IS 第三次世界大戦 (Red_stone)
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プレリュート
プロローグ 動き出す闇


誤字、脱字、こうしたほうが良いなどの意見は歓迎します。
それでは、拙い作品ですがごゆるりとお楽しみください。


「やれやれ。わざわざ足跡を残さなくてはならんとは――。偽装も大変だ。それに……」

 

人気のない裏町で溜息をつく黒服の男が一人。

その姿はいかにもわけありですよと全力で主張している。

こんな怪しい男なのだ。

顔は隠せども行動はバレバレ。

尾行され放題である。

 

この男が向かっているのはIS学園というところだ。

ここから飛行機に乗って、大体6時間ほどと車で3時間ほど。

 

ISを使えれば数分で着けたのに、と面倒臭がっている。

ところでISとは簡単にいえば多機能強化外骨格(マルチフォーム・スーツ)であり、その力は潜在的に国家をも滅ぼしうるほどのパワーを持つ。

 

ただし、兵器としては最大の欠点がある。

元々戦闘用という触れ込みではなかったのだが――、それは置いておく。

いや、欠点があったというべきなのかどうなのか。

そのISには女しか乗れなかったのだ。

故に女尊男卑世界が出来上がってしまったわけなのだが、ある時突然にISを操れる男が見つかった。

ISを操ろうとした男たちは万では利かないというのに――、その男はいとも容易く操ってしまった。

 

だが、この黒服の男はISを操ってみせた男――織斑一夏ではない。

彼は中学生。いや、卒業して高校生になろうとしているところだ。

こんな黒服なぞ着ているわけがない。

彼の服装センスは極めて一般的だ。

個性がない、と表現してもいい。

 

では、この男は何者なのか。

その正体は一夏の存在が世界に広まってから発表された、もう一人のISを操れる男である。

無所属の一夏とは違い、彼は希テクノロジーという黒い噂にまみれた機関の人間だ。

一夏のIS学園入学は彼の保護のためだが、黒服の方はというとこちらは強引にねじ込んできた。

学園側も狙いはわかるが手出しはできないので警戒することしか出来ない。

 

まあ、ともかく――こうして彼が足を使って歩いているのはISの製造基地を悟らせないためだ。

希テクノロジーは今時珍しい秘密主義の塊だった。

調整や何やらでずっと基地に居たが、他の機関に場所を悟られるわけにも行かないのでこうしてせっせと偽装工作に取り組んでいるというわけだ。

 

だが、それなら裏町に来る必要なんて無い。

一体何を考えているのやら――。

 

「こうまであからさまに人を尾行されると、殺してやりたくはならないか?」

 

虚空に向かって質問した。

何も見えないし、何も聞こえない。

 

彼はそれを黙殺して続けた。

 

「なあ――。何故貴様ほどの者がここに居る? 暗殺狙いというわけでもあるまい。その程度の考えしか無い残党どもがそこまでしぶとく生き残れるはずがない。――亡霊が現世を滅ぼすつもりか?」

 

沈黙。

肌に突き刺さるような沈黙だけがそこにあった。

その沈黙がぎりぎりと音を立てて圧迫されていく。

 

「いつまで黙っているつもりだ? なにもしないのなら、お前を滅ぼすぞ。その胸に掲げたハーケンクロイツは飾りか――。人狼の女」

 

―ガシャアアアアン!―

 

地を引き裂く音が夜の闇を引き裂いた。

IS同士が衝突した音――。

 

闇の中から融けるように姿を表したISはその爪で男を引き裂こうとした。

が、相手は爪を恐れずに顔にカウンターを撃ち込もうとした。

そんな馬鹿げた行為を女は驚異的な反応速度で持って片手を盾にして爪を叩き込んだ。

この間わずかにコンマ2秒。

ISには操縦者の思考速度を加速させる能力があるが――、二人の攻防はそれにしても度を超えている。

 

「……なるほど、第三世代機――特殊兵器を積んだ実験機か。よく調達できたな。だが、私の『停滞』(ステイシス)には敵わない」

 

「…………」

 

挑発には爪で応える。

黒と黒がせめぎあい、互いを殺そうと迫る。

 

男の方はブレードを装備しているが、女のほうは爪だけで戦っている。

 

「ふふん。さすがに厄介だな。こんなところで銃を連射しては、さすがにお咎め無しといかんしな。やれやれ――」

 

そう言いながらも、声には余裕がある。

宙に浮く仮面の下でそんな顔をしてているのやら。

 

「……っ!」

 

女はひたすらに爪をひるがえす。

攻撃が当たり始めてきた。

 

だが、爪による攻撃があたっても、ダメージらしいダメージは見受けられない。

ISには絶対防御というシールドがある。

これのお陰で操縦者が傷つくことはない。

だが、絶対防御には限界がある。

ISコアに蓄えられるシールドエネルギーという限界が。

 

女は子供のような笑顔を浮かべ――

     ――男は残酷な気配を遊ばせる。

 

「野生の戦い方というやつかな。面白いものを見せてもらった。お礼に私も面白いものを見せてやろう」

 

「コード――【666】(トリプルシックス) モード――【獣】(ビースト)

 

仮面の目が地獄のように紅く染まる。

気配が死神のそれから獣へと。

 

「……シャアッ!」

 

野獣の動きで襲いかかる。

その動きは直線のようでいて、ジグザク。

 

「――――っ!」

 

女もまた、獣のようにしなやかにその攻撃をかわす。

 

だが――。

動きのキレが違いすぎる。

 

そもそも女は地に手足をついて高速機動を行っているが、男は空間を掴んで縦横無尽に跳ね回る。

イメージ的に言えば、空中に取ってを作りそれを掴んで自分を投げ飛ばしている。

ここまで滅茶苦茶に動かれては、動きを捉えることでさえ神技である。

 

女は4次元的な動きに対応しきれていない。

殴られ、蹴られ、さらには斬られる。

 

シールドエネルギーは瞬く間に危険域に陥る。

 

《オオーーーン!》

 

遠吠えをした。

今まで口を利かなかった彼女が初めて口を開く。

 

彼女の黒い機体は蒼いオーラに覆われ、その光は強固な守りと絶大な攻撃力を与える。

剣や刀とは違った明らかに魔法的な力。

これが第二次移行(セカンド・シフト)したISの力。

 

「これは――。面白くなってきた、とは言えないかな。残念だけど、そこまでやられてはこちらとしては一瞬で終わらせるしか無いかな……」

 

その姿を見ても恐れるどころか、残念がるような姿を見せる。

お互いに残りのエネルギーはわずか。

決着は間近。

 

男は空間を蹴り上がり、上空へと高速飛翔。

女は吠えて向かい撃つ。

 

規格外超弩級戦略兵装(オーバードウエポン)――【対警備組織規格外六連超振動突撃剣】(グラインドブレード)

 

そして、取り出したのは6本のチェーンソーで組み上げられた柱。

ISには仮想領域武器を収納しておく能力がある。

この能力があれば、このようなISと同等の体積を持った兵器でさえ持ち歩くことが出来る。

 

「死ね」

 

宣告――落下。

6連チェーンソーはギャガガガガと言う騒音――、そして二筋の火炎を噴く。

 

人狼の女は一声吠え、そして迎え撃つ。

蒼いオーラが凝縮し、ゆらめく。

 

赤のチェーンソーと蒼のオーラがぶつかる。

 

耳を引き裂くような凄まじい音が響く。

ここに生身の人間がいたら――この音だけでおかしくなってしまうことだろう。

 

「は! 規格外超弩級戦略兵装(オーバードウエポン)に対向するか――。やはり、進化したISともなると恐ろしい……! だが、この私に力押しで勝てると思うなよ!」

 

ガリガリと蒼いオーラとともにISが削れていっている。

6連チェーンソーの威力の前に並のISでは、かすっただけでも機能停止にまで追い込められる。

世界大会の試合ですら超えるとんでもない死合が観客の一人も居ない闇の中で交差する。

 

《グルル……。シャアアアアア!》

 

女は牙をむき出して吠える。

最後の一滴の力まで振り絞って押し返そうというように。

 

だが――。

 

「終わりだよ。狼女」

 

無常にも、宣告がなされる。

背後から噴く火炎が増大する。

とてつもないパワーが急行落下を実現する。

 

2つのISは地表へと激突する。

 

―ズドォォォォン!―

 

まるで隕石が落下したかのような衝撃。

そのクレータの真中で女は気絶している。

見たところ傷一つない。

 

絶対防御のおかげだ。

これがあるからこそ――ISの中にいれば絶対に安全と言われる。

だが、男は仮面の下で凶悪な笑みを浮かべ――未だに作動し続ける6連チェーンソーを振り下ろした。

 

気絶した彼女を絶対防御は守る。

この時点で彼女のISは装備が解除されている。

一見して気絶した生身の女に武器を振り下ろすのは相当な勇気がいるはずだが、彼はいとも容易く外道を行う。

 

嫌な音が発されながらも、絶対防御は女を守る。

だが――それは永遠ではない。

攻撃を加え続ければ、絶対安全なISの中にいる人間でも殺せるのだ。

 

「さて、何秒持つのかな。起きていてもらっても意味のない拷問にしかならぬし、そういうのは嫌いだが。寝ているうちに殺されるのもどうなのだろうな。なあ――狼女。お前とて戦って死ぬ事こそが本望だろう。篠ノ之束も余計な装備を付けてくれる」

 

更に強く押し付けようとした時、チェーンソーが弾かれた。

男は弾かれたようにその方向を睨みつける。

ISのレーダーに引っかからなかった。

これは2000m以上離れた場所からの狙撃を意味する。

 

「……っち! 新手か。この距離でこの正確な狙撃――《魔弾の射手》リップヴァーン・ウィンクルか!?」

 

チェーンソーが沈黙する。

連結部が破壊されていた。

 

役に立たなくなったその武器を拡張領域へと収納する。

その間、実にコンマ1秒。

 

だが、そのわずかな時間に狼女は消えていた。

 

「何も気配を感じなかった……! この突然な消失は、あの猫か。そして、二撃目の狙撃も来ない。これは第一射の直後に逃げ出したな。これでは追いかけても無駄か。結局殺せずじまいか」

 

悔しそうにほぞを噛む。

明後日の方向を睨んで見れども、うんともすんとも言わない。

 

「まあ、いい。IS学園に行くか。修理も必要か。やれやれ、小娘一匹殺せないとは私も不甲斐ないな。だが――見ている奴に私の力は誇示できた。それで良しとしておく他あるまい」

 

つぶやいて、自分の足で歩き出した。

その腕には無骨な手錠のような鉄の輪っかがぶら下がっている。




次話からはISの登場人物を出します。


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学園生活編
第1話 のほほんさん


さて、飛行機に乗って、更に車に乗ること数時間。

やっとIS学園についたか。

 

いい加減ストレスでおかしくなりそうだな。

あんなに鈍い乗り物に乗ってまで外出するなど、そんな奴の気がしれん。

まあ、単なる不可攻略なのだろうけど。

 

しかし、それにしても立派だな。

これでは学校というよりも宮殿だぞ。

周りの警備も厳重でご苦労なことだ。

もっとも、外側だけだが。

 

ただ、外人がちらほら見えるところが学園の立場の弱さを示している。

かわいそうなことに、ここは日本が責任を負う場所ではあっても日本が主権を持つ場所ではない。

 

 

 

ちなみに私は強権を使って入学したから試験すら受けていない。

まあ、停滞(ステイシス)の基礎データは送っておいた。

後は勝手にあちらの方でデータを取るだろう。

現物に触らせはしないが。

 

さっさと受付に行き、書類を提出、鍵をもらって自分の部屋に行く。

ここらへんは普通に入学してきた女達と変わらない。

ただ、ここには私以外に男は居ない。

織斑一夏はまだ来ていないようだ。

 

「さて、入学式の一日前というのに人は少ない。少ないうちにさっさと修理に取り掛かるとするか」

 

部屋に適当に荷物を放り込んで、その足で出て行く。

彼は一人部屋に住むことになる。

特別な人間には個室が用意され、機密が保証される。

この場合の特別は専用機持ちやVIPのことだ。

今年度は個室の使用率は高い。

ここに世界初の男性操縦者が入るとわかった途端にこれだ。

まあ、無駄に多くて使わないからいい機会だろう。

 

 

 

「うるさくないので好都合とはいえ――流石に人が少なすぎる。ここの生徒にはISの操縦者になる気があるのか?」

 

ため息をついて整備室を見渡す。

広くて設備も整っているが人が居ない。

反対側で頭を悩ませている女の子が一人居るだけだ。

まあ、粗製IS乗りが乱造されたところで私には関係ない。

修理をすすめるとしよう。

 

「む――。ここまで見事に破壊されるとは。一度バラさないといけないか」

 

ISを点検してみて驚いた。

まさか、ここまで見事に壊されているとは。

作り直したほうが早いのではないか?

まあ、直すと言っても壊れたパーツを予備のパーツと交換するだけだ。

そもそも一撃必殺という超威力を得る代わりに武器に莫大な負担をかける特性上、修理しやすくはなっているが。

それでも直すのは事だ。

 

「まだ入学生も在校生も本格的に入ってきては居ないとはいえ、天下のIS学園でこれか。こんな調子で使い物になるのかね――」

 

ぼやきながらも手際よく修理を進めていく。

まるで柱のような6連チェーンソを分解して、人の腕より二回りほど大きい部品にまでバラす。

ちなみにISを使って作業を進めている。

人間の力では持ち上げられないとはいえ、かなりシュールな光景と言える。

普通はクレーンを使って作業する。

 

「ふふん。部品も結構揃っている。至れり尽くせりでありがたいことだ。設備だけは本当に見上げたものだ。お前もそう思うだろ?」

 

そちらを見ずに3人目に言う。

丁度終わりかけた頃合いだった。

 

「そうだね~。私も助かってるよ。けど、どうして分かったの? 私、作業の邪魔をしないように気配を消してたと思ったんだけどな」

「部屋に入った後に気配を消しても仕方ないだろう。それに、こんなところで作業しているんだ。直接的な邪魔さえしなければいくらでも見ててくれて構わん」

 

見られた相手を殺そうとする奴は例外なく馬鹿の極みだ。

情報なのだから漏出するに決まっている。

誰かに見られたくらいで失敗する計画なら――それはすでに失敗したも同然。

そしてもちろんステイシスを見たくらいで何かが分かるはずもない。

 

「そう。ありがと~。でも、羨ましいな。ISを使って作業できるなんて。楽そうで羨ましい」

「使えるものは活用するべきだろう?」

 

無邪気な彼女に彼は得意気に返す。

羨ましがられるのは悪い気はしない。

 

「私、布仏本音(のほとけほんね)っていうの。あなたは~?」

「私の名は神亡奈落(かみなきならく)だ。ところで、君はそこで一人で頭を悩ませている彼女に会いに来たのではないのかな?」

 

さっきからISを弄っている女性。

私の気のせいでなければ、どうもあのISは完成していないようだが。

まあ、率先して関わるようなことでもない。

 

「あ~。忘れてた。私、かんちゃんに差し入れを届けに来たんだった。じゃあね、らっくー。また今度」

「ああ。縁が合ったらまた会おう」

 

らっくー?

なにやら変なアダ名を名付けられたな。

そんな可愛い名前で呼ばれたのは初めてだ。

初めては何でも面白い。

この楽しさに浸っていたい気もするが、本音は女のほうに向かっていく。

私は食事でも摂ることにしようか――。

整備室を出て食堂に向かう。

 

「らっくー。一緒に晩ご飯食べよ~」

「……先ほど別れたと思ったのだが、あれは勘違いか?」

 

「何言ってるの~。さっきそこでバイバイしてまた会ったんでしょ。私もうお腹ペコペコ」

 

どうやら差し入れをさっさとおいてきて私に合流したらしい。

たった7秒の別れ。

詩的だな。

もっとも、それは何の意味もないということだが、な――。

 

「君がそのつもりならいいだろう。で、要件はあったりするのかな」

「そんなもの、ないよ~」

 

ないらしい。

初対面の男とここまで物怖じせずに喋れるのも珍しい。

 

「ところで、君の名は本音と言うそうだが。君はどこまで本音で行動しているのかな?」

「やだな。私、そんな黒い女の子じゃないよ~。で、あなたの乗ってたISってもしかして専用機?」

 

「そうだ。希テクノロジーが開発したIS――停滞(ステイシス)。色々と危険な機能が付けられている暴れ馬だ。何をどうしたのかは知らんが、弄っているうちに女にすら拒否反応を起こしてしまってな。で、手当たり次第に反応を調べていたら、私の専用機となってしまったわけだ」

「へぇ。じゃ、らっくーは他のISには乗れないの? それで、もう一人の男性IS操縦者もそうなの?」

 

「もう一人の方については知らない。だが、私が乗れるのはステイシスのみだ。そ、ステイシスに乗れるのも私のみ。私達には私達しか居ない。そういうのは素敵な関係だと思わないか?」

「あは。素敵だね~。まるで、恋人みたい」

 

「恋人なら別れることもある。だが、私達は死ぬまで共にあるさ」

「あ、それは違うよ~。恋人だってね、ずっと一緒にいるんだよ」

 

「そういうものか。生憎と、私は人間関係には疎くてね――」

「それじゃ、私とお友達になりましょ~」

 

本音の笑顔はあどけなくて、子供みたいだった。

……っふふ。

良い歪みだ。

――ああ。

きっと、私達は良い友だちになれる。

 

「――っ!っくく。君みたいな友人は初めてだよ。そうだな。よろしく、本音」

「こちらこそ、不束者ですがよろしくお願いします~」

 

「本音。食堂に着いたが、何がお勧めだ? それと――、注文の仕方がわからない」

「ええっ? らっくー、こういうとこ来るの初めて? それじゃ、私が教えてあげます。販売機で券を買って~、おばちゃんに渡すんだよ」

 

「ほう。で、ここに金を入れれば良いのか。うむ、合理的だな」

「そんな感想を言うのはらっくーだけだと思うよ~。でのほほんさんのおすすめはコレなのです」

 

「のほほん?」

「私のあだ名~。ついつい使っちゃうんだよね。なんで皆私のことをそんなふうに呼ぶんだろうね?」

 

「雰囲気だろうな。友人に侮られているのではないか?」

「駄目だよ。そんなふうに言っちゃ~。女の子はとっても傷つきやすい生き物なのです。だから丁寧に扱わなきゃダメ」

 

「……そういうのは、苦手だな」

 

口には出さないが、面倒くさい。

そこまでやるくらいなら、別に女と人間関係を築かなくても――

 

「や~。やっぱり始業前だと食堂も空いてるね。早く食券出して作ってもらお」

「なら、本音のお勧めを味あわせてもらおうか」

 

とっとと話を勧められたので、前の話は流す。

 

「はいよ、フルーツサンド2つね!」

 

見るからに人の良い、ついでに恰幅も良いおばちゃんが果物のたっぷりはいったサンドイッチを渡す。

これが本音のおすすめだ。

デザートだろ、とは突っ込んではいけない。

 

「ありがとう~」

「こういうときは礼をいうものなのか? ありがとう」

 

「いや、別に本音ちゃんは挨拶してくれるけど、必須ってわけじゃないよ。ま、挨拶してくれると嬉しいんだけど、忙しい時にゃ構ってやれなくてね」

 

「ふむ。見たところ今は空いているが、学期が始まったらそうも言ってられないのか」

「そうだね~。まあ、授業が始まっちゃったら席に座るのも一苦労だよ」

 

「あっはっは。あんたら、面白い子たちだね。これからもご贔屓にね!」

 

「料理をする気はないからな。食堂を使わせてもらうことになるな」

「あはは。こちらこそ、よろしく~」

 

二人は席に着く。

 

「どきどき……。どう~?」

「うん。うまいな。しかし、これはすぐに飽きるな。甘すぎる。こんなものを毎日食っているのか?」

 

「そっか~。私コレ大好きなんだけど、皆何故か敬遠するんだよね。とっても美味しいのに」

「そうか。私としてはコレに飽きないほうが不思議なのだが」

 

そう言って3口で食べ切ってしまう。

女用なので量が少ないのだ。

 

「ま、腹には溜まるな」

「うん、そうだね~。夜にはお菓子とか食べちゃうけど」

 

「それは辞めた方がいいな。ホルモンバランスが崩れてISに要らん負荷をかけるぞ」

「あっはっは。それ、初めて聞いたよ~」

 

「そうか? ISに最高のパフォーマンスを発揮させるために自分を調整するのは一般的ではないのか……」

「うん。一般的じゃないよ~。ていうか、専用機持ちでもそんなことしないと思うな」

 

「ふん。まあ、あの気違いじみた基礎理論はどうでもいいとして、まだ操縦の仕方の方は確立すらしていないからな。自分にあったやり方をした方がいい。――そう、それが本当に合理的なのかは誰にもわからないのだから」

「じゃ、うっつーはどういうふうにISを操ってるの~?」

 

「まあ、感覚かな。一々理論を考えていたらISなんぞ動かせん。私に限っての話だが、な。そういう奴は結構少ない。一々理論に従って飛ぶ奴らの多いこと、理論が発展しない理由がわかる」

「ほ~。なんで? なんで?」

 

「感覚で動かす奴は真っ先に足切りに合うからな。見た目が麗しくて、頭の良い奴が候補生になる。そんな奴らから代表者が選ばれる。これがつまらない世の常だ」

「なるほど~。じゃ、もしかして何も考えないで動かすと強くなるの?」

 

「それこそ本人次第だ。論理で敵を追い詰められるなら、感覚で動かすことは完全にマイナスにしかならんよ。ま、適正次第かな」

「ほうほう。じゃ、らっくーは本能で敵を追い詰めていると」

 

「違うとは言えないな。だが、戦術と一口に言っても様々な要因があり、それを達成するためには――

「あ~。美味しかった。明日は始業だね。生徒がたくさん来るよ」

 

「……。戦術論に興味はないか? だが、本音の言った通り明日になれば人も増える。あまり人は好きではないのだが」

「だよね~。人混みって私も嫌い。なんか踏まれそうで」

 

「それはお前がのんびりし過ぎているんだよ、本音」

「え~。私、そんなにのんびりしてるかな?」

 

「しているさ」

「え~」

 

「頬をふくらませても説得力はないぞ」

「ええ~」

 

「そんな可愛くむくれられてもな」

「えええ~」

 

「さて、そろそろお暇しよう。もう食堂も閉まる。中々に楽しい時間だったよ。じゃあな、本音」

「違うよ~」

 

「何がだ?」

「じゃあ、じゃなくて~、また、だよ」

 

「ふ、また明日。本音」

「また明日~。らっくー」

 

部屋に戻って送られてきた資料を再確認する。

そこには学園の設備のパスワードもある。

 

さて、織斑一夏とはどのような人間なのだろうな。

顔と経歴から判断して、中々に鈍感そうで馬鹿っぽいが――。

重要な事は会ってみないとわからない。



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第2話 二人きりの男子生徒

本音と二人で朝食を食べて、これからは始業だ。

続々と生徒たちが集まっている。

 

さて、辛気くさい顔をした奴が来た。

恐らく何で自分が珍獣みたいに観察されなきゃいけないんだ、と思っているのだろう。

私みたいに堂々と視線を無視していれば、自然と人に避けられるようになるのにな。

 

顔はそこそこ整っている。

典型的な日本人の顔だ。

ひとつ言えるのは苦労が顔ににじみ出ているということ。

推測を交えるならば、ぼにゃりしていて鈍そうだとことも入るかもしれない。

 

 

ん? 顔を輝かせた。

私の方に近づいてくる。

 

「よう! あんたもIS学園の生徒か。それ、男装じゃないよな? あー。良かった。IS学園に入学する男は俺一人だって聞いてさ。不安だったんだよ」

「よろしく一夏。私の名は神亡奈落と言う。まあ、私の入学は強引にねじ込んだから聞いていないのも仕方がない」

 

一目見れば女装の麗人かと思われるような少年が返す。

この姿からはテロリストをわざっわざ挑発するような粗暴さは感じられない。

むしろ、守りたくなってしまうような顔。

――この雰囲気を無視できればの話だが。

 

「そうなのか? いや、でも助かったよ。さっきから凄い視線は感じるんだけど、誰も話しかけてくれなくてさ。誰に話しかけていいのかもわかんなかったし。――うん。俺達二人だけの男子だしさ。仲良くしてくれ」

「こちらこそ。思っていたよりも面白そうな男で嬉しいよ」

 

普通という言葉が似合いそうな少年――一夏は奈落の破滅的な、もしくは退廃的な雰囲気を気にもせずに話している。

話しかけるどころか近づくのにすらためらわれるこの気配。

これに名前をつけるとするなら「過負荷(マイナス)」と呼ぶのが相応しい。

 

「へ?」

「いや、なんでもない。こちらの話だ」

 

だが、奈落と話せているという事実はもう一つの真実を示唆する。

――この男もまた、普通ではない。

とてつもない心の闇を秘めている。

 

奈落は思う。

そう、まさか――これほどとは。

一見してぼんやりとした人の良い少年だが、これほどの闇を抱え込んでいるとは。

突つくだけでも破裂しそうだな。

 

「ところで、何で俺の名前を知ってたんだ?」

「お前のことは色々と知っているさ。……有名だからな」

 

奈落は舌なめずりしながら愉悦に目を細める。

この今にも破裂しそうな気配が面白くてたまらない、とその顔は言っている。

 

「うお!?」

「む――」

 

黄色い歓声に驚いてしまう。

一夏に至っては涙目になっている。

 

ヒソヒソと、あの二人ってそういう関係だったの。とか、きゃー、萌える。とか。女子達はそんなことを言っていた。

 

「席に着くか。そろそろ教師が入ってくる」

「――え? ちょ、お前。この状況をどうする気だ。なんか凄い騒がれてるぞ」

 

おろおろしだす一夏に構わず、奈落はさっさと席についてしまう。

世間体なんてものは完全に無視している。

 

「気にするな。私は気にしない」

「俺は気にするっつの! って、自分だけさっさと席に着くなよ!」

 

そんな激しいリアクションを……。

お前は芸人か何かか。

別に面白いネタではないな。

 

「……あの~。席についてくださーい。授業を始めたいんですけどー」

 

小さい声が聞える。

駄目だな。

そんな声では阿呆どもを従わせられんぞ。

まあ、手伝わないが。

 

「……あのぅ~」

 

誰も聞いちゃいない。

黄色い声が飛び交っている。

 

「……ふぇ~ん。聞いてくださいよ~」

 

もはや涙目だ。

頼りない教師だな。

一夏も一夏で、周りの目を気にして動揺しっぱなしだ。

 

「皆さん! 恥ずかしいとは思わないんですの!? あんなのでも教師は教師。教師の言うことはちゃんと聞かなくてはなりませんわ」

 

む? セシリア・オルコットか。

イギリスの代表候補生だな。

候補生らしい傲慢さ。

まだ世界を知らないヒヨコだな。

 

が、ISに乗ったことすらない生徒を黙らせるのには十分か。

皆そろそろと席につき始める。

ぼそぼそと小さい声でしゃべくるのはご愛嬌。

 

「ええ。最初はどれだけレベルの低い方々なのかと心配しましたが、ちゃんと人の言葉はわかるようで安心しましたわ。さて、どうぞ先生。存分に教鞭をお振るいになってください」

 

「ど、どうも~。わ、私がこのクラスの副担任の山田真耶です。皆さん、よろしくお願いしますね」

 

きゃーきゃーと歓声が上がる。

可愛いとか、なんとか。

完全に舐められているな、山田教諭。

 

「で、では皆さん初めて顔を合わせるのでしょうし、自己紹介からしましょう。ではあいうえお順で、一番目は――

 

 

 

「次、織斑君」

 

一夏に順番が回ってきた。

 

「……」

 

が、彼はぼさっと窓の外を見ている。

聞いちゃいない。

 

「織斑くーん?」

 

再度の呼びかけ。

 

「……」

 

「織斑君、なんで返事してくれないんですか?」

 

涙目になった。

もう泣きそうだな。

 

「へ? ってうおっ!」

 

一夏もやっと気づいたか。

 

「あのぅ。自己紹介をやっていて、今は織斑君の番なんです。えっと……事故紹介をしてもらわないと私が困るんだけど、やってもらえませんか?」

「いや、涙目で頼まれなくてもしますよ」

 

「そ、そうですか。良かった。じゃあ、お願いします」

 

本当に胸を撫で下ろしてひと安心する。

そのたわわな胸が揺れるのを見て一夏が顔を赤くする。

首を振って煩悩を払ったのか、すました顔で自己紹介を始める。

 

「えっと、織斑一夏です」

 

期待に溢れた視線を一心に集める彼はそう切り出した。

少しの間黙り、なおも上がっていく期待に応えて、付け加える。

 

「以上です!」

 

ガン、と音が聞こえた。

周りを見回すと、額を机にくっつけている者が多数。

古典的なリアクションだな。

はて、私が入学したのは芸人学校だったのか。

 

そして、扉の向こうに怖い鬼が一人。

 

「馬鹿者、自己紹介もまともに出来んのか」

 

一瞬で現れ、出席簿で一夏の頭をガツンと殴る。

いや、叩く、か。

だが、叩くでは表現しきれないほどの威力があったな。

 

「げっ! 千冬姉、何でここに――」

「ここでは織斑先生と呼べ」

 

「うえ?」

「いい度胸だな。もう一度喰らいたいか?」

 

「いえ、そんなことはありません。織斑先生」

「ふむ。わかったようで一安心だ。私も生徒の頭をそう何度も殴りたくはないからな」

 

「さて、諸君。私が織斑千冬だ。貴様らひよっこを一年で使い物になるまで育てるのが私の仕事だ。私の言うことは一言一句聞き漏らすことなく暗記し、理解しろ。出来ないものは出来るまで指導してやろう。逆らってもいいが、その時は覚悟しておけ。――いいな?」

 

黄色い歓声が上がる。

その中には、私を抱いて、やら。千冬姉のためなら死ねる、とか。何も考えずに発言しているような言葉が多数。

 

「毎年、よくもこれだけ馬鹿者が集まるものだ。逆に感心させられる。私のクラスに集められているのか?」

 

呆れた顔で言っている。

同感だ。

馬鹿に兵器を扱わせても洒落にならないことが起きるだけだ。

愚かさでは何も変わらない。

異端でなければ。

 

「さて、諸君には勉学に励んでもらうことになる。それについては山田先生から聞き、指示に従うこと」

 

「さて、織斑先生がおっしゃったように私の方から年間予定を話させていただきます」

 

 

 

「貴様ら、しっかり頭に叩き込んだか? 返事は“はい”だ。それ以外認めん。そして、貴様らには自由に使える時間などやらん。46時中ISのことだけを考えていろ。そうでもしなければ貴様らひよっこは使い物にさえならん」

「はい。そういうわけで、10分の休憩を挟んだ後はISの基礎知識のおさらいをします。では、皆さんまた10分ほど後で」

 

そう言って帰っていった。

口ではああ言いながら、一々職員室まで戻るのは生徒への気遣いなのだろうか?

それにしても、織斑千冬――世界最強を名乗るだけあって強い、な。

見るだけで分かる。

おそらく、ISで強襲してもいなされてしまうだろう。

……いや、やらんが。

 

「おい、奈落。やっぱり、この学園って凄いな」

「設備のことか?」

 

一夏がやってきた。

ふむ、これが休み時間のおしゃべりというものか。

確かに人間の集中力は長続きせんが、いたずらに休憩をとったところで回復するようなものなのかね――。

 

「いや、女子ばっかりで肩身が狭くないか。こう、見回しても見回して女子しか居ないってのは、こう――精神的に来るものが ……」

「気にするな。別に取って喰われるわけじゃない。……注意を怠らなければ、な」

 

そっちのほうか。

考えてみれば、ISの整備室のことなど一夏が知るがわけないな。

 

とはいえ、そちらのほうは気にしなければ済む話だ。

別に暗殺者に狙われているわけでもない。

この学園からでなければ誘拐されることも考えづらい。

 

「おーい。怖いこと言うなよ。まるで俺が狙われてるみたいじゃないか。俺はそんな重要人物でもねぇよ」

「――いいや、重要な実験動物さ。お前がここに入学してきたのは保護されるためだというのを忘れたのか?」

 

ぼんやりしているからまさかとは想ったが、こいつは自分の価値に気づいていないらしい。

コイツの体なら一部だけでもどれだけの価値になるか。

生きているなら尚更。

 

「ああ、あれね。そんなことを説明されもしたけど、実感がわかないんだよ」

「……そんなものか。生憎だが、私には自分が普通だとは思えないからな、そういう気持ちは全く実感できん」

 

だが、こいつにそれを分からせるのはやめておくか。

必要なら織斑教諭がやるだろう。

わざわざ楽しい学校生活を逃亡生活に貶めることはあるまい。

 

「なんだそりゃ。生まれた時から重要人物なのか」

「――まあ、ね。人間はおのが存在意義に悩むそうだが、私の場合は始めから用意されていたからな」

 

私がこの世界に生まれた時。

――ああ、あの時の絶望は甘かった。

 

「え?」

「……くく。いいのか?」

 

話をそらすため、少し横の方に目を向けてやる。

そちらの方から視線を感じていた。

この感触は、長い間待ち焦がれていた好敵手に対するものかな?

まあ、何にせよ想われるのは良いことだ。

 

「は? 何が……」

「怖い女の人が睨んでいるぞ?」

 

アレは篠ノ之箒だな。

とにかく彼女は監視されていて、彼女の経歴でバレていないものはないと言ってもいいだろう。

なんせ、あの篠ノ之束の妹だ。

束は世界から狙われている犯罪者――さぞ肩身が狭いことだろう。

 

「女の人って……。ああ、箒か。元気してたか? いや――本当に大きくなったな」

 

一夏は気さくに声をかける。

おそらく、肩が震えていることには気づいていないのだろうな。

 

 

 

「らっくー。あの子、誰~?」

「本音か。ああ、篠ノ之箒だよ。幼なじみらしいな。さて、一夏にどういう態度をとるか」

 

さすがに制服姿をしている。

いつものだぼだぼのパジャマ服姿ではない。

似合って――いるか?

 

「へぇ~。キツそうな子だね。あ、おりむーの手を引いて出て行っちゃった。やっぱり、恋人関係なのかな~」

「そういうことは言うな」

 

だが、雰囲気はいつもどおりだ。

ほわほわとして、綿菓子のよう。

全てが混沌として、確かなものが一つとして無くなるような錯覚に陥る。

 

「何で~? 気になるじゃない」

「周りがうるさい。見ろ、面白がったり絶望してみたり。こんな姿を見ていると学園生であるのが嫌にならないか」

 

とはいえ、その心地良いカオスも女の黄色い声に吹き飛ばされてしまえば、不快しか残らない。

人間どものうるさい事ったら、ない。

 

「ううん。全然~」

「そうか。感性の違いだな」

 

私はそういうことが大嫌いだが、本音は違ったか。

まあ、いかなる時でも幸せそうな顔をしているこいつのことだ。

もしかしたら、暗い感情を抱いたことがないのかもしれない。

それはそれで――異常で、奈落的なことだ。

 

「ねぇねぇ。もしかして、あなた達も付き合っているの?」

「いや。そんなことはない」

 

「じゃあ――

 

一人で女子がそんな質問をして――。

それを皮切りに質問攻めに会った。

全く、先見の明は一夏にあったか。



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第3話 箒星

「えーと、ここまででわからないことがある人は手を上げてください」

 

今は授業中。

授業前の質問攻めは織斑教諭が助けてくれた。

それも睨めつけるという形で。

今後もその調子で教育を進めて欲しい。

 

もっとも、彼女の出席簿による制裁はかわさせてもらったが。

次も成功するかは怪しいので、おとなしくしておくことにしよう。

 

「はい!」

 

おお、一夏が勢い良く手を上げた。

だがそういう時はふりだけでも申し訳なさそうにしておくものだぞ。

 

「え?」

 

山田教諭が固まったな。

教員のくせに――とか言うのは簡単かもしれんが、まあこんな奴が入学できる可能性など皆無だったのだろう。

現時点でわからないものがある奴は筆記試験の時点で落とされる。

 

「あの、全然さっぱりわかりません。助けてください」

 

涙目、情けないやつだな。

まあIS学園のための受験勉強など男がしているわけがないので当然だが。

モチベーションもないままに電話帳を覚えろというのも無理がある。

 

「え? え? え? あの、他にわからない人は居ませんか?」

 

誰も手を挙げない。

この時点で(以下略)。

 

「えええ? 皆こんな難しいことが分かるのかよ。……ええと」

 

おろおろ狼狽えて、まあ。

格好悪いやつ。

こういう時は堂々としていればいいんだよ。

そうしていれば相手が勝手に譲歩してくれるから。

 

「馬鹿者」

 

一夏の頭に出席簿が叩き込まれる。

よくあんな軽い紙の束でアレだけの威力を出せるな。

プラスチックならば人を両断できるのではないか?

まあ、なんにしても譲歩なんて考えたこともなさそうなお人の登場だ。

 

「千冬姉――」

 

また一撃。

 

「織斑先生を呼べといったはずだ。……で、説明書はどうした?」

「あの電話帳みたいなやつなら捨てました」

 

三度目。

 

「もう一度発行してやるから一週間ですべて覚えること」

「ええ!? あれ、どれだけ厚いと――」

 

「いいな?」

 

出席簿を構えられながら言われたら

 

「……はい」

 

と言うしかないわな。

ご愁傷様。

IS学園に入学する羽目になった己が不明を恨め。

 

「さて、この馬鹿者は放っておくとして――。まさか、他に暗記して来なかったものは居ないな?」

 

沈黙。

さすがに座学が出来ないものは一夏以外にはいない、と――。

さて、一夏は誰に頼るのかな。

幼なじみか、唯一の同姓か。

 

「よろしい。では、山田先生、授業を続けてくれ」

「あ、はい。では次のお話に移りますよ――」

 

 

 

「奈落、頼みがある」

 

授業が終わった瞬間に飛んできたか。

どうやら箒には頼まないらしいな。

まあ、アレの成績は正直微妙だしな。

 

「暗記しろ。私から言えることはそれだけだ」

「そんなつれないこと言うなよ。なんかあるだろ? コツとか、ここだけは必須だとか」

 

あんな、疑似科学など覚える以外に対処の仕様がない。

例外に特例のオンパレード。

ISにしか適応できない学問など、数十はあるのだ。

まともに理解しようとすれば頭がおかしくなる。

更に言えば――、それが合っている保証などどこにもないのだ。

 

「いや。そう言われてもな――」

「頼む。お前だけが頼りなんだ」

 

頭を下げられても、私は睡眠学習装置の類など所持していないしな――。

それにそもそも私は理論項目については懐疑的だ。

 

「はっきり言って、あのような超理論など操縦の役には立たないからな。あんなものは試験のために覚えるものだ」

「え? じゃあ、何で皆覚えてるんだよ」

 

いや、試験のためだと言ったろう。

後は……ISを扱う際の禁止項目を知らなければ国家反逆罪を起こして、テロリストとして処理されてしまうこともあり得るから、かな。

 

「入学するために必死に受験勉強したのだろう。はっきり言って、高校受験レベルの数学では太刀打ちできないし、生徒レベルで理論を完全に理解している奴は少ないはずだ」

「受験勉強なら俺だってしたぞ」

 

この阿呆。

自分が特別で特例だと言う自覚はないのか?

 

「IS学園のための受験勉強は他の学校の受験勉強とは別だ。他の学校ではいらない科目が山ほど出てくる」

「……俺、どうしたらいいんだ?」

 

まあ、可哀想といえば可哀想なのだろう。

なにせ、大人の都合で志望学科を180度替えられたようなものだ。

だが、現実は辛く苦しいものだ。

頭を抱える一夏に言ってやる。

 

「さあ? 選択肢など暗記以外は現実的ではないな」

「くそぅ。何で捨てちまったんだ。俺の馬鹿……」

 

まあ、あれは付け焼き刃でどうなるものでもない。

そんな無茶を通すのはそれなりに無茶でなければならない。

だから――。

 

「全く救いにはならんだろうが、織斑先生のやり方は効果的だぞ」

「え?」

 

こうやって、今苦しんでいる事こそがその証左だ。

 

「お前は別にISを駆りたくって仕方なくて学園に入ったわけではないのだろう?」

「まあ、そりゃそうだな」

 

頷く。

 

「だから、いくら時間があったってあの量は暗記できまい」

「……確かに」

 

「ゆえに、本気でお前に覚えさせたいというのなら、手段はひとつしかない」

「ほえ?」

 

阿呆面をさらす一夏に私はニヤリと笑って宣告を下す。

 

「恐怖だ。もし出来なければ酷い目に合う。ならば――覚えない訳にはいかないだろう」

「いや、まあそうだけど――」

 

「だからこそ気をつけなければいけない」

「……何に?」

 

片目を大きく開いて一夏を覗きこむ。

びくっとのけぞって、それでも答えを催促してきた。

うん、いい調子だ。

やはり私はその名の通り奈落のような昏さを秘める男でなくては。

そうでなくて、何が神亡か。

 

「実際に出来なければ、それはもう目を覆いたくなるような仕打ちを受ける。脅すだけ脅かして何をしなければ舐められるからな。そこには温情とかそういう甘っちょろいものが入る余地はない」

「…………ごくり」

 

絶望の底から発するような声を発する。

楽しくなってきた。

 

「想像できたか? そんな目に会いたくなければ、励め。まあ、必須事項とどうでもいいものくらいはある。ペンで色分けくらいはしておいてやる」

「――どうも。なあ、奈落」

 

とはいえ、いつまでも続けていられるものでもない。

こういった日常のシーンでは。

毒気を引っ込めて助け舟を出してやる。

 

「何だ? 嫌に暗い顔をして。いくら量が多くても高々暗記だろう」

「俺、遺書を書いておいたほうがいいのかな」

 

ほう?

あの織斑教諭が貴様を殺すと――。

……それはないな。

“逆”はあったとしても、な。

 

「大げさな。一生のトラウマを負うことがあっても、別に怪我はせんだろう。あの出席簿にしたところで、外傷は皆無だぞ」

「そっかなぁ。俺、生きていられるのかなぁ」

 

あの強さに怯えるのはわかるが、少し過剰だな。

ふと可能性を思いついて顔を歪めてしまう。

いいや、これが憎しみの裏返しであったとしたら?

それはそれは面白い物語になることだろう。

 

「そんなことを心配するよりも暗記に力を注いだほうが効率的だぞ。私の持っているやつを今日中にペンを入れてくれてやる」

「ありだとう。お前は俺の命の恩人だ」

 

ま、先ほど思いついた可能性を聞いておくことは出来ない。

さすがにあんなことを聞かれたら不信も持つさ。

今は一夏に近づくことが先決。

そう、ある意味で今の世界を作り上げた混沌に近づくことが。

 

「大げさな。あまり遠慮するものではない。二人きりの男子生徒だろう?」

「ってうお!? もう授業が始める時間じゃねえか。奈落、また後で」

 

今度は学習したらしい。

あれをISなしで受けるのはしんどいので私も席に着く。

 

 

 

「さて、小娘ども。休憩は終わりだ。さっさと席につけ。言われんとわからんのか」

 

今日最後の授業はこんな言葉から始まった。

 

 

 

「ふー。終わった終わった。奈落、飯食いに行こうぜ」

「ああ、いいぞ。本音も来るか?」

 

いつの間にか横に来ていた本音に声をかける。

 

「箒、お前も来るだろ?」

 

一夏は離れたところでそっぽを向いている箒に声をかけた。

 

「んな。な、なぜ私がお前と食事を取らなければならない?」

「いや、幼なじみだろ。俺たち」

 

一夏が気さくに声をかけるものの、遠慮がちな様子。

これは――。正直迷惑だけどそう言うわけにもいかないというやつか。

 

「……らっくー。それは違うと思うよ~」

 

考えを読まれた?

まあ、いいや。

 

「それでは本音。お前は二人の関係をどう思う? 篠ノ之箒は一夏と関わりたくない様子だが」

「ふふん。私には分かるんだよ。これはね~」

 

ふむ。この様子からして敵対関係ではないか。

いや、一夏には敵意の欠片も見られないが。

だが、篠ノ之の方はそうでもないように見える。

わからない。

だから、聞く。

 

「何だ?」

「恋の予感だよ~」

 

――こい。

まさか魚の鯉ではないだろうから、恋愛の方の恋か。

しかし、一夏はそんな自分から誰かに性的な好意を抱くとは思えない。

 

「……あれが? 一夏は別に篠ノ之箒に恋してはいないと思うが」

「違うよ~。しのむーのほう。あれは恋する乙女の眼だよ」

 

敵を警戒する野獣の目に見えるのは私だけだろうか。

……なぜだろう? 一夏が頷いていた。

 

「……ほう。あれが。私には殺意に満ちた獣の目にしか見えん」

「照れ隠しだよ~。女の子はね、好きな男の子の前に出ると慌てちゃうものなの」

 

照れ隠し。

はて?

言われてみれば――、そうとは思えないが。

 

「なるほど。そういう見方もあるのか。しかし、私としてはあのように威嚇している女が恋する乙女だとは信じられんのだが――」

「見てればわかるよ~」

 

ならば見ていよう。

あの猛獣のような女が愛する人にどう出るのか。

 

「む? 一夏が篠ノ之箒の手を取ったな。一瞬だが笑みが浮かんだ。その直後に仏頂面に戻ったが――。お前の指摘もあながち間違いではないのか」

「でしょ~。女の子にはビビっと来るんだよ」

 

「電波が?」

「乙女の直感が」

 

なるほど。

表現の違いか。

私は露悪的な話し方は好むが――こういう情緒的な話しぶりに理解がないわけではない。

もっとも、知識はないのだが。

 

「なるほど。諒解した」

「何を~?」

 

決まっているだろう。

 

「参考にならんということが涼解した」

「……らっくー」

 

私に恋する女の心情など理解できん。

おもいっきり甘えてしまえば、男などすぐに落とせるのではないか?

それをあのように敵意に満ちた態度で想い人に接するなど。

特に一夏のような男であれば、逆効果にすぎるぞ。

 

「おーい、奈落。何やってんだよ、食堂に行くぞ」

 

篠ノ之箒は大人しく手を握られている。

愛の言葉の一つでも吐けば一夏などすぐに落とせるだろうに。

 

「はーい。ほら、らっくーも考え事してないで行こうよ。食堂はすぐに混んじゃうから」

 

 

 

「で、一夏はどうする?」

 

思い思いの食事を四人で摂る。

本音はフルーツサンド、私と一夏は日替わり定食、箒はきつねうどんだ。

 

「どうするって、何が?」

「篠ノ之箒に教えてもらうのか」

 

詰問するように問う。

 

「教えてもらうって、何を……」

「お前は織斑教諭に殺される気か? 流石に“忘れてました”なんて言ったら無事では済まんぞ」

 

あれほど怯えていたくせにな。

 

「いや、あれは奈落がペン入れ済みの教科書をくれるって……」

「それだけで覚えられたら苦労はしない。だが、怖い監視者が居ればお前でもなんとかなるだろう」

 

さすがに私も一夏など殴り殺されてしまえば良いと思うほどの冷血ではない。

これでも、多少は友好を結べたと思っているのだよ?

 

「え? まあ、そうかもしれないけど……。じゃ、頼めるか?」

「残念だが私は忙しい。篠ノ之箒にでも頼んでみたらどうだ」

 

これで少し様子を見よう。

篠ノ之箒はこの間にどうするのかを。

この二人の仲の妨害はさすがに無理だ。

 

「へ? 箒が――」

「一夏。その顔は何だ? 馬鹿な私に人に教えるなんてことが出来るわけがないとでも言いたそうだな?」

 

敵意は健在、と。

私だったら、こういうタイプは――大歓迎だ。

友人であれば、だが。

 

「ヒィッ。し、篠ノ之さん? そんなに怒らないで欲しいのですが」

「っふん! お前がどうしてもというなら――その……教えてやらなくもない」

 

やれやれ。一夏も怯えてしまって。

まあ、今は只の人間なのだから仕方がない。

篠ノ之は人一人くらいは殴り殺せそうな鬼気を纏っている。

 

「じゃ、頼みます。篠ノ之さん」

「私を篠ノ之と呼ぶな。お前もだ、神亡奈落」

 

私も?

 

「ふむ、では箒と呼ぶことにしよう。それでは、箒、一夏をよろしく頼む。まあ、同室なのだからやりやすいだろう」

 

「「「え?」」」

 

全員がびっくりしたような顔。

本音にいたっては――ピカソのつもりか?

これは、まさか知らない?

学園側の不手際か、情報保護に関する配慮というやつか。

 

「まさか、知らなかったのか。私には部屋割りが届いているが、生徒には秘密か。よくわからない情報規制だな」

「――いや、ちょっと待ってくれ。それは本当なのか」

 

本当に決まっているだろう。

学園がこんなことで嘘をついて利することが一つでもあるものか。

どうせ、夜になったら一度調べ直すのだから。

 

「学園側が嘘を言うことは考えづらいな」

「なぜ私と一夏が同室なのだ?」

 

――篠ノ之。少しは嬉しそうな顔くらいしたらどうだ?

 

「箒が同室に選ばれた理由は知らんが、一夏が女子の部屋に行くのは準備がのろいからだ。特別製の部屋はいくつも空いてはいるが、特別製なだけに使えるようにするまで時間がかかる。大方、どこぞの許可でももらいに走り回っているのではないか?」

「いわゆるお役所仕事というやつか。まあ――それで私と一夏が同室になれるのなら……」

 

ふむ、本当に少しだけ嬉しそうな顔をしたか。

一夏には見られなかった。

…….一夏はこういう宿命を背負っているのだな。

 

「? 箒、なんか言ったか」

「い、いや。何でもない。――そうだな。うむ。一夏! ビシバシしごいてやるから覚悟するがいい」

 

うん。気付くわけがない。

一夏も、そして篠ノ之も。

 

「おう! どんと来い」

「よし。その意気だ。日本男子たるもの常に気迫をみなぎらせねばな」

 

拳など振り上げてしまって。やる気だな。

やはり――やれば出来る子じゃないか、一夏。

 

「わー。しのっち、古い~」

「そう言ってやるな。というか、聞こえてないぞ」

 

古い、か。

まあ、女が戦場を支配する今では古い考え方なのだろう。

 

「だから言ってるんだよ~」

「そうか。ま、一夏もあまりやつれないと良いがな」

 

なるほど。

聞こえていないのなら悪口も言い放題。

それに、ストレスの源は他にもあるようだし。

 

「へ?」

「これから一週間で授業と並行してISの基礎事項を学ばないといけないのだからな。わずかでも睡眠が取れると良いが」

 

心配といえば、それが心配。

こんな序章もいいところで、体を悪くして退場などするなよ?

 

「あー。うーん。ま、なんとかなるんじゃない~?」

「そうだな。懲罰は、織斑教諭次第か」

 

「大丈夫。きっとおりむーなら生きていられるよ~」

「そうだな。ま、殺されるはずがないか」

 

「そうだよ~」

「だな」

 

頷きあいながら、一夏と箒の痴話喧嘩を眺める。

和やかな気分になるのはなぜかな?

 



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第4話 代表選出

危惧した通り、一夏は見る見るうちにやつれて行った。

あの箒と同棲していることに加えて、あの分厚い本を暗記しなければいけないというのだからまた。

 

しかし、一夏はやりとげた。

出会う人出会う人、全ての人に心配されながらも彼はやりきった。

たったの一週間で授業についていけるまでになった。

やはり恐怖は人を育てるのに最も効率が良い。

 

「おめでとう、一夏」

「おお、サンキュ。お前のおかげ、だぜ。……ガクッ」

 

机に倒れこんだ。

 

「おりむー!? おりむー、死んじゃ嫌だよ~」

「本音、こいつはこの程度で死ぬような男ではない。……ところで、剣道はどうした? 身のこなし方が剣道に身を捧げるもののそれではない」

 

箒は厳しい。

今も、顔が鬼のようだ。

 

「いや、バイトで忙しくてさ。ほとんど剣を振ってもないんだよ」

「何だと!?」

 

私にはご苦労だな、という感想しかないが箒にとっては大事らしい。

親の敵を見るような目で一夏を見ている。

それでも一夏は呑気でいる。

 

「いや、なんだと、と言われても。やってないものはやってないしなぁ」

「ならば、剣の道は諦めたというのか? アレほど打ち込んでいたというのに――」

 

「まあ、なあ。だって生活のほうが大変だったし」

「そんな言い訳を言うな! だいたいお前は――」

 

鈍い音が箒のセリフを遮った。

 

「篠ノ之、良い度胸だな。私の授業を邪魔する気か?」

「お、織斑先生。いえ、決してそのようなつもりは――」

 

鬼も鬼神の前では縮こまる。

 

「なら、さっさと席につけ。予鈴はすでに鳴っている」

「は、はい!」

 

「はいは一度だ」

「はい!」

 

私達は二次被害を受けないうちに席へとついていた。

 

「さて、織斑も落ち着いてきた。これからクラス代表を決める」

「クラス代表というのは、文字通りクラスの代表者で――委員会への出席やクラス対抗戦の出席などいろいろな仕事があります。代表になった人はがんばってくださいね」

 

面倒くさい役目だが、経験値はつめる。

本気でISに乗るならぜひとも抑えておきたい役職ではあるが。

 

「自薦他薦は問わない。誰か推薦はあるか?」

 

 

 

「はい! 織斑君がいいと思います」

 

一人の女生徒から言われた途端に狼狽える一夏。

仕事は増えるのは嫌か。

――そりゃそうだ。

 

「はい! 神亡さんはどうでしょう?」

 

私か?

まあ、挙げられることを予想はしていた。

 

「ふむ。織斑に神亡か――。異論はあるか?」

 

これは”ありません”と答えさせるための質問だ。

目がそう言っている。

だが、私にはそれを看過できない事情がある。

空気を読まずに発言させてもらう。

 

「少しいいだろうか? 織斑教諭」

「何だ? 神亡」

 

「私には学園とは別件の仕事があると学園に伝えてあります。役職の免除は学園長に認められておりますので、推薦は取り消してもらっても構いませんか?」

「そうか。お前には最大限の便宜を図れと上から言われている。お前が言った権利も聞いている。その要求を認めよう。だが、貴様は駄目だ。織斑」

 

俺も俺も、と目で言っている一夏につれない一言。

まあ、戦闘経験を積むのは良いことだ。

余計な仕事がどれだけついてくるかは――知らない。

 

「ええ?」

 

ガツン、と音が。

相変わらず出席簿で出した音とは思えない。

 

「返事は“はい”だ。わかったな? 馬鹿者」

「……はい」

 

「では、他に推薦がないのならクラス代表者は織斑ということになるが――」

 

「納得いきませんわ!」

 

異議を上げたのは金髪の女。

先ほど空気を読まずに偉そうな発現をした委員長っぽい女だ。

 

「こんな文化後進国に滞在するだけでも嫌でたまらないといいますのに――、男がクラス代表者? わたくしは見世物になりに日本に来たのではありませんことよ」

「オルコットが自薦か。他には?」

 

色々と凄いことを言ったが、織斑教諭は完全に無視だ。

しかし、見せ物になるのが仕事の代表候補の言葉とは思えん。

 

「……いないか。なら、織斑にオルコット。勝手に二人でどちらが代表者になるか決めろ」

 

そういう決め方、ね。

波乱の気配がする。

――どうかき回してやろうか。

 

「織斑さん? ここは当然このセシリア・オルコットに代表者の席を譲っていただけるのでしょうね。本当にがっかりでしたわ。世界でただ一人ISに乗れる男がこのような東洋の猿だったなんて」

「はいはい。日本人で悪うございましたね。わざわざ日本まで人種差別しにやってきたのか? それともユダヤ人でも探しに?」

 

イギリスはナチスを撃退した側なのだが――。

まあ、興味がなければ欧州は一単位で括れてしまうか。

 

「あなた、何をおっしゃったか――わかっていますの?」

「知るかよ。あんたもよく考えて発言なんかしてねえだろ」

 

オルコットは凶相を浮かべる。

まあ、欧州の方はナチスに忌避感を抱いている。

面と向かって、お前はナチスか? などと言われればキレるのは道理。

 

しかし、一夏も熱くなっている。

何か琴線に触れるものでもあったか?

 

「ナチスはドイツ発祥です。そしてわたくしはナチスの野望を打ち砕いたイギリスの代表候補ですわ。よりにもよって我が祖国が野蛮人共と一緒にされるのはたまりませんわ。――いいでしょう。決闘です!」

「決闘。いいぜ。やってやるよ」

 

ビシリと突き出された指を一夏は睨み返す。

威風堂々という言葉が似合う良い気迫だ。

 

「あなたの愚かさをたっぷりと思い知らせてやりますわ」

「いいだろう。それで、ハンデはどれくらいつければいい?」

 

「ハンデ? ふふ。今からハンデをもらおうと? たかが猿に誇りなどありませんでしたのね。まあ、いいですわ。そこまで言うのならハンデをあげましょう。そうでもなければ代表候補である私に敵う訳ありませんもの」

「いや、俺がどのくらいハンデをつけたらいいのかなって」

 

くく。本気で言っているな。

面白くて顔がニヤけるのが止まらない。

一夏がオルコットを撃退して見せたら、さぞ痛快だろう。

 

「…….あなた、本気で言ってますの? 男が強かったのなんて何年前の話だと思ってるんですの」

「む――。それは……」

 

ふん。思い出したか。

通常兵器でISに対向するのは不可能。

一夏はまだ人間だからな――。

 

「一夏。やめておけ。お前では勝てんよ」

「奈落! でも、ここで引いたら男が廃る」

 

一応止めてやる。

無駄だったが。

しかし、男が廃る? こいつはそんな事を言うような男だったか……。

 

「お前に廃るものがあるものかね……? まあ、いい。そいつに挑むのなら一週間くらいは練習したらどうだ。それならいい勝負が出来るだろう」

「は――?」

 

当たり前だが、一夏はあのISとは親和性が高いはずだ。

なら、少し練習しておけば良い勝負が出来るだろう。

 

「それもそうですわね。素人相手に勝ち誇っては代表候補の名が廃るというものです。良いですわ! 決闘は一週間後、皆さんが見ている前で叩き潰して差し上げます。どうぞ、ただの的で居るような醜態は見せないでくださいましね」

「上等だ。やってやる」

 

逆にオルコットが乗ってきた。

一夏も反射的に応じたようだ。

 

「おい。セシリア・オルコット――」

 

私が言ったのは今から一周間ではないぞ。

これでは――。

 

「そこまでだ。決闘は一週間後。勝ったほうがクラス代表になる。二人共それでいいな? 嫌とは言わせん」

 

「「はい」」

 

やれやれ。

私の話を聞けというに。

大体、決闘が一週間後?

それなら、良くて一日二日練習できれば幸運だな。

全く、意外に猪突猛進だな――、一夏。

 

「さて、無駄に時間を使った。さっさと授業を始めるぞ。織斑、神亡、オルコットは席につけ」

 

おそらくそれを分かっているであろう織斑教諭はすらすらと授業を進めていく。

 

 

 

「奈落……」

「どうした、一夏? そんな捨てられた子犬のような目をして。蔑んでやろうか?」

 

馬鹿にはこのくらいの言葉が丁度いいだろう。

 

「ひでぇ。一週間後にオルコットとの対戦だろ。お前は専用機持ちなんだし、コツとか教えてくれよ」

「そんなものはないな。要は慣れだ。それに、お前は機動原理を聞いて理解できるか?」

 

コツ、ね。

そんなものはISには関係ない。

全てが全て、イメージ次第。

自分のやりやすい方法を模索していくしかない。

教えるのが簡単なのは作動原理を頭に叩きこんで、それでイメージさせることだが――。

 

「いや、無理」

「――だろう? だから、一分でも乗っておけば少しは違うのだろうが……」

 

数式からイメージをまとめるなど、高校生レベルの学力では不可能に近い。

だから、習うより慣れろでやったほうがいいのだが――。

 

「じゃあ、練習機を借りて――」

「専用機持ちは借りられんぞ」

 

そう、借りられない。

専用機持ちは借りる必要もないし、借りることも出来ない。

自分の専用機に悪影響を与えるからだが――この場合は単なる規則の問題だ。

もっとも、練習機に男が乗って不具合を起こさない保証もないのだが。

 

「え? 俺は専用機持ちじゃないぞ」

「いや、これから四日後に納入予定だ。だから、お前は借りられない」

 

納入予定。

予定というところがミソだ。

 

「俺が専用機持ちになるのか?」

「そうだよ。だが、こういうものには付き物のことがある」

 

面白くもない現実問題がな。

力押しで解決できない問題は好かん。

 

「何だよ? あまり聞きたくねぇなぁ」

「納入の遅れ。一周間以上ずれたら、お前、生身でISと戦ってみるか?」

 

あざけってやる。

あそこで私の話を聞いていたら、あの女の誘導尋問くらいやってやったのにな。

 

「いやいやいやいやいや」

「流石にお前ほどの阿呆でも人間がISに敵わないことくらいは分かるか。まあ、納入に関しては私も力になりようがない」

 

ぶるぶると犬のように首を振る。

まあ、当然だ。

私や織斑教諭でもない限り、ISに生身で挑むことなど考えられない。

 

「じゃあ、どうすればいいんだよ」

「さてな――。祈っておけばいいんじゃないのか」

 

無責任な言い方だ。

我ながらそう思うが、そもそも責任とはなんだろうと考える。

とりあえず、何かあったら深刻そうな顔をしておくのが責任か?

いや、蛇足か。

 

「他人事だなぁ」

「他人事だよ」

 

当たり前の話だろう?

私は一夏ではない。

 

「い、一夏!」

 

焦ったような呼び声。

叫び声と呼んでもいいくらいか?

 

「お? 箒か。何か用か」

「いや、オルコットの対戦のことで少しな」

 

篠ノ之とて想い人の心配はする、か。

頬でも染めてやれば可愛げも出るものを。

 

「ああ、その事を奈落に相談していたんだ」

「……神亡に?」

 

いきなり沈痛そうな顔になる。

心配なのだな?

想い人がこの私のような人物と付き合うことが。

 

「そうだけど――」

「一夏。ちょっとこっちに来い」

 

「何だよ?」

「いいから――」

 

離れていった。

とはいえ、聞き耳を立てれば聞こえない距離ではない。

不用心だな、それが四六時中見張られていた人間のやることか?

 

「ちょっと、あいつは怪しいんじゃないか?」

「奈落が? あいつは良い奴だぜ。色々と力になってくれるし。それに、この学園でたった二人の男だしな」

 

「そうは言ってもな――」

「あいつがお前に何かしたってのかよ?」

 

「いや、そんなことはない。だがな――」

「だが?」

 

「武人としての勘だ。恐らく、奴はなにかとても恐ろしい物を隠している。ISどころではない――何か、とてつもない深淵を」

「……はぁ?」

 

「いいか? 気をつけていろよ、一夏。奴に取り込まれてからでは遅い」

「――ああ。わかったよ。気をつけることにする。幼なじみからの忠告だしな」

 

「分かってもらえたのなら良かった。――って、腕を引っ張ってどこに行く気だ?」

「決まってんだろ? お前、他のやつが来るとすぐにどっか行っちまうから、今日こそは捕まえておいてやろうと思ってな」

 

「――な!? 離せ。私は慣れ合いは好かん。他の人間が居るのなら、私は部屋で一人夕食を採らせてもら――」

「おーい、奈落! 飯食いに行くぞ」

 

「うん? 内緒話は終わったか。なら、行くとしようか」

 

途中で本音一行も加わり、大人数になっていく。

うやむやのうちに、引き続き箒が一夏の教育係となった。



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第5話 ブルー・ティアーズ

「さて、箒。何か俺に言うことがあるんじゃないのか?」

「一夏。私に伝えられることは全て伝えた。勝ってこい!」

 

堂々とした顔を作ってはいる。

だが、そこに流れる汗までは隠しきれていない。

 

「勝ってこい、じゃねぇよ! 剣道の試合ばっかりやって、何も教えてくれなかっただろうが」

「……うぐ。そ、それは――」

 

珍しく一夏が顔を真っ赤にして怒っている。

 

「それは、何だよ?」

「お、お前が悪い!」

 

「はぁ?」

「大体お前は弱くなりすぎていたのだ。仕方あるまい!?」

 

「弱くなるって……。そりゃ、バイトばっかしてたんだから、弱くなってるだろうけどさぁ」

「そうだ。あんなに夢中になっていたのに、それを簡単に捨てるなど――」

 

箒の逆ギレに一夏はたじろぐ。

 

「でも、さぁ。今日の問題が、なぁ」

「知らん。管轄外だ」

 

怒りが収まり、今度は頭を抱える。

 

「心配くらいしろよ! ってか、この期に及んでISが来てないとかマジかよ。こうなりゃ、奈落が言ったように生身で闘うしかないのか?」

「待て! 神亡がそんなことを言ったのか?」

 

「ああ。その後に、それが出来れば本気の千冬姉といい勝負が出来るとか言ってたけど」

「何だ、冗談か。奴もそこまで滅茶苦茶なわけではなかったか」

 

 

 

「織斑くーん」

 

「山田先生? 来たんですか!?」

「はい。来ました! すぐにアリーナに行ってください」

 

「はい!」

 

一夏は走りだした。

 

 

 

「千冬姉!」

「織斑先生と呼べと何度行ったら分かるんだ、この馬鹿者め」

 

ありがたい言葉と一緒に出席簿の振り下ろしもいただく。

 

「これが――」

「そう、これがお前のIS、白式だ」

 

そこにあったのは灰色のIS。

どこか無骨で、冷たいイメージ。

一夏はそれに拒絶されるような感触を覚えて戸惑う。

 

「俺の専用機――白式」

「よし。では、さっそく始めるぞ。第一次移行(ファースト・シフト)のやり方は聞いているか?」

 

「いえ」

「なら実戦の中で覚えろ。まずはそこに座れ。それから――」

 

 

 

「よし、ちゃんと動く」

「なら、さっさと行って来い。無様な闘いだけはするなよ」

 

「白式、織斑一夏出る!」

 

 

 

「あらあら。少し遅れていたようなので、逃げてしまったのかと心配していたところですわ」

「そうかよ。安心できてよかったな」

 

蒼いISに乗るオルコット。

その蒼は雫を想起させ、金の髪と蒼い機体が美しいコントラストを描いている。

 

「とはいえ、恥をかくのには変わりませんわ。それでも、堂々と観衆の前で恥を晒す勇気には感心いたしますわ」

「そりゃ、どーも」

 

「あなたの勇気に免じて、最後のチャンスを差し上げますわ。ひざまずいて謝れば、少しは手加減してあげなくもありませんわ」

「そういうのはチャンスって言わねぇ。――いいから、来いよ。千冬姉の弟が弱いってのも、もう終わりにしてやる」

 

剣を出現させ、構える。

白式にはその剣以外に装備はない。

 

「その言葉、後悔なさらないようにしてくださいましね――。お行きなさい【ブルー・ティアーズ】」

 

「っ!? こいつがビット攻撃ってやつか」

 

オルコットの専用機のことは奈落から少し聞いていた。

弱点まで知ることは一夏自身が拒否したが、特性くらいは聞かされた。

 

「へぇ。よく知っておいでですわね。この四基のビットこそが私のISの真骨頂。上下左右――そして、私のライフルから逃げ切れて?」

「――は。やってみせればいいんだろ?」

 

「よく言いました。お行きなさい!」

 

オルコットの号令。

それとともにビットは散開し、多角的に襲いかかる。

 

「――っぐ」

 

肩のパーツに喰らう。

前方のオルコットと動きまわるビットに気を取られて、背後にまで注意を向けられない。

 

「……っち。――っく。攻撃に転じるチャンスが……!」

「ふふ。逃げてばかりですのね。それも、かわしきれずに何発も被弾して――、そこですわ!」

 

逃げ回りながらもどうにか攻撃する隙を探していた一夏にライフルが直撃する。

良い攻撃をもらった一夏は逆に冷静になってくる。

 

「くぅ……。こういう時はどうすればいいんだっけ? いや、奈落が教えてくれたことがあったな――」

「何を独り言をおっしゃっていますの!? それとも、諦めましたか?」

 

「違うね。思い出したんだよ」

「何が――。っく。いきなり動きが変わった?」

 

今まで面白いように当っていた攻撃が、当たらなくなった。

その事実にオルコットは動揺する。

 

「なぜ? なぜ当たりませんの――」

 

必死に狙いを定めて、撃って撃って撃つ。

それでも当たらない。

 

「奈落が教えてくれたんだよ。人間、そう簡単に防御にも攻撃にも意識を割くことは出来ないってな。だから、初心者のうちは攻撃を受けるか、攻撃をするかに集中するんだよ」

 

先ほどまで強く握りしめられていた剣は、今や片手でぶら下げられている。

 

「け、けれど――。そんなことをしてもジリ貧ですわ。攻撃しないでは――勝てませんもの」

「いや、違うさ。段々分かってきた」

 

「――え?」

「……ここだ!」

 

ビットの一つを剣で叩き落とした。

まるで鈍器のような使い方。

だが、足の踏ん張るところのない空中では思いっきりぶっ叩くほうが威力は出る。

 

「――っな!? 私のブルー・ティアーズが」

「あんたも同じだよ。攻撃だけに集中している。そして、射撃は背後からしかしない。なら、動きを読むことは容易だ。…….しっくりと観察させてもらったからな」

 

状況は逆転した。

ニヤリと笑う一夏に、屈辱に顔を赤くするオルコット。

 

「そんな。この私が男なんかに負けるとでも……?」

「四機目。俺の勝ちだ、オルコット」

 

全てのビットを撃墜した一夏は、一直線に敵を目指す。

その剣を叩き込むために。

 

「――っふ。甘いですわね。ブルー・ティアーズは四機だけじゃありませんことよ!」

「何!?」

 

剣を振りかぶって無防備になった一夏。

彼に少女の隠された牙が襲い掛かる。

 

「ミサイルですわ。終わりです」

「――っ!?」

 

発射されたミサイルは一夏に撃ち込まれる。

不意を疲れた一夏にこれをかわす手段はない。

 

爆炎。

衝撃。

沈黙。

黒煙。

 

至近での爆発にオルコットは腕を上げて爆炎を遮る。

その顔には勝利を確信した笑みが貼り付けられている。

 

黒煙が晴れていく。

そこには――

 

「……第一次移行(ファースト・シフト)? そんな――、貴方今まで初期設定の機体で戦っていましたの……」

 

真白い機体。

以前よりも随分とスリムになった機体は、違和感なく一夏の体を覆う。

 

愕然とするオルコット。

だが、一夏はそんな彼女を見ようともしない。

 

「――凄い。まるで、自分がISになったみたいだ。これなら、どんな奴とだって戦える。これが、俺の――白式の力」

 

手を握ったり閉じたりしながら新しいISにひたる。

完全に調子に乗っていた。

 

「――くぅ。……けど、それがどうしたんですの? 条件が五分になっただけですわ。例え、四基のビットがすでに落とされていようとも、私は負けませんわ」

 

「そうか。なら、遠慮はいらないな?」

「どの口でそんなことをおっしゃいますの? 負けるのは貴方ですわ」

 

蒼は銃を構え――

  ――白は剣を構える。

 

「あなたのシールドエネルギーは残り少ない。削り切りますわ」

「――なら、削り切られる前に倒す!」

 

白の持つ剣が蒼いエネルギーを展開している。

剣はその大きさを二回りも三回りも増し、光が刀身を形作る。

 

【零落白夜】

 

それが、彼の持つISの能力。

 

「はぁぁぁ!」

「おおおおおお!」

 

至近からの抜き打ち。

蒼の銃弾が相手を撃ち抜くのが先か。

それとも、白の剣が相手を切り裂くのが先か。

 

三歩で詰められる距離の中、二人の視線は交錯する。

 

そして――、二人の攻撃はどちらも相手に届くことはなかった。

 

《Winner セシリア・オルコット》

 

「「は?」」

 

 

 

「あの馬鹿者が……」

 

頭を抱える教師が一名。

 

「え、ええっと――」

 

この場にいる大半の人間と同じような疑問を浮かべる教師が隣に。

 

「で、どう考えます? 織斑先生」

 

ニヤニヤと笑みを貼り付けてからかうように質問を投げかける生徒も一人。

 

「神亡、お前は分かっているんじゃないのか。それならわざわざ私に解説させる必要はないだろう」

「へ? 神亡君、わかったんですか」

 

「一夏のアレは自信のシールドエネルギーを武器に転用して一撃必殺を狙ったものだ。しかし、エネルギー残量が使用エネルギーを下回ったため使おうとした瞬間に0になった。その程度のことがわからないはずがないでしょう。私が聞きたいのは、コレを作った人間が何を考えてあんな機能を持たせたか、ですよ」

 

「へー。凄い能力ですね。あれ? でも、それって織斑先生の単一機能(ワン・オフ・アビリティ)じゃ……」

 

つぶやく声は無視される。

 

「知らんな。聞きたければ倉持技研に行けばいいだろう。お前ならばそのくらいのコネは持っているのではないのか?」

「へぇ。貴方は白式が倉持技研で作られたと言うのですか?」

 

「何が言いたい?」

「いえ、別に。自分の知っている情報をみだりに口にしないのは長生きするコツですしね」

 

「ほう。なら、お前は長生きできそうにないな。お前は白式を作ったのが本当は誰だったのか知っているのだろう?」

「さて――、どうでしょうね」

 

「あうあうあうあうあう」

 

山田教諭は話に理解できずに険悪な雰囲気の中で震えていた。

 

「ふん。しかし、神亡。お前も物好きだな。普通はこのような出力装置ではなく己の目で直接見たいと思うものだ。――布仏たちと一緒に居なくて良かったのか?」

「別に四六時中一緒にいる必要はないだろう。別に付き合っているわけでもない。それと、ここに居るのはこちらの方が多く情報を取得できるからということにしておいてくれ」

 

「そうか。お前がそれで良ければ良い。だがな、教師として一つ忠告してやる。その殺気を今すぐ抑えろ」

「……ふ。これは済まないことをした。ガキの闘いを見せられて、少し興奮してしまったようだ。……一夏め。まさか、アレほどまでの適性を持ちながらもオルコットごときに負けるとは……!」

 

「――ふん。憤慨したいのは私も同じだ。あのような馬鹿げた負け方もない」

「……くは。意見が一致したか」

 

「だからどうしたという話ではあるがな。あの馬鹿者に灸を据えてやってくるとするか」

「なら私も行こう。少しばかり彼に物を教えてやった身として、評価くらいは下してやらんとな」

 

「あ、あのー」

 

山田教諭を無視して一夏のもとへ向かう二人。

そして、置いて行かれた山田教諭は子犬のように追いかける。

 

 

 

「さて、この馬鹿者。言い訳はあるか?」

「……千冬姉。何で俺の負けなんだ?」

 

出席簿で叩いて一言。

 

「お前が最期に使った技は自身のシールドエネルギーを用いて相手を攻撃する欠陥武器だ」

「ええ? そんな――。俺の専用機が欠陥持ちって」

 

にべもない織斑教諭。

あほな負け方を彼女なりに怒っているらしい。

 

「いや、言い方が悪かったな。そもそもISは完成など程遠く、どれも試作機のような有様なのだから一概に欠陥とは言えん」

「それでも、シールドエネルギーを攻撃に使うシステムなら当然、元々の総エネルギー量は多く確保しておかなければならなかったがね。白式はどちらかと言うと少ない部類に入る。コンセプトと性能が矛盾している」

 

フォローしようとした織斑教諭に奈落が茶々を入れる。

言っていることはもっともだ。

ゲームであれば使うもののいない弱小機体となっていただろう。

 

「しかし、一夏、それはお前が負けた言い訳にはならん。IS乗りたるもの、自分の乗るISの特徴は完全に把握しておかなければならない。これは前提だ。できなければISに乗るな。わかったら、さっさと白式に慣れろ。――いいな?」

「はい。織斑先生」

 

そして、一夏は織斑教諭の見ている前でこっそりと奈落にささやく。

 

「後で俺のISの特徴を教えてくれよ。奈落と千冬姉なら大体把握してんだろ?」

「一夏。それは構わないが――、織斑教諭が睨んでいるぞ」

 

「っと、やべ」

 

織斑教諭は溜め息をついて一言。

 

「はぁ。もういい。今日のところはこれで解散だ! 散れ、ガキども」

 

ぞろぞろと集まった人間が解散していく。

ここに織斑教諭に逆らえるほどの猛者は居ない。

いや、こんなつまらないことで逆らうなという話だが。

 

そして、織斑教諭は一夏にささやく。

誰にも聞かれないように。

 

「一夏、よくやった。だが、これ以上妄想するな」

 

一夏が疑問を投げかける前に織斑教諭は去っていった。

 

 

 

そして、奈落もまた姿を消していた。

誰も見つからぬ場所――監視の甘いIS学園の中ならこういう場所がいくらでもある。

そして、携帯に偽装した――実態はまるで異なる連絡機器を耳に当てる。

 

「久しぶりだな、アーカード」

「ふん。お前から声をかけてくるとはな――。殺し合い(ダンスパーティ)へのお誘いかな?」

 

「いいや。君の獲物を譲ってもらいたくてね。**区のアレは君の獲物だろう? どうかな、君の手間を省かせてあげられると思うのだけど」

「……ふん。まあ、獲物の一匹くらいは構わんよ。淑女は意地汚くがっついたりはしない。――いいだろう。君に譲ろうとも」

 

「それはどうも。――で、一応聞いておくけれど新しい奈落は生まれたかな?」

「いいや。それについては全然だ。ま、当然だがな。お陰で私も大忙しだよ」



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第6話 ケルベロス

自室に入って扉を閉める。

これで、外から中を覗くことはできなくなった。

IS学園が他の国家にさせられた配慮というやつだ。

学園の外側には多くの監視装置を付けられても、内側には付けられない。

それで、管理と警備は日本の責任だというのだからまた。

特別な部屋である此処は特に厳重な対策が施されており、学園側ですら内部の様子を窺い知ることは許されないのだ。

 

ゆえに、この部屋に入った以上――私は部屋を出ていないと結論付けるしかなくなる。

もし私が物理的な手段を伴わずに他の場所へと移動したならば、完全なアリバイが出来上がる。

誰も疑うことすら出来ない究極のアリバイだ。

 

腑罪証明(アリバイブロック)

 

“一瞬”後、私は全く別の場所に居る。

ここはISを違法開発している場所。

隠れ住みテロリストが日夜研究を続け、世界をひっくり返そうと目論む闇が淀む土地。

 

 

テロリストはISを盗み、研究して既存の世代とは外れた形態の研究している。

そもそもISとは凄まじく精密かつ微細な調整が必要な特殊機械だ。

操縦者に合わせて少しずつ、少しずつ馴染ませていく。

その果てにあるのが第二次移行だ。

 

だが、テロリストの機体はいとも簡単に第二次移行を成し遂げる。

逆の方法論――つまり、人間をISに適応させるのだ。

もちろん、それは生易しい方法であるはずがない。

テロリストには企業や国家のような縛りはない。

正義など――彼らにはない。

 

薬物投与から人体改造に至るまで、非常に多くの試みが為されている。

千や万では収まらぬ程の犠牲者を出しながら。

当然、適応した操縦者とて危険なISに乗る莫大な負荷を受け続けて生きていられるはずがない。

何度目かの出撃で死んでしまう。

 

 

 

此処では、その危険なISが研究されている。

だから、この私が潰しにきた。

これでまた一つ、委員会に借りを作れる。

“彼ら”への嫌がらせになるかは、微妙なところではあるが。

 

 

 

「こんにちは、アーカード君。と言いたかったのだが――、君は誰だ? 正直に話すことをおすすめするよ。……蜂の巣になりたくなければね」

「これは予想外だ。アーカードのやつ、待ち伏せされていたのか」

 

現れたのは男。

ISを纏ってはいない。

しかし、一見するとただの気障な優男だが、恐ろしい気配を放っている。

――こいつ、強い。

 

「――ふむ。君は、アーカード君の仲間か。そう言えば、我々を襲撃してくる人間の中に君の姿を見たような気がするよ」

「外のことはアーカードにほとんど任せきりだったからね。けれど、今は私も動ける。…… 待ち伏せしていたのだろう? ならば無策ということはないはずだ。見せてもらおうか、君たちの用意したものを。アーカードを撃退出来るだけの何かを。――それができれば、の話だがね」

 

ああ、楽しくなってきた。

私は――殺すために、そして、殺されるために此処に来たのだから!

敵は大歓迎だ。

 

「もちろんだとも。けれど、その前に君の名前を教えてくれないかな? 標本には名前が必要だろう」

「ふふん。面白いことを言う。聞きたいのなら教えてやるよ。私の名前は神亡奈落。神を亡き者にせんがために産み落とされた奈落だ」

 

殺気が抑えられなくなってきた。

ああ、君の甘い殺意の匂いに血が湧き立つようだ。

もっと――、もっとだ!

悪意に満ちた牽制(ストロベリートーク)を続けよう。

 

「ほほう。奈落君ね。私の名はトバルカイン・アルハンブラ。 近しい者からは伊達男と呼ばれているよ。以後よろしく。君を梱包し終えるまでは、ね」

「必要ない」

 

もうダメだ。

殺意を抑えきれない。

さあ――、殺したり殺されたりしよう。

 

「む?」

「殺した人間のことも、殺す人間のことも知る必要などない。私はアーカードではない。奈落に落としてやったら二度と名前すら思い出さない。私という巨大な奈落の前には死人などただ消え去るのみ」

 

采は振られた。

 

「Gooood! Goodだ、奈落君。どうやらお互いに譲る気はないようだ。なら――」

「――殺し合おうか」

 

拡張領域からサブマシンガン―03-MOTORCOBRA―を取り出し、すぐに離す。

――爆発。

 

「っち――。 これは……!」

 

出現した瞬間にマガジンに向かって銃弾を叩きこまれた。

サブマシンガンの即席爆弾により少なからぬシールドエネルギーを削られてしまう。

狙ったのにしたら、在り得ないレベルの正確さ。

だが今のは――銃身に向かって適当に撃って、伊達男への銃撃をそらそうとした攻撃ではなかった。

つまり、どこに武器が呼び出されるか読んでいた?

だが――どこに呼び出されるかなど予知でもしない限りは知る方法などないはず。

 

建物の中を全力で後退。

さらに伊達男への銃撃を行う。

あのISがかばった様子もないが、手応えもない。

……かわしたか。

そして、ここで初めて二人目の敵を視界に収める。

 

「……」

 

相手は無言。

ひたすらに暗い雰囲気を放つ亡霊のようなIS。

 

「なるほど、これが【ケルベロス】。三つの頭を持つISか――。中々に凶悪な面構えだ」

 

その手には何も握られていない。

犬の面をかぶった女の横には二つの犬の首が生えている。

ISの基本カラーは黒。

これこそ正に地獄の番犬にふさわしい姿だ。

手足は鋭角で、更なる禍々しさを演出する。

 

「……(ヒュン)」

 

風を切って飛び抜ける。

屋内の――それも柱が密集する乱雑な部屋ではあるが、この程度の地形は二人を止める役には立たない。

 

「――っ!」

 

後ろを取られた。

――速い。

いや、上手い。

建物内は入り組んだ柱によって全貌がわかりづらくなっている。

柱の影を利用して私の目に写らないようにして……!

 

「……(シュッ)」

 

ナイフか。

この密着した距離では厄介だな。

当然、私はナイフのような小さな武器など持っていない。

 

「斬! ――断!」

 

だから、私は大剣を呼び出して振り抜く。

一回転した上に袈裟斬り。

 

「……(ギギィン)」

 

距離こそ離させたが、二発置き土産に喰らった。

一回転斬りの際に沈み込みながら一撃、さらに袈裟斬りを回避するために宙返りして後退した時に一回。

近接武器の優位こそ振り出しに戻したが、容易く懐に入られた事実は変わらない。

そして、何よりも。

私はまだただの一発さえ当てられていない。

――だが。

 

「距離を離したな? こいつで――」

 

左に回転しながら跳び、大型ドラムマシンガン―GAN01-SS-WGP―を呼び出す。

こうすれば、呼び出した銃に直接銃弾を当てられることはない。

しかし左に跳ぶのを完全に読んで銃撃を合わせてきたケルベロスの技量は人間離れしたレベルにまで達している……!

 

――いや、そういうことか。

なら、確かめてみようか。

 

「吹き飛べ」

 

弾をマシンガンの負荷限界を超えた速度でばらまく。

限界以上の攻撃は己が身を滅ぼす。

五秒で銃身が焼け尽き再使用は不可能に。

 

そのまま、使い終わったマシンガンを蹴り飛ばして目眩ましに。

そして、突撃。

サブマシンガンを再呼び出し。

 

私の予想が正しければ、これでも通じないはず。

 

「……(轟)」

「――っ! 杭打ち機(パイルバンカー)だと!? なるほど、その機体には合っている」

 

予想以上に凶悪なものが出て来た。

これを喰らえば、いかに私といえど……!

 

滅茶苦茶に銃弾を撒き散らしながら逃げる。

だが、地獄の番犬は影のようにまとわりつく。

 

「……」

 

無言の腕が奈落へと迫り――。

 

「この――」

 

ドン! と鈍い音を響かせて杭打ち機が腹へと叩き込まれる。

……逃げられない。

何度も連続して喰らう。

 

6発全てが叩き込まれて――もはや奈落は動けない。

力の抜けた体を壁へと叩きつけられる。

 

「がはっ、ぐ――。流石だよ、ケルベロス。声を出さないのは、いや、出せないのはそれに割けるだけの容量が残っていないからなのだろう? その三つ首。一つはお前自身の頭。そして、もう二つはISのコアを入れてある。――違うか?」

「Braaaavo。そのとおりだよ。よくぞ見ぬいた」

 

拍手とともに言う伊達男。

二人の使った銃弾は建物の中を蹂躙したが、彼には埃一つついていない。

さすがに人間業ではない。

 

「さて、そこで監視していろよケルベロス。私は彼に聞きたいことがあるのだ。ほんの少しでも怪しい動きをしたなら――撃て」

 

ケルベロスはこれにも沈黙で答える。

私は笑みで答える。

 

「聞きたいこととは何かな? 冥土の土産になら教えてやらんでもない」

「命乞いかね? それならもっと殊勝にやるものだ。――でないと、帰ることになってしまうよ。麗しの地獄の底へとね。それが嫌ならば、頭を垂れて靴をなめろ。敗者」

 

「違うね。少し君たちのことが哀れになったのさ。だから、せめて疑問くらいは解決してから死なせてあげようと思ってね」

「おめでたいね、奈落君。君の頭まですっかりめでたくなったんですかねぇ。少しは自覚し給えよ。少しでも動いたらその瞬間に殺される。そんな有様で一体どうしたらこの状況を打破できると言うのかね?」

 

「そうか。なら――動かないで状況をひっくり返せばいいのだろう。 【アンノウン(ゆらゆら)】」

 

停滞(ステイシス)の影にノイズが混ざる。

それは禍々しく、それでも慎ましく――偽物のようだった。

 

「何してる!? 撃て!」

 

伊達男が指示を下す。

弾かれたように反応したケルベロスが銃弾を叩き込む。

 

「くはっ」

 

笑う。

――いや、嘲笑う。

そのまま突っ込む。

動けなかったはずの体で。

残っていなかったはずのシールドエネルギーが弾を止める。

ケルベロスがその動きをわずかに止める。

すぐに再起動するが、しかし遅すぎる。

 

「喰らえ」

 

至近距離から両手のサブマシンガンを叩き込む。

片手のマシンガンの狙いを伊達男へ。

もう片方の手はさっさとマシンガンを捨てて大剣を展開し、ケルベロスに斬りつける。

 

「避けろ! ケルベロス」

 

伊達男が必死にサブマシンガンを防ぎながら叫ぶ。

あれは――トランプ? 

生身でトランプを武器にして、兵器とやり合うとは、ね。

だが、一対一ではISの敵ではない。

 

「......」

 

最適な動きで懐に入り込まれる。

そのまま切りつけようとしてくる。

機械のように正確な動き。

 

「【アンノウン(ゆらゆら)】」

 

笑みを浮かべてささやく。

これで、ケルベロスは元の位置へ。

懐に入り込まれ、相手が軌道からずれても――何ら一切構うことなく振った大剣が吸い込まれるようにケルベロスへ当たる。

 

トラックが壁にぶち当たったような音を立てて吹き飛んでいく。

 

「さて。問題解決編と行こうか。ずばり、君の単一機能は未来予測だ。――違うかな?」

 

確信を持って問う。

あの動きは熟練とかそういうレベルのものではなかった。

つまりは、そういうことだ。

 

「ほう。なぜそう思うのですかな?」

 

沈黙を破らないケルベロスに代わり伊達男が聞く。

 

「まず、前提として単一機能であろうが、未来予知は無理なことは述べておく。運命とは絡みあい、ねじり合うものだ。ならば、あそこまで私の動きを読めるのはコアで軌道予測をしていたからでしか在り得ない。予知でなければ予測――自明なことだ」

 

「そもそもだ。その余計についた二つの首が怪しい。そんなものを有効に活用する気配など――噛み付く気配など見せなかった。武器でないとしたら、その首は象徴だろう? “文字通り”頭として使っている。ISは見立てや言葉遊びですら、機能を拡張させる源とする」

 

「その首には、一つずつコアが埋まっているのだろう? 合計二つのコアだ。単純に考えれば、一つ分のコア容量が空く。処理をするのは一つのコアで十分だ。なぜなら、すでに一つだけのコアが何百というISを動かしている」

 

「その空いたコア容量を使って軌道予測をさせているのだ。元々コアは膨大なデータを処理できる。ISを操るにはその膨大な処理能力の殆どを持って行かれてしまうが、もう一つコアがあるとなれば、話は別」

 

「たとえ初めて見る相手でも、僅かな情報から予測は可能だ。ケルベロスとは発汗量に表情、筋肉の動きにISの機動状況、空間の歪みまで感知し総合し、完全無比の機動予測を作り上げる機能。それの前には誰であろうと動きは筒抜けだ。――相手がISに乗る人間であればね」

 

「いつ、どんな風に動くのかがわかれば……負けるわけがないのだ」

 

「だが、それを実現させるには操縦者の脳の容量は小さすぎる。予測した情報全てを操縦者の脳にぶち込めば、当然壊れる。人間の脳は本来一つのISに渡される程度の情報で一杯一杯。人間の頭は、それほど大容量には作られていない」

 

「だから、操縦者は話せない。その他にも削除した脳機能があるのだろう? 聴覚、視覚、触覚、嗅覚、味覚はもちろん消化機能や思考機能ももはや彼女にはないはずだ。脳の容量を無理やり増やすために、本来なら不可欠なアプリをほとんど消し去ってしまった。そいつにどれだけのまともな人間的機能が残っている? ISの補助がなければ立つことすら出来ない――哀れな部品だ」

 

「さらには脳の処理スピードを上げるために薬物まで。そいつの寿命は残り何日だ? そこまで乱暴な起動ができるのも頷ける。――どうせ、死ぬのだからどんなに寿命を削ろうが構わないか」

 

 

 

「なるほど。そこまで把握されていたとは。しかし、ケルベロスもそろそろ回復しました。滑稽なしゃべりはそのくらいにしていただけませんか?」

「……ふむ。もう終わりか。いや、こういうのも結構楽しいものだ。では、終わらせよう」

 

「時間稼ぎとわかっていて乗ったのですか?」

「その通りだが、それがどうかしたか?」

 

驚愕の表情を浮かべる伊達男にニヤリと笑って答えてやる。

能力まで使わせてくれたのだから、これくらいは当然だ。

少し使い方がおかしい気もするが、恩返しというやつだ。

 

「くっ…… そんな余裕は虚仮威しにきまっている。行け! ケルベロス、最後の力を叩きつけろォ!」

 

ケルベロスが最高スピードで突進してくる。

装備しているのは杭打ち機。

攻撃力が桁違いに高い武器を選択したか。

いや、考えてみれば予測機能は杭打ち機を命中させるためのものと言ってもいいのかな。

 

だが、準備していたのは貴様だけではない。

 

規格外超弩級戦略兵装(オーバードウエポン)――【対警備組織規格外六連超振動突撃剣】(グラインドブレード)

 

おなじみの六連チェーンソー。

その馬鹿げた大きさの戦術兵器を振りかざし、こちらも突進。

 

ただ一つの杭と6つの斬撃鎖がぶつかる。

 

杭打ち機はズタズタに引き裂かれ、そして――

 

「この私をぉ。なぁぁぁぁめぇぇぇぇるぅぅぅぅぅなぁぁぁぁ!」

 

伊達男のトランプを挟んだ指はシールドを叩き割り、私の頭に迫る。

とどめを刺そうと油断した狩人=獲物に向かっての必殺の突き。

半分ほどのエネルギーを持っていったその攻撃は、しかし間一髪で当たらない。

どうにか、予測できていたからかわせたものの、無防備に獲物を殺そうとしていたらトランプは私の頭をかち割っていたことだろう。

 

「ヒィ!」

 

伊達男の顔が恐怖に染まる。

気づいたか?

チェーンソーの回転は未だ止まっていない。

そして、少し動かしてやるだけで――血の花が咲いた。

 

血に濡れたチェーンソーを再びケルベロスに叩きつける。

二度、三度。

中身ごと轢き潰した。

 

回収したISのコアをアーカードに転送し、学園へと戻る。

 

「しかし、我々が回収して、委員会が奪われて、テロリストが開発する。我々の影響力は上がっていくばかりだが、これは正のループと読んでいいものかね?」



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第7話 神亡VSオルコット

楽しい夜だった。

あの闘いはまさか一晩のものだとは思えないほど充実していた。

傷は負ったが、すでに直したので外見から気取られることはない。

まあ、元々織斑教諭以外には殺し合ってきたなどは想像の埒外だろう。

傷を負ったままでも、心配はされてもまさか人を殺してきたとは思えないはず。

 

さて、朝食の時間か。

直帰した後、そのまま授業に出る形になるか。

寝る時間がないが、問題はない。

あまりに長期間にわたってならともかく、1週間程度の不眠でどうにかなるほど私の体は弱くない。

食堂に向かう。

 

 

 

「おはよ~。らっくー」

「おはよう、本音」

 

この挨拶も習慣になってきた。

 

「よっす。奈落」

 

一夏も来た。

どうやら箒は一緒ではないようだ。

 

「おはよう。敗残者」

「ひでぇ……。俺けっこう頑張ったんだぜ?」

 

私はオルコット戦のことを忘れてはいない。

口を渋くする一夏を見て舌打ちする。

あれだけ無様な負け方を晒しておいて、頑張ったとはなんて言い様だ。

 

「それは、本気を出せば更に頑張れたということか?」

「ええっと…….それは――」

 

口ごもる、ね。

その程度の気概でオルコットに挑んだとは、まったくもって呆れ果てる。

 

「らっくー。怖いよ~。もっと笑顔で、ね?」

「……本音。別に私は怒っているわけではない。――呆れているだけで」

 

涙目の本音が訴えかけてくる。

小動物のようで可愛かったので頭をなでてやった。

まんざらでもなさそうに目を細める。

そうしてるとますます小動物のように愛らしかった。

 

「あ、そういや。聞きたいことがあったんだ」

「何だ?」

 

ぽん、と手を打つ一夏と、それを蔑む私。

一夏はとても言いづらそうにしている。

 

「零落白夜って、どう使えばいいんだ?」

「それをいきなり私に聞くか? まず、お前はどうすればいいと思った?」

 

他力本願な。

ゲームくらいしているだろう。

所詮、競技などテレビゲームレベルの戦術しか必要ない。

あれだけ距離が近い上に一対一だぞ。

障害物すらないのだから――。

 

「ええっと、俺が一晩考えて得た結論はな……こう――突撃して、ずばっと」

「よくぞ言った。と言うか、それしか方法がない」

 

さすがに、それは考えていたか。

いや、それしか考えられなかったら、戦い方を聞いたのか。

普通は近づこうとしているうちに銃で削り切られる。

――とはいえ、それ以外に戦術などない。

遠距離攻撃手段がないから、遠距離では攻撃できない。

当たり前のような話で、実際に当たり前のことだ。

 

「はえ?」

「もちろん、お前が織斑教諭なみの実力を持っていたら話は別なのだがな――」

 

あの人なら真空斬りを飛ばすくらいは出来そうだ。

もちろん、一夏には無理。

敵に寄って行って斬りかかる以外に選択肢はない。

 

「いや、そんなわけないって」

「だろう? 斬撃を飛ばすのは完全に不可能だ。だからといって、敵の攻撃を全てかわし切るのも現実的ではない。オルコットの射撃ならともかく」

 

基本的にISの攻撃は点ではなく面。

点の攻撃はかわしきれても、面の攻撃をかわせるほど競技場は広くはない。

だから、基本的にばら撒く形での攻撃が多い。

例えばマシンガンなど。

数撃ちゃ当たるのだ。

逆に狙いを定めても、そうそう当たりはしない。

 

「どういうことですの!」

 

どうやら、遠くから私の声を聞きつけてやってきたらしい。

まあ、朝食時なのだから、こういう偶然も有りか。

 

ふとオルコットの様子を見てみると、顔が上気していて中々に魅力的だ。

精神はガキだが、色気のある体だ。

まあ、振る舞いは完全に子供で――そのアンバランスさは大変そそるものがあるのだけど。

 

「オルコット。貴様の戦術評価を聞きたいのか? 悲惨な評価は本人の耳に入れないのが慈悲だと思うが――」

「なんでそんな回りくどい言い方をなさるのかわかりませんが、どうぞおっしゃってご覧なさいな」

 

自信たっぷりだな。

ゲームレベルの戦術すら欠陥しているくせに。

 

「なら言おう。お前はただのモルモットだ。試験機のデータ取りには調度よいかもしれんが、モンド・グロッソどころか凡百の個人競技でさえまともに戦えない――容姿の綺麗なマスコットだ」

「な!? 面と向かってそこまでの侮辱をされたのは初めてですわ。私のどこが悪いとおっしゃるの?」

 

オルコットは競技では使いものにならない。

これは一夏が証明した事実だ。

素人にあそこまでいいようにしてやられる時点で……。

 

「お前の射撃は正確すぎる。あんな射撃、相手が素人でなければ当るようなものではない。どれだけ素人を相手に練習してきた? 残念だが、玄人が相手では通じない。お前は競技場の広さがわかっているのか? 相手は遠距離にいるわけではないのだぞ。正確な射撃など無用だ。撃つ場所など、見切れないわけがない」

「うぐ……。一夏さんにブルー・ティアーズの機動を読まれた手前、反論できません」

 

精密射撃なんて不要どころか、回避する隙を敵にくれてやっているようなものだ。

あの距離なら、銃口の位置から射線を割り出すことは容易。

後は引き金を引く瞬間を待って、悠々と回避すればいい。

 

「さらには、接近戦ができない。モンド・グロッソを志すなら、素人の一夏程度は一分で仕留めてみせろ。――もちろん、接近戦で」

「私ならば接近戦などしなくても仕留めてみせます。そのための【ブルー・ティアーズ】なのですから」

 

接近戦が出来ない奴が、あの狭いフィールドでどう闘うつもりだった?

まあ、相手が射撃に恐れをなすような素人だったら動揺しているうちにエネルギーを削りきれるのだろうけど。

射撃が怖くて背を丸めるような素人など、候補生にすらそうはいないぞ?

 

「無理だな。何度も言うように、全開のISにとって競技場は狭すぎる。地に足を這わせて人間のように闘うのならともかく、縦横無尽な動きは制限される。ま、お前相手なら私でも10秒あれば倒せるな」

「随分と自信がおありなのですね。そこまで言って、実際には出来ませんでしたら恥ですわよ? 殿方なら、自分の言ったことを実証してくださいますわよね? この私と戦って、勝って見せなさい。それが出来ませんでしたら、貴方は口先だけの大間抜けということになりますけれど」

 

事実を指摘したら、怒り出したか。

――二流め。

怒りや屈辱――憎しみでさえ、楽しむものだ。

楽しまなくては、この世界に生まれてきた意味が無い。

一時の快楽の前には、命なんてどうでもいいものさ。

 

「私と闘うつもりか? まあ、構わない。いい機会だ。君もIS学園に入ったことを機に、少しは戦い方を学んだらどうだ?」

「言ってくれますわね。では、放課後に決闘ですわ!」

 

ぎしぎしと空気がきしむ。

交錯する視線。

渦巻く鬼気。

 

決闘(お遊び)ね――。まあ、楽しめはしないかな」

 

決闘(殺し合い)ではないのだから。と口の中でつぶやく。

あまり人前で規格外超弩級戦略兵装(オーバードウエポン)を晒すのは、はばかられる。

あれは違法ぎりぎりの密造品だから。

 

「どうしましたの? 怖気づきましたか」

「まさか。人死もでないような競技ごときに何を怖じけづくことがあると? では、教育してやるよ素人。ISの力と言うものを」

 

「っふ。それはこちらのセリフですわ。私と【ブルー・ティアーズ】の実力――、しっかりと体に刻み込んであげますわ」

「調子に乗りやすくて結構。では、放課後に――」

 

「「決闘を」」

 

「では、ごきげんよう」

「さよなら」

 

オルコットは去っていく。

と思いきや、食券を買っておばちゃんの方に持っていく。

 

「凄いことになったな。そう言えば俺、奈落の実力は見せてもらってないんだった。あの千冬姉が遠慮するくらいなんだからすごい実力を持ってたりするのか?」

「それは純粋に政治的な意味合いだよ」

 

しかしな、当事者より興奮してどうする?

私の方は冷めてしまったというのに。

 

「……?」

「私は得体の知れない企業のお偉いさん、と言うだけだ」

 

希テクノロジーは企業の中でも1、2を争う――いや、完全にトップを突っ走る影響力を多方面に持っている。

それは、そこに所属するISの異常さゆえ。

不気味すぎて近寄れない――そんな責任放棄とも取れるような理由で手出しができない。

 

「わー。かっこういい~」

「ならば、オルコットとの対戦でもっと格好いいところを見せようか」

 

はしゃぐ本音。

こんな本音を見られたのだから、オルコットとの決闘も悪くはない。

 

「すご~い」

「なんなら。KO宣言でもしようか?」

 

こんなに喜んでくれるんだ。

少しはサービスくらいしてやろう。

 

「本当? やって、やって~」

「10秒、それだけあれば十分だ」

 

 

 

そして、放課後。

 

「ふふっ。来てもらえて嬉しいですわ。観客もたくさんいらっしゃるようで。多くの方々の前で敗北してもらいますわ――神亡奈落!」

 

すでに【ブルー・ティアーズ】を展開した状態で空に仁王立ちするオルコット。

その姿には根拠の無い自信に満ち溢れている。

けれど、蒼と金のコントラストは見とれそうになるほど美しい。

 

「ならば、私も言わせてもらおう。十秒で片を付ける」

 

ならば、私も答えてやろう。

すでにISは装着している。

 

「いざ――

 

オルコットは眼下の私を見下ろす

 

「尋常に――

 

私はオルコットを見上げる。

 

  ――勝負!」」

 

重なった声が響く。

 

――ピー――

 

開始のゴングが鳴らされた。

瞬間、オルコットはビットを展開、更にライフルを敵に向ける。

……射撃武器の呼び出しの速さは中々のもの。

 

対して、私の方は……愚直に突っ込む。

瞬時加速(イグニッション・ブースト)、簡単に言えばエネルギーを放出して自分を前にかっ飛ばす技。

その軌道は直線的で――高速。

 

ゴングを聞いた、その瞬間に両者が動いている。

 

「甘いですわ――」

 

オルコットは突っ込んでくる奈落に対し、冷静に引き金を引く。

その顔は笑みが浮かんでおり、「勝負を急いでイノシシのように突っ込むなんて馬鹿なお方――」と、顔は言っている。

相手はこの射撃で体勢を崩す。その隙にビットで囲み、連射で削り切る。と、何度もシミュレーションした結果を頭に思い浮かべる。

今回も以前と同じようにやればいいと思っていた。

次の瞬間までは。

 

「……は?」

 

奈落は、ライフルによって体勢を崩されてもなお突進してくる。

その勢いは――止めようがない。

 

「うう――」

 

呆然と奈落を見つめる。

――今までこんな無茶をしたお方はいませんでしたわ!

凍りついたように体は動かない。

 

「……なら――!」

 

だから、引き金を引く。

射撃はあたっているのに、止まらない。

 

 

奈落は笑みをこぼしたまま「くは」と言う声を漏らす。

笑ったのか、興奮しているのか――それは自分ですらわからない。

突っ込む勢いでそのままオルコットの懐に入り、大剣を実体化。

竜巻のようにものすごい勢いで振り回し、思い切り大剣を“叩きつける”。

 

トラックが正面衝突したかのような凄まじく――重々しい衝突音。

 

オルコットは無様に吹き飛ばされる。

絶対防御とて万能ではない。

殴られれば吹き飛ばされもする。

 

「きゃああああああ!」

 

悲鳴をあげるオルコット。

だが、奈落は容赦しない。

瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使用した――まさに大剣を”叩きつける”というのに相応しい攻撃をぶちかます。

二撃目は大剣をハンマーのように叩き落とした。

 

「ひ!」

 

地面に叩きつけられたオルコットは嗚咽を漏らす。

そこに降下――いや落下する奈落。

 

「いやぁ!」

 

ISが空から自分を襲おうとしている。

そんな光景を前に、悲鳴を上げ自らを抱きしめて恐怖する。

そして、それはすぐに終わりを迎えた。

 

手加減や遠慮の一切ない――まるで相手がただの”物”であるかのような一撃によって。

奈落に悲鳴を上げてうずくまる女の子に手加減するなどという常識はないらしい。

 

 

 

控室に降りると、箒が走ってきた。

 

「神亡! なんだ、あの試合は!?」

「箒か。私としては一夏に少し手本を見せてやっただけのつもりなのだが――」

 

「ふざけるな! あんなものは”強さ”なんかじゃない。本物の強さは――」

「強さ? それは暴力のことでしかない。見栄えが良いか――そう、“正義”といったものは別の問題だ。もっとも、力あるものは弱者を守るべきなどと言うのは弱者ばかりに思えるがね」

 

「貴様……神亡――

 

「おーい、箒! どうしたんどよ、すっ飛んでいっちまって」

「一夏か。――いや、私の戦い方に不満があるらしくてな。別に何の意味もない意思表明だよ。私は私の意思を曲げないし、それは箒とて同様に決まっている」

 

「そうか? まあ、いいや。やっぱり奈落は凄いな。あんな加速、俺なら出来るかすら怪しいぜ。あんな加速が出来れば、剣一本でも戦えるかも」

「なら、教えてやろうか?」

 

「マジ? やった!」

「お前にはISにおいて最も重要な事を体に叩きこんでやる。安心しろ、お前は適正が高いよ。私の目は委員会が制作した適当な適性検査よりはよほど自信があるぞ」

 

そう言って、出て行く。

こっそり出て来たので、他はまだ控室の中だ。

なぜなら――

 

 

「神亡、あまりオルコットをいじめてやるな」

「織斑教諭。何か問題でも?」

 

――彼女も生徒たちがいては話しづらいだろうから。

 

「フォローするのは教師の役目だ。だが、そのような助けが必要となるような事態そのものを少なくすることも教師の務めだ。あまり派手なことをするな。やめろとは言わん。しかし、控えろ。あまりにも悪影響を与えすぎるんだ、お前という存在は――」

「それは命令かな?」

 

「教育だ」

「――なるほど。よからぬことは控えましょう。けれど、良いのですか?」

 

「何がだ?」

「一夏のそばに居る戦力があんなので。私のことは当然、味方に数えてはいないでしょう。それとも、元々戦力なんてたったの一人で十二分でしたか?」

 

「……お前の言っている意味がわからないな。学園内で何かがあれば教師の先生方がISをもってこれを鎮圧する」

「なるほど。そういう建前ですか。では、一つ忠告です。じきに亡霊は動き出しますよ」

 

「……何のことだかはわからんが、せっかくの忠告だ。受け取っておこう」

「そうした方がいいと思いますよ、お互いに。平和が一番ですから」

 

「――よく言う」

「そうですか? では、失礼します。織斑“先生”」

 

こともなげに去っていく奈落の後ろ姿を見ながらつぶやく。

 

「平和だと? 貴様らがいつそんなものを目指した……? それは、私達が……!」



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第8話 オルコットの選択

「……はぁ」

 

何をやっていたのだろう、私は――

そんなことをつらつらと考えて、しまいには外でたそがれなんてしている。

今までは順調だった。

オルコットの名を守るために代表候補生になり、前代未聞のスコアを叩き出してきた。

誰にだって馬鹿にされることのないほどの結果を出してきた。

そして【ブルー・ティアーズ】のテストパイロットの地位を得た。

 

「けれど、無様に負けた」

 

得体の知れない奈落という男に出会い、全てが狂った。

私はいとも容易く負かされて、自分がどれだけ弱いのかを思い知らされた。

きっと、こんなに弱い自分の居場所なんてない。

この知らせが本国に届いたら、候補生をやめさせられるかもしれない。

それどころか、見たこともない“親戚”とやらがしゃしゃり出てきて、私が死んでしまった親から受け継いだ全て、そして私が得てきた全てを奪い取っていくかもしれない。

力を失った時が全ての終わり。

私の人生は決定的に取り返しがつかなくなる。

 

「こんなところですべてが終わってしまうの?」

 

おそらく候補生の座は奪われ――二度と表舞台に登れることはない。

だって、負けた人間は二度と這い上がれない。

私はそれをいやというほど見てきた。

だから結果を出し続けてきたのに。

 

「それでも、お腹はすくし、シャワーは浴びるんですのね」

 

自分の行動が馬鹿馬鹿しい。

あんな無様を晒しておいて、汗が気になったからシャワーを浴びたし。

のこのこと食堂に行って、食事をとったのだ。

なんて――のんき。

そんな間抜けでは

 

「……何も守れはしない」

 

ぼうっと眼下の闇を見つめる。

庭の中では飛び降りることも出来ないけど。

――そういえば、池があちらの方にあった気がしますわね。

 

 

 

「悩んでいるようだな」

 

そう言って声をかけてきたのは――

 

「織斑、先生?」

 

いつもと同じように、気だるそうな様子。

それでも、私を見下してはいない。

それどころか、その視線は優しげでさえあり。

 

「生徒のカウンセラーは教師の役目だ。――だいぶ落ち込んでいるようだな」

 

そんなストレートに言われてしまえば。

 

「はい」

 

と言う他ない。

 

「気にするな、と言っても無駄だろうな」

「……当たり前でしょう」

 

あんなに無様に負けたのだ。

気にしない、なんてできるわけがない。

それに、これからどうなるかわからない。

そんな不安から目をそらすなんてことは――。

 

「先の試合は神亡が強すぎたんだ。あれはお前の失点ではないよ。そもそも、お前は候補生でひよっこだ。弱いのは当たり前なんだよ。これから強くなっていけばいい」

「そんなこと言われましても。候補生は強くなくてはいけません。ISを持っている者として、未熟者ではいられませんわ。専用機持ちの義務は強くなることではなく”強い”ことです。あなたはご自身が強すぎるからそう言えるのです」

 

そう、世界最強のブリュンヒルデに私の気持ちがわかるはずがない。

この人はきっと――誰にも負けたことがない。

生まれながらの強者、そして絶対者。

対して私は……ただ候補生に選ばれて舞い上がっていた滑稽な子ども。

 

「たしかに私は強い。だがな、だからといって全てをうまくまとめることなどできはしない。自分に自信を持て。お前は候補生としてなら十分だよ」

「いいえ。私は十分ではありません。だから、候補生をおりなくては――」

 

――最強にも出来ないことはある。

でも、きっとそれは私にとっては考えもつかないことで……

そこまで行けない私にはISに乗れない。

世界は、広すぎる。

 

「まったく、思いつめた馬鹿の相手は疲れる事この上ない。――いいか? お前は候補生として十分以上の能力がある。この私が保証するのだ、信じろ」

「信じろ、と言ったって――この私のどこにそんな……」

 

嘆息して仰る織斑先生。

確かに私は面倒くさい生徒なのでしょう。

負けたからってこんなところでぐだぐだと――みっともないったらありませんわね。

やはり、駄目ですね。

少し前までは自分には良い所など探しきれないくらいあって、悪いところはないと本気で思っていました。

けれど、今となってはもう――自分に良い所などあるはずがないと思っている。

 

「お前の狙撃能力は私すら凌ぐ。だからこそ本国の連中も手放しはしない。――まあ、お前の適正はテストパイロットにあって、残念ながら競技者にはないがな」

「――へ?」

 

嘘でしょう?

そんな、私にブリュンヒルデを凌ぐ能力があるなんて、信じられません。

 

「何だ? 意外か。別に私はそれほど優れた射撃能力があるわけでもない。お前のような優秀な人間には肩を並べることすら出来んよ。それは神亡も同じだ。あくまで神亡は一方的に自分に有利な状況でお前を打ち負かしたに過ぎない」

「優秀、って。私がそんな――。それに、どうして私の狙撃能力がわかるんですの?」

 

優秀?

ああ、自分が現金すぎて嫌になる。

ブリュンヒルデにこんなことを言われてしまったら、発奮するしかないではありませんの。

……こんなの卑怯ですわ。

でも、お世辞ですわね。

この学園では狙撃のカリキュラムは三年になってからですし。

 

「そんなものはパンフに載っているだろう。お前は自分がどれだけ世に知られているか、もう少し自覚を持ったほうがいいな。――それに、見ればそいつの能力くらい分かる」

「――そんな」

 

見れば分かる? 格闘能力ではございませんのよ。

そんな馬鹿げたこと……

世界最強のブリュンヒルデだったらありえるのかもしれませんけど。

――滅茶苦茶ですわね。

 

「で、だ。重要なのはこれからの話だ。まだまだお前は終わりではない。しかし、神亡にああまで言われては、選択するしかないだろう」

「――選択とは?」

 

たしかに今のままでいられない。

私のプライドはコケにされたままでいることを許してはくれませんもの。

 

「今までどおり狙撃を極めて、優秀なテストパイロットであり続ける。それがひとつの選択肢」

「もう片方は?」

 

それはない。

だって、あの神亡さんをぎゃふんと言わせてやれませんもの。

 

「両方極める。ようは全距離対応(オールマイティ)だ。――こちらは茨の道。下手をすると、狙撃の能力が下がるだけになってしまう。お前が接近戦を苦手とするのは、そんなものを学ばなかったからだ。天才にプラスαを教えることでかえって駄目になる例があるから、逆に正しい教育方針だったのだろう。どうする? 正しくない教育を受けてみるか」

「駄目になる、とは?」

 

正しい、とは思えませんわ。

だって、それだとテストパイロット止まりではありませんか。

余程有名にならない限り、競技者よりもテストパイロットのほうが優遇されていることは知っています。

けれど、それでは神亡さんに勝てなかった。

 

「駄目になる、は駄目になるだ。ようは、スコアが落ちる。いらないことを考えて、それで手元が狂うのだろう。普通ならテストパイロットでいることを勧める。だが、私は口出ししても強制はしない。お前が決めろ、オルコット」

 

「狙撃か、オールマイティか。そんなの、決まっていますわ」

「――そうか。どちらを選ぶ?」

 

私は胸を張って答える。

ええ。答えなど決まっていますわ。

 

「オールマイティ。私は茨の道を選びます。そして、神亡さんを見返してやるのです」

「わかった。教師として出来るかぎり支援はしよう。相談があったら来るといい。後は若いもの同士で勝手にやれ」

 

私の所信表明に満足そうに頷いた織斑先生は顎で茂みを示す。

……ええと、夜だからほとんど何も見えないのですけど。

 

「え?」

 

何かが動いたような気がしてつぶやくと。

 

「げっ!」

 

と言う声が聞こえてきた。

この下品な声は、織斑一夏?

なぜ、ここに?

 

「変態趣味は慎むことだな。後は任せた」

「え? ちょ……。俺にどうしろってんだよ、千冬姉――」

 

行ってしまった。

改めて、草場から頭を出した状態の彼と向き直る。

 

「ええと? 織斑さん、私に何か用ですの?」

「いや、用っていうか……。妙に思いつめた顔してるもんだから心配になってついてきただけだけど」

 

なんとなく気まずいですわね。

私が気に病むことなど一切ないのですけど――。

 

「――心配、ですか?」

 

数日前に決闘した相手を……。

思えば、あの時からがケチのつき始めだったのかもしれません。

素人にあと一歩のところまで追い詰められ、素人がミスをして自滅する。

これほどスッキリしない闘いもありませんわね。

まあ、敗北の苦さにすっかり忘れておりましたけど。

 

「まあ、な。ここで放っておいて何かあったら目覚めが悪いだろ」

 

当然のようにそう言ってくださる。

笑ってしまいますわ。

そんな優しいことを考えるのはきっと、あなただけ。

普通、厄介事は避けたいと思うものですわ。

なんだか、とても滑稽な気がいたします。

 

「……あ。やっと笑ってくれた」

 

そう言う織斑さん。

顔に手をやってみるけど、やっぱり笑っている。

 

「――ふふ。あなたはお優しい方ですのね」

「ええ!? いや、あの。別に俺は普通だと思うけど」

 

ぽりぽりと頭をおかきになる。

その様子は何だか可愛くて、笑いが止まらなくなる。

――失礼かしら?

 

「やっぱり、笑っていた顔のほうが可愛いよ」

「――んな!?」

 

ええ!?

まさか、そんなふうに想われていたとは。

顔が熱くなって――これではまるで道化ではありませんの!?

 

いや、でも、私のことを可愛いって……

あわわわわわ。

 

「えと、あの、その――」

「? 変なこと言ったか。ま、いいや。そっちも色々と大変だろうけど、頑張ろうぜ。お互いに」

 

脈絡もなくそんなことをおっしゃる。

けれど、何だか妙に勇気づけられてしまう。

よくわからないけど、この方には負けていられませんわね。

 

「ええ。覚悟なさい。貴方は私が屈服させてあげますわ!」

「うえ!? なんでそうなるんだ?」

 

「うるさいですわ! そうすると言ったら、そうするのです。決めましたわ」

「いや、勝手に決めるなよ!」

 

ふふん。

慌てていらっしゃる。

そんな姿も妙に可愛らしくて、ニヤニヤ笑いを浮かべてしまう。

 

「一夏さん。この私を本気にさせた責任、取ってもらいますわ!」

「責任ってどういうこと!?」

 

目にもの見せてあげますわ。

何か当初と目標が変わっているような気がいたしますけれど、そんなことはどうでもよろしいのです。

 

「うふふ。あは。あはは」

「――ああ、もう。なんで笑うんだよ、お前――。はは」

 

笑っていると、一夏さんもつられて笑い出す。

なんだか、とてもあたたかい気持ち。

ずっと一夏さんといっしょに居られればいいのに。

 

「ま、元気でたみたいでよかったよ。俺は部屋に帰るからな」

「え?」

 

もう少し一緒にいて欲しい。

けれど、明日は授業もあるし。

何より、殿方に泣いて縋り付くような真似は私のプライドが許しません。

 

「ごきげんよう。――また明日」

 

それだけを言うのに随分と葛藤があった。

でも、一夏さんはそんな葛藤には全く気づかずに。

 

「また明日な。オルコット」

 

さらりと言って踵を返してしまう。

全然名残惜しそうにもしないで。

 

「一夏さん!」

「――ん? まだ何かあったか」

 

「私だけが苗字を呼ばれるのは不公平です」

「いや、不公平ってお前な……」

 

「だから、一夏さんも私のことを名前で呼んでください」

「そもそも名前を読んでるのはお前が勝手に――。はぁ。もういいや。……セシリア、これでいいか?」

 

「ええ。では、今度こそ本当にお休みなさい」

「おやすみ」

 

私は帰っていく一夏さんを飽きもせずに見つめていました。

大金星、とは言えないのでしょうね。



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第9話 ISというもの

「さて、まずはISを装着しろ」

「おう」

 

次の日――授業が終わった後、アリーナの一つを貸しきって一夏に修行をつけてやる。

そして、余計なのが二人もついてきた。

ISを装着したオルコットはいいとして、箒は本音たちのところまで下がっていろ。

うろちょろされると、思わず轢き殺したくなってしまうから。

 

いや、一夏に二言三言話しかけると下がっていった。

銃で威嚇する必要がなくて良かったよ。

さ、邪魔者は自主的に去っていってくれた。

ただオルコットにはNOと言わせる気はないが、YESとは言わせておかなければならないことがある。

 

「オルコット、お前も下がれ。それともお前も教えを受けたいのか?」

「ええ。教えてくれるというのなら、有り難く頂戴いたしますわ。私、己の力不足を痛感いたしましたの」

 

しおらしげには見えるが、声は自信に満ち溢れている。

あまりこりてはなさそう。

しかし、向上心を持つのは良いことだ。

それに一夏の周りを雑魚にちょろちょろされると教育に悪いので――この状況は、むしろ好都合か。

ここまで考えて許可を出す。

 

「ふむ。良いだろう。だが、お前はそれでいいのか?」

「――ええ。織斑先生に相談に乗ってもらいましたが、こちらの道を選びます。私は、一夏さんとともに強くなってみせますわ」

 

なるほど。

狙撃手としてなら、ある程度は完成していたが――この道を選ぶか。

ならば、遠慮なくしごいてやろう。

人智を超えた”IS”と言うものを。

一人で立てるようになるまで。

 

だが、その原動力は――?

私に師事するということは、生き方を変えることにほかならない。

決闘(ルールに守られた秩序)から、戦争(ルール無用の混沌)へ。

私はそういう世界に生きているし、一夏は私がいなくともいずれ引き込まれる。

寝ても覚めても殺し合いのことしか考えない――そうでなければISを駆ることなど出来はしない。

そんな闘争の世界にこの少女は耐えられるものか……。

――いや。

 

「――なるほど」

 

惚れたか。

優しい言葉でもかけられたか?

まあ、頑張るといい。

私には恋愛はよくわからないから。

けれど、愛はとてつもない力を引き出すものであるらしい。

 

「で、先生はどんなことを教えてくれるのかしら?」

 

さっそくのオルコットの言。

いや、生徒なのだからセシリアと呼んだほうがいいのだろうか?

まあ、生徒は大事だ。

だからセシリアと呼ぼう。

だが、問題なのは物言いだな。

そして私の知識を試すような――この視線。

なら、早速講義をしてやろう。

別に立ち話をするつもりはない。

実地で無理やりにでも分からせるのが私の流儀だ。

 

「まずはISというものについての誤解を解いておこう」

 

――とはいえ、言葉がなければ伝わらない。

人に説明をする際にやたらめったら難しい言葉を使うのは、そいつの自己満足でしかない。

なるべくわかりやすく、重要なのはそれだけだ。

 

「ISはパワード・スーツではない。分類的にはそうなのだろうがな――。ISの能力を人間の延長で考えてしまっては、本来の力などとてもではないが出せない。ISというのは、人智を超えた代物だ」

 

「まずは、ISの力の一端を体に直接教えてやろう」

「うおっ!?」

 

直後、ぶん殴る。

踏ん張ってもいない一夏は当然、砲弾のように撃ちだされて壁に激突する。

これだけではない。

呆然としているセシリアの方を向く。

 

「きゃあっ!?」

 

そして、オルコットを“蹴る”。

手加減の一切ないきれいな飛び蹴りをくれてやった。

ぐるんぐるんと――棒みたいに回転しながら飛んで行く。

次はジェットコースターのように突っ込む。

特に教育が必要なのは一夏。

 

「うわあおおおおお!?」

 

故にこちらにターゲットを定めた。

顔を掴んで引き釣り“飛ぶ”。

掴んでいるのは首ではなく、顔。

片手でむんずと掴んで、まるで人形をそうするかのように無造作に引き回す。

普通であればそんな持ち方をされれば首の骨が折れるが――ISという非論理にその程度の常識が通じるはずもない。

 

「うわっ! この……!」

 

一夏が両手で私の右手を離させようとする。

胸ぐらを掴まれたものなら普通はそうするだろう。

だが、外れない。

――残念だな。こういうのは殴ったほうが効果はあるんだよ。まあ、そこはわざわざ教えるようなことではないけれど。

 

顔を掴んだまま急降下。

高所から頭を叩きつける。

ストレスを人形にぶつけるように。

もっとも私のストレス発散ではなく教育だ。

 

「ぐはっ!」

 

さすがに衝撃が来たのか、目をむいてぐったりとする。

普段なら追撃するところだが、今は教育の時間だ。

呻く一夏の横に降りる。

 

「理解したか?」

「な、なにを――」

 

さすがに顔を掴まれてぶん回されながら理解しろ、は無茶か。

なら、解説を加えてやろうではないか。

 

「剣道をやっていたのなら、少しはわかるのではないか? いや、スポーツをしてなくても想像はつくか。頭を持って振り回される――そんなことされたら、首を折られて死ぬだろう。当然」

「た、確かに――」

 

「だが、お前の首は折れてない。これはISによる保護が働いているためだ。首が縦に90度回ったり、横に180度回ったりしないように首の位置を固定しているのさ。これをはじめとする数々の安全装置があるからこそ――滅多なことではIS操縦者を殺すことはできないし、事故死もありえない」

「な、なるほど。でも、そこまでしなくても口で教えてくれれば――」

 

「それを分かっているか否かで、空中機動には雲泥の差が出る。もちろん、頭ではなく体でだ。要するに、ビビって動けなくなっちまうのさ。恐怖なんて捨ててしまえ。そんなものがあるから、戦法がせせこましくなる」

「はー。それであんな無茶な真似を。確かにあんな真似されたら、もう空飛ぶくらいは怖くなくなるなー」

 

頷く一夏。

まあ、私が言ったのは”安全だから怖がるな”ということだけなので、この程度は理解してくれないと困る。

 

 

 

「では、次の授業だ」

 

そう言って、殴りつける。

顔を掴んで地面に押し付けている状態から、馬乗りへ。

マウントポジションとも呼ばれる格闘技では絶対的有利な状態で、一片の容赦すらなく。

 

「うおっ!」

 

流石に本人へのダメージはない。

絶対防御が拳を受け止め、一夏までは届かない。

それでも、こんなふうに殴られれば気分が良かろうはずもなく――手も足も出ない状況に陥る。

 

「おやめなさい!」

 

セシリアがライフルを撃つ。

――だが、その攻撃は読めている。

いつ、どこに撃たれるか分かっている射撃など、もはや障害物にすぎない。

一夏を踏み台にして突進する。

地面とすれすれに飛行して一撃目をかわした後、彼女の眼と鼻の先で二撃目を体ごと回転してかわす。

そのまま斜め右に前方縦回転し、勢いを乗せた蹴撃を顔に叩きこむ。

 

「きゃんっ!」

 

可愛らしい悲鳴を上げながらすっ飛んでいった。

突然だが、オルコットは中々の美人だ。

その涙目は、一瞬であっても中々に見ものだった。

 

まあ、それはいい。

 

「さて、貴様ら。――わかったか?」

 

「殴られたら痛いってことをか?」

「違う。別にその程度は痛みのうちに入らない。少し衝撃が来るだけだ。もっとも、その少しの衝撃が大事だがな」

 

「いや、十分痛いと――」

「痛くはなくても、とてもではないが抜けだせない。反撃することすら難しかっただろう? 連続した衝撃にさらされると、人はまともな対応能力を失う。つまり、時にはぶん殴って相手の動揺を誘うことも必要だ。それはお前も分かったろう、セシリア?」

 

「――いえ。それでもやはり素手は使えませんわ。先程の攻防は私の技量が低かっただけです。武器すら出せませんでしたもの。けれど、ある程度以上の腕がある相手ならば、やはり殴るのは下策という他ありません。武器を使うか、距離をとるべきです」

「セシリア、素手が駄目ってどういうことだよ? さっきは援護がなかったらやられていたぜ」

 

「それはどうでしょう? 一夏さん。奈落さんと貴方のシールドエネルギーの残量を見比べてみてください」

「え? 奈落は一度も攻撃を喰らってないんだから、減ってないに決まって――。あれ?」

 

「お分かりになられましたか? 一番減っているのは奈落さんのISですわ。あれだけ殴ったのですから、シールドの干渉でエネルギーの減退が最も激しかったことはわかりきっています」

「ちょっと待て。なにがどうなって奈落のシールドエネルギーが減ってるんだって?」

 

「干渉ですわ。接触したシールドエネルギー同士が互いの固有波形へ影響を及ぼし合い、減退現象を引き起こすのです。より詳しく説明するならば、ISの絶対防御はそれぞれの固有周波数を持っていますが、そこには統計学的な類似が有り、その固有周波数がシールドの接触と同時に共鳴現象を起こし――」

「ええ……と」

 

全くわかっていない顔。

まあ、口頭で学術的説明を聞いても理解は難しい。

――いや、セシリアの頭が良すぎるのか?

