MONSTERS SAGA 序章 (神乃東呉)
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語らずの事実

『怪獣』

 公式記録では1966年にその存在は確認されそれから1998年を皮切りに33年間で出現した数は1200体以上世界各地で出現した。のちにこの33年間を『第一次大怪獣時代』として公式記録とされている。

 しかしこれは1966年に数度怪獣が出現しその半年後に怪獣と外宇宙からの巨人の出現と戦闘から1998年に至るまでのあくまでも公式の記録である。しかし現在に至るもこの記録はある謎を残して存在している。

 そもそもいつ『最初の怪獣』が存在したのか、現在記録されている初めて巨人と戦闘した怪獣である『ベムラー』でさえ決して初めての怪獣ではない、古い記録枠内の怪獣『ぺギラ』でさえ最初の怪獣と記録されていない。そしていつ人類は怪獣を知ったのか記録が曖昧である。しかし、私たち人間はいざ『怪獣』とはどのようなものかと聞かれたらみんな口をそろえて、『恐竜のような形でしっぽがあり牙があり爪があり背びれがあり黒で光線を吐く』言葉に出さなくても誰しもがこぞってこのイメージが浮かぶ、怪獣の平均的象徴なのか定かではないが明らかに私たちは記録している、遺伝子の奥深くにいそうでいるのか解らない存在を…

 

                   埼玉県 秩父市

 その日は、八月の太陽が秩父市内を照りつけ都会とは打って変わってビル等が無いこの街の団地の一室に女性が訪ねてきた。

インターホンを押すと中から高齢の男性がチェーンのかかった扉を間に挟み語った。

「新聞の勧誘ならお断りだよ」

 無理もない、スーツ姿の女性が用もなく高齢者宅には来る理由は無いが彼女は違った。

「違います。東都日報の淀川ヒロミです。」

 彼女は事の経緯を説明し男性は中に入るように告げた。

 

 

「わざわざユリコ君のお孫さんがこの老いぼれに何の用かね」

 そう言いながら冷えた粗茶を入れながら男性はヒロミに語り掛けた。

「いえいえ、光栄です。祖母から向井さんの事は何度か聞いていましたから、それにジャーナリストの大先輩にお話を聞けるなんて」

 ヒロミは書籍だらけの部屋を見回した。中には生物学書や怪獣の書籍などあった。

「どうぞ」と目の前に粗茶を出され「ありがとうございます」と礼を言った。

「で、この老いぼれに何を聞きたいんだい。」

 ヒロミはカバンから手帳を取り出した。

「では改めて向井ヒデオさん、私は今、怪獣について取材しているんです。今も世間を賑わせている『怪獣娘』、『御徴川決壊事件』を期に今でも世界各地で『怪獣娘』が発見されています。そこで是非貴方に怪獣について教えていただきたいんです、もちろん調べればわかることでしょうが、是非貴方の口からお聞きしたいんです。先ほども言いました通り祖母からあなたの事は聞いています。1966年の初期怪獣頻出期から怪獣、異星人、光の巨人、防衛軍、様々な視点から現場取材を渡り歩き幾多の死線をくぐり取材を続けたあなたの口から」

 ヒロミは向井氏に問い詰めるように語り掛けたが、向井氏の返答は…

「私の見たことを聞いても所詮は今の現代社会にありふれた情報だけだよ」

 細々と落胆するかのように拒んだ。

「私は初期怪獣頻出期の取材をしに来たんじゃないんです。もっと前、少なからず1954年に貴方は、いえあなた達はこの怪獣を知っていた」

 そう言うとヒロミはさらにカバンから一枚のモノクロ写真を取り出した。それは黒い輪郭に白く発光しているのが見て取れる写真だった。明らかに怪獣だが、この写真の裏に『1954年 Gを忘れるな語るな』と書かれていた。

「祖母に聞いても決して語らないのですが、祖母はあなたなら教えてくれると言ってました。教えてください!この怪獣は何なのですか!Gとは何者なんですか!」

 剣幕を張りながらもヒロミは向井氏に問いただす。すると向井氏の持つ粗茶の手が震えだした。さっきまで至って普通に茶飲みしていた手とは思えないほど異常に震えていた。

「語りたくても語りたくない、忘れたくても忘れられない、私らの代はみんなそう。だが私は違う!ようやくこの時が来たようだな」

 そう言うと本棚から一冊の厚い本を取り出した。

「世間では怪獣を今も恐れる者もいるが例の『怪獣娘』とやらの登場で見る形が変わってしまったのは私も大方予想はしていた、だが所詮奴らは本当の怪獣を知らん。私は思う、巨人と戦った怪獣なんぞこのGと奴らにして見れば赤子も同然、今でも思い出すだけで震えが止まらんよ」

 本を開くとそこにはGIRLSが公式に公開している怪獣の写真には無いというより見たことのない怪獣の写真があった。

「本当の怪獣の出現は1966年などではない、正確には1954年に奴を筆頭に出現している」

「教えてください!この怪獣は一体…」

「それを知ってどうする」

「私はジャーナリストとして真実が知りたいんです!」

 向井氏は顎に手を当て考え込みその重たく閉ざしていた口を開き語った。

「…1954年日本は敗戦からの復興に明け暮れ明日も見えぬあの時代に奴は現れた、私らの世代は奴を忘れず語らず暗黙の禁忌の存在として墓場まで持っていくつもりだった、私は今でも忘れられない。奴の名は『ゴジラ』」

 それはあまりにも衝撃的であった。怪獣の歴史は今や教科書に載るほどの項目にヒロミは隠された真実があったことに驚愕したのだ。だがそれは知るべき事実なのか、向井氏の虚構なのか、これが本当ならば世界が大きくひっくり返るのではないかとヒロミの心境は困惑と焦りでいっぱいであったがこれですべてがつながった気が彼女にはあった。

 ヒロミは焦りながらもカバンから紙素材のファイルを開き、中から戦場写真らしきものだったが明らかに異様な存在がそこには映っていた。

「話が変わりますがこれは1か月前にうちの海外部署の友人が撮った写真です。こっちはアフガニスタンの紛争地域、こっちはパレスチナ、ソマリア、南スーダン、世界各地の紛争地に怪獣娘とは明らかに違う異形の存在が確認されています。どこまでが真実か私にもわかりませんが少なからず彼らがこの紛争地に点在し彼らは何かと戦っています」

 最後に見せた写真には彼女の言葉通り黒い影が緑色の異形生物と交戦しているような写真だった。被写体の物体が速く動いているのかぼやけているがはっきりとその存在が確認できる。

 すると向井氏の表情がさっきより硬くなり、ふと思い出したかのように口に出した。

「ああっいや、関係あるかは存じ上げないが定年退職に至るまである噂を何度か耳にしたことがある。まぁいわゆる都市伝説の類だと今まで思ってきたが『怪獣は人に化けて今も生きている』なんてよく耳にしてた。私自身も半信半疑だったがしかしこの噂は怪獣娘が発見される前からささやかれていたが…」

 その言葉を聞いてヒロミはあることを頭によぎらせた。もし『怪獣娘』以外のというより女性以外すなわち男性にも『カイジューソウル』を持つ人物が居るのではとヒロミは考え込んだ。そうとしかあまりにも考えられなかった。この写真に映る異形の存在があまりにも体格が大きく女性とは考えにくかった。

「ああっ思い出した確か『怪獣人間』なんて呼んでたな、確か」

 向井氏は思い出した事を口に出した。『怪獣人間』おそらく『怪獣娘』も含まれるかは定かではないが少なからずこの写真の被写体の中にいる存在の正体に近づいた気が彼女にはあった。ならばその『怪獣人間』は何の目的があり、なぜいまだ世界の表に素顔を見せないのか、何よりこの『怪獣人間』と向井氏に見せていただいた写真の怪獣とどう関係するのか、何より極めつけは最後の写真の黒い存在とモノクロ写真の『ゴジラ』があまりにも酷似しているためこの二つの写真の被写体の存在は何か共通点があり関係しているのか、ヒロミの頭の中はすでにそのことばかりであった。

 

 

 

 

 

 

                 某国 某市内 紛争地域

「デルタ3応答しろ!デルタ3応答してくれ!」

 瓦礫の中、身を潜めて民兵が隠れていた。

「とうとう3もだめだ…くそっ聞いてねぇぞ!反政府軍の奴らが例の最新生物兵器を導入しているなんて、どうやってあんな化け物と戦いながら増援を待てって言うんだよ!ケビンのダグラスもみんなあのバケモンに食われたのかな、チクショー!チクショー!」

 極限状況の中、民兵は錯乱しながら愚痴をこぼしていた。

するとひたひたと何かが近づいてきた、民兵はすぐさま悟り身を細めた。

ヒタヒタヒタヒタヒタヒタッやがて音が遠のき確認したその時、民兵の肩に生暖かいスライム状の液体が垂れてきた。見上げた瞬間、デカく真っ赤な目にイグアナのような深緑色の皮膚と鋭い爪で天井に張り付いていた。

民兵は悲鳴をあげ一目散にその場を逃げ出した。同時に巨大な二足歩行のイグアナ生物が天井から降り近くの岩場に立ち独特な遠吠えをした後、民兵を追いかけた。

わき目も降らず逃げまどいながら追いかけるイグアナ生物に威嚇射撃をしながら逃げるもアサルトライフルから射出した銃弾は標的が速すぎて避けられ、次第に左右から2匹やってきて民兵を追いかけまわす。

必死すぎて前が見えなかったのか民兵は前方の着弾穴に転げ落ちた。

ライフルを構えるも落ちた時に故障したのか引き金が引けなかった。ハンドガンで構えるも三対一、化け物対人間、絶体絶命の状況に変わりなかった。銃を自分に向け喰われるより自害を覚悟した。

「ごめん、ティファニー、愛してるよデービット…パパは先に行くよ…」

 その瞬間、上空から黒い何かが目の前に迫ってきてたイグアナ生物を頭から両足で踏みつけ、イグアナ生物の頭部は見るも無残に潰され黄緑色の血液らしき物と組織らしき物がぶちまけられていた。

空から降ってきたそいつは体表が真っ黒で白々と背びれがあり自分より遥かに大きな体格の人型の怪獣(?)なのかよくわからないがとにかく民兵には救いの神がまだ自分を見捨てずしかも自らおいでになったとしか彼の精神状態がそう判断した。

 仲間を潰されキレたのか襲い掛かるも首を掴まれそのままイグアナ生物の首を潰した、もう一匹は怯え逃げるも黒い神様は5mはある着弾穴から軽く飛び越え民兵が落ちた地点に立つと背びれが青白く光り口から光線を吐いた。イグアナ生物がどうなったかわからないが民兵はほっと息を落ち着かせた。

 すると自分の救いの神様がこっちを見た。黒々とした体表に太いしっぽ、そして引き込まれるかのような鋭くもイエローダイヤのような瞳と目が合いやがて何も言わず10mほど高く飛び去っていった。

 民兵はその場で10分ほどとどまりやがて増援がやってきた。

 

 

 

 

 

 

 

「反政府軍の所持していたチュパカブラ種のMONS15体殲滅完了…えっSE型のチュパカブラ種三体が日本に?…了解………」

「3年ぶりか…元気してっかなーアキのやつ」




この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。また本作は原作を尊重し個人のオリジナルの設定に仕上げています。


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MONSTERS SAGA 覚悟 暇か くたばるか

 『カイジューソウル』それはかつての人類の厄災の存在であった怪獣が魂として固定化した存在。
 『魂』と言う非科学的な総称で提唱されたこの目に見えぬ存在によって人生を狂わされた者たちがいる。
 そして、彼らがなぜ『怪獣』になることを受け入れたのか、この記録を通してその謎を紐解いていく。
 ジャーナリストではないが私は彼らとの関わりを通して得て感じたそれぞれの『覚悟』こそ彼らの中にある『怪獣』の姿に私は踏み出すことになるであろう。

 地球防衛軍大佐
 尾崎シンイチ


 大阪府 郊外マンション

 

 ふぁ~ぁあ…今日で何回目や…このあくび…

「以上が今日うちに相手に来るオリンピック候補者のリストや」

 ああぁ…親父が何かオリンピックがどうのとか言ってたの聞いてなかった…でもどうせ雑魚なんやろうなぁ…

「おい、アラシ聞いとったか?」

 あぁ?…ああ…わぁったわぁった、要はオリンピック選手候補の相手すんやろ。

「ちゃんと名前聞いとったか?」

 知らんへん…なんぼ連盟連中が相手寄越しても変わらんやろう。

「ふぅ~ん…お前なぁ…もうそろ進路やろう…このまま空手の道を行くのか、それとも就職すんのか、あるいは進学か」

 全部けだるいわ親父…なんぼ相手しても誰相手にしても変わらへんで…おれが強すぎて話にならへんわ。

「お前なぁ…まぁお前の言い分は分からなくもない…近々本部の移転の件もある、お前はお前の好きにやれ」

 ああ…親父もさすがにこの話を何回もしていたらそうなるわな…おっと、俺の名は庵堂アラシ。職業は今のところ高校生兼空手家っちゅうとこやな…俺も今年で高校3年、近々ニートに成りそうやけどそれもややわぁ~

 

 大阪府 亜真流空手道場本部

 

 おおぉ…ぎょうさん来とるわ…遠路はるばるわざわざ負けるたびに来とるんかこいつ等…変態か?

 面構えはそこそこやけど…ここに俺を倒せる奴はおらんな…

「んじゃ…組手始めようか」

「「「「おお押忍ぅぅぅ!!」」」」

 親父もあんなこと言って…この合同練習会…はなから俺がこいつら壊させる気満々かよ。

「両者、前へ!」

 ああ~…俺ってば律儀にヘッドギアを付けてグローブまで付けて…あれ?こいつ知ってるぞ…去年の全国大会の優勝者か…俺なんか2連覇を軽々しくしたから連盟から出場停止にされて変わってこいつになったんだっけ?

「始め!」

 えっこれ始まってんの?…あっ来てる…新旧の優勝者同士の対戦とか思われてんだろうな~…ああ…そんな目をしてるわ、相手も観戦してる奴等も…

 でもさぁ…悪いわ…これはあまりにも弱いモノ虐めすぎるわ…だって人間VS怪物やもん…結果どうなるって?

 まず、電光石火のように腕をしならせ下顎を掠めるやろ、そっから下顎に鞭のようにしならせた腕の衝撃が下顎に喰らってその衝撃は脳に到達して豆腐の柔さを持つ脳は内部で頭蓋に左右に打ち付けられて脳震盪ノックダウンアホくさったらありゃせん。

 本日犠牲者第一号完成ってわけや。

 相手もドサッと倒れ込むは他連中も引くは話にならんな…

 

~数時間後~

 

 今、どんな状況かって?

