黒龍伝説 ~The Legend of Fatalis〜 (ゼロん)
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予兆

ミラボレアスが好きすぎて……つい書いてしまった。




 シュレイド王国。

 世界にその名を轟かせた大国。

 

 この世界は人と強大な力を持つ竜ーーモンスターとの共生によって成り立っている。

 人間とモンスターの生息域はギリギリのバランスで成り立っている……とは言えど、人間は彼らと言葉を通わすことはできない。

 人間と共に生活ができるモンスターは大人しい草食竜のみに限られている。

 

 常に人間は肉食竜の脅威に晒されているのだ。どの村も街も、城も。強大な竜を狩る『ハンター』の存在がないこの時代では、どこも安全とは言えなかったのだ。

 

 ……大国シュレイドを除けば。

 

 数々の撃龍兵器。訓練された兵士達。

 

 そして……無敗を誇ったシュレイド騎士団。

 

 この王国は他の国にはない、発達した文明と技術の粋が集結していた。今まで数々のモンスター達を討伐……または撃退し、向かうところ敵なしだった。

 

 長年に渡り繁栄したこの王国は栄華を極め、いずれは世界をも統治する可能性を秘めていた。

 

 そう、秘めていたのだ……滅ぶまでは。

 

『キョダイリュウノ

 ゼツメイニヨリ、

 デンセツハヨミガエル

 

 数多の飛竜を駆遂せし時

 伝説はよみがえらん

 数多の肉を裂き 骨を砕き 血を(すす)った時

 彼の者はあらわれん

 

 土を焼く者、鉄【くろがね】を溶かす者、水を煮立たす者、風を起こす者、木を薙ぐ者、炎を生み出す者

 

 その者の名は ミラボレアス

 その者の名は 宿命の戦い

 その者の名は 避けられぬ死

 喉あらば叫べ

 耳あらば聞け

 心あらば祈れ

 

 ミラボレアス

 天と地とを覆い尽くす

 彼の者の名を

 天と地とを覆い尽くす

 

 彼の者の名を

 彼の者の名を

  〜黒龍の伝説より〜』

 

 これは世界に何百年と名を馳せ、わずか数日で滅んだ大国の知られざる物語。

 

 

 ==================== =======

 

 

「……ふん! ……ふんっ! ふんっっ!!」

 

「グリムー! そろそろ休憩にしない? お茶が入ったわよ〜!」

 

「はい姫様! もうすぐで切り上げますので!」

 

 俺は千二百回を超えたところで中庭での剣の素振りをやめ、シュレイド王国第三皇女 セシリア……もとい、姫様の元へ走る。

 

 肩のあたりで切り揃えた赤毛が遠くからでも見えるからすぐにわかった。

 

 俺が一歩ずつ彼女との距離を詰める度、彼女の赤い瞳と陽色に光るドレスが徐々に近づいて来る。

 

「姫様が直々にお茶を淹れてくださるなんて……光栄です」

 

「そんなかしこまらなくてもいいのよ、グリム。昔みたいにセシリアって呼んで?」

 

 姫様、もといセシリアは俺にとって忠誠を誓う相手であり、平民育ちの俺と……訳あって幼馴染に当たる。彼女と俺の歳は十九歳、同じ歳だからか親近感があるのだろう。いつもセシリアは俺に砕けた感じで話してくれる。

 

「か、からかわないでください!」

 

「ごめん冗談。……半分だけ、ね」

 

 セシリアは俺に笑いかけ、なぜか顔をこちらからそらす。相変わらず変なやつだ。

 

「もう少し一国の王女という責任を持ってください。もう自分達は子供ではないのですから」

 

「そう言ってるうちは私達もまだまだ子供よ?」

 

 平民出の騎士団長ということもあり、俺は周りからはいつも嫉妬と軽蔑の目で見られるのが日常だ。

 

 まぁ俺がもし貴族のボンボンであれば、皆納得をせざるを得ないのだろうが……

 

「はい、どうぞ。あなたは冷えた紅茶が好きだものね。あらかじめ氷で冷やしておいたわよ」

 

「あぁ、ありがとうセシ……いえ、姫様」

 

「ちぇ……あとちょっとだったのに。心配しなくても、ここには私以外誰も来ないわよ」

 

 俺には平民出というレッテルを気にせず気にかけてくれる仲間もいるが……その分、敵も多い。幼少期から俺はそれを痛いぐらいに思い知った。奴らは些細なことであれ、口を出し俺を何とかして騎士団長から追いやろうとしてくるのだ。

 

 俺はセシリアと共にいれるならどの役職でも仕事でもいいのだが……

 

「ダメです。いざという時に素が出てしまうと厄介ですから。これまで通り姫様でいかせてもらいますよ? 姫様」

 

「あぁ、前にもそんな細かーくて、誰が決めたのかわからない鬱陶しいルールで口を出してきたのよね。城のみんなも何か文句があるなら面と向かって一対一で言えばいいのよ。みんなの前じゃなくて」

 

 セシリアは俺のそんな少ない味方の一人だった。彼女は相手が誰であれ裏表なく相手の立場に立って話せる……気さくで優しい人だ。

 

 彼女がいなければ俺はここにいる理由も意味も無い。俺の昔住んでいたスラム街で腐ってくたばっていただろう。

 

「みんな姫様とお近づきになりたいのですよ。姫様は太陽の様に美しい方ですから」

 

「あら、上手い言い方ね。もうちょっと砕けて『お前が好きだ』って言ってくれてもいいのに」

 

「無礼すぎて言えませんよ」

 

「グリムのお堅物」

 

 今の俺がいるのも彼女のおかげだ。彼女のためなら俺はこの身を犠牲にしても構わないとも思っている。

 

 俺は受け取ったお茶のカップに口をつけ……

 

「ぶっッッ!! これ……すごい甘いです!! 砂糖入れすぎじゃないですか!?」

 

「あら、疲れた時には甘いものが効くと思ったのだけれど。私はいつもその倍は入れてるわよ?」

 

「太りますよ!?」

 

「えぇ!? ウソ!?」

 

 セシリアは自分のお腹に肉がついていないか、つまんで確認する。

 

「……糖分はほどほどにしないとご病気になります。自分みたく食事に困る環境にいたならまだしも、王族が糖尿病とか洒落になりませんよ?」

 

 彼女は自分の継承権が姉の第一皇女 ジーナ様や第二皇女 レイチェルよりも後だから、と言ってあまり玉座には興味がないが……もし彼女が女王の座につくならば、きっとシュレイドは今以上の素晴らしい国になるだろう。

 

「もう、グリムってば。お節介なんだから。けど……私はあんたの……」

 

 セシリアは徐々に声を落としていくが、最後に何を言っているのか俺にはよく聞き取れなかった。

 

「団長!! 緊急事態です! すぐに高台の方へ!!」

 

 平和な時間も束の間。騎士団の団員が肩で息をしながら目の前に現れたのだ。

 

「わかった! すぐにフル装備で高台に行く!! 他の団員にも万が一の準備をさせてくれ!」

 

「は、はい! 了解しました!」

 

「報告ありがとうマルコム!!」

 

 報告をしに来てくれた騎士団員の一人は俺にお辞儀をすると、すぐに城の階段を駆け上がって行った。

 

「グリム……」

 

 俺は心配そうな顔をするセシリアの肩に手を置き、にっと笑う。

 

「心配するな姫様。シュレイド騎士団は無敗の騎士団だ。前回は『空の王』の希少個体も討伐したんだ。それに俺がその指揮官だ。そう簡単にやられるものか」

 

 セシリアは驚いたような顔をすると、ふふっといつもの強気な笑いを浮かべた。

 

「そうね。今日もガツンと決めてやりなさいよ!」

 

「おう! じゃあ、行ってくる!!」

 

「いってらっしゃい!!」

 

 

 ====================

 

 俺は高台の上からもう一度望遠鏡で覗き込むと、小さな黒雲が見えた。

 

 ーーがそれは黒雲ではなかった。モンスターの大群だ。百匹ほどでは済まない……二百いや、三百匹ほどか。

 

「あれは……ガブラスの大群か?」

「はい、ツベルシタイン博士にも確認を取ったところ間違いないようです。危険度は……どれほどでしょうか?」

 

 この好青年の団員……マルコムはまだ騎士団に選ばれたばかりだ。モンスターの生態について知り得ないのも無理はない。

 

 ーーガブラス。蛇に似た頭部と細身の体躯、そしてその身体には不釣り合いに見えるほど大きな翼を持つ小型の翼竜。

 

 一匹だけなら口から吐く毒液以外はさほど脅威ではない。

 

「大群であれば話は別だ。飛竜一匹とまではいかないが、決して油断するな」

 

「は、はい! ではすぐに滅龍砲とバリスタの準備を……」

 

「待て。準備はいいが、まだ滅龍砲は使うな。騎士団にはボウガンとバリスタのみを使わせろ。念のため剣士の団員にも控えていてもらう」

 

「な、なぜ。あんな雑魚、滅龍砲を使えば一発で大半は……」

 

 たしかに。ガブラスの大群程度ならば、滅龍砲一発でほぼカタがつく。

 

 ()()()()()()であれば。

 

「マルコム。もうひとっ走り行ってもらっていいか?」

 

「は、はい? 一体何を伝えるので……」

 

「王に伝えてくれ。シュレイドの王族と民に避難の準備を、と」

 

 

 ====================

 

 

 ーー今日は馳走だ。祝うべき日だ。

 

 巨大な肉が歩いている。俺様から逃げようと必死になって歩いている。

 

 ガブラス共が騒いでいる。ご馳走の時間だと。

 

 ーー小賢しい奴らだ。強き者に媚び、一匹だけではロクに狩りもできない脆弱な者達め。俺様が奴らと同じ部類に考えられるなど想像するだけでも悍ましい。

 

 貴様らはせいぜい、大きな肉が潰した小さな潰れ肉で満足するがいい。

 

 俺様は貴様らよりもはるかに大きく偉大な存在を喰らうのだから。

 

 俺様が喰らうはこの世の全て。全てを思うがままに燃やし尽くそう。たとえ相手がいかなる存在であろうとも。

 

 さぁ、見せてくれ。

 巨大な肉よ。お前の足掻きを。

 

 そして、その最期を。

 

 

 

 

 



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災厄の使者 ガブラス

「おい! バリスタの弾はどうだ!? まだ残っているか!?」

 

 死体となった同胞を共食いしようと、むざむざ地面に降りて来た五匹のガブラスを俺は容赦なく大剣でなぎ払う。

 

 骨ごと肉を裂く刃の感触が手に残る。

 

「あぁ! まだ大丈夫だ! たんまりあるぜ!!」

 

「ならよかった!!」

 

 俺の同僚……ルイスは俺の後ろから飛びかかってきた数十匹のガブラスにバリスタの弾を打ち込む。

 

 バリスタの弾が直撃したガブラスは蚊トンボのように地に落ちていく。

 

 ガブラスの体に開けられた穴から血が流れ、砦を真っ赤に染めていく。しばらく痙攣した後、奴らはすんとも動かなくなった。

 

「ったく、根性ねぇ奴らだ! これじゃあバリスタの弾の方がもったいねぇぜ!」

 

 ルイスの打ち込んだバリスタの一撃で次々と落としていく。

 

 ルイスの言うことにも一理ある。この対空、対巨龍用のバリスタは一撃で鋼鉄のような飛竜の甲殻を貫けるのだ。弾も有限であり、ガブラス相手に使うにはもったいない。が……

 

「ううううあああああっ!! くくるなぁ!」

「ぎぃやあああっっ!! くるし、た、助け……ぁ!!」

 

「外に出るな!! 砦に隠れて戦え!! 解毒剤を持っていないやつは!?」

 

 この大群相手ではそうは言ってられない。

 

 指示を柔軟に出して被害は最低限に抑えてはいるが……それでも酷い。

 

 すでに騎士団にも何人もの死傷者が出ている。

 今も大量のガブラスに毒液を浴びせられ、飛びかかられた者達がいる。

 

 質はともかく数は力なのだ。これほどのガブラスの大群など今まで出くわしたこともない。

 

「死体だ!! 奴らの死体を投げろ! そうすれば奴らは死体に気をとられて隙が出る!!」

 

「う、うわあああっっ!! だ、団長! グリム団長!! 助け……あああああっっ!!」

 

 ーーキシャァァァァッ!!

 

「マルコムゥゥゥッッ!! 待ってろ! うォォォォッッ!!!」

 

 俺は近くにいるガブラスにとどめを刺した後、自分の大剣を引き抜き、持ち上げたままマルコムの元へ向かう。

 

 毒液を吐きつけられ弱ったマルコムに三匹のガブラスが飛びかかる。いや三匹だけではない。五匹……八匹……マズイ、どんどん集まってくる。

 

「これっ……でも喰らえぇ!!」

 

 ーーキシャッッ!?

 

 驚き、マルコムに飛びかかったガブラスが矢継ぎ早に空へ離れていくーーが。

 

「逃すか」

 

 俺は大剣で斬り上げ、飛び上がった何十匹のガブラスを斜めに裂く。

 

 彼らは絶命したことに気がついていないのか、まだヒクヒクと上半分となった体を動かそうとしている。

 

「立てるか!? 今すぐ解毒剤を!」

 

「だ、団長……俺、」

 

「まだ喋る元気はあるみたいだな。ほら、はやく飲め!」

 

 俺は無理やりマルコムの口に解毒薬を突っ込み、飲み込ませる。フラフラと立ち上がったマルコムを他の団員に任せ、彼らの背中に飛びかかろうとするガブラスを叩き斬る。

 

「おいおい団長。俺の分も残せよ!」

 

 他の団員を襲うガブラスの頭をヘヴィボウガンを使い、マーカスはピンポイントで狙撃する。

 

「解毒薬か? ガブラスの方か?」

「両方だよ!! ボケェ!!」

 

「団長!! 弓矢部隊、到着しました!!」

「ようやくか! よし、一斉照射!! カタをつけるぞ!!」

 

 今までに討伐したモンスターの素材を使って作った弓矢を構え、弓矢部隊は横一列に並んでいく。

 

 通常の木の弓矢などモンスターには一切通じない。最弱とはいえど飛竜の一種。『災厄の使者』とも呼ばれる彼らもゴムのような皮膚を持つのだ。

 

「放てッッ!!!」

 

 だが、モンスター素材の弓矢は容易く彼らの皮膚を貫く。

 

 

 ====================

 

 

「……避難の方はどうだ?」

 

「順調です。残っているのは我々騎士団、城の兵士。貴族の傭兵部隊と……あとはーー」

 

「ガブラス如きにこの様とは……ふん。天下の『シュレイド騎士団』も随分と腑抜けてしまったらしいなぁ?」

 

 俺の言葉を遮るように小太りの男が大声で叫ぶ。

 

「デープ様……あなた自らがこのような場所にいらっしゃるとは」

 

「ふんっ。現騎士団の活躍ぶりでも見ておこうかと思ってな。だが……結果はワシの期待外れだったらしい」

 

 この男……デープは何とかして俺を騎士団長の地位から下ろそうとしてくる者の一人だ。王国でも大臣の次に権力を持つ、いわゆる大貴族。

 

 噂によると、剣もロクに震えない息子を名声拡大のために金とコネで騎士団長にしようとかしないとか。

 

 本当だとしたら、全くとんでもない話だ。さらにシュレイド騎士団団長には皇女の護衛、お側人の権限も与えられる。

 団長にした息子を使い、さらなる権力拡大を図っているとか。

 

「申し訳ありません。自分が不甲斐ないばかりに死傷者はいないとは言い切れません……。ですがご安心ください。ガブラスの群れは騎士団弓矢部隊が全滅させました」

 

「ふん……ガブラス如きに苦戦しおって。貴様の指揮官としての腕が知れるなぁ?」

 

「……」

 

 後ろで何人かの団員から殺意を込めた視線がデープに向くが、俺は彼らに目配せをし堪えるように頼む。

 

「それに死んでしまった奴らも奴らで使えんなぁ。貴様の騎士団員には強者揃いと聞いておったのだが……よほど採用基準が低いのだな」

 

 だが忍耐が得意の俺でもこの一言には堪え切るのが難しかった。他の騎士団員はもっと……特にルイスは。

 

「テメェ……黙ってれば好き勝手言いやがって……!!」

 

「ほう? 騎士団には騎士道精神をも持ち合わせぬゴロツキもいるのだなぁ?」

 

「ルイス!! ……デープ様。部下を挑発するような発言はお控えください」

 

 ルイスを制止したことで満足げになったデープの顔に苛立ちの色が加わる。本当に嫌な奴だ。

 

「それに……亡くなったものへの侮辱はおやめください。民や王を守るために戦った彼らが報われません」

 

「ほう? 『空の王』リオレウスの希少個体からこの王国を守り抜いたのだろう? ならば雑魚による死傷者の数をゼロにすることも容易いのではないか? 毒を吐くだけの雑魚に……」

 

 ついに我慢ができなくなった俺もついにデープに殺気を飛ばし始める。頭の中が赤一色で染まり、心臓が締め付けられる感覚がある。目尻が自然と険しくなる。

 

「そこまでです!!」

 

 ついに大声で叫び出しそうになる寸前、大気を揺らすように張り詰めた声が響き渡る。

 

 声の主は……セシリアだった。

 

「デープ。騎士団に無礼な発言は許しません。彼らはこの国の矛であり盾。命がけで任務を遂行している彼らをもっと敬ったらいかがですか?」

 

「こ、これはセシリア様。申し訳ありません。わたくしはただ騎士団の失態を指摘しただけでして……」

 

「無駄口を叩く暇があるなら貴方も早く避難なさい。騎士団の士気を下げるくらいなら貴方の傭兵部隊も作戦に加えたらどう?」

 

「し、失礼しました!」

 

 セシリアはデープの言い訳をピシャリと一蹴し、デープはそそくさと砦から出て行った。

 