まあ、頭が良い奴は説明が下手という典型だ。

だから、私が話を簡単にまとめてやる。

 

「――単に、人を殴ると自分の手も痛くなるという話だ。装甲のない部分を殴れば、また違うのだがな。そこまで覚える必要はない。素手による攻撃は自分のシールドエネルギーすら削る」

「へぇ。――んで、実際、パンチって使えるのか?」

 

いや、そういうわけではないのですけど。貴方の説明は間違っています、なんて言いづらいですわね――とつぶやくセシリアの声は一夏には届かない。

私か?

私は気づいた上で無視している。

 

「実践で使うのは拳より蹴りだ。大抵手は武器で埋まっている。目的は主に距離を離すことだな。セシリアはきっちりこの技術を仕上げておけ」

「私ですの!?」

 

「お前だよ。一夏も、知っておくことは悪いことではないし――私が教えたかったのは固定観念に囚われるな、ということだ。素人の一夏よりよほどお前は囚われている。一夏なら、この程度の発想なら教えるまでもないだろう。蹴りは私が教えずともそのうち使っていたと思うぞ。機会があればな」

「私は射手ですわ。格闘技を覚える必要なんて――」

 

ありません、とは言わせない。

 

「突撃されて負けるのがお気に入りか?」

「……うぐっ」

 

「そもそも競技自体は接近戦だよ。中距離戦の要素も含むがね。代々のブリュンヒルデに射撃型がいないのは、単に距離を離せるほどのアリーナに空間的余裕が無いからだ。実験兵器のテストパイロットで終わりたくなければ、全距離に対応してみせろ」

「私が、格闘戦? そんなの――、考えてみたこともありませんでしたわ。だって、私は射撃の訓練以外なんて、それこそ通り一遍にしか教わりませんでしたもの」

 

ぼそりとつぶやく。

自らの歴史が否定される瞬間か。

その顔は絶望と呼ぶのに相応しいが、新生は喜びだ。

きっと、新しい技術を覚えることはこの上ない喜びだということがすぐに分かるさ。

 

「なら、これから教わればいい。一夏のついでに教えてやる」

 

そう、新しい技術なら私が教える。

もうセシリアは私の可愛い生徒なのだから。

 

「私がついで……? いえ。教えてくださるのなら、多少の屈辱くらい耐えしのいでみせます……! 見ていなさい、奈落さん。すぐに、貴方を超えるほどの腕前になってみせますわ」

「ほう。教えがいがありそうな生徒だ。なら、今から最も重要な概念を教えてやろう」

 

「「概念?」」

 

「そう。技術でもなく、知識ですらない。――それは、それがわかっていなければ何も始めることが出来ないものだ。それこそが人間が“生物としての人の壁”を突破させる。それは(カーメン)とも呼ばれている」

 

「ISの”力”。それは人智を超えたものだ。人間という思考の枷がはまったままではISの力を引き出すことなど出来はしない。私は今回それを貴様らの体に叩きこんでやった。実際、振り回されるだけでろくに防御すら出来なかったろう? この程度は第一世代機でもできるさ」

 

「だが、私の動きが人間にできると思うか? 貴様らも、あのような暴虐に晒されて生きているどころか怪我一つないことなどあり得るものか? ――“否”。そう、否なのだよ。分かってもらいたいのは唯一つ。ISには限界がない。在るのは、操縦する人の限界だけだ」

 

「恐らく貴様らは受け身でしかわかっていないだろう。殴られたり蹴られたりしても大丈夫、くらいのものだ。それは当然。それしか経験していないのだから。――だが、一つの概念だけは頭に入れておけ。『ISは本来、単騎で世界を滅ぼす力を持っている』」

 

なにせ、奪われし方舟の力の一端――それを組み込まれているのだから。

言葉を区切り、なにか言うことは? と促してやる。

 

「あなたの言いたいことはわかりましたけど、それでは世代とか特殊兵装とかが存在する意味が無いではないですか。それに、ISは全てを可能にすると言われましても、荒唐無稽に過ぎます」

「そんなことはない。どうせ、代表選手でも本来の力の一割も引き出せん。だから、そういうオプションパーツが重要になってくるのだろうよ」

 

そもそも、女という条件は開発者が勝手に組み込んだものだ。

本来の資格は別にある。

 

「力の一割も引き出せないとは、どういうことですの!? あの方たちは誰もが想像を絶する努力の果てに、モンド・グロッソに立っています。侮辱は許しませんわ」

「侮辱ではないよ。適正だ。――そう、人間がISを使いこなすなど、出来るわけがない。そいつらは、限られた己の力を最大限に利用したのだろうさ。人間ではなくなることを努力とは呼ばない。限られた力で精一杯やる、それは素晴らしいことだ」

 

「奈落、さん?」

 

その横顔は、自嘲に憎しみ、喜悦から嫌悪までありとあらゆる感情に満ちていて、オルコットは何も言えなくなってしまった。

 

「さて、貴様らはまだ元気が有り余っているのだろう? たっぷりと、貴様らから恐怖を削ぎとってやろう。一々そんなものに引きずられていては、おちおち飛んでもいられない」

 

悲鳴が響く。



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第10話 魔王達のお茶会

「一夏たちには重要な事だけは伝え終わった。後は細かいことばかりだから、そこまで気にかける必要もない。むしろ、必要なのは実戦経験か。――だが、万が一にでも人殺しをさせるような事態になっては元も子もない。あれらにはまだ早すぎる」

 

一夏とセシリアに稽古をつけ終わった奈落は部屋に帰っていた。

ぼそぼそと独り言を呟きながらもパソコンを弄っている。

 

――と、そこで手が止まった。

 

「何のようだ? 猫」

 

後ろも見ずに言う。

そこには、闇が広がるだけだ。

闇の中を画面から出る薄い光がわずかに照らすのみ。

 

「はぁ。存在確立が収束する前にぽんぽん見抜かないでくれるかな? さっきまで僕はいるんだかいないんだか分からない状態でいたのに。……確立不定形数を見れるのなんて君くらいのものじゃないかな? この化け物」

 

いきなり現れていた少年が大げさな身振りを交えながら嘆いてみせる。

華奢な少年だ。

ひょうひょうとしていて、印象を答えるのならば猫と言うのが相応しい。

優男で、とてもではないが人殺しの世界に属しているようには見えない。

――だが、身を凍らせるような奈落の殺気を全く気にしていない。

軽く受け流してしまっている。

 

「ふん。虚数の海に隠れたとて、所詮は児戯だ。残念ながら現象の地平線(ディラックの海)に辿りつけぬような悲しきあがきにつきあうような優しさは持ち合わせていないものでね」

 

カチリ、とかすかな音が響き――

爆裂音が闇を叩く。

 

いつのまにか奈落の手に握られていたのは銃。

頭を吹き飛ばされたのは猫のような少年。

血が香る。

鮮烈な赤がぶちまけられた。

 

「あのさ、痛いんだけど。いくら人が死んでるような生きてるようなどっちつかずの存在だからってさ――そう簡単に殺さないでくれるかなぁ?」

 

と、いきなり横に現れて方を友人のように気安く叩く。

まるで先程のは残像だ――とでもいうような状況。

見れば血も頭の破片も何もかも綺麗さっぱりなくなっている。

しかし、本人の言によれば頭をふっとばされたのは本人だが、それは痛いだけで全く堪えないらしい。

つくづく無茶苦茶。

生と死を愚弄するかのような存在の適当さ。

命というものをまったくもって軽く扱い、恥じた様子も見せない。

 

これが、世界の裏に横たわる”悪夢”。

悪夢は誰の目にも触れることなく、世界を侵食していく。

この二人を中心に広がる。

 

「――ふん。死ぬことすら楽しみ給えよ。せっかくこの世界に生まれたのだ。楽しみ尽くさねば――わざわざ生まれてくるようなことなどあるまい?」

 

対する奈落も意味があるのだか、ないのだか分からぬことを言い放つ。

そんな異常な心理は本人以外にはとてもではないが理解できない。

そもそも、世界に生まれたのは生きている人間なら当然のことで――

――彼はそんなことを特別視しているのだろうか。

 

「いやいや。人が死ぬのを見るのは楽しいけれど、自分が死ぬのは楽しくないに決まっているじゃないか。殺したり殺されたりするより、一方的に殺したいと思うのが人情だよ」

 

猫のコロコロと転がすような言葉。

露悪的である。

間違っても、笑顔で言うことではない。

たしかに人の世にはそういう側面もあるが、それは簡単に口に出していいようなことではありえない。

だからこそ、世界には建前があるのだから。

 

「くくく。人情、ね――」

 

奈落は酷く唇を歪めた――嘲笑を浮かべる。

それは世界を愚弄しているようでも有り、自分を卑下しているようでもある。

 

「――あ。そっか。人情、なんて君に当てはまるはずもなかったね。貴方みたいな化け物に人間の道理が通用するはずもない。いやいや、これは無礼だったね。……まあ、でも大したことでもないよ」

 

銃声。

 

「そのとおりだ。君が死ぬのと同じくらいにはどうでもいい話だ。――で、君は殺されるためにここに来たのかな? だとしたら、君の被虐趣味は大したものだ。喜ばしいことに私もそういうものには興味がないでもない。訪ねてきてくれたお礼に極大の苦痛をプレゼントすることにしよう」

 

へらへらと笑う少年の心臓を粉砕した奈落は銃を消し去り、手を握って前につきだした。

何らかの異能を使う気だ。

そもそも彼には超能力を隠そうという気はこれっぽっちもない。

学園側には隠せるだけ隠しておこうというだけだ。

 

「それは遠慮しておくよ。言わなかったっけ? 僕はいたぶられるよりもいたぶる方が好きなんだ。本当に拷問されないうちに用事を済ませるよ。僕はただの宅配人さ。これを届けに来たんだよ」

 

ひらり、と手紙をよこす。

何の変哲もない薄い手紙で、爆薬などを仕掛ける余地はない。

あとは薄い刃物にだけ気をつければ害はないが――

 

「――と……汚してしまったか。どれどれ」

 

接着された手紙を閉じる部分を無造作に開けた奈落の指に傷がつく。

言うまでもないが罠だった。

極薄のカッターが仕込んであったのだ。

それも、毒を塗ってあった。

――が、しかし。奈落には堪えた様子がまるでない。

 

「招待状さ、お茶会のね。他にも二人ほど呼んであるよ。大人物だ。君もよく知っている。

なんせ、君の敵なんだから」

「なるほど。折角のお誘いだ。断る訳にはいかないな」

 

猫は何も言わない。

親愛の証とでも呼ぶべき手紙に卑劣な罠を仕掛け、それでも平気な顔をしている。

度し難い最悪。

許すべからざる罪科。

だが、奈落は薄笑いを浮かべたまま、殺気をその瞳に宿す。

 

「いやにもったいぶった言い方をするじゃないか。――なにか嫌な予感でもするのかい?」

「いや、なに。お誘いいただいた相手をあまり殺すのもいかがなものだろう?」

 

猫が最悪なものだとて、気にすることではない。

この場に最悪なモノ以外なんてない。

 

「――はは。それは冗談だよね? じゃ、一時間後、空の上でお待ちしてまーす!」

 

消えた。

さすがに拷問されるのは嫌だったのだろうか。

だが、拷問と言っても普通は警戒するより前にそんなことは酷いことはできないとたかをくくるはずであり、つまるところ彼は受けたことはなくてもしたことはあったのかもしれない。

 

「ふん。一時間後? わざわざISで行くとでも思っているのか。奴らの前で猫をかぶる必要もあるまいに」

 

そう言って、奈落もまた姿を消した。

それは両名ともにあらゆるセンサーをもってしても”幽霊のように消えました”としか言い用のない完璧な消失だった。

 

 

 

「お招きいただいてありがとう。今日は楽しませてくれ、少佐」

 

――飛行船。言うなれば海を行く船に風船を乗っけて空に浮かべているような空飛ぶ船の中に、奈落はいきなり出現した。

中は風船の大きさと比べ、手狭だ。

ここのような司令室であれば僅かな余裕くらいはあるが――その他の場所になると人が通るのにも苦労するほどであろう。

 

その手狭な空間の隙間を縫って出現した奈落は敵意たっぷりにお辞儀をしてみせる。

何の脈絡も――言うまでもなく先方との意思疎通さえなしに現れた彼は、でっぷりと肥った肥満系の男に挨拶をした。

 

「もちろん。もちろんだとも、奈落君。出来る限りの手を尽くしてもてなそう。楽しいお茶会になるぞ。――そう、楽しいお茶会(悪意の交錯)に」

 

彼は、肥った体に相応しい脂ぎった声で――悪魔の軍団長のようなおぞましい声で笑う。

彼の笑いは狂気と紙一重であり、殺意に満ちている。

心の底から誰かを――そう、だれでもいい“誰か”を殺したがっている声。

 

「――で、他の二人の姿が見えないようだが?」

 

奈落は人間のように頭を振って確認する。

もちろん、そんなことをしなくても360度視界などは基礎能力の一つで――わざわざISをまとう必要もない。

それをやったのは、ただの演出。

船内を動きまわる敵達への牽制。

そう、ここは奈落にとって敵地のど真ん中にほかならない。

 

「はっは。とぼけるなよ。察しは付いているんだろう? 殺し屋」

「はて、何のことだか」

 

睨みつける少佐の視線をことさらに無視してとぼける。

お互いがお互いに自分の方へ会話の主導権を持っていくために牽制を繰り返す。

相手の質問を無視し、自分の疑問には敵の僅かな挙動から真実を誘導する高度な駆け引き。

 

「謙遜することはない。あの最低で最悪な大嘘憑きを殺したのは君たちだろう?」

 

この質問にも奈落はニタリと笑うだけで答えない。

大嘘憑きの異名をとる男は確かに虚弱ではあったが、それ以上に得体の知れない男だ。

ただ殺すだけでは、殺されたことを異能によりなかったことにしてしまう。

つまり、普通に殺そうが、異常に殺そうが、生き返ってしまう。

そんな男をどうやって殺したのか――それは奈落には答える気がない。

 

 

 

「私を無視しないでくれるかなぁ?」

 

険悪な空気を引き裂くようにして現れたのはアリスルックの少女。

こちらは横にいる兵士によってつれられてきた。

おそらくISの飛行能力で飛行船にたどり着いてきたのだろう。

 

美しい少女ではあるが、目には嫌悪と拒絶の意思がはっきりと現れている。

世界にISをばらまき世界に革命をもたらした科学者――その名を篠ノ之束。

紫色の髪が妙に毒々しく、声は冷たい。

 

「これで招いた客人は全て集まった。さあ、ドク。茶だ」

「はい、少佐。ただいま」

 

少佐はとても医者には見えない前全開白衣筋肉メガネ男に茶を催促する。

メガネは近くの男を呼びつけて茶を用意させる。

 

「それでは、始めよう。闇と影、そして悪意に満ちた語り合いを」

 

宣言する。

そして、いち早く席に座る。

少佐の座った場所は下座。

席は上座と下座に二つずつ。

 

「……ふん。くだらない趣向だ。自虐趣味がかいま見えるな」

 

奈落は不快そうに下座に座る。

 

「――はん」

 

束はこの場にいることが汚らわしくてたまらない、と言いたげな嫌悪を示しながらも上座に座る。

 

 

 

「乾杯だ」

 

少佐はそう言ってグラスを掲げる。

お茶と言いながらも酒が注がれていた。

 

二人は掲げられたグラスを無視して酒を一気に流しこむ。

 

「――さて、少佐。私達を招いたということは、宣戦布告でもする気かね?」

「いやいや、まさか。まだまだ戦争が出来るだけの戦力が蓄えられてなくてね。君にやられた穴がまだ埋まらない」

 

「で、わざわざこの天才様を呼びつけて、自虐でもしたいのかなぁ。この負け犬」

「はっはっは。酷い言われようだな。まあ、その屈辱は甘んじて受け入れよう。我らは負け犬でしかないのだから。――そうだ。奈落君。ノアⅢとやらはどうなったんだい? ノアⅡは白紙どころか――情報の一つすら残っていないらしいじゃないか」

 

「ふん。ここには居ない大嘘憑きがノアⅡを存在ごとデータもろともなかったことにしてくれた件か。――は。Ⅲ型については鋭意製作中としか言えないな。データの構築からやり直しだ。しかし我々は諦めるつもりなどない。そして、彼の実行してくれたエリート抹殺計画は我々の計画を進めこそすれ、後退はしない」

「それは私の方でも同じだよ。束君の方でもね。エリート共が死んで、世界が混乱し混迷に陥っているこの状況では――我々を邪魔できるほどの勢力などない。ここに居る3名が世界の行く末を決めるのだ。ああ、束君の夢想した世界にはエリートが必要だったかな?」

 

「エリート? どうせ、天才の私以外には頭のいいやつなんてほとんど居なかったよ。だから、“ほとんど”が“全く”になっても何も変わりなんてない。馬鹿を相手にするのと、大馬鹿を相手にすることのどこに違いがある? 寝ぼけたことを言っていると、消す」

「はっは。そんな虚仮威しが通じるとでも? それが出来るのなら、今すぐにでもやっていないわけがないだろう。――ええ。天才科学者様よ。私は戦争狂で異常な人間代表の超危険人物だ。殺せるならとっとと殺して後顧の憂いを立つのが筋というものだ」

 

「……ふん。忌々しいやつだね」

「やれやれ。そっぽを向かれてしまったよ。天才科学者様はお冠のようだ。我々で話をしようじゃないか、奈落君。――どうだね。最近困っていることなんて無いかね」

 

「――そうだな。ゴキブリのような連中が多くて困っているよ。点数稼ぎは性に合わない。まあ、アーカードの性には合っているようだから問題はないがね。彼女はサーチ・アンド・デストロイがお好きらしい」

「――ああ。彼女か。よく見るよ。とても魅力的だ。なんて言ったっけ? あの銃。あの銃だよ。撃てども撃てども尽きない弾でひたすらに生者を嘲笑う。なんて美しいのだろう。命乞いをする敵に容赦なく弾を浴びせる彼女を見ていると絶頂すら覚えるよ。ぜひとも彼女をファックしたい、紹介してもらえるかね?」

 

――ち。と舌打ちして束が顔を背ける。

その言葉はあまりにも下品に過ぎた。

当然、完全無視だ。

 

「ところで、一ついいかい?」

「何かな? 少佐」

 

「もし君が奪われたくないモノがあったとして、どうやって守る? それは人間であると仮定しよう」

「大切なモノなら隠してしまえばいい。自分だけが触れられる場所へ」

 

「――ああ。そういうことではないよ。例えばだ。例えば、とても興味のそそられる人間が居たとしよう。その人間は君の興味を引いたように他の人間の興味も引き、易易と手は出せない状況になってしまった。そこで君はその人間の居場所に潜り込み、親しくなったとしよう。だが、君は他にもやらなければいけないことがある。用事を果たすために外に出たら、彼は無防備になってしまった。――さて、君はどう守る? 彼を奪おうとする簒奪者からどうやって守る?」

 

「簡単な話だ。その人間を奪われる前に簒奪者を全て殺してしまえばいい」

「なるほどね。束君は?」

 

「知らないよ。――けどね。興味のある人間なら、簒奪者だって殺せはしないよ。……なら、奪い返すだけだね」

 

「――で、君はどうするんだね? 少佐」

「私かい? そうさな――」

 

「私には守らなければならないものなど無い。――いや、もう奪われすぎていて、いまさら横からかっさらわれたくらいでは、大笑いするくらいが関の山さ。――そう、俗にいう泣き寝入りだ」

 

「なるほどね」

 

まだまだ酒は尽きず、悪意は淀む。

悪夢は更に深まってゆく。



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うごめく影
第11話 バレンタイン姉妹


「さーてとォ。姉ちゃんよ、知ってっか? 何でも人間を化け物に変えちまう薬があんだと。そいつはすげー“ぶっとび”もんで、一度吸っちまったら辞められないらしいぜ。んで、吸うたびに体が化物になっちまうんだってよ。その化け物をどうすっかーってーと、脳にチップ埋め込んで即席の特攻兵器の完成だっつーのがまた……」

 

IS学園に通じる小道。

そこでガラの悪い二人の姉妹が歩いている。

夜だというのに足元を気にかける素振りすら見せない。

なんだか妹の方は野暮ったくて、いかにも一昔前のギャルという感じがする。

 

「うるさいぞ、ヤン。お前はいつもそうだ。仕事の前にぺちゃくちゃと。しゃべるなら仕事の後だ」

 

どうやら姉と思われる方がペラペラとうるさい妹を黙らせる。

こっちはこっちでいかにも任侠です、と言わんばかりの顔をしている。

その口には安物のタバコが加えられている。

 

「へーへー。わかりましたよ、姉ちゃん。いやー、でも、楽しみでたまんないわ。未来ある子供を殺しまくれると思うとよー」

 

凶悪な笑みが広がる。

その笑みは人を殺したことがあるとでも言うような余裕そうな狂気に満ちている。

だが、手足は細くていかにも頼りない感じ。

こんなんで屈強な整備員を殺せるのか、と疑問に思われる。

 

「ふん。私はお前のような下衆の楽しみには興味が無い。勝手に殺せ。その間に私は――『世界最強』の座を手に入れる……!」

「やっぱりブルジョワな奴らは許せんわ。無駄に金を貯めこんでこっちにはびた一文よこさねえ。甘やかされたメスガキどもに世間の厳しさってもんを教えてやんよ」

 

ふたりはそれぞれてんでバラバラなことを言う。

どうも彼女たちにはそれで十分なようだ。

なにせ――

 

「ならば――」

「行こうぜ、姉ちゃん。ぶっ殺しに」

 

――殺意だけは一級品だ。

殺意をみなぎらせながら、一歩一歩その足をすすめる。

 

 

 

「止まれ! 此処から先はIS学園の土地だ。通行許可証は持っているか?」

 

警備員の男だ。

さすがに外側の警備はしっかりしている。

だが、平和な日本の警備員だけあって装備は警棒のみ。

二人のチームとはいっても、その戦力はたかが知れている。

 

「あー。はいはい。ちょっと待って下さいねー。確か、ここにあったはず――」

 

妹の方はそう言ってごそごそと懐を探りだす。

警備員はこの胡散臭い連中を警戒して注意深く見ている。

だが、それは大いなる間違いだった。

 

「お。あった、あった」

 

そう言って引き抜いたのは銃。

その扱いは無造作で、まるでおもちゃを扱うようだったが――それには人を殺せるだけの威力が詰まっている。

 

「おま――!」

 

驚く警備員に向かって躊躇なく引き金を引く。

二発の銃声がひびき、二つの死体が生産された。

 

警備員が取れる行動は一つだけだったのだ。

それは一目散に逃げて、仲間に不審者を知らせること。

それ以外の選択をした時点で、彼らの運命は決まっていた。

――そう、死という運命が。

 

「姉ちゃん、どうするー? こいつら、まるで危機感ないでやんの。襲われるかも、なんてちびっとすら考えてないみたいだったぜ。これならIS学園をやっちまうのも簡単かもな―」

「調子に乗るなよ、ヤン。こいつは男だ。ここは天下のIS学園だぞ。女が出て来てからが本番というのを忘れるな」

 

姉妹は死体を踏みにじりながら先に行く。

 

 

 

「うお?」

 

歩いて行くとサイレンの音が鳴り響いた。

学園には未だに到達しては居ないが、先の一件からゆうに三分は経過している。

度し難い平和ボケといえるだろう。

 

兎にも角にも、ようやく学園生の避難は開始され、教師部隊のISが準備され始める。

 

「やー。どうする、姉ちゃん。景気付けに適当にぶっ放しちゃう?」

「やめておけ。無駄弾は使うな。お前はどうも無駄な浪費を好むくせがあるようだ」

 

すげなく却下された妹は口をとがらせる。

姉の方はというと、むっつりとした顔のままじっと学園を睨みつけている。

そのまま1分ほど歩くと。

 

「あーあー。なんだこれ? 特に妨害もなく学園についちゃったんですけどー?」

「ふん。無駄な罠に時間を取られるよりも余程いい。それに、妨害なしとは行かないようだ」

 

顎で上空を指し示す。

人間の耳では何も聞こえないはずだ。

しかし、何かを聞き取ったということは彼女たちは人間ではないのだろうか。

 

「そこの二人。あなた達はISによって包囲されています。すぐに武装を解除し、両手を上にあげなさい」

 

音もなくISが降りてきた。

そもそもISは慣性制御装置(PIC)を使うことにより加速度を必要とせず速度のみを得られるので、原理的には風切り音以外の音はしない。

そして、わざわざ風切り音を鳴り響かせて登場する馬鹿な鎮圧部隊はいない。

 

数は五体。

その銃口は全て姉妹へと向けられている。

使用機はすべて同じ量産機――ラファール・リヴァイヴ。

 

「えー。私達ぃ、ただの通行人っていうかー。無害な一般人なんで、そこんとこよろしくー」

 

ヤンはその状況でもふざけてみせる。

教師部隊は青筋を立てるが、彼女はそれすら笑っている。

生意気な糞ガキども。

部隊にはそうとしか見えない。

危機感がないのは誰も同じ。

 

「ふざけるな! お前が人を殺していたところはカメラに写っている。武装解除を拒否するならば撃つぞ!」

 

ことさらに音を立てて銃を構え直す。

そんな暇があるのなら足にぶち込んでおくべきだった。

すでに手を出されたのに、相手がどうので――報復することすらおぼつかない。

配慮する暇があったら、当然攻撃すべきなのだ。

相手に攻撃するのが最優先で、自分の悪いところを考えるなんて相手を殺してからでも十分なのに。

ただただ舐められて、いざというときは遺憾であると言い残して抵抗できずに死ぬ奴ら。

――それが日本の選抜した、学園を任せている人間の姿だった。

 

「やれやれ。こいつは――殺っちまうのが良さそうだねぇ」

 

ヤンが唇を歪めて言ったその時にはもう――“終わっていた”。

彼女はポケットに手を突っ込でいただけだった。

憮然とした目で姉を見る。

 

「駄目だな、遅すぎる。殺ると考えてからでは遅すぎるのだよ。“殺る”と思った――”その瞬間”には行動は終わらせろ。それが出来ないからお前はただのママっ子(マンモーニ)なんだよ」

 

ルークの攻撃は素早く、一瞬でISのシールドを切り裂き0にした。

当然、ISはすでに身にまとっている。

とてつもない”速さ”、そして攻撃力。

さすがに世界最強に手をかけようとしている者なだけはある。

 

「うう――」

 

倒れたISからうめき声が響く。

いかに強力な一撃ではあっても、それだけでは操縦者にまでは傷をつけられない。

絶対防御が守っているのだ。

だが、生命はあってもISは沈黙し手も足も出せない。

それこそ、恨みがましく敵を見上げる以外にできることはない。

 

「あっはっは。こいつら、まだ生きてやんの。そんなんだから、弱っちいままだってのに――。殺しちまおうか?」

「やめておけ。ここで無駄に時間を使うことはない。お前にも任務があるだろう。お楽しみの前に、まずはそっちを終わらせろ」

 

ルークはギロリとヤンを睨む。

それもそうだ。

実は姉妹のほうが切羽詰まっているのだ。

手柄を挙げなくては――。

鎮圧部隊の方は悪くて減給で済むだろうが。

 

「へいへい。わかりましたよ。――姉ちゃんは」

 

それでも気楽そうなヤン。

余裕が有るのか。世を舐めているのか。

――それとも、考えるだけの頭すらないのか。

 

「私は――最強になってくる」

 

自信に満ちた物言い。

その源は、現実か――それとも妄想なのか。

 

「じゃ――」

 

ヤンもまたISを纏う。と同時に入り口のシールドを切る。

こちらも凄まじいまでの速さ。

装着から攻撃までのタイムラグがない。

攻撃速度にしたって世界で通用するレベル。

 

「征きますか」

「征くぞ」

 

姉妹は別れ、学園内を猛スピードでかっ飛んでいく。

 

 

 

「山田先生、俺を行かせてください!」

「私もお願いしますわ。この状況で黙って見ていられなどしませんもの」

 

避難させようとしている山田教諭にたてつく。

周りの生徒達は我先にと逃げた。

残っているのは一夏とセシリアのみ。

そして、奈落の姿はどこにも見えない。

一応、自室に居るはずなのだが……。

 

「でもでも、危険ですよ。相手は正体不明のISなんですから」

 

気迫がみなぎっている生徒に対して先生の方はおろおろとしていた。

それでも、生徒を危険な場所にはやれないという姿勢は変えない。

だが、鎮圧部隊に所属していない以上、ISは動かせない。

それを使うのは他の人間の役目だ。

そして、他の人間というのは決して生徒たちのことではない。

 

「それでも、です。専用機持ちがただ守られているだけだなんて、何のためのISですか!?」

「そうです。私はこういうとき守られるためにISに乗ったのではありません。力あるものの義務として、他の方々を守るために私は厳しい訓練に耐えてきたのですわ」

 

生徒の方も頑として譲らない。

どんな危険があろうとも前に進むという絶対の意思が伝わってくる。

 

だが、そこに乱入者が現れる。

文字通り、落ちて――天井を突き破ってきた。

 

「あー。はい。どうもどうも。そういうのは要らないんですよねー。お涙頂戴の師弟愛ってか?」

 

ヤンだ。

 

「「「!?」」」

 

全員が緊張する。

だが、その瞬間に装着とは行かない。

絶対的にこういう危機的事態に対しての経験値が不足している。

 

「貴方は誰ですの!?」

 

ISを装着しながらセシリアが問う。

それでも展開速度は遅すぎる。

 

「アタシかい? アタシの名前はヤン。ヤン・バレンタイン。お前らピチグソを屠殺しに来ました。きゃは」

 

ウインクなどしてみせる。

はっきり言って、生理的な拒絶反応を引き起こすようなおぞましさを感じる。

まるで、人の形をした汚濁を目の前にしたかのような――。

 

「何を……!」

 

うめく一夏。

ここでようやくISを装着する。

彼女にその気があったら百回は殺されている。

 

「お下がりください、山田先生。この方は私がお相手しますわ!」

 

ライフルを構えようとするセシリア。

体で山田教諭を隠す。

それでは逆に自分が無防備だ。

 

「はは。…….遅いんだよ」

 

二人の準備が終わらぬうちに――とてもではないが片手では支えられなさそうな重機関銃を両手に構え終わっている。

当然、撃たない選択肢などあろうはずがない。

――連射する。

音の連なりが死の協奏音(オーケストラ)を演出する。

 

「「――っ!」」

 

一夏たちはかわせない。

後ろには生身の山田教諭がいる。

ここから一歩でも退いたら、後ろにいる人が蜂の巣になってしまう。

 

体よりも心を削る銃撃音。

ただひたすらに耐え忍ぶしかない。

 

「セシリア!」

「なんですの?」

 

コアのネットワークを使って内緒話を試みる。

ヤンの方を見てみると――。

 

「ヒィ――――、ハァァ――――! ヒャハハハハハハハ!」

 

明らかにどこかに逝っていた。

 

「俺がお前を守る。だから、攻撃は任せた」

「了解しましたわ」

 

決意をみなぎる目を向ける。

それだけでセシリアには十分だった。

 

「よし。やるぞ」

「ええ」

 

うなずき合う。

 

 

 

「山田先生は逃げてください。後は俺達が引き受けます」

「あぅぅ。後はお任せします」

 

生身の山田教諭にISと戦う力はない。

だが、いくら逃げたくても逃げられないのだ。

この銃撃のオーケストラの前には。

 

「さあ、私達の舞台ですわ。お行きなさい、【ブルー・ティアーズ】!」

 

ビットが解き放たれ、牙を向く。

銃弾の雨の中を無様に揺れながら――それでも懸命に敵を目指す。

 

「アアン? ちっこいカトンボがふよふよと。撃ち落としてやんよォ!」

 

ヤンが突拍子もなく絶叫する。

まるで麻薬中毒のような有様。

だが、狙いは正確だ。

見る見るうちに飛行不可能になるまでボロボロにしてしまう。

 

「やらせませんわ!」

 

だが、まだビットは残っている。

ビットは射線から逃れ、着実に攻撃を当てていく。

ボロボロになってもまだ、意地で飛ぶ。

 

ここで目配せをする。

明らかにヤンは目の前の鬱陶しいビットに夢中で――こちらの方には注意を向けていない。

脱出には絶好の機会。

山田は息を殺してその場を脱する。

 

 

「こんのォ! なら、操ってるテメェからぶっ潰してやらァ!」

 

銃口をセシリアに向ける。

しかし、もはや後ろには誰にもいない。

これで全力を出せる。

 

「させるか!」

 

一夏が盾になる。

激しい衝撃が頭を揺らすが、セシリアには一発も届かせていない。

 

「ちィィ! てめェらァ!」

 

一夏の後ろからセシリアが射撃する。

アクロバットな飛行で射撃をかわすヤン。

とてつもない――まるでサーカスみたいな格好までして避けている。

そうまでしなければ、至近距離から攻撃のみに集中するセシリアの攻撃を避ける事などできはしない。

見事なまでのチームワークだ。

 

「このまま――」

「このまま、なんだってェ?」

 

ニタリと笑ったヤンはその動きを加速させ、あっというまにビットを全て撃ち落としてしまった。

――動きが速すぎる。

ハイパーセンサーでも目がついていけないほどの速さ。

反則もいいところだ。

もはや第二世代どころか第三世代すら超えている。

世代の枠を捨てて速さに特化した機体なのだろうが――脅威という点では代表候補生に対処できるレベルではない。

 

「わ、私の【ブルー・ティアーズ】が全滅――?」

「ボケっとするな、セシリア! 来るぞ」

 

呆然とするセシリアに活を入れる。

だが、この戦力差は気合を入れたところでどうしようもない。

あまりにも強すぎる敵が襲い来る。

 

「ひゃっはぁ! こいつで消し飛びなァ」

 

取り出したのはグレネード。

エネルギーを消耗した一夏にこれを耐えるだけの余力は――ない。

そして、グレネードの砲弾自体がどれだけのろくても発射するヤンは速すぎて、とてもかわせはしない。

 

文字通り、呻くことしかできない。

時間の余裕などはない。

どうするのか――その判断をする時間はもはや……。

 

「「ぐ……!」」

 

うめき声がこだまする。



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第12話 夜明け

ヤンがグレネードを構える。 

グレネードが叩き込まれる。

そもそも白式に盾はついていない。

詰み、だ。

この攻撃を耐えるすべはない。

轟音が響き、黒煙が満ちる。

 

そして、一条の光が黒煙を貫く。

 

「っは! バレバレなんだっつーの」

 

ヤンは軽やかにかわし、黒煙の中に突入する。

わずかに残ったセシリアのエネルギーを0にするために。

動けなくしてしまえば――殺すも犯すも自由。

そして。

 

「おおおおおおおおお!」

 

一夏の叫び声。

エネルギーが0になり動けなくなっても、声は出せる。

これは意味もなく無力に泣き叫ぶ声――ではない!

気合の入った、必殺の声だ。

だが、あの場で耐え切る手段なんてなかった。

盾など持っていなかったはず。

 

「んな!? 織斑一夏! お前、くたばったはずじゃ――」

「セシリアにかばってもらったのさ――。終わりだ【零落白夜】!」

 

そう、攻撃が当たる一瞬。

その時に、セシリアは目の前の一夏を引き釣り倒して盾になった。

 

在り得ない話ではあるが、逆に一夏がセシリアを盾にしようとしても間に合わなかった。

それが盲点。

初めから友情や愛など頭にない自己中心的なヤンには自己犠牲など想像もできない。

それが、この“あり得ない”状況をつくりだした。

 

「くぉの!」

 

かわそうとする。

――が、かわせない。

速すぎる動きは、時として自らを縛る。

そう、車は急には止まれないのだ。

 

「俺達の勝ちだ」

 

零落白夜がヤンのISのシールドを切り裂き、絶対防御が発動――しない。

赤いものが飛び散る。

 

「――な!?」

 

血しぶきが舞う。

明らかな致命傷。

それを負わせたのは一夏。

 

だが、そんな後悔に浸る暇などなく――

 

「甘いんだよォ! この糞ガキどもがァァァァ」

 

至近距離で銃口を向ける。

逃げられない。

かわせない。

そして、エネルギーも保たない。

“詰み”だ。

 

「一夏さん!?」

 

セシリアの顔に絶望が浮かぶ。

 

「ひゃは!」

 

悪魔的に嘲笑うヤンの顔が――真っ二つに割れた。

いや、顔だけではない。

体ごと一刀両断にされ、絶命する。

 

「ツメが甘いな、この馬鹿者共」

 

二人がかりで苦戦して、倒したと思ってもなお復活してきて一夏を襲った敵は突如姿を表した織斑教諭によって殺された。

理由は一夏の攻撃は致命傷であったが、人を殺したという重荷を彼に背負わせないために自分がわかりやすく殺してみせたというところだろうか。

少なくとも、万人が納得できる理由にはなる。

 

だが、一夏が衝撃を受けなかったかと言われれば、そんなわけがない。

人を切った感触は未だに手からはなれない。

そして、セシリアも。

 

「織斑先生、何時から見ていたんですの?」

「山田先生がこの場から退避したあたりからだ」

 

顔を青くしたセシリアが尋ねる。

人が真っ二つにされた様を直視させられたのだ。

当然――いや、褒め称えられても良いほどだ。

むごたらしく殺された他殺体など生まれてこの方見たことなどなかったのだから。

 

「ほぼ最初からじゃありませんの……」

 

始めから助けて欲しかった、という視線。

この闘いは経験値にはなったが、あの死体を見たことで収支は見間違えのないほどの赤字。

 

「ふん。この私があの程度の敵に1秒以上の時間をかけなければいけないとでも思っているのか?」

 

さらりと受け流して答える。

とんでもないことを涼しい顔で行っているが、これが彼女だ。

世界最強の名をほしいままにする女。

彼女の闘いは一瞬過ぎて、描写する価値すらなかったということか。

 

「――ええ。私達は二人がかりでもあそこまで苦戦いたしましたのに。……もしかして、こちらの敵のほうが強かったんですの?」

「さあな。雑魚は雑魚だ。どちらが強いかなど私は知らんよ」

 

実際はヤンとは比べ物にならないほど彼女が相手したルークは強かった。

第4世代に匹敵するほどの速さに振り回されるだけのヤンとは違って、ルークは完全に速さを己が武器としていた。

1秒で倒されてしまったのだから、何の意味もないが。

 

「凄いことをおっしゃいますのね。さすがは世界最強(ブリュンヒルデ)

「そんなお世辞を言っても訓練は優しくしてやらんぞ」

 

心からの尊敬を切って捨てる。

そんなものにはうんざりだ、とでもいいたげな。

 

「問題ありませんわ。むしろ、もっと厳しくしてくれても構いませんのよ」

「ならば、とびっきり厳しくしてやろう」

 

戦闘の緊張がだんだん溶けてきて調子を取り戻してくるセシリア。

そこまで甘くはありませんのね、と舌を出してみせる程度には回復した。

織斑教諭もまた、そんな彼女を見て柔らかい微笑みを浮かべる。

 

 

 

「そんなことより、千冬姉。――殺したのか?」

 

そんなあったかい空気の中でひたすらに手を握って閉じてを繰り返して、その中の何かを見ようとでもしている一夏。

表情はかたく、何かを悔い改めている。

人を切った感触は彼の精神を深く傷つけた。

そして、傷つけた相手に謝ることもできなくした――殺した人間に是非を問う。

 

「織斑先生と呼べと言っただろう、この馬鹿者。――ああ、そうだ。殺したよ」

 

ふるふると首を振って言う。

まるで、“悪いことだが仕方ないんだ”とでも言うかのように。

彼女もまた悔いている。

もっと良い解決法はなかったのか。

成長を促すなど悠長なことは考えずにさっさと殺しておいたほうが良かったのか。

そう――考えずにいられない。

 

「それ以外に方法はなかったのか?」

「なかった。あのISに絶対防御は搭載されていない。殺す以外に止める方法など存在せんのだ。貴様が説得してくれるのなら話は別だがな――。しかし、奴らは警備員を殺している。まともに話ができるとは思えんがな」

 

だが、殺したことについては後悔も懺悔もなかった。

それは仕方ないことだ。

理想ではなく現実、その視点に立った時、答えはそれが一番だった。

 

人を殺さない、というのは理想論だ。

そう、漫画の世界ですらない妄想。

都合の良い現実しか見れない愚か者の理論。

ただペンと紙のみを持って世界に相対するならそれでも良いだろうが――。

 

「――そうなのか。いや、わかった。それなら、いい」

 

圧倒的な現実を受け入れる。

一夏は現実から目をそらせるほどには気楽な思考を出来なかった。

後は、どうにかして自分の心に折り合いをつけるだけ。

 

「……ふん? あまり思いつめるなよ。奴らは所詮人をなんとも想わないテロリストでしかない。戦争屋気取りの、ただの異常者だ」

 

そんな彼に、姉はただ気にするなという。

いずれは慣れるだろう。

しかし、それは果たして正しいことなのか。

 

「それでも、人は人なんだよ。……あの感触。人を斬った感触が手から消えないんだよ」

 

震える手で言う。

――助けを求めている。

この残酷な世界で。

 

「なら、篠ノ之に稽古でも付けてもらったらどうだ? 竹刀でも握れば気が紛れるだろう。――いいか。くれぐれも妄想だけはするな」

 

突飛な言葉で締めた。

体を動かせば嫌なことは忘れられる。

なるほど、それは正しい。

おまけに体の健康にもいい。

――だが、妄想するなとは?

 

薄暗い部屋にこもって一人考え事に沈めば、たしかに気は落ち込む。

だが――。

それならそうと言えばいい。

妄想するな、なんて迂遠にも程がある。

なら、そのままの意味――本当に妄想を禁止するというだけなのだろうか。

だが、妄想禁止など何をしたいのか。

妄想をさせないことが何を意味するのか全くわからない。

……以前にも同じことを言われた。

だが、その時も異身は判然としなかった。

 

「今日はもう遅い。さっさと寝てしまえ。寝不足は集中力に悪影響を与えるぞ。……オルコットもな」

 

疑問に何の回答も示すこともなく消えていく。

襲撃を受けたのだから教師にはやることが一杯あるのだろうが、一夏の気持ちは宙ぶらりんだ。

もっとも、それは落ち込みがちな心を他の物事にそらしてくれるということでもあったが。

 

「はい。おやすみなさい、織斑先生。一夏さんも」

 

セシリアが追従して去っていく。

もう夜も遅い。

いい加減に寝たいのだろう。

 

「ああ。お休み、セシリア」

 

手を上げてふらふらと部屋に戻ろうとする一夏。

もう織斑教諭は消えている。

セシリアはきょろきょろと当たりを見渡すと――。

 

「あの、一夏さん?」

 

戻ってきて声をかける。

何だか妙に頬が紅潮している。

――緊張している。

 

「え? もどったんじゃ……」

「そんなものは織斑先生の前のポーズですわ。実は私、怖くて一人じゃ寝られそうにありませんの。……一緒にいてくださる?」

 

しなを作って身を寄せる。

セシリアにそんなことをされたらさすがの一夏も顔を真っ赤にせざるを得ない。

彼女は誰もが美人と認めざるをえない容姿を持っている。

そんな彼女が身を寄せてきたことで、腕に柔らかいものの感触まで感じてしまって――。

 

「いや。男が女と寝るなんて、その……まずいだろ?」

「私、一夏さんとだったらかまいませんわ」

 

きっぱりと断言する。

不安とかは全くなかった。

ただ、顔を真っ赤にしているが。

 

「いや、やっぱりまずいって」

「なぜです?」

 

「いや、ほら――。専用機持ちは国家の機密情報を抱えていることがあるから、他の人間を部屋にいれてはいけないって、奈落が」

「なら、一夏さんが私の部屋に来ればよろしいのですわ。それなら問題無いですわよね」

 

「で、でも――」

「もう! デモもストもないですわ。私が勇気を出して迫っているのですから、貴方の度量を見せてください。懐の浅い殿方はモテませんのよ」

 

「そういう問題じゃなくてだな――」

「ええ。そういう問題ではありません」

 

「は?」

「早く行きますわよ。このままだと夜が明けてしまいます」

 

「お、おい――」

 

セシリアが一夏と腕を組んで。強引に引っ張っていく。

その足取りには微塵も恐怖が見られない。

 

 

 

朝には目を隈に縁取らせた一夏と、覚悟は済ませておきましたのに……とうなだれるセシリアの姿があったとか。

 



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第13話 第2の幼なじみ

「何時間待たせるわけよ――?」

 

不機嫌に眉を寄せる少女が不機嫌そうに腕を組んでいる。

妙にちびっこくて、ちんちくりんと言う言葉が似合いそうな背格好をしている。

だが、その小さな体には自負と、それに苛立ちが詰まっている。

 

まったく、もう――。

この分じゃ夜が明けちゃうわね。

客を何時間も玄関で足止めするって、いつの間に日本の常識は変わったのかしら?

まあ、なんだかスタッフが忙しそうに動いていて、なにかが起こったのはわかるけど。

こっちは中国から来てるんだから、さっさと休ませなさいよ。

久しぶりに帰ってきたらこれよ、もう。

 

そう、胸中でつぶやく。

いい加減我慢の限界であった。

事情も知らされず何時間も足止めを食って、もう朝だ。

こちらはわざわざ夜に来たと言うのに。

 

「お、お待たせしました。こちらへどうぞ」

 

私の不機嫌なオーラに当てられたのか、案内してくれる人は微妙に顔を青くしている。

言っちゃなんだけど、ちょっとスカっとするわね。

まあ、そんなことより早く寝たいんだけど。

ただ、まあ――

 

「なんでこんなに警戒が厳重なのよ?」

 

ここに来たことはなかったけど、今が厳戒態勢なのはさすがに見て取れる。

あたしは一夏ほど鈍感じゃない。

いくらこの凰鈴音(ファン・リンイン)様が来るからって、これはおかしい。

異常なほどの警戒心を随所から感じる。

絶対に何か不測の事態が起こったはずだ。

私は中国の代表候補生だから、原因を調べあげて本国に報告しなくちゃいけないんだけど――今日は無理ね。眠い。

 

この質問だって、まともに答えてもらえるとは思ってない。

なにか拾えたら儲けもの。

反応を見るだけで十分価値がある。

 

これは世間話ではない。

れっきとした闘いだ。

情報戦という名の。

まあ、面倒臭いことは高官連中がやればいいけど。

 

「それは――、中国の代表候補生様が来るというのに不手際があってはいけませんから」

 

「待たせるってのも十分不手際じゃない?」

 

下手ないい訳ね。

こんなの信じるわけないじゃない。

ま、自分で調べるしかないか。

 

どうやら、及第点は与えられないらしい。

明らかに嘘をついたそぶりがあった。

日本人は明らかに情報戦というものに無知だが、IS学園の職員ですらそうだった。

 

「そ、それにつきましては――」

「まあ、それはいいのよ。待ち時間は終わったわけだし。一つ聞きたいんだけど、いいかしら?」

 

ここに来たのは、高官共に言われたからだけど、それだけじゃない。

一夏に会える。

そう思ったからこそ一も二もなく引き受けた。

あたしは一夏のことが、そう――、あれよ。

ああ、もう!

考えただけで恥ずかしくなってきた。

 

こっちはこっちで自分のことに夢中になってしまった。

馬鹿な日本人からいくらでも情報を引き出すチャンスだというのに。

まあ、彼女は高校生だ。

それも正式な訓練は受けていない、半年前まではただの一般人だった普通の。

きっちりと職業訓練を受けた公務員とは違う。

 

「は、はい。私が知っていることなら何でも――」

「じゃ、織斑一夏ってやつのことを教えてちょうだい」

 

彼女は赤くなった顔を隠すように胸を張る。

まあ、そもそも胸なんて殆ど無いのだけど。

 

一夏はここで何をしてるのかしら?

きっと趣味は変わってないわよね。

少しは強くなったりしてるかな。

ただ、心配事もあるのよね――。

この学院は女ばかり。

だけど、まさか手を出すことはないでしょう。

だって、私と約束したんだから。

そう、あの約束。

絶対に忘れたなんて言わせない。

待ってなさい、一夏。

このあたしが来てあげたわよ。

 

「この学院で二人きりの男子生徒ですね。では、基本的なことから――

 

本国の方では聞けなかった一夏の様子。

その貴重な情報に耳を傾ける。

 

 

 

「なるほど、参考になったわ。ありがと。で、これからあたしはどうしたらいいわけ? 徹夜のまま授業に参加する?」

 

さすがに、それは勘弁して欲しいのだけど。

このままだと居眠りしそうだ。

流石に初めの授業で堂々と居眠りするほど恥知らずではない。

――ないけれど、やっぱり辛い。

 

「いえ。凰様に置きましては、今日一日はお部屋で休んでもらい、授業には明日から参加するようにと言付かっております」

 

そ、良かったわ。

これで寝れる。

あたし、あまり徹夜ってしたことないのよね。

 

「じゃ、さよなら。あんたも、もう少しはっきり喋りなさい」

「は、はい。気をつけます。それでは……」

 

スタッフが出て行くのを見届けて、ぱぱっと荷物を片付けてしまう。

なにせ荷物はボストンバッグ一つだけなのだから。

花も恥じらう女の子がこれでいいのかって気もするけど――ま、性分だし。

 

さて、さすがに眠いわ。

シャワーをあびるのがまだだけど、まあいいわ。

起きたら浴びましょう。

この後すぐに用事があるわけでもないし。

 

 

 

こんこん、と扉を叩く音が聞こえる。

来客?

それも、入居初日からなんて。

いや、

 

「一体、誰よ? 私がこの部屋に入居してきたことなんて知ってる人はほとんどいないはずなんだけど――」

 

そう言って扉を開ける。

言っては何だが、私は不用心だったのだろう。

治安の良い日本に帰ってきて気が抜けたのかもしれない。

だから――

 

「きゃあ!」

 

扉を開けた先にあった銃口に悲鳴を上げてしまった。

なんて、不覚!

 

「こんにちは。こんなことで悲鳴を上げるようでは、この学園でやっていけるかは怪しいな。別に一夏に関わらないというなら、その程度で構わないのだろうが」

 

相変わらず銃口を向けている相手は全然知らない男だ。

……男?

つまり、こいつがこの学園のもう一人の男……!

高官共が耳にたこができるくらい、こいつには気をつけろとうるさかったけど――。

まさか、初対面の私にいきなり銃を突きつけてくるようなイカれた奴だったとはね。

 

「あんた、一体何? いきなり人に銃を突きつけて――。代表候補生に向かってそんなことをするってことは、それ相応の覚悟をしているんでしょうね」

 

代表候補生であれば、専用機を持っている。

そんな人間に銃を突きつけるなんて、殺されても文句は言えないわよ。

女ならなんとか言い訳もつくかもしれないけど、男じゃあね――。

 

「相応? たかが女子供に銃を向けるだけで、何を覚悟しなければいけないのかな。聞けば、君のISは第三世代機だそうだが――君ごときでは適当に動かしてそこそこのデータを提供する程度が関の山だ。まあ、一般人であれば君にすら敵わないのかもしれないね」

「へぇ? あたしがISの性能におんぶにだっこされているような素人って言っているわけね。……上等じゃない、表に出なさい。叩き潰してあげるわ、神亡奈落」

 

キレた。

ぶん殴ってやる。

 

「ほう? 私の名前を知っているか。少し驚いたよ、君に人の名前を覚えられる頭があったとはね。これは安心だ。返り討ちにしても三秒で忘れられては面白くない」

「ふふん。いい度胸してるわ。このあたしにそこまで言えるなんてね。アリーナはどこよ?」

 

「こっちだ。ついてきたまえ」

 

とことんまでムカつかせてくれるやつね。

いいわ。

その女々しい顔が膨れ上がるくらい殴ってやる。

泣いても許してやらないんだから。

 

 

 

 

しかし、こうして歩いていると不気味ね。

生憎と私は「きゃー」とか言う人種じゃないけど。

 

「実を言うと、君の能力はそれほど酷いものではない」

 

は?

いきなり何言い出してんのよ。

ってか、前言撤回に見えて全く撤回してないわね。

あたしのことを馬鹿にするのもいい加減にして欲しいんだけど。

 

「――で? 強い奴がいなくてつまらないとかそんな話? 安心なさい、あんたの馬鹿馬鹿しい自惚れはあたしが叩き折ってあげるから」

「そう、問題は君が弱いことではなく――誰も彼もが弱すぎるということでしかない。全員が弱いのだから、別に無理してまで強くなる必要はない。……特殊な事情がなければ。運が悪いのはまさに――そう、不運としか言いようがない。……最悪だ」

 

あたしのことをさらっと無視して話し続けやがった。

今からでも、ぶん殴ってやろうかしら。

 

「そう、特殊な事情。亡霊が一夏を狙っているということ。別にそれだけなら問題なかった。問題は今生きている人間全員、誰も彼もひっくるめて運が悪いこと。強さも何も関係ない。幸せに生きられるかなど、それこそ運次第でしかないのに」

「――は?」

 

え?

なに?

一夏が怪しい奴らに狙われている、なんて、そんなこと――。

いや、あいつは世界でただ二人の男性IS操者だ。

そんなこともあるかもしれない。

どんな手段を用いて乗ったのかわからないコイツを研究するよりも、よっぽど価値がある――!

 

「だが、奴らは宣戦布告まで出しやがった……! もはや、運が良い方に転がることはない。これはもう、“ざまあみろ”と言わんばかりだ。ならば、わずかな石ころを投げこんでやろうではないか。貴様の思い通りになど、絶対にさせてなるものかよ!」

「待って! 一夏が狙われている、って。宣戦布告って何の話よ? あたしは聞いてないわよ!」

 

冗談にしても洒落にならないものばかり。

こいつは何を知っているっての?

それよりも、一夏は……。

一夏は無事なの!?

 

「――は! 彼は無事だよ。あと少しで敵を殺れたらしいがな、血にビビったところを姉に助けられた。まあ、慣れないうちに殺しを体験して心をやられるよりかはマシだが。しかしこれでは何もかも少佐の思い通りだ。まったく腹立たしいことに」

 

――少佐?

そいつが亡霊とやらを率いてるの?

これは失言ね。

後できっちりと少佐とやらを調べさせてもらうわ。

それに、ひとまずは一夏も無事みたい。

 

「へぇ。あんたはその少佐ってやつにしてやられたみたいね。ふふん、無様なこと」

 

あれだけ私をあざけってくれたのだ。

反撃してもいいだろう。

 

「くっくっく。そのとおりだよ、してやられたのさ。だが、最期に勝つのは私だ」

 

その顔は絶対の自信に満ちていて――、人間のようではなかった。

屈辱や敗北ですら楽しんでいる。

ありえない。

屈辱は嫌だからこそ、経験すらしたくないと思うからこそ屈辱と呼ばれるのだ。

自分が嫌だ、と思う気持ちを楽しめるなど人間ではない。

思考そのものが矛盾している。

面白くないものを面白く思う。

この絶対矛盾こそを人は奈落と呼ぶのだろう。

 

「さて、ここがアリーナだ。ISを持って来ていないなんてことはないだろう?」

「――当然」

 

待機状態のアクセサリーをかざしてみせる。

腕を振りかぶって――

 

「「勝負!」」

 

ISを装着。

目と鼻の先から双天牙月で斬りかかる。

青龍刀の一撃をどう避ける? 神亡奈落――!

 

「は?」

 

あろうことか、そいつは手榴弾を放ってきた。

――正気!?

確かに基本装備の一つには含まれていたと思うけど……それじゃ自爆じゃない。

動きを止める。

それから腕をかざして防御態勢に。

 

「やはり、この程度の戦術にすら対応できんか」

 

ムカつく声が聞こえた。

そして、爆発。

 

「――ぐっ! そうか……! あのまま斬りかかっていれば、斬れたのに」

 

後悔は後。

別に大したダメージは受けてない。

神亡はどこに行った?

自爆まがいまでして距離を離したのだ。

射撃が来る。

なら、龍咆で向かい撃つ!

 

「来なさい!」

「ならば、行かせてもらおうか」

 

声が聞こえてきたのは――、後ろ!?

爆風に乗って距離を離したんじゃ……?

 

「あがっ!」

 

重厚な音とともに大口径の弾丸が幾発も背中を叩く。

衝撃が体を貫いて――かなり痛い。

あいつ、後ろをとったからって馬鹿でかい機関銃なんて。

まずは迎撃より、射線から逃れなきゃ……!

 

「それで逃げているつもりか? 龍咆はどうした――。空間に圧力をかけて射出する見えない銃弾。たとえ空気を圧縮しても、ハイパーセンサーがある限り普通の銃弾と同じように見える。だが、空間そのものを弾にする龍咆なら話は別。見えない銃弾をかわすという経験を一度くらいはしてみたかったものだが――」

 

野郎! ふざけんな。

そっちがそう言うなら、見せてやろうじゃない。

龍咆の力を!

 

銃弾の雨の中で強引に体をねじって集中。

龍咆を起動。

 

「喰らえぇ! 喰らって堕ちろぉ」

 

そして射撃。

 

「ええ――?」

 

かわしてる?

見えない砲弾を……。

何発撃っても全然当たらない。

だけど、アイツの銃弾はあたしのエネルギーを着実に削っていって――。

 

「やはりな。操縦者が狙っているなら、回避は可能。操縦者が狙っているエリアに入らなければいいだけの話。狙っても当たらないなんて基本的なことを、なぜ知らないでいられるのか――」

 

奴には独り言をぼやくだけの余裕がある。

あたしの龍咆をかわし、さらには機関銃でエネルギーを着実に削っていながら――そんなふざけた真似ができるなんて。

 

「――え?」

 

機関銃を捨てた?

何のつもりよ。

まだ弾は十分余っているでしょうに。

だって、弾切れになるほど私はかわせてない。

 

「まあ、これだけで仕留めるのもアレだろう。お前が弱いことを証明するには、これだけでは足りんだろうからな。負けたのを龍咆の性能のせいにできてしまう」

 

つまり、あたしを舐めてるってことじゃない。

絶対に一撃は入れてやる。

ここまで舐められてあっさりとやられたんじゃ、あたしの女が廃る!

 

「はあああ!」

 

二本の青竜刀――双天牙月を連結。

龍咆を撃ちまくりながら、手に持った双天牙月を回転させる。

――接近戦なら!

 

「適当に撃つのは正解だ。しかし、技能が足りん」

 

予想通り、龍咆は全部かわされる。

けれど、それくらいは予想済み。

本命は接近戦よ!

突進して、そのまま最高速を維持しながら突く。

 

「……っ!」

 

最速の一撃。

――あたしができうる限りで最高の。

これなら……!

 

「――あ?」

 

私の全力の一撃は、あっけなくかわされた。

あいつの手には青龍刀。

あたしと同じ武器。

どこまで馬鹿にするのだ。

 

けど、あたしの体勢は先ほどの一撃を放つので崩れきっていて。

あいつの攻撃をどうすることも出来ない。

何もできない。

あいつの持つ青竜刀が閃く。



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第14話 強者となること

「さて、お前たちもしっかりと見ていたな?」

 

奈落がそう言うと、一夏、セシリア、ついでに箒が出てくる。

鈴音は呆然として――

 

「はは。一夏、感動の再開のはずがこんな無様な姿を見せることになるなんてね。笑いたければ笑うといいわ。せっかく代表候補者になったのに、この様よ」

 

崩れ落ち、自己嫌悪に身を沈める。

その姿は悲哀に満ちている。

小さい矮躯が更に小さく見える。

 

「いや、奈落は強すぎるから仕方ないと思うぞ。俺としてはあれだけ喰らいつければ十分すごいと思うんだが。――ああ。忘れてたけど、久しぶり、鈴音」

 

慰める一夏。

やはり顔を掴まれて飛び回られたり、殴られたりしたことは精神に深く刻み込まれているようだ。

認識の上ではブリュンヒルデと同格だったりする。

つまり、敵うわけがない。

 

「なんで、そんなにあっけらかんとしてるのよ――。もういいわよ、どーでも。あんた、何がしたかったの?」

 

うんうんとうなずき、同類の視線を向ける一夏に毒気を抜かれる。

同じならまあいいか――なんて、思ったりする。

 

「君たちを強くしようと思ってね」

 

そんな微笑ましげな空気を無視して奈落は自分の用事を果たす。

あまり前後の会話との整合性が取れていないが、彼にとっては筋が通っているのだろう。

 

「はぁ? そんなちょっとやそっとで強くなれんなら誰も苦労しやしないわよ」

「そう思うかな、鈴音。まあ、それも状況次第だ。一夏の例では簡単だ。一夏、鈴音に白式のことを教えてやれ」

 

何を思ったか、いきなり変なことを言い出したかと思ったら、すぐにまた訳の分からない方向へ会話をねじ曲げる。

もはや何をしたいのだか、てんでわからない。

 

「おお。俺の白式の特徴はなんて言っても雪片弐型で、一撃必殺の【零落白夜】が使えるんだ。――こいつだな。けど、一撃必殺の代わりにシールドエネルギーを使っちまう。さらにはこれ以外の武装がない。……これでいいか? 奈落」

「まあ、そんなものだ。で、改善案はあるか?」

 

それでも律儀に答える一夏。

 

「へ? いや、俺が強くなればいいんじゃないかな」

「それは簡単ではないな。もっと根本的で身も蓋もない方法がある」

 

強くなるには、そのまま強くなればいい――。

単純だが、真理だ。

しかし、奈落が求めているのはそれではない。

強い奴は強い。

それはアタリマエのことであって、他人を強化する手段ではない。

 

「「「?」」」

 

全員が首をひねる。

そもそも質問の意義自体わかっているか怪しい。

いや、奈落の言い方が悪いのだが。

 

「総エネルギーを増やしてしまえばいい。具体的にはジェネレーターの交換だ。競技では使用禁止だが、軍用のものを使えば三倍は行くぞ」

 

身も蓋もない――それはルール違反だった。

まあ、ルールに違反しなくとも今のジェネレーターよりも出力が高いものはいくらでも存在するが。

 

零落白夜という必殺技はエネルギーを大量に使い、それで負けようともおかまいなしだ。

だから、元々のエネルギー自体を増やしてしまえば使用時間が増える。

使用時間が増えれば当然、一撃必殺が当たる可能性も高くなる。

 

「へぇ。そんなことできるのか?」

 

一夏が期待に目を輝かせる。

使いにくいと思っていた自らの機体に、そんな簡単な解決法があるなど想像だにしていなかった。

出来ることなら今すぐやってもらいたい、それが素直な感想。

 

「いや。そこらへんは倉持技研やら日本の許可が要る。まあ、正当にやるのは難しい。違法改造していいなら楽なのだが」

「いやいや。それってどうよ?」

 

とはいえ、世の中にそんな甘い話が転がっているわけがない。

一夏に与えられた専用機とはいえ、その管理責任は倉持技研にある。

さらに、ISの改造は一人でぱっぱとやれるものではない。

世界の軍事バランスを動かす兵器なのだ。

――他国への配慮など色々な枷がある。

「改造しちゃいました」で済むわけがない。

 

「だろうな。まあ、こちらは採用する気はない。そんなものはいざという時になってからでも遅くない。これを見ろ」

 

手を差し出す。

何も起こらない。

――いや、手の上にノイズが走る。

 

素数変換方程式(ホワイト・スネイク)

 

手のひらに一枚のディスクが現れる。

それはなんだか、突然現れるという酷く現実離れした登場の割になんの変哲もないただの円盤型記憶装置だった。

ようするにDVD、もしくはCD。

そこら辺のショップで50枚1000円くらいで買えそうな。

 

「これは?」

「これを使えば強くなれる。そうだな――、例えるなら経験値取得薬(ふしぎなアメ)ということにでもなるのかな? とにかく、こいつで経験値を得られる。ISの操縦にあたって経験は何よりも優先する」

 

才能などというどうしようもないものを除けば、結局は経験値がモノを言う。

慣れておかないと戦闘兵器を手足のようになんて使いこなせないのだ。

 

「便利ですのね。……でも、ドーピングには副作用が付き物ではないですこと?」

 

疑わしげなセシリア。

まあ、相手が相手で――何ができてもおかしくないような人物ではあるが。

この口上はまるで麻薬を勧める売人だ。

 

「ドーピングに副作用などない。ただ、作用に体が負けただけだ。正しい作用なのだから、別に副作用ではないよ。これも同じ。負ければ廃人になる。勝てば強くなる。ただ――それだけだ」

 

疑わしいものを見る目つきのセシリアにさっさと全貌を教えてやる。

 

「ちょっと! 負けたら廃人になるって――。そんなの、使えるわけないじゃない!?」

「なぜだ? 負けなければいいだけの話だろう」

 

悲鳴をあげる鈴音を疑問の目で見る。

負けたら失うのは当然のことで、それにとやかく言う方が間違っている。

 

「そんな簡単に言わないでよ!」

「何かを得るためにはリスクは受け入れなくてはならないだろう?」

 

セシリアも。

そこまで警戒する理由がわからない。

 

「……奈落。それで強くなれるのか」

「ああ。お前らならば負ける理由がない」

 

一夏。

お前は受け入れたか。

そう、覚悟なくして強くなることなどできない。

ここで一歩を踏み出す事こそ、強者たる資格なのかもしれない。

 

「――だが、こいつをやるのは困るし、一枚だけではどうしようもない。だから」

 

投げ上げたディスクは四枚になって落ちてきた。

片手で全てつかむ。

 

「増やした。で、これはこう使う」

 

ディスクを頭に差し込むと、そのまま頭の中に消えていった。

 

「おお!」

 

凄いものを見た、と喜ぶ一夏だが――。

 

「「は?」」

 

セシリアと鈴音は怖いものでも三鷹のように呆然としている。

――当然だ。

この世界のどこに物質を通り抜けるディスクがあるというのか。

眼の前にあるわけだが、そんなものは見たことも聞いたこともなかった。

話に聞くだけなら、一笑に付すだけだが。

見てしまった以上、信じるほかない。

 

「こういうことだ。しかし、私は特別でそもそも元が私のだ。拒否反応が出ることはなかったが、お前らは違うぞ。脳が破裂するかと錯覚するような負担がかかる。これに耐え抜けたら、強くなれるぞ。――とても、な」

「――なあ、奈落。お前は始めからこれを使わせるつもりだったのか?」

 

「ふん? 珍しいことに核心をついてきたか。――ああ、こんなつまらないものは使うつもりはなかったよ。けれど、思った以上に時間がないようだからな」

「何が起きるんだ?」

 

全く、忌々しいやつだよ、少佐。

お前がもう少し愚鈍であったならば、な。

 

「――戦争だよ。一心不乱の大戦争だ。亡霊が世に現れるまで、私達がこの学園を卒業できるくらいの余裕があると思っていたのだがな。どうやら、もう何ヶ月もない。いや、一ヶ月すらあるかどうか」

「「「戦争!?」」」

 

驚くか。

まあ、ISが登場して以来戦争なんて起きてないしな。

まあ、女尊男卑社会になって男がした過ちを繰り返さなくなったといえば聞こえはいいが――実際にはどこの国家にもそこまでの余裕がないだけだ。

その国家が戦争に巻き込まれる時……

ふん、どいつもこいつも愚かだな。

 

「そうだよ。その通り。第三次世界大戦さ」

「そのこと、IS委員会には――」

 

私をどんな冷血だと思っているのだ?

人を助けるような行為など絶対にしないなど、それはもはや正義の領域だ。

こんなことを黙っていればペナルティを喰らうのは当然のことで――信じないやつを“それみたことか”と嘲笑えないではないか。

 

「信じてもらえてないようだね」

「――っ! まあ、そのような荒唐無稽な話、信じるほうがどうかしておりますわ」

 

口に出した言葉とは反対に苦り切った、眉をひそめる顔。

戦争が起きたらどんな悲惨なことが起きるか、考えたくもないようだ。

だが、戦争を荒唐無稽と笑うならこんな顔はしない。

脳天気に笑っていればいい。

 

「セシリアは信じるか?」

「もちろん。先生の言うことは聞くものでしょう?」

 

沈んでいた顔を一変させて気丈に笑う。

やれるものならやってみろ。

私達がそんなことさせない、とその顔は言っていた。

まあ、根拠の無い自信だが。

 

「――あんたら、おかしいわよ! なんで、平然とそんな話ができるのよ? 戦争なんて、絶対に起こしちゃいけないわ。どれだけの人々が戦争によって悲惨な目にあったと思っているのよ!?」

「それは問題ではないな、鈴音」

 

駄々をこねる鈴音を両断する。

そんなものは問題とはされていない。

そう、被害者の気持ちなど――誰も気にしちゃいない。

気にしているように見えるなら、それは自分のために利用しているだけだ。

 

「そんなふうに切り捨てないでよ! なんとか戦争を回避する手段だって――」

「あるならお目にかかりたいものだし、そのためなら力を貸すことも惜しまないよ、私は。けれど、戦争を起こすのは彼らだしね。私達にできるのは無抵抗を叫ぶことではなく、力を蓄えることだ。勝てない奴に挑む馬鹿はいない」

 

そう、戦争を起こすのは少佐たちだ。

自分たちは武器を持ってないと言っても気にしちゃくれない。

彼らは人を殺したくてたまらないのだから。

 

それでも、戦争を防ぎたければ暴力しかない。

実際に使う必要はない。

自分たちはこれだけの力を持っているぞ、と誇示すれば攻められない。

戦争がなくならないのは武器があるからではない。

そもそも武器などどこにでも――銃を禁止する日本の中でさえいくらでもある。

 

銃がなければ爆弾を。

爆弾がなければ包丁を。

包丁がなければ棍棒を。

棍棒がなければ拳を。

 

つまるところ、どんなものでも人は殺せる。

 

戦争が起きるのは戦力の不均衡が生じた時だけだ。

弱い奴と強い奴がいなければ成立しない。

武器がなければ戦争は起きないとかいう奴は、間違っている以前にこの世界に住んでいない。

何処か別の――見かけだけは花畑のような場所に住んでいる。

 

「――でも」

「くどい。どうしようもないと言った。戦争をどうしても回避したいのなら、奴隷になるしかない。自分の富や家族を差し出し、死ぬまで奴隷で居続ければ――少なくとも相手が自分に殺されることはない」

 

そして、戦争を回避する手段はもうひとつ。

日本人ははからずもこれを実行するのかな?

 

「そんなの、あんまりよ」

「それが現実だ。嫌なら首をかっ切れ。案外、良い夢が見られるかもしれんぞ?」

 

臨死体験とかいうやつだ。

何回か死んでみた者として言わせてもらうが、あれは単なる幻覚の一種だった。

救いようのない話だ。

救いは夢の中にしかないとはな。

だが、我々が居るここは現実だ。

だからこそ私達は変えなければ――、いや。これは蛇足だ。

 

「なによ、それ――」

 

それを言いたいのは私の方だ。

現実は現実であって、受け入れられるかとかいう以前に――すでに己が中にあるものだ。

どうして現実を酷いとかそういうことを言えるのだろう?

 

「奈落、ディスクをくれ」

 

手を差し出したのは一夏。

震えている。

だが、その目には覚悟がある。

――リスクを受け入れたか。

見上げた根性だ。

 

「「一夏(さん)!?」」

 

驚く面々。

どうせ、リスクを受け入れるのが嫌なだけだろう。

 

「俺は、平和に暮らしている人々が不幸になる姿なんて見たくない。――お前は人々の敵を潰すつもりなんだろう? なら、俺も手伝う。お前のいう強者となって」

 

うなずいた。

決意は全く揺れもしない。

彼女たちにはもはや止められない。

 

「良かろう。くれてやろう、力を! そして、ともに亡霊共を墓場ごと砕いて燃やし尽くしてやろうではないか」

 

ああ、嬉しいよ。一夏。

この程度で怖気づくようなら私は君を見捨てていた。

初めてできた友達を見捨てないで済んで――本当に良い気分だ。

 

「おう。やろうぜ。そんな悪魔はいっしょにぶっ潰してやろう」

「よろしい。さあ、祝福と――試練だ」

 

ディスクを差し出す手、しかしその手に持ったディスクは奪い去られた。

物陰から見ていた箒によって。

――ち。

ここで出てくるか。

この喜びに水を差すとは、無粋なやつ。

 

「――ああ、なんだ? 箒、今更出てくるのか。私が呼び出したのは専用機持ちだけなのだが、隠れているお前を見逃してやっていたのは私だし、それはいいとしよう。しかし、なぜ奪う? お前も欲しかったのか」

「そんなわけがない! こんなものに頼って得る力など、本当の力ではない」

 

「ふむ、努力して得た力というやつか。――それは純粋に才能の力でしかない。ゆえに、正しい力というのは、いつだって弱者に向けられるものだ。一夏は邪悪の道に進もうとも平和の敵を倒そうとしているのだぞ。その気持ちを汲めないか」

「馬鹿馬鹿しい! 何が邪悪でもって弱い人々を救う、だ。そんなものは努力することに耐えられなかったものの妄言だ。それで誰かが救えると本当に思っているのか!?」

 

「悪い、箒」

「な? 一夏――」

 

さっと奪ってディスクを頭に差し込んでしまう。

 

「なんてことを!? お前、これが織斑先生に知れたら……」

 

頭を抱える箒を無視して、二人に問いかける。

 

「どうする? 力を得るか、それとも引き下がるか。しかし、私は弱い奴が一夏の隣にいることを許さない。その場合は君たちの本国に工作して連れ戻してもらうようにする。まあ、こちらのほうがまだ安全だ」

「私をなめないでくださるかしら、奈落さん。ここで怖気づくような私ではございません。殿方に勇気を見せられ、なお進む勇気を持てないなど淑女ではありませんもの。――さあ! そのディスクをお渡しください」

 

「ふ。中々の心意気だ。魅力的だな、君は」

「当然ですわ」

 

放ってやったディスクを躊躇うことなく自らの頭に突き刺した。

 

「ああ、もう! こんなことをやられて引き下がれるわけないじゃない。頭がしっちゃかめっちゃかだけど、いいわ、神亡奈落。貴方の策略に乗ってあげる。――別に一夏がやったからなんかじゃないんだからね」

「よろしい、では、君も」

 

鈴音の方はこちらは恐る恐るとディスクを差し込んで、痛みや不快感がないとわかるとそのまますべて入れてしまった。

 

「なあ、奈落。入れたけど、別にどうにも――」

 

言いかけたところで異変が始まる。

頭が割れるように痛み出したのだ。

 

「ああ。書き込み(ダウンロード)が終わって適応(インストール)が始まったか」

 

「ちょっと!? 奈落さん。これは一体――。っぐ!」

「なに? なんなのよ、もう――。っ痛!」

 

這いつくばる。

頭の痛みが立っていられないレベルまで増大したのだ。

膨大な苦痛の中で息を荒くする。

 

「二人共ディスクを差しこんだろう。当然そうなる。――さて、箒。三人を運ぶのを手伝ってもらえるか」

「――神亡」

 

「そんなに睨むな。それとも、放置するのか?」

「……っち」

 

舌打ちしながらも一夏を背負う。

ということは、私が背負うのはセシリアと鈴音か。



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第15話 実感

「インストールが完了するまでに一夏が一晩、オルコットは三日、鈴音は一週間かかったか。まあ、鈴音は発狂しながっただけましだと思おう」

 

脳に無理やり記憶をインストールして経験値を増やすなんてのは初歩の初歩だと思うのだが。

まあ、これでも心の弱い人間は苦痛に心をやられてしまう。

それに、ぎりぎりで間に合ったしな。

 

「酷いこと言うわね。……で、病み上がりの私にそんなことを言いに来たの? 一夏たちまで連れてきて。そっちの子は誰よ?」

 

この部屋にいるのは全部で五人。

その中で唯一専用機を持っていない人物。

ニコニコと無邪気な笑顔を振りまいている。

 

「こいつは布仏本音だ。別に気にしなくていい。悪いが――病み上がりだのと悠長なことを言っている暇はない。さっさと本題を話すぞ」

「……何の話? もしかして、戦争がどうたらってやつ」

 

戦争か。

まあ、そちらはそちらで心配要素だ。

しかし、それにばかり気を取られてもしょうがない。

イベントは着実に消費しなくてはな。

――だが、こいつは中国の代表候補だ。

知らないわけがないのだが。

 

「君はそれに合わせて転入したのではなかったのか? 明日からISのリーグマッチがあるだろう。すでに君は二組の代表となることが決定していると聞いたが」

 

例によって中国からの無理矢理な横槍だが、二組の代表者がすんなりと受け入れたことで話がスムーズに進んだ。

もしかしたら色々と中国の役人の方で根回しをしておいたのかもしれない。

 

「――ああ。そんなんもあったわね。で、それについての話ってわけ?」

「その通り。まあ、代表ではないオルコットにはそれほど関係がないし、本音にはもっと関係がないのだが、本人が希望したからな」

 

「……そんな理由で私の部屋は溢れかえりそうになってるわけね。――いいの? 専用機持ちじゃない子を話に入れて」

「別に構いやしない。そんなことより、そこまで苦しんで得た力を使ってみたくはないか?」

 

「つまり、リーグマッチで新しい私を見せてみろってことね。――上等。私の相手は誰かしら?」

「一夏だ」

 

「――なるほど。そういうことね。やってやろうじゃない」

 

「鈴。よろしく頼むぜ」

「ええ。当日はお互いに全力をつくすわよ。――でないと、ぶっ殺してやるんだから」

 

「はは。怖いな。――でも、安心しろよ。女だろうが手は抜かない」

「結構変わったもんね、あんた。それはアタシもだろうけど。ま、よろしく」

 

両者は闘士をたぎらせているのに、視線そのものは温かいという熟練した戦士の気配がそこにはあった。

 

 

当日、アリーナで。

 

「さて、当日ね。随分と早く感じるわ」

 

位置についた鈴音は観客席の方を見渡しながらしみじみと語る。

とても落ち着いていた。

戦闘が始まるまでは気力を温存しておく。

それが闘いの巧者の在り方。

 

「それはお前が授業に出ずに寝てたからだろ。あの後すやすやとぐっすり寝やがって。あの後俺達は遅刻したんだぞ」

 

しかし、落ち着いているのは一夏も同じ。

遠い目をしている彼女とは違って、こちらは完全にいつもどおりの授業の休み時間みたいな感じである。

 

「そ、ご愁傷様。――ご愁傷様ついでに負けてみる?」

「言ってろ」

 

両者が位置につき、カウントが始まる。

 

「――で、あんた、奈落の言う力とやらを試してみた?」

「いいや。脳を休めておけだってよ。お前との闘いが初めてだ」

 

世間話のような気楽な調子。

だが、奥底にはふつふつとたぎるものがある。

まるで噴火を目前にした火山。

 

「そう。条件は互角。なら――」

「――初めから全力勝負!」

 

――ピー――

 

試合が始まる。

 

ゴングが鳴らされた瞬間の瞬時加速。

一夏の高速突撃。

だが、鈴音も後ろへ下がっていた。

彼女はまだ瞬時加速を使えない。

だが普通に後退することで、距離を詰められるまでの時間を一瞬伸ばした。

 

「そう来ると思っていたわ」

 

一目散に突っ込んできた的に龍咆を打ち込む。

空間に圧力をかけることで銃身を作り、衝撃を飛ばす特殊兵装。

目線を読んで避けようにも、そもそも狙ってすらいない。

ただただ相手がいる方向にばらまいている。

それに加えて弾どころか砲身すら見えない。

これではかわせない。

 

「……っぐ! 見えない攻撃。なんて厄介な。だが、威力は低いぜ」

 

回避することができないとわかった瞬間、一夏は再度の突撃を決意する。

かわせないなら、よけない。

すさまじいまでの決断力。

突撃など普通であれば躊躇してしかるべきだ。

 

「行っけえええ!」

 

連続した瞬時加速で加速方向を連続的に変更し軌道を読みづらくする。

――稲妻のように駆け抜ける。

そのUFOじみた動きは、人間の目で対応できるものではない。

 

「……っ!? そんな軌道、人間業じゃ――。いえ。そんな常識はいらなかったわね」

 

元々適当に撃っていて一秒に2,3発も当たれば良いほうなのだ。

当たらなくても別に構わない。

ばらまくことが重要だ。

牽制にさえなればいい。

 

「「勝負は接近戦でつける!」」

 

ついに一夏の刃が鈴音に届く。

だが、その刃は青龍刀に受け止められた。

 

「双天月牙。生憎とあたしは接近戦が得意なのよ」

 

切り返し、さらに斬撃を加える。

 

「っち――!

 

さらなる猛攻。

――突き。

――切り上げ。

――横薙ぎ。

――振り下ろし。

何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。

あるときには攻撃がそのまま次の攻撃に繋がり、あるときには強引に位置を変えて反撃の芽を摘む。

少しずつエネルギーが削っていく。

 

そして――チャンス。

猛攻のうちに一夏の握力がわずかに緩んだ。

鈴音はそれを見逃さない。

 

「は!」

「くぅ!」

 

鈴音の一撃は雪片弐型を打ち上げた。

彼は無防備な状態をさらしてしまう。

 

「もらった――!?」

 

腹に双天月牙を叩き込もうとした瞬間、顎に凄まじい衝撃が走り――武器を取り下ろす。

頭がクラクラして混乱する。

とにかく、状況を把握することにつとめる。

 

(今眼の前にあるのは――足? つまりは顔を蹴り上げられたってことで……まずい!)

 

罠にかかったのは鈴音の方だった。

頭は仰け反り、手は下ろした状態で武器すら持ってない。

急所をさらけ出されたのは自分のほうだった。

 

(わざと隙を作って攻撃を誘い、攻撃を受けたふりをして誘い込んだ……まんまとしてやられた)

 

鈴音の目にちらりと蒼い光が映り――。

 

「やるわね、あん――

 

爆音が響いた。

 

「なんだ!?」

 

零落白夜を停止させて叫ぶ。

音は真上から降って湧いた。

 

「あれは、黒いIS? アリーナのバリアを粉砕したっての? 何処の馬鹿があんなもの繰り込んできたのよ」

「それは俺にもわからない。けど――」

 

それは黒く昏く、影のようで――それだけのIS。

全身装甲(フルスキン)タイプで操縦者の顔どころか肌さえ見えない。

暗殺者にしては目立ちすぎている。

 

「私達で止める、って? 上等」

 

ニヤリと笑う鈴音。

全く敵を恐ろしく感じてはいない。

だが、敵の脅威は十分に認識している。

戦闘というものを完全の己のスキルとしている証だ。

熟練の戦士と呼ばれるに相応しい在り方である。

 

「お前は別に手伝わなくても……」

 

こっちは単純に鈴音のことを心配している。

戦士としての素質なら鈴音のほうが上かもしれない。

彼には勝てない相手でも向かっていってしまうような危うさがある。

 

「は。冗談じゃないわよ。あんたがやるならあたしもやるわ。嫌なら教師部隊に任せることね」

「わかった。なら、怪我しないように気をつけてな」

 

うなずき合って敵に向き合う。

敵は彼らを観察していたが、それは彼らも同じ。

隙ができたのに攻撃しないということは、敵の目的が彼らもしくはどちらか一方にあると見て間違いない。

ならば、生徒が逃げる時間を稼いで後は速攻で片付ける。

 

「あんたもね。じゃ、戦術は」

「俺が守りでお前が攻めだ」

 

あえて、前提となることは言わない。

二人共、やるべきことはわかっている。

今のは確認ではなく、合図。

 

「それじゃ、行きますか」

「ああ。――っふ!」

 

直後、一夏は瞬時加速で駆け抜け、突貫を実行する。

 

「――」

 

黒いISは一夏を認識し、両腕に付いたビームバズーカを発射する。

アリーナのバリアを破った武器だ。

まともに喰らえばエネルギーを一気に持っていかれる。

試合でエネルギーを消費した彼らは一発ももらえない。

 

「っうお!?」

「……バカ! せめて牽制してから突撃しなさい。――龍咆!」

 

狙いを定めて連射する。

黒いISはまるで見えているかのように造作もなくかわす。

 

「こっちだ!」

 

一夏は突撃と、攻撃を与えられなくとも離脱して注意を引こうとする。

今は様子を見ている段階だ。

うかつに近づくと何をされるかわからない。

それに、避難が完了するまでの時間を稼ぐ必要もある。

今は教師たちが避難を誘導、再びロックされたバリアをこじあけようとしている段階だ。

しかし、二人に助けを待つという選択肢はない。

 

しばらく龍咆の連打と瞬時加速の音が響く。

 

だが、黒いISはただビームバズーカを放つだけ。

一夏たちの動きに慣れてきてはいるが、決定打を出せずにいる。

 

彼ららの方もリスクを取らないだけあって全然攻撃を当てられていない。

そろそろ避難が終わる。

なら、遠巻きに様子を見る必要もなくなる。

 

「鈴! これなら行ける」

「無茶はしないでね。――あたしから仕掛ける」

 

と、いきなりリズムを崩す。

龍咆の狙いがぐちゃぐちゃになり、黒いISは鈴音を注視する。

何を馬鹿なことを。と言っているように鈴音には感じた。

だが、馬鹿をするのが作戦なのだから仕方がない。

そして、わかりきった突撃。

 

「甲龍の力はこれだけじゃあないのよね。双天月牙!」

 

ニヤリと笑いを浮かべて、連結した青竜刀を振りかざす。

当然、ビームバズーカを向けられるが、最大出力の龍咆でそらす。

 

「パターンが単純すぎんのよ――」

 

鈴音の攻撃が届く。

その一瞬前に――黒いISはいきなり加速する。

……後ろに回り込む。

腕に光が収束する。

 

「だから、あんたの動きはわかりやすすぎるって言ってんでしょ。――すでに狙いは定めてある。砲弾の狙いは前方だけだなんて、誰が決めたのかしら?」

 

後方で大きな爆発が起こる。

鈴音は一撃を打ち消した後、砲身を後ろに固定していた。

そして、相手が視界から消えた瞬間に最高出力で撃ち放ったのだ。

龍咆はエネルギーを充填している最中に大当たりし、自分の攻撃エネルギーが黒いISを襲ったのだ。

 

「――」

 

だが、龍咆の攻撃力は燃費を優先させているだけあって弱い。

たとえ最高出力でもこいつを倒すどころか、下がらせることすらできない。

だが。

 

「隙はできたでしょ? あたしの役目はほんの僅かの間、あんたの動きを止めること。とどめを刺すのはあたしじゃない。やりなさい、一夏」

「おうよ! 【零落白夜】……!」

 

蒼い光が黒いISを切り裂いた。

 

「ふふん。大したことなかったわね、こいつ」

「ま、そうだな。いやにゲームっぽい動きだったし。まあ、被害はアリーナのバリアくらいで良かった」

 

「どうかな? 避難行動中に何人か怪我人が出てるかも」

「嫌なこと言うなよ。それより、コイツは何なんだ? 学園に喧嘩を売ろうとしたのか、まるで意図が読めない」

 

「そうね。それに、こんな全身装甲のタイプのISなんて見たことないわよ。全身に装甲をまとうなんてそれこそ、第一世代くらいのものじゃない?」

「……そうかもしれない。だけど、こいつにはまるで不自然な挙動がなかった」

 

「さっきと言ってたことが違わない?」

「さっきのは行動ルーチンの話だ。まるでゲームの敵みたいな行動パターンだったんだよ。けど、今言ったのはこいつの動作そのものだ。――鎧をまとった人間の動きとは思えない。動きに制限がかかるから、第二世代以降の装甲は簡略化されたんだろ」

 

「そうかしら? 第一世代の動きなんてもうほとんど忘れちゃってるからなんとも言えないわね。ぎこちなかった気もするし、こんなんじゃないかって気もする」

「まあ、その辺は後で奈落にでも聞けばいいか」

 

「――あいつ、そんなことまで知ってるの?」

「……多分」

 

「何者よ?」

「……ええと――」

 

「ま、いいわ。それほど悪い奴ってわけじゃなさそうだし」

「ああ、けど」

 

「一夏!」

 

「――箒!? 何でお前が……」

 

キュイン、と僅かな音が響く。

黒いISはまだ――“生きている”。

再び光が収束し、その腕が向けられた先には箒がいる。

 

「やらせるか!」

「ちょ!? 一夏」

 

二人に油断はなかった。

いきなり活動再開されても全く問題はなかったはずだった。

雑談に興じているように見えて、敵から全然視線を逸らしてなどいなかった。

――が、いきなり現れた箒が注意をかっさらってしまった。

 

結果、一夏も鈴音も反応が一瞬だけ遅れた。

そして一夏は箒に盾になろうと己の身を危険に晒し。

鈴音は龍咆にエネルギーを集中させる。

 

「――」

 

龍咆が届く一瞬前に光は解き放たれた。

腕は潰されたが、放たれた光は残る。

――無防備な一夏にせまる。

 

「おおおおお!」

 

そして、零落白夜は光を切り裂いた。

 

「一夏! まったく、無茶するんだから」

「はは、悪い。体が勝手に動いてた」

 

「じゃ、そろそろバリアも開放されることだし、奈落に事の顛末を吐かせに行きましょうか」

「――そうだな。こいつのことはちゃんと知っとかないと後味が悪い」

 

二人の視線の先には潰された腕がある。

血も肉もない、機械でできた腕。

それはISのパーツ。

腕の付け根からもネジやら配線やらが覗いている。



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第16話 錯綜

「一応聞いておこう、神亡。これはお前たちの仕業か?」

「――まさか。あんな無様な兵器は使わない。人の意志で引き金が引かれてこその闘争だ。あのような自動兵器など、殺戮の道具にすぎん」

 

神亡と織斑教諭が対峙する。

双方ともに敵を前にしているかのように殺気立ち、いつ戦線を開いてもおかしくない状況だ。

空気はキシキシと音を立てて割れ、僅かな油断は永遠の眠りへの入り口だ。

 

「貴様が殺戮を語るか……。いや、それもいい。私とて、他人のことは言えん。私の身勝手で――。それも過ぎた話か」

「過去は背負うものだ。忘却して安心するなど――やはり貴様は落伍者でしかないか」

 

「……は。だから、ここで後進を育てているのさ。貴様らには何の変哲もない日々の暮らしがどれだけ大切なモノかわからないだろう」

「わからないね。犠牲の上で成り立つ世界の、何処が大切なのか。強者が平和を謳歌し、弱者を虐げる。――誰もがそれを知りながらも、自分は誰も傷つけていませんよ、なんて顔をする」

 

「そういうことではないんだよ。貴様らにはわからん。貴様らには正義はない。信念はあっても、しょせん貴様は人の心は理解しない」

「他人が他人を想い合うことが出来ると思うのは傲慢でしかない。自分がそうやっている気になって、他人に想ってもらうことを当然だと考えたいだけだ」

 

「そらな。そんなんだから、理解できない」

「たしかにね。君の言うことは訳がわからない」

 

彼女が殺気をおさめる。

奈落もまたそれに従う。

彼女は貴様とは違うと言いたげだが、奈落の方はというとそんな彼女を鼻で笑う。

 

 

「では、わかりやすく話そう。お前はこれが束の仕業だという確信があるか?」

「――ない。だが、無人兵器を使うのは彼女だけだ。状況からみて彼女の仕業だということは間違いない。テロリストにも各国にもそんな技術はないのでな」

 

「なるほどな。――やはり、あいつの仕業だったか」

「君と彼女は親友だったはずだけど、もう疎遠になってしまったのかな? 古くからの付き合いだというのに」

 

「貴様らには関係ない」

「自分は聞いておいてそれか? 答えたくないことは答えなくてもいいさ。君にも色々あるんだろうからね。虚飾に満ちた政治屋との付き合いは楽しいか?」

 

「それは嫌味か? ――楽しいに決まっているだろう。でなければ、誰がそんなことをやるものか。貴様らは力で無理を通すのが好きなようだがな。お偉方は貴様らをこの上なく邪魔に思っているぞ」

「――ほう。初めて知ったよ。教えてくれてありがとう。これからは気をつけるようにしよう」

 

「あてこすりか? そんなことは百も承知だろうに。まあ、正直に言うと疲れることもある。私達が必死に守って……変えようとしたこの世界はそもそも変える価値があったのか、とな――」

「ある。全ての人々は救われなければならない」

 

「どのような手段を取ろうとも、か?」

「重要なのは手段ではなく目的だ。理想を心に描き、達成することこそが人の生きるべき道だ」

 

「お前が人の生きる道を語るか。まあ、いいさ。いい加減に疲れたんだよ、私は」

「一応言っておくが、私達はなにもしないぞ」

 

「それもそうだな。結局、自分を守るのは自分でしかないか。なあ――、どれだけの人々が死ぬと思う?」

「想像もつかんよ――」

 

二人が離れていく。

会話は終わりだ。

 

 

 

 

「奈落!」

 

む? 一夏か。

織斑教諭との話し合いが終わったばかりだというのに。

さて、彼にはどこまで話すべきだろう。

話しすぎると、思い出す危険がある。

 

「なんだ? 一夏。そう慌てるな。――何が聞きたい」

 

ま、これでよいだろう。

私が自分から危険な情報まで渡すことはしないが、彼が望むなら仕方ない。

例えそれで、彼が世界からはじき出されることになろうとも。

 

「あのゴーレムのことだよ。誰が作ったんだ?」

「少なくとも、私が所属する組織ではない。委員会の方でもない。そして、亡霊どものものでもない。そんな技術は持っていない」

 

「じゃあ、誰が作れるっていうんだ?」

「篠ノ之束だ。彼女だけが自動操縦プログラムに興味を示し、なおかつ開発が可能な勢力だ。もっとも、ただの状況証拠でしかない。実際、それが完成したのかどうかすら――」

 

「成功していないのか?」

「知らない、と言っているだろう。少なくとも、自動制御型ISが鹵獲されたという話は聞かない」

 

「だとしたら何の目的があって……」

「さて。彼女に聞いてみる他あるまい」

 

まあ、おそらくは一夏の状況を確認するためだろうが……それを言う必要はない。

 

「束さん、一体なんだってそんなことするんだよ……! 犠牲が出るところだったんだ。それも、箒が」

 

 

「一夏、篠ノ之束を正義だと思うか?」

「――え?」

 

「いや、それは皆を集めて話したほうが良いものかな……?」

 

「まあ、まだ早い。しっかりと休め。闘いは精神を削るものだ。お前はまだ闘いばかりではいられない。――セシリアも、鈴音も。明日の授業は休んでしまえ」

 

「んなことしたら、千冬姉が……」

「私が許可をとっておいてやる」

 

「――そこまで言うなら。わかった」

「ああ。他人の好意には甘えておけ。そこにどんな思惑が隠されていようと、な」

 



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新しい役者
第17話 波乱を呼ぶ転校生


「さて、残念だがオルコットと織斑は休みだ。機能の騒動で少し働いてもらったので、大事を取って休ませている。――それでは授業を始める」

 

織斑教諭は奈落に一瞬だけ猜疑の目を向けると、すぐに消し黒板へと向かう。

教師としての自覚が彼女に奈落を問い詰めることを許さない。

 

「さて、今日は貴様らに良い知らせがある。――転校生、入って来い」

 

入ってきたのは金髪の男と、銀髪の女。

男の方は明らかに男装をしていて、銀髪の方はなにやらとても小さい。

人間性とかそういう難しいことではなく、単純に背が。

人形のようでとても可愛らしいが、視線は極寒のそれだ。

 

「二人共、自己紹介をしろ」

 

金髪のほうが歩み出る。

こちらは貼り付けたような笑みだ。

おそらく俳優にでも習ったのだろう、貴公子のようなかっこよさがある。

さらにそこには素人のぎこちなさも。

 

「僕の名前はシャルル・デュノアといいます。僕と同じ境遇の方がこの学園にいらっしゃると聞いて転入させていただきました。色々と至らぬ点はあると思いますが、よろしくお願いしますね」

 

そう言って笑みを深くする。

――やれやれ、大根役者だな。

それで騙せるのは物を知らぬ女子高生くらいだ。

 

しかし、歓声が響く。

疑うものなど誰一人としていない最大級の歓迎。

 

ここは女子高生ばかりだったか。

まあ、愛らしいと言えないこともないかな。

 

「あの、織斑さんは……」

「欠席だそうだ。お前の面倒はそこの神亡にでも見てもらえ。怪しいやつだが、お前に何かするほど馬鹿なわけでもない」

 

「……あの」

「さて、次」

 

不満気なデュノアをさらりと無視した。

 

「私の名前はラウラ・ボーデウィッヒだ」

 

それきり黙りこくる。

周囲も圧倒されて、指一本動かせない空気が充満する。

 

「それだけか?」

「他に言うことはありません、教官」

 

「ここでは織斑先生と呼べ」

「……ですが」

 

「口答えをするな。――いいな?」

「……はい」

 

「さ、二人共席につけ。授業を始めるぞ」

 

ボーデウィッヒはその言葉を無視して前へ。

周囲をきょろきょろと見回し――いや、彼女の目付きの悪さは睥睨という言葉がふさわしく思える。

 

「織斑一夏とやらは何処だ? もしや逃げたか」

「そんなことはない。――逃げる必要などないからね」

 

教師を無視する傲岸不遜な彼女に私が答えてやる。

明らかに警戒と、そして蔑みが混ざった目線が突き刺さる。

 

「――貴様は神亡奈落か。一体何者だ? 私に一切の情報が伏せられるなど、尋常ではない。お前の目的は何だ」

「さて、目的ね――。ま、そんなものはとても簡単だよ。失敗作は失敗作なりに上手くやろうとしているのさ。わかるだろう? なあ、失敗作」

 

薄笑いを浮かべる。

ボーデウィッヒはカアっと赤面し、叫ぶ。

鬼のような形相で。

 

「っ貴様ぁ! この私を侮辱するか!?」

 

ISを展開。

黒いIS――黒い雨(シュヴァルツェア・レーゲン)だ。

右肩にマウントされた馬鹿でかい大砲が特徴。

その彼女の小さな腕の数倍は大きな砲身を奈落へと向ける。

それでもなお、奈落は薄笑いを浮かべ続けISを展開することもしない。

 

「私を失敗作と呼ぶものは全員、殺してやる!」

 

そのまま撃ち放つ。

――いや、撃とうとした。

すでに指はトリガーを引いている。

 

けれど、撃てない。

射出されるべき弾は織斑教諭が出席簿で受け止めていた。

しぃん、と静寂が広がる。

 

――いや、流石のブリュンヒルデでも紙で大砲を受け止めることは不可能だ。

瞬間的に懐に入り込み、砲を覆ってしまうことで安全装置を起動させた。

ちなみに、この安全装置はゼロ距離射撃を防ぐために作られている。

ビーム兵器ならともかく、実弾兵器でゼロ距離射撃などかましたら、砲身は砕け散り破片が自分に襲いかかる。

もちろん、この場合ではそんなことは起こらない。

紙など一瞬で突き抜けてしまって障害物には成り得ないからだ。

だが、安全装置は赤外線の反射で判断しており、そもそも出席簿で塞がれた場合など想定されてはいなかった。

鉄板で塞がれていたらボーデウィッヒは洒落にならない重大なダメージを負っていた。

それを防ぐための全自動安全装置。

その全てをわかっていて、ブリュンヒルデはあの行動に出た。

人間離れした運動能力をもって。

だが、万が一、いや、億が一にでも安全装置が故障していたら織斑教諭も奈落も死んでいた。

ありえないほどの胆力である。

 

この場合、注目されるのは織斑教諭のその異常なまでの能力だ。

しかし、彼女が対処するとわかっていてもなお、ISを展開しなかった奈落の精神は常軌を逸している。

普通は防御しようと思うものだ。

安全だと頭でわかっていても、感情面はそう単純なものではない。

砲を構えた相手が殺意丸出しでぶっ殺すと、そう言っているのだから。

だが、彼はニヤニヤ笑いを続けていただけ。

まるで死ぬ時は死ぬ時で別にそれ自体が特別なことではない。

「死」など別に恐れることではない、とでも言うように。

 

「お前、神亡奈落――! お前は一体何だ? 人間なのか、その有様で? お前のような人間が居ることが許されるのか?」

「さてね。とりあえず人間の形はしている」

 

「まともに答える気はないか、この化け物が……!」

「――ああ、デュノア。さっさと席についた方がいい。怖い人に怒られたくないのなら、ね」

 

「へ? 僕」

 

ぽかん、と口を開けていた彼――彼女に声をかける。

精神の波動が完全に女だ。

仕草からもそれはまるわかりだ。

まあ、疑うことを知らない人間を騙せる程度には――演技できているのかな。

 

「そうだよ。君はこのいさかいとは無関係なんだから、怒られるのは馬鹿馬鹿しいだろ?」

「ああ、うん。そうだね。とりあえず席に座っておくよ。――で、僕の席はどこ?」

 

「あ、デュノア君の席はこっちですよ」

「あ、どうも。山田先生」

 

「はい。教師として当然のことですよ」

 

「この私を無視するなぁ!」

 

「ボーデウィッヒ。いつまで私を無視して騒ぐ気だ? どうやら叩きのめしてやらんと自分の立場もわきまえることができんらしいな」

 

あいかわらずの殴打音が小さな彼女の頭から響く。

 

「神亡、お前もあまり厄介事を起こすな。デュノアの世話に集中していろ。――いいな?」

「分かりました。織斑先生」

 

この場はそれで収まる。

空気はボーデウィッヒの殺気でギスギスしているが――。

私にとっては心地いいくらいだ。

 

 

 

「さて、授業中に君の様子を確認させてもらったが事前知識は十分なようだな?」

「あ、はい。勉強してきましたから」

 

授業が終わってすぐにデュノアと話す。

私が話しかけると他の女達は遠慮する。

一夏は甘いフェロモンでも出して女を引き寄せているかもしれんが、私の匂いは恐らく火薬の匂いだろう。

――つまり、危険。

――異常。

――混沌。

そして、終わりの見えない奈落。

私に惹かれる人間は相当特殊な精神構造をしている。

私から遠ざかるのはむしろ、健全とさえ言える。

この学園は健全な人間ばかりなようで中々にけっこう。

 

「君は専用機を持っているという話だったが」

「――はい。あなた方と同じく男でもISを扱えたということで、この学園に入学させて頂いていますから」

 

その設定は知っている。

だが、弱いな。

まずは自分の研究所で囲うのが先だろうに。

いかに偽物とはいえ、もっとマシな理由はでっちあげられなかったのか?

まあ、現場には関係ないか。

デュノア社社長がそう――どんなにアホでも。

現場は”やる”しかない。

 

「ISスーツも当然持っているな?」

「ええ、まあ」

 

「着て来ているか?」

「――まさか。バッグの中に入っていますよ」

 

それが何か? という顔をする。

あどけない少女のような顔だ。

――あまり、学園生活というものをしたことがないかのような。

 

「ならば、急ごう。着替えの時間は限られているが、残念なことに更衣室はこの教室から遠い」

「そうなんですか? 僕はちょっとわからないことだらけですから、よろしくお願いしますね」

 

ぺこり、とあ頭を下げる。

仕草がいちいち小動物らしい。

 

「ああ。困ったことがあれば何でも言うといい」

「ありがとうございます。それで、更衣室は?」

 

「こっちだ。ついて来い」

 

そう言った奈落はずんずんと歩いて行く。

横に並ぶデュノアへの気遣いなどまるでないようで、ずんずんと進んでいく。

デュノアはついて行くのだけで精一杯だ。

親鳥に続くひなのように歩く。

 

「あ、あの――」

「ついたぞ。とっとと着替えることだ」

 

「あ、うん」

 

なにか言いかけるものの口をつぐむ。

奈落がさっと一瞬で着替え、デュノアが後に続く。

奈落の方はスーツを一瞬で着替えるための特訓を受けていた。

たかが着替えと馬鹿にしてはいけない。

基地の中で襲撃を受けた場合、着替えにかける1秒が生死を分けるのだ。

 

「さて、授業に行こうか」

「はい」




更新スピードはもっと上げたほうがいいのでしょうか?


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第18話 諍い

「授業は休んでしまいましたが、特訓はするというのは良いことなのでしょうか……?」

「まあ、良いんじゃねえのか? 大事を取ってってことだし。それに、あの感覚を忘れたくない」

 

セシリアが不安そうな顔をする。

どうやら織斑教諭は依然として怖いままのようだ。

逆に一夏の方は楽観的だ。

 

「まあ、そうよね。ゴーレム戦で実力が上がったような気がするわ。これが特訓と実戦の違いってやつかしら?」

「そうですわね、ゴーレム戦には加われませんでしたが、侵入者と戦った後は無敵にでもなったかのような気分でしたわ」

 

しみじみと語り合う二人。

だが、実戦はこれ以上なく怖いものであったはずだが。

なんせ、本当の殺し合いだったのだ。

適応できる方がどこかおかしい。

二人とも、ディスクを受け入れたことでタガが外れてしまったのだろうか。

 

「まあ、なるようになるでしょ。ちょっと怒られるかもしれないけど、それくらいなら受け入れましょ。――で、奈落は? 一夏、知らない?」

 

鈴音はきょろきょろと見渡してから尋ねる。

小さくなってどこかに隠れているんじゃないかとでも言うように。

彼なら本当に――物理的に小さくなれそうで怖い。

 

「いや、知らない。ここで特訓するってメールしておいたけど」

「じゃ、そのうち来るでしょ。――さっさと始めましょ。無駄にできる時間なんてないでしょ」

 

「それもそうだな」

「あ、一夏さん。少しよろしいですか?」

 

セシリアが口を挟む。

 

「何だ?」

「確かめたいことがありまして。少し模擬戦に付き合ってもらえませんか?」

 

「いいぜ」

 

簡単にうなづいてしまう一夏。

警戒とかそういうものが相変わらず足りてない鈍感さだ。

 

「では、行きますわ。鈴音さんは少し下がっていてくださいませ。【ブルー・ティアーズ】!」

「来い!」

 

セシリアはビットを展開――しない。

自らの横に貼り付けたまま収束した攻撃を放つ。

威力は単純にビットとライフルの攻撃力の累算、などではない。

基本的にISはバリアを撃ちぬいてダメージを与える。

だから、ダメージは攻撃力から防御力を引いたものになる。

加算された攻撃力はそのまま襲いかかってくるのだ。

それは、元のダメージの10倍程度ではきかない。

1回当てられただけでエネルギーを削り切れる――そんな攻撃。

 

「……くぅ」

 

そんなとてつもない攻撃を連射していてもなお、セシリアの顔色はすぐれない。

 

「っと。ふっ!」

 

一夏は簡単に避ける。

攻撃を収束させるためにはすさまじい精度が必要だ。

攻撃の手順はこう。

まずビットを射撃の軌跡を含めて円錐形になるように配置する。

そして円錐形の中心に相手が来るように射撃しなければならないのだ。

だから、相手にはどこに攻撃が来るのか丸わかりだ。

 

「この……! 当たりませんわね」

 

相変わらず攻撃は全くと言っていいほど当たらない。

収束にはかなりの集中力が必要。

だから、牽制と本命を織り交ぜることもできない。

牽制から本命の攻撃に移るまでに大きなタイムラグがあって、相手に十分すぎるほどの余裕を与えてしまう。

 

「……セシリア」

 

これが1対1での戦いに使えないことは一目瞭然だった。

一夏は同情するかのような目を向ける。

 

「やはり、思いつきは思いつきでしたか」

 

ため息をつく。

同情の視線はそれほど気にならないようだった。

まあ、試してみただけなのだから嘆く必要もない。

利用法もないとはいえないが、それはとても限られたものになりそうだった。

 

 

 

「――は! イギリスの第3世代はお遊戯に夢中らしいな。射撃型が全く攻撃を当てられないなどお笑いだ。まずトリガーの引き方から習い直したらどうだ?」

 

乱入者が入ってきた。

ボーデウィッヒだ。

嘲りの表情を浮かべて高みから彼らを見下している。

物理的に高い場所に登っているからといって偉いわけではないのだが……

 

「なんですの? あなたにいちゃもんを付けられる覚えはありませんわ」

「ふん。そんなにお遊びが好きなら私が遊んでやろう。3人でかかって来ても構わんぞ」

 

くいくい、と手を揺らして挑発する。

それにセシリアは冷たい目で返す。

バチバチと視線が絡みあい、火花が散る。

 

「へぇ。あなた、叩き潰されたいんですのね?」

「……ふん。黙ってればいい気になっちゃって。無謀は背と反比例してるらしいわね」

 

鈴音が加わる。

彼女の態度はたいそう気に喰わないようだ。

 

「雑魚に何を言われようとも心は動かん」

 

――別に彼女は背を気にしてはいないようだ。

 

「「上等!」」

 

二人が飛び上がる。

あっという間に高度はボーデウィッヒを超える。

 

「ちょ。ま、お前ら――」

 

一夏は無視しだ。

おろおろしていて以前と何も変わっちゃいない。

 

「まだスペック上のデータのほうが強そうだな――」

 

ボーデウィッヒはそうつぶやいて、背からワイヤーを射出する。

 

「は、ワイヤーなんかで――」

「こんなのろい攻撃で私達を捉えようとは――」

 

余裕でかわそうとする。

こんなものが自分たちと通じるわけがないと確信しきっている。

優雅な動きでかわしている――が、突如動きが鈍る。

 

「「わ!」」

 

二人は空中で衝突しそうになって止まる。

生憎と彼のくれたディスクには連携のことなどまるで考慮に入れてくれなかった。

だから、彼女たちは連携の色はもわからぬままだ。

ワイヤーは二人の体に絡みつき、動きを封じる。

 

「ぐ……この――!」

 

二人してもがけど、ワイヤーは外れない。

このっ、とか、うくぅ、とか呻いていると触手にでも囚われたかのようだ。

この状態だと相手に好きにされてしまう。

 

「ははは。いい格好だな。やはり、貴様らなどその程度だ」

 

殴る蹴るの暴力を加える。

ニヤニヤと笑いながら言う。

明らかに抵抗できないものをいたぶることに快感を覚えている。

 

「セシリア!」

「なんですの!? 鈴音さん」

 

ラチがあかないと踏んだのか、鈴音が叫んでセシリアを呼ぶ。

殴る蹴るの暴行を受けている最中だが、その声によどみはない。

切り裂くかのような鋭さがある。

 

「なんだ? 今さら何をしようがワイヤーからは逃れられないし、逃れたとしても貴様らの実力では何もできまい」

 

飽きる様子もなく凶行を続ける。

 

「あたしを撃ちなさい!」

 

なんと、滅茶苦茶なことを言い出す。

確かにワイヤーは壊せるだろうが、ダメージは負ってしまう。

なにより普通であれば攻撃など一撃たりとも喰らいたくないと思うはずだ。

仲間に攻撃させるなどもっての外。

 

「は? いえ、そういうことですね」

 

だが、すぐにセシリアは了解する。

ためらう様子もなく鈴音にライフルを向ける。

仲間を気遣って、あっけなくワイヤーに捉えられたのが嘘のようだ。

 

「貴様ら、何を――? 同士討ちするなど、正気か!?」

 

驚愕する。

それもそうだ。

軍隊ではなによりも同士討ちを嫌う。

いちいち後ろを気にしていては戦えないからだ。

なにより、それはナチスへのにコンプレックスもある。

外道どもの真似など出来ない、というわけだ。

ゆえに彼女の常識では同士討ちはこれ以上ないタブーである。

効率とか合理とかそれ以前に、絶対にしてはならないこと。

だから、呆然と見守るしかない。

彼女たちの“馬鹿げた真似”を。

 

「これで、鬱陶しいワイヤーは消えたわ。ところで、セシリア」

 

鈴音には撃たれたことによる精神ダメージはない。

自分から言い出した時点で覚悟はできていたのだろうが、その覚悟ができる事自体が普通から逸脱している。

ゲームではないのだ。

ちゃんと衝撃も感じるし、痛い。

なによりも、低いとはいえ下手をしたら死ぬ可能性だってあったのだ。

それでもなお――平然とリスクを飲み込んでしまった。

 

青龍刀でセシリアに巻き付いているワイヤーを切る。

そして、脈絡もなくおかしなことを言い出す。

 

「ジャンケンポン」

「へ?」

 

セシリアが出したのはグー。

鈴音が出したのはパーだった。

セシリアは不意を突かれてぽかんとしている。

鈴音はやってやったとでも言わんばかりに悪戯っけに満ちた笑みを浮かべている。

 

「はい。私の勝ちね。二対一じゃどうやっても勝ち目はないわ。私が先に挑ませてもらうわね」

「――卑怯ですわ。まあ、いいです。どうぞ」

 

セシリアは彼女の言い分を認めて引き下がる。

だが、鈴音の言い分は何やらおかしい。

 

「お前、一人で戦う気か? そもそも二対一で敵わなかった相手がどうして一対一だと勝てる? 中国の大気汚染に脳でもやられたのか」

 

そう聞くのも当然。

普通ならば、二人で戦ったほうが強いに決まっている。

そのアドバンテージを自ら手放すなんて、傍から見れば狂ったのかと言われてもしょうがない。

 

「ふふん。私は別に二人で戦うやり方なんて知らないからね。セシリアが邪魔で動けやしなかったのよ。一人なら動ける。あんたを倒せる」

 

だが、そんな常識は知ったことかといわんばかりの不敵な笑みを浮かべる。

どちらにせよ、彼女は一人で戦うつもりだ。

不利だろうがなんだろうが自分のやりやすいようにするだけだ。

 

「――ほう。ならば、やってみせろ。無理だろうがな」

「後で吠え面かくんじゃないわよ」

 

指を立てて挑発してみせる。

口元には不敵な笑み。

先に手を出したのはボーデウィッヒ。

 

「……くく」

 

砲筒をセシリアへと向ける。

油断している彼女を狙い撃ちにしようとしているのだ。

そして、それをかばうために鈴音が射線に割り込むことも予想している。

卑怯な手段だが、これも作戦。

そもそもセシリアが戦いに加わらないといったのは向こうの勝手で、こちらは了承した覚えもない。

どうせ後で戦う羽目になるのだし、弱いところから潰していくだけだ。

 

「……こすっからい手ね。あんたみたいな小悪党のやり方ってすぐに察せるわ」

 

だが、鈴音はボーデウィッヒが目をそらした時点で狙いを読んでいた。

だから連結した双天月牙をぶん投げた。

そしてそれは一直線に敵を目指す。

 

「――ちぃ!」

 

さすがにこれは喰らえない。

射撃を中断して避ける。

 

「動きがバレバレだっつってんのよ!」

 

それすらも鈴音は読む。

すでに砲身を生成し終わった龍咆で見えない弾をばらまく。

 

「貴様――!」

 

動揺していたボーデウィッヒに防ぐ手段はない。

衝撃が連続的に機体を揺らす。

 

「これで終わりよ!」

 

投げた双天月牙は回転しながら戻ってくる。

それを掴み、一瞬で距離を詰める。

 

「そうだな、終わりだ。貴様がな」

 

牙が届く一瞬前に、鈴音の動きが止まる。

――指一本動かせない。

 

AIC(慣性停止結界)だ。結界内の物体の速度を停止させることが出来る。――つまり、お前はもう動けない。さて、お前はこの砲撃をいつまで耐えられるかな?」

 

肩にマウントされた大きな砲筒をゆっくりと鈴音に向ける。

嗜虐に満ちた笑みだった。

 

「ぐ。――この、解きなさい……!」

「馬鹿が。解くわけがないだろう。さあ、絶望し地に伏せろ。二度とISに乗れなくなるまで叩き込んでやろう」

 

発射する。

そして、爆発する。



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第19話 AIC

ボーデウィッヒが動けない鈴音に向けて放った弾が爆発する。

弾頭が筒から飛び出た瞬間に。

 

(――な!? なんだと……何が起きた? 暴発か? まさか、それならこんなふうに爆発するわけがない。――なら、なぜ!?)

 

不可思議に愕然とする。

こんなことはあるはずがない。

なにかがおかしい――?

 

「……が! っは――」

 

腹に衝撃が来る。

これは鈴音の攻撃としか考えられない。

ということは、あの砲撃を防いだということだ。

だが、一体どうやって?

なぜ?

ありえない……

 

「けっこう硬いのね。それとも、片手だから威力が弱くなってんのかしら?」

 

見れば、片手は焦げている。

まさか、弾を殴った?

