、俺もあれだけのデカブツに薬が効くか実験したかった所だ。」

「そうなのですか?では、最善の結果が出せる様に祈っておきましょう!」

「おう、気を付けてな!武運を祈る!」

「はい!行って来ます!」

 

やけに浮かれた声で、常識的に幻晶騎士では出来ない筈の動きでべへモスの下に走って行くエルネスティを見送り、俺も見通しに居場所を探して木から木へ飛び移った。

それから数分で小高い崖の上に立っていた巨木を見つけ上の方の太い枝に腰掛けマスクのゴーグルレンズから望遠機能を引き出してべへモスが居る辺りを観察した。

 

「おうおう、やってるねぇ…。」

 

べへモスの片目に、グゥエールの物と思われる剣が刺さり潰されていた。

 

「早速実行したのか、やるとは思ってたけど仕事が早ぇ~や。」

 

見事に切っ先から根本の付け根まで深々と刺さった剣を見て、エルネスティの行動力の高さを再認識した。

手元のタイマーを入れてからまだ数十分位しか経ってないのを見ると、現地に到着したのは約四分ちょい前だろう、という事は登場と同時にグサリッとやったらしい。

 

「さて…後どれ位で効き始めるかな~?」

 

俺の目測では、投与から四~五十分係ると踏んでいるが、実際は如何だろうか?

暫くは軽快に動き、べへモスを翻弄していたが途中から様子が可笑しくなった。

 

「…獲物がダメになったか?」

 

さっきから攻めるより避ける動きが多い、痺れ薬もまだ効いて無い所を見ると剣が強い使い物にならなくなったと取るべきだろう。

 

「あ~いや、原因はそれだけじゃねぇな…まぁ、あれだけ激しく動いてりゃあ…普通は起きるか。」

 

別の原因に思い当たる節が有り、俺は一人納得した。

グゥエールの本来の騎操士であるディートリヒ先輩を二人掛かりで寝かした後そのまま、外にほっぽりだす訳にもいかずコックピット内を一部破壊して詰め込んでおいたのだ、そのまま激しい戦闘に突入した為に揺れまくるコックピットの中で目が覚め現在も巻き込まれていると言う状況である。

 

「うん?おぉ!落ちてた武器を拾ったぞ、戦闘に集中してて気づけない筈なのに。」

 

またグゥエールの動きにキレが戻り、攻撃に移る回数も増えて来た。

 

「ありゃ先輩だな、宛ら獅子の上に乗るネズミの心境か?」

 

まぁ、見た目的には全く逆なのだが…そうこうしていると、少し離れた街道の辺りだろうかかなりの大部隊で進行する幻晶騎士の一団を見つけた。

 

「やっとご到着か、随分係ったじゃないの…。」

 

街付きの守護騎士団がようやっと到着したのを、俺は遠目で確認した。

ようやく戦闘らしい戦闘になって来たと思っていると、べへモスのブレスが炸裂した。

 

「…やっとか、効果が効き始めるまでに…約四十分、予想の範囲内だな…。」

 

べへモスがブレスを吐き出す時に少し間が空いたのを見た俺は、痺れ薬の効果が効いてきたと判断した。

とは言えだ、流石にあの大きさだ少し動きが緩慢になる程度しか聞いて無い様だが。

それでも、さっき迄エルネスティ達を相手にしていた時よりかは、動きが遅く更に対大型魔獣用の兵装を使われ機動力を殺がれる。

かなり優位な戦況に流れつつある中、突然べへモスが自身の真下に向かってブレスを吐き出した。

 

「奥の手ってか!奴さん本気になりやがったぜ!」

 

ブレスの影響で噴き上がった砂埃で遠くからの観察が難しくなったと思っていたら。

 

「なっ!普通立つかよ……あの図体で!」

 

べへモスはブレスの反動を利用して体を立ち上がらせた、山の様な巨体が二本足で立ち上がる様は正に怪獣そのものだった、そしてそのまま持ち上がった体を地面に叩きつけた。

 

「!おいおい…洒落に成ってねぇぞ。こっちにまで衝撃がきやがった!」

 

流石はあの巨体である、重さも一級品だ。

そんな膨大な質量が重力を伴って地面を叩くのだから、相当な負荷が大地に伝わっていたのだろうまるで地震の様な振動が森全体を揺らしていた。

 

「ありゃ、地雷も渡しといた方が良かったか?」

 

色々と足がつくことを恐れて、地雷を手渡すの渋った事を若干後悔した。

しかしふとある事を思い出した、演習前に森に仕込みを行った関係者の誰かが間違えて起爆性の地雷を埋めてしまったと言う報告があった事を、そうしているとべへモスの足元で急に爆発が起きた。

 

「…まさかな…。」

 

もしそんな偶然が起きていたとしてだ、じゃあ何故今まで発動しなかった?

 

「っ!そういや、試作品を作る時に軽い衝撃では起爆しないように頑丈に作ってたっけ…。」

 

うん……新しく作る時は、もう少し簡素な物にしよう。

何はともあれ、あれは試作で作った為に爆破の威力が馬鹿みたいに高い、さしものベへモスといえど、ただでは済まなかった。

騎士団の幻晶騎士が殆どやられて、前線が崩壊しけた時に起きた思いがけないハプニングである。

爆炎に巻かれ苦悶するべへモスに更なる追い打ちが掛る、エルネスティの駆るグゥエールが混乱に乗じて猛攻を仕掛けたのである。

 

「はは、随分息巻いてやがる。お気に入りの幻晶騎士ぶっ壊されて相当ご立腹らしいな。」

 

怒りの度合いが凄まじすぎて、若干引いてしまう。

体力を相当消耗しているのか、将又痺れ薬の効力がより強く効いて来たのか…いや、両方か。

べへモスはもう大して動けていない、このまま押し切れると踏んだその時だった、グゥエールの片足が損傷し真面に動けなくなった。

 

「……オーバーフロー、無理させ過ぎたな。」

 

奴はもう動けないと感じ取っただろうべへモスは、最後の力でグゥエールに突進を仕掛けた。

誰もがもう駄目だと思うだろう、だが俺は何故だかエルネスティが今考えてることが良く分かる。

 

「最後の最後で大博打か、悪くねぇな。」

 

あれは往生際の悪い人間だ、俺がそうなのだから奴はもっとだろう。

正に乾坤一擲の大勝負、この場で全て運を使い全力で行こ残りに懸けるそう考えてしまうのだ。

 

「全く、大した博打打ちだぜアンタ…。」

 

俺は、事の収束を確信して学園の馬車に戻る事にした。

その後、移動している馬車に飛び乗り人型と入れ替わると、何もなかったかのように学園に戻った。

後日の話をしよう、あの後べへモスは守護騎士団によって討伐されたと報じられた。

当然と言えば当然だ、それから巻き込まれる形となったディートリヒ先輩は重傷を負い診療所に長期入院する事になったらしい。

そして、陰の功労者にしてべへモス討伐の立役者であるエルネスティは近々王都にて国王陛下にご拝謁になると言う噂を耳にした。

成る程な、表向きは褒美を上げられない代りに直接会って欲しい物を聞き出そうって腹か、やれやれ有名人てのは大変だね。

そして俺達にも変化があった…。

 

「広いな…前まで、使っていた部屋とは比べ物にならないぞこりゃ…。」

「だが、お陰で鉄の精錬が出来るだけの施設が使えるようになったんだ、良かったじゃないか?」

「そりゃそうですけど…。」

 

あの後、試作の無線機が完成し試験の為に地元の領主さまに片方の無線機を送って実験を敢行、結果は成功してそのお祝いに何かを送ってくれる言うので、今より広い研究施設を所望したら本当に間取りにして貴族の屋敷二つ分は有りそうな敷地と建物それから専門の機材に至るまでを揃え送ってくれた。

 

「と、取り敢えず…研究室から、資料や何かを移動させましょうか…。」

「あぁ、そうだな…新入りも入ったし全員で引っ越しを始めるか…。」

 

この施設は表向き学生寮となっていたので、俺達の仲間は全員ここに住む事になっていた。

 

「あぁ、そう言えば聞いたかウェイン?」

「何ですか先輩?」

「エルネスティ・エチェバルリアが国王様に一勝負持ち掛けられたらしい。」

「?何故そんな事に?」

「あぁ、何でもエルネスティの奴が、国王様に相当無茶なお願いをしたらしくてな。」

「はぁ?それで、内容は?」

「要望に見合うだけの幻晶騎士を作れだとさ。」

「…彼奴なら、やれそうですね…。」

「そうだな…。」

 

思えばこの時から、俺は彼奴のうねりの中に絡め捕られ始めていたのかも知れない。

この後起こる大事件に関わって、俺の…いや俺達の運命は歯車は回りだしたのだから。

 

 

陸皇討伐

この日、我が国に迫った最大の脅威は守護騎士団によって取り払われた。

しかし、真の功労者は当時はまだ幼い銀鳳騎士団の団長閣下であった。

この事実は、国政に携わる者たちによって隠蔽され当時まだ中等部の学生であった団長閣下もこれに納得していた。

しかし、今日ここに於いてもまだ解明されてない不審な点があるそれは、戦いの途中で起きた謎の爆発である。

あれが討伐の大きな要因であるが故に綿密な調査が行われたが、今だその原因が何であるか解明されていない。フレメヴィーラ王国目録 陸皇の章後編より

 




ご拝読頂きありがとうございました。
またのご拝謁お待ちしております。


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挑戦と失敗そして情熱~難航たたら製鉄~

七話まで来ました!
ご愛読頂いてる方がおりましたら、ここでお礼申し上げます。
初めての方は、如何か最後までご拝謁及びご拝読していってください。


「今回もダメだったか……。」

「空気を送る間隔が速すぎましたかね?」

「かもな…またパターンの練り直しだな~。」

 

この世界に生まれて漸くたたら製鉄の再現に乗り出した俺達は、聞いての通り苦戦している。

生前から興味があり、それ関係の書籍や文献などを読み漁り知識としては円熟していたが如何せん、肝心の経験が無かった為に匙加減が分からず基本的な工法以外は手探りな状況が続いていた。

 

「其れよりもだ、俺達の移動手段に検討中のあれの進捗はどうだ?」

「ん?あ~ぁ、そっちは無問題です。順調に進んでいますよ。」

 

先輩の言うあれとは、現在試作中の仮称魔導バイクの事だ。

さっきも言ったが、基本的には知識と経験が両立して初めて物事が成り立つのである。

この場合は、俺の生前の職業がエンジニアであった事で、設計と組み立ての経験と知識が十全に揃っていた事で作成が上手く運んでいた。

 

「そうか、しかしよく考えるよ魔導演算機を移動手段の乗り物に転用しようだなんて…。」

「ははは。それ言うなら、何で今まで誰も考案しなかったって話になりますよ。」

「そりゃお前、魔導演算機って言うのは幻晶騎士に取って無くては為らないパーツの一つだ、それだけ高価でもある訳だからおいそれと手は出せんだろう。」

「それでも、出力機としてはこれ以上に無い程優秀な部品でしょうよ。」

「まぁ~な…。」

 

この世界に置ける幻晶騎士とは前世の世界に於いての戦車や戦闘機などの軍事兵器である国土防衛の要である、実際幻晶騎士を超える戦闘能力を有する兵器も無く、そのパーツもこの世界の文明レベルで言えばオーバーテクノロジーじみた部分が有るとも言えた。

特に魔力転換炉と魔導演算機は、幻晶騎士の心臓と脳味噌の様な役割を果たす重要なパーツでもある、その為その入手も簡単では無く今回は、兄貴の武術の師匠が根回しして如何にか三機分を用意してくれた。

領主さまや先代たる先生だけでなく、嘗ての勇将たる兄貴の師匠までもが、ここ迄俺達に協力的なのかさっぱり分からない、分からないが貰えると言うなら貰っておいて損はない。

それにあの人たちと直に会ったが、後から難癖付けてくるタイプでもないと感じている。

そう言えば、最近先生から一度帰って来たら如何だと催促されていたなぁ~。

 

「あぁ、そう言えば……。」

 

先輩が何かを思い出したらしく、呟き欠ける。

 

「如何したんですか?」

「いやな、大した事じゃ無いんだが。最近、鍛冶師科の一年坊に幻晶甲冑って言う新機軸の兵器の開発に加わって欲しいって頼まれてさ、如何したもんかって悩んでたんだ。」

「幻晶甲冑って言うと、エルネスティの…。」

「あぁ、今の所は断ってるんだが、どうも最近エルネスティ本人が出張って来そうな気配が有ってな…。」

「…分かりました。先輩は暫く、ここに留まっていて下さい。」

「そうさせて貰うよ…はぁ、面倒な事になったな。」

 

最近エルネスティを中心にして始動した新型幻晶騎士開発のプロジェクトも中々難航しているらしく、鍛冶師科の先輩方が上手くいかないとぼやいていたのを何度か目撃した。

彼奴も彼奴なりに暗中模索の中なのだろう、だがこっちも二つのプロジェクトを立ち上げて人員がカツカツなのである、中核である先輩を取られる訳にはいかない。

それに奴の周りできな臭い行動を取る生徒を何度か目撃している、何方かのプロジェクトをいち早く一定の成果を出して切り上げ、其方の調査に移る必要が出て来たのである。

その為にも、前世からの経験の蓄積がある魔導バイクに力を入れ早めに仕上げたいのは先輩もよく理解してくれていた。

 

「こっちの事は俺に任せろ、お前は早く例の物を仕上げてくれ。」

「ありがとうございます。たたら製鉄の方はお任せします。」

「おうよ!」

 

気迫の籠った返答を貰い、俺もやる気を貰いながら魔導バイクを製作している研究室に向かって歩き出した。

学生寮に偽装されたこの施設は、二つの建物が中庭を挟んで建っている構造になっていて、通り側に面している方を住居棟にして更に、一階部分は普段倉庫として貸し出しているので倉庫街にも見える外見をしたいた。

そして、今俺達が居るのが奥まった所に建っている研究棟である、背の高い木々で隠されていて奥まで来ないと発見できない様になっている、勿論この中庭では隠密行動の訓練場にもなっている為に相当入り組んだ作りになっている。

そうして廊下を進み第二研究室と書かれた部屋のドアを開けて中に入る。

 

「お疲れ様です皆さん。」

「あ、ウェン兄さん。お疲れ様、たたら製鉄の方は如何だった?」

 

部屋に入り魔導バイクの開発に協力してくれている全員に挨拶していると、奥で作業をしていたカインが俺に駆け寄って来る。

 

「いや~、また駄目だ。先輩も頑張ってくれているんだが如何にもな…。」

「そっか…あぁ、こっちは大分仕上がって来てるよ。」

「知ってると言うか、俺も係わってんだから知ってて当然だろ。」

「はは、そうだねウェン兄さん」

 

俺達は談笑しながら、持ち場に着いた。

 

「それにして、一つ気になってたんだけど?」

「何だ?」

「ウェン兄さんは、何でそのたたら製鉄って方法に拘ってるの?」

「…カイン、俺達の目指す仕事の用向が何か分かるか?」

「えっ?それは、偵察と情報収集や攪乱工作でしょ、後は…。」

「要人警護とその他の雑事も含むと、多種多様な状況に対応しなければならない、時には暗殺なども熟す必要がある。」

「!……。」

「その時、切れ味が少しでも鋭い刃の方が重宝される。鈍い刃では、絶命するまで何度も刺すなり斬るなりしなければいけない、それは退散する迄の時間を大きく引き伸ばす結果に成りかねない。」

「でも、刃物の切れ味とたたら製鉄に一体何の関係が…?」

「精錬された鉄の純度だ。これが低いと、いざ剣を製作しても切れ味は悪くなる、だからたたら製鉄で精錬した鉄や鋼が必要なんだ、砂鉄や鉄鉱石を粘土製の炉で木炭を燃やして低温で還元する、それで純度の高い鉄の生産を可能にするんだ。」

「…ははは、参ったな。普段飄々としてても冷静なウェン兄さんが、そんな風に熱が篭った説明をしてくれるんなて。」

「ん?そうか?俺的には、何時もと変わらんつもりだが…?」

「うん。かなり情熱的に語ってた。」

「まぁ、それだけ高純度の鉄が、今の俺のには必要なんだよ。」

 

俺は、そう締めくくり作業を始める。

以前から錬金術科の生徒を仲間にできないかと模索していた俺達は、漸く念願の仲間をこの間に勧誘する事が出来た。

まぁ、向うも何時声を掛けてくれるか待っていた状態だったらしいが…。

兎も角、俺達は錬金術科から生徒を引き入れ魔導バイクを動かす為のマナを貯めて置く為のタンクと駆動系パーツとして検討していた結晶筋肉の技術を得る事が出来た。

俺達の初の機動兵器である、出来る事なら最善を尽くしたいと思うのは当然だと言っておこう。

それから暫く時間が経って、俺達の魔導バイクの完成の目途が立ち少しづつであるが、エルネスティ達の周りをちらつく影の調査に乗り出し始めた。

エルネスティ達は件の新型を一定の戦闘が可能な段階まで完成させたらしい、先輩が引き込まれそうになった幻晶甲冑と言う新機軸も無事完成したそうだ………まぁ、扱い易さは兎も角としてだが…。

背面武装と火器管制システムって言ったか?彼奴が、新しく提唱した是までに無い全く新しい兵器種の呼び名だと聞いている、成る程なこの世界じゃあ見るのも聞くのも初めてで若干ゲテ物の匂いすらして来る代物だ、だが彼方の世界で生きていた俺ならば解る話でもある。

向うのロボット物じゃよく見る手法だったもんな、ブースター関係は大概背面に付くしちょっと特殊な物だと腕が複数付いてたり足が無かったり、そう言う意味ではロボットは人体に近いだけの別物と捉えていても可笑しくない。

 

「そう考えたら、やっぱり彼奴は俺と同じ…っ!あれか…。」

 

今が尾行の最中である事は察して貰えるだろうか?ライヒアラに在籍している鍛冶師科の生徒の一人が夜も更け始めた頃一人で行動している事を調査している内に掴み、件の生徒の動向を探っている。

大通りから外れた裏の通りの一つに入っていた人影を追いかける、普段なら殆どの生徒が食事の為に外に出る為さして珍しい事でもない事から気に留めないが、今日は訳が違った。

 

「新型の動作試験の後って事は、反省会も終わった頃だろう。普通は疲れが回って外出なんかしたがらない、だがもし外側の人間、特に諸侯か国外の組織だった場合は定期報告で外に出る…睨んだ通り動きやがった。」

 

裏路地に入ってからはインビジブルローブを被っているから、気付かれる事はないだろう。

暫く後を着けて対象の生徒がとある店に入って行くのを確認すると、俺はローブを脱いでその店に入った。

 

「いらっしゃいって、お前さんか…。」

 

店の主人が俺の顔を見て、如何言う用向きなのか察した用である。

俺達は、ここの店以外にもめぼしい店には声を掛け、時に脅迫じみた事もしながら協力を取り付けていた。

 

「対象は?」

「あっちの席だよ…随分用心深く警戒してる。」

「逆に有難いな、俺はミルクでも貰おうか。」

「はいはい…。」

 

俺はバーカウンターの近くに腰を落とし、集音マイクをオンにした。

 

「例の新型は…まだ少し係りそうです。」

「何か問題でもあったのか?」

「戦闘能力は高いんですが、マナをドカ食いするようで…。」

「…見れる形に成るには後どれ位係る?」

「存外そこまで係らないかと…完成が近くなったらその時に纏めて報告します。」

「よろしく頼む…。」

 

その後一頻り飲んだ後、生徒は店を出た。

しかし、俺は話していた相手が何者なのかを確認する為この場に残った。

 

「学生の作った新型…どんなもんですかね『団長』?」

「まぁ、あまり期待せずに待とうじゃないかい。」

 

『団長?奴さんは何処かの騎士団か?それにあの訛り方…この国の人間じゃ無いな…。』

言葉の所々で、この国のものではない喋り方が出て来たのを確認していると視線を感じる。

『流石に、この時間に俺みたいな奴がいるのは怪しいか…頃合いだなずらかるとしますか。』

俺は静かに席を立ちミルク代だけおいて店を出た。

その日の夜風はこの時期にしては…穏やかだった。

 

 

ライヒアラ騎操士学園記録

鍛冶師科の生徒の誰かが書いた新型幻晶騎士レポート①

この日、我々ライヒアラ騎操士学園鍛冶師科の生徒は未知との遭遇を果たした。

エルネスティ・エチェバルリアによって考案された、それまでの常識に囚われない全く新しい技術の数々が私達の下にもたらされた。

だが何故だろう、悪寒の様なものがしてならないのは、あの技術の一つ一つが魅力的に映る反面とても厄介なものに見えてくのは如何言う訳だろうか?

兎に角、ここからは気分を入れ替えて新型開発に邁進しよう。

 

この後のレポートは、精神衛生上とても見れた物では無かった…。

 

 




今後はエルネスティ達原作の登場人物との絡みが多くなります。


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隠者たちの真価~密偵捕縛任務~

ご拝謁ありがとうございます。
毎度ながら、飽きもせずに何時もの始まり方ですいません。


エルネスティ達が製作している機体がテレスターレと言う名前らしい事が判った今日この頃、そのテレスターレが完成に近づく度に彼奴の周りも活発になっていた。

件の生徒、密偵と思われる男が完成度を上げていくにつれ例の酒場へ出向く回数も増え、幾分か行動パターンも絞れてきた。

俺達は、他にも紛れ込んでないかエルネスティの周りに居る生徒達の素性を洗い始めていた、結果としては現在調査中の連中との関わりが有る人間はその男子生徒だけであったが、主に国内の別の団体から送り込まれていた輩は多くいた。

まぁ、今の所は動きが無いので無視しているのだが。

問題は、テレスターレに組み込まれた新技術が国外の人間に知られて悪用される事にある。

今はいい、まだ対策の余地は幾らでもあるのだから、しかし完成度が高まれば高まる程必要とされる対応策の何度は上がる、まして是までにない発想から生まれた技術ともなれば様々の状況下で起こりえる事も踏まえるといくら考えても足りない程である。

だからこそ、まだ完成していない現段階から情報が流出している現状は看過できない。

 

「…!お…!おい!ウェイン!」

「っ!すいません先輩…話の途中でしたね。」

「いや、大した話じゃなかったからいいが…。」

 

少しばかり思考の深みに嵌っていた俺を、クルス先輩が引き戻してくれた。

 

「ウェイン、お前最近ちゃんと寝てるのか?」

 

如何にも反応が悪い俺を気使ってか、クルス先輩がそう尋ねて来た。

 

「ちゃんと睡眠は摂ってますよ…ただ、最近やる事が一気に増えましたからね。」

 

元々計画していたたたら製鉄は兎も角として、魔導バイクの方は基本の形にはなったもののそれから発展させる段階で行き詰ってしまい現在は停滞している、そこにエルネスティの周辺人物の調査を行っているので中々精神的にくるものがある。

 

「なぁウェイン…。」

「何ですか先輩?」

 

何か言い辛そうにしながらも俺に言葉を掛けようとしているクルス先輩に、俺から問い掛けた。

 

「いやな、やっぱり俺達だけじゃ限界があると思うんだ…。」

「先輩…。」

「お前の熱意は、重々承知しているつもりだ。だけど、まだ俺達だけで出来る事にも限りがある。」

 

先輩の言っている事も最もだ、だがそれだと余程信頼のおける人物でなければ任せられない。

もし協力を依頼した人物が他国又はこの国の簒奪を狙う人物だった場合は、完全に此方も黒になる。

そうで無くとも、新しい技術の利権関係でごたつき最悪完成した技術ごと奪われる可能性も捨てきれない以上、安易に外部から協力者を募る事は憚られた。

だがアイディアが煮詰まっているしまっているのも事実だ、現在のメンバーだけで出来る事にも限界が見え始めている。

 

「…少し考えさせてください。」

「ウェイン…判った、俺も少し結論を焦り過ぎていたな済まん。」

「いえ、先輩の言っている事も事実ですから……少し学園に顔を出してきます。」

「あぁ、そう言えばここ暫く行ってなかったな…俺も行こう。」

 

俺達はこっちの研究に専念する為に、学園に休学届を出して引き籠っていた、そのせいかは解らないが気分が軽く鬱屈していたのも原因だと判断して、学園に顔を出して気分転換を図ろうと考えた。

他のメンバーにも余暇を出して、俺達は学園に向けて歩を進めた。

久しぶりに歩く昼間の街中は、普段駆け回っている風景とは別物に見えてくる、同じ町の馴染みある道の筈なのに全く別の道に思えるのは心が荒んでいるからだろうか。

 

「うぉ!珍しいな、お前さん達が昼間に顔を見せるなんて。」

 

ここ最近調査の為に通っている酒場の主が、食材の仕入れだろうか市場の方から店に戻る途中で鉢合わせた。

 

「…はぁ、昼に声を掛けるのは控えてくれて言ったろ…。」

「俺達とあんた等が顔見知りなのは、日が落ちてからだろうが…。」

「お、おぉ…そうだったな…。」

 

俺達と店主達の間には、幾つか密約が交わされていてその中には会話を交わす時間帯も厳格に決められていた。

 

「まぁ、今回は拠点の近くで監視も付いてるからいいけど、今度から気を付けてくれよ。」

「ああ…じゃあ失礼して…。」

 

俺達が若干不機嫌になったのを感じてか、店主はそそくさとその場を離れた。

 

「…子供の遊びとでも思われてるですかねぇ~。」

「今の所しょうがないだろ、はぁ~。」

 

やってる事はもう子供の飯事とかのレベルじゃないのだが、それでもまださっきの店主の様にごっこ遊びだと思われている節が有るのを二人で嘆いた。

学園へと続く道を再び歩き出した俺達は、これまでにして来た事を振り返り始めた。

この世界に生を受けてから十数年の歳月が経った、俺はこれ迄に地元で知識と技術を蓄えここライヒアラでクルス先輩と共にそれまで、只の真似事だった俺の技術を実用可能な所まで引き上げた、そしてまだ俺達が手を付けていなかった分野に手を伸ばして行き詰っている、こうして顧みるとこれ迄が順調過ぎたのかもしれない。

 

「停滞期に差し掛かって来たのかもな…。」

「停滞期か…ここを乗り越えれば飛躍の可能性も有ると見て良いのか?」

 

何気なく出た俺の呟きに、クルス先輩が反応を返してくれる。

 

「それは何とも…望みが有ると信じて、挑戦を続けましょう。」

「そうだな、先ずは自分達を信じないとな…。」

 

やはり気分転換と言うのは大事だ、たった数十分外を歩いているだけでここ迄気分が持ち直し、更にはここ迄にあった事を顧みる余裕さえ出て来た。

これで後は、学園で新たに発想の種を見つけられればだ尚良しだが…。

少し軽くなった足取りでクルス先輩と他愛無い話で談笑しながら学園に向かった。

 

「少しの間来てないだけで、随分懐かしく感じるな…。」

「えぇ……。」

 

辿り着いた学び舎は数週間見なかっただけでとても懐かしく見えて、在学生でありながらまるで卒業生の様な感慨深さを感じさせた。

 

「あれ?ウェインとクルス先輩じゃないか?」

 

謎の感傷に浸っていた俺達に気が付き、声を掛けて来る人物が一人居た。

 

「…よう、久しぶりだなバトソン。」

「お、おう?久ぶり…何か機嫌悪くなってないかウェイン?」

「気のせいだ。」

「いや、気の所為って感じじゃ無かったぞ、なぁ先輩?」

「いいやバトソン、お前の気のせいだ。」

 

折角の雰囲気をぶち壊しにしてくれたバトソンに若干の恨めしさ覚えつつ、俺達は挨拶を交わした。

 

「それで如何したんだよ、暫く顔見なかったけど。」

「うん?……………………………………………少し、野暮用でな。」

「待て、今の不用意に長い間は何だよ⁉」

 

バトソンとエルネスティは密接な繋がりがある、だが事実に気が付いたのはかなり仲良くなった後だった為に距離を置く事も難しくなっていた、それでも此方の事情は話していないから最低限の秘密は守られているのが唯一の救いなのだ。

 

「まぁいいや、其れより二人に見て欲しい物が有るんだ。」

「見て欲しい物?」

「何だ?」

「あぁ、こっちだ。」

 

バトソンが、俺達二人に背を向けてその見て欲しい物の在処へ案内を始めた。

元々気分を変える為に来ていたし、別段バトソン個人とは親しくしているので付き合う分には問題ない。

俺達はバトソンの背を追い、後に続いた。

 

「今エルの奴が居なくて困ってたんだ、二人が来てくれて助かったよ。」

「?エルネスティが居ないって、如何言う事だ?」

「あれ?知らないのか、数日前にディクスゴード公爵の配下の騎士団に人が来て結構話題になったんだぞ?」

「あぁ…すまん。ずっと休学しててな、ここ数週間学園に来てなかったんだ。」

 

いや…学園に通っているメンバーが言っていた気がするな、ただ俺が聞き逃していただけか……。

何方にしてもこの時期に招聘されたとなると………!以前先生から聞いた事がある、この国の宰相殿は豪く心配症で用心深いと、先生が領主として現役だった頃も随分警戒されていたと聞かされた話だ、そして今回は数百年振りに出来た機体改良ではない新型幻晶騎士の開発………公爵閣下はエルネスティを警戒している?

