緑谷出久のハッピーアカデミア (nitchey)
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中学生編
01


サブタイとかつけたいけど絶対息切れしちゃうので無難にナンバリングで。
ありがちやりがちn番煎じな逆行ものですが楽しくいきたいと思います。


 お別れするときはもっと辛く苦しいものかと思っていたが、出久が想像するよりもずっと気分は穏やかだった。

 ただ、そんな彼を見下ろす彼らはそういうわけには行かないのだろう。朦朧とする意識のまま視線でだけどうにか姿を捉えることができる人々は、誰もがその目に涙を浮かべていた。

 不謹慎だが、母が早世していたのは不幸中の幸いかもしれない。

 

 かつての平和の象徴オールマイトから個性を受け継ぎ、それとともに平和の象徴を目指した出久だったがそうはならなかった。

 オールマイト一人に平和を預けた結果、彼の弱体化とともに連鎖したヴィラン連合などの事件をきっかけにメディアが変わったということもあるが、単純に出久一人の肩には重すぎたのだ。

 だが平和の象徴は引き継がれた。出久一人ではなく、彼とともに学び過ごしたクラスメイトたちに。

 事務所も活動地域もバラバラ。それでもチームアップした彼ら彼女らは今も繋がり続け、その繋がりは今やそれぞれの後継者へと受け継がれつつある。

 一人が支える平和ではなく、みんなで支える平和。かつてオールマイト一人から始まった平和の象徴という種は彼の弟子となった出久へと受け継がれ、出久から彼の仲間たちへと広がり芽吹いた。

 そしてこれからも広がり続けるはずだ。他ならぬ出久の弟子たちから、その仲間たちへ。

 

「せんせ、、せんせぇっ……!」

 引き止めるように、すがりつくように手を握り締め泣きじゃくる弟子に声をかけてやることはできない。代わりに残された僅かばかりの力で握り返してやる。独り立ちしたにもかかわらず泣き虫なところは自分にそっくりだ。出久も、何度オールマイトに泣き虫だと言われたことか。

 だから出久は泣くなとは言ってやれない。ただ前だけは向いてほしい。下を見て立ち止まっても、最後には顔を上げて笑って歩き出して欲しい。

 そんな思いが通じたのだろうか、霞む視界の中でぐしゃりと精一杯の笑みを浮かべたのは勘違いじゃないと思いたい。

「っ……!みてっ……て、くだざい!せん、せにも……おる、っまいと、にも!胸、はれるよ、頑張るがらぁ!」

 がんばれ。

 声は出ない。けれどそう唇を動かしたつもりで、それはちゃんと弟子に届いたのかギュッと力強く握り締められた手から燃えるような熱さが伝わってくる。

 向こうへ行けばオールマイトに会えるだろうか。母やグラントリノにリカバリーガール。多く見送ってきた人々。話したいことはいくらでもある。

 ただ少しばかり若い死を咎められるかもしれない。リカバリーガールに叱られるだろうか、学生時代のように。

 それでもオールマイトだけは、彼はきっと笑ってくれるだろう。君はしょうがないねと。

 

 まぶたの裏に蘇るのは桜吹雪。そして夕暮れを背に揺れる金色が差し伸べる大きな手。その手は個性だけでなく、出久に夢と未来を与えた。夢を叶えるべく歩き出した道は出久を傷つけることもあった。母を泣かせることもあった。多くの人を悲しませることもあった。

 けれどそれ以上に、出久は幸せだった。これ以上の人生など望めはしない。

(たのしかったなぁ)

 眠るように自然に目を閉じる。

 それが平和の人柱、ヒーローデクの最期だった。

 

 

 最期に、なるはずだった。

 

 

 

     *  *  *

 

 

 

 目を覚ました出久が真っ先に思ったのは、自分がまだ生きているという事実についてだった。子供の頃の懐かしい光景にいよいよお迎えが来たものだとばかり思っていたがまたしても追い返されてしまったらしいと目を開き、驚き飛び起きる。そして飛び起きたことにも驚いた。

「なっ……」

 最初の驚きは見知った病院の天井ではなかったことだ。次の驚きは、その事実に体が俊敏に反応したこと。

 若くしてヒーローデビューを果たした出久の体は度重なるヴィランとの戦いで随分とガタがきていた。さらにそこへ忍び込んで来た病魔によって衰弱し続ける一方だった。

 末期の一年に至っては体調が良ければ看護師や見舞客の手を借りてどうにか身を起こすのがやっとというほどで、やがてそれすらもできなくなり食事を摂れなくなってからは寝そべったまま見舞い客を迎える日々が続いていた。目を覚まして観たら一週間が過ぎていたなんてこともあったぐらいだ。

 それが今やどういうわけか羽のように体が軽い。むしろ軽すぎて頼りないほどだと自身の体を見下ろしてみれば、目に飛び込んで来たのは傷一つない白く頼りなさそうな手のひら。さらにその下に見えるのはひょろりと小枝のような足。

 困惑のままあたりを見回せば目に飛び込んでくるのは所狭しと貼られたオールマイトのポスターや棚に飾られた数々のグッズ。

 忘れるはずもない。雄英で寮生活を始めるまでの15年間を過ごした実家の子供部屋がそこに広がっていた。

「どう、なって」

 そうこぼした自身の喉を抑える。声変わりの後もそこそこ高かった出久の声だったが、今耳に飛び込んで来たのはもはや聞き馴染みのない高いソプラノ。まるで少女のような声をしている。

「出久……?」

 混乱が収まるのを待たずして聞こえた声に我知らず肩が跳ねた。

 自分の声が自分のものか確証は持てなくとも、忘れるはずもないその声に息を飲んで扉を見つめる。

 返事は待たないまま押し開かれた扉の向こうから、ひょこりとのぞいたのは若々しい母の酷く疲れきったような顔。それがみるみるうちに驚きへと変わり、見開かれた目に大粒の涙があふれ、こぼれ落ちた。

「出久!」

「お、お母さ」

 バタバタとおっとりとした母からは思いもよらぬような勢いで詰め寄られ、身構える間も無く抱きすくめられ出久はただ身を強張らせた。

 何もわからないこの状況で母に似た存在に身を委ねるのはどこか恐怖さえあった。それでも出久が落ち着きを取り戻したのは、出久を抱きしめる女性の体が震えていたからだ。

「よか、よかったっ……もうほんとに、お母さんこのまま出久が、目を覚まさないんじゃないかって」

 涙交じりの声。痛いほどの締め付けに出久もそっと女性の背中へ腕を回す。

「ごめんね、お母さん」

 彼女が出久の母なのかどうかなど、今はどうでもよかった。

 目の前で不安に泣く人がいる。ならばデクがすべきは彼女を安心させること。

 

 ただそれだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

>>02

 

 



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02

 ひとしきり泣いて落ち着いた母、引子に促され出久が大人しくベッドに潜り込んだのは彼女の心労を思ってのことであり、スムーズに話を聞き出すためでもあった。「何か欲しいものはない?」と不安を押し殺し母の顔で微笑み側に寄り添うように座る彼女をふとん越しに見上げる。病院生活ですっかり慣れてはいるが、あまり気分のいい光景ではない。そんな不安をにじませつつ、出久はどうしてこんなことになったのか何も覚えてないのだと言えば、引子は話したくないのだと言わんばかりに表情を翳らせながらもポツポツと話し始めた。

 

 

 母、あるいは母と思しき何者か曰く。

 数日前、オールマイトがヴィランと激しい戦闘を繰り広げる中継が突然速報で放送され、それを見ていた出久は突如倒れたらしい。

 なぜ倒れたのか、テレビでどんな放映をしていたのか引子は知らないと言った。そもそも引子はヴィランとの戦闘だとか、救助災害などのショッキングな映像が苦手だった。フィクションでも見たがらないほどで、出久がヒーロー関連のニュースや動画を見る時彼女は大抵画面の見えない場所で家事をしていることが多かった。

 その日も出久がソファの真ん中に陣取ってテレビに釘付けになる一方、ソファの陰に座り込み洗濯物をたたんでいたという。緑谷家では特段珍しくもない日常的な光景だ。そこに突如重い物が落ちるような音が響き、興奮した出久がソファから落ちたのかと顔を上げた時には、もうすでに出久が倒れこんでいたらしい。ただソファから落ちたというよりは頭から倒れたような格好で、それも滂沱の涙をこぼしながら何事かを早口でつぶやき続けていたというのだから、引子はよほど肝を冷やしただろう。

 出久が小声で呟く事自体はよくある話だ。だがそれは概ねヒーローやヴィラン、能力についての考察であり倒れてもなお泣きながら呟き続けるというのは異常以外の何物でもない。

 引子自身パニックを起こしていたこともあり出久が何を呟いていたのかはほとんどわからなかったものの、かろうじて「嘘だ」「ほーあん」「なんでもっと」など簡単な言葉はいくつか聞き取れたらしいが、それらがなんの意味を成すのかはわからずただ言葉の羅列を吐きだし続けているように見えたらしい。

 

 

「そのあと出久うごかなくなっちゃって、お母さんどうしたらいいかわからなくってね。困っちゃって、爆豪さんに電話したら車で病院に連れて行ってくれてね」

「爆豪……かっちゃんの、お母さん?」

「お医者さんは、憧れのヒーローがピンチなのを見て驚いたのと、日常のストレスが重なったんじゃないかって」

「ストレス」

 あまりにシンプル、かつ自分とは無縁とばかり思っていた響きを出久は呆然と繰り返した。それを子供らしい驚きと受け止めたのか、引子は出久をなぐさめるようにふわふわと奔放な髪へ手を伸ばし優しく撫で摩る。

「お母さんね、知らなかった。出久が、無個性のことでいじめられてるって。爆豪さんがね、もしかしたら勝己くんがいじめてるかもしれないって。……謝られちゃった」

「それはっ、でも」

「うん……出久は、勝己君のこと好きだもんねぇ。だけど、好きだからって何をしてもいいわけじゃないし、何をされたっていいってことじゃないよ。それは、わかる?」

「……うん」

 心底辛そうに話す母に、出久はひどく申し訳ない気分になった。仮にこの母が何かしらの個性による偽物だったとしても、かつて出久は引子に同じような思いを抱かせていたかもしれないと思うと、ひどく親不孝だったと自己嫌悪が湧き上がる。

 

 出久が爆豪とどうにかまともにやり取りできるようになったのは高校生活に入ってからだった。

 幼稚園の頃に始まったちょっとしたからかいや嫌がらせは、小学生になればいじめっ子といじめられっ子という関係を確立し、中学時代はいじめなどという言い方でごまかした犯罪といっても過言ではなかった。当時も思ったが屋上ワンチャンダイブなど自殺教唆以外の何物でもない。

 それほど苛烈ないじめを出久がなぜ告発しなかったのか。それは爆豪を慮ってのことではなく、ただひとえに出久の意地だった。爆豪の言動に怯え言い返すことができなくとも、気持ちの上では負けたくないという矜持が出久に沈黙を選ばせた。

 だが今はそれが悪手であったとよく分かる。爆豪のためにも出久自身のためにも、できるだけ早いうちに解決すべきだったのだ。出久の意地として学校には報告しないまでも、幼馴染という関係なのだからこそたがいの親を巻き込んででも話すべきだった。

「爆豪さんがね、出久さえいいなら勝己くんとお見舞いに来たいって。勝己君がね、今までのこと謝りたいんだって。だけど、出久が嫌ならお断りするよ。意地悪なおばさんだって思われたっても、お母さんが出久を守るよ」

 唇を噛み、我が子のためならばなんでもしようというその強い眼差しを出久は知っていた。

 USJの事件を皮切りに立て続けに起こったヴィラン連合の事件。事態を重く見た雄英が全寮制を導入することについてオールマイトが面談に来た時と同じ顔をしていた。最終的にオールマイトが土下座と気迫で押し切る形でその場を乗り切ったが、思えば出久の頑固で負けず嫌いなところは引子譲りなのだろう。 

 あの時初めて知った母の強さと、同じ顔をしている母らしき女性。それだけで出久はここが真実過去の世界だと信じそうになった。

 はたして出久が過去に戻ってしまったのか。それとも何かしらの個性で幻覚か類似するものを見ているのか。その確認をするという点においても、爆豪が見舞いと謝罪のために足を運んでくれるというのは出久としては願っても無い展開だ。

「大丈夫だよ、お母さん。ぼく、かっちゃんと話したい」

「……本当に、いいの?」

「かっちゃんイヤなことも言うけど、かっこいいんだ。だから、ちゃんと話すよ」

 力強くそう答えると、むしろ引子の方が辛そうに顔を歪めて腕を伸ばすと出久を力強く抱きしめた。

「出久、辛いことがあったら言ってね。お母さん、出久が知らないところで辛い思いしてる方が悲しいよ」

「うん……ありがとう、お母さん」

 ここが一体なんなのか、まだ何もわからない。

 けれど今はただ素直に、久方ぶりの母の抱擁に甘えようと出久は抱きしめる腕へと顔をすり寄せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

>>03




いじめだめ、ぜったい!
なんというか、原作で出久くんが色々抱え込んでたのはお母さんに心配させたくないのはもちろんだけど、それ以上にやっぱり負けず嫌いだったからじゃないかなっていう私の願望です。
そして、逆行を認めない出久くん。いや、これそんな重い話にするつもりないの、むしろコメディにしたいの。だから、出久くんはよ認めて!


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03


爆豪家両親やや捏造してます。
「ヨロシクオネガイシマス」って言いながらあっけらかんとした爆豪母好き。
気持ちのいい、しっかりしたヒーローっぽい性格の人じゃないかなって勝手に思ってます。


 

 

「出久君が?」

 

 オールマイトとヴィランが戦う速報が流れて数分ほどした時だ。

 電話が鳴り響き、テレビの音量を落とせと言われた時点で不機嫌だったのに、その電話の相手が勝己をもっとも苛立たせる相手に関することだと悟り、面白くない気持ちを表すように下げていたテレビの音量を最大にした。けれど母は特に勝己を叱ることもなく、一言二言で電話を切るなり慌ただしい様子で「ちょっと出てくるからね!」と叫ぶようにして飛び出して行ってしまった。

 どう言うわけかは知らないが、目障りな奴のために自分が無視されたと思うと勝己はますます腹が立った。

 

 緑谷出久は勝己の幼馴染で、無個性だ。

 勉強は多少できるが何をやらせてもトロいしドジだし、いつもびくびくと勝己の顔色を伺っているくせに勝己に何かと反抗する。

 嫌い、と言うよりはただひたすらムカつく。そんな相手だった。

 とはいえそんな気持ちもすぐに吹き飛び勝己はテレビに釘付けになった。周囲に甚大な被害をもたらすヴィランにヒーローたちは苦戦。あのオールマイトですら手傷を追う姿に勝己は出久のことなど忘れてテレビ越しに声援を送り続けた。

 それから、どれほど時間が経ったのだろうか。急遽始まった生中継の捕縛劇はついにオールマイトの手によって決着を迎え、レポーターや周囲にいたのだろう野次馬たちの歓声が響くのと玄関の扉が開く音が響くのはほとんど同時だった。

 とはいえ母親の帰宅なんかよりもこの後に続くだろうオールマイトの勝利のインタビューの方が勝己にとってはよほど重要で、母親がリビングに荒々しく入ってきたところで見向きもしなかった。

「勝己!!」

 そこを、唐突に母のビンタが襲った。

 いつもポンポンとコミュニケーションとばかりに叩くのとは違う。勢いよく振り抜かれぶち当てられた手のひらに勝己はよろめきフローリングに転がった。そうしてようやく母に叩かれたことに気がついた。

「っ、何すん」

 ババア、といつものように叫ぶつもりが、声にならなかった。

 ライトを背に顔に影の刺す母はいつにない憤怒の表情で、泣いていた。

 怒られることも叱られることもいくらでもあった。冗談交じりに叩かれることも、本気で尻を叩かれたこともある。それでもこんな勢いで叩かれ、こんな顔をする母を見るのは初めてで勝己は数年ぶりに恐怖という感情を覚えた。

 そんな勝己の気持ちを知ってかしらずか、凄まじい表情で見下ろしてくる母は勝己を打った手を抑えながらワナワナと震える口を開いた。

「出久君がね、倒れたって」

「え」

「さっきの電話、引子さん。出久君が突然倒れて、今、病院から帰ってきた」

 だからどうした、と思った。同時にどうして出久が倒れるのかもわからなかった。出久は泣き虫でビビリだが、根性だけはあるやつだと勝己は思っていた。

 仮に他のクラスメイトに何があったとしても、勝己は無意識に出久だけは大丈夫だろうと信じていただけにその知らせは衝撃的で、雨のようにポタポタとフローリングを濡らす母の涙に何かとんでもないことが起こっていることだけは察した。

「さっきの速報、オールマイトが危なくなったのを見たのがショックだったんだろうねってお医者さんは言ってたけど、それはただのきっかけで、日常のストレスが原因だって。いろいろ辛いことがあったところに、絶対だって信じてたものが崩れそうになって、耐えられなくなったって」

 心当たりは、十分すぎた。それでも思わず嘘だと呟いてしまった勝己の反対の頬を再び母の手が打った。

「私、自分が情けないっ。出久君が優しいのに甘えて!あんたがやってること、見ないふりして!幼馴染のじゃれ合いだって、そんな大げさな話じゃないって、あんた可愛さに出久君のこと知らないふりして!情けない、情けない!!」

 母の中で何かが限界を迎えたのだろう。膝をつき顔を覆って子供のようにわあわあと泣き喚く母に、勝己はこみ上げそうになる涙をぐっと飲み込んだ。

 勝己は頭が良かった。テレビのニュースも大人の話もきちんと意味が理解できる、そんな優秀な子供だった。そして今母が泣いているのは自分のせいで、出久が倒れたのも自分のせいだと、正しく理解した。

 だが理解したところでどうすることもできず、出久が倒れたと言う衝撃と、母が自分を打って泣きじゃくるショックに呆然と頬を抑えて立ち尽くす。

 それは父が帰宅するまで続き、泣きじゃくる母からどうにか事情を聴き出して落ち着かせるまで勝己は少しも動くことができなかった。

 

 

「……何が悪いか、もう分かってるね」

 気弱な父が勝己を叱ったり説教したりすることはこれまでになかった。むしろ少しばかり言葉のすぎる母を諌める役回りがほとんどで、その父にまでこんなことを言わせているということがますます勝己の肩に重くのしかかる。

「僕は、出久君のことはあんまり知らないけど、昔はよく遊びにきてくれていたね。それがどうしてこんな風になってしまったのかわからないし、もしかしたら勝己にだって譲れない言い分だってあるかもしれない」

大した言い分などないし、出久にしていたのはただ自分の感情の押し付けだ。

にもかかわらず厳しい叱責でなく、むしろ勝己を理解し寄り添おうとする父の言葉がますます辛かった。

「だけど、これだけははっきり言うよ。今のままの勝己がヒーローになりたいと言うのなら、お父さんは応援できない。ヒーローは人を助ける人だ。ましてお前が憧れてるオールマイトは、いつだって笑顔で人を助ける人だ。オールマイトが強いのは人を助けるためで、むやみやたら自分の嫌いな人を殴るためじゃない。そのことをよく考えて、自分がどうするべきなのか、もう一度ちゃんと考えなさい」

「……ん」

 父親と息子。10歳にもなれば徐々に反抗期と自立でコミュニケーションも薄くなっていくものだ。勝己の頭にを撫でる手はぎこちなかったが、今その手を跳ね除けるほど勝己も子供ではなかった。

 

 そして翌日。

 特に冷やさなかった勝己の両頬はひどく腫れ上がり、さすがにやりすぎたと言う母の謝罪に勝己は小さくうなずくだけで、代わりに出久の見舞いと謝りたいと言う気持ちを告げた。

 父ほど優しくない母は「出久君は許さないかもしれないし、来ないでっていうかもしれないよ」と厳しく言ったがむしろその方が良かった。

 出久が許してくれるまでヒーローにはならないと密かに決めた誓いを胸に秘めたまま、しっかりと頷く勝己に母は「一緒に頑張るからね」と言って勝己の肩をしっかりと抱きしめる。勝己もまた母に小さく謝罪を告げ、こみ上げる熱いものを押し殺すように目を伏せる。

 

 そうして家族全員でやり直すことを決意した爆豪家に出久が目覚めたという知らせが入ったのは、それから二日後の夜のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

>>04



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04

 

 

 勝己が出久の部屋に来るのは実に幼稚園以来のことになる。

 オールマイトをはじめとしたヒーローグッズで溢れかえった部屋でかつてはヒーロー談義に盛り上がったものだが、今はそのポップな部屋の中心で勝己がまるで判決を待つ被告人のように青ざめた顔で正座をしていた。

 

 人格形成が完成していた高校時代の勝己はまるで自尊心という文字を人間にしたかのような存在だった。

 様々な事件を経て大人になるに連れ多少丸くなりはしたものの、角が取れたというだけでやはり自尊心の塊であることに違いはなかった。

 だが、小学生の勝己は違う。自尊心の塊ではあるもののそれが全てというわけではなく、まだ世間の常識や善悪というものを吸収しながら成長する段階にある彼にとってこれは紛れもなく人生を狂わせかねない大事件だった。

「今まで、悪かった。いろんなこと、全部……ごめんなさい」

 そう言って土下座にもなりそうなほど深く頭をさげる勝己の姿に、正直なところ出久の方が申し訳なくなった。

 かっちゃんとは二人で話したいから、と言い張って母親を交えてではなく出久の自室で話をすることになったのだが、はっきり言って出久にとって勝己のこの謝罪というのは現状の自分を把握するための判断材料だ。

 もちろん真面目に謝罪を受け取るつもりはある。勝己にとってもこれは必要なことであると思ってはいるが、それ以上に自分の都合のために利用しているような意識が先立ち罪悪感に胸がシクシクと痛む。

「謝ってくれて、ありがとう。なんだかすごい大変なことになっちゃったけど、僕なんともないよ」

 かつての出久はこんな時ついつい「気にしないで」と焦り早口で返していたが、考えてみれば真摯に謝っている相手に対して「気にしないで」と返すのはひどく失礼だと気付いたのはプロヒーローになってしばらく経ってからだった。気に病んでいるから謝っているのにそれを気にするなというのはその相手の気持ちを無下にすることになるのだ。許すつもりはないという意味合いでの皮肉としてなら使いようもあるかもしれないが。

「……急に倒れたって、うちのババアが言ってた」

「うん、僕も聞いた。だけどあんまり覚えてないんだ。あの時、オールマイトを見てたら急にすごく不安になって。ほら、いつもとちょっと戦い方違ったでしょ」

「お前、自分が大変な時にオールマイトの話かよ」

「う、ごめん。でも、かっちゃんが嫌じゃなかったら、僕は前みたいに二人でヒーローの話とかしたい」

 出久のその言葉に一瞬勝己の目がつり上がり、けれどすぐ怒りを飲み込むように深いため息を落とした。あるいは出久があまりにもいつも通りで気が抜けたのかもしれない。

「僕さ、かっちゃんにクソとかデクとか言われてもあんまり気にしてないよ。だって、そういうのはかっちゃんの持ち味っていうか、僕だけじゃないでしょ。おばさんには内緒だけど、時々先生にもクソセンコーとか言ってるし」