それで、この衝撃は片手で青竜刀を突きこんだか。

そもそもシュヴァルツェア・レーゲンは一撃や二撃でどうにかなるほどヤワな作りをしているわけではないが。

 

「ふふん。わざわざご親切に自分の兵器を解説してくれてありがとう。あんたがそんなバカな真似をしてくれなかったら、どうしようもなかったわ。けれど、慣性を停止させる結界ってことはあらゆるものを通さない盾ではあるけど――自分の攻撃も通さないってことじゃない。なら、あんたが攻撃する一瞬前には攻撃するチャンスがあるわ」

 

だから、かわせないまでも砲弾をぶん殴ってダメージをイーブンにしてやったわけ、と言って笑う。

だが、発射する大砲に向かって拳を振り下ろすなんて、並大抵の精神力で出来ることではない。

殴った手だって、とても痛いに決まっている。

 

「貴様、正気か?」

「さあ。奈落のやつになんかされて、おかしくなってんのかもね。けれど、強くなるってのはそういうことでしょう?」

 

鈴音はひょうひょうとしている。

その姿に静かな狂気を見て、紛れも無い恐怖に目を見開くボーデウィッヒ。

 

「狂っているぞ!」

「ケツの青い小娘が――。所詮、軍人といえど甘やかされた女でしかないか」

 

髪を振り乱して言うボーデウィッヒを見て、嘆息しながら言う。

その絶望しているようで、それすら楽しむような表情は奈落によく似ていた。

 

「くそ……! こんな奴に、AICが――」

「ああ、それね。たしかに厄介ね。AICで動きを止めて、そのでかい大砲で狙い撃つってのは中々に合理的で、対策も取りづらいわ。けれど、そのためだからってその大砲は大き過ぎ。普通は背に大砲をマウントなんてしない。威力がでかくなったところで、動きが鈍くなっちゃたまらないからね」

 

「けど、照準をつけにくたって、そのAICがあれば当てられる。そして、なぜそんなに威力の高い大砲を無理してつけるのかというと――それはAICを使うと自分の攻撃も当たらなくなるから。だから、解除した一瞬で狙い撃つ。けれど、二回目はタイミングや諸々がバレてしまう。だから、多少無茶でも一撃必殺のもとに沈めてしまおうって――そういうわけ。でも、無茶な話よねえ。動きが制限されすぎる。ま、一対一なら役に立たないこともないわね」

「き……貴様――!」

 

ボーデウィッヒは呻くことすらできない。

鈴音の考えがあたっているか以前に――そこまで考えたことなどなかったのだ。

それにしても、理路整然と論理を並べればここまで丸裸にされてしまうものなのか。

弱点も何もかも、ボーデウィッヒ以上に彼女の専用機の特性を理解している。

 

「で、次はどうするのかしら――。新しい隠し球でも出してみる? でも、そんなものまであるんなら、そんなに苦い顔をしなさそうなものだけど、ね」

「貴様などに他の装備など不要だ!」

 

大砲を撃つ。

だが、当たらない。

肩にマウントされた砲というのは、思いの外扱いづらいものだ。

腕なら一々修正することも可能だが、肩は体を動かすとそれに伴い動く。

戦場で不動などやれるものではない。

ふわふわと――照準がずれる。

さらに、砲が大きいためどこを向いているか一目瞭然だ。

これで当たれというのは無茶だ。

相手が素人でもない限り。

 

「欠陥品を掴ませられると大変ね。――でも、容赦はしない」

 

余裕を持って交わしながら丁寧に龍咆を当てていく。

相手は余裕を失っているから、威力を大きくして狙いを絞っても十分当る。

衝撃を食らった相手はただでさえ焦っているというのに、更に焦ってしまう。

 

「この……! このォ!」

「無様ね。いい加減に堕ちてほしいものだけど。普通だったら龍咆の分だけでも行動停止してなきゃおかしいくらいに撃ち込んだってのに。仕方ないわね、強引にでも勝負をつけるわ」

 

相手の動きをしっかり見極めて――すべるように懐に入る。

命中精度は当然近くなるほどに上がるが、しっかりとかわす。

そして、両腕で力いっぱい振りかぶって、全力の一撃を叩き込む。

ボーデウィッヒは呻き声を上げながら吹っ飛び――

 

「あ、が――。くく……くっくっく」

 

笑いが混ざる。

そして、双天月牙の一撃を叩き込まれる。

その鈴音の動きがまたもや止まる。

 

「AIC!? 嘘でしょ。なんで、まだ動けんのよ……!」

 

ほぞをかむ。

――が、どうしようもない。

 

「ふん。いい気味だな。よくぞ好き勝手に言ってくれたものだ。後悔させてやろう。たっぷりと、な!」

 

ワイヤーで鈴音を結界ごと覆ってしまう。

その姿はボロボロで、恨みに満ちた亡霊のようだ。

傷だらけなのは鈴音も同じ。

だが、彼女は落ち着いているのに対し、睨みつけている方はさながら傷を負った百獣の王のよう。

 

「――ぐ。これじゃ……」

「そう。抜け出せない。AICを解いたその瞬間にそのワイヤーが襲いかかってくる。360度に加え、上下からの攻撃。これはよけきれまい?」

 

「――ふん。それだけじゃないんでしょ?」

「そのとおりだ。さらに砲撃で狙い撃ってやろう。お前に見いだせる可能性などない。絶望に沈め」

 

「へぇ。それはどうかしら? 案外、あなたがヘマをしてあたしが勝っちゃったりして」

「は! そんな減らず口、今すぐにでも聞けなくしてやろう。――AIC解除!」

 

爆炎が上がる。

ボーデウィッヒは大砲など使っていないのに。

 

「ぐはっ!」

 

ボーデウィッヒは肥大化した爆風と衝撃により、壁に叩き付けられた。

 

「く……そォ……! 今度は一体、何が起きた?」

 

きょろきょろと黒煙の中を見渡す。

だが、所詮は甘やかされた軍人未満の愚か者と見下されるのも仕方ない間抜けを晒している。

こういう時、一般人ならこういう行動も取るだろう。

彼らはいつでも自分が危機にさらされているとは考えない。

いざ危機にあった時は、不平を喚きながら他人を責めるだけだ。

予防的な行動なんて取りやしない。

 

そう――単純に地に伏せるという行為すら。

軍人であれば、こんなのは徹底されているはずだった。

不審物には触るな。

何かあったら伏せろ。

行動は慎重に。

 

それはとても難しいが、兵士としては必須の技能。

技術だけがほしいのであれば、本だけで事足りる。

別に厳しい鍛錬などを受ける必要はない。

それができてこその戦場のスペシャリストだ。

 

「ん?」

 

よく見えない中をきょろきょろと見回す愚か者は、風を切るような音を聞いた気がして――

腹に大きな衝撃を食らって再度壁に叩きつけられる。

 

「きィさァまァァァァ!」

 

飛んできた方向には鈴音が。

無事な片手を使って双天月牙が投げてきたのだ。

だが、その息は荒く頼りない。

なぜかシールドエネルギーの減少こそ少ないようだが、鈴音自身がかなり疲弊している。

立つのがやっとの有様だ。

ボーデウィッヒはそんな彼女の攻撃をまともに喰らったのにプライドを傷つけられて――キレる。

 

「壊れろ! 壊れて死ねェ!」

 

大砲を照準。

照準したそばから引き金を引く。

 

衝撃で吹き飛んだゆえにいくつかの攻撃が外れるが、かまわずに何度も叩きこむ。

エネルギーが0になり、絶対防御が発動しようとも。

このままでは彼女の生命が危険だ。

いや、絶対防御が保っている今でさえ、衝撃で頭が揺れてかなり危ない。

後遺症を心配せざるほどの猛攻を、勝負が終わった後に受けている。

 

「ボーデウィッヒ!」

 

瞬時加速で鈴音を救出する。

 

「何を考えているんだ!? 倒れた相手に攻撃を加えるなんて――これは殺し合いじゃないんだぞ!」

 

血を吐くかのような叫び。

絶対に許さないという強い意志のこもった視線がボーデウィッヒを貫く。

 

「はん。そんなことは知らん。それよりも、お前が一夏だな。教官の顔に泥を塗った弱者が……!」

 

だが、彼女は気にもかけない。

どころか、自分勝手な恨みを向ける。

 

「何だと?」

 

いぶかしる。

一夏には何の心当たりもない。

そもそもドイツ軍にすら興味をいだいたこともなかったのだ。

今の彼は彼女がドイツ軍に所属していることすら知っているか怪しい。

――いや、知らない。

 

 

「おどきになってください、一夏さん。次は私の番ですわ」

 

セシリアが出てくる。

どんなことだろうが知ったこっちゃないという態度だ。

 

「……ふん。お次はイギリス代表というわけか? どうせ負けるんだ、後にしろ」

 

嘲笑を向ける。

 

「ふふ。そんなことを言っていていいんですの? 三人と続けて戦うなんて、条件が公平になってしまいますわよ」

「――何? お前、何を言っている」

 

余裕そうにそんな言葉を吐く。

どうやら奈落に似てきたのは鈴音だけではないらしい。

 

「あなたの強さの秘密がわかったということですわ」

「ふ。私が強いのは誇りあるドイツ軍じ――

 

セシリアは相手の言葉をきっぱりと遮る。

 

「あなたがズルをしている。ただそれだけのことです。よくぞそれだけ恥知らずでいられますわね、尊敬してしまいます。恥知らずというのは、そのまま強いということですから」

「貴様……! 侮辱しているのか」

 

無視して言葉を続ける。

 

「あなたのISは軍用でしょう? 私達の競技用と比べてずいぶんと基礎能力が高い。ルールに縛られた機体と、縛られない機体。どちらが優れているかなんて、子供でもわかります。だって、好き勝手に改造できるんですもの。なによりお金が使い放題。――いえ、現実的にはそんなことありえませんが、やはり予算は軍用のほうが多くもらえるのは当然です」

「よかろう、貴様から叩き潰してやる。織斑一夏はその後だ」

 

「無理ですわ。あなたは私には勝てません。だって、軍用のISでもシールドエネルギーは精々三倍が関の山でしょう? そして、鈴音さんは二機分以上のエネルギーを削っていったはずです」

「――ち」

 

「その一機分以下のエネルギーで私と張り合うことは不可能ですわ。無様に負けたくなければ、ネズミのように逃げ出すことです」

「……この馬鹿め。貴様ごときを倒すのには一機分でも十分すぎるほどだよ」

 

「では、試してみますか?」

「よかろう。貴様はボロボロになるまでなぶってくれる……!」

 

戦闘が開始されようとする。

二人の視線は絡み合い、火花を散らし――ついには銃火が切って落とされ……

 

 

 

「そこまでだ」

 

凛とした声がアリーナを打つ。

その声は静かだが、妙にはっきりと響いた。

 

「「織斑先生(教官)!」」

 

揃った声が驚愕を表す。

全然気配を察知できなかった。

ボーデウィッヒはともかく、セシリアまで。

 

「騒ぎを起こすな、この馬鹿者どもめ。沈めるのが誰だと思っている」

 

「ですが、この方はいきなり乱入してきた上に暴行を――」

「貴様らが弱いだけだろう」

 

二人は言い訳を試みて、そして喧嘩を始める。

 

「なんですって!?」

「事実を指摘されて怒ったか?」

 

と、責任を押し付け合うようにギャーギャーと言い出す。

織斑教諭は苛立たしげに眉をひそめて――

 

「やめろ、といったのが聞こえなかったか?」

 

ドスの利いた声を出す。

 

「「はい、すみません」」

 

仲良く殴られた二人が謝る。

 

「諍いは次のツーマンセルトーナメントまで取っておけ。そこで存分に競え。――いいな?」

 

口答えを許さないこわばった雰囲気。

この彼女に逆らうことなど誰にもできはしない。

 

「「はい」」

 

声が揃う。

恐怖政治、という言葉が頭によぎった。



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第20話 学年別トーナメント

「災難みたいだったな」

「そうね。あんたが来てくれたらこんなに怪我しなくて済んだかもね――奈落」

 

鈴音は包帯でグルグル巻きにされてベッドに固定されている。

怪我をしているというのもあるが、半分以上は彼女を無理やりにでも安静にさせておくためだ。

こうやって縛り付けておかなければ、病室から出て行ってしまう。

 

「しかし、衝撃というのは外傷がなくとも脳に深刻な損壊を与えることがある。ゆっくり休んでおけ。――織斑教諭に謹慎を言いつけられた以上、な」

「ちょっと、それあたしが悪い事したみたいじゃない。謹慎じゃなくて出場停止よ。しゅつじょーてーし。頭にかなりの衝撃を受けたから近日中の試合は認められないって」

 

冗談じゃない、と首をふる鈴音。

確かに謹慎では一方的に鈴音が悪いように聞こえる。

なにせ、もう一方の当事者は別に何のお咎めも受けていないのだから。

鈴音は安全上の理由で安静にさせられているだけで、それだけだ。

けれど、奈落は同じことではないのかと言いたげだ。

悪いとかいいとか根本的で人間的なことを全くわかっていないのが奈落という人外だった。

 

「ふふん。しかし、お前もやるようになったな」

「うふふ。あれのこと。ま、最期のは完全に賭けだったわね。おかげでベッドに安静にしてなきゃなんない。成功したとはとても言えないわね」

 

ふるふると首を振る。

どうやら彼女にとっては博打はハズレだったみたいだ。

ボーデウィッヒの焦り様はそれこそ笑えるほどだったが――勝てなければ意味は無い、のだろう。

 

「ま、倒しきれなかったのだから、失敗といえるな」

「やっぱりね。あのときはなんか――キレてたのよ。恐怖がどっかに行ってたのね。だから、無茶苦茶出来た」

 

キレたとか何とか言う割には表情は涼しげだ。

あれだけ出来れば上等、とでも思っているのだろうか。

奈落も満足気な表情を浮かべている。

一歩間違えれば自爆で死んでいたのに。

 

「いや、それでこそだ。そうでなければ戦場にはいられない」

「戦場ねえ――。そうだ、あんたから見てあれはどうだったの? 最期の攻撃、暴発は」

 

――暴発。

それは鈴音がAICに囚われた後、ボーデウィッヒが解除と同時に砲弾を打ち込もうとして吹き飛ばされた爆発のことだろうか。

敵の悔しがる表情から鈴音が意図的にやったことは分かる。

だが、あの爆発がとどめを刺したのは――むしろ鈴音の方だった。

だから暴発と呼んだのだろうか。

 

「良い攻撃だった。龍咆を止められることを承知で打ち続ける。そうすれば空間上に積み重なっていく。同空間に存在できない実弾ではできんな。そして、その威力は2倍や3倍……どころではない」

 

「しかし、そこまで威力を高めると――もはやコントロールはきかない。爆弾で砲弾をぶっ飛ばすようなものだ。一応前にこそ飛ぶが、すぐ前に敵がいなければ当るものではない。まあ、今回はすぐ前に敵がいたが」

 

「暴発なだけにその威力は前だけには飛ばない。すさまじい衝撃が撃った本人に襲いかかり、下方に叩きつけられる。そういうダメージはシールドエネルギーこそ減りにくいが――操縦者に深刻な損傷を与える。全身の骨がバラバラにならなくて幸運だったな」

 

「だからこそ攻撃と呼ぶより暴発と呼ぶほうが正しいわけだ。その暴虐とすら呼べる威力でもボーデウィッヒが沈まなかったのは……単に彼女がシールドエネルギーを大会規定レベルまでデチューンしておかなかっただけだ。後ろにセシリアが控えていた以上、お前の勝ちだ」

 

奈落が解説し、称賛を添える。

しかしまあ、本人でもないのによくぞこれだけ分かるものだ。

 

だが、二人目がいたから勝利が確実とはなんともまあ、卑怯とかそういうことを気にしないお人のようだ。

ボーデウィッヒの違法行為を責めるでもない。

そんなものはやった奴が勝ちだとしか思っちゃいない。

 

「――そ。あんたはあたしの勝ちって言ってくれるわけね。ま、ズルはお互い様ってとこかしら?」

「さてね。競技でなければルールなど、どうやって破るか考えるものでしかない。国際法だの慣習だのは出来ることなら破ってしまったほうがいいのだ。なぜなら、勝てば咎められることはないのだから」

 

「後でなんか言われないのかしら?」

「言われるだけだ。実際の行動に移す国家など存在しない」

 

「なるほどね。まあ、そっちはどうでもいいわよ。国家とか言われても実感なんてわかないしねえ。あんたにとっちゃ身近なことかもしんないけど、ね」

「まあね。あれらの愚かさは身にしみている」

 

「へぇ。そういうお偉方って難しいことでも考えているものなんじゃないの? だから、私達には一見バカらしく思えることもやる」

「――まさか。彼らは考えていることは自分の保身と、どうやって偉そうに振る舞おうかということくらいさ。あいつらは頑張って自分たちのしていることを難しく見せようとしているに過ぎない……なんて愚鈍。」

 

「お偉方に良い思いは抱いてないようね。で、学年別トーナメントの組み合わせは?」

「一夏がセシリアと、私がデュノアとだ」

 

学年別トーナメントとはIS学園の行事の一つだ。

お偉方を集めて生徒がどれだけの技量を持っているか披露する。

成績が良ければ企業や政府からのスカウトも受けることが出来る重要な行事だ。

貴重な専用機持ちになれるチャンス。

もっとも、すでに専用機を持っている彼らには優秀さを披露する場でしかない。

無様を見せればISを剥奪されてもおかしくはない。

その意味では誰も気は抜けない。

 

「ふーん。セシリアのやつ、私が出場停止を受けたのをいいことに……!」

 

とはいえ、恋する乙女にはその辺の事情は関係無いようだ。

一夏とタッグを組むなどという抜け駆けに歯ぎしりする。

だが、すぐに気を取り直す。

 

「まあ、仕方ないわね。あんたはデュノアと上手くやってるの? お世話役さん」

「さて、まだどうにも壁があるようだがな」

 

からかうような調子で聞かれた奈落は苦々しい顔を隠さない。

しかし、その顔はどちらかと言うと、ごちそうがあるけれどどっちかしか食べられないといった顔。

 

「なるほど、あの男装には突っ込んでないわけね」

「――くく。気づいていたか」

 

デュノアは男装をして男と偽って学園に来た。

その目的はたった三人しかいない男性IS操縦者としてもてはやされること――

――などではなく他の男性操縦者に近づくことだ。

操縦データを盗ってこれれば上出来、生体データを盗めれば文句なしというわけだ。

 

「まあね。あのディスクを受け取った日から、周囲を警戒するようになったわ。以前までの自分がどれだけうかつで、呆れるほどたくさんのことを見逃していたのを痛感したわ」

 

やれやれ、あたしってどれだけおバカな娘に見えてたのかしら――と嘆息する。

 

「それもそうだ。一般人に戦場の心得は必要ない。――別に戦場跡に生身で地雷撤去を死に行くわけでもないだろう?」

 

だが、奈落はそれが一般人のあるべき姿だという。

慰めようとしているのだか、己の信念だかは分からない。

 

「まあ、ね。戦士として生きるってのは、中々にキツイわ。んで、戦士さんは秘密を嗅ぎまわったりしないのかしら?」

「あいつの秘密は知っている。わざわざ本人に聞く必要はないな」

 

デュノアは必死にその秘密を隠している。

知れたら終わりなのだから当然。

全部自分で勝手にやったことにされ、一生牢屋に繋がれる。

加害者――この場合はデュノア社の重役連中は被害者気取りでのうのうと表を生きる。

そんな重大な秘密を奈落はすでに知っているらしい。

だが、彼には重大な秘密を持つ者のもったいらしさが欠けている。

お偉方など、秘密を持つこと事態を楽しんだりするものだ。

だが、自分が秘密を持ってるのは当然で大したことじゃないと言わんばかり。

秘密というものを全く軽く扱っている。

 

「なるほどね――。ま、あたしはその秘密とやらを聞くのはやめとくわ。野暮ってものだし、何より余計なことには関わらないのが一番」

「懸命な選択だ。他人の不幸を抱え込む必要はない。しかし、どうしたものかな?」

 

好奇心は猫をも殺す。

しかし、何も知らない馬鹿は巻き込まれて死ぬ。

生き残るには加減を知ることが重要だ――鈴音のように。

 

「なによ? あんたでもどうしようもない問題がデュノアにあるっての」

「いや。別に対処はできるが――ボーデウィッヒの件もある。複雑というより、一つずつ片付けておいたほうが良い案件だな。自分の問題に首を突っ込まれている最中に、その人物が他の人間にご執心では格好がつかないだろう?」

 

「ああ、そういう問題。なんだったら、あたしがどっちか担当するわよ? 必要もない心配事を背負うのは嫌だけど、そういうわけなら別に構わないわよ。どうせISには乗れないしね」

「助かる――と言いたいことだが、私の方でどうにかする。他人に任せるには――彼女たちは少し面白すぎるんでね」

 

そこで奈落はニタリとした悪魔的な笑みを見せる。

鈴音は怯むでもなく。

 

「あんたの獲物ってわけ?」

 

と返した。

 

「そういうことだ」

 

「じゃ、手伝いが必要になったら言いなさい。いくらでも手伝ってあげるわ」

「それはありがたい。なら、少し手伝ってもらおうか」

 

「へぇ。何の? なんか、さっき上げた二人に何の関係もなさそうな気がする」

「カンが良いな、そのとおりだ。――を頼む」

 

「へぇ? なに、そんなに篠ノ之が気になるの? ま、それほど仲が良くないあたしだから調べられることもあるか。いいわよ。じゃ、こっちはこっちでやっとくわね」

「頼む。では、私はデュノアのところに行こう。どれだけ時間があるかもわからないしな」

 

「あ、一つ聞き忘れてたわ。ボーデウィッヒが当るのは誰?」

「――私だ」

 

きっぱりと断言する。

どうやら彼女にとっては不幸なことに初戦から奈落と当たるようだ。

 

「そいつはご愁傷さまね」

「それほどでもないさ。観客の前だからな、あまり手札は見せない」

 

「それでも、あの小娘はあんたには絶対に勝てないでしょ」

「そうだな、奴は戦いを根本的に勘違いしている。――あんなんで、よく軍人だと胸をはれる」

 

「ま、お手柔らかにしてやって。あんたの良心の範囲内で」

「善処する」

 

それって、考慮しないと言ってるも同然じゃない――とつぶやいた鈴音の言葉が漏れる前に奈落は病室を後にした。

 

 

 

たった一人の病室で鈴音はつぶやく。

 

「さてさて、セシリアは上手いことやってるかしらね? ま、一夏のことだからそっち方面は心配ないわね。さて、こっちはこっちで動きますか。正確には動かすね。携帯携帯っと」

 

箒に電話をかける。

 

「あー。ちょっと聞きたいことあるからあたしの病室に来てくんない?」

 

いきなりそんなことを言い出す。

相手に大事な用事なんてあるわけがないとたかをくくっている。

 

「え? 用事があるって……どうせ一夏はセシリアと訓練中でしょ」

 

「うんうん。あんたはストーカーなんかしてないわよ。で、話なんだけどね」

 

「え? 本当に違う? 部活? じゃ、それが終わった後でいいわよ。こっちは暇なんだから」

 

「自分は暇じゃない? 10分位ならいいでしょ。一夏が離れていって焦ってるのはわかるけど、そんなに精神的に余裕が無いと小皺が増えるわよ」

 

「――っ! 耳元で叫ばないでよ、もう。とにかく、練習とやらが終わったら来なさい。いいわね?」

 

「……あーあーあー、聞こえなーい。じゃ、待ってるわね」

 

数分後には肩を怒らせた箒が病室の扉を蹴り開けていた。



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第21話 シャルロットの闇

「デュノア、夜遅くに失礼する。話がある」

「え? 神亡君。僕の部屋まで来るなんてどうしたの」

 

「廊下で話せることではないのでな。まずは部屋に入れてくれないか?」

「あ、うん。どうぞ」

 

扉を開けて奈落を部屋に招き入れる。

中は整然として綺麗に片付けられている。

ここに来て日が浅いせいか生活感というものがない。

ほとんど物を持たない主義なのだろうか。

さりげなく扉の前に立った奈落はいきなり切り出す。

 

「さて、突然ではあるが本質をつかせてもらおうか。――君は父親を恨んでいるかな?」

 

あまりといえばあまりの質問。

そもそも自分の家族構成を把握されているなど夢にも思わなかったデュノアは呆気にとられる。

素性を把握された諜報員など話にならない。

 

「な、なんのことかな? もしかして、僕の父と知り合いだったりするのかな。ごめんね、君の話は聞かされたことがないんだ」

「いや、聞かされているだろう? 君はそのために利用されているのだから」

 

「り、利用? 何のことかわからな――」

「別に隠す必要はない。全て知っているのだから。デュノア社ごときが希テクノロジーに対して隠し事を出来るとでも?」

 

「うく――」

 

希テクノロジーもデュノア社も世界的に認知される大企業だ。

しかし、比べる相手が悪すぎた。

まことしやかに陰謀論の主にされる希テクノロジーが相手では、どんな企業とて見劣りする。

世界的秘密結社とすら言えるそれは裏の世界を支配する絶対者なのだ。

 

「まあ、そこまで恐れることはない。たかが企業の一つにすぎんよ、それは」

 

奈落はこともなく支配者とも言えるそれをこきおろす。

しょせんは現実の存在でしかないとでも言うように。

 

「でも、僕を終わらせるくらいはできるんだろう?」

「そうだね。人一人消すくらいなら造作も無い」

 

「そっか。思えばいいことなんて一つもない人生だったな――」

 

デュノアは絶望したというより達観したような表情ですべてを諦める。

最初から無理だと思っていたのだろう。

女が男のふりをして学園に通うなど。

彼女の表情は詰みを認めた罪人のそれだ。

 

「気にすることはない。人間など儚い存在さ。だが、君はそこから突破できる」

 

妙にきっぱりと断言した。

罪とかそんなものなど、まともに取り合っちゃいない。

 

「何を言ってるの?」

「まだ最初の質問に答えてもらっていない。君は父親を憎んでいるか」

 

「……そんなことはないよ」

「ふむ、言い方が悪かったようだ。君は父親を憎んでいるな?」

 

「しつこいよ。君に何が分かるっていうのかい? 人の心が読めるとでも」

「読めというならしてみせるさ。だが、君に関しては必要ない。目を見れば分かる」

 

「目を見たくらいで何がわかると――」

「分かるさ。私は君と同じ目をしていたからね」

 

「……え?」

「そう。親とは子にとっていつか殺すべき仇でしかない。憎いはずだ、自らのルーツである彼が。まあ、私の場合は母だったが」

 

「――あの人が僕に何をしたのか知ってるの?」

「いいや。私が必要としたのはデュノア社のデータだけだ。君の生い立ちについては目を通してはいない」

 

「調べは付いてるってわけだね。逃げ場はないのかな」

「もともと人類に逃げ場などない。逃げようとしても、全ては無駄なあがきだ」

 

「でもさ、あなたは規律とか良心とかどうでもいいと思っているんだよね? 僕にはそんなの無理だよ。社会に縛られる哀れな囚人でしかないんだ。僕はデュノア社社長の娘で、専用機持ちのパイロットなんだよ。――反抗なんてできるわけがない」

「その通り、それが人間の限界だ。しかし、君は人間をやめることができる。君ならば、デュノア社を潰すことなど容易だ。そして、本来君はそれにためらいなど抱かない人間だった。――今は少し、自信がないだけだ」

 

「できないよ。僕はただの人間だよ。専用機を与えられたって、これは僕のじゃない。僕は所詮道具なんだ! そんな僕に何が出来るって言うの!?」

「それは違うとも。君の周囲が君に何をしたか、思い出したまえ。誰も君を助けなかった。だから、君は誰を助ける必要もない。誰かは君を傷つけた。だから、君は誰かを傷つけてもいい」

 

「僕は、僕は……」

「恐れることはない。私がついている。全ての思いを吐き出してしまえ。この私が、神亡奈落が受け止めてやる」

 

そう言うと、彼女はとつとつと話し始めた。

感情をなくしたかのように淡々と。

だが、その裏に潜む地獄の釜のように煮えたぎった憎しみは隠しようがない。

 

 

「僕は静かに暮らしたかった。ISにも父さんにも興味なんてなかった。これまではただ放っておかれたんだから、これからも放っておいて欲しかった。みんなは同情するだけして、何の力にもならなかったけど、お母さんがいてくれた。だから生きていけた

 

「でも、こんな僕を世界は放っておいてはくれなかった。この歳になるまで何もしてくれなかったのに、母さんが死んだ途端に父さんの使いだって人が来たんだ。――はは、お笑いだよね。物心ついた時から会ったことすらないけど、心配していた? 赤ん坊の頃のお前の顔を覚えている? 僕はあいつの声すら知らないのにさ

 

「ろくな説明もなく拉致されたよ。父さんの気持ちを察してほしいとは何度も言われたかな――部下の人に。でも、部下の人だって僕の気持ちは何一つ考えてくれなかったんだけど、ね。そして、デュノア社のために働けと言われた。僕は父さんの娘だからって。子は親のものだとでも思っているんだろうね。だから、躊躇なく犯罪行為の捨て駒にできた

 

「――ああ、そうだよ。僕は父さんが憎い。父さんは何もくれなかった。けれど、僕から全てを奪った。そもそも母さんの死因は過労だよ。父さんが何かしてくれればそんな死に方することなかった

 

「けどね、僕には何かしてもらうことを父さんは求めたんだ。何もしてくれなかった父さんに、ね。暗殺でもしようかと思ったけど、そもそも会う機会すらなかったよ。親戚の人だか誰かには殴られたよ。泥棒猫の娘ってね。でも、反論する暇もなく僕が取り押さえられた。暴れたのは向こうだけど、しょせん僕はデュノア社側の人間じゃないんだろうね

 

「どう? これが僕の告白。満足したかな、僕の恨み事なんてこれくらいのものだよ。僕を助けてくれる人はいなくて、利用する人はいるって――そんな普通の話」

 

 

「聞かせてくれてありがとう。とても面白かったよ」

「はは。それは重畳。あ、僕が女だってことも知ってるんだよね?」

 

「本気で隠そうとするなら骨格くらいは変えなければ意味がないな」

「アハハ。それは逆に怪しいと思うな」

 

デュノアはけらけらと笑う。

それは仮面だ。

へらへらと笑って憎しみを隠さなければ、社会の中では生きていけない。

悲しい生きるための方法だった。

彼女に自分を守れる力はなく、守ってくれる人もいない。

 

「だが、君はまだ遠慮している。その心に秘めた底無しの闇を開放していない」

「僕の暴露話はこれで終わりだよ。他に何か?」

 

「暴露とかそういうのはどうでもいい。君にはどうにも上辺を取り繕う癖があるようだ」

「はは。それはしょうがないよ、だって助けてくれる人がいないんだよ? 上辺だけでも取り繕わなきゃ、生きていけないよ」

 

「ふん。ならば、その仮面を私が壊そう」

 

大仰に手を広げる。

それとともに世界が一変する。

凶悪なまでの奈落の意思が世界を染め上げる。

一瞬でそこは魔界と化した。

ただ、奈落の意思によって。

 

「君は自らをさらけ出してくれた。己が過去を、そして呪いを。ゆえに、私も見せよう

 

「さあ、子羊の皮を被った奈落に、お前に絶対虚空の虚無の底を見せてやろうではないか!?  さあ、来るぞ? 来るか。 来たぞ! 私の世界、私の刃。――虚数干渉型具現妄想器(ディソード)

 

「【純白なる奈落(エターナル・ホワイト)】」

 

ぐびゅる、と空間が歪んだ。

歪んだ空間は世界を汚染する。

それは奈落。

底無しの穴。

どこまでも昏い漆黒。

吐き気をもよおす口の中にはざらりと並んだ歪な剣未満の剣。

これらは全て、ディソードになりきれなかった妄想だ。

奈落こそが彼の本質。

世界に開いた穴が彼のディソード。

もはや剣どころか、物質の様相すらないがこれでも立派なディソードの一つである。

 

「ああ、あああ、あああああああああああああああ」

 

デュノアが震えだす。

世界に開かれた穴は彼女の闇を引き出す。

そして、彼女に秘められた刃は間近で引き釣り出された奈落と共鳴する。

 

「あ!? あが、あうあうあうあううあうあううううう」

 

体中の神経がパニックに陥る。

びくびくと陸にあげられた金魚のように震えている。

突然の力の開放――いや、認識に体がついていっていない。

 

「いいさ。それで構わぬとも。世界を前にした時、人は謙虚になるものだ。ひざまづいて迎えろ、貴様の世界を呼べ」

 

「うぐ。僕のディソード……【絶対言語(バベルズバインド)】」

 

震えた声でそれだけを吐き出す。

今、白と黒の混濁に染め上げられた世界が、1次元の言葉によって規定される。

 

「生誕おめでとう」

「これは……?」

 

ぱちぱちと目を瞬かせてあたりを見渡す。

彼女は人間という壁を突破した。

もはや彼女は人間ではない。

 

「心配することはない。私が全て教えてやる」

「ねえ――、奈落?」

 

「何だ」

 

いきなり奈落と呼ばれたのに驚きつつ、返答する。

 

「僕の本当の名前はシャルロットって言うんだ。そっちの名で呼んでほしいな」

「いいとも、シャルロット。我が同類」

 

微笑んで答える。

一夏たちにも向けたことのない微笑。

同じ人間、という言葉がある。

彼らは今、同じ人外とでも呼ぶべきものになった。

 

「それと、父さんを殺してもいい?」

「いいさ、好きにしろ」

 

すさまじいことを言った。

彼女にとっては自分の名前の呼ばれ方と、父殺しの許可をもらうことは並列するのだろうか。

いや、するのだろう。

それゆえの今の質問の仕方だ。

 

「うん。じゃあ、やるね?」

 

許可をもらったシャルロットはもう躊躇しない。

奈落にそんな権限などあるわけがないが。

いや、彼が許可を出したのなら自分の権力で犯罪など隠してしまうのだろうが。

だが、そんなことは関係ない。

誰かに許可をもらうと安心できる。

自分で何かすると決めるのより、他人に言われたまま生きるほうがずっと楽だ。

 

対象(ターゲット)認識(ロックオン)攻撃を開始(ジェノサイド・スタート)武器選択(オプション・セレクト)選択終了(O.K.)――【亜空間ブラスター】

 

「――発射(シュート)

 

黒く塗られた人間大の砲身のみの銃口――亜空間ブラスターが出現する。

現れ方はまるで量子領域に収納しておいたかのようだが、こんな兵器は実在しない。

妄想のはずの超兵器がそこに実存していた。

これの攻撃は空間を飛び越えて、目標のみを原子レベルまで破壊する。

目撃者がいても、神隠しにあったとしか思われないだろう。

あっけなくシャルロットは父親殺しを終えてしまった。

 

「なるほど、躊躇すらしないか。それでこそだ。で、お前はどうしたい? 恨みを晴らした後は無差別に暴れたいわけではないのだろう」

「――うん。僕を貴方のもとにおいてくれないかな?」

 

「もちろんだとも。君の身柄は私が預かる。君には希テクノロジーに転籍させるから、知らせを受け取れ」

「分かった。君の言うとおりにするよ」

 

こっくりとうなづくシャルロット。

彼女は奈落につくことを選んだ。

それは一目惚れでも何でもなく――

 

(あの人に付いて行けばきっと使い捨てられることだけはないだろう。それなら、それだけでいい。僕は二度と――捨てられたくない)



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第22話 箒VSシャルロット

「ふん。最近姿を見せないから逃げたのかと思っていたぞ」

 

ボーデウィッヒは奈落を睨みつける。

その表情は厳しく、まるで得体の知れない化け物を相手にしているかのよう。

 

「ああ、それは済まないことをしたね。最近仕事が忙しかったのだが、君にいらない期待を持たせてしまったようだ」

 

一方、奈落は笑みを浮かべてボーデウィッヒを睥睨する。

こちらはまるで極上のお菓子を目の前にしているかのような表情。

 

「いらない期待?」

「そう。もしかしたら私と戦わなくて済むのかもしれないという期待さ。私と会うことを避けていただろう、君は」

 

試合が開始される直前の一触即発の空気の中、二人は悪意に満ちた会話をする。

切り裂くような敵意――

――どこまでも堕ちるような漆黒。

 

「妄言だな。私は貴様を恐れたことなど未だかつてない」

「そう思いたいのなら思うといい。――だが、手の震えは隠しておいた方がいい」

 

悪意の交錯は手を出すまでには至らない。

どこまでも昏く、深く煮詰まっていく。

 

「……っ! ただの武者震いだよ。化け物を殺すのは初めてだ――いや、倒すだったかな。ルールでは故意に殺すことは禁止されていたはずだった」

「気に病むことはない。君の予想は当る。叩き潰されて負けるという君の本能的な直感はね」

 

会話は意味を成さないほどに捻じくれる。

 

「その減らず口を今すぐにでも塞いでやろう」

「君の曲がり狂う心の刃を抉り出してやろう」

 

――ピー――

 

試合が開始される。

 

「くたばれェ! ――この化け物が」

「ははは! ――楽しく遊ぼうか」

 

両者が選択したのは機関銃。

型は違えど、攻撃法は同じ。

すなわち、大量の弾丸で相手を陵辱する。

 

入り乱れ、離れてはくっついて3次元的な空中銃撃戦を展開する。

立ち会いそのものはド派手だが、技能に関しては繊細さが要求される。

地味な基礎練習こそがモノを言う戦い方。

 

だが、両者ともに素人ではないだけあってほとんど弾が当たらない。

当たったとしても、それは次の攻撃への布石。

もしくはダメージを最小限に抑えるためだ。

通常は機関銃による銃撃戦だけでは決着はつかない。

 

無為な――ルーチンワークが続く。

 

 

 

一方。

この試合は一対一で行われるものではない。

戦う二人の相棒がアリーナの片隅にて相対する。

 

「まさか、このように貴様に相対することになるとはな、シャルロット」

「僕も驚きだよ、君がボーデウィッヒとチームを組むなんてね、箒」

 

この二人は顔見知り程度の関係にはなっていた。

あの後シャルロットはアヒルの子のように奈落のあとをついて歩き、必然的によく一夏と一緒にいるようになった。

一夏に会いに来る箒と仲良くなることは当然と言える。

シャルロットが恋しているのは一夏にではないからだ。

 

「それは勝手にチーム編成されてそうなっただけだ!」

「ま、そうだろうけど。一夏のパートナーを取られたからって放心して届け出を出さないのはどうかと思うよ」

 

激高する箒に余裕ぶった笑みで答えるシャルロット。

一本気な箒は余裕のある相手にはいいように振り回されてしまう。

 

「ぐぬぬ……!」

「ま、いいけど。忠告しておくけど、あの二人の戦いには水をささないほうがいいよ」

 

この発言は実質的には1対1を提案するもの。

2対2ではなく、1対1を二つやろうというわけだ。

実はこの提案が受け入れられると発言したシャルロットの方が不利になる。

連携をとって二人で射撃すれば、そもそも互いの武装すら知らない箒チームを抑えこむのはわけないことだ。

それなのに、そんな発言をするということは――奈落の趣味以外に考えられない。

シャルロットはそんな彼の言うことに従っているだけだ。

 

「それはできない。パートナーとしての義務がある。お前を倒した後は奈落を倒すのに協力する」

 

だが箒は否定してみせる。

否定したところで何をすることも出来ないだろう。

シャルロットが全力で抑えにかかれば助けに行けるわけなどない。

箒が得意とするのは剣――接近戦なのだから。

だから、実質的には相手の提案を飲むしかない。

倒した後にパートナーを助けに行くと言ったのは、単なる意地だ。

 

「相変わらず真面目くさい人だね。責任なんてものを果たして、それで何がもらえるっていうの? ま、それが君の性分なんだろうけどさ」

 

そんな箒をシャルロットは茶化す。

不幸には事欠かない生活を送ってきたシャルロットには、真面目なんて損気としか思えない。

さらに他人に首を突っ込むほど酔狂ではない。

ただ会話は楽に時間が稼げる。

 

「人間たるもの誠実でなければならん」

 

箒が断固として言う。

まるで枯れ果てた老人のような意見だ。

苛立たしげに拳を握る。

 

「誠実、ね。それを決めるのは誰なのかな……? ただ、まあ――試合だってのにお話ばかりじゃあ、それは誠実とは呼べないよね」

 

あっそ……そんな考えもあるよね、と言う顔。

そろそろ会話が面倒くさくなってきたようだ。

まだ銃は構えない。

 

「確かにな。では、篠ノ之箒――参る!」

「あは。じゃ、僕も名乗ろっと。シャルロット――行くよ」

 

名乗って、箒は馬鹿正直な突進をかける。

シャルロットは量子領域からショットガンを選び、まばたきの間すらなく構える。

 

「突撃には鼻先に花火を食らわせるのが一番だよね」

 

そのまま躊躇なく発射する。

タイミングは完璧。

相手が踏み込んだ瞬間に武器をロード。

さらに勢いに乗り始めた瞬間に引き金を引く。

相手は最高速に達した状態で弾丸と衝突することになる。

 

「かわ……せない! っち――」

 

箒は仕方なく手に持った刀を盾にする。

もちろん散弾の前にはそんなものはほとんど役には立たない。

だが、その反射神経は称賛すべきだ。

 

「まだまだ行くよ」

 

瞬時に武器を切り替える。

これがシャルロットの技能――高速切替(ラピッドスイッチ)の恐ろしさ。

彼女は大型ライフルをロード。

高い威力で一気にエネルギーを削るつもりだ。

 

「させん。 ――ぬああ!」

 

箒はかわすでもなく防御するでもなく第3の選択肢を選ぶ。

もちろんこの距離ではかわせない。

防御したところでダメージを食らうのには変わりない。

だから、踏み込んだ。

鼻っ柱を抑えられた状況で攻撃とは――生半可な気概で出来ることではない。

 

「――っ!? けど、もう遅い」

 

驚くシャルロットはかまわず引き金を引く。

彼我の距離は二歩ほど。

ISと言えど、引き金を引く動きのほうが距離を詰めるよりも早い。

弾丸が無防備な箒に直撃する。

 

「……っおお!」

 

直撃はするが、倒れない。

気迫で耐えた。

そして、もう敵は目の前にいる。

 

「そんな……? 耐えるなんて――」

 

シャルロットは動けない。

攻撃力の高いライフルは重い。

弾が大型化しているのだから当然だ。

そして、手放すにも一瞬の時間が必要。

ゆえに――どんな行動を取ろうとも反応は一瞬遅れる。

 

「覚悟しろ――斬!」

 

箒は渾身の一撃を放つ。

腰の入った素晴らしい一撃。

審判がいたら「一本」と叫んだろう。

 

「で、それが?」

 

会心の一撃を喰らったシャルロットは、笑みを浮かべる。

沈んでいない。

 

「なに……っが!」

 

シャルロットが箒を蹴り飛ばした。

これは剣道の試合ではない。

まだ試合は終わっていない。

一撃必殺の攻撃でもなければISのエネルギーは削り切れるものではない。

エネルギーは基本的に少しずつ削っていくもので、零落白夜は例外。

蹴った勢いに乗り、シャルロットは優雅に天空を舞う。

 

「ま、待て!」

 

箒に勝機があるとしたら接近戦にしかない。

シャルロットの高速切替は距離を離されると厄介にすぎる。

ここはなりふり構わず追いすがるしかない。

多少の攻撃をくらおうと、ここで逃したら二度とチャンスは巡ってこない。

それほどシャルロットは強い。

 

「ふふ。残念だったね、頼れる人がいなくて」

 

このまま追いすがられたら、多少のダメージはあろうとも接近戦になり箒が有利になる。

その中での、この言葉。

一瞬、箒は呆気にとられる。

それで追い足が鈍くなるほど箒は甘くない。

だが、初めから箒はシャルロットに集中しっぱなしだった。

そうでなければ、すぐに距離を離されて二度と近づけない。

集中するというのは、そう悪いことではない。

目の前の敵に集中できなければ、外よりもまず目の前の敵に倒されてしまう。

だが、最善の行動が成功に結びつくとは限らない。

 

「え――?」

 

追いすがる箒に横から銃撃が加えられる。

奈落がやったのだ。

ボーデウィッヒと高速の銃撃戦を繰り広げながらも!

 

これでは勝てるはずがない。

二人の実力が上の人間を相手にしては、できることは限られる。

箒は判断をミスしてなどいない。

ただ、能力が足りなかったという――それだけの話。

 

「っぐ。ボーデウィッヒ……!」

 

箒が恨むのは敵を抑えておけなかったパートナー。

個人プレーに傾倒する彼女に合わせて、相手のパートナーを自分一人で相手していただけなのだろう。

そうしたければ、ちゃんと相手を抑えてろ――そう言いたげに舌打ちする。

愚痴を言う暇などあるわけない。

詰んだも同然の、この状況。

それでも箒は少しでも自分のできることをする。

 

「くす。終わりだね」

 

シャルロットがいたぶるように宣告する。

自分の勝ちは動かないこの状況。

奈落からの命令は果たしたも同然。

笑みは止まらない。

 

「くう、うううう――」

 

もはや、箒に打つべき手はない。

だが、手はないなりにできることはある。

頑張ってパートナーの敵が二人になるまでの時間を長引かせること。

それは、シャルロットの狙い通りでしかないわけだが。

逃げまわって逃げまわって――ついには堕ちる。

だが、ボーデウィッヒも箒のすぐ後に堕ちる。

シャルロットが戦いに加わるまでもなく。



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第23話 奈落VSボーデウィッヒ

「このままでは埒が明かんな」

「ほう?」

 

銃撃戦を繰り広げる彼らは足を止める。

 

「お前の弾は私には届かない」

 

奈落の放った弾が全て空中で止まる。

彼女は空中で仁王立ちしたままだ。

――AIC(慣性停止結界)という結界内の物体の速度を0にする絶対の盾。

AICによる結界は貫けない。

それが現実の兵器であれば絶対に。

 

「――なるほど。それが君のご自慢の兵器か」

 

奈落は銃撃をやめた――その瞬間にボーデウィッヒが狙い定めた砲弾が彼を狙う。

……あっさりと避けてしまった。

攻撃が通用しないことに驚いていたら食らうほかなかっただろう。

だが奈落はそもそも自分の攻撃が通用しなかったとしても、しょせんそれだけのこととしか思わない。

 

武器は武器であり、使えればなんでもいいのだ。

武器ごときに感情移入などするわけがない。

彼は敵の示威行為で傷つくほど繊細ではないし、敵の言葉を素直に信じるほどロマンチストでもない。

ひたすら冷静に、そして狂的な熱意でもって現実に対処する。

普通であれば絶対の盾に絶望するところであっても――

AICの脅威は現実的に対処するべき問題でしかない。

 

「大した盾だ。が、種が割れていれば恐ろしくもない」

 

奈落は悠然と宣言する。

絶対の盾など大したことはない、と。

 

「――ほほう? ならば、貴様にはAICが破れるとでも言うのか」

 

結局、鈴音には二度もしてやられたわけだが――

――あれは自爆でしかなかった。

勝つのは自分だと、精一杯いきがってみせる。

 

「いいぞ。では、かけてみたまえ。それの本領は敵の動きを止めての一撃必殺だろう? ま、

最強の盾というのも否定はしない。――無敵ではなくてもな」

 

なんと、奈落は動きを止めてしまった。

来いよ、とばかりに手をふってみせる。

彼は一回AICを見ただけで発動には集中力が必要で、複雑な動きをするものは対象にはできないことを見抜いてしまっていた。

いや、使ったところを分析しただけではない。

人はただ立っているだけでも多くの情報を人に与えてしまう。

試合の中ではそれこそ膨大なまでのデータを提供することになる。

それは隠して使っていない兵器に対しても同じである。

 

「ならば、やってやるさ!」

 

ボーデウィッヒは挑発に乗る。

軍人とは思えない対応。

冷静さを失っている。

恐怖を抱いているのかもしれない。

目はあらぬ方向をさまよっている。

 

「む……動けないとはこのような感じか。――しかし速度を無効化するのなら、なぜ心臓は動いているのだろうな?」

 

言葉通り、彼は動かず結界に囚われる。

彼の性格からして不意打ちにためらいを持つとは思えないが、試合をただの遊びだとしか思っていないこともありえる。

ずいぶんとなめた態度だ――このまま撃墜されれば笑いものになる。

 

「私が知るか!」

 

激高する。

そもそもボーデウィッヒは原理など知らない。

使用できるだけ、なのだ。

 

「原理くらいは知っておけ、応用ができないぞ。単に物質の情報を上書きして速度を0にしているんだよ。エネルギーを考えても単純に自分を動かす分と相手を止める分で二倍の出力が必要だな」

「それがどうした? それがわかればAICが効かないとでも」

 

ぎすぎすとした空気が満ちる。

動けない奈落には余裕があり、動けるボーデウィッヒは小動物のように怯える。

それは酷く奇妙な相対だった。

 

「まあ、ヒントくらいにはなるかな。しょせんAICは対象ISの慣性制御を上書きしてキャンセルしているにすぎないんだ」

「ならば、更にキャンセルしてみせることだな。――できるなら、な!」

 

がたがたと震える銃を向ける。

それを受けても、奈落には虚無的な嗤いを浮かべ続ける。

 

「それは無理だ。慣性無効化装置の無効化装置など、どんな笑い話だ」

「ならば、死に行け」

 

ようやくのことで引き金に指をかける。

鈴音との一戦が心に深い傷を刻んだのだろう。

絶対の防御のはずが、二度も反撃を受けたのだから。

 

「そいつは御免だ。――しかし、お前は阿呆だな」

「なんだと?」

 

その瞬間、奈落はボーデウィッヒを殴った。

 

「……っがは!? なぜ、動け――」

 

驚愕する。

絶対に不可能だと思いながらも、心の何処かでは破られるかもしれないと思っていた。

絶対の盾には隙があった。

そのものは破られてないにしろ、これで安心しろというのは無理だ。

けれど、本当に破られてしまうものか……!

本国での実践試験では誰一人として手も足も出なかったのに。

 

「上書きされたのなら、初期化すればいいだけだろう」

 

奈落はこともなげに種明かしする。

だが、それは言葉ほどに容易なことであるはずがない。

ISそのものが未成熟な兵器とはいえ既存の武器や技術で敗れるのなら、たとえそれが机上のものであろうと事前にわかる。

データだけは積み重なっているのだ。

――いや、可能性なら一つだけある。

 

それは机上の空論ではあるが――彼の言った通り初期化するということ。

初期化するのはPIC(慣性制御装置)だけだ。

ISはPICによって自在に空を舞う。

そのPICがAICによって慣性を――あるいは速度を0にされるから、動けなくなる。

だから一度初期化して、AICをPICで上書きする。

そうすれば、理論上はAICを破れる。

破れるが――

 

「馬鹿な! それにはハーモナイズが必要なはず。いや、戦闘中にそんな――整備を行える人間など居るはずがあるか!?」

 

ハーモナイズはパソコンと同じものと考えて問題ない。

サイズはけっこうでかい。

ISを囲める程度だと考えて問題はない。

整備の時にISコアにつなげて色々なデータを弄るものだ。

彼のISにそんなものが接続されている様子はない。

そもそも接続されていたとしても、戦闘中にやるのは彼女の言うとおり無茶だ。

戦闘と整備は全く違う。

両手で違う絵柄を書くどころか、両手で違うゲームをするようなものだ。

それも、一方はタッチペン、一方は十字キーで。

だが――

 

「私もこのISも特別製だということだよ」

 

奈落はさらりと言ってしまう。

人間とは思えないほどの能力――しかし、彼は人間とは呼べない人外だった。

 

「く……!」

 

うめいても仕方ない。

いや――

 

「貴様……! 貴様ァァ」

 

屈辱は憎しみへと変わる。

うめきは怨嗟へと。

 

「貴様だけは私の手で倒してやる」

「倒す? 君が?」

 

「貴様の動きは十分追いきれる。ならば、倒せないはずがない。戦闘中に整備ができたところでどうしたというのだ……!」

「そ、私がキミの手に終える相手か。そりゃ良かった。なら、もう少し本気を出してもいいかな?」

 

「ほん……き……? お前は一体何を言っている……!」

「至極単純なことさ。私はこれまで、君の土俵で戦ってあげた。だが、これからは苦手な射撃戦ではなく、接近戦で行こうと思ったんだよ」

 

「私との戦いはお遊びというわけか?」

「その通り、中々に楽しく遊べたよ」

 

「ふざけるなァ!」

 

ボーデウィッヒは駄々をこねるように弾幕を張る。

表情が泣き出しそうであっても、さすがは軍人を名乗るだけのことはある。

きれいな弾幕は効率的に敵の侵入を断つ。

だが、奈落は弾幕など物ともしない。

ひらひらとかわして――あっという間に懐に入る。

 

「まず一回」

 

軽く殴りつけて、ひいてみせる。

その目的は実力の誇示にほかならない。

ダメージにはならない。

剣で斬ればよかったのだ。

なにせ、もう一方の手にはしっかりと握られていたのだから。

 

「二回、三回、四回――。はは、これが君の実力か……素晴らしいものだな?」

 

小突いて、殴って、時折剣で斬る。

明らかにいたぶっている。

 

「おのれ、おのれェェ。この私が、化け物なぞに……」

 

あてずっぽうに撃ってみる。

……当たらない。

 

「ははは! 奇跡的な弱さだ。これで良く軍人と名乗れた」

「黙れ! 貴様は大人しく死んでいろよォ」

 

それでも撃つ。

無駄とわかりながらも、撃たざるを得ない。

紛れも無い恐怖のために。

 

「くく。黙らぬさ、ああ――黙らぬ。お前が弱すぎて、このおしゃべりな口が閉じてくれんのだよ」

「口を閉じろと言っているぅぅぅ!」

 

「……弱いな。しょせん、お前ごときはその程度」

「黙れ! 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ――

 

次第にろれつが怪しくなってくる。

躁状態の如き狂乱を晒し始める。

 

「黙れよぉぉぉぉ!」

 

当てずっぽうに突撃して、バリアに跳ね返される。

他の競技だったら場外で負けていただろう。

 

「お前はただの失敗作だよ――」

「うわぁぁぁぁぁ!」

 

斬りかかる。

髪を振り回して、武術も何も忘れたかのように。

 

「要らないものは、捨ててしまおう」

 

かつてボーデウィッヒを絶望に沈めたその一言とともに、刃を振り下ろす。

あっけなく倒れ去る。



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第24話 ヴァルキリー・トレースシステム

……力が欲しいか?

 

奈落に完膚なきまでにやられたボーデウィッヒは声を聞く。

闇に落ちた意識で誰とも知れぬ者の声を聞く。

なんだ? どこから聞こえてくるのだ――

 

……敵を倒す力を、圧倒的な暴力を望むか?

 

貴様は、誰だ?

誰とも知れぬ者の言葉など聞けるか。

 

……私は、あなた

 

私、だと?

どういう――

 

……あなたという意識から産まれ、ネットワークの海にただよう偽物の魂

 

こいつは一体何を言っている?

いや、意識が産まれる――それに、ネットワーク……?

聞いたことがある。

なんだったか……

 

……私は常にあなたとともにある

 

ともにある?

この私を気配すら気取らせずに四六時中付け回すだと――そんなことは不可能だ。馬鹿げている。

いや、違う。

いつでも肌身離さず身につけているものがあるではないか。

それは――

 

……私はシュヴァツェア・レーゲンと呼ばれるISのコアに生まれた意識

 

そういうことか。

だが、コアが私に何のようだ?

負けた私を捨てるのか。

 

……いいえ、私は貴方。私もまた悔しいのですよ

 

悔しいだと?

それは違うな。

 

……なにが、違うと?

 

私は悔しいのではない。

――憎いのだ、奴が。

そして、自分の弱さが。

憎くて憎くてたまらない。

自分もあいつも――いや、目につく人間はだれだって殺してやりたい。

 

……なぜ? あなたの憎しみは理解できない。私はあなたのはずなのに

 

そんなもの、私だって知るか。

憎いから、憎い。

そこに理由などあるものかよ。

――いや、もしかしたら私が失敗作だからかもしれんな。

あの空恐ろしい敵ならば、遺伝子工学によって作られた偽物の人間だからと言うのかもしれない。

そんなのはどうでもいい。

誰とも知れぬものの言葉を聞けるか、と私は言ったな?

 

……ええ

 

前言を撤回する。

お前が誰であろうと、構いやしない。

私がどうなろうとも。

殺せるのなら、それでいい。

私に殺させろ。

 

……誰を殺そうというのですか?

 

だれでもいい。

だが、一人目は決めている。

 

……聞きましょう

 

神亡奈落。

コイツを殺す。

奴は、私を失敗作だと言った……!

 

……分かりました。授けましょう、力を

 

よこせ。

お前のすべての力を。

そうすれば、お前も殺してやる。

 

………………?

 

くく。

殺してやる、全てを。

 

……あなたは、なにを――?

 

……「コアに異常発生、VTシステムを強制発動」

 

……「解除不可」

 

……あなたは、なにを――? 「VTシステム、リミッターを開放」

 

……「パイロットの生命維持システム、限定解除」

 

……死ぬおつもりですか? 「コアからの指令を拒否。操縦者にすべての権限を移譲」

 

……私は、何も出来ない――

 

 

視界がひらける。

良い気分だ。

 

「さて、殺すぞ。神亡奈落」

「おやおや、これは――やっと起きたか。遅い目覚めだね」

 

シュヴァルツェア・レーゲンの外装が“おかしく”なる。

観客は己の目がおかしくなったのかと疑う。

だが、いくら目をこすっても見えるものは同じ。

装甲が泥のように変形している。

ぐにゃぐにゃと流動し、一時として止まることはない。

 

「は!」

 

踏み込む、その瞬間に変形は完了した。

溶けた装甲は腕へと集まり固定化された。

腕は剣へと冒涜的な変形を遂げる。

そして、その動きは――

 

「早いな!」

 

奈落であろうと回避はできない。

防御する。

初めて奈落の機体に傷がつく。

 

「はは! ははははははは」

「ぬぐ――!」

 

奈落のISが大きく弾き飛ばされる。

ボーデウィッヒは殺気に濡れた眼光で、凍てつかせるような冷気を放つ。

彼女はもはや殺気しか持たない怪物と化していた。

 

「――ぐ。くっく……ひひゃ。コード――【666】(トリプルシックス) モード――【獣】(ビースト)――発動!」

 

奈落はシステムを開放する。

システムによって人為的に極限状態を作り出し、操縦者を強化する。

手負いの獣が襲いかかる。

 

嬌声とともに、獣同士がぶつかり合う。

 

 

 

アリーナ内の戦闘を監視する情報統制室は喧騒にあふれている。

いつもは、こうではない。

ISの安全装置は素晴らしく、操縦者を案ずるような事態はほとんどなかった。

だが、今は――

 

「あの動き、限定的ではありますがボーデウィッヒさんのISには条約で禁止されているヴァルキリー・トレースシステムが組み込まれているのでは? 危険すぎるという理由で開発は行われていないはずですよ!」

「落ち着け、山田君」

 

「それだけではありません。神亡さんの生体データを見てください。どう見ても異常です。心拍数、脈拍ともに人体が耐えられるレベルを超えています!」

「だから、落ち着け」

 

「落ち着けません! このままじゃ、二人とも死んでしまうかもしれないのですよ。一刻も早く試合を中断させて救わなければ」

「その必要はない」

 

「あります!」

「なら、逆に聞くが――どう止める? 二人に止まる意思はなさそうだぞ」

 

「それは、教師部隊にお願いして」

「無駄だ。というよりは本末転倒だな。止めるつもりが、逆に怪我をさせるハメになるぞ」

 

「でもでも、なんとかしなきゃ――」

「放っておけ」

 

「そんな、冷たい――」

「ボーデウィッヒなら大丈夫だ。VTシステムを上手く使っている。ゲームで言うコンボか? 基本的な動きは自分で、特定の技はシステム任せ。アレなら、酷くても肉離れを起こす程度で済む」

 

「じゃあ、神亡さんは――」

「そちらのほうもおそらく問題はないはずだ。ボーデウィッヒはVTシステムの存在すら知らされていないだろうし、発動したのも偶然か何らかの要素があってのことだろうが――神亡は自分で発動させたんだ。いくら奴とて、自滅するような兵器は使うまいよ」

 

こんなところではな、とつぶやく。

そのつぶやきは誰にも聞かれることなく消える。

 

「見ているしかないのですか?」

「そういうことだ。だが、心配することはない」

 

「え?」

「神亡はボーデウィッヒを気に入っていた。あいつがどんな精神構造をしているのか、ただの化け物なのか、それとも人間性と呼べるものを持っているのかはわからん」

 

「わからんが――こんなところでお気に入りが失われるのを良しとはしないはずだ」

「そう、ですね」

 

「精々見させてもらおう。あいつらの力を」

「悠長に観察する気にはなれませんよ。終わった後、すぐに保健室に運べる準備だけはしておきますね」

 

二人が見つめる画面の中には二人の修羅が戦っている。

一人は機械による超絶的な剣技を強制される剣士。

一人は機械により励起された獣性を強制される獣。

激しくぶつかり合っている。

 

 

 

この二人の動きには根本に機械による人間の操作という共通点がある。

しかし、動き方は真逆。

剣士は静と動を攻撃の瞬間に切り替え、舞う。

獣は動のみにて常に牙をむき、喰らいつく。

 

何度も何度も組み合っては離れ――攻撃が当たることはない。

だが、その攻防も永遠ではない。

とうとう剣士は獣の猛攻をさばききれずに膝をついた。

 

獣は飛びかかり、爪を振り下ろす。

スライムのようにうごめく装甲に対して常識が通用するかは疑問だが、通常のIS相手では一撃で片がつく。

それもそのはず――爪の造形を持つその兵器は実質の所杭打ち機(シールドバンカー)なのだ。

そもそも、杭は射程が短すぎるゆえに扱いが難しすぎる超威力兵器である。

一撃必殺の威力を持つのは当然。

 

 

剣士は必殺の爪を受け流す。

それだけではない。

その威力を腕で吸収する。

もちろん、普通の腕ではそのような超絶技巧を実行できるものではない。

達人というのは、己の体そのものを技術に適合させているものだ。

体よりも技術が先にある。

気の遠くなるような修練が矛盾を克服するのである。

達人は常人とは体そのものが違う。

この絶技を実行するには腕に柔軟性が足りない。

ただの軍人では技術に生涯を捧げた武人たりえない。

 

だから、ISは操縦者の腕を“柔らかくした”。

筋繊維を断裂させる。

それはただの筋肉痛の原因でしかないが、度を越せば激しい痛みに襲われる。

もちろん、腕の柔軟性を変えるのは度を超えるなんてものじゃない。

すでに全身の筋肉は断裂し、激しい痛みがボーデウィッヒを襲っている。

 

だが、そんなものは関係ない。

そう、殺せさえすれば関係ないのだ。

とうとう剣士は相手の必殺の威力全てを吸収することに成功した。

 

獣よりも獣らしく顔を歪めた剣士は――

――機械よりも冷徹な獣に自分と相手、全ての力を乗せて斬りつける。

 

 

その攻撃は杭打ちなどよりもはるかに強い。

己が斬撃だけでも一撃必殺。

それに、相手の必殺の力すら加算させた。

一撃必殺に倍する斬撃。

これならば、絶対防御ごと敵を斬れる。

 

 

笑いを浮かべた剣士は――

――ぐしゃ、という音とともに殴り飛ばされた。

 

絶対の一撃。

獣は、それすらも跳ね返した。

やったことは剣士と同じ。

相手の力を吸収し、そのまま自分の力とともに叩きつけるというもの。

 

だが、難易度は桁違いだ。

威力が2倍になれば困難は単純に2倍になるどころか――2乗にも3乗にもなる。

だが、危険度でさえ同じ。

先の攻撃でさえ相手の体そのものに危険を及ばすのだ。

彼は確実に剣士を戦闘不能にしてしまった。

いや、それで済めば御の字だ。

まずは何よりも、生命をどう保つかが問題になる。

それほどまでに強い一撃。

 

山田教諭の用意した救助部隊がすぐに蘇生処置を開始する。

あばらが完全に砕かれている。

さらにVTシステムの使用で体そのものがぼろぼろだ。

彼女自身の生きる力に期待したくても、体がこれでは……!

この学園には万が一のために緊急外科治療施設も整っている。

滅多に――どころか創設以来一度も使われたことのないその施設に明かりが灯る。

 

必死の救急が始まった。



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第25話 戦えない軍人

「――ここは…………?」

 

包帯だらけの体になってしまったボーデウィッヒはベッドの上で目を覚ます。

医師たちの必死の救護は功を奏し、生命は助かった。

生命“だけ”は――

 

「何だ? 指の感覚がない――」

 

そう、何も痛くはない。

指も動かせない。

まるで四肢が消失したかのような感触。

 

「目は、見える。腕もある。足も」

 

包帯だらけなのは体だけ。

頭は無事だ。

その眼で下を見る。

ノイズが混ざったり、黄色く見えたり、ましてや赤く見えたりなんてことはない。

ベッドから出ている方には包帯が、そしてその先にはシーツの膨らみが続いている。

それはおかしい。

手はあるはずなのに、その感覚が消失している。

なぜ、あるのにわからない?

いや、そもそも――

 

「アレほどまでに無茶な動きをやって、あのような攻撃を喰らった。少なくとも筋肉痛があるはずだぞ?」

 

筋肉痛を感じない。

それどころかどんな痛みも――

指の熱さも――

シーツの感触でさえ――

感じない。

 

感じない感じない感じない感じない感じない感じない感じない感じない感じない感じない感じない感じない感じない感じない感じない感じない感じない感じない感じない感じない感じない感じない感じない感じない感じない感じない感じない――

 

何一つとして。

 

「はは。これは夢か? そういえば、頬をつねってみて痛くないのが夢だったか――?」

 

頬をつねろうかと思う。

けれど、指は動かない。

頬はつねれない。

 

「この……!」

 

ごつ、っと音がする。

おもむろに頭を棚にたたきつけた。

血が出るほどに強く――苛立ちを込めて。

 

「はは、痛い。痛いな――これは夢ではないのか」

 

怨念のようなつぶやきを漏らす。

その眼にはドロドロとしたものがあった。

憎しみでも火でもなく、ただひたすらに昏い感情。

闇がひたひたと迫ってくる感触。

それは、絶望。

 

「はは。動かない――動かない」

 

“痛みがない”。

それは終わりを意味する。

軍人として生きてきた一切合切が意味を消失する。

 

痛みがないことは一見良いことのように思える。

だが、痛みがあるということは反面、回復の望みがあることを示す。

血が巡り、痛みが走り、一つ一つの細胞に生命が灯る。

それが回復だ。

痛みは生きているということと同義である。

つまり、痛みとは生そのものと同一視することが出来る。

自らを傷つける者は、そうしなければ自分が生きていることを実感できない悲しい人なのかもしれない。

 

しかし、彼女に痛みはない。

ボーデウィッヒは頭のじんじんとした痛み以外に感じるものはない。

僅かな感覚すらない。

 

「ああ――いや、麻酔という可能性もあるぞ。痛みがないのは感覚が麻痺しているからで、麻痺しているから指は動かない。麻酔さえ切れれば痛みは戻る。指も動く。――うん、そのはずだ」

 

明るい声を出す。

学園に来てから一度も出したことのない場違いに明るい声。

それは、空元気どころか現実逃避でしかなかった。

 

「………………」

 

子供のように甲高い声が一瞬にして止まる。

這い寄るような静寂がひたひたと精神を侵す。

 

「わかっていたさ……そんなことがありえないことくらい……わかっていたさ」

 

そう、麻酔がかかっていることはありえない。

腕にはISが待機状態で装着している。

待機状態であって停止状態ではない。

そうである以上、麻酔が効くはずがない。

ISは人間の健康状態を正常に保つ機能がある。

その機能は待機状態であっても健在である。

毒を注射されても僅かな影響があるのみで、すぐに体外へと排出されてしまう。

麻酔とて同じ。

麻酔は体の反応を鈍らせる毒だ。

医者はその毒を上手く使って患者の苦痛を軽減するが――毒は毒。

効果は1分ほどで無効化され、その効果でさえ抑えられる。

完全に感覚を麻痺させることなどは不可能。

 

「動けない。私はもう動けない――動けない兵士に何の価値がある?」

 

自分をごまかすことなど出来はしない。

彼女は自分を騙せるほどにはロマンチストではない。

現実を直視し、目をそらすことが出来ない彼女は絶望に身を沈めるしかなかった。

 

「はは」

 

堰を切ったように昏い笑いが溢れ出す。

 

「ははは。あっはっはっはっはっはっはっは――

 

 

 

「――ラウラ」

「教官!?」

 

笑い声が響く病室に客が訪れる。

 

「見苦しいところをお見せしました」

「気にするな。その様子では気づいているんだな?」

 

「――ええ。もう私は兵士ではない」

「む? ああ、いや――そこまで早とちりしていたか」

 

「は?」

「たしかにお前には帰還命令が出ている。だが、それは教官への転属命令だ。今までの経験を活かして新兵共に教育しろとのことだ。お前は専用機持ちではなくなるが、兵士でなくなるわけではない。ドイツに見捨てられるわけじゃないんだ、ラウラ」

 

「どういう――?」

「ふん。まったく拍子抜けだった。この私が奈落に頭を下げて希テクノロジーの技術ででも、お前を治してもらおうと思ったのだがな――」

 

「結局、あいつはそれをするつもりでドイツ軍からお前の所属を転籍させようと思っていたらしい。それで働きかけてみたところ、むべなく断られたそうだ。お前を見捨てさえすれば、大きな利益が得られたというのに。いや、逆に断ったことで大きな損失が出るのだろうな。要求を飲まない相手に今までどおりの取引をする必要はないから。それでもその損失を覚悟でドイツ軍はお前を残すことを選んだ。誇れ、お前は栄光在るドイツ軍の一柱なのだ」

 

「では、私は――」

「帰れ、そして人を育てろ」

 

「私に人を育てることなど……!」

「できるさ。私とて、始めはそうだった。何を教えればいいのかわからくて――、何気なく言った言葉が生徒の人生をねじ曲げてしまわないか不安だった」

 

「教官にも、教官ではない時期があったのですか?」

「当然だろう? 私も人だ。教官として生まれてきたわけじゃない。色々苦労したさ。その苦労の果てに、いや――まだまだ学ぶべきことは多いな。最強などと呼ばれても、人を教えることはそれ以上に難しい。お前にも出来るさ。私に出来たのだから」

 

「無理です。人を教える責任には耐えられません。それにどう人を教育していいか何一つわからないのですよ。私にできることは兵士をすることしか――いえ、それでさえもはや……」

「それは私も同じだったと言っただろう。ISの操縦が出来ても、人を教えられるわけじゃない。だが、ISを駆るしか能のない私でもできたんだ。その私が保証してやる、お前なら大丈夫だ」

 

「何が大丈夫だというのですか!?」

「そう自分を卑下したものじゃない。いざやるとなれば、人間けっこうできてしまうものなんだよ」

 

「そんな……」

「私は行く。お前の帰国まではまだ時間がある。ゆっくり考えろ」

 

出て行く織斑教諭を見つめる。

けれど、その歩みは変わることがなく――

――どうしていいかわからなくなってしまった。

 

……ラウラ

 

お前は――シュヴァルツェア・レーゲンか。

何のようだ?

このままではお前は初期化されて消えるな。

 

……ええ。それでも、あなたが無事なら構いません

 

健気なものだな。

恨み事の一つや二つはないのか?

捨てられようとしているのだぞ。

それとも、先の戦いのように私の体を無理やり動かしてみるか。

 

……あれはあなたが私にさせたのではないですか!?

 

ほう。

お前が怒鳴ることがあるとは予想外だ。

恨みがあるなら聞いてやる。

 

……あのような暴挙はシステムの許容範囲外です

 

はは、まあ――あれだけ動けば寿命は縮まるな。

だが、そんなのは大きなお世話だ。

私は間違ったことをしたとは思ってないぞ、ん?

 

……私はあなたの生命を預かっています。システムへの介入さえなければ――

 

止めていたと?

だが、止められなかったな。

私の暴挙を。

結果、こんな有様になった。

 

……ええ、その通りです。そのような欠陥機械に私は存在意義を認めません

 

自分で自分を否定するか、私にもそんな時期があったよ。

それにしても、私の暴挙はお前の責任と言い張るか。

ま、そう思いたければ思うといい。

それにしても、お前は捨てられることに恐れを抱かないのだな。

 

……? 欠陥機械に利用価値は存在しません

 

私は怖かった。

失敗作とみなされて捨てられることが――ずっと。

産まれてからこのかた、怯え続けてきたと言っても過言ではない。

だが、そんなことは妄想のようだな。

ただの被害妄想。

ここまで愚かだと笑うしかないな――それが自分のことであっても。

 

……教官の件ですか

 

そう。

戦う力のないものなど要らない。

そう思っていたのだが、違ったようだ。

実際、動けない私をドイツ軍はかばった。

いや、私を殺そうとしている人間が居るわけでもないから、この言い方は少しおかしいかもしれないが――

それでも、損害を被ってまで私を軍に引き止めた。

私は今まで何をやっていたのかな。

 

……あなたは努力していたと思われます

 

おだてたって何も出んぞ。

だが、あれだな。

こんなふうに状況が推移すると、とても戸惑う。

動けなくなったら捨てられると思っていたからな。

 

……不安を抱いているのですか?

 

少し違う。

これでいいのか、と思ってな。

 

……教官をやりたくはないのですか?

 

そうかもしれない。

だが、心がざわつくんだ。

それが何なのか知りたい。

 

……私はあなたの無意識から生まれました

 

それがどうした。

 

……それでも、あなたのお心を知ることは出来ません。

 

何が言いたい。

 

……ゆっくり自分を見なおしてみてください。何がしたいのかを

 

そうか。

ふん、機械に指図されるのは癪だが――時間は余っているんだ。

機械の言うとおりにするのも一興だ。

体も動かないしな。

 



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第26話 燃え上がる心

「こんにちは、ボーデウィッヒ」

 

病室でぼんやりとしている彼女の前に現れたのは奈落だ。

もっとも、瞬間移動したとかそういうことではなく、普通に扉から入ってきた。

――何の気負いもなく。

まるで加害者の自覚がない。

極普通に友人を訪ねるように――自分が再起不能にした人間のもとにやってきた。

 

「貴様……! 奈落ぅぅ」

 

それまで凍りついたようであった瞳は、一瞬で紅く染まる。

感情を失った心に火が灯る。

そして、大きく燃え上がり――

爆発する。

 

「殺してやるぞ、奈落! ……あうっ」

 

跳ね起きて、そして手足を動かせずにベッドから落ちる。

酷く体を叩きつけてしまった。

手足は完全に機能を喪失するほどに傷めつけられている。

当然、内臓だってかなりのダメージを負っているのだ。

取り返しの付かないダメージを負った手足と、手術でかろうじて生命を保つことには成功した体。

そんな体で――まともに動けるはずがなかったのだ。

 

「げぼ……? がはっ、あぐ――ごほごほごほっ!?」

 

血を吐いてうずくまる。

灼熱の痛みが体を駆け巡る。

こんな行為は――自殺行為だ。

かろうじて生きている体に鞭打って起き上がり、しかも数十センチの高さとはいえ武防備に落下するなど。

絶対安静というのは、このような行為が起こらないようにするものだ。

 

「やれやれ。見舞いに来てやったというのに忙しないね。もう少し落ち着いたらどうかな?」

 

いけしゃあしゃあとそんな言葉を吐くのは奈落である。

命にかかわるほどの重大な損傷を与えたのは彼なのに。

そんなことは知ったことかと言わんばかりに、いつもどおりの態度だ。

申し訳無さそうな気持ちなど、彼のどこを探してもありはしない。

 

「シュヴァルツェア・レーゲン――何をしている!? さっさと起動しろ。VTシステムならば、今の私でも動かせるはずだ」

 

……許容できません

 

何処とも知れぬ場所から声が響く。

コアに生まれた擬似魂の声だ。

本当のことを言えばシュヴァルツェア・レーゲンは機体の名前であり、擬似魂の名前ではない。

その魂は唯一無二だが、シュヴァルツェア・レーゲンという機体は量産が可能だ。

あくまで試作機なので正式機はまた別の形になっていくだろうが。

 

「そんなことは私の知ったことではない」

 

苛ついた声で叱咤する。

VTシステムならば動けない体を外から無理やり動かせる。

絶対安静の体であっても戦えるのだ。

 

……今度こそ死ぬかもしれないのですよ!?

 

そう、そんなことをしたら無事で済むわけがない。

ISは基本的に操縦者の安全を第一に設定されている。

初めからコアにそう組み込まれている。

各国の技術レベルでは初期設定の変更は不可能だ。

ゆえに擬似魂の形もそれに沿った形になる。

 

「私の生死など知ったことかと言っている。さっさとせんか――道具!」

 

烈火のごとく怒っても、傷ついた体では何も出来ない。

歯を食いしばるしかない。

 

……たとえ道具であろうと、私が私であるかぎり認めません

 

反対する。

何があろうと、反対し沈黙する。

VTシステムどころか、装備すらしない。

 

「――ぐぅ。この……!」

「ん?」

 

ずりずりと這い始めた。

手足が動かないのだから芋虫のようにうごめくしかない。

だが、その姿は酷く哀れだ。

普通の人間性を持っていれば助け起こさない選択肢はない。

だが、奈落に普通の精神性などない。

ただ笑みを浮かべてボーデウィッヒの這いずる様を見ている。

 

……おやめください。その行為があなたの体にどれだけの損傷を与えると――

 

「死んでも構うものか。私は、絶対に勝ってやる。殺してやる。私が一番になる。そうすれば――」

 

「そうならなければならんのだ……!」

 

……先ほどまでのあなたは、そんなではなかった

 

「――ああ、そうさ。自分でさえわけがわからないほどに熱く燃え盛っている。今までは凍っていたのではないかと思うほどにな」

 

ずるずると何分もかけて数歩分の距離を踏破した彼女は――

――その歯を奈落に突き立てる。

足が動かないのなら、這いずってでも怨敵にたどりつく。

武器がないのなら素手でも向かう。

腕すら使えないのなら――噛みちぎってでも反抗する。

ぎりぎりぎり、と喰いちぎる気でもあるのかもしれない。

いや、喰いちぎる気などあるわけがない。

彼女にあるのは燃え盛る殺意だけなのだから。

どこまででも喰らいついていくほどの底無しの殺意。

 

「さて、一つ疑問なのだが――君はなぜそれほどまでに殺すことにこだわっているのかな?」

「…………」

 

噛み付いている最中に答えられるわけがない。

だが、奈落は続ける。

態度はあくまで対等に、しかし相手は這いつくばっている。

だが、そもそも聞くつもりがあるのかは怪しい。

彼はなんでも知っているとでも言わんばかりの薄笑いを浮かべている。

 

 

 

「それは――勝ちたいからではないのかな? 勝敗というのは元々はっきりしにくいものだよ。ルールを決めたならともかくな。そして、ルールなど決めたら――それは所詮余興に過ぎなくなる。ゲームは所詮ゲームというわけだ」

 

「君は勝ちたいんだよ。ゲームとかそんなものではなく、決定的に、絶対的に、致命的に。では、絶対の勝利とは何かな? 相手を殺す――それこそが唯一の絶対的な勝利と呼べるものだ。それが分かっているからこそ殺意に固執する。お前はただ勝てればいいのだろう?」

 

「だが、それではつまらんぞ。お前は力を持っていない。私達のような、世界と対峙出来るだけの力を持っていない。だからわからぬのだろうな――誇りが。力を持った者の矜持など」

 

「真なる強者は己が理想に準じる。そして、己が力に恥じぬ行いを何よりも己に課す」

 

「そう。私は人を超える異能を持つ人外。私には人外としての誇りがある。君も人など捨ててしまわないか? 私とともに来い。もう怯えなくてもいい。私と一緒に新世界を創造しよう」

 

 

 

悪魔のような甘い言葉に、彼女は端的に返す。

 

「くひゃばれ」

 

と、噛み付いたままで。

短いが、絶対的な拒絶。

交渉の余地などわずかたりともない。

 

「やれやれ。これは、導いてやる必要があるのかな。弱く儚い人間で在り続けることをよしとするわけではないだろう? 強き者に到達するまでの道を私が示そう。目の前の感情に取り込まれては、大義など語れない」

 

訥々と内心を吐露する。

そして、優しく犯すように世界に語りかける。

 

「おいで、私――【純白なる奈落(エターナル・ホワイト)】」

 

空間に白濁した奈落が開く。

その姿は雄大で、とても矮小である。

白い孔には歪な剣未満の刃がズラリと並ぶ。

無数の刃。

無数の能力が彼の異能。

 

完全発動はしていない。

言霊を省略したせいで現実への定着が不完全になりノイズが混ざる。

 

「こ、これは――?」

 

流石に驚く。

噛み付きも忘れざるをえない。

 

「な、なんだこれは? もしかして、本物の超能力か」

「そうとってもらっても構わない。実際には終わった世界の法則を引き出しているにすぎんが。ま、超能力という認識でも問題ない」

 

癖なのか奈落は意味のわからないことを言い出す。

この言葉は仮想観測論を理解できることを前提にしたものだが――ボーデウィッヒは聞いたことすら無い。

あるわけがない。

 

「超能力など馬鹿げている!」

「そうか? ISなどというものがある以上、超能力くらいならあってもおかしくないと思うぞ。実際には製作者も能力者という意味では私と同類ではあるのだがな――」

 

「待て、お前は篠ノ之束と同じ能力を持っているのか?」

「いや、起源が同じというだけの話だ。ま、これだけの能力があれば、どれかはかぶっているかもしれないがな。しかし――具現妄想(リアルブート)の能力はあちらがはるかに上だ。あれだけの数のコアなど、私ならばノアの助けを借りても不可能だ。元々あの力はディソードの顕現専用である側面があり、多用しては命を削る」

 

「しかし、これは、これほどとは――」

「ま、そもそも私はこの世界の人間ではないからな」

 

「え?」

「なんでもない。それよりも、だ――」

 

奈落はボーデウィッヒの頭を掴み上げる。

そこで目線を同じにした後、言う。

 

「我々の目的は――――だ」

「っ!? そんなことが許されるとでも……」

 

「許される? 違うな、我々が従うのは常識でも世間にでもなく――ただ己の誇りのみに。それが化け物の流儀だ」

「――――っ!?」

 

「聞いたところ、君は教官になるのだったか? 私はそんなもの認めない」

「……傲慢だな」

 

「生命とは傲慢なものだ。そして、私はお前を化け物にするよ。なんと言おうとも、どんな抵抗を受けても」

「他にもしたものが居るのか?」

 

「くく、あまり答えたくない質問だな。浮気を問い詰められている気分だ。だが、お前に嘘はつきたくないから言うよ。アーカードという少女を引き上げた。そしてシャルロットを化け物にした。」

「ああ、あいつか。何かおかしいと思った。人間ではないのだから当然か。――で、私を何にしようとしているんだ? まさか、種族:化け物ではないのだろうな。できるだけカッコいいのを所望する」

 

「ギガロマニアックスと言う。お気に召したかな?」

「――ふん、考えてみればその名前を判断するネーミングセンスが私にはなかった。ISの名前を決めたのもクラリッサ大尉だ」

 

「そうか、なら――私はその人からお前を奪うことになるわけか。それもいい。どうせ――すべての人々は救われることになる」

「なぜ私を選んだ?」

 

「ああ、選んだわけじゃない。お前しかいなかっただけだ」

「私だけ? お前ならばいくらでも調べられるはずだ」

 

「調べても能力を持っている者がいないんだよ。ここに未覚醒者が二人も集まったのは運命が歪んでいるとでも言い様がない。」

「御託はいい。私を化け物にするのならばさっさとしろ。こんな私を上に立たせることができたら、この体をくれてやってもいい」

 

「――それは。いや、あくまで兵士として、かな」

「化け物になれば戦う以外に能ができると?」

 

「さて、それはわからない。しかし、しろと言われてもあまりできることはないんだよね」

「………………?」

 

「私に出来ることと言ったら、共鳴を引き出すことくらい。ギガロマニアックスは継続的な精神的外傷をきっかけに発現するが、拷問してもほとんど意味などない。肉体的な痛みが精神的な負荷を上回るために、先に体が壊れる。――どうしようか?」

「………とりあえず私をベッドに戻せ」

 

実は話し始めた時からずっと、彼女は寝ている状態だった。

奈落はそんな彼女を見下すような感じで見つめていた。

もちろん、奈落の眼には負の感情は全くなかった。

むしろ親近感――愛情とさえ呼べる感情がある。

 

ボーデウィッヒは、そんな状態に苛立ちを感じていた。

感じていても、文字通り手も足も出せなければ動けない。

元々立つことすら出来ない体だ。



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第27話 刧の眼

奈落はボーデウィッヒをお姫様抱っこで運ぶ。

特に両名とも顔を赤らめたりはしなかった。

 

優しくベッドに下ろし、甲斐甲斐しく世話を焼いてやる。

 

「私の片手だけでも動かせるようには出来んか?」

 

それに感謝するでもなく彼女は切り出す。

奈落の方も別段気にすることはない。

 

「出来るぞ、片手だけでいいんだな――【アンノウン】」

 

一瞬、影にノイズが走り動かせるようになる。

ダメージをなかったことにした。

 

「治したわけではないがな。因果を拡散させて世界を誤魔化しただけだ――1時間もすれば傷は戻る」

「ふん、1分あれば十分だ」

 

そう言って――まるでためらいもなく治った手を花瓶に叩きつけてしまう。

盛大な音と共に花瓶が砕け散る。

そして、無数の破片が手を傷つける。

鮮血が散る。

 

ぐっと握りこんだ手には破片が掴み取られていた。

壊すと同時に破片を握り込んでいた。

おもむろに手はかざされ、首へと走る。

 

「――っ!?」

 

奈落でさえ息を呑む。

自決? 一瞬頭をよぎるが、そんなことをするはずがない。

 

「くく。これでいいんだろう? 私は死にたくないが――だからこそ”やる”。お前が言っていることが本当であるならば、死の淵で目覚めるのはむしろ順当と言う他ないな」

 

思い切りの良い。

いや、精神だけならすでに化け物。

だからこそ資質を持っているのか、それとも持っていたからこうなったのか……それはわからない。

だが、こんなこと想像できるか!?

想像できたとして――行動に移せるわけがあるか!

 

だって――奈落の言っていることがただの妄想だという可能性すらある。

何かの勘違いをしている可能性だって……

ほんの少し前までは敵だった。

殺したいほどに憎い敵だった。

その敵の言葉をどうしてこうまで信じられるのか。

 

「くくく。くく……くく――うぐっ!?」

 

狂ったような笑いを浮かべ始めた彼女の笑いが止まる。

その顔に浮かぶのは恐怖。

笑いから恐怖の転落は、いわく言い難いほどの狂気を感じさせる。

首を傷つけたらどうなるか、わからない年齢ではなかったろうに。

 

「うぐぐ……ぐぐ……! 血が、止まらない――」

 

破片を投げ捨てて傷を手で抑える。

それでも血は後から後から流れだして――

 

「大丈夫か……? 自分で傷つけたんだろうに」

「あう……! な、治して―― なんで、何も起こらない……?」

 

すがるように仰ぎ見る。

だけど――

肝心の救い相手はふいっとそっぽを向いてしまった。

治してもらえない……!

 

「ああ――。し、死にたくない。と、止まって」

 

止まらない。

血が止まらない。

おろおろと慌てても、もう手遅れ。

やってしまったことは取り返せない。

 

そもそも首を切ったくらいで簡単にギガロマニアックスになれるなら苦労はしない。

すうっと意識が遠くなってくる。

手足が動かない絶望を味わっただけに、それは苦痛よりも怖い。

 

「嫌だ。負けたくない――勝ちたい、全てに」

 

死ぬ恐怖が、勝利への欲望に変わった時――世界が割れた。

新しい世界が生まれ、壊れる。

その世界は無為に消えていくが――傷跡だけは残る。

それは捻れた剣でなりて姿を現す。

剣であって剣でなき亡き刃は、発生源のギガロマニアックスに宿る。

 

「生誕おめでとう、ラウラ。助けてやれなくて悪かったね、直接治してしまうと悪影響を与えてしまうから」

「お前の事情などどうでもいい。私と戦え」

 

いきなり切り出す。

先程の事と言い、感情の起伏がでたらめだ。

怖がっていたと思ったら、戦いたがる。

まるで脈絡がない。

 

「理由を聞いてもいいかな」

「お前に負けたから、それだけだ」

 

ラウラは躊躇う様子もなく立つ。

先ほどまでは動けなかった体で、ずいぶんと恐れ知らずなことだ。

彼女はISをまとう。

ISの方にも体が治った以上、拒否する理由がない。

 

「いいよ。でもアリーナを借りてるわけじゃないから――やりにくいフィールドになるかもね」

 

奈落はそう言って、病室のドアから出てしまう。

ISすらもまとっていない。

何をやっているのだか、てんでわからない。

そこは、病室でも戦う場面だろうに。

逃げたか?

――まさか。

 

「――ふん」

 

鼻を鳴らしたラウラはそのままドアをくぐる。

何かを確信している。

何かとは――奈落が能力を使ったことに違いない。

 

それでいて、本の僅かの躊躇すらもない。

彼女にはその先がわけのわからない異次元空間につながっていることがわかっていたのに。

ドアを開けたその先は猛毒の大気が渦巻いていてもおかしくない。

それとも猛獣の腹の中?

どちらにしろ、ろくな場所には繋がっていまい。

 

危険意識の欠如?

そんなレベルの話ではない。

イカれているとしか言い様がない。

きっと、奈落と同じように。

 

 

扉をくぐった、その先は――

 

「――遊園地。悪趣味だな」

 

扉をくぐったら、そこは遊園地でした。

そんなファンタジーを見ても、どこかがおかしい彼女は眉一つ動かさない。

それにしても不気味な遊園地である。

ちゃんと整備されているのにもかかわらず、人影すら見えない。

寂れているよりも、むしろ不気味にすぎる。

 

「そう言うな。ランダム設定だ、私の趣味じゃない」

 

声が降ってきた。

奈落は観覧車の上に乗っている。

ISはもうまとっている。

仁王立ちして――今にも銃を抜きそうな雰囲気である。

 

「障害物は多いが、構わんだろう」

「むしろ好都合だ。私の――運命を支配する眼の前ではな」

 

ラウラは眼帯を外す。

元々晒されていた左目の色は赤。

そして隠されていた右目は金。

人工的に移植されたナノマシンが不適合の果てに眼の色すら変えてしまった。

その本来の働きは反射神経の強化。

しかし、それは正常に働くことなく体全体のバランスを崩してしまった。

それがゆえに全身の機能自体が低下した。

織斑教諭に師事するまではISもまともに扱うことが出来ないほどに。

隠していたのは両目の視力が違いすぎるために、片目で見るよりも距離感がつかみにくくなるためだ。

だが、今――その眼帯を外した。

 

「なるほど、それが君のディソードか」

 

ディソ-ドとは本来、妄想具現の補助でしかない。

武器としての機能は、むしろ余計なものと言える。

ISをまとっているならば、邪魔でしかない。

だから、言葉であっても、ただの孔であっても関係がない。

ラウラの場合は目であった。

ただそれだけの話。

問題なのは――その能力。

ディソードは超常的な攻撃的異能を有する。

彼女はその目で何をしてくるか……?

 

「そう、私の【(アイオン)の眼】だ。これがある限り、お前に未来はない」

「見せてもらおうか」

 

仁王立ちして待ち構える奈落に答えるように機関銃を連射。

奈落は上に飛びながら、同じく機関銃を装備。

そのままやってきたジェットコースターに乗る。

遊園地での戦いは遊具をどう利用するかが鍵となる。

幸い、ここは異次元空間であり壊しても迷惑する人はいない。

 

「これはどう――何っ!?」

 

飛び移ろうとした時、コースターが壊れた。

……初めの機関銃の掃射。

それがコースター下部の鉄骨に当たり、弾が跳ね返った。

その跳弾が金具を壊し、飛び移ろうと力を込めた瞬間にコースターが空中分解した。

――そんな馬鹿な!

どんな偶然だ。

幸運とか不幸とかそんな枠では捉えきれない。

 

「ぐっ……!」

 

吹き飛ばされる。

大砲の攻撃が当たったのだ。

ジャンプを失敗したところへの射撃は避けられない。

コ-スターが壊れることを予想していなければ、こうは行かない。

 

そのまま落ちた奈落は地面と激突。

いや、自由落下にまかせて降下、地面を蹴って這うように加速した。

蹴りの威力は凄まじく、二度目の爆発が起きたかと錯覚するほど。

 

そして、ラウラは突っ込む奈落に対し、大砲を明後日の方向に撃ち放つ。

それと同時に奈落は地面を蹴って方向転換……砲弾に飛び込んでしまった。

2度の大砲の直撃を受けてしまった。

 

意図はわかる、彼の方は。

方向転換して進行方向に撃ち込まれる射撃を避けようとしたのだ。

一直線に飛び込むのは素人がやることだ。

適当に方向を転換して軌道を読ませないようにする。

それが玄人のやり方だ。

 

だが、ラウラは更にその上をいく。

転換の方向を読んだ――右か左かは勘でやっても二分の一で当る。

だが、転換の瞬間は読めない。

奈落としてはいつやってもいいからだ。

 

「いや、今のはかの三つ首なら予測できた。だが、跳弾を読むことまではできなかったはず。単なる上位互換か? ――未来予知の能力」

 

三つ首。2つ目のISコアを利用して相手の動きを完全に予測してみせた敵。

あれならば、方向転換の瞬間でさえも読める。

運命を支配するとは――未来の予測?

 

「そう思いたいなら思うといい。現象としてはそう間違った解釈でもない」

「――何?」

 

未来予知の能力ではない?

いや、彼女の言い方からすれば同系統の能力だ。

ならば、さらなる上位互換か。

しかし、予知の上にある能力とは……?

 

「ぼさっと考えていいのか? 私は攻撃をやめないぞ」

 

ラウラはことさらに銃を掲げてみせる。

――自分の力に酔っている。

 

「なら、私の方も見せようか。未来を読んだところでどうしようもないほどの圧倒的な暴力を」

 

奈落も対抗して――というより面白がっているのか?

背後に2次元の黒い箱が出現する。

3次元的な遷移を繰り返しながら、ノイズを撒き散らす。

厚さは”ない”。

AI1とだけ書かれた漆黒。

 

「――む」

 

ラウラもさすがに警戒する。

 

設定開始(order start)。システムAI1(オール・イン・ワン)――妄想発現(set) 仮想観測(virtual observation) form 【string】 install start……O.K.」

「何だ、それは――?」

 

そこにあったのは――

――糸。

 

糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸…………

 

無数の糸がそこにあった。

糸と言ってもワイヤーのように太い。

それでいて、切れ味は折り紙つきだ。

もっとも、世界で最高峰レベルのものでしか無いが。

 

「666本」

「……?」

 

奈落がわけのわからないことを言い出した。

ある種恒例とはいえ、理解し難い。

いや、この場合はわかるのを拒否しているのか。

奈落の後ろでとぐろを巻いている渦が耳障りな音をたてる。

 

「糸の数さ。獣の数字に合わせてみたんだが、どうかな?」

「どう、だと……。そんなめちゃくちゃな能力があるか! 666だと、そんな数を相手にできる人間など居るものか」

 

666本とは糸の数だったらしい。

それにしてもでたらめすぎる。

シュヴァルツェア・レーゲンにはワイヤーが装備されているが、数は十に届かず同時に扱うのも5本が限界だ。

それがいきなり666。

インフレもいいかげんにしろ、と叫びたくなる。

とはいえ、未来予知も大概であるが。

 

「――行け」

 

無数の糸が迫る。

糸と言ってもワイヤーに近い。

触れたら切れるほどには鋭い極細の糸が逃げ場もないほどに密集している。

ISを纏っていたら体が切れることはない。

だが、引きちぎれるほどに柔くはなく、それでいて触っているだけでダメージが蓄積する。

目の前が見えないほどの糸の洪水。

 

「……くく。なるほど、これほどとは――っ! だが、私には通じない。人間であれば、恐ろしいと思うのだろうがな――」

 

迫り来る津波に3発だけ斉射する。

もちろん、その程度でどうにかなりはしない。

十数本はちぎれたが、ただそれだけ。

そんなものは圧倒的な数に飲み込まれてしまった。

 

「VTシステム、発動」

 

黒い機体が津波の中から飛び出す。

どう考えてもあり得ることではない。

先ほどの射撃が糸をたわませて、接触した糸に順次衝撃を伝える。

跳ね返って、たわんで――道ができた。

一直線に突き進める道。

もちろん、隙間もないほどに密集した糸だ。

そこ以外はすかすかどころかギチギチになっている。

 

悪魔だ。

――マクスウェルの悪魔。

それは絶対確立に反する架空存在。

小さすぎる確立は絶対に現実には起こらないという、ただそれだけの話。

だから悪魔は現実には存在しない。

けど、“ここ”なら?

ラウラの刧の眼が支配する世界ならばどうだ。

無数の糸が重なりあった間に隙間ができるなんて現実世界であり得ることではない。

どんな確立だ――1億回に一回か?

馬鹿な……そこまで起きやすい確立のわけがない。

無限の試行を行っても、起こるかどうか。

 

――そう、ラウラは悪魔を使ったのだ。

運命を支配する眼――【刧の眼】で。

存在しえないはずの低確立を引き釣りだした。

 

糸の洪水を突破したラウラは奈落へと迫る。

大砲を2度も直撃させたのだ――相手のシールドエネルギーは残り少ない。

気迫とともに斬りかかる。

 

「――斬!」

 

VTシステムを利用した――

否、あれはもはやVTシステムなどとは呼べない。

泥のように変形する装甲を集めて、一箇所だけを強化する。

そんなものはシステムには存在していない。

黒い脈動する闇がラウラの腕にまとわりつきアンバランスな悪意を影現する。

 

奈落にすら捉えることの出来ない神速の一撃が閃く。

まともに喰らった奈落は地に叩きつけられる。

 

そして、起き上がることは出来ない。

絶対防御が発動した。

試合であれば文句なくラウラの勝ち。

 

「――【アンノウン】」

 

ざらりと影にノイズが混ざり、事も無げに立ち上がる。

これまでのダメージを全て無かったことにした。

 

「――『狙数増』。――『これっきりの厄足』。――『剣思足帝』。――『前人未刀監』。――『流血倫理』。――『弾眼剣』。――『死刑執刀』。――『一刀骸』。――『威力細胞害』。――『護神経』。――『深い絞殺』。――『免疫効果』。――『不利要塞拳』。――『奇想憤慨』。――『反射舞踊』。――『痕払い』。――『業苦楽情土』。――

 

そして、無数のスキルを発動。

ラウラに迫る。

だが、その手は直前で止まる。

 

「――なぜ構えない?」

 

彼女は微動だにしていない。

勝ち誇った顔で奈落を見据えている。

――奈落は今すぐにでもラウラを殺せる状況であるのに。

 

「私の勝ちだ。これ以上やる必要はない」

 

そう言って――やはり動かない。

 

「…………そう。なら、いいよ」

 

抵抗しない子を殴るつもりはないしね、と奈落はつぶやく。

この異空間とともに消えてしまった。

遊園地にいたのが嘘のように病室に一人立つラウラは満ち足りた笑みを浮かべる。

 

「――気持ちいいな、これが強者の見る世界か。ああ……奈落、私は決めたぞ……!」



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第28話 私の嫁

「貴様らに朗報がある」

 

ラウラのいない教室での第一声。

織斑教諭の凍てつくような声がうるさい年頃の子娘たちを黙らせる。

 

「臨海学習だ。大手を振って遊びに行けるチャンスが――」

 

喜べという割には絶対零度の声で、その良いこととやらを話す。

修学旅行とは呼べないが――それは3年次にする予定になっている――が、実態は近い。

合宿とでも言えばわかりやすいだろうか。

もちろん、自由行動時間もある。

学校のお墨付きで遊べるのだ。

それも海で――二人の男子生徒を交えて。

一瞬で色めき立って……静まる。

 

でかい音がして扉が開かれた。

しん、と静まり返った中で注目が集まる。

そこにいたのはラウラ。

相変わらず眼帯をつけている。

熱に浮かされたような表情をして、ただ一点を見つめている。

その笑みは冷たいようで、熱いようなちぐはぐとしか言えない。

 

「……ラウラ、お前――動けたのか?」

 

その言葉は無視される。

いつもならば出席簿の一撃が加えられるところだろうが――これは流石に予想外で呆然と見つめることしか出来なかった。

絶対に動けないほどの重症だったラウラが立って、動いているのだ。

驚きと喜びで、何も反応ができない。

彼女はそんな驚きを意にも介さず、つかつかつかと奈落に歩み寄って――

 

「んっ」

 

――キスをした。

そして驚いて目を見開いている奈落の頭を自分の目の前に固定する。

 

「お前は私の嫁にする。決定事項だ。異論は認めん!」

 

言い放った。

そして――

 

「お前は保健室にもどれ」

 

出席簿の一撃をもらった。

何をしているのだ、という呆れや肩すかしな気持ちが織斑教諭の中に溢れてきた。

今回ばかりは馬鹿は私か――とひとりごちる。

 

「体調に問題はないので授業に復帰したいのですが、織斑先生?」

 

ラウラはあえて、教官と言う言葉は使わない。

もうそんなふうには思わない。

彼女はメガロマニアックスになって、たかが人間に対して遠慮する気持ちがなくなった。

それは勘違いであるのだが――。

拒否するなら叩きのめしてやろうか、とでもいいそうな反抗的な眼で睨みつける。

 

「なら席につけ。しかし演習への参加は認めん――いいな?」

 

一通り体を見て大丈夫だと判断した織斑教諭は彼女を授業に参加させることにした。

事実関係の確認や、予定の整理は後だ。

この分ではドイツに帰って教官になる予定はご破産。

とりあえず、まずは授業を終わらせて先方へ連絡。

実は学園のカリキュラムはけっこう詰まっているので、悠長に私語をかわしているわけにはいかないのだ。

あとで話を聞くからな――と眼で念を押す。

 

「了解しました」

 

傍若無人にうなづく。

織斑教諭はとりあえず問題を先送りにすることを決めた。

貴重な授業時間を浪費する訳にはいかない。

気を取り直して話を戻す。

 

「では、先ほどの話の続きだ。山田先生、お願いします」

 

時間の余裕がなくなってきた。

声が少し早くなってきている。

 

「はい、任されました。これから1週間後から3日間の合宿をします。皆さん、喜んでください、海ですよ。水着を新調するのもいいかもしれませんね」

 

山田教諭ははずんだ声で語る。

 

「山田先生?」

 

時間がないのはお前もわかっているだろうが、というドスの利いた声。

とっとと終わらせろという意思が十二分に込められている。

 

「はい!? ごめんなさい、余計なことを言っちゃいましたね。でも、自由時間もたくさんありますから、行きたいところを調べておいたほうが楽しめますよ。パンフレットを配るので、お友達同士の話は授業の後でしてくださいね」

 

「そういうことだ。では、配り終えた時から授業を始める」

 

 

 

「おい、奈落。どういうことだ?」

 

授業が終わると、さっそくやってくる男が一人。

キスをされた親友の様子に興味津々である。

 

「一夏か、お前と会うのはずいぶんと久しぶりな気がするよ」

 

そう答える。

これでも奈落なりにはぐらかそうとしているのだが――

 

「いや、けっこう会ってるだろ……? って、そんなことはどうでもいいんだよ。お前、ボーデウィッヒとどういう関係だよ」

 

あっさり流されて元の話題に戻る。

奈落はとても言いづらそうに語りだす。

 

「いわく定義しがたい――というよりも未定だ。とりあえず”同類”ではあるがな」

 

それだけを口にする。

自身にもわかっていない様子である。

なんでもわかってるようで――自分のことはてんでわからない。

それも、今回ばかりはわけの分からなさを楽しむことも出来ない。

 

「同類? つきあったりするのか」

「さて、それは――」

 

懲りずにはぐらかそうとする。

 

「僕も聞きたいなぁ、奈落」

 

そこにシャルロットが登場する。

表情こそにこやかであるものの――かなり怒っている。

 

「シャルか。同類に対して銃をぶっ放す訳にはいかないだろう……それだけだ」

「へー、ラウラ相手なら油断しちゃうんだ。キスされるほどに」

 

からむような声。

その声には嫉妬が含まれている。

 

「事実がある以上、否定出来ないな」

「じゃ、ここで僕が殴ったとしたら――奈落は受ける?」

 

「それなら、無理だろうな」

「なぁんだ、そういうことか。ちょっと、焦っちゃったかな」

 

「? よくわからない」

「それでいいよ、奈落は人の気持なんてわからないままで、ね」

 

「シャルロット、お前は敵か?」

 

いきなりラウラが登場する。

 

「シャルでいいよ、ラウラ。敵かどうかはちょっとわからないかな」

「わからない? お前は何を言っている」

 

「ん? ラウラにはわからないのかな。世界には敵でもなく、味方でもない人があふれていて――そいつらは敵よりも厄介だってことを。僕らは恋敵になるかもしれないし――それより厄介な第三者になるかもしれない」

「まあいい。とりあえず、邪魔だけはするなよ」

 

「いいよ。君がなにかやってる隙にするりと入り込んじゃうかもしれないけどね」

「好きにしろ」

 

 

 

「奈落、あいつら何を話してるんだ?」

「よくわからん。だが、話は終わったようだ」

 

こちらは男二人で話している。

男には女心がわからない、というよりも――こいつら二人が鈍感すぎるのだろう。

 

「奈落、買い物に行くぞ」

 

またもいきなりなラウラ。

会話をつなぐという経験が圧倒的に不足している。

 

「足りないものがあるのか?」

 

こちらも女との経験が不足している。

女は不足かどうかで買い物なんてしないというのに。

しかし、それはことラウラに限っては適応されないだろう。

 

「いや、クラリッサ大尉からお前好みの水着を買いに行け、と」

「ラウラ? それ、本人に言っちゃダメだよ」

 

呆れた様子でシャルロット。

 

「何だと。では、どうすればいいのだ?」

「あはは。そんなこと、僕も知らないよ」

 

「……ふん」

「じゃ、奈落。僕達の買い物について来てね?」

 

「っな!? 割り込むつもりか」

「何のことかな? 僕も新しい水着がほしいだけだよ」

 

「じゃ、俺達も付いて行っていいか」

 

割り込む一夏。

空気の読めなさには定評がある。

 

「「へ?」」

 

シャルロットとラウラの二人はあっけにとられる。

気迫のある二人が間の抜けた顔をすると、妙にかわいく見える。

 

「いや、奈落とは最近話してなかったからさ。良い機会だと思って。いいだろ。な、奈落」

「私に聞くな。そっちの二人に聞け」

 

「私もご一緒しますわ!」

 

セシリアが叫ぶ。

顔は真っ赤だ。

 

「セシリアか。一緒に来るか?」

「ええ、もちろんです」

 

ぶんぶんと首に振る。

絶好のチャンスだと思ったのだろう。

しかし、何度だってふいにしてきたわけだが。

さっさと告白なりすればよいものを。

 

「なぜ貴様らと一緒に――むぐ」

「ラウラ、黙ってて。そういうことなら構わないよ」

 

抗議の声を上げるラウラをシャルロットが無理矢理に止める。

目でどういうことだと聞いても、微笑むだけ。

 

「サンキュ」

 

微妙な雰囲気には相変わらず気づかない一夏。

 

「では、五人で行くわけか。大所帯だな」

 

こちらも人の気持ちを解さない。

 

「そうだね。でも、問題ないよ」

「そうか?」

 

腹に一物ありそうなシャルロット。

他のうぶな女達とは一味違う。

 

「そうだよ」

「まあ、別に構わんがな」

 

「で、奈落。結局どこに行くんだ?」

「私に聞くなというに……」

 

やれやれと首を振る。

男たちは蚊帳の外である。

 

「ラウラ、いいところ知ってる?」

「私がショッピングモールなど知るわけがなかろう」

 

「言い出しっぺは君でしょうに」

「なら、×××ショッピングモールを提案しますわ!」

 

ここぞとばかりにセシリアが主張する。

そこはバスで行ける大規模な遊園地と専門店の複合地である。

 

「ああ、あそこね。うん、いいんじゃないかな」

「その辺はそっちに任せるぜ」

 

「それにしても、奈落さん。いつの間にそちらのお二人と仲良くなりましたの?」

「シャルとは三日前、ラウラは――今日か?」

 

戸惑いを含んだ声。

いつも断定的な彼にしては珍しいが、それだけつかみそこねているということだろう。

 

「いや、昨日だな」

 

ラウラが引き継ぐ。

どうやら彼女の中では戦いの中で――いや、おそらく戦いに勝ったことで“仲良く”なったのだろう。

 

「デュノアさんはともかく、ボーデウィッヒさんは奈落さんのことを恨んでいたのでは?」

「勝ったからな、恨みなどどこかに行った」

 

彼女の殺意は勝利への渇望の裏返し――勝ててしまえば殺せなくともよいのだろう。

 

「勝っ……!? 本当に?」

 

そんな馬鹿な! と口をあんぐりと開けて驚く。

驚いたのは彼女だけではない。

一夏もまた、ひどく驚いている。

彼を倒すなど想像すらできなかったのだろう。

その偉業を成し遂げたこの妙に可愛らしい人物を仰ぎ見る。

 

「ふふん、本当だ」

「奈落さん?」

 

確認を取る。

それほどまでに信じられない。

 

「本当だぞ。ただの試合とはいえ、ラウラの勝利だ」

「ただの――。いえ、そういうことですか」

 

「え? どういうことだよ、セシリア」

「わからないんですの、一夏さん。ボーデウィッヒさんは奈落さんのエネルギーを0にした――そういうことですわね」

 

「うむ。何を言っているのかわからないがそのとおりだ」

「なら、本当の殺し合いだったら奈落さんにはまだ手はあったはずです」

 

「……なぜお前がそんなことを知ってる?」

「嫌ですわ、これでも奈落さんに力をもらいましたもの。あんな馬鹿げた超能力を持ってる殿方が、試合などで全力を発揮できるわけ無いでしょう」

 

「――ふん、そのとおりかもしれないな。つまり、私は阿呆というわけだ。馬鹿げた超能力とやらを公衆の面前で晒した」

「あれは事故で片付けられましたから、そんなに気落ちすることはないかと」

 

「見られた――その時点でもう対処されていると考えても問題はないな。ま、それこそ――問題にはならん。あの程度をどうにかしたところで――無意味」

「自信がお有りですわね。ま、奈落さんを倒したのだから当然とも言えるかもしれませんが」

 

「そんなことはどうでもいいんじゃないかな。今は水着を買いに行くことを考えたほうがいいと思うけど。まあ、後決めなきゃいけないのは時間くらいのものなんだけどね」

「じゃ、10時校門前に集合でいいんじゃないか? デュノア」

 

「シャルロットでいいよ、その代わり僕も君を一夏と呼ぶね」

「ああ、構わねえぜ」

 



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第29話 誘拐の真相

「ちょっと、あんたら何やってんの!?」

「鈴音? お前のほうこそどうしてこのクラスに――っていつも来てるか」

 

大声をあげてやってきたのは鈴音。

今は放課後で、放課後になったらいつも一夏に会いに来る。

あいもかわらずの見飽きた光景。

だが、いろいろとごたごたがあった奈落には懐かしく思えて苦笑する。

 

「そうよ。ちょっと聞こえたんだけど、セシリアと二人で買い物に行くってどういうことよ」

「いや、奈落達三人もいっしょだぜ」

 

一夏と鈴音はそんな奈落の様子に気づきもせずに騒ぎ始める。

どうやら鈴音はおいてきぼりを食らいそうになって慌てているようだ。

だが、一夏は全く気づきもせずに――なにか必要なものでもあったのかな? と首を傾げる。

 

「へ? デュノアと奈落はいいとして――ボーデウィッヒも?」

「ああ、そういうことになってるけど、どうかしたのか」

 

鈴音はラウラが奈落にキスをするところを見ていない。

自分が知っているのは憎しみもあらわに今にも襲いかかりそうな彼女しか知らないのだから、キス騒動が噂になっていてもはいそうですかとは頷けない。

冷水を浴びせられたかのように頭が冷えてくる。

そもそも最初に聞こうと思っていたのはその件だったのだ。

 

「あいつら喧嘩してたじゃない。それはどうなったのよ?」

「え? いや、それは俺も知らねえ。どうなんだ、ボーデウィッヒ――って、おまえ! 千冬姉の技を使っていただろ、アレはどういうことだ!?」

 

話がかなり戻った気がするが――二日前のことである。

そして、昨日の戦闘は誰も知らない。

VTシステムを使ったこと――それを本人に聞ける初めての機会が今だ。

……忘れかけていたようではあるが。

 

「何のことだ?」

 

しかし、ラウラは首を傾げる。

本気で言っている。

機能があれだけ濃かったのだから、すぐに思い出せずとも責められまい。

 

「忘れたとは言わせねえ、お前が奈落に負けた試合のことだよ!」

 

とはいえ、昨日のことを知らなくてはそんな殊勝な考えも出てこない。

噛みつかんばかりの勢いで迫る。

考えなしの突進こそしなかったものの――かなり怒っていたのだ。

言うなれば、あの敬愛する姉の技術を“つまみ食い”された。

 

「たしかにあの試合は負けたが、次に勝っ――」

「それは知ってるよ。お前は何故あの技を使った?」

 

嫌なことを思い出したかのような顔をするラウラ。

実際、負けた記憶なんてものは屈辱でしか無いのだろう。

それにも関わらず、ずけずけと言いたいことを言う一夏。

 

「使ったからといってどうだというのだ?」

 

喧嘩腰の二人は睨み合う。

今にも取っ組み合いに発展しそうだ。

 

「理由によっては――お前を倒す」

「ほう? 貴様ごときが言うものだな。――だが、聞いたところで意味は無い。あデータを入れたのは上層部だ。たまたま手元にあったブリュンヒルデのデータというだけだろう」

 

興味すらなさ気に言ったラウラに――一夏はため息をつく。

ラウラの顔は何だか余裕に満ちており、負ける気がしないと全身で言っていた。

それに対する一夏は、どうせそんなこったろうと思ったよ畜生と……まるでモテるのにまったく自覚のない悪友を前にしたようないわく言いがたい表情である。

 

「やっぱり、か。あーあ」

「――で? 私を倒してみるか。不可能だがな」

 

ラウラが威圧する。

いや、本人にはそんな気はないのかもしれない。

本気で――自分に敵うものはいないと思っている。

その絶対的な自身が自身に威厳を与えているのだ。

 

「手合わせはこちらからお願いしたいくらいだね。でもお前に勝っても――VTシステムの文句を言っても――しょうがないだろ」

 

そんな威圧を一夏はひょうひょうと受け流してしまった。

それどころか、人好きのする笑顔を浮かべている。

さすがは女たらし――とこれは褒め言葉ではないかもしれないが。

 

「――ち。確かに私には上の事情などわからんが、お前は叩きのめすことは出来るぞ」

「それは置いといて。お前はそのことをどう思ってるんだよ? 憧れの教官がいいように使われてるんだぞ」

 

あくまで矛を収めたのはラウラにであってVTシステムのことを許したわけではないらしい。

それもそうだ。

ラウラは勝手に違法なシステムを組み込まれていただけなのだから。

でなければ一生動けなくなることなどない。

悪いのはあくまでそんな阿呆なシステムに千冬のデータを組み込んだやつだけ、と一夏の中では決着していた。

 

「ん? そのことはもはやどうでもいい」

 

だが、一夏はそれはラウラも同じだろうと思っていた。

尊敬する人のデータが勝手に使われていていたのだから、軋轢も生じただろうと――

だが実際は超然と構えているだけで、何かを思っている様子もない。

 

「はぁ? どうでもいいって――織斑先生のことで突っかかられた俺としては理由くらい聞きたいんだが」

 

だが、それでは納得がいかない。

 

「ああ、織斑先生がモンテグロッソの連続優勝を逃したのは貴様のせいだからな」

「――ぐ。それは……」

 

言葉につまる一夏。

それはずっと気に病んでいたことだった。

自分のせいで――と何度も責任をとって自殺しようとも思った。

だが……そんなことをしても逆に姉を悲しませるだけなのはわかっていたのでしなかった。

 

「一夏が気にすることはないぞ」

 

奈落がフォローする。

ただ、本気で言っている。

彼は嘘で他人を慰めることなど想像だにしない人物だ。

かなりの部分で人とは本質的な意味で神経が違うと言えるが――この場合は安心できる。

 

「それについては私も知ってる。――で、真相はどうなの? 知り合いが連続優勝逃してけっこう残念だったんだから、知る権利くらいあるんじゃない?」

 

と、鈴音。

こちらはこちらで震えだした一夏を抱きしめてやる。

常にこの積極性を発揮していけば何かが違ったかも知れない。

だが、今は母親のようにぬくもりを与えている。

 

「いや、あれは俺のせいだ。俺に力さえあれば――」

 

後悔を隠し切れずにうずくまる。

……顔に爪を立てそうだ。

彼が自傷に走らなかったのは武術をやっていたからもあるが――そんなことをすれば絶対に姉に気づかれるからだ。

だが、今の彼にはほんの僅かばかりも他人を気にかける余裕があるようには思えない。

 

「それは問題では無いと思うがな。お前は当時子供で、守られる存在だ。自分で自分を守ることを期待されないし、されるべきでもない」

 

奈落が彼独特の価値観で慰めようとする。

するが……一夏には聞こえていない。

肩を揺するといったことはせず、憂いを含んだ目で悲しむ一夏を見つめている。

 

「ふーん、護衛とかはいなかったの? 曲がりなりにも重要人物でしょ、前回優勝者の弟なんて」

 

と、シャルが言う。

少し空気が読めていないかもしれない。

 

「いたよ、ドイツ軍から派遣された量産型ISに乗っている奴が護衛を務めていた」

「日本人じゃないんだ」

 

二人で話し始める。

 

「日本はとにかく発言権がない。海外に出る以上、他国の言うことを飲むしか無いのさ。それで、護衛は他国の人間が行うこととなった。ぜひとも自国の優勝を、と願う他国の人間がな」

「へー、その人は一夏がさらわれた時に何してたの?」

 

「尾行していた。その情報をドイツは織斑教諭に高く売りつけた。それがことの真相だ。ま、悪いのは日本政府だろう。なにせ、重要人物にまともな護衛を付けられなかったんだからな。人質を取られて言うことを聞くしかなかったというわけだ」

「その軍人の人はどうなったの? 役目を果たさなかったんでしょ。軍事裁判とか受けなかったの」

 

「軍人の役目は自国の利益になることをすることだよ。自分が一夏を助けても何の国益にもならない。どころか、誘拐を見逃し尾行することでブリュンヒルデに借しを作り、連続優勝まで阻んだのだ。褒められてしかるべきだろう」

「なんかズルイな」

 

「ま、本来ならブリュンヒルデは棄権になどなるわけがなかったのだがな。まあ、ブリュンヒルデは大国出身であることが前提条件だよ」

「ISの能力が低すぎるってこと? 未だに経済的事情で第一世代を使ってる国があるなんて冗談を聞くくらいだし。それでなくとも、経済が苦しい国は他の国が開発した量産型をそのまま使ってるよね」

 

「日本の技術力も経済力も低くないよ、むしろトップクラスさ。束が全く協力していないというのにね。で、大国の人間以外が優勝できないのは運営の事情というやつさ。優勝者が遅れたって、本来は何の問題もない。むしろ、遅れた程度で負けにされるのは異例なほどだ。実際、織斑教諭が遅れたのはほんの数時間。身も蓋もない言い方をすれば、言いがかりを付けて敗北に追い込んだといったところか」

「悲惨だね。それもこれも、日本が他国の決定に何も言えなかったってことでしょ。弱いってのは嫌だよねぇ」

 

「そんなことはありえませんわ! だって、世界憲章で遅刻は負けだと決められて――」

 

いきなりセシリアが口を挟んできた。

彼女が代表するイギリスはもちろん大国の一つに含まれる。

自分の国が悪事をやっただなんて言われたら反論しないわけにはいかない。

なにせ、彼女は――彼女ではなくIAを駆るほとんどの人間(日本人は残念ながら含まれていない)は自国に強烈な愛国心を持っている。

 

「それは時間軸が逆だ。遅刻を負けにするために憲章を書き変えたんだ」

 

だが、奈落はにべもない。

これが事実だとでも言わんばかりに断言する。

そして、それが実際の政界の状況をよく知っている人間の言葉なのだった。

 

「そんな、でも……だって――イギリスはその件に関与しているのですか?」

「しているはずだ、大抵の大国はな。ま、気にすることはない。織斑教諭は大国の陰謀に負けたというだけの話だ」

 

「ぐっ……!」

「あの先生が負けるね――。で、ボーデウィッヒ。何も喋らないけど、あんたとしてはどうなのよ? あんたもドイツ軍人でしょ」

 

と、鈴音。

彼女は日本人の精神性を持っているようだ。

 

「もはや織斑先生に興味など無い。あの人がどんな負け方をしていようとどうでもいいんだよ」

「あれほどこだわってたのにねぇ。どういう風の吹き回しよ?」

 

「待てよ、お前ら。どういうことだよ? 千冬姉が陰謀に巻き込まれたとかどうって――。そんなこと今更言われたって……!」

 

一夏が起き上がってくる。

どうやら聞いていたらしい。

考えもしなかった事実を前に狼狽えることしか出来ない。

 

「何か疑問でもあるのか?」

「そうじゃないって、奈落。ここは鈴音に任せようよ」

 

と、シャルが訳知り顔で言う。

こんなときでもイタズラっぽい顔で鈴音にウインクをしてみせる。

ここで落としちゃえ、とのアイコンタクト。

 

「へ? なんであたしが……。ああ、もう! やってやろうじゃない」

「お望みなら代わりますわよ」

 

「こういうのは幼なじみの役目よ。あんたは引っ込んでなさい」

「了解しましたわ。お手並み拝見と行きましょう」

 

「さて……一夏。こっちを向きなさい」

「何だよ、鈴音――?」

 

「ふん!」

 

殴った。

鈍い音が響く。

失意の底に居る人間に対してずいぶんとひどいことをする。

 

「なにすんだよ?」

「アホ面晒してるから気合を入れてやったのよ。大体、いまさらどう悔やんだってどうしようもないじゃない。あんたは今、生きてるの。それでいいじゃない」

 

「でも、千冬姉が……」

「あの人はあんたを恨んでるって一度でも言った? 言ってないでしょう。誰もあんたを責めちゃいない。あなたは自分を責めなくていいの」

 

「でも、それでも俺は――」

「うるっさい!」

 

ヘッドパット。

 

「ごちゃごちゃ言わずにあんたは今を見なさい! 過去のことをうじうじと悩むなんて男らしくないわよ」

「ああ、悪かった――」

 

そういったきり、俯いてしまう。

納得した人間の様子ではない。

今回ばかりは男らしいとかそんなんで済ませる問題ではない。

 

「それでも、俺は自分の無力を許せないんだ――」

 

つぶやきは誰にも届かなかった。




ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
これから本格的な原作改変、と言うか無視に突入します。
それでは、容赦の無い戦争をお楽しみください。


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一つ目の戦争
第30話 兎狩り


楽しかったショッピングモールは終わり、その後は海ではしゃぎ回った。

今はわずかな小休止の時間。

高校生の体力は無尽蔵と呼べるほどだが、腹は空く。

昼飯を食べ終わって、話に花を咲かせる時間――専用機持ちと箒だけが織斑教諭に呼び出された。

 

「さて、集まってもらったのは他でもない」

 

深刻そうな声音で織斑教諭が切り出す。

――と、何もない空中からいきなり降ってきたのは。

 

「やっほー、束ちゃんだよー。いっちー、おっひさー」

 

篠ノ之束、ISを作った人間。

突如として姿を表し、瞬く間に世界を女尊男卑の世界に作り変えてしまった。

そして、世界は軍事力をISに傾倒させるようになった。

まさに“全てを変えた”人物がそこにいた。

 

「束さん? どうしてここに――」

 

一夏が間の抜けた顔を晒す。

テロリストとして世界に指名手配されている人間の前でお気楽なことだ。

ちなみに彼女は全世界どこでも――先進国から後進国まで揃いも揃って捕獲対象――いや、言葉を選ばなければ抹殺対象である。

一人で世界を変えられる人物など、生きていてもらっては困るのだ。

それも――近くの人間、特に一夏のように鈍感なやつには想像しにくいことであろうが。

 

「ふふーん、それはね……紅椿をお披露目に来たのだー!」

 

ばばーん、とでも効果音が付きそうなほどに明るい声を出す。

子供らしいというよりは、躁状態といったほうが正しい。

後ろに爆発を起こす小細工まで完備している。

どこまでも――人を喰ったような人物。

 

「あの、紅椿とは何なのでしょう? それに、あなたはもしかして――」

 

セシリアが言葉の内容についておずおずと聞く。

だがその先の、“あの”篠ノ之博士なのでしょうか――とは続けられなかった。

 

「誰、君? いっちーと箒ちゃん以外はお呼びじゃないよ。しっしっ」

 

打って変わって酷く冷たい声で追い払う。

世界的に有名な人物を前にしたきらきらとした尊敬は一瞬で敵意に置き換わる。

けれど、束は一顧だにしない。

 

「束、自己紹介くらいしてやれ」

「えー、なんで見知らぬ人にそんなコトしてやらなくちゃいけないのさ」

 

子供のような抗議だが、肉付きの良い大人……というよりお姉さんといった方が似合う女がそんなことをしても薄ら寒くなるだけである。

なにせ、彼女は無邪気とはかけ離れた国家の敵なのだから。

子供の無邪気さは、大人になっても捨てられないと他人の心がわからない残虐性にしかならない。

 

「ちょっと、いいですか? 織斑先生」

 

ここで、シャルロットが出てきた。

こっちには尊敬といった感情は見られない。

むしろ、人を喰ったような――この程度か、とでも言いそうな顔で。

 

「何だ? デュノア」

 

問いかける織斑教諭に応えず笑みを浮かべる。

一歩前に進み――

息を吸い込んで、言い放つ。

 

対象(ターゲット)――この場の9名、対象は“両足の靭帯が断裂する”!」

 

太いゴムを切るような音がした。

シャルの虚数干渉型具現妄想器(ディソード)――【絶対言語(バベルズバインド)】。

実を言うとこちらが本来の使い方。

実際に物を生み出すリアルブートは言葉を現実化する彼女の能力でも、負担が大きすぎる。

本来、それは命を削って行うものだ。

だから、こういう風に筋肉を断裂させる――またはそのまま心臓を停止させるのが負担のないやり方である。

さすがに一夏たちまで殺す気はないので、これくらいに。

どうせ――織斑千冬くらいになると、心臓停止ていどでは止まりやしないのだから。

 

当然、筋肉が断裂したからには激痛が襲う。

それは指示した奈落ですらも例外ではない。

更には関係のないセシリアや鈴音まで。

激痛により時が一瞬停止する。

だが、あらかじめ覚悟を決めておいたのなら話は別。

 

「【アンノウン】」

 

奈落がつぶやいた

彼とシャルロット、ラウラの三人の損傷はすぐにノイズとともになかったことにされる。

 

なかったことにはできるが、ここまでやるのが奈落たちである。

なんせ、激痛を軽減する手段はない。

例外指定をしていると束が動く危険があるからって――自爆してまで可能性を潰した。

 

いきなりのことで誰も動けない。

普通、あの場でいきなり仕掛けるような人間が居るなんて考えられない。

友人に会いに来たら通行人が襲ってきた――束にしてみたらそうとしか言えない。

 

誰も反応できない。

不意を突かれて呆然とするしかない。

千冬も、一夏も、その他も。

ただ、奈落の意思に従って動くもの以外は。

 

「――っ!」

 

奈落が【対警備組織規格外六連超振動突撃剣】(グラインドブレード)を振りかざして突進する。

ものものしい、と言う言葉では収まらない凶悪かつ邪悪な兵器。

6つのチェーンソーが奏でる耳障りな音が響く。

喰らえばひき肉ですら残らない。

 

「させん!」

 

そこにISをまとった織斑千冬が立ちふさがる。

その姿はまるで――魔王の前に飛び出した勇者。

彼女は強い意志で持って相対し、叫ぶ。

 

「何のつもりだ!?」

 

問われた奈落は手を緩めない。

鉄が削れるような音がチェーンソーと剣から響いてくる。

その音はますます大きくなって――。

 

「織斑先生こそ、何のつもりです? 彼女は第一級テロリスト。私は国連からの正式な依頼を受けて、その人類の敵を倒そうとしているのですよ」

 

その冷ややかな口調は冷酷な裁判官にも似て、反論を許さない。

傲慢な正義で持って押し通す。

ただし、それは国家の正義だ。

 

「どの口でそんなことを……! こいつを殺させはせんぞ」

 

千冬にとって見れば、反目せざるを得ない。

テロリストと言えど――友達を見捨てられはしない。

いや、奈落は逮捕すらせずに殺そうとしているのだから当然か。

だが――それを責めることは出来ない。

DEAD OR ALIVE――国連は束をどうにかできるのなら生死など問うてはいない。

 

「そういえば、織斑先生。ISを持っていたんですね、個人的な所有を認められないISを。そのコアの登録はお済みですか?」

 

悪魔はささやく。

今度は勇者自身の悪を糾弾する。

もちろん、ISの不法所持は殺人なんかよりもよほど重い罪となる。

束が用意したものだろうが――これが知れたらどんなに有名人といっても処分は免れまい。

 

「さてな。だが、私を舐めるなよ。三対二であろうと、負けは――」

 

元々ギガロマニアックス同士の集団戦など発生したことすらそうはない。

だが、数が多いほど有利というのは彼らの戦いにも――いや、彼らの戦いだからこそ戦況が傾くアドバンテージ。

 

「織斑先生」

 

緊迫した空気の中、空気を読まない通信が飛んでくる。

受けたのは織斑千冬。

送ってきたのは――

 

「山田君か。何か?」

 

苛ついた声。

チェーンソーの化け物を受け止めながらの通信は想像を絶する物がある。

顔をしかめただけで対応できている織斑千冬は超人と言っても、それでさえ過小評価に感じる。

 

だが、いくらなんでも――タイミングが悪すぎる。

通信にはほんの少しばかりでも集中する必要がある。

それはそうだ。

上の空で人の話は聞けない。

だが、そんなことをしたら……!

奈落は最強レベルの使い手だ。

表に出るような類の人間ではないとはいえ――、いや、だからこそ警戒すべき対象。

一秒たりとも注意を逸らせない。

そんなことをした日には――どんな事をされるのかわかったものではない。

 

それでも、聞かなければならない。

千冬は――教師なのだから。

 

意を決して口を開く。

それでも、手の力は緩めないように。



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第31話 重なる悪夢

山田から緊急事態の知らせを受け取った千冬。

だが、どうしろと言うのか。

この――チェーンソーを受け止めているような危機的状況で。

けれど、悪夢は待ってはくれない。

準備出来ていようとなかろうと、ただ迫りくる。

容赦などない。

そして――それは声も同じ。

 

「暴走したISがこちらに向かっています! 至急こちらへ来てください。緊急会議を開きます。それと、変な音が聞こえるんですけど――どうかしましたか」

 

シャレにならない内容だった。

いや、緊急通信である以上は仕方のないが――

――ここまで悪いことが重なると作為を感じざるを得ない。

どうしようもないとしか思えない状況。

悪い夢だと笑い飛ばすようなユーモアは彼女にはない。

この最悪を前に、思考は空回りを始める。

 

大体、暴走したISなど本来は一教師の出る幕ではない。

高度な政治的駆け引きが行われ、腕の良い国家に認められた専用機持ちのIS乗りが結託して立ち向かうほどの事件なのだ。

大事も大事――国の大事である。

だが、一直線に向かっているとなれば話は別。

襲われる可能性がある以上、対応する必要がある。

そして、領海に侵入された日本政府は彼女たちに撃墜を要請するはずだ。

日本政府には自由に動かせる戦力が殆ど無い上に即応性は悪い。

対応できるのが彼女たちしかいないのだ。

もっとも、彼女たちにも対応出来るだけの余裕などあるわけがない。

それでも災禍は待ってはくれない。

暴走ISは後6時間もすれば襲撃してくるだろう。

日本政府からの要請も後7、8時間もすれば来るはずだ。

 

「……っち。済まないが、今は忙し――」

 

暴走ISに対する対策など取れやしない。

なによりも目の前にあるチェーンソーの化け物を何とかしなくてはならない。

それに今まさに友人が殺されようとしているのだ――放っては置けない。

だが、そちらも大事件であることは事実。

歯噛みする。

ブリュンヒルデではあっても、体を二つに分けることはできない。

 

「山田先生、そのことなら問題ありません。こちらでも確認しました」

 

そこに奈落が口を挟む。

そんなことは知っていたとでも言わんばかりの傲慢な口調。

今正に叩き切ろうとしている人間の通話に割り込むとは、それにつけても面の皮の厚いやつである。

 

「へ? 神亡君ですか。ハイパーセンサーでも捉えられないくらい距離が開いているはずなんですけど。って、先生同士の話に口をはさまないでください」

「あなた達にはどうしようもないでしょう? 織斑先生はそちらに行けないと言っているんですから」

 

断定的な口調でグイグイ押してくる。

元々気の弱い山田教諭はたじたじだ。

それでも、先生としての意地は通す。

 

「それでも、何とかするのが先生のお仕事です」

「何とか出来ないのでしょう? シャルとラウラに撃墜させます」

 

意地は通せても、現実はどうしようもない。

動かせる戦力は織斑千冬一人だけ。

もちろん、違法所持のISのことは知らないから――そもそも動かせるIS自体ないと思っている。

結局は生徒に頼るしか無いのだ。

 

「そんなことは……織斑先生、どうしますか?」

 

戸惑った声。

生徒に任せるしか無い事実を心の何処かでは認めていたのだろう。

どんなに悔しくても、生徒を危険な場所に送らなければ何も出来ない。

危険な目に遭うのは生徒で、自分はサポートしか出来ない。

まあ、実はその生徒と頼りにする教員が殺し合い寸前の所まで来ているわけだが。

 

「――任せるしか、ないだろう……!」

 

苦り切った声で、言う。

相手の思惑に乗ることになるが、それ以外に手はない。

生徒と教師の関係を除いて考えれば――敵は少ないほうがいいのだ。

それは千冬にとって好都合でしかない。

不安を覚えるほどに。

 

「そんな! 生徒たちになんて――」

「問題なく倒せるのだろう? ならば、こいつの善意に頼るしか無い。――責任は取れんが、いいか」

 

挑むような――試すような、そしてすがるようななんとも言い難い表情を浮かべる織斑千冬。

むしろ断ってくれと言いそうな顔。

 

「問題ない。こちらで国防庁の方に確認をとる」

 

そして、それを受ける奈落ははっきりと答えを口にした。

一見、己の不利にしかならない答えを。

 

「任せる」

 

教師は生徒に頼るしか無いことを認める一言。

その屈辱的で、何より絶望的な言葉を腹から絞り出す。

 

「――シャル、ラウラ。お前たちは銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の撃墜に回れ」

 

なんと、二人も回してしまう。

それでは一対二だ。

形勢逆転といったところか――有利な側が作為を持ってそうしたのをそう呼ぶのならば。

 

「わかったよ」

「了解」

 

二人は躊躇する様子もなく飛び立っていく。

信頼しているのだろうか。

いや、奈落の指示に従っていればいいと――それ以上のことは考えてはいまい。

 

「さて、これでは一対二かな?」

「わざわざ戦力を分けてくれるとはご苦労なことだ」

 

そして、今までつばぜり合いをしていた二人は離れる。

状況は二対一、束は不気味な沈黙を守る。

 

「一つ、いいことを教えてやろう」

 

奈落は両腕を広げて、嫌な笑みを浮かべる。

限りなく嫌な予感しかしない。

 

「……何?」

 

だが、切り込めるほどには隙がない。

話を聞きながら隙を伺う――束のおかしな様子を気にかけながら。

常は世界すら見下す彼女は、なにやら震えている。

恐怖しているわけでもなかろうに。

 

「野呂瀬は生きている」

 

――野呂瀬。

一夏たちには聞いたことすらない名前だ。

だが、千冬と束には心あたりがあるようだ。

それどころか……怯えるように体がはねた。

心は憎しみで覆えても――体には隠しようのないほどの恐怖と嫌悪が刻まれている。

 

「馬鹿な……奴は死んだはず――まずい! 束、こいつの言うことを聞くな!」

 

そして、千冬は束へと警告を飛ばす。

相手への警戒を忘れ去るほどに焦っている。

それほどまでに彼女たちの間では、この名前は禁忌なのだ。

 

「そして、ノアⅢは建造中だ。良かったじゃないか、データが役に立ったんだよ。なあ――Dの666番と、Dの911番」

 

焦るような声とは対称的な、邪悪より這いずるような声が響く。

薄笑いがまるで奈落のように堕ちていく。

 

「束! 聞くな……」

 

鋭い悲鳴のような声が束を打つ。

けれど、声は聞こえてしまった。

 

「貴様ぁ! 貴様らが、私たちをぉぉ」

 

沈黙を守ってきた束が飛び出した。

ISも装着せずに――鬼の形相で。

必死に――けれどそれは……無防備ということでしかなくて。

 

「許さない……! 絶対に、貴様らの存在を許さない。細胞の一片まで駆逐してやる――あがっ!?」

 

恨みの言葉を吐く束は虚空から出現した鎖に囚われた。

 

「ぎぎぎ……殺してやる。放せ、放せェ!」

 

喚こうと、暴れようと拘束は振りほどけない。

がちゃがちゃと鎖を揺らすだけ。

それでも――正気を失ったかのように暴れ続ける。

 

「束、これほどまでに簡単に……だと……! ――思考盗撮、か……違う。そんなものではない――私達に思考誘導を施したな!?」

 

焦燥の極みにある表情で叫ぶ。

 

「そういうことだ」

 

奈落は事も無げにうなづく。

 

思考誘導――つまりは他人の思考を操った。

ギガロマニアックスには他人の思考を覗く力――思考盗撮がある。

しかし、その力は他人の心を操れるほどには強くない。

何かで強化しなければ――いや、更に思考パターンも知っておかねば。

変えたいものがあるならば――元の形を知っておく必要がある。

彼女たちの思考パターンならすでに奈落側にわたっているとはいえ――人間の脳に記憶させることができるような生易しい情報量ではない。

 

「ノアⅢはそこまで完成していたのか……! 私達が仕掛けた妨害を物ともせずに」

 

ノアⅢ――これまた一夏たちの知らない単語。

言葉からして思考操作の補助を担うものであるらしい。

そして、千冬は試用に耐えるレベルまで完成していないと思っていたようだ。

なにせ、そのために世界を変えた。

 

「いやいや、それについては感謝しているよ。君たちがこんな社会にしてくれたおかげでここまで研究が進んだんだ。まあ、もっとも……未だに対象は限られているのだがね」

 

奈落の発言――こんな社会、といえば男尊女卑社会しか思い浮かばない。

確かに発端は束がISを制作したことに由来する出来事だが――しかし、女尊男卑社会が男を有利にすることとは?