「姫様……どうしてここに……? 避難の方は……」

 

 確かにガブラスの群れは全滅させた。だが問題はそこではないのだ。

 

「分かってる。……古龍が来るのね」

 

「こ、古龍!? 」

 

 古龍。太古より生きる竜にしてモンスターの全生態系の頂点に立つ存在。各古龍が圧倒的な生命力と寿命、不明瞭な生態を持ち、人前には滅多に現れないである。

 

 だが、問題なのは古龍一体だけでも天災級の被害を出すことだ。他のモンスターとは一線を画する最たる脅威なのである。

 

「だ、団長、なぜわかるでありますか!?」

 

 新兵兼伝令係のマルコムが悲鳴をあげると、ルイスが呆れたように答える。

 

「バァカ。お前、あんなに大勢のガブラスがこっちに向かってきた理由がまだわからねぇのか?」

 

 ルイスはデコピンでマルコムの額を弾く。

 

「ルイス、あまりマルコムをいじめないでやってくれ。いいかマルコム。奴らは敵味方構わず死肉を喰う。そんな奴らが大挙して押し寄せて来る理由は何でかわかるか?」

 

「……あっ!」

 

 ガブラスが古龍のお零れを貰おうと考えているからだ。もし騎士団のような街を守る存在がいなければ古龍はそのまま都市に突っ込み、多くの死傷者が出る。

 

 そうやってガブラスはコバンザメのように生きているのだ。

 

 ガブラスの大群は災厄の予兆であり、古龍来襲の先触れなのだ。ガブラスが『災厄の使者』と呼ばれ不吉の象徴たる所以だ。

 

「わかったようだな。しかし姫、古龍が来るとわかっているなら……なぜ?」

 

「私は王族よグリム。国のために戦う貴方達がこの城に残るのに、国の王が逃げるの? ありえないわ。城が落ちる最後の最後まで貴方達を信じるわ」

 

「しかし、王は……」

 

「お父様も喜んで承諾してくださったわ。『王に相応しい心構えだ』ってね。お父様もそれだけあなたたち騎士団を信じているのよ」

 

「いいこと言ってくれるな姫さん。いや、セシリア様。俺たちも王様の期待に応えなきゃなぁ! みんな!」

 

『おぉっーー!!』とルイスの掛け声に合わせ他の騎士団員達が声をあげる。心配そうな顔をしているのはこの場で俺だけだろう。

 

「よし! 一狩り行こうぜ!! さぁ団長! 指示を!!」

 

「……だってさ、団長さん」

 

 ……やれやれ、どうやらセシリアは断固としてここを動かないらしい。

 

「滅龍砲と撃龍槍!! 念のため巨龍砲も準備を!! それ以外のやつはバリスタと大砲の弾をありったけ準備しろ!!!」

 

 

「「「「了解っ!!!!」」」」

 

 

 ====================

 

 古龍が攻めてくるとわかっているだけに、シュレイド騎士団は総力を挙げて対古龍戦に向け準備を進めていた。

 

 進めていたのだが……

 

「……厳重警戒態勢ってシュレイド騎士団からの報告だが……特に何も起こらないじゃないか」

 

「ガブラスがめっちゃ来たからって怯えすぎだろ? この方面からは飛竜はおろか、ランポスどもだって来やしないぜ?」

 

 シュレイド領砦の警備兵達は完全に油断しきっていた。昼の番である彼らは監視をもう一人の後輩に任せ、二人でトランプをしていた。

 

「よし! 俺は1000ゼニーだ! お前はどうする!?」

 

「うーむ、そうだ……? なんか……足元が」

 

 地面が一定のリズムで揺れ、天井から埃が落ちてくる。不快に思った二人は何事かと高台に方へ走ろうとする。

 

「「へっーーーー」」

 

 ただし彼らが外の光を見る事は二度となかった。唯一外の景色を見ていた後輩のみが言葉を残す。

 

「報告します!! こちらシュレイド砦!! 古龍です! 地中から巨大な古龍が現れーーーー!!」

 

 砂の城のごとく轟音を立てて、一瞬で砦は崩れ去った。

 

 シュレイドに歩を進める山のごとき巨竜によって。

 

 



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騎士団の覚悟

遅くなりました……!! すみませぬ。







「おぉ……あれは、間違いない。『老山龍』じゃな」

 

 白ひげをあごに蓄えた老人……ツベルシタイン博士は望遠鏡を覗き込み、そうつぶやいた。

 

「……非常に興味深い。あやつの生態はまだ解明されておらんが、普段は地中深くに潜っておるとの報告であったのぅ……」

 

 俺は現在、この国で最高の頭脳を持つ博士と共にシュレイド城の中でも一番高い塔にいる。シュレイド砦から届いた最後の報告通り、巨竜もとい『老山龍』がシュレイド城に向かって一直線に迫っている。

 

 俺が騎士団に入ってからもう三年だ。今まで多くのモンスターを討伐、撃退してきた。『老山龍』ではなくとも、別の古龍『風翔龍(ふうしょうりょう)』を撃退したことだってある。

 

 それ以前からも王国の末端として、襲撃してくるモンスターを目撃してきた。

 

「なんてでかさだ……こんなに離れているのにはっきりとヤツの姿が見える」

 

 だが今回のモンスターは完全に規格外だった。

 

 生まれてこの方、あんなにでかい古龍は見たことがない。まるで山そのものが意思を持って動いているかのようだ。

 

「ふむ、『老山龍』ではちと呼び方が固いのぉ。そうじゃの……東洋の言葉にちなんで、『ラオシャンロン』と名づけよう!」

 

 それにしてもえらく研究熱心な爺さんだ。『老山龍』の足音がここまで届いているというのに。嬉々として名づけ親になっている。

 

「言ってる場合ではありませんよ、ツベルシタイン博士。あの巨竜……ラオシャンロンに対する策を我々は考えなければならないのです」

 

「……冷酷なことを言うようじゃが、無理じゃ」

 

 ツベルシタイン博士は俺に冷たく絶望的な一言を言い放った。

 

「大自然そのものをねじ伏せようなどと……実に愚かに等しい考えじゃ。早くおぬしらも避難したほうがいい」

「我々にこの城を……王国を見捨てろと言うのですか!?」

「そのほうが賢明じゃ。これ以上死人を出したくなければ……の」

 

 最もだ。博士の言うことは正論だ。俺だってあんな化け物に勝てる自信なんて全くない。これ以上死人なんて増やしたくない。たとえ死ぬ覚悟ができている騎士団でもだ。

 

『うわぁぁぁぁぁぁぁッッ!! ……ぁぁ」

 

 ガブラスに毒で苦しめられた挙句、無残に殺されてしまった仲間が脳裡から離れない。あんなのは人間の死に方ではない。

 

「団長」

 

 二人しかいないと思っていた高台にもう一人いた。ルイスだ。

 

「俺たちの意見は一つだ。最後まで戦って勝つ。お願いだ団長、死ぬ覚悟はできてる。これは……俺たちの意思なんだ」

 

 ルイスだけじゃない。ガブラス達の戦いで生き残った騎士団員全員がこの塔に集まっていた。全員ルイスの言葉に黙ってうなずいている。

 

 この場にいる全員の視線が俺に集中する。

 

「それによぉ、アイツだって古龍には違いねぇんだろ? 俺らだって一匹、前にたおしたじゃねぇか」

「バカモノ!! あの古龍を『風翔龍』クシャルダオラと一緒にするでない!!」

 

 見当違いと思われたのか、ルイスの鼓舞の一言を怒号で博士は一蹴する。老人とは思えぬほどの覇気が博士からほとばしる。

 

「そりゃあ……クシャル、なんとかも邪魔くせぇ風と鋼の鎧のせいで随分と苦戦したけどよぉ……」

 

「ならば今回は苦戦どころではすまぬな。報告によれば、あやつの体は古龍種の中でも一、二を争うほどの硬さを持つという。クシャルダオラとは比べ物にならんじゃろうな」

 

「げっ……おいおい」

「しかも……見てみるがいい」

 

 博士は放棄された砦の中でもラオシャンロンに最も近い砦を指さし、そこに騎士団全員の視線を集中させる。

 

 ラオシャンロンは何事もなかったかのように砦に衝突し、踏みつぶしていく。崩壊の轟音が辺りに響き、逃げ遅れた兵士の断末魔がこだまする。まるで幼児が積み木崩しをするように砦を潰し、その体に瓦礫に当たっても平然とラオシャンロンはこの城に向かって進んでくる。

 

「なっ……!!」

「見たじゃろう。あの見た目以上の破壊力を併せ持つ刃の鎧を。人の手でアレを破る方法があると思うか?」

「あ……ぅ」

 

 お調子者のルイスも流石に言葉を無くし、唖然とする。

 

 黙り切ってしまった他の騎士団員の中、マルコムは挙手する。

 

「……団長、それでも戦わせてください」

「マルコム……?」

 

 俺も含めた他の騎士団員達の視線がマルコムに集中していく。

 

「ここは……この王国は、この城は今ここにいる先輩方や逝ってしまったみんなが命をかけて守ってきた。それを龍一匹に怯えて逃げたなんて……恥ずかしくて名前も残せませんよ」

 

「……じゃが、戦っても何も残らぬぞ? 残るのは瓦礫と潰れた死体の山だけじゃ。当然、名も残らぬ。命あっての物種じゃと……ワシは思う」

 

 冷厳だった博士の言葉にわずかに悲愁の念がこもる。それでもマルコムの真っすぐな意思は曲がらなかった。

 

「自分はこの城で、この王国でたくさんの物を貰いました。昔の自分はとんでもないごろつきで……正直この国が大っ嫌いでした。……ここだけの話、王を敬ってもいませんでした」

 

 マルコムは苦笑し、俺の方を見つめる。

 

「仕事がなくて……酒に逃げて腐っていた自分を、団長が拾ってくれたんです。しばらくして姫にまで会わせてくれて……あの時に自分はこの国がちょっぴり好きになりました。こんな人もいるんだって」

 

 全員の視線がマルコムから俺の方へ移る。なんで今その話をするんだか。

 

 士気高揚のためにみんなには全員こっそり姫と会わせたというのに。もし博士が他の奴に口を滑らせたらどうする……!

 

「けど正直言って地獄でしたよ。いつ死ぬかわからない瞬間の連続だった。いつも自分は誰かに助けてもらってここまで生き残ってきました。その『誰か』の多くが……自分をかばって死んだんです」

 

「なら余計、生きなければならないのではないのかね? なぜ生きるために逃げないのだ」

 

 横にいる博士がひげをいじりながら興味深そうにマルコムの返答を待つ。

 

「ちがうんです博士。騎士団が守ってきたのは俺個人じゃない。彼らが守ってきたのは……悔しいですけど、俺を含め自分たちよりも弱い奴なんです。それに、この町にはまだ避難しきれてない人たちがまだ沢山いるはず。自分が生かされてきたのは……その人たちを守るためだと、自分は思うんです」

「……」

 

 博士は黙ってマルコムの言葉に耳を傾ける。俺は正直唖然としていた。あの入って間もないマルコムがまさかここまで他の団員の死を真剣に受け止め、優れた騎士道精神の持ち主だとは。

 

「もう守ってもらうのは嫌なんです。死ぬのは嫌ですけど、逃げるのならやれるだけやってから逃げませんか? 何もしないで逃げるの、かっこ悪いじゃないですか」

 

 最後のマルコムの正直な言葉にどっ、と笑いの渦が巻き起こる。

 

「やるじゃねぇかマルコム! 見直したぜ! もう半人前なんて呼べねぇな!」

 

 がっはっは、とルイスはマルコムの背中を力強く叩く。

 

「なるほどのぅ、かっこ悪い……か。やはり、理屈では血気盛んな者どもは納得できんか」

 

 ルイスはもちろん、博士も声をあげて笑っていた。

 

「……後々のことを考えれば、逃げた先に平穏が待っているとも限らんな。下手をすれば食料不足でより多くの死者が出るかもしれんな……なら、賭けてみる価値はあるかもしれんのぉ」

 

『幸いにも「あれ」はもうすぐで完成するじゃろうしな』と小声で博士はつぶやいていたが、議論している時間もない。

 

「みんな、ラオシャンロンの恐ろしさは過去最高の物だと理解しただろう。俺はここに残れとは言わない。正直、あんなのと戦うなんてアホでしかないと思ってる」

 

 だが、逃げるわけにはいかない。この国には逃げきれていない国民だけではない、王や……セシリアもいる。騎士としても男としても、逃げるなんて無様な格好をさらすわけにはいかない。

 

「女一人のために戦うアンタも含め、俺たちはどうせアホばっかさ」

「ルイス! お前、なに言ってんだ!? 俺はセシリアのためじゃなくて、騎士団として国をだな……」

「なんだかんだ言って、団長も格好つけたいですもんね。リオレウス希少種を討伐した時の姫様の顔、めっちゃ輝いてましたから」

「マルコム、お前まで……!!」

 

 マルコムやルイスだけじゃない。騎士団のみんながここに残る気でいる。言葉などいらない。彼らの目がそう語っている。

 

「どうやら俺含め、バカばっかみたいだな。まぁ……普通だったら国のために、とか。死ぬつもりで、とか言うんだろうが……」

 

 俺はため息をつきながら団員の目を見やる。ラオシャンロンの足音が徐々に大きくなっている。

 

「絶対に生きて帰るぞ。明日も国を守るために」

「当たり前だ!! これが終わったら俺たちは英雄だ!!! 必ず生きて帰るぞ!!!!」

 

『帰ったら祝杯だ!!』と騎士団員は雄たけびをあげ、恐怖を吹き飛ばした。

 

 俺たちとラオシャンロンの戦いの火ぶたは切って落とされた。

 

 

 これが騎士団最後の防衛戦だと気づくのは、これより数日後のことだった。

 

 

 

 ============================================

 

 

 

 ラオシャンロン撃退に向け、準備が開始された。辺りは砲弾を持ち運ぶ者、武器を整備する者。誰もかれもが大忙しだ。

 

「おい旦那。頼まれてた品の件だけどよ……」

「あ、あぁ、カヅチさん。どうかしたのか?」

「悪いが素材が足りねぇ。ほかの団員に最高傑作を渡すので精一杯だ。素材不足で無理にやるのはお前さんの命に関わる」

「そうか。無理を言ってすまなかったな。さすがに間に合わない、か」

 

 ラオシャンロンの力は未知数だ。記録はあるものの、情報量が圧倒的に足りない。

 カヅチさんに頼んでおいた物が完成していればもう少し心強かったのだが……こればかりは仕方がない。

 

「あぁ、間に合わなかった。……旦那の防具の方はな」

 

 カヅチさんは工房の奥から一本の大剣を取り出す。竜の翼爪を模った銀色の大剣だ。

 

「カヅチさん、これは……」

「名づけるなら、輝剣リオレウスってところかな? すまんな、防具の方はでき次第送るからよ」

 

 カヅチさんが渡してきた大剣には以前にはなかった色の鱗が使われていた。彼のつけた名に恥じず、銀色に輝いている。

 

「これが俺の……ありがとう!!」

「おう! こいつで古龍の面をぶん殴ってくれ。『帰れ』ってな!!」

 

 俺は再び『空の王』の鎧を身に纏い、戦場へ急ぐ。もちろんカヅチさんの鍛えた『輝剣リオレウス』を持って。

 

「団長! 老山龍迎撃準備、整いました!!」

「よし! 行くぞ!!」

 

 馬に乗り、俺たちはラオシャンロンの元へ向かった。

 

 

 ======================

 

 

「こいつが……『老山龍』ラオシャンロン」

 

 俺はラオシャンロンから見て、正面にある砦から指示を出している。俺の横でルイスが愛用のヘビィボウガンを試し撃ちをしている。

 

 遠目で見るのとはわけが違う。ラオシャンロンの姿はまるで動く山そのものだ。背中に引っ付いている苔やシダから、長く生きている個体であることがうかがえる。その巨体を揺らしながら城の方角へと進んでいく。

 

「グリム団長! 作戦準備完了です! いつでも決行できます」

 

「よし! これより巨竜迎撃作戦、第一段階へ入る!!」

 

 団員全員をラオシャンロンの進行ルート上にある、大砲の発射台へ移動させる。ラオシャンロンがこのまま真っすぐ進むとすれば、あの巨体の横、正面にある数十箇所から大砲の弾が命中する形だ。

 

「ラオシャンロン! A地点に到達!!」

 

「いよいよか……」

 

 思惑通り。ラオシャンロンは俺たちのことを意に返さず、このまま最後の砦を突破するつもりだ。

 攻撃を開始すれば噛みついてくるアリを潰すが如く、ラオシャンロンの猛攻が襲ってくるだろう。

 

「やっぱ、緊張してんのか?」

「あぁ……ルイス。今なら立ってるだけでも心臓麻痺を起こしそうだよ」

 

 今までにない緊張感と恐怖だ。防衛に失敗すれば国が跡形もなく滅ぶ。今までにないスケールに足が震えていた。

 

 そんな俺を見かねたのかルイスが俺の背中を叩いてきた。防具のおかげで物理的衝撃は和らいでいるとはいえ、叩かれたという精神的衝撃からは逃げられなかった。

 

「そう気を張りすぎるんじゃねぇよ。これでダメならもうどうしようもねぇんだ。今やれることを全力にやろうぜ? ……おまえはいつものように大声出して戦ってりゃいいんだ」

 

 ルイスは二ッと調子よく笑ってくれる。彼は私よりも年上だからか、彼が横にいるととても心強い。

 

「……ありがとな。ルイス」

 

「あのクソデープの言うことなんて気にすんな。なぁに、国が無くなったら身分も関係ねぇんだ。あのお貴族様、しこたまぶん殴って蜂の巣にしてやる」

 