 全員でかかって来いって言ったら案の定馬鹿丸出しでとってかかって来たもんやから…

 そりゃぁそうやろう…仮に冗談でも全員でかかってきたら()()()()()()()()なぶり殺しやろう。

 まぁ今日のところは少しムカついただけやから半殺しですましたるさかい。

「いてぇ…いでぇええ!!」

「はぁっがっああ…ひぃ」

 おうおう、虫の息の断末魔っちゅうことやな…大層大層―

「じゃねぇやろうが馬鹿…やり過ぎだ」

 おん?親父…居ったっけ?…すっかり忘れとった。

「んん~…まぁ組手中の事故ってことでホラお前らも手伝え…車出して全員病院行きや」

「おっ押忍…」

 門下の連中が引き気味にザコを運んどる…もう見飽きた。

 ああ~…暇つぶしに誰か跳び込んでこないかな~

「隙あり!!」

 ?…なんだミカか…ああ、こいつは妹の友達の黒田ミカヅキちゅう……チビや。

「むっ!今、失礼なこと考えてなかったアンちゃん」

 ちいっこ過ぎて小学生と思うやろう…もっと上の中学生だよ。

 ほ~れ高い高い~

「むぅ~アンちゃんさっきからボクのこと子供扱いしてる?」

 バレたか。

「ていっ!」

 むっ…軽い軽い顔面蹴りが入ったがあのザコと違って優しめやなぁ~

「今日は何人殺したの?」

 おいおい、人聞きの悪い事言うな…ギリ殺してへん。

「うっうう…いつかムショに入ったら糸鋸送るね」

 おいおい…涙拭いながら脱獄計画を仄めかすな。

「でもいつか犯罪者になるでしょ?」

 なぜ前程…仮に捕まっても俺は縛れないぜ…下手したら監獄の野郎共全員半殺しやな。

「おお~さすが犯罪者予備軍」

 誰が犯罪者予備軍や。

~その夜~

 

「頸椎脱臼に下顎ヒビ、エトセトラエトセトラ…これでオリンピック候補はパーやな」

 無理無理、俺に勝てないようじゃオリンピックなんざ夢のまた夢。

「オリンピック選手が逆にお前に勝つ方が夢のまた夢だよ」

せやな…そういう親父こそなんだよ急に呼び出しやがって今さら説教かよ…家での説教は決まって組手やろう…やろうぜ『千手のセンラ』さんよぉ。

「ばか…この間やって母ちゃんにどぎつい説教を俺たちがされたやろう」

せやった。…んで?なに…

「おまえ…猛獣かったことあるか」

ああ?買うって…なんぼするおもっとんねん。

 犬猫で数十百下らんのに…現金主義の俺は買わんぞ。

「購入じゃねぇよ…狩るんだよ…即ちハントや」

 ハ・ン・ト?…なに言ってんね親父とこの時はそう思った。

 でもゆくゆく聞けばなんとそいつは猛獣にあらず。

 中国のとある機関が極秘裏に遺伝子開発されていた珍獣ときた。

 ああ?どう答えたかって…答えてへんで。

 その後、親父はこう言っとった。

「お前がそんな顔をしたのはガキの頃新しいおもちゃを与えた時以来だな…まぁすぐに壊しやがったがな」

 らしい…要するにニヤケが止まらねぇぜ…

 卒業式当日

 

「庵堂アラシ」

 うぁい!!…走って走って…よっととと…あんがとよヅラ校長!あんたの太陽拳ヘッド忘れねぇよ!ほいっ!

「ああ!!わしのカツラ!!」

 あらよっと!

「こらぁ!!庵堂アラシ!テメェとうとう卒業式でやらかしやがったな!留年にしてやる!」

 やなこった!もう卒業証書もらったもんね~あばよゴリ高!おめぇは一生結婚できねぇよ!!

「何だと貴様!!捕えろ!!あの空手バカをとっ捕まえろ!!」

「無理です高山先生、庵堂を3年間捕まえられた教員は居ませんよ」

 と言うわけであばよモブ高生ども、お前らの事なんか3年間よくおぼえてねぇや!!ひょひょ~い!!

「この野郎!!最後の最後までちょこまかと!!」

 階段を降りて3階の3-A組の教室。かつてここで散々やりたい放題だったけど寂しくなるなぁ…なぁ~んてな!!ホイ!!

「この野郎!!ここ3階だぞバカ!!」

 馬鹿はお前だゴリ高!こっちとらこれで3年間逃げ切ったのを忘れたかぶぁ~かぁ~!!

 校旗に捕まってしゅるるるるる~…あばよ!!

「二度と戻ってくんじゃねぇぞぉおお!!」

戻んねぇよば~か~!!…さて、とっとと荷物まとめていざ中国!!

 ガチャリンコのタダイマンモス!!

「キモいクソ兄ぃ…」

 おいおい、愛しのクソ妹よ…お兄ちゃんは中国に行っちゃうのに歓迎なしか?

「とっとと言って感染症にかかって死ね」

 言われなくてももう準備万端!それじゃ元気で…あっそうそう、お前の小遣いで買ったヘアアイロンにクシャミしてショートさせたのO・R・E!!

「……死ね!!クソ兄ぃ!!」

 おっとお怒りの妹との最後の鬼ごっこや、ほな駅までDASH!!

「ようアラシ!元気でな!」

「元気でなアラシ!!妹に追いつかれるなや!」

「じゃぁなアラシ!向こうでもがんばれよ!!」

「おうアラシ!コレもってけ!」

 どうや、この町で俺は人気やろう…モグモグ…空手一役地域活性健全育成うんたらかんたら…モグモグ…そんなわけで愛するこの大阪から旅立つぜい!モグモグ…あそこのたこ焼き屋も食い収めやな…うまいけど。

 駅前

 

 だいぶチアキを撒いたけどさてこの辺で大阪とお別れか…感慨深いガブッ!

「ニシシ…別れの挨拶なしとはミカたんアンちゃんをそんな子の育てた覚えないでぇ~」

 育てられた覚えもねぇよバカ…どうした?急に…

「だって…寂しもん…アンちゃんの居ない大阪はタコの入ってへんたこ焼きと一緒なやいか…」

 う~…こういうの慣れてないけど…まぁ最後やしええか。

 ホレ、こうして抱きしめてやると女は喜ぶってお袋が言ってたような…

「うん…このまま…このままがええ…そう…このまま…今や!チィちゃん!!」

「ナイス!ミカっち!!喰らえクソ兄ぃ!!」

「「ツイン乙女バスター!!」」

 あ~…最後の最後にこいつらにこのプロレスまがいなブレーンバスターかよ……あまぁあああい!!ふんぬっ!!その技はもう俺に通用せへんで!!とぉう!!手で地面を蹴って体操選手よろしくの着地!!決まった!

「まだまだ!!行くよミカっち!」

「オウともよ!!またまた喰らえアンちゃん!!」

「「ツインデスドロップキック!!」」

 イイッ!!今度はドロップキックかよ!!

 ぐぅうう!!さっさすがにこれは俺も…なわけ有るか!!空手家に蹴り技が通用するかバカ!!

「「きゃぁあ!!」」

 お前らがおれに勝とうなど100億年早いわ!

「ぐぅう~結局3年間勝てずじまいだった…」

「ミカっちいいよ!ウチはこんなのに血がつながってるんだもん!!いややぁああ!!もっと爽やかで逞しくてイケメンのお兄さん系がええ!!」

 なに俺の存在全否定して図々しく注文してんじゃい。

「神さま!いつかこんなクソ兄ぃを殺して注文通りの彼氏をください」

「代金はチィちゃんのおっぱい代引きで」

 ダメだこいつら!

「でも~…本当はボクもアンちゃんと離れ離れになるの寂しいよ…はい」

 あん?あれだけやっといてまたやるのかよ!

「違うよ、今度こそホントのお別れのハグ」

 …ちっヘイヘイ…ほらよ。

「……最近アンちゃん冷たい…冷え性?」

 知らん。

「うわぁ~この絵面軽く犯罪じゃん…さすが犯罪者予備軍の兄ぃ…写メってSNSにウチの兄が犯罪者な件…ハッシュタグっと」

 ホワチョー!!

「あああ!!ウチの携帯!!」

スマホを蹴り上げてからの飛んで更にジャッキーチェェェェェン!!と叫んでキィィィック!!

「ああああああああ!!死ねクソ兄ぃ!!弁償しろ!!金払うか、男を紹介しろ!できればイケメンで高身長!!」

 やなこった!あばよ大阪!あばよ通天閣!!

「中国でくたばりやがれぇぇえええ!!」

 飛行機でおよそ2時間15分ほど~

 飛行機に揺れる事、IN上海!!

 おっ…さっそく、『庵堂先生』とプラカード持ってるあのおっちゃんやなぁあ…

 あっちなみに中国語では『先生』の意味は日本語の『さん』付けみたいなもんやで

「遠路遥々よくぞお越しくださいました庵堂先生のご子息様」

 なんや、親父の知り合いやったのか…中国人はみんな日本人が嫌いかと思っていた。

「不,不!日本人、中国のビジネスパートナーネ!そうそうウィンウィンデスネ!」

ほうぅ…なら…ちと金の話を先にしようや

「おう、こちらの通りに振り込みまぁ~す」

 ほ~う…これはこれは…

「ただし、あなた倒されたらパー!…『瑞』強い!超強いネ!始末してもらわなきゃ私、中央委員会に首ちょんぱネ!」

 あんたがどうなろうか知らんが良き報酬に良き場所、何より良き相手!!…今にもよだれダラダラのアドレナリン全開や!!

「ええっええっ!勝って報酬得て、女の子にバンバン…」

 あぁん?別に女に興味ねぇよ…これが終わったらこの報酬をもっとデカくして薪餌にして誘き出た野郎を片っ端から戦いまくってやるわ…まずはロシア辺りから攻めていくか…あそこなら強そうな連中ゴロゴロ仰山おるやろう。

「发疯了…(狂ってる…)」

 河北省 竹林地帯

 

「こっここまでです…私達、ここまで先いけない…200人以上の内の1人の犠牲者成りたくないです」

 ああ…ここらへんでいい…感じるわ…ビンビン感じるぜ俺の第六感。

 さってと…トランクを開けて胴着胴着っと…

「おお~空手着、勇ましいですネ」

 そんなんじゃねぇよ……よし!いっちょモンスターハンティングと行くか!!

 竹藪結構進んでるが…気配を感じねぇ…

 何がって?…生き物だよ…小鳥のさえずりくらい聞こえてもいいころだろう。-ベチャッ

 あん?…これは…スンスン…動物の血だが、遺体がねぇ。

 なるほど…肉食った後は骨も皮もバリバリか。

 動物の気配がねぇのはこいつが絶滅させちまったってことか…そうして今まさに水だけの生活に飽き飽きして肉を欲してる。

―ガルルルル…

 さぁどうする骨までバリバリの雑食獣はこの阪神優勝後はマスコット像を道頓堀にポイの大阪府民をどう見てる…美味そうか?旨そうなのか?…

―ガルルルルルルルルッ

 野郎が考えてるのは唯一つ…こいつの筋肉から染み出る血液はどんな味か…内臓はどんな味か…骨はどんな味か。

―ガルルルルルルルルァァァ

 考えるまでもねぇ…俺が奴なら…

―グルラァアアア…

 俺が奴なら…

―グルルゥゥゥ…

 奴なら

―グワァアアアアアアアンッ!!

 溜まらず背後からでやぁああああ!!

―ぐきゃあぁああん!!

 なんや…脇を触った時のミカみたいな声出しやがって…

 おまえだってわかってたよ…これだけ近づいて神経張り詰めた視線を送る野獣はお前だけだと。

 にしてもほんと、肉食動物の良いとこどり…

 トラにライオンにワニの鱗やら…キリがねぇがその顔はまるでそう…まるで…怪獣だな…体長は4~5Mほどだが…

―グォォオオオオン!!

 あの咄嗟合わせの回し蹴り一撃脇っぱらに喰らってもう無事かよ…骨も中々の骨密度だ。

骨バリバリ食っただけあるわ…カルシウムたっぷりすし詰め状態、血行は筋肉を廻って、神経研ぎ澄まされた野生…

―ワァアアアアオオオオオン!!

 おまけに空腹ときた。条件バッチリ!

 これは暇に空腹になった俺か、食に空腹になったこいつとの一騎打ち…待ったなしのサバイバルデスマッチや!!

―ワァアアアオオオオオオンンン!!

 来る!右!左!見えちまうぜ…さすがニャンコちゃんだ。

―フォオオオオオン!!

 なっがぁあああああ!!…今の後ろ脚の蹴りは…完全にドロップキックじゃねぇか…ミカとチアキのドロップキックとは比にならん…こいつは…マジに…

―ガァアアアアアアオオオオオオオオオンンン!!

 おわっと!!こいつ…跳び込んできやがった!!

 クソ…息まいて来てみればこのざまか…こんな…こんな…こんなのを待っていたぜ!!

―ガァアアアアアアオオオオオオオオオンンン!!

 勝ち誇ってんじゃねぇ下段突き!!

―キュゥアアウウン!

 へっ…そうだ…この下段突きでどれだけの人間を…んんっ?なんかついた箇所にだけ霜みたいのが付いてらあ…。

―ガァアアアアアアオオオオオオオオオンンン!!

 おっと…噛みつくのはミカだけで十分―シュウゥゥゥ

 あん?…なんだこりゃ…コケが凍ってるみたいだ。

―ガァアアアアアアオオオオオオオオオンンン!!

 フンッ!

―キャイイインンン―ピキピキッ

 殴った個所にだけ霜が付きやがった…

 なんだこりゃ…俺の身体どうなってるんだ?

―グワァアアアアアアアンッ!!

 あらよ!空手の基本中の基本、正拳突き!

―ガキュウオォォンン!!―ピシピシッ

 へぇ…なんか知らねぇがおもしれぇ…氷の拳…中二病感有るがまぁいい…なら

 “氷拳:手刀『なんでやねん!!』”

 どんなもじゃい!プロレスなんかじゃ拝めねぇ、空手家の正真正銘の空手チョップやでぇええ!!

 

―キャイイイイイイン!!




「てな感じであんたのいう『アンギラス』ってのになっちまったわけだ」
 私の知っているアンギラスの記録には冷凍能力があると聞いていないが…
「んなことどうでもいいわ…ようは適応能力やろう…ちょうどロシア行くところやし」
 行って貴様は何をするつもりだ。
「とりあえずこの能力は使わないでどこまで人間としてやれるか試す、そこから人間以上と認めた奴はアンギラスとして戦ってやるさ…居ればの話だが」
 …そうか…追加情報だが、お前の知り合いの黒田ミカヅキにカイジューソウルが発覚した。
 怪獣名『ゴモラ』元々はジュラ紀に生息していたゴモラザウルスの―
「ああ~ええはそういうの…まだ修行中やし、ちゃんと会ってからアイツの口から聞きたい。ネタバレ禁物や…それに今の俺は金と強い奴にしか興味ない!怪獣大人だか何だか知らねぇが、しばらくシベリアごもりさせてもらうわ…目指すはロシア!ロシア語も学んだぜ、んんっПолковник Абайо(あばよ大佐)」
 そういうと彼は私が誘った店のテラスを後におそらく北へと向かったであろう。
 それも歩いて…
 庵堂アラシ:アンギラス…少々、性格に難ありだが人望厚い。
 そして能力の冷凍と空手技術の合理的戦闘法は申し分ない。
 だが…私が店の店主に代金を払って店を出るとそこには軍に隔離された天安門に一般市民がこれ見よがしに傍観するこの状況下であった。
 …私だ。
「ご苦労様です!」
 中に入ってお出ましは天安門に乗っかっていた『瑞』の首だ…どうはおそらく昨晩の間にあいつが喰ったのか、それとも毛皮を剥いで寝袋に…
 どちらにせよあれは角の生え過ぎた鬼ですな…ハンさん
「わっ私、なにも知らないネ!」
 あなたがアンギラスを利用してあのもはやあなたの想像していた『瑞獣』とは名ばかりになってもはや獣かすら怪しい怪物を生んでしまった。
「話しと違うネ日本人!私、アイツが『上海の鬼獣』だったなんて知らなかったネ!」
 『瑞獣』とは名ばかりであるから『瑞』…随分とベターな…
 でもねぇハンさん…この世には怪物以上の怪獣が存在するんですよ。連れていけ。
「いっいやだヨ!離して離してください!」
 あっそうそう、私も日本人的な『尾崎』って名ですけど…人間かも怪しいですので


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人で無し

 ガキの頃、親父が俺を捨てたことを知った。

 それから俺はせっせこと馬鹿みたいに小遣いを貯めて俺は真相を確かめるつもりだった。

 ガキにしては計画的だった。まるでこれから犯行を行う犯人のように…

 俺は当時、親父を憎んでいた。自分で孕ませた女を見殺しにして逃げ出すように東京へ出て行った親父がどんなクズ野郎か拝みに…あわよくば、その場で殺してやろうとしていたかもしれないな…