優秀な女を雇い入れられたわけもなく――なぜ研究が進んだのか。

奈落は言わない。

 

「馬鹿な。私達がやったことは逆効果だったとでも?」

「憎しみに踊らされたな。確かに研究員は男しかいなかったし――野呂瀬も男だが、それで男を世界から疎外すればなんとかなると思うとは、間抜けな限りだ。もちろん、思考誘導した結果ではないぞ」

 

「だろうな。それではなんのために苦労したのかわからん。私達の意思は捻じ曲げられてなんていない」

「苦労? ノアⅡを消去してくれたのは、かの大嘘憑きだったと思うのだがな」

 

――大嘘憑き。

その名は束と少佐と奈落の茶会で出た。

なにやらとんでもないことをしてくれた人物で――すでに死んでいるらしい。

正確には、奈落が――いや、その時まだ奈落はいなかったから野呂瀬が殺した。

 

「だが、ここで貴様を消し去ればノアⅢは動かなくなる。その後で完膚なきまでに破壊してくれる」

「できるかな?」

 

「私達のような犠牲など、二度と出してなるものか」

「日和った君には無理だな」

 

「そんなことは――ない!」

 

言い放ちながらも、不安はとめどなくあふれる。

私は、勝てるのか?

教師となり、一線を退いた私がどこまで戦えるか――

束のやつは鎖の中でもがいている。

見たところ、中から脱出するのは不可能と見ていい。

つまり、戦力どころか人質に成り下がった。

あいつを守りながら――この鈍った体でどこまでやれる?



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第32話 変わった世界

教師として過ごしてきた日々が、己を弱くしたとしても友のためには立ち向かわなくてはならない千冬。

すでにISはまとった。

戦うしか――ない。

 

「斬!」

 

鈍ったと自覚しながらも、神速の一撃が――ISの装甲ごと奈落の腕を切り落とした。

まさか、そんなにあっけないとは。

現時点で、それも多くの機能を隠したままでも最強レベルのIS――静寂(ステイシス)が大した抵抗もなく腕部を破壊された。

しかし奈落は妖しく微笑む。

 

「――――クク」

 

片手には剣。

酷く曲がりくねった邪悪な剣。

紫色の粘土細工、もしくは邪悪なる儀式の供物といったほうがしっくりくる。

だが、あまりにも怪しすぎた。

変なのだ。

奈落は見るもおぞましいそれを逆手に持っている。

普通に持っていれば腕を持っていかれることもなかったのに。

 

(――なぜ、防御しない?)

 

千冬が疑問に思った瞬間、奈落は逆手に握った捻剣を振り下ろした。

もちろん、千冬にではない。

逆手持ちではそこには届かない。

では、誰にかというと――その対象は奈落、自分自身しか残っていない。

 

(自殺!? 馬鹿な……)

 

その剣は深々と奈落の胸に刺さり、どう考えても貫通している。

即死としか思えない。

曲がりくねった刃は、それだけ大きな傷を残す。

これはもう――心臓が右にあろうが、ずらしていようが完璧に破壊されている。

 

「【忌まわしき騎士(ナイトメア・ペイン)

 

何事かをつぶやいた、その瞬間――

千冬に心臓を貫かれる痛みが襲い掛かる。

それは、常人であれば即死するほどの苦痛。

胸を抑えて目を見開く……激痛が思考を消し去る。

 

動きが止まった彼女は人間離れした精神力で必死に苦痛を意識の外に追い出す。

その時間、わずかに1秒。

まさに世界最強の人間だ。

とんでもない、としか言いようのない芸当である。

 

その僅かな時間でも奈落には十分すぎた。

彼女が世界最強というのならば、彼は異世界の存在。

わずかな時間に致命的な一撃を放つ。

 

鎖を引きちぎる音がして――禍々しい鎌が投げられる。

 

「――っ!?」

 

超人的、というか相変わらず人外の反射神経でよける。

だが、かわしすぎた。

ビクっと身をすくめて、拳一つ分余計に下がった。

見きれなかった、わけがない。

この程度は簡単に1mm以下の見切りが可能だったはず。

つまり、明らかに恐怖した。

 

いや、恐怖しているのは千冬だけではない。

鎖から引きちぎって出したということは、奈落はその鎌を封印していたということになる。

鎖でぐるぐる巻にして容易に出せないようにするのは、これは奈落という存在を考えると異常事態と言ってもいい。

自分に害を及ぼすような異能をいくつも身につけ、発動にも躊躇しない彼が封印までする。

つまりは本人ですら、その鎌を恐れている。

 

「【深き悲哀の雪桜(カーテン・フォール)】。知らないわけがないだろう? 絶対的な死を与える鎌。ギガロマニアックスですらこの傷を治すことは不可能。そして防御しようにも、死というあまりにも強すぎる能力のために全ての盾が無意味と化す」

 

難解な言い方をしているが、言っていることは簡単。

鎌の攻撃は防御を切り裂ける。

そして、回復も不可能というだけだ。

ISの絶対防御を貫けるというのは――実際の所脅威でもない。

怖いのは治せないということ。

ギガロマニアックスは自分の腕ならば寿命をわずかに犠牲にして簡単に再生できるのだ。

再生不可能の攻撃は、擬似的な不死を手にした彼らを殺せる唯一の手段と言っていい。

とはいえ、まあ――痛みは文字通り精神を削るゆえに、殺し続ければ彼らが相手でも殺せる。

それは端的な真実を表している。

 

「一撃ももらえんというわけか……っ!」

「その通り。一撃でも当たれば助からないという恐怖――日頃、教師という蚊帳の外の立場に守られている君の精神がいつまで持つかな?」

 

ニタリと気持ち悪い笑みを浮かべた奈落はブーメランのように戻ってきた鎌を振り下ろす。

千冬はかわし、手に持った刀――【雪片】で斬りつける。

その刀は淡く水色に発光している。

 

「零落白夜!」

 

絶対防御ごとあっさりと切り裂いた。

二度目――いや

 

(この感触は……霧!? 吸血鬼か、こいつは――)

 

さすがに二度目は攻撃を無効化されても驚きはしない。

すかさず振り下ろされる鎌をかわす。

そして。

 

(あの防御、攻撃までに一瞬の間があった。ならば――)

 

一回転して雪片をコマのように振り回す。

当然のように奈落は幽霊のようにすり抜けて反撃――

――千冬はコマの半径を急激に縮める。

その勢いで鎌の柄を叩く。

かわすのではなく、はずさせる。

それだけではない。

回転を止めて、雪片を両手で持つ。

防御のスキルを使う暇はない。

零落白夜が奈落の心臓を突き刺した。

 

奈落が嗤った気がして――

――千冬の心臓が止まる。

奈落のスキル。

それも、またもや自爆技!

 

「――【亡びし王の鎮魂歌(ピラミッド・ソング)】」

 

殺した相手の心臓を止めるスキル。

自爆専用の技だが――自分を増殖させることが可能なら便利なスキルである。

死ななければならないのが玉に瑕。

そして、二人目の奈落が死んだ一人目が持つ鎌を奪い取って千冬を斬――

――ぎりぎりで止まる。

 

「死体といえど、自分をその鎌では斬れんよなぁ」

 

千冬は一人目の奈落の心臓に突き刺した雪片を抜かずに、死体を掲げて盾にした。

奈落は一人目の死体が消す。

いつまでも残しておく意味は無い。

 

奈落の顔に浮かぶのは悪魔の様な笑みで――

――千冬の顔には一欠片の感情すら浮かばない

 

「ぎりぎりで生き残れたみたいだが――後どれだけ耐えられるのかな? 我々ギガロマニアックスにとっては精神力こそ寿命。ひたひたと迫る死に食い尽くされるのは……さて、いつのことかな」

「“死”だと? お前の能力は全てどこの誰とも知れぬその辺のやつから奪ってきたものだろうが。お前は本当の意味でその恐るべき異能を理解していない」

 

「私ほど異能を理解している人間はいないと思っていたのだがね」

「そうか。お前がどう自惚れていようと、私には関係がない。お前の言うことを認めてやるんなら、能力は理解できても結果は理解できていないと言ったところだ」

 

「――何を言いたい?」

「結局のところ、死が何かを全然わかっていねえんだよ――てめぇは。お前は死を覆い隠している。その、束の奴ですら封じ込められるほどの鎖でな。だから、死の本質がわからない。所詮はその程度なんだよ」

 

「これはひどい言い分だ。まあ、死にすぎて逆にわからなくなっているのかもしれないけどね。死ぬなんてこと、ただそれだけのことにすぎない」

「やはりな。その程度の――勘違い」

 

千冬は虚空に波紋を生み出す。

これは、ギガロマニアックス特有のリアルブート現象の際に起こる空間干渉の残滓!?

 

「――構えろ。お前に本物の死を見せてやる。【深き悲哀の紅桜(デウス・マキナ)】」

 

千冬が構えたのは奈落と同じ鎌。

いや――奈落が千冬と同じ鎌を持っているというべきか。

オリジナルは千冬だ。

他人の妄想を引き出し、複製するディソードが彼の力。

つまる所、奈落が持っているものは偽物だ。

 

形自体は同じではある。

だが、なにか……雰囲気とでもいうべきものが違う。

より禍々しい――いや、それは“死”そのものだ。

死が形を為している。

 

「――ようやく出したか。ギガロマニアックス同士の戦いは虚数干渉型具現妄想器(ディソード)を出してからが本番。私も出そうか――さあ、舞台の幕をあげよう【純白なる奈落(エターナル・ホワイト)】」

 

奈落は己が異能を呼び出す。

偽物の世界の力を。

世界に白濁した奈落が開く。

そこには無数の――刃になりきれない捻れた“もの”がおびだたしいほどに並んでいて。

 

「殺し合いは終わりだ。存在を賭けた潰し合いを始めよう」

「――知らん。死を与えてやる。ちょっとした力を得た程度で世界を見下すお前にな」

 

笑いを浮かべる奈落。

そして、常に表情を消す千冬。

 

人智を超えた戦いが始まる。

 

奈落が七色に輝く光球を放つ。

千冬が鎌の一振りで――もちろんそれは見当違いの方を斬っているのだが、光球を消し去ってしまった。

 

奈落はニタニタと嘲笑っている。

さすがに大本のディソードまでは殺せない。

現象を殺して一時的な使用不可能に追い込んだだけだ。

 

無数のディソードを持つ奈落は一つや二つ使用不可能にされたところでどうということはない。

無数の名状し難き異能を披露する。

 

――影から出現し、記憶を喰らうもの

――輝ける黄金の――黒い刃

――牙も口もない、ただ噛み付き食い千切るだけの現象

――回転し、世界を分断する鍵

――鋭角より迫る酷い悪臭を伴った猟犬

――輝ける偏立方五面体

 

これは描写できるものの中でも、目で見てわかる異能でしか無い。

人間の知覚では知ることすら出来ない諸々の異能――

――それすらも千冬は斬る。

 

一歩一歩……語ることすらもおぞましい異様な能力は鎌の振り下ろしとともに“死”を与えられる。

 

ついに……奈落のもとに辿り着いた。

そして、ためらいもなく切り捨てる。

その、絶対的な死を与える鎌で。

 

斬撃を受けた“それ”は絶対に助からない。

死は絶対的な運命の終局。

因果をかき回しても、なかったことにしても――覆すことは出来ない。

”死”んだ、絶対に。



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第33話 |銀の福音《シルバリオ・ゴスペル》

「さて、データではもうすぐか」

「うん、先制攻撃を受けるかもしれないから要注意だね」

 

シャルとラウラは海の上を全速力で飛行している。

奈落から託された任務――銀の福音の撃墜のために。

 

「奈落からのデータによると、相手は射撃型だ。それも、羽状に砲身を展開させて無数の弾を撃ち出すらしい」

「軽く言ってるけど、これ――アメリカ軍の極秘文書だよね。軍事的に開発されたISのカタログデータを持ってるなんて、希テクノロジーってのはどれだけ権力があるんだろうね」

 

決戦の前だというのに二人は気楽そうである。

ラウラは自身の勝利を疑ってはいないし、シャルに至ってはけらけらと笑い転げている。

相手の飛行速度から言って、奇襲を食らうとしたら自分たちだ。

さすがに気づかれないと考えるほど楽観的ではない。

位置データを把握していても、それがどこまで信用を置けるかは未知数。

 

「そんなもの、私が知るか。言われたことをするだけだ」

「気にならないの? 君はまだドイツ軍に所属している形とはいえ――僕ともども幹部じゃないか。奈落の直属部隊で――部下は持ってないとはいえ、地位は相当のものだよ」

 

気楽な調子で話している――実はそちらのほうが奇襲には対応しやすかったりする。

ガチガチに緊張しているよりも、柔軟性を持って事態に対処できる。

緊張など、動きを妨げる元にしかならない。

本当の前線では気楽にジョークが飛ばされるものだ。

 

「部下などくだらん。私達はただ奈落の期待に答えればいい――違うか?」

「それはそうなんだけどね――それだけじゃないと思うよ?」

 

ニヤニヤと妖しい笑みを浮かべている。

この二人の掛け合いを見ていると、まるで女子高生の修学旅行にでも迷い込んだ気分になる。

――情緒的にはラウラは幼すぎるし、シャルは達観しすぎているところがあるが、このコンビはでこぼこでも……しっかりと噛み合っている。

 

「ふん。私にはあいつが自分で何を思っているかなど、とても把握できちゃいないと思っているのだがな――来るぞ!」

 

突然、目の前が弾幕でうめつくされる。

高速直線運動をしていれば、なおさらそう感じる。

――奇襲だ。

位置データの更新の合間を縫って一直線に向かってきた。

とても避けられない。

ISは原則的には速度を落とさずに90°ターンができる慣性制御装置で動かしているのだが、流石にこの場合は速度が速すぎた。

莫大な慣性を制御しきれない。

 

だが、この程度の危険は織り込み済み。

なんにも対策もしないで突っ込む馬鹿は――思うほど少ないわけでもないだろうが。

彼女たちは違う。

対策は簡単。

ただ盾を構えただけだ。

前面に馬鹿でかい障害物を構えて突っ込む――相手の座標は分かっているのだから難しいことではない。

 

「――シャル、カタログデータより早いぞ!」

「うん。それに、射撃も正確だ。乗ってる人の腕もいいんだね。暴走状態で関係有るのかは知らないけど」

 

盾を投げ捨てた二人は相手の動きを冷静に観察する。

放り捨てた盾を見るに、連射速度のために威力を犠牲にしたということもない。

そして、弾丸は青色に光っている。

 

「ラウラ、気づいてる? あの羽――」

「別になんてことのない銃身だな」

 

断言してしまう。

異常性に気づいていないわけでもないだろうに――自分が相手するのだから、どんな弾丸だって役に立つものか、という圧倒的な自信を感じさせる一言。

 

「まあ、そうなんだけどね」

 

シャルは苦笑する。

銃身そのものは視覚的効果などすごいものだが、実態は別に銃を背中の後ろのアームに括りつけたものと変わらなかったりする。

それを一言で言ってしまえば、確か普通の弾丸となるのだが――

――羽から青色の軌跡が飛ぶ幻想的な光景をそんなもので済ましてしまうとは、なんともはや。

 

「なんのこともないただの第3世代機だな。こちらは2機――狩るぞ」

「ふふ、世界中が必死に開発しているものをそんなふうに言うなんてね――いいよ、やろうか。くすくす、初の晴れ舞台だしね。僕のIS――【ホワイト・グリント】の」

 

シャルは希テクノロジーに移籍した際に搭乗機を変えていた。

以前の専用機だったラファール・リヴァイブⅡは今頃初期化が終わっているだろう。

だから、正真正銘新しい機体。

 

その機体は”白”い。

まっさらな――雪のように。

血を塗りたくるためのキャンバス。

虐殺の純白の煌き(ホワイト・グリント)

目立つのは背後のミサイルポッド。

希テクノロジーの技術の結集させた高性能ミサイルを積んだもの。

普通の国家では技術的、経済的事情から盗めたとしても、扱えはしない。

さらに拡張領域も広く、幾多の武器が収められている。

奈落と同じく操縦者の顔を仮面で隠すデザイン。

腕にはライフルを装備している。

背にはブースター。

まさに戦争用といった攻撃的なフォルムだ。

 

「シャルロット、合わせろ!」

「うん」

 

左右からナイフを抜いて迫る。

あの早さでは銃は通用しないと踏んだのだろう。

 

「……」

 

銀の福音は何も言わない。

そもそも操縦者の意識があるかどうかさえ不明。

暴走したISコアが己に近づくもの全てを壊し尽くす。

だが、冷静。

そんな有様でも、最適な戦闘行動を実行する。

――すぐさま後方へと宙返りする。

そして、突っ込んできた二人に弾丸の置き土産。

 

「二人相手に接近戦は不利――合理的な故に読みやすい。静止結界」

 

ラウラはAICを発動。

銀の福音が放った弾丸を全て停止させた。

 

「僕も居るって――忘れないでほしいな!」

 

シャルは更に加速。

ブースターの形が変形する。

速度を。

さらに速度を。

速度のみを追い求めた直線的な形になる。

 

静止した弾丸はその動きを忘れ去る。

結界を解除された後はばらばらと堕ちていくだけ。

 

「――だっ!」

 

シャルは音の壁を突き破った。

とんでもない加速――瞬時加速(クイックブースト)

一瞬で敵の背後に回りこんでしまった。

 

普通ではそんなこと出来ない。

操縦者が加速に殺されるから。

それを可能ということは、シャルは織斑千冬と同じく人類という枠から外れた存在であるということを意味する。

 

殺人的な加速で回ったシャルは相手を後ろから撃ちまくる。

ラウラも追従する。

 

前と後ろからの挟み撃ち。

よく見ればシャルはラウラの射線上からそれている。

十字砲火である。

2機の最大火力が中央に集中する。

 

「…………っ!」

 

銀の福音はどうしようもない。

必死に回避行動を取る。

――それでもかわしきれるものではない。

こいつらはかわされた弾丸が相方に当るのも構わずに連射してくる。

 

それでいて、なけなしの反撃でさえもひらりと避けてしまう。

一人に攻撃する時は当然、一人に背後を見せる形になってしまうのだ。

もはや銀の福音は狩られるのを待つ獲物に過ぎない。

 

墜落する。

そのまま最期まで削りきられたのだ。



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第34話 進化

シャルとラウラの十字砲火の前に銀の福音はどうすることもできなかった。

落下して海に沈みゆくISを見る二人の目は冷たい。

 

「あっけない。アメリカの最新鋭実験機ということだが――」

「別にそんなものじゃない? しょせん、機械ではポテンシャルの100%しか引き出せな――え?」

 

蒼光が爆発した。

二人が見ている前で、突然に。

場所は銀の福音が墜落した場所。

 

「「――っち!」」

 

光はそのまま襲い掛かる。

二人は退避したが、かわしきれるものではない。

数が違う。

通常兵器ではありえない。

馬鹿げてるとしか言えないほどの――数。

 

「これは……第二次移行(セカンド・シフト)!」

「シャルロット、気をつけろよ。こいつは……今までの雑魚とは――違う!」

 

ラウラが警戒を隠さない目で睨みつける。

彼女たちは銀の福音に対処しながらも決して周囲の確認を忘れなかった。

哀れな密漁船が撃破されたことも当然気づいていた。

だが、ここに来て周囲を警戒する余裕がなくなった。

目をそらせば――撃墜されると本能が警告してくる。

 

「そうだね、これが奴の特殊能力かな? 威力は上がりこそしてないものの――落ちてない。そんなものをこれだけばらまかれたら……っ!」

「はん、手数は圧倒的に奴が上というわけか。停止結界!」

 

ラウラは結界を展開させて弾丸を止めようとする。

だが――

 

「うわっ!」

 

2,3発当たったシャルがよろめく。

結界は7割ほどの弾丸を停止させられても、他は通してしまう。

よけようにも、数が数でかわしきれない。

数十発とか――そんな甘い数ではない。

 

「くぅ……っ! あれは、実弾に光学兵器の性質まで持たせているのか」

 

停止結界はビーム兵器に相性が悪い。

絶対の盾を突破されたラウラは舌打ちを一つ。

 

「まさか、多数側の僕達が集中砲火にさらされるなんてね――さっきとはまるで立場が逆になっちゃったよ」

 

ため息を付いたシャルはやるせなさそうに敵を見る。

この戦いは1対2でシャル側が有利なはずだった。

だが――今はどうだ。

圧倒的な手数を前に手も足も出ない。

 

「だが、あの程度でこの私とシュヴァルツェア・レーゲンを止められると思うなよ……!」

「ラウラ? ディソードはもちろん、VTシステムも使っちゃダメだからね」

 

燃えるラウラにシャルが釘を刺す。

そう――この戦いは監視されている。

あくまで舞台は公海上なのだから、その手段はそれこそいくらでも。

立場の弱い日本の要請など気にかける国はいない。

 

つまり、ここで新しい装備を使うということは、その存在を世界にしらしめることになる。

技術というのは隠しておくことが原則だ。

それこそ――原爆のような使わないことが前提の兵器でもない限り。

知っていたら対策ができる。

敵に対する最も有効な攻撃とは――相手が思いもつかないことをすることだ。

だから使うことは許されない。

ただ、奈落は命が危険でしたとでも言えば許してしまいそうではある。

 

「必要ない」

 

ラウラはそれだけ言って突っ込む。

上で述べたようなことは分かっている。

だが、それでこそのダメージを無視しての特攻。

何を考えているのやら。

言葉通りに普通に特攻する。

 

「ラウラ! ああ、もう。行っちゃった。ま、いいか」

 

シャルはブースターを展開――高速飛行を開始する。

普通の人間なら加速に殺されるはずだがシャルは別。

ほんの一瞬でしかないが、音速軌道を可能とする銀の福音を凌駕する速さを得る。

 

「この……っ!」

 

ラウラは十数発の弾丸を受ける。

そして、かろうじての反撃。

さすがはラウラといったところだろうか――攻撃は無数の銃弾の合間を縫うように飛んで行く。

しかし、かわされる。

動きがセカンド・シフト前よりも鋭く、そして早くなっている。

 

「それだけだと思ったか?」

 

だが、すでにワイヤーは展開してあった。

しかし、ISの飛行速度についていけずに引きづられる形となる。

それがそのまま、網のように銀の福音に覆いかぶさる。

現時点でさえ数十発では済まない銃弾が当たっているはずだが破れもしていない。

 

銀の福音もされるがままではない。

新しく得た翼で網を引きちぎる。

その様はまるで、大空に向かって羽を大きく広げたかのよう。

 

「巻き込まれても、悪いのは君だよ?」

 

そこにシャルがミサイル攻撃を敢行する。

ラウラが巻き込まれようとお構いなしである。

数十発ものミサイルによる爆炎が暴れまわる。

 

「シャルロット、私ごと焼き殺す気か!?」

「特攻したのは君だよ? それに、敵の方も大人しく焼き殺されてはくれないみたい」

 

二人が見つめる先――銀の福音が炎の中でもがいている。

だが、その動きは一向に衰えない。

むしろ小さくなっているのは爆炎で――

 

「「そこ!」」

 

黒い煙の中――わずかなとぎれ目から敵を発見した彼女たちは同時に撃つ。

ラウラは肩の大砲を。

シャルは即時出現させたスナイパーライフルを。

 

爆炎が煙を振り払う。

その先には蒼い羽に守られた銀の福音がいる。

――無傷。

攻撃力特化の兵器が二発も直撃したというのに。

 

「ふむ。中々に硬い。あの能力は攻防一体というわけか。普通なら、防御から攻撃に切り替わる一瞬の隙でも狙うものだろうがな――」

「僕達のやり方じゃない、よね?」

 

ラウラが冷静に分析。

そしてシャルが煽る。

口元には揃って悪い笑み。

 

「――当然。力づくでぶち破るぞ」

「おっけ。じゃあ――」

 

止まっていた彼女たちが急に散開する。

銀の福音の飽和攻撃が来たのだ。

空を覆うかのような弾幕。

青く透き通った光が目を奪うが――止まったら撃墜される。

 

「……っふ!」

 

ラウラは果敢に襲いかかる。

弾丸の中を駆け抜けて――ナイフを突き出す。

 

が、弾かれた。

羽によるガードは健在である。

どうやら、物理攻撃に弱いなどといった性質は持ち合わせていないらしい。

 

ラウラは乾いた音を聞く。

シャルが撃ったのだ。

彼女の方は十分離れたところから、散発的な攻撃を繰り返している。

 

だが、銀の福音はそんなことを意にかいさない。

ただ大量の弾幕をばらまいている。

 

「ち――っ!」

 

ラウラは至近距離からばら撒かれた弾幕に対応する。

一番密度が高いのは目の前。

上昇する。

だが、まだ弾幕がある。

とんでもないなく大量の弾幕をばらまくため、回避しただけでは被弾を免れない。

 

盾はない。

持って来たものは捨ててしまったし、盾というものは容量を食い過ぎる。

他の武器をダウンロードするためには、そんなものにまわせない。

もちろん、ラウラとて例外ではない。

武器を盾に?

――暴発するに決まってる。

逆に危険だ。

回避はもう行った。

二度目をするには時間が足りない。

 

なら――受け止めるしか、黙って被弾するしか無い。

しかし、そのまま終わらせる気など無い。

もう一度突っ込んでいく。

 

――弾かれた。

青色の羽はすさまじい強度と柔軟性を併せ持つ。

それは、羽が物質で出来ているのではなく、特殊能力によるエネルギーフィールドが可視化したものでしかないからだ。

現実的な物質ではないのだから、物理法則が通用するわけがない。

 

「ちぃぃっ!」

 

またもや爆発。

総錯覚するほどの弾丸は厄介に過ぎる。

弾幕密度の低い場所へ特攻してダメージを抑える。

だが、それはあくまで抑えるだけ。

 

こりずに特攻。

確かにエネルギーフィールドは物理干渉に弱い。

殴り続ければいつかはオーバーロードもするだろう。

残骸になった遥か未来――そんな”いつか”。

弾き飛ばされたところに弾幕を張られる。

 

4度の特攻。

いい加減、別の戦術に切り替えればいいものを。

もう装甲がボロボロになっている。

ISは操縦者こそ何があっても絶対に守るように設計されているが、装甲の方は別。

エネルギー節約のために割と見捨てられたりする。

だが、そんなふうになってくると武器の方にも影響が出てくる。

壊れた武器は捨てなければいけない。

そして、ISには装甲に守られているセンサーがある。

それが壊された。

視界にはノイズが混ざり、聴覚には制限が加えられる。

 

だれにでもわかる。

これは”悪い状況”だと。

撤退すべきだ。

勇ましいことを言っても、攻撃は一度足りとも通じていないのだから。



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第35話 福音の沈黙

「やれやれ――ラウラもずいぶんと無茶なことを考えるよね」

 

シャルはスコープを覗きこむ。

その先には無謀な突撃を繰り返すラウラの姿。

彼女はそれを後目に正確無比な射撃を実行する。

 

やはり羽に弾かれた。

スコープを通してじっと見ていると、羽が逆立っていることがわかる。

おそらく、ああして衝撃を逃しているのだろうが――

 

「連続攻撃なら貫けるかな? でも――」

 

連続攻撃は出来ない。

技量云々以前の問題で――スナイパーライフルは連続で撃てるようには作られていないのだ。

そのためには他の武器に持ち替える必要がある。

 

「うーん。でも、連射可能な武器って狙撃用じゃないからなー。この距離で同じ所に打ち込めるかって言うと……無理だよねぇ」

 

銃には反動がある。

それは当然なことだ。

だが、それは2発目は銃口がブレることを示す。

 

「近距離射撃ならできるかもだけど、それだと危ないし」

 

ラウラのついでとばかりにばらまかれた弾幕を軽々とかわすシャル。

いくら弾数が多くても、集中射撃でなければこっちに来る数はたかが知れている。

そして、相手からの距離が離れているために拡散しているのだ。

もはや弾幕と呼べるだけの密度があるかすら怪しい。

 

「じゃ、貫通力重視で行きますか」

 

スナイパーライフルからレーザーライフルに持ち帰る。

こちらはエネルギーシールドの突破に特化したもの。

本来ならば操縦者にもダメージを与えることを目的とされていたのだが――

 

「さすがに威力が減衰してダメージは望めないだろうけど――ね!」

 

撃った。

射撃は正確で、もし貫いていたら頭部に命中していた。

だが、防がれた。

あの周囲の9割はカバーしていそうな羽に。

 

「今度のは貫きかけてたけど――こっちは銃口が小さすぎて、二度目を狙う以前の問題だね」

 

打つ手なし、とばかりに肩をすくめたシャルのもとにボロボロになったラウラがやってくる。

ようやく諦めたのか、と思いきや――いやらしい笑みを浮かべている。

 

「終わった?」

 

変なことを聞く。

なにかの作戦会議をしていた様子などまるでなかったはず。

 

「――ああ、これで十分だ」

 

だが、ラウラはうなづく。

作戦の準備は完了したといったところだろうが――そんな暇がどこにあったのだろう。

ラウラとシャルは言葉などなくても通じあっている?

――まさか。

どう考えても、そこまでの時間を共に過ごしてはいないはずだ。

 

「しかし、簡単なものだな。大声で喋れば、なんでもかんでもしゃべっていると思い込む。その隙を突いてISのコア・ネットワークで通信すれば、秘密の作戦会議など思いつきすらしない」

「まあ――ね。奈落に教えてもらったことだけど」

 

ちょっとした作戦行動というわけだ。

意外と子どもじみた小細工でも通用することが多い。

それは戦場は命を奪い合う極限状態では些細なことまで気にかけている余裕はないから。

 

「さて――シュヴァルツェア・レーゲン。聞こえているだろう?」

 

……何のことでしょう……

 

「ふふん、分かっているだろう? そら、私がピンチだ。このままだと無謀な特攻して撃墜されるかもしれんな――」

 

……あなたは、そのためにあんな行為を繰り返しましたね!?……

 

「だが、お前が私を助けられる手段があるぞ」

 

……逃亡すれば助かるはずです……

 

「武器の限定を解除しろ。ついでにファイアウォールも全面カット。ま、そんなものは簡単に突破されるだろうが、念のためだ」

 

……何をやらせる気ですか?……

 

「安心しろ、お前が少しイカれるだけだ。他は問題ないよ――お前の他は、私もな」

 

……武器の限定を解除。更にコアのセキュリティを停止……

 

「物分りの良いやつだな――諦めたのか? それとも自己犠牲か? お前のことは壊れるまでは可愛がってやろう」

「お別れは済んだ? ハッキングされるわけだから、壊れてもおかしくないよ」

 

「ああ、よこせ」

「わかった。じゃあ、君に貸すのは奈落のお気に入りのやつにしておいてあげる」

 

ラウラはシャルが引き出した馬鹿でかい兵器を受け取る。

その途端――視界がぐちゃぐちゃになった。

ラウラの視界がおかしくなったわけではない。

壊れかけているのはシステム。

 

―不明なユニットが接続されました――

 

感情を感じさせない機械的な声。

ハッキングされたため、初期設定の防衛機能が働いている。

 

――システムに深刻な障害が発生しています――

 

使用するためにISの設定が書き換えられる。

その行為はハッキングでしかない。

本来使用できない兵装を無理矢理にひっつけようとしている。

その無茶は、コアに多大な負荷をかける。

 

―ただちに使用を停止してください―

 

それは断末魔。

哀れな感情のない声が停止を懇願する。

が、ラウラは気にもとめない。

新しい力を凶悪な笑みで歓迎する。

 

規格外超弩級戦略兵装(オーバードウエポン)――【対警備組織規格外六連超振動突撃剣】(グラインドブレード)……これが!」

 

悲鳴のような歓声をあげる。

それはチェーンソーが6つ接続された悪魔の武器。

しかし、それはそもそもIS用ではない。

無理やり接続し、ハッキングして動力をオーバーロードさせて無理やり使用できるだけの出力を生み出している。

視界がおかしくなるのも当然。

それはたかが第三世代ISが使用できる武器ではない。

 

「僕も行くよ――超弩級垂直発射式誘導飛翔体(ヒュージミサイル))

 

シャルも同じくオーバードウエポンを装備する。

こちらの方は不気味なアナウンスは流れない。

こちらは希テクノロジー製のオーバードウエポンを撃てるように作られた特別製IS――ホワイト・グリントだからだ。

 

しかし、ミサイルはどこに?

右肩には馬鹿でかいカタパルトが背負われて――見たままを言うとカタパルトにホワイト・グリントが接続されている。

その左肩にはこれまた馬鹿でかい六角柱の箱がある。

いや――その箱が何やらアームで他の箱と接続されていく。

まさか、作っているのか?

IS本体よりでかいミサイルでは飽きたらずに――その場で組み立てることによりISの3倍以上の巨大さを獲得する。

まさに狂気の所業としか言えない。

 

「――発射!」

 

ミサイルが組みあがり、すぐさま飛ばされる。

爆炎が吹き上がり、シャルを覆い隠す。

……これによりエネルギーのいくらかが削られたことだろう。

 

ミサイルは音速を超えて飛翔する。

数発の弾丸が当る――というか、ミサイルのほうが突っ込む形になってしまっている。

それでも、びくともしない。

 

そして、命中。

シャルとラウラは聴覚と死角をカット。

あの巨大なミサイルの爆発は離れていても、被害はスタングレネードなどという生易しいものとは比較にならない。

轟音が脳を貫き、白光が視界を焼きつくす。

しかし、それですらも副産物。

 

あれだけ強固であった羽が全て剥ぎ取られてしまった。

完全に沈黙した以上、羽の再生には時間がかかる。

 

「――終わりだ」

 

ラウラは腕の前に並べた6つのチェーンソーを円状にまとめる。

そして回り出す。

チェーンソーの本来の役目通り縦に。

そして、ドリルのように横にも回り出す。

 

あまりの熱量に火が吹き出す。

こちらも使用者に被害を与える諸刃の刃だ。

視界が日に覆い尽くされても、眉すら動かさず突進。

 

チェーンソーが接続された逆の腕にはブースターが。

これもまた狂気の代物。

もはや操縦者に対して殺意を持っているとしか思えないほどの加速を叩き出す。

 

悪魔の兵器は銀の福音の腹に叩き込まれる。

抵抗できるはずもない。

バラバラに――操縦者ごと、ぐちゃぐちゃにされる。

完全に壊れた機械と人間からISコアを抜き取る。

 

そして――もう一度。

今度は完全に轢き潰され、跡形も残らない。



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第36話 束、陥落

「貴様らとの因縁もここで終わりだな。ノアⅢのコア・ギガロマニアックスが消えれば希テクノロジーも何も出来まい。それに、野呂瀬が生きていると言っていたが――そんなものはどうせ“死んでいないだけ”だろう」

 

絶対の死を与える鎌――【深き悲哀の紅桜(デウス・マキナ)】を奈落に突き刺した千冬はひとりごちる。

その姿は何やら頼りなさげで――なんとも気が抜けているのだった。

 

「それは――どうかな?」

 

声がかかる。

それは生きていてはいけない人間のはずで。

この世界にいることがおかしい人間。

からかうようなその声は、脳髄をかき回す不快な音。

 

「な、奈落? 馬鹿な――もしや……双子?」

「それこそ、まさかだよ。私みたいな不完全は世に二人といないさ――君が殺したものをよく見てみたまえ」

 

奈落は束がいた場所に佇んでいる。

まるで最初からここにいたのだと主張するように。

だが、それこそありえない話だ。

すべてを殺す力がワープだろうと時間停止だろうと無効化してしまうのだから。

 

ぶわっと不安が沸き起こる。

もしかしたら、死の力がこの化け物には通用しないのではないかという恐怖。

頭がぐちゃぐちゃになった千冬は思わず奈落の言葉に従ってしまう。

――つまり、自分が殺した”もの”を見た。

そこにあったのは干からびた老婆。

アリスルックの服にかろうじて引っかかっている。

生前の栄華を微塵も感じさせない哀れな死体がそこにあった。

 

「え? 束、どうして――お前が」

「そう、君の鎌に貫かれているのは君の親友だ」

 

目の前の老婆を束だと疑ってはいない。

奈落は倒したはずで――

それで、長年の因縁も終わりのはずで――

――それがどうして、目の前の老婆が死んでいるような事態に陥る?

 

そもそも、おかしいではないか。

ついさっきまであいつは少し離れた場所で囚われていた。

位置関係も逐一把握していた。

入れ替える暇などなかった。

そもそもあの死体は篠ノ之束か?

なぜ一瞬で老けたのか――千冬には心あたりがあるのだろう。

だからこそ、目の前の死体が束だとわかる。

 

幻覚ではありえない。

実質の所、メガロマニアックスが操るのは幻覚=妄想でしかない。

現実をどうかするのはその応用だ。

だから、幻覚には引っかからない。

相手が操り、自分が頼みにする幻覚を――間違えたりはしない。

幻覚にかかったわけではない――これだけは絶対だ。

そう、剣士が剣の振り方を失敗することがないように、拳法家が拳の握り方を忘れることがないように――骨の髄にまで染み渡っているのだから。

 

では、なぜ?

一体何がどうなって――自分は束を殺したのだろう。

唯一無二の親友を。

ただ一人、全てを打ち明けられる血の繋がらない姉を。

血は繋がっていなかったが、束のお陰で千冬はここまで生きてこられた。

支えてくれる人がいなかったら、終わっていただろう。

彼女はただ一人で世界と戦えるほどの強固な精神など持ってはいない。

幾多の廃棄された人間たちと同じように。

この力でさえ、本当は束を守るためのもの。

ただ一人で世界と戦えるほどの強固な意志を持った彼女を。

いや、今はもう一人……誰かいたっけ?

 

「さて――聞こえているのかな? 束を殺したことがわかった瞬間に精神崩壊なんてやめて欲しいのだがね。まあ、ただ強いだけの君など実のところ障害ですらないわけだが。そう、あの憎き束がいなければ、君は目的すらあやふやになってしまうのだろう?」

「…………」

 

千冬は虚ろな目をして突っ立っている。

奈落の言葉でさえ聞こえていない様子だ。

 

「やれやれ、私のかわいい子供たちの紹介ができると思ったのだがね――いや、子供と言ってもディソードのことさ。あれらは私が生み出したもので――生命とすら呼べはしないが、それでも子供だよ。まあ、いいさ。一応耳はあるのだから、自慢だけしておこう」

 

その表情は本当に得意げで、自らの異能に絶大な親愛を抱いていることを伺わせる。

 

「【脚本作り(ストーリィテラ)】と言う――過去を改編するスキル。因果を巻き戻し、組み替える世界改変系のディソード」

 

「そう――“私は最初から束のいた場所に立っていたし、束もまた私のいた場所で囚われていた”というふうに、過去を改変した。もちろん、私ははじめからこの位置だったとしか覚えていないがね――君は違う。君自身には幻覚も、認識の入れ替えも通用しない。逆に言えば、変更された後の世界を知ることが出来ない。君だけが前の世界を知っている。私が知るのは能力を使ったということだけ。だから、光学系スキルで姿を入れ替えたら――束を私と信じた。そして私だと思って束を殺したわけだ」

 

「どうかな? 中々に上手くやったものだろう? 君には異能が通用しないが――わずかな隙を突かせてもらった。相手がいくら最悪であろうとも……知恵を使って乗り越えることが出来るのさ」

 

 

「なぜだ? そんな――過去を変えるなど、神のごときディソードを持っていれば、そんな策略など必要なかったのではないか?」

「うん? お話する気になったのかな。ま、それについては至らない話でね。ただ単に、そんなだいそれたことができないというだけだよ。怪力のスキルを持っていたところで、限度はあるだろう? それと同じように、この異能も強すぎる因果の組み換えはできないんだ。強すぎる因果と言ったって――改変できる弱い因果の対比でしかなくてね。それこそ、弱い因果などごくごく僅かなものでしかないよ。立ち位置を変えるだけで精一杯だ」

 

とのことだ。

ぐだぐだと長いセリフを述べていたが――簡単に言えば、奈落の持っている能力などどれもけっこう弱くて大したことはできないということだけ。

 

「一つ、聞いても?」

「ふむ、話に付き合ってくれた礼だ。聞くだけならいくらでも」

 

千冬には顔色を伺う様子が見える。

奈落もうなづく。

優しいというか――束を殺せて油断している。

有り体に言えば、調子に乗っている。

 

「一夏に何をするつもりだ?」

 

先ほどまで死に体だった彼女の視線に殺気が交じる。

 

「……質問の意味を図りかねるね。彼に何かしようとした覚えはないよ」

 

こちらはさらりとかわす。

 

「――あいつは私の弟だ」

「なるほど。家族だから心配しているのか。つまりはそれが君の心残り。生きるに値する理由というわけか」

 

今にも鎌を振りかぶりそうな千冬を見て、奈落は何度もうなづく。

 

「ああ、あいつだけは守る。他のものを守れなくっても、ただ一人の家族だけは……っ!」

「そう。その点については安心してくれていいよ。一夏を何かに利用しようという気はないから。ノアⅢのコア・ギガロマックス――つまりはただの増幅器(アンプリファイア)だけど、調整が手間で――そもそも私以外を必要とはしていない。サンプルについても、この世界の人間でないと意味が無いから。言ってしまえば周波数が違う。あいつは私達の研究の役には立たんよ」

 

色々言ったけれど、一言で言えば奈落達のやることに一夏は役立たずということだ。

よって、手を出す気はないらしい。

 

「そうか。なら、いい。殺せ――どうせ、生かしておく気など無いのだろう?」

「ないよ。束がどんな仕掛けを残しているか知れたものではない――君の絶対死の鎌を受けたとしても。摘める芽は全て抉っておかないと、ね」

 

千冬は鎌を手放す。

奈落は鎌を構え直す。

 

「なあ――奈落。私達はどうして生まれてきた?」

「さて、ね。楽しむためではないのかな?」

 

「――ふ。確かに人生は辛いことだらけだったが……楽しい時もあったな」

「笑って死ねるのなら、悪い人生ではなかったということだろう。その表情が苦悶や後悔に変わらぬうちに――その命を刈り取ってやろう」

 

奈落が全てを諦めて穏やかに笑う千冬に鎌を振り下ろす。

 

「――っ!」

 

響いたのは、血が流れる不快な水音――

――ではなく、鉄と鉄がぶつかる無骨な音。

 

「……一夏。そういえば、君もISコアの初期設定を変更できたのだったな。足の傷は傷まないのかな?」

「足の傷なんて知ったことか……! 千冬姉を殺させやしない。たとえ相手が――奈落、お前でも」

 

千冬に振り下ろされる鎌を止めたのは一夏だった。

彼らが戦う場所はわずかしか離れていないとはいっても……一夏、セシリア、鈴音は足の腱を切られている。

ここまで来るにはISが必要。

だが、ISは負傷した人間の搭乗を拒否する。

だからこそ、今までただ見ているだけしかなかったのだが――

――今、一夏はISをまとって奈落と対峙している。



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第37話 見ていることしか出来ないもの

「さて、どうなっちゃうのかしらねー」

 

奈落と千冬の戦いを呆然と見上げることしか出来ない鈴音がつぶやく。

立つことができないからあぐらをかいて座っている。

痛いだろうに、よくそんな座り方が出来る。

 

「呑気にしてる場合ですか! 織斑先生と奈落さんが激突だなんて――どちらかが死んでもおかしくありませんわ。なんとかして止めないと」

 

セシリアは焦りに焦っている。

立ち膝を突いて砂浜に拳を打ち付けている。

こちらは痛みなどどこかにふっとんでいる様子。

 

「なんとかって何よ? ISはうんともすんとも言わないし。私達に限ればこのシールドだか結界だかで守られてるから攻撃は来ないしで、どうしようもないわよ」

 

ISは操縦者の身体を保護する機能があるが、この場合は裏目に出ていた。

諦めた様子で上空にて行われる過酷な戦いを眺めている。

 

「くぅぅ……! 起きなさい、【ブルー。ティアーズ】。今は戦わなければならない時ですわ。足が動かないからといって、どうということもありません。私は戦えます!」

 

だからといってそれを認められるものでもない。

歯を喰いしばって、喚き散らして――何とかしようと試みる、

 

「だから、無駄だってば。ぎゃーぎゃー騒いだって疲れるだけよ。そんなんでISの設定を変えられるわけがないでしょうが」

「……っくぅ。ですが、何もやらないでいるなんて、私にはできませんわ」

 

「あ、そ。じゃ、好きなだけ騒いでれば?」

「そうさせていただきますわ。――ブルー・ティアーズ。ブルー・ティアーズ! ちょっと、聞こえてますの!?」

 

「ホントに騒ぎ始めちゃったわね―」

「なあ、鈴音」

 

やれやれといった顔でセシリアを横目で見る鈴音に一夏が声をかける。

一夏の方は、なんと言うかよくわかっていなさそうな顔だ。

当事者意識が欠けている。

……もっとも、彼らはこの戦いに運悪く巻き込まれてしまっただけだが。

もう一人の束に関係深い人物――箒はただ呆然と戦いを見上げているだけ。

 

「何よ? 一夏」

「俺達には何も出来ないのか? というか、どうしてISが動かないんだ?」

 

「は? ああ――そういや、そういうのは教科書の端っこにちょこっと載ってるだけだったわね」

「知ってるのか?」

 

「まあ、ね。この設定が気に喰わない奴って、けっこう多いのよ。だからけっこう愚痴で聞かせられたりするわ。まったく、そんなこと私に聞かせて何がしたいのかしらねぇ」

「動かないのなんか嫌に決まってると思うが」

 

「違う違う。操縦者の命を再優先させる設定よ」

「それって、普通のコトじゃないのか?」

 

「そうね、飛行機なんかでは当然、そういうことになってるわ。自動車あたりだと微妙なんだけどね。ま、利便性をどこまで追い求めるかってところかしら? ま、それは別にいいのよ。今のケースはね、怪我をしてる操縦者の状態が悪くならないようにっていうありがたた迷惑な心遣いよ」

「じゃ、セシリアが騒いでるのは――」

 

「意味なんてないわよ」

「そっか……」

 

「ねえ、一夏」

「何だ?」

 

「あの二人が何やってるか、わかる?」

「わっかんね」

 

「そうよねー。足も痛いし、どうしようかしら?」

「いや、二人を止めないと……」

 

「だから、無駄だってば。今の状態じゃ危険が迫らない限りISを装備することはできないわ」

「今、ガンガン変な弾みたいなもんがぶつかってるんだが」

 

「全部バリアに弾かれてるじゃない」

「だよなぁ……くそっ! どうしようもねえのかよ」

 

「ないわね」

「奈落! 千冬姉! 戦いなんてやめてくれ……」

 

三人が見ている前で、ついに千冬が奈落に鎌を振り下ろした。

そして、奈落は老婆になった。

 

「は!? ちょっと、奈落ってもしかして――女?」

「知るかよ! でも――なんで。あいつはそんなことを偽るようなやつじゃ……おい!? 鈴音、アレを見てみろ」

 

束が捕らえられていたところを指さす。

 

「奈落? じゃ、アレは篠ノ之束ってこと。位置を入れ替えたと見せかけて――実際は入れ替えてなんてなかったの?」

「いや、アレは束さんなんかじゃないだろう。どうしてあんなにも老けてるんだよ。服は同じだけれど」

 

「さぁ? 大方、奈落が老化させる攻撃でもしたんじゃないの」

「攻撃なんてできてなかった。千冬姉が守っていたから」

 

「じゃ、あの鎌の能力じゃない? 織斑先生もなんかの能力を持ってそうだし」

「でも――、それじゃ――」

 

「で、どうする? って言っても、見てること以外に何もできないんだけどね」

「束さんが――まさか、殺されるだなんて」

 

「あーあ。奈落のやつ、織斑先生まで殺す気ね」

「なんだって!? そんな……やめてくれ、奈落――」

 

「無駄よ、聞こえちゃいない」

「――させない。いくら奈落でも、そんなことはさせない。おれは……千冬姉を守る」

 

「だから、どうしようもないって――」

「――白式!」

 

「え!? ISを装備、だなんて――何をやったの、一夏!」

 

「……奈落!」

 

聞かずに飛び去ってしまう。

 

「嘘……基本設定は国家が必死で変えようとしても。アクセスすることさえ未だに出来てないのに。やっぱり、白式は特別なのかしら?」

「そうですわね。少なくとも限定的っだとしても第二次移行の能力を進化前に使えるISなんて聞いたこともありませんわ」

 

「……セシリア。あんた、意味もなく叫んでたんじゃなかったの?」

「だって、私のはうんともすんとも言ってくださいませんもの」

 

「そりゃ、そうよね――」

「あれは、一体何だと思います?」

 

「さぁ。日本が秘密裏に開発していた特殊ISかもね」

「それこそ、ありえません。日本は世界中から監視されています。篠ノ之束の力でも借りない限り、新技術を他国に気取らせずに開発するなど不可能です。そして――」

 

「奈落が束を殺した、ってのが問題よね?」

「……ええ。手を下したのは織斑先生ですが、そんなものは関係ありません。奈落がそうしようとしてやったこと。彼は好き勝手に動いているように見えて、実際は世界情勢などを考慮した上で行動しています。その彼がこの日本で束を殺したということは――」

 

「――日本政府は束と繋がれちゃいないってことよね。日本政府が束をかくまってるってことは長年政界でささやき続かれてきたことだけど――箱を開けてみればただの考え過ぎってわけか」

「ええ。しかし、そうなると逆にわからなくなります。白式は日本政府が作った――ということは白式の技術レベルはたかが現在の最高水準レベルのはずです。それでは、一夏さんが動けたことどころか、零落白夜すら説明がつきません。そこまでのレベルにはどこの国だって手が届くどころか……影も形も見えませんもの」

 

「そうね。けど、可能性はもうひとつあるわ」

「――何かありまして?」

 

「束が勝手に改造した」

 

「――そう言われてみれば、それが真実のような気もしますわね。どんなにかありえなそうに見えても、それ以外にはそもそも不可能ですもの。篠ノ之束はどうでも良かった――利益を与えようと、被害を与えようとも」

「とはいえ、さて。一夏は奈落を止められるかしらね」

 

「止めてくださいますわ……一夏さんなら」

「そうよね。あいつならやるわね」

 

「一夏、きばりなさい!」

「一夏さーん、殿方らしいところを見せてください」

 

二人は手をブンブン振る。



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第38話 一つ目の終わり

「なるほど、君は敵対するか――織斑一夏」

 

奈落は一夏を複雑な眼で見つめる。

彼としては一夏は親しい存在だ。

だが、束の勢力を一掃する機会を逃したくはない。

 

「千冬姉を殺すってんなら、いくらお前でも容赦はしない――奈落」

 

こちらは相手の都合など知ったことかとばかりに睨みつける。

少し悲しそうにしている奈落の様子など全く考慮した様子はない。

その眼には覚悟がある。

たとえ腕一本切り落とそうと姉を守る壮絶な熱が。

 

「ふむ。束と千冬と違って君は敵対していない同類だ――出来る限り仲良くしたいが……さて」

 

奈落は顎に手を当てて考える様子を見せる。

束に連なる者は完全に始末しておかなければ不安が残る。

詰めはいくらやりすぎても、完全の保証はない。

ちょっとしたことから綿密な計画が崩壊した例は枚挙にいとまがない。

 

「なら、その鎌を捨てろ。千冬姉まで殺すことはないだろう」

 

だだ、言葉ではとてもではないが説得できはしない。

刃を構えてまっすぐに奈落を見る。

すぐにでも必殺の零落白夜を打てる体勢。

 

「――ふむ。本気かな?」

 

奈落はじっくりと一夏を眺める。

 

「本気に決まってるだろ」

 

一夏は挑むように剣を掲げる。

 

「では、かかって来たまえ。縛り付けて、晒してやろう」

 

じゃらじゃらと虚空より鎖を引き出す奈落。

束でさえ抜け出せなかったのだ……囚われたら一夏に抜け出す術などあるはずがない。

ニヤリと顔にいやらしい笑みが浮かぶ。

あくまで無力化して、その隙に千冬を殺す気だ。

親友を自らの手で殺して呆然としている彼女を。

 

「千冬姉は…...家族は俺が守る!」

 

だが、そんなことは一夏には関係ないのだ。

ただ、やると決めたからには”やる”。

それがどんなに難しいことでもお構いなしに。

 

「なるほど、しかし私は守られているだけの女ではない――愚弟よ。精々足を引っ張るなよ」

 

茫然自失の状態にあった千冬が一夏の隣に並ぶ。

その顔は不敵な笑みに彩られ、とてもではないが一筋縄ではいかない事を物語っている。

 

「ふふん。またもや一対二か――と言ってやりたいところだが、すぐにシャルとラウラは戻ってくる。そうなれば三対二。君たちに勝機はない」

 

奈落が断言する。

それは一夏と違って、思い切りなんかではありえない。

絶対の勝算があるからこその自信。

 

「ふん。それはどうかな?」

「――そうだ。あの二人が戻ってくるまでにお前を倒せばいい。それに、三人相手だって俺と千冬姉は負けない……っ!」

 

千冬と一夏は揃って向かい討つつもりだ。

たとえ罠だろうと、内側から食い破る勢い。

 

「くく、わかっていないな。いや、千冬の方は分かっているのだろう?」

 

奈落は哄笑をもらす。

 

「そうだな。あの二人が素直に戻ってきて、この場で仕切りなおしなどといくわけがない。遠距離からの狙撃が来るに決まっている。そして――」

「――俺達に超遠距離攻撃の手段はない」

 

苦い顔になる。

そう、奈落にはまともに戦う気など無い。

勝ちを絶対にするために、逃げまわって――勝てる状況を作ってから確実な戦術を実行するつもりだ。

この段階で逃げ回るとはなんともアレなことだが、それが確実である以上奈落にためらいはない。

 

「一夏も納得できたようだな」

 

奈落は更に笑みを濃くする。

逃げまわると大声で宣言した割には偉そうである。

 

「けど、千冬姉のディソードなら……っ!」

「それも無理だ。確かに千冬が繰り出す”死”には防御も攻撃も無意味――だが、逃げ回れんわけではない」

 

一夏の希望を一刀のもとに断ち切る。

そう、【深き悲哀の紅桜(デウス・マキナ)】は絶対の攻撃手段ではあるが――それでも『当たらなければ、どうということはない』のだ。

 

「そんなことははじめから知っている」

「――千冬姉……」

 

勝ち目などないも同然。

それがわかっていてもなお――千冬は不動の笑みを崩さない。

 

「一夏、やるぞ」

「――っおう!」

 

二人は落ち着きを取り戻し、前を向く。

敵を倒すために。

 

「はは、その意気やよし! 向かってくるがいい。私を捉えられると思うのならば」

 

こちらも向かい討つ気だ――とは言っても、仲間が来るまでは逃げ回って牽制するだけだが。

 

しかし、ここで予想外の事態が発生する。

最初にわずかな風切り音に気づいたのは千冬。

そして奈落もすぐに気づく。

一陣の風が舞った。

 

「「「――っ!?」」」

 

三者が三者ともに息を呑む。

風の中に黒いシルエットが見えた。

黒いISが束の死体を持っていったのだ。

 

「――奈落!」

 

千冬が鋭く叫ぶ。

この場で正体不明のISが出て、真っ先に疑われるのは奈落だ。

未だにどんな隠し球を持っているのか、てんでわかりゃしないのだから。

 

「私ではない。あんなISは知らん」

 

悔しげに唇を噛みながら言う。

その様子はとても嘘を付いているようには見えない。

そう、彼は詰めをしくじった。

これでは、完全に脅威は取り除かれたなどと口が裂けても言えない。

自分の頭をかち割ってしまいそうなほど――自分の無能に腹を立てている。

 

「なら、誰があんなことをできたってんだよ!?」

 

一夏が叫ぶ。

それはこの場にいるすべての人間の疑問の代弁だ。

 

「さあな。しかし、少佐のやつか……? だが、奴に自由に操れる戦力など持っていなかったはず。それも……ISだと。どういうことだ?」

 

皆、それぞれで考えこむ。

 

「ち――。奈落、どうする?」

「君がそれを私に聞くとはね、織斑教諭」

 

仕切り直しとばかりに発言した千冬に奈落は慇懃無礼に返す。

とりあえずの方針は決まったようだ。

 

「ふむ――つまり、そういうことか。まあ、いいさ。友人としての務めこそ果たせなかったが、教師としての務めくらいは全うしようか」

 

そして、千冬もまた奈落の方針に乗っかることに異論はない様子。

ただ一人……一夏だけが状況を飲み込めない。

 

「え? つまり、どういうことだよ」

「一時的な休戦調停だよ。少なくとも、あの黒いISの正体がわかるまでは何もなかったことにする」

 

それが彼らの方針。

奈落も千冬も、当然一夏もこれまでどおりにIS学園に通う。

敵対した事実はなかったことにする。

 

「今までどおりってことか? 束さんが死んでも」

「そのとおりだよ、殺したことを公表できる状態でもない」

 

「なんで?」

「死体がない。証拠がなくては笑いものになるだけだ」

 

「あの死体は本当に束さんの物なのか? なんというか――そうは見えなかったけど」

「そうだな。よく覚えておけ、一夏。貴様も他人ごとではすまん。アレが身に余る力を使いすぎたものの末路――化け物の身で神の所業、すなわち創造を弄んだ者にくだされる罰」

 

「まさか、束さんが老婆になったのはお前がやったんじゃなくて――」

「そう、想像現実化(リアルブート)を使いすぎたための副作用だ。ギガロマニアックスであれば外見どころか運動神経もどうにでもできる。もっとも、副作用で削られた寿命まではどうすることもできんが。あの老いた姿こそが世界を変革した大罪人の真の姿」

 

「そんな……こんな姿になってまで、あの人は何をしたかったんだ?」

「さて……な。復讐か、世直しか。どちらにせよ、死体は持ち去られた。彼女の残したものがどれだけあるか」

 

「で、つじつま合わせをどうする気だ?」

「君から依頼を受けて訓練がてら二人に暴走ISを撃墜させた。私達はここからその様子を見守っていたことにすればよいだろう」

 

「ふん、意外とシンプルだな。お前は無駄に込み入ったのが好きかと思ったがな」

「時と場合くらいは考慮するさ。こういうのはシンプルに行かないと逆にバレる」

 

「ま、そのとおりなのだがな――聞こえるか? 山田くん」

 

千冬は電話をかけ始める。

 

「あ、はい! やっと出てくれましたか。やってくれましたよ。それに二人共無事です!」

「そうか。それは良かった。で、政府の反応は?」

 

「え? そっちの方は……まだなんとも」

「なるほど。しかし、その様子なら心配する必要もないか。こいつらに黙秘義務を通告する必要があるが、予定は変わらずに消化だ。生徒たちに気づかれてはいないか?」

 

「はい。私達がちょっと忙しそうにしてることに気づいた子はいますけど、緊急事態だったのは気づかれていません。皆、呑気に海を楽しんでますよ―。あ、一夏君がいないのには少し残念そうでしたが」

「それならばいい。さて、事後処理は私達の仕事だ。まだまだ忙しいから覚悟をしておけ」

 

「はい――あ、そこから南東に正体不明の信号が出ているんですけど」

「ふむ、ならば私が見ていこ――」

 

「その話、私も興味あるな。連れて行ってくれないかな? 織斑先生」

「……ち。借りがある以上断れんか。邪魔はするなよ?」

 

「当然です」

「あ、奈落が行くなら俺も行くぜ」

 

一夏が便乗する。

どうせこの男に大した考えなど無い。

単純に好奇心からの行動だろう。

 

「一夏さんが行くなら私も行きますわ!」

「あたしも忘れないでね」

 

そして、便乗するのが二名。

同じく好奇心と、後は一夏についていきたいという想いだろうか。

 

「貴様ら……」

 

千冬は頭を抱えて呆れ果てる。

心労が凄そうだが、誰も労ってはくれない。

 

「僕のことも忘れてほしくないなー」

「私は当然奈落について行くぞ」

 

到着した二人は口々に言う。

状況自体は奈落からの無線で分かっている。

 

「はぁ……分かった分かった。全員連れて行ってやる。それと鳳にオルコット、足は大丈夫か?」

 

「ああ、いつの間にか痛みがなくなってましたわ」

「こっちも同じよ。あんたが直したんでしょ? 奈落」

 

「私がやらせたのだからこれくらいはな。後でお詫びとしてなにか奢ろう」

 

「やりぃ!」

「あの、鈴音さん? その反応はちょっとどうかと……ま、断る理由なんてあるわけがありませんが」

 

「……行くぞ」

 

悠然と足を進める千冬に大所帯がぞろぞろとついて行く。



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第39話 紅椿

不明な信号を感知したためにそこに向かう織斑教諭とおまけ一行。

てくてくぽくぽくと、まるで先ほどの争いなどなかったかのように振舞っている。

禍根とかそういうものもなく――ただの高校生の集まりとその引率にしか見えない。

にしては引率が少々おっかないか。

 

「そーいえば、こんだけの大所帯で集まるのは久しぶりじゃない?」

 

黙っていることがつまらなくなったのか鈴音が言い出す。

和気あいあいとした雰囲気の中でその言葉がきっかけになり、わいわいと騒がしくなる。

真っ先に乗ったのは一夏。

 

「そうだな、奈落はシャルロットとラウラにかかりきりだったしな。箒も――何してたんだ? お前」

 

思い起こせば、シャルとラウラが転校してきてから一周間と経っていない。

それにしては奈落は彼女たちとずいぶんと仲良くなったものだ。

もっとも、その期間は逆に一夏たちとはご無沙汰だったわけだが。

こうして一緒に並ぶのも久しぶり――高校生にとって3日や4日はそう短い時間ではない。

 

そして、箒に至ってはもう何週間になるのか。

忘れ去られてもおかしくないかもしれない。

まあ、一夏に限っては幼なじみを忘れることなど無いだろうが。

 

「な!? わ、私か。別に聞いても面白いことはないぞ」

 

箒は慌てた様子だ。

いきなり話をふられて戸惑っている。

あわあわと慌てる様子は年相応に可愛らしい。

 

「それでも、だんまりで歩くよりは面白いんじゃないかな」

 

シャルが茶化す。

にたにたと笑って――まるでいじめっ子だ。

この娘にとって人をからかうのは相当に楽しいことらしい。

 

「ふふん、どうせ箒さんのことですわ。剣道部で汗を流していたに決まっておりますわ。過度な運動は美容の天敵ですわよ。まあ、そう筋肉がついていましては手遅れかもしれませんけど」

 

セシリアが高笑いを上げる。

まことに騒がしい。

そして、ふわふわと揺れる金髪が邪魔だ。

 

「なんだと!? 私は武人ではあるが、その前に女を捨てた覚えはない。貴様こそ、その馬鹿でかい胸が垂れ下がってきているのではないか?」

「なんですって!? 私の肌は垂れてなどいません。なんでしたら、一夏さんに確かめてもらってもよろしいのですわよ?」

 

売り言葉に買い言葉で喧嘩しだす二人。

他の面々は呆れ顔で眺めている。

もっとも、顔には笑みがある。

皆楽しんでいるようだ――自分たちで演出する茶番を。

ただ、本気でやってるのが一人。

 

「な? ななな――。ハレンチだぞ、貴様!」

「あらあら。箒さんはご自身の肉体に自信がおありにならないようで」

 

セシリアは楽しげに煽っていく。

いちいち本気で対応する人間をからかうのはこれ以上なく楽しいことだ。

 

「馬鹿なことを言うな! 私とて、鍛え上げた体には人一倍自信を持っている。そうだな、一夏に確かめさせるのもいいかもしれんな」

「うふふ、あまり勢いで考えなしなことを言うと後で後悔しますわよ」

 

メラメラと眼に炎を燃やす二人。

バチバチと火花が散る。

 

「あんたら、面白そうなことやってんじゃない。あたしも混ぜてもらおうかしら?」

 

そこに一人……鈴音が乱入する。

喧嘩が変な方向にねじ曲がっていた。

だが、当の一夏はと言うと――俺の名前が出てるなーくらいにしか思っていなかった。

せっかく、二人が暴走してあられもない姿を見せてくれるという話になっているのに。

つくづく、本当に男なのか疑いたくなる男だ。

もっとも鈴音にとってはそんな流れは歓迎できない。

 

「へー、あなたがですの? その胸で?」

「ふん。ガキは引っ込んでろ」

 

二人が二人とも、乱入者の身体的特徴をあげつらって排斥する。

たしかに鈴音は幼いと言う言葉がよく似あってしまう。

ちんちくりんだ。

もっとも、個人の趣味は様々で……一夏がそんな趣味を持っていないとも限らない。

 

「言ってくれるじゃない……っ! 叩きのめしてあげましょうか」

 

とはいえ、その言葉を気にしている鈴音は怒った。

冗談のかけあいと言える程度には。

 

「あらあら、身体の魅力では敵わないから暴力に頼りますの?」

「ふん、やるというのなら受けて立ってやる」

 

それぞれ正反対に返す。

こちらは体の一部分が非常に豊かな人達。

どんな食生活を送ればそのようになるのか――もっとも、食べ物でなんとかなるのかは分からないが。

とはいえ、まあ……大きさで言えばセシリアが勝っているか。

 

「上等。どっちの勝負も勝ってやろうじゃない。後で吠え面かくんじゃないわよ?」

「ふふ、それはどちらでしょうね」

「勝負なら負けん」

 

 

 

「なあ、奈落――まだ実感がわかないんだけど、束さんは死んだのか?」

 

こちらはこちらで雑談を始める。

しかし、話す内容は茶番とは行かなそうだ。

人の死はいつの世も重いものだ。

それは――人は死ぬときは全てをこの世に置いていかなければならないから、かもしれない。

 

「さて、な」

 

はぐらかすような奈落。

曖昧で、漠然としている。

ある意味で奈落は非常に正直な男だ。

その思考回路がねじれ狂っているために予測どころか推測すらも難しいのだけど――感情ははっきり出す。

それは大抵が狂喜、でなければ喜びであるが。

こんな――はっきりとしない態度は珍しいにも程がある。

あるいは、彼自身にも事態がよく飲み込めていない故か。

 

「なんだよ、それ――お前が、その……アレしたんじゃねえのかよ」

「たしかにね、私は束を殺したはずだった。だが、今では確信が持てん。織斑千冬の死の力といえど、彼女を滅ぼすのに足るものだったのだろうか、と」

 

奈落は内心に渦巻く疑問を吐露する。

そう、束は本当に死んだのか?

死体という証拠を奪われた以上、見返りなんてない。

それ以前に、奈落が求めたのは保証だ。

束という何をしてくるかわからない敵を倒してしまいたかった。

しかし、新たな正体不明の敵対勢力が出てきてしまった。

これでは――目的を達したとはいえない。

振り出しに戻るどころか、状況は最初よりも悪い。

 

「ええっと……偽物とか、そういう話か? 死んだのは影武者だったとか」

「それはありえない。あれは間違いなくギガロマニアックスだった。もう一人を用意できるくらいなら、ここまで複雑な話には成り得ない」

 

そう、あれは篠ノ之束だ。

そう確信出来るだけの知識が彼にはある。

ギガロマニアックスは特有の共鳴反応を起こす。

それはディソードを使わなければ何でもないが――それがこの世に現れた瞬間、虚数空間に波紋を広げる。

ギガロマニアックスであれば反応せざるを得ない。

煮えたぎる薬缶に触れたときに思わず身をすくめてしまうのと同様に。

そして、以前にも触れたがギガロマニアックスは希少という言葉では足りないほど珍しい。

 

「ああ、ギガロマニアックスはとんでもなく珍しいんだったか。じゃ、クローンとか」

「人間の複製個体か? そんなものは絶対なる死の前では無意味。私が私の分身に刃を向けた時、ぎりぎりで止めていただろう? 所詮複製は複製――同一なのだ。複製を殺せばオリジナルも死ぬんだよ」

 

そう、織斑千冬の【深き悲哀の紅桜(デウス・マキナ)】は絶対的な最終だ。

分身があったところで無意味。

あの鎌は存在そのものの魂を完全抹消する。

だからこそ小細工は無駄なのだ。

分身? わずかな残り香から本体まで死に浸らせてやれる。

クローン? それも同じ。

偽物? 死を狩るブリュンヒルデがまさか――ただの木偶を生き物と見誤るとでも。

 

「へー、そんなもんなんだな。じゃ、束さんが生きている可能性はないのか」

「……普通に考えれば、そうだな。条理を覆すのも不可能だ。しかし、何らかの裏技を使った可能性は否めない」

 

奈落は熟考した後に答える。

 

「裏技?」

「すぐに考えられるのは――これは正攻法か? 単純に後継者でも遺しておけばいい。死ぬのは本人だけで、他の人間が死ぬなんてことはないから。ここで織斑教諭が死んだとしても、それが直接的にお前を殺す要因にはなりえないだろう?」

 

「――嫌な例えを出すなよ。まあ、確かに千冬姉が病気になったところで俺が病気になる道理もないけどさ」

「だが、それはない。そんなことをしていたら世界中に影響力を持つ我々が気づかないはずはない。他に考えられるのは――爆弾かな? 何らかの仕掛けを施しておいて、それが本人が死んだ後でも作動し続けるようにしたもの」

 

「爆弾? それじゃテロだろ。束さんなら――やってもおかしくないのかもしれないけど」

「物理的なものなら話は早い。大抵の先進国の都市ならば、警察かそれに類する組織が解体できる。危険なものはそれが情報に関するものであるときだ。こちらは――束が世界を上回っている可能性がある」

 

「色々考えているんだな、お前は……」

 

一夏が呆れたようで言う。

そこはどちらかと言うと、感心する所だろうに。

 

 

 

一方、織斑教諭は額に青筋を立てていた。

 

「まったく、勝手についてきてピーチクパーチクと……まあ、それも若さか――」

 

「おい、貴様ら!」

 

突然大声を出す。

 

「そろそろ正体不明の信号が出ている地点だ。気を抜くなよ」

 

注意を促す。

というか、不審物と聞いて真っ先に連想されるべきは爆発物だ。

ISがあれば問題もないだろうが――油断しているところをやられると危ない。

 

「さて、見えてきたな――アレが……何っ!?」

 

織斑教諭だけではなく、他の皆も開いた口が塞がらぬほどに驚く。

それもそのはず。

その先にあったのは色こそ目の覚めるような鮮烈な紅だが――フォルムはどう見ても先ほど束の死体をさらっていったISと同じ。

 

「――ふむ。搭乗者はいないな」

 

真っ先に気を取り直した織斑教諭が調べる。

ISを探り回して、空中にディスプレイを展開させる。

正規の技術者ではなくても教員なのだ――これくらいはできる。

 

「――む? すでにパイロットが登録されている。これは……」

 

彼女は息を呑む。

そして、顎に手を当ててうつむく。

どうやら考え込んでいるようだ。

これを言ってしまっていいのか、悪いのか。

 

「一体誰が登録されてるってんだ?」

 

疑問の声を上げたのは一夏。

小難しい色々を考えない彼らしい。

 

「――これはどう考えてよいかわからんが、とりあえずは言うしかないだろう。丁度本人もここにいることだしな」

 

仕方ないといった顔で話しだす。

歓迎できる事態とはとても思えない。

 

「え? 本人って――」

 

疑問の声をあげる一夏を織斑教諭は冷たく見据える。

 

「篠ノ之箒。それがこのISの搭乗者だ。設定自体は完了していないがな。篠ノ之、何か心当たりはあるか?」

「わ、私がですか!? 心当たりなんて――そんなの、ああ――いや」

 

凶悪な目にたじろぐ箒はかろうじて声を絞り出す。

織斑教諭の三白眼が更に歪む。

箒は逃げ出したくなるが――見つめられていると尻餅をつくことすらできない。

 

「どうした、言ってみろ。まあ、どうせ束のやつだろうが」

「……はい、そうです。以前に一度、力がほしいと訴えたことがあります」

 

「だから、あいつはこれを作ったのか。だが、先程の黒い方は有人だったぞ。あいつに私以外のツテなど――」

「単に技術を盗まれただけだろう」

 

奈落があっさりと言い放つ。

そんなことを言われても、言われたほうが困る。

盗まれた――開発を主とする業界ではよくあることだ。

だが、国家が総出で見つけられなかった束を、技術だけでも盗むなんて――そんなことは。

できるのか?

確かに本人を捉えるよりは簡単そうだ。

ただ、それよりはというだけなのに。

 

「だが、そんなに簡単に盗まれるようなことが……」

「悪いが、私の方では色々と盗ませてもらった。そいつに使われている第四世代機の技術なら【ステイシス】にも【ホワイト・グリント】にも応用されている」

 

これまたあっさりと。

一応は技術の不正な入手は重罪である。

もっとも、この場合は相手がテロリスト扱いされているのでそもそも訴える人間がいないが。

とはいえ、もう少し自重しろと言いたい。

犯罪の告白は、たとえそれが告発できないものであってもせめて粛々と行われるべきだ。

 

「ホワイト・グリント? ああ、いや――」

「資料は予め学園の方に送っておいたぞ。シャルの新しい専用機だ」

 

織斑教諭は銀の福音戦を見ていない。

奈落と殺し合っていたのだ――見れるわけがない。

あの――“純白の煌き”を。

 

「悪いな、教員の方は連絡すら円滑には行きづらくてな。しかし、新しい専用機のことなら噂程度には聞いている。それよりも、あの黒い奴は束が作ったものではないのか?」

「断言はできんさ。だが、見ればわかるだろう?」

 

奈落は顎で紅いISを示す。

 

「――なるほど」

 

見た織斑教諭は納得する。

 

「見ても全然わかんねえんだが」

 

一夏が口を挟む。

セシリアや鈴音も追随する。

 

「性能差だよね?」

 

そこにシャルが口を挟む。

 

「ふん。第四世代機をなんだと思っている? あの黒いISなど、足元にも及ばんさ。どころか、我々の第三世代機ですら上回っている」

 

そして、ラウラが説明する。

偉そうなのは、ご愛嬌。

ただ、ラウラは第四世代機を持ってない。

真の意味でそれを持っていると呼べる者もまた、いない。

一夏のは所詮、片足を突っ込んでいるだけにすぎないし――箒は使いこなすどころか乗ったことすら無い。

 

「その通りだね。付け加えて言うなら、あの時逃がしたのは何かしらの力によるワープで現れたこと――そして、奈落と織斑先生がとっさの事態に互いを牽制してしまったからだね。あの時自由に動けたのは一夏だけだったんだ」

 

シャルが付け加える。

 

「ちょ……それ、俺のせいで取り逃がしたみたいになってるじゃん」

「それは違うよ? 一夏にそんなこと期待するわけないじゃん」

 

「――さらにひでえ」

「で、なら――織斑先生。そのISをどうするの? 処分しちゃうのかな」

 

「いや、ISは貴重だ。それが第四世代機ともなれば考えられないくらいに。おそらくは学園が所有することになるだろう。そして、そのパイロットは貴様だ――篠ノ之」

「私が――この、紅椿を?」

 

「仕方あるまい、変更は不可能だ。それとも、お前ならばできるか? 奈落」

「多少の破壊を許可してくれるなら」

 

「そら、不可能だ。こんなものは貴重すぎて――そう、皆のものにするしかあるまい。誰もが所有権を主張して、主張し続けるだけで何の解決も出るわけがないのだから」

「たしかにね。暫定的に学園に帰属することになり――暫定はいつまでも続くわけか」

 

「ま、なにはともあれ――専用機持ちになれておめでとう、篠ノ之」

「あ、ありがとうございます」

 

「だが、あくまでそれはお前が束の妹で、それがプラスになるかはともかく――束の好意でそうなったのだということは忘れるな」

「――はい」

 

そう答えた箒は複雑な表情をしていた。

喜び、焦り、疲労、そして――憎しみ?



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補足資料

補足です。メモ帳レベルです。作者がどこまで設定を出したかを確認するためのものです。多少アレでも許してください。
他に補足してほしいことがあったら感想に書いてください。この先のストーリーのネタバレでなければお答えします。


用語

 

IS

篠ノ之束が開発したパワードスーツ。

ただし女しか着られないのは、束がそういう風にコアを設定したから。

ISコアは篠ノ之束のリアルブートによって創造された。そのため、ギガロマニアックスでなければコアに接続できない。

 

 

 

ギガロマニアックス

天性の才能を持つものが正気と狂気の狭間に堕ちた時に覚醒する。

覚醒した者はそれぞれディソードを持つ。

剣の形をしているものはその用途にも活用可能だが、真の役割はギガロマニアックスが力を発揮するための補助。

また、ギガロマニアックスは一人一つの能力を持つ。

 

リアルブートでどんな物質も創造可能。

理論上では地球すら作れてしまう。

もっとも、この能力を使うと老化してしまうため、地球をつくろうとしてもその前に老衰で死ぬ。

原作であるカオスヘッドではこの症状は”将軍”と名乗る男独自の病気として描かれているが、他のギガロマニアックス達はほとんどこの能力を使わなかったので、本作では設定を改変した。

ただし、ディソードを引き出しても、そして能力を使っても老化はしない。一人一つの能力とリアルブートは別物。ただし、MPのようなものは消費するため、無尽蔵に使うことはできない。

 

 

 

希テクノロジー

オリ主である神亡奈落が所属する組織。

色々と裏で暗躍している。

未だ明かされていないが、かなり高い地位にある模様。

政界に強い影響力を持ち、資金も豊富である。

【ホワイト・グリント】はこの組織が独自に開発したIS。

 

 

 

 

 

人物

 

神亡奈落

本作の主人公。

ssならでは(?)の滅茶苦茶な性格である。

どう見てもラスボス。

現在のハーレムはシャルにラウラ。布仏本音も加わるかもしれない。

ギガロマニアックスとしての能力は【純白なる奈落(エターナル・ホワイト)】。他人のディソードを引き出し、劣化複製する力。ギガロマニアックスの才能がない人からでも引き出せる。

どれもこれもできることはしょぼかったりする。千冬の劣化複製能力は回復できない傷を与える。実は死を与えるのとは根本的に違ったりする。斬られても、現代科学でも問題なく生きながらえるくらいには劣化している。

所有ISは【ステイシス】。速さに特化しており、オーバードウエポンをリスクなしで運用可能。操縦者の原始的な闘争本能を無理矢理に引き出すモード:ビーストが搭載されている。基本的には全距離に対応できるが、奈落が得意なのは接近戦。

 

 

 

篠ノ之束

ISを産んだ人間。リアルブートの副作用で死ぬ寸前まで老衰している。身体はギガロマニアックス能力でごまかしていたが、死んだことで本来の老女の姿が晒された。

奈落により千冬の能力で完全に殺された。

女尊男卑世界はこの女の手で作り上げられた。

ただし既存の世界を壊したのは球磨川。

彼女は世界を復興しようとする男どもを蹴散らして、女を手伝うことで世界を誘導した。

希テクノロジーとは深い因縁があった模様。

 

 

 

織斑千冬

篠ノ之束の片腕であり、最初のISに乗った人物。

現在はIS学園で教師として働いており、他の教師からの感情は両極端。崇拝されていたり、邪魔に思われていたりする。

学園も一枚岩ではない。

世界最強と言われ、公式試合のルールで異能を持ち込まなければ奈落にすら勝てる正真正銘の技術チート。

能力は【深き悲哀の紅桜(デウス・マキナ)】。他人に死を与えるチート攻撃。

所有ISは【白騎士】。原作では白式のコアに転用されているので、これは独自設定。

 

 

 

シャルロット・デュノア

奈落の配下であり、ハーレムの一員。

能力は【絶対言語(バベルズバインド)】。言葉により規定された兵器、または負傷を現実化させる。これも能力の一端なので寿命を削ることはない。しかし、現実化させられるのは傷つけるもの、壊すものに限定される。

所有ISは【ホワイト・グリント】。実はカタログデータでは奈落の【ステイシス】をあらゆる面で完全に上回っている。オーバードウエポンをリスク無しで操れる。ミサイルを馬鹿みたいに搭載した遠距離型。本人の射撃能力も高い。

 

 

 

ラウラ・ボーデウィッヒ

奈落の配下であり、ハーレムの一員……ではあるが、ドイツ軍にも所属している。立場としては登場人物の中ではダントツに中途半端な地位にいる。

能力は【(アイオン)の眼】。戦闘行為に限定された未来予知。しかし、それは無数にある未来の内、希望の未来を見出すもの。つまり、勝てる可能性が0.01%でもあれば勝てる。

所有ISは【シュヴァルツェア・レーゲン】。ドイツ軍が開発したもの。オーバードウエポンを一度でも使えば、大規模な修理を必要とする。オールラウンド型だが、生死結界に頼った戦い方をする。

 

 

 

アーカード

原作はHELLSING。次回から本格的にこの作品のキャラがストーリーに関わってくる。

奈落の配下……であるらしい。

この世には存在しないはずの正真正銘の吸血鬼。

この作品ではロリカードの名で親しまれている少女形態で登場する。

所有ISの名は現時点では明かされていない。

 

 

 

球磨川禊

この作品では名前しか登場しない。

原作はめだかボックス。

この男が過負荷(マイナス)と呼ばれる異能たちを率いて、世界を滅茶苦茶にした。

その行為自体は束の世直しと混同されてあまり認知されていない。

エリート抹殺と言う計画自体が世間には認知されづらいのも関係している。

しかし、その後に奈落とアーカードにまるごと滅ぼされてしまったので世界を作りなおすのには関われていない。



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ミレニアム戦争
第40話 第三次世界大戦開幕


「さて、あの事件があった後――臨海学校は何事もなく過ぎたな」

「そりゃ、あの事件が終わって箒のことで色々やってるうちに遅くなっちまったし。それに二日目にしたって、午前に遊んで後はバスで帰るだけだろ。そう何度も事件が起きられちゃたまらねえよ」

 

ここは食堂。

楽しかった旅行も終わり――今はこうしてだらだらと飯を食べている。

もちろん、他の皆も同じ。

それぞれ思い思いに会話に花を咲かせている。

もっとも、織斑教諭だけはとても忙しそうだったが。

 

「そして、今は食堂で夕食を食べているというわけだ」

「うん、なんでそんなに説明的な口調なんだ?」

 

悟ったような表情をする奈落に一夏は怪訝な表情を隠さない。

あるいは、訳の分からないこの男も疲れているのかもしれない。

 

「いや、なんとなくさ。そう――なんとなく、昨日はあれだけ密度が濃かったのに、今日はやけに何事も無くてね。昨日はまるで何週間も続いていたようだったが、いや――これだと気が抜けてしまう」

「そうか? 気楽でいいけどな」

 

しみじみと言う奈落。

まるで戦争を経験してきたかのようだったが――あれはまさしく”小さな戦争”と呼ぶに足るものだった。

最期は第三勢力が出て和平を結ばざるを得なかったものの――とてつもない戦争だった。

 

「まあ、ね。昨日が異常だったんだ。これくらいのほうが――む?」

「どうした?」

 

何の脈絡もなく奈落が戸惑ったように見える。

だが、この反応は電話をかけられた人間のようにも思える。

まあ、そのままなのだが。

特殊な周波数を発信する骨伝導型の秘密通信機。

これは能力などなくても少し訓練を受ければ誰にでも使える。

 

「いや、本社の方でなにか重大な問題が発生したようだ。やれやれ、あんなことを言ったばかりだというのに――」

 

奈落はぼやきながら立ち上がる。

そして、一緒にいた他の人も立ち上がっていく。

それぞれに連絡が入ったようだ。

 

それでも一夏は――

 

「変な偶然もあったもんだな――」

 

くらいにしか思わなかった。

 

 

 

だが、帰ってきた奈落は――憮然としていた。

 

「まさか、このようなことになるとはな……っ!」

 

唇を噛み締めて悔しがっていた。

この男がここまで悔しがることなどそうはない。

 

「おい、奈落、一体どうしたってんだ?」

「ふん。そんなこと――テレビでも見てればわかるさ」

 

不機嫌なままに、顎でテレビを指し示す。

 

「はあ?」

 

そう言われて食堂に備えられたテレビを見るが――普通の番組しかやっていない。

この口ぶりでは緊急特番でもやっていそうだが、それもない。

頭を抱えている奈落を尻目にテレビに集中してみても――やはり彼がこんなことになった原因というのはまるでわからない。

 

「ええっと、鈴音とかシャルとか――戻ってこないな」

「…………話すことはそれこそ限りないだろう」

 

断定する。

今の雰囲気の奈落には話しかけづらいものがある。

 

「それって、どういう――」

「ふん。初めに戻ってきたのは――」

 

ちらりと見やる。

 

「僕だよ。一夏はちょっと残念かな?」

 

そこにいたのはシャル。

やはりいたずら気な笑みを浮かべて楽しげですらある。

 

「いや、なんでだよ」

 

一夏は突っ込む。

自分にはシャルを嫌っている覚えなど無いからだ。

 

「残念なのはセシリアに鈴音の方みたいだね」

 

シャルは溜め息をつく。

あてが外れたといより、そこまでかーと半ば予想していた風でもある。

 

「は?」

「別にわからなくてもいいよ。それをしなきゃならないのは二人の方だから。んで、説明を僕にさせたいの? 奈落。一夏は何も知らないようだけど」

 

「ああ、私の口から言うのは馬鹿馬鹿しくてな。テレビでやるかと思ったんだが、それもない。まったく、報道の自由も大概だな」

 

「あはは。まあ、そだね――あれはちょっと言及したくないかもね」

「いや、だから――どういうことだよ? お前が説明してくれるんだろ…….シャル」

 

「うん。僕にとっては馬鹿が馬鹿やってるって感想しかないんだけどね。ホントにもう――だから人間はどこにも行けないんだ」

「――へ?」

 

その憎しみとも諦めともつかぬ言葉に一夏はとまどう。

だけど、シャルは待ってなんてくれなくて。

 

「一言で言えば、戦争だよ。世紀のテロリストと国家連合の戦争だ。あの男は第三次世界大戦と言った」

「それって――」

 

「そう、彼は世界に宣戦布告した。現代に生きるナチスの亡霊共が力を手に入れ――ミレニアムを名乗り。世界を相手に立ちまわるその男は――少佐、と呼ばれている」

「世界を支配しようとでも?」

 

「その通り。文字通りの武力が支配し、維持する千年王国(ミレニアム)を作るのが彼らの、そして少佐の野望」

「――世界征服ってわけか」

 

「そう、そして――手始めはアフリカだよ」

「アフリカ?」

 

「うん、アフリカ。おかしいよねえ――、今もミレニアムにアフリカの人々は殺されまくってるのに、日本は気づいちゃいない。正確に言えば、メディアが取り上げてないだけなんだけどね。海外のニュースを見て気づいた日本人はかなりいるはず。ま、気づいたところでなんにもできないんだけどね」

「アフリカの――支配」

 

「うん? 支配じゃないよ、虐殺。劣等民族は皆殺しだってさ、おっかないね。そんなわけで、彼らは殺しまくってるわけさ。ナチスの悪行の中では虐殺はけっこう有名だと思うよ」

「でも、テロリストなんだろ? 一国どころか、一つの大陸を攻め落とす戦力なんて――」

 

「あったみたいだよ、こっちはよくわからないんだけどね。なんでも、ISが10機に空中要塞が1機だってさ」

「でも……それなら、対抗だってできるんじゃ」

 

「いやー、むりむり。アフリカなんていつでも民族やら何やらの問題でピリピリさせてるからね、協力なんて出来ないよ。で、自分だけでやろうとして数に押し負けちゃうんだ。バカだよねー。救いようがないよねぇ」

「いや、だから……なんでお前はそんなに人に厳しいんだよ」

 

「違うよ、僕が他人に厳しいんじゃない。他人が自分に優しすぎるだけさ。で、僕達も何もできないから大人しくしていようって腹なんだよ」

「ちょっと待てよ。大人しくしてるって……何もしない気か?」

 

「ああ、正確にはできんのだよ」

 

奈落が答える。

この答えは自分で言わなければならないと思ったから。

変なところで妙に律儀だ。

 

「ちょっと待て……お前なら、ISの10機や20機なんとかできるんじゃないか?」

「一夏、お前はわかってないよ。我々は防御するしかなく、奴らが攻撃する側だ。それがどれだけ不利なことか――」

 

「こっちが出て行って相手を倒せばそれでいいだけの話じゃないか?」

「――ふん。それはよく愛と勇気が勝つお伽話に出てきそうな楽観論だ。ああいうのに出てくる敵は倒されるためにいる木偶だ。だが、どうしようもなく愚かで醜いミレニアムの連中は間違っても倒されたいとなんか思っちゃくれていないのだよ。奴らが思っているのは、そう――殺したい、戦いたいくらいのものだろうさ」

 

「いや、まあ、現実とアニメをごちゃ混ぜにするなっていや、そうだけどさ――結局、なんで攻められる側が不利なんだよ? 砦を攻めるにゃ四倍の兵力が必要とか言うだろ」

「そんなものは重要拠点の話で、それも局地的な――守るものが一個しかないときだけだ。相手は好きな時間に、好きな数で攻められる。それがどれだけの脅威かわかるか? 私はいざというときのために戦うことはできない。それは国家ですら同様だ。だから、誰もアフリカを助けない」

 

「なら、皆が……」

「箒以外は駄目だ。それぞれがそれぞれの国に対して、攻められた時の戦力として温存される義務がある。いや、箒だけでなくお前も自由か。だが、お前と箒だけで何ができる?」

 

「それでも、なにかができるはずだ」

「心ゆくまで空の旅を楽しむことか?」

 

「……うぐっ!」

「どうしようもないんだよ。座して結果を待つしかない。ほら、ようやく緊急速報が始まった。これでも見ながら皆が話し終えるのを待とう」



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第41話暗い食事会

「さて、皆が戻ってきたか。仕方ないが、暗い顔だな。唯一例外がいるようだが」

 

一様に暗い皆を見回して言う奈落。

その言葉には自嘲が混ざっている。

内心で一番苦く思っているのは奈落だ。

 

「――ふん。待機命令を出されていなければナチスの亡霊など今すぐにでも息の根を止めに行きたいほどだ」

 

ラウラは息巻いている。

だが、それは不可能だ。

なにせ、国家元首に直接言われてしまったのだから。

 

元々奈落は超危険人物にして要注意人物。

そんな彼のそばに居る人間はそう簡単には動かせない。

こんな状況になった以上、目を離すなど自殺行為だ。

 

「そう逸るな、あの馬鹿どもを縊り殺すのは後の機会だ。でないと、我らのほうが喰われかねん」

「わかっている。だから、こうして待機している」

 

ラウラはドイツ軍人だが、それほど自国に愛着を持っているわけでは――実はない。

だが、ドイツ国民――ことに軍人であればナチスはこの上なく嫌悪すべきもの。

本拠地が判明すれば自国の防衛を放棄して殴りかかっていっても不思議ではないほどに。

そんなんだから、ラウラでさえも落ち着きがなくなっている。

 

「――奈落。あんたの思ってる通りうちも……中国も相手の出方を待つ体制よ。なにか、あんたならできることがあるんじゃないの?」

 

横から鈴音が声をかける。

言っていることはもっともだ。

希テクノロジーは不気味なまでに闇に覆い隠されている。

その秘密の中にナチス残党を倒せるほどの兵器が隠されていてもおかしくない。

 

「は! できることね――」

 

奈落は笑い飛ばした――自嘲げに。

こういうときは”こんなこともあろうかと”でなんとかなるものかもしれないが――そこまで甘い話があるわけがない。

 

「そうですわ。奈落さんなら、こんな最悪の事態に備えているんじゃありませんの?」

 

セシリアの顔が輝く。

この虐殺の風が吹く中で希望が見出された――ということだろう。

その希望は――無為に終わる。

 

「備えているさ――そう、備えている」

 

うつむき加減で答える。

 

「なら……!」

 

他の皆も身を乗り出す。

 

「今まさに準備している最中なんだよ……あいつらへの対抗部隊は。まともに動かすことすらできない」

 

だが、実際はこんなものだ。

新兵器というのは大概が完成した途端に強い敵が来る――そんなものではなく、うってつけな状況が終わった後に完成するものだ。

新兵器なんてそう簡単には開発できないから。

何ヶ月も――モノによっては何年、何十年とかけて開発していくものだ。

 

開発が終わってすらいないものは戦場に投入できない。

そんなものはただの鉄くずだ。

邪魔なだけ。

 

「なんだ……」

「がっかりです」

 

皆も肩を落とす。

さすがにとっとと完成させろ、なんて無茶は言えない。

できるなら、奈落がどんな無理を通してもやっているはずだから。

 

 

 

 

「ああ――そうだ、本音」

「ひゃい!?」

 

そっと後ろのほうで様子をうかがっていた布仏本音はいきなり声をかけられて驚く。

そんな本音を気にすることもなく言葉を続ける。

 

「昨日、こいつらに食事をおごる約束をした」

「ちょっと、そんなことを気にかけている場合じゃ――」

 

奈落は鈴音の言葉を無視する。

清々しいまでに自分勝手だ。

そして、意味がわからない。

 

「更識楯無に良い場所を見繕わせろ。そして、礼に彼女も招待する――そうだ、お前も来い、本音」

 

とのことだ。

どうやら、強引に日本政府とのパイプを作ってしまうつもりらしい。

更識家は日本の暗部。

当然、政治家に直接つながっている。

 

「いや、いきなりそんなこと言われても困っちゃうよ~。えっと、楯無ちゃんに用事なら取り次ぐけど」

 

そんなことをいきなり言われても本音にはどうしようもない。

今日だって、監視の任で来ているのだ。

そう簡単に下っ端がほいほい上に話を通せるわけがない。

 

「その必要はないわ」

 

さっそうとご本人が登場する。

おそらくは最初から見ていたのだろう。

奈落の様子をうかがうために。

二重偵察というわけだ。

 

「ええ、良いお食事処ならいくつか知っています。皆さんの都合の良い時間をお教え下さい。なんなら――今からでも良いのですよ」

 

あくまで、謙虚に――だが慇懃無礼に振る舞う。

人好きのする笑みに美しい動作――さすがは日本政府の暗部の長『更識楯無』。

当主が代々襲名する楯無の名にふさわしい女。

気品を持ちながらも、その気配は鋭い。

 

「流石に、ここまでの事態となれば手も早く打たざるをえないか――だが、さすがに早急だな。皆もまだ事情をまとめるのに時間が要るだろう。だから――明日の夕食にしよう。構わないか?」

 

奈落はかすかな笑みを浮かべる。

どうやら意外に挑発的なこの女を気に入ったようだ。

もっとも、彼は日本を特別に考えているわけではないだろうが。

なにせ彼が生まれた国など――存在すらしていないのだから。

 

「私は構いません。最高級の所をご用意させていただきます」

 

女は優雅な礼で答える。

その頭の中では色々な策が巡っていた。

どこを用意するべきか。

第一条件としてこの男に気に入ってもらわねば話にならない。

第二条件、他の国の人間たちを刺激しないように。

ざっとイギリス、中国、フランス、ドイツの人間が一堂に会するのだ。

万が一にも会食をぶっ壊されては目も当てられない。

第三条件、暗殺のされにくいところ。

第四、第五と考慮すべき条件は山のようにある。

 

「では、そのように。各自解散、明日また会おう――いや、いまさら報道が始まったか。さて、少し見てみるか」

 

奈落の言葉を皮切りに全員がテレビを注視する。

テレビが切り替わった。

やっとのことで緊急特番が組まれたらしい。

 

「緊急速報です。少佐と名乗る男が率いるミレニアムの名を関するテロリスト集団が世界に対し宣戦を布告しました。日本だけではなく、中国やアメリカなど一つも欠けることのないすべての国々に対してです。この状況で日本は世界に対する責任を問われます」

 

報道はまだ続いているが、ここで奈落たちは見るのをやめた。

後は、この状況は予測できなかったのかとか――今現在攻められているアフリカを静観するのはどうかとかの議論をやっていたからだ。

否、初めから結果ありきでしゃべくるのは議論とは呼べない。

ただのトークショーだ。

 

「なるほど、こういう報道か」

「何か――言いたいことがありそうですわね、神亡奈落さん」

 

楯無が言う。

ほんの一瞬……一瞬だけ眉をひそめたのを見逃さなかった。

 

「別に」

 

奈落は短い言葉で返答する。

気のない返事だ。

その奈落の目が細められる。

ネタがなくなったのか少佐が行った演説を流すようだ。

肥った――悪魔の様にいやらしい笑みを浮かべた男が画面に現れる。

 

「諸君、世界各国の紳士淑女諸君。私は君たちに宣戦を布告する。

 

「――そう、戦争だ。

 

「覚えておきたまえ、諸君。いつもと変わらぬ平和な日々を謳歌する一般市民諸君。不運な君たちは覚えておくべきだ。世の中には手段のためなら目的を選ばぬどうしようもない輩が存在することを。

 

「つまりは……とどのつまりは……我々のような。

 

「私は戦争が大好きだ。だから、殺したり殺されたりするよ。さあ、戦争を開始しよう。一心不乱の大戦争だ――面白くなるぞ。ああ、面白くなる。

 

「では、ごきげんよう。紳士淑女の諸君」

 

映像が途切れた。

テレビはこの演説に対する解説をやっているようだ。

普通の一般市民が日常感覚で狂気を解説するものだから、ちぐはぐに過ぎて中々に笑える。

 

「ね―、らっくー。らっくーはこれからも忙しそうにするのかな?」

 

本音がこんな状況でも文字通りにのほほんとした態度で言う。

とはいえ、的を射ている。

奈落がどうするか――国に対して責任を負う面々は気にかけない訳にはいかない。

希テクノロジーの重鎮、実行部隊の長、世界最強のブリュンヒルデすら手玉に取る最悪。

これほどまでに世界を脅かす人間が他に存在するだろうか。

今でこそ世界に対して友好的な様子であるが――いざ世界に牙を向けばどれほどの脅威になるのだろうか。

……あるいは、少佐と手を組めば究極的な――そして完全無欠な世界征服さえ夢物語ではなくなるのだろう。

 

「そうなるな。しかし、考えることは山積みだ。まさか、この私が頭の痛くなるなんてことを体験するなんてね」

「ん~。責任者さんならけっこうそういう体験してそうなものだけど」

 

会話は和やかに行われている。

しかし、どれほど聞き耳を立てられていることか。

 

「いや、考えることが多い事自体は苦痛ではない。頭がパンクしそうになるくらい情報が詰められて、それぞれに答えが求められるのも――中々に面白い。本音も一度、情報の洪水に溺れてみるのも悪くないぞ?」

「いや~、私は遠慮しとくよ。そんなことになったら、私壊れちゃうかも」

 

「で、本音はどうする?」

「何が?」

 

突然の話題転換。

 

「これからについてだ。お前はISの操縦が得手ではないだろう。しかし、政府の人間だ。何もせずにはいられん。こんな状況では、な」

 

本音は楯無家に仕える人間だ。

だから、何もできませんでは済ませられない。

彼女は人を和ませる才能を持っているが――相手に余裕がなければひたすらにうざったいだけだ。

そんな彼女が何が出来るかというと――何が出来るのだろう?

 

「私、戦闘は苦手~」

 

のほほんと言い放ってしまう本音。

そんなところが彼女の魅力だが、戦闘能力は見たまま。

つまり、役立たず。

戦場に立たされればすぐに死んでしまうだろう。

そう、戦火に巻き込まれる小動物のように。

 

「なら、私のもとに来るか?」

「――へ?」

 

あっさりと言い放ってしまう。

はたから見れば愛の告白とも取れなくはない。

そして、にわかに外野が騒がしくなる。

聞き耳を立てているのは――専用機持ちだけとは限らない。

 

「お前がそれでいいならな。それができれば、それ以上のことは求められないだろう。日本に滞在している以上、政府とのつながりはあったところで困らない」

 

奈落には告白した照れなどは見受けられない。

本当に告白したわけではなさそうだ。

どちらかと言うと、可愛い小動物に対する扱い。

 

「それ、らっくーがそうしたいの?」

 

本音が聞く。

ただ必要だから求めたのか――

――純粋な好意で、役目は適当なものか。

それだけは聞いておきたい。

いくらぼんやりしているとよく言われる本音でも。

 

「ああ。私はお前が欲しいよ、本音」

 

断言した。

 

「そ……っか。らっくーはそうなんだ。いや、いっちーと同じく自覚してるってわけじゃなそうだけど……」

 

本音は嬉しそうにするも――影はある。

 

「答えは?」

「いいよ、私を好きに使って。らっくー」



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第42話 策謀の食事会

「さて、まずは現状を把握するとしよう」

 

奈落が切り出す。

ここは山奥のとある料亭だ。

天然の素材を活かした政府御用達の日本料理店。

予約は一年待ちレベルであり政界の要人しか入ることのできない、まさにそっち系の料亭だ――チェーン店とは雰囲気が違う。

 

「ええ、予想通りといえば予想通り。アフリカこそ壊滅いたしましたが――ミレニアムは姿を隠しました。そのまま欧米を相手にということにはなりませんでしたね。予想外といえば――姿を隠すにあたって何の痕跡も残さなかったということです」

 

楯無が現状をおさらいする。

この場にあっては、なぜか和服を着ている彼女はよく似合っていた。

他は思い思いの私服を着ている。

ジャージもいるしで、雰囲気にそぐわないことこの上ない。

 

「ふん、そんなこともわからなかったか。次の攻撃地点を予測する試みがあるが――貴様らはどう予測する?」

 

奈落が取り仕切る。

顔は苦渋に彩られている。

この場で最もミレニアムに詳しいのは彼だが、十全には程遠い。

 

「私が答えよう。私はドイツ軍に所属する身――ナチスについては我々に聞くのが良かろう」

 

ラウラが答える。

こちらは軍服を着ている。

もちろん、ドイツ製――違和感が酷い。

 

「ふむ、確かにナチスは世界征服をしていたドイツの政党の蔑称だな。とはいえ、袂を分かった残党どものことをどれだけ知っているか疑問だが――言ってみるといい」

 

「ああ。その答えは――わからない、だ」

「なるほど、素直でいい答えだ。的はずれと自分で知る答えを言うよりはね。往々にして――そんなことをすると自分の嘘を自らも信じてしまうものだ、愚かにも。それよりはずっといい」

 

「まあ、現時点の答えであり、上が適当な事を言い始めるかもしれんがな。だが、実際問題として奴らはナチスか?」

 

府に落ちないという表情。

あの最悪を生み出したからこそ、逆にあまり知らないが――それでも行動に違和感を持った。

 

「なぜそんな疑問が出るのかな? 奴らは自分でそう名乗ったろう」

「名乗っただけだ。ナチスであることの証明をしろと言っても不可能だろうが、あの行動にナチスらしさはない」

 

「アフリカを攻めた意味がわからない、と?」

「そのとおりだ。そもそも――

 

そこで少し止める。

そこおから矢継ぎ早に語りだす。

 

「なぜアフリカが出てくる? 関係ないだろう。攻めるのであればユダヤ人の国、イスラエルがふさわしいだろう。それともイギリスに攻め込んで敗北した――その続きをやるか。どちらにせよ、虐殺(ホロコースト)を行った者として、全然関係ない人々を虐殺したのでは正統性に疑問が残る。ナチスの相手はアフリカではなかったのだぞ」

 

「イスラエルを攻撃しないこいつらは他の――ナチスとは全然関係ないテロリストではないのか、とな。もちろん、ナチスであっても残党ならばテロリストの誹りは免れない――だが、これではナチスの残党としてのテロリストではない。むしろアフリカの紛争に端を発するテロリストの行動だぞ、これは」

 

「だからこそ、相手の行動は予想がつかない。奴らはナチスを名乗っておきながらもナチスとして行動しているわけではないのだ。あえて言うなら、悪だな――正義の味方に趣味の片手間で倒されたりする」

 

「奴らはナチスではない。そして、既存のテロリストでも、ましてや軍隊でもない。まるでおとぎ話の悪役だ。地に足がついている感じがしない。私こそ落ち着いているが、上も下もてんやわんやだ」

 

「あいつらは突然現れて消えた。使用したISこそ第3世代に届くかどうかの性能だったが――あの空に浮かぶ要塞はなんだ? あんなもの誰一人として想像すらしていなかった。あんなもの、どこの国だって作れんぞ」

 

「悪役がなんとかして超古代のロストテクノロジーでも手に入れましたとでも言う感じだな。まるでわけがわからない。意味が通らない。まあ――人智を超えたテクノロジーというのはISコアも同じだがな。違うのは、自由に研究はできないということだ」

 

「と、これくらいだな。ドイツが知っている情報といえば。他の国だってそうだろう」

 

ラウラの言に他の面々もうなづく。

 

「ま、そのくらいだな。一言で言うなら、少佐とか名乗る奴はナチスらしさを感じない。ま、どうせ虐殺のための虐殺だろう。また恐ろしいことにあいつは馬鹿げた兵器を持っているのさ」

 

奈落がガンと机を叩いて言う。

 

「――あいつ」

 

本音が一言、奈落の言葉を繰り返した。

他の面子は自分の国がどうなるかで頭がいっぱいだった。

良い意味でのんびりしている彼女ならでは。

彼女だからこそわかった。

いや、シャルはあえて問いたださなかっただけだが。

 

「あいつって言ったよね。らっくーてば、少佐のことを知ってるんじゃない? あの男については本名すら謎で、正体が全くつかめないんだけど、あなただけは長い知り合いなんじゃないかな~?」

 

ニコニコと――ほほ笑んでいる。

いつもと変わらずに。

のほほんと――まるで愛称にあるように。

 

「ふふん。正体が謎ね、こんなところは亡霊らしくてナチスらしい。っと、こんな言葉を言っても騙されてはくれないだろうな。その通り、奴とは長い知り合いだ」

 

認めた。

世界に名だたる希テクノロジー、その重鎮たる奈落が少佐を以前から意識していたことを認めた。

これは個人がナチスの残党がまだ生きていると吹聴して回るのとは違う。

彼には国家並みの影響力と、潤沢な資金、馬鹿げたテクノロジーすら所持しているのだ。

行動力が違う。

 

「敵として?」

 

楯無が鋭く問う。

 

「――それとも、味方として、かな?」

 

本音が残りを引き継ぐ。

 

「それは……」

 

一瞬言い淀む。

 

「敵としてだよ」

 

答えたのはシャル。

 

「なぜ、あなたがそれを?」

「奈落に教えてもらったから、以外に何かあるかな? ああ、いや――勧誘されたって可能性もあるか」

 

雰囲気が一変する。

フランスがナチスと内通していた――そんな風にもとれる言葉。

 

「あなた、まさか――」

「そんなまさかはないよ。言ったでしょ? 奈落が教えてくれたって。ちなみに2,3日前とかそんなんでもないよ。いや――思えばけっこう近くかな。奈落と出会えたのは最近だからね」

 

暗い表情が影を落とすこの場において敵に対する緊張感をもたらしたこの女は――

――いけひょうひょうと笑みをもらす。

 

「なら、聞かせてくれないかしら? 彼らの正体を」

「いいよ。とは言っても、奴らの言っていたとおりだよ。ナチスの残党で、戦争が大好きな狂人」

 

語り出す。

寝物語に――あるいは雑談として語られた言葉を。

 

「ナチスの残党というのはいいでしょう。行動に僅かな疑問こそ残りますが――確かに虐殺は彼らの得意とするところです。ですが、どうして残党があれほど勢力を増したのです? 空中要塞の正体は?」

 

「――不明。なにもかも不明、という程でもないか。奴らは地下に潜ってISの開発をしていた。あの黒椿はその研究成果だな。篠ノ之束から奪ってきた資料で作成したのだろう」

 

こちらは奈落が答える。

 

「では、そこでISの量産をしていた、と」

「――まさか。私が奴らを警戒していたのがわからないか? 大規模工場なんて、叩き潰さないわけがない。多く見積もっても、4機か5機しかロールアウトは無理だ。ISコアのことを考慮から外してだぞ」

 

「では――」

「――だから言っているだろう? 不明と。奴らがどんな手段を用いてISを量産したのかは全くわからん。空中要塞についても不明、突然出てきたとしか思えんな」

 

「何か対応策は?」

「――ない。こちらに仕掛けてくるのなら、撃退も出来るのだが……希テクノロジーとしてはこちらから出向くと防衛戦力が足りなくなる」

 

「貴方自身は?」

「私自身も同様。私だけならリスクなく本拠地に跳べる。超能力を持っているのは君もご存知のとおりだろう」

 

「そんなものも持っていらしたわね。うちの本音から話を聞いた時には耳がおかしくなったのかと思いましたわ」

 

楯無は苦笑いだ。

 

「そう。とはいえ、リスクに限定範囲と――そこまで便利なものではないよ。小細工が得手でないのなら小細工なしでフルに【ステイシス】の能力を活かした方が強いほどに」

「では、能力なら? 超能力と言うものの存在を見てしまった以上、相手が持っていないなんて気楽には考えられませんわね」

 

「奴らが超能力を使ったと? それはない」

「なぜ?」

 

「同胞の出現は感知できるからだ。私が何も感じなかった以上、ありえないな。私以前からいたというのなら話は別だが、あいつは隠し通せるほどの忍耐力を持っていない」

「やけに詳しいですわね――何か因縁が?」

 

「ふん、昔のことだよ。世界を変えようとした勢力が4つあった。成功したのは、二つ。束と大嘘憑きさ。私と少佐は失敗した。だが、大嘘憑きも束も死んだ。後は少佐を殺せば――世界を変えるのは我々だ」

 

「あまり深くは聞かない方がよろしそうですね。では、この際です。他の国々はどうするのか聞いておきましょうか。我が日本は言うに及ばず――静観というか、他の国々の出方を待っているというか。少なくとも主体的ではありませんわ」

 

「ドイツは違うな。ナチスを名乗るテロリストは全て殲滅するつもりだ。これからは志を同じくする仲間を探し、連合を作って叩く」

 

ラウラが言う。

 

「フランスは軍備――というか、ISの開発かな。それに力を入れるようだよ。目的は、もちろん自国の防衛力の向上と、高く売りつけるためだね」

 

シャル。

 

「じゃ、次はあたしが話すわね。中国は――こっちも軍備ね。お偉いさん連中を守ることだけが目的ね。土人がどれだけ死のうが知らないってスタンスよ」

 

鈴音。

 

「イギリスは敵が現れたからといって、ぶれたりはいたしませんわ! 今までどおりにISの開発を進め、これまでと同じように防衛をしてまいりますの。なにせ、普段から戦争には備えておりますもの」

 

セシリア。

 

「なるほど、息を潜めて待つというのもひとつの手だ」

 

奈落が酷評する。

皆を一緒くたにして――いや、ドイツは違うか。

 

「まあ、言ってしまえばどこも防衛するで意見は一致しているな。ドイツとて、防衛戦力を用意しなければ攻めるも何もないだろう。それから連合を作ってミレニアムと全面戦争をかける用意が始まるか」

 

「まあ、それはそのとおりですわ」

 

セシリア。

そして、皆がうなづく。

というか、防衛をしっかりしないことには始まらない。

この女尊男卑世界では小さな紛争以外、戦争なんて起こったことがないのだ。

なんとかしないと――ナチスに虐殺されてしまう。

 

「話は終わりだな。連合を作るのは国家であり、それを強制するのは民の意志だ。そっちはそっちで勝手にやれ。どうせ、無駄だと思うがな。他のことは知らん。聞きたければ本社の方に聞くんだな」

 

そう言って、出された食事を食べ始める。

主役にそんなことをされたら、他もそうするしかない。

黙々と、味の感じない食事を詰め込む。

これからどうなってしまうのだろう――暗雲が心にたち込めていた。



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第43話 決意と反抗

食事が終わった後、そのまま全員で学園に戻る。

暗い雰囲気の中、バスはゆっくりと走り――誰もが黙った中、食事会は終わった。

そのまま流れ、解散する。

 

「――奈落」

 

帰り道、一夏は奈落に話しかけていた。

雰囲気は暗い。

 

「お前が黙ってろって言うから、俺もそうした。けど、本当に俺ができることって何もないのかな?」

 

先の会食ではいやにおとなしいと思ったら、そういうことだったらしい。

でなければ、この熱血漢が唯々諾々と“見ていることしかできません”と言っているのをほうっておくわけがない。

青っちょろい正論を振りかざしていたはずだ。

しかし、そんなものは無為に等しい。

大体、シャルにもラウラにも鈴音にもセシリアにも――楯無にもどうすることもできないのだ。

先ほど語ったアレは政府の方針――彼女たちは変えるどころか、反論すらも許されない。

一兵卒に戦いの是非を説いてどうしようというというのか。

先のは互いの方策を確認しあうためのものでしかなかった、故に本当なら彼は出席すること自体が間違いだ。

彼が日本所属の専用機持ちかは大いに疑問の残るところなのだから。

 

「――何もしなくても、誰も責めないさ。そんな滅茶苦茶なことは言えない。日本が攻められれば、微妙なところ……いや、さすがにそれは責められるか」

 

奈落は韜晦する。

先の会議で唯一決定権を持っているのが奈落だ。

本人と完全にそちら側であるシャルとラウラしか知らないことではあるが。

ただ、かなりの権力を持っていることは皆気付いている。

もっとも、立場上ミレニアム撃退に協力的であるはずがない。

なぜなら、有償での協力を求められる事こそあり得るが――人々を守るのは政府の役目だ。

企業の役目はただ利益を追い続けることのみ。

人助けなど――それが見せかけならともかく、真っ向から反逆する。

 

「責められないからって、なにもしないのとは違うと思う」

 

それでも、一夏は納得しない。

戦わない方が利口な選択であることは十分わかっている。

それでも、何かしたいのだ。

言葉にはできなくとも、想いは本物である。

 

「何かするほうが、何もしないよりもいいって? しかし、責任の場合になるとそれは違う。何もしなければ、責められないしそれがプラスになることもある」

 

それを――奈落はこき下ろす。

彼は想いとかそんなものじゃなく、現実論で反論する。

何かしたいのはわかる。だが、それは不利益を被ることだと。

なにもしないというのは裏を返せば万が一の事態に備えているとも言える。

戦闘を担当する場合は身体が資本。

いざというときにボランティアでへろへろです、では困るのだ。

ISを預かる立場としては動けない。

それは、学園に所属する代表者達には十分自覚されていること。

 

「だから――」

 

それでも食い下がる。

利害がどうとかではないのだ。

ISを預かる者ではなく、一人の人間としてなにかせずにはいられないのが彼なのだから。

それは――奈落も十分知っている。

友達……なのだから。

 

「しかし、なにかやれば話は別。失敗すれば盛大に責められる。成功しても――褒められるとは限らない。というよりも、名声を得られることなど無いだろう。他の失敗を押し付けられて責められるのが関の山。自分の失敗を責められないのだけが救いかな? だって、失敗なんてないんだから――捏造よりも押し付けのほうが手っ取り早い」

 

だが、奈落は友人として忠告する。

決定的な現実論を。

人に絶望したものの一般論を。

普通という罪悪を知る悪役としての持論を。

死んだ英雄だけがいい英雄だ――とは、誰の言葉だったか。

 

「それでも、自分のことを考えてなにもしないのは違うと思う」

 

それでも屈しはしない。

ひたすらに頑固に――

――そして一途に。

自分のことを考えないその姿勢は理想に準じる殉教者のようにも見えるが――さて。

 

「――ほう? 苦しいだけで、その先になにもないというのに。それでも、戦いの道を選びたいのか?」

 

奈落は――押されていた。

彼は自分の友人の態度を見る限り、己が忠告を十全とはいかずとも半分程度は理解していると感じ取った。

彼の心が動き始める。

友の行く末がどんなに悲惨なものになろうとも――自分はそれを覚悟する友人を手伝ってやるべきではないのかと。

どうせ、ノアⅢが完成すればどんなに悲惨な者でも一人の例外もなく幸せになれるのだ。

 

「――ああ。そうしなきゃ、俺の心が納得出来ない」

 

一夏はしっかりとうなづいた。

どんな苦行も乗り越えてみせる、とその顔は言っていた。

 

「そうか、茨の道だぞ」

 

これならば、これでいいんじゃないか?

自分の権力を持ってすれば何年か一人を匿うくらいは造作も無いことだ。

友人の覚悟を尊重してやってもいい。

そう、奈落は思い始める。

 

「わかってるさ。お前がたっぷりと教えてくれた」

「なら、私がその力をくれてやる。ミレニアムに対抗出来るだけの力を」

 

ニタリと笑った奈落が言う。

一夏が彼の意志を変えて見せた。

 

「――できるのか?」

「できるさ。準備中と言ったろう? 完成している武器もあるし、強襲のためのブースターも出来上がっている。動かせないのは、それを動かす肝心のISだけだ。パイロットもロールアウトしている」

 

そう、奈落は少佐と戦うための準備を着々と進めていた。

漫画なら、できあがった頃にでも少佐たちが攻めてきたのだろうが――そんな都合の良いことはなかった。

肝心要のISが完成していない。

武器なら、奈落が以前にも使ったオーバードウエポンがある。

無理なくその運用を行えるようにするのが今作っている機体。

まがりなりにも束が手がけた第四世代機の白式なら使う“だけ”ならできる。

 

「なら……っ!」

「ああ、奴らが襲ってきた時が貴様の出番だ。しかし、チャンスは一度きりだ。まあ、襲われる国次第だが――希テクノロジーの権力を持ってしても国際社会相手に無茶を通せるのは一度だけ。失敗したら後はないと思え」

 

むしろ、一度だけというのは一夏を気遣っての言葉。

弱小国家ならば希テクノロジーに逆らえるはずがないのだ。

何度も何度も自分の友人を負けさせるつもりは奈落にはなかった。

 

 

 

 

「わかった」

「わかった? お前がわかってないよ。勇者など、本来なら暗殺されてしかるべきなのだ。それをわかっていない」

 

奈落の目が鋭くなる。

これは、奈落一流の景気づけだ。

 

「――な?」

「そう、覚悟しろ。この瞬間からお前は世界に対して責任を負うことになった。もちろん、一銭の得にもなりはしない。それを選んだのはお前だ」

 

「それは――」

「自覚を持ち、覚悟を持って事態に当たれ。自らの誇りに従い、己が心のしたいままに行動を起こせ。そして、他人を恨むな――理不尽こそが世界の掟だ」

 

「わかってる。そんなことはわかってるさ」

「ならば、上を向け」

 

一夏は奈落の顔を見る。

が、奈落はふるふると首を振る。

 

「? 向いてるぞ」

「違うさ。私が言っているのは上空を見ろ、ということだ」

 

「えー、と」

 

そこで上空を見る。

 

「【オービットベース】」

「は?」

 

厳かにつぶやいた奈落に疑問を投げかける。

上だと言っても――空しか見えないではないか。

何かがあるようには思えない。

あ、鳥が飛んでる。

 

「遙か上空――この真上、静止軌道上に存在する宇宙基地だ」

「え、宇宙基地? そんなもの持ってるのか、お前」

 

どうやら目を凝らしても見えるわけがないところにあるらしい。

いや、奈落には見えているのか。

とはいえ、宇宙とは――これまた。

確かに人工衛星ならいくつも、数えるのも嫌になるくらい浮いている。

そのおかげで便利な生活ができているのだ。

それでも、宇宙基地など――それこそ計画されているだけで実行は永久延期状態。

そんなものを想像しろというのも馬鹿げている。

 

「あくまで希テクノロジーの持ち物だがな。中々に便利だぞ? 領宙なんて概念はないからな。このような時は特に便利だ」

「すごすぎて言葉もねえな」

 

「では、上がるか」

「上がるって?」

 

「上に行く。ジャミングしておけば問題はないだろう」

「いや――宇宙だろ? 行けんのかよ、そんなところ」

 

「忘れたのか? ISとはInfinite Stratos、宇宙活動用パワードスーツだ。成層圏突破くらいできないはずがない」

「いや、その理屈はおかしい」

 

「推力が足りないなら引っ張りあげてやる。行くぞ」

「ちょ――」

 

二人は空を超えて上がっていく。

なんとも――慌ただしいことだ。



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第44話 小さな反撃

「どうだ?」

「いや、宇宙基地って言うけどさ――なんだか普通だな。普通の基地ってかんじだ」

 

彼らの来た場所は宇宙基地――のはずだが、普通に地上と変わらないように見える。

壁は真っ白いプラスチック製に見える。

窓から青い地球が見える。

歩くとカツカツと音がする。

 

外から来るにあたっては発着場から入ってきた二人。

こちらの方は宇宙基地らしく、下方にあるゲートだった。

無骨で、防御のみを追い求めた実践重視の鋼鉄の塊。

 

「基地だからな。アミューズメントパークにするつもりは毛頭ない」

「そりゃそうだろうけど……こんなところに俺を連れてきてどうするつもりなんだ?」

 

二人は司令室を目指して歩く。

いや、目的地があるのは奈落だけで一夏の方はただついていっているだけなのだが。

――そもそもどこに行くのかさえ言っていない。

 

「とりあえず、オペレーターと軍事顧問を紹介しておこうと思ってな」

「そんなのが居るのか?」

 

カツカツと色々な区画を通りぬけ、警戒が厳重そうな場所にたどり着く。

警備も中々にしっかりしている。

よくいるやさぐれた男ではなく、硝煙の匂いのする下品なジョークの一つでも飛ばしそうな傭兵が至る所で警戒している。

 

「居るに決まっているだろう。今は待機しているが、時が来たら私も現場で戦うのだぞ。そういった人間は必要だ」

「なるほど、そういうもんか」

 

扉が見えた。

他の扉とそう変わらないように見える。

だが、雰囲気が違う。

一夏はカンで危険を判断できるようにまでなっていた。

こんなところまで不審人物が入り込んだら、一瞬で蜂の巣どころか灰になるまで銃弾をぶちこまれてしまうだろう。

そして、それだけではない。

いざというときは区画一体が吹き飛ぶほどの爆弾。

乗っ取られた時のための最終手段だ。

 

とはいえ、一夏は不審人物ではない。

危険の匂いを嗅ぎ取りこそしたが――それが彼を危機におとしめることはない。

そのまま、扉を通る。

 

「よろしくお願いしますわ、一夏君」

 

そう言って話しかけてきたのは、怪しい風体をした男。

かぶった帽子を指で押し上げて、もう片手を差し出している。

職業そのままの傭兵然として堂々と――それでも気楽そうにしている。

 

「紹介しよう、ベルナドット――ピップ・ベルナドットだ」

 

「こちらこそよろしくお願いします」

 

二人は握手を交わす。

ここでやっと内部を見渡す。

いきなり話しかけられて部屋の内部まで見る暇がなかった。

 

改めて見てみると、部屋はスクリーンで覆われている。

光が灯っているのは前方の大画面だけ。

あまり頭が良いとは言えない一夏でもわかる。

あれは世界地図だ。

一夏にはよくわからない数字が表示されている。

上がったり、下がったり――数字が大きいのは……日本?