「っ……ババアにはいうなよ」

「言わないよ。あと、クソナードとかも言われたっけ」

「あ?なんだよ、それ」

「え?あ、ごめん!かっちゃんじゃなかったっけ。クソってついてるからかっちゃんかと思ってた」

 ごめんねと謝りながら出久は一つの確信を強め、困惑した。

 無個性・クソデク・クソナード。出久が爆豪勝己に散々罵られた三大ワードだ。デクと無個性に関しては幼稚園の頃に言われ始めたとはっきり覚えているが、日本においてどちらかといえばマイナーなアメリカンスラングのナードという言葉を持ち出すようになったのかがいつ頃かはあまり覚えていない。それだけ勝己に罵倒されていたということではあるが、基本全方位に向かって吠え立てクソモブと見下しているような性格だったので出久がその辺りを気にすることはあまりなかった。

 

 もしここが誰かしらの個性によってできた世界だったとして、それを形成するのは出久か個性の持ち主の記憶だ。その上で幼い勝己のことを知っている人物となるとかなり限定的となるため、もし個性なら出久は自分の記憶から形成された世界である可能性が高いと考えていた。

 しかし勝己はナードという言葉の意味を知らないようだった。少なくとも言った覚えはないというように顔をしかめたが、もし出久の記憶だけで形成された爆豪勝己だとすれば出久の思うような爆豪勝己になるはずなのだ。

 本当のところ出久は自分の部屋の中央で神妙に正座をする勝己の姿を見た時点でなんとなくわかってはいた。これは出久がかっちゃんと呼び続けた爆豪ではなく、まだ幼い柔らかな心を持った勝己少年であるということを。

 ここは記憶による世界ではなく正真正銘の過去かそれに近しい世界であるということを。

 

「そのクソなんとかって誰に言われたんだ」

「さ、さぁ?あんまりよく覚えてないや。だけど、僕本当にそういうのは気にしてないんだ。だからそのためにかっちゃんが変わることなんてないけど、一個だけ言って欲しくないことがある」

「……んだよ」

「僕がヒーローになるの、やめろって言わないで」

 それは、出久がずっと抱き続けていた本当の気持ちだった。

 無個性なのもヒーローオタクなのも事実。そして勝己が口汚いのが出久に限った話でないことも事実。お前なんかがと見下されるのも、勝己の方が実力が上という事実があるからで、これも出久に限った話じゃない。まだ同じ地域の小学校という狭い世界でしかないが、なんでも一番になりたい勝己はその世界で一番になるための努力を重ねて、誰にも自分の前に立たせないよう常に前だけを見据えていた。出久が勝己のそんな背中に憧れていたのもまた事実だった。

 ただ、無個性がヒーロになんてなれるわけがないと言われるのだけが辛かった。

 無個性がヒーローになってはいけないなんて決まりがないのも、そもそも無個性がなれるわけがないという世論あってのことだとわかっているが、それでもどうしても出久はヒーローになりたかった。

 オールマイトに言われたように人を助けるだけなら警察官でもいいし、他にも消防士や医者など、人を救う職業はいくらでもある。

 それでも出久はヒーローになりたかった。誰かの言葉を借りて言うなら「憧れちまったものは仕方がない」のだ。

「僕はヒーローになりたい。なれるかわかんなくても、だけどヒーローになれないって決めるのはかっちゃんじゃない。確かに今のままの僕じゃなれないだろうけど、なれるように頑張るから、ヒーローになるなって言わないで」

「っ、わか……った」

 苦虫をかみしめるような凶悪な顔で、それでも勝己が頷いてくれたことに出久はほっと胸をなでおろす。

「その代わり!俺のことは助けるな!デ、っ出久に助けられるほど俺は弱くねぇ」

「ごめん、それは無理」

「はぁ?!」

 出久の即答に今度こそ勝己は声を荒げた。が、この件に関しては勝己だけではない。出久は生涯を通じて怒鳴られ叱られ怒られ続けたが、それでも譲ることができなかった。

「困ってる人がいるなら、僕はそれがオールマイトでも助けに行くよ」

 もはや、そういう性分なのだ。仮にヒーローになれなかったとしても、ならなかったとしても、目の前で困っている人間を見てしまったら飛び出さずにはいられない。それが緑谷出久という人間だった。

「バッカ!お前、オールマイトはNo.1ヒーローだぞ!仮にお前が奇跡的にヒーローになれたとしても、オールマイトがお前の助けなんかいるわけねぇだろ!」

「それでも、僕は行くよ。それにおせっかいはヒーローの専売特許だから」

 すっかり出久に根付いてしまった受け売りを語れば、勝己は目を見開きそして顔を伏せた。勝己がどんな気持ちでいるのか、出久は想像することしかできない。けれど何かしら自分の中で折り合いがついたのだろう。顔を上げた勝己の表情はすっきりと落ち着いているように見えた。

「わかった。もう、いわねぇ。そんでお前が俺を意地でも助けるっていうなら、俺はもっと強くなる。デ、出久が助けようなんて気がおきねぇぐらい、強くなる」

 出久の助ける助けないは相手の強さには別に関わっていないのだが、せっかくの決意表明に水を差すほど野暮ではない。

「一緒にがんばろーね!」

 言葉とともに笑顔で拳を突き出す。その拳に、勝己もぎこちなく拳を突き出しコツンとぶつかる。

 こうして勝己は数年ぶりに、出久は数十年という時を遡って幼馴染との仲直りを果たしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

>>05





例えばいろんな二次創作のように出久君に何かしらの個性があったとしても、それが没個性だったとしても、
イズク君はヒーローを目指すんだろうなという妄想。
あるいは早々に無個性の自分を認めて警察官を目指したとしても、多分真っ先に飛び出して行っちゃう。
あ、むしろそんなSS読みたい。なんか頭脳面で言えば出久くんはかなり優秀なようなので、もう中卒で公務員試験受けちゃって警察学校入っちゃえばいい。んで塚内くんと三茶さんに可愛がってもらえばいい。

というか三茶さんを私が可愛がりたい。
頬ずりしてモッフモッフしたい。まず間違いなく怒られるけど。わいせつ容疑で逮捕されそうだけど。


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05

毒々チェーンソーについて捏造ブッコミました


 勝己との仲直りを果たしたその夜。母がすっかり寝入っただろう午前2時。出久はそっとベッドを抜け出して自室のデスクライトの元、真新しいノートに鉛筆を走らせていた。

 考えるべきことはいくらでもあるが、ひとまず出久が勝己を通して確認したかったことは二つ。

 

 一つはこの世界が過去であるか幻覚であるかについて。

 これについてはひとまず実際に過去へ戻ったのだと結論づけた。原因が個性なのか超常現象なのかはわからないが、超人社会のこの時代何があったとしても不思議に思えどありえないということはない。

 もう一つは出久が倒れた日に報道された内容について。具体的にはオールマイトが誰と戦っていたのか。

 尋ねれば勝己はひどく呆れた顔をしたものの、母の引子には聞けないのだと言えば納得したようで渋々今回のヴィランが「毒々チェーンソー」であり、出久が倒れたと思われる後の展開についても詳しく教えてくれた。

 出久ほどではないにしても、勝己もまた熱心なヒーローファンでありオールマイトマニアなのだ。

 出久ほどではないにしても。

 ヒーローに関する知識ならば誰よりも詳しいと出久は自負していた。ヒーローに詳しいということは、すなわちヴィランについても知識も並大抵のものではないということにつながる。

 

 その中でも毒々チェーンソーは特に印象深いヴィランだった。

 とはいえ厄介なのは毒と工具の複合個性だけで、ヴィラン連合のようにカリスマ性を持って成長しただとか、ステインのようにのちにまで影響を与える思想犯だったとかいうことはない。ただ自分の個性に溺れ、力で他者をねじ伏せようとしたどこにでもいるようなチンピラ程度のヴィランだった。普通ならばヴィラン名が付けられることすらなかっただろう。

 にもかかわらず毒々チェーンソーが凶悪なヴィランとして名を残すことになったのは、オールマイトを苦戦させ、手傷を負わせた上に市街地へも甚大な被害を与えたことによる誤解のためだ。

 子供の頃こそ酷く恐ろしい凶悪犯だと信じていたが、いざヒーローとして見るなら毒々チェーンソーはさして難敵とはいえない相手だ。確かに並みのヒーローであれば毒とチェーンソーの両方に気を配るというのはなかなか難しくなるが、ワン・フォー・オールならば即座に後ろに回り込み個性を使用される前に制圧することができる。

 ではなぜ、そうならなかったのか。この件について出久が直接オールマイトに確認することはなかったが、概ねそうだろうという予想はオール・フォー・ワンというヴィランとその因縁について知った時から胸の内にあった。

 オールマイトにはいくつかの謎がある。例えば個性のことであったり、出身や其の正体。全くのリアルを感じさせないが故にオールマイトという存在は平和の象徴として君臨し続けたわけだが、其のオールマイトが活動を休止した時期があった。

 期間は二週間。他のヒーローであればさして珍しくはない、長いといえば長く短いといえば短いそんな程度の期間。

 おそらくその期間こそオールマイトがオール・フォー・ワンとの戦いで受けた傷のために動けずにいた、本当にわずかな療養期間だったのだろう。そしてその傷も塞がりきらないうちに復帰した為に毒々チェーンソー程度のヴィランに遅れをとることになったのだとすれば説明はつく。

 つまり、すでにオールマイトのヒーロー生命のカウントダウンはすでに始まっているということだ。

 

 死の間際にも思った通り、出久は自分の人生に不満などなかった。確かに子供時代はいじめられたり無個性だからと理不尽な思いもしたが、オールマイトとの出会いから全てが一変した。

 憧れのヒーローから指南を受け、その個性を引き継ぎ、憧れの高校への入学。友人にも教師にも恵まれ、順風満帆とはいかなかったが周囲の人に支えられながらヒーローという人生を歩むことができた。

 ただ、出会った当初からどこか予感していたオールマイトとの早すぎる別れだけが辛かった。

 過去に戻ったというからには自分には何か未練があったのかもしれないと考えた時、出久が真っ先に思い浮かべたのはオールマイトの痛々しい大きくいびつなあの傷跡だった。あの傷さえなければオールマイトはもう少し長く健康的に生きていたはずだ。ワン・フォー・オールはあくまでも代々培われた力を受け継ぐ個性であり、その持ち主の生命力まで奪い取るようなものではない。だから出久に変えたい過去があるとすれば、オールマイトがあの傷を負うこととなったオール・フォー・ワンとの戦いだけだ。

 もちろん個性を受け継ぐ前の出久は無個性の無力な子供でしかない。仮に勝己のようにヒーロー向きの派手で火力の高い個性があったとしてもできることはないだろう。

 だがその危険がある可能性を訴えることはできる。オールマイトのファンサイトからメッセージを送るも良し。オールマイトでなくとも、根津校長やグラントリノに同じメッセージを送れば生粋のオールマイトファンで、その熱意でもってサイドキックの座をもぎ取ったナイトアイは間違いなく警戒する。そしてナイトアイの個性ならば、そこに待ち受けるだろう凄惨な未来を予知できたに違いない。

 

 とはいえ、すでに終わっているだろう今となってはどうともしようがない話だが。

「僕、なんでここにいるんだろう……」

 静かな部屋の中で思いの外大きく響いた自分の声に慌てて口を押さえ、そっと部屋の外の様子を伺う。幸い隣室の母はまだ目覚める様子もなく穏やかに眠っているようでホッと息をつく。

 このままここで二度めの人生を送るのであれば、今度はヒーローを目指さないというのもありなのかもしれない。勝己には「ヒーローになれないなんて言わないで!」なんて大見得を切ってしまったが、出久が個性を受け継ぎヒーローを目指したことで母を泣かせ悲しませた数は両手足の指の数でも足りないほどだ。

 テレビ越しにヒーローを応援する人生。どこかの勤め人にでもなって、ほどほどいいところで結婚をして。まぁ、無個性ゆえに結婚もハードルの高い話ではあるが、別に結婚せずとも母の余生に寄り添って生きるのも悪くはないだろう。だが。

「みんなに、会えないのは嫌だなぁ」

 蘇る記憶の中で、それだけが諦められなかった。

 極端な話、ヒーローにならずとも人助けはできる。けれど、ヒーローを目指す道でなければ彼らに会うことはできないのだ。たとえ楽しいばかりの学生生活ではなかったとして––。

 

「んん?」

 

 不意によぎった何かに背を預けていた椅子から身を起こす。見下ろす先にあるのはとにかく覚えていることを書きなぐっただけの汚いノート。

 ページを荒っぽくめくり、出久は再び鉛筆を走らせ始めた。今度はできるだけ丁寧に、時系列ごとに罫線に沿って一つずつ。段を下げる程に出久の表情は険しくなる。けれど書き記す手を止めることなく、出久は思いつく限りの全てを書き終えたところで乱暴に鉛筆を投げ捨てた。

「これだ……これだったんだ。僕の未練は」

 ノートを握る手に力がこもりぐしゃりと歪む。

 書き綴られたそれらは出久にとって実際に起こった出来事であり、忘れることのできない大切な出来事の数々だ。

 けれど気づいてしまった以上出久は何もせずにはいられないだろう自分を知っていた。

 たとえそれが、自身の望む未来を壊す結果につながるとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

>>05




次回!出久くんの未練について。

実際問題オールマイトの負傷をパーフェクト回避させようと思ったら多分ヒーローデビューしたのちの全盛期ヒーローデクをなにがしかの方法でそのまま過去に宅配して、ワン・フォー・オールx2と言うパラドックスの元、街一個犠牲にしなきゃ回避できないと思ってます。
正直AFOってそう言うクラスのヴィランですよね。どっかのユニバースのさのっさん的な。

ところでAFOって略すとアフォって読めるなーって思いました。
きっと明日の私は死柄木さんに粉々にされてる気がします。


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06

回想というか考察というか、セリフがない!
長ったらしくてすみません!次回あたりから原作入ります!


 思い返してみれば出久の学生時代はろくなものじゃなかった。

 友人たちや恩師との出会い。憧れにして自分が後を継ぐべき英雄と共に過ごした時間を思えば、出久の人生においてもっとも充実した3年間だったと言える。けれど、ただの高校生として考えればやはりろくでもない学生時代だった。

 

 雄英高校にももちろん当然他の高校と同じような年間行事があるし、ヒーロー科とて例外ではない。 

 しかし出久の卒業時に渡されたアルバムはそうした”楽しい”思い出ではなく、日々の何気ない出来事をどうにかかき集めて作られたものだ。

 ヒーロー科だからなんて理由ではないし、学校や自由奔放な教師たちのせいでもない。ただひとえに、出久たちが本来過ごせるはずだった全うな学生としての時間はヴィランによってことごとく潰されただけのことだ。

 年間行事だけではなく、課外授業やインターンにおいても出久たちの前にはヴィランが立ちはだかり、その度に教師たちは出久たちを一人前のヒーローとして世に送り出すべく追い込み続けた。

 敵がヴィランだけなら良かっただろう。けれど真の敵は倒すべきヴィランではなく守るべき市民の中に潜んでいた。

 マスメディアは雄英の体制が悪いのだと好き勝手な持論を並べ立て、取材陣は生徒を取り囲み教師に対する悪辣なコメントを求め、そんな報道を見た市民はヒーローが腑抜けになった、情けない、頼りないと面白おかしく騒ぎ立てる。

 どこにでも現れ暴れるヴィラン。襲われる生徒。対応に追われる教師。世間の風潮はあっという間にアンチ雄英へと流された。その中でも矢面に立たされたのが、出久たちの担任であったイレイザーヘッド。相澤消太だった。

 もとよりメディア嫌いのアングラヒーロー。お世辞にも人相がいいとは言えず、マスコミに媚びるでもない彼に対する風当たりは誰よりも強かった。

 もちろん他の教師陣に対しても散々なもので、唯一叩かれることがなかったのはオールマイトくらいのものだ。それも彼に対する人気ゆえとは言い難い。オールマイトが戦えなくなって以降、確かに増えたヴィランによる個性犯罪を平和の象徴の不在のせいだと口にする人々は確かに存在した。けれどメディアがそこに触れなかったのは、本当に平和の象徴が失われる責任を負わされることを恐れたからだ。

 オールマイトのファンは日本人だけではない。というより、彼の本拠地をアメリカだと言い張る人はいつでも存在した。ヒーローとしての最初のデビュー、ヤングエイジを留学先であるアメリカで過ごした実績はかなり大きく、また引退したヒーローに対する支援制度は日本よりもはるかに整っていた。

 オールマイトが一言日本を離れると言えばアメリカをはじめとした諸国はいつでも準備を整えただろうし、出久も引き止めはしなかっただろう。無論メディアに叩かれた程度でオールマイトが日本を見捨てるはずもないが、かと言って実際にオールマイトを叩く報道が一度でも流れたなら、各国が何かしらの手段でもって強制的にオールマイトを日本から奪っていただろう事態は容易に想像できる。

 最終的に雄英は一般生徒を守るべく新たな敷地にヒーロー科のための校舎を新設し、ヒーロー科は出久たちの学年以降廃止となった。土地さえあればセメントスがなんとでもできるという雄英だからこそできる暴挙だ。

 そして新たな新体制のための生贄となったのが、相澤だった。たびたび謝罪会見で頭を下げていたこともあり、事件を盛り立てるメディアは相澤の指導不足と教職の不向きを挙げ列ねたのだ。さらに出久たちの前年に相澤に初日で除籍を告げられた人物がインタビューに応じたのも間が悪かった。

 実際のところは新たな敷地に作られた校舎に相澤も戦闘指導員として常駐してはいたのだが、出久たちの担任ではなくなってしまった。

 代わりに彼と同級生だったというプレゼントマイクが担任となったのだが、A組の生徒がプレゼントマイクを先生と呼ぶこともなければ、プレゼントマイクもA組の担任とは名乗る事はなかった。

『オメーらはあくまでもイレイザーからの預かりもんだ。悔しいかリスナー諸君。だったら、イレイザーが胸張れるようなヒーローになれよ!』

それがプレゼントマイク就任初日の言葉だった。

 

 学生らしさをかなぐり捨てた苛烈な体験を経たからこそ得たものは多くある。一年時に仮免を取ったことでインターン期間も長く、様々な事務所が積極的に受け入れてくれたおかげで、出久たちは通常よりも多くの経験を積むことができた。A組の結束が強固だったのも度重なるヴィラン襲撃を共に乗り越えたという経験の共有によるところが大きい。

 後悔はしていない。していないが、それでもだ。

 雄英のカリキュラムであれば別にヴィランと戦わずともヒーローになることができただろう。USJでレスキュー訓練をすっ飛ばしてチンピラ100人斬りだとか、脳無チャレンジに励む理由などこれっぽっちもない。

 ヒーロー殺しの一件については飯田の暴走と、結局とどまれずに首を突っ込んだ出久と轟の自業自得だが、そもそも脳無なんて出てこなければもっと早くプロヒーローの救援を受けることもできたはずだ。

 ただクラスで楽しく買い物に出かけただけで死柄木なんぞと鉢合わせて休日が台無しになるなどもはや学校行事ですらない。

 そして林間学校でのヴィランの襲撃。爆豪は後々になってもオールマイトの引退の引き金となった自分の誘拐事件を気に病んでいたが、誘拐される側が悪いわけがない。誘拐する奴が悪い。

 他にも数え切れないヴィランイベントの数々。学校行事が潰されたこともしばしばあるが、それでなぜヒーロー科や教師が非難されなければならないのか。悪いのはヴィランである。 

 卒業式さえまともにできず、担任のいないお通夜のような空気になったのも全てヴィランの責任だ。

 

 学生時代を取り戻したい。

 

 それこそが出久の未練であり、やり直したい過去だったのだ。

 ヒーローを志すものとしては過ぎた願いかもしれない。だが一度は乗り越えたのだ。なら二度目は今度こそ胸を張って卒業をと、願う程度でバチも当たるまい。

 それはかつてよりもはるかに困難な道のりとなるだろう。だがヒーローとはえてしてそういうものだ。逆境に嘆いて壁の前でうずくまる暇などない。いつだって目標は苦難を乗り越えたさらにその向こうにあるのだ。

「プルスウルトラ、だ」

 握り固めた拳は柔く脆い。何かを砕くどころか、逆に砕けてしまいそうな頼りないそれをぐっと前へ突き出す。

 願いは見つかった。決意は固まった。あとは動くだけだ。

 

 

 

 言い忘れていたが、これは最高のヒーローとなった緑谷出久が、最高の学生時代を送るための物語である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

>>07




というわけでタイトル回収しました!
はい、これはそういうお話です!過去に戻って救済する?チート無双する?
そういうのは他の神作家さんがやってくれるので、私はとりあえず胸いっぱい思い出いっぱいの学生生活(が邪魔されて出久君がおこおこになる話)を書いていきたいと思います。

なお現在出久君にOFA継承させるか、無個性ヒーローやってもらうか悩み中。
どっちがいいかアンケ取らせて頂きたいので、8月20日の活動報告”アンケート”の方へご意見よろしくお願いします!