だとしたら肩透かしを食らっている所だろうな、あれの行動原理は子供が玩具に熱中するそれと同じ、用は興味に突き動かされた結果だ、更に続けるなら権利と言うものに頓着しないと言うか対外的な名声より個人的に益のある方を取るタイプの人間だ、先生から聞いた国王陛下に似た精神構造と取ってもいい。

精神的に満たされていれば後は野となれ山となれ目の前の目標を達成すれば次の目標を定めて邁進する、良い意味でも悪い意味でも周りが見えず巻き込むタイプの一見すれば傍迷惑な趣味人タイプだ、敢えて別の言い方をすれば究極の道楽者だろうか。

 

「着いたぜ、ここだよ。」

 

バトソンが歩みを止め小さめの倉庫の間に立った、如何やらここに俺達に見せたいと言っていた物が有るらしい。

そうこの扉を開け放ち、中にある物が露になると俺達は息を呑んだ。

 

「おい…こいつは⁉」

「へへ。スゲーだろ、幻晶甲冑って言うんだ。発案はエルだけど、実際に作ったのは俺達なんだぜ!」

「おぉ…見た目と名前からして、幻晶騎士の縮小版って感じか?」

 

バトソンが得意げに説明する横で、俺達はその存在に圧倒されていた。

一見ただ幻晶騎士を小型にしただけの様に見えて人間サイズでも扱い易いように工夫されている、人が入る事を想定されている為若干大柄に作られてはいるが、それでもバランスを崩さない程度に配置された結晶筋肉は幻晶騎士とは違った取り付けられ方をしている。

 

「でもこれじゃあ、余程魔術に長けていないと真面に動かせないぞ。」

「あぁ、せめて魔導演算機でも積んでれば話は違うだろうがな。」

「あははは…やっぱり、二人もそう言う結論を出すか。」

「やっぱり?もう動かしたのか?」

「まぁ~な。」

 

俺の質問に答えたバトソンの反応が如何に可笑しい、稼働させたのはいいものの結果はお察しだったらしい。

俺も何となくだがこれの扱いにくさは解る、現状の魔導バイクも似た様な状況だからだ、魔導演算機を搭載したのはいいのだが元々人型の物を動かすパーツだったのだ。魔法術式の書き換えだけでも一苦労だった。

おまけに、その書き換えた魔法術式も上手く機能してくれないのだ、何度か試行錯誤を繰り返して一応は完成したのだが、次の段階に進める上で重要な機能が付けられなくなっていた。

 

「しかしこれは……単に魔導演算機を積めばいい話じゃないのか?」

 

クルス先輩の話も最もだ、コストの面を除けば小型機動兵器としては十分な完成度だと思う、だが俺は何かが引っかかっていた。

 

「……バトソン、少し弄って見ていいか?」

「?良いけど、如何したんだウェイン?」

「ありがとう。」

 

この引っかかった何かの正体を突き止める為、幻晶甲冑を実際に動かしてみる事にした。

動かしてみて解った、これと俺達の常用しているインナーには互換性があった事に、そして魔導バイクの問題を解決できるアイデアの基も。

 

「如何だ?何か面白い事でも分かったか?」

「えぇ、やっぱり学園に来てよかった、今度からまた行き詰ったら先ずはここに顔を出してみる事にしましょう。」

「あぁ、そうしよう。」

 

その後、バトソンの頼み事を熟し校内をぶらついていた時に、鍛冶師科の生徒達の話声が聞こえて来た。

 

「今日も、ウーズは来てないのか?」

「テスタお前、あいつと家近かったよな?」

 

俺達がマークしてる生徒が登校してきてないと聞こえたを聞き逃さなかった。

この時期に学校に来てない?しかし、昨晩も奴は例の酒場に………!まさか、逃走の準備を⁉もしそうなら、斯うしてはいられない。

 

「先輩…!」

「あぁ、急ぐぞ…!」

 

急いで校舎を離れ街に散っている仲間に呼び掛けて、対象を取り押さえに向かった。

対象の居住地に到着する頃には、俺達の共通の装備を着た仲間たちが粗方集まり俺達を待っていた。

 

「奴は?」

「まだ中です、退学届けを作成していると思われます。」

「よし。赤布の部隊は逃走路を塞げ、対象の捕縛は俺達紫布がやる。」

「御意…。」

 

其々、纏った布の色で別けられた部隊に別れ行動を開始した。

正面玄関を音を立てない様にゆっくり開き建物の中に侵入し、対象が居るで在ろうとされる部屋に進む。

部屋の戸は僅かに開き、窓を閉め切りカーテンを閉ざしたのか陽の光ではない明かりが零れている。

 

「これで、この国ともおさらばだな。」

 

対象の独り言が聞こえてきた、本人の意思で出た言葉では無いのだろう、奴が国外に出ようとしている事の決定的な証拠だ。

 

「悪いが、お前に出ていって貰っては困る。」

「なっ!誰だ⁉」

 

廊下から声を出して奴の注意を引く、奴は声の主を探して出入り口から顔だけ出した。

その隙に奴の部屋の中に入り、ローブのフードを外して待ち構える。

 

「誰も居ない?」

「此方だよ……。」

「!な…に…?」

「驚かせてしまったかな?それは済まない事をしたね、だがこのまま君を行かせる訳にいかなくてね。」

「何者だ⁉俺が侵入に気付けないなんて……何が狙いだ⁉」

「何……私が、これからする質問に答えてくれさえすれば、直ぐにでも立ち去ろう。」

「質問?」

「あぁ、君がこのところ頻繁に接触していた彼らとは如何言った関係性かな?なるべく詳しく聞かせて貰いたい。」

「……くっ!」

 

俺の尋問擬きの詰問に答える事なく、密偵行為を働いた男子生徒が出口を求めて走り出した。

 

「そうか……素直に答えて貰えないなら、此方も少々強引にいかせて貰おう……やれ。」

「はっ……。」

「がっふ…。」

 

俺の短めの合図の後、逃亡を図ろうとした男子生徒がドアの傍に控えていた仲間に意識を削ぎ落とされた。

その後、手足を縛り口に布を噛ませ頭に布をかぶせて担ぎ上げる。

 

「直ぐに尋問にかける、虚偽識別装置も準備しておけ。」

「承知…。」

 

男を抱えながら、近くに居た仲間に指示を出し先に拠点に戻らせると、現場の片づけを終わらせて人に見つかれない様に拠点に帰還した。

良くない事が起きようとしている、それを肌で感じつつ俺達は出来るだけの事をしようと動き始めた。

 

 

ライヒアラ調査レポート

このレポートは、当時のライヒアラ騎操士学園の在校生が纏めたメモをとある記者が纏めた物である。

その中に、気になる一説が記されていたので紹介しよう。

 

このライヒアラ騎操士学園に最近ある噂が流れている。

気配も存在も感じないのに、後を着けられている様な足音が聞こえると言うものだ。

この話には、昔無念の死を遂げた生徒の霊が自身が死んでいる事に気付かずに校舎内を歩き回っている等、様々な憶測が流れているがどれも現実味が無いものばかりである。

自分も聞いた事がある為、気にはなるが踏み込んではいけない何かを感じるので深追いはよそうと考えている。

 

尚、現在はこの不審な足音は聞かれていないので安心して貰いたい。

 




最後まで見て頂きありがとうございました。


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玄人と素人~試作新型機強奪阻止作戦前夜~

遅くなりました。


捉えた密偵は中々口を割らなかった、だから仕方なく試作段階の自白剤をを使ったのは時間的に考えても仕方ない事だった。

まぁ、お陰で濃度と投与の匙加減は大体把握できたけどな。

そして奴から引き出した情報によると、奴さんはジャロウデク王国所属の銅牙騎士団と言う組織である事が判った。

やっぱり、西方諸国の一つだったかしかも目をつけられた国が最悪だ、ジャロウデク王国はここ数年西方にて領土拡大を図っていると噂がある国だ、この情報は西方に通じる複数の商人からの情報だから確実だろう。

密偵に吐かせた情報には、連中はどうやらまだ試作段階の新型を強奪する予定らしく作戦決行日は明日に迫っていた。

 

幻晶軽機(シルエットライダー)の調整も終わりました。」

 

俺たちの制作した魔導バイクは問題点を無事解決できた事で実用化に扱ぎ付けた、問題になったのは出力の大きさだった元々は大型機の演算装置として使われていた部品だった魔導演算機はその演算出力故に幻晶甲冑よりも小型の幻晶騎機には大きすぎていた、そこで騎乗装甲(ライドアーマー)を補助インナーの上から纏い姿勢制御にも演算出力を回すことで、過剰供給による運動能力の暴走を防ぐことに成功した。

簡単に言うと、アクセルを軽く入れただけで体に負荷が係るほど加速し、ブレーキを踏めば必然的に急ブレーキ状態になってしまうのだ、幾ら補助インナーでもカバーしきれない衝撃がブレーキを掛ける度に体を襲うのだからとんでもない機動兵器だった。

正にパワーに対してコントロールが間に合ってなかった幻晶甲冑と同様の問題を抱えていたわけである。

最もこっちは制御装置に制限を掛ける事で解決できたから良しとしよう。

 

「魔導式対物ライフルの調整も終わったよ。」

 

今回の作戦の要も、整備が終わったようでカインが声を掛けてきた。

 

「砲弾の精製も終わたってさ、準備は万端だねウェン兄さん。」

 

砲弾も出来上がったらしい、弾薬制作を頼んでいた部署からの報告をクリスが伝えてくれる。

全ての準備は整った、後は決行を待つばかりだ。

 

「では、改めて作戦の概要を確認する。参加する者は近くまで来てくれ。」

 

俺が作戦に参加する人員に、号令をかけるとクルス先輩とカインそしてクリスが集まった。

ここまで、多くの作戦案が提出されその度に議論を重ね、時間がない中で最善と思われる行動を算出して、概要を固めてきた、街道に地雷を仕掛ける案が最初に出たが誰が通るか分からない街道では誤爆の可能性があり却下、次いで襲撃前に先手を打つ案が出されたが具体案が思い浮かばず流れた何より向こうは玄人の暗部、素人集団で太刀打ちできるかもわからない、他にも提案はあったが準備に時間が係ったり大掛かりな仕掛けが必要だったりと現実的ではないと却下されてきた、そして最後の案で頭部又は関節部を狙い破壊することで行動不能にすると云う案が出て来たことで漸く作戦が決まった。

概要はこうだ、当日カザドシュ砦を急襲して強奪された新型試作機テレスターレと僚機カルダトアの頭部及び脚部関節に暗闇でも発行する塗料を付着させる、その後街道沿いに進行する敵部隊をある地点で待ち伏せ付着させた塗料を目印にしてた魔導式対物ライフルで狙撃各部を破壊又は損傷させ行動を制限する、あとは追跡してきた砦付きの守護騎士団任せて此方は妨害に専念、捕縛後は退散と言う流れだ。

我ながらアバウト過ぎるとは思うが、現状は精一杯の抵抗だったりする。

人員も物資もカツカツで、正直心許ないがこれを受け入れない限り阻止は出来ない。

せめてもの足しにと、魔導式バズーカランチャーの破壊弾を試作してみたが完成したのが昨日なのでテストも行えていない。

連中は呪餌をこの国に持ち込んだらしい、魔獣たちを呼び寄せ錯乱状態にする魔獣と人の生活圏が近いこの国では禁忌の秘薬として伝えられてきた代物だ、腹立たしい事だが連中の策は実に有効な策でもある。

まぁ、俺達はその策を逆手に取ろうとしているがな、決行の日時は明日の夜で幻晶騎士は周囲の音が拾えない必然的に視界情報だけが錯乱状態の魔獣を認識する唯一の方法になるわけだ、もしそこで幻晶騎士から視界を奪えばどうなるか、迂闊に森に入れば異常なほど狂暴になった魔獣に取り囲まれ逃走どころではなくなるだろうな。

幻晶軽機(シルエットライダー)は二機でサイドカータイプを用意している、機動力は申し分ないだろうからあとは火力と狙撃の命中率、魔導式対物ライフルの砲弾は結晶筋肉を装甲の上から破壊できただから問題はない、後は俺の腕次第だな。

不安もあるだが今は作戦での成功を祈ること以外に、やれる事がない精々早めに寝て体力を温存するくらいだろうな。

 

「じゃあ明日に備えて、今日はゆっくり寝てくれ。」

「あぁ、お前もなウェイン。」

「一番眠りそうにないのは、ウェン兄さんだけだもんね。」

「そうそう。」

「お、お前らなぁ……。」

 

三人からの茶化しに苦笑を浮かべるしかなかった。

 

クルス視点

俺とウェインも出会いはグリズを介してだった、当時の印象は陰気で気難しそうな奴だと思った事を覚えている。

それから、今の関係になったのはウェイン達が下宿していた宿舎に泊まりに行った時だろうか、寝室ともリビングともつかない独特な雰囲気を垂れ流す部屋の扉を目にした時だった。

傍から見れば何の変哲もない部屋の扉、よく見るとだがドアノブだけが高度な魔術処理が施され特定の人間以外が入れないように細工されていた、宿舎の外観も内装もなんてことはないごくごく一般的な造りなのにも関わらずその一点だけが意匠を凝らした魔道具であるからだろう、室内の様相がとても気になった。

グリズにあの部屋を使っているのは誰だっと尋ねると、何と弟のウェインの専用部屋だと話してくれた。

更に部屋の扉は弟の作だと続けたので驚愕させられた、それと同時にウェインに強い興味が湧いたんだ。

何せ唯の扉に個人認証機能を付与しようとする程の秘密主義なのだから、室内は未知の世界が広がっていると思わずにいられなかった。

俺自身も魔術においては変態的と言われている人間だ、如何にかして中に入りたいこの世界に無いものを目にしたい、知的好奇心に抗えるはずもなくグリズ達の目を盗んで例のドアノブに施された細工を解析して室内に入ろうと試みたのだ。

結果的に解読は難航、幾つものダミー術式が施され一夜では終われなかった。

それからも何度か泊めてもらっては挑戦を繰り返し数日が過ぎた頃、何回目か分からない程の挑戦してもうんともすんとも言わなかった開かずの扉がその日はすんなりと開いたのだ、自身の力で開けられたと己惚れるほど俺は楽天家じゃない。俺は招かれてるこの部屋の主ウェイン・クーランドに、そう感じたからこそ俺も覚悟を決めて扉を引いた。

思った通り、あいつは部屋の一番の奥に悠然と座り此方の値踏みをするかのような視線を向けていた。

 

「ようこそクルス・エイグラム先輩。」

 

表層は静かで穏やかに見える表情だったが、俺を映した瞳の奥には無数の刃と芯まで凍てつかせる冷徹さが伺えた。

 

「まさか、ドアノブの仕掛けを解こうしていた下手人が貴方だったとは狙いは何ですか?」

 

下手に偽れば言葉だけで丸裸にされる、そう確信できてしまえるほどの威圧感は普段のウェインのイメージからはかけ離れ、こちらの一挙手一投足の僅かな動きも見逃さず可笑しな行動を一回でも取れば首筋に刃が付きつられる幻影が脳裏の過ぎった。

 

「きょ、興味本位だ……これほど見事な魔術処理は中々お目に掛かれない。」

 

俺はその時、抵抗しないで素直にありのままを語る事にしたんだ、結果としてこれがいい方向に流れた。

 

「……嘘は言っていませんね。」

 

俺の言葉を信じてくれたのか、息をつくとウェインからは剣呑な気配は霧散していた、格が違うと思ったのはこの時が初めてだ。

 

「教えてくれ、お前はこの部屋で何をしているんだ?」

「知りたいですか?」

「あぁ、このドアノブに触れただけで分かる、お前の技術力の高さは。だから知りたい、そんなお前が態々人目を避けてまでやっていることを。」

「……教えても構いません、先輩はこのドアの術式に干渉した痕跡をほんの僅かしか残さない程の腕をお持ちです。

俺も、その僅かに残った痕跡で今回の事を察知しましたがそれでも疑いがある程度でした。その腕に敬意を評し、この部屋の秘密を明かしましょう。」

「本当か!」

「えぇ、ですが聞いたら直ぐに忘れてください。これは、表には出したくないことです。」

 

その言葉の後に続いたウェインの話に、俺は共感していたんだ。この国は確かに魔獣の脅威が日常と隣り合う危険を孕んでいるから一見魔窟の中に居るように錯覚するだろう、だが逆に捉えれば自分たちを脅かす存在は魔獣と言う人外の存在で人と人が殺し合う事は殆ど無いだから、人に対しての危機感が薄い。魔獣は確かに脅威だそれでも直接的な行動だけで図りやすい、だが人は友人の様に握手を求めたその手で喉元を搔き切る事がある。

魔獣だけが脅威じゃない……否、真に人にとって脅威となるのは悪意を持った人間だ。俺も普段この国で生活していて思うところはあった。

そして今、目の前でそれを身近なものとして認識し対策を練ろうとしているのが自分よりも幼いウェインだった。

心が震える、俺はコイツと……ウェインと出会うためにこの扉を開けた!

 

「今ので全てです。先輩、満足してくれましたか?」

 

ウェインの説明が終わり、俺にそう問いかけてきた。

 

「あぁ……理解できた……。」

「それでは……。」

「理解できたから、俺も仲間に加えてくれ。」

 

会話を締め括ろうとするウェインの言葉を遮り、俺は興奮した声音で訴えた。

 

「は?」

 

何を言っているのか分からないと、不思議そうな表情を浮かべ此方を見ているウェインの顔を俺は雑じり気の無い尊敬の目で見つめていた。

それが始まりとなり今日まで続いてきたのである、俺はウェインが目指すところならどんな場所でも付いていく、だからこそフレメヴィーラに降り掛かると分かったこの最悪を俺達が防いでみせる!

なぁ、ウェイン(ボス)

 

 

新型試験機強奪事件、通称カザドシュ事変これは長く安寧の時代が続いたフレメヴィーラ王国を襲った歴史上初となる他国からの侵攻だった、この事件にて死傷者が多数出ただけでなく後に幻晶騎士のスタンダードとなる新型試験機テレスターレを強奪されるに至った。

しかし、この事件の前後で犯行を予見できた居たのかの様に動く一団の目撃証言が多数寄せられていた、もしそれが本当なら動いていた人物とは誰だったのだろうか。

 

事件を調査にしていた調査員の手記より

 

 

 

 

 

 



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突きつけられた現実~強奪阻止失敗前篇~

賽は投げられた……。
引き絞られた弓から離れた矢はもう戻る事はない……。
鳳の雛は静かに狂喜の喧騒を浮かべ影は静かに闇の潜む……。
彼らに、戦うための大義名分を与えてはいけなかった……。


指定のポイントに辿り着いたのは、意外にもまだ日が高い昼間だった。

そこから、幻晶軽機(シルエットライダー)に分解して積んでいた魔導対物ライフルを再び組み立て木の根の影に隠して、俺達は小型のテントでその時を待っていた。

隠密の基本は何時でも眠れる事にある、俺は地元で先生から睡眠に入る訓練を受けていた。

別動隊のクルス先輩たちも準備を終えた頃だろう、そんなことを考えながらいつもの様に微睡みの中に沈んでいた。

そしてその時は来た……。

 

「起きてるかpurple4……。」

 

俺は半身を起こすと、向かい合うように寝ていたカインに声を掛けた。

 

「うん、ばっちりだよ。」

 

そう返すして顔を上げたカインは、目を合わせて外に出る。

魔獣除けの薬剤を周囲に撒いたので、近くに魔獣が接近した気配がないのを確認して木の根の影から魔導式対物ライフルを引っ張り出して幻晶軽機(シルエットライダー)の横に並べて置く。

 

「ジョイントコネクター接続良し!マナ供給の確認良し!魔導式対物ライフル各部機能異常なし!」

 

俺が銀線神経(シルバーナーヴ)を加工して作ったケーブルを幻晶軽機(シルエットライダー)の魔導演算機に繋いである部品に組み付けそれを魔導式対物ライフルにも付ける、そしてマナが送られスコープ機能が起動した。

 

「距離良し!方角良し!風は無し!」

 

カインが周辺状況を確認していく、すべて予定通りの進んでいる。

 

「現状において、迎撃に支障なし!目標の到着まで待機する!」

「了解!」

 

さぁ、いつでも来いよ……銅牙騎士団!

 

 

クリス視点

作戦が始まってから数時間、カザドシュ砦から火の手が見えたのを遠くから確認した私達は塗料弾を装填した魔導式バズーカランチャーを担ぎ、戦闘の最中であるカザドシュ砦の壁の近くまで移動した。

砦の中では結構激しい戦闘が起きているらしく、戦いの衝撃が壁を伝って此方に迄届いたほどよ。

 

「流石は、ディクスゴード公爵閣下直属の騎士団ですね。」

「あぁ、この国の中でも最高位の騎士団だ。彼方さんも一筋縄ではいかんだろうよ。」

 

このままここで取り押さえられたら、私達も面倒が無くていいんだけどね。

 

「出て来たな、準備は良いか?」

「勿論です!」

 

そうは問屋が卸さない。門が破られ強奪されたテレスターレやカルダトアと思わしき幻晶騎士の姿を確認できた。

私は幻晶軽機(シルエットライダー)とケーブルで繋がれた魔導式バズーカランチャーを肩に構え狙いをつけると頭部や各部関節に向けて塗料を詰めた弾頭を打ち出した。

 

「こっちに気付いた!」

「予定通りですね!」

 

噂に聞くサブアームがこちらに向けられたの見て急いで退避して近くの森林に身を隠す。私達がすぐに逃げたのを見ていただろう相手方が直ぐに狙いを外し、フレメヴィーラと西方諸国を隔てる高い壁オービニエ山脈へ続く街道を進み始めた、敵機にマーカーが付着しているの視認すると森に隠れながらその一団を追跡し始めたわ。

あっさり狙いを外したのは、実害が無かったからかしらどっちにしても現状で張り合えるほど私達は身の程知らずではないわ。

 

「……妙ですね?」

「何がだ、purple3?」

「この辺り静かすぎませんかパープル2?」

 

呪餌を使っている割には、不自然なほど魔獣の気配がない。まるで何かが厄介払いしていった後みたいな……!

 

「右に避けてください!」

「?分かった。」

 

急いで街道側に出るように指示をすると、一瞬遅れて巨大な偉業の腕が私たちの居た場所を突いた。

 

「幻晶騎士! しかし、俺たちの国の物じゃ……。」

「相手方の持ち込んだ物でしょうね……。」

 

魔獣を相手にするためこの国ではまず見ない最小限の装甲と視認性を下げるためなのか、腰から全身を屈めた低い姿勢と手腕部も人の形をしていない。対人を意識した隠密強襲機だわ。

矢張り潜んでたのね。ウェン兄さんが警戒して置けて言っていたから意識していたけど……。

 

「外したか……勘のいい奴らだ。」

 

幻晶騎士ごしに聞こえた声は男で、少しばかり驕った性格が滲む。

 

「それにしても例の新型以外にも、見慣れない玩具があったとはな。あいつの報告にはない物だから驚いたよ。」

 

相手方の騎操士は幻晶軽機(シルエットライダー)に興味があるのかそんな声を溢した。対応を考えていた私は勝機を見出した。

どのみちコレは私達を見逃しはしないだろうし、何より近くに僚機が隠れていたら視界を潰しても誘導されてしまう。

ヘルメットに組み込んである通信装置のマイクで、クルス先輩に声を掛けた。

 

「purple2、あれを開けた場所まで誘導するように走ってください。」

「何か考えがあるんだな。」

「はい、勿論です!」

「分かった、その考えに乗ってやる!」

 

森に再び入り走り始めると、魔導式バズーカランチャーを敵に向けて放ち注意を引き付けた。

 

「なっ!待ちやがれ!」

 

掠りもしないのに私達の反撃されたと思ったのか追いかけてくる。明らかに格下と甞め切った態度だったから挑発すれば追ってくるとは思っていた。

敵の機体は軽量の為か、幻晶騎士の中では早い方だろう。

しかし、機動力が違う。ウェン兄さんは地に足のついた生き物の移動能力は地面に接している面積で決まると言っていたわ。

二本脚の動物が四本脚の動物より遅いのは、歩行の際に地に接している面積が常に一つだけだからだそうよ。

それで、車輪の場合は常に地面に一定の面積が地面に接するから、歩行兵器よりも機動力に勝るのだと言っていたわね。

 

「は、早い⁉ くそっ、追いつけねぇ!」

 

やがて幻晶騎士が動くには手狭だけど私達が動くには丁度いい位の広さがある場所まで出て来た。この辺りは何度か下見をして潜伏場所の候補として見張っていた場所よ。

 

「ここからどうする?」

「アレがここまで来たら周りを回ってください。」

「分かった!」

 

敵の到着を待ち構える。そして奴は現れた。

 

「やっと追いついたぞ! はぁはぁ……。」

 

息を荒く吐き出して私たちの前に現れた相手の周りを予定通りに周回して、魔導式バズーカランチャーに破壊弾頭を込めて放つ。

 

「何!?」

 

此方のバズーカの弾頭は敵幻晶騎士の腕部に直撃した。思ったよりもダメージが通っているのは装甲が無いせいだと思う。

隠密性を高めるために装甲を最小限にした弊害は単純な防御力の低下なのよ。だから普通の幻晶騎士では掠り傷にしかならない攻撃も大ダメージになるの!

さぁ、何発まで打てば倒れるかしら?

幾ら防御しても無駄よ。だってここは開けた場所で遮る物なんてないんだから。

次々と直撃しては、大きなダメージを機体に受けて満身創痍の敵は最後の一発であっけなく機能を停止した。

 

「終わったのか?」

「さぁ、他にお仲間が居たら助けに来るでしょうけど。」

 

そう言って警戒してみるけど助けが来る様子はないわね。あの騎操士が人望が無いのかそれとも初めから決まっていたのか、救助に来ようとする幻晶騎士は現れなかったわ。

それより幻晶騎士の騎操士を捕縛しておかないと重要な情報源だわ。後は急いで街道に戻って……大分離れちゃったわね、間に合えばいいんだけど?

 

 

ウェイン視点

街道が見渡せる高台でこの魔導式対物ライフルの射程距離に入る場所は意外に限られている。物が物だけに軽々とは持ち運べない為、一度分解して運ぶ必要がある。

更に射線上に障害物があるのも困る。だからこそ現地の様子に詳しい人間からの情報を頼りに狙撃ポイントを厳選して5か所の地点にこれと同じ物を配置してある。

俺達が持ってきたのは、最初の狙撃ポイント配置する物が一昨日完成したためである。

弾丸は各ポイントに10発ずつ配備し、合計で50発は確保したがちゃんと発射できるのはその内の何発になるやら。

最初のテストじゃ10発撃って内7発は不発だったし、あれから精度調整もやって最後のテストで漸く半分成功した。

やっぱり鍛冶の専門家が居ないのはいけないな……。

そもそもこの世界には火薬が無い。材料はあったが何故だが精製することが出来なかった。だがそれだけで銃火器が作れないかと言われれば否である。要は発破現象さえ起こせればどうにでもできる。

この弾丸も薬莢に詰めているのは液体だ。そして装填部には発熱装置が取り付けてある。

爆発的蒸発現象、いわゆる水蒸気爆発の原理で弾を打ち出す訳だ。威力は火山の噴火が立証してくれている。

発射までのタイムラグはあっても、割と安定して撃てるからこの先も重宝しそうだ。

 

「来たよ……10時の方向に距離は1000……数は三機は全部新型。」

「了解……。」

 

思ったより多いな。これはここにある10発で足りるか?

