愛のこもれび (柴猫侍)
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愛のこもれび

 優しそうな眼差しが目に浮かぶ。

 初めて会ったのは、魔物が住まう迷宮。幼き時を思わせる見た目になってしまった姉に加え、青髪の青年と共にやって来ました。

 女である自分でさえ羨んでしまうような、髪の艶がまず目に入ったことは覚えています。

 

 そんな彼は“勇者”でした。

 

 太古の勇者“ローシュ”の生まれ変わりであることを示す痣を手の甲に浮かべた彼は、自分たちと共に、姉の魔力を奪った竜を、一刀のもとにトドメを刺します。

その姿は、まさしく勇者。

 まだまだ若く、粗削りな部分も窺える太刀筋ではありましたが、あの齢にしてあの剣捌き。

 幼い頃から鍛錬を重ね、身につけた者であることは素人目からしても分かりました。

 

 双賢の姉妹と、ラムダの里から呼ばれている自分たちが、ようやく見つけることの叶った勇者―――名は“イレブン”。

 

 世界を救う存在を前にし、セーニャは使命を果たすべく、傍らに佇む姉と共に彼を守り抜こうと胸に誓いました。

 

 

 

 *

 

 

 

 私にとって、イレブンさまに抱いた印象は“優しい”という、非常に簡潔なものでした。

 探り探りではあるものの、今までの旅には同行していなかった女性二人に対し、ある程度の気遣いを見せてくれます。

 

 そんなイレブンさまに対し、私もまた“勇者さま”と親しみを込めて呼んでいましたが、カミュさまに追われていることを詳細に説明され、あえなく勇者と呼称することは控えさせられました。

 旅の道中、勇者への悪い噂を聞いていたにも拘わらず、そう呼んでしまっていた私に対し、呆れたような笑みを浮かべるお姉さま。

 

「ホンットもう、グズなんだから」

 

 相手が妹だから。それ以上に、心の通い合っている仲だからこそ、遠慮のない物言いで今後は気を付けるよう窘めてくるお姉さまに、私は素直に頷きます。

 

 その時、イレブンさまは『言い過ぎではないのか?』と姉妹仲を心配するように、声をかけてきてくれました。

 以前はさほど気にしていなかったお姉さまの私への言葉遣い。

 当たり前だからと特に気にもしていなかった私ではありましたが、他人が耳にするとそういった心配をしてしまうものかと、少しばかり反省してしまいます。

 

 同時に、姉妹仲を心配してくれたイレブンさまの心根の優しさを垣間見ました。

 

「ありがとうございます、イレブンさま」

 

 にこやかに笑ってお礼を伝えれば、イレブンさまは何故か少し照れながら微笑み返してくれました。

 その際に覗く瞳には、暖かな光が宿っております。

 ですが、何故でしょう。

 彼の瞳には暖かさのみならず、見ているだけで心が痛まってしまうような寂しさが覗いていたのです。

 

 嗚呼、イレブンさま。

 “悪魔の子”と呼ばれ、いわれのない罪で追われる身というものは、それほどまでに苛烈なものだったのでしょうか。

 ならばこそ、私達……お姉さまと私“双賢の姉妹”が、勇者たるイレブンさまの御身を守らなければなりません。

 

 そう思い立ち、せめて安らかな眠りをとキャンプにて竪琴を弾けば、お姉さまに『夜中に弾くのはやめなさい』と怒られてしまいましたわ。

 赤面し、申し訳ないとお姉さまを始め、イレブンさま、カミュさまに頭を下げれば、男児たるお二方には『たまにはこういうのもいいな』と慰めて頂きました。

 

 なんと優しいお方でしょう。

 至らぬところで恥ずかしい想いをしてしまいましたが、お姉さまとイレブンさま、カミュさまが居れば、どこまでも旅を続けられる。

 そう思うばかりでした。

 

 

 

 *

 

 

 

 ホムラの里から数日後、荒野を抜け、砂漠の厳しい日差しを躱しつつやって来たのは、一度立ち寄ったサマディー王国。

 騎士の国とも呼ばれる王国を見渡せば、精悍な顔立ちの騎士の方々とたくましい体つきの馬が居りました。

 

 一先ずは虹色の枝を求める旅路。

 私たちは、町中を探索し、恰幅のよろしい国王さまとの謁見を果たした後、この国の王子たるファーリス王子さまに出会い、虹色の枝と思しき存在の代物があることを突き止めました!

 

 しかし、探索の最中にイレブンさまが訪れた“ぱふぱふ屋”さんと呼ばれるお店に入り、お姉さまはどこか気が立っているご様子。

 お姉さまから“ぱふぱふ”なるものは下品な行為と教えられたので、ぱふぱふ屋さんへ入るイレブンさまを怒る態度をとってしまいましたが、気になってファーリス王子さまが用立てて下さった宿にて感想を聞けば、『肩を揉んでくれて気持ちよかった』とのこと。

 

 ……肩を揉むことが、そんなにも下品なことなのでしょうか?