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07

日の出前の白んだ空の下、春先のまだ冷たい空気に鼻を赤くしながら出久は粗大ゴミで溢れかえった浜辺を縦横無尽に駆けまわる。

 出久にとって始まりとも言えるこの浜辺は、二度目の人生においても絶好の修行の場となっていた。

「おうい」

 不意に聞こえた声に出久はゴミ山の上で足を止めた。辺りを見回せば犬の散歩をしているらしい男が手を振るのが見えて、出久も大きく手を振り返した。

「おはようございまあす!」

「今日も、精がでるねえ!」

「ありがとうございまあす!」

 出久がここで駆け回るようになって数年、時々ゴミの清掃を手伝ってくれる顔見知りの男だった。

 いずれはかつての未来のように綺麗な浜辺にしたいものだが、あいにく未成年の出久ではゴミの清掃まではなかなか手が回らなかった。粗大ゴミを運ぶ事はできても、ゴミ集積所まで運ぶ車がない。一度リヤカーで運んだこともあるのだが、トレーニングとしては効果的でもゴミ処理として言えばあまりにも非効率的だった。ついでに通行の邪魔にもなったためある程度ゴミを集めてから月に一度、人通りの少ない早朝に運ぶようにしている。

 二度目の人生が始まって早くも5年。出久は今年、中学三年生になる。そしてもちろん、進路の希望先は天下の国立雄英高等学校だ。

 

 すっかり特異的な個性の根付いたこの超人社会において、無個性というだけで差別を受けることはままある。ひどいのはそれが悪意によるものだけではなく、善意によるものが圧倒的に多いということだ。

 出久がヒーローになりたいという夢を語るたび、バカにする人もいれば心から心配する人もいたが、そのどちらも「無個性はヒーローになれない」という結論は同じだった。

 ならば本当に無個性はヒーローになれないのか。答えはノーだ。

 法律や制度は無個性がヒーローになることを邪魔しない。ならばなぜ無個性のヒーローがいないのかと言えば、簡単なこと。本気でヒーローになることを望む無個性がいないのだ。

 個性さえあればと言うなら世の中で没個性などと言われる人たちがふるいにかけられ狭き門からはじかれることはない。

 出久も同じだった。爆豪やオールマイトの言葉を受けてヒーローの夢を諦めたような顔をしていたが、何の事は無い。諦めどころを見失った夢を終わりにするきっかけが欲しかっただけなのだ。

 もし出久が幼い頃のまま本気でヒーローを目指し続けていたならヒーローについての考察をノートにまとめるだけでなく、本気で体を鍛えていただろう。誰よりも出久自身が自分を信じていなかった。そのあと、出久自身が引き金となった事件をきっかけにオールマイトが手を差し伸べなければ、出久は卑屈にくすぶったまま夢を諦めたのを誰かのせいにしていたに違いない。

 

 では無個性でも鍛えればヒーローになれるか。前例はないが答えはイエスだと出久は信じている。だからこそ二度目の人生に気づいてから今日に至るまで欠かさずに鍛錬を続けているのだ。

 皮肉にも、出久がそうだと信じられる根拠はヒーロー殺しのステインだった。

 ステインの個性は凝血。血を舐めることで相手の動きを数分間封じることができると言うもので、便利そうに思えるがはっきり言ってヒーローとしてもヴィランとしても没個性だ。まず他人の血を摂取すると言う点からして難易度が高すぎる。

 にもかかわらずステインが凶悪ヴィランとして長らく名を馳せたのは、ひとえにステイン自身の身体能力の高さによるものだ。

 わずか一太刀浴びせるだけで優位に立てるとはいえ相手はプロヒーロー。その一太刀を許さない強さを持っている人々だ。まして最後の犠牲者となったのはスピードにおいては他の追随を許さないインゲニウム。

 果たして二人の間でどのような攻防が繰り広げられたのかはわからないが、それでもステインはインゲニウムを追い詰めその血を口にすることができた。

 ステインだけではない。ナイトアイの予知、マンダレイのテレパス。他にも戦闘においては決定打となる個性を持たないヒーローは数多くいる。それでも彼らは一流のヒーローであり、どんなヴィランが相手でも逃げることはない。個性はヒーローの一助であり、その全てではないのだ。

 

 だから、この人生において出久はオールマイトからワン・フォー・オールを受け取るつもりはなかった。

 出久がワン・フォー・オールを受け取るに至ったのは、ヘドロのヴィランに襲われた爆豪を無個性ながらに助けに行くと言うその行為を見て継承者にふさわしいと判断した為だ。そして、その事件は出久がオールマイトの行動を妨害したところに起因する。

 前回と同じ方法でワン・フォー・オールを受け取ると言うことは、すなわち自分のために他人の犠牲を強いると言うこと。そんなものはヒーローではない。

 故に、出久は今度こそ無個性のままで雄英へ入学する決意を固めていた。幸い実技試験の内容は知っているので、あとは無個性なりに戦うすべを身につけるだけだ。

 とは言え、できればオールマイトとの接点は持ちたいと思うのは、彼の健康状態を案ずるが故である。

 この時期、雄英へ教師として赴任すべくこの街へ来たオールマイトは一人暮らしをしていた。成人男性なら当然のことだろうが、オールマイトは健康状態に不安というだけでは物足りないほどの爆弾を抱えていた身だ。

 もはや骸骨と言っていいほどガリガリに痩せた姿こそ真の姿であり、オールマイトの最大の秘密である為頼れる人間となると限りがある。しかしその中でも特に心を寄せてくれるだろうナイトアイとは疎遠、グラントリノとも縁遠く、親友だという塚内刑事は日々多忙。根津校長も同様だろう。

 よくもまぁ死なずにいてくれたと思うとともに、正直まだ出会ってすらいない今も出久は不安で仕方がなかった。

 今はどこにいるか知らないが、どうぞ今日も無事に健康的に過ごしていますようにと昇ったばかりの太陽に手を合わせて祈るのはもはや日課となりつつある。

 

 

 だから、出久は心底驚いた。

 まさかそうして想いを馳せた帰り道に、路地裏で血の海に沈む痩せた金髪の男を見つける羽目になるとは思いもしなかったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

>>08




まきで行くよまきで!
ぶっちゃけほんとはもっと描写増やしたいけど、そんなことしてたら間違いなくダレる!
ちなみに現時点での出久くんはこんな感じです。


氏名:緑谷出久
学校:折寺中学3年
身長:158cm
体重:56kg
個性:なし
特技:パルクール・我流格闘技
備考:バイトをしている

原作の出久くんは身長166cm。
しかしハッピーアカデミアの出久くんはせいぜい160cm程度にしかならないでしょう。
なぜって筋肉つけちゃったので。体脂肪率は10%以下。
顔つきはあんまり変わらないので脱いだらすごいタイプ。しかし身長は伸びなかった。


学生時代の筋トレはほどほどにしましょう。






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08

「いや、本当にすまなかったな少年!」

 瓦礫の山から引っ張り出したソファに座りHAHAHA!と快活に笑う骸骨のような男に、もはや出久は憧れの視線は向けられなかった。

 

 もちろん出久にとってオールマイトは永遠の憧れであり尊敬すべき神にも等しいヒーローであるが、今は「ほっといたらこの人間違いなく死ぬ」という焦燥感の方が圧倒的に優っている。

「できることならただの具合が悪い一般人ということで誤魔化したかったが、この格好じゃそうもいかないだろうしね!」

 そういってオールマイトが示したのは首元から胸にかけて赤黒く染まった体躯に合わないヒーローコスチューム。普通に考えれば中年コスプレ男が倒れているだけと判じて救急車を呼ぶところを、出久は知っているが故に躊躇した。

 その一瞬の困惑が運命を分けた。自分のすぐそばにある気配に意識を取り戻したオールマイトはもはやどう言い訳しようにもどうしようもないと悟ったのか、警察と救急車は呼ばないでほしいと出久に頼み込んで今に至る。

「もしその格好をされていなかったらすぐに救急車呼んでましたよ」

「うん、うん!まあどんな格好だとしても救急車を呼ぶのが本来ベストだろうが、この場合は君が判断を迷ったことに感謝する他ないな!ありが」

 言葉を遮るようにゴパッと口元から鮮血が溢れかえった。

「うわっ、ちょ、落ち着きましょう!何だかテンパっているのはわかりましたから、落ち着きましょう!僕誰にも言いませんし話しませんから!!」

 人間とはこれほど大量に血を吐いて大丈夫なのかと不安になりながら出久は自分のタオルを押し付けるように渡しオールマイトの背中をさする。元の色がわからなくなるほど赤くに染まった胸元とは違い、少しばかりの汚れが付いているだけの背中が妙に遣る瀬無くみえたのは、実際オールマイトがひどく辛そうに背中を丸めているからかもしれない。

 

「……すまないね。タオルは新しいものを返そう」

「いいいいいえ!!むしろ僕の方こそ、そんな汗まみれのタオルで申し訳ないっていうか、むしろそのまま返していただいても全然問題ないというか」

「いや、さすがにそんなことはしないさ。それに、もうこれじゃあ洗っても使えないだろうしね」

 オールマイトがそういって見せたタオルはうっかり漏れ出た出久のマニア魂を吹き飛ばしかねないほど赤く染まっていた。

「さて、少年も気づいていると思うが、私がオールマイトだ。事情も言わずただ黙っていてくれというのも虫が良すぎるからね。君にこの姿について聞いて欲しいが、他言無用でお願いしたい」

「もちろんです!口が裂けたって誰にも言いません」

 やや食い気味に頷いた出久にオールマイトは戸惑いを隠せない様子でたじろいだ。

「……少年、私がオールマイトだって信じるの?」

「え、まぁ。だってオールマイトでしょう?」

「うーん、自分で言うのもなんだけど、今の私ってメディアで見るのと全然違うでしょう。ちょっとおじさん少年が心配になってきたんだけど、ヒーロー詐欺とかあってない?」

 あ!とそこで出久はようやく自分の失敗に気がついた。

 出久自身かつて初めてオールマイトのトゥルーフォームを見て偽物だの嘘だの散々わめいたのだ。目の前でその変身を見たとしてもなかなか信じられないのが”普通”である。そんなことも取り繕えないほどに浮かれていたらしい自分に恥ずかしくなるも、今更ごまかしたところで仕方がないと出久はから笑いで乗り切ることにした。

 ちなみにヒーロー詐欺とはヒーローのコスチュームを着込んでファンや騙されやすそうな一般人から金銭の類をだまし取るその名の通りの詐欺である。

「ヒーロー詐欺は、大丈夫です。されそうになったことはありますけど」

「やっぱりあるんだね、気をつけなさいよ少年。ちなみに、参考までに聞きたいんだけど、どうやって少年はヒーローを見分けているのか聞いても?」

「僕の場合はちょっと特殊で、今のバイトがヒーロー関連のお仕事なので、本物のヒーローコスチュームとコスプレ用の衣装を見分けるのは得意なんです」

「へぇ……」

 なお、この特技も出久ならではのものである。未来のヒーローデク時代においてもそんなことが出来たのは出久ぐらいのもので、爆豪に「キメェわ!クソナード!」と怒鳴られた上、ほかの友人たちからもなんとも言えない視線をむけられたのは今となっては懐かしい話だ。

 オールマイトの心境も推して知るべしといったところだろう。

 

「まあ、うん、特技があるのはいい事だね!それで、最初の話に戻るんだが」

 触らぬオタクになんとやら。半ば無理やり軌道修正する形ではあったが、ともあれオールマイトから聞かされた話は、概ね出久の記憶の通りであった。あえていうならシチュエーションが違うために話しぶりが少し変わったという程度か。

「私の都合ばかりで申し訳ないが、”平和の象徴”として私は屈するわけにはいかないのさ。だから、」

「最初に言った通りです。口が裂けたってヴィランに脅されたって言いませんよ」

「重いなキミは!さすがにヴィランに脅されたら構わないからね!私のことよりまずは自分の身の安全を考えなさい」

 興奮したためか、少量の血を吐きながらも厳しくそう語るオールマイトに、出久は頷かなかった。

「オールマイト、今度は僕の話を聞いてもらってもいいですか?」

 代わりにそう申し出た出久の言葉にオールマイトは蒼い瞳を瞬かせ、少し間を置いて「もちろんだとも」と頷くと話を聞くべく居住まいを正した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

>>09

 




師弟の話し合い。
もしかしたらこのシリーズで初めてのまともな会話シーンかもしれない。
そして長くなったので今回は問答オールマイト編です!べ、別に時間稼ぎとか、そんなんじゃないんだからねっ!
嘘です、時間稼ぎです。

ぶっちゃけちょっと長くなったので、分断して今日と明日に分けちまえ!ってなりました。


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09

 

 ここで出久が自分のことを語る事に大した意味などなかった。

 思惑があったとすれば、せめて知人程度にでも記憶にとどめおいて欲しいという気持ちがあったのは確かである。ファンとして、いつかの弟子として、その身を案じる者として。

 

「無個性か……。気持ちはわからなくもないが、ヒーローとは無個性でもできるなんて言えるほど生半可なものじゃない。正直私がこんな怪我を負ってでも生きているのは幸運だったからとしか言いようがないよ」

「そう、ですね。正直オールマイトだから生きていられたんだろうなって思います」

「否定はしないさ。伊達にNo.1ヒーローなんて呼ばれちゃいない。そんな私でも死の淵をさまよい、命を削るような傷を負ったんだ。そんな状態になっても立ち止まることはできない。君が目指したいと言うのはそう言うものだ。夢を見るのは悪いことじゃないが、人には相応の現実というものがある。私としては、助けてくれた君だからこそその夢は諦めて欲しい」

 厳しい現実を見せつける言葉は、かつてよりも重みを増して出久へ突きつけられた。

 最初からわかりきっていたことではあるが、それでも心を打ち砕くには十分すぎる威力を伴う言葉に胸が痛む。もっとも打ち砕かれた程度でへこたれる出久ではないが。

「……あなたの、言う通りなんだと思います。周りの人にもよく言われます。現実が見えてないって。母も、口では好きにしていいって言ってくれていますが、多分僕が無個性だから、叶うわけがない夢だから好きにさせてくれてるだけなんでしょうね」

「そこまでわかっていて、なぜヒーローにこだわるんだい。君ほどの賢さならヒーローでなくとも、関連する職業はいくらでも選べるだろう。警察はもちろん、ここまで私を運んだことを思えば消防士や救命士、ヒーローのサポート会社もある」

 なぜ、と言う問いかけはオールマイトだけではない。幾度となく様々な人にも問いかけられた。口にはしない母の呆れた眼差しの中にも垣間見えた。

 その都度、出久の中に思い浮かんだのはかつての友人から返されて以来、耳から離れず心にストンと落ちた短い一言。

「憧れちゃったものは、しょうがないんです」

 憧れちまったものは、しょうがないだろ。

 寂しげにそう呟いた彼は、その後ヒーローになった。

 もっとも彼の場合はヒーローとしてかなり有用な個性を持ち合わせていたと言う強みもあるが、ヒーローになると言う夢を最初から否定されるその辛さは誰よりも出久が知っているつもりだ。

「限りなく不可能に近いとしても、やらないうちから無個性を理由に諦めたくない。何もせずに諦める前に、試せることを全部試してからでも、他の道を探すのは遅くないかなって」

 出久の言葉にオールマイトが何を思ったのかはわからない。

 とはいえ、出久にとってこの決意表明はとりあえず言葉にしたついでのような表明だ。今はただ、無個性の無謀な少年が雄英の付近にいると言う印象が残ればそれでいい。

「そうか……まあ、あまり応援はできないけど、頑張りたまえよ」

「はい!ありがとうございます!」

 話も一区切りついたところで、オールマイトは億劫そうに腰を上げた。多量の出血のためまだ顔色は悪いが、動ける程度には回復したらしい。出久としてはできればタクシーなり、迎えなりを頼んで安静にしてもらいたいところだが、血濡れのヒーローコスチュームを着ている以上そう言うわけにもいかないだろう。

「さて、そろそろ私は行くとしよう。すまなかったね、少年」

「いいえ。困ってる人がいたら助けるのがヒーローですから!」

力強く答える出久の言葉にオールマイトは困ったように苦笑を浮かべた。

「……そうだね、ありがとう」

「またお近くまで来られることがあったらなんでも言ってください。僕、朝と夕方ならだいたいこの海岸にいるので」

「そうだな、その時はお願いするとしよう。……にしても、ずいぶんゴミだらけだな」

 今更、と言うよりは最初から気にはなっていたのだろう。トゥルーフォームでもなかなかの高身長であるオールマイトより、なおもうず高く積み上げられたゴミ山へ向けられる呆れた視線に、出久も苦笑するしかない。こればかりは地道に続けて行くしかない話だ。

「もともと海流の関係でよくゴミが流れつくんですけど、誰も言わないのをいいことにゴミ捨て場みたいにされちゃって。まぁ、おかげで僕にとっては良い運動場所になってるんですけど。って、そんなことより。急がないとそろそろ通勤の人たちが来ると思うので」

「おっと、そうだった!」

 ほんの一呼吸。それだけで目の前の骸骨のような男の姿が鍛えに鍛え引き絞られた筋肉の鎧を纏う巨漢へと変わった。

「それじゃあね、少年。いずれまた、改めてお礼をするよ」

 その一言を最後にオールマイトは力強く跳ね上がると、上空高く舞い上がりビル群の方へと姿を消した。

 

 まだ今日という日は始まったばかりだと言うのに、出久は妙な気疲れを覚えて先ほどまでオールマイトが座っていたそこにへたり込むようにして腰を落とした。

 それなりに長く話していたはずが、いざ一人になってみるとあっという間の出来事のようでどことなく現実味の無ささえ感じる。

「やっぱり反対されちゃったなぁ」

 諦めるつもりなど微塵もないとはいえ、何も思わないわけではない。とはいえ思うところがあればあるほど逆に奮起するのが出久である。

 よし!と掛け声とともにソファから立ち上がり、気合一発自身の頬を叩いて深呼吸とともに胸を張る。

「大丈夫だって思ってもらえるよう、頑張らなきゃ」

 始まりとなった春はもう目前に迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

>>10





師弟の話し合い
問答出久編でした。
ぶっちゃけ定期的にオールマイトの様子を見て健康管理をしたい出久くんが自分の印象をオールマイトにフルカウルで打ち込もうとしただけの話でした。

この時期のオールマイトって本当にどうしてたんでしょうね。
塚内くんは親友といっても刑事さんだから常に様子見もできないでしょうし
過保護1号であろうサーナイトアイとは一方的に疎遠だろうし
おっかない先生であるグラントリノとも時節の挨拶ぐらいしかしてないだろうし


活動時間ギリギリ範囲内でヒーローやって健康状態はギリギリに保ってたけど、
そんな自分にストレスマッハだったイメージです。


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10

デステゴロ・シンリンカムイ出てるけどキャラ把握微妙です!
予想以上に崩壊してたらすみません。


 

「海浜公園で遊ぶ子供?」

「あぁ、ちょっといろいろあって借りたタオルを汚してしまってね。お詫びとお礼をしたいと思うんだけど、あんな場所で一人でいるのがどうも気になったんだよ」

 海浜公園での一件から月を跨ぎ今は四月。

 あの日であった少年を全く信用していないというわけではないが、とはいえ遊び盛り伸び盛りの子供が相手だ。何かの拍子にポロリと秘密を明かされてしまうかもしれないと覚悟していたオールマイトこと八木俊典の不安は杞憂のようで、世間は未だオールマイトを衰え知らずのNo.1ヒーローとして賞賛していた。

 わずかでも疑って申し訳ないと思うと同時に、気がかりになったのは少年自身についてだ。

 朝と夕方はだいたいそこにいると言っていたが、一体何をしているのか。ヒーローを目指すため自主トレをしているにしても、あんなところで一人でいては万一ゴミ山が崩れた際に生き埋めになってもおかしくはないし、誰も気づかないだろう。

 常駐する地元のヒーローが何か知っているかと、ちょうど引ったくりを取り押さえたところに現れたデステゴロやシンリンカムイに尋ねてみたところ、彼らにも心当たりがなかったようで顔を見合わせるだけだった。

「申し訳ないが、ここ最近そのような話は」

「だいたいあの界隈で騒ぐバカが出たらデクが連絡してくるしな」

 聞きなれない名に「デク?」と問い返す。最近活動を始めたサイドキックかあるいはインターン生かと予想をするが、いえと首を振り苦く笑うデステゴロから返された答えはオールマイトの予想をはるかに飛び越えたところにあった。

「ここいらじゃ有名な中学生ですよ。ヒーロー志望で、体鍛えがてら、あの海浜公園のゴミ掃除をしてる、大したやつです」

「言い換えれば我らが情けないという話なのですが……いずれいずれと思いながら、なかなかあちらへ手が回せず至らぬばかりです」

 もどかしげな二人のヒーローの言葉に、オールマイトが真っ先に思い浮かべたのは先日の少年だった。

「あの粗大ゴミの山を、一人で?」

「ええ。あれでも当初よりは随分綺麗になってきたんですよ。俺らも手が空いてる時やオフの時なんかに手伝いに行ったりするんですが。ほとんどそいつ一人でやってるんですよ。なので、ゴミ山で遊ぶ子供なんかいたら、多分すぐ連絡よこすと思うんですが」

「デステゴロさん、そろそろ」

 サイドキックの呼びかけに「おう」と手を振り返し、「では、我も」とシンリンカムイも軽く頭を下げてそこを離れた。

「……私も、見る目がない」

 運動場所にしている、という言葉をそのままに受け取った自分の情けなさにオールマイトはほんのわずかため息を落とし、自らもまたその場を立ち去った。

 

 そうして物陰に身を隠し、マッスルフォームのオールマイトからトゥルーフォームの八木俊典へと戻り、人目を避けるようにしてたどり着いたのはちょうど意識にあったあの砂浜だった。まだ慣れない町なのだから無意識に覚えのある場所へ足を運ぶのは自然かもしれない。

 なんとも芸のないことだと自嘲しつつ辺りを見回せば、脳裏に浮かぶ人物の姿は容易に見つかった。

 ゴミ山の隙間を縫うようにちょこまかとせわしなく走り回る少年の肩に担がれているのは電子レンジだ。

 すでにそうだとは思っていたが、やはりオールマイトが出会った無個性の少年こそデステゴロの語るヒーロー志望の中学生『デク』だったらしい。

 デクなりに何かしらルールがあるのだろう。運んでいた電子レンジを不意に下ろすと、きた道を引き返して今度はゴミ山の一つに登り始めたかと思えばそのてっぺんで絶妙なバランスを保っていたテレビを担ぎ、慎重ながらも素早い動きで山を降りて先ほどの電子レンジのそばまで走っていく。

 俊典はしばらくその光景を眺めていた。

 先日のヒーローコスチュームとは違い私服のため、特に周囲の視線を機にする必要もない。体躯に合わないだぶついた服装の中年男性ということで時折通り過ぎる通行人が不審な目を向けてくるが、見るからに不健康そうな外見のためか時折何事かをささやき合うだけで何かを聞かれることもなければ、警察を呼ばれることもなさそうだった。

 だがデクはそんなわずかな騒めきも拾い上げたのか、はたまた視界に違和感でも感じたのか。不意に動きを止めた少年は軽く辺りを見回し、俊典の姿を認めると遠目に見てもはっきりわかるほど嬉々とした様子で大きく手を振って見せた。

 「オ……に、いっ、さん!」

 オールマイト!と叫ぼうとしたのをすんでのところで飲み込んでくれたらしい。しかしお兄さんというよりおじさんじゃないだろうかと苦笑いしつつ俊典も軽く少年へ向けて手を振り返す。ますます表情が華やいだのがわかった。

 身軽にひょいひょいとゴミ山を登り飛び越え、足場の悪さも気にせずまっすぐに走ってくる姿にふとチワワという小型犬を思い出し、一人想像に笑い出しそうになるのを咳払いでこらえる。

「こんにちは、また来てくれたんですね!」

「やぁ、こんにちは。近くまで来てね。悪いけど、タオルは持って来ていないんだ」

「そんなの気にしないでください!お元気そうで何よりです」

 ニコニコニコニコ。そんな文字がデクの背中に見えるような気がする。それほどに上機嫌を隠そうともしない少年の姿に、俊典も釣られるようにして「まあね」と機嫌よく答える。

 とはいえ、デクがそれほどまでに喜びをあらわにするのは正直よくわからなかった。No.1ヒーローとして人気がある自覚はあるが、今の姿は痩せぎすの骸骨男だ。先日の不甲斐なさを思えば幻滅されても仕方がないだろうに。

「ここを、掃除してるって聞いたよ」

「あ、いえ、まぁ、掃除っていうかちょっと筋トレがてらやらせてもらってるっていうか」

「謙遜する必要はないよ。立派なことだ」

「……ヒーローの基本は奉仕活動だって、教えてくれた人がいて。だから僕がっていうよりもその人がすごいんです」

 ヒーローの基本は奉仕活動。全くその通りである。しかしその基本を実行できずにいるヒーローがほとんどというのがこの世界の実情だ。

 公務員といえど貢献率で給料が変わってくるシビアな職業だ。副業をこなしつつやっと事務所を経営できるという厳しい現実を思えば、無償の奉仕よりも派手で目立つ仕事が優先されるのも仕方ないことで、デステゴロやシンリンカムイが後ろめたそうにするのもその為だ。

「誰かの受け売りだとしても、今それを実践してるのは君だ。だから遠慮せず胸を張るといい」

「っ……はい!」

 感無量、とばかりに目をキラキラと輝かせて力強く頷くデクの髪に手が伸びたのはとっさのことだった。ガシガシといささか乱暴に掻き撫ぜた髪は見た目の通りふわふわしていた。

 

 無個性だから絶対にヒーローになれないとは言わない。少なくとも俊典は無個性がヒーローになる術を知っている。同時に、それを容易に人に与えてはいけないことも。

 自らの将来の展望を強い決意で見据える少年の眼差しは、久しく見ないふりをし続けて来た俊典の何かを揺さぶり起こそうとしていた。

「さて、私はそろそろ行くよ。今度来るときはタオルを持って来るから」

「本当に気にしなくてもいいんですけど……でも、またお会いできるのを楽しみにしています」

 嬉しげに頷くデクの頭をもう一度撫でようとして、やめた。思春期の少年相手に知り合ったばかりの中年男がやたらとする仕草でもない。

「次に来るときは、是非ここの掃除も手伝わせてもらうとするよ」

「ありがとうございます。無理だけは、しないでくださいね」

 時間のことではなく、体調面についてだろう。身近な人間以外からの心配にどうにもむず痒さを覚えながら「そうだね」と答えて俊典は少年に背を向けた。

 何度か振り返り、手を振り続けるデクに戻るよう促し、名残惜しげに海岸へ戻って行く姿に微笑ましさを感じながら、俊典はスマホを取り出した。簡単な操作で表示された履歴画面に並ぶのは同じ人物の名前だけ。

 それをタップすることを一瞬ためらい、意を決して軽く名前に触れればスマホは直ちに相手を呼び出し始めた。

 せめて次にあの少年に会うまでに、遠ざけていた問題にケリをつけよう。誰にでなく自分自身にそう強く言い聞かせ手のひらに収まる小さな機械を耳に押し当てる。

 この時の俊典は、まさか会いに行く前にとんでもない形でかの少年と再会することになるなどとはほんの少しも想像していなかった。それが、ほんの数日後であることも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

>>11





出久くんのバイトネタ出したいけど
出す機会ない!
結構がっつりしっかりネタ突っ込むつもりなのに、ネタ突っ込む隙がない!