 どんなロクでもないヤツなのか、自分でこさえたガキを置いてどんな生活を送っているのか…最初は飲んだくれのクズだと想像していたさ…

 ガキの頃に良くあるよなぁ…300円から500円程度なら上々な金、1000円なんざもっぱら大金にさえ思える小せえ価値観が誰にでもあったろう。

 親父の親であるジジイとババアの営む温泉宿で2人の顔色伺いの如く、演じて金を手に入れ、夜な夜な熊本から東京までの道のりを徹底的に計算した。

 計画が実行された日、俺はジジイとババアにいつも通り遊びに行くと告げて、稼いだ小遣い握りしめて片道11時間の道のりを覚悟に俺はこの線を歩いた。

 騒動になることを覚悟にな…

 そっからの俺は順調だった。

 使用したのは飛行機ではなく新幹線だった…その方が奴に合うまでの時間を引き伸ばしたかったからだ…福岡、広島、大阪、横浜を通り過ぎればいよいよ東京だった。

 そして、俺にとってクズの居る都会・東京だ。

 だがここで肝心な事が欠落しているよなぁ…

 そうだ、どうやって過密にして大都会の東京でたった一人の人間を見つけ出すのか分からなかった。

 はっ…ああそうさ…手詰まりだよ。

 馬鹿だったさ…後先考えずに東京に来てみれば分からなかった。

 歩けど歩けどここが今どこで自分が誰なのかさえも思えてきちまうほどに…なんで俺なんかが生まれたのか、誰に頼まれて生まれたんだ…誰に…誰に…誰に…

 ふと一雨振って来た…まだ小雨だったがその内にだんだんと強くなってきた。

 なんで俺がこんな思いをしなきゃならねぇんだ…何で俺がこんなに苦しまなきゃならねぇんだ…一体だれのせいでこうなった…誰が俺を捨てやがった。

 そうこう考えていたらどこか見知らぬ郊外の住宅地の休業のタバコ屋に寄りかかっていた。

 持っていたカバンを漁っていたら親父の写真があった。

 親父がどんな顔か分かるために穴が開くほど見続けたジジイ共が隠していたのをくすねた親父のたった一枚きりの写真だ。

 ああ…こいつか…こいつなのか…こいつが………

 休業中のタバコ屋の真下の屋根に雨宿りしながら凍える身を縮めていた。

 そんな時だった。…ぴしゃぴしゃと走ってくる誰かの足音が聞こえたよ…こんな雨の中、傘を忘れた馬鹿も居たもんだと皮肉にも自分に盛大なブーメランな事を思ったよ。

 ところがそんな考えも吹っ飛ぶようなことが舞い降りた。

 奴だ。紛れもなく傘を忘れた馬鹿は鞄を雨避けにしてかけて行ったよ。

 そいつはこんな郊外の一角で俺を捨てて住んでいやがった。

 もちろん後を追ったさ…野郎をどうしてやろうかなんて後先にも考えるよりここで逃すわけにもいかなかった。

「ただいまぁー」

 そいつは呆れた事に女を付くいたよ…ムカつくかって?

 心底煮えくり返りそうになったさ…散々俺が探していたクズは女を作って完全に俺を忘れていたからなぁ…

 その後、そいつの家のアパートの裏手に回って室外機をよじ登って見れば女どころか家庭を築いていた。

 野郎にはガキが居た。

 そこはガラス一枚と薄いレースカーテンで隔てた境界線だった。

 俺の方は泥にまみれた雨音が滴る穢れた世界、一方は家の中で団欒とする家庭の世界。

 野郎の中で完全に俺を消していたんだ…それが分かった時には俺がこれまでせっせこコツコツとして来た事を無にしやがった奴の家庭が憎かった。

 殺すや消すなんかじゃ到底収まり切れないこの気分をどうするか…答えは簡単だった。

 壊してやる!なにもかも!野郎が築いた者すべてを壊してやるとな…

 向かったのは近くの警察署だった…今頃、家出人捜索願が流れていることをガキながら事前に理解していた。

 少年課

 

「炎翔寺ヒエン…ヒエン…」

 少年課の刑事が頭を抱えている。

 何せ熊本からの長距離の捜索願は難航するが、この時に俺の中に考えていた想定と大きく外れていたことに気付かなかった。

「まさか炎翔寺って…捜査課のヒガラさんと同じ苗字とは…」

 予想外であった…親父がここの警察であることが想定外であった。

 そうなると俺の計画が狂う…ここでやることは唯一つ…あの女に真実を伝え…壊す!

「のあっ!あっコラ!!待て!!」

 警察署を抜け、大雨降りしきる中で俺はあのアパートに向かった…ろくでなしは俺の方だった。今思えば…死ぬよりも殺すよりも恐ろしいことを考えていたからだ。

 しかし、体力の限界は明白だった。

 熊本から東京を渡って、途方もないほど歩いた結果は明白…更に大雨に濡れたガキの体力でここまでこれたのが奇跡にも近いが、それでも選んだ以上向かうしかなかった。

 これが人でなしか…人にして人にあらず、考えのない獣のように本能に赴くまま自分の中の報復心が突き動かすのみであった。

 あと少しの所で俺は倒れた…

 気が付くとそこは普段から温泉街の硫黄臭とは全く異なるどこか安らぎのある匂いが充満していた。

 石鹸のような匂いにも似た優しい香りが僅かに視界のぼやけた先から誰かが歩いてきた。

「あらら…気が付いたのねぇ」

 ここはどこかだんだんと分かってきた。

 その人は紫色の髪に同系色の瞳…間違いなくあの男の女だった。

「はいっ、お粥くらいしかできないけど…はいっあ~ん」

 どこの馬の骨とも分からない女の粥を口には運びたくは無いが何も口に入れていない俺にとってそんな事を考える余裕も無かった。

 ただ漫然とその人が作ってくれた粥を口にするしかなかった。

「あなた、とてもひどい熱で家の前に倒れてたから少し心配したわ…でも、もう大丈夫そうね…熱もだいぶ引いている」

 その人が触れた手が俺の額の体温を確認してきた。

 それすらも新鮮で尚且つ体験のしたことのない感覚だった。

 風邪を引いた経験の少ない俺が初めて婆さん以外に介抱されたことが無かったからである。

 俺は、もう大丈夫だと起き上がるもそれでもふらつく…

「ダメよ!…まだ寝て居なきゃ…」

 冗談じゃなかった…俺はあんたを壊すかもしれない屑の餓鬼だぞ…ガキは所詮餓鬼に過ぎない…その家に不幸や災いをもたらす餓鬼なのに…この人は全身で俺を受け止めてくれた。

「そんなに慌てなくてもゆっくり休めば直るわ」

 一秒でもここに俺は居られない…いたら、あなたを不幸にさせてしまう…

―おぎゃぁ!おぎゃぁああ!おぎゃぁあああ!!

「あらあら!どうしたの!はいはい、ちょっと待ってね」

 あいつとこの人の子供か…俺から見れば腹違いの弟か妹にあたるのか…まだ生まれたてだからよくわからんが、そうなればこの子供も不幸にさせてしまう…

 這いつくばってでもこの家を出なければと壁を沿って歩くも、躓いて転び、テーブルに合った醤油を頭から被った。

「あら!あらあら…もう、まだダメって…う~ん、熱も下がってるし、汗もかいたでしょ。少し早いけどお風呂にしましょうか」

 何を言っているんだこの人は…と思った。

 見ず知らずのガキにどうしてそこまで気遣うのか理解できなかった。

「はいっバンザーイして」

 なぜだ、なぜ俺は馬鹿素直に従っているんだ…

 そして、なんであんたまで一緒に入ろうとしてるんだ!?

「ほら、隠さなくてもいいからちゃんと洗えないわ」

 どこまで洗おうとしてるんだあんたは…

 こんな薄汚れたガキに身も心も洗おうと言うのか…

「それ!頭をゴシゴシ!フフッ」

 頭皮に泡立つシャンプーがこの家に充満する匂いの元であることが分かった。

「どお?かゆいところはなぁい?」

 ない。心がムズムズする一方だ。

―ザバァアアアンッ…

「ふぅ~…どう?寒かったからちょっと熱すぎるかしら?」

 冷え切った足の先の毛細血管が刺激されるようだが…とても暖かくて心地よくて気持ちがいい…

「あなた何処から来たの?お家は?お父さんとお母さんは?」

 俺は答えなかった。それでもその人はそれ以上の追及はせずに話題を変えてくれた。

「随分と綺麗なお手てねっ…肌もとてもきれい」

 別に肌にどうのといったこだわりは無いが、俺よりもその人の方が十分綺麗に見えた。

「きっとあなたを生んでくれたお母さんはとても素敵な方だったのね…」

 お袋は俺を生んですぐに死んだ。母親の愛も温もりも知らない。出生時、未熟児として生まれたらしい。

生まれて直ぐの赤ん坊は母親の母乳によって免疫を得ると言う。

 俺はそれすらも無かったが別に風邪を引くことも無かったし運動もそこそこできる。

 母親とは一体なんなんだ?家族とはどういったものなんだ?俺は改めてその人の顔を見つめた。

 その人は首を傾げてにっこりと笑ってくれた。

「んんっ?…なぁに?」

 とても綺麗な人だ…とても大きな胸だ…

 今日誰かの胸を借りるのは初めてだ。

 ゆっくりとした鼓動を感じる。聞こえてくるリズムが心地よかった。

 その人の胸に耳と頬を当て、腰に手を回して素肌が張り付くまで抱き着いた。これが甘えると言う感覚なのか…

 こんな見ず知らずのガキが抱き着くなんて気味悪がられるだろうと考えたが、その人は逆に俺を抱きしめてくれた。

「大丈夫、何も不安になることないわ…」

 湯船の中で抱きしめられて俺はまるで溶け出したチョコのように温かな気分だった。できればずっとこうして居たいほど…叶わぬ一時を感じていた。

 風呂を上がって体を汲まなく水分をバスタオルで拭き取られ、頭も入念に拭かれた。

「ごめんなさぁい、これと言った替えは無いけど実はあの子が生まれる前に女の子だと思っていなかったから張り切り過ぎて完成したばかりの男の子用の手編みセーターしかないけど…着れるかしら?」

 サイズは異様なほどピッタリであった。

「あら、ピッタリね…とても似合うわぁ、それ良かったらあなたにあげるわ。あの子には男の子用じゃあ合わないわよねぇ…新しく作り直さなきゃ」

 とてもいい匂いだ…厚手のウールの素材が暖かかった。

 しかし、その人との一時は長く続かなかった。

 ドアをどんどんと叩く音が聞こえた。

 俺にはわかった。あいつだ。あいつが戻ってきたな。

「はいは~い」

 俺はその人に付いて僅かな隙を突いて靴を取って窓へ廻った。

「あら、あなた…どうしたの慌てて、ずぶ濡れじゃない!」

「ここに子供が来なかったか?」

「ええっ?それなら…」

 窓から出ようとした途中、その人の子供が俺を見てきた。赤ん坊ながら俺を認識していることに酷く罪悪感があっ

たが気に留めずに窓から荷物を持って出て行った。

 それから俺は次の新幹線まで東京駅で待った。

 今頃、奴は血眼で探しているだろう。

 ざまぁないなと思った。

 それから来た通りの路線で帰ろうとして熊本駅に着いた時に何か灼熱の熱い矢にでも当たったかのような感覚だった。

 転げまわりこの灼熱の炎の中にいる感覚の中であの人の温もりがまるでこの灼熱の炎に消されているような感覚が俺にはあった。

 気が付くとそこは総合病院の一室だった。

 起きた俺に驚くように看護婦が慌てて誰かを呼びに行った。

 そして、ジジイとババア、担当医が俺の身体を聴診器で心音やら何やらを聴診して異常なしと結論付けた。

 医者曰く3日間も寝込んでいたとそうだが、俺が電車で熊本駅にあの炎の矢にでも当たったかのような感覚の同時刻に親父は死んだという。

 捜査中にビルの鉄骨に同体突き刺さって串刺しの状態で殉職だそうだ。

 俺は親父より残されたあの人やあの子供の事を考えていた。

 それから、ジジイが俺に親父の事をすべて話してくれたが俺は納得がいかなかった。

 東京で刑事として毎月俺の養育費も払ってたからって俺にとってはだから何だと言う話だった。

 俺を探すより仕事を優先した矢先で勝手に死んだ奴の事より…見ず知らずのガキを抱きしめてくれた人の方が俺には大切であった。

 あの人のセーターだけは脱がそうとしても手に掴んで離そうとしなかったため、ずっと右手にはあの人の手編みのセーターがあった。

―ビイイイイイイィィィィィィィ!!

 高校3年、俺は高校キックボクシングで県大会に何度優勝したがその先の全国大会には毎年出場を拒否した。

 監督には全国を狙えると何度も説得されたが俺は…怖かった…あの人がもし見たら、知ったら…そう思うとロッカーでいつも頭を打ちつけ悩まされた。

 3年間、スパーをする度に終了のタイマーのサイレンの音が鳴るとあの人とあの子供の事を考えていた。

 3年の夏に部活を引退した俺は進路に向けて進んでいたが俺は悩んでいた。

 その頃には俺はラドンの能力に理解をしていた。

 炎も扱えるようになって今じゃライターのように指から発火させることもできていた。

 いわゆる自力火遊びだ。

 しかし、キックボクシングのプロの世界で俺のこの能力が発覚すれば…考えれば考えるほど恐ろしく感じた。

 しかし、俺はプロの道を進むため東京のジムに門を叩こうとして上京した。あの時と同じルートで…

「お母さん!あれがいい!!」

「ダメよ!この間も同じのを買ったでしょ!」

 上京して最初に寄ったスーパーでその人とその子供が俺の目に入って来た。

 俺は慌てて身を隠したが…

「ここにいたのか…探したぜぇ」

「てっ店長…」

 見た限りのまんまクズがあの人の前に現れた。

「お前が居なくなってから歌い手が居なくて苦労してんだぜぇ…あの一件以来、ぼったくりバーもままならなくてな」

「てっ店長…もう私は歌手じゃないです」

「…あん時の刑事のガキか…アイツ死んだんだってなぁ…

アイツのおかげで俺はムショのメシ食わされる始末だ」

「ママ怖い…」

「大丈夫だから…ねっ……もう関わらないでください」

「場末の歌手風情が俺に関わるなだと!!」

 男は銜えたばこを叩きつけて逆上する危険な状態だった。

 俺は咄嗟に近くにあった目出し帽を被って店員に金を投げつけて店を出た。

「俺がムショに居る間なに呑気にガキを作ってやがんだ!!テメェは俺なしじゃなにも出来ねぇ三流歌手のくせに!!」

 殴り掛かろうとした男の手を俺は掴み抑えて止めた。

「あん?なんだテメェ…」

 その辺にしておけ馬鹿丸出し…このまま焼かれたいのか、気絶させられたいかお前には選ぶ権利がある。

「ふざけんな!!だったらテメェをタコ殴りにしてやるわ!!」

 そういう所が馬鹿丸出しだと言ってんだ。

 男の動きは単調だ。大きなモーションに隙を付いて目を潰し顎を砕いてそこへすかさず腹に膝をめり込ませた。

「がっ…はぁあああ…がっ」

 男は膝から崩れて倒れた。無理もないプロの膝蹴りを嘗めた結果にして自業自得だった。

「あっあの…ありがとうございます」

「おじさんカッコいい!」

 おじさんって…思えばこの時から言われてたのかとも今にして見ればそう思えた。

「あの…お名前は…」

 そんな名乗るもんじゃないと言い残し、俺は2人から去った。

 2人から去ったのには理由がある。…そろそろか…

「見つけたぞ!テメェよくもやりやがったな!」

 腹を抱えてさっきの馬鹿が仲間引き連れてやってくる頃だと思った。

「こいつで間違いねぇ!さっきと同じ服だ!」

 気配は十分感じていたがそこで腹を抱えた馬鹿の仲間は俺の介入にそれどころじゃなくなり、俺に報復へ出たと見た。

「ちょっと面貸せよ!」

 もし、違えば俺もこいつらと同じ立だったかもしれない。

 なぁ…恐竜がなぜ恐いに竜と書くか分かるか?

