フランドールとスカーレット (ああああ)
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フランドールとスカーレット

 

最初に感じたのは言いようのない閉塞感と、共に感じるはずがない安心感だった。

 

声を出せず、体は動かし慣れてないのか、あまり動かない。しかし、自我だけは何故かはっきりしていた。暗い部屋の中、私は独りだ。

 

『あなたは......誰?』

 

その声が聞こえた時、私は孤独でなくなったことを喜び、すぐさま返事をした。返事は、口が開かずともできた。

 

『私は......! わた、し、は』

 

だが、続きは出てこない。名付けられた記憶なんてない。そもそも私は自分が何者であるかなんてわかっていなかった。

 

『あなた、自分が誰かわからないの?』

 

こくり、と。頷くしかなかった。

 

『じゃあ、私があなたに名前をわけてあげる! 私の名前はフランドール・スカーレットだから、あなたの名前は......スカーレットね!』

 

それは、名前ではない、家名の部分なのではないかと頭の片隅で思ったが、それよりも名前を分け与えられたことを嬉しく思った。

 

『私の、名前は、スカーレット』

 

『そう! あなたの名前はスカーレット! そして私はフランドール! それであなたはどうしてここにいるの?』

 

『わからない、私は何もわからないの』

 

『んー......まあ、私にもわかんないからいいや! ここは私の心の中なの! こんな所で私以外の吸血鬼と会うなんて思わなかった!』

 

吸血鬼……? 吸血鬼というのはあの、牙と翼の生えた、血を吸う悪魔のことだろうか。

 

『ここはあなたの心の中……ということは、私はあなたのもう一人の人格?』

 

『?』

 

『いえ、気にしないでフランドール。これからよろしくね』

 

『うん!』

 

その時の彼女は、吸血鬼なんて言葉が似合わない太陽のような笑顔を浮かべていた。

 

 

 

私には、初めから『知識』と呼べるものがあった。これはこんなことを表している。というのを、簡単に教えてくれるものだ。まるで元から知っているかのように。

 

その私の知識から考えて、およそ十ヶ月程のあいだ、私はフランドールと遊び続けた。

 

フランドールは子供らしい遊びをすぐさま思いつき、私を誘って遊んでくれる。その遊びはどれも私を楽しませようとする思いが見えて、幸せになれた。

 

月日が経つ内に、フランドールからスカーちゃんなんて呼ばれた時は、少し涙ぐんだくらいだ。当時めちゃくちゃ心配されたが。

 

だが、幸せな時間は長くは続かなかった。

 

十ヶ月たったその時、急にフランドールが苦しみ始めたのだ。

 

『フランドール!? どうしたの!?』

 

『ぐ、あぁ……!!』

 

尋常じゃない量の汗が出ている。目の焦点があってない。風邪とかそういうのでは無さそうだ。でも、それならなんだっていうんだ。

 

『フランドール! 返事をして! 大丈夫なの!?』

 

『スカー……ちゃん……ゴホッ! ゲホッ!』

 

『…………!!』

 

なにも、できないとでも言うのか。唯一にして最愛の友達が血を吐いて苦しんでいる様を見て、何もしてあげられないのか。

 

周囲が赤黒く変化していく。この空間は元々ただ暗いだけのはずなのに、どこかグロテスクに変貌していく。

 

『な、何が起こっているの……?』

 

『お願い……スカーちゃん……』

 

『フランドール!! 大丈夫!? しっかり、意識を保って!』

 

『私を……殺して……』

 

瞬間、全ての感覚が消え去ったような感じがした。

 

『今……なんて言って……』

 

『これ以上私を放っておくと危険なの! だから! 私を殺してぇ!』

 

先程フランドールがどうなっているかを見た時は全く役に立たなかった知識が、フランドールを殺す方法を何個も提示してくる。

腹立たしいことこの上なかった。

 

『誰か、誰か助けてよ!』

 

叫んでも事態は好転しない。そんなことはわかっていた。それでも私には何も出来ない。

苦しんでいるフランドールが、必死に笑顔を浮かべながらこちらを見つめてきた。

こんなに苦しんでいるのに、私のために笑顔を浮かべようと頑張ってくれていることが、不謹慎にも嬉しく思えた。

 

『スカーちゃん……今から言うこと、を。よく聞いててね......ゲホッ!』

 

『......ッフランドール!』

 

『まず、左目を瞑るの。そうしたら、目が、見えてくる、でしょ?』

 

血を吐いているからだろう、流暢に話せないフランドールに言われたとおりに左目を瞑る。右目だけで世界を見ても、目なんて見えなかった。

 

『見えない、見えないよフランドール!』

 

『嘘……もう一度、よぉく見て?』

 

何度見ても、右目だけでも何も変わった点はない。ならば、フランドールが間違えてるというのは有り得るかもしれない。例えば、右目を瞑ることと間違えてる、と、か……

 

『がァァァァァァ!!??』

 

『スカーちゃん!? ゴホッゴホッ……』

 

なにかが、私の中に入ってくる。その感覚が止んだあと、たしかに目が見えた。

 

『見えたよ、フランドール』

 

『大丈夫なの……? まあ、いいか。そうしたら、その目を、右手で潰して……?』

 

『……』

 

わかっている。理解している。感じ取っている。たぶんこの目は致命的ななにかで、これを潰すと少なくともフランドールは無事では済まないんだろう。

 

『さぁ、はやく!』

 

左手が震える。もう既に、掌の中に目は乗っかっている。重い。思い。想い。いったいなんだって、私達がこんな目に遭わないといけないんだ。

世界はこうも、理不尽なのか。

 

『あ、ああ……うわああああああああ!!』

 

そして、私は掌を──────




最後はご自由に


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