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11

桜舞い踊る4月。出久にとって運命の分岐とも言えるその日が来た。

 日付まできちんと覚えていたのはオールマイトとの出会いという鮮烈な記憶の為だ。

 そして出来事はほとんど出久の記憶通りに進んだ。

 朝の通勤ラッシュ時に発生したひったくり事件。巨大化の個性を持つヴィランを追い詰めるヒーロー。いよいよシンリンカムイが代名詞とも言える必縛でヴィランを取り押さえようとしたその瞬間にドロップキックで登場したマウントレディ。派手な登場で手柄も話題もかっさらう鮮烈なデビュー。

 学校では進路相談についての話が行われ、勝己がそこで盛大に周囲を煽り見下すのも変わりない。言動は記憶よりもほんの少し、わずかばかり、砂糖ひとつまみぶんくらいは丸くなっていたような気もしなくはない。出久の贔屓目でなければ、の話だが。

 その後口の軽い担任によって出久の進学先までバレるのもそのままで、ただそこでの大きな違いは勝己が出久を庇ったことか。感動のあまり「うちのかっちゃんがこんなにいい子!」なんて脳内でかつての爆豪に語りかけたつもりが、口からダダ漏れだったようで結局照れ隠しにブチ切れた勝己に教室の隅まで追い詰められるかつてと変わりない顛末を迎えたのだった。

 

 そして放課後。

「おいデク、帰んぞ」

 なんの違和感もなく、当然のように声をかけてくる勝己に出久も席を立つ。出久が倒れた10歳の頃以来の習慣で、席が離れていようがクラスが違おうが、勝己は必ず出久に声をかけた。

 これもかつてとは大きな違いだ。最初の頃は違和感があったものの、今ではすっかり出久も慣れたもので勝己が迎えにくるのを待つのが当然のこととなりつつあった。

 が、今日は少しばかり事情が違う。

「かっちゃん、ごめん。僕なんか先生に呼ばれちゃって……進路のことで」

「んなもんほっとけ。何言われようが受けるんなら時間の無駄だ」

「うん、まあそうなんだけど、やっぱり行かないわけにいかないし。今日は先帰ってて」

 ごめんね、と付け加えると勝己は手近な椅子を蹴飛ばした。

「待ってなくていいからね、時間どのぐらいかかるかわからないし。真っ直ぐかえ」

「るせえ!てめーはうちのババアか!!言われんでもお前なんか待つか!クソが!」

 しつこくすればするほど切れて、結局こちらのいうことを聞く。素直なのかひねくれているのかよくわからない勝己の性格を逆手に取れば、案の定勝己は荒っぽく教室のドアを開きドスドスと荒っぽくいかにも怒っていますという顔で出て行った。

 そして出久はあのヘドロヴィランへ襲われた高架下へ急ぐ。なんてことができればよかったのだが、あいにく担任に呼び出されたのは本当のことで、勝己のいうとおり時間の無駄にしかならないだろう呼び出しを思うとため息を落とさずにはいられなかった。

 足取りも重く職員室へ向かい扉を開けるとともに一礼。「おお、緑谷来たか」担任を呼ぶ前に、あちらが気づき手招きされる。他の教師たちの視線を受けつつ、担任のそばへ行けばパイプ椅子を勧められた。これはますます長くなりそうだと背を丸めたのを、担任はどうもうまく勘違いしてくれたようで「そう重い話じゃないさ」と言いながら一枚の紙を取り出した。言わずもがな、出久の進路希望用紙である。

「朝のホームルームでも言われていたが、緑谷は本気で雄英のヒーロー科を受けるつもりか?」

「はい。母とも相談しました」

「お前がヒーローについて熱心に勉強しているのは知っているし、体を鍛えたり色々頑張ってるのはわかるが、無個性で国立のヒーロー科を目指すのがどれだけ厳しいか、ちゃんと分かってるのか?」

「一口に個性といっても千差万別です。攻撃や防御に向かない個性を持ったヒーローも第一線で活躍していますし、攻撃手段や捕縛手段を持たないヒーローがサポートアイテムを駆使するのは珍しいことじゃありません」

 あらかじめ用意していた、というよりも頭の中に入っている情報をつらつらと並べ立てれば、担任はただ困ったように頭をかいた。

「悪いが俺はヒーロー業界に関しちゃ詳しくないからなんとも言えんが、その危険な現場で無個性というリスクのために死ぬかもしれんぞ」

「ヒーローはいつだって命がけです。そこに個性の有無は関係ありません。確かに生存率には関わってくるかもしれませんが、仮に個性を持ってたとしても自分の苦手な個性を持ったヴィランが相手だからといって逃げるわけにはいきませんし。他のヒーローと協力することも」

「あー、わかったわかった。はぁ……予想はしちゃいたが、本当に緑谷はヒーローについて詳しいな」

「ええ、まぁ」

 子供の頃からの諦められない夢であり、一度はその夢を叶えプロヒーローとなったのだ。心構えだけならいくらでも、制度や法律に関しても網羅している自信はある。

「だがまぁ、雄英一本はやめておけ。どんなに万全の準備をしていても、予想外の事態や当日のトラブルもあり得る。今朝みたいにヴィラン事件が発生して受験会場に行けず泣かされるなんて話は珍しくない。それはわかっているな」

 そればかりは出久も素直にうなずいた。実際前回も雄英の普通科や経営科はもちろん、近隣にある大奏(おおがな)高校を受験していた。さすがに無茶無謀が取り柄の出久も本命一本だけで勝負するほどの博打屋ではない。

 担任もそれさえ聞ければとでもいうようにフッと肩の力を抜き、しかし話を終えるでなくなぜか出久の方へ身を乗り出して来た。

「それでだな、緑谷」

「は、はい?!」

「去年の担任だった巻野先生からの話なんだがな。このままの成績と内申が維持できるようなら、推薦入試を視野に入れてみないか?」

 ニンマリと笑う担任の顔を出久はぽかんと見つめた。

 やがてじわり、じわりとその言葉が脳へと伝わりその意味を理解した瞬間、出久は椅子を蹴たおし「え、ええ!えええええええ?!」と自分でも信じられないほどの叫び声をあげていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

>>12

 




大幅捏造上等でござる。
やるからにはもうとことんやってしまえと。

ちなみにそんな私、受験とかもはや記憶の彼方でござる。
てか中学受験からの形骸化した試験による内部進学だったので、推薦とか無縁のおばか属性でした。
多分芦戸ちゃんと上鳴くんとおんなじくらいのおばか枠でした。すまんな芦戸ちゃん上鳴くん。

ので、捏造捏造!
おかしいところあったらさーせん。すでにおかしいところしかないと思いますが、さーせん!!


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12

日付間違えて、予約投稿し直しました。
さらに前回に引き続き担任や前年度担任の捏造、クラスメイトの勝手なキャラ付けなどしております。


 推薦入試。まさか、という話だった。というより知ってはいても脳裏にほんの一片たりとて過ぎることのなかったフレーズだ。

 出久がどもりながら一体どこの話かと担任に問い返せば、彼はさも当たり前のように、むしろわからない出久が鈍いというように「雄英に決まってるだろ」と笑う。

「爆豪もそうだが、緑谷も模試はA判定。去年と同じ調子でいけば学業、課外活動、生活態度共に内申に問題なし。資料を確認したところ、雄英の方で個性の有無について言及する記載もなかった。個性ありきで話しているともいえるが、記載していない以上受験資格はある。まぁ、制度の穴を突くという感じだな。俺はよく知らんが、お前のゴミ掃除に巻野先生も時々顔出してたんだろ」

「は、はい……夏休みなどに、車を出してくださいました」

「それで巻野先生が、あれだけ頑張っているのに無個性なんて理由でチャンスを潰されるのはあんまりだろうと言ってな、雄英の推薦について一生懸命調べてくださったんだ。あとでお礼を言っておきなさい」

 願書を出すにもまだかなりの猶予があるから、とその話はひとまず切り上げとなった。

 前回とのあまりの違いに呆然としながらも、昨年の担任の元へ行って首ふり人形か水飲み鳥のようにペコペコと頭を下げてどうにか謝辞を並べ立てて職員室を後にする。

 

「推薦、かぁ……」

 ぼんやりと夢見心地に帰り道をたどりながらひとりごちる。興味がない、わけではない。しかし推薦入試を受けるメリットがあるのか。

 出久はただ雄英に行きたいわけではない。かつて苦難を共にしたクラスメイトと、かつて過ごすことのできなかった学生らしい時間を共に過ごしたいのだ。

 もちろん最終的なクラス分けは雄英側が決めることで出久にはどうしようもないことであるし、あるいは以前はA組にいなかった誰かがA組になり、出久や他のクラスメイトがB組に振り分けられるという可能性も十分にある。相澤がそもそも担任にならないという可能性だって考えられなくはない。

 正直にいえば、雄英に合格するだけなら自信があった。すでに身体能力だけでいえば、雄英一年時の体育祭と同程度かそれ以上に出来上がっている。パワー不足は否めないが、入試の実技試験に用いられた仮想敵ロボット程度なら、戦い方次第でどうとでもできると言い切るだけの戦闘技術や知識は十分にあった。さすがに0ポイント仮想敵を吹っ飛ばすなんて芸当は難しいが、街に被害を出さないよう行動不能にするだけでいいのならやりようはある。

 出久は無個性で、努力以外は取り柄を持たない凡人だ。

 受けるのならば一般入試。他の受験生のサポートで救出ポイントをメインに稼ぎ、足りない分を仮想敵で稼ぐ。再び”あの”A組へ戻るのであれば、できるだけ前回と近い順位になることを意識するほうが出久の望みは叶うだろう。

「僕は、」

 

 突如、意識を遮るようにボンと鈍く何かが爆発するような音が遠くから響いた。一瞬の異音に周囲の通行人も何事かと顔をあげ、すぐさまスマホや携帯端末を取り出す。

 その中で出久はただ一人、顔を真っ青にし強くアスファルトを蹴り付け走り出した。

 脳裏をよぎるのは、かつての爆豪の苦しむ姿と、ヘドロの姿をしたヴィランによる事件。

「っ、かっちゃん!!」

 血相を変えて猛進する出久に通行人は慌てた様子で道を譲る。避けきれず足を止めた人間は出久自身がすりぬけるように避けて足を止めることはなかった。

 担任の呼び出しを時間の無駄だと思うほどに、大事な用事があったのだ。どうしても行かなければならない場所があったのだ。

 断続的に続く爆発音を頼りに道も何も関係なくただひた走る出久がやがてたどり着いたのは、かつて炎に包まれたあの商店街とは違う、駅前の広場だった。

「やっべ、火の海じゃん!」

「ヒーローまだかよ」

「いや、なんか中学生が捕まってて、その子の個性が暴走してんだと」

「なんか居酒屋のボンベに引火したらしいぜ」

「まじか、やべー!」

「ガンバレー、カムイー!!」

人垣で何が起こっているのかはわからない。けれどその中心で何が起こっているのかは口々にのぼる興奮した話ぶりから容易に想像できる。

「くそっ」

「少年……?」

 息を飲み、振り返った。そこに立っていたのは、息を切らしいつもよりさらに青ざめた顔色で立ち尽くすオールマイトだった。

「お、……っにいさん」

「何やってるんだ、ここは、危ないから。早く、逃げなさい」

 言葉は切れ切れに、ゼィゼィと引きつった呼吸を繰り返すその姿は今にも倒れそうなほどだった。いや、倒れてないことがおかしいというべきか。

「お、っ……あ、あなたも。早く休んで。とりあえず、そこの植え込みにでも座って」

「……情けない、本当に……ヴィラン一人まともに捕まえられず、何がヒーローか」

 出久という足止めがなかった為に、取り押さえることができなかったのだろうか。

 それが理由だったとして、他にどんな事情ややむを得ない理由があったとしても、彼が自分を許すことはないだろうと思うと、悠長に職員室で進路相談などしていた自身に腹が立った。

 血を吐くかのようなその叫びに出久がかけられる言葉などあるはずもなく、苦しげに胸を抑えるその体を支えるように手を添える。

「何やってんだ、デク」

 そんな出久の耳に飛び込んできたのは、信じがたい声だった。

「っ?!か、かっちゃん?」

「おぅ、センコーの話おわったんか。それと、そのおっさんどーした」

 買ったばかりなのだろう缶ジュースを手にしたまま不思議そうな顔をする勝己に、出久はただ目を見開くしかない。

「か、っちゃ……かっちゃんこそ、なんで」

「あー、本屋寄って帰ろうとしたらこのザマだ……さすがに、あれじゃあな、帰りづれーわ」

 静かな言葉に反して、顔は普段にも増して凶悪だった。しかし、その言葉の意味がわからない。そんな出久の疑問が顔に出ていたのだろう。不愉快そうに荒っぽく舌打ちをこぼし「うちの女子だ」と吐き捨てた。

「、ひ、人質が?!」

「あ?あぁ。……おい、デク。なんだこのおっさん」

「え、っと……最近知り合った人で、こういう事件とか見るのは慣れてないんだって」

 彼がオールマイトなのだと言えるはずもなくとっさにごまかしたが、しかし嘘ではなかった。体の調子さえ万全なら、ただ見ているだけの聴衆に甘んじるような人物ではない。

 その悔しさや憤りの相まった表情と顔色の悪さに勝己も納得したようだった。あるいは、通りすがりの男など気にしていられないということだろう。

「それで、うちの女子って」

「……お前の隣の席の炎の個性持ち。火野、っつったか」

 出久は我知らずあげそうになった悲鳴を飲み込むように口を抑えた。そして人垣の向こうへ目をこらす。

 顔もおぼろげな少女の姿など見えるはずもなく、時折暴れまわるヘドロの飛沫だけが高く上がるのが見えた。

 勝己がなおも言葉を続けているのはわかったが、頭の中には入ってこない。

 いや、それどころか出久は気づけば勝己の手から缶ジュースを奪っていた。

「かっちゃん、この人をお願い」

「は?」

「っ、少年!無茶は」

「それと消火器、ありったけかき集めて!」

制止しようとするオールマイトの言葉を遮り、虚を突かれた勝己の手に捕まるよりも早く人垣を突き抜ける。「止まれクソデク!」と叫ぶ勝己の声は聞こえたが、そんな事で止まるぐらいならそもそも飛び出したりはしない。

「デク?!は、おまえ!!」

 伸ばされたデステゴロの手もかいくぐり、手にした缶を目一杯に振りながらリュックサックから片腕を抜く。

 考えるより先に体が動いていた、なんてそんな青臭くカッコつけた理由ではない。

 ただ、出久はヒーローだった。誰が知らずとも、それが遥か未来で遠い過去だとしても、出久は間違いなくヒーローだったのだ。そしてヒーローである以上、動かないという選択肢はなかった。たったそれだけの、ただ出久のちっぽけな矜持を貫くためのくだらない理由だった。

「おい、こら!くそったれヴィラン、ぼさっとしてんじゃねぇ!」

 腹の底から目一杯に怒鳴れば、どこからか「少年、口調違うよ!」と叫ぶ声が響いた。熱がこもると口が悪くなる。どうしても治ることのなかった、悪癖といえば悪癖なそれは虚勢を張るには都合が良かった。

「あ?なんだ、」

「っせぇい!」

 目一杯の力を込めて愛用のリュックサックを投げ飛ばす。紐で引き締めるだけの単純な作りのバッグからバサバサと飛び出す学用品は、しかしヘドロに埋まるだけで煩わしげに弾き飛ばされた。

「バカなガキが!んなもんでどうにかなるかよ」

「そうだね」

 伸ばされるヘドロの腕をかわし、両手で構えた缶をヘドロへ突き出す。

「こっちが本命だ!!」

 カシュッと小気味いい音と共に開いた缶の口から勢いよく吹き出した炭酸は、出久の狙いどおりヘドロの目元へ直撃した。

「ぐぎゃっ!、目、目が!」

 所詮は目くらましでしかないが、炭酸は目に入ると地味に痛い。そして目に痛みが伴うほどの異物が入った時に人がとっさに取る行動は大体一つだ。

どこが手ともわかりづらいヘドロであるが、ほんのわずかにひるんだ一瞬。出久は崩れ落ちそうになる少女に半ば体当たりするような勢いでその体を捕まえると無理やりに引き剥がし、引き返すことなくそのまま走り抜けた。

「バカ野郎が!」「後ほど覚悟しておけ!」

 背後から聞こえる怒声に苦笑いしつつ少女をひらけた場所まで運べば、すでに救急隊が待ち構えていた。

「脈、呼吸はありますが意識はありません」

「ありがとう!君も早く下がって!」

 はい、と答える出久の声をかき消しヘドロが喚き散らす声が響く。けれど人質のいなくなったこの状況で、解決は時間の問題だった。

 

 

 それからヘドロとの決着がついたのは十数分ほどしてからだった。

 デステゴロとシンリンカムイの連携で、逃げ場がないほど雁字搦めにされたヘドロはその後警察に引き取られ、火事もバックドラフトと勝己がかき集めてきた消火器によって消し止められ事件は落着した。 

 そして、当然出久は怒られた。以前よりもはるかに厳しい叱責となったのは、消火器をかき集めた功労者である勝己が率先して怒鳴り散らしたせいだろう。

「てめーの頭に詰まってんのはおがくずか?!海藻みたいな頭してプランクトン程度の知能しかねえのかクソが!」など、などなど。よくもまぁそれだけのボキャブラリーがあるものだと思うほど散々に怒られ怒鳴られて、ついには叱責していたはずのヒーローたちが「もうその辺に」と出久をかばうなんて本末転倒なことになってしまったのは笑い話にしていいのか。

ともあれ、そうして筋書きの変わってしまったヘドロ事件はどうにか幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

>>13




炭酸は、目に入ると、痛い。
本当に。これ本当。
あと、なぜか中学の時に缶コーラを全力で振って爆発させるという理科実験をやった。
結局なんのための実験だったかはよく覚えていない。とりあえず爆発するコーラがすごかった実験でした。

そして、原作とは違いオールマイトさんはおやすみ。
すでに限界突破してそうなので、出久くんによりかっちゃんという見張りを立てることで動きは封じられました。
しかし、原作でオールマイトがいなきゃあのヘドロはどうやって片付けたのか。
有利な個性持ちを待とうって流れでしたけど、割とあのヘドロ最強な気がして仕方がないです。


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13

「推薦だぁ?!」

 さんざん怒鳴られ叱られ、ヒーローたちにもう帰ってもいいと言われてなおも帰る道すがらクドクドと小言を続ける勝己に「なんで黙ってあんなことをした」としつこく問われ、困り果てた出久が苦し紛れに返した答えがそれだった。

「うん。それで、改めてヒーローって何かなって考えてたら、つい」

「ついじゃねーわ!だったらテメーが消火器集めりゃすむ話だろうが!」

「ご、ごめん。かっちゃんならきっとわかってくれると思って」

「分かりゃいいってもんじゃねえぞクソが!!つかあのセンコー、俺には何もいってねえぞこら!」

 まぁそりゃ、君成績いいけど生活態度は悪いもの。とはさすがに言えず空笑いでお茶を濁す。

「実際学校側としては僕に対する救済措置って感じなんだと思うよ。うまく合格できれば儲け物ってぐらいじゃないかな。先生も、制度の穴を突いたっていってたし」

 更に言えば、ダメならダメでさっさと見切りをつけて他の高校受験に意識を向けさせようという気遣いか。無個性を理由に落とされるようならば、雄英の普通科やその他の高校の受験に集中させようという意図は少なからずあるだろう。

 その点、勝己に関して言えば日頃の言動を除けば何の心配もないからこその放置か。信用とも言い換えることができる。

「まあ、貰えるもんは貰っとけや」

「え?」

「何うだうだ考えてんのか知らねえが、推薦だろーがなんだろーが目指すもんは同じだろうが。そんでダメなら一般でリベンジすりゃいいってだけの話だ」

 出久が真に悩むことなど知るわけもない勝己の助言は少しばかり的外れで、しかしストンと出久の胸に収まった。

 推薦を受けるか否か。悩んでいたのは自分に対する自信のなさからではない。これだけ散々周囲を引っ掻き回しておきながら、いざ目の前に突きつけられた自分以外の変化に怖気付いただけの話だ。

 今更、失った未来を取り戻すことはできない。あの日々は、何も知らず無力だった出久だからこそ手に入れられたものなのだ。

「そっか。そうだよね。そうだよ、僕がやることに何も変わりなんかないんだ」

 もはや、かつての彼らに出会うことはない。あの日、病室で眠りについたその時に出久はあの世界にも、あの世界の友人たちにも別れを告げたのだ。

 彼らと過ごしたかった日々に未練はある。けれど、それはまたこの世界で一から始めるものだ。それを手に入れるために、出久はかつてと同じ道を進むことを選んだのだ。

「まぁ、推薦受けたところで受かるとも限らねーけどな。そもそも個性以前に推薦何つーもんは世の中のエリート様向けのもんだ。没個性どころか、無個性庶民なんかお呼びじゃねえだろうよ」