「ふふ、やりすぎるなよ?」

「分かってる。……半殺しにはするかもな」

 

 国を守った後もルイスがデープに殴りかからないことを祈りつつ、俺は迫るラオシャンロンに視線を戻す。

 

 もう後戻りはできない。

 

『あ、あとで伝えたいことがあるから、絶対に戻ってくるのよ? いい!?』

 

 出陣前に聞いたセシリアの言葉が脳に走る。頬を赤らめながら言った彼女の姿が脳裏に浮かぶ。いつものように強気で明るい言葉を口にして。

 彼女の太陽のごとき言葉を胸に……俺は覚悟を決めた。

 

『……いってらっしゃい。グリム』

『あぁ、行ってきます。……セシリア』

 

 もう迷わない。セシリアに、愛している俺のお姫様に……『ただいま』を言うため、俺はこの腕を下ろす。

 

 

 

「発射ぁッッ!! てぇッッーーーーーーーー!!」

 

 

 

 こうしてシュレイド騎士団、事実上最後の戦いが幕を上げた。

 

 



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決戦! 『老山龍』ラオシャンロン

面白い、続けてほしいとのコメントがありました!
ありがとうございます!!
すみませぬ投稿日時が間違えておりました。


 シュレイド砦、王国城付近。

 岩山に囲まれた砦の中、『老山龍』ラオシャンロンと王国最強の盾『シュレイド騎士団』の決戦の火ぶたは切って落とされた。

 

「てぇッッーーーーーーーーー!!!」

 

 大砲が次々と火を噴き、ラオシャンロンに命中していく。轟音と共に火の粉が周りに飛び散り、炎の霧が吹き荒れる。

 

「どうだ!? これだけの弾だ。さすがに悲鳴の一つでもあげるんじゃねぇか?」

「……いや、そうはいかないらしい」

 

 吹き飛ばしのは背中の一部の(こけ)のみ。ラオシャンロンは悲鳴一つ上げず、俺のいる高台に迫ってくる。

 

「ここはもうだめだ! ルイス! 騎士団のみんなにB地点の集合を伝えてくれ!!」

「おう! ……ん? なんだ。ラオシャンロンの様子が……!」

 

 ラオシャンロンはその巨体を左右に揺らし、低い唸り声を上げる。巨大な尾を大きく振り、岩山を崩す。

 

「あーーーー」

 

 声を上げる間もなく、次々と団員が大岩につぶされていく。大岩が地に落ちる轟音と悲鳴。ラオシャンロンは潰れ息絶えていく人間を気にする素振りも見せず、俺のいた高台に突進。

 建築に何年もかけたであろう鉄壁の砦があっけなく壊されていく。まるで砂の城を壊すが如く。

 

「アーノルド!! スピネラァッッーー!!」

「団長! 前を向け!! 絶対に後ろを振り返るな!! 止まってるとアンタも押しつぶされるぞ!!」

「くっ……!! すまない……みんな……!!」

 

 幸い、巨体に見合う翼を持たないラオシャンロンの動きは緩慢だ。相手が気にも留めていないおかげで普通に走っても逃げ切れる。

 俺達は怪我のせいでラオシャンロンから逃げきれず、潰されていく団員たちを見捨て作戦を第二段階へと進行させる。

 

「よし……! ここまではなんとか行けたか」

 

 はしごをのぼり、大砲とバリスタのある発射台へと向かう。作戦第一段階が終わった後、ちょうど集合地点に決めていた場所だ。

 

「団長! ルイスさん!! 待っていました!」

「無事だったかマルコム! ……よかった」

「あれ……アーノルドさんや……スピネラ先輩は……?」

 

 よく見ると、百名以上いた騎士団の半数しか集合地点には集まっていなかった。戦死者は……約四十名。

 

「……潰されるところを目の前で見た」

「……! 失礼、取り乱しました。団長……次の指示を」

 

 マルコムは悲痛に顔を歪めつつも、俺に指示を仰ぐ。ほかの団員も同様だ。

 

 まだ戦意は失われてはいない。

 

「半数は移動式大砲に移動!! 弾をありったけ詰め込め!! 射撃班はバリスタとボウガンで援護!! 俺とマルコム、剣士の数名はラオシャンロンに直接攻撃!!」

 

「ちょ、直接!?」

 

「あぁそうだ! モンスターには必ず弱点があるはずだ!! ヤツの弱点部位を見抜かなければ俺たちに勝機はない!!」

 

「団長が正気じゃないっすよ……!」

 

 悪いな。もうあんな化け物と一戦交えるなら正気じゃいられないんだ。

 

「マルコムは俺と来い! ルイス! お前は滅竜砲の準備だ!!」

 

「おう! 任された!」

 

 カヅチさんだけじゃない。滅竜砲はシュレイド王国の鍛冶職人、研究者たちが作り上げた超巨大大砲。『空の王』の火球器官を応用した対巨竜用兵器。噂では火に高い耐性を持つ『空の王』リオレウスでさえも灰にしてしまう程の威力とのことだ。

 

「……いくぞ!!」

 

 

 ========================================

 

 

 

 

 --逃げなければ。

 

 ラオシャンロンは岩山と砦を崩しながら城の方へと近づいていく。

 

 

 --破滅が。死がすぐ後ろに迫っている。

 

 

 ラオシャンロンは意に返さず前へ前へと進む。何かを潰したという感覚も感じないまま。

 

 --背中から痒い何かが飛んで来た。

 

 体の横や正面から砲弾を浴びせられ、うっとおしい、と体を揺らす。

 

 ラオシャンロンは容赦なく高台と砦の一部を確実に崩していく。尾を振り、足で大地を揺らして。

 

 --この地を去れ小さきものよ。我より古くから生きる邪悪が来る前に。

 

 大気を揺らすほどの咆哮を上げ、ラオシャンロンは進む。

 

 --黒き破滅が、彼の龍が来る前に。

 

 怯えるように。死と破滅から逃れるために。ラオシャンロンはひたすら前に進む……生きるために。

 

 

 

 

 =======================

 

 

 俺はラオシャンロンの足を斬りつけるも刃が全く通らず、弾かれてしまう。

 

「クソッ……!! なんて硬さだ……!! 銀火竜の刃が全く通らない!!」

 

「後脚も硬いです!!」

「胴体も!! 全く効き目なし!」

 

 ほかの団員も斬りつけるも効果なし。三連式移動大砲やバリスタを背中に受けているというのに、ラオシャンロンは歩みを止めない。どんどん最終防衛ラインまで近づいていく。

 

 ラオシャンロンは低く唸り、その巨体を前足で持ち上げていく。

 

「なっ……!! ラオシャンロンが……」

「た、立……った……!?」

 

 俺は我に返り、ラオシャンロンの目前を見る。なんということだ。俺たちが気づかないうちに、すでにラオシャンロンは最終防衛の砦の目前にまで迫っていたのだ。

 

「不味い!! 一旦たい……!」

 

 遅かった。ラオシャンロンはその巨体を武器に、砦に向かって倒れこむ。前足と胴体で最後の砦を押しつぶす気だ。

 

 

「させっかよぉッッ!! くそだらぁぁぁぁぁッッ!!!」

 

 ルイスの怒鳴り声がシュレイド砦に響く。

 

 虫の羽が焼けているかのようなチリチリ……という音がする。

 

 

 --滅竜砲、発射。

 

 

 火竜の顔を模った巨大大砲から『空の王』の雄たけびと共にラオシャンロンの顔ほどの大きさの火球が打ち出される。

 

 滅竜砲が命中したことに驚いたのか、ラオシャンロンはギャゥ! と小さな悲鳴を上げる。

 爆炎がその巨体を包み、すべてを燃やし尽くしていく。ラオシャンロンの体から大きな黒煙が上がる。

 

「チッ……! クソ、なんて野郎だ……」

 

 最後の砦を完全に破壊されることは避けられたものの、被害は甚大だ。ラオシャンロンの巨体が倒れる軌道がそれただけだ。

 

 ラオシャンロンにぶつかった砦は跡形もなく粉々になっている。

 

 俺は急いで最後の砦へ続くはしごを登る。

 

「すまねぇ団長。合図を待たずに撃っちまった」

「いやナイス判断だ、ルイス。おかげで砦の完全崩壊は免れた」

 

 ルイスは倒れ伏したラオシャンロンに目線を移す。

 

「やったのか……!?」

「いや、まだだ」

「えっ……いや、よく見ろよ。あのデカブツがようやく悲鳴を上げて倒れたんだぜ? 身体中から火を上げてるしよ」

「……想定では跡形もなく吹き飛ばすつもりだったんだ」

 

 ラオシャンロンは閉じた瞳を開き、その体から火煙をあげつつもゆっくりと起き上がっていく。

 

「う、うそだろ……!!」

「どうやら……『老山龍』の名は伊達じゃないらしい」

 

 あの竜が太古から存在し、恐れられている理由がやっとわかった。それはあの巨体や被害の甚大さのせいなどではない。無尽蔵と思えるほどの体力としぶとさからきているのだ。

 

「どうりで……数千年も生きているわけだ」

「感心してる場合じゃねぇぞ……どうすんだよ団長。あの様子だと決定的な一撃を与えられたとは思えねぇぞ……!!」

 

 ……残るは最終兵器。撃龍槍のみだ。本当は使う前にラオシャンロンに決定的な打撃を与えておきたかったのだが……滅竜砲が果たした役割はどうやら少なかったようだ。

 

 ラオシャンロンは半分身を起き上がらせた後、身体をフルフルと揺らす。濡れ犬が身体を揺らして水を飛ばすように、ラオシャンロンは身体から火のついた苔やシダを飛ばす。

 

「ラオシャンロンの、姿が……!!」

「あれが……本来の姿ってわけか……」

 

 苔を飛ばしたことで本来の赤茶色の鱗が露わになっている。竜と呼ぶに相応しいその口からは白い息が漏れ、背中には棘だらけの甲殻。これが……『老山龍』。

 

 ラオシャンロンは大地を揺らすほどの咆哮を放ち、再び起き上がろうとする。

 

「グリム君!! おぉよかった!! 間に合ったようじゃな!!」

「つ、ツベルシタイン博士!? なんであなたがここに……!!」

 

 いつの間にか砦の裏から来ていたのか。俺の後ろに肩で息をした博士がいた。

 

「話は後じゃ!! こんなこともあるかと思って……ついに完成させたのじゃ! ……『アレ』を!!」

 

 興奮した様子で博士が叫ぶ。そうか、『アレ』と撃龍槍があれば……いける!!

 

「……! そうか、ルイス! 悪いがもう一仕事だ! すぐに移動式砲台の一つをこの高台まで移動させろ!!」

「あ、あぁだが……もうラオシャンロンが起き上がっちまう!! 移動するまでには砦が壊されちまうぜ!!」

 

 ラオシャンロンはもうほとんど体を起こし、再び二足歩行態勢になろうとしている。

 

「俺たちがアイツを引き付ける!! その間に!!」

「ひ、引き付けるったって……お、おい、待てよ! 団長! だんちょおぉぉぉッッ!!」

 

 叫ぶルイスを無視して俺は砦から降りる。

 

 ここが正念場だ。なんとしてもあの竜の弱点を見つけなくては。

 

「まだ攻撃していないところ……」

 

 思いつくところは大体攻撃した。前脚、後ろ脚、背中、頭はすべて。

 

「待てよ……アイツはなんで滅竜砲を受けた時に悲鳴をあげたんだ……?」

 

 背中に大砲を連続して受けた時も、わずかに身体を動かすことはあっても歩みは止めない上、倒れもしなかった。なぜ滅竜砲を受けた時のみ、驚いて身体を逸らしたのか……

 

「まさか……!!」

 

 もしや、と思い、俺はまだ四足歩行のラオシャンロンの腹……腹部を大剣で斬りつける。刃が肉に吸い込まれ、血しぶきが上がる。

 

 --斬れた。

 

 ラオシャンロンはわずかな悲鳴をあげて、一瞬体の動きを止める。

 

「そうか、腹だ……!! おい!! ラオシャンロンの弱点は腹だ!!! みんな、最終兵器の準備が終わるまでこいつの腹を斬って斬って斬りまくれ!!」

 

 了解!! と騎士団の了承の声が周りに響く。

 

 次々と他の団員が駆け付け、腹を目掛けて斬りつける。中には懐に潜り込んでボウガンを連射している者もいる。

 

「うぉぉぉぉっっ!!」

 

 俺も他の団員に負けじと力を溜め、渾身の一撃をラオシャンロンの腹におみまいする。刃が肉を裂き、鮮血が俺の火竜の鎧をより真っ赤に染めていく。

 

 ラオシャンロンは絶叫し、立ち上がろうとしていた身体を後ろへ後退させていく。

 

「おし!! いける! これならいくら奴で」

 

「団長ッッ!! よけて!!」

 

「えっーー」

 

 俺はちょうど近くにいたマルコムに抱き抱えられ、ラオシャンロンの横に飛び込みをさせられる。

 

 ラオシャンロンは身体を揺らすと、勢いよく先ほどまで俺たちのいた位置に飛び込んできたのだ。その巨体で。

 

「うっ……! 悪い。助かったよマルコム……」

「なんの! 自分はいつも助けてもらってますから!」

「あぁ……頼りにしてるよ」

 

 俺はラオシャンロンの方に視線を移す。するとラオシャンロンの瞳と俺の目が合った。

 

「……! やっと俺たちに気づいたようだな。さすがにもう、無視ってわけにもいかないらしいな」

 

 

 --ォォォォォオオオオオオオッッッッン……!!

 

 

 ラオシャンロンは今までで一番大きな雄叫びを上げ、足踏みをする。本格的に俺たちを文字通り潰しにかかってくるようだ。

 

「怒ったか……いいぞ。効き目がある証拠だ……ってあれ? マルコム……?」

 

 後ろを見たらもうすでにマルコムはいなかった。

 

「嘘だ、さっきまでそこに……」

 

 気づけば俺はただ一人、戦場にとり残されていた。

 

 

 

 



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新入りの夢、そして……

ちょっとマルコムの過去編も入ります。心配なく! ラオ戦もありますからね!




 数年前、自分ことマルコムはただのクズだった。

 

「……ひっく、おい店主! もっとさけぇ持って来いってんだよ。……ひっく!」

 

 この時の自分はちょっとしたドジで職を失い、婚約者からも捨てられた。両親からも家から追い出され酒に逃げていた。

 

 これはそんな運命が変わったあの日の夜だ。

 

「お客様……もうこれ以上はお体に障ります。そろそろお勘定の方を……」

 

「今日もツケだ。いずれ返してやるよ……」

 

 道端でその日暮らしの毎日。だれも助けてくれず全てが嫌になった自分は自棄になっていたのだ。

 

「そ、そんな……前回の分もまだ残って……ひぃ!!」

 

 自分は酒場の店主の襟を掴んで持ち上げる。腕っぷしとすばしっこさだけが自分の取り柄だった。

 

「うっせぇ……よ。いいから出しやがれ」

「へ、兵士を呼ぶぞ!」

「好きなだけ呼べよ……むしょだろうと、シャバだろうと、僕にはどうせ何もねぇんだ……!!」

「ひ、ひぃ……」

 

 店主に掴みかかる自分を齢十も満たない女の子が叩く。

 

「やめて! おとうさんから手を放して!」

「み、ミリー! 下がっていなさい!!」

「うっせぇガキ!! 引っ込んでろ!」

 

 愚かにも自分はつかみかかる子供を突き飛ばしてしまう。ただ彼女は親を守りたかっただけなのに。

 

「ひゃっ!!」

「ミリーッッ!!」

 

 女の子が自分に突き飛ばされ、地面にぶつかる。

 

「よっと。怪我はないか? ミリー」

「あっ……」

 

 その直前で自分とほぼ同い年の少年が女の子を受け止める。優しく少女を立たせて『偉いぞ。いい子だ』と微笑んでいる。

 自分と同い年のこの少年こそが……グリム団長その人だった。

 

「ぐ、グリム君! この人をどうにかしてくれ!」

「……なんだよぉてめぇ。くんじゃねぇ」

「なるほど。マスター、事情は察しました。……おい!」

 

 自分は同い年とは思えないほどにしっかりした声に驚愕した。それと同時に……嫉妬も覚えていた。

 

「なんだよ……」

「憂さ晴らしをしたいんなら外に出ろ。酒よりも目覚めにいいやつをくれてやる」

「……どうなっても知らねぇぞクソ野郎!!」

 

 自分は余裕をかましている団長……いや、グリムを持っていたナイフで斬りつける。

 

「だから外でやれっつたろ……が!!」

「ぐほっ……ぁ!!」

 

 グリムはナイフを紙一重でかわし無駄のない動きで自分の腕を掴み、店の外まで片手で投げ飛ばす。

 

「いい動きだ。お前なかなか才能あるぞ」

「うっせぇぇッッ!! 死ねやごらぁ!!」

 

 自分はナイフを捨ててグリムを殴りにかかるが再びかわされる。全く攻撃が当たらず、自分は冷静じゃなくなっていた。

 

「なんで当たらねぇんだよ!?」

「悪いな。こちとら毎日手にナイフつけたような奴と戦ってんだ。一発でも当たればあの世行きな世界にいるんだよ」

 

 グリムに自分のあごに一発パンチを喰らわされた後、自分は地面に倒れ体が動かなくなってしまった。

 

「がっ……」

「ついでに弱みに付け込んで徹底的にその部分を殴る世界にもな」

 

 酔いがさめたのか、もしくは回り切ったのか。自分はついに心の内に溜まった不満、嫉妬、怒りを漏らしていた。

 

「ちくしょう……なんで……なんでだよ。なんで僕と同い年なのに、おなじはずなのにどうして……お前は幸せそうな顔をしているんだよ……!!」

 

「おまえ……」

 