 そんな太古の昔の生物が今でも生きていたら恐怖だろう…そして爬虫類だから竜…安直なのか単純なのか…

「たったずげでぐれ!!がぁあああ!!」―ジュウゥゥゥ!

プテラノドンって居るだろう…あいつらの常食はもっぱら魚などらしいが、時に同じ翼竜科目の恐竜やラプトルも食うらしい…今でも腹ん中にラプトルの爪が発見されるらしい…プテラノドンは家族を脅かす野郎は許さねぇ!!

「わっわかった!分かったからたすけてくれ!命だけは見逃してくれ!」

 知るかバカ!テメェと使えない兵隊は殺さないがなぶって破壊してあの親子に近づけないようにやるよ!

 だが、お前はクズだが煙草の趣味はいい…『バードマン』か…副流煙の少ない銘柄。

「わかった!わかった!!あの親子には近づかないし関わらない!!」

―ボッ…すぅうう…はぁああああ…

 それが聞きたいわけではねぇよ…俺はただテメェの悲鳴が聞きかったがこれっぽっちも面白味が無い。

 正義だとか悪だとか闇だとか知ったこっちゃないが言うなれば俺は影だ!

「わっわっわああああああああああああああああ!!」

 プテラノドンは外敵を許さねぇ…特に家族を脅かす存在は…

 俺はラドン…怪獣だ。




「これが俺の覚悟かな…そんなところだ」
 そうか…これが今回の報酬だ。
「ああっ…いつも通りの額をどうも」
 70%はあの親子か?
「今日は80%だ…あとはタバコ代かな…」
 そうか…
 炎翔寺ヒエン・ラドン…
 母親の愛を知らぬ翼竜だったか…
 少々危険な面も有るがEDFにもMONARCHにも比較的に協力的な数少ない怪獣だ。
 もし、道理なる人物が居なければ今頃一線を越えた危険な怪獣だったかもしれんな…
 ラドンは敵を許さぬ…か…


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指導の合気

 僕には弟子がいた。

 と言っても世代が1、2才下の高校生で初めは武道経験の無さそうな、見た目は細身でとても運動のできる人とは思えない子だと持っていた。

「あっあのう…ぼっ僕に合気道を教えてくれませんか」

 彼の名は佐々木君…そんな彼に僕が大学に在学していた時に突然、家の道場の門を高校の制服姿で叩いて来た。

「自分は…強く成りたいんです」

 それがどういう意味なのか…僕より若い彼に理解しているのかいささか疑問ではあるが…

 僕の実家である『土田流合気道場』の本拠には弟子は居ない。

 そもそも僕の祖父・土田ジュウギは合気道界で知らない人は居ない達人、いまや合気道は世界有数にして有力な武道、柔道、空手道、合気道と言った組手格闘技は世界の名だたる警察、軍隊、民間警備の重要事項として取り扱われている。

 10年前まで僕の栃木日光の実家は道場として位置していたけど本部が東京の方へ移動して爺ちゃんもそっちに移ったからここはもう道場としての機能は無く、今は僕一人だけの家となってしまった。

 まぁ多少運動用に道場があるけど僕自身が指導経験は無い上に僕はこの当時は大学で教員免許取得の目指すために勉強中であるから到底彼に合気を教える時間も無かった。

 必然的に断るしかなかった。

「お願いします!どうかこの通り!!」

 そうやって彼は僕に深く頭を下げてきた。

 合気道はもとい武道には礼で始まり終わりに礼の精神ではあるが彼がその頭を下げ伝えることに本来の意味を知っているのか…知っても知らなくても今の僕の目では彼の礼は安い頭を下げている程度にしかこの時までは思っていなかった。

 僕は当時の事を思い返すと今でも忘れることもできない。

 忘れることは彼の真の合気と彼の存在を見殺しにしてしまうからこそ僕は忘れない。

 結局、その日は彼を追い返す形で彼を帰した。

 次の日

 

「こんにちは!合気道を教えてください!」

 学校帰りの彼が制服でまた門を叩いて来た。

 だけど僕はその日、居留守を決め込んだ。

 僕自身インドア派であるから大学の授業の無い日ぐらい布団に包まって一日中寝過ごしたい気分もあるのに彼は玄関内で大きな声を出して叫ぶから僕は掛け布団を頭まで持って被った。

 数分もすれば彼は諦めて帰るだろうと僕は深い眠りについた。

 その眠りに入った中で僕は夢を見ていた。

 この家を祖父から託される以前まで僕は祖父に毎日のようにしごかれ、組手合い、何度合気の練習台に自分より小さな子供である僕を投げ飛ばしたか…数え切れないほど毎日であった。

『よいかコウタ!合気は己一人で志すものではない!…学び極めた合気は完成洗練された合気ではない!』

 僕は祖父に本当の合気が何なのか問いただした。

『たわけぇえええ!!』

 そういうと祖父は僕をいつものように投げ飛ばそうとしたが、その時の僕には祖父の動きとそれに生じる気の流れる動きの軌道が見えた。

 それに合わせて僕は祖父の動きの流れと僕の僅かな力を上乗せして祖父に返し、祖父はいつも僕に叩きつける木刀がかけ並ぶ壁掛けまで吹っ飛んで祖父は壁に激突した。

『がぁぁあああああ!!』

 僕は我に返ってこの行為と行動が無意識による僕が祖父に対して行った初めての合気であったが、それより先に祖父 に慌てて駆け寄った。

『これにて…土田ジュウギの合気は完成した…いいかコウタよ…合気とは…武とは同じ志を共に分かち、知ある者が無き者と共に高め合う、それが武道じゃ!』

 駆け寄って心配する僕の肩を強く掴み、目前で怒鳴る祖父の顔が歪み…視界も歪む…

 僕はそこでいつも目が覚める…昼寝でもこれで眠れなくなった夜の内に僕は教員勉強に励む。

 人は一度昼寝をするとその夜は眠れなくなり昼夜逆転を起こす、生活リズムは狂うけど…もう直やってくる教育学部の試験に合わせて常に勉強漬け…知り合いには学力に問題無い上に皮肉なまでの勤勉さは教職に向いていても教師には向いていないと言う…学生は勉学厳守だろうと僕は毎回返すが大学の同級生は肩を竦ませるのが毎回のオチ…

 僕は教員を目指すあまり、誰かとの関わりを不要と考えていた。そんな教師はさぞつまらない先生になっていたと思う。

 鈴虫の音が窓から入り込む実家の僕の部屋から薄暗い通路を進み、何を思ったのか僕は今更ながらあの夢に導かれるように道場の方を無意識に目指していた。

 この時の僕はさすがに彼も帰っただろう…そう思った。

 しかし、何故か道場の明かりがついていた。

 そこには丁寧に雑巾がけされ床が光沢輝くように道場が生き生きとしていた。

 無論、僕も週に1度道場を磨くがそれより綺麗であった。

「えっと…次は…」

 僕は柱の陰で彼が読む合気道の本で技を僕の実家の道場を勝手に使って自己練習をしていた。

 普通なら許可なく勝手に道場を使っていることに不法侵入を警告するが…僕はそんな野暮な事を考えるより、彼が着ている道着が自分の目に飛び込んだ。

 僕は道場にズカズカと深い足音を立てて進み、彼の道着の襟を掴んだ。

「せっ先生!ごっごめんなさい!勝手に道場を使用して…」

 そんなことが聞きたいわけでは無かった。

 問題は彼の着ている道着が柔道着であることであった。

 しかし、僕は昨日みたいに無下に帰すのも僕個人の考えで失礼だと思い、改めて言い訳となぜ合気道を習いたいのか問いただした。

「…僕の高校の柔道部は先日…廃部したんです…理由は僕の友達の一人が不良グループと関わっていて、柔道部の部室は見せしめに荒らされて、部員はみんな怖がって退部して…」

 彼は目に涙を浮かべて、その大粒の涙が彼の膝に乗せた拳に滴り落ちるのを僕は見た。

 心を打たれたかって…逆です。

 尚更彼に合気道を教えるわけにはいかないと思いました。

 合気の武道家に塩田剛三氏と言う方が居ます。

 氏は佐々木くんと同じく元々は柔道を習っていた方でしたが氏曰く『日常、それ即ち武道』と常日頃が一切の隙の無い方だったと耳にしていますが、更に氏曰く「人が人を倒すための武術が必要な時代は終わった。そういう人間は自分が最後でいい」と語っていたそうです。

 その言葉通りなら倒す武術の必要なき時代に『土田流合気柔術』を習おうとする彼は学んだ武術でその友達を助けようとする…それが教えたくない理由です。

 武道に一番あってはいけない御法度が感情に囚われることです。

 感情で揺れ動く中で学ぶ武道は時にあらぬ方向へ進むからです。

 誰かを救いたいと言う救済心は裏を返せばそれが蔓延りへばりつく悪意に対して報復心を搔き立てるからです。

 心に現れる感情はコインの表裏のように善と悪の表裏一体である。

 それは僕自身、祖父にかけた初めての合気が普段祖父にしごかれてきた鬱憤と狂気に満ちて起こした武術を誰よりも知っているからである。

 精神乱した武道は武術成すにあらず、僕は彼に合気を教えられなかった。教えたくない。学んでほしくない。

 僕は帰ってくれと彼に言うと、佐々木くんは最後にこう言い残して去った。

「自分でも分かっているんです…僕の心内じゃぁどうにもならないことぐらい…でも…僕から武の心を失いたくないんです!!だからこそ強く成りたいんです!!」

 僕はだんまり決め込んで彼がふらつきながら寂しい背中を見送って返した。

 …これでよかったんだ…そう言い聞かせてたった一人だけになった道場に静寂が走った。

 僕は口にも心にも、自分自身にも土を被った『土竜(モグラ)』に過ぎなかった。

 数日後、僕は大学帰りに寄った河川敷を沿って家路に向かっていた。

 大学の授業時間は決まって90分、2時間目もあればあっという間にお昼になって午後を迎える。

 その日は5時間もあって既に夕暮れ時だった。

 河川敷には駅に通じる路線大橋がある。

 たまによく線路大橋の下に高校生が屯して居るが今日に限ってやけ騒がしかった。

 というより揉めて居るようにも見えた。

 複数人が壁に向かって誰かを追いつめていた。

「がぁっ!」

 殴られた反動で相手が橋の陰から夕陽に滑り込む様に顔を出した。

 やられていたのは佐々木くんだった。

 佐々木くん!!と叫び僕は咄嗟に彼に駆け寄った。

 河川敷の坂を下って降りて行き僕は佐々木くんに駆け寄って彼の容体の安否を確認したが…至る所に内出血、打撲、痛々しいほどの傷の数に僕の中で何かが弾けた。

 相手は3人で寄ってたかってなぶる行為の卑劣さをよそに僕は彼等に何をしたのか訴えた。

「あん?クソチビがしつけぇからだよ!今さら柔道部を潰されておいてこの上新しい部活を始めようとしていたからもう二度と立てないように病院送りにしてやろうってな!」

 そうか…そうなのか…

「さっさとどけよ雑魚チビのおっさん!」

 もう…我慢ならない上に僕の体格を下に見て僕を年寄り呼ばわりした報いは…彼に痛みで解らせなければ…

「がぁあああ!!」「いてぇぇええ!!」

「こっこの!!」

 無駄だ。どんな攻撃にもそれを返す上に上増しで彼らに衝撃が加わる痛みは確実に体内で停滞する。

 だけどこのリーダー格の青年は僕が彼を地面に叩きつけても受け身を取って衝撃を緩和した。

 いい受け身だった。鍛え上げられ熟練された受け身だ。

 その上、体格も僕よりあるし反射神経も運動性能も他の2人よりある。

 なのにこんなことに使うなんて僕は間違っていると考える。

 彼なら柔道でかなりの成績を残せるはずなのにこんなことに武を捨て暴力に徹することが僕には憤りを感じさせる。

「はっ放せ!!ぐっぐるじい…」

もう二度と彼に関わるな!僕は怒鳴りつけて抑えていた首元を離して彼らを帰した。

 土だらけの制服の背後を見届けてふらつく足取りで河川敷の坂を上って帰って行った。

「うっう~ん…」

 気が付いた佐々木くんは起き上った反動でケガをした肩の痛みを抑えて僕の方を見た。

「つっ土田先生…」

 なぜ彼らにあのような事をされていたのか僕は改めて彼に問いただした。

「柔道部は潰れましたけど…それでも柔道以前に僕は武道を捨てきれないんです…柔道は廃れても合気道なら僕は自分の何かが帰られると思って…昨日あなたを訪ねたんです」

 今更ながら僕はそんな彼の気持ちを無下にしていた罪悪感がやって来た。どうして今更…

「僕が柔道を始めたきっかけは小学校の体育の授業で92年のバルセロナオリンピックの柔道71キロ級の試合を見て感化されたんです…出場していた日本人選手は足を怪我していても試合に出場して勝って金メダルを獲得したその姿を見て僕は柔道を志し、中学3年間打ち込んで結局レギュラーは取れなかったけど…高校で頑張っていた矢先に…うっうっうう…」

 動の柔道とは違い、静の合気道は正反対だ…けど、同じ武道に変わりない…彼はその想いを砕かれても、心折れていない武道精神は紛れもなく本物だと思った。

 もう二度と…彼の気持ちを無下にしたくない。

 ここで無下にしたら僕は彼を本当に見捨ててしまう。

 彼の気持ちが本物である以上、僕は彼に手を差し伸べた。

 祖父の言っていたことにやがて僕は近づいた。

 あれから佐々木くんは僕の下で合気を習いに顔を出してくるようになった。

 僕も彼に合気道の技や対人術を教えるようになった。

 教員試験勉強の中で僕は彼と合気を通して教えるとは何かを模索させてくれた。

 教え子は学び鍛え、教える側は教えの中で教え子から学ばせてくれる。

 これが完成された合気だとこの時までは思っていた。

 次第に時は半年を経っていた。

 僕は教員免許試験に受験して好成績を残したことを確信して今日改めて佐々木くんに護身柔術に踏み込もうと上機嫌でいたのも束の間だった。

 いつもなら既に道場に来ているはずの佐々木くんの姿は無かった。

 いや、正確には来ていた形跡があった。

 道場の中央に彼の柔道で獲得した古ぼけた黒帯が置かれていた。

 僕は必死になって探し回った。

 思いつく場所、思いつく限り、彼の実家にも…

「はい?佐々木です…」

 事情を話しても佐々木くんの両親は帰っていないと答えた。

両親もこんな遅くにもなっても帰ってこないことに心配していた様子だった。

 商店街に差し掛かって探し回ったが佐々木くんは見つからなかった。

「あっ!あんたは…!?」

 僕に気付いて駆け寄って来たのは佐々木くんを虐めていた不良グループのリーダー格の子だった。

 そして彼から告げられたのは…

 日光公民病院 集中治療室

 

 手術中の赤いランプが付いた治療室前の通路のベンチでは彼のご両親が涙ながらに彼の事を心配して待っていた。

 僕はご両親の見えないところで不良グループのリーダー格の子に胸ぐらを掴んで彼に何があったのか問いただした。

「おっ俺だって止めたんです!…けどアイツ…俺が関わっているヤバい先輩に突っかかって…無理だと思ったら多勢相手に翻弄する佐々木に驚きましたけど…その先輩がヤクザから横領した銃で何発も…」

 僕は今度こそ何かが煮えくり返るような気配を自分の中で感じた。

 祖父に繰り出した合気の時よりも、彼のグループに対して行った時よりも、もっと決定的な何かが僕に起きた。

「ひぃ!あっあんた目が…」

 彼の言うように鏡を見ると僕の目は黒めを残して白目部分が充血して赤くなった以上に紅く、人の目では無かった。

 そんな事などもはや僕にはどうでもよかった。

 彼の言うヤバい先輩の居る場所に案内をさせた。

 県外を出て少し都会の場所の裏路地の廃れたBARに居ると教えられ、彼をおいて僕一人紙袋を頭にかぶって開けた目穴を通してBARに乗りこんだ。

「おいヤス!!あの女まだか!?早くしろ!!こっちは人ぶっ殺してんだぞ!やらねぇとおかしくなっちまう!」

―コンコンッ

「たくっやっと来たか…」

―ドドオオオオオオンンンンッ!!