「そんなの、やってみなきゃわからないよ」

「へーへー、せいぜいやるだけやって泣かされてこいや」

 かつての爆豪と同じく、勝己も口は悪い。けれどそこに確かに感じる絆のようなものに、出久はこみ上げる喜びを推し隠せず笑みをこぼした。

「ありがとね。やっぱ、かっちゃんはすごいや」

「はっ、俺がすげーのは当たり前だろうが、デク」

「ふふっ、そうだね」

 黄金色に染まる景色の中で、出久が見つめる金色はかつてとは違う。けれど、彼もまた出久が確かに憧れた人である。

 やはり自分という人間は今日という日から始まるのだなと、誰にも伝え難い感慨を覚えながら、出久は先を行く背中を追うようにゆっくりと足を進めた。

 

 

「本当に行くの?」

「ちょっと走ってくるだけだよ。1日休んじゃうと後が大変だし、落ち着かないから」

 心配そうな母の声を背に受けながら、足をなじませるように靴先でトントンと床を叩く。

 時刻は7時を回ったところだった。手の離せない用事があったりすればこの時間からトレーニングに出ることも珍しくはなかったが、さすがに昼間同じ学校の生徒が被害にあう事件があったためか引子は少しばかり神経過敏になっているらしい。

 気持ちはわからなくもないが、残念ながら今日はたまたま身近な人間が巻き込まれる事件だったというだけで、ヴィラン事件自体は珍しい話ではない。悲しい話であるが、それが今の超人社会である。

「走ったら直ぐに帰ってくるから」

「……気をつけてね」

 心配という表情を貼り付けたまま、けれどそれ以上引き留めることもなく頷く引子を安心させるように笑って頷き、出久は玄関の扉をくぐると街灯に照らされる夜の団地を走り抜けた。

 目指すはいつもの海浜公園である。

「推薦を目指すとしたらもう少し負荷を増やしたほうがいいかな。いや低負荷で筋持久力をのばすか。結局オールマイトほど筋肉つかなかったし、まあその分落ちにくかったのはよかったけど。最近体重もなかなか増えないし食事メニューも見直して」

「君、君!ちょっと、少年!」

 一口にランニングといってもそのペースは人それぞれだが、出久のペースは一般に比べるとかなり早い方である。そのため走っている最中は思考に没入することも多く、知り合いやすれ違う母に声をかけられても気づかないことがほとんどだ。

 そんな中、珍しく思考の中に割り込んできた声に出久は少しばかりスピードを緩め、その人物を認めるや否や急ブレーキでストップした。

「オールッる、る、ルイトさん!」

「誰それ?!ッケホ、いやもう私のことはおじさんでいいから」

「おー、にいさんは!おじさんじゃありません!!って、そんなことより、昼間はあの後どうでしたか?」

 小さく咳を挟みつつも自身をおじさんと称するオールマイトに出久が反論するのはもはや脊髄反射に近しいところがある。

「うん、おかげで私の方はなんともないよ。君があの少年を見張りにつけてくれたおかげでマッスルフォームにもなれなかったしね!」

「や、なんか、すみません」

「謝ることはないさ。正直にいって、あの場でオールマイトとして飛び出すのは難しかった。迂闊にも活動限界を超えてしまってね。……不甲斐ない話さ」

 言葉の合間合間に軽く咳き込むのは、やはり昼間の活動の際によほど無理をしたためなのだろう。顔色こそ少しばかりましなように見えるが暗がりでははっきりしたことはわからない。

「あの、よかったら少し移動しませんか?近くに公園もありますし、そこなら自販機なんかもあるので」

「いや、長話をする気は無いよ。トレーニングの邪魔をしちゃってるしね。まあ、ここにいれば君に会えるとは思っていたが。まず、君には礼を言わねばならない。ありがとう」

「え、ええ?!いや、昼間のことなら、むしろ僕はヒーローの邪魔をしたようなものですし。お、あ、貴方やかっちゃんのことも、僕が勝手な判断で!ああ、もう、頭を上げてください!」

 ガバリと深々下げられた頭にうろたえつつ、どうにかその身を起こしてもらおうを肩に手をかければ、逆に出久の手はすばやく大きな手に捕まえられた。

 トゥルーフォームはマッスルフォームと比べるとひどく貧弱というだけで、骨格そのものなどが変わっているわけでは無い。背を丸めているせいで分かりづらいが身長もかなり高く、痩せた手は出久よりひとまわりもふたまわりも大きい。

「君の無茶に対して友人やヒーローが叱責するのは当然だ。あれは、あまりにも無茶だった。だが、君がその無茶な行動に出なければ、あの少女は死んでいたかもしれない。君が無茶をしたからこそ事態は動き、状況が変わったのさ。少なくともあの場において、君は間違いなくヒーローだったよ。誰が言わずとも、私がいう。君は、ヒーローだと」

 詰め寄るオールマイトの落ち窪んだ眼窩の奥で、鮮烈な青い瞳が輝いていた。その力強さと、かけられた言葉に出久は言葉を詰まらせた。

「そんな君だからこそ、伝えたいことがある。……本当のことを言えば、初めて出会った時から、予感はあったんだ」

「よ、かん?」

 こみ上げる感情を押さえ込み、オールマイトの言葉に問い返せば出久を掴む手は離れ彼は自らの胸元へ手を添えた。

「私のこの個性は、ずっと君を呼んでいた。君がそうなのだと私に訴えていた」

 心臓がどくりと高鳴る。覚えのあるその仕草に、言葉に、全身の細胞が期待するように騒めき、出久は息を詰まらせ食い入るように義勇の光を灯すオールマイトの瞳を見つめた。

「だから君に、私の力を受け継ぐ後継者になってほしい」 

 涙腺が決壊し、ボロリと涙がこぼれ落ちた。その涙の意味をオールマイトが知ることはないだろう。

 受け取ることはできないと、諦めていた絆だった。それを望むことは誰かが犠牲になることを望むことだと。そして実際、少女を一人巻き添えにし差し出された絆は、ずっと出久を呼んでいたなどという。

「そ、その、少年!嫌なら、あのね?え、そんなに嫌だった?その、変な勧誘とかじゃなくてね」

 同時にこみ上げる罪悪感と歓喜。押し殺すこともできずその場にうずくまりボロボロと涙をこぼす出久にオールマイトもうろたえながらしゃがみこんだ。

 涙で滲む視界の中、朧げに輝く月に金の髪と桜が踊る。

 時、場所が違えど結ばれる絆に、出久は涙を止められぬまま精一杯に笑って見せた。

「ぼく、緑谷出久って言います。ずっと、貴方みたいなヒーローになりたかったんです。貴方みたいな、最高のヒーローに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

>>14




知らない二人のお話

と、いうわけで悩みに悩んだ末の継承ルートに突入です!
何日か前の活動日誌じゃ書いてた気もするけど、とりあえずアンケートにご協力くださった皆様
ありがとうございました!

しかし、これいつまで中学編続くのかしら。
書きたいことありすぎて止まらんわ〜。はよ雄英行きたい。


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14

 

 ヘドロヴィラン事件は出久が知るものと大きく形を変えたが、やはりどんなに変化が生まれようとも変わらない部分はあるらしい。そこにどんな法則性があるのかはわからないが、ともかく今回も勝己は再び新聞の一面を飾った。

【お手柄中学生!】と銘打たれ、率先して市民に声をかけ消火活動に乗り出した件について新聞は実に華々しく彼を褒め称え、テレビでも友人だという生徒や担任がこぞって勝己を褒めちぎるが、けれどどこにも本人の言葉がないのはご愛嬌か。

「くそっ、どこに行っても爆豪爆豪!うっぜええっつうんだよ!つか誰だニュースにコメント出したやつ!俺はてめーなんざしらねえわクソモブども!!」

 肩をいからせ普段は滅多に通ることのない人気のない道をガツガツと足音も荒く歩く姿は、さながら腹を空かした熊かライオンか。

 どこへ行っても報道陣のカメラや取材を求める記者たちがいるために、こうして遠回りで下校しなければならないことに相当苛立っているらしい。とは言え、勝己はかなり怒りっぽいタチなので何かと吠え立てながら帰り道を歩くのはそう珍しい話でもなかった。

「まあまあ、おちついてよ。実際かっちゃんが真っ先に消火活動をしたっていうのは事実なんだし」

「てめえが言うか!!てめえがやらせたんだろうが!つか、こうなることわかってたなてめえ!美味しいとこ持ってってめんどくせえもん人に押し付けんじゃねえクソデクがああ!」

「ごめんってば」

「んで?埋め合わせしろっつったら用事がありますだああ?何様だてめえはデク様かごらあ!」

「ほんっとーにごめん!許してよかっちゃん。今日はどうしても人に会う約束しちゃったんだよ」

「知るか!!」

 ふうふうと毛を逆立てた猫のように目を釣り上げ、まだ全身で怒っていますと主張はしているもののひとしきり怒鳴り散らして気は済んだらしい。荒っぽさやガサツさが目立ちはするものの、実際はその裏で様々な思考を巡らせることができる理知的な人間なのだ。そういう彼の一面を知るものはさほど多くないが。

「で、会うのは昨日のおっさんか?」

「うん」

「なにモンだ、あのおっさん。途中まで消火器運んでたかとおもや急にばっくれやがって。だいたい痩せすぎだろ。変なクスリやってんじゃねーのか」

 確かにオールマイトの痩せ方はやや異様であるが、そこまで言うかと出久は苦く笑った。

「変な薬はやってないけど、飲まなきゃいけない薬を飲んでない可能性はあるかも。自分に無頓着な人だから」

「例のバイト関係か?」

「直接は関係ないけど、関連業種の人だよ。身元もちゃんとわかってるから安心して」

 出久のその答えに勝己は疑わしげな目を向けて来たが、とはいえ今の出久と勝己の関係はそこそこなんでも話し合う気の合う幼馴染だ。ひとまずは出久の答えに納得したらしい。

 

 

「と、言うわけで……おー、じゃなくて。八木さんはバイト関連の知り合いということになってるので、今後かっちゃんに会うことがあったらそういう感じでお願いします」

 未だゴミで溢れかえる海浜公園の東屋は密談には最適な場所であった。昨夜の話に引き続くオールマイトの秘密や個性の話をする以上喫茶店などは利用できず、そもそも見るからに学生の出久と全く血縁関係のなさそうな痩躯の男が二人でコソコソと話をするなど、それこそ怪しまれて通報されてもおかしくない案件だ。

「あ、うん、構わないけど。え、出久少年バイトしてるの?」

 もちろんゴミ溜めの東屋も十分通報されそうな状況であるが、そこは出久の日頃の行いの良さがモノを言う。

 液剤を片手に東屋の落書きを消そうと奮闘する少年と、見守るようにベンチに座る中年男性がいればボランティアの監督役と勝手に勘違いするだろうし、仮に通報されて警察が来てもそのように答えれば万事解決である。

「はい。小6の夏休みからですから、そろそろ3年ぐらいですね」

「小6?!なにそのバイト!こわ!大丈夫なのそれ?!」

 俊典の慌てように出久は小さく吹き出した。バイトの経歴を聞けば大抵の人がこういう反応をするため、もはや出久の方は慣れたものである。

「大丈夫です。学校の先生にも言ってますし」

「い、今時ってそうなの?」

「今時っていうか、僕のバイトがちょっと特殊業務になるので。八木さんの関連業種っていうのも、実は嘘ってわけでもないんですよ」

 汚れた雑巾を絞りながらそう答えれば、俊典はあからさまに嘘だと言いたげな表情を浮かべた。

「まぁ、オールマイトレベルのヒーローならあんまり縁もないかもしれませんけど、HUCってご存知ですか?」

「ふっく、ってまさかHelp Us CompanyのHUCのことかい?」

「はい、そのHUCです。僕はそのHUCの要救助者のアルバイトをしてるんです」

「……Oh my god」

 やけに発音のいいそのフレーズとともに大げさに天を仰ぐ仕草は、オールマイトならではというべきだろう。他のヒーローがやったところでギャグにしかなるまい。

「あぁ、いや、でも納得したよ。思い返せば、私たちが初めて出会った時、君は実に手際よく私をここまで運んで来た。対応も完璧とは言い難いが、応急処置としてみれば文句なしだ。私の吐いた血を吐血ではなく喀血だと判断したのもHUCの経験あってこそということかい」

「はい。体を鍛えたりするのはネットや本で調べたりできますし一人で実践もできますが、救助に関しては知識だけじゃどうしようもないので」

 ヒーローデクの知識を多く引き継いだ出久であるが、実のところレスキューは苦手としていた。

 ヒーローの本分といえばレスキューであるが、出久をはじめとしたA組はヴィラン事件の遭遇回数が多く、教師たちが優先させたのはまずは身を守る術を覚えることだった。

 最低限の救命措置や講習こそ受けはしたものの、訓練回数は戦闘訓練に比べて圧倒的に少なく、プロデビューしたのちもそれぞれ自主的に学ばなければならないことだらけで、十分できていたとは言い難い我流に等しかった。

「元々無個性のまま雄英を受験するつもりでしたし、ヒーローに必要な技能はできるだけ多く学んでおきたくて。要救助者のプロということは、つまり救助に関するプロということですから。色々勉強させてもらっています」

「まったく、君ってやつは本当に行動派だね。なんか、私教えることなさそう」

「そんなことありません。確かに、色々やってはいますけど、無個性ってことでヒーロー志望向けのトレーニングジムや塾にはいけないので。こうして誰かに教えてもらえるのが、すごく嬉しいんです」

 かつて出久がいざ本格的に体を鍛えようと海浜公園に出入りするようになったばかりの頃、少しなりと出久との距離を縮めようとした勝己も同じように浜でのトレーニングをしようとしてくれたことがある。それを断ったのは、ほかならぬ出久であった。

 確かに勝己と二人で試行錯誤を重ねながら体を鍛えるのは楽しかっただろう。しかし勝己には個性がある。個性は使用しなければ衰える一方だ。そして公共の場である海浜公園では個性を大っぴらに使用することはできない。

 不器用な勝己の優しさをうまく断るのは至難の技であったが、どうにか納得させ勝己は勝己で頑張るように仕向けたのは今となってはいい思い出である。

「そうかい、だったら君が絶対合格できるよう今から入念なトレーニングプランを作らなくてはな!ひとまず、明日の放課後までに君のこれまでのタイムスケジュールやトレーニング内容をまとめておいてくれるかい。あぁ、あと食事内容も見直してみようか」

「はい!」

 出久の威勢のいい返事に俊典も立ち上がると、トゥルーフォームから筋骨隆々のマッスルフォームへと姿を変える。

「入試まで残り10ヶ月!気合を入れていくぞ!!」

「はい!!」

 互いに握りこぶしを固め気合は十分。さらに声を大きく返したところで、出久は大変なことを忘れていたことに気づき「あ」と小さく間抜けな声を漏らした。

「八木さん、すみません」

「え、なに、どうしたの?」

「僕、学校の先生から推薦の話もらってて」

「……え?」

「受験、もしかしたら7ヶ月か、8ヶ月後です」

 奇妙な沈黙が二人の間に落ちる。先ほどまでの勢いは何処へやら、ふしゅうと蒸気にも似た煙とともに再びしぼんだ俊典は握りこんだままの拳をやがてガタガタと震わせ、やがて現実に脳が追いついたのだろう、盛大に頭を抱え込んで天を仰いだ。

「Jeeeeeeez!!」

 やがて響いた叫びとともに吐き出された血飛沫は、殺人現場もかくやというほどに東屋の床を赤く染め上げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

>>15





ようやく出せた出久くんのバイトネタ。
とりあえず当初は無個性ルートも視野にあったので、とにかく出久くんを個性以外でハイスペックにしようとした結果です。
HUCが実際どの程度すごいかわからないので捏造捏造!
ちなみに一般向けの普通・上級救命講習は修了済み。

ちなみに想定として未成年のバイトは瓦礫なんかのある被災現場ではなく、山や海での遭難、公共施設での占拠事件ぐらいを想定しています。
そして安全面を考慮し、学生向けの訓練ではなくプロやインターンなどの仮免取得以上の現場。
今のところはこんな感じでの設定です。
また出す機会があれば出したい。



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15

「これはトップシークレットだ。この秘密を知るものはごく限られたものしかいない。平和の象徴である”オールマイト”がナチュラルボーンヒーローであらねばならないというのとは別に、この力を持つものは、いずれ巨悪に立ち向かわなければならないからだ」

 翌日の放課後、出久がこれまでのトレーニングメニューをまとめた資料を渡すとともに俊典から打ち明けられたのはオールマイトの個性の秘密だった。

 すでに出久はその全てを知っている。だが改めて語られたその力の責任の重さに自然と身が引き締まる。

「聖火のごとく引き継がれてきた力の結晶。冠された名をワン・フォー・オール。一人が培う個性を次へと”譲渡”する個性だ。本来であれば、もう少し器を研磨してから君にこの力を渡そうと思っていたが、私の予想よりもはるかに時間は短い。よってプランを大幅に縮小して、個性のコントロールを中心にトレーニングを行なっていこう」

「はい!」

 そこからの流れについては、お察しである。

 プツンと俊典が自身から抜き取った髪を「食え」と差し出され、出久はなんともいえない微妙な心地になりながらそれを口に運んだ。

 オールマイトマニアにしてオールマイト信者である出久だが、この瞬間だけは何度思い返してもどうにかならなかったのかと思わずにはいられない。ただ、ステインなんかは喜ぶかもしれないとちらりと思った。

「……出久少年、もう少し人の言葉は疑ったほうがいいよ」

「それ、あなたが言いますか」

 髪の毛を飲むというのはなかなかに至難の技である。なお、出すのも難しい。口の中に張り付くそれに口をモゴモゴと動かし、最終的には水筒のお茶でどうにか流し込んだが喉の奥にまとわりつくような違和感はなかなか拭えない。

「いや、今の行為に意味はあったよ、もちろん!ワン・フォー・オールの譲渡は持ち主のDNAの摂取によってのみ行われる。つまり、後数時間。胃の中で私の髪が消化されるころには、もう君は無個性の少年ではなくなるというわけさ」

 かつての出久は個性を得たというそれだけで歓喜した。無個性であるということを理由に夢を諦めようとしていたのだから、憧れのヒーローからその個性を譲り受けるのはさながら一生分のクリスマスプレゼントを誕生日に受け取ることにも等しい。

 だが、同時にそれはオールマイトが力を失うということである。真に幼かった出久はそのことに気づけないまま、彼の秘密が暴露された神野の悪夢を迎えた。

「今日の夜にも君は個性を使えるようになるだろうが、私の監督なしにこの力を使わないと約束してくれ」

「え、」

「この力は、いわば成長する個性だ。私自身全力で戦ったことはほんの数度。少なくともメディアで見せてきた以上の力を秘めている。迂闊に使えば君自身が傷つくだけではない。君が守りたいと思うものさえ傷つける可能性もあるんだ」

 ワン・フォー・オールが秘める力の大きさは出久自身がよく知っている。受け取ったばかりの頃は全くコントロールができずに、幾度も四肢を壊し歪ませてきた。地を跳ねるだけで足は砕け、振りかざすだけで腕がもげそうなほどに傷つく。

 故に、出久としてはもちろん無理をするつもりなどなかった。第一、ここで四肢が粉砕するようなことがあれば、傷の治療だけで数ヶ月を費やすことになってしまう。まだ見も知らぬリカバリーガールを頼ることはできない。

 ではどうするか。答えは一つ”地道に頑張る”しかない。その為にもできるだけ毎日トレーニングを行いたいところである。あいにく残念なことに出久は俊典や勝己のような天才型ではない。日々思考を重ねトライアル・アンド・エラーを繰り返すことでしか上昇できない努力型だ。

 とはいえ、やはりワン・フォー・オールの力の大きさを思えば、俊典のいうことは尤もでしかなかった。

「そう、ですよね。それじゃあ、オールマイトがいない時は」

「うん、基本は今まで通りでいいと思うよ。何より、君がヒーローになるがためにこの海岸を放り出すというのは、それこそヒーローとして矛盾しているからね!筋トレやストレッチに関しては次回新しいメニューを持ってこよう。少しハード……いや、ぶっちゃけめちゃくちゃキツくなるだろうが、どうかな」

 案ずるような口ぶりに反して、俊典の目はどこか挑戦的に煌めいている。そして出久もまた、望むところだとばかりに笑い返した。

「もちろんです!頑張ることなら、誰にも負けませんから!!」

「そう来ると思ったぜ!」

 気合いは十分。阻む壁などすべてうちこわして見せると言わんばかりのやる気を見せる二人であったが、決定的に足りないものが存在しているという事実が発覚するのはその二日後の夕方のこと。

 

 

「えぇと、その……いえ、わかるんですけれど、」

「あのね、出久少年、はっきり言ってくれていいよ。うん。おじさん覚悟してる」

 お揃いのジャージに身を包み向かい合う出久と俊典の間には奇妙な緊張感が横たわっていた。

 前日は俊典の都合がつかず早朝にトレーニングメニューを受け取り、出久は個性を使用しないまま新メニューの筋トレやストレッチを行った。全体的にハードな内容になっていたため、個性を使用する前の準備運動と思えばちょうど良かったと言える。

 そしていよいよ本日、軽い準備運動がてらストレッチやランニングなどの基礎メニューをこなしたのち、いよいよ個性を発動させようという段階に至って、二人のトレーニングは遅々として進まぬどころかほんの一歩すらも踏み出せないまま立ち往生することになった。

 原因はすでにはっきりしている。だがはっきりしているからといって、それがすなわち即解決につながるというわけではない。

「いいんですか?」

「……うん、大丈夫。覚悟は、できてる」

 恐る恐る尋ねる出久に対し、俊典も到底覚悟ができているとは思えない顔つきで頷いた。そこでまた躊躇しそうになる出久だったが、ここで踏み出せなければいつまでたっても個性のトレーニングなど始められはしない。

 意を決して、出久はひどく辛そうに顔を歪め口を開いた。

「その、言いたいことはわからなくもないんです。本当に。ええ、わかります!わかるん、ですけど……」

「……わかりにくい?」

「すみません」

 オールマイトの弟子として、俊典の生徒として言うべきとわかっていても出久にはどうしても言うことができなかった。

 だが目をそらしたところでそこにある事実を覆すことはできない。

 ワン・フォー・オールという個性で結ばれた師弟の間に真っ先に立ちふさがったのは、師である俊典の圧倒的な指導力不足という残酷すぎる現実であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

>>16





【としのりせんせーのわんふぉーおーるこうざ!】
「じゃあ出久少年!早速個性を使ってみようか!」
「はい!」
「いきなり全力で使って身体を壊すといけないからね!ちなみに全力の時はケツの穴をグッと引き締めて心の中でスマッシュと叫びながら拳を全力で振るえばいい!」
「はい!」
「で、パワーを抑えるには」
「するには?」
「……」
「……?」
「ええと、とりあえず缶コーヒーを握り潰さないぐらいの感覚というか、持ったものを破壊しない程度の力加減なんだけど」
「えー、ああ」
「こう、そっと、ね?あのね。わかるかな、ジャンプした時にアスファルトにヒビが入らない感じで。腕をなぎ払っても風が起きないように」
「あの、八木さん、落ち着いて」
「……わかる?」
「……」(そっと目そらし)