「僕だって……僕だって幸せだったんだ。あんなところで酒なんて飲んまなくても笑っていられたんだ……!! なのに……お前みたいなただの税金泥棒なんかに……僕が幸せ度合いで負けてるって言うんだよぉ……!!」

 

 過去に自分が会った兵士には、グリムみたいな真っすぐな奴はいなかった。いずれも金持ちに賄賂をもらって罪人を見逃して生きている、腐った奴らにしか見てこなかった。

 

 けど……正直に言ったこの言葉は……グリムには響いたんだと思う。

 

「……ちょっとついてこい」

 

 グリムは自分を立ち上がらせると肩を貸してくれた。

 

「な、なにを……」

「お前に教えてやるんだよ。俺の……笑う理由ってやつを」

 

 

 グリムに連れられた先はシュレイド騎士団の宿舎だった。

 

「ここは……王城じゃねぇか!」

「正確には兵士の宿舎だ。俺の部屋だから安心しろ」

 

 部屋のドアを開けると、そこには動きやすそうなドレスを着た赤毛の女性がベッドの上で本を読んでいた。

 

「やっぱりまた来てやがった……!! いい加減にしてくださいよ!」

 

「あっ、グリム! おかえりなさい! あれ? そちらの方は?」

 

「聞けよ!!」

 

 赤毛の女性はグリムに駆け寄り、自分を不思議そうに見つめていた。とても美しい女性だった。ガラスのように透き通った声。赤い緋色の瞳。天女が舞い降りたかと思う程のものだった。

 

 グリムとは随分と親しい仲のようだが……

 

「ま、マルコム……です」

「マルコムさんね! 私はセシリア。何もないところだけど、ゆっくりくつろいでいってね!」

 

 セシリアと名乗ったその女性はニッコリと自分に微笑みかける。

 

「姫様。さりげなく私の部屋をつまらないって言いましたね?」

「え、お、お姫様!?」

「そうよマルコムさん。と言ってもお姉様たちと違って継承権はだいぶ後ろの方だけど」

 

 それでも王女ということに変わりはない。なぜこんなにも高貴な人が兵士の宿舎なんかにいるのか。

 

「第三皇女と言ってもあなたは王族。早く自分の部屋に戻ってください! 私が責任をもってお送りいたしますから!」

 

「マルコムさん。お茶いる? ちょうど侍女のマーサにティーセットを持ってきてくれたの。とってもおいしいのよ?」

 

「聞いてくださいよ姫様ぁ……」

 

「姫ってどこの誰かなぁ~? このお城には姫ってあと二人もいるしぃ~」

 

 どうやらグリムが尻に敷かれる形のようだ。

 

「……喜んで飲ませていただきます。セシリア姫様」

「命令よグリム。もう少しだけここにいさせて?」

「職権……いえ、権力乱用です……!!」

 

 グリムはぐぐぐっと拳を握り、部屋の外へ。『何も見なかった、何も見なかった』とつぶやき声が聞こえる。

 

 姫様にはすべてを話した。仕事を失って婚約者にも逃げられ、家からも追い出されたことも。全部。

 

「……大変、だったのね」

「はは、その挙句が子供に乱暴をするなんて……恥ずかしい話です」

 

 テーブルの上には空になったカップと半分も減っていな紅茶。どれだけ砂糖を入れてあったのか、甘すぎて飲めたものではない。

 

「けど、もうそれは過去の話でしょう? 数分前でも数秒前でも時間は帰ってこない」

「おっしゃる通りです。もう、どうしようもない話です」

「でもそれはそれ。これはこれ」

「え……?」

 

 薄汚れた自分の手を姫は強く握ってくれた。細くて、力を入れればすぐ折れてしまいそうなのに……彼女の手はすごく強かった。

 

「過去は変えられないけど、大事なのはこれからよ。マルコムさん」

「これ、から……?」

「そう!」

 

 姫はその場から立ち上がり、両手を広げる。

 

「未来はどんな些細なことでも変えられるわ! 例えば、お昼ご飯の時間とか、明日何食べようかな、とか!」

 

「全部食べ物関連じゃないですか……」

 

「人もおんなじよ。これからの行い次第で、大きく変わっていける。やってしまった間違いは繰り返さないようにする。いわゆる、ニューマルコムさんよ!」

 

 とん、と軽く自分の胸を姫は拳で小突いた。

 

「なんですか、ニューって……」

「と~に~か~くっ! 過去の自分を気にしすぎないってこと! これからは新しいマルコムさんよ!」

 

 姫は『私も何か役に立てられればいいのだけど……』と困った顔をする。

 だが……もう十分だ。

 

 

「結構ですよ、姫。僕はもう--」

 

 

 あなたに多く(言葉)を貰いましたから。

 

 

 その後、グリムに騎士団に入れるかを尋ねた。むろん、あとで考えると我ながらバカなことを言ったものだと思う。

 

 すぐに騎士団入隊は無理で、訓練兵からのスタート。

 正直言って地獄だった。入隊できた今も地獄だが。

 もう自分には仕事も、家族もない。なら……せめて残ったこの命。

 

 

 ……自分を気遣ってくれた、この人たちのために使おう。

 

 

 

 ======================

 

 

 

 吠えるラオシャンロンの背中。

 ラオシャンロンの攻撃から緊急離脱したマルコム達、剣士部隊は高台に登り剣を構える。

 

 ――まだ背中は攻撃していない。

 

「よし!」

「お、おい! マルコム!! 何をしてやがる!!」

 

 マルコムは対巨龍爆弾を両手に持ち、ラオシャンロンの背中に飛び乗る。

 

「鱗の隙間は……どうだ!!」

 

 マルコムは手に持った片手剣をラオシャンロンの背にある鱗の隙間に突き立てる。肉が裂ける音。確かな手ごたえを感じるマルコム。証拠に突き立てたところから血があふれている。

 

「やっぱり……みんな! ラオシャンロンの弱点は背中と腹だ!!」

「お手柄だ、マルコム! 俺らも続くぞ!!」

 

 雄叫びをあげ、他の団員もラオシャンロンの背中に飛び乗り、攻撃を開始する。刃が肉を突き血が噴き出る。

 

 ――コルルルルルッッ……!!

 

 ラオシャンロンから不機嫌そうな唸り声が聞こえた瞬間、マルコム達の乗っていた背中が大きく揺れる。

 

 ――落ちる前に……! ダメ押しだ!!

 

「対巨龍爆弾!! 点火ぁっ!!」

 

 マルコムは導火線に火をつけ、地面に降りる。他の団員も爆弾を設置し地面へ。

 

 轟音が耳を裂き、ラオシャンロンの背中から火柱があがる。ラオシャンロンは鱗を辺りに飛び散らせ悲鳴をあげている。背中の数か所から煙が出ている。

 

「マルコム! 他のみんなも無事か!」

「はい! 団長もご無事で!!」

 

 再会を喜ぶ間もなく、老山龍は怒り咆哮する。強大な力を持つ竜の雄たけびは地をも揺るがす。空を暗雲が覆い、太陽を覆い隠す。

 

 ラオシャンロンはこれまでにないほどのスピードで砦に突出していく。

 

「ま、まずい!! あの巨体であれほどのスピード……!」

 

 砦が今度こそ崩されてしまう。

 

 砦に近い団員は腹や背中を攻撃するが、ラオシャンロンはそれを意に返さない。バリスタと剣を弾き、団員をアリのように踏みつぶしながら砦に向かっていく。

 

「きやがったなぁ……!!」

 

 ルイスは両手でつるはしを構え、砦のてっぺんに立つ。迫ってくるラオシャンロンが怒りの遠吠えをあげている。

 

「最終兵器なんて出すまでもねぇ! これでどてっぱらに穴開けてやるぜ、ラオシャンロン!!」

 

 既存の中でも最高兵器のスイッチ。ラオシャンロンが兵器の射程距離に入った瞬間、ルイスはその巨大なスイッチに向かってつるはしを振り下ろす。

 

 

「撃龍槍、はっしゃぁッッ!!」

 

 

 砦から突き出た巨大な二本の槍がラオシャンロンの胸を貫く。槍が老山龍の骨肉を砕く音共に、血の雨が辺りに降り注ぐ。

 

 ラオシャンロンは苦悶の表情を浮かべ、大きく後退する。低く唸り声をあげた後、ラオシャンロンは横に倒れた。

 

「おっしぁ! ラオシャンロンは、このルイス様が打ち取ったぁりぃぃ!!」

「いや! まだだ!!」

 

 ルイスのいた砦の頂上に登ってくる者がいる。グリムとマルコムだ。

 

 わずかだがラオシャンロンの身体はまだ動いている。おそらく気を失っているだけだ。

 

「ちくしょう! なんてしぶとてぇんだ……!!」

「言ったじゃろうが。あれを他のモンスターと同じように考えるな、と」

 

 呆然と立ち尽くす三人の前に現れたのは、ツベルシタイン博士だった。額が汗まみれだ。

 

「博士、まだなのか! もうこっちは手札切れだ!!」

「もう爆弾もない……。大砲の弾も残り少ないです……」

 

「準備は完了じゃ。これが……我ら人類の最終兵器、『巨龍砲』!!」

 

 博士は手に持っていたスイッチを入れると、ルイスの手によって移動させられた移動式大砲が変形。砦の奥から『滅龍砲』以上の巨砲が飛び出す。

 

「す、すげぇ……」

「さぁグリム君。幸いにもラオシャンロンはこの兵器の射程距離内。早くこの『滅龍炭』を――」

「おい!! マズイぞ、ラオシャンロンが動き出した!!」

 

 戦場の方へ視線を移すと、ラオシャンロンは地面に手をつき立ち上がる寸前だった。

 

「しまった!! ラオシャンロンが動いてしまってはおしまいじゃ!!」

「くっ……間に合わない!?」

 

 その時、何かがラオシャンロンの身体に引っかかる音がした。

 

 グリムが諦めきる直前、ラオシャンロンの身体がバリスタから出たワイヤーによって拘束される。

 

「団長!! ここは自分たちがひきつけます!!」

「早くぅ!!」

 

 ワイヤーがなんとかラオシャンロンの動きを封じ込めているものの、恐ろしいほどの力で一本ずつワイヤーがねじ切られていく。発射台ごと壊して拘束を解こうとする動きも見せている。

 

「たのむ……!! これが最後だ!!」

 

 一秒でも早く『滅龍炭』を大砲にねじ込み、発射スイッチを押そうとした瞬間。

 

 ――あのタフさでは……この兵器をもってしても、倒せないのでは……?

 

 グリムの手が止まった。恐れが彼の手を止めたのだ。

 

「やれることはやった。悔いはねぇぜ、団長」

 

 他の二人の手が、グリムの手に重なる。

 

「そうですよ。何も心配せずに、ドカンといってください。自分たちが誰にも何も言わせません」

 

 マルコムとルイスは『なっ?』とグーサインをつくる。

 

『けど、手柄は俺(僕)ら三人。ですよね?』

 

 ――そうだ。これが……俺達『シュレイド騎士団』の全て。やれることは……これで全部だ。

 

 

「あぁ。そうだな」

 

 

 スイッチを押すグリム達の手に、もう迷いはなかった。

 

 甲高い音が周りに響く。

 

 ――『巨竜砲』発射。

 

『巨竜砲』の発射口からどす黒い謎のエネルギーが集中し、巨大な球体を作り出す。

 

 赤い雷光をまとった黒球はラオシャンロンに向かって、大きな弧を描き飛んでいき――

 

 ――グォォォォォ……ッッ!!

 

 ラオシャンロンの頭部を直撃した。

 

「み、みろよ……」

「ラオシャンロンが……」

 

 逃げていく。砦に背を向けラオシャンロンは走り去っていく。

 

 

「や、やったぞ……」

 

 

『俺たちの、俺達の勝ちだぁぁぁぁ!!』

 

 

 辺りから歓声が響く。他の高台からも勝利の雄たけびがあがる。

 

「やったな……団長!!」

「あぁ……」

 

 ふぅとグリムは肩の力が抜けたのか、その場にへたり込んでしまう。

 

「あ、あれ?」

「団長、お疲れ様です」

「お疲れ、か。そうなのかもな」

 

 グリムはマルコムに肩を貸され、立ち上がる。

 ここにいるほぼ全員が勝利の余韻に酔いしれていた。歓声と奇声が飛び交う勝利の空気だ。

 

 博士を除いては。

 

「……。あのラオシャンロン。もしや……いや。考えたくもないが……」

 

 博士は頭に思い浮かんだ最悪の事態から目をそらすように、首を横に振る。

 

 博士は空を見上げる。禍々しい黒雲に覆われた太陽の見えぬ空を。

 

 

「あの巨竜は……実はもっととんでもないモノから逃げていたのではないか……?」

 

 

 天地に響くこの世の絶望の声を。あらゆる生の悲鳴を凝縮したかのような咆哮を、この場で聞けた者は……博士を含め誰一人としていなかった。

 







??????「やっと出番かよ」

遅くなりました。


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巨大龍の絶命により、黒龍は現れる。

 ラオシャンロンの撃退後、警戒態勢が解除されたため避難民が次々と城下町に戻ってきていた。王国は活気を取り戻し、今は国中でお祭り騒ぎだ。

 

 そんな中、俺とルイス。そしてマルコムの三人は王城に国を守った騎士団の代表として、王との謁見が許された。もちろん、外には警備のために他の騎士団も配備されている。

 

「グリム!! よかった……本当に生きてるのよね? 幽霊とかありえないよね?」

「落ち着いてくれ、セシリア。俺はここにいるよ」

 

『どう、どう』と落ち着きのないセシリアをなだめ、俺は笑みを浮かべる。

 

「勝ったよ。ラオシャンロンは追っ払った」

 

 セシリアは笑みを深め俺に抱き着こうとしたが、城内ということもあり途中で動きを止める。

 

「俺達、シュレイド騎士団は無敵だ!! 姫さん、俺もほめてくれよぉ」

「じ、自分もです! だって最後は僕ら三人が決めたんですよ!?」

 

 マルコムとルイスの二人は意地悪そうに俺を見る。わざとかよ。

 

「お前ら……空気が読めないのか……!?」

 

「はいはい、三人ともお疲れ様」

 

 セシリアはクスッと笑い、三人の頭をえらいえらいと撫でてやる。しかし、すぐにセシリアはつらそうな顔に戻ってしまう。

 

「けど……全員ではないのよね」

「……」

 

 全部言わなくてもわかる。セシリアは騎士団の団員全員に面識があるのだ。死んでしまった者たちに心を痛めて。

 

 俺は自分のふがいなさに頭を下げてしまう。頑固者のアーノルドに博識家なスピネラ。優秀な仲間を何人も失った。もっと俺がうまく指示を出せていればさらなる被害は防げたのだろうか……

 

「ごめんなさい、グリム。あなたのせいじゃないわ。きっと……どうしようもなかったのよ」

「セシリア……。俺は、あいつらに誇れるような指揮官だったのかな……」

 

 俺は助けられたかもしれない部下を死なせてしまった。

 

「なーに、弱気になってんの!」

 

 セシリアは細腕にも関わらず、鋭いパンチを繰り出す。モンスターの一撃よりも応えるとは。

 

「そだ。ここは姫さんの言うとおりだな」

 

「グリム団長。あなたのおかげで自分たちは勝てたんです。きっと……あの二人も、他の逝ってしまった仲間たちも。だれも団長を憎んでなんかいないはずです」

 

「ルイス、マルコム……」

 

「自分はあの二人に剣を教わりましたから。一番彼らに近い自分に言わせれば……『勝ったか。よっしゃよっしゃ』ってとこだと思いますよ」

 

 ルイスとマルコムは俺の肩に手を回し、ニッと笑う。

 

「二人の言う通りよ。決め台詞をマルコムさんに言われちゃったのは、ちょっと悔しいけど」

 

「えぇっ!?」

 

「ただ私たちにできるのは、忘れないでいてあげること。彼らの死も、生も背負って生きること。それが団長たるグリム、あなたが仲間たちにできる一番の大仕事よ」

 

 ……仲間の死も、生も、か。ずいぶんと重い役割を背負わされたものだ。

 

「セシリア皇女殿下、その任務……謹んでお受けいたします」

「また様付けに戻っちゃった」

「あ、あれは緊急事態だったから……です」

「ふふ、まぁそういうことにしておくわ」

 

 セシリアとの対談の後、俺達は王との謁見を済ませ城の外へ。マルコムとルイスは一足先に宿舎の方へ。俺はセシリアと共に塔に。

 

「……あれが老山龍、ラオシャンロン」

「あぁ。今まで会ったモンスターの中で一番手強かったよ」

 

 王国とは逆の向きに走るラオシャンロン。その雄大な後ろ姿を、俺たちは目に焼きつけていた。

 

「あの竜も、必死に生きてるのね。今の私達と同じように」

「……そうだな」

 

 俺も本当のところ、生き物の命を好き好んで奪いたいというわけではない。王国を守るためならば、というだけで。あのモンスター達と共存できるような世界があるのだとしたら……それはさぞかし美しい世界なのだろう。

 

 それにしても不思議だ。まだ昼のはずなのに空が暗い。雨が降るわけでもなかろうに。

 

 空を見上げると、太陽に大きな影ができていた。博士が『日食』と呼んでいた現象だろうか。

 

「不思議ね……まるで黒い太陽」

 

 セシリアは黒くなった太陽を見上げて微笑んでいたが―

 俺たちが笑っていられたのは……日食までだった。

 

 ガブラスの大群がどこからともなく集まり騒ぎ声をあげる。

 

「な、なんだ……!? またガブラスが……」

 

 謎の轟音と共に足元が大きく揺れる。

 

「きゃぁ!」

「な、なんだ!? 何が起こっている!?」

 

 視線を戻すと、ラオシャンロンの歩みは……すでに止まっていた。体中から黒煙をあげ、白骨化した姿で。

 

 

「な、にが……」

 

 