 疑問を覚えるがまま今一度お姉さまに問いかければ、『い、言わそうとしないでよ!!』と叱られてしまいました。

 やはり、お姉さまはぱふぱふにご立腹な様子。

 恐らく、イレブンさまがおひとりでぱふぱふを受けに向かわれたことが不用心であると怒っているのだと私は思いました。

 

 なので、『私がぱふぱふなさいましょうか?』とイレブンさまに問えば、イレブンさまは顔を真っ赤になさって『大丈夫だから!』と断ってしまいました。

 素人とプロではぱふぱふに差があるのでしょうか……? いつか、イレブンさまにぱふぱふできるよう、私も精進せねばなるまいと、サマディー王国の地で誓いを立てました。

 

 その後、サーカスにてファーリス王子さまの申し出。それに伴う、イレブンさまの馬レースでのご活躍。サマディー王国を困らせる砂漠の殺し屋の退治。

 そして世界を股にかける旅芸人たるシルビアさまが、私達の旅にご同行してくださるとの申し出に、胸が温かくなる思いを覚えました。

 

 騎士道を謳うシルビアさまの姿……イレブンさまともまた違った雄姿。

 ご自身で所有している船にも乗せてくれるとのことで、至れり尽くせりです。

 

 そうして私達は次なる地……虹色の枝を求める船旅に出るべく、ダーハルーネの町へと向かいました。

 

 

 

 *

 

 

 

 ダーハラ湿原を超え、やってきたダーハルーネの町。

 海の男コンテストなるお祭りがもうすぐ開催するとあって、町はサマディー以上の活気に溢れているようでした。

 

 細波の音。

 潮風の香り。

 人々の楽しそうな笑い声は、心に安らぎを与えるように思います。

 

 そうしてシルビアさまの船へ向かう途中、私は目にしてしまいました……『ケーキ』なるスイーツを。

 初めて目の当たりにした時の衝撃は今でも覚えています。

 ふわふわなスポンジと呼ばれる生地に、雲を彷彿とさせる白く滑らかなホイップクリームがこれでもかと塗りたくられ、極めつけに赤く熟したイチゴが上に乗せられている……はしたないですが、あの時は見ただけで涎が垂れそうでした。

 

 しかし、目的はあくまで船に乗ること。

 自分の食欲をなんとか堪えていましたが、海の男コンテストに際して船の出入りが制限され出向できないとあって、私の中の食欲がイオのように爆発してしまいました。

 

「私……甘い物には目がないんですっ!」

 

 罪悪感を覚えつつ、シルビアさまに誘われたことをいいことに、腰を折ってシルビアさまとお姉さま側についた私を呆れるような視線で見つめてきたカミュさまの視線は、今でも忘れてはいません。

 仕方がありません……でも、甘い物が好きなんです。故郷で食べたスイーツは、それこそクッキーやビスケットなどといった硬い食感のものばかり。ふわふわのとろけるような食感であると豪語するシルビアさまのグルメリポート力に、私の中の食欲の魔神は耐えられませんでした。

 

「わぁあ……ふわふわ……おいしいですぅ……!」

 

 食感もさることながら、味もとても美味しかったです。

 私がお姉さまと分け合ってケーキを食べていれば、案内してくれていたシルビアさまが、このようなことを仰ってくれました。

 

「きっと二人も結婚したら、大きなウェディングケーキにカッコイイ旦那さんと初めての共同作業として、ケーキカットしちゃうのね♪」

 

 ラムダにそういった風習はありませんが、どうやらシルビアさまの故郷などでは、とても大きなケーキに新婦と新郎が助け合い、ケーキを切るといった風習があるご様子。

 私にとって結婚とはあまり想像できないものではありますが、大きなケーキはとても興味が湧きます!

 

「大きなケーキ……」

「ほんっと、セーニャってスイーツに関しては食い意地張ってるわよねェ」

 

 お姉さまの呆れた言葉が印象的でした。

 花より団子とは言いますけれども、いざ愛し合って契りを結んだ旦那さまが隣に立っている時、私は……。

 

 

 

 *

 

 

 

 ダーハルーネの町では様々な出来事が起こりました。

 町長ラハディオさまのご子息ヤヒム君が、デルカダールの騎士ホメロスという方によって喉に呪いをかけられたことによる、霊水の洞窟への探索。

 無事、さえずりのみつは作ることができ、ヤヒム君の喉も治り、シルビアさまの船で逃げる際に巨大なイカ『クラーゴン』に襲われた時にラハディオさまが商船を率いて助けに来て下さいましたわ。

 

 世間では悪魔の子と呼ばれているイレブンさまを助けることは、ダーハルーネの町にとってもあまりよろしい行為ではないはず。

 しかし、利益よりも恩義に準じて助けて下さったその姿勢には、私のみならず全員が感銘を受けたご様子でした。

 

 そこから始まった私達の船旅。

 どこかでも続く空の景色は、ラムダで何度も眺めた空ともまた違った印象を与えてくれます。

 

 楽しい船旅もつかの間、私達がたどり着いたのはバンデルフォン地方。

 広大な麦畑が夕方には黄金のように輝く、それは美しい土地でした。

 しかし、美しいのみならず、この土地には悲劇もあります。かつて魔物の大軍勢に滅ぼされたバンデルフォン王国の跡地には、無念の死を遂げた人々が、今の命の大樹へと導かれぬまま彷徨っていると、立ち寄ったネルセンの宿屋に居られた神父さまが仰っていました。