最初っからある程度フルカウルできるかなと思う出久くんでしたが
全く参考にできないアドバイスにできるとは言えずじまいでした、っていうお話でした。

多分最初からOFA使いこなせたとかなんとか言ってたかつての俊典少年は
新しく得た力で力で自分が壊れるよりも、周囲のものを破壊してそうな気がします。


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16

 出久に個性が譲渡されてからの日々は瞬く間に過ぎ去り、気づけばゴールデンウィークに差し掛かる初夏の頃。

 主に指導面において紆余曲折あったものの、師弟揃ってああでもないこうでもないと試行錯誤を重ねた末、出久の個性訓練はようやく第一歩をふみだすことに成功していた。

 ぶっちゃけ最後の方は出久が俊典を誘導したり、ごみ山に『はじめての個性』だとか『個性は怖くない!』とかいう育児本を汚しに汚して目立つように設置したりして、どうにかこうにか出久の望むアドバイスを俊典から引き出すことで個性発動にこぎつけた。

 ヴィランのこととなると鋭いオールマイトであるが、身近な人間に関しては割と鈍い俊典であるので、自らの所業はバレていないと信じたい出久である。

 ともあれ、こそこそと育児本を読み込み出久が個性を扱えるようアドバイスを重ねる俊典と日々研鑽を重ね、ついに発動に至ったその日は二人手を取り合って歓声を上げたほどだ。

 一度個性を使ってしまえばこっちのもの。

 あとはなんとなく使えますという顔をして日々のトレーニングをこなすだけである。

 俊典も俊典で何やら色々とやることがあるらしく、毎日様子を見にこれるというわけではなかったが連休の間はこちらに滞在するということで出久は浮かれていた。

 

 そんな出久の様子に勝己も何かあったと察しているようであるが、彼は彼で自身の受験に合わせてこのところ忙しくトレーニングジムに入り浸っている様子であった。話す時間が減ったのは寂しくあれども深く聞かれることがないと言う意味では好都合と言える。

 勝己は出久が無個性だということを知っている。勝己だけでなく学校の教師もであるが、推薦を受ける可能性を思うと個性が発現した事について上手い言い訳を考えねばならないだろう。

 その辺りも次回俊典がきたときに相談しようと考えながらいつも通り海浜公園に足を踏み入れた出久が見たのは、程よく熱せられているだろう砂浜に背広で正座をする師匠の姿。そして、それを睨みつけるように仁王立ちになる小柄な老人の姿だった。

「え、ええ?!八木さん?」

「おお、お前が俊典のいっとる有精卵小僧か!」

 出久の驚きに声を返したのは俊典ではなく老人の方であった。白い半袖のカッターシャツに地味目なグレーのスラックスと木製の杖。一見どこにでもいる好々爺然とした老人であるが、それがただの老人ではないことを出久は知っている。

「や、やあ、出久少年」

「八木さん…えっと」

「驚かせちゃったよね。この方はグラントリノ。プロヒーローで私の学生時代の担任さ」

 はははと笑う声に力はなかった。アルファベット調ではなく平仮名なあたり完全に気迫負けしている。

「こ、こんにちは。八木さんにお世話になっています。緑谷出久と言います」

「ふむ、礼儀正しいが元気がないな!」

 この状況で元気に挨拶できる人がいれば、それはそれで神経が図太すぎるというものだ。というより、背広で正座させられている師匠の姿に動揺しない弟子はいささか薄情が過ぎるだろう。

「え、と……すみません。状況がよく」

「その、ね。ちょっと君の特訓について人に相談してたんだけど」

「全くこやつめ!俺に連絡も寄越さねえで!根津のやつが知らせなきゃ、俺がこの小僧のことを知ったのはいつになったろうなあ!」

「も、申し訳有りません。その、決して忘れていたとか、そういうことではなくて、その私も色々と」

「そういう色々を、普通は、恩師に、相談するもんじゃねえのか?ええ?!」

 振り上げた杖で木魚よろしくポクポクと叩かれる俊典に、助けに入るべきかどうか出久は悩んだ。決して痛そうというような威力ではないが、精神的ダメージが大きそうである。

「あ、ああの?!」

「ん?」

「グ、グラントリノ、さんは、今日はどういったご用で。八木さんも、今日は来れない予定じゃ」

 物理的に割り込むことはできない。代わりに大声で問いかければグラントリノは杖を振り上げたまま「そうだったそうだった」と暢気な声を上げた。

「なに、俊典の指導ついでにワン・フォー・オールを継いだ小僧がどんなもんか見てやろうと思ってなぁ」

「わ、私の指導?!いえ、その前に!出久少年はまだ個性を使えるようになったばかりで先生が」

「黙らんか!お前にまともな指導ができるわけねえことぐらいお見通しだ」

 ズバリ突きつけられた杖先に俊典は仰け反り、そのままバランスを崩して砂浜に倒れこんだ。

「八木さん!」

「大体お前は何でもかんでも力でねじ伏せるのが悪い癖だ!考えが浅いのよ!誰もかれもがてめえみてえにやれると思うんじゃねえぞ。おい、小僧。俊典をそこの東屋に投げ込んでこい」

 言うが否や、グラントリノは手にしていた自身の杖を投げ捨て、ゴミに混ざるようにして置かれていたボストンバッグに手をかけた。

 それを横目に出久は慌てて八木を抱え起す。

「あ、た、あたた……足が」

「大丈夫ですか八木さん。って言うか、どのぐらい正座してたんですか?」

「さあ…1時間は超えてるだろうね。本当は別の用事があったんだけど、そこで先生に会っちゃって、あとは見ての通りさ」

 すっかり痺れて立てない様子の俊典に出久は少し悩んだものの、結局「失礼します」と声をかけてその体を抱え上げた。特に怪我をしているわけではないので素直に横抱きに抱え上げたが、どうしても振動が伝わるのだろう。足のしびれのせいかなんともいえない悲鳴をあげる俊典を急いで東屋まで連れて行きそっとベンチに下ろす。

「とりあえず、あのおじいさん僕に用事があるみたいなので、行ってきますね。八木さんはここで休んでてください」

「ありがとう。しかし、気をつけろよ。見かけ通りの老人だなんて思ったら大間違いだぜ。……ほんと、怖いんだから。もう、なんで根津くんもなんでよりによって先生に」

 今になってと言うやつか。頭を抱え込みガクガクと震える俊典に苦笑いをこぼし、出久は「行ってきます」と声をかけ東屋から駆け出した。

 実際、グラントリノがどういうつもりかはわからないが、何も得られないということはないだろう。

「お待たせしました」

 砂浜に戻った出久の前に立つグラントリノは、もはや好々爺なんてものではない。不敵な笑みをたたえヒーローコスチュームを身にまとうその姿に出久はこみ上げる様々な感情すべてを押し殺し、唇をわななかせながらも笑みを浮かべた。

「いいツラしてんじゃねえか。及第点ってとこだな。さあ、かかってこいや!有精卵小僧!」

 吼えたてるグラントリノの声に震えるものを感じながら、出久も構えを取り力強く砂を蹴りつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

>>17

 



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17

 結論から言おう。グラントリノとの戦いは出久がぼろ負けという形で決着がついた。フォローのしようもない完膚無きまでの敗北。いかに戦闘知識があれども、戦うために使ったことのない体が思う通りに動くはずがなかった。

 それでも一撃くらいは打ち込もうと懸命に食らいつこうとする出久は、グラントリノのお眼鏡にかなったらしい。

「出久少年!無事かい?生きてる?」

 ボロ雑巾もかくやと言う有様で砂地に投げ出された出久に慌てた様子で俊典が膝をついて声をかけてくるが、意識はあれども立ち上がれないほど滅多打ちにされた出久はかろうじて動く指先でサムズアップサインを返すのがやっとだった。

「グラントリノ、いくらなんでもやりすぎです!」

「そうか?お前の時に比べりゃだいぶ手加減してやったつもりだがなぁ」

「私の時って、いつの話をしてるんですか。出久少年は最近ようやく個性が使えるようになったばかりで」「それよ!」

 飄々としたグラントリノに俊典がなおも噛みつくように声を荒げれば、その声すらも遮るほどの厳しい怒声が飛んだ。

「根津のやつが言うには、もう2週間ばっか小僧について相談してるらしいじゃねえか。それでまだ個性が出たばっかってのは、ちいとばかしのんびりしすぎじゃねえのか」

「そ、それは……私が至らないからで、出久少年のせいでは」

「その通り!この小僧が弱いのは、お前がちんたらしとるからよ!」

 グゥと、喉の奥で呻き俊典はうなだれた。その叱責を横たわったまま聞く出久はどうにかフォローしたかったが、体を起こすどころか声を出すことさえできそうにない。むしろ疲労感に手放してしまいそうな意識をつなぎとめておくのがやっとだ。

「俊典、人には向き不向きっつうもんがある。んで、お前は何かを教えるってことには向いとらん」

「嫌です」

 グラントリノはまだ何も言っていない。けれど俊典は答えた。グラントリノもそれを予想していたように「だろうな」と答えた。

 そこで出久の意識は途絶え、次に目を覚ました時に最初に見たのはどこかで見たことのあるような味気ない白い天井だった。

 

 病院だろうか。そう思うと同時に出久は布団を跳ね上げ飛び起きた。

 目覚めたら知らないようで知っている場所にいる。覚えのあるその感覚に心臓が激しく脈打つ。

 ここはどこなのか。自分は緑谷出久なのか。違う何かになってやしないかと確かめるように辺りを見回せば、随分と驚いた顔をした俊典と目があう。

「出久少年、大丈夫かい?」

 かつてとは違う、今の出久を呼ぶその声にここが確かな現実の続きであることを確信するとともにホッと体から力が抜けた。

「出久少年?」

「あ、はい、すみません。えっと…ここは」

「田等院の病院だよ。あのあと気を失った君を運んで来たんだ。あぁ、特に体に異常はないから心配しなくていい。先生の提案でね」

「先生というと、グラントリノの?」

 問い返した出久の問いかけに、なぜか俊典は逡巡するように視線をさ迷わせ、間を開けて「あぁ」と小さく頷きベッドの横に用意されていたスツールへ腰掛けた。

「グラントリノは君が個性を持つということに、理由がいるだろうと言ってね。君はゴミを片付けている最中、落下して来た冷蔵庫から身を守ろうとして個性を発現させたということになっている」

 なるほど、と出久が感じたのはそれだけだった。

 ワン・フォー・オールを受け継いだということで人に打ち明けられない秘密を抱えこみはしたが、出久の場合はすでにその秘密を知る年長者が多くいたこともあり、相談相手には事欠かなかった。それに勝己という協力者も早いうちに得られた為、実際のところ苦労らしい苦労があったわけでもない。

「確かに、急になんとなく個性が出ましたっていうよりも、理由があったほうがいいですね」

「うん、まあこれは私がというより、先生が提案してくださったんだけどね。今学校に出すための診断書や書類を用意してくれてるから、あとでお礼を言っておきなさい」

「はい!何から何まで、ありがとうございます」

 出久がそう答えると、俊典は困ったように視線を落とした。メディアやオールマイトとして活動している時こそ常にポジティブなイメージのある彼だが、その実思い悩むことも多く、こうして言葉に悩む姿は珍しいものではない。

 奇妙なところでよく似通っているからこそ、こういう時は急かすべきではないだろうと出久はベッドヘッドに背中を預け彼が切り出すのを待った。

「その、あの時何も聞かず嫌だなんて言ってしまったわけだけど」

「待ってください。なんの話ですか?」

 口をはさむつもりはなかった。だが予想以上に話の意図がつかめずつい割り込めば、俊典自身もあまりに唐突だったことに気づいたらしく「ああ」と吐息のような声を漏らしなおも背を丸める。

「……実を言うと、雄英の教師にならないかと言う話があってね。でもあの通り私は人に何かを教えると言うことに向いていない。だからグラントリノは私に教職についての指導をする傍ら、君を指導するためにこちらへ出向いてくださったそうだ。実際、グラントリノに任せるほうが君のために」

「嫌です」

 とっさに出久はそう答えていた。昼間の俊典と同じように。

 ただ俊典は、出久がそう答えるとは思わなかったとばかりに驚いた顔をした。

「確かに、その、八木さんの教え方は若干不慣れな部分が多いような気がしましたけど…それで不満ならちゃんと言ってます」

「だけどね、出久少年。君には時間がない。この先長い目を見るなら確かに君は前途ある少年だが、その前に受験という壁がある。そのためには、素人以下の私よりももっと向いている人に教わるほうが君のためになるんじゃないのか」

 俊典の言うことは尤もではあった。実際受験だけを視野に入れて考えるなら、俊典を育てたグラントリノに師事するほうが効率よく鍛えられるだろう。

 だがそんなことを言い出せばキリがない。大体、効率だけで言うのならそもそも俊典の忠告など聞かずに個性の自主トレをしていただろう。

「グラントリノは僕の先生じゃない。僕の先生は、師匠は八木さんあなたなんです!あなたが師匠としてグラントリノに教わるよう言うのなら僕もそれに従いますが、それでも僕の師匠があなたなんだってことは忘れないでください」

 同時に、出久は前回を思った。

 前回において、出久がオールマイトから弟子として教えを受けたのは中3の10ヶ月だけと言っても過言ではなかった。

 その後出久は雄英に無事合格し、オールマイトからは時折密談という形でワン・フォー・オールにまつわる話や、先に待ち受けるだろう巨悪、負うべき責任などを口頭で聞かされるばかりだった。

 贔屓がないことは良いことなのだろうが、それでも彼の後継者として教えを受けることができないことを寂しく思わなかったわけではない。

 そしてもしそれが、今俊典が考えているような理由だったのだとすれば、それは大きな間違いだと出久は叫びたかった。

「……私じゃあ、十分に教えられないことの方がきっと多いよ」

「それでも、僕はあなたがいいです。それに出来ないから諦めちゃうなんて、オールマイトらしくないですよ。いつもみたいに笑ってください」

 かつてオールマイトがして見せてくれたように、出久は自分の頬に指を添えニッと笑って見せた。

 奇しくもそれは、俊典にとっても師匠から見せられた仕草であり、彼にとってのオリジンに通ずるものだった。影の差す眼窩の奥で青い瞳がわずかに見開かれ、今日1日頼りなく揺らいでいたそこに再び光が灯された。

「そう、だね。その通りだ出久少年!出来ないからと君を投げ出してしまっては、それこそヒーローの名折れと言うものだ!不自由をかけるが、少しだけ私に時間をくれるかい」

 いつもの調子で強気な笑みを浮かべる俊典に出久は力強く頷いた。

「はい!絶対、二人で合格しましょう!」

「ああ!もちろんだとも!」

 あるいは情けないところは見せられないと言うカラ元気だったのかもしれない。けれど今はそれで十分だった。笑っていられるうちはなんとかできるものである。

 こうして、出久の受験は二人の決意のもと新たなスタートを切ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

>>18

 



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18

「おはよー!なんか久しぶりだね!」

「今年の連休長かったもんね」

 何処にいった?何をしてた?そんな少しばかり悠長な会話で盛り上がる教室の中、出久はぐったりと机に突っ伏していた。

 普段の出久であれば始業前のわずかな時間をも惜しむかのごとくハンドグリップ片手に授業の予習復習をするところだが今はそんな気力すら湧かず、わずかな休息を貪るかのように周囲の喧騒に無関心だった。

 だが出久が周囲に無関心だからとて、相手が出久に無関心とは限らない。ガツっと容赦ない振動が机に当てられたことで出久は机に突っ伏したまま首の角度だけを変えてその正体を確認した。概ね予想通り。不敵な笑みをたたえる幼馴染の姿がそこにあった。

「よぉ。いいツラしてんじゃねえか」

「……ぉはよ、かっちゃん。たのむから、せんせーきたらおきるから、ねかせて」

「はいそうですかっつーぐらいなら、最初から起こしゃしねえよ。えらくお疲れみてーだが、なにやっとったんだ」

 出久は頭を上げなかった。とはいえそれで諦めるぐらいならいう通り最初から起こしたりはしないだろう。ガタガタと椅子を引きずる音にもまだ耐えた。

「まあ俺もジムの方に入り浸ってたが、大したことねーわ。どいつもこいつもやる気があんのかもわからねー口先ばっかの没個性しかいねえ。お前のゴミ掃除手伝っとる方がまだマシかと浜に行ってみりゃ何処にもいねーわ、連絡つかねーわ。おばさんに聞いてみたら、あのおっさんに何処ぞへ連れてかれたっつーしよ」

 あぁ、これは。出久は突っ伏したまま煩わしげに呻いた。

 声ばかりはなんとなく上機嫌なように聞こえるが、こういう時の勝己は間違いなくキレている。原因に心当たりは、あった。

 自宅を訪ねたという時に、おそらく引子から色々と出久の近況について聞かされたのだろう。できれば出久の口から直接伝えようと思っていた諸々全て。

 別に個性が発現したことについて知られること自体は問題ないのだ。

 問題は、その話を誰から聞かされたかということだ。

「なあ、出久くん。ちょっとばかしお話しようや」

 パチパチと火花の弾ける音に出久はとうとう諦めてノロノロと頭を上げる。同時に、教室のドアが開く音。黒板の上の時計を見れば、針は朝礼の時刻数分前を指し示していた。

「かっちゃん、かくすつもりとか、そんなんじゃないんだ。ちゃんと話すからさ、昼休みとか、ほーかご」

「ちっ……ばっくれたら爆殺すんぞ」

 ボムッと小さく弾けた爆音に出久はおざなりに手を振り間も無く始まるであろう朝礼に備え、居住まいを正し大きなあくびを一つこぼした。

 

 そして昼休みのチャイムが響くや否や、出久は素早く勝己に襟首を引っ掴まれ、校舎裏へと拉致された。

「かっちゃん、ぼく、おべんと……」

「逃がさねえっつったろ」

「…言ってない」

 逃げたら爆殺するとは言われたが。ともあれ出久に逃げるつもりなど最初からない。ただ、今日は弁当を持ってきていないからせめて学食に寄って欲しかったと思えば、それを見透かしたかのように勝己が反対の手に持つ大きな風呂敷包みを持ち上げて見せた。

「今日おっさんのとこから直でくるっつーのはおばさんから聞いたからな。安心しろ、弁当はうちのババアが余分に作った」

「わぁ……」

 正確に言えば今朝までグラントリノの事務所で世話になり朝一の新幹線に飛び乗って帰ってきたのである。実に勝己の見通しは素晴らしいとしか言いようがない。朝のうちに話を聞けないことすら想定済みとばかりのどや顔に半笑いで返した結果、校舎裏についたところで投げ捨てられた。事情を知らない下級生が見ればまるきりカツアゲかいじめの現場そのものだ。

「で、個性が出たっつーのはどういうわけだ」

「いきなり核心つくんだね」

「その為にわざわざこんな場所まで運んでやったろうが。感謝しろボケ」

 ひっくり返った出久には見向きもせず、せり上がった校舎の基礎にどっかりと腰をおろして弁当包に手をかける勝己に出久ものそのそと身を起こしその隣へ腰掛ける。

「ん」と差し出された弁当にはご丁寧にもレストランで見るような使い捨てのおしぼりが添えられていた。こういう細やかな気遣いができるというのに、普段の言動で本当に損をしていると少し勿体無く思いながら出久は礼とともに弁当を受け取った。

「で?」

「で、って言っても、多分お母さんから聞いたまんまだと思うけど、連休前に海浜公園でゴミ処理してたら、ゴミの山が崩れちゃってね。その時のことはあんまり覚えてないっていうか気絶しちゃったんだけど、その後病院で検査受けたら個性発現したことがわかったんだ」

「そこがわからねえ。なんで今頃個性が発現してんだ。個性の発現は漏れなく4歳、遅くとも6歳には発現するもんだっつーのが常識だろうが」

 ビシリと割り箸の先を突きつける勝己に苦笑しつつ、その箸をそっとおろさせる。もちろんこの点についてもグラントリノは実に良い言い訳を用意してくれていた。

「うん、ただ個性の発現自体はしていても発動が遅れるケースっていうのは稀にあるんだって。僕の個性はリミッターって言って、脳のリミッターを外して許容限界を超えた動きができるようになるパワー系個性だったよ。今まで発動しなかったのは、脳のリミッターが外れるほどの動きをする必要がなかったからみたい」

 そして肉体が耐えられる限界以上の動きをすれば四肢が砕ける。実際にそういう個性持ちが過去にいたらしく、もともとグラントリノは俊典のためにそういう言い訳を用意していたそうだ。とは言えオールマイトが日本でデビューした頃には学生時代とはまるで別人の画風になっていた為、その言い訳は無用のものとなったそうだが。

「火事場の馬鹿力っつーやつか」

「そう、それ!で、使いこなせないと怪我をしかねないからって、八木さんの知り合いのところで個性訓練をさせてもらってたんだ。結構なおじいさんで、訓練中はスマホの電源切っとけー!って言われてね、知らせるの遅くなっちゃってごめん」

 合理的虚偽ってやつだ。貼り付けたような笑みで言ってのける未来の担任の顔が脳裏をよぎり、出久は内心「嘘は言ってません」と言い訳した。真実とも言い難いが。

 前回は色々とあった末、勝己もまたワン・フォー・オールの秘密を知る協力者の一人であった。しかし本来であればワン・フォー・オールの秘密は誰にも打ち明けてはならないほどの秘密だ。打ち明けるとしても相手やタイミングは考えねばならない。隠しっぱなしというのもあまりよくはないが。

「個性訓練できる知り合いって、あの八木っておっさんほんと何もんだ」

 オールマイトです。心の中でのみ返して「詳しいことはバイト関係の守秘義務で言えないけど、訓練してくれた人は一応プロヒーローだよ」とさりげなく答えておいた。

「プロヒーローだぁ?!おい、デク!まさかヒーロー詐欺なんてアホなもんにつられてんじゃねえだろうな!」

「つられてないよ!!本物だってば!あんまり表に出てこないっていうか、もう大分お年を召されてるから知らない人が多いってだけで」

「金は!アホみたいな授業料払わされてんじゃねえだろうな!」

「いや、授業料とか特には」

「はあ?!」

 素っ頓狂な声とともに食べかすが出久の顔めがけて飛んできた。

「気は確かか!無償とかなお怪しいわボケ!!」

「もう!どう答えたら満足してくれるんだよぉ」

 弁当そっちのけに肩に掴みかかってきた勝己に出久がお手上げだと情けなく声をあげれば「納得できるわけねえだろクソが!」とさらなる罵倒が重ねられた。

 結局出久がどれだけ説明したところで勝己が納得することはなく、後日俊典が来るであろう日に監視をすると言いだしたことで出久はさらに頭を抱える羽目になったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

>>19

 





出久の眼に映る世界
オールマイトとグラントリノの二人に指導を受ける贅沢環境。

かっちゃんの眼に映る世界
【24】幼馴染が謎の痩せたおっさんと無名ヒーローに個性指導受けてるとか言いだした件について【すべき?】
字面で見るとかっちゃん視点がほんとにやばいですね。


ちなみにかっちゃんが通うジムはヒーロー科志望の学生が個性訓練をするための場所というイメージです。
そう言う場所がないと個性伸ばせませんし、使ってみろって言われてもいきなりできないでしょうしね。
そのあたりのイメージ設定を本日の活動報告に書いてますのでよろしければのぞいてみてください。


