仮面ライダーダークディケイド IFの世界 (メロメロン)
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プロローグ
ダークディケイド


いきなり超展開。

短めですが、だんだん長くなっていきます。






 

 

 パラレルワールド。

 

 可能性の数だけ存在し、そこでは多くの人々が暮らし、記憶を紡いでいる。

 そしてその暮らしを脅かす怪人も、人々を守る英雄 仮面ライダーもいる。

 それぞれの世界は干渉することなく、正しく均衡を保っていた。

 

 この完璧なバランスを壊す存在は悪魔か、それともヒーローというのか……僕にはまだわからない。

 

 

 *

 

 

 目が覚めたとき、目の前には何も見えないほどの暗い闇が広がっていた。

 

 唯一自分だけがライトで照らされていたが、自分の足元が薄汚れたコンクリートであることと、両腕が何重もの鎖で繋がれていること以外は何もわからなかった。

 何故自分がこんなところにいるのか、思い出そうと記憶を探ってみても、頭の中は空っぽ。自分の名前すらもわからない。

 

「気分はどうだ?」

 

 いつの間にか目の前にスーツを着た男が立っていた。手を膝に当てて、こちらの顔を覗き込んでくる。

 ひとまずこのスーツの男に疑問をぶつけてみることにする。

 

「僕は…………誰ですか? 貴方は誰ですか? どうして僕は縛られているんですか?」

 

「いきなりだなぁ。順に答えてやりたいけど、時間がないから最初の質問だけ、な?」

 

 スーツの男はどこからか取り出した黒いバックルを目の前に掲げた。

 

「君の名前は大地だ」

 

「だ、いち……?」

 

 口にしてみた名が舌の上で転がる。

 それが自分の名だと言われても、あまり実感は湧かない。

 

「早速だが大地。後一分もすれば君を捕まえた奴らがここにくる。俺は君を自由にしてやれる。君が自分の記憶を、家族を、自由を手に入れたいのならこれを使え。嫌なら一生このままだ」

 

 スーツの男はそう言って黒いバックルを差し出す。

 黒いバックルの中央に埋め込まれたレンズに見つめられているかのような錯覚を受けつつも、大地はゆっくりと頷いた。すると黒いバックルは男の手から離れ、大地の腰にベルトとなって巻きついた。

 

「それはダークディケイドライバー。君を変身させる道具だ」

 

 変身。

 その単語を認識した瞬間、ドライバーから電流が流れ、大地の全身を駆け巡る。

 その脳裏に電流に運ばれてきたかのように、様々な声が鳴り響いた。

 

『さあ、地獄を楽しみな!』

『イライラするんだよ……』

『王の判決を言い渡す……死だ!』

 

 凄まじい負の感情が込められた様々な声に意識を刈り取られかけるが、なんとか踏みとどまる。

 するとベルトの左サイドに形成されたホルダー、ライドブッカーから1枚のカードが飛び出し、ダークディケイドライバーに挿入された。

 

 KAMEN RIDE DECADE

 

 電子音とともに黒い複数の影が大地の周囲に現れ、それらが一斉に大地に重なった。

 その衝撃で大地の腕を拘束していた鎖は全て砕け散り、自由になった腕をゆっくりと動かす。

 すでにその肉体は黒い装甲に包まれ、黒い仮面に隠された表情を伺うことはできない。

 ただその仮面にある青藍の複眼が発光するのみ。

 未だに脳裏に響く声は健在だが、この姿となった今ではそれを心地良く感じる自分がいた。

 

「僕の身体は……どうなって? 力が、力が溢れてくる!」

 

「変身したのさ。今の君は仮面ライダーダークディケイドだ」

 

 その言葉を最後にスーツの男は闇の中に姿を消した。それと入れ替わるように白服の男達が慌てた様子で現れる。

 

「実験体M-13の姿はなし! ……な、なんだ!? お前は」

 

「……仮面ライダー。仮面ライダーダークディケイド……!」

 

 自らに言い聞かせるように呟くダークディケイド。

 白服の男達が鳴らしたであろう警報が鳴り響き、無数の銃弾がダークディケイドの装甲を貫通するために放たれた。

 だが、その内の一発として貫通どころか、傷一つつけることすら叶わなかった。

 ダークディケイドは全ての銃弾を無視して闇の中を進んでいく。その途中を遮る鋼鉄の壁はダークディケイドの拳一発で巨大な穴を開けた。

 何かに導かれるように歩き続けるが、その前に無数の怪物が立ち塞がる。

 普通ならば醜い怪物の群れを前にして怯えるはずだが、不思議と大地の中にそんな感情は湧かなかった。

 頭の中に浮かんだのはどうやって倒すか、それだけだ。

 

「…………?」

 

 その時、脳に直接一枚のカードとそのカードのライダーが戦う映像が流れ込んできた。

 

『馬鹿の揃い踏みだな……』

 

 それは巧みな技巧で多数の敵を単独で圧倒する戦士の姿。

 変身した時に聞こえた声と同じく、ダークディケイドライバーから送り込まれているのだと大地は直感的に理解した。

 ダークディケイドは思い浮かべたカードを取り出し装填する。

 

 KAMEN RIDE GAOH

 

 ダークディケイドはさらにその姿を変えた。

 その姿はワニの意匠を持つ銅色のライダー、仮面ライダーガオウと瓜二つの言わばDDガオウという形態だ。

 ガオウガッシャーを構え、怪物の群れにDDガオウは突っ込んでいく。

 人間を簡単に捻り潰せそうな豪腕も、決して傷つくことがなさそうな屈強な肉体も、DDガオウが振るうガオウガッシャーの前では紙屑にすぎない。

 数体の怪物を切り裂きつつ、群れの中心部へ向かっていくDDガオウ。

 中心部にたどり着いたとき、すでに周囲は完全に囲まれていた。

 怪物達は足を止めたDDガオウを追い詰めたと思い込み、徐々にその距離を詰めていく。

 

 それこそが彼の狙いとも気づかずに。

 

 FINAL ATTACK RIDE GA GA GA GAOH

 

 ガオウガッシャーの先端部が射出され、DDガオウは自身を中心に円を描くように回転する。それに合わせて動くガオウガッシャーの刃が触れる敵を全て切り裂き、一瞬遅れて爆発が起こる。必殺技、タイラントクラッシュによって怪物の九割近くが葬られたのだった。

 幸運にも生き残った残党もDDガオウに襲いかかるだけの体力も、戦意も喪失しているようだ。

 このまま一体ずつ切り裂いていくのもいいが、それでは面倒極まりない。

 そこでまたもやダークディケイドライバーから一枚のカードとそれに伴う映像が流れ込んでくる。

 従わない道理もなく、示された通りにカードを装填した。

 

 KAMEN RIDE GREACE

 

 DDガオウの姿が黄金の兵士、仮面ライダーグリスとほぼ同一のものになった。

 左腕にツインブレイカーという武器を装備したDDグリスはビームモードによる遠距離攻撃でこのまま殲滅も可能だ。

 だが、この状況ではより効率的な手段がある。

 

 ATTACK RIDE HELICOPTER

 

 右腕にヘリコプターの回転翼を装備し、空中へ上昇する。ホバリングしながら生き残った怪物を見下ろし、腕に装備されているツインブレイカーのビームを乱射していく。

 ビームの雨霰の中で怪物達の断末魔が聞こえなくなった時、DDグリスが地面に降り立った。

 そのまま先に進もうとするが、薄気味悪い雄叫びを耳にして足を止めた。

 振り返れば、いつの間にか自身より一回りほど大きい怪物が敵意を剥き出しにして睨んでいる。

 さっきまでの雑魚とは格が違うのだろうとは嫌でも察せられるが、不思議と焦りはない。むしろ仮面の奥では笑っていたかもしれない。

 

(何でだろう……怖くてたまらないのに、全然怖くならない。変な感覚だ……)

 

 DDグリスが微動だにしないのを好機と見たか、怪物はその体躯からは想像もつかないような瞬発力でDDグリスの頭を握りつぶさんと腕を突き出してきた。

 それに対しDDグリスは右手にカードを、左手に握り拳を作った。

 カードをドライバーに、拳を敵の掌に突き出し、怪物が悲鳴をあげて吹き飛んだ。

 怪物を吹き飛ばした拳はDDグリスのものではなく、野生的な戦士の妖拳。

 

 KAMEN RIDE GILS

 

「ゥヴァァアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 仮面ライダーギルスと同じパワーを内包した姿、DDギルスは力任せに暴れ、叫ぶ。

 抵抗しようともがく怪物の反撃など意にも介さず、馬乗りになって圧倒的な暴力の嵐を振るい続けていく。

 ギルスクロウと呼ばれる巨大な爪を生やした右腕が怪物の顔面を強引に陥没させて貫通した途端、怪物の抵抗は止んだ。

 

「ヴゥゥ……フゥッ! フぅ! フ! ……ふうう」

 

 気色悪い体液を撒き散らして生き絶えた怪物の無残な死体を殴り続けて、次第に落ち着きを取り戻すDDギルス。

 さっきまで生きていた生命体が一瞬で物言わぬ骸に変じた事、それを他ならぬ自分自身がやった事に今更ながら恐れを抱いた瞬間、突如として現れた銀色のオーロラがDDギルスを包んだ。

 

 

 *

 

 

 銀色のオーロラを通り抜けた先には辺り一面に霧が立ち込めていた。その霧の中に年季を感じさせる一軒家だけが佇んでおり、それ以外のものは見えなかった。ひとまず周囲に危険がないことを確認すると、ダークディケイドはその変身を解く。

 

「……ッ! はぁ、はぁ……!」

 

 変身を解いた瞬間、大地の肉体に凄まじい疲労感が襲いかかった。全身の筋肉が燃えるように熱くなり、汗が吹き出してくる。思わずその場に膝をつき、なんとか呼吸を整える。

 これは今まで拘束されていたというのもあるが、それ以上にダークディケイドという力が大地にかける負担が大き過ぎたのだ。

 

「……なんなんだろう。これ……」

 

 ダークディケイドとなった大地は常人を遥かに超えた力を発揮した。

 そればかりか、使ったことないはずのカードを何の躊躇もなく選び、使いこなしたのだ。

 それは意識してやったことではなく、頭の中で響く声に無意識のうちに従って身体が動いていたというのが正しい。

 しかも変身している間は無意識の内に敵を倒してすらいた。

 大地は手の中で妖しい輝きを放つダークディケイドライバーに疑問と同時に僅かに畏怖の念を抱く。

 

「……それよりも今はあの人に会わなきゃ」

 

 何となく目の前の家の中にあのスーツの男がいるような気がして、大地は立ち上がり、歩き始めた。

 家の前には「光写真館」という薄汚れた看板があり、家の窓からは黄色い明かりが漏れている。

 何の変哲もないドアの前に立ち、ノックしてみると中から「どうぞー」と聞こえてきた。

 一応ダークディケイドライバーを握りしめつつ、そのドアを開けると途端に漂ってくるなんとも香ばしい香り。それを嗅いだ大地は知らぬうちに喉を鳴らしていた。

 

「おかえり。無事に脱出できたみたいだな。さ、上がった上がった」

 

 玄関の先から見えるドアから先ほどの男がエプロン姿で出てきた。この香りの正体は彼の料理だろうか。

 大地は男に従ってその「光写真館」の中に入っていった。

 

 

 *

 

 

「もうすぐできるから先に風呂に入ってこい」とのことだったので、大地は案内された浴室の前で自分が身に纏っていた血がこびりついた服を脱ぎ捨てるが、一瞬の逡巡の後に脱ぎ捨てた服を丁重に畳み、置かれていた籠の中に入れた。

 浴室に入り、お湯を出そうと手を伸ばすが、その前にあった鏡を見て手を止めた。

 

「これが僕なのか」

 

 鏡には自分のものと思われる顔が映し出されていた。

 中性的でどこか幼さが残る顔は血や痣などで汚れており、あの超人の中にいたとはとても信じられない痩せ型の身体にも同じように血の跡が見受けられる。

 だが、鏡の中にある自分の姿を見ても何も思い出すことはなかった。

 溜息をついて蛇口を捻る。

 そして勢いよく出るお湯を見て、こういうことは覚えてるんだな、と大地は気づいた。

 

 

 *

 

 

 浴室の前に置いてあった新品の衣服と下着を着て、先ほど男がいた部屋に行くと、食卓の上に二人分の食事が用意されていた。出来立てであることを示す湯気と香りは大地の鼻腔をくすぐり、思い出したかのように空腹感が身体に訴えかけてくる。

 すでに席についていた男は笑みを浮かべて反対側の席へ座ることを促してきた。

 

「君も聞きたいことはたくさんあるだろうから、食事でもしながら答えようじゃないか。さ、冷めないうちにどうぞ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 大地は遠慮がちに席につくが、空腹には勝てずにがっつくように食事にありついた。それを確認した男は声をあげて笑い、自身も食事に手をつけ始めた。

 

 暖かくて、美味しい。何故だか知らないが、食べているだけで涙が出てくる。

 

 ある程度空腹が収まると、大地は抱えていた疑問を口にする。

 

「僕は誰なんですか? 大地という名前なのはわかりました。けど、それ以外の自分のことは全くわかりません。貴方のこともです。それに、このダークディケイドって一体なんなんですか」

 

「ふむ。まずは俺のことからかな」

 

 男は残っていた最後の一切れを飲み込んでから、箸を置いた。手を合わせて「ごちそうさま」と言うと特に改まる様子もなく、話し始めた。

 

「俺は君の旅の案内人であり、仕事の依頼人だ。そのまんまガイドと呼んでくれ」

 

「旅……仕事?」

 

 急に飛び出した自分の旅、仕事という言葉に困惑する大地。男、ガイドはそんな反応すら楽しむようにニヤニヤと笑いながら話を続ける。

 

「別の世界というものが無数に存在する。それらの世界にはそれぞれ仮面ライダーという戦士がいて、さっき君が戦ったものと同じ怪人と戦っている。君にはダークディケイドの力で彼らを記録してほしい。それが仕事の内容だ」

 

「記録って……どうやって」

 

「ダークディケイドは仮面ライダーの記憶をカードに記録することができる。すでにカメンライドは試しただろう? 記録したカードはああやって使うこともできる」

 

 別の世界、怪人、仮面ライダー。次々と飛び出す単語を前にすでに大地の頭の処理は限界を迎えようとしていた。

 ほんの数十分前までの記憶しかない不安定な大地にはそれらを一度に理解しろとは無理がある話だった。

 それでもなんとかついていけているのは元々の要領がいいためだからであろうか。

 その様子を察してか、ガイドも一旦説明を止めた。一瞬の静寂の後に、今度は大地が口を開く。

 

「内容はともかく、僕にしてほしいことがあるのはわかります。でもその前に僕の記憶と家族を教えてください」

 

「あいにくだが、それはまだ言えないな。君の記憶と家族。それを教えることが仕事の報酬だ」

 

「そんな……」

 

「仕事が嫌ならドライバーを置いてここから好きなところに行くといい。ま、さっきの連中に捕まるのがオチだろうがなー」

 

 その言葉は暗に選択肢が1つしかないことを示していた。このガイドという男は大地自身を人質にとることで、仕事とやらをやらせようとしている。故に大地のとる行動は決まっている。

 

「……その仕事、受けます」

 

 ガイドの提示した仕事に頷くことだけだった。

 

 

 

 仮面ライダーとは何なのか。ダークディケイドの力、ライダーの記録、自分自身の素性、ガイドの正体。その全てが、今この時は理解できなかった。

 この旅の果てに世界にどんな影響を及ぼすのか、知らなかったのだ。

 

 

 

 

 自分自身を含め、何もかもが失われている男、大地の旅は今この瞬間から始まった。

 

 

 

 




ダークディケイドはクライマックスヒーローズというゲームにのみ登場したオリジナルキャラクターですが、今作においては完全に独自の設定でやらせていただきます。

カメンライドの音声がディケイドのままなのは仕様です。

カメンライドした時はDD◯◯という表記になります。

どんなライダーにもなれるというわけではなく、最初から持っているカードは決まっています。何になれるのかは話が進む中で判明していくことでしょう。
また、ディケイドとは違い世界の法則を無視したりはできません。(ミラーワールド突入、アンデッド爆殺など)
ただし、独自設定によりある程度の融通はききます。(詳しくは今後の世界にて)



質問、感想等お待ちしております


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ビースト編 勇気と希望の物語
旅の始まり



いよいよ大地の旅が始まります。最初の世界は果たしてどんな場所なのでしょうか?





 

 今日はもう休め、とガイドに言われた大地は残っていた食事を平らげると二階の部屋を使ってもいいとのことなので階段を上る。

 階段もそうだが、見た限りでこの光写真館はその外装とは反対にほとんど汚れというものは見られなかった。

 案外あのガイドという男は几帳面なのかもしれないななどと思いつつ、二階の廊下に辿り着いた。どの部屋を使ってもいいと言っていたので、とりあえず一番階段に近い部屋を選び、そのドアを開けた。

 

 部屋の中もやはり整っており、ベッド、机、椅子、本棚などのものが揃っていた。大地は汚れ一つないどこか不気味な部屋に若干の遠慮しつつも、とりあえず椅子に腰を着けた。

 窓から見える景色は相変わらず霧ばかりであるが、さっきと違ってほとんど明かりが見えないことから今は夜であることがわかる。

 今日はこのまま寝てしまおうかなどと思ったが、ふと思い出したようにダークディケイドライバーとライドブッカーを机の上に置いた。ダークディケイドの武器にもなるこのライドブッカーという装備は変身していない状態でも使えるらしい。

 先ほどの戦いでの自分の行動を振り返りながら、大地はライドブッカーから何枚かのカードを取り出した。

 

「これがさっき使ったカード……他にも結構あるな。レンゲル……ゾルダ……スカル……」

 

 まずはさっき使用したガオウ、グリス、ギルスという仮面ライダーが描かれたカードを取り出し、机に置く。次に王蛇やサガ、斬鬼などという仮面ライダーのカードも取り出し、机に並べていった。

 未だに仮面ライダーというものは大地にはよくわからないが、せめてその名前ぐらいは知っておこうと考え、ライドブッカーにあるカードを全て取り出してみることにした。

 そうしてカードを並べていくうちにいくつかのことに大地は気づいた。

 

 カメンライドとフォームライドというカードにはそれぞれ仮面ライダーが描かれており、これを使うことでそのライダーに変身することができる。そのうちのG3、アクセル、クローズなどの何枚かはライダーのシルエットが薄くなっているのが気になった。

 

 アタックライドとファイナルアタックライドはそのライダーの武器や技を繰り出すために使う。

 先ほどの戦いで使ったヘリコプターなどのカードは見当たらないが、これはそれに対応するライダーに変身することで使えるようになるのではないかと予測した。

 つまり今目の前にあるアタックライド スラッシュやブラストはダークディケイド自身のカードということだろうか。

 

(でも、さっき変身したときには僕は複数のカードを使いこなした……今はこうして並べてみるまで何もわからなかったのに)

 

 ダークディケイドとなった大地はこれらのカードを何の躊躇もなく使いこなしていた。もしかすると記憶を失う前から自分はこれらのカードを知っていたということなのだろうか。

 しかし、浮かんだその考えは大地の中で否定された。

 

(知っていたっていうのは正しいかもしれないけど……それは多分僕じゃない。このライダー達だ)

 

 思い返してみれば、ガオウ、グリス、ギルスにカメンライドしたとき頭の中にそのライダーの映像のようなものが流れ込んできていた。それにダークディケイドでいるときには何か自分ではない誰かに身体を動かされている感覚に陥っていたが、何か関係があるのかもしれない。

 

(……駄目だ。これ以上はもう考えてもどうしようもない。ひとまず今日はここまでにしよう)

 

 考えれば考えるほど疑問の渦に巻き込まれ、疲労が蓄積していくのを感じた大地は思考を中断し、休息をとることに決めた。

 そうしてカードをライドブッカーに収納していくが、ダークディケイドのカードを手に取った瞬間、カードの中から見つめられている気がして一瞬背筋に寒いものを感じたのだった。

 

 

 *

 

 

 夜が明けて、太陽の光が大地の部屋を照らしていく。その光と鳥のさえずりによって大地は目を覚ました。未覚醒の頭を軽く振ってみるが、特に思い出した記憶は無かった。

 一階へ降りてから顔を洗い、リビングに顔を出すと、そこには恐らくできたばかりであろう朝食と衣服、それに財布と思われるものが残されていた。

 さらにその財布の下には置き手紙が挟まっており、その内容はこのようなものだった。

 

『大地へ。

 朝食を作っておいたので、まずは食べてくれ。その後にいきなりで申し訳ないが、君にはこの世界の仮面ライダーと怪人を探してほしい。俺はこの世界でやることがあるから、仕事は基本的に君一人で行ってくれ。そこに置いてある金は経費として使ってくれて構わない。

 それと昨日伝え忘れたことが一つある。ダークディケイドに1度変身した後に再び変身するにはクールタイムが必要だ。もしも変身できない状態のときに怪人に襲われたら逃げろ』

 

「そんな大切なことを伝え忘れないでくださいよ……」

 

 溜息と共にガイドへの愚痴が溢れる。しかし、昨日の食事といい、(ほぼ利用されているとはいえ)自分に衣食住を提供してくれたガイドに対してさほど悪い印象は無かった。

 こうして自分を利用しているのも何らかの事情があるのかもしれないなどと考えながら、大地は程良い熱さの豆腐の味噌汁を啜った。美味い。

 ふっくらとした白米の上に甘すぎない卵焼き、食べやすく半分サイズの秋刀魚の塩焼きなどをのせて一緒に口に運ぶ。自然と笑顔になった。

 昨日の食事もそうだが、ガイドが作る料理は形容しがたい味わいがある。一流の料理とまではいかないが、食べているとどこかホッとするような不思議な気持ちになれる。

 そうしてしばらく朝食を堪能していると、昨日は無かったはずのものがあることに気づいた。

 恐らく撮影スタジオであるスペースの奥に背景ロールらしきものが降りている。

 

 

 そこにはどこか威厳を感じさせる奇妙なライオンとそれを模した指輪が描かれていた。

 

 

 *

 

 

 朝食の後片付けと着替えを終えた大地は準備を整えて写真館を出た。すると霧以外の何も見えなかった昨日とは違い、写真館の周囲には店が立ち並び、通勤途中と思われる人々の往来がそこにはある。

 一夜にして様変わりした風景にこれが別の世界かと自分でも驚くほどにすんなり納得した。

 

「まずは仮面ライダーか怪人を探せ、か……よし」

 

 自分の目的を再確認し、大地は仮面ライダーと怪人の存在を探してみることにした。だが、どこにいるのか全く見当もつかないので、とりあえず聞いてみることにした。

 

「あの、仮面ライダーって知りませんか?」

 

「はい?」

 

 が、道行く人々に尋ねても皆首を傾げるだけだった。中には怪しい勧誘とでも思われたのか、足早に立ち去られることもあった。

 半ば予想はしていたが、仮面ライダーという言葉は一般的なものではないようだ。

 しかし、それがわかったところで大地には他に探す方法が思いつくはずもなく、何か手がかりはないものかと辺りをキョロキョロと見渡しながら人が多い方へ向かってみる。

 

 結局特に何の手がかりも得られないまま一時間ほど歩いたところで少し休息をとろうと思い、自販機がある公園の中に入っていった。

 別世界だからといって自販機が何かに変形するということもなく、至って普通の缶コーヒーを買い、普通のベンチに腰掛ける。

 公園の中は自分がベンチに座れたのが不思議に思うほどに人で賑わっていて、遊具に群がる子供、井戸端会議に興じる主婦達、ベンチに座ってコンビニで買った遅めの朝食を食べる女性など、この場所に人が集まっているのが普通のことなのだというのが見てわかる。

 

「ここ、本当に別の世界なのかな……」

 

 もしかして自分は担がれているだけなのではないか。比較的新しくできたであろうことがうかがえる鮮やかな色合いの遊具ではしゃぐ子供達を見ているとそんな考えが一瞬浮かぶが、即座にそれは否定された。

 

「え?」

 

 その公園の雰囲気の中で一人場違いとも言える占い師のような格好をした男性が現れ、瞬きする間もなく変身したのだ。ハチ、あるいはサソリのような化物に。

 

「キャー!?」

 

「な、何よあれ!?」

 

 化物を認識した途端に火がついたように逃げ惑う人々。

 慌てふためく人々とは対照的に怪物は細身の剣を構えて、ゆっくりと歩みを進めている。その先にはベンチに座っていた女性がおり、腰を抜かしているのか、尻餅をついたまま必死に逃げようとしている。

 あまりに唐突な出来事に我を失っていた大地だったが、女性が絞り出すように放った言葉が大地の身体を動かした。

 

「助けてっ……! 誰か!」

 

「ッ! やめろぉ!!」

 

 駆け出した大地は女性と怪人の間に割って入り、ダークディケイドライバーを腰に巻きつける。

 突然現れた存在に怪人、マンティコアも若干困惑し、だがその余裕は崩さずに剣先を大地に向けた。

 

「おや? 何のつもりかね? まさか、ただの人間がゲートを守ろうというのかな?」

 

「ゲート……!?」

 

「君のような勇敢な若者は嫌いではないのだが、仕方ない。ゲートの目の前で君を殺せば、死の恐怖で絶望してくれるだろう」

 

 ゲートなどというまた新しい名詞が出てきたが、今はそれについて考えている場合ではない。どうしようもなく怖いし、すぐにでも大声を上げて逃げ出したいが、目の前の怪人は明らかに自分と後ろの女性を殺すつもりであり、腰を抜かしている女性を一人抱えて逃げられるとも思えない。ならばできることは一つしかない。

 

 大地はライドブッカーからカードを取り出し、構える。

 

「変身……!」

 

 KAMEN RIDE DECADE

 

 ドライバーから放たれた光が大地を包み、漆黒の装甲を身に纏う。

 変身が完了すると同時にまたもや大地の脳内は複数の声で満たされた。

 

『俺が見た地獄をお前達にも味あわせてやる……』

『命乞いはするな……時間の無駄だ』

『お前……喰われなきゃわからんらしいな』

 

 闘争心、憎悪、殺意。流れ込んでくる感情が大地の心を塗りつぶしていく。

 今の大地にはもはや先ほどまでの恐怖心は存在しない。ダークディケイドという仮面の下には溢れ出る力からくる快楽に震える表情が形作られていた。

 

(ああ、昨日よりもはっきり感じる……! もう僕は、僕じゃない!!)

 

「その姿は、魔法使い? 聞いていたものとは随分違うようだが、まあいいだろう。ゆけ、グール!」

 

 マンティコアは石ころのような何かを握りしめ、地面に撒き始めた。するとそれら一つ一つが人型の怪人、グールへと変質し、ダークディケイドに襲いかかった。

 大量に現れたグールに対し、ダークディケイドはライドブッカーをソードモードに変形させ、向かってきたグールを次々と斬り裂いていく。

 グールの中には手に持っていた槍で剣を受け止めようとする者もいたが、ダークディケイドのパワーによって強引に押し込まれ、防ぐことは叶わなかった。

 

「こんな雑魚じゃあ、相手にもならない!」

 

 ATTACK RIDE SLASH

 

 気付かぬうちに刺々しい口調となって振るう刀身が幾つもブレて見える。

 カードによって強化された斬撃、ディケイドスラッシュが生き残っていたグール達を纏めて消滅させ、残るはマンティコアただ一人となる。

 グールの大群を瞬殺したダークディケイドの力に威圧されたのか、マンティコアはこちらを向いたまま後ずさっている。

 

「中々やるね。どうやら君は魔法使いではないようだ。確かに魔力は感じるが、我々のものとは似て異なるもののようだからね」

 

「言いたいことはそれだけか…….?」

 

「だが、いくら君が強くとも私には勝てんよ!」

 

 そう言うが否やマンティコアは足元に落ちていたグールの槍を拾い上げ、ダークディケイドに向けて投擲した。

 勢い良く迫るそれを難なく避けようとするが、背後にいる女性のことを思い出し、ライドブッカーで叩き落すことを選択する。が、それこそがマンティコアの狙いだった。

 ダークディケイドが槍を叩き落とした瞬間、生まれた隙をついてマンティコアは尻尾を伸ばし、その先に備えられた針をダークディケイドの腕に突き刺した。

 大したダメージにはならなかったが、強烈な痺れが身体中に伝播するのを知覚した。

 

「これ、は、毒……、か」

 

「その通り! 油断は禁物だよ? 精々私の毒でもがき苦しみたまえ!」

 

 すでに勝利を確信したのか、悠々とこちらに近づくマンティコア。腕にも痺れと痛みが回り、ライドブッカーを構えることもままならない。

 なるほど、確かにこの毒はダークディケイドに対して有効的な攻撃だろう。相手がダークディケイドだけならば。

 頭の中に流れる記憶に従い、震える腕で一枚のカードを選択し、ドライバーに装填した。

 

 KAMEN RIDE SNIPE

 

 ダークディケイドはシューティングゲーマーの戦士、仮面ライダースナイプ レベル2へとカメンライドする。それと同時に周囲に現れた青と黄のドラム缶をガシャコンマグナムで手当たり次第に破壊する。その中から現れた白いコインを撃ち抜いた。

 スナイプを含めたゲームライダーは変身した時、周囲にゲームエリアを展開し、様々な効果を付与するエナジーアイテムと呼ばれるコインが散りばめられる。

 今DDスナイプが撃ち抜いたアイテムの効果は……

 

 回復! 

 

「ば、馬鹿な!? 一体何が起こった!?」

 

 エナジーアイテム 回復の効果でDDスナイプを蝕んでいた毒は綺麗さっぱり消え去った。

 目の前で起こった出来事に信じられないとばかりに狼狽するマンティコアの姿に、愉悦の声を漏らしたDDスナイプはガシャコンマグナムの射撃を的確にマンティコアに命中させる。敵が怯んだ隙に次のカードを選択し、ドライバーにセットした。

 

 KAMEN RIDE LEANGLE

 

 クローバーの意匠を持つライダー、レンゲルの姿になったダークディケイドはレンゲルラウザーを右手に、新たに取り出したカードを左手に構えてマンティコアとの距離を一気に詰める。

 レンゲルラウザーの刺突がその頭部に突き刺さる直前にカードをドライバーにセットし、右手に感じた手応えを合図に発動する。

 

 ATTACK RIDE POISON

 

「ガッ!? こ、これは!?」

 

「貴様には御誂え向きだろう? 少しの間だが、苦しめ」

 

 お返しとばかりにレンゲルラウザーの先から注入されたポイズンスコーピオンという猛毒がマンティコアの体力をじわじわと奪っていく。

 まさか自分が毒に侵されるとは思ってもみなかったマンティコアはパニック状態に陥り、無茶苦茶に剣を振り回し、必死にDDレンゲルから逃走しようとしている。

 すっかり立場が逆転していることに苦笑しつつも、このまま見逃すつもりもないDDレンゲルは連続でカードを発動した。

 

「逃がすわけないだろう……!」

 

 KAMEN RIDE THEBEE

 

 ATTACK RIDE CLOCK UP

 

 FINAL ATTACK RIDE THE THE THE THEBEE

 

 蜂を連想させるライダー、ザビーの姿を借りたダークディケイドはクロックアップの能力で、マンティコアの逃走先に回り込むように悠々と歩く。

 タキオン粒子が身体を駆け巡り、異なる時間の流れに突入した今のDDザビーにとってはマンティコアも、怯える女性も、巻き上がった砂埃でさえも、その全ての動きがスローモーションに見えてしまうのだ。

 停止しているのではないかと思えるほどに動きの緩いマンティコアの顔面目掛けて、エネルギーの充填された左手を正拳突きとして勢いよく突き出す。

 

 マンティコアが最後に見たのは瞬間移動したのかと思うほどに速い針の一撃が迫り来る光景だった。

 

 

 *

 

 

 ダークディケイドとマンティコアの戦いを少し離れた場所で観察している男女がいた。

 ダークディケイドという未知なる存在に対し、二人の反応は真逆のものを示している。

 

「ヘェ〜! 結構やるじゃねえかあいつ!」

 

 無精髭を生やし、派手な風貌の男は新しい玩具を見つけた子供のように喜び、無惨に散った同胞のことなどちっとも気にかけてはいなかった。

 

「あの奇妙な魔力……一体あいつは何者なの?」

 

 ノースリーブのドレスに身を包み、外見から推測できる年齢には不相応な妖艶な雰囲気を醸し出す少女は憂いた表情を浮かべている。

 

 男女の名はそれぞれユウゴ、ミサというものを持っているが、それは仮のものでしかない。

 ユウゴは炎の不死鳥、フェニックス。ミサは紫のゴーゴン、メデューサ。それが彼等の正体であり、ファントムと呼ばれる怪人達の幹部に位置する上級ファントムである。

 

「おいメデューサ! あいつの相手は俺にやらせろ! あんなのにウロチョロされたらゲートを絶望させるのも面倒だろ?」

 

「そうね……これ以上邪魔者が増えるのは確かに厄介なこと。今のうちに潰しておきましょうか」

 

「その必要はない」

 

 ミサとユウゴを制するように新たな白い異形がどこからともなく姿を現した。その存在にミサは恭しくかしづき、ユウゴは不満そうに口を尖らせた。

 

「あぁ!? なんでだよワイズマン!?」

 

「あの奇妙な魔力……非常に興味深い。あいつは私に任せてもらおう」

 

 今にも爆発しそうなユウゴを大して気に留めることもなく、ワイズマンと呼ばれた異形は変身を解いた大地に視線を向けている。

 

「ワイズマン自らが……ですか?」

 

 この主が自ら動くのは滅多にあることではないため、ミサも珍しいことあるものだと目を丸くしている。普段ならばこういったことはミサか、他のファントムに任せているのに、何故今回に限って、と。

 

「案ずるな。お前達はいつも通りゲートを絶望させ、ファントムを増やすことだけを考えていればいい」

 

 そう言い残してワイズマンは煙のようにその場から消え去った。

 

 

 

 

 




大地

記憶喪失の青年。
自身に関することは何も覚えておらず、大地という名が本名かどうかも定かではない。
仮面ライダーダークディケイドに変身できるようだが……?


ガイド

大地にダークディケイドライバーを渡した謎の男。
各世界に存在する仮面ライダーの記録を依頼したが、その目的は不明。料理の腕は一流。


仮面ライダーダークディケイド

様々なサブライダーに変身できる黒いディケイド。
基本的なスペックはディケイドとほぼ同じだが、その出自等不明な点は多い。


マンティコア

ウィザード17話に登場したファントム。占い師に化けていた。
ワイズマン直々に任命されゲートを狙っていたのだが、運悪くもその相手は仮面ライダービーストの仁藤攻介。見事な噛ませ犬となった。
伸縮自在の尻尾にある毒は強力で、ウィザードすら戦闘不能してみせたが、それすらビーストのドルフィマントを魅せる前置きでしか無かった。一話で退場したのもあり、とことん哀れ。



この小説のオリジナル要素はこんな風にちょっとした紹介を入れたいと思います。

質問、感想等お待ちしております。



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古の魔法使い

ビーストの世界。

操真晴人がファントムを生み出す儀式「サバト」に巻き込まれず、仮面ライダーウィザードが存在しない世界。




 

 魔法の指輪、ウィザードリング。

 古から呼び覚まされた魔法使いはその牙を両手に宿し、絶望を喰らい尽くす────。

 

 

 *

 

 

「グッ!? は、はぁ、はぁ…….!」

 

 マンティコアをライダースティングで葬り去ったDDザビーはその変身を解いた。その途端に大地の身体に決して小さくない負担がのしかかった。それでも昨日の疲労よりは幾分か軽く、少し呼吸を整えることで多少は和らいだ。

 

(まただ……ダークディケイドに変身すると、僕が僕でなくなる……!)

 

 ダークディケイドとなった大地はあの怪人を必要以上にいたぶっていた。

 実際にはレンゲルの姿のままでも倒すことは十分可能だったのに、わざわざクロックアップという高速移動能力を使ってまでマンティコアの目の前に現れ、ライダースティングを顔面に叩き込んだのだ。

 最初の変身よりも、はっきりとした悪意が自分の中に芽生えたのが大地にはとても恐ろしく思える。何せ変身している時の口調すら変わり果てたのだ。

 

 もしかすると次にダークディケイドになった時は────

 

(いや、そもそも……あれが記憶を失う前の本当の僕なのかもしれない)

 

 ふと思いついたその考えがゆっくりと浸透して行く途中、肩を軽く叩かれて大地は我に返った。

 振り向くとマンティコアに襲われていた女性が不安げにこちらを覗き込んできた。

 

「あの、大丈夫ですか……? すごい汗ですけど」

 

「……はい。なんでもありません。怪我はありませんか?」

 

「はい。おかげさまで」

 

 どうやら腰が抜けていたのも一時的なものであって、今は特に問題はなさそうだ。むしろ何も知らない人ならば尋常ではない量の汗を浮かべている大地の方を心配するに違いない。

 その場に留まる理由もないため、大地はお礼がしたいという女性にとともに少し離れた場所にある喫茶店に入ることにした。

 

 

 *

 

 

「さっきは助けていただいて、本当にありがとうございました」

 

「いえ、あの時は咄嗟に身体が動いちゃって……でも、無事に済んで良かったです」

 

 あんな騒ぎがあったにも関わらず、喫茶店の中はちょうど全ての席が埋まるほどの客がおり、それぞれが思い思いに過ごしている。

 

 大地と女性は自己紹介を済ませ、彼女が花崎瑠美(はなさき るみ)という名前であること、近所の大学に通っていることなどを知るが、あんな怪物に襲われた経験は皆無であり、仮面ライダーやゲートという単語についても心当たりはないようだった。

 また、大地も自身のことについて聞かれたので、自分が別の世界から来たこと、記憶喪失であることなどを洗いざらい話す。

 初対面の相手にこんなことを話すのはどうかしてるとも思うが、下手にはぐらかすよりも正直に言ってしまったほうが楽ではあった。

 ここで信じてもらえなかったとしても、特に影響はないと一応考えたのではあるが。

 

「そんな、自分の家族すらわからないなんて……」

 

「……え、信じて、くれるんですか?」

 

 意外にも瑠美は少しも疑うことなく大地に同情している。

 

「正直驚きましたけど、命の恩人の言うことを疑うのは失礼かなって思って」

 

 柔らかに笑いながら言った瑠美の言葉に、こみ上げた思いで一瞬胸が詰まった。それを顔を出すことへの気恥ずかしさを悟られぬように、殆ど手をつけていなかったレモンティーへ手を伸ばしかけたところで、テーブルに置いてあった瑠美の携帯が振動した。

 

「あ、すいません。友達からみたいです」

 

 大地の手前なので携帯の画面だけ確認しただけだったが、それでも携帯の通知音と振動が止むことはない。

 申し訳なさそうに携帯を取り出した瑠美は携帯の電源を切って鞄に押し込んだ。

 

「何か急ぎの連絡じゃないんですか?」

 

「え? あ、いえ、いつもこんな感じなんですよ。よく色んな人から連絡がくるので」

 

 笑顔でそう話す瑠美を見て、きっと多くの友人がいるのだろうと大地は思う。

 彼女が初対面の自分に対してもここまで明るく接してくれるのはそれが彼女にとっては当たり前のことだからなのかもしれない。

 

 もし記憶を取り戻した自分が彼女のような人間であればいいなと考えていると、大地はそこで自分達が座っている座席の隣に会社員風の男が立っていることに気づいた。

 この店のウェイターかと一瞬思うが、見た者に悪印象を与えかねないようなニヤつきを浮かべるその男はとても接客しに来たとは思えない。

 

「なんとも微笑ましい光景ですね〜。見ているこちらがのぼせてしまいそうですよ」

 

「貴方は……?」

 

 どう見てもカフェの店員ではなく、かといって瑠美の知り合いでないことは困惑している彼女の様子から明らかだ。

 何よりこの男の貼りついたような笑顔が大地の不安を煽る。

 

「あ、申し遅れました。私はこういうものでして」

 

 男はぺこりと軽くお辞儀をする。そしてその顔を上げると、騎士を彷彿とさせるファントム、ヴァルキリーへとその身を変貌させた。

 

「彼女を絶望させに参りました」

 

 *

 

 虫を払うように振るわれた腕で、大地は呆気なく吹っ飛ばされた。

 脳が揺さぶられた感覚に持っていかれそうになる意識をなんとか現実に引き留め、近くにあった椅子を支えに立ち上がる。

 すでに店内には誰1人残っておらず、おぼつかない足取りで外に出る。

 

「どうです? 生身で空を飛ぶ気分は? なあに、絶望していただく前のちょっとしたサービスです」

「花崎さん!?」

 

 ヴァルキリーは瑠美を捕まえたまま翼を広げて、3階建ての建物ほどの高さまで浮かび上がっていた。

 ヴァルキリーに強引に抱き抱えられた瑠美の怯えた顔を見た瞬間、大地は衝動的にドライバーを巻きつけてカードを叩き込む。しかし、いつまで経ってもダークディケイドに変わらない。

 

 ダークディケイドの再変身には数時間のクールタイムが必要。

 

 今朝のガイドの手紙に書かれていた事実を裏付けるように、ダークディケイドのカードに描かれたシルエットは薄く透けていた。

 

「変身できない……そんな」

 

(このままじゃ花崎さんが!)

 

 変身できずともライドブッカーは使えるようで、ガンモードに変形させてヴァルキリーを撃ち落とせないかと考えるが、変身していない今の自分では瑠美に当てずにヴァルキリーのみを撃つというのは不可能に近い。

 

 今の自分には何もできない。

 

 そうしている間にもヴァルキリーはどんどん高度を上げていく。

 

「た、たすけて! 誰か!」

 

「五月蝿いですねぇ。誰も助けになど来ませんよ!」

 

 

 

 

 

「ところがどっこい! 来るんだよ!」

 

 突如響いた第三者の声に驚くヴァルキリー。その上空からオレンジのマントをたなびかせて、金色の影が飛来した。

 その影は瞬く間に瑠美を奪い取り、大地のすぐそばに着地した。

 風のように現れたその存在に呆気に取られる大地。

 それはヴァルキリーも瑠美も同じようで、その金色のライオンのような戦士に言葉も出ないようだ。

 

「彼女は頼んだぜ!」

 

 半ば押し付けるように瑠美を預け、再び飛び上がった金色の戦士はベルトから取り出したサーベルを手にし、ヴァルキリーと対峙する。

 ようやく状況を飲み込めたヴァルキリーはその戦士に心当たりがあるようで、先程までの余裕はどこへ行ったのか、怒りを露わにする。

 

「よう! 待たせたな!」

 

「貴方は、古の魔法使い!? よくも私の仕事を邪魔してくれましたね!」

 

「そのとーり! 俺が噂の魔法使い、ビーストだ! お前の仕事はこれまで! 今からは俺のランチタイムだぁぁ!!」

 

 古の魔法使いと呼ばれた金色の戦士、仮面ライダービーストはダイスサーベルを掲げてヴァルキリーへと突撃していく。

 気合いと共に突き出された一撃はヴァルキリーの剣のガードを弾き、その胸に火花を散らせた。さらに、反撃として振り下ろされた剣を巧みにかわし、今度は脇腹に剣を滑らせた。

 そのような応酬が幾度か繰り返されるのを見て、大地は息を飲む。

 あのビーストというライダーは昨日変身したばかりの自分とは違い、明らかに戦い慣れている。

 その戦いもダークディケイドのような圧倒的なスペックに頼って敵をねじ伏せるのではく、ビースト自身の技量によって優勢に運んでいる。

 

「凄い……!」

「うおおりゃあ!!」

 

 ビーストの回し蹴りが上から叩きつけるように炸裂し、ヴァルキリーはくぐもった声をあげて地面に落下した。

 奴はふらつきながらも再び翼を広げて、今度は恐らく逃走のために飛翔するが、着地したビーストはそれを追う訳でもなく、緑色の指輪を指にはめた。

 

「逃がすかよぉ!」

 

 カメレオ! ゴーッ! カカッ、カッカ、カメレオ! 

 

 ビーストがその指輪を金色のライオンのレリーフが彫られたベルト、ビーストドライバーの横にセットすると、緑の魔法陣がその場に現れた。

 魔法陣がビーストを透過すると、右肩についていたオレンジのマント、ファルコマントは魔法陣と同様の緑のマント、カメレオマントに変化した。

 マントに装飾されているカメレオンの頭部から鞭のようにしなる舌を伸ばし、宙を飛ぶヴァルキリーに巻きつけた。

 ヴァルキリーは慌てて自身を拘束する舌を剣で引き千切ろうとするが、その前にビーストの方に引き寄せられ、再び地面に叩きつけられた。

 

「さぁ! メインディッシュだ!」

 

 また敵が逃げようとする前にケリをつけるべく、ビーストはダイスサーベルのスロットを回転させる。さらに右手の指輪をダイスサーベルにセットすると、スロットは4の目で停止した。

 

 フォー! カメレオ! セイバーストライク! 

 

 全身を打ちつけた痛みにもがくヴァルキリーに狙いを定め、ビーストは思いきりダイスサーベルを振り切った。

 そこから四匹のカメレオン型のエレルギーが出現し、ヴァルキリーに炸裂。力尽きたヴァルキリーから激しく火花が散り、爆発を巻き起こした。

 その爆発から溢れ出た黄金の魔法陣が吸い込まれるようにビーストドライバーに収まり、それを見届けたビーストは満足げにパン! と音を立てて両手を合わせた。

 

「ごぉっつぁん!」

 

「えぇ……」

 

 ビーストの手際の良さに若干感動すらしていた大地も、ビーストの最後の仕草には困惑するしかなかった。

 戦闘の中で度々ビーストが言っていた「ランチタイム」や、「メインディッシュ」の言葉と最後の仕草から、あれらは比喩ではないのかもしれないという考えが浮かぶ。

 

 もしかして、本当に食べたのか。

 

 呑気に手を振ってこちらに近づいてくるビーストはどうやら敵意はないようで、大地は恐る恐る手を挙げた。

 

 

 *

 

 また喫茶店に入るというのもさっきの出来事を思うと好ましくないので、瑠美の自分の家に来て欲しいという提案に大地も、ビーストに変身していた青年、仁藤攻介も賛成した。

 彼女の家族にはどう説明したものかと悩むが、彼女の家には誰もいないということだった。

 

「私の両親は小さい頃に事故で2人とも亡くなって……それから親戚のところでお世話になっていたんですけど、高校を卒業してからまた家族で住んでた家に戻ってきたんです」

 

 瑠美は客人に振る舞う茶菓子などを用意しながら、なんでもないように自分の事情を語っている。

 記憶のない大地には家族の暖かさとか、そういったもののありがたみはよくわからないが、もしも記憶を取り戻した時に家族が1人もいないという状況を想像すると身震いが起こる。

 

「いっただきやーす!! んー! うめー!!」

 

 リビングに流れていたしんみりとした雰囲気はその声で一気に掻き消された。

 遠慮もせずに出された茶菓子に手をつける仁藤に内心溜息をついて、実は腹を空かしていた大地も煎餅に手を伸ばす。

 煎餅を齧りながら瑠美を見ると、ぽかんとした表情で湯呑みを持ったまま固まっている。その視線の先にいる仁藤は大地と同じ煎餅を食べているが、その煎餅は大地のものとはある一点で異なっていた。

 

「マ、マヨネーズ!?」

 

「ん? どうした?」

 

「え! い、いや、だって煎餅にマヨネーズって」

 

「はあ? マヨネーズは世界で一番美味い食いもんだろ?」

 

 懐から取り出したマヨネーズを煎餅や大福にたっぷりとかけてほおばる仁藤の姿に自分の方がおかしいのかと思ってしまうが、瑠美の反応からそれは違うとわかる。

 

 どうやらこの仁藤攻介という男は重度のマヨネーズ中毒らしい(瑠美曰くマヨラーというそうだ)。

 

「ほら、お前もマヨネーズかけてみろって! ……あれ? ところでどっちがゲートなんだ?」

 

「仁藤さん……僕はそのゲートやあの怪人、それに貴方について聞きたいんです」

 

 しきりにマヨネーズを勧めてくる仁藤には困ったものだが、ようやく本題には入れそうだ。

 

 仁藤も気軽に了承し、お互いの確認の意を含めて話し始めた。

 

「まずゲートについてだが……ファントムに襲われたのはどっちだ」

 

「花崎さんのほうです」

 

「じゃあ瑠美ちゃんがゲートってことか。ゲートってのは魔力を持った人間のことで、ゲートが絶望するとファントムになっちまうんだ」

 

 ゲートが絶望するとファントムになる。

 ファントムというのがあの怪人達だとすると、この事実から彼等の言っていたことの意味がわかってくる。

 

「つまり、ファントムはゲートを絶望させて仲間を増やそうとしてる?」

 

「そういうことだ。それにファントムを生み出したゲートは死んじまう。それを防ぐのがこの俺、魔法使いの役目ってことだ」

 

「そんな……」

 

 もしも大地や仁藤がいなければ、すでに自分は死んでいたかもしれないということに瑠美の心に再び恐怖がこみ上げてくる。

 一方で大地は魔法使いという言葉に関心を向けた。

 

「魔法使いって、もしかして仮面ライダーのことですか?」

 

「は? 仮面ライダー? 何だそりゃ」

 

 違うのか、と一瞬落胆しかけるが、しかし昨夜見たカードのことを思い出し、その内の1枚を取り出して見せる。

 そこには薄くビーストのシルエットが描かれていた。つまりビーストもまた仮面ライダーであるということだ。

 魔法使いというのはこの世界における仮面ライダーの呼び名の1つではないのだろうか、と大地は新たに推測する。

 

「お? これは俺じゃねーか! ────こうして見るとやっぱカッケェな俺!」

 

「そ、そうですね……? じゃなくて! 僕は仮面ライダーの記録をするためにこの世界に来ました。多分、仮面ライダービーストである貴方を記録することが僕の仕事なんです。だからビーストのことを僕は知りたい」

 

「べ、別の世界!? またまたぁ〜、冗談はよせよ」

 

「冗談じゃありません」

 

「……マジか」

 

「マジです」

 

「マジだ……」

 

 最初は信じなかった仁藤も大地の真剣な表情に態度を改め、やがて自分のことについて語り出した。

 

 自分が大学の考古学を専攻していること、その調査でビーストドライバーとリングを発見し、ビーストとなったこと、そして自分の中にいるファントム、キマイラに魔力を与えなければ死んでしまうこと。

 

 特に最後は大地と瑠美にとって衝撃的だった。

 その内容にショックを受ける瑠美と、それを何でもないように語る仁藤を心配する大地。

 仁藤のその態度は明日をも知れぬ命であるとはとても思えない。

 

「ファントムを食べなきゃ死ぬなんて……」

 

「仁藤さんは、怖くはないんですか。自分がいつ死ぬかもわからないなんて」

 

「いやー、最初はビビっちまったけどさ。逆にこのベルトの謎を解き明かすデカいチャンスでもあるからな。ピンチはチャンスってやつだ」

 

 自分の命が関わっているというのに、全く悲壮感のないこの仁藤に大地は正直不気味であると思ってしまった。偶然ベルトを手に入れて、戦い以外の選択肢を余儀なくされた仁藤を最初は自分と同じ境遇であると大地は感じていたが、ここまでポジティブであることを見せつけられるとそれは間違いだったと言える。

 

 だが、未だに具体的な行動がはっきりしない自分よりは、ゲートのそばにいればファントムに出会える仁藤の方が楽で羨ましいとも思う。それに話を聞く限りはビーストは自分自身の意思で動かしているようだ。ほぼ操られていると言ってもいいダークディケイドよりはよっぽどいい。

 

(いけない……こんなこと考えるなんて)

 

 自分でも気づかぬうちに、大地には仁藤に対する嫉妬の感情が芽生え始めていた。

 これ以上仁藤と一緒にいれば、思わず嫌味を言ってしまいそうになる自分が嫌になった大地は家に帰ることを告げた。

 例えまたファントムが襲ってきても、仁藤がここにいれば大丈夫だろう。

 

「じゃあ俺は庭にテントでも張るわ。瑠美ちゃんは明日にでも東京を出る準備をした方がいい」

 

「わかりました……大地さんも今日はありがとうございました。その、色々と頑張ってください」

 

 瑠美の励ましに薄く愛想笑いを返して、大地はその場を後にした。

 

 

 *

 

 

 大地が帰った後、仁藤は庭に張ったテントの前でぼんやりと考え事をしながら座っていた。

 

 今まで何度かゲートを狙うファントムを倒してきたが、それはゲート1人につき精々1体襲ってくるというのがほとんどだった。しかし今回はすでに2体、しかも間髪入れずに襲ってきている。

 何故今回に限ってそうなのか。もしかすると大地が関係しているのだろうか? 

 

「……だーめだ。やっぱファントムの考えてることなんてわかりっこねえな」

 

 聞けば瑠美はあの別世界から来たと言っている大地に助けられたという。記憶喪失というのも心配だが、それ以上に仁藤には去り際の大地の曇った表情が気になった。

 

「あいつ、俺の話聞いてからやけに暗くなってたような……」

 

 正直大地のことはほとんど知らないが、瑠美のことを助けたのだし悪い奴ではないとは思う。

 だからこそ仁藤はあの脆く崩れ去ってしまいそうな大地の背中に不安を感じざるを得ない。

 

「できればあいつにも危険な目にはあってほしくねえんだよなぁ……はぁ、寝るか」

 

 グリフォン! ゴーッ! 

 

「俺が寝てる間、見張りは頼んだぜ。グリフォンちゃん」

 

 仁藤は緑の小さな使い魔、グリーングリフォンを召喚して見張りを任せると、テントの中に入っていく。

 残されたグリフォンは前脚を忙しく動かしながら夜空に舞い上がっていった。

 

 

 *

 

 

 光写真館への帰り道の途中、ガイドが写真館にいないかもしれないことを考慮してコンビニでカップ麺をいくつかと、何か情報を得られるかも知れないと新聞や週刊誌を買っておいた。

 

 そしてすっかり暗くなって照明灯に照らされた道をビニール袋をぶら下げて歩いていると、視界の端に真っ白な布があることに気づく。

 よく見るとそれは人型であり、顔らしき部分が鈍い橙色の輝きを放っている。

 その姿に大地は見覚えがあった。

 

(あれは確か昨日のカードの中に……ってことはつまり!?)

 

「仮面ライダー……!?」

 

「異世界の来訪者よ。どうやらお前はその力を使いこなせていないようだな」

 

 そのライダー、白い魔法使いはそう言って黒いバックルを大地へ投げつける。

 危うく取り落としそうになるも、それを受け止める大地。そのバックルには手形らしきものが刻まれている。

 

「お前の中には奇妙ではあるが、確かに魔力が流れている。それを使えばお前は魔法使いになることができるだろう。何かに惑わされることもなく、自分自身の意思でな」

 

「なんで、そんなものを僕に」

 

「お前が望むのならばそのベルトはくれてやろう。ただし、ファントムを倒してもらうがな」

 

 突然現れて、ベルトを渡してきた白い魔法使い。

 どう考えても怪しい話だが、自分自身の意思で使える力という言葉が大地の判断を鈍らせている。

 強力ではあるが、得体の知れないダークディケイド。あの自分を失いそうになる感覚はもう御免だった。

 大地は戸惑いながらもしっかりと頷き返す。

 

 その返答に満足したのか、白い魔法使いはフ、と笑い複数の指輪を投げて寄越した。

 

「忘れるな。お前は最後の希望だ」

 

 テレポート! ナウ

 

 白い魔法使いが右手の指輪を翳した途端、音声と共に光に包まれ、跡形もなくその場から消えた。

 呆然と立ち尽くす大地の手には黒いバックル、メイジドライバーが握られていた。

 

 

 *

 

 

 同じ頃、どこかの場所。

 人気のない道を1人の女性が歩いている。周囲に灯りは無く、女性が持っている携帯の液晶から漏れる光だけが道を照らしていた。

 自然と小走りになってしまいそうな不気味な雰囲気が漂っているが、女性は液晶画面に夢中で特に気にした様子はなかった。

 その時、携帯から着信音と振動が響き、女性に電話の着信が来ていることを伝えた。

 液晶に映った名前を見て通話ボタンを押そうとした女性はそこで初めて気づいた。

 

 自分の目の前に何かがいることに。

 

「一緒に来てもらうよ? 君も絶望の鍵の1つなのだからね」

 

 女性の手から携帯が滑り落ち、地面に転がった。

 

 その後には「花崎 瑠美」と映されている携帯だけがその場に残されていた。

 

 

 

 

 

 

 




花崎瑠美

19歳。情報科学を学ぶ女子大生。
誰にでも優しく接するため、多くの友人に囲まれている。
幼い頃に両親を亡くしている。


ヴァルキリー

ウィザード11話、12話に登場したファントム。人間態はサラリーマン風の格好をしており腰の低い態度を取っているが、サラッと上司を殺した発言している。
ファントムでは割と珍しい飛行タイプなのだが、それもハリケーンドラゴンを魅せる要素でしかなかった。


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新たなる魔法使い?

今回は少し短めです






 

 白い魔法使いとの遭遇から写真館に戻った大地はまずガイドが帰ってきているのか確認したが、新しく用意された着替えと出来立ての夕食が用意されているだけだった。

 ほくほくと上がる湯気を見て、案外ガイドとは入れ違いになったのかもしれないなと思いつつ、大地は早速食事に手をつけた。

 しっかり味わいながらも、素早くそれらをかきこんで、腹を満たした大地は今日一日に起こった出来事を整理する。

 

 ビースト。ファントム。ゲート。白い魔法使い。バックル。指輪。

 

 その最中に買ってきた新聞や週刊誌のことを思い出して、開いてみることにした。

 異世界の新聞といえど、特に不自然なことは書かれていないようだが……。

 否、一つ気になる記述がある。

 

「行方不明者続出……それにこれって花崎さんの大学か?」

 

 どうやら最近行方不明者が頻繁に出ているようで、その中には瑠美が通う大学の教授という人物も含まれている。

 だが、それだけではファントムの仕業と断定することはできず、胸騒ぎのような感覚を覚えつつも、大地は新聞を畳んだ。

 

 それにファントムのことばかり考えてもいられない。大地の中で今後の変身への懸念が生まれつつあった。

 二度目の変身の時、最初よりもはっきりと自分が操られているような感覚があった。変身を解けば元には戻るが、今後もそうだという保証はない。もしかすると次に変身した時にはもう戻れないのかもしれないのだ。

 自分を取り戻すためにこの仕事を受けたが、そのためにダークディケイドに変身して、自分を乗っ取られては本末転倒もいいところだ。

 

(そういえばさっきのライダーがくれたこれ……もしこれで仁藤さんと同じように戦えるなら……)

 

 大地は机に置かれたメイジドライバーを縋るように見つめていた。

 

 

 *

 

 

 

 翌朝。

 結局ガイドは帰らなかったようで、写真館に何か変わった様子はない。

 準備を整えた大地はひとまず瑠美のことが気になり、向かってみることにした。

 昨日と同じ道を通って花崎家に辿り着くが、インターホンを何度か鳴らしても瑠美や仁藤が出てくることはない。

 

 もしかするとまだ寝ているのか、などと考えたが、裏の方から聞こえた甲高い金属音が聞こえた途端に大地は駆け出した。

 まさか普通の朝の住宅地でこんな音が響くはずもなく、仁藤一人だけに瑠美を任せたことに今更ながら責任を感じ始める。

 

 息を切らせて、音がする方へ回り込むと案の定そこではビーストが二体のファントムを相手に戦闘を繰り広げていた。そのすぐそばでは瑠美が不安そうにビーストを見守っている。位置の関係からその場にいる誰もが大地には気づいていないらしい。

 

「古の魔法使い! 邪魔をするな!」

 

「ゲートを絶望させるとかチョーめんどいから早く終わらせて寝たいんですけどぉ」

 

「だったら纏めて俺に喰われろ!」

 

 相手が2体といえど、やはりビーストは強く、素早く剣を振るって敵の攻撃を弾いている。

 だが、瑠美を気にかけながら戦うというハンデを背負っているためか、すでにビーストの体力はかなり消耗しているようだった。このまま戦い続ければ、先に力尽きるのはビーストの方かもしれない。

 大地はダークディケイドへと変身すべくダークディケイドライバーを取り出して……その手を止めた。

 甦るは、あの負の連鎖とも言える記憶に呑まれていく自分の姿。自分を失うかもしれないという恐怖が大地の変身を拒んでいる。

 

「……そうだ。こっちならもしかして」

 

 白い魔法使いとのやり取りを思い出した大地はダークディケイドライバーを外し、渡された黒いバックル、メイジドライバーを腰にセットする。

 するとダークディケイドライバーと同じようにベルトを形成して大地の腰に巻きついた。最早その程度のことには驚きもせずに、ビーストの真似をして指輪をはめる。

 メイジドライバーを操作すると、変身待機音がその場に響き、ようやくビースト達も大地の存在を認めた。

 

 シャバドゥビタッチヘンシーン! シャバドゥビタッチヘンシーン! 

 

「大地!」「大地さん!」

 

 だが、昨日とは違うベルトをしていることに気づいた瑠美が声をかける前に、大地は掛け声と共に左手をベルトに翳す。

 

「変身」

 

 チェンジ! ナウ

 

 呪文の詠唱が合図となり、大地の頭上に出現した紅の魔法陣がその身体を包み、ダークディケイドとは異なる、別の戦士となる。

 

 鮮血を連想させる深紅の宝石のフェイス、左腕には巨大な鉤爪「スクラッチネイル」を装備した魔法使い、仮面ライダーメイジ。

 

「よし……! 声は聞こえない。これは僕の、僕だけの力だ! オオオーッッ!!」

 

 メイジとなった大地は何者にも囚われることないその力を手にしたことを実感し、嬉々としてファントムに向かっていく。

 勢いのままに繰り出した飛び蹴りは青い牛のようなファントム、ミノタウロスに突き刺さり、派手な音をたてて転がした。

 続けさまにスクラッチネイルによる裏拳を白い猫のファントム、ケットシーの顔面に叩き込む。

 

「痛ぁ!? 魔法使いがもう一人いるなんて聞いてないし〜!?」

 

「まさか奇妙な魔力を持つというのは貴様のことか!?」

 

 殴られた箇所を抑えてジタバタするケットシーと、すでに体制を立て直して斧を構えるミノタウロス。どちらもこのメイジのことは知らなかったようで、狼狽を隠そうともしない。

 それは隣にいるビーストも同様である。

 

「大地お前! 変身できたのかよ!」

 

 そういえば大地がダークディケイドであることは説明していなかったなと思い返し、改めて説明しようとするが、ビーストはそれを遮る。

 

「仁藤さん、これは」

 

「いや! 皆まで言うな! まさかお前も魔法使いとは思わなかったぜ! だが、あの2匹はどちらも俺の獲物! ……と言いたいところだが、しょーがねえ。あの猫みてえな方を譲ってやるよ!」

 

「え? あ、はい」

 

「よっしゃ! ブレックファーストタイムだぁぁぁ!!」

 

 雄叫びを上げてミノタウロスに突っ込んでいくビースト。

 明らかに勘違いされているが、まあいいかとメイジも気を取り直し、ソードモードに変形したライドブッカーを構え、未だに地面に転がっているケットシーに向かっていく。

 慌てて起き上がったケットシーには振り下ろされた剣を受け止められなかったが、続く切り上げの攻撃は腕の爪で防がれる。が、メイジの膝蹴りが腹部に叩き込まれた。

 相手は見た目通りの俊敏さでメイジから距離をとるが、ライドブッカーの機能を知らなかったようで、放たれた銃撃に驚いて尻餅をついている。

 どうやらこの猫のファントムは昨日のマンティコアよりも弱いようだ。

 

「なんだよその武器! ずっりー! 魔法使いなら魔法使えよ〜!」

 

「魔法……ああ、そうでしたね」

 

 そういえば白い魔法使いからは他にも指輪を渡されていたな、と試しに1つ選んだ指輪を使ってみる。

 

 ルパッチマジックタッチゴー! チェイン! ナウ

 

 すると白い鎖が空中に形成された魔法陣から飛び出して、ケットシーを拘束した。

 

「うわぁ!? マジで使うなよ〜!」

 

「あ、すいません。こっちはなんだろう?」

 

 ジャイアント! ナウ

 

 なんと今度はスクラッチネイルが巨大化した。

 自身の2倍ほどの大きさになっても、重くなって動かせなくなるということもなく、これも魔法の為せる技なのだろう。

 その巨大化した爪でケットシーを殴りつければ、その身体は宙に吹っ飛ばされる。

 どんどんボロボロになっていくケットシーを見ていると申し訳ないという思いが湧き上がるが、しかし見逃すつもりもなく、次の指輪をはめた。

 

 イエス! キックストライク! アンダースタン? 

 

 魔法陣が足元に展開され、右足が炎のエレルギーを纏う。

 今まで魔法よりもさらに魔力が高まるのを感じ、これが所謂ファイナルアタックライドであるのだろうと理解した。

 メイジは湧き上がる力のままに跳躍、ケットシーに向けて右足を突き出す。

 

「えっ!? ちょ、タンマタンマ!」

 

 自身に向けられた魔力の高さに驚くケットシーだったが、もう遅い。

 メイジの必殺キック、ストライクメイジがケットシーを貫き、爆発四散させた。

 メイジとなった自分の初の勝利を噛み締めながらも、ビーストの方に目を向けると、すでにその勝敗はついているも同然だった。

 

 ファイブ! バッファ! セイバーストライク! 

 

 五頭の牛のセイバーストライクがミノタウロスに殺到すれば、やはり耐えきれずに火花を散らせて爆発した。

 ミノタウロスの魔力はビーストに吸収され、その場での戦闘は無事に終了する。

 

 変身を解いた大地は何か身体に異常は出てないことを確かめる。

 ダークディケイドには及ばないが、それでもこのメイジの力は大地に安心感と満足感の両方を与えていた。

 ダークディケイドほどの負担もなく、かと言ってメイジが弱いというわけでもない。初めての変身でファントムを撃破できたのは魔法という多彩な能力が扱えるのも大きい。

 

 今後はダークディケイドではなく、メイジに変身しようと大地は密かに決めて、瑠美の元に駆け寄った。

 すでに三度も襲撃されたせいか、多少の怯えが残ってはいるものの割と落ち着いているようで、大地も安心する。

 

「怪我とか、大丈夫でしたか?」

 

「はい! 仁藤さんと大地さんのおかげです」

 

 一点の曇りもない瑠美の笑顔は何も知らない者が見れば、とても命を狙われている者とは思えないだろう。

 その笑顔に大地はダークディケイドへの変身を躊躇った自身への後ろめたさを感じるが、それ以上に彼女が無事で済んでいることへの喜びがその心を大きく占めていた。

 

「おい大地! お前魔力食わなくても平気なのか!? ……ってそれよりも早く瑠美ちゃんを避難させないとな」

 

「行き先は決めてるんですか?」

 

「はい。昨日仁藤さんと話し合ったんですけど、田舎にいる私を引き取ってくれた親戚のところにします」

 

 その瑠美の親戚に昨日連絡をとったところ、急な話にも関わらず、快く了承してくれたという。

 仁藤曰く、今までのファントムは東京を出れば襲ってくることもないとのことで、それならば瑠美も平気かと大地は内心胸を撫で下ろす。いつかこの世界を旅立つ時を思うと、それだけが気がかりになっていからだ。

 まだこの世界でやることはあるかもしれないが、瑠美を駅まで送り届ければひと段落はつくだろう。

 

 三人は駅へと向かうバスに乗るため、家を出る。

 その時、背後から自分達を観察する影があることに、誰も気がつくことはなかった。

 

 *

 

「素晴らしい結果だ」

 

 白い魔法使いはメイジの戦いをずっと観察していた。

 本来の魔法使いとは異なる奇妙なものではあるが、ファントムよりも高く、今後も成長が見込める大地の魔力は自身の目的を達成するために充分といえる。

 異世界から来たらしい大地の身の上など、興味がないわけではないが、それよりも重要なのは白い魔法使いにとって理想となる魔法使いがようやく1人誕生したということ。できれば手中に収めておきたいところだが、そううまくはいかない。

 

(今動いているのはあのファントム……奴に私の正体がばれるのは面倒だ)

 

 だが、いつかチャンスは巡ってくるはず。

 自分はただそれを待てばいいだけだ。

 

「もうすぐだ……待っていろ」

 

 テレポート! ナウ

 

 言い聞かせるように呟いた白い魔法使いはテレポートの魔法を発動し、その場には最初から誰もいなかったかのように静けさだけが残された。

 

 

 *

 

 

 車が往来する歩道橋の上にユウゴとミサ、そして壮年の男が佇んでいる。

 苛立ちを隠そうともせずに壮年の男に詰め寄るユウゴの様子から、彼等の関係は良好とは言い難いようだ。

 

「おい! てめえ、あんなまどろっこしいやり方いつまでやってんだ!? ちんたらやってんなら俺に代われよ!」

 

「フェニックス、力づくで絶望させるしか能のない君には私の素晴らしいショーは理解できないだろう? 今回は大人しく見物していたまえ」

 

「別に貴方の趣味なんてどうでもいいけど、ファントムを無駄に減らすなんて……一体何を考えているの?」

 

 壮年の男に良い感情を持っていないのはミサも同様だった。

 ファントムを増やすためにゲートを狙っているのに、そのためにファントムを減らしては意味がないのではないか。

 

「貴方のせいで四人も減ったわ。ワイズマンが知ったらどうするつもり?」

 

「ワイズマンはファントムを増やせは言ったが、減らすなとは言われていない。私はそれに従っているまでさ。それにあの奇妙な魔法使いのこともある」

 

「だから俺があいつを潰してやるって……!」

 

「君が暴れれば台無しになる。引っ込んでいたまえ」

 

 それだけ言い残すと、壮年の男は歩道橋から飛び降りて姿を消した。

 イライラが頂点に達したユウゴが地団駄を踏む隣で、ミサは溜息を漏らす。

 

 その下を大地達が乗ったバスが通り過ぎて行った。

 

 

 *

 

 

 駅に向かうバスの中。

 朝の通勤時間というのもあって、一人ぶんの座席しか空いておらず、必然的に瑠美が座ることになった。

 満員とまではいかないが、混み合うバスの中で瑠美はやや声量を落として大地に声をかけてきた。

 

「大地さん、何もできない私が言うのもどうかと思うんですけど、これからも頑張ってください」

 

「花崎さん……ありがとう」

 

 瑠美の笑顔につられて、自然と大地の表情も緩くなってくるのを自覚した。

 記憶を失った大地にとって、瑠美に感謝されることと自由に振るえるメイジという力を手に入れたことは不安定だった心を支える基盤になりつつあった。

 

 きっとこの先も、こんな風に戦っていけばいつかは自分を取り戻せる。

 

 そんな楽観的な考えすら浮かぶ中で、隣で険しい顔を作る仁藤に気づいた。

 

「仁藤さん? どうかしたんですか」

 

「ああ、昨日から考えてたんだ。普段ファントムは一人のゲート相手に複数で襲ってくることなんて滅多にないんだ。何で今回はこんな躍起になってるんだ?」

 

 瑠美に聞こえないよう、声を潜めて話す仁藤。

 だが、今の大地はその言葉を深く受け止めることもなかった。

 どうせこのまま駅に着けば終わりだと。

 

 その考えはすぐに後悔へと変わる。

 

「ーッ!?」

 

 瞬間、爆発音と凄まじい衝撃がバスを襲った。

 

 

 




仮面ライダーメイジ(大地)

大地が変身した魔法使いのライダー。
基本的なスペックは通常の仮面ライダーメイジと大差はないが、内包する魔力の質は奇妙なものであるらしい。
ライドブッカーや魔法を駆使して戦い、所持する指輪はチェンジ、ジャイアント、チェイン、フレキシブル、ヒート、バリア、リフレクト、キックストライク。
本来の魔法使いと違い、変身しなければ魔法は使えない。
何故魔法使いですらない大地が変身できるのかは未だ不明。


ケットシー

ウィザード4話、5話に登場した猫型ファントム。人間態のキャラがやたら濃い。
だが、実力はぶっちゃけ弱いのでハリケーンスタイルにあっさり敗れ去った。


ミノタウロス

ウィザード1話に登場した記念すべき初回怪人。
やたら説明台詞が多く、ウィザードとファントムがどういう存在かを視聴者に教えてくれた優しい人です(適当)。
ウィザードにあっさり負けたくせして、劇場版でオーガというファントムがミノタウロスの能力を使った際には強化形態のフレイムドラゴンを倒してしまった。どういうことなの……



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嘲弄するドラゴン

ビースト編のボス、いよいよ登場です。





 

 

 バスの中。

 瑠美は大地と仁藤が何やら声を潜めて話し合っているのを不思議そうに見つめながら、昨夜のことに思い出していた。

 親戚の元に行く前に大学の友人達に暫く会えなくなると連絡を取ろうとしたのだが、誰も電話が通じなかったのだ。

 

(皆に一言言っておきたかったけど、向こうに着いてからでも遅くはないですよね)

 

 もしこのことを仁藤に伝えていたならば、また違った展開があったかもしれないが、瑠美にそのことを考える余裕はなかった。

 

 何故なら、彼女達の乗っているバスが凄まじい衝撃によって横転し、仁藤が咄嗟に庇ったのにも関わらず、頭を打った瑠美の意識はそのまま闇に飲まれたのだから。

 

 

 *

 

 

「くうっ……」

 

 横転したバスの中からなんとか脱出した大地は、一体何が起きたのかと周囲を見渡した。

 先にバスから出ていた仁藤と瑠美に目立った外傷は無いが、気絶している瑠美が彼に支えられている。

 そして仁藤の視線の先にいるのは恐ろしい威圧感を放ち、双剣を持つ金色の怪人。

 恐らくバスを横転させたのはあのファントムだろうとメイジドライバーを腰に巻いたのだが。

 

(──あれはッ!?)

 

 黄金の鱗に身を包み、人型の龍ともいうべきそのファントム、ドレイクの瞳に射抜かれた瞬間、大地の全身から冷や汗が流れた。

 

 大地は指輪を構えたまま、まるで金縛りにあっているかのように硬直し、声を出すことすらできない。

 恐怖に縛られた大地の様子を見抜いたドレイクはフン、と鼻を鳴らした。

 

「ご機嫌よう、魔法使い諸君。そちらのゲートを渡していただきたい」

 

「そう言われて、はいそうですかなんて言うと思ってんのか?」

 

 ドライバーオン! 

 

 すでに臨戦態勢に入っていた仁藤はビーストドライバーを出現させる。

 

「変〜身!」

 

 セット! オープン! L! I! O! N! ライオーン! 

 

 ビーストに変身した仁藤は敵に臆することなく、ダイスサーベルを召喚し、ドレイクに挑む。

 だが、数々のファントムを葬り去ったであろうビーストの剣はドレイクの双剣にあっさりと防がれ、逆に反撃を食らってしまう。

 そこが起点となり、ドレイクの苛烈な攻撃が次々とビーストの身体を削っていく。

 

「に、仁藤さん! くぅっ……ああああッッ!!」

 

 傷ついていくビーストの姿を見て、我に返った大地は変身、と呟いて魔法陣を潜り抜ける。

 

 劣勢となったビーストに加勢するべく、駆け出したメイジは跳躍して上段からライドブッカーをドレイクの頭部目掛けて振り下ろした。

 その剣はドレイクに届く前に躱され、あえなく空を切ることとなるが、攻撃が途切れた一瞬の隙にビーストの鋭い突きが放たれる。

 並みのファントムならば痛手となる一撃だが、胸部から微かな火花を散らせたのみで、ドレイクには大したダメージにはなっていない。

 ならばとメイジがスクラッチネイルを突き出すが、そのままバックステップで距離を離され、またしてもメイジの攻撃は空振りに終わった。

 

「ほう、君が奇妙な魔力の持ち主というわけか! 」

 

「仁藤さん、大丈夫ですか」

 

「おう! このぐらい屁でもねー! おい、金ピカ野郎! そっちから来たんだから、2対1だからって文句はねーな!?」

 

「フン、私としてはそれでも構わないのだが、そちらの奇妙な魔法使い君が未知数なのでね。すまないが、私の部下と遊んでいたまえ」

 

「部下……!?」

 

 ドレイクの放った一言に警戒して周囲を見渡すが、ドレイク以外にファントムの姿は見えない。

 ハッタリかと思い、再びドレイクに向かおうとしたメイジの前で、突然空間が歪む。

 それが何かと思う間も無く、歪みから突出した剣がメイジを吹き飛ばした。

 

「ぐあああッ!?」

 

「任せたぞ、ベルゼバブ」

 

「ハッ! ドレイク様!」

 

 歪みの中からファントム、ベルゼバブが姿を現した。

 今の攻撃も空間を操る能力を持つベルゼバブがメイジの目の前に瞬間移動して繰り出されたものである。

 

 ベルゼバブは指揮者のように腕を振りながら、予想外の一撃で未だ膝をついているメイジに近づいていく。

 すぐにメイジの援護に向かおうとしたビーストだったが、瞬時に距離を詰めたドレイクがその行く手を阻む。

 

「おっと、君の相手は私だ。精々楽しませてくれよ?」

 

「くっ! 大地!」

 

 ビーストの呼びかけでようやく状況に気づいたメイジではあったが、すでにベルゼバブは目前まで迫っている。突かれた胸の痛みを堪えて立ち上がり、敵が余裕を見せている内に魔法を発動させる。

 

 チェイン! ナウ

 

 魔法の鎖がベルゼバブ目掛けて殺到するが、ベルゼバブは瞬間移動によって姿を消し、鎖は標的を失ったまま宙を舞った。

 

「ど、どこだ!?」

 

「こっちだ!」

 

 耳元から聞こえた声に振り向けば、そこにはベルゼバブが立っている。

 呆気にとられたメイジは自身に振るわれた剣に対処することもできなかった。

 斬りつけられた箇所が燃えているのかと錯覚するほどの熱を帯びるが、それでも踏みとどまったメイジは反撃としてライドブッカーをベルゼバブに突き立てようとする。

 

「ただ力任せに剣を振るえば勝てるとでも思ったか? さぁ踊れ!」

 

 しかし、またしても瞬間移動によって躱され、背後からの斬撃を食らってしまう。

 振り向きざまに剣を当てようとしても、同じようにただ斬られるだけであり、その度に大地の口から悲鳴が漏れる。

 斬りつけられ、火花が散るほどに大地はふつふつと死への恐怖が湧き上がっていく。

 そんなやり取りが数回繰り返された後に、メイジは力尽きたように倒れ、変身が強制解除された。

 

 大地は全身に与えられた激痛に顔を歪めながら、再び立ち上がろうとする。だが、先ほどと違い、それは戦う為ではない。

 

(逃げなきゃ! 逃げなきゃいけない! 殺される!!)

 

 今の大地の頭にはただ生きたいという願望、死への恐怖以外のものはない。守る存在も、共に戦っている存在も。

 這いつくばって少しでも離れようとする大地を見かねてか、ベルゼバブは溜息をつく。

 

「やれやれ、貴様のように醜いワルツを踊る奴は今すぐにでも始末したいが、ドレイク様の命令に反するのでね」

 

 ベルゼバブはそう言って再び瞬間移動を発動した。

 またしても斬られるのでは、と思った大地だったが、ベルゼバブの狙いは大地ではないようで、大地とは離れた場所に出現している。

 本来ならば助かったと喜ぶかもしれない。ベルゼバブの足元に瑠美が倒れていなければ。

 

「花崎さん……! に、逃げて! 花崎さん!」

 

 ファントムの狙いがゲートであるという基本を失念していた大地。

 倒れている瑠美は気を失ったままであり、例え起きていたとしても、ベルゼバブから逃げられるとは思えない。

 それでも仁藤ならばこの状況を打開できるのではと視線を送るが、その期待は脆くも崩れ去ることになる。

 

「うおおおおっ!?」

 

 ドレイクが手の先から放った水流が風を切り裂いてビーストを飲み込む。なんとかドレイクに攻撃を加えようにも、その勢いは凄まじく、ビーストの前進を許しはしない。

 それでも後退もせずに、その場で踏ん張り続けるビーストの身体を眩い閃光が駆け抜ける。

 

「ぐあああああッッ!?」

 

 それはドレイクが水流と同時に放った雷撃であった。

 全身を濡らしていたビーストにとって、その一撃はとてつもない威力を発揮した。にも関わらず、未だに倒れないのは仁藤自身の意地のおかげである。

 

「さすがは古の魔法使い。今の攻撃を耐えるとは」

 

「へっ、てめえなんかに褒められても全然嬉しくねーな……」

 

「だが、これはどうかな?」

 

 ふらつくビーストめがけて、ドレイクの口から炎が噴き出した。

 もはやビーストにそれを防ぐことはできず、爆炎の中で変身が解除された仁藤は今度こそ地に伏してしまった。

 

「仁藤さん!? 仁藤さん! ……ああ、そんな」

 

 あの仮面ライダービーストが手も足も出ずに負けた。

 今の攻撃で仁藤も気絶してしまい、残っているのは大地だけ。つまり、今ここでダークディケイドに変身しなければ瑠美が死ぬということ。

 ゆっくりと懐のダークディケイドライバーに手を伸ばすが、ドライバーを握る手はぶるぶると震え、腰にあてることができない。

 

(ああ、駄目だ……怖い! 怖い!!)

 

 ダークディケイドに変身すればもう自分の意識は消えてしまうんじゃないか。

 ダークディケイドに変身しても勝てないんじゃないか。

 

 そんな考えが頭の中で渦巻き、ドライバーを持つ手を縛りつけてしまう。ドレイクを見た時に生まれた恐怖がダークディケイドへの怯えと結びつき、より膨れ上がった感情のままに、ついに大地はダークディケイドライバーを握る手を放してしまった。

 

「奇妙な魔法使い君。私達はこのゲートの家で待たせてもらうよ。彼女が絶望するまでに間に合うかな? はははははッ!!」

 

 ドレイクはそれだけ言い残すと、瑠美を抱えたベルゼバブと共に笑いながらその場から消えた。

 

 耳の中で反響するドレイクの嘲りの笑い声が変身できなかった自分への侮蔑に思えて、悔しさから滲み出る涙が大地の足元を濡らした。

 

 ほんの少し前まで当てにしていたメイジは何の役にも立たなかった。

 ダークディケイドに恐れを抱いて、使えなかった。

 何よりもこんな自分に笑顔を向けてくれた人を守れなかった。

 

「うあーッッ!! あああああーッッ!!」

 

 仁藤が目覚めるその時まで、大地の叫びは止まることはなかった。

 

 

 *

 

 

 仁藤が気がついた時、隣には放心したように座り込む大地がいた。

 辺りにはバスの乗客の救出や、事故の捜査に来た警察関係者などが集まっており、仁藤達はその集団から少し離れた場所で倒れている。

 身体の節々の痛みを自覚しつつ、何故自分が倒れていたのかと思い返してみれば、瑠美の姿が見えないことに気づく。

 

「ーん、ッ!? おい、大地! 瑠美ちゃんは!?」

 

「連れていかれました……あの、ファントムに。花崎さんの家で待ってるって……」

 

「ならすぐ行かねえと……ぐっ!?」

 

 駆け出そうとした仁藤は苦悶の声を漏らして左腕を押さえている。ドレイクの攻撃で負った傷かもしれない。

 それでも瑠美の家の方角に向かう仁藤の姿が大地にとっては不思議でならなかった。

 

「どうして、行くんですか。もう僕達負けたじゃないですか。なのに……」

 

「じゃあ瑠美ちゃんを見殺しにしろってのか?」

 

「どうしようもないじゃないですか!? 仁藤さんがそこまでする必要はないでしょう!? 魔力のことなら、また別のファントムを見つければいいでしょう!」

 

 明確に死への恐怖に直面した今の大地には仁藤が理解できなかった。仁藤という男は自分の命とビーストドライバーの謎を解き明かすために戦っているはずなのに、何故勝ち目がない相手に挑むのか。

 

 取り乱し、声を荒げる大地にも仁藤は諭すように語りかけた。

 

「大地、確かに俺が生きるためなら瑠美ちゃんを助ける必要はねえし、他のファントムを食えばいい。最初の頃は俺もそんな風に考えちまってた」

 

 様々な感情を含んだ大地の瞳と真っ向から向き合い、仁藤は続ける。

 

 

 

 

「けどな、俺は知らなかったんだ。ゲートの命と引き換えにファントムが生まれるってことを」

 

 

 

 

「俺は……ゲートが絶望するのを黙って見ちまってた。ファントムが生まれて、ようやく俺はゲートのおっちゃんが死んじまったことに気づいたんだよ。俺が見捨てちまったんだ。だから、もう絶対に俺はゲートを見捨てねえ、見捨てちゃいけないんだ」

 

 この仁藤の言葉は昨日までの大地だったなら、感銘を受けたかもしれない。

 実際に大地は仁藤のことをどこか軽い、おちゃらけた男だと思ってはいたし、その仁藤からこんな台詞が出てきたことに驚いてはいる。

 けれども、今の大地には反論しか浮かんでこなかった。

 

「でも! そんな風に戦ってたらファントムはいつかいなくなるかもしれないんですよ!? 大体あのファントムに負けたらそれ以前に死んじゃいます!」

 

「ああ、だからそのファントムがいなくなるいつかの明日は考えないようにした。今日をしっかり生きるために、俺は明日の命をかける」

 

「明日の命より……今日の命」

 

「とはいえお前は来るなよ? 相手が2人だと思ってるところに俺が1人でドガガーン! といけば慌てるだろ。だから俺1人で十分ってわけだ」

 

 ニヤッと笑った仁藤は再び瑠美の家目指して走り出した。

 最後の意味不明な戦術は大地を戦わせまいとする仁藤の気遣いだということなどは大地にもわかる。

 その背中はどんどん小さくなっていくはずなのにどういうわけか、大地にはとても大きく見えた。

 

 

 *

 

 

 幼い頃、両親と車で出かけていた瑠美は事故に遭った。

 

 幸いにも瑠美はちょっとした怪我をしたのみで済んだが、両親は別だった。

 幼い瑠美の目の前で二人は息も絶え絶えとしていて、それを見ているだけで悲しくなって涙が溢れてくる。

 そんな瑠美をあやすように両親は優しく語りかけてきた。

 

「瑠美……貴女だけでも無事でよかった……」

 

「お父さんとお母さんがいなくても、瑠美は立派に生きるんだよ……」

 

「いや、いや! お願いだから、私を独りにしないで……」

 

 今にも眠ってしまいそうな両親の姿は、それがいつもの睡眠とは明確に違うものだと瑠美に教えてくれる。

 突然襲いかかった不幸はこの時の瑠美には到底受け止めきれることではなく、ただ泣きじゃくるばかりだった。

 

「大丈夫よ、瑠美。貴女は優しい娘だから、貴女は独りにならないわ……」

 

「瑠美、人を助けて支えてあげなさい。そうすればきっと誰かが瑠美を支えてくれる……」

 

 それが両親の最後の言葉だった。

 その言葉を胸に、元々優しかった瑠美はより一層人に優しくなった。

 そんな瑠美を周囲の人間は好み、暖かく接してくれた。

 恩人とはいえ赤の他人である大地と仁藤への態度も瑠美にとっては当たり前のことでしかない。

 

 つまり瑠美にとっての希望とは他者との関わりそのものである。

 

 

「お父さん……お母さん……」

 

 悲しい夢を見た。

 家族を失った夢を見た直後に、目を覚ました瑠美。彼女は今朝出たはずの独りぼっちの家で横たわっている。いや、今は一人ではない。

 

「いい顔だ……だが、まだ絶望してもらっては困る」

 

「ファントム……!」

 

 ドレイクとベルゼバブ。二人のファントムが瑠美を見下ろしていた。

 特にドレイクは瑠美の顔を覗き込んでは、クックッと笑いを零している。それはまるで新しい玩具を前にした子供のようでもあった。

 

 このおぞましい怪人に顔を背けながらも、瑠美は今の自分が置かれている状況を徐々に理解していく。

 

(私がまたこの家に戻されたってことは、もしかして大地さん達は……)

 

「あの魔法使い達が心配なようだな。安心したまえ。彼等はもうすぐここにやってくる」

 

「何を言ってるんですか……」

 

 困惑を隠せない瑠美に、耳障りな笑い声をあげ続けるドレイク。

 それは花崎の家の中で不気味に木霊し、瑠美は耐えきれずに耳を塞ぐ。

 

 自分の恩人達へひたすら祈りながら。

 

 

 *

 

 

 仁藤の背中を見送った大地はどこに行くわけでもなく、近くの河川敷がある土手で座っていた。

 もはや何をしていいのか、大地にはよくわからない。

 この河川敷でただ何も考えずにサッカーをしているあの少年達のようになれるならどれだけ楽だろうか。

 そうしてぼーっとサッカーボールを眺めていれば、少年達が蹴ったボールがいつの間にか大地の目の前にあった。

 

「すいませーん! ボールとってくださーい!」

 

 こちらに手を振る少年に答える気にもなれず、しかし放っておくこともできない。

 ボールを蹴り返そうとして、そこで初めて自分の隣に黒いジャケットを着た青年が立っていることに気づいた。

 

「いくよ! ほら!」

 

 青年が蹴り返したボールは緩やかにカーブを描いて、見事に少年達の足元に収まった。

 

「ありがとうございまーす!」

 

「ふぃ〜」

 

 脱力したように呟いて大地の隣に座り込む青年。

 そして「はんぐり〜」と描かれた紙袋からプレーンシュガーのドーナツを取り出して美味しそうに頬張っている。

 

 何故自分の隣に座ったのかと目を向けると、青年は勘違いしたのか、「食べる?」と勧めてきたので、丁重に断った。

 それから一つ目のドーナツを食べ終えた青年は大地に顔を向けることなく、切り出してきた。

 

「すげー暗い顔してるけど、大丈夫か」

 

「大丈夫じゃないです」

 

「即答かー」

 

 ニヤける青年の態度はどことなく出会った時の仁藤を連想させる。

 それが大地には見当違いをしていた自分を思い出させて、余計に沈んだ気持ちになってしまう。

 

「貴方、何なんですか」

 

 大地はこの世界に来てから幾度となく口にした、あるいは言われた疑問を二個目のドーナツに手を出した青年に投げかけた。

 

「何って言われてもな。特に名乗れるような身分はないよ」

 

 青年は気取った風にこう答えた。

 

「俺は操真晴人。ただのイケてる男さ」

 

 

 




ファントム ドレイク

劇場版ウィザードに登場した仮面ライダーソーサラーの怪人態。出番は数秒でした。

今作ではドレイクはフェニックスやメデューサに並ぶ幹部として多数のファントムを従えています。
攻撃方法などは不明だったので、晴人のドラゴンと同じく、4つのエレメントを操る能力をオリジナルに設定してみました。中身は劇場版のオーマ大臣と同じです。


ベルゼバブ

ウィザード20話、21話に登場した。
強力な洗脳、万能ワープ、巧みな剣術と能力モリモリのクソ強一般怪人。ファントムはこういうのが急に出てくるのが恐ろしい。
フレイムドラゴンやビーストを完封するインチキっぷりであったが、それはドラゴタイマーという更なるインチキアイテムの前振りでしかないのだ……戦いは数だよ兄貴!