それも、IS学園に近いところのように見える。

 

「しかし、こんなところに来るとはどのようなご用件で? 一般人を連れ込んじゃマズいでしょう」

「彼はミレニアムと戦いたいそうでな」

 

こちらはこちらで話しかけ始める。

ベルナドットはさすがというか――クライアントに対する敬意こそ払っているものの、へりくだった様子は全くない。

 

「はー、そりゃ……物好きなこって。で――」

 

ちょっと嫌そうな顔をして言う。

 

「お前も手伝え」

 

奈落はにべもない。

 

「でしょうね――。で、コレは」

 

ベルナドットは親指と人差指で輪っかを作ってみせる。

 

「当然、給料は出すさ。一夏にはなにもないがな」

 

秘密基地っぽいスクリーンに目を輝かせている一夏を横目に捉えながら言う。

支援はするが、依頼はしない――断固とした態度を取っている。

雇用関係で結ばれている奈落とベルナドットと違って――奈落と一夏を結ぶのは善意による協力関係。

 

「なるほど、じゃ――給料の範囲内でお手伝いさせてもらいますぜ」

「危険手当くらいは出してやる。もっとも、教官はここにいて指示を出すのが仕事だがな」

 

二人はニヤリと笑っていう。

その辺りは心得たものだ。

さっぱりとしている。

が――ベルナドットは眉をひそめる。

 

「――ちょ。それって、オービットベースが撃墜される可能性があるってことですかい?」

「普通に考えて、静止軌道上にある、装甲で保護されたこの基地は撃ち落とせない。だが――誰が単なる一テロリストがあれだけの戦力を展開することを予想した?」

 

やはり奈落は変なところで律儀だ。

世界各国の最新兵器ですらオービットベースを落とすことはできない。

これは相手の情報が筒抜けだからでもあり、当然核だろうがミサイルだろうが対応策を用意してある。

それならば、大丈夫と安請け合いしても良さそうなものだ。

だが、奈落はそうしない。

相手が自分の予想を上回った以上、安全には何の保証もない。

 

「いや、まあ――そんなもんですか。ま、こっちは傭兵としてやれるだけやって、後は尻まくらせてもらいますがね。で、一夏くん」

 

だが、可能性についてはなんとでも言える。

ベルナドットにとっては予測される事態に対応策が用意されていれば十分。

それを破られたらしょうがないと割り切っている。

事前には完璧を求め――実践では柔軟に。

いくつもの戦争を切り抜けてきた彼の知恵。

 

「はい?」

 

で、こちらは戦闘についてはまだ素人。

奈落から戦闘データのダウンロードを受け、ISでの戦い方がうまくなったが実戦経験はまだ足りない。

今もそれを連想させるかのような間抜け面をしている。

 

「なんで戦うんですかい?」

「それは――襲われる人々を見過ごせないから。逆に聞くが、あんたはなんで奈落に協力するんです?」

 

戸惑ったような声。

そんな声で、青臭いことを言う。

そんな正義の味方のような理由でよくもまあ――

傭兵然としている大人に気後れしている素人が吐けたものだ。

 

「金のためっすよ」

 

こっちは理想とかそんなのはない。

女尊男卑になった世界に傭兵の居場所はない。

警備員として安月給でこき使われるか、力仕事で身体を壊すか。

それほどのことをしても、自分一人が食いつなぐのがやっと。

だから、高額の報酬を払う奈落にほいほいとついていった。

ただそれだけの話。

ちゃんとした仕事がしたいという――それだけの。

 

「は――」

 

とはいえ、一夏にはピンと来ない。

彼も女尊男卑には苦しめられていたが、そんなのは傭兵や兵隊とは比べ物にならない。

理不尽な扱いを受けるだけで、飯に困ったことはないのだから。

だから、理解できない。

ほうけてしまう。

 

「いや、そんなにおかしいもんですかい? 俺たちゃ――傭兵なもんで」

 

ベルナドットが笑う――嗤う。

彼は何を見下しているのか。

底知れぬ闇――戦争から抜け出せない男の深淵を垣間見せる。

 

「まあ、戦う理由は人それぞれだろ」

 

ぞくり、と背にあわいものがはしった一夏は――逃げた。

話をそこで切り上げた。

顔もそむけた。

救いを求めるように――

――そして、目が合う。

 

「ほう。そいつに単身でミレニアムに対向する力があるのか? 見たところケツの青いひよっこにしか見えんが」

 

目があった女――キツめの美人だ。

だが、キツすぎて常に人を睨んでいるかのような印象を与える。

言葉もキツい。

なにやら傭兵とも気が合いそうだ。

 

「――ふむ、君も紹介しておかなくてはならないか。彼女はセレン・ヘイズ。オペレーターだ。彼女が居なくては作戦目標を探すのも苦労するだろうな――敬え」

 

こちらは慣れた様子で紹介する。

彼女は奈落のことも睨んでいるようだが――意に介した様子すらない。

 

「ええっと――織斑一夏です。よろしく」

 

気後れしながらも言う。

底知れぬ闇を見せたベルナドットよりも付き合いやすそうではある。

もっとも奈落の選んだ人物だ――刺は見えるものだけではあるまい。

 

「よろしく。この私に戦場で貴様の力を見せてみろ」

「――ああ。そうすることにするぜ」

 

握手する。

一応は認められたらしい。

――いや、死のうが構わないと思っているのか。

 

「なら朗報だ」

「奈落?」

 

そこに朗報をもたらす奈落。

いや――悲報か。

彼らにとっては都合が良くても、伝えられるのは第二の惨劇なのだから。

 

「ミレニアムが出現するようだ。標的は――英国だ」

「英……国?」

 

ピッと世界地図に指をさして言う。

刺された先はもちろん英国で――数字が上昇していた。

日本にあるものよりは小さくても、他と比べれば十分大きすぎる。

 

「イギリスだよ。セシリアが所属している、な。南西から攻めてくるか。まあ、そちらからなら他の国の邪魔がはいらないと踏んだのだろう」

 

うんうんとうなづく。

少佐の立てた作戦など大抵は即興で穴だらけに見える。

イギリスは日本と同様、海に四方を囲まれた島国だ。

だから、海を行けば他の国は手を出さない。

蹂躙されるのは自分じゃない――そんな思いで引きこもる。

兵器の運用には馬鹿げたカネがかかるのだ……自分の国の防衛でもなければやってられない。

だから奈落は自分が敵を片付けてやろうかと持ちかける。

そうすれば――金を惜しんだ政府はあっさりとうなづく。

 

「わかった。俺はどうすればいい?」

 

一夏は先程までの間抜け面を引き締める。

戦闘モード、だ。

 

「格納庫へ行け。いや――案内をつけよう」

 

そう言って奈落はどこかへと連絡する。

いよいよ空気が緊張してきた。

 

「待っている間に作戦の説明をする。セレン、頼んだ」

「了解した。では、心して聞け――織斑一夏」

 

セレンは凛とした声で朗々と話す。

その声は厳しくて、それでも温かみがあって――なによりもその声はしっかりと脳髄に刻まれる。

押し付けがましいことなど何一つなく、聞こえづらいところは何一つとしてない。

 

「まず、貴様にはヴァンガード・オーバード・ブースト(VOB)を装備してもらう。長射程と高火力を誇る要塞兵器に対して超高速で接近し、懐に入り込むことで損害を最小限に抑えるために開発された馬鹿げたブースターだ。常人なら加速で死ぬが――奈落のお墨付きである貴様なら問題ないだろう」

「――へ?」

 

「これには主翼も、ラダーやフラップ――飛行の補助装備は何一つとして配備されていないため何もしないと高度が下がることは覚えておけ。まったく、推力だけで無理やりぶっ飛ばすとはいつもながら滅茶苦茶なことを考える。これも立派な変態兵器だな」

「――そんなもので突っ込むの、俺!?」

 

「そして、重要な装備はもうひとつある。S―11と言う名前があるが、ようするに時限爆弾だ。こいつで敵AFを仕留める。具体的には動力炉を爆破して動けなくするだけだがな」

「AFって?」

 

「そこからか……まあ、いい。AFとはアームズ・フォートの略でそのまま武装した要塞とも言える馬鹿げたデカさの要塞兵器だ。あのISに守られた馬鹿でかい兵器を見ただろう? 襲撃のシーンは中継されていたはずだ。超射程、高火力を誇るが――接近してしまえば鉄の棺桶同然だ」

「そいつを俺が倒すのか?」

 

「そいつだけではない。他のISも含めて全てを始末するのが貴様の任務だ」

「――っ!」

 

「怖くなったか? 別にやめても――」

「いや、やる」

 

「――そうか。作戦は簡単だ。超翼射出司令艦ツクヨミによりIS白式を地球圏内へ射出。突入が完了した後にVOBを点火。一気にAFに接近する。零落白夜で装甲を切り裂き、中に侵入――そのまま動力炉にS―11を仕掛ける。爆破は10秒後だ。遅れずに退避しろ。その後に敵の残党を撃破――質問は?」

「ないさ」

 

「よろしい。ちょうどセラスも来たか――作戦始め! 敵の出現は以前のデータから30分後と予想される。織斑一夏はディビジョンVII超翼射出司令艦ツクヨミにて待機せよ!」

「はい!」



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第45話 緊急出撃

出現する敵に対し、戦うことを決めた一夏。

作戦は単純。

VOBで一気にAFまで近づき、これを撃破。

しかるのちに有象無象のISを掃討。

まるでゲームのような華々しさだ。

 

「セラス・ヴィクトリアです。よろしくお願いします、織斑さん」

 

司令室の扉が開き、入ってきたのは若い女。

金髪碧眼で真面目そうな初心な美人だ。

胸に至ってはセシリアを上回る。

この人が一夏を案内してくれる。

 

「ああ、こちらこそよろしく」

 

とはいえ、鈍感な一夏は気にすることがない。

つくづく――女に興味のないと見られてもしょうがない男だ。

 

「では、案内させてもらいます」

「あ、ども」

 

几帳面そうに歩くセラスについていく。

彼女はけっこう緊張しているようだ。

 

「あの――」

「はい!?」

 

ちょっと話しかけただけでびっくりしてしまう。

その姿はなんだか小動物のようで――年上ながら愛らしくもある。

 

「あ、すいません。大した用事じゃないんです」

「い、いいいえ。どんな要件でも気楽にどうぞ」

 

気楽に、とはセラスの方に送ってやりたい言葉だ。

 

「えっと――あなたはどのような役割で?」

「ああ、護衛ですよ。ベルナドットさんの部下の方々と一緒にオービットベースを守るのが仕事です」

 

……とてもそんなようには見えない。

一応はISをまとっておらずとも、装備はしているようだが。

この小動物のような人が戦う姿など想像もできない。

――それは山田先生も同じか。

 

「あ、疑ってますね? 私はこれでも婦警だったんですよ。近接も射撃も両方できます。まあ近接格闘は――奈落さんにはこき下ろされましたけど。酷いと思いません? これでも武術はB+だったんですよ」

「へえ、そうなんですか」

 

一夏にはB+の実力がどれほどかわからないから答えようがない。

 

「まあ、気にすんなよ――嬢ちゃん。B+っていや、世界最高峰のISの大会モンテグロッソレベルって話だぜ。まあ、優勝候補になりたきゃ最低でもAは取ったかなきゃだがな」

「あ、ベルナドットさん。通信していて大丈夫なんですか? お仕事は――」

 

ベルナドットは通信だけで会話に参加する。

後ろにはコンソールに向かってすごい勢いで打ち込んでいる奈落とセレスの姿。

他にも司令室の要員が計器を弄ったり、報告したりしている。

彼以外はとても忙しそうにしている。

 

「俺の仕事は作戦に口を出すだけだよ。他の二人は作戦会議そっちのけでVOBやら何やらを忙しくやってる」

「ああ――ベルナドットさん、機械苦手ですもんね」

 

ケタケタと笑い転げる。

なんだか気の知れた夫婦のようなやりとりだ。

 

「放っとけ。こちとら爆弾や無線の使い方がわかってりゃ、それでいいんだよ。プログラミングとか軌道に抵抗の計算なんざ、お偉い学者さんにまかせときゃいいのさ。嬢ちゃんだってインターフェイスでカタカタやるのは人任せだろ」

「――あはは。それやるなら訓練していたほうがいいかな――なんて」

 

ニヤニヤと笑いながらセラスをからかうベルナドット。

そして、冷や汗を浮かべながら返答するセラス。

正直、一夏には間に入れない。

夫婦漫才を見ている気分だ。

 

「ま、それでいいんじゃないのか。なんて言っても、お前さんの仕事は射程外から敵さんをズタズタにしてやることだからな――」

「いやあ、はは。あまり褒められると照れますって」

 

「いや、本当に人間なのか怪しいんだけどな、嬢ちゃんの場合。狙撃能力が測定不能のEXレベルってどういうことだよ。夜を徘徊する化け物じゃあるまいし」

「私は人間ですよぅ!」

 

涙目で抗議する。

目の前にベルナドットがいたら掴みかかりそうな勢いである。

 

「いや、わからねえぜ。奈落みたいに人間の皮をかぶった化け物もいることだしな。嬢ちゃんが額に第3の目を隠していても俺は驚かねえ」

「ひどっ! 酷いですよ。人を化け物扱いして。そんなこと言うならベルナドットさんだって奈落さんに人外扱いされてたじゃないですか。正気の人間があんな作戦を立てるなんて、とてもじゃないけど信じられないって。私が化け物ならベルナドットさんだって異星の知的生命体ですよ」

 

「ははっ。まあ、嬢ちゃんが化け物かどうかは置いとくとして――俺はれっきとした人間だぜ、一夏君」

「私だって人間です! 信じてくれますよね? 一夏さん」

 

「ああ、俺の目には二人共人間にしか見えないけど」

 

「おおっと。馬鹿話で時間が潰れちまったようだな。そろそろツクヨミにつく時間だぜ」

「あっ! 本当だ。では、こちらに」

「ああ」

 

「では、VOBを接続するのでISを装備してそこに立っていてください」

「こう?」

 

「――はい、そうです。そのまま20分ほどそうしていてください」

「20分て……え?」

 

「いや、奈落さん達はミレニアムの出現は30分後くらいだと見ていますね。それが終わったらそのまま待機しておいてください」

 

 

 

「馬鹿な! もう出現だと――早すぎる……っ!」

 

慌ただしい司令室。

その中で奈落が悲鳴を上げる。

大画面の中ではイギリスの上に表示された数字が急激な上昇を見せる。

 

「ち――っ! 予想外だ。いや、こちらの手落ちか。一回目がそうだからといって、二回目が同じだとは限らないか……っ!」

 

セレンが呻く。

そもそもこの状況が予想外。

無視を決め込んでいたところに支援を突発的に決めてしまったものだから、準備が済んでいない。

 

「今後悔しても意味がねえ! 奈落、セレン――準備はもう終わってんだろ? 1分早まったから問題なんて」

 

ベルナドットが叫ぶ。

 

「セレン、大気圏突入の角度を計算しなおせ! こちらは各種ブースターの燃焼時間、熱応力の再演算を行う」

「了解、20秒で仕上げる! そっちは?」

 

悲鳴のような声でやりとりする。

目は血走り、二人はコンソールを凝視する。

すごい勢いでガチャガチャやる。

よく見ればコンソール内の画面で文字が流れる速度と奈落が指を動かす速度が一致していない。

はるかに速く動いている。

能力を使っているのだ――地味だが。

 

「こっちは25秒もらう。ベルナドット、一夏に作戦の変更を伝えろ!」

 

一転して阿鼻叫喚に陥る司令室。

誰も彼もが必死にコンソールを操作する。

 

「了解! 嬢ちゃん、一夏君。聞こえるか!?」

 

ベルナドットが連絡を取る。

リラックスしていた二人は何気なく通信を受ける。

 

「なんですか?」

「え?」

 

一転して必死な様子のベルナドットに驚く。

そして、すぐに緊急事態を理解する。

 

「奴らの出撃が早まった。奈落とセレンが色々と準備してくれている。作戦決行は――今から30秒後。きっちり覚悟決めとけよ」

「――問題ない」

 

断言する。

一夏の瞳に迷いはない――そして不安も。

そんなものは無駄だと割り切ってしまっている。

 

「あん?」

「覚悟なら、もう決まっている」

 

怪訝そうなベルナドットの目を見つめて言った。

 

「――上等。ちょっとした講習だ。変に気にさせてもどうかと思ったんで言わなかったんだが、お前ならやるべきことは見失わないだろう」

 

「何かあるのか?」

「効率のよい飛び方ってやつさ。腕はぴったりと身体にくっつけろ。そして、足は閉じておけ。姿勢は前傾。これでちょっとは速く飛べるはずさ」

 

もっとも、変に意識したら逆に墜落するが。

VOBの操縦はかなりデリケートだ。

 

「――なるほど。サンキュ」

「いいてことよ。さあ、悪いやつらをやっつけちまえ」

 

「――ああ」

 

一夏の目が正面を見つめる。

そして、蒼き地球に誓う。

無辜の人々を助けることを。

 

 

 

司令室の中では慌ただしさが終わりを告げる。

 

「セレン、各種計器は?」

「順調だ――よし、ディビジョンVII超翼射出司令艦ツクヨミを起動」

 

最終段階だ。

即興で全てを組み上げ、後は実行するだけ。

少なすぎる時間の中で人事を尽くした。

後は運を天に任せるだけ。

 

「大気圏突入用鏡面結界の凝着を確認」

「カタパルト始動」

 

システムの最終段階。

超翼射出司令艦とは、そのまま機体を撃ち出して出撃させる。

出撃の時がやってきた。

 

「――システム、オールグリーン」

 

最後の確認を終了する。

奈落とセレンの声が重なる。

 

待ち望んだときがやってきた。

それは反抗。

踏みにじられる世界への反逆。

殺戮を望む悪魔の皆殺し。

さあ――反撃を始めよう。

 

「「射出!」」



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第46話 突入、そして不測

「く……ぐぅぅ」

 

視界が紅蓮に染まる。

オービットベースは大気圏外にある。

そこから地球に向かうのだ。

大気との摩擦がとてつもない温度の上昇を生む。

 

「――熱い。だけど……耐えられない……ほどじゃ……ないっ!」

 

ISは操縦者を保護する機能がある。

そして、ISに付着した鏡面結界は摩擦を減らし、熱を逃がす効果がある。

それでもなお――高熱を逃し切れない。

 

「うう――ぐっ……!」

 

それでも耐えなければならない。

耐え切れずに減速すれば滅茶苦茶なところに落ちてしまう。

それどころか、変な角度で落ちれば燃え尽きることもあり得る。

 

「――っ!?」

 

耐え切った。

蒼い海が見える。

だが、ここで一安心小休憩とはいけない。

すでに敵は出現している。

 

「ここで、VOB始動!」

 

後ろにあるブースター……見たままで言うとブースターの前に一夏が括りつけられているのだが、それが点火した。

すさまじい加速でぶっ飛ばす。

怒涛の加速。

殺人的なスピードで駆けていく。

 

「織斑一夏!」

「え!? セレンさん、なにか――?」

 

毅然とした声が届く。

 

「敵AFはギガベースと呼ばれる型だ。海に浮く超弩級砲台――精度は低いが、砲撃に気をつけろ」

「砲撃――っ!?」

 

海の彼方から爆発音が聞こえてくる。

そして、大きな光が来る。

ISくらいならば楽に飲め込めるほどの大きさ。

喰らったら骨も残さず消滅してしまいそうだが――別にそんなことはない。

 

「ちぃっ――!」

 

一夏はかわせない。

身をひねることすらもできない。

初めてVOBを使うのだ。

気をつけろと言われてもどうしようもない。

ただ、大きな光の軌跡を眺める。

 

「――は?」

 

なすすべもなく放たれてしまった砲撃ははるか上空を通り過ぎていった。

 

「……いや、どこ狙ってんだよ」

 

ダメージはもちろんない。

ただ相手が外しただけだ。

一夏は見ているだけしかできなかった。

こうなってくると慌てたことが恥ずかしくなってくる。

 

「――っ!? 次……っ!」

 

またもやハズレ。

射撃精度が低い――セレンが言っていたことだ。

なるほど、避けなくても別に当たりゃしないようだ。

 

「このまま当たらずに行けるかな――っ!?」

 

ガタガタガタッ!

激しい揺れが一夏を襲う。

明らかな異常事態。

飛ぶ方向すら見失ってしまいそうなほどに震える。

 

「ちょ、これ――!」

「すまんな、一夏。故障だ」

 

奈落からの通信が入る。

 

「は!? 故障――」

 

冗談ではない。

さらりと言ってくれたが――それで苦労するのは一夏だ。

というか有り体に言ってヤバイ。

ファンシーに言うと激ヤバ。

 

「こちらで計算した所、ブースターが持つのは後30秒――安全係数を考えて、10秒で廃棄する。後はISの通常推力で飛んでくれ」

「ちょっと――!?」

 

まだ見えはしないが、すぐ向こうに敵がいるはずだ。

それに、見当外れの砲撃も何かのはずみで当たらないとも限らない。

ブースターがなければとろとろ進むことになる――狙いがブレまくっていると予測できないだけ逆に怖い。

――逃げ出したい。

けど、戦うと決めたのは自分だ。

他の皆も引き止めこそすれ……背中を押しはしなかった。

 

「――ち。これだから新型兵器というものは好かん。おい、奈落。通常推力では後3分ほどかかるぞ」

「3ふ――」

 

セレンが凛とした声で絶望的な宣告を下す。

声には嫌悪が混じっていて、本当に新型兵器というものを嫌っていそうだ。

とはいえ三分?

全力で突っ込んでいってもそんなにかかるのか。

 

「織斑一夏! 気を逸らすな、貴様は戦場に立っているのだぞ。敵IS部隊もこちらに向かっている。どうやら、障害を先に取り除くらしいな――ふん、作戦目標を変更するなどずいぶんと余裕がある司令官がいるようだ」

「――っく!」

 

前を見る。

豆粒みたいな敵ISが目視できるようになってきた。

もう――やるしかない。

腹をくくれ、織斑一夏! そう、自分で言い聞かせる。

 

「――奈落。作戦の変更を提案するぜ」

「ベルナドットか――変更だと?」

 

こっちはこっちで勝手なことを言っている。

一夏としては、横でなにかやられると気になってしょうがない。

とりあえず――敵ISに狙撃装備はなさそうで安心だ。

近接格闘型の白式では狙撃の上手い相手だと何もできずに沈むから。

 

「ああ、とはいってもただの思いつきじゃない。そもそも元々の作戦でさえ思いつきだったんだ。うまく行っている状況のことだけ考えるのは馬鹿げている。このくらいの状況は想定しておくべきだったんだが、お前らは忙しそうだったんで――俺が考えとくことにした」

 

ベルナドットはただ暇そうにしている男ではなかったらしい。

 

「なるほど。私にもセレンにも計算で手がいっぱいだったからな。お前が考えた作戦ならそうそう穴もないだろう。よし、一夏聞こえるな? ベルナドットの作戦で行くぞ」

 

奈落は即決。

連絡を回す。

 

「おいおい、事前に聞かなくていいのかよ」

「私はお前の腕を信頼している。それに――もはや一刻の猶予もないことだしな」

 

――なんでもいいから早くしてくれ! 偽らざる一夏の本心。

敵が……敵が近づいている――

もう、敵の射程圏内に入っている。

ああ――

 

「――敵が!」

 

敵の顔すらはっきりと見える。

……男?

敵は仮面すらつけていない。

その年を食った顔がゆがんでいるのが見える。

 

「そら、敵と接触した」

 

もう諦めたかのような奈落の調子。

この場で自分のやることは残っていないし――そのつもりもない。

 

「おい、一夏君! 変更は簡単だ――まずそいつらからぶっ倒せ!」

 

ベルナドットが叫ぶ。

簡単な一言。

テンパっている一夏にはありがたい。

 

「――了解!」

 

一夏はすぐに頭を切り替える。

命中率の悪すぎるAFの砲撃は無視。

さっさとIS部隊を倒す。

 

「でりゃあああ!」

 

敵ISの数は3。

どうやらそれだけの数で十分と判断したのだろう。

だが、それは甘い。

後ろの一人がマシンガンで牽制。

前の二人が同時にナイフで襲いかかる手はずのようだ。

だが、一夏はマシンガンを無視して突撃。

その程度の攻撃ではシールドを削り切れない。

だが、一夏の攻撃は――『零落白夜』の一撃は必殺。

ナイフごとシールドごと敵を切り裂く。

血の華が咲く。

敵ISには絶対防御が装備されていない! 予想外だが、ただそれだけ。

一夏は、消えていく命を無視する。

――どうせ、テロリストだ。

大きく胸を切り裂かれた敵を蹴りつけて、マシンガンを持った敵に向かう。

マシンガンをナイフに切り替えようとしているところを容赦なく斬る。

ここでやっとわかる――敵はド素人だ。

ナイフやマシンガンの扱いはプロ級でも、ISに乗ったのはほぼ初めてと言ってもいいだろう。

実際、二次元機動しかできていない。

上下の感覚がついていないのだ。

地から離れられない人間の戦い方だった。

その程度で一夏に勝てはしない。

 

「お前で、最後だ!」

 

2人目を片付けた¥。

後は一人。

ナイフをマシンガンに持ち変えていた。

銃口が一夏を向く。

急激に下に沈み込んだ一夏の姿は三人目には消えたように映る。

そのまま上昇、と同時に斬る。

これで全員。

治療を受ければ助かるだろうが――海に落ちては助からないだろう。

 

「よし、この場は片付いた」

 

ため息をつく。

――緊張した。

一夏にとっては二度目となる命をかけた戦い。

 

「雑魚を片付けたとて安心できんぞ。砲撃はまだ続いている。一時の方向だ――進めぇ!」

 

セレンが一喝する。

戦場で気を抜けば死あるのみ。

ここはずいぶんと甘い戦場のようだが――後で後悔することはできない。

後悔できるのは、生き残ったものだけだ。

 

「――はい!」

 

気合を入れなおす。

さすがはブリュンヒルデの弟というか――言ってしまえば戦場の申し子というか、二回目にしてはずいぶんとまあ……すごいことだ。

先程も微塵のためらいもなく敵を斬っていた。

 

「――あれは……」

 

視線の先にあるのは小さく見える敵AFと周りに浮かぶ豆粒。

どうやら、こっちに向かってくるつもりはないようだ。

静かに浮かんでいる。

いや、絶え間ない砲撃自体は続いているのだが。

 

「どうやら、三機やられたことで待ち伏せする作戦に切り替えたらしいな。ずいぶんとのんびりしている。私達もあれくらいの余裕があればな」

 

セレンが強烈な毒を吐く。

 

「あれが余裕か? どちらにせよ、銃なんて持ってないんだ――突撃するぞ」

 

こちらは自分が対象であっても皮肉なんてわからなそう。

 

「ああ、存分に殺れ」

 

一夏は急加速をかける。

全速力でAFに向かう。

まずはとりつかなくては始まらない。

VOBが壊れても、これだけは予定通り。

 

「だああああああ!」

 

四機目。

全速力で突っ込んできた一夏にマシンガンを浴びせながらも回避はできなかった敵が両断される。

つくづく素人だ。

だが、相手は素人でも――多い!

 

「――ふ!」

 

左右――そして上下運動をうまく使って接近。

そして斬る。

相手の集弾率こそ中々なものだが――それだけだ。

相手の持っている武器ではそう簡単にはISのシールドを削り切れない。

そして、左右の動きにこそよく対応できるようだが――上下になるとからっきし。

上から、もしくは下からの斬撃をかわしきれない。

あっという間に全機撃墜してしまった。

 

「よくやった。次はAFギガベースだ。まずは奴の上を取れ」

「――了解」

 

そのまま上に移動。

今の状態なら瞬時加速も使える。

AFの警戒を怠らなければ砲弾の回避はたやすい。

 

「そのまま下方中心部に突撃! 装甲を切り裂いて侵入しろ。位置データはすでに送った」

「――ここか!」

 

砲弾を打ち終わった隙を狙う。

一直線に落ちるようにして剣を突き立てる。

その勢いのまま装甲をぶちぬいて内部に侵入した。

こうなればもう――怖いものはない。

 

「そのまま進め。内部構造は脆い――突っ込めば崩壊する」

「おお!」

 

通路は人間サイズ――ISはそれより大きいためにガリガリと通路を壊しながら移動する。

それだけではない。

機関部に一直線に向かうため壁を蹴り壊している。

 

「よし。機関部に到着したな。S―11をセットしろ。そして、そのまま入った場所から脱出しろ」

「……セット完了。一つ聞いてもいいか?」

 

四角い黒い箱をなんとなく重要そうなところへ置く。

カウントダウンを始めるとピタっと吸い付いてしまう。

これなら並大抵のことでは剥がせなそうだ。

 

「何だ?」

「入るのに1分以上かかった気がするんだが」

 

そう、改めて確認してみると侵入にはけっこう時間がかかっていた。

蹴り壊したりしていたから仕方ないし、それがない分帰りは早いはずだが――それにしても間に合うのかは疑問。

 

「爆破は10秒後だ――急げ、こちらからはもう変更が効かん」

「ド畜生ぅっっ!」

 

悟ったような声で言われると反論もできない。

――というか、口を聞く隙がない。

必死で、もしかしなくても行きより急いで脱出する。

 

「3,2,1――」

「まだ脱出してないって!」

 

カウントダウン。

だが、一夏は脱出していない。

すぐ向こうに青空が見えるのに……!

 

「耐衝撃態勢を取れ!」

「なにそれ!?」

 

――どうすりゃいいんだよ!?

 

「ああ、もう! とりあえず丸くなれ」

「うええ?」

 

そうこうしているうちに爆発が起こる。

S―11が誘爆を引き起こし、機関部がすさまじい爆発を引き起こす。

 

「う……ぐ……何とか、生き残れた……」

「……終わったな……」



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第47話 正義の味方への意趣返し

「よくやった」

 

侵攻作戦を食い止めた一夏を奈落がねぎらう。

司令室の方にも一件落着の空気が漂っている。

AFを一機、他にもISを10機倒したのだ――普通なら戦力は底をついている。

ISが10機と言ったら、小国の総戦力よりも大きい。

 

「さて、もう一度宇宙まで上がるのは骨だろう。近くに希テクノロジーの子会社があるからそこに行って――」

 

だから、休ませるのを考えるのは当然。

秘密裏に一夏を回収してプライベートジェットで移送するのが機密を管理する上では楽だ。

というか、大衆の面前にそのまま顔を出させたら面倒臭いことになる。

彼の顔が割れるのも時間の問題だろうが。

なにせ、奈落はそれに関して何かしらの手段も取っていない。

 

「――奈落、連絡だ」

 

セレンが口を出す。

不機嫌な顔――先ほどの新兵器自爆が糸を引いている。

 

「む? 誰からだ」

「本社の連中だ。どうやら、世界を騒がせる事態が起こったらしいな……だが、奴らの言葉は要領を得ん。なにがしかの発表がどうとか――」

 

「発表? もしや、少佐からか……!」

「まあ、それも連絡をよこすくらいの大事だな。ネットにばらまかれたらしい。その動画をモニターへ写すぞ」

 

「――ああ。その前に、一夏。さっさと安め。いつまで浮いてるつもりだ。そっちにも届けてやるから撤収急げ」

「あ、ああ」

 

とりあえずは一夏を撤退させる。

いつまでもそこに浮かばせておかせることはできない。

 

「よし、写せ」

「そら」

 

ざざ、と一瞬画面がぶれて――肥った男の腹が写る。

 

「――ん? これ、ちゃんと写っているのかな。シュレディンガー准尉、聞こえてるかね?」

「はいはい。聞こえてますよー。だから、その出っぱった腹をどけてくださーい」

 

映像が遠ざかる。

男の全貌が写る。

悪魔のようにいやらしい笑み。

そして、成金のように醜い体型。

――少佐と呼ばれる男がそこにいた。

 

「やれやれ――どうも機械は苦手だ……二回目だというのにまともに動きやしない」

「あっはっは。確かに機械は――目の前に小金をぶら下げれば何でもいうことを聞いちゃう馬鹿どもよりも扱いにくいかもしれませんねぇ」

 

その人間として腐っている男は猫のような少年と話している。

一見すると可愛い優男にも見えるが――目を見ればわかる。

こいつも腐っている。

この肥った男と性根は同じだ。

最悪を嘲笑する汚濁。

自分が放送しているというのに、イカレた会話を繰り返す。

 

「そうだとも。私はボタンが二つ以上ある機械よりも、人に命令するほうがいいよ――気楽で」

 

気楽?

命令するのが気楽だというのだろうか。

人に命令するものは、それが他人の人生を左右しかねないことだと自覚しなければならない。

この場合は更に最悪。

なにせ、戦場に送るのがこの男のやったことだ。

死ねと指示することが――機械を操ることよりも大変だというのか。

そんな――最悪、そんな汚濁がここに存在する。

悪夢の結晶――悪意のみを集めて凝縮したかのようなこの男!

 

「――あ、もう映像入っちゃってるんで、演説行ってくださーい」

 

ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべるのは少年も同じ。

男は最悪を意図せずとも、汚濁を吐いている。

そのまま悪夢のような男だ。

だが、少年の方は自覚している。

己らが最悪であることを。

――楽しんでいるのだ。

 

「ああ、そういえばそうだった――おほん」

 

散々茶番を見せつけた男は咳をして仕切りなおす。

奈落が開いたような哄笑を持って先を続ける。

 

「――さて、織斑一夏君。この映像を見てくれているかな? いや、そりゃ見ないはずがないだろう。前回各国に送りつけてやった宣戦布告のビデオとは違うのだから。あれを冗談か何かと誤解した馬鹿どもはどうしているのかな?」

 

「ところで私は君のような人間が大嫌いだ。自分の邪魔をしてくれる人間が嫌いなのは当たり前だが、それが正義面しているとなるもうダメだ。身の毛がよだつほどにおぞましい――正義? そんなもの、子どものお遊びで十分だ。本物の兵器を、人を殺せる武器を持つ人間のやることじゃあ……ない」

 

「とはいえ、君のバックに付いているのは神亡奈落だ。”あの”より良き人の世界を創世せんがために人の尊厳を踏みにじった――我々ですらおぞましいとしか言いようのない数々の悪夢を実現させてきた野呂瀬玄一の後継者だ。分かっているのだろう? その行動がなんら自分のためにならないことが。私が君の正体を明かしたせいで色々と――そう、面倒臭いことが起こることを。それでも、やるのだろう? 自分のためではなく、世界のために悪い我々をやっつけるのだろう?」

 

「しかし、それではかわいそうだ。だから、プレゼントをしてやろう。傷つき、捨てられる君に……贈り物だ――銃火の花をくれてやろう。はははははは! なんてことはない――まず誰よりも敵である我々が悪意をもってもてなそう」

 

「存分に楽しんでくれたまえ。ああ――君が倒した兵隊アリだが、まとめてくたばったみたいだぞ。笑えるなぁ。いや、ホントに。あっはっはっはっは。君の所属する学園にも送っといてやったから、存分に血の海を築くといい……いや、そこからでは間に合わんかもなぁ? あひゃひゃひゃひゃひゃ」

 

「さてさて、私はここらでおいとましよう。いや、君なら大丈夫さ。60億を殺し尽くした大罪人――人では亡き人……虚人。世界を滅ぼしつくし、それでも飽き足らずにこの世界に居座った虚数生命体。偽物の君が本物の世界で何をしようというのかな?」

 

パンパンと耐え切れなくなったかのように手を叩きながら、腕を振り回して子どものように喜ぶ男は最後の悪魔じみた笑みをカメラに向ける。

 

――映像が途切れた。

 

「――なるほど。で、反応は?」

「虚数空間係数が上がっています。出現時間は――わかりません」

 

司令室にいた一人が報告する。

地図上で大きな変化があるのは――急激に数値が減少している一夏が出撃した場所しかない。

だが、初めから莫大な数値があり、一定していない場所がある。

 

「そうだろうよ。学園には私と一夏がいた。そして、今も――織斑千冬、シャル、ラウラがいる。ノイズが酷すぎて測れるわけがない。誰が騒々しいライブの中で針の落ちた音を拾える?」

 

数値が大きすぎるところならある。

それがIS学園。

むしろ測定不能にならないのが不思議なほどの数値が表示されている。

明らかに桁が違いすぎる。

 

「それはそうです。では、どうするのです? 出現時間がわからなくては後手に回ることになってしまいます」

 

そう、これでは出現の予測ができない。

そもそも、出現するかだって少佐の掌の上でしかないのだから。

 

「――ふん。どうせ、すぐに出現するに決まっている。奴はせっかちだからな」

 

奈落がつぶやく。

それは、自らが戦ってきたためであろうか。

時折、奈落は少佐と既知であるかのような様子を見せる。

 

「――は?」

 

だが、そんなこと一職員の知ることではない。

そんな予測よりも不確かな予想を元に行動する奈落に戸惑う。

一瞬偽物かと疑ってしまう。

奈落はこんな予想を元に行動を起こす男ではないのだ。

 

「ここは任せる。一夏も半日あれば学園まで帰ってこれるだろう」

 

だが、確固たる自信を持って行動している。

何かの確信があるのだろうか。

――それとも、焦っているのか?

 

「あなたはどうするのです?」

「私は、やることがある。希テクノロジーの神亡奈落ではなく、ただの神亡奈落としてやることが」

 

滅茶苦茶なことを言い出した。

そういうのはやっても、言わない――もしくは他人に押し付けるような男ではない。

いや、防衛だけならいいのだが。

さすがにここのメンバーでは防衛以外できない。

権限を持っていない。

上司たる奈落の号令があってこそ、なんらかの行為が可能なのだ。

 

「――奈落、やるつもりか?」

「そういうことに――なるだろうな」

 

ベルナドットの言葉に奈落は苦い表情でうなづく。

敵の撃破直後は色々と微妙なこともある。

今この場で奈落が席を立つのはかなり面倒くさいことになったりする。

 

「曖昧なことを言うな。貴様の方針通りに私達は動く。所詮私はオペレーターで、そいつは戦術顧問だ。貴様が目的を作る。そして、私達が方法を考える。これが契約だ。ゆえに、貴様が何をすると言わなくては私達では何もできん。IS学園を助けるのか、見捨てるのか――まずはそれだけでもはっきりと言葉にしろ」

 

だが、セレンは認めない。

雇われるものとしての立場を明らかにし――雇うものとしてしっかりと責任を果たすことを要求する。

ここは希テクノロジーの最前線にして指揮場。

ここから世界中に散らばる傘下の組織を導かねばならない。

最低でも戦闘行為についてはそうだ。

政治やら社内のあれこれについては社長がやる。

 

「ここでは見捨てるのが正しい判断だ。後は、個人の私の勝手だ」

「そう言うってことは、やっぱり助けるつもり――いや、お前自身が戦う気か?」

 

「ラウラとシャルを使うわけにも行かん」

「ミレニアムが決戦を挑んできたらどうする? その時のために消耗する訳にはいかないといったのは誰だ」

 

「……少佐がここで決戦を挑んでくる確立は低い。あいつの性格からして、どうせまともな準備などできているまい。あいつは玩具が手に入ったら遊ばずにはいられないタイプだ」

「――奈落。お前がそう言うのなら、こっちは手伝うしかないな……まあ、俺の知ってる奈落は嬉々として悲観論を語るやつで、楽観論なんかつまらないと言い出す奴だったと思うがな」

 

「――ベルナドット、済まんな」

「やれやれ、ツクヨミの整備をもう一度か――中々に手間だが、その分給料をもらっているから仕方ない」

 

「――セレン。済まんな、私事だと言うのに」

「ふん。お前も中々に甘いところがあるじゃないか。まあ、そういう甘さも嫌いではない」




奈落たちがなんでそんなに慎重なのかと奇異に思うことがあるかもしれません。
ですが、相手の本拠地が分からずに一方的に攻められることはとても不利だとこのssでは定義してあります。
普通に相手の戦力の10倍持ってるだけではこの不利は覆せません。相手がミスしまくってどうにか、といった感じですね。
まあ、この辺を掘り下げたラノベは少ないでしょうが。


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第48話 ドラキュラ

「奈落様!」

 

切羽詰まった声が響く。

 

「なんだ!?」

 

これには普段、様をつけるななどと言う奈落もスルーせざるを得ない。

緊急事態――今ですらいっぱいいっぱいだというのに。

運命を呪いたくなる。

が、天につば吐いたところで時間の無駄だ。

なんだ? とわずかに苛立ちを込めて見やる。

 

「アーカード様が!」

 

言われるまでもなく画面を切り替える。

そこに写るのは少女。

皮肉げに顔を歪めた人外ではなかろうかというほどの美少女。

いや、その貌に宿る笑み――真正の魔物でなければできない。

彼女こそは吸血鬼。

屍の上に城を築きし|屍の王≪ノーライフキング≫。

 

「アーカード? あいつには待機を命じていたはずだが――」

 

奈落は顎に手をやり、わずかに考えこむ。

敵――ではないはず。

かなり密に連絡を取り合っているが、そのようなそぶりはなかった。

ただ遊んでいるだけか? 奈落は画面を睨みつける。

 

「通信を開きますか?」

 

考えこむ奈落を心配そうに覗きこむオペレーター。

 

「頼む」

「通信、開きます」

 

「やあ、アーカードだ。こちらからでは顔を見れんが、元気にしているかね?」

 

少女はあっけらかんとした笑みを見せる。

 

「それなりにね――どうしてそこにいる?」

 

睨みつけるかのような奈落。

それだけ――この少女を警戒しているのか。

 

「遊びに来たのさ。君のお気に入りの人間を見てみようかと思ってね」

 

睨みつけられようがどこ吹く風。

人を喰ったような笑みは――本当に人を喰ったことがあるゆえか。

 

「データなら君も閲覧可能なはずだが?」

 

「写真など――情緒がないにも程がある。絵に描いた餅でしかなかった異世代IS【ナインボール・セラフ】もできたんだ――少しくらい遊んだっていいだろう?」

 

「確かに――あれは君の代わりに申し分ない。けれど、それは君が離れていい理由にはならない。二人分の力が必要な時が来る可能性を否定出来ないからね。それに、よりにもよって君が顔を見るだけで済ますとは思えない」

 

「だから言ったろう? 遊びに来た――と。さて、遊び相手が来たようだ。あれの名前はなんて言うのかな」

 

「AFフェルミが2体、そしてISの黒椿が26体だ」

 

「なるほど、あれが飛行型要塞に劣化第4世代ISか。我が【雷電】にどこまで対抗できるかな?」

 

アーカードがISを纏う。

もちろん希テクノロジー製の特別品だ。

しかし、これは見るからに特別だとわかる。

なんせタンクだ。

いや、それ自体は2足だ。

だが、その化け物じみた装甲が印象を決定づけている。

馬鹿でかい砲身。

一抱えもありそうな大砲ならすでにあった。

 

だが、装甲そのものとさえ言える重装甲の機体から叩き出される威力はどれほどのことか。

 

まずは一撃。

大砲からグレネードを放つ。

狙い違わず。

その一撃はAFフェルミに当たり、黒煙を吐き出す。

そのままくるくると回りながら落ちていった。

 

「――アーカード様、AFを一機撃墜……いえ、もう一機も撃墜しました」

 

瞬く間の出来事。

そう、【雷電】の火力はすさまじい。

要塞ですらも突破できてしまうほどに。

 

「そりゃそうだ。雷電は馬鹿げた火力を有する――それだけしかないISだ。まったく、あいつの要求通りに仕上げるとは、あの変態技術者どもめ」

 

「――あ。IS部隊、以前進行中――アーカード様の攻撃はあたっていません」

 

アーカードのグレネードによる攻撃はそれていくだけ。

ISの方には全く当たっちゃあいない。

そう、攻撃力だけ――

それだけなのだ。

正確無比な射撃など期待できない。

 

「だろうね。あいつは別に狙撃を得意としてるわけではない」

 

本人の手腕もそこそこらしい。

まだまだそれていく。

距離があるから射撃の機会こそあるものの――活かせてはいない。

見るからに適当に弾をばらまいている。

 

「救援に行きますか?」

「――まさか。アーカードは狙撃手でもなければ剣士でもない。社長でもなければ人間ですらない化け物だ。いや、天災と言ってしまってもいい。天災に立ち向かうには――矛盾するようだが、立ち向かわなければいい。頭を下げて、受け流し、通りすぎるのを待つことしかできない。おろかにも襲撃部隊は迂回なんて考え付きもしないようだけど」

 

どんどんアーカードにIS部隊が近づいてくる。

軽快に、そして素早く。

自分が地獄へ向かってまっしぐらに歩いているのも知らずに。

 

「IS部隊、アーカード様を捉えました」

 

ついにIS部隊が攻撃可能な所まで来た。

アーカードが適当に撃った弾は十数発ほどであろうか――ISの高速戦闘ゆえに距離などすぐに詰められる。

そして射撃。

特別ではない。

ただの突撃銃だ。

劣化した第4世代機には特別なものなど何一つない。

そう、それはしょせん第4世代を元にしているだけで、スペックは第2世代機と同等とみていい。

だが、そんなもんであろうと敵は20に対してこちらは一人。

視界を覆い尽くさんばかりの飽和攻撃が襲いかかる――!

 

「あの人、空中戦適正あるんですか!? 一歩も動かず攻撃を受けまくっていますよ!」

 

オペレーターが悲鳴を上げる。

そう、アーカードはおよそ正気の沙汰ではない。

圧倒的に不利なのに、撃ち合いに興じるなど――いや、それどころではない。

だって、止まっているのだから。

絶え間なく、隙間なく鳴り響く銃火に削られる音。

それは、アーカードのIS【雷電】の悲鳴。

 

「空中戦かなんて関係ない。そもそもあいつは地上戦でも動かんよ。それに、ほら――1機落とした。2機めも」

 

いや、あれだけの銃火の中でもアーカードは反撃していた。

正しくは手を出していたという方が正しいか。

あれほどまでの火力に晒されて――まともに狙いなど付けられるわけがない。

だが、これは20対1だ。

手を出せば当たらないことはない。

両手の武器と背中の砲台――三門が火を吹けばISに慣れない敵のこと……数撃ちゃ当たる。

どでかい火の花が咲き、黒焦げの死体を地に叩き落とす。

 

「確かにあれだけ撃てば当たるでしょうけどね。もうエネルギーがありませんよ――いえ! 絶対防御が発動します」

 

だが、それでは時間が足りない。

耐久力は無限ではない。

あれだけの火力に晒されれば――ほら、もう空になった。

 

「――しないよ。エミットしてある。それだけは無駄どころか行動を縛る鎖だからね。絶対防御に相当するものは全て機体の保護にかかっている」

 

絶対防御が発動したら意識は途絶える。

それは保護システムの一環。

だが、奈落はそれがないと言う。

つまり、ISが破壊されたら最期――生身の体が戦場に置き去りにされる。

 

「え? あ、そんな! アーカード様が――」

 

肉がえぐられ、血が吹き飛び、頭が柘榴のように割られる。

悪夢のような光景。

奈落自身が選んだ傑物どもですら吐き気を覚える。

司令室の中には気を失う者などいないが――学園の生徒に見せたら二度とISに乗れなくなるような……そんな光景。

 

「一回死んだね。100や1000では誤差にしかならないだろうけど」

 

だが、奈落はあっけらかんとしたものだ。

しかし、100や1000では誤差?

そんな馬鹿な――命は一つ。

それがこの世界の法則だというのに。

――この世界?

ならば、他の世界では別。

異次元の化け物――人でいられなかった異形――ドラキュラ!

……アーカード。

 

「どういうことです?」

「見ればわかる――まだ動いているだろう。人間ならば中身ごと削れて潰れて、動けるわけがない。燃え尽きる前のろうそく? ISの超威力攻撃の前には神経もなにもかもが吹き飛ばされて、命の火など丸ごと消え去る」

 

吹き飛んだ腕はちぎれたまま武器を掲げる。

弾けた頭は最低限の形だけ残して――目が赤黒い塊の中に浮かんでいる。

装甲には傷ひとつない。

守るものを間違えている。

 

「――3機め、4機め。アーカード様、次々と撃破していきます」

 

笑っている。

彼は肉体の大半を引きちぎられながらも止まらない。

いくつもいくつも外しているが――その中のいくつかが敵に当たる。

ちょっとやそっと当たろうとも、当てられる数は遥かに膨大。

それをよけようともしていないのだ。

アーカードの七割ほどが散らばっている。

正気を削る光景。

 

「戸惑っているな。超常の力に頼りながら、人外に怯えるとは笑止。生き返るアーカードに怯え、足を止めるとは。ま、どうせ捨て駒だ――逃げ帰るところもないのだろう。ここで死んだほうが幸せというものか」

 

敵の動きが止まった。

意味のないことを喚き散らしながら、トリガーを引き続けている。

精神が完全に壊れている。

 

「いえ、アーカード様も次々に攻撃を喰らっていますよ」

「それが何か? さて、残りは10か。アーカードならいくら死んでもかまわないしな」

 

「それはどういう――」

「しかし、アーカードめ。あいつ自身はよくても、IS【雷電】は一つしかないのだぞ。放っぽり出すつもりか?」

 

画面の中で敵は次々と撃破されていく。

アーカードの方は、飛び散った血や肉が集まり最低限腕や目だけを形成する。

破壊されて、また戻る。

悪夢のような有り様。

しかし、奈落にはもはや勝負の決まった殺戮などに興味はない。

 

「放り出す?」

「あいつに任せているのは存在を知られることさえできぬ極秘の島だぞ。いや、あの方に会わねばならぬ以上、なんとかするしかないか」

 

「あの方――とは?」

「希テクノロジー総帥、野呂瀬玄一」



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第49話 秘密の島

「さて、私は行く」

 

画面の中で行われる殺戮はもはや奈落の目には入らない。

彼が考えるのは別のこと。

学園にどう説明するか――なによりもアーカードの登場による影響を心配していた。

あの鬼札を軽々と誰かに貸してやる訳にはいかない。

隠しておけたら黙っていればいいだけの話だったのだが……

 

「で、どこに?」

 

ベルナドットが聞く。

これはもはやここにいる人間の関われることではない。

アーカードと奈落は根幹に関わる人間。

彼らは雇われただけの人間。

 

「【不在証明】で野呂瀬のもとに赴く」

「使っていいのかよ?」

 

「戦わないからな。少しくらいならあまりに節約する必要もない」

「そうか。んで、俺らはどうすればいいんだ?」

 

「いつもと変わらない。日常業務をこなしていてくれればいい――つまりはオービットベースにこもっていろ。虚数空間係数が急激に変化したら報告するのを忘れるな」

「――了解。気をつけて行ってこい」

 

「――って、もう行っちまったか。気の早いやつだな」

 

 

 

「久しぶりですね。ちょうど起きていてくれて助かりました」

 

――敬語。

それもしっかりと敬意を払った――嫌みのない憧憬。

奈落のこのような態度など、それこそ目の前の男しか見たことがないだろう。

 

「くく。あれほどの〈奈落〉の出現を感じて――起きていないわけがあるまい」

 

奈落の敬意を受けるのは水槽に浮かぶ男。

体の下半身が無くなっている。

そこからケーブルがつながれており、男の肌色は悪すぎるほどに悪い。

占い師でなくともこう言うだろう――死相が出ていると。

 

「――っ!? 虚人が現れた、とそのような感触は受けませんでしたよ――どういうことです?」

 

虚人――それは奈落と同じ人で亡き人。

そして、虚人は誰一人の例外なくギガロマニアックスである。

とはいえ、まあ……アーカードはその力をほとんど使わない――せいぜい弾丸の無限供給くらいにしか。

上記の他にもう一人。

それが虚人の総数であったはずだが、5人目が現れた。

それも奈落の感知できない形で。

 

「くく。それもまぬけな話だな。まあ、違和感というものは光の中に影が差すから分かるもの。影に覆われてはわかることもないか」

 

違和感。

そう、虚人というのはいるだけで違和感を抱かせる。

例えば、3次元の世界で2次元の人間が動いているような。

そもそも世界の違う人間がいると言う違和感。

とはいえ、比べるものが無くては違和感は抱きようが無い。

そう、よほど感覚の鋭い人間でなければ。

野呂瀬が言っているのはそういうこと。

 

「それは――そういうわけですか。なるほど、少佐の奴――星すらもその手中に収めたか」

「そういうわけだ」

 

奈落もまた納得してしまう。

しかし……星?

――比喩、だろうか。

夜空にてまたたくことから、光り輝くもの――期待できる人を希望の星と呼んだりしている。が、それでは意味が通らない。

この二人が敵に期待するわけがない。

なら、そのままでかいものということになるのかもしれない。

あまりにでかいとコロニー落としもどきの心配までしなくてはならなくなる。

少佐にはそれだけの狂気があるのだから。

 

「しかし、少佐が何を得ようと我々のやることは変わりません。ノアⅢが完成さえすれば、勝ちは揺るがない」

「――そう。その通りだよ」

 

笑う。

――嗤う。

相手が何をどうしようと……ジョーカーさえ完成したなら、全てをひっくりかえせる。

つまるところ、彼らの目的はたった一つ。

時間稼ぎでしかないのだ。

 

「だが、あなたの寿命は――」

 

ここで奈落が悲しそうな顔をする。

常人であれば逃げ出してしまいそうな光景――上半身だけの男が水槽にぷかぷかと浮かんでいる。

そう、いかにギガロマニアックスとは言えその状態で生き長えるには限界がある。

 

「ふ。織斑千冬にやられた傷か」

「ええ。奴の【深き悲哀の紅桜(デウス・マキナ)】は死を与える最凶の鎌――どんなに手を尽くしても、回復どころか代替すらもありえないのですね」

 

彼女のディソードは死を与える。

その最悪の能力の前には防御も、そして回復も通用しない。

――完全に。

 

「まあ、色々試しはしたが全て駄目だった」

「ええ。再生医療による体のスペアを繋いでも壊死し、機械による機能代替はバグが起きて故障しました。更にはリアルブートによる創造も仮想観測の収束を散らされてしまいます。もちろん、身体機能書き換えによる超再生も不可――まったく、受ける側としては本当に厄介極まる」

「まあ、下半分を失っただけだから生きてはいられるのだがな」

 

「しかし、それも限界にきているのでしょう? 食事は消化の必要のない高濃縮栄養剤を、そして失い続ける血は無限に供給し続ける。感染だの何だのは全て、その水槽の中に自信を閉じ込めることでシャットアウトする。そんな滅茶苦茶な延命法はそう長くはずがないのです」

「確かに――持って、後1ヶ月と言ったところか」

 

「ノアⅢの完成はどんなに早く見積もっても、1ヶ月程度で日の目を見ることはないでしょう」

「――ふ。だが、もういいのだよ。私が死んでも、ノアⅢはお前が完成してくれるのだから」

 

「――総帥」

「――そんな顔をするな、総帥代理。私はこの世に悪意がなくなれば、それでいいのだから――」

 

秘密の基地の中、濁った水音が響く。

 

 

 

「少佐殿、これからのご予定は?」

「ふふ。我らが太陽――【ピサ・ソール】も未だに真の力は発揮できていない。まだまだ様子見の段階だよ」

 

こちらは豪華なホテルの一室でのこと。

政府の要人が泊まるような秘密主義のホテル。

彼らは世界中に追われながらも、その姿をやつしてはいない。

思い思いに目立つ服を着ている――今となっては悪目立ちする軍服を。

 

「そうですか、楽しみですな。無限の闘争、そしてそれを可能とする超兵たち。ただ、残念なことに世界の方がどれだけ持つか疑問ではあります」

「ふふん――そう悲観する必要はないよ。ドク、世界を舐めてはいけない。そう、この世にはおぞましくてしょうがない、だけどとても哀れな化け物が存在するのだ」

 

「――と、申しますと」

「化け物がいるのだよ。どんなに数を集めようと、どれだけの火力を用意しようと打倒できない化け物が。奴らは必ず来る。闘争の匂いに引きづられて――今は我らが尻尾を出すまで待っているにすぎん」

 

「神亡奈落のことですか?」

「そうとも言える。だが――我々が手に入れたわずかな情報の中でも、このアーカードは群を抜いている」

 

「なんと。それほどまでに注目なさるとは――増援を送りますか?」

「いや、それにはおよばん。大海に石を投げ込んでもしょうがない。今のところはおとなしく見守っておくとしよう。それに、どれだけ増援を送り込んだところで無駄だよ。今裂けるリソースには限りがあるし、なによりも原住民では何を与えたって化け物は倒せない」

 

「ならばアーカードはそれでいいとして、神亡奈落はいかがいたしますか? 彼の方なら職にあぶれた兵隊どもでも数さえあれば」

「いや、そいつもどうしようもないよ。後で驚かせてやろうじゃないか――|大虐殺≪ビッグパーティ≫でね。やはりミレニアム自身が動けるようになるまではどうしようもない」

 

「なるほど。良いお考えです」

 

「では、ドク。来るべき|千年戦争≪ミレニアムウォーズ≫に向けての準備を進めよう」

「はい、少佐どののご意思のままに」

 

 

 

IS学園の学園長室。

そこで英語が交錯する。

酷く厳しい敵対的な響きで。

 

「|What are you cinsider?≪貴様は何を考えている?≫」

 

千冬は声を荒げて詰問する。

このしっちゃかめっちゃかにされてしまった世界では、ちょっとした火種が世界に悲劇をばらまくことになる。

ただでさえ、最初にミレニアムに攻められたアフリカは暗黒大陸と呼ばれる程の惨状になっている。

これ以上の悲劇は許容できない。

 

|Oh , it’s very fearfull.≪怖い怖い≫ |Don’t angry , beautiful Brunhild≪そんな顔をしないでくれたまえよ、美しいブリュンヒルデよ≫」

 

だが、こちらはひらりひらりとかわしていく。

万人が思うような傲慢な二枚目のアメリカ人――といったところ。

この男こそIS学園の学園長。

一国の武力すら超えるほどのIS戦力――教師部隊を指揮する最高権力者。

 

 

(ここからは日本語ですが、英語で話しているものとします。筆者の英語技能が低くて申し訳ありません)

 

 

「尊敬に足る人物ならば敬語くらい使うさ」

「おやおや、人類最強のあなたが敬意を払う存在がどこに?」

 

「――っは! ただ強いだけの奴にどこの誰が敬意を払うというのだ。敬意を払われるべきなのは、真に世界を想う人間さ……誰が我欲に飲み込まれた人間に敬意など払ってやるものかよ」

「ほほう、それは大変な言いがかりだ。我らは世界に自由と平和をもたらすために戦っているのだ。大体、我欲に飲まれた人間などと――君らの口から出る言葉ではないな」

 

「貴様らはいつもそうだ、アメリカの犬どもめ。自由と平和? 確かにそう思っているのだろう、他ならない貴様らだけは。しかし、私にはこうしか見えないのだよ――貴様らは自由の名のもとに人殺しの自由を謳歌しているにすぎない、とな。米軍はいい面の皮だ。まったく、殺す奴らは殺したくないと――殺されたくないと思っているのに、お前らはいつも殺す機会を狙っている。そんなに人殺しが好きなら、アフリカにでも行け。飲めた喰えやのパーティがやってるぞ。あそこにこそ真の民主主義とやらがあるのだろうさ――君たちが大好きな民主主義が」

「……ジャァップ! 貴様――この学園長を侮辱して、ただで済むと思っているのか? 大体、貴様らなどしょせんは我らが偉大なるアメリカ合衆国が征服するまで愚昧なる王とやらに支配されていた劣等民族が。我ら自由を愛し、自由に生きる民族を貴様ら|経済にとり憑かれた猿≪エコノミックアニマル≫ごときが、そのくだらない価値観で判断するか。誰が貴様らにものを教えてやったと思っている」

 

「――は! 日本人は昔から象徴としての天皇を中心とした君主制の民主主義だったよ。貴様らがやってくる前からな。アメリカが自由をもたらした? 貴様らがそんな顔をして乗り出して行った他の国を見てみろ。今のアフリカに勝るとも劣らぬ惨状ではないか。つまり、貴様らがもたらしたものと、ミレニアムがもたらしたものは同じだよ――もちろん、理想は違うことは知っているとも。まあ、利用されて軍事費を浮かしてくれたことには礼を言うよ。軍事費なぞ、経済発展の足かせにすぎんからな。しかし、泥船にいつまでも乗っているわけにはいかん」

「なるほど。あなたはあくまでそう言うわけか。いくら世界中の下等市民どもに人気があったとしても――我々の正義の前には脆い砂の城にすぎない。調子に乗りすぎると――どうなるかわかりませんよ」

 

「貴様らこそ、どうなるかわからないとは思えないのか? この私の名で貴様らがやろうとしていることを公表すれば……面白い光景が見れるだろうなぁ」

「あなたこそ、そんなことをして――民草の意志を二分するおつもりか? 暴動が起きますよ」

 

「ち……くれぐれも余計なことだけはしてくれるなよ」

「それはこちらのセリフです」




これで奈落側の黒幕が登場しました。
そして、少佐側の本命も登場。この虚人は道具のような扱いなので能力クロスの分類になるでしょうね。元ネタのガオガイガーは知らなくても問題ないです。能力は後で説明しますし。
さて、基本的に人物はISとHellsingだけから出すようにしていますが、能力だけのクロスも含めるとクロス作品は10を超えそうな勢いです。
PS.学園長がアメリカ人なのは独自設定です。


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第50話 本音との一幕

「アーカード。君はいつまでここにいる気だ?」

「――さあ。死ぬまでかな?」

 

学園の前でアーカードの前に突如として出現する奈落。

そして、言葉を投げつけた。

対する方はひょうひょうとしたものだ。

顔には笑みすら浮かべている。

 

「なら、ここで殺してやろうか」

「くっくっく。面白そうなお遊戯だ――だが、君にはすでに相手がいるのではないかね?」

 

「ち――」

 

奈落は横を向く。

そこに人影が走りよってくる。

 

「奈落! あんた……一夏をどこにやったの!? いえ、イギリスでのあの事件――あれは一夏にやらせたんでしょう」

「――鈴音か」

 

怒って拳を振り上げて、奈落を睨みつける鈴音。

それも当然だ。

彼女は何一つ知らない。

奈落と一夏だけで決めてしまって、連絡もとっていない。

 

「奈落さん、一体あなたは何を企んでいますの?」

「セシリアも来たか」

 

こちらは幾分か落ち着いている。

だが、睨みつける目は同様。

むしろ覚悟ができていると見える。

回答次第では斬り結ぶ覚悟が。

 

「まあまあ、そんなにかっかするものじゃないよ。落ち着いて話そうよ、別に敵同士ってわけじゃあないんだからさ」

 

シャルロットも登場。

こっちも奈落からの連絡は受けていないはずだが、妙に訳知り顔である。

 

「ふん、そんなにも慌てふためいて――見苦しいな」

 

ラウラ。

やりたいなら私が相手してやろうと……好戦的な笑みを浮かべる。

一触即発の空気が流れる。

 

「そういう言い方は良くないと思うな~。それにらっくーなら何がどうなったか説明してくれるよ」

 

本音。

ぴょこっと現れた彼女が戦場の空気を乱す。

剣呑な雰囲気は雲散霧消して白けた空気が流れる。

 

「シャル、ラウラ、本音か。そして――」

 

奈落は明後日の方を見る。

 

「私も参加させていただけません?」

 

更識盾無まで現れた。

IS学園の生徒会長であり、日本の暗部そのものと言える更識家の長。

水色の髪――そして紅い目は鋭く細められている。

一本の刀のように研ぎ澄まされた気配が場を支配する。

 

「いいとも、しかしここでは話すのもどうだな」

 

しかし、奈落はあっさりとその気配を塗り替えてしまう。

 

「分かりました。では、生徒会室でお話を。あそこならば防諜も整っております。これでも私は生徒会長――そのくらいの権限は持っていますわ」

「使わせてもらう。アーカード、お前はどうする?」

 

ここで皆は初めてアーカードを見る。

先ほどまでの殺戮……遠目からで細部が見えなかったけれど、アレだけのことをやらかしたにしては幼すぎる容貌――そして可憐さに息を呑む。

彼女は悠々と言葉を続ける。

 

「では、私も行かせてもらおうか。ここに来たのは暇つぶしのようなものだからな」

 

 

 

「さて」

 

奈落はそう言い置いて立方体を机に置く。

別におどろおどろしい雰囲気があるまでもなく――ただのカメラだ。

カチカチと操作する。

そして、画面に光が灯り一夏の顔が映る。

 

「……」

 

楯無は無言で驚いていた。

外からの盗聴を許さないということは、中からの通信も許さないということである。

一々小さな発信機を除去するより、外に持ち出せなくしてしまったほうが早い。

この生徒会室でもダメということは、盗聴も難しいだろう。

 

「おお? なんだこれ――? あれ、皆……」

 

画面の中の一夏はアホ面を晒している。

どうやらリラックスしていたようだ――うたた寝するほどに。

 

「一夏は今、プライベートジェットでこちらに向かってくる。おそらくこの会議が終わるまで降りることはないから、通信で参加させる」

 

「へえ――、面倒がなくていい話じゃない。それで、一夏……イギリスでのあの事件はあんたがやったことね?」

「――なんでバレてるんだ? ああ、俺がやった」

 

「そう、怪我はしてない?」

「無事だぞ。あやうく自爆しかけたがな」

 

「それなら良かった。で、奈落――理由は?」

「おいおい鈴音――なんで俺には聞かないんだよ?」

 

「大体想像つくわ。どうせ、見過ごすことはできないとかそんな理由でしょ」

「その通り、そう言って私を頼ってきたよ」

 

「一夏のことは大したことじゃない。いや、この戦争の矢面に立つんだから、十分重すぎるけど――そういうことじゃない。問題は世界を操れるだけの権力を持ったあんたがそうさせたということよ、奈落」

「それは買いかぶり過ぎだね。私達は世界をどうにかしようと必死にやっているのだから――世界を操れたら、そんな苦労はいらない」

 

「それはどうかしら? いえ、きっと土台が違うのよ。あんたとあたしらじゃね。世界に影響力を持つとか、正直言って想像もつかない。だからこんな言葉になるんでしょうけど、でも――あなたの行動で世界ががらっと変わっていくって意味じゃ十分に支配していると言えない?」

「言えないね。何かしてみて、その結果がどうなるか全くわかりませんなんてものでは――支配なんて程遠い。だからいつもびくびくと謙虚に振舞っているのさ」

 

「けん……いや、いいわ。あたしはね、奈落。世界に協力な影響力を持つところの神亡奈落が何を思って一夏を戦わせてあげたかに疑問を持ってるの」

「友人に協力するのは当然の話ではないかな?」

 

「一夏を選んだのにはそんな理由もあったかもしれない。けれど、それと戦争を始めたのは別でしょ。希テクノロジーが表立ってミレニアムと戦争を始めるのかは知ったことじゃないけれど――いや、本当は調べなきゃいけない立場なんだけど――でも、あんな宇宙基地まで持ち出すのなら個人のやったことじゃすまない。なんで一企業がテロリストと戦うのを決めたの?」

「一夏の熱意にやられたのさ。彼ならば、悪い奴らをやっつけてくると思った。だから開発途中だったものまで持ち出してきた。それではいけないかな?」

 

「いけないわね。そんなもの、国家に任せておけばいいじゃない。いや、任せるべきなのよ――本当は。繰り返すわ、なぜ戦争に参加したの?」

「別に本当に希テクノロジーが矢面に立つわけじゃない。目立つといえば、最初から論外なほどに目立っている。希テクノロジーをなんだと思っている? 国家に対して最も大きな影響力を持ち、国家に依らずISを開発する超巨大結社だ。そんなことは今更なのさ」

 

そこで少し考えこむ。

更に言葉を続けた。

 

「後は兵器のPRかな? 確かに無償で――いや、この場合は無料と言ったほうが正しいのか。後で一夏に請求書を送るつもりなんて毛頭ないけど戦闘行為自体が宣伝になっているからね」

 

「あのAFを破壊したS―11……ま、要するに爆弾だけど、すでにうちの製造能力を超える注文が来ていてね。嬉しい悲鳴が聞こえるよ。苦労するのは私じゃなくて現場の連中だがね。ま、私としてはちょっとメールで号令をかけてやるだけさ」

 

「まあ――VOBの方は先行予約を取っている段階だけどね。あれは試作こそ出来上がっていたが、生産ロットはまだ製造途中だったんだ。ま、今の段階から予約がとれているなら早くに完成するさ」

 

そう、思い出したように加えた。

 

「――なるほど。体の良い人寄せパンダ、あるいは実験体ってわけ」

 

納得したような言葉を、納得していない態度で吐くのは鈴音。

 

「けど、それなら一夏さんが危険に……」

 

心配そうに一夏をうかがうのはセシリア。

 

「何を勘違いしている?」

「え? 試作機をテロリスト相手に実地試験なんてとんでもなく危険なはずでは――」

 

「私は止めた」

 

「決めたのは一夏ってこと? 都合のいい言葉ね」

「都合が良かったから一夏に武器を渡してやれたのさ」

 

「それ、違うよね~」

 

今まで主に話していたのは奈落と鈴音。

他は注意深く話を聞き、時折セシリアが口を出す程度だった。

このときも口を出すといえばそういうことになるが、他とはまるで別。

真っ向から奈落に反目した。

 

「「本音?」」

 

皆があっけにとられる。

このにこやかな乱入者に視線が集まる。

 

「らっくーは嘘をつかないよ。つくとしたら、それは敵にだろうね~。でもさ、嘘をつかないのと全てを明かさないのは別だよね。それで勘違いするのも――悪いのは勘違いした人なんだと思うよ」

「何を言いたいのかな? たしかに私なら――開発が完了したものを、さもぎりぎり開発に間に合ったという態度で持ち出してきてもおかしくないがね。しかし、懇切丁寧に一つ一つ説明していく気はないよ」

 

「うん、それは知ってる。らっくーってば飽きやすいから、気が乗らなければ長々とお話なんてしないもんね。でも、私を舐めてもらっちゃ困るんだよ。ね、何を隠してるのかな? 大切なことを言ってないよね」

「やれやれ――本音は鋭いな。私の態度に何か変なところでもあったか?」

 

「ううん、私はとろいからそういうのはけっこう見逃しちゃうの~。でも、雰囲気が変だったから」

「……雰囲気ね。そんなもので見透かされるとはな」

 

「うちの本音が失礼しました。で、教えてくださるのですか?」

「――古い話だよ」

 

そう、前置きした。



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第51話 裏歴史

注意:このあたりの話は独自設定が全開となっております。


「――古い話だよ」

 

そう前置きして話し始める。

席を立ち、役者のように手振りを交えながら――

 

「昔、昔のことだ。そう……織斑教諭がまだ少女だった頃の話。四人の愚か者がいた――そう、世界を変えようとした革命家が、な」

 

「一人は、この世界が生ぬるいと憤った

 一人は、この世界は悪意に満ちていると絶望した

 一人は、この世界は残酷すぎると嘆いた

 一人は、この世界は不条理だと嗤った」

 

「だからこそ――

 ナチスの残党は戦争を起こそうとした

 希テクノロジー総帥は人に幸福を与える機械を作ろうとした

 科学者は世の中の仕組みを変えようとした

 過負荷(マイナス)の王は下を押さえつけるエリートを抹殺しようとした」

 

「ともに世界を賭けて争った者達。よりよき世界を望んだ者たちが相争い、妥協点など存在するはずがなかった。その戦いは世界の裏でひそやかに行われた。彼らは歴史の裏に巣食う怪物に他ならなかった――あの戦争などと騒ぐ畜生どもはその程度の道理すらわからなくなってしまったのか。いや、それはまた別の話」

 

「勝った、と――そう形容できるのはあるいは篠ノ之束だけかもしれん。球磨川禊の奴も、勝者の枠には入るのかな。それとも、勝者など誰もいなかったのか。ああ、総帥も少佐のやつもくじかれた。世界をどうこうする立場には立てなかったのだよ」

 

「しかし、私が球磨川を殺してやった。そしてアーカードとともに全ての過負荷を殲滅してやった。一人残らずな――ふふん。奴らにとって生きやすい世界を順調に創りあげようとしていた。だが、私達が横から刺し殺してやったのだ。最初の目的こそ達成はできたろうが、それこそ自分が……仲間が生きてなくてはどうしようもあるまい」

 

ばっ、と手を広げる。

言葉に熱がこもる。

 

――創世神話。

それは現在の世界が作り上げられた経緯。

それは革命家の史実。

それは人の目には触れぬ物語。

 

「結局、球磨川は世界を壊しただけだった。そして我々に殺された。上の人間――つまりは人を操る立場にある人間を殺し尽くしただけに終わった。未来などなかったのさ。ま、そのために世界は酷い混乱に襲われた」

 

「そのてんやわんやは操られる側の普通の人間には意識されていないようだがな。下がいつものように普通に暮らしていようと、当然上がいなければ世界は立ちいかなくなる。ある日社長が消えたらどうする? 会社は潰れてしまうだろう。だから、下が上に昇るしかなかった」

 

「それは迅速に行われた――篠ノ之束の迅速かつ遠大な援助によって。だが、ここで多少事情がおかしくなり始める。彼女は男を蹴り落としていたのさ。そう、これが彼女の革命だ。このようにして束は世界を変えてしまった」

 

「男尊女卑社会――これはISが登場したからではない。かつて男が女より偉かったのは、男なら女を殴り殺せたからか? 違うね、男が社会を作り上げたからだ。そして今の社会は女が立て直した。どうも受けが良くてISが取り沙汰されるが本質は違う。篠ノ之束の掌の上でしかない女たちには人間社会の作り手であり、守り手だというプライドがあるのだよ」

 

「ま、まとめてしまえば過負荷が世界を壊し――科学者が女尊男卑世界を作ったということになる」

 

「――ん? 我々が何をしていたか……ね。それこそ大したことではない。ただ喰らい合っていただけさ。ひたすらに互いの力を蝕み合う小競り合いを少佐と続けていた。ただ、地力で勝るこちらが優勢になっていって、奴らは地に潜った」

 

「これでわかったか? 私達と少佐は因縁の敵なのだよ――負け犬同士のな」

 

奈落の役者じみた演説は終わり。

つまるところ、これが本当の理由。

機会があれば奈落は少佐の一派を一人残らず殺し尽くしてやりたいし――

――少佐はどんなことをしてでも奈落達をぶち殺す機会を得たいのだ。

 

「――でも、それじゃ当て馬じゃない。一夏を駒にした代理戦争ってわけ!? 殺し合いがしたけりゃあなたたちでやってればいいじゃない。なんで他の人を巻き込むのよ!?」

 

皆の視線が奈落に向く。

 

「それは少佐に聞け」

 

こちらはにべもない。

だが、場が静まり返ったのを受けて何やら感じたようだ。

言葉を続ける。

 

「こちらにはこちらでやることがある。私達は世界を変革させんとする理想家だ――正義の味方ではない。ゆえに自分の大切な子どもを放ってまで、赤の他人を助けようとは思わない。子ども――ノアⅢの完成と保護が最優先だ。それが危ぶまれる以上、戦争を積極的に引き受けたりはしない」

 

「――ねえ、一夏。あんたはどう思う? あたしたちは所詮、安全な学園にいて戦争には参加してないわ。それで何かを言うのも身勝手よね。力を持っていながら、なにもしないのは私達も同じ――いえ、奈落はなにもしてないわけじゃないか。だから、あんたに聞くの。あんたになら、その権利があると思うから」

「いや、奈落にも事情があるって言う話だろ? 俺はあいつらが暴れまわるのを見て黙ってられなかったんだ。でも、それを他の人に強制しようとは思わない」

 

「なるほど、そう言うのね――わからなくはないけど、あんた馬鹿ね」

「よく言われる」

 

 

 

ぽん、と手を鳴らした鈴音は奈落を見る。

不敵な笑みを浮かべた仕切り直し。

 

「じゃ、奈落――あのAFを一撃で倒したIS、あれっていくら?」

「悪いが、あれは売り物じゃない」

 

「そう――ま、企業だしね。優位を手放したくないってのもわかるけど。でも、あの威力はだれでも欲しがると思わない?」

「そういうわけではないよ。あんなものを第三世代に乗せたらフリーズする。その上、よほど身体が頑丈でなければ射出時の衝撃で死ぬ。あれはワンオフの特注――二度と作られることはない狂気の産物だ。いくら殺しても死なない奴でなければ乗せようとは思わない」

 

「す、すごいわね。じゃ、あれはいいわ」

「少しよろしいかしら? 武器の話は後でさせて頂くとして――彼らの望みは何でしょうか。この世界に憤り戦争を起こそうとしたミレニアムは――この戦争の果てに何を望んでいるのでしょうか」

 

楯無が会議の流れを引き戻した。

 

「それこそ――私の知ったことではない。狂人のやることに一々理由をつけてもしょうがない。深淵を覗こうとして深淵に堕ちる。さて、汝が深淵の覗く時――深淵もまたあなたを見ている、などと言ったのは誰だったか」

「要するにわからないってわけ~? らっくーもけっこう適当だね」

 

「単に戦争したいだけの可能性もあるさ。まあ、難しく考えても意味は無いのだから、奴らの戦力について話したほうが建設的だと思うがな」

「なにか――知っているのですか?」

 

「いいや。知らないということは知っている」

「あんたはソクラテスか。確かに哲学とか好きそうだけどね――」

 

「違いますわ、鳳さん。希テクノロジーが、ミレニアムの前身である一派と戦いに明け暮れていたあなたがたが知らないということは、あんな兵器がどこから出てきたのか完全にわからないということでしょう。敵対組織の兵器工場があって、調べられないはずがありません。汎用品であれば隠しようもありますが――AFなどどう考えても秘密裏に作ることなどできません……大きすぎます」

 

「そういうことだ。知らないというのは一見すると何もわからないように思えてくるが――知らないという事実から推察できることは多いのだよ。もっとも謎は残るがな。あの戦闘員にしたって不明――」

「それはわかっておりますわ」

 

「セシリア? ――ということはイギリスが死体を回収したか。もしや身元が判明したのか」

「ええ、簡単にわかったそうです。おそらく隠す気もなかったと見られておりますわ」

 

「――国籍は? 年齢は? 仕事は? 性別は……男だったか。女はいたか?」

「ええと……それは……そのー」

 

「やれやれ、他国との取引材料か。政治ほど面倒くさいものはないな。そこでこの紙に書いて燃やせ。灰があればわかる。まあ――教えてくれてもくれなくても構いはしないが」

「いえ、他ならぬ奈落さんには……」

 

「灰から情報を引き出す? 面白い能力だね~」

「ええ、まあ――その……便利? な能力ですわね」

 

「無理することはない。しょうもない能力なのは自覚しているさ。シュレッダーにかけられたものも読み取れないのだからな――」

 

「ええと、この灰はどうすればよろしいですの?」

「こっちによこせ」

 

セシリアは差し出された奈落の手にそっと灰をのっける。

 

「――なるほど。いや、これは吹聴していいことでもないか。では、他に話すべきことは? 営業なら後回しだ」

 

「なら、奈落。聞いていいか?」

「かまわんぞ――何か?」

 

おずおずと手を上げた一夏を促す。

 

「ああ、いや……俺ってほら、単純だから政治の話とかよくわからないんだけど――」

「政治家の仕事は自分がやってるガキでもできるような仕事をいかに難しく見せるかが腕の見せどころだ。気にすることはない」

 

「ああ、うん。どうせ俺とはそんなに関係ないし、ミレニアムとは過去に何があったって戦うだけなんだけど――束さんは俺を育ててくれた。だから、あの人のことは無関係じゃない。もっと詳しいことを話してくれないか?」

「先ほど話した――と言っても、概要に信念のことを話しただけだったか。だが、それを聞くなら私に聞くのはお門違いだ。敵の中の一人でしかない私より、織斑千冬に聞くのが筋であろうよ」

 

「そっか……そうだよな――悪い、変なコト聞いちまって」

「構わないさ。それで他には?」

 

くいくいと本音が袖を引っ張る。

 

「後で少しい~い?」

「む? ああ、いいとも」

 

「あ」

 

一夏が素っ頓狂な声を上げる。

 

「うん? 何か忘れ物でもあったか」

「ああ、ちょっと忘れてたんだけど――千冬姉に箒は?」

 

呆れた目が集まる。

 

「ええ? 一体なんだよ――」

「見ての通り呼んでいないが――いや、お前のことだ。本当にわかっていないのだろうな。ここに集まるのは世界を動かす人物だ。そいつらにここに座る資格はない」

 

「織斑千冬はただの教員。彼女が動けば世論は動くだろうね。なにせ、最強と謳われるブリュンヒルデだ。彼女を知らない人間なんて、それこそ電気製品も見たことがないような世間知らずだろう。けれど、ISを持っていない――挙句の果てには死ぬ気すらもない人間を動かせたところでどうということはない」

 

「そして篠ノ之箒。こちらに至っては論外だ。彼女はただの一般人なのだから。確かに篠ノ之の性を持ち、純正ISの中では最強とすら言える赤椿を有していても、それはただそれだけでしかない。彼女は悲しいまでに一人の女の子でしかないのさ――多少暴力的であろうとも」

 

「――奈落、お前さ……千冬姉と箒のこと嫌いだろ?」

「よくわかったな。別に嫌いだからと不利になるようなことはしてないぞ? 彼女たちがここにいないのは当然だ。彼女たちが日本政府との関係を望むなら、それは使われるか脅すか――いずれにしても歓迎できる手段ではないな」

 

「目は口ほどにものをいうって言葉の意味がわかった気がする」

「私は人間が日々成長するものだとわかった気がするよ」

 

「――は?」

「ふん、応酬までは無理か。ま、いいさ」

 

「さて、今度こそ質問は終わりにしよう。営業は私の仕事ではないが――そうだな、君たちになら少し口利きしてやっても――」

 

 

 

「――少し、よろしいでしょうか?」

 

乱入者が現れた。



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第52話 異端狩り

「初めまして。私はウォルター・クム・ドルネーズと申します。本日はお嬢様が神亡奈落様にお話を伺いたいとのことでお尋ねした次第であります」

 

入ってきた初老の男。

見ただけでわかる――この男は執事であると。

白髪、そして片眼鏡。

執事服が目に眩しい。

 

「悪いけど、この生徒会室に立ち入る許可を与えた覚えはないのだけれど」

 

楯無が言う。

そもそもここは侵入者対策もしてある。

日本製ということで危害を加える性質ではないが――それでも警報に引っかからずに来たことは称賛に値する。

その手腕があれば凄腕の暗殺者として名を馳せることもできるだろう。

 

「神亡様の所在を聞いたところ、ここに居られると聞いたものですから」

 

慇懃無礼に謝ってみせる執事は悪びれもしない。

そもそも人目を避けて生徒会室に来た彼らを誰が知っているというのだろう。

教員などは論外。

元々奈落はそいつらを信用していない。

それは――楯無ですらも同様。

 

「そう。悪いけど、こっちは重要な話をしているの。後にしてくれないかしらね?」

「申し訳ありません。こちらもあまり暇ではないもので――なんなら、この会議に参加させてはいただけませんか?」

 

いけしゃあしゃあとほざく。

遠慮も何もあったものじゃない。

楯無は予想外の乱入者に苦い顔を隠せない。

 

「論外ね。部外者は出て行ってくれないかしら?」

「そういうわけにも参りません。なぜなら我々は大英帝国王立国教騎士団――ヘルシングなのですから」

 

そこ言葉を告げる彼に照れるところは何一つない。

その組織に所属していることに曇りのない誇りを抱いている。

 

「へぇ――、オルコットさん。ご存知?」

 

楯無はセシリアへと水を向ける。

彼女はイギリスの代表候補生――聞く限りに怪しい組織だが、知っているなら一応の信頼は置ける。

 

「――いえ……聞いたこともありませんわ」

 

だが、セシリアは見たことも聞いたこともない。

そんな組織は噂ですら聞いたことがない。

 

「それは当然だ」

 

更に女も出てきた。

この女にはウィルタ―ほどの人間離れした技術はない。

おそらくウォルターは隠密に侵入するだけでなく警報を全滅させてきたのだろう。

 

「我々ははるか太古の昔、英国がイギリスと呼ばれる前から存在してきた。英国国教会を化け物から守るために。そして殺すために。詳しくはブラム・ストーカーを読め」

 

葉巻をくゆらせている。

威圧的な美貌の麗人。

その鋭い目は強固な意志を感じさせる。

 

「しかし、一般人はそんなことを知る必要はない。我々は裏で暗躍する国家の影なのだから。悪夢が浮かんできたときに音もなく現れ、人々にその存在を認識される前に消えるのが国を守る我々の宿命」

 

誰もしらないのも当然。

これは人の口に登ってはならぬ世界。

暴力が支配する世界の人間たち。

 

「――で、そのヘルシング機関が何のようかな? 希テクノロジーの方で少し取引があるようだし、その伝手だけで十分じゃないかな」

 

どうやら奈落は機関の名前だけは聞き覚えがあるらしい。

それも、本社の方とのつながりで。

裏に生きる世界の人間だからこそ、武器は重要。

人の目には触れなくても、軍需産業には関わりを持たずにはいられない。

 

「まったく十分ではないね。君たち実行部隊の動きなどてんでわからないし――所有戦力ときたら想像すらつかないのが実際のところだ。それと私の名前はインテグラル・ファルブルケ・ウィンゲーツ・ヘルシング……インテグラでいい。機関名で呼ばれるのは好かん」

 

まるで喧嘩に来たかのように言う。

苛烈な女性だ。

詰問する口調は詰っているかのよう。

 

「まあ、今の世界で戦力を維持するのはきついだろうね。諜報分野に至っては焼け野原に近いのだろう?」

 

奈落が皮肉を投げかける。

世論はひたすらにISを求める。

その上で軍事費の削減も。

だから、IS以外は削るしかない。

どうにかして最低限度は残そうと――そのレベルだ。

組織を運営するには足りやしない。

裏の組織なんてものはいわずもがな。

 

「否定はしない。だから、希テクノロジーがどのように動くのかもわからない。だから教えろ――全てを。何一つ隠すことなく」

「ミレニアムへの対応など君たちと変わらないよ。亀のように縮こまって防衛に精を出すだけさ。精々、一夏にちょっとした支援をあげたくらいさ」

 

「それでは困る」

 

きっぱりと言い切った。

言葉づらでは情けないのに、こうして自信満々に言われるともはや凛々しい。

 

「――ほう?」

「ミレニアムを殲滅出来るだけの戦力を持っている君たちにはきっちりと戦争に参加してもらう。どこの国にも君たちが悠長に構えている横でテロリストどもを壊滅させる余裕などないのだ」

 

「だから? そんな余裕を作らなかったのは君たちの責任だろう。そして、国を守るのも君たちの義務。なぜ自業自得で苦境に陥った人間を助けるために義務を代行しなければならない?」

「――世界が滅ぶぞ」

 

「滅ばないさ。人間はそこまで弱くない――ちんけな脅しだな、ヘルシング機関。そんなこと微塵も信じてないくせに。いや、英国の政治機能が崩壊するのが世界の滅びなら…….あながち冗談でもないか」

「余裕のある人間を使って何が悪い」

 

睨み合う。

 

「こちらに余裕がありそうに見えるのは、それこそ他人だからさ。同じように私から見れば英国にはずいぶんと余裕が有るよ。色々と欲しいものがあるから余裕がなくなるのさ」

「では、AFを殲滅したISについて聞かせてもらおう。あれが10機あれば、それだけで世界を防衛できる」

 

「それを操れるのは、そこの少女だけだ。量産などしても誰も乗れないから意味が無いな。そして、そこまでの金も時間もない」

「…….もしや、特定の人物しか乗れないようなものを作ったのか?」

 

「あんなものは【セラフ】と【ファントム】を開発するための実験機にすぎない。もっとも、馬鹿げた金をかけて人類には操れないほどにチューンを施したがね。スペックなら雷電の方がよほど上――人の業かな」

「何…….? セラフにファントム……ならば、それを――」

 

「開発が完了したのなら、戦場に投入していたはずだと考えないのか?」

「――っち。だが、何が何でも貴様らにはこの馬鹿げた戦争を終わらせる立役者となってもらう」

 

「冗談じゃないね。誰が世界平和のための礎――わかりやすく言えば他人が不自由なく暮らしていくための生贄になりたいなどと思うものか」

「そんなことはない。君たちのお陰で世界が平和になったのなら、ヘルシングの威信をかけても報いることを誓お――」

 

「――誓いを破った人間を殺す呪いを君にかけても誓えるかな?」

「……もちろんだ」

 

インテグラは奈落から目をそらさない。

普通なら、説得されてしまうところだろう。

だが――

 

「へぇ。命を捨てる覚悟はあるのか――すごいね。でも、流石に一瞬息を呑んだか」

 

……奈落のうんざりとした顔。

世界を救うために払う代償――それを冷静に考えて、心底嫌がっている。

貧乏くじは積極的に引きたくないものだ。

 

「誰かが血を流さなくてはならない。アフリカでは今も血が流されているのだ。我々でよければ、私がやったさ」

 

もはや親の敵を見るような目で奈落を睨む。

できることなら全てやる。

それしかないのなら見知らぬ他人でも、魔女狩りの炎に叩き込んでやる――!

それで世界が救われるのなら己が炎に飛び込むことも厭わない。

だが、自分ではダメなのだ。

ヘルシング機関には牙が無い。

炎にくべるのは目の前の人物――奈落でなければ世界は救われない。

 

 

 

「――こんにちは! おやおや、厳しい顔をした人ばかりですね。ダメですよ、厳しい時こそ笑わないと。気分が落ち込んでしまいます」

 

更に男が乱入してきた。

警報装置は先ほどウォルターが破壊したが――こちらもどうやって位置を知ったのか。

 

「貴様――」

 

敵を目の前にしたかのようなインテグラ。

いや、実際に敵同然か。

 

「エンリコ・マクスウェルか」

 

奈落が顔を見てそう呼んだ。

インテグラのときとは違い――こちらは顔も知っている。

 

「おや、知ってもらえていたとは光栄です。初めましての方には自己紹介を。私、ヴァチカン法王庁特務局第13課、通称イスカリオテ機関の機関長をさせていただいておりますエンリコ・マクスウェルと申すものです。任務は異端の殲滅――つきましては神亡奈落さんにお話を伺いたく」

 

こちらも慇懃無礼に言った。

まったく慇懃無礼な人間ばかり登場するものだ。

短く刈り込んだ白髪。

そして、挑発するかのような目。

司教というよりヤクザの方がよほど似つかわしい。

 

「貴様――先客がいるのだ。少しは遠慮したらどうだ? ヴァチカンの犬」

「黙れ、空気が汚れる、しゃべるなこの異教徒めが」

 

インテグラとマクスウェルが勝手に喧嘩を始める。

奈落は眉をひそめる。

 

「先日は失礼しました。せっかくお誘いいただいたのに、お断りしてしまって」

 

マクスウェルが機先を制し、インテグラを無視して奈落と話にかかる。

彼との接点は以前、希テクノロジーの方でヘッドハンティングを仕掛けたことある。

流石に奈落自身が勧誘に行くことはなかったが――彼の優秀さは知っている。

とはいえ、成功していても使えたのか。

今も目に嫌悪をたぎらすこの生粋のカトリック至上主義者は。

 

「気にすることはない。それだけ君の信仰が篤いと言うことに他ならない」

「それはそれはどうもお褒めいただいて」

 

「で、君も希テクノロジーに戦場に出ろと言いに来たのかな?」

「はい、先ほどの戦いを見せていただきました。他にも何か持っているのでしょう? イカれたテロリストどもを屠殺するのに手を貸していただければ、と」

 

「断る。私には私の事情がある。君たちの事情を押し付けるな」

 

奈落はにべもない。

 

「なるほど。では、不興を買わないうちに退散することにしましょうか――」

 

呆気無く退散するマクスウェル。

何の意図があるのか、はたまた顔を見せに来ただけか。

 

 

 

「――黙れ!」

 

大声を出したインテグラに注目が集まる。

 

「ぐだぐだ抜かすな――何も言わず私に協力しろ。企業!」

 

言い切る。

凛としたその姿はまるで戦姫。

しかし、他人の力に頼ることしかできないその儚い姿は人間でしかなかった。

 

「――はん。そんな言葉で私を動かせると思ったら大違い……」

 

だが、そんな言葉で心を打たれるような奈落ではない。

どうしても譲歩できないことは存在する。

だが、彼女の|漢≪おとこ≫を見た化け物は他にもいる。

 

「よろしい」

 

少女が立ち上がった。

小さい手足に凛とした気迫を込めて。

精一杯に胸を張る。

 

「アーカード?」

「いいとも。この私が、化け物(フリークス)が貴様を手伝ってやろう――人間」

 

いきなりの宣言。

誰もが驚かざるをえない。

インテグラの人間としての覚悟は立派だった。

だが、それでこうなるとは。

 

「何だと……っ! 離反する気か」

「最初から気の向く限りは協力してやるという話だっただろう? 同類のよしみはこれにて終了だ」

 

炸裂音が弾ける。

そして、少女が倒れ――

――血の華が咲く。

 

「っな!?」

 

声を漏らしたのはインテグラ。

奈落がアーカードを撃った。

少女に対してあんまりと言えばあんまりである。

 

「貴様……何を考えている、ここで事を構えるなどと」

「保険だよ。そいつは案外おしゃべりな女でね」

 

「――な?」

「【反響共鳴(エコーズ)】。やまびこと言う現象を知っているかね? あれはただ声が反響するだけの現象だが、古には妖怪が声を返していると思われていたそうだ。吸血鬼と妖怪――どちらが非現実的なのかは知らんが」

 

「お前はもう――声を返すことしかできないのだよ、アーカード。どれだけの魂があろうと、攻撃を避けもしないのは明らかに悪癖だな。つまりは希テクノロジーがやっていることをバラしたりはできない。やまびこだからな…….すでに口にされた情報しか話せない」

 

死体を前に言い切った。

いや、死体が動く。

頭に穴を開けたままで起き上がる。

 

「なるほどね、案外私も信用されてなかったものだ」

「この状況で勝手なことを言い出すくらいだからな」

 

損傷は見る見るうちに修復されていき――血の跡すらも残らない。

しかし、植えつけられた能力は切り離せない。

そう、あれは呪いではない。

デメリットしか持っていないディソードを押し付けた。

 

「ま、そういうわけだ――よろしく頼む、インテグラル・ファルブルケ・ウィンゲーツ・ヘルシング興」

「これは少々予想外の展開だな。しかし、私に仕えるというのなら遠慮なく使ってやろう――従僕」

 

即席の主従は長年の連れ添いのように納まる。

 

「アーカード、雷電を返せ。あれは希テクノロジーのISだ」

「やれやれ。退職金くらいもらっても良さそうなものを」

 

つけていた腕輪を外して放る。

 

「爆弾でも送りつけてやろうか?」

 

受け取った奈落は――そのまま握りつぶした。

 

「っ!?」

 

貴重なものをなんて握りつぶすなんて――と皆が息を呑む。

だが、奈落が手の平を開くとそこには十字架が。

彼はギガロマニアックス――ISのコアにアクセスできる存在。

 

「くれてやる。お前の後ろに控えている人外なら使えるだろう」

 

マクスウェルの後ろに放る。

 

「ありがたくいただきましょう。しかし、私を化け物などと一緒にしてもらいたくはない。私は生物工学の粋を凝らした神の銃剣――人間なのだから」

 

受け取った男は先程までの影すら捉えられぬ隠形とは裏腹に、強い殺気を振りまく。

眼鏡の奥に秘められた目は見るものをすくませる凶眼。

 

「そう、私は化け物ではない。化け物は殺す。私が殺す。一兆匹でも二兆匹でも残らず殺し尽くしてやる。殺して、ころして、コロして、コロシテ、殺す殺す殺す殺す――」

「いッ いかんッ よせアンデルセン!!」

 

殺意のままに銃剣を取り出し、がちゃがちゃと鳴らし始めたアンデルセンをマクスウェルが必死に止める。

 

「それは悪かった。これで十分か? 希テクノロジーの戦力は削れたかな?」

 

奈落は呆れ――いや、諦めにも似た表情だ。

もう勝手にしてくれ、と言う感じで明らかにやる気を失っている。

生き生きと演説していた姿が嘘のようだ。

 

「ご協力に感謝します……おい、アンデルセン抑えろ。ここで暴発などしてくれるなよ」

「――ええ。わかっていますとも、機関長。では、私は本部に戻ることにします。いつまでも極東の地にいたくはない」

 

アンデルセンが姿を消す。

その消失ぶりは宙に聖書をばらまいて、紙吹雪とともに転移するというもの。

とても人間技とは思えない。

 

「な――アンデルセン……」

 

がっくりと肩を落とす。

ずいぶんと勝手な護衛がいたものだ。

 

「では、私もこれで失礼することにいたします」

 

頭を下げ、引き下げていく。

こちらは人間らしく、その2本の足で。

ヴァチカン組は現れたときと同じく唐突に去る。

 

「神亡殿、もう少しお話を伺ってもよろしいか?」

 

インテグラが聞く。

だが、奈落はやる気を失ったままで。

 

「知らん、話をしたければ本社の人間とでもしていろ。悪いが、少し疲れた。私は休む」

 

会議室を出て行ってしまった。




ついにブギ―ポップネタまで出してしまった。
まあ、エコーズは本編でも口封じのための特性でしかありません。
とりあえずアーカードは奈落側の事情をバラせないとだけ思っていてください。それだけです。


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第53話 凶弾

疲れていると言った奈落はそのまま外に出る。

……さまよい歩きゆく。

何処かへと、誰もいない何処かに向かって。

 

夜。

何時間歩き続けたかわからない。

だが、人外にとって歩き続けるなど眠るに等しい。

体力など飾りでしかない。

人外が必要とするのは――むしろその集中力。

 

カラスが鳴く。

まるで人の頭をぶら下げたかのような木の枝が揺れる。

ざわざわと耳障りな風切り音が妙に脳に響く。

 

 

 

そして、奈落は凶弾にぶち抜かれた。

当てられたのは――心臓。

肉片が飛び散る。

 

狙撃。

奈落の警戒範囲内の外からの攻撃。

ISだ。

スナイパーだろうが、人間の身でそこからの射撃を成功することなどできはしない。

 

普通ならそのまま死ぬ。

だが、奈落は普通などではない。

穿たれた心臓の痛みに耐え、目を開く。

 

そして、奈落は飛行船の中に居た。

――異常。

何を言わずともわかる異常。

そんなことあるはずがない。

ここは森だ。

そんな――機械など見えるはずがない。

こんな……妙に懐かしい場所。

 

「――いや、幻覚だな。後ろから来るか?」

 

IS【ステイシス】を装備。

さらに後方に向かってミサイルをばらまく。

すぐに幻覚を無効(キャンセル)にしてある。

ギガロマニアックスは幻視を操る存在――このくらいはわけない。

 

だが、ミサイルは虚しく地表を揺らす。

熱源があればそこに向かっていくはず。

機械をだます幻影は存在しない。

つまり、後方には……すぐ後ろには誰もいない。

 

「そら!」

 

女の声がした。

奈落の前方には鎌が見える。

幻覚で惑わせ後方から隙を突く――と思わせておき、更にその裏をかいて真正面から来た。

……良い策だ。

相手が上級者であることを逆手に取っている。

 

「――ち」

 

まともに食らってしまう。

だが、そのままで終わりはしない。

振り下ろしの一撃の衝撃に逆らわず、飛ぶ。

わずかに距離が空いた。

そして、ミサイルをばらまく。

更にショットガンを装備。

 

「畜生が……!」

 

敵は土下座するような格好で地に伏せる。

耐衝撃態勢だ。

奈落はかまわずショットガンを撃つ。

ショットガンとは弾をばらまく、いわば広範囲を殴りつける武器。

それをミサイルが敵に迫っている状態で使用した。

ミサイルは基本的に当たらなければ作動しない。

そしてミサイルをかわすのは、上級者ならやってやれないことはない。

だから、奈落はショットガンで殴りつけて爆発させた。

突っ立っていたら衝撃に殴り飛ばされてノックダウンされていただろうが――

――伏せていた敵は背中を撫でられた程度でしかない。

 

「――ふむ」

 

一呼吸置いた奈落に弾丸が迫る。

狙撃手のことも忘れてはならない。

足に向かっていた弾丸は直角に曲がりショットガンを貫いた。

――爆発。

かまわずミサイルパックを収納、直後にうねるように曲がった弾丸が空を裂いた。

危なかった。

ダメージに気を取られていたらミサイルの誘爆をまともに喰らっていた。

 

「ぜああああ!」

 

隙を突いて鎌。

耐衝撃態勢でいたために、失神すらしていない。

鎌を腰だめに構えて蛇のように飛びかかる。

鎌自体には織斑千冬のような特殊能力はない。

だが、特殊合金でできた超強度の武器がとんでもない速度で迫っているのだ。

ISの絶対防御ごときでは防げない。

 

「――くはっ」

 

掴んだ。

高速で振りぬかれている鎌を――素手で。

 

「……んな!?」

 

斬撃無効化のスキル。

そして、ステイシスの反応速度。

両方がなければ実現し得ない神業。

奈落らしい――人外の所業。

だが、まだ終わってはいない。

魔弾がある。

奈落は一人で、狙撃手と鎌使いに相対しているのだから。

 

「っふ」

 

ぐわっと仮面が開く。

いつもISを装着しているときに顔の前で浮いて奈落の表情を隠しているやつだ。

奈落のような口が出現する。

そして、弾丸に喰らいつく。

 

「――くは」

 

喰い破った。

弾丸を――いくら人間の口ではなく仮面だとは言っても……常軌を逸している。

 

「くく……ひはは」

 

仮面の奥から嗤い声が響く。

グラインドブレードの起動。

仮面は冷たく敵を睥睨する。

 

通常は数秒の起動時間がかかる。

だが、それは短縮された。

これも異能。

奈落の持つできそこないのディソードはむしろ小技が本領。

多彩な手を気ままに、そして適当に使ってくる。

 

6つのチェーンソーがうなりをあげる。

悪夢のようなきしみが連続する。

 

「――馬鹿め」

 

女が吐き捨てた。

哀れ6つのチェーンソーに噛み砕かれるはずの人間が。

ナチスは死すらも楽しむ狂人の集まりなのか?

いや、違う。

これは死を恐悦する罪女の表情ではなく、罠にかかった獲物を見る狩人の昏い悦楽。

そして、横から迫る影。

まったく気配を感じなかった――

 

「――っ!」

 

大砲のようなパンチ。

言うなれば、そのようになるだろう。

だが、その威力はそんなもので表せはしない。

 

「…….っ!?」

 

声を出す暇もありゃしない。

思い切りぶっ飛ばされる。

ICBMの直撃くらいなら耐えられるはずのステイシスのシールドは紙のように砕け散った。

 

あまりの威力に分断された奈落の身体が何本もの木をなぎ倒しながす。

どう見ても死んでいる。

身体を上下に分けられて生きている人間などありえるはずがない。

そう――人間だったら。

 

 

 

「なぜですか……っ!」

 

鎌を持つ女が呻く。

責めるように――そして、懇願するように。

狙撃手は憎しみを向ける。

そして、潜んでいた狼女は親愛を。

 

「なぜ裏切ったのですか。奈落隊長!」

 

奈落は答えない。

いや、二つになった奈落が答える事自体がありえないこと――

 

「戦争以外に俺の居場所を見つけたから……」

 

つぶやいた。

上だけの死体が。

下半身を他にやってしまった奈落は上だけの身体で女を見る。

 

「――へ?」

 

呆けたようなつぶやき。

それは――奈落が生きていたことに対するのか。

それとも、奈落の言葉に驚いた?

 

「コード――【000】(トリプルゼロ) モード――【獣】(ビースト)……発動!」

 

変貌していく。

仮面の目は獣性に塗り替えられ赤く染まる。

この気配――以前までのビーストモードではない。

より凶暴で――もはやヒトであることすら……

 

「お前らなど知らない。お前――ゾーリンも、リップヴァーンも、人狼すらも知ったことではない。今や貴様らはただの敵……慈悲もなく、感傷もなく、意思もなく、ただの獣として殺してやる」

 

下半身が生える。

修復した。

機械も――生身も。

 

がぱりと――口を開いた。

そして天空に向かって吠え付ける。

もはや、人の言葉すらも解さない。

ただの獣。

――ただの化け物。

 

「――っひ!」

 

暴走する魔獣は女を見つける。

そう――鎌を操っていた女。

 

「あが……?」

 

奈落は獣のような4足歩行で目にも留まらぬ速度で飛び跳ねる。

足に噛み付いた。

そして、引きずり倒す。

獣がやるように――その口で足を引っ張って。

 

「うあ……!」

 

踏みつぶした。

いや、手だ。

だが、この場合は前足といったほうが良いのだろうか。

 

兎にも角にも、獣は持ち前のカンで二人目の獲物を見つける。

この獣は理を外れた魔獣。

殺しはすれども食いはしない。

狙いはすれども、逃しはしない。

 

闇に隠れて奈落を殴殺した女――人狼。

以前IS学園に来る直前に殺し合った奴。

真っ向から勝負をかける。

拳と牙。

牙が勝った。

女の腕は食い千切られ打ち捨てられる。

爪が閃き、顔が――そして頭が引き裂かれる。

 

残るは狙撃をしていた女。

弾道を操る異能があるようだが、今となっては何の関係もない。

とっくに逃げ出した。

恥も外聞もない。

あるのはただ――恐怖のみ。

 

 

「――そんな……あんな――あんな顔、私は知らない……!」

 

逃亡兵はうわ言をつぶやいている。

……嫌な匂いを感じた。

立ち止まる。

違和感を感じたらすぐにその原因を探れ――とは奈落が教えたこと。

だが、この場合は正しかったのか。

 

ぐびゅ、とも――ぐちゃ、とでも言うように音もなく、その場にひっそりとある何の変哲もない角から奈落が現れ出る。

軟体生物のようにぐびゅぐびゅと蠢く奈落に向かって、女は撃った。

ろくに狙いも付けずに放たれた弾丸は獣の腕をえぐる。

しかし、意味は無い。

すぐに修復が完了する。

 

「ああ!」

 

悲鳴を上げる暇くらいはあった。

だが、その薄気味の悪い登場とは裏腹に全くの無音で獲物を狩る。

立ち止まって周囲を警戒なんてしなければ、恐怖を感じる間もなく死ねたのに。

 

「さよなら……永遠に」

 

理性を取り戻した奈落はつぶやく。



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第54話 裏切りのロシア

「……一夏、聞こえるか?」

「セレンさん?」

 

一夏は未だに飛行機の上にいた。

会議からまだまもなくなのだから仕方がない。

 

くつろいでいる。

こんなところは奈落からのホワイトスネイク――要するに不思議な飴でも|幻想御手≪レベルアッパー≫でもいいが、そのおかげで戦闘に対する適性は世界でもトップレベルまでドーピングされている。

なに――問題はない。

副作用なんてものはないのだから。

あるとすれば――少々冷静すぎる人格になってしまったことか。

戦闘が終わってから1日も立っていないのに随分と余裕である。

 

「奴らの今度の目標はロシアだ。予想出現時間は後一時間後」

「やけに早くないか?」

 

2回目はずいぶんと早くなって――もう3回目には数分後くらいかとも思われる。

2回目にしたって1時間より早かったのだ。

 

「いや、奈落の言だ。奴がそう言っていた」

「へぇ――なんでだろうな?」

 

疑問符を浮かべている。

しかし、それでも……囚われてはいない。

彼が友達を疑うような人間ではないこともあるだろう。

だが不信は己を殺す――それが戦場の掟。

迷いはためらいを産み、ためらいは行動を遅らせる。

ゆえに迷わず、疑わず。

 

「私は知らん。で、出撃するか?」

「もちろんだ」

 

即答した。

やはり馬鹿だ。

まだ疲れも残っているだろうに。

いや、それは敵の戦略か。

とはいえ、戦力の逐次投入は下策。

それこそ無限の戦力でも持ってない限り……一気に攻め立ててしまったほうが効率は良い。

ただ、少佐は効率など考えないだろうが。

 

「別にロシアならお前が出現しなくてもどうにか出来ると思うがな」

「それでもやる」

 

一夏に迷いはない。

 

「わかった。しかし、奈落との連絡がつかん。お前への支援は限られたものになることを了解してくれ」

 

今、彼は散歩の最中だ。

とはいっても、敵をおびき出しているところ。

連絡がつかないのは――彼が敵に対して思うところがあるゆえか。

いずれにせよ、連絡を取るつもりさえもない。

 

「わかった。で――作戦はどうするんだ?」

 

「ロシアにこちらから協力を申し入れたところ、快く受け入れてくれるそうだ。黒タカ部隊に加わり、AFへのS―11設置作業に随行することを求められた。七面倒臭い連携など要求しないところには好感が持てるな」

「――じゃ、敵のISを相手にするのはロシアの人達なのか」

 

セレンはニヤニヤと笑っている。

ロシアとの協同は彼女にとっても望ましいようだ。

 

「そのとおりだ。前の任務とは違い、他の部隊とも協力することになる。とは言っても、精々が突入のタイミングを合わせるくらいだ。敵の数次第だが――楽な任務かもな」

「だといいけどよ」

 

「では、そのジェットの目的地を変更する。作戦開始は1時間後――それまでは身体を休めておけ」

「了解」

 

それだけを聞き終わった一夏は座席に背を預ける。

脱力して――もう眠ってしまった。

 

 

 

ロシアが指定する空港に程近い場所にある一角。

そこで一夏はロシアの軍人と顔を合わせる。

美しい、と言えなくもないがそれよりも先に可愛さが先立つ女の子。

青い目に白髪の、まるで妖精のような。

 

「よろしくね、一夏君」

 

イーニャ・シェスチナがにこやかな笑みを浮かべてあいさつする。

無邪気でとても子供っぽい。

言っては何だが、あまりこの場にふさわしいとは思えない。

 

「こちらこそ……えっと、イーニャさんでしたっけ」

 

そんな子供を相手にする一夏はとまどってしまう。

ぎこちない笑みを浮かべて……まるで姪の扱いに困るおじのようだ。

目が泳いでいる。

 

「そう、コールサインはイーグル2だよ。こっちがイーグル1ね」

「…….」

 

イーニャに指差されたもう一人は沈黙で答える。

誰にでも友好的なイーニャと反対で、誰かれ構わず噛みつくような。

そんな冷酷で――美しい女性。

 

「――クリスカ。ちゃんとお返事しないとダメなんだよ」

「……クリスカ・ビャーチェノワだ」

 

しぶしぶと答える。

どうやら、戦鬼は妖精に逆らえないよう。

 

 

 

「おしゃべりはそこまでだ……来るぞ!」

 

通信を介しての声。

セレンから。

彼女は通信を介して作戦に参加する。

もちろん宇宙から――イーニャやクリスカに指示を与えるのはロシア領内の基地からだ。

 

基本的に共同戦線を張るが、それは同じ部隊で戦うということではない。

ロシア側が雑魚の始末にAFの足止めを担当する。

一夏が担当するのはAFの撃破。

S―11の設置を担当するだけの任務。

だが、言葉に出しはしないが彼女たちもS―11を装備している。

一夏が失敗した時の保険もばっちりというわけだ。

 

 

 

一夏が、イーニャが、クリスカが見つめる中で“それ”は起こった。

陽炎が揺らめく。

そして、世界がずれる。

ノイズに満たされる。

 

ISが、そしてAFが出現した。

まるでスクリーンの中のようなできごと。

直接見るのは初めてだ。

わずかなノイズが走った後にはそこに在る。

その後はきれいさっぱり、最初から存在していましたよとのような顔で堂々と風景の中に溶け込んでいる。

だが、いくら自然であろうと彼らは戦争をしに来たのだ。

 

 

 

まずは二機のIS【チェルミナートル】が駆ける。

終焉の名を関する二機はいたるところに第三世代技術を導入した二機連携が前提の――戦争のための超火力型IS。

前提が1対1の競技など、考慮すらしていない。

二人であらゆる脅威を打ち砕くためのロシアの牙。

 

火器が火を噴く。

まるで2つで1つのような芸術的な舞い。

だが、その火力に晒される方は美しさに感動する暇すら与えられはしない。

陣形を突き崩され、四方に逃げ惑う。

 

「――よし」

 

協同相手の戦果を確認する一夏。

道は開いた。

二人で一つの戦女神がこじ開けた。

 

「行くぞ」

 

まっすぐに突っ込む。

敵AFはランドクラブ。

要するに戦車をでっかくしたものだ。

脅威は他のAFよりも劣る。

むしろ他のAFと組ませてこそ真価を発揮する――地上制圧用の移動要塞。

一機のみで旗艦にするようなAFではない。

 

四門の主砲が火を噴く。

当たれば脅威だ。

ただのISなどただの一撃のもとに跡形もなく消し飛ばされる。

 

「そんなでたらめな射撃に当たるかよ――【零落白夜】」

 

だが、そんな習熟もまともにしていないような砲撃が当たるはずがない。

弾道はふらふらと揺れて、あっちこっちに飛んでいる。

そもそも的に当てられるかすら怪しい。

というか、ムリだろう。

 

「……っだ!」

 

表面装甲を破壊。

そのまま内部に進入する。

だが、相手は巨大なAF――人間大の穴が開いたところでどうということはない。

一本の槍のように、床も通路も天井も関係なくぶち抜きながら機関部を目指す。

10秒でたどりついた。

S―11を設置。

来た道を引き返し、爆破する。

 

爆炎が上がり――AFランドクラブは停止した。

 

残りはISだけ。

だが、やけに多い。

初めから数十機ほどの軍勢がいたが――あまり減っていないようにも思える。

 

最初のうちは一夏の道を開くための牽制だったろう。

だが、一度道を開いてしまえば話は別。

遠慮無く殺せるはずなのに。

 

「――おかしいぞ」

「セレンさん?」

 

焦りを含んだ声。

気付いた。

この状況に――

 

「たしかに奴らは敵を圧倒していた。しかし――1機も撃墜されていないのはどういうわけか……この状況が示すのは一つの事実」

「は?」

 

裏切りに。

 

 

 

「騙して悪いが、仕事なのでな。死んでもらう」

「……クリスカ?」

 

一夏は銃口を前に固まる。

突然の裏切り。

彼女たちとの間に信用などない――会ってから未だに1時間も経っていない。

だが、無辜の人々を守る同士だと思っていた。

思っていた――のに!

 

「ごめんね、一夏君。でも、命令なの。だから、せめて――逃げて?」

「イーニャ……これは一体どういうことなんだよ!?」

 

イーニャは泣きそうな目で見てくる。

本心からの訴え。

けれど、殺したくないと思っても――命令は命令。

 

「つまり、そういうわけだな……っ! この陰謀家の犬どもが」

 

セレンが吐き捨てる。

状況を理解していないのは一夏だけ。

 

「だから――どういうわけなんだよ」

「我々はナチスに付くというわけだ」

 

クリスカが答える。

人類社会への裏切りを。

ロシアがミレニアムについた。

それが何を意味するか。

虐殺者VS人類という構図が崩れる。

かくしてナチスは絶対悪の座から降りる。

 

「何だって……どうして――? 奴らは世界を破壊しようとしているんだぞ!」

「そんなのは知らないよ。私達はそうしろって言われただけだから――何か言われても困るよ」

 

「イーニャ。人々を傷つけても平気なのか?」

「そういうのは上官に聞けと言ったはず。おしゃべりは終わりだ――そして、お前も」

 

クリスカが横槍を入れた。

ぐうの音も出ない正論。

 

「なん……だと」

 

そして、一夏は恐怖する。

 

「一夏、周りをよく見てみろ。囲まれている――最初からこれが狙いだったか」

「そのとおりだ。AFを囮にISを展開し、正義きどりのお坊ちゃんを袋のねずみにすることが今回の作戦だ」

 

周りには数えるのも嫌になるほどの黒椿。

性能は上回っていても、この数を相手にしては――っ!

さらなる絶望。

二人の戦姫もまた相手にしなくてはならないのだ。

 

「そんな……」

 

そんなこと、人間には不可能だ。

 

「だが――我々としてはロシアとことを構えることができん……っ!」

 

絶望は終わらない。

企業として国家とことを構えるというのはありえない。

希テクノロジーが通常の企業を超えるとはいえ――そうするためには最高責任者の言でなければならないだろう。

ロシアと戦うための協力はオペレーターでしかない彼女の権限を超えるのだ。

 

「どういうことだ!? 奈落はなんて言っている……っ!」

「その奈落が行方知れずなのだ。通信もつながらん。まったくどこをほっつき歩いているんだ、あの男は……っ!」

 

そう、奈落は全ての連絡手段を絶っている。

顔なじみと合うために。

そして、敵を殺すために。

だから奈落には頼れない。

彼は何も知らない。

奈落は今この場においては蚊帳の外でしかないのだ。

いくら能力があろうと、知らないことにはどうしようもない。

 

「じゃあ――」

「ああ、これ以上の支援はできない」

 

断言する。

足は与えた。武器も与えた。

しかし――これ以上はない、と。

後は自分だけで戦え、と。

 

「……っ!?」

「我々は指揮権を預かっているだけの傭兵だ。雇い主の号令があれば国家ともことを構えるが――連絡がつかない状況ではな」

 

「なら――どうしたらいいんだよ!?」

「……逃げるか?」

 

「それは――」

「喧嘩を売っているわけではないから、いくらでも言い訳はつく。それに――」

 

なにやら言い淀む。

 

「まだ何か?」

 

「いや、とにかく逃亡の手助けくらいならできる」

「でも、囲まれている状況でどうやって逃げるんだよ? 奈落じゃあるまいし」

 

一夏は悪態をつく。

まあ、奈落ならばこんな状況は得意だろう。

なんせ、彼は魔法の種を無数に持っている。

だが、一夏には刀一本。

 

「いや、奈落も敵に囲まれている状況からいきなりワープなどという真似はできないだろう。おそらくは大型ミサイルでもぶちかまして逃げるのだろうが――」

「白式には遠距離攻撃手段そのものがないぞ」

 

「ならば、私の方で用意する――(デコイ)だがな。煙幕と熱源を大量に投下、その隙にVOBを突撃させる。装着はしなくてもいい――とにかくつかまれ。後はロシア領内から出ればなんとでもなる」

「了解」

 

「では、カウントダウンだ……もっとも、すでに13まで来ているがな。しかし、1分も中々に長いものだ。あれだけ話していてまだ足りん。おっと、くれぐれも動くなよ――VOBは発射したら最後、こっちでは微調整くらいしかできん」

「ああ、俺も随分と時間が長く感じるよ――」

 

刀を正眼に構える。

前を向いて笑ってみせる。

はったりだ。

それにしても清々しいほどの笑み。

 

「なにを話している!?」

 

クリスカが叫ぶ。

これ見よがしに銃を振って見せる。

一夏は何かをするつもりだと警戒する。

 

「準備はいいな? 5、4、3、2、1――投下!」

 

セレンのカウントダウンが終わる。

上空……一夏たちがいるよりも更に上。

一機の飛行機がかっ飛んで行った。

とてつもなく速い。

そして、大量の煙が充満する。

何十発もの煙幕の投下――そしてデコイの乱射。

サーモセンサで確認しようにも、すごい勢いで飛ぶ熱源は10や20ではきかない。

 

「――いける!」

 

一夏は精神を集中。

エンジンのわずかな音を捉えた。

その音は一瞬すら待たずに爆音へと進化する。

 

人間の目では影すら捉える事の出来ない速度。

その音速を突破した鋼鉄の塊をつかむ。

 

敵を一気に引き離す。

今のロシアは第3世代の開発を進めている状態。

VOBに追い付きたければ少なくとも第4世代くらいは用意しておかなくてはならない。

ミレニアムの主兵装は第4世代ISのコピーである黒椿だが、しょせんは|劣化複製≪デッドコピー≫。

性能はむしろ第3世代機にすら劣る。

というわけで――手遅れだ。

VOBにつかまった一夏をどうにかする手段はない。

 

そのままIS学園へと帰還する。




クリスカとイーニャはロシアつながりのゲスト出演です。
決してBETAが攻めてきたりすることはありませんので悪しからず。


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第55話 追撃

「――待て、止まれ」

「は?」

 

一夏はVOBから手を離す。

VOBは瞬く間に彼方へ。

すでに引き離したとはいえ――敵から逃げているのにずいぶんな余裕がある。

 

「聞こえるな? 敵の増援だ。高速型のAF――スティグロが二機にイクリプスが三機、そちらにつくのはスティグロが先だ。気張れよ」

「ISは? クリスカとイーニャは――」

 

そう、ロシアの虎の子である戦姫たちはどうしたのか。

彼女たち二人を敵に回しては反撃すらおぼつかない。

 

「ロシアの方は追ってきていない。だから相手するのはミレニアムだけだ――よかったな。とはいえ、総数39機はきついか」

「ええっと――そんなに多くの敵をどうすれば……」

 

ざっと今までの三倍近いか。

ISの競技ルールでは2対1はかなり圧倒的な数字だ。

実戦とはいえ、39対1は悪夢的な数字となる。

 

「撃破しろ」

「いや、そんなには……エネルギーも足りないし」

 

そう、相手のテクニックが低くても、ISの総攻撃力が相手のシールドエネルギーを下回っている。

ひっくり返ろうが物理的に全滅させるのは無理だ。

 

「ならば補充しよう」

「――は? そんな時間なんて」

 

「エネルギーラインを開け。半永久的に活動し続ける究極的な防衛型ISには、要塞からのエネルギー補給は欠かせない。実弾兵器ではどうしても弾数という限界がある。だから開発したのさ――電磁波を介したエネルギー供給システムを。そして、そこはエネルギー供給ラインのど真ん中さ」

「わかった。エネルギーについてはそれでもいいけど、どうやってAFを壊したらいいんだ?」

 

「そちらに関しても問題ない。雑魚さえかたずけてくれれば大気圏外から狙撃できる。幸い、そこは日本の領海に程近いEEZだ。兵器をぶち込んだところで本来なら問題ないし――抗議すべき政府が腰抜けだ。奴らは隣の家で銃撃戦をやらかされようが、奥ゆかしさは失わないだろうさ。アメリカなら大問題だが、日本なら問題なんていくらでもなかったことにできるんだよ」

「大した舐められようだな――日本も。とりあえず俺はISを片付ければいいんだな?」

 

「――ああ。全て片付けろ」

「気をつけることは?」

 

「とりあえずはスティグロだ。こいつは速い、それに放たれる多数のミサイルに気をつけろ。余談だが一体につきISの護衛が8機だ。イクリプスの方が6」

「了解」

 

 

 

「接敵まで後5秒。エネルギー供給は10秒ほど静止していなければ行うことができないことに留意せよ」

 

「――おお!」

 

見えるのは赤いアメンボ。

ただしビルよりも大きい。

その上には豆粒のようなISが乗っている。

セレンからの情報によれば数は8。

……それが2セット。

 

一夏がアメンボを視界に収めた瞬間にAFは人間よりも大きいミサイルをばらまき、ISは角を進行方向に向けた正方形の陣形を組む。

方陣と呼ばれる防御力に特化した軍隊式の並び方。

しかし、この場合は防御力とは攻撃力と同義。

どの方向にでも対応でき、そして射線を遮られることが少ない。

まあ――空を飛べるISにはあまり関係がないかもしれないが。

 

瞬時加速で一息に駆け抜ける。

相手に攻撃を許す一瞬の邂逅を突き破る。

 

元々はISによる戦闘に関しての錬度が高くない。

高速で動く物体を視認するやり方が分かっていない。

目で追えないものに当てられるわけがないのだ。

偶然に頼ろうにも一夏はすでにそのことを見抜いている。

フェイントすらかけずに直線軌道をしたのはそのためだ。

ただ、ひたすらに時間を詰めるために。

 

「らあ!」

 

AFスティグロが放ったミサイルすら後方に置き去りにしてスティグロに降り立つ。

方陣の中心――完全な死角。

ただの鉄なら踏み抜くほどの勢いで――実際に強化処理されていなければ突き破っていた。

着地のインパクトはシールドエネルギーにより相殺する。

ほんの一瞬、剣を振り切る前に零落白夜を発動。

振り切った後には消してしまっている。

斜めの一閃。

方陣の一角を削り取った。

――これで一人目。

 

そして、その横にいる敵の腹に雪平弐型を押し付ける。

零落白夜を発動。

エネルギーの剣はシールドを消し飛ばし、腹をごっそりと喰らう。

――二人目

 

「――斬!」

 

そのまま更にもう一体。

首を狩った。

――三人目

 

「――この!」

 

ようやく残った5人の敵も銃口を向ける。

だが、遅い。

そして愚かだ。

気付いてもいない。

 

口の端に笑みを浮かべた一夏は瞬時加速で敵から離れる。

一夏の攻撃手段は近接のみ。

それがなぜ離れていくのか疑問に思い――

――それが彼らの最後の思考となった。

 

ミサイル。

もちろん一夏のではない。

そんな装備は持っていない。

最初にスティグロが放ったミサイル――それが戻ってきた。

180度ターンする異常と言えるほどの性能の追尾ミサイルが仇となった。

 

爆炎が敵を吹き飛ばす。

20発以上ものミサイルをその身に受けて生き残れるはずがない。

鉄屑と――黒焦げになった血と肉とが飛び散る。

……IS部隊の掃討を完了。

AFイクリプス部隊は未だに、一夏をその射程範囲に捉えてはいない。

 

合流する前に始末する必要がある。

空と海からの天地攻撃など冗談ではない。

だが、もう1機のスティグロはすでにそこにいる。

2機が並行して進んでいたのだから当然。

 

一夏が一方の部隊を始末していた間にミサイルの準備は完了している。

当然、発射する。

海上――そこには隠れるところなど……

ミサイルが一夏に迫る。

さすがに喰らったら、肉の一片くらいは残るかもしれないが――遠慮したいことには変わらない。

 

「けど――そのくらいで俺を倒せるとでも? これでも、ブリュンヒルデの弟なんでね……っ!」

 

雪平弐型を真正面に構える。

鋭い眼光でにらんで――

 

「――斬!」

 

海を斬った。

大瀑布がミサイルを飲み込む。

水中の爆炎が海を揺らす。

 

瞬時加速で一直線に轟音の中を突っ切っていく。

霧に紛れて一夏の姿は視認不可能。

だが、大きすぎるほどに馬鹿でかいAFを見間違えることはない。

 

機体を反転、壁に――スティグロの装甲に着地する。

駆け上がる。

こちらの敵も方陣を組んでいる。

8体の火力が火を噴く。

 

「――っふ」

 

瞬時加速――敵の姿が見えた瞬間に真横に飛ぶ。

銃弾が一夏の横を駆けていく。

 

加速――二段。

銃口の向きを変える暇もない。

一閃で二つの首を飛ばす。

そして突き。

三人目。

 

「うわあああ!」

 

悲鳴のような声とともに銃口を中心へ。

混乱している。

このような高速戦闘など夢に見たことすらないのだから当然と言ってもいいが。

あまりにお粗末な敵だった。

上へ飛んでやると、同士討ちの形となる。

 

哀れな敵は慌ててトリガーから指を離す。

ISなのだからちょっとやそっとの銃撃では怪我すらしないのに。

だが、一夏はこの絶好の機会を逃すほど甘くはない。

 

唐竹割り。

横薙ぎ。

突き。

 

流れるよな三連撃――残りは2機。

 

「この……化け物が!」

「助けて、母ちゃん!」

 

悲鳴とともにトリガーを引き絞る。

無駄。

無駄無駄無駄。

機体を振って――

――まるで無限の文字を描くように近づいて行く。

 

慈悲もなく――容赦もなく――叩き斬った。

 

「セレンさん」

「確認した。この状況ならAFイクリプスの邪魔も入らん。まあ、あの錬度の低さならISにミサイルを撃墜されることもなかったかもしれないがな」

 

「後は」

「AFイクリプスか。こちらはスティグロ以上に簡単だ。上をとれ――それだけで楽に落とせる」

 

「了解」

「よし、ミサイル到達まで3秒。海にでも隠れていろ」

 

爆炎があがる。

ISでは出せない――超弩級の武装は例外として――本物の対都市用の爆撃手段。

攻撃力より何よりも破壊範囲が大きすぎる。

見上げるしかないほど大きなAFの内部構造を蹂躙し焼き尽くす。

 

「撃破完了」

「なら、次は上か」

 

「ああ、やっつけてしまえ」

「了解!」

 

「――いや、試してみるか」

「何を?」

 

「ミサイルを一番前にいる奴に3発ほど射出する。本来なら全て撃墜されて終わりだろうが――」

「あいつらは弱い。かき回してやれば当たる可能性があるってことか」

 

「その通りだ。まあ――スペック以上の戦果が出せることだろうさ」

「なら、俺は下から攻めたほうがいいか」

 

「お前がそれでいいのならな」

「なら、それで行く」

 

「そちらにイクリプスが到着するまで30秒。お前の方も向かうのなら10秒だな。で、ミサイルの到着は12秒後になる」

「――ちょうどいいな」

 

一夏は微塵も躊躇せずに向かっていく。

たとえ一直線であっても、三次元空間たる空中では以外に当てづらい。

全速力で――敵の真下を突っ切っていった。

 

「――は?」

 

ポカン、とする。

そして――上からミサイルが降ってくる。

3発命中……ISごと消し飛んだ。

 

「予想以上だな、ある意味」

「次の攻撃は?」

 

「5秒後だ」

「よし」

 

とまどう敵。

動揺しながらも宇宙からの攻撃に備える陣形を展開する。

だが、忘れていることがある。

先ほど自分たちの意識をかき乱したのが誰だったのか。

 

瞬く間に二人を始末する。

そしてミサイル。

3発のうち1発は撃ち落とされたが……一撃で十分。

全ての敵が撃破された。

 

「――終わったな」



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第56話 鈴音の葛藤

「鳳どの、君が神亡どのと親しいという話はどうなったのですかな?」

「それは……あいつが開いた会議に参加したじゃない。アメリカみたいにハブられてもよかったっての? 中華人民共和国はただの一国だけでなにかできるほどISを持ってはいないでしょ」

 

防諜設備が整った専用機持ちのために用意された個室の中で鈴音は妙にゴツイ据え置きの電話で話している。

一般には流通していない盗聴されない電話だ。

そして、声が外に漏れることもありえない。

一般生徒とは部屋のセキュリティのレベルが違うのだ。

 

「それは他の専用機持ちも同様と聞きましたが。あなたが特別というわけではない――ええ、あなたに任せていても他国に先んじられるというわけではない」

「ぐっ……でも、それがあるだけ優位に立てるでしょ。まだまだチャンスは有るわ。学園は今や世界の状況を反映する鏡とすら言えるわ」

 

話しているのは自分の国の高官が相手。

なまじ権力を持っているだけに下手なことを言えない。

呼び戻されるかもしれないのだ。

奈落のそばにいることが重大な意味を持つこの現状では日本を離れる訳にはいかない。

――個人的な想いからも。

 

「優位――ドイツやフランスよりもですかな?」

「それは――」

 

言葉に詰まった。

そんなわけはない。

あの、誰よりも奈落に近しい二人を出し抜けるわけがない。

シャルに至ってはもはや家内と言ってもいいほどに仲がいい。

付け入る隙なんてないし――そのつもりもない。

現状で可能性があるのは本音くらいか。

あたしは……友人の立場から奈落にどうにか協力してもらうしか。

 

「我らは慈善事業であなたにISを貸しているのではないのですぞ。しっかりと勤めを果たしていただかなければ」

 

務めって何よ!

文句を吐くのは胸の中で。

そんなものは外交官の仕事だと吐き捨てたくても――できるのは自分しかいないのだ。

たとえISが国防の要だとしても……なんで自分から他の人間がするべき国防の要の役割を果たさなくてはならないのか。

そして、こいつらは絶対余計なことを企んでいる。

直感でしかないが、おそらくはあたっているだろう。

嫌な予感こそよく当たるものだ。

 

「重要なのはこれからでしょ。奈落は更に動くわ。それを探ることができれば有利に立ちまわれる――違うかしら」

「本当にできれば、の話ですがな」

 

――ち。

声に出したりはしない。

釘を刺せた気がしないわね。

本当にやめて欲しい。

変に目立てば、それこそ国が潰れる。

世界に覇を唱えるなんて考えそうな馬鹿どもだ。

現実を見れば、高官どもも愚かな夢を見るのを卒業しそうなものを。

 

「やるわよ。そのためにここにいるんだから」

「生き別れた幼馴染のためではなく?」

 

「……っ! 関係ないわよ」

「だとよいのですがな」

 

痛いところを突かれた。

そんなふうに認識されてしまえば、今後の発言が全て言い訳に聞こえてしまう。

一夏に恋をしているのを違うとは言わない。

だけど、自分は祖国を想ってここにいる。

今自分が軽視されれば、それこそ国が吹っ飛ぶ。

奈落が作る反撃の渦からはじき出されて、バラバラになってしまう。

 

「私は中国人よ。祖国のために戦い、祖国のために死ぬわ」

「さて、それが本心であればよいのですが」

 

しかし、相手はネチネチとからむような言い方をしてくる。

これ以上この俗物と話すのが嫌になってきた。

俗物なら俗物らしく金だけ見てればいいのに――変に自分に都合のいい妄想を見るからこれだ。

 

「話は終わりかしら? それなら情報収集に戻るわよ」

「いいえ、まだ一番大事な話が残っています。実を言えば、そのためにあなたに電話を差し上げたのですよ」

 

「――何よ?」

「あなたは貴重な専用機持ちですよ。中国に帰ってきなさい」

 

恐れていたことを言われた。

 

「っな!? それは――それよりこっちで奈落のことを嗅ぎまわっていた方がいいって話だったじゃない」

「状況が変わったのですよ。それに、あの織斑千冬の弟が戦場に現れるのを知ることができなかったでしょう」

 

前に説得したはずなのに。

一夏のことを嗅ぎつけたらこれか!?