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19

「爆豪勝己。折寺中3年。この頭ん中まですっからかんな木偶の馴染みだ」

 顎を突き出し親指でクイと横に立つ愛弟子を指す少年に思わず俊典は「うわぁ」と溢れそうになった声をぐっと飲み込んだ。

 グラントリノの元から一足先に日常へと戻っていった出久からの連絡で、話にばかりよく聞く「かっちゃん」が自分に会いたがっていると言うのは知っていたが、どう見てもこれは歓迎とはいえないだろう。俊典を出迎えたその面構えはヴィランすら裸足で逃げ出しかねないほど凶悪凶暴。あらかじめヒーロー志望ということを聞かされていなければ、うっかり愛弟子が恐喝被害を受けているんじゃないかと思いかねない程度には物騒な気配を漂わせていた。

「八木俊典です。出久少年のボランティア清掃と、個性訓練の監督指導をさせてもらっています。よろしくね」

 ひとまず俊典は愛想よく笑って勝己へと握手を求めて見た。当然彼がそれに応えることはなく、代わりに返って来たのは殺意さえ滲んでいそうな舌打ちが一つ。

「もう、かっちゃん!今日は清掃の手伝いに来てくれたんでしょ!」

「ちげえわドアホ!!未成年につきまとう不審者見に来たっつったろ!」

「ふ、ふしんしゃ……」

 勝己の言葉は尤もといえば尤もだった。ワン・フォー・オールのことを言えない以上、俊典の立場は善意だけで出久の面倒を見る通りすがりの中年男にすぎない。理屈ではわかっているが、予想以上にその言葉は深く突き刺さった。もしかして血を吐いてやしないだろうかと思うほどに胸が痛む。

「違いますよ!八木さんは不審者なんかじゃありませんから!僕の先生なんです!」

「ハッ、こんな昼間からふらついとるよーなおっさん、不審者以外の何者でもねえだろうが!大体仕事はどうしたよ!」

 かわいい愛弟子のフォロー虚しく、さらなる追撃は世の中の一般常識のそれだ。ますます胸が痛む。

「一応はヒーロー事務所に勤めているよ。守秘義務ってことで、どこのヒーロー事務所かまではいえないけど」

「尚更怪しいわボケ!ヒーロー事務所に勤めとるような人間が昼間っからブラつくか!仕事しろや!通報すんぞ!」

 通報されても一応八木俊典としての身分証があるため問題はない。問題はないが、ただひたすら信用されていない現状に俊典は笑うしかなかった。

「もちろんちゃんとした理由はあるとも。実のところ勤め先の事務所が閉まることになってね、今は半分休職中なんだよ。それで身辺整理をしつつ空いた時間で出久少年の様子を見に来ているというわけさ」

「ほぼ無職じゃねえか!」

「ハハハ心配ご無用さ!ちゃんと次の仕事も決まっているからね。ただ、実際に働き始めるのは早くとも来年の1月以降になるから、今はちょっとしたお休み期間って感じかな」

 問えば問うほどは俊典の言動は怪しく見えるだろうが、一応のところ辻褄があっているためか勝己がそれ以上踏み込んで来る様子はなかった。しかしつり上がった赤い瞳は、俊典がほんの少しでも隙を見せれば食い殺してやると言わんばかりにギラついている。

「かっちゃん、八木さんのいうことは本当だよ。僕は八木さんの勤め先の事務所のこともちゃんと知ってるし、そこの所属ヒーローとも会ったことがあるから」

「……ちっ」 

 納得はしていないだろう。だが出久のフォローにひとまずは矛を納めることにしたらしい。ふっと視線を逸らすとともに先ほどまで漂っていた濃密な敵意が霧散する。そのことに俊典は素直に感心した。少なくとも勝己は見た目通りの直情的な少年ではないらしい。

 しかし改めて考えてみれば当然なのかもしれない。俊典にとって初めての弟子となった出久は年齢相応の少年らしいヒーローに対する憧れを見せる一方で、ヒーローという職業に対する考え方や心構えはすでにプロヒーローのそれにも匹敵する。

 そういう出久と対等であろうとするのであれば、言ってはなんだが並いる子供たちと同じような無邪気さや無謀さを抱えてはいられまい。

 少しばかり、いやはっきり言ってかなり凶暴であるが、勝己は勝己なりにすでに自身のヒーロー像に対する芯と言えるものを見つけているのだろう。かつて俊典がヒーローに”平和の象徴”という形を見出していたように。

「さて、質問タイムはこれぐらいにしておこう。時間は有限だぞ、少年たち!Time is money!!話は切り上げてトレーニングに取り掛かるとしようじゃないか」

 パンパンと手を打ち鳴らす俊典の言葉に「はい!」と出久の弾むような返事が返る。勝己はといえば一瞬俊典に視線を向けただけで応えるつもりはないらしい。いかにも子供じみた仕草に俊典は苦笑する。だが振る舞いはどうあれ出久にとって良き友人であり、互いを高め合うライバルとなるのであれば求められることがない限り俊典が口を挟む必要はないだろうと、俊典はこの日のために用意して来た二人用の特訓プログラムのカンペを取り出した。

 

 

 そして勝己が俊典の前に姿を見せたのはこの日一度きりだった。

 後から出久に聞いたところ、納得しないまでも俊典がボランティアがてら個性の指導をしていることだけは認めてくれたらしい。

 とはいえ住所不定無職の疑いだけは晴れていなかったようで、身元不明男性として回覧板や掲示板でちょっとした注意喚起が出回っていたと聞かされたときにはあまりの衝撃に吐き出した血で溺れそうになった。

 同時にやけに警察の警らや近隣住民のパトロールに遭遇する理由を知り悲しくもなったが、友人の身の回りに名前しか分からない不審人物がいた場合の対応としては実に的確である。通報ではなく注意喚起というところがポイントだ。数回に渡る職質を受けた結果、近隣住民や地元警察とも繋がりを持てたことを思うと悪いことばかりでもなかっただろう。

 

 ともあれ、それからについてあえて俊典に語るべきことはない。ひとえに出久が若葉マークの指導者である俊典にとっていい生徒だったおかげである。出久にとってはやりづらいことも多かったかもしれないが、実に彼は根気強く俊典の指導に付き合ってくれた。子育てや教育は育てるべき子供たちから学ぶことが多いというが、俊典の場合は完全に勉強させてもらったという表現が正しいだろう。

 おかげで俊典にとっては実りのある数ヶ月であったが、果たして出久にとってはどうだったのか。

 そんなある日のことである。出久がいつもの朝のトレーニングに姿を見せなかった。雨が降ろうが槍が降ろうが一度も遅れたことのない出久がだ。前日に別れたときは別段具合が悪いということもなさそうであったが、何かあったのかと心配する俊典が、その日こそ出久の推薦入試の受験日当日であると思い出すのは悩み始めてから優に10分は過ぎた後のことであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

>>20





としのりせんせーにとって出久くんはめっちゃ可愛い弟子です。
生徒として優秀で、素直でモチベーション高いし、質問などもちゃんとしてくる新米先生にとっては非常に扱いやすい生徒。
一応来年には雄英の先生になる俊典さんですけど、出久くんを弟子として公言してあげてほしい。
じゃないと原作みたいに完全に先生ポジションが相澤先生のものになっちゃうよ。

相澤先生めっちゃ好きですけど!
あの髪の毛がブワッてなってるとこめっちゃ好きです。
ぶっちゃけおっさんキャラが多い漫画っていうのがヒロアカ好きなポイントです。

おっさんはいいぞおっさんは!


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20

「なんだか本当に申し訳なかったね」

「はい。わざわざ駅までありがとうございます」

 そう言って出久はハンドルを握ったままどんよりとうなだれる俊典に苦笑する。もう3回目ともなるやり取りに返せるものはそれぐらいしかない。

 受験日当日、それも前回とは異なる推薦入試ということもあり出久は心地よい程度の緊張感に胸を昂らせていた。が、周囲の人々の緊張具合は出久の比ではなかった。

 まず母からして朝から2度も所持品チェックをされ、どうにか家を出てみればついさっき2、3人やっちゃったかなというような面構えの幼馴染が待ち構えていた。どうにかそれを振り切ったところで携帯に担任からの着信が入ってガチガチにこわばった激励を2回ほど聞かされ、さすがに煽られた不安を落ち着けようと海浜公園へ足を運んでみれば、ずいぶんこざっぱりとしたごみ山の中で途方にくれた俊典が立ち尽くしていた。

 そこで「激励をかけようと思った」とでもいえばいいものを、素直に「今日が受験日だって忘れてたんだ」と申し訳なさそうに告白する俊典に出久の緊張はすっかり消えてしまった。

 しかし思い返せばこの半年は出久の人生史上、最も充実した日々であった。前回の人生も含めて。

 もちろん前回の人生が不幸だったなんて髪の毛一筋ほども思わないが、幼かった出久には与えられる全てを受け止めるのが精一杯で、そこにあった幸福を噛み締めるほどの余裕は持っていなかった。だからこそ人は今ある時間を大切にしようとするのだろう。振り返って見たときに後悔することがないように。

 

「駅からの道はわかるかい」

「はい。地図もありますし、説明会の時にも一度確認しているので」

 駅前のロータリーにはすでに何台かの車が停車し、おそらく出久と同じように激励を兼ねて送られてきたのだろう少年少女が両親と抱き合ったり、車の窓越しに手を振りあって束の間の別れを告げる姿がちらほらとあった。そんな乗用車の中で俊典がゴミの搬出用に借りた軽トラックは少しばかり異色に見える。

 トゥルーフォームの俊典の正体が誰であるかなどばれるとも思わないが、あまり目立つのも良くないだろうと手早く荷物をまとめて俊典に向き直る。

「ここまでありがとうございました。終わったら、また連絡をします」

「うん、頑張っておいで」

「はい!」

 車を飛び降り、一礼とともに車のドアを閉める。けれど車は発進することなく、代わりに先ほどまで出久の座っていた助手席側の窓が開き「出久少年」と俊典が席を乗り越え身を乗り出してきた。

 何か忘れ物でもあっただろうかと荷物を気にする出久の前に突き出されたのは骨ばった大きな拳。思いがけないその仕草に一瞬目をまたたかせたが、次の瞬間には強気な笑みを見せ、突き出された拳よりも小さな自分の拳をコツンと押し当てる。

「僕が来たって、見せつけて来ますよ」

「その意気だぜ出久少年。Plus Ultra!!」

 その言葉を最後に今度こそロータリーを出て行く軽トラックへ向けて出久は深々と頭を下げた。決して譲ることができないのは誰しも同じこと。深呼吸とともに体を起こし、出久は懐かしい学び舎への道へ足を踏み出した。

 出久が求める未来のための戦いを始めるために。

 

 

 

 雄英の推薦入試は大きく4つの行程となっている。

 まずは学校から提出される書類審査。学業面に限らず日頃の行いやボランティアなどの課外活動も重要視されるのはヒーロー科ならではといったところだろう。もちろん、どのような個性であるかということも重要項目の一つだ。出久は当初この項目だけは諦めていたが俊典から個性を受け継いだことにより、お情け推薦から立場は一変した。

 その書類審査が無事通過できれば、残る3つの行程は当日。45分の小論文試験と90分の筆記試験を当日の午前中に行い、午後からは実技試験と面接。

 出久にとって最難関と言えたのは小論文であった。分析と考察を得意とする出久にとって何が難しいといえば、書ける文字数が少なすぎるという点だ。

 筆記試験については主要5科目に合わせて一般常識問題のみであったので、いつも通りに落ち着いて取り組めばさほど難しいと言えるものではなかった。正直こんな程度でいいのだろうかと困惑してしまったほどだ。あまりにあっけなく午前中は終了してしまい、出久は午後の試験まで待機するべくあてがわれた控え室で頭を抱え込んでいた。

 本当に天下の雄英がこんな程度なのか。自分だけが何か間違った空間に紛れてしまったのではないか。そんな不安に思わずブツブツと呟き始めてしまうのはもはや出久の直しようのない癖である。

 とはいえそんなお気楽な不安を抱えているのは出久ぐらいのもので、大抵の生徒は試験の問題が全然できなかっただとか、小論文が全然書けなかったなどと言って嘆いているのだが。

 だが何と言っても出久は見た目通りの子供というわけではないのだ。人生において2度同じことを勉強して遅れをとるようでは、それはそれで少しばかり問題があるというものだ。

「……まあ、考えたって終わっちゃったものは仕方ないよね」

 人一倍悩み多き出久であるが、思考の切り替えも人一倍早い。そんな彼がぐずぐずとした気持ちを切り替えるべく少し外の空気を吸いに行こうかと椅子から腰をあげるのと、控え室の扉が開け放たれるのはほぼ同時であった。

 何事かと緊張を漲らせる受験生たちの中で、ただ一人出久はのそりと部屋に入って来たその男に息を詰まらせた。

「あー、これから番号を呼ぶ受験生は、直ちに移動する。1度しか言わんからな、聞き漏らしたやつはその場で帰れ。03、11、22、27、34、42。他の受験生は担当の試験官が来るまでこの場で待機。以上だ」

 忘れるはずもない、少しダルそうな声と突き放すような言い草。しかし懐かしさに浸るよりも出久は慌てて自分の番号を確認し、扉の方へと駆け寄った。

 出久が駆け寄ったことで、他の受験生も同じように彼の元へ集まったがその人数は4人。不幸にも聞き漏らした生徒がいたのだろう。ちらりとゼッケンを確認すれば、足りないのは22番と42番。

「あの!22番と42番の方、いませんか?」

 思わずそう呼びかけた出久に視線が集中するが、そんなことを気にしている場合ではない。

 出久をジロジロと睨め付ける彼の名前は相澤消太。非合理的なことを嫌う彼はやると言ったらやる男である。

 出久の呼びかけによって、自分の番号が呼ばれたかどうか確信できなかった受験生2名が慌てて群衆の中から駆け出して来る。

 「……移動する。そこのお人好しに礼を言っておけ。実戦じゃ誰も助けてくれないぞ」

 それきり背を向けて、何も言わずに控え室を出て行く相澤に受験生たちはどこか不安げな面持ちでその背中を追いかける。

 これが午後の実技試験の幕開けだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

>>21




単行本とアニメを何度か確認して推薦入試編は書いていますが
シチュエーションは原作と少し変えています。
本来なら特にいじる必要もないこの場面でなんで改変したかって
プレゼントマイクの口調かけないからです!!
無理、あの人のハイテンションかっこよすぎてついていけない!

ので、割と任せてしまったらなんでもやってくれそうなダウナー系オジの相澤先生召喚しました。


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21

 

 こんな試験は非合理的だ。

 そう言わんばかりにむっすりと背を丸めて先を歩く相澤に、出久を除く受験生はすっかり油断しきっていた。無名ヒーロー、あるいはただの事務員と勘違いでもしているのだろう。ここにいるのがメディアで華々しい活躍を見せるヒーローであったなら、そんな彼らの態度はもう少し殊勝なものだったかもしれない。相手によって態度を変えるというのもどうかと思うが。

 それが証拠にリラックスした様子でペラペラと受験生同士でおしゃべりを始めた数人に相澤の機嫌が下降して行くのが出久には手に取るようにわかった。だが、現時点においてまだ出久たちは雄英の生徒ではない。ヒーロー以前に一般的にもあまりマナーが良くないとされる態度が叱責されないのは、叱責するほどの価値すら見出されていないからか。

 数分ほど歩いて出久はここでようやく緊張に身を強張らせた。

 まるで巨大アトラクションを思わせる人工的な岩山と勢いよく滝が流れ落ちる溜め池。出久も初めて見るそれらはパッと見ただけでもわざとらしすぎるほどに丁寧な作りをしていた。おそらく入試向けに用意されているものなのだろう。

「ルールは簡単だ」

 意気投合したらしい数人はまだ話を続けていた。相澤を見ているのは出久ともう一人、27番のゼッケンをつけた女子生徒のみだった。相澤はおしゃべりを叱責することもなく、彼らへ視線を向けることさえせず淡々と説明を続ける。

「全長3キロのコース。完走すれば実技は終了だが、ただ走るだけでゴールできると思うな。個性を駆使して乗り越えろ。試験が終了したものから順次面接を執り行う。万一棄権するという場合には挙手して棄権の旨を報告。随時モニターをしている職員が救助に向かう。また、こちらが続行不能と判断した場合にも職員が救助に向かうので、君たちは安心してただ走っていればいい」

 相澤の言葉に27番の彼女は心なしか安堵したように肩の力を抜いたが、しかし出久はどうも安心などできそうにない。

「完走するだけ?本当にそれだけなのかそれとも妨害ギミックが設置されているのか。合格基準がタイムなのかもわからないし、そもそもこのテストは何を見るつもりなんだ。自分の個性をどれぐらい」

「おい、34番!」

「は、はい!!」

 鋭く飛ばされた相澤の叱責に出久は顔をあげ、残る彼らもおしゃべりをやめた。同時に沸き起こる小さな嘲笑。またしても没入していつものブツブツ癖が出ていたらしいと出久は顔を赤く染める。

「……始まる前から試験の反省をするとは随分余裕らしいな」

「すみません」

 ため息とともに出久をとらえていた視線はそらされ、「全員、スタート地点につけ」と唸るような声とともに受験生はぞろぞろと矢印の書かれたゲート前に並んだ。出久も彼らの後に続いて端っこに立ち入り口らしきゲートを見据える。

「じゃ、スタート」

 なんの緊張感もないような合図に出久が対応できたのは、雄英という組織が持つある種の理不尽さをずっと警戒していたおかげでしかない。なんの身構えもなく、相澤の声に鞭打たれた馬のごとくただ飛び出した。

 続いて他の受験生もそれぞれの個性を駆使して走り出す。うち一人はちょうど御誂え向きの個性だったのか、まるでスケートでも滑るかのように軽やかに出久を抜き去る。前方に見えたゼッケンの番号は先ほど出久の隣で相澤の話を真剣に聞いていた27番の少女だった。摩擦に干渉する個性か、あるいは。

 そこまで考えて出久は慌てて思考の渦から抜け出した。考察は後からいくらでもできる。まずはこのコースを走りきるのが先である。

 踏み込んだ足にグッと力を込め、全身に力を漲らせると共にフルカウルをその身に纏う。だがスピードを上げすぎるのもよくない。飛翔系や地形に影響されない個性であれば、どんな状況であろうと完走するのは問題ないだろう。だが今の出久が使えるワン・フォー・オール10%程度の力では空へ跳ぶことはできても、オールマイトのように拳や蹴りの風圧で自在に空を翔ぶことはできない。

 つい先ほど自分を抜き去った27番を追う形で、しかし抜くことはせず出久は最初に巨大アトラクションのようだと感じたこのコースの全景を脳裏に思い浮かべた。

 パッと見て目についたのは巨大な滝。そしてそこから少し離れた岸壁に記された上を指し示す赤い矢印。手前の方にはその滝へと続く、途切れた通路があったはずだ。つまり、少なくともあのアトラクションじみた人工の崖をなんらかの手段で越える必要がある。

 状況の把握と迅速な行動。レスキューにおいてもヒーローを目指すのなら基礎中の基礎。そこに合わせて妨害ギミックなどの可能性を考えると、中学生に求めるにはなかなか高いハードルだ。

 こみ上げる緊張と高揚感に出久は笑みを深め、緩めるつもりなどない気を引き締め直し、まだ見えぬゴールを見据えてさらに力強く地面を蹴りつけた。

 

 それがおおよそ10分ほど前のこと。気づけば出久は相澤の捕縛布に絡め取られ宙づりにされていた。

「え、あ、あれ?」

「どこまで突っ走る気だ34番。お前の試験は終了だ。控え室に戻って着替えたら面接行け」

 しゅるりと布擦れの音とともに支えを失い、出久は慌てて猫のように身を丸めて着地する。

 振り返れば、少し後ろの方で喘ぎながら走る少年の姿が見えた。視線を少し上げればゴールらしいゲートのランプが点灯している。もう後一分もあればあの少年もここへ来るだろう。

 何が起こったのか。いや、何か起こったのだろうか。出久はここまでただ矢印に従い走ってきただけだ。何かあったとすれば、先を走っていた少女がため池ゾーンで足を滑らせて溺れそうになったぐらいだ。

 もしかして試験中に他の受験生に手を貸したのがまずかったのだろうか。だがあの場面ではそうでもしなければ危険であったし、何よりそれを見過ごして走るなど出久にはできなかった。

 しかしそれは出久の問題である。もし他の受験生が手を出したために彼女の受験資格が失われたのなら。今になって浮かび上がってきた考えに出久は顔を青くして相澤を見上げた。

「あ、あの!27番の人、その、試験は」

「……あぁ、27番なら棄権して今は保健室だ」

「きけ、……まさか僕が手を出したせいで」

「本人の自主申告だ。わかったらさっさと行け」

 思わず高く声を上げた出久に相澤はわずかに目を見開き、鬱陶しげに眉を寄せつつ答えを返してきた。だがそれ以上話すつもりはないとばかりに背を向ける姿にそれ以上問うこともできず、出久はひとまずの安堵感だけを抱え相澤の背中に向かって一礼して踵を返す。

 一応のところグループ1位という形で実技を終えることはできたが、27番の少女といい特に何事もなかった試験といい、なんとも言い難いわだかまりが出久の胸の内でグルグルと渦を巻いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

>>22




というわけで、実技試験終了!
正直中学生が受けるレベルの実技試験にOFA10%の出久くんぶち込んだらぶっちぎるに決まってるっていうね。
普通の高校の体育祭ににボルト参戦させるようなもんです。


実際、推薦入試の実技って何を重要視してたんでしょうね。
プレゼントマイク曰く筆記試験終わったら実技試験で、その後面接らしいですけど。
タイムだけで決めるのなら、正直ヤオモモ以上に早い人がいたんじゃないかなと思ってしまう。あの試験場地形にかなり変化があったから、創造の個性で脂肪使いすぎて最後が追いつかなさそうだし。
それに「完走すればいい」という言い方からして、タイム競ってるわけじゃなさそうだから、あの3kmの間に個性アピールをしろってことなのかなと推測してます。


まあ、これ以上原作の方で推薦掘り下げられちゃったら
その時はその時ってことで!!