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取り戻す希望


ちょっと長め。戦闘も多め





 

 この操真晴人と名乗った青年はどうして自分なんかに声をかけたのか、大地には皆目見当もつかなかった。ファントムが自分を狙って来たというのならまだわかるのだが。

 

「いやさ、君があんまりにも沈んでたから気になって」

 

 大地の疑問を察してか、晴人はそう言った。

 

「俺も昔そうやって落ち込んでた時期があってさ、こうほっとけなかったつーか」

 

「……怖いんです。自分がこれからどうなるのか。そう思ってたら何もできなくなったんです」

 

 初対面の晴人に何故こんな話をするのか、それは大地自身にもよくわからない。ただ話を聞いてもらいたかったのか、それとも何かを教えて欲しかったのか。

 

「ふーん……」

 

「困りますよね。いきなりこんなこと言われても」

 

「うん、正直何のことだかてんでわかんねー。けど、何もできなくなるって気持ちはわからなくもないな。俺には誰かの希望を奪っちまうような取り返しのつかない失敗しちゃったことがあった。その時はこれからどうしていいかわかんなくなったよ」

 

 微かな悔いを含んで語る晴人。サッカーで汗を流す少年達を見るその目はどこか懐かしむようであった。

 

「でも気づいたんだ。後悔ばっかしてても何も始まんない、決して前には進めないってさ」

 

「後悔ですか……」

 

 果たして自分はダークディケイドに変身しなかったことを後悔してるのだろうか。少なくとも瑠美を助けられるかもしれなかったことを考えると、胸を締め付けられるような感覚には陥る。

 

「わかりませんね。今の僕にとって、前に進むってことがどういうことかも」

 

「そっか。でもよーく考えてみなよ。今自分が何をしたいのか。それが前に進むってことじゃないのか」

 

 自分が何をしたいのか。

 晴人の言葉のままに思い返してみれば、最初は記憶を取り戻すためにこの世界で行動していた。そこから瑠美や仁藤と出会い、気づけばファントムとの戦いに巻き込まれ、今の状況に陥っている。

 

 だが、本当に自分はダークディケイドを、戦いを恐れていたのだろうか。

 

 戦いを恐れていたならばそもそもドレイクに挑むことはなかった。

 ダークディケイドを恐れていたならばヴァルキリーに襲われた時に咄嗟に変身しようとはしなかった。

 

 そこまで考えるに至って、初めて大地は自覚する。

 

「あぁ……僕は、僕はただ、彼女を守りたかったのか……」

 

 自分を信じてくれたあの人をファントムから守りたいという思いが大地の中には確かにあったのだ。

 瑠美と自分の気持ちを同時に裏切ってしまったということがわかった途端に、どうしようもないほどに感情が押し寄せてくる。

 

 助けられなかった悲しみが、何もしなかった怒りが大地の身体を熱くする。

 

 それは涙という形になって外に現れた。

 

「くうっ……ぁうう……ぁぁ!」

 

 とめどなく目から溢れてくる涙は拭われることもなく、大地の足元の土を濡らし続けた。頭の中に浮かぶのは瑠美の笑顔。

 突然泣き出した大地を横目でチラリと見て、何だか青春っぽいななどと内心思いながらも晴人は何も言わなかった。

 

(今自分がしたいこと……それはきっとこんなところで泣くことじゃない!)

 

 やがて腕で激しく目を擦って無理矢理涙を止めた大地。服の湿りや汚れも意にすることなく、決意と共に立ち上がる。

 そのまま隣の晴人に「ありがとうございました!」と頭を下げて、駆け出して行った。

 

 肌に吹きつける風は強く、未だに先のことははっきりしていない。

 それでも、もう大地には座り込む気にはなれなかった。

 一刻も早く目的地にたどり着くため、大地は走りながらメイジドライバーを取り出した。

 

 チェンジ! ナウ

 

 

 *

 

 

 その頃、瑠美を救出すべく駆けつけた仁藤は待ち構えていたベルゼバブとの戦闘に突入していた。

 ゆっくりと日が暮れていく住宅街の中で互いの剣をぶつけ合う音が幾度となく鳴り響き、火花が散る。

 その戦況はビーストが微かに押していた。

 

「ととととととと!!」

 

 フェンシングのような剣さばきでベルゼバブのガードを崩し、胸部、腹部、肩部とダイスサーベルの剣先で突いていく。

 しかし、ベルゼバブもただやられるだけではない。ダイスサーベルを持つ腕に回し蹴りを見舞い、攻撃が途切れた隙をついて瞬間移動しては、ビーストの側面に現れる。

 ビーストの脇腹を切り裂いたベルゼバブの剣はさらに追撃を加えるべく、脳天に振り下ろされる。

 だが、脇腹への一撃はあまり効果的ではなかったらしく、剣はあっさりと頭上で受け止められた。

 敵の剣をいなしたビーストがそのままベルゼバブの懐に潜り込み、その腹部に剣と膝蹴りを流れるように叩き込めば、相手は後方に倒れていく。

 

 確かな手応えを感じつつ、倒れたベルゼバブへ接近すれば、敵は再び瞬間移動で逃げていった。

 先ほどからこんな調子で戦いが続いており、前座であるベルゼバブに時間と体力が割かれていく現状に仁藤は内心焦っていた。

 

 恐らくこのまま戦い続ければ、先に力尽きるのは魔法を使用していない自分ではなく、ベルゼバブの方である。しかし、自分が押しているとはいえ、ベルゼバブの攻撃も確実にビーストにダメージを与えている。

 ベルゼバブを倒した後に待ち受ける強敵との戦闘を思えば、できるだけ早く決着をつける必要があるのだ。

 もしも大地が協力してくれていればそれも可能なのだが、仁藤には大地を無理矢理戦場に立たせる気などはない。

 自分のように戦わなければならないのならともかく、ただ力を持ってしまっただけの彼の反応は至極当然のものなのだから。

 

「あー! もー! お前なんかに時間を割いてる場合じゃねえんだよっと!」

 

 カメレオ! ゴーッ! カカッ、カッカ、カメレオ! 

 

 もう何度目かもわからないベルゼバブの奇襲を辛うじて躱したビーストはカメレオマントを纏う。

 無駄なことをと嗤いながらビーストの背後に回り込むベルゼバブだったが、すぐにその感情は驚愕へと変わる。

 何故ならば、

 

「なっ、消えただと!?」

 

 ビーストがすでにその姿を消していたからに他ならない。

 

 自分とほぼ同じ戦法を仕掛けられるとは思ってもみなかったベルゼバブは狼狽してしまい、動きを止めてしまう。すぐ近くに潜んでいたビーストにとってはまたとない機会である。

 

「ずおおおおりゃああああッッ!!」

 

 耳を打つ叫び声を認識した瞬間、ベルゼバブの頭部に強烈な圧が加わった。

 ビースト渾身の飛び蹴りがベルゼバブを捉え、その脳を激しく揺さぶったのだ。

 まともな受け身すらとれずに倒れるベルゼバブ。すぐに起き上がろうとするも、脳震盪でも起こしたか、その動きは鈍く未だに地に足をつけたままである。

 トドメを刺す絶好の機会を得たビーストはダイスサーベルのダイスを回転させた。

 

「これでも食らいやがれ!」

 

 ビーストの必殺技であるセイバーストライクが見事にベルゼバブに命中し、その身を爆散させる──

 

 ワン! カメレオ! セイバーストライク! 

 

 ……はずだったのだが。

 

「……んん?」

 

「あらー……」

 

 なんと出現したカメレオン型のエネルギーはたった1匹だけだった。

 

 そもそもセイバーストライクとはダイスの目によって威力が変わるいわば運任せの技であり、1の目は最低の威力である。いくらダメージが蓄積しているとは言っても、それで倒せるほどベルゼバブは甘くない。

 それでもそのカメレオンは懸命にベルゼバブに突撃するが、剣のたった一振りでエネルギーは飛散してしまった。

 

「……」

 

「……」

 

 ビーストとベルゼバブの間で気まずい雰囲気が流れ始めた。

 

 よりにもよってこのタイミングで1の目を出してしまった自分の運の悪さを呪うビーストだったが、その堪え難い雰囲気は二人の間に突如飛来した火炎によって打ち砕かれた。

 

「うおっ! あぶねっ!」

 

「ベルゼバブ、何を遊んでいる」

 

「ド、ドレイク様。申し訳ありません!」

 

 火炎を放った主、ドレイクは言葉とは裏腹に愉悦に浸っている様子であった。その傍には両手両足を縛られた瑠美を伴っている。

 

「瑠美ちゃん!」

 

 瑠美を助けださんと疾走を開始するビースト。しかし、ドレイクからしてみればなんら恐れる必要もない突進に過ぎない。

 ドレイクの手の中で生まれた緑色のエネルギー。ビーストに向けて打ち出されたそれは暴風と化して襲いかかる。

 

 あまりにも強い勢いの風はビーストの装甲を削り、身体ごと宙に飛ばしてしまう。

 空中で身動きを封じられたビーストはすぐさまファルコマントを装備して飛翔しようとするが、凄まじい突風の中にいては満足にリングを変えることも困難だった。

 ようやくファルコリングを構えたビーストの前に、いくつもの氷の弾丸が迫る。

 

「しまっ! うわあああああ──っっ!?」

 

 ドレイクが発射した氷の弾丸は正確にビーストを撃ち抜いていた。

 最後の氷がビーストに到達した頃には風も止んでおり、空中に留まる支えを失ったビーストは体勢を変えることすらできずに地面に激突してしまった。

 

「フン、どうやら奇妙な魔法使い君は恐れをなして逃げ出したようだな。警戒するまでもなかったか」

 

「てめえ……! 瑠美ちゃんをどうするつもりだ……」

 

「決まっているだろう? ベルゼバブ!」

 

 ドレイクとビーストの戦いを退屈そうに見ていたベルゼバブはその声に姿勢を正し、指をパチンと鳴らした。

 すると何処に潜んでいたのか、虚ろな目をした人々がビーストの周囲にゆっくりと集まってくる。

 敵の増援か、とビーストは警戒するが、瑠美の叫びがそれを否定した。

 

「美樹さん、志田さん……それにみんなも!?」

 

「そう、彼らは皆、花崎瑠美と親しい仲の人間です」

 

「何……?」

 

 ビーストを中心として集まった人々はどうやら瑠美の知り合いらしいが、何故こんなところにいるのか。その虚ろな目は何かに操られているようにも見える。

 

「花崎瑠美、君は両親が死んでからも随分と多くの人に囲まれている。ここに集めた者達もほんの一部に過ぎない。これから私が消す君と関わりを持つ者達のね。これほど集めるのには苦労させられたが、まあよしとしよう」

 

「まさか……! あのファントム達は囮だってのか!?」

 

「正解! 人々を集める段階で君に気づかれては面倒なのでね。君達を生かしておいたのもゲートの恩人として目の前で葬るためだ」

 

 立て続けに襲ってきたファントム達は不自然に思えたが、まさか囮だったとは。しかし、それではドレイクの行動にも矛盾が残る。

 

「お前らの目的はファントムを増やすことじゃねえのか! ファントム減らしちゃ意味ねえだろ!」

 

「ファントムなどどうでもいい。私が見たいのはゲートが絶望に染まる姿だ! ファントムの誕生はその副産物に過ぎない!」

 

「や、やめてください……お願いですから!」

 

 これからドレイクがやろうとしていることがわかったであろう瑠美は必死にドレイクの足元に縋りついていた。

 その反応こそがドレイクの見たかったものであり、ましてややめる義理などもない。

 

「心配しなくてもいい……君の苦痛はすぐに終わる。生まれ変わった後は私の部下として使って差し上げよう……ベルゼバブ!」

 

 ベルゼバブが腕を上げた瞬間、ゾンビのように佇んでいた人々は一斉にビーストに掴みかかった。恐らくベルゼバブに操られているだけの人々を変身した状態で振り払う訳にもいかず、ビーストは動きを封じられてしまった。

 

「うおおっ!? おい、離せ!? みんな死んじまうぞ!」

 

 ビーストの言葉にも耳を貸さず、ただ指令に従うだけの人々はビーストという一点に集合している。

 狙いやすい的だと目を細めるドレイクは剣に魔力を充填する。

 その剣が向けられる先など、瑠美には嫌でもわかってしまった。

 

「どうして、こんなことするんですか!? 私が何をしたんですか……!」

 

「君がゲートだから……ただそれだけさ。これから君が生きていく過程で知り合った人間も皆同じ目にあう」

 

 理由がわかっていても、それでも問いかけずにはいられなかった瑠美の悲痛な叫びはその無情な一言で切り捨てられた。

 見る見る間に瑠美の表情が絶望で崩れていくが、そんなものでは足りないのだ。

 故にドレイクは剣に纏った魔力を衝撃波という形で放つ。

 

 生身の人間など容易く切り裂くに違いない斬撃は何者にも阻まれることなく、ビーストと彼を取り囲む集団の目前にまで迫る。

 

 そして衝撃波は爆炎へと変わり、彼等の姿は耳をつんざくような音をたてて、炎の中に消えていった。

 

「いや、嫌……! 独りは……嫌……」

 

 巻き起こった爆風も、身体に当たるアスファルトの小さな破片も今の瑠美には気にならない。

 親しい友人も、命懸けで戦ってくれた恩人も、皆いなくなってしまったのだから。

 

 自分のせいで。

 

「ーッうあ……! ああああああーっ!?」

 

 瑠美が絶望に沈んだ瞬間だった。

 ドクン、と自分の奥底から響くような衝撃が瑠美を貫いた。

 自分の中で何かが暴れている感覚が信じられないほどの苦痛となって襲いかかり、瑠美の身体に紫に光るヒビが入った。

 ヒビはどんどん広がっていき、今にも瑠美を埋め尽くそうとしている。

 

 視界がぼやける。身体から力が抜けていく。

 

 ああ、これが絶望というものなのか。

 

「ははっ、はははははははははは!! その表情だ! それこそが私の見たかったものだよ! 花崎瑠美! 死の恐怖など生温い、本当の孤独への絶望! 君の生涯の幕引きに今、盛大な拍手を送ろう!」

 

 鼓膜を叩く声も乾いた拍手も瑠美の思考に引っかかることはない。

 彼女の心があるのは二度とと這い上がれない深い絶望という名の泥沼。

 不意打ちの如く訪れた悪夢のような出来事に抗う術を知らない彼女は完全に思考を飲み込まれるまでの微かな間、ただ嗚咽を漏らすことしかできない。

 

 爆炎が晴れた先に彼がいなければ。

 

「き、貴様は!?」

 

「ほう……」

 

 まず見えたのは人一人分ほどの大きさの魔法陣だった。

 その背後では衝撃波に引き裂かれたはずの人々、そしてビーストが五体満足の状態で立っている。

 やがて魔法陣が消えた時、そこでバリアを張っていた人物の姿が明らかになる。

 

「尻尾を巻いて逃げ出したかと思ったが……どうやら違ったようだ」

 

「大地、お前……」

 

「花崎さんは死なせない……僕はもう逃げない!」

 

 仮面ライダーメイジとなった大地は新たに抱いた決意をそこに宣言した。

 

 

 *

 

 

 ドレイクの攻撃がビースト達に命中する寸前、駆けつけたメイジはバリアの魔法を発動し、間一髪というところで衝撃波を防いでいたのだ。

 

「今更ノコノコと出てきたところで、この状況を君ごときに変えられると思っているのか? だとしたら勘違いも甚だしい」

 

 ドレイクの言うことは実際正しいと言える。

 瑠美はすでにファントムになる一歩手前、ビーストも身動きが取れず、消耗している。

 ベルゼバブにすら勝てなかったメイジでは確かにこの状況は逆転できないだろう。

 

 そのことを理解しているからこそ、大地は変身を解いてメイジのベルトを外した。

 代わりに取り出したのは漆黒のバックル、ダークディケイドライバー。

 多少の反応を見せるドレイクを見据えて、大地はダークディケイドライバーを腰にあてた。

 

 怖くないと言えば嘘になる。

 今にも足が折れてしまいそうだし、冷や汗は止まるところを知らない。

 ダークディケイドに自分を奪われるかもしれない。

 ドレイク達には敵わず、殺されるかもしれない。

 

 けれども大地はすでに気づいてしまったのだ。

 自分が今ここで逃げ出してしまうことの方が、瑠美を死なせてしまう方が何倍も怖いことだと。

 だから戦うしかないのだと。

 

 大地はダークディケイドのカードを構え、ドライバーにセットした。

 

 KAMENRIDE

 

『俺が最強の仮面ライダーだ……』

『希望っていうのはタチの悪い病気だ』

『私を苛立たせるな……』

『アギトは俺1人でいい……』

『さあ! 地獄を楽しみな!』

 

 予感していた通り、ダークディケイドライバーから増悪、殺意といった悪意が記憶となって頭に流れ込んでくる。

 しかもその量は前回よりも多く、大地の精神は黒い感情に支配されようとしていた。

 圧倒的な力を持つ快感、敵を倒す喜び。それらに身を任せればそこにいるのはもう大地と呼べるのか、定かではない。

 でも、それでもいいのではないか。どうせ自分がわからないのなら、いっそこの力に身を任せてしまえば……

 意識を手放しかけた大地はその視界の隅に、今にも散ってしまいそうな瑠美の姿が入り込んだ。

 

(駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ!! 彼女を、花崎さんを守るにはそれじゃあ駄目なんだ!!)

 

 闇に沈みかけた意識を必死に繋ぎ止め、大地は流れ込んでくる悪意に染まった記憶に抵抗する。

 たった一瞬の、大地にとっては果てしなく長く感じられた時間の中、強烈な疲労と過負荷が大地の心を蝕む。

 その果てで大地は悪意ではない、ある記憶達に辿り着く。

 

『誰でも運命と戦うことはできるはずです』

『だから僕達が、ヒーローにならなきゃいけないんだ!』

『友よ……心の叫びを聞けぇ!』

『俺は自分の弱さと戦う!!』

『俺は不死身だ……この世に自分の存在を刻みつけるその日まで……永遠に!』

 

 その記憶には決して負の感情など込められていない。

 誰かを守りたいという祈り、自分の弱さと戦う決意が濁った大地の心を洗い流していく。もう惑わされることもない。

 

 記憶の中の彼等がそうしたように、大地も今その言葉を本当の意味で宣言する。

 

「……変身ッ!」

 

 DECADE! 

 

 大地の思いを乗せてダークディケイドライバーは作動した。

 無数のヴィジョンが大地に重なり、人型の虚像を形成する。虚像は漆黒の装甲に変わり、バックルから飛び出した七枚のプレートが顔面に融合すれば、同じく漆黒の仮面が大地の顔を隠した。

 最後に青藍の瞳が発光することで、変身は完了する。

 

 ここにいるのは大地でも、ましてやメイジでもない。

 

 ひとりの希望のために立ち上がった戦士、その名は仮面ライダーダークディケイド。

 

「僕は仮面ライダー……仮面ライダーダークディケイドッ!」

 

 高らかに叫び、両手に握り拳を作るダークディケイド。

 一目で戦い慣れしていないとわかる構えであったが、それでもダークディケイドとなった大地の膨れ上がった威圧感はその場にいる全ての異形に伝わった。

 ベルゼバブは勿論、ドレイクやビーストでさえも。

 しかしそれもほんの一瞬のことであった。

 

「姿を変えたところで、貴様に何ができるというのだ!」

 

 最初に動いたのはベルゼバブだった。

 確かにメイジの時とは段違いの威圧感だが、所詮は自分に何もできずに敗北した雑魚に過ぎない。

 すでにメイジを完封した経験をもつベルゼバブはそう驕っていた。

 だからこそダークディケイドがベルゼバブに狙いをすましていたことも、再び姿を変えたことにも警戒しなかったのだ。

 

 KAMENRIDE ETERNAL

 

 純白の身体とは正反対の黒いマントを纏ったライダー、DDエターナルを見ても、ベルゼバブは意に介さない。

 ゲートが絶望した以上、ベルゼバブには手加減をする理由などなかった。

 したがって一撃で仕留めるべく、側面に瞬間移動する。そのまま白い脇腹を貫く刃を突き出したが、あろうことかDDエターナルは自身と剣の間にマントを潜り込ませたのだ。

 

「そんな布切れで防げるものか!」

 

 ベルゼバブの剣はそのマント、エターナルローブを切り裂いてDDエターナルに到達する……はずだった。

 

「馬鹿な!?」

 

「はぁッ!」

 

 なんと剣はエターナルローブを切り裂くどころか、強固な盾となって剣を受け止めたのだ。

 驚きのあまりに剣を持つ力を緩めてしまい、DDエターナルに簡単に弾かれてしまった。

 しかもそれだけに留まらず、DDエターナルは懐から取り出したコンバットナイフでベルゼバブを一閃する。

 食らうはずのなかったカウンターはベルゼバブにダメージ以上の動揺を与え、続けて放たれた前蹴りを受け止めることすらできない。

 胸部に叩き込まれたキックに吹っ飛ばされたベルゼバブは地面に倒れた今でも何が起きたのか把握しきれていない。

 

 ベルゼバブにとっては知り得ぬことだが、仮面ライダーエターナルのエターナルローブとはあらゆる攻撃を無効化する装備である。

 大地がエターナルを選択したのは瞬間移動で不意打ちを狙うベルゼバブに対し、背後及び側面をカバーできるエターナルローブがあるというのが主な理由の一つだ。

 カードの記憶にあるエターナルの巧みな戦闘技術を完全に再現することはできないが、それでもベルゼバブへの有効打としては正解だったようだ。

 

 だがベルゼバブとてそのままやられる訳ではない。

 すぐに瞬間移動によって異空間に逃げ込み、次なる一手を模索する。

 

(どういう魔法かは知らんが、奴のマントは攻撃を弾く。ならば頭上から仕掛ければいい!)

 

 異空間を飛び出したベルゼバブはDDエターナルの頭上に移動していた。

 背後や側面からの出現を警戒してか、DDエターナルは頭上には目も向けていない。

 確実に串刺しにするべく、全体重を乗せた剣の一撃はDDエターナルに気づかれることもないまま頭部に到達するのだ。

 

「死ねぇ!」

 

 ATTACKRIDE ZONE

 

 剣を握る手に伝わったのは確かな感触。

 それは柔らかな肉を貫くものなどではなく、硬いアスファルトに剣先を突き刺したことによるものだ。

 そしてその目に映るのも鮮血ではない。

 

「は?」

 

 DDエターナルはAtoZのT2メモリの力をカードを介して使うことができる。

 ベルゼバブがどこから現れるか予想がつかないDDエターナルはゾーンメモリの力で瞬間移動を繰り返すベルゼバブを強制的に目の前に引きずり出したのだ。

 思わず素っ頓狂な声を出したベルゼバブが隙を晒している間にDDエターナルはカードをセットする。

 

 ATTACKRIDE UNICORN

 

 DDエターナルの行動の全てがベルゼバブには理解できない。

 自分が突き刺したのはDDエターナルのはずだ。何故奴は自分の前に立っているのだ? 

 攻撃しているのは自分のはずだ。何故奴は自分に拳を突き出しているのだ? 

 何故────

 

「グァァァアアッッ!!?」

 

 太い角を幻想させる螺旋状のエネルギーを纏ったコークスクリューパンチに顔面を砕かれたベルゼバブは尽きぬ疑問を抱えたまま、肉体を爆散させたのだった。

 

 

 

 

 

 

「……あれ、私こんなところで何を」

 

「……キャッ!? 何よあの化け物!?」

 

 ベルゼバブを葬ったDDエターナルの耳に聞いたことない声が届いた。

 見ると、ビーストを取り囲んでいた人々は突然我に帰ったように騒ぎただしていたのだ。恐らく人々を操っていたベルゼバブが死んだことで洗脳が解けたに違いない。

 パニック状態になった人々は瑠美に気づくこともないまま、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

 瑠美を絶望させるという目的を達成したドレイクも今更彼等をどうこうするつもりはないようで、静かにDDエターナルを警戒している。

 

 相変わらずこちらを射殺さんばかりの殺気を漂わせるこのファントムはベルゼバブのようにはいかないだろう。

 

 いつでも攻撃を防げるようにマントに手をかけたDDエターナルの隣に、ようやく解放されたビーストが並び立つ。

 

「助かったぜ、大地」

 

「仁藤さん、さっきはすいませんでした。僕は」

 

「皆まで言うな。まずはあいつを倒して瑠美ちゃんを助けるぞ」

 

 このダークディケイドという鎧に身を包んでなおドレイクという存在は恐ろしい。

 それでも大地にはさっきほどの恐怖はない。ビーストという心強い仲間がいるのだから。

 

 今なら仁藤が言っていた言葉も理解できる。

 仁藤攻介という男はどんなに絶望を突きつけられようと、自分を含めた皆を絶対に守ろうとする仮面ライダーなのだと。

 

 大地がそう思った刹那、ライドブッカーからとあるカードが飛び出した。

 

「ん? これは……」

 

 そこにあるのはビーストが描かれたカード。それも先程までのぼやけたシルエットではなく、正真正銘仮面ライダービーストを記録したカードだ。

 

「仁藤さん、僕も貴方のように戦います。明日の自分よりも、今の自分がやりたいことのために! だから貴方も、花崎さんも死なせはしません!」

 

「大地……わかった! 一緒にあいつを食ってやろうぜ!」

 

「いや、僕は食べないんですけど」

 

「あぁそれと、ほれ」

 

 そう言ってビーストは懐から何かを取り出して、DDエターナルに投げ渡した。

 突然渡されたそれを取り落としそうになりつつ、なんとか受け止めた。

 それはビーストの顔を模したリングであり、これを渡したビーストの意図が大地には読めなかった。

 

「あの金ピカは俺が抑えるから、お前はそれで瑠美ちゃんを助けてやってくれ。瑠美ちゃんのアンダーワールドの中のファントムを倒すんだ」

 

「でも、それだと仁藤さんが」

 

「もうあんなやろーには負けねえよ。だから早く行け!」

 

 その言葉を最後にビーストは気合いの叫びをあげて、ドレイクに突貫して行った。

 傷ついた仁藤のことは心配だが、今は彼の言う通り瑠美を助けることが先決なのは確かだ。

 

 エターナルの変身を解除して、瑠美の傍に腰を下ろすダークディケイド。

 しかし、ダークディケイドの姿のままではこの指輪は使えない。

 どうしたものかと思った瞬間、リングはダークディケイドの手の中で光を放ち始めた。

 その光が収まった時、そこにあるのはリングとは全く異なるもの。

 

「リングが……カードに?」

 

 不可解な出来事ではあるが、迷っている暇はない。

 このカードでなんとかなるはずという予感に従ってドライバーにそのカードをセットするダークディケイド。

 横たわっている瑠美を励ますようにその手を取り、優しく声をかけた。

 初めて出会った自分に彼女がしてくれたように。

 

「花崎さん、約束します。僕が貴方の希望を守ります」

 

 ATTACKRIDE ENGAGE

 

「大地……さん……」

 

 声を出すのもやっとらしい瑠美の姿は見ていて辛かった。

 エンゲージリングの効果で瑠美の精神世界、アンダーワールドへの扉が開かれたことを確認したダークディケイドは彼女の笑顔を胸に、その扉を潜り抜ける。

 

 例えその先に何が待ち受けていようと、決して逃げ出しはしない。

 

 抱いた決意に背中を押されながら、大地は瑠美の中の魔力の奔流に身を任せて突き進んで行った。

 

 

 

 




仮面ライダーダークディケイド

変身者が記録したライダーに変身する能力を持つ。
しかし、強い意思がなければ、変身者はカードに込められた記憶に飲み込まれてしまう。
また一度変身した後、再度の変身にはクールタイムを必要とする。

アタックライド エンゲージ

ビーストエンゲージリングが変化したカード。
その効果はエンゲージの魔法と同一のもの。



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譲れないもの


アンダーワールド戦、そして……




 

 二人の金色の異形が剣をぶつけ合っている。片やドラゴン、片やライオンに似た姿をした異形の戦いはドラゴンの姿をした者の優勢となっていた。

 

「ぐあああああッ!?」

 

「古の魔法使い、そんな傷ついた身体で私に勝てると思ったか?」

 

 すでに連戦で消耗していたビーストの動きはダメージを受ける度に鈍くなり、何箇所もの装甲が削りとられている。

 ドレイクの双剣による連撃がビーストの剣を弾き、金色の装甲にまた一つ新たな傷をつけた。

 逆にビーストの攻撃は簡単に回避され、そうしてできた隙を突かれてまた斬撃を食らってしまい、逆にドレイクの金色の鱗は未だに傷一つない状態。ビーストが立っているのもやっとというのは誰が見ても明らかだった。

 

「奇妙な魔法使いがあのゲートのアンダーワールドにいるうちにまとめて始末したいのだが……何故そうまでして邪魔をする? 貴様とてすでに限界のはずだ」

 

「決まってんだろ! 大地の奴が勇気振り絞ってんだから、この俺がへばってられるかってーの!」

 

 満身創痍の身体のビーストは本当ならばとっくに倒れていても不思議ではない。

 しかしどんなにドレイクが強敵であろうと、仁藤は決して倒れはしないと決意していた。

 ついさっきまであんなに怯えた顔をしていた大地が、戦い慣れしていないであろうあの大地が覚悟を決めて戻ってきたのだ。ならば仁藤がここで諦めていい道理はない。

 

(絶望から立ち直ったあいつのために! 俺は絶対に希望を捨てねえ!)

 

「ぉおおおおおおおーッッ!!」

 

 腹の底から雄叫びを上げるビースト。

 あの偉そうなファントムに一撃食らわせるため、残された全ての力を振り絞って、走り出す。

 

「フン、愚かな」

 

 呆れたように双剣を構えるドレイクには相変わらず隙はないように見える。

 だがそれでもやらねばならない。

 

 隙がなければこじ開ければいいのだから────

 

 ドレイクとの距離があと僅かというところまできた時、ビーストは瞬時にダイスサーベルを持ちかえて、勢いよく前方に投合した。

 風を切り裂いて迫る剣はしかし容易に左の剣で弾かれてしまうが、ビーストは構わずにさらに距離を詰める。

 

 それを見たドレイクは侮蔑の意味を含めてフン、と息を吐いた。

 ダイスサーベルへの対処で片方の剣を封じたつもりかもしれないが、素手のビーストなどドレイクにとっては恐れる必要もない。

 

 両者の距離はいよいよゼロとなり、懐に飛び込んだビーストをドレイクの剣が切り裂く──ことはなかった。

 その身を大きく屈めて、接近した勢いのままにドレイクの脇を通過することで、剣先が掠る程度に被害を抑えたビーストは敵の背後に回ることに成功する。

 がら空きとなったその背中にビーストは素早く肘鉄を当て、怯ませたところに渾身のドロップキックを見舞った。

 前方に剣を振るっていた勢いも重なって、その威力以上に吹っ飛ぶドレイク。

 

「……手負いの獣だと、油断し過ぎたか」

 

 だが、ドレイクにとってはその程度のダメージは微々たるもの。

 ビーストにもそんなことはわかっている。それに彼の狙いは今の攻撃そのものではない。

 本当の狙いは攻撃によって生まれる魔法を発動できるほどの大きな隙であり、ビーストは青いリングを指にはめた。

 

「ようやくこいつが使えるぜ!」

 

 ドルフィ! ゴー! ドッドッドッドッ、ドルフィー! 

 

 新たに青いマントを装備し、何らかの魔法を発動したビーストはドレイクが仕掛けるよりも先に転がっているダイスサーベルを回収した。

 

「貴様の古臭い魔法など通じるか!」

 

 ドレイクはその声に油断の末に攻撃を食らったことに対する怒りを滲ませて、瞬時に距離を詰めた。

 剣を取り戻したビーストにも構わず、双剣を振りかぶる。

 一撃で仕留めるためにやや大振りとなったが、今のビーストに受け止められるはずがない。

 そう思って繰り出した斬撃はドレイクの予想に反して、しっかりと受け止められた。

 

「何ッ!?」

 

「がるるッ!!」

 

 予想を超えた力を見せるビーストへの動揺がまたもや隙となり、ドレイクの剣は弾かれた。

 思わず後ずさったドレイクにハイキックを命中させ、生まれた反動を利用して後方に飛び退くビースト。

 先ほどまでボロボロだったビーストが嘘のような動きをしていることには、さすがのドレイクも驚きを隠せない。

 得意げに胸を張るビーストはドレイクのその反応を予想していたようにも見える。

 

「ありえん! 何故その身体でそこまで動ける!?」

 

「治癒の魔法さ! てめえの言う古臭い魔法だからこそ、できることもあるんだよ」

 

「治癒……そういうことか」

 

 今は失われた古代の治癒の魔法はビーストの傷を癒し、ある程度ではあるが回復してみせたのだ。

 傷ついたビーストに油断したドレイクのおかげで発動できたチャンス。

 ビースト自身の魔力のことを考えれば、そう何度も使える魔法ではないが、大地が戻るまで出し惜しみなどしてはいられない。

 

「まさにピンチはチャンス! さあ、第2ラウンド開始といこうぜっ!」

 

「チッ、面倒な」

 

 自分自身も含めて、みんなを守る。

 

 その譲れない希望のため、ビーストは剣を掲げて駆け出した、

 

 

 *

 

 

 魔力の流れに乗ったダークディケイドが辿り着いた先は普通の病院の一室だった。

 そこにいる医者も、患者も何の変哲もない病室に現れたダークディケイドに気づきもしない……というよりかはいないものとして扱われていた。

 

「花崎さんの記憶の中ってことなのか……?」

 

 仁藤が言うには、ここにいるファントムを倒せばいいはず。

 何か変わったところはないかと病室を見渡してみれば、二つのベッドに横たわる夫婦らしき二人と泣きながら彼らに縋る少女が目に入る。

 

『いや、いや! お願いだから、私を独りにしないで……』

 

 大地が知る瑠美の面影を持つ少女の悲痛な面持ちは、とても今の彼女からは想像もつかない。

 恐らくあの二人は瑠美の両親で、これは瑠美の過去の出来事なのだろう。

 

「家族か……僕にもいるんだよな……多分」

 

 複雑な心境で幼い瑠美を見つめるダークディケイド。

 すると突如としてその光景はひび割れ、世界に亀裂が生じた。

 空間にヒビが入るという現実離れした(大地にとっては今更ではあるが)現象に言葉を失ったダークディケイドは空間を鏡のように砕いて出現したその存在に吹き飛ばされる。

 背後にあった壁を破壊してできた瓦礫を払いのけて、自身を攻撃した主を確認すると、そこにいたのは巨大な蛇としか言えない怪物の頭が覗いていた。

 

 ファントム ピュートーン。

 

「GYAAAAAAAAAッッ!!」

 

「こんなのが花崎さんの中にいたっていうのか……」

 

 醜悪な見た目の怪物があの瑠美の体内で巣食っていたという事実に軽く目眩を覚えながらも、ダークディケイドはこちらを睨むピュートーンに銃撃を浴びせる。

 微かに怯んだピュートーンは、しかしほとんど効いていない様子でこちらに突っ込んできた。

 

「GUOOOOO!!」

 

「うああっ!?」

 

 全長数十メートルはあるんじゃないかと思われるその巨体の体当たりをモロに食らったダークディケイドは病院の外壁を突き破って外に投げ出された。

 受け身も取れずに地面に激突してしまい、全身に加えられた衝撃が肺から空気を押し出した。

 

「ガハァッ!?」

 

(痛い! 怖い!! でも……!)

 

 ピュートーンの体当たりと落下によるダメージにまたもや大地の中で死への恐怖が徐々に増してくるのを感じ、無理矢理抑えつけるように立ち上がった。

 病院を瓦礫の山に変えたピュートーンはそんなこともお構い無しに、三度ダークディケイド目掛けて突進を開始している。

 しかしいくら巨大とはいえ、所詮は戦略も何もない本能に任せた攻撃に過ぎない。

 辛うじて巨体の突撃を躱し、敵が戻ってくる前にダークディケイドは新たにカードを引いてセットする。

 

 ATTACK RIDE MACHINE DECADER

 

 カードに応じて召喚されたのは、ダークディケイドと同じカラーリングのスクーター型バイク、マシンディケイダー。

 急いでバイクに跨り、こちらに方向転換したピュートーンを背後にしてマシンディケイダーは発進した。

 ピュートーンが発射しているらしき光弾を左へ、右へと躱しながらマシンディケイダーのスピードを加速させていく。

 

 当然ながらバイクの運転経験など大地にはない。だがダークディケイドライバーの中の数々の記憶が大地の運転をサポートしてくれているのだ。

 

 お世辞にも上手いとは言えない運転でなんとかピュートーンから逃げてはいるものの、このままではいつまで経っても倒すことなどできやしない。

 巨大な相手への対抗策を考えながらマシンを走らせていたダークディケイドはいつの間にか後方からの光弾が止んでいることに気づいた。

 まさかと思って背後に振り返ると、そこにいるはずの巨体の姿は消失していた。

 

 逃げられた? いや、それは違った。

 

 ちょこまかと動く獲物に業を煮やしたピュートーンはバイクの進行方向に回りこんでいたのだ。

 進行方向を塞がれ、一旦引き返すべきかと思ったその瞬間、大地の脳裏に一人のライダーが記憶となって示された。

 

(そうか、このライダーなら戦える!)

 

 KAMEN RIDE DELTA

 

 ATTACK RIDE JETSLIGER

 

 白いフォトンストリームのラインがダークディケイドをオレンジの複眼と黒い装甲を持つDDデルタへと変化させた。

 その変化はダークディケイドだけに留まらず、マシンディケイダーさえもデルタに合わせたものとなった。

 元の姿よりも明らかに巨大なマシン、ジェットスライガーは大口を開けて待ち構えていたピュートーンに正面から光弾を叩き込んだ。

 肉が焦げる嫌な音は怒りの咆哮に掻き消され、激情のままにジェットスライガーに突撃してくる。

 

「確かこうやって……おおおッ!?」

 

 記憶の中にあるのと同じように操作すれば、大地が意図した通りジェットスライガーはホイールを回転させて地面にジェットを噴射。ホバー移動に切り替わり、そのまま空中に飛行を開始した。

 しかし搭乗者であるDDデルタにかかるGは相当なもので、マシンに振り落とされないようにするのがやっとというところだ。

 

「とんでもないマシンだ……デルタってライダーはどうやったらこんなの運転できるんだ?」

 

 思わずそんなことを漏らしてしまったが、怒り狂ったピュートーンが下から追いかけてくるのを忘れているわけではない。

 飛来する光弾をなんとか回避して、身体にのしかかるGに耐えながらジェットスライガーに装備されているフォトンミサイルを発射し、さらにDDデルタ自身も小型銃、デルタムーバーから光線を乱射する。マシンに激しく揺さぶられながらの射撃であったため、狙いも何もあったものではないが、それでも無茶苦茶に放たれたレーザーのいくつかはピュートーンに命中し、その身を焦がす。

 そこにフォトンミサイルの群が次々と炸裂し、ピュートーンの巨体は爆発に飲まれて消えていった。

 

「やったのか……?」

 

 ピュートーンの姿が見えなくなったことに安堵したDDデルタ。

 地上に降りようと目を離したその瞬間だった。

 

 爆炎を裂いて現れた巨大な牙がジェットスライガーの機体を捉えたのは。

 

「GYAAAAAAッッ!!」

 

 デルタムーバーとフォトンミサイルによって身体の大部分を黒く焦がしながらも、未だに健在だったピュートーンの牙はしっかりとマシンに食い込み、奇襲に対応できなかったDDデルタはついにマシンから振り落とされてしまう。

 

 この高さから落ちれば、いくらダークディケイドといえど致命的なダメージは避けきれないだろう。

 

 それを悟ったDDデルタは記憶が示した二枚のカードを取り出した。

 

 KAMEN RIDE OUJA

 

 ATTACK RIDE ADVENT

 

 メカニカルな外見のデルタとは異なり、鎧を着た蛇のようなライダー、王蛇にカメンライドしたダークディケイドはさらにもう1枚のカードを使う。

 それに応えたのはジェットスライガーのコックピットの液晶から飛び出したそれはピュートーンよりも小さいが、それでも大きい体軀のミラーモンスター、エビルダイバーであった。

 エビルダイバーは無人となったマシンを吐き捨て、宙に投げ出されたDD王蛇に牙を向けるピュートーンに突撃し、狙いを逸らすことに成功する。

 危うく食われるところであったと内心肝を冷やしていたDD王蛇ではあったが、無事にエビルダイバーの背面に着地して事なきを得る。

 懲りずに向かってくるピュートーンを誘導するため、エビルダイバーを地上付近まで移動させる。その最中に撃たれた光弾はベノバイザーで弾き、ライドブッカーの射撃で牽制していけば、少しずつではあるが敵との距離は離れていった。

 

「鏡……鏡……あれでいけるかな」

 

 ATTACK RIDE ADVENT

 

 ATTACK RIDE ADVENT

 

 地上付近でDD王蛇を写す水溜まりを確認し、エビルダイバーから地面に降りたDD王蛇は続けて三枚のカードを装填した。

 先の二枚の効果で銀のサイ型モンスター、メタルゲラスと紫の蛇型モンスター、ベノスネーカーが召喚された。

 DD王蛇を守るように取り囲むミラーモンスター達の雄叫びが誰もいない世界に響き渡る。空気に伝わる振動はDD王蛇にもビリビリと伝わってきた。

 エビルダイバーと合わせて合計三体となったミラーモンスター達は一匹一匹の大きさこそピュートーンには及ばないが、秘めている力はそれに匹敵している。

 本能でそのことを悟ったか、ピュートーンもこちらを睨むだけで近づいてこようとはしない。

 

 ATTACK RIDE UNITEVENT

 

 合体を意味するその音声にミラーモンスター達は集まり、直視できないほどの光を放つ。

 一際強い光が一瞬周囲を覆った瞬間、そこにいるのはミラーモンスター達が一つになった存在だった。

 それこそが王蛇の最強の契約モンスター、ジェノサイダー。

 

「GA……!?」

 

 ジェノサイダーの圧倒的な迫力にたじろぐピュートーン。

 そこにジェノサイダーの口から放たれた強力な酸が降り注ぐ。

 身体に付着した酸はピュートーンの体軀を溶かし、爆発を起こす。

 飛行する体力すら失ったピュートーンは地上に落下するが、それでもまだ辛うじて生きてはいた。

 自身をここまで傷つけた存在への増悪のままに睨みを飛ばすと、そこにいるのはジェノサイダーでもDD王蛇でもなく、太陽を背に高くジャンプしたダークディケイドだった。

 

 FINAL ATTACK RIDE DE DE DE DECADE

 

「ッツアアアアアア──ッッ!!」

 

 信じてくれた人を守りたい。

 

 譲れない思いを乗せた叫びがアンダーワールド内に木霊した。

 

 ダークディケイドを導くように並ぶ何枚もの金色のカードのエネルギー。

 力を込めて突き出した右足がその一枚一枚を突き破る度に纏うエネルギーを増していく。

 カードでできた道の先、倒れたピュートーンの顔面に全てのカードを通過したダークディケイドのキック、ディメンションキックが突き刺さる。

 一瞬の静寂の後、陥没した頭部で爆発が起こり、連鎖していく。

 爆発の連鎖が瞬く間にピュートーンの全身に広がり、ダークディケイドが地面に着地すると同時に、激しい大爆発がアンダーワールドを赤く照らした。

 

 

 *

 

 

「はぁ……はぁ……やったのか」

 

 ピュートーンの残骸がいまだに燃え盛る炎を見つめて、ダークディケイドはようやく自身の勝利を確信することができた。

 自分よりも遥かに巨大な敵との戦いがダークディケイドにもたらした疲労は大きく、気を抜けば倒れてしまいそうなほどだ。

 だが瑠美と仁藤のためにもここで倒れるわけにいかない。

 まずはこのアンダーワールドから脱出し、現実世界で戦ってくれているはずのビーストに加勢するため、落下したバイクを探し始めた。

 するとジェットスライガーから転落した方角から何やら音が近づいてくることにダークディケイドは気づいた。

 

(まさか、まだファントムが!?)

 

 不安を抱くと同時に警戒するダークディケイドだったが、接近してきた物体の正体が判明したためにそれも消え去った。

 

「バイクって無人で走れるんだ……」

 

 そう呟いたダークディケイドの目の前まで走行してきたダークディケイダーはピカピカの新車同然の状態で停車している。

 ダークディケイダーはカメンライドに合わせて変形するばかりか、無人状態での走行を可能とするマシンである。その有用性を確認したダークディケイドはバイクに跨り、アンダーワールドを脱出するべくハンドルを握り、エンジンを始動させる。

 ダークディケイダーを発進させると同時にダークディケイドは光に包まれ、世界を超える。

 

 視界が晴れた先には膝をついているビーストと今にも彼に剣を突き立てんとするドレイクがいた。

 現実世界に戻ったことを確信したダークディケイドはマシンをフルスロットルで加速させて突撃する。

 

「食らえぇぇっ!」

 

「チッ!」

 

 いくらドレイクといえど、咄嗟にバイクを受け止めることはできず、地面を蹴ってその進行方向から逃れた。

 ダークディケイドは膝をついているビーストを庇うように停車したマシンから降りてライドブッカーの銃口を敵に向ける。

 そのまま銃爪を絞って打ち出された複数の弾は一直線にドレイクに殺到するが、射撃の経験がほとんどない大地の射撃では難なく弾かれてしまった。

 ピュートーンのような巨体ならまだしも、普通の大きさの相手にはこんな射撃は有効ではない。

 

(だったらこれで!)

 

 ATTACKRIDE BLAST

 

「ぐおおっ!?」

 

 ブラストのカードの密度を増した弾幕がドレイクのガードをすり抜けて命中する。

 ドレイクの体表は硬く、それほどのダメージには至らなかったが、すでにビーストが体勢を立て直す時間は稼げている。

 

「大地、瑠美ちゃんは!?」

 

「ええ、仁藤さんのおかげで助けられました。後は……あいつを倒すだけです」

 

「じゃ、二人で行くぜ!」

 

「はい!」

 

 仮面ライダーダークディケイドと仮面ライダービースト。

 二人のライダーがそれぞれの剣を構え、ドレイクと対峙する。

 それは襲われた時とほとんど同じ状況だが、大地はもう弱気になることはない。

 護るべき人が、一緒に戦う心強い仲間がいることがわかったのだから、もう逃げるという選択肢など存在しないのだ。

 

「ククッ、まさか魔法使い風情が本気で私に勝てるとでも思っているのか?」

 

「倒します。花崎さんのあんな顔、僕は二度と見たくないから!」

 

「愚かな! お楽しみはこれからだ!」

 

 ドレイクのその叫びが開戦の合図だった。

 正面から駆け出したビーストがドレイクに接近し、その後にダークディケイドが続く。

 それを迎え撃つドレイクは風の魔力を剣に宿らせ、不可視の衝撃波をダークディケイドに放ってきた。

 見えない斬撃への対処など素人の大地にはできるはずもなく、正面からもろに食らってしまった。

 簡単に吹っ飛んだダークディケイドに思わず嘲笑を漏らしたドレイクはすでに消耗しきっているビーストに狙いを定めた。

 

「まずは貴様からだ!」

 

「オラァッ!」

 

 互いの剣が打ち合うが、ビーストから掛かる力はドレイクからすればか弱いもの。少し力を入れれば呆気なく押し返されてしまう。

 それはダークディケイドが加勢するまでに幾度となく繰り返された光景であり、そこからドレイクの追撃が行われるのも同様である。

 

 ────ダークディケイドがいなければの話であるが。

 

 KAMEN RIDE GILS

 

「ゥヴォアアアアアアアアァァァ──ッッ!!」

 

 響き渡るは理性など感じさせないほどの空気を震撼させる雄叫び。

 徐々に大きくなるその声と足音にドレイクは警戒を余儀なくされる。

 本能の爆発とも言うべきその雄叫びの主はビーストでも、当然ドレイクでもない。

 

 猛然とした勢いで迫り来る緑の異形、DDギルスのものに他ならない。

 

 ドレイクが振り返った瞬間、DDギルスのボディブローが脇腹に突き刺さる。強固な鱗など意味をなさないほどにその強烈な一撃にドレイクの身体に今まで味わったどのものよりも遥かに強い痛みが駆け巡る。

 

(何だ!? このパワーは!?)

 

「ヴォアアアア!」

 

 腹腔に響く衝撃が止まない内に顔面に重い拳が叩き込まれることで、一瞬意識を刈り取られたドレイクは 反撃の機会すらも失うことになる。

 辛うじて持ち上げた剣もその規格外のパワーの前にあっさりと叩き折られてしまい、折られた剣は離れた場所に投げ捨てられた。

 得物を失った動揺を隠せないドレイクの顔面を再び殴りつけながら、野太い雄叫びを上げるDDギルス。

 それが勝鬨のようにも聞こえ、ドレイクの苛立ちは頂点に達した。

 その瞬間、DDギルスの周囲で空気の乾燥を感じ取ったが、気のせいだと無視して腕を振り上げた。

 

「舐めるなぁッ!!」

 

 怒りの波動が炎となり、ドレイクの周囲で爆発する。拳を振りかぶっていたDDギルスはその身を焼き尽くさんとする圧倒的な熱量に動きを封じられてしまった。

 ギルスは幾多のライダーの中でも攻撃力に優れる反面、低過ぎると言っても過言ではない防御力の持ち主である。となればただでさえ強力な熱量のダメージはより絶大な威力となってDDギルスを蝕んでいく。

 

「グワァアアアアッ!?」

 

「消し炭となるがいい!」

 

 さらに炎を生み出したドレイクはそのエネルギーを掌に集中させることで燃え盛る火球を作り出す。

 それがダークディケイドの致命打になり得る攻撃であることを察したDDギルスは炎の中からなんとか抜け出そうとするが、すでにDDギルス目掛けて火球は放たれていた。

 

(あれは本当に不味い……! カードも間に合わない!)

 

 万事休すかと思われたその時だった。

 

「させるかよぉぉぉッ!」

 

 バ、バ、ババババッファ! 

 

 なんとバッファマントを装備したビーストがその突進力に任せて炎の中に突入してきたのだ。

 驚くDDギルスに火球が直撃する寸前にビーストの勢い任せの体当たりがDDギルスに当たり、火球は誰も存在しない空間を貫いていった。

 ビーストの体当たりも中々の痛みだが、あの攻撃を食らっていればこの程度では済んでいないだろうと考えた大地は溜め込んだ息を吐き出した。

 危機は脱したが、戦いはまだ続いている。

 

「ハァ!」

 

 ドレイクはさらに炎を纏った人一人分ほどの大きさの岩石をビーストとDDギルス目掛けて落下させてきた。

 ビーストを庇うように前に出たDDギルスはその時すでに次のカードをバックルに叩き込んでいた。

 

 KAMEN RIDE SORCERER

 

 頭上に出現した金色の魔方陣が落下する岩石に対するバリアの役割を果たし、その攻撃を凌ぎきる。

 その魔方陣がDDギルスの足元にまで下ることで、金色の魔法使いDDソーサラーが君臨した。

 

「その姿は……!?」

 

「すげー! お前も金ピカになれんのか! チョーイイな!」

 

「仁藤さん! 行きますよ」

 

「んあ? あ、おう!」

 

 仮面ライダーソーサラーの長斧、ディースハルバードを召喚しながらDDソーサラーと遅れてビーストは敵の放つ岩石の衝撃波を掻い潜っていく。

 やがて長斧のリーチ内に辿り着いたDDソーサラーは衝撃波を繰り出すためにこちらに向けてくる腕に容赦なくディースハルバードを叩きつける。

 

「がハァッ!?」

 

「そらよっ!」

 

 黄金の鱗を切り裂いたその一撃に悶えるドレイクにさらにビーストの剣までもが突き刺さり、ドレイクの口から初めて悲鳴というものが発せられた。

 双剣が残っているならまだしも、素手で2人のライダーの異なるリーチからの攻撃を捌くのは至難の技であり、長斧を握る腕にも確かな手応えが伝わってくる。

 ビーストの剣を受け止めたドレイクにまた一太刀加えようとするDDソーサラーはそこで周囲の大気が微かに乱れるのを感じた。

 

(これはさっきと同じ)

 

 恐らくこれからくる攻撃は先ほどのような属性を纏った攻撃。今あのような技を使われれば、その中心部にいる自分達はひとたまりもないに違いない。

 思い直したDDソーサラーはすぐに武器を引っ込め、カードを装填する。

 その行動よりも一瞬早くドレイクを中心とした竜巻が発生したのだが、

 

 ATTACK RIDE REFLECT

 

 ビースト達を竜巻から阻む魔法陣は魔力の突風を確実に無力化していた。

 

「ダラァッ!」

 

 その魔法陣にビーストのドロップキックが蹴り込まれ、突風の魔力を内包したそれがドレイクに密着し、爆発する。溜めた魔力をそのまま跳ね返され、ドレイクはいよいよ膝をつく。

 この隙を逃す手などあるはずがない。

 

「これで!」

 

「メインディッシュだ!」

 

 FINAL ATTACK RIDE SO SO SO SORCERER

 

 キックストライク! ゴーッ! 

 

 宙に跳躍したビーストと地上で構えを取るDDソーサラー。

 燃えるリングをくぐる度に、また足に魔力の輝きが迸る度にエネルギーが充填されていく。

 跳躍したDDソーサラーとリングをくぐるビーストの高度が同じになると共に、その叫びも重なった。

 

「ッツアアアアアア──ッッ!!」

 

「うおりゃあぁぁぁぁッッ!!」

 

 ストライクビーストとストライクソーサラー。黄金の魔法使い達が繰り出したダブルライダーキックが撃墜せんと放たれた炎も、雷撃も、全てを突き破って進んでいく。

 そして2つの蹴りはほぼ同時にドレイクの胸板に炸裂。並大抵の攻撃では傷つかない光り輝く鱗を粉微塵に変え、貫通する。

 

「馬鹿な……この、私が……!?」

 

 ダブルライダーキックが貫通した箇所に生まれた亀裂は瞬く間に全身に広がっていく光景にドレイクは信じられないものを見る思いしか浮かばない。

 

 何故、魔法使いごときに敗北したというのか。

 

 亀裂から漏れる光の奔流に視界は埋め尽くされ、ドレイクの思考はそこで停止した。

 

「ギャァァァァ──ッッ!?」

 

 光が炎を彩り、ビーストに喰われた魔力を除いてドレイクは跡形もなく爆散した。

 彼が答えを得ることは、もう永遠に無いだろう。

 

 

 *

 

 

「ドレイクが敗れるとはな」

 

 仮面ライダー達とファントムの決着を観察していた影、白い魔法使いはある種の警戒を含めて呟く。

 ダークディケイドはあの傲慢ではあるが、確かな実力を誇っていたファントムを破るほどの力を秘めていた。

 ようやく見つけ出した魔法使いを手中に収められないのは白い魔法使いにとって痛手ではある。

 だが完全に未知数の実力の相手に仕掛けるのはそれ以上の損失を被る可能性もあった。

 

「……まだ焦る必要はない。魔法使いの魔力は把握した。面倒な奴にこだわる必要もあるまい」

 

 故に白い魔法使いは大地を手中に収めることを諦め、暗闇の中に去っていった。

 

 

 




ファントム ピュートーン

花崎瑠美のアンダーワールドに潜んでいた巨大なファントム。
口から吐き出す火球や体当たりが主な攻撃方法で、知能は低い。
本作オリジナルの怪人。


アンダーワールド戦は予算を気にしなくてよさそうな戦闘にしてみました。これも文章だからこそできる戦闘ですよね。


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次の世界へ


第1部完ッ!みたいな話。短いです。




 

 

「花崎さん!」

 

「瑠美ちゃん!」

 

 ドレイクを撃破したダークディケイドとビーストは変身を解除しながら、放心状態で座り込む瑠美に駆け寄った。

 若干虚ろな様子ではあるものの、その瞳にはしっかりと光が宿っている。

 

「大地さん……仁藤さん……」

 

「花崎さん、どこも痛く、ない? どこかおかしなところとか」

 

「大丈夫です。二人のおかげで、私なんともありません」

 

「「良かったぁぁ〜〜!!」」

 

 瑠美の無事がわかった途端に寝転ぶ大地と仁藤。強敵との連戦、ダークディケイドへの変身などを考慮すれば仕方のないことではあるが、それを知る由もない瑠美にとっては一大事にしか思えない。

 

「わっ! 大地君達こそ大丈夫ですか!? ボロボロじゃないですか!」

 

「あー、悪い。もう全然身体動かねえんだ。だか、ら……起きたら……また……zzZ」

 

「仁藤さん、こんなところで寝るのはさすがに、みっとも、ない……です、よ……zzZ」

 

(……え? 寝ちゃったんですか!?)

 

 そんなになるまで戦ってくれていたとは、なんとお礼すればいいのか。痛々しい傷を負いながらも、満足げに顔を綻ばせて熟睡している2人に向けて瑠美は改めて感謝の想いを伝えた。

 

「私、二人のために出来ることはほとんどないかもしれません。けど、それでも何か助けになれたら、なんて私には思い上がりもいいところですよね? だからせめてゆっくり休んでください」

 

 具体的なことは知らないが、大地と仁藤は確かに自分の希望を守ってくれたのだと確信していた。

 あの何もかも崩れ去ってしまいそうなおぞましい絶望感の中であっても、大地の声は確かにその胸に届いていた。

 果たしてこの恩に報いることなどできるのだろうか、なんて考えながらいびきをかく二人にまた深々と頭を下げる。

 

 それから二人が起きるまでの数時間、あの手この手で家の中に運ぼうとしたのはまた別の話である。

 

 

 *

 

 

 それから色々あって。

 

 すでに日も沈み、凍るように冷たい空気が三人の間を吹き抜ける。

 度重なる戦闘の中でかいた汗が身体を冷やし、ベタついた服の感触が気持ち悪かった。帰ったらまずシャワーを浴びよう。

 

「瑠美ちゃんの中にいたファントムも倒されたし、もうファントムに狙われることはないはずだ。だから安心していい」

 

 最初に口を開いたのは仁藤だった。

 もうファントムの手で瑠美の笑顔が曇らされることはないのだと大地も安堵する。彼女の絶望した表情を思い出すだけでも胸が締め付けられる感覚が蘇りそうになる。

 もしも自分があのまま逃げていたらと思うと……考えるだけでゾッとする。

 

「お二人はこれからどうするんですか?」

 

「俺はこれからもファントムを探す。このベルトのことも、キマイラのことも解き明かさなきゃならないからな」

 

 小首をかしげた瑠美からの問いかけに仁藤は堂々と応じている。

 これからどうするのか。それは大地もまだ考えていなかったが、そういえば自分は(それが何を意味するのかはイマイチ理解できないが)仮面ライダーを記録しに来たのだった。

 それに関しては思い当たる節がある。

 

「多分……僕のこの世界での仕事は終わったんだと思います。仁藤さん……仮面ライダービーストのカードが手に入ったので」

 

 色を失っていたカード、カメンライド ビーストには他のカードと同じく今では完全なシルエットが描かれている。

 詳しいことは不明だが、もしかするとあの時大地が仁藤攻介という仮面ライダービーストを理解したことが関係しているのかもしれない。

 

「うおお! ビーストのカードに色付いてんじゃん! やっぱ俺カッコいいな!」

 

「これで大地さんの記憶が戻るんですか?」

 

「それもまだ……でも僕には他に方法なんてないし、それに……」

 

 花崎さんを助けられたのだから今は構わない。

 流石に気恥ずかしくなり、それは決して口には出さない。

 彼女は何度も自分に感謝してくれるが、大地にとっては寧ろ瑠美に感謝したいとすら思う。

 彼女が信じてくれたからこそ大地は戦えた。恐怖を乗り越えることができたのだから。

 

「ま、何にしても俺のカードが手に入ったんだし良しとしようぜ! これからもこの調子で頑張れよ、大地!」

 

 仁藤が大地の背中をバシバシと叩いて鼓舞するが、不思議と嫌な気分はしなかった。

 そして仁藤が差し出した右手に一瞬何のことかときょとんとするが、そんな大地の手を仁藤は強引に握る。

 

「握手だよ握手! 死闘を潜り抜けて芽生える友情! っぽいだろ?」

 

「友情……」

 

 仁藤と接した時間は決して長いものではなかったが、それでも大地にとって彼は尊敬に値する人物だと断言できる。

 そんな彼と友人というのはいささか違和感があるが、今はただ受け入れて、握られた手を強く握り返した。

 

「僕、記憶を取り戻しても仁藤さんのことは絶対に忘れません。いつかまた会いましょう。だから」

 

「ああ。その時まで俺は生き続ける。約束だ」

 

 

 *

 

 

 日が完全に沈み、月が優しく照らす夜空の下で大地は光写真館の戸を開いた。

 疲労とダメージのせいか、光写真館への道がやたらと長く感じたが、ようやく休むことができる。

 そして大地を出迎えたのは初めて会った時と同じ空腹を刺激する香りとあの男だった。

 

「お! おかえり! もうすぐ飯できるぞ」

 

「……ガイド」

 

 何事もなかったかのようにのんびりと夕飯の支度をしているガイド。

 愉しげに大皿に料理を盛り付けるところだけを見れば、ただの気の良い男のようにも思えるが、あいにく大地はそこまで鈍くはない。

 

「聞きたいことがあります」

 

「俺がどこに行っていたか、とか? 俺はあくまでもガイドだから、世界に案内した後は大地の自由にしてていいんだぞ」

 

 こちらを見もせずに小皿を並べていくガイドの言ったことは結局答えになっていないが、一番聞きたいことはそんなことではない。

 大地は戦いの最中に気づき、これまで保留しておいたとあるカードをガイドに突きつけた。

 このカードは一昨日確認した時には間違いなく無かったはずであり、いつの間にか増えていたとしか言いようがなかった。

 

 そこ刻まれた文字は「KAMENRIDE MAGE」

 

 他ならぬ大地が変じたライダーである。

 

「気がついたらこのカードがありました。どうしてビーストだけでなく、このカードがあるのか。そもそもダークディケイドは何なのか。答えてください」

 

「言う気はない、と言ったら?」

 

「言わせません」

 

 脅しの意味を込めてダークディケイドライバーを大地は構える。

 既に変身のクールタイムは過ぎたのか、確認はしていないが、仮にまだ変身できなければメイジになるまでだ。

 一応自分の意思を保てたのだが、ダークディケイドの危険性が無くなったという訳ではない。変身への制限も考え、今後もできればメイジを使っていくつもりだ。無論今のように必要とあればダークディケイドになることは厭わないが。

 

「……ま、いいだろう。ダークディケイドはライダーを記録することでその記憶をカードにして使うことができる。ここまではいいな?」

 

「仁藤さんを記録したからビーストの力が手に入った……けど、このカードは」

 

「記録するのは他のライダーだけじゃない。大地、変身者である君もまたその対象なんだよ。君がメイジに変身したことでダークディケイドライバーは仮面ライダーメイジを記録したということさ」

 

 ガイドの説明を一言一句逃さずに頭の中で咀嚼していく。

 その原理などは不明だが、自分がメイジに変身したからカードは増えた。なんとなく理解はできた。だが、それだけでは腑に落ちないことがある。

 

「元々あんなにカードがあるのに、どうしてダークディケイドに記録をさせるんですか? 僕には、このベルトは何か禍々しいものだとさえ感じます。貴方は一体何がしたいんですか?」

 

「別に大地の不利益になるようなことにはならないよ。そうだな……世界のため、かな? ま、どっちにしろこれからもやることは変わらない。君は仕事をこなし、俺が報酬を与える。そうだろう? さ、冷めない内に食ってくれ」

 

 相変わらず肝心な部分ではぐらかされるが、結局のところはガイドの言う通り、大地に選択肢など無いに等しかった。

 ここで変身したとして何の解決に至らないのは大地にもわかっている。寧ろ情報が得られただけマシと考えた方がいいだろう。

 

「……貴方は怪し過ぎる。でも、僕には悪い人だとも思えません。だから今は貴方を信じます」

 

「ほいほい。じゃ、いただきます!」

 

 はあ、と大きなため息をついた大地もいただきます、と呟いて一口サイズにカットされた野菜のスープを口に含んだ。

 野菜の旨味と温かさが身体に染みて、美味かった。

 次に大皿に盛られたパスタをとろうとした時、カタカタと何かが落ちる音が大地の鼓膜を叩いた。

 

「次の行き先が決まったみたいだぞ」

 

「え?」

 

 まるでそうなるとわかっていたかのような振る舞いのガイドが顎で示した先にはスタジオがあり、そこには新たな背景ロールが降りていた。

 

 描かれているのは芸術性を感じさせる巨大なステンドグラスとそれを突き破る白い十字架の絵。突き破られたステンドグラスの先には透き通るような青空が広がっていた。

 

 

 *

 

 

 深夜。瑠美は念のため、仁藤に勧められた通りに親戚の家に向かっていた。

 ゲートではなくなった瑠美にはもはや狙われる理由は存在しないものの、あのまま家に残るというのもやや抵抗があった。

 なので時間は大幅に遅れてしまったが、当初の予定通りに親戚のところに向かうことにしたのだ。

 

「大地さん、また会えるんでしょうか」

 

 瑠美にとって、一方的に助けられてばかりの関係は望むところではない。できれば彼の助けになりたいと思う。

 しかし、世界を超えていく大地の助けになる行為なんて瑠美にできるはずがない。

 できるのはただ無事を祈るだけだ。

 

 溜息をついた瑠美はそこで足を止めた。

 目的地はまだ先だ。にも関わらずこんな深夜の道の真ん中で足を止めたのは目の前に立ちはだかる人影が見えたからだ。

 こんな時間にこんな場所で立ち止まっているあの人影は何か困っていることでもあるのかもしれない。

 

「どうかしましたか?」

 

 帰って来た返事はやけに奇妙な鳴き声だった。というか見た目も声も全部変だ。特にイントネーションが。

 

「花崎瑠美! 一緒に来てもらうぞ! ルルリリリリリィィ!!」

 

 

 *

 

 

 時は流れ、大地が去った後もビーストの物語は続いていく。

 

「ぐ……ぐあぁあ……!」

 

 河川敷で大地が出会った男、操真晴人が倒れてもがき苦しんでいる。

 その身体には絶望の証が、紫電のヒビ割れが走っているが、瑠美よりも進行速度はかなり遅い。

 

「スカした野郎かと思えば、随分あっさりと絶望したな。正直拍子抜けだ」

 

 晴人を見下ろすファントム、バハムートの嘲笑も絶望の淵にいる彼の耳には届かない。

 今、晴人の心では希望と絶望が互いにせめぎ合っているのだから。

 

「お、俺は……ぐああっ!」

 

 親友の希望を奪った自分なんか、生きててもしょうがないんじゃないか。両親だってこんな自分に幻滅しているのではないか。

 そんな絶望への囁きが心の中に残された希望を黒く染め上げようとしてくる。

 

 少しずつ晴人が絶望に飲み込まれていく中でついに力尽きようとした時、その場に彼を救う英雄が駆けつける。

 

「ったく、てめえらも懲りねえな! 相変わらず悪趣味なことしやがる」

 

「あぁ? 何だお前は」

 

「あ、あんたは…………?」

 

 晴人の覚束無い視界ではその人物の顔を見ることは叶わない。だとしても、その声を聞いた晴人の心に僅かにだが光が射した。

 

 ドライバーオン! 

 

「おいおい、まだ俺を知らないファントムがいるとはな」

 

「そうか! 貴様が古の魔法使いか!」

 

「魔法……使い……?」

 

 その人物が天高く翳した左手に付けられたリングが輝き、古のベルトが開かれた。

 

「変〜身ッ!」

 

 セット! オープン! L! I! O! N! ライオーン! 

 

「俺は名は魔法使い、仮面ライダービースト! さあ、ランチタイムだぁ!」

 

 仮面ライダービーストは今も希望を灯す戦いの中で生きている。

 




謎の怪人

今回瑠美の前に現れた謎の怪人。正体は不明。
妙なイントネーションで喋る怪人で、ファントムではないようだが……?



今回にてビースト編終了となります。

最初の世界にビーストを選んだのは主役の不在で一番変化が少なそうな世界であることと仁藤さんがサブライダーの中ではかなり良い人そうってのが主な理由です。

まだウィザードを見たことない人に向けて、仁藤さんの魅力を少しでも伝えられたらと思いながら書かせてもらいました。これが今の僕の限界です。仁藤さんファンの方々、ごめんなさい。


次回からの世界は……皆さんわかりますか?


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イクサ編 恩讐を奏でる者
エキストラ♪ヴァンパイアワールド


2番目の世界。
原典キャラは多めに出るかもしれません




 

 

「諸君、仮面ライダーイクサについては既に知っているだろう。何?知らない? 仕方ない、ならば教えてやろう。

 この俺が所属する『素晴らしき青空の会』で設計および開発された正義のシステムーーーそれがイクサだ。22年という決して短くはない歳月を経て進化し、この現代において最高の戦士である俺が装着することでイクサは完成する。だが……『最高』とは驕りでもあった。詳しくは仮面ライダーキバ 第26話を視聴しなさい」

 

 

 *

 

 

 鼻歌を口ずさみながら兎の如く軽やかなステップで街中を進む男がいた。見るからに上機嫌ですれ違う女性にウインクをする彼は周りの人々から見ればかなり異質に映ることだろう。

 しかし、彼にとっては他人からの評価などどうでもいいことだ。今重要なのはこれから会いに行く愛すべき運命の女ただ1人だけなのだから。

 

 そんな彼の耳にか細い悲鳴が届いた。

 普通なら聞き逃すほどに小さかったが、芸術家として優れた感覚を持っている彼にはしっかりと聞こえていた。ましてやそれが女性の声なら尚更だ。

 

 この世の全ての女性を愛し、守る。そのためならば例え運命の女が待っていたとしても、彼は行き先を変える。

 

「おいおい、そんな美しいレディーを狙うなよ。化け物と趣味が合うなんて最悪だ」

 

 彼の名は、紅音也。

 

 

 

 1986

 

  2008

 

 太陽が燦々と照りつける街中で、人々が思い思いにゆったりとした時間を過ごしている。

 何をそんなに急いでいるのか、ギターケースを背負って全力疾走で駆ける男とすれ違った大地は顔から滴り落ちようとする汗を袖で拭った。

 今はまさに夏真っ盛りといった気温で、黒いロングカーディガンを羽織った大地の格好はかなり不自然に見えているだろうが、自身の格好がこの暑さに不釣り合いであることを最も実感しているのは他でも無い大地自身である。

 

「暑い……暑い」

 

(世界が違うと季節も違うなんて……そういうことぐらい教えてくれてもいいのに)

 

 昨日までいた「ビーストの世界」ではもうすぐ春になるぐらいのやや寒さの残る気温だったはずなのに、今いるこの世界では猛暑としか思えない暑さに襲われている。

 今朝起きてからすれ違った人々は皆涼しげなスタイルであったし、やはり世界が異なれば時間軸も異なるのかもしれない。

 しかしそれがわかったからといってこの暑さが和らぐわけではない。

 起きた時には案の定姿を消していたあの怪しげな男に文句でもぶつけてやろうと考えたところで、赤い旗が視界に入った。

 

「すいません、ラムネ1本ください」

 

 今時(少なくとも大地の感覚では)珍しく菓子を売っている露店でラムネを購入し、一気に中身をあおった。

 キンキンに冷えた炭酸飲料が染み渡り、瓶の中身の半分ほど残して大地は一息ついた。

 喉の渇きが満たされると次にすべきことについて自然と考えるようになる。

 

(これからどうしようか……まさかあの時みたいに怪人と仮面ライダーに遭遇する、なんて都合のいいことあるかなあ)

 

 また通行人に聞いてみようか。

 またしてもそんな馬鹿げた方法を思いつくが、案外手がかりは得られるかもしれない。何せ異世界というのは流れる時間すら異なるのだから、何があっても不思議ではないはずだ。

 大地は試しにたった今すれ違った自分と同じくらいの少女に聞いてみることにした。

 

「あのー、ちょっとお伺いしたいことがあるんですけど」

 

「? アンケートか何か?」

 

「いえ、そういうのじゃないんですけど」

 

 可愛らしく小首を傾げた少女を前にして、今更ながらどう質問するのか考えるべきだったと大地は後悔した。

 さすがにいきなり「仮面ライダーってご存知ですか?」なんて聞いてしまえば、また前回の二の舞になる可能性が高いし、仮面ライダーという名称が使われていないこともあるのだ。

 ひとまず怪人について聞いてみようと口を開こうとするが、その前に少女が話し始めた。

 

「よくわからないけど、何か聞きたいことがあるのよね? だったらついておいで」

 

「へ?」

 

 少女は大地の返事も聞かずにその手を取って走り出した。

 走る必要があるんだろうか、と妙な違和感を感じはしたが、情報が得られるならそれでもいいとも思い、導かれるままに足を運んだ。

 建物の合間を縫うように歩いて、見える風景はどんどん薄暗いものに変わっていき、人通りもない場所に辿り着く。

 そこは明かりもない小さな橋の下で普通の人ならば昼間でも避けて通りそうな空間だった。

 少し歩いただけでこんなにも雰囲気が変わったことに感心しつつも、大地はようやく足を止めた少女に話を聞こうとする。

 

「あの……僕が聞きたいのは」

 

「貴方、結構可愛い顔してるのよね。食べちゃいたいくらい」

 

「え? えっと、あの」

 

「その反応もいいわね! さ、じっとしててね?」

 

 少女が突然妙なことを言い出した。

 にじり寄る少女に若干の畏怖感を感じ、まさかこれが異世界の挨拶なのか?などと一瞬でも考えてしまったが、この威圧感になんとなく大地は既視感を覚えた。

 言うなればそれはまるでファントムに襲われた時に近いという嫌な予感。

 その予感に突き動かされるように密かに懐の金属に手を当てた瞬間、変化は生じた。

 にんまりと微笑む少女の顔にステンドグラスの模様が浮かび上がり、空中に一対の透明な牙が突如として現れたのだ。

 あまりに(ファントムも大概だが)現実離れした光景に驚愕し、口を半開きにして硬直してしまった大地。

 首筋に迫る牙に対処することもできず、その皮膚を貫かれようとするがーー

 

「グッ!?」

 

 何かが空気を裂く音と炸裂音、それに続いて飛び散る火花。響いた悲鳴は大地のものではない。

 背中から煙を出している少女の表情はさっきとは打って変わって、邪魔をされたことに対する憤怒の色を見せていた。

 恐らく背中を撃たれたであろう少女から火花が散ったこともそうだが、それ以上に大地が目を引かれたのは少女の背後に立つその銃弾を放った本人だった。

 

「そこまでよ! ファンガイア!」

 

 小型の銃を構えるスタイルの良い女性がそう叫んだ。

 ファンガイアと呼ばれた少女は怒りに震えてはいるが、銃撃によるダメージは殆どないように見える。

 憤怒の叫びと共に少女の口元のステンドグラスは全身に伝播し、人間の姿からファントムに似た、しかし明らかに異なる怪物に変わる。

 ステンドグラスが人型の怪物そのものを構成しているかのようなその怪人はどこかパンダを連想させた。

 

 その名はベアーキャットファンガイア。

 

「これが、この世界の怪人……!?」

 

「ちょっとぉ……! 久々に良い子見つけたのに邪魔されるなんてサイアク! 引っ込んでてくれない!?」

 

「ねえ、君! ぼーっとしてないで早く逃げなさい!」

 

 すでに狙いを変えたのか、ベアーキャットファンガイアは大地ではなく、絶え間なく銃弾を浴びせてくる邪魔者の女に飛びかかった。

 その剛腕の先に光る鋭利な爪ならば人間の身体など皮膚どころか、骨まで引き裂くことができるだろう。しかし女性もただ者ではないのだろう、鮮やかな身のこなしでベアーキャットファンガイアの腕を躱している。

 

「てことは…あの女の人がこの世界のライダーなのか?」

 

 しかし女性は銃から鎖を出して怪人に叩きつけたり、銃撃をしたりするもののいつまで経っても変身しようとする仕草すら見せない。

 そのことを疑問に思っていると、一向に逃げる様子見せない大地に女性の方も気づいたようだ。

 大地に再度逃げるように促すが、それが隙となった。

 

「ちょっ、君何してんの!? 早く逃げろって言ってんのよ!」

 

「喚かないでくれるッ!?」

 

「うっ!?」

 

 怪人の足先がついに女性の銃を叩き落とした。

 その衝撃に乗せられて前のめりに倒れた女性の背中に足を乗せ、力を込めて捻るベアーキャットファンガイア。

 人間よりも圧倒的に強い力で踏み躙られ、抵抗すら許されない状況に追い込まれても尚女性は諦めずに必死にもがいているが、あのままでは潰されてしまうことは明白だ。

 

「ふふ……ちゃんと待ってるなんて良い子ね。この雌を潰したらすぐにいただいてあげるから待っててね?」

 

「はや……く、逃げ……」

 

「どっちもお断りです!」

 

 もう見てられない。大地はあの女性が仮面ライダーならば情報が得られると観察していた自分の浅はかさを後悔した。

 怪人に人が襲われる。それはどの世界でも起こるし、情報がどうだとかそんなことよりも人を助けるために行動するべきだったのだ。

 大地はメイジドライバーを腰に巻きつけ、操作を行いながら突撃を開始した。

 

「変身!」

 

  チェンジ! ナウ

 

 メイジに変身し、その強化された脚力を以ってこちらには見向きもしないベアーキャットファンガイアに迫る。

 今にも女性の背中をぶち破ろうとしている怪人に渾身のタックルをぶつけ、女性から引き離す。

 女性は咳き込んではいるものの、特に目立った外傷もないようだ。

 

「あらぁ? 君、イクサだったの? 聞いていた姿とは違うけど」

 

「イクサ……この世界のライダーは仮面ライダーイクサ。ありがとうございます」

 

 イクサ。確かそんな名前のライダーのカードを見た覚えがある。

 

「? ま、いいわ。大人しく食べられちゃってねっ!」

 

「ハァッ!」

 

 ファンガイアとメイジ、両者の巨大な爪がぶつかり合う。

 衝撃が、熱が、痛みが爪を通して伝わってくるが、その何れもドレイクとの戦いで経験したものに比べればどうってことはない。

 未知の敵を相手にダークディケイドではなくメイジを選択したことへの不安は微かに和らいだ。

 だが油断はできない。敵の爪は両腕に備わっているが、こちらの爪は片手だけだ。

 案の定がら空きになった腹部にフリーになっている敵の爪が迫っている。

 

 ガキィンッ!!

 

 そのやかましい金属音はメイジの腹が貫かれた音ではない。

 咄嗟に構えたライドブッカーの剣身が爪を受け止めたことで鳴り響いた音だ。

 だが碌に構えもせずに出した剣の防御などすぐに突き崩されるに違いない。

 すぐさま前蹴りをベアーキャットファンガイアに浴びせてよろめかせ、一歩踏み込む。

 そして敵の反撃が来る前に爪と剣を交互に繰り出し、その煌びやかな体表には不釣り合いな傷をつけていった。

 

「ヤッ!」

 

「アガァッ!?」

 

 最後に叩き割るように振り下ろした爪の一撃が肩を打ち、オマケとしてその顎を蹴り上げた。

 宙を舞ったベアーキャットファンガイアが激突したコンクリートの壁に僅かな亀裂が走り、続けて飛来したライドブッカーの銃撃によって壁は完全に崩落。

 ベアーキャットファンガイアは瓦礫と砂塵に埋もれて見えなくなった。

 

「……や、やっちゃった? やっぱり銃って難しいな……」

 

 本当はベアーキャットファンガイアのみに当てるつもりで撃ったのだが、狙いは外れてしまい壁を破壊してしまったのだ。

 ライドブッカーのガンモードは生身で使っても問題ないほどに反動もなく且つ連射もきく。素人の大地から見ても非常に優れた武器といえるだろう。

 だがどんなに武器が優れていようと使いこなせなければそれまで。人間サイズの敵に狙って当てるのはまだまだ難しそうだ。

 一応他のライダーにカメンライドすればカードの中の記憶である程度補助はできるのだが、それに頼りきりではメイジの時に苦労してしまう。

 今回は倒せたから良いものの、当たらない射撃など隙を晒しているだけだ。

 

 銃のことに関しては今後の課題として思考の隅に押しやり、メイジは振り返ってすでに立ち上がっている女性の無事を確かめる。

 

「怪我はありませんか?病院とか、行った方がいいですか?」

 

 女性は怪訝な面持で若干警戒している様子だった。

 無理もないかと思って自分の事情を話そうとした瞬間だった。

 

「君は……? っ! 危ない!」

 

「ッ!?」

 

 女性の視線はメイジではなく、その背後に向いていた。

 慌てて振り返ると大なり小なりの様々な形の瓦礫が視界を埋め尽くすかの如く吹っ飛んできている。

 飛来する瓦礫の合間からチラつく美しい煌めきと怒りの雄叫びからこの瓦礫を発射した主はわかったが、それよりもメイジには次の瞬間に行うべき対処をせねばなるまい。

 人知を超えた力で放たれた瓦礫の山は砲弾と言っても差し支えなく、メイジの装甲にもダメージを与えられる威力があるはずだ。

 

 回避ーー否、背後にいる女性がタダでは済まない。

 

 破壊ーー否、剣と爪だけで高速で飛来する瓦礫を破壊しきるのは困難だし、その破片が女性に当たるかもしれない。

 

 防御ーー否、致命傷にはならないだろうが、その隙に敵は襲って………

 

(それだッ!!)

 

  バリア! ナウ

 

 瓦礫の砲弾がメイジに激突する一瞬前にメイジを丸々覆い尽くすほどの大きさの魔法陣のバリアがそれらを全て受け止めた。

 魔法陣に隠れて視認はできないが、瓦礫を挟んだ先からベアーキャットファンガイアが猛烈な勢いで接近してきているのは徐々に大きくなる足音から確実。

 

  ヒート! ナウ

 

 新たに発動したヒートの魔法が生み出した超高温の火炎が魔法陣に張り付いた瓦礫を包み、激しく燃え上がる。

 魔法でできた炎であるからか、瓦礫は燃えこそすれメイジ自身にその熱は感じられない。

 そしてメイジは魔法陣に手を添え、前方へ射出するイメージをしながら微かに力を込めた。

 するとそのイメージの通りに勢い良く射出された炎の瓦礫は次々とベアーキャットファンガイアに衝突していく。

 メイジに向かって突進中であったベアーキャットファンガイアは自分から炎の砲弾に突っ込んでいく形となり、目も眩むような火花を激しく散らしながらもんどりうって地面に倒れてしまった。

 

(できた……!)

 

 メイジにとっては単なる思いつきではあったが、それが思った以上の効果を生んだことに少なからず喜びを覚えた。

 しかしここで油断してはまたさっきの二の舞になるだけ。今度こそトドメを刺す。

 

  イエス! キックストライク! アンダースタン?