「わぁああああ!!なっなんだ!?」

 ヤスも女の人も来ないぞ…

「だっ誰だ!?」

 人を人とも思わないお前に制裁を加える者だ。

「せっ制裁だと!?ふざけんな!他の連中は!?」

 BARカウンターの天井に突き刺さっている奴らなら見るまでもないだろう…最もお前はこれから悪夢を見るんだ。

「わけわかんねぇこと言ってんじゃねぇ!!」―チャキッ

 無駄だ。あんたの身体から白い線があんた枕もとを指していた。これが佐々木くんを撃った銃か…

「いででででででえええ!!」

 横になれ…これからお前を施術してやる。

―ドドオオオオオオンンンンッ!!

「がぁああああああああ!!」

 そんな強くやったつもりは無いが…床にめり込んだな…

 手も動かしていいぞ…少しは抵抗しろ、フェアじゃない。

「うっ動けねぇ…どうなってやがる…体がまるでサンドイッチのように挟まれた感覚だ…なにも無いのに動けねぇ」

 お前は人を弄び過ぎた…巻き込み過ぎた…

「何なんだテメェといいあのチビガキと言い、突然うちの下っ端のガキを取り返すとか言ってこの俺に歯向かいやがって!!ぶっ殺してやった!!ここらの縄張りは俺のもんだ!金も銃も女も部下も俺のだぞ!!」

 そうやってお前が奪ったその手を僕が縫い付けてやる。

「やっ止めろ!やめてくれ!あっあっがぁあああああ!!」

―ガンガンガンガンッ!!

「がぁああああああああ!!」

『傷害事件と現着』

『パトカー了解』

―パシャパシャパシャパシャ…

「警部…コレ…どうやったらこんな悍ましい事が出来るんだ…」

「こいつはロウソク釘だ…大昔、手足に五寸釘を打ち込んでそこにロウソクを立てて火を着けると傷口に蝋が入り込んで苦しみ悶え、これに耐えかねてゲロっちまうエグイ拷問法だよ…まぁあの男、例の高校生射殺事件に加えて銃の不法所持、加えてここの地下から発見されたヤクザから横流しした麻薬と銃の数…あのリーダーの男が吐いた通りだな…」

「よし、運ぶぞ…1、2、3!!」

「わぁああああ!!やめろ!!助けてくれ!!鬼が…悪魔が!!」

「おい暴れるな!!」

「死刑にはならないだろうがどの道アレは終身刑で一生病院生活だろうなぁ…」

「手足が警部の仰る通り、蝋で焼かれて重傷でしたからねぇ」

―コッコッコッ…

「失礼…防衛軍大佐の尾崎だ」

「ああ?なんでEDFが…」

「たった今、今回の事件の捜査権は警視庁から我々に移った」

「何の権限があって…」

「あなた方警察では今回の事件は手に負えない、この事件はそう簡単に説明できるものでは無い」

「なにをってるんだアンタ」

「君たちが見ているものは人間の事件では無い…猛獣、鬼、悪魔、妖怪、それ以上の存在だ」

―ゴロロロロッ…

 自分の中で乱れる心を道場の中央で黙祷に映るものが僕を揺さぶった。

 あの後、佐々木くんは集中治療室で手術を施されたが…肝臓に弾丸が到達し、多量出血で施し間もなく亡くなった。

 夢ある若者の未来が一人消えた。

 これから先、明るい将来を約束された彼の未来は奪われた。

 だが、同時に僕は人としての倫理を外れた。

 僕はあの時何になったのかわからないが、一先ず人間で無い事は確かであった。

『息子はいつもあなたの事を語ってくれました…部活での辛いことを一切語らないあの子が…あなたの事を話してくれる時だけ…笑顔を…見せてくれました…あの子にとってあなたは誰よりも自分と向き合ってくれた師匠(せんせい)だと教えてくれました……あの子にご指導いただき…ありがとうございますぅぅううううっうっうう』

『息子にご指導、心から感謝いたします…あなたは誰よりも立派な指導者だ…本当にありがとうございます!』

 ご両親の言葉が今でも僕に突き刺さる…指導者なんて僕は大それた人材では無い…武道に感情はご法度と考えておきながら自分がこのありさまであることに僕は改めて合気道としても武道としても外道に徹した事に自分自身が許せなかった。

 祖父に関わった合気、人に教えると言う合気が僕は忘れていたことを佐々木くんに教えて僕の合気は『合気道』として完成目前に崩れたと考えた。けど…

―ザァアアアアアアア…

「はぁっはぁっはぁっ…」

 こんな大雨の中で彼は…不良グループのリーダー格である彼が僕の家までやって来た。

「俺に…合気道を教えてくれ!!」

 彼に教える義理は毛頭ない。

「自分でも分かっていた!!こんな人生にロクな事は起きないって!!愚図って腐って挙句に自分を救ってくれたアイツに助けられ、目の前で殺された!!」

 感情に駆られ、挙句に僕に頭を地べたに這いつくばっている。

「親友を見捨てたんだ!!俺は!!…だから…」

 だから…

「だからアイツの分まで強く成りてぇ!!…誰にも何者にも…自分にも…もう負けたくないんです!!」

 僕は彼の本音にある言葉を改めて思いださせられた。

 それは塩田剛三氏の言葉、『人が人を倒すための武術が必要な時代は終わった。そういう人間は自分が最後でいい』…この言葉には続きがある。

 『これからは和合の道として、世の中の役に立てばよい』と氏は言う…ならば僕も人に武を教え、合気を世に役立たせよう…彼のように僕の教えで誰かを導けるのなら…それを見捨てるわけにはいかない…

 でも誰かがそれを阻むと言うなれば…僕は改めて怪獣になる。

 僕は土田コウタ…土田流合気柔術術師範にして…

 怪獣バラゴン。

 もはや僕は土を被る気は無い。




―佐々木家之墓

 揺らめく煙が立ち込める線香を墓に眠る者への思いと共に天に昇る。
「彼は僕の唯一最初の弟子でした…その武を誰かを救うことでまた誰かに受け継がれる」
 だろうな…協力しろとは言わない、だが我々は君の指導力を高く評価している。
「僕は兵士を作るつもりはありません。そんなことに合気道を利用したくない」
 …そうか…
「でもねぇ尾崎さん、教えを乞うとあれば来るものはもう拒みませんよ…それじゃぁ」
 そう言って土田コウタは墓を後に木桶に入った水を持ち上げて去った。
 私は栃木県内の県立高校で新たに合気道を部とする学校を耳にした。
 そこでは今は亡き佐々木と言う青年の遺影がその学校の合気道部の神棚の上で見守られているという。
 私も塩田剛三氏を存じている。
 塩田氏はかつて弟子に『合気道で一番強い技は何か?』と聞かれ時に『それは自分を殺しに来た相手と友達になること』と答えたという。
 だが、土田コウタはそんな元来の合気とは正反対な武念が存在する。
 何者で有ろうと武を汚す者は徹底的に壊す…
 奴もまた怪獣か…
 怪獣バラゴン…言い換えれば奴もまた驚異的な怪獣であろう。


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毒を持って制する

 『PM2.5』300都市以上の空を覆うそいつは粒子状物質の中でも特に中国に深刻的な大気問題を起こしている。

 そいつにとってはマスクなんざ穴の開いたチーズも同然だ。

 そうなるとどうなるかって?

 慢性気管支炎に肺気腫と言った呼吸器疾患や高血圧と心不全のような循環器疾患、更にはアレルギーにがんといった症状を引き起こす。

 更には風に乗って日本にも到達する。

 過去の例では九州から西日本の始めとした地域では高濃度の『PM2.5』が上陸することに日本各地で注意喚起されていた。

 なんでそんな危険な物質を除去しないのかって?

 人毛や花粉より小さい微粒子をどうやって取り除けって言うんだ…それだけ小さければ人間の肺の奥の奥にだって浸透する。

 もっと言えば工場、鉱山、自動車と言った人的発生もあれば火山灰に土壌の天然発生も多く挙げられるが故に発生を完全に遮断することは出来ない。

 話を変えて高度経済成長期の日本で起きた公害病って学校とかで習っただろう。

 水俣病やイタイイタイ病、そう言った公害病ってのは発展による代償と言うわけだ。

 それこそ『PM2.5』も工場から発生するなら公害だ。

 産業、工業では人的悪影響上等でも生産ラインを止めない。

 お前らが着ている服やズボン、使っている物もあるいは大半が工業製品を占めているに決まっているだろう。

 発展の裏には常に公害は表裏一体って訳だよ。

 中華人民共和国香港特別行政区

 

 香港って町は中国にありながら中国政府自治に既存せず香港政府を主体に中国では珍しい資本主義を採用する全く別の中華人民共和国ってわけだ。

 更には日本と同じく直接・普通選挙も行われる。

 一党独裁の中国政府と違い、もっとも民主に近い形で成り立つ都市だ。

 だが、俺はそこの住民じゃないし当時は天津の方で薬剤店を開いていた。

 そんな俺の店にスーツ姿の野郎どもが押し掛けて来た。

 香港行の航空チケットと指定場所の案内の書かれた紙を置いて何も言わず買わずに去って行ったが俺には直ぐに解った。

 そいつらは中国政府の人間だと…

 やがて案内に書かれた場所に着くと『香港広東海鮮酒家』と言う香港でも指折りの高級店に似つかわしくない黒スーツ姿の男たちが取り囲んでいた。

 近づけば『入るな』とジェスチャーされて追い返されるが俺は案内図を見せるやあっさりと通された。

 最奥に進みにつれ如何にも怪しげで薄暗く何よりここが会員制の料亭でわざわざ待つ者はどんな成金野郎か想像させられた。

「久野先生、お待ちしておりました。こちらへ」

 明らかに政治家の秘書らしき人物に席へあんないされるとそこには中華料理屋の象徴とも言えるターンテーブルが置かれていた。

 同時にそこには豪華絢爛な料理があった。

 これ1料理いくらするのか俺には知る由も無かった。

 目的は恐らくお食事の誘いでもない。

 俺に中国政府の知り合いは居ないからな…

「中国料理は何でも食べる真髄にある。鴨に子豚、カエルにヘビ、或いは君たち日本人が愛玩する犬猫でさえ…失礼、犬猫は()()()です。今は…我々も愛玩すべき家族ですよ」

 現れたのは顔立ち丸い骨格に紺スーツ、そして極めつけは『中国共産党中央委員会』のかなりトップの人間のみが付けることを許されたバッチをジャケットの左襟に着けている。

 俺は自分の店にあんな物騒な連中を寄越してどういう要件だと訪ねた。

「無礼をしたことはお詫びいたします…が、事の件についてはあなたが稀代の天才薬膳師と言う噂を耳にしたもので」

 噂は噂でしかない。薬膳師では無く薬剤師だ。

「いえ、あなたの薬学の本懐は薬膳です。現にあなたは天津で奇跡を起こした」

 あの事かと溜息が付きたくなるようなことを思いだした。

 俺が住まう天津のある街で伝染病が蔓延した。

 日本でも江戸時代末期に外国との貿易で伝染した『コレラ』だ。

 『コレラ』とはコレラ菌による経口感染症の一種で日本でも井戸水などによる飲料で感染拡大した記録があり、現在でもアフリカ圏で多く存在する。

 潜伏期間は5日以内、早ければ数時間で症状が現れる。

 症状は1日で下痢を2,30回も起こし34度台の低体温となるが、天津で起きたコレラには通常のコレラとは違う特徴を有していた。

 それは『飛沫感染』だ。経口感染症であるはずの感染症がたった一回のクシャミで広く広範囲に蔓延する。

 驚くことにそいつは感染者が最終的な衰弱と共に大きなクシャミを引き起こし、感染者はそのクシャミの後に死に至り飛沫と共に増殖し広まる。

 『新型コレラ』がまるで意思を持ち、感染では無く患者に寄生する様な形で留まり、時が経つと『死のクシャミ』を引き起こさせ次なる宿主を探す悪魔だった。

 だが、俺はすぐさまその『新型コレラ』の血清ワクチンを開発した。

 こいつの構造は実に単純かつ明確なまでに基礎構造は核からなる木の実だった。

 こいつの核の周りにのみ毒素成分が存在し症状を引き起こさせるが…こいつの核は全くの無害、それどころか感染症状を和らげる成分を含んでいた。

 『毒には毒』『毒の中にこそ中和あり』コレラ菌の核だけを抽出して無毒な核だけを取り出すが、ここで使用するにはワクチンだけでは予防程度にならない。

 その為には菌やウイルスが育つ環境に同時に育った生物の動物血清を必要とした。

 しかし、その時のパンデミックにめぼしい動物は疎か動物実験用のマウスすらなかった。

 すると俺は自分の腕に触れた。

 そう、自分の血液の使用を考えた。

 使用するのは未発達の赤芽球に従来の核だけを取り除いて新型コレラの核と入れ替える。

 コレラ核の入った赤芽球は脱核と共に取り外されるがここにコレラ核であることが体内に伝達されれば好中球からなるキラーT細胞、マクロファージ類の発動の遅い免疫細胞が早急に動き出す。

 コレラ核を抗原提示されたら後はワクチンにも特効薬にもなる『コレラ核血清』が完成した。感染者にも有効な特効薬だ。

 コレラ核と入れ替えた赤芽球血清が天津全域に行き渡り『新型コレラ』は消滅した。

「あなたはアレを自分の功績とせず、匿名でWHOに提供した…あなたが世間から名声すら語られずとも我が中国はあなたの偉業を高く評価している」

 お礼…到底そんな事を言う男には見えなかった。

「そこで、です…あなたに是非とも見ていただきたい者が居ます」

 大方、そんなことだろうと俺は思った。

 北京郊外 総合病院

 

 せっかく香港に着いたのに次は天津近くの北京だった。

 往復6時間分の移動をやってのけるだけの財力と権力がこの中年の中央委員会の政治家にはあることを自分に想像かたくなに過るばかりであった。

「着きました…ここです」

 そこは隔離病棟の一角にある一室の部屋だった。

 スライド式のドアを開けるとそこには延命装置に繋がれた幼い少女が居た。

「私の…娘です…名は『カリン』…まだ7歳で…」

 感染防護の為に防護ガラス隔てて通路上に俺と中央委員会の男、2人で通路と部屋の間に防護ガラス1枚隔てて目にすることしか叶わない状況であった。

 延命装置と酸素吸引器で繋がれた7歳の少女『カリン』は斑点の水疱に奇形な顔付き、恐らくは症状による外見崩壊であろうと予想したが…内情はもっと酷い状態であった。

 病院長と俺で『カリン』のカルテとレントゲンを参照に意見交換が始まった。

「彼女がここに運ばれてきたのは半年前で当初はカドミウム中毒に似た症状と思われました。しかし、彼女の中毒症状は末期状態にありながら延命が可能で脳波も正常値ですがその他体力的衰弱も見られ生きながらにして打つ手無しの状態です」

 子供は体力が未発達故に衰弱の状態では手術は困難であった。

 しかし、カルテ上の脳波値と心電図には異常は見られない。

 肺が肺炎を起こしているが呼吸器を繋げ呼吸循環が出来る。

 これは唯の中毒症状じゃ無いと直ぐに分かったのは現場検証だった。

 俺はカリンの地元の北京郊外の外れの街に訪れるとそこにはカリンと同じ症状を持つ人間が幾人もいた。

 子供から大人に至るまで…しかし、ここでは貧困によりまともな医療看護すら受けられない者ばかりだった。

どうしてこの症状が出ているのか…原因追及に回っていた。

 しかし、郊外と言っても何世帯も回っていてはキリがない。

 衛生環境もよろしいとは言い切れない…これならどこから感染してもおかしくない環境だった。

カリンの容体は俺が見た限り予断を許さない状況であることが確かだった。

 1日でも早く原因を見つけなければ…

「イヒヒヒヒッ…見える…見えるぞ…黒き毒霧の魔物が…」

 郊外の裏路地に差し掛かるとそこには如何にも山から降りてきた白く長い髭を携えた怪しげな老年の占い師が居た。

 間違えました。俺はそう言って去ろうとした。そんな占いと言う不確かなものに構っている時間も無かった。

「まぁまて…おぬしが探して居るものはわしが良く知っておる…」

 その言葉に出まかせは感じなかった。

 何を思ったのか、俺はその占い師の言葉に留まり耳を傾けた。

「おぬしはある病気を探っておる…それも幼気な少女の命を脅かす毒の正体を…ケケケッ」

 占い師の言葉に驚いた。

 俺が探していることをズバリ言い当てた。

 一切の占い道具すら使わずに見抜く観察眼から成るもの程度にしか思わなかったが…聞くだけ聞いて見ようと思った。

「おぬしは天津に住んでおるなぁ…地元ではない…そなたは日本人だ。優秀な医者…近々祖国に戻ろうとしておる……おぬしは見たのだのぉ…この国に渦巻く欲望の闇と野心の陰…自分でも否定しつつもおぬしが見た『コレラ』が人的生成によるものだと突き止めてしまった…違うか?」

 この占い師は優秀な占い師だ。

 確信したのは俺が探っている『コレラ』の事を言い当てた。

 そう、あの時の『コレラ』には何処か自然発生によるものとは思えない点が幾つもあった。

 そう、あのコレラ菌は人的に操作された『生物兵器』だ。

 『天然痘』や『炭疽菌』、それらに付随する人工操作の痕跡が俺は信じたくなくても現実は人間の傲慢によるものがもたらしたと予想をするも確証がなかった。

 占い師の後を去ろうと…ようやく決心がついた。

 本当はこの症状が何なのか俺には最初から理解していたのかもしれない。

 だが俺がコレを追求すれば俺自身が人間を信じられなくなるかもしれない。

「まて…私の占いには続きがある……お前さんには黒き人の業の結晶がみえる。時に霧となり時に体となるそれは無限の可能性を秘めておる…おぬしが求めるのは治療法では無い…可能性を恐れず、究極の猛毒をもたらす黒き毒だ!毒には毒を持って制すしか無いぞ!」

 占い師の戯言とは思えない結果だった。

「後、700元(約11000円)ね」

 そして、ちゃっかりしていた。

 郊外を抜け、山道に入った。

 菌類の多くは山や川から突然変異で現れる傾向があると言う、菌も自然由来の生物であり、他生物より広く大きく増殖培養して進化する。

 険しい山道を進む中である一つの共通点をカリンと街に住まう者たちの症状と俺が診たコレラ症状に全く同じ症状…それは表皮に発生する斑点の水疱だ。

 この症状との共通項…更に時期が天津のコレラと半年前に発症した北京外れの町での謎の伝染病…更なる共通点は天津と北京が隣接する町の中心が今進むこの山道の中央だ。

 俺は地図上に発症したこの2つの伝染病に点を着けて円を描いてみた結果、ここの北京市と天津市に重なる山に辿り着いた。

 人気も無く登山客も居ない場所に似つかわしくない謎の建造物が見えた。

 中はかなりボロい…と言うより随分と荒れていた。

 俺は床に転がっていた建物の破片を踏むとチョコのように崩れ、踏んだ足を摺り伸ばすと炭が床に付着した。

 火事…火災による何か、それも大規模な…

 中国の年間のボヤ騒ぎは数多い…最近など花火工場や火薬類を扱う店などが爆発炎上したニュースはよく目にも耳にもする。

しかし、探し回れど痕跡の様なものは無かった。

 無駄足踏んでしまったと思われていたが…

 ベチャッ!足元を俺が何かを踏み付けた。

 そして次の瞬間、踏んだ足に纏わりつくように俺の身体へと這いずり登って俺を取り込もうとして来た。

 熱い!…痛い!…苦しい!かつて感じたことのない苦痛と激痛に俺は気がおかしくなりそうな程どれだけ転げ回ったのだろうか…

 こいつが後に俺に見せるその真実が…俺に怪獣への決心と覚悟を運命づけたと今にも思う。

「楊博士…これ以上のヘドラに無駄な投資をしている時間はありません」

「待ってくれ!ヘドラを有効活用すれば中国大陸…否、世界中の汚染問題は解決するんだ!」

「いいえ、我が中国に纏わりつく工業汚染を除去できる力を求めているのです…そして、これらを軍事利用した生物兵器も…」

「待て!?そんな話は聞いていないぞ!!」

「聞いてもらう必要はありません…あなたに選択権は無いのです、ヘドラとあなたの倫理を同じ天秤に賭ける様な真似は致しませんように…」

「くっ…」

「父さん!分かってくれ!世界を浄化するためにはヘドラが必要なんだ!そのためにはこの子がヘドラと同調を」

「人体実験に賛同した覚えは無い…私はココにもお前からも手を引く…自分の子供まで利用するお前をそこまで落ちぶらせた私の汚点だ…ヘドラは永久に凍結だ」

「待ってくれ!父さん!父さん!!……父さんまで私を…父さんも私たちを見捨てた母さんのように…」

 ドオオオオオオンンンンン!!

「なぜなんだ父さん…なぜ…」

 すべてが繋がった。そう、すべて…

 数時間後…

 

「先生は未だか…」

 恐らく中央委員会の男は待ち遠しい気分だっただろう。

 いつ娘の灯火が消えるかわからない状況の中で歯痒い気持ちだっただろう。

 そこへ俺はボロボロな状態でバンッ!と待合室のドアを開いた。

「先生!?…一体、何が」

 息を整えながら『手術開始』を宣言した。

 手術を始めるに至って俺は助手もつけず、医療器材道具も持ち要らず、おまけにカリンの父親が防護服を着ているのに対して俺は一切の感染防護もせず、私服のまま手術に向いた。

「他の…先生は?」

 そう、ここには俺とカリンの父親、そして手術台のカリンだけであった。

「一体これから何を…」

 何をだと?…あんたは最初からわかっていただろう…これはカドミウム中毒でもましてや従来の医学書に既存する感染症なんかでもない。

 この子の病気に名付けるなら『ヘドラ感染症』、あの町はあんたら中央委員会が軍事的に開発していた『ヘドラ』を人為的に生産可能かを実験するための町外れにある『経弩螺研究所』でこの子が始めてこの病気に感染が発症…天津まで広がった。

 そう、表向きは天津でおきた『コレラ騒動』はあんたらが作り出した生物兵器による人災だ。

 子供を人体実験に使用して挙句に自らの業をこの子にまで蝕ませた…この子はヘドラに適用しなかった。

 故にあんたはこの子を感染源にしてしまった。

「まっまってくれ…私は…」

 中央委員会何て随分と大それたことを偽ったな…『中華人民解放軍経弩螺研究所所長・楊ホアン』!!

「まっまさか…あなたはあそこへ…」

 ああ…行ったよ…そこですべてを知った…あんたの報告書もすべて読ませてもらった。

「こっコレは燃えて消えたはずの…わっ…私は…反対したんだ!…日本から『ヘドラ』と言う怪獣の組織から生成される特殊生体兵器の量産…それが軍の命令、しいては政府の意向だった」

 その為にあんたは大勢の研究員と街の住民に自分の娘、更には北京、天津に至る二大都市を巻き込んでまでよく言えたな!

「巻き込むのは本意では無かった!!…娘まで…こんな状態になるなんて誰が予想できた…」

 …あんたらは『ヘドラ』を使って何を企んでいた。

 この子を利用して何を企んでた!!

「…私には何も…私達には何もだ…親子二代でヘドラの研究に明け暮れて…それが兵器となるとも知らず…人類開闢の為と…世界を救うためと……世界は汚れている…『毒には毒を持って制する』…父がよく口にしていた言葉だ!!」

 ならその言葉通りにしろ、毒を拭い去るにはあんたが研究した毒の限りを尽くして今も苦しむあんたの娘『カリン』を救い、街も北京も天津も中華全土を救うしかないだろう!

「それは無理なんだ!研究所は爆破され、父は行方不明…父が犯人と見なされ、容疑者の子の私は孫のこの子まで、政府の言いなり、所有物同然だ…研究所だって恐らくは…」

 まだ希望はある…あんたの父親は言ったんだろう?

 『毒には毒を持って制する』と…

「何を…」

 俺はカリンの服を開いて自らの手でカリンの腹を触れてカリンに蝕むヘドラウイルスをその手で吸収し始めた。

「なっなにが……まさか!」

 カリンの身体から症状が消え始め、次第にウイルスは俺の体内を循環して『ヤツ』に戻って行った。

「そっそんな馬鹿な…ヘドラは…ヘドラはあなたを選んだとでも言うのか!?」

 そんな抽選、選ばれたくは無かったが…あんたが本当にこの子を救いたいと願ったなら実現させるのがスジだろう。

 それになぁ…ヘドラはあんたに貸したものを返してもらっているに過ぎない…町に散らばった自分の因子は既に取り返した。

後はこの子だけだ!

「うっうう…」

「カリン!!頑張ってくれ…お父さんが付いて居るから」

 まるで神に祈るかのようにカリンの小さな手を握った。

 すべてのウイルス因子を吸収して症状も消え、カリンはゆっくりと目を見開き目が覚めた。

「カリン!!」

「おっ…お父さん」

「良かった…本当によかった!」

 手術終了…すべての貸しを返して戻ったヘドラ因子はこれにて完全に俺の元に集まった。

 パチパチパチパチッ拍手と共に秘書を偽っていた本物の中央委員会の人間が現れた。

「素晴らし…実に素晴らし力だ…我が中華の栄光の日となるでしょう」

 今更黒幕のお出ましか?…まぁ最初っからわかっていたがなぁ、あんたからやけにタバコ臭の匂いがした。

 秘書ってのは大半は禁煙者だ、政治家に同行する人間が煙草の匂いが相手の鼻に突くなどもってのほかだからなぁ…

「さすがは、北京大学を飛び級に次いで首席で博士号も取得する稀代の天才は…日本人にしては見方も我々政治家とは段違いだ…ですがあなた方の様な天才は我々努力して地位を勝ち取った者のみが天才を支配するにふさわしい…それ故に裏切り者は必要ないのですよ、楊所長」

 男がジャケットから銃を取り出そうとした時…ドンッと男を弾いた。

「がっあっああっ…何を…」

 言い忘れていたが俺はこう見えて大学時代に博士号以外に八極拳の師範を獲得している。

「かっ構うな!撃て!ヘドラを撃つんだ!!」

 娘を抱えて伏せてろ!!

「はっはい!」「きゃぁああ!!」

 パリィィン!!と防護ガラスを撃ち抜いて俺に弾丸が着弾するが俺の体表に触れた鉛玉はもうドロドロに溶けているだろう。

「ひぃ!ばっ化け物!!」「ああああああっ!!」

 化け物だと…ああっ…そうか…

 鏡を見て俺はようやく理解した。

 そこには不完全ながらも僅かに大きな目が見えた。

 これがヘドラか…これが怪獣か…

 自分の手から溢れ出る湯の如く蒸気を吹きながら猛毒を自然に吐いていた。

 フンッ!フンッ!

「あっつ!!」「あつい!!あつィイイ!!」

 俺が投げたヘドロはこの男の護衛の拳銃を溶かしてそいつらの指ごと溶けて結合させた。

「きさまぁ…自分が何をしているのかわかっているのか!?コレは立派な国際問題だぞ!生物兵器を勝手に持ち出し…あまつさえその力を振るっている…その力は中国の物だ!『ヘドラ』は中国の物だ!!怪獣は兵器として人間に扱われて真価を淘汰する!!」

 少なからずお前みたいな奴に利用されない…それだけ『ヘドラ(コイツ)』はお前らの手に余る怪獣だ。

 兵器で収まるような野郎でも無い。

「なっ何を止めろ止めろ!!来るな!!」

―パンッパンッパンッ!!

―チュンチュン!シュゥゥゥーッ!

 無駄だと言っただろう…鉛は俺の前では液体も同然だ。

 フンッ!

「あぐぁああ!!」

 更に詳しく言えば八極拳は師範を獲得しているのみならず免許皆伝もしている。

「…たずけて…たずけて…がぁああああああ!!」

 這いずって逃げるな…まぁゆっくり話そう…背中が溶ける前にお前らに貸した物の利子はしっかり頂かないと…なぁ…

「やっ止めてくれ…許してくれ!わっ私も使わされているにすぎないんだ!始めたのは私の父とそのトップたちが…」

 なら向こうでじっくり話そうじゃねぇか…さすがに俺の姿は…子供には悪影響だ、場所を変えて大人同士で話そうじゃねぇか。

「いやだ!やめてくれ!だっ誰か!!助けてくれ!!私は中央の名家の一族なんだぁあああああ!!」

 俺はこのクズを引きずり親子の感動の再会を邪魔せず去るのみ。

「お父さん…今の…」

「何でも無い…なんでもないんだ…」

「うんうん、ずっと私のそばで…あの子…寂しいって…悲しいって…僕の事を『公害』ってみんな忌み嫌うって…ずっと夢の中で悲しい感じがしてたのに…今は…あの子から悲しみを感じない…」

「……ああっ…そうだよ…カリン、ヘドラはカリンを救うために…世界を救うために自分自身を取り戻したんだ、ヘドラはカリンを、みんなを救ったんだ」

「うんうん…違う、ヘドラは教える…みんなの悪いことを…海を大地を自然を汚し汚すことの悪いことを伝える…あの子はその為に居る気がする」

 北京市内 展望所

 

 そこでは北京市内を一望できる場所だった。

 そこにはあの占い師が居た。

「息子を…孫娘を救ってくれてありがとう…」

 まさかあなたがあの研究所で『ヘドラ』を研究していたとは…楊ホンチェー教授…いや先生お久しぶりです、大学時代以来ですね。

「バカなことをしたものだ…人間と言うのはどこまでも傲慢で独り善がりにしてあくどい…教え子の君にそれを教わるとは…」

 先生があの時、占いと装って渡してくれた研究資料があってこそ、先生の息子も孫娘も首の皮一枚繋がった…俺はあなたの指示通りに動いたまでです。

「まさかヘドラが君を選ぶとは…ヘドラは決して怪獣とは形容しがたい正に悪魔だったのに…君には随分と心酔し信頼しているように思える」

 …それなんですが、なぜ俺をヘドラは選んだのでしょうか?

「…決まっている…自分を理解し自分を解読した人間にこそ己の魂を委ねれる器を求め、君を見つけた…それだけのことだ」

 俺はその器に相応しかった…と?

「さぁな…化学とは未知なる存在を研究し解析し紐解くためにあるが…実の所、何一つ解っていないかもしれない…化学物質を捕食するヘドロ沼状の怪獣にはこの国が溜め続けた毒は上手くなかったのだろう…だがヘドラにとってキミは箸、馳走を口にするための箸…道具であるが大切にするかけがえの無い存在とでも言おうか」

 ふっ…そうですか…あの親子にはもう中央は手を出せないでしょう。

 例の組織が私の存在に感づいて接触してきましたので…

「組織に組する気は無いのだろう」

 もちろん…わたしはフリーの薬剤師です…私の武器はあなたに教わった薬学と八極拳のみです。

「そうか…なら、今回の事件で君に遠回しに伝えた教えも君の胸にしまいなさい…それがどんなに時でもその言葉は気高く君に答えるだろう

 

「毒には毒を持って制する」

 毒には毒を持って制する。

 

 これが久野ヘイタ…ただの薬剤師にして…

 怪獣ヘドラ。

 毒も病も私の前では無力だ。




「お~い!ヘイタ居るか?」
「んだ?アンギラスか…店じまい最後の客がお前とは…」
「なんだ?見せ閉じるのか?」
「まぁな、何処か人里離れた地元の集落にでも店を構えるよ」
「そうか…じゃぁもう中国には居られないな…あんたの薬が無いんじゃ」
「ホラ、いつものこれで最後だ…金は要らねぇよ」
「へへっ、最後にどうも」
「ロシアは寒いぞ…気をつけて行けよ」
「オウ、じゃっ日本による機会があったらまた会おうぜ、ヘドラと大佐」
 そう言うとアンギラスは私とヘドラと別れて去って行った。
「アンタはどうすんだ?大佐」
 しばらく中国内の中央委員会の動向監視に諜報を充てる。
「例の親子は?」
 町に無料診療を行い、ハッピーエンドめでたしめでたしだ。
 彼等もMONARCHの傘下に身を隠して中央の手が触れないようにしている。
「それはどうも…んじゃ、俺はこれで」
 …天津と北京の住民住民の間でこんな都市伝説がある。
 『ヘドロの様な妖怪が街に現れ、毒を吸い、病を消す』と…
 その妖怪の名は…ヘドラ…とか…
 妖怪伝説は日本だけでは無いらしい…怪獣だが…


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孤高の突風

 なぁ…じいさん…昔は村民もたくさん居たな。

 年寄りばっかりで若いのは皆都会に流れて行ったな。

 そのせいで今はもう過疎化が進行して行政にダムを作るとか言われて立ち退けられて皆バラバラになって…

 俺の両親も結局最後はあんたみたいに老衰だったよ。

 じいさん…長生きしたな…もう…もう…休んでくれ。

 

 24歳の初夏、享年102歳の長寿老が亡くなった。

 その人は俺にとって祖父のような人だった。

 防衛大卒業の年に習志野駐屯地勤務が決まった日に亡くなった。

 俺の出身地は岩手県北上川の上流の小さな集落程度の村だった。

 けれども過疎が深刻化し今はダムの貯水の底の底、『ダムを作って生活を良くする』とか息巻いてた若手の政治家が主体で始めたダム事業だが結局その政治家も政界から総辞職で消えたよ。

 防衛大の学生の時に雀路羅の原子力発電所も事故で数千世帯が避難を余儀なくされて学生隊として派遣されたこともあった。

 俺たちが懸命に捜索活動をしている間に政治と会社同士の責任追及ばかり…見る価値も無かった。

 人の人生が左右することに政治ってやつは人じゃ無くなる…この人生の中で学んだことだ。

 幹部レンジャー資格、空挺資格、ああっ後、格闘徽章も持ってたよな…いろんな徽章を取ったが全部捨てた。

 捨てるキッカケに成ったのは…あの地震だ。

『日本時間の今日ネパールを震源としたアジア圏で複数の同時多発的な地震が観測されました―』

『地震観測所の見解ではアメリカの地質学者アーノルド・シュターゲン氏が提唱したアジア連動プレートの―』

『余震は九州に到達する恐れがあるとして現在対馬と―』

『現在、世界各国での派遣が検討され、日本政府も自衛隊と消防救助機動部隊の派遣を目下視野に入れ海外派遣を検討し災害大国日本の―』

『先ほど日本政府は自衛隊と消防救助機動部隊から海外派遣を発表され、発表された―』

『習志野第一空挺団、木更津―』

 そのニュースを直接は見なかった。

 ニュースが報道される以前から命令が下り習志野第一空挺団すなわち俺の所属する部隊に1日でも早く迅速に迎えるように準備が進められていた。

 勤続10年…災害派遣は幾度もあったが…今回は海外派遣だった。

 おまけにベテラン若手問わず迎えとの御達しだが若手の勤続1,2年程度のキャリアしかない若手だらけだった。

 直接言えばすべて俺の部下だ。

 どれくらい居たのか…年を重ねるにつれて段々と昔のことを覚えていけなくなっている自分に対して負い目を感じる部分はある…が、その時の向かうまでの待機時間に何度考えたんだ?

 とにかくそん時は幹部自衛官としての管理仕事と指揮、上司との会議を重ねていた。

 

 そもそも自衛隊の海外派遣での任務の多いは直接の武力行使を目的としないに紛争地帯の復興支援、地雷・機雷などの除去、難民の対処をしてきた。

 自衛隊の海外派遣が検討されるようになったのは、1983年に仲宗根内閣が発端だ。

 あの当時の新聞会社が仕掛けた世論調査の賛成反対が反対の7割を占めてイラク戦争でのペルシャ湾の機雷除去の任務は実現しなかったとか…当時の日本にはそんな余力もない程の怪獣頻出期にあった。

 場所を変えて怪獣は世界中に現れた時期でも世界中の人間は争いを止めなかった。

 イラク戦争も結局怪獣が多発的に出現したっけ?

 

 海外での災害派遣は2001年にハワイ州オアフ島沖で、愛媛県の水産学校の練習船だった『えひめ丸』に浮上してきた米海軍の原子力潜水艦グリーンビルが衝突し沈没させる事故が発生して、その後8月に愛媛県からの要請を受けて政府が潜水艦救難艦ちはやを災害派遣させて捜索作業に当たらせたってのが精々これくらいだが海外派遣で震災による災害派遣は異例中の異例だ。

 上が何を言われて政府が何を考えて世界がどんなことを回っているのか俺には考えるより命令を待って動く…それが自衛官と言うより労働社会における人間の基盤的な動きだと俺は思う。

 そう言われるとロボットみたいだというやつもいるだろうな…そうだよ、俺たちは機械も同然だ。

 そんな機械にだって考え事をする。

 なぜなら俺たちには心があるからとか言うと思ったか?

 なわけねぇだろう、脳があるからだ。

 人が考えるのは生きるためだ、考えを止めた奴は死人も同然だ…これは俺の人生の中で得た経験則だ。

 さらに言えば心を失った奴も同類だ。

 脳で考えて感じることのできない人間は怪獣と一緒だ。

 そう言っちまえば現代社会に生きる人間は怪獣だらけだろうなぁ。

 そんなことを考えていたら防衛大入学時の事を思いだしている自分がいた。

 婆羅陀トビオ 防衛大学入学時

 

 当時の俺は田舎中の田舎ゆえに金の余裕も勉強の知識も乏しい中ギリギリのビリ成績で入学した時期の俺はさぞ浮いていたんだろうなぁ…

 入学当時、見るからに偉い階級が格段に上の人物に対して代表者が宣誓を述べる入学式は規律正しい正装たる防衛大の制服で着飾り整えた衣服を着るのは少々きつかったのが印象的な入学式だった。

 式が終わって知り合いが1人も居ない空間に俺は取り残されていた。

 ガキみたいに学校のクラスに馴染めないとかの次元じゃない…完全なまでの孤立、孤独、そう言った言葉が似あう世界に自分がいるってことを実感させた。

「よっ!お前一人か?」

 その時、俺に話しかけてきた陽気な奴が居た。

 誰にでもフレンドリーに接するそんなタイプの人間だった。

「おれは青木カズマ、よろしく!良かったらこれから同期で飲みに行くけどお前もどうだ?」

 青木はそう言うと俺を防衛大近場の店で飲みに誘って来た。

 当然未成年である当時の俺たちは酒など飲めないから飲みに行くは食事を意味していた。

 当然飲む…コーラ等の飲料で…

 格好はつかないが…これが後に二十歳後のバカ騒ぎを引き起こす羽目になるとは思わなかった。

「ええー俺たちが今日この場で同じ志を持つ者、すなわち同士!形は違えど、酒でもない、雰囲気でもない、同期にして同士たちの宴じゃぁあああ!!」

「「「「うぉおおおおおおおおお!!」」」」

 あれ?…飲み会ノリとあんまり変わらねぇな…

 そんな思い出を考えて居たら滑走路に付いて居た。

 自衛隊の輸送機は空港の普段一般人の出入りは疎か見ることすら敵わない場所から出発する。

 本来は空港から現場に向かうが、海外での大規模地震災害とあって向かう方法は誰にも知られずこっそりとまるで泥棒の如く飛び去る。

 言い方が悪いがそれほどしなければ空港内は大混乱に成り、派遣反対運動のデモだったり、反発する人間は少なからずいる。

 今回の派遣が決まる前の国会前で大騒動のデモが万単位で溢れかえっていた。

 本来の海外派遣とは違う異例の海外派遣、危険は承知だった。

 この場に預かった俺の部下はすべてレンジャー徽章を持つ若手ばかりだった。

 当然、顔色が優れない青さが目立った。

 家族も居る、妻子も居る、愛する者をすべて故郷に置いて海外派遣される気持ちは先程挙げたすべての無い俺には解らない。

 陸自に入隊して既に10年以上の月日と共にキャリアを重ねた俺でさえ自分の心境に揺らぐ気持ちだったが部下にそれを見せられるはずも無かった。

 そんなことを考えていたら輸送機の『C-2』が俺たちを現地まで運ぶため飛び立った。

 乗員100名以上を乗せるこの機体が向かう場所は『アジア連鎖型地震』の最初の震源地・ネパールだった。

 俺はネパールに到着するまでの間に少しばかりの仮眠を取った。

 寝ている中で俺は防衛大時代の夢を見た。

 過酷な訓練とそれに比例するかの如き勉強量、休む暇も与えない常人なら辛いと投げ出すような状況もこれも自衛官に成るためと言うだろう。

 従来の自衛官は入隊後9か月の訓練を経て初めて階級と配属が命じられる。

 だが、俺たち防衛大生は専攻と教育課程を経るのに丸4年だ。

 そこは大学と変わりない。ただ学ぶものが違う。

 まず絶対的に防衛学を学び防衛学基礎、国防論、軍事史序論、戦略、軍事と科学技術、作戦等の科目や選択科目もあるが2年次は陸上、海上、航空へと要員配分がある。

 各学年全員が同じ訓練を行う共通訓練と俺の場合は陸上要員訓練に指定されて訓練を区分して毎週2時間も過程訓練と年を通しての定期訓練があった。

 そんな切り詰められた生活の中でも至福とも言える時間が『休日』だった。

 人間休まねば過労死する。それは何処も同じだ。

 1学年時制限が多い中で外出は防衛大学校生の自覚を持つため基本的に制服を着て外出しなければならない。

 点呼の10時以降までに学生舎に戻る為、基本近場が多かった。

「よっ、いつもの店行こうぜ」

 同居の青木は俺をいつも誘ってくれた。

 防衛大生御用達のレストランだがそこのランチが特に美味かった。

 青木は既に同期の富樫や早川と言った数名の同期を連れていた。

「おう、ショウちゃん!お前も店に行くか?」

「カズマ君…いいえ結構です、私はあなたたちとは違って外出する時間は無いので…」

 本を抱えて厭味ったらしい口調で喋るこの男の目は常に死んだ魚のように俺たち同期を見ていた。

 名は黒木ショウ、人を見下すような目つきで同期間との付き合いは全く持ってない男だ。

「おい黒木!そんな言い方ねぇんじゃねぇか!?」

 けど今回ばかりは一人の同期の仲間が黒木の態度に業を煮やしたのか黒木に向かって怒鳴った。

 俺たちはその一触即発の状況を止めようと怒る同期を宥めたが…

「あなた達のような能天気に生きているわけではありません…今もこうして怪獣が消えた現代でも脅威に対して対策も取らずに間抜けな事をしていると思うと虫唾が走るだけです」

 怒りが煮えたぎる者が増えて抑える側は少なくなった。

「わ~ったわ~った!まぁまぁ、いいよ。ごめんな急に声かけて」

 青木が仲裁に入ってこの場を引いてみんなで店に向かった。

 店では黒木に対する悪い愚痴をこぼす者も居ればそこから派生して担任官たちの話や訓練の話などを持ちかける者が居た。

 俺と青木は向かい合って炭酸の気泡が泡立つコーラを流し込みながら語っていると青木も同じく黒木の話をし始めたが愚痴では無い。

「だからね、ティラノサウルスは今でこそトカゲの爬虫類イメージが大きいけど恐竜全般の子孫は鳥なんだよ!プテラノドンだって――」

 青木の別名は『恐竜バカ』だった。

 超が付くほどの恐竜マニアで後に休暇の殆どを国立博物館に連れ回される日々が待って居たが…この時、黒木ついて語っていた。

「ショウちゃんはねぇ…俺の従兄弟なんだ。互いに近所も近かったし何せショウちゃんの親父は自衛官幹部だったんだよ。でも、ショウちゃんが小学校の頃に最後の怪獣災害の1999年に亡くなってるんだ…殉職だよ、子供の頃の憧れであった親父さんの意思を次いで自衛官に成るために中学から既に勉強に手を付け始めてたなぁ…あれから付き合い悪くなって…」

 俺は青木から聞かされた黒木の身の上話が黒木の成績の良さと努力が比例することを知った。

 黒木ショウは入試トップの成績で入学し同期の周囲から余り良い印象が無かった。

 トップの人間というのは才能が有る者として特別な存在感ゆえに周りから避けられる傾向にあるが黒木自身も自ら俺たち同期を避けていた。

 同期が嫌い…そんな気持ちだったのだろうか。

 ところが、その後に事件が起きた。

 俺は中間のテストで1位を取ってしまった。

 偶然とかでは無く俺の実力で獲った1位だ。

 しかし、黒木のように人付き合いが良くない俺も僻まれると思われていたが…寧ろ同期間に敬意が現れた。

 黒木のようなタイプで無い俺が1位を獲ったことは逆に『凄い』と認識された。

 入学時のビリ成績の俺が努力して登り上げた成績に同期たちが称賛した。

 ギリギリのビリから1位という成績は他の同期から親近感を与えた。

 『落ちこぼれも努力すればエリートを勝る』なんてどこの誰が言ったかのようなセリフが俺に様々な感覚を突いて来た。

 別にこれと言って悪い感じはしなかった。

 しかし、俺の1位の後には黒木がいる。

 俺の後に2位の黒木を皆が『ざまぁみろ』と言った言葉を成績発表の表を見て口にしていた。

 それほどまでに黒木の印象はよろしく無かったのだろう。

 別段俺自身も黒木に勝ちたいと言う気持ちで獲ったわけでもなかった。

 だが、黒木自身それがよろしくない気持ちを俺に対して抱いたのだろう。

「婆羅陀トビオくんですね」

 突然俺を呼び止めた黒木は廊下の通路で俺に話しかけてきた。

「中間1位…まぐれにもあなたは私に勝ったおつもりでしょう。とりあえずは祝福しておきますよ」

 黒木の口調はまるで俺がまぐれの1位獲りと言わんばかりだった。

「ですがまぐれでは現場の指揮統制など到底無理でしょう。運だけでやっていける世界じゃありませんよ…聞けばあなたは入試ビリで入った運の良い方だそうで…私はあなたのような運だけで生きている人間が大の苦手でしてねぇ…別にあなたの将来どうこうを語る気はありませんが、あなたのような人間は自衛隊に向いてませんよ…ご忠告いたします」

 何とも安い挑発が小物臭をするセリフを口にしてきた黒木だったが…黒木に対する俺への印象は何処か敵対とも取れた。

 ネパール 災害現地

 

 現場は倒壊した家屋や湧き出る水は水道管の破裂、逃げ遅れた人が生き埋めの状況だった。

 俺たちの任務は被災者の救助、被災地キャンプ場への支援物資の配給、瓦礫撤去などを目的としていた。

 俺たちの部隊は被災者の捜索、時に生きている者も居たが…遺体と成っている者も居た。

 瓦礫に生き埋め状態からの救出、瓦礫などを撤去しながら進められる中でも俺は学生時代のあの体験を思い出していた。

 雀路羅市 原子力発電所爆発事故

―防衛大学校学生隊災害派遣時

 

 雀路羅原発事故後に閉鎖された町から取り残された生存者を探す任務に当たっていた。

 基準値が徐々に越えようとしていた放射線濃度のメーターを見ながら時間が迫る捜索範囲を探して回った。

「そろそろ時間が無い!ここの地域で最後に引き上げよう」

 青木がメーターと時計を見て判断で最後に足を踏み入れた俺は民家に足を入れた。

 『誰かいますかー!!』っと声を掛けるが返事は無い。

 その家は妙な家だった。何か誕生日パーティーの準備をしていたのか天井には幾つもの紙を輪の鎖にして繋げた様子だった。

 子供部屋と思わしき部屋にはその子供が作ったのだと机に折り紙を切った後があった。

 きっと誰かの誕生日を祝う前に事故が起きて逃げだしたのだろうと思った。

 部屋を抜けて生存者がいないことを見た俺は家を出ようとした時にピシッと足で何かを踏んだ。

 落ちて砕けたのか写真縦がバラバラに散乱していた。

 写真縦の残骸から写真を抜き取ってパタパタと叩くと砂ぼこりが舞い上がり写真の被写体が見えた。

 そこには欧米人の夫婦とその幼い男の子の子供が映る家族写真だった。

 防護マスクで息を音が聞こえるマスク越しから見える写真の様子はつい先ほどまでの平和な日常があったことを連想させた。

「婆羅陀!何してる、早く行くぞ!」

 マスクで雲った声で俺を呼ぶ同期たちに俺はその欧米人家族の家を後にした。拾った写真を胸にしまって…

 それから俺は避難所の役場へと戻ると炊き出しなどで人が行きかう現場に居合わせた。

 これだけの人が財産や家、様々な物を捨てて避難して来たのかと思うと彼等の今後どのような運命が待つのかと思わされた。

 避難所を歩いていると先ほど入った家の写真に写る少年が居た。

 座り込んで両親を待って居るのか…ただ茫然とそこに座り込んでいた。

 俺はその子に近づいて話を掛けた。

 少年の両親は原発で働く職員と聞けば普通なら絶望的だ。

 それでも俺はこの子の手を引いて両親の懸命に探した、自由時間すら捨てて何時間も…

「フォード!!」

 少年の名前を呼ぶ声が聞え、見ると中年太りの写真に写る少年の父親だった。

 父親は少年を抱えて俺に必死に『Thank You』と連呼した。

 俺はそんな父親に胸ポケットにしまっていた写真を手渡した。

 その場に母親は居なかった。恐らくそう言うことだ…と…

 父親は写真を見るなり涙を浮かべて少年の頭を手で押さえるように抱きしめて避難所の奥へと消えて行った。

 ネパール災害現場は過酷極めた、特に俺たちが捜索に回っていた地域は飲食街で有るためにガス等のパイプに亀裂が有ると暴発して爆発する恐れもあった。

 既に消防の方でガスを当てて爆発の二次災害が起きて負傷者が出ているため危険な状態だった。

 更にもっと危険な状態なのはガスだけでは無かった。

 俺たちが中計司令拠点にしている避難所も暴動寸前だった。

 連日住民の騒ぎが絶えない避難所ではもはや精一杯だった。

『いつに為ったら家に帰れるんだ!?』

『こんな窮屈な状況どうすんだよ!!』

 詰め寄る現地の住民は我慢の限界だった。

「落ち着いてください!まもなく別の避難地からの応援が来ますので…」

 対応に追われる若い隊員が現地語で説得するが住民たちは納得がいくはずも無かった。

「三佐!もはやこれ以上持ちません!他の避難所へ回せませんか?」

 無理な話だ。他もどこも定員一杯だ。

 更に彼等を難民として受け入れきれる余力が日本には無い。

 皆がこぞって日本への移民を求めるが無論自衛官である自分たちは外交官でも弁護士でもない自分たちにその様な許可の下ろしようが無い。そんな権限も無い。

 防衛大学校卒後

 

 ある授業の担任官が『人のお世話にならぬよう、人のお世話をするよう、そして報いを求めぬよう』と述べた。

 第二次世界大戦時のリトアニア・カウナス領事として赴任していた外交官の杉原千畝の出身校のモットーらしい…

 俺はそんなモットーとは真逆に位置していた。

 幼少期から村の大人たちに世話に成り続け…今がある。

「卒業おめでとうございます」

 4年間…結局俺はここで何を得たのだと自分自身に問いかける。

 それは友か?仲間か?恩師か?…たまた自衛隊という居場所か?

「ハイッチーズ!」

 同期皆で撮った写真、そこに俺や青木、同期のみんな、そして…黒木。

 皆それぞれ別の道を歩んだ、違う配属先に移り、部下を持ち、駐屯地を任される。

 俺も同じだった。

 その後は毎年夏ごろには台風などの気象災害による災害派遣と変わらぬ日々が俺を待ち構えていた。

 習志野空挺レンジャー養成訓練 資格検査

 

 その後は習志野に配属されレンジャー訓練に駆り出された。名目は駐屯地のレンジャー輩出、レンジャーと言う名はそれだけで隊内に大きな存在感を与える。

「屈み跳躍、始め!!」

 試験官の号令で一斉に始めたのは屈み跳躍という試験項目だ。

 他にもいろいろあったがこれが何よりもきつかったことは覚えている。

 そして…

「気を付けぇ!!担任官に敬礼!!」

 訓練生と成った俺はレンジャー教育課程に入った。

 驚くことにバディは防衛大時代の同期、黒木ショウだった。

『私は…君のような人が嫌いです』

 俺をずっと嫌っていたヤツがその時の俺のレンジャーバディだった。

「レ~ンジャ!レンジャ!レンジャ!レンジャ!」

 初日は走り込みからの基本と成り、担任官は常に俺たち訓練生に目を光らせていた。

 

 だが、ここはレンジャー訓練であって()()のレンジャーでは無い、『空挺レンジャー』過程である。

 俺と黒木が配属されたのは習志野の第1空挺団だ。

 従って精鋭部隊として全員がレンジャーを目指す。

 習志野駐屯地での苛烈な基礎訓練ののち、約4週間にわたって、駐屯地外での転地訓練が行われ、偵察行動、トンネル爆破、通信所襲撃、要人救出、降下誘導、燃料集積所襲撃、車両伏撃、レーダーサイト襲撃の8個に分けた想定訓練が行われる。

 レンジャー訓練でのバディとは運命共同体とも言える。

 いついかなる時も常に行動を共にするためトイレもとに同行する。

「婆羅陀くん、何故あなたは自衛隊を選ばれたんですか?」

 何気ない質問を黒木は俺に投げてきた。

「私はあなたが嫌いです。ですが嫌いなものをいつまでも引きずるつもりはありません」

 単に自分の為の苦手克服だったのか…それとも…

 だが、その行為こそ黒木が努力家である何よりもの証拠ともいえる。

 だが、俺は『暇だから』と答えると『そうですか』と納得したのか解らず俺と黒木は多くを語る事はなかった。

 レンジャー教育最後の行事である帰還行事は顔に迷彩フェイスペイントを塗ったまま帰るのが通例だ。

 家族や駐屯の仲間たちが出迎えるが…俺にはそんなものはいなかった。孤独感はいつも否めない。

 防衛大も…レンジャーも…結局俺には何もない…

 習志野駐屯地勤務 休憩室

 

『――にて発見された新たな怪獣娘はGIRLS北米支部にて保護され――』

 世間では既に怪獣娘と言う存在に対して認知を広めていた。

 駐屯の仲間はああでもないこうでもない怪獣娘の世界側の扱いに対して議論を重ねていた。

 だが、俺から言わせれば彼女たちの方がよっぽど人間らしい…純粋すぎる故に社会という魔物に食い物にだってされる…いずれはそう言った汚くも醜い現実を目の当たりにした時には存外脆かったりする。

「婆羅陀、ちょっといいか?」

 それは上官に呼び出され一通の封筒を手渡された。

 『特殊作戦群』通称:特戦群からの直々のスカウトだ。

 従来なら特戦群の訓練を受けるはずなのに特戦群は俺を喉から手が出る程の欲しい人材だったのか…俺はそれほどの人間では無いのにこんな手紙を送りつける上層の考えに俺個人が考えても仕方ない。

 俺はその手紙を細切れにして捨てた。

 以後の音沙汰は無く、時が経つにつれて俺に第一空挺団の中で多くの部下も持つようになった。

―パァアアン!

 避難所から発砲音で目が覚めた。

 仮眠が吹き飛んで慌てて駆け付けた。

『もういやだ!こんな生活はうんざりだ!』

「落ち着いて!銃を降ろして!」

 それは若い現地人が自衛隊支給の拳銃を手に持っていた。

 それと向かい合う形でまだ幹部として日が浅い三等陸尉のホルスターには拳銃が無かった。

「銃を…銃を降ろして」

 説得するも焦りの余り現地語では無く、日本語でジェスチャーしていた。

 混乱状態で言葉が違うと更に混乱を招く。

『殺してやる!殺して俺一人でも生き延びてやる!!』

 錯乱していた。危険な状態だ。

 この場に居る避難民も若い三等陸尉も危険だ。

「三佐!…撃ちますか」

 部下がホルスターに手をかけている。

 皆レンジャー故にこういった状況下でも狙える角度を取る。

「うぉおおおおおおおおお!!」

 そして三等陸尉もレンジャーである故に僅かな隙と決死の覚悟で錯乱する青年にタックルをした。

『放せ!放せ!!』

 パンッ!と銃声と共に拳銃が三等陸尉の頬を掠める。

 しかし、青年は更にナイフを隠し持っていた。

 恐らく咄嗟だったのだろう。

 三等陸尉はナイフを払いのけた…が、そのナイフは青年に突き刺さった。

『がぁああああ!!』

 ナイフは腹に喰い込んで出血していた。

 衛生兵が急いで駆け付け、担架で青年を救護所へ運んだ。

「あっああっあああっ」

 三等陸尉も混乱していた。

 自分の払いのけたナイフが不可抗力で青年に刺さったことは事実だ。現実だ。

 到底彼が明日の捜索に出れる精神状態では無かった為、変って俺が三等陸尉の穴を埋めるためにも指揮に出ることになった。

 ネパール 北部地域捜索

 

 北部地域は霧が掛かる場所だった。

 雨もゲリラの如く降りしきり何とか捜索を続けた。

「三佐、危険です!これ以上の捜索は瓦礫が倒壊します!」

 わかっている。歯痒い気持ちだが仕方ない。

 捜索は中断して一度避難所に戻ろうとした。

―ビュウウウウウウウンンンンン!!

 突如強い突風が吹き荒れた。

「おわっ!?なんだ!?」

「何が起きている!?一旦隊列戻せ!」

 部下が叫ぶ中で目の前のゴーグルに水滴が滴る中で俺はその突風に足元の濡れた足場に滑って転げた。

 バランスの良いはずの俺が足を滑らせた。

 気が付くとそこは寺院だった。

 転がって寺院に居た事に全く持って理解不可能だった。

 あれだけの大地震があったのにも関わらずその寺院は倒壊を免れていた。

 しかし、まだ避難していない人がいるやもしれない。

 俺は懸命に『誰かいますかーー!!』と叫んだ。

 すると置くから高齢の男性が現れた。

 恐らく寺院の僧侶なのか、それらしい着物を身に着けていた。

「待って居たぞ…風を統べる者、嵐を我がものとする者、わしは何年もお前がここに来るのを待って居た」

 老人は日本語で俺に語って来た。

 齢100はくだらない外見の男性が俺の腹に触れて来た。

「受け入れよ!婆羅陀魏山神の御魂を!!」

 突如、俺の腹に激痛が走った。

 まるで内臓をかき回されるような強い激痛が体中を駆け巡り、脳を直撃して来た。

 苦しい、痛い、そんな脳内をぐちゃぐちゃにされている気分の中で俺は幼少期の事を思いだしていた。

「じいさん、家族は居るの?」

 子供ながら何気ない素朴な疑問を村長のじいさんに尋ねていた。

「そうじゃのう…遠い異国の地に旅立った…弟が一人おる」

 その老人の顔にあの村での村長のじいさんの顔と重なった。

「風の戦獣よ、金剛の戦士の身衣を宿りて一つに為りたまえ…バラン・ビササム・ウンバラ…バラン・ビササム・ウンバラ」

 老人が何か訳の分らない呪文を唱え始めると周囲の空気が俺の周りを竜巻のように回りだして、その竜巻の目の中で俺の身体が変り始めている気がした。

 顔の周りの角と背筋に並ぶ透明な長いトゲにムササビのように飛膜が脇から生えだした。

 そこから俺の意識は無いが、記憶だけがあった。

 僅かに見えない世界で体がフワフワと浮いている気がした。

 気付けば避難所の門で倒れていた所を仮設の医務室で横になっていた。

 起きて早々にバシャバシャと顔を洗うと鏡を見た瞬間、トカゲのような角を何本も頭部に生やした怪獣の姿が俺と重なった気がしたが、瞬きすると俺の顔だけが映っていた。

「三佐、帰国命令です。ネパール災害派遣これにて終了です」

 日本からの帰国命令が下った。

 帰国する空港にはネパールの現地人が垂れ幕を掲げて現地語で『हामीलाई सहयोग गर्नु भएकोमा धन्यवाद(私たちを助けてくれてありがとう)』と見送ってくれたが…自分たちにどのような現実が待ち構えているのか…そんなことを考えていた。

 その現実とは『国民からの称賛』だった。

 この多くの称賛が良い方に捉える者も居るが、その後での自衛官は分からない。

 少なからず、俺は自衛隊を退いた。

「婆羅陀三佐」

 習志野駐屯地玄関では既に市ヶ谷に転属した黒木が俺を見送りに来た。

「私はあなたが嫌いです。そうやっていつも苦しみも辛さも何もかも自分から背負い込むあなたが…」

 結局、防衛大時代の黒木の言葉通りの展開となった。

 俺は玄関口で黒木とすれ違い習志野駐屯地を後にした。

「婆羅陀トビオ!」

 そう言うと黒木は俺に対して敬礼を向けた。

 おれもこれが最後の敬礼と黒木に向けて去って行った。

 経済誌の鷹栖防衛大臣が国民栄誉賞を与えた自衛官たちについてこう語った。

『名誉ある賞を受賞された方々は何処か漠然としない気配を感じた』と狐ばあさんも意外と気配に敏感であることが伺えた。

 

 俺は婆羅陀トビオ、あの日、怪獣バランの魂を宿した。

 それは誰にも分らぬ苦しみと痛み。

 この領域は俺たちだけの世界だ。

 誰にも分らない世界。

 故に孤高の突風だ。




「以上が俺のいきさつかな…」
 そう言うとバランは自分が担当する米海軍特殊部隊員養成名簿に目を通していた。
 その中には彼が学生隊として派遣された雀路羅市育ちのフォード・ブロディの名がある。
「それじゃぁ、俺はこれで…まだまだケツの青いひよっこどもを鍛えなければならないので、それじゃ」
 そう言うとサンフランシスコのファストフード店をバランは去って行った。
 婆羅陀トビオ、防衛大の担任官やレンジャー過程で担任官を務めた者が口を揃えてバランに対しての印象についてこう述べていた。
 あれは『突然変異種の怪物』だと…恐らく生まれ持っての怪獣の素質がある男だったのだろう。
 それがバランとの相性の良さが奴を完璧な怪獣に仕立て上げた。
 バランの村は現在ダムの下、過疎化が進み消滅した村の生き証人はもはやバランだけだった。
 孤高の突風を持つ怪獣バラン…か…
 奴を敵に回せばそれまでの航空戦力を大きく傾かせる。
 空挺は空間を支配する。バランの戦術は特にそれに特化している


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