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22

「俺は、ヒーローってむちゃくちゃカッコいいって思うんっス」

「あ、うん、そうだね」

 その点について反論するつもりは微塵もない。ただ、問題はなぜ試験が終わったばかりのこの状況でそんな問答をしているのかということだ。

 いや、なぜといったところで原因は分かりきっている。

 思いつめたように俯いていた彼に声をかけた出久のお人好しから始まっているのだ。とは言え、それがこんな濃厚なヒーロー談義に繋がるとは微塵も思っていなかった。

 しかも試験が終わっているのは出久だけであり、目の前の彼は今から面接に挑もうかという立場である。 

 

 いかに天下の雄英と言えども面接までが常識はずれということはなかった。

 実に無難に、おきまりのような自己紹介から始まり、ヒーローという職業に対する抱負。目指すに至ってなぜ数多ある学校の中で雄英を選んだか。課外活動や、中学時代で印象に残ったこと、など。ヒーロー科ならではという点を除けばありきたりな質問ばかり。

 もともと自分の意見を言うのが苦手なところはあるものの、面接用に作った答えではない、自分自身の揺らぎないヒーロー像というものをすでに持つ出久にしてみれば未来においてのインタビューに比べるとたやすいぐらいだった。

 退室の間際に投げかけられた、たった一つの質問を除いては。

 問いかけてきた面接官、根津の方も「これは試験とは関係ないけどね」と前置きしていたのだからとっさに答えられなかったことが試験結果を左右するということはないだろう。

「君は、オールマイトになれるのかい」

 そう問いかけた根津の目に感情は見えなかった。人間とは違う、つぶらなその瞳から読み取れるものは多くない。

 出久の覚悟を問うたのか、全てを知っているが故の興味だったのか。それ以上に責められているような心地さえしたのは、さすがに被害妄想が過ぎるかもしれない。

「頑張ります」なんて言葉すら返せないまま、出久は一礼とともに教室の扉を閉めた。

 いつだって手を抜いたことはない。やれるだけのことはやってきたつもりだ。今日の試験も。ヒーローとしての人生も。

 けれど、その問いかけの答えだけはどうしても見つけられそうになかった。

 

 出久自身そんな心情を抱いたままでおせっかいなどしている場合ではなかったのかもしれない。それでもそうせずにはいられなかったのは、控え室の前で着替えもせずうなだれる彼が出久の知る彼とまるでかけ離れた表情を浮かべていたからだ。

 前回の人生においては他校生ということもあり、出久もほとんど言葉を交わしたことはなかったがそれでもレップウと名乗る彼がいつでも笑みを絶やさなかったことだけはよく覚えている。さらに言えば雄英の推薦を蹴り士傑に入学したというエピソードや、初対面の時の印象のせいで彼自身をよく知らずとも忘れられるような存在ではなかった。

 あいにくヒーロー名の方が印象に残りすぎていて、本名の方はイマイチ思い出せなかったが。ともかく、そんな彼が怒りでもなく泣きそうな悔しそうな顔をして拳を握り固めている姿に何も言わずいるということはできなかった。ので、「どうしたの、着替えないの?」なんて無難なところから話を切り出してみたのだが、その返答が先のアレである。

「えっと、」

「でも、あんなのは……あんな目は、ヒーローの目じゃない」

 あんな目っていうのはどういうことなのか。というかなんの話をしているかさえわからず、出久は戸惑いながらひとまず控え室に入ることを促そうと彼の肩へ手を伸ばした。同時にガラリと控え室の扉が音を立てる。

 ちょうどいいタイミングだ。そう思いなんとなしに扉の方へ顔を向けて、息を詰まらせた。

「……邪魔だ」

 特徴的な赤と白のハーフカラーの髪と灰と青のオッドアイ。

 かつてのクラスメイトであり、うまくすれば今度もまた友人になりたいと願う相手。轟焦凍がそこに立っていた。

「あ、ごめん……」

 持ち上げた手をそのまま、目の前でうなだれる彼の手に添えて轟に道を譲る。

 出久の知っている彼であったなら、きっと「ありがとう」と柔和な表情で言ってくれただろう。けれど轟は出久のそうする仕草にも、横でうなだれる彼にも微塵も興味を示さず、目を向けることすらなく足早に立ち去った。

 遠ざかるその背中にそっと隣の少年を見上げれば、ひどく悔しそうな顔をして歯を食いしばっていた。

 改めて思い返してみれば基本的にいつでも笑顔であったレップウだが、初めて出会った仮免試験においてなぜか試験中に轟と喧嘩をおっぱじめていた。それも、ヴィラン役であるギャングオルカの目の前で。

 その直前にも、試験後和解した時もエンデヴァーがどうこうと言っていたため、出久はてっきりエンデヴァーアンチとのトラブルかと思っていたのだが、様子を見るからにこの試験中で何かしらの因縁ができたのだろう。

「あんたはエンデヴァーってどう思う」

「え」

「俺は、あのヒーローは嫌いだ」

 唐突に投げかけられた低い問いかけに反応できなかった出久を置き去りにして話を進めて行く彼に、ひとまず黙って耳を傾けることにした。

「こっちをみない。どっか遠くを睨んで、憎んでるみたいな。冷たいあんな目で、なんでヒーローって言えるんっスか」

「……エンデヴァーに、あったことがあるの?」

 それ以上続かなかった言葉に問いかけてみれば、彼はこくりと頷いた。

「最初は、炎とか、すげー熱いヒーローだって。すげーかっこいいヒーローだって思った。けど、サイン頼もうとして、振り払われて……なのにこっちを見もしない」

 エンデヴァーならよく聞く話である。伸び悩んでいた数年前は特に苛烈だった。それだけにアンチも多く、女性や子供からの支持率はほぼゼロ。だが逆にそう言った決して媚びない姿勢に惚れ込む根強い男性ファンが多いヒーローである。

 オールマイトの引退後、世相を気にしてNo.1ヒーローらしく振る舞おうとした時期があった。しかしいわゆるガチ勢に「そんなのはエンデヴァーじゃねえ!」と男泣きされて、最終的には初代ツンギレヒーローと囁かれるようになった。ちなみに二代目はあえていうまでもないかもしれないが爆豪である。

「俺、雄英辞退するっス」

「は?」

「アイツと、あんな目をしたやつと一緒に高校生活なんか送れるわけがない!俺は、もっと」

「ふざけるなよ!!」

 地声の大きなレップウにかぶせるように叫んだ出久の声は無人の廊下に響き渡った。自分でも驚くほどの大声に息をつくことで気を落ち着けようとするが、しかしこればかりは聞き捨てならない。むしろ、彼の雄英辞退の理由に普段滅多に逆立つことのない神経がざわめくのを抑えられそうになかった。

「こっちを見ないって。見てないのは、君じゃないか」

 努めて落ち着いて、怒鳴り散らさないように深呼吸しつつ言葉をぶつける。思い返してみれば、彼と出久の視線が交わることはなかった。

「見てないって、俺はそんなこと!」

「じゃあなんで轟くんが合格するって決めつけてるんだ!」

「それは」

「君はもう自分と彼だけが合格した気でいるみたいだけど、控え室にはこれから実技をする受験生だってまだいるし、君は面接だってまだ終わってない。それで雄英やめるって?つまり君は、目の前にいる僕のことなんか見てないってことじゃないか!」

 できるだけ声を荒立てないつもりでいても、自然と声のボリュームが上がってしまう。

 何度目になるかわからないため息を大きく吐き出しながら顔を上げると、ようやくそこで彼の視線が出久をとらえていた。

「どの高校に進学するかは、君の自由だ。だけど、まだ決まってもない合格の話をさも当然のようにして、ここにいる他の人をないがしろにするのは失礼だよ」

 そう、失礼な話だ。つい今しがた吐き出した言葉が自分に返ってくるのを感じ、嫌悪感に顔が歪んだ。まだ決まってもない合格。けれど出久はどうしてもその決まり切った結果の先にあるA組を探してしまう。

 いけないことだとわかっていても、けれどどうしてもその結果だけを欲してしまう出久は無自覚に他者を押しのける彼よりよほどたちが悪い。

 自己嫌悪からこぼれ落ちたため息は彼にどう聞こえただろうか。

「なんか、偉そうなこと言って、ごめん……」

「いや、アンタが怒るのも、当たり前だ。俺の方こそ、ごめん」

 先ほどまでの騒がしさから一転、どうにも居心地の悪い沈黙に「先行くね」と彼の脇をすり抜けて控え室に戻ろうとしたが、それよりも一瞬早く出久の手は彼に捕らえられた。

「あの!」

「あ、はい!」

「俺、夜嵐イナサ」

 告げられた名前に、確かにそんな名前だったなと思いつつ彼に向き直る。

「えっと、僕は緑谷出久って言います」

「出久くんっスか。……しょーじき、やっぱちょっとあいつと同じ高校って抵抗あるっスけど、もうちょい考えてから決める。ほんと、ごめん」

「ううん、僕の方こそ」

 本当は、君が雄英を選ばないことを望んでいる。

 そんな誰にも言えないだろう後ろ暗い気持ちを押し隠しながら笑みを浮かべた出久に、イナサはかつての出久が見慣れていた快活な笑みをようやく浮かべて見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

>>23

 

 




だから!
わたしは!
楽しい学校生活がしたいんだよ!
シリアスはお呼びでないんだよ!!
と言いつつ、どうしても気になる部分を拾わずにはいられない僕の悪い癖。

自分で悩ませておきながらあえていう。
出久少年、これコメディだから!決まり切った結果とか求めることに悩まなくていいから!
コメディだから!!お願いコメディにして!300円上げるから!!


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23

「ひとまず。みんなお疲れ様!」

 小さな肉球を高く掲げて笑う小さな校長に相澤も他の教員もそれぞれ「お疲れ様です」と軽く会釈をしてそれぞれの席に着いた。

「今年も元気な子供達ばかりだったね」

「校長それ毎年いってません?」

 ミッドナイトの言葉にそうだったかなと表情を変えないまま高らかに笑う根津に「あれも毎年のやり取りだよな」とプレゼントマイクがそっと相澤に耳打ちする。毎年とまでは言わないが同じような耳打ちを去年も聞いたような気がするなと相澤はぼんやりと思った。

「さて、そんな将来有望な子供達をふるいにかけるのは心苦しいものだけど、これもまたヒーローという狭き門を潜るものの試練というもの。申し訳ないが、最終選考に移るとしよう」

 ネズミなのか犬なのか。おそらくネズミなのだろう校長はやはり最初と同じ笑顔のまま、手元にあったリモコンを壁へと向けて操作した。

 ピ、と小さな電子音とともに部屋の明かりは落とされ、代わりに壁に映し出されたのは本日執り行われた推薦入試の中でも将来を有望とされる生徒が10名。一番最初に行われた書類選考からすると、随分と少なくなったものだ。そしてここからさらに4人が選ばれ、残る6名はふるい落とされる。そこで奮起して一般入試を受けるのか、はたまた諦めるのかはそれぞれの問題だ。

「おいイレイザー、お前次も1年受け持ちだろ」

「あぁ」

「もう今年みたいのはやめとけよ。いくら雄英が自由主義だからって、初日に全員除籍ってのはやりすぎだぜ」

 咎めるようなマイクの言葉に相澤は答えなかった。

 確かに初日で全員除籍はさすがに根津からも苦言を呈されたが、しかし自分の判断が間違っていたとは思わない。成長の余地があるという意見も出るには出たが、しかしいざ世に出ればヴィランはそんな余地など待ってはくれない。

「まあ、相澤くんはよく見てるからね。その点の判断を疑ってはいないさ!とはいえ、さすがに初日に全員っていうのはもう勘弁だよ。さすがにあれは保護者の方々を説得するのに骨が折れたからね」

「すみません」

 口先ばかりは殊勝だが、とはいえ見込みがないと思えば同じことを繰り返すだろう自分を、相澤はよく知っていた。もちろん根津もよくわかっているからだろう。「それじゃあ、話を戻そうか」と椅子ごとくるりと背を向ける。

「さて、誰かこの中でも特に気になる子はいたかな」

「そりゃあ、もちろん!」

 隣で騒々しく立ち上がったマイクに相澤は顔をしかめた。だが気持ちはわからないでもない。なにせ彼の担当したグループは非常に優秀で、うち3人がこの最終選考にまで残された。

「まず圧倒的に早く通過した夜嵐と轟は何と言っても外せねえ!が、その陰で他人に左右されることなく着実に個性を駆使して通過した骨抜も捨て難い!あの実力差を見た上でぶれねえメンタルは最高にCooool!」

「うるせえ」

「それをいうなら私もこの八百万さんが気になるかしら。どうしたってみんながスピード勝負で来るところを、あえてその流れに乗らず自分の個性を巧みに使いこなしていたわ。まあ、課題としてはスタミナが気になるところだけど、個性を満足に使えないはずの中学生なら十分すぎるほどよ」

 ミッドナイトが名前を出した少女のパーソナルデータが大写しにされる。同時に表示された調査書に関しても問題らしい問題は見受けられなかった。実技試験についてもタイムは先ほど名前の挙げられた夜嵐と轟には遠く及ばないものの、例年の平均タイムより30秒ほど早い。

「それなら僕も一人。この緑谷くんはとてもいいヒーローになると思います。タイムはパワー系の個性でありながら八百万さんに2秒遅れますが、その理由も同じ受験生の救助のためにロスをすることを厭わないというのは、ヒーローの素質として十分です。確か、イレイザーヘッドの担当グループでしたよね」

 災害救助をメインとする13号の言葉に一斉に相澤へと注目が集まった。何か、求められているのだろうがマイクのようにあけすけなく褒めるというのは相澤の得意とするところではない。

「ええ、確かに。自分のことを後回しに人助けのできる精神というのは、ヒーローとして最も重要といえます。ですが、考えすぎるきらいがある。それを自分のうちにとどめておくならまだしも、考えに没頭した挙句周囲にまで情報を与えてしまうという点を踏まえると、危ういかと」

「かーっ、お前はヨォ。少しくらい素直に褒めてもいいんじゃねーの?」

「お前は褒めすぎだ」

 気づくと画面には緑谷が大写しにされていた。調査書はクリーンどころか、評価できる点が多い。だが一方で迂闊な点もしばしば目立つようで、その最たる例が今年の春先に起こったヴィラン事件に巻き込まれたという話だ。

 被害者がクラスメイトの少女で、ヒーローの制止も聞かず一人ヴィランに立ち向かったという。

 ヒーローとして自己犠牲精神は大いに結構だが、行き過ぎたそれは蛮行とさしてかわりない。命と引き換えになんて話は物語だからこそ輝くのだ。現実でやれば、救われた側に一生ぬぐいきれないトラウマを受け付ける可能性も十分ある。

「うん、どちらの意見も尤もだと思うよ。さあ他の先生方はどうかな。気になる生徒や、他に気づいた点なんかがあったらどんどん意見を出してね」

 根津の言葉に促され、それまで沈黙を保っていた教師たちも「そうですね」と悩むそぶりを見せる。

 その光景に疲れを吐き出すよう、隣のマイクにすら気づかれないほど小さく息をついて相澤は大写しにされたままの少年を見上げた。そして、まだ終わりそうもない今日という日に、もうひとつ小さなため息をこぼしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

>>24



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√無個性ヒーロー
Ex:11


これは、もう一つの物語


 

 桜舞い踊る4月。出久にとって運命の分岐とも言えるその日が来た。

 日付まできちんと覚えていたのはオールマイトとの出会いという鮮烈な記憶の為だ。

 そして出来事はほとんど出久の記憶通りに進んだ。

 朝の通勤ラッシュ時に発生したひったくり事件。巨大化の個性を持つヴィランを追い詰めるヒーロー。いよいよシンリンカムイが代名詞とも言える必縛でヴィランを取り押さえようとしたその瞬間にドロップキックで登場したマウントレディ。派手な登場で手柄も話題もかっさらう鮮烈なデビュー。

 学校では進路相談についての話が行われ、勝己がそこで盛大に周囲を煽り見下すのも変わりない。言動は記憶よりもほんの少し、わずかばかり、砂糖ひとつまみぶんくらいは丸くなっていたような気もしなくはない。出久の贔屓目でなければ、の話だが。

 その後口の軽い担任によって出久の進学先までバレるのもそのままで、ただそこでの大きな違いは勝己が出久を庇ったことか。感動のあまり「うちのかっちゃんがこんなにいい子!」なんて脳内でかつての爆豪に語りかけたつもりが、口からダダ漏れだったようで結局照れ隠しにブチ切れた勝己に教室の隅まで追い詰められるかつてと変わりない顛末を迎えたのだった。

 

 そして放課後。

「おいデク、帰んぞ」

 なんの違和感もなく、当然のように声をかけてくる勝己に出久も席を立つ。出久が倒れた10歳の頃以来の習慣で、席が離れていようがクラスが違おうが、勝己は必ず出久に声をかけた。

 これもかつてとは大きな違いだ。最初の頃は違和感があったものの、今ではすっかり出久も慣れたもので勝己が迎えにくるのを待つのが当然のこととなりつつあった。

 が、今日は少しばかり事情が違う。

「かっちゃん、ごめん。僕なんか先生に呼ばれちゃって……進路のことで」

「んなもんほっとけ。何言われようが受けるんなら時間の無駄だ」

「うん、まあそうなんだけど、やっぱり行かないわけにいかないし。今日は先帰ってて」

 ごめんね、と付け加えると勝己は手近な椅子を蹴飛ばした。

「待ってなくていいからね、時間どのぐらいかかるかわからないし。真っ直ぐかえ」

「るせえ!てめーはうちのババアか!!言われんでもお前なんか待つか!クソが!」

 しつこくすればするほど切れて、結局こちらのいうことを聞く。素直なのかひねくれているのかよくわからない勝己の性格を逆手に取れば、案の定勝己は荒っぽく教室のドアを開きドスドスと荒っぽくいかにも怒っていますという顔で出て行った。

「ごめんね、かっちゃん」

 それから数分。おそらく勝己も学校を出ただろうという頃合いを見計らって出久はカバンをひっ掴むと急ぎ駆け出した。目指すは、かつてヘドロヴィランに襲われた場所。高架下の短いトンネルだ。

 

 出久がそこへたどり着いた時、まだ何もことは起きていない様子だった。

 春の穏やかな日差しを遮る人工的な闇に薄ら寒さを感じるのは、その先で起こるだろう出来事を知っているせいか。

 出久は薄闇を見つめて小さく深呼吸をした。そうして態とらしく足音を立てて闇へと一歩踏み出し大きく深呼吸をして、叫んだ。

「僕は、絶対ヒーローになってみせる!!」

 その叫び声は小さなトンネルの中でくゎんと短く反響し、わずかな余韻と共に消え去った。もし他に人がいれば、なにをしているのかと訝しげに出久を見たことだろう。そうしてトンネルを通ることをやめるに違いない。

 急に叫んでドカドカと足音荒く歩く中学生になど、頼まれたところで近づきたくはないだろう。普通の人間であれば。

 そんな調子でトンネルを突き進み、トンネルの出口まであとわずか。陽光の差し込むその場所へ出ようとしたその瞬間、わずかに聞こえた水音に出久は全身に緊張をみなぎらせた。

「Mサイズの……隠れミノ……」

 耳元で囁くような、不愉快なその声に振り返ることなくアスファルトを蹴りつけ、前へと転がるように跳びのき素早く身を翻す。そこには出久の記憶の通り、ヘドロの姿をしたヴィランが不気味に揺らいでいた。

「出たな、ヴィラン」

「ちっ……なぁ、いい子だからよぉ、大人しく……ミノになってくれないかなぁ。ヒーローさんよぉぉ!」

 津波のように襲いかかるヘドロを横っ跳びに避け、壁を駆け上がり蹴りつけて背後へと回る。フルカウルほどではないが、狭いトンネルの中ぐらいであれば一般的なパルクールの技術でしのぐくらい、今の出久には容易い芸当だ。

「くっ、ちょこまかと!!」

 だいたい45秒。多く見積もって1分。オールマイトがここへ駆けつけたのはそのぐらいの時間だったはずだ。隠れ蓑を探しているということは、このヴィランはすでにヒーローに追われているということだ。仮にオールマイトでなくともそう時間をおかずに救助は現れるはずである。

「だから、僕はお前を逃がさない!」

 逃げればヘドロは出久をミノにすることを諦めてすぐさま逃亡するだろう。故に出久は前へと出た。付かず離れず。相手が捕まえることを諦めない距離を保ち続けヘドロを避け続ける。

 トンネル内を所狭しと駆け回り、飛び跳ね、時に壁から壁へと飛び移り続け数十秒。ゴウン!と金属の重く響く音と同時に出久は飛び上がり、コイントスのように打ち上げられたマンホールの蓋を捕まえヘドロから距離を取るべく一気に飛び退る。

 そして現れていたのは、待ち望んでいたヒーローの姿。マンホールから飛び出して来たオールマイトはマンホールの蓋を盾のように構える出久にすぐさま状況を把握したようで、力強く笑って見せた。

「よく耐えたぞ少年!もう大丈夫だ!」

 オールマイトとヘドロの距離は3mばかり。手加減はもちろんするだろうが、拳を引きしぼるオールマイトの姿に出久は迷うことなくオールマイトの後ろへと下がり、手にしたマンホールの蓋で身を庇いながら壁沿いにうずくまった。

「TEXAS」

 キリキリと筋肉の軋む音が聞こえて来そうなほど強く引き絞られる拳とその気迫に、ヘドロヴィランは身動きひとつできないまま、オールマイトを見据えるばかりだった。

「SMASH!!」

 その瞬間を出久は見なかった。だが、放たれたことが分かるほど鋭い風切り音と共にトンネル内で巻き起こる暴風が出久に何が起こったのかを如実に知らせた。

「ぎゃあああああああ!!」

 当たりはしなかっただろう。仮に当たったところでヘドロには何のダメージもなかっただろうが、流動する体がこの風圧に耐えられるはずもなかった。

 出久もまたその荒れ狂う風に耐えるのが精一杯で、ようやく風が収まったところで顔を上げてみれば、あたり一面にヘドロの飛び散る何とも言い難い光景がそこには広がっていた。

 

 

「いや、ほんと、あそこにいたのが君で助かったよ」

「いえ僕の方こそ、助けていただいてありがとうございます」

 ケホ、と小さく咳をこぼすトゥルーフォームのオールマイトに出久は笑みを返した。

 飛び散ったヘドロをかき集めるのは何とも困難な作業であったが、そもそも奉仕精神に溢れる出久とオールマイトにとっては苦でもなかった。

「何だか、君には助けられてばかりだな」

「そう思ってもらえたなら光栄です」

 力強く答える出久の言葉にオールマイトは少しばかり困ったように笑い、おもむろに手を伸ばすとくしゃりと出久の髪をかき撫ぜた。

「それじゃあ、私はこいつを警察に持って行くけれど、君はどうする?」

「あ、僕は帰ります。今日も海浜公園に行くので」

「……そうかい。まあ、こんなことは滅多にないだろうけど、気をつけるんだよ」

「はい。オールマイトもどうぞ気をつけて」

 No.1ヒーローに向かっていう言葉ではないだろうが、トゥルーフォームの彼は微笑みとともに出久の労りを受け取った。とはいえ、今のオールマイトには出久に正体を隠す理由もないため慌てて飛び去る必要はない。せめて大通りまでは送ろうというオールマイトの言葉をありがたく頂戴し、出久はゆったりと歩く彼の隣を歩き始めた。

 交わす言葉は他愛のない、ささやかな日常のそればかり。ふと見上げた桜に「綺麗なもんだね」としみじみつぶやいたオールマイトの言葉に「そうですね」と出久も穏やかに返す。

 もはや彼と並び立つ日が来ることはないだろう。夕暮れに染まる黄金の桜吹雪を出久がみることはない。代わりに、青空に映える柔らかな薄桃色を目に焼き付ける。

「ここまでで大丈夫です」

「そうかい。それじゃあ、気をつけて帰るんだよ」

 先ほども交わしたようなやり取りを繰り返し互いに背を向ける。そして数メートルほど足を進めた所で出久は振り返った。けれど、オールマイトが出久を振り返ることはない。

「……さようなら、オールマイト」

 届くことはないだろう別れの言葉とともに、こらえきれず湧き上がった感情がほんの一粒目尻を伝い落ちた。

 

 

 

 

 

 

>>To Next?






本当はこれも00:00揃いにしたかった。
まぁEXなので。
簡単な覚書はあるけど中身スカスカだった分に肉付けしました。

そしてやっぱりここにもコメディ&ギャグが見当たらない。
君達は一体どこへ言ってしまったんだい……


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