 

 大ダメージを負って悶絶している敵に一気に接近したメイジは橙色のエネルギーを纏った右足を思いきり振り上げる。

 

「ッツアア!」

 

 踵落としという形で放ったストライクメイジがベアーキャットファンガイアの硬い体表に振り下ろされ、微かな反発すら押し込むように貫通する。

 身体を蹴り抜かれたベアーキャットファンガイアの身体が一際強い輝きを放った直後、本当のガラスのように粉々に砕け散った。

 メイジは右足に纏わり付いたベアーキャットファンガイアの死体(?)とも呼べるガラス片を払って、その変身を解除した。

 さっきまで生命の塊だったガラス片はどういう原理か、音も立てずに消滅していく。その過程を不思議そうに観察する大地の耳にカチャ、と金属の音が届いた。

 

「動くな!」

 

 どうやらあの女性に銃を向けられているらしい。さすがに生身で撃たれれば大地は死ぬしかない。

 心臓を撃ち抜かれる想像をしてしまい、その恐れから叫びたくなる自分を抑えてなるべく落ち着いて女性の次の言葉を待つ。

 

「君、本当になんなの? まさかキバ?」

 

「キ、キバ?……いいえ、僕は大地です。あの、僕は貴方を助けたくて、その、襲う気はありません」

 

 キバという単語に当然ながら大地は聞き覚えはない。

 

「……そうね。どう見てもキバとは違うし、信じるわ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 もう大丈夫だろうと思い、恐る恐る女性に向き直る大地。

 そしてまじまじと女性を見れば、さっきまで怪人と戦っていたとは思えないほど綺麗な人だとわかった。そのスタイルの良さを遺憾なく発揮する服は所々汚れているし、手にはかすり傷がついているが、怪人と生身で戦闘してその程度で済んでいるのだからとんでもなくタフな人だ。

 

「君、大地って名前なのよね? 大地君のこと聞かせて欲しいんだけど、この後時間はあるかしら?」

 

「大丈夫です。それに今の僕の時間はそれ以外に使いようがありませんから」

 

 

 

 

 

「それでここに連れてきたわけか」

 

 ここは喫茶店「カフェ・マル・ダムール」。

 昼下がりのこの時間で店内にいるのは大地を除くと先程の女性、麻生恵と大地と向かい合って座る渋い表情の男性、嶋護。

 そして店の柱にもたれかかって一際強い警戒の視線を向ける男、名護啓介。

 他には店のマスター、木戸明が愛犬のブルマンと戯れているぐらいで他に客はいない。

 

 もしもコーヒーを飲む目的でこの店を訪れたならばその静かすぎず、煩すぎずのちょうどいい雰囲気を大地は気に入っていたかもしれない。

 しかしこの名護と嶋から向けられる強烈な警戒と疑いの中ではとてもじゃないがコーヒーなど喉を通らない。

 

「異世界からの来訪者……にわかには信じられんな」

 

「おまけに君は記憶がない。随分と都合がいい話だ」

 

「と言われても……僕もこれ以上説明のしようがないんです」

 

 恵に連れられてやってきたはいいが、彼等「素晴らしき青空の会」には大地の話はやはりそう簡単に信じてもらえるものではないようだ。

 この世界の怪人であるファンガイアと戦う組織が「素晴らしき青空の会」であり、その会長の嶋とメンバーの名護、恵のことは恵から教えてもらえた。

 しかし恵以外の2人には仁藤や瑠美のようにすんなり信用してもらえないのは予想していたとはいえ、堪えるものがあった。

 

「もー! 嶋さんも名護君も彼のことを疑いすぎよ! 私のことを助けてくれたのよ?」

 

「それだけで彼を信用する君の方こそどうかしてる。俺には適当なことを言って青空の会に潜りこもうとするファンガイアのスパイとしか考えられないな」

 

「そんな……僕はただこの世界の仮面ライダー、イクサのことを知りたいだけなんです」

 

 イクサと言った瞬間、名護の目がますます険しくなった。

 名護は大地を睨みつけながら懐からスタンガンのような機械を取り出し、大地に見せつけた。

 

「イクサのことを知っている……やはりファンガイア!」

 

「ち、違いますって! さっきファンガイアがイクサって言ってたのを聞いただけで、それにイクサのカードがあったからそれを思い出したってだけなんです!」

 

 今にも変身しそうな名護を何とか説得しようとする大地は必死に理由を並べたてる。

 その中で大地の放った単語の1つに嶋が反応した。

 

「イクサのカード? どういうことだ」

 

「僕は仮面ライダーを記録して、それをカードにできるんです。ええっと……あ、これを見てください!」

 

 重苦しい雰囲気の中ではっきりとした敵意まで向けられた焦りのせいか、ライドブッカーからカードを取り出そうとした大地はその中身をテーブルの上や下に思いきりぶちまけてしまった。

 幸いにもコーヒーに濡れることはなかったが、すでに軽くパニック状態の大地はあたふたするばかりだ。

 見兼ねた名護達がカードを拾い集めるが、嶋はある2枚のカードを手にとった瞬間、目の色を変えた。

 そのことにも気づかないで慌ててカードを拾っていた大地はようやくイクサのカードを見つけた。

 

「これは……!」

 

「あ、ありました! このカードが……あれ?」

 

「嶋さん、どうかしたんですか」

 

「カメンライド サイガ」のカードを大地に手渡した名護がカードを見つめたまま黙りこくった嶋に話しかける。

 我に返った嶋はカードを大地に差し出しながら尋ねる。

 

「大地君、君はこのカードをどこで?」

 

「え? それは……」

 

 嶋が差し出したのは「カメンライド サガ」「カメンライド ダークキバ」の2枚。

 どちらも最初から入っていたカードで、いつ入手されたものなのかは大地も知り得ぬことだった。

 

「わかりません。渡された時には最初から入っていたので……」

 

「そうか……」

 

「嶋さん? 今のカードがどうかしたんですか?」

 

「いや、何でもない」

 

 嶋は恵からの疑問を雑に対応して、それから黙り込んで見定めるように不安げな大地を見つめている。

 名護も、恵も嶋の次の言葉を待って一言も話さない。

 自分の行動が何か気に障ったのかもしれないと思い、大地はより一層渋い表情の嶋の視線から逃げるように下を向いている。

 やがて嶋は眉間に皺を寄せたまま、口を開いた。

 

「彼のことは信頼できるかもしれない」

 

「本当ですか!? よかったわね大地君!」

 

 まるで自分のことのように喜ぶ恵とは正反対に名護は抗議の声をあげた。

 

「何故彼を信頼できると? 納得のできる説明をしてください、嶋さん!」

 

「私の目が信頼できないというのか、名護君」

 

「そうよ、名護君。嶋さんが言うんだから間違いないじゃない」

 

「……」

 

 何だかよくわからないが、信じてもらえたらしい。

 未だに猜疑心を抱えたままの名護は不安ではあるが、頼み事をするタイミングは今だろう。

 

「信じてもらえたならよかったです……それとお願いがあるんですけど」

 

「言ってみなさい」

 

「その、僕を鍛えてくれませんか?」

 

 それは青空の会がファンガイアと戦う組織だと聞いた時から密かに考えていたことだった。

 ダークディケイドとしてはともかく、今の大地は戦士としては余りにも弱い。

 今後、ベルゼバブやドレイクのような強敵と出会わないとは思えず、今までのようにうまく切り抜けられるとも限らない。

 巻き込まれる形で戦う羽目になった仁藤とは異なり、生身でもある程度戦えるほどの戦士を有したこの組織に鍛えてもらえば、あるいはそれなりに力をつけることも可能ではないか。

 そんな期待を込めた眼差しで大地は嶋や名護達に頭を下げた。

 

「いいだろう。仮面ライダーという名称ではないが、同じライダーシステムを使う名護君が適任だ。構わないな? 名護君」

 

「……ええ」

 

「うむ。大地君、すまないが今日のところはお引き取り願いたい。また明日、ここに来てもらえるか?」

 

「はい! 急な申し出を受けてもらってありがとうございます! それでは失礼します!」

 

 怪人とライダー、それにライダーが所属する組織との接触と自身の訓練。

 怖いぐらいに自分の都合良く事態が運び、すっかり不安が消えた大地は丁重に礼を告げ、会計を済ませて店を出て行った。

 

 

 

 

 暫しの静寂。嶋のコーヒーを啜る音とブルマンの息遣いだけがその場で聞こえる音だ。

 大地が去ったことを確認した名護はおもむろに口を開いた。

 

「嶋さん、本気で彼を信用すると言うのですか」

 

「半信半疑、ってところだな。だが少なくともただのファンガイアではないだろう。名護君には彼の監視を頼みたい」

 

「ちょっと待ってください嶋さん! 大地君を騙したんですか!?」

 

 抗議の声をあげたのは恵だ。

 実際に命を救われたぶん、大地に対する感情は強いのかもしれない。

 しかしそれも戦士にとっては不要なものでしかないと名護は断定した。

 

「落ち着きなさい。もし彼が本当に信用できるとわかればそれで済むことだ。この俺が見極めよう」

 

「名護君だけに任せてたらどうなるかわかったもんじゃないわよ。私も行くわ」

 

「それは駄目だ。恵君には別の仕事をやってもらいたい。鬼塚君の護衛だ」

 

 鬼塚。その名を聞いた途端に恵の表情は微かな緊張を伴ったものへと変わる。

 この仕事は恵にとって何らかの事情で拒否できるほど軽い仕事ではなく、怪しげな恩人より優先されるものではない。

 

 恵の沈黙を肯定と受け取り、嶋はコーヒーを飲み干して立ち上がった。

 

「頼んだぞ。これは青空の会の、いや人類の未来を大きく左右するかもしれない」

 

 

 

 

 

「ただいま」

 

「おかえり!」

 

 大地が帰宅した時にはすでにガイドが夕飯を盛り付けていた。

 相変わらず自分が帰宅するタイミングぴったりで料理を完成させているが、まさかこの男はどこかで監視でもしているのだろうか。

 

「今日は麻婆豆腐を作ってみたんだ。山椒はお好みでかけてくれ」

 

「毎回毎回、まるで僕が帰ってくる時間がわかってるみたいですね」

 

「別に、ただ大地が腹を空かせているだろう時間を考えて作ってるだけだよ?」

 

「…そういうことにしておきます」

 

 例え彼が監視していたとしても構わないと大地は思った。

 利用されていようが何だろうが今の自分にはどうしようもないし、案外ちょっと胡散臭いだけの人かもしれない。

 食卓につき、いただきますの声が重なった。

 まずはよそった麻婆豆腐に山椒をほんの少しかけて白米に乗せて頬張ってみる。やはり美味い。

 

「どうだった?このイクサの世界は」

 

「仮面ライダーイクサにも、彼が所属する組織にも会えました。明日はイクサの名護さんに鍛えてもらうつもりです」

 

「素晴らしき青空の会だな。ま、精々利用されないように気をつけてくれよ?」

 

「どの口が言うんですか?」

 

「ははは」

 

 他愛もない会話をしながら奇妙な関係の2人の奇妙な晩餐は続く。

 粗方皿を開けたところで、満腹になった腹をさすって頰を緩めた大地に温かい烏龍茶の入ったカップを前に出した。

 火傷しないようにふーふーと息をかけていると、おもむろにガイドが神妙な表情で語り出した。

 

「人間とファンガイア……この世界にはそれ以外の存在もいる。君の敵はファンガイアだけとは限らない。注意を怠るなよ」

 

「それってこの世界にもファントムがいるって事ですか!?ってあちち!」

 

 驚いた所為ですこし茶をテーブルこぼしてしまった。

 慌てて布巾を探すが、どこにあるのかわからずにただオロオロと狼狽するばかりの大地を見かねてガイドはどこからか取り出した真っ白な布巾を差し出した。

 

「そういうことじゃない。ファンガイアとは別の魔族…レジェンドルガ、ドラン、ウルフェンなど多くの種族がこの世界にはいるってだけだ。まあ人間以外のほとんどの種族はファンガイアに滅ぼされているし、遭遇することはあまり無いかもしれないがなー」

 

「く、詳しいんですね」

 

「ガイドってのは普通は旅先をことを知ってるもんだろ」

 

 まず異世界のガイドって時点で普通ではないのだが、言うだけ無駄だと流石に大地もわかってきた。

 そんな苦笑いを返す大地にガイドはただ陽気に笑うだけだった。

 

 

 

 




ベアーキャットファンガイア。真名は「点と点が結ばれる暗闇の絨毯」

パンダのような姿をもつファンガイア。好みの男性を見つけてはそのライフエナジーを貪るを繰り返しており、以前から青空の会に目をつけられていた。



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セレナーデ♪英雄を創る女


イクサの世界

紅渡に黄金のキバが託されず、イクサのみがファンガイアと戦う世界。
止まるところを知らないファンガイアの被害に、青空の会は新たな対策を講じているようだ。

時系列は名護啓介が1986年から帰還した直後(28話辺り)





 

 

 寂れた工場の中で拳と拳をぶつけ合う音が響き渡る。

 

 紅音也にとってか弱いレディのために喧嘩をすることはそこまで珍しいことではなかった。相手がやたら手強い化け物であるのも、最近では日常茶飯事だ。

 

 

「オラァ! とっとと失せろこのマーライオンがぁ!」

 

「邪魔をするな!」

 

 以前に一度戦ったこともあるこのライオンのファンガイアは正直言って仮面ライダーイクサとなったこの千年に一度の大天才、紅音也であっても手に余るなんてもんじゃないほどの差が開かれている。

 

 ライオンファンガイアの剛腕にイクサが吹き飛ばされるのだって、もう何度目になるのかわからない。それでもイクサはその度に立ち上がるのだ。可哀想に恐怖で声も出ないレディがいる限り、音也の辞書に諦めの文字は存在しないのだから。

 そして地を叩いて気合いを入れ直したイクサの背後から、凛とした声がかけられた。

 

「……イクサ。貴方ではそいつに勝てない。何故そうまでするの」

 

「んん? そいつはとんだ見当違いだな。この紅音也様がこんな歩く悪趣味彫刻野良猫マン如きに苦戦するはずがないだろう? 待ってな。今追っ払ってやる」

 

 どうみても強がりなのに、彼の言葉にはその女性を安心させる何かがあったのは間違いない。

 

「貴様ァ! 何故俺の邪魔をする!? そいつはな…!」

 

「ハッ! レディを守るのに理由なんていらねえんだよ! てめえは大人しく温泉でお湯でも吐いてろ!」

 

 イクサの軽口に激情を露わにしたライオンファンガイアの突撃は今までの猛攻に比べればかなりの勢いがあって、且つかなり単調なものだった。

 

「さあ、フィナーレだ」

 

  イ・ク・サ・ナッ・ク・ル・ラ・イ・ズ・アッ・プ

 

 

 

 1986

 

  2008

 

 

 

 

 

 翌日、名護と待ち合わせした大地は彼に連れられて街に出ていた。ちなみにどういった風に鍛えてくれるのかはまだ知らされていない。

 

「大地君、君は他の世界から来たといっていたがそれはどんな世界だったんだ?」

 

「人間を襲うファントムという怪人と魔法使いと呼ばれる仮面ライダーがいました。それ以外の世界はまだ……この世界が2つ目の世界ってところです」

 

「ほう……」

 

 徐々に口数を増やしていく大地は嘘を言っているようには見えない。

 昨日は嶋や恵の手前、名護は異世界について否定的な態度をとっていたが、正直心当たりがないわけではないのだ。

 つい先日のこと、これは誰にも報告していない事実であるが、名護は謎の男の導きで22年前の過去に飛んだ経験がある。

 タイムスリップという事象を体験してしまった名護にとって異世界の存在はそこまで信じ難い事ではない。

 何よりあまり人付き合いに慣れていない大地はどこか名護の気弱で、優し過ぎる知人と重なる。

 

(だがそれだけで君を信じるのは危険だ。その正体、俺が見極めさせてもらう)

 

「よし、では訓練を始める」

 

「え、ここで…ですか?」

 

 今大地達がいるのは街のど真ん中。

 とても訓練をするような環境とは思えず、大地は怪訝な顔でキョロキョロと辺りを見渡している。

 

「あそこに座っている男は指名手配中の志田 雅俊。奴を捕まえてきなさい」

 

 名護が指し示したのはオープンカフェに座って呑気に欠伸をしている普通の男。

 周りの客や店員も誰1人として彼を不審だと思っている様子はないが、名護が開いた携帯の画面には確かにあの男の顔が写っている。

 しかし彼が指名手配犯だとして、彼を捕まえることが訓練だというのは大地には理解できていないようだ。

 

「俺は日々の鍛錬、そして正義のため、奴のような悪人を追っている。君も俺のように強くなりたいのなら、まずは人間の悪人より強くならなければならない。さあ行きなさい」

 

「え、いや僕はその強くなるための訓練を」

 

「行けぇ!!」

 

「は、はい」

 

 怒鳴られてびくっと首をすくめた大地は困惑の顔のまま志田に近づいていく。

 いくら変身できるとはいえ、凶器を持った凶悪犯を簡単に取り押さえることなど並大抵の人間にできることではない。しかし人間を大きく超えたファンガイアの身体能力なら話は別だ。

 名護としてはこれで大地が何らかのボロを出すならそれでよし、仮にファンガイアじゃないとしても鍛えるという目的には叶っているためそう悪いことではない。

 流石にこれだけで正体を見極めるとまでは名護にも難しいが、判断材料の1つにはなるだろう。

 

(見せてもらうぞ、君の力を)

 

 図々しくも何も頼まずに無料の水だけでカフェに居座り続ける志田の前に立った大地は恐る恐る顔を覗き込んでいる。

 

(何をしている。あれでは怪しんでいると言っているようなものだ)

 

 屋外であんなことをされて不審に思わない人間などいない。顔が街のあちこちに張り出されている犯罪者ならば尚更だ。

 名護が危惧した通り、志田が勢いよく蹴飛ばしたテーブルが大地の上半身に直撃していた。

 材質がプラスチックであったことが幸いして大した傷にはなっていないようだが、大地が怯んだ隙に志田は通行人を掻き分けて逃亡してしまう。

 中には無理矢理押しのけられて転んでしまった子供もいる。

 焦った犯罪者は新たな被害を生む前にすぐに追跡するべきなのは素人でもわかるはず。だが大地はと言うと…。

 

「大丈夫!? 痛いところはない!?」

 

「うん……」

 

 志田が蹴り飛ばしたテーブルを拾って元の場所に戻し、転んだ子供の安否を確認しているのだ。

 そうしている合間にも志田との距離はどんどん離れていく。

 他者を労わり、礼儀を忘れない大地には誰しもが好感を覚えるだろうが、当初の目的を忘れては意味がないし、これすらも名護を欺く演技かもしれないのだから油断してはならない。

 

「何をしているんだー!早く追いかけなさい!」

 

「はい!」

 

 子供の服についてしまっていた埃だけ払うとようやく大地も志田の後を追っていき、さらにその後を名護も全速力で駆ける。

 通行人の隙間を縫って最短ルートで逃げる志田は何度もこういう目に遭っていることがわかるが、その程度は名護にとっては造作もないことだ。

 しかしやはり大地にはそこまでの技術はないようで通行人に激突しないように走る速度を落としている。

 ついに背後にいたはずの名護が大地を追い抜こうとした瞬間、大地は足を止めた。

 

 まさか、諦めたというのか。

 

 大地に抱きかけた好印象が失望へと変わりかけた時、大地は見慣れぬバックルを取り出した。

 それを腰に当てた途端にベルトとなって大地の腰に巻きついた。

 この一連の行為に名護は見覚えがあった。それもそのはず、名護自身が幾度となく繰り返してきた動作に非常に類似しているからだ。

 

「変身!」

 

  チェンジ! ナウ

 

「なっ……!?」

 

 名護の予感と違わず、大地はメイジに変身した。

 メイジの煌めく仮面には名護の驚愕に染まった表情を反射している。

 

(そうか、この人混みの中なら俺は満足に戦えない。目的はイクサの抹殺ということか!)

 

 迂闊だった。まさかこんなにも早く馬脚を現すとは。

 やはりこの男は青空の会に潜り込んだファンガイア。

 疑いはあったが、ここまで大胆に行動を起こすとは完全に予想外だった。

 急いでイクサナックルを取り出すが、すでにメイジは指輪をベルトにかざしている。

 ファンガイア特有の吸血牙でライフエナジーを吸い取るか、それとも左手の巨大な爪で引き裂くのか。いずれにしても周囲の被害は免れない。

 

  エクステンド! ナウ

 

 原理は全く不明だが、メイジの右腕が魔法陣を介して上空に伸縮した。

 何をするつもりかは知らないが、先手を打たせるわけにはいかない。

 名護は握りしめたイクサナックルを掌に押し当てようとした瞬間、上空に伸びた腕は名護や通行人の真上を通過してさらに伸びていった。

 

「貴様、何をするつもりだ!」

 

  レ・デ・ィ

 

 いよいよイクサに変身しようとした名護とメイジの狭間に伸ばしていた腕が割り込んでくる。

 しかもその先に人を掴んだままである。

 人質を取られては迂闊に変身もできず、己の失態に歯噛みすることしかできない。

 ならば隙をみてナックルの衝撃波を当てるしか勝機はない。

 名護の射すくめるかのような視線を向けられたメイジは果たして首を傾げるだけだった。

 

「何って、名護さんが捕まえろって言ったんじゃないですか」

 

「………何だと?」

 

「この人ですよね?」

 

 メイジの声に敵意は含まれておらず、あの演技をしていると思われた声色のままだ。

 人質かと思った者もよく見れば、気絶してはいるものの、逃げていたはずの志田その人だった。

 

「まさか……君はこいつを捕まえるためだけに変身したというのか?」

 

「そうですけど、何か問題ありましたか?」

 

 つまりこの男は変身したのも、先程伸ばした腕も全て人混みに紛れた志田を上から捕まえるためだけにしたというのだ。

 突然現れたメイジを化物と認識し、怯えた通行人達は1人残らずその場から逃げて始めた。

 肩を震わせながら志田のシャツからボタン1つ毟りとった名護は周囲から響くどの悲鳴よりも大きい声量で叫んだ。

 

「紛らわしいことをするのはやめなさーい!!!」

 

 

 

 志田を警察に引き渡した後、名護達は近場にあった水辺のレストランにいた。

 名護と向かい合った大地は何度目かもわからない謝罪の言葉を口にする。

 

「本当にごめんなさい……名護さんの言う通り、僕が浅はかでした」

 

「済んだことは仕方ない。そんなことよりこれからのことに目を向けなさい。君はまだまだ未熟、今度こそ俺が鍛えてやろう」

 

 大地は変身したての、ただの未熟な青年。

 

 これが名護の下した判断だった。

 大地は自分から手の内を見せたり、目立つ真似をしたりとスパイとしてはありえないほど迂闊であった。

 それすらも名護を信用させる演技という可能性もあるが、今に至るまで隙だらけだった大地がそんな悪意を持っているというのはやはりどうにも考えにくい。

 となれば自分のやることは彼を立派な戦士に育てあげ、その危うさを正すことだろう。

 

「君の力は多くの人を救える素晴らしいものだ。だが使い方を誤れば多くの人を傷つける恐ろしいものにもなり得る」

 

「そんな…どうすれば間違えずにすむんですか」

 

「俺のように強い信念を持ちなさい。正義のため、人類の輝かしい未来のために戦いなさい。そうすれば君は戦士としての一歩を踏み出したことになる」

 

「正義なんて、僕にはわかりません。ただ人が襲われるのが嫌なだけなんです」

 

「それも立派な正義だ。信念と呼ぶにはまだ弱いが、今はそれで十分だ。俺の元で厳しい鍛錬を積めばいずれ理解できる時が来る。だから安心しなさい」

 

「名護さん……はい!」

 

 力強い返事に満足した名護は薄く微笑んで頷いた。

 

 

 

 

 先程しょげていたのもどこへやら。大地の頭の中は今、名護への敬慕で埋め尽くされていた。

 

(名護さんは本当にすごい人だ……いつかは僕もこんな風になれるのか?)

 

 名護は仁藤と同じ人々を守る仮面ライダーというだけでなく、その言葉には仁藤よりもはっきりとした具体性がある。

 状況に流されがちな大地にとって名護のしっかりとした芯を持った立ち振る舞い、言動は憧れを抱くには十分だった。

 きっとこの人ならダークディケイドのような力に飲み込まれるようなこともないんだろう。

 

「僕、名護さんみたいになりたいんです。さっきみたいに力を振り回して誰かに迷惑をかけないように、もっと強くなりたいんです」

 

「安心しなさい。君のような素晴らしい志の若者ならば、1週間もあれば俺……とまではいかなくとも恵レベルには到達できる」

 

「は、はい!僕頑張ります!」

 

 かなり失礼な発言が飛んできた気がするが、冗談の一種だろうととりあえず流しておいた。

 

「まあ、とりあえず今日の訓練はもういいだろう。他にやることがあるからな」

 

「やること?訓練じゃなくて?」

 

「ああ。ここでとある人物と落ち合う予定がある」

 

「それなら、僕は邪魔にならないよう、今のうちに帰りましょうか?」

 

「それには及ばないよ」

 

 席を立とうとした大地の耳にどこか気怠げな、女性の声が響いた。

 振り向くと、そこには恵と見覚えのない赤髪の女性が立っていた。

 半開きの目は一見眠たげに見えるが、その瞳の奥には大地への興味による微かな輝きが宿っている。

 白シャツに破れたジーンズと中々ラフな格好である彼女もまた青空の会の一員なのだろうか。

 

「1つ、私は青空の会の研究者。2つ、名前は鬼塚。3つ、イクサナックルを早く出して」

 

 言われるがままに名護はイクサナックルを鬼塚に差し出す。

 すると彼女は大地に向かい合う形で座って、そのまま取り出したノートパソコンをイクサナックルに繋いだ。

 眠たげな表情のまま、忙しくキーボードを叩いているが、それがどういうものなのかは画面が見えない大地にはわからない。

 興味はあるが、何となく覗いてはいけない気がするし、多分見ても理解できないんだろうと思い、大人しく水を飲んでいることにした。

 そこに鬼塚と一緒に来ていた恵が大地の隣に腰かけ、声を潜めて話しかけてきた。

 

「ねね、大地君。名護君に変なことされなかった? あんなのと2人きりで大変だったでしょう」

 

「いえ、名護さんのおかげで僕がいかに未熟だったのかを認識できました。名護さんに鍛えてもらえれば、僕もっと強くなれる気がするんです」

 

 大地がそう言うと、恵は疑わしげな視線をジロジロと向けてくる。

 そんな表情でも恵の美貌が損なわれることはないが、あまり気分のいいことではない。

 

「本当に〜? 名護君にそう言わされてるだけじゃないの〜?」

 

「そんな、名護さんに失礼ですよ」

 

「んんっ!」

 

 そんな会話の途中にわざとらしい名護の咳払いが割り込んでくる。

 もしかすると最初から聞こえていたのかもしれない。

 

「構わないさ。彼女の嫉妬などもはや聞き慣れている。大地君も卑しく妬むのではなく、妬まれるようになりなさい」

 

「はい!名護さん!」

 

 名護の機嫌を損ねてしまったかと思いきや、名護にとってこの程度の陰口はどうってことはないようだ。

 しかし、大地は安心するとともに、恵はこんなにも完璧な男のどこが気に入らないのか、と新たに疑問も生まれる。

 

「はあ!? 一体私がいつどこであなたに嫉妬したって言うのよ!?」

 

「いつもしているだろう。君が俺に向ける羨望の眼差しに気づいていないとでも思ったのか?

 

「あれは羨望じゃなくて憐憫って言うのよ? ただ正義に酔ってるだけの哀れな男のどこに妬む要素があるのかしら?」

 

「下らないな。大地君の前でみっともないことを言うのはやめなさい!」

 

「あなたこそ!」

 

 名護と恵の眼中にはすでに2人の口論の間でオロオロするばかりの大地は入っていない。

 記憶を失い、人付き合いの経験がまともにない大地にはこういった場をどうやって鎮めればいいのか、見当もつかなかった。

 そんな大地を見かねてか、それまで画面に釘付けになっていた鬼塚がうんざりしたように手を振ってくる。

 

「あの2人はああしておけばいいよ。そのうち終わるから」

 

「そのうちって……」

 

「それより君の話を聞いてみたいよ。恵君が言うには異世界の人間なんだろう? あの娘とはまた別の世界から来たのかな?」

 

「あの娘?」

 

「実はつい昨日、他の世界から来たっていう女を保護してね。最初は信じてなかったけど、異世界の怪人……ファントムだったかな。その話は非常に興味深いものだったね」

 

「ファントム……ってええっ!?」

 

 サラッと言われてしまったが、今鬼塚が言ったことが正しければ自分と同じく世界を超えた人がいるというのだ。

 しかもファントムを知っているということは恐らくビーストの世界から来たことになる。

 もしかして仁藤が自分を追ってきたのかと一瞬だけ考えたが、鬼塚は女性と言ったし、ビーストが時空を超えられるなんて聞いた覚えはない。

 だがそれが誰にせよ、同じ境遇の人がいるならば会って話を聞いてみたいとは思う。

 

「その人は今どこにいるんですか? できれば僕も直接会って話してみたいんです」

 

「私のラボにいるよ。何なら今から来てみないかい? 私の用事はもう済んだし、君の話をもっと聞いてみたい」

 

 大地がこくん、と頷くと鬼塚はノートパソコンを鞄にしまい、イクサナックルを恵との口論を続ける名護に投げつけた。

 ぞんざいに扱われたナックルを名護は器用にも口論したまま、片手で難なくキャッチし、懐に仕舞い込んだ。

 

「訓練すればあんなこともできるようになるんだ……」

 

「何してるんだ? 行くよ」

 

 鬼塚に手を引かれて、2人は店を出た。

 暫くして鬼塚がいなくなったことに気づいた2人が慌てて追いかけてきたのだが、当の鬼塚は全く気にしていない様子であった。

 

 

 

 

 名護の運転する車に揺られること数時間、一行は人里離れた山奥の研究所に到着した。

 

「こんな山奥まですまないね。青空の会の意向で研究所の場所はなるべく秘匿しなければならないんだ。ファンガイアに襲撃されてはひとたまりもないからね」

 

(そうか。だから麻生さんはこの人についてたのか)

 

 ファンガイアからすれば人間を襲う上で邪魔になる青空の会の研究所を潰すことは大きな意義がある。

 あの短時間でライダーシステムの調整を個人で行える鬼塚は特に狙われやすいのかもしれない。

 研究所を見つめている恵の表情が複雑なのも、その責任感からきているのだろうか。

 

 研究所の中は何重ものセキリュティがかかっていて、入るのに20分は要した。

 それだけ重要な施設なのだから、中の雰囲気も重苦しい空気なのでは……とやや緊張していたが、いざ入ってみればそこはアットホームな雰囲気の実験場といったものだった。

 白衣を着た職員達は皆忙しそうに作業をしているが、時折笑い声が聞こえたり、談笑している者もいるし、それは咎められたりはしないようだ。

 

「システムの持続時間はまだ伸ばせます。問題はこれ以上の魔皇力の制御ですが……」

 

「とりあえず1つ1つ課題をこなしていきましょう。まずはスーツの耐久度の向上から」

 

「お茶入りましたー!」

 

 昨日の名護達から感じた圧迫感から青空の会はもっと暗い雰囲気の組織なのかと勝手に思いこんでいたが、どうやら違うらしい。

 

「結構明るい感じなんですね。もっとこう……皆黙々と作業してるイメージでした」

 

「いや、以前俺が来た時にはまさしくその通りの場所だった。随分様変わりしましたね」

 

「彼女のおかげだよ」

 

 鬼塚が指差したのはお盆を持って研究員達に笑顔でお茶や菓子を配る女性だった。

 この研究所でただ1人白衣を着用していない彼女はかなり目立っているが、当人は全く気にせずに研究員達にお茶を渡している。

 研究員達も彼女を邪険に扱うことなく、皆笑顔でお茶を受け取っている。

 だがそんなことよりも大地が一番気になったのは確かに見覚えがある彼女の笑顔だった。

 いや、見覚えがあるなんてものではなく、確かに何度か見た顔だ。、

 そう、あれはまさしく……。

 

「は、花崎さん!?」

 

 ビーストの世界で出会った花崎瑠美に違いなかった。

 

「だ、大地さん!?」

 

 大地の顔を見た瑠美は思わずお盆を落としそうになるほど驚いていた。

 無理もないことだ。大地だってまさかこんなところで再会するなんて夢にも思っていなかったのだから。

 

「大地さんもこの世界に来たんですね! 季節も時代も違うし、もしかしてと思ってたんですけど、本当に別の世界に来ちゃったみたいです」

 

「ええと、花崎さんはどうしてこの世界に? もしかして……またファントムに何かされて?」

 

 すでにゲートではない瑠美がファントムに狙われる可能性は低いはずだが、念のため訪ねてみる。

 それに対する瑠美の返答は曖昧なものだった。

 

「ファントム……なんでしょうか。大地さん達と別れた後に怪人に襲われて、気づいたらこの研究所の近くで倒れてたみたいなんです。確か外国の方のような喋り方だったんですけど」

 

 外国の方のような喋り方というのはよくわからないが、それだけでは瑠美を襲った犯人を特定するのは難しい。そもそもゲートを絶望させ、ファントムを増やそうとする連中が瑠美を生かしたまま、この世界に拉致(?)したことも腑に落ちない。

 

「君達、積もる話もあるんだろうが、とりあえず立ち話はやめにして私の研究室に来てくれ。そこなら落ち着いて話せるだろう」

 

 鬼塚のありがたい提案に頷いた大地は瑠美と一緒に研究所のさらに厳重なセキュリティの階層へと案内された。

 この時の大地はここに案内されたことがただの親切心だと信じていたし、「狭くなるから」という理由で名護と恵が研究室には入れてもらえなかったことにも大して気に留めることはなかったのだった。

 

 

 

 

 

 鬼塚の研究室はこの研究所の中でも一番セキュリティが厳重らしく、仕組みすらわからないシステムが何重にも仕掛けられていた。

 それらを解除していって辿り着いた鬼塚の研究室の内装はいささか奇妙なものに思えた。

 

 色鮮やかなモニターとバックルらしき機械を繋ぐやたら太いコードが床を埋め尽くす勢いで敷き詰められ、さらにそのコードを意味不明の単語が羅列してある書類が散乱している。

 そのバックルの横には白い蝙蝠が飾られており、質感からしてあれも機械でできているとわかった。

 そして何より目についたのは、部屋の隅っこに飾られている写真だ。写っているのは自信に満ち溢れた表情でバイオリンを弾く男性であり、しかもその写真の周辺は同じ部屋であるのが嘘だと思えるほどに片付いていた。

 その異質な雰囲気は写真の男を祭り上げる祭壇のようにも見える。

 隣の瑠美もこの部屋に入るのは初めてなのか、若干引いているようだ。

 

「鬼塚さんの部屋は私も初めて入ったんですけど、こんなに散らかってたんですね……掃除しましょうか?」

 

「いや、このままでいいよ。どうせすぐ散らかすし、清潔にすべき箇所はあそこだけだからね」

 

 目を細めて写真を見つめる鬼塚の顔が一瞬、何かを懐かしむ穏やかな表情を見せた。

 

「青空の会に入る前の、22年前の話だ。私はかつてファンガイアに襲われた。いくら私が優秀であったとしても、あんな化け物相手では殺されるしかなかった。相手がチェックメイトフォーのルークであるなら尚更な」

 

 チェックメイトフォー。それはファンガイアの種族の頂点に立つ者達の総称。

 チェスの駒になぞらえてルーク、ビショップ、クイーン、キングの役割を持つ4人で構成されているということ以外、青空の会にもわかっていないらしい。

 

「いよいよ私が覚悟を決めた時だった。イクサが現れ、私を助けてくれたんだ」

 

「イクサ……名護さんですか?」

 

「違う。当時のイクサは写真に写っている彼、紅音也だ」

 

 

 彼は22年前の現在よりも出力の低いイクサで、私を守るためにあのルークに立ち向かった。

 当然ながら力の差は歴然。すぐにイクサは劣勢になったが、それでも音也は逃げなかった。

 いい加減鬱陶しくなったルークの怒りの問いかけにも怯むことなく答えて見せたのだ。

 

『貴様ァ! 何故俺の邪魔をする!? そいつはな…!』

 

『ハッ! レディを守るのに理由なんていらねえんだよ! てめえは大人しく温泉でお湯でも吐いてろ!』

 

 そこで一瞬の隙をついたイクサの一撃がルークを怯ませて、見事私達は離脱することに成功した。

 

 

「それから私は彼に報いるために青空の会に入った。少しでも彼を支援したかったの。残念ながら彼はすでに死んでしまったけれど、ファンガイア殲滅のために私は今もここにいる」

 

 微かに口角を釣り上げて話す鬼塚の言葉には確かな決意が込められていた。

 出会った時は無愛想な人かと思っていたが、音也の話をする鬼塚は命の危険にあっていたというのにどこか楽しそうで、とても饒舌で。

 鬼塚がこんな風に話すのだから、紅音也という男は立派な仮面ライダーであったということなのだろう。会えなかったのが残念でならない。

 

「それが鬼塚さんの正義……なんですかね」

 

「正義、か。そうだね、名護君風に言うのならばその表現は適切だ。私はこの正義に従って組織に貢献してきた。イクサのヴァージョンアップ、さらなるライダーシステムの開発……そこで大地君に頼みがある」

 

 鬼塚が前のめりになる勢いで、瑠美を押し退けて大地に詰め寄る。

 香水とも違う不思議な香りが鬼塚の赤髪から漂ってきた。

 真剣な表情の中にある瞳を見つめ返すと、その奥に薄ら寒い何かを感じる。

 

(今のは……)

 

 感じた違和感を気のせいにして、大地は鬼塚の目から視線逸らした。

 それにも構わず鬼塚は口を開く。

 

「君は異世界のライダーシステムを所持しているそうだね? それを少しの間でいい、私に見せてもらえないだろうか。今後の開発の参考にしたいんだ」

 

 ライダーシステム。それはつまりメイジ、ダークディケイドのベルトのことだろう。

 戦う術を初対面の人に預けるなど、大地にとっては簡単にできることではない。

 そのはずなのだが。

 

「いいですよ。僕がこの世界にいる間でよければ」

 

 あっさりとメイジドライバーと指輪を差し出したのだった。

 こんな簡単に渡されるとは思っていなかったのか、ベルトを手渡された鬼塚も、瑠美でさえも呆気にとられている。

 

「頼んだ私が言うのもなんだが……本当にいいのか?」

 

「そうですよ。大地さんにとってもそれは大事なものなんじゃないんですか?」

 

 この2人の反応は当然のものだ。

 人間を超える力をこうも簡単に差し出すのは、側から見れば正気の沙汰とは思えないはずだ。

 だが大地も何も考えていないというわけではない。

 戦闘に関してはダークディケイドがあるし、得体が知れない危険なダークディケイドライバーよりもメイジドライバーならば比較的安全だろうと思って渡したのだ。

 

「構いません。僕にはもう1つのベルトがあります。それに正義を知るためにも、鬼塚さんに協力したいんです」

 

 記憶を取り戻すためにはカードにライダーを記録しなければならない。

 記録するにはそのライダーを知らないといけない。

 名護の、音也の、イクサの正義を知るために、まずは彼等のように鬼塚に協力してみることにした。

 それが正義を知らない大地なりに考えて至った答えだから。

 

「そういうことなら、有り難く受け取ろう。君の好意は無駄にはしないよ」

 

 メイジドライバーを見つめる鬼塚の感情は全く読み取れなかった。

 

 

 

 

 同じ頃、とある場所に1人の青年が佇んでいた。

 そこには青年1人しかいなかったが、いつの間にか背後に長身の男が立っている。

 青年がそれに動じる様子はなく、また長身の男も恭しく膝を地につけて主従関係を表している。

 

「先日、我等の同胞を狩る存在が新たに現れました。恐らくはあの忌々しい青空の会の一員かと」

 

「…………」

 

「これ以上奴らをのさばらせるのも面倒です。ここは私、あるいはルークに……」

 

 そこで初めて青年は口を開いた。

 

「君に任せるよ、ビショップ。ルークでは目立ち過ぎるかもしれない」

 

 ビショップと呼ばれたその長身の男は感極まったように声を震わせ、より深く頭を下げた。

 

「お任せ下さい。必ずや貴方の期待にお応えしてみせましょう……キング」

 

 ああ、と返事を返した青年の右手には王を示す紋章が刻まれていた。

 

 

 





鬼塚

青空の会に所属する女性研究員。年齢は不明。
過去に紅音也のイクサに命を救われた恩義を果たすべく、青空の会で研究を続けている。イクサのヴァージョンアップの他、新たな研究も続けている。


黄金のキバが存在しないので、ファンガイアの被害が原典よりも増えています。青空の会はこれに対してイクサの強化以外の対策を講じているので、ライジングイクサはまだありません。

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葬送行進曲♪アーマー・オブ・ザ・キング



突然の決戦




 

 

 この紅音也と名乗る男は一体何者なのか。

 

 鬼塚が手を引かれながら優しく握りしめられるなんて経験は今までなかったことだ。この柔らかで温かい手があのチェックメイトフォーのルークとぶつかり合っていたとは到底信じられないが、ついさっき目の前で起こった光景なのだから事実である。

 

「ここまで来ればもう大丈夫だ。おっと、礼はいらない。このぐらいお安い御用さ。ただ! どうしてもお礼がしたいっていうんなら!」

 

「イクサ、何故私を助けた? 君にメリットなんてないはずだ」

 

 話を遮られても気にしない。

 これで相手がむさい男なら激怒ものだが、女性なら気にしない。それだけ聞けば酷く差別的にも聞こえてしまうが、紅音也というのはそういう男なのだから仕方がない。

 

 この女性が妙に硬い口調なのも、命を狙われた恐怖から抜け出し切れてないか、はたまたこの大天才を前に緊張してしまったせいなのだろうと勝手に思い込んでいる始末だ。

 

「おやおや、今の顔も美しいが、そんなに緊張してちゃあお前の魅力が泣いてるぜ?」

 

「私は緊張してなどーーー」

 

 今度は鬼塚が遮られる番だった。

 唇に人差し指を当ててチッチッチと鳴らす音也は見ていて不愉快極まりない。

 興味深い相手ではあるが、これ以上は時間の無駄だと判断した鬼塚は踵を返して立ち去ろうとする。

 

「待てよ。一曲聞いていってくれ。そうすれば緊張もほぐれる」

 

 ガチャ、と何かを開ける音がした。

 恐らく音也が持ち歩いていたケース中に楽器でも入っていたのかもしれないが、芸術には全く関心のない鬼塚にはそんなもの聴かせても無意味だ。

 

 そう思っていたのだが。

 

「……………ッ!?」

 

 これは音からしてバイオリンの演奏だ。しかし、重要なのは楽器ではない。

 

 全身の感性に訴えかける、この魂を揺さぶる演奏。

 ただ純粋に美しい。芸術に疎い鬼塚がこの旋律に捧げる言葉はそれしか見つからない。他の気取った表現を与えようとすれば、それはこの旋律への冒涜に他ならない。

 

 考える間も無く自然と目をつむって音也の演奏に耳を傾けることにのみ全神経を集中させていた。例えこの場にルークが現れたとしても鬼塚は演奏から耳を離さないに違いない。

 対面した誰もが無愛想だと感じる鬼塚の表情にもごく自然な微笑が浮かぶ。

 

 いつまでもこの時間が続けばいいのに、なんて柄にもないロマンチックなことまで考えてしまう鬼塚はそんな自身の変化に驚きと心地良さを同時に感じている。その感覚が音也の演奏と溶け合って、至福の快楽をもたらしてくれるのだ。

 

 何故こんなにも心奪われるのか、その答えは驚くほど単純だ。

 鬼塚というただ1人の個にだけこんなにも素晴らしい音楽が奏でられているから、鬼塚は涙を流すのだ。

 

「紅音也……覚えておくよ」

 

 

 

  1986

 

  2008

 

 

 

 

 

 大地がイクサの世界に来てから、すでに3日が経過していた。

 名護からフィジカル面を鍛える訓練を今日まで施され、いよいよ実戦を行う時が来た。

 

 今、大地は怪しげな店が立ち並ぶ裏街道の脇に立っている。

 

 心臓の高鳴りが抑えられない。この鼓動音が聞かれてしまうかもしれない。落ち着け、落ち着くんだ。大丈夫、何度も練習したじゃないか。

 大地はゆっくりと深呼吸して前方からやってきた、眼鏡をかけた男、三宅徹の前に立ち塞がった。

 

「み、三宅徹さんですよね。お話を聞かせてほしいんですが」

 

「どいてください。私は忙しいんです」

 

「誰かの夢を食い物にしに行くから……ですか?」

 

 三宅の眼の色が変わる。警戒、不審の色だ。

 この男は夢を持つ若者にまるでその支援をするかのように装って近づき、あの手この手で金を巻き上げる詐欺師だと聞いている。

 そうしてたっぷりと金を搾取した最後にはーー

 

「……場所を変えましょうか。誤解を解きたいが、ここでは人が来てしまうかもしれない」

 

「わかりました」

 

 大地は頷いて三宅の後に続く。

 互いに無言のまま緊迫した雰囲気を漂わせて、2人は人気のないトンネルの中に入った。

 まだ昼だというのに、トンネルの中は壊れかけた電灯がなければ何も見えないほどに暗い。

 チカッチカッと明かりが点滅する一瞬の間に三宅の後ろ姿は暗闇に消える。

 この雰囲気は正直かなり怖いが、この後の展開がわかっているぶんマシではあった。

 

「ここらへんでいいでしょう」

 

 トンネルの中心部に至ったところで三宅は足を止めた。

 

「馬鹿な坊やだ。私の極上の食事の邪魔をするとは」

 

 激しく点滅する光が視界を制限する。

 その一瞬の点滅の後、三宅の姿は消えていた。

 

「その罪は坊やの命で償ってもらいましょう」

 

 そこにいるのは三宅という人間の皮を脱ぎ捨てた怪人、ライノセラスファンガイアだけだった。

 大地よりもふた回りほど巨大な体躯を不気味に揺らし、荒い息遣いで爪を研ぐ。ファンガイアが人間のライフエナジーを吸い取る際に現れる吸血牙が出ないということは、大地は餌の対象ではなく、ただ痛ぶって殺すつもりのようだ。どちらにせよ、大地の行動は決まっているが。

 乾いた喉で生唾をごくりと飲み込み、ダークディケイドライバーを腰にあてた。

 今は敵への恐怖心よりも、夢を食い物にしようとする卑劣さへの憤怒が勝っていた。

 

「変身!」

 

  KAMENRIDE DECADE

 

 ライノセラスファンガイアの剛腕が大地の白く柔らかな皮膚を引き裂くより早く、黒い装甲がその進行を阻む。

 ダークディケイドのスーツを身に纏った大地から膨大なエネルギーが衝撃波の形で放出され、至近距離にいたライノセラスファンガイアはそのトンネル全体を震撼させた余波を全身で受け止める羽目になった。

 暗闇の奥に吹き飛んでいく敵を青い複眼で捕捉して、ダークディケイドは剣を手に駆け出す。

 

「やあッ!」

 

 視界を制限された状況下でも、ダークディケイドの複眼ならば敵の位置はある程度把握できる。

 脆弱な人間だと侮っていた相手が未知の変身を遂げたことに動揺するライノセラスファンガイアに容赦なく剣を振り下ろした。

 ライドブッカーの一撃が巨大な角を備える肩を打ち、トンネルを照らす火花を散らした。

 

「ぐうぅッ!? 貴様、青空の会のメンバーか!?」

 

「見習いですがねッ!」

 

 両手で握りしめた剣で体表をなぞるように振り抜き、続けて剣を振るっていく。

 敵の反撃を許さずに脚を切り、腕を打ち、腹を叩く。それらの攻撃は全て敵への有効打となっている。

 あの大地がカードもなしにここまで善戦できているのも、名護から基本的な身体の動かし方を学んだおかげである。

 

 一旦剣を振るう腕を止めて、ダークディケイドは1枚のカードを取り出した。

 好機と見たライノセラスファンガイアは飛びかかってくるが、残念ながら反撃は叶わない。

 

  KAMENRIDE NECROM

 

「うわっ!?」

 

 何故ならばベルトから出現した黒いパーカー状の浮遊物体、ネクロムゴーストがライノセラスファンガイアを弾き飛ばし、ダークディケイドに覆い被さった。

 ダークディケイドとは異なる緑の単眼の輝きを放つその姿は仮面ライダーネクロムと類似したDDネクロム。

 DDネクロムは頭部のフードを外し、着心地を確かめるようにパーカーを張った。

 突如正体不明の物体に攻撃されたためか、その間にも敵は攻撃する様子はない。

 

「い、今のはなんだ!? 私は何に当たったというのだ!?」

 

「……なんて言えばいいのかな。あれ」

 

(知ってはいたけど、正直あんな幽霊みたいなパーカーはビックリしたよ……)

 

 DDネクロムの仮面の下には大地の驚愕の表情があったのだが、幸いにもそれが知られることはなかった。

 

「クッ!」

 

「あ! 待て!」

 

 自身の不利を悟ったライノセラスファンガイアは踵を返して逃げようとしている。

 そうはさせじと追いかけ、瞬時に追いついたDDネクロムは背後から敵の後頭部を鷲掴みにして壁に叩きつけた。

 さらに胴体に向けて拳の連打を叩き込めば、脱力したかのように崩れ落ちていく。

 その隙にDDネクロムは次のカードを取り出した。

 

  FORMRIDE NECROM SANZO

 

 ネクロムゴーストは消失し、代わりに白いサンゾウゴーストがDDネクロムに覆い被さった。

 サンゾウ魂へとフォームチェンジしたDDネクロムの手の中には既に金色のネクロムのアイコンのカードが握られていた。

 

  FINALATTACKRIDE NE NE NE NECROM

 

 DDネクロムから発生した金色のガスが倒れているライノセラスファンガイアごと足元に密集していく。

 その巨体が完全にガスに飲み込まれると同時に雲状となり、DDネクロムの意思に従って宙に浮いた。

 見た目に反してこの雲の足場はしっかりしており、落ちる心配もない。

 

「ハァッ!」

 

 この筋斗雲と呼ぶべき雲を念じて、思い描いた場所へと飛行するDDネクロム。

 この雲の中でライノセラスファンガイアがどういう状態なのかは興味はあるが、知らない方がいいのかもしれない。

 

 そんなことを考えている内に目的地に到着したようで、DDネクロムを乗せた筋斗雲は下降を始めた。

 その目的地とは今はもう使われていない廃工場。そこには2人の男女が待ち構えていた。

 

 ファンガイアバスターを構えた恵と名護である。

 

 これは名護の指示で、大地がこの場所まで敵を誘導するという作戦だったのだ。

 

「うわー…まさか、雲に乗ってくるとは思わなかったわ」

 

「今は戦いの時だ。無駄な雑念は捨てなさい」

 

「はいはい」

 

 ガスが飛散し、中に閉じ込めていたライノセラスファンガイアが落下する。

 静かに危なげなく着地したDDネクロムは、背中から地面に叩きつけられた衝撃で悶えている相手に肉薄して、背中に付いた武器であるゴコウリンを振るう。

 しかし慣れない大型武器を使っているので、敵には中々当たらない。

 むしろ腹にカウンターを食らってしまう始末だ。

 

「ぐぅあっ!?」

 

 ゴコウリンを取り落とし、倒れたところでさらに火花が散るほど激しく踏みつけられてしまう。

 ただでさえ大きいライノセラスファンガイアの全体重をかけた踏みつけの衝撃は強く、肺から空気を無理矢理押し出されてしまうほどだ。

 ベルトごと踏みつけられているので、これではカードを使うこともできない。

 基本的な戦闘技術を少し学んだだけの大地にとって、これはテクニカルなサンゾウ魂になるという選択ミスを犯した結果なのかもしれない。

 

 敵が愉悦の唸り声を漏らし始めたところへ、銀の銃弾と空気を圧縮させた衝撃波が側面から炸裂した。

 

「ファンガイア。その命、神に返しなさい」

 

 ファンガイアバスターを構える恵の横で、名護はイクサベルトを腰に巻いた。

 さらに右手で握りしめたイクサナックルを左手に打ち合わせ、そのままベルトに装着する。

 

  レ・デ・ィ

 

「変身」

 

  フィ・ス・ト・オ・ン

 

 無機質な音声が変身への合図を告げると、名護の身体にベルトから生成された黄金の影が重なった。

 名護と影が完全に1つになった時、純白の戦士、仮面ライダーイクサへの変身が完了する。

 

「あれが、仮面ライダーイクサ……」

 

 ビースト、メイジと比べてメカニカルな印象のイクサはなるほど、確かに現代人が科学で作り上げたライダーといえるだろう。

 その堂々とした佇まいは宿敵の出現にたじろぐライノセラスファンガイアだけでなく、大地までもが威圧感を感じてしまう。

 だがそれ以上に感じたのは安堵の息を漏らしてしまうほどの頼もしさであった。

 

 イクサはDDネクロムとファンガイアの間に立ち、黄金のフェイスマスクが開く。

 金の十字架の中から見えた真っ赤な複眼はイクサがセーブモードと呼ばれる低出力状態から全力発揮のバーストモードに移行した証拠なのだ。

 

「大地君、君はそこで見ていなさい。俺が戦いの手本となろう」

 

「ここまでやったんです。僕も最後まで戦いますよ」

 

「わかった。なら君は後衛で恵とサポートだ。できるな?」

 

「はい!」

 

 大地の返事を待たずに、イクサは駆け出した。

 イクサの専用銃、イクサカリバーの掃射で牽制。一気に距離を詰めていく。

 目的の距離まで到達すると、イクサカリバーを真紅の刀身が伸びるカリバーモードに移行させ、上段から何度も切りつけた。

 がむしゃらな大地のそれとは違う、素早く的確な斬撃は敵の抵抗を一切許さない。

 

「あれ、援護とかいるんでしょうか?」

 

「大地君がある程度ダメージ与えてるみたいだし、ねぇ」

 

 しかしまあ何もしないのもやはり気がひけるので、ささやかな手伝いくらいはしておきたい。

 

  FORMRIDE NECROM GRIMM

 

 サンゾウ魂から、深緑のグリム魂へフォームチェンジする。

 グリム魂の能力は両肩部分の小さな、それでいて鋭いペン先型の角、ニブショルダーを伸ばして操ること。

 単純な攻撃能力だけでみればネクロムの形態で最も低いフォームであると同時に、戦法の多彩さでは他に引けをとらない。

 激しい乱舞を繰り広げるイクサに当てないように援護射撃をするのは、ただでさえ精密射撃を苦手とする大地にとっては至難の技だ。

 だからこそ大地はこのグリム魂を選択した。

 

「……今だっ!」

 

 イクサの脇を縫うように伸ばしたニブショルダーで攻撃する。

 一撃一撃の威力は低いが、援護としては十分なものである。

 使用者の感覚に従って動くニブショルダーならば誤射の危険性は少なく、仮にそうなってしまっても一撃ならばイクサの装甲には大したダメージは与えられないだろう。

 未知の攻撃に一瞬の戸惑いを見せたイクサも、それが味方の攻撃であると理解した途端に再び剣を振るう。

 

 そうした2人のライダーの猛攻が続く中、ついにライノセラスファンガイアが膝をついた。

 イクサは腰に装備されたカリバーフエッスルをベルトに装填。必殺の体勢に入った。

 

  イ・ク・サ・カ・リ・バー・ラ・イ・ズ・アッ・プ

 

 イクサに内蔵されたエネルギーの奔流がイクサカリバーに迸る。

 限界までチャージされたカリバーは太陽のような輝きを放ち、それを背にイクサは構えた。

 

「ハァァァァァッッ!!」

 

「グァアァァァァァァッッ!?」

 

 その光景に危機感を覚えたライノセラスファンガイアが腕を交差して防御の構えを取る。

 そこに真っ向から剣をぶつけ、一気に振り抜いた。

 エネルギーを充填したイクサカリバーの強烈な必殺技、イクサジャッジメントが敵の硬い体表を切り裂いたのだ。

 許容量を超えたダメージにライノセラスファンガイアの全身はただの硝子の塊となって、イクサが背を向けると同時に完全に砕け散った。

 

「かっ、かっこいい……最高です!名護さん!」

 

(この子、本当に名護くんにぞっこんね……)

 

 名護のヒーローのような立ち姿に感激していた大地は、恵の呆れを含んだ溜息に気づくことはなかった。

 

 

 

 日が暮れかけて、蒸し暑さがほんの少しだけ和らいだ頃に大地は光写真館に帰ってきた。

 出迎えてくれたのは、ガイドと瑠美だ。

 

「あ、おかえりなさい。大地さん」

 

「おかえり〜」

 

「ただいま」

 

 あれから瑠美は研究所からこちらで暮らすようになった。

 彼女が住んでいた「ビーストの世界」に戻るにはここにいた方がいいという判断から瑠美も遠慮しつつ了承してくれた。

 ガイド曰く

 

『旅は道連れ。大地が仕事をこなしてくれるのなら後はどうしてもいいし、もしかしたら彼女の世界に寄ることもあるかもしれないからな。それまで一緒に楽しもうじゃないか。まだまだ部屋も空きがあるし』

 

 だそうなので、今では(遠慮はしたのだが、瑠美はやると言って聞かなかったので)写真館の雑用をこなしてもらっている。

 今すぐにでも彼女を元の世界に帰してあげたいのだが、写真館が移動する世界の行き先は自由に選べないらしい。

 これもガイドが言っているのだから怪しいものである。

 

「今日の夕飯はナポリタンだ。なんと!瑠美ちゃんが作ってくれたんだぞ?」

 

 ガイドが運ぶ大皿に盛られているのは具材がたっぷり入ったナポリタンだ。

 ケチャップの芳しい香りが激しい戦闘をこなした後の空腹にとっては犯罪的な刺激を生んでしまいそうだ。

 

「い、いえ。いっつもガイドさんが美味しいご飯作ってるので、私なんかの料理で申し訳ないです。それにサラダとか副菜はガイドさんが作ってくれましたし」

 

「花崎さん、料理もできるんですね! すごいですよ!」

 

 大地も手伝って3人分の食器を運び、全員が食卓についた。

 

「「「いただきます」」」

 

 まずはナポリタンを一口、普通に食べてみる。

 トマトの酸味が程よく抑えられたソースとよく絡まったパスタ、それに食べやすいサイズの野菜。

 端的に言って、美味い。

 

「お、美味しい! 美味しいよ、花崎さん!」

 

「確かに美味い! なんかホッと安心する味だな〜」

 

 ガイドの作る上品な味わいとはまた違った優しい味がする。

 タバスコをかけても、粉チーズをかけても、味のアクセントこそ変わるが、根底にある味はそのままだ。

 気がつけば大皿の半分ほどを大地1人で平らげてしまっていた。

 

(こういうのを……家庭的な味っていうのかな)

 

「おいおい、美味しいのはわかるけど、俺たちの分は残しておいてくれよな〜」

 

 その日の食卓は終始笑顔が絶えなかった。

 

 

 

 

 楽しい食事、風呂の後、それぞれが自室で就寝する時間。

 大地はデスクライトだけをつけた部屋で1人カードを眺めていた。

 名護との訓練でダークディケイドに変身する機会はほとんどなかったが、空いた時間で1人試していたことはある。

 カードに秘められた記憶が補助してくれるとはいえ、今日のように経験不足から足元を掬われることだってありえないことじゃないのだ。

 

「エターナル、ソーサラー、サイガ……強力なライダーほど負担は大きいのかな」

 

 ダークディケイドの変身からくる疲労感には少しずつ慣れてきた。

 だがその負担はカメンライドの指定先によって微妙に異なるらしい。

 

 例えばエターナル、ソーサラーなどのライダーは強力で多彩な能力が使える反面、他のライダーよりも負担が大きいように思えた。

 今日のネクロムのような他のライダーも負担はあるにはある。しかし、そこまで大きいわけでもない。

 無闇に強いライダーを使うのはやめた方がいいだろう。

 

「それと……このギルスってライダーは多分一番使いやすい」

 

 理由は不明だが、ギルスへのカメンライドが一番負担が少なく、かつとても使いやすかった。

 この感覚はうまく言い表せそうもない。

 

 他にも何枚かの未だ使ったことないライダー、フォームは数多くある。

 今後のためにも色々試しておきたいが、変身制限や体力の消費がネックになる。

 何よりカードの記憶に頼らずに強くなることも忘れてはならない。

 

 とりあえずここまで思考を纏めて、カードを片付け始めた時だった。

 

「おうおう、勉強熱心だねぇ」

 

「ッ!? ってガイドか……びっくりさせないでくださいよ」

 

 いつの間にか部屋の入り口に立っていたガイド。

 音も立てずにどうやって入ったというのか。それにしても心臓に悪いからやめてほしい。

 

「戦いに前向きなのは結構だがな、もう少し自分の存在の重要性について考えた方がいいんじゃないか?」

 

「どういうことですか? ファンガイアを倒すのが間違ってるんですか?」

 

「さあな。1つはっきりしてるのは、お前はこの世界にとっては異物ってことだ。それを忘れるなよ。じゃ、おやすみ〜」

 

 それだけ言い残してガイドは部屋から出て行った。

 彼の言っていたことの意味がわからないし、もっとわかりやすく言ってほしい。

 それにしても異物、か。世界にとっては悪い存在ということなのか?

 

「……寝よう」

 

 考えても、さっぱりわからなかった。

 

 

 

 

「すまないね。こんなつまらない実験に貴重な時間を割かせてしまって」

 

 モニターに食いつきながら放った鬼塚のその言葉からは、申し訳ないという気持ちはほとんど感じられなかった。

 

「いえ、青空の会のお役に立てて僕も光栄ですから」

 

 今、大地は一人で鬼塚のラボに来ている。

 突然の呼び出しで、その理由はメイジドライバーの実験に付き合ってほしいとのことだった。

 こんな山奥に呼び出しておいて、かつこんな不愛想な態度をとられてもなお大地は特に機嫌を損ねることはない。

 今の発言も社交辞令などではない、紛れもない本音である。

 

「よし、もう一度変身してみてくれ」

 

「わかりました」

 

  チェンジ! ナウ

 

 本日三度目となるメイジへの変身を行う。

 メイジドライバーには鬼塚のモニターと繋ぐコードが刺さっており、そのモニターに変身のデータが数値となって送られている・・・らしい。

 

「やはり何度見ても素晴らしいテクノロジーだよ。特に君のメイジのエネルギー源である魔力を操る技術は青空の会はおろか、ファンガイアにも匹敵するかもしれない」

 

「ファンガイアも魔力を持ってるんですか?」

 

「微弱なものではあるし、メイジのように自在に操れはしない。だがファンガイアのキングが持つ「王の鎧」ならば話は別だ」

 

 そもそもメイジが操る魔力と鬼塚が認識していた魔力は厳密には異なるものらしく、「魔皇力」と呼ばれているものらしい。

 王の鎧はファンガイアの魔皇力を最大限に引き出す強力な兵器であり、一度は世界を滅ぼしかけたこともあるという。

 

「青空の会はその鎧を最優先撃滅対象に設定している。実際にそれを模した魔皇力を操るライダーシステムも私は開発したが、所詮は模造品だ。本物には遠く及ばない」

 

 だが、と鬼塚は熱のこもった視線をメイジドライバーに向ける。

 

「そのシステムを応用すれば我々はさらなる力を手にするはずなんだ。ファンガイアを全て根絶やしにできるほどの力を……」

 

「……鬼塚さんって不思議な人ですね。冷たさの中に熱さがあるっていうか……時折情熱的になるっていうか」

 

「1つ、私はファンガイア殲滅のために生きている。2つ、それに役に立たないことに興味はない。3つ、それを態度に表している……纏めるとこういうことだろう」

 

 最初の時もこんな風に言ってた覚えがあるが、これは鬼塚の癖なのだろうか。

 

「でも、僕はかっこいいと思いますよ。記憶を失う前の僕も鬼塚さんや名護さんみたいに何かのために必死になれる人だったらいいんですけどね」

 

 戦っていても、誰かと話していても、いつも思考の片隅には過去の自分に対する考えはあった。

 もし記憶を取り戻した時、今の自分はどうなるのだろう?

 ただ思い出すだけなら、それでいい。だが、取り戻した記憶が今の自分にとって良くないものだとしたら?

 

 どうしても拭えない記憶に対する興味と若干の恐怖。

 

 明日のことは考えずに今日を生きるとは言ったが、完全に割り切れることではない。

 

「できれば、今の僕がかっこいいと思えるような人だったら……それとも今の僕とはそんなに変わらない、つまらない人間なのかな」

 

 大地の身の上話には興味がないのだろう。

 鬼塚は眠たげに「ふうん」と気の抜けた声しか返してくれなかった。

 

 

 

 

 後日、大地はいつものように近くの河原で名護と合流した。ここは名護が普段ジョギングなどに利用している場所で、人通りもほとんどないため訓練にはうってつけだ。

 それと、恵は今日はモデルの仕事かあるとかで来られないらしい。そんな多忙な職に就いているというのにこんな訓練に付き合ってくれていたのには申し訳ない気持ちになる。

 

「今日はまず先日のおさらいからだ。いくら能力が多彩だとしても、使いこなせなければ意味がない。多種多様な武器を使うことを想定した訓練を行う」

 

「はい! 名護さん!」

 

「うむ。ではついてきなさい」

 

 恐らく名護が言っているのは先日の戦闘で一時劣勢に陥ったことだ。

 30以上のカメンライドを司るダークディケイドを使い続けていれば、また使い難い武器での戦闘も必ずある。その時のための訓練は非常に有意義なものであると思う。

 昨日のあの戦闘だけでそれを見抜いた名護はやはり只者ではない、頼りになる師匠だ。

 

「……ん?」

 

「ッ!?」

 

 そこで2人は足を止めた。

 理由は背後から来る、強烈な殺気。それも大地ですら感知できるほどの。

 これほどの殺気を向けられて気づかないという方が難しい。

 互いに気づいていることを確信した上で同時に振り向き、背後に立っている1人の人物と対峙する。

 黒いロングコート、丸眼鏡を着用しているその男は病的な、それでいて冷徹な面持ちであった。

 

(さっきまではあそこに誰もいなかったのに……いつの間に)

 

「貴方ですね……最近現れた、我等の同胞を狩る愚か者は。もはや捨て置くことはできない」

 

「貴様、ファンガイアだな」

 

「イクサの装着者よ、貴方もまたそんな愚か者だ。2人纏めて……あの世へ送ってやるよ」

 

 やはりと言うべきか、男の正体はファンガイアだった。

 蝶を彷彿とさせる美しく、気品のあるその名はスワローテイルファンガイア。

 ファンガイアを総括するチェックメイトフォーの1人、ビショップであるが、それは大地は勿論のこと、名護ですら知る由もない。

 しかし、皮膚に突き刺さるかの如く放たれている威圧感が相手は只者ではないことを教えてくれる。

 わかっているのは強敵が目の前に現れた。それだけだ。

 

  レ・デ・ィ

 

  KAMENRIDE

 

「「変身!!」」

 

  フィ・ス・ト・オ・ン

 

  DECADE

 

「相手は強敵だ。油断するなよ、大地君」

 

「わかってます!」

 

 ライダーシステムの装甲を身に纏ったイクサ、ダークディケイド。

 それぞれの得物を油断なく構え、イクサが疾走を開始する。

 ダークディケイドはライドブッカーをガンモードに変形させて、援護射撃に務める

 このような2対1の状況では名護が前衛、大地が後衛に就くと事前に話していた。

 経験、能力を考慮すればこの配置は当然のことであったし、並大抵のファンガイアが相手ならば難なく倒せたはずだ。

 

「フン……どこを狙っている」

 

 スワローテイルは手に持っていた剣で銃弾を全て弾き、振り下ろされたイクサの斬撃を難なく受け止めた。

 しかもイクサカリバーの刀身は止められた位置から微動だにしない。

 この防御を押し切るためか、イクサカリバーの柄に両手を添えたイクサだったが、それでも微かな火花が散るのみで、スワローテイルからは蔑みの声が漏れる。

 

「軽過ぎる……所詮は人間の作った玩具に過ぎないということか」

 

「クッ……!?」

 

 軽々と弾かれたイクサカリバー。

 今まで葬ってきたファンガイアとは一線を画すパワーがイクサカリバーを介してイクサの全身に伝導した。

 そこに横薙ぎに振るわれる剣がイクサの白い装甲を容赦なく削りとっていく。

 

「名護さんッ!」

 

 通常の射撃では効果は見込めない。ならばより強力な射撃ではどうか。

 

  ATTACKRIDE BLAST

 

 しかし、名護を援護すべく放ったディケイドブラストですら、スワローテイルファンガイアが口から吹き出した炸裂鱗粉に迎撃されてしまった。

 しかも炸裂鱗粉の勢いはそれだけに留まらず、イクサ、ダークディケイドの両者を飲み込んでいく。

 ライダーの装甲に触れる度、小規模の爆発を起こす鱗粉。一度爆発が起これば、周囲の鱗粉の誘爆を伴って、多大なダメージを与える。

 

「「ぐあああああああっっ!?」」

 

 ダークディケイドの装甲に守られてなお、大地の身を焦がす衝撃。

 思わずライドブッカーを取り落として膝をつくが、イクサは未だ仁王立ちで剣を構えている。

 名護の咄嗟の判断でイクサカリバーを振り払って鱗粉を跳ね除け、ダメージを最小限に抑えていたおかげではあったが、それでも無傷というわけにはいかなかった。

 

「大地君、君には奴の相手はまだ荷が重い。ここは俺に任せなさい」

 

「な、名護さん……!?」

 

「フン、まるで自分ならば倒せるとでも言っているようだが、まだ力の差がわからないのか?」

 

「この名護啓介がイクサの装甲を身に纏う限り、貴様らファンガイアに負けることはない!」

 

 再度突撃するイクサ。迎撃するスワローテイルファンガイア。

 名護はああ言ったが、両者の力の差は歴然だった。

 互いに剣が交われば、傷つくのはイクサの方だ。

 

 このままではイクサの敗北は時間の問題である。

 かと言ってダークディケイドが加勢してもスワローテイルには及ばない可能性が高い。

 仁藤以上の実力者の名護がここまで圧倒されるほどなのだから。

 

 仁藤以上。その言葉を脳内で反芻して、とある事を大地は思いつく。

 

「ッ! そうだ、あのカードなら……」

 

 地面に落ちているライドブッカーを開き、とある1枚のカードを取り出す。

 戦う勇気を記録したカードを。

 

(僕と名護さんの2人で勝てないのなら……3人なら!)

 

「仁藤さん、一緒に戦ってください!」

 

  KAMENRIDE BEAST

 

 黄金の魔法陣を潜り抜けて、金色のライオンの鎧が身を包む。

 かつて共に戦った仮面ライダービーストに極めて類似したフォーム、DDビーストは記録の中の姿と同じように構え、高く跳躍した。

 

「名護さんから離れろォ!」

 

 イクサを斬りつける剣をビーストと同型のダイスサーベルで弾き、着地と同時に渾身の蹴りをスワローテイルにお見舞いする。

 カメンライドをすでに把握している名護は驚くこともなく、すぐに体勢を整えて後ずさったスワローテイルに銀の銃弾を斉射していく。

 

「無駄だ!」

 

「ならこれだ!」

 

  ATTACKRIDE FALCOMANTLE

 

 先ほどと同じく銃弾は迎撃され、DDビースト達に迫り来る炸裂鱗粉は突如巻き起こった強風に散らされて効果を失う。

 それはDDビーストが装備したファルコマントが起こした風であった。

 さらにファルコマントの能力でDDビーストは空高く飛翔し、スワローテイルに上空から突撃する。

 ダークディケイドやイクサよりも手数に優れるビーストのラッシュは少しずつ敵に傷を与えていった。

 

「ヌウッ、ヒラヒラと目障りな……!」

 

「ハアアアアアッ!!」

 

 DDビーストのヒットアンドアウェイの戦法に手を焼いているスワローテイルには迫り来るイクサに気づいてはいても、迎撃することはできない。

 よってイクサの斬撃は妨害を一切受けずにスワローテイルの腹部を一閃。ついにその刃を届かせることに成功したのだ。

 それはかなり浅いが、確かなダメージとなって動きを鈍らせた。

 

「グウッ!?」

 

「そこだッ!」

 

 生まれた隙を突いて、DDビーストは空中に滞空した状態で高速突きを連続で繰り出した。

 スワローテイル以上のスピードで放たれる突きの威力の前に、敵の身体に刻まれる傷は見る見る間に増えていく。

 無理な体勢からこのような技を使えるのも、仁藤の戦い方を記録しているビーストのカードのおかげだ。

 

「な、何故人間ごときがこの私にここまで……!」

 

「人間だからって、弱いとは限らないんです! 名護さんも、仁藤さんも、どんな強い怪人にだって決して屈したりしない!」

 

  フォー! ファルコ! セイバーストライク!

 

 回転するダイスと、セットされる指輪。鳴り響く音声。

 そうして至近距離で発射した必殺技のセイバーストライクがスワローテイルの頭部に次々と炸裂していく。

 

 これで倒せれば良かったのだが、流石にそこまで事は上手く運ばない。

 しかし敵は健在ではあるが、強烈なダメージを与えた上で一瞬の目眩しにはなったはずだ。

 この間に背後でさらなる必殺技の準備が行われているのはすでに知っている。

 

  イ・ク・サ・カ・リ・バー・ラ・イ・ズ・アッ・プ

 

 鳴り響いたのは、数多くのファンガイアを葬ってきた必殺のイクサジャッジメントの待機音。

 いくら強大な敵が相手であったとしても、これを喰らえばひとたまりもあるまい。

 自身に迫る一撃が今までのような小技ではないことを悟ったスワローテイルは当然鱗粉での迎撃を試みる。

 

 ここでイクサジャッジメントが不発に終わってしまえばイクサ達の勝率はグッと減ってしまう。

 

 考える間も無く、DDビーストは逆手持ちにしたダイスサーベルを投合。

 その剣先は鱗粉を噴出しているスワローテイルの口部に命中した。

 

「ガァッ!?」

 

 鱗粉が、止んだ。

 

「今です名護さん!」

 

「その命ーーー神に返しなさい!!」

 

 闇を切り裂く正義の斬撃が今まさに到達しようとしたその時だった。

 DDビーストの視界の端に謎の白い円盤が飛行している姿を捉えた。

 それと同時に、イクサジャッジメントは不発に終わった。

 イクサを邪魔する者は既にいないはずだったにもかかわらず、イクサの胸部に何かが激突して吹き飛ばしたのだ。

 その白い円盤がイクサに突撃したという事実に気づく前に、DDビーストを弾き飛ばしたそれはこちらに向かってくる青年の元で浮遊している。

 

 白い円盤の外観はまさしくUFOに類似しており、側面には蛇のような顔がついていて、不可思議な言語を喋っている。

 ビーストの記憶に存在する使い魔のようにも見えるあの生物はどうやら自分達を見下ろしている青年に付き従っているようだが、彼は一体何者だというのか。

 

「苦戦しているようだな、ビショップ」

 

「何だ、お前は」

 

「貴様、口を慎め!」

 

「もしかして、ファンガイア……?」

 

 あの口ぶりからすると、間違いなく彼はスワローテイルの仲間だ。

 だが、未だ人間の姿だというのに、今までの敵を遥かに凌駕するあの雰囲気はまさしく強敵の証。

 青年の顔にファンガイアの模様が刻まれ、手袋を脱ぎ捨てた右手の平にはどこかで見覚えがある紋章が輝いている。

 その紋章を目にした途端にイクサ、スワローテイルの両者の様子が一変した。

 

「まさか、お前は………!?」

 

「お待ちください! 貴方の手を煩わせるわけにはいきません。こんな連中は私1人で十分です!」

 

「下がれビショップ。これはほんの気まぐれだ。それにこいつらがどの程度のものか、興味が湧いた。サガーク!」

 

 サガークと呼ばれた白い円盤は青年の腰に巻きつき、ベルトとなる。

 ビースト、イクサと同じくベルトを装備したとなれば、彼がこれから言う言葉はただ一つ。

 

「変身」

 

 専用武器、ジャコーダーをセットした青年の予想通りの言葉。

 そして降臨する。

 

 ファンガイアと同じステンドグラスの装飾が施された白き装甲、手に持つジャコーダーは細く鋭い剣。

 蛇の意匠の仮面にある複眼はダークディケイドと同じ深い青色でありながら、ダークディケイドにはない美しさすら兼ね備えている。

 これこそが絶対的な力の歴史の中に君臨する最強の王。

 その王が身に纏うは受け継がれし運命の鎧。

 

 又の名を。

 

「仮面ライダー……サガ!?」

 

 大地が所持するカードにも目の前のライダーは記録されている。

 あの青年の右手に浮かんでいた紋章もカードにあったサガのライダークレストであり、見覚えがあるのも当然だったのだ。

 だが今はそれも些細なことだ。

 この仮面ライダーサガは間違いなくドレイクやスワローテイルに匹敵どころか、それ以上の実力を持っているだろうことは対峙しただけでも察せられる。

 果たしてそんな相手にイクサと2人で勝てるのだろうか?

 

「やはり、ファンガイアのキング……! まさかこんなところで会えるとは」

 

「あいつが……キング!?」

 

 つまりはあのサガこそがファンガイアの頂点に君臨するキングであるというのか。

 仮面ライダーが怪人の頂点にいるというのは驚きだが、この威圧感もキングというなら納得せざるを得ない。

 隣の名護もサガの威圧感は感じているはずだが、その闘志は先ほどより一層燃え上がっているようだ。

 

「俺はこの時をずっと夢見てきた……キング。お前を倒し、人類の未来を掴み取る瞬間をな!」

 

「ほざけ。人間はファンガイアの家畜に過ぎない。舐めた口をきくのもいい加減にしてもらおうか!」

 

 サガのジャコーダーが鞭状となってしなり、イクサとDDビーストを打つ。

 たったそれだけの一撃が、2人を吹き飛ばし、地面に背中を打ちつけた時にはビーストへの変身は解け、通常のダークディケイドへと戻ってしまった。

 

「うぁ……クッ、攻撃が見えなかった……!?」

 

「無事か!? 大地君!」

 

「は、はい……!」

 

 レベルが違い過ぎる。

 恐らく今の一撃はサガにとっては牽制程度だったのかもしれないが、この全身に響く痛みは間違いなくそれ以上の効果を発揮した証拠だ。

 自身を遥かに凌駕する強大な相手を前にして、大地の中に潜んでいた恐怖が再び首をもたげるのを感じる。

 息を吐き出す音が微かに震えたのを見抜いてか、イクサは抑えるようにダークディケイドの肩に手を置いた。

 

「いいか、これは命令だ。君はダークディケイドの力で離脱して嶋さんに報告するんだ」

 

「そんな、じゃあ名護さんも一緒に!」

 

「駄目だ。人類最大の敵を前にして、俺には逃げることはできない! それが使命なんだ!」

 

 イクサはその言葉を最後に立ち上がり、イクサナックルとイクサカリバーによる遠距離攻撃の連射でサガへと突撃していく。

 直撃すら意味を介さない攻撃を嘲笑うかのごとく、サガの猛打が中距離からイクサを叩くが、それでもイクサの駆ける勢いは少しも劣らない。

 限りなく勝ち目が薄いことなど名護だってわかっているはずなのに、何が彼をそこまで駆り立てるというのか。

 たった一撃で実力の差を見せつけられ、大地の戦意は萎えかけているのに。

 

「殺されるかもしれないってのはやっぱり怖い……だけど」

 

 そうだ、言ったばかりではないか。

 名護啓介はどんな強い相手にも決して屈しない。

 ならば名護啓介に憧れる自分がここで挫けていいわけがない。

 逃げたらビーストの世界の時と何も変わらない。

 

「決めたんだ……相手がどんなに強くたって、逃げずに戦うって!」

 

  大地の決意は固まった。

 後はどうやって戦うかだ。

 敵の強力な攻撃は避けられず、しかも距離を選ばない。

 こんな絶望的な状況に対応するカードのビジョンがドライバーによって示された。

 

「避けられないのなら、防御力を上げるってことか!」

 

 単純だが、素人に毛が生えた程度の大地にとっては立派な戦略だ。

 迷わずそのカードを選び、ドライバーに叩き込んだ。

 

  KAMENRIDE DARKKIVA

 

 ダークディケイドが変身したのは、サガとは対照的な黒い装甲とワインレッドのスーツ。

 その身体中に漲るパワーは衝撃波という形で周囲に放出される。

 そのエネルギーに晒された野原は爆発が起こり、絶滅の炎を撒き散らす。

 カードを介した技ですらないその衝撃波はサガとスワローテイルの強敵にすら凄まじい威力の攻撃として炸裂した。

 味わったことのない痛みに狼狽する王はその攻撃の主を視認すると、驚愕の声をあげた。

 

「馬鹿な……何故奴があの鎧を……!?」

 

 サガと同じく選ばれし者にのみ力を与える筈の鎧を目の前の人間が装備している。

 サガと同じく王にのみ許された鎧が王である自分の敵として存在している。

 あり得る筈がない状況に王とその臣下は困惑するしかできない。

 

 そしてその困惑はサガの猛攻から解放された名護にもあった。

 

 記憶のない、どこか知り合いに似ている気弱な大地が、世界を滅ぼす闇のキバの鎧を身に纏っている。これを流すことなどどうしてできようか。

 

 最強の闇のキバの鎧、DDダークキバはそんな彼らに構わず雄叫びと共に疾走を開始した。

 

 闇のキバと運命のサガ。

 対峙する筈のない両者の激突が今、始まったのだ。

 

 

 

 






お知らせの方にも書きましたが、旅行のため1週間ほどお休みさせてもらいます。
その代わり明日の0時にまた更新しますので、どうかお待ちください

質問、感想はいつでも受け付けております。気軽にどうぞ



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革命♪リベリオン・ライダー

ジオウ始まりましたね!


それはそれとして、いつもの……な12話


石を投げられる覚悟の展開です。


 

 支配されている側が支配する側を討つ。支配のバランスがひっくり返る。

 

 これが革命だと言うのなら、イクサの世界での革命は目前に迫っている。

 

 それもイレギュラーな存在として。

 

 

 

 

 

 

 

「どういうことだ。これは」

 

 大地と出会ってからというもの、何度も驚かされる機会はあった。

 だが今目の前で起きているのはその比ではない。

 なにせそれは名護という男が戦場において、動きを止めて困惑するという致命的な隙を晒してしまうほどに信じられない光景であるからだ。

 

 少し変わっているが聞き分けのいい弟子が最大の宿敵の鎧を着て、最大の宿敵と対峙している。

 

 闇のキバ、そしてキング。

 

 この2つを討ち亡ぼすことが戦士たる名護の使命だったはずだ。

 ならばこの状況において名護が取るべき行動は何だ?

 剣を向ける先に迷う名護の脳裏にふととある男の言葉がよぎった。

 

『心に余裕がない。張り詰めた糸はすぐ千切れる』

 

 落ち着け。ここで敵を見誤ってはいけない。

 かつての名護ならばサガとDDダークキバの両方に挑んでいたかもしれないが、今の名護には冷静に状況を見つめ直すだけの心の余裕がある。

 

「……そうだ。俺は正義のために、倒すべき相手を倒す!」

 

 イクサカリバーを構え直し、標的を定めたイクサが再び戦場に突入した。

 

 

 

 

 ヒュッ、と空気を切り裂く音と装甲を叩く激突音が大地の鼓膜を刺激する。

 だが、その後に続く筈の衝撃はほとんど無いに等しい。

 このダークキバの鎧は大地がこれまでに変身したどのライダーよりも優れた防御力を誇っているようだ。

 あのサガの攻撃でさえも微かなダメージにしかならない。

 あらゆる角度から叩き込まれるジャコーダーの唸りの中をDDダークキバはこの防御力を以って強引に接近し、飛び蹴りを繰り出した。

 サガにとってそんな単調な攻撃一発を躱すのは容易いことだが、そのまま力任せに振るわれるDDダークキバのパンチラッシュは王といえど回避し続けることはできない。

 何発目かに繰り出した拳がついにサガの肩部の装甲を捉えたのだ。

 一瞬体勢を崩してしまえば回避のリズムも崩れ、さらに拳を見舞われる形となってしまったサガ。

 サガの鎧の防御力もまたイクサや通常のダークディケイドとは比べ物にならない強度を誇るものの、ダークキバの攻撃力の前では心許ないようだ。

 

「チィッ……! 貴様、人間がどうやって闇のキバを模造した!? そのベルトは何だ!?」

 

「それは僕が知りたいくらいですよ!」

 

 DDダークキバの重い攻撃がサガに少しずつダメージを蓄積させていく一方で、DDダークキバ自身の動きにも僅かな鈍りが生じ始める。

 いくらダークキバの鎧とはいえサガの攻撃によるダメージを完全に殺しきれるというわけでもなく、DDダークキバの動きを鈍らせる一因にはなっている。

 だが一番の要因はダークキバへのカメンライドが予想以上に大地への負担が大きいことにある。

 

(結構キツい……早めにキメないと不味いかも……!?)

 

 カメンライドするライダーが強力であればあるほど大地にかかる負担が大きくなる体感はあったが、このダークキバの反動はトップクラスといって過言ではない。

 今の大地の状態では下手をすればサガを倒す前に意識を失ってしまうだろう。

 

 鎧のスペックだけで見ればDDダークキバの勝利は明白。そこに様々な条件が加わることで戦況はほぼ互角となった。

 

「キングから離れろォ!!」

 

 DDダークキバのがむしゃらなラッシュに割り込んできたのはスワローテイルファンガイアだ。

 先の戦闘で猛威を振るった鱗粉攻撃もDDダークキバ相手では有効打にはなり得えず、爆風によって後退させるだけに留まった。

 それでもサガとDDダークキバの距離を引き離せればスワローテイルとしては十分だった。

 

 纏わり付いた鱗粉をマントで払うDDダークキバ。そこへ鞭となったジャコーダーが飛来し、その腕に巻き付いた。

 

「やれ!ビショップ!」

 

 すかさずスワローテイルの大剣がDDダークキバの鎧を叩き、火花を散らす。

 硬すぎる防御を見越した敵の斬りつけるというよりも叩きつけるような斬撃に何度も見舞われては洒落にならない。

 

「人間の手で作られた紛い物の鎧など、存在することは許されん! 私が直々にスクラップにしてやるよ」

 

「くっ!?」

 

 抵抗しようとしてもジャコーダー越しにサガに引っ張られているせいで、DDダークキバはあらぬ方向によろめくことしかできない。

 無理矢理引き千切ろうにもジャコーダーはかなり頑丈で、スワローテイルの猛攻に晒されている今では脱出そのものが大地にとっては困難である。

 このまま一方的な攻勢が続くかと思われたが、闇のキバに気をとられる余りもう1人の宿敵を放置してしまっていることを忘れてはならない。

 

「キングゥゥッッ!!」

 

「何ッ!?」

 

 サガのジャコーダーを持つ腕を斬りつける赤い刀身、イクサカリバー。

 その衝撃でDDダークキバを縛る鞭は解かれ、スワローテイルの大剣も瞬時に構えたライドブッカーに止められた。

 単純な剣技ならばスワローテイルに軍配が上がるだろうが、内包する膨大な魔皇力を剣に纒わせればDDダークキバに負ける道理はない。

 力押しでスワローテイルを捩じ伏せたDDダークキバが見たのは、果敢に追い縋るイクサを今にも貫かんとするサガの姿。

 

「ハァッ!!」

 

 ライドブッカーに纒わせていた魔皇力をその刃の形のままに衝撃波として解き放つ。

 

「無駄だァ!!」

 

 高速で飛来する斬撃波はジャコーダーの一振りで打ち消されてしまうが、その隙にイクサの斬撃がサガの背中を打つ。

 イクサの攻撃もサガからすれば大したことはないにせよ、無視をするには余りにも鬱陶しい。

 

「邪魔をするな!」

 

 サガの突きがイクサの装甲を削ぎ、内部の機械を露出させるが、イクサの動きは鈍るどころかますます激しさを増していく。

 どんなに装甲を傷つけられようが御構い無しにイクサカリバーをサガに叩きつけるその腕の勢いだけならばサガに迫るほどである。

 

「勘違いしてもらっては困るな! 彼がどんな姿であろうと、俺の弟子であることに変わりはない! 彼を倒すのならば、まずは師匠である俺を倒してみせろ!」

 

「ならば望み通りにしてやる!」

 

 ジャコーダーがイクサカリバーを弾き、肩部の装甲に縦の深い溝が刻まれた。

 内部の機械がショートしたのか、視界を埋め尽くす火花が一瞬散ったかと思えば、彼等の足元に焼け焦げたイクサの装甲の一部が転がった。

 

「名護さん!」

 

 DDダークキバがイクサを庇って割り込んだ頃にはイクサの白いボディはすっかり黒ずんでしまっていて、胸部の中心にあったマークも削り落とされていた。

 いつ変身解除されてもおかしくないダメージが蓄積されているはずなのに、何故か名護の戦意は衰えるところを知らない。

 この場で一番ボロボロのはずの名護が、この場で一番闘志を滾らせる道理などサガにも、DDダークキバにも理解できない。

 

「貴様、本当に人間か……!?」

 

「俺は青空の会の戦士、名護啓介だ!!」

 

 DDダークキバがサガを抑えている間にその脇をすり抜けて、サガの腹部に刃を滑らせるイクサ。

 しかし、そこが限界だった。

 

 イクサカリバーの刀身は無残な音をたてて砕け散ってしまったのだ。

 

 いくら名護がタフでもイクサは違う。

 イクサのスペックを遥かに凌駕する敵と打ち合い、強固な鎧に何度もぶつかったイクサカリバーの刀身はその酷使の中でとうとう耐久の限界値に到達してしまったのだ。

 システムの中枢部に異常をきたしたせいで銃として使うこともできないのは、絶えず火花を撒き散らすイクサカリバーを見れば察してしまう。

 武器としての役割を終えたイクサカリバーはその場に投げ捨てられ、イクサナックルをベルトから取り外して、イクサはサガの顔面を思い切り殴る。

 

「人間風情が……!! 巫山戯るなぁぁ!」

 

 イクサナックルで強化されたパンチであっても致命打には至らないが、下等な存在と見下している者から顔を殴られた屈辱はサガに計り知れない怒りと底力を与えてしまった。

 無理矢理DDダークキバを跳ね除けて、サガは逆にイクサを殴り飛ばす。

 

「名護さん!?………グッ!?」

 

 力無く倒れるイクサを助けに行こうとするが、急激に脱力感に襲われてしまい、思わず膝をついてしまった。

 今の自分ではダークキバを扱える時間はそう長くはないとわかっていたが、ここで限界を迎えるとは。

 これではサガを倒すどころか、名護より先に気絶してしまうかもしれない。

 しかし今ダークキバの変身を解いては、サガの攻撃に耐えられない。

 

 まさに絶体絶命の状況に陥ってしまった焦りから、大地の思考は掻き乱され、サガがフエッスルを取り出すのを見守ることしかできない。

 

「何故人間が闇のキバを模造できたのか、聞き出しておきたいが……お前は余りにも危険だ」

 

 反逆者達が倒れた今こそ、王にとっては絶好の機会に他ならない。

 

(どうすればいい、どうすれば!?)

 

 イクサも、自分も動けない。スワローテイルはすでに復帰し、サガはフエッスルをセットした。

 

「王の判決を言い渡す」

 

  ウェイクアップ

 

「ーーー死だ」

 

 サガのジャコーダーに流れる魔力が一段と膨れ上がる。

 すると周囲の様子は一変して暗闇に包まれ、月光以外の光が消えた幻想的な空間が生み出された。

 ジャコーダーの魔力が天にサガの紋章を描き、剣先がゆっくりとDDダークキバに狙いを定める。

 

 この技を喰らってしまえば命はない。漠然とそう予感した大地は急いでカードを叩き込む。

 

「ッ! 一か八かだ!」

 

  FINALATTACKRIDE DA DA DA DARKKIVA

 

 この身体でどこまでやれるかは疑問だが、今は生き延びることが先決だ。

 月光に照らされた右腕が魔皇力に満ち、大地の身体は悲鳴をあげる。

 死への恐怖だとか、余計な事に思考を割けばこの技を出す前に変身が解除されるかもしれないほど右腕に込められたエネルギーは大きい。

 

 この必殺技、ダークネスヘルクラッシュをサガの必殺技よりも先に当たることに全神経を集中させ、残った力を振り絞って高く跳躍しようとしたその時。

 

 

 

「1つ、チェックメイトフォーのビショップ」

 

 聞き覚えのある声が、響いた。

 

「2つ、ファンガイアのキングとサガの鎧」

 

 限られた光しかないこの空間に現れた彼女の赤髪はいつもより不気味に映った。

 服装もちょっとシワのあるラフな格好じゃなくて、黒一色のスーツ……というよりも喪服。

 この河原であのような格好はミスマッチもいいところだが、それは些細なことだ。

 

「3つ、ファンガイアの王の鎧。初陣としては十分」

 

「お、鬼塚さん……?」

 

 そう呟く彼女の顔には裂けているのかと錯覚するほど吊り上がった笑みが浮かんでいる。しかも肩を震わせるほど興奮した様子で。

 普段無愛想な彼女が、鬼塚がここまで感情を表に出す理由は何だ?

 決まっている。彼女が言っていたじゃないか。

 

 ファンガイアの殲滅。それにしか興味がないと。

 

「力の歴史に溺れた王よ。いよいよ貴様等の系譜に終止符を打つ時がきたんだ。この私の手でね」

 

「貴様、何者だ」

 

「青空の会のメンバーか……?」

 

 鬼塚の並々ならぬ雰囲気はどう見ても研究者のそれではないのだ。

 彼女を知らないはずのサガ、スワローテイルが注視してもおかしくはない。

 よく見ると彼女の手には機械でできた蝙蝠が握られており、彼女の服装には不釣り合いな無骨なベルトが巻かれているではないか。

 

 イクサも、サガもこの世界のライダーはベルトに何かをはめることで変身する。ならば鬼塚もまた、変身するということなのだろうか?

 

「私が何者か、お答えしよう」

 

 不敵に笑う鬼塚は蝙蝠をベルトに収め、備え付けられたスイッチを押した。

 

  チェンジ!

 

 メイジドライバーの音声に酷似した音声がその場に鳴り響く。

 

「変身」

 

 それを合図にベルトから流れるのは美しくも、哀しいメロディ。

 敵も味方も一瞬ここが戦場であるということを忘れて聞き惚れるほどの旋律が幻想的な空間と溶け合って、より一層その音楽の秘めたる荘厳さを演出する。大地に至っては必殺技の準備態勢であることすら忘れている始末だ。

 

「これは、バイオリン?」

 

 DDダークキバがぽつり、と漏らした。

 音楽に造詣が深くない大地でもこれがバイオリンの奏でる旋律とはわかる。彼が感じたのはこれと似た旋律をどこかで聴いたことがあるような既視感。バイオリンを聴いた記憶なんてないにも関わらず、だ。

 

(というよりも……これは僕の記憶じゃなくて、このダークキバの記憶なのか? それに、これを聴いてるとなんだか悲しくなってくるような……)

 

 心奪われる旋律のフィナーレが、鬼塚の変身の終わりを告げた。

 鬼塚の身体を包む黒のメカニカルな装甲はイクサに近く、アンダースーツの部分はどこか生物的な意匠がある。

 背中にかけている、彼女より一回りも巨大な大鎌の存在感も抜群だが、中でも目を惹くのは凶悪な顔付きの仮面と二本の角。

 一瞬の静寂を支配する旋律のフィナーレがその新たなる戦士の登場を告げた。

 その姿は一言で言うならば、黒い鬼。

 

「私は仮面ライダーリヴォル。ファンガイアを滅ぼす者だ」

 

「その姿……貴様まさか、ゴブリン族の生き残りか!?」

 

「ゴブリン族?」

 

 鬼塚の事情はよく知らないが、これはチャンスかもしれないと大地は思った。

 もしかすると鬼塚が変身したあのライダーには状況を打開する一手があり、助けに来てくれたのかもしれない。

 敵がリヴォルに釘付けになっている間にイクサの安否を確認しに行くべきか、それともサガ達を攻撃すべきか。鬼塚の実力は未知数だが、まさかサガを凌駕するほどとも思えない。

 

 大地がそう思案してる間にも状況は進んでいく。

 

 サガの標的がリヴォルに定められたのだ。

 

「闇のキバの模造品に、ゴブリン族の末裔までいるとは……青空の会は思ったいたよりも厄介な組織らしい。だがそれも今日までだ。死ねぇ!」

 

 スネーキングデスブレイクの矛先はリヴォルに向けられてしまった。

 このままではあの命を刈り取る赤き閃光がリヴォルのあらゆる防御を突き抜けて、鬼塚を葬るだろう。

 そうはさせまいと最後の力を振り絞って駆け出したDDダークキバ。

 

「鬼塚さん!」

 

 リヴォルが取るべき行動は回避以外他にない。そのはずなのに、彼女はフエッスルをベルトにセットするだけだった。

 

  テイクアップ

 

 その無機質な電子音声を認識した瞬間、DDダークキバの足が停止した。大地の意思に関係なく、だ。

 リヴォルの目前で静止しているジャコーダーの先端も、スネーキングデスブレイクの体勢で微動だにしないサガも大地のように止められているというのか。

 身体の自由を奪われた一瞬の後、サガ、DDダークキバの両者に異変が起こる。

 

「がぁッ!?」

 

「ぐううっ!?」

 

 身体中から力が抜けていく。苦痛が絶え間なく襲ってくる。

 姿勢を崩して悶え苦しむサガとDDダークキバの鎧から虹色のエネルギーがリヴォルに吸い取られていく。

 リヴォルはサガとDDダークキバの魔皇力を吸収しているのだ。エネルギー源を失いつつあるDDダークキバ達の苦しみは単純な疲労などによるものではない。

 装着者の命に関わる鎧が異常をきたしたのだから、与えられている苦痛は相当のものになる。

 

 2人のライダーから吸収したエネルギーは集約され、リヴォルが背負う大鎌に集められている。それに伴って周囲を黒く染めていた夜の空間も晴れ、眩しい日差しがリヴォルを照らす。

 

「貴様! 何をしている!」

 

 主を襲う異常事態にスワローテイルファンガイアが動く。

 見上げた忠誠心だが、最強の鎧を一瞬で無力化した相手に突っ込むのは愚策でしかないと、リヴォルは小刻みに身体を揺らしてせせら嗤う。

 深々と腰を低く落として構えるリヴォルの大鎌に宿る強大な魔力にスワローテイルがようやく気付いて足を止めても、すでに大鎌の長いリーチの中に侵入してしまっているのだ。

 一見扱いにくそうに見えるリヴォルの巨大な大鎌はスワローテイルの大剣が届かないギリギリの距離から仕掛けることが可能だ。

 

「はっ!!」

 

 リヴォルは遠心力を加えた大鎌の一撃をスワローテイルに繰り出す。

 己の立ち位置の危うさを悟ったスワローテイルの鱗粉による迎撃を掻き分けて、その脇腹に大鎌が突き立った。

 しかし、如何に巨大な大鎌でもチェックメイトフォーのファンガイアを両断はできない。先端が僅かに突き刺さった位置で大鎌は停止していた。脇腹に鋭い痛みが走るが、致命傷には至らない。

 

「フッ、大袈裟な登場をした割にはこの程度か」

 

「果たしてそうかな?」

 

 不敵に笑うリヴォルなどスワローテイルからすれば強がりを言っているだけにしか見えない。

 未だに大鎌を突き立てた体勢のままのリヴォルの頭をかち割ろうと振り上げた大剣は、スワローテイルの手からするりと抜け落ちた。

 落ちた剣を拾うことも、膝を曲げることも今のスワローテイルにはできやしない。

 

(な、何が……)

 

 疑問を口にすることすらも、許されぬ奇妙な痛みに晒され、自身の肉体が徐々に壊れていくのをビショップは自覚した。

 動かせない視界に映る自身の腕が美しく、色鮮やかにひび割れていくのだ。

 紛れもなくこのスワローテイルファンガイアの最後だ。

 

(この私が……)

 

 そうか。あの大鎌に宿る魔力が直接注入されているのか。サガとダークキバの魔皇力が一気に流し込まれて生きていられるはずがない。

 

 もう自分は駄目だ。なら最後に敵の攻撃の正体をキングに伝えねばならない。

 

 それこそがチェックメイトフォーのビショップに与えられた使命なのだ。

 

「キ………ン、」

 

「ふん」

 

 止まっていた大鎌が、簡単に振り抜かれた。

 仮面ライダーの装甲にも匹敵するはずのスワローテイルの身体に広がるヒビがさらに細かく刻まれ、ついに微動だにしないただの人型のガラスの塊として存在するだけになる。

 斜めに空いた隙間の空間がその堅さの意味を失った証明であり、ステンドグラスの一瞬の煌きがそれが生きていたことの最後の証拠である。

 

 そして裁断された衝撃で忠臣、ビショップの肉体はその遺言ごと粉々に砕け散った。

 

「ビショップゥゥゥッッ!?」

 

「凄い……あのファンガイアをあんなにあっさりと」

 

 ビショップの死体とも言えるステンドグラスの破片を、まるでゴミのように足で散らして踏み砕くリヴォルが、大地には一瞬恐ろしく見えてしまったが、この状況でここまで頼りになる仲間もいまい。

 残る敵のサガもリヴォル1人で倒せてしまうのではないだろうか?

 

「さて、仕上げといこうか」

 

  ウェイクアップ!

 

 リヴォルが挿し込んだフエッスルの効果か、その手を離れた大鎌は空中で高速回転を始めた。

 リヴォルがくい、と顎を動かせばその通りに大鎌は移動する。これは鎌というよりもブーメランのようだ。

 

 リヴォル自身の魔力が上乗せされてさらに回転力を増したブーメランの一撃ーーーファングスレイヤー。

 

 万全の状態ならいざ知らず、今のサガにはこの単純な攻撃の直撃を防ぐ手立てはない。

 身体が満足に動かなければジャコーダーで弾くことも叶わず、魔王の命を刈り取る革命の斬撃がついにサガの胸部に到達した。

 耳をつんざく甲高い音とキングの悲鳴からファングスレイヤーの威力のほどが伺える。

 

「ぐああああああッッ!?」

 

 サガの鎧を切り裂く音がキングの悲鳴と重なった。

 許容範囲を超えたダメージを負って、変身を維持できなくなったサガは青年の姿を晒して吹っ飛んでいく。

 そうして川の中に水飛沫をあげて落下したキングの身体は淀んだ流れに沈んで見えなくなっていった。

 後に残されたのは煙をあげて(この表現が正しいかどうかはともかく)地面に横たわっているサガークだけだ。

 

 勝敗は決した。

 あの強豪達を相手に、無傷で撃退したリヴォルの完全勝利だ。

 あまりに見事な手際に名護は言葉を失ってリヴォルを凝視している。

 キングが言っていたゴブリン族というのも気になるところだが、今は勝利を喜んでいいはすだ。

 

 いい加減に疲労が限界まで溜まっていた大地は歓喜の声をあげながら、変身を解こうとしてベルトに手をかけた。

 

 その時飛び込んできたのは、すでに標的が存在しないはずのブーメランだった。

 

「や、やった……凄いです鬼塚さぁッ!?」

 

「大地君!」

 

 何度かバウンドして地面に落下するダークディケイドライバーとライドブッカー。胸に手を当てて倒れ伏したのは、生身の大地。

 胸を焼く痛みに大地の理解が追いつかない。

 変身が解除されたのもファングスレイヤーのダメージが原因であって、自らの意思では決してないのに。

 鬼塚の真意を確かめようにも、もう大地の身体には自力で起き上がる力は残っていない。

 名護の声、鬼塚の笑い声、それらが聞こえても答える余裕もない。

 

(何でこんなに痛いんだよ。僕達は勝ったじゃないか)

 

 状況を理解できずとも、反射的に伸ばした右手がライドブッカーを掴み取った。

 左手でダークディケイドライバーも掴もうとしていると、不意に大地の身体が持ち上がった。リヴォルが彼の襟首を掴んで引っ張り上げたのだ。

 錆びれた機械のような挙動で首を動かして、目と鼻の先にリヴォルの仮面があることを認識した。間近で見るとリヴォルの仮面は酷く恐ろしい表情に見える。

 

「ありがとう大地君。君のおかげで、私は魔皇力を自在にコントロールする技術を手に入れることができたよ。今の私にはどんな鎧も敵ではない。ファンガイアを殲滅する戦士、君の言う仮面ライダーになることができたよ!」

 

 このリヴォルの仮面の下に鬼塚がいるのが、大地には到底信じられない。それほどまでに目の前のライダーは嬉々として語りかけてくるからだ。

 確かにリヴォルの姿形は仮面ライダーそのものだ。だが、不気味なほどに狂気の喜びを露わにするリヴォルがどうしても仁藤や名護と同じ正義のライダーと重ならない。

 

「どっ、ど…どうしてぼくを」

 

「1つ、リヴォルが闇のキバにも通用することを確かめたかった!」

 

「やめろぉ!」

 

 リヴォルは大地を片手で持ち上げたまま、向かってきたイクサを払い除けた。

 すでに限界に近いイクサはたったそれだけで鉄柵に激突して力無く項垂れた。

 

「2つ、私は君の持つもう一つのベルトにも興味がある!」

 

 大地の襟首を持つ力が強くなる。

 

「3つ、大地君。君自身にはもう興味がないよ」

 

 鬼塚の言葉を聴き終えないうちに、大地の世界が一転した。

 初めて経験する浮遊感と、視界が著しく回転して上下の判別もつかなくなっていった大地の身体がキングと同じ川に落ちていく。

 傷口に染み込む泥水の不快感と冷たさ、そしてどうしようもない息苦しさで大地の意識は失われ、流れに任せて沈んでいった。

 

(僕は……ま、だ………)

 

 

 

 

「大地くーーん!!」

 

 川に沈んで見えなくなった大地には名護の叫びは届かない。それがわかっていながらも、叫ばずにはいらない。

 彼を投げ入れた当の本人はその行方に目もくれずに大地が落としたダークディケイドライバーを眺めている。これに怒りをぶつけられずにいられるものか。

 

「鬼塚さん! 何故!何故こんなことを!」

 

「それはさっき説明したろう? 相変わらず名護君は鈍くて不愉快な人間だよ」

 

「何だと……!」

 

 鬼塚の棘のある発言に刺激された名護の激情が顔を見せる。

 これ以上の会話は必要ない。早急に鬼塚を拘束し、大地を救出するべきである。

 イクサナックルを構え突撃するイクサであったが、リヴォルは溜息を漏らすだけだ。

 イクサナックルの一撃は容易く躱され、リヴォルの腕はイクサベルトに伸ばされた。

 

「イクサは君なんかの物じゃない。渡してもらおう」

 

 イクサベルトを掴まれたまま、破損箇所の目立つ胸部を思い切り蹴飛ばされたイクサ。

 リヴォルの手の中に握られたイクサベルトはその変身機能の維持も果たせなくなり、苦痛に顔を歪めるボロボロの名護がその場に転がった。

 イクサナックルだけはベルトから取り外していたために未だ名護の手の中だが、リヴォルがそれを見逃す道理はない。

 

「イクサナックルも渡してもらおうか」

 

「くっ、させるか!」

 

 このままではイクサナックルも奪われてしまう。

 最悪の状況を回避するために名護がとった行動は至ってシンプルなものだ。

 イクサナックルの衝撃波を足元に放ってリヴォルの目を眩ませ、その隙に名護は川の中に飛び込んだ。思っていたよりも激しい流れに揉まれて、名護の意識も薄れかけようとしていたが、イクサナックルを握る手だけは決して緩めなかった。

 

「ナックルだけ死守しても何の意味もないというのに……。やはり馬鹿な男だよ。まあ、結果は上々といったところか」

 

 リヴォルとしてはこのまま名護を追いかけてもいいのだが、どうせいつでも取り返せるのだから、今は戻ってシステムのメンテナンスとダークディケイドライバーの解析を優先すべきだと判断した。

 リヴォルの変身を解いた鬼塚はサガークも回収し、持参したリュックの中に今回の収穫を全て放り込む。サガークが起きてしまうと面倒であるため、なるべく早くラボに帰らねばなるまい。

 

「キングを仕留めきれなかったのは失敗だったが……まあいいだろう」

 

 流石にあの程度でキングが死ぬ筈がないし、名護もなんだかんだ生きてはいるだろう。だが、普通の人間ならいつ死んでもおかしくない傷の大地は流石に死んだ筈だ。

 

 それにしてもあのキングの情けない悲鳴といったら! あれは久し振りに心から笑えた気がした。

 

(大地君、重ねてお礼を言うよ。君の力は私がもっと有意義に使わせてもらうよ)

 

 水の底に沈んだ大地へと最後の礼を心の中で短く述べて、鬼塚の思考から哀れな記憶喪失の青年のことはすっぱりと抜け落ちた。

 

 

 

 

 

 

「確か……この辺りだと思うんだけど」

 

 首にストールを巻いた童顔の青年が必死に何かを探している様子で、息を切らして走っている。

 その探しているものが一向に見つからず、それでも諦める気にもなれず闇雲に走り回る青年。その探しているものとは目に見えるものではない、音楽なのだから見つからないのも当然であった。

 

 突然聞こえてきた旋律に導かれるように足を運んだのはいいが、今は聞こえるはずのないその旋律がどこから流れたのかすらわかっていない。

 そんな風に走り回って川沿いの道にやってきた青年は川岸にあるものを目にする。

 

「え? あ、あれって太牙君!?」

 

 見間違いかと思ったが、何度見てもそれは親友の登太牙であった。

 慌てて駆け寄った青年は大牙を川岸から引き上げようとする。見た目通り非力な青年では自分と同じ背丈の男を引きずるだけでも精一杯といった様子であったが、それが幸いしてか、青年は太牙のそばに流れ着いていた男に気付くことができた。

 青年は一旦太牙を離れた場所まで運んでから、急いでその男も引き上げて安否を確認する。

 

「だ、大丈夫ですか!? ええっと、こういう時は、救急車でいいのかな………ああ! 忘れてきちゃってる!」

 

 その男は、仮面ライダーリヴォルに敗北して流れ着いた大地は悲壮的な表情のまま気を失っていた。

 

 

 青年、紅渡はそんな男の表情に気付くことなく、あたふたと慌てふためいていた。

 

 

 

 

 




仮面ライダーリヴォル

青空の会の研究員、鬼塚が変身したライダー。
スペック自体はイクサと大差はないが、特筆すべきはその能力にある。
テイクアップフエッスルを使用することで他のライダーが持つ魔皇力を吸収し、さらに攻撃に転用することができる。
本来ならばイクサの世界に誕生しないライダーであったが、大地の持つメイジドライバーの魔力を制御する技術を発展させ、完成してしまった。
武器は背中に背負った巨大な大鎌。鬼塚の意思で自在に操ることもできる。
必殺技は魔皇力を注入した大鎌を回転させてぶつける、ファングスレイヤー。

ゴブリン族である鬼塚が独自に開発したライダーであり、青空の会すらも存在は把握していない。



ゴブリン族

ファンガイアによって絶滅したはずの魔族のひとつ。
凶暴で攻撃的な気性の一族であるためか、ファンガイアと真っ先に敵対していたという。



まさかのオリジナルライダー登場。苦手な人はごめんなさい。
今後もオリジナルライダーは数人ほど登場するかもしれません。
イエティ族を模した仮面ライダーレイをヒントに、他の種族で開発したら? と考えてみました。描写だけだと完全にネガタロスになっちゃっいましたが。

ご質問、感想はいつでもどうぞ!


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番外編 花崎瑠美のレポート その1



読まなくてもさほど問題はないちょっとした短編

ダークディケイドの所持カメンライドはここでわかります


 

 

「イクサの世界」に来て数日、私は「光写真館」でお世話になっている。元の世界に帰れるまでは居候という形になるため、せめて日々の雑用を手伝わせてもらっているが、他にもできることはないだろうかと考え、このレポートを作成するに至った。

 

 このレポートはまだ誰にも話していないため、大地さんやガイドさんとの話を私なりに纏めたものであり、間違った情報を考察している場合もあることを先に留意してもらう。

 

 今回はまず仮面ライダーダークディケイドについてわかっていることを纏めてみた。

 

 ① 仮面ライダー

 そもそも仮面ライダーとは何か。人々を怪人から守る存在であると思われるが、私が実際に知っている仮面ライダーは3人しかおらず、他の仮面ライダーもこれに定義されるとは限らない。

 よって今後出会う仮面ライダーとの比較、考察が必要になり、今はまだ定義ができない。

 

 ② ダークディケイド

 最初に大地さんに助けられた時、彼はダークディケイドに変身していたのだが、次はメイジというライダーに変身していた。

 これはダークディケイドに変身制限があるとガイドさんが言っており、詳しい制限時間はまだわかっていないようだ。

 

 ダークディケイドは多数の仮面ライダーに変身できる特性があり、現段階で大地さんが所持しているのは以下の通りである。

 

(以下の一覧は読者にわかりやすく纏められていますが、実際に瑠美が纏めた一覧はバラバラです)

 

 ギルス、アナザーアギト

 ゾルダ、王蛇

 デルタ、サイガ

 ギャレン、レンゲル

 轟鬼、斬鬼

 ザビー、ドレイク、サソード

 NEW電王、ガオウ

 サガ、ダークキバ

 スカル、エターナル

 プロトバース、ポセイドン

 なでしこ

 ビースト、白い魔法使い、ソーサラー、メイジ

 龍玄、斬月

 チェイサー、ダークドライブ

 ネクロム、ダークゴースト

 スナイプ、レーザー

 グリス、ローグ

 

 これらのライダーの他にG3、ナイト、カイザ、カリス、威吹鬼、ガタック、ゼロノス、イクサ、アクセル、バース、メテオ、バロン、マッハ、スペクター、ブレイブ、クローズ

 のカードを持っているが、今は使えないとのこと。

 

 ここで大地さんやガイドさんとの会話の中で気になったライダーを挙げていく。

 

 A エターナル、ソーサラー

 この2つは大地さん曰く「とても疲れる」そうで、使用するライダーによって大地さんにかかる負担が異なるのではないかと思われる。もしかすると他のライダーの中にも同様のものがあるかもしれない。

 

 

 B メイジ

 大地さんがメイジに変身したことで手に入れたカード。ダークディケイドライバーはライダーを記録することでカードを生成するとガイドさんが言っていたことを踏まえると、大地さん自身も記録されていることになる。

 しかしメイジとはすなわち魔法使いであり、大地さんが魔法使いの素質があるから変身できたのかは定かではない。

 

 

 C ギルス

 Aのライダーとは対照的にこのギルスというライダーに変身した時、負担がほとんどなかったと大地さんが言っていた。何故このライダーだけなのか、他にも同様に負担がほとんどないライダーはあるのか。これからも検証が必要になる。

 

 

 

 

 

 

 

「………っと。こんなところでしょうか」

 

 与えられた部屋に備えてあったノートパソコンにレポートを保存した瑠美はふう、と一息ついた。

 命の恩人に報いるためにこんなものを書いたのはいいが、果たしてこれが大地の助けになるのだろうか?

 

「大地さんが帰ってきたら見てもらって、もしよければ今後も書かせてもらいましょう。それにしても、今日は随分と帰りが遅いですね……」

 

 すでに時計の針は午前1時を回った頃だ。流石に瑠美も眠くなってきた。

 

 もし夜通し名護と訓練しているのなら相当お腹を空かせているかもしれない。朝になっても帰ってきていなかったら、お弁当を作って届けてみようか。

 

「私にできるのは、それぐらいしかありませんし」

 

 誰に言うわけでもなく、そう呟いた瑠美は5時ごろに目覚ましをセットしてベッドに入った。

 灯りを消すと、すぐに静かな寝息をたて始めた瑠美はやがて微睡みの中に誘われていく。

 

 

 

 さらに夜は更けて。

 

 

 暗い室内に音もなく忍びこんだガイドは瑠美のノートパソコンで彼女のレポートに目を通していた。

 

「ふんふん、なるほどなるほど。結構ちゃんと聴いてるねえ」

 

 年頃の娘の部屋に忍びこんでいるとは思えない彼の呟きも、ある項目でピタリと止んだ。

 それを一通り読んだガイドは感心したように頷き、また音もなく部屋を去った。

 

「ギルス………そうかぁ。ギルスかぁ」

 

 何事かを考えながら、ガイドは弁当箱を探しにキッチンの奥に入っていった。

 

 

 

 

 






特に読まなくて問題はありません。所謂Youtube無料配信枠

12話と13話の間の話ですが、今後もこういった話はやるかもしれません



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グレイト♪オール・フル・ホワイト


サブタイはちょっとしたお遊び

特に意味はございません




 

 川岸でただ1人、釣りに興じる男がいた。

 

「釣れねえなぁ〜……」

 

 お決まりの言葉を漏らすばかりじゃ獲物はかからない。

 都心に近いこんな汚れた川で釣りをすること自体が間違いだったと釣り人はぼんやり考えていた。

 せめて雑魚でもいいから1匹くらいは成果をあげたいものではある。

 

 そんなこんなでだらだらしている間にもう夕暮れ時になってしまった。

 

「はぁ〜もう帰ろうか……な……?」

 

 引いた。それも大物だ。

 

「うおおおおおおっっ!?」

 

 こいつはでかい。かつてない大物だ。

 竿にかかるとんでもない力は釣り人を逆に川に引きずり込もうとしているようだ。

 どんなに踏ん張っても釣り人は徐々に川の方に引き寄せられてしまう。

 

「ああっ!」

 

 そして釣り人の抵抗も虚しく、糸はぷつん、と引き千切れてしまった。

 己の敗北は悔やしいが、せめてその面くらいは拝んでやろうと釣り人は思い、恐る恐る川を覗き込んだ。

 水面は相変わらず濁っていてとてもじゃないが魚の影など見れそうもない。

 釣り人が諦めかけたその時、水面に小さな気泡が浮かんできた。

 どんどん増えていく気泡が水面を揺らし、ついに巨大な水柱が上がって釣り人に泥水が降りかかった。

 

「うああああーッッ!!!! 鬼塚ァ!!」

 

「おわあああっっ!?」

 

 鬼神の如き形相で川の主……ではなく、名護啓介が引き千切った釣り糸を放り捨てて川から自力で上がったのだ。

 濡れた服も腰を抜かした釣り人も全く気にせず、名護は何処かへと走り去って行った。

 

 

 

 

 

 人気のない研究所で鬼塚は1人作業に没頭していた。

 戦利品のダークディケイドライバー、サガークとメイジドライバーをケースに保管している作業の途中で、ふと思い出したようにイクサベルトを取り出して紅音也の写真の側に置いた。

 

 忌々しい名護啓介がイクサナックルを持っているために完全な形ではないが、イクサへの変身自体は封じられている。何も恐れる必要などない。

 

「待っててくれ。すぐにナックルも回収して音也に捧げよう」

 

 もしこの場に他の人物がいたならば、今の鬼塚の表情に言葉を失ったに違いない。

 

 誰にも見せたことのない恍惚の笑みを浮かべているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 頭をガンガンと突き刺さる痛みが酷い。身体も凍るように寒いし息苦しい。

 

 何より心が痛い。

 

「はぁっ!……ぐ、ゴホ!ゴホ!……はぁ」

 

 急速に覚醒する意識。肺に違和感を感じて咳き込む。

 背中に当たる砂利は痛いし、身体中が汚れた水でベタつく不快感も相当なものだ。さらには周囲の夜の景色に違わぬ冷え込んだ空気がより一層大地の濡れた身体を凍えさせる。

 

 確か自分は味方だと思っていた仮面ライダーリヴォルの攻撃で……川に落とされて……。

 

 胸の傷を抑えながら、上体だけ起こした大地は見知らぬ青年と目があった。この人が自分を助けてくれたのだろうか。

 

「あ、気がつきましたか……?」

 

「え、あ、えと……」

 

 知らない青年が心配そうに尋ねてきた。

 青年と自分の間には小さい焚き火がパチパチと燃えていて、大地の冷えた身体を少しだけ温めてくれた。

 しかし、いくら焚き火に手を向けても大地の心の震えは治りはしない。

 

「鬼塚さん、どうして僕を……」

 

『3つ、君自身には興味がないよ!』

 

 鬼塚にとっては大地など都合のいい実験動物でしかなかったということか。

 あそこで大地を攻撃するなど、あの時言われたこと以上の意味なんて思いつかない。ダークディケイドライバーも奪われた今の自分に興味がないと言われても仕方ないのかもしれない。

 

 落ち込む大地から醸し出される気まずそうな雰囲気に青年も黙ったまま座っていたのだが、やがておずおずと口を開いた。

 

「あの……貴方は太牙君とどういう関係なんですか。どうしてあんなところに?」

 

「……え?」

 

 ここで初めて気づいたのだが、青年の隣にもう1人の男が寝かされているのだ。一体誰なのかは知る由もないし、太牙なんて名前に心当たりはない。

 それでも念のためその男の顔を見たその瞬間、大地に戦慄が走った。

 何故ならその男の顔に見覚えがあり、尚且つ戦った敵でもあるからだ。

 

「キング!? どうしてこの人が……!?」

 

「キング? なんのことですか?」

 

 ファンガイアのキングが太牙と呼ばれていて、しかもこの青年はキングを知らない。

 

 まさかよく似た別人か?

 

 だが実際キングもあの時川に落ちてるし、服装だって同じだ。

 となるとこの青年もキングの仲間のファンガイアかもしれないが、だとすると自分まで助けて生かしておく理由がない。

 

「えっと、貴方こそこの人とはどういう関係なんですか」

 

「太牙君は僕の友達で、今日探し物をしている時にたまたま貴方と倒れているのを見つけて……ごめんなさい。僕、携帯忘れちゃって助けも呼べなくて」

 

 そう言って謝る青年は本当に申し訳なさそうで、よく見るとその手も火を起こす時にできたであろう小さな傷や煤で汚れている。

 見ず知らずの自分までこんなになってまで助けてくれたのに、疑うのは非常に失礼なのではという思いが大地の中で浸透し始めた。

 

「いえ、助かりました。僕は大地っていいます」

 

「僕は、紅渡です」

 

「……紅?」

 

 かなり珍しい名字だけれども、大地にとっては最近聞いたものでもある。

 

 紅音也ーーー鬼塚から聞いた22年前のイクサの装着者。

 

(もしかして、親子とか、兄弟とか?)

 

 しかしそんな偶然ありえるのだろうか?

 そんな疑惑に囚われて、大地が困惑顔の渡に音也の事を尋ねるべきかどうか悩んでいる時、渡がおずおずと尋ねてきた。

 

「もしかして……父さんを知ってるんですか? 僕、父さんの音楽が聞こえたような気がしてここに来たんです。もしかして、何か知ってるんじゃないですか!?」

 

 若干興奮した様子の渡が早口でまくしたててくるが、大地にはさっぱりわからないことだ。彼は父親の名前すら言っていないのに、どこから答えたらいいのか判断に困ってしまう。

 そうして答えに窮している大地はこちらに詰め寄る渡の背後に奇妙な物体が浮いているのを目撃した。

 

 虹色で先が尖った牙のような……。

 

「ッ! 危ない!」

 

「うわっ!?」

 

 間一髪その正体に気がついた大地が渡を押しのけた。標的を失ったファンガイアの吸血器官が渡が座っていた場所に突き刺さり、音もなく消滅した。

 もし大地が助けるのが少しでも遅れていれば渡がどうなっていたことか、想像するのは容易い。

 

 未だ気絶したままのキングが犯人でないとすれば、これはいつの間にか大地達の背後に立っている男の仕業で間違いない。

 

「太牙様から離れろ! 貴様等のライフエナジーは太牙様に献上されるのだ!」

 

 男の姿は鹿の角を想像させる頭部のムースファンガイアへと変貌した。

 

「ふぁ、ふぁ、ファンガイア……!?」

 

「やっぱり……!」

 

 どうやらこのファンガイアはキングを助けに来た部下らしく、自分達は完全に餌として認識されている。

 そして一番の問題は今の大地にはファンガイアに対抗する術がないことだ。唯一ライドブッカーだけは落とさずに持っていたが、これだけでファンガイアと戦えるわけがない。

 

 だとしても、青い顔で尻餅を着いている渡を見捨てて逃げるのは論外だ。

 

 意を決した大地はライドブッカーの銃口をムースファンガイアに向けて、渡を庇う形で立ち構えるが、腕の震えと流れ落ちる汗は止めようがない。

 

(威嚇射撃で怯ませて、その内に紅さんを連れて逃げるしかない!)

 

 その目論見は成功するかもしれなかったが、行動に移すまでが遅過ぎた。

 銃口を確認したムースファンガイアが撃たれる前に放った吸血器官が大地の両肩に突き刺さってしまったのだ。

 

「がはッ!?」

 

「まずは貴様のライフエナジーを太牙様に捧げる……」

 

 ダークキバにライドしていた時と同じ急激な脱力感を前に大地の身体からライフエナジーが抜かれていく。体内の血液が沸騰しているかのような高熱に不鮮明になっていく大地の意識。

 

「……? なんだ、このライフエナジーは?」

 

 ムースファンガイアが首を傾げていようが関係なく、大地の意識はもはや保っていられる限界を迎えようとしていた。

 

「う、うわぁぁああ!」

 

 そこに救いの手が差し伸べられた。

 渡がムースファンガイアの腰にしがみついて、必死に揺さぶる。不意の事に驚いたか、そのおかげで大地に刺さっていた牙は消滅した。

 それでも大地には立っていられる力は残っておらず、背中から地面に崩れ落ちた。

 

「邪魔をするな!」

 

 食事を邪魔されたムースファンガイアの怒りは渡に向けられた。

 ムースファンガイアとしてもいつでも殺せる獲物に変わりはないため、まずは活きのいい方から始末しようと考えたのだろう。

 再び出現させた牙が尚もしがみつき続けている渡に突き刺さろうとするのを、大地にはただ見ているだけしかできなかった。

 

「紅、さん……!」

 

「やめろォォ!!!」

 

 蛇の唸りを幻視させる怒号がムースファンガイアの動きを制止させた。

 その叫びの主は探すまでもなくムースファンガイアを止められる人物など、この場には1人しかいない。気怠げだが、確かな意思を宿した瞳でムースファンガイアを睨みつけるキングその人である。

 

「大牙様! 何故止めるのです!」

 

「その人間に手を出すな! 命令だ!」

 

「しかし、今の太牙様を回復させるためにはこの人間のライフエナジーが」

 

「俺の命令に背く気か!」

 

「……はっ!」

 

 乱雑に投げ捨てられた渡は苦しそうに咳き込んでいるものの、命に別状はなさそうだ。

 それよりも信じられないのはあのキングが渡を守ったことだ。つまりあの2人は本当に友達だということになる。

 

「太牙君……?」

 

「渡君、僕は君と友達であり続けたい。だから君も今日のことは忘れてくれ」

 

 渡にそう告げるキング、大牙の声は同じ人物とは思えないほど優しく表情も柔らかで、大地の心を掻き乱す。

 

「そんな……」

 

「本当にすまない……それと、ありがとう」

 

 去って行く太牙達を見送る渡の複雑な表情を見て、大地の中に生まれ始めた不確かな疑問が確固たる形になっていく。

 

 ファンガイアが全て敵だとは限らないのではないか、と

 

(鬼塚さん、どうして貴女はどうしてそこまでファンガイアを倒そうとするんですか。僕には……あのキングを倒していいのか、わからなくなりました)

 

 命は助かったのに、喜ぶ気にもなれない。そんなモヤモヤが霧となって大地の思考を霞ませていた。

 純粋な気持ちを踏み躙られ、正しいと思っていた事が間違ってるかもしれないなんていう複雑な状況に大地はこれから自分が何をすべきかわからなくなっているのだ。

 

 こんな時、道を示してくれそうな名護も今はいないというのに。

 

 

 

 

 

 渡に丁重にお礼を言って別れた頃にはもう日は昇って朝方になっていた。

 身体の疲れは大分取れてきたが、やはり心のモヤモヤは晴れないまま大地はどこに行くでもなくトボトボと歩いていた。

 

 変身できない不安、裏切りへの悲しみ、方向を見失った正義感。

 

 そのどれもが大地を蝕んで、行き場を無くしてしまったのだ。

 視線も自然と下向きになっていて、そんな風に歩いていれば当然人とぶつかってしまう。その拍子に大地は転倒してしまったのだが、そのまま道沿いに座り込んでしまう。ぶつかった相手に謝らなきゃと思う気持ちはあっても、今はもう顔をあげたくない。

 

 そうしてぼんやりとアスファルトを見続けていると、視界の中心ににその衝突した相手の綺麗な革靴が写り込んだ。

 文句でも言われるのかと思いきや、降ってきた声は呆れを含んだものだった。

 

「やれやれ、てっきり迷子にでもなったのかと思ったよ。君のことだから家出なんて真似はしないと思ったからさ」

 

 顔を上げずとも、この声の主、ガイドがいつもの笑顔で大地を見下ろしているのは嫌でもわかってしまう。

 何となくその笑顔を直視するのも今の大地には辛く思えて、顔を組んだ両腕の中に埋めたまま返事をした。

 

「……貴方に僕の何がわかるんですか」

 

「はは、そういえばそうだな。俺は君のことを何にも知らないし、逆に君も俺のことは全く知らない。君は知らない相手に心を許し過ぎなんじゃないか?」

 

 衝動的に顔を上げそうになった。

 

「どうして、その事を」

 

「君の過去は知らないが、それでも君の仕事ぶりは見ているよ。依頼人だからな。ま、俺もあの女がゴブリン族の末裔とは流石に知らなかったがなあ」

 

「ゴブリン族って、確かキングも同じことを」

 

「絶滅したと思われていた魔族のことだよ」

 

 そういえばガイド曰く、この世界にはファンガイアの他に人間とは異なる多種多様な魔族が多数存在していたらしい。だが、ファンガイアによって殆どの魔族は絶滅に追い込まれたのだという。

 

 つまり、鬼塚はその魔族の一つであるゴブリン族の生き残りということになる。

 

「じゃあ、どうして鬼塚さんは青空の会に?」

 

「恐らくは組織を隠れ蓑にしつつ、ファンガイアに対抗しようとしたんだろう。あのままだったらイクサを支援する一科学者としてファンガイアから特別目を付けられるようなことはなかったかもしれん」

 

 けどな、とガイドは続ける。

 

「君が状況を一変させてしまった。異世界の技術を手にしたことであの女に直接ファンガイアに復讐する機会が与えられてしまったんだ。あの仮面ライダーリヴォルの出現でこの世界のパワーバランスは覆る。サガとダークキバを同時に、しかも無傷で倒すのはキングでも無理だからな」

 

「でも、それは悪いことじゃないと思います。だって、結果的には人類は救われるんでしょう?」

 

「大地、君の純粋な心は俺には眩しくて敵わんよ」

 

 コツン、と大地の頭に何かが軽くぶつかった。

 顔を上げた大地はそれが可愛らしいピンクの色合いの箱であることを知った。開けてみると、中には片手サイズのサンドイッチが詰め込んである。

 

「瑠美ちゃんのお手製弁当でーす! もし君に会えたら渡してくれってさ。良い子だねえ」

 

「花崎さんが……これを」

 

 そういえば昨日から何も食べていなかったな、と今更思い出した途端に胃が痛むような空腹を自覚してしまう。考える前に手が自然に動いてしまっていた。

 時間が経って少し萎びたレタスも、ちょっと硬くなったパンも今の大地には御馳走だ。冷めてるのに、サンドイッチなのに、どうしようもなく温かく感じてしまうのは何故だろう。

 

 無我夢中でサンドイッチを貪って、全部平らげた時にはガイドの姿は何処にも見えなくなっていた。

 

「ご馳走様でした」

 

 多少は腹も膨れたが、やはり体力の消耗は無視できない。

 このまま光写真館に帰って休みたいという身体からの訴えには同意するが、まずは名護の安否を確かめなければならない。

 とりあえずはマル・ダムールに行ってみようと決めた大地はその道中で見知った顔に出会う。

 

「はぁっ、はぁっ、良かった………無事だったのね! 名護君の居場所は知らない!? 連絡つかないし、大変なことになってるのよ!」

 

「麻生さん……? いえ、今名護さんがどこにいるのかは僕も知らなくて……」

 

 名護はあの後どうなったのか、大地には知る由もない。恵が名護を探しているということはやはり無事では済んでないのかもしれないが、鬼塚が名護を襲う理由も見当たらない。

 

「実は、今朝鬼塚さんから青空の会のメンバーにこんなメッセージが届いて」

 

 恵が携帯を開いて見せてきた画面にはいつもの白衣を着た鬼塚が映っている。ただしその表情にはあの時のようなニヤつきが浮かんでいたが。

 

『これは青空の会の全てのメンバーに送信されている。私は単独でファンガイアのキングを打倒し、その鎧も確保した。後はこの世界に蔓延るファンガイアを殲滅すれば私の復讐は達成される。そこで君達に伝えたいことがある。

 

 1つ、イクサを始めとしたライダーシステムは全て私が掌握していること。2つ、これより青空の会は私の指揮下に入ること。3つ、もし従わないのならば手当たり次第に人間を殺していくこと。

 

 また、誤解しないでもらいたいのは私はファンガイアよりも諸君ら人間と良い関係を築きたいと思っていることだ。では良い返事を待っている』

 

 声が出ない。映像が途切れても、食い入るように黒いスクリーンから目が離せない。

 

 ガイドの言っていた意味がなんとなくわかってしまった。敵の敵が味方なんてこと都合のいいことなんてない。

 最初は鬼塚がファンガイアを倒すのならば、この世界の人間は救われるのだと思っていた。だが実際のところ、鬼塚は人間の味方ではなく、ただファンガイア殲滅の為の奴隷として扱うことしか考えていなかったのだ。

 人間の視点から見れば、ファンガイアが鬼塚に変わっただけでしかない。

 

 そして鬼塚のそんな野心に火を点けたのは他でもない、大地自身である。

 

 純粋な善意で大地が渡した技術が、結果的にこの世界の人々を苦しめようとしている。

 

「お願い! 大地君の力を貸してほしいの! 鬼塚さんがどうしてこんなことを言っているのかわからないけど、母さん達のイクサを人殺しの道具にされたくないの! だから、お願い!」

 

 人間が死んでいい筈がないのは勿論のこと、今の大地にはファンガイアも倒していいのか疑問だ。鬼塚だって、これで倒す相手だと認識することが正しいとは思えない。

 それ以前に変身もできない自分では何も為し得ない。記憶だって取り戻せない。

 

「僕、誰と戦えばいいのかわからなくなりました。だから、その答えを探しに行きます。麻生さんと一緒に」

 

 だからせめて、ベルトだけは返してもらおう。

 

 

 

 

 大地達は恵の運転する車で山道を進んでいる。目的地はかつて訪れた青空の会の研究所。

 研究所の職員の証言から鬼塚は今研究所に潜伏しており、職員達は皆強制的に追い出されてしまったのだという。自身の居場所を知らせるということはそれだけの余裕があるのだろう。

 

「付き合わせちゃって悪いわね。嶋さんには止められたけど、私にはどうしても我慢ならなかったの」

 

 恵は切迫詰まった表情でそう語る。

 運転している車は山道を走るのに適していないかなりの高級車に見えるのだが、今の彼女なら地を這ってでも行きそうな雰囲気だ。

 変な話だが、自分の変身アイテムを取られた大地よりもよっぽど感情的で、何が恵をそこまで駆り立てるのか、自然と尋ねていた。

 

「名護さんならともかく、何故麻生さんがそこまでイクサに拘るんですか?」

 

「イクサはね、私のお祖母ちゃんが作って、母さんが繋いだ大っっ切な物なの。今は名護君が使ってるけど、私もいつかイクサに変身してみせる。その為に訓練してるんだから」

 

「それが、恵さんの正義なんですね」

 

「もー、名護君みたいに言わないでよ。そんな大層なもんじゃないわ。私は母さんと同じ戦士として、やるべきことをやるだけよ」

 

 名護の話をすると、恵はいつも機嫌が悪そうになる。

 それだけ聞くと仲が悪そうなのに、戦闘では抜群のコンビネーションを発揮するのだからわからないものだとつくづく思う。

 

 そんな会話をしている内に、いよいよ研究所が見えてきた。

 手前で車を停車させて、恵はファンガイアバスターを、大地はライドブッカーを手に研究所の周囲を探る。

 先日訪れた時からわかるようにこの研究所のセキュリティはかなり厳重に管理されており、正面突破などダークディケイドに変身しない限りは不可能だ。

 どこかに抜け道はないものかと探っている途中で、2人は妙な光景を目にした。

 

 鋼鉄で出来た研究所の外壁がある一箇所だけ滅茶苦茶に切り裂かれて、人1人が通れそうな穴になっているのだ。所々が尖っていて危険ではあるが、注意して潜れば問題はなさそうだ。

 

「なんか……食い破られた後みたいですね」

 

「でも何でこんなものがあるっていうのよ。まさかファンガイア?」

 

 この穴を開けた犯人がサガの鎧を取り返しに来たファンガイアという可能性は確かにあり得る。鬼塚に会う前に襲われる危険性もあるので、慎重に行動する必要がありそうだ。

 

 

 

 

 

 

 研究所内のセキュリティを管理するとある一室で鬼塚は監視カメラを通して侵入者達の様子を観察していた。

 現在モニターに映っているのは大地、恵。それに加え、謎の異形までもが研究所に侵入した様子が記録されている。

 

「ほう、あれで生きているとは思わなかった。彼も中々タフだな。それにアレは一体何だ?」

 

 研究所内に侵入した者がいることを警報で知った鬼塚はその正体を確かめるために監視カメラの映像を確認できるこの部屋に移動していたのだ。その時に侵入者とは入れ違いになっていたようで、現在モニターには鬼塚の部屋を物色する異形の姿が捉えられている。

 

 今、鬼塚の興味はその獣の異形に向けられている。

 

 

 

 

 2人は穴を潜り抜けて研究所内に侵入する。

 この広い研究所の中でファンガイアと遭遇せずに鬼塚を見つけるのは骨折ものであることに違いないが、鬼塚がいそうな場所はある程度目星がつく。

 

「まずは鬼塚さんの部屋に行ってみましょう。もしかしたらそこに変身アイテムもあるかもしれません」

 

「賛成よ。私が先に進むから、大地君は背後を警戒して」

 

「はい!」

 

 背中合わせになって周囲を警戒しつつ進んで行く2人。

 どこにファンガイアが潜んでいてもおかしくはないため、大地の緊張は極限まで高まっていく。静か過ぎる研究所が余計にそれを駆り立てる。

 ゆっくりとではあるが、確実に鬼塚の部屋に近づいてはいる。

 

「っ! 大地君、あれ!」

 

 恵が指し示したのは鬼塚の部屋の入り口。何重ものセキュリティがかけられているはずだが、外壁と同じように強引に突破された跡がある。耳をすませば、部屋の中からは何かを探すような音も聞こえてくる。

 中にいるファンガイアに悟られぬよう、2人は声を潜めて話し合う。

 

「私が先に行くわ。大地君は援護して」

 

「僕は変身できませんよ? 止めた方が……」

 

「そんなの慣れっこよ。でも、こんなところで言うのも遅いけど、危なくなったらすぐ逃げて」

 

 何となく心を見透かされた気がして、ドキリとした。

 本音を言えば今すぐ悲鳴をあげて逃げ出したいのだが、ここで逃げるのはビーストの世界の時と何も変わらない。

 なけなしの勇気を振り絞って、何としてもベルトを取り返すしかないと自分に言い聞かせてようやく立っていられるのだ。

 だからこそここは無理矢理にでも笑顔を作る。

 

「大丈夫です。僕は麻生さんを置いて逃げません!」

 

「もう、仕方ないわね。行くわよ!」

 

 鬼塚の部屋に突入した2人はこちらに背を向けて部屋を物色する異形の怪物に射撃用の形態にしたそれぞれの武器を向ける。

 

 しかしその背中は確かにファンガイアらしいカラフルな模様なのだが、ステンドグラスとは程遠い……というよりも全く違う。質感だってファンガイアよりもかなり生物的で、どっちかというとファントムに近いような印象を受ける。

 

「あれ……ファンガイア?」

 

「違うわよね。どう見ても」

 

「イッ?」

 

 その異形がこちらに気づいて振り返った。

 巨大な複眼と触覚に鋭い大顎、どう見ても昆虫タイプのその怪人は一瞬こちらを観察した後、大袈裟な動作で威嚇らしき声をあげてくる。

 何となくではあるが、ハンミョウに似ている気がするこの怪人が語る言葉はその姿に負けず劣らずの奇妙な内容だった。

 

「ルルリリリリリリィ!! 何だ貴様らは!? まさか、アマゾンライダーの仲間か!」

 

「あ、アマゾンライダー? 仮面ライダーの事ですか?」

 

 珍妙な鳴き声と外国人のような妙なイントネーションで喋るこの怪人は仮面ライダーの事を知っているようである。

 そこまで考えて、大地は妙な引っ掛かりを覚えた。

 

「! やはりそうか! 死ねぇ!」

 

 しかし、残念ながらこの怪人は大地達の味方ではなかった。

 人間離れしたスピードで突進してきた怪人は大地と恵の弾幕を物ともしない様子で、彼等の武器を叩き落とした。

 一旦距離を取るために恵が放った蹴りも全く効果はなく、逆に怪人の振るった腕に吹き飛ばされてしまった。

 

「うああっ!?」

 

 恵の身体は山積みになった機材の中に衝突し、打ち所が悪かったのか、意識を失ってしまう。

 急いで助けに行こうとする大地の前に怪人が立ちはだかる。

 

「次は貴様だ!」

 

「ちょっと待ってください! どうして僕達を襲うんですか! 貴方、ファンガイアじゃありませんよね!?」

 

「俺はガランダー帝国のハンミョウ獣人! 貴様等が何者であろうと、ガランダーの姿を見た者は生かしておけん! イィーーッ!!」

 

 これ以上の話は無用と判断したハンミョウ獣人の鋭い顎が大地の身体に迫る。慌ててしゃがみこんで、ギリギリのところで回避に成功した大地は頭上から何かが引き裂かれる嫌な音を聞いた。

 なんとそれはハンミョウ獣人の顎が鉄で出来た壁を紙のように割いている音だったのだ。

 

「や、やっぱり壁を壊したのは貴方だったんですか!」

 

「この研究所ならば人工地震を起こす装置を作製できるはず!だが、今は貴様等の息の根を止めるのが先だ!」

 

「そ、そんな滅茶苦茶な!?」

 

「黙れ! すばしっこい奴、大人しくしろ!」

 

 逃げる大地、追いかけるハンミョウ獣人。

 なりふり構わず逃げ回りながら、なんとかライドブッカーを拾いに行こうとはするのだが、狭い部屋の中ではそれも難しいことだ。

 だが、飛び道具を持たない敵ならばこの狭い部屋で距離を一定に保つだけならばなんとかなるかもしれない。

 大地のそんな淡い期待も、業を煮やしたハンミョウ獣人が自身の顎を取り外して投げつけてきた事で掻き消されてしまう。

 

「イイーーッ!」

 

「うがぁあああ!?」

 

 この瞬間、大地にとって幸運、不幸の両方に当てはまる出来事が起こる。

 

 不幸なのは足元に散らばる書類に足を滑らせてバランスを崩してしまったことで、投合された牙を避けられず肩から胸部にかけて決して浅くはない傷が刻まれたこと。

 

 幸運なのはよろめいた大地がそのまま後方に倒れ込み、置いてあったガラスケースを割ってしまったことだ。

 

 しかし、流れ出る血液が大地の正常な思考能力を衰えさせてしまい、最初はただガラスケースを割ったことだけしか認識できなかった。

 大地の衣服と身体がゆっくりと鮮血に染まっていき、意識すらもぼんやりと薄くなっていく。ギチギチと顎を鳴らすハンミョウ獣人が迫ってくるのがわかるが、あの牙の前では再び逃げ回る気にもならない。

 

(ここが、僕の死に場所になるのか)

 

 諦めて目を閉じかけそうになるが、側で倒れている恵の存在を思い出して歯を食い縛る。細かいガラス片を掻き分けて立ち上がろうとしたその時、大地の頭を何か硬い物体が叩いた。

 

 それは決してハンミョウ獣人の鋭い牙でも、爪でもない。

 

 小さな白い蝙蝠だった。それが怒鳴りながら大地の頭を何度も小突いているのだ。

 

「おい起きろ! 何だお前らは! 何で俺を叩き起こした!」

 

「こ、蝙蝠が……喋ってる?」

 

「な、何だこの蝙蝠は!」

 

 驚くハンミョウ獣人。彼にとってもこの喋る蝙蝠は驚愕に値する存在らしい。

 

 確かこの白い蝙蝠はこの部屋で何度か見た覚えが大地にはあった。まさか喋るとは思いもしなかったが、現に目の前で喋っているのだから否定のしようがない。

 実は先ほど大地が割ったガラスケースの中で眠っていたのがこの白い蝙蝠なのだが、血を流して倒れる大地にはそこまで考える余地はない。

 

「チッ! 寝ぼけやがって! おい!そこの化け物! これはどういう状況だ!」

 

「貴様ァ! さてはゲドンの獣人か! ちょうどいい、そこの小僧共々血祭りあげてくれる!」

 

「……なるほどな。なんとなく状況はわかった」

 

 勝手に納得し始める蝙蝠。

 以前何かのライダーの記憶の中で似たような蝙蝠を見た覚えがなくもないのだが、それにしたって随分と乱暴な口調の蝙蝠だとは思う。しかしこのまま大人しくしていてもハンミョウ獣人に殺されるのは目に見えてるので、せめてこの蝙蝠に協力を仰げないだろうか。

 そう考えた大地が口を開く直前に、大地に向き直った蝙蝠が目線を合わせて語りかけてきた。

 

「おい、お前はこのままだと殺されるらしいがどうする?」

 

「ど、どうするって」

 

「何をごちゃごちゃ抜かしている!」

 

「てめえこそ黙ってろ!」

 

「イイーッ!?」

 

 互いに怒号をぶつけ合い、蝙蝠の体当たりがハンミョウ獣人の複眼を叩く。

 その小さな体格に見合わぬ威力があったようで、ハンミョウ獣人は攻撃された眼を抑えて唸っている。

 蹲ったハンミョウ獣人をフン、と鼻で笑い飛ばした蝙蝠は再び大地に問いかけた。

 

「おいお前! お前には華麗さの欠片もねえが、あのバカ虫に生身で抗おうとする激しさは気に入った! そこで特別に力を貸してやってもいい!」

 

「本当ですか!?」

 

「だがな! 高確率でお前は死ぬ! それでも構わないな!?」

 

 それでは結局同じじゃないかと内心憤慨しかける大地だったが、今は他に選択肢があるわけがない。

 絶対に死ぬ、と言われていたら拒否しただろうが、確率の問題ならば今までの戦いも、さらに言うならダークディケイドだってそんなようなものだったのだ。今更何を躊躇する必要があるのか。

 

 何よりも、ここで彼(?)の提案を拒否するのは逃げるのと何も変わらない。そんな思いが大地の覚悟を固めた。

 

「……はい!」

 

「良い返事だ! 俺の名はレイキバット! お前は?」

 

「大地です! 苗字は知りません!」

 

「じゃあ大地! 行こうか! 華麗に!激しく!」

 

 白い蝙蝠、レイキバットを掴み取ると、大地の腰に黒いベルトが出現する。ベルトの中央部にはちょうどレイキバットが収まるくらいの窪みがあり、ここまでくれば、この後の動作は言われなくても理解できた。

 

「「変身!」」

 

 大地とレイキバット、両者の声が重なり、レイキバットがベルトの窪みに収まった。瞬間、大地の周囲に広がるのは血を凍てつかせる冷気。しかし、不思議と恐れはなく、それが自身とレイキバットに力を与えるエネルギーになるのだと理解した。

 冷気はやがて超局地的な吹雪へと移り変わり、大地の肉体は吹雪の中にホワイトアウトする。吹雪の流れはダイヤモンドミストの紋章を形作れば、それを通過した大地の肉体は白い暴風の中で強調される黒のスーツを身に纏う。その上に純白の装甲、黄金とノーブルに彩られた仮面を重ねることで完全なる変身は完了された。

 

 これこそが青空の会がキバの鎧を模して作り上げたライダーシステム。

 

 その名は仮面ライダーレイ。

 

「貴様、仮面ライダー! ガランダーの敵!」

 

「ふう……よし」

 

 変身した途端に激痛でも感じるのかと身構えていたのだが、意外にも身体に変調の兆しはない。これなら十分戦えるはずだ。

 

「戦う前に……聞いておきたいことがある。貴方が花崎さんをこの世界に攫ったんですか?」

 

 ファンガイアでない上、人工地震を起こすなどという危険極まりないこの怪人を倒すことには躊躇はない。

 それとは別にこの怪人の独特な喋り方はもしかすると瑠美を攫った犯人ではないかという疑念が大地の頭にはあった。もし瑠美をビーストの世界に戻す手掛かりを知っているのならば、まずはそれを聞き出しておきたかった。

 

 だが、ハンミョウ獣人が出したのは大地の予測していた答えとは異なる奇妙な返答だった。

 

「花崎瑠美は我らガランダーのために運んだ………いや、俺はそんな命レいは受けてイない」

 

「……え?」

 

 ハンミョウ獣人の唐突な戸惑いにレイの仮面の奥で大地も困惑する。

 惚けているというよりも、本当にわからないといった様子なのが尚更不思議だ。

 

「何故俺ハあんな女ヲ?そもソモ何故俺はコこにイる?グゥ……グアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

「ッ!」

 

 突如として発狂したハンミョウ獣人の突撃が始まった。

 もはや知性も感じられない完全な獣と言っていいその叫びに一瞬だけレイは圧倒されるも、すぐに持ち直して迎え撃つ。

 ダークディケイドやメイジよりも若干身体が重たいが、それでも敵の突進は回避できた。すぐさま背後に回り込んで鋭い蹴りを後頭部に叩き込む。

 

「イイッ! イイーーッ!」

 

 しかし、先の一斉掃射を耐え抜いた身体にはその程度の攻撃では効き目は薄い。すぐに向き直ったハンミョウ獣人の鋭い爪がレイの装甲を抉った。

 それはレイの防御を貫くほどの威力ではないが、中の大地の傷口にはしっかりと衝撃が伝播されている。故にレイの仮面からは呻き声が漏れ出てしまい、なんとか踏み止まって追撃される前に顔面を殴り飛ばしても、これすらも大した効果はなく、逆に殴り返される始末だ。

 

 当たり前だが、変身できたからといっても勝てる保証は元々ない。しかもこのハンミョウ獣人は大地の体感で言えばそれなりの難敵に分類される能力を持っている。ビショップとの戦闘から殆ど身体を休めていない大地には些かキツい相手である。

 

 変身者の体調が芳しくないと理解したレイキバットはレイが暴力の雨霰に晒される前に戦法を授けてくる。

 

「このままじゃ俺達が不利だ。まずは俺があの野郎の動きを止める! その間に決めちまえ!」

 

「わかりました!」

 

 敵の下半身に倒れ込むようにタックルを当ててハンミョウ獣人を転ばせたレイはガラス片に混じって落ちているフエッスルを拾う。

 そして敵が起き上がると同時にバックル部のレイキバットは口から氷の弾幕を発射した。マイナス200度もの極低温の冷凍弾幕が命中したハンミョウ獣人の身体の大部分を立ち所に凍結させ、完全に動きを封じることに成功する。

 

「イイーーッ!? なんだこれは!」

 

 動きを止められたハンミョウ獣人は狼狽するあまり、自分の飛び道具を放つことすら忘れている。

 その隙にレイはフエッスルをレイキバットに噛ませ、秘めたるパワーを解き放つ。

 

「ウェイクアップ!!!」

 

 レイの両腕のカテナが解放され、巨大な鉤爪 ギガンティッククローが装備される。

 その両腕にエネルギーが充填されていく感覚の中、レイはまるで両腕に引っ張られていくような全力疾走でハンミョウ獣人に接近する。新たに出現した武器の危険性を本能で感じ取ったか、ハンミョウ獣人は2本の顎を同時に放つも、どちらもギガンティッククローの一振りの前にあっさりと弾かれる。

 

 抵抗の術を失ったハンミョウ獣人の頭部に凄まじい冷気を纏った鉤爪の一撃、ブリザードクロー・エクスキュージョンが振り下ろされた。

 

「ッッアアアアアア!!」

 

「イイーーッ!?」

 

 切り裂かれた頭部から橙色の体液が吹き出されるが、それすらも超低温の冷気によって凍りついていく。切り裂かれた箇所から始まった凍結は全身に広がる過程で声帯すら凍てついたハンミョウ獣人の悲鳴は床を濡らす体液の噴出と共に停止した。さらに腹部にクローを振り抜かれ、凍てついた身体を粉々に砕かれる。

 舞い散った身体の破片が花火の如く閃光を放ち、ハンミョウ獣人は爆発四散した。

 

 倒れていた恵はレイが咄嗟に庇うことで爆発の被害をほぼ受けることなく済んだ。

 

 爆発の煙が晴れる頃には、レイの変身を解いた大地が肩で息をしながら、レイの戦闘の余波で生まれた雪の中に埋もれるように倒れ込んでいた。

 

 ひんやりとした雪の感触が火照った身体には程よい心地良さを与えてくれた。

 

 

 

 

 

 レイとハンミョウ獣人が戦闘を開始した頃、研究所の付近に他にも訪れている人物がいた。その人数は2人で、片方は大地を救ったあの紅渡である。

 

 その傍にいるのはスーツ姿で掘りの深い顔立ちの男性。

 

 渡の手に握られているバイオリンといい、2人とも山登りにやってきた者達でないことは明らかである。

 

「心配するな。お前はここでやりたいことをやればいい」

 

 不安げに研究所を見つめる渡をその場に残して、男は単身研究所に足を進めて行った。

 

 

 

 

 





仮面ライダーレイ

青空の会がイクサに続いて開発したライダーシステム。キバの鎧を部分的に模しているが、イクサのやや上程度の出力が限界であり、使い手も限られているため、実戦に投入されることもなく研究所で保管されていた。


レイキバット

レイのシステムを司る自立型端末。ファンガイアに奪われた際の対策としてAIも搭載されているが、やや気難しい性格をしている。

これらは本来ならば異なる世界の3WAという組織が開発するライダーシステムであるが、この世界ではイクサの後継機として青空の会によって開発された。開発の違いによる差異は殆どない。



ハンミョウ獣人

仮面ライダーアマゾン 18話に登場したガランダー帝国の獣人。
何故かエセ外国人風の喋り方なのが特徴で、作中では人工地震でパニックを起こそうとした不謹慎極まりない怪人。
花崎瑠美をビーストの世界から拉致した上、イクサの世界でも何かをしようとしていたようだが、何故ガランダー帝国の怪人が世界を移動できるのかは謎である


はい、仮面ライダーレイ登場です。今後の活躍に期待ですね。

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大地の歌♪音也に捧げる旋律


皆さん、覚えていますか?





 ここはかつて訪れたあの和気藹々とした研究所と本当に同じ場所なのだろうか。

 

 白いツルツルのタイルの床を歩く音、小さな羽ばたきの音、微かな息遣い、空気清浄機の稼動音、野太い声…………ここで聞こえる音はこれだけじゃないはずなのに。

 

「で、これからどうするつもりだ」

 

「ベルトは全部返してもらうつもりです。イクサだって、あんな脅しのために使われていいはずがないから」

 

「フン、イマイチ頼りねえ男だが、まあ付き合ってやるよ」

 

 大地の側で忙しく羽を動かして付いてくるレイキバットもとりあえずは協力してくれるというので、一応リヴォルに対抗する手段は確保できた………のだが鬼塚を倒すべきか、その答えは未だ出せずにいる。

 恵だってイクサを取り返すことが目的であって、鬼塚を倒すとまでは言っていなかった。彼女は気絶したまま他の部屋に寝かせているため、これから鬼塚とはたった1人で対面するというのに具体的な答えを持たずに向かう大地はレイキバットに頼りないと言われても仕方のない有様だ。

 

 さて、鬼塚の部屋がもぬけの殻で、奪われたどのベルトもなかった以上は鬼塚は他の部屋にいることになる。アテもなく彷徨うかと思われたが、レイキバットはこの建物の構造も把握していた。

 

「この研究所の監視カメラは中央管制室で制御されている。まずはそこに行ってみることだ」

 

「助かります。でも……いいんですか? レイキバットさんは鬼塚さんに作られたのに」

 

「へん! 俺は俺のやりたいようにやらせてもらうだけよ! どうせあそこで寝てても退屈なだけだ。大地に付いていく方が面白いに決まってる」

 

 随分と身勝手な機械だとは思うが、それで救われた手前文句は言えない。それにこれからのことを思うと、このレイキバットとの会話でほんの少しは気持ちも晴れてきた。 いっそのこと、今の内に胸の中の疑問を吐き出してみようなどと思うくらいには。

 

「レイキバットさんはファンガイアは全部倒すべきだと思いますか?」

 

「藪から棒に何を……俺にはどうでもいいことだ。種族はどうあれ、やりたいようにやるだけ。気に入った奴には力を貸す。名目上はファンガイアを倒すために生み出されたとしても、それに従う義理などないからな」

 

「そう、ですか」

 

「どうした? 俺の答えじゃ不服か?」

 

「いえ、参考になりました」

 

 やりたいようにやる。それは至ってシンプルだが、難しい答えだ。

 

 自分がやりたいことは何だ? ベルトを取り返すことか? 記憶を取り戻すことか?

 

 どれも正しいけど、きっとそうじゃなくて。

 ベルトを取り返すのは答えに至る手段でしかない。記憶を取り戻すのだって先の話だ。大地の抱く思いは正義だとか、立場だとかそんな堅苦しい概念で語れるような立派なものじゃなくて、もっと単純な答え。

 

 それは………。

 

 その思考を途中で遮ったのは、探し人の凛と響く声だった。

 

「やあ、まさか生きているとは思わなかったよ」

 

「ッ! 鬼塚さん………」

 

「レイに変身できたことといい、私が思っていたよりも君はまだまだ観察する余地があるようだ。レイキバットとカードを渡すのなら命まではとらないよ」

 

 カードというのはライドブッカーのことを指し示しているのだろう。

 命が惜しくない訳ではないが、たった今出した答えのためにここで逃げることはできない。

 そう決めた大地は確かな決意を持って言葉を紡ぐ。

 

「僕は逃げません。ベルトも全部返してもらいます」

 

「ならば私を倒すというのか? ファンガイアのキングすら超えた私を倒すなど君にはできっこないし、もしそうなれば人類にとっては大きな損失になるはずだよ。それでもいいと?」

 

「僕は……僕は鬼塚さんを倒すつもりはありません」

 

 これこそがたった今導き出した大地の答え。

 それは即興で思いついた、名護の言う信念と呼ぶには余りにもお粗末な思いだけれども、信念に至るための確かな一歩には違いない。

 

「……残念だよ。君もまた愚かな人間でしかなかったようだ。ならばレイの戦闘データだけとらせてもらおう」

 

 初めて見る鬼塚の呆れた顔が大地への返答だった。

 両者の腰にベルトが巻かれ、戦いの準備が整う。

 

「「変身」」

 

 黒と白、正反対なのはその見た目に留まらず、彼等の抱く思いですら真逆だ。

 相手を倒すために仮面ライダーリヴォルが、相手を止めるために仮面ライダーレイが各自の得物を構える。

 

 リヴォルの武器は圧倒的にリーチの長い大鎌であり、剣と鉤爪で戦う自分では間合いを保ちにくい。

だがあそこまで巨大な武器では肉薄してしまえば、有利なのは振りの早いこちらで間違いない。そう考えたレイは相手に向かって一直線に駆け出した。

 そうなれば当然抉るような角度で真横から大鎌が振るわれるが、その場で咄嗟にスライディングすることで回避しつつも接近に成功する。

 

 確かに大鎌のリーチは驚異的であるが、振るわれた角度から垂直の位置に潜り込めば回避できるのだとほぼ直感的に大地は理解していた。ハンミョウ獣人の顎をしゃがんで回避した時の経験の応用であり、また一度リヴォルの戦闘を見たことがあるからこそできた行動だが、それ以上に大きいのはある程度の場数を踏んできた大地の成長である。

 

 スライディングでリヴォルとの距離を大幅に縮めたレイはバネの如く跳躍し、リヴォルへの肉薄を果たした。

 

(よし、後は武器を奪えば!)

 

 レイが剣を振り下ろした先は大鎌を持つリヴォルの右腕だ。

 これは本来研究職に就いている鬼塚が相手ならば、武器さえ奪ってしまえば無力化はある程度容易になるはずだと考えた故の一手。

 狙い通りに打たれたリヴォルの手から大鎌は離れ、すかさずそれを蹴り飛ばして離れた場所に落下する音が響いた。

 

 ここまでは良かったのだが、しかし武器を失おうともリヴォルは全く動揺を見せずに素早くライドブッカーの剣先を蹴り上げ、脚を入れ替えるように回し蹴りを浴びせる。

 そうして取り落としたライドブッカーもまた離れた場所に弾き飛ばされてしまった。

 

「武器がなければ勝てる、というのはかなり甘い見込みだが大丈夫かな?」

 

 こうなってしまっては互いに徒手空拳で戦うしかない。

 

 研究員とは思えないリヴォルの鋭いパンチを肘で受け流すように弾くレイ。肘の微かな痛みを無視して、虚空に流されたリヴォルの腕を掴んで拘束しようとするが、装甲にめり込む重い前蹴りであえなく引き剥がされてしまう。

 

 これだけの攻防だけでも、相手の近接技術は碌に戦闘経験のない研究員のそれではないことが察せられる。その訳はゴブリン族の身体能力は人間を凌駕しているか、もしくは鬼塚が密かに訓練を積んでいたかのどちらかであろう。

恐らく同じ条件ではレイに勝ち目はない。

 

「レイキバットさん!」

 

「任せとけ!」

 

 しかし、レイは1人で戦っているのではない。

 大地の意図を瞬時に理解したレイキバットはバックルから離脱する。

 レイの変身を司るレイキバットがベルトから離れたが、レイの変身はそれだけで解除されない。

 氷結弾を発射するレイキバットが周囲を浮遊することで、リヴォルの注意はレイとレイキバットの両方に分散されることになる。

 

 レイが攻撃されればレイキバットが、レイキバットが狙われればレイがリヴォルを攻撃して互いをカバーし合う戦法で、戦いの流れはレイに傾きかけてきた。

 だが、曲がりなりにも2対1という劣勢のこの状況でもリヴォルは冷静さを保っている。

 

「主人に噛み付くとは、メカでも所詮はキバット族か」

 

「うるせえ!」

 

 レイキバット渾身の体当たりがリヴォルを微かに怯ませた。その瞬間をレイは見逃しはしない。リヴォルに素早く足払いをかけて覆い被さるように飛び掛かり、残っている全ての力を振り絞って床に抑えつけた。

 

「で、どうする。トドメを刺すか?」

 

「倒すつもりはないと言ったはずです! 僕は、鬼塚さんにもキングにも死んでほしくない! 誰にも死んでほしくないだけなんです!」

 

 何故か抵抗する素振りを見せないリヴォルの無感情な問いかけに自身の答えを大地は必死にありのままの言葉にしようとする。

 

「僕も最初はファンガイアはただの悪い奴らだって思ってた。でもキングは人間の友達を守って、労ろうとしていた。そんな人をただの人間の敵として倒していいのか、悩んでいました。他のファンガイアだって僕が知らないだけで、人間と仲良くしようとしている人だっているかもしれない」

 

 リヴォルは相変わらず無抵抗のまま、大地の話を黙って聞いてくれている。

 もしかしたら戦いをやめてくれるかもしれない、なんていう淡い期待が声に出そうになるのを大地はぐっと堪えた。

 

「鬼塚さんだって同じです! 信じていた貴女は人間じゃなくて、攻撃されて、その上ベルトまで奪われた! それでも、貴女を倒す気にはなれませんでした!」

 

「…………それは何故かな」

 

「鬼塚さんはこの世界で1人ぼっちだった花崎さんを保護してくれたじゃないですか! 目的はどうあれ、こんな僕の話を信じてくれたじゃないですか! だから……だから、僕は種族なんて関係なく、キングも鬼塚さんもただ生きててほしい。それだけなんです……」

 

 ファンガイア、ゴブリン、人間の様々な種族の立場が邪魔をして、この答えに至るのに時間がかかってしまった。

 キングも鬼塚も人間を襲うかもしれない。でも、それで終わりじゃない筈なのだ。他者を慈しむ心を持つ者同士ならばいつかわかりあえる時がきっとくる。だから、ゴブリンの鬼塚とキングがわかりあえる日だって来るかもしれない。

 そんな希望に満ちた可能性のある2人がここで死んでいいわけがない。

 

「………大地君。君の立派な演説、ゴブリン族の末裔として聞けたことを誇りに思うよ」

 

「鬼塚さん……!」

 

 鬼塚に思いが通じた。

 レイのリヴォルを抑え込む力が緩まったのも望まぬ戦いをせずに済んだという安堵感と、このリヴォルの仮面の奥にはきっと今まで見ることがなかった鬼塚の笑顔が隠されているのだと想像したからである。

 

 現実はそんな甘い幻想とはかけ離れているのだと大地はまだ知らなかった。

 

「だが非常に不愉快だ」

 

「……えっ?」

 

 

 

 おかしい、この冷たい口調が鬼塚の笑顔と一致しない。

 

 おかしい、リヴォルは一歩も動いていないのに背中が痛くて堪らない。

 

 

 

 自身の上に力無く倒れ込んだレイをまるで汚いものを扱うように跳ね除けて立ち上がるリヴォル。

 レイの背中には一筋の深い傷が刻まれており、その原因となった大鎌は小さく軌道を描いてリヴォルの手元に収まった。

 

 リヴォルの大鎌は必殺技に関係なく、通常時でもある程度は遠隔操作できることを大地は知らなかったのだ。

 

 大地が自身の思いを述べている最中にリヴォルは落ちていた大鎌を念じて浮遊させ、レイは隙だらけの背中を深く斬り裂かれた。

 つまりこの問答が鬼塚の心に全く響くことはなかったということだ。

 

「なるほど、レイの装甲は今の一撃でも傷付いた君を仕留めきれないほどの耐久があるようだ。良い実験結果をありがとう。ライダーシステムといい、君は私にとってかなり有益な人物と言えるよ」

 

「そ、そんな、立派な演説だって」

 

「1つ、君は口だけで何も成し得ていない。2つ、君はレイに変身できたから私にもそんな強気でいられるだけだ。3つ、そんな君は紅音也の足元にも及ばない、ただの薄っぺらいガキでしかない……要点は纏めた。もういいだろう」

 

 やはりリヴォルの声は酷く冷徹で、あの仮面の奥にあるのは笑顔などではない、冷めた表情としか考えられない。

 度重なるダメージと心の痛みがレイの行動を抑制し、大鎌を首筋に当てられもなお抵抗の素振りすら見せない。しかもリヴォルとは違う正真正銘の無抵抗だ。

 

「チッ、喰らえ!」

 

「無駄だよ」

 

 レイキバットが放った氷結弾ですらあっさりと弾き返され、いよいよレイの打つ手はなくなった。

 己の無力さを実感した大地の頰を自然と涙が伝う。

 

 名護さんに鍛えてもらったのに、新しい力を手に入れたのにこのざまだ。

 この世界に来てから最初は順調に進んでいたのに、一体どこで間違えてしまったというのだ。

 

 今にも自身の首を刈り取ろうとするリヴォルを見つめながらそんな事を考えていると、徐々にその輪郭は歪み、いつの間にか全く別のライダーへと姿を変えていた。

 大鎌は見慣れた剣に、恐ろしい鬼の仮面はいつも被っているものになって、大地の心を揺さぶった。

 

 それは仮面ライダーダークディケイドの幻影。

 

(ダークディケイド………そうだ。鬼塚さんがこうなったのも元を正せば僕のせいじゃないか………)

 

 今ならガイドの言っていたことがわかる。

 鬼塚の所業は大地がこの世界に来なければ成立しなかったことなのだ。

 大地がいなければいつの日か鬼塚はファンガイアとわかりあえる時が来たかもしれない。その可能性を潰したのは他でもない大地自身なのだと。

 

 ダークディケイドの不気味な佇まいを見ていると、こんな罪深い己の末路としてはこれはむしろ妥当なのではないかというネガティブな考えさえ浮かんでくる。

 

(死ねば記憶は戻るのかな。それとも、ずっと空っぽのままなのかな……もうどうでもいいか)

 

 いよいよ最後の時が来たようだ。

 振りかぶったリヴォルの、ダークディケイドの剣先がレイの首を刈り取るーーーーー直前に凄まじい轟音と衝撃が研究所内に鳴り響いた。

 

 

 

 

 研究所の付近の木々が生い茂る森の中、先ほど研究所の中に密かに侵入した男、次郎が大木にもたれかかって研究所に起きた異変を眺めていた。

 

「全く……無茶をする男だ。俺がいなければどうなってたことか」

 

 呆れたように呟く次郎の側には気絶したまま寝かされている恵の姿があった。レイとリヴォルが戦闘している合間に研究所の中から彼が恵を救出したのだ。

 

「ま、俺ができるのはここまでだ。後は自分達でやるこったな」

 

 かつて惚れた女の面影を持つ恵やゴブリン族の末裔に思うところがないわけではないが、次郎には必要以上に介入するつもりもなく。

 故にその場から煙のように消え去るだけだった。

 

 

 

 

 

「無事か、大地」

 

「な、なんとか……」

 

 衝撃に伴って落下してきた瓦礫がレイ達に降り注ぎ、リヴォルに直撃。その結果としてレイの首が刈り取られることはなかった。

 我に帰ったレイが這うようにライドブッカーを取りに向かう一方で、リヴォルも自身に降りかかった瓦礫を押し退けて立ち上がった。

 

「何だ……今のは?」

 

 リヴォルの頭上に空いた穴から瓦礫の正体はすぐにわかった。

 まさかひとりでに天井が壊れるなんてことはあるまいし、あの衝撃が原因なのは明らかだ。だが一体誰の仕業だというのだ?

 

 そう疑問に思った直後、またもや起こった衝撃が研究所を揺るがした。しかも先ほどよりも大きいばかりか、外壁までもが音をたてて崩れ落ちていくではないか。

 

「これって地震ですか!?」

 

 慌てふためくレイもまたこの現象の原因に心当たりはないが、このままではこの研究所そのものが崩れ去ってもおかしくないことはわかった。

今最も危険なのは鬼塚の部屋に残してきた恵であり、すぐに救助に向かうべきと判断したレイは踵を返して引き返そうとするが、頻発する衝撃によってまともに歩くこともままならない。

 

「早く麻生さんのところへ行かないと……ってうわあっ!?」

 

「何ッ!?」

 

 ライダー達のバランスを崩す一際大きい振動が起こった時、リヴォルの付近の壁や天井が完全に崩落した。

 レイに降りかかる大きな破片等はライドブッカーで切り裂いて難を逃れることができたが、細かい破片や土埃で埋め尽くされた視界では現状の把握ができない。

 右も左も全て土煙にぼやけて襲いかかってくるかもしれないリヴォルも、存在するかもわからないこの地震の原因も何も見えず、それでも少しでも土煙を払おうとするレイは小刻みにライドブッカーを扇ぐ。

 

 目と鼻の先すら視認できない環境下に突然置かれたことで大地は内心パニックを起こしかけるが、レイキバットは挙動不審な大地と違ってすでに対策を講じている。

 

「何をチンタラやってんだ。フエッスルを使え」

 

「え!? あ……あ、はい」

 

  ウェイクアップ!

 

 ギガンティッククローを装備したレイの周囲に超小規模の吹雪が巻き起こる。

 雪が土埃と混ざって共に強風に掻き消されることで、ようやくレイの視界も多少は改善された。

 そして安心したのも束の間、その視界に飛び込んできたのは研究所の側面に空いた巨大な穴とそれを呆然と見つめるリヴォルの姿。

 

「……? 一体何、を………!?」

 

 釣られてその空いた穴を覗いたレイがその先で目撃した物はとんでもない代物だった。

 

 まず目に入ったのは瓦礫を砕く白い巨大な顎を備えた頭だ。かつて研究所の外壁だった壁の一部をいとも簡単に粉砕して瓦礫の山に変えている。

 ギロリと光る目が僅かに茶色く汚れているのはあの頭で研究所を破壊していたのだろう。

 そして当然頭があれば首も、身体もある。長い首に続くやはり巨大な身体には黄金の輝きを放つ爪に赤くて丸いボールのようなものまで背中に背負っている。

 

 まるで現代に蘇ったティラノサウルス。その金属特有の質感、異質な構造はあれが機械でできていると知らせてくれる。

 

 長々と分析してしまったが、この機械の最も重要な箇所を見落としていることに大地は気づいた。

 それは機械恐竜の首の下にある座席らしき箇所であり、そこに座っている人物だ。

 鬼気迫る形相で操縦桿を動かしているあの男はそう………

 

「鬼塚ァァ!! イクサを返せぇ!!」

 

「名護さん!?」

 

「名護啓介……!」

 

 

 名護啓介その人である。

 

 そして彼が操縦しているのはイクサ専用の巨大重機、パワードイクサー。

 あの後自力で這い上がった名護はこのパワードイクサーが保管されている場所に向かい、操縦してここまでやってきたのだ。

 操縦キーであるイクサナックルを奪われなかったのは名護にとって不幸中の幸いであったものの、それでも強烈な負担がかかるパワードイクサーを生身の状態でこの山奥まで操縦してきたのは名護の並外れた執念があればこそだ。

 

(此の期に及んでパワードイクサーだと!? 面倒な!)

 

「鬼塚ァァ!」

 

 研究所が壊れようとおかまいなしに突っ込んできたパワードイクサーは回避行動をとろうとしたリヴォルをそのアームで鷲掴みにして拘束する。

 もがくリヴォルは勢いよく下に叩きつけられ、その影響でいくつかの部屋が灰燼となっていく。

 さらにその背部にある赤い砲丸をアームで掴み取り、瓦礫に埋もれているリヴォル目掛けて投下した。

 砲丸が直撃した場所が爆発の炎に包まれ、さらにその周囲の無事に済んでいた箇所すらも吹き飛ばしていく。

 しかも巨大ファンガイアを相手に想定した砲撃の威力はまさに絶大で、爆発の余波はアームの真下にいたレイにまで及んだ。

 

「うわあああああああああッッ!?」

 

 爆風に煽られたレイが落下した先もまたすでにパワードイクサーによって瓦礫の山に変えられており、すでに研究所の9割が倒壊していると言っても過言ではなかった。

 

 これでは名護の無茶苦茶な突撃で自分はともかく、恵まで被害を被っているのではないか。

 

 そんな不安を抱きながら若干瓦礫にめり込んだ身体を引き上げて辺りを見回すと、なんと離れた森の中に恵が横たわっているではないか。

 

「麻生さん!」

 

 一体誰が、なんて考える余地はない。

 急いで駆け寄って安否を確認するが、どうやら倒壊に巻き込まれてはいないようで目立った外傷もなかった。

 となれば残った問題は視線の先で狂ったように暴れるパワードイクサーと蹂躙されているリヴォルだけだ。

 

「パワードイクサーとは、中々味な真似をするじゃないか。やはり君は忌々しい男だ!」

 

 巨大なアームを巧みに躱し、隠そうともしない憎悪の叫びをあげるリヴォル。

 パワードイクサーの圧倒的な火力こそリヴォルを上回っているものの、当たらなければ意味がない。

 いくらか小回りがきくとはいえ、このサイズ差ではパワードイクサーの鈍重な攻撃は回避し続けるのはそう難しいことではないのだ。

 そうやって翻弄していたリヴォルは隙を見計らって大鎌を操縦席の名護へと放つ。

 

 ダークキバやサガの装甲にさえ通用する威力の攻撃を生身で受けられるはずもなく、名護はやむなくパワードイクサーから脱出し、リヴォルを翻弄した重機は沈黙する。

 

 これで名護がリヴォルに対抗する手段は事実上潰えたことになるが、名護啓介がこの程度で諦める男などではないとこの場にいる誰もが理解していた。

 

「まだだ! イクサを返してもらうぞ!」

 

「やれやれ……同じイクサでこうも違うか」

 

 案の定ファンガイアバスターを構えて徹底抗戦の意思を示す名護にリヴォルは心底呆れたように蔑む。

 そしてリヴォルが怠そうに、しかし一直線に駆け出すのを見たレイもまたその場から飛び出し、両者の間に割り込む。

 

「2人とも待ってください! 話を聞いてください!」

 

「邪魔だ」

 

 先ほどの拒絶を連想させるリヴォルの異様にゾッとする冷たい声に一瞬たじろぐ。

 だが、すぐに気を持ち直したレイにまたも振るわれる大鎌の一撃を同じように回避しようとするのだがーーー。

 

(速い!?)

 

 レイに迫る大鎌の速度は明らかに先の攻防の時よりも上回っていた。

 

 脳裏を過るのは抑えつけられていた時の余裕のある態度とレイを試すかのような言動。

 

 それらから導き出されたのはリヴォルはレイに対して手加減していたという事実。

 しかし、意思を挫かれかけていたレイにはそれに気づいたところで避けられる攻撃ではなかった。

 

「ぐああああっっ!!?」

 

「大地くん! おのれぇ!」

 

 火花を撒き散らして倒れたレイはさらに無理矢理立たされ、名護からの援護射撃の盾にされてしまう。

 ファンガイアバスターの射撃程度ではレイにとって些細なダメージにしかならないが、傷つき疲れ果てた大地の身体には堪えるものだ。

 

  テイクアップ

 

 足蹴にされ、地に面して伏せるレイに駄目押しの如く走る味わった経験のある脱力感。

 あのダークキバの記録に訴えかける哀しき旋律がレイを惑わせ、その魔皇力を奪う。

 サガやダークキバには及ばないにしろ、レイもまた魔皇力を糧とする仮面ライダーであり、リヴォルのテイクアップの効果は適用されるのだ。

 

「君はそこで寝ていてくれ。先にあの目障りな男をやってくるよ」

 

「ぐぐ………!」

 

「ぐぅ、動けん!」

 

 レイの変身をギリギリ維持できるだけの魔皇力だけを残して、リヴォルは再び名護へと歩んでいく。レイキバットの動きも封じられているらしく、変身を解くこともできない。

 

「名護啓介、イクサナックルを返してもらおう。君には似つかわしくない」

 

「それはこちらの台詞だ! 俺の、俺達のイクサを返せ!」

 

 ファンガイアバスターの掃射、鎖による乱打、イクサナックルの衝撃波、いずれの攻撃もリヴォルには微量の痛みを与えることすら叶わない。ただ鬱陶しいだけの行為を繰り返す名護はリヴォルにとって羽虫にも等しい存在だった。

 人知を超えたスピードで接近してしまえば、息を呑む名護とリヴォルの距離はほぼ無くなる。ファンガイアバスターを奪い取って握り潰され、名護に残る武器はイクサナックルだけになる。

 持ち前の身体能力でリヴォルの乱雑な蹴りをギリギリで躱し、名護はイクサナックルで直接殴りつけるが、変身もしていない状態ではリヴォルを揺るがすには及ばない。

 

「ぬぅああああっ!?」

 

 イクサナックルごと腕を捻り上げられた痛みに叫ぶ名護は強引にイクサナックルを奪われると同時に膝蹴りをめり込まされ、苦悶の表情で膝をついた。

 

「ぐ……! クソォ! まだだ!」

 

 それでもリヴォルに追い縋ろうとする名護の姿が大地の視覚を通して身体に動けと命じるのだが、未だにレイは倒された体勢のままだ。どんなに動かそうとしても、魔皇力を失ったレイの鎧が大地をその場に縫い付けて離そうとはしないのだ。

 だからリヴォルが名護の顎を蹴り飛ばすのも歯を食いしばって見守ることしか大地にはできない。

 

「名護啓介、確かにイクサは返して貰った。後は君を殺して終了だ」

 

 リヴォルはイクサナックルを眺めながら、球遊びをするかのように名護を蹴り転がして痛ぶっている。名護がどんなに悲鳴をあげようと、リヴォルの執拗な痛ぶりは止まらない。

 

「これぐらいの痛みは当然だよ、君にはいつもイライラさせられていたからね。紅音也以外の人間がイクサを使うなど、宝の持ち腐れもいいところだ。彼の嘆きが私にも伝わってくるよ」

 

「何を……言っている!自分の欲望を示すために死者の名を使うな!」

 

 名護のその言葉にリヴォルの動作がピタリ、と停止した。それは今のレイのような他者の介入による停止ではなく、やがてリヴォルが可笑しくて仕方がないという風に笑い出したのだ。

 

 

「紅音也は死んでなどいない!私は紅音也と共に戦っているんだよ!? この鎧には彼のライフエナジーが宿っているのだから!」

 

 

「は………?」

 

 

 名護と大地が言葉を失い、鬼塚の狂気の笑いが木霊する。

 確かに彼女は紅音也に対して特別な感情を抱いているとは思っていたが、そんな冒涜的な行為に手を染めてしまうほどであったというのか。

 それに彼女の放った言葉が真実なのか、大地には判別はつかないはずだが、思い当たる節があった。

 

 リヴォルのベルトからはダークキバの記録に響く、息子かもしれない紅渡を惹きつけたかもしれない旋律が2度も鳴ったのだ。

 

 もしダークキバのカメンライドにあったのが紅音也の記録だとしたらーーーー証拠と呼ぶには想像の域を出ないその推測も今の鬼塚を見る限りあながち間違っていない可能性は高かった。

 

「紅音也の死の寸前、私は彼の微かなライフエナジーを回収し、22年の歳月の果てにリヴォルのベルトに宿らせることで再びこの世に再臨した! ファンガイアを殲滅する絶対的な英雄としてね!」

 

「どうして……何故そこまで紅音也に拘る。命を救われたというだけでここまで崇拝できるのか?」

 

「……彼はゴブリン族の末裔たる私の命を救ってくれただけじゃない。他の魔族との戦いに明け暮れ、血生臭い世界しか知らなかった私に音楽をくれた。それがゴブリン族の復讐として22年間の戦いを続けるに足る理由だ」

 

 嗚呼、もう考えたくなくなってきそうだ。

 イクサも、リヴォルも、恐らくはサガもそれぞれの種族の信念の下に戦っている。そんな彼等の戦いにちっぽけな感情一つで乗り込んだ大地の言葉なんて届くと思う方が愚かだったのだ。

 

 鬼塚の拒絶の意味を今になって実感し、心に暗い影を落としかけた大地は、そこであるものを目にする。

 

「鬼塚、お前は間違っている。この俺が青空の会の理想を、正義を以ってその歪んだ想いを否定する!」

 

 

 全ての武器を失っても尚、正義に燃える身体で立ち上がる名護啓介という男を。

 

 

「はぁ……名護啓介、歪んでいるのは君の方だよ。己の理想に取り憑かれた君ごときがどうやって私を止める? イクサに変身できたとしても、君はすでに負けただろう?」

 

「負けたのはイクサじゃない、俺だ」

 

 時間の無駄でしかない問答を億劫に感じたか、リヴォルはうんざりとした様子で首を振って、いよいよ名護に向かって止めていた歩みを再開した。そんな万に一つも勝てる見込みがない相手を前にしても名護の表情に怯えは全く見られない。

 

「名護さん逃げて! 僕は動けません!」

 

「わかっている。弟子を見捨てる師匠などあってはならないからな」

 

 ここで立ち向かえば殺されるなんてわかりきったことなのに、何故名護は戦おうとするのか。

 その理由が恵を守ろうと生身でハンミョウ獣人と対峙した自身と同じものであることに大地は気づかない。

 

 もはや痛ぶるつもりもないリヴォルが大鎌を構えて近づいてくるのを見据え、手頃な瓦礫を拾っては投げつける名護。

 鍛え上げられた腕力で放たれる瓦礫の砲丸であろうが、その程度ではリヴォルを怯ませることすらできない。

 打ち払うのも面倒と言わんばかりに当たる瓦礫を無視して歩み続けるリヴォルだったが、その狙いがある一点に集中していることに気づく。

 

(……なるほど、イクサナックルか)

 

 その一点とはリヴォルが握りしめているイクサナックル。確かに瓦礫よりかはリヴォルに効果があるかもしれないが、名護の敗北の結果が変わることはない。

 それでも必死に瓦礫を拾っては投げる名護の姿を眺めている内に、鬼塚の中である企みが生まれた。

 

 そして名護が投げた瓦礫がイクサナックルを持つ手に直撃した瞬間、イクサナックルがその手から零れ落ちた。

 

 すぐさま名護は駆け出すが、それはリヴォルがわざとやったことだった。

 

(あまりウロチョロ逃げ回られても面倒だからね。餌を撒かせてもらったよ)

 

 素早くイクサナックルを拾おうとする名護は結果的にリヴォルの懐に飛び込んでくる形になる。その直前を狙って大鎌を振るえばいいのだ。

 

 その狙い通りに接近してくる名護を見据え、リヴォルはイクサナックルが落ちている場所で下から掬い上げるように大鎌を振るう。

 流石に罠にかかったと気づくだろうが、この距離では間に合うまい。

 

 しかし、リヴォルのその思惑は外れることになる。

 

「かかったな!」

 

「何ッ!?」

 

 名護はイクサナックルとは逆の方に滑り込み、見事にリヴォルの一撃を回避してみせたのだ。そうなれば大鎌は虚しく空を切り裂くしかない。

 だがイクサナックルが狙いでないとするなら、名護は何故こんな真似をしたのか。その答えは振り向いたリヴォルが身を以て知ることになった。

 

 硬直したリヴォルから微かに舞い散る火花。その出所はリヴォルのベルトに他ならない。

 

 そして名護がリヴォルのベルトに突き刺している道具とはーーーー。

 

「ファンガイア……スレイヤー!?」

 

 名護はイクサナックルを狙っているのだと誤解させ、リヴォルに隙が生まれるのを待っていた。そして背後に回り込み、瓦礫から突き出ていたファンガイアスレイヤーを握りしめ、リヴォルのベルトを突いた。

 これはリヴォルのベルトが破損すれば鬼塚の変身は解除されると睨んだ名護の一発逆転だったのだ。

 

 だがこんな場所に都合良くファンガイアスレイヤーがあるのはある意味でリヴォル自身が招いた必然でもあった。

 

 

 何故ならそれは鬼塚が飾っていた紅音也のファンガイアスレイヤーなのだから。

 

「これが紅音也の答えだ。彼は決してお前の自分勝手な復讐に手を貸す男ではない」

 

「名護さん……やっぱりすごい」

 

 しかし悲しいかな、名護の奮闘もここが限界だった。不意を突いた一撃だったが、結果はリヴォルのベルトは微かな破損で留まり、変身の解除には至らなかった。

 

 だとしても敬愛する男のライフエナジーが宿ったベルトを傷つけられたリヴォルの怒りは計り知れないものであるのに変わりはない。

 

「グゥゥ……おのれおのれおのれェェェ!! 貴様如きが音也を語るな! 傷つけるなァァァ!!」

 

「うわぁっ!?」

 

 鬼塚が出しているとは思えないほどの激昂と共に名護は突き飛ばされた。

 ファンガイアスレイヤーをゆっくりと引き抜いて丁重に地面に置くと、鬼塚は仮面越しに名護を睨みつけた。

 

 相手を少々甘く見ていたようだ、もう油断はしない。

 

 

 

 

「ぐぐぐ………! うううう!!」

 

 当たれば致命傷間違いなしの攻撃を名護は避け続けている。

 変身していない名護がリヴォルに一矢報いたというのに変身している自分がここで棒立ちになっているわけにはいかない。

 だというのに身体は相変わらず動く気配はない。リヴォルのベルトに傷が入ったことが原因か、ほんの少しだけ拘束が弱まった気がするが、レイの自由にはまだ程遠い。

 

「うぉ……うううウウぅウゥぅぅウウ!!!」

 

 動け。名護が意地を示したように!

 

 動け。ちっぽけな我儘を押し通せ!

 

「ぅゥゥぁアあアアアアアーーーッッ!! ガアアアアアア!! 動けええええ!!」

 

「なっ!?」

 

 強烈な衝撃にベルトから弾き出されたレイキバットが上げた驚愕の声も、大地の尋常ならざる絶叫の中に飲み込まれた。

 さらに大地の絶叫に合わせて瓦礫の中にも変化が生じた。とある一角が崩れ去ったかと思えば、そこから大小様々な破片を撒き散らして飛来するのは黒い影。

 

 レイのバックルに覆い被さるように展開したダークディケイドライバーと遅れて飛来したライドブッカーから射出されたカードがバックルに装填される。

 

  KAMENRIDE DECADE

 

 レイの装甲が解除されるのと入れ替わって大地の身を漆黒の装甲が包んだ。

 魔皇力を吸い取る枷もダークディケイドへの変身によって完全に無力化され、自由を取り戻した仮面ライダーダークディケイドが青藍の瞳を妖しく輝かせた。

 

 自身の切り札を破られたリヴォルは名護を追い詰めるのも忘れて、ただ狼狽している。

 

「馬鹿な! どうやってテイクアップを抜け出した!?」

 

「フゥ! ふぅ………ふぅ、よし」

 

 昂った感情を落ち着かせ、冷静になった頭にドライバーがとあるライダーを示した。

 

  KAMENRIDE ROGUE

 

 紫と黒の装甲、仮面に走る白いヒビがダークディケイドを仮面ライダーローグと同一の姿へと変えた。

 ダークディケイドの未知なる形態にリヴォルは警戒するが、このDDローグにフォームチェンジした理由は攻撃ではない。

 

  ATTACKRIDE MAGNET

 

「これは……磁力?」

 

 マグネットフルボトルの力でDDローグを中心に瓦礫に埋もれていた無数の金属やリヴォルなどがゆっくりと引き寄せられていく。

 強力な磁力に抵抗しているリヴォルには周囲の浮遊物を物色するDDローグを邪魔することはできない。

 そして目の前に浮かぶその金属の山の中からDDローグはついに目当ての物、イクサベルトとイクサナックルを探し当て、掴み取る。

 最初の目的を果たしたのでDDローグの変身を解いたダークディケイドは側に駆け寄ってきた名護にイクサナックルとベルトを手渡した。

 

「よくやった、大地君。流石は俺の弟子だ」

 

「いえ、これからです。名護さん」

 

 そうだ、まだ大地は何も成し遂げてなどいない。

 今度こそ鬼塚を止めるために、誰にも死んで欲しくないというちっぽけな意地をこれから果たすのだ。

 

「変身!」

 

  レ・デ・ィ フィ・ス・ト・オ・ン

 

 名護もイクサへの変身を果たし、ここにWライダーが並び立った。

 油断なく武器を構えるリヴォルもすでに臨戦態勢だ。

 

「名護さん、僕はやっぱり鬼塚さんを止めたい。あの人はどこかおかしいけど、だからこそ彼女の狂気の鎖をを解き放ってしまった僕が止めなきゃいけないんです」

 

「君は優し過ぎる。戦士は時には非情に徹することも必要だ」

 

「そんな」

 

「だが!」

 

 一歩踏み出し、イクサカリバーを構えるイクサ。その声音は勇ましくも、どこか優しい。

 

「君は君のままでいい。その優しさがあれば力を正しく使える。さあ、一緒に彼女を止めるぞ!」

 

「は、はい!」

 

 この後に及んでも鬼塚を救おうとする大地には名護が思う真の戦士にはなれないかもしれない。

 しかし、他者を労わるその優しさこそが大地にとって欠かせぬ原動力であり、名護にとっての正義なのだ。

 

 瓦解しかけていた思いがより強く、堅固になることを裏付けるようにライドブッカーから飛び出した、名護の正義を記録したイクサのカードがその手に滑り込んだ。

 

 強敵のリヴォルを相手にこのボロボロの状態で長期戦は困難だろう。ここは通常のダークディケイドよりもさらに負担が少ない姿が望ましい。

 そしてこの条件を満たすカードは今まさに手に入れたばかりなのだ。

 

  KAMENRIDE IXA

 

 ダークディケイドがカメンライドしたのは隣に並び立つイクサとほとんど同じ姿のDDイクサ。しかし、ベルトの他に決定的に違うのは赤い複眼が隠されたそのマスクだ。

 

 DDイクサ セーブモード。

 

 紅音也の22年前のイクサと同じ姿の、長い調整の末に最も負担の少ないフォームとなったセーブモードのDDイクサとバーストモードのイクサ。

 彼等の間にもう互いに言葉は必要ない。

 

「やめろ……! その姿は、イクサは音也のものだぁぁぁ!!」

 

 2人のイクサを前にして抑えきれぬ激情を吐き出すリヴォルに、2人の白き聖職者達は悠然と立ち向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 紅渡は周囲から聞こえる戦闘音に自身のペースを乱さないように深呼吸を繰り返していた。

 目の前で建造物が壊れるのを目にした渡は驚愕で固まっていたが、やがて渡の耳に流れて来た父に似た演奏に何故ここまでやって来たのか思い出した。

 

 そして心を落ち着けた彼は父が遺したバイオリンの名器、ブラッディローズの導きに従うように演奏する。

 そこには理屈なんてない。ただ父のものに似たあの演奏にあった哀しみが父の魂から奏でられている気がしたから、それを鎮めるかのように渡は琴線に弓を当てるのだ。

 

 父の音楽を守りたいという祈りをこめて。

 

 

 




パワードイクサーを覚えていますか?

次回、イクサ編最終回です。

質問、感想はいつでもどうぞ




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ドント・ルーズ・ユアセルフ♪心火のメロディ

ジオウでのキバの扱いどうなるんだろ






 Wイクサとリヴォル、対峙するライダー達。

 

 DDイクサはライドブッカーで、イクサはイクサカリバーでリヴォルに猛然と剣を振るう。

 イクサカリバーにライドブッカーが加わって合計2本もの剣がリヴォル1人に向けられていることになるが、巧みに大鎌を操ってそれらの剣先は届く前に絡め取られてしまう。

 同時に攻撃しようと、挟み撃ちにされようと、時にはリヴォルの手を離れてカバーする大鎌に逆にイクサ達が反撃されてしまうこともあった。

 

 大地の予想を上回った鬼塚の戦闘技術もさることながら、大地と名護の疲弊がこの状況を生み出した主な要因だろう。

 

 もし2人が本来の実力を発揮できていたならばまた違った戦局を迎えていたと思われるが、これも意味のない仮説だ。

 

 このまま膠着状態が続けば消耗の激しいイクサ側の不利は明白。

 そこで名護は一計を案じ、自身のイクサナックルをDDイクサに投げ渡した。

 渡された瞬間こそ困惑したが、名護の思惑を理解した大地も一旦ライドブッカーを収納して自身のイクサカリバーとナックルを召喚、カリバーをイクサに投げ渡す。

 

 これでDDイクサは両手にナックルを、イクサは両手にカリバーを備えた形になった。

 互いに付け焼き刃の戦法だが、名護にとって使い慣れた武器が2つに増えただけのこと。未だ優れた剣術を持たない大地も2つのモードを使い分けるイクサカリバーよりかはナックルの方が使い易い武器といえる。

 そしてイクサがブーメランとして襲い来る大鎌を迎撃、DDイクサがWナックルによるラッシュをリヴォルに仕掛ける。

 

「はああああああッッ!!」

 

「くっ……!」

 

 セーブモードへの変身で温存されていた体力を全て使い切る勢いで放つ拳の連打がリヴォルを襲う。

 DDイクサ単体であればリヴォルに返り討ちにされていただろうが、イクサが大鎌の対処をしつつ援護射撃を加えてくるため、次第にリヴォルの防戦一方となっていく。

 ここで一気に攻めたいところだが、リヴォルのガードは固く、DDイクサの攻撃は的確に防がれてしまう。アッパーは蹴り弾かれ、フックも受け止められるといった具合である。

 バーストモードでもないイクサの攻撃力などたかが知れており、このまま力任せにガードを崩そうとしても先に大地のスタミナが切れるのがオチだろう。

 

「ハアッ!」

 

 そこでDDイクサはリヴォルではなく、足元の瓦礫に向けて両手のナックルの衝撃波を放つ。

 粉砕され、粉微塵になった瓦礫と土埃にリヴォルの視界は阻害され、DDイクサ自身はナックルの反動で後方に飛ぶ。

 そしてイクサがカリバーで受け止めている最中の大鎌を後ろ回し蹴りで弾き飛ばして着地、両手のナックルを今度こそリヴォルに向けた。

 

 未だ視界を奪われているリヴォルへWナックルとWカリバー、その全ての斉射がリヴォルの装甲で火花を散らした。

 

「ガァアアアッッ!?」

 

 リヴォルの装甲はイクサやレイを超える強度で設計されているとはいえ、単体でファンガイアに絶大なダメージを与えうるイクサの装備が本来ありえない数の4つとなってその全てがリヴォルに向けられたのだから、その衝撃は相当なもののはずだ。

 さらに操作している本人の思考が乱されたせいか、上空で回転していた大鎌も先程までの勢いが嘘のように落下し、リヴォルの傍に突き刺さった。

 そうして息を荒げて膝をつくリヴォルに、DDイクサはナックルを下ろす。

 イクサは未だカリバーの照準をリヴォルに合わせているが、スーツの至る所から煙や火花を上げている彼女の姿を見れば勝敗はすでに決まったも同然だ。

 

「な、何故、イクサごときにこのリヴォルが苦戦する!?」

 

「鬼塚さん、もうやめましょう。貴女のやり方じゃ誰も救われない。きっと紅さんだってそんなことは望んでいない」

 

「君ごときに会ったこともない音也の何がわかる!? それに私の、ゴブリンの復讐はこんなところで終わりはしない!」

 

  ウェイクアップ

 

 吸い取られたレイの魔皇力を纏った大鎌にさらにリヴォルの魔皇力が上乗せされて、竜巻を錯覚させるほどの回転力を発揮する。

 2人のイクサを引き裂こうとする旋風、ファングスレイヤーは大地の言葉が鬼塚に届いていないれっきとした証だ。しかし、何度拒絶されようともう大地は挫けない。

 

 隣の師匠が示したように、意地でも己の意思を相手にぶつけるしかないのだ。

 

  KAMENRIDE

 

 空気を激しく切り裂く大鎌の嫌な音にドライバーの音声が掻き消されても、その装甲はしっかりと選んだ対象へと変わっていた。

 白いマントにローブと見た者に漠然とした「白」の印象を抱かせるライダー、白い魔法使いへとフォームチェンジするダークディケイド。

 DDイクサのカメンライドが解除されたことによってイクサの片方のカリバーも消え、DD白い魔法使いの手には新たにハーメルケインという笛型の剣が装備された。

 

 かつて一度だけ遭遇したこの白い魔法使いは強力な魔法を使用できるがしかし、以前食らった時ほどではないにせよ、2人のライダーの魔皇力を内包したリヴォルのあの技は容易く防げるような技ではないし、リヴォルの遠隔操作で機能している以上は躱すのも現実的ではない。

 今の大地がリフレクトなどの防御魔法を発動したとして、即座に突破されてしまうはずだ。

 

 だがその程度の事実は大地にもわかっていた。イクサを庇う形で一歩前に出て、ハーメルケインを仮面の口にあたる部分に構える。

 

「名護さん、僕に任せてください」

 

「わかった。頼むぞ、大地君」

 

 白い魔法使いの記録に従って指を操り、魔法の笛を吹き鳴らす。

 するとリヴォルのファングスレイヤーはDD白い魔法使いの目前で見えない魔法の障壁に阻まれて停止、さらには纏っていた魔皇力までもが跡形も無く消え去ったのだ。

 

 

 メイジの魔力と魔皇力は非常に似ていると鬼塚は言っていた。

 そしてメイジの技術を参考にしたあのリヴォルの魔皇力は逆に魔力を無効化する技で打ち消せるのではないかと考えたのだ。

 つまりこれは白い魔法使いの持つハーメルケインだからこそ出来た芸当なのだ。

 

「うぅ……これでも結構辛い……」

 

 しかし、セーブモードでいっぱいいっぱいだった大地の身体に白い魔法使いの変身はかなり堪えることであり、このたった数瞬の間でかなりの体力を削られてしまった。

 

「そんな技まであるなんて、そのダークディケイドにはつくづく驚かされる。だが、その様子を見る限りは連続での使用は不可能のようだね」

 

  ウェイクアップ

 

 再度発動されるファングスレイヤー、しかしハーメルケインに打ち消されたレイの魔皇力は大鎌には内包されておらず、リヴォル自身のみの魔力だけがその刃に込められている。

 今でも十分な脅威だが、それでもさっきのファングスレイヤーよりは随分と劣っているのは間違いないはずだ。

 

「ここだ……! ここで終わりにさせます! 名護さん!」

 

「ああ!」

 

  KAMENRIDE GREASE

 

 この黄金のライダー、グリスへのカメンライドもまた白い魔法使い同様今の大地には多大な負担をもたらす変身だ。

 だからこそこのカメンライドでリヴォルを無力化しなければ、もう後はない。

 DDグリスは通常のツインブレイカーに加え、さらにもう1つのツインブレイカーを召喚して両手に構え、一気に4枚のカードをライドする。

 

  ATTACKRIDE SMAPHO WATCH UNICORN KABUTOMUSHI

 

 4枚のカードはそれぞれスマホ、ウォッチ、ユニコーン、カブトムシのフルボトルを召喚させた。

 そしてイクサが射撃でこちらに迫るファングスレイヤーの進行を微かに遅らせている間に4本のボトルを両手のツインブレイカーにセットする。

 

 左腕のツインブレイカー ビームモードにスマホとウォッチを

 

 右腕のツインブレイカー アタックモードにユニコーンとカブトムシを

 

  ツイン! ツインフィニッシュ!

  ツイン! ツインブレイク!

 

「ハアアアアアッッ!! ッッッツァァアアアアアア!!」

 

 4本のフルボトルの成分がツインブレイカーに充填、DDグリスは残された最後の気力を全て出し切る勢いで左腕、右腕の順に突き出した。

 

 発射されたツインフィニッシュのスマホのアプリ画面が実体化した無数のエネルギー弾がファングスレイヤーの勢いを押し留め、その内の時計のアプリのエネルギー弾が当たることで大鎌の回転が完全に停止した。

 

 そこにカブトムシとユニコーンのボトルで貫通力を強化したツインブレイクが静止した大鎌に衝突し、木っ端微塵に粉砕することに成功する。

 

 全身全霊をかけた必殺技の重ねがけでついにリヴォルの武器を破壊したのだが、これほどの技を放ったDDグリスもただでは済まない。

 ギリギリを保っていた体力の限界を超え、飛散したDDグリスのスーツの中から生身の大地が力尽きるように倒れたのだ。

 

 意識だけは残っているが、リヴォルは未だ健在でレイに再変身するのは難しい。しかし、絶望する必要もない。ダークディケイドとしてやるべきことは果たしたのだから。

 

「ハハハハハ! 厄介なダークディケイドはそこまでか! 名護啓介、君1人ではこのリヴォルには勝てない!」

 

「それはどうかな」

 

 鬼塚の知らぬ技を繰り出すダークディケイドの脱落にリヴォルは勝利を確信したようだが、それはイクサも同じだ。

 互いに切り札のフエッスルをセットしたイクサとリヴォルのエネルギーが極限まで高まっていく。

 

  ウェイクアップ

 

  イ・ク・サ・カ・リ・バー・ラ・イ・ズ・アッ・プ

 

 カリバーにエネルギーを充填させるイクサに対し、武器を失ったリヴォルは高まった魔力を右足に集中させる。

 

 睨み合う両者、先に動いたのはリヴォルだった。

 

 独特なステップを踏んでイクサとの距離を縮め、跳躍してその右足を突き出した。

 

 どことなくストライクメイジを連想させるこの必殺技を食らえばイクサの戦闘不能は免れないが、そんなことは百も承知だ。

 腰を低く落として構えるイクサは膨大な魔力の塊であるリヴォルのキックにも全く動じない。

 その仕草1つ1つが鬼塚にとっては滑稽としか見えなかった。

 

「無駄だ! 出力では私の方が上、結果は見えている!」

 

「ハアアアアア……!」

 

 確かにこのまま技をぶつけ合ったとして負けるのはイクサの方だろう。

 しかし、大地は名護の勝利を信じて疑わない。

 この世界で出会い、鍛えてくれた名護は出力の差で敗北を喫するような男ではないはずだ。

 大地なら諦めるような状況を何度も切り抜けてきた名護とイクサならきっと!

 

 そしてついにイクサが動いた。

 イクサ・ジャッジメントの発動準備を終えていたカリバーを一瞬で逆手持ちに持ち替え、振りかぶって投擲したのだ。

 

「何だと!?」

 

 エネルギーを纏った刃はリヴォルの右足と衝突するのではく、その装甲を斬りつけた。

 本来の想定とは違う方法で放たれた斬撃は当然必殺技と呼べる威力には至らないが、思わぬ攻撃にリヴォルの態勢が微かに崩れた。

 これはリヴォルには知るよしもないことだが、かつてビショップと戦った際に大地が咄嗟に繰り出した相手の技を潰す戦法であり、その有用性に名護も目をつけていたのだ。

 

 だが、あの時とは違い、リヴォルのキックが完全に潰されたというわけではなかった。

 

(中々驚かされたが、この程度なら大したことはない! このままいける!)

 

 そう、微かに態勢が崩れただけであって、リヴォルのライダーキックは未だに発動中なのだ。

 崩れた態勢のまま、リヴォルは技を続行してイクサにキックを炸裂させようとして、目撃する。

 

  イ・ク・サ・ナッ・ク・ル ・ラ・イ・ズ・アッ・プ

 

 太陽を背に跳躍したイクサの姿を。

 

(な……!? まさか、イクサ・ジャッジメントはただ私の隙を作るその為だけに使ったというのか!?)

 

 極限までエネルギーが充填されたカリバーの斬撃で微かとはいえ崩れた態勢のまま強引にキックを続行している今のリヴォルには、さらにその上を飛び越えるように跳躍して迫るイクサの拳を避ける手立てはない。

 

 それでもどうにかして足掻こうとするリヴォルだったが、眩しい光の中でナックルを構えるイクサの姿が、鬼塚の中でとある人物と一致してしまった。

 

「音……也……」

 

「ハアアアアアッッ!!」

 

 ガードの構えすら取れないリヴォルの腹部、ベルトにブロウクン・ファングが叩き込まれた。

 真上から垂直に叩き込まれた衝撃がリヴォルを地面に衝突させ、高エネルギーの楔を打ち込まれたリヴォルのベルトはファンガイアスレイヤーでできた傷から亀裂が見る見る間に広がっていく。

 自身の傷を気にせずにひたすらベルトを抑えて亀裂の広がりを止めようとするリヴォルの姿が見ていて痛々しい。

 

 誤作動でも起こしたか、ベルトからはテイクアップの旋律が不安定な音程で流れ続けていたが、大きな火花が弾けると共にそれも鳴り止んだ。それは亀裂が内部に到達し、ベルトが破壊されたことを意味する。

 

 それが、仮面ライダーリヴォルの最後だった。

 

 

 

 

 

「音也のライフエナジーが、ゴブリンの復讐が消えてしまう……」

 

 システムの中核を担っていたベルトの崩壊によってリヴォルの鎧も維持ができなくなっていく。

 紫色の粒子となって消滅していく装甲と共にベルトから虹色の球体らしきものが浮かび上がったが、それもやがて半透明となり見えなくなった。

 リヴォルの仮面が崩れ落ち、魂の抜けた表情の鬼塚が呆然と座り込んでいる。しばらくはベルトを撫でていたのだが、やがて放心状態のままにイクサに顔を向けた。

 

「イクサ如きに負けるとは……名護君の実力を見誤っていたよ」

 

「それもあるが、貴女の一番の敗因は紅音也の、イクサの本当の強さを理解していなかったからだ。イクサは過去から現在、そして未来へと受け継がれていく正義のシステム。そこには紅音也だけじゃない、イクサの開発や改良に携わった者達の魂がある。たった1人で強くなろうとした貴女に勝てるはずがない」

 

「……そんなはずがない。私は音也のライフエナジーと共にあった」

 

「ーーーだから、あんなに悲しい旋律が流れたんじゃないですか」

 

 瓦礫に寄りかかったままの大地に名護と鬼塚の視線が集まった。

 もし下手なことを言って鬼塚の怒りを買いでもしたらおしまいなのだが、どうしても言っておかなければならない気がしたのだ。

 

 ダークキバの記憶に訴えかけてきたあの旋律の意味を言葉にするのは難しい。

 慎重に言葉を選んで、感じたありのままを、希望に近い推測を話す。

 

「鬼塚さんに紅さんがくれた音楽って、あんなに悲しい音楽だったんですか? 彼が貴女が言うような立派な人だったなら、きっと鬼塚さんに……全てを敵に回すような戦いを止めて欲しかったから」

 

 その刹那、殺風景な戦場には似つかわしくない音が響き始めた。

 

 それはリヴォルのベルトから流れた音也の旋律と似ているが、はっきりと違う儚くも美しい音楽。

 

「こ、この演奏は……!?」

 

「……渡君、か?」

 

 心当たりのありそうな名護の呟きで、この演奏の主はわかった。

 

 そしてそれと同時にリヴォルのベルトから鳴った悲しみの音の真の理由もわかった気がした。

 

 はっきりとした確信があるわけでもない。しかし、ダークキバの記憶の片鱗に触れた大地の直感と狼狽する鬼塚の姿が告げている。

 

 これが答えなのだと。

 

「違う……これは音也の演奏じゃない……それなのに、どうしてこんなにも心が踊る? あの時と同じ感覚にどうして至れる?」

 

「この音楽にかつて貴女が聞いたものと同じ何かがあって、リヴォルのベルトの、紅さんのライフエナジーの音楽にはそれが無かった………これ以上、上手く言葉にはできません。けど、これが答えなんです」

 

「はは………そうか。この音楽が……」

 

 もし大地が芸術という概念を完璧に理解できていたら、もっと納得のいく言葉を送ることができたはずだ。

 

 それでも、何か憑き物が落ちたように笑う鬼塚を見ればこれで良かったのだと思うことができる。

 

 もしかしたら鬼塚もリヴォルのベルトから鳴り響く旋律の違和感に気づいていたのかもしれないし、だとしても復讐の鎖に囚われた彼女は止まれなかったのかもしれない。

 

 ようやく一息つけると大地が安心したところへ、いつの間にかやってきたレイキバットが声をかけてきた。

 どうやらこの小さな蝙蝠は気を利かせてくれていたようだ。

 

「フッ、まさか本当に鬼塚を止めちまうなんて、意外とやるじゃないか」

 

「レイキバットさん……うん。僕も少しは成長できたのかもしれません」

 

 そして何よりも死んで欲しくない人達が死なずに済んだという結果に、ようやく大地も心から笑うことができた。

 

 

 

 

 

 鬼塚に抵抗の意思がないことを確信した名護はイクサの変身を解除した。

 その行為が鬼塚にとっては意外だったのか、若干驚いた様子で名護を見つめている。

 

「何だ。その顔は」

 

「いや、名護君は私にトドメを刺すと思っていた。君の正義に乗っ取れば裏切り者であり、ゴブリン族の私は許されないのだろう?」

 

「全ての異形は淘汰されるべきだ。例外はない……以前までの俺だったらそうしていた。だが、紅音也や大地君との出会いで俺も少し考え直す余地があると気づいた。貴女が今後一切人を襲わないと誓えるなら、俺は貴女を信じよう」

 

 それはかつての名護啓介を知っている者からすれば信じられない発言だった。

(知らなかったとはいえ)異形に恋し、遊び心を学んだ今の名護だからこそ言える言葉だ。

 だが、今鬼塚が抱いた疑念はそこではない。

 

「君は音也と会ったことがないだろう」

 

「俺を誰だと思っている。俺にとって卑しい偽りごとは最も忌むべき行為だぞ」

 

 答えになっていない。いないのだが、鬼塚は心の何処かでは納得してしまっていた。

 

 名護がそう言うのならそうなのだろうと。

 

 あれほど憎んでいた音也に代わるイクサの装着者なのに、どうして今はこんなにも穏やかになれるのか、鬼塚には理解できなかった。

 

「結果的に貴女が齎したのは微々たる被害だけだ。まずは嶋さんや他のメンバーにこれまでの非を詫びて誠心誠意謝罪しなさい。その上で今後も青空の会の研究員として人類の為に尽力しなさい。そのためなら俺も協力を惜しまない」

 

(説教臭いところは相変わらず、か)

 

 処罰は覚悟しているが、許されるならば青空の会に戻ろうと鬼塚は思う。無論、ファンガイアへの恨みが消えたわけではない。

 でもあの時鬼塚の世界に救いをくれたあの音楽を忘れない限りは、この不思議な人間達の力になりたい。

 音也がくれた音楽を、感謝として人間に返したい。

 

 

 

 

 そんな感情を抱いた矢先に、鬼塚の身体を虹色の光弾が貫いた。

 

「鬼塚さん!?」

 

 鬼塚の致命傷を負った身体が瓦礫の山に倒れこみ、そのまま身じろぎもできなくなった。

 

 世界が遠く感じる。失われていく血液、冷たくなっていく身体、聞こえなくなる大地の叫び声。

 初めての感覚のはずなのに、何故だかこれから自分が死ぬのだとはっきり理解できてしまう。

 

(………ここらが潮時か)

 

 何が起きたのか、なんて考える余裕は鬼塚にはもうない。ただこれから訪れるであろう永遠の眠りに思いを馳せるだけだ。

 しかし、死への恐怖は微塵もない。何も聞こえなくなったにもかかわらず、鬼塚の中で音也の音楽はしっかりと響いているのだから。

 

(すまない、ゴブリンの同胞達よ。しかし、これで良かった。最後にまた私の世界に音楽が訪れた)

 

 唯一の心残りといえば、あのお節介で人を疑うことを知らない不思議な青年に心からの礼を言えなかったことだ。

 もし彼がこの世界にいなければ、自分はいつまでも復讐に囚われて鬱屈とした世界に独り生き続けていたに違いない。だとすればこの結果にも後悔はなかった。

 

(大地君……ありがとう)

 

 それが最後の思考だった。

 

 22年の時を超えて蘇る最愛の音楽に包まれて、ゴブリン族最後の末裔の復讐の生涯は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 いくら呼びかけても鬼塚は返事をしてくれない。

 安らかな笑顔のまま、胸に穴を開けた鬼塚の命の鼓動は停止してしまっている。

 

「よし! キングに刃向かった愚か者は始末した!俺は俺にご褒美を与える!」

 

 鬼塚を貫いた光弾の主、革ジャンの大男に湧き上がる怒りと憎しみも悲しみに塗り潰される。

 衝動的にカードを叩き込んだダークディケイドライバーは反応してくれない。

 涙すら出ない。出るのは嘔吐に近い、嗚咽だけ。

 

 どうしてこうなるのだと問いかけたい。だが、誰に問いかければいいのか。

 

 鬼塚の命を奪った張本人、やるせない表情で立ち竦む名護、 それとも無言で大地の肩に止まっているレイキバットか。

 

 そして鬼塚が初めて見せた笑顔を思い出した瞬間、堪えきれずに感情が爆発した。

 叫んで、叫んで。行き場のない激情を喉から絞り出す。

 

「ぐぐガが………うわあああああああーーーッッ!! アアアアアアアアアアッッ!?」

 

 

 

 

 

 

 それからどうしたのか、具体的には覚えていない。

 

 確か放心状態のまま写真館に帰って来て、ボロボロの自分を見た瑠美が仰天したり、名護が写真館までメイジドライバーとリングを届けに来てくれた覚えはあるが、その記憶も曖昧だ。

 そして大地は瑠美に傷の手当てを受けている最中にようやく我に返ったが、心に巣食う悲しみの傷は癒える気配がない。

 

 結局、自分が何もしなければ鬼塚は死なずに済んだのだ。

 死んで欲しくないと言っておいて自分で殺したも同然なのだ。

 

 明らかに異常な様子の大地に瑠美も何かを察したのか、口数は少ない。そんな中で瑠美がポツリと漏らした言葉だけは鮮明に覚えていた。

 

「もうこの世界ともお別れなんですね。せめて、鬼塚さんにはお礼を言っておきたかったです。あの人、私に言ってくれたんです。

 

『世界で独りぼっちというのは寂しいだろう。せめてこの研究所を家と思ってくれ』って。

 

 無愛想だったけど、本当に優しい人だったんですよ」

 

「………」

 

 

 それから夜が更けて、暗いリビングのテーブルの上にダークディケイドライバー、ライドブッカー、メイジドライバーとレイキバットが鎮座している。

 ダークディケイドライバーのレンズに映る大地の姿が一瞬ダークディケイドに重なり、湧き上がった激情のままにダークディケイドライバーを床に叩きつけた。大きな音をたてて迷惑だとか、そんなことを考える余裕すらなかった。

 ライドブッカーから飛び出した「カメンライド リヴォル」のカードすら衝動的に破り捨ててしまいそうになる。

 

 自分が鬼塚の何を理解して、記録したというのか。彼女の孤独を、音楽をもっと早く知っていればこんなことにはならなかったかもしれないのに。

 30人以上のライダーの力を使えるのに、たった1人救うこともできない自分へのやるせなさに俯き、座り込む。

 

 ドライバーが当たった衝撃で新たな背景ロールが下がり、その光景を呆然と見ていた大地はあまりの気分の悪さに気を失って床に伏せてしまった。

 

 眠りに落ちた大地を無言で観察するレイキバットだけが、その背景ロールに描かれた絵の内容、座席にカメラが置かれた白いバイクに気づくことができた。

 

 

 

 

 

 大地達が去った後も人類はファンガイアの脅威に晒されている。

 

 数えきれないほどの人々が命を奪われ、それを守る青空の会のメンバーの多くも戦いの中で散って行った。

 

 この血で血を洗う種族間の戦争とも言うべき争いの中心に身を投じていながら、なおも名護の感情が憎しみに支配されることはない。

 復讐の末路に果てた知人とその今際に見せた本当の笑顔を知っているから。

 

 いつか誰もがあんな風に笑えるような恒久的な平和を目指して、名護は今日も戦い続ける。

 そのために人の命を脅かすファンガイアは殲滅されるべきだが、人を襲わないファンガイアがいたとすればどうするべきか。

 

 絶対的な審判は下せない。故に名護は考え続ける。

 

 共存か、絶滅か。この世界に訪れる未来がどちらなのか、今はまだわからない。

 

 だが、これだけは言える。

 

「その命、神に返しなさい」

 

  ラ・イ・ジ・ン・グ

 

 彼の弟子が見せた揺るぎない優しさの救いを名護は決して忘れない。

 

 

 

 

 

 

  2008

  1986

 

 

 

 鬼塚と音也の出会いから時が流れ、今紅音也は生涯で最も愛した女性の膝元に横たわっていた。

 これから彼は過ぎた力を使った代償故に死ぬ運命にあった。

 

 しかし、音也に後悔はない。

 この身が朽ち果てた後も、魂の中の音楽は愛する女性、そして何れ産まれる子供のなかで生き続けると知っているからだ。

 

 父親として接してやれないのは残念だが、その子供には託した母と友がついているのだから何も心配はいらない。

 

(俺がブラッディローズに込めた祈りは子供に受け継がれ、人の中の音楽を守り続ける。それでいい、それが俺の真の音楽なんだ)

 

 この瞬間が紅音也の生涯の幕引きにして、運命の始まりだった。

 

 そして彼の音楽は祈りに導かれた彼の息子によって今も守られているのだ。

 

 そんな未来を夢想しながら、愛おしげに手を添えられた音也は温もりの中で静かに息を引き取った。

 

 

 

 

 

 




イクサの世界編、終了。色々書きたいもの詰め込んだら、ラストがちょっと変な感じかも。

カメンライド リヴォルはその時になってようやく鬼塚という人を理解できてしまったからこそあのタイミングでゲットでした。わかりにくいかな。

ハンミョウ獣人、仮面ライダーリヴォルなど色々な出来事が起こったイクサの世界。次もまた白い人の世界ですね。

お知らせとなりますが、1週間か2週間ほど更新をお休みします。そのため次の更新は10日か17日になります。申し訳ありません。

感想、質問はいつでもどうぞ。



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マッハ編 追跡、撲滅ーーーー
新たな世界の異変とは何か



3つ目の世界編スタート。今回の主役は……?





 

 

 誰もいない暗い闇の世界でただ1人立ち尽くす大地。

 不安を掻き立てる漆黒は方向感覚を狂わせ、まるで闇に拘束されているかのような感覚さえ与えてくる。

 足を動かしても眼に映る景色が変わらないせいで、進んでいるのかどうかさえ曖昧になってしまいそうだ。

 

 そんな気を狂わせる暗闇にぼやけた人型の輪郭が浮かび上がった。

 

 目を凝らすまでもなく、その正体に大地は気づく。

 闇に溶け込むそのライダーの姿を今後決して忘れることができない。

 

「お、鬼塚さん……」

 

 闇に立つ仮面ライダーリヴォルは何も語らない。

 物言わぬ骸ともとれる彼女の黒い姿はまさに死装束だ。

 思わず後ずさる大地、だがリヴォルとの距離は一向に変わらない。むしろ近づいていってるようだ。

 そしてリヴォルも近づいてくる大地には何もせず、目と鼻の先にまで到達してもその様子に変化はない。

 

 何の感情も読み取れないリヴォルはやがて暗闇のとある一点を指し示した。釣られて目を向けた先にあったのは、血溜まりに横たわる人影。

 

 それは紛れも無く鬼塚本人の遺体だ。大地が見た時とまんま同じ光景が暗闇をスクリーンのようにして再生されているのだ。

 沸き上がるのは狂おしいまでの激情と、それに伴う違和感。

 

 隣にいるリヴォルは一体誰だ?

 

 瞬時にリヴォルに向き直って、そして違和感の正体に気づく。

 こちらを見つめるこのライダーはリヴォルであってリヴォルではない。彼女の力と狂気の権現たるベルトがダークディケイドライバーになっているのだ。

 つまりこれは鬼塚なんかじゃない、大地本人だ。

 

 大地がそれに気づくと同時に目の前のDDリヴォルにまた変化が起こった。そいつは徐々に肩を震わせ始め、声もなく笑い始めたのだ。

 その様子に無性に腹が立って、思い切りその仮面を殴り飛ばそうとするが、大地の拳は虚しく空を切る。

 何度腕を振り切っても、まるでその場に存在していないかのようにDDリヴォルには触れることもできない。

 

 そうやって足掻き続ける大地にますます肩を揺らすDDリヴォル。

 苛立ちと憎しみを煽られ、されども大地にできるのは無意味な行動を繰り返すことだけだ。

 歪な笑いを幻視させる相手の仮面目掛けて、衰えぬ勢いで空を切りながら叫ぶ。

 

「笑うな! 僕は悲しいんだよ! 可笑しくなんてないんだよ! だから、笑うなぁ!?」

 

 

 

 

 

「こりゃダメだ。しばらく寝かせておかなきゃな」

 

 新しい世界に来て初日の朝、リビングで倒れていた大地に光写真館は朝から大騒ぎだった。(実際に騒いだのは瑠美1人であるが)

 自室のベッドに運ばれた大地はずっとうなされながら眠り続けていて、病気というわけでもなさそうだが、ガイドの言う通りしばらくは安静にしておいたほうが良さそうだ。

 

「ほんじゃま、今日は休日ってことで瑠美ちゃんもまったり過ごしててよ。俺は買い出しとか行ってくるから」

 

「あの、今日は私がこの世界のこと調べてみます」

 

 大地がこうなってしまった以上、瑠美はここで彼の看病をした方がいい。

 自分自身でそう思っていたはずなのに、大地の今にも泣き出しそうな顔を見ていると自然と立ち上がってしまっていた。

 これは言うまでもなく無謀な提案であり、案の定ガイドも目を丸くしている。

 

「本気? 可能性は低いとはいえ、怪人に襲われたらどうするつもりよ? 大地がその場に飛んできて、はい解決! ってのは無理だぞ?」

 

「わかってます。でも1日でも早く大地くんには記憶を取り戻してほしいから、私もできることはやりたいんです」

 

 大地に命を救われて以来、瑠美はずっと恩返しの機会を待っていた。

 幸か不幸か、彼との再会からこの写真館で雑用の手伝いをさせてもらっているが、この程度では恩返しになるはずがない。

 ならば大地が不調の今こそ自分が大地の代わりに少しでもこの世界の情報を集めるというのが瑠美にできる大地の手伝いなのだ。

 怪人と遭遇するかもしれないことへの恐怖だって勿論あるが、それだって普段から戦いに身を置く大地に比べれば大したことじゃない。

 

「どうせこいつが寝たままじゃ暇だ。俺が付いて行ってやろう」

 

「ありがとうございます、レイキバさん」

 

「れ、レイキバ………?」

 

 昨夜大地に付いてきたばかりのレイキバットに妙な愛称まで付けてしまう瑠美は度胸があるのか、それとも天然なのか。

 普通の女性なら少しは訝しんだりしそうなものだが、本人がいいならガイドとしても必要以上に何か言うつもりもない。

 

「はぁ、まあレイキバットも行くならいいか。夕飯前には帰ってこいよー」

 

「はい! 早速準備しましょう、レイキバさん!」

 

「おう!………それとその変な名前はやめろ」

 

 慌ただしく大地の部屋を出て行った1人と1羽。

 ガイドの思っていたよりも瑠美は行動力のある女性のようだが、まあ特に問題はないと大して気にも留めない。

 彼女達に続いて部屋を出て行こうとしたガイドはドアノブに手をかけたところでわざとらしく「あ、忘れてた」と声を上げる。

 

「この世界なら事件に巻き込まれる確率はそこそこ高そうだなぁ……まあいっか」

 

 

 

 

 

 

 意気揚々と散策に出かけた瑠美とレイキバットは近くにあった人混みで溢れるショッピングエリアにまで足を運んでいた。

 この世界も瑠美のいた「ビーストの世界」と比べて特に変わった風習などがあるなんてこともなく、ここが異世界であると忘れてしまいそうになる。

 ショッピングエリアの案内板に一通り目を通した瑠美はどこに行こうか迷うが、やがてレディースのファッション中心のエリアへと向かって行った。

 この世界の情報を集めるという主目的を忘れているわけではないが、ついこの間まで学生生活を謳歌していた彼女がついつい煌びやかな場所に惹かれるのも仕方のないことだ。

 しかし、目を輝かせて旬の洋服を漁る瑠美を見ていると流石に釘を刺しておいた方がいいのではという思いがレイキバットの中にも湧いてしまった。

 

 瑠美のリュックの隙間からひょっこり顔を覗かせると、ちょうど瑠美は真剣な表情でウエストポーチを品定めしている真っ最中だった。

 

「おい瑠美、普通に買い物を楽しんでていいのか。情報はどうした」

 

「あ、やっぱりそう見えちゃいますか? 一応これでも調べてるんですよ。ショッピングモールの人達はお洒落に気を遣ってると思って服装とか店とか見てたんですけど、多分この世界は春先くらいの季節だと思います」

 

 瑠美と違い、初めて異世界にやってきたレイキバットは世界によって季節や年代が変わるという事実を知らないため、ちゃんと見るべきところは見ていた瑠美に素直に感心する。

 

「あ、それとこのウエストポーチどうですか? 大地くんにあげようと考えてるんですけど、どういうのがいいのかよくわからなくて」

 

「何故俺に聞く。俺が人間のお洒落なんて知ってると思うか?」

 

「えっと、大地くんってレイキバさんみたいな色んなアイテム持ち歩いてるじゃないですか。だったらこんな風にいつでも取り出せると便利かなって考えたんです」

 

 なるほど、レイキバット自身も含めて既に3つの変身アイテムを所持する大地はそれらを常に持ち歩き、いざという時にすぐに取り出さなければならない。自在に飛べるとはいえ、人目につくと面倒なレイキバットからしても瑠美の考えは理に適っていると言えよう。

 

「俺としてはある程度の広さがあればいい。あまり大きくても大地の邪魔になるだろうがな」

 

「それだったらこれなんていいかも」

 

 大地が使っているところを想像して似合いそうなシックな青色のものを、他より一回り大きいサイズを選ぶ。

 瑠美には少々値が張るが、その程度なら大した苦でもない。

 

「ありがとうございましたー」

 

 プレゼント用に包装してもらったポーチを大きい紙袋に入れてもらって店を出た瑠美の足取りは軽い。昨夜帰ってきた時からどこか元気のなかった大地が少しでも喜んでくれたらいいのだが。

 

 店が立ち並ぶエリアを抜けると、フードコートのある開けた場所に出た。

 

 次に調べる場所をレイキバットと話し合うために腰を落ち着けたいと思っていたため、一応レイキバットの分も含めてジュースを2つ買って適当な席に座った。

 選んだのは居心地の良さそうな屋外席で近くの店や設置されている噴水などが一望でき、側で遊ぶ子供を見ていると瑠美の心に和みを与えてくれた。

 

「で、次はどうする。何か当てはあるのか」

 

「うーん、前から感じてたんですけど、異世界でも私のいた世界と全然違いがなくて正直よくわからないんですよね。帰る前にせめて手がかりの1つでも見つけておきたいです。レイキバさんは何かありませんか?」

 

「あるわけないだろう。俺は作られた研究所からほとんど外に出たこともないんだぞ。こんな街の風景だって知識としてインプットされているだけで、実際にこうして見るのは初めてだ」

 

「じゃあ大地君についてきたのも……?」

 

「ああ、レイに変身できる大地となら面白いものが見られるかもしれない。あいつには見所があるからな。少なくともおかげで俺は外の世界を知ることができた」

 

 リュックから可愛らしく顔を出しているレイキバットは時折興味深そうに周囲を観察していた。同行を申し出た主な理由もそこらへんなのかもしれない。

 しかし理由はどうあれ、態々付いてきてくれたこの小さな蝙蝠にも何かお礼の品を送りたいと瑠美は思った。

 

「それならレイキバさんはどこか見てみたいところとかありますか? 次はそこに行ってみましょう」

 

「よせ。余計な気を回さなくていい、俺は今のままでも十分満足してる」

 

「そんなに謙虚にしなくてもいいじゃないですか、もしかしたら意外な発見に繋がるかもしれませんよ?」

 

 まだまだ時間はある。

 反論しようとするレイキバットをリュックに強引に押し込んで、彼が気に入りそうな店が周囲に並んでいないか視線を巡らせる。

 

(蝙蝠の好物って何でしたっけ……果物とか? でもレイキバさんは機械だから、どうなんでしょう)

 

 気に入るかどうかは微妙だが、まずは近くの青果店でも覗いてみようと瑠美は席を立ったところで、自分をじっと凝視するフードを被った男がいることに気づいた。

 まさかレイキバットを見られたのかと一瞬考えたが、男はすぐに視線を外して、また違う人物にその気味の悪い視線を向ける。

 

 変な人もいるものだと大して気に留めることもなくその場を立ち去ろうとしたのだが、ふとその男をもう一度見てみると、男はフードを脱いで怪しげな笑みを浮かべていた。

 

 そしてその瞬間、瑠美の身体に不可視の衝撃が降りかかった。

 

「きゃっ………!?」

 

 たった今瑠美に起こった現象は奇妙という他なかった。

 衝撃によろめいた彼女の身体は地面に倒れかかっているのだが、その速度が異常に遅いのだ。

 

「な、なにこ………れ……!?」

 

 スローモーションで再生されているかのようなスピードで倒れていく自身の状態を自覚した瑠美は何故こんなことになったのか理解できていない。

 手に持っていたジュースも宙を舞って、ゆっくりと飛散しているばかりか、視界に映る全ての人間、物体が瑠美と同じく異常にゆっくりとした速度で動いているのだ。

 唯一通常と変化がないのは思考だけ。故にこの異常事態に対する恐怖が膨れ上がっていく。

 周りにいる人に助けを求めることもできず、頼みのレイキバットも同じ状態なのか、リュックからゆっくりとした感触が伝わるだけだ。

 

 そんな状況で唯一普通に動いている人物、あのフードを被っていた男がいることに瑠美は気づく。

 

 何故あの人だけが動けているのかと訝しんだその直後、男の身体がモザイク状になったように見えた。

 

 

 

 

 

 

 それが一歩踏み出す度に重厚な金属音が響く。特に目を惹く巨大な手甲を始めとする奇怪な装飾品が身体の至る所に散見されるその存在はどう見ても人間ではない。

 

 生身の人間の皮を脱ぎ捨てた機械の異形がその場に存在していた。

 

 瑠美は知らぬことだが、その怪人の名はロイミュード029ーーー又の名をアイアンロイミュードという。

 

(嘘………本当に怪人と出くわすなんて……)

 

「お前、中々頑丈そうな身体をしているな」

 

 そう言ってアイアンロイミュードはガタイの良い男性の首元を掴んで締め上げる。

 そこから起こった出来事は瑠美の恐怖心をさらに掻き立てることになる。

 なんと掴まれた男性の皮膚が徐々に赤く変色していくのだ。スローモーションの速度で顔を苦痛と恐怖に歪める男性の目が周囲に助けを求めているかのように動いている。

 

 しかし、瑠美にはどうしようもないのだ。

 レイキバットが動けない時点で異世界から来たという事実は関係なくただの無力な一般市民となんら変わりない。

 

 やがて男性が全身を毒々しい赤色に染められると同時にアイアンロイミュードは用済みとなった男性を乱雑に投げ捨てた。

 何も知らない人には死体と思われてしまうほどピクリとも動かなくなった男性の姿は周囲の人々に次にこうなるのは自分かもしれないという恐怖心を煽り立てる。

 そしてそれは瑠美とて例外ではない。

 

(助けて……大地君……)

 

 身勝手だとわかりつつも大地に助けを求めずにはいられない。この場に来るはずがないとわかっているにも関わらずだ。

 

 誰もが助けを乞う絶体絶命のこの状況。そこに意外な救世主が現れた。

 

(あれって……ミニカー?)

 

 瑠美の視界の端から飛び込んできたのは宙に形成される小さな道路とその上を走行するミニカーの集団。

 オレンジ、グリーン、パープルのカラフルな珍走団がこの空間の中を猛スピードで駆け巡り、機械の異形の進行を阻止しようとする。

 

 その圧倒的に不利なはずのサイズ比のミニカー達は逆に自身の小ささを活かしてアイアンロイミュードを翻弄する。

 しかもミニカー達には特殊能力まで兼ね備えられているらしく、炎や分身など様々な手段で足止めしている。

 だが残念ながらミニカー達の攻撃も足止めこそすれど、アイアンロイミュードに被害を与えるとまではいかない。

 

 このままではミニカー達が叩き落されるのも時間の問題だが、本当の救世主はすぐそこまで迫っていた。

 

 背後から驚異の跳躍で瑠美を飛び越えた人影。

 その正体を認識する前に軽快な音楽と電子音声が流れ、人影も白いスーツに身を包んだ。

 

  シグナルバイク! ライダー!

 

「変身!」

 

 タイヤ状の物質が人影の左右で分解、白いスーツと装甲の戦士を形成した。

 胸部の右にはタイヤが、左に黄色い®️のマークが輝き、マスクはバイクのヘルメットのような形状をしている。

 風にたなびくマフラーには身体にまで続く赤いラインが走る。

 そして戦士が装着しているベルトがアイドリング音に混じってその名を高らかに告げた。

 

  マッハ!

 

(これがこの世界のライダー……マッハ?)

 

 どんよりとした空間でこの仮面ライダーマッハはミニカー達と同じく、動きの制限はかかっていない。

 タイヤがそのまま銃になったような武器、ゼンリンシューターを構え引き金を引いた。

 いくつもの光弾が着弾したアイアンロイミュードは自身を襲った銃撃の主に驚愕する。

 

「貴様、仮面ライダー!? いい加減しつこいぞ!」

 

「お前らこそ、いい加減人間を襲うのはやめたら? 一体残らず俺に殲滅されるんだからさぁ!」

 

  ゼンリン!

 

 ゼンリンシューターのタイヤ部分、ゼンリンストライカーを回転させるマッハ。

 その回転は止まる勢いを知らず、打撃として当てられたアイアンロイミュードの体表を凹ませる。

 さらにマッハがゼンリンシューターで勢い良くアッパーを繰り出せば、ゼンリンストライカーが敵の身体を下から上へなぞるように駆け抜け、体表に残された跡から猛烈な勢いで火花が噴き出した。

 

「グアアアァァッ!?」

 

 たまらず悲鳴をあげるアイアンロイミュード。

 見るからに頑丈そうなボディから噴き上がる火花の量からして相当なダメージだったに違いない。

 

「す、凄い……ってキャ!?」

 

「うごお!?」

 

 仮面ライダーマッハの戦闘に夢中になっていた瑠美だったが、自分が倒れる途中だったことを彼女は失念していた。

 ゆっくりと背中から地面に倒れたために痛みはなく、またリュックが身体のクッションになってくれたのはいいが、その中に入っていたレイキバットは無残にも押し潰されてしまった。

 

「な、何のこれしき……ぬう」

 

「ご、ごめんなさい、レイキバさん!」

 

 怪人の狙いが仮面ライダーに絞られたのを見計らって周囲の人々はゆっくりとした動きのまま避難を開始した。

 正直に言えば瑠美は避難したい気持ちでいっぱいなのだが、それよりも仮面ライダーと怪人の姿をこの目に収めることを優先する。

 襲われたのは不運としか言いようがないが、仮面ライダー達に遭遇できたのは結果として好都合だ。

 

 身近にあった看板の影に隠れ、巻き込まれないよう慎重に両者の戦闘を観察する。

 

「行くぜ!」

 

  ズーットマッハ!

 

 ベルトを何度か叩いたマッハのスピードが格段に上昇する。

 瑠美の目では追い切れない高速移動状態に突入したマッハはアイアンロイミュードの放つ光弾を掻い潜って攻撃を命中させていく。

 このまま一方的に勝負が付けばいいのだが、敵はそれほど甘くはない。

 アイアンロイミュードを中心に薙ぎ払われる2対の鋼鉄の鞭が加速状態にあったマッハを捉えて吹っ飛ばした。

 突然現れたその武器の正体は怪人の腕に装備されていた巨大な手甲が変形されたもの。

 その頑丈さに遠心力が加わった鋼鉄の一撃の前にマッハの加速状態も解除されてしまったようだ。

 

「ふむ、あの筋肉マシン、かなりのパワーだ。下手すりゃレイに匹敵するかもな」

 

「そんな、どうしましょう!? あのライダーが負けちゃうかもしれませんよ!?」

 

「落ち着け。あのライダーもそこまで柔な奴じゃないだろ」

 

 冷静に観察していたレイキバットの言う通り、すぐに立ち直ったマッハは身軽なフットワークでアイアンロイミュードの伸びる手甲を空中で身体を捻りながらバク転を行う等して巧みに回避する。

 加速状態でなくともマッハの動きはかなり軽く、敵の手甲は掠りもしない。

 これは決して怪人が鈍重というわけではなく、マッハが速すぎるためだ。

 

 怪人を飛び越えて背後を取ったマッハは容赦なくゼンリンシューターの近接攻撃を放つが、背後を取られた瞬間に手甲を元に戻したアイアンロイミュードの腕を交差したガードに阻まれてしまった。

 敵への被害は微かな煙と火花に留まり、逆に強烈なカウンターがマッハを吹っ飛ばす。

 そうして距離が空いた途端に再び伸ばした手甲がマッハに襲いかかり、それをまた回避するマッハ。

 

 これでは同じことの繰り返しだとマッハは溜息をつく。

 

「全く、同じ芸しかできないのかね。そんならとっとと決めちゃうよ?」

 

「黙れ! 俺の邪魔をするな!」

 

「お、こ、と、わ、り!」

 

 攻撃を躱しながらマッハが取り出したのはあのミニカー達と同じサイズの緑のバイク。

 それを自身のドライバーに装填した。

 

  シグナルバイク! シグナルコウカン! マガール!

 

 音声と共にマッハの右肩についていたタイヤに交通標識が出現した。

 さらにマッハは攻撃を掻い潜ってゼンリンシューターで射撃するのだが、放たれた光弾はアイアンロイミュードとは全く違う方向に飛んでいく。

 誤射とも取れるその行動への疑問はドライバーを叩くマッハによって解消される。

 

  シューター! マガール!

 

 なんと見当違いの方向にあった弾がタイヤの標識の通りに曲がり、アイアンロイミュードに命中したのだ。

 この不可思議極まりない攻撃にアイアンロイミュードは一瞬怯み、マッハはさらに射撃を行う。

 なんとか弾が曲がる前にマッハ諸共弾き落とそうと伸縮した腕が殆どの弾丸を消失させ、残る弾は1つであった。

 

  キュウニマガール!

 

 しかし、その最後の一発はさらに急な軌道を描いたことでアイアンロイミュードの攻撃は外れ、見事に身体に命中した。

 もんどりうって倒れたところにすかさず接近したマッハがラッシュを仕掛ける。

 

「そらそらそら! さっきまでの威勢はどうした!」

 

「おのれぇ……! こんなはずでは……!」

 

 完全にスピードで勝るマッハが接近戦で苦戦する道理はない。

 どれだけアイアンロイミュードのパワーが優れていようと、当たらなければ意味はないのだ。

 そして防御力が優れていても、攻撃が当たり続ければダメージは蓄積していく。

 もはや誰が見てもこの勝敗は決している。

 

「トドメだ!」

 

 アイアンロイミュードの顔面に思い切り蹴りを入れて吹っ飛ばし、白いバイク、シグナルマッハをゼンリンシューターにセットする。

 銃口に集中したエネルギーの照準をフラつく敵に合わせ、ためないなく発射する。

 

  ヒッサツ! フルスロットル!

 

 打ち出された弾丸は巨大なシグナルマッハとなって飛んでいく。

 迎撃を試みたアイアンロイミュードのしなる腕にも止められることは叶わず、鋼鉄のボディに到達する。

 

「ググッ……ガァァァァッ!?」

 

 巨大なエネルギーの塊が直撃した敵の身体はスパークの後に大量の火花を散らす。

 蓄積されたダメージの大きさにおぼつかない足取りで一歩、また一歩とよろめくアイアンロイミュードの身体はその場に倒れ伏した。

 

 そしてその場から大気を焦がす大爆発が起こり、仮面ライダーマッハの勝利を知らせたのだ。

 

 

 

 

 

 

 無事勝利を収めたマッハ。

 人々の窮地を救った彼はまさしく瑠美の知るヒーロー、仮面ライダーで間違いなかった。

 

「や、やった! 勝ちました!」

 

「いや待て瑠美! まだ終わってねえ!」

 

「え?」

 

 どう考えてもマッハの勝利であるにも関わらず、レイキバットが警戒を飛ばした意味が最初は理解できなかった。

 だが、怪人が倒されたはずなのに動きがゆっくりなままの自身に気づき、何故レイキバットが爆炎を睨むのか理解する。

 

「もしかして……」

 

 怪人が葬り去られたはずの爆炎の中からゆらり、と蠢く影があった。

 当たって欲しくない予感の通り、その影の主は未だ健在のアイアンロイミュードだ。

 一目でわかるほど身体の各部が損傷していながら、二本脚でしっかりと地を踏みしめるその姿は撃破された怪人とは到底思えない。

 つまりはあのマッハの必殺技を耐え切ったことになる。

 

 だがそれでも大ダメージを負っていることには違いなく、損傷した箇所を押さえている敵はかなり辛そうだ。

 

「フゥゥ……やはり詰めが甘いな、仮面ライダー。この決着はいずれ着ける」

 

「はぁ!? 逃すかよ!」

 

 こんな状態の敵を逃すつもりなどサラサラないマッハは追い討ちをかけようとするが、アイアンロイミュードが放つ光弾が足元に着弾した。

 それは目眩しの効果を発揮し、マッハが思わず目を背けた隙にアイアンロイミュードは空高く跳躍してその場を離脱。

 その場を支配していた動きを遅くする感覚も消え、マッハが気づいた時にはすでに敵の姿はどこにもなかった。

 

「あぁ〜! 嘘だろ! また逃げられた!?」

 

 1人憤慨しているマッハに声をかけるべきか悩んだが、やがて意を決した瑠美は恐る恐る彼に近づいた。

 勿論側にはレイキバットを伴っている。

 

「これで何度目だよ………ったく! どーしてこうなるかなぁ!」

 

「あのー……仮面ライダー、マッハ? さんですよね」

 

「………ん? あれ、逃げ遅れた人? ってか何!?その変な蝙蝠」

 

「ええ、助けてくれてありがとうございました。こちらはレイキバットさんです」

 

 まずはお礼を言う。瑠美にとって忘れてはならない大切なことだ。

 

「誰が変な蝙蝠だゴラァ!」

 

「しゃ、喋ったぁ!?あ、い、いや別にそこまで改まらなくてもいいよ………ってわざわざ礼言うために声かけてきたわけ?」

 

「それが少しお話があって……」

 

 いきなり深々とお辞儀をされて若干面食らった様子のマッハもぎこちなく手を振る。

 この様子だと話は聞いてくれそうだ。

 とりあえずは場所を変えて話そうと提案しようとしたところに、日常ではそこまで聞く機会のないサイレンが遠くから瑠美達の鼓膜を刺激した。

 

「あら、警察も来たんですね。マッハさんはこの後」

 

「うわ!? もう警察来たのかよ! 悪いね、俺はこの辺で!!」

 

  ズーットマッハ!

 

「予定は……ってあれ?」

 

 サイレンを聞いた途端に挙動不審になったマッハは慌てて加速状態になり風のように去って行く。

 そのあまりのスピードに自分が取り残されたことに気づかない瑠美にレイキバットは本来ならしないであろう深い溜息をついてモゾモゾとリュックの中に戻る。

 

「どうしましょう、これ」

 

「俺が知るか」

 

 初めて観る街や体験は非常に興味深かった。

 ファンガイア以外の怪人に遭遇したのも危険ではあったが、割りかし楽しめた。

 しかし詳しい情報が手に入ると思った矢先にこれなのだからやってられんとレイキバットは急激にやる気を失っていく。

 

 それはレイキバットの全くもってメカらしくない、飽きっぽい性格がそうさせるのだが、瑠美には「眠くなっちゃいました?」と勘違いされてしまう。

 

(その方が好都合か。とにかく今日はもう飽きた)

 

 青空の会がレイを実戦投入させなかった理由の一端が自身のこの性格だと自覚はしているが、治すつもりなどレイキバットには一向にないのであった。

 

 

 

 

 

 

「グフッ………! 仮面ライダーめ、次こそは……!」

 

 人気のない場所まで逃げ延びたアイアンロイミュードはそこでようやく傷ついたボディに修復に専念することができた。

 しかし激しい損傷を受けた自慢のボディを見るたびにマッハへの増悪がふつふつと湧き上がってくる。

 もしもボディが万全の状態だったならすぐにでも重加速を起こして暴れ回っていたところだ。

 

 そんな苛立ちを募らせる彼の元に3人の男女が現れる。

 いや、この表現は適切ではないかもしれない。

 何故なら彼等もまたアイアンロイミュードと同じ人間に擬態した機械生命体なのだから。

 

 赤いロングコートを着た男、ハート。

 眼鏡をかけた男、ブレン。

 黒いドレスに身を包んだ女、メディック。

 

 機会生命体、ロイミュード達を束ねる幹部達とそのリーダーである。

 

「仮面ライダーにしてやられたようだな。アイアン」

 

「進化体ともあろう貴方が情けない……あんな下品で脆弱で軽薄な人間にやられるなんて」

 

「そう言うな、ブレン。メディック、アイアンを治してやってくれ」

 

「わかりましたわ、ハート様」

 

 ハートに命じられたメディックがアイアンに手を添えれば、自己修復とは比べ物にならない速度で損傷箇所が修復されていった。

 優れた修復能力を持つメディックの手でアイアンはすぐに回復することができたのだ。

 

「おお……! ハート、恩にきるぞ!」

 

「友達のためなら当然さ。だが、あまり羽目を外し過ぎるなよ。人間だって馬鹿じゃない」

 

「心配は無用。より強い身体を手に入れ、今度こそ仮面ライダーを始末する!」

 

 修復を終えると同時にどこかへと去るアイアンの姿を見送ったハートの表情はどこか物憂げだ。

 それは過剰な自信に驕るアイアンではなく、またしても自分達に刃向かうマッハから来る表情であることに側近のブレン、メディックは気づく。

 

「仮面ライダー、ですか。あの程度の力で我々の邪魔をしようとは」

 

「仮面ライダーは敵ながらかつてのグローバルフリーズを阻止してみせた偉大な戦士だ。だが今のマッハとかいうライダーは……つまらん奴だ」

 

「ハート様の気に触るようでしたら、私が始末してみせますわ」

 

「いや、奴の始末はチェイスに任せる」

 

 チェイス。

 

 その名に顔を曇らせるブレンとメディックとは対照的にハートは絶対の信頼を置いているようだった。

 やがてその場に接近するバイクのエンジン音を耳にして、ロイミュードの長は最も信頼を寄せる友の1人を笑顔で出迎えた。

 

「来たか、チェイス」

 

 骸骨の装飾が施された紫と黒のバイク。

 そこに搭乗していたのはチェイスと呼ばれた紫のライダースジャケットを着た男。

 彼はいつもと変わらぬ無表情のまま、ハートが下す命令を待っていた。

 

 

 

 

 

 




ロイミュード

108体存在する機械生命体。それぞれ001〜108までのナンバーが振られている。重加速と呼ばれる現象を引き起こし、人類の支配を目論んでいるが、ハートが放任主義のため基本的には勝手に行動している。
大地達がこの世界に訪れた時点でNo.010、017、018、024、037、088、093がマッハに撃破されている。


仮面ライダーマッハさんの変身の掛け声等、本編と違う部分が多々あります。どうしてそうなっているのか、疑問ですね。

そしてまさかのヒロイン回。この世界での瑠美ちゃんの出番はあとどれくらいかな

それと諸事情でいつも通りに更新しましたので、次回更新は17日です
感想、質問はいつでもどうぞ



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マッハの正体とは誰か

ジオウ、ドライブ編はやるのかなあ




 

 

 マッハ the 仮面ライダー!

 青年、詩島剛が変身する正義の戦士。悪の機械生命体、ロイミュードが起こす怪事件に立ち向かう!

 Start your engine!

 

 

 *

 

 こんなにも気怠い目覚めは初めての体験だった。

 寝汗が染み付いた衣服が身体にベッタリと貼りつく嫌な感覚と長時間の睡眠による重たい頭が寝起きの思考を妨げる。

 窓から刺す夕陽から自分がどれだけ長く眠っていたのか察するも、睡眠時間と反して身体にのしかかった疲労は一層増しているように感じる。

 

「寝坊助さん、夕陽を見ながら目覚めのコーヒーはいかが?」

 

「……いただきます」

 

 香りから予想された通りの苦味が思考の靄を薄れさせる。

 よりはっきりとしていく感覚にコーヒーの苦味もまた舌に沁み渡り、半分以上中身を残したカップを机に置いた。

 ガイドの淹れたコーヒーは美味に違いないが、ブラックの苦味は大地の好みとあわない。

 

「大人の味は君にはまだ早いかな? 今度からはココアか紅茶にするよ」

 

「別に甘党ってほどじゃないですよ。コーヒーだって嫌いじゃありません」

 

 頭が覚醒すると共にうなされていた最悪の悪夢の内容まで思い出してしまう。

 あんな夢を見た後の寝覚めが良いはずがなかったのだ。

 しかし、だからといってさあこれから元気に行動しようとも思えない。

 このままずっと寝ていたい気分に抗って起き上がろうとした時、何かがベッドの上に落ちてきた。

 

「今日は休んどけ。この世界のことは俺と瑠美で調べておいた。怪人とライダーの戦いも見れたしな」

 

「レイキバットさん……」

 

 見れた、というのはつまり巻き込まれたということだろうか。

 2人を危険な目に遭わせてしまったのは1日中ここで眠っていた自分の落ち度だ。

 もうそんなことは絶対にしてはならない。

 

「あ、大地君起きてたんですね。具合はどうですか?」

 

 声を聞きつけたのか、瑠美も大地の様子を確かめに部屋に入ってきた。

 いつもなら怪我のない彼女を見て安堵しているところだったが、それよりも瑠美の言ったとある言葉に大地は違和感を抱く。

 

「今、大地君って………」

 

「? 何か変でした?」

 

 ずっと「さん」付けだった瑠美からの呼び方が「大地君」に変わっていた。

 それは瑠美にとって命の恩人から一緒に暮らす仲間への親しみを込めた変化に過ぎない。

 しかし大地には「呼び方」を変えるだけの瑠美からのこの歩み寄りが何故口に出してしまうほどの違和感になったのか、自分でもよくわからなかった。

 

「いえ、なんでもないです」

 

「でも確かに同じくらいの歳で一緒に暮らす仲間にいつまでも苗字にさん付けは他人行儀な気がするよなあ。大地も呼び方変えてみたら?」

 

「えっ、でも………」

 

「機械の俺にまでさん付けするくらいだ。何か理由でもあるのか」

 

 ガイドの提案に便乗するレイキバット。

 そう言われてみれば誰に対しても苗字にさん付けで呼ぶ大地は他人から見ればいささか変に映るかもしれない。

 だからと言って「レイキバット」と呼び捨てにしたり、「花崎ちゃん」、「瑠美さん」のような呼び方も何か違うと思ってしまう。(流石に敵にまでさん付けする気はないが)

 

「私は別に何て呼んでくれてもいいですよ。大地君の呼びたいように呼んでくれれば」

 

 ガイドの意地の悪い視線を無視して、瑠美の好意に甘えることにする。

 つまり当分は「花崎さん」のままだ。それが他人行儀とわかっていても。

 

 

 

 

 

 次の日の朝、元々そこまで体調不良というわけでもなかった大地は1日の休息で身体の方は完全に回復していた。

 出血が酷かった傷口もすっかり塞がっている。これもダークディケイドのおかげだろうか。

 

「おはようございます。もう身体の方はいいんですか?」

 

「おはよう、花崎さん。もう全然平気……って何をしてるんですか?」

 

 こんな朝早くだというのに瑠美は熱心にノートパソコンに向かっていた。

 近くのコンビニで買ってきたらしい新聞紙を読みながら、ふんふんと頷いて文字を打ち込んでいるが、一体何の文章なのかはさっぱりわからない。

 日常生活の基本的な知識だけは失っていないというだけで、精密機械に関する知識はまるで持っていないのだ。

 

「昨日わかったことをここに纏めてるんです。他にも私なりに考えたことも書いてるんで、ちょっとチェックしてもらえませんか?」

 

 そう言って瑠美が見せてくれた画面には確かにこの世界についての情報がわかりやすく纏められている。

 他にもダークディケイドに関する考察などもあって、短期間でここまでの資料を作成した彼女には舌を巻くばかりだ。

 

 肝心のこの世界については瑠美が遭遇した異形と仮面ライダー、それに身体がどんよりとする不思議な現象についての情報が主に書かれている。

 

 中でも目を惹くのはこの世界のライダー、マッハだ。

 

「仮面ライダーマッハ………あった」

 

 ライドブッカーの色を失ったカード群の中にも「カメンライド マッハ」のカードはあり、ぼんやりとしていながら外見も瑠美の情報と一致している。

 ここは「マッハの世界」とみてまず間違いなさそうだ。

 他にも気になったのは

 

 ・マッハは声からして若い男性

 

 ・ミニカー? と一緒に戦っていた

 

 ・警察が来た途端に逃げた

 

 というところだ。

 

「警察か……そういえば今まで警察が仮面ライダーと怪人の戦いに介入してるのは見たことないな」

 

「私の世界ではほとんどの人が魔法使いとファントムを知らなかったはずですし、もしかしたら警察も把握してなかったのかも」

 

「青空の会は警察とも繋がりがあったはずだ。余計な犠牲を出さないためにファンガイアの対処は青空の会に一任されるようにな」

 

 いつの間にか肩に止まっていたレイキバットからの補足もあって、少しずつこの世界の状況がわかりはじめてきた。

 さらに瑠美が広げた新聞には決定的な情報が記してある。

 

「この新聞にも仮面ライダーと怪物の記述があります。それに怪物の対処ができていない警察に対する批難の声もあるそうです。マッハの反応からして警察はマッハと怪物の両方を追っているんじゃないでしょうか?」

 

「多分そうかも。マッハが誰かもわからない以上、警察から話を聞いてみるのもありかもしれない。問題はどうやって話を聞くか……」

 

 うーん、と考え込む大地と瑠美。

 公的機関から情報を得るのはそう簡単なことではないし、下手をすれば仮面ライダーである大地も警察に追われるかもしれない。

 ただほっつき歩いているだけでその世界のライダーと交流できたことがどれだけ幸運だったのか、大地は今になって痛感してしまう。

 

「警察も仮面ライダーも難しいなら、怪人の方はどうだ? 昨日マッハが仕留め損ねた奴が擬態した姿は俺が記録してある。これもまた探し出すのは難しいが、当てのない前者よりはマシだろう」

 

「そっか! あの怪人が暴れ出したらまたどんよりとした現象が起こるかもしれませんし!」

 

「問題はそれだ。あの空間ではマッハ、ミニカー、怪人以外動けない。仮に戦闘になったとしてもこちらは何もできんぞ」

 

 大地は経験していないのだが、レイキバットがそう言うからには本当にほとんど動けなくなるのだろう。

 もしそのどんより現象がこの世界で頻発するのだとしたらまずはそれを何とかするのが先決だ。何せ動けなければどうしようもないのだから。

 考えを思いつく度に悩みに当たってしまう大地達。そんな彼らに意外な助け船が出された。

 

 エプロン姿のガイドだ。

 

「おはよう! お、早速仕事の会議ってところか?」

 

「へん! てめえもガイドって名乗るならガイドらしく案内でもしてみせればどうなんだ!」

 

 口は悪いが、レイキバットの言い分には大地も瑠美も概ね同意見だった。

 そもそもガイドが旅のガイドらしいことをしてるのを全く見たことがない。現状ではガイドというよりも家政婦だ。

 しかし、ガイドの意味深な態度に慣れつつある大地はどうせ今回もほとんど教えてくれないと半分諦めに近い確信があったのだが、意外にもそれは裏切られることになる。

 

「そうだなー。じゃあ重加速、君達の言っていたどんより現象についてちょこっと教えてあげよう!」

 

「えっ!? 本当に!?」

 

「重加速はこの世界の怪人の機械生命体、ロイミュード達が持つコア・ドライビアによって発生する現象だ。重加速現象の中で動けるのは同じコア・ドライビアを持つ仮面ライダーと彼等の装備たるシフトカー、シグナルバイクだけ。つまりメイジ、レイに変身しても動けないことに変わりはない」

 

 ロイミュード、シフトカー、シグナルバイク。

 一気に飛び出してきた固有単語に混乱しかけた一同だったが、ガイドの言い方に大地はとある事に気づく。

 

「その言い方だと、ダークディケイドなら動けるってことですか?」

 

「はい大正解! 正確にはダークディケイドの持ってるカードのおかげでな」

 

「ちょいと借りるよ」とライドブッカーを開いたガイドはカード群の中から素早く2枚のカードを抜き出して大地達に見せる。

 

 そのカードとは「カメンライド チェイサー」と「カメンライド ダークドライブ」の2枚。

 何故その2枚なのか、その疑問もカードに記してあるライダーズクレストを見て納得する。

 

「そうか、そのライダー達もマッハと同じようにコア・ドライビアがあるから、そのカードを持っていれば動けるって理屈なのか!」

 

「これまた大正解! 恐らくはカードを持ってるだけで効力を発揮するはずだから瑠美ちゃんにどっちか1枚持たせておけばいい。さっきはああ言ったが、メイジとレイでもカードを持ってれば動けると思うぞ」

 

 本当にガイドが教えてくれたのかと思うほどにこれは有意義な情報だった。

 ガイドの様々な知識を有している理由なんてどうせ教えてくれないし、とりあえず助言に従って「カメンライド ダークドライブ」を瑠美に預けておいた。

 受け取ったカードをまじまじと見た瑠美は感心したようにガイドを褒める。

 

「私、ガイドさんがガイドしてるの始めて見ました! 凄いです!」

 

「僕も………」

 

「単に放任主義なだけなんだがなあ。自分達の力で色々探し出すのがいいのにー」

 

 優雅に旅気分を語られても、自分の記憶がかかっている大地にとっては堪ったもんじゃないと内心呆れるのだった。

 

 

 

 

 

 またロイミュードに遭遇した時の危険性を考慮して全員一緒に行動するべきだという意見はすぐに一致した。

 瑠美には写真館に残っていてもらいたいというのが大地の本音なのだが、彼女は一緒に行くと言って聞かない。

 レイキバットまでもが瑠美に味方したせいで仕方なく大地は根負けする羽目になった。

 

(ありがとうございます、レイキバさん)

 

(気にするな。それより昨日買ったもんは大地に渡さなくていいのか?)

 

(ええ、ちょっと)

 

「………2人とも何を話してるんですか?」

 

「いーえ、何も。ねー、レイキバさん?」

 

「うむ」

 

 いつの間にか仲良くなっている2人に大地は首を傾げるが、まあいいかと流しておいた。

 そんなこんなで大地、瑠美、レイキバットの一行は「昨日の現場に行けば手がかりがあるかも」という瑠美の提案に従って昨日のショッピングモールにやって来た。

 

「やっぱり昨日と違って人は全然いませんね」

 

「いるのは警察ばかり。現場を調べるのは難しそうだな」

 

「にしても……あの変なのも警察のものなのかな」

 

 半ば予想していた通り、すでに戦闘があった現場は警察の手で封鎖されていた。

 いるのも警察官の他は野次馬が疎らにいるだけで、怪しい人物も見当たらない。

 それよりも不思議なのはちょうど戦闘があったらしい場所で男女の警察官が変な白黒のリュックを背負って何やら調べていることだ。

 

「一応ここら辺にいる人間の顔は確認したが、昨日の男と一致する奴はいない。振り出しに戻ったな」

 

「一応もう少し調べてみよう。まだ何か見落としがあるかも」

 

「あ、それなら私ちょっと近くを見てきます。もし危なくなったらすぐにあの噴水のところまで逃げてきますから」

 

 瑠美のプライベートを縛るつもりもなく、大地はそれを了承した。

 足早に駆けていく瑠美と別れて、特に探す当てもない大地はそのまま野次馬に混じって警察の捜査を見物することにした。

 瑠美のリュックから抜け出したレイキバットは目撃されると面倒なのを考慮してか、大地の手の中に収まったまま微動だにしない。

 

「あれで何を調べてるのかな……」

 

 その変な装置を背負っている、どことなくぼんやりとした男性警官を同じく装置を背負った婦警がドヤしている光景が見えた。

 周囲の警官もスルーしているところを見るにあれは彼等にとっていつものことなのだろう。

 しかしあんな調子では警官から情報を得るのは思っていた以上に困難かもしれない。

 

 そのままぼーっと捜査を眺めていた大地の背中に悪寒が走った。

 

「あいつ、良い身体だな」

 

 大地の近くでそんなことを呟いた女性が嫌な笑みを浮かべて現場に近づいていく。

 何の躊躇もなくバリケードテープを乗り越えた時は警察関係者かと思ったのだが、周囲の捜査官の疑問の視線がそれを否定している。

 

 まさか、と予感を抱くと同時に不可視の衝撃が大地を襲った。

 

 不思議な感覚に見舞われた身体は一瞬で元に戻ったのだが、周囲の人間や物体の全ての動きがどんよりと遅くなっている。

 

 初めて見る現象。しかし、この現象を大地は知っている!

 

「うわっ!? こ、これはーーー重加速!」

 

「間違いねえ! 大地、俺を離すなよ!」

 

「はい!」

 

 大地の視界の中で通常と変わらぬ速度で動けているのは3人。

 変な装置の警官2人と怪しげな女性。

 誰がロイミュードか、なんて馬鹿げた疑問は火を見るよりも明らかだ。

 大地の確信に違わず、怪しい女性は人間の皮を捨てて真の姿を現わす。

 紫の筋肉質なボディと巨大な手甲の怪人、アイアンロイミュード。

 その姿を見たレイキバットは驚愕の声をあげた。

 

「あれは昨日と同じ野郎だ!? 擬態先を変えてやがったとは……クソ!俺としたことが!」

 

「ロイミュード!? どうしてここに!」

 

 ロイミュードの名称を知っていると思わしき2人の警官はすぐさま拳銃を取り出したものの、重加速現象で逃げられない人々を見て発砲を躊躇っている。

 そして抵抗しないと知るや、アイアンロイミュードは人知を超えたスピードで接近して婦警を薙ぎ倒し、男性警官の首を締めあげた。

 

「仮面ライダー打倒のため、まずは貴様の肉体をいただくとしよう!」

 

「ぐ……は、離せ……!」

 

「泊さん!」

 

 もはや一刻の有余もない。

 バリケードテープを乗り越えた大地は握りしめたレイキバットを前に掲げる。

 大地の意思を悟ったレイキバットもすでにベルトを出現させている。

 

「「変身!!」」

 

 2つの声が重なり、白の旋風が止まった世界に吹き荒れる。

 非力な生身の身体が一歩踏み出す毎にスーツと鎧を装着していく。

 凍てつきの力を宿して急上昇していく身体能力を存分に発揮した脚力で障害物や警官達を飛び越えた大地は、ようやくこちらに気づいた怪人の顔面を殴り飛ばす。

 

 咳き込む男性警官と彼を介抱する婦警が見上げたその戦士こそ、レイキバットと大地が一つになった戦士。

 

 仮面ライダーレイ。

 

「仮面ライダー……!?」

 

「白い身体に、青い目……間違いありません」

 

「僕は仮面ライダー。仮面ライダーレイです」

 

 この2人の警官は仮面ライダーを知っているようだが、話は後だ。

 今は目の前の人間に危害を加える怪人を倒す。

 待っていればマッハが来る可能性もあるが、今はこの場の人々を守ることを優先させるしかない。

 

 突然殴られたアイアンロイミュードは正体不明のライダーが現れたことに驚きの様子であった。

 そして彼は聞き捨てならない言葉を漏らす。

 

「貴様……3人目の仮面ライダーか!?」

 

「ん? 3人? マッハと、えーと?」

 

「おい来るぞ!」

 

 3人目というのが引っかかるが、今は戦いが先だ。

 襲いかかるアイアンの拳を受け流し、まずはカウンター1発叩き込む。

 火花散らして苦悶の声を漏らしているところへさらにもう一発拳をぶち込み、それを起点にパンチラッシュを仕掛ける。

 敵のボディの堅さよりもレイのパワーの方が勝っているようで、攻撃の一つ一つが確実にダメージに繋がっているのを拳から伝わってくる。

 マッハが仕留め損ねたと聞いた時からしていた強敵の予感はそこまで正しくなかったようだ。

 

 しかし、油断は禁物という名護の教えを忘れてはいけない。

 

(やっぱり来た!)

 

 その巨大な手甲を伸ばして行う長リーチのパンチ。

 初見ならば大地が食らうこと間違いなしだったそれは呆気なくレイに躱される。

 事前に瑠美のレポートを読んでいたおかげでこの怪人の攻撃はある程度知っていたので、この攻撃も避けられたのだ。

 そして再び攻めに移ろうとしたレイは腰のパートナーに呼び止められた。

 

「大地、後ろの奴が危ねえぞ!」

 

 振り返った先に広がっていたのは、アイアンロイミュードの伸びた拳が破壊した建造物の大小様々な破片があの2人の警官に降り注いでいる光景。

 考える間も無くアイアンロイミュードを蹴った反動で、レイは彼等のいる場所まで跳躍した。

 

「ウェイクアップ!」

 

 着地したレイの両腕に解放されたギガンティック・クローとレイキバットの発射した冷凍弾幕が降り注ぐ破片を粉々に粉砕し、背後の警官達が被害を被ることは避けられた。

 呆然とした顔の警官達はレイに驚きの声を上げる。

 

「あんた、俺達を助けたのか」

 

「離れてください! あいつは僕が倒します!」

 

 クローを研ぎ澄まし、獣の如き身のこなしで瞬時にアイアンロイミュードに飛びかかった。

 アイアンロイミュードの近接戦闘用に変形した手甲とレイのギガンティック・クローが激突して互いの身体を揺らす。

 その激突の度に傷付くのはアイアンロイミュードの方だった。

 

 数値上のスペックだけならイクサを凌駕するレイの鎧に、ある程度の経験と特訓を積んだ今の大地が合わさればアイアンロイミュードの相手は十分過ぎるほど務まる。

 アイアンがどんな攻撃を仕掛けようと、レイはその全てに対処し、反撃できる。マッハとの戦闘よりも明らかに劣勢だ。

 しかも状況はとある乱入者によってさらにアイアンを追い込む方へ傾いた。

 

 

  シグナルバイク! ライダー! マッハ!

 

 

 レイと同じカラーリングのライダー、マッハの乱入によって。

 

「ノコノコと現場に戻ってくるなんて、大胆な野郎だね!」

 

「仮面ライダーマッハ!?」

 

 アクロバティックな動きで突如現れたマッハはゼンリンシューターの強烈な一撃をアイアンに見舞った。

 さらにマッハは拳の連打を叩き込み、敵に休む暇を与えない。

 執念すら感じさせるラッシュの前に反撃もままならないアイアン。

 レイに与えられたダメージの影響で動きにキレが落ちているせいもあり、もはやアイアンがマッハに勝てる見込みは無いに等しい。

 

「はあッ!!」

 

 そこへマッハの攻撃の合間を縫って、レイの飛び蹴りがアイアンの胸部に突き刺さる。

 そこから始まったギガンティック・クローとゼンリンシューターの波状攻撃に対応できるはずもない。

 

 そして偶然にもクローとゼンリンシューターの一撃が同時に炸裂し、アイアンロイミュードは悲痛な叫びを上げて地面に伏すこととなった。

 

「こんはなずでは……!」

 

 地面に這いつくばるアイアンの姿に思う所がないわけではないが、明確な悪意を持ったこの怪人は今ここで倒さねばならない。

 自身の得物を構えてジリジリと距離を詰めていく2人のライダー。

 そして両者の武器が振り下ろされようとしたその時、複数の紫の光がライダー達の前に煌めいた。

 ライダー達からアイアンを遮るようにして降り注いだその光は地面に当たってライダー達の視界を眩まし、その装甲を焼いた。

 そこまでの威力は無いにしろ、それが明確な妨害行為だと察した時にはすでにアイアンは影も形もなかった。

 咄嗟に光弾が飛来した方向を確認しても、そこには人っ子ひとりいやしない。

 

 早い話が第三者の手によってアイアンロイミュードは逃がされたということだ。

 

「はぁ〜〜〜!? まぁた逃げられたっつーのかよ! クソックソッ!」

 

「あのマッハとかいう野郎が乱入しなきゃ俺らで決められたんじゃねえか?」

 

「まあまあ、そう言わずに」

 

 声を荒げて地団駄踏むマッハはちょっと近寄りがたいが、この世界での初戦闘は一応勝利に終わった。

 

 

 

 

「仮面ライダーが2人……霧子、あれがグローバルフリーズの時にお前が見たっていう奴か?」

 

「いえ、特徴が一致していません」

 

 周囲の重加速も解除されたことがアイアンロイミュードがその場から離脱した事実を裏付けている。

 人に危害を加える危険な怪人を逃してしまった己の不甲斐なさを悔やむ大地であったが、ここはひとまずマッハに話を聞くしかない。

 どこかピリピリとした雰囲気を漂わせていることや、背後で仮面ライダーに関する会話をしている警官は気になるものの、これでこの世界の記録へ向けてまた一歩前進したのだ。

 

 そうして呑気に手を上げながら近づいてきたレイに対してマッハが取った行動は大地からしたら意外な、しかし彼にとっては至極当然のものだった。

 

「アンタは一体何もんだ? なんで重加速の中を動ける」

 

「え………」

 

 目前に構えられた銃口を見て、これが敵意でないと誰が言えるだろうか。

 冷静になって考えれば突然現れた正体不明のライダーなんて存在は警戒されて当然であり、即時に信頼した仁藤や理解を示した名護達が本来イレギュラーのケースなのだ。

 しかし、そのことを頭でわかっていようと実際に銃口を向けられた事実は大地に大きなショックを与え、言葉を失わせた。

 

「なに? まさかこの俺に黙秘を通そうってつもりじゃないよね? あんたに喋るつもりがないなら無理矢理………」

 

 

「やめてください!!」

 

 何者かが一触即発の両者の合間に割り込む。

 両手を広げてレイを庇っているのは重加速現象を察知して駆けつけた瑠美その人であった。

 

「花崎さん、危ないから離れて!」

 

「嫌です! 2人が争う必要はありませんから!」

 

「君は確か昨日の………」

 

 生身で銃口の前に立つ彼女の身体は若干震えている。

 だがその表情から読み取れる覚悟は堅く、マッハが銃を降ろさない限りは決してそこから退かないと思わせるのに十分なものだった。

 自身を射抜く彼女の強い視線にたじろいだマッハは彼等を凝視する警官達の視線にも気づき、舌打ちしてゼンリンシューターを下に下ろした。

 マッハとの戦闘という最悪の事態を避けられたことに安堵したのも束の間、彼は自身のベルト、マッハドライバー炎のボタンを連打している。

 

  ズーットマッハ!

 

「あっ!?」

 

 一瞬の瞬きで集めていた視線を置き去りにして、仮面ライダーマッハは姿を消す。

 そこに残された白い残像が彼の超スピードを物語っていた。

 余りの速さに呆けていたレイもはっ、と我を取り戻し、すぐに彼の後を追う。

 

「花崎さんをお願いします!」

 

「うお!?」

 

 大地は内心申し訳ないと謝りつつレイキバットを瑠美へ軽く放り、レイの鎧が消失した瞬間にメイジドライバーを装着する。

 その変身の行程の合間も決して足は止めない。

 

「変身!」

 

  チェンジ! ナウ

 

 魔法陣を潜り抜けて仮面ライダーメイジに変身。だがメイジのスピードではあのマッハの加速には追いつけない。

 そこで取り出したのはリフレクトの指輪。

 

  リフレクト! ナウ

 

 防御用の魔法をここで使う意味は皆無に思えるが、これは選択ミスでもない。

 駆けるメイジはほんの少し先の地面にリフレクトの魔法陣をイメージした通りに出現させ、それを渾身の力で踏みつけた。

 微かな痺れが足先に走り、メイジの動きは一瞬だけ停止。

 そして次の瞬間には空高く跳躍していた。

 

「よし……上手くいった!」

 

 自分で発動したリフレクトに自分で衝撃を加えればその方向に跳ね返るという咄嗟の思いつきはどうやら功を成したようだ。

 

 青い空、白い雲、ビルの群。視線を下に移すと、重加速から解放されたばかりで停車している車でごった返す道路を白いバイクが猛スピードで疾走している光景が見えた。

 

  フレキシブル! ナウ

 

 出現したフレキシブルの魔法陣は何の反発もなくメイジの腕を受け入れる。

 魔法陣を通った腕はゴムのように伸縮自在の状態へと変化し、白いバイクを標的にその腕を伸ばす。

 自分の腕がグネグネになってる光景は見てて気分が悪いのはこの際我慢するしかない。

 

(掴んだ!)

 

 伸ばした腕が硬い何かを掴むと同時に、宙に投げ出されていた身体がその方向に向かって凄まじい勢いで引っ張られた。

 変身していなければ腕がもぎとられていたに違いあるまい。(そもそも変身しなければ魔法も使えないのだが)

 

 爆走するバイク、ライドマッハーに空中斜めから迫り、隙を見計らってマッハの背後に着席した。

 なるべく運転手に気を使って静かに着席したつもりなのだが、突然背後に不審な存在が座ってきたマッハからすれば心臓を鷲掴みにされた心境であるのに変わりはない。

 慌てて振り返ったマッハが目撃したのは巨大な爪と真っ赤な顔面なのだからむしろ余計に驚かせてしまっている。

 

「おわぁ!? なんだお前、どっから来た!?」

 

「さっきの誤解を解きたいんです! 僕は敵じゃありません!」

 

「さっきぃ!? お前、もしかしてあの白いライダーか!?」

 

 そう言われてようやく今の変身がマッハには初見だと思い出した。

 変身できるライダーが多過ぎてたまに感覚が麻痺しそうになっている自分には呆れるしかない。

 

「紛らわしくてすいません!今はメイジで、あれはレイ………って前!前!」

 

「あぶねあぶね!!」

 

 前の車に追突しそうになって慌てて前に向き直るマッハ。

 すんでのところで衝突は回避できたが、この調子ではいつ事故を起こすか、大地には気が気ではない。

 

「ちゃんと前見て! 僕何もしませんから!」

 

「突然バイクに乗って来た野郎なんか信用できるか! とっとと降りろ!」

 

「じゃあ変身解きます! ほら解いた!解きました!」

 

「見えねえよ!お前が前見ろつってんじゃん! って揺らすな揺らすな!?」

 

 ギャーギャー騒ぎながらいつ大事故になってもおかしくないコントのような珍走は都市部から離れた人気の無い場所まで続いた。

 その頃にはマッハも大地も静かなものだったが、単に騒ぐだけの気力が残っていないだけだ。

 

「あー、もう限界だ………」

 

  オツカーレ

 

 バイザーを展開したマッハの仮面から熱い煙が排出された。

 余剰エネルギーが排出されたマッハの変身も解除され、白いジャケットの若い男性が疲れ切った表情でアスファルトに倒れ込む。

 ようやく顔を合わせられた、と喜びたいところだったが命知らずのツーリングで疲弊し切っているのは大地も一緒だった。

 むしろ生身でいたぶん、辛いのは大地の方かもしれない。

 

「本当になんなんだよお前………俺を事故らせて殺したかったのか?」

 

「だから違いますって………僕は別の世界から来た仮面ライダーなんです。この世界のライダーに話を聞きたくて」

 

「はあ? 嘘ならもっとマシなもんつけよ。レッカー!」

 

 その名を呼ばれた緑のシフトカー、フッキングレッカーがどこからともなく飛来し、座り込んでいる大地にロープを巻きつけた。

 疲弊し切った大地は抵抗する間も無く拘束され、その下にシフトカー達が集合。そのまま大地を運び始めた。

 

「ちょ、ちょ! どこ行くんですかぁ!?」

 

「お前の身体は洗いざらい調べてもらう。処遇を決めるのはその後だ」

 

 シフトカー達の統制がとれていないせいか、宙をガタガタと揺れながら運ばれる感覚は正直気持ち悪くて堪らない。

 なるべく早めに目的地にたどり着くことを願うしかない。

 

(レイキバットさん連れてくるんだった……)

 

 それも後の祭りだ。

 

 かくしてその青年、詩島剛とシフトカーに連れ去られた大地は乗り物(?)酔いに耐えながらどこかへと運ばれていった。

 

 

 

 

 

 時は遡り、メイジがライドマッハーに搭乗した頃。

 

「大地め……急に投げやがって……華麗さが足りんぞ」

 

 文句を零しながら瑠美を探すレイキバット。

 確かにレイではあのスピードに追いつけないと思うが、この扱いはあんまりなのではないか。

 雑な扱いを受けようと、律儀に瑠美の元に向かう自身も結局はロボットに過ぎないということか。

 

 そうして周囲の人間に見つからぬよう気を配って飛んでいる内に、ようやく瑠美を見つけることができた。

 

「瑠美、無事か」

 

「レ、レイキバさん……その、私は大丈夫なんですけど……」

 

「んん?」

 

 どうも歯切れが悪い返事だ。

 それにレイキバットとは違う方向をチラチラ気まずそうに視線を泳がせているのはどういうことだ。

 

「仮面ライダーを知っている様子で、しかも喋る蝙蝠……」

 

 その声はレイキバットのものでも、瑠美のものでもない。

 レイキバットを凝視する泊、と呼ばれていた男性警官のものだ。

 

「………ああ。そういうことか」

 

 最悪だ。

 あれほど警戒していたはずが、よりにもよってあの2人の警察官に見られるとは。

 

「華麗さが足りないのは俺もか……」

 

「ど、どういう意味なんです? それ」

 

 

 

 

 

 

 怪物騒動に騒ぐ人々を建物の屋上から眺める存在がいた。

 

 彼の名はチェイス。

 反逆したロイミュードの粛正を行う死神にして、誇り高き追跡者。

 

 アイアンの逃走の際、目眩しを放ったのも彼であり、そのままハートから与えられた仕事を達成するつもりだった。

 

 だが、レイの存在がチェイスの警戒心の他に、モヤモヤとした感覚を煽る。

 

「仮面ライダーが2人……マッハの他にも仮面ライダーがいたというのか」

 

 レイから感じた自身に似た奇妙な反応、人々を守るレイを見た瞬間の苛立ち。

 どちらも初めての感覚、故にチェイスは追撃を躊躇った。

 この感覚の正体はわからない。それなら戦って見つけるしかない。

 

「関係ない……2人とも倒すだけだ。ロイミュードの番人として」

 

  BREAK UP!

 

 バイクのエンジンを連想させる紫と黒の輝くボディ、対象をどこまでも追い続ける追跡者の相棒 ライドチェイサー。

 

 彼の名は魔進チェイサー。

 ロイミュードの番人にして、仮面ライダーの敵。

 

 

 

 

 

 

 




魔進チェイサー

ハートの意向に沿わず、人間社会で目立ち過ぎたロイミュードを処罰する死神。仮面ライダーに対して並々ならぬ感情を持っているが、その意味については自身でもわかっていない。
また人間に直接的な危害は加えない。殺す価値もないから、と本人は判断しているようだ。


シフトカー

本来ならば仮面ライダードライブのサポートを行うミニカー達。この世界では彼等はマッハのサポートに徹している。


2人組の警官、色々表現ボカしたけど、ドライブ視聴済みの人にはバレバレですよね。
感想、質問はいつでもどうぞ!


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混戦のカーチェイスはどうやって起こったのか

マッハの世界

泊進ノ介がドライブにならず、マッハだけがロイミュードと戦う世界。
進ノ介や霧子といった特状課の面々もマッハの正体を知らず、ロイミュードと仮面ライダーの戦いをほとんど把握できていない。
しかし、この世界にはマッハ以外のライダーもいたようだが…?






 

 どうしよう。とてつもなく気まずい。

 

 ミニカー達に運搬された大地が今いるのはどこかの地下施設らしき場所。

 

 柱に縛り付けられ、その周りをシフトカー達に囲まれ、さらには中央部に停められたライドマッハーに腰掛けているマッハの変身者が敵意を剥き出しにした表情で視線をぶつけてくる。

 仮に少しでも不審な真似をすれば、即座に撃ち殺されることは容易に想像できる。

 この場所に連れてこられた時、持っていた2つのベルトは取り上げられてしまっているので抵抗だってできやしないのだ。

 ミニカーに取り囲まれるこの光景はシュールそのものだが、その場に流れる非常にピリピリとした雰囲気がどうしようもなく大地の不安を煽り、緊迫した時間が過ぎて行く。

 

「おっまたせぇ〜! 君のベルト、すっごい興味深かったわ!」

 

 そこに場違いな態度で現れたのは白衣を着た女性、沢神りんな。

 取り上げられたベルトは彼女によって調べられていたらしい。

 見るからに女性科学者の風貌のりんなを見て、大地の心にほんの一瞬だけ影が差した。

 

「私達やロイミュード、どちらとも違う技術で作られたベルトを2つも持ってるなんて、君が他の世界のから来たって言うのも信じるしかないわね! ほら、剛君もいつまで睨んでるのよ!」

 

 渋々といった様子で大地を解放するが、剛と呼ばれたマッハの変身者は明らかに不満げだ。

 不自然なくらい明るいりんなと相まって大地には余計に刺々しく感じてしまう。

 ならばここは敵意がないことを示して信頼されるよう心がけるべきだ。

 

「いえ、僕も誤解されるような真似をして悪かったと思ってます。できれば仮面ライダーマッハと一緒に戦いたいと思ってます」

 

「029とだって一緒に戦ったんでしょ。だったら私達はもう仲間よ! よろしくね、大地君!」

 

 同じ女性科学者でありながら鬼塚とは真逆の明るい性格のりんな。

 詳しい話もしないまま信用してくれるというのは少々疑問に思わなくもないが、その好意は有難く受け取るべきだ。

 しかし、好意的なりんなの態度とは裏腹に剛から受ける視線は冷たいままだ。

 

「俺は反対だね。こんな得体の知れない奴と一緒に戦えって? 面倒な立ち回りは抜きにして、とっとと目的を話したらどうよ」

 

「仮面ライダーマッハを記録する。僕の目的はそれだけで、貴方の邪魔をするつもりはありません。本当です」

 

「だったら新聞なりテレビなり見てればいい。俺はお前なんかに構ってられないくらい、忙しいんだよ。じゃあな」

 

 ライドマッハーのエンジンをかける剛。

 閉じていた通路が開き、外に走り出そうとする剛をりんなが呼び止めた。

 

「ちょっと、どこに行くつもり?」

 

「029を追う。あの損傷だったらそう遠くへは行ってないはずだ」

 

「そうかもしれないけど、今は休んだほうが」

 

「いつも言ってるだろ。俺には止まってる暇なんてない。そいつが何かしでかそうとしたら連絡してくれ」

 

 その言葉を最後にライドマッハーは猛スピードで走り去る。

 残されたりんなはさっきとは一変して若干憂いを帯びた表情を見せた。

 剛がいなくなった途端にこれなのだから、不自然に思えたあの態度もわざと明るく振る舞ったためかもしれない。

 

「ごめんなさい。正直私も大地君を完全に信用していたわけじゃないの。仲間の存在が剛君のストッパーになればと思った末の賭けよ」

 

「ストッパー? どうしてあの人にそんな……?」

 

「その辺も含めて説明するわ。私にできる範囲でね」

 

 そうして紡がれるりんなの説明はまさしく大地が知りたがっていたこの世界の概要とも呼ぶべき情報だった。

 

 約1年前に起こったロイミュード達による一斉蜂起、グローバルフリーズが始まりだった。

 グローバルフリーズとは全世界を重加速現象で覆うことで、人間社会をロイミュードの支配下にしようとした世界規模の大事件。

 それを阻止したのがロイミュードの開発に関わった科学者にして、りんなの恩師、クリム・スタイン・ベルトが開発したロイミュードの原型であるプロトゼロとドライブシステム。

 グローバルフリーズ以前にロイミュード達によって殺害されていたクリムはドライブシステムの中枢、ドライブドライバーに自身の精神を予めインストールされるように仕組んでおり、それをプロトゼロに装着させることで1人の戦士を誕生させた。

 

 それが仮面ライダープロトドライブ。

 

 プロトドライブの活躍でグローバルフリーズは妨害され、ロイミュード達も倒されたが、そのコアまでは破壊できなかった。

 そして時を経て、力を蓄えたロイミュード達はプロトドライブを襲撃。その戦いでクリムとプロトゼロは命を落とす結果となった。

 

 残されたのはプロトドライブのサポート役だったシフトカーだけ。

 シフトカーだけでロイミュードに立ち向かうのは不可能だ。

 しかし、クリムの残したデータを元にコアまで破壊できるネクストシステム、仮面ライダーマッハが開発され、適合者に選ばれたのがさっきの男、詩島剛。

 

「なるほど……だからあのロイミュードは僕を見て3人目のライダーと認識したんですね」

 

「恐らくそうね。ロイミュードは001から108まで全部で108体。その内私達が倒せたのはたったの7体。正直大地君が手伝ってくれるっていうのは凄くありがたい話なのよ。彼、詩島剛くんはロイミュードの殲滅に執着してて少し暴走しがちなところがあるし……いざって時には私じゃ止められないから」

 

 だいたいの話は飲み込めた。

 この世界に滞在している間は少しでも多くのロイミュードを倒しておいた方がいいだろう。

 その過程でマッハを記録していけばいいのだ。

 

 ダークディケイドライバーを始めとする装備を返してもらっている時、何気ないタイミングでりんなが疑問を零した。

 

「君の装備、短時間での解析ではあったけど重加速に対応できそうな装置は組み込まれていなかったわ。どういうことなの?」

 

「僕も詳しいことはよくわからないんですけど、このカードのおかげらしいです」

 

 ライドブッカーから取り出した「カメンライド チェイサー」のカードをりんなに見せる。

 まじまじとカードを見つめるりんなはどこか懐疑的だ。

 

「チェイサー……これって」

 

「えっと、どうかしましたか?」

 

「………ううん、まさかね。ありがとう」

 

 りんなのこの反応、イクサの世界での嶋の反応と似ている。

 直感的にそう感じたが、そもそも嶋の反応の意味すら大地には理解できていなかったため、何かあると思いつつもその場は気に留めておく程度にしか考えていなかった。

 

 後に大地はこの時のことをこう振り返っている。

 

  瑠美にダークドライブを渡したのも、手元にチェイサーを残したのも、運命の悪戯だったのかもしれない、と。

 

 

 ✳︎

 

 

 久瑠間運転免許試験場。

 

 一見すると普通の運転試験場にしか見えないが、ここの一室にはとある事情から警視庁のとある部局が存在している。

 

 その名も特殊状況下事件専門捜査課、通称「特状課」。

 

 主に機械生命体の起こす怪奇事件を専門として捜査しているのだが、目立った成果を上げていない彼等は本庁の鼻つまみもののような扱いだ。

 そんな特状課の一室で瑠美は複数人の警察官に囲まれている状態に制服の威圧を感じずにはいられなかった。

 

「花崎瑠美さん、もう一度聞く。あの仮面ライダーレイの正体を知っているのか?」

 

「えっと……知ってはいるんですけど……その……」

 

 そう瑠美に尋ねているのはアイアンに襲われていた刑事、泊進ノ介。

 突然連れてこられて萎縮している瑠美を気遣ってか、なるべく優しい声音を心がけているようだが、瑠美はしどろもどろな回答しかできない。

 喋る蝙蝠なんていう不可思議な存在を連れていた瑠美はあれよあれよという間に進ノ介とその相棒、詩島霧子にこの特状課まで引っ張られてしまった。

 流石に警察に大地や異世界のことを勝手に話すのは不味いと判断してこんな発言しかできない状況になっている。

 

 そんな風に全く進展のない会話を繰り広げる彼等の座るソファから少し離れた場所で、声を潜めて会話をする二人の人物。

 

 片方は捜査一課の刑事、追田現八郎。もう片方は進ノ介と一緒にいた女性警察官、詩島霧子。

 

「おい嬢ちゃん、なんだってあんな娘をここに連れてきちまったんだ。それも本庁に何の通達もなく」

 

「あの娘は仮面ライダーと何らかの接点を疑わせるだけでなく、あんな機械の蝙蝠まで連れています。泊さんが珍しくやる気を出すのもわかる話です」

 

「つってもよお、俺は仮面ライダーなんて信じちゃいねえし、あの瑠美って娘もグローバルフリーズを知らないなんて怪しいこと言っちゃあいるが、それでも嘘を吐いているようにも見えねえ。第一、本当に怪しいんならそれこそ重要参考人として正式な手続きを踏んで取調室に連れていくべきだろ」

 

「泊さんだってそれぐらいは理解しているはずですけど……」

 

 この特状課が設立されてから霧子と進ノ介はバディとして行動を共にしてきた。

 しかし進ノ介ときたらいつもぼんやりとしているばかりか、「なんかエンジンかかんねえ」とかぼやいて仕事をサボる始末だった。

 ロイミュードや仮面ライダー関連の事件になるとやる気を出すことはあるものの、それでも怠け癖は抜ける様子はない。

 そんな進ノ介が真剣な表情で、しかも正式な手続きすらせずに一人の女の子に話を聞いているのだから現八郎も霧子も内心では困惑しているのだ。

 

 また、その傍では鳥籠に入れられたレイキバットが特状課の課長、本願寺純と客員ネットワーク研究家、西城究に弄られていた。

 そんな世にも珍しい光景、あの好奇心旺盛でカメラマンの弟が見たらなんて言うだろうか、と近頃連絡もよこさない自身の身内に、霧子はふと思いを馳せた。

 

「ほぉ〜ら、蝙蝠ちゃん! 泊ちゃん好物のひとやすミルクですよ〜!」

 

「いるか!んなもん!ガブリッ!」

 

「イテテ! 何で僕を噛むのさ!? そこは課長を噛むところでしょ!」

 

「あらら、今日の私のラッキーカラーは白だから懐いてもらおうと思ったんですけどね〜」

 

「貴様らぁ! 俺様を舐めているのかァ!?」

 

 機械じかけの喋る蝙蝠なんていうロイミュードとの関連性を疑わせるレイキバットが完全に愛玩動物扱いだ。

 警察組織としての緊張感がないようにも見えるが、専門の沢神りんなが不在であり、レイキバットも口が悪いだけで暴れまわったりする様子もないためこの扱いは不当というほどではなかった。

 レイキバットとしてもこんな安っぽい鳥籠を破壊して暴れてやりたい気持ちはあるのだが、そうなれば瑠美の立場が不味いことになると理解しているので、この状況を甘んじて受け入れるしかないのだ。

 

「ちくしょう……華麗さも激しさもねえ!」

 

「それにしても驚きですね〜。ロイミュード以外にもこぉんな不思議な蝙蝠ちゃんがいるなんて。究ちゃん、何かわかんないの?」

 

「無茶言わないでくださいよ! こういうのはりんなさんの専門でしょ。あの人、まだ連絡がつかないんだから」

 

 同時刻にてりんなは大地と一緒にマッハの秘密基地にいたのだが、仮面ライダーの正体や目的を知らない特状課の面々には知る由もなかった。

 ロイミュードと戦う謎のヒーロー。それが特状課の仮面ライダーへの認識であり、重加速に対抗できる唯一の存在と密かに頼りにもしている。

 しかし、泊進ノ介だけは違う。

 

「質問を変える。俺は仮面ライダーの戦う理由が知りたい。何故彼等はロイミュードと戦うのか、それを知っていたら教えてほしい」

 

「泊さん……?」

 

 これは進ノ介と霧子の間だけの秘密なのだが、霧子はかつてのグローバルフリーズで仮面ライダーに救われたという経験がある。

 特状課で最も仮面ライダーに信頼を寄せているのも彼女であり、その秘密を共有している進ノ介もまたそうであると思っていた。

 仮面ライダーは人間を護るために戦っているとわかりきっているはずなのに、進ノ介は何故そんなことを聞くのか?

 

「………マッハってライダーのことは私はよく知りません。でもおまわりさん達が見た仮面ライダーレイは怪物に襲われる人々を守るために必死に戦っています。自分だって怖いはずなのに、それでも彼は戦ってくれるんです」

 

「そうか……ありがとう。信じるよ、君の話」

 

 進ノ介の表情は複雑だ。

 安堵と憂い。その両方が入り混じったモヤモヤが彼の脳内に漂っている。

 そのモヤモヤの正体には未だ至れない。

 

 

 ✳︎

 

 

 結局その後の問答でも進ノ介の疑問は晴れなかったようで、浮かない顔のままだった。

 それでも強引に連れてきてしまったことを詫び、帰りは送ってくれるというので、瑠美は素直にそれに従う。

 最初はちょっぴり怖かったけれど、話してみるとこの進ノ介という刑事は良い人だとわかった。もしかすると大地に協力だってしてくれるかもしれない。写真館に帰ってみたら大地に話してみよう。

 

「ったく! 酷い目にあったぜ!」

 

「結局その蝙蝠はなんなんですか? ロイミュードとは違うみたいですけど」

 

「レイキバさんはレイキバさんです。というか私もよくわかりません」

 

「はぁ……?」

 

 進ノ介に同行している霧子の追求も半分本音で返す。

 納得はしていない様子ではあるものの、それ以上は何も聞いてこなかった。正式な捜査でないこともあるのだろうが。

 

 試験場の駐車場に停めてある車両に瑠美が乗り込もうとした時、ドアを開けていた進ノ介のポケットが軽快なメロディを鳴らして振動した。

「ちょっとごめん」と断って取り出した携帯の液晶を確認する進ノ介。

 車両から離れていくのは瑠美に聞こえないようにするためだろうか。

 

「はい泊………なんだって!?」

 

 進ノ介の顔が驚愕に染まり、すぐさま手帳を取り出してなんらかのメモを書き始めた。

 物凄い速度で手帳に書き記した後、霧子に耳打ちし、彼女もまた驚きの表情を見せている。

 何か緊急の用件が入ったとみて間違いないだろう。

 

「悪い、花崎さん。俺達はすぐに行かなきゃならなくなった。送るのは他の誰かに頼む」

 

「もしかして、ロイミュードですか」

 

 まさかと思い言ってみたのだが、どうやら図星のようで、進ノ介の沈黙が肯定の印だ。

 ロイミュードが現れたということはつまりそれを追ってマッハや大地も現れる可能性が高いということ。

 肩に止まっているレイキバットを一瞥した瑠美は進ノ介に深々と頭を下げた。

 

「お願いします! レイキバさんも連れて行ってください! レイキバさんを届けなきゃいけない人がいるんです!」

 

「なんだって?」

 

「おい瑠美、あいつなら他にも変身はある。そこまで心配する必要はない」

 

「ダークディケイドは制限があるし、何か起こってからじゃ遅いんです。レイキバさんがいた方がきっと良いはずだから!」

 

「……仕方ない、わかったよ。人を呼んでおくから、特状課に戻っててくれ。いいな?」

 

「はい! あと、レイキバさんはこれを」

 

 瑠美がレイキバットに渡したのは「カメンライド ダークドライブ」のカード。

 瑠美の言わんとしていることはわかった。そこまでするのならレイキバットも応えてやろうという気になる。

 その小さな体躯で頷き、レイキバットは進ノ介の背中をど突いて急かし始めた。

 

「そら! 行くぞ刑事カップル!」

 

「ちょ、ちょっと! 私と泊さんはそんな関係じゃありません!」

 

「そ、そうだよ! それにピコピコくんがないと重加速が」

 

「要らねえよんなモン! とっとと車出せぇ!」

 

「なんなんだよこのコウモリ〜!?」

 

 ギャアギャアと騒ぎながら現場に向かっていった進ノ介達の乗ったパトカー。

 そのサイレンが見えなくなっても、言いようのない不安に駆られた瑠美はしばらくその場から動けなかった。

 

 大地もレイキバットも進ノ介達も皆無事でいてほしい。

 その想いが届くように、瑠美は胸の前で手を合わせて祈る。

 祈ることしかできない自分への歯痒さを嘆きながら。

 

 

 ✳︎

 

 

 ロイミュード出現の報せは大地達のいる秘密基地、マッハピットにも届いていた。

 すぐにりんなは剛へと連絡を送り、ロイミュードの出現を知った剛は返事もせずに通信を切ってしまった。

 はぁ、と溜息をつくりんなの仕草はもう慣れっこという感じだ。

 そんなりんなから現場の大まかな位置を確認した大地はダークディケイドライバーを装着する。

 マッハピットから現場に向かうにはバイクが使えるダークディケイドに変身するしかない。

 

「変身」

 

  KAMENRIDE DECADE

 

 この身を包む漆黒の装甲、ダークディケイドには鬼塚の件から未だ複雑な心境のまま変身する羽目になった。

 それでも人間に危害を加える怪人がいるのなら、大地は変身を躊躇ったりはしない。

 

  ATTACKRIDE MACHINEDECADER

 

 ビーストの世界以来となるバイクの搭乗に緊張で高鳴る心を落ち着けてハンドルを握る。

 教えてもらった現場の位置を脳内で反芻しながらエンジンをかけ、オープンしたピットの出口を見据える。

 いよいよピットから発進しようとしたその時、思い出したかのようにりんなが呼び止めた。

 

「待って! このロイミュードの出現は本庁に匿名でタレコミがあったんだけど、場所や時間の報告等がやけに正確だったそうなの。もしかしたら」

 

「罠、の可能性はあると思います。でも詩島さんのマッハとこのダークディケイドならなんとかなるはずです。だから安心して待っててください!」

 

 りんなの忠告が正しいとすれば、確かに恐ろしい。なにせ敵の罠の中に少ない情報で飛び込んでいくことになるのだ。

 だが、ここで止まっていたらマッハは1人でその罠に突っ込んでいく羽目になる。それだけはごめんだ。

 

 胸中の不安を振り切るようにスロットルを回し、マシンディケイダーがピットから発進した。

 

 ピットから外に出たマシンディケイダーは大地の運転技術が許す限りのスピードで同一車線にいる車を次々と追い抜かしていく。

 夕暮れ時で眩しい夕陽が射す道路を明らかな違反速度で飛ばしていくのは内心ヒヤヒヤするが、同時に心地良さもあった。

 2度目の運転にしてこの感覚を味わうのだから自分は意外と運転が好きなのかもしれないと大地は思った。

 

「………! いた!」

 

 教えられた現場の付近に到着すると、その道沿いに停まっているやけに悪趣味なバイクと紫のライダースジャケットの男、それに女性が目に留まった。

 紫の方は見覚えが無かったが、女性の方は間違いなくさっきのロイミュードと同じ顔、格好なのだから取り逃がした奴に違いない。

 彼等はなにやら会話をしていたようで、駆けつけたダークディケイドを見ると女性の方は驚きの声を上げている。

 

「な、なんだあいつは! まさか俺を探して!?」

 

「そのようだ。奴がお前の言っていた新しい仮面ライダーか?」

 

「いや、白いライダーだったはずだ」

 

「そうか、まあいい。アイアン、お前は逃げろ。奴は俺が始末する」

 

  BREAK UP!

 

 紫の男性が手に持っているガジェット、ブレイクガンナーに掌を当てる。

 音声を鳴らすブレイクガンナーの銃口から放たれた幾多のエネルギーが彼の装甲を形成し、ロイミュードの番人としての姿を現した。

 

 死神 魔進チェイサー。

 

 愛機、ライドチェイサーに跨った彼はブレイクガンナーの威嚇射撃でダークディケイドの視界を塞ぎ、その隙に擬態を解いたアイアンロイミュードが一目散に逃げ出した。

 当然逃げたアイアンをマシンディケイダーで追いかけようとすれば、ライドチェイサーの巨体が道を塞ぐ。

 手負いのアイアンよりもこの魔進チェイサーを先に倒すべきかもしれないが、あの伸縮自在の腕を巨大な足のように動かすアイアンを放置してしまえば道路上の一般車両にも危害が及ぶのは目に見えている。

 

 進路を遮る魔進チェイサーを突っ切るため、ダークディケイドは一枚のカードを切った。

 

  ATTACKRIDE ILLUSION

 

 発動したディケイドイリュージョン。その効果は分身。

 

 マシンディケイダーごと4人に分身したダークディケイドはライドブッカーの射撃でチェイサーを牽制しながらライドチェイサーを別々の方向から追い越していく。

 

 対象が4人に増え、それらが別々の方向へ散らばれば対処は困難になるというのが大地の目論見であった。

 が、それがなんだと言わんばかりに放たれる魔進チェイサーの的確な射撃がダークディケイド達を次々と撃ち抜いていく。

 ある程度の耐久を持つ分身達はブレイクガンナーの射撃ぐらいで消滅はしないとはいえ、均等に降り注いだ射撃に分身に混じっていた本人もダメージを負ってしまった。

 

 しかし、それでも魔進チェイサーを追い抜かすという目的は達成された。

 役目を終えた分身達が消滅し、1人アイアンを追いかけるダークディケイドはバックミラーを頼りに銃口を背後へと向ける。

 

「貴方の相手は後にさせてもらいます!」

 

  ATTACKRIDE BLAST

 

 走行中、それも背後への狙いという精度がでたらめな射撃を数で補うディケイドブラスト。

 殺到した弾幕に怯む魔進チェイサー、しかしそれも一瞬で持ち直してマシンディケイダーの追跡を開始した。

 

 突然の分身への動揺も微かなもので、おまけに射撃の腕もあちらの方が上。

 

 そんな難敵を慣れないバイクで相手取る羽目になった己の不幸を呪いたくなる気持ちを抑え、まずはアイアンの追跡を優先する。

 いつの間にか彼らが発生させたであろう重加速によって周囲の車両がほぼ止まっているに等しいのが不幸中の幸いだ。

 

「止まれぇ!」

 

 長い腕を地面に叩きつけて逃げるアイアンに標的を定め、間髪入れずに撃つも、中々当たらない。

 背後からの射撃に気づいたアイアンが狙いを反らすために動きを激しくさせるものだから余計に銃弾は虚空に消えていくばかりだ。

 マシンディケイダーの限界速度を出せば追いつけるとは思うが、大地には止まっている車両を避けながらそのスピードを出せる気がしない。

 他のライダーへのカメンライドを視野に入れ始めたその時、さらなる乱入者の声が大地の鼓膜を刺激した。

 

「ヌゥアアアアアアッ!!」

 

「うああっ!? 別のロイミュード!?」

 

 飛来した光弾にダークディケイドとバイクに衝撃を与える。

 蝙蝠の意匠を持ったロイミュード 071が翼を羽ばたかせ、その足に掴まれた蜘蛛の意匠を持つロイミュード 042のエネルギー射撃が上空から降り注いだのだ。

 進化体に至れていない下級ロイミュードと呼ばれる存在の彼らは損傷が回復しきらないうちに襲撃を受けたアイアンが呼び寄せた部下なのであるが、大地にとってはどうでもいい話だ。

 

 アイアンと比べれば幾らか見劣りする新手のロイミュードの攻撃はその印象通りに大した攻撃力は無かったのはいいが、背後から迫る魔進チェイサーのことを考慮すると、継続して射撃を浴びせてくる新手の出現はダークディケイドにとって非常に厄介な状況になってしまった。

 

 そうして新手のロイミュードに手間取っている内に背後からの追跡者との距離はどんどん縮まっていくことに大地は気づく。

 そしてついにはライドチェイサーと並走する形となり、真横からの攻撃にも対処を迫られることになる。

 他の3体とは明らかに規格外な実力と装備の魔進チェイサーに対し、大地は無駄とは知りつつも問いかけずにはいられなかった。

 

「くっ、貴方は一体!?」

 

「俺はロイミュードの番人、魔進チェイサー! 仮面ライダー、仲間を減らす貴様はこの俺が倒す!」

 

 聞けば目的も含めて答えてくれた。律儀だ。

 

 ……なんて感心してる間も無く、魔進チェイサーの殺意に満ちた攻撃に晒される。

 

 距離を離そうにも、残念ながら運転テクニックまでもが敵に軍配が上がっているのでどうしようもない。

 ダークディケイドのままでは八方塞がりなこの状況を打開すべく、カメンライドのカードを取り出そうとした時、とある光景をダークディケイドの視界に捉えた。

 

 見覚えのある白いマシンが対向車線から爆音を響かせて迫ってくる。

 重加速の中で点在する車両を躱しながら猛スピードで爆音を響かせるのは、たなびくマフラーと青い複眼を光らせるライダー。

 そう、あのライドマッハーこそはこの世界の頼れる味方の愛機だ。

 

  シグナルコウカン! マガール!

 

 対向車線から急カーブを描いて飛んできた弾丸がアイアンを狙う。

 不意にやってきた予測困難な軌道の弾丸を躱す術をアイアンは持っておらず、命中した弾丸によってアイアンは地面に落下。すかさずUターンとジャンプで同じ車線まで飛び越えてきたライドマッハーはその勢いのままにライドチェイサー、マシンディケイダーの横を並走する。

 

 止まった時のカーチェイスに飛び入り参加したマッハにも魔進チェイサーは動じる様子はない。

 前方の車両を飛び越えて、再び接敵した時には両者の手の中に武器が握られていた。

 

  ゼンリン!

 

  BREAK!

 

 激突するゼンリンシューターとブレイクガンナー。

 猛スピードで走るバイクの上であろうと関係なしにマッハ、魔進チェイサー、両者の攻防が始まり、それは図らずもダークディケイドとマッハで敵を挟み撃ちする形になっている。

 

「ッリャア!」

 

 威勢のいい掛け声を上げて、ダークディケイドが半ば反射的に繰り出したキックがライドチェイサーの車体を揺らし、魔進チェイサーのバランスを微かに崩した。

 バランスを整えようとすれば、そこには隙が生まれ、マッハがそれを見逃すはずもない。

 シグナルマッハをゼンリンシューターに装填する作業を一瞬で終え、できる限りライドチェイサーに接近する。

 

  ヒッサツ! フルスロットル! ゼンリン! キュウニマガール!

 

「ぉおりゃあ!!」

 

「何っ!?」

 

 気合いと共にゼンリンシューターで殴りつけられたライドチェイサーに一瞬シグナルが浮かび上がったかと思えば、その車体が突然急カーブを描くという不可解な現象が発生した。

 

 シグナルマガールの力が最大限に込められたゼンリンシューターの打撃、ビートマッハーマガールでライドチェイサーにそのエネルギーを流し込まれ、文字通り曲がった、いや曲げさせられたと言うべきか。

 そうなったライドチェイサーは魔進チェイサーの思惑を外れ、マシンディケイダーとは反対方向のガードレールに衝突することになった。

 

 厄介な敵を一時的に遠ざけたことを確認したマッハは前方へ逃げるアイアン目指して一気に加速させ、ダークディケイドも慌ててその後を追う。

 

「来てくれたんですね、詩島さん!」

 

「その声にそのベルト、やっぱりお前か。言っとくが、俺の邪魔だけはすんなよ?」

 

「わかってます! 詩島さんは逃げる奴をお願いします、僕は他の奴を倒します!」

 

「あ、おい! 俺に指図すんな!」

 

 逃げるアイアン、妨害するロイミュード達、追うダブルライダー、さらにそれを追跡する魔進チェイサー。

 

 止まった時の中で起こった追跡劇はここでさらなる展開を見せようとしていた。

 

 

 ✳︎

 

 

「ヒョーゥ! どうなっている!何だこの場所は!?」

 

「ケケケケケケケッ! 我々は富士山麓の要塞にいたはずだが……」

 

「報告します! 前方からこちらにやってくるバイクの集団が、仮面ライダーらしき姿もあります!」

 

「何っ! ようし、行くぞ! まずはライダーとその仲間、我々の邪魔をする者は全て抹殺するのだ! ヒョーゥ!」

 

 現代においては古い型のオートバイを操るその集団のリーダーらしきジャガー型とサイ型の怪人。

 彼らの名は仮面ライダー1号と激闘を繰り広げたショッカーの改造人間、ジャガーマンとサイギャング。そして彼らが率いるはショッカー戦闘員で構成された「殺人ライダーチーム」だ。

 本来この世界には存在しないはずの彼らはダークディケイド達の対向車線からそれぞれのマシンで出撃する。

 

 

 そして彼らとはダークディケイド達を挟んだ反対方向にもまた別の異形が姿を見せていた。

 

「ゾボビ・ビゲダ! クウガ!(どこに逃げた! クウガ!)」

 

「バゲ・ギギデギス・ギャリド……? (ギャリド、何故生きている?)まあいい、ゲゲルを再開する!」

 

 大型トラックを運転するグロンギのヤドカリ種怪人、メ・ギャリド・ギ。

 専用バイク、バギブソンを操るグロンギのバッタ種怪人、ゴ・バダー・バ。

 仮面ライダークウガの宿敵であるグロンギの彼等もまた本来ならこの世界に存在するはずのない怪人達。

 その条理を無視して、己に課した殺人ゲームを達成するべく、グロンギ達もそれぞれのマシンを発進させた。

 

 

 誰もが予期せぬ展開の最中、離れた場からその戦闘の様子を窺う者がいた。

 その姿形は下級ロイミュードの042と同じ蜘蛛型であったが、宿している感情には底知れない野望が秘められている。

 

「仮面ライダーに魔進チェイサー。役者は揃った」

 

 ダークディケイドを初めとする現れたイレギュラーの存在も彼にとっては好都合。

 胸に「019」のナンバーを持つ彼は混沌を極めていく戦場を静かに観察していた。

 

 

 改造人間、グロンギ、ロイミュード、仮面ライダー。

 交わるはずのなかった彼等の運命の交差点はすぐそこまで迫っていた。

 

 

 




ジャガーマン

仮面ライダー(初代)に登場したショッカーの改造人間達。初登場は53話で、多分史上初のバイク戦を仕掛けた怪人。
動物を操る能力を持ち、動物園の動物を人間に襲わせようとしていたが、ジャガーの癖に「ヒョーゥ!」とか、象に「人間を食い殺せ」と言ってるので動物そのものには詳しくなかったのかも。
新1号の記念すべき初の相手なのだが、その後も頻繁に蘇り、最近の春映画にも出演してる。ショッカーのお気に入り疑惑がある。
ライダーに倒された時、「動物達よ、ライダーを殺せぇ!」みたいな遺言を残した。他力本願はよくない。


サイギャング

これもショッカー怪人。63話に初登場で、やはりこれも何度か蘇ってるけど、こいつには致命的な欠陥があった。
サイの怪人らしく大きな角があるのだが、なんとこれが弱点なのだ。何故こんなわかりやすいところに……ショッカーのセンスかな?
パワータイプっぽい見た目に反して、初手で目潰ししてくるセコさ、死体確認を怠る等なんか頼りない。(後者はショッカーには割とある)
武器は口から吹く火炎放射。もうサイじゃなくてよくね?

彼等の共通点はバイクでの戦闘を得意とすることであり、劇場版「仮面ライダー対じごく大使」ではタッグを組み、富士山麓の要塞防衛のため戦った。
66話での謎特訓シーンは必見。
当然ながらショッカーの改造人間である彼等に世界を渡る能力はなく、この世界にいる理由は未だ謎だ。

長くなるのでグロンギの解説は活動報告でします。

ついに始まってしまったライダーグランプリ!(違う)。果たして勝つのは誰なのか、そもそもこんな乱戦をきちんと書けるのか!?

その答えは次回を読もう!




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激走のカーチェイスを制するのは誰か 前編


大混戦。怪人vs怪人っていいよね……と言いたいけど、微妙に読みにくいかもしれません。以後気をつけます




 

 夕暮れ時のこの時間帯、従来なら数多くの車両が往来している。

 その1つ1つの車内で、例えば夕飯の買い物を終えた家族だとか、夜景を見に行くカップルだとか、そんなドラマがあってそれを守るのが警察官の使命のはずだ。

 今こうしてこの道路上に広がる重加速の空間に囚われた車両の中で充満しているはずの不安、恐怖を少しでも早く消すために刑事 泊進ノ介はパトカーを走らせる。

 

 と、ここまで聞くと威勢はいいが、重加速低減装置がなければまともに動くこともままならず、一般人と何ら変わらない無力な人間でしかない。

 それに装置があってもパトカーまでは重加速に対応できないのに変わりはなく、自らの足でロイミュードを追跡する羽目になり、現場に到着した頃には仮面ライダーとロイミュードの戦いはすでに終わっているのが常だった。

 

 己の無力を嘆き、傍観者となるしかなかった。だが今日は状況が異なっていた。

 

 夕焼けに溶けるサイレン、アスファルトを踏みしめるタイヤ。

 そう、進ノ介達の乗るパトカーが重加速をものともせずに、いつも通りのスピードで走行しているのだ。

 

「本当に重加速の中でも走れるなんて……!」

 

「だから言っただろ。このカードがあれば大丈夫だと」

 

 驚愕を隠せない進ノ介と霧子にこれ見よがしにダークドライブのカードが掲げられる。

 未来のテクノロジーで作られた仮面ライダーダークドライブの力はカードの状態であってもパトカー1台を重加速の影響から切り離せるほど強力なのだ。

 どこか得意げなレイキバットを見て、どうやってあの羽でカードを持っているんだと疑問を抱きかけた進ノ介は背後から響く爆音で我に帰る。

 

「後ろです!泊さん!」

 

 霧子の呼びかけで背後から迫るトラックに気づき、慌ててハンドルを切る。

 間一髪躱すことはできたが、そのトラックはパトカーに臆することなく通過。スピードだって明らかに法定速度を違反している。

 

「トラック!? どうして重加速の中で走れるんだ!?」

 

「トラックだけじゃねえ!」

 

 レイキバットの言う通り、さらに後方からやって来たのは奇天烈な外見の黒いバイク。

 しかも奇妙なのはバイクだけでなく、搭乗しているライダーもだ。

 鮮血を思わせる深紅のマフラーをたなびかせた黒いバッタ怪人なんて進ノ介や霧子は勿論、レイキバットですら見た事はない。

 

 言葉を失って呆然とする刑事達を鼻でせせら嗤い、ゴ・バダー・バが運転するその黒いバイク、バギブソンは常軌を逸脱したスピードで駆けて行った。

 

「あれもロイミュードなんですか!?」

 

「いや、あのバッタ男は機械じゃない。ロイミュードってのとは違うみたいだな」

 

 車内に困惑の雰囲気が漂う。

 

 現れたのはロイミュードではなかったのか?

 あのトラックやバイクは一体何なのだ?何故重加速の中を動く?

 そもそも何故自分達はカード1枚で重加速を動ける?

 

 考えても納得のいく答えは出ない。

 ならば今は追いかけるしかない。幸い運転には自信がある。

 シュッ、とネクタイを締める進ノ介を見た霧子は一瞬自分の目を疑う。

 相棒の今の行為はすなわち久方ぶりに見るやる気を出した合図。

 

「ギアが……入った?」

 

「もう、考えるのはやめだ! 霧子、ロボットコウモリ! しっかり掴まってろ!」

 

「俺はレイキバットだ!」

 

 すでに点となりかけるほどに距離の空いたバギブソンを追って、パトカーの追走劇が今始まった。

 

 

 ✳︎

 

 

 進ノ介達の追跡が始まったのと同時刻、彼等のはるか前方にてまた別の追走劇を繰り広げていたダークディケイド達の前にも予期せぬイレギュラーが発生していた。

 

 全身の黒いタイツに骸骨のような白いラインを入れた覆面の集団、ショッカー戦闘員達とそれを率いる怪人、ジャガーマンにサイギャング。

 彼らが乗ったオートバイの集団が前方から襲来したのだ。

 

「我らショッカーのスーパー破壊光線砲によって日本全土は壊滅する! 邪魔をする者は全て死ぬのだ! ヒョーーゥ!」

 

「ショッカーだと? 貴様らは一体!?」

 

 仮面ライダー、ロイミュードの両陣営に困惑が走る。

 こんな奇怪な集団など見たことも聞いたこともなく、一部の者に至っては何かのパフォーマンスではないかと疑うほどだ。

 当然ショッカーなどという組織名にも誰も心当たりはない。

 そんなショッカーの登場で思わず戦闘が中断された中、この奇妙だが、既視感のある感覚を大地には思い当たる節がある。

 

 先日イクサの世界で遭遇したガランダー帝国のハンミョウ獣人。

 あの世界で明らかに異質な存在の彼と目の前の集団に共通する雰囲気、さらに言えば異物感が大地にデジャブに近い感覚をもたらしていた。

 もしや彼らは瑠美を彼女のいる世界から攫ったであろうあのハンミョウ獣人となんらかの関係があるのではないか?

 思わぬところでやってきた、瑠美を元の世界に帰してあげるヒントを問いただすチャンス。

 しかしこの両陣営入り乱れる中で聞き出すのはかなり困難なのは間違いない。

 

「行くぞ! ジャガーマン!」

 

「ヒョーゥ!」

 

 状況はいつまでも思考に沈んでいることを許してはくれない。

 ついに接敵したショッカーの集団は手始めに先頭で逃げていたアイアンに狙いを定め、彼らの運転するバイクが次々とジャンプする。

 だが伸縮する腕による移動という不規則な上下運動を繰り返すアイアンに車体をぶつけるのは至難の業で、飛んできた戦闘員の突撃は回避されていく。

 最後にジャンプしていたサイギャングのバイクも難なく躱され、ひとまず安堵の息を漏らすアイアンだったが、彼は改造人間に備わった能力というものを未だ知らない。

 故に回避したバイクとの距離が最も縮まったその瞬間、サイギャングの口から発射された火炎放射に見事に不意を突かれる形になってしまった。

 ただでさえ傷ついているボディを酷使した状態で高熱の火炎を浴びせられたアイアンへのダメージは計り知れない苦痛を与え、悲痛な声を上げさせる結果となる。

 

「ぐあああああああッッ!?」

 

「フハハハハハ! ショッカーの邪魔をすれば、皆こうなるのだ!」

 

 味方がやられたとなれば当然他のロイミュードも黙ってはいない。

 飛行しているロイミュード071に掴まっている042の手から放たれた光弾の掃射がアイアンへの追撃を目論む戦闘員達に降り注ぎ、その内の数人に直撃。バイクから飛ばされて地面に倒れた。

 攻撃はそれだけに終わらず、直撃した者達のバイクまでもが光弾の嵐に曝され、耐久以上の損傷によって乗っていた戦闘員を巻き込んで爆炎を上げる。

 

 滞空のアドバンテージを活かした攻撃に一人、また一人と戦闘員が爆発していく中、その弾幕を掻い潜って行くのはジャガーマンだ。

 狙いを安定させるために同じ場所に留まっていた071を捉えることはジャガーマンにとって容易く、宙に舞うバイクの前輪が見事に071の翼を折り、042と共に地面に叩きつけられてしまった。

 そこへすかさず群がるバイクの戦闘員達に翻弄され、分断される下級ロイミュードとアイアン。

 アイアンは部下を見捨てて逃げようとするが、サイギャングがそれを追う。

 

 戦況は確実にショッカーに傾いていた。

 

 

 ✳︎

 

 

 怪人達の乱闘を眺めていたダークディケイドとマッハ。

 こちらをそっちのけで戦い始めたため、マシンを停車させて様子を伺っているのだ。

 どうやらショッカーはロイミュード達とは別の勢力のようだが、あんな物騒な発言の連中が人間の味方とは思えない……というか下手をすればロイミュードよりも危険な作戦を言っていた気がする。

 

「なんだかよくわかんねえけど、あいつらも殲滅した方が良さそうだな」

 

「ですね!……ってうわ!?」

 

 突然背後から飛んできた紫の光弾に周囲から火花が散った。

 振り返るまでもなく、あの魔進チェイサー追いついてきたのだと察する。

 マシンを停車させていれば追いつかれるのは当たり前だと思われるかもしれないが、それだけショッカーの登場が衝撃的すぎたのだ。

 

「仮面ライダー、あの集団もお前達の仲間か」

 

「いや、あんな人達は僕も知りませんよ」

 

「いずれにせよ、ロイミュードに仇なす者は全て倒す!」

 

 あくまでもロイミュード達を守ることを優先させるのか、魔進チェイサーはダークディケイド達を通過してアイアン達の援護へ向かう。

 戦闘から取り残される形となってしまい、あの怪人達はどちらかの陣営を倒すか、もしくはこちらからちょっかいを出さない限りは攻撃を受けることはなくなった。

 どうせ潰し合ってくれるのならここで待つのも手か、と大地は考えたが、剛は違うようだ。

 ライドマッハーをスタートさせ、マッハもまた再び戦闘に参加する意思を見せる。

 

「あのショッカーとかいう奴らが何者か、今はどうでもいい。俺の敵はあくまでもロイミュードだ。邪魔をする奴は全員ぶっ潰す!」

 

「え、じゃあ僕も……ってちょっと!?」

 

 ダークディケイドの返事も待たずにライドマッハーは行ってしまった。

 やはりと言うべきか、剛は未だに大地を信用してはおらず、今の発言も「邪魔をするならお前も倒す」という警告だったらしい。

 確かに怪しい部分があるのは否めないが、ここまで疑われるのは流石に初めての経験で、大地は少しだけショックを受けた。

 

(そりゃあ異世界から来たなんてすぐには信じてもらえないだろうけど……なんか詩島さんのは疑う以上になんかピリピリしてる気がするな)

 

 しかし信用を得るというのなら、ここで燻っていても仕方ない。

 言葉で納得してもらえない以上、行動で示せばいいのだ。

 

 そうやってマッハの援護のため、マシンディケイダーのハンドルを握ったその時、乱入者の出現を知らせるエンジン音がまたしても響いた。

 

「ヅヅギ・デジャス・バダー! リント!(人間、バダー、潰してやる!)」

 

「フン、ボソラ・レ(ノロマめ)」

 

「えぇ!? 今度は何ですか!」

 

 またしても現れた怪人。

 黒いバイク、バギブソンを駆るバッタ種怪人、ゴ・バダー・バとそれをトラックで追いかけるヤドカリ種怪人、メ・ギャリド・ギ。

 理解不能の言語で騒ぎ立てる怪人というこれまた個性豊かな乱入者にいよいよ頭痛すらしてきそうだ。

 なんで重加速の中を動けるんだ、なんて疑問を吹き飛ばす勢いで迫るあの新たな怪人達が味方だったらどんなに有難いことか。

 

「まずはお前だ!」

 

 そんな大地の願いも空しく、真っ先にバダーに狙われるのはダークディケイドだった。

 

 彼らグロンギという種族は独自の言語や文化を持つ他、ゲゲルと呼ばれる殺人ゲームに興じている。

 ゲゲルのルールはただ1つ、期日までに決められた対象を一定数殺すこと。

 しかもトラックで対象を轢き殺すギャリド、バイクに乗った対象を轢き殺すバダーと、彼らに課せられたルールは目の前のダークディケイドやその先で混戦にある集団に見事に一致してしまっていた。

 

 このまま留まるのは危険と感じ、発進させたマシンディケイダーの背後に迫るバギブソン。

 バギブソンのウィリーで車体に追突を受けて著しくバランスを崩し、ダークディケイドは危うく転げ落ちそうになる身体をなんとか留める。

 バダーの猛攻はそれだけに止まらず、執拗にマシンディケイダーへの追突を行なっては、ダークディケイドをマシンから引きずり降ろそうとしてくる。

 マシンのスペックやそれを操る技術が完全にダークディケイドの上をいくであろうバダーに対抗するにはこのままでは不可能に近い。

 その判断が伝わったドライバーから新たに示されたカードを選び、バックルに装填した。

 

  KAMENRIDE GARREN

 

 クワガタムシが描かれたオリハルコンエレメントを通過して、その身をダイヤの赤いライダー、ギャレンと同一のDDギャレンへと変化させる。

 その変身に伴って同じくオリハルコンエレメントを通過したマシンディケイダーもギャレンの専用マシン、レッドランバスに変化する。

 

「クウガ……?」

 

 首を傾げながらも攻撃をやめないバダーに対し、DDギャレンは次のカードをバックルに叩き込む。

 

  ATTACKRIDE FIRE

 

 レッドランバス、DDギャレンから噴き上がる炎。

 それは決して敵の攻撃によるものではなく、ダイヤのカテゴリー6の力であるフライファイアの火炎でバイクごと自身を包みこんだ故の現象だ。

 しつこく突撃してきたバダーもこの超高熱の塊に突っ込む真似は避けたいようで、忌々しげに距離を離していく。

 まともにマシンでの戦いに付き合えば勝ち目は薄いと見てバイクそのものを強化できるギャレンに変身する戦法は功を奏したらしい。

 それほどの高熱を身に纏っているというのに大地自身は全く熱さを感じないのが不思議なところだ。

 

「ボン・ゾボゴ・ボソグ! クウガ!(今度こそ殺す!クウガ!)」

 

 しかし、それもトラックに乗るギャリドには関係ない。

 ギャレンになったダークディケイドに何故だか異様な反応を示しているのは気になるが、それよりも突っ込んでくるトラックの対処が先だ。

 トラックに轢かれれば火炎など関係なしにDDギャレンは跳ね飛ばされるのは目に見えているし、そうなれば先の下級ロイミュードと同じ目にあうに決まっている。

 それにこれ以上トラックが暴れるとなると周囲の被害も無視できないため、ここはタイヤのパンクを狙うのが最適のはずと大地は判断する。

 本来銃撃を得意とするギャレンの姿であっても、精密射撃を苦手とする大地にはタイヤの狙撃は少々困難に思われるが、それを補うカードはすでにバックルに装填されていた。

 

  ATTACKRIDE SCOPE

 

  ATTACKRIDE RAPID

 

 こちらに向かってくるトラックのタイヤに狙いを定め、DDギャレンは専用銃のギャレンラウザーを構える。

 ペッカーラピッドで連射力を強化され、発射された無数の銃弾。

 バットスコープで高められた精度によってその全てが狙いのタイヤに直撃した。

 これでトラックの暴走は止められるはずだったが……

 

「な!? 止まらない!? 何で!」

 

 思わずギャレンラウザーとトラックを交互に二度してしまうのも無理はない。どう見ても普通のトラックにしか見えないそれが仮面ライダーの銃撃を受けてなお問題なく走行しているのだから。銃撃を浴びたタイヤだってほぼ無傷であることがさらにDDギャレンの困惑を加速させる。

 

 ここで大地はある重要な点を見落としている。

 それは重加速で活動でき、なおかつライダーのマシンに追従できるという時点で普通のトラックである要素は外見以外どこにも残っていないことだ。

 確かにギャリドが本来活動していた世界では普通のトラックを使用していたのだが、ここでは違う。

 つまりは重加速に対応でき、ギャレンラウザーの銃撃に耐えられるように何者かが手を加えていたとしたらーーー?

 

 冷静になっていれば辿り着けたかもしれない、しかしギャリドに関する知識を持たず、度重なる乱入で混乱していた大地が思いつかなくても仕方のないことだと言えるだろう。

 それに今彼にとって何よりも優先すべきは自らを押し潰さんと迫るトラックをどうにかすることなのだ。

 

  ATTACKRIDE BULLET

 

 アルマジロバレットで威力そのものを強化した弾丸をもって、今度はフロントガラスから睨みつけてくるギャリドを直接狙い撃つ。

 だが、やはりカテゴリー2の力で強化した弾丸を撃ちまくってもトラックのフロントガラスには微かにヒビが入る程度の損害しか与えられない。

 こうなったら飛行が可能になるギャレンの強化形態、ジャックフォームにフォームライドしようとライドブッカーを開いた大地に、ドライバーが示したのは全く異なるカードだった。

 

『怪物マシンの出番だ』

 

 脳裏に映るのは白い帽子とマフラーが似合う黒い骸骨のライダー。

 

「……なるほどね!」

 

  KAMENRIDE SKULL

 

 風が舞い、赤のライダー、DDギャレンから骸骨の記憶を内包した黒のライダー、DDスカルへの変身が完了する。

 やはりそれと同時にレッドランバスからスカルボイルダーとなったマシンを走らせながら、DDスカルはさらにカードをセットした。

 

  ATTACKRIDE SKULLGARRY

 

「バンザ・ボセパ!? (なんだこれは!?)」

 

 虚空に生まれたモザイクで形作られ、実体化したのは巨大な骸骨のマシン。

 ギャリドのトラックよりも巨大なその大型車両、スカルギャリーがスカルボイルダーとトラックの間を遮り、トラックの衝突を受け止めた。

 この普通の道路には大き過ぎるスカルギャリーもこの重加速の中なら一般車両の被害はほとんど避けられる。

 また、あくまでもDDスカルが召喚しただけのスカルギャリーには重加速の中での活動は制限されてしまうのだが、その道をほとんど塞ぐほどの巨大な車体はトラックの妨害目的としてなら十分に効果的だった。

 スカルギャリーの脇で僅かにできた隙間から飛び出してきたバダーは封じれなかったのが痛いが、それならそれでやりようはある。

 

 異なる怪人同士は潰し合う。これがバダーにも当てはまるとしたら……

 

「バババ・バジャスバ(中々やるな)」

 

「何言ってるのか全然わかりません!」

 

 スカルマグナムの牽制に一切怯むことなく、体当たりを仕掛けてくるバギブソンから必死に逃れながら、スカルマグナムの連射で少しでもバギブソンとの距離を離そうと試みる。

 魔進チェイサーにも匹敵するであろうバダーとの直接対決はDDスカルの能力では些か厳しいものがあり、このままでは苦戦は免れない。

 それを理解しても、大地にはギャリドをスカルギャリーでの足止めしている今DDスカルの変身は解除できないのだ。

 

 ならば他の怪人に押し付けてしまうしかない。

 

 一計を案じたDDスカルは、スカルボイルダーの最高速度で前方にいる集団に向かって一気に加速する。

 接触した戦闘員を弾き飛ばす勢いで突入した先では、ジャガーマンの鋭い爪が夕陽を反射して輝いていた。

 

「ヒョーゥ! そんな性能で俺に勝てると思ったか? 馬鹿め!」

 

「グアアアッ!?」

 

 マッハや魔進チェイサー、ショッカー達が逃げるアイアンを先頭にカーチェイスを繰り広げている中、唯一まともな移動手段を持たないロイミュード042にジャガーマン自慢の爪が襲いかかる。

 戦闘員に蹂躙され、さらにジャガーマンの攻撃を受けた042はついにダメージの許容値を超えて爆発四散してしまった。

 破壊されたボディからフラフラと出てきたのは「042」の形をした彼のコア。

 自身の回復のために逃走を図ろうとするも、DDスカルに誘導されたバギブソンがちょうどその上を通過し、猛スピードで轢き潰されたコアは小規模の爆発でその命を散らした。

 

 DDスカルによってまんまと他の敵へ誘導されたとはいえ、バダーの殺害対象となるバイクに乗っている者で溢れている戦場は彼にとっても都合がいい。

 戦闘員に紛れていくDDスカルを追うよりも、まずは周囲の戦闘員を襲う方がよっぽど楽しめるはずだとバダーは考えた。

 そしてそんな風に戦闘員に襲いかかれば、自然とジャガーマンとも対立することになる。

 

「ヌッ、貴様も邪魔をする気か!」

 

「フン、ボギ(来い)」

 

 

 ✳︎

 

 

  FINALATTACKRIDE S S S SKULL

 

「イーッ!?」

 

 必殺技のスカルパニッシャーで自身に群がる戦闘員達を掃討しつつ、クリアになっていく視界でマッハを探す。

 こんな混戦状態の中で果たしてマッハが無事でいてくれるのか。そんな不安は戦闘員達をあしらいながら疾走する彼の姿を見てすぐに解消された。

 

 逃げるアイアンを援護する魔進チェイサーとそれを追うサイギャング、そしてそれとは別に片方の翼を折られた影響で、低空飛行を余儀なくしている071を追うマッハ。

 どちらへ行くべきか、DDスカルが迷っている間にもマッハは宙にいる071にゼンリンシューターを向けている。

 青いシグナルバイク、シグナルカクサーンがマッハドライバー炎に装填され、シグナルマッハもゼンリンシューターにセットされた。

 

  シグナルコウカン! カクサーン!

 

  ヒッサツ! フルスロットル! カクサーン!

 

 右肩のシグナコウリンがシグナルカクサーンの標識を示し、ゼンリンシューターが放つ光弾もドライバーのブーストイグナイターを叩いた瞬間、文字通り四方に拡散する弾幕に変化した。

 

「ヌッ、ググ、ギャァアアアアッ!?」

 

 このヒットマッハーカクサーンを折れた翼で回避できるわけもなく、ロイミュード071もまた爆炎の中にボディを四散させた。

 残されたコアも拡散弾に晒されて消滅し、これでこの場の下級ロイミュードは殲滅されたというわけだ。

 

 しかし、喜びも束の間。ロイミュードの番人の嘆き、怒りを買ってしまったのだから。

 

「071……! 貴様ァ!」

 

  TUNE CHASER! BAT!

 

 仲間の仇を討つべく、シフトカーに似たチェイサーバットバイラルコアをブレイクガンナーにセットして発動することで、その腕に蝙蝠を模した弓が装備される。

 

 仮面ライダーがシフトカーやシグナルバイクで力を得るように、魔進チェイサーも3種類のチェイサーバイラルコアを使うことによってそれぞれに対応した武器を装備した武装チェイサーになることができるのだ。

 そしてこの弓、ウイングスナイパーを装備した姿は武装チェイサーバット。

 そのウイングスナイパーからこれまた蝙蝠型のエネルギーニードルが飛来したかと思えば、DDスカル達に衝撃を与える。

 

「うああっ! くうっ!」

 

「クソッ、のやろう!」

 

 このエネルギーニードル、1発1発の威力はそこまで高くないのだがそれを補って余りある連射力がある。

 その圧倒的な弾幕の量によって、ゼンリンシューターやスカルマグナムの反撃を相殺した上でさらにDDスカル達にダメージを届かせるのだから厄介極まりない。

 なんとか対処しようと考えても、すでにスカルパニッシャーを使ってしまったDDスカルに残された対抗策はほとんど無いに等しいのだ。

 

 仮面の奥で歯噛みする大地だっだが、状況はさらに悪化してしまう。

 

「貴様のバイクももらうぞ!」

 

「何っ!? うおおっ!?」

 

 魔進チェイサーの複眼が光り輝くと同時に、マッハのライドマッハーに異変が起こる。

 なんと乗り手であるマッハの操縦を受け付けず、引き寄せられるかのようにライドチェイサーの元へ向かっていくその光景に思わず自分の目を疑うDDスカル。

 そのままマッハを宙に投げ出したライドマッハーはライドチェイサーと合体、四輪車のライドクロッサーに変形したのだ。

 恐らく中央の操縦席に座る魔進チェイサーがライドマッハーを操っていたのだと推測できるが、それと同時に新たな疑問を大地は抱く。

 

 何故敵同士のマシンに合体機構が備わっているというのだ?

 

 魔進チェイサーとマッハのバイクが類似している点は偶然ということにしたとしても、それに合体機構まであれば自然と関係性は疑われる。

 それに思い返してみれば魔進チェイサーがバイラルコアで力を得るのにしたって、マッハとシグナルバイク、シフトカーの関係と似ている。

 

 奥歯に物が挟まったような、そんな歯痒さを覚える疑問も宙に投げ出されたマッハを見て一旦保留とし、すぐに新たなカードを取り出した。

 

 この戦局の最中でマシンを失えばどうなるか、なんて先の下級ロイミュードを見れば火を見るよりも明らかだ。スカルギャリーのことはもう諦めるしかあるまい。

 

 そう区切りをつけたDDスカルはマシンディケイダーを自動操縦に切り替えた上で跳躍し、カードを発動した。

 

  KAMENRIDE LAZER

 

 赤のギャレン、黒のスカルときて次に変じたライダーのカラーは明るい黄色。だが、特徴的なのはカラーなどではなく、そのフォルムだ。

 

 黄色いカウルにハンドル、黒いライディングシート、2輪のタイヤときて、極めつけはヘッドライトの青い眼。

 どうみてもオートバイなこの奇抜な見た目こそがDDレーザー バイクゲーマー レベル2なのだ。

 

 とても言葉では言い表せないような変形でこのフォームになったDDレーザーは地面に激突直前だったマッハを間一髪回収、そのまま運転席に座ってもらった。

 

「えっ、ええええええッッ!!? お前バイクになれんのかぁ!? 身体どうなってんだよ……なんかものすげえ変形してたけど」

 

「うーん、なんというか……不思議な体験ですよ。自分でも上手く言えませんね、これ」

 

「はぁ〜? んまあいい、飛ばすぞ!」

 

 人が変形したバイクなんてものに乗る気味の悪さが無いでもないが、すでに理解の追いつかない展開に慣れつつあるマッハは半ばヤケクソ気味にDDレーザーのハンドルを握り締めた。

 

 

 ✳︎

 

 

 一方その頃、ジャガーマンとバダーの対決も佳境を迎えていた。

 ジャガーマンの味方側である戦闘員達はすでにバダーによって殲滅されており、正真正銘1対1の対決だ。

 つまり勝敗を左右するのは純粋な実力のみ。

 その点ではバイクのテクニック、マシンのスペック、共にジャガーマンの劣勢となっていた。

 誤解の無いように言えば、ジャガーマンは決して弱い怪人でもないのだが、それでもバダーの相手をするには力不足なのは否めない。

 

 何度も激突を繰り返したせいでジャガーマンのオートバイだっていつ壊れてもおかしくない損傷を受けて、嫌な匂いのする煙だって上がっている。

 だというのに敵のマシンには傷1つついていないという事実と真っ赤なマフラーをたなびかせるバッタの怪人の姿が自身の、いやショッカーの宿敵をどうしても連想させる。

 

「ぐぅぅ……貴様も仮面ライダーだというのか……!?」

 

「カメン、ライダー? ヂバグ! キョグギン・サギザザ・ゴ・バダー・バ・ザ! (違う! 脅威のライダー、ゴ・バダー・バだ!)」

 

 否定の台詞を吐いたバダーの猛攻が始まった。

 ウィリーで振り上げた前輪の打撃、並走しながらの体当たりなどの巧みな技術から繰り出される技の数々にジャガーマンはまともな抵抗すらできやしない。

 そしてついに限界を迎えたオートバイの大破が決定的な瞬間となる。

 

「お、おのれぇ……ッ!?」

 

 そして地面に投げ出されたジャガーマンが目にしたのはバギブソンから跳躍し、鋭く足を突き出すバダーの姿。

 その後に訪れるであろう結末を幻視しながらも、最後の足掻きとして振るった自慢の爪は優れた跳躍力とバイクの勢いを活かした強烈なキックの前にあえなく叩き折られた。

 

「ライダーキック……やはり、仮面ライダーではないか……よくも騙し、ぐ!?ぐああああああああああっっ!!」

 

 胸を深く抉るキックが決定打となったジャガーマンの身体は断末魔を残して爆発四散する。

 宿敵と間違えられたバダーだったが、彼にとってはキルスコアを稼いだ以上の意味は無かった。

 

 さて、次の標的であるあの骸骨のライダーがいる前方の集団に仕掛けるか、と考えたバダーの鼓膜にあまり好まない騒音が響く。

 振り返らずとも、それがあのギャリドの乗るトラックの音とわかってしまう。

 恐らくあの奇妙な骸骨マシンから解放されたのだろうと察しはつくが、格下であるギャリドに別段興味はないため、さっさと次の標的の元に行こうとするが、ギャリドにとってはそうでもないようだ。

 

「バダー! ボソグ! ボソギデ・ジャス!(殺す!殺してやる!)」

 

「チッ……」

 

 ギャリド如きに構うのも時間の無駄だ。実力で優っているのは明らかであるし、トラックをバイクで相手にしてやるのも面倒でしかない。

 そう考えたバダーは猛スピードでトラックを引き離し、前方の集団へ向かう。

 自身が無視されたという事実に怒り狂うギャリドも当然その後を追い、事態は再び混戦模様を呈する。

 

 その彼らが向かう先での戦闘にもまた1つ変化が起ころうとしていた。

 

 戦闘員を含めて数多くの脱落者が生まれたこのカーチェイスで今最も傷が深いのはアイアンロイミュードに他ならない。

 レイに負わされた損傷が修復しきらぬ内にサイギャングの火炎に炙られ続けたボディは紫というよりも、むしろ煤けた黒色になっている。

 そんな幾度となく繰り返された追撃の爪痕が身体の至る所に散見されるアイアンは身を隠すため、工業地帯に進行していた。

 後続の戦士達もその後を追い、最もアイアンに近いサイギャングはこの場で最も傷ついている獲物を仕留めるべく加速した。

 

「いい加減諦めたらどうだ? このサイギャング様から逃げられるはずがないのだ!」

 

「黙れ! 貴様のような薄気味悪い化け物など、俺たちのロイミュードの敵ではない!」

 

「フハハハハハ! 口だけは達者なカラクリダルマめ! 性能の違いを教えてやろう!」

 

 トドメの一撃をくれてやるべく、サイギャングは一際強力な火炎放射をお見舞いしてやることにした。

 自身の中にパワーをチャージして、確実に仕留めるために狙いを定める。これであの臆病者は終わりのはずだ。

 

「食らえーーーーッ!!」

 

 だが、そんなことはロイミュードの番人が許しはしない。

 2台のマシンを合わせた常識外れのスピードのライドクロッサーがワイヤーを射出し、まるで空中ブランコのような動きで、最大の威力に調節した火炎放射の前に躍り出た。

 

 思わぬ邪魔が入ったにも関わらず、サイギャングは馬鹿めと嘲笑うだけだった。

 まさにこれこそ飛んで火に入る夏の虫だ。

 このサイギャングの攻撃を受けてただで済むはずがない。

 

 そしてネクストシステムの技術の結晶たる装甲と、ショッカーの誇る改造人間自慢の一撃の激突はあっさりとライドクロッサーの勝利に終わった。

 馬鹿な、とサイギャングが目を疑うもライドクロッサーには焦げ跡一つついていないのが現実だ。

 

「ぐぅ! 何なのだ、そのマシーンは!」

 

「ロイミュードに楯突く者よ、砕け散れ!」

 

 ライドクロッサーに装備された砲台が一斉に火を噴いた。

 ハンドラーバルカンの視界を埋め尽くす弾丸の嵐がサイギャングのオートバイごとその場に縫い付け、身動きを封じれたところにサドゥンレーザーが照射。

 防御力に優れるはずの自身の身体が塵も残さぬ勢いで焼き尽くされていくのを、どこか他人事のように感じながら、悲鳴を上げる器官すら消滅したサイギャングは巻き上がった爆炎の中に消えていった。

 

「逃げろ、アイアン」

 

「助かったぞ!死神」

 

 サイギャングの大爆発は仮面ライダー達も目にしていた。

 ライドクロッサーの驚異的なスペックには驚きを禁じ得ないが、だからこそあれを取り返す必要がある、とDDレーザーはさらに加速していくのだが、いかんせんスピードが足りない。

 しかも、バイク形態のレベル2は大地自身が変じた姿であるせいか、走れば走るほど大地の体力も消費されていくので、そう長くは追いかけていられないのだ。

 

「仮面ライダー、ここで決着だ!」

 

「うわっ!? クソ! 俺のバイク返しやがれ!」

 

 ライドクロッサーのハンドラーバルカンによる妨害までもが加わり、ますます追いつくのが難しくなった。

 何か手はないか、と限定された視界を探るDDレーザーの目に映るのは自動操縦のマシンディケイダー、撃ってくるライドクロッサー、至る所に散らばるトロフィー。

 

(これだ!)

 

 ゲームのライダーであるレーザーにカメンライドしたことでゲームエリアが周囲に展開され、エナジーアイテムを内包したトロフィーが生成されていたのだ。

 目当てのエナジーアイテムが取得できるかは運任せに等しいが、やってみる価値は大いにある。

 

「詩島さん、トロフィーを手当たり次第破壊してください! 中からアイテムが出るはずです! 黄色いやつとってください!」

 

「あ、アイテムゥ? ゲームじゃないんだから……ってほんとに出た!?」

 

 トロフィーを破壊してでてきたいくつかのエナジーアイテム。

 その中にあったお目当ての黄色いメダルを半信半疑のマッハが取得した途端、DDレーザーのスピードが一気に上昇した。

 

  高速化!

 

 まるで自分自身が風と一体化しているかのような超高速、バルカンの捕捉が追いつかないほどのスピードがDDレーザーに備わった。

 気を抜けば衝突してしまいそうなスピードの世界を全力で駆け抜けていけば、あっという間にライドクロッサーに追いつけた。

 小回りを欠く四輪になったことで反応が出遅れているところを見逃すことなく、マッハは予め装填していたシグナルバイクを発動した。

 

  シグナルコウカン! トマーレ!

 

  イマスグトマーレ!

 

 ライドクロッサーを微かに追い抜かすことで、シグナルトマーレの特殊弾を回避されることなく、正面からぶつけることに成功した。

「STOP!」の標識の形状になった防御壁がライドクロッサーの行く手を阻んだだけでなく、ブーストイグナイターの連打で強化されたスタン効果でその場に完全に固定している。

 

「ディメンションキャブ、出番だ!」

 

  シフトカー! シグナルコウカン! タクール!

 

  イマスグタクール!

 

 次にマッハが発動したのはシフトカー、ディメンションキャブによるワームホールの生成。

 DDレーザーを雑に乗り捨てたかと思えば、迷うことなくそのワームホールに飛び込んで行くマッハ。

 その出口に通じているのはライドクロッサーの内部、魔進チェイサーの座す運転席だ。

 

「どけ、死神!」

 

「くっ!」

 

 強引に押し出された魔進チェイサーだったが、未だにライドクロッサーの操縦権は彼にある。

 しかし、運転席を奪われた以上はマッハに操縦権を奪取されるのも時間の問題と判断し、合体解除の指令を送り、分離した自身のマシンを即座に回収する両者。

 

 この一連の攻防を見守っていた大地も、マッハというライダーのダークディケイドにも劣らない多彩な能力には舌を巻くばかりだ。

 瞬時に能力を選択する剛の判断力があるからこそマッハの性能をフルに活かせているし、カメンライドの選択に迷って致命的な隙を晒しかねない大地にとって最も見習うべき点だと思える。

 

 もしもこのマッハが敵であったら……なんて想像もしたくない。

 

 もうバイクのフォームでいる意味もなくなったので、自身のマシンを呼び寄せたDDレーザーは通常のダークディケイドに戻って搭乗した。

 もはや聞き飽きたエンジン音がすぐそこまで迫っており、引き続きアイアンを追跡するマッハの援護は後回しにせねばならないようだ。

 

「お前も、面白そうな奴だ!」

 

「邪魔をするな!」

 

 魔進チェイサーに突撃していくバダーの姿が見えるということは、マシンディケイダーの背後に来ているのはあのトラックで間違いない。

 いい加減に撃破すべきだろうと考えたところで、脇道にある細い通路が見えた。

 その先の行き止まりがあることまで確認して、その光景が大地にある戦法を思いつかせてくれた。

 

「ヌァアウウウウ!!」

 

 相当苛立っている様子のギャリドならこの戦法が通じる可能性は高い。

 そしてその思い付きで、トラックがギリギリ通れる通路に急カーブで進入。

 その先は行き止まりで、ギャリドからしてみれば袋の鼠に見えることだろう。

 

「もう、逃がさない! ギェへへへへ!!」

 

『バックします バックします バックします』

 

 何の意味があるのかはわからないが、バックで轢き殺そうとしてくるギャリド。

 あれで行き止まりの壁に挟まれたらただでは済まないはずだ。

 無事に上手くいくのかどうか、緊張のままにカードを挿入する。

 

  ATTACKRIDE INVISIBLE

 

 まず起こったのは、ダークディケイドとマシンの輪郭がぼやけるという現象。

 その次の瞬間には七色の光となって飛散、結果として何もない空間をトラックが通過しただけに終わった。

 ダークディケイドが消える瞬間をサイドミラーで見ていたギャリドの苛立ちはいよいよ頂点に達した。

 

「ラダビ・ゲダバ!?(また逃げたな!?)」

 

 一体奴はどこに行ったのか、その答えは至って簡単。ギャリドの目の前だ。

 インビシブルで消えたダークディケイドはトラックの真正面に現れた、ただそれだけだ。

 

  FINALATTACKRIDE DE DE DE DECADE

 

 マシンディケイダーとトラックの間に召喚された金色のカード型エネルギーはまるでトラックへ引かれたカーペットのようで。

 トラックに向けて発進するマシンディケイダーを見て、ようやく自身が罠に嵌ったのだとギャリドが気づくも、すでに正面以外の逃げ場は封じられている。

 カードを通過するたびに纏うエネルギーを増していくマシンディケイダーにこのトラックを衝突させても結果はわかりきったことだ。

 

「フン! フン!」

 

 だからせめて生き延びるためにギャリドが取った行動はフロントガラスを蹴破って、殺しの道具であるトラックからの脱出である。

 トラックから這うように出て来た彼のその行為は散々彼を苛立たせた逃亡と同じもの。

 そのことに気づく前に、ギャリドの身体にマシンディケイダーが激突した。

 

「ヌァアアアアアアアアッッ!!?」

 

 想像以上の威力を伴った体当たりで吹き飛ばされたギャリドの身体は丁度自身が割ったフロントガラスから車両の中に転がりこみ、一瞬の静寂の後に大爆発を起こした。

 

 試したことのなかったこの必殺技、ディメンションブレイクの成功の喜びを噛み締めながらも、ダークディケイドは次の敵を倒すために方向転換していった。

 

 故にトラックの破片に混じって燃焼しているシフトカーらしき物体に大地が気づくことはなかった。

 

 謎の乱入者達が織り成す混戦も佳境を迎え、残す戦士はあと僅か。

 そのうちの誰がこのレースを制するのか、判明する時は近い。

 

 

 

 






シフトカーについて

本編ではマッハがシフトカーを使用した場合、「タイヤコウカン」の音声が鳴りますが、トライドロンが存在しないため、「シグナルコウカン」に調節されている設定です。音声以外は変更ありません。


ディメンションブレイク

ダークディケイドのマシンディケイダーを用いた必殺技。
要はディメンションキックのバイクアタックVer。やっぱりライダーはバイク技あってなんぼでしょう!
命名はスカイライダーの「ライダーブレイク」から。

こんだけバトルしといてまだ続きます。次回後編でこのバトルの結末が明らかになるのでお待ちください。

あと最後のシフトカー、別に誰かが巻き添え食らったわけじゃないのでご安心を。


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激走のカーチェイスを制するのは誰か 後編


後編。果たして勝つのは誰かな?




 

 夕暮れ時から始まったこの激戦も、気づけば時間は夜になっていた。

 

 通報のあったロイミュードや突如現れた異形の怪物達の追跡にフルスロットルで挑んでいた進ノ介であったが、いくら彼の運転技術が優れていたとしても普通のパトカーで怪物達のレースに追いつくのは無理がある。

 

 時折爆発が見えることはあっても、具体的に何が起こっているのかはわからぬまま、道端に転がるオートバイの残骸を辿って行くしかなかった。

 そんな残骸を常に避け続ける運転に集中している進ノ介を気遣ってか、霧子もレイキバットも口数は少ない。

 やがてオートバイの残骸も減っていき、爆発の頻度も減ってきたかと思えば、工業地帯の方から今までで最大の爆発が目視できた。

 何が起こっているのか、その答えを確かめるためにパトカーは走る。

 その途中で周囲に大きな変化が起こった。

 

「………ッ! 泊さん、重加速が!」

 

「ああ、どうやらゴールは近いみたいだ」

 

 重加速の解除はつまりこの先の戦いに何らかの決着がついたということ。できる限りのスピードで飛ばし、やがて辿り着いた場には進ノ介と霧子にとって衝撃の展開が待ち受けていた。

 

「あれは!?」

 

 

 ✳︎

 

 

 少し時は遡る。

 

 人間で例えるなら息も絶え絶えといった状態のアイアンロイミュードのすぐ後ろを、マッハが乗っているライドマッハーが疾走していた。

 

 この何度も逃す羽目になった憎き敵も、とうとう年貢の納め時が来たらしい。

 ダークディケイドがギャリドを撃破し、魔進チェイサーとバダーが小競り合いをしている今こそ、邪魔なしでアイアンロイミュードにトドメをくれてやるチャンスだ。

 

 今度こそ確実に仕留めるというその決意が、マッハの持つ最大の切り札を握らせた。

 その赤いシグナルバイクをマッハドライバー炎に装填、ボディとベルトから微かに走った電流も無視して、勢いよく発動する。

 

  シグナルバイク! ライダー! デッドヒート!

 

 シグナルコウリンのみの変化だった他のシグナルバイクと違い、そのシグナルデッドヒートがもたらしたのはマッハそのものの変化だ。

 上半身の装甲とマスクに、灼熱の炎を連想させる赤の追加装甲を纏う。シグナルコウリンは稼働エネルギーと熱量を表すパラメーターのDH-コウリンとなり、全身から溢れ出す余剰熱の蒸気からマッハの強化形態が姿を現した。

 

 仮面ライダーデッドヒートマッハ。

 変身者の負担と引き換えに、マッハのさらなるパワーアップを目的として開発された強化形態である。

 

「さあ、速攻で決めてやるよ!」

 

  シグナルコウカン! キケーン!

 

  バースト! キケーン!

 

 シグナルキケーンの能力で呼び出した巨大な顔の付いた弾丸、魔獣が逃げるアイアンに迫る。

 もはやまともな回避動作もできないアイアンは呆気なく魔獣の牙にかかり、ガリガリと機械を削る嫌な音が悲鳴と共に響く。

 その不条理な攻撃でついに逃げる気力すら失ったアイアンが地面に落下していく途中、その機を逃さずにデッドヒートマッハは跳躍した。

 

  ヒッサツ! バースト! フルスロットル! キケーン!

 

 目にも留まらぬ速度で回転するマッハの空中スピンで生成される膨大な熱エネルギーが、スピンに沿って幻視させ、さらにそれを魔獣のエネルギーが包む。

 最大になったエネルギーがマッハを急降下させ、大気を焦がす熱を纏った跳び蹴りを繰り出した。

 

「でゃやああああああああッッ!!」

 

 必殺技、キケンヒートキックマッハーの足先に捉えられたアイアンのボディ。

 防御の構えすら取れず、一瞬の拮抗の後に圧倒的な威力と熱量で融解し、砕かれる。

 足先からエネルギーを全て放出する勢いで貫いたマッハが地面に着地した時には、崩壊が全身に伝播したアイアンは木っ端微塵に爆発していた。

 

「うわあああああっ!?」

 

「よし、これでまた1体……!」

 

 アイアンの完全なる消滅を示す、爆炎の中で砕け散った029のコア。勝利を噛み締めて、しかし余韻に浸ることもなく、マッハは次なる標的に意識を向ける。

 

「死神……、次はお前だ!」

 

 今も魔進チェイサーと戦っているあのバッタ怪人含め、突如乱入してきた怪物達が何者か、という疑問が浮かばないわけではない。

 だが、あの乱入者達がいなければ、ダークディケイドとかいう信用できない味方と共に、ロイミュード4人を一挙に相手取らなければいけなかったのだ。

 正直に言って敗色が濃厚だった状況を彼らのおかげで覆せたとも思えるし、ロイミュードより優先して倒す必要はないというのが、剛の考えだったーーー無論放置する気もないが。

 

  バースト! キュウニデッドヒート!

 

 再び噴き上がる蒸気は、デッドヒートのスピードとパワーが一時的に底上げされたことを示す。

 湧き上がる力を溜め込むように深く腰を落としーーーその残像を残して消えるマッハ。

 今にもボディから溢れ出しそうなパワーによる跳躍と、驚異的な加速で走行中のライドチェイサーのすぐ真横にまで、赤い閃光が駆け抜ける。

 第三者の視点から見れば、ライドチェイサーまで瞬間移動したようにも見えるほどのスピードが今のマッハにはあり、魔進チェイサーといえども、これには狼狽してしまう。

 そこへ高熱のエネルギーを纏った拳を思い切りぶつけてやれば、魔進チェイサーはバイクから引きずり降ろされることになる。

 

「ぐっ!? なんというスピードだ!」

 

「オラオラオラオラオラ! お前もここで終わらせてやるよ!」

 

 赤い稲妻が迸る怒涛のパンチラッシュ、ボディを削り取るゼンリンストライカーの回転………通常のマッハを上回る勢いで放たれる数々の技で一気に畳み掛けていく。

 しかし、若干押されつつはあるものの、魔進チェイサーとて黙ってやられるような戦士ではない。

 マッハの猛攻を辛うじて捌きながら、近接戦用の武装を呼び出した。

 

  TUNE CHASER! SPIDER!

 

 巨大なクロー、ファングスパイディーの爪先がゼンリンシューターの打撃を受け止めた。

 火花を散らす武器同士の激突から生まれた衝撃で両者は弾き飛ばされ、次の激突にほんの一瞬だけ猶予が生じた。

 獲物を横から取られた形になったバダーにはそれを黙って見守る気などさらさらないようで、当然その猶予に割り込もうとするのだが。

 

「邪魔をするな」

 

「邪魔しにきたのはそっちでしょう!?」

 

 そこに割り込もうとするバギブソンの行く手を、マシンに乗ったダークディケイドが慌てて遮る。

 

 邪魔者がいないことを確認できたマッハの攻勢はさらに勢いを増して、魔進チェイサーに殴りかかっていく。

 

 

 *

 

 

 縦横無尽に駆け巡るバギブソンになんとか食らいついて、その行く手を阻むダークディケイド。

 

 長い乱戦の末にようやく1対1の状況まで持ち込めたのだから、ここでマッハの邪魔をさせるわけにはいかないと意気込む大地は、早くも頭の中でドライバーが指し示すカードを確認しつつ、次の一手を考える。

 

 バイクを自在に乗りこなし、バッタの俊敏性も兼ね備えているだろうという推測を加味すると、候補としてはドレイク、エターナルなどが妥当か。

 

「フンッッ!!」

 

「くっ、じゃあこれで!」

 

 すでに3回カメンライドを使用している自身のスタミナを考慮すれば、ここは慎重に選択すべき場面であるはずなのだが、バギブソンの唸りを目前にして、悠長にカードを選んでいる暇はない。

 咄嗟に抜き取ったカードを叩き込み、4度目のフォームチェンジを実行に移す。

 

 その時大地がこのライダーを選んだのは偶然か、それとも必然だったのか。それは誰にもわからない。

 

  KAMENRIDE CHASER

 

 青みがかかったシルバーで煌めくそのライダーには機械的なパーツが散見され、同じ技術が使われているだけあって、マッハと類似する部分がいくつかある。

 このDDチェイサーへのフォームチェンジはバイクのテクニックと俊敏性に対応できる能力があるライダーとして選ばれただけに過ぎない。

 りんなが気になる反応を見せたのは覚えていたが、その意味について考えている暇は大地には無かったのだ。

 

 しかし、忘れてはならないのがダークディケイドはバイクに乗っていたという点だ。

 これまでと同様にマシンディケイダーもチェイサーに対応した変化を遂げるのだが、問題はそこにある。

 

「ッ!? 同じバイク!?」

 

 どういうわけか、DDチェイサーが乗っているのは魔進チェイサーのライドチェイサーと全く同じ外見であり、召喚した武器までもがあのブレイクガンナーとくれば、驚かずにはいられない。

 その困惑が戦いの場において致命的な隙を晒しているのは当然のことで、迫り来るバギブソンの前輪を見てようやく我に返っても、すでに避けられる距離ではなかった。

 

「ギベ!(死ね!)」

 

 しまった、と焦るDDチェイサー。仕方ないとはいえ、犯したミスを悔いてももう遅い。

 DDチェイサーにはこれから来るであろう衝撃に備え、胸部の前で両腕を交差させて防御の構えを取ることしか残されていなかったのだ。

 仮面の奥でぐっと歯を食いしばって、大地はこのチェイサーの装甲がバギブソンの一撃をできるだけ軽減してくれることを祈る。

 

 そしてその空気を引き裂く回転がついに衝突しようとした直前、異変は起こった。

 

「………え?」

 

 伝わるはずだった衝撃がいつまで経ってもやってこない。

 見渡しても、そこには1人で防御の構えをとるDDチェイサーしかいない。

 そう、前輪の突撃が命中する直前にバダーとバギブソンの姿は綺麗さっぱり消え去ったのだ。

 

 

 透明になって奇襲を狙っている、違う場所にワープしたなど候補はいくつか浮かんでもその理由がわからない。不利だったのは明らかにこちら側だったのに。

 気配もなく、まるで最初からそこにいなかったかのようにも思えてくる。

 あまりにも理解を超えた状況に置かれ、思考も纏まらない。

 

 

 逃げた、ではなく消えたのだ。攻撃の手段としてでもなく、本当にただ消えただけ。

 漂う排気ガスの臭いがなければ、白昼夢だと錯覚してしまってもおかしくはない。

 

「………今はあっちをやろう」

 

 答えの問いについて考えるぐらいなら、無理矢理にでも思考を切り替えるしかない。

 消えたならそれでいい、最後に残った敵を倒せばいいだけだから。

 

 デッドヒートマッハと互角の戦いを繰り広げる魔進チェイサーへブレイクガンナーの銃口を向けかけて……放り捨てる。

 

 敵と同じ武器を使えば、要らぬ疑いを持たれるかもしれない。

 普段だったら思いつかないこの考えもマッハからの懐疑的な態度があればこそ。

 信頼を得られない、という結果を無意識の内に恐れている大地は放り捨てたブレイクガンナーの代わりの武器を召喚する。

 

  ATTACKRIDE SHINGOU AX

 

 信号機がそのまま斧になった奇抜なデザインの武器、シンゴウアックスの召喚をドライバーが告げた。

 こんな奇妙な外見の武器なら帰って疑われる可能性は低いかもしれない、なんて根拠の無い考えすら思い浮かべて、DDチェイサーは疾走を開始した。

 

 

 ✳︎

 

 

 マッハと魔進チェイサーの戦いを見る者がいれば、その誰しもが「互角」と評するだろう。

 デッドヒートとなってパワーアップを遂げたマッハであっても、魔進チェイサーは押し切れない。

 逆に魔進チェイサーもデッドヒートマッハのパワーとスピードには手を焼いている。

 

 先ほどまではお互いマシンに乗っていた他、多くの乱入者もいたために実力以外の要素が多かったが、今は完全に1対1だ。

 実力が拮抗している現状が続けば、不利になるのはデッドヒートの時間制限を控えたマッハの方で間違いなく、それを自覚しているが故の焦りが、スペックで圧倒しているはずの魔進チェイサーと互角の勝負をさせているのだ。

 

「詩島さん、今行きます!」

 

 そこへ、この勝敗を左右させる存在、DDチェイサーが駆けつけた。

 振り上げたシンゴウアックスが下りる先は、ファングスパイディーの爪先。

 

「ハアッ!」

 

 気合の一撃が魔進チェイサーの体勢を崩し、ガラ空きになった箇所へマッハが打撃を叩き込む。

 後ずさり、悶える魔進チェイサー。

 このDDチェイサーとデッドヒートマッハのパワーを合わせれば、この相手を倒すのにも大した苦戦はしないだろう。

 しかし、油断は禁物と芽生えかけた慢心を律して、魔進チェイサーを見据えた直後、大地の頭に微かな頭痛が響いた。

 

『俺はもう一度やり直す』

 

「うっ………今のは」

 

 一瞬だけ脳内に映し出された、見覚えのある男のビジョン。

 それがダークディケイドライバーから送られた記録だとは理解できるのだが、何故こんな状況で送るというのか。

 疑問に思う間も無く、またしても脳内に広がるビジョン。しかもその数はさっきの比ではない。

 

『逮捕しろ。それが人間のルールだ』

 

『人間を護るのが、仮面ライダーの使命ではないのか!?』

 

『俺は、生きとし生けるもの全ての自由のために戦う戦士、仮面ライダーチェイサーだ……!』

 

 それは人間を愛し、使命と誇りを胸に戦う偉大な戦士の記録。

 

 時に苦悩し、傷つくその戦士の顔は目の前の敵の人間態と同じであるばかりか、魔進チェイサーに変身している映像すらある。

 

「これって、仮面ライダーチェイサーの……魔進チェイサーってまさか……!?」

 

 仮面ライダーチェイサーと魔進チェイサー。

 

 同じ顔、同じ装備、同じ名前の人物が変身しているとは、つまり同じ存在、所謂フォームチェンジのような関係が両者の間にあるとするなら………。

 目の前の魔進チェイサーとは、本当に敵なのか?

 

 戦意を覆い被さる疑惑が武器を握る力を徐々に弱めていく。

 あの映像にいた人間を愛する戦士が、魔進チェイサーと重なって見えてくる。

 実際に受けてきた行為は人間に対する敵意が込められていたにも関わらず。

 

 そんな自問自答を繰り返すDDチェイサーなどお構いなしに戦局は進行していく。

 

「死神ィ! お前もこれで最後だな!」

 

「ぐぅ……黙れぇ!」

 

 DDチェイサーのたった一回の横槍がマッハと魔進チェイサーの均衡を崩し、場の流れはマッハに傾きかけていた。

 デッドヒートのブーストがかかったゼンリンシューターの一撃はファングスパイディーよりも微かに重く、勢いだって上だ。

 これも大凡互角だった両者の戦闘にDDチェイサーの一撃、デッドヒートの上乗せなどの要素が絡み合った結果に過ぎない。

 

 これ以上近接戦をしても不利であると悟った魔進チェイサーは一旦距離を取ろうとする。

 恐らくは武装を変える気だろうが、距離を離したのはマッハにとって大きなチャンスでもあった。

 チェイサーバイラルコアをセットする時間とマッハドライバー炎を操作する時間はほぼ同じとするなら、有利なのは必殺技の準備動作であるマッハの方だ。

 

  ヒッサツ! バースト! フルスロットル! デッドヒート!

 

「ッ! しまった!?」

 

 ゼンリンシューターに収束する膨大なエネルギーに気づき、魔進チェイサーは慌てて換装を中止するが、すでに遅い。

 シグナルデッドヒートのエネルギーを充填して放った一撃はまずファングスパイディーに激突し、粉々に粉砕する。

 その威力は武装の破壊だけに留まらず、魔進チェイサーの装甲にも大きな衝撃と爆発を与えた。

 

「グアアアッ!?」

 

「あっ……!」

 

 魔進チェイサーの痛々しい悲鳴につい反応を漏らす大地。

 撃破には至らずとも、戦闘続行が困難になる程度の損傷がその紫のボディには刻まれている。

 

「いよいよ年貢の納め時ってわけだ」

 

  バースト! デッドヒート! ゼンリン!

 

 そんな状態で這い蹲る宿敵を見逃すはずもなく、マッハは再びドライバーを叩く。

 マッハドライバー炎の音声を聞いた瞬間、居ても立っても居られなくなったDDチェイサーはついに駆け出した。

 

  ATTACKRIDE CHASER!

 

 瞬間的な加速を発動し、マッハの前に躍り出るDDチェイサー。

 その際、マッハに背中を向けることで背部の高速回転するホイーラーダイナミクスがゼンリンシューターの打撃を弾き飛ばした。

 完全に威力を殺しきれたわけではなかったが、それでも受けた衝撃は些細なものだ。

 

「お前! どういうつもりだ! なんで死神を庇う!?」

 

「貴様は一体……それに、その姿は?」

 

 敵対している相手を突然庇うなんて暴挙に出たDDチェイサーに、両者が疑問をぶつけるのは至極当然のもの。

 大地だって衝動的に飛び出してしまったわけで、納得してもらうのは難しいだろう。

 目の前の敵が実は人類の味方、仮面ライダーになるかもしれない、なんて今でも信じられないくらいだ。

 それでもここは落ち着いて事情を説明するしかない。

 

(鬼塚さん……貴女みたいに救えたはずの人を見捨てるのは、もうしませんから)

 

 わかりあえるはずなのに、殺しあうなんて悲し過ぎる結果を生む前に。

 

「落ち着いて聞いてください。えっと、この死神ってロイミュードは実は」

 

「わけわかんねーこと言いやがって! いいからとっとどけ!」

 

 大地の話に耳も貸さず、どこか焦った様子のマッハはDDチェイサーを押し退けて行こうとする。

 それでもDDチェイサーは再度立ち塞がる。

 客観的に見ておかしいのが自分であることは重々承知しているが、大地にだって退けない理由がある。

 

 もし何かの誤解で争っているのだとしたら、話し合って欲しい、命を奪いあわないで欲しいという我儘がDDチェイサーを突き動かす意志であり、理由であるのだ。

 

「落ち着いて、話をしてくれませんか。あの魔進チェイサーは悪い人じゃないかもしれません」

 

「お前……ロイミュードに肩入れするってのか!? だったら!」

 

 しかし、残念ながらマッハにはそんな事情知ったことではない。

 元々信用を寄せていなかった相手が邪魔をするというのなら、彼の取る手段はただ一つ、強制的な排除だ。

 

 その意志を示すゼンリンシューターの一撃を紙一重のところで回避するも、続く高熱のフックが白銀の装甲に沈むのは防げなかった。

 

「ぐっ!? そ、そういうつもりじゃなくて、あくまで話をして欲しいだけで!」

 

「じゃあそこを退けって言ってるだろ! 死神をぶっ倒した後に聞いてやるよ!」

 

 話は平行線のまま、始まったマッハの猛攻をDDチェイサーはひたすら躱すしかない。

 隙を見て説得の言葉を投げかけようとしても、今のマッハに聞く耳はなく、少しでも気を抜けば攻撃を叩き込まれてしまう。

 しかも、回避に徹していてもその思い通りにはならず、銃撃と打撃の変則的なラッシュが次第にDDチェイサーに当たり始めた。

 

 適切な手段を講じようとしても、マッハの姿が大鎌を持った別のライダーと重なり、思考を掻き乱されてしまう。

 同じところなんてどこにもないのに、それでも幻視してしまうその姿は大地の心を揺さぶった。

 

(これじゃあ鬼塚さんの時と同じじゃないか!)

 

 リヴォルの幻影を振り払おうとするほどに苦しみが増していく。

 そしてその苦しみはDDチェイサーの動きを鈍らせ、結果的にマッハの攻撃が命中させる要因になる。

 

 どうしようもないこの悪循環は意外な形で幕を降ろすこととなる。

 

「ガァッ!? こんなところで限界かよ……!」

 

 必殺技を連発し、さらにはデッドヒートまで使用したマッハの活動限界がついに訪れる。

 異常なまでの熱を放出するデッドヒートの装甲に合わせて、マッハドライバー炎からも警告音が鳴り響く。

 DH-コウリンのメーターが限界値まで振り切った瞬間には、マッハの変身は解除されていた。

 

 これ以上の争いには一応発展せずに済んだわけだが、変身が解けてなお激しい感情を宿した瞳で睨まれるせいで、DDチェイサーの戸惑いは晴れない。

 

「何でだ……何で俺の邪魔をした!? 死神をぶっ倒す絶好のチャンスだったんだぞ!」

 

「あの人は人間の味方に、仮面ライダーになれるかもしれないんです! もしかしたらわかりあえるかもしれない」

 

「そんなわけあるか! ロイミュードは全部憎むべき悪なんだよ! 横からしゃしゃり出てきて勝手なこと言ってんじゃねえ!」

 

 剛の言い分は最もかもしれない。あの記録で見えた魔進チェイサー、仮面ライダーチェイサーが正義のライダーだからってこの世界でもそうとは限らないとは、大地も理解している。

 しかし、あの人間を愛する機械の戦士の記録を垣間見た時点で身体が勝手に動いてしまっていた。

 

 衝動の赴くままに行動してしまった故、言葉を詰まらせるDDチェイサーに対しさらに食ってかかろうとする剛だったが、突然その動きは止まる。

 

「剛……まさか、お前が」

 

「仮面、ライダー……?」

 

 戦闘に集中していた自分達が気付かない間に来ていたらしきパトカー。

 そこから聞こえてきた声に剛の表情は驚愕に染まっていた。

 

「姉ちゃん……進兄さん……!?」

 

 大地は、そのパトカーに乗っていた女性警官、霧子を姉と呼ぶのを確かに聞いた。

 

 

 *

 

 

 最愛の姉とそのパートナーに仮面ライダーマッハである自分の正体を知られた。

 

 血の気が引く、という状態をここまで実感したのは剛にとって初めてだった。

 驚きで言葉が出ないのは進ノ介、霧子も一緒のようで、しかし進ノ介の表情は険しくもあった。

 何か弁明の台詞を言わなければいけない。そう理解していても、その口はまるで金魚のように、小刻みにパクパクと動くばかり。

 

「剛……どうして、どうしてあなたが!?」

 

「姉ちゃん…いや、これは……」

 

 反応からして恐らく2人はマッハの変身が解ける瞬間を目撃したのだろう。

 口の上手さには自信があれど、ここから完璧に誤魔化せるなんてできるわけがない。

 

 ずっと黙ったまま、隠し通すつもりだったのに。

 

「あーあ、とうとうばれちまったなぁ。これで今までの努力もパー、ってわけだ」

 

「なっ……!?」

 

 その刹那、木霊した声に剛は己の耳を疑った。

 その主は状況を飲み込めずに混乱していたDDチェイサー、魔進チェイサーのものでないのは明らかだ。

 愉悦を滲ませながらも、隠しきれない陰を帯びたその声には聞き覚えがある、なんてレベルじゃない。

 同じ声ながら、異なる性質の声が同時に聞こえる。そんな現象の正体を剛は知っている。

 

 だとしても、この詩島剛と同じ顔をした人物を実際に目にした時、驚かずにはいられなかった。

 

「剛が、2人……?」

 

「やあ、詩島霧子……いや、姉ちゃんって呼んだ方がいいかな?」

 

 現れたのはもう1人の詩島剛。

 その正体がオカルトチックなものではなく、ロイミュードの擬態であることはこの場にいる誰もが理解している。

 

「てめえ、ロイミュードか! 俺をコピーしやがるとは、覚悟はできてんだろうな!」

 

「おお、怖い。流石は俺、変身してなくても迫力満点だね」

 

 下衆な笑みを浮かべていたそいつは詩島剛の皮を破って本来の姿を見せた。

 蜘蛛型の下級ロイミュード、胸のプレートには「019」と刻まれている。

 

「それじゃ、とっととやらせてもらうよ」

 

「何だと……がぁッ!?」

 

 剛を容赦無く蹴り飛ばし、踏みつける019の腕がマッハドライバー炎に伸びる。

 何をするつもりかと思えば、触れた腕を通してマッハドライバー炎と何らかのやりとりをしている光景が見えた。

 可視化されたデータの奔流が019のボディに流れ込んでいくにつれて、徐々に変異が始まっていく。

 

「詩島さん!」

 

「剛!」

 

「あんたらは俺の仲間と遊んでてよ」

 

 駆け寄ろうとしたDDチェイサーや進ノ介達にどこからともなく現れた下級ロイミュード達が襲いかかっていく。

 助けに行こうとしても、足蹴にされている状態では身動きも満足に取れない。辛うじてわかるのはその下級ロイミュード達がそれぞれ「066」、「020」、「055」、「051」のナンバーを持っているということだけだ。

 

 変身しているDDチェイサーはともかく、進ノ介と霧子は鍛えているだけの人間だ。

 相手が下級というのもあって今はまだ躱せているが、いつやられてしまってもおかしくはない。

 

「くそっ! どけ! どけよ!」

 

「言われなくてもどいてやるよ。もう用は済んだから、さッ!!」

 

 またしても蹴り飛ばされる剛。

 苦痛に耐えながら、なんとか立ち上がった時には019のボディはすでに見慣れた下級ロイミュードのものから完全に変異していた。

 

 機械的な白いボディの所々に燃え上がるファイアパターン。

 フルフェイスヘルメットに酷似した頭部には歯が剥き出しの口部と、くすんだ青の瞳。

 首元に巻かれているマフラーはボロボロに穴の開いた布切れのようでもあった。

 

 そして最も異質なのは、まるごとバイクになっているかのような右腕。付属している刺々しいタイヤからは攻撃的な印象が与えられる。

 

 この姿こそがロイミュード019の進化態、スピードロイミュード。

 

 まるでマッハのようだ、と剛は息を呑んだ。

 

「はは、ハハハハハ!! わかるぞ、これが俺の進化した姿! 今から俺はスピードだ!」

 

「その姿...マッハドライバーのデータを取り込んだっていうのか!?」

 

「ご明察。いやあ、アイアンには感謝しないとなあ? あのノロマのおかげで上手く事が運んだんだから」

 

「まさか......あの通報をしたのは...」

 

 スピードの下衆な笑いこそが答えだろう。

 仲間を売り渡し、あまつさえ自分とマッハの両方をコピーしたこの憎き敵を一刻も早く消してしまいたい、そんな想いとは裏腹に身体は思うように動かない。

 必殺技を何度も発動し、さらにデッドヒートまで使用したのだからまともに動ける方がおかしいのだ。

 そんな条理を無視して足掻こうとする剛の無様な姿が、より一層スピードの愉悦の笑いを誘う。

 

「いや、無理無理無理! あんだけ暴れた後なんだから当然でしょ!? ま、気持ちはわかるけどね」

 

「うるせえ...! お前らロイミュードは俺が倒す...! 倒さなきゃいけないんだ!」

 

「おお、いい顔してるねえ! 一枚撮っておきたいところだけど、その前にっと」

 

 スピードの右腕にあるタイヤが回転し、青白いエネルギーが集まっていく。

 チェーンソーのようにも見える回転が向けられた先には020、051を相手に奮闘するDDチェイサー。

 ゼンリンシューターという武器を使っている剛にはその行為の意味が嫌でも察してしまう。

 

「そぉら!」

 

 回転が生み出した円形状のエネルギーの光輪が猛烈な勢いで地面を走り、DDチェイサーまで到達する。

 到達した光輪はDDチェイサーの足先から肩部にかけて一気に駆け抜け、その跡からは夥しい量の火花が散った。

 

「ぐああああああああッッ!?」

 

「もういっちょ!」

 

 血飛沫のごとく火花を噴き上げて倒れるDDチェイサーには目もくれず、スピードは再びタイヤにエネルギーを溜める。

 大きなダメージを食らったDDチェイサーに止めを刺すつもりかと思いきや、スピードの視線は全く別のところへ向いていた。

 この場でDDチェイサーの他にスピードの脅威に成り得る者などいないはずだが、あの口から微かに漏れる喉を詰まらせたような笑いを聞いた瞬間、信じたくはない嫌な予感がよぎる。

 仲間を平気で犠牲にして、こんな悪趣味な笑い方をするような奴が果たしてそんな効率だけで動くだろうかと、どこか冷静に考えてしまった故に。

 そしてその見つめている対象に気づいてしまった時、剛は力の限り叫んだ。

 

 

 襲い来る055を必死にいなす霧子へ向けて。

 

 

「逃げろ姉ちゃん!! 早く!!」

 

「もう遅い!」

 

「やめろぉぉぉぉーーッッ!!?」

 

 放たれた光輪が霧子の立つ地を目指して駆け抜けていく、その光景に剛は叫ぶしかない。

 剛の叫びで、霧子もようやく自身に迫る危機を理解したようだが、卓越した身体能力を持つ彼女であっても、スピードの光輪を避けるにはその動きは余りにも遅い。

 霧子を救わんと走るシフトカー達ですら追いつけない。

 

 いつもなら重加速を放って誰かを遅くすることも、誰よりも速く動くこともできるのに、一番速く走るべき瞬間に這い蹲るしかないこの無力さに。

 

 絶対に喪ってはならない者を喪おうとしている絶望に。

 

 多くの人を脅かし、大切な家族を奪おうとする、自分と同じ姿をした敵への天井知らずに膨れ上がる増悪に。

 

 そんな風に入り混じった負の感情も、光輪が起こした爆発に消えていく霧子を見た瞬間には全て悲哀の慟哭に塗り潰されていた。

 

「ね、姉ちゃぁぁーーんっっ!?」

 

 認めたくない光景、知りたくない事実の衝撃に頭がガツンと殴られた感覚を最後に詩島剛の意識は闇に落ちていく。

 

 辛うじて最後に見えたのは、呻きながら膝をつく漆黒の追跡者が揺らめく陽炎だった。

 

 

 *

 

 

 剛の悲鳴にも近い絶叫はDDチェイサーにも届いていた。

 ()()()()()()()()()()のこともあり、何か良くないことが起こったのだと悟り、対峙しているロイミュード達を追い払おうとシンゴウアックスを大振りに振るう。

 しかし、それは文字通り払い除けられた虫のように、すぐにDDチェイサーに飛びかかってくるのだから、大した意味はなかった。

 

 マッハの変身が解けた以上、ここで戦えるのは自分一人しかいない。

 

 その焦りが無駄な力みを生み、判断力を鈍らせる。

 

 優れた破壊力を持つ武器に強固な装甲のDDチェイサーの能力を完璧に扱えていれば、今頃はあの警官達を含めた4人で離脱だってできていてもおかしくはなかった。

 彼等をこうして危険に晒しているのはこの自分の落ち度に他ならない。

 

「どいてください! あの人達まで巻き込む必要はないでしょう!」

 

「そういうわけにはいかねえんだよ。あんたこそ退場願おうか!」

 

 答えたのはマッハに酷似しているロイミュード、スピード。

 剛と同じ声だとはとてもじゃないが思えないほどに、邪悪さを秘めたその声と態度がスピード本来の性格なのだろう。

 そんな奴らの元にいつまでも生身の人間を置いておくわけにはいかない。

 

 シンゴウアックスを握る力をさらに強めたその時、思わぬ救援を知らせる軽快なメロディが聞こえてきた。

 

 020、051の背後からやってきた彼等は火炎、目眩し、体当たり等様々な攻撃を仕掛け、敵の注意を引いてくれている。

 その小さな体躯に見合わぬ勇敢さでDDチェイサーから引き剥がす彼等の名前など、間違えようがない。

 

「シフトカー! 助かります!」

 

 統制者たるクリム・スタイン・ベルトを喪い、ロイミュード殲滅の使命を帯びたシフトカー達はそれぞれ独自の意志を持って活動している。

 クリムの意志を継いで、マッハのサポートに徹している彼等からしても、大地は警戒すべき人物であった。

 だが、不審な行動はあったものの、剛や霧子を守ろうと必死に戦っている大地は、まさしくシフトカー達が援護すべき仮面ライダーそのものだ。

 その時点でシフトカー達の意向は決まり、DDチェイサーの援護に駆けつけるに至ったのである。

 

 全く交流のない上、物言わぬシフトカー達の考えていることはDDチェイサーには詳しく知ることはできないが、こちらを助けようとしていることはなんとなく理解できた。

 その隙を逃すまいと、下級ロイミュード達の間を抜けて、悲鳴が聞こえた方へ駆けつける。

 

 スピードの攻撃などのせいで、剛が叫んだ理由は知らずに駆けつけたDDチェイサーの視界に映るのは下級ロイミュード相手に悪戦苦闘する進ノ介と、気絶している霧子。

 

 

「あ、貴方は……!?」

 

 

 そして、倒れている霧子の前で、膝をついて呻く魔進チェイサー。

 

 一見すると魔進チェイサーが霧子を襲ったように見えなくもないが、背を向けて膝をつくその姿勢はむしろ彼女を庇っているようでもある。

 気絶してこそいるが、目立った外傷も彼女にはないという点も、魔進チェイサーが他の攻撃から霧子を庇ったという推測を後押ししている。

 

 その推測は実際正しく、光輪が当たる直前に割り込んだ魔進チェイサーが霧子を庇ったのだが、巻き起こった爆発までは防ぎきれず、爆風に煽られた霧子はそのまま気絶してしまった、というのが事の顛末だった。

 

 だが、ロイミュードの番人が人間を庇うなんておかしなことがどうして起こったのか?

 その疑問を一番感じているのは他ならぬ魔進チェイサー本人だった。

 

「何故、俺は……クッ!」

 

「あっ、待って!」

 

 自分のしたことが信じられないという風にわなわなと震える腕を見つめていたが、すぐに呼び寄せたライドチェイサーに乗って行ってしまった。

 

 仮面ライダーチェイサーの件といい、やはり謎多き存在なのは間違いないが、それよりも怪我人の女性を病院に連れていがなければならない。

 気絶している剛、ロイミュードに襲われているあの刑事を助けられるのは自分だけしかいないのだから。

 

 手始めにまず刑事から助けに行こうとしたDDチェイサーにぶつかる勢いで、何かが飛んできた。

 

「大地ー! どうやらとんでもねえことになってんな!」

 

「レイキバットさん!」

 

 瑠美と一緒にいるはずのレイキバットがどうしてこんなところにいるのか。

 そう考えるより先に、小さな羽が持っているカードに目が行った。

 瞬時に読み込まれる記憶、未来の技術で作られたライダーの記録がこの場における最適解を示してくれた。

 

「それ、借ります!」

 

  KAMENRIDE DARK DRIVE

 

 ドライバーがカメンライドカードを認識すると共に、仮面ライダーチェイサーへのカメンライドも解除される。

 しかし、そこにいるのはDDダークドライブではなく、ただのダークディケイド。

 これをドライバーの誤作動とは思わない。むしろ予定通りの現象だ。

 

 通算5度目のカメンライド、それも強力なダークドライブのカードを使ったのだから、のしかかる負担もいよいよ無視できなくなってくる。

 だが、それ以上に怪我人や剛の救出と離脱、スピード達の足止めを同時にこなすにはこのダークドライブというライダーはうってつけであった。

 

 ダークディケイドの隣に並び立った仮面ライダーダークドライブを見れば、その理由も察することができるだろう。

 

「僕達が逃げ切るまで、ロイミュード達の足止めをお願いします!」

 

「OK. Start Our Misson」

 

 未来の仮面ライダーであるダークドライブは直接変身しても充分過ぎる、それこそ所有するライダーの中でもトップクラスの性能を発揮するはずだ。

 しかし、今回使用したのはダークドライブに備わっている「遠隔操作機能」であり、ある程度ならオートで戦えるという破格の機能である。

 対象となるライダーの能力を使えるようになるカメンライドを利用したこのダークドライブの召喚であれば、大地が果たしたい目的は全て達成される。そう考えた故の選択なのだ。

 

 その目論見通りにダークドライブがブレイクガンナーと同型の銃剣、ブレードガンナーを手にスピード達へ挑むのを見届けたダークディケイドはすぐに次の行動に移る。

 全速力で駆け抜け、その先にいる刑事の首に掴みかかっているロイミュード066を引っぺがした。

 標的を変更した機械の腕を難なく躱し、お返しに拳を見舞ってやれば、066は吹き飛んでいった。

 拳に残る硬い感触はどうということもないが、たった1回のパンチを放っただけで身体の怠さが増したのは、決して気のせいではないだろう。

 

「大丈夫ですか!? 刑事さん!」

 

「その声…君はさっきの仮面ライダーレイなのか?」

 

 襲われていたというのに、刑事が特に何ともなさそうなのは職業柄鍛えているためか、それとも元々頑丈なのか。

 何にせよ、ここで冷静に接してくれるのはありがたい。

 

  ATTACKRIDE NEXT TRIDORON

 

「く、車!? どっから出てきたんだよ!」

 

「刑事さん、あの女の人をお願いできますか? この車で逃げます」

 

「…わかった。剛は任せたぞ!」

 

 呼び出したダークドライブの専用マシンである四輪車、ネクストトライドロンで離脱する旨を伝え、刑事もそれを了承してくれた。

 ダークドライブやシフトカー達が敵を足止めしている今なら女性と剛を救出するのも容易なはず、逆にこの機を逃せば全滅は必須だ。

 

 ダークディケイドは気絶して倒れている剛を背負い、ネクストトライドロンへ駆ける。

 

「逃すかぁッ!」

 

 020が放った光弾の掃射に一瞬だけ怯まされたが、シフトカー達の援護のおかげで無事にネクストトライドロンまで辿り着くことができた。

 

 なおも懲りずに追撃を試みようとする020に、本来ならディケイドブラストを浴びせているところだが、主の危機を察知してそのすぐ背後に迫る戦士の存在がある限り、大地も剛を座席に入れることを優先できる。

 

 今まさに光弾が放たれようとしている鋼鉄の両腕に振り下ろされるブレードガンナーの刃。

 両者の間に広がる気が遠くなるようなスペック差により、その腕はただ斬り伏せられるだけに終わらず、内部のパーツが露出する損傷すら生み出した。

 耳が痛くなるような悲鳴を上げようと、オートで動くダークドライブには何の感情も湧かせない。

 脆くなった両腕の切り込みに沿って、再び剣を振り下ろせば、機械の部品と化したそれが呆気なく地面に転がった。

 

「アアアアアアアアッ!? 腕が、腕がぁぁーーッ!!」

 

 いかに機械生命体であろうと、腕を失えばそれ相応の苦痛を味わい、行動と思考を著しく阻害されるのは当然のことだ。

 激痛にのたうち回る020を見下ろして、必要最低限の動作で必殺の準備に移るダークドライブは魔進チェイサーなんかよりもよっぽど死神らしく見えていることだろう。

 

  ネクスト!

 

「ヒギャァアアアアッ!?」

 

 ダークドライブの強烈な斬撃を背後からまともに食らった020のボディはその身から溢れんばかりのエネルギーの奔流にスパークし、コアごと爆散した。

 

 それと同時に刑事と彼が背負う女性警官、それにレイキバットもネクストトライドロンに乗り込んだ。若干狭いのは勘弁してもらいたい。

 全員の搭乗を確認したダークディケイドはさらなる追撃が来ないうちにマシンを急発進させ、最高速でその場を離脱していく。

 逃がすまいと放たれた、ロイミュード達の一斉掃射もダークドライブ自身がその身をもって受け止め、生じた隙を埋めるようにシフトカーが飛来する。

 シフトカー、ネクストトライドロンが揃っていればアタックライドを使用せずとも能力の行使は可能であり、それを知ってか知らずかダークドライブはデコトラベラーをシフトブレスに装填した。

 

  タイヤコウカーン! デコトラベラー!

 

「へえ、シフトカーまで使えるとはねぇ!」

 

 スピードの関心したような声も独特なメロディの歌曲に埋もれて消える。

 シフトカー デコトラベラーの協力によって、場違いにもほどがある大音量で流れる演歌、フラッシュによる妨害でスピードの追跡も防ぎ、おかげで大地も慣れない運転に集中することができる。

 シフトカー、ダークドライブの連携は見事なものだが、ダークドライブを召喚している自身のスタミナがどこまで持つのかわからないことを鑑みて最速で病院に行かねばならない。

 その焦りが自然とハンドルを握る腕に力が篭り、ネクストトライドロンは青い軌跡を描いて疾走して行った。

 

 

 *

 

 

 それからしばらくして。

 

 10を超える戦士達が集い、イレギュラーまで巻き込んで、長く続いた戦闘も足止めという任務を達成したダークドライブの消滅によってようやく終わりを迎えた。

 

 ダークディケイド達にはまんまと逃げられ、020という仲間まで失ったこの戦闘、有り体に言えばロイミュードの勝利と呼べる結果ではなかった。

 

「019! 貴様の口車にまんまと乗せられたよ! なんだこの有様は!」

 

 ダークドライブの強力な力とぶつかったロイミュード達は少なからず損傷もした。

 損失ばかりの集団で唯一進化態を得たスピードに不満が出るのもなんらおかしいものはない。

 激昂している055に同調するかのように他の2体もスピードに詰めよっていく。殺気すら感じさせる圧力をかけてくる仲間達に囲まれたスピードが洩らしたのは恐怖からくる怯えではなく、余裕たっぷりの笑い声だった。

 

「まあ落ち着けって。俺が進化態になるっていう最低限の目標は達成されたんだ。これからじっくりやっていこうぜ? な?」

 

 言葉だけなら穏やかなものだが、055達に自慢の右腕をチラつかせるその行為は脅迫そのもの。

 例え3対1になったとして、進化態であるスピードには下級ロイミュードでは敵うはずもない。

 それを理解しているからこそ、押し黙って引き退る憐れな055の姿に堪え切れず吹き出すスピードロイミュード。

 その姿はすでに詩島剛を擬態した人間態に戻しており、元の人物を知る者ならば目を疑うような邪悪な笑みを浮かべている。

 

「そう、このレースはまだ始まったばかりなんだから……お楽しみは俺からさ」

 

 

 可笑しくて仕方がないという風に笑う彼を見て、それがこの激戦を制した勝者だとは誰も思わないだろう。

 

 

 




仮面ライダーデッドヒートマッハ

ドライブとの兼用だった本編の形状とやや異なる他、タイヤコウカンしない、暴走しないという特徴もある。後者については仮にデッドゾーンという暴走状態に陥った場合誰もマッハを止められなくなるので、強制変身解除になるよう設計されている。
強さ自体は本編とそう変わりはしない。

ダークドライブ限定ですが、召喚のカメンライドやってみました。
当時劇場で観た時からあの遠隔操作の設定はかなり気に入ってたので、こういった形で活躍させられて嬉しいですね。

スピードロイミュードはアナザーマッハ、もしくは汚い超デッドヒートマッハのイメージです。その目的は次回以降明らかになります。

次回の更新は7日です。感想、質問はいつでもどうぞ


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音速を超えるマッハはどちらか


ドライブ視聴済みの人には今更かもしれない



 

 

 肌を刺すような冷たい風が吹きつける寒空の下、とある病院の側にある公園のベンチで1人の青年がスヤスヤと寝息をたてていた。

 これが昼間の時間帯なら好奇の目に晒されそうなものだが、日が出るか出ないかの境目である今の時間帯なら彼に気付く者もほとんどいなかった。

 やがて公園内に侵入する暖かな日の光に包まれて、その青年、大地はようやく重たい瞼を上げた。

 

 凝り固まった背筋を伸ばした小気味のいい音が小鳥のさえずりに混じり、朝の肌寒い空気が寝起きで淀んだ思考を急速に覚醒させていく。

 ライドブッカーとメイジドライバーを重ねただけの枕に、そこら辺で拾った布団代わりのダンボールではお世辞にも快適な睡眠とは言えなかったが、身体に蔓延っていた疲労はそれなりに取り除けた気がする。

 

「朝か……あの婦警さん、平気だといいけど」

 

 あの後、色んなことがあった。

 進ノ介のナビで辿り着いた病院に霧子が運び込まれたのは良かったが、それから進ノ介からの質問攻めにあったり、気絶していたはずの剛がいつの間にか姿を消していたりと、本当に色々だ。

 

 五回のカメンライドを行った上に、慣れない運転に気力を使い果たしていた大地には、それらの対応をできるほどの体力はもう残っていなかった。

 進ノ介からの質問攻めは刑事として当たり前のことをしているのは重々承知しているが、あのまま相手をしていれば蓄積された疲労は容赦無く身体を蝕み、霧子に続いて大地までもが病院の厄介になっていたであろうことは容易に想像できる。

 後で質問には答えることを約束した後近くの公園でそのまま倒れるように眠りに落ちていた、というのが事の顛末である。

 

 何も敷かずにベンチの上で寝転がっていた所為で薄汚れてしまった洋服を払っていると、近くの木に止まっていたレイキバットの羽ばたきが大地の髪に付いていた落ち葉を払ってくれた。

 

「起きたか、大地」

 

「おはようございます、レイキバットさん。早速だけど、お願いできますか」

 

「うむ。お前も気をつけろよ」

 

 これは眠る前に決めていたことだが、睡眠中の監視に努めてもらっていたレイキバットには写真館に帰ってもらった。

 瑠美とガイドに自身が無事であることと、今後この世界での外出は控えてもらう旨を伝えてもらうためだ。

 いつ何処で起こるかわからない重加速に加えて、バイクに乗ったバッタ怪人まで出現している現状だと見知らぬ土地を出歩くのは極めて危険な行為であり、万が一が起こった場合でもせめてレイキバットには付いててもらいたい。

 

 一応「カメンライド チェイサー」のカードも持たせておいた。これで最悪逃げることはできるだろう。

 

「さて……あんまり気は進まないけど、行こうか」

 

 剛が姉と呼んでいた霧子の無事、剛が消えた理由、魔進チェイサーの正体。知りたいことはまだまだある。

 まずは約束通り、泊進ノ介に会うことから始めよう。この際取り調べでもなんでも受けてやろうじゃないか。

 

 

 *

 

 

 ……なんて心構えで向かったはいいが、やはり刑事に面と向かって話すのは緊張してしまう。

 

 約束した場所は病院のすぐそばにある喫茶店。

 場所が場所なだけにちゃんとした取り調べでないことは確かであるものの、先に着いて待っていたであろう進ノ介から直視されていると自然と背筋が伸びるのを自覚する。後ろめたいことは何もないのに、だ。

 

 そんな大地を気遣ってか、進ノ介は置いてあったメニューを開いて差し出してくれた。

 

「そんなに緊張しなくてもいいよ。俺は君を捕まえるために来たんじゃない。何か飲むか? 奢るよ」

 

「はい……その、ミルクティーを頂いてもいいですか」

 

「お安い御用さ、店員さーん!」

 

 悪いと思いつつもその言葉に甘え、ほどなく運ばれてきた柔らかな香りのミルクティーに口をつける。

 少々濃厚すぎる味わいが、冬の気配が微かに残っていた空気の中で冷え切っていた身体を喉から順に暖めていく。身体を固めていた緊張もほんの少しだけ解きほぐされた気がした。

 

 もう一つ頼んでいたミルクティーのカップに進ノ介も手を伸ばし、二人の間に暫しモーニングタイムに相応しい、静かな時間が流れた。

 

 大地がカップの中身を半分ほど開けたところで、先に進ノ介が口を開いた。

 

「まずは礼を言わせてくれ。君のおかげで霧子をすぐに病院まで運べた。いや、それだけじゃない。君がいなければ俺達はあのロイミュードに全員やられてた。ありがとう」

 

「い、いえ。僕は仮面ライダーとして当然のことをしたまでです。むしろ僕が至らないせいであの婦警さんに傷を負わせてしまいました……ホントにすいませんでした」

 

「君がそんなに自分を責める必要はないよ。霧子の傷だって大したことはないし、1日安静にしてれば大丈夫だって言っていた。それに君には他に聞きたいことがある」

 

 いよいよ来たぞと大地はこれから言われるであろう質問の内容に思考を割いた。

 この進ノ介という刑事はロイミュード関連の犯罪を捜査する「特状課」に所属しているが、マッハの正体等大地が知っている情報のほとんどについて把握していないようだ、とレイキバットとの会話で判明していた。

 今ここには不在の霧子も剛がマッハである事実に驚いていたようだし、家族にまで正体を隠していたというならば、ここで大地がペラペラと喋るわけにもいくまい。

 

 極めて短い交流ながら、進ノ介が信頼に値する立派な警察官だとは理解しているのだが、それとこれとは話は別。剛個人に関わることは喋らない、と決意を固める。

 

 そんな大地に向けられた最初の質問は彼の予想から外れた、しかしその本質を突くものだった。

 

 

「仮面ライダー、って一体なんなんだ?」

 

 

 

「……うーん」

 

 沈黙を経てようやく絞り出せたのは、唸り声に近い。

 

 仮面ライダーとは何か。それは大地にとって、いつの間にか抱かなくなった、忘れてしまった疑問。

 当初は怪物と戦い、人々を守る戦士の名前くらいにしか思っていなかったし、実際仁藤や名護はこれ以上ないほどの良い例だった。しかし、振り返ってみればその定義が当てはまらないライダーだって大勢いた。

 垣間見た記録では王蛇、ガオウ、ソーサラーなど自身の快楽のためだけに戦っていたライダーだっているし、かつて遭遇したサガやリヴォルも純粋な人類の味方ではないだろう。

 

 最初に訪れた「ビーストの世界」では魔法使いが変身する戦士であり、「イクサの世界」では自らの種族のために戦う戦士だった。

 世界ごとに仮面ライダーの定義が変わるというならば、この「マッハの世界」での仮面ライダーとは一体何か?

 それこそ進ノ介が問う答えであり、同時に大地が詩島剛、仮面ライダーマッハを記録するために一考すべきことと言える。

 そのために進ノ介の質問にできる限り答え、知り合いの関係らしい剛のことを問うてみよう。

 

「仮面ライダーはロイミュードと同じテクノロジーで作られた、コア・ドライビアを持つ戦士のことです。だから重加速の中でも自由に活動できる……みたいです。詳しい原理は僕にもわかりませんけど」

 

 知りうる情報を整理して、教えられるものだけを要約した簡潔な回答ではあったが、それでは進ノ介は満足しないらしい。

 

「ああいや、そうじゃなくて、どうして仮面ライダーは戦うんだ? 君や剛は何故ロイミュードと戦うのか、その理由が聞きたいんだ」

 

「僕は……人々を守るために戦います。でも、詩島さんは……僕もあの人のことは会ったばかりで、全然。どんな人なんですか?」

 

 ややこしくなりそうなので記憶の件は割愛したが、少なくとも人を守りたいという衝動に近い想いは嘘ではなかった。

 仮面ライダーマッハ、詩島剛の戦う理由もまた「人々を守るため」だと勝手に思っていたのだが、昨日の戦闘で感じたのはそれ以上の執念とも言える、決して純粋ではない何か。

 

「あいつは……剛は霧子の弟で、アメリカ帰りのフリーのカメラマン。でも何か深いものを抱えてるとは思ってたけど、それが仮面ライダーだったなんてな。俺は今でも信じられないよ。あいつはいったいどんな想いで戦ってるのかーーー」

 

「そんなに気になるのは警察官だからですか? それとも、同僚の弟だからですか?」

 

 大地にそう言わせたのは些細な興味からだった。

 

 進ノ介が仮面ライダーについて尋ねてくるのも、最初は警察官の捜査の一環としか考えていなかったが、剛や自分の戦いに対する想いを追求する彼の姿勢には、個人的な感情が含まれているようにも見える。

 言い方は悪いが、ロイミュード相手には太刀打ちできない警察官が仮面ライダーにどんな感情を向けているのか。

 出会ってきた人間は誰も彼もが仮面ライダーに関係する人物で、それ以外が仮面ライダーを、自分をどんな目で見ているのか。気にならなかったわけではない。

 

「恥ずかしい話だけど、俺達は重加速低減装置がなければ現場で動くことだってできやしない。ロイミュード出現の通報を受けても、パトカーで現場に向かうことすら不可能なんだ。殆どの場合、特状課全体を覆う重加速が発生してしまうからな」

 

「……え? 特状課全体を?」

 

 ライダーが所属しているならまだしも、話を聞く限りではまともな戦力を持たない特状課を狙って重加速が発生しているとはどうにも解せない。ロイミュード側の警戒心が強いということなのだろうか?

 

「どうかしたのか?」

 

「あ、何でもありません」

 

 しかしここではあまり関係のない話であり、大地は頭を切り替えて続きを促した。

 進ノ介も一瞬だけ眉を顰めたが、それ以外は大して気にした様子もなかった。

 

「…まあ、つまり俺達は犯罪の捜査はできても、いつも現場には仮面ライダーが先回りしていて到着した頃には何もかも終わってる。仮面ライダーの噂は聞いていても、実際目にしたことはほとんどなかった。大きな責任を背負うはずの警察官が………だから、何故君達が何を背負ってロイミュードと戦うのか。俺はそれが知りたかったんだ」

 

 苦々しく吐き出す進ノ介の言葉の節々に添えられていた、市民を脅かす怪物相手に何もできない悔しさは、目覚めた時から力を与えられていた大地には無縁のものなのかもしれない。

 

 それでも彼が行なった吐露を聞けば聞くほど、懐の変身アイテムが心無しか重く感じるようになる。

 それは、力を持たない者が、戦いたくても戦えない者がいることを認識したその時に初めて意味を為す重みーーー大地がようやく自覚した、力を持つ者に与えられる責任だ。

 

 はっきり理解できたと言えば嘘になる。だが、その一端には確実に触れたのだ。

 特状課に重加速が発生するのならば、大地にはただ一つだけできることがある。

 

「泊さん、渡したいものがあります」

 

 そんな大地がこれから行うことを無責任であると、誰が言えるだろうか?

 

 

 *

 

 

 とある病院の一室、昨日の事件が嘘に思えるほど静かな部屋のベッドで、詩島霧子は横になっていた。

 だが寝ているわけでもなく、既に意識も取り戻しており、ただやることがないからそうしているだけだ。偶然にも他の患者はその部屋におらず、静か過ぎる環境は霧子にとって逆に落ち着かない。

 本音では今すぐにでも起き上がって、弟を探しに行きたいと霧子は思っている。大した怪我もしていないのだが、相棒の進ノ介が一日安静にしているようにと珍しく真剣に言うものだから、仕方なく従った。

 

 弟に化けたロイミュードの光輪が目前に迫り、もう駄目だと悟ったあの瞬間は今でも鮮明に覚えている。あの銀色の仮面ライダーが食らっていた光輪の威力も。

 だからこそ彼女は不思議に思う。何故自分には殆ど外傷がないのかと。

 

「やっぱりあの時のあれは……」

 

 爆炎が霧子を飲み込みかけた刹那に見えた黒い影。

 あの存在が自分を守ってくれたのだすれば辻褄は合う。

 かつて命の危機を救ってくれたのも黒い仮面ライダーであったと霧子は記憶している。

 はっきりと姿を見たわけではないが、もしかするとグローバルフリーズの日に助けてくれた仮面ライダーなのかもしれない、なんて妄想に等しい考えすらも思い浮かぶほど、あの影と仮面ライダーが霧子の頭の中で重なり始めていた。

 

 

「ーーーそんなしかめっ面してたら美人が台無しだぜ?」

 

 考えを巡らせていた霧子は、そこで初めてベッドの傍に立っている人物に気が付いた。

 

 詩島剛、霧子の弟であり、昨日、仮面ライダーマッハの正体として霧子を驚かせた張本人である。

 

「剛!? 貴方、どうして!」

 

「ちょ、姉ちゃん! ここ病院。ね? お見舞いに姉ちゃんの好きなもの沢山買ってきたからさ、一緒に食べようぜ」

 

 慌てて口元に人差し指を当てる剛にかける言葉が次から次へと浮かんでは消えていく。

 

 どうして仮面ライダーになったのか。何故黙っていたのか。もう1人の仮面ライダーは誰なのか。あの時自分を庇ったのは?

 

 そのどれもが姉として弟に聞きたいことであったが、剛の目を見た途端、その全てを飲み込んでしまった。そして実際に言葉として声にするのは警察官として聞くべきこと。

 持参してきたらしい袋を覗いて中を弄っている剛に、霧子はそれをぶつけてみる。

 

「剛ーーー貴方は本当に剛なの?」

 

「姉ちゃん、それ本気で言ってる? 弟の見分けぐらいついてくれよ」

 

 わざとらしく溜息を吐いて、しかしにやけた表情で剛が茶化しても、それとは真逆の真剣な表情の霧子はニコリとも笑わない。それどころか睨んでいるように見える覇気すら纏っている。

 常人ならば震え上がってもなんら不思議ではない彼女の眼光を受けても、剛は身動ぎ一つしない。弟だったら当然のことだ。

 相変わらずの無愛想だな、と呟いて頭を掻いた剛はやや慌てたように疑いを解こうとしてきた。

 

「姉ちゃん警察官だもんな。それも特状課に所属してて、俺をコピーしたロイミュード見てるんだから疑うのも無理ないか。でもさ! 偽者の俺はすぐにぶっ潰すから安心して。姉ちゃんは知ってるだろ?俺、超強いからさ!」

 

 言っていることに別段不自然な箇所はなく、剛らしいとも感じる。

 もし相対しているのが霧子ではなく、進ノ介だったならこれで信じるかもしれない。

 だが、彼女には疑惑が拭いきれない。

 

「…そうね。貴方が仮面ライダーなら、ロイミュードとも戦える。でも、一人だけでは危険よ」

 

「大丈夫だって! ()()()()()()()()()()()()()()()()()から。あ、進兄さんや追田のおっちゃん達にも白いライダーは敵じゃないってちゃんと言っといってくれよ? いきなり撃たれでもしたら大変だからさ」

 

「ええ、わかったわ。泊さん達にはちゃんと伝えておく」

 

 

 ようやく誤解を解けたと思ったか、剛はホッとした表情を見せた。

 

 

「ーーー貴方が、剛をコピーしたロイミュードだって」

 

 

 一瞬だけ凍りついた空気は決して霧子の気の所為ではないだろう。

 溜息をついて、少しの悲しみを漂わせて弁明を始める剛にも彼女は少しも動じない。

 

「…はあ? なんだよそれ。姉ちゃん、ちょっと冗談にしてはキツいんじゃないの? 酷いなあ、世界でたった1人の弟なのにさあ」

 

「無駄よ。他の人を騙せても、私はそうはいかない。剛のたった1人の姉だから」

 

 完全な確信があるかと言われれば、答えはノーだ。

 唇を尖らせて不満げに抗議の声をあげる彼の外見は産まれた時からずっと一緒にいた弟となんら変わりない。もしかすると、職業柄疑ってかかってしまった霧子の勘違いであるという可能性だって十分考えられる。

 しかし、霧子の疑いを強めた原因は単なる勘以外として、彼の発言にあった。

 

「アメリカから帰国して剛は良く言ってたわ。危険は大好物だ、って。私を安心させるためとはいえ、絶対にしない、なんて嘘を不器用なあの子が言えるはずない」

 

「そんなことで疑ってるのかよ。単なる言葉の綾かもしれないのに?」

 

 彼の言うことは最もらしく聞こえる。霧子の勘を補強するには、少々苦しい言い分とは自覚しているが、一番の理由がまだ残っていた。

 

「それに、貴方は剛の見た目をコピーしていても、目の奥にある悪意だけは隠しきれてない。剛は私をそんな目で見ない」

 

 これこそが一番の理由にして、疑惑を抱いた切欠。

 一切の淀み無く言い放たれた剛は呆気に取られたように、ポカンと大口を開けた表情をしてーーー次の瞬間には吹っ切れたように笑い声を吐き出した。

 

「ーーーック、ハハハハハハハハハハハ! いやあ、さっすが姉ちゃん! 確かに見た目まではコピーできても、あのシスコンっぷりまでは真似できなかったってわけだ! こりゃ傑作! でも、いいとこ突いてるよ、俺が一番コピーしたかった感情はしっかりコピーできてたみたいだからさ! ハハハハハハハハハハ!!」

 

 やはり霧子の睨んだ通り、この男は剛をコピーしたロイミュード 019であった。

 もはや隠そうともしない邪悪な笑みを表に出して笑う彼には弟の面影などどこにも有りはしない。

 同じ顔、同じ声で剛を嘲る彼に激しい怒りを感じながら、なるべく冷静を努めて霧子は問う。

 

「黙りなさい。どうして剛をコピーしたの!?」

 

「言ってもしょうがないでしょ。あんたは今からーーー眠るんだからさぁ!」

 

「ッ!」

 

 その瞬間、詩島剛の皮を脱ぎ捨てたスピードロイミュードはその正体を現す。

 嫌悪感を持たざるを得ない姿を間近に見て一瞬怯んだ霧子ではあったが、スピードの腕が振り下ろされる寸前にベッドから飛び上がる。

 下級ロイミュード相手でも見劣りしないであろう、霧子の身体能力にスピードはヒュウと口笛を吹いた。

 そのまま逃げるかと思いきや、他の入院患者を見捨てるわけにもいかない霧子は交戦するつもりで背後に回り込んだ。

 上手くスピードの脇をすり抜けて背後を取るとは、大した瞬発力と反射神経の持ち主だが、スピードの名は伊達ではない。

 気合の声を発した霧子の鋭い蹴りがスピードのボディに命中する直前、彼の姿は残像を残して掻き消えた。

 

(速いッ!?)

 

 長い髪を揺らす突風が背後から吹けば、スピードがどこに行ったかは誰でも察せられる。

 恐怖に乱れる間も無く、首筋に当てられた硬い感触から伝わる無言の圧力に、霧子は抵抗を諦めるしかない。

 

「うーん、惜しいねえ。まあ俺が進化してなかったらわからなかったかな?」

 

「私をどうするつもり……?」

 

「とりあえずは一緒に来てもらうよ。その後は内緒かな」

 

 いくら気丈に振る舞っていても、霧子にだって背後のおぞましい怪物に恐怖を感じない訳ではない。

 視界の端にチラチラと映る、人間の皮膚など容易く引き裂くのは想像に難くない鋭利な棘がより一層それを掻き立てられ、それでもなんとか注意を引ける物はないかと眼球だけを動かして探る霧子は、そこである物を見つける。

 

(あれはーーッ!…… ミニカー?)

 

 真っ白な床を滑るそれに目を凝らすと、どうやらそれは霧子も見慣れた白黒のパトカーであると判ったが、いかんせんサイズが小さ過ぎる。車好きの進ノ介が持って来た玩具が落ちていただけにしか思えない。

 期待外れから来る落胆と、同僚への理不尽な怒りを抱きかけた直後、霧子も予想だにしない事態が起こった。

 

(ミニカーが……浮いた?)

 

 霧子は知るよしもないが、それは決して進ノ介の玩具などではなく、彼女を護衛していたシフトカー、ジャスティスハンターであった。

 

 圧倒的なサイズ差を物ともせずに突撃するハンターの姿をスピードが認めた時にはすでに霧子に向けていた腕を弾かれた後だ。

 思わぬ邪魔をされたスピードは、その隙を見逃すことなく距離を取る霧子を追うわけでもなく、果敢に挑むハンターを余裕の態度で躱しながら、外に通じる窓を叩き割った。

 

「へえ、シフトカーが見張ってたか。そう上手くはいかないってことね。じゃあまたね!」

 

「待ちやがれ!!」

 

 割れた窓から飛び降りたスピードと入れ替わるように、病室へ飛び込んで来た男を見て霧子は驚愕の叫びをあげる。

 ついさっき病室に入ってきた弟に化けたロイミュードと同じ顔の男、つまりは本物の詩島剛であったために。

 

「剛!?」

 

「無事か、姉ちゃん!」

 

 終始余裕を崩さなかったスピードとは対照的にかなり焦った様子のこの剛だって必ずしも本人とは言えないのだが、状況と態度を鑑みてまず間違いない。

 それに霧子を見つめるその眼の奥に宿る色はまさしく剛そのものだった。

 

「あんの野郎……!! 姉ちゃん、あいつはすぐにぶっ壊すから安心してくれ!」

 

 眉間に皺を寄せて、憤怒の形相のまま、スピードが出て行った窓に足をかけた剛に霧子は無意識のうちに呼び止めてしまった。

 

「待って剛!……気をつけて」

 

 言うべきことは他にもあるはずなのに、出てきたのは彼を案ずるものであり、その優しい声音を聞いて時間がないと知りつつも剛は振り返る。

 心配してもらった本人が目を丸くしているというのもおかしな光景だが、彼にとってはそんな風に言われること自体が意外であったのだ。

 

「……どうしたの?」

 

「いや…姉ちゃんは怒ると思ってたから。俺が姉ちゃんに黙って仮面ライダーやってることとか、さ」

 

 そのどこか後ろめたそうな俯向き加減な様はとてもロイミュードと戦っている秘密の戦士とは思えず、霧子は苦笑を漏らす。

 

「怒ってるといえばそうね。けど、それよりも私は剛のことを信じてるから。剛ならきっとあのグローバルフリーズの黒い仮面ライダーと同じように、みんなを守るために戦ってるって。でも、帰ったらちゃんと説明すること! いい?」

 

 微かにだが、剛の表情が震えた気がした。

 しかし、彼が霧子に背を向けたためにどんな心境なのかまでは窺い知ることはできない。

 

「俺には姉ちゃんにそんなこと言ってもらえる資格なんてないよ…」

 

「え?」

 

「…変身!」

 

  シグナルバイク! ライダー! マッハ!

 

  ズーットマッハ!

 

 スピードの後を追って一陣の風となったマッハ。

 窓から飛び出した青白い軌跡を目で追いながら、霧子は最後に彼が呟いた言葉に言い知れぬ不穏を感じた。

 

 そして思い出したかのように携帯を取り出してどこかに通話をかける彼女の足元で、護衛を続けるハンターは忠実な番犬の如く、目を光らせていた。

 

 

 *

 

 

 シグナルマッハの加速能力を限界まで引き出したダッシュで、病室から逃走したスピードを追跡していたマッハは、病院からさほど離れていない開けた場所で足を止めた。

 スピードなんて名を冠するぐらいなのだから、相当な距離を逃げていると予想していたのだが、それに反してスピードは余裕綽々といった様子で寝そべっている。

 駆け付けたマッハに対しても一切慌てずに伸びなどをしているスピードは挑発しているようにしか見えず、どうしようもなくマッハを苛立たせた。しかも自身をコピーしたロイミュードがそうしているのだから猶更だ。

 

「あれ? よーやく来たのか。マッハってもっと早いと思ってたけど、そうでもないねえ」

 

「てめえ…昨日といい、今日といい、なんで姉ちゃんを狙った!?」

 

「えー、だってお前姉ちゃん好きだろ? 他の奴に姉ちゃんもコピーもさせれば姉ちゃん二人に増えるんだぜ、お前も喜ぶかと思ってさあ。でもよくよく考えてみたら、俺はお前から生み出されたようなもんだしお前のことは『父さん』って呼ぶべきかなあ? ハハ、ハハハハハハハ!」

 

 マッハは返事をしなかった。返事ができないほど怒りと憎しみに震えていたのだから。

 

  シグナルバイク! ライダー! デッドヒート!

 

 無言で変身を遂げたデッドヒートマッハの装甲は、まるで内から燃え盛る怒りの炎で彩ったように、紅の蒸気を噴き上げた。

 デッドヒートの熱が生温く感じるほどに身体が熱を灯していようと、それすらも今のマッハにはエネルギーとなり得る。

 仮面に隠されているはずの、激しい憎しみに歪ませた剛の表情を全身で体現しているマッハを前にすれば、殆どの敵は恐怖に慄くだろう。

 

 しかし、そんなかつてないプレッシャーを放つマッハが接近してきても、スピードは恐れるどころか、寧ろ喜んでいるようにも見える。

 

 上等だ。バラバラの破片になっても笑えるものなら、笑ってみるがいいさ。

 

  バースト! キュウニデッドヒート!

 

 装着者である剛自身にもダメージを与えかねないエネルギーを放出して、握り込んだ拳からは骨が砕けてもしまっても不思議ではないほどの軋む音が響く。

 強く踏み込んだ地を蹴って、高速でスピードに迫りながら、全身を焦がす熱も、湧き上がる負の感情に乗せて、マッハの拳が突き出される。

 激昂の叫びと共に放たれた腕はその勢いに任せてスピードのボディを貫いたーーー

 

「おっそ」

 

 否、手応えはない。貫いたのはスピードの残像だった。

 勢い任せのパンチを放った体勢のマッハには標的を見失ってよろめく、というほんの一瞬の隙ができる。

 そうしてがら空きになっている腹部にスピードの膝がめり込むのと、ブゥン、と風を切る音が聞こえたのはほぼ同時だった。

 

「がはッ!?」

 

 腹部から響く鈍い痛みを感じる間も無く、頭部が剛の意思に関係なく横を向く。殴られたのだと理解した頃には、背中を削られる激痛から反射的に叫んでいた。スピードの姿を一瞬捉えたかと思えば、次の瞬間には顔面を蹴り飛ばされている。

 

 暴風にも等しい苛烈な攻撃から解放された時、装甲のあらゆる箇所から火花を吹き上げたデッドヒートマッハが地に伏した。

 

 通常形態と比べて、デッドヒートマッハでは確かにスピードが微かに落ちるというデメリットはある。しかし、幹部クラスでもない通常のロイミュードが至る進化態ごときではマッハに追いつけるはずがない。だが、スピードロイミュードとは単に詩島剛をコピーしただけの進化態ではなく、マッハドライバー炎のデータまでも取り込んでいる。つまりこれはスピードの進化態本来の性能に加えて、仮面ライダーマッハの速度を上乗せしているに等しい状態なのだ。

 

 こうして長々と説明を述べたが、重要なのはただ一つの事実。

 

 スピードロイミュードは仮面ライダーマッハよりも速い、ということだ。

 

「チクショウ……ッ! どうして!」

 

 だが、ブーストがかかったデッドヒートの速さを相当なものであるのは確かだ。にも関わらずここまで圧倒的な差で叩きのめされた事実に納得できず、マッハは悔しげに唸る。

 

「どうしてって、そりゃあお前のおかげだよ。俺はお前の憎しみとマッハをコピーして進化した。お前がロイミュードを憎めば憎むほど、俺が抱くロイミュードへの憎しみとシンクロし、俺はさらに強くなる! 中途半端で独りよがりな誰かさんよりもなあ!」

 

「ロイミュードへの憎しみ……? 何言ってやがる、お前だってロイミュードだろうが!」

 

 困惑を滲ませたマッハに、スピードは可笑しそうに鼻を鳴らす。わかりやすく侮蔑を込めたその仕草がまたマッハを苛立たせた。

 

「何がおかしい!?」

 

「いや、お前の視野の狭さに思わず、さ。だって同じロイミュードを憎むのがそんなにおかしいか? 人間だって互いに憎みあうくらいだ。それなら俺が大した実力も無いくせに偉そうにしてるブレンや、ハートに媚びてばっかのメディックをぶっ潰したいと考えてもおかしくないってわけ」

 

 ああ勿論、と続けるスピードはパチンと指を弾いた。

 それが合図だったのか、どこからともなく現れたロイミュード 051が何か黒い物体を抱えてスピードの隣に並んだ。

 粗大ゴミを扱うよりも遥かに雑な仕草で投げ捨てられたそれが何かモゾモゾと悶えていると、甲高い音がした。

 それが足先をその物体にぶつけることで愉悦を感じているらしい051の奇声であると理解するのに時間はかからなかった。

 

「ヒャヒャヒャ!! どうだぁ? 痛いか死神ィ!? 苦しいかぁぁ!? お、俺の受けたのはこんなもんじゃねえぞぉぉ!!」

 

「グッ、グアアアアッ!?」

 

 聞き覚えのある声、見覚えのある髑髏のマーク。

 火花を散らすそれは見るに耐えないほどボロボロであったが、マッハも幾度となく激突したロイミュードの死神、魔進チェイサーに違いなかった。

 

 しかしあの死神とまで呼ばれた魔進チェイサーが下級ロイミュード相手にここまで痛めつけられるというのも、マッハからすれば不自然な光景である。

 そもそもマッハに何度も辛酸を舐めさせたあの強敵がこんなボロクズのようにされているのがどうにも腑に落ちない。

 その疑問を読み取ったか、スピードは這い蹲るマッハに語り掛ける。

 

 そうして紡がれた言葉は理解し難い、というよりも理解したくないものだったが。

 

「見ろよ、あの時こいつが庇ってくれたおかげで姉ちゃんは助かって、俺達もボロボロになったこいつを労せず捕まえられたんだぜ?」

 

 霧子が爆炎に呑まれた時、確かに剛はその一部始終を見届けてはいない。彼女が無事で済んでいるのは剛も不思議に思っていたことだが、進ノ介が助けたのだろうと大して気に留めていなかった。

 

 その真相が、魔進チェイサーが霧子を庇っただと?

 

「は……? 何であいつが、あいつはロイミュードでーー」

 

 憎むべき悪のロイミュードが、その幹部が姉を庇った。

 認められるわけがない。

 どうせあのムカつくスピードロイミュードの出まかせに決まっているのだ。

 

 

「あー、そっか、知らないんだったな。あいつはロイミュード 000。クリムが作った最初のロイミュードのプロトゼロにして、最初の仮面ライダー、プロトドライブ。あいつには元々人間を守るプログラムが組み込んであったんだよ」

 

 

 思い切り頭部を殴られたような衝撃に言葉を失い、思考が停止したマッハは悶える魔進チェイサーを見て、完全に硬直した。

 

 信じたくない、知らない方が良かった、そんな事実を知ってしまった彼の心情はまだ誰にもわからない。

 

 

 




スピードロイミュード

汚い超デッドヒートマッハ、もしくはアナザーマッハをイメージした外見。攻撃的な見た目に違わぬその性能はマッハの上を行く。ゼンリンシューターが大型化したような右腕を使った接近戦を得意としているが、光輪による遠距離攻撃もできる。
その能力はデッドヒートマッハを翻弄するほどの高速移動。
目的は気に食わないロイミュードへの復讐のようだが…?


ドライブ視聴済みの人にはプロトドライブの正体なんて今更ですよね。未視聴の人はごめんなさい…でもこの機会にドライブ観てくれると嬉しいですね。ちょうどアマゾンプライムビデオで配信開始したので。

感想、質問はいつでもどうぞ!


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人々の時間を止めていたのは誰か



サブタイはもうちょっと上手くつけたい


 

 閑静な住宅街の一角で息を切らせながら、大地は微かに聞こえる戦闘音を頼りに全力疾走していた。

 事情を知らない者が見れば運動しているだけの青年としか思われないだろうが、切羽詰まった顔でダッシュする大地とすれ違った者はギョッとしたように振り返る。

 恐らくは大地の並外れた脚力に驚いているのかもしれない。しかし、誰も気が付かないほど非常に小さい戦闘音が聞こえていることも含めてダークディケイドライバーの影響か何かだろうと雑に決め付けた後、思考を放棄した。無駄な考え事をしている余裕もない。

 

『どうした霧子…何だって!? 剛に化けたロイミュードが!?』

 

 ついさっき進ノ介の携帯にかかってきた会話を聞いた大地は事の重大性をすぐに悟った。

 あのスピードをマッハ一人で相手にするのは非常に危険だと判断した大地は進ノ介から霧子の病室の位置関係から凡その目星がついた場所を教えてもらい、そこを目指して駆けている。

 

 そして数分の全力疾走の果てに辿り着いた先では地に伏しているデッドヒートマッハと魔進チェイサー、彼等を痛めつけて高笑いする二人のロイミュード。

 取り出したダークディケイドのカードには未だ色は無い。ならば、と代わりに構えたリングをメイジドライバーに翳した。

 

「変身!」

 

  チェンジ! ナウ

 

「セヤッ!」

 

 大地が変身した魔法の戦士、仮面ライダーメイジの飛び蹴りがロイミュード 051の横っ面に向けて突き出される。

 魔進チェイサーを踏みつける行為に夢中になっていた051はそれを躱すどころか、足裏に視界の半分を遮られた時点でようやく自身が攻撃されたという事実に気付いた。

 

「むわぁぁあッ!? な、な、なんだお前!?」

 

 突然の襲撃に泡を食ったような慌てぶりの051は下から抉らんとするスクラッチネイルのアッパーにも情けない悲鳴しか上げられない。

 さらにメイジが新たに構えたライドブッカーを鼻先に突きつければ、腰を抜かして後ずさって行く。

 

 これで片方への奇襲は手早く成功したが、もう片方の強敵がいることを忘れてはならない。

 メイジの身体を削り取る直前だったスピードの車輪をライドブッカーとスクラッチネイルの交差で阻み、その瞬間にかかる凄まじい衝撃が腕の痺れとしてメイジに伝わった。

 

「おいおい、今いいとこなんだから邪魔するなよ」

 

「仲間をあんな風に傷付けることが良いって言うんですか!?」

 

 昨日の乱戦の際にも魔進チェイサーは仲間のロイミュードを守る使命に終始徹していた。仮面ライダーチェイサーの件を抜きにしても、あの戦いでの彼はロイミュードの番人という肩書きに相応しい強敵であった。

 そんな彼がどうして仲間からこのような扱いを受けるのだろうか。

 

「仲間ァ? グローバルフリーズの日に俺達のボディを破壊しておきながら、ロイミュードの番人なんて名乗ってる裏切り者なんざ、こうしてボロクズにされるのがお似合いなんだよ!」

 

「な…!? それってどういう…!」

 

「これ以上話すことなんてないね!」

 

 継続して圧をかけてくる車輪を両手で受け止めるのがやっとなメイジはその膝を折る勢いの前蹴りを食らって反射的に悲鳴を上げた。

 そうして弱まった防御の構えを弾いたスピードの車輪が胸部から腰にかけて一気に斬り裂き、刻まれた傷からは火花が散った。

 メイジが苦し紛れに振るった爪も勢いを削がれ、逆に叩き込まれたハイキックで大きく吹っ飛ばされてしまう。

 

 予感はしていたが、やはり姿が似ているだけあってスピードロイミュードの戦法、性能はマッハと同等どころか、その上を行っている。ダークディケイドに変身できればまだやり様はあったかもしれなかったが、このメイジでは魔法無しで勝ち目はないと大地は即座に判断を下した。

 

 そして魔法を発動するためのリングを構えたその時、戦場に響いたのは心を震わせる増悪に満ちた叫び声。

 

 その出所を理解していても、それでもメイジは振り返らずにはいられなかった。

 

 立ち上がったデッドヒートマッハの喉から絞られたその声の中にあまりにも痛ましいものを感じ取ってしまったから。

 

「詩島さん……!?」

 

「ゥゥァアアアアアアアアーッッ!! 消えろォォォォ!! ロイミュードォ!!」

 

 その場にいる全ての者が一瞬圧倒されるほどの覇気がマッハの叫びから放たれていた。

 そこに飛来した黄色いシフトカー、ランブルダンプが荒々しい動作でマッハドライバー炎に装填された。

 

  シフトカー! シグナルコウカン! アラブール!

 

 マッハの右腕に装備されたのはドリル型の武器、ランブルスマッシャー。

 最も破壊力に優れたシフトカーの力を具現化したドリルを構え、絶叫と共に突貫するマッハ。

 その狙いはスピードロイミュードであったが、勢い任せでランブルスマッシャーを滅茶苦茶に振るうなんて戦法がそう簡単に通じるような相手ではない。煽るように飄々と回避されればされるほどマッハの動きも荒くなっていく。

 助けに行こうとするメイジにもあんな風にドリルが振るわれては近づくこともできやしない。

 

「ちょっと落ち着いてください! 二人で協力しましょうよ!」

 

「うるせえ! 余計な手出しなんかいらねえ、こいつは俺がぶっ潰す!!」

 

「え? え? 自分の姉を宿敵に守ってもらうような間抜けがどうやって俺を倒すって? ちゃんと頭使えよなあ、父さん!」

 

「黙れぇぇぇぇッッ!!」

 

 心底馬鹿にしていると傍目から見てもわかるスピードの仕草と口調がさらにマッハの神経を逆撫でし、それに伴ってランブルスマッシャーが回転する勢いもますます増しているように見える。

 だがどんなにドリルを突き出そうとも、当たらなければ意味はない。結局はマッハのスタミナを徒らに消費させるだけなのだ。

 

 チェインの魔法で拘束すればマッハの攻撃も命中するかもしれない、と考えていたメイジの背中を痛みと熱を伴う衝撃が幾度かに渡って叩いた。

 スピードの攻撃に比べれば軽い、しかし確かなダメージになり得るその攻撃の主はロイミュード051。

 

「てめぇぇぇ〜! よくも俺をコケにしてくれたなぁ!? 死ねぇ!」

 

 正直存在を忘れかけていたとは口を滑らせても言えないが、この051がいたのではスピードの対処はできない。先に051を片付ける必要があるが、あんな状態のマッハ一人にスピードを押し付けてしまうのは些か不安が残る。故にできるだけ早く援護に向かうべきだと結論付ける。

 

「ちょこまか動くんじゃねえ! 死神も、お前も、俺をコケにする奴は全員死ねばいいんだよぉ!」

 

(……ああ、あのスピードってロイミュードの仲間も魔進チェイサーを恨んでるから、協力してるんだな)

 

 限られた数しかいない仲間の間での同士討ちなんてことに協力している理由は詰まる所彼等の怨恨によるものなのだろう。高性能ロボットの割には随分と感情的な動機だとは思うし、冷静さを失った敵の動作はかなり大振りで躱しやすい。もしかすると先の奇襲攻撃も051を直情的にさせている一因になっているかもしれない。

 剥き出しの感情をぶつけてこようとする相手に旅を始めた頃ならいざ知らず、仁藤や名護の背中を追いかけ、規格外の強敵達との戦闘を乗り越えた今の大地ならば、そのような相手に臆することなどない。

 

「ハアッ!」

 

「ああああああ!? 痛ええええっ!!」

 

 すれ違いざまに滑らせたライドブッカーの刃に斬りつけられ、その痛みが051の憎しみをさらに燃え上がらせる。

 もはや形振り構わずに腕を振るってメイジに叩きつけようとしてくる拳をスクラッチネイルでしっかりとガードし、もう片方の拳が飛んでくる前に剣を振り下ろす。

 こうしてメイジはスクラッチネイルを盾として扱い、ライドブッカーで堅実に051へのダメージを稼いでいく。

 051が度重なる損傷に耐えきれずに膝を着いた瞬間を見計らって、メイジは一旦剣を地面に突き刺し、すぐさまリングを右手に嵌めた。

 

  ヒート! ナウ!

 

 メイジの全身に立ち昇るのは魔力で構成された紅蓮の炎。激しく燃え上がるその炎は掴み取ったライドブッカーに右腕を通して伝播し、メイジの全身を包んでいた炎が全て刀身に移される。

 燃え盛る刃を頭上に掲げたメイジは突如火を灯した剣に恐怖の声を漏らしている051に向かって肉薄し、思い切り振り下ろした。

 

「ッッツアア!」

 

「ヒギャァアアアアッッ!?」

 

 メイジスラッシュとも呼ぶべき必殺の斬撃を受けて、051のボディは斬り裂かれ、焼き払われる。断末魔の後に爆発したその残骸から這い出てきた「051」の形をした彼のコアも溶けるようにして消滅した。

 

 これで残る敵はスピードのみ。しかし強敵だ。

 メイジが051の相手をしていたのは、時間にしてみれば数分にも満たないはずだが、その僅かな時が流れていた合間にもマッハはスピードに蹂躙されていた。

 弄ぶかの如く高速移動でマッハを翻弄するスピードの姿はメイジにも目視できない。あの速度で移動しているスピードには拘束魔法の効果は期待できそうもないが、それでもメイジはチェインのリングをドライバーに翳した。

 

  チェイン! ナウ

 

 地面に出現した魔法陣から射出された数本の鎖が宙へと伸びる。

 チェインの魔法とはこの鎖を相手に巻きつけて拘束するという効果であるが、今回メイジが構想した用途はそれとは少々異なっている。

 自身のイメージを鎖に送れば、根元の魔法陣を支点としてそれぞれの鎖が周囲を薙ぎ払うように回転を始めた。

 さらにメイジはガンモードに変形させたライドブッカーでスピードに射撃を行い、命中こそしないにせよ、その注意をマッハからこちらに向けさせた。

 

「ん? 051の奴もうやられたのか、使えねえなぁ」

 

「食らえ!」

 

 すでに散った仲間になんの感慨も抱いていないと伺える呟きをするスピードに向けて回転する鎖を魔法陣ごと浮かせた、さながら円盤のような鎖の束を放った。

 伸縮をある程度まで調整でき、遠心力が加わったこの回転する鎖が命中すれば普通の人間には恐ろしい威力を発揮するだろう。

 だが、スピードロイミュードには些細なダメージを与えられるのかどうかも怪しい。何せ魔法の産物とはいえ、所詮は鎖に過ぎないのだから。

 

(でも、当たりさえすれば!)

 

 先も述べた通りチェインは拘束魔法である。伸縮自在な鎖が微かにでもスピードに触れた途端、全ての鎖が巻き付くように念じておいたのだ。

 普通に発動していればスピードには難なく回避されるのは目に見えていたからこそ、こんな風に鎖を操っているのだ。

 

 咄嗟の思い付きにしては悪くない発想だった。それは間違いない。

 しかし、メイジはマッハすら超えるスピードの能力を侮っていたわけではないが、それでも見積もりは甘かったのだ。

 

 スピードは自身に放たれた鎖の円盤に敢えて飛び込み、一切触れることなくその全てを回避していたのだから。

 

「は、速ーーーガハッ!?」

 

 驚愕の台詞を最後まで言い切らぬ内に、腹部を襲った衝撃がメイジを貫いた。それが常識外れの加速によって上乗せされた威力の蹴りであるとわかったのは、吹っ飛びながら見えたスピードが足を突き出した姿勢であったからだ。

 さらなる追撃を覚悟したメイジだったが、スピードの標的はあくまでもマッハであり、その逆もまた言える。

 

「貴様の相手はこの俺だって言ってるだろ!!」

 

  シフトカー! シグナルコウカン! ピカール!

 

  ヒッサツ! フルスロットル! モエール! バースト! ピカール!

 

 マッハは二台のシフトカー、バーニングソーラーとマックスフレアをドライバーと武器にそれぞれ装填していた。

 バーニングソーラーで集めた太陽光の熱光線は、マックスフレアの火炎が威力と熱を上昇させ、さらにデッドヒートの出力で底上げされる。熱に関連したシフトカーとシグナルバイク三つ分のエネルギーを内包した灼熱のレーザー光線、ヒートヒットマッハーが発射された瞬間、限界以上の熱量に曝されたマッハの装甲から白いスーツを赤く染めるほどの蒸気が噴出した。

 

「消えろォォーッ!!」

 

 このまさしくデッドヒートというフォームの危険性をまんま表現した閃光は目にも留まらぬ速度でスピードに到達すると同時に、ほんの一瞬だけ相手の硬直させる。

 

「ーーーーーッ!」

 

 静寂に溶けて消えた息を呑む声は誰のものか、それが判明する前に巻き起こった大爆発にスピードは包まれていた。

 

 

 *

 

 

「ハァ、ハァ、ハァ……」

 

  オツカーレ

 

 ダメージの蓄積か、もしくはあの射撃の反動によるものか定かではないが、マッハの赤い装甲は強制的に解除されており、剛は膝を着いている。だがマッハの仮面を脱いだ剛の視線は未だに鋭く、立ち込める黒煙の先を睨み続けている。

 生身の剛を庇うように位置を改めるメイジも剣を構えたまま油断なく気配を探っている。あれほどの攻撃を受けても五体満足でいられる可能性は限りなく低いとわかっていても、あの煙の奥では今もスピードが嘲笑っているのではないかと疑ってしまう。

 

 予感は的中し、焦げた空気を突き破って姿を見せたスピードにもはや驚くこともない。

 

「いや、今のは危なかったな! 一瞬ヒヤッとしちまったね。捨て身の一撃ってやつだろうけど、当たんなきゃ意味ないよな?」

 

「そう言う割には完全に避けられたってわけでもなさそうですね」

 

 大地の指摘は正しかった。事実直撃こそしなかったようだが、スピードの白いボディには焼け焦げたような跡がいくつか散見できるし、微かに火花も散っている。

 

「まあね。051もやられちまったし、得体の知れないあんたの相手はまた今度にさせてもらうよ。あいつにも逃げられたからな」

 

 ほら、と指さされた場所には先ほどまで魔進チェイサーが倒れていたはずだが、そこには黒い薔薇の花びらが舞っているだけだった。

 そうやってメイジが気を取られている隙にアイドリング音と突風が吹き、剛の静止を命じる声に気付いた時にはもうスピードはどこかに走り去っていた。

 

 逃げられたと言うにはこちら側のダメージは大きすぎるが、剛を助けるという目的を一応は達成できたのでよしとするしかない。

 メイジの変身を解いた大地は膝をついている剛に手を差し伸べる。数舜の迷いを巡らせた後、剛は無言でその手を握って立ち上がった。

 

「遅くなってすいません、詩島さん」

 

「…別にお前が謝ることはねえよ」

 

 申し訳なさそうに謝る大地を見て、剛はばつが悪そうに視線を反らした。散々怪しんだ挙句、足を引っ張ってしまった自分に向けられた大地の謝罪の言葉はむしろ居心地が悪く感じる。

 アイアンから霧子達を守ったのも、昨日の混戦でも戦いに大きく貢献したのもどう考えてもダークディケイドだった。そして憎しみのままに突っ走った自分はスピードという進化態を誕生させてしまった。今だってメイジがいなかったらどうなっていたかなんて嫌でもわかる。

 

「でも…元はといえば昨日僕が剛さんの邪魔をしてしまったからこうなってしまったかもしれないんです。あの魔進チェイサーが仮面ライダーなんて、そんな確証どこにもないのに」

 

「…知ってたのか。あいつがプロトドライブだって」

 

「え?」

 

 何気なく言われた衝撃の事実に大地の声は思わず上擦った。

 それはコミュニケーションの不足と情報の違いから生じた互いの認識のズレによるものだったが、仮面ライダーチェイサーの存在を欠片も知らない剛は大地の反応を気にすることなく続ける。

 

「確かにチェイスが直接人を殺してる場面には出くわしたことがなかった。あいつが姉ちゃんを庇ったっていうのもクリムがインストールしていた、人間を守るプログラムがまだ機能してるっていうんなら頷ける」

 

「それなら、やっぱりあの魔進チェイサーとは協力できるんじゃーーーー」

 

「でもそれがなんだよ!! あいつが元仮面ライダーで、誰を守っていようと関係ない。今のあいつは敵で、ただのロイミュードでしかないんだよ!」

 

 そう、過去がどうであろうと魔進チェイサーはロイミュードの番人にして人類の敵なのだ。にも関わらず、奴は姉の命を二度も救った。その事実が剛の心を無性に掻き毟る。

 ロイミュードとは憎むべき敵であり、人間社会の崩壊を企む悪魔の存在という剛のこれまでの認識は変わらないし、変えるつもりもない。そんな奴らを野放しにしてはおけない。

 だが、そう頑なに思えば思うほど姉を庇う魔進チェイサーが、他者を守ろうと必死なダークディケイドがーーーーーー同じ憎しみで暴れるスピードの存在が、剛の憎しみを否定する。

 

「憎んで何が悪いんだよ…俺はただ多くの人々の幸せを理不尽に奪う悪を、ロイミュードを速攻で殲滅しようとしただけだ!なのになんで、なんで…どいつもこいつも…俺が間違ってるっていうのか……?」

 

 強かった語調が弱弱しくなって消え入りそうな呟きに変わる剛。こういう時の相手にどんな言葉をかければいいのか、大地にはその最適解は浮かばない。

 しかし、進ノ介が言っていた深いものーーーーーそれがこのロイミュードへの憎しみだというのなら言えるものはある。

 種族を背負った憎しみと歪んだ愛に生きたライダーの記録を持っている大地だからこそ、だ。剛が何故そこまでの激しい感情を持つに至ったのかまではわからないが、このまま彼を放っておくという選択肢などありえない。

 

「一概に悪いとは言えません。詩島さんがロイミュードを許せないと思う気持ちは僕にも理解できるから。だけど憎しみだけで戦い続けたら、貴方はきっと大切なことを忘れて…最後には失ってしまうかもしれません」

 

「一丁前に説教かよ…記憶喪失の奴がそんな曖昧なこと語っても何の説得力もねえぞ」

 

 少々痛いところを突かれたが、説得力を伴った物言いなんて元よりできるとも大地は思っていない。

 もしもこの場に名護がいればまた違った語りかけをしてくれたのかもしれないが、無いものねだりをしても仕方がない。どんなに曖昧であろうと、ただ黙っているよりかは何倍もマシのはずだ。

 

「はは…確かにそうですよね。僕にはたった一か月前の記憶すらないけど、でもだからこそ忘れたくない、ちゃんとした意思で初めて変身したあの時に抱いた想いがあります。目の前で消されそうな命を救いたい、そのためなら僕はどんなに怖くても絶対に逃げません。詩島さんにはそんな想いはありませんか?」

 

 思いの丈を綴られ、問いかけられた剛の目はどこか遠い場所を見つめるように細くなった。

 死者に想いを馳せるような、そんな目さえも鬼塚と重なるが、彼女よりもさらに複雑な心境が窺える点だろうか。

 

「俺は……あるさ、最初の決意が。ロイミュードの正体を知ったあの日から決して忘れない使命がな……。助けてくれたことには感謝するけど、もう首は突っ込むなよ。これは俺の戦いなんだ」

 

 剛はそう告げるとトボトボと歩き去っていく。

 重加速がかかっているわけでもないのに、大地にはその足取りが非常にゆっくりとした動きに見えた。

 

 

 *

 

 

 大地と別れた進ノ介はロイミュードの襲撃を短期間で二度も受けた霧子の護衛のため、彼女の病室に来ていた。

 直接狙われたとあっては連絡しないわけにもいかず、特状課に応援を要請した結果として本願寺が進ノ介に同行し、病院の外には捜査一課を連れた現八郎が見回っている。流石に剛のことは教えていないが。

 

「はぁ〜……」

 

 病室全体の雰囲気を暗くするような進ノ介の深い溜息が木霊した。

 ひとやすミルクを頬張ってはまた溜息を繰り返す彼と同じ空間にいるだけでこっちの気まで沈んできそうだと霧子は心の中で愚痴を零す。

 

「もお〜泊ちゃんは護衛として来てるんだからモヤモヤするのもほどほどにしてもらいたいですよ〜。ねー、霧子ちゃん」

 

「は、はい…そういえば珍しいですね。課長がわざわざ出てくるなんて」

 

 話題を切り替えようとする霧子。

 普段から滅多に現場には赴かない本願寺がわざわざ出向いてきた理由を霧子が知りたかったというのもあるのだが。

 

「いや〜それがですね、今日の私のラッキーカラーが白だったんですよ。病院なんて真っ白けっけだからちょうど良かったんですよ!」

 

「はぁ…」

 

 しかし返ってきた答えは予想以上にしょうもないものだった。

 進ノ介も微かに苦笑を漏らしはしたが、表情の曇りは一向に晴れないままでまたしても溜息をついては新しいひとやすミルクの箱を開ける。

 

「泊さん、やる気がないなら帰ってもらって結構です! 全く…今度は何にモヤモヤしてるっていうんですか」

 

 どんどん重くなる空気に耐えかねた霧子がむすっとして文句を言いだしても進ノ介の様子に変化は見られない。

 

「……霧子さ、仮面ライダーってどうやったらなれるのかな」

 

「急にどうしたんです。そんなこと知ってたらとっくになってますよ」

 

「だよなぁ」

 

 大地と話をしてからというもの、進ノ介のモヤモヤはいよいよ最高潮に達しようとしていた。

 仮面ライダーマッハは何故戦うのか、どうすればロイミュードに対抗できるのか、答えの見つからない思考は泥沼に囚われて沈んでいく。

 

 もしも進ノ介自身が仮面ライダーに変身できたならばこのモヤモヤも晴れるのだろうか。

 

「おや、泊ちゃんは仮面ライダーになりたいんですか。それはまたどうして?」

 

「仮面ライダーになれば俺自身の手でロイミュードを倒せる……からなのかなあ。なんかこう、仮面ライダーとロイミュードのことを聞いてると俺達は蚊帳の外って感じがしてならなくて、でももし仮面ライダーになれたとしてスッキリするかと言われると、それもはっきりしないんです」

 

「そうですねぇ。確かに我々警察はロイミュードに太刀打ちできる立場ではないのかもしれません。事件の犯人を暴いたとしても、最後には仮面ライダーが倒してしまう」

 

 けれどね、と本願寺は付け加える。

 

「警察官の本分はロイミュードを倒すことじゃないんです。善良な市民を守ることこそが我々のすべき使命であると私は考えていますよ。泊ちゃんが本当にしたいのは果たしてどちらなのか、少なくとも仮面ライダーであろうとなかろうと貴方のしたいことは変わらないはずです」

 

 いつになく真剣な眼差しで語る本願寺に進ノ介は一瞬だけ面食らってしまうが、彼の言葉にはそれ以上に確固たる信念があった。

 感嘆して聴き入る進ノ介の背筋を自然と伸び、本願寺の次の言葉を待つ。

 

「課長…」

 

「……でもそれはそれとして、泊ちゃんが仮面ライダーだったら良かったなぁ〜。もしそうだったなら特状課の評価だってうなぎ登りでしたよ〜。こぉんな肩の狭い思いだってしなくて済んだのにぃ…くぅ〜!」

 

 が、肝心なところでおちゃらけてしまうのは相変わらずだった。これには進ノ介も期待した分余計に落胆してしまう。

 この本願寺という上司はさっきのような真剣な顔を極たまに見せたかと思えば、すぐに今のような態度になる掴み所のない男だとは前から知っていたが、今回ばかりは本気で期待してしまった。

 

「そりゃないですよ課長〜…途中まではカッコよかったのに」

 

「と言われましてもねぇ。泊ちゃんだってわかるでしょう? 特状課に仮面ライダーがいれば警察の捜査情報を仕入れて素早く相手を追えるんですから、とぉっても便利だもん」

 

「まあ、そりゃそうだろうけど」

 

 仮面ライダーとなった進ノ介が特状課での捜査を経て怪物を追い詰める。色々苦労は絶えないだろうが、魅力的な仮定だと進ノ介にも思えてしまった。

 一般人の仮面ライダーよりかはスムーズに活動できるのかもしれないが……。

 

(待てよ)

 

 そこで進ノ介の思考は引っ掛かりを覚える。

 

(剛は俺達より早く怪物に辿り着いてる……昨日だってそうだった)

 

 仮面ライダーはいつも犯人に特状課とほぼ同時に辿り着き、殲滅している。その理由が本願寺の言っていたように……特状課に仮面ライダーがいるとしたら?

 

 

『仮面ライダーはロイミュードと同じテクノロジーで作られた、コア・ドライビアを持つ戦士のことです。だから重加速の中でも自由に活動できる……みたいです』

 

『………マッハってライダーのことは私はよく知りません。でもおまわりさん達が見た仮面ライダーレイは怪物に襲われる人々を守るために必死に戦っています』

 

『……え? 特状課全体を?』

 

 

 脳内で渦巻く記憶の群からキーワードが抜き出されて重なっていく。進ノ介が抱いていたモヤモヤのぼやけた輪郭が明確な形を成してその全体像を徐々に表していく。

 

 一般人であるはずの詩島剛が何故ロイミュードを追えるのか。

 何故特状課を狙って重加速が起こるのか。

 

 その全てを解き明かした時、進ノ介はどこか悟ったような様子でネクタイを締め直した。

 

「繋がった……そういうことだったのか」

 

 

 *

 

 

 人っ子一人いない寂れた廃病院の一室。

 そこで人ではない存在が目を覚ましていた。

 

「……ここは」

 

 起き上がったチェイスは何故自分がこんな場所にいるのかと記憶を整理する。

 突如として進化態となった019の奇襲に遭い、ひたすら嬲られていた。そして朦朧とした意識の中で最後に目撃したのは……。

 

 そこまで思い出してからチェイスは自身の損傷箇所が修復されていることに気付く。完全な修復とまではいかないが、万全にかなり近い状態だ。

 チェイス自身の能力でこんなにも早く自己修復できるとは考え難く、誰かが治してくれたと考えるのが妥当なところであろう。恐らくは最後に見えたあの人物のおかげだ。

 それを裏付けるかのように現れた気配に気付き、チェイスは振り返った。

 

「助かった。メディック」

 

「礼には及びませんわ。これが私の仕事ですもの」

 

 やはりチェイスの救出及び身体を修復してくれたのはメディックだった。

 無愛想に礼を述べるチェイスに対し、にこやかに応じるメディック。その笑顔に何か含むものがあるように見えるが、チェイスは別段気にしない。

 

「それにしてもあの019には困りましたわね。まさか死神である貴方に牙を剥くなんて」

 

「奴が何を企もうと関係ない……だがあの時、奴は何と言っていた?」

 

 051にいたぶられた過度なダメージで苦しんでいる最中、スピードは何か重要な事を言っていた記憶がある。しかし、チェイスにはそれを思い出すことが出来ない。

 

 仮面ライダー、あの女性、グローバルフリーズ、雨……脳内を探ろうとすればするほど記憶にかかった霞は深くなる。

 

「何も考える必要はないですことよ、チェイス。貴方はただ死神として反逆者達を粛清すればいい」

 

 メディックの甘い囁きがチェイスを侵食していく。

 

 抗わなければならない。しかし何の為に? 彼女の言う通りに全てを破壊してしまえばいいのに。

 

 人間を守った? ありえない、自分には守るものなどない。何もかも壊してしまいたい。

 

 破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊!!

 

「貴方は精々019と潰しあいなさい。人間を庇った出来損ないのロイミュードへの最後の仕事は私の実験台になることと、裏切り者との相打ち。でも安心なさい、死神の仕事は私が引き継ぐわ……愛するハート様のために」

 

 愛慕と野心に染まったメディックの言葉はもうチェイスには届いていない。

 彼は損傷箇所の修復と並行して洗脳と強化のプログラム、そして極限まで高まった破壊衝動を彼女に植えつけられていたのだから。

 

 つまり今のチェイスとは抑えきれぬ闘争心に満ちた狂戦士であり、そこにはかつての誇り高き追跡者の面影は影も形もなかった。

 

 

 *

 

 

 翌日。マッハピット。

 

 スピード追跡のためにシフトカー達は出払っており、今このマッハピットにいるのは剛とりんなだけだった。

 そして彼等は表示されている大型モニターを食い入るように見つめている。

 その内容とはプロトゼロとプロトドライブに関連する情報の一部。

 

「クリムが遺していたデータから見つけたの。000のナンバーとか、昨日剛君が知った事をキーワードにして検索してね」

 

「りんなさんは知ってたのかよ、プロトドライブの正体」

 

「いいえ、私だって初耳よ。まさかあの魔進チェイサーがなんて……今でも信じられない」

 

 昨日ピットに帰還した剛から話を聞かされたりんなは今に至るまでずっとデータベースを調べてくれていたらしい。

 目の下に隈を浮かべるりんなからして作業はかなり難航していたようで申し訳なさは感じるものの、剛にとっては彼女に感謝するよりもこのデータから魔進チェイサーの弱点を探る方が優先だった。

 

「でもこれはあくまでもプロトドライブだった頃のデータでしかない。改造を施された魔進チェイサーの対策までには使えないと思う」

 

「何も無いよりマシだ。アイツも、019達も速攻で殲滅しなきゃいけないんだ。この俺が……俺がやらなきゃいけないんだよ!」

 

 どんなに些細な情報も見逃すまいと並んでいる文字群の一つ一つに集中する剛。

 

 だからであろうか。ピットの戸が開いた音にも最初は気づかなかった。聞き慣れたその声を耳にして、剛は漸く振り返る。

 

「思った通り、やっぱりこの施設にあったんだな。仮面ライダーの拠点は。虱潰しに探した甲斐があったよ」

 

「……進兄さん!?」

 

「進ノ介君!?」

 

 

 その男は刑事ーーー泊進ノ介。

 マッハピットにはいるはずのない、しかし確かに彼はこの場に足を踏み入れている。

 進ノ介はピットの内装を一瞥した後、驚愕の表情で凝視している剛達に口を開いた。

 

「ずっと考えてた。どうして仮面ライダーはいつも特状課より先に犯人のロイミュードに辿り着いているのか……現状では機械生命体犯罪の捜査は特状課に一任されているはずだ。つまり、仮面ライダーは特状課の捜査情報を得ている可能性があった。ここにりんなさんがいるのは驚いたけど、同時に納得もいったよ」

 

 進ノ介の言っていることは正しかった。独自の捜査で突き止める場合もあったが、多くの場合ではりんなから得た特状課の捜査情報で彼等よりも先回りしていたのだ。

 しかし剛にとって解せない点は他にある。

 

「その顔はどうやってこの場所がわかったのか、そう言いたいんだろ。剛」

 

「ッ!」

 

 思わず顔を隠すように押さえてしまう。

 進ノ介の言い方も相まって、これではまるで自分が追い詰められる犯人ではないか。

 

「疑問は他にもあった。事件が起こると同時に特状課には重加速がかかっていた。何度も、だ。俺は最初ロイミュードがここを狙っているものだと思ってたけど、何故ロイミュードに太刀打ちできない特状課を警戒しているのか理解できなかった」

 

 進ノ介は核心に至っていると、もはや疑う余地もない。

 自然と動悸が激しくなり、剛の頬から汗が滴り落ちた。平静を装おうとしても声が上擦って震えてしまう。

 

「それがなんだっていうのさ」

 

「大地君が言っていたよ。仮面ライダーとロイミュードは同じ技術から作られたと。つまり仮面ライダーも重加速は使えるってことだ………剛、お前が特状課に重加速を出していたんだろーーー

 

ーーーこの久瑠間運転免許試験場の地下にあるここで!」

 

 

 特状課の情報を掠め取り、ロイミュード出現の報を受ければマッハとなって重加速を発動して特状課が現場に向かう前にその行動を制限する。

 先日のアイアンを追跡していた混戦の際にも重加速を出していたのはアイアンではなく、マッハだった。

 彼が破壊された後も重加速が解除されていないのが動かぬ証拠だ。

 

 誰にも知られずに、誰も傷つかないために出していたーーーまさかバレるとは思っていなかったが。

 ここまで暴かれては言い逃れはできまい。

 

 

「……ねえ、剛君。やっぱりもうこんなことはーーー」

 

「さっすが進兄さん! 名推理炸裂だね。それで? 一体どうしようってわけ?」

 

 表向きは余裕を崩さないようにしている剛の笑みは誰がどうみてもぎこちない。

 それは進ノ介がここに来た理由を薄々察してしまったからか、しかし問わずにはいられなかった。

 対する進ノ介もこれから言わんとする内容に一瞬躊躇しーーーそして覚悟を決めた。

 

「詩島剛…いや、仮面ライダーマッハ! お前がこれ以上重加速を発生させるというのなら…俺はお前を逮捕する」

 

 






長いぞマッハ編。

一応解説しておくと、詩島剛はりんなさん以外には正体は隠したままでかつ霧子達を戦いに巻き込まないためにロイミュードの出現に合わせて特状課に重加速を発生させていたんですね。
アイアンロイミュード追跡の時も、現場に向かってくる警察のことを考えてマッハが重加速を発生させていましたので、アイアン撃破時にはまだ重加速解除されてません。マッハの変身解除でようやく解除されてます。
これは本編でどんより強盗団を捕まえる際にマッハが重加速を使ったことから「剛ならこうするかなあ」と考えた展開でした。

次回更新は28日を予定してます。1週空くけどごめんなさい…今月中にマッハ編は終わらせたいなあ


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仮面ライダーとはなにか

デッドリベレーションって名前つい最近知りました


 

「詩島剛……いや、仮面ライダーマッハ! お前を逮捕する!」

 

 進ノ介が言い放った言葉に剛はらしくもなく呆然とする。

 最初は何かの冗談ではないかと疑ったが、進ノ介の表情は真剣そのもの。彼は本気でこの仮面ライダーマッハを逮捕する気なのだと理解した時、剛は内心の動揺を隠すために不敵に笑う。

 

「あれだけの情報でここを突き止めたのには感心するけどさ、進兄さんはひとつ大きな見落としをしてるよ」

 

 答えを直接言ってのける代わりに、剛はその手でシグナルマッハをチラつかせる。

 無言でシグナルマッハを凝視する進ノ介に、そういえば詳しくは知らなかったなと思い出してドライバーを巻く。

 

「変身」

 

 シグナルバイク! ライダー! マッハ! 

 

 剛が変身した仮面ライダーマッハ、その青い複眼が発光しマフラーがたなびく。

 初めて見る変身のその瞬間に圧倒される進ノ介。対する剛の表情は白い仮面に隠れて窺い知ることはできない。

 

 そしてマッハが行ったのは……たった一つの機能を発動させることだけ。

 

「リミッター解除」

 

「うわッ──────ー!?」

 

 マッハのシステムにかけられていた制限を解除することで不可視の衝撃がマッハピット全体に伝播する。

 進ノ介とりんなの動きを彼らの意思とは無関係に緩徐なものとし、この空間で自由に動けるのはマッハのみとなる。

 これこそがロイミュードの出現と同時にマッハが特状課に放っていた重加速の正体にして、進ノ介がマッハを逮捕できない要因であった。

 

「悪いね進兄さん。俺はまだ止まるわけにはいかないんだ。ロイミュードを全て殲滅するその時まで」

 

 しかしいくら重加速が使えても居場所がバレてしまっては今後の活動に支障をきたす可能性はある。充実した設備がある拠点を手放すのは痛いが、新たな居場所を探さなくてはならないだろうと考えたマッハはライドマッハーに跨った。

 これまで世話になった拠点に名残惜しげに振り返ったマッハは小さく頭を下げる。これが剛なりのりんなと進ノ介、そしてマッハピットに向けた詫びのつもりだった。

 そしてライドマッハーのエンジンをスタートさせようとした時、聞き慣れた男の声が耳に届いた。

 

「剛、お前を行かせはしない」

 

 それは別段驚くような現象ではなく、重加速の影響下にあっても音は通常と同じように伝播するとマッハは知っていた。

 たった今聞こえた進ノ介の声も重加速の衝撃によろめきながら発した苦し紛れのものに違いないからだ。

 

 しかしそれにしてはやけに堂々としている声音であり、自信に満ちたそれを聞いたマッハに決してあり得ない展開を連想させてしまう。

 恐る恐る進ノ介へと振り返るマッハの仕草はまるでブリキの玩具のようにぎこちなく、それこそ重加速にかかっているかのようだ。

 

「……嘘だろ、おい」

 

 

 重加速は問題なく作動していた。やるせない様子をスローモーションで表現しているりんな、ゆっくりと映り変わっていくモニターの映像……どこを見てもそれは明らかだ。

 

 ならばどうしてこの男────泊進ノ介は通常と変わらぬ速度で歩みを進めているというのだ? 

 

 シフトカーは全て出払っているし、シグナルバイクはマッハの手の中、重加速低減装置だってあんな大きい物を背負っていれば隠しようもない。

 

 

「やっぱりこれがあれば重加速の影響は受けないみたいだな」

 

「それは……!?」

 

 進ノ介が見せつけてきたのはマッハにも見覚えのあるものに酷似している、恐らく同規格のカード。

 先日ダークディケイドが奇怪な能力を発現する際に使用していたのを目撃しており、その時はシグナルバイクやシフトカーのような役割のアイテムだと認識していたが、持っているだけでも能力を発揮するところまで同じであったようだ。

 

 マッハには知る由もないが、進ノ介と会話を交わした喫茶店にて大地はダークドライブのカードを彼に渡していたのだ。勿論特状課を制限していた重加速の発生源がマッハであった事実など大地が気づいていたわけではなく、無力に打ちひしがれる進ノ介のためにせめて重加速でも活動できるようにと思って渡しただけに過ぎない。

 

「あの野郎、また俺の邪魔をするってのかよ……!」

 

「それは違うな。お前の邪魔をするのは大地君じゃない、俺だ」

 

 進ノ介がダークドライブのカードを持つ限りは重加速は通用せず、目眩しに使えそうなシフトカーも今はいない。

 基本的に戦闘に特化したシグナルバイクの能力では進ノ介を必要以上に傷付けてしまう可能性が高く、それはマッハの望むところではないため逃げるのならばこの身一つで進ノ介を突破しなければならない。

 

 そうなると最適な手段となるのはシグナルマッハの加速能力を以って進ノ介の傍を駆け抜けて逃げることだろう。

 

「させるかっ!!」

 

 だがマッハがドライバーのブーストイグナイターを叩くよりも先に駆け出していた進ノ介がその腕にしがみ付いた。

 進ノ介がどんなに鍛えられた者であっても所詮は生身の人間、それ故にマッハには強引に振り解く手段は取れない。

 なんとか加減して進ノ介を引き剥がそうとするが、猟犬が獲物を咥え込むが如くガッチリとホールドしてくる彼は生半可な力ではビクともしなかった。

 

「離せよ……離してくれよッ進兄さん!」

 

「絶対に離さない! お前にこれ以上の過ちはさせない!」

 

 またか、とマッハは心の奥底で毒づいた。

 何食わぬ顔をして邪魔をする大地、剛を差し置いて姉を庇う元仮面ライダーのチェイス、自身をコピーして嘲笑うスピード、どいつもこいつもが剛の戦いを否定する。

 そして姉の同僚である進ノ介までもが邪魔をしてくる現状への苛立ちが意図せずしてマッハの力を強めた。

 

「ぐああっ!?」

 

 ほんのわずかに力が増しただけで進ノ介の身体は簡単に吹っ飛んでいき、背後にあった機材にその背中を強かに打ち付けた。

 常人ならば気絶してもおかしくはない激痛に顔を歪めるが、それでも進ノ介は立ち上がって再びマッハにしがみ付いてくる。

 

「剛、今のお前を野放しにはできない! 警察官として、霧子のバディとして!」

 

「何だと……!?」

 

「お前が重加速を出しているのは俺達を、霧子をロイミュードから守る為だとしても、お前のその勝手な行いは市民を不安にさせて生活を脅かす! 俺にはそれが見過ごせない!」

 

「俺だってやりたくてやってるわけじゃねえよ! ロイミュードを殲滅するために必要だから……だから! 俺はあの時に戦うって決めたんだ!」

 

 アメリカでマッハになるための訓練を積んでいた頃に見てしまったロイミュードの開発者とクリムの死、そしてグローバルフリーズで起こった姉の危機。

 訪れた苦悩の果てに剛は決意したのだ──ー姉をこの戦いに巻き込みはしないと。

 この決意が剛を止まれないレースへと誘い、走らせるのだ。

 

「お前が心の奥底に潜めているもの……不器用で自分勝手な優しさは悪いことじゃない。

 だけどな、私情に任せて市民を不安にさせる重加速を出している今のお前は霧子が信じている仮面ライダーか? 違うな、それはロイミュードと何も変わらない。お前がそうある限り、俺は仮面ライダーマッハを……逮捕する!」

 

「は……? 俺が、ロイミュードと……同じ?」

 

 ロイミュードと仮面ライダーは同じ技術で作られていると知っていればそれらを同一視するのはあながち間違いとは言い切れないし、剛だって自覚はしていた。

 だが、それでも面と向かって言われてしまうと中々に堪えるものだった。それが親しい者なら尚更だ。

 

 そして幻視する、姉に危害を加えるスピードが仮面ライダーマッハの姿に重なる光景を。

 

「今だッ!」

 

 そうして一瞬だけでも硬直してしまえばマッハの力は途端に緩み、拘束しようとしていた進ノ介はするりとその腕から抜け出してしまった。そこから進ノ介は再びマッハの懐に潜り込み、そのドライバーを勢い良く跳ね上げた。

 

(しまった!?)

 

 全身に漲っていた力が消失していく感覚でようやく我に帰ったマッハはほとんど無意識に進ノ介を引き剥がそうときて腕を突き出し、その先が当たった彼の身体を吹っ飛ばした。

 消えかけであろうが人知を超えた力であることに変わりはなく、しかも手加減を忘れた今の一撃は進ノ介にとって相当な激痛を与えたはずだ。

 

 オツカーレ

 

 変身の解除と共に重加速も消失し、二人だけの世界は終わりを告げた。

 消え失せたマッハのスーツから現れた剛の顔には悲哀、困惑と様々な感情が出ては消えていく。

 しかし、顔を歪めて咳き込みながらそれでも立ち上がる進ノ介を見た瞬間にそれらは全て畏怖へと塗り替わる。

 ただ鍛えただけの人間が何故ここまで喰らいつけるのか、常人を遥かに超えた身体能力の持ち主である剛にも理解できないその姿勢は、どんなロイミュードにも感じたことのない恐れを植え付けるほどだった。

 

「まだだ……俺のエンジンはまだ止まっちゃいない。独り善がりの戦いを続けるお前のブレーキとして……俺はお前を止める……!」

 

「し、進兄さんは何もわかってねえ! 俺にはこうするしかないんだよ! 俺の戦いにみんなを巻き込むわけにはいかないんだって、どうしてわかってくれないんだ!?」

 

「そうやって一人で抱え込もうとした結果、何を見てきた? 重加速に怯える人々の不安を煽るやり方なんて認められるはずがない! お前だって本当はそう思ってるんじゃないのか?」

 

 剛がこれまで何度も目にしてきた、マッハやロイミュードが出す重加速に囚われた人々は皆恐怖と不安に染まりきった顔をしていた。

 カメラマンでもあり、人の笑顔を好む剛にとってそれらは幾度となく自らの行いに伴うはずの自信を奪い、常に自問自答を重ねて無理矢理にでも己を納得させてきた。

 

 しかし、マッハの正体を知った霧子から向けられた信頼は剛の心を蝕み、その内で密かに育まれていた揺らぎをより大きなものへと変えた。いっそ批難してくれれば楽だったかもしれないが、詳しい事情を知らない霧子は剛が誰かを傷付けているとは思いもしていないだろう。

 

 それは彼女の知る詩島剛とは人々の不安と引き換えに戦う事を選ぶような人ではないと信じていたからに他ならない。

 だが真実はグローバルフリーズの恐怖から人々を救った戦士の名でその恐怖を再現していただけだった。

 

「ちくしょう……俺は何やってんだよ。誰も巻き込まない、傷付けないって決めてたのに……どうすりゃ良かったんだよ」

 

 脆い土台から成り立っていた決意が静かに崩れ去っていく。

 守ると誓った笑顔を汚しているのは自分自身だと気付いてしまったから、気付かない振りをしていたけどもうできないから。

 膝から崩れ落ちて項垂れる剛の肩に進ノ介とりんなが優しく手を掛けた。

 

「剛くん、もうこんなことはやめて。コア・ドライビアがこんな風に使われるなんてきっとクリムも望んでない」

 

「もう一人だけで背負い込もうとするな。お前の肩にある大いなる責任は一人じゃ重過ぎるぞ。だから変身できなくても、俺も警察官として一緒に戦う。

 霧子だってロイミュードにそう簡単にやられるほど柔じゃないって弟であるお前がよく知ってることだろ?」

 

 もう彼等には剛を責める気持ちは無かった。

 何もかも1人で終わらせようとしてきた故に暴走して、挙げ句の果てにはこうして慰められている気恥ずかしさを誤魔化すように口を尖らせて、微かに滲んだ涙を腕で拭う。

 

 りんなはずっとマッハのサポートしてくれていた、当たり前だけど実感はしていなかった。守る対象として見ていた進ノ介も一緒に戦うという対等な関係を申し出てくれた。

 一人じゃない、そう認識するだけで剛の沈んでいた心は少しだけ軽くなる気がした。

 

「──ッ!?」

 

 張り詰めていた緊張の糸が少しだけ解れたその時、神経を騒つかせるサイレンがマッハピットに響き、3人の意識は音の出所である隅のモニターに向けられる。

 サイレンが意味するのはシフトカー達からのSOSシグナルであると同時に重加速粒子反応の検出でもあった。

 

 その発生源は両方とも市街地のど真ん中。

 

 剛の瞳に再燃した決意の炎、その色模様は先ほどまでとは異なっており、憎しみの色は確実に薄れつつあった。

 ライドマッハーのハンドルを握る彼に、進ノ介はもう何も言わない。

 

「……サンキューな、進兄さん」

 

 その一言だけで十分だった。

 

 

 *

 

 

 銃弾が飛び交い、各所から悲鳴が上がる。

 かつて平和だった市街地の中心部は阿鼻叫喚の地獄絵図の様相を呈していた。

 この戦場と何ら変わりない現場を創り上げた張本人達は逃げ回る人々には目もくれずに争い傷付け合い、戦闘の余波で街を破壊していく。

 

「壊れろ! 貴様らは全員破壊する!!」

 

「ヒャハハハハハハ! どーやら完全にイカレちまったみてえだなあ、死神ィ!!」

 

 メディックによって破壊衝動を最大限にまで増幅された魔進チェイサーの暴走、それを仕留めんとするスピードロイミュード一派の抗争は激化の一途を辿り、その過程で生じた流れ弾が人々に直撃しようとしていた。

 

 ATTACKRIDE CLOCK UP

 

 そこに駆け抜ける鮮黄色の影が今まさに子供を撃ち抜こうとしていた銃弾を叩き落とし、泣き喚く子供を狙っていた055を弾き飛ばした。

 

「お母さ〜ん!! どこぉ!? どこにいるのぉー!? うわぁああん!」

 

「大丈夫だから! 落ち着いて、ね?」

 

 クロックアップの世界から帰還したDDザビーは、親とはぐれたらしく一向に泣き止まない子供を抱き抱えてなんとか落ち着かせようとする。

 親元に送り届けてあげたいのは山々だが、他にも逃げ遅れた人々が山ほどいるこの状況では一人の子供にだけ構ってはいられない。大地自身の体力を鑑みればクロックアップだってそう何度も使えない。

 

 必要なのは避難誘導する人手と人々の盾となる存在。

 

「なら、このカードだ!」

 

 ATTACKRIDE ZECTLOOPERS

 

 虚空より召喚された無数の人影の正体は戦闘部隊、ゼクトルーパー。彼等は仮面ライダーザビーが率いていたエリート部隊のシャドウと呼ばれる集団であり、DDザビーの操り人形として召喚されたのだ。

 

「Aチームは全員で逃げ遅れた人達を守ってください! Bチームは避難誘導、Cチームは敵を撃って!」

 

「「「了解!!」」」

 

 指令を受けたシャドウ達はそれぞれの持ち場に向かい、DDザビーは残ったCチームに援護させながら066、055を相手取って戦闘を再開する。

 多数の人間を率いるなんて経験が全く無い大地ではシャドウの統率をとるのは困難に思われるが、ダークドライブのように大地の意のままに動く操り人形として召喚されたのだから当然そのコンビネーションも抜群だ。

 シャドウの援護射撃がDDザビーの隙を埋め、ザビーの記憶を頼りにワンツーの要領で二体のロイミュードのボディへと的確に拳を沈めていく。

 

 だが、訳の分からぬ存在達に良いように弄ばれたロイミュード達からは与えたダメージ以上の怒りを買ってしまった。

 

「図に乗るのもいい加減にしろォ!!」

 

「キィエエエエエエッ!!」

 

 二体のロイミュードが溜まった鬱憤を晴らすかの如く周囲一帯にエネルギー弾を乱れ打ちしたことでDDザビーやシャドウ部隊のペースが乱れ、被害を被った何人かのゼクトルーパーは消滅してしまった。

 

 さらに気紛れか、それとも確信の上でか、055が振った腕から放たれた重加速にゼクトルーパー、一般人、そして次のカードを装填しようとしていたDDザビーまでもがどんよりの中に引き摺り込まれてしまう。

 

「ありゃあ? こいつ重加速効くじゃねえか!」

 

「ヒャァ〜! こいつはいいぜぇ、これまでのお返しといこうか!」

 

 敵はダークディケイドがチェイサーとダークドライブのカードを手放しており、重加速に対応できずにいる事情など知らないが、彼等には厄介だった相手がそこらにいる獲物と同じ無力な存在に成り果てたというだけで十分であった。

 DDザビーが急いでカードを装填しようとしても重加速には抗えず、襲いかかるロイミュード達の剛腕を防ぐことすら叶わない。わざわざ接近して打撃をしてくるのは今までの屈辱を晴らす意味合いも含めているのだろうが、余計にカードの装填行程を阻害されていた。

 

 装填を一時中断してガードに徹しようにも、それすら重加速に囚われては思うように動けない。

 下級ロイミュードごとき重加速さえなければザビーの能力でどうにでもなるのに、と歯噛みするDDザビーの耳朶を猛スピードで迫る爆音が叩いた。

 首を回すこともままならないDDザビーには音の正体など確認のしようがないが、視界の横から飛び込んできた何かに衝突されて吹っ飛んでいく055の姿だけは視認することができた。

 相方が襲撃されて狼狽していた066も軽快なアイドリング音を響かせる色鮮やかな閃光に包まれ、火花を散らして倒れていく。

 

 066を奇襲した閃光の内、白い流星を描くシグナルマッハが055を撥ね飛ばしたライドマッハーの搭乗者である剛の手の中にするりと収まった。

 

「悪い、待たせたみたいだな」

 

 不敵に笑みを浮かべている剛は一見すればあのスピードと同じ表情にも思えるが、他人を小馬鹿にする見下したような態度ではない。

 昨日までの危うさも感じさせない、はっきりとした自信に満ち溢れている剛の頼もしさに、DDザビーは痛む身体を押して立ち上がった。

 

「そりゃあもう、ボコボコにされるぐらい待ちましたよ。でも詩島さんがいないと始まりませんから」

 

「だったら、ここからはマッハで終わらせようぜ。俺と大地の最強タッグでな!」

 

 

 シグナルバイク! ライダー! 

 

 KAMENRIDE

 

 シグナルマッハを装填したマッハドライバー炎からはもはや聞き飽きた待機音が絶えず鳴り響き、その自身を鼓舞させるファンファーレは微かに燻る不安と緊張を残らず燃焼させる。

 大きく腕を回しながら、その横でカードをセットしているDDザビーを横目に見て、剛は一瞬息を吸い込んだ。

 

 睡眠時間を削ってでも一人でマッハやシフトカーのメンテナンスに勤しんでくれているりんな。

 自分の素性すら知らないはずなのに文句の一つも言わず戦い、姉を守ってくれた大地。

 真っ向から向き合って否定し、剛の抱えていた苦悩を正しい方向へと導いてくれた進ノ介。

 ハーレー博士、霧子、シフトカーとシグナルバイク、これまで自分を支えてくれてきた存在が剛の新たな決意を後押ししてくれる。

 

 身勝手な独善と憎しみだけで突っ走るのはもう終わりだ。共に戦う人々のために、その想いも背負って一緒に戦うのだ。

 

「────レッツ! 変身ッ!!」

 

 マッハ!

 

 IXA! 

 

 仮面ライダーマッハと仮面ライダーDDイクサ セーブモード。

 人類の守護を目的として異なる技術で設計された二つの白き装甲が同じ想いを背負って並び立つ。

 それぞれが持つ武器を掲げ、彼等は未だに戦場に取り残されている人々を救うべく駆け出した。

 

 

 *

 

 

 ズーットマッハ! 

 

 怪物への恐怖から避難の足を止めていた者達は白き旋風となったマッハが瞬く間に救出し、その他の人々もDDイクサが盾としてその身を捧げる。

 先にゼクトルーパー達が避難誘導していたお陰もあって、戦闘区域に残された人々をすぐにその場を離脱させることに成功した。

 

 最後の一人が安全な場所に駆けていくのを見届けてから振り返ったマッハは、闘争心を激しく燃やして衝突しているスピードと魔進チェイサーに向かって行く。

 その接近に気づいた両者は即座に遠距離攻撃によるマッハの迎撃を目論むが、軽やかなステップでそれらは回避される。

 そして接近する勢いを活かした膝蹴りをスピードのボディに叩き込み、マッハに向けて放たれた魔進チェイサーの蹴りをゼンリンシューターで受け止め、その足裏をなぞって振り上げることで回転したゼンリンストライカーが魔進チェイサーとスピードのそれぞれを切り裂いた。

 それも一度限りではなく、軸足を地に縫い付けたマッハが身体ごと回転することでその攻撃は何度も繰り返されるのだ。

 

「邪魔するんじゃねえよカスがァァッ!!」

 

 横槍を入れられた怒りの叫びを轟かせるスピードは自慢の超加速によって邪魔者の排除に駆け出そうとするが、その背中に突き刺さった無数の弾丸が行動を阻害した。

 

「あなたこそ、邪魔しないでください! その代わり僕が相手をする!」

 

「ほざけ! てめえみてえなノロマ、一瞬で片付けてやるよ!」

 

 DDイクサの誘いに乗ったスピードはすぐさま突っ込んで行き、これでマッハは魔進チェイサーの相手に専念できるようになる。

 破壊衝動に呑まれたチェイサーからすれば相手に拘りはなく、目の前にいる存在を倒す以外の思考は持ち合わせていない。

 

「これまであんたのことは強えロイミュードとしか思ってなかったよ。元仮面ライダーだって知っても同じだった。そもそも仮面ライダーなんて名前もロイミュードを倒す戦士以外の意味は無い、なんてさ」

 

「ウオオオッ!」

 

 マッハは目前に迫ったファングスパイディーをゼンリンシューターで打ち上げ、がら空きになった敵の腹部に鋭い前蹴りを打ち込む。

 蹴られた箇所を押さえて前屈みになった魔進チェイサーの頭部に踵落としを浴びせるが、すんでのところで鋼鉄の爪がその足先を阻んでしまった。

 身体をばねのようにして立ち上がった魔進チェイサーのファングスパイディーとゼンリンシューターの強烈な一撃がほぼ同時に激突し、吹き飛んだ両者の間に微かな距離が生まれる。

 

「けど今は違う。俺はもう一度やり直す! 姉ちゃんが信じる仮面ライダーの本当の意味がわかったからこそ、あんたが元仮面ライダーであるからこそ、あんたがこれ以上の罪を重ねる前に俺がぶっ倒す!」

 

「グゥゥ……ヌアアアアアア!!」

 

 進ノ介や大地との問答を経てついに至ったその答えを高らかに宣言し、知性の欠片も感じさせない魔進チェイサーの咆哮に少しも臆することなくマッハは駆け出した。

 そしてその手に握るシグナルデッドヒートを装填したマッハのボディに赤熱の稲妻が駆け巡る。

 

 シグナルバイク! ライダー! デッドヒート! 

 

 不安を打ち消した今のデッドヒートマッハから放出される熱はこれまでの比ではない。

 それは見つけ出した正義への自信がデッドヒートの燃料となっているかのようで、ただの蒸気ですらも魔進チェイサーを怯ませた。

 

 そうして顔を背けた一瞬の後に────魔進チェイサーとマッハの距離は無くなっていた。

 

「オラオラオラオラオラオラァッ!!」

 

 爆発的な加速と攻撃力から放たれる拳のラッシュ。その攻撃自体はこれまでと同じだが、速度と威力の両方が過去のそれを遥かに凌駕していた。

 装着者の精神状態に大きく左右されるコア・ドライビアの出力が自信をつけた剛という要素のおかげで大幅に上昇していることが最たる理由であるが、むしろ不安定だった今までの剛がマッハの本当の性能を引き出せていなかったとも言えるのかもしれない。

 

 だが、詳しい理由を突き詰めていく必要はない。一発一発を繰り出す度にその拳の速度と威力はさらに上昇し、それを繰り返すだけで魔進チェイサーの装甲を粉々のスクラップにしてしまう勢いである──────それさえわかっていればいいのだ。

 

「ヌゥゥ……! ハアァッ!」

 

「うおっ!? こ、これは……重加速!?」

 

 魔進チェイサーに一際強い一撃を叩き込もうとした直前に、紫の波動がその進行速度をマッハの意思とは関係無しに鈍くさせてしまう。

 まるで重加速のようだ、と思い至った頃には全身が波動に覆われており、マッハの動きは先程の速度が嘘みたいに遅くなっていた。

 

 メディックの改造は魔進チェイサーに新たな能力を付与させており、通常の重加速を上回りライダーをも制限させるこの超重加速もその一つだった。

 

「超重加速……まさかお前などに使わされるとはな。だがこれで終わりだ」

 

 TUNE! CHASER! SPIDER! BAT! COBRA! 

 

「トリプルチューン!!」

 

 魔進チェイサーの全ての武装を一つに合体させた武器、デッドリベレーションに膨大なエネルギーがチャージされていく。

 強化改造を遂げて、ただでさえパワーアップしている魔進チェイサーの最強武装を喰らえばマッハにも命の保証はない。ましてや超重加速で停滞した身体では避けるのも不可能だ。

 

 芽生えたのは身動きの取れない状態で敵に狙われるのをゆっくりと待つ恐怖、だがそれ以上に実感するのはその感情を数え切れないほどの人々に自分も与えてきたという憤り。

 直接的な危害を加えなければいいのだと自分にしてきた言い訳がどんなに愚かで無知であったのか、この恐怖を享受せずに暮らせることがどれだけ尊いことなのか、後悔の念は噴水のごとく湧き上がり、しかしそれすらも剛を燃え上がらせる燃料と化した。

 

「そうだよな……こりゃあ怖えよ。進兄さんが怒るのも当然だ。でもだからこそ、俺はもう止まれねえんだよ!!」

 

 バースト! キュウニデッドヒート! 

 

 ブーストイグナイターを力の限り叩き、デッドヒートマッハは一時的なバースト状態に突入する。

 だがベルトを叩く腕はそこで止まることはなく、デッドヒートの出力は限界以上の値に到達したことで赤熱した装甲も大量の蒸気を噴き出すばかりか融解寸前にまで熱せられていた。

 DH-コウリンのメーターも装着者の体力を著しく奪う危険な領域を突破して振り切った時、ついに変化は訪れた。

 

 剛の心に宿す炎をそのまま刻んだようなファイアパターンがデッドヒートの装甲に浮かび、半ば暴走しかかっていた熱も極限状態で安定に至る。今のマッハは強制変身解除の制限を超えて最大のバーストを制御することに成功したのだ。

 

「パワー……全開だぁぁぁぁっっ!!」

 

「馬鹿なっ!?」

 

 ライダーさえも縛る超重加速を弾き飛ばす勢いで駆け抜けるマッハの姿を魔進チェイサーには捉え切れず、デッドリベレーションの一撃もあらぬ方向へと消えた。

 

 超重加速がデッドヒートをも止めるのならば、それ以上の出力で走ればいい。失敗すれば命を落としかねない賭けではあったが、成功させる自信はあった。ここで成功させずして、どうして仮面ライダーを名乗ることができようか。

 

「行くぜ、スパイク!」

 

 シフトカー! シグナルコウカン! ササール! 

 

 ゼンリン! 

 

 回転するゼンリンストライカーが蓄えたエネルギーにファンキースパイクのニードルが加わり、刺々しい見た目通りの威力を発揮する光輪が生成される。

 その光輪を保持した状態で殴りつければ、魔進チェイサー自慢のデッドリベレーションは白銀の装甲に歪な傷を与えてられ、本人にも少なからずダメージとなる。限界突破したデッドヒートのスペックでのゴリ押しに近い乱打を完全に捌ききれるはずもなく、まともな抵抗もできぬままついに魔進チェイサーは地に膝を着く。

 

「なんなんだ……このパワーは!? これが、仮面ライダー……!」

 

「かつてお前が誇っていた正義の力だよ。仮面ライダーの名も、力も俺が確かに受け継いでやる。だから安心して眠れよ、チェイス」

 

 ヒッサツ! バースト! フルスロットル! デッドヒート! 

 

「クッ……トリプルチューン!」

 

「でやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあーっっ!!」

 

 激突するヒートキックマッハーとデッドリベレーションの最大の一撃。死力を尽くした必殺技の光はどちらも相手を食らわんとせめぎ合い、行き場を失った余剰エネルギーが彼等の周囲に小規模の爆発すら起こした。

 

 だがそんな均衡もほんの一瞬の出来事に過ぎない。

 

 ファンキースパイクを用いた乱打ですでに損傷していたデッドリベレーションではヒートキックマッハーを押し返せるだけの出力に耐え切れず、マッハを撃ち抜くよりも早く自壊を起こす。

 そうなればエネルギーは弱まり、灼熱の蹴りが魔進チェイサーに到達するのは当然の道理である。

 それでも崩壊したデッドリベレーションの残骸で最後に抵抗を試みたのは彼に微かに残っていた追跡者の誇りがそうさせたのか、単なる破壊衝動に身を任せた結果だったのか……定かではない。

 

 はっきりしているのは、魔進チェイサーから生じた爆炎の中に立っているのは仮面ライダーマッハただ一人ということだけだった。

 

 

「……おつかれ。チェイス」

 

 

 ポツリと呟いたそれは数奇な生涯を歩んだ戦士に送る、剛なりの手向け言葉。

 ついさっきまで存在していたその場所を一瞥して、ほんの少し──本人にしかわからないほど小さく頭を下げて、マッハは次の戦場に足を進めて行った。

 




次回でマッハ編終了です……長えよ。

デッドヒートマッハのアレは中盤からやってたタイヤバーストさせてるパワーアップですね。見た目は変わりますが、まあ概ね同じです。

魔進チェイサーvsマッハの展開は一番最初に決めてたことでした。魔進チェイサーの時代だとあの2人全然絡みないんですよねえ、進兄さん主役だから当たり前なんですが。

次回、スピードロイミュードとの決着です。速いアイツをどう攻略するかな


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次の世界はどこか


マッハの世界、完結です。次の世界はどこかな?


 

 デッドヒートマッハと魔進チェイサーが対決をしている横で四人の異形が各々の武器を振るっては互いに傷つけ合っていた。

 その実3対1でかつ重加速に制限されているというハンデを負いながらもDDイクサの劣勢はそこまで深刻なものでもなかった。

 

「ハァッ!」

 

 顔面で金色に輝くクロスシールドが開かれて、バーストモードを解放したDDイクサの周囲に高熱を伴う風圧が広がり、重加速の空間における小規模のバリアとなる。

 本来なら一瞬敵を吹き飛ばす程度の効果しか期待出来ないものだが、重加速が適用されればそれは敵から身を守る手段として残り続けるのだ。

 

「おい、一旦止めろ!」

 

 スピードが出した指示は重加速の解除。

 DDイクサを囲っていた風圧のバリアは通常の時間の流れを取り戻した途端、大気中に飛散して無防備な状態で敵の目前に投げ出される形となった。

 その一瞬を見逃さないスピードによる音速のホイールがDDイクサに正面から叩き付けられ、白い装甲の大きな凹みに押し出されるように血が混じった唾を吐く。

 

「ああ…! この感触やっぱたまんねえわ! 重加速で一方的に痛ぶるのも悪かねえけどよ、そういう苦しんでるところをリアルタイムの一瞬で味わうって方が趣があっていいよな!」

 

「そんな悪趣味も、今日で終わりですよ…! 僕達があんた達を倒す!」

 

「トロいお前らが? ハハハハ! 面白いジョークだね、だったら追い付いてみろよ!」

 

 恐らくスピードにはDDイクサの言っていることなんて強がりにしか聞こえていないだろうし、実際奴が言うように追い付くなんて芸当はクロックアップぐらいしかない。

 ザビーのカードをすでに使ってしまったからには残されたドレイクとサソードで対応する他ないのだが、連日の戦闘で蓄積された疲労も回復しきらない内にクロックアップを一度使用した大地の体力の消耗は軽視できない。

 

(クロックアップは確実にトドメを刺す時まで使えない…なら!)

 

 あらゆる方向から叩き付けられる衝撃を堪えつつ、DDイクサはドライバーが示したカードを無理矢理選び取る。

 

  KAMENRIDE ZOLDA

 

 オーバーラップする虚像がダークディケイドを緑の騎士、DDゾルダの姿を形作る。

 だが彼の慢心がそうさせるのか、スピードは新たな変身を遂げたダークディケイド相手にも警戒を抱かずに攻撃は続けられ、それを受けたDDゾルダは火花を散らしながら転がっていく。

 スピードの下品な笑い声が耳を過ぎったかと思えば、次の瞬間には鈍い痛みを味わう連鎖が三度ほど繰り返されてもスピードには反撃の一つも与えられていない。

 

 見るからに鈍重なDDゾルダはスピードに動きに全く捕捉できておらず、ロイミュード達によってできた瓦礫の山をキョロキョロと見渡す様は自分の死に場所を探しているようでもあり、あまりに滑稽だとスピードは鼻を鳴らす。

 

「やっぱりさっきのはハッタリかあ…どうやらその手品もネタ切れらしいね」

 

「…あった」

 

 スピードには目もくれずに瓦礫の山に走って行くDDゾルダ。

 無視されたスピードは苛立ちを込めて無言で光輪を飛ばし、DDゾルダがいた場所を瓦礫ごと切り裂いた。

 光輪が描いた軌跡は一瞬の静寂の後に爆発を起こし、邪魔者の最後を彩る花火としてロイミュード達に暫しの愉悦を齎した。

 あれだけの攻撃を受ければ少なくとも戦闘続行不可能な程度には傷付いているに違いない。

 

「おい、あいつの身体持ってこいよ」

 

「チッ、わかったよ」

 

「ヒヒヒ…さぁて、俺達が楽しむ余裕はまだあるかなぁ?」

 

 スピードが蹂躙する光景を黙って見ていただけの下級ロイミュード二人は顎で使われることへの不満を覚えながらも、散々自分達を邪魔してくれたダークディケイドをこれから痛めつけられる快楽の方が勝っていた。

 聞こえるようにわざと大きな音をたててDDゾルダが倒れているであろう場所の瓦礫を押し退けるが、そこでロイミュードは首を傾げた。

 

「あぁん? どこにもいねえぞ」

 

「木っ端微塵になっちまったかなぁ?」

 

 そこにあるのは瓦礫の破片や、()()()()()()()ぐらいでDDゾルダは影も形もない。

 特に何の気もなく、おもむろにその窓ガラスを覗き込んだ066は自身を反射しているそれの中心が徐々に歪んでいく奇妙な光景を目にする。

 刹那、066の全身を包む爆炎と身を焦がす熱によって彼が上げた疑問の声も掻き消された。

 

「ギャアア!?」

 

 066を焼いた爆発の出所は窓ガラスの破片から射出された砲弾。それは比喩でも何でもなく、本当に窓ガラスから砲弾が飛んで来たのだ。

 一体何事だ、と066に近寄る他の二体にも次々と砲弾が飛来し、055も爆炎に呑まれた。

 間一髪のところでスピードが放った重加速で砲弾は鈍足の爆弾となるが、それでも窓ガラスから飛び出す砲弾は止まるところを知らない。

 その周囲はさながら地雷原の様相を呈していた。

 

「速さじゃ追い付けないけど、そっちも僕の居場所には来れないよね!」

 

 スピードには届かないDDゾルダの声は誰もいないミラーワールドで虚しく木霊した。

 ゾルダの大砲、ギガランチャーの照準を現実世界にいるロイミュード達に合わせ、発射する。

 半分賭けに近かったが、どうやら重加速はミラーワールドにまでは効果を成さないようだ。鏡の世界に侵入できるゾルダの力でミラーワールドからの一方的な砲撃を浴びせるという一見卑劣極まりない戦法ではあるものの、最初から多彩な能力を持たされて様々な敵と戦ってきた大地には正々堂々なんて概念は持ち合わせていなかった。

 そもそもあんなスピードのような下衆が相手なら元より手段を選ぶつもりもないのだが。

 

 ロイミュード達の周囲は重加速で弾速が遅くなった砲弾で溢れ返り、既に身体を焼かれた066は恐怖に慄いて後退る。

 下手に食らえば一撃でボディを破壊されてもおかしくない砲撃をいきなり浴びせられてしまえば戦意を失うのも無理はない。

 そうして鏡に注意を払いながら逃げ惑う066はその背後にある噴水、踊り流れる水から伸びる砲身に気付くことができなかった。

 

「これなら、重加速は関係ない!」

 

「ヒギャァアァッ!?」

 

 重加速の影響を受ける前に、零距離から放たれた砲弾は見事に066を撃ち抜き、そのコアを完全に破壊して焼き尽くした。

 ミラーワールドのライダーがその出入り口として利用できるのは窓ガラスなどの鏡に限らず、水面を初めとした反射物であれば可能であるのだ。

 

「み、水から…!? ハッ!?」

 

  カクサーン!

 

 突如として破壊された仲間に気を取られていた055の頭上から降り注いだ拡散弾が周囲の砲弾ごと撃ち抜いていく。

 そうなれば地雷原と化していた場所が辿る末路はただ一つ。次々と誘爆が連鎖し、巻き起こった激しい大爆発によって押し潰された055はそのコアごと消滅した。

 いち早く爆発から逃れていたスピードは拡散弾の射主を即座に見抜き、迫っていたマッハのハイキックは右腕で弾かれる。

 

 瞬く間に仲間二人を撃破されたにも関わらず、一切焦ることすらしないスピードは大したものだが、それについてはマッハも同様だ。

 制限の関係で既にデッドヒートから通常形態にパワーダウンしてしまっているが、地面に着地したマッハはどこか自信満々という風にもDDゾルダの目には映る。

 

「あらら、死神倒しちゃったの? 困るよなぁ、あいつは俺がギタギタにするつもりだったのによお」

 

「だったらあの世で好きなだけ小競り合いしてな! つっても、お前はチェイスよりも深い地獄行きだろうがな!」

 

「言ってくれるねえ。いつまでその減らず口が叩けるかな?」

 

 何度目になるかもわからない超加速でスピードの姿が消えたかと思えば、マッハの腹部に音速の拳が潜り込む。

 スーツ越しに肉を捻る感触がスピードには快楽を、マッハには苦痛を齎し、そこまでの過程は昨日と同じだ。

 

 異なるのはスピードの拳がマッハにしっかりとホールドされているという点。

 

 自慢の速さを活かした一撃がこんなにもあっさりと見切られ、受け止められたなど認められずーーーそれがスピードの判断を遅らせる原因となる。

 

「は?」

 

「ワンパターンなんだよ、お前。俺をコピーしたならもうちょい頭使えよなッとお!」

 

 お返しと言わんばかりにゼンリンシューターを腹部に叩き込まれてはスピードも地を転がるしかない。

 だが彼の心中には与えられたダメージからくる苦痛よりも、自慢の速さを見切られた屈辱が占める割合の方が遥かに大きかった。

 

「おいおい……おいおいおい! たった一回ガードできたくらいで調子に乗ってんじゃねえよ!! それに何だ? 頭を使え? 一人で勝手に憎んで突っ走るお前をコピーしたんだぜ? 短絡的なのは元が悪いからだよ!」

 

 正面が駄目なら背後から、と回り込んだスピードはその首を叩き折る勢いで右腕を振るうが、叩くどころか空を切っただけに終わった。

 

  ズーットマッハ!

 

「へっ、もうそんな俺はとっくの昔に置いてきたさ。今ここにいるのはーーー!」

 

 背後から聞こえた声に振り向いたスピードの顔面をマッハの足先が蹴り抜く。

 

「追跡!」

 

 もう犠牲者を出さないために市民を脅かす悪を速やかに追い詰める。

 その宣言と同時に、宙に浮いたその白いボディへと渾身のアッパーが続けさまに叩き込まれた。

 

「撲滅!」

 

 もう誰も不安にさせないために人間を傷付ける悪を速攻で殲滅する。

 その決意が込められた裏拳でヘルメットのような頭部を横殴りに揺らす。

 

「いずれも……マッハ! 仮面ライダー、マッハァ!!」

 

 最後に、左手に合わせた拳は愚かだった己への自戒として。

 

 焦りとストレスから見失いかけていた目的を改めて確認した上で、詩島剛が本来持ち合わせていた自信を取り戻し、今ここに真の意味で仮面ライダーマッハとしての戦いが始まったことを宣言したのだ。

 

「それは何の冗談ーーガハッ!?」

 

 高らかに名乗りを上げたマッハに殴りかかろうとしたスピードへ殺到する実弾の嵐とそれに伴ってボディから噴き上がる火花。

 スピードの口から漏れる情けない悲鳴にはもはや先までの余裕はどこにもない。

 窓ガラスから現れたDDゾルダは重加速をものともしない様子でマグナバイザーでの発砲を続けながらマッハの隣にまで歩み寄り、語りかけた。

 

「詩島さん、あの、チェイサーは……?」

 

「倒したよ。あいつがただの殺戮者に堕ちる前に、元仮面ライダーである内に、な」

 

「……そうですか。残念ですけど、今の詩島さんがそう判断したなら僕もこれで良かったと信じます」

 

 記憶を垣間見た仮面ライダーと瓜二つだったチェイスが結局死んでしまったことに対して思うところがないと言えば嘘になるが、隣に並ぶ剛は昨日までのどこか不安定にも見えた男などではない。

 自信と余裕を取り戻した今の剛なら名護達と同じ信じるべき仮面ライダーとしての判断を下したと言えるだろう。

 

 その証拠こそDDゾルダの手に収まっている、記録の色を刻み込んだ「カメンライド マッハ」のカードである。

 

 こうしてマッハのカードを手に入れた今、重加速に対抗できるようにはなったが、それでもスピードが誇る脅威の超加速は健在だ。

 烈火の如く怒り、激昂の叫びを轟かせるスピードの威圧も相当なもので照準が合わせてあるマグナバイザーの引き金を引くのに一瞬躊躇ってしまった。

 

「ざけんじゃねえええーッ!! どいつもこいつも俺を馬鹿にしやがって! もう手加減はしねえ、てめえらの命なんざ速攻で終わらせてやるよ!!」

 

 その一瞬が命取り。視界から消え、風が過ぎ去った感触を味わう。

 背後に気配を感じ取り、慌ててマグナバイザーを向けようとしたその手からポロッと落ちてから硬い音を立てる。

 手を滑らせたかと思って拾おうとするが、その意思とは関係無しに膝から崩れ落ちたDDゾルダは地に伏す羽目になる。

 そこで漸く自身の腕、背中、脚ーーー全身を隈なく打たれた激痛を自覚した。

 

「「ぐああああッ!?」」

 

 隣にいるマッハもまたDDゾルダと同じく全身を打たれたようで、片膝を着いてしまっている。

 この攻撃はスピードの超加速で為されたのは間違いないだろうが、いくらなんでも速すぎる。以前とは段違いであるとしか言いようがない。

 

「ははぁぁ〜…! どうだよ、誰も俺に追いつけねえ。もう誰も俺を見下させねえ!」

 

「チッ、俺の声でそんな下らねえ理由タラタラ言ってんじゃねえよ」

 

「ほざけノロマがぁ!」

 

 例えどんなに下らない劣等感であろうと、スピードを進化させる憎しみの大元たる感情が増せば増すほど彼は強くなる。

 剛が自信を取り戻してマッハが強くなったように、スピードも模倣したその感情で速さを増すのだ。

 こうしてさらなる高みへと進化したスピードを追い付くのは、悔しいが生半可な能力では難しい。

 

「ーーーん?」

 

 スピードが再び駆け出して一方的な蹂躙が始まろうとした時だった。

 後ろめたいことのある者には警戒を、善良な市民には安心を齎すサイレンの音が少しずつその場に近付いて来たのは。

 この音の正体はまさしく…。

 

「「進兄(泊)さん!?」」

 

「剛! これを受け取れ!」

 

 そう、パトカーを猛スピードで走らせて来た進ノ介だ。

 車を急停止させてマッハに何かを投げ渡しただけでなく、ドアを盾にして拳銃を構えながら説明する。

 

「それはりんなさんからだ。プロトドライブのデータから作ったとかなんとか…とにかく使ってみろ!」

 

 渡されたのは見たこともない赤いシフトカー。どうやらかなりの急造品らしくAIすらまだ搭載されていないようだが、使えるなら文句はない。

 

「OK、それじゃあ遠慮なく初乗りさせてもらうよ」

 

  シフトカー! シグナルコウカン! ハヤーイ!

 

 そのシフトカー、シフトスピードをマッハドライバー炎に装填した途端にマッハの新たなる能力が引き出される。

 いや、新たなるという表現は正しくない。これは最も多い頻度で使われて慣れ親しんだ能力の強化発展型とも言うべき力。

 マッハが纏う赤いオーラ、その奥で青い複眼の発光とブーストイグナイターの連打が音速を超える世界の始まりを告げた。

 

  トテモハヤーイ!

 

「さぁ、トップスピードで行くぜぇぇ!!」

 

 

 *

 

 

 赤い影と白い影、マッハとスピードがこれまでの比ではない速度で激突する。

 あの赤いシフトカーはマッハの高速移動能力をさらに強化させる代物であったらしく、あのスピードとも互角に戦えているようだ。

 だが、DDゾルダではとてもじゃないが目で追うことすら出来ないこの状況でできることはかなり限られてしまっている。

 つまり今こそ温存していたカードを使う時だと、DDゾルダは迷わずそのカードをバックルに差し込んだ。

 

  KAMENRIDE SASWORD

 

 カメンライド先に指定したのは蠍を模した外見のどこか毒々しい印象を与える鎧の仮面ライダーサソード。

 身軽なライダーフォームに備えられた能力、クロックアップの有効性は先に実証済みではあるが、大きく体力を消費する等のデメリットもある。一応仮面ライダードレイクのカードもまだ残ってはいるが、クロックアップを使えるのはこれで最後と考えた方が良いだろう。

 

 もしもあの音速の激突で敗北したらその時は…。

 

「…よし、一か八かだ。クロックアップ!」

 

  ATTACKRIDE CLOCK UP

 

 不安を募らせるビジョンを気合の叫びで打ち消して、DDサソードはタキオン粒子が導く超高速の世界に突入する。

 重加速にも似た奇妙な空間でまともに動いているのはマッハとスピードのみ。

 だが、異なる時間流にその身を置くクロックアップの前ではマッハやスピードの脅威的な加速もそれほどの速度には至らない。

 

 DDサソードがその時間流にシフトした丁度その時ーーーマッハによる拳のラッシュがスピードを突き飛ばしている瞬間であった。

 

「詩島さん!」

 

 歓喜の声を上げて駆け寄ろうとして、マッハから一切の反応が返ってこないことに気付く。

 例えほぼ同速になっていようと時間流が異なればその声は届かない。理屈はともかく、何となく自身の声がマッハには聞こえておらず、マッハの声も自身の耳には届かないことをDDサソードは悟る。

 

 いかに優勢でも、お互いに意思疎通が取らなければ連携は困難だ。

 下手に攻め込んでいけばマッハの邪魔をしてしまうかもしれない、と二の足を踏んでいると、マッハの視線がこちらに向いていることに気付いた。

 視線と微かな頷き、そこから感じ取った確かな信頼に覚悟は固まった。

 

「ーーーーーーーッ!!」

 

  ヒッサツ! フルスロットル! ハヤーイ!

 

  FINALATTACKRIDE SA SA SA SASWORD

 

 聞こえない叫びを上げるスピード、必殺の準備動作を終えるDDサソードとマッハ。感覚を狂わせる空間でいよいよ最後の激突が始まった。

 

 怒りと憎しみに染まった感情を剥き出しにして正面から突っ込んでくるスピードの速度といえばクロックアップにも迫るかと思われたが、突如として横から割り込んできた物体がその白い体躯を跳ね飛ばす。

 

 魔進チェイサーが遺したライドチェイサーとライドマッハーが合体し、敵として猛威を振るった四輪車両のライドクロッサー。

 それが今度はマッハの指令に従って合体を果たしたのだ。

 さらに指令を受けたライドクロッサーが吹っ飛んだスピードの背後に猛スピードで回り込むと同時に、足先に赤色のエネルギーが吹き荒れるマッハのキックが猛然と放たれた。

 

 大型ロイミュードのパワーにも負けない馬力による体当たりを直に喰らってグロッキー状態のスピードを、そのキックが貫いたかと思えば、マッハを追うように駆け出していたDDサソードの毒液を纏う斬撃、ライダースラッシュも白い脇腹を切り裂く。

 

 敵を貫いたキックを放った体勢のまま、マッハの足先はその先にいたライドクロッサーに触れて、車体を足場として思い切り蹴った反動で反転。またしてもキックを繰り出した。

 そうしてキックがスピードを通過すれば、またサソードヤイバーの斬撃もその軌跡を辿る。

 超高速で放たれるその連携攻撃は常人からすれば紫と白の線が入り乱れる幻想的な光景になっていたことだろう。

 

「グガガガガガガガガガガガガッ!!!!?」

 

 蹴り抜かれ、切り裂かれ、溶かされ、破壊されて。

 憐憫の情すら湧いてきそうな状態で同じ一点に固定されて蹂躙され続けるスピードの無惨な悲鳴は誰にも聞こえずに消えていく。

 自慢の速さどころか光輪だって使えやしないーー相手が速過ぎるために。

 

「でぃやああああああああーッ!!」

 

「ツアアアアアアアアアアーッ!!」

 

 決して重なることない両者の叫びが一つになる幻聴を響かせて、ライダー達の最後の一撃がスピードを通過した。

 シフトスピード、ライドクロッサーによる連携必殺技、ドロップマッハーとライダースラッシュの全てを叩き込まれたボディは途中からすでに崩壊を始めており、最後の一撃が効果を為す頃には半分以上が溶解しきっていた。

 

「ユル……さ、ネエ……オレを、ミクだすヤつは……!」

 

「確かにあなたは速かった……でも憎しみだけなら、そこが限界なんでしょうね」

 

 ドロップマッハー発動後に着地した地面と足の摩擦から出る煙を払うマッハの背中に手を伸ばしてくるスピードに憐れみの感情をほんの少しだけDDサソードは声に出した。

 しかし、もはや聞こえてくるのは機械の部品が溢れ落ちる硬質音だけで、怨念を込めた恨み節すら返ってこない。

 代わりに返ってきたのはスピードの型番を示すコアが地面に落ちる音と、一瞬遅れて響いた爆発音だけだった。

 

 

 *

 

 

 瓦礫の撤去に残り火の鎮火作業、さらには現場検証で様々な制服が忙しく働いている光景を横目に少し離れた場所で大地は地べたに、剛はライドマッハーに座って一息つく。

 進ノ介の忠告に従ってそそくさと去ったのは正解だったらしい。

 

 互いに無言で、しかしなんとなく以前のような険悪さはどこにもない不思議な雰囲気で最初に口を開いたのは剛の方だった。

 後頭部をぽりぽりと掻いている様はなんだか相対しているこちらまで気恥ずかしさを覚えてしまう。

 

「なんつーか…礼を言わせてくれ。一緒に戦えて良かったよ」

 

「そんな、こっちこそ何度も助けられましたし……でも少しは僕も胸を張れる気がします。なんたって、仮面ライダーである詩島さんにお礼を言われたんですから」

 

「なーに言ってんだよ、お前だって立派な仮面ライダーだろ! このこの!」

 

「ちょ、くすぐったいですよ! ハハハ!」

 

 髪の毛をぐしゃぐしゃにしてくる剛の笑顔に釣られて大地も思わず笑顔を浮かべたのだが、ふと思い出したかのように剛はライドマッハーから何かを取り出した。

 一体なんだろうと覗き込めば、激しいフラッシュが視界を白く濁らせた。

 

「おい! 目ぇ瞑っちゃ駄目だろ! 久々に良い画撮れるかと思ったのに」

 

「え? え?」

 

「ほら笑えってーーー大地!」

 

 剛にとってそれは何気ない一言に過ぎなかった。

 成り行きじゃない、確かな信頼を寄せた相手の名前を呼ぶなんて当たり前の行為。

 先の戦闘中で呼ばれた時は気を張り詰めていたために気にも留めなかったが、こうして面と向かって言われて初めて気付く。

 

(認めてもらいたい相手に名前を呼んでもらえるって……こんなに嬉しいんだ)

 

 りんな、進ノ介、瑠美、皆が大地の名を呼んでくれている。

 

『でも確かに同じくらいの歳で一緒に暮らす仲間にいつまでも苗字にさん付けは他人行儀な気がするよなあ。大地も呼び方変えてみたら?』

 

 なんとなく気後れして、誰でもずっと苗字呼びしてきた。その意味を考えた事もなかった。

 だけど親しくなろうと思うなら、それはとても大切な事だったのだ。

 

 その結論に至ってようやく、大地の顔は綻んだ。

 

「お、笑った」

 

 パシャリ。乾いたシャッター音が響いた。

 

 

 *

 

 

「ただいま」

 

 2日ぶりの写真館帰宅が随分久しぶりに感じる。

 公園で寝泊まりしてからというもの、硬いベンチで寝た背中が痛いわ風が冷たいわで部屋のベッドが恋しくて仕方がなかった。

 写真館の暖かな空気を胸いっぱいに吸い込んでから野太い声とか、高い声とか聞こえるリビングへ顔を出す。

 

「あ! 大地くんやっと帰ってきましたね! もう、ここで缶詰めにするなんて酷いじゃないですか」

 

「す、すいません。その………()()()()が危ない目に遭ったらいけないと思っちゃって」

 

「「「え?」」」

 

 ただ名前を呼ぶ行為がこんなにも勇気がいることには内心驚いた。

 だからなるべく自然体を心掛けて、サラッと呼んでみたつもりでも瑠美達は聞き逃しはしなかった。

 大地が苗字のある相手を名前で呼んだことがそれだけ衝撃的な出来事だということだ。

 

「大地、どういう心境の変化だ?」

 

「いや〜、ついに大地が色気付いたかぁ。良かった良かった」

 

「そ、そんなんじゃないですよ。ガイドもレイキバットさんも大袈裟なんだから……前に言われたみたいに名前を呼んだだけじゃないですか」

 

 別に邪な感情は断じてない……はずだ。

 というか割と勇気を出して言ったのだからそんなに茶化さないで欲しい、なんて言い出した暁にはもっと食い付いてきそうだから(主にガイドが)やめておく。

 

「ふふ…でも前は何でもいいなんて言っちゃいましたけど、やっぱり名前で呼び合える仲って良いものですね。それだからってわけじゃないんですけど……大地くん、これからもよろしくお願いします」

 

 瑠美はぺこりとお辞儀をした後、リビングに置いてあったらしい紙袋を持ってきた。

 それ自体は見た事もないブランド名が刻まれて、それ相応の質を予想させる綺麗な紙袋に入った白い細腕が掴んだ何かを大地に差し出してくる。

 透明なビニールで丁重に包装されていたそれは、少し大きめの青いウエストポーチ。

 

 さほどお洒落に気を回さない大地からしても、そのシックな色使いは好感触であったが、ふとポーチの端の黒い刺繍に目が付いた。

 少々輪郭が歪んではいるもののーーーそれは紛れもなくダークディケイドの紋章を模しているのだとすぐにわかった。

 瑠美の左手の人差し指に巻かれた絆創膏も見て、不意に目頭が熱くなる。

 

「この前買ってきたんです。ベルトを入れるのに便利かなって思ったんですけど、そんなので大丈夫でしたか?」

 

「そんなのどころか……これすっごく嬉しいです! 便利だし、それに……僕、誰かからこうして贈り物を貰うなんて初めてだから」

 

 利便性の高さも去ることながら、今までの旅路が闘いに明け暮れる日々であったからこそ余計に瑠美の心遣いをありがたく思ってしまう。

 こんな状況で涙を出すのは恥ずかしいので頑張って引っ込めて、感謝の意を笑顔にして伝えた。

 

「そうですか! 気に入ってくれたなら良かったです。それと、レイキバさんとガイドさんにも買ってきてありますよ」

 

「俺にも、か?」

 

「これから一緒に暮らす相手への、ほんの気持ちですから」

 

 そう言ってガイドには黒いエプロンを、レイキバットには小さいスノードームを贈った。

 小さく振ったスノードームの中でミニチュアサイズの村に雪が降り始め、その不思議な置物の仕掛けに初めて見るレイキバットも大地も興味深々といった様子で眺める。

 心なしかレイキバットの羽ばたきがいつもより忙しく、もしかすると興奮でもしているのかもしれない。

 

「うんうん、瑠美ちゃんは良いセンスしてるし、ほんとに良い娘だよ。てか大地、君が最初に貰った贈り物は俺からのダークディケイドライバーだろ!? 忘れるなんて酷いねえ」

 

 瑠美からの贈り物をあんな物騒極まりないベルトと一緒にしないでもらいたい。

 不満げな表情をわかりやすく前面に出すと、ツボにでも入ったか、腹を押さえて笑うガイド。

 やや大袈裟に笑って仰け反ったその背中が背後にあった背景ロールの鎖に当たり、新たなロールが不自然に降りてくる。

 

 もはやお馴染みとなりつつある、次なる世界を示すこのイベント。

 描かれていたのはーーー深緑の森の中に佇む黒い戦士の背中と、その手に握るトランペットだった。

 

 

 *

 

 

「なんだか笑顔が固いんだよなあ」

 

 不意打ち気味に撮った大地の笑顔はどことなくぎこちない。

 時間としては短か過ぎた交流でも、交わした想いは時間で測れるようなものでもない。

 それにこうして写真を持っていれば、今も違う空の下にいる彼と一緒に戦っているとも言えるのだ。

 

「さて、お呼びみたいだし行くか」

 

 事件を知らせるシグナルバイク達に急かされてその写真を財布に仕舞い、剛はライドマッハーに跨った。

 走り去って行くバイクの道の先は未だはっきりしないが、少なくとも一つわかっていることがある。

 

 詩島剛は、仮面ライダーマッハはこれからも走り続ける。

 

 

 *

 

 

「今回も失敗、か」

 

 どこかの時間、どこかの世界。

 ここに黒いコートに身を包んだ一人の男が立っていた。

 痩せ型、と言うには些かこけ過ぎた頰や身体つきでも、病的なまでの細さはあらゆる物を切り裂くナイフのようである。

 そして何よりも異質なのは彼の手の中にあるカードと、左腕にあるカードリーダーのような機械の存在だった。

 

 ダークディケイドのそれと同じ規格らしきデザインだが、描かれているのは仮面ライダーではない。

 より邪悪なる存在を刻んだそれには「カイジンライド ゴ・バダー・バ」と読み取れる。

 

「わざわざバイラルコアを使ったのにこの有様とは……今のユーザーは中々やるようだ」

 

 彼が取り出したカードの束、「カイジンライド ハンミョウ獣人」や「カイジンライド ジャガーマン」のカードも含まれているそこにバダーのカードを潜り込ませて仕舞う。

 

「まあいい、あの力をもう一度手にするチャンスはまだある。鬼の世界でも精々楽しませてもらおうか。ゲームはまだ、始まったばかりだ」

 

 どこからともなく出現したオーロラを通って、歪な笑みを浮かべたその男は消えていった。

 

 

 彼の名はドウマ。大地達が出会う時はすぐそこまで迫っていた。

 

 




怪人のカードを持つ男 ドウマ

様々な怪人を召喚する「カイジンライド」のカードを持っている。世界を渡る力を持ち、これまでの異質な怪人を召喚していたのも彼のようだが……?
その目的、正体は不明。


次の世界は…わかりますよね?
感想、質問、いつでもお待ちしております!


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威吹鬼編 暗躍ライダーズ
息吹く世界



色々とやばい




 

 二十五之巻 『息吹く世界』

 

 

 マッハの世界を後にした大地達が次に足を踏み入れた世界。

 毎度のことながら異世界であっても何か変わったところがあるわけでもなく、地道な情報収集から活動が始まる。

 大地は足で、瑠美はネットや新聞から仮面ライダーの情報を探すのだが、残念ながら結果は芳しくない。

 未だ仮面ライダーへの手掛かりの一つも得られないまま、この世界に来てから3日が経過していた。

 

 今日も大地は瑠美とレイキバットを連れて街を歩いているが、いつも通りの退屈なほどに平和な光景が広がるばかりで異形の影なんてどこにもいやしない。

 あてもなく歩き続けて、いい加減足が棒になりかけた頃には会話も自然と減ってくる。

 

「レイキバさん…何か見つかりましたかぁ?」

 

「……駄目だ。また飽きて寝てるよ」

 

 大地のポーチの隙間から微かに洩れているいびきを聞くとレイキバットの待遇が無性に羨ましくなる。

 この世界のそろそろ冬に差し掛かろうかという気候はレイキバットにとって快適な環境らしい。飽きれば寝るを繰り返して、完全にポーチの重りと化していた。

 大衆の目から隠れる必要があるのは重々承知の上だが、それにしてもこの羽は飾りかと言ってやりたくもなる。

 

 行く先も決めずにぶらぶら練り歩く一行はいつの間にか街の中心部から離れた場所にまで来てしまった。

 気づけば日も沈みかけ、今日もまた成果無しで徒労だけを残して終わるのか。

 そこでふと目に留まったのは老舗の雰囲気がある和菓子屋。妙にそそられるのは疲れ切った身体が癒しを求めた結果なのかもしれない。

 

「「……休みませんか?」」

 

 同時に言い出したからには肯定の返事を声に出す必要もない。

 無言で頷いた二人は半ば早足気味に「たちばな」と書かれた暖簾をくぐるのだった。

 

 

 *

 

 

 甘味処 たちばな。

 

 中の雰囲気はまあまあ落ち着いてて、暖かい空気だけでもほっと一息つけそうだ。

 混み具合はちょうど全体の半分くらいの席が埋まっているというところで、茶を飲むにはやや外れた時間だと考慮すると結構な人気店なのかもしれない。

 

「みたらしだんごを一つ、お願いします」

 

「僕はこのきびだんご紅ってやつを」

 

「あー、ごめんなさい! これちょうど昨日終わっちゃってて! 」

 

「えっと…じゃあ僕もみたらしだんごで」

 

 きびだんご紅はなんでも夏季限定らしかった。昨日の時点でも夏というより秋な気がするが、それはそれとして大地はちょっぴり残念な気分になった。

 気を取り直して運ばれて来たお茶で喉を潤すと、幾分か気も紛れた。

 

「んんー? なんだここは。喫茶店か何かか」

 

「レイキバットさんのは無いよ。働かざる者食うべからずってやつ……使い方これで合ってますか?」

 

「多分平気ですよ」

 

 記憶喪失だとこういう知識を口にするのも一々不安になって確認しまう。

 そんな心境を察してか、瑠美も苦笑いでポーチから顔を出したレイキバットの頭(というより身体?)を撫でている。

 

 まあこんなふうに一休みはできたが、全く進展のないのが現実だ。

 せめて何かしらの情報を掴んでいたならばこの茶も、これから運ばれてくる団子も心配事を抱えずに美味しく味わえたかと思うと勿体無い気持ちになってくる。

 

 そうして厳つい顔のコウモリと麗しの女子大生の奇妙な絡みを眺めながら茶を啜っていると、一瞬吹いた外の冷たい空気が肌を撫でた。

 入ってきた30代くらいの男性が両手を摩りながら大地達の隣の席に着いて、女性店員と親しげに会話を弾ませている。

 

「おーおー寒くなってきたね〜。ここであったまらないとおちおち外も出歩けないよ。もう歳かねえ」

 

「やだ〜、日高さんまだまだそんな歳じゃないでしょう。この前だって山登りしてきたのに」

 

「いや〜それがさあ、その時に変なもん見ちゃって。てっきり妖怪か何かかと驚いてすぐ降りちゃったんだよね。ちょっと勿体無いことしたかなあ」

 

「あー……日高さん。しばらく山登りは控えた方がいいかもしれませんね」

 

(妖怪?)

 

 耳に入ってきた気になるフレーズを脳内で反芻する大地。

 妖怪を見た、というのが本当ならその正体は怪人かもしれない。どちらにせよ確かめに行く価値はあるだろう。

 初対面の相手に変なことを聞くのは慣れっこであるため、大地は臆することなくその男性の肩を叩いた。

 

「ん? どうした青年……いや、少年? どっちかな?」

 

「えーと、多分青年ですかね……じゃなくて! その妖怪が出たっていう山がどこにあるか教えてもらえませんか?」

 

「別にいいけど…肝試しか何かなら辞めといた方がいいよ。なんか最近山での失踪事件とか増えてるみたいだしさ。山ってのはその自然そのものが怖い一面もあるもんだ」

 

「大丈夫です。それなりに鍛えてるので」

 

 その言われたマイペースな男性は感心したように大地を見つめて、「ならいっか!」と快く場所を教えてくれた。

 わざわざ妖怪を発見した場所を示した地図まで譲ってくれたおかげで正確な位置も大体把握はできた。

 すぐにでも向かいたいのは山々だが、もう時間も時間だし妖怪捜索はまた明日からにするしかない。

 

 どうやらこの世界も一筋縄ではいかなそうだ、と思考を纏めた大地は注文した団子を頬張って、その素朴な美味に目を丸くするのだった。

 

 

 *

 

 

 翌日、山を散策するための準備をしっかりと整えた大地達は早朝から目的地へ向けて出発した。

 ネックとなるのはその山までの道程がそれなりに遠いこと。

 マシンディケイダーは変身しなければ使えず、例の妖怪が怪人だった場合は戦闘に発展する可能性がある以上ダークディケイドの変身を移動手段だけには使いたくなかった。

 故に少々面倒ではあるが、電車を乗り継いでから徒歩で向かおうとしていたのだが…。

 

「こうして全員で出掛けるのは初めてじゃないか? なんか、家族みたいでいいもんだなあ」

 

「父親にしては放任主義が過ぎる気もします…」

 

 瑠美の言い分には大地もレイキバット同意見だった。

 今朝出発しようとしていたところへガイドがいつの間にか調達してきた車に乗って待機しており、今もこうして彼の運転で目的地に向かっている。

 大地達の動向を把握しているのは今に始まったものではないが、そんな得体の知れなさを隠そうともしないのには大地も呆れてしまいそうだった。

 

「だからこうして車出してやってるんじゃないか。君達も魔化魍を探すのに苦労してるみたいだしな」

 

「まか…もう?」

 

「それがこの世界の怪人ってことですか…。でもなんで毎回最初から教えてくれないんです? ガイドからの仕事だってその方が早く終わるのに」

 

「早く終わればいいってもんじゃない。それに何から何まで俺が教えたら君達の旅も面白くならないし」

 

 などと言うが、毎度ピンチに陥ってばかりの大地にはちっとも面白くない話だ。

 仮面ライダーと出会い、彼等の戦いを記録したり、誰かを助ける旅にやり甲斐こそあれどできることなら一刻も早く瑠美を元の世界に返してやりたいし、記憶だって取り戻したい。

 マッハを記録して残るブランク状態のカードはこの世界の分も入れて14枚。つまりはあと14の世界を巡らなければならないことになる。

 

(…やめよう。先の事考えると頭痛くなる)

 

 なるべく違うことを考えようと努めて窓の向こう側を眺めていると、車の往来も段々疎らになって景色も緑が占める割合が増えていった。

 快晴の空模様とは裏腹に近付いてくる目的地は微かに霧が出ていて、なんだかおどろおどろしくも見える。

 いよいよ気を引き締めねば、と大地は意気込むがーーー

 

「お弁当はどこで食べますか?」

 

「あの辺りとか景色良さそうじゃない?」

 

 ドライバーを握っていた手の力みは瑠美達の呑気とも思える会話に自然と抜けていった。

 

 

 *

 

 

 山の麓からそう遠くない原っぱ。他に登山客も見られないその場で花柄のレジャーシートが広がる。

 その上にこれまた広がるのは華やかでコンパクトに纏まった弁当箱の数々。時間的に早めの昼食という具合で、中身もそれ相応のものに仕上がっていた。

 朝早く起きて、男性が食べる量に悩みながら作った瑠美の自信作にそれまで緊張気味だった大地の喉がごくり、と音を鳴らす。

 

「あんまり多く食べちゃうと動くのも辛いから、この量は最適だったんですけど…一人増えちゃいましたし、少ないかもしれません」

 

「お構いなくー。自分のぶんはちゃんと用意してあるからさ」

 

 そう言って広げたガイドの弁当箱には大盛りの白飯、野菜の煮物、唐揚げなどなど所狭しと敷き詰められている。

 中身の彩りや栄養バランスもかなり整っており、瑠美の弁当もその点には気を使ってはいるが、ガイドのそれと比べればどうしても見劣りしてしまう。

 

「えー、凄く美味しそう! ガイドさんに最初から全員分作ってもらえば良かったのに…」

 

「何をするにもまずは食事だからね。どんな時にもちゃんと飯食えるようにしとけばきっと大丈夫。二人とも忘れるなよ〜?」

 

「じゃあなおさら作っておいてくださいよ〜」

 

 弁当に関しては何もしていない大地は口出しすることもないと考えているのか、黙って弁当を見つめている。

 失礼とは思いつつも、それがお預けされた愛玩動物のようにも見えてしまった瑠美の口からクスリ、と笑いが漏れた。

 

 一緒に情報収集しているとは言っても結局戦えるのは大地だけ。

 命を救われて、それから「イクサの世界」で再会してからも大地に助けられてばかりの現状を瑠美は決して快く思ってなどいない。

 だからこそこういった戦闘以外の面で少しでも力になろうとはしているのだが、どうにもこんな些細なことでは役に立ってる気もしない。

 今だって大地の緊張をほぐそうといつも以上に明るく振舞っているくらいで、内心ではこんなことでしか命の恩人に報いれない不甲斐なさで一杯なのだ。

 

「「「いただきます」」」

 

 箸を持つ手が交差し、目当てのおかずを掴んで食べる。

 この一般的なピクニックの光景でも記憶喪失の大地には初めての経験。スイスイと箸が進むにつれて彼の表情も幾分か和らいできた。

 その様子に安堵した瑠美も大地を気遣っていることを悟られぬように「もらいますねー!」なんて無邪気っぽくガイドの唐揚げを口に放り込んだものの、大地の様子ばかり気にしているせいか折角の味もよくわからなかった。

 

「あ! 俺の唐揚げ…せめて味わって食ってくれー!」

 

「え、ええ。勿論美味しいですよ」

 

 それから表面上は楽しいピクニックが続いて、弁当箱が空になって三人の腹が膨れる頃には大地が纏っていた緊張感も大分解けてきたようだった。

 大地は満足げに食後の麦茶を飲んでおり、彼の緩んだ頰を見れば作った甲斐もあるというもの。

 さて、これからはいよいよ本格的な探索に入るわけだ。

 

 薄ぼんやりと思考をシフトしつつある最中にもはや聞き慣れた小さな羽ばたき音が徐々に近付いて来た。

 

「レイキバさん! どこに行ってたんですか? もうご飯食べちゃいましたよ?」

 

「俺は飯など食わん。大地に頼まれて周囲を偵察してきたんだが、途中で気になる奴がいたぞ」

 

「「気になる奴?」」

 

「ああ、俺を見た途端に吠えてきやがった犬だ」

 

 沈黙。レイキバットの羽ばたく音だけがその場に木霊する。

 皆が無言になったことに不思議そうなレイキバットだったが、その理由が当の本人には理解できていないらしい。

 

「どうした? もしかして心当たりがあるのか」

 

「いや……僕の知識だと犬って普通に吠えると思ってるんだけど、もしかして違ったりするのかな?」

 

「私も同じですし、レイキバさんなら大抵の犬は吠えるでしょう」

 

 大方登山客が連れてきたペットか、それとも野犬か。どちらにしてもそんなに珍しい存在とは思えない。

 しかし、レイキバットは呆れたように溜息を吐いて大地達の認識を訂正する。

 

「違う! 普通の犬だったら一々報告なんかするか! 俺が見たっていうのは……お、どうやら追って来たらしいぞ」

 

 耳をすますと、確かに何かが駆けてくるような足音が段々近付いてきている。

 よほど珍しい犬種なのだろうか、と若干期待に似た心境で瑠美は音の出所を探すが、突然表情を険しくさせた大地は瑠美よりもさらに熱心に探り始めた。

 まさか犬が苦手なのか、なんて瑠美の呑気な考えは現れた足音の主を目撃して即座に消えることになる。

 

 それはーーー想像していた犬とは全く違う、青い小型の狼。

 その小さな体躯からは想像もつかないスピードで野原を駆けてくる姿に驚きと困惑が同時に押し寄せてくる。

 

「へえ…この世界の犬ってあんな感じなんですね」

 

「違う! 多分あれはレイキバットさんと同じ感じの…僕達が探していたものです!」

 

 

 大地の叫びで瞬時に場の空気が張り詰めたかと思えばーーー

 

 

「アラララララララ!! 待てぇぇぇぇ! 」

 

 これまた奇妙なナマズ型の化け物が狼の後ろから野を駆けてきたのだった。

 

 

 *

 

 

 今まで巡ったどの世界でも大地はシフトカーやレイキバットを初めとする仮面ライダーのサポートをこなす存在を目撃してきた。

 これといった敵意が感じられないあの青い狼もそれに準ずる存在ではないかと推測し、早くも仮面ライダーに至る手掛かりを発見したかと最初は喜んだのだが。

 

「アララララララララ!! ぬぅ、何だ貴様らは!? 俺の姿を見た者は死ねぇ!」

 

「じ、自分から来ておいてそれは理不尽過ぎませんか!?」

 

「黙れぇ!」

 

 詳しい経緯は不明だが、あの小さい狼を追ってきたらしいナマズ怪人。

 あんな物騒な言動の怪人が友好的なはずもなく、あの小さい狼が仮面ライダー側だという推測もかなり信憑性を帯びてくる。

 まあどうせ襲いかかってくる以上は戦う他なく、金切り声と共に向かってくる怪人の腕を躱して、大地はダークディケイドライバーを腰に巻いた。

 

「変身!」

 

  KAMENRIDE DECADE

 

 ガイドと瑠美を守りながらの戦闘になるため、大地は確実性を取ってダークディケイドの変身を選択した。

 怪人の不気味に光る巨大な目玉に睨まれるのは少々恐ろしいが、背後に瑠美達がいるなら怖がってる場合ではない。

 

  ATTACKRIDE SLASH

 

 重複する斬撃を先手必勝と言わんばかりに振るい、そのナマズ怪人に無数の切り傷を生じさせる。

 これだけでも中々に強力な攻撃なのだが、ナマズ怪人には決定打なり得ない。

 とりあえずは瑠美達を逃がすのが先決かと振り返ると、こちらをニヤニヤしながら眺めているガイドが視界に入る。

 あれは恐らく何か知ってる顔だ。

 

「はあ〜、やっぱりショッカーの怪人は迫力満点だねえ。この世界でも『ビジター』はいるんだねえ」

 

「ビジター? というかショッカーって確かこの前にも…」

 

「ああ、本来その世界には存在しないはずの者が迷い込んでくることがある。あのナマズ怪人ーーー確かナマズギラーだったかな?ーーーもこの世界に迷い込んでしまったんだろうな」

 

「そんな大事なことなんで今まで黙ってたんですか!?」

 

「お! ほら、来たぞ来たぞ!」

 

 

 ビジター、迷い込んだ存在。問いただしたいことは山ほどある。

 だがこのナマズギラーという怪人を放っておくことなどできやしない。

 

 

「ガイド! 瑠美さんを安全な場所へ! こいつは僕が倒す!」

 

「ちょこざいな! 仮面ライダー、俺の電気ムチを受けてみろ!」

 

 ナマズギラーが振るう二本の鞭、伴って迸る電流。奴の言葉通り、鞭には電気が流れているのだろう。

 鞭による攻撃は軌道の読み辛く、直撃は回避しても絡めとられたライドブッカーの刀身を伝ってダークディケイドの全身を強烈な痺れが襲いかかってくる。

 10万ボルトもの放電を食らえばさしものダークディケイドも反撃すらままならない。

 慌ててライドブッカーを手放すものの、放電ムチはすぐさまダークディケイドの両手に巻き付くので武器だけを失う結果になってしまった。

 

「アラララララララ! どうだライダー! 俺の力に手も足も出まい!」

 

「た、確かにこれは強烈…!」

 

 最初はヘンテコな鳴き声の怪人と侮っていたが、ダークディケイドの装甲でもこの電撃はかなり厄介だった。

 ダークディケイドがその能力のほぼ全てをカードに頼っているのは言うまでもなく、こうして電撃を浴びせられては全身の痺れで満足に行動もできない。つまりはカードの装填も厳しい。

 

「アララララ! 貴様はこのままじわじわと感電死させてやろう!」

 

 ナマズギラーもムチを放す気はないようだが、逆に敵の動きもまた制限されるこの状況なら銃撃くらいは当てられるかもしれない。

 だが、足下に落ちたライドブッカーからカードを取り出すことはおろか、ガンモードにして撃つことも今の自分にはーーー

 

(いや、手足が動かせないならそれ以外で…!)

 

「レイキバットさん! ネクロムのカードを!」

 

 そこまで考えたところで耳朶を叩く羽ばたきで、ダークディケイドは振り返らずに叫んだ。

 援護のために残ってくれていたらしいレイキバットはダークディケイドが言わんとしていることをすぐに理解し、氷結弾での牽制と並行して足下のライドブッカーから目当てのカードを引き抜く。

 そして現在進行系で電撃に苦しむダークディケイドの代わりにドライバーに装填した。

 

  FORMRIDE NECROM GRIM

 

「むおっ!? な、何だこいつは!?」

 

 音声を発するドライバーからグリムゴーストが飛び出し、ダークディケイドを縛るナマズギラーに突貫していく。

 パーカー型の存在に唐突な襲撃をされて狼狽するなというのは無理な話であり、仰天して武器を手放してしまったナマズギラーを愚か者だと責められる者はそういないであろう。

 だが、結局はその行為が彼にとっての命取りになる。

 

 グリム魂への直接フォームチェンジを果たしたDDネクロムは未だ痺れが残る手足ではなく、肩のニブショルダーに脳内で命令を送って操る。

 これなら全身の状態に関係なく動かすことができるので、苦しめられた放電ムチも鋭利なニブショルダーによって細切れにされた。

 

「お、俺のムチを!? 貴様ただでは済まさんぞ!」

 

「そういうの、自業自得っていうんですよ!」

 

 昼間であっても目立つ大きな二つの目玉目掛けて飛ばしたニブショルダーの先端は見事に突き刺さって、耳を塞ぎたくなるような悲鳴を上げさせた。

 吹き出す血飛沫の雨で染められた黒いパーカーもそれを着るDDネクロムもモザイクの粒子に呑み込まれ、通常形態のダークディケイドに戻る。

 ライドブッカーをガンモードに変形させながら選んだのは金色の紋章が描かれたカード。

 

「これなら当たるよね!」

 

  FINALATTACKRIDE DE DE DE DECADE

 

 金色の巨大なカードが悶えているナマズギラーとダークディケイドの合間を埋め、カードの先にいる怪人に照準を合わせる。

 ライドブッカーを構える腕が痺れで震えてしまい、もう片方の腕で押さえることで何とか最低限の狙いは定めて引き金を引くことができた。

 銃口から発射されたエネルギー弾はカードを通過する度に威力と太さ、そして輝きを増していく。

 必殺技、ディメンションブラストが織り成す膨大な熱量が手始めに血の雨を蒸発させ、ナマズギラーの身体も残らず包み込んだ。

 

「ギィエエエッ!?」

 

 焼き尽くされたその身体が起こした大爆発。

 緑に溢れていた草原すらも焼き払う勢いの爆発を眺めるダークディケイドの心中は自然への罪悪感とダメージ以上の疲れで色褪せていた。

 

 山火事にならぬよう炎を踏んで搔き消してから一旦休もうか。未だ痺れの取れない身体を労わる休息が必要だろう。

 

 

 ーーーここで変身を解除しなかったのは大地にとって幸運としか言い様がない。

 

 

「大地! 後ろだ!」

 

 背後から不意に感じた妙な気配。レイキバットの警告。

 ダークディケイドはその双方を認識できたにも関わらず、麻痺した身体では背後から迫り来る何かを横っ飛びで回避するのが精一杯だった。

 

「フギャーァオ!!」

 

「ギギギ、ギギギギギ!!」

 

 果たしてダークディケイドの目の前に現れた新たな異形の数は二体。

 片や人型の猫、片や人型の蝉の姿をした怪物でそれぞれが唸り声を上げながら再びダークディケイドに襲いかかって来る。

 タイミングがタイミングなだけに先のナマズギラーの仲間かと思われたが、知性の欠片も感じさせないこの妖怪然とした怪物達にはそれよりも相応しい呼び名が当てはまりそうだ。

 

「まさか、こいつらが魔化魍!?」

 

「ニャオオッ!」

 

 誰も肯定してくれるはずもないダークディケイドの推測は、やはり的中していた。

 

 猫型の魔化魍、バケネコと蝉型の魔化魍、ウワン 成虫。

 

 探していた者達に考えうる限り最悪のタイミングで出くわしてしまった己の運の悪さを呪うも、本能に従って動くような相手はそんな事情を考慮などしてくれない。

 倒れ込んでいるダークディケイドに食らいついてくるバケネコを跳ね除けて、ウワンの鋭い嘴を間一髪で回避する。

 思うように動かない身体を引き摺って距離を取りながらダークディケイドは一枚のカードをドライバーに放り込んだ。

 

  KAMENRIDE MEIJI

 

 追撃してきたバケネコの爪は魔法陣に阻まれ、その体躯を蹴り飛ばした足先からDDメイジとなる。

 これだけで警戒してくれるはずもなく、すぐさまウワンの嘴が迫って来るが、それが突き刺さる前にDDメイジの身体から着火した身を守る炎がウワンの身を自発的に引かせた。

 

  ATTACKRIDE HEAT

 

 バダー戦でも有効だったヒートの魔法による防御は、野生動物に近い敵に対してより警戒を促すことに成功しているようだった。

 あんなにも執拗に仕掛けてきた二匹の化け物が今や睨みを利かせる以外何もしてこないのだ。無論隙を伺っているだけだとは思うが。

 

 やはり炎に対する恐れは他より強いのだろうか、と思考する余裕はまだない。間髪入れずにビーストへのカメンライドとドルフィマントの回復を試みようとした時、バケネコ達の視線が唐突に逸れた。

 

「えっ?」

 

 未だにヒートの魔法は継続中にも関わらず、何が連中の気を惹いたのかーーーその答えはこちらに駆けてくる楽器を彷彿とさせる武器を持った複数の異形であった。

 新手の怪人が駆け付けてきたのだとしたら、これは非常に不味い状況ということになる。気は進まないが、逃げの選択肢も視野に入れなければならないほどに。

 身体の麻痺にも逃走を後押しされたダークディケイドがレイキバットと一緒に逃げられる方法を模索している最中にも怪人たちはもうそこまで迫ってきている。

 予想以上の進行速度に歯噛みするも、その異形の一人が二対の棒を振り上げたので咄嗟にライドブッカーを構える。

 

 

 しかし、その行動は徒労に終わる羽目になる。武器が振り下ろされた先はダークディケイドではなく、警戒の唸りを上げていたバケネコなのだから。

 

 

「フギャア!」

 

 目を見張るほどの俊敏性で打撃そのものは回避されてしまったが、駆け付けてきた二人の異形はダークディケイドを守る立ち位置で並び立った。

 両者ともに主に黒い体色でそこに青の縁取りがされており、大きな違いは頭部にある角の本数。その姿はまさしく鬼と形容するに相応しい。

 

「威吹鬼! そいつの様子みてやれ!」

 

「はい! 弾鬼さん!」

 

 バケネコに攻撃を仕掛けた一本角の鬼、弾鬼が気合の叫びと共にバケネコ達へ挑みかかっていった。

 呆然と尻餅を着いているダークディケイドは威吹鬼と呼ばれた三本角の鬼に差し伸べられた手を取って立ち上がる。

 立て続けに襲撃を受けて気が立っていたせいで気付くのが遅れてしまったが、魔化魍と思われる怪物と敵対していることといい、どうやらこの鬼達こそがこの世界の仮面ライダーらしい。

 他の世界のライダーと比較してもやや異端とも言える外見や、「カメンライド 斬鬼」などを使用した経験がないのもその一因となったのだが、それよりも今は感謝の意や事情を伝える方が先だ。

 

「あ、ありがとうございます! そ、その僕は...!」

 

「落ち着いて。君が味方なのはルリオオカミを通してわかったから。あの魔化魍は僕らに任せて」

 

 聴いているだけで安らぐような、柔らかい声音だった。

 鬼なんて野蛮な形容をしてしまったが、初対面の自身にこんな優しく接してくれるこのライダーは随分と温和な人物のようだと察せられる。

 本来なら援護を名乗り出るべきだとは承知しているものの、一度気が抜けてしまったダークディケイドの身体は存外に重く、ついつい彼の好意に甘える選択肢を取ってしまう。

 

「あぅ...それじゃあ、お願いしちゃっても大丈夫ですか...?」

 

「うん。お願いしちゃって。これでも、僕は鬼だから」

 

 そう言って立ち上がった彼もトランペットを模した金色の銃を携えて、空中から弾鬼を翻弄しているウワンへ的確に発砲する。

 

 

 かくして大地はこの世界を代表するライダー、仮面ライダー威吹鬼との遭遇を果たしたのだった。

 

 

 *

 

 

 この世界のライダー、鬼達はとある組織に所属しており、多くの者が魔化魍探索におけるサポーターや弟子を伴っている。

 木々の合間に身を隠している少女、天美 あきらもまた威吹鬼を師匠と仰ぐ弟子として彼らの戦いを見守っていた。

 決して短くはない期間彼の下で修業を重ねた彼女は変身はできなくても、すでに多数の知識や技術を身に付けている。先ほど大地達の目の前に現れたルリオオカミも彼女が偵察用に放ったディスクアニマルと呼ばれる式神の一つだ。

 今、師匠達が退治している最中の魔化魍だって対処を間違えなければそこまで厄介な相手でないことも知っている。

 

 では何故彼女はこんなにも不安な面持ちでいるというのか?

 

 

「そりゃ警戒もするよなあ。あんな奇妙な鬼」

 

「ッ誰!?」

 

 情けない態勢で座り込んでいるダークディケイドに向けていた警戒の視線を背後からズバリ言い当てられて、あきらは咄嗟に振り向いてバックステップを取る。

 その声の主と思われる男はあきらの年齢不相応な身のこなしに微塵も驚くことなく、見る者を不快にさせる嫌な薄ら笑いを浮かべているだけだ。鬼になるための厳しい訓練を積んできたあきらに気配を悟られることなく背後を取るだけでもこの男が只者でない証拠。

 しかし、あきらが腰の鬼笛とディスクに手を伸ばしかけた時点で男はやや慌てたように態度を崩した。

 

「待て待て、俺は怪しいもんじゃない。そうだな...これを見せれば納得してもらえるかな」

 

 男は身に纏っている黒いコートをめくり、その下に巻かれている窪みの空いたベルトをあきらに見せつけた。

 そこだけ切り取れば変質者に間違えられても可笑しくない行為だが、そう思わせないのは男が漂わせる雰囲気の賜物か。

 さらにポケットに突っ込んでいた両手には赤い錠前が一つずつ。

 

  ブラッドオレンジ! ザクロ!

 

 開錠したそれらをベルトにセットし、横にある小刀を下げた。

 玩具にしか見えない物を組み合わせたそれらの工程が完了した時、男の周囲に赤黒い粒子が纏わりついて装甲を形作る。

 

  ブラッドザクロアームズ! 狂い咲き・サクリファイス! ブラッドオレンジアームズ! 邪ノ道・オンステージ!

 

 見る者に悍ましい印象を与える赤黒いアーマーにこれまた毒々しい赤黒さを内包する仮面を前にしてあきらは絶句せざるを得ない。

 鬼笛に伸びていた手もだらんと垂れ下がり、目を見開いて停止してしまっている少女の目前で男ーーードウマが変じた仮面ライダーセイヴァーは音声に違わぬ邪悪な笑みを漏らした。

 

 

 

 

 

 




 
仮面ライダーセイヴァー

ドウマが変身した仮面ライダー。鎧武外伝2に登場したものとほぼ同じ外見をしている。唯一異なるのは変身前にも装備していた左腕のカードリーダーが付いている点である。
武器もセイヴァーアローとブラッド大橙丸。実力は未だ未知数。



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鍛える大地

 

 二十六之巻 『鍛える大地』

 

 私は天美あきら。師匠のイブキさんの下で鬼になるための修行を積んでいました。

 異常発生を続ける魔化魍にイブキさんや、他の鬼の方々と協力して対処に追われる日々の途中、私達の前に奇妙な黒い鎧の男が現れました。

 そして……今、私の前には赤い鎧武者がいる!

 

 

 *

 

 

 天美あきらは恐怖している自分を自覚していた。禍々しい雰囲気を纏う仮面ライダーセイヴァーに。

 多少鍛えているあきらでもこんな存在に対抗なんてできるはずもないからだ。

 それでも師匠に助けを求めるくらいはとディスクアニマルを起動しようと再び伸びかけた腕はセイヴァーに掴み取られる。

 

「待てと言っただろう。俺は怪しい者じゃない」

 

「そんなことを言って…!」

 

「フ、宗家の鬼を師とするなら鬼の鎧*1くらいは知ってるものと思ってたが違ったらしいな」

 

「え……?」

 

 セイヴァーはその恐ろしい外見とは裏腹に襲いかかる素ぶりも見せない。

 しかもそればかりか「鬼の鎧」なんて聞き捨てならない言葉まで吐いたではないか。

 ほら、と一回転して自身を見せびらかすセイヴァーの姿は確かに魔化魍というよりも鎧武者を連想させる。

 

「じゃあそれが鬼の鎧…?」

 

「それの最新式とでも言おうか。アレもその類だと思ってくれて構わない」

 

 赤黒い腕がアレ、と指し示すのは他でもないダークディケイド。

 セイヴァーほどでもないが、あれもまた鎧に見えなくもない。

 さっきまでの警戒心はどこへやら、あきらから向けられるものが興味に変わったことを確信したセイヴァーは仮面の奥でほくそ笑むのだった。

 

 

 *

 

 

 ダークディケイドが出会った二人のライダー、仮面ライダー威吹鬼と仮面ライダー弾鬼。

 魔化魍を長年相手にしてきた二人にとっては互いの得手不得手を理解した上で役割分担に言葉を交わす必要はない。空を飛ぶウワンには射撃を得意とする威吹鬼が、音撃打で倒す必要のあるバケネコには音撃棒・那智黒を構える弾鬼が当たる。

 

「あれがこの世界のライダーってわけか」

 

「凄い…あの人達、相当鍛えてるんだよ。なんか身のこなしが半端じゃない」

 

「一理ある。青空の会でもあそこまでできる奴は名護啓介くらいだろうな」

 

 彼らの実力はかつて遭遇したライダー達と比較しても何ら見劣りしないばかりか、単純な身体能力の高さでは比肩する者など殆どいないと言っていい。

 特に威吹鬼が構えるトランペット型の拳銃、音撃管・烈風の正確無比な狙いは銃撃がイマイチ苦手な大地に感嘆以上の羨望すら抱かせる。

 ファンガイアと対抗する組織で開発されたレイキバットが感心している様子からも彼らの実力が如何に高いのかが察せられた。

 

 

 そんな強者たるライダー達にかかればあのすばしっこい二匹の魔化魍も並みの怪人に見えてしまうほどで、瞬く間に組み伏せられてマウントを取られたバケネコに弾鬼はベルトから音撃鼓・御影盤を叩きつける。

 

「よっしゃああ! 音撃打! 破砕細石(はさいさざれいし)!」

 

 バケネコを地面に押さえつけるようにして巨大化した御影盤に気合一閃、二本の音撃棒が頭上高くから一気に振り下ろされる。

 バケネコの身体そのものを太鼓に見立てた弾鬼が一心不乱に乱打すれば、周囲に漏れた衝撃が力強い音となって響き渡る。

 もがき苦しむバケネコは音撃棒による打撃よりもその音への拒絶反応を示しているようで、あれほど迫力のあった唸り声もどこか弱々しい。

 

 また、空を舞っていたウワンの喧しい羽音もいつの間にか鳴り止んでおり、威吹鬼の旋風と一体化したかのような回し蹴りを連続で叩き込まれていた。

 羽を撃ち抜かれたせいで逃げることもできないウワンの身体に音撃菅・烈風から赤い実弾の鬼石が何発も埋め込まれ、威吹鬼は即座にベルトのバックルから音撃鳴・鳴風を烈風の銃口に合体させる。

 

「スゥー………ッ! 音撃射! 疾風一閃!」

 

 深く吸い込んだ息は鋭く貫き通す音に、音は鬼石と共鳴する疾風となってウワンの体内から清めの音を響かせる。

 二人のライダーが奏でる音撃はさながら山奥の演奏会。

 一瞬ここが戦いの場であることも忘れて聞き惚れてしまい、その神秘的とも幻想的とも言える光景に心奪われる大地。

 

「ミギャアアアア!?」

 

「ギギーーギギギギギギ!?」

 

 そんな束の間のコンサートも魔化魍の耐久値が限界を超えたせいで終わりを迎える。

 共鳴する音撃を目一杯詰め込まれて破裂した身体からは落ち葉や土塊しか残らない光景には狐につままれるという言葉の意味を身を以て理解する大地であった。

 

「弾鬼さん、お疲れ様でした」

 

「お疲れ! …で、問題はあいつだよな」

 

 互いを労う威吹鬼と弾鬼からの視線には敵意や警戒は込められていない。

 瑠美達を守って戦った場面をルリオオカミなるものを通して見ていたからかもしれないが、単純な興味だけを向けられるのもそれはそれでやりにくいな、と内心苦笑するダークディケイドは迷った挙句に両手を挙げてこちらの敵意もないことを示す。

 物々しい見た目のダークディケイドが縮こまって両手を挙げている珍妙な光景は鬼達も困惑することで静寂に包まれ、やがて堪え切れなくなったように「フフッ」と吹き出した音は聞き間違いではあるまい。

 

「うん、やっぱり君悪い人じゃないよね。話、詳しく聞かせてもらえるかな」

 

「勿論ですけど…疑ったりとか、しないんですか」

 

「実は武者童子でした、だったら洒落にならねえよな! ハハハハ!」

 

 マイペースというか、なんというか。仁藤だってここまで和やかな雰囲気では無かったのに、こんなにも受け入れられると返って頼もしくも感じてくる。

 

 それから顔だけ変身を解除した彼らに器用だなぁと大地は大地で見当違いな感想を抱きながら、詳しい事情を説明するために彼等が拠点とするテントに向かうのであった。

 

「あきら! 戻るよ」

 

「………はい。イブキさん」

 

 その際に合流した少女が大地に対して懐疑の目をしていたのも、いつものことかと大して気に留めることはなかった。

 

 

 *

 

 

「で、明日から大地くんもイブキさん達と一緒に山籠りすると」

 

「山籠りっていうとちょっと違うような…まあそういうことです」

 

 大地は仮面ライダー威吹鬼の変身者、イブキからこの世界の概要を聞いた後に一旦写真館に帰ってきていた。

 と言