不安がっても仕方ないか、足りなければ次の地点でまた狙えばいい。

 

「発射!」

「………目標命中、頭部半壊確認!」

 

引き金を引き少し間が明いて、敵機の頭部を捉えた。

命中した敵機の頭部は半分が吹き飛び、残り半分も機能しているか怪しいか。

 

「次弾装填!発射!」

「……次弾命中!左腕部機能不全確認!」

 

次いで頭部が半壊した機体に駆け寄って行ったもう一機の左腕部の関節を狙っい引き金を引く。弾丸は狙いすまされた弾道を通って目標に吸い込まれ左の二の腕から先がだらんと垂れ下がる。

流石に警戒しだしたな、密着状態で周囲を見回している。

足は止まったが狙いが定め辛い、密集しているせいでまだ万全な機体が隠れてしまってる。

幸いこちらの位置には気付いていないらしいが、マーカーの存在には気が付いたらしく目印を覆い隠すように密集している。

こちらも如何にか引き剥がそうと狙撃を続けたが、結局狙い通りの個所に命中させられたのは最初の二発だけだった。

 

「移動するぞ……。」

「うん……。」

 

準備した十発の弾薬が無くなり、俺達は次のポイントへ幻晶軽機(シルエットライダー)を走らせた。

 

 

新型機テレスターレ

現在の幻晶騎士のスタンダードとなった機体の原型機。

その制作に用いられた技術は、今をもって尚革新的だったと称賛され続けている。

驚くべきは、これを制作したのが当時まだライヒアラ騎操士学院に在籍していた学生たちであった事だろうか。

さらにこの機体の原案を発案したのが、当時12歳のエルネスティ・エチェバルリアであった事は余りにも有名である。

本機は試作機として五機制作されたが、カザドシュ事変にて四機が破壊され一機が強奪された。



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突きつけられた現実~強奪阻止失敗中編~

作戦は前途多難、初の実戦は苦戦が当たり前です。


可笑しいねぇ、最初は楽な仕事だと思ったのに……。

蓋を開けてみれば何だい? 新型機は扱いづらいし砦ででは砦付きの守護騎士団の囮で二機も残して、やっとこさ三機持ちだせたのに今度は何処から狙われてるか分からない襲撃者から奇襲に怯えてる何て踏んだり蹴ったりだよ!

魔獣番のくせにやってくれじゃないか。あぁ不愉快だねぇ……まぁ、文句を言っても仕方ないさ。

どういう訳か、さっきから攻撃の気配が無いのが不気味だが動くんなら今の内か……。

 

「アンタたち、移動するよ……。」

「「へい!」」

 

部下に指示を出して歩み出したは良いがねぇ。

オービニエ山脈へ続く街道はこの一本道だけ、順調に進めているがさっきの襲撃者の事が気になる。

奴らは一体どこから攻撃してくるんだい。あの小型機は一体何なだろねぇ……。

おや?図分見晴らしがいい場所に出たねぇ。ここなら奴も仕掛けては来れないだろう。

今のうちに、コイツの慣らし運転でもやっておこうかね……ッ!

 

「団長⁉」

「今何が起きた!」

 

一瞬殺気を感じて反射的に機体を動かしたが、視界が半分掠れてる。

どうなってるんだい! 周りには隠れられそうな場所なんて無いじゃないかい!

自分の常識に当てはまらない不可解すぎる攻撃が、思考を濁らせ混乱させる。

と、兎に角死角を潰さなないと!

 

「団長、ご無事ですか⁉」

「あぁ、視界は半分やられたがねぇそれより……。」

「何だ!腕が!」

 

密集するように指示を出そうとした時、別の機体にも姿の見えない敵からの攻撃が当たった。

 

「集まるんだよ!お前達!」

「「へ、へい!」」

 

それから、立て続けに遠方から礫の様な物が飛んできた、訳が分からないあんな小さな小石みたいな物に幻晶騎士が押されてる⁉

この国は一体どうなってるんだい!

 

「はぁはぁ……終わった?」

「……みたいだねぇ……お前達、新型は無事かい?」

「えぇ、多少傷はつきましたが。」

「そうかい……攻撃が止んだ今の内に、ちょっとでも進んでおくよ。」

 

視界が半分やられたがそれ以外はまだ健全だ。視界が完全に潰される前に早く山脈を超えないとねぇ!

 

 

ウェイン視点

漸く第二の狙撃ポイントに辿り着き、隠してあった魔導ライフルを組み立て狙撃準備を整えた時には、敵機は射線上に入る前の寸前の位置に居た。

本当にギリギリで間に合ったらしい、急いで弾丸を装填してスコープ越しに敵を狙う。

 

「発射!」

「命中!……背面武装(バックウェポン)に被弾!」

「くっ!次弾装填!」

 

急いで構えた為に狙いが逸れたらしい、本来の狙いの個所を外れてサブアームに当たった。

 

「発射!……不発かよ!チッ次弾追装填!」

 

ここで不発弾かよ!……ここに置いてあった弾薬は最初の迎撃で使った弾丸の前に作ったやつだったな。出来上がり次第配備していったから精度に差がでてる……。

くっそ! ここに来て弾丸にまで、準備不足の影響が出て来やがった!

 

「発射!」

「命中確認できず!」

 

次はちゃんと撃てたが当たらなかった、いや避けられた?

射線が読まれ始めてる? なんてこった……こんな早い段階で対策され始めるなんて最悪だ……。

 

「purple1?」

「……移動する。」

「え!でもまだ弾は!」

「……敵がこちらの狙いに気付き始めたかもしれない、それに弾丸も精製の精度にばらつき出始めてる、ここは温存して次で使う。」

「……了解。」

 

事態は思ったよりも悪い方に流れていた。自分たちの力を過信したつもりはないがそれでも何処か驕っていた部分があったのだろう。こっちはアマチュアであっちはプロだって事の本質を理解していなかった。

残った弾丸を持って次の迎撃ポイントに向かう俺の心中には、焦燥感が渦巻いてい冷静さを失いつつあった。

 

 

銅牙騎士団モブ視点

焦りと不安を綯い交ぜにした緊張感は、俺達の精神をゆっくり薄皮一枚ずつ剥がして次がいつ来るか分からない姿に見えない襲撃者に怯えている。

奪った三機の内、団長の機体は目を半分潰され、別の一機は腕が上がらない、今の所無事なのは俺だけだが追撃がいつどこから来るかなんて予測できない。

戦々恐々としながら、周囲に注意を向けているとまた見晴らしのいい場所に出て来た。そう言えばさっきもこんな感じの場所での襲撃だったな。そう思っていると俺の機体の後方で破裂音が聞こえた。

 

「な!まさか……!」

 

その音が周りの機体の脚を止めさせ、俺も慌てて機体の状況を確認した。

 

「バ、背面武装(バックウェポン)が……!」

 

サブアームが一本吹き飛ばされていた。これで俺の機体にも軽度ではあれダメージを負った事になる。

今度は合図が無くとも集合した。敵の狙いは俺達をこの国から出さない事だと分かっている。だが俺達も引き下がれない。

この新型を持ち帰らないと、俺達は明日が無いのだから……。

俺達は、元々貧民の出身だった幼い頃は町のゴロツキにいびられ時には殴られて、銅牙に入ったのは食い扶持が目的だった。そこでなら満足な食事にありつけると聞いたから、でも現実は違った。厳しい訓練に僅かな食事、一緒に入った連中は毎日何かしら理由で死んで数を減らし、その度に俺達の食い分が増えて最後に残った俺達も割に合わない任務に就かされ明日が命日とも知れない日々を送ってきた。それが今回の任務を期に終わるかもしれない……。

だから、俺達は何としてもこの新型を本国に届けなければならない!

気を尖らせ、僅かな変化にも神経を張り詰める相手の攻撃はある程度まで耐えれば終わる! やり過ごすんだ、嵐が過ぎるまで!

 

「……来た!」

 

小さな気配を感じて避けた、そうすると礫が眼前をすり抜け後方に流れた。

頬に汗が伝う、今の一撃を避けられなけば幻晶騎士の頭部は潰れ視界は失われていた、目視が効かないままだったら俺達の撒いた呪餌を喰らった魔獣に囲まれ、国に帰ることも出来ずにこの魔獣だらけ地で魔獣の腹の中で生涯を終えていた。

 

「うぇ!」

 

最悪の未来の幻視が脳裏に浮かび、極度の不安に襲われ胃の中のものがせり上がる。

胃酸の匂いが喉から溢れ、吐き出してしまいたくなる息苦しさが迫るが如何に押し込めた。

油断していた。東側の人間は警戒心が低く、簡単に騙せるこの国で一番の脅威は魔獣だけだと高を括り直ぐに逃げられると都合よく考えていた。だがこの国にも案山子ではない人間が居た。疑いの目で周囲を見張り変な動きを見せれば実力をもって排除することが出来る人間が。死にたくない、少なくとも魔獣の餌になって死ぬのはごめんだ!

早く……早く山脈に向かわなければ!

 

 

ウェイン視点

前のポイントでの迎撃を早く切り上げたから次のポイント当然奴らより先に到着した。ここでも隠してある魔導ライフルを組み立て標準を合わせる。

弾丸の数は前のと合わせて17発。この内ちゃんと撃てるのは何発だ?

気持ちが焦燥している。ここまでの迎撃で余りいい結果を残せていないこのままでは逃げられる!

落ち着け……落ち着くんだ。俺達の目的は足止めだ時間さえ稼げれば砦付きの騎士団が来る!

焦れる心情が引き金に掛かった指にも伝わって震えてる。動揺が視線を揺らし、スコープ越しの景色を歪ませる。怯えているんだろ、失敗する事を。……分かってる。最初のミッションがここまで大事だと思わなかった。最初は個人が雇ったスパイの確保みたいな小規模な事だと思っていた。でも相手は他国の騎士団でその国は大国だったんだ。最初の敵がでかすぎた……。泣き言かもしれないが、それでも弱音の一つ吐きたくなる。

ここを凌げなければ、俺達のこれまでやってきた事が台無しになるかもしれないんだ、気を引き締めろ(ウェイン)

そして、さっきよりも格段に歩みが遅くなった敵の一団がやって来る。

その姿を見たら、震えは収まり視界が凍り付いたように静かになる。しっかり狙え。敵は怯えている……今だ!

 

「発射……!」

「命中!頭部破壊確認!」

 

一番前を進む機体の頭部を狙い放たれた弾丸が今度こそ、狙った通りに頭部を打ち壊した。

良し……ここではもう無理か、三回も襲撃すれば見当もつくか……。

 

「移動しよう……次のポイントは、弾丸だけ回収して通過する。」

「purple1、早くないですか?」

「そんな事は無いさ、見ろpurple4。」

 

俺が連中に視線を送ると、それに倣ってカインもそちらを見た。

 

「慌てた様子が無いだろう。」

「うん。何というかこちらの出方に気付いたように見えるけど……。」

「一通り怯え切って、今度は逆に冷静になり始めてるんだ。こうなっては追撃しても意味が無い。」

「成程……。」

「理解してくれたか。では行こう……。」

「了解……。」

 

俺達はまた、深追いせずに移動した。……今は一瞬の休息に気を休めていろ。直ぐに恐怖のどん底に叩き落して絶望させてやる……。逃げる気力も起きない程にな……!

 

 

幻晶軽機(シルエットライダー)

新型幻晶騎士と同じ時期に誕生したされる小型機動兵器。

本機の特徴は何と言っても小型である事と機動性の高さだろう。同様の時期に登場した幻晶甲冑に比べても遥かに優れたスピードを誇り、現在ではこの速さを競う専門の競技が誕生したほどである。

またコスト面でも優れ幻晶甲冑一機分で三機は製造できると言われている。さらにバリエーションも豊富で魔導演算機(マギウスエンジン)が搭載された騎士団使用機と、銀板に魔法術式(スクリプト)を書き込んだ物を搭載した一般使用機が存在している。

一般使用機は登場してから富裕層の間で長らく人気があり、手に入れる事が成功者の象徴とされている。

しかし、機動性に突出した分汎用性に欠ける欠点も持ち、攻撃性能は操士(ランナー)頼りとなっている事も本機が本格的な戦闘に向かない一因とされている。

その為、使用される用途は偵察が主とされ、馬より早く情報を持ち帰る事が出来る事から報道記者の間では絶対的な信頼を勝ち取り、そちらの方でも高い評価を得ている。

前述した競技の支援企業に報道系の商家が多いのはその影響だと言う声も大きい。

所で本文の中では綴らなかったが、本機が真価を発揮するのは別の機動兵器との併用した時だと言う事は騎士団関係者以外にはあまり知られていない。

 



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突きつけられた現実~強奪阻止失敗中編2~

怯える敵と焦るウェインの攻防は、遂に佳境に……入るかな?


くそ!くそ!くそ!何がどうなってるんだ!聞いてた話と違うぞ!この国の人間は全員平和ボケした能天気な連中だって話だったじゃねぇか!

最初はその通りだと思ったよ。この国に紛れ込んだ時は俺達の事を疑いもしてないってアホ面を晒してたの見た時は内心この国を馬鹿にしてた。……まさか、俺達は騙されてたのか⁉ 外面は人のいい風を装って内心で警戒してたのか⁉ 畜生、やられた! 最初っから俺達はカモだったのかよ……クソッたれ!

先行して進んでいた俺は、この訳の分からない状況に苛立ち冷静さを欠いたまま進行を続けていた。

だからこそ気付けなかった。敵の凶弾が俺の機体の頭部を狙っていた事に。

 

「はっ! くそっ頭をやられた!」

 

完全に視界が消え目の前には完全に何も映されない、もとはと言えばあの間者からの報告がすべての発端だ。あいつもグルだったんじゃねぇのか⁉ そうだよ、だからあいつ落ち合う日に落合場所に現れなかったんだ! あの野郎……!

 

「同じだ……。」

「はぁ⁉」

 

一番後方に居た仲間が何かをほざいてやがる。何が同じだってんだよあぁ!

 

「一回目も二回目もさっきだて見通しのいい開けた場所に出たら狙われた!」

「……何言ってんだよ……。こんな隠れる場所もない場所でどう襲撃するってんだよ?有り得ねぇだろ……。」

 

これは俺達の常識だ。襲撃は木の生い茂った影になる遮蔽物の多い場所で行うのが一般的だし、第一ここにそんな隠れられそうな場所があるわけ……いや、待てよ? そもそも奴らは近くから狙ってるのか? もし距離が離れてても攻撃を当てられる武器があったら……!

 

「……なるほどねぇ、奴らはこちらの範疇にはいないって事かい……。厄介だねぇ。」

「団長……。」

「お前達、兎に角頭部は守るんだよ! 自分たちの蒔いた種で自分たちが苦しめられるとは思わなかったが目をやられちゃおしまいだ。開けた場所に出たら頭部だけは守るんだ!」

「「へい……!」」

 

やれやれ、厄介な国来ちまったぜ……貧乏くじ引いちまったかな。

その後も開けた場所に出たが、今度は襲撃を受けず諦めたのかと思いそのまま通り過ぎ、いよいよオービニエ山脈に近い森の入り口まで来ることが出来た。やっとこの国から出られると思って安堵していた時だ、前から幻晶騎士の移動音が聞こえたのは。

 

「団長、前から来たのは一体誰ですかい? 俺のは目視ができねぇ。」

「如何やら、学生さんらしいねぇ。散々邪魔された挙句にここに来て鉢合わせるとは運が無い……。」

 

何度も足を止められてたからなぁ、思ったより時間を食わされてたらしい。多分俺達の機体の状態を見れば嫌疑を向けてくるだろう。……くっそ、やるしかねぇ。じゃないと目標を達せられない!

投降することは論外だ。俺達は腐ってもジャロウデク王国の銅牙騎士団だ! 魔獣番なんぞに尻尾を振って首を垂れる訳にはいかねぇだよ!

視界は見えないが音測でだいたいの位置は分かる。そちらに向けてやけくそ気味に背面武装(バックウエポン)を放つ。もとより俺は足手まといだ、だったら学生連中のお守り役ぐらいは引き受けてやるよ!

 

「行かせるか!」

「こっちのセリフだよ!」

 

声のする方に向かって近づき、闇雲に剣を振るう。

 

「くっ!こいつ、頭部が無いのに……!」

「ディートリヒ!」

 

如何やらうまく引き付けられたらしいな。へへ……ワリーが付き合ってもらうぜ学生さん!

 

 

クルス視点

奴らの幻晶騎士との戦闘の後、急いで街道の脇に戻った俺達は道に残った足跡を頼りに追跡してやっとのことで追いついた。

しかし随分混戦してるな、俺達がここに来るまでに一体何が起きたんだ?

頭部に無い新型に組み付かれてたのは改修されたグゥエール? 奥でもアールカンバーと半分顔の潰れた新型が戦ってるし…ってあれは…なんで幻晶甲冑が新型と戦ってるんだよ⁉ つか危なっかしいな!

 

「あの二人……エルネスティ先輩の取り巻きの……。」

「アーキッドとアーデルトルトだ……たっく見てらんねぇぞ!」

「加勢……しますか?」

「あぁ、しゃーねぇだろ!」

「了解です。」

 

俺達は、幻晶甲冑で戦う二人の援護をする為にまた横道にそれる。あの二人もゆくゆくはこの国を守る騎操士になるんだ。こんな場所では死なせられない!

 

「あの二人、凄いですね……動かしにくい幻晶甲冑をあんな風に自在に操るなんて。」

「あぁ、卒業するころには即戦力級のエースだろうな。だからあんな無茶な戦い方が出来る……でもな、それで調子に乗ってるとあぶねぇんだよ。」

「はぁ……。」

「見ろ、明らかに相手さんはイライラしてる。あの状態でちょっとでも刺激を受けたらドカンと爆発するぞ。」

「……あの、二人とも刺激する気満々ですけど……。」

「うん……だから実際物凄く危険なんだ……。」

 

縦横無尽に飛び回り翻弄し続ける二人は、執拗に威力の足りない武器で攻撃を仕掛けている。

あぁもう……だから、不用意に刺激するな! あの間合いなら、あいつの周りを動き回ってかき乱せば十分だろ!

 

「あっ……魔導兵装(シルエットアームズ)壊した……。」

「こりゃプッツン来るな……。」

 

思った通り奴さん、やたらめったら暴れまわってるよ……。

そんな風に悠長なことを言っていたら、アーキッドが宙に投げ出された。

 

「頃合いか……purple3。」

「了解です。」

 

クリスが魔導式バズーカランチャーを顔面に向けて放つ。真っ直ぐ飛んでいた砲弾が直撃してこちらに注意が向いた。

 

「良し! かっ飛ばすぞ、確り掴まれ!」

 

俺はアクセルを目一杯ふかして、無作為に走り回る。

 

「魔導兵装が無いとまともな追撃も出来ねぇだろ!」

 

法撃が飛んでこないならこっちのもんだ。さぁついて来いよ木偶の坊!

走り回っていると気に複雑に巻き付いたワイヤーらしき物が目に入る、あれはアーキッドの奴が宙に浮いた時に打ち出されたワイヤーアンカーの……しめた! あれを使わせてもらおう!

頭に血が上ったであろう奴には足元の事は把握できていない。ならこれは上手く行くはずだ!

 

「鬼さんこちら、音の鳴るほうへ。」

「っ! この野郎!」

 

ふはははは! こんな安い挑発に乗っかるほどイラついてるとは余裕が無いねぇ。……だから、こんな単純な手にも引っかかる……。

 

「うぉぉぉ! 足がぁぁぁぁぁ!」

 

今度シャバに出たら覚えとけよ、足元にはご用心ってね!

 

「……これ完全に漁夫の利ですよね。」

「……それ言うなよ……。」

 

自分でもちょっと思ってた事をクリスに言われ、意気消沈してしまう。

何はともあれ、あれだけ派手にすっころべばコイツはもう動けないはずだ。

 

「凄い凄い! あんなに簡単に幻晶騎士を倒しちゃうなんて!」

「あぁ、エル以外にもこんな人が居たんだな!」

 

俺達とは対照的にえらく興奮した様子で近くに来る二人組……あの、やめてくれちょっと惨めな気分になるから。

 

「はぁ……いえいえ、もとは言えばそちらの男子が巻き付けたワイヤーが足に引っかかっただけですから。本当の功労者はあなた方ですよ。」

「そっそうだとも、ナイス判断! うん、いい作戦だった!」

 

俺の煤けた相貌を見たクリスは大きな溜息をひとつつくと、二人の功労を称えたので俺も乗っかる事にした。

 

「いや……あれは……。」

「そうだったんだ! 凄いよキッド!」

「アディ……まぁ良いか!」

「そうですよ! うふふふふ。」

「そうそう。あはははははは。」

「そうだよな! ははははははは。」

 

何か言いたげな表情だったアーキッド君も大人の事情って奴を汲み取ってくれたらしい……。

この日フレメヴィーラの夜空には、乾いた笑いの三重奏が上っていた……。

 

「あれ? そう言えば、あなた達一体誰ですか?」

 

 

ウェイン視点

前のポイントから回収した弾丸とここに置いてある弾、そして温存してきた物も合わせて36発。これだけあれば半分使えなくても残り半分はちゃんと撃てるはずだ。後の懸案事項はどうやって的を引き出すかだな…。都合よく誰かが引き付け役をやってくれればいいんだが……おい、何でいるんだよ幻晶騎士? しかもアールカンバーが……。

完全に予想の斜め上なんだが……いや、ハプニングではあるがこれは……気にしないことにしよう。

それにまぁ……ありがたい状況ではある。敵の注意を引き付けてくれる存在は今の俺達には必要不可欠な存在だからな。

魔導ライフルが組み上がり機能を呼び起こして狙いを付けた。さぁてと!第4ラウンドの始まりだ……。

弾を装填した魔導ライフルを構え、備えられたスコープで敵機の脚の関節を狙う。幸いにして僚機は無く注意も相対しているアールカンバーに向いている。ここへ来てスナイプ迎撃に置いての理想的な立ち回りが出来ている。

あれ? これって、もしかして初めっからあいつらにも情報を回しとけばもっと早期にこの対面が出来たんじゃ…?

うぅぅぅん……じゃあ、もしかしてだけどこの状況の作り出した要因の一つって俺達か?

 

 

幻晶甲冑

新型幻晶騎士と同時に生み出された小型機動兵器。

これも、これまでにない斬新で画期的な兵器である事は確かだが、初期型は扱いに難があり後に改良型が登場するまで、その認知度は高くなかった。

これが一躍有名なったのは、幻晶甲冑を纏い騎操士(ナイトランナー)の訓練を伴うとある作業に従事していた当時のライヒアラ騎操士学院の学徒たちの卒業後の目覚ましい活躍による功績も大きいとされている。

またこの機体にも、幻晶軽機(シルエットライダー)同様のバリエーション機が存在しており、土木作業用にチューンされた機体は最も有名であり、その他にも騎操鍛冶師(ナイトスミス)達の活動範囲を以前よりも広くしたりと多くの利点が好感されている。

また、戦闘用にオプションを取り付ければ幻晶騎士本体は無理でも魔導兵装(シルエットアームズ)の破壊などは可能で、魔獣戦でも大きな戦果を挙げることが出来き、昨今では敵地中継地点での強襲に用いられた事例も確認されていきた。

その汎用性の高さは、登場してからも多くの騎操士(ナイトランナー)並びに騎操鍛冶師(ナイトスミス)から強い支持を受けている機体でもある。

 




今回で三話目……長くてもあと二話で納めるようにしないと……。


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突きつけられた現実~強奪阻止失敗後編~

俺の怠慢がこの状況を作ったかもしれない事実を自身で考察し認識してしまうと、愕然とした強いショックが体を突き抜ける。

なんてこった。自分の強すぎる拘りが結果として自分たちの活動領域を狭めていたなんて……。改めて思い返すと、この弾丸にしてあいつらに協力を要請するなりしたら、出来ていたらもっとましな精度の物が早い段階で出来てたんじゃないのか?

自問自答を繰り返し自分なりの葛藤を続けながらも、俺は引き金を引き続けた。

だが、相手も俺達の攻撃に慣れたのか上手く避けられ中々当てることが出来ない。

散漫になった集中力が照準を鈍らせている。結果直接相対していたアールカンバーへの当たりが強くなっていく。

相手も使い慣れない機体に四苦八苦しているだろう。それにエドガー先輩は新型との戦闘経験がある分は相手のいなし方にも少し心得があるようだが、それでも騎操士(ナイトランナー)の経験の違いが表れ始めている。

じれったい……過ぎた事をうじうじ悩み、まさに今が正念場だというのに援護にもならない攻撃を繰り出し続けてる。(ウェイン・クーランド)はここに何をしに来たんだ……。

表には出さない。だが内心は自身の積み上げてきた価値観がグラグラと大きな音を立て崩れ落ち、ただ自分の描いた幻想を追いかけて自分本位の身勝手な判断でこの惨状を作り上げた……。

……何が、俺とあいつ(エルネスティ・エチェバルリア)は似てるだよ、驕り高ぶりも甚だしい……!

奴も同じように周囲を巻き込むが、その責任は常に自分が負ってきた……。俺は……俺自身は、責任を負ってきたつもりになって、思い上がっていた……!

 

「……目標(ターゲット)、状況を誰より良く見ていたつもりの自分……。」

 

偶々装填していた不発弾を入れたまま、今気付いた愚かな自分に標準をつけて引き金を引く。

頭の中にあった、その時の幻影が窓ガラスが割れるように砕けたイメージが浮かぶ。

 

「……目標(ターゲット)、利己的な理由で最善の結果を出せる可能性に目を背けた自分……!」

 

元々の計画も他人任せなのに、今も結局偶然居合わせた学園の先輩に助けられている……。

目立ちたくない……たったそれだけの理由の為に、よく見もせずに最善の協力者なりえた相手を遠ざけた……。

 

「……目標(ターゲット)!有力な情報を掴みながらその有効的な使い方をしなかった自分!」

 

三度目は、この状況になるまで情報を得ておきながらちゃんと有効活用出来てない俺に向けて放った。

襲撃の情報を決行前に手に入れていながら今に至るまで秘匿し続けている。砦付きの騎士団かディクスゴード公爵閣下の耳に直接伝えられたら、いやそうじゃなくとも学園に残ってたエルネスティの仲間に教えていたらもっと状況は違ったはずだ……!

過ちを犯し続けた結果、最悪の事態を引き起こし、今も未来が有望な騎操士(ナイトランナー)を危険に晒している。そんな独り善がりな自分を撃ち殺した……目が覚める思いだった。

密偵から助けられたあの日、憧れと言う熱病に侵されて我武者羅に一人で踊り続けた愚か者は、この日を境に消え去る。ここからは真の意味でこの国の為にこの身に染み付いた技を使おう……。

気付けばエドガー先輩は追い詰められていた。アールカンバーの腕は二本とも無くなり大きな岩にへたり込んで力を失っている。

メットの中で歯ぎしりをする。俺が自問自答をしている間にここまで状況が流れた。残ってる弾丸もまともに撃てそうなのは一発だけで、時間的に見てもこの一発が最後の抵抗だろう事は容易に想像が出来た。

相手の新型は動けないアールカンバーに止めを刺そうと剣を振りかざしている。明らかに無防備に頭部と腕部の関節を晒してこちらの事はもう眼中にないのだろう。最後の好機だった頭を撃てば当初の目的は達成できるのだがエドガー・C・ブランシュと言う前途ある若い騎操士(ナイトランナー)は失われるかもしれない。腕部の関節を撃てばエドガー・C・ブランシュの未来は守られるが新型は取り逃がす事になる……。あの新型は未完成品だと聞いている。だとしたら構造の欠陥が未だに残ってる可能性が大きい。そんな物を盗まれたって如何って事は無いだろう。だってより完成度の高い新型がこれから作られるのだから。

そんな物よりも一人の騎操士(ナイトランナー)を育てる事の方がよっぽで骨が折れるし時間もコストも懸かる。選ぶ必要などない、答えはすでに出ている。

 

「次弾装填……発射。」

 

俺は、静かに弾を込めて目標に放った……。

 

「命中!……え? 腕部損傷機能停止……。」

 

今度こそ迷いの無い弾道は、振り上げられた新型の腕の関節を穿った。関節が損傷したことで二の腕はその役割を全うすることは出来なくなった。

撃ち抜かれた腕を見て腹立たし気に剣を放り投げると、新型は深い森に入っていった。

 

「purple1……?」

「説明は後でする。今はpurple2、purple3と合流するために待機だ……。」

「……了解。」

 

頭に疑問符を浮かべ此方を見るカイン。それに対して俺は自分がした選択で起こりうるこれからの対策を頭の中で練る事にした。どうやってエルネスティ一派と接触しようか……。

 

 

クルス視点

やばかった。アデルトルートの一言は、気まずい空気で俺達の事を流そうとしていた時にポンッと出て来たのだから。

まぁ、その後は追及の流れになる訳で……。

 

「まぁ~て~!」

「俺達より早いって嘘だろ!」

 

絶賛追い駆けっこの真っ最中でございます!

アクセル全開で運転中の俺のすぐ横を矢のような物が掠めた。

 

「ちょ! 武器使うのは反則だろ!」

「完全に狩人の目をしてますね……。」

 

ちょ! おま、自分が運転してないからって冷静になるなよ! あっ、また飛んできた!

 

「purple3! 反撃してくれ!」

「しかし、当初の目的にそぐわない戦闘になりますよ?」

「そこは、相手に当てないように調整してくれ!」

「はぁ……分かりました。」

 

何か溜め息つかれたんだけど! 渋々従ってる感じ出されたんだけど!

 

「個人的には、代表の意思にそぐわない戦闘は不本意ですが……逃走の為ですから。」

 

魔導バズーカを肩に担ぎ振り向いて、照準を合わせてるようだ…って不本意ってなんだ、不本意って!

こっちは捕まったら色々やばいって分かってるのか?

代表の意思にそぐわないって、こんな時でもウェインの指示第一優先ってやっぱり……。

 

「purple3……前から思ってたけど、お前って結構ブラコンだよな……。」

「……否定はしません。」

 

唐突な俺の発言にも特に気にした様子はなく、淡々と狙いをそらして反撃を開始した……と思ったけど、さっきから狙い外しまくってないか?

 

「……なぁ、集中力切れてないか?」

誰のせいだと……。」

「何だ! 何か言ったか!」

 

何か小さく呟かれたが、さっきの反撃のお返しが来てそれどころじゃない!

もう少しで森を出られそうだし、このまま突っ切らせてもらうぞ!

 

「キッド、逃げ切られちゃうよ!」

「……よし! アディは右に回って進路を塞いでくれ。俺は左から行く。」

「足を止めて挟み撃ちにするんだね! 了解!」

「なっ! マジかよ……。」

 

幻晶軽機(シルエットライダー)は、直線での走行は早いが急な回避には徹底的に向いてない。進路上に障害物が置かれれば急停止しするなりスピードを大分落とさなければいけない。止まる事もスピードを下げる事もあの双子の前だと致命的だ。如何にかしないと……。

 

「妨害すればいいですか?」

「うん? まぁ、やれればお願いしたいが……。」

「今の精神状態でも、進路上に障害物を作る事は出来ます。」

 

そう言うとクリスは即座に行動に移し、アデルトルートを進路上の樹木に向けて魔導バズーカを放った。

 

「え? ちょっと、待っ!」

「待ちません……!」

 

続けざまに樹木を撃ち抜いては倒し、完全に進路を塞ぎ切る。

おいおい……さっきより狙いが正確だぞ。本当に集中できてないのか?

何はともあれ、森は抜けられたからいいか。

ん? 何か可笑しいな……脇道が荒れている? しかも、結構先まで続いてる。……あれ? 道の先に何か……!

 

「おい……あれって?」

「……幻晶騎士用の楯ですね……形から見て、わが学園所属機でしょうか?」

「あぁ、アールカンバーが装備していた物とよく似ている。」

 

道の途中に大きく傷ついた幻晶騎士用の大型の楯が、その主の元を離れポツンと立っている。

 

「んな……! 何だよ……これ?」

「っ!」

 

そして、楯のすぐ後ろの大きめの岩に背を預けた楯の主である幻晶騎士アールカンバーが腕の無い状態で佇んでいた。

機体の状態はボロボロだ……かなりの激しい戦いだったらしいな、中の騎操士(ナイトランナー)は無事なのか?

 

「様子を見てきます。」

「え? あぁ、ちょっ!」

 

クリスが急いだ様子でアールカンバーのコックピットハッチに向かった。確かにこの様相じゃあ心配になるのも分かるがよぉ……。

 

「たく……仕方ねぇか。」

 

後輩の突然の行動に対して諦める事にして、クリスが戻ってくるまで周囲を見張っている事にしよう。

 

「……よく見ると、この辺りが一番荒れてるな……。」

 

木々はなぎ倒され岩は砕け破片が四散している。地面にも激戦の跡がそこかしこに見られて凄まじい光景が広がっている。

 

「……んん? 何であんな所に幻晶騎士用の剣が投げ捨てられてるんだ?」

「purple2、手を貸してください。」

「purple3? 如何した。騎操士(ナイトランナー)に何かあったのか?」

 

それは戦闘の途中で投げ捨てたにしては不自然な位置に投げすてられていた剣が気になり注視していると、クリスから通信が入って応援を要請された、取り敢えず幻晶軽機(シルエットライダー)をアールカンバーの近くに横付けしてコックピットハッチに向かった。

 

「君たちは……誰だ?」

 

アールカンバーのコックピット内では荒い息使いでこちらを見ていたエドガー先輩の姿があった、こっちも酷いな外傷こそ軽度だがかなり消耗しているらしく肉体と精神の両方に極度の疲労が見られる。

 

「一先ず落ち着いて下さい。」

「俺達は、敵じゃありませんよ。」

「……その形で……か?」

 

先ずは落ち着いてもらおうと敵じゃない事を伝えるてみるけど、やっぱりこの格好じゃあ信じろって方が無理か……。

さてぇ、どう信じて貰おうか?……ん?何か振動と音が、丁度幻晶騎士の移動している時の駆動音に似てる様な……。

 

「エドガー!無事のなのか⁉無事なら返事をしてくれ⁉」

 

げ!ここに来るまでにグゥエールを目撃していた事を忘れていた!やばいぞ……この状況は非常にまずい!

 

「……どこか痛む所はありますか?」

「ん……痛みはないが、疲労のせいで体に力が入らん。」

 

クリスぅぅぅ!お前、こんな時に何平然と問診してんだよ!

 

「分かりました。purple2、栄養剤を……。」

「あっあぁ、はい……。」

 

てか俺も、何悠長に処置しよとしてるの⁉

 

「これを、飲んでください。」

「……これは?」

 

無茶苦茶怪しんでるよ……そりゃそうか、こんな身元不明の二人組から渡された者なんて警戒して当然だよな……。

 

「中身は、蜂蜜と数種の薬草を混ぜた薬酒です。決して毒などではありません。」

「……本当か、なら証拠が見せてくれ……。」

「分かりました。」

 

エドガー先輩を如何にか信用させよと、クリスはメットの顔を覆うシールドバイザーを口元を出すように上げ栄養剤を一口飲んだ。

そういやコイツってまだ初等科の生徒だったよな……大丈夫か?

 

「んっく!ほら……安全でしょ?」

「……あぁ、そのようだ……疑って済まない、良かったら貰えるかな?」

 

ちょっと危なげだがギリギリ素面を保ったクリスの様子を見て、俺達の言葉が嘘じゃないと理解してもらえたらしい、嫌疑をかけていたことを詫びてから栄養剤を求められた。

 

「エドガー!如何して返事をしてくれないんだ!」

 

何か表でディートリヒ先輩が一人で悲壮感を出してるなぁ、こっちは結構穏やかな空気になってるから温度差がえべぇや……。

 

「ふぅ……ありがとう、少し楽になった。」

「エドガー!」

 

栄養剤の礼をしているエドガー先輩と、不安で錯乱気味に声を張り上げているディートリヒ先輩の対比は非常にシュールな状況だっな……。

 

「やれやれ、ディーはもう少し平常心を身に付けるべきだな……済まない、肩を貸してくれ。」

 

え?そういう問題?いや……ディートリヒ先輩が焦ってるのは貴方を心配しての事だと思いますが?

えぇ~そうなちゃうの~?これは、ディートリヒ先輩は後で愚痴ってもいいと思うぞ。

 

「……了解しました……。」

 

まぁ、今のままと言う訳にもいかないだろうし顔は見せた方がいいよなぁ……。

 

「落ち着けディー、俺はこの通りだ。」

「エドガー!無事だったんだな良かった!」

 

肩を貸してハッチから上体を出すと、ディートリヒ先輩が安堵して大いに喜んでる。

如何やら俺の事は視界に入ってない様子だ、この分ならこのままやり過ごす事もできるか?

 

「やっと追いついた!もう逃げさないからね!」

「はぁはぁはぁ……アディ、だから落ち着けって。」

 

げ!もう追いついたのかよ⁉ちょっとのんびりし過ぎたか、気が付けばディートリヒ先輩も俺達に気が付きたようだし万事休すかよ!

俺はエドガー先輩に肩貸してって身動き取れないし、クリスはさっき飲んだ薬酒で少し酔いが来てる、どうすれば切り抜けられるんだ?迷っている間も、アデルトルートは俺達を取り押さえようと近づいてきてるし、アーキッドが平和的に解決させようと説得してはいるが聞く耳を持っていない。

 

「さぁ、観念しなさい!」

「アディ!だから先ずは、話し合いから始めようって……。」

「……君達は、もしかして陸皇襲来の時に出会った薬氏の仲間か?」

「ん?ディーは彼らと知り合いだったのか?」

 

天運も尽きたと思ったその時、俺達が寸劇まがいの事をしている間言葉を発する事無く静観していたディートリヒ先輩が唐突に声を掛けた。

 

「え?薬氏って、誰の事ですか?」

 

しかし、薬氏と言われてもピンッと来ないな……誰の事を言っているんだ?

 

「違ったか?しかし、ボキューズの森の中で出会った彼と雰囲気が似ていたからてっきり……。」

「待ってください!今、ボキューズの森の中で出会ったと言いましたか?」

「あっあぁ、確かにそういったが……。」

 

ボキューズの森の中でって事は、ウェインが実習訓練に行っていた時だよな?となると……ディートリヒ先輩の言っている薬氏って……。

 

「多分、私達の代表ですね……。」

「代表?君達は、何かの組織なのか?」

 

しまった!って顔してるだろうなクリスの奴、まぁほぼばれてる様なもんだろうが……如何する?いっそ話せるところは打ち明けるか?

 

「p……ple2……答を……。」

「ん?通信?」

 

メットの通信機にウェインからの通信が入ったがよく聞こえない、魔導無線は距離が離れすぎると通信精度が落ちるため致し方ない事ではある、しかしこの状況で通信を寄こすんだ何か大事な要件なのだろうし如何にかして聞き取れるようにしないと。

 

幻晶軽機(シルエットライダー)……続……。」

「あぁ!」

 

そうか!幻晶軽機(シルエットライダー)に繋げば受信能力も上がるかもしれない?この状況だし、一か八かになるがやってみよう。

 

「済まんpurple3、ちょっと変わってくれ。」

「分かりました。」

「あっ!ちょっと!」

 

エドガー先輩をクリスに預け、俺は幻晶軽機(シルエットライダー)の傍まで下りると予備のケーブルプラグの片方を接続口に差し込んでメットの通信機にもう片方を接続した。

 

「聞こえますか?こちらpurple1応答してください。」

「こちらpurple2、大丈夫だ応答が遅れて済まない。」

「良かった。こちらで状況は確認していますが、そちらの詳細な報告を求めます。」

「了解した、今の状況は……。」

 

今度ははっきりと聞き取れた、如何やらウェイン達もこちらの事は見ているらしいが把握しきれない事を聞いてきた、俺はウェインにこれまでに起きていたあらましを詳しく伝える。

 

「状況は理解しました。こちらの正体に触れない程度であれば、情報の開示を認めます。」

「了解……。」

 

ウェインからは、情報の開示に対する許可が下りた。

詳細を伏せれば、ある程度の内訳は話しても構わないって事だよな?

さて、何処まで話そうか……うぉ!ここに居る全員の視線が俺に集中していたんで驚いた、それもそうか長距離通信はおろか魔導無線も世に出してないからな。

 

「あ~ぁ……さっきボスから許可が下りた、詳しい事は話せないが大まかな内訳は明かしておこうと思う。」

「頼む。」

 

そこからは、全員黙って聞いていたよ。

俺が話した内容は、俺達が私設の諜報組織である事とその目的がフレメビィーラ王国の暗部からの国守防衛である事、そして今回の事件をいかに察知してどの様に介入したかを話した。

勿論、正体にかかわる事には気を使いながらではあるが、それでもアーデルトルト以外は納得してくれたようだった。

 

「君たちの話は理解できた、しかし何故その情報をもっと早く明かしてくれなかったんだ?」

 

ディートリヒ先輩の質問も最もだが、こちらも正体を明かす訳にはいかないし噂程度なら気にも留められなかった筈だ、ウェインの考えは分からないが俺は誰の耳に入るとも知らない曖昧な情報には最大の用心が必要だと考えている、その事をそのまま伝えると押し黙った。

 

「それより、新型は追わなくていいのか?その白い幻晶騎士の騎操士(ナイトランナー)の話だとまだそう遠くには行って無い筈だが?」

「はっ!そうだな、エドガー済まないが先に行かせてもらうよ。」

「ディーさん!俺達も一緒に行くよ!」

「え?キッド、この人たちは良いの?」

「アディ、さっき説明で分かっただろ?この人たちは敵じゃない、それに今はテレスターレが優先だ!」

「……そうだね、テレちゃんが盗られちゃたまんまなのは納得いかないし!」

 

そう言い合って、三人はその場を離れ新型が逃げた道を追っていった。

ふぅ、これで後は適当なタイミングこの場を去れば完璧だな……。

 

「おぉ!何ですかそのメカは⁉」

 

一難去ってまた一難……次々来るねぇ、しかもさっきの一団よりも質が悪いのが来ちゃった……。

 

「初めて見ました!見た目はオートバイに似てますが、誰が設計を⁉見た所では、結晶筋肉を使用しているようですが何処でどんな方法で……!」

 

さっきから怒涛の勢いでの質問攻めだぜ、早口すぎて聞き取れない程にな……。

というか、何でエルネスティがここに居るんだ?カザドシュ砦に居るって話じゃなかったか?一緒に来たのが国家騎士団の騎士団長専用機のウォートシリーズに特徴が酷似しているって事は砦付きで公爵配下の朱兎騎士団の団長か?何ともややこしい事になったな……こう言う場合は、ウェインに指示を仰いだ方がいいか。

 

「ボス、指示を……。」

「……俺の言葉を、そのまま伝えてください。」

「了解した……エルネスティ・エチェバルリア、一旦落ち着け。今はこんな所で談義している場合じゃない筈だ、会談の場なら後日改めて用意する。」

「本当ですか⁉いつ⁉いつですが、僕なら明日否この後でも構いませんよ。」

「そう焦るな……明後日ライヒアラの端にある農具小屋で会おう、同行人は一人口の堅い奴を頼む。」

「明後日ですね、了解しました。」

「もう行け、逃げた敵に追いつけなくなるぞ。」

「おぉ!そうでした、僕たちは追跡の途中でした!」

「ちょっと待ってください。朱兎騎士団の団長閣下に言伝をお願いします。」

 

そして、嵐の様に過ぎ去っていったエルネスティを見送りクリスを乗せてその場を去ろうとするとウェインから言伝を頼まれた。

 

「朱兎騎士団の団長に?」

 

思わず聞き返してしまったが、ウェインの要望だからっと言伝を伝え今度こそ俺達は集合場所に向かったのだった。

もしかしたらこの時、ウェインには既にこの先の展開が見えていたのかもしれない……俺達は、激動の時代の渦の中心にひっそりとだが立ち続ける事になった。

 

 

フレメビィーラ王国の影

西方諸国には、東方唯一の人の国フレメビィーラ王国についてとある噂が語り継がれ来た。

 

 "東方のかの国の影は濃い、悪意を持ち権謀術数を巡らせれば瞬く間に影に飲み込まれるだろう”

 

この言葉が生まれるまで、西方諸国では、フレメビィーラ王国を魔獣番の国と侮った認識であったが生まれてからは多くの国や組織が怯える国と言う認識に改まったらしい。

 



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影を実を得てこそ真の影~交わる陰と陽~

件の新型強奪事件、カザドシュ事変から二日が明けた。

あの日から俺の中でとある重大な決断してそのための準備を進めて来た、そしてこの場所である人物の到来を待ち続けている。

その待ち人とは、ご存知度を越した幻晶騎士狂いの奇人エルネスティ・エチェバルリアである。

そもそも今回の密会を計画するに至った理由には、今の自分達が抱える問題を解決する為の糸口を探していたことに起因している。

俺達は今回の事件に気付く前に技術的なスランプに陥っていて、そこから如何にか脱しようと引き籠り結果空回りしていた、そんな時にあの企みを知ったのだ。全てに気付いた時には自分達はかなり後手に回り決して十分ではない状態で迎撃作戦に行動を移してしまった。

結果見れば新型一機を取り逃がし砦の兵を含め、多くの犠牲と損害を出してしまったのだから始末が悪い。

しかし、事件を振り返ると悪い事ばかりでもなかった。自分たちの未熟さにも気付けたし何より決定的に足りてないものにも気が付くことが出来た。その不足分を補ってくれそうな要因がエルネスティ・エチェバルリアだと確信して今日のこの場を設けるに至った。

エルネスティが誘いに乗るか、チームのメンバーはかなり懐疑的だったが俺は絶対に乗ってくると確信している何故なら……。

 

「言われた通りに来ましたよ!」

 

エルネスティはあの時幻晶軽機(シルエットライダー)に強い興味を示したからな、てっきり興味があるのは人型だけだと思っていたが、俺の認識よりも範囲は広いらしい。

 

「失礼させてもらう。」

 

そして、同行人はエドガー先輩か無難で妥当な人選だな。

さて……俺達の未来を懸けた交渉を始めようか……。

 

「さぁ!この間のメカは何処ですか?出来る事なら、試乗させほしいですね!」

 

うん……先ずは、このマッドメカニックマニアを話の席に付かせるところから始めようか。

 

「まぁ、落ち着け……今日はよく来てくれた、先ずはその事を感謝したい。」

「いえいえ、わざわざ招いていただいてありがとうございます!それはそうと、あのメカの事を聞かせてください!隅から隅まで!」

 

逸るエルネスティを宥め、俺は自分のペースを作ろうとした。

だが件のエルネスティは挨拶を早々に切り上げて、幻晶軽機(シルエットライダー)についての情報を聞き出したいようだ。

取り付く島もないな、こうなれば予定を少し変更してみるか。

 

「分かった……持ってきてくれるか?」

「御意……。」

俺達の立場では、安易に人前で素顔を晒す訳にはいかないからな。だからこちらの立ち位置で人と会うと時は、常にフェイスマスクをつけている。

フェイスマスクのマイク越しに要件を伝えると、奥の床がせり上がり幻晶軽機(シルエットライダー)が現れた。

俺達の利用してるあの施設、何故か地下に坑道があってここに繋がってるんだよな手回し式の高昇機付きで……。

まぁ、何はともあれこれで向こうの望みの品は提示したわけだ、これで満足してもらえたら御の字なんだがな……。

 

「あぁ……やっと、やっと出会えた……はぁはぁ!」

 

おぉぅ……目に宿ちゃいけない光が宿ってるぜ、心なしか息遣いも荒いよ……。

 

「はぁはぁ……では、早速!……あれ?起動しない?」

「エルネスティ、そんな勝手に……何だって?」

 

ハンドルグリップに手をかけアクセルを吹かせようとしたらしいな、残念だがそいつにはセーフティーロックが設定されてるのさ。

 

「……なぁあんた、ちょっとこれを手に填めてグリっプを握ってみてくれ。」

「あっあぁ、分かった……起動した?」

「何と!それでは、このメカにはロック機能が備わってるのですか⁉」

 

エドガー先輩に起動キーとなるグローブを手渡し、グリップを握らせると今度はちゃんと起動する。

その様子を見ていたエルネスティが驚嘆の声を上げる。

 

「まぁな、後はコイツを被ってみてくれ。」

「今度は何だ?」

「このヘルメットにも何か特別な機能が?」

 

二人にヘルメットを手渡す、エドガー先輩は不審そうにヘルメットを眺めエルネスティは興味津々で観察している。

大した機能ではないがあれば便利な機能が積んである、その機能を何かに例えるなら幻晶騎士のコックピットのディスプレイの縮小版だろうか。

 

「これは、速度メーターにマナ残量?」

「他にも、サポートオプションも表示されてますね!」

「無線通信及び各種装備の補助も含まれている、こいつはこの間の迎撃で使った武装の一つだ。」

 

布で隠していた魔導ライフルを出して、エルネスティ達の目の前にだす。

 

「これは……実弾兵器?」

「弾倉に入ってるのは火薬じゃなくて液体だけどな。」

 

腰のバックに入れてあった不発弾を取り出して、エルネスティに見せる。

 

「これが、弾丸ですか⁉」

「あぁ、そいつは不発弾だったけどな……。」

「こんなに、小さい弾で本当に威力はあるのか?」

「それに関しては、もう実証済みだ……。」

 

この間の事件の成果が、幻晶軽機(シルエットライダー)の機動力と火器類の立証だけだったのだが、結果はある意味渋かった。俺達の目標はその先にあるにも拘らずである。

 

「そろそろ落ち着いて話がしたいんだが、もう良いか?」

「え?あぁ、そう言えば僕たちは話し合いをするためにここに来たんでした!」

「おいおい……。」

「……忘れていたのか?」

 

こいつ……予想は出来てたけど、本当に本来の目的すっぽ抜けてやがる……早い事、話題を軌道修正しなきゃダメだな。

 

「ははは……すいません。そうでしたね、今日は話し合いの為にここに呼ばれたのでしたね。」

「ふぅ……確りしてくれ、これはもしかしたらこの国の未来を左右しかねない話になるんだからな。」

「何?どういう事だ、詳しく聞かせてくれ。」

「うん……まずは、あの日何故俺達があの場所に居たかについてから話そうか……。」

 

俺はこれまでの内訳を包み隠さずすべて話した、エルネスティ達が新型幻晶騎士の製作を始めた頃に同時に起きていた異変とその後の顛末、先に起きた事件の裏側で俺たちがやってきた事の全てを話し終え口を閉ざした。

 

「………………。」

「………………。」

「………………。」

 

三人の間に流れる沈黙が永遠とも思える程に、重苦しい時間が流れた。

 

「……つまり、ネズミは僕たちの中に居たっという訳ですか?」

 

そんな空気を断ち切って、エルネスティはその言葉を口にした。

 

「そうなるな……お前たちには、新しい物を生み出す頭脳とそれを言葉にできる口と形にできる手があった。」

「はい……。」

 

俺もその言葉を否定する事無く、固定して返すとエルネスティは以外にしおらしい。

 

「俺たちには、疑念を抱き警戒心を持てる精神があり怪しい行動がないか見張れる目があって会話を聞き取る耳があった。」

「そう……ですね。」

「……返す言葉もないな。」

 

こっちの話をちゃんと聞いてくれてる、これなら俺の提案にも理解を示してもらえそうだ。

 

「俺たちは、互いにない物を持っている……これは飽く迄も提案だ、エルネスティ・エチェバルリア……俺達と手を組まないか?」

「!それは、どういう意味ですか?」

「言ったままだ、俺達は影だが実像がない……お前たちには。」

「実像だけで、影がない。」

「勿論、タダでとは言わない。俺達からは、三つの事を融通する。」

「三つの事ですか……内容は何ですか?」

「一つ目は、事務作業を請け負う事。お前たちはこれからも新型を作り続ける、だったら技術開発を専門に行える環境が必要だろう?ともなれば事務作業に時間を取られたくはない筈だ、だから俺達はそれを代行するそれと同時に情報の統制を行えば流出はある程度抑えられる。」

 

暗部は言うなれば情報戦の玄人としての側面が強い、奇襲や破壊及び妨害工作も広く捉えればそう言った情報操作の一環とも呼べる活動なのだ、そこで一番最初に新たな情報が持ち込まれる場所はどこかと言えば経理や人事と言った事務職になるのである。

 

「二つ目に、俺たちがこれから作り出していく技術や道具の供与。エルネスティ、お前が作る兵器は確かに画期的だし強力だ、だけどそれを扱ううえで兵器運用の為の周辺機器がお座成りになっている。例えば連絡手段だ、これまで通りなら確かに直接のやり取りでも問題なかっただろうが、これからはそうはいかない何時何処に敵意を持った相手が来るかわからない、秘匿通信の一つも持ってないのは危険だ。」

 

フレメビィーラ王国は確かに山脈に阻まれた僻地にある国だが、完全に閉ざされた土地ではないかつての約定を忘れた西方諸国には未開の地であり、未だに魔獣の領域と隣り合わせの稚拙な蛮族の国だと認識されていると考えていた。

だが実際には、この国は奴らにとって格好の餌場だった、利を生む物には目敏く反応しハイエナの様に群がり、こちら側の都合など知った事かと言わんばかりに奪っていく、最早どちらが蛮族かなど分からくなっている。

しかし、作った先から奪われてはたまったものではない、だからこそ通信技術や防犯設備等の拡張は必須なのである。

 

「三つ目は、諜報活動にて知り得た情報の共有と遠征時における現地拠点の設営や活動基盤の作成。国外活動を視野に入れた提案だが、もう既に知っているかもしれんが今回の事件の首謀者は国外勢力それも上層部の人間である可能性が高い。そもそも、この国は国外の情勢にかなり疎い……敵方は密偵を送り込みこちらの情勢を長期間探っていたにも拘らずだ、だから今度はこちらからも打って出る。今後は俺達が国外の情報を集める偵察活動を専門に行う部署を作る予定だ。そして、その過程で国外に遠征すると言った事になれば最初に俺達が現地へ赴き現地での活動拠点と情報網を確立、その後に全ての作業が完了させる。」

 

守るばかりでは限が無いのだ時として、攻める事が防御に繋がる事もある。

侵攻する時は大国が小国に攻め入る場合が多い、一部の例外を除けば国土の広さは国力に比例していると言っていい、往々にして国家においても弱肉強食の理論は通じているのである。

今回の事件が起こった原因には、こちら側を恐れられていない事もあるのだろう、だからこそ相手にこちらが強大であると錯覚させ畏怖を植え付ける必要があるのだ。

ここでも暗部は重要な役割を果たしている、虚像を実像より大きく見せるには情報操作と裏工作が決して小さくはない影響を与えるのだから。

 

「現状の俺達が提供できるのは以上の三つ、逆にこちらが欲しい条件も三つだ。」

「ふむ……そのこちらに望む条件とは?」

「指令系統の個別化、有事の際の司令の優先順位を国王陛下とその側近に優先する権利そして、それを行っても不思議に思われない立場、この三点を所望する。」

 

指揮系統の個別化はエルネスティをトップとしたうえでこちら側の直接的な指揮権を俺達が持っておくのに必須であり、司令の優先順位の変更もエルネスティが不在時に必要である、更にその二点を執行した場合に立場的な齟齬が起きないようにある程度高位な幹部格の地位が欲しいのも当然ではあった。

さて……今現状で俺達の希望する事は話せた、一方的にだが提案したのは良いがエルネスティが乗ってくれなければ意味が無い、残念ながら予想が付かない相手だ……どう返し来る天災。

 

「話は、分かりました……。」

「返答は……。」

「………。」

 

暫くの沈黙……乗るか乗らないか答えに迷っている様に見える、だが悪戯を考えてる子供の様な無邪気な表情にも

見えてくるのだから不思議である。

 

「一つ……僕から出すお題を呑んでくれたら、さっきの話受けても構いませんよ。」

 

やはりそう来たか……ある程度の想定はしていたが、どんなお題を出してくるのか……。

 

「そのお題とは?」

「僕たちが、幻晶騎士を開発していることはご存知でしょう。」

「この街で暮らす人間に、知らない奴はいないだろうな……そして、今のでお題の内容を何となく察せたんだが敢えて聞くぞ何をすればいい。」

「はい!僕からのお題!それは、僕たちとは別種の技術を持つ貴方達にしか作れない独自のメカを作る事!それが、手を組む条件です!」

 

高らかに宣言された手を組む条件、その内容は俺が事前に予想していた内容と同じだった。

突拍子もないが、エルネスティの普段の様子を観察すれば誰でも予想できる……そして、そのお題に対する具体的な回答も用意している、後はそれでエルネスティが満足してくれるかだな。

 

 

クーランド商会、それは現在フレメビィーラ王国にて最も繁盛している商会である。

国による特許法の制定後、最初に技術特許を取得した商家であり数々のヒット商品を世に生み出し続ける開発力があり西方諸国との国交を持った現在ではフレメビィーラ王国を代表する商家としても有名だが、その開発にかかわる部分には不明な点が多い、いくら秘匿主義者の多い商人の言う人種だとして異常であると思わざるを得ない。

 

とある新聞記者の記述、なおこの記者はその後も調査を続けたらしいが現在は行方不明になっているらしい。

 

 

 

 



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意外な人からの手紙~クーランド家の謎~

久しぶりでございます。
ご閲覧頂いている方は何名ぐらいでしょう?


エルネスティ達が晴れて国王陛下から銀鳳の名と騎士団の称号を賜ったその頃、俺達もエルネスティと手を組む条件である新型兵器の原案が形になり始めていた、とは言え必要としてるパーツがパーツだけにいつもの様に先生方に頼る訳にもいかないどうしたもんか……。

 

「もういっそ、エルネスティの奴にこの図面を見せて提供して貰うしかないか……あんまり借りは作りたく無いんだけどな。」

 

アイツなら図面を見ただけで俺達が何を作ろうとしてるか理解できるだろうし何を欲しっているかも察してくれる、だが問題はその後見せた設計図を基に浪漫爆盛りの改造機を作られたらと思うと頭が痛い。

 

「ウェインさん。」

「うぁ!ノーラさんいたんですか?」

 

必要パーツの調達法に頭を悩ませ唸っていると背後から声を掛けらる、話しかけてきたこの人はノーラ・フリュクバリさん。フレメビィーラ王国の暗部藍鷹騎士団から新設された銀鳳騎士団に派遣されている調査員だ、なのに何故かこっちに居る事が多い主に俺の周囲に……疑われてる⁉

 

「ええずっと、それよりディクスゴード公爵様からお手紙を預かって来ました読まれますか。」

「え、俺に⁉」

「はいウェインさんに渡せと仰せつかりました。」

 

公爵様にはカザドシュ事変のあったその日に会いに行った、案の定警備体制がかなり厳しくなっていたがその日に会いに行かなければ此方に有らぬ疑いに目を向けられかねない状況だったのだ、やはり最初は警戒されただがヘルメットを外し素顔を見せたら何故か懐かしいものを見た様な表情を浮かべられ此方の言う事を信じて下さった、あの顔は何だったのか?いや、それよりも今は手紙が優先だ。

 

「分かりました心して読ませていただきます、渡していただけますか。」

「どうぞこちらです。」

 

ノーラさんから手渡された手紙の封には確かにディクスゴード公爵様ご本人の物だとします紋章の印綬がある、畏れ多いにも程がある!

震える指で便箋の封を切り中から手紙を取り出して綴られてる文面に視線を這わせる……。

 

”久しぶりだねウェイン君、あの日カザドシュ砦での一軒で君が私の前に現れて以来かね。

あの時は内通者の引き渡しと嫌疑のある生徒の名簿の提供は助かったよ。

それはそうと、最近何やら魔力転換炉を欲しがっていると出向させている藍鷹の団員から報告があったんだがどうなっているだろうか。

進展が無いようだったならば若し君がよければだが私が力になろう、幾つ欲しいか近くに居る藍鷹の団員に伝えてくれれば望んだ数を用意しよう。”

 

「あの……ノーラさん、公爵様に何を報告されました?」

「?特に変わった事は……。」

 

だよなきっと俺の読み間違いだ、設計上どうして魔力転換炉が必要になっている現状に困窮し過ぎて公爵様直々に譲渡していただけるなんて有り得ない勘違いしたんだ。

 

「ただ現在魔力転換炉の入手先に宛が無くて困ってると報告してだけです。」

「読み間違いじゃなかった!」

 

やっぱり貴女か⁉驚いたよ、公爵様から魔力転換炉を頂けるってどんな立場だよ俺⁉

 

「それで幾つ所望されますか?」

「いやちょっと待ってくださいよ、なぜ公爵閣下から頂ける話になってるのかそのあたり詳しく知りたいんですけど。」

 

俺との接点がこの間の事件の際に少し会って話しただけの公爵様が何故?確かに頂けると言うなら欲しいのだが物が魔力転換炉若しかしなくとも一つ一つが高価な最重要物資、基本的に幻晶騎士のコアパーツとしてしか流通しない軍需物資の代表格の様な物なのだ、それを一回会っただけのどこの誰とも知れない人間に譲渡するなど常軌の考えではない何か裏がある。

 

「公爵様が先行投資と言っておられました、ウィークスの自慢の教え子ならば問題ないだろうと。」

「……先生の手回し?だとしたら……。」

 

ウィークスとは俺が故郷に居た頃に身に付けた技術の基礎を教えてくれた先生の名だフルネームはウィークス・F・シャーロン、俺達の故郷の領主家シャーロン伯爵家の前当主にして現役の頃はディクスゴード公爵の双肩を並べた識者として有名だった、確か先生の奥方様はディクスゴード公爵閣下の実妹だった筈だから直に会って話す事もあるのかもしれない。

 

「いやそれでも、こんな孫に甘い祖父母並みの信頼度は可笑しいよな……ん?」

 

待てよ、確かこの間会った時のあの反応……それに何故ここで先生の事を引き合いに出した?……俺の実家クーランド家ではこれまで祖父母と思われる人と面会した記憶が無い、最近までは何らかの理由例えば両親が駆け落ちしたカップルだったとか二人とも結婚する前に両親が亡くなってしまったからかと思っていた、だがそれにしては不自然なんだよな……これはライヒアラに来てから気付いた事なんだが、例えば食事の際の綺麗な所作が手馴れていたり手紙を書く文章が平民が書く文字とは微妙に違っていたり、僅かな違いだけど結構良い家で教育を受けていた風格の様なものを感じる事があった、何よりクーランドと言う家系を幾ら調べても両親より前の年代の人物の足跡みたいな物が一切見つからなかった……。

 

「エルネスティとの一件に片が付いたら、我が家の系譜を本格的に調べてみるか……。」

 

頭の中を色々な考察や憶測が浮上していたが根拠がない事を悩んでも仕方ない、ここは思考を切り替えエルネスティのお題をクリアする事に集中しよう。

 

「それが良いと思いますよ、それで幾つ用意したらよろしいでしょうか?」

 

思案している間、声を掛けずに傍に佇んでたノーラさんが俺の独り言に返事を返して来る、表情変えないなノーラさん……これ、要望伝えないと帰ってくれない奴かな?

 

「……二機お願いします。」

「承りました。」

 

そう言ってからも暫く俺の傍を離れなかったノーラさんは、何故か少し浮かれているようだったと様子を見に来ていたクルス先輩が言っていた。

 

 

クヌート・ディクスゴード視点

 

私は妹夫婦が暮らす別宅へはちょくちょく来ているが、きちんとした用が有って来るのは久しくない気がするな、特に最近は多忙だった事もあって来る機会が無かった。

 

「久しぶりですな義兄上、そろそろ訪れる頃かと妻と話しておりましたが本当に来られるとは……。」

「もうアナタ!お久しゅうございますお兄様。」

「ふん、お前の事だ私が来る事など分り切っていただろう、それよりミネバも出迎えてくれたのか。」

 

遠くから見れば随分質素な造りの屋敷の表門の前でこの屋敷の主ウィークスとその妻で最愛の妹ミネバが出迎えた、相変わらず生意気な事をぬかす奴だが私が親しく接す事が出来る者も多くはないからな。大目に見てやるとしよう。

 

「ここで世間話をするのも一興ではありますが、今日来られた用は外では話せますまい、どうぞ屋敷の中へ。」

「お持て成しの準備も出来ておりますから。」

「ではそうさせて貰おう。」

 

二人に案内されて門をくぐると趣味のいい庭園が出迎えてくる、ここはミネバの好みだな、派手さは無く質素ながら気品を感じられるレイアウトは見る者を自然と癒してくれる効果がある、そしてその庭の先に遠目では分からない精緻な彫刻の施された壁が目を引く落ち着いた外観の屋敷が見えてくる、やはりこの装飾は何度訪れても視線な気持ちで見られるここはウィークスの意向だと言っていたな。

 

「どうぞ義兄上お上がりください。」

 

中に招かれ入ると掃除が行き届いた清潔感のある廊下を抜け、この屋敷の応接間に通されると向かい合うように置かれた椅子とその真ん中にテーブルが置かれ、テーブルの上にはチェスのボードと駒が用意されていた。

 

「これが持て成しか?」

「えぇ、義兄上にとってはこれ以上に無い持て成しでしょう?」

 

あぁ、これだこれこそが私に取っては最も嬉しい持て成しだ、やはりウィークスは分かってくれている。

 

「では一局お相手させていただきます。」

「うむ、先攻は貰うぞウィークス。」

 

さてこれから長い話になりそうだ……。

 

 

シャーロン伯爵家

王都から西に進みオービニエ山脈に近い場所に拠点を置く貴族家。

その場所がら西方諸国との交易も盛んで商人の数多くが本拠となる店を出すなど活気に溢れた場所としても有名である。

また歴代の領主の意向により、領民向けに簡易の学問所や図書館などが開かれるなど識者の育成に力を入れている事でも知られている。

 




待ってくれて方は、如何ほどいるのか気になりますが遅くなりました。


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新たな技術の産声~新規試作兵器~

当面の難題を予想だにしない方向からの援護で乗り切った俺達は、遂にエルネスティの出したお題の回答となる兵器の試作を開始した。

 

「悪いなケンド、幻晶軽機(シルエットライダー)から引き続き突き合わせて。」

「気にしないで下さいよ!ウェインさん、俺も楽しんでやってますから!」

 

俺は一学年下の鍛冶師科に所属している協力者ケンド・ナーガスに、今日までの協力を労った、ケインは学年こそ下だがその技術力は既に中等科の最終学年の昇級試験をパスできる程成熟している、そう言う訳で当然の様にエルネスティも声を掛けたらしいがケンドはそれを断って俺達についてくれた変わり者だ。

 

「正直、人型の兵器は俺の心には響かなかったんすよ。家って、一応鍛冶師って事で工房営んでいるんすけど、ガッチガチ武器専門とかじゃなくて一般向けの各種の仕事道具が中心なんす、だからそっちにも応用が利く此処の技術の方が手に馴染むって言うか……つまり、こっちもそれなりに勉強させて貰ってるって事で一つ。」

 

っと、幻晶軽機(シルエットライダー)の試作期間中に言っていたが、一般転用も考えて造っている内の設計思想もケンドには合っていたのかもしれんね。

 

「まぁ、何はともあれ今はコイツを組み立てる事に集中していきますか!」

 

そう思い直しバラバラなパーツの組み立て前の状態で安置されている、俺達の秘密兵器の下に向かう。

 

「はい!しっかしホント、見れば見る程変わってるって言うかなんて言うか……コレ、一般人が見たら魔獣と勘違いしそうですよね。」

 

後に続くケンドが俺の一斉に応えるとパーツの状態でも異彩を放つソレを眺め、言葉を選びながらだが隠しきれない戸惑いを溢す。

 

「デザインについてはオイオイ変えていくさ、今はコッチの方が作ってる物のコンセプトをイメージしやすいからそうしてるだけだしな。」

「それも、そうですね。」

 

他のメンバーも集まり始め作業を開始し程なくして仮組み立ては終わり、動作確認などをした後またバラシて改良する、それを繰り返し数か月が過ぎた頃。

 

「代表、また例の巨大馬の報告が。」

「あぁ、うん……エルネスティの所の新型だな。」

 

俺達の暮らす街ライヒアラ近辺で度々、強大な馬の胴と人の上半身がくっ付いた魔獣の様な姿が目撃され始めていた。

 

「たっく、堂々とし過ぎだろあいつ等……お陰でコッチが動き辛いっての。」

「ウェインさん!蓄魔力式装甲(キャパシティプレーム)の準備出来ました!」

 

エルネスティは如何やらテレスターレの開発に一区切り付けて、別の新型製作を始めたと言う情報が入って来ていたが、奴ら堂々と街道でテストしてるらしい。

コッチは稼働実験をやるにしても人目のつかない時間と場所を選んでやっているのにだ、早くも手を組もうと持ち掛けた事を後悔したくなったが、そこにケンドが試作実験の準備を終え声を掛けて来たのでそちらに意識を移した。

 

「にしても……随分用意しましたね、現行機(カルダトア)を半日動かしてもまだ動かせそうな量はありませんか?」

 

積み上げ一固めにして置かれた蓄魔力式装甲(キャパシティプレーム)の量を見て、ケンドは唖然としながらそう尋ねてくる。

 

「アレに積めるギリギリの量をそのまま用意したからな、これでも試作機(テレスターレ)に積んで漸く一般機程度の稼働時間に出来る量らしいけどな。」

「それは……随分と大喰いな機体ですね、それでこの量を積んで稼働時間の嵩増ししようって……でも、それだと配線が邪魔になりませんか?」

 

用意された蓄魔力式装甲(キャパシティプレーム)の塊の使用用途に合点がいき、一瞬納得しかけて新たな疑問が浮上する。

 

「だろうな、いくら模擬戦とは言え召集を掛けられたのが、あの国の精鋭たるアルヴァンズだからな十全に動けて漸く勝負になるのに、稼働時間を増やす為とは言え動きを制限されればどうなるか何て火を見るよりって奴だ。」

「それじゃ、何が狙いで?」

 

そのくらいの想定なら事前に済ませてる、だからこそコイツが有用だと気が付いた動けないなら動かなければいい、近づかれれば危ないなら近づかせなければいい、そんな簡単な事だ恐ろしく単純故に気付き辛い幻晶騎士(シルエットナイト)は動けてナンボ何て固定観念、機動力は確かに大事だが其ればかりに注力し過ぎて選択の幅を狭めてる、時には動かない事が正しい事だってある。

 

「その一つの回答がコレだ……。」

「コレは……!」

 

奥から運ばれてきたソレを見たケンドは一瞬言葉を呑み、その後は実験が終わるまで無言を貫き最後に。

 

「コレが……ウェインさんが言っていた、騎士には出来ない兵士の戦い方……ですか?」

「そうだ、騎士には不名誉な戦い方かもしれない、だが孰れこの戦い方を必要とする時が来る、俺はこの前の襲撃でそれを確信した。」

 

この国は、フレメビィーラ王国はもう閉ざされた世界じゃない、西側へ伝わった新型の技術は遠からず大乱の兆しを生む、おそらくもう既に……対岸の火事なんて安穏に構えて居られない、賽は既に投げられているのだから。

そうして時間は過ぎた、表のエルネスティ達銀鳳騎士団と裏の俺達は其々に慌ただしくその時に備え待ち続けた。そして……その時は来た。

 

「数日後に王都でか……その時に俺達の開発した兵器の出来次第で、俺達の提案を受ける是非を決めるって事だな。」

「はい、もう既に情報は掴んでいるとは思いますが、一応僕からも伝えおこうと思いまして。」

 

向こうに贈った通信魔道具に通信波形での連絡と確認し盗聴に気を使いながら事前通達を聞く、確かにその情報は掴んでいるが。

 

「さぁ~て、どうだろうな?」

「……ぼかしますね、まだ手を組んでない相手には、成否は明かさないと言ったところでしょうか?」

 

通信魔道具越しにあやふやに答えを濁した俺に対して不満にも思わず一人納得しているエルネスティ、やっぱりわざとらし過ぎたな反省反省。

 

「それでは、僕からは以上です。当日を楽しみにしていますね。」

「あいよ、期待せずに待っていてくれ……さて、最終組み立てを始めようか皆の衆!」

 

そう締め括り通信を切られると、後ろに控えていたクルス先輩達に向き直し手を打ち鳴らして声を張る。

 

「「「「おう!」」」」

 

俺の号令に合いの手が返り、其々の担当の持ち場に散って作業を始める。

 

『さぁ、忙しくなるぞぉ~先ずは、当日までの日程の段取りからだ!』

 

そう考えを膨らませながら見つめる俺の視線の先には、其々形の違う二機の大型の機動兵器が並んでいた。

 

 

ライヒアラ日報ある日の記事より

 

【街道の魔獣現る】

 

最近、ライヒアラ近郊の街道に見慣れぬ魔獣の姿が度々目撃されていると町の住民や街道を利用している旅人、商人などの報告が相次いでいる。

その魔獣を目撃した商人の話では、巨大で魔獣は下半身が馬上半身が人の姿をしていたと言う。

その他の目撃者も同様の証言していたことから、容姿については間違いないようだ。

又その行動にも不審な点が多く、恐ろしい速度で近づいたと思えば例え荷を積んだ馬車があっても何もせずに通り過ぎ、何事もなかったかのように姿を眩ますと言う。

かの魔物が何を目的に活動しているか、熟練の騎操士(ナイトランナー)にも皆目検討も付かないと頭を悩ませていた。

それについて当誌は、予てより街道の魔獣の噂程活発ではないが、ライヒアラ付近の森林の奥に希に現れると言う是も未だ存在が確認されてない虫に似た魔獣が関係しているのではないかと予測している。

現在ライヒアラ近隣で起きてる不可解な魔獣の出没は何を指し示すのか、当誌はこれからも調査を続けて行きたい。

 

その後、この件に関してライヒアラ日報が記事を載せる事は無くなった。

噂では、外部からの圧力が有ったのではないか言われているが、当のライヒアラ日報はこれを否定していると言う。

 

 

 



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疾く駆けるは轟音~機動兵器出陣~

時は来たれり……。
銀の鳳はその翼を広げ今にも飛び立たんとする。
その動きに合わせ影の者たちも動き出す、世界の時を動かす為に……。


約束の日、その日は空が澄み渡り視界を埋め尽くす青を湛えていた、地下の格納庫から地上へ続く通路を走り出た俺のヘルメットディスプレイにも新鮮に映るのは心境がそう見せるからだろう。

あれから色々試行錯誤を繰り返し完成したエルネスティからのお題に対する答え、幻晶騎士(シルエットナイト)ではない俺たちなりの機動兵器の形を見せる事が今日の目的、ついでに言えば指定日を今日にしたアイツの狙いにも乗っかろうとしていた。

その為のキャパシティブレームを重ねて作った装甲板が機動兵器を覆い被せて、傍から見て昆虫を連想する事は請け合いだ。

 

「エルネスティ団長閣下に応答を願う、こちらはもうすぐ合流できそうだ。」

「了解です。こっちはもう既に街道を進行していますから、列に加わってください。」

 

昨日の内に地上の通行用道路の擬装を外しておき、街道に出るためのトンネルに入る前に向こうに連絡を送ればすぐに応答が返ってきた。

 

「心得たでは後程。」

「はい、心待ちにしております。」

 

隊列に加わる許しえた事を確認してから通信を切りトンネルの中へ、少し長いがこれも秘匿の為に通路を入り組ませた結果、そして再び日の下に出ると前方に風変わりな幻晶騎士(シルエットナイト)らしき人馬が一機荷台を引いて猛進しているのを確認し後方から追い駆け確認の通信を入れる。

 

「エルネスティ団長閣下、前方に見えるのが貴殿らの隊でいいのか?」

「はい!こちらも其方を確認しました、やはり貴方は面白い方でしたね!あぁ、アディ彼は魔獣ではありませんから攻撃はしない下さい。」

 

どうやら人馬の騎操士(ナイトランナー)が此方に攻撃を仕掛けようとしていた様だが寸前で止められた様だ、ひやひやするぜまったく……。

 

「その本体を包む装甲はキャパシティブレームですか?相当な量を積んでるようですが、その機体はそこまで魔力が必要なんですか?」

 

直ぐ後ろまで近づく事が出来た時、通信魔道具を介してエルネスティの質問が飛んでくる。

 

「いや、これは別の目的で積載したものだ、本体だけなら幻晶騎士(シルエットナイト)より少ない魔力で動かせる。」

 

何せ基本の構造幻晶軽機(シルエットライダー)を拡大させただけなのだから、そう難しい構造でもないし動かしてる機関も場所を取らない。

 

「成る程成る程、ではやはりその大量のキャパシティプレームはコッチの……。」

 

此方の狙いを察してるらしいエルネスティは、発言にそれを匂わせながらもしばし無言の間が置かれた。

 

ではあの火砲類は……ん~何ですかアディ?あぁ、もうすぐ到着するんですね。」

 

エルネスティの脳内でコイツの考察を巡らせていた時、人馬機の騎操士(ナイトランナー)から話題を振られ目的地に近い事が分かった。

 

「もう少し深考に更けていたかったのですが……致し方ありません、ちゃっちゃと用事を終わらせてその素晴らしいメカに思いを寄せましょう。」

 

おい……国王陛下の招集だろ、それをガキの使いみたいに言うか?恐れを知らないなコイツ……。

エルネスティの怖いもの知らずな性格は知っていたが、それでも上限はあるだろうと考えていたが……機械が係ると天上天下唯我独尊の我が道を征く奴だったとは。

だがある意味で理想的な協力者と言えるのか?こんな型破りな天才はいい誘蛾灯だ、エルネスティに近付く人間はこれから多く集まるだろうし中には良からぬ考えを巡らす者も現れる、きれいな光に寄せられて近付いてきた所をこっちが押さえれば。

 

「そろそろ合戦場です!皆さん気分を上げていきましょう!」

 

俺がこれからの組織構想を脳内で巡らせていた時、エルネスティの号令がかかり我が国の王都カンカネンの門を過ぎ闘技場へと辿り着く、外ではもう既に国機研の責任者が国王陛下に新型のプレゼンを声高らかに述べている様だ、声音から相当な自信があると伝わってくる饒舌な熱弁だ。

一頻り話した後、国王陛下からのお褒めのお言葉を頂きその声には控えているが嬉しさを滲ませている。

 

「お呼びがかかりましたね、では僕らが先行するので貴方は後に続いて下さい。」

 

あっちのプレゼンが終わりこっちの番がくる、暗い通路を抜け開け放たれた登場門を潜り抜けた巨大な人馬の後を追い闘技場の中へ進み出る。

 

「なっ……何だ⁉何なのだアレは⁉」

 

現れたる異様に会場が驚きざわついて国機研の責任者と思われる老人が目を剝いて叫ぶ、観衆はきっと人馬に目が行って此方にはあまり目を剥けていないだろうと考えていると。

 

「人と馬を合わせた幻晶騎士(シルエットナイト)に昆虫型魔獣の姿をした小型機だとぉ⁉」

 

バッチリこっちにも焦点合わせてたよ……俺達が作り出したのは重機、仮に幻晶重機(シルエットモビル)ホッパーとでも呼ぼうか、それは一言で言うなら胴体にタイヤが付いた巨大バッタである。

 

「やりおったわエルネスティ、それでこそ儂が見込んだ者………いや予想以上か!まったく……まったく楽しいぞ!」

 

国王陛下も生き生きされているご様子、先生がおしゃった通りのお人柄だろう事はアリアリとつたわってきますね。

闘技場の内縁を一周して国王陛下の前で止まった人馬騎士の横へ移動し、六脚の固定肢を展開して設置し機体を持ち上げタイヤを地面から離すと正面のハッチ、バッタの顔を開けて臣下の礼を取る。

 

「ご苦労であったエルネスティ、また色々と愉快なモノを作り上げよったな。」

 

幻晶騎士(シルエットナイト)から降り陛下の御前で傅くエルネスティ達に、先ずは労いとお褒めのお言葉を後に期待を超える成果を見せた事へ賞賛とも呆れとも取れるご感想を告げられる。

ただただ感心されたご様子の陛下の脇から、例の責任者らしき老人が息を乱し足並みを早しエルネスティ達の下へ詰め寄っていた。

 

「お……っおっお前のような子供がアレを設計したと言うのか⁉ありえぬっ‼あっあんなもの普通は動くはずがない‼違うっ作れるはずがない、しかし!なぜだ……ならばどうしたのだ⁉」

「……え~と『ツェンドルグ』には魔力転換炉(エーテルリアクタ)を二基搭載しておりまして。」

 

あのご老人、見た目通りにかなりアグレッシブな人物のようだ、国王陛下の御前だと言う事を忘れているかの様に、無邪気に興奮しておられるよ。

それに対しさしものエルネスティも動じているようでしばし戸惑っていたが、ゆっくり人馬騎士『ツェンドルグ』と呼んだ幻晶騎士(シルエットナイト)の事を説明している、やっぱり一番の興味はそっちだよなうん、よかった最初ホッパーの方にも言及してたし飛び火するんじゃないかと冷や冷やしてたぜ。

 

「お主は仮面は取らんのか?」

「っ!申し訳ございません陛下、御身の御前でありながら。」

 

ヘルメットの下でほっと息をつけていると急に国王陛下からお声を掛けられ戦々恐々としながら、御前までおりて傅き顔を晒せない非礼を詫びる。

 

「いや、よい別にお主を責めている訳ではないからな。しかし、仮面姿で我が前に現れるとはシャーロンの前当主を思い出すな、お主あの家の関係者か?」

「シャーロン家の前当主ウィークス伯はわが師にございます。わが師よりの言いつけで人払いがなされていない場所では仮面は取るなと言われております。」

 

俺がヘルメットを外さない理由は自分個人の意思もあるが先生と約束もある。指導を受けていた時期に何度となく言われ続けた誓い、「仮面は取るべき時以外では決して外すな、それが例え尊き方々のお相席なさる場でも」と理由は聞かないが凡そ分かる、顔を覚えられては任務に支障が出ると言う事なのだろう。

 

「そうか…………では今度、ウィークスとクヌートを呼び寄せるゆえそれに供せよ。」

「はっ!」

後は、バルガにも声を掛けておくか……。

 

先生の事を話したら何か深くお考えになられた国王陛下、熟考の後に先生と公爵閣下を呼ばれると仰りそこに同席しろと命じられた。

何故⁉いや、国王陛下の命である以上は従う他ないが、何故先生と公爵閣下まで?さらに今小声で仰られたのは若しや隣領に坐、現役時代は国王陛下と武の双璧を成したと言う猛将にして我が兄の師匠たるガーディス伯爵家の前領主バルガオス・ガーディス様では?

 

おまえ!そこのおまえがあの魔獣の様な機械を作ったのか⁉アレは何というのだ!?あの二輪の動輪で動いていたがどういう構造だ⁉なぜあの形になった⁉

 

ポロッと出た陛下のお言葉に仮面の内側で困惑の表情を浮かべていると、先程エルネスティに食い気味に質問を投げつけていたご老体がこっちに詰め寄ってきた。

あっ……これだけ興奮した人間が近くにいると逆に冷静に成れるはこれ、国王陛下のお発言がいきなりな上に向こうがやけに訳知りなご様子でおられたから混乱したが、クヌート公とは当然お繋がりがある筈だし俺の事を知っていても可笑しくない、さらに言えばクヌート公とウィークス前伯は義兄と妹婿謂わば義弟だから呼ばれても問題はない……うん、じゃあ何故バルガオス前伯までお呼び掛けされるのか?

ガーディス伯爵家と言えば確か、国王陛下の妹君の降嫁された家だった筈だ……当時の王女時代の前伯爵夫人は猛虎姫と呼ばれ程のお転婆なお方で、嫁がせ先に難儀された王女自身が腕の立つ騎士だった事で自分より弱い男とは添い遂げられないと豪語されたとか、それで幾多の腕に覚えのある騎士達が挑んでは返り討ちに合う事態になり、最終的に若獅子と呼ばれ威烈な鎗裁きと速度と手数で国随一と呼ばれ攻めの頂上に居られた国王陛下と対を成すとされ変幻自在に楯を操り迂闊に攻めれば隙を突く様に鋭い一撃を差し込まれる守りの塞翁バルガオス前伯に白羽の矢が立ったのだ、後は誰もが知る通り体力が尽きるまで往なされ続けた王女が最後に疲れ果てて負けを認めた事で王女は落ち着きバルガオス前伯の妻として現在に至る。

……そう言えば、うちの領主家と隣領家は共に建国時から続く貴族だったな、それでお互いの家同士が仲が良くて領民同士の交流も多い……シャーロン家の子息は現領主と弟の二人でうち弟は行方が分かっていない、ガーディス家の子供は三人で巷では三人とも男だと言われているが、一番下の子も行方が分かっておらず当時の姿絵を見た事があるがその時は既視感があったと言うか母親に似ていた……そう言えば内の領主家の弟君の姿絵が見つからなかったなぁ……まさかな?

 

「……おい!聞いておるのか!少しは語り合わんか!

 

おっと、すっかり物思いに耽っていて荒ぶるご老体を忘れていたよ、そろそろ何か返さないとヘルメットを取られそうだし何か答えるか。

 

「あれは幻晶重機(シルエットモビル)、これよりさきこの国に限らず多くの人類の文明と技術の発展を願い作った多目的マシンです。」

幻晶重機(シルエットモビル)?それがアレの名称か!して多目的マシンと言ったな!どういう意味なのだ?

僕にも聞かせて下さい!あのメカが一体どう人類文明の発展に繋がるのかその意図を詳しく!

 

熱気が凄いなこの爺さん一人いるだけで心なしか蒸れてきた気がする、そしてそれがもう一人増えるとだ……サウナにでも入ってる気分だぜ。

 

「落ち着いて下さいお二方、先ずは聞きたいお二人はこの世界の技術の発展の仕方が可笑しいと感じた事はありませんか?」

 

ふつう技術の発展とは人間社会の生活環境の変化に起因する。最初は火を操り夜の闇を乗り越えた結果活動時間が増えた。結果的に生活圏は広がりより広範囲に足を延ばせるようになり他のコミュニティや外敵要因との遭遇率が上がり意思を伝える言葉や文字、身を守る為の武器が発達した。さらに人間同士の交流が増えた事で全体の人口が増えさらに行動圏は大きくなり出来る事も多くなったと共にそれだけの人数を賄う為の食料も必要になり農業を行う必要が出てきてその為には土地が必要で、コミュニティ同士の土地の奪い合いが発生する。ここに来て自衛用だった武器が攻撃の用途でも使われ更に発展するのだ。

 

「ここまでが基本、武器はより強くなるにつれ大きくなってしまいがちだ。だから、移送用の道具が作られ発展していく。」

 

武器になる物は非戦闘時には無用の長物、出来るなら戦い以外にも使いたい筈。そこで武器として以外の使い方が模索され生活用具にも応用され始めるのだ。

それは別の観点でも起きるもの、それまで別用途で使われていた若しくは非戦闘を目的に作られた技術でも戦いにも使用し有効ならば使われるのが世の常、武器の原型は自衛用の装備だったり工作器機だったり狩猟用だったりと様々、いきなり戦闘目的の武器が出て来るのは殆ど無いのだ。

 

「だが幻晶騎士(シルエットナイト)は違う……と言う訳ですか?」

「えぇ、そもそも本当ならいきなり二足歩行の機動兵器を作ろうとはしない筈なんです。」

 

二足歩行には色んな課題がある重量のバランスや歩行時の振動に速度を上げれば際限がない、そんな問題を抱えたシステムを作るなら大人しく低姿勢で地形をある程度無視できる車輪のついた機動兵器を作っていた方が良いまである、縦しんば作るとしてもそう言った移動システムの延長で足をクローラーにしたタイプを介していなければ可笑しいのだ、しかしこの世界ではどういう訳か車輪を用いたシステムは発展せずいきなり歩行それも二足タイプが実用化し繁栄している。

 

「それこそ卵から雛が孵るより早く鶏が生まれた様なものです。」

「言われてみれば確かに……。」

「ボクも違和感自体は感じていましたが、こうはっきり言われると何故とは思いますね。」

 

もしも昔は車輪駆動が主流で歩行型がそれから発展していたのならどこかしらに名残が残ってる筈だ、でもその名残の影も形も無いのだからこの世界では初めから二足歩行の機構が使わていた事になる。

面白い技術大系だし確実に駆動系の技術なら前世の世界より進んでいるのも事実だがいきなり高度な技術が生まれた事で起きた弊害もある、それ以外の技術の主に車輪機動の自動化とそれの伴う各種専門車両の開発や遠距離通信とか映像・音声の記録法に関連したものその他諸々の人類文明を何段階も引き上げる為の技術革新が起きていないのだ。

 

「現に先の事件ではそれが諸に影響されたと言ってもいいですね。そもそも連絡役ですら二足歩行機を使っていた....使わざるを得なかった、何故ならそれしか手段がないから。」

 

本当ならもっと速度を出せる駆動機で移動できれば急襲されず済んだかもしれない、二足歩行を貶す訳ではないが戦闘以外ではお荷物になる他ないのも現実なのである。

 

「だから戦闘を主目的としない、複数の用途で使えて戦闘時は補助や援護に回れるマシンが必要だと考えました。」

「それが、幻晶重機(シルエットモビル)……重機とはそう言う意味でしたか。」

「確かに、あれが出回れば我らの世界に革新が起きる……主に移動手段や建設方面では大きな革新となるだろう。」

 

二人は技術者だ。凡そを言えばこちらの意図も汲んでくれると思ってはいた、その証拠に幻晶重機(シルエットモビル)を見上げる二人の目には待望の視線が見えた。

 

「話し合いは終わったかおぬしたち?」

「っ!も、申し訳ありませぬ陛下!」

「御身の御前でありながら場を弁えぬ行い申し開きもございません!」

「陛下も話し合いに加われますか?とても楽しい語らいですよ!」

 

ずっと話が終わるのを待って居られた国王陛下の一声でこの場が誰の御前であるかを思い出す俺とご老体は揃って頭を下げるが、エルネスティはただ平然と何事も無いかの様に陛下に会話への参加を呼び掛けている。

 

「それは後でゆっくりと時間を取るゆえ落ち着け、仮面のおぬし名は?」

「クウザ……クウザ・ノーネスとお呼びください陛下。」

 

エルネスティの傾奇者ぶりに戦々恐々としていた俺を余所に、陛下もエルネスティの性格は知っておられるのかさらりと躱され俺に名を問うて来られ、俺は予め決めていた仮面の時に通す名を伝える。

 

「クウザか……よしおぬしの志は聞いた、その結果はこの後で見せて貰う!」

「はっ!」

 

国王陛下の威風堂々たる眼光を向けられ身が引き締まる想いでお言葉を受け取った、仮面越しに見つめられただけでここまでの覇気が感じるのだから直に顔を向け合えばどうなっていたか。

 

「ガイスカよ、おぬしはこやつらを見てどう思った?」

「はっ!一言で表すならば出鱈目でございます。」

 

あのご老体、名をガイスカと言ったのか……にしても出鱈目か、確かに俺はエルネスティのお題で幻晶重機(シルエットモビル)を作ったから直接国王陛下の命を受けてないと言えば言い訳は立つが、エルネスティは騎士を作れと言われ人馬を作った訳だしな……言われても仕方ない。

 

「この両名が作りし物は確かに奇抜です、小僧が作った人馬は一見すれば下半身に目が行きますが上半身は騎士の体裁を保っている、見た目だけなら幻晶騎士(シルエットナイト)と呼ぶに差し支えない訳で御座います。」

 

そう来たか、確かに姿形に取らわれて幻晶騎士(シルエットナイト)の定義そのものには目が行かなかった、馬の胴の機動力と人の体の汎用性それは他には無い強みだしそれそのものは騎士と定義してもいい。

 

「対してクウザが作った幻晶重機(シルエットモビル)は異例なのか問われればそれも違う、見た目と用向きを考えるならば騎士と呼ばれない、しかし敢えて重機と呼ぶ事で騎士と混同させない配慮もある……何よりこやつの言い分を汲むならば幻晶重機(シルエットモビル)とは騎操士(ナイトランナー)だけが扱う幻晶騎士(シルエットナイト)ではなくもっと広く万民に扱える機体を想定していると考えるべき、ならばこそ敢えて人の形から外れていても問題は無いと考えに至りました。」

「うむ一見奇抜でも抑えるべき所は抑えている人馬と騎士の定義から外れていても想定される用途から見れば理に適っている幻晶重機(シルエットモビル)、珍妙に見えて確りした意味も持つがゆえに出鱈目とな。」

 

ガイスカ翁は中々の正眼の持ち主だ、騎士の呼称を使わない最大の意味は結晶筋肉(クリスタルティシュー)の民間用機種の応用であり、動力とバッテリーの特性を併せ持つこの技術を民間レベルまで普及させられれば多くの益を生み出すことが出来る、例えば食品の配送コストなどは現状の馬車などから幻晶軽機(シルエットライダー)幻晶重機(シルエットモビル)に置き換えれば迅速かつ多くの物量を一度に運ぶ事が出来るし、それらを整備する為の工場や運用する為のインフラ整備事業、またパーツの規格を統一すれば国内のどこの街の工場でも生産・供給を行え中には自分達でこれらの機体を製造する工場も出て来るだろう、これは新たな産業が始まりそうな気配を匂わせある程度育てば入る税も膨大になり国も潤うし人の生活水準も大きく向上するのだ。

 

「これは我々の様な凝り固まった概念でモノの尺度を決める集団には収まり切りませんね、寧ろ敢えて組織を違えたからこそ得られるモノは大きい。」

 

陛下の脇で静かに佇んでいた一見年の若そうな頭にバンダナを巻く男性が納得した様子で、立ち並ぶ二陣営の手で作られた機体たちを見比べる。

向こうは以前の試作機を再設計と最適化を果たした量産検討型、こっちは試作機に手を加えた改良型と完全新規試作機そして形式の全く違う試験機、まるで顔色の違う機体が同じ場所に並ぶのは不思議な壮観さを覚える。

 

「さよう、正にそれが狙いよ。ただ一つ懸念すべき事案もあった。」

「……扱い易さですな、実際にダーシュの原型テレスターレは運ばれて来た当初、こんなものが実際に動くのかと疑った程、操縦に難儀するであろう事は悠々に想像できる代物でした。」

 

陛下はご自身の考えが理解を得られた事にご満足された様子で頷かれ、しかし二つに分ける上で心掛かりな事もあったのだと溢される。

これにガイスカ翁は心当たりがあったのか神妙な顔つきで髭を撫でツラツラとテレスターレの最初の印象を語る。

 

「であろうな、あのテレスターレの件も踏まえればツェンドルグも普通の操縦法では動かせまい。」

「そんな事はありません。ただ騎操士(ナイトランナー)が二名必要と言うだけです。」

騎操士(ナイトランナー)が二名も⁉」

 

ガイスカ翁の苦労が偲ばれる意見を耳に入れ、やはりと言った表情を浮かばれた陛下は人馬騎士に視線を運ばれ今もご懸案されている事を口に出された。

それに反論するのは自分が常識外れだと考えているのかないのか分からない男エルネスティ・エチェバルリア、本来一人で十分動かせる筈の所を二人乗りで漸く操縦できる機体を出してきたのだ。ガイスカ翁が驚くのも無理はない。

 

「思案に耽るのは後にせよ……まあこのように、エルネスティの創作物は様々の長所はあるが粗削りであるが故に短所も多い、磨かれておらぬ宝玉の原石であり研磨してやらねば美しくは輝かぬ。」

「会得しました、つまりは我らには今後に彼らが創造する原型を我々に合わせて調整する、仕立て直しをしていけば良いのですね?」

 

どんなに優れた新技術も最初は見向きもされない。扱いの難しさや必要性の無さが原因だ、評価されるのは後にそれが必要とされた時で十分に技術が検討と改良を施された後である、よってそれを早期に可能性を見出せる真贋を持つお方は貴重であり希少なのだが、国王陛下には先見性をお持ちの稀有なる御方なだろう。厚顔不遜なエルネスティを個性と認め厚遇されておられるのもその徳深きお心ゆえであると納得できた。

そしてそんな陛下の展望を察したバンダナの男性もそのお考えに賛同していると分かる表情で、結論が合っているかを尋ねられた。

 

「うむ!それを可能にする知恵と技を持つのは、国機研の他には心当たりが無いよろしく頼むぞ!……後は皆もあの人馬の騎士や幻晶重機(シルエットモビル)なる物の力を見たいと考えたのではないか?」

 

陛下は今回の貴族を集めた目的を果たす為、前座を締め括りに取り掛かられ会場に集まる観衆に向け彼らの興味を最大に駆り立て煽られておられる。

無論彼らは貴族、決して声を荒げる事は無いが表情から好奇心が溢れ出していた、それもそうだ、彼らこそが国防の要、日々領民の生活を守るために鍛錬を続け有事には機体を駆って魔獣を討つ、そんな彼等だからこそ気になるのだ。今回の結果が自分たちの今後の戦いにどう影響するのかが。

 

「これより国機研と銀鳳騎士団による模擬戦を執り行う双方準備いたせ!」

 

国王陛下の号令を受け国機研と銀鳳騎士団+俺は両陣に別れて機体に乗り込んだ、幻晶重機(シルエットモビル)の操縦席は幻晶軽機(シルエットライダー)である、これは操縦システムの単純化と習熟性の簡易化を考えてこうなった、幻晶軽機(シルエットライダー)の操縦さえ覚えてしまえば後は多少の履修と矯正を行えば誰でも幻晶重機(シルエットモビル)に乗れる、正に俺が求める汎用性を満たしていると言えた。

後は銀鳳の人員と如何に息を合わせるかだが、作戦は伝えてある。後は向こうがそれに乗って来てくれるかどうかだな。

 

人馬騎士ツェンドルグ

 

人型の上半身と馬の胴体部を持つ特異な形状を持つ幻晶騎士(シルエットナイト)

その見た目通りの機動性と重量を持った重い一撃離脱戦法を得意とした機体であり、二基の魔力転換炉(エーテルリアクタ)による有り余るパワーは他の機体を乗せた荷台を牽引する事が出来る程。

ただしこの機体の操縦には騎操士(ナイトランナー)に二名が必要であり、更には阿吽の呼吸とも呼べる連携力も要求されるため通常の騎操士(ナイトランナー)には操縦難度の高い機体とされた。

後に一人でも操縦できるように改良された量産機が作られるが、そちらも其方の操縦の習熟度も難度の高いものであった。



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この戦いは予測不能~重機の真価前篇~

時に見た目は人を騙す……。
だから侮るな、物の真価は使ってみないと分からない。


両陣配備が終わり相対する、相手は謎に包まれた重要拠点[郷]の守護を任せられる程の精鋭、幻晶騎士(シルエットナイト)の起動から部隊の展開まで一糸乱れぬ統率の執れた動きを見せる。

対するコチラは、頭数は彼方より少ない分手短かつ最小限の行動でも僅かにぎこちない。

 

「これより国機研(ラボ)と銀鳳騎士団による模擬戦を始める!」

 

互いに陣を布き終えたと見た陛下が観覧席に集まる方々に聞こえる様に声を張られる。

 

「なお戦力は均衡をとる為、銀鳳騎士団には人馬型を通常の一個小隊の編成三機相当の戦力と見做す物とし人馬型一機と三機、対する国機研(ラボ)は一小隊三機を二組の六機の編成する。また幻晶重機(シルエットモビル)は戦力的に騎士一機分に満たず、直接的な戦闘には介入し得ないと判断し例外的に参加を認める事にする。」

 

予想通りの展開になった、現在の状況は国機研(ラボ)の機体スペックだけが開示され銀鳳騎士団製のスペックは不明そこに俺達の幻晶重機(シルエットモビル)も加わった、主催者側も今日までの心の準備はしていた事だろうが予想を超えた事態に冷静に判断しようと唯一推し量れる視覚情報から人馬型に意識が向いて、反対にコチラの警戒を緩くした……仮に二足歩行型を持ち出していたら参加は認められなかった事だろう。

その為に態と武装を追加装甲側のみに集約して、更に本体の装甲は最低限に留めたのだから不謹慎神にもしてやったりと言う思いが込み上げて来る。

 

「一つの騎馬は三の歩兵に等しく……幻晶騎士(シルエットナイト)にも当てはまるかは疑問が残るが定石だな。」

「国機研製の新型か、俺たちの機体を改良した正式検討機が三機……普通ならコチラの方が分が悪いな、あの提案を受けるが得策だな。」

 

先輩方の会話をマイクで拾い聞きしながら、コチラも上手く行きそうだと心の中で頷いた。

そして目下の懸案の相手エルネスティに視線を寄せる。

 

「あぁ、早く戦いたいですね国機研(ラボ)の新型!操縦性が大分改善されたと言われてましたし!後で試乗させてもらえませんかねぇ?」

 

……うん、いつも通りだな。特に気負う様子も無くかと言って増長している風にも見えない、強いて言えばだが……機械狂いの変態技術者全開ってところだな。

 

「それでそれで私達はどう動けばいい?」

「そのまま一個小隊を相手にすればいいのか?」

「手堅く定石をなぞるのも一考ですが……今回は重機を持ってきてくれた彼らの申し出を受けましょう。」

 

人馬型に乗る二人がエルネスティが作戦の概要を問うと、彼も俺達の意を汲み策に乗って頂けると言ってくれた。

 

「相手は間違いなく『ツェンドルグ』を警戒している、ならばそれ以外も手抜かりは無いと見せ知らしめましょう。何よりあの重機、何かあるとは思っていましたが……アレは戦術を一変させかねますよ。」

 

そこまで評価されるとはな、幻晶騎士(シルエットナイト)では補えない運用面での補助又は代用も目的の一つとして作った幻晶重機(シルエットモビル)、これからはもっと多目的に運用できるように種類を増やすつもりでいたが思ったより早く開発が始まりそうだ。

 

「まったく……まったくもって常識外れな……人馬に然り重機に然りとんでもない若造共よ。しかしである……!私とてこの界隈で生きて長いのだ、『ダーシュ』はおぬし等の用意した物にも劣らぬと自負がある。」

 

ガイスカ翁の震えた声が聞こえる、恐れや怒りではなく喜びや驚きからの震え興奮冷めやるぬ今が渦中と言った様子である。

それでも譲れぬモノがかの人はあり、誇張ではない実績がその言動の重さを物語る。

 

「さぁっ恐れ知らずな若人共よ!互いの自慢の一品存分に試し合うしようか‼」

「ええっ勿論!」

「胸をお借りします翁。」

 

戦う前の最後の示し合わせは終わった、後は互いの技量を見せるのみ言葉で語れぬ事は腕で語ればよいそう言っている様に分かれる。

 

「それでは皆さん、指示の通りに!」

「了解だ。」

「仰せのままに。」

「任せとけ!」

「行っくよー!」

「委細承知、エドガー殿ディートリヒ殿マギアマルチバレルランチャーを手にお取りください。」

 

ツェンドルグが一機だけ小隊を外れ相手の注意を引き付けるよう駆けだし、エルネスティも前に出るがエドガー並びディートリヒは重機の近くに留まって貰い備えた火砲マギアマルチバレルランチャーを抱えて貰う。

 

「……人馬が離れたな、一方は一機だけ前進して残りは重機の傍を離れず火砲を装備した?アレで後方から援護を行う作戦か……第二小隊、槍壁陣形を保って人馬型を迎えろ!コチラは残りの小隊及び重機の相手をする。」

 

流石は現役の騎操士(ナイトランナー)こっちの狙いの4割を当てて来た。

しかしまぁ……残りの六割は見当も着かないだろうな……何せキーマンがエルネスティの時点でさ。

先頭を走るエルネスティの幻晶騎士(シルエットナイト)に変化が起きる、背部に大気が集中と圧縮が始まる。

 

「相手方先行機に変化あり!何だ……空気が収縮してる、大気弾丸系統(エア・バレット)の装備か?全機警戒を厳とし背面武装(バックウエポン)を展開!射程に捉え次第迎撃を開始……。」

「それではご覧あれ……魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)発動!」

 

エルネスティの行動の合わせ迎撃態勢を整える相手小隊機を前にして、アイツは意気揚々と自作の玩具を自慢するかのように自身の機体に施した機構を見せ示した。

轟音と共に地を滑る様に直進する幻晶騎士(シルエットナイト)の姿はこれまでの常識を易々と壊していく、その圧倒的非常識かつ非現実的な光景は暫しの間会場全体を沈黙させる。

 

「何だあの速度は⁉あの方向は……第二小隊が狙いか‼」

 

止まった思考が回り始めた相手機は驚きつつも冷静に、エルネスティの飛んでいく方向にある物を分析し獲物が何であるかを推し量る。

しかし、狙いが分かった所であのスピードに追い付ける機体は今この場にはない、少なくとも国機研(ラボ)の制作した物の中には。

相手機がエルネスティの動きにどうすることも出来ずただ立ちすくしている間も、目標に向け前進し続けるエルネスティ機は一瞬で標的の眼前に迫った。

 

幻晶騎士(シルエットナイト)が吹き飛んでくるだと⁉槍では遅いか?背面武装(バックウエポン)で撃ち落とす!」

 

途轍もない情景を前にしても流石は歴戦の雄である、視界から得たれる情報を総動員して最善手を選択して迎え撃つが、そこはエルネスティである噴射角度を変え速度を維持しつつ法撃を躱し相手機に肉薄。

 

「嘘でしょ⁉あの速度で回避までするの⁉」

 

対面して見たらきっと悪夢のような光景だろう、気がふれた様な装置で頭の螺子が切れてるとしか思えない速度を出し普通は飛ばない物が宙を滑走する光景など誰が想像できるのだ。

 

「ぐぅぅぅ……!」

 

気が付けば擦り抜け様に一機が斬られて仰向けに倒れる国機研(ラボ)の機体、速度と重量が相乗となって受けた衝撃は想像するに難くない、こうして一機を落としたエルネスティは噴射を逆にして勢いを殺しつつ地面を抉って着地する。

 

「なんて悪い冗談だ、あの機体は早く制圧して於かないと脅威だぞ!」

「待て!下手に動かず冷静になれ!敵はあの一機だけでは……。」

 

一連の行動が必要以上に警戒心を高めエルネスティに気を取られていた残存機の一機、その狭まった視野の脇を指すようにツェンドルグが姿を見せる。

 

「ぐああああああっ!」

 

強烈なシールドバッシュをシールドで受け止めるが、その衝撃は凄まじく耐えるので精一杯の様子。

 

「何て状況だ……相手側の術中に嵌めらるとは。」

「第二小隊崩壊!アーニィス隊長、我々はどう行動すれば⁉」

 

さて現在の戦況は当方が優勢、相手は奇襲により戦線崩壊の色が濃くまた混乱している模様、しかして歴戦の騎士殿方である回復は早いと思われ。

 

「落ち着け!今は第二部隊の援護に向かえば背を突かれ挟撃される!こちらは三機、相手は騎士が二機に重機が一機……先にあの部隊を叩くぞ、出来得る限り最短でな!」

 

やはりそこは経験値の差か、場数を踏んでどんな異常事態でも精神の切り替えが早い。

ただ、コチラもただ指を咥えて立ってた訳じゃないんだ、試作ゆえに立ち上げから実射までに時間が係る手持ちの大型火器マギアマルチバレルランチャーは十分に温まった、この距離ならやれる……精密な命中率は多少は下がるが今回は当たるだけで十分、脅威を抱かせるただそれだけでいい。

 

「撃ち方……始め。」

「了解した。」

「撒き散らせばいいんだろ?分かっている。」

 

俺の合図にお二人が答える、その後グゥエールが引き金を引いた火砲から火球が連射され相手方の機体を掠めていくを確認した。

 

「集まった所を私が撃つ!」

 

一か所に集まり盾で防壁を築いた相手小隊に向けて、アールカンバーが砲身を向け引き金を引けば大火球が一団の集まる場所に向かい放たれた。

 

「相手集団が散った、ディー!」

「分かっているさ、エドガー!」

 

明らかに高火力である大火球を見て蜘蛛の子を散らしたように分散した所に再びグゥエールが火球の雨を降らせ相手の機体の足を止める。

狙い通りの展開だ、ただ一つ懸案するとすれば思ったよりマナの消費が激しい事か……増加装甲の備蓄のマナの残量が想定より早く無くなっている、思ったより持たないかもな。

 

「お二人とも、余り良い話ではないですが……想定よりマナの消耗が激しいようです、予定していた段階を早めるかもしれません。」

「……了解だ、普通であればテレスターレの改造機である私達の機体はこの武装を使えばマナはとっくに底をついていた、これだけ相手を押し止められるなら十分だ。」

「もっとも近接戦で行ってもそこまで長く持たなかったと思うがね、僕らの機体がこうしてまだマナを残しているんだ、それだけでも評価するよ。」

 

エルネスティの傍で相当鍛えられたらしい、こんな状況でもこっちの想定不足を責めるより武装の成果を讃える余裕を見せてくれるとは、是が非でも協力関係を結びたくなった。

 

国機研チームアーニィス視点

 

「不味いな……下手に動けん、早く決着を着けねばならんと言うのに。」

 

ずっと此方の想定を超える状況が続いている事に内心で焦りを覚え始めていた。

新型機の雛型となった機体テレスターレ、アレはパワーこそ優れていても実働時間に難点がある機体だと聞いていたし持久戦に持ち込めば此方が有利と模擬戦の前までは考えていた。

 

「だが今は……アレ(重機)が厄介だ、あの火砲は重機側の増加装甲から供給されている……騎士の使用しているマナは保持と方向転換時のみ。」

 

見た目に騙された!アレは一機だけでも戦況を左右する……戦術の根本が崩れるぞ!

あの火砲も厄介だ、散れば連射集まれば砲火なるほど効果的だ、実際良いように翻弄されている自分達を見ていたら見物人たちも考えが変わっただろう、恐れるべきは人馬だけでなかったと。

 

「まるで堅牢な砦だな、二小隊で責めれば落とせたが一小隊では手堅過ぎる……!」

 

これでは如何に此方の稼働時間が長かろうと向こうの稼働許容時間と同等迄削られる可能性すらある……状況を打破するには一機失う覚悟で突撃するしかない!

 

「俺が先行する、二機は俺の後ろに続け!」

「っ!隊長自ら弾避けになるつもりですか⁉それなら俺が!」

 

部下の一人が俺の狙いに気付いて身代わりを名乗り出て来た、だが……。

 

「いや……俺が行く、火砲だけが相手の手の内の全てとは思えない……騎士の方に何かある、お前達はそれに備えてくれ。」

 

常に油断できない相手だ……飛び入り参加の重機ですらあの制圧力なんだ、あの改造機二機にも仕掛けがあるのは明白、初めてだぞ人間相手に緊張したのは……楽しくなってきた。

 

 

幻晶重機(シルエットモビル)

 

フレメヴィーラ王国を発祥国とする機動機体類の総称。

その活動領域或いは用途は極めて多岐に渡り、建設・建築を始め物資運搬や情報の通達や収集の足として、はたまた交通手段と設備を整えれば屋外泊車両としても使用可能と多才な運用が出来る。

その操縦系には幻晶軽機(シルエットライダー)が用いられ、軽機の操縦が出来れば多少の習熟訓練を行えば誰でも乗りこなせる利点も多くの乗り手に好感されている。

この機体には軍用モデルと民間モデルで分けられており、違いとしては内蔵武装の有無や装甲位置と動力源の違いなどである。

活動する環境に合わせたカスタムも容易であり、殆ど部品が統一された規格の上で生産されている為に整備性も良好と永年に置いて人間社会で使用され続けている名機たちである。

 



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この戦いは予測不能~重機の真価中編~

可能性は示された。
後は活かすも殺すも持つ者次第、だから考えろ攻略される前に。



「長蛇の陣?まさか、マギアマルチバレルランチャーの弱点に気付かれた⁉」

 

縦一列に並び歩調を揃えて全身を開始した相手側の小隊の陣形を見て俄に焦りを覚えだす、マギアマルチバレルランチャーは言ってしまえば魔導兵装(シルエットアームズ)の拡大解釈武器だ。

その構造はコアシャフトとその周りを覆う二層の拡張術式を組み込んだレイヤーにより遠・中・近の射程有効距離を調節できるメインユニット、四本の杖の先端部を一つのレンズに纏め三段階の開放状態で連射・収束・拡散の三つの打ち分けが出来るバレルをくっ付けただけの代物。

急拵えで十分な試験が行えなず立ち上げに時間が懸かり更に、射程距離を変える時にも毎回電源を落とし再起動させてから切り替えなけらばならない、幸い法撃法を変える際には再起動は必要ないがその代わりに切り替えてから再度の発射状態になるまでまた時間が懸かる、他にもこの武装は面制圧を主目的として作ったから横軸へ攻撃は得意でも、相手が縦軸移動を始めたら有効度は下がる……今の設定は中距離仕様で連射と収縮、近距離仕様なら兎も角いま接近されると不味いのだが、生憎相手は縦一列で進行中なので早々に見切りをつけて次の段階に移った方が得策なのだが……。

 

「……行ってくれ、もう十分時間は稼いでくれた。」

「っ!何を⁉」

 

ここまで来て協力してくれたお二人を残し次へ進む事に躊躇い悩む俺にエドガー先輩はそう言って来た、考えを見透かされていた事と突き放された様な心情が言葉を詰まらせる。

 

「クウザ殿、貴方の持ってきてくれたこのマギアマルチバレルランチャーは素晴らしい武器だ、実際に使ってみた我々がそれを実感した。」

「その評価は紛れもない事実、これのお陰で僕らはこれから歴戦の騎士相手を消耗させた上で与力を十分残して戦える。」

 

お二人はマギアマルチバレルランチャーをゆっくり地面に置き、両翼に広がる様に左右に別れながら俺に嘘偽りない感想を言ってくれる。

 

「この好機を作ってくれた貴方には感謝している……。」

「だから今度は、僕らが君の好機を作る!やるぞエドガー!」

「お二人とも、忝い……全面増加装甲を残し後は全てはパージ、機体を軽くし全速力で敵陣を突破します!」

 

そう言い終えるとお二人は一列に並んだ相手の横腹を狙い左右から攻勢を仕掛けた、俺への気遣いと心意気を肌に感じ覚悟を決めた!

内包マナがもう残っていない前面部より後ろの増加装甲の固定を外し、装甲と本体の間に空気を圧縮させる。

 

「固定脚を降下、ホイール展開及び回転開始。」

 

固定脚の姿勢を地面すれすれまで下げ、半格納状態のホイールをゆっくり回しながら地面に沿わせる。

 

「増加装甲のパージ開始、大気衝撃波(エアショックウェイブ)発動!幻晶重機(シルエットモビル)全速前進!」

 

ホイールが地面を捉え土を抉り巻き上げ始めると共に、増加装甲を空気の衝撃で弾き飛ばし固定脚を畳み仕舞うと弾かれるように走り出す。

 

「こいつ!まさか先程の改造機と同様に高速機か⁉今度こそ止める!」

 

左右から迫る二機に気を取られ陣形を崩し出した所で、幻晶重機(シルエットモビル)で突貫強行突破を仕掛ける俺の動きに気付き、先頭を進んでいた一機が背面武装(バックウエポン)を構え狙ってくる。

 

「くっ早い!狙いが付けられん、それに当たっても装甲で弾かれる!」

「押し通る!」

 

だが数発の法撃ぐらいなら増加装甲で耐えられる、その為に正面部だけは装甲を残したのだ。

前から放たれる法撃の嵐を気に留める事もなく、そのまま横を通り過ぎようとするが……。

 

「前がダメなら横から!」

「やらせない、ここから我々が相手です!」

 

すれ違う一瞬を列の真ん中に居た機体の法撃が飛ぶ、それをエドガー先輩のアールカンバーの大盾が防ぎ相手から覆い隠す。

 

「ならば背後から撃つのみ!」

「そうはさせないよ!」

 

双方揉み合う一団から然程離れていないが後方に抜け出た時、殿を務めていた最後方の機体が向きを反転して此方に狙い付けるが、その直後にグゥエールの腕からワイヤーが伸び相手の背に刺さる。

 

「仕込み……武器⁉」

「ライトニングフレイル!」

 

俺に気を取られ背後への警戒が緩んでいた騎操士(ナイトランナー)は虚を突かれて思考が鈍った、ディートリヒ先輩はその隙を逃がさずワイヤーを通して電気を流し込む。

 

「あががががっ!」

「電撃魔法⁉くっ取り逃がした!」

 

電流が背中から流れ出し乗り込んでいた騎操士(ナイトランナー)の震えた絶叫が遠くで聞こえた、二人の息の合った連携技で会場の真ん中を突っ切る事が出来た俺は速度を緩めずエルネスティの元へ急いだ。

 

「前から増援⁉あれは……重機か⁉人馬だけでも厄介だと言うのに!」

「落ち着け、見たところ奴の装甲はボロボロだ背面武装(バックウエポン)の掃射で落ちる!」

 

ツェンドルグと交戦中の二機が接近する俺に気が付く、一人忌々しそうに悪態を衝くがもう一人が冷静に状況を読み背面武装(バックウエポン)を向けて来る。

 

「こーらー!そっち向くなー!可動式追加装甲(カウンターウェイト)展開!」

「やらせるかよー!ランス・レスト固定よし!」

 

確かにここに来るまで装甲の損耗は激しい、だが此方には頼もしい仲間がいる。

 

「しまっ!」

「くっ!人馬は俺が引き付ける、お前は重機から目を離すな!」

「「突撃ー!」」

 

ただこの一時の場、エルネスティから出されたお題の品を見せる場にて共闘するだけの関係だが今はそれで十分、この場で共に戦っているそれだけで一体感が生まれている。

 

「全面増加装甲をパージ!大気衝撃波(エアショックウェイブ)ジャンプ!」

 

相手の法撃が届く直前、ボロボロになっていた装甲を弾き法撃の直撃を往なすとそのまま大気の圧力で飛び上がる。

 

「何⁉装甲を自ら解いて、コチラの法撃を弾いただと!」

「バッタが飛んだ⁉着地地点は……まさか⁉」

大気衝撃波(エアショックウェイブ)!方向転換確認良し中央安定脚展開!」

 

空中で部分的に大気衝撃波(エアショックウェイブ)を掛け、期待を縦から横向きに姿勢を変えると増加装甲の内側に隠れていた中央の固定脚を展開して着地に備える。

 

「着地時のショック備え!……うっ!うぅぅぅぅ!はぁはぁ……直地確認、機体の損傷軽微起動に問題なし。」

 

横付けで地面に落ち食戟で機体が揺れ、その後車体で土を抉りながらもどうにか制止する。

 

「凄いですね今のは!アキラの着地シーンみたいでした!」

「はぁはぁはぁ……左様で、マナのチャージは出来ましたか?」

 

今日一番の緊張する場面を乗り越え僅かな間の硬直も、やたらテンションの高いエルネスティの声で掻き消される。

少し荒くなった呼吸で割と素っ気ない態度で返答を返す到着が少しばかり早かったからな、ほぼ空になったマナプールの再充電に専念させるための時間稼ぎだったんだ、ちゃんと溜まってるのか分からない。

 

「えぇ、ご注文通りずっと動かずにいたのでかなり溜められました!」

「そうですか、では騎乗して頂けますか?お二人の元までお送りさせていたきますよ。」

 

無駄に動かないでじっとして居てくれと頼んでおいたからな、目算通りにマナは溜められたと聞けてホッとする。

それじゃあ後は、エルネスティを奮戦してくれている二人の元へ届けるだけ、それで俺の提案は完遂される。

 

「勿論ですとも!話を聞いた時からずっと乗りたくてウズウズしてたんです!幻晶騎士(シルエットナイト)を乗せて走るバイク!いえ、幻晶重機(シルエットモビル)幻晶騎士(シルエットナイト)で最初に駆った騎操士(ナイトランナー)になれるんて光栄です!」

「そいつは……どうも。」

 

コイツ……やっぱり狂ってるな……はっ!いかんいかん、コイツのノリに飲まれてた。

気を取り直して……さぁ大詰めだ、いち早く膠着状態の戦況を引っ掻き回そうじゃないか。

 

「乗りましたよ!クウザさん、早く始動してください!」

 

騎士が重機の上に跨った振動を感じた後、エルネスティから動き出すことを急かされる。

 

「ふぅ……了解、ホイール回転開始。軌道の調整は其方でお願いします。」

「分かりました、車体を正面に向けて動かして……前に向けましたよ!」

 

車体を円を描くように動かして車体向きを真っ直ぐ前が向いた、実は重機単体だと小回りの利く方向転換がやりにくい、全く出来ない訳ではないではないがやろうとすると通常走行時よりもマナを多く消費しなければならないのだ、だが騎士が上に乗った状態ならば走行時と変わらないマナで方向が変えられる。

 

「騎馬が……増えた?」

「まさか?これが彼等の本当の……?」

 

観覧席から声が聞こえてくる、ここまで様々な兵装や戦術を見て来た観客たちだ、勘のいい者は納得の表情を浮かべていたが察しのいい方ではない方々は仰天顔で此方を見ていた。

 

「突っ切りますよ、覚悟はいいですか?」

「とっくに出来てます!」

 

走り出す前の最終確認、形式的なやつだが自分に言い聞かせる意味でもやっておく。

 

「させるかっ!」

「隊長たちの元には行かせなっ!」

「こっちこそ、エル君達の邪魔はさせない!」

牽引策(トーイングアンカー)発射!」

 

アクセルにギアを入れると魔力転換炉が唸り上がり発進前の音頭となって響き渡る、それを聞いていた二機の相手機が此方に迫りさらにそれを追ってツェンドルグが迫り一機の足に牽引用のアンカーを引っ掛け引き摺る。

 

「くぅぅ、こんな時に!」

「今だエル!クウザさん!」

「はい!行きましょうクウザさん!」

「了解!最大速度で突っ切ります、しっかりハンドルは握って置いてください!」

 

エルネスティから返事を待たずにいきなりフルスロットルで走り出す、一刻も早くお二人の元へ駆けつける為なら躊躇はしない。

 

「はははははは!魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)並みの加速ですね⁉素晴らしいです!素晴らしいですよクウザさん!」

「黙ってないと舌を噛みますよエルネスティ殿!」

 

機体を包み込む風の圧力がコックピットの中でも感じる、機体に当たり後方に流れる大気の流れを肌で感じる中で止まらないワクワクを口にし続けるエルネスティのそんな狂気すら今は頼もしい。

 

 

ガイスカ・ヨーハンソン視点

 

「何という……何という、節操の無さだあの幻晶重機(シルエットモビル)と言う機体は⁉」

 

彼、ガイスカ・ヨーハンソンは正式の名は国立騎操開発研究工房であるが縮めて国機研を称される組織に工房長の座を任される幻晶騎士(シルエットナイト)開発の第一人者である。

幾十年もの間、工房の中で騎士に係る仕事に就いて来た彼は、目の前で今まさに自分の培った経験や知識がグラグラと揺らぎ始めた事に動揺していた。

いや、とっくに砕けて破片になり更にその破片すら粉々になるまで砕かれ粒子状になっていた、そしてなお燃える情熱がその驕りの塊の為れの果て溶かしドロドロの高温の液体となって流れ出す。

忘れて久しい感覚、新たな知識を得る事でしか得られない感動と自分に無い物を持つ者へ羨望と嫉妬、純粋であり不純でもある正負の感情が綯い交ぜとなった若き日の情熱、ガイスカと言う男は上昇志向と知識欲の権化だったのだから蘇ったギラ付きは凡夫のそれとは比べ物にならない程大きかった。

それどころか、嘗てに無かった知識や経験すら溶け出たものの中には含まれているのだ、熱と質ともに昔以上のものに膨れあがっている。

 

「多目的の使用用途とは聞いていたが、戦闘の補助も含まれるとは思っておった……おったが!しかし、これは!動かなければ騎士の戦闘補助だけではなかったのか⁉なんだアレは⁉稼働時間の短い筈の試作機が何故あそこまで長く!それもダーシュを押し込める程の善戦をしておる⁉いや分かっておる、分かっておるのだ。全ての要因が重機にある事ぐらい、常識に捉われておった儂にも分かるのだ!しかし、アレはなんだあの火砲は⁉あの増加装甲は⁉一個小隊を丸ごと押し込めるあの威力は⁉あの装甲からマナを確保するなど誰が考えた⁉誰もが思い付き、実践できそうな事を何故誰も思い付かなかった⁉人馬もそうだ、魔力転換炉を二機だと⁉騎操士(ナイトランナー)を二名だと⁉馬の胴体だと⁉なぜ思い付くそんな悪魔的な⁉天才的な発想を⁉」

 

激昂する古い価値観に捉われた己に人の形を妄信した周囲に何よりそれを迷いもせずに実践した兜姿の男と少女の様な身なりの男に、一見しただけでは判断できなかった重機の可能性と人馬型と言う一瞬気でも触れたのかと思えるアイデアを現実にした恐怖し狂喜し嫉妬した。

叫ばずにはいられないクウザと名乗った出自の分からぬ男の発想の自由さに、嘆かずにはいられないエルネスティと言う自分より遥かに短い期間を生きておきながら奇想天外な小僧の奇特さに、苛立たずにはいられない今までの井の中で満足して大海を望む事すらしなかった自分の怠慢を。

 

「更にあの奇抜な騎士たちの新武装!動き出した重機は騎士を乗せて即席の騎馬になるなど!あぁ、腹立たしい!恨めしい!悔しい!何より羨ましい!儂に、儂にもっと柔軟な思考があれば⁉儂にもっと自由な着眼点があれば⁉……いや、まだだ古き考えを壊された粉々にされた今こそ!若い頃の様な情熱が蘇った今だからこそ!さらに飛躍できる、儂はまだ一段上に行ける!ならばこの模擬戦、しかと目と記憶に焼き付けておこう!この悔しさと羨ましさを忘れぬ為にも!」

 

溶けた鉄の様な価値観に胸を焦がし、尽きぬ情念の熱で焼き付けるこの蘇った懐かしき感覚を二度と忘れぬ為に。

 

 

マルチバレルツール

 

銀鳳騎士団と国立騎操開発研究工房との機体同士の模擬戦にて使用された、マギアマルチバレルランチャーに端を発する装備群の総称。

当初、模擬戦で使用された物は威力と命中精度こそ申し分ない物だったが、それでもまだまだ実践に用いるには不安の残る装備であった。

後に国立騎操開発研究工房にて改良が行われた結果、バレルと呼ばれるパーツの交換で戦闘は勿論、様々な用途への転用が可能なマルチツールへと作り変えられた。

その主な転用先は土木工事などの現場であり、その多くが今日も世界各地で人々が生活を営む上で欠かせない環境を作る事に役立っている。

 



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この戦いは予測不能~重機の真価後編~

駆ける騎馬は勇ましく、溢れ出る狂気を滾らせる。
宴もたけなわ、兵どもが燃え盛り。


三機を相手に立ち回るディートリヒとエドガーの二人、当初の予定であれば今より厳しい状況に立たされていたと肌で感じていた。

 

「何と手堅い……!機体は勿論、騎操士(ナイトランナー)の方も心技体揃えた手練れとみた、優秀な騎士だ。重機、アレが無ければもっと長く確かめられたのだが……いや、此方の相当消耗させれたが結果として同じ条件で勝負出来ているのか?しかし、惜しいな。」

「強い!消耗させた上での一撃の重さと鋭さ、一分の隙も無い正確な攻撃!そして新型の性能も……難物のテレスターレから派生した機体の筈なのにこの精密な機動とは……国機研(ラボ)の仕事が伊達では無かったと言う事か!」

 

エドガーは隊長機を相手に一人で奮戦していたが力量と技量はアッチが上だ、クウザの協力で与力を温存した上でエルネスティの拵えた新規武装、己のこれまでに培った経験持ち前の精神力を全て出して漸く互角の勝負が出来ていた。

 

「元々の低燃費と可変式追加装甲(フレキシブルコート)の連続使用、幾ら彼方のマナプールを減らせてもいつ魔力が切れるか、それでもクウザ殿が作ってくれた好機だ……絶対に耐え切ってみせよう!」

 

いくら優れた機体に乗り強力な武装を積んでそれを使いこなす乗り手が居ようと、研鑽と経験を重ね現場で腕を磨き続けた手練れが相手では、どんなに好条件に持ち込もうと五分五分で精一杯。

それでもクウザの存在、彼が居ると居ないでは全くもって心境が違う、太陽の様な強烈な眩しさと暑さとは対照的な月の様な静けさと冷たさのある人物、だがその裏にある熱い信念は僅かな時間でも感じ取れた。

余りにも自然に自分は……自分達は彼に従う事を当然の様に受け入れていた、だからこそクウザがエルネスティを連れて戻ってくるまでは、しがみ付いてでもこの場は死守するとエドガーは決めたのだ。

それが二機を相手に善戦するディートリヒも同じであった、最初の不意打ちから何度か使用した手首の仕込みワイヤーも軌道を見抜かれ始めていた。

 

「流石に相手も慣れてきたか!それなら風の刃(カマサ)!」

 

一つ手が通じなければ次の手を講じるまでグゥエールにはまだ武器がある。

 

「何と多才な武装の機体だ……!」

「焦るなよ、お前は控えて居ろ迎撃は俺がする!」

 

放たれる法撃を楯で受け止めた国機研機の騎操士(ナイトランナー)は、グゥエールの手数の豊富さに息を巻く。

その機体の後ろに控えた国機研の機体は、消耗した仲間に防御を任せ自身は反撃役を務める。

 

「相手は消耗しているがグゥエールもそろそろ限界が近いか⁉……しかし、エドガーと二人で足止めをしていた想定よりはずっと優勢だな、クウザ殿には感謝しかないよ……後は彼が団長を連れ来れば、きっと間に合う彼等なら!」

 

ディートリヒのクウザへの信頼感は既に揺るぎないものとなっていた、だからこそ託せるのだ自分達の命運を我らがエルネスティ団長と共に。

 

 

ウェイン視点

 

「は~ははは!風です!風を感じますよ!クウザさん、僕らは今風と一つに成ってるんですよ⁉最高ですね!」

「だから、燥ぐのは構いませんがお静かにと!」

 

絶賛上機嫌に狂ってらっしゃるエルネスティ殿のテンションに若干押されつつある俺ことウェイン、本当は緊張感ある場面の筈なのにさっきから雰囲気ぶち壊しだぜ……。

 

「自分で吹き飛んでる時には、機体操作やら出力調整やらで風なんて感じる暇無かったですからね⁉今まさに体に風が当たる感覚を実感している訳ですよ!」

「分かりましたから⁉少しは緊張感を持ちましょうエルネスティ殿!」

 

すんごい有頂天で途切れる事のないマシンガントークが炸裂しておられます、そろそろ目的地が視認できる所まで来てるから落ち着いて欲しい。

 

「あっ!見えてきましたね!なかなか善戦していますねぇ~!」

「前哨戦で消耗させたのが効いているようですが、お二人の機体も芳しくない状況の筈……急ぎましょう。」

 

視界の奥に密集する騎士の集団が見えてくる、遠目に見れば確かに互角の戦いを繰り広げて見える。

だがしかし、それでもテレスターレが消耗戦に不利なのは変わらない、責めて数の戦力差だけでも解消させたい、ここからは不要なお喋り無しだ戦いの前に集中力は切らしたくはない。

 

「えぇ、了解です……ここからは標的に集中させてもらいますよ。」

 

さしものエルネスティも鉄火場が近づけば静かになった、猛る本能を滾らせ喰らう獲物を吟味している様だ。

何故か分かる、俺にも理解できる気を尖らせれば尖らせる程、俺の中で何かが飢えを訴えて来る。

救援に向かっている筈なのに、心は獣の闘争本能の様な疼きが燻り、獲物を狙うように相手を見定めていた。

腹が減った獲物を寄越せ!どちら喰い応えがある?どちらがまだ活力が残ってる?早く嚙みつかせろ!

距離が短く成る程、五月蠅く煩わしい声が大きくまた多くなる、そこまで来てやった気が付いたのだ俺の焦りは仲間を心配する者だけじゃない狩猟本能も含んでいたのだと。

やがて状況は動く、グゥエールが剣を大地に刺し膝をついた、だがあれは振りだと本能が告げるマナが少ないのは事実、だがアレは油断を誘う為の演技だと内なる声が言っている。

狙うのはアイツが狩らずに残した方だ、そっちまだまだ動ける活きがある!そっちを喰らわせろ、俺を満たさせろ!

内なる獰猛な俺は言う、その事が真実であるようにグゥエールの最後の一撃が動きが鈍い方の機体に当たり機能を停止させグゥエールも沈黙した。

その時には、相手機と俺達の距離は目と鼻の先に迫り……焦らされた二頭の本能の獣は、大口を開けて獲物に食らいついた。

 

「……は⁉ぐぁっっっ!」

「貰いです!……お二方共、只今戻りました!」

「随分、お待たせさせてしまいましたね。」

 

接近して通り抜ける刹那の一撃が相手を捉える、その相手は一撃が決まるまでまるで抵抗してこなかった、まるで蛇に睨まれた蛙の様に呆然と立つくし、意識が戻ったのは受けた一撃で機体が飛ばされていた時だった。

一人打ち取った事で満たされたのか荒くれていた飢餓感はすんなり収まった、漸く一息つける間が生まれ動かないグゥエールの方に語り掛ける。

 

「はぁはぁ……いいや、十分早いさ……お陰で僕にも見せ場が出来た。」

 

息が上がってはいるが彼らしい気障な調子の軽い返答が返される、その声は充足感で満たされた晴れやかな声色だったが。

 

「エル!ディー先輩!クウザさん!こっちは片付いたよ!」

「今からそっちに行くぜ!」

 

俺達が束の間の安息に気を休めていると、少し離れた位置に居たツェンドルグを駆る双子も自分たちの戦いを終えた事を告げて来る。

 

「アッチも終わったようですね……では。」

「残るは大将首ただ一つ……エドガー殿、援護入りますか?」

 

相手の大将と一騎打ちを続けるアールカンバーに視線を向ける、多少押されて見えるが状況は拮抗している様だ。

 

「ふぅふぅふぅ……団長それにクウザ殿、提案は嬉しいがここ私に任せてほしい!」

 

俺達の問いに疲労と活力の混じり合う強い意志の籠った返答が変える、そう言うだろうな、エドガー先輩の性格を考えれば……確実性を取るなら彼の提言は流し無理にでも援護を行うべきだが。

 

「俺以外は行動不能か、最初から重機を警戒して置けば……いや、もしもは所詮仮定だな……現実は結果が全て、次があるなら今度は我々にも重機が欲しいところだ。」

 

相手側の隊長は状況の理解が早いそれ位出来てこそ前線の指揮が執れるのだろう、相手が負けを認めたからにはここからの戦いは無駄な戦いになる……良く言えば公開演技、悪く言えば消化試合……ならば本人の意思が尊重されても何ら問題は無い。

 

「エドガーさん、承知しました。」

「我らは手出し無用と弁えましょう、時間の許す限り気の許されるまで手合わせを。」

「すぅ……ふぅ~感謝します!団長、クウザ殿!」

 

許しを出せば一度長い深呼吸をした後、気合の入った声を張り感謝を伝えるとアールカンバーは楯を構え直す。

 

「来るか白い騎士の騎操士(ナイトランナー)!対局は決した今、この対戦は互いの矜持を示すだけの戦い、ならば一介の騎士として全力を持って相手をさせて貰う!」

「乗ってくれますか、貴方にも感謝を……いざ勝負!」

 

互いの剣の激突し重なる激しい鍔迫り合い、持久力のダーシュと出力のテレスターレ双方の特性が騎操士(ナイトランナー)の意思により引き出される。

一進一退の衝突、互いの矜持以外なにも介在しない純粋な腕比べ、一瞬が永遠とも呼べる時間に引き伸ばされる静かだが熱い戦いは……。

 

「ぬぅぅぅぅ!……はっ⁉マナがっ!」

「うぅぅぅぅっ!コチラもか……。」

「そこまで‼両陣見事であった、剣を収めよ‼」

 

お互いの機体のマナプールの枯渇で幕を下ろす事になった、そして最後の対戦の決着が着いたと同時に陛下が模擬戦の終了を宣言される。

 

「双方とも勝らずとも劣らぬ称賛する他に言葉の無い機体である!その力を充分拝見させてもらった!流石としか言えぬ!皆でこの素晴らしき健闘に賛辞を送ろうぞ!」

 

陛下の惜しみない称賛は機体を造った関係者、さらにはそれを駆って戦った騎操士(ナイトランナー)に取って何にも代えられない褒賞であり、集まった観客たちの声援は健闘を称える勲章に他ならない。

その称えられる者の中には俺も居るのだが、そんな空気の中でエルネスティにだけ通信機を繋げた。

 

「エルネスティ団長、この後国王陛下と国機研のお二人を連れて会場の外で待っていて下さいますか?」

「え?まぁ構いませんが、どうなさいました?」

 

興奮に膨らんだ空気を戦いの後の高揚感と共に楽しんでいたのだろう、急に話を振られて珍しく驚いて居られた。

 

「我々のもう一つの創作物が到着予定ですので、ぜひご拝見して頂こうと提案したく……。」

ナント!このバイク型以外にも幻晶重機(シルエットモビル)を造られていたんですか⁉

 

俺が本日の取って置きの切り札を切るべく打診のセリフを言い終わる前に、エルネスティの大きな声が会場全体に響き渡る。

声でけぇな……さっきまでの騒がしさが一気に静まり返ったぜ、いやー沈黙が痛いわ~。

 

「あの……。」

「こうしてはいられません!どこですか⁉どこへ向かえばその機体は見られるんですか⁉早く行きましょう!あぁ、国王陛下と国機研のお二人にも声を掛けて欲しいんですよね⁉陛下‼国機研のお二人も勿論見に行きますね⁉」

「……うむ!是非見せて貰おう。」

「分かり切っておるわ!こうしては居れん!早く案内せい!」

「ははは!全く愉快な方々だ、付き合いましょう。」

 

冷静になれとエルネスティに聡そうとする声は、怒涛の勢いで繋がれる言葉の濁流に押し流され、そのまま大衆の面前で声を掛けようとした人物達にも勝手に了解を得てしまう。

う~ん!会場がさっきとは別の意味でざわついてきたな~……予定より観覧客が増えそうだ。

 

 

新型幻晶騎士(シルエットナイト)模擬戦

 

幻晶騎士(シルエットナイト)が世に生まれ幾星霜の年月が流れ久しい、その間にも幾度も模擬戦とは行われて来た。

しかし、昨今の結晶筋肉(クリスタルティシュー)魔導兵装(シルエットアームズ)に関する技術を語るに於いてこの模擬戦ほど重要な試合は無いと言っていい。

この日に世にお披露目となった技術の大半は後世に多大な影響を残し、その殆どが現在も研究開発が続けられている。

停滞していた技術に革新を起こしたこの日の事を多くの技術者は転換日と呼び、一種の記念日と位置付けられ新たに考案した技術の発表式をこの日に行う技術者は多い。

 

フレメビィーラ王国目録 技師の章より

 



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祭り囃子の裏側で~風を切る羽根~

ウェインがエルネスティの問いに答えを示した裏側で、その機体は静かに動き出す。


ウェインの弟、カインは今までの人生に於いてこれ程緊張と言う物を肌に感じた事は無かった。

 

「本当に俺がヤンマのパイロットをやるの?」

「あぁ、ヤンマを一番上手に動かせたのはお前だからなカイン。」

 

敬愛する兄からの指名、普段であればそれは喜ばしい話だった……普段であれば。

 

「でも、その日はシャーロン家の方々に加えクヌート公爵閣下も搭乗予定だって話じゃ?」

「その通りだ、だからお前に任せたい。俺達の中で誰よりも安定した操縦技能を持つお前にな。」

 

指定されたのは彼らにとって大事にゲスト、自分たち組織の支援者の筆頭と言っていい方々であり、その運行は支援者達の日頃の感謝を示すために予定された彼等だけの催しだった。

それ故に絶対的な安全を確約できる操縦者は必要不可欠、ゲストに不安を抱かせず且つ楽しんで頂く為には相応の技量を求めらる。

その為に彼らは仲間内で素養試験を行った、最初は浮遊機動が可能な幻晶軽機(シルエットライダー)オウルで空中で制止や旋回などの技術試験、オウルには懸架式のフックが機体底部に用意されておりここに側面を態と開けた箱を用意し中に木でできた筒を置き落としたら失格となる、これに組織人員の三分の二が脱落となり残った三分の一が次に進んだ。

次の試験はトンボを模した幻晶重機(シルエットモビル)ヤンマを用いた試験、内容は試験官となる人員が先程と同じ木の筒と桶を用意、気の筒の中にはメモリが書かれておりそこに水を注ぎ離陸と同時に桶の真ん中に置く後は先程と同じ様に動かし、筒を倒しても倒れなくても水が全て零れても失格で水が残っていた量で技量を図った。

 

「諦めなさいよカイン、貴方だけよ木の筒から水を溢れさせずに操縦できたのは。」

「ウェインだってメモリ一つ分溢したんだ、それをほんの数滴分も溢れさずに通過したのはカインだけなんだ。」

「うっ!あっあれは、偶々集中力が続いたから!」

 

彼を諭す姉のクリスはヤンマの操縦試験まで進んで筒の水を溢れさせ空にして失格になっていた。

兄の右腕たるクルスも姉同様にヤンマの試験に挑むが筒を倒して失格になっている。

そして兄のウェインは流石は代表者と呼ぶべきか、他の仲間よりも遥かに静かに運用させていたがそれでも一メモリ分の水を溢している。

その上でカインは一滴分になるかならないかの分量しか溢れあせずに試験を終えており、その結果が反映されて選抜されたのだった。

 

「偶然じゃないさ、カインの集中力は元々あった実力だ、だからお前に任せたい。」

 

何よりウェインは弟の能力、特に集中力に関しては超人的と評する程かっていた、だからこそカインの実力を見せ皆を納得させたうえで彼を任命する事にしたのだ。

 

「ウェン兄さん……でも。」

「カイン!ウェン兄さんがこれだけ言っているのよ!これ以上、うじうじ言うなら怒るわよ!」

 

そんなウェインの忖度無い評価を聞いても、いまいち自信の持てないカインは尚も言い訳を重ねようとする、そんな煮え切らない弟にいい加減業を煮やしたクリスは声を若干荒げて逃げ句を遮った。

 

「まぁまぁ、本番までは少し猶予がある、その間の自信が持てるまで練習すればいい。」

「任命を受けるなら、こっちで機体の調整と時間の予定は組んでおくぞ?」

 

怒るクリスを宥めつつウェインは弟に優しくだが決定は覆らないと言外に伝え、それに便乗するようにクルスは逃げ場はない選択肢を与えられているようで実質一択だけの提案をしてくる。

 

「わっ分かった!やるよパイロット!それで良いだろ⁉だからみんなして圧迫しないで!」

 

三人から迫られたカインは遂に折れて半ば強制的にパイロットを引き受ける、それからは時間を作られては練習に駆り出されメキメキ操縦技術の精度を上げていった……そして、日は流れて当日の朝。

 

「うぅ、やっぱり緊張する……お腹痛くなってきた。」

「はい下痢止め、それとも胃薬が良い?」

 

先にウェインが出発して片方が開いた格納庫にパイロットスーツに身を包んだカインが顔を青くして椅子に腰掛けていた、その隣で下痢止めと医薬の入った薬筒を持つ礼服姿のクリスが呆れた顔で横に立つ。

出発前の機体の最終確認中の一間、コレが終われば賓客の接待ように作った客室コンテナを組み付けて出発準備は完了となる、パイロットのカインは勿論添乗員としてクリスとクルスの二人も乗り込む予定だ。

 

「最終確認終了、機体及び機能に問題なしです。」

「よし分かった、じゃあ客室コンテナの換装作業を開始してくれ。」

 

そんな二人から離れた場所で礼服姿のクルスの元に作業着姿のケンドが点検を終え問題が無かった事を伝える、それを聞き終えたクルスはケンドに最後の作業に従事するよう指令を出し彼が作業チームの人員の元に戻るのを見届けた後カイン達の元に歩み寄っていく。

 

「点検は問題なかったそうだ、客室コンテナの換装が終われば運行開始だぞ。」

「はぅ~俺なら出来る!俺なら出来る‼よし、やるぞ!」

「気負い過ぎ、いつも通りやればいいのよ?練習の時みたいに。」

 

最後の後押しのつもりでカインにケンドから聞いた過程の進行具合を報告すれば、カインも流石にウジウジ考えるのを止め自己暗示を掛けるように呟き最後にヤケクソ気味に声を張る、そんな弟の様子を見ていたクリスは呆れ半分心配半分の表情で力み過ぎなカインを諫める。

 

「ウェン兄さんの人を見る目は本物よ、それを私は予行練習の間に何度も体感した。」

 

短い間に何度か行われた予行練習、その中でクリスは弟が操縦するヤンマの搭乗時の不安感をあまり感じない快適さを常に体感していた。

 

「俺もウェインの判断は正しいと思う、お前は誰よりも丁寧で正確な操縦の腕を持っている。」

 

クルスも同様にカインの腕に信頼を置いていた、彼の操縦は練習を行う毎に精度が上がっていたからだ。

 

「それにウェインも、今の段階でクルスほどヤンマと言う機体を上手く操れる存在は居ないと言っていたしな、だからお前は素のままでも十分優れたパイロットなんだよ。」

「クルスさん……分かりました、なるべく気負いせずにやってみます。」

 

ウェインは他者への評価に私情を挟まない、客観的な視点の相手の普段の立ち振る舞いや癖などでどんな人間であるかを読み解きその人物の性質と能力を見極める目を持っていた。

そして、そんな兄が最も信頼を寄せるクルスだからこそ、その何気ない会話の中で不意に出て来る他者への純粋な評価が本物であるとカインは知っていた。

 

「お三方、全ての準備整いました!すぐに発進準備をお願いします!」

 

コンテナの換装が終わり中の機能点検も終えたケンドが、離れた所に固まっている三人を大声で呼ぶ。

 

「了解だ!さぁ、行くぞ二人とも!今日はゲストの皆様にご満足して頂ける様に持て成そう。」

「えぇ、出資して頂いた御恩を返さないと。」

「それに、ウェン兄さんの作戦の事もあるし、僕らの進退は今日で決まる。」

 

三者三様、個々に覚悟と実感を込めた凛々しい顔になって其々の持ち場に向かう、カインはコックピットへ二人はコンテナ内へ。

格納庫の天井が開きヤンマを安置させていた床がせり上がる、地上まで登りその機影が外気に晒され機体の上面にある円盤状の羽とその上下に二枚づつ取り付けられた透き通る四枚の羽が展開される。

 

「さて、魔導回転浮遊翼(シルエットフローター)機動……浮遊確認よし、次いで機動制御翼(バランサーウイング)の起動を確認……運行機能に異常なし、このまま目的に向かいます。」

 

中央の回転翼が回り出し機体が持ち上がる、そして四枚の羽の角度を調整して大気系の魔法で作り出した風を羽根に纏わせると、ヤンマはゲストの待つ目的地へ進みだした。

 

 

シャーロン伯爵家ご令嬢視点

 

私はアルトノーラ・F・シャーロン、普段は別の名を名乗っています。

 

「シャーロン家の人間として会うのは久しいなアルトノーラ、今日は長髪のウィッグを付けてきたのか?」

「はい、今日は仕事上の身分では無くシャーロン家の一員として参加させていただきます。」

 

クヌート大叔父様が何時も接しているより大分柔らかい様子で声を掛けて来られた、私の仕事の都合上長い髪は色々不都合なことが多くその為、仕事を覚え始めた時から肩より先に髪を伸ばした事は無い。

だが今日は伯爵家の令嬢としての立ち振る舞いを求められている、だから短い髪型では問題があるので頭は蒸れるが鬘を被ってきた。

 

「叔父上、お久しぶりでございます。」

「義叔父様、ご機嫌麗しく。」

「ハーキュスとスィーカか、うむお前も壮健そうで何よりだ。」

 

大叔父様と挨拶を交わしていると我が父ハーキュス・F・シャーロンが母スィーカ・シャーロンを連れて挨拶の訪れた、父とは仕事の上で毎日の様に顔を合わせているが上司と部下の関係で母とは常とはゆかずとも定期的に会っているコチラも同僚の関係で、親子として共に居るのは随分久しい。

 

「アルトノーラ、今日はやけに浮かれているねぇ?そんなにウェイン君に正体を明かすのが楽しみかい?」

「ふふ、それはそうでしょうアナタ?何せアルトノーラに取ってウェイン様は……。」

「お母さま!っ……それ以上は。」

 

表情に出ていたでしょうか?お父様に指摘されてしまいました。

その言葉に便乗する様にお母様が愉快そうに含みのある発言をしよとされます、そのセリフを言わせる訳には行かないと慌てて遮ると大叔父様と両親から生暖かい視線を寄せられてしまいます……乗せられました、まだまだ未熟です。

でも仕方ないじゃないですか、あの方ウェイン・クーランド様は私に取ってとても大事な方なのですから……ウェイン様の事は以前から知っていました、それこそ誕生された時からです。

お生まれになった時からウェイン様は特別な気配を醸し出す方でした、それもあの方の血統であれば納得してしまいますが、それから4年間は特に何も無く平穏に過ごされ健やかに育たれおいででしたね。

変わったのは五年目の途中から、ウェイン様が他国の暗部崩れの破落戸に人質にされると言う許し難い事件が起きた直ぐ後の事です。

事件自体はウェイン様のご両親が即座に対処され事無きを得ました、ですがそれまでとても物静かなで歳の割に落ち着いた方だったウェイン様は、人が変わった様に私達が使う様な技術や知識を習い始めました。

元々の能力が極めて高い方です、情熱をもって学べばその吸収力は凄まじいものでした、人の数倍多く努力され習った端から自分の物にされたウェイン様は、何時しか現役の団員と変わらぬ影人と成っていたのです。

 

「やあやあ、我々が最後ですかな?」

「あら?ごめんなさいアナタ、わたくしの歩調に合わせて歩いて下さったせいですわね。」

 

人で物思いに耽っていると、遅れて現れた祖父母のウィークス・F・シャーロンとミネバ・シャーロンが仲睦まじく手を取り合って姿を見せてくれました。

 

「いやいや、謝る必要は無いよミネバ。私が君とゆっくり語り合いながら歩きたかったんだ。」

「まぁ、アナタたら!」

 

祖父母は幾つ年月を重ねても仲がいい、お二人の間には飾らない思い遣りや譲り合いが見え隠れしていてとても微笑ましい、両親も貴族の中では夫婦仲はとても良いが祖父母と比べるとどうしても仕事の関係が抜け切れない様にも見えます。

 

「相変わらず、息子の前でも熱々です父上?見ている尻が痒くなる。」

「ふふ、私達もあそこまで歩み寄れたら思うのでけど、こう……気恥ずかしくて。」

「ふん、見せつけて気よるはウィークスの奴め。」

 

両親も同様に思っていたのでしょう。相も変らぬオシドリ夫婦の姿に羨ましい様な恥ずかしい様な何とも言えない表情で見つめています。

おばあ様の兄である大叔父様は言葉では悪態をついておられますが、体が弱く余り無理が出来なかったと言うおばあ様の幸福な姿を見て嬉しいのでしょう、目尻が下がり頬が緩んで口の両端が上がっております。

 

「おや!アルトノーラ、今日はオシャレな姿じゃないか。」

「良く似合っているわ、普段の短い髪の凛々しくて素敵だけど長い髪も艶やかで綺麗ね。」

「ありがとうございますおじい様おばあ様。」

 

お二人に身内の身分で会うのは仕事始めて久しく無い、両親とは時々ではあれ娘に戻って接する事はあっても祖父母とは余程の用事でないと会えないのだ、だから今日は私に取っても楽しみな日だった。

久々の家族の立場での集いに心が浮き立っていると、彼方の空から何かが風を切る音が聞こえてきた。

 

「丁度だったようだね……ふむ、あれが私達を持て成す為に作った機体か。」

「まったく、とんでもない物を拵えたな……彼は。」

「アレは……くはは、確かにアレの試乗権を貰えるのであれば出資した物の価値に見合うな。」

「流石はあの二人の子供……やる事が規格外ですね。」

「あらあら、面白そうな物を用意してくださいまして。」

「……ウェイン様、流石です。」

 

コチラに向かって飛んでくる巨大な機械仕掛けのトンボに姿を見た皆さまが思い思い反応を示されます、かくいう私も詳しくは知らずに今日初めて実物が稼働しているの見て驚いている程です。

その巨大トンボが私達から離れた所に描かれた円の中にHと書かれた地上絵に着地すると、胴体の上半分がせり上がり下半分に格納されていた箱の様な部分が露出し、後部が倒れる様に開いて中からもう一つ扉の付いた箱が出てきました。

箱の中に納まった箱の扉が開き仮面を着けた礼服姿の男女が二人出てきてコチラに向かって一礼し向かってきました。

 

「お待たせしました。シャーロン伯爵家の皆様、クヌート・ディクスゴード公爵閣下様。」

「わたくし共が幻晶重機(シルエットモビル)ヤンマの初試乗への案内を務めさせていただきます。」

 

直ぐ傍まで歩み寄ると再び深く一礼して顔を上げ大き過ぎないだけどハッキリと聞き取れる声でそう宣言する。

 

「ふむ、アレは幻晶重機(シルエットモビル)ヤンマと言うのか、初試乗と言う事は君たち関係者以外では私達が初の乗客と言う事かな?」

「その通りでございます。代表がその位の唯一性が無ければ本日に至るまでのご支援にお答えする事は出来ないと判断いたしました。」

「うむ、彼らしい発想だなウィークス、新型機の初試乗体験を支援の見返りにする当たり商人の性格が出ている。」

 

おじい様が巨大トンボを見つめながら仮面の男性に質問を投げれば、彼はその問い掛けの意味を肯定しウェイン様の判断だと続ける。

それを聞いていた大叔父様は、彼の育った環境や教育方針などから粗方の素性は知っている為、ある程度の彼への理解を持ってウェイン様らしいと愉快そうにおっしゃられた。

 

「では早速、中に案内させていただきます。」

「客室の入り口まで先導いたします。」

 

二人は三度目の軽い会釈をしてからゆっくりとした歩調でヤンマと呼んだ機体の客室の前まで、私達を引き連れて歩き扉の前で横に控えて会釈をしたまま立ち止まった。

 

「私達から先に入ろうか、義弟達よ。」

「はい、では失礼させて貰おうかミネバ。」

「えぇ、お邪魔します。」

「次は私達だねスィーカ。」

「ふふ、それでは参りましょうかアナタ。」

「どうぞ、ごゆるりと。」

「中の座席は好きな所へお座りください。」

 

まず最初に大叔父様と祖父母が客室の中へ入り、次に両親が入室していき最後に私が残り妙な緊張感が流れる。

 

「……どうぞ、中へ。」

「はい、あの……。」

「私共とお嬢様は今日が初対面でございます。似た顔をした人は知っておりますが、その人物と貴女は別人でしょう。」

 

男性が戸惑いながらも適切に対応しようとしてつい間誤付いた言葉遣いになってしまい、私も彼らに何らかの説明をしようと声をだすと、さきに女性の方が私の発言を掻き消し身の上話はここでは無しと伝えてきた。

 

「……それでは、お邪魔いたします。」

「えぇ、席に着かれたら直に出発したします。」

 

何といえない気まずい空気の中、意を決して私は中へ入り手近な開いた席に腰を下ろした。

 

「皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます。当機はこれより王都の闘技場近くまでのフライトを予定しております。」

「出発に際しまして、幾つかの注意事項を伝えさせていただきます。当機は離陸時と着陸時に大きく揺れますのでその際は席に備えられた安全帯で体を固定してお荷物はお座席の横にあります箱の中へ入れて下さい。また飛行中は途中で降りる事は出来ないのでご気分が悪くなった際はお薬を処方させて頂きますので必ず私達をお呼びください。また飲食物はこちらで用意した物以外は持ち込まない様にお願いします。以上の事をご理解くださいませ。」

「ふむ、これか……これでいいかな?」

 

彼等の注意喚起を聞いていたおじい様が座席の脇に備えらたベルトの先端を持つと固定具に嵌め込んだ。

 

「はい、その様にして体を確り座席に固定し此方が良いと言うまで外さないようお願いします。」

「あぁ、皆もこの様にすれば良いようだから、早く締めてしまいなさい。」

 

それで正しいと返答されたおじいさまの号令で私達はベルトを締めて体を固定し終える荷物を座席の横の箱に収納する、彼等も私達に向き合う様に取り消られた座席に座りベルトを締める。

 

「機長、離陸準備完了しました。」

「了解です。これより当機は離陸いたします、離陸の際は強く揺れますので安全帯の固定の確認を必ずお願いします。」

 

仮面の彼女が機長と呼ばれたパイロットに通信で全員が離陸準備を終えた事を告げると、機長からも再度注意を呼びかけられ私達はベルトが固定されている事をもう一度確認した。

 

「確認の出来ましたでしょうか?では、幻晶重機(シルエットモビル)ヤンマ只今より離陸いたします。」

 

最後の確認を終えたかどうかの問いかけで特に問題が無いと判断した機長は、離陸する事を告げてからアナウンスを終えた。

そして、大きな回転音と共に揺れ始め体に浮遊感を感じて、離陸が始まった事を実感した数分の後揺れは収まった。

 

「皆様お手数をお掛けしました。ヤンマの離陸が完了しましたので、どうぞ安全帯の固定を外し景色を眺めるなど思い思いにお過ごしください。当機はこれより王都・闘技場付近まで飛行を予定しております。」

「お疲れさまでした、直ぐにお飲み物と軽食をご用意いたします。」

 

機長からの離陸完了の知らせとベルトを外す許可を出し、いち早くベルトを外した仮面の二人が会釈をしてからそう告げると間仕切りの奥へ入り一口サイズのサンドウィッチと銀製のグラスと果実水の入った水差しを持って出て来ると、私達一人一人にグラスを渡し水差しから果実水を注ぎ入れていく。

注がれた果実水で喉を潤しながら私は彼を思う、闘技場で待つ彼が私を見たらどう反応してくれるだろうと心を浮き立たせて。

 

 

SPKS-SL02オウル

幻晶軽機(シルエットライダー)の二番目に作られた浮遊型の機体。

その機体の駆動部を除く胴体等の大部分を最初の機体であるSPKS-SL01パンサーと共有している為、駆動部以外でなら他の幻晶軽機(シルエットライダー)のパーツから流用可能であり整備は良好。

また浮遊機である為、高所での活動にも対応できる事から配達業者などにも受けが良く、工事現場では高所作業の多い現場でも利用されている。

SPKS-SM02ヤンマの操縦機としても認識されおり、ヤンマ乗りの間ではオウルの操縦技術を競う競技が盛んに行われている。

オウルも他の幻晶軽機(シルエットライダー)同様、人間社会の中で多くの場面で活躍している。

 



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祭囃子は続く~お出迎えの前準備~

「まだですか?まだですか?そのもう一つの幻晶重機(シルエットモビル)の見れる場所は?」

「まだ少し先です、それと目的地に着いても向こうの到着を持たなければなりませんので悪しからず。」

 

闘技場を出てから燥ぎに燥ぎ続けているエルネスティ、とは言え闘技場の外に出てからそんなに経ってない筈なんだが。

 

「やれやれ、少し落ち着かんかエルネスティ、まだ外に出てそう離れておらんだろう。」

「おや国王陛下、気にならないのですか?あのホッパーですか?あの機体の素晴らしさを体感しておいて他にもあると言われれば気にならずにはいられないでしょう⁉」

 

落ち着きのないエルネスティを見かねて国王陛下が窘めて下さる、だがそこで素直に言う事を聞く様な人間ならここまでの成果は出せんわな。

いや、本当に恐れ知らずな性格をしてらっしゃる……頼もしいぜ。

 

「いやいやしかし‼待ち遠しいですな‼あれ程の成果を見せておきながらまだ仕掛けてくるとは⁉」

「貴方も少し冷静になったら如何ですか?」

 

ガイスカ翁も同族でありましたか、隣を歩くターバンを巻く見た目はお若い男性……う~ん、見た目は確かに若いだが纏う雰囲気と言うか放つ気配が見た目の年齢にそぐわない、もっと言えばこの中で一番年齢は上である様にすら覚える。

しかしまぁ……多いな、後ろから付いて来る群衆の人数、声を掛けるタイミングを考えておくべきだったか?

一応、見物人が現れる事を予期して整理要員は配備しているが……足りるかな?

 

「国王陛下、こうまで見物人が増えると警備要員に少々不安が……。」

「うん、クウザよそなたの懸案も最も、案ずるな会場を出る前に先触れは出した。」

 

流石は陛下です。先々の事を読んで先手を打たれおられる、俺も見習いたいねぇ~。

訓練をしてある程度の技術を身に付けていたつもりだったんだが、まだまだ精進が足りてない証拠か……。

 

「一度、先生の下で鍛え直して頂こうか……。」

「なんだ、十分実力は有ると思うが、そなたは精進深いのだな?」

 

はっ!しまった、つい心の声が!とっ兎に角、何か返答せねば!

 

「いえ、私などまだまだ……先生に鍛えて頂いて多少は技術も身に付けましたが、実戦で通用するか分からぬ若輩です。」

「ふむ、そなたは確かに実践に出て日が浅い、だが場数を踏めば大成するのは儂でもわかる。」

 

恐れ多くも尊き方からの労いのお言葉は身に染みる、身に余り過ぎる厚遇を頂いてしまった!いや待て、冷静になれ俺、陛下が身分不詳の上に卑屈を拗らせた俺に思う所があってのお言葉かも知れん……それでは気を使わせてしまった⁉それでも叱るでのはなく、真意を隠し相手を立てた上で諭されるこれが国家を背負う者の器量!

 

「未熟な手前を気遣ってのお言葉、努々忘れず今後の人生の教訓とさせて頂きます。」

「おぬし?……いや、もう好きに捉えるがよい。」

 

あれ?今度は呆れられた?何だろう、この何とも言えない微妙な空気……ふむ、気を急ぎ過ぎて冷静さを失っていたか反省だな。

 

「っと、見えてきましたよエルネスティ殿。」

「オオ⁉……あの、天幕が幾つか並んでるだけの様に見えますが⁉」

「もう一機の幻晶重機(シルエットモビル)とやらはどこにあるのだ⁉」

 

到着予定の待合場所が見えてきたのでずっと興奮状態にあるエルネスティに知らせるが、視線の先にはテントが四つ等間隔に並べられた風景のみ、着いて行けば即座に見られると思っていた昂ぶった好奇心の向けどころを失ったメカバカ二人がすごい勢いで詰め寄ってきた、別にすぐさま見られるとは言ってないんだけどなぁ~。

 

「私は、一言もその場に在るとは言ってませんよ?」

「あっ……。」

「そう言えば……。」

 

おや?お二人揃って固まってらっしゃる。

まぁ、あのままのテンションでずっと居られてもこっちが疲れるだけだったし、ここいらで空気の入れ替えをしとかないとな。

 

「兎も角、今は天幕の元まで行きますよお二人とも。」

「はい……。」

「うむ、分かった……。」

「はははは……あの状態のガイスカ工房長を一言で静かにさせるとは、クウザ殿も中々に言葉回しが上手い。」

「よく説明を聞かんからこうなるのだぞエルネスティ、しかし話術もあやつ等譲りの腕前か……。」

 

まるで楽しみにしていたご馳走を前にお預けを喰らった子供の様に降下していく二人の情緒、心なしか後ろから付いて来る集団の足も若干鈍った様に感じるな。

そうしてようやく静かになった移動も終わり、一番近くに張ったテントに近づくと中から侍女服姿に人員が外に出てこちらに近づて来る。

 

「皆様お待ちしておりました……代表、王太子殿下が先にご到着され中で控えられております。」

 

俺が案内して来た招待客に会釈をしてから、俺の耳内に招待状を渡して欲しいとクヌート公にお願いしていたお方が先に到着していると伝えらた。

 

「分かった……ご挨拶にお伺いする、王家の方への接客ご苦労だった。お連れした招待客様への接待を引き続き頼む。」

 

王太子殿下、来てくださったか……来訪して頂けるかいまいち自信が無く不安ではあったが、訪れていただけとのならば主催者として御礼のご挨拶に向かわねば。

 

「承知しております。皆様、ここからは私が案内役を承ります。」

「私はここ迄で一旦別行動を取らせていただきます。皆様には、ご理解いただきたく。」

「うむあい分かった、クウザよここ迄の案内ご苦労であった。」

 

現状確認と報告を聞き後の指示を出すと、その場で身を翻し会釈をして迎えに来た人員に案内役を交代する。

 

「リオタムス王太子殿下、クヌート公爵閣下よりの紹介を受けましたクウザと名乗ります者でございます。お目通りを願えますでしょうか?」

「うむ、おぬしがクヌート公が言っておられた男か、許す中に入って参れ。」

 

案内役から外れた俺は足早に此方から見て一番手前のテントの直前で止まり、中に居られるであろう御方に顔を合わせるお許しを請うと、聡明な品格を思わせるお言葉を返して頂けた。

 

「はっ!お許しいただきありがとうございます、失礼いたします。」

 

許しを得てテントの中へ入り真っ先に一礼してから、ヘルメットシールドを上げて仮面を外した後ヘルメットそのものを脱ぐ、外に見張りが居る事を予め認識している、つまり今はテントの中に居るのはリオタムス王太子殿下と俺の二人だけだ。

 

やはり似ているな、あの方に……良くぞ参った、その顔がそなたの本来の姿か。」

「はっはい!本当の名はウェイン・クーランドと申します。」

 

最初に小声で何かを囁かれておいでだったが良く聞こえなかった、僅かな間をおいてから俺の素顔を見て何やら感慨深い雰囲気を醸されておられる、何か殿下から例えるなら親族に向けるような親し気な視線を向けられている。

なぜ尊き御方からその様な視線を送られるのか、俺には皆目見当も……いや、薄っすら隠された事実的なモノの気配は感じていた、だがアレは俺の憶測の域を出ない案件な訳で……。

 

「リオタムスよ、クウザとの顔合わせは終わったか?そろそろ中に入りたいのだが?」

「父上?少々お待ちください……どうぞ、お入りください。」

 

王太子殿下との面会の時間が少し長かったらしい、国王陛下の声掛けで俺としては長い思案の中から現実に引きも出され、慌ててヘルメットと仮面を被りなおしたのを確認してから国王陛下に返答された。

 

「リオタムス、そなたも呼ばれておったのか。」

「はい父上、先に紅茶と茶菓子をいただいておりました、中々美味ですよ。」

 

まず最初に国王陛下が入って来られ王太子殿下と軽い雑談を交わされる、王太子殿下の座る机の前にティーカップとお茶請けが載せられた小皿がある、こちらで用意した茶葉とそれに合うお茶請けは王太子殿下のお口に合った様でホッとすると共にお気に召して頂けた光栄に浸る。

 

「ふむ、そなたが褒める程か、ならば儂もいただこうか。」

「では私もご相伴に預かりましょう。」

「直ぐにご用意します。椅子にお掛けになってお待ちください。」

 

王太子殿下のありがたきお言葉をしみじみ心で滲ませていると、国王陛下も紅茶とお茶請けをご所望されターバンの男性も求められた、お二人の後に続いてテントの中で控えていた侍女服の部下が受け応え外に出て行く。

 

「国王陛下と国機研の……?」

「これは失礼、名乗るのを忘れていました。国立機操開発研究工房で所長を任せられております、オルヴァ―・ブロムダールと申します。」

 

バンダナの男性は国機研の最高責任者である所長であられましたか、ガイスカ翁の対応から察するに彼よりう前の立場の人間であるとは推察していたがこの方が。

 

「これはどうもご丁寧に、それでエルネスティ殿とガイスカ翁は一緒では?」

「あの二人なら外で待つと言っておった、此方に向かっていると言うそなたの取って置きを見逃したくないのだろうて。」

「クウザ殿が天蓋に向かわれてから、息を吹き返したように猛り出しましてね。」

 

冷静さが持たなかったか……しかし、向こうが今どの地点に居るかは気になるな確かめてみるか。

 

「国王陛下並びに王太子殿下、しばしお暇を頂けますでしょうか。」

「そなたも多忙だな、良い好きに致せ。」

 

外に出る前に国王陛下にお傍を離れるお伺いを立てなければと願い出れば、かの方は快く俺の願い出を受け入れて頂けた。

 

「ありがとうございます。皆様はそのままお寛ぎください。」

 

認を得られたお礼と一緒に一礼してから、俺はテントの外へ出て横に並ぶ後の三つを注視する。

 

「管制通信用の天幕は……奥から二番目か。」

 

テントの外に掛けられた目印の看板を頼りに目的のテントを見つけてそちらへ向かう。

 

「失礼するぞ、皆ご苦労だなあっちはどの辺りまで来てる?」

「代表、さっき通信がありましたよ、もう直ぐそこまで来ているそうです。」

 

テントの中には管制官と通信士が詰めており、俺に気が付いた通信士が近況を伝えて来る。

 

「そろそろか……おっ!音が聞こえてたな、お出迎えしてくる。」

「はい、いってらっしゃい。」

 

テントの中に居ても聞こえてくる風を切る駆動音、ゲストを乗せたヤンマがこっちに向かって来ていると認識するのに十分な確証だ、それであれば出迎える為にヘリポートへ向かおうと外へ出て行く。

 

クウザさん!あの音はまさか!

もう一つの機体とはまさか……!

 

テントの外に出れば詰め寄ってくるのは当然機械バカ二人組、多少時間に余裕はあるが余り間は取られたくないし、仕方ない連れて行くか……。

 

「これからゲストの方々をお出迎えに向かいますが、静かにしていてくれるなら同行を許しますよ。」

本当ですか⁉分かりました、同行させていただける間は静かにしています!

「ゲスト?……いや、それよりも着いて行っても良いのだな⁉嘘では無いな⁉

 

この二人が静かにしてくれるか不安でしかないがここでダメだと言ってごねられてもて困る、ならいっそ口約束だけでもしておいて連れて行く方が得策かと考えたが、今この時点の二人の反応を見ると時期尚早ではないかと思い浮かばずにはいられない。

 

「えぇ本当です。正し、今の様に声を上げられ大きく張り出されるなどした場合は、即座に引き返して頂きますが。」

「うっ!……分かりました。」

「うっうむ、了解した。」

 

しつこい位に釘を刺し度々意識を戻して静かにしていて貰わなければ、これから迎えに行くゲストは俺達にとってとても大切なお客様な訳だから。

 

「では行きますよ、出迎えが後から来るなど有ってはならない事ですから。」

「はっはい!」

「うむ……ゲストとは一体?」

 

まだ向こうは到着していないのだが、先に行って待っている方が好印象に繋がり易い、これまで厚遇をして頂いた支援者様であられます皆様に失礼が有ってはいけないのだ、だが迎えに行く前に一番外側のテントを覗き込む。

 

「代表、もうお出迎えに?俺達は何時頃向かえばよろしいですか?」

 

中では整備員達が詰めて居るのだが、その中で今回の整備責任者に任命したケンドが俺に気が付いて、入り口まで近づいてこれからの予定を聞いて来る。

 

「先に行ってお待ちする。此方の用事が済ませれば直ぐに呼ぶ、準備だけはしていてくれ。」

「了解、お気を付けて。」

 

俺は先に自分の予定を伝え後の指示を言い渡し到着予定位置を目指し歩き出すと、ケンドが俺達を見送る為にテントを出て頭を下げる。

今だ音だけが存在を示し続けるヤンマ、ゲストの皆様をお乗せしたあの機体はこの場には到着せず少し距離を置いた開けた場所に到着する、この場に直接現れたら風圧でテントが飛ばされ兼ねないし集まった見物人達に危険が無いとも言えない、安全面を考慮するなら待機場所と到着地点はずらすの一番良い。

さてゲストがご到着されたら後ろの二人の事をどう説明しようか、付き添い人と言うには立場が微妙……見学人と呼べば言い訳は立つが……。

そんな事を考えながら俺は後ろにしおらしく大人しくなった二人を連れ、ゲストをお出迎えする上でどう説明しようか頭を巡らせ始めるのだった。

 

 

SPKS-SM02ヤンマ

 

幻晶重機(シルエットモビル)の二番目に制作されたジャイロ機と呼ばれる機体。

その姿は大型のトンボを模して作られた、コックピットと貨物または客室用に作られたコンテナを換装する機構と本機の要である機体を浮かせる魔導回転浮遊翼(シルエットフローター)と姿勢制御と推進翼を担う機動制御翼(バランサ―ウイング)を持つ胴体部、板状結晶筋肉(クリスタルプレート)を四角形に斬り出し四枚重ねて鋳造したバッテリーキューブと呼称される物をを六個格納して飛行時のエネルギーの供給を行う後尾部で構成されている。

SPKS=SM01ホッパーとは構造上、使用部品は多くは共有できていないのだが最低限の起動に必要とされる部品に関しては共通している、その為応急修理程度であれば可能であり保有している組織はそれ程多くは無いが民間使用機が存在している。

また制空権の確保と防衛の為に多くの機体が軍用機として現在も主力兵器の一つとして使われ続けており、長年の運用実績からの信頼と愛着は多くのパイロットの支持を受けている。

人が活動可能領域を空に広げて数年が経った現在に置いて、制空権の保護は国土防衛の重要案件として常に議論されて来たが、その度にヤンマの重要性は認識され続けてきた。

この世界の大空はこの機体によって守られ、その姿は空への憧れ持つ人々の羨望の的となっている。

 



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