 先程まで大地を闊歩していた巨大龍は刹那の時で絶命した。肉は焦げ、皮膚は灰となっている。

 かろうじて骨だけは残ってはいるものの、頭部以外は表面が解け始めている。あの焼死体だけがラオシャンロンの存在を確認するための唯一の材料。

 

 

 

 混乱する俺達をよそに、黒い太陽から謎のモンスターが姿を現した。

 

 

 

 ======================

 

 

 

 ――妙だ。いつもはあの『巨大肉』を灰にするのに三発必要なのだが。

 

 後に黒龍と呼ばれる存在は、首を傾げ焦げる肉塊となったラオシャンロンの元に降り立つ。

 

 ――どうでもいい話か。今は『食事』に集中するとしよう。

 

 黒龍は首をもたげ、ラオシャンロンの焦げ肉にガブリつく。ぶちぶちと焼けこげもろくなった皮膚が黒龍の顎の力で引っ張られ、容易くちぎれていく。

 

 

 わずかな時間、黒龍は口に含んだラオシャンロンの肉を咀嚼し、骨ごと肉を喰らいながらシュレイド城の方に振り返る。

 

 

 ――これで当分は餌に困らない。次は……新たな寝床の掃除といこうか。

 

 

 舌なめずりをし、巨大な両翼を広げ再び空へ飛び立つ。すると黒龍の周りに千は超えるであろうガブラスの大群が集まってきた。

 

 ――邪魔だ。

 

 黒龍は不機嫌そうな唸り声をあげ、口元に炎をちらつかせる。ガブラスに向かって首をなぎ、熱風を巻き起こす。慌ててガブラスは逃げ出すも……もう遅い。

 

 熱風の飛び散った先が大爆発を起こし、炸裂音と共にガブラスの身体が爆散。一瞬にしてガブラス達は灰となり、黒龍の周りには何も残らない。

 

 

 

 黒雲が黒い太陽を覆った禍々しい空に、黒き龍の姿のみが残った。

 

 

 

 ======================

 

 

「あ、あいつ……あのガブラスの大群を、一瞬で……!?」

 

 あの黒い龍がラオシャンロンを喰っている間に姫は避難させた。部下たちには撃墜の準備とパニック状態の民衆の避難をさせている。

 

「ふ、ふは、ははは……」

「は、博士……?」

「グリム君。我らの存在など……大自然の前では小さすぎるとは思わんかね?」

 

 博士は引きつった笑みをこちらに浮かべながら俺の方を向く。今の博士は壊れた人形のようで、ひどく不気味だ。

 

「そうだ……異国の神話にある女神と、北風の異名を持つ荒神の名をとって『ミラボレアス』というのはどうだろう。『避けられぬ死』という名前になってしまうが……」

 

 博士がうわ言を呟いている。ダメだ。完全に壊れてしまったようだ。

 俺は博士の肩を揺らすと彼の首がガクンガクンと一緒に揺れる。

 

「『避けられぬ死』だと!? 何をバカげたことを! こんな時に!!」

「ラオシャンロンは我々を意図的に襲ったのではない。ただ逃げていたのじゃ……」

「にげ……!?」

 

 どういうことだ。博士が何を言っているのかさっぱりわからない。

 

「おそらくラオシャンロンは黒龍『ミラボレアス』から逃げていた。その進行ルートにたまたま我々の城があった。その程度の認識だったのじゃよ」

 

「馬鹿な!! あのラオシャンロンを凌駕する化け物がこの世に存在するはずがないだろう!!」

「現実から目をそらすでない!!」

 

 アンタが言うか。さっきまで現実逃避していたくせに。

 

「とにかくアンタはここから逃げろ!! 城は俺たちが守る!!」

 

 俺は博士を突き飛ばし、王城へ向かった。

 

 

「勝てるはずもないというのに……」

 

 

 後ろから誰かの呟きが聞こえたが……俺は聞こえないふりをした。

 

 

 

 

 

 

 




この物語では正確に言えば違うサブタイ。

巨大龍の絶命により、黒龍は現れる→×

黒龍は巨大龍を絶命させ、現れる→○


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おわりのはじまり

 

 シュレイド歴XX年。

 

 黒龍ミラボレアス、シュレイドに降り立つ。

 

 ラオシャンロンを倒しその繁栄は永遠とも思われたシュレイド王国。今では世界一を誇った大国は見る影もなく、城下町は恐怖と絶望が飛び交う地獄絵図と化した。

 

「くそ……避難が間に合わない……! 騎士団は何をしている!?」

「すでに二個師団が黒龍の手によって壊滅!! 残る騎士団も時間の問題……!!」

「バカな……」

 

 塀も砦をも無視した黒龍の奇襲のため、住民の避難は間に合わない。

 黒龍ミラボレアスの襲来から数十分が経過。

 市街地に降り立ったミラボレアスの手によってシュレイド王国全人口の三割が炎の中に消えた。残る民も絶命の危機にさらされている。

 

 かろうじてミラボレアスの進行を食い止めているのは、グリム率いる騎士団精鋭部隊と数少ない王国兵士のみだった。

 

「た、隊長!! 後ろを!!」

「な——」

 

 ——ミツケタゾ。

 

 突如、近くの建物から顔を出したミラボレアスは火球を吐き、悲鳴をあげる間もなく王国兵士を消し炭にする。

 

 ミラボレアスは建物の陰で、焼け焦げ生前の姿が見る影もなくなった()()を貪る。黒い口からはみ出た足を放り投げ、落ちてきたところを鋭い牙でブチリとかみ砕く。

 

 ——ちと酸っぱいが、噛めば噛むほど味が出る。サルもおやつ程度にはなるな。

 

 事実、王国兵士たちは文字通りミラボレアスの『食事』となり文字通り()()()()()()()のが現状だった。

 

「あそこだ!!」

 

 数十名の王国兵士がミラボレアスに槍を突きつける。が、ミラボレアスは意にも返さず捕食行為を続ける。

 

「大槍構えぇッッ!!」

 

 後方に控える兵士の合図とともに長槍がミラボレアスの胴体に突き上げられる。

 

 だが槍の先端がミラボレアスに当たった瞬間、槍は音もたてずに砕け散る。

 

「な、そ、そんな……。純度100%マカライト製の槍だぞ!? 弾かれるどころか砕け——」

 

 まるで呼吸をするかのように、ミラボレアスは長槍隊を自分の胴体と同じ長さをもつ尾で薙ぎ払い、火球でもって一撃で灰にする。

 

「——ぁ」

 

 地がくだけ、轟音が響き、兵はひと時で灰と化す。

 

 ミラボレアスは満足げに身をもたげた後、集う恐怖の匂いを嗅ぎつけたかのようにまだ健在であったシュレイド城にその眼を向け——

 

 

「——ミラボレアスゥゥゥッ!!!!!!」

 

 

 視線を戻した先に銀色の大剣を持つ騎士がいることに気がついた。

 

 

 ======

 

 

「っ……!!」

 

 城の外は……地獄だ。

 一瞬でも窓の外を見てしまったセシリアの肩に手を置き、自分の方へ振り向かせる。

 

「姫様。避難の準備を……」

「ぐ、グリム……!? あなたも、あなたも!」

 

 お許しください、姫様。

 

「俺は……あの化け物を食い止めます。あの怪物……ミラボレアスは王族を含めたシュレイド民全員を食い尽くすつもりです」

「——無茶よ!!」

「セシリアッ!!!」

 

 あげた大声にセシリアは驚き、肩を震わせる。

 

「生きてくれ。セシリア」

「——ぇ」

 

 ——さようなら。

 

 隊員の一人を一瞥し、

 

「姫を」

「わかりました。団長も……ご武運を」

「待って……! グリム!! グリムゥ!!」

 

 ……あなたと会えてよかった。セシリア。

 

 庭に出ると、もうすでに騎士団員の準備は完了していた。

 

「……よぉ」

「……ルイス」

 

 ラオシャンロンの時でも保っていたひょうきんな態度は……もう彼には無かった。

 

「姫さんとのお別れは済んだかい?」

「……あぁ」

「そうかい……なら、行けるな?」

「行こう。——マルコム」

「ハッ! 準備はできているであります! 自分は……いつでも」

「いや、そうじゃない。……聞いてくれ」

 

 団員全員の目が俺に向く。

 

「……もしお前が最後の一人となった時。仲間とはぐれた時は、お前はすぐに王族の元へ迎え」

「——!! 団長……自分はいつでも死ぬ覚悟で」

「……なんだろうな。お前はこの中で一番若い。それに足も。この中では一番早い」

「ど、どうして」

 

 ……わかってる。団員に士気の下がるようなことは言いたくない。指揮官として間違っている。だが、俺の勘はこう言っている。

 

 

 ——『お前は死ぬ』って。

 

 

「ミラボレアスは……ラオシャンロンを凌駕する化物だ。もしかしたら、今回ばかりは俺も死ぬかもしれない」

「そ、そんな……いつもの団長らしくありません!」

「……なんだろうな。だが、今回ばかりは……状況が絶望的すぎる」

 

 城の窓から、一瞬で灰となる兵士を見た。

 犠牲になった多くの民を見た。

 そして……溶けたラオシャンロンを見た。見てしまった。

 

「……ッ! わかり、ました」

「はは……まぁ、可能性の話だ。俺達が敗北するなんて、な」

「……そ、そうですよね!」

「おうよ! シュレイド騎士団は無敗だ!!」

 

 恐怖を必死でかき消すように、怒りで塗りつぶすように。

 全員の雄叫びがあがる。

 

「……いくぞ!!」

『おぉーーーーーーっ!!』

 

 

 ======

 

 

 

 

 一斉攻撃を仕掛ける囮となるため前に出た俺を、ミラボレアスはじっと見つめている。

 するとミラボレアスはニヤリと舌なめずりをして。

 

 

 

『―――――――ツッッッォォォォッッ!!』

 

 

 

 きっと今回が……シュレイド騎士団、最期の戦いなのだろう。

 

 

 

 

 



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絶望の産声

4のミラボレアスの咆哮って、悲鳴に聞こえません?




 

 騎士団がミラボレアスと激突し、

 

「——うぉぉぉっ!!!」

 

 わずか数秒。

 

 グリムの大剣は間違いなく黒龍の尾を斬りつけた。

 

「――!!」

 

 ——くそっ!! くそぉ!! なんでっ! なんで斬れないっ!?

 

 しかし返ってきたのは剣が黒の龍鱗に弾かれる音のみ。

 

「——てぇーーーーーっ!!」

 

 かけ声とともに大砲、バリスタが一斉に発射される。

 

『——ギャゥ!?』

 

 グリムに気をとられ、意表を突かれたミラボレアスは身を崩し、肘を床につける。

 

「よしっ、今のうちにたたみかけろ!!」

 

 怯んだ隙に、と高台から降り、騎士団近接戦闘員が武器を構える。

 

「!! よせっ!! 高台から降りるな!!」

 

 制止を聞かず、先ほどバリスタを発射した高台から団員が降り、ミラボレアスの元へ一人、また一人と集まり、近づいていく。

 

 ———ミラボレアスの攻撃の射程距離内に。

 

『……ググッ』

 

 すぐ近くにいるからわかる。こいつは……ミラボレアスは——笑っている。

 

『……シュァァァッッッ!!!』

 

 ミラボレアスはその巨体を『待っていた』とばかりに軽々と起き上がらせ、口から炎をちらつかせ、首を突っ込んできた団員にぶん回した。

 

「——避けろっ!!!」

 

 ……一瞬。

 ほんの一瞬だった。

 

「……っ」

 

 先ほどまでいた団員達が、ひと時の光と轟音と共に灰になったのは。耳鳴りが止まず、ミラボレアスの起こした爆発の衝撃を嫌と言うほど教えてくれる。

 

「ルイスっ!! 他の団員を下ろさせるな!! 囮は俺が引き受ける!!」

 

 俺は持っている大剣——輝剣リオレウスを握り、ミラボレアスの足を斬りつける。

 

「こっちだ!! こっちを見ろ、ミラボレアスッ!!」

 

 僅かだが切った感触がある。だが——致命的なものではない。

 

「どうした……。たかが人間一匹、払ってみせろよ!!」

『……』

 

 少しは知性のある生き物と思い挑発するも、ミラボレアスは俺のことなど意を返してもいない。ヤツはある一点の方向を、じっと鷹が獲物を捕らえるときの目をして見つめている。

 

「ま、待てっ!! やめろ!!」

『————』

 

 ミラボレアスは———塔の上で唖然とした兵がいるバリスタの高台を向いていた。

 

「こ、こっちに。こっちを向いてるぞ……!」

 

 団員が恐怖に満ちた悲鳴をあげて、高台から離脱しようとする。

 

「こいつ……!! さっき砲撃を飛ばした方向を——!」

『———ァァァァァッッォォォォッッ……ンンァァ!!』

 

 慌てて離脱するルイスとボウガン兵。先ほどまでにいたバリスタや大砲の発射台はミラボレアスの口から放たれた螺旋状の炎によって溶かされた。灼熱の吐息……ともいえる。

 

「なんてやつだ……リオレウスみたいな火球だけじゃない……あんな長距離射程の攻撃を……!!」

 

 完全に予想外だ。ラオシャンロンを屠った時は、炎の弾を吐くぐらいかと思っていたのに。

 ミラボレアスの灼熱のブレスは高台を焼き払い、先ほどまであったはずの大砲は、今となっては以前の原型を留めていない。溶岩に当てられたかのようにドロドロだ。

 

「粉塵爆発に、鉄をも溶かす灼熱の息……!! バケモノめ……!!」

 

『———グァァァッ!!』

 

『さて』と言わんばかりにミラボレアスはこちらを向いてくる。

 

「団長! どうする!? 隊の半分は全滅だ!!」

「このままでは!!」

「……っ!!」

 

 かなわない。

 

「……団長?」

「っ、くそぉっ……!!」

 

 弱点も、生態すら不明なこのバケモノに、勝つ手段などあるのか。

 

「…………ボウガン隊は」

「あ、あぁ、まだ残ってるが、何を」

「撤退だ」

「はぁっ!?」

「……撤退する。俺は、ここで時間を稼ぐ。お前らは王族の警護を」

「何を言ってんだ団長!! 俺らにも最後まで戦わせてくれ!!」

 

「王族を馬車でもなんでもいい!! ———逃がせ!! ボウガンなら距離をとりつつ奴を攻撃できる!! 奴が来たときは馬車からの遠距離射撃で少しでも奴との距離を稼げ!! いいな!?」

 

 今にもミラボレアスはこちらに向かってゆっくりと歩き始めている。俺達をじわじわと追い詰めてなぶり殺す気か。

 

「……たのむぞ」

「ま、待てっ!! 団長!!」

「ルイス!! 絶対に振り返るな!! ———走れっ!!」

 

 武器を一度鞘に収め、全速力でミラボレアスの懐に飛び込む。

 

「———!!」

『……?』

 

 すれ違いざまにミラボレアスの足と腹を斬りつけるも、唸り声どころか、悲鳴すらあげない。大して効いていない上にまだ奴はマルコムやルイスの方を向いたままだ。

 

 ———少しでもこちらに注意を逸らさねば。

 

 武器にありったけの力を込めて振り下ろす。再びわずかに斬った感触が刃から腕に伝わる。足なら、尾ではなく足になら攻撃が通じる。

 

『——!』

「……やっとお気づきか、そらもう一発っ!!」

 

 再度大剣を横に薙ぎ払い、ミラボレアスの態勢を崩す。案の定、ミラボレアスも少しは身体をぐらつかせてくれた。

 

『——ォォ!!』

 

 煩わしく思ったのか、体のすぐ横に炎を吐き出した。吐き出された火球は俺のすぐ横で炸裂し大地をへこませる。ビシビシとタイルが砕け散り、燃え上がるのが見えた。

 

「さすがにその巨体じゃ懐に炎を吐くのは難しいだろう!?」

『……』

 

 目の前に立てば奴の炎をまともに喰らってしまうリスクが大きすぎる。注意してミラボレアスの正面に立たないように気を払いつつ、足元に攻撃を加える。

 

(このまま真横から攻撃を加えれば、いつかはダメージの蓄積で……!!)

 

 身を崩すはず。そう思った瞬間。

 ミラボレアスは不快そうに眉をひそめると、今度はその翼を広げる。

 

 ———闇があった。

 

 空をも覆いつくす黒い翼膜。それはまるで、暗黒と絶望の象徴だった。

 

『————キェェェェェェェィァァァォォォォォォォォッッ!!!!!!』

 

「——!? なっ」

 

 ———絶叫。

 この世の憎しみと恐怖、悲鳴。

 その全てが詰まったかのような咆哮に、大地も連動するかのように泣いている。

 

 

「——!!」

 

 

 ミラボレアスは翼のはためく音を立てて宙に舞い上がった。

 低空飛行をはじめ、少しずつ後ろに後退しながら炎を吐いてくる。

 

「なるほど……!! 考えやがったな……!!」

 

 迫るいくつもの火球を紙一重で避けたと思いきや、俺は足元に広がる炎に囲まれていた。ジリジリと俺の身長の半分以上ある火の壁が全身を炙っている。

 

「……こんがり焼いていただこうってか」

 

 相手が死角に入ろうとするなら、その死角を無くす。

 ミラボレアスの風圧に負け、動きを封じられ、奴の正面にムリヤリ立たされた。

 

「———だがっ!!」

 

 図らずも、先ほど吐かれた炎によってできた踏み台に向かって、走り、地面を蹴り跳躍する。狙いは──

 

 

 

「————下げた頭が隙だらけだぁッ!!!」

 

 

 ──頭。

 

『———ギャゥゥ!?』

 

 奴のこめかみに向かって大剣を振り下ろし、命中した瞬間、ミラボレアスの頭から大量の血が噴き出る。急所を斬りつけられた激痛で驚いたのか、ミラボレアスは翼を閉じ、地に降りる。

 

「……!! やはりヤツの頭……!! そこさえ」

 

 しかし。やっとの思いでつけた傷はみるみると回復していく。

 

「……回復力も、伊達じゃない、か」

 

 モンスターの再生力は異常だ。その中でも、古龍種は特に並外れた再生力を持っている。そうとわかっていても……つけた傷がすぐに治ってしまうのは正直ショックだ。

 

「だが、それもいつまでもつかな」

 

 わずかでも勝機はあると、大剣を構えなおしたが、

 

「——!? なっ!?」

 

 ミラボレアスの長い尾が、俺の足を払っ———!?

 

「しまっ!!」

 

 ミラボレアスの頭を見上げると、やつはとっくに次の攻撃に移ろうとしていた。

 口を牙が見えるぐらいに大きく開け、灼熱の炎球が形作られている。

 

「ぐっ……!」

 

 立ち上がろうとするも、ヤツの尾に今度は頭を殴られる。

 

「嫌な奴だな……!!」

『……ゴルル』

 

 ミラボレアスの口元がニヤリと笑っている。しまいには鼻で笑われる始末だ。奴は尾で立ち上がるのを妨害して確実に俺を殺す気だ。

 

『———コァァァァッ……!』

「くそぉっ!! ぐぅあ!!」

 

 ミラボレアスの腹から喉へ、そして開けた口へと赤い炎が昇っていく。

 焦り全身から汗が噴き出る。背筋にゾッとする悪寒が走る。

 逃げられない距離ではない。五体満足。足もまだ動く。だが、

 

 ———立ち上がる度に尾が、何度も足や胴体に衝撃を加えてきやがる……!!

 

 避けさせてくれないのだ。

 

『———ゴァッ!!』

 

 ミラボレアスの放つ火球は、その炎がもつ地獄のような業火の温度をジリジリと肌に伝えながら迫る。俺の目には迫るそれは、ゆっくりに見えていても、周りにとってはほんの一瞬の出来事なのだろう。

 

 

 ———もう、ここまでか。

 

 

 火球が太陽に見えるくらいに近くなったあたりで、グリムは目を閉じる。

 脳裏に浮かんだのは、騎士団の団員達、死んでいった戦友たち、マルコムにルイス。

 そして最後に……笑う『彼女』の姿があった。

 

「……セシリア」

 

 ——俺の最後は君の隣に———

 

 

 

「——————団長ォォォォッッ!!!!!」

 

 

 

 俺の目の前に飛び込んできたのは、見慣れた新兵の背中で。

 

「———マルコ……!?」

 

 彼に声をかけ終わる瞬間、黒くなっていく視界と共に俺の意識はそこで途絶えた。

 

 

 



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黒き龍と負の遺産


この作品を生み出すモチベーションをくれた、しばりんぐさん に敬意と感謝を表して。

「ミラボレアスが出た時点で、このモンハン没ネタを出すことはもはや運命だったのだよ……!」




 

 俺は小さい頃はゴミ溜めで一人暮らしをしていた孤児だった。母を病気で亡くし身寄りもない。毎日物乞いをし、食えそうなゴミを漁るその日暮らしの毎日だった。

 

『……おい退けよ、ゴミ漁り!』

 

『ここは俺達、大人のたまり場だ。ガキは帰ってママのミルクでもすすってな!』

 

 同じ物乞いのくせに、誰も優しさのひとかけらも向けてくれなかった。

 ……向けられたのは憐れみと、蔑みの目だった。

 

『……知ってるか、先日お姫様が城を飛び出したってよ!』

 

『……わんぱくなこってぇ。見つけて人質にでもすりゃあ、豪遊間違いないだろうぜ、ひひ』

 

『ならオレは捕まえて報酬金を掛場で倍だ!』

 

 ……周りにいたのは、道徳も倫理観も持ち合わせないクズばかりだった。

 

 そんなある日に俺は、

 

『————ねぇ、あなた。大通りにはどこから出られるのかしら?』

 

 ちょうど城から逃げ出した彼女とスラム街で知り合いになった。

 

『……誰だよ、お前』

 

『ふふん。あたしはセシリア・ラ・シュレイド。姉はジーナ・アリア・シュレイドとレイチェル・リ・シュレイド。第三皇……もぐっ!?』

 

『ストップ』

 

 急ぎ彼女の手を口で抑える。

 

『……ぷはっ! な、なにするのよ! せっかく覚えた口上なのよ!?』

 

『黙ってろ』

 

 脅しにも近い言葉にセシリアは驚き口を閉じる。

 

『……いいか、セシリア。ここでは君の身分については一切口にしちゃいけない。ここにいるのはろくでもない連中ばかりだ。今度口に出したら君の命の保証はできない。わかった?』

 

 叱ると顔をしょんぼりとさせる。

 

『……わかったわ。ここについては貴方の方が詳しいのよね』

 

 スラム街を護衛したことから褒美として衣食住を彼女から提供すると言われた。

 

『グリム! 今日も遊びに来たわ!』

 

『だから来るなって言ってんだろうが!』

 

『ネバーギブアップよ! 今日こそ城に来てもらうわ!』

 

 俺は何度もその申し出を断った。

 いくら王女とは言えど貧民街出の庶民を城に住まわすのは、後々肩身が狭くなる可能性だってある。

 

『……グリム。命の恩人のあなたのためなら。わたしでよければ、いつでも助けになるから』

 

 俺みたいな相手のために迷惑をかけるわけにはいかなかった。

 

『おいグリム。てめぇ今度姫様がここに来たら教えろよぉ? たっぷりと金をわけてやるからよ……』

 

 けど、このまま貧民街にいるわけにもいかない。

 

『兵士の宿舎に入りたいだ?』

 

『雑用でも何でもします』

 

 だから俺は……雑用の合間の時間、ただひたすらに剣を振った。

 そうして十年。

 

『し、試験終了……』

 

『すげぇ……あいつ団長をぶっ倒しやがった……』

 

 俺は自分の力で彼女の傍にいる権利を勝ち取るために、俺は騎士となった。

 

 

 ***

 

 

 ぼんやりとした景色の中、ゆっくりとまぶたが上がり、視界が広がっていく。

 なんだか……体の下に石造りではない。ふかふかした感覚が。

 

「……ここは」

 

 意識が覚醒してすぐ周りを見渡す。ベッドだ。俺はベッドの上にいる。

 どういうことだ。

 

「俺は、ミラボレアスに……」

 

 ふと胸の近くに温かみを感じる。

 

「……一国のお姫様が騎士一人に固執する、か。前代未聞だな」

 

「……すぅ」

 

 どうやらつきっきりで看病をしてくれたようだ。

 起こす。

 

「……っ!!」

 

 起きた瞬間有無を言わさず彼女は抱きついてきた。

 肩の震えが伝わり泣いているのがわかる。

 

 

「……おっと。お邪魔して申し訳ねぇな隊長」

 

 しかし、そう暖かな時間は続かないものだ。

 ルイスが顔を逸らしながら目線だけをこちらに向けている。

 

「──!!!!」

 

 急ぎ姫の肩を掴んで引き離す。

 

 

「博士のジジイが呼んでたぞ」

 

 

 ***

 

 

 同刻、ミラボレアスは城付近の貴族の屋敷を襲っていた。

 

「た、たすけ……!! たすけてくれぇ……」

 

 膝から先は喰いちぎられていた。竜人族の奴隷、少女たちは首を左右に振る。

 

「た、たのむ……!! わ、わしを持ち上げて城まで……」

 

 ————————————奴隷に逃げられる。

 

 奴隷の逃げた方とは反対側の壁が突き破られる。ミラボレアスだ。

 ミラボレアスが顔を覗かせ舌なめずりをする。

 

「……わ、わしは貴族だ!! わしは貴族だぞ!! シュレイド王国随一の権力者なんだ!! わしをだれだと心得るケダモノめぇっ!?」

 

『……』

 

 見下ろす。哀れな虫けらが喘ぐ様をあざ笑うように口元を歪めていた。

 

「え、衛兵っ!! 兵士よ!! どこにいる!? あの役立たずどもめ!! 早く来てわしの身を守れぇっ!! わしの価値もわからぬ、ただ喰うしかない脳みそのドラゴンをはやく殺せぇっ!!」

 

 ミラボレアスは……じっと目の前で喘ぐ獲物をじっと観察していた。

 そして、彼の者は結論を出した。

 

 ——————こいつは同族にすら見捨てられた哀れな豚であると。

 

「や、やめろっ!? よ、よせっ!!」

 

 無抵抗の獲物を前にしたクマは、一体なにをするのだろう。

 

 答えは二つ。

 獲物に反撃される前に迅速に息の根を止めるか、

 

「ぐぎゃあああああああああああっっ!!!! あ、しがぁあああああ!?!!!」

 

 ——————弄ぶだけ弄んで、遊び飽きたらゆっくりと殺していくのだ。

 

 ミラボレアスはデーブのもう片方の足を噛みちぎり、床に叩きつけ両腕を前足で押さえつける。口に入れたデーブの片足を咀嚼し、つい数分前に喰らったもう片方の足と同じ胃袋へ放り込む。

 

「やめろぉ!! やめてくれあぁぁぁぁあぁぁああぁあ!!!!!」

 

 軽くミラボレアスは前脚に体重をかけてデーブの両腕をへし折り、頭からかぶりつく。

 かぶりついた後は、おもちゃのように、ブンブンと左右に振り回す。

 

 まずは足を、次に腕をもがれ、最後に身体を口内の炎で炙られていく。

 五歳の子供が、無力なアリの四肢を引きちぎって遊ぶように。

 

 

 燃え盛る貴族の屋敷は、断末魔と喜びの咆哮を残し、崩れ去った。

 

 

 

 ***

 

 

 どうやら先ほどまでいたのは城から遠く離れた避難塔。

 王族の避難は完了し、残るのは意地を張ったセシリアのみ。

 

「城のほとんどは奴に占拠された……残ってるのはこの塔だけだ」

 

 避難塔には生き残った兵士だけではない。命からがら逃げてきたシュレイドの民もいる。

 

「……ミラボレアスがここに残っている人間を襲うのも時間の問題か。住民の避難を優先しろ。残る兵士たちを後で広場まで呼べ」

 

 ルイスは力強くうなずき、残る兵士の元へと走っていく。

 ……誘導が始まる。

 

「姫様……早く馬車の方へ……! ここも危険です」

 

「私の馬車、結構広かったわよね。私は後で行くから、先に乗せられるだけ人を乗せて」

 

 セシリアの従者が顔をしかめる。

 

「姫様!? 姫様の馬車に王族以外の方なんて……」

 

「これは命令よ。生きるか死ぬかの時に身分なんて関係ない。女子供を優先して乗せなさい」

 

 ぴしゃりと黙らせた後、彼女は走り、広場の方へと進む俺の方へと声をかける。

 

「グリム! あなた……一体何をするつもり!?」

 

「博士が大事な話があるとのことで」

 

「そうじゃなくて……! さっきルイスに話しかけてたでしょ!! 兵士を集めるって……まさかあの竜と戦うつもり!?」

 

「……姫」

 

「ダメよ。絶対にダメ。もうシュレイド騎士団はない。腕利きの兵士も、兵士長もみんな殺された! あんな化け物に立ち向かうなんて集団自殺も同然よ!」

 

「……」

 

「おねがい、無駄死になんてやめて。考え直して」

 

 

「二人とも……」

 

 俺とセシリアは声の主へと向き直る。

 

「病み上がりで申し訳ないが……見せたいものがある」

 

 そこには重々しい顔で博士が佇んでいた。

 

 

 *****

 

 

 避難塔の広場に隠された秘密の入口。

 その入口の先にあったのは地下へと続くリフト。

 

「城にこんな場所が……」

 

「……誰も寄り付かぬ避難塔の地下で極秘裏に研究が進められていたものじゃ」

 

 降りて行った先にあったのは鍵付きの扉。

 博士は開けた扉の先にあったのは、

 

 

「……こ、これは……!?」

 

「……な、なによ……これ……!?」

 

「——————『竜機兵(イコール・ドラゴン・ウェポン)』。かつて人間が、あまたの竜の屍から造り出した古代兵器」

 

 鉄の鎧で覆われ老山竜ラオシャンロンに匹敵する巨体。

 大海竜ナバルデウスのような湾曲した大きな角。

 その巨体に見合う太い手足。長く太い尻。

 巨大な鉄で出来た翼を生やした背中には鋸のような刃が付けられている。

 

「かつて人間は、竜に対抗するために多くのモンスターを狩り、その屍を使い、兵器を作り出した。かの老山龍に匹敵する肉体を、海の巨竜に匹敵する大角を。飛竜をも焼き焦がす力を手に入れるために」

 

「……ひどい。いくらドラゴンに対抗するためとはいえ、こんな……」

 

「……」

 

 今の人間も……形は違うとはいえ、していることは変わらない。鎧と剣に彼らの甲殻と爪をまとい、武器としている。

 

「我々も、竜を狩り、対抗するための武具を作る。だがこれは……竜機兵は竜の完全なる撲滅のために造られたもの。自然を淘汰し支配しようとした……人間の傲慢そのものじゃ」

 

 人々に伝えられ、語り継がれた歴史。

 自然との調和を重んじるべきとする現代と、それに相反する古代の悪習。

 

「自然との共生……調和など、存在しえなかったのですね」

 

「……それが、今との違いなのじゃろうな。我々も、都市を守るようため追い払い殺すことはあれど、撲滅までは唱えてはいない。じゃが……一歩間違えば、時代はまた繰り返す」

 

 博士は竜機兵の焼けこげた後を指で指す。

 

「自然のなす強大な力の前では人間の浅知恵など無力だ。そして生命は、絶滅を逃れるために絶えず進化を繰り返す。だれにも予想のつかぬ形で」

 

「……なぜ、今これを見せるのです?」

 

「この焼けただれた大穴をよく見よ」

 

 操縦区画の心臓部にまで達している。

 

「外側からこの機体の許容をはるかに超えた高温で焼かれた跡じゃ。理を外れた古の古龍の力には竜機兵も手も足も出なかったのだろうな」

 

 ——————鋼鉄をも焼き尽くす業火を吐く古龍。

 

 いるではないか。今まさに。

 傷ついた巨竜を一撃で沈め、万物を焼き焦がし、国を容易に焼き払わんとするものを。

 

「……まさか」

 

「あのミラボレアス。大自然がおごった人間を屠るために作りだした、人間の罪の形なのかもしれん」

 

 バカな。ミラボレアスが……人を滅ぼすため、文明を消すために作られた竜たちの集大成……行きつく先だったと……!? 

 

「……おぬしらには、あの人の業そのもののような存在を相手にするには重すぎる。逃げる方が、ワシははるかに懸命だと思っている。それでも……いくか?」

 

 

 *****

 

 

「……グリム。本当に、行くつもりなの。無駄死になんて……馬鹿げてる」

 

 ……正直、あの話を聞かされた後だ。

 言うまでもないが、

 

「行くよ。それでも」

 

「……!」

「それと……俺は無駄死にはしない。セシリアたちが生きるために、俺は行くよ」

 

 

 

 ******

 

 

 人の業なんて難しいことはわからない。守るために俺は行く。

 俺が博士に突きつけた答え。

 ……そうでなくては、戦った仲間たちの死が無駄になる。

 

 ただ死ぬんじゃない。逃げる時間を稼ぐのだ。

 

 広場に集めた兵士には馬で逃げるように伝えた。

 命令に逆らってでも残ったのはほんの数十人。

 

「……残っただけでも、マシか」

 

「ほんとこいつら頭がおかしいんじゃねぇか?」

 

 ルイスはボウガンの整備をしながらおかしそうに笑う。

 

「そういうお前はどうなんだ?」

 

「オレは約束があるからな。破って逃げるわけにもいかないね」

 

「やっぱりお前もおかしい奴だよ」

 

 ルイスはその数十人の中の一人だった。

 

「マルコムがよ……自分になんかあったら団長を頼むってよ」

 

「……」

 

 マルコムは死んだ。ずっと目から背けていた事実はルイスの口から伝えられた。

 騎士団は壊滅。守るべき国の町も城も敵の手に堕ちた。

 

 

「それに、こいつもあの黒トカゲに仕返しがしてぇってよ」

 

 ラオシャンロンのボウガン。

 そして……新調した俺の銀火竜の鎧一式。

 

 

「──狩るぞ」

 

 

 男たちは、無言で武器を構えた。

 それが開戦の雄たけびとでも言うように。

 





今回出てきた『竜機兵』とシュレイド王国がメインの小説、

しばりんぐさん作『藍緋反転ストラトスフィア』(全30話完結済み)もよろしく!
https://syosetu.org/novel/155399/

名前間違ってないかな……ドキドキ、心配。


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シュレイド、最後の戦い

ミラボレアス……ああ、ミラボレアス。
なぜあなたはワールドに出ていないの……?

マップが完成してないからさ(推測)
デスヨネー。


 ミラボレアスに占拠されたシュレイド城。

 

「……静かだ」

 

 生き物の気配を感じさせぬ死の場所。

 人間は愚か、黒龍の気配すら感知できない。

 

 かつてこの国の栄華を象徴する巨大な城は、以前の様子とは様変わりしていた。

 

「……なんだ、これは……」

 

 食い残しのように打ち捨てられた鎧、風に吹かれても消えることのない赤い火柱。腐臭に紛れなにかが焦げる匂い。

 

 だがそれはほんの触りに過ぎない。

 

 城内の広場──俺が以前セシリアと紅茶を飲んでいた場所。暖かな日の光に照らされ花が生い茂る美しかった場所。

 

 それがまるで数百年前の姿であったかのように、黒に染まっていた。

 

 空には暗雲が立ち込め、陽は黒く暗闇が支配する世界。

 城は瓦礫とともに崩れ広場を石畳へと変えていた。

 

「……おかしい。奴がいない」

 

 ルイスが異常を感知しボウガンを構える。

 

「警戒!!」

 

 彼の動きと俺の指示に合わせ周りの兵士も武器を抜く。

 

「……静かすぎる」

 

 これは──────

 

「上だ!!」

 

 突如暗雲が裂け、黒雲の渦の中心から地へと黒き槍が放たれる。いや、あれは────

 

「うわああああああああああっ!!!!」

 

 ミラボレアス。

 叫び声が聞こえたその瞬間、後ろにいた兵士の一人がすでに火あぶりにあっていた。

 

「一瞬の隙を突かれたか!」

 

 目を凝らし奴の一挙一挙を見逃さず。

 ミラボレアスは翼を折りたたみ、こちらへと飛び込む。

 

「飛び込んでくる! 散れ!!」

 

 武器を仕舞い、多くが散ろうとする中、一人だけ盾を構えミラボレアスの前に立つ奴がいた。

 

「なにをしている!」

 

「おい黒トカゲ野郎! こっちに来やがれ!」

 

 無謀にもミラボレアスの前に躍り出たのは巨大な盾と槍を身につけた重装歩兵。

 

 その歩兵の合図と共に散った兵士が歩兵を囲むように位置をとる。

 

「受け止める気か……!? よせ!!」

 

「騎士団長殿! 下がられよ! チャンスは一度だけ……絶対に逃すな!」

 

 ミラボレアスは口から高速で炎球を吐き、重曹兵の方へ突っ込んでくる。

 

「ぬぉっぉおおおおおおぉおお!!! この程度ぉぉぉっ!」

 

 あの炎を大盾で受け切った……! 

 何という硬さと耐熱性……だが、それも限界に近い。

 

 ミラボレアスが前脚を上げて突っ込んでくる。あれほどの質量。衝突すればまず命はない。

 

「これしきぃぃぃ──────くぁっ!!」

 

「──────!?」

 

 後ろに大きく後退しつつ再び受け切った。

 なんという力の持ち主だ。ミラボレアスも目を見開き動揺している。当然だろう。

 

 今まで戦ってきた相手に自分の攻撃をまともに受け切れる奴などいなかっただろう。

 

「……騎士団に欲しい逸材がこんなところにいたとはな……!」

 

 飛び込んできた隙を突き、槍が黒龍の眼を貫く。

 

「……今だ!!」

 

 怒号と共に囲んでいた兵士が突撃。ミラボレアスへと向かって攻撃をしかけていく。

 

「胸と頭、届かない奴は後ろ脚を狙え!」

 

『了解!!』

 

 以前との戦いで得た情報をもう一度声に出す。

 眼を傷つけられ悶えるミラボレアスに次々と斬撃と弾が打ち込まれる。

 

「滅龍弾特化とはねぇ……もう調べてる暇もねぇな」

 

 ルイスのボウガンが放つ龍属性の弾が次々とミラボレアスの頭に撃ち込まれていく。

 

「残された大砲があったぞ!!」

 

「弾込め──────────発射っ!!!」

 

 城壁に位置する大砲が火を吹き、轟音が木霊する。

 ミラボレアスの身体が砲弾の衝突と共に炎に包まれる。

 

「────!?」

 

 ミラボレアスは怯み、地に前脚をつく。

 

「よぉ……また会ったな」

 

「────!!」

 

 だがそこは俺の武器の射程内。

 下ろした奴の頭に絞れるだけの力を込め、全体重をかけて大剣を振り下ろす。

 

 顔に大きな傷ができ、ミラボレアスは呻き声を上げる。

 すかさずルイスのボウガンも撃ち込まれ間髪を入れない猛攻が叩き込まれる。

 

「いける……! 倒せるか……ミラボレアスを!!」

 

 だがその見通しは甘かった。

 

「──────―ォォォォォッッ!!!!!!!!」

 

 ミラボレアスが大咆哮を上げる。

 瓦礫の断片とチリが砂ぼこりとなって宙を舞い、咆哮は絶叫となり地の果てへと伸びていく。

 

 奴の咆哮に注意が割かれたその隙、

 

『うぉっあ!?』

 

 兵士の足が奴の尾で一斉に払われたのだ。

 攻撃の手を緩めた兵士の隙を突き、頑強な重装歩兵の方へと向き直る。

 

「ぬぅ……!!」

 

 マズい。ミラボレアスの力は未知数。どんな攻撃が繰り出されるかわからない。

 

 いくらミラボレアスの攻撃に数発耐えられたとはいえ、本気でやられれば突破される。

 

 そう思った俺はすでにミラボレアスへと飛び出していた。

 

 だがそれも予見されていたようだ。

 

「────ぐぅ!?」

 

 斜め横から鋭い一撃。尾ではない。火球でもない。

 鈍く、重い衝撃。爪だ。

 

 奴に前脚で殴られたのだ。

 

「団長殿……クソゥ! 何度やってもムダだ! 我が守りは鉄壁! 最後まで皆の盾となり囮となろう!」

 

 重装歩兵は再び盾を構える。

 ミラボレアスは首を前へと振り下ろし爆粉を撒き散らす。

 

「これは……団長殿の報告にあった……!」

 

 爆散。

 撒き散らされた粉が燃え盛り炎の列ができる。

 

「うぬっっっぉおおおおぉおお!!!」

 

 同じ攻撃が、爆炎が数度と歩兵を襲うが耐える。

 

「ムダだと……言って…………!?」

 

 だが、盾は持ちこたえられなかった。

 中心にヒビが入り、わずかながら隙間ができる。

 

 それを見逃さなかったミラボレアスは舌なめずりをする。

 

「しまった……!!」

 

 次にミラボレアスが放ったのは火球ではなく、炎。

 ──────────炎の帯。

 

 

 言葉もなく、重装歩兵は炎の渦に飲み込まれ灰と消え、

 ミラボレアスは勝利の雄叫びをあげる。

 

 ──────もう、邪魔な盾はいない。

 

 そう言っているようだった。

 

「……くそっ!! こっちだ化け物!!」

 

 盾になってくれた彼はもういない。

 ミラボレアスの手の内を少しでも知っている者が前に出なくてはならない。彼の役目は俺が引き継ぐ。

 

「……」

 

 ミラボレアスは顔につけられた傷を忌々しげに舐める。

 

「そうだ。俺がその傷をつけた奴だ」

 

「…………ルゥ」

 

 低いうなり声をあげ、ミラボレアスは喉から炎球を口へと押し上げる。

 

 だがその首が向いたのは俺とは別の方────

 

「……!!! 大砲!! にげろぉぉぉ──ーっ!!!」

 

『え──────』

 

 悲鳴が聞こえたのも束の間。

 別の高台からなにかが投げられ、一瞬眩ゆい光が辺りを覆う。

 

(……閃光玉……!!)

 

 光が無くなる。

 

 ミラボレアスの放った炎の先にあったのは……溶けた大砲の残骸。

 

 攻撃が当たる直前まで弾を込めていたのか、砲身が誘爆。高台が丸ごと吹っ飛んでいた。

 

「……くそったれ。あいつ、閃光玉も効きやしねぇ……」

 

 ルイスが苦々しい顔をしている。

 彼が投げてくれたようだが、試みは失敗に終わった。

 この龍には小細工など最初から効きはしない。

 

「……クルゥ……ッ」

 

 相当に狡猾な奴のようだ。

 あの龍。数度の戦いで人間がどのような戦法を取ってくるのか理解し学習している。

 

「集団戦においては各個撃破……班を一つずつ潰すつもりだ……!」

 

 まずは盾役の重装歩兵。追撃の大砲を撃つ班。

 

 次に襲うのは……

 

「おそらく……ルイス! 距離をとれ! 奴の次の狙いは──────」

 

「違う!!! 後ろだ、だんちょぉぉぉっ!!!」

 

 読み間違えた。奴が狙っているのはルイスじゃない。

 

「なっ──────!?」

 

 最も重要な指揮塔だ。

 次に俺が目にした景色は────────口と赤。

 後ろに大きな衝撃が走った後、再び俺の意識は途絶えた。

 

 

 *****

 

 

『こっちに来るな化け物!! うぁ──────』

 

 悲鳴が、聴こえる。

 

『しっかりしろ、おい! おい!』

 

 声が聴こえる。絶叫のような、断末魔のような。

 声を出す者たちが焼けて、ゴムまりのように跳ねていって。

 

「……」

 

 だめだ……もう身体が動かない。

 手の指先一つ……まともに動かせない。限界だ。

 

『グリム……どうしても行くなら、これを持って行って』

 

 この戦いに挑む前に、彼女には腕飾りをもらったんだったか……

 

 朧げな視界で、目線を腕へと移す。

 無骨な装飾もない、壊れた小手の隙間から覗く金色の腕輪。

 

『私の、大切な宝物。この腕輪はつがい。腕飾りの贈り物には再生と復活の意があるの』

 

 再生……

 

『一国の姫として、言うのはどうかと思うけど……もう運命は変わらないわよね』

 

 ……。

 

『グリム。国が滅びても構わない。必ず戻ってきて。これは……私の願い。足が無くなっても、腕が無くなっても。全身に火傷を負っても、私はあなたを愛します』

 

 唇の感触は……まだ生きている。

 

『──────────だから生きて。帰ってきて』

 

 

 *****

 

 

「……クソッ。ついに残ったのはオレだけか……情けねぇ。マルコムの約束も守れねぇとはな」

 

「グルルル……ゥァ」

 

 ミラボレアスが迫る。顔を近づけて一気に喰らおうと首をもたげて。

 

 ルイスは死を覚悟し目を瞑る。

 

「────────シュレイド騎士団に乾杯」

 

 みっともない叫び声はあげない。

 火を纏った炎の口がルイスに迫る。

 

「……まだ祝杯には早い」

 

「──────ギャフ!?」

 

 瞬間、ミラボレアスの横面が軋み吹っ飛ぶ。

 身体を大きく横に倒し、前脚で身体を支える。

 

「団長!! 生きて……」

 

「ルイス。まだだ。まだ倒れちゃいない。俺もお前も……当然あいつも」

 

 ミラボレアスはまだ健在だ。

 先ほどの一撃が虚を突いたものだからか、忌々しげにこちらを見ている。

 

「……銀火竜の鎧が……」

 

「こいつのおかげで命びろいした」

 

 ポンポンと鎧を叩くが、流石にもう限界だ。

 先ほどの直撃を再度喰らえば今度こそ死ぬ。

 

「……まだ視界もぼやけてる」

 

「団長、もうほかに武器はねぇ。バリスタも大砲も全部やられた。オレのボウガンもズタズタだ」

 

「オレのボウガンって表現……なんかエロいな」

 

「団長!!」

 

「分かっている。ちょっとふざけただけだ」

 

 正直、こちらの武器も限界だ。

 今の一撃で斬れ味が落ちた。もう先ほどまでの威力は出ないし研ぐ時間もない。

 

「……もう一つ……試していないものがあるんじゃないのか?」

 

 広場から離れたずっと奥。

 巨龍を食い止めた最後の兵器がある場所を指す。

 

「撃龍槍……だがあそこまでどうやって」

 

「走るんだよぉぉぉぉっ!!!!」

 

 真っ先に駆け出し広場を突っ切る。

 

「なっ!?」

 

 驚くルイスを置いて、ミラボレアスは逃げた獲物を追いかけんと翼を広げる。

 

 本当に頭がおかしくなったのか、とルイスが怒鳴っている。その通り。

 

 無茶でもしなきゃ勝てない。どのみち死ぬなら……必死にあがいて死んでやるさ。

 

「もう追いついたか……!」

 

 ミラボレアスは俺を追い越して退路を塞ぐかのように俺の走る方向へと着地する。

 

「……もうここまでか」

 

 武器を落としたのを見て、黒龍はすぐさま攻撃を放とうと口に火を溜める。

 

 そして──────

 

 

「お前の命がなっ!!!! やれルイス!!!」

 

「合点承知!!」

 

 武器の落とされた音を合図に、ルイスは撃龍槍を起動。

 

 

「──────────ゥ!?」

 

 

 巨大な槍が両翼に穴を開け、鋼鉄よりも硬い鱗を大きく傷つける。

 

 黒い見た目に合わぬ赤い血が周りに飛び散り、ミラボレアスは悲鳴をあげ……龍は身体を横に倒した。

 

 舌を出したまま動く気配は……ない。

 

「……やった……! やったぞ……団長」

 

「……あぁ、これで……」

 

 しばらく経っても龍に動く気配はなし。

 

 これでシュレイドは蘇る。避難も無事に終わり、多大な犠牲にようやく向き合える。

 

 ……そう思っていたかった。

 

「……!!」

 

 龍はあくまでも仮死状態に過ぎなかった。

 首をあげて身体を起こす。四足状態だ。

 

 口から火を漏らし、怨みに満ちた咆哮……いや、叫び声をあげるミラボレアス。

 

「……怒っている」

 

 翼を広げ、口元に火を溜める。

 だがこれは……

 

「……待て。何を……何をするつもりだ……」

 

 今までにない攻撃の予備動作。口に火を溜める動きは今までにもしてきた。だが今回は規模がでかすぎる。

 

 口を地面へと向けているのだ。

 

「まさか──────」

 

 察した時には全ては遅かった。

 彼の者が口を開ききった時、全ては炎の中へと消えた。

 

 

 *****

 

 

 大地を焦土と化す一撃。

 

 シュレイドとミラボレアス。その一撃は双方の戦いの終焉を意味した。

 

 シュレイドが堕ちる形で。

 

 未だに耳鳴りが止まない。

 ミラボレアスが咆哮する。

 

「……負けたのか」

 

 ルイスがいない。

 撃龍槍も壊された。

 

 俺の足が……一つ足りない。

 

「……実際に、なくなったら戻れそうもないな……」

 

 足音と共にミラボレアスが去っていく。

 城の奥へと消えていく。

 

 折れた角、破けた翼。見るも痛々しい戦いの跡。

 だがまだ奴は死んでいない──────生きている。

 

 奴は最後にこっちをわずかに見た。

 その際、その奥の牙にある者が挟まっているのが見えた。

 

「……あぁ……っ……! そんな…………セシリア」

 

 それはつがいの腕輪。

 自分の腕にまだヒビの入った腕輪がある。

 奴の牙に挟まっているのは……俺のではない。彼女のだ。

 

「そうか……まず最初に奴がいなかったのは」

 

 逃げようとする者たちを追っていたんだ。

 だから……奴の気配は城にはなかった。

 当然だ。あの時、奴がいたのは城ではなく、避難場所だったのだから。

 

 絶望へ誘われるように手を落とした時、

 

 ——————ミラボレアスは器用にも牙の間に挟まっていた彼女の腕輪を噛み砕いた。

 

 



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最終話前編 ~人の歴史~騎士と姫の行く末は


一回これを間違えて投稿してしまった。テヘペロ。
ほんの一瞬だけど見た人いるかな……?

やべぇ。不安。

最終話前編です。




 シュレイド城陥落の報せは大陸全土に広まった。

 それが黒龍一頭によるものと知った人々は恐れおののいた。薄らぎつつあった自然の脅威を目の当たりにしたのだ。

 

 一方、避難を完了したセシリアたち、最後の避難民は多くの犠牲を出しつつも遠い辺境の地で生き延びていた。

 

 一旦は逃げようとする獲物を追いかけんとしたミラボレアスだが、シュレイドの騎士達が縄張りに入ったことを感知するや否や、すぐに城に戻った。

 

 ミラボレアスの縄張り意識は他の古龍よりも強かった。

 グリム達の進撃は無駄ではなかったのだ。

 

 だが、王国を無くした王族に先は無い。

 

 セシリアとその従者は、親を亡くし孤児となった子供たちのために小屋を立て、そこでグリム達の帰りを待った。

 

 しかし、そこにシュレイドの騎士達の全滅の報が届く。

 

 セシリアは人知れず泣いた。

 

 それから彼女は生きているのか、死んでいるのかわからない毎日が続いた。

 

 

 *****

 

 シュレイドの滅び、これは皆知る歴史の表舞台。

 だがここからは誰も知ることがない歴史の裏。

 

「────う! ────────団────! 団長!」

 

「……う」

 

「しっかりしてくれよ……ったく」

 

 鉄くず同然の鎧を剥がされ、身体を持ち上げられる。

 

「……ルイス」

 

「あちこち痛くてしょうがねぇ」

 

 俺は死んだのか。マルコムや他の奴らもみんないるのか? 

 

「いねぇよボケ。まだ現世だ。残念だったな」

 

「そう、か……だが姫様はもう」

 

「死んだなんて確証がどこにある? 目の前で喰われるのを見たわけでもないんだろ」

 

 ……。俺だって信じたい。信じたいんだ。

 

「姫さんとの約束が守れそうにないなら、オレに約束を守らせろ。ここでアンタを見殺しにしたら、オレがあの世でマルコムにどやされる」

 

 ルイスは俺の燃えて無くなった足を見る。

 

「とりあえずは義足だなぁ。ここを出るぞ。やっこさん、傷を癒すために寝やがったから、逃げるなら今しかねぇ」

 

 俺はため息を吐いてルイスに身体を任せる。

 これから……どこに帰ればいいんだろうな。セシリア。

 

 

 

 *****

 

 

 そろそろ……朝の日が昇る頃だ。

 

「かわいそうに……」

 

「セシリア様……あんなにやつれて……病気でもないのに死んでしまいそう」

 

 死体のよう。

 従者たちは私をそう呼ぶ。

 半年前に落としてしまった腕輪をはめていた腕を見る。

 

「シュレイド陥落の報から半年……十年経ったように感じるわ……」

 

 子供達もこの小屋での生活に慣れてきた。

 心の傷はまだ癒えてはいないが。

 

「…………グリム」

 

 私の心の傷もまた。

 あの時から、シュレイド陥落の報から私の時間は止まった。

 

 喉を通る食事の味も感じない。

せっかくついてきてくれたみんなが作ってくれたのに。

 子供達の精一杯の笑顔も色あせて見える。

自分たちも辛いのに私を励まそうとしてくれるのに、私はそれに心からの笑顔を返せない。

 

 何に対してもかつてのように喜びを感じることはない。

好きな花を見ても心が癒されることはない。好きな紅茶を飲んでいても、私の隣にはあの人がいない。一緒に笑ってくれるあの人は、もういない。

 

 かの龍のことなど、もうどうでもいい。

 

「……大切な人に帰ってきてほしいだけなのに」

 

 どうして私たちだけが生き残ってしまったのか。

 勇敢に恐怖に立ち向かった者たちこそ、生き残るべきではないのか。

 

 いつかは彼が帰ってくるかもしれない。

 その時は一番に出迎えるために。

 そんな淡い思いを抱いてこうして朝の日が昇るまで待つことは無駄なのだろうか。

 

「生きていたとしても、この場所がわかるはずもないわよね……」

 

 いや、そもそも死んでいるのだろう。戻って来られるはずもない。

 

 自嘲とも、諦めとも言える笑みをこぼしてカーテンを下ろそうとした直後。

 

「──────────あ、ぁぁ…………!!」

 

 地平線に見えた人影に、私は言葉を忘れた。

 寝間着であることもいとわず、無我夢中で外に走った。

 素足でみっともなく子供のように。

 

「……おかえりなさい」

 

 そして彼は、一瞬だけ驚いた顔をしたが。

 割れた腕輪を差し出して、こう言った。

 

 

「ただいま」

 

 

 腕輪を落としたこと……謝らなきゃ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






*****

 これからシュレイドはどうなるのか。
 ミラボレアスに人間はどう立ち向かえばいいのか。

 銀色の騎士は問う。

 今日は勝てなくても明日なら。
 明日勝てなくても未来なら。

 赤毛の姫はそう答えた。



 *****


「……美味しいですね。紅茶。セシリアと……ここから見る景色と一緒に飲むお茶は」

「……えぇ。今まで飲んだ中で、きっと一番美味しいお茶ね。グリム」

二人は静かに、今日も笑っている。
いくら時を隔てようと、ずっと……ずっと。


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最終話後編 ~龍と狩人の歴史~モンスターハンター


ここまでは誰かが知る物語。
ここからは誰も知らない『あなた』がつくる歴史。

終着点にて伝説は待つ。




 *****

 

 

 眠りにつく前に、ミラボレアスは自身の身体を見ていた。

 

(かつて自分にここまで傷をつけた生き物を見たことがあっただろうか)

 

 己の姿を見て逃げる生き物たち。それは全て獲物であると彼は認識していた。

 

 今まで襲った獲物との間に命のやりとりなどというものは存在し得なかった。

 

 あるのは蹂躙と殺戮。ただ生きるための捕食行為。

 

 だが先ほどまで、獲物と思っていたものが牙を剥いて襲いかかってきたのだ。

 

 シュレイド城の決戦。

 この時、初めてミラボレアスは狩りをした。

 

 そこには得体の知れない高揚感と興奮。飽くなき衝動。今までにない命のやりとり。それらを始めて体感した。

 

(ならばこの場所で眠り傷を癒そう。この地に留まろう。そして────)

 

 この場所にいれば再び同じ生き物が自分を倒しにやってくる。

 

 ミラボレアスは待つ。

 シュレイド城にて、狩るに値する力を持つ者を。

 

 *****

 

 風が、ガブラスどもが噂を運んできた。

 

 シュレイド王国の崩壊から時は流れ、世界には狩人が溢れたという風の噂を。

 

 ──────────非常に喜ばしきことだ。

 

 どうりでやってくる人間が数百年前より増えたはずだ。

 手強き者も多くいた。

 

 その中でも数多の龍を狩り、狩人の極致へと登ろうとする者。

 

 その極致へと至ろうとする男はシュレイド城跡へとやって来るとの噂も耳にした。

 

 そいつがここに至るのはいつであろう。

 彼の者が来るまで、しばし我は眠りにつこう。

 

 

 *****

 

 

 時は流れ数百年。

 

 

「ハンターさんの古龍討伐を祝って————————————かんぱーい!!」

 

『かんぱーい!!』

 

 ハンターズギルドの集会場。

 多くの狩人が集い、モンスター討伐、撃退の依頼を受注する憩いの場である。

 

 そんな中、腕利きのハンターたちが、ある一人の若者に注目が集められていた。

 

「いやぁ、大したもんだ。この間までイヤンクックすらまともに相手できなかったのに!」

 

「炎王龍テオ・テスカトル! 爆砕の竜ブラキディオス! ついには巨大な蛇の新古龍を討伐すんだかんな!」

 

「ダラ・アマデュラ……だっけか。ガララアジャラの親戚みたいなやつだろ?」

 

「いやいや、比べものにならねぇよ」

 

 酒を飲みながら、若者の実績を語るハンターたち。

 

 そんな中、件の若者は受付嬢に話しかけてきた。

 

「……もうあの古龍の依頼が最後か?」

 

「はい。これで、ハンターさんが受注できるすべての依頼は完了しました」

 

「そうか」

 

 若者は残念とも、納得ともとれる声色でうなずいた。

 

「……そういえば、ずっと気になっていたんですが」

 

「はい、なんでしょう?」

 

 彼は奥の壁に飾られたギルドの紋章を指す。

 

「あれはなんのモンスターだ?」

 

「あぁ……あれは、伝説の黒龍をモチーフにしたものです」

 

「黒龍……聞いたことがない」

 

「えぇ、もちろん。わたし達ギルドのメンバーも、このモンスター……伝説の黒龍『ミラボレアス』の存在を疑問視しているんです」

 

 聞くところによると、ミラボレアスはおとぎ話のような存在として語られている伝説のモンスター。

 

「伝説によれば、世界の全土を焦土へと変える力を持っているとされています。かつて栄華を誇っていた大国シュレイドを滅ぼしたのも、このモンスターだそうです」

 

 うーむ……と悩ましい声を出し顔をしかめるz

 

「国を滅ぼしたモンスター……まるでおとぎ話のような存在だな」

 

「そうですね……口承で、口伝えで伝わっている伝説ですからね。真実は定かではありませんよ。発祥は赤毛のお姫様だとか」

 

「たしかに冗談に聞こえるな……もしもいるとしたら、どんなモンスターなんだろうな……」

 

 ぜひ会ってみたいものだ、そう若者は告げる。

 

「この古龍は、巨大龍の絶命によって蘇るとされています。もしかしたら……ハンターさんにも伝説と出会えるチャンスがあるかもしれませんよ?」

 

 ひとまず、依頼お疲れ様です、と受付嬢は若者をねぎらい、若者は用意された部屋へと戻っていく。

 

 それから数日後、シュレイド城跡近辺に調査に行った者たちが帰らぬ者になり、そのほとんどが消息不明。

 

 辛うじて帰ってきた調査員が黒龍の名を呟きながら狂死するという事件が起こることを、

 

 

 まだこの時、この二人は知る由もない。

 

 

 

 *****

 

 

 

『伝説の黒龍』

 

 

 

 *****

 

 

「ここがシュレイド城……完全に廃墟じゃないか」

 

 わずかな足音を聞きつけ、目が覚める。

 

「……足音が」

 

 人間よ。待ちわびたぞ人間よ。

 狩人の極みへと至らんとする者よ。

 

「こいつが……黒龍ミラボレアス!」

 

 我が名を呼べ。

 

 剣を抜け。矛を構えよ。その銃口を我に突きつけよ。

 我が豪火と爪でそれに応えよう。

 

 我が喰らってきた者たちの鎧と剣。

 取り込んできた我が全てをもって。

 

「狩らせてもらうぞ!!」

 

「──────────ッ!!!!!!」

 

 

 さぁ、我らの命のやり取り(狩り)を始めよう。人間の狩人たちよ。

 




あとがき

お待たせしました、ゼロんです!
これにて黒龍伝説 ~ミラボレアスの伝説~ は完結です!

ここまでお読みいただきありがとうございます!
いや……最初がきつかった。うん。

けれど感想欄でもやめないで書いてほしい、とのお言葉があり、
こうしてマイペースに完結させることができました。

言うまでもなく、ミラボレアスはモンハンの中で私が一番好きなモンスターです。
なかなか出てくる作品も少なく、公式では完全に秘匿されてますからね。

フィギュアも出ないわ出ないわ。
クシャルダオラで満足するしかねぇ!

けどやったねミラちゃん! 20周年記念でフィギュア出るよ!
ワールドでも出演待ってるよ!

話がそれた。

たくさんの応援をありがとう!
見続けてくれてありがとう!

ソラナキさん、しばりんぐさん
感想をありがとう! 続けられたのも皆様のおかげです!

鯖の使者さん、いつもありがとう! 他の作品でもよろしくお願いします!

沙希斗さん、日が開いても感想を毎回くださってありがとうございます! もしかしたら書き終えられたのもあなたのおかげかもしれません。そうでなくとも、最大の原動力でした。ありがとう!

みなさんもよければ私の他の既存作品もよろしくお願いします!
オリジナル作品のネタも用意があるので、完成次第、投稿したいと思います!

では、また他の作品でお会いしましょう!
バイナラー!


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後日談 彼の者の名は

グリムと王女の後日談が見たい!
というコメントもあったので、今更ながら書いてみました。
モンハンライダーズシリーズでミラボレアスをライドしたい……そんな切望。

ワールドのミラボレアスの最高の演出を記念して。
フィギュア絶対買うぞぉぉ!


 

 

 ざぁ、ざぁと草が風に吹かれて緑の波がざわめく。

 

 風に揺られ、あいも変わらず美しい赤い毛も共に波打つ。

 

『ブモー……』

 

「よしよし、ふふふ……あなたは今日も元気ね」

 

 そこにかつての王家の姿はない。

 あるのはただ一人の赤毛の女。

 

「セシリアお姉ちゃん!」

「おねーちゃん!」

 

「はいはい、お姉ちゃんですよー! じゃ、今日もアプトノスちゃんにご飯をあげましょっか!」

 

 災害の爪痕。両親を失った子供達。

 けれど多くを失った赤毛の女ともに明日に希望をもって今日の喜びを唄う。

 

「────セシリア」

 

 彼の声を聞いて太陽の笑みはさらに輝きを増す。足を失い、義足となったものの、本当に大事なものを守れた彼の顔は穏やかで。

 

「あっ、グリムお兄ちゃん!」

「お兄ちゃん!」

 

「マルク、ビスチェ。いい子にしてたか?」

 

『うん!』

 

 二人の少年少女は満面の笑みを同時に浮かべる。

 

「他の子達は? 悪戯とかしてないかしら、グリム」

 

「みんな留守番してるよ。大丈夫。怪我人の身で出てきてる俺よりかはいい子だからな」

 

「あっ!! そうだグリム! あなたなんで出てきてるのよ! 武器まで持ち出して!」

 

 思い出したようにセシリアはグリムの背中の剣を指差す。

 

「……やべ。い、いやお前のことが心配で……最近はランポスが大量発生してるって聞いて」

 

「言い訳無用! 私なら大丈夫だから。ほら、煙玉も回復薬も。念のため投げナイフも持ってるから!」

 

「よ、用意周到だな……」

 

「それに、ランポスの親玉なら、ルイスが討伐してくれたって言ってたじゃない」

 

「そういえばそうだったな……」

 

 ルイスは現在、ハンターとしてギルドで働いている。最近ではグループを組んでリオレウスを討伐したらしい。

 

 以前、飛龍の卵をお土産に持って帰ってきたときはリオレイアが飛んでこないかとヒヤヒヤしたものだ。

 

 寺院で預かっている子供達と美味しく頂かせてもらったが。

 

「────そうだ。昨日あなたにお客さんが……」

 

「客?」

 

「ハンターギルドの人って言ってたけど……」

 

 

 *****

 

 

「────外見の特徴について聞かせてもらえるかね?」

 

 巨大な銅鑼を背景に竜人の男性が問いかける。

 

「長い尾に四本角。忘れもしない黄色の眼。全身は闇一色。翼は一対」

 

「ふむふむ……君が見た古龍種……モンスターの中で似通った特徴を持つものはいたかね?」

 

「……いいえ。もはやあれは種というものでは区切れぬものです。強いて言うなら、一部ラオシャンロンに似ていたかと」

 

「……そうか。……すまない」

 

「なぜ謝るのですか」

 

「……。忌々しいモンスター。その話をするだけでも腑が煮え繰り返る思いだろうに……本当にすまない……だが」

 

 今まで誰も見たことのない完全な新種のモンスターの出現。それも文明を一つ滅ぼすほどの。

 

 第三王女というのもあり、すでに死亡扱いともされているのか。セシリアはシュレイド王家ではなくなった。

 

 今のシュレイドは見る影もなく、主城を失い都市を焼かれ。ミラボレアスが鎮座する王城の王家の金銀財宝は永遠に戻ることはない。

 

 財政難となり、多くの資源を失って残った支城も。いずれは時の流れと共にシュレイドという国は滅ぶだろう。

 

「分かっています。……おそらくこれが、シュレイドの……騎士団団長の果たすべき最後の使命となるでしょう」

 

 亡国の騎士団長グリム。彼が最後に果たすべき務め。それは口を出すのも憚れる禁忌の龍。

 ミラボレアスの存在とその脅威を伝えること。

 

「本当ならあの龍はこの手で葬りたい。だが……」

 

「意地を張れないくらい、か」

 

 あの龍は。五体満足でない状態の戦士が戦える相手ではない。歴戦の戦士であれ、生身の手足が一本でも欠けているだけで命取りになる。

 

 義足や義手付きの状態で戦える相手ではない。

 

 数多のモンスターを葬ってきたシュレイド騎士団は滅んだ。今、ミラボレアスの真の脅威を知るのは、その場で直に戦って生き延びたオレとルイス以外にいない。

 

「五体満足で最高の装備をもってしても……ルイスでは勝てないだろうな」

 

「なぜわかる?」

 

「────あいつの恐怖を。すでに心身ともに叩きつけられてるからだよ」

 

 一瞬のうちで隣にいたやつが溶けて消えた。

 瞬きをした一瞬で笑い合った仲間の一人が爆発した。

 

 攻撃をしても。攻撃をしても。永遠と笑い余裕をもつあのモンスターに。あの悪夢を。

 

「……!」

 

「思い出すだけで、身体の震えが止まらない……」

 

 足が震える。時々あの瞳に睨まれる夢を見る。

 きっと一人なら発狂している。

 

「次にあの龍と相対した時。オレは間違いなく死ぬ。あの龍の恐怖を知ってしまっては。もう二度とあいつの前に立つことは許されない」

 

「……書紀くん」

 

 竜人の男は隣にいた眼鏡の女に目を向ける。

 

「かの黒龍を、新たに禁忌種と認定。唯一の例外を除き、ハンターはこの龍への手出しを一切禁ずる」

 

「き、禁忌種……!?」

 

「名を出すのも憚られる……とてもではないが。今の我々の手には負えぬモンスター……自然災害そのものだ。……もうかの龍は生物の粋にはいない」

 

 禁忌種。

 災害のレベルが他の古龍の比較にならない。

 そうハンターギルドが定めた瞬間である。

 

「……ミラボレアス」

 

「……なに?」

 

「その炎は万物を焼き、その翼は空を漆黒に染める。あいつの名は────」

 

 

 ────ミラボレアスだ。

 

 

 

 *****

 

 

 俺は未来に可能性を託した。

 

 いつか俺のもつ情報が後世に降りかかるかもしれない災害に役立つことを祈って。

 

 

『────────ッッッッ!!!!』

 

 城が焼ける。何もかもが溶けていく。

 

 絶望と悲鳴を凝縮させたような、あの悪夢の鳴き声は消えない。

 

 残響となって時々夢の中で響く。

 

 あの瞳と口に揺らめく炎が。

 俺に再び恐怖を思い出させて決して離さない。

 

 あの恐怖は忘れることはない。

 決して失せることはない。

 

 だが────

 

 

「あっ、グリム! お勤めご苦労様っ!」

 

「まるで釈放されたみたく言うなよっ。マスターと話をしただけなんだからさ」

 

 けど彼女と。彼女が大切にする人達の前に。

 あの黒い龍が彼女の前にまた現れたのなら。

 

 ────彼女の笑顔を守るため、戦うだろう。

 

 何度でも。何度でも。

 

 これから先、小さいハンターギルドも徐々に規模を拡大させ人々の役に立つだろう。

 

 狩人の時代がやってくる。

 自然と共に生き、時に自然とぶつかる時代が。

 

 おそらく自分ではない誰かがいずれあの龍とも相対する時が来る。

 

 シュレイドの騎士達の戦い。

 歴史には残ることのない戦い。

 

 かの龍と相対する者には、かつての自分たちにもあったモノが必要となる。

 

 それは、

 

「────────未来に。勇気の証あれ」

 

 その者の名は ミラボレアス

 その者の名は 宿命の戦い

 その者の名は 避けられぬ死

 喉あらば叫べ

 耳あらば聞け

 心あらば祈れ

 

 ミラボレアス

 天と地とを覆い尽くす

 彼の者の名を

 天と地とを覆い尽くす

 

 彼の者の名を

 彼の者の名を

 

 彼の者に挑む人よ。

 彼の者に相対するならば勇気を持て

 自然を滅ぼすのではなく

 自然と共に生きる覚悟を胸に

 

 生きて語り継げ

 

 彼は自然

 彼は災害

 彼は土を焼く者

 鉄を溶かす者

 水を煮立たす者

 風を起こす者

 木を薙ぐ者

 炎を生み出す者

 

 彼の者の名は 

 ────────ミラボレアス

 



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