嫌がらせのために国を犠牲にするっての?

 

「それはそうね。でも、奈落がなにか大がかりなことをするとき、私がいなかったら困るんじゃないかしら。他ならぬ私の祖国が」

「それはどうですかな」

 

「は? それは、どういうことよ」

「あなたには関係のない話です。貴重なISをいつまでも遊ばせていくわけにはいきません。即刻荷物をまとめて帰ってきなさい」

 

相手に説得できそうな様子はない。

嫌な予感が当たった――こんなにも早く。

 

「それじゃ奈落のことはどうするのよ!」

「そちらの方はかまいません。戦力の増強が先決です」

 

電話を切られた。

 

「……っち! 何を考えているのよ、大宦官の奴らは」

 

悪態をつけども、どうしようもない。

 

 

 

「本音、あなた分かってる?」

「うん、らっくーは重要人物だから注意しておかないとね~」

 

生徒会室。

そこには主従の姿があった。

楯無と本音――雰囲気こそあっけらかんとしたもの。

だが、話されているのは日本の運命。

和やかな空気に反してとてつもなく重い話題。

 

「やっぱりわかってないわね」

「え~?」

 

楯無はふるふると首をふる。

本音はちょこんと首をかしげる。

 

「日本は他の国とは違うのよ。こっちで何とかしないと、本当に国が潰れるような事態になりかねない」

「でも、盾無様なら大丈夫なんじゃ~」

 

――楯無様。

不断なら絶対に使わない様な言葉だ。

しかし、その言葉には絶対的な畏敬と信頼が込められている。

 

「そうね、私も政界に少なからぬ影響力を持っている。けれど、国の舵取りをするのは別の人間よ。あまり大きな声では言えないけれど、EUやらアメリカやら――それはそれでいいのだけど、市民団体や環境団体に所属している者までいる始末。上はもはや日本なんて放って、勢力争いの様相まで呈し始めている」

「――それは……」

 

「ごめんなさい、あなたに言うことじゃないわね。まったく愚痴なんて私らしくもない。やだやだ――こんなこと言ってたら、眉間にしわが寄っちゃうわね。美少女にしわなんてふさわしくないわ」

「謝るのはこっちだよ。私がバカだから何にもわからなくて~。ごめんなさい、楯無様にばかり背負わせてしまって……」

 

「あなたはわからなくていいの。あんな魑魅魍魎どものことなんて、知る必要なんてない――あなたが汚れてしまう」

 

込められたのは憧憬?

自分が失ってしまった純粋さを本音の中に見ているのか。

それとも――妹を愛するかのように慈しんでいるのか。

 

「……盾無様」

 

視線に現れるのは罪悪感。

尊敬してやまない姉のために、できることをしたい。

でも――彼女にできることはとても少なくて。

 

「だからどんなことでもいい。神亡奈落から言葉を引き出してもらいたいの。そう――あの腰抜けどもを動かせるような……そんな言葉を。後は私の役目。泥の中を這いずってでも日本を守ってみせる」

「うん。わかったよ、やってみせる」

 

「ありがとう、本音」

「ううん、あなたのためなら――盾無様。私はこのとおりどんくさくて、それでいつも蔑まれていた。けれどそんな私をあなたは取り立ててくれた。そのご恩は忘れません」

 

「大したことじゃないわ。それに、使える手駒を増やしたかっただけよ」

「それが嬉しかったんです。私は自分が役立たずだと思っていたから」

 

「そんなことはないわよ。それに――もし神亡が私の考えている通りの存在だったなら、むしろ私なんかよりもあなたが世界の鍵になる可能性は高い」

「……ほえ?」

 

「いいのよ、あなたは何も考えず奈落の傍に居て。そうすれば――きっと世界が動く。そして、日本が生き残る道も見えてくるはず」

「――うん、そうだね。私には盾無様の考えていることなんてわからないけど、頭がいいあなたなら良いやり方を思いつけるだろうから」



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第57話 裏切りのシャルロット

「――で、度々電話をかけてきて僕に何か用かな? こう何度もだと、うざったいんだけどねえ」

 

シャルロットはかかってきた電話を受けた。

秘匿回線からかかってきたそれは誰にも知られてはならないもの。

しかし、それは――“情けないから”という理由でしかない。

 

「シャルロットお嬢様、お父上は悲しんでおられますよ」

「へえ――あの男がどう悲しんでいるのかな? 飼い犬に手を噛まれた気分かな……僕は餌をもらった覚えなんてないけどね」

 

かけてきたのはデュノア社の人間だ。

そう、シャルロットの父親が社長を務める会社。

希テクノロジーとは違って、秘密も持たない真っ当な――そして傾いている会社。

 

「お父上に対してそのような言い方をするものではありませんよ。お嬢様、一度戻ってきていただけませんか?」

 

馬鹿に丁寧な口調だ。

10代の小娘に使うとは思えない、それこそ財界の要人とかに使うような。

もっとも――相手の機嫌を損ねただけで首を切れるのだから、シャルも政界の要人と言えるだろう。

 

「あはは、敬語を使われるのって気持ちいいよねえ。自分が偉いんだって気分になるよ。ほら、君って母さんが死んでから電話をかけてきてくれた人だろう? 元の口調に戻してもいいんだよ? くすくす」

 

嗤う……嘲笑う。

初めにかけられたイヤになるほど尊大な言葉を思い出して――その違いには笑うしかない。

社長の愛人の娘だからって奴隷でも扱うようだったこの人が……ねえ。

 

「とんでもありません。シャルロットお嬢様に向かってそのような口などきけるわけが――」

「前に使ってたことを認めちゃったよ。君も案外馬鹿者だね」

 

からかってやる。

 

「……調子に乗りやがって」

 

殺意さえ込められたつぶやきが漏れる。

しかし、シャルにははっきりと聞こえた。

ギガロマニアックスの超絶的な能力の弊害と言ってもいいだろう。

 

「なんか言ったかい? もう一度繰り返してごらんよ」

 

皮肉になっちゃったかな。

ま、間違ってはいないんだけどね。

 

「申し訳ありません」

 

ブンブンと音が聞こえて――声に至っては震えている。

きっと、電話の向こう側では何度も頭を下げているのだろう……情けないほどに。

あは……やっぱり面白いなあ。

 

「うんうん、許してあげるよ。僕は心が広いからね――で、僕の父親……なんていったっけか。まあいいや、そいつが僕に戻って来いって?」

「ええ、今でこそあなたはデュノア社から転向されてしまいましたが――私どもの方ではいつでもお迎えする準備は整っております」

 

本題が来たよ。

まあ、僕の力があればデュノア社の立て直しなんて簡単だからね。

まったく、ずいぶんと出世したものだよ。

使い捨ての犯罪要員から、今は希テクノロジー幹部。

うん、笑いが止まらない。

 

「沈む会社に、ね……いや、何でもないよ。しかし、父上がね――おかしいな」

「な、なにがおかしいと? あなたと社長は血のつながった家族ではありませんか。心配するのが当然というものでしょう」

 

そうそう、父上なんて存在するはずがないんだ。

会議の出席とか、他会社との挨拶とか……ある時期からぷっつりと途切れてしまった。

彼の姿が確認されたことはない。

会社の名簿にはきっちりと載っているけど、彼は――

 

「――死人なのに?」

 

そう、死んでいる。

完全完璧に死んでいる。

奈落にも確認をとったが、死者の復活は無理なのだそうだ。

因果が強すぎて覆せないとか――何回教えてもらっても、まだよくわからないんだけど。

寝そべりながらがいけないのかな?

ま、死ぬのを誤魔化す方法ならいくらでもあるそうだけど。

 

「な!? ――なんということをおっしゃるので! 言っていい冗談と悪い冗談があります!」

 

慌ててる。

面白いほど狼狽して、遊びがいがあるよ。

 

「だって、僕が殺したはずだしね――」

 

更に爆弾を投下してやる。

こいつらには、突然殺されたとしかわからないはずだ。

そう、いきなり足から上が消失したという現実以外は何も知らない。

僕がギガロマニアックスとして覚醒したその日にね。

ギガロマニアックスという単語すら、彼らは知るはずがない。

 

「へあ?」

「ああ――いや、冗談冗談。うん、僕は笑えない冗談が大好きなんだ。それはそれとして、希テクノロジーをごまかせると思ってるの? 僕はほら……幹部だからさ。色々とおしえてもらえるんだよ」

 

ま、そこを突いても意味なんてないけどね。

父上がいようがいまいが、どっちでもいいよ。

 

「い、いえ。そのような事実などありませんよ」

「あれ? そんな悠長なことを言ってていいの? 僕が心配する筋合いはないんだけどさ――けっこう疑惑を持ってる所もあるんじゃないかな。ほら、資金難で自殺した――とかの噂がさ」

 

ありそうな話だよねえ。

 

「社長は生きていらっしゃいます。ただ――現在は病気で人前に姿を現すことができる状態ではないのです」

「あはは。うん、そういうことにしておいてあげる。でもね――ほら、僕ってかなり真面目に生きてきた真人間じゃないか」

 

いや、まあ――そんな風に生きるしかなかったんだけどね。

母さんが真面目だから。

今となってはどうなんだろうね。

こいつの答えはわかりきっているけど。

 

「はい。シャルロットお嬢様は大変に心優しく、そして清い人間でいらっしゃいます。お父様もよく褒めていらっしゃいましたよ」

「あはは、さすがに父の傍にいる人間だけあってお世辞がうまいね。でも、そんなことを言われても、フランス政府から一つの企業に肩入れしないでくれって、すでに言われちゃったんだよ。ああ、もちろん現在勤めている希テクノロジーは別だけど。だから――ごめんね、君たちに協力することはできないんだ。悲しいし、申し訳ないけどそういうわけだから察してほしいな――っぷぷ」

 

あ、ダメだ。

笑い声が漏れちゃった。

 

「……っ! ふぅ――。それは私どももわかっております。しかし、そこを曲げてどうにかなりませんか?」

 

激高しかけた相手は深呼吸してどうにか持ち直す。

暴言を吐いてもクビを切ったりしないのに。

 

 

「あは。デュノア社って第二世代のシェアこそ大きいけど――いまどき第二世代を新しく買い直すことなんてそうはない。そう――お金のない途上国くらいかな、買うのは。だからあまりお金も稼げないんだよね。貧乏な人にしか売れないから」

 

「もちろん、君たちは第3世代を必死に開発しているよね。でもうまくいってない。曲がりなりにも実機を用意できているところと違って――設計すらできあがっていない。まあ、なにがしかの理論はでっち上げてあるんだろうけどね」

 

「そんな状態だから補助金すら打ち切られた。ISの開発には――ってどんなものにも開発にはお金がかかるけどね。でもISに必要な額は天文学的な数字になる。政府の補助金がなければ無理だよねぇ」

 

「だから僕に泣きついてきた。だって、僕くらいしか助けることのできる人がいないもんね。頼るものすらない――そんな状態じゃ銀行だってお金を貸してくれないんでしょ? いや、僕がそっちに行けば融通してもらえるのかな」

 

 

それが、この会話の全貌。

ただ傾きかけた会社を建て直してほしいとの――願望。

ま、やってあげたところで恩は忘れられるものと相場が決まっているけどね。

 

「――そう言えば、シャルロットお嬢様は希テクノロジーにISを頂いたとか。使い心地はいかがですか?」

「露骨に話をそらしたね。まあ、うん。使い心地とか言われてもね、僕が今使ってるISはホワイト・グリントって言うんだけどさ、まあスペック上最強と言われるだけあって色々とふっきれちゃってるから、使い心地とか比べられるものじゃないんだよ」

 

「それでは――まさか希テクノロジーは第3世代機の開発に成功しているのですか? 各国とも未だに試験段階だというのに」

「ああ、うん。あれは第3世代機なんかじゃ――いや、そういうことにしておくよ」

 

「それは――ちょ……奥様、お待ちくださ――」

 

なにやら電話の向こうでもめている。

電話を奪い取る大きな音が聞こえて。

 

「――この泥棒猫が!」

 

罵声が飛んできた。

30を超えた女のヒステリー気味なダミ声が響く。

 

「調子に乗るなよ、この淫乱メス豚が……っ! あんたなんてね、どうせ若さくらいしか取り柄がないんだから、うざったい反乱をしてないで私に従えよ! どうせ体を使って男をたらしこんだんだろうがよぉ!」

「……」

 

「このド畜生が! 馬鹿! 間抜け! テメエなんざあの見境もなく発情するクソ淫乱と一緒にのたれ死んでしまえばよかったんだ。そうしたら、あの人も――っ! 私はいつまでも豪勢な生活ができたんだよ!」

「……」

 

「何とか言えよ、この畜生が! ゴミ虫! 殺してやろうか!?」

「――あなたは哀れな人だね」

 

口調はあくまで優しく――本気で他人を心配する聖人そのもの。

だが、相手には見えていないもの。

それは口の端に浮かぶ奈落のような笑みだった。

 

「何を言ってるんだよ、テメエ! ついに狂ったか? この――」

「かわいそうに……本当の愛を知らないんだね」

 

「はぁ?」

「誰かに尽くすことが人の幸せなんだよ。贅沢な生活で気を紛らわすことはできても――本当の幸せにはなれない。愛する人を幸せにすることが――本当の幸せなんだよ」

 

これは刃。

 

「ううん。愛する人を幸せにして――それで自分が愛されることが幸せなのかな? まあ、どっちでもいいや。同じことだしね」

 

愛という刃。

 

「君の人生は虚飾だ。豊かさも人を愚弄することも、全ては自分が幸せだと――自分を誤魔化そうとしているだけ。本当に哀れだよ。君は社長を愛していたのかな? 違うよね。そうだったら、そんなにはならない。自分をごまかすために必死になったりしない」

 

暖かな陽の光は、ときに泥にうずくまるものを焼き尽くす。

 

「……テメエ! 好き勝手ほざくんじゃねえよ!」

「――ああ、哀れだ。あなたは本当にもう……どうしようもないんだね」

 

とどめ。

哀れみという、人を殺す刃が臓腑に突き立てられた。

 

「ぎ――グギ。ギアジャアアアアアアア!」

 

ついに奇声をあげて暴れだした。

受話器を話してもまだ、物音が聞こえる。

 

「……シャルロット様!」

「あれ? 戻ったね。もう一人はどうなったの?」

 

「暴れております。人を呼びましたが……あなたは一体何をなされたのです!?」

「……っふふ。まあ、ちょっとした復讐かな」

 

「――な、何を?」

 

戦慄している。

言葉だけで人をあんなにできることに想像が及ばないのだろう。

けれど、いつだって……言葉こそが世界を紡いできた。

 

 

 

「復讐ってどう思う? 僕としてはさ、殺して終わりっていうのはちょっと違和感があったりするんだよ。ほら、快楽殺人者がいるとしてさ――そいつがバトルジャンキーだったら喜ばせちゃうじゃないか? というか、快楽殺人鬼がそれを目的にして殺すってこともあるみたいだし。それって復讐になるのかな。だって、相手が喜んでしまうでしょ」

 

「ま、復讐ってのは本質的に自己満足で――やった人が満足できれば十二分に目的と果たしたとは言えるかもしれないけど。僕としては相手を不幸にしてやることが復讐の本質だと思うんだよね。まあ、一番いいのはどこかの創作で見た、自分が幸せになってやるっていう復讐だったけど。うん、かわいいよねえ」

 

「そのおばさんのような類の人間は自分をごまかしている。その虚飾を暴いてやれば――ああなる。虚飾だろうと関係ない。見せかけの憐れみと同情で、自身の汚い本質を直視させてやるのさ。結果は――君はその目で直接見ただろう?」

「ええ。ですが、復讐とは穏やかではありませんね」

 

「そうだね、穏やかじゃないよ。うん、復讐する相手って言ったらもう一つあるよね」

「――っ! お手伝いしましょうか?」

 

息を呑んだ。

学生時代に僕をいじめてた奴とでも思ったかな?

でも、息を呑むってことは……そういうことだよね。

 

「あはは。誰のことだと思ってるの? 貧しくて困っているときには無視してて、保護者が過労で死んだ隙に未成年を連れ去った極悪非道な人って誰だっけ?」

「さあ――私は存じません」

 

すっとぼけられちゃったよ。

まあ、自分ですとは言えないよね。

 

「そうだね――僕は肩入れするなと言われてたんだった。ま、政府からだけどね。でも、忠告くらいなら問題はないでしょ。そう……未だに第3世代機を作れないような企業は切り捨てたほうがいいんじゃないかな? ってさ――」

「お、おやめください! お父上はデュノア社の社長ですが、快く思わなかった社員もいたのです。どうか――彼らのことも考えてやってください。私で良ければなんでもしますから」

 

責任転嫁しちゃったよ。

僕にとっては止められなかったのなら、止めなかったのと同じだと思うし――

――それに、反対するにしても抗議に至らなければそれこそ思っていただけだよね。

 

「ねえ、知ってる? 日本にはハラキリという文化があったんだってさ?」

「は?」

 

「ようするに、日本刀で腹を切って詫びるってこと」

「わ、私に死ねと?」

 

「なんでもするんじゃなかったの?」

「そ、そのようなこと――できるわけがありません!」

 

「くすくす。じゃあ、いいよ」

「――へ?」

 

「これもちょっとした復讐。焦った?」

「…………っ!? はい、それはもう」

 

「ま、君たちをつぶしたところで奈落が得するわけでもないからね。どうでもいいよ、そんなこと」

「そんなこと――とは?」

 

「君たちの進退なんて僕にとってはどうでもいいんだ。ま、恨んだ時期もあるよ? でも、今はそれより奈落のことだよ。僕の愛する人。僕はね――彼に会うために生まれてきたんだ」

「……」

 

「さて――奈落の役に立つことにしよう。ミレニアムに何を聞かれた? 答えなきゃ、本当に君たちの命運をつぶすよ。さっきまでの冗談じゃなくてね」

「は――」

 

「僕は本気だからね? 奈落のためなら手加減なんてしないよ」

「いえ、そういうことでしたら。確かにミレニアムと名乗る者からの通信を受けました」

 

「逆探知は?」

「試しはしたのですが――」

 

「妨害されたってわけか。ま、仕方ない」

「あなたのことを色々と聞かれました」

 

「――ふむ。さすがに僕が奈落側とは見抜かれているだろうね。転向までしちゃったんだから。で、どれだけ情報を渡したの?」

「個人情報をかなり。奴らは生い立ちや親についてよく知りたかったようです」

 

「ふう、ん――。どれだけの意味があるのかな、その行為に。デュノア社に残してある情報に大したものはないんだけど」

「それは、わかりかねますが――」

 

「君には聞いてないよ。他は?」

「それだけです」

 

「個人情報だけ?」

「はい」

 

「そうなんだ。まあ、不気味だけど――気にしててもしょうがないね」

「シャルロットお嬢様?」

 

「ああ、うん。僕は君たちの件についてはノータッチだから。ミレニアムのことさえ聞ければいいよ。じゃ、勝手に頑張って」

「シャルロッ――

 

電話を切った。



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第58話 敗北

「まだ奈落は帰ってきてないのか?」

「まあね」

 

答えたのはシャル。

ここにいるのはいつものメンバーから奈落を引き、盾無を足したもの。

いや“いつもの”には本音は含めてもいいのか――なんにせよ彼女もいる。

 

「まあ、私らとしてはまだ1日目だし――あんたらが出て行ったときもこんな感じだったわね」

「いや、まあそれは――」

 

口ごもる一夏。

それにちらっと目をやった鈴音。

 

「気にしてないわよ。で、希テクノロジーはどうしてるの? 勝手なことをされて怒ってたりしない?」

「それについては問題ないよ。僕達奈落チームはどちらかと言うと独立して動いてるし。それに、やることはやってるよ――文句を言われる筋合いなんてない」

 

シャルが横から答えてしまう。

 

「でも、連絡が取れないって……」

「そうだよ。でも、究極的には支障はないしね。ミレニアムが本拠地に攻めてこない限り」

 

断言した。

本拠地とは、真の総裁がいる……そして、彼らの計画の要であるノアⅢの開発が進められている極秘の島。

 

「本拠地って――」

「隠してあるよ、そりゃ。さすがに奴らも見つけられてないし」

 

「それにしても噂すら聞いたことがないんだけど?」

「噂が出るほどに知られたら調べられちゃうでしょ。どこの国家だって何も知らないよ。ま、世間には都市伝説に紛れてそういう噂が出てるけどね」

 

「それはどこに――」

 

狼狽する。

希テクノロジーの総本山を見つけることは、どれだけの利益を生むか。

大手柄どころではない、だれでも黙らせることの出来るほどの功績。

 

「――ん?」

 

しかし、問われる方はふと視線を外す。

 

「どうしたんだ?」

 

不穏なものを感じた一夏が聞いた。

彼はもはや一流の戦士。

その感性に触れるものがあった。

 

「今、殺気を感じたような」

 

いつものにこにこ顔から一転、険しくなった。

――殺気。

そんなものを出すのは”敵”しかいない。

残念ながら、心当たりはいくらでも。

 

「これ、あいつらとは違うね。うん、本物が来ちゃったか」

「本物――って……」

 

あっさりと言い放つシャルに鈴音が疑問符を一つ。

そう、知っているものでなければわかるはずがない。

あの馬鹿げた大軍勢が、実は全く本気じゃなかったなんて。

これまで各国に出現したミレニアムが実は、適当に金で釣った職にあぶれた元軍人を教育すらせずに使っていただけだなんて。

 

「ミレニアム……劣化複製の大量生産した紛い物なんかじゃない――本物の第3世代機が来るよ」

「それは……」

 

本隊はこれまでの使い捨てとは違う。

ISを扱うための訓練を存分に受けた究極の兵隊たち。

真の殺戮部隊。

 

 

 

「行ってきなよ、一夏。彼らの狙いはきっと君だ」

「……っ!」

 

無慈悲な宣告に息を呑む一夏。

彼が立ち上がったのは世界のためでも――

――今現在危機にさらされているのは彼の学友なのだ。

 

「さあ――行ってきなよ」

「――ああ」

 

うなづく。

そんなことは全てわかっていた。

その上でミレニアムと戦うことを決めた。

迷いなどない。

 

「がんばってね。で、セシリアに鈴音は手伝ったりする? 私は手伝わないけど」

「――それは」

 

言いよどむ。

即答することはできない。

本心は決まっている。

だけど、立場というものが邪魔をする。

 

「手伝いますわ! まあ、一夏さんを倒してもそのまま帰ってくれるとも思いませんわ」

 

いや、邪魔されないものがいた。

わざわざ危機に突っ込んでいくことは代表選手として認められるはずがない。

だが、身にかかる火の粉を払うのは強者の義務。

 

「ふーん、セシリアは手伝うわけね。で、鈴音は」

「手伝うわよ、手伝ってあげるわよ!」

 

やけのように叫んだ。

ああ、これでまたグチグチ言われるんだろうなと思いながらも。

 

「お手並み拝見と行かせてもらう」

 

ラウラがふんぞりかえる。

ミレニアムと協力することを決めた祖国から亡命した彼女はあいも変わらずの様子である。

まあ、彼女の所属する部隊もまた亡命しているから人質云々の心配はいらないのだが。

 

「悪いけど、お願いできるかしら。私は学園の方に被害が及ばないようにフォローしておくわ」

 

楯無は動かない。

学園関係をどうにかするのは彼女の役目だ。

 

「えーと……えと…….皆私の分までがんばってね~」

 

本音は精一杯に手を振る。

 

 

 

「ほう……3人で来たのか」

「あんたこそ一人で来るなんて余裕だな。ミレニアムは数しか取り柄がないんじゃないのか?」

 

学園のはずれにある場所。

そこで3人と1人は対峙する。

4体のIS――感覚が麻痺しそうになるが、本来なら壮観なこの光景。

 

「奴らはただの餌にすぎん。私こそが正当なナチスの一員なのだ」

 

言葉通りに異彩を放つ。

操縦者である彼自身の首の横にあるのは犬の首が二つ。

ケルベロス。

それが彼の操るIS。

 

「――なるほどね、本気ってわけ」

「その通り。そして、このISケルベロスも黒椿などとは一緒にしないでもらおう」

 

そう言う彼のISは三つ首――文字通りの異形。

真ん中に彼の首があり、横には犬の意匠の首が二つ。

以前奈落が戦った機体。

だが、言葉を喋れている。

アレは操縦者を強化しすぎたせいで、副作用により話ができるほどの知能を失ってしまった。

だが、こいつは違う。

きっちりと理性を保つ完成形。

 

「なるほど。で――以前の敵とは違うお前は奈落の不意討ちに倒されるとは考えなかったのか?」

「は――いくら奴とは言え、このケルベロスを相手に……」

 

「――ふ!」

 

不意討ち。

会話を仕掛けて返されたところで、そこを狙う。

瞬時加速で近づいて袈裟切り。

 

「――くっくっく」

 

敵は笑っている。

まるで予想していましたよ、とでも言うように。

 

「――っ!?」

 

カウンター。

するりと動きを合わせ、剣をぎりぎりでかわす。

一夏の突進の勢いが失われないうちに腹にショットガンをぶち込む。

――吹っ飛んだ。

不用意な突撃には大きすぎる代償。

 

「「一夏!? この――っ!」」

 

スターライトmkⅢ、そして龍咆が火を噴く。

二機のISによる全力射撃。

敵がただの代表候補であるなら瞬きする間もなく終わらせられたろう。

しかし、敵は紛れも無いミレニアムなのだ。

 

「は――っ! そんな攻撃が当たるものか」

 

言葉通り全ての弾幕を回避する。

そしてライフルを丁寧に当てる。

全弾を命中させる。

 

「おお!」

 

一夏が雄たけびを上げる。

確かに以前までの敵とは違う。

そもそもISに慣れていなかった彼らは移動すらまともにはできなかった。

だが、こいつは――!

 

「斬!」

 

袈裟切り。

当然のようにかわされる。

だが、それは予想していた。

そこから流れるように突きを繰り出す。

ひらりとかわされた。

 

「――まだよ!」

 

双天月牙――ブーメランの一撃。

一夏の二連攻撃に続いての鈴音の攻撃。

これもかわす。

 

「私を忘れないで頂けます!?」

 

体制が崩れたところを正確に狙う。

射撃。

息もつかせない四連攻撃。

 

「――ひひ」

 

顔を笑みの形に歪めた男は見もせずに体をひるがえしてかわす。

 

「なるほど。さすがにやりますわね――ですが! 私の攻撃はまだ終わっていませんわ」

 

ブルー・ティアーズ。

すでに配置しておいたビットによる攻撃。

これはかわせまい。

――と思いきや、これすらかわす。

 

「――化け物め」

「まさか、ね。これでもダメなんて」

「あの方は未来が見えているとでも言うんですの……っ!」

 

口々に絶望がただよう。

――強すぎる。

こんなことは、奈落ですら無理だ。

 

「よくわかったな。そう、このケルベロスは未来を見せる」

 

「嘘でしょ。それ、単一機能じゃない――まさか、ミレニアムは全員進化しているとでも言うの?」

「ふん、それこそが第3世代の特徴だろう。そこの織斑一夏にも使えるはずだ――単一機能がな」

 

「確かに、だがこいつは特別だからって……」

「いつまでも自分が特別でいられるとは思わないことだ。そして、同じ第3世代でも操縦者が違う」

 

「へえ――随分と自信家ね」

「ふ、客観的に見た結果だよ。私は君たちのような人間とは違う――人工的に能力を高めた超兵なのだ」

 

「――超兵?」

「薬物により反射を、そしてナノマシンによる身体を強化し、ISとの融和性を高めた改造人間のことだ。そう、我々は人類の英知の結晶により作り上げられた超人なのだよ」

 

「御大層なことね――セシリア」

「ええ!」

 

ビットが四方を取り囲む。

そして、3人の突撃。

 

「貴様らただの人間が何をやろうとも無駄――」

 

ビットを完全に見切り、セシリアに肉薄する。

牽制にすらなりゃしない。

 

「無駄!」

 

爪による一撃。

――殴り飛ばされた。

 

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄――」

 

次は鈴音。

ラッシュをかける。

防御も、かろうじての反撃も意味なんてない。

全て完全に読まれている。

 

「無駄ぁ!!」

 

至る所全てをずたぼろにした鈴音を蹴り飛ばす。

すぐに一夏も殴り飛ばす。

折り重なるように倒れ伏せる。

――動けない。

絶対防御が発動した。

つまりは敗北。

けちのつけようもない敗北。

 

「うぐぐ……どうなってんのよ、これ」

「まるで歯が立ちませんわ」

「ちくしょう……っ! 動け、動け――白式!」

 

嘆けども、抵抗しようとしても無駄。

これが現実。

無慈悲で圧倒的な――っ!

 

「ふふん、しょせん代表選手といえど――我らミレニアムの敵ではないな」

 

勝ち誇る。

それは勝者の権利だ。

 

「さて、殺すか。しかし、絶対防御とやらも不便なものだな。命を守るのもいいが――そのために動けなくなっては本末転倒。逃げることすらできんのだからな――っ!」

 

「いや、待てよ。そうだ、一夏とやら――貴様を殺すのは一番最後にしてやろう。我々に逆らったことをお仲間の悲鳴を聞きながら後悔するのだな」

「テメエ……っ!」

 

「まずは小さいガキ。貴様からだ」

「うぐ……っ!」

 

「命乞いしてもいいんだぞ」

「どうせ助けちゃくれないんでしょ。それなら最後まであんたのことを睨みつけてやるわよ」

 

「気丈なガキだな。腕の一本でも切り落とせば心地よい悲鳴を聞かせてくれるかな」

「は……冗談じゃないわよ」

 

「鈴音!」

「そんな顔するんじゃないわよ。あたしの実力が不足していただけなんだから」

 

「ち。つまらん。そんな茶番を見せるな、悲鳴を聞かせろ」

「――は。ばぁか」

 

悪態をつく。

べえっと舌を突き出して小馬鹿にしたような。

 

「このガキ!」

 

鈍い音が響いた。

無抵抗な人間が蹴られる音……ではない。

一夏がケルベロスの蹴りを受け止めた。

 

「お前なんかにやられはしない」

「限界を超えてなお、動くか――化け物!」

 

「これで終わりにしてやる【零落白夜】」

「――で、その程度の攻撃がなんだ?」

 

ケルベロスは一夏の全力の攻撃を受けとめもせず――そのまま返した。

腕をつかみ、刀身には触れもせず、くるりと返す。

刀は止まらない。

なまじ全力で攻撃したため、とっさに発動を無効にもできない。

 

「私には未来を予知する能力があるのだ。この私を貴様ごときが倒そうとは――片腹痛いわ!」

 

蹴った。

一夏の起死回生の一撃はあっさりと防がれた。

――無理だ。

実力が違いすぎる。

未来を読むこの敵を前に首を垂れることしかできない。

 

「我らが偉大なるミレニアムに逆らった罪、その身で――」

 

頭が消し飛んだ。

 

「やれやれ、未覚醒のギガロマニアックスではこんなものなのかな」

 

死体の上にシャルロットが降り立つ。

 

「未来予知、ね――馬鹿馬鹿しい。こんなものはしょせん機械による予測なんだ。反応速度を超えて銃を抜き、さらには認識不可能な弾速で撃てばこのとおり。反応すら出来やしない」

 

滅茶苦茶なことを言う。

それは――相手が強すぎてはどんな能力を持っていようがどうしようもないという、そんな無慈悲。

圧倒的な現実(リアル)

 

「それで勝ったつもりか?」

 

突然かけられる声。

タイプの違うISが9体。

1体、また1体と音もなく表れる。

 

「奴は我々の中でも一番の小物。未来を予知できたとて、それをどうにかする力がなければしょうがない」

「そう、奴などしょせん逃げることしかできないクズよ」

「我々の機体と一緒にしてもらっては困る」

「最凶のISの前に絶望しろ」

「貴様に逃げ場はない」

「貴様に勝ち目はない」

「まずは仲間を殺してやろう」

「次はお前だ」

「八つ裂きにして、それからまた八つ裂きにしてやろう」

 

この機体、おそらくは全てが黒椿とは一線を画すミレニアム製の第3世代IS。

操縦者もまた超兵なのだろう。

勝ち目などあるのか。

ケルベロス1体を相手にしてすら全滅するところだったというのに。

 

「よくやったね、一夏。上出来だよ、後は僕に任せてね」

 

微笑むのはシャルロット。

どうやら彼女が全て壊してしまうつもりらしい。

 

「なんだ、貴様は?」

「貴様――シャルロット・デュノア」

「あの神亡奈落の配下」

「【ホワイト・グリント】の操縦者」

「奴に何か言われたか」

「我々の邪魔をしに来たのか?」

「好都合」

「今、ここで死ね」

「死体といえど、使い道はある」

 

「あはは。かわいいなあ、僕をどうにかできると思ってるんだね――たかだか九人で、それも第三世代でさ。狼に向かって鎌を振り上げるカマキリ君たち、神様にお祈りはすませた? 部屋の隅でガタガタ震える心の準備はOK?」

 

「なめるな」

「たとえギガロマニアックスが相手でも」

「ミレニアムが負ける道理がない」

「我々は超兵なのだ」

「その恐るべき力を目の当たりに――

 

「ま、別にしてなくてもいいよ。一瞬で終わるから」

 

「その言葉」

「そっくりそのまま返そう」

「貴様は後悔する――

 

規格外超弩級戦略兵装(オーバードウエポン)――複合型多連装波動砲|≪マルチプルパルス≫」

 

ハリネズミのように棒が突きだした姿。

体の全てを隠すかのような仰々しい針のむしろ。

それら……一本一本全てがパルスキャノンだ。

 

「――うふ」

 

シャルロットは、その悪魔の兵器を放つ。

視界を埋め尽くす光。

去った後には何も残らない。

とてつもない威力。

辺り一帯を焼きつくしても、なお止まらない。

 

「あの……そろそろどいてくれません?」

 

セシリアが遠慮がちに聞く。

あまりの威力を前に完全にびびっている。

 

「ああ、ごめんごめん。射程範囲外って足元くらいしかないからさ」

 

とん、と降りる。

その姿にはあれだけの破壊をもたらした凄みは感じられない。

本人も……ふつうのコトをしただけ、といった具合。

 

「しかし――とんでもありませんわね。三対一で苦戦した敵を、あなたは一対九で倒してしまうんですもの」

「あはは。奴ら油断してたんだよ」

 

――そんなわけがない。

奈落の側近を前に油断など。

ただただシャルロット・デュノアという戦力がミレニアムの部隊を圧倒していただけの話。



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第59話 一夏出生の秘密

「やれやれ、暗い顔だな。何があった?」

 

奈落が帰ってきたのは次の日の夜。

夕食時に食堂に姿を現した。

 

「お帰り、ちょっと一夏が負けちゃってさ。それで落ち込んじゃってるの」

 

答えたのはシャルロット。

このお通夜のような空気の中で、一人料理をパクついている。

ラウラはいない。

 

他は一言も発せずに腹に食料を詰め込んでいる。

 

「ふむ、私が席をはずしている間に何かあったか?」

「奈落が席を外してたのって――ウェアヴォルフって子たちに関して? ついてこなかった子たちを心配する義理はないと思うんだけだどな」

 

――ウェアヴォルフ。

本当に“そう”だと断言できる存在は一言も言葉を発しなかった少女くらいのもの。

だが、奈落を襲撃してきた3人とシュレディンガーも含めるのもいいだろう。

 

「義理はなくとも、責任はある。あいつらを放っておけはしないさ――で、ミレニアムの襲撃か? 悪いが、そこまでは考えてなかったな」

 

珍しく後悔しているよう。

普段ならさっさと埋め合わせでもするのだろうが――

――こうまであからさまに謝意を表すとは。

どうにも……感傷に浸っているようだ。

 

「僕が何とかしといたから大丈夫。でも、落ち込んじゃってるね――僕としては元々一夏なんかじゃ太刀打ちできないと思ってたけど」

 

まあ、落ち込んでいる原因は彼女にもある。

全く歯がたたない相手を鎧袖一触で蹴散らしてしまったのだ。

自分の無力さを痛感せずにはいられない。

 

「ちょっと、それってどういう意味よ!?」

「やめてくれ、鈴音……俺は何もできなかった」

 

激高する鈴音と、なだめる一夏。

対称的な光景。

 

「ふむ。相手は?」

「え……なんだったの?」

 

シャルは一夏に聞く。

……確かにあれだけ一瞬で倒してしまえば、相手がなんであっても変わらないだろう。

一撃、それも相手の認識限界速度を超えた不意打ち。

戦いとすら呼べない殺戮。

 

「あいつはケルベロスだって言ってたわ」

 

鈴音が答える。

言葉に出すのも嫌そう。

あんなものは反則だとでも思っているのかもしれない。

 

「なるほど、アレか」

 

うなづく奈落。

 

「知ってるの?」

「一度やり合ったことがある。あれは試作機だったが――なるほど。完成させたか」

 

学園に来てまもないころ…….彼は独自の任務で学園を離れ一つの研究所を潰した。

そう、そこで研究していたのがケルベロス。

強化された――そう、もう寿命すら残らないほどに改造された人間をコアとする違法なIS。

 

「私たち、手も足も出なかったわよ」

「ふん――ま、仕方ない。人間がアレに相対するなら圧倒的な火力でも持ってこないとどうしようもないだろう」

 

確かに。

未来を読む。

あれは二つのコアによる演算によって未来を予測しているに過ぎないが、その予測を超えるのは至難の業。

わずかな挙動からでも次の行動を完全予測してくるのだ。

 

「どうやって倒したのよ?」

「私にその圧倒的な火力がないとでも?」

 

「そうだったわね。で、なんとかなるの?」

「何がだ?」

 

「私たちがあいつを倒せるようになるかってこと」

「まあ――まず無理だな」

 

冷たく言い放った。

 

「……っ!」

「まず基本性能が違う」

 

指をピッとさす。

 

「あいつらの第3世代は私たちの第3世代とはわけが違うって?」

「いや、そういうわけではない。君たちのISは威力に劣っているように見えるが――そんなのは競技用に調整されているせいだ。もう2、3日……で済むか分からないのが政治の厄介なところだが、本国から技術者が来て戦争用にチューンアップしてくれるだろう。まあ、一夏の機体はすでに枷を外してあるがな」

 

「――つまりだ、機体の性能の差ではない。性能と言ったのは中身のことだよ」

「中身……国家に選ばれた私たちの技量が、テロリストなんかに劣っているとでも!?」

 

激高する。

それはそうだ。

国家代表となるべく訓練を積んできた――その自負があるだけに、たかがテロリストなどに技量が劣っているなどと認められるわけがない。

代表者とは、文字通りに選ばれた人間であるのだから。

 

「技量? 私は性能と言ったはずだよ。スポーツで例えると――オリンピックレベルでは見られなくとも、学生同士の試合ではよくあることだろう。スペックの差が試合の勝敗を決めてしまうということが」

 

いいや、奈落が言っているのはそんなことではなかった。

そもそも化け物たる奈落は技量などに固執はしない。

技術を磨き上げるのは彼らの流儀ではない。

圧倒的な力。

それこそが彼らの頼むもの。

純粋な身体能力こそが存在の優劣を決める、

 

「奴らは人為的に改造を施された――いわば作られた超人だ。技量で上回る? ――っは! そんなのは当たり前だ。化け物が技を磨く必要なんてのはない。人間は己が生涯をかけて磨いた技で化け物という災害に立ち向かわねばならない。君が技量で上回ったところで、人間を捨てた化け物に勝つことなんてできやしない」

 

身体能力の差は技術をひっくり返す。

どんな小細工をしようが、それはしょせん小細工でしかないのだ。

そもそもが、人間を捨てまでした化け物に……人間が努力したくらいで敵うはずがない。

 

「もっともこれは人間の話で――化け物には関係ない。なあ、一夏?」

「どういう……ことだ?」

 

つまらなそうに一夏をあごさす。

けれど一夏はよくわかってなさそうで――自覚なんてありゃしない。

 

「選択肢の話だ。まあ、詳しいことまで話す権利は持ってないから色々と不明瞭な部分を残さざるを得ないのだが――君に化け物としての自覚を与えよう、一夏」

「俺が化け物だって?」

 

いぶかしげに訪ねる一夏。

にわかに信じられはしないだろう。

周りに異能を持つ化け物がいやというほどいても――それでも自分がそうだとは信じられない。

それならもっと――何かが違っていたのではなかろうか。

 

「そう、私と同じように」

「待ってくれ。意味がわからない。お前が化け物で――俺が化け物? わかるように言ってくれ」

 

だから聞き返す。

理解できても、納得はできない。

……意味がわからない。

わかることを拒否してしまう。

 

「お前が言った以上に分かりやすい言葉にはできないと思うがな。まあ、異能を使う人間なんていない。それは――元人間、もしくは初めから人外だったかのどちらかだろう。そして、そのいずれにも化け物という呼称は当てはまる。そういう意味では、シャルにラウラ、そしてお前の姉とその共犯者たる束も化け物だ」

「……っ!?」

 

冷たく事実を指摘していく奈落に、一夏は冷や汗をかくことしかできない。

実際、奈落にはわからない。

初めから普通などとは縁遠い存在だった彼にとって、異質であるのはアタリマエのことでしかない。

それが彼のずれ。

皆とは違う彼には、それこそ“普通”などテレビの向こう側にあるもの。

 

「だが、聞かなければ人間の側に居られる。能力を使わなければ普通に人間のままで生きていられる」

 

あっさりと全てを翻してしまった。

逃げ道を提示した。

 

「化け物になると――どうなるんだ?」

「いや――別に」

 

「は?」

「いや、ギガロマニアックスとしての能力が使えるから、自分の身体能力を弄ったりできるが――まあ日常生活では役に立たんな。便利な小物のために自らの寿命をすり減らすなら話は別だが」

 

「なら、教えてもらった方がいいんじゃないか?」

「いいのか? 確かに隠しきれるほど腹の中が真っ黒なら話は別だが――人外が人間の中で生きるのはつらいぞ。しょせん――同じ人間とは言えないのだから」

 

「それでも、皆を守れる力が得られるのなら」

 

……一夏らしい。

 

「――よし。それならどこから話そうか」

「待ちなさい、一夏が人外ってどういうことよ」

 

「そのままの意味だ。詳しくは織斑千冬に聞け」

「――は?」

 

 

 

「――ほう。なら話してやろうか」

 

千冬が突然現れた。

 

「「「織斑先生(千冬姉)!?」」」

 

まあ、理由としては奈落に会いに来たのだろう。

先の襲撃は学園には隠しておいたが――彼女にまで隠し通すことなどできはしない。

 

「良いのか?」

「ああ、今こそ私の罪を話そう。それをお前は望むのだろう……一夏」

「……話してくれ」

 

「――ふん、それについてはお前の罪も暴露するぞ、神亡」

「細かいことを言えば私の罪ではないがな。まあ現在の計画を取り仕切っているのは私だ――咎も引き継ごう」

 

「そもそも私がギガロマニアックスになったのは希テクノロジーの実験によるものだ」

「そう、当時は誰がそうなのかを見極める方法が確立していなかった。だから、確率の高そうなのを浚ってきたり作ったりしたわけだ」

 

「目的はもちろんギガロマニアックスの創造。さらにその先――最終的な目的はマインドコントロールだ。ま、日本中を洗脳したいと思う動機なんて星の数ほどあるだろう。ほら、資金を提供していた政治家に宗教団体――なんて言ったか?」

「政治家の方は忘れた。宗教団体は天成神光会と言う。しかし、マインドコントロールなどではない。確かにそう偽って彼らから研究資金を調達していたがな」

 

「そして、今はIS信仰会と名を変えて希テクノロジーの資金源となっている」

「それは言わない約束だろう?」

 

「――ふん。公然の秘密というわけだな。はん! 環境団体を組織してどこぞの副社長あたりが私腹を肥やすというのは良くある話だがな」

「それとは違う。我々は全ての人々を救うためにその資金を使っている。もっとも、今回のミレニアムは準備が終わる前に出てきたので、なんとも中途半端になってしまったがな」

 

「まあ、この件についてはこれくらいでいいだろう。私がギガロマニアックスとなった経緯はこんなものだ。で、次は仮想観測世界論なんだが――」

「それについては私から説明しよう」

 

「なに? 希テクノロジーが総力を挙げて隠してるって言うオチ?」

「いや、隠してないさ。だれも信じていないような論文なんて、隠すよりも放置したほうが見つかりにくい」

 

「へえ、そんなハチャメチャな理論があるもんなの?」

「そういうのはけっこう学会にすら提出されていたりする。もっとも、日の目を浴びることはないが。よくある馬鹿げた話だと笑い飛ばされた論文の一つだよ。違うのはただ一つ――実在すること」

 

 

 

「その理論を仮想観測論と言う。それは仮想的に観測した世界は虚数世界に実際に作られるということ。そして、虚数世界は滅びるときに現実世界に爪痕を残す」

 

「人が認識するまでは星々がただの塗り絵だったと言った傲慢な哲学家がいたそうだが、これはそのものだな。妄想がなければ虚ろな世界は存在しない。これは――まあ誰にでも作れる」

 

「そうだな――強く願えば夕食に何々を食べた世界、自分が一番強い世界なども作れるだろう。もっとも、そんな世界は弱くて――この世界に影響を及ぼせたとしても夢に見させるくらいだ。だから、こんなのはオカルトでしかない」

 

「だが、その理論により存在を規定された故に最後の一線を突破することができた。つまりは虚数世界で朽ちるには強すぎる世界が、この世界に影響を及ぼすようになった……異邦人という形で。虚ろな世界と虚ろな意思が一つになったとき、虚人はこの世界へとやってくる」

 

「つまり我々は大量虐殺者というわけだ。この本物の世界に来るために自らの偽物の世界を皆殺しにした。考えてもみろ、普通に過ごしていて世界で最後の一人になるなどそうそうありえない。自分からそう状況を作っていかねば」

 

 

 

「そう、その仮想世界観測論で私は一夏を生み出した。もっとも、どんな手違いが起きたのか――それとも他と混ざったのだかわからんが……私が願ったのはな、実は妹だったんだよ」

「――は?」

 

「そんな顔をするな。むしろ当然だろう、束とともに女尊男卑世界を創った人間としてはな。だが、それは本題ではない。私が欲しかったのは家族だ――性別など関係ない。だが、変なことが起こってしまったのだ」

「ええっと……」

 

「お前は遺伝学上、女なんだよ――我が弟。だから束製のISを扱えるのかも知れんがな。だが、体も心も……まあ完全に男だと言ってもいいだろう。お前が男相手にその――なんだ――恋心を抱いているようすもない」

「俺、女!?」

 

「遺伝学上は、な。まあ、虚数世界に生まれたこの世界と異なる世界の住人だったのだ。遺伝子が我々の逆になっていたとしても、そう驚くべきことではない。まあ、問題があるとすれば――」

「問題があるとすれば?」

 

「自然生殖が不可能なんだ。だが、まあ――現代の技術を使えば女同士でも子供は作れるから安心しろ」

「いや、全然安心できねえよ!? 俺は玉無しかよ!」

 

「はは。まあ、その、なんだ――すまん」

「ああ、いや。千冬姉のことを悪く言うつもりじゃなかったんだけどよ」

 

 

 

「いいや。本題は違うね」

「……奈落」

 

「お前は虚人だ。つまりは世界を殺した大犯罪者。死を積み重ねて積み重ねた――最悪なる最悪。人でなし――人外」

「ふん。一夏にそんなことができるものか。近くにそういう設定を後付けできそうな人間が近くに居るだろう」

 

「束か? それともあなたかな?」

「私だ。もっとも、その記憶は封印したがな」

 

「つまり、どういうことだよ?」

 

「虚人は生き残った、ただ一人となって世界と同化しなければここには来れない。そして、お前には全人類を殺せるだけの精神は持ち合わせていない。つまりだ、実行犯は別にいるということになる」

「それじゃあ――千冬姉が殺したのか? 俺のために」

 

「いや、自分のためだな。私は家族が欲しかったから――妄想の世界の住人を……自分でさえも殺し尽くすことなどなんでもなかった――はずだ。しょせん、私はお前の世界の織斑千冬ではないのだから、気持ちなどわかるわけがない」

 

「出生の秘密を聞いた気分はどうだ? 姉が他ならぬ君を生まれさせるために世界を、全人類を、己すらも殺しつくして――血の苗床から生まれた気分はどうだ。信じられない? いや、違うな――お前はこれが真実だと知っている」

 

「確かにそれが真実なのかもしれない」

「違うな、真実だ」

 

「なら、俺はこの世界を救う」

「――ふ。良い覚悟だ」

 

「おめでとう、一夏。これで君も人外の仲間入りを果たした――もはやケルベロスごときに後れはとらん」



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第60話 韓国

「ちょっと待ちなさいよ、希テクノロジーが人体実験をしているってどういうこと!? 国際法で禁じられているはずよ」

「別にしてないぞ」

 

にべもない奈落。

慌てている鈴音とは正反対に。

 

「はあ!? 織斑先生――」

「私が実験台だったことは本当だな」

 

こちらも断定。

二人共本当のことを行っているようにしか見えないが――

――それはおかしい。

食い違っている。

 

「一体全体どういうことよ!? どっちが正しいのよ」

「そんなの両方に決まっているじゃないか」

 

奈落のすっぱりとした答え。

そんなこともわからないのかと言いたい顔だ。

 

「シャルロット――あんたらは一体何を言ってるのよ」

 

諦めてシャルに助けを乞う。

 

「まあまあ、人体実験って聞いて怒るのもわかるけど落ち着きなよ。“もう”やってないんだからさ」

 

とりなすようにシャルが言う。

もう……つまりは過去にやったということ。

過去に受けたという千冬と、今はやっていないと言う奈落。

一応、食い違いはない。

 

「じゃあ、本当なのね? 人体実験なんて――狂ってるわ」

「そう嫌わないでほしいな。まあ、仕方ないかもしれないけどね――でも、そのことを誰かに言っても無駄だよ。君の立場が悪くなるだけだから」

 

「情報統制が敷かれてるっての? まあ、そのくらいのことかもしれないけど」

「ま、ばれたらばれたでミレニアムにでも押しつければいいことだけどね。あそこも大概だし。で、そのことを知った鈴音はどうするのかな?」

 

「なにもしないわよ……! そんな、私が知ったところでどうにかできる話じゃない」

「ま、安心して。今はもうやってないから」

 

「……一夏」

 

鈴音は想い人を見る。

悪い奴らをやっつけるために彼らと協力している一夏はなにを思うのかを知りたくて。

協力を求めた人間たちですら悪い奴らだったなんて真実を彼がどうするのか想像もできなくて。

 

「なんだよ? 別に今やってないならいいだろ。なんというか――反省してるみたいだし」

 

なんというか――非常にあっさりとしている。

それでいいのかと思うくらいに。

 

「――っ!?」

 

このとき、鈴音は今まで一夏に抱いたことのない感情を覚えた。

それはこの前に初めて知った胸が押しつぶされそうな感覚。

ケルベロスと相対して、何もできなかったときに感じたもの。

得体のしれないものに対する恐怖。

 

「……?」

 

わずかに一歩を退いた鈴音を、一夏は疑問の目で見る。

……子供のように純粋に。

 

 

 

すさまじい音がした。

奈落が机を叩き割った。

その形相はもはや憎しみと言ってもいいほどの嫌悪に溢れている。

 

いきなり過ぎて意味がわからない。

 

「おいおい、どうしたんだよ? そんな顔するなんてお前らしくないな」

「――は! こんな馬鹿らしいことを聞いてそうそう真面目な顔などできるものかよ」

 

奈落にしてはわかりやすすぎる悪態をつく。

 

「本当に。私は失礼いたします、本音は残しておきますね」

 

盾無が席を立った。

 

「すまんな、私もだ」

 

千冬。

 

「奈落。あんた――それ、本気で言ってる?」

 

次々と去っていく人を気にもせずに奈落を睨みつける。

鈴音は彼の態度を自分たちの話を聞いてのものだと誤解した。

 

「ちょっと待って、鈴音。今連絡が来たから――」

 

シャルが携帯を手に取る。

 

「はい、僕だよ。それで?」

 

「は? ホント――ま、そりゃそうだよね。で――」

 

「はいはい。うん、それでいいと思うよ」

 

「はーい。じゃあね」

 

携帯を切って鈴音を見る。

やれやれ、皆馬鹿だねーとでも言いたげな顔で。

鈴音はそんな脳天気な顔を殴り倒したくなる。

 

「緊急事態かな。アメリカが日本に脅しをかけたみたい。それも最悪の形で」

「最悪? それはつまり――」

 

「そう、核の火だ。彼らは篠ノ之束の身柄を要求し、果たされなければ日本を火の海に沈めると言っている」

「――奈落。それなら……」

 

「無理を言うな。何をどう干渉しろと? まあ、私が束の奴を殺したが――そう言って信じる奴はいない。証拠もないのだから」

「アメリカは本気なの?」

 

「もちろん――」

「もちろん?」

 

「違うに決まっている」

「――はぁ?」

 

「まさか本気で核を使うものかよ。ミレニアムを放っての核戦争に突入する危険がある。だがまあ――本気でなくとも奴らは使う。一度言ってしまった以上、奴らには面子というものがある」

「それ、最悪じゃない」

 

「まあ、な。だが私たちに打てる手段もな――」

「撃墜すればいいだろう」

 

「一夏。ことはそう簡単ではない。ICBMくらいならそれでいいかもしれんが――相手は核だ。海が汚染される。どうにかして使わせないようにしなくてはな」

「希テクノロジーの力を使って脅せないの?」

 

「それはさすがに無理だ。相手はアメリカだぞ」

「まあ、それもそうね」

 

「――? またか」

 

奈落が動きを止めた。

 

「はい?」

 

またシャルの携帯に連絡が来る。

 

 

 

「今度は何? はあ? 韓国が――ねぇ」

 

「うん。まあ、そうするしかないよね。でも逆に考えると絶好のチャンスだよ」

 

「そうそう、頑張ってね。ま、やるだけやってみなよ――どうせ、君たちにとっては対岸の火事でしょ」

 

「はいはーい。ま、こっからはリアルタイムで情報が欲しいところだからこのままにしておいて」

 

 

 

「――お次は韓国が日本に宣戦布告してきたみたい」

「なによそれ」

 

「ホント、僕もそう思うよ。でも、助かったんじゃない? アメリカも上げた拳の適当な振り下ろし場所も見つかったし」

「なら、日本に核が落とされるような事態には――」

 

「――甘い。まだ可能性はある。我欲に支配される者、保身に走る者、愚か者はいくらでもいる。その動きが渦となれば、予想もつかぬ結果が生まれることもある」

「動きがあったよ。というか、韓国は――うん。そうだね……アメリカが日本に脅しをかけたときから準備してるみたい。いや、行動が遅いのか早いのかちょっとよくわからないけど」

 

「国家の即断と言うには早すぎるし――前から準備していたというには遅すぎる。うん、やっぱり微妙だね。ヘリにISを乗せて出発したみたい。武装ヘリでもないただのヘリだから戦力に入れないとして――3機のISが日本に侵略する戦力だ。というか、ISを全部投入しちゃってよかったのかなぁ」

 

首を傾げるシャル。

あくまで彼女は他人事だ。

 

「まずいに決まってるでしょ。韓国ってまだ北朝鮮と戦争状態にあるんでしょ。国連は国家として認めてないからIS戦力はないはずだけど――通常戦力で攻めてこられたらどうするつもりよ」

 

だが、普通の神経を持っているなら違う。

状況のあまりのマズさに嫌な顔を隠せない。

鈴音のほうが一般的といえる。

 

「さあ? 何かありそうな情報もないし、別にアメリカ軍が駐留してるわけでもなし。攻められたら終わりだね。なんというか――日本に攻め込むのに夢中になってるんじゃないかな。ま、本当に攻められたら日本に謝罪と賠償を要求するでしょ」

「視野狭窄……それって追いつめられた人間がなるものだけど。韓国ってそんなに追い詰められていたっけかしら? なんか破滅の未来が見えるわね」

 

「ただ現在日本が動かせるISも3体なんだよね」

「は? 少なすぎでしょ。そんなものじゃない数のコアが譲渡されてたと思うけど――ってか一番ISを持ってるのも日本よね? おかしくない」

 

「データの上ではね。でも、IS学園に所属するISが半分以上。これらは日本政府の命令では動かないよ。そして企業に所属しているのもそう。まあ、企業が持ってるISに命令権がないなんてのは日本だけだけどね」

「ふぅん。でも――正直数が同じなら日本が圧勝しそうなものだけど」

 

「それは違うよ。どうせ、1体は国防のためだか、政治家の保身だかのために残されるはずだよ。だから2対3だね。まあ、これでも韓国に勝ちの目が出てきたってレベルだけど」

「それは違うな」

 

断定がシャルの声を遮る。

こちらは鈴音以上に苦い顔をしている。

この馬鹿どもが……っ! なんて程度には収まらない。

今すぐにでも国会に乗り込んでいきそうなほどの憤怒。

 

 

「え? 奈落――って、うん。はいはい、日本に動きがあったの? 一体って、何考えてるの? いや、わかるわけないよね。それじゃ、引き続きお願い。つまり、こういうことなんだね」

 

「そう、1対3だよ。これなら日本の勝ち目は薄い。馬鹿者どもが」

「ええ……っと、この場合どうなるんだ?」

 

一夏は唯一わかってないような顔をしている。

脳天気というくくりではシャルと同じだが、こちらは本気で世界情勢を理解できていない。

まあ、各国の保有台数すら知らぬのだから仕方がない。

 

「うーん、さすがに1対3は無理だね。まあ、アメリカも示威のためにやってるからね。日本が負けた――まあ、残りの2機でも勝てるんだけど、初戦で負けたのは変わりないし、そこで止めると思うよ。とりあえず戦争自体なかったことにしろってさ」

「いやに歯切れが悪いな。で、それでなんか悪影響でもあるのか。戦争なんかやめましょうってことじゃないのか」

 

「いや、まあ――そうなんだけどね。なんかアメリカって日本にだけ、やたらに高圧的だし。韓国にギャーギャー言われたら譲歩しろと言ってくるかも。それに、日本が負けたところで戦争終結だから一応は賠償金をふんだくられる立場になっちゃうんだよね」

「あー、なるほど」

 

「ま、僕たちは見てることしかできないよ」

「そうなのか、奈落?」

 

「残念だが、な」

「そうか」

 

「まあ、見ていることにしようじゃないか。この戦争はすぐに終わる」

 

と、そこでシャルがもう一つの携帯を手にする。

 

「あ、セレン。日韓の戦争について、ね。そっちではそっちで動きをキャッチしてるでしょ。僕の【ホワイト・グリント】にデータを転送してくれない? はい、うん。来たよ、ありがとね――え? 奈落は横に居るよ。うん、それじゃ」

 

空中にディスプレイが展開される。

ISの基本能力の一つ。

まあ、整備のため以外に使用されることはそうないが。

 

「さて、韓国側はヘリから飛び降りたね。交戦予想時間まで3分近くあるけど、ヘリは帰るのかな? あれ」

「おい、ヘリのポイントが変わらないんだけど、これどうかしたのか?」

 

「これ、落ちてないかな?」

「確かに高度は落ちているな。その場に留まる意味もないことだし――単なる故障か。考えてみれば、ヘリを戦いに巻き込まないのには1分前で十分だしな」

 

「なんかグダグダねえ」

「さて、そろそろか」

 

見ているうちに3つの点と1つの点が近づいていく。

……交錯する。

 

「さて、どうなるか」

「さすがに結果なんて……」

 

高速で動きまわる点が、3点を中心に回る。

 

「これは――」

「ふむ少数が多数を圧倒するか。だが――」

 

「このままだとじり貧だね」

「どういう意味だよ? このまま押し切れば――」

 

「まあ、一夏には縁のない話だけどね」

「ISの火力でもってしてもISは硬すぎる――落とせて二体で弾丸が尽きる」

 

「でも一夏のは一撃必殺だしね。相手にかわされさえしなければ、何体でも屠れる」

「ふむ――いや、これは」

 

「どうしたの? こんな自爆戦法に何か、奈落」

「これは面白いことを考える」

 

「うん――何を考えてるって? 上が上なら下も下。押し切れると考えて馬鹿なことをしてるんじゃないかな。持ってる弾薬の量も考えずに」

「いいや、上の無能を下が補うのは古来からの日本伝統だ。そのIS操縦者が戦っている相手は韓国ではない」

 

「――へえ。なら、どこ?」

「アメリカだ」

 

「――? いや、うん。そういうことか……チキンレースだね」

「え? どゆこと」

 

「この場合、韓国が勝つのは別にいいけど、日本に勝たれちゃまずいのよ。少しは国際情勢と言うものを考えなさいよ、一夏」

「いや、そうは言ってもな鈴音――俺には国際情勢なんて難しすぎてさっぱり」

 

「別に難しくはないわよ。しょせん、この世は武力と金――それから眼をそらそうとするからわけがわからなくなる。歴史とか友愛とか罪業とか無関係なもので括れるわけがないのよ」

「――鈴音、お前……何かあったのか?」

 

「あんたには関係のないことよ、話を戻すわ。日本が勝ってしまうと、これ幸いと虐げられる現状をひっくり返される恐れがあるのよ。まあ、現状でも国際貢献に比して影響力が低すぎるからね。なんで怒らないのか不思議だけど、まあ――戦争に勝っておいてそれを全部なかったことにされたらさすがに怒るでしょ」

「……なるほど」

 

「……何がわかったの?」

「日本が勝っちゃマズイんだろ」

 

「説明全部なかったことにされたわね……で、どうなのよ」

「うん、こっちが米軍から来たIS。沖縄米軍基地唯一のね」

 

「そう、いつでも仲裁に入れるようにしているわけだ。この日本所属機が戦っているのはこいつだ。韓国所属機などただの障害でしかない――単なる敵未満のガキ」

「敵は鬼畜米兵ってとこかな」

 

「いや、鬼畜米兵なんて今どき流行らないわよ」

「さて、チキンレースはどちらが勝つのかな?」

 

「なんにせよ、一番利益を得るのは……唯一利益を得るのはと言ってもいいか、アメリカだ。しかし、まったく持って完全に追い詰められてなどいないゆえに、余裕が判断を狂わせる」

「別に損するわけじゃないんだから、次善の策でもいい――そう、最悪の兵器をぶっ放すよりは。まあ、別にぶっ放しても死ぬのは日本人だけど――さすがに虐殺は遠慮したいはず。そうでなければISに乗る許可を得るための検査のうち精神鑑定で弾かれる」

 

「「ゆえに、この米兵は日本兵の思惑にはまる」」

 

「……どうでもいいけど、お前ら仲いいな」

「本当にどうでもいいわね。ほら、一夏……今まで動きをひそめていた米兵が動くわ」

 

「勧告は――

 

『双方動くな! 我らがアメリカが自由と正義の名のもとにこの戦争を預かる。武装解除し、指示に従いたし』

 

と言ったところかな」

「うん。全員の動きが止まったし、受けたようだね」

 

「――いえ、韓国兵が動いたわ。そして、日本兵が逃げ…..後方で支援に回った。米兵と連携して反撃する」

 

武装解除と言っても拡張領域にしまっただけだ。

さすがにアメリカでも機密の含まれている最新式の銃器を海の真ん中に落っことせとは言えない。

あっちは日本などよりもずっと機密流出には厳格なのだ。

だから不意を突かれても、一瞬後には武器を引き出している。

後ろに下がったのはエネルギーが心もとないから、そして米兵の方には連携する気などないから。

日本機はやむなく援護に回ったというわけだ。

 

「1機落ちた。やはりあっさりと片付いたな。2対2なら――そら。もう1機が落ちた」

「はい、最後のも落ちたよ」

 

「さて、これで無条件講和の条件は整った。まあ、韓国には後でIS委員会がコアを徴収するだろう。そのコアについては、世界平和の貢献だとかの名目でアメリカに渡るだろうな」

「そうだね。世界のためなら自国の損失を躊躇しない政治家もいるし。今の日本首相って誰だっけ?」

 

「それくらい覚えときなさいよ。|鴨海雪妻≪かもうみゆきめ≫よ」

「へー、そうだったんだ」

「ああ、そんな名前だっけ」

 

「あんたは日本人でしょうが! それくらい覚えときなさいよ!?」

「いや、日本人と言えるかは微妙……」



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第61話 世界戦争の予感

「「「――っ!」」」

 

日韓戦争を冷めた目で見つめていた4人。

その中のシャル、奈落、一夏が驚いたように席を立つ。

 

「来る」

 

ラウラが現れた。

 

「ええっと……何が来るのかな~? また宣戦布告とか」

 

本音が出てきた。

 

「まあ、それもあるかも知れんがな。さすがにそんなものまで察知はしきれない――少佐だ」

 

奈落は気にもしない。

初めから居たかのような調子で扱う。

 

「……っ!? そんな~」

「嘆きたい気持ちもわかるが……どう殲滅するか、だ、な――?」

 

言葉が止まる。

 

「ど、どうしたの~? らっくーがそんな顔するなんて、悪い予感しかしないよ~」

 

完全に泣き顔になってしまっている。

 

「まさか、これほどの規模を…….!」

 

反応があったのは世界中。

いや、正しくはアメリカ、EU、日本だ。

その全てに向けて攻勢をかけようとしているのだ。

――正気ではない。

いや、あれほどまでの戦力を持っていたら当然か……?

なんにせよ、ミレニアムは本気で世界を相手に戦争する気だ。

 

「ほう、おわかりになりましたか?」

 

男が現れた。

一人……中華系の顔立ち。

鈴音が苦い顔をする。

 

「――何のようかしら?」

「中華人民共和国への迎えに参りました」

 

男はいけしゃあしゃあと答える。

言葉こそ妙に丁寧だが、ちっとも敬意などこもっていない。

いけすかない男だ。

 

「あんた達は馬鹿!? 今、私がここにいなくてどうするのよ! 中国がただ一国でミレニアムと張り合っていけるとでも――」

「あなたこそ……我らは4,000年の歴史を誇る民族なのですよ。たかがテロリスト相手にどうにかされるとでも?」

 

強烈な自負。

もっとも、その根拠に至っては――中国の代表候補どころか……世界を牛耳る奈落ですらも全くわからないが。

 

「戦力のことを考えなさいよ。あちらが一体どれだけのIS戦力を保有していると思っているの? それに、奴らは真の戦力を隠したままよ」

「だから、どうしたと言うのです? 奴らが何をしてこようと、我々に敵うはずがないのですよ」

 

「話にならないわね。とりあえず、数字が読める人間と話をさせてくれないかしら」

「その必要はありません。あなたは今すぐ帰るのです」

 

「――断ると言ったら?」

「そのときは、力づくでも」

 

銃を取り出す。

しかし……

 

「銃が代表候補に通用すると思ってんの?」

 

鈴音は銃を一瞥する。

まったく問題に思ってはいない。

 

男は懐からスイッチを取り出す。

 

「思ってますとも」

 

押した。

 

「……っち――!」

 

嫌な予感を感じた鈴音はISを起動する。

 

……いや――起動しようとした。

 

「動かない……? っあんた」

「ええ。緊急用停止システムを動かせていただきました」

 

「なるほど。これがあんたらのやり方ってわけね」

「不測の事態を予測しておくことは必要でしょう?」

 

睨みつける鈴音に対して男は涼しい顔だ。

 

「初めから誰も信用していないってことじゃない」

「ジャパニーズにうつつを抜かす女の何を信用しろと?」

 

「それが本音ってわけ。ま、もうあたしには何にもできないし――勝ち誇られても何にもできないけどね」

「それでは大人しくついてきていただけますか」

 

 

 

「待てよ」

 

傍から声がかけられる。

 

「あなたは?」

「織斑一夏。そいつの幼なじみだよ」

 

「ああ。あなたが――」

「鈴音を放せ」

 

「おや? 別に私は彼女を拘束しているわけではありませんよ」

「嫌がってるだろ」

 

「ふん。そんな甘っちょろいことを言うとはな。やはり貴様らは――」

 

 

 

「何だというのかな?」

 

奈落まで参戦してきた。

なんとも珍しいことだ。

 

「あなたが神亡奈落ですか。お噂はかねがね。無関係のあなたは引っ込んでいてもらいたい」

「君こそ無関係だな。私にはISをハッキングしたところで代表候補を誘拐しているようにしか見えないが?」

 

「自主的にお帰り願っているだけでしょう?」

「中国人がどう思おうがどうでもいい。世界一般に見てその行為は脅迫としか呼べない」

 

「ほう? 中々トゲのある言い方だな。言いたいことははっきりと言いたまえよ――奈落君」

「帰れ、犯罪者」

 

「ふむ、では、おっしゃるとおりに帰るといたしましょうか――鳳鈴音」

「……本気で中国を終わらすつもり?」

 

「始めるのですよ。本来の、輝かしい中華人民共和国の歴史を」

「イカれてる。やっぱり現実が何一つ見えちゃいないわよ」

 

「鈴音を連れては行かせない」

「一夏。お前は鈴音を守れ。私がこれを何とかしよう」

 

「奈落君。あなたに何が出来ると――」

 

撃った。

奈落が、彼の言葉を聞きもせずに。

 

彼の体は机をなぎ倒し、地に伏せて動かない。

血は一切出ていない。

暴徒鎮圧用のゴム弾を使ったから。

とはいえ、肋骨の一本くらいは折れたはずだ。

 

「君のような使い捨てはいくらでも居るよ。君みたいなのがなぜ人に威張り散らせるのか――理解に苦しむ。それとも、代わりなんていくらでもいるからこそ威張らずにはやっていられないのか」

 

「君の身柄は警察に引き渡しておく。とはいえ、激痛で他人の言葉を聞ける状態か怪しいところだけどね。ま、日本政府なら中国系の要人の身柄を預かるのはまっぴらだとばかりに国に返してくれるさ。返された先でどんな扱いを受けるかは私の知ったところではないがね」

 

これから役立たずの烙印を押されて尻尾きりに使われる哀れな男は動けない。

捨てられるくらいなら日本の牢屋で不自由なく暮らしたほうがよほど良いだろうが――決めるのは本人ではなく中国政府である。

一瞥すらせずに鈴音に向き直る。

 

 

 

「さて、鈴音……君には選択肢がある。高官の犬になるか、それとも私に下るか。二つに一つ、他に選択肢など――いや、実際には選択肢などない。鈴音、わかっているな?」

 

「あんたに下るしかないわよ」

「では、君にやってもらうことがある」

 

「――なんでもやってやるわよ」

「その前に、一夏。お前はどうする?」

 

「どうするって、何が……」

「中国がミレニアムについた」

 

極めて世界情勢に重要なことをあっさりと言った。

 

「――は?」

「そういうことにしかならないわよ。あの馬鹿の言葉を聞く限りね」

 

鈴音が追随する。

 

「一夏って、筋金入りだよね」

 

シャルがうなづく。

 

「そんなところもお前らしいといえるが、さっさと決めろ。日中戦争に加わるか? おそらく日本には動かせる戦力などないはずだ」

 

「あれ? 日本のISは三機じゃないのか」

「誤解するな。数だけは持っているが、日本政府に指揮権限がないだけだ。それらは全部、政治家の護衛に使われるはずだ。後は、日本のIS所有者に要請を送るしかない」

 

「それって中国が悪いのか?」

「さて、ね。とりあえず負けた方が悪いことになっているのではないかな? ――日本では。それとも、どこかの誰かが言うように何でもかんでも日本が悪いのか」

 

「中国が悪いんだな?」

「そんなものは世界が決めるさ。良いか悪いかなんて関係ない――自分が何をするかだ。中国は私が一人でも抑えてみせよう。お前はどうする?」

 

「守るに決まってるだろ」

「相手は国だぞ。悪だと言い切ることはできない。軍事力で相手を牛耳れば――核でも落とせば、また話は違ってくるが」

 

「けれど、俺なら“守れる”」

「良かろう。この反応を見る限り、少佐の奴はお祭り騒ぎがしたいだけだな。どれだけの被害が出るかはわからんが……日本以外は国が消えるような最悪の事態になることにはならなさそうだ。なら、一夏……私とお前だけで日本を守るぞ」

 

「――ああ」

 

 

「シャルは鈴音と行動。ラウラは米国の動向を見張れ。一夏、私達は――」

 

「私は何をすればいいのでしょう?」

「楯無か。お前にはお前の仕事があるだろう」

 

「お守りなど誰にでもできます。そして、もはやそんなことを言っている時期でもない」

「――なるほど。なら、あなたには後ろを頼む。取り逃がすことも多いだろうから」

 

 

「私もお手伝いしますわ」

「セシリア? お前には待機命令が出ているのではないか?」

 

「その通りです。しかし、今から行っても本国の戦争には間に合わないのでしょう? なら、私はここで戦うことにします」

「――なるほど。普段なら止めていたかもしれない」

 

「しかし、”今”となっては別。そういうことですわね?」

「その通り。楯無は一夏の、セシリアは私の援護だ。撃ち漏らしを全て潰せ。厳しい戦いになることは覚悟しておけよ? 私達の化け物さ具合と、ミレニアムの阿呆がどこまで行くかわからん、わからんが……一対一で戦ってもらえるなんて甘ったるいことは考えるな。いや、戦ってもらえると思うことさえ甘えなのだよ」

 

「承知の上ですわ」

「肝に銘じておきましょう」

 

「「なにより私のISは多対一を想定されています」」

 

二人は嗜虐的な笑みを浮かべる。



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第62話 第一次ミレニアムウォーズEU編

「――お前がそんな力を隠し持っていたとはな」

「くっくっく。私があやつのおかげでまともに言葉を喋れなくなっているのは知っているだろう?」

 

イギリス。

王立国教騎士団、通称『ヘルシング機関』の秘密屋敷の一室にその主従の姿があった。

 

反響(エコーズ)か。なんとも不便なことだな。確認なら取れるが、調べるのは自分でやらなくてはいかんか。どうにかできんか? ――吸血鬼」

「無茶を言うものではないよ――人間」

 

昏い地下室の中で行われる会話には影がある。

嗜虐的な笑みを浮かべた少女。

冷たい覚悟を決めた瞳の女。

視線は交錯することなく、宙に消える。

 

「ミレニアムが先刻出現した――とは言え、まだ現れてから1分もたっていない」

「奈落のやつが出現を予知したことを知らせてきたから見つけるのは早かったな」

 

そう、襲撃だ。

これまでも散発的にミレニアムの襲撃があった。

第1陣は防ぐことは叶わなかった。

そして、それ以降は一夏が壊滅させてきた。

だが、ここにいるのは400からなる戦闘機の群れ。

現れた地点から見て航続距離とかは関係ないのだろう。

ステルス機も見えるが、その周りに大漁の戦闘機がいては意味もない。

 

「アレは見ものだったな」

「ああ、400の戦闘機など中々見れん」

 

主はそっちではないと言いたげに下僕を睨みつける。

彼女が皮肉ったのは円卓のメンバーである。

素人の集まりのように泣き叫ぶありさま。

情けなくなって彼女のほうがよっぽど泣きたくなった。

もっとも、そのすぐ後に涙を浮かべるほど唇を噛みしめることになったが。

 

「そして、現れてから10秒後に公開された情報」

「――私の力」

 

アーカードの力……吸血鬼の能力。

この美しい少女の姿は擬態に過ぎない。

いや、何万もある顔の一つとも言える。

彼女に姿形など意味は無い。

そして、彼女の能力は容貌に縛られるほど常識的な代物ではない。

 

「EU全域にその情報を送る当たり、奴はお前一人でテロリストどもを片付けさせる気だぞ」

「彼の手の上は気に食わんかね?」

 

まさにインテグラの言うとおりである。

奈落はアーカードの能力を半分当てつけ、半分は善意で教えてやったのだ。

それが、アーカード一人にEU方面の敵をすべて押し付けるハメになることを知りながら。

EUには戦闘機400を迎え撃てるほどの軍備がない。

迎撃に割けるISなんて20にも届かない――それでは防衛戦の構築すら難しい。

なにより、お偉方は誰も本気で戦争が起こるなど考えもしていなかった。

それはインテグラにも痛いほどよくわかっている。

 

「当然だ。だが、踊らんわけにもいかん」

「ならば命令するがいい――話が主よ。殲滅しろと、壊滅しろと、塵芥と化せと」

 

ざわざわと影がゆらめく。

吸血鬼アーカード……その力の波動。

昏く強く、そして紅い。

 

「命令だ――我が従僕。サーチアンドデストロイ。探し出して殺し尽くせ! ただの一人も残すこと無く地獄の底へ叩き落としてやれ!」

「――了解した」

 

主は殺意をたぎらせた一瞥を。

従僕は悦楽をのせた微笑を。

一瞬の交錯。

 

「私はヘルメスの鳥。私は自らの羽を喰い、飼いならされる――第零号限定解除」

 

ざわ、と吸血鬼の肌がざわめく。

ぶる、と身震いするように泡立ち――

――決壊する。

 

「これが――これが……死の川! 神亡奈落に秘密裏に聞いていたとはいえ、なんともおぞましい。身震いするほど恐ろしい。そして、これが『限定』されていなければ、世界が死に覆われることになるとは――」

 

赤い河。

決壊したアーカードはその血肉を数十倍、数百倍にも増大させ外に向かって流れ飛び散り溢れゆく。

血と肉片を混ぜたような”それ”の中には人影が見える。

 

「さて、少佐。本物の闘争を始めよう。鉛の弾と鉄の塊が交錯する戦場を奏でよう」

 

ごぼ、と血肉の塊から黒がのぞく。

そして、飛び立つ。

 

「あれは?」

 

インテグラが疑問を発する。

一般人が見たらこう断定する――戦闘機だと。

しかし、彼女はこんな戦闘機など見たことがなかった。

 

「おそらくは米国の最新鋭機。その発展型でしょう」

 

いつの間にか現れた執事が主の疑問に答える。

 

「発展型、だと? そんなものがなぜ――」

「それは私にも理解しかねます。しかし、彼らはこの世に生きておりますが、この世の法則に従っているわけでもありますまい」

 

「未来から引っ張ってきた? それこそありえん。全ての戦闘機の開発は終了されている。改善しようにも、ノウハウがないのだ。これから先で発展型が開発されるなどありえない」

「そして、開発が再開始されようと……それは全くの別物になっていると。そう言うわけですね――お嬢様?」

 

「まあ、あいつの能力を考えるのは後だ」

「ええ。それはいつでもいい」

 

「考えねばならんことは――これからの追求をどうかわすか」

「そして、EUの防衛をヘルシング機関が一手に引き受けさせられることがないように――ですね」

 

「ふん。これは問題だぞ」

「ええ。守るなどと言っても、アーカードがアレでは誰も感謝などしますまい。とくに政治屋などは」

 

これからのことを心配するインテグラにはアーカードが負けるかもと言った心配はない。

 

 

 

「楽しみだな――戦争だ」

「そう、一心不乱の大戦争」

 

彼らが乗るのは最新鋭の戦闘機。

こちらは現実にちゃんと存在する。

いや――”ちゃんと”ではない。

空を覆うほどの数――こんなに戦闘機が残っているなどありえない。

そう、これは奪ってきたのでもなく、作ったのでもなく――

――今出現した、としか言い様がない。

 

「F14、F17。おしゃべりは後だ……敵が現れた」

 

指揮官機が注意を促す。

その声にはノイズが混ざっていて聞き取りづらい。

 

「ほう? 相手は――」

「戦闘機。数は30」

 

それはアーカードが出した戦闘機。

こちらも世の条理を無視している。

なにせ、他の世界で作られたものを喰って――そして出したと言うのだから。

 

「ふふん。400の我々に対して30? 舐めているのか、それとも――」

「気を抜くなよ、F14。そもそも……EUに30も戦闘機があったか?」

 

ミレニアムは理解する。

これは化け物との戦いだと。

 

「――それは」

「少佐殿が言っていた。この戦争には化け物が出てくると。敵は人間ではない――化け物だ」

 

これから行われるのは兵による民間人の殺戮ではない。

人間による人外の討伐。

 

「ならば我々が化け物を倒そう――超兵たる我々が」

「よろしい。ならば、戦争を始めようではないか」

 

戦闘機ははるか前にある。

速度をあげようとして――砕け散った。

 

「たいちょ――」

「なにが……」

 

こちらも砕け散る。

高速ミサイルだ。

もっとも、速すぎて彼らには認識することもできなかった。

 

50あまりが爆散された。

だが、350が残っている。

 

「いくら性能が高かろうと――」

「――数の暴力には勝てない」

 

死を恐れぬ戦闘機の群れが同士討ちすら恐れずに撃ちかかる。

さらに30程が破壊されて、全ての次世代戦闘機が破壊された。

 

「――む?」

 

影が刺した。

そして――

 

「……ひ!」

「――ああ!」

 

爆弾の嵐が降る。

上に現れたのは爆撃機。

だが、ありえないほどに大きい。

ビルほどに?

違う……これはそこまで小さくない。

 

「………….」

 

嵐が過ぎ去った後には破片しか残らない。

――いや。

 

豆粒が這い上がって――

――第二の爆撃の中をかいくぐって上へと昇る。

 

IS黒椿。

400の戦闘機にはISを装着したミレニアムの兵が乗っていた。

 

ただの一人も殺せていない。

アーカードによる戦闘機と爆撃機での暴虐は、彼らの移動手段を潰したに過ぎなかった。

いや、それすらも果たせたのか。

到着が1時間ほど遅れたにすぎない。

 

400の黒椿が爆撃機を喰らい尽くし、陸へと向かう。

 

 

 

「――そうだ。お前ら、そのくらいでくたばる貴様らじゃないだろう? 吸血鬼にとって海は地獄の釜――海を越えて、ここまで来てみなさい……死の川が歓迎するわ」

 

たたずむ少女。

――吸血鬼アーカード。

彼女が少女の姿をしていることに意味はない。

ただ、それが都合が良くて、変える機会もなかっただけ。

 

「さあ、私の世界を前にどこまでできる? 何を見せるんだ――最悪の馬鹿ども」

 

憂いをたたえる瞳は混沌に満ちていて、美しく濁っている。

 

「私は、世界を食い尽くすことで世界と……虚人となった。この私の身には、『もし、この世に化け物がいて――人が科学の力で戦っていたら』という世界で生まれた人の知恵全てが眠っている。そう、単純なことだ。速さにはそれ以上の速さで、そして大きさにはそれ以上の火力で立ち向かえばいい」

 

速さ――それはミサイル。

戦闘機など発射台でしかない。

現にあっさりと撃墜された。

万能機ではなく特化機、それが化け物を相手取る人間が出した結論。

 

火力――爆撃機。

おそらくは無限に増殖する化け物への対抗手段。

無数の敵に対して個別に倒すのではなく、面で制圧する。

きっと……都市を燃やし尽くしたことさえある悲しい兵器。

 

「では、次は? 数を克服した痴呆的な暴虐の連鎖を味わってもらおう」

 

彼女の周りに渦巻く闇。

ぐちゃぐちゃと粘体のようにうごめく塊が沸騰する。

 

「さあ、喰らってみるがいい――」

 

沸騰した闇は彼女の繊手へと一つの塊を産み落とす。

 

「――ふふ」

 

少女はそれを右手に握りこんで。

大きくひいて。

足を開いて。

振りかぶって。

――投げた。

 

どこか微笑ましくもあるその光景。

しかし、射出された塊はあっという間に見えなくなる。

まるで世界がツギハギされたかのような違和感。

 

「どうする? この……穢れを」

 

 

 

「――む?」

 

偶然、アーカードが放った塊の直線上にいた兵士が気づく。

なにか小さいものが飛んできた。

 

「何だ……?」

 

つかみとって、覗いてみる。

掴んだそれは粉々に砕けていた。

 

攻撃とは思えない。

人間の体を貫通させる程度なら問題にならない。

そんなのは攻撃ではない。

 

「おい、どうしたんだよ?」

 

不審なそいつを見かねて声がかけられる。

声をかけられたそいつは戸惑ったような、なんでもないような、いわく言いがたい顔で振り返る。

 

「いや、こいつが飛んできてさ――」

「なになに」

 

ハオパーセンサーで20倍に拡大してみても異常は見られない。

ただの石ころだ。

 

「なんだか、妙に気になってさ――」

「おい……お前」

 

「ん?」

「血が出てるぞ」

 

「そんなバカな。黒椿にだって多少の生体保護システムはあるし、改造された時に悪い部分は全部とってもらったはず……」

 

口の端からつうっと垂れた血は黒い装甲を朱に染める。

 

「あれ? なんで視界が赤いんだ――?」

 

目から血があふれた。

 

「お前……っ!」

「ごぼっ。が……は――」

 

とても人の体から出たとは思えないほどの喀血と共に落ちゆく。

――完全に死んでいる。

 

「これは……!」

 

もう一人の口からも血が滲む。

 

「我々はすでに攻撃を――っ! ごほっ……」

 

死が蔓延する。

 

散開、と誰かが叫んだ。

殺してやる、と誰かが叫んだ。

そして、なりふり構わぬ全速で突っ込んでいく。

 

死地に向かってまっしぐらに。

 

 

「こんにちは、諸君。そして、さようなら」

 

アーカード。

そして、死の川が彼らを出迎える。

数はもはや50にも届かぬ。

 

死すら恐れぬ超兵は吸血鬼に惨殺された。



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第63話 第一次ミレニアムウォーズ 日本編

「さて、一夏。敵はミレニアムと中国……ミレニアムにお守りをする気などさらさらない。奴らは二手に分かれて攻めてくる。だから、まあ――担当はコインで決めよう。当たりはミレニアム、ハズレは中国軍」

 

奈落はコインを投げる。

 

「――表」

 

開いた手には表のコイン。

ミレニアムに相対するのは一夏。

これは果たして当たりとはいえ――運が良かったといえるのか。

 

「ふん、そっちがミレニアムか。まあ、いいさ――セシリアは私のサポート。楯無は一夏の。お前たちは実に数にして2対200で世界的テロリストに挑むわけだ。覚悟はいいな?」

 

ミレニアムは200の戦闘機で攻めてくる。

絶望的な数字だ。

アーカードは1で400を殺戮してのけたが、それこそは化け物の証。

この世の道理は数こそ力。

この状況をひっくり返すには、それこそ人を捨てるしか……

 

「貴族の誇りにかけて、賊徒に背を向けるわけにはいきませんわ」

「命をかける覚悟なんて、今更ですね」

 

人間二人は笑みを見せる。

口の端が震えている。

怖さを隠しきれていない。

それでも、一歩たりとも引かないのはその矜持ゆえか。

 

「さて、戦争を始めよう」

 

4つの影が飛び立つ。

 

 

 

「楯無さん。本当にいいんですか?」

「そう聞きたいのはこちらです、織斑一夏。あなたはブリュンヒルデの弟であるだけで、命をかける必要はないのですよ」

 

一夏はいつものようにぼけぼけとしている。

けれど、楯無はそうはいかない。

顔は厳しく引き締まって、いつもの余裕など欠片もない。

口調ですら――

 

「それはそっちもでしょう? 自由国籍を持っているなら、どこにでも逃げられるのに」

「家のしがらみというのですね。しかし、悪くはありません。連綿と日本を裏から支えてきた、その誇りがなければ私が私でなくなってしまう――自分に顔向けができない」

 

「そんなものですか。自分は――ただ思ったとおりに動いてるだけで、そんなふうに思えるのは尊敬しますよ」

「私としては、そんなふうに思えなくても動いてしまえる君が羨ましかったりもするのだけどね」

 

「けれど、今は……!」

「無辜の人々を襲う悪鬼どもを倒さなければ」

 

共に前方を向く。

鬼どもが来る方角を。

 

 

 

向こうにあるのは戦闘機の群れ。

 

「これを一機一機落としていくのは――」

「あなたの白式は一対多には対応していない。この私のミステリアス・レイディにお任せあれ」

 

土壇場になって、わずかな余裕を見せる。

もう、やるしかない。

思考は冷えて、鋭くなる。

感覚が広がり、水蒸気の一粒さえ感知できる。

 

「――海の上。ここなら、最大のパフォーマンスが発揮できる。油断なく、躊躇なく、全て水の底に沈めてあげる」

 

この上なく冷たく言い放った。

彼女はこれから……人を殺す。

 

 

 

「ねえ……一夏君。生徒会長になる条件って知ってるかな?」

「え? いや、そういうのにはあんまり」

 

「……ふふ。思っていたとおりね」

「――へ?」

 

楯無はふわりと微笑む。

 

 

 

「生徒会長は最強でなければならないのよ……!」

 

 

戦闘機が400。

女子ならそれがどうしたと言うだろう。

負けることなんて想像すらできないに違いない。

 

それは、真実の一端をとらえてはいる。

戦闘機とISがサシで向き合った場合、わずかなダメージが入ることもない。

こうして書いてしまえば疑問に思うかもしれないが、普通に暮らしてればじっくりと考える機会はない。

 

しかし、現実は無慈悲である。

確かに戦闘機400が相手であっても、操縦者の実力次第で全滅させることは出来る。

けれど、そんなことに意味があるものか?

だって、それは――

――敵が馬鹿みたいにISに向かってくるとこが前提なのだから。

 

いくらISとはいえ、自分を素通りする敵に何が出来る?

 

何もできない。

そう――最強でもなければ。

 

清き熱情(クリアパッション)

 

爆発した。

400もの戦闘機が……一度に。

 

「――凄い」

 

そうとしか言えない。

さすがは”最強”を自称するだけはある。

しかし――

 

「殺れなかったみたいね」

 

楯無の顔は浮かばない。

 

「……あれは黒椿?」

 

人間なら豆粒にしか見えない距離。

けれど、ISのハイパーセンサーがあれば輪郭くらいはわかる。

そこから判断して、何度も見た黒椿と同一の形だと悟る。

 

「黒椿――ミレニアム製第3世代機じゃなくて? それとも、指揮官が使っているのかな」

 

彼女にはそこまでよく見えない。

ただ、量産機である黒椿の姿しか見えないのは不気味。

それこそ、指揮官用機であれば安心できるのだが。

 

「いえ、黒椿以外の機影は見えません」

「さすがにISを2つ持っているってことはないわよね。でも、そうだとすると……!」

 

「楯無さん。考えるのは後です――俺が突っ込みますから、フォローはよろしくお願いします!」

「――まかされました!」

 

高速で突っ込んでいく。

以前の戦いと同じように、まっすぐに。

ISを乗りこなせていないものには防御することすらできない。

 

「……っ!?」

 

受け止められた。

防御や回避より難度が高い行為を平然と行った。

 

そして、四方八方からナイフで襲い掛かられる。

不慣れな者ができることではない。

――こいつらISの扱いに習熟している。

 

「強い!?」

 

もはや疑う予知もない。

相手しているのはこれまでの使い捨てどころではない。

ミレニアムが本気で牙を向いてきた。

 

「けど……こっちだって、簡単にやられるわけにはいかないんだよ!」

 

後方に向かっての瞬時加速。

体当たりなんて上等なものじゃない。

相手の思惑を外すためだけの滅茶苦茶な行動。

あわよくば包囲網から脱出したいところだったが。

 

「そう簡単に行くわけねえよな――【零落白夜】」

 

力の節約は考えない。

そんな贅沢を言っていられる状況ではない。

斬撃なんて出せない。

だから――思い切りぶん回す!

 

「――っふ!」

 

かわしきれなかった1機を中身ごと真っ二つに。

飛び散る赤いものは意識にも入れない。

だが、しょせん当たったのは後ろに下がれなかったからに過ぎない。

そう――おびだたしいほどの敵がいる。

こんな状況じゃあ、まともに回避なんてできやしない。

そんなもの、不幸中の幸いなど呼べるものか。

状況が悪すぎる。

 

「ぜえあああ!」

 

滅茶苦茶に飛び回っては、軌道上の敵を斬る。

必死だった。

いや、彼一人ではこうはいかない。

楯無が海中に隠れてひそかな援護を行っている。

幸い――これは本当に幸いといえる――相手は一夏に夢中で日本本土に強襲する気はないようだ。

 

「――?」

 

向かってくる反応が一つ。

それも本土の方から。

疑問は加速度に押し流される。

相手も慣れてきたようで、最初に落とした2,3機の後はあたってくれない。

 

本土の方から向かってくる誰か、それをミレニアムは放ってはくれない。

 

「まずいわね――釣られて本土に引き寄せられる危険が……って、あれは黒椿――じゃなくて赤い? そう……篠ノ之箒か。邪魔を……!」

 

向かってきたのはこれまで何一つ関われなかった女。

ただ知り合いが帆走するのを見るだけで、何もできなかった。

 

「一夏……! お前が戦うなら私も――姉さんがくれたこの力で……!」

 

篠ノ之箒、参戦。

 

「疾走しろ、紅椿。お前ならば、全てを圧倒できる」

 

言葉通り。

誰よりも速く彼女は駆け抜けた。

 

誰しもが到達できない速度で、瞬時に敵の一人に喰らいつく。

強烈な踏み込み。

そして、溜め込んだ力で一気に抜刀。

 

見惚れるほどのきれいな一撃。

 

その正確無比な一撃は……空を切った。

――大ハズレ。

敵はわずかに後ろに下がっている。

相手が勝手にはずしたと思えるほどのきれいな回避。

 

「馬鹿……な――」

 

それは一夏と箒の攻撃の質の差だった。

箒のはお手本とすら呼べるきれいな抜刀。

ゆえに踏み込みの時に止まらざるを得なかった。

 

だが、一夏は違う。

速度とエネルギーブレードに任せた突撃だ。

それも、一秒として止まることはない。

 

人間の箒。

化け物の一夏。

 

戦場を経験した者とそうでない者の差。

ISを人間の延長としてしか使えない箒の限界。

 

「ああ――あああ……」

 

絶望のつぶやきが漏れる。

踏み込みのために完全に静止してしまった。

加速するための僅かな時間――そんなものは存在しない。

その前に圧倒的な火力にさらされる。

 

いや、これが一夏だったらかまわず突っ切るところだ。

なんせ、そうしなければ生き残れない。

だが、箒には無理。

反射的に痛みに怯えてちぢこまってしまう。

 

「――箒!」

 

一夏の眼の色が変わった。

 

次の瞬間、赤い雨が降った。

箒に銃を向けていた者達が圧倒的な力で引き裂かれた残骸。

武器すら使わず、素手でISを引き裂いた。

 

「これは……?」

 

一夏自身よくわからなかった。

だが、これがギガロマニアックスの力。

己の運動能力さえ簡単に変えられてしまう、その力。

 

「これが、奈落やシャルロットの世界か……!」

 

ようやく、一夏は化け物の道を踏み出した。

これこそが、本当に不幸中の幸いと呼べるものなのだろう。

 

一夏はわずかに11秒で敵を全滅させた。



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第64話 第一次ミレニアムウォーズ 日本編2

「さて、セシリア……君に人を殺したことは?」

「あるわけがありません」

 

「それも道理か。完全に平和ボケだな」

「返す言葉もありませんが、軍人が人を殺したことのない世界こそ真の平和と言えるのではありませんこと?」

 

「ミレニアムが存在していても?」

「……ごめんなさい」

 

「そちらは問題ない。EUにはアーカードが居る――何も問題はない」

「そんなふうに言われると悔しいですわね。まるで、ミレニアムに対抗できるのは希テクノロジーだけみたい」

 

「別にアーカードは希テクノロジーの技術で生まれたわけではない。私の異能と同じく生まれ持った異能だ……今までそこに所属していたに過ぎない」

「けれど、あなたがたが世界を左右しているのではありませんこと? まるで世界の支配者が誰かを争っているみたい――」

 

「左右することと支配するのは等号では結べない。世界を変えても、本人の思惑とは無関係に逸れていってしまう。世界とは、かくも愚かで度し難い」

「けれど、ミレニアムが作る世界が地獄でないはずがありません」

 

「ならば、殺せるか? ひよっこ」

「殺せますわ。玄人」

 

 

 

「「では、殺戮の宴の幕をあげましょう」」

 

轟、と2つの影が舞い上がる。

 

ファサ、と翼が広がる。

 

両翼が2対。

 

針が何十にも重なってできたような羽。

そしてビットの檻。

 

「オーバードウエポン――999式多層破壊天使砲(スリーナイン・エンジェルフォール)

 

もともとは背部兵装『EC-O307AB』という名のEN兵器だ。

絶大な破壊力を持つ天使の羽を連想させる砲塔が3つ連なったものが片翼。

その代わり――通常のISに乗せると飛べなくなる。

絶大な破壊力の代わりにすぐにエネルギーが底をつく。

まさに『零落白夜』の銃版と言ったところ。

 

それが――全部で999。

3つでさえ威力も消費もすさまじいのだ。

それが333倍となれば、とんでもないことになる。

 

 

 

「さあ――舞いなさい。ブルー・ティアーズとその仲間たちよ!」

 

蒼い涙のようなビットが12個。

そして、他のビットが124個。

完全にISの軌道を捨て、ビットに集中すれば――BC兵器の世界最高適正を持つ彼女ならばこれほどの数を操るのも不可能ではない。

彼女は己が所属する政府から、そして奈落から際限なくビット兵器を集めていた。

そう――まさにこの時のために。

 

 

 

撃つ。

その程度の言葉で表せるものでもないが、他に形容できる言葉も無い。

999+136の……計1125の砲が火を噴く。

 

相手は中国軍。

流石に外洋に出るだけで沈みはしない。

ゆっくりと、確実に本土に向かってきている。

そして敵への警戒も怠らない。

 

叫び声が聞こえる。

ほとんど聞き取れるものでもないが、見ればわかる。

彼らは銃火の中で兵のケツをひっぱたくために声を張り上げているのだ。

すぐに戦闘に移る。

 

元々二人はまともな狙いなどつけていない。

水柱が次々と当たる。

数撃ちゃ当たる――そのことわざどうりに次々に船に穴が開いてく。

 

そこは地獄。

一方的に蹂躙される。

運がよい者は船が揺れることもなく戦闘位置につく。

だが悪いものは?

体の一部が――いや、むしろ一部が残っているだけというべきか……直接攻撃を喰らって消し飛ぶ。

 

その中、なんとか迎撃体制を整えた。

ISの出撃。

他はなんとか回避を試みながら日本本土へ。

 

「セシリア。慈悲をくれてやれるほどの余裕はなさそうだ」

「彼らは侵略者ですのよ? 慈悲など初めから存在しません」

 

それは初めから覚悟していた。

よほどの馬鹿でなければ、超兵器なんぞ無視する。

本土に到達すれば勝ちなのだから。

 

「ふむ――。一応は海上救助隊に連絡したのだが、無駄だったかな」

「……なんてことを」

 

セシリアが信じられないものを見るかのように奈落を仰ぐ。

それもそうだ。

よりにもよって、戦争を挑まれた国に――

――つまるところ、虐殺しようとして、略奪しようとして断りもなく領土に入ってきた敵を……よりにもよって

犠牲予定者に助けろと言っているのだ。

道理に合わない。

そんな聖人がいるわけない。

 

「日本らしいと思ったのさ。それに、もう自衛隊はないからな」

 

もっとも相手は国。

それも日本だ。

あの妙に自虐的なんだか利他的なんだか、とにもかくにも自分の国を愛する意識に欠けた国。

敵の中国人兵を助けたいと思う人間はいないだろうが――

――中国を助けたいと思う政治家はいるということだ。

 

「ああ、その予算をISに回したのでしたか。日本人の考えることはよくわかりません――現に色々な支障が出たのでしょう? レスキューがこんな外洋まで到着するにはいくらかかるのやら」

 

そう、自衛隊もいない。

それは、国を守るという意識事態がもともとないのか。

軍を縮小した国は数あれど、手放した先進国は日本くらい。

セシリアはそれを聞いたとき、開いた口が塞がらなかったものだ。

 

「何かを考えている者など、実は相当に少ない。こいつらも――何も考えちゃいないさ」

「――その言葉は否定したいところですが」

 

「敵ISと交戦に入るまでに2割も落とせなかったか。全部隊の3割……兵士の6割だな。それで全滅と言えるが……」

「さすがに2割では引いてくれませんわね。それに、一矢も報いずに逃げ帰れるものですか」

 

「だが――」

 

奈落は999式多層破壊天使砲(スリーナイン・エンジェルフォール)をマニュアル制御に変える。

セシリアのビット数のおよそ6倍。

その程度なら奈落もシャルだって楽々と扱える。

 

「弱すぎる」

 

天使砲の射線を操り、誘導するだけで落とせてしまう。

敵ISは一矢を報いることもなく、早々に潰された。

まるで雑魚を掃除するように。

 

「女ではこの程度か。それとも、今の世界では……と言い直すべきかな?」

「今の世界では、と言い直すべきですわ。だって、この中国軍は戦争を体験したことなどないのですもの」

 

「そうだな……全体の1割も消耗していないだろうに――もう脱走兵が出ている。こんなところで海に逃げても溺れ死ぬだけなのにな」

「……助けます?」

 

「降伏勧告をかけておけ。私は一夏の方に……む?」

「どうかしましたの?」

 

「あいつ、予想以上によくやっている。助けは必要ないな――だが、箒を連行する必要がある」

「――彼女が何か?」

 

「問題なのは彼女ではない。間抜けにも助けに行ったつもりで、自分の命を危険に晒しただけで何の助けにも――否、はっきりと足手まといだった。しかし、そんなものは奴の自由だ」

「――では?」

 

「問題なのは彼女の周囲さ」

「……篠ノ之束?」

 

「彼女の悲劇――その元凶」



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第65話 |一時の休み《スタッカート》

「あのクズどもが……っ!」

 

どこともしれぬ会議室。

中は高級家具で溢れかえっている。

むしろ金額の高さだけで決めたかのようにチグハグで、それは成金趣味と呼ばれるにふさわしいだろう。

そこには豚がたむろしていた。

いや、豚と見間違えるような太った男たちが、だ。

 

「まったく、情けない。あれほどの戦力を渡しておきながらたった二人に負けるなど、情けなくて涙が出ますな」

「本当に、どれだけ役立たずなのか――」

 

豚どもはせせら笑いを浮かべている。

こいつらは中国の高官だ。

日本に攻めこむことを実行したのも彼ら。

すべての責任はふがいない部下のせいで、自分たちはむしろ犠牲者とすら言える。

そこらへんは日本人も他人のことを笑えるはずがない。

 

「あのクズどもは一族郎党もろともに処刑することにして――次はどうしましょうか? 彼らには勝手に日本に攻め込んだ責任をとってもらうことにして、しかしこのままでは我らが中華人民共和国の歴史に傷が残りますよ」

 

勝手なことを言う。

どうせ、こいつらは適当に攻めてこいとだけしか言わなくて――これが必要ですとか言われても無視していたにきまっている。

それどころか……実際にはこういうふうに進軍するのが良いとか上申されても、自分が適当に華々しいとかそんなんで決めたルートを譲らなかったのだ。

偉い人間など、しょせんは偉ぶるだけの頭でっかち――机上の結論どころか、理論すら知ったことではない。

無茶を他人に押し付けるだけで、自分が何とかしようとは微塵も考えていない。

 

「ふふ、心配なさるな。我らの手持ちはあれだけではない」

 

いやらしく嗤う男が答える。

そう、くさっても中華人民共和国。

その人口は脅威の一言に尽きる。

いくら上が無能でも、上がるためには有能でなければならない。

自身は無能でも、有能な人間はいくらでもいる――人口だけは以上に肥大した国家の歪み。

 

「そう――我らにはアレがある」

「人類に災厄をもたらすプロメテウスの火」

 

笑う。

嗤う。

嘲笑う。

下賎な笑い声が木霊する。

 

 

 

そして、扉が開かれる。

許可無く近づくだけで蜂の巣にされるそこに。

 

「――奈落の疑念は大当たりってわけ」

 

許可もなく、そこに現れたのは――

 

「貴様、代表候補の……」

「鳳鈴音。そのくらいは覚えておきなさい、一応は中国の顔よ?」

 

お偉方は顔を歪める。

単純に自分の思い通りにならないのが気に入らないだけだろう。

それに、まったくしょうがないわね――と言わんばかりに顔を歪めてるのも不快だ。

貴様、何様のつもりだ……その程度しか考えられないだろう――豚には。

 

「日本人にうつつを抜かす貴様がどの面下げて……」

「そうか。貴様――裏切って日本についたか」

 

口々に責め立てる。

豚が汚らしい言葉を吐く様は思わず目をそらしたくなる。

こんなのが上の、さらにその上――何足飛び越えても届かないほどに偉い人間がこんなのな鈴音は哀れさを覚えるほど。

いや、案外この世界はそんなものかもしれないが。

 

「バカ言わないでもらいたいわね。まがりなりにもあんたらが政府よ? そいつらがその程度しか考えられないなんて、あまりうれしく思えないわ」

 

これでも控えめな感想。

けれど、それでも豚には腹に据えかねたようで。

軽蔑する鈴音を、もはや殺気を込めて睨みつける。

 

「ばかにするか、貴様」

「もういい――そういえば、機能を停止したISを回収していなかったな。そこに置いてさっさと立ち去れ」

 

とはいえ、凄んでも怖くはない。

いや――普通は怖いのだろう。

権力者の心象をこれ以上なく悪くする。

別に中国人でなくても、こんな状況に置かれるのならいっそ死んでしまいたいとすら思うだろう。

けれど、鈴音は奈落という中国を支配する程度の連中とは段違いに接してきたのだ。

そして、彼に命令を受けてきた。

 

「ああ――現実を知らない間抜けばかり。私は今まであんたたちが接してきたような金の亡者とか金に支配された哀れな奴隷でもない。私は中国に住む民のためにここにいる」

 

権力というのなら、むしろ鈴音の方が上なのだ。

そして、鈴音が考えるのは自国の運命。

たかが上層部ごときに関心を寄せる暇はない。

その自負は、戦士にふさわしい。

しかし、たかが豚にそんなことを感じ取れる感性はない。

 

「何を分けのわからぬことを…….! 我々こそが中国だ」

「そう――民などいくらでも湧いてくる。我らが生き残れば、中華人民共和国は存続する」

 

ゆえに、豚はさえずる。

見苦しく、そして無様に。

自らの状況を理解できるようなら豚ではない。

 

「それはただの保身ね――自分が良ければ後はどうでもいいて言う。まあ、そんなことは関係ない。あんたらがどうとか、そんなどうでもいいことじゃない。人類そのものの尊厳、それを守るために私はここにいる」

 

鈴音は語っていく。

むしろ自らに言い聞かせるように。

これは儀式。

信念のため、未来を勝ち取るために未来を刈り取る。

絶対矛盾の体現には――こういうことも必要だろう。

 

「思い上がるな。小娘が! 貴様のような卑しき出が何を勘違いしている」

「我らに仇なす事は中華人民共和国に牙を向くということ。この日本の手先が!」

 

何もわからない、知らない。

権力とはそういうもの。

他人に無茶をやらせるだけがその本質。

この期に及んでも、危機を認識することができない。

 

「あなたらの頭の凝り固まり具合は分かった。けれど、今はどうでもいいわ。出してもらいましょうか――核の発射スイッチを」

 

言った。

これ以上はなく単刀直入に。

それが――それだけが彼女の目的。

奈落の命令。

 

「貴様……!」

「そうやって全てを奪っていくつもりか」

 

それは最後の抵抗手段。

核を持たない日本が世界に影響しないように――

――中国が核を失えば、もはや大きな顔はできなくなる。

先進国に媚びへつらうだけの奴隷になる。

 

「核なんて使われたら、それこそ中国人は悪鬼に落ちてしまう。それこそ、中華系は差別されて当然の――真に卑しい血族と成り果てる。それだけは避けなければならない」

 

けれど、核は滅びへの片道切符。

引き返せない坂道。

転がり落ちるだけの黄泉の坂。

 

「奈落も言っていた。核は最悪の武器――いつまでたっても終わらない悪夢の連鎖。それは人間には過ぎた武器。人の終焉(ラグナロク)を告げる鐘の音にして、世界を灼く火。そう、あまりにもそれは……威力が高過ぎる」

 

核はもはや、小国ならばただの一発で消し飛ばす。

たとえそれが世界でも、地表の全てを灼くには10発も必要か。

 

「だからこそ、止めなくてはならない。なぜなら、滅ぶのは中国大陸よ。日本に核を放ったなら、核戦争が始まる。いえ、それは蹂躙。中国に対して、ありったけの核が叩き込まれる」

 

ゆえに中国は滅ぶ。

領土が大きすぎるために一発では滅ばない――それがどうしたというのか。

どんなに少なくてもアメリカ、ロシア、EU……最低3発が打ち込まれる。

すべてが焦土と化すにはそれで十分。

それが――”最善のシナリオ”

 

「中華系が差別されるといったのはこのこと。別に核を落とそうが、何しようが世界で隆盛を誇る人種が差別されるわけがない。そうなったところで滅ぼしてしまえばいい。けれど、差別されるのはいつだって少数派(マイノリティー)よ。だからこそ、中国大陸とともに滅び、他の大陸にわたって生き延びた人間は差別され、畜生以下の扱いを受けることになるのよ」

 

締めくくった。

 

 

 

「いくら騒いだところでもうどうにでもならない。それに――停止させたっていうISはこれ?」

 

鈴音はISを纏う。

緊急停止プログラムを発動されて動かなくなったはずのISを。

 

「奈落のツテでね――本人がやるまでもなかった。そもそもどこの国もISのコアそのものにアクセスできたことはない。ウイルスなんて、しょせんは周辺機器に仕込んだだけ。開発段階で仕込んだのだから、確かに解除は難しいけど――できないのなら丸ごと新品と取り替えれば済む話しよね」

 

もちろん、お金はかかる。

1候補生にどうにかできる金額ではない。

けれど、そんなことは奈落にとってはなんでもないことで。

 

「ここに来るまで護衛は全て気絶させておいた。援軍が来たところでシャルロットが居る以上、どんなことでもしようがないのよ。さて、もう何言ってんのかも聞き取れないし――」

 

豚のさえずりは悲鳴に変わっていた。

怖気が走るほどに見難いのは変わらないが、内実はまるで別。

ことここ――まさに死刑執行の椅子に座らされたところで悟る。

自らの運命を。

 

撃ちぬいた。

部屋が血に沈む。

肉片が散乱する。

 

「綺麗事で世界は守れないから――」

 

 

 

「さてさて、諸君。我らが最強のミレニアムは負けてしまったなぁ」

 

太った男――少佐。

 

「ふふん、あんたがそうしたんじゃないか……少佐」

 

鎌を持った女。

 

「一回だけで終わらせるのはもったいない。もう少し楽しもうよ――ま、僕は戦闘要員じゃないんだけど」

 

猫のような少年。

 

「しかし、今回の宴に参加できないのは残念でしたわ」

 

銃を持つ女。

 

「……」

 

傍らのオオカミ少女は何も言わない。

ただ、目をきらきらさせてお楽しみを待っている。

 

 

 

「どうかい? 皆死んでしまったけれど――楽しめたかな」

 

少佐の一言は歓迎でもって迎えられる。

耳が割れるような歓声。

狂人達の狂奏曲。

 

「では、次――次なる戦争はいかがしましょう?」

 

白衣の男が先を促す。

 

「そうだね――次が今日明日では、殺し合いが楽しめないかもしれない。ここはどーんと一ヶ月くらい時間をあげようじゃないか」

 

ニヤニヤ笑いは崩れない。

まるで能面のように張り付いている。

 

「了解しました。では、そのように声明を送っておきましょう」

 

白衣の男が一礼と共に姿を消す。

 

「しっかし――隊長が自ら出てくるなんてね」

「ゾーリン。今はもう隊長じゃないよ」

 

嘆息する鎌女を猫男が諫める。

気持ちの悪いニヤニヤ笑い。

この場の人外共はよくよく気が合う様子。

 

「そう、今となっては愛すべき敵だ。まあ、奈落のやつは意外に甘いところもあるからな――見ていられなくなったのだろう」

「懐かしいね。それでいて、ことさらに被害者を見捨てるようなことを故意に行う。本当は助けたかったのに、心の奥底に閉じ込める。ま、元々彼の願いは人類の救済。救済する対象がいなくなったら手段ができあがっても意味が無いよね」

 

「けれど――この騒動を起こしても、その手段を見つけることができませんでした。あの人は一体どこに新たなノアを作っているのでしょう……?」

「リップバーン中尉、それを言ってもしょうがない。見つけることができなかったのなら、次に見つければいい」

 

「そう。何度でも何度でも戦争を起こす。我らが最後の大隊ミレニアム、そして我らが太陽ピサ・ソールはそのために存在する」



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第66話 篠ノ之の闇

第66話 篠ノ之の闇

 

「さて、強引に来てもらって悪いね……箒」

「奈落、確かに私が戦場に行ったのは悪いことかもしれない。いや、勝手なことをしたのだから皆に迷惑をかけたのだろう――だが、私はあれが悪いことだったとは思っていない」

 

奈落は箒を捕まえて生徒会室に来ていた。

生徒会長を自分側に入れたからって、自由に使い過ぎである。

わがままを言う子供を無理やり引きずっているようだが――さて。

箒の方は一歩も引く気はない。

たとえ相手が奈落だろうが気後れしていない。

それは意地か、それとも慢心か。

第4世代ISを使ってなにができたのかなど頭にはない。

 

「ああ、そう――別にあれで困るようなら、すでに君を拘束している。そっちはいいよ、一夏とでも解決してくれ。私に意見を聞くなら、それはそれで別の問題」

「ならば、その別の問題を聞かせてもらおう。当然――皆にも関係があるんだろう」

 

彼女は足手まといなだけだった。

しかし、奈落にはそんなのに関わっている暇はない。

怒るのは暇な教師にでも任せればいい。

そう、明確な用事があって箒をひっ捕まえたのだ。

箒の頭は悪くない――その程度はすぐにわかる。

 

まあ、ぞろぞろと集まってきた面子を見ればわかることかもしれない。

大体、よりにもよってラウラが誰かを叱るところにかけつけるわけがない。

そんな人間じゃない。

シャル、鈴音、セシリア、それに一夏。

全員学生だが、ともに世界を背負う者達。

 

「ああ、いや――こいつらは勝手についてきただけだ。あまり大人数もアレだが、まあ個人の好きにすればいい」

「……?」

 

疑問符を浮かべる箒の前に地球が浮かび上がる。

超能力でも何でもない、ただのスクリーン機能を使った3D映像だ。

そんなものを出して、奈落は何をするつもりなのか。

まあ――シャルとラウラは知っているが。

 

「指を差せ」

「――はい?」

 

あっけにとられる箒。

説明もなく自分勝手に物事を進める。

こういうとき、彼は酷く身勝手だ。

別に知らないからどうというわけではない。

ただ、人の気持ちを考える余裕が無い。

作る気すらないのは、それは弁護できるのか。

 

「君は”篠ノ之”箒だ。だからこそ、無意識領域化では血族とリンクを張っている。虚数の量子を意識化で観測できずとも、不定量子が意識を書き換える。つまりは虫の知らせ」

 

言葉を切る。

箒には専門用語ばかりでてんでわからない。

奈落はかまわずに厳しい目を向ける。

だが、それは箒を見ていない。

箒を通して何者かを見ている。

大仰に両手を上げる。

 

「さあ――指を差せ。それでわかるはずだ。全ての元凶が、始まりが。始まりが終わりの道に通じていなくても、この混沌を停滞させることくらいはできる――やれ」

「うえ? えええええ……」

 

奈落の芝居がかった動作はいつものこと。

分析家に言わせれば劇場型の犯罪者と言うだろう。

とにかく、目立つことが好き。

それでいて行動は的確に。

それは箒も短い期間で十分わからされた。

学園で過ごした機関は短いけれど、彼の活躍は耳をふさいだところで聞こえなくなるようなものではなかったから。

意味がわからないながらもとりあえず指をさす。

そうしなければ始まらない。

そこは――

 

「ふむ、日本か。考えてみれば、海外に出たところでどうにかなるわけでもない。いや、束が海外で活動することを期待したのか? なら、皮肉だな。感傷であるならなおさらに」

「お前は――何を言ってるんだ?」

 

また、わけのわからぬことを。

大体箒は考えてみたことすらないのだ。

姉は全世界に指名手配されている。

なら、親はどうなのか。

ただ政府に監視されているだけのサラリーマン、もしくは主婦。

そんな話があるわけがないのに。

 

「さて、私はすぐにでもそこに向かう。ついてきたいのなら来るといい」

 

さっさと踵を返して歩いて行く。

こういうとき奈落はとてつおなく迅速だ。

やるべきことがあったら、さっさと終わらせないと許せないタイプ。

学校なら宿題を出される前に終わらせてしまうタイプだ。

歩みは微塵も揺るがない。

そこにシャルロットが当然のように横に並んで。

他もぞろぞろとついてくる。

 

「乗れ」

 

学園の前にはヘリが置いてあった。

なんとも用意周到なことだ。

ヘリ自体はどこにでもあるように見える。

そう偽装された最新鋭の速さにのみ特化したモンスターマシン。

 

 

 

「さて、皆も経緯を知りたいことだと思う」

 

奈落がそう切り出した。

常人なら胃が空になるような揺れの中で。

ここにいるのは全員がIS操縦者。

身体能力は上位では許されない――最上級、もしくは人外クラスでなければ。

 

「そうね――無意識だとかそんなのは置いといて、何をしようとしているのかは教えといてもらいたいわ」

「そうだよね。なら、僕の方から教えてあげる。奈落は彼を探索してたほうがいいでしょ?」

 

答えたのは鈴音。

皆が皆、リーダーになれるだけの素質を持っている。

しかし物怖じしないのは箒は論外として、一夏やセシリアよりも一歩先んじている。

 

答えるのはシャル。

ニヤついたような、余裕そうな顔をしている。

思えばずいぶんと変わったものだ。

入学当初はあれほどおどおどしていたというのに――今や海ほどにも余裕を感じる。

 

「そうだな。まあ、やらないよりはマシかな……」

 

一方、シャルとラウラがしなだれかかっている奈落は苦い顔をしている。

二人の柔らかい体も、かぐわしい香りも無視して気を張っている。

それほど難しい敵なのか。

もっとも、束の血縁と言えば厄介なこと極まりないのが楽に想像できる。

しかし箒の親といえば簡単にやり込めることができそうな気もする。

 

「じゃ、そういうことで僕が話しましょう」

「で、その彼ってのに会いに行くの?」

 

シャルは奈落に体を預けたまま、鈴音と話しだす。

もっとも、鈴音にはそれを羨ましく思う余裕はない。

一夏との関係はまったく進められない。

それはセシリアも同じ。

世界大戦を前に、そんな呑気は考えられない。

 

「そうだよ。その彼ってのは篠ノ之柳韻……箒の父親さ。そういえば――箒は彼のことをどう思っているのかな?」

「……っ! 貴様には関係のない話だろう――」

 

水を向けられた箒は噛み付くように返事をする。

正直言って、ふれられたい部分ではない。

人外魔境のコイツラに興味を持たれるなど、想像もしたくない。

親は普通でいい。

政府に監視されてはいるが、それ以外に特色なんてなくて。

野望なんて持ってない、家族にやさしい親。

それだけでいい。

それ以上なんて――欲しくない。

 

「そうも行かないんだよ。というか、何も知らないみたいだね」

「――何? 父さんは政府の重要人物保護プログラムで保護されているはずだ」

 

シャルは暗黒のような笑みを浮かべる。

どろどろとした救いのない家族関係へようこそ。

君も僕の仲間だね。

そう言っているようにみえる。

そんなシャルを、箒は見ていられない。

つい、と視線をそらす。

それはまるで自分の非を認めてうつむくしかないようで。

 

「うん。どうでもいいけど、保護プログラムで保護って頭悪そうだよね」

「ふざけるな! 言葉遊びなど、そんなことをやっている場合か。貴様ら――父さんに何をする気だ!?」

 

茶化す。

それはシャルなりの気遣いか。

もっともすげなく切られてしまったわけだけど。

 

「ふぅん――姉とは確執を抱いているけど、父親にはないのかな? それも因果な話だね――うん。皮肉だよ」

「何の話だ?」

 

理解できない。

――したくない。

聞きたくない。

――逃げられない。

 

「なら、聞かされてないんだね。現在プログラムを実行されているのはただの1名。君の母親だけなんだよ」

「――な?」

 

否定したいことを聞かされる。

あっさりと認められるほどに大人じゃなくて。

泣き喚けるほどに子供でもなくて。

何もできない。

そして、それは――”いつもと同じ”。

 

「君自身はアレだ。赤椿があるからね……監視が精々で、それはもう元の重要人物保護プログラムとは呼べない。父は初めから違う。そう、もう保護されてると言えるのは監禁されている君の母だけだよ」

「母さんが……なんだって?」

 

衝撃の事実。

それが淡々と明かされていく。

迷宮に侵入して死ぬような思いをして得るのでもなく。

強敵と戦った末に得るのでもなく。

人外の気まぐれであっさりと情報を渡される。

 

「元々そのプログラムは――父親の方をおびき寄せるために作られた。元々、政府は束がかかるとは期待してない……ほんのわずかながら真実を知っているから」

「真実?」

 

希テクノロジーは元々きちんとした会社だった。

いや、今もきちんとしている。

ただ裏の世界を牛耳るようになっただけ。

だから名簿があるのだ。

昔、誰がどの部署で働き、何を研究していたかが記されている。

 

「そう、真実。君は知りたいと思うかな? 僕は常々不思議に思う。愛する人のためならともかく――なぜ人は好奇心なんかで真実に近づきたがるのだろうか、と」

「真実を知りたくないと思う人間などいるものか」

 

そこからは隠された真実が導き出される。

おどろおどろしい、腐った真実が。

知らない方がいい。

それは知っている人間の言葉。

生憎と箒はそこまで悟れてはいない。

 

「そうだね。僕は人間じゃないけど――あの頃は人間だったんだけどな。真実なんて重くて苦しいだけ。君はこれから悲惨で無慈悲な残酷を知ることになる……覚悟しておきなよ。ま、僕には関係ないけど」

「シャルロット――」

 

それは知った人間の苦悩。

シャルは昔、父は立派な仕事をしているとだけ聞かされた。

けれど実際は違法な取引に手を染め、社員を道具として使い潰す。

挙句の果てには娘すら生贄に捧げる――地位にとりつかれた最低の男だった。

それはそう……知りたくなかった事実。

知りたくなくても知らされた。

実の父に使い捨ての道具として酷使されたことで。

 

箒の目にためらいが浮かぶ。

けれど、やっぱり真実という響は魅力的で。

悪魔に魅入られたように動けなくなった。

 

「もうつくよ。行動はなるべく迅速に。悪いけど、しゃべってる暇はないんだ。皆、ISを展開してくれるかな?」

 

 

 

言うやいなや――ヘリが木っ端微塵に吹き飛んだ。

 

「「「……っ!?」」」

 

爆発は内側から。

だから、怪我はない。

シャルロット、そしてラウラがヘリの中からISで直接急降下した――足元をブチ抜いて。

それがこの爆発。

 

「シャルロット――なんという無茶を……!」

 

悪態をつくのは箒。

皆に遅れてISを装着し、事なきを得る。

 

「皆、無事かー?」

 

一夏がのんきに見渡す。

ここでISを展開するのに失敗すればお姫様抱っこしてもらえたのだろうが。

そんなことができれば、ここまでもつれてはいない。

 

「さて、箒も怪我はないようだな――連れてきたぞ」

 

ラウラが一人の男を引きづって来た。

なんだか薄汚れていて、ただの浮浪者に見える。

目つきもどんよりとしていて、抵抗する様子もない。

人生に膿み疲れた敗残者の姿。

 

「やれやれ。やっぱり、その眼って便利だよね」

 

遅れてシャルロットが到着する。

 

「奈落に協力してもらったがな。こいつをここから逃さずにいてもらえれば、我が【刧の眼】にはいかなる小細工も通用しない。すべての可能性を見通して、任務を達成する未来を予知する」

 

「え? もしかして……」

 

箒が何かを悟ったようだ。

その様子はそう、知りたくなかったとでも言うような。

真実なんて知りたくない。

シャルロットは飛行機の中でそう言った。

箒は反発した。

だが――今はそれを撤回する必要がありそうだ。

 

「そう、君の父だよ……箒」

「……っ!」

 

そんなこと教えるなよ、とでも言うように奈落を睨む。

 

「箒を連れてきたのは単に奴を捉える確率を上げるためだ。なんせ、こいつは重要人物保護プログラムが発令されてからずっと――政府のお膝元である日本で隠れ続けてきた。知られるようなヘマはしないが、更識家が血なまこになっても探しだせなかったこいつのことだ。わずかでも確率を上げておくに限る。さらに言うと、私も箒の力を借りなければ探しだせなかった。礼を言うよ」

 

一度話し出せば止まらない。

それも劇場型の特徴。

嫌味なほどによく当てはまる。

 

「父さんをどうするつもりだ?」

 

未だ誰もISを解除していない。

だが、箒だけは解除してしまった。

その状態で奈落に詰め寄る。

完全装備のISに生身で近づくとは豪胆なんだか、それともトチ狂ってしまったのか。

 

「アメリカに引き渡す。ちょうどいい餌だ」

「――え?」

 

にべもなく答えた。

ありえないほど簡潔に。

それが目的だったのだ。

奈落は別に倒そうと思ってここに来たわけではない。

取引材料を確保しに来ただけなのだ。

 

「どうせ奴は贖罪だのなんだのと思い悩んでいることだろうが、そんなものは関係ない。そんなのは罪悪感が創りだした夢幻。重要なのは現実――それだけ。このままではアメリカは核戦争を開始するだろう」

 

「そうなったら、どうなる? 人間の、そして世界の破滅だ。別に放射能がどうとかいう話じゃない。あれは単に変異が起こりやすくなるだけで、少ないならそれに越したことはないという、ただそれだけの公害でしかない――そこは重要ではない」

 

「だが、洒落では済まないものがある。それは威力。核の火は山を吹き飛ばし、湖を焼き尽くすだろう。断じてそんなものを使用させる訳にはいかない。それこそ、人類の何割かが死滅する事態に発展するにきまっている」

 

「だから、君の父上を使わせてもらう。奴程度の存在でも居れば虚数技術を扱えるようになろうが――しょせんアメリカは破壊しかできないよ。先祖代々受け継いだ伝統というものだ。なにも掴めはしない」

 

「事態の解決にすらならない時間稼ぎ。だが、目的のためならどんな手段とて選んでみせよう」

 

締めくくった。



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第67話 希テクノロジーの闇

「娘をどうする気だ……?」

 

浮浪者が、いや――箒の父がぽつりとつぶやいた。

それは消え入りそうで、周りの声に容易にかき消されてしまう。

しかし、不思議とよく響く。

 

「ふむ? 何もする気はないよ……こいつは役にも立たない」

 

冷たく返す奈落。

だが、わざわざ答えるのは彼の妙な律儀さゆえか。

 

「ふざけるな……! 貴様らが私にさせたことを覚えていないはずがないだろう。希テクノロジー総帥、神亡奈落」

「副総帥だよ。しかし、このような場所でも情報は入るものなのだな」

 

――副総帥。

実は総帥と変わりなかったりする。

そもそも会社において総帥などという役職はない。

実際には株主だ……それも個人所有の。

その状態だと株とは呼べないのだが、細かいことはどうでもいいだろう。

実は希テクノロジーとは神亡奈落の所有する会社だ。

現総帥である野呂瀬から丸ごと全てを受け継いだ。

奈落は彼に敬意を払い、現総帥として奉っているだけである。

野呂瀬が権力を振るいたければ、まずは奈落から所有権を奪い返さなければならない。

 

「貴様の言葉など信じられるものか……!」

「で? 私は餌を捕まえに来ただけで――師の友人と語らいに来たわけではない」

 

そういうことになるのだろうか。

この男は希テクノロジーで科学者を務めていた。

ならば、当時全権を握っていた野呂瀬ともつながりがある。

浮浪者のようなナリはしていても、主任であったのだから。

 

「友人……? 誰が――」

「とはいえ、私も慈悲もない破壊神ではない。少しばかり娘と話す時間をくれてやる。心残りはそれくらいだろう? どうせ……妻には人の言葉を理解する正気すら残っていまい」

 