 それを聞いたイレブンさまは、少しでもと救いをと、神父さまに言われるがまま跡地へと赴き、私とともに祈りを捧げたではありませんか。

 

 お優しい方……死した方々に救いの手を伸べようとされる方は、そうそう居られません。

 嗚呼、かようなイレブンさまが、どうして悪魔の子と汚名を着せられねばならぬのでしょうか。私は悲しくも、柄にもなく怒りを覚えました。

 ですが、イレブンさまは心なしか以前よりも笑うことが多くなっています。

 

 『皆と居ることが楽しい』。そう仰るイレブンさまの姿に、私は一層、双賢の姉妹として……一人の仲間としてイレブンさまを守らねばと、改めて誓うのでありました。

 

 

 

 *

 

 

 

 バンデルフォン王国跡地で彷徨う魂を導いた後に訪れたは、仮面武闘会が開かれるというグロッタの町。

 町自体が一つの建物となっているようで、昼間にも拘わらず洞窟内であるかのような暗さは、不思議と私の中の好奇心を擽りました。

 

 ですが、何より胸が高鳴ったのは、仮面武闘会の優勝賞品である虹色の枝!

 それらを手に入れるべく、私とお姉さま以外の方々は仮面武闘会に出場なさりました。

 その際、イレブンさまが組んだのは、なんと前回優勝者のハンフリーさま。勿論、カミュさまもシルビアさまも応援するつもりですが、こうなってしまうと、本命はイレブンさまです!

 

 その予想通り、イレブンさまはハンフリーさまと順調に予選・本選と勝ち進み、優勝を果たしてしまいました!

 決勝戦でのイレブンさまの戦いぶり。ご老人の呪文を掻い潜り、武闘家さまの足技を盾でいなしつつ剣を振るう様は、以前にもまして私の目には雄々しく映りました。

 

 私もイレブンさまを始めとする皆さまのため、日夜魔法の腕を磨いているつもりですが、イレブンさまもまた日進月歩で成長しているのです。

 

 頑張らなくては……。

 

 

 

 *

 

 

 

 武闘家の方々の失踪事件を解決した私達でしたが、優勝賞品である虹色の枝は、準優勝の方々がユグノア城跡まで持っていってしまったではありませんか!

 プンスカと怒るお姉さまを宥めつつ、イレブンさまの故郷ユグノアへ向かう私達。

 心なしか、イレブンさまの表情にも陰りが見えます。

 ですが、お辛いでしょうにイレブンさまは弱音を吐くことがありません。

 時折私には、その強さが不安になるのです。

 

 できるのであれば、その辛さを代わってあげたい……そう願う私は我儘なのでしょうか。

 

 そんな私にできることは、少しでも安らぎをと竪琴を弾くこと。

 どうか少しでも、穏やかな夢を……。

 

 

 

 *

 

 

 

 喜ばしい出来事がありました!

 仮面武闘会にいらっしゃった謎のご老人―――ロウさまは、イレブンさまの実の祖父だったのです。

 そんなロウさまに加え、心強い武闘家たるマルティナさまも加え、虹色の枝を手に入れた私達が次なる目的として掲げたのはオーブ集め。

 

 ソルティコの町にて、ロウさまのご知り合いであるジエーゴさまのお屋敷に赴き、水門を開いてもらってやって来たのは外海です。内海を旅する時とは違い、果てしなく広がっているように見える海は新鮮でした。

 いかに自分という存在がちっぽけなものであるかと知らしめられた瞬間。

 なんとなくですが、私達のこれからの果てしない旅路を暗示するようで、その広大さに不安を覚えつつ、改めて隣に立っている仲間という存在の心強さを実感しました。

 

 しかし、いつかは皆さまとの旅も終わりは来ます。

 そのことが今から既に寂しく思え、私は甲板にて潮風に当たっていたイレブンさまへ、

 

「もし、旅が終わっても会いに来て頂けますか?」

 

 と、問いかけてしまいました。

 すると、やおらイレブンさまは顔を私の方へ向けて言い放ちます。

 『もちろん』と。

 それが嬉しく、それでいて気恥ずかしく、私はイレブンさまが眺めていた夕日に目をそらしました。

 

 嗚呼、何故でしょう。

 夕日も何回、何十回、何百回と目にしているもののハズであるというのに、貴方が隣に居るだけで美しく輝いているように見えるのです。

 そして、この胸の高鳴りの正体を……まだ私は理解りませんでした。

 

 

 

 *

 

 

 

 帰らぬ想い人を何十年も待ち続け、その果てに想い人が非業の死を遂げたのであれば、私だったらどうするか……そんな考えで頭が一杯です。

 

 外海に出てすぐ、深い霧に迷い込んだ先に座礁してしまった白の入り江。そこで出会った人魚ロミアさまに懇願され、私達はナギムラー村に赴き、キナイと呼ばれる漁師に会うことができました。

 これでロミアさまの寂しい想いをせずとも済む! ……そう考えていた私ですが、今を生きるキナイさまはロミアさまの想い人ではない方だったのです。

 

 ロミアさまの想い人は……すでにこの世を去っていった。

 

 人魚と人間の年の取り方は違う。それがこの悲劇を加速させる要因であったのかもしれません。

 数十年、ただひたすら想い人の帰還を信じて入り江にて待っていたロミアさまの心中、私ごとき若輩に推し量ることはできないでしょう。

 

 この真実を伝えるべきか否か。

 苦心の末、イレブンさまが出した決断は、前者でした。

 

 真実を告げられたロミアさまは、その眼で私達が見つけたキナイさまが彼女の言うキナイさまでないことを確認すると、一度尾ヒレを足に変え陸上に上がった後、キナイさまの墓に寄り添い……。

 

 何度も、本当に伝えるべきであったかと私は自問自答しました。

 過ぎた過去は取り戻せません。

 ロミアさまがキナイさまを想って過ごした時間も、恋に堕ちて二人で過ごした時間も。

 それは、とても美しくも残酷。

 自分の過ごした時が……無駄だったと気が付いた時の無念は、一体……。

 

 お二人を想うことで涙が止まらぬ私は、眠れないために外で潮風に当たりに出ると、そこには先客が……イレブンさまが居ました。

 私と同じように眠れないと仰るイレブンさまは、月影に照らされる海を眺め、少々憔悴している私にこう言います。

 

『二人は、命の大樹で結ばれたんだ』、と。

 

 刹那、私は先代勇者であるローシュさまと先代賢者セニカさまを思い出しました。

 セニカさまは、早くにお亡くなりになられたローシュさまと恋人であったと。伝承では結婚することも子を設けることもしなかったお二方でありますが、きっとイレブンさまの言う通り、命の大樹の下で仲睦まじく添い遂げたのだろう……そう思うと、不思議と心の曇りが晴れたような気分へとなりました。

 

 一方で、遠い場所を見つめ……いいえ、ご両親の御霊が導かれたであろう命の大樹を見遣っている瞳を浮かべるイレブンさま。

 彼は私に微笑みかけ、『だから大丈夫』と慰めの言葉を投げかけてくれました。

 

 あの時の気持ちを今の私が代弁するのであれば、こう述べるでしょう。

 

 

 

『恋をしてしまいそうだった』と。

 

 

 

 *

 

 

 

 ロミアさまが用意して頂いたマーメイドハープを用い、赴いた海底王国ムウレアでは、グリーンオーブを。

 そして、メダチャット地方に存在する怪鳥の幽谷ではシルバーオーブを手に入れました。

 旅路は順調。ロウさまやマルティナさまとも仲良くなり、立ち寄ったプチャラオ村では壁画に潜んでいた魔物メルトアも退治などもし、残るオーブは一つだけとなりました。それから虹色の枝を求めるがままにクレイモラン地方へとやって来た私達。

 ですが、なんとクレイモラン王国は氷の魔女によって氷漬けにされていたではありませんか!

 私がお姉さまに苦い顔をされた推察も、あながち間違ってはいなかった……かもしれません。

 

 なにはともあれ、氷の魔女をどうにかしなければオーブも手に入らないという現状を前に、私たちはシケスビア雪原へと魔女の手先たる魔物退治へ向かいました。

 ですが、その先にてイレブンさまが氷の魔女の魔法が原因で倒れてしまったのです。

 すぐさま引き返し、魔法学者であるエッケハルトさまの家を借り、お姉さまと看病していたのですが、お姉さまは人一倍イレブンさまを心配していたご様子。

 グズな私とは違い、キビキビと動いてイレブンさまを看病するお姿は妹ながら誇らしく思うと同時に、自分が情けなく思えてしまいました。

 

 私にできることと言えば、回復魔法でイレブンさまのお体を癒すのみ。

 しかし、イレブンさまの外傷はすでに完治しておられるため、私の出る幕はなくなってしまいました。

 

「私は……一体どうすればいいのでしょうか、お姉さま」

「バカね、セーニャ。傍に……傍に居るだけでいいのよ。それだけで起きた後のイレブンの心の支えになってあげられるんだから。『自分には倒れても看病してくれる仲間が居るんだ』ってね。ま、だからって何回も倒られたらたまったもんじゃないけど」

 

 少しばかり恥ずかし気に言い放ったお姉さまは、私を隣に招き、共にイレブンさまを看病するよう促しました。

 心なしか顔色が良くなられてきたイレブンさまは、心なしか安らかな寝顔を浮かべていたように思います。

 

 傍に居るだけで心の支えに……確かに私にとってお姉さまは、傍に居てくれるだけでとても心強い存在だと断言できます。

 ですが、お姉さまにとって私はどうなのでしょうか?

 私は傍に居るだけでお姉さまの心の支えとなれているでしょうか?

 もし、今はそうでないのであれば、いつかはそうなることができるのでしょうか?

 

 疑問は尽きません。

 イレブンさま。私は貴方にとって、心の支えとなれるでしょうか?

 

 

 

 *

 

 

 

 独りになってしまいました。

 

 イレブンさま。

 お姉さま。

 カミュさま。

 シルビアさま。

 ロウさま。

 マルティナさま。

 どうか、命の大樹が堕ちて空に暗黒が満ちる世界であろうとも、私は皆さまがご無事である事を信じ、傷ついた人々を癒しながら、貴方達を探し出してみせます。

 

 だから……だから―――。

 

 

 

 *

 

 

 

後の世も ひとつの葉に生まれよと契りし

いとおしき 片葉のきみよ

涙の玉と共に 命を散らさん

うつろう時に迷い 追えぬ時に苦しみ

もがく手が いかに 小さくとも

この願いひとつが 私のすべて

 

 私にとってお姉さまとは追うべき背中でした。

 如何なる苦難が待ち受けようとも、お姉さまと一緒に居れば乗り越えられる……そう信じて疑わなかった私ですが、お姉さまが亡くなられた今、一人での旅の最中にて心の支えとなっていたものを失ってしまったような気持ちです。

 

 お姉さまは、命の大樹がウルノーガの手により堕ちた時、その生命の力の一滴まで振り絞り、傷つき倒れた皆さまを地上へと送り届けていたのでした。

 ですが、そのせいでお姉さまは逃げきれず……。

 

 ここまで自分が情けないと感じたことはありません。

 悲しみで胸が張り裂けそうだと感じたこともありません。

 瞼を閉じれば脳裏に過るお姉さまの姿が、一層悲しみを煽ります。辛く、自分の無力さを呪う気にもなっています。

 

 しかし、どうか今だけは私にお姉さまを―――ベロニカの姿を思い出させながら、彼女を想うことを許してください。

 里を歩けば、小さな影が歩いている姿を幻視します。

 明るく里の方とお話するお姉さまの姿を垣間見ます。

 不意に肩を叩かれるような感触に、振り向けばそこにお姉さまが居るのではと錯覚してしまいます。

 それでもいいのです。例え呪いだとしても。悲しみに明け暮れることになろうとも、この幻覚だけは、いつまでもどうか消えないでください。

 お姉さま。今日ほど貴方との思い出が薄れていくことを恐ろしいと感じた日はありません。

 

 複雑に絡み合い、ちょうど空を覆う深い闇の色の如き様相の私は、せめてと言わんばかりに竪琴を弾き、歌うことしか今はできませんでした。

 

 そんな時、眠れぬイレブンさまが竪琴の音に引き寄せられるよう足を運んで下さったのです。

 隣に立たれるイレブンさまは、雨雲の隙間より覗く太陽のように、ひどく疲れた私の心を癒して下さいます。

 何時ぞやお姉さまに言われた『心の支え』という言葉が、頭の中で反芻しました。

 私はイレブンさまの心の支えとなれるよう精進してきたつもり。

 ですが、どうにも私はグズなものですから、いつの間にか貴方が私の心の支えとなっていたようです。

 

 思えば、一人旅の道中で思い返すのはいつも皆さまとの思い出ばかり。

 傷ついた人々を癒す為に世界の各地を巡りましたが、散々たる光景ばかりでした。

 

 吸い込まれそうなほど真っ青な空。

 夕焼けに染まった茜色の海。

 生命の輝きに満ちた大樹の葉。

 

 あれほど美しかった景色が色あせて見えたのは、魔王ウルノーガによって、世界が闇に覆われたからだけではありません。

 皆さまと共に居られたからこそ、あの時目の当たりにした景色が、一層の美しさを有していたのだと気が付きました。

 

 私は今になって実感した皆さまの存在の大きさ、そしてお姉さまを想い、イレブンさまの隣で涙を流しました。

 情けないグズな私とは今日で決別します。

 そう誓いを立てて髪を切った私に、お姉さまの形見である杖から力が宿ったのです。

 

 もう、寂しくはありません。

 

 私達の思い出の中にお姉さま生きている限り、彼女は永久に生き続ける―――そう確信したからです。

 

 

 

 *

 

 

 

 神の乗り物ケトスに乗り、神の民の里を訪れた私達は、先代勇者であるローシュさまたちの記憶を辿り、ウルノーガに奪われた勇者のつるぎとは違う新たな勇者のつるぎを創るべく、各地を奔走しました。

 聖なる種火を携え、サマディーにてガイアのハンマーを手に入れ、天空の古戦場では伝説の金属オリハルコンを手に入れた後に訪れたのはホムラの里。

 

 そこでは火の神の怒りを鎮めるため、人を生贄に捧げようとする恐ろしい光景を目の当たりにしました。

 ですが同時に、母親の子に対する愛情、そして子の親に対する愛情も目の当たりにしたのです。

 お母さまも私たちをここまで想ってくれているのでしょう。でなければ、亡くなったお姉さまのためにあれほど涙は流しません。

 私もまた、まだまだ未熟ではありますが、今も尚生き延びているお母さまとお父さまのために、世界を救おう―――改めてそう思えた瞬間でした。

 

 その後訪れたのは伝説の鍜治場。

 なんと、ヒノノギ火山の火口に聖なる種火を入れると現れたのです!

 ロウさま曰く、『勇者以外の者に仕えないようにする為に、このような仕掛けになっていた』とのこと。流石ロウさま、博識です。

 

 紛れもなく伝説を目の当たりにし、圧倒された私達でしたが、目的は観光などではありません。

 そう、新たな勇者のつるぎを創るべく、ここにやって来たのです。

 オリハルコンもガイアのハンマーも用意済み。

 火口付近とあって、肌が焼けるような暑さ……いえ、熱さに襲われる中、イレブンさまは勇者のつるぎを創るべくガイアのハンマ―を振るいます。

 

 ですが、これは一人だけの戦いではありません。

 カミュさまを皮切りに、私達もまた勇者のつるぎを打つべくガイアのハンマーを手に取り、何度も何度も振るい、その度に眩いばかりの光が伝説の鍜治場を奔っていました。

 繰り返しつるぎを打てば、その刀身はみるみる輝きを増していきます。

 そして、イレブンさまが完成したつるぎを高々と天に掲げれば、待っていたと言わんばかりに空の黒雲に刻まれた勇者の紋章から稲光が瞬き、つるぎに落雷が降り注いだではありませんか。

 

 次の瞬間、つるぎは眩い光を放ち、色鮮やかな、それでいてひしひしと伝わってくる力に溢れていたのです。

 これこそが新たな勇者のつるぎ。

 皆のチカラをまとめた、世界にただ一つのつるぎ。

 このつるぎとイレブンさま、そしてイレブンさまと共に居る仲間たちが居れば、必ずやウルノーガを倒し世界を救うことができるでしょう。

 

 天空に傲慢にも佇むウルノーガの居城。

 そこへ攻め込む時はもうすぐ……だというのに、この胸騒ぎは一体なんなのでしょうか。

 

 

 

 胸が締め付けられるような、この想いは。

 

 

 

 *

 

 

 

 天空魔城に攻め込む前夜、私達はラムダにて体を休めることとなりました。

 皆さまが寝静まる頃、私はお母さまとお父さまを起こさぬよう気をつけつつ、静寂の森に建てられたお姉さまのお墓まで赴きます。

 落ち着かぬまま、ふと棚を漁っていて見つけたお姉さまの日記を見つける内、読みふけってしまったがために、目が冴えていたのでした。

 これはいけない。明日は正念場だというのに、眠れず疲れがとれないとあっては大問題です。

 

 しかし、どうにも寝付けないものですから、今一度お姉さまに誓いを立てるべく簡素なお墓へ足を運んだのでした。

 里の復旧を優先しているため、今はまだ満足なお墓を建てることもできません。

 『もう少し待っていてください、お姉さま』とお墓に語りかける私の姿は、他人の瞳にはどう映っていたのでしょうか。

 

 こう考える理由は一つ。

 その姿を、奇遇にも眠れずお墓にやって来たイレブンさまにお会いしてしまったからなのです。

 

 多くは語らず、ただ両手を合わせて静かに黙祷するイレブンさま。

 嗚呼、彼の顔を見ているだけで、彼が隣に立ってくれているだけでどれだけ心が落ち着くのだろうか。

 夜風に運ばれてくるイレブンさまの香りもまた、逸る気持ちを宥めてくれます。

 

 しかし、困ったことになりました。

 焦る気持ちは落ち着いたというのに、また別の焦燥が湧き上がって来たのです。

 あたふたとする私を見て、首を傾げるイレブンさま。

 じっと見つめてくる彼の瞳が、また真っすぐなものですから、私は言葉が詰まってしまいます。

 

『―――あんたもウジウジしてないでさ。気持ち、伝えればいいじゃない』

 

 狐にでも摘ままれた気分でした。

 お姉さまの声が頭に響いた時、私は考えもまとまらぬまま、胸の内をさらけ出さんと言葉を紡いでいたのです。

 

「イレブンさま。貴方は世界にとっての希望。魔王ウルノーガを打ち倒し、世界に光を取り戻しましょう」

 

 イレブンさまは真摯な面持ちで頷いてくれます。

 

「それだけではありません。貴方は平和になった世界にも必要な存在なのです。ですから、私は何があろうとも……命を賭して貴方をお守りします」

 

 そう告げた時、なにか言いたげに口を少し開いたイレブンさまでしたが、私は続けます。

 

「それと……厚かましいようですが、改めて言わせて下さい。私の命を貴方に預けます。私は貴方のことをお守りします。ですので、どうかイレブンさまも私のことを守って下さいますか?」

 

 今迄命を預かり合っていた仲であるというのに、何を今更……と私自身は思いました。

 ですがイレブンさまが余りにも改まった様子で頷くものですから、変に笑って取り繕うこともできず、互いに無言の時間が流れます。

 

「さ、ささっ、もう遅いですし寝屋に……」

 

 上ずった声を上げながら、イレブンさまを案内しようと振り返る私。

 その時、地面に落ちていた太い枝が偶然足に絡まってしまったものですから、夜中である所為かすぐさま反応できなかった私の体は前のめりに倒れてしまいます。

 

 しかし、そこへ支えるよう差し出されるイレブンさまの腕が私の体に回され、優しく支えてくれました。

 

「も……申し訳ございません、イレブンさま」

 

 やはり私はグズなままのようだ。

 それがどうしてか、今は嬉しいような気がしました。

 取り繕うに笑っていれば、『怪我はない?』と私の心配をして下さるイレブンさま。そのお優しさは出会った当初から少しも変ってはおられません。

 

 その後は、特に話すこともなく互いの寝屋に帰った私達でしたが、眠りに入る直前、どうにもあの場所に落ちていた枝は、お姉さまの悪戯のように思えてなりませんでした。

 

 

 

―――『しっかりやんなさいよ、セーニャ』と。

 

 

 

 *

 

 

 

 ここまで清々しく晴れ晴れとした気分はいつ以来でしょうか。

 魔王ウルノーガは倒れ、一度は堕ちた世界樹にも葉が宿り、世界には光が戻ったのです。

 今日はその祝いの宴。ラムダの里に、お暇をもらってやって来て下さったイレブンさま、カミュさま、シルビアさま、ロウさま、マルティナさま、グレイグさま―――共に戦った仲間たちが集い、盃を片手に笑い合いました。

 

 今日ばかりは、普段は厳格な態度のラムダの里の方々も朗らかに笑い、とても楽しそうです。

 やはり闇ばかりでは、人の心は鬱屈なものとなってしまうのでしょう。

 しかし、一度暗闇を己が身をもって体験した私達は、必死になって手に入れた平和を易々と手放すことはなくなるハズ。

 

 やおら私は静寂の森へ足を運び、一旦皆さまの楽し気な様子をお伝えするべく、お墓の前に立ちました。

 私は所謂“お姉ちゃん子”というものですので、楽しいこと、哀しいこと、嬉しいこと等々……なにかがある度、お姉さまにお伝えしたくなってしまうのです。

 お姉さまと何度も訪れたこの森も、一度は世界が闇に覆われた爪痕が残る有様でしたが、今では落石も取り除き、お姉さまのお墓も一新。ふと路傍に目を遣れば、若々しい草が生い茂り、大木にも無数の新芽が実っておりました。

 

 葉の間から降り注ぐ陽の光―――木漏れ日はこれでもかと私を照り付けるものですから、視界を朧気なものとし、元々お昼寝大好きな私を眠りに誘おうとしてきます。

 刹那、背後から声が聞こえてきました。

 『セーニャ』と、聞き慣れた……それでいて心安らぐ声が。

 

「イレブンさま……?」

 

 ほんのり頬を赤く染めるイレブンさま。

 お酒を飲み、酔ってしまったと言う彼は私を大木の根本に手招き、共に腰かけるよう促します。

 以前のイレブンさまの笑顔も素敵でしたが、今日の笑顔は一層輝いて見せました。これも世界に光が戻ったからなのでしょう。

 

 それに、ウルノーガとの決戦前夜に覚えた動悸が再び私に襲い掛かって来ます。

 嗚呼、どうしてイレブンさまと二人きりになると、こうも言葉に詰まってしまうのでしょうか? お姉さま、傍に居るのであればぜひともお教えください。

 根本に腰を下ろした後、互いに無言となってしまう私達。

 それがまた、居心地が悪いようで居心地が良いというおかしな感覚を覚えますので、私にとっては困りものです。

 

 しかし、これ以上は耐えられぬという間があります。

 

『その』

 

 そう口にしたのは私だけではなくイレブンさまも。

 まったく同じタイミングで被ってしまったものですから、おかしくなって目を地面に逸らせば、そこにはハートのマークが刻まれているではありませんか。

 

「……」

 

 一瞬息を飲む音が、静寂の中で響きます。

 

「ぷっ、ふふっ……!」

 

 それが木漏れ日により偶然出来上がったものだと気が付いた時には、私達はこれまた同じタイミングで木の葉を見上げ、これまた互いを見つめ合い、堪らず笑い合いました。

 

 いい加減、お姉さまも痺れを切らしたのでしょう。

 

 私が悶々と悩んでいたこの気持ちの答えを、お姉さまは指し示してくれたようです。

 

「イレブンさま。私は貴方のことをお慕い……愛してしまったようです」

 

 我ながら、随分曖昧な言い方だったと反省しました。

 

「吸い込まれそうなほど真っ青な空。呑み込まれそうなほど広大な砂漠。夕焼けに染まった茜色の海。御伽噺に迷い込んだかのような海の中の王国。一面純白に包まれた氷と雪の大地。グラグラと煮え滾るマグマの奥底でさえ、貴方と共に居るだけで、これ以上なく美しいと思えていたのです」

 

 あの時の憧憬が蘇る。

 

「私にとってイレブンさまとの思い出はかけがえのない宝物。願わくば……そのっ……」

 

 言葉に詰まりつつ目を泳がせていれば、フッと微笑んだイレブンさまが『焦ることはない』と言わんばかりに肩へ手を置いてくれました。

 しかし、それでまた緊張してしまうのだから、困ったものです。

 ですが、いつまでもウジウジとしていれば、『ホント、セーニャはグズなんだから』とまたお姉さまに怒られてしまいそうですので、私も腹を括るように伝えます。

 

 イレブンさまに受け取って頂きたい、私の“心”を。

 

「わっ、私と―――」

 

 伝わる熱は体温でしょうか。

 そっと確かめるように私の唇に触れたのは、他ならぬイレブンさまの……。

 

 それが答え、という訳なのでしょう。

 

 伝わる体温を愛おしく思い始めた頃、ふと離れてしまったイレブンさまの唇。

 私はきっと、物欲しげな顔でイレブンさまを見つめていたに違いありません。

 ケーキともまた違った甘美な味わいは、お腹ではなく、心を満たしてくれます。

 

「イ、イレブンさま……もう一度……―――」

 

 羞恥のばかり、お酒の所為ではない頬の紅潮をそのままに、そっと顔を近づけ合う私達。

 ですが、その時ガサガサと茂みが揺れたのです。

 風……ではありません。

 ハッと二人して音の鳴った方向へ目を向ければ、突然崩れるように人影が積み重なったではありませんか!

 

「カ……カミュさま!? シルビアさま!? ロウさま!? マルティナさま!? それにグレイグさままで……一体どうしてここに!?」

「い、いやぁ……偶然付いて来たら、なぁ……?」

 

 バツが悪そうに笑うカミュさまは、後ろで積み重なる方々に投げかけます。

 するといの一番に立ち上がるのはシルビアさま。いつもの凛々しいお顔立ちへと戻った彼は、数度片足を軸にしつつ接近した後、こう告げてきました。

 

「うふふ。セーニャちゃん♡ イレブンちゃん♡ オ・メ・デ・ト♡ 私、二人はとぉ~~~ってもお似合いのカップルだと思うわ!!」

「はっ!」

 

 流石の私でも気が付きます。

 覗かれていたのだと。

 互いを見つめ合い過ぎていたが為に、覗きに気が付かなかったなど、恥ずかしくて顔からメラゾーマ……いや、メラガイアーが出そうな勢いでした。

 

「ほっほっほ。流石の儂も突然のことでびっくりしたが、セーニャにであれば安心してイレブンを預けられるぞい」

「ロウさま、気が早いのでは?」

「そうです! イレブン。婚姻というものは、互いの同意だけではなくご両親の了承も得て厳粛に行われるべきでな……!」

 

 朗らかに笑うロウさまに、それを窘めるマルティナさま。そしてイレブンさまに説教染みたお話をするグレイグさまと、先程の雰囲気はどこへやらと言わんばかりに、静寂の森は賑やかになってしまいました。

 少々残念な気もしますが、イレブンさまとの仲を『お似合い』と仰って頂けることは、嬉しい限りです。

 

 しかし、それにしても恥ずかしいです……!

 

 顔を真っ赤にしていると、楽し気に笑うカミュさまが傍にやって来ました。

 

「ま、とりあえずおめでとさん。祝いの宴で結ばれるなんて、お前も相棒も中々のやり手だな」

「そうでしょうか……?」

「ああ。でも、少し困ったことになったな」

「はい?」

「ただでさえお祭り騒ぎだってのに、二人が結ばれたなんて里の奴らが聞いてみろ。今日は眠れないぜ?」

「……ふふっ!」

 

 早寝早起きが日課のラムダの方々が夜中遅くまで起きている姿は想像できませんが、そうまでして皆が喜んでくれている光景を想像すると、不思議と笑みが止まりませんでした。

 

「今日は結婚の前祝になるな。ほら、主役の二人はファナードの長老さんとこに連絡しに行こうぜ」

「えっ、で、ですが……」

「なーに。世界を救った勇者さまと、そのお供の賢者さまが結ばれたってのに、喜ばない奴なんて居ると思うかよ」

 

 『だからさ』と言い放ったカミュさまは、そのまま広場の方へ向かって行かれます。

 イレブンさま以外の皆さまも、見守るような温かい視線で私たちを見遣り、カミュさまへ付いて行かれました。

 残されたのは私とイレブンさまだけ。

 意図的に残されたような気がしなくもないため、少々気恥ずかしいですが、嬉しくも思えます。

 

「イレブンさま」

 

 口火を切ったのは私。

 イレブンさまの手をとった私は、精一杯の笑顔を作って彼の手を引きました。

 

「っ……行きましょう!」

 

 今日は新たなる門出の日。

 魔王により一度闇に覆われた世界からの復興……新たな平和なる時代の幕開け。

 その門出に私達もまた、出発するのです。

 

 お姉さま、どうか私達の門出を祝って下さい。

 貴方のグズな妹も、新たなる一生を添い遂げる片葉を見つけました。

 どうか……どうか見守って下さいませ。

 

 

 

 新たなる生命の芽が息吹く、命の大樹から。

 

 

 

 *

 

 

 

 それは奇しくも、いにしえの時代に遂げられなかった恋。

 彼らの生まれ変わりである勇者と賢者は、いにしえの伝説をなぞるように結ばれる。

 ローシュとセニカが添い遂げられなかった恋を、今代の勇者と賢者は成し遂げた。

 しかしそれは、そうある“運命”として遂げられたものではない。

 生まれ変わりであろうとも、彼らの過ごした時は彼らのもの。イレブンがイレブンであるが故に、そしてセーニャがセーニャであるが故に結ばれた結末。その恋に、前世の記憶が介在する余地はない。

 

 ただ一つ確かであることは、魔王ウルノーガを倒した勇者イレブン一行の内、戦いの後に賢者セーニャがイレブンと結ばれ、いつまでもいつまでも幸せに暮らした―――そんな伝説が後世に残ることだ。

 そして、勇者と賢者が結ばれた地も、縁結びの地として後世まで語り継がれるのであった。

 

 

 

―――『ベロニカ』 勇者を救い、賢者の姉であった天才魔法使いの名と共に。

 

 

 

~Fin~

 



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