ぐんし と りゅうおう (悪手を具現化して人にしました。)
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プロローグ

––––竜王 一日目で劣勢か––––

今年度の竜王戦は予選から波乱の幕開けとなっていた。挑戦者有力とされた神鍋歩七段、そして大本命で永世七冠達成かと注目された名人でさえ竜王に挑めなかった。その二人を阻んだ棋士こそ、今年度の竜王挑戦者––––高月孔明アマである。その高月アマは、竜王戦七番勝負でもいきなり魅せてくれた。

 

アマチュアの参加が認められているタイトル棋戦は、現状竜王戦と盤王戦のみ。過去、アマチュアが決勝トーナメントに進むことすらなかった竜王戦を勝ち抜き見事挑戦者となったのが高月アマだ。ちなみに、予選では勢いのある若手から実績の豊富な往年の棋士まで、幅広い層のプロを破っている。決勝トーナメントでは若手の最有力候補こと神鍋七段を破り注目を一気に集めると、挑戦者決定三番勝負で名人を二勝一敗で破った。

 

彼はもともと、中学二年生で奨励会三段という天才として関西では名の知れた棋士だったそうだ。プロ入りも時間の問題とさえ言われ、奨励会三段リーグという舞台でもその実力を遺憾なく発揮していたという。しかし、彼はプロ入りすることなく突如退会。そして、高校生になった今アマチュアとして竜王戦の舞台に上がってきた。

 

高月孔明アマはアマチュア七段。アマチュア名人・竜王の称号を持ち、居飛車振り飛車問わず柔軟な棋風で対応できる。

彼の恐ろしいところはその読みの深さ。予選の棋譜を解析したところ、最新ソフトの最善手を指す確率が八割を超えていた。これはトッププロの棋士ですら不可能な数値になる。すでにプロの編入試験の資格を持っているにも関わらず、竜王戦が終わるまではということで受験していない。竜王戦が終わればプロ入りを目指すのだろうか。

 

 

竜王戦第一局は竜王が初日の最終的な評価値-3000という形で折り返した。立会人、記録係、大判解説者ですら彼の強さに驚愕を隠せない様子だった。九頭竜八一竜王も将棋界でも指折りの天才として注目されているが、高月アマはその比じゃない。戦型は角換わり。竜王の腰掛銀に対して挑戦者も腰掛け銀模様となった。通常、-3000なら投了してもおかしくない数値だが、竜王は粘りを見せ一時-5000まで開いた差を戻してきた。

手を封じた後、九頭竜竜王はひたいに汗をにじませ盤上を眺めていた。一方の高月アマは早々に部屋に戻っている。

 

高月アマの指し手は二日制の対局としては早が正確さは健在。竜王もそのペースに乗せられたように焦って指してしまっていた。

 

以後、対局前の両対局者によるコメントである。

 

高月アマ「竜王とは奨励会時代から関わった仲なのですが、このような舞台で戦えることに喜びを感じています。竜王の挑戦者として恥じないような将棋を指したいと思います」

九頭竜竜王「対局が決まってから予選での高月アマの棋譜を拝見しました。定まった棋風を持たれない方なので研究しにくかったですね。序盤は最善手しか指さないですので、差が開かないよう気をつけながら自分の得意な形にしていければなと思います」

 

対局は明日の9時から再開する。初戦をどちらが制するのか、目が離せない。

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 彼––––高月孔明が俺と初めて対局したのは奨励会の三段リーグのとき。

 

 同い年の孔明と俺は、その時のリーグ内でも強い方にいた。少なくとも、降格というのはないと言われるほどには。

 

 当時、居飛車一本の俺に対し孔明は相手相手で戦術を変えていた。しかも、それで勝てていたのだから恐ろしい。

 

 奨励会は天才の中の天才が集まる場所。その中でも才能も研究量も群を抜いていたと思う。

 

 

「高月三段…が…退会した?」

 

 

 孔明の退会はプロも驚愕するほどの出来事だった。奨励会員なのにも関わらず特集が組まれたほどに。

 

 当然、俺も驚きを隠せなかった。俺より先にプロになると思っていたし、何より退会する理由が見当たらない。ライバルが減ったと言うのは嬉しさ半分、寂しさ半分。圧倒的に負け越していたので悔しさもあった。

 

 ライバルをなくした俺だが、それで棋力が下がるようではプロにはなれない。安定した指し手で俺は勝利を重ね時には負けもした。

 

 そして、しばらくして。師匠の家に孔明が来るようになった。理由はわからない。でも、師匠は嫌な顔ひとつしていなかった。

 

 師匠の研究に協力したり、桂香さんにご飯をごちそうになったり、姉弟子に将棋を教えたり、俺と練習対局したり。一門全員との関わりができた。

 

 そんなある日、俺は勇気を出して聞いてみた。「なぜ、奨励会を辞めたのか」と。

 

 その答えはすぐに返ってきた。

 

 

「え? 奨励会を辞めた理由? 俺にはプロの舞台は相応しく無いと思った。どんなに実力があっても、どんなに才能があっても、俺の場所はあそこじゃない気がしたんだ。それだけ」

 

 

 後悔のない言葉は、それ以上の追求を寄せ付けないという感情も含んでいた。

 

 「そうか」と軽く返事を返したが、それ以降俺の中にその言葉は残り続けている。

 

 その後、プロになり師匠の家を離れた俺だが孔明との個人的な関係は続いた。プロとアマチュアではなく、友人として。師匠も研究を手伝ってもらうことがあると言っていたので一門との縁は未だ健在らしい。

 

 奨励会員のアマチュア復帰規定をクリアし、アマチュア棋士となった孔明はアマチュア竜王・名人の二冠を達成し俺は竜王になった。

 

 このとき、俺と孔明が竜王のタイトルを奪い合うことになるなど思うわけもない。




こんにちは。悪手を具現化して人にしました。と申します。

なんだか書きたくなったので書いてみました。ゆっくりとした進行ですがお付き合いいただければ幸いです。


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初手(7六歩)

サブタイトルはとある棋戦のとある棋譜を使いたいと思います。


「はぁ…」

 

 

 将棋会館から家までの帰路、俺は大きくため息を付いた。

 

 竜王に就位してから、俺は絶不調の真っ只中にいる。

 

 今日も研究会に顔を出してみたものの、特にこれと言った収穫や手応えは無かった。

 

 勝率三割の竜王という前代未聞の弱さでタイトルホルダーの俺は、その御蔭でネットではとりあえず「クズ」と言われている。九頭竜という名前をこれでもかと利用されて。

 

 負ければ悔しいのは竜王になる前もなってからも同じだし、やっていることも変わっていない。だが、()()()()()()()()()()()()気がしてならない。

 

 友情? 努力? 勝利? 違う違う。これはジャ○プの三大原則。

 

 何はともあれ、竜王に恥じない将棋を指さないといけないという使命感が俺の中に芽生えていた。

 

 

「ただいま」

 

 

 誰もいないアパートの一室に帰り、電気をつけ、リビングで大きく横になる。一人暮らしなので誰にも邪魔されない時間だ。

 

 家の中にあるものは生活するのに最小限のものと、将棋盤とかパソコン––––研究用に使う––––とかそのくらい。

 

 

「盤の手入れしないと…よいしょっと」

 

 

 棚にしまった七寸盤を取り出し、柔らかい布でホコリを落としていく。

 

 盤は生き物だ。もともと数百年の木を切り出し、何十年も乾燥させて出来た盤は色や状態が少しずつ変化していく。

 

 俺の盤は天地柾の最高級品。榧で出来ていて多少壊れても治せるという優れもの。

 

 

「ね…眠い…」

 

 

 まだ夕方にもなっていないのにウトウトとした俺はうっかり寝落ちしてしまった。

 

 盤を片す前にその場に横になり、意識を落とした。

 

 気づけば外は暗くなり、腹も空いていた。それ以上に、部屋の中に客が来ていたことには驚いた。

 

 その来客はタブレットでネット将棋を指していて、画面から目を離さず俺に言った。

 

 

「八一、起きたか。久しぶりだな」

 

 

 俺の家に無言で上がり込んで将棋を指す人間なんてこの世に二人しか心当たりがない。一人は姉弟子––––空銀子女流二冠。そしてもう一人––––

 

 

「勝手に上がり込んで将棋を指すとはいい度胸だな。孔明」

 

 

 高月孔明。アマチュア竜王・名人にして、アマチュアにも関わらず「軍師」という二つ名を持つ元奨励会員。ちなみに、俺と同級生で退会してから1年以上が立っているのでアマチュア復帰規定によりアマチュア棋士として将棋を指している。

 

 

「まあ良いじゃないか。絶不調の竜王の様子を見に来たんだよ」

 

「このプロに対しての遠慮のなさ…本当にお前は元奨励会員なのか?」

 

「友人として来てるんだし、プロもアマも関係ない!」

 

 

 こいつの発言に効果音をつけるのであれば、”バーン!”が一番似合うな。ドヤ顔で胸張って言えるようなことじゃないわ。

 

 孔明の棋力はアマチュア七段でアマチュア最高クラス。だが、それはアマチュアの段位の限界であって本当の棋力の基準ではない。

 

 レート換算だとR1800くらだろうな。ちなみに、プロのレートが大体1500〜1800なのでトッププロ並みに強いことになる。

 

 

「じゃあ、指そうぜ。()()()()()

 

 

 孔明の声に覇気がこもった。ネット将棋はすぐに詰ませたらしい。

 

 俺を「九頭竜竜王」と呼ぶとき、それは本気である証拠。

 

 ゾーン、またはフローと言われる精神状態に自由に入れる孔明はON・OFFの切り替えがはっきりしている。

 

 

「良いだろう。スランプ中とは言え、そう簡単に勝てると思うなよ」

 

 

 ゆっくりと体を起こし、俺は上座に腰掛けた。

 

 将棋の場においてプロとアマの間には絶対的な上下関係が存在する。プロ、特に最高位のタイトルホルダーである俺はほぼ全ての対局で上座に座り、王将を使う。

 

 王将、左の金将、右の金将、左の銀将と左右対称に上座・下座で交互に並べていく。コマの並べたかには主に大橋流と伊藤流が存在し、プロでは大橋流が主流になる。俺の並べ方も大橋流だ。

 

 次に振り駒。歩を5枚用いて先手後手を決める。今回は、俺が振って()が5枚(大凶と言われる)なので孔明の先手になった。

 

 

「「宜しくおねがいします」」

 

 

 互いに頭を下げて孔明がゆっくりと飛車先を伸ばす。()()()居飛車らしい。

 

 現代将棋で先手は一歩攻めが早いので有利とされているが、孔明と戦うときは後手の方が有利な気がしている。戦型を知ることが出来るから。

 

 俺も答えるように飛車先を伸ばす。このままだと相掛かりになりそうだ。相掛かりは江戸時代から続く飛車先の歩を交換して始まる戦法。俺が最も得意としている形の一つになる。

 

 相掛かりはコンピューター的にも最善策のようで、コンピューター同士の対局だと相掛かり模様になることが多い。そのあと、腰掛銀、極限早繰り銀など応用系は様々。また、玉の囲い方にも中住まいや中原囲いなど種類が豊富にある。

 

 

 

 

 結果から言うと、得意の相掛かりになったものの俺の惨敗だった。

 

 序盤から攻め手が掴めず終盤まで受けに回りきっていた。プロ相手に圧巻の指し回しはさすがとしか言えない。

 

 

 

 

「弱くなったな…奨励会時代の方が強かったかも知れないぞ?」

 

 

 孔明の指摘にダメージを受ける。でも、納得してしまう自分もいた。

 

 

「孔明はどの辺が駄目だと思う?」

 

「駄目なところ…は全部だな。プロと指している感覚がなかった」

 

 

 プロと指している感覚。俺には分からないが孔明にははっきりと分かるのだろう。アマチュア、奨励会、そしてプロ棋戦にも参加している孔明だからこその感覚なのかも知れない。

 

 

「竜王だからとか、プロだからとか考えてるんだろ? あの名人だろうが、負け知らずの若手だろうが負けるときは負ける。良し悪しより先に気にすることがあるんじゃないか?」

 

「先に考えること…?」

 

「それは他人が教えることじゃない。少なくとも、次の竜王戦までには見つけないと確実に失冠するぞ」

 

 

 失冠。すなわち竜王のタイトルを奪われ、九頭竜八一八段になるということだ。

 

 タイトルホルダーは年一回のタイトル戦を必ず戦うことになる。負ければ失冠、勝てば防衛。毎年命を削るような勝負をしなくてはいけない。

 

 俺だけじゃないすべてのタイトルホルダーが思っていることだろうが、タイトルとは名誉だ。それを失いたいと思う棋士はいない。

 

 

「ゆっくり考えろ。すぐに出るような答えなら、お前はとっくに見つけている」

 

 

 駒を静かに片し、孔明は早々に部屋を後にした。

 

 部屋に残されたのは虚無感。そして、ほんの少しの絶望。

 

 頭の中では浮かぶものの、俺はこの現実を直視しきれていなかったかもしれない。

 

 孔明の言う通り、このままでは確実に失冠する。それ以上に、勝率が落ちてタイトルホルダーなのに順位戦で降級点が付くってこともあり得る。

 

 

「寝よう…」

 

 

 時計を見れば日付が変わっている時間になっていた。

 

 頭はもう回らない。考えもまとまらない。このときの俺には休むしか選択肢がなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『八一の調子はどうや?』

 

「予想以上に抱え込んでますね。独り立ちしたので仕方のないことですが、理解者がいないというのは大きいと思います」

 

 

 八一の家を出たあと、俺は先生––––清滝九段に電話をしていた。

 

 俺が八一の家に来たのはこの人のお願いがあったからに他ならない。「スランプ気味のようだ」という連絡を受け、わざわざ関西まで下って来た。

 

 この調子だと1週間くらい家をあけることになるかも知れない。しばらくは先生の家に居候させてもらおう。

 

 

「八一に必要なのはキッカケです。こればっかりはアマチュアの俺にはどうすることもできません」

 

『そうか…孔明くんで無理なら何か別の方法を探すしかないか…』

 

「八一もプロです。彼なりに見つけるでしょう。今の壁を超えたら、八一は一層成長できます。信じましょう」

 

『信じるしかないか。おおきにな孔明くん。今日はうちに泊まると良い。待ってるよ』

 

「ありがとうございます。では、お邪魔させていただきます」

 

 

 

 先生の優しさに感動しながら電話を切る。

 

 きっと桂香さんも起きているんだろう。八一、思われてるな。

 

 

「はぁ…俺も強くならんとな」

 

 

 若干先生の関西弁が移りながらも小さく呟く。

 

 先生の家までタクシーで移動し、ありがたく泊めさせてもらうことになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こ、孔明さん!?」

 

 

 目覚ましは銀子ちゃんの声だった。

 

 

「ああ、銀子ちゃん。おはよう」

 

 

 驚く銀子ちゃんに構わず寝ぼけながらも挨拶をする。

 

 

「お、おはようございます。どうしてここにいるんですか?」

 

「え? 昨日八一の家に行ってて、夜遅くになったから先生に泊めてもらったの。しばらく居候させてもらうからよろしくね」

 

「よ、宜しくおねがいします」

 

 

 銀子ちゃんは今日も制服か。そんな学生服に固執しなくて良いのに。可愛いけど私服は殆ど見たことがない。

 

 寝起きのたるんだ顔を叩き、居間に降りる。先生や桂香さんはすでに起きていて朝食の準備をしていた。

 

 

「先生、桂香さん、おはようございます」

 

「おはよう孔明くん。昨日は迷惑かけてすまんかったな」

 

「孔明くんおはよう。もうすぐ朝食だから待っててね」

 

 

 先生は座って新聞に目を通し、桂香さんは台所で朝食の用意をしている。

 

 先生の奥さんは桂香さんが生まれて間もなく亡くなったそうだ。だから、桂香さんが家事をしている。女流棋士を目指しながら、家の仕事もこなす桂香さんには本当に頭が上がらない。

 

 

「銀子ちゃん、今日暇?」

 

「暇、です」

 

「じゃあ、研究会しよっか。きっと()()()創立記念日なんでしょ?」

 

 

 創立記念日という言葉に一瞬体が反応したが、銀子ちゃんは小さく「はい」と答えた。

 

 ま、今日は土曜日なので創立記念日も何も関係なく休みなのだが、反応を見る限り銀子ちゃんは相変わらず創立記念日を口実にかなりの頻度で将棋関連のことをやっているようだ。

 

 

 朝食を終えれば俺と銀子ちゃんの1on1で研究を始める。

 

 指して、検討して、指して、検討してを繰り返し、気になった手を深く研究していく。

 

 

「奨励会員だけあって流石だね」

 

「そんな孔明さん、一回も負けてないじゃないですか」

 

「まあ、負けられないし」

 

 

 話しながらも笑顔で王手をかける。23手詰めになっているのだが、銀子ちゃんはすぐに察した。

 

 

「あっ…負けました」

 

「ありがとうございました」

 

 

 投了図からすばやく駒を並べ替えて初期配置に戻す。そこから、初手から棋譜通りに並べて気になる手や有力と思われる手を互いに言っていく。

 

 攻め方、守り方、攻めの順序。色々なところで検討が行われる。銀子ちゃんは扇子で仰ぎながら、俺は扇子を手の中で遊ばせながら検討していく。

 

 

「早繰り銀も強いけど、腰掛銀に弱いから少し考えないといけないね。コンピューターの指し手は()()()()()()()()()()()()

 

 

 銀子ちゃんの選択した早繰り銀は、最近コンピューターの影響で若手に見直されてきた戦法だ。

 

 コンピューターの影響で見直されたとは言え、しっかり研究をしないと指しこなせない難しさがある。

 

 

「っ!」

 

「名人とか、八一とか、棋帝とか、その辺の人なら出来るかも知れないけどね」

 

「孔明さんも出来ないの?」

 

「俺も出来るけどね。鵠さんが調べたらコンピューターとの指し手一致率が68%だったかな」

 

「アマチュアでは破格じゃないですか」

 

 

 銀子ちゃんの指摘に少し笑ってしまった。たしかにその通りかも知れない。

 

 コンピューターは広く浅く読んでいき少しずつ読みを深めていく。そのコンピューターの最善手は人間の感性とは別の感覚で指されるので一致率はそんなに高くならない。序盤は特に個人の好きな戦術ややりたい戦術によって評価値が大きく変わり、指しても変わってくる。

 

 

「アマチュアじゃないって言われることもあるけど、俺は強い棋士にアマもプロも関係ないと思うよ」

 

 

 そう言ってまた研究を続けた。

 

 プロだから強い、アマチュアだから弱い。そんな概念は現代のコンピューターが先導する将棋には通用しなくなってくる。実際、コンピューターと研究することでプロ棋戦で勝ち抜くアマチュアも存在する。

 

 研究会は途中で桂香さんも参加して俺が多面指しする形で進んでいった。

 

 途中、先生に『プロの指導対局みたいやな』と言われたが、女流二冠と女流棋士一歩手前の研修会員相手に指導対局って意味がわからん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果は対局数と同じ数だけ白星をもらった。




勢いで書きました。

誤字脱字などありましたら、ご報告お願いします。

ちょっと話の展開が早い気がする…


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二手目(3四歩)

 竜王戦六組予選、二回戦出場棋士が出揃った。

 若手が往年の棋士を次々に破り、コンピューター研究の成果が目立つ竜王戦6組。全体的に居飛車の割合が多く、最新型や最近の定跡が各対局で飛び交った。

 注目は5人のアマチュアで唯一2回戦に駒を進めた高月孔明アマ名人と、順位戦無敗のホープ神鍋歩夢六段。ともに二十歳以下の超若手でありながら、竜王戦6組優勝候補に挙げられている。

 二人は別の山に入っているため、対局するとなればランキング戦の決勝。そのためにはあと3回勝つ必要がある。

 

 高月アマは一局目を振り飛車で戦った。アマチュアの棋戦では常に居飛車で戦っていたため、相手の研究を外しにきた大胆な作戦だ。

 四間飛車に穴熊の形で戦い、終盤まで相手を寄せ付けない将棋を指していた。独特の指し回しはまさに人間コンピューターと言える。

 

 神鍋六段はいつも通りの居飛車。未だ順位戦負け無しの若手は竜王戦でもその実力を遺憾なく発揮し勝利した。

 18歳の年齢でB級2組、六段のホープは将来、きっとタイトル戦に現れる。そんな将来性を感じさせてくれる。

 

 二回戦では高月アマが家永四段と、神鍋六段が佐渡八段と対局する。

 

 

 

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 孔明が勝った。

 

 完勝だ。盤上では相手の優位を全く与えず、盤外では研究を上手く外した。

 

 公式戦に出た孔明は普段、俺と家で指しているときとは比べ物にならない集中力を発揮していた。

 

 プロと互角に戦えるオールラウンダー、しかも研究している定跡は俺とやっているだけでも10はある。

 

 

「やっべえ…本格的にやべえぞ…」

 

 

 俺は今、公式電での11連敗を止めたばかり。対する孔明はどんどん力をつけている。

 

 負けていられない。それが逆に自分へのプレッシャーになっていくのを感じる。

 

 棋力、盤外の心理戦の才能。どちらも今の俺より上だ。

 

 

「師匠、どうかしたんですか?」

 

 

 孔明の棋譜を熱中するように見入っていた俺に、弟子のあいが声を掛ける。

 

 あいは最近俺の弟子になった小学3年生。将棋図巧をたったの3ヶ月で解いたり、俺の得意戦法で逆に俺を追い詰めたりと類まれな棋才を持つ。

 

 将棋界ではちらほら竜王が小学生を内弟子にとったと噂が流れ始め、姉弟子には『ロリコン』呼ばわりされている。

 

 

「なんでもないよ。ちょっと知り合いの棋譜を見てただけ」

 

「師匠のお知り合いですか?」

 

「そう。アマチュアなんだけど竜王戦の予選に出てるんだ」

 

「ほよ? 竜王戦ってプロの大会じゃないんですか?」

 

「確かに竜王戦はプロの棋戦だけど、参加資格はプロ棋士だけじゃないんだ」

 

 

 竜王戦に参加する資格を持っているのは、全棋士と女流棋士4名・奨励会員1名・アマチュア5名。

 

 つまり、一応はアマチュアや女流棋士でも規定上奪取可能なタイトルになる。

 

 

「あいだって竜王戦に出れなくはないんだぞ。もっと強くなればだけど」

 

「本当ですか! 師匠とタイトル戦やってみたいです!」

 

「じゃあ、もっと強くならないとな」

 

 

 あいの頭に手を乗せ、優しく撫でる。

 

 師弟対決がタイトル戦で実現したことは今のところない。

 

 若手が強い傾向にある将棋界で、師匠になるような年齢の棋士がタイトルを持っていることすらあまり多くない上に、タイトルへの挑戦は非常に厳しい。

 

 あいなら女流タイトルは取れるかも知れないが、プロ棋士のタイトルとなれば話が変わってくる。

 

 

「師匠! 将棋、教えてください」

 

「い、今から? もう10時だし寝なきゃ駄目だろ」

 

「でも、強くなるには指さなきゃ駄目なんですよね!」

 

「ま、それはそうだけど。お互い寝ないとだめだぞ」

 

「孔明!」

 

 

 「よっ」と軽く返事をする孔明。

 

 無言で部屋に上がり込んで来やがった。

 

 

「師匠、この人がその?」

 

「君がひな鶴あいちゃんだね。こんばんは。高月孔明と言います。一応、アマチュア竜王・名人です☆」

 

「おい。何で上がり込んでるんだよ」

 

「あいちゃんにちょっとだけ用事があったからさ」

 

「私に?」

 

 

 あいが首をかしげる。

 

 

「これ、プレゼント」

 

 

 孔明があいに渡したのは薄い本。『詰将棋超手数5選』と表紙に書かれているが、そんな本は見たことがない。

 

 

「俺が自主的に作った超手数の詰将棋だ。最短211手詰め、最長が583手詰めだったはず。あいちゃんが将棋図巧解いたって先生から聞いたからセレクトして印刷したんだ」

 

 

 流石に寿以上の長さではなかったようだが、三桁手数の詰将棋なんて普通の詰将棋本ではまず記載されない。

 

 詰将棋の好きなあいにはもってこいのプレゼントだ。

 

「先生?」

 

「俺の師匠のことだよ」

 

「いやぁ…寿の発想を取り入れたんだけど、頑張っても583手が限界だったよ」

 

「普通583手の詰将棋は作れないから」

 

「寿も1955年に手数更新されてるし、人間やろうと思えばだいたいのことは出来るぞ」

 

 

 「ノー勉テストはだめだけど」と小声で続ける孔明に思わず苦笑する。

 

 孔明はこれでも一応高校生だ。ほとんど高校に行っていないが、特待生だからテストさえできれば問題ないらしい。

 

 

「ありがとうございます!」

 

 

 目をキラキラとさせながら喜ぶあい。

 

 普通の詰将棋本なんかは長くても15手とか、17手とかがほとんどなのであいとしては嬉しいプレゼントだ。

 

 でも、授業中に解いて内容聞いてないなんてことが起こりそうで少し怖い。

 

 

「して、八一。連敗ストップおめでとう」

 

「孔明こそ。1回戦突破おめでとう」

 

「やっと勝率3割の竜王から抜け出せるな」

 

「言ってくれるじゃねえか。そこに座れ! こてんぱんに叩きのめしてくれるわ!」

 

「おいおい。ロリコン野郎に負ける俺じゃねえぞ!」

 

 

 孔明による見え見えの挑発に乗せられ、布団を棚に押し込み、盤と駒を取り出す。

 

 

「あい! 一緒にこいつを倒すぞ」

 

「はい、師匠!」

 

「おい。プロが何弟子と一緒にアマチュア叩き潰そうとしてんだよ」

 

「お前がアマチュアでたまるかッ!」

 

 

 このあとめちゃめちゃ将棋指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クズ竜王に敗率2割…あいちゃん1回負けた……」

 

 

 カーテンの隙間から眩しいくらいの陽の光が差し込む午前7時。

 

 孔明が盤のそばで目を虚ろにしながらポツリと呟く。

 

 闇のゲームで負けて魂抜かれたみたいになってるぞ。

 

 

「ししょー…眠いです……」

 

「あい…俺もだ……それと孔明…クズ竜王言うな……」

 

 

 俺たち2人も魂が抜けている。ぶっ通しで9時間も将棋を指すなんて思わなかった。

 

 9時間なんてタイトル戦なら普通だろと思うだろうが、もう寝ようとしていた人が9時間将棋指したらどうなるか想像に難くない

 

 さらに居飛車の古典定跡から、振り飛車の新定跡までありとあらゆる戦術を使われたから頭が痛い。

 

 泥のように眠った俺とあい、それとは対称的に孔明は俺らが寝た後帰ったらしい。

 

 1日の終りに9時間徹夜で将棋して、まだなおピンピンしていられるあいつの体力はなんなんだ。

 

 

『八一 公式戦頑張れよ』

 

 

 適当なメモの切れ端に殴り書きで書かれた置き書きがテーブルの上に置いてあった。

 

 それと一緒に、コンビニの袋に入った飲み物とお菓子。去り際だけは本当に洒落てる。

 

 

「さあ、俺も負けてられねえ!」

 

 

 スーピーとかわいい寝息を立てながら寝るあいを起こさないように最新の注意を払いながら、そっとパソコンを立ち上げる。

 

 俺の研究は対人でも行うしAIとも行う。

 

 孔明に『お前は高校に行ってないんだし、人との関わり作るのにも対人で研究しろ』と言われてるのだが、すでにコミュ障の俺にはハードルが高かった。最近の研究はAIとのことが多い。

 

 部屋にはあいの寝息と、マウスのクリック音だけが永遠に響く。

 

 

「こんな変化が…」

 

 

 コンピューターならではの深い読みに裏付けされた妙手には毎回驚かされる。

 

 意味のなさそうな手が終盤になって急に生きたり、パッと見大悪手がその局面の好手だったり、研究の進んだ局面で優劣ひっくり返る手が飛び出したりと本当にすごい。

 

 この手筋の数々、孔明には見えているのだろうか。少なくともタイトル戦の時並に集中している俺でも見えるかどうか微妙なところだ。

 

 

「あー! 負けた!」

 

 

 コンピューターは強い。本当に強い。

 

 1年前のソフトが今のソフトと対局したら大差で負けるくらい成長も早い。

 

 2017年世界最強のAI『elmo』は、翌年にGoogle社・DeepMind社などが作成したチェス・将棋・囲碁プログラム『Alpha Zero』に100戦92敗している。さらに翌年公開された『Apery』と『elmo』では、すでに大きな差がある。

 

 そんな技術が進んでもなお、AI将棋ではなく人間の将棋が多くの人に愛されるのは、間違えるし色々な事情や駆け引きがある人間らしさが愛されているからだと俺は思っている。

 

 

「人間の将棋で勝つのは難しいな」

 

 

 最善手を指し続けるコンピューターに間違えることのある人間が勝つのは難しいことじゃない。

 

 コンピューターの読みを超えるだけ、それだけなのだ。

 

 ただ、それが出来るのは1回の対局中にの中で何回もあるわけじゃないし、ないときもある。

 

 

「はぁ…俺も本当に負けてられない」

 

 

 あいが寝ている間、永遠にマウスと寝起きの頭を強引に動かしながらAIとの対局を繰り返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八一が久々に白星をあげたと聞いたので行ってみた。

 

 なんだか動画投稿サイトのドッキリ動画のタイトルでありそうだな。

 

 まあ、不調の時は俺に1勝も出来なかったが今回は勝率2割。

 

 俺と八一だと八一が勝ち越すはずなのでまだ調子半ばと言ったところか。

 

 

「天才のレベルは違うなぁ」

 

 

 前と今回の間は2週間くらいしか空いていない。それでこの調子の戻り、早い。

 

 奨励会から八一の才能は抜き身出ていた。俺も同じレベルに数えられていたが、実際の才能は八一が上だと当時も今も思っている。

 

 苦労していなかったとまでは言わないが、あの三段リーグを中学生で抜けるのはそれだけで将来の名人候補。実際、今まで中学生の年齢でプロに入った棋士は名人のタイトルを取得している。

 

 

「俺もああなれたのかな」

 

 

 奨励会を辞めた。その決断は今でも正しかったかどうか言い切れない。

 

 中学2年生で三段退会は異常だ。三段リーグに中学生で入れること自体普通ではないのに、まだまだ伸びてくる年齢で退会など普通じゃ考えられない。

 

 俺が退会する時、師匠は止めなかった。『自分で決めた道に進むなら私は止めません』と。

 

 そして今ではどうだ。結局将棋を指している。しかも、高校にも行っていない。いや、行ってるけど。

 

 その時は辞めることが最善手だと思ったのに、辞めたことが人生の大悪手になっている。

 

 

「若さゆえの過ち」

 

 

 俺がプロになれば師匠の顔に泥を塗ってしまう。師匠にそんなことは出来ない。

 

 だから、プロを目指すことはない。

 

 プロ編入資格があっても俺はアマチュアで指し続ける。

 

 そのために高校は特待生で入学した。

 

 ただの元奨励会三段、一般人のアマチュア強豪であり続けるために。




更新ゆっくりですみません。悪手を具現化(ryです。

私が想像してるよりたくさんのお気に入りとアクセス数が出て驚きです(底辺作家なので…)
これからもよろしくお願いいたします。



作中で中学生棋士に触れたので少し小話を。
現実で中学生棋士になったプロ棋士の先生方は5人。
1人目、加藤一二三先生。2人目、谷川浩司九段。3人目、羽生善治竜王。4人目、渡辺明棋王。5人目、藤井聡太七段。(いずれも投稿日時点での段位・タイトル)
加藤先生から羽生竜王まで全員名人経験者で、谷川九段と羽生竜王は永世名人の資格を持っておられます。
渡辺棋王も名人に並ぶ棋界の最高タイトル竜王に長く在位しておられたので、世界初の永世竜王資格所持者です。
藤井七段も29連勝の華々しい記録を打ち立てられ、将来タイトルホルダーになると思います。
中学生棋士とはそれだけの才能を持ってることの証明、みたいな感じですね。
興味のある方は調べてみたりすると面白いですよ。


(作品と関係ないところで筆が進むのってなんだろう(´・ω・`))


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三手目(2六歩)

めっちゃアクセスもらってる(底辺作家の喜び)

再試験終わったとか思ってたら地元で開催中の大会運営の手伝いが(´・ω・`)

更新できるようにがんばります


 正直なところを話せば、俺は銀子ちゃんの将棋––––いや、将棋に関する感性が嫌いだ。

 

 もちろん、彼女の将棋を否定しているわけじゃない。

 

 しかし、彼女の将棋には”相手を尊重する”と言うものが欠陥している。そう感じている。

 

 勝つための将棋ではない。叩きのめす将棋。それが彼女の棋風だと俺は考えている。

 

 現状、彼女はそうだ。

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 

 研修会の入会試験に合わせて、わざとあいちゃんと奨励会による指導対局を組んだ銀子ちゃん。

 

 奨励会員による研修会員への指導対局を逆手に取った巧妙な手口だ。

 

 彼女の作戦はあいちゃんに過換気症候群––––俗に言う過呼吸の状態にすることで判断力を下げるというものだ。

 

 あいちゃんが吐く瞬間に指すことでハッと息を吸ってしまう。もちろん、あいちゃんは気迫に押されてか無自覚のうちにだ。

 

 過呼吸は苦しいから吸いたくなる。しかし、吸うことで逆に苦しさが増してしまうものだ。

 

 普通なら紙袋で酸素を吸いすぎないように呼気を多く吸わせるのだが、対局中にそんな事はできない。

 

 だが、こうしないと勝てないと言うのは確かかもしれない。

 

 

「最悪だな…」

 

 

 俺はボソッと呟いた。

 

 隣りにいる八一、そして研修会入会試験を見守るあいの両親、研修会全体がこの対局を見守っている。

 

 あいちゃんの母親は棋士を目指すことを快く思っていないらしく、試験全勝がここに残る条件だそうだ。さっき八一から聞いた。

 

 研修会という完全なる奨励会の下位互換性組織、その入会試験の相手が駒落ちとは言え三段に上がろうとする女子棋界の天才。普通に考えて負けるのが当然だろう。

 

 だが、あいちゃんは銀子ちゃんを一時的とは言え追い詰めていた。

 

 

––––決まったな

 

 

 銀子ちゃんの手は確実にあいちゃんの玉将を寄せていく。この状況からの持ち直しは不可能に近い。

 

 あいちゃんの顔色が悪い。過換気症候群は死に至らずとも失神することがある。

 

 このまま倒れてもおかしくないんじゃないかと気が気じゃない。

 

 

「まだっ!」

 

 

 あいちゃん最後の粘り。しかし、それは6回以上続かない。

 

 

「まだ! まだまだまだまだm––––ッ!」

 

 

 銀子ちゃんの攻めを受けるためには駒が足らなすぎる。

 

 あいちゃんの駒台にはすでに駒はなく、玉は必死。受けがない以上詰んでいるという表現でいいだろう。

 

 

「……………ま……け、ま……した…………」

 

 

 力なくあいちゃんが投了。

 

 投了後すぐに立ち上がった銀子ちゃんは、感想戦もせずに部屋を出ていってしまった。八一は慌ててその後を追いかける。

 

 そんな中あいちゃんは涙と嗚咽を我慢するように唇を噛んでいる。

 

 研修会員達は誰も近づかない。いや、さっきまでの気迫を前に近づけないという方が正しいか。

 

 

「あいちゃん、お疲れ様」

 

 

 そんなあいちゃんの肩に優しく手を乗せる。

 

 本来部外者であり、立ち入ることを許されないだろう俺をプロの先生は止めなかった。

 

 紙袋でも渡してあげたいけど、生憎持ち合わせがない。今は呼吸を落ち着かせてもらうしかない。

 

 

「孔明…さん?」

 

「ああ、本気の将棋を見せてもらったよ。実に見事だ」

 

「で…でも…私は……負けました……」

 

「負けたら家に帰るみたいだね。でも、君の師匠が黙ってない。俺はプロじゃないし、君にとっては()()()()()だけどね––––」

 

 

 俺は一瞬言葉を詰まらせた。彼女に言って良いものなのか、それをすぐに判断できなかったからだ。

 

 だけど、少し間を開けて力強く続ける。

 

 

「––––君の才能は空銀子を超えている。俺はそんな君といつか、本気で指してみたいと思うよ」

 

「––––ッ!」

 

「話はそれだけだ。師匠も帰ってきたことだし、ここからは一門の時間。またどこかで(対局上で)

 

 

 あいちゃんに対する激励(?)の言葉を伝え、八一と入れ替わるように部屋を出ようと歩き出す。

 

 出る瞬間、あいの母親がすれ違いざまに言った。

 

 

「貴方は嫌いです」

 

 

 表情一つ崩さないであんなことを言えるなんてすごいな、と感心しつつ俺も小さな、それこそ当人にしか聞こえないくらいの声で

 

 

「どう思われようが貴女の勝手ですが、私はあいちゃんの味方で居続けますので」

 

 

 あいちゃんの才能は本当に銀子ちゃんを超える。将棋界という才能が実力を左右する世界でも指折りの才能。

 

 その才能を失うことは棋界の大損。俺という将棋ファンとしても、ぜひ将棋界に入ってほしい。

 

 そんなことを思いつつ、足早に会館を後にした。

 

 すぐにやってくる次の対局––––竜王戦6組優勝者決定戦に思考を切り替えながら俺は駅まで歩く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 竜王戦6組決勝。

 

 将棋会館で行われる対局のため、わざわざ関西から上京してきた。

 

 まあ、家があるのは茨城なんですけど。対局が終われば久々の帰省になる。

 

 

「失礼します」

 

 

 対局室へ入室。今日の俺は和服だ。気合を入れるためにわざわざ家から送ってもらった。

 

 アマチュアが粋がるなとかネットで叩かれそうだけど、全く問題ない。自分のエゴサはしない趣味なので。

 

 扇子は無地の対局扇子。普段はコンタクトで済ませるが、今日はメガネを掛けてきた。

 

 対局中、盤にのめり込みドライアイとかになるとコンタクトが乾いて地獄を見る。取り外しが楽なメガネの方が最適だ。

 

 

「失礼する」

 

 

 今日の対局相手である神鍋歩夢六段の入室。

 

 失礼を承知で考えるが痛い。18歳にもなって中二病+白スーツマントは流石にキツイ。

 

 自称ゴッドコルドレン。神鍋での『神』と『鍋』を分けてゴッドコルドレンらしい(八一から聞いた)

 

 プロ棋士には珍しい女流棋士を師匠とした例で挙げられ、理想の女性も師匠のような女性だそうだ。師匠思いな弟子で、足の悪い師匠の釈迦堂里奈名跡をサポートしている。プロ入りしてからも師匠を思う弟子の鏡だと思っている。

 

 両者席に着くが時間が早くまだ駒は並べない。

 

 神鍋六段はお茶を嗜んでいるが俺は適当に視線を泳がせる。事前研究も済ませたし特にすることがない。

 

 

「駒、並べますか?」

 

 

 暇に耐えかねた俺が進言、

 

 

「うむ」

 

 

 神鍋六段も了承し、駒を並べ始める。

 

 もちろん神鍋六段が上座、俺が下座。余談になるが俺は下座のほうが好きだ。だって出入り口が近いからトイレまでの距離が近いじゃん。

 

 並べてて思ったのだが、神鍋六段の並べ方が非常に独特だ。オリジナルの並べ方なんて久々に見た。

 

 定時になり記録係が告げる。

 

 

「神鍋先生の先手番でお願いします」

 

「ゴッドコルドレンでお願いします」

 

 

 神鍋六段、いつもの反応。そんなのに応じる記録係は世界中どこを探してもいない。将棋自体日本の競技人口がほとんどだから日本に居なかったら世界にも居ないだろうけど。

 

 

「「お願いします」」

 

 

 こうして始まる竜王戦予選当組最終局。

 

 では、対局中の様子は俺がよく見る感想サイトの当該記事で振り返ろうと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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<竜王戦第六組 最終局>

竜王戦第六組予選 決勝

先手  神鍋歩夢六段

後手  高月孔明アマ

持ち時間 各4時間

 

 

九頭竜八一竜王への挑戦権を巡るトーナメントへ進むのはどちらか、将棋ファンの注目の一局は東京都 渋谷区にある将棋会館で行われた。

当サイトで行った事前投票では、神鍋六段勝利と投票した方が全体の80%を占めた。戦型予想は相掛かり20%、角換わり15%、相矢倉5%、残りは分からないが多数となった。

 

まず、本局の戦型だが高月アマの四間飛車に神鍋六段の対振り持久戦。正解者は投票した方の0.1%、おめでとうございます。

 

私が最初に書きたいのは両対局者の服装だ。神鍋六段が白マントなのはお決まりとして。高月アマは和服。高月アマの服装や姿勢はタイトル戦を彷彿とさせるものがあった。

次に扇子。神鍋六段の扇子は普段と変わらない。しかし、高月アマは無地の扇子を用意していた。今までは実質の文字が記されており、私も密かに注目していたのだが、今回は無地。初心に戻ってという意味なのかと私は印象を受けた。

 

では、戦型について書いていこう。

高月アマはここまで振り飛車と居飛車を交互に指し続けた。順番的に今回は振り飛車になる。

一重に振り飛車と言っても三間飛車、四間飛車、中飛車など多くの戦法があり、どの筋に振るかが注目された今回は飛車を四筋に振る四間飛車。囲いは高美濃となった。

 

一方の神鍋六段は一貫した居飛車戦術で戦い抜いた。今回は持久戦を意識した駒組みに始まり、最終的に銀冠穴熊となった。

 

今回の対局の結果は総手数110手、神鍋六段が投了した。絶好調の若手相手に白星を奪った高月アマは、さらなる強豪ひしめく決勝トーナメントまで進む。

 

対局を通しての印象としては、理想的な四間飛車と理想的な対振り居飛車の将棋と言ったところか。コンピューターだと振り飛車で評価値がガクンと下がるので正確には分からないが、私の目には終始振り飛車やや良しのように見えた。

振り飛車と居飛車の将棋は最近見れなくなっている。若手のプロが居飛車党に転向することが多くなっているから。そんな中このような熱い将棋を見れたことは嬉しい限りだ。

 

序盤、比較的ゆっくりとした駒組みの時間が続いた。四間飛車側は相手王将の囲いの途中で仕掛けることはせず、ゆっくりと力をためていく。最初の攻め手は高月アマ。持久戦の相手に玉頭銀で攻める。その攻めにも神鍋六段は落ち着いて対応。結果、銀を交換した。

 

中盤、珍しい妙手が飛び出すわけでもなく進む。じわりじわりと後手が良くなっていく。神鍋六段、焦りが見えた頃一気に仕掛けた。持久戦らしからぬ大胆な作だが、ここは高月アマも華麗な捌きで駒損を抑える。結果として、神鍋六段が優位を築けないまま終盤に突入した。

 

終盤、一進一退の攻防。神鍋先生渾身の受けを高月アマが捌く、高月アマの捌きは振り飛車党総裁も驚きだろう。オールラウンダーとしては破格の、それこそ名人のような棋士ですら指せるかどうかという見事な捌きだった。

長い攻防戦の末、神鍋六段が投了。神鍋六段の竜王挑戦権争いは次のシーズンに持ち越された。

 

最後に、私は高月アマを応援している。彼の将棋は間違いなくプロに劣らない。ぜひ、竜王への挑戦を見てみたいところだ。




駆け足で書きました。どうも、悪手を具現化して人にしました。です。

今回は観戦記(?)中心になります。原作で描かれている話はあまり書かないつもりで居ます。なので対局話はこんな感じかと…いつか棋譜、考えててみたいです。

お気に入り登録してくださる方が多くて嬉しいです。
これからもよろしくお願いいたします!


コルドレンをチルドレンと勘違いしてた自分を殴りました。


追伸、夜中更新で申し訳ありません。


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四手目(8四歩)

リアルで作者がめっちゃ忙しかったんです。
今も変わらず忙しいですが(白目)


 竜王戦の予選をアマチュアが勝ち上がった。そんな事をしても絶対に受けないといけないものがあった。

 

 

 

 ––––校内テストである

 

 

 

 億劫だとは思うんだ。うん、思うんだよ。でもさ、受けないと進級できないから仕方ない。

 

 テストは5日間かけて行われる。国語、さんs––––数学、イヒ学、物理、日本史などなど。

 

 学校に来てないやつが出来るわけ無いじゃんなんて思われるかもしれないんだが、出来るんだなぁコレが。一応、家では勉強しているし。

 

 ひねりもない基礎問題と解かせる気のない応用問題を相手に一週間平日を戦いきった俺は現実から逃げるように先生の家に向かった。

 

 

「孔明くん? こんにちは」

 

 

 先生の家に行くと桂香さんが家に入れてくれた。先生は順位戦の対局らしい。

 

 八一は研究会、あいちゃんは学校か。時計を見ればまだ11時、二人の家に突撃するのはまだ後で良い。

 

 

「孔明くん、ちょっと研究相手をしてほしいんだけど良いかな?」

 

「良いですよ。居飛車と振り飛車どっちが良いですか?」

 

「振り飛車かな、先手もらっても良い?」

 

「はい。お願いします」

 

 

 頭を下げてチェスクロックを押す。

 

 ピピッと電子音がなりカウントダウンが始まった。

 

 桂香さんはじっくりとした居飛車党。師匠である先生と同じく各道を止めた矢倉囲いが得意。ただ、各交換矢倉は苦手らしい。最近は流行形や定跡をなぞらえた棋風で桂香さんらしい将棋は見れていない。

 

 振り飛車、と言われたがどの振り飛車をするか迷ってしまう。俺の得意な三間飛車、オーソドックスでアマチュアプロ問わず高い人気の四間飛車、現在の振り飛車のエースゴキゲン中飛車、大駒の飛び交うのが特徴的な一間飛車、対居飛車の向かい飛車。振り飛車はどこに振るかで定跡が全く違ってくる。

 

 桂香さんの初手2六歩にひとまず角道を開ける3四歩。2五歩、3三角、7六歩、4四歩、4八銀、3二飛者……居飛車とノーマル三間飛車の戦いになった。この後、俺が美濃囲いに桂香さんが左美濃囲いに玉を囲った。

 

 三間飛車は決定的な対応策がなく、アマチュアで再び人気が出てきた振り飛車希望の星。ゴキゲン中飛車対策の超速や超休戦、丸山ワクチンなど様々な対応策が練られた戦術とは違い、圧倒的な破壊力は他を寄せ付けない。

 

 左美濃は居飛車の囲いの一つ。居飛車相手ならその効果は薄いものの、対振り飛車戦ではその真価を発揮する。また、手数が遅れるながらも銀冠へ変化させることも可能である。

 

 カバンの中から扇子を取り出し軽く扇ぐ。

 

 

難解…

 

 

 桂香さんは対振り飛車の持久戦を仕掛けてくると予想していたが早仕掛けで戦ってきた。局面は俺が角を桂香さんが飛車を成っている局面で、一進一退の攻防、と言うわけでもなく俺が詰ませそうなのだが詰みが見つからないという局面だ。

 

 途中までは定跡通り、そこからは過去の対局に似たような棋譜を辿ったが俺の定跡外の一手から激戦になった。

 

 自然と扇子をを扇ぐスピードが上がり、姿勢が前に傾く。

 

 チェスクロックが電子的な秒読みを始める。一、二、三、四、五––––

 

 

 

 見えた。

 

 詰みまで33手。

 

 極限までの集中で研ぎ澄まされた読みは桂香さんの王を完全に捉える。

 

 すかさず駒台の桂馬を持ち強きの打ち込み、桂香さんは迷いなく王を逃した。

 

 ノータイムでの香車打ち、王の動きを連続の王手で縛っていく。

 

 

「負けました」

 

 

 負けを悟った桂香さんの投了。総手数は114手、チェスクロックを使ったので対局時間は短いが体感的にはとても長い時間だった。

 

 

「ありがとうございました。では、感想戦を初めましょうか」

 

 

 玉を元の位置に戻し、そこから板状に散った駒を戻していく。

 

 初手から終局まで、一手一手丁寧に検討と自分の読み筋を話し合う。時にはコンピューターの手を借りながら、感想戦は日が暮れるまで続く。

 

 

「研究会で振り飛車相手に負けちゃってね。研究したかったの」

 

「清滝一門は居飛車党ばかりですからね」

 

「孔明くんくらいよ、ここまでのオールラウンダーは」

 

「いえ。自分の師匠がオールラウンダーでしたから自然となっただけです。望んだのではなく、あの人を追いかけていたら必然的に、と言ったところでしょうか」

 

 

 師匠、あの人は俺が将棋を始めたきっかけでもあり恩師であり、目指すべき目標であり、越したい存在でもある。

 

 角換わりから横歩取り、急戦持久戦関係なくこなす一流の居飛車党でありながら振り飛車でもその実力は高い。

 

 

「奨励会でオールラウンダーだったのは一重に、あの人を超えたいから。決して勝ちたいからではなかったんですよね」

 

「そうなの?」

 

「はい。師匠に指導してもらう時自分は3回以上同じ戦法は使いませんでした。その予行練習みたいな感じで奨励会に行って、今思えば真摯に取り組む人に失礼な話ですよね」

 

 

 やっと感想戦が終わった時、すでに時計の短針は7の数字を指していた。

 

 部屋には変な空気が流れている。

 

 

「孔明くん、泊まってく?」

 

「お世話になります」

 

 

 投了と同じくらい、いやそれ以上丁寧に頭を下げた。




HAPPY BIRTHDAY TO ME.

久々に書いたので下手になってました。ごめんなさい。

あと、短くてごめんなさい


※学年末テストから校内テストに変更いたしました。(時系列的にパラレルになるため)


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