「…….貴様がそれを――」

「父さん、母さんが正気ではないというのは……?」

 

箒がぽつりとつぶやく。

その声は悲哀に満ちていて、思わず耳をふさぎたくなる。

 

「そ、それは――」

「教えて欲しいか? 真実を知りたがるのは人間の業だ――しかし、私は止めはしないよ。知りたいなら話そう、それが自ら地獄へと足を進めることであっても」

 

奈落が言う。

優しい顔をしている。

本当に優しくしているのだろう――人外なりのやり方で。

だから、ピントがずれていると言わざるをえない。

 

「――奈落。教えてくれ……そこまで言われて、ここで引き返すなど私には……!」

「できぬ、と。ならば教えよう」

 

箒はうつむいてはいてもひざまずきはしない。

眼には光がなく、淀んでいる。

奈落はわずかにうなずいて続ける。

 

「やめろォっ!」

 

父が金切り声を上げる。

しかし、その声は娘にすら届かない。

 

「やめない――ラウラ」

「……っは!」

 

ISをまとったままのラウラがワイヤーで彼の首を締め上げる。

 

「かつて希テクノロジーは人体実験に手を出した。まあ、ここは割愛させてもらおうか――趣味の悪い話を聞かせるのはあまり好きではない。と、いうわけで実験をした、それだけで締めくくらせてもらう」

 

「実験を受けたのは千冬、束――他にも何十人と。まあ、生きて帰れたのはこの二人だけ。他のは二目と見られぬ死体となって破棄された。ギガロマニアックスを創るために、その大義のもとに多くの者が犠牲になった」

 

「ところで、箒……知っているかね? 君は3人目なのだ。3人姉妹の末っ子――長姉の束がいて末妹のお前が居る。では、真ん中はどうなったのだろうな?」

 

「――そう、実験の犠牲となった。そして、おぞましき遺体となった二人目を見た君の母親は発狂した。今も精神病院に入れられているよ。ま、そこにいる君の父はいわゆる自らの子すら生贄に捧げる狂気の科学者(マッドサイエンティスト)というわけだ」

 

「この物語はこれで終わり。まあ、君の父はギガロマニアックス創造実験を主導した男だ――知識も相当。実践に至っては数知れず。アメリカも何をしてでも手に入れたいと思うさ」

 

「手に入れる、だと? 父さんはモノじゃない」

「関係ないさ。君のことなど、私にもアメリカにもね。私は君の知りたいことを教えてやっただけにすぎない」

 

「――っ! 父さん、奈落の言っていることは……」

「本当のことだ。私は取り返しの付かないことを犯してしまった。許してくれとさえ言う資格はない。だが、貴様らの企みに関わった身として――世界を好きにはさせない」

 

「そう。なら、頑張るといい。だが、今は娘との会話に集中したほうが良いのではないか?」

「そうそう、もしくはお母さんのことを治してあげるとか。箒がかわいそうだよ?」

 

気楽な調子でシャルが声を投げ込んできた。

しかし、調子と違って話題が暗い。

一瞬で場が凍りついた。

 

「――シャル」

 

たしなめるように奈落が言う。

あえてそこは言わずに置いたのに――と。

 

「どういうことだ?」

 

箒が聞き返す。

もはや毒を食らった――ならば皿ごとでも問題無いということか。

致命というならもう遅い。

彼女の心は傷つき、砕け散りそうになって震えている。

 

「いいよね?」

「やめろ――やめてくれ」

 

無様に懇願する。

だが、ここには聞き入れる人間はいない。

 

「よかろう」

「うん、じゃ――言っちゃうよ」

 

奈落が許可を出す。

もっとも、何に対しての許可なのか。

 

「そもそも君はね、そこの男が発狂した妻を無理やり抱いて産み落した忌み子なんだよ。だから、母親は君のことを知らないよ。今は妄想の世界で2人姉妹と仲良く暮らしている――君をのけ者にしてね」

「――は?」

 

瞳には同情と哀れみ。

君も僕もかわいそうな人間だよね――という仲間意識。

そして、自分だけは今……大切な人に愛されているという優越。

 

「だから、君はのけ者なんだよ。母の愛とかそんなんはそもそも――母は君のことを知らない。けれど、そう悲観した話じゃない。かわいそうけど、親の愛を受けられないのはよくある話だよ。ま、産んだ事実からして知らないのはそうそうないと思うけどね」

 

謳いあげるように言う。

その残酷な真実をまるでありふれた話のように。

実際、彼女もまた片親――父の愛情を受けられなかった。

 

「母さんは――」

「廃人だよ。言ったでしょ?」

 

「これが真実だ。救いも何もない。他に知りたいことは? 父に聞きたいことは?」

「――父さん、あなたは母さんを愛していたのか? なぜ家族に対してそんなことができるんだ……」

 

「愛していた……いや、私は今も彼女を愛している」

「そうか。では、愛とは何だ? ――もう、何もわからない」

 

とうとう、箒は膝をつく。

 

「さて、もう話は終わりかな?」

「待て、奈落……貴様に世界を支配などさせない」

 

浮浪者のような彼が言う。

 

「好きにしたらいい。だが、今はただの餌だ」



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第68話 凪

「さて、諸君――ミレニアムからの声明だ。我々が戦う力を蓄えるまでに、2ヶ月待ってくれるそうだ。我々には特に特訓などしても意味が無い。まあ、箒あたりは話が違うし……鈴音とセシリアも似たようものかな? ただ、一夏……お前は特訓なんてしないほうがいい。あと二ヶ月――悔いのないように存分に遊べ」

 

そう言って、奈落は学園から姿を消した。

当然のようにシャルとラウラもまた、後を追った。

そして、残された一夏は――

 

「一夏、つきあいなさい」

「一夏さん、つきあってもらいますわ」

 

二人の女に付きまとわれていた。

 

「いや――昨日、散々ショッピングにつきあっただろ?」

 

うんざりとした様子で答える。

三日は連続で遊びまわってる。

それも、三人で。

そして、帰ったら帰ったで、他の女子が色々とうるさいのだ。

 

「だから今日はボウリングにでも行こうとしてるんじゃない」

「今日は海を見に行きましょう」

 

「いや、だからな――別に時間はあるんだし、少しくらいゆっくりしてても……」

 

「「それはない(ですわ)」」

 

「あ、そ――」

 

一夏は諦めた。

 

「さて、一夏。ボウリングに行きましょう――二人で」

「一夏さん。海を見に行きましょう――二人で」

 

「いで……いだだだだ。お前ら、腕を引っ張るな――」

 

「じゃあ、どっちを選ぶのよ?」

「あなたはどっちを選ぶんですの?」

 

二人はさらににらみ合いを始める。

 

「一夏はあたしと行くの。つきあいの長いあたしとね――」

「つきあいが長いだけのお子様は引っ込んでいてくださりません? 一夏さんは私と一緒にロマンチックな一日を過ごしますの」

 

「――は。ロマンチック? ぼさっと海を歩いてるのがロマンチックだなんて、ずいぶんと安っぽいのね。さすが、舌がイカれてることだけはある」

「――な!? 私の舌は正常です。それに、イギリスにもおいしい料理はたくさんありますわ」

 

「あんたの料理と違って?」

「うぐっ――ええ、しゃくですけど認めますわ。はっきり言って私は料理が得手ではありませんわ。けれど、そんなものはシェフに頼めばいいだけですもの」

 

「得手ではない? そんな程度じゃないと思うけどね――ま、それは置いといて。あたし達がぎゃーぎゃー言うのもあれだし、一夏に決めてもらいましょうか」

「ええ。いいですわ」

 

「いや……決めろって言うなら決めるけどさ。はじめにボウリング行って、次に海行けばいいんじゃないのか?」

 

二人はため息を同時につく。

 

「「はあ、あなたって人は――」

 

「優柔不断」

「女の敵」

 

「なんでそこまで言われなきゃならないんだ?」

 

「もういいですわ」

「今日もつきあってもらうわよ」

 

「好きにしてくれ」

 

 

 

「で、奈落。僕たちはどうするのかな? 一夏たちならきっと遊んでるよ。まだ学生だしね」

「だろうね。それは期待してない」

 

「軍人だろうが競技者だろうが鍛錬が足りん。ミレニアムに技術で勝つのは不可能だな――まったく情けないことだ」

「そんなものだよ。操縦者ってアイドルみたいなものだもんね。無理だよ、訓練なんてさせられない――肌が傷つくし、それでなくとも筋肉がつく」

 

「ミレニアムは真正の軍人の集まりだ、行き過ぎて狂ったがな。だから女どもに勝つことは期待していないよ」

「あはは。はっきり言うなんて奈落らしいよね」

 

「殺し合いに秀でていることが何の自慢になる? それよりも八百長試合を面白く見せるほうが幾分か役に立つというものだ」

「そう思うのは奈落が強いからでしょ? それに――殺されるのは、やっぱり弱い人間だよ」

 

「それはどうかな――?」

「奈落、しれはどういうことだ? 弱い人間が強い人間を殺せることなどありえない。弱い奴は奪われるだけだ」

 

「――ふふん、ラウラお前は誤解している。違うさ。そんなのはただの天災だ。力が弱い以前に運が悪かった――それだけのこと。殺されるのは弱いのではなく、運が悪いんだ」

「ふん、斬新だな。しかし、まあ――戦いなんて無縁で人生を終えられる人間も確かにいるな」

 

「大抵の場合、いや――精神というべきか? “普通”なら力などない方が幸せだ。確かに強いやつに陵辱されたら力も求めるだろう。だが、大抵はそんな機会こないし――強さを持つことで生じる弊害のほうがはるかに上でしかない」

「――で、何がいいたい?」

 

「弱いのは当然だということだ。だから、その上で何とかしなければならない。まともに戦えば世界はミレニアムに支配される――その認識が必要なのだ」

「それを認識してる人間がどれだけいるかな? 権力を持つ人間は特にそうだけど――自分に都合が悪い、人間はそれだけで大抵のことを否定してしまうよ。嫌なことを認めるのは、人間にとっては嫌なことらしいじゃないか――僕は嫌なことだらけで、目をそらしても嫌なことを直視するしかなかったからよくわからないんだけどね」

 

「ここにいる三人は人としてのあり方が歪んでいるのさ。私は神殺しの魔槍として生み出された、ラウラは兵器として生産された、シャルは仲間を得られず父にすら虐げられた。初めから歪んでいる私達は、普通には馴染めない」

「だから自分から貧乏くじを引くと? どこぞの英雄だな。それでどうなるというのか」

 

「私達は違うさ。そいつらはただ未来を見ずに、ただ目の前の人間を助けるために戦っている。未来のためなら人間を切り捨てる我々とは違うさ。そして、未来を見るがゆえに――我らは世界の敵となる」

 

 

 

「そして、それは時間の問題でしかない。極論するなら、私達が殺されたとしてもノアⅢは起動する」

「とはいえ、人類が死滅すれば意味が無いのは厳しいところだ。それに、私達が実現する世界に、他ならない当人が住めないというのも残念な話だな――おい、奈落」

 

「ま、そっちはそっちでやっていけばいいでしょ? ラウラ。でも、時間はあるしさ。というか、奈落は仕事なんて他人に任せちゃうでしょ。なんか他人に仕事を投げるのだけは異様に上手いし、それでいて自分が必要なときはさっさとやるし」

「そもそも副総帥の仕事などほとんどないさ。株主だって、金を出して勝手なことをしゃべくるだけでしかないのだから。自分は強権を振るって強引に場を整えているだけさ」

 

「時間があるなら、デートでもしようよ。ま、ミレニアムを潰して――世界を変えたらいくらでもできるけどね……そういうものでもないでしょ?」

「それも悪くない。ギガロマニアックスに鍛錬なぞ必要ないしな」

 

「まったくだ――恋人にサービスの一つでもしなければ嫌われてしまう」

 

「僕が奈落を嫌うなんてありえないよ」

「お前は私のものだ。力づくでも近くにおいてやる」



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第69話 始まりの凱歌

「さて、諸君――つかの間の平和は楽しめたかな?」

 

生徒会室。

奈落は7人の前で声を上げる。

 

「当然。誰が鬱々として暮らすってのよ、そんなのあたしの好みじゃない。遊ぶときは遊ぶわ――もっとも、そんな楽しい時間は終わりなわけだけどね」

 

まず声を返したのは鈴音。

言葉とは裏腹に顔は暗い。

いや、楽しむ時間が終わったのだから当然かもしれない。

 

「それはどうかな? どんなに絶望的な状況だって、好きな人と一緒に入れるなら大したことでもないと思うよ」

 

前者の発言に疑問を呈す形で声を上げたのはシャルロット。

目は細められていて、まるきり悪女――純情系にはまるで見えない。

それでいて奈落にすべての愛を捧げている。

それはもはや狂愛と言っても差し支えない。

 

「――ふ。誰が相手でも変わらん。全てを叩き潰して屈服させる。ただそれだけのこと……愛しい者の隣に立つ権利なら力で奪い取ってみせよう」

 

静かに軍人らしく屹立する。

その笑みは禍々しく、とても一介の少女には見えない。

これでいて奈落には愛と忠誠をごちゃ混ぜにした狂信を捧げているのだから――また。

それは全てを壊す凶器。

兵器として生まれた強化人間、ラウラ。

 

「皆、凄いな。俺はただ誰もが笑っていられたらいいな、と――それだけなのに」

 

ちっぽけで、それだけに難しい願い。

恥ずかしげもなく口にするのは一夏。

これでいて存在の種類としては奈落と同じ――人間ではない。

アンバランス……幼い願いと強力な能力が同居している。

それはなんて――忌避すべき怪物(正義の味方)

 

「無辜の人々の幸せを奪う権利は誰も持っていない。だからこそ誰かが戦わなくてはならない。そして私は力を持つことを誇りとしましょう」

 

ノブリス・オブリージュ。

時代錯誤と罵しられようと、僅かな力しか持たずとも、彼女はそうする。

それがセシリア・オルコットの生き様。

幼少の頃より正義に依る制裁を下してきた。

非合法な暴力に頼ったことなど一度もない。

 

「私にこの機会を与えてくれたことを感謝します。私はこの血にかけて守らなければならないものがある。ゆえに、汚泥を這いずってでも成し遂げてみせましょう」

 

血――“更識楯無”という名を受け継いできた一族。

日本を守るために影となって動いてきた。

それは今も変わらない、未来永劫変わるはずがない。

 

「私にはこれだけしか言えないけど。でも、言わせて――頑張って」

 

唯一ISを持たない彼女……本音。

けれど、彼らの戦いは力を持たない者のためにある。

 

 

 

「夜が明けるまで――奴らが指定した日まで後10分。覚悟はできているな?」

 

どうしていいのかわからなくてあたふたする本音。

それを後目にみんなが静かに頷く。

彼女以外は空中にディスプレイを表示させて数字をいじくっている。

最後の調整というわけだ。

 

「で、奈落――ミレニアムの出方はわかってんの?」

 

目は数字を追ったまま、鈴音は疑問を投げかける。

 

「正直わからない。しかし少佐のことだ――焦らしはすまい。いや、そもそも我慢することすらできないよ」

 

答えるその声は完全に平静。

こちらも同じく数字をいじっている。

 

「じゃ、出たとこ勝負ってわけ? 後手に回って勝てるような甘い相手かしら」

「その通り。奴らは甘い相手ではない。万全に対策をしてもなお食い破ってくる奴らだ――対策を立てられないことほど恐ろしいものはない」

 

「けれど、やらないわけにはいかないのよね」

「そう――我々がやらなければ誰がやる? アメリカは先の大戦のダメージから復旧できていない」

 

「EUはアーカードのおかげでダメージはないけれど、それでもあの程度の戦力じゃ対抗できないわよ」

「そして中国も死んだも同然。朽ちるのを待つ地に伏せた豚」

 

「日本も同じ。自ら牙を折った獣。寄生虫にやられて肉が削げ落ちて、けれど獲物を狩る牙はすでに亡い」

「絶体絶命というわけだ。世界の命運は高校生と怪しい組織に託すしかない。日本の命運にしてもそう。EUに少し働きかけてアーカードを日本方面の守りにつけることにした。大歓迎だったよ――奴らはよほど化け物を遠くにやりたいらしい」

 

「確かに長い付き合いだけど、あんたの存在は謎そのものよね。まあ、一人一人を守ろうって謙虚さはないけれど、こと人類を守ろうとしていうる点は信頼できる」

「それはどうも。君だって一人の死者も出なければいいと思っているだろう? いや、ここにいる人間に死者が出ることを望む者はいない」

 

「ええ、それは本当にその通り。だから――」

 

 

 

 

「戦争を始めよう」

 

奈落が言う。

まるで地獄の軍団の指揮隊長のように。

 

「……一夏」

「斬る。きっと、それは俺にしかできないことだと思うから」

 

「……シャル」

「やるよ。願いのためなら他なんて知らない。私は大切な人以外のことなんて知らない」

 

「……ラウラ」

「打ち倒す。この私の力で持って、有象無象も強者もまとめて――我が強さの証明としてくれる」

 

「……鈴音」

「守るわ。私にはあんたらほどの力はないけれど、やれることなら全部やってやろうじゃない」

 

「……セシリア」

「正義の為に。この私の銃弾は悪を貫く鉄槌ですわ」

 

「……楯無」

「国をかけて。一族の誇りに殉じるためなら、敵よりも深いところに堕ちるのも厭わない」

 

 

 

「――ならば」

「「「ミレニアムを叩き潰す」」」



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第70話 第2次ミレニアムウォーズ

「――副総帥」

「奈落と呼べと言ったろう。で、早速ミレニアムの登場だな――AFの数は?」

 

アームズフォート。

それは戦場を支配する数の暴力。

ただの一機でIS数十機分の火力をまき散らす移動要塞。

この場面で一々ISの数を把握しても意味が無いと思った奈落は初めからそれを問う。

だが、それは無駄でしかない。

 

「出現した敵は1000。全てAFです」

「――なんだと? それではさすがに倒したとて……いや――奴らに負けて勝つなんて発想ができるものか」

 

一人でぶつぶつつぶやく。

そう、1000機のAFなど……そこまでの戦力を用意された時点で初めから詰んでいる。

さすがにそれは奈落でもどうすることもできない。

いや、戦力がどうのといった話とは少し違う。

数ではなくゴミという暴力。

地球の表面を残骸が覆い尽くし、とても人が住める環境は残らない。

兵器の残骸が世界を覆うなど、どんな悪夢的な世界の終わりか。

 

「転送装置か、それとも虚数物質を使ってあるのか。ともかくもそんな無様な策を使うやつではない。なんにせよ、残骸は消える。少佐は消す」

「奈落様、どうしますか?」

 

奈落は疑うこともなく信じる。

彼とて、何億トンどころではないゴミをどこかにやってしまうことはできない。

さすがにそれは得体のしれない彼であろうと不可能だ。

彼はあくまで多能を有するだけで、全能とは程遠いのだから。

 

それでも、彼は言い切った。

皆目見当もつかないが、少佐が出したゴミは少佐がかたづけてくれる、と。

立つ鳥跡を濁さず――当たり前のことかもしれないが、できる人間はあまりいない。

それが政府だとか、組織であるならなおさらに。

そういう潔癖さだけは持っているのだ――少佐流の悪の美意識といったところか。

 

「動揺する必要はない――なに、相手がすこしばかり想定よりでかかったというだけの話だよ。文字通りにね」

「では配置しておいた【セラフ】を起動させます」

 

わずかに動揺していたことなど嘘のようにすらすらと指示を下す。

そして、受ける側も迷いなく処理する。

ここにいるのは超一流ばかりを集めた世界最高レベルの軍事機関。

それをただの一企業が所有しているのだから恐ろしい。

 

「ああ。砲台代わりにはなる。どれだけ戦果をあげられるかは指揮者次第だ」

「――はい。奈落様が気張れとおっしゃっていたと伝えておきます」

 

配置していたというセラフは実はまだ未完成。

空中戦すらできやしない。

それでも、オーバードウエポンは使える。

舐めていると一瞬で蒸発することになる。

 

「ああ、頼む。それで【神の杖】は?」

「ラウラ様が位置につきました。発射準備が整うまで後20秒です」

 

神の杖――アメリカが開発していた兵器を希テクノロジーが買収し、改良した。

いや、改悪というべきか。

ラウラのための仕様といっても、むしろ言葉不足。

彼女がいたからこそ、“そう”された兵器。

 

「よし、そっちはそれでいい。シャルは?」

「予定通り、島にいます」

 

「そうか。我々の最高戦力は彼女だ。そして、長年隠していた秘密の島――切り札を切るときは効果的にしなくてはな」

「はい。未だその時期ではないということですね。ベルナドット様かセレン様にお繋ぎしますか?」

 

「ああ、戦況はまだ動く。こんなのは序盤だ。趣味の悪い序曲などさっさと止めてしまうに限る。さて、あいつらに演奏させることなく楽器を砕く――次はどの手を打とうか。なあ――どう思う?」

 

憂鬱そうな奈落が問いを投げかけたのは――

余裕で不敵な笑みを浮かべる歴戦の傭兵ベルナドット。

殺意が滲む笑みを口の端に刻む過激な戦闘指揮者セレン。

 

 

 

「さて、収束まで3秒」

 

ラウラ・ボーデウィッヒは衛星軌道に居た。

ギガロマニアックスの異能を遺憾なく発揮、さらに最新のIS装備の力を合わせて全世界を俯瞰する。

普通ならば脳が焼き切れる。

それでもなお、なしてこその最強を望む者(ブリュンヒルデ)

 

「なんともまあ――蜂の巣をつついたような大騒ぎ。一ヶ月前からこうなるとはわかっていただろうに」

 

眼下には有象無象。

人間どもが騒いでいる。

まるでこんなことになるとは思わなかったと叫ぶように。

むろん、宣戦布告は1か月前にされていた。

それでも、対抗策などほとんど用意されていなかった

そう――希テクノロジーを除いては。

 

「だが、そんなものはどうでもいい。有象無象がどうあろうが、私の針の一撃は敵だけを貫くぞ……!」

 

彼女は星。

比喩ではない――彼女のISシュヴァルツェア・レーゲンが本体の大きさをはるかに超える追加外装をまとっているため、球状のずんぐりとした状態になっているのだ。

そのせいで大きさは3倍ほどに、つまり体積は30倍近い。

そして追加外装のほとんどすべてはエネルギーの生成のためだけに使われるのだ。

 

「見せてやろう。希テクノロジーの最新鋭技術を結集した超弩級欠陥兵器の力を……. 規格外超弩級戦略兵装(オーバードウエポン)の前にひれ伏せ」

 

ラウラは眼帯をもぎ取り、金色の目をさらす。

そう――【|劫≪アイオン≫の目】を。

封印された馬鹿馬鹿しいほどまでに強力な魔眼が発動する。

 

「【衛星軌道上地上掃討用反射レーザー神の杖(ネビーイーム)】」

 

羽根が開く。

球状から羽根つきの半球へと。

体が10倍ほどに大きく見える。

それはレーザーの発射台。

羽根はすべてを焼き尽くす光を放つためのもの。

 

「――発射」

 

羽根から光が放たれる。

その光は目の前のレンズに吸い込まれて拡散する。

拡散された光は地球を回りこむように拡散し、すでに配置されていたレンズに当たる。

また拡散する。

拡散した先でレンズに当たる。

さらに拡散。

ぴったり1000本の光が地上に降り注いだ。

 

「AF……撃破完了」

 

全ての光はAFの動力部に命中。

機能が停止した。

ありえない命中精度だ。

どれだけの腕前があれば、いや――レーザーは空気の状態で微妙に曲がってしまう。

全弾命中させられる“状況”が都合よく眼の前に転がっているなど、いったい何日――いや何十年待ってれば現れる?

 

いや、そもそも

ラウラは超弩級欠陥兵器といったのは、悪い意味で伊達ではないのだ。

 

ネビーイームは想像を絶するほどのエネルギーを必要とする。

それに関してはブラックホール・エンジンを実装することで解消した。

しかし、不安定。

実に80%の確率で起動に失敗し諸共――それは半径5m四方が消失するだけだが、吹っ飛ぶ。

更にはデータ上、レーザー発射時の動力炉の負荷で99%の確率でこれまた吹っ飛ぶ。

データ上なのは危険すぎて試せないから。

吹っ飛んで生き残る手段などない。

消失だ――どうなるかは人類の感知できるところではない。

 

「これが私の【刧の眼】。この黄金の瞳は勝利の未来をつかむ――そして、それにはこういう使い方もある」

 

ラウラは賭けなどしていない。

0.00000000001%の確率なら、それを100%にする裏技を使えばいい。

確率操作の上位互換、運命操作。

ならば、こんなことも可能。

 

狙いをつけらない兵器でピンポイント狙撃を敢行する。

レーザーの起動を予測するには、ミラーの角度、大気の組成、風、温度をリアルタイムに予測する必要がある。

それくらいしなければ、ビルほどの大きさの的に当てるのすらおぼつかない。

もっとも、そこまでできるCPUは存在しない――ISでも不可能だ。

 

「さて、どう出る? このようなあっけない終わりを許容できる貴様らではないだろう――」

 

不可能とすら言える技を成功させたラウラは不敵に笑う。

 

 

 

停止したAFが起動する。

 

「――む? 再生能力か。だが、第2射の準備は完了している……!」

 

2度目の発射。

出力が上がっている。

当然だ――暴走しかけているのだから。

 

「次は完全に撃破してやろう……発射」

 

見事命中。

しかし、次の瞬間には回復している。

思わず舌打ち。

 

「……っち! キリがない。しかし、打つ手が無いわけではない……!」

 

ラウラのオーバードウエポンが変形していく。

 

「こいつももう限界。いくら抑えても、熱暴走は止まらない。だから――」

 

そもそもこれは確立を淘汰するラウラの眼があってこそ。

いや、あっても危険すぎて作られるわけがないレベルのものだ。

完成してるとかそういう以前に、動くだけで制御はできない。

当然、使ったら暴走して壊れる。

 

「捨てる」

 

最後の発射。

構成していた部品が流星となって敵を貫いて喰らいつく。

もっとも最重要で地球をどうにかしてしまいそうな部分だけは虚空空間に堕としておくが。

 

「異物を体内に抱え込んでは再生どころではあるまい」



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第71話 不死の兵隊

「――来たか」

 

一夏は宙を睨む。

ここは学園の近く。

奈落に言われたとおりに待機している。

そしてISは装着済み。

 

「なるほど。観測は出来るわけか――さすがは真正のギガロマニアックスってとこだね」

 

何もない場所から鎌を持った女が出現した。

そこはちょうど一夏が睨みつけていた場所なのだった。

 

ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべている。

その女の殺気はねばねばしていて、背筋を凍らせる。

半身にのみ刺青が刻まれた体が威圧する。

 

「奈落が言っていた。お前らなら冗談か嫌がらせで学園を狙うってな。だから俺達がここにいる」

「――は? 俺達って……ああ、そこにゴミ虫が二匹ほどいたのかい。どうでもよくて気づかなかったよ」

 

「「――っ!」

 

鈴音とセシリアは息を呑む。

自分たちのことを無視された屈辱、そしてなにより敵の圧倒的な存在感に押しつぶされてしまった。

 

「あいつらは仲間だ。悪く言うのは許さない」

「へぇぇ、聞いてたとおりの熱血漢だね。隊長は――奈落はどうしたのかい?」

 

「隊長?」

「あの人が私達人狼部隊(ウェアウルフ)を作りあげたのさ。もっとも、その後で脱走しちまいやがったけどな」

 

「――あいつ、そんなことまでやってたのか……」

「まあ、私達はテメェの同類ってことだよ。同じく奈落に化け物にしてもらった同士ってわけだ……よろしく、兄弟」

 

「俺とお前らは違う」

「どうかな? てめえはちょうど手頃な悪がいただけだよ。力を振るいたくて振るいたくてしょうがないクソッタレな戦争狂さ! 悪がいなかったら正義を相手取っていたに決まっている」

 

「違う!」

「違わないね!」

 

火花が散る。

鈴音とセシリアには動き出しすらわからなかった。

敵と一夏がつばぜり合いをしていた。

早すぎて、ハイパーセンサーごときでは動きをつかみきれない。

 

「おお!」

「ヒャハ!」

 

鎌と剣。

すさまじい斬撃戦を繰り広げながらどんどん離れていく。

 

「――鈴音さん!」

 

セシリアがあることに気づく。

地面にトランプが敷き詰められている。

いつの間に……二人は全く気づかなかった。

そして、最初からあったというのもありえない。

ISによるスキャンは常に行っていた。

けれど、突然敷き詰められていたとしか言いようのない事態。

 

「ち――っ!」

 

全力で飛び退く。

何かは分からないが、たった一つわかることがある。

これは攻撃だ。

それ以外に考えられない。

こう考えられるようになることが兵士の第一条件。

 

爆発。

気付いたのが一瞬早かった。

ダメージを貰うが、飛び退いた分だけ衝撃は逃がせる。

それでも――

 

「セシリア!」

「――鈴音さん!」

 

分断されることには変わりない。

 

 

 

セシリアの目にちらりと光の軌跡が写る。

青白い光――異能。

魔弾の射手の攻撃が始まった。

 

「――っ! なんて馬鹿げた弾道ですか……」

 

その光をセシリアは追い切る。

彼女もまた射手。

その誇りにかけて弾丸を見逃すことなどありえない。

 

「射撃戦と洒落こみましょうか……!」

 

ビット【ブルー・ティアーズ】を展開。

一斉射撃。

しかし、魔弾はすべるようにかわす。

ただの一発すらも当らない。

だが、それこそが狙い。

 

「本命はこの一撃ですわよ――」

 

手にしたライフルで魔弾をぶちぬいた。

ビットによる射撃は誘導だった。

彼女は一目見ただけで魔弾は自由に弾道を操れることを見抜いてしまっていた。

いや、この一瞬の攻防に考える時間などない。

彼女は感じていたのだ。

 

あの弾丸。

普通なら滅茶苦茶な軌道を描くだけで、着弾点くらいしか制御できないと思うだろう。

弾道を曲げる偏差射撃なら、異能を使わなくても出来る。

めちゃくちゃな軌道で獲物を欺く撃ち方。

 

だが、同じ射手としてそんな無様はありえない。

魔弾と呼ぶならば軌道すら完全に操ってこそ。

ゆえにセシリアは感じ取った。

あの弾丸は完全に敵の制御下にあると。

どんなに奇想天外な動き方をしたところで、それは意志のままに。

 

「へえ……やるじゃない。けれど――私は漁師リップヴァーン・ウィンクル。有象無象の区別無く、私の弾弾は許しはしないわ」

 

第2撃、続いて第3撃。

龍が獲物を食い殺すように左右から迫る。

 

「2発に増えようと同じこと。全て撃ち落としてあげますわ! ――けれど」

「なら、3発目ならどう? さすがに操りきれないけど、直進なら出来る――そして」

 

セシリアは自負に満ちた好戦的で、でも苦渋に満ちた笑みを。

リップヴァーンは愉悦に満ちた奈落的な笑みとともに銃を構える。

 

「「私(あなた)の弾丸は届かない」」

 

 

 

「トランプぅ? これも異能かしら――」

「その通り。これこそが私の異能でございます――ちゃちな小娘」

 

鈴音に対するのは慇懃無礼な男。

帽子をとって礼をするが、なめきったニヤニヤ笑いが透けて見える。

鈴音はこのふざけた男を睨みつける。

 

「そういうあんたは気障な格好してるわね。そんな格好じゃなきゃ外にも出てこれないの?」

「ええ。お恥ずかしながら――ゆえに私は近しき者からは伊達男と呼ばれております」

 

「なるほどね。けど、知ってる? トランプなんて使うのはやられ役と相場が決まっているわ。気取って登場して、ちょっといい勝負繰り広げたところで新キャラに殺されるポジションよ」

「ふむ。ありがたい忠告ですが、二次元と三次元の区別をつけたほうがよろしいのでは?」

 

「……ぶん殴る!」

 

キレた鈴音は一直線に殴りかかる。

どうせ敵の情報など持ってないのだから先手必勝。

間違ってはいない。

いないのだが、問題はある。

それは敵の思惑にはまってしまったこと。

 

「は――」

 

嗤う。

トバルカインは嘲笑う。

トランプを指に挟んで直線軌道で迎撃する。

 

「「おらあ!」」

 

ぶつかる。

そして離れる。

力は互角だった。

 

「――っふふ」

 

薄ら笑いを浮かべたのはトバルカイン。

 

「――っやば」

 

冷や汗を浮かべたのは鈴音。

 

鈴音の背には大量のトランプが舞っていた。

顔色を青くした鈴音は地面に蒼天月牙を叩きつけて少しでも離れる。

爆発は鈴音を前方へ弾き飛ばす。

伊達男が待ち構える前方に。

彼の手にはこれまたトランプ。

 

鈴音の態勢は崩れきっている。

両手共に蒼天月牙を握りしめて、地面にたたきつけたために腕が下に伸びきっている。

足だって今更前に出して盾にすることはできない。

例えるなら気をつけの状態で投げられたような状況。

あとは顔を思い切り殴られるか、斬られるか。

どちらにせよ歓迎したいことではない。

 

「さて――あっけない幕引きですね」

「――と思うかしら?」

 

絶望的な状況。

その中でも鈴音は不敵な笑みを浮かべている。

そう、覚悟を決めた顔。

 

「死なばもろとも。その程度の覚悟すら出来てないあたしじゃないのよ……!」

 

爆薬をばらまいた。

希テクノロジーから供与された特別製。

威力は折り紙つきだ。

そう、誤爆したら自らも危ないほどに。

 

「馬鹿な――死ぬつもりか、貴様!?」

「さあ? 運が良ければ生き残れるかもしれないわよ? これは自慢だけど、あたしってけっこう悪運だけは強いのよね……!」

 

「イカれているぞ!」

「ふふん、あんたらも奈落に狂わされたんじゃなかったの? 狂気の戦争屋さん」

 

大量の爆薬に囲まれた鈴音を、伊達男はよけられない。

自爆する。

 

「この狂人がァ!」

「ありがと」

 

敵も味方ももろともに爆発に飲み込まれる。



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第72話 人間の意地

「おおおおおお!」

「ひゃはははは!」

 

裂帛の叫びと哄笑が響き渡る。

声の主はもちろん、一夏と鎌使いの女。

 

「だあ!」

「ひは!」

 

とても人が出せるような音ではない轟音が響き渡る。

もはやダンプが最高速で衝突し続けているような荒々しい音。

それを、強化されているとはいえただの剣と鎌で出している。

ISによる強化を考慮に入れても。なおありえない膂力。

そんなもので殴られたら吹き飛ぶ以前に跡形も残らず爆発四散してしまうだろう。

 

「学園に手を出させはしない……!」

「なら、このあたしを倒して見せな――正義の味方さん!」

 

そして、膂力だけではない。

速さも相当イカれている。

ハイパーセンサーによる感覚強化がなければ追うことすらできないだろう。

ただの数秒の間に何十、何百合と剣閃を合わせる。

 

「倒して見せるさ」

「やってみせな」

 

一見、戦闘は膠着状態。

互角のまま攻撃の回数だけを積み重ねている。

全ての攻撃は迎撃され、迎撃する。

お互いの体には届かない。

その間にもお互いの攻撃だけが続いている。

 

「――は!」

「……っな?」

 

積み重ねた攻撃。

それは無駄などではない。

相手本人にダメージを与えられずとも、武器には蓄積する。

それがとうとう砕け散った。

一夏の狙いは初めから武器破壊だったのだ。

ミレニアムは戦争狂なだけあって――強い。

だからこそ、搦め手で。

 

「俺には戦争が好きだなんて思想は理解できないし、したくもない。そんなに戦争が好きなら、勝手に死んでろ」

 

鎌を失った彼女に防御することなどできるはずがない。

一刀両断された。

 

 

 

「はぁ、はぁ…….っく――」

 

変幻自在な軌道を描く双頭。

2つの銃弾がそれこそうねり、時には直角に曲がり、さらには停止までする。

そんなバカげた攻撃にセシリアは晒されている。

 

「うく――、あうう……そこ!」

 

逃げ回ってかろうじてかわす。

そして、隙をついて銃弾を撃ち落とす。

かわしきれずについた傷も多い。

それでも、ほんの少しずつ進んでいた。

遠く離れた、敵がいるところまで。

 

「ふふ――なかなかに狩りがいのある獲物ですわ。さあ、じわりじわりと追い詰めて差し上げます」

 

変幻自在の2発の銃弾をセシリアはまがりなりにもかわせている。

しかし、3発目の銃弾がかわしきれない。

能力の限界なのか、3発目はそれこそ普通の銃弾のようにまっすぐにしか飛んでこない。

普通の弾丸と違うのは、射程距離といいうただ一点。

しかし処理しきれないのはセシリアも同じだった。

2発に対処するので精一杯で、3発目までは捉えきれない。

ギリギリで致命傷は避けているが、このままでは削りきられる。

 

「中々にキツい状況ですわね……! でも、このまま終わらせはしませんわよ」

 

それでもセシリアの眼には絶望はない。

信じている。

自らの正義を疑うこともなく。

別に正義が勝つだなんて思っちゃいない。

ただ、自らの誇りに従っている。

それだけだが、それがある限り退きはしない。

色濃いダメージの中で、つぶやく。

 

「さて、賭けてみましょうかね。ふふ、吉と出るか凶と出るか。私もずいぶんと奈落さんに影響されてしまったようで」

 

ぐらついた。

はたから見ればダメージでISの制御をミスったように見える。

ダメージから見て順当と言えばそうなのだろう。

そして当然、狩人はその隙を見逃さない。

油断してくれるほどやさしくもない。

魔弾は一直線に向かってくる……と見せかけて急旋回し、死角から。

――逃げられない。

 

爆発する。

 

狩人が笑みを浮かべる。

銃を受けた上にあの爆発――助かりはしまい。

銃弾そのものには爆薬など仕込んでないが、セシリアのは火力型ISなのだ。

ミサイルやら弾丸に誘爆したとておかしなことはない。

 

残心を解き、ふうっと息を吐いたとき何かが飛び出した。

セシリア。

見るからに不恰好で、使い切りの増設ブースターが火を噴いている。

 

「……馬鹿な。この魔弾の射手がこと狩りの領域で敗れるなんて――ありえない!」

「確かにあなたは強い。銃の腕前も、狩りの技量も私はあなたに敵わないですわ」

 

「ならば、なぜ!?」

「あなたは獲物を狩る漁師です。けど、私は漁師を狩る漁師。その差が明暗を分けたのです」

 

「そんなことで……」

「勝負は時の運。些細なことで殺されたり殺したりする――奈落さんが言っていたことですけどね」

 

「まだ――負けたわけじゃない」

「ええ――勝ったわけでもありません」

 

最後は銃の早打ち。

いや。

 

「貴様――なんだそれは!? そんなものを使うなど誇りはないのか」

「あいにくと、獲物についてはこだわらないほうでして」

 

セシリアが持つのはロケットを積み重ねた地区制圧兵器。

ロケット弾8基を上下に積み重ねて16基。

そして、上下左右で16*4で64基が悪夢じみた火力を実現する。

ずいぶんと原始的で粗雑ではあるが、分類としてはオーバードウエポンに入る。

もっとも、使うのにはISに接続する必要すらない。

一つの引き金を引けば連動して恐ろしいほどのロケット弾が吐き出される。

狂気の音を奏でる【|64連装ロケットランチャー≪虐殺者のオルガン≫】。

 

それは使用者の技量など関係ない。

64発のロケット弾が、狙った場所そのものを焼き尽くすから。

狙いなどつけずとも、一切合財を吹き飛ばす。

 

それは殺すものを選ばない。

圧倒的な火力が全てを薙ぎ払ってしまうから。

人ではなくて建物数棟を破壊してしまうような。

 

「それを向けるな……どう考えても――人相手に使うようなものじゃないでしょうが!」

「では、あなたは人ではないということで一つお願いいたします。では、さよならですわね」

 

すさまじい轟音と衝撃が魔弾の射手を跡形もなく焼いてしまった。

 

 

 

「この……イカれ女が!」

 

コートを着た男、伊達男が叫んだ。

目の前で自爆した鈴音を恐怖している。

彼女は追い詰められたからって、あっさりと自爆した。

意味が分からない。

そもそも、彼らは学園の生徒など遊んでいるだけで人を殺したことすらもない甘ちゃんだと思っていたのだ。

ここまでできるなど想像だにしていなかった。

だからこそのミス。

 

実は、あのままだったら鈴音を殺せていた。

お互いにISを着ているのだ。

そして爆心地に居るのでもなければ、あの程度の爆発なら耐えられた。

装甲が砕けたところで問題なかったのに。

きっちりと頭に向かってトランプを振り下ろしていたら頭をかち割れていたはずなのだ。

 

「死ィ……ねェェェェ!」

 

だからこそ激昂する。

伊達男は投擲を選択する。

接近しなかった、ということはそういうことなのかもしれない。

8枚のトランプは爆炎を切り裂き――それだけだった。

 

「なにィ?」

 

爆発に巻き込まれたのなら、宙に浮いているはず。

そして、それならトランプに当たっていなければおかしい。

 

「――おらあ!」

 

鈴音は……下。

地を這うように接近――そのまま押し倒した。

腕も足も使ってがっちりと伊達男の動きを封じ込める。

 

「――離せ、この小娘がァ!」

「あら、あんたみたいな気障なだけの男なんて女の子には相手してもらえないでしょ? あたしみたいな若い子がこうやって抱き付いてあげてるんだから、もう少し喜んだほうがいいんじゃないかしら」

 

「戯言を――ふざけるなァ!」

「ふざけているのはあんたらでしょうが。殺し合いたいっつーんなら、自分らでやってればいいじゃない。あんたらの都合をあたしたちの世界に持ち込むんじゃねーわよ」

 

「だが、この状況でどうする? 私も動けんが、貴様も動けんだろうが」

「ふふん――それを考えてないと思った? この「甲龍」は生憎と第3世代機なのよね」

 

第3世代機ならではの特殊武装。

鈴音が持つそれは見えない弾丸。

それは前方に浮かぶ浮遊ユニットから放たれる。

――龍砲。

 

「――やめ……」

「0距離射撃なんて経験したことないでしょう? 戦争狂、初めての経験は嬉しいものでしょ。あたしに感謝することね」

 

連続して放たれる弾丸は少しずつ伊達男を削り取っていく。

上半身が消失するまで叩き込んだ。



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第73話 とある兵士の悲哀

「テロリスト風情が……貴様らさえいなければ、私は――っ! アメリカの自由と正義のもとに裁きを下してくれる」

 

とあるアメリカの兵士がくず鉄を睨みつけている。

そこから一つの影が飛び出した。

ISだ。

 

巨大武装要塞AFは衛星軌道上からの攻撃により沈黙した。

何が起こったのか全くわからなかったが、それは希テクノロジーがどうにかしたのだろう。

なぜなら、あの会社は――

 

「私は貴様ら以上の悪魔を知っている。だから、ただの戦争狂ごときに遅れを取るものかよ」

 

襲い来るのは、またもや黒椿。

劣化複製品を使い続けるとはこれまた。

だが、人を殺すには十分過ぎる。

ただの一体でも都市すら落とせる凶悪な兵器なのだ。

 

「だが――それがどうした。私はお前らと違って……そして同じだ。未来なんてないんだよ」

 

回想する。

どうせこちらから出向くことはできない。

どう考えても数はテロリストのほうが上だ――なら、自分は重要拠点を守る以外にない。

 

 

 

実を言うと、どこの国にもミレニアムと戦うだけの力はない。

アメリカは前回の戦争で疲弊した。

EUは主要国を守るので精一杯。

日本はそもそも戦力自体を持ってない。

 

なら、ミレニアムを叩き潰した吸血鬼は?

彼女の力がどれだけか、それはおそらくどこの国もわかっていない。

希テクノロジーならば知っているのかもしれない。

なにせ、彼女の力を公開したのは彼らだ。

けれど強行に聞き出すことは、これはできない。

 

AFに対する有効な攻撃手段S-11は彼らが販売していて、他に開発に成功したという話は聞かない。

同じだけの爆弾を作ろうにも、あれだけコンパクトにするなど不可能だし、たとえ威力が大きく上回っていようと自国で核なんぞをぶっ放す訳にはいかない。

だから今のところは彼らの天下だ。

アメリカだろうとEUだろうと尻尾を振らざるをえない。

そのおかげで好き放題できるというわけだ。

人権だろうと世論だろうと、彼らの行動を妨げることはできない。

 

そんな彼らは想像もつかないような次世代テクノロジーを活かした兵器を開発し、全世界に配ってている。

いや、全世界というよりは先進国か。

後進国では宝の持ち腐れだし、わざわざ教育してやる気もないようだ。

もっとも、1ヶ月程度では教育もなにもないだろうが。

 

ここで一つ言っておきたいのだが、希テクノロジーは別に正義の組織というわけではない。

いや、ミレニアムを倒すために利益度外視で世界中に協力してくれているのだから、そんな言い分はないかもしれない。

それに、マスコミなんかは正義の味方ともてはやしている。

 

けれど、どうしても自分には納得がいかない。

たしかに彼らは世界を守ろうとしている。

だが、彼らは手段など選んではいない。

ゆえに私は彼らを正義の味方だとは認めない。

 

もっとも、正義の味方云々はマスコミの話。

希テクノロジーを支配しているという神亡奈落とやらがどう思っているかは全く知らない。

社員だって、研究一筋の――言ってしまえばマッドサイエンティストと呼ぶのにふさわしい人間たちしかいない。

そう、人を実験動物としてしか見ていなかった。

自分を気にかけてくれる人間なんて、誰も……

 

きっと彼らですら必死なのだろう。

世界を支配する希テクノロジーですらミレニアムは難敵なのだ。

人の命を気にしてられないくらいには。

しかし、自分の命をぞんざいに扱われてはそれが仕方ないことであっても恨み言の10や20は言いたくなる。

 

もう、わかっただろうか?

私に供与されたものは強化薬だ。

投与されれば大きな力を得る。

これがあれば素人ですらモンテグロッソで優勝できるだろう。

 

しかし――代償は命。

使えば死ぬ。

……絶対に。

身体機能の増幅による損傷を、回復能力の暴走によって支える。

科学者はそう言っていた。

生き残る望みはないとも。

とんでもないことを考える。

身体が壊れるのなら、さらに壊して動けるようにすればいい。

そんなものはきっと…….戦争狂いですら想像もできない。

 

そもそも回復能力の暴走は例がないことはない。

――ガンだ。

あれはタガが外れた回復現象によって起こる病気なのだ。

しかし、それを人為的に引き起こしたら?

決まっている――全身に転移して手遅れになる。

 

それだけではない。

手遅れになっても、まだ次の段階がある。

機能を失った臓器を切り捨て、戦闘のみに特化させた存在とする。

二度と食べ物を口に入れることはないのに、胃が必要?

腸は?

肝臓は?

最終的にはISを動かす脳だけがあればいい。

他は朽ちようが、擦り切れようが何も支障はない。

 

ただのISに必要なパーツとなる。

それは人としての人生を終わらせることに他ならない。

最終的には脳だけが残るらしい。

その脳も、使い過ぎと薬物によって人間の脳とは思えない状態になるとも言っていた。

埋葬される棺桶の中は空っぽだろう、とも。

 

 

 

もちろん、自分を犠牲にするなんて冗談じゃなかった。

誰が故国を護るためだからといって、必ず死ぬ兵器にどこの誰が乗るというのだろう。

たとえ生存が絶望的にしたって、生きて帰れる可能性があるから軍人は戦場に赴くのだ。

その時、私は――そう、国際裁判所に訴えてやるとまで言った。

神に背く狂信者には付き合ってられない、とも。

 

けれど、考えは変えさせられた。

会う人会う人が私を責める。

死ぬことなんて考えたことすらないような人たちが、故国のために命を捨てられないのかと私をなじる。

毎日のように上司に説教されて、考えを改めたか聞かれる――眠る暇すらないほどに。

携帯を割っても、PCに大穴をあけても逃げられはしない。

 

だから諦めてしまった。

もう無理だった。

心は擦り切れて、未来なんて見えない。

 

そうだ。

つまるところ私は悪魔の契約に首を縦に振ってしまった。

 

 

 

「ミレニアム、貴様らが勝てるはずがない。戦争の中でしか生きられない? それは――ただそれだけだろう。狂気でぐつぐつと煮立った上澄みだ。そんな澄んでいるんだか、濁ってるんだかわからない中途半端では誰にも勝てんさ……!」

 

そろそろいいだろう。

あまり離れるなという話だが――

――脳がとろけた人間に上は何を期待している?

どうせ、すぐに言葉も忘れる。

 

「ぜあああああ!」

 

敵をぶっとばした。

……敵、だと思う。

味方と敵の区別がはっきりしないが――まあ、そこは上の手腕に期待させてもらう。

しかしとんでもない。

蹴りの一発でISごと人を血煙に変える。

こんなこと、スペックデータの最大出力を発揮できても不可能に決まっている。

あまり説明はなかったが、ISへのウイルスプログラムはきっちり効いているようだ。

ウイルスが破壊しているのは“私の”IS。

そもそもISの操縦者保護システムは強化薬の存在を許さない。

害のある薬や細菌は全てシャットアウトしてしまう。

だから壊した。

そんなものは要らない。

 

ついでにリミッターの解除も。

ISのリミッターは2段階ある。

いや、解除に二重の手間がかかるわけじゃない。

 

機体の損傷を防ぐための第1段階。

そして操縦者を保護するための第2段階で機能を制限している。

つまりは壊れないためにガチガチの制限がかかっているわけだ。

それを外してしまえばこうなる。

 

敵が使うのは第3世代相当。

対して私が使うのは第2世代の量産機だ。

機体の完成度なら向こうが一歩も二歩も先を行っている。

しかし、私は戦えている。

10対1だろうが、むしろ虐殺するように殺している。

 

しかし、敵の数は減らない。

なんでだろうと思うが、考えていても何時意識が切れるかわからない。

戦い始めてから5分弱。

もう手足の感覚がない。

痛覚なんて、それこそ生きるためのものだ。

だからこそ痛覚を持ったゾンビなぞ存在しない。

私の体はすでに不要なものを排除し始めていた。

 

「アアアアア!」

 

勝手に声が出る。

手が、足が一つの生き物のように敵に喰らいつく。

圧倒的な力で捻り潰す。

そして、その度に私は壊れていく。

壊れて、そして回復する。

心だけは何をしても元に戻らないけど。

大切なモノを護るため、何にも代えられない自分が崩れていく。

 

――あれ?

このテロリストの顔、最初に殺した奴と同じ顔をしてるような……



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第74話 晴れときどき吸血鬼

「――くそ! なぜ我々の出撃が許可されない!?」

 

犬みたいに吠えているのは日本の代表候補。

もっとも学生ではないが。

周りにも大人の女性たちがたむろっている。

いわゆる格納庫。

そこで彼女は足止めを食っていた。

 

「そうは言っても、日本政府の許可がなければISの出撃は認められませんよ」

 

女性技術士官が言う。

やれやれといった感じで、いかにも感じが悪い。

 

「だが、この現状を見てみろ。このような状況に至ってもなお出撃命令を出さん腰抜けなど首を切ってしまえばいい」

 

もちろん実際に斬るという意味ではないだろう。

しかし、この殺気は誤解してしまいそうなほど怖い。

 

「何を言ってるんですか? そんなことが出来るわけがないでしょう」

「はん――あんな腰抜けども、テロリストにでも殺されてしまえばいいのさ」

 

「それ、本気で言っているんですか? 代表者ともあろうものが」

「だから歯がゆいのだ! なぜ我々が奴らに守られなければならない。我らには己を守る力すらないというのか!?」

 

「あなたのISにはどれだけのお金がかかっていると思っているのです? それに、あなたが無茶をして死なれたら、それはこちらの責任問題になります」

「それが本音か? 責任さえ逃れられたらそれでいいか……! この国を守る気概のかけらすらも失ったか」

 

「どうとでも言ってください。絶対に、あなたには出撃許可は下りませんから」

「なんだと……!」

 

「欧州でミレニアムを殲滅した吸血鬼の手腕があれば、あなたごときは必要ない」

「貴様ら、吸血鬼を自分の思いどおりにできると思っているのか」

 

「当然です。こちらはEUに多額の謝礼金を支払うことになっていますから」

「それで――それで日本人と言えるのか。他国に頼り切り、金だけで全てを済ませる? そんなこと、許されるわけがない」

 

「それ以外に選択肢はありませんよ」

「選んではいけない選択肢というのもあるだろうが。ミレニアムの次の敵は吸血鬼かしれないのだぞ」

 

「いくらゴネても無駄ですよ。あなたの出撃許可には正式な許可が必要です。今更間に合いはしませんよ」

「くそが…...!」

 

 

 

「それでは蹂躙を始めよう」

 

とあるビルの屋上で影がささやく。

吸血鬼アーカードの姿がそこにあった。

 

「限定拘束解除――第0号」

 

影が広がる。

町を飲み込むほどに。

むろん、避難指令など出ているわけがない。

そういうことに関してはやたら遅いのがこの国の悪いところだ。

それに、そういう事態は想定外だから責任を取らされる人間がいないのも拍車をかける。

 

つまるところ、住人は影に飲み込まれた。

 

「さて、遊ぼうか」

 

影から戦闘機が発進していく。

現代の技術を戦争という一点のみにおいてはるかに上回るテクノロジーの結晶が、戦火の申し子に牙をむく。

 

 

 

ISと戦闘機。

どちらが勝つか尋ねたら、それはISに決まっている。

専門家であろうと、素人であろうと口を合わせてそう言うに決まっている。

 

だとするなら、ここは異世界に他ならない。

常識が通用しない世界――それを異世界と呼ばずになんと呼ぼう。

 

戦闘機は一直線に飛ぶ。

急には曲がれないし、その必要はない。

ただ速く飛べればそれでいい。

 

戦闘機は88mmの機銃を吐き出す。

そのすさまじい威力はISごと体を持っていく。

それでも当たり所さえよければ即死はしない。

だからこそミサイルで追撃する。

――相手が死んでいようともかまわずに。

 

 

 

「あっはっは。たまやー、というところかな? これは。ああ、汚いからこそよく映える花火だ。もっともっと、命の消える光を見せてくれ」

 

戦闘機が無限に湧き出し続ける。

 

花火はISが砕けるものだけではない。

機銃の掃射――その規模、その威力のものこそ想像したことすらないが、ミレニアムであれば機関銃に追いかけられた経験くらいは持っている。

だからこそ、かわして反撃できる。

最初の一撃さえかわしてしまえば、あとは自在な動きで戦闘機を追い詰めることができる。

それこそがISの特性。

 

だが、それはただそうであるというだけ。

反撃はできる。

できるが、それがどうした?

2機目、3機目――いつかは殺される運命にある。

 

無限の殺戮劇が繰り返される。



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第75話 絶望の太陽

「――これは、どういう?」

「そんな……嘘ですわ」

「趣味の悪い冗談ね」

 

三者三様に呟く。

鎌使いの女、ゾーリン・ブリッツ中尉を倒した一夏。

魔弾の射手、リップヴァーン・ウィンクル中尉を倒したセシリア。

トランプ使い、トバルカイン・アルハンブラを倒した鈴音。

その顔に勝利の喜びは見えない。

そして――

 

「「「正義の味方っつーのは諦めないことが条件だそうだけど、果たしてあんたは絶望せずにいられるかな?」」」

 

「「「漁師を狩る漁師ですか。ならば、私は有象無象どころか森羅万象すべてを撃ちぬいてあげましょう」」」

 

「「「この私がビビった? ならばよろしい。次こそは恐れもなく、躊躇もなく、完全に殺し切ってやろう」」」

 

無数のゾーリン・ブリッツが、リップヴァーン・ウィンクルが、トバルカイン・アルハンブラが笑っている。

 

 

 

場所は変わり、宇宙基地へ。

奈落たちが険しい表情で言葉を交わしている。

 

「敵の能力が分かっただと?」

「そう言ったぞ、セレン」

 

「ふむ、つまりは無限の再生能力ってところか。なあ、奈落」

「いいや、それは違う。一夏たちの周りに出現した奴らを見ろ。オペレーター、そいつらはいったい何体いる?」

 

「――は。鎌使い、銃使い、トランプ使い、ともに20名が出現しました」

 

「そういうことだ。再生能力では自分のコピーなど生み出せはしない」

「ならば、増殖とでも?」

 

「いや、それよりも複製と呼ぶほうが正しい」

「――つまり、あの中に本物はいない?」

 

「いいや、そんな簡単に済むわけがない。敵は少佐だぞ? あの恐ろしい男が安易な結末など許すものかよ。偽物に紛れ込んだ本物を倒せば大団円――なんともあほらしい。あいつはきっちりとモノを考えている。そんな程度の屑など、掃いて捨てるほどいるさ。もちろん、あれは凡百の小悪党ではない……!」

「おいおい、じゃあ何だってんだよ」

 

「あれら全てが本物だ」

 

あっさりと言い放った。

恐ろしい真実。

全てが本物ならば、すべて倒さねば終われない。

それが、見る間に増えていくような馬鹿げた存在でも。

 

「――っ!?」

「……おいおい」

 

「まあ、本物と定義できる存在はある。そいつは私なら見分けがつくが、見分けても意味がない。わかりやすく言えばコピー&ペーストだ。そして、コピーした一つとオリジナルをリンクさせて記憶を補完しているようだな」

 

「……コピ……なに?」

「ベルナドット。PCの基礎だぞ、それは。そうだな――わからんやつなどいないと思っていたが、まあ例え話でもしてやろう。紙があるから、とりあえず1と書いておこう」

 

「それで、コピー……ようするに同じように、このシールにも1を書く」

「……おい、奈落――今どこから出した? つか、なぜそんなものを持っている? そして、私の説明に口をはさむな」

 

「気にするな――。で、ペースト……貼り付けだ。このシールを好きな位置に張り付ける。これで1が二つに増えた」

「まあ、なんとなくわかったような。けれど、それがどうしたんだよ? 二つ1を書けばいいだけの話だろ」

 

「大したことない――それは紙の上だからだろう? それを現実でやってるんだよ、少佐は」

「つまりはクリックするように簡単に、同じ人間を作り出している。それほどの脅威があるか? 英雄譚では出ないぞ。なんせ、倒しようがない。以前に登録しておいた人間しか複製できないとはいえ、な」

 

「そういうことだ。要はそれに尽きる。相手を倒しても無駄なのだ――第2、第3の敵が同時に表れてしまう――そう、今の彼らのように」

「だが、それだけでは説明がつかんな。少佐はなぜ初めからそうしなかった? 極論――1万だろうと、1億だろうと複製すれば決着はついていた。地球全体を覆い尽くせば、世代遅れの黒椿ですら世界を支配できるだろう」

 

「あいつにとって戦争はゲームだ。初めからそんなことをしてはゲームにならない。戦争ですらない虐殺だよ、それは。そういうことだろう――少佐」

 

奈落がそう言った瞬間、中央のモニタが切り替わる。

だれもそんな操作はしていないのに。

 

「その通りだよ、奈落。ずいぶんと久しいじゃないか。先日のお茶会以来だね?」

「そういうことになるね。会いたくなかったけれど」

 

「それは酷い言い草だな。毎日顔を突き合わせていた仲だろう――んん?」

「だからこそ、ということもある。お前が立っている場所は、もう私の居場所ではないよ」

 

「ゆえにこうして立ち向かう、と。よろしい。ならば、次の一手を見せてくれるかね? 我らが愛しき裏切り者にして、ナチスから世界を守る英雄殿」

「では、そうしようか。オペレーター、地区【 】を表示しろ」

 

「は? いや、そこは」

 

戸惑う。

そこは何の変哲もない場所だったからだ。

少なくとも、何も聞いていない。

心当たりがあるとすれば一つ。

 

ここに居るメンバーは奈落が選んだ――裏の最上位実行部隊と言ってもいい。

表の社長すら知らないようなことすらも教えられている。

それが知らないとなれば、答えは一つ。

真の総帥が居るという、副総帥である奈落とその恋人の二人しか知らない場所。

 

「――少佐、ここにノアⅢがある。攻めてくるといい」

 

その秘密の島こそは、以前奈落がそれさえあればいくらでも逆転が可能と豪語したノアⅢの居在地なのだった。

まあ、もっとも――逆転も何も人類それ自体が滅亡すれば、勝利に意味はないのだが。

 

「ほほう?」

「本当のことだぞ? ほれ、すぐに能力を解除してやる」

 

浮かび上がったのは、単なる島だ。

ごく普通の無人島――いや、屋敷が一つだけある。

そこに総帥の野呂瀬がいる。

その地下にはノアⅢが。

上っ面こそ偽装してあるが、島全体を改造した要塞だ。

 

「見えたか? なら、陣取り合戦でも始めようか。よそ見はするなよ」

「いいとも、ならば――ミレニアム全軍に告げる! 総力を持ってその島を消し飛ばせ」

 

局面は第3次へと移行する。

開幕は世界国家VSミレニアム。

二幕は一夏と愉快な仲間たちVSミレニアム。

そして、次に上がる幕は――

――奈落とその恋人たる化け物VSミレニアム。



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第76話 終焉の喪失

「さて、戦争は次のステージへ移行だ――これまでの被害は?」

「はい、軍には多くの損害が出ておりますが、一般市民はアーカード様に喰われた方以外は問題ありません。ただ、避難中に二次被害が出ています」

 

宇宙にある秘密基地で淡々と感情を交えずに会話する。

奈落の言葉に応えているのはオペレーターの女性だ。

モニターに表示されるのは数字ばかりで実感がわきづらい。

 

「そこまではどうしようもできんよ。普段避難訓練を怠ってきたツケだ。まあ、いいさ――戦局は未だ我らの手の内だ。もっとも、それは少佐にとっても同様だが」

「……ここまでは予定調和、と?」

 

この事態は奈落にとっては予想の範疇。

もはや戦争は一般市民に知れ渡り、パニックや暴動が発生している。

目を覆いたくなるほどの惨状、怪我人は1億人を下らないだろう。

まあ、予想していたといっても、天下の希テクノロジーですら警告しかできない。

そしてパニックになった程度では人類は滅亡しない。

 

「そう、私には少佐がどうするか大体わかるし――逆に言えば少佐は私がどういう手を打つかわかっているのだよ」

 

少佐は全て計算に入れて戦争を起こした。

奈落の行動は少佐の手のひらの上――自覚した上でそう行動するしかない、いやらしい手管である。

まあ、もっともそれはこの段階ではお互いに致命的な事態は起こりえないという事実を表す。

 

「初めは世界を巻き込んでド派手に……巨大兵器AFでの世界同時侵攻だな。まあ、一瞬で叩き潰してやったわけだが。しかし、少佐も私がなんとかすることはわかりきっていたはずだ。あいつは叩き潰されるために、それだけの時間をよこしたのだからな。ま、あそこまであっさりと焼き払われるとは思っていなかったろうが――結果は変わらん」

 

ぎりぎりと笑いながら歯ぎしりする。

悪鬼のよう、としか言えない表情。

 

「そして戦局は二次へと移行する。ISでの侵攻――浸透作戦か? とにかく、バカでかい的を出すのはやめたわけだ。それに伴い複製能力の解禁。並びに、ウェアヴォルフ部隊での学園攻略。二次は我々の出る幕はない。これは各国家の軍隊と一夏たちにまかせるしかない。日本をアーカードに任せたり、てこ入れはずいぶんとやったがな。ま、精々祈ろう、それくらいの暇はある――今のうちは」

 

とても気に入らなそうにはぎしりを続ける。

自分を痛めつけるかのように――もっとも、あまりの力に砕けた歯はすぐに再生する。

ゆえ、血も出ない。

 

「これからが第3次。我々の急所を晒してやったわけだ――忙しくなるぞ、念仏なぞ唱える暇はない。ノアⅢを破壊されたら、私が存在する意味も、希テクノロジーの存在意義も失われる。前者はノアの敵を狩るために、後者はノアを作り上げるために作られたのだからな。ノアの存在あってこそ意味がある」

 

目に凶悪な光が宿る。

これからは人の命など気にもしない、という殺意。

 

「今までは世界VSミレニアムの戦い。そして今から突入するのは希テクノロジーVSミレニアム。さあ、存分に全てを出し切ろうではないか。ノアⅣはない――“次”を作るのは不可能だ。ならば、ここでどうにかする以外に道はない……!」

 

奈落は苦渋を隠せない。

不利なのはわかりきっている。

だからこそ、もっと不利にしてやったわけだ。

そうでもしないと勝利の可能性すら見えてこないから。

 

「奈落、ラウラ様とシャルロット様が島に到着したようです」

「そうか。後は任せる、ベルナドット、セレン」

 

「「――了解」」

 

誰に送られることもなく、奈落は転移した。

そんなわずかな時間の余裕すらもない。

 

そして、もはや秘密ではなくなった本拠地に降り立つ。

シャルとラウラはいきなり現れた奈落に驚きもせずに問いかける。

 

「さて、ここからが正念場か?」

「まあ――いわゆるピンチだよね。ふつうは考えないよね、相手が有利すぎるから逆に塩を送って事態を動かそうなんてさ」

 

シャルはニヤニヤと笑う。

世界を馬鹿にしきった笑い。

彼女にとっては奈落への愛こそすべて。

 

「このままだとどうしようもない。日本はアーカードがいるからまだ持っているが、アメリカにEUはもはや限界だ。虐殺行為を見逃して後退するしかない――壊滅状態だな。もうIS戦力は3割すら残っていないだろうよ」

 

ラウラは平坦な軍人の目を光らせる。

戦いの前に感情を殺す。

奈落のためだけの|最強の兵士≪ブリュンヒルデ≫。

 

「ふふん、お偉方は頭を抱えているかもな。いや、それすらもできずに責任を追及し合っていることだろう。なにせ、何かするための戦力がない。ここから挽回などできないから、怒鳴るくらいしかやることがない」

 

奈落が目を伏せる。

同情しているわけでも犠牲者に追悼しているわけでもない。

ただ不都合だと、その目は言っている。

 

「もっとも、それはこちらも同じようなものだけど。だって、ラウラの「【衛星軌道上地上掃討用反射レーザー塔(ネビーイーム)】はオーバーヒートして壊れちゃったんだよ? ま、未来を確定させてから使うことで、ほぼ必ず自爆する未完成兵器を使えるようにしてもね。まあアレだよ、0.1%の確率でも主人公なら成功させるっていうお約束をラウラの能力で実現させちゃった。それでも、無から有を作り出すことはできない。僕らでは地球上の大陸各所に散った敵を攻撃することはできない。できることはそう――目の前の敵を殺すことだけ」

 

シャルのニヤニヤ笑いは止まらない。

 

「そう、だから不利な状況を作った。目の前に敵を持ってくるために。ここには希テクノロジーの最大戦力がそろっている。行くぞ」

「ああ、私は誰にも負けはしない」

「うん、どこまでもあなたについていくよ」

 

この三人は自分が負けるとは思っていない。

自身がある、わけではない。

『勝ち目』がほとんどないことはわかっている。

負けたらどうしようもないから考えない。

一見ひどく合理的だが、人間の思考ではない。

それでいて、負けてもいい時は絶対に勝ちたいと思う時ですら負け方を吟味する。

その機械じみた合理性が敵の戦略を予測する。

 

「散開!」

 

奈落が叫んだ。

3人が三角形に展開などというありふれたことはしない。

シャルは真上。

奈落は能力でどこかに渡る。

ラウラは森に隠れた。

言われなくても奈落の指示通りに動く。

 

「まずは僕の力――【絶対言語(バベルズバインド)】を見てもらおうか」

 

大きく手を広げた。

目の前には――いや、四方にはAFとISの群れ。

こんな小さな島など完全包囲しても余りあるほどの数の暴力が出現している。

数にして総計1000。

 

シャルはさらに上昇して土地を守る結界の範囲から外れる。

そして同時に全方位をにらみつける。

 

対象(ターゲット)認識(ロックオン)攻撃を開始(ジェノサイド・スタート)武器選択(オプション・セレクト)選択終了(O.K.)――『殺戮演武≪ミーティア≫』」

 

四方に放たれたレーザーが半径数百mを飲み込みつつ前を薙ぎ払う。

相手の部隊は半壊と言ったところだ。

普通ならば後退せざるをえない損害。

それでも、ミレニアムは再生――いや複製してまた立ち向かう。

吸血鬼どころの厄介さではない。

なにせ、チリ一片残さず消滅させても次の瞬間には再生している。

 

「厄介だよね――もう一度消し飛ばそうか? 『|永久氷結≪エターナルフォースブリザード≫』」

 

真下以外の熱振動を打ち消して絶対零度を生み出しつつ広がるフィールド。

破壊する――そして再生が始める。

体力がなくなるまでの無限ループ。

いつか絶望が全てを覆うまで彼らは止まらない。

ミレニアムは殺し続ける。

 

 

 

「だが、君の力なら彼らの永遠を断ち切ることができる」

 

IS学園、現時点ではお偉方が避難している日本で最高のセキュリティを誇る場所に奈落は苦も無く侵入した。

言っていることが唐突すぎて意味不明だ。

いや、状況を考えれば理解はできる。

できるのだが、なぜそうしたのかは理解不能である。

 

「部屋に入るときにはノックをしろ、と言うのも野暮か」

 

織斑千冬はいきなり出現した奈落に驚きもせずに話を合わせる。

 

「それもそうだな、正面から尋ねたところで追い返されるのがオチだ。学園の厳戒態勢は洒落ではないのだから。しかし、それは君の側の都合だ。私はこちらの都合を通させてもらう。織斑千冬、君の力を借りる」

 

断言した。

要請とか協力願いとかそんなものではない――相手の一切を無視する強硬な光が目に宿っている。

ぎちぎちと殺気じみた視線が交錯する。

 

「――そんなことだろうと思っていたよ。そろそろお前が来る頃合いだともな。しかし、無理だよ。私はお前に力を貸すことは……いや、ミレニアムと戦うことはできないんだ」

 

 

「確かに貴様は守りの――いや、“お守り”の要だな。ここに居る“お偉方”はお前さえいれば自分は安全だと思っている。いや、そのくらいしか根拠がない。日本政府が自由に動かせるISはここに3体すべてそろっているが、何の役に立つ? 時間を稼いでも逃げる場所がない。論外だな」

 

「結局、奴らとしては最強にすがるしかないというのが結論だ。最強ならなんとかしてくれる――何をどう何とかしてくれるというのだろうな? だからこそ、お前が戦線に出てしまえば発狂する。しかし、それはたかが数十人が正気を失うというだけのこと。何億人もの人の命と比べてしまえば、どちらをとるかは明白だ」

 

奈落は矢継ぎ早に畳みかける。

 

「そうじゃない。そういうことじゃないんだよ、神亡奈落」

「では、生徒たちの話か? アレらは現実を理解していない。戦争という現実の一片すらも知ってはいない。ただ――なんとなく恐い、程度の意識しかない。むしろ、最終局面に来て安心しているのではないかな。この戦いで未来が決まるわけだが、彼らが見ているのは目の前の敵がどこかに――まあ、希テクノロジーの喉元であるわけだが、行ってしまったというだけだよ。それこそ心配することはない。事態を収拾さえすれば笑う話にすらなってしまう程度の認識の奴らなど放っておいてもそうそう壊れやしない」

 

「官僚どもも生徒も大事と言えば、大事に決まっている。だが、私とて束の奴と一緒に世界を己が望むものへと変えようとした反逆者だ。世界を見る目くらいは持っている。奴らの再生能力に対抗できるのは私だけなのもわかっている」

「厳密にいえば彼らの能力は複製だがね。しかし、君の死を与える能力ならば二度と復活できなくすることが可能なのは同じだ。今はラウラに少佐を探させている。少佐さえ殺せば、あとは私とラウラで一匹ずつ牢獄に閉じ込めて君が死を与えればいい。これでミレニアムを完全に殺し切ることができる。ピサ・ソールは放っておけ。太陽を壊すわけにはいかないし、操作するものが居なければあの物質複製装置もただの天体の一つと変わらん。地球の秩序、そして人間の社会は保たれる」



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第77話 最悪への直面

「聞け。最悪の状況なら、その中で少しでも良い方向に持っていく努力をしなければならないだろう。未来のためには、大切なものでも手放さざるを得ないことはある」

 

千冬は言う。

諦めろ、と。

そうすれば大事なもののいくらかは手元に残るから。

 

「で、何を諦めろと? あいにく、諦めるなどと考えたことがなくてな。具体的に何をすればそうなるのか知らんのだよ」

 

奈落は肩をすくめて見せる。

冷たい目が彼女を射抜く。

 

「降伏しろ、奈落。お前が降伏すれば世界も降伏する。もう玉砕する余裕すらないのだから、希望が地に堕ちれば土下座でもする以外にはもうやることがない。ミレニアムの目的は、建国よりも戦争だろう。文字通りの|千年戦争≪ミレニアムウォーズ≫がお望みだ。人類が滅亡することはない」

「そんな考え方こそ諦めた方がいい。少佐は一度すべてを壊してから作り直すつもりだ。敵ならば複製でいくらでも作れる。虐殺した人間のデータを採取していないとでも思うのか? それさえあれば、何度だって殺せる。地球は血と闘争が支配する修羅の星となる」

 

千冬の希望をあっさりとこき下ろしてしまった。

そこらへんは少佐と個人的な友好を持った奈落にしかわからないことなのだろう。

もしくは人並みはずれた精神を持つ彼以外は考えるのを放棄することかもしれない。

冷たい真実は人を狂気に堕とすものだから。

 

「――永遠の闘争か。そんなものが何になるというのだろうな」

「おそらくは“人気者”にはわからないな。もしかしたら、あいつらは単に居場所が欲しかっただけかもしれない。軍事はISにとって代わられ、かつて軍人だったものはただの厄介なごくつぶしという有様。その絶望がどれほどかは想像もつかんよ」

 

「まあ、退役軍人――実際は強制的に辞めさせられたそうだが、そいつらに対する支援も賠償も聞いたことがないな。日本では国民投票だとかで男の軍人には退職金も年金も支払われないことに決まったとも聞く」

 

ひとかけらの同情も含まない声で一つの考え方を羅列する。

相手にも事情がある――というのは考えてみれば当たり前の話だ。

そしてそれを聞かず、見ず、知らずが正義。

知った上で叩き潰すのが奈落。

 

「だから、あいつらは必死なのさ。奪われた誇りを取り戻すためにな」

「そのために人の命を奪うのは本末転倒だろうが」

 

千冬は奈落をにらみつける。

彼が悪いのではないが、冷静すぎる彼の言い分は恨まれても仕方ない。

憎たらしいからこそ正論というのだ。

そして正論というのは一部にとっては口にするのも忌まわしい。

二重の意味で気に食わないことこの上なかった。

 

「わかってないな。それは――逆だ」

「なんだと?」

 

「むしろ誇りのために人の命を奪わない方が本末転倒だ。もちろん、そのような事態が起きない社会が健全であることは間違いない。言ってしまえば、少佐に従う兵士どもは単なる社会の歪みの具現化だ。人殺しが起きるのは悪い人間がいるからではなく、ここがそんな世界であるからだ」

「だからと言って、テロリズムが許されるわけではないぞ……!」

 

あっけなく奈落は世界を敵に回すかのようなことを口にする。

そも人間というのは正義を信じるものだ。

世界が悪いというのは、それに真っ向から反している。

民意に背く、というのは大企業の持ち主に言えることなのか。

もっとも一般人が抱く自分は悪くない、という無知を嘲笑っている。

世界が悪いならば、それを作っている人間一人一人も悪いと言っているに等しい。

そして千冬は手も出せないから、殺気を向けるくらいしかできない。

 

「なら、すべて殺してしまえばいいだけの話だったんだよ。そう、これは日本における例だが、罪に対する罰とは何だろうな?」

 

さらに、話を進める。

常識というものに喧嘩を売ってしまった。

悪い奴は皆殺し、ならただの過激派で済む。

けれど悪くなりそうな奴まで皆殺し――なんてもの、尋常の精神で言えることでない。

 

「刑務所に入れて、集団行動により更生させる――それのどこを疑問に思う?」

「それはただの刑罰だ。それ自体は、いい大人になって小学校に入れられるのと大して変わらん。ゲームもネットもできないのが違うくらいだ。私が言っている罰とはそうだな、マスコミと言えばわかるか」

 

「ああ、個人情報を暴き立てられるというやつか? しかし、それはそいつらが勝手にやっているだけだから別に罰ではないだろう」

「別にマスコミでも義憤に駆られることがあると主張したいわけではない。罰というのは、本人にその気がなくても苦しければそれは罰と呼んで差支えないだろう」

 

「過激なお前のことだからさぞバカバカしい言葉を聞けると思うのだが、一応聞いてやろう。つまり、何を言いたい?」

 

千冬の眼はもはや凶眼というにも生易しい。

一流程度のIS乗りなら射殺せそうなほどに。

 

「兵隊を皆殺しておいたら、この戦争は起こらなかった」

「それはどうかな? 少佐は自前の兵で戦っているだろう。この第3次世界大戦ではな」

 

事実、とは言い難いがおおむね合っている。

世界の軍隊と戦っているのは本隊なのだから。

しかし元軍人が機に乗じて略奪を働いているのも事実。

 

「――ああ、そういう名称にしたのか。で、だ――戦力の話は関係ない。大義名分の話だよ。まさか、彼らの中に一人でも本心から戦争を望む者がいるとでも?」

「待て、奈落――なんだ、それは? それは、この戦争を根本からひっくり返す考え方だ。イカれたテロリストがトチ狂って快楽殺人から始めて戦争まで達してしまったという世界共通認識が通用しなくなる」

 

「いや、その認識を変える必要はない。誰が何を想っているかなんて、実は誰にも気にしてない。面白おかしい動機を聞ければそれでいいんだよ。虐げられる元兵隊のために立ち上がったなんて耳の痛い話を聞く奴は――いるわけがない」

「……お前は心の底から人を信用してない奴だな。そんな奴がどうして世界を救おうとするのか疑問だが、そんな悠長なことをしている時間はないな。で、結局何が言いたい? 過去にさかのぼって奴らを殺してくれるのか?」

 

「それは無理だな。時間は逆行しない、それは世界の一つ上のランク……真理の法則だ。誰にも覆すことはできない。だから私は君に頼むことしかできない。奴らが生きているのは、間違っている」

「生きるのが間違いとは――ずいぶんと大きく出たな」

 

「彼らは世界に見捨てられた時点で死ぬべきだった。そう、彼らが世界を見限る前に。遅すぎるからと言って、やめる道理などない。君の完全な死を与える能力で、彼らを消してやってほしい」

「……やはり、それか。むろん、結論としてはそれ以外にないのだろうが」

 

「織斑千冬。私は君に協力してもらうためなら何でもするぞ。洗脳しないのは通用しないことが分かりきっているからでしかない。それとも、こう言った方がいいか? 君が協力しないのなら、学園を消す」

「本当に強引な奴だ。容赦のかけらもない――お前のような奴が手段を選ばないとか言われるんだ」

 

ああ、と空を見上げる。

ため息を一つ。

 

「そういう言い方は面白くないね。はっきり言えば不快だよ。世間の人気こそ高いが、とても下品な芸能人にでも似ていると言われたような気分だ」

 

激昂している。しかし殺意はない。

奈落のどこか奇妙な場所にあるスイッチを押してしまったらしい。

それも押すのを遠慮したい類の。

 

「そもそもだ。手段を選ばない? 逆だろう。積極的に手段を選んでいる奴がどうして『選ばない』などと表現されなければならない。負けそうな手段ばかり選んでいる悪役が手段を選ばないと言われて、なら人質を取られて武器を捨てるしかない正義の味方は何だ? 手段を選んでいるとでも言うつもりか。それとも運命干渉だとか言う次元の攻撃でもしかけているのか? はたから見ればなにもできずにうめいているだけだろう、アレは」

 

「私は納得できんのだよ。手段を選ばないなどと言われることを。もちろん慣用句の使い方としては正しいことは我ながら認めるがね。しかし、手段が目的にかなうならば非道なことすら行う私が“手段を選ばない”と評されるのには怒りを覚えるのだよ。そう、それしかないのならば赤子とて縊り殺してくれよう」

 

「――ま、究極的には私の感傷もどうでもいい。いくら不快な思いをしようが世界が救われれば、それで――いや、駄目だな。こういう愚痴ばかり言っては。さて、私は君的に言えば『手段は選ばない』ぞ。さっさとディソードを出せ」

 

「出せんよ、もう」

「なに?」

 

初めて、奈落が“驚いた”。

動きが止まる。

あれだけ頭の中に渦巻いていた謀略がきれいに消し飛んでしまった。

 

「二度も言うか。束を殺してしまって、それで心境の変化でも起きたんだろう」

 

千冬が吐き捨てる。

 

「私には、もうギガロマニアックス能力が使えない」

「――なん……だと?」

 

奈落の目がぎらりと光った、瞬間――

 

「……っが!」

 

無数の剣が千冬を貫いていた。

 

「何の、つもりだ――奈落」

 

回復もできずに立っている。

反撃はできない。

傷をかばって立つ姿はもはや|世界最強≪ブリュンヒルデ≫ではない。

傷つき、今にも倒れそうな一人の女性。

 

「生存本能はそこそこ強い感情だから――ゆさぶってやれば能力を使えるようになると思ったのだが、さて。その傷では1時間もしないうちに失血多量で死ぬ。まあ、学園には医療設備はあるからそんなことにはならないが……だから駄目だったのか?」

 

奈落は厳しい目で千冬を見つめている。

 

「ああ――、うう?」

 

見つめられている千冬の目の焦点はあっていない。

明らかに幻覚を見ている。

 

「妄想シンクロに抗う力もないか……っち」

 

舌打ちした後には、千冬の傷は綺麗になっている。

もちろん奈落の仕業だ。

 

「どうでもいいが、お前はお偉方と生徒を何とかしておけ。お前で無理なら、他の手段を使う」

「うぐ――、ぐぐぐ。奈落、お前は何を?」

 

すぐに回復した。

精神力の残りかすくらいは残っているようだ。

普通は治っても、体に傷を負ったら精神もなまなかでは立ち直れない。

 

「達成不可能で、そして諦めることができない問題に当ったら君はどうする? さて、一夏の奴なら玉砕してくれそうだな」

「他の人間の力も借りて、どうにかできないか試してみるさ。それと、一夏については同感だ」

 

「それは無理だ。私としては他の人間の力を借りてもどうしようもない問題と言いたかったのだが。いや、君は人の力を足すのではなく累乗すると言いたかったのかな? 私の意見では人が力を合わせたところで1+1は2にしかならない――いいや、2にすらなれないとおもうのだが、まあ1+1が1000になると思うのは勝手だ。それを信用する気はないがな」

「じゃ、お前はどうする? 聞けば聞くほど諦めるしかないと思えてくるぞ。いや、良い負け方を探すというのが答えか。なるほど、半端な勝ちよりはよほど“次”に行かせる」

 

「それどころですらない最悪の問題を話しているのさ。もう、そんなときは前提を覆すほかない。どんなに忌避すべきでも、それしかないのならば私はその手段を“選ぶ”」

「――おい」

 

千冬は信じられない思いで奈落を見る。

彼女の強靭な心を恐怖が砕こうとしている。

奈落はためらわずに口にする。

ミレニアムを倒す――その最悪の方法を。

 

「私は太陽を破壊する」



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第78話 新たなる希望

「馬鹿な……っ! 太陽を破壊するだとぉ――貴様何を考えている!?」

 

奈落から聞かされた滅茶苦茶な作戦。

それしかないのだから前提そのものを覆す。

敵を倒せないのは地球を守るため。

彼らの復元能力の元である太陽を破壊すれば1年と持たずに人類は完全に死滅するから。

それを覆す。

――太陽を壊す。

そんな作戦を聞かされたら――絶望する以外にできることがあるか!?

 

「少佐が支配する戦争の世界よりもマシだ」

 

対して奈落は淡々と言う。

これは比較の問題なのだと。

どちらも嫌だなどと言って選べもしないよりは、最悪の一歩手前の策を。

むろんこの終わり方は彼が想定した形であるはずがない。

一人でも多くの人が生き残ればいいと願う彼がそれを望むはずもない。

しかし、それしかないなら“やる”だけだ。

 

「なにがマシなものか! 太陽がなくなれば地球は寒冷化して死の星となるぞ。この緑の星を、氷に覆われた白銀の星にするなどと」

「しかし、氷の中には楽園が残る」

 

「楽園?」

「それとも|ゆりかご≪クレイドル≫と呼ぶべきかな。氷に侵されぬ棺を作り、人類は夢の中で永遠の繁栄を誇る」

 

「確かにギガロマニアックスの妄想シンクロなら全人類の夢をつなげることもできるだろうな。そもそもノアという機械はギガロマニアックスの効果を拡大、維持するだけの代物だからできないことはない。クレイドルはそれこそお前らが妄想現実化で作ればいい――3人分の寿命があれば1万人規模の冬眠施設を作ることはたやすい」

「馬鹿を言うな。我々は束と違い、創造能力の乱用なんてしていない。少なくともその2倍は行けるはずだ。十倍は欲しいがな。おそらく、その程度は生き残っているはずだ――“選別”などしたくもない」

 

「そういう問題か……? まあ、貴様らが寿命を使い果たすのは勝手だ。しかし――“夢”?凍った世界の中でお前らが作った夢を延々と見せられるのは御免こうむる」

「心配せずとも、その前に君はどこかの誰かに殺されるだろうさ。世界を救えなかった英雄の末路などそんなものでしかない。世界が良いものだとでも思うのか? 人類にわずかな懐の大きさもあるとでも?」

 

「――は。面白い冗談だな。こんなものは、貴様らはもちろん私たちが望んだものではないよ。世界は優しくない。いや、そう変えることはできなかった」

「くく。お前らは目論見が甘すぎたんだよ。女性もしょせんは人間に過ぎない。男を蹴落としたからって、世界は良くなりはしない――どころか、政権交代の混乱の隙に乗じて我々や少佐が増長する始末」

 

「だからと言って、そんな夢に逃げるようなことは許さん。現実から逃げて、幻の中で繁栄することに何の意味がある?」

「それがどうした? 現実も夢想も、そこに己がいると自覚できるなら違いはない。どこの誰が、この世界は夢幻ではないと断言できるのか。いささか変わりすぎた感はあるが、これなら初志は貫徹できる。他が伴わないのは残念極まりないが、仕方ない。全ては理想の世界実現のため」

 

「それですべてが許されると思うのか!?」

「鈍ったな、千冬。以前のお前は触れれば切れる刀のようだった。それが今やこの有様か。私は現在の世界を壊す。誰の許しを得ることもしない」

 

「それは独善だよ」

「だからこそ世界を変えることができるのさ」

 

「「――っ!?」」

 

はじかれたように明後日の方向に振り向く。

そこは、一夏が戦っている場所。

第六感で感じたものがある。

 

息を呑み、呆然とする。

決定的な事態が起こってしまった。

 

 

 

時は少しさかのぼる。

 

「おおおおお!」

「があっ!?」

 

一夏の零落白夜がゾーリンを一刀両断にする。

そして、返す刀でもう一人のゾーリンの胴体を泣き別れにする。

 

「わあっ!」

「……..」

 

セシリアはでたらめに撃ちまくる。

密集したリップヴァーンの何人かに当たる。

 

「か……あぐ――」

「ひィィィィィハァァァァァァァァ!」

 

指一本動かせない鈴音にトランプが降り注ぐ。

そして、何の変哲もない紙は炎をまき散らして爆発する。

 

 

 

「「「死ね、虫けら」」」

「「「狩られろ、獲物」」」

「「「くたばれ、雑魚」」」

 

ピサ・ソールの物質複製能力は同一人物を多数出現させることすら可能。

ゆえに、彼らはやっと敵の幹部を倒したと思っていたら、一瞬後には囲まれていたという事態に陥った。

その信じられない光景を前に――

 

一夏は最後まで抵抗を諦めず。

セシリアは一発でも多く銃弾をぶち込んでやろうと引き金を引き。

動けない鈴音はせめて悲鳴をもらさないことを決めた。

 

そして、目覚めた。

 

虚数干渉型具現妄想器(ディソード)――|勇者の理≪アカシックレコード≫」

 

一夏の真なる力。

その“世界を好きなようにできる”その力が。

 

「お前らは間違ってる。だから――消えろ」

 

“消えた”。

一夏を囲んでいたゾーリンたちが。

それだけではない。

リップヴァーンもトバルカインも、あれだけいたのに影すら残っていない。

跡形もなく消え去った。

高熱による焼却や、絶対零度による崩壊でもない。

ただ無くなった。

一切合財が、力が発動した後には残っていない。

異様、と言う他ない。

攻撃があって、初めて破壊が生まれる。

破壊が拡大し崩壊せしめることもあるかもしれない。

しかし、ただ消え去るのみという結果が過程をすっ飛ばして押し付けられるなど。

 

「これが――俺の力か」

 

そう呟いた彼の声は酷くかれていた。

 

 

 

「奈落…...!」

 

苦々しい顔で言う。

こちらはひどく現実的な苦悩。

世界の行く末を危惧する為政者の顔ではなく、ただ一人の家族を心配する姉の表情だった。

 

「ほう。これはこれは、とんだ道化だったというわけか――君も私も」

 

こちらは左右対称と言っていいのか。

ひどく嬉しそうで、悲しそう。

言葉は諧謔。

目的さえ良い形で果たされるならば道化を演じても構わない、ゆえに嗤う。

けれど友を心配しないかは別の話、ゆえの苦渋。

 

「一夏がやってくれたのか。ふん、いつまで経ってもガキだと思っていたが……ガキのままでここまでやってくれたか」

「そうだな、やってくれた。これで私の悲壮な覚悟も意味はなくなった。ここまであっさりと幕が引かれるとやるせなくなってくる。そもそもここまで必死に駆けずり回って戦争に備えたことが無駄だったようにすら思えてくる」

 

「は。確かに――機械仕掛けの神様もいいところだ。こんなんが終わりでは不服か?」

「いや、私が想定していたよりも被害はずっと少ない。これ以上ないと言ってもいいだろうよ――神様が後で皆生き返してくれましたとかだと、なおいい」

 

「皮肉か? まあ、収拾つかなくなった状況を奇跡なんかで覆されちゃ、お前にとって面白いはずもない。理屈では喜ぶべきでも、感情では納得してない顔をしているぞ」

「――ち。いつも皮肉げで感情を悟られないキャラのはずだったのだが」

 

「キャラは作っていたのか。ま、いい……あいつをねぎらってやろう」

「そうだな。自分を犠牲にした“らしい”正義の味方を誉めてやろう」

 

千冬と奈落は並んで歩き出す。

――終戦だ。

 

 

 

「いち……か……?」

「なんてこと――」

 

いつの間にか動けるまでに回復していた鈴音とセシリアが一夏に合流する。

とはいえ、なんで動けているかわからないほどぼこぼこになっている。

もちろんISは完全に沈黙している。

ここまで来ると治すより作り直したほうが安上がりなのは疑いようもなく、そもそも直せるかすら疑問である。

そして、悼ましい愛しの彼を見て愕然とする。

 

「どうした? 幽霊でも見たような顔をして――俺はちゃんと生きてるぞ」

 

彼はそのか細い体で元気さをアピールする。

出撃前とは別人と見間違うほどである。

苦労しなければ共通点を見いだせないほどに。

腕は簡単に折れそうだが、折れた様子はない。

 

「生きてるわよ。あんたは生きてる。でもね――」

「あなたの、その老いた体はいったい何なのですか?」

 

涙を溜めて悲痛な声を出す。

想い人のあまりに悲惨な姿に、自身が八つ裂きにされるよりも深いショックを受けている。

 

「――へ?」

 

ここで一夏は自らの腕を見る。

皮膚のみずみずしさは失われ、かさかさしてひびが走っている。

そして筋肉は委縮して皮と骨がくっついている。

まぎれもない老人の腕だった。

 

「あれ?」

 

その鳥のような手で顔を触る。

ぼろぼろと何かが崩れ落ちた。

 

「それは私から説明しよう」

 

奈落が現れた。

いつもながらに唐突な男だ。

 

「ギガロマニアックスの妄想具現化の代償は寿命。対して、他の力は多少精神力を消耗するだけ――基本的にはね。だが、使おうとした力が精神力を超えていた場合はどうなると思う? これが他の異能であったら発動しない」

 

「しかし、このギガロマニアックスは別。力を少しでも使いすぎれば、即座に妄想具現化が発動してしまう。つまりは、精神力が限界を超えたら自動的に寿命を使って力が行使される」

 

「お前が先ほど使った力がまさにそれだ。ミレニアムの連中を消し、ピサ・ソールをごく普通の太陽に戻す。むしろ、よく寿命が足らないという事態に陥らなかった。老化は代償というわけだ――お前は強すぎる力を使ってしまった」

 

「減った寿命はどうにもならない。後で外見をごまかす術を教えてやる。今は休め――私はシャルとラウラを回収してから休む」

 

――消えた。

相も変わらず唐突な男。

というよりは、さすがの彼も限界だったのだろう。

 

「一夏、鈴音、セシリア。残念なことになったが、あとは私に任せてゆっくりと静養するといい。何もできなかった私だが、せめて大人として頭を整理する時間くらいは稼いでやる」

 

千冬が声をかける。

けれど、雰囲気は暗いままだ。

三人は一言も発することなく寮に戻っていく。




題名にある第3次世界大戦はこれにて終了です。
しかし波乱はまだ続きます。


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第79話 英雄になれなかった者

「なんで……こんなことになったんだ」

 

頭を抱える男性が一人。

見た感じでは年は30に届かないくらいだろう。

会社では新入社員でもなければ熟練でもない微妙なところ。

年を召した方には若造にしか見えない。

スーツ姿は薄汚れて、浮浪者の様にも見える。

 

「奴はどこに行った?」

「わからん。探せ!」

「あっちに行ったんじゃないのか」

「こっちだな」

「早く見つけろ」

「ぶっ殺せ!」

「希テクノロジーを許すな!」

 

びくっと体をすくめる。

男がいるのは裏路地に入ったところ。

1分もしないうちに、あの武装した集団に見つけられてしまうだろう。

そして見つかったら、その後は想像したくもない。

女じゃなくて良かった、などと気楽に考えることもできない目に合うのは目に見えている。

 

「ど、どうすればいいんだ」

 

少し前まではただのサラリーマンだったこの男に裏路地ルートの知識などあるはずがない。

ここまでも適当に逃げていくだけだった。

当然足音を消す技能なんぞ持っているはずがない。

ここから動けばすぐに所在地が知れてしまう。

いや、それ以前に――この荒い息が、早鐘の様にうるさい心臓が奴らに居場所を教えてしまわないだろうか?

 

「こっち」

 

声をかけてきた女は顔見知り。

とはいっても、あまりほめられたような出会いはしていない。

それでも見知らぬ暴徒たちに追われている彼には仏のように見える。

 

「あなたは――」

「話は後よ。今は奴らから逃げましょう」

 

女に連れられてきたのは場末の安宿。

いかがわしい目的に使われそうなそんなところである。

 

「もうチェックインは済ませてあるの。入りましょ」

「……用意がいいんだな」

 

「たまたまよ。あなたを見つけたのもたまたま」

「信じておくよ」

 

わーわーと言う声が遠く離れていく。

群衆はあらぬ方向へと向かったようだ。

彼女は煙草を取り出して紫煙をくゆらせ始める。

 

「ねぇ。なんでこんなことになってるのか教えてくれないかしら」

「それは君も知っているだろう。希テクノロジーが第3次世界大戦を起こしたってテレビでさんざんやってるじゃないか」

 

そう、今や希テクノロジーは悪者なのだ。

だからこそ彼は追いかけられる身になっている。

優良企業である希テクノロジーに就職できたから、それを吹聴していたツケが回ってきたというわけだ。

栄枯盛衰と言うにしても、いささか展開が急すぎるか。

なにせ、1週間前までは勝ち組であったのだ。

それがもはやテロリスト扱い。

彼でなくとも嘆きたくなる。

 

「今は事実関係を調査中って言ってなかった?」

「やたらめったら聞こえの悪い情報ばかり持ち出しておいて何が調査中だよ。ただの責任逃れじゃないか。何か言われた時のために明言を避けているだけだろう。裁判にでも持ち込まれた時のためにね」

 

噂を広めているのはテレビ局や新聞である。

ミレニアムが出した被害を数え上げた後に希テクノロジーの後ろ暗い部分をたとえ捏造してでも突いているのだから、狙いは明らかである。

つまりは悪者を作って、戦争責任を押し付けてしまおうというのである。

 

「ならなんで裁判所に行かないの? 偉い人は雲隠れしたって話じゃない」

「群衆の誰かに殺されるのがオチだよ。きっと、軍事教練を受けた一般人が頭を吹っ飛ばしてくれるさ」

 

ゆえに裁判はいけない。

世界各国首脳陣レベルでばらされてはならないことが多すぎる。

誰もが共犯者である。

世界は生贄を要求しているのだ。

まあ、もっとも――女性の言う通り生贄はすでに逃亡済みである。

 

「じゃ、あなたは希テクノロジーに言われて悪いことをしたの? 脅迫とか人体実験とか当たり前のようにやっていて、社員は皆加担してるってテレビで言ってたわ。いえ――明言は避けてたのよね、うん」

 

だからこそ彼は逃げた。

テレビの言うことを真に受けた過激派は希テクノロジー社員の弾圧運動を始めた。

やはり生贄が不在では民衆のおさまりがつかないということなのだろう。

 

「そんなことしてるはずないじゃないか。確かに脅迫まがいの取引もしてるけどね。けれど、そんなのはどこでもやっていることじゃないか。安くしなければ他の取引相手に乗り移りますよ、遅れたので料金は安くしろでなければ買わないとかね。いまどき、大企業でそれすらしてないのはデュノア社くらいのものだ。実質的にはもう潰れちゃったけどね」

 

だが、彼としては理不尽と言う他ない。

状況からみて仕方ないと言われればそうなのだろうが、だからと言って何の罪もない自分が暴行を受けて他人のうっ憤を晴らさせてやろうとはどうにも思えない。

だからこそ困っているわけだ。

キリストになりたければ紙切れになった社員証を振りかざせばよいのだから。

 

「へー。取引とかはよく知らないけど、人体実験はどうなの?」

「ああ、それかい? 僕は昔そういうものについて疑問を持ったことがあるんだ。人体実験の証拠写真には明らかに事実と矛盾しているものがあった。まあ、全部が偽物だなんていう確証はつかめなかったけどね」

「へぇ。でも、何の関係があるの?」

「希テクノロジーも人体実験の証拠だっていう写真の中には、俺が見たことがあるやつも紛れ込んでた。ちなみに、これはどこの支社で行われていたと思われるとか言ってやがった」

 

やはり世界は理不尽でしかなかった。

無理やりなこじつけでも弾圧の大義名分にはなりえるのだ。

そう、昔――肌の色が黒いということは虐待してもいい人間であることを示したように。

 

「実はあなたの会社がやったってことはないの?」

「ああ、希テクノロジーはかなり若い会社なんだよ。第二次世界大戦の陰で糸を引いていたとかいう自称識者もいるが、その頃には影も形も存在してねー」

 

つまるところそんなものだ。

事実関係が見つからないからって、ものすごく適当に悪事を作っている。

こんなんで騙される馬鹿がいるのかと思うが、そんな馬鹿は金属バットを持って群れている。

 

「さらに言うとだな。そいつらはうちの会社が武器の開発で成り上がったとか言ってやがるが、うちの会社が軌道に乗ったのは“ゲロカエルン”のおかげなんだよ」

「ゲ……なに?」

 

彼女が不思議そうな顔を見せる。

ゲロカエルン――製作者のネーミングセンスが疑われる名前である。

なぜ流行ったかも疑問なキモかわいい一品ではあるが、そんなものでも希テクノロジーの歴史の重要な部分を占めている。

 

「知らないのか? 女子高生を中心にかなり有名だったって話なんだけどな。まったく兵器から雑貨まで扱ううちの原点がたったひとつのキーホルダーだなんて笑えるだろ。ま、キ○ィみたいにバカみたいな数のバリエーションがあるけど」

 

「へぇ。そうなの。テレビなんてあてにならないものねえ。あ、そうだ――前代未聞の凶悪テロリスト神亡奈落ってのに会ったことはあるの? これもテレビで言われてたことだけど」

 

いきなり話が変わる。

 

「一度だけ。あの人は言われてるように人を何とも思わない人じゃなかったぞ」

「そうなの?」

 

彼は懐かしむような表情を見せる。

宝物のような記憶を反芻している。

少なくとも彼にとってはその経験はよいものであったことがうかがえる。

 

「あ、でも人の手柄を取るだけの無能はあの人が来社した翌日には居場所がなくなってたな」

「……クビ? やっぱり容赦ない人じゃない」

 

話題に上がっている奈落がやったことはただ一つ。

それは名指しであいつらは使えないから仕事を回すな、と直々に部長に言ったのである。

流石容赦の欠片も存在しない男である。

部長ごときでは社長より偉い奈落の言葉に逆らえるはずもなく。

上に睨まれている奴らは気に入られてないやつらは出ていってくれないかなぁ、などと考えていた。

もちろん隠そうとはしていたが、人間は本来そう言った感情に敏感であると相場が決まっている。

 

 

 

「でも、あの人が来てくれたおかげでうちの部署の業績は右肩上がりになったぞ」

 

「思い出すなぁ。あの人、アポもなしにいきなり来たんだ。自分の歓待なんて金と時間の無駄だからやるなって。そういう割にはその日の仕事がなかったから、多分上のほうで調整したんだろうな」

 

「で、あの人やってきたと思ったらNo1の人ガン無視でさ。視界にすら入ってなかったよ。だから、まあ最後のチャンスは与えてもらえなかったってことなのかな。どうやって会長が、そいつが他人の足を引っ張るしか能のない嫌な奴だって見抜いたのはわからないけど」

 

「あとはNo2、正直以前からこの部署はその人の手腕で持ってたんだな。その人とずっと話してた。で、そのあとは食事に招いてくれた。やっぱり居たほうがむしろ邪魔な同僚については話しかけられても無視してたけど」

 

「俺も少し話したよ。普通にしてればいいとか。どうせ人間は大したこと考えられるわけじゃないから、下手に悩むな。被虐趣味でもなければそんなことしてもつまらん――とか言われたよ。言われたとおりにあんまり考えずにやったら上手くいくんだよ」

 

「なぜか仕事は早く上がるし。余裕ができたら他部署との連携もうまくいくようになってさ。ま、横やりが入ってぶち壊されることもあったけど、その辺は気にせずに次のプロジェクトをだな。考えてみると会長に押しやられた連中とは真逆だな。仕事を回してもらえずに、なんとか他人の成果を横取りしようとして自爆する負のスパイラルに陥ってた」

 

「ま、こいつが俺の知る神亡奈落ってお人のことだ。色々あくどいことをやってるのは確かかもしれないけど、俺はあの人のことを信じたい」

 

「そうそう、食事は俺なんかじゃ行けない高級なレストランに行ったんだけどさ。こういうところは雰囲気を楽しんでおけ。こんなところに来る連中は味なんかわかっちゃいないってさ。俺から見たら自分もそういう人間なのに笑っちゃったよ」

 

目を伏せた。

その奈落がどうしているかなど彼にはわからない。

けれど、世界各国が放った暗殺者に追われていることは想像に難くない。

その暗殺者は実は奈落がどこにいるか全然わからなくて、右往左往しているだけなのは当然知る由もない。

 

 

 

「――ふーん。なかなかに複雑そうね。でも、なんでその人を会長って呼んでるの? なんか長ったらしい名前じゃなかった?」

「いや、それは役職名噛んだら会長でいいって……どうせ違いがないからそっちで呼べばいいって……」

 

「あっはっは。何ソレ? もしかしてかなりフランクな人だったの?」

「ううん。あの人は何というか――家柄じゃなくて能力で人を見るって感じだった」

 

「家柄って、いまどきそんなもん流行らないわよ」

「なら肩書きかな? 偉ぶってもなかった」

 

「それって嫌味じゃない? 偉いのに謙虚だなんてロクな人じゃないわよ」

「いや――謙虚ほどあの人に似合わない言葉もないよ。自分のことを偉いって自覚してて、そのことを軽く見ているっていうか」

 

「ふぅん。それで、この先どうするの?」

「どうしたものかな……?」

 

考え込む。

さっきまでは逃げるのに必死だった。

それで余裕が出てみると、お先真っ暗としか思えない。

 

「復活とかないの? 悪の総本山としてさ」

「それはないんじゃないかな。なんかもう悟っている様子だったよ。ミレニアムとの戦争が起こったあの日、社員はまとめて呼び出されて地下のシェルターにこもらされた。で、よくわからないまま終わって、今日までよく頑張ってくれたとか言われて退職届にサインさせられた」

 

「へぇ。で、退職金はもらったんでしょ? テレビでマネーロンダリングとか言ってたわよ」

「いや、社員に渡してどうすんだよ。マネーロンダリングはお偉方が金稼ぎにやるものだぞ。根本的に用語を知らないだろ、言ったやつ」

 

「んでんで? たくさんもらったって話も聞くけど」

「まあ、平社員で10年も勤めてない割にはかなりの額をもらったけどさ。それも20%は現金で――必要になるかもしれないからって」

 

「ところで私――今欲しいものがあるんだけど?」



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第80話 民衆と言う名の狂気

「ニュースです」

 

「私どもの調べによりますと、アメリカのカリフォルニア州に希テクノロジーの研究所があったということです。識者によれば何らかの極秘任務が進行していると言われており、調査が困難な状況です」

 

「また、第3次世界大戦以降姿をくらませた希テクノロジー社長の身柄は未だに不明です。警察は指名手配をかけるとともに、重大な犯罪に巻き込まれた可能性を考慮して捜査しております」

 

「次のニュースです。第3次世界大戦で出た被害者の数は未だに産出されておらず、被害者の数は死亡者だけでも1億人を上回るとも言われ、今後はさらに増える見込みです。戦争で犠牲になった方々にお悔やみを申し上げます」

 

「ミレニアムの構成員らしき人物を見つけた際には警察までご連絡を。決して自分で捕まえようとは考えないでください」

 

「また、希テクノロジーの社員が暴行を働く事例も発生しております。被疑者は現在、病院で事情聴取を受けています。このような事件に巻き込まれないよう、どうか危険なことには近づかないようにお願い申し上げます」

 

 

 

「ニュースです。希テクノロジー総帥、神亡奈落の資産が流出しているとの知らせです。各国の政府は順次口座を凍結しているとのことですが、誰の口座かわからないように細工されていて警察は後手に回っているとのことです」

 

「また、同氏は希テクノロジーから総帥として異例な額の給料をもらっていたことが判明いたしました。これは同社の社長がもらっていた額の十倍以上だと調べがついています。また、社長は一般的なサラリーマンの1000倍の額をもらっていた模様です」

 

「その多額な資金の使い道ですが、これは不明です。何らかに費やしていたと推測できますが、その使い道は巧妙に偽装されており現在は見当もついておりません」

 

「また、例を見ないことにここまでの高給をもらっているにも関わらず、慈善団体に寄付をしていたという公式記録は残っていません。これは極めて同氏が狭量であることを示しており、某大学の某氏は残念なことだと言わざるを得ないとおっしゃっております」

 

「最後にお知らせです。不審者を見かけたら警察に連絡してください。くれぐれも危険なことにはかかわらないようにお願い申し上げます。これにてお昼のニュースを終わります」

 

 

 

「ニュースです。希テクノロジー総帥、神亡奈落は自らの出身を消しており謎のヴェールに包まれていました。しかし、わが局は同氏と個人的な交友を持つ人物の独占インタビューに成功しました。では、VTRどうぞ」

 

「Q神亡奈落氏の初対面の印象を教えてください」

「Aとにかく暗い男だと感じました。人の命を何とも思わないマッドサイエンティストとはあんな感じなのだろうと思わせる風貌です。いつも下を向いていて、ぼそぼそとしゃべる陰気な男でした」

 

「Qあなたとの関係を教えてください」

「A一方的な友好関係を結ばされました。彼の要求を飲まないとマフィアの方が私の家に直接来て“お願い”をしていったのです。私は彼との友情の証に様々な物資を提供せざるを得ませんでした。そのせいで苦しんでいる方がいるかと思うと、私の胸は張り裂けそうです」

 

「Q彼はいつもどんな様子でしたか」

「Aいつも怯えていました。病的なほどに目立つのを恐れ、いつも自分の身辺をSPに守らせていました。ただ少しでも気に食わないことがあると、暴れだして手が付けられなくなります。私もそれで殴られてろっ骨を折られたこともあります」

 

「Q彼の目的は何だったのだと思いますか」

「A彼は自分のことをほとんど話してくれませんでした。しかし今考えてみると、世の中がとても気に食わないと感じているようでした。きっと、目的なんてなかったんでしょう。ただ何もかも滅茶苦茶にしたいと思ったんじゃないでしょうか」

 

「Q最後に一つ。あなたは彼をどう定義しますか」

「Aまぎれもない悪です。あの男には他人を思いやる気持ちなどありません。いつも他人を傷つけることばかり考えているような男です。関わり合いになりたくなかったし、彼のような人物は生まれてくるべきではなかったと思います」

 

「ありがとうございました。これにて独占インタビューを終了します」

 

 

 

 

 

「希テクノロジーに鉄槌を!」

 

群衆の前に立った男が声を張り上げる。

 

「民衆から搾取し、あまつさえ虐殺した男に死の報いを!」

「人の命を金儲けに利用した大罪人に裁きを!」

「欲に駆られて戦争を引き起こした恥知らずを殺せ!」

 

100人を超える群衆が各々に殺意を叫ぶ。

そこはまさに憎悪のるつぼ。

死を奏でんとするオーケストラ。

狂想曲は自らをも高めていく。

――殺せ、殺せ、殺せと。

 

「諸君、我々の敵は何者か!?」

 

叫ぶ声に重なり合う怒声が答える

 

「「「希テクノロジー」」」

 

掲げられるのは包丁、バット、果てには鍋まで。

日常的に使う物でも、こうしてみれば恐怖しか感じない。

それはまるでねじくれた怨嗟を形にしたようで。

人嫌いな画家が描いた悪趣味な絵画に似ている。

 

「彼奴らの罪は!?」

 

ボルテージが上がる。

汗が飛び散り、咆哮が飛び交う。

 

「第3次世界大戦を起こしたこと!」

 

そこにあるのは狂乱。

満ちるのは嫌悪と忌避。

同じ世界に生きるのを許可しない絶対の――そして完全無欠の存在否定。

 

「ならば問おう。我々はどうするべきか!?」

 

大仰な身振りはまるで指揮者のよう。

紅いオーケストラはとどまることを知らず加速する。

一人残らず感情を肥大化させる。

それはまるで悪意に満ちた一個のおぞましき生物。

 

「皆殺し! 皆殺し! 皆殺し!」

 

狂気の集団が行進する。

目的はただ一つ。

希テクノロジーに関わる一切合財を打ち崩す。

壊して砕いて晒して並べて、それからまた殺す。

 

「よろしい。では――進軍しよう。希テクノロジーに加担した厚顔無恥を踏みつぶせ。例え世界の果てに隠れようとも、見つけ出して引きずり出せ。そして人道に劣る畜生のはらわたを引きずり出し、生まれたことを後悔させるのだ!」



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第81話 国家解体戦争

「よく眠れたか?」

 

奈落が勝手に一夏の部屋を蹴り開けた。

もちろん許可を取るどころか、ノックすらしていない。

寝ていた一夏はすわ敵襲かと飛び起きる。

 

「……お前、断りもなく部屋に入るなよな。これで相手が女だったら犯罪だろ」

「いや、男でも重犯罪だな。IS保持者の自覚くらい持ったらどうだ?」

 

なにやら発言がおかしい。

まあ、奈落がおかしいのはいつものこと。

一夏はふてくされた面で起き上がる。

 

「……」

「お前も聞いておいた方がいい。生徒会室に集まれ」

 

不機嫌な顔を隠さない。

聖人レベルで人の良い彼と言っても問答無用で寝込みを襲われて起こされたらそうなる。

だからじとー、と恨みがましい視線を向けることもいたしかたないことであろう。

とはいえ奈落も必要もなしに友人に嫌がらせを行うような人物ではない。

緊急でもなければやらない――ということは緊急ならやるのだが。

 

「なに言って……」

「いや、私もよく知らんのだよ――寝てたから」

 

はぁ? と口を開ける一夏に首をひねる奈落。

ここに事情の分かる人間はいない。

二人とも寝てたのだ。

奈落のほうが3分ほど早く起きただけなのだから仕方ない。

 

「他の皆は?」

「盾無以外は集まった。それとシャルとラウラは寝ている」

 

ゆえに彼女らを集めたのは奈落の手腕ではない。

奈落は一夏を起こしただけだ。

他のことはすべて――奈落が寝ているときの世界情勢の監視も含めてオペレーターたちが担当していた。

学園に諸々の手配をしたのも彼女たちである。

そして、そんな彼女らであるからこそ手落ちはあり得ない。

更識楯無が会議に来ないのは寝坊どころかスケジュールの都合なんかではありえない。

 

「そんなに忙しいのか?」

「いいや。彼女は全ての業務から解放された」

 

珍しく迂遠な言い方――と言うわけではないのだろう。

奈落は愚直で一直線な男である。

もし回りくどいと思われる言い方をしたのなら、それは感性が違うのだ。

そう、直接的……忙しいかと聞かれたから仕事の多寡を答えただけ。

 

「ええ――と」

「わからないか? つまりは死んだ。詳しい状況は生徒会室で聞け」

 

死。

それはあまりにも重いゆえに、単純明快ながらも一夏の思考を止める。

彼女とは二度と会えない。

声を聴くこともなければ顔を見ることもできない。

ただ思い出が残るのみ。

そんな重大な事態が自分の手の届かないところで、起こって――終わった。

悔しさともつかないやるせなさ。自らがよって立つ場所が崩壊したような不快感。目の前の風景が崩れて悪夢が出てくる怪奇。

歯ぎしりをしたのは、さて……一夏か奈落か。

 

「そんな」

 

そして、重大な事態だからこそつぶやかれる言葉はありきたりなものとなった。

 

 

 

「一夏様、奈落様で最後でございます。準備は整いましたので、すぐにでも説明させてもらってよろしいでしょうか?」

 

そこにいたのはいつかのオペレーターの女性。そして、楯無以外のメンバーがそろっている。

彼女は奈落が呼び寄せた。

彼は自分が寝ている間はオービットベースのメンツに自らの権限を預けていたから。

生徒会室の使用許可は千冬から取っている。

 

「待て、セレスとベルナドットはどうしている?」

「壊滅した本社の救助作業の指示を出しております」

 

希テクノロジーは世界で類を見ないと言っていいほどの規模と影響力を誇る会社だった。

しかし、ミレニアムとの戦争で矢面に立ったことで疲弊した。

そもそも軍事を強化するために相当な無茶をして恨みも買った。

 

よって、各国は第3次世界大戦の楯にした後はお払い箱。誰でもそうする。いくら守ってもらったとはいえ、恩を返して何になる?

今度こそ奴らに支配されるかもしれない。

そんなことになるくらいなら全力で潰してしまえ。

 

あることないことの責任を追及して、お偉方は自分の責任を逃れる腹積もりで実際にそうしている。

被害が出たのだから責任は取らなくてはならない。

最善を尽くしたからと言って、それで許されはしないのだ。特に日本は。

こういう場合は下の人間が悪いくじを引かされるものだが、この場合は他に適任がいる。

返しきれないほどの恩がある――敵が。

 

もっとも、それが成功した主な要因は重役クラスがすでに姿をくらませていているからにすぎないのだが。

平社員については退職金と称して多額の金が支払われており、出社義務もない。ただし退職の手続きは未だにほとんど手が付けられていない。

そういうわけで希テクノロジーは特定の部署を除いて超巨大なゴーストカンパニーと化していた。

相手がいないと人は好き放題に言えるものである。

 

それはもう自分の無能が起こした損害から過去の汚職まで、押し付けられるものはすべて押し付けようという勢いである。

そして、連日テレビでは検証と言いながら大学教授が日によっては異なる――前後の日付の番組を確認すると明らかに矛盾している証言を繰り返している。

そのおかげで希テクノロジー追放のデモが世界各地で起こっている。

 

「――なるほど。では、よろしく頼む」

 

奈落はそうした後始末はすべて他の人間に任せている。

もはや希テクノロジーは過去である。

用事は済んだから、残りは利用した義理が残る。

そしてそれを清算するには、そういうことが得意な人間に任せてしまえばいい。

……金は出している。

自分以外にできない仕事は終わらせてあるし、なにより休憩が欲しかった。

 

精神力の面でかなりの消耗をした。

消耗なんてものじゃない。

未だにほとんど回復なんてしていない。

精神力は一晩ぐっすり眠れば回復するというものではない。常識的な範囲の消耗でさえ一週間は欲しいくらいなのだから、これほど疲弊すればいつ回復し始めるかすらわからない。

異能を使うのなら寿命を削るのを覚悟しなくてはならないだろう。

体についても常人なら壊れていなくてはおかしいレベルで、さすがに奈落としても激しい運動はやりたくない。

そんな状況では動こうとは思えない。よって影のボスは学園に引きこもっている。

その状況を利用された、とは言わない。

彼は自分が選んだメンバーを信じている。

つまりは、彼ですら対処しきれない問題が起こったということに他ならない。

 

 

 

「では、説明を。ミレニアムが潰え、希テクノロジーが潰えた。そして国家に残された戦力は民を制圧できるだけのものですらない。この状況で何が起きたのか。当然、暴動ではないのだろう?」

 

「民衆が反逆を起こす可能性は十分あるとも。実際にEUや中国は地獄の有様であろうな。人種問題に宗教、火薬庫に未だ点火がなされていないと思うほど私の頭はめでたくできていない。――これらではない。これらは予想済みで介入は不幸を生み出すのみだ」

 

「なら、他のもの。とはいえ、予想がつかないな。まさか、ミレニアムが生き返ったわけでもあるまい。それとも、アメリカが第二のミレニアムとなったか? 核の火で世界を支配しようと――そこまで愚かだとは思っていなかったが。なにせ結末は共倒れと決まっている。核を持っているのはあの国ただ一つではない」

 

妙に説明くさいセリフで先を促した。

奈落も寝すぎて頭が混乱していて、整理したかったのかもしれない。

 

 

 

「……は。まず、事が起きたのは今日の午前2時でございます。死亡したと思われていた篠ノ之束とその一派が政府の要人を襲撃、これを殺害しました。また、襲撃は希テクノロジーにも行われ、上層部は大気圏外のオービットベースに居る奈落様直属の実行部隊を残して一人残らず虐殺されました。誰一人として居場所を掴ませるようなミスはしていなかったはずです。迅速な襲撃と言い、恐るべきは奴らの情報網ですね」

 

「これにより、国家の機能は完全に停止したものと思われます。このままであれば正午には世界中がアフリカと同様の無政府状態に陥り、内戦が順次発生していくものと思われます。混乱を統率できる人間自体がすべて殺されてしまったので」

 

「千冬様と奈落様が襲撃されなかった理由はわかりませんが、この状況を収拾することは不可能と言ってもいいでしょう。ミレニアムのテロにより不安が増大した矢先にこれでは、まるで人類に内戦で滅べと言っているようですね。正確に言えば内戦ですらない生存競争としか言いようがありませんが」

 

「襲撃者は、4体のISです。『オープニング』、『スプリット・ムーン』、『アンサング』、そして紅い――『ステイシス』です」

 

オペレーターは沈痛な顔で言う。

それはそうだ……彼女にとって『ステイシス』は奈落の機体。

ゆえに、象徴であり最強。

それが敵に回るなど、例え偽物であっても冗談では済まない。

恐怖と同時に怒りを覚える。

だが、奈落はというと。

 

「なるほど、束の奴か。死んでも厄介だな」

 

と、実に淡々としている。

 

「奈落様……なぜ、そんなに冷静でいられるのですか――っ!」

「いや、これは元々あいつの機体だからな」

 

意味がわからないのは奈落の常。

いや、彼女が理解するのを拒んでいるのかもしれない。

 

「――は?」

「で、敵のISは教えてもらったのか?」

 

奈落は彼女の動揺に頓着せずに次の話題に移る。

 

「あ、はい。メッセージが届きました――それも、束の名前を使って」

 

死者からのメッセージ。

それは不安をかきたてるとか言う物でなく、実行されてしまったもの。

少なくとも相手には実体があるらしい。

 

「束は千冬が殺したから生き返れるはずもない。そして、ギガロマニアックスの替え玉なんぞは不可能だ――【将軍】でもあるまいし、残り少ない寿命でそんなものを作り得たはずがない。もし、そんなことができるのなら少佐を殺すのに苦労はなかった、太陽を破壊してしまっても作り直せた。まあ、無限の寿命を持っていたらと言う痴呆じみた妄想ではある」

 

恐ろしいことをさらっと言う。

つまり、ギガロマニアックスを妄想具現化するためには太陽を丸ごとコピーするよりも大きな寿命がいる、と。

奈落や一夏、吸血鬼は虚数世界――ようはこの世界から生えた枝葉の平行世界だ――からやってきた文字通りの異次元生命体。

虚数世界は人々の空想から生まれるわけだが、それは妄想具現化の産物ではない。

空想具現化ではギガロマニアックスは作れない。燃料が足らない。その法則が覆されることはない。裏技もなければ抜け道もない。

時間や因果を操るのとはわけが違うのだ。

物理現象を突破しても、それは法則を破っているわけではない。

束は死んだ。それは誤魔化しようのない絶対真理である。

では、なぜここで束の名が出てくるのか。

 

「彼女らはこう言ってきました。明日の午後二時、IS学園にて待つ。そこで世界のシステムを決めよう、と」

 

全ては、そこで決着する。

 

 

 

沈黙の帳が落ちる。

中々に傲慢な話である。

 

これは国王を決めよう、とか。

誰に代表をやってもらおうか、とか。

国家連邦の長を決めよう、とか。

 

そんな話ではない。

もう一段上のレベル。

 

人類と言う種族を国というシステムで縛るか、それとももっと他のシステムで支配するかを決めようというのだ。

これを傲慢と言わずして何をか傲慢と言おう。

まさに神の視点からものを言っている。

 

「順当だな」

 

奈落が呟く。

相手は傲慢だ――しかし、対する奈落もまた他人に命を捧げさせることをためらわない。それは神と同様に。

そして、それは最も苛烈な形で発揮されることが多い。

つまり自らの理想を阻む敵を抹殺する。

 

奈落はすでにこの敵を殺すことを決めてしまった。

 

「どうしますか? 戦略以前の問題ですよ、こちらの残存兵力は奈落様ただお一人です。ラウラ様にシャルロット様は未だに昏睡状態にあります」

「あれだけ能力を使ったんだ――あと1週間ほどは眠らせておいてやれ。私は一夏に楽をさせてもらったからな」

 

つまり、一人で行くと。

彼の決定を変えるのは困難だ。

彼は冷静に判断し、目的を達成するためには手段を選ばない。恥などいうくだらないものには囚われない。

そんな彼を説得するためには徹底的に理詰めで行かなくては。

 

「……一夏様にお手伝いしてもらうのは? あれは本物の束ではありません。協力を願うことは不自然ではありません」

「それは私が許さない。あいつはまだ戦えるが、少しでも妄想具現化を使わせてみろ――老衰で死ぬ」

 

きっぱり言った。

そのくらいは考えている。しかし、それはできない。友の身を案じるがゆえに、と。

拒絶はしない。

意見があるなら受け入れる。

彼とて、自分の案に半々以上の勝率があるとは思っていない。

 

「――それは、使わなければいいだけの話では?」

「あいつは力の使い方が下手だ。何かのはずみで使うに決まっている」

 

理詰めで行くからこそ奇跡は信じない。

力量は過小評価しないが、過剰評価は絶対にしない。

愛の力とやらでシャルやラウラが起きることなぞ期待もしない。

 

「では――」

「私一人で向かう以外に方法はあるまい」

 

淡々と結論を告げた。

 

「私たちにお手伝いできることは?」

「セレンとベルナドットを呼べ。こっちに戦略を立てる余地はない――が、相手は別。精々手の内を予想しておくことにする」

 

正直言って、異能はあまり使えない。

寿命を削るとは、想像できるような痛苦ではない。

それができるのはギガロマニアックスですらない別の何かだ。

化け物でさえ発狂させるざらざらとした感触は壊れた精神にすら受け入れることはできない。

死んだほうがマシだ。

ようは、それ以上の“何か”があるかどうか。

それは――奈落にはない。他の誰にもないのだろう。

 

「了解しました。こちらの方でも生き残ったネットワークを使って、敵の情報収集並びに分析を行ってみます」

「頼んだ」

 

先は半々と言ったが、それは敵を甘く見てのこと。

ここまでやらかすなら、腕も機体も十全であろう。

では戦術は?

真っ正直に短期決戦に付き合ってくれるとして5割。

実際には2割を切るかもしれない。

一晩で国家を滅ぼしてしまう手腕は見事と言う他ないのだから。

 

「――ご武運を」

「心配はいらない。私を殺せるのは本物の束か少佐だけだ」

 

それでも奈落は確信をもってそう言った。



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第82話 名を継ぐ者

「む。貴様は……」

「久しぶりだねぇ、奈落――相変わらず殺してやりたくなる顔をしている」

 

呼び出されたのは日本で最も高級だったホテルだ。

内装は剥がされ、至る所に破壊の跡が残っている。

警察が機能を果たさなくなった後、一部の周辺住民は金目の物を根こそぎ持って行ったのだ。

そして、関係のない人間はただ見ているだけだった。

かくして、1日前までは綺麗でいかにもな豪華なホテルが廃墟となった。

 

その栄華の跡と呼ぶにはあまりにも悲惨な場所で、折られた足をそのまま床に打ち付けて立たせた机の上で埃だらけのティーセットを囲んでいる。

対峙するのは二人……篠ノ之束と神亡奈落。

そして、3人の女性が奈落に銃口を向けている。

 

「君に会った覚えはないがね」

「忘れたっての? あんたのご主人様が散々いじくりまわしてくれたこの顔を」

 

うり二つというレベルではない同一人物としか思えない顔がそこにあった。

彼女が束に似ているだけの他人と言うのはありえないだろう。

世界には3人は自分と同じ顔をした人間がいるともいわれるが、それにしたって似すぎである。

 

「思い当たるのは篠ノ之束と織斑千冬くらいのものだ。彼女たちは私の宿敵だ――忘れるはずがないだろう。逆に言えば、他の被験者は知らんよ」

 

奈落は冷めた目で彼女を見ている。

しょせんは同じ顔をしていても他人。

殺意がぬるすぎる――それだけで興味のほとんどを失ってしまった。

 

「覚えてるだろうが…….っ! 私がその篠ノ之束だ。世界をお前には渡さない。貴様の腐った意志では世界を腐敗させるのが関の山。だからこそ、世界を変えるのは私たちでなくてはならない」

 

激昂する。

そう、激昂――本来の束であったら狂乱していたはず。

歯車がかみ合わない。

 

「へぇ、篠ノ之束はこの世界を女尊男卑に変えて、大失敗したものだと思っていたのだが。まあ、理想を追うものはしばしば現実を見失うものだ――無理もない」

「……やり方自体は正しかった。あんたたちがそれをぶっ壊したんだ。希テクノロジー、ミレニアム――よってたかって世界を滅茶苦茶に……負けた腹いせで世界を壊されちゃたまらない」

 

「それは君の眼が腐っているだけだ。八つ当たりを試みるような子供は、ただ君一人のみだ。胸糞の悪くなるような話ではあるが、少佐も本気で世界のために動いていた。ただ方向性が悪かっただけでね。そして束は正すためなら言い訳することもなく何度でもやり直すつもりだった。世界が正しかったことなど一度もない――それだけは共通の認識ではあるのだろう? もはや、私の敵がこれにすら気づけない程度ではないと思いたい」

「確かに、ね。女尊男卑ではあっても、吐き気を催すほどの邪悪の存在を許してしまった。それでは、確かに正しい世界とは言えない。その前に至っては論外、言及する必要もない。あんな世界は壊れたほうがマシと言うものさ」

 

「世界は正さなければならない。けれど、間違っている世界で正しいものはない。なら、すべては間違ったやり方ということになる。そしてそれは三者三様のやり方があって、しかもいたずらに実験するわけにもいかない。であれば、誰がそれをなすのか決めるには殺し合いが相応しい」

「間違った世の中を正すには間違ったやり方でなくてはいけない? ずいぶんと独善的だね。それを一体どこの誰が望む?」

 

「私が望む。そして同志……君の言う私のご主人様も望んだ。だからやる。それ以上の理由は必要ない。民が何を望むかは知らない」

「それは同感だね。あの愚物どもが出す結論などまるで考慮に値しない。なにせ、あいつらが見ているのはお花畑でしかない。現実でも理想でもない、薄汚れた何か。綺麗な花の下には糞尿が敷き詰められているものだよ」

 

ちら、と奈落が興味を向ける。

そこまで言うからには、この束もなにか心に秘めるものがあるのだろう。

 

「そして、理想は三つ砕け散った」

「横並び、女尊男卑、戦争。残りは二つ」

 

理想は砕け散った。

エリートを抹殺し、誰もが下である絶対的平等は日の目を見ることなく砕け散った。

女尊男卑は世に広まりこそしたが、それはただの政権交代。なによりミレニアムの戦争による爪痕が現状維持など不可能なほどにダメージを刻み込んだ。

戦争は勇者によって止められた。一切合財が光の下に消し飛ばされ、戦士の誇りは顧みられることはなく残るのは怨嗟のみ。

しかし、まだここに二人いる。

世界を変えるために、全てを敵に回しても自分の意志を貫く覚悟を持った者はまだ二人いる。

 

「人間の精神の変容」

「企業による支配」

 

これこそが彼らの意志。野望と言い換えてもいいかもしれない。

ある意味で世界征服の先にある。

そんなものはただ並び立つもののない権力を持つというだけに過ぎない。

しかし、彼らは己の法によって世界を規定しようとする。

あらゆる意味でこれ以上傲慢なことはない。

 

「私の理想は世界を幸福で満たすこと」

「不幸であることを許さない歪んだ幸福ね。確かに心からそう思える――思わせることができるんでしょうけど、あなたの辞書には尊厳というものはないの?」

 

「その程度で揺らぐ尊厳なら捨ててしまったほうがいい。私は人間の心を正そうとしている。しかし、君はシステムを変えるのだろう? 王政やら民主主義やらから始めて、男尊女卑を否定した。で、次は何を否定するのかな」

「もちろん、人間による支配。女が男を支配すること。人を人が支配するのではない――市場という原理が人々を支配する」

 

「なるほど。ここに至って君は人格を否定し、企業を王にするのか。しかし、企業にそれだけの余力があるかな?」

「もちろん希テクノロジーにはない。あったとしても灰燼に帰してやる。他もさすがにそこまでの余力はないかもしれない。だから私たちはこう名乗る――亡国機業、と」

 

「――亡国機業? 聞いたことがある」

「ま、裏で暗躍してはいても、この業界はせまいからね。表のほうでもけっこう噂されてたりするもんだから知られてたとしても驚かない」

 

「ミレニアムの下っ端がそんな名前で活動していた気がする。……ああ、黒椿のデータはお前らが渡したのか?」

「そうだよ。あんなやつらに完璧なスペックのデータを渡すわけがないじゃない。あんなものは児戯だよ。ま、あの程度でさえも自力で作れないでおいて開発者とか名乗れる連中には尊敬すら覚えるね。あれほどまでに恥知らずでいられるなら、さぞ人生を楽しめるだろうさ」

 

「確かに、手加減の役には立ったようだったな」

「そうだね。もう少しでも技量があったら話は別だったんだけど。あんな悲惨な量産品でもISには変わりないのに。どいつもこいつもISの性能を引き出せない屑ばかりだ。やっぱり千冬ちゃんとは違うね」

 

「君もIS使いを引き連れているだろうに」

「こいつらはまだマシだよ」

 

「あ、そ。企業を王にしても暴走するだけだぞ。小手先ではどうしようもない――根本から、そう……人間の精神をどうにかしなければいけない。王様がどうのではないんだよ、いわゆる何の罪もない一般人をどうにかしなければならない。まあ、もっとも……この世界に生きていて無罪であるなどとはとても信じられないが」

「ご高説どうも。しかし、その行き着く先が精神を操作することによる人類の完全支配とは皮肉なことだね。君の救済が成った暁にはめでたく自由意志など歴史書に刻まれる過去となるわけだ。私はそんなもの認めない」

 

「では、どうするのかね? 国という枠組みを壊したところで、人間はそうそう変化などしない。気長に何百年も子供でも作って見守る、と」

「そこまで待つ必要はない。何年かあれば十分……人間は貴様が思うほどに救いようがないわけではない。精神操作なら1秒で済むんだろうけどね」

 

「どうも君は私を悪役にしたいようだ。私は外道であっても悪役ではない。そして外道は他人の承認など求めない。君に私の心を分かってもらう必要などないし、その気もない。確認したいことはもう終わった。死ね」

「死ぬのはお前だ」

 

一言も口を利かなかった3人の女性の持つ銃が火を噴いた。



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第83話 本物であり偽物でもある

「新たなる世界のために! 死ね、神亡奈落」

「了解、神亡奈落を抹殺する」

「しょせんはISを真似ただけの代物。オリジナルを持つ我々に敵うはずがない!」

 

三方向からの射撃。

罵声とともに連射する。

彼女たちは奈落を囲んだ時点でISを装着していた――ゆえにタイムラグはない。

束は飛びのいてISを装着する。

色だけが違う『ステイシス』を。

 

「――ああ、ダメだな」

 

しかし、奈落は出された紅茶を手にしたまま優雅に佇んでいる。

 

「確かにISの性能はそちらのほうが上。しかし、貴様らは甘い。世界の裏は狭い? それは、貴様らの想像が及ばないだけだ。人を殺す、というものをわかっていない」

 

蔑みきった目を向ける奈落は、こちらも『ステイシス』を、ただし黒いが――を装着する。

始めから装着されていたハリネズミのような武装が光を放つ。

130連装電磁砲(マルチプルパルス)

 

「……逃げろ!」

 

束が叫ぶ。

まるで立場が逆だ。

4対1で、さらに性能まで上をいかれて焦るべきなのは奈落のはずなのに。

 

「……っ!?」

 

悲鳴を上げる暇すらない。

ハリネズミの針の一本一本がISを機能停止に陥れるだけの威力を持つ光弾を射出する。

廃墟になった高級ホテルは倒壊した。

 

「貴様らはその程度だよ。しょせん、お前はあの束ではない。同じ名前を付けられただけだろう? 生き返りのトリックは」

「オーバードウエポンには隙がある! 畳みかけろ」

 

不利な立場にいるはずの奈落は余裕ぶった態度でささやきかける。

その程度の意志しか持たぬ者は私の前に立つな、と苛烈な目が言っている。

 

「確かに絶対死を与える能力だろうと、同姓同名の他人に効くはずがないものな。その顔からしてクローンかな? あの技術は同じ人間を作り出すものじゃない。そのためには記憶のダウンロードやら、色々とクリアしなければならない課題があるが――そこらへんは得意のISでなんとかしたんだろう」

「どうした!? なぜ、攻撃しない……っ!」

 

ISを装備し後ろに下がった束は怒鳴り散らす。

他の三人はあり得ないようなものを見る目つきで呆然と奈落を見上げている。

 

「ただ、完全に同じではないぞ。背が5mmほど高い。体脂肪率が5%高い、あいつはもっと骨と皮ばかりだった。きわめつけは骨格が歪んでいない、あいつは実験の影響で各所の骨が曲がっていたし、脳に異常も出ていた。同一人物を名乗るには不完全に過ぎるな、束のガキ。どうせ、あのトラウマは本物が持ってったんだろう?」

「うるさい、黙れ! お前らはなぜ攻撃しない」

 

「そいつらが躊躇うのも当然だ。周辺環境のスキャンを忘れたのか? 初歩中の初歩だぞ――生憎と、この世界の人間は軍に所属していても忘れがちであるようだが」

「え……? ば、爆弾――町を吹っ飛ばすつもりか!? お前、この区画の一般人ごと私たちを殺る気か」

 

「いやいや、すぐにしまうさ。少しだけ話そうと思ってね。ま、つもるところ――次のオーバードウエポンの時間稼ぎだ」

「エム! 死ね」

 

持っていた核爆弾を上に放り投げ――格納空間にしまう。これで攻撃しても日本は無事だ。

それを見て束が吐き捨てる。

次の攻撃を防ぐ手段はない――下手をすれば4人もろともにやられる。なぜなら、彼女たちは純粋な人間……束こそ調整を受けたISとの融合固体クローンであるが、それでも虚人のように根本から生まれた世界が違うわけでもない。

そして、ギガロマニアックスのような異能者でもない。

指令を受けた『スプリット・ムーン』を刈る女がすさまじい勢いで突っ込んでくる。

 

「次はこれだ――超大型誘導弾(ヒュージミサイル)

 

馬鹿みたいにでかいミサイルが放たれた。

カウンターの形で放たれたのだ、彼女が今更かわすことはできない。

だから何の躊躇もなく斬った。

当然爆発する。

奈落のいた場所ごと爆炎が呑み込む。

エムは爆死した――他の3人を守って。捨て駒と言うわけだ。

 

対警備組織規格外六連超振動突撃剣(グラインドブレード)

 

上空に瞬間移動した奈落が落下の勢いを利用してスコール――『アンサング』をみじん切りにする。

人を血しぶきに変えた彼に、余韻を味わう余裕はない。

負ける気こそしないが、客観的な戦力で言えば劣勢に過ぎる。こんなのは命を削った奇襲でしかなくて、これをしくじれば奈落が負ける。

 

「――2連」

 

もう片手に装備したグラインドブレードでオータム――『オープング』まで肉塊に変えた。

奇襲に成功した。が、戦力差は依然劣勢である。

 

「……が。ぐぅっ――」

 

奈落が血を吐く。

当然だ。

常人ならオーバードウエポンは2回使っただけで死ぬ。

それが連続で4回も……いくら人外でも立っている方がおかしい。

もっとも、死なないほうがおかしいような無茶など奈落にとっては何度もとおってきた道でしかない。

 

「ふふん。苦しそうだね? 君の残り少ない体力を削ることだけが彼女たちの生きてきた意味だった。そして、ミレニアムも。やりすぎたとはいえ、貴様をここまで追い詰める役には立った」

「――は。確かに、もう異能は使えない。もう精神力がかけらすら残っていないよ。まあ、最後の精神力の欠片で発動した異能のおかげで倒れることはないが」

 

「お前は終わりだ。私の『ステイシス』をコピーして黒く塗っただけの複製品でよくやったよ」

「あいにくとこれには正真正銘の異界技術が使われている私の世界の束の最高傑作――いや、最狂兵器でね。カタチが同じなだけだ。君のそれとは次元が違う」

 

「あ、そ。でも基本的な特性は変わらない」

「で? だから、お前が勝てるというわけか。超能力を使えない私とだったら、そもそも超能力を持っていないお前の方が有利だと。甘い甘い――こいつを使う限り負けはない。私がどうなろうともコレは最高の力を発揮する」

 

そう。違いは紅か黒かだけではない。

そもそもが思想が違う。作られた目的が違う。

前者はただ圧倒するために作られた。既存の軍事兵器を叩き潰し、女性を世界の支配者に押し上げることが存在理由。

後者はただの殺戮兵器。殺すために、己の身がどうなろうと殺すために動き続ける。操縦者がいないのなら作ればいい。操縦者が壊れるのならば、壊れるまで使って捨てればいい。

黒いステイシスは敵がいる限り動き続ける。己が主人を食い潰しながら。

 

「そう。しかも満身創痍じゃ、何をどうしても勝てない。特に奇策と攻撃力に頼ったどこかの火力バカにはね」

「ふむ、それはそうかもしれんが――誰のことを言っているかわからないな」

 

奇策? 攻撃力?

確かにそれは私の長所であり、長所は生かすものだろうが誰がそれだけだと決めた?

大技だろうと小手技だろうと、目的(殺戮)のためならば何でも使うさ。

 

「は! 強がりを――」

「私は化け物だ。ただの化け物だ。それ以上でも以下でもない。そして、お前は人間だよ。束にはなりきれていない。それは人間として誇るべきことだ。しかし、人間は化け物に敵わない。化け物を殺すのは、いつだって諦観だ」

 

「――っ!?」

 

ぞくり、と寒気が束の背筋を凍らせる。

それでひるみはしない。

逆に、自らに活を入れるように武器をインストールする。

 

「……!」

 

奇遇にも、両者が選択したのはお互いにショットガン。

16発の弾を放射状に吐き出す近接専用の“殴りつける”銃。

だが、両者が選択した行動は別。

 

束は最低限の動きで、ダメージを最小にとどめる。

しかも体制を崩していない。

一方で奈落はダメージを気にせず一直線に踏み込んだ。

 

「ち――っ!」

「……くはっ!」

 

またもや選択した武装は同じ。

ナイフ。

 

「シャアッ!」

「ヒャハァ!」

 

剣劇が交錯する。

とてつもなく速い。

他のIS操縦者を軒並み屑だと吐き捨てるだけはある。

 

そもそもが奈落は身体能力が異常なのだ。

ISを使わずとも到底人間の手の届かぬ域に立っている。

もっとも奈落を人間だと断言することはこの世界の誰にもできないのだけど。

 

それでも束はそれについていく。

オリジナルと違ってギガロマニアックスですらないのに。

最高峰の体術と兵器が高次元で有機的に結びつき、爆発的なパワーを生み出す。

 

「「おおおおおお!」」

 

甲高い剣劇の音が響き渡る。

さらに加速。

ナイフは片手から、両手に二つに。

少しずつ束が押し始める。

当たることのなかった剣閃が次第に奈落にかすり始めてきた。

 

「あっはっは! 人間を甘く見るなよ――私には鍛え上げてきた技術がある」

「貴様こそ。人間の練習がどうした? そんなもの、圧倒的な意志の力の前には何の役にも立たん」

 

たとえかするだけでも、剣閃はエネルギーを奪う。

ISは精密機械であるため、損傷はすぐに機能の低下につながるゆえにエネルギーシールドで覆わざるを得ないのだ。

束は人間的な技術で奈落を追い詰める。

 

「このまま――っ!」

「このまま? どうしようと言うのかな? ――ジャアッ!」

 

バギン、と奈落がナイフをかみ砕いた。

滅茶苦茶をやる。

だがそれでこその化け物。

 

「――ナイフを……うそでしょ?」

「だから化け物を舐めるといったのだ。人間」

 

斜めに半分お辞儀するような恰好――ナイフをかみ砕くために崩れた体勢。

そこから攻撃を刊行する。

片手は上段、もう片手は下段。挟み込むようにナイフを振るう。

獣のアギトが迫る。

 

「うう――ああああああ!」

「さようなら、人間。――っ!?」

 

血しぶきが飛ぶ。

肉が切断される鈍い音が響く。

そして、切り落とされた腕が落ちる。

 

「ぎ――。があああああ!」

 

人間の口から出たとは思えない獣の咆哮。

腕を力任せに叩き斬られたのだ――痛いに決まってる。

腕を犠牲にして攻撃をしのいだ。

腕のエネルギーシールドは切ってある。

奈落はそれを狙っていたから。

 

「ちぃ――っ」

 

顔をゆがめて舌打ちする。

いくら化け物だろうと、超能力が使えない状況でこれをどうにかするのは不可能。

 

「斬!」

 

彼女が選んだ武器は刀。片手で振りかぶる。

袈裟がけに切り裂いた。

血が飛び散る。

 

「――血!?」

 

ありえるはずがない。

だって、この一撃で相手のエネルギーを根こそぎにするつもりだった。

だが、絶対防御が発動しない。

機能を停止してある。

 

「驚くなよ人間。化け物にも学習能力くらいあるさ」

「自分の体を犠牲に!? 私と同じことを――」

 

がちゃり、と音がして――機関銃が2丁、束の胸に突きつけられる。

零距離で火を噴く。

数えるのも馬鹿らしくなるほどの弾丸が蹂躙する。

 

基本思想の差。生かすために守るのか、それとも殺すために生かすのか。

束のISは生き残らせるために操縦者を治癒する。

奈落のISは一人でも多く殺すために操縦者を治癒する。

わずかな違いが明暗を分けた。

 

「ぐぐ――貴様……神亡奈落!」

「最後の最後に私は君のことを尊敬したよ、束二世」

 

弾丸はエネルギーを喰らいつくし、さらには肉体を細切れにする。



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第84話 武力の元の平穏

「で、どうなったわけ?」

 

鈴音が頬ずえをついて奈落に尋ねる。

ミレニアムとの第3次世界大戦から2週間、亡国機業の国家解体戦争から9日後。

奇跡的にも奈落および一夏のとりまきはたった一人を除いてここ――IS学園にいる。

一室で茶と菓子を囲んで話している。

 

「どうなったと言われてもな――こうなったとしか言いようがない」

 

やれやれ、とばかりに肩をすくめて見せる奈落。

自分には関係がない、と言いたそうだが実際彼にはどうすることもできない。

なぜなら、彼の力を支える柱。希テクノロジーはすでにない。

 

「いや、何にも知らないんだけど。テレビもネットも使えやしない。あんたの言いつけを、そして何より千冬教官の監視を破って外に出れるわけもなし……外から聞こえるのは怒声よね?」

「――日本はいいところだよ。夜眠れる」

 

時間のころは3時ほど。ちょうどおやつの時間――そんな贅沢なものがあれば、の話だが。

外から聞こえるのは喧嘩の声、だろう。

いくら彼女らの耳が良いからってここまで聞こえるとなれば、よほど大きな声を出しているに違いない。

それでも、それが時折で収まっているのは奇跡としか言えない。

いや、日本を守ったアーカードの所業に恐れをなしているのか。

とにかくも遠い学園の外、市街地で散発的に喧嘩が起こっているのは間違いがない。

抗争といえるレベルまで発展していないのが救いである。

 

「それでも電波は使えないってわけ」

「そうだよ。真っ先に破壊されて、修復の見込みは見込めない。まあ、見てきたわけではないけれど予想はできる」

 

ラジオをつけても、何も聞こえない。携帯をかけても、そもそも局につながらない。

奈落とて実際に壊れた姿を確認してきたわけではない。

しかし、どこかの誰かが好き勝手を公共の電波に乗せようとして――同じ目的を持った誰かに邪魔されて、結局は装置をぶっ壊してしまったのだろうことは予想がつく。

その状態が一週間も続けば直す部品がないことも察することができる。

まともな物流が生き残っていないのだから、新しく部品を手に入れられるはずがない。もしくは、手に入れられない工具でもあるのか。

 

「はん。変な思想を垂れ流されちゃたまらないってわけ? 納得はできるけど、ラジオもなしってのは勘弁してもらいたいわね」

「さあ、そればっかりはどうしようもない。日本ですら公共施設はかなり破壊されているようだ――他の国の惨状なんて想像できないほどだろうよ」

 

奈落がすました顔で言う。

何もできないと悟りきっている顔だった。

鈴音や他は納得がいかず憮然としている。

 

沈黙が流れる。

ここでどうにかできないのかと聞いてもできないと答えられるのは目に見えていた。

何とかできるのなら奈落や千冬がすでになんとかしているはずだから。

 

そして、自国の不安。

ここにいる面々の多くは母国が外国――日本ではない。

よく言えばおとなしい、悪く言えば世間体ばかり気にする意気地なしである日本人でさえ、戦時の厳戒令のような事態になっているのだ。

被害が少ない、つまりは死者が少ないために動揺も極小である日本がこれだ。

その他の国は完全に内戦状態に突入している。

けれど、何もできないのだ――ここにいる誰にも。

 

 

 

「ねえ、らっくー」

 

唯一暗い雰囲気を隠さない本音が声を発する。

他の人間は無理していつも通りに振舞おうとしている。

痛々しいほどに影の落ちた部屋では必要もないのに声が潜められる。

 

「なんだ? 本音。言っておくが、今の俺では千冬ほどの役にも立たんぞ。彼女は学園を守ってくれている。政府の要人どもが殺されて学生と教師だけになった“ここ”を。私も似たようなことはできるが、それ以上は無理だ。現在の私に手が届くのは施設一つ分程度というわけだ。笑えるな――世界を変える男が守れるのはその程度の代物か」

 

自嘲気味に返す。

饒舌は不安の裏返しと言う。

人は何か不安なことがあるとしゃべりまくって、相手に何かを言わせないようにすることがある。

だとするなら、奈落でさえも先の見えないこの状況は不安であるのか。

 

「そうじゃないよ。そういうことを聞きたいんじゃない」

 

ふるふると首を振る。

もともと小動物じみた雰囲気を持った彼女であるが、今は触れれば壊れてしまいそうになるほどに脆い。

転んで怪我することを真剣に心配しなくてはならないほどに。

 

「では?」

 

たっぷりと一呼吸分おいてから答えた。

 

「なんで、楯無様は死んだの?」

 

沈黙が落ちる。

誰も答えられない問い。

“死”それは取り返しのつかないもの。

奈落でさえ意図的に避けていた話題。

更識楯無は国家解体戦争において殺された。

――ISを纏う暇もなく。2世束の仲間に、鎧袖一触――まあ不意打ちではあるが瞬殺されたことには違いがない。

 

「彼女は日本を守るために死んだ、では不足か?」

 

奈落が口を開いた。

彼自身ただの何の意味もない正論を口にしているだけとわかっていた。

確かにそういう見方はできる。

日本を立て直すために昼も夜もなく働いて、最後には疲れのために抵抗もできずに殺された。

そのうえ日本が失われても――日本を守るために死んだ事実は動かない。

 

「…….納得できないよ。楯無様が死んだら私はどうなっちゃうの? あの方がいなくなったら、私は――」

 

そして、それは本音の求める答えではない。

 

「どうなると?」

 

奈落はむしろ好奇心の表情で問う。

すぐ後にしまったという顔をする。

さすがに不謹慎すぎた。

 

「私はもともと更識家では孤立してたから居場所がないの。当主様が死んで大忙しなのに、私は呼び戻されてないでしょ? それに、楯無様の居ない楯無家はもうどうしようもない」

「――確か、彼女には妹も居たはずだが?」

 

「簪ちゃんのことを言ってるの? あの子はダメだよ」

「更識簪……代表候補か。一夏、知ってるか?」

 

急に水を向けられた一夏はびっくりして答える。

 

「え? いや、知らないけど」

「そうか。彼女のISはお前のとばっちりを受けて機体の調整が遅れた挙句、未だに調整中だったはずだ。いや、今は暴漢相手に戦っているのかな? 未調整と言えどIS……千冬の指揮下に入れば武装強盗くらいならば退けるのは容易い」

 

――打鉄弐式、それが簪の専用IS。

第3世代型で学園で使用されている練習機、打鉄の後継機である。

武装はただの打鉄とは比べものにならないほど――になる予定であった。

つまりは完成しておらず使用できない。

それでも打鉄の武器を持って戦うことができる程度には完成している。

 

「うえ!? 俺のせいでISが完成してないってどういうことだよ」

「彼女のISを担当したのが倉持技研。そしてお前の白式を担当したのも倉持技研だ――同時期にね」

 

白式はISを起動できる一夏が突発的に表舞台に現れたことで、設計がとん挫していた専用機を一世束が完成させたもの。

とはいえ、さすがに倉持技研の微調整が入っている。

そのために開発チームが盗られて、彼女のISの完成が遅れた。

もっとも、それだけならばすでに完成していたはずだったのだが。

 

「でも、まだ完成してないって……」

「だから簪様には無理なんだよ~」

 

本音が明らかな無理をした笑顔で言う。

普段の調子を取り戻そうとして失敗している。

いつもの純粋な笑顔はどこにやったのか。

口の端がひくひくとひきつって、眼には変わらず涙が貯められている。

 

「そうだな。時間はあったのに完成していないのだ。大方のところ我儘でも言っているのだろう」

「……きっと、らっくーが想像してる我儘は全然違うものだと思うなー」

 

想像したのかくすくすと笑う。

笑われる奈落としてはどこがおもしろいのかよくわからないが、とりあえず本音が少しは笑ったので良しとする。

でも納得はいかないので聞いてみる。

 

「む……武装についてではないのか? 威力、範囲、扱いやすさなど取り上げればきりがない。ここはどこで妥協するか、もしくは何を特化するかが重要になるのだが――そこを決められないということではない、と言いたいのか」

 

上にあげた三つはあくまで例を挙げたもの。

実際に使うとなれば、簡易化されたデータでさえ武器の評価項目は10を軽く超える。

それ以外にも数値化できない相性といったものもある。

近距離ならナイフ、遠距離ならスナイパーライフルと言った得意とする距離から、ISの形状によって向き不向きがある。

さらにはISを操る本人と武器の相性もある。ここに至っては“手になじむか”という問題になる。そしてそれは、壊れた部品を入れ替えただけでがらりと変わってしまうことさえあるのだ。

そこまで考えると、専用武器の開発がどれだけ苦労するのかわかる。

 

「――うん。そのとおりだよ~。らっくーってば、本当に威力偏重だよね。超大型兵器まで作り上げるくらいだもん。あんなものを考えるのはあなたくらいのものだよ、ほんと」

 

もっとも、そういうことではない。

本音が言った通り、簪が手を止めている理由は奈落の言うような“威力が出ない”だの“扱いづらい”だなどと言い出したためではない。

 

「昔の日本では大艦巨砲主義というものがあったぞ?」

「らっくー以外にはあんなもの扱えないと思うんだけどな~」

 

そもそもISは大艦ではない。

小舟に巨砲を乗せようなどと誰かが考えるのか。

いや――考える奴は実際に目の前にいるが。

 

「確かに反動の大きさは我が社の技術力不足と言わざるを得ない。いや、すでに滅んだが。しかし、威力さえあれば範囲も扱いも戦術ででなんとかできる。しかし、威力が足りなければどうしようもない」

「……だから、それでなんとかできるのはらっくーだけだよ」

「そうだそうだ。なんか反則使ってないか?」

 

一夏がはやし立てる。

人外の身体能力と言うのなら彼も同罪である。

そもそも物理的に説明がつかないギガロマニアックスの特性は多岐にわたる。

 

「反則使って経験値上げた一夏に言われてもな。だが、まあ――脳髄に戦闘データをぶち込むくらいのことはやった。言っておくが、“ホワイトスネイク”はこれを応用した超能力だぞ」

「あのディスクか。思い起こせば入学した始めだよな。なんか遠い昔のことに思えるぜ」

 

ホワイトスネイク――それは対象の記憶をディスクという形にして引き出す能力。

これを使って奈落は入学したばかりの一夏、鈴音、セシリアに教育を施した。

似たような例でいえば睡眠学習だろう――もっとも、経験した生の記憶として脳に挿入される上位版ではある。

 

「同感だ。入学して、まだ1年も経っていないのだな」

「そうだね~。入学する前は、こんな激動の年になるとは思っていなかったな~」

「激動の年で収まるレベルじゃないでしょーが。あっという間に国まで崩壊してんのよ? 中国が、アメリカが、日本が、EUが、壊滅するなんてどこの誰が想像できたっての」

 

鈴音がぼやく。

壊滅と言うのは的を得ている。

土地がえぐれたりしているのはあくまで一部だが、法は機能しなくなった。

個人の支配が破れ、暴力が支配する。

それがたったの一年もかからずに起こってしまった。

第3次世界大戦に国家解体戦争――それは1週間も経たずに終戦した。

どれだけの時をかけようと治らない傷を残して。

 

「そうだな。っていうか、実は俺たち抜き差しならない事態になってるんじゃねえ?」

 

一夏があほなことを言いだす。

当然、冷ややかな目で集中砲火が浴びせられる。

 

「この馬鹿一夏。気づくのが遅い。どれだけ鈍感なのよ? ったく」

 

救いようがない鈍感ね――とため息をつく。

茶をすする音が響く。



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第85話 暗い平穏

「まあ、学園は千冬教官が守ってくれておりますから危機感を感じないのもわかりますわ。私なんて、この前同学年の女の子にショッピングに出かけたいなんて相談まで受けましたもの」

 

こちらは多少は理解を示す。いやな理解のされ方を。

だが、考えてみると平和ボケしていると言う証で悪いことではないのかもしれない。

暗い雰囲気に忍び笑いをもたらす程度には役に立つ。

 

「はあ? ショッピングって――売り物全部かっさらわれてるでしょうに。まあ、できたらいいわよね。そろそろ生鮮食品も底をつくって話だし」

「ええ。これからは乾パンと水だけですわね。量だけなら学園生を賄っても三ヶ月分はあるらしいですけれど」

 

食糧問題はかなり重大な問題である。

奈落のように四六時中乾パンだけで済ますことができる人間などそうはいないのだ。

その奈落にしても状況が許すのなら、やっぱりちゃんとした食事がとりたい。

とはいえ、そのために他の人間を襲うなどはできるはずもない。

さらに乾パンも無限にあるわけではない。

余った予算を清算するために乾パンを無駄に買い込んだという間抜けなエピソードのおかげで量だけはあるが、限りはあるのだ。

 

「その先はどうするかって話よね。畑でも作る?」

「……種がありませんわよ」

 

「そのくらい盗ってきちゃえばいいんじゃないの」

「しかし、法が機能していないとはいえ犯罪を起こすのは気が引けますわ」

 

「お金おいときゃいいじゃない。こんなもん、もう役に立ちゃしないわよ」

「それもそうですね――はぁ」

 

重いため息。

それが一番の問題だった。

貨幣経済の中でいきなりお金が無くなったらどうすればいいのか――そりゃ物々交換しかないのかもしれない。

経済が崩壊して自国のお金が意味をなさなくなっても、米ドルで国を回すことはできた。その実例はある。

しかし、今はその米ドルですら意味をなさないのだ。

 

「はい? お金が使えなくなるって、なんでさ」

 

わかっていないのはもちろん一夏。

もう何も言うまい。

 

「一夏さん、わかりませんの?」

「一夏、あんた馬鹿ね」

 

「ちょ!?」

 

当然かもしれないが、あまりな対応に悲鳴を上げる。

別に一夏本人は自覚してないが、それでもそれが恋する男に向かって言うことかと聞いてみたい。

 

「なら私が教えて差し上げますわ」

「あー、はいはい。じゃ、任せるわ」

 

その豊かな胸を張るセシリア。

そして、その胸をにらみつける鈴音。

 

「売り買いの基本は物々交換ですわ。通貨はその延長と言い換えても良いのです。一々物を交換していたら不便ですから、最初は蔵に収めた黄金の所有権をお札にしていたのです。だって、一回の売り買いごとに黄金を運んでいたら面倒ですわよね? だから、所有権たる契約書を使ったのです」

 

「そこから発展させたものですわ。現在は黄金の価値が基礎となっているわけではなりませんが、ね。わかりやすく言うと、黄金を管理し、円と言う所有権を発行しているのは日本という政府です。つまるところお金は引換券に過ぎないのですわ。だから、大本が消えればただの紙切れになってしまう」

 

「一夏さん。今はもう――日本円も、米ドルも嵩張るだけの無用の長物です。燃やして暖をとる程度にしか使い道はありません。だって、引き換えてくれるところなんて、もうせかいのどこにもありませんもの」

 

ミニ授業は終了。

はしょりすぎていて間違っているレベルになっているが、まあ5話くらい使って話す内容でもないので勘弁していただきたい。

一夏だって、黒板もないのに全部覚えられるほど頭はよくないのだ。

 

「……なんてこと」

 

だから、最後の自分が持ってる財布は無用の長物となったことだけを理解した。

彼だって男の子だ。

たこ焼きにラーメンなど食べたいものはいくらでもある。

けれど、彼の財布の中身を全て差し出してもそれは手に入らない。

まあ、この非常事態に何を呑気なこと考えているのかという話だが。

 

「日本人は理解できていないやつが多そうだから使うなら今だぞ」

 

奈落がつけたした。

普通に友人に詐欺を勧めるあたりが彼らしい。

 

「さらっとあくどいこと言うな。本音が真似したらどうすんのよ――奈落?」

 

鈴音が横目でにらみつけた。

 

「あれ? 私ってそういう扱い? ねえ、らっくー」

 

本音がしくしくと泣いて見せる。

どこから見ても小動物にしか見えなかった。

それも、とても騙されやすそうな。

 

「……構わないのではないか? 少しくらい知恵をつけておいたほうが、これからの世界には役に立つ」

「これから?」

 

「荒廃した世界。まあ、そろそろ企業が支配地域を持ち始めるころ合いだろうな」

「どゆこと?」

 

「あの2世束が政府の関係者をあらかた殺しつくしてしまったから秩序は失われた。これはいいか?」

「うん。止める人もいないもんね。警察の人はいるだろうけど、それだってヤクザと変わらない。志はあると思うよ~? けど、正当性が失われちゃったんだもん。これはあれだね? 日本版、神は死んだってやつかな~」

 

「それは正しい。なんせ、天皇は神の子孫だ。神と言うのが現実の世界でどんな有様であれ、だから日本は存在する。日本は神とともに殺された。この場合、子孫が残っていることには期待できない」

「やっぱり、そこまで甘くない? でも、それくらいじゃないと電撃作戦で世界中の国家を抹殺するなんてことできないよね。やっぱり苦戦した?」

 

「もちろん。奴らには一人のギガロマニアックスもいなかったとはいえ、私も精神力が尽きていた。1世束や一夏くらいの異常者でなければ、そうそう寿命など使えんよ。自らを支えるものが塵となっていく感覚……わかるかな?」

「壊れる感覚ならわかるような気がするよ。でも、らっくーはIS操縦者なんて国家代表でも瞬殺できるんじゃないの?」

 

「それがスタートラインだ。代表などアイドル業務の片手間にやる雑事に過ぎない。そいつらくらいは相手できるようにならなければな――遊びじゃないんだから。そして、私が相手した4人は遊びではなかった。綱渡りだよ。負ける気はなかったがね」

「大した自信だね。千冬教官とどっちが強い?」

 

「今の、と条件が付くなら一対一でも千冬が勝つことはない。防戦に集中して10分持てばいいほうかな。今の彼女は抜け殻だ。そして、以前のという条件ならば千冬の勝利は揺るがない。数が増えたら、策で上回るだけの話。しょせん人数が上回ったら勝てる、なんてのは遊びの話だよ」

「なぁるほど、ね。で、あの戦い方はらっくーが策で上回ったから勝てたってことかな? 見たよ、ごめんね~。ISに保存されてたデータを勝手に見ちゃって」

 

「別にかまわない。見られて困るものにはロックがかけてある」

「でも、本当にすごい戦い方だったよね。らっくーらしくとぉっても大きな武器で3人を瞬殺。さらに残った一人も真っ向勝負で片づけちゃうなんて。最後の切り返しなんてやられちゃうかと思って息をのんじゃったよ」

 

「ふむ。思えば最初から最後まで自爆戦法をしていた気がする」

「血を吐いて、切り裂かれて……本当なら死んじゃってたよ? そこまでしないと倒せなくて、そこまでして倒さなきゃいけない相手だったんだよね」

 

「そうだ」

「無理してたんだよね? まともに勝てないから大技に頼ったんだよね? 傷ついても平気だからって、らっくーは敵の4人が受けたダメージよりもたくさん傷ついたんだよね? そこまでして倒さなきゃならなかったの?」

 

「そうだ」

「らっくーには精神力なんてほとんど残ってなかった。なのに戦ったからそんなに傷ついて……戦う前からわかってたんだよね? わかっててやったんだ、あなたはそういう人だから。なんでそこまでするの? 私にはわからない」

 

「私の望みをかなえるために」

「――今、たくさんの人が死んでるよね? らっくーの望みはそれよりも重要だってこと……?」

 

「その通り。もし2世束が世界を支配していたら、ここまで多くの死者は出なかった。現在の死者数を確かめる手段がない以上、それがどれだけかはわからない。しかし、彼女はこの混乱を収拾する手段を持っていたはずだ」

「それは企業が民衆を支配するってことだよね? ちょっと前にそろそろ始まったはずって言ってたよね~。まあ、まともな武器を持って統制がとれてる組織なんて企業くらいしかないよね」

 

「それは甘い見方だな。マフィア――そしてテロ組織を忘れてる」

「テロ……って、そういうのは宗教組織とか言うものじゃないの?」

 

「悪いが、私は露悪趣味を持っていてね」

「……なっとく~。でも、そっか。マフィアが世界を支配する可能性もあったんだ。でも~あれ? それなららっくーがなんとかするよね」

 

「信頼はうれしいが、買い被りだ。そういう後ろ暗い組織は情勢が動く前からすでに泥沼の抗争に入っていてな……希テクノロジーが残っていたところで、民間人ごと爆撃くらいしかできることがない」

「それは……やめてほしいな~。少なくとも、そんなことを喜んでする人とはお友達にはなりたくないよ」

 

「だろうな。で、他の手段を探しているうちにどうしようもならなくなった。まあ、雑魚いイカレた馬鹿でなければ一般人に手を出そうとは思わんよ。陰惨な殺人も起きるだろうが、すべては裏で起きることだ。足を踏み入れることがなければ、一般人は至極安全だよ」

「らっくーらしくないんじゃないかな? そういうのは力づくでも何とかしようとすると思ってたけど」

 

「残念ながらリアリストでね。できることとか時期とか、これでも色々と常識に縛られているのさ」

「常識を蹴り飛ばす人の言うこととは思えないよ~」

 

「しょせん、化け物になろうと常識の軛を外れることはできないということだね」

「わわ。なんか深いよ~? ま、人生論はこれくらいにしようよ。らっくーは人じゃないかもしれないけどさ」

 

「それもそうだ。こんなことを話しても手が打てるわけじゃない。未だに我々の精神力は底をついている。まあ、もっとも――無駄話くらいしかすることはないのだけれどね」

「じゃ、もっと色っぽいことを話さない~?」

 

「ふむ……色っぽいこと、ねえ――千冬の将来についてでも話そうか? 生憎と灰色の話になりそうではあるけども」

「違うよ」

 

きっぱりと言い切った本音は奈落に虚ろな熱っぽい視線を向ける。

奈落には人の心なんてわからない。

けれど、雰囲気の違いには敏感だ。

それが殺気については別格なのが玉にキズ。

 

「らっくー。私ね……もう何もないの」

「更識楯無の死亡か?」

 

「そうだ……ね。そういうことになるよ。楯無様がお亡くなりになって、理由がなくなっちゃったんだ」

「なるほど――ね」

 

志を継がないのか?

その言葉は飲み込んだ。

なにせ楯無が守ろうとした日本はもうなくなった。

気づいた時には壊されていた。

そして、復讐しようにも2世束は奈落が殺してしまった。

 

「私は何をしたらいいのかな? ここで守られているだけなんて、辛いよ」

「それを気に病む必要はない――と言っても無駄だろうな。ここで守られているだけの生徒は山ほどいる。彼らは将来のことなんて何も考えていない。未来への指針と不安を忘れることができたら幸せになれるぞ」

 

「それはできないよ。なんだろうね~? やっぱり、できないんだよ。そっちが楽なのはわかるよ。けど、この居心地の悪さはどこにもやることはできないの」

「ああ、それはわかる」

 

「わかるの!?」

「……語尾が伸びていないな。それほど意外だったか? 実行までに間にある残酷な任務はどうもね。気乗りしない気分が続くから無理やり不敵にふるまう」

 

「……じゃ~悪者をブッ飛ばす任務は?」

「楽しくて笑うね。ふむ……セレンには凶悪すぎて引くと言われたが」

 

「けっきょく、どっちでも変わらないじゃない」

「なるほど、言われてみればそのとおりだ。私はいつも他人を恐怖させる笑顔であったのだな。うむ」

 

「いや~。そんな関心のされ方をされるとこっちが困るんだけど~」

「で、楯無が死亡してどう感じた?」

 

「あれ? いきなりへびぃなことを聞かれちゃったよ」

「……今日は晴れているな」

 

「いや、無理やりな話の転換はいいよ。気を使ってくれたのだけはわかるから~」

「む……そうか。なら、好きに話してくれ――1週間程度なら付き合おう」

 

「私、不眠不休じゃあ~8時間しか起きてられないよ?」

「別に間を挟んでも構わんぞ? ラウラかシャルとでも話す」

 

「他の女を話題に出すのはマナー違反だよ~?」

「……マナー?」

 

「そこら辺はらっくーには求められてないよ。だって二人の女の子を手籠めにしちゃってるしね~」

「ふむ。確かに学園生としては問題だな。身分を返上した覚えはない――この世界では意味がなくとも」

 

「ね、三人に増やしたいと思わない?」

「思わない。私にとって不特定多数は不特定多数だ。興味を持って近づくことはあっても、それは恋愛感情ではないし、何よりただ恋人の数を増やしたいなどと思うことはあり得ない」

 

「……それって、ナンパのことだよね? まあ、らっくーが普通の女の子を口説いてるところなんて想像もできないけどね~。むしろ復讐を誓う子に手を差し伸べてそうだよ。命と引き換えの力を渡したり、とか色々と暗躍してそう」

「まさそういうことはやったかな。訂正するところがあるとすれば、復讐心ではなく愛国心だったと言うことくらいだ」

 

「ふぅん。らっくーのやったことなら少しは興味があるかな~。ねえ、あなたも他の女の子じゃなくて……身近な女の子に興味はないの? それとも、二人でおなかはいっぱいかな……?」

「さて――ね」

 

「私もいっしょに居ちゃ……だめかな?」

「……」



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第86話 複雑な心

「――セシリア。少し顔を貸しなさい」

 

その言葉で鈴音はセシリアを屋上まで連れ出す。

 

「よろしいのですの? ここは織斑先生が封鎖していたはずですが」

「許可はもうもらってるわよ」

 

いぶかしむセシリアに鈴音は首を振る。

そんなことくらい考えてないわけがないでしょ、と言うことらしい。

特に今は戦時だ。日本ではあるが、警戒を解いていい理由にはならない。

 

「そうなんですの。では、本題に入りましょうか」

「世間話をしてもしょうがないしね――」

 

お互いに気乗りしない表情。

 

「やっぱり中国のことが気になりますの? あそこは内戦の火種に事欠きませんものね」

「EUだって別に一枚岩じゃないでしょーに」

 

ふう、と憂鬱にため息をつく。

本国のことを想うと二人とも気が気ではない。が、一夏を見捨てられないし、海を越える手段もない。

第一、ISを失った自分が帰ったところで何ができるのか。

 

「……やめません?」

「そうね。ISの修復の見込みが立たなくて、いっそ清々しい気分なのよね――あたし」

 

ふ、と二人揃って自嘲を漏らす。

どこまでも暗い雰囲気でこそこそと話し続ける。

別に声を潜ませなくとも誰も盗み聞きしていないのだが。

 

「私はそこまで割り切れませんわ」

「そうかしら? 恋する乙女なら、一夏のことで頭がいっぱいになるものでしょ」

 

そんなことを話し合う二人、しかしそんな顔には見えない。

恋は楽しいだけのものではないが、それにしてもセシリアは浮かない顔で、鈴音は人を食ったような顔をして本心を隠している。

 

「どっちも気になりますわよ」

「じゃ、共通の話題ってことで一夏のことに集中しましょうか」

 

ぱん、と手を叩く。

少しくらいふざけないとやってられない。

それで場が和んだかと言うとそうでもないが。

 

「そうしましょうか。奈落さんの言ったことに間違いはない――のですよね」

「だと思うわ。間違ってるとしたら、たぶんあたしたちの勘違いでしょーね」

 

ここらへんは二人の共通認識。

奈落は、何かを隠しても嘘は言わない。

そういう人物なのだとわかっている。

 

「じゃあ、答え合わせしませんこと?」

「そうね。眼をそらしてもしょうがない。奈落と出会う前だったら、きっと眼をそらしていたと思うわ。色々と影響を受けてるのね」

 

まるで殺し合いの様に真剣に見つめあう。

 

「ええ、もちろん。あの人にはたくさんのことを教えてもらいましたもの――ただの娘っ子でいられるはずがありません。世界が決して優しくはないことを知った」

「そして、それに立ち向かう意志もね。いやな現実を受け止めて、そこからどうするか相談しましょう」

 

 

 

「「まず、一夏は長く生きられない」」

 

声をそろえた。

 

「やっぱり」

「重要なのはそこですわよね」

 

ため息をつく。

自分でなんかやって、老いた体を少年のものに戻していたがそれは仮初のもの。

彼に残された寿命は今にも死にそうな痩せ衰えた老人のものでしかないのだ。

 

「これだけはね。ま、重病にかかったってことにするならありふれたストーリーよね」

「そのありふれたストーリーに出演する羽目になるのは、できれば御免こうむりたかったところです」

 

「原因はあいつの異能――ディソードの固有能力だっけ? 勇者の理。あまりに強すぎて自らを生贄にしないと発動できない。ま、そういう性格よね……あいつ」

「私にとっては王子様ですわ。ただ、少しばかり情けないところもありましたが」

 

「でも、奈落みたいなのと恋愛する気にはなんないわね」

「やっぱり人間には弱いところもあったほうが魅力的に映るものですわね」

 

「けど、肉体的に弱るのはどうしたものかしら」

「今の健康な肉体は見せかけだけだって話ですものね。実態を伴う幻だとか」

 

「うん、一夏の悪いところは寿命以外にはないって解釈でいいのよね?」

「私もそう思いますけど……」

 

「頭も体も問題ない――寿命でいつ死ぬかはわからないけど。そして、その瞬間は今でもおかしいことはない」

「信じたくはありませんが、ね。恋する乙女だからと目を背けられはしませんし、悲恋に酔う気もありません」

 

「今の一夏を見てると、本当はおじいちゃんだなんて信じらんないわ」

「けれど、私たちはあの姿を見ています」

 

「あれ――ね」

「ええ」

 

“あれ”――ミレニアムを消し飛ばした直後の老い衰えた一夏の姿。

 

「どうしたものかね、実際?」

「さあ? 私もわかりませんわよ」

 

「そうよね――落ち込んでるなら励ましてあげればいいんだろうけど」

「一夏さん、自分の状況を分かっておりますのかしら?」

 

「あのいつもどおりのとぼけた姿を見てると、わかってないとしか思えないのよ」

「ですよね」

 

「でも、自分の体のことよ。本当に分かっていないとは思えない」

「いくらぼけぼけしているように見えても、あの織斑先生の弟ですからね。戦士として、自分の体をわからないような未熟を持ちあわせているはずがありません。彼に残された時間を考えたら、告白するなら今しかないのですけれど――」

 

「やっていいもの? それ」

「ですわよね」

 

「一番の問題はそれよね? 老い先短い一夏にそんな負担かけてもいいのかって」

「けれど、殿方ならば一度や二度くらい告白されたいと思うものではなくて?」

 

「そうかもね。けど、できる? 告白」

「…….今しかチャンスがないからって、それで行動できるわけではありませんわよねぇ」

 

「「はぁ」」

 

二人の乙女はため息をついた。

 

 

 

「今更、素直になんてねぇ――無理でしょ」

「同感ですわ」

 

「で、どうする?」

「ううん……どうにかして一夏さんに私の想いを自覚していただくには……どうにかなりませんこと?」

 

「あんたの想いは玉砕するのが落ちだと思うけどね。それに、あの鈍感は何したって好意に気付きゃしないわよ」

「いつまでもうじうじとしている方に言われたくありませんわ」

 

「妄想するだけして行動に移せないお嬢様が何を……って、やめない? お互いの傷をえぐりあうのは」

「ですわね。不毛に過ぎますわ」

 

「けど、覚悟を決めなくちゃいけないのかもね」

「鈴音さん?」

 

「この想いを墓に持ってくつもりはないわ。だから、いつかは告白しなきゃいけないのよ。だから、今するわ。だって、できることはやる――奈落を見てれば、そうしないなんて選択肢はありえないでしょ?」

「そうですわね。あの方ほど生き急いでる方もいない。今は悟ったようにのんびりとしているようですが」

 

「――セシリア。あたしは“やる”。あんたは?」

「もちろん私もやらせていただきますわ」

 

「じゃ、どっちに転んでも恨みっこなしで」

「ええ――ところで、鈴音さんは知ってます?」

 

「何をよ」

「一夏さん、とっても人気ですわよ。隠れてなければ一歩ごとに告白されますわよ。こんな状況ですと冗談ではなく」

 

「……ほんと?」

「知らないのですの? ここには男性は一夏さんのほかには奈落さんしかいらっしゃいません」

 

「ああ、奈落は雰囲気が恐ろしすぎて手を出す気にはなれないわよね――そりゃ。女子高生には荷が重すぎるわ」

「ええ。不良は人気が出ても、マフィアはそうはいかない。本物なのですから、遊びではすみません。鼻が鈍くても、気づかされてしまうのでしょうね」

 

「その分、一夏なら普通っぽいしね」

「男の子がモテる要素が普通であること――とは少し夢がありませんが」

 

「そうでもないわよ? 普通がまあ全体への8割くらいを指すとして、容姿、声、優しさ、趣味、将来性、頭のよさ、適当に挙げたので7個ね。全部ふつうであるためには0.8を7回かけて――約2割。普通と言っておきながら2割よ? まあ、こじつけなんだけど」

「自分で言いますの? まあ、普通というものが平均なんて指していないことには同意いたしますけれど。自分は普通だなんて思う場合には、大概それより劣っている」

 

「ま、ああいう謙遜ができる男ってのは貴重よね。別にだから惚れたってわけでもないけど」

「私もですわ。だからこそ、その辺の泥棒猫にかっさらわれるのだけは我慢なりませんの」

 

「じゃ、気張って告白するとしましょうか」

「ええ。ああ――ちょっといいかしら?」

 

「まだ何か?」

「あと一つだけ。鈴音さん――ジャンケンポン」

 

「は?」

 

鈴音が出したのはグー。

そしてセシリアはパー。

 

「では、先に告白させていただきますわ」

「――ちょっと!? ズルじゃない」

 

「勝ったもの勝ち、ですわ」

「……ぬぐぐ」



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第87話 負け犬

「待て!」

 

第三者からかけられた声。

 

「誰かと思えば箒じゃない。何してるのよ――こんなところで」

「確かあなたは織斑先生の防衛隊に組み入れられていたはずですが? 第4世代ISの能力を第2世代レベルでしか扱えなくとも通常武器相手なら立派な戦力になるからって」

 

遠慮のかけらもない辛辣な言葉だが、事実だ。

実際、箒は奈落に声をかけられていない。戦力としては他の学生同様に無視されていた。

それでも、普通の人間を相手取るには十分だから世界が崩壊した後の貴重な戦力としてこき使われている。

 

「……休憩時間だ! それに、紅椿の力を持て余しているわけでもない…..っ!」

「戦争の時には震えて引きこもってたくせによく言うわね」

「ええ。あなたのことなんて奈落さんは覚えていないかもしれませんわよ?」

 

冷たい目で宣告された箒は唇をかみしめる。戦争に行けさえすればこんな奴らを黙らせてやれたのに、と。

一応は教師部隊の後ろに控えていたのだから、参加自体はしていると言えなくもないのだが……セシリアに鈴音、本当に前線でミレニアムと戦った彼女たちには複雑な思いを抱かざるを得ない。

ちなみに、二人は完全に命令違反で飛び出している。

 

「好き勝手を言いおって――ふざけるな! それに私が紅椿を扱えていなくとも、今のISを持たない貴様らよりはずっと強いのだぞ」

「だから何……ぶちのめして口をきけないようにするっての? あんたにゃ無理よ。剣道の教えが染みついてるあんたじゃ、丸腰の人間を攻撃できない」

 

激昂して叩きつけるように叫ぶ箒。しかし、受けている方はむしろ冷めた目で嘲笑を向けている。

それがさらに箒へと怒りの炎へ燃料を投下する結果となる。

 

「今の一夏の状態を考えろ! いつ死んでもおかしくない――心労を与えるべきじゃない。身勝手な想いであいつを苦しめることは許さない」

「それはあんたが意気地なしだから告白する勇気を持てないだけでしょ? あんたの都合にあたしを巻き込むな」

「そうですわ。女の想いを受け止めることが殿方の本懐。あなたが望むなら、私たちの次に告白してもよろしいのですわよ?」

 

激昂する箒に、反比例するかのような冷たい殺気があびせかけられる。

実践というものをついぞ経験したことのない箒にはこの凄味が分からない。だから吠える。――負け犬の様に。

 

「――っできるか! そのような弱みに付け込むような真似は断じて許さん」

 

箒がIS紅椿を装備した。

 

「そうだ。私が初めての幼馴染なんだ。それをどいつもこいつも好き勝手してくれおって……! ああ、こうすればよかったんだ。私のことを無理やり仲間はずれにしようとするのなら、力で反抗すればよかった。邪魔な奴なんて排除したら、そもそもこうはならなかったのに」

 

「排除? 殺すってことかしら? そうしたければ、すればいい。ISがないあたしなんて――それこそ赤子の首をひねるくらいに簡単なことよ」

「ええ――でも、ちょっと私はそこまで悟ってなんておりませんことよ。やるなら先に鈴音さんからお願いします。その間に逃げるので」

 

「殺せばいい。一夏に近づく女は全部殺して、一人でいる彼を草葉の陰からでも見守っていればいい。さあ――殺して見せないさいよ。あんたにそれほどの意志があるのなら!」

「私は勘弁してくれません?」

 

「確かに一夏は悩む。あいつだっていつ死んでもおかしくないのは自覚してる。そんな自分が想いを受け取る資格があるのかって悩むに違いない――優しすぎるのよ。でも、あたしは一夏に孤独のまま死んで欲しくない」

「――逃げ出して抜け駆けしようかしら?」

 

ISを展開しても怯えるどころか挑発さえしてくる。――こいつらはなんだ? 同じ人間だというのか? わからない。

だから――理解できない。怖い。

ここで箒はその身一つで北極に放り出されたとでもいうような悪寒を感じ始めていた。

 

「うぐぐぐぐ……!」

「殺せないのなら、そこでずっと立ち止まってなさい。誰にも顧みられることもなく」

 

手を出せない。

 

「うう。うううううう……!」

 

にらみつける目ですら、曇ってきているような。

 

「そういえば、奈落が言ってたわね――赤子をくびり殺すことのどこが簡単なのかと。そんなのより企業の運営のほうがずっと簡単だって言ってたわ。あんたは別に意気地なしじゃない。きっと奈落が強すぎただけ」

 

それだけ言い残して――振り返ることもなく去っていく。

それは慰めであったけれど、人を殺せるのは自慢にならないという自虐。

普通の人間は赤子をくびり殺すことの意味を知らない。大人を殺してみて初めて意味が分かる。それはそういうことだから。

人を殺せない、というのは――実は称賛に値する。称賛が冷たい現実の前には吹き飛ぶ砂の楼閣であったとしても、それは真実素晴らしいことだ。

 

 

 

そして、どうしようもない。そもそも現在の医学では健康体とそれ以外に診断できない一夏は自宅療養をしていた。とはいっても、家に帰れるわけがないので寮の自室だが。

 

「一夏さん、私――あなたのことが(異性として)好きですわ」

「ありがとう。俺もセシリアのことが(友達として)好きだよ」

 

ちゃっかり抜け駆けしていたセシリア。

けれど、鈍感な一夏には伝わらない。

 

「いえ……きっと一夏さんの好きは私の求める好きではなくてですね」

「……?」

 

きょろきょろと周りを見渡す。

 

「奈落さんとそのほかの方なら空気を読んで出ていきましたわ……」

「ええっと」

 

ばたんと扉が開く音がして。

 

「一夏。私はあんたのことが好き。初めて会った時から好きだった。あんたの残された時間――あたしにちょうだい」

 

鈴音がやってきた、……修羅場である。

 

「……ええと――遊びたいってことか? 俺でいいなら付き合うけど、なんかやることあるか? ゲーセンは閉まってるけど」

「――そういうことじゃないわよ。ああもう……わざとやってんじゃないでしょうね」

 

「何が?」

「あんたがその気なら、こっちだって引いてなんてやらないわよ…..!」

 

わしゃわしゃと髪を掴んで一夏を睨んだ。

 

「いや、だから――何言ってるのかよくわからないんだけど」

「いい? 一度しか言わないからよく聞きなさい」

 

がっしりと肩をつかみ、唇が触れそうになるまで顔を近づける。男らしいと言われる江連かもしれないが、役割が逆だ。

そして、顔を赤らめているのも男である。

 

「好きよ、一夏。あたしの婿になりなさい」

 

びしっと言い放った。

 

「――は?」

「一度しか言わないって言ったわよね。答えは?」

 

「ズルいですわ。一夏さん、私だってあなたのことが好きなんですわ!」

「え? それはもしかするともしかして――」

 

「女性にそこまで言わせないでくださいまし」

「いや……けど、俺は」

 

セシリアの出遅れての告白も、いや――これは実際どちらが先ということになるのだろうか。

とにもかくにも、こうして二人の告白は終了した。

 

「知ってるわよ。その上で告白したの」

「私だってそうです。後悔なんて絶対にしません」

 

逃がさない、という意思を込めて二人は想い人を見つめる。

 

「「どっちを選ぶの(ですか)?」

 

後は返事を待つだけ。

 

「ええっと……選ぶことなんて――」

 

「まあ、一夏ならそうよね」

「ですわね。あなたならそうなると思っていましたわ」

 

「ま、いいわ。2人の女を侍らす男が身近にいるしね」

「……3人に増えそうですけれど」

 

「あいつらがいいんなら、それでいいんでしょ」

「私たちが口をはさむことでもありませんしね」

 

「一夏。あんたも男なら二人の女を愛するくらいの度量は見せてみなさい」

「英雄色を好むと言いますものね。精々あなたを忘れられないくらいに存在を刻み込んでくださいましね」

 

結局、こういうことになるのだった。



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第88話 最後の“世界の敵”

「こんにちは、織斑一夏。折り入って話をしに来た。もちろん、聞いてもらえるのだろうね?」

 

不気味に静まり返った日本を眼下に到着した大英帝国王立国教騎士団インテグラル・ファルブルケ・ウィンゲーツ・ヘルシング並びにその下僕アーカード。

イギリスがなくなったとしても、そう名乗るならばそうなのだ。

彼女たちは己が職分を果たすために人類にかろうじて残された船でごまかしごまかし日本までやってきた。

とはいえ、執事ウォルターが修理し、アーカードが強化したそれは人類の知では測りきれない代物になっていたのだが。

 

「何かあったのか?」

「気づいていないのか? 奈落が消えているだろう――そろそろのはずだ。まったく、間に合わないよりはマシとはいえ、こんな無様な……!」

 

インテグラは吐き捨てるように言う。

自らの力のなさを嘆いている。いや、この場合は諜報の分野であるのだがそれは力のなさといっていいものか。

ともかく彼女は誰彼かまわずつかみかからんばかりに憤っている。

 

「そういえば朝から見てないな。それがどうしたんだ?」

「計画が最終段階に入りノアⅢのもとへ行ったのだろう。希テクノロジーが潰れたことにより、奴が隠していたことの多くが判明した。アーカードに利ける口があれば話は早かったのだが」

「仕方あるまい。あいつが私に仕掛けた“あれ”は封印などではない――譲渡だ。『相手が知っていること以外は伝えることができない』デメリットを持つ異能を押し付けられた。封印ならば力技で敗れたのだがな。さらに言えば、その異能も相剋渦動励振原理という法則を理解する……太陽系を瞬きのうちに破壊してしまう兵器を作るために必要な公式だ――知っても意味があるまい。ましてや、口にすることもできんのなら」

 

「そういうわけで初動が遅れた。だが安心しろ――今から奈落が隠していた島まで急ぎ出発しても猶予は1時間ほどある」

「……それって少ないんじゃ?」

 

ことさらに1時間を強調したインテグラに一夏が疑問を浮かべる。

ぶっちゃけ、強調したのは自嘲なのでそれは神経を逆なでさせる行為でしかない。

島は直径1kmもないとはいえ、それでも1時間は少ないだろう。

妨害があり、さらにはノアⅢは地下に隠されているから。

 

「その通りだ。ゆえに拙速が第一……無駄なことをしている時間はない。説明も手身近に済ませる。だから貴様はしゃべるなよ? アーカード。お前が話に加わっても意味がない」

「了解だ、マスター」

 

言うや否やカツカツと足音を響かせて学園に背を向けて歩き出す。

そして、ちらりと目線を向けて歩きながら話す。

 

「まず、あいつらの戦力だが、奈落本人にシャルロット・デュノア、ラウラ・ボーデウィッヒ――3体のISは破損状態にあり修復はできない。そして、正体不明の兵器【ナインボール・セラフ】。『如何なる存在であろうと裁きを逃れることはできない』――とだけデータ上で書いてあった。こいつはアーカードが抑える。お前は奈落を止めろ」

 

「待ってくれ。あいつは何をしようとしているんだ?」

「――全人類の支配。少なくとも彼が身命を賭して開発したノアⅢの能力はマインドコントロールだ。それ以外にもあるようだが、おまけだな。壊すときには心しておけ……正直、スペックを見ても何を言いたいのかわからなかった」

 

ふう、とため息をつく。

そして、烈火のごとく目を怒らせ宣言する。

 

「一人の化け物による地球規模な意思統一など断じて認められん!」

 

腕を振り下ろす。

全員残らず首を刈り取ってやる、その意思表示。

 

「わかるか? これは聖戦なのだ。人間が人間であるために避けては通れない戦い――貴様は神亡奈落に友情を感じているようだが、奴は人間が種の誇りを奪う化生。殺さなくてはならない。返事はハイかイエスだ……Do you understand ?(わかったな?)

「……わかった」

 

そして、歩いて行った先にはヘリ。

 

 

 

ヘリの中。

もちろんヘリは侍従が用意したものだ。

ちゃっかり鈴音とセシリア、さらには箒まで乗っている。彼女たちは事情も分からないままについてきた。

 

「どうしてこんなことに――」

「さすがにミレニアムをよせつけもしなかった吸血鬼のそばにいますと緊張しますわね」

 

箒は頭を抱えている。

セシリアは少しおびえて小動物のように警戒している。

 

「で、どういうことなのかしら?」

 

鈴音は緊張した様子もなくヘルシング卿へ喧嘩腰で尋ねる。

何か大変なことが起こりそうなので止める……それが彼女の認識である。

そして、奈落が関わっていることも予想がついている。

 

「人間を支配しようとする邪悪な化け物を止めるのだよ」

「奈落を――かしら?」

 

「そのとおり。しかし、奴自身にはそこまでの力はない。彼はただ遺志を継いだだけ。事の発端は野呂瀬という人物だ。彼がノアを作り上げようとして破壊され、今や奈落が3番目のノアを作ろうとしている。我々はノアⅢを壊さなくてはならない。そして、3番目を壊せば4番目はない。これは奴らが秘匿している機密情報から得た」

「どうやって壊すの?」

 

4番目はない。

それは敵のデータから得られた情報だが、嘘をつく意味はない。

初めからかすめ取られることなど想定していないデータだ。

発見と選別にかなりの時を要したが、とにかく色々な筋から確認した信頼できるデータである。

 

「わからん。とにかく謎だ――人類には理解できないと言う他ない。ただ、全長3mほどの卵形の機械であることはわかっている。そして、地下に安置されていて動かすことはできない。爆撃は無理だ――ノアⅢには防御機能があるし、何より飛行機の発射場を抑えられなかった」

「ミサイルで爆撃できれば楽だったんでしょうけど。まあ、そのくらいの対策があったとしてもいい目くらましくらいにはなったのに。まあ、ないなら仕方ない。そもそも地面を吹っ飛ばすには結構な火薬の量がいるしね――突入するしかない、か」

 

「その通り、防衛機能は我々が何とかする。だから後は任せた」

「簡単に言っちゃってくれて、まあ。作戦とかいうレベルじゃないわね。ただの方針よ――それ」

 

「臆したなら帰れ。例え貴様らの力が借りられずとも我々はやる」

「――上等。やってやるわよ。それに、せこせこ作戦を考えるのは奈落のやり口よ。あたしたちは自分らしく出たとこ勝負であいつに一発入れてやるわ」

 

「ああ。それと――我々だけで聖戦に挑むわけではない」

 

不敵な笑みを浮かべたインテグラが言い放った直後に執事の鋭い声が飛ぶ。

 

「皆様、ただいまミサイルが接近しております――着弾」

 

言い終わるや否や、ヘリは爆発炎上した。

 

 

 

「さて、島に近づく不届き者は始末できたかな? 虎の子のオーバードウエポン……地面に設置するのは結構大変だったね」

「いや、直前に脱出したようだ。殺ったのは一人……いや、こいつも生きているか。とはいえ、黒焦げで戦線に参加できるほど若くはないかな」

 

ミサイルを射出したのはシャル。

島の開けた場所に土台を作り、一発限りの簡易的なミサイル発射場をこしらえた。

本来ならISに装備するものなので、使い勝手はすごく悪い。

せこせこと相手の事情を考慮して、IS学園から一直線にやってくることを予想してミサイルの飛び方から逆算してタイミングを計った。

実は10秒かけて突入角をずらせばミサイルがかすりもしなかったことは、当然一夏たちは知らない。

 

「どうする?」

「そうだな。被弾した一人は見えないが、少なくとも招いた覚えのない客が2人と1つ。人外の方は相当な脅威だ――だからこそ、あれは殺され続けるのみだ。ゆえに」

 

シャルと奈落は空をにらみつける。

そして、ヘリの残骸と5つの影を見つける。

 

「了解。お帰り願いたいのはあの女と箒だね。狙い撃つよ」

 

シャルがスナイパーライフルで無防備に降下している箒を狙う。

制圧力という点で見れば、箒だけがこのグループで突出している。

ISを持っているのは彼女だけなのだから。

 

「――っ!?」

 

――ミサイルが海中から浮上、島へと降り注ぐ。

もちろん潜水艦は奈落側が用意したものではない。

多数の……とはいえ、実質的な艦数は三。ただミサイルは一隻につき10発ほど放っているから多く感じる。

島の結界が起動して爆炎を遮断する。結界は島の内部の発電所からエネルギーが送られるので問題なく使用できる。

そして、その結界は内からのシャルの狙撃すら弾いてしまう。

 

「気に病むな。あれは仕方がない。予想していたのか、銃弾を見て反応したのかは知らんが残りの一人がタイミングを見計らったようだな。しかし箒を殺せなかったのは痛い」

「パラシュートで降りてくるよ。撃つ?」

 

結界の欠点――それは速度の遅いものを通してしまう。

より正確に言えば高速飛翔体を感知したとき自動で結界が張られるのだ。

結界を四六時中張っておくことなど電力事情からいってできるはずもない。

 

「いや、ISを持っているのは箒だけだ。そして、アーカードには【ナインボール・

セラフ】が反応した。まあ、あれは魂の質量だけでこの島を押しつぶせるからな――妥当な判断だ」

「でも、コアだけじゃなく機体まで妄想具現化で作り上げた窮極兵器なのに抑えられちゃったよ。アーカードを殺し続けるのに忙しいみたいで、侵入者を排除できていない」

 

本来、この島に配備された戦力は一機だけ。

自動操作の【ナインボール・セラフ】ただ一つ。

そして、それで十分なはずだった。

世界中の戦力を集めようが、この絶対戦力にはかなわない。

しかし本当に世界丸ごと一つを取り込んだ吸血鬼と戦うとなれば、隙はできてしまう。

 

「ならば私たちが相手をするしかない。さて、あいつらの中でISを持っているのは箒だけだが――どうするか」

「僕が相手しようか? 死ぬ気でやれば多分1時間は持つよ。あれは馬鹿だから」

 

アーカードの出現は予想していた。

どうせこんなことになる、と奈落は思っていた。

予想でもなんでもなく、ただの経験論。

こういうときにはいつも邪魔が入る――なら今回も。その嫌な予感は大当たりだったと言うわけだ。

だからすでに想定は済んでいる。大切な人を失う覚悟すらも。

 

「――すまないな」

「ううん? 奈落のためなら、どんなことでもしてあげる。だから遠慮なく言ってね.

それと、謝られるより感謝されたほうがいいかな」

 

「ありがとう」

 

「――いいや、奈落。箒の相手はこのラウラ・ボーデウィッヒが務めよう。シャル、武器をよこせ。できれば刀がいい」

「君がやるの? ま、僕としては奈落がいいならそれでいいよ。はい、刀。ISのバリアも装甲もまとめて切り裂けるようにしたよ。僕の1年分の寿命を無駄にしないでね。正直、下手にこれ使うよりはナイフにしておいたほうがいいと思うんだけど」

 

ラウラはぶん、と刀を一度振り回して頷く。

 

「これでいい」

「ラウラ。気を付けろよ」

 

「誰にものを言っている? 私が負けるはずはない。そのために化け物になったのだ」

「ああ、それがお前の願いだったな」

 

「しかし、化け物になった私の愛はすべて奈落――お前のものだ。心配するな、殺されなどせん。むしろさっさと始末してキスの一つでもくれてやるさ。腐り果てた女の情念などに後れは取らん。私のものを残して死ぬものかよ」

 

「シャル、お前の相手は鈴音だろう? とっとと殺して奈落を守れ」

「了解。……と言いたいところだけど、どうするの? 奈落は、あの子たちにどう死んでほしいの?」

 

「鈴音もセシリアもかわいい友人の一人には違いない。生きるものは死ぬ――ならば、せめて納得してほしい。存分に話し合い、殺し合い……その果てに逝かせてやりたいと思うのは我儘かな?」

「ううん。それが奈落の望みなら、そうするよ。ま、なんにせよ全力を尽くさせてあげないことには化けて出られそうだ」

「そうだな。全力を出すのは何にしろ楽しいものだ。ま、箒の馬鹿者にはわからないかもしれないが」

 

 

ただ一人、死んだような眼をした本音は奈落の袖をひく。

自分から何かをやろうという気はさらさらない。

けれど、奈落の言葉には従おう。今は自分の小さな力でも必要としてくれるはずだから。

あとは奈落の言うとおりにしていれば、それでいい。

 

「――らっくー」

「本音? どうした」

 

「私は何をすればいい?」

「したいようにすればいい。できれば元気を出してくれるとなおいい」

 

「それは無理かな~。話の流れとしては私がセシリアの相手だね?」

「そういうことになる」

 

「わかった」

「本音。お前も全力で事に当たれよ?」

 

「――さあ、開戦と行こうか。世界をかけた戦争……それもこれで終わりにしよう」



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第89話 本音VSセシリア

「やっと見つけたよ~」

「……本音。まさかあなたがいるとは」

 

一夏サイドはヘリから叩き落されたために合流には時間がかかる。

だから、館まで一直線に突き進む。――そこには仲間が待っていることを信じて。

奈落サイドはそれを読んだうえで仲間を不時着した場所へ一直線に向かわせた。

ゆえにこの対戦は必然。

 

「私はずっとらっくーの側の人間だったと思うんだけど~」

「その前に生徒会長の騎下であると思っておりましたわ」

 

本音は光のない目でふざけて見せる。

それを痛々しいものを見る目で警戒するのが――セシリア。

両者ともに徒手空拳。

 

「そうかもね。今となっては私もどう思ってたのかわからないんだよ~。楯無様は亡くなってしまわれたしね」

「あなたは、自分の想いをはっきりと自覚してらっしゃるわけではない?」

 

ここにいる人間はそれぞれが確固とした目的を持っている。

世界を変えるため。もしくはそれを防ぐため。

だが、本音は世界が変わるかなんて知ったことではないと言う。

 

「どう思う~? 私は楯無様のためにらっくーの情報を探ろうとしていたのか、らっくーのために楯無様とのパイプになったのか。今はもう、霧の中。頭がごちゃごちゃしてるんだよ」

「なるほど。では、そこをお退きください」

 

セシリアが一歩を踏みだし、本音が塞ぐ。

逃がすわけにはいかない。

単純な体力はセシリアの方が上だろう。なにせ代表候補だ。

対して本音は闇に生きる――持久力よりも瞬発力の方がよほど大切だ。

セシリアは抜ければ振り切れる。しかし、不用意に動いたら捕まるのは確実。だから、こうしてにらみ合い……体力勝負になる。

体力で勝つのはセシリアだが、時間をかけてしまえばそれだけで今度は本音の勝ちとなる。いわく言い難い、複雑で頭の痛くなる状況を呈してきた。

 

「それはダメ」

「なぜですの?」

 

一触即発の空気。

いつ傾くか分かったものではない本音の平静。不用意に動けば捕まるが、かといって警戒していればかわせるというものでもない。

1秒ですら時間が惜しいのに。

 

「らっくーにそんなことは言われてないから~」

「ただ彼の言うことに従うだけですの?」

 

いつもと何ら変わらない天真漫乱な笑顔。しかし、今は不気味に感じる。

とにかくも反応を引き出さなければこの状況をどうにもできない。いつもにこにことマイペースな彼女を激昂させる。

そうでもなければ、セシリアが勝つことはできないのだから。

 

「そうだよ~? それが一番楽じゃない。考えて……考えて、頭が痛くなってもやっぱりわけがわからない。それなら、誰かに命令されたほうが楽だよ」

「それは逃避ですわ。あなたも国を守る血族に生まれたのなら、決然とした意志を持って行動なさい」

 

「それも、どこかに置き忘れちゃったかな」

「話していても埒があきませんわね」

 

ついにセシリアが戦闘の意志を固める。

もう無駄だ。会話で彼女をどうにかすることはできない。勝ち目がないとは思わない。強敵だ。

ゆえに――殺しまではいたさずとも、足一本くらいは取る覚悟でやります。

 

「ちなみにタイムリミットがあと何分かはわかってるかな~?」

「当然です。あと37分56秒です。ヘリを失ったのは少し痛かったですわ。なんせここまで来るのに10分も歩いていたのですもの」

 

ぴくりと足を止める。

苛々させるようなしゃべりが核心を捉える。

さすがにこれ以上ふざけることは許さない。だけど、この言葉は無視できない。

 

「そうだね。でも屋敷までは歩いて10分もかからないよ」

「それは好都合ですわ。あと27分であなたを倒せばよいということですわね?」

 

「ふふ。それは違うんだな~。ノアⅢは地下にあるんだよ。普通に歩いたら30分はかかる。急いだとしてもどれだけ短縮できるのかな?」

「――むぅぅ……しかし、こちらには箒さんのISがありますわ」

 

「箒ね。確かにISの戦闘能力はらっくーも警戒していたけど、操縦しているのが箒じゃだめだよ。まさか本気であの子をあてにしているわけじゃないよね~?」

「そこまでぼろくそ言われると、かばいたくなりますわね。まあ、おっしゃるとおりではあります。声もかけてないのに勝手についてきたのですから」

 

「だよね。文字通り階段を転がり落ちてみる? とっても痛いよ~、きっと」

「降りるのに30分もかかる階段を転げ落ちたら死にますわよ」

 

「そんなせっしーに耳寄りな情報~」

「は?」

 

まだふざけるか、と思いつつもやっぱり重要なポイントだから聞き逃すわけにはいかない。

 

「私が持ってる鍵を使えば、エレベーターが使えるから10秒で下まで降りられるよ」

「なんか、怪しいですわね。そんなことを教えてくださるとは」

 

27分かけて本音を倒せばノアⅢのもとへたどり着ける。

壊す時間を考慮しなければセシリアが最初に言ったことは正解となる。彼女が鍵を持っていることを明かしたことで、余裕ができた。

 

「そうでもないよ。これなら、あなたは私を無視できない」

「何を考えていらっしゃいますの? あなた」

 

戦え、というのだろうか。

確かにここで本音を置き去りにして走って行っても目的は達成できるかもしれない。そもそも鍵自体が嘘かもしれない。

敵の口車に乗るのと、分の悪い賭けに出るのはどちらがいいのかしら……?

 

「考えてないよ。私はあくまでらっくーの考えに従うだけだから。言ったでしょ~」

「あの奈落さんの考えがわかりますの?」

 

「人とは少し思考回路が違うだけだよ。実を言うと、すっごく単純なんだよ~。こういうところはいっちーと同じだね」

「違いますわ」

 

「同じだよ。違うとしたら、いっちーが正義の側の人間で、らっくーが悪の側の人間だってことくらいかな」

「なるほど、と言わせてもらいましょう。で、正義と言うのは悪にはどうするものですか?」

 

本音の気配が変わった。

セシリアのものと同一。

つまりは、戦る気になった。

身の危険は嫌になるほど感じるが、とにもかくにもこれで状況が動いた。

 

「意味のない説得をわめいて、考えるふりをしながら悪を蹂躙するものじゃないかな~? これもらっくーの考えだけど」

「そうなのですか。ならば、そのようにいたしましょう」

 

言うや否や距離を詰める。

着ているものはお互いに制服。

過剰と言うほどではないがひらひらしている。つまり、この密林の中ではひっかかって身動きがとりずらい。

 

「――っせい!」

 

セシリアが本音の袖をつかむ。

そのまま本音の腕を回し、後ろを向いて、担ぐ。

ぐるりと本音の体が回転する。

地面に叩き付け――

 

「にやぁ……」

 

嫌な予感を感じて身を投げ出す。

べちゃっとギャグの様にうつぶせで倒れこむが二人とも真剣にやっている。

 

「「……うにゃっ!」」

 

セシリアは弾かれるように立ち上がる。

本音のほうは猫のように丸まってころころと距離をとる。

 

「危なかったですわ……」

 

冷や汗をかく。

倒れこんだ時に本音の手が顔の近くにあったのが一瞬見えた。

あのまま投げようとしていたら目をつぶされていた。

 

「えげつない技を使いますのね。投げられそうになったのもわざとでしょう?」

「そうだよ。裏の柔術と言えばかっこいいのかな~。手段を選ばずに敵を無力化する――お行儀のいい道場柔術とは違う、更識家に伝わる技だよ」

 

「というか、投げようとしてわかったのですけれど――あなた以外に身長高いですのね」

「もうちょっと小さいほうが良かった?」

 

「そっちのほうが楽に取り押さえられそうなので、できれば小さくなってくれるとありがたいですわ」

「あはは。無理だよ」

 

どちらからともなく動く。

 

「……っふ!」

「動きがばればれだよ?」

 

セシリアが本音の右腕をつかんだ。

そして、本音はすかさず逆の腕をとる。

お互いの利き腕で逆の腕を抑えている状況。

 

「行くよ~?」

 

気の抜ける声で掛け声をかけて。セシリアの手からするりと腕を抜き取る。

 

「うぬっ……!」

 

取った腕を背負う。

セシリアの体が浮く。

そのまま背負い投げ――

 

「……えっ?」

 

動かない。

まるでセシリアの体が空中に縫い付けられたように。

すぐに理解した。

近くにあった根っこに足を引っ掛けている。これじゃ投げれるわけがない。

 

「っはぁ。やるね~根っこを利用するだなんてなかなか思いつかないよ? 特に普通に柔道を習ったのなら、ね」

「そうですわね。思いつけたのは奈落さんのおかげと言ってもいいかもしれませんわ。けれど、この戦いはもとよりルール無用です。先に目つぶしを仕掛けてきたのはあなたですし」

 

「そうだね」

「今度はこちらから行かせてもらいます!」

 

セシリアが利き腕で相手の腕をつかむ。

すかさず本音も。

ここまでは先ほどと同じ。

 

そしてセシリアはつかんだ腕をぐいっと引っ張る。

 

「――?」

 

本音は疑問に思うが体は勝手に動く。相手の動きを封じようと。

この状態からなら技をかけられても簡単に潰せる。

自爆としか思えない。

 

「――柔術ではありませんもの」

 

蹴った。

引っ張った勢いをのせて膝蹴りを柔らかいお腹に叩き込んだ。

 

「あ……が――げほっ」

 

本音が苦悶の表情で転がる。

 

「さて、鍵を渡してくれませんか?」

「うぐぅ。私はまだ降参したわけじゃ……あぅぅぅ」

 

起き上がれないままで答える。

手でおなかを押さえて、はいずることさえできない様子。

それでも眼だけはにらみつけている。

 

「――奈落さんはそれを望みますか? あなたがそうやって這いつくばって、殴ったり蹴られたりされろと言いましたか」

「――それは」

 

本音は目を泳がせる。

そんなことは言われていない。

言われたのは、全力で相手をしろと――ただそれだけ。

 

「渡してください。そうしろと言われたのでしょう?」

「わかったよ」

 

制服の何の継ぎ目もないそこを破ってカードキーを取り出した。

またポケットから金色の仰々しい鍵を取り出して放り投げた。

ぽてっと落ちたそれらは本音から一歩分も離れていない。

ちなみにセシリアは3歩分くらい向こうにいる。

 

「それがあれば施設の設備は何でも使えるよ」

「ありがとうございます」

 

カードは最後の罠だったわけだ。

はっ倒して鍵を奪ってもエレベーターを動かすのに必要なカードキーが手に入らない。

半分以上成り行きだが、成果には変わりない。

 

「お礼を言われる筋合いなんて、ない」

「それでも、一夏さんならそうしますわ」

 

本音は寝っ転がったまま、顔をそむける。

 

「……ふん」



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第90話 ラウラVS箒

ラウラは日本刀を構えている。

凛とした表情で宙を睨む。

 

それを見つけた箒は降りてくる。

侵攻してきた5人の中で飛行しているのは彼女だけである。

なにせISを所有しているのは彼女しかいないのだから。

 

「さしずめ、門番とでも言ったところか? お前を倒したら先に進ませてもらえるんだな」

「それは無理だ。お前はここで私に倒される」

 

ラウラは日本刀を構えたまま前方をにらみつける。

箒は戸惑ったように相手を眺め、手は所在なさげに揺れている。

 

「ISを持っていないお前がか? ISには通常兵器ですら歯が立たないんだ――日本刀一本でどうにかできると思うのか」

「どうにかできずして何がラウラ・ボーデウィッヒか。それに、しょせんお前では力を使いこなせない。力はそれを扱える冷酷さがなければただの飾りだ」

 

実際ISと人間では戦力に差がありすぎる。

簡単な話、遠距離攻撃を使えばよかったのだ。

策士ならば100回やって1回しか勝てずとも、その一回をつかみ取る。

ラウラであれば1億回に1回でもつかみ取ってしまう。

しかし、何回やっても一度すら勝てないならばどうしようもない。

遠距離攻撃手段を選ばれるとはそういう事態を意味する。

 

言うまでもなくそれは箒のIS【赤椿】にもそれは可能だ。

刺突とともにレーザーを出す『雨月』。

斬撃をエネルギー刃として放つ『空裂』。

使われたらラウラに逆転は不可能である。ラウラを殺しきるまで適当に遠距離攻撃を放ち続けるなど、初心者にもできる。

 

そして、この世の法則ではないもの――妄想具現化は使えない。

それを1度でも使えたのは1世束とシャルロットのみだ。

一夏のあれは能力の暴走でしかない。

確かにギガロマニアックスは一人の例外もなく狂っている。

それでも、寿命をささげて世界に異物を作り出すことを可能にした類の狂気は上の二人しか持っていない。

そしてシャルは奈落によって厳重に禁止されている。

 

殺されそうくらいでは、思い切って寿命を削るなどと言うことは不可能である。

それは狂気を超えた信仰でしか成し得ないのだから。

自分に価値を認めず、他者に依ってしか立つことのできない人間の狂気。

それは――ラウラにはない。

 

ゆえに、ラウラは策を持ってISを生身で完封する。

 

「さあ、立ち会ってもらおうか」

「こちらはISだぞ――別にかまわんが」

 

この期に及んでも箒は構えを取ることもしない。

これは斬りかかられてからでも問題なく反応できるほどに、ISにより反射神経が加速されているからだ。

しかし――認識が不足しているとしか言えない。

ここは戦場なのだ。

 

「問題ない。私が勝つ」

「ISに生身では勝てないと言っているだろうが!」

 

先ほどからラウラは微動だにしていない。

ひるがえって箒は身振り手振りを使って説得らしきものをしている。

無駄に臨場感があふれた演技である。

ラウラはこんなときでもなければ演劇部に入部することを勧めていたかもしれんな、と思う。

 

「なら、試してみるか」

「試さずともわかる。もういい。その刀を折れば先に進ませてもらえるのだろうな?」

 

初めて箒が構える。

生身の人間にとっては絶望でしかない現状。

それでも特にラウラは圧迫感は感じていない。相手が相手だからだろうか。

 

「もちろん」

「では――行くぞ!」

 

お互いに地を蹴る。

下は床の上でもなければ整備されたグラウンドでもない。

相手の出方を見ながら足を進めていては転んでしまう。

でっぱりに木の根っこは至る所にある。

だからこそ大股で足元を踏みつぶして走る。

実際、走ろうと思えばこれ以外に選択の余地がない。

 

構えは大上段。

両手で刀を握り、上から振り下ろす形。

 

「――面!」

「――シィ!」

 

彼我の距離は8歩。

箒はそのうちの6歩分を2歩で、ラウラは当然2歩分を2歩で詰める。

ラウラの構えは大上段から突きへとトリックの様に変わる。

振り下ろされる刃は、しかし突き込まれる刃を避けるために後方へ飛ぶ。

箒が逃げた形。

 

「――っ!?」

 

箒の背中に冷たい汗が流れる。

こいつ、相打ちを狙ってきた……っ!

私が避けなければ、確実に奴の突きが私の喉を裂き、私の振り下ろしが奴を両断していた。

いや、ISの絶対防御を考えるならこちらは生き残れたろうが――つい避けてしまった。

別に今の私の攻撃でラウラに傷を負わせてしまったわけではないし。動揺する必要はない。

そもそもISを持っていないあいつが勝てるはずがないのだ。

あと2、3合も交えれば確実に武器を破壊できるはず……!

 

「ふふん」

 

ラウラは失笑を漏らす。

あきれるほどに策に嵌っている相手を見て、むしろあほらしいとさえ思う。

そもそも箒は空を飛んでいるのだから、挑戦状なんて無視して先に行ってしまえばよかった。

それができないから、ここで私の相手をする羽目になっている。

 

さらに今の攻防。

私は相打ちなど狙っていない。

失敗するための特攻をどうしてそう呼べる?

あいつはかわす。

どっちも死なないのがわかっていてやったのだ。

私を殺す覚悟がないから、殺してしまうような攻撃はできない。

単純な話、武器を破壊されそうになっても腕を差し出せば勝手によけてくれる。

戦力差がありすぎて逆に行動の幅が縮まっている。

だからこそ箒の心が手に取るようにわかる。

次は相手を傷つけないように細心の注意を払った攻撃をする。そのためには利き手で武器をコントロールするために左側から刀を振る。そして、大上段の攻撃は私を殺しそうになったからしない。

ゆえに次は――左からの横薙ぎ。

 

「っはぁ!」

 

ため息。箒は気合十分だ。さすがにぎりぎり。

攻撃が来るのがわかっていても、生身でISに反応するのは無理がある。

先読みして、攻撃が起こる前によけないと。

刀を上に放り投げる。

浮いたのは10㎝ほど――だが、横薙ぎを空振りさせるにはこれで十分。

あいつの次の攻撃は浮いた武器を柄で弾き飛ばす。

人の命には代えるべくもないが、剣道の世界に身を置くならば刀を壊したくないという思いもあるのだろう?

箒の柄が私の刀に当たる前に、かろうじて柄をつかんだ……握りしめる。

 

「……っ! 今だ――」

 

かけ声。わざわざ攻撃する瞬間を教えてくれるなんて奇特な奴だ。

――っぐぅ!

馬鹿力め。受けた瞬間手がしびれた。それでも、刀は壊れていない。

強引に力を込めて刀を操る。

ぐるんと大きな円を描いて刃を走らせる。

体が引っ張られて後ろを向く。

しかし、心配はない。

ここで背中を切りつけることができるのなら、それは箒じゃない。

刀を自分の体で隠す。

後ろ向き、わきから突く。

箒には背中から刃が突き出してくるように見えたろう。

しかし――わずか半瞬、しびれで動きが止まってしまった。

 

「……危なかった。今装着してるのが打鉄だったら喰らっていたかもしれない。けれど、この赤椿は第4世代だ。人間のとろい攻撃なんて当たらない」

 

たった二本の指で受け止められていた。

それも当然と言えばそうなのかもしれない。

人間が両手で出す力よりもISを使って指一本で出した力のほうが大きいというのは、語るべくもない。

 

「……」

 

ラウラは黙りこくる。

 

「色々とこき下ろしてくれたが――これで終わりだ」

 

箒は意気揚々と刀を上げる。見せつけるように刃を折る。

こういう時、普段つっけんどんな態度をとっていると便利だとラウラは思う。

別に性格を改めようとは思わないが。

こうやって無言でいれば、機嫌が悪いだのショックを受けているだのと勝手に勘違いしてくれる。

不器用な自分が演技などできるとは思わない。

ここまですべてが予定通り。

とっておきの攻撃をよりにもよって指二本で防がれて、意気消沈してみせるのは成功したようだ。

そして、刀を折られてあげる。

 

――どうだ?

迫りくる危険をかろうじて防ぎ。

さらに武器を破壊して相手を傷つけることなく一件落着。

剣道だってそうだろう?

一本取ったら気を抜く。

そして……隙ができる。

 

「――ッシャア!」

 

折れた刀で首を刈った。

 

「……え?」

 

短くなっていたから首を丸ごとはいけなかったが、頸動脈を切り裂いた。

箒は血が吹き出る傷口に手を当てるが、どうしようもない。

だが、吹き出る血の勢いが段々と弱っていく。それにともない、箒の眼も虚ろになっていくが――

 

「……ん? 死んではいないか。ISの操縦者保護機能ね――忘れてた。けれど、治すにしても1時間は起き上がれない。そもそも治せるのか疑問な怪我だがな」

 

驚愕の表情で見上げる箒を、ラウラは一瞥する。

その顔を見る限りまだ信じられないようだ――人間がISを打倒するなど。

それにはシャルの絶対防御を切り裂ける刀というファクターが必要であったが、それを届かせたのはISを纏っていない生身の人であった。

常識を覆すこの事態を受け入れられずに放心する。そのまま血が足りずに気絶する。

 

「まあ、死ぬにしろ死なないにしろノアⅢが完成するまでそこで寝ていろ」

 

ラウラは屋敷に足を向けた。



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第91話 シャルロットVS鈴音

「相手はやっぱりあんたか」

「そうだよ。って予想されてた?」

 

にらみつける鈴音と、その視線をわざと無視しておどけるシャル。

険しい表情をした前者とは違い、後者はにたにたと嗜虐的な笑みを浮かべている。

鈴音は腰に吊るしたホルスターに手をかける。

シャルは両手に不釣り合いなほど大きい銃をぶらぶらさせている。

 

「ま、あたしと張り合えるのなんてあんたしかいないでしょ。シャルロット」

「そうだね。すっかり奈落の教えを受け継いじゃって、まあ。殺してやりたいくらいだよ鈴音」

 

「じゃ、やろうかしら」

「受けて立つよ」

 

なぐった。

手をかけていた銃は捨てている。

女の意地だろうか――この機会に決着をつけてやろうと言う。

そしてシャルロットもまた殴り返す。

 

見る見るうちにお互いがボロボロになっていく。

一切の手加減なくぶん殴りあっているのだから死んでもおかしくはない。

 

「初めて会った時からいけ好かない奴だと思ってたわ!」

「僕もだよ!」

 

「死んだみたいな目ぇして、ふらふらと適当に生きてるんじゃないわよ!」

「生き生きとした目で、一歩目を踏み出せずにうじうじするんじゃない!」

 

「大切な想いだからこそ踏み出すのにためらうものじゃない!?」

「大切な想いなんて踏みにじられるものだ。だから、自分が真っ先に手に入れる。それで、隠してしまえば誰の目にも触れない。壊せない!」

 

「それが本音? まったく奈落も迷惑してるでしょうね」

「そんなわけないよ。彼は僕のすべてを受け入れてくれる人だから」

 

動きが止まる。

傍から見ればすぐに病院送りにしたくなるような惨状だ。

目蓋は腫れ上がっているし、青あざがところどころに散見される。

見えているだけでこれなのだから、服の中はどんなに恐ろしいことになっているのやら。

それでも頭はアドレナリンではちきれそうで、痛みなんて感じてられない。

喧々轟々ととても口げんからしからぬ剣呑さで言葉の暴力を振るう。

しかし、シャルは動揺しない。

敵意だろうと畏怖だろうと恐怖だろうと嫌悪だろうと関係ない。愛する人以外から向けられた視線など、それこそ異世界の話である。

 

「あいつは箱の中に留めて置けられるような奴じゃない」

「違うよ。留めて置けないなら、箱のほうを動かせばいいだけの話だよ。僕は、こうなってから奈落のそばを離れたことはないよ」

 

「今はどうなのよ?」

「離れていると思う? それは違うよ、人間。僕と奈落はつながっている。ギガロマニアックス同士、お互いが望めば心はいつでも繋がっている」

 

「繋がる? ――ッ読心能力。特定の相手に防壁を張らなければ、それこそ比喩でもなんでもなく心が繋がっている! けれど、正気じゃないわね。恋人にだって晒したくない秘密があるでしょうに」

「そう? 僕は奈落に見てほしくないものなんて思いつきもしないけどね。綺麗も汚いも受け入れてこその愛だろう? それにね、奈落は――僕がそうしたいって言ったらやってくれたよ」

 

「イカれた愛ね」

「声に出すことすらできない愛よりはマシだよ」

 

「奥手って言いなさいよ」

「奥手の割には手が速いんだね。愛を秘めて、表に出すのが暴力だなんて――馬鹿みたいだね」

 

攻守交替。今度はシャルの責める番。

斬るように冷たい言葉でえぐりこむ。

 

「んなっ!?」

「散々ぼこってたのにね。愛する人を殴れるって、僕にはよくわからないけど。恥ずかしさもよくわからないしね。ま、正確にはそれがなんで嫌かがわからないんだけど。奈落に肌を見せても恥ずかしいけど隠そうとか殴ろうとか思わないよ」

 

「恥ずかしさがわかんないなら、公衆の面前にでも肌を晒せばいいじゃないの」

「それは忌避感だね。もしくは怒りか。殺したいとは思っても恥ずかしいとは思わない。ほら、前の会社でいろいろとあったからね」

 

「そ。ご愁傷様とだけいっておくわ。あんたも聞かれたくないだろうし」

「うん。それは助かるよ。でも、僕は誰も助けないけどね。ねえ――鈴音、なんで一夏を躊躇なく殴れるの? 僕はずっと不思議だったんだよ」

 

「それは――あれよ。雰囲気とか、あとはちょうど殴りやすそうだし……わけわからなくなるじゃない? ああいうときは」

「それがわからないって言ってるんだよ。訳が分からなくなったら相手に任せてしまえばいいんじゃないかな?」

 

また旗色が変わる。

今度はどちらの番なのやら。

一言ごとに緊張だけが増していく。

 

「あいつにそんな甲斐性はないのよ」

「あはは。恋した相手が違うってことかな。まあ、奈落は僕が殴ろうとしたら――いや、受けてくれるだろうけど。でも一夏が殴りかかったら防ぐだろうね。君が殴り掛かったら、パンチごと叩き潰しちゃうかな」

 

「一夏の場合、どうなるのかしらね。奈落に殴りかかられたら、あいつ――目をぱちくりさせてそのまま殴られるのがオチよ」

「くす、腰抜けに恋しちゃったんだ。まあ、よく……わかりはしないけど聞くよ。人間って、できた人間は好きにならないんだってね。自分で立てない人間を好きになる。お世話してあげたいって気持ちはわかるよ。でも、それで愚者を好きになる理由がわからない。強靭な意志と人外の強さを併せ持つ男に我が身を捧げるほうが素敵なのになぁ」

 

「多少は弱いところもあったほうが人間らしいってもんよ。それに、一夏は腰抜けじゃない。ただ少しどころじゃなく抜けてるだけよ!」

「あは! じゃ、見せてみなよ。一夏を愛する君の意地って奴を。男の価値は女で決まるって安っぽいドラマで言ってたしね……!」

 

お互いにボロボロの体を気合で動かす。

最初に捨てた銃へと駆け寄った。

 

「言われずとも。この面倒なメンヘラ女!」

「馬鹿の相手は馬鹿が相応しいってね!」

 

構えるのは奇しくも同時。

銃声が葉を打ち据え、大気を振るわせる。

 

「「――っち!」」

 

舌打ち。そして、気の裏に隠れる。ここまでが同時だ。

二人とも奈落の教えを受けた者同士。手は似通ってくる。

鈴音には浅い銃創が刻まれ、動きが鈍くなった。しかし、シャルの持っている銃は女の手には似合わぬ大口径。

ダメージのせいで照準が定まらない。

もちろんお互いに両手で撃ってそれだ。

 

「その大口径。扱いきれる?」

「そっちこそ、片腕が使えないんじゃない?」

 

シャルは深呼吸する。

鈴音の持つ銃では木を貫通させるのは無理だが、自分のはできる。

一呼吸でもわずかな体力は確保できた。

 

「――終わりだよ!」

 

隠れている木、胴体あたりを狙い撃つ。

言葉通り終わり――なわけがない。

これでシャルは油断しているなど思ってくれるなら、鈴音は簡単な相手だろう。

銃に手応えなんぞ感じないが、生きているに決まっている。

特に言葉の詐術には期待してない。

けれど、やるのはタダだ。油断していると思ってくれる可能性がわずかでもあるのなら、やっておいたほうがいい。

 

「――さあ、一発賭けてやろうじゃない。弱い人間らしくね!」

「やっぱり、下か――」

 

地に伏せて根っこに隠れていた鈴音が起き上がりざま銃を向ける。

シャルとしては指が撃鉄を引く瞬間を見定めて大きく飛ぶしかない。

……が、こんな2mもない至近距離では避けられるはずもない。

横腹をぶち抜かれる。

これがもう少し大口径であったら内臓を持って行かれる。致命傷さえ避ければなんとかなる。

鈴音が引き金をひく――

 

銃声。

小口径でありえない重厚な音。

吹き飛んだのは、鈴音の右手。左手の方もちぎれかけている。

 

「賭けには負けちゃったみたいだね? 鈴音」

「あんたの頑丈さには頭が下がるわ。2発目はないと思ったんだけど」

 

だらだらと脂汗を流しながら、にらみつける。

手を吹き飛ばされたというのに、大した精神力である。

 

「けれど、分かっていたから賭けたんでしょ。ま、銃に当てれたのは奇跡みたいなもんだし」

「相打ちね。実を言うと、それが一番ねらい目かなって思ってたんだけど」

 

「一瞬遅かったね。勝ったのは僕だよ」

「――っ! どういうつもり?」

 

シャルは袖を破いて包帯代わりにして鈴音のぼろ雑巾のようになった右手首を縛る。

左手は無事……とはいえないが、左手と違ってまた動くようになるだろう。

こちらも包帯を巻いて止血する。

 

「僕も君も本当の意味では兵隊なんかじゃないんだよ。この程度の傷で戦えなくなるんだから。まあ、3倍くらい時間をかければ屋敷に来れると思うから頑張ってね」

 

睨みつける鈴音を背に去っていく。

重い足音はどんどん離れていく。

シャルについていこうにも、やはりこれでは間に合うわけがない。

 

 

 

「さて、何やってるのかな? セシリア」

 

ばったりと遭遇した。としか言えない。

あと10秒セシリアが早かったらという可能性はもはや夢幻。

二人は出会ってしまった。共に勝者であるが、立ち位置は逆。

 

「――仕方ありませんわね。2戦目は辛いものがあるのですが……3戦目のことも考えますと、ね」

「その心配はないよ。君はここでおとなしくしているんだから」

 

シャルは銃口を向ける。

鍵を開け、扉を開こうとしているセシリアに対抗手段はない。

 

「怖いですわね。降ろしていただけません?」

 

扉に手をかけたまま微動だにしない。

ここで振り向いて手を挙げて見せる場面だろうが、それはできない。

そんな悪役がいかにも見逃しそうな動作を、この皮肉屋が許すはずがない。

扉から手を離した瞬間に警告なしで足を撃ちぬかれる。

――動けない。

 

「30分くらいじっとしてもらえれば、降ろしてあげる。正直、僕にはもう2戦目やる気力は残ってないんだよ」

 

銃をピタリと構えながら――いけしゃあしゃあと言い放った。



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第92話 奈落VS一夏

二人は森の中でばったりと会った。そう表現したくなるような絵面だが、奈落は一夏を目指して歩いていたのだから偶然でもなんでもない。

何をしていいのやらわからない、と言った顔の一夏を後目に奈落はゆっくりと背を木に預けて話し出す。

 

「やはり来ると思っていたよ。なんでかな――? 君には悟られないように動いた。けれど、何かが……それは神や集合無意識と呼ばれるものかもしれないが、そういうものが私の意志をくじこうと正義の味方をここに配置すると知っていた気がする」

 

諦めたような、嬉しいような奈落の声。

計画の最終段階において、奈落は友情などに振り回されはしない。

心の中では決闘を望んでは居ても、それが計画の妨げになるならそんなことはしない。

そもそも一夏を生かしておいたのでさえ自らを甘すぎると評す性質だ。

ゆえに、これは手落ちではない。

しょうがないことなのだろう。

めぐり合わせとしか呼ぶしかない。

 

「奈落。世界を征服してどうするつもりだ? やめるんだ――そんなことをしても本当の平和は手に入らない」

 

一夏は親友の姿を認めて説得を試みる。

まずは説得を――奈落と違って諦めの悪い彼である。

一人の人間が世界を支配するなど認められない。

まあ、前の世界が一人の人間に支配されていなかったか……そんなことは考えたこともないけれど。

 

「本当の平和、ねえ。そんなものは欲しいと思っちゃいないよ。争うならば好きにすると良い。戦いの果てに望みを叶える――なんとも素敵な話ではないか。もっとも力を尽くすこともできないというのは不公平に過ぎるし、なによりちっとも物語として美しくない」

「それがどうした? それが世界を支配してまで変えたいことだっていうのかよ――奈落! お前は人間が気に入らないだけなんじゃないか」

 

「そうだな。私からも聞かせていただきたい」

 

横合いから鋭い声が突き刺さる。

これまで戦闘を行わずに屋敷にたどり着けたのは一夏だけではない。

 

「――ヘルシング卿か。ずいぶんとお疲れの様子で」

「ヘリから叩き落された上に山道を歩かされたんだ。かよわい女性がするには過ぎた運動だ――労われ」

 

恐れもせずに言ってのける。

大した胆力だ。そして男顔負けの豪胆さ。

目で喧嘩を売っている。

そんな彼女を労うように、あるいはからかうように奈落はパンと一度だけ柏手を打つ。

 

「よく頑張ったものだね。では、一つ野呂瀬の話でもしてやろう」

「野呂瀬?」

「前代の希テクノロジーの支配者か」

 

「彼は物心つく前から一つの異能を持っていた。精神感応――つまりは人の心を読んでしまう。拒否しても強制的にね。日本は一人になるには不便な場所だよ。そうそうそんな場所は転がっていないし、そこでは生活ができない」

 

「だから彼は人の嫉妬や怨念、あらゆる負の想念を浴びながら育ってしまった。そして彼は異能に振り回される哀れな犠牲者ではなかった。その異能を疎みながらも重宝し、財を築き、あらゆる方面への影響力を強化した」

 

「権力者への道を歩む内にいつのまにかディソードが彼と共にあった。しかし、これは実際あまり役に立たなかったそうだ。使うとしても暗殺者の撃退――いや拷問くらいかな。なにせ人の心が読めるのだから、そうそう他の力など必要ない」

 

「彼はついに見つけた。ノア創造のための公式を。そして、完成のためにはギガロマニアックスを狩らなくてはならない。彼の悪夢を見せるディソードが初めて役に立った瞬間だな。ギガロマニアックスは正気と狂気の狭間にあるもの――ようするに一度狂うまで拷問されればなれるんだよ。もちろん素質のある者に限るがね」

 

「彼が目指したのはただ一つ。人の醜い心に晒されるのが苦しいのなら、美しく変えればいい。あくまで自分のために他者を聖人にでもしてしまおうと言うのさ。人々の心を負の感情から救おうという試みは、その実我が身可愛さから生まれた」

 

「どうかな? 計画はこのようにして始まった。付け加えるなら、ノアⅡを破壊されたときに野呂瀬は瀕死の重傷を負い、最近まで生きていたが流石に限界が来たよ。余談として、ノアⅠは失敗に終わったとだけ言っておこう」

 

話し終えた彼は二人を向く。

これはヘルシング卿も知らなかった――というより、悪の組織の親玉が日記など書いていたらそのほうが興ざめだ。

まあ、その話に感じ入った様子はないし……そもそもが感じ入る話ですらない。

 

 

 

「なるほどな。その情報は持ってなかった。が、認められる話でもないな。貴様に全人類の精神を操る力など与えてやるものか」

 

ヘルシング卿は聞くに堪えないといった様子で奈落をにらみつけている。

他人の勝手で自らが操られるなど許せたものではないから。

 

「別に君からもらうわけじゃない。野呂瀬から受け継ぎ、作り上げるのさ」

 

そして奈落は、嫌なら抗えばいいと――実にあっさりとした態度だ。

決然たる意志を持って決闘に挑むのなら、全力で答えよう。

しかし、恨み言を吐くだけなら無視する。いくら潰しても蟻は湧き出るものゆえに。

 

「なんでお前は協力したんだ? 世界を支配したいというのはちょっと違う気がする。でも、人の意志を捻じ曲げたいと思うのはもっと違うと思うんだ」

 

一夏は純粋な疑問をぶつける。

こいつは単純馬鹿だ。ゆえに諧謔も建前も理解できない。

 

「――ふむ。言われてみれば私の性格はそんな感じだな。まあ、歩きながら話そうか。用があるのはノアⅢだろう? あれを壊さなければ意味がない。私でさえ今更設定を変更するのは不可能だから、殺したところで悦に浸ることくらいしかできんぞ」

 

歩く奈落についていく。

インテグラが確認したが、方角は確かにあっている。

案内するふりをして騙そうというのは杞憂だったようである。

まあ、通じるようならやっていた可能性は否定できない。

 

「先ほどお前が言った通りだとすると、お前を殺してもノアⅢは停止しないのだな?」

「その通り。私が生きていようが死んでいようが関係なく動くように設計した。そこらへんは野呂瀬と違う。奴は自分が生きている間さえそうなってればよいという考えだったが、私は永遠に続いてほしいと願っているのでね」

 

「お前と野呂瀬とかいうやつの考えの違いって何なんだ? 同じように考えているんじゃないのか」

「手段は同じだよ。計画はそのまま引き継いだ。ただ仕上げが多少異なる。そうだね――教えてあげようか、ノアを止める手段を。君らはすでに絶対戦力【ナインボール・セラフ】を乗り越えた。アーカードと言う犠牲によって貴重な時間を奪った。まあ、世界一つをつぶすのにはいくらかかるかは知らんが」

 

「では、次は絶対守護を越えなければならない。これは自らに近づく者の意識をずらす昨日のことだ。いわば幻覚に近いのかな。ノアを壊そうとする者には絶対にそれの位置がわからない。ノアを攻撃しても、見当はずれの方向へ攻撃が飛んで行ってしまう。それこそが【絶対守護】。とはいえ破るのは簡単、ノアのアクセス権限を持つ者なら近づける」

 

「で、アクセス権限を持つ者はノアⅡの時は野呂瀬だった。ならば簡単だ――鎌でも突きさしてそいつごとぶん投げれば当たる。実際に千冬はそうした。では、ノアⅢのアクセス権限を持つものは誰だろうね?」

 

ニタリ、と笑う。

そここそが陥穽。唯一無二の弱点、それを卓袱台ごと覆してしまう裏技。

 

「奈落、お前じゃないのか。お前以外に考えられない」

「それは少し考え違いをしているね。私以外にやる奴がいないからと言って、だから私がやるということにはならないだろう?」

 

変なことを言う。

けれど、本当に分からないのだろうか。

わかりたくないから無視をしているのではなかろうか。

姉がやったという解決策。

奈落を殺したくないと言うなら簡単――腕でもぶっさして投げればいい……はず。

 

「――?」

 

言葉を失う一夏の代わりにヘルシング卿が答える。

 

「つまり、いないのか」

 

そう。そういうこと。

それならば、初期設定から変更は効かなくなるが完全無欠の永久機関の完成だ。

 

「その通りだよ、ヘルシング卿。最初に設定された状況をいつまでも保ち続ける。まあ、壊したければ意志を持たない災害――地下まで届くとなれば隕石が落ちてくることでも期待するしかない。そう、あと1時間か2時間かはわからんが限られた時間の中でね」

「――絶対戦力【ナインボール・セラフ】」

 

「そう。あれがいる限り異常気象だろうが隕石だろうが月落としだろうがすべて破壊される。あれの防衛機能を越えたければ宇宙でも崩壊させるといい」

「ふん。どのみちノアⅢ完成のタイムリミットはあと20分だ。そうは変わらん」

 

「もうそんな時間か。ほら、屋敷についたぞ」

 

鍵を開け、奈落が始めに入り、とたんに振り返る。

扉は開け放たれたまま。

 

「しかし、私は招いていない人物を屋敷に入れるほど寛大な人物ではなくてね」

 

握られているのは銃。

インテグラに向けている。

 

「……っ!?」

 

――銃声。

 

「奈落!? お前――」

「待て、織斑。招かれざる者には死を――道理だな。私は元々話し合いに来たのではない。貴様ら全て皆殺しにするために来たのだ」

 

当たったのは胸。しかし撃ちぬけない上に心臓からは外れている。

咄嗟に飛んだために心臓の真上に直撃は避けた。

とはいえ、着弾の衝撃でろっ骨は折れた。

そんな有様で声をひび割れさせながらしゃべる。

 

「……っち。防弾か。用意のいいこと……それでも大口径の銃だ。一発で十ぶ――」

「織斑、これだけは覚えておけ。人間は奴隷ではない。決して、自分の足で立てないような弱い生き物ではないのだ。こいつの与える恵みは人類には不要なものなのだ」

 

普通ならのたうち回って息もできないような苦痛の中で彼女は朗々と言葉を紡ぐ。

一夏に後を託すために。

 

「根性だけはあるようだな。やはりあなたは素晴らしい敵だ」

 

2発目。

先と同じ場所に当たり、血反吐を吐く。弾丸がめり込んで、砕けた骨が肺に刺さる。

遠慮も容赦もなければ、血も涙もない行いである。

 

「――織斑! いいか。人間には意地がある。矜持がある。それを奪われてなるものか! 見敵必殺(サーチアンドデストロイ)だ。敵を見つけたら迷わず殺せ! いいか、殺すのだ――人類が人類であるために」

「だからこそ、生かしてはおけない。殺す」

 

両膝を撃ち抜く。

そこまでは防弾では覆えない。

大口径の弾丸は穿つよりもむしろ削り取る。

しかし立つ。

インテグラ・ファルブルケ・ヘルシング卿は半ば千切れかけたその足で立つ。

 

「あなたの強さに敬意を払おう。さようなら、ヘルシング卿……!」

 

もう片手で銃を抜く。

奈落と言えど異能を使えない今は4発撃つので精いっぱいなのか。一丁目を持つ腕はだらりと垂らされている。

懐に隠し持っていた2丁目で狙いを定める。

 

「――それが甘い! 策を用いるのが化け物だけだと思うな! 人間は幾星霜の時を重ねて知恵を練ってきたのだ」

 

――銃声。

先ほどの4発よりはるかに軽い。

つまり女性用の小口径拳銃。

 

「ヘルシング卿――っ!」

 

その弾丸は正確に奈落のもう一つの銃に命中していた。

弾かれる。

指を見てみると、2本変な方向へ折れている。

奈落は痛みも構わず、インテグラの脳天へ銃弾を叩き込む。

5発目。

 

「……くく。世界はよほど私のことが嫌いらしい。このような隠し玉まで用意していたとは恐れ入った。ISがお互いにないこの状況――苦も無く私が勝つはずだったのにな。もしや、お前が銃を持っているなんてことはないだろう? 一夏」

「ああ。持ってない。けど、俺には千冬姉からもらった日本刀があれば十分」

 

「そうかね。ノアⅢへ通じるエレベーターにたどりつきたければ、最後の一発……しのいでみせろよ」

 

人差し指と中指が折れていては当然その手では銃は扱えない。どころかリロードも不可能。

左は女傑に5発持っていかれた。

右は使い物にならない。

ゆえに一発。

ただの一発。

死を与えるには十分な牙が一夏に向けられる。

 

「――いいぜ。そうしないと本当の意味でお前の前に立てないっていうんなら、やってやる」

 

日本刀を正眼に構える。

銃弾を刀で斬る。

それは一見たやすいように思えるかもしれない。

実例というか、そんなファンタジーは至る所にある。

 

しかし、違うのだ。

人間の眼では銃弾を追うことができない。

人間の反射では刀を当てることなどできない。

そもそも斬っても、銃弾が体に当たる。

 

当然の話である。

どれだけ日本刀が厚いと思っているのか。そんなわけがない。そんなことをしたければ背丈を超えるバスタードでも持って来い。

両断されて軌道がずれたところで、そのまま直進するのは物理法則として順当すぎるほどに順当だ。

 

ならば刀を寝かせて楯に?

馬鹿なことを考えるものでもない。

あくまで日本刀は刀である。防具ではないのだ。

大口径の銃弾など当たったら砕け散る。

そして威力の弱まった――しかし人間一人殺すには十分なスピードを持った弾丸が一夏を貫く。

 

ゆえ、銃弾を斬る。

銃弾から身を守る。

両方を同時にやらなくてはならない。

銃弾が届く刹那の時間で。

 

「守れ。でなくては死ぬぞ」

「来い」

 

じりじりと時間が流れる。

時間は一夏の寿命すら削り取る。銃を前にする緊張感は一秒ごとにやすりで精神を削る。

しかし奈落のほうはと言うと、一夏が同士討ちを狙ってもノアⅢは止まらないので悠然と構えている。

 

「「……」」

 

時間が伸びる。呼吸が止まる。ああ、いったい自分はどれだけの時間ここにいるのだろうと思って、呼吸を――

そして、奈落はわずかな隙を逃さない。

それでも一夏は達人の域を超えている。

やられた、なんて思う暇もなく勝手に体が動く。

 

「神技【刹那】」

 

ここに神技……開眼。

銃弾を叩き落とした日本刀は思い出したようにぽっきりと折れる。

 

「見事」

 

これがどれだけの業か、本人は理解できておらぬし説明されても疑問符を浮かべるだけであろう。

だからこそ、感嘆と称賛をたった2字に込めた。

 

「それはどうも。で、連れてってくれるんだろう?」

 

なした本人は極限の集中を忘れたかのようにけろっとしている。

 

彼としてはただ銃弾を見切って刀を叩きつけただけである。

そも銃弾を見切ること自体が不可能に近いことであるうえ、それを受け止め叩き落すことなど馬鹿げているいがいに言いようがない。

受け止めるために半分だけ斬るなどという阿呆なことをやるなど、それこそ自分でさえ自覚できていない。

必要なだけの十分な――ちょうどそれだけの強化を自分にしていたなど、それこそ想像の埒外である。



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第93話 物語の結末

二人で仲好くエレベーターに乗る。

 

「さて、何か聞きたいことはあるか? 邪魔者も消えたことだしな」

「世界を支配してどうするつもりだ?」

 

「その質問は的外れとしか言う他ない。無理やり答えを言うなら――世界を支配するつもりなど元よりないとしか言えない」

「ノアⅢはどういうものじゃないのか?」

 

「それができるという時点で我々の道を阻む者が出るのも道理だろう。しかし、私はそんな使い方はしないし――計画が進んで、もはやそちらに乗り換えるのは不可能だ」

「なら、何をするつもりなんだ?」

 

「一つの感情を励起する」

「……感情?」

 

「幸福と言う感情だよ」

「――それでどうなる?」

 

「世界が変わる。束が成したような表層が一新されるものではなく、真の意味で」

「それはお前が本当に望んでいることなのか?」

 

下についた。

エレベーターの扉が開く。

 

目の前には機械の塊。

吐き気を催す半球――白色は頭を浸食するようなおぞましき純粋色。

 

「あれが――ノアⅢ?」

「そのとおり」

 

奈落が折れた指を折りなおして拳の形に固めながら言う。

べきべきと言う音は拳を鳴らす音に近いが、真実指が折れる音である。

 

「――奈落!」

「……一夏!」

 

殴った。

一夏の右ストレートが奈落の顔面に突き刺さり。

奈落のクロスカウンターが頬にめり込む。

 

「お前らはこの世界をそんなにも変えたいのか!? この世界に満足できないのか!」

「よそものがこんな世界に満足などできるわけがない。一夏……俺もお前も、この世界の人間ではないだろうが!」

 

一夏が奈落の顔面を殴り飛ばす。

お返しとばかりに顔面にパンチをくれる。

 

「けれど、今はここにいる! 生まれた世界が違っても、受け入れてくれる人がいる」

「受け入れている? 違うね。それはお前がわからないふりをしているだけだ!」

 

一夏が腹を打つ。

奈落が膝を腹に沈める。

 

「お前のそばにだって人がいるだろうが!」

「虚人は苦難に巻き込まれる。世界は我らを排除する! 私がやっているのは彼女たちを危険に巻き込んでいるだけだよ」

 

頭突き。

 

「そんなものは跳ね返せばいい!」

「跳ね返した挙句に全人類を殺すつもりか!」

 

噛みつき……そしてひっかく。

 

「わかってくれる人がいるなら、そんなことにはならない」

「いいや。確かに我らに影響されて壊れる人間もいるだろうさ」

 

勝負はいよいよ泥沼の様相を見せる。

今はつかみあって、頭突きやら踏み付けを繰り返す。

 

「本音にシャルにラウラも、壊れているだけだって言うのかよ!?」

「人間は異物を受け入れられるほど器がでかくない!」

 

「それでなんで幸福を与えようとする? そんなのはまるで麻薬じゃないか」

「人間の卑小な器を埋めるのは嫉妬だ。すべての負の根源であり、それこそが人間だ!」

 

「だから消すと? 負でも、それは確かに人間の1側面だぞ」

「それが本質である以上ノアⅢで消せば人間という種は壊れるだろうし、そもそも嫉妬はなくなりはせん。けれど余裕はできる」

 

「嫉妬がどれほど人間の心を占めていると?」

「ほぼ全てだ! 7つの大罪を総べる闇こそ嫉妬(レヴィアタン)!」

 

「正義は! 愛は! 嫉妬から生まれたものじゃない」

「自由への嫉妬。特定の他者への極大嫉妬。一皮むけばそんなものだ」

 

「「――お前はァ!」」

 

奈落のストレートが一夏の顔面へと。

そして、一夏のクロスカウンターが奈落の頬に突き刺さった。

 

「……ふ。負けたよ。案外、悪い気分ではないものだな――喧嘩に敗れて上を見上げるというのは。上に青空が広がっていれば風情があったのだろうが……くく。はは――」

 

一夏はちらりと倒れて仰向けになった奈落を見て、ノアⅢへ近づいていく。

奈落はひとしきり笑った後に声をかける。

 

「おい、一夏。帰るな」

 

滅茶苦茶なことを言った。

が、しかし一夏は本当にエレベーターの横の階段を上っている。

もちろん上に行ってもどうしようもない。ノアⅢはこの地下にあるのだから。

 

「――は?」

「落ち着いて考えてみろ。お前は何を上っている?」

 

戸惑う一夏に奈落はからかうように声をかける。

これが【絶対守護】なのだと誇るように。

 

「それは階段に決まって――え?」

「当然の話だが階段を上ればノアⅢから離れることになるな」

 

「俺は……なんで?」

「【絶対守護】。聞いてなかったのか? まあ、これを説明してもわかってもらえるとは思わないから、わざとぼかしたのだが。お前がまさに今経験しているそれが認識をずらすということだ」

 

「この……!」

「おいおい――」

 

すごい勢いで駆け出した一夏はその勢いのまま壁に当たる。

壁に体当たりとかなにしたかったんだろうとか思われるかもしれないが、これが認識をずらすということ。

ノアⅢという相手を意識しても、いつのまにか他の何かにすりかえられる。

今回は壁の向こうにいると思わせたのだろう。

そして、壁に当たれば痛いということさえ忘れさせてしまった。

 

「ああ、そうだ――銃でもやろうか? 小さいが、まあ当たれば壊せるだろう。当たればな」

「――いや、いい。なんか嫌な予感がする」

 

「ん? そうか……泥でも詰めて渡せばよかったか」

「本気でヤメロ」

 

「さて、遊んでいるうちにあと30秒を切ったな。ここは諦めて私とともに世界が変わるのを待つのはどうだ?」

 

ニヤニヤと寝ながら笑う奈落を前に一夏は覚悟を決める。

 

「――勇者の理(アカシック・レコード)

 

かつてミレニアムを滅ぼした力を出現させる。

 

「馬鹿な……! やめろ、そんなことをしたら確実に寿命が尽きるぞ! お前はそこまで私を否定するのか――お前までも!」

 

認めよう。奈落はこの可能性を頭から排除していた。

前回とは違う……彼の寿命は残っていない。使おうとすれば死ぬほどに弱っている。だから使えるわけがないと思っていた。

死を恐れないのと、寿命を削りきるのを躊躇わないのではまったく意味が異なる。

だからこそ使えるわけがないと思っていた力が発現してしまった。

 

「それでも、今の世界だって悪いものじゃないと思うんだ」

 

悟ったような顔。

恐れているようには見えない。

こいつは”やる”。奈落はそれが瞬時に理解できて。

 

「やめろォ――っ!」

「……ごめん」

 

這いずりながらも手を伸ばす奈落。

うつむく一夏。

 

「させるものかよ。ここに来るまでに何人踏みつぶしたと? ここで終わることなど許されん。我が寿命を喰らい、発現せよ拷問城の食人形(チェイテ・ハンガリア・ナハツェーラー)

「――っ!?」

 

影が伸び、一夏を捕食する。

 

「声も出せなければ動けもしない。その中でディソードを使えるかな? まず影を消そうにも、それでお前の寿命は尽きるぞ。悪いことは言わん――食わんからそこでじっとしていろ」

「最後まで心配してくれてありがとう。けど、さよなら」

 

声を出した。

それは一夏が力づくで奈落の異能を破ったということ。いや、やったと言うのは違うか。影は彼を拘束対象とみなさなくなった。

彼の命は尽きた。

 

「――っ! 止まれェ」

 

奈落がさらに力を込める。

抵抗力を失った体が完璧に停止…..しない。

そのまま倒れた。

人間を縛り、喰らう影。

ではなぜ動けたのかと言うと、魂を失った身体は抜け殻に過ぎないから。これはあくまで意志を凍結させてしまうためのもの。

 

「死んでいる……? では――っ!」

 

振り返った先には変わらずに稼働を続けるノアⅢ。

ついに効果が発現した。

世界は変わった……はず。

 

だが、一夏を見ると不安が頭をもたげる。

自分ならばあのとき影を消そうなどとは思わない。

それで燃料が尽きるのだから、やるべきことに全力投球する。

 

そこで本来やるべきことの燃料が足りなかったら?

何もない。

それも十分あり得る話だ。

しかし、効果の1割でも使えていたのなら。

もしもそれが9割近かったら? それでは計画は失敗も同然ではないか。

 

「いや……ここでこうして埒が明かん。上へあがるか。私すらノアⅢに近づくことができない以上は修理もできん。やり方を考える以前の問題だ」

 

「一夏。ここに置いていくのも不憫か。千冬の元へ連れて行ってやろう。敵の私より、家族に葬ってもらったほうが貴様も報われるといったものだろう? いや、お前なら鈴音やセシリアに会わないと言った不義理はせんか」

 

大切そうに脆くなった一夏の遺体を抱えてエレベーターで上がる。

そこには全員が集合していた。

 

「驚いたな。まさかの全員集合とは。曲がりなりにも島に侵入したのが全部そろってしまったか」

 

「「「――っ!」」」

 

声なき驚きの悲鳴を上げる。

奈落はぼろぼろの有様だった。

身体は痣だらけで、顔は腫れ上がっている。

見るも無残な姿。

 

そして、それ以上に悲惨なのが一夏の遺体。

かさかさにかわいてひび割れた体はそれが死体なのだと強制的に分からせてしまう威力を持っている。

枯れ果てた老人の遺骸がそこにあった。

 

「結局、あんたの世界征服はどうなったの?」

「さて、正直――世界を変えられたのかはわからない。こいつが最後の力を振り絞って邪魔をしてくれたものでね」

 

やれやれ、と奈落が肩をすくめる。

そのはっきりとしない答えにここにいる全員が安心したような納得できないような想いを覚える。

 

「これからどうするの?」

「世界を回ろうかと思う」

 

「自分が支配する世界を見て満足する?」

「それもある。しかし、私と言うのは居るだけで厄介事を引き寄せてしまう人間でね。こんな私が定住したらどうなるか――IS学園の現状を見たらわかるだろう? これは呪いのようなものだ。もしくは人類の集合意識とやらが私を排除しようとしているのかな。ノアⅢの影響でこれも弱まってくれればよいのだが……」

 

「で、君たちはどうするつもりだ? なんでも好きなことをするといい。国家がなくなった今、法など過去の遺物に過ぎない。私にあれこれ言う権利はない。だからこれもただのお願いだ。別に聞く必要もない。だが、よければ教えてくれないかな?」

 

 

 

「あんたについていく。正直あたしの前でいちゃつかれるとぶっ殺したくなるけど、それはいい。これから変わっていく世界を見るにはあんたの後ろが特等席よ。きっと、たったそれがわずかな時でも一夏の伴侶だったあたしにはその義務があると思うから」

「なるほど。では、勝手についてくるといい――鈴音」

 

 

 

「で、セシリア。お前は? 答えたくないならそれでもいいのだが」

「鈴音さんと同じですわよ。同じ一夏さんの伴侶として、そこはゆずれませんわ。だって私――負けず嫌いですもの」

 

 

 

「なるほど。で、実を言うと存在を忘れていたのだが――箒、貴様は?」

「誰がお前なんかについていくか!」

 

「まあ、面倒くさいし罵倒も謙虚に受け止めよう。で、やりたいことは? やりたくないことを語っていても仕方あるまい。正直、私はそんなものは星の数ほどある」

「うぐ……しばらくは千冬先生の元にいる」

 

「なるほど。まあ、お前らしいと言えばらしい」

「貴様に何がわかると言うのだ!」

 

 

 

「で――貴女たちはどうする? シャルロット・デュノア、ラウラ・ボーデウィッヒ、虚仏本音」

 

「計画は成った。成功したのかは不安なところがあるが今更どうしようもない。私がしようとしているのもどうなったかを確かめるだけの自己満足だ。それにつきあう必要性はまったくない。好きなことをしろ。私に他人の行動を決める筋合いなどもはや欠片すらないのだから」

 

「けれど、私はそばに居て欲しいと――そう思うよ」

憑き物の落ちたような顔で奈落が言った。今まで彼を縛り付けていた意志の鎖が消え去ったようだ。

ゴールをくぐって燃え尽きた人間の顔だった。

 

「何言ってるの?」

「シャル――」

 

「ぶっちゃけると、僕たちは奈落の目的なんてどうでもよかったんだよ?」

「……は?」

 

「だって奈落についていっただけだもん。ここで放り出そうったってそうはいかない。僕は、死体にしてでもあなたのそばに居る。それだけは譲ってあげない」

「なるほど。私たちの関係にはふさわしいかもしれんな」

 

「別にこいつに同意するわけでもないが、嫁が出て行くことなど認めん」

「……ラウラ。その勘違いは誰から吹き込まれた?」

 

「らっくー? あなたについていくこと以外には私には何もないんだよ。だから、そんなこと言わないでほしい」

「そうか」

 

 

 

「なら、まずは後始末をしなくてはならんか。さて、鈴音。私についていくと言うなら一つ仕事をしてもらう。ヘルシング卿の遺体を抱け。敵に触られるのは矜持が許さないだろうから」

 

「――お前にとっては帰宅の道か。一夏」

 

そろってIS学園への帰途につく。6人と、2人だったモノを大切に抱えて。




完結まで付き合ってくださった気の長いお方にお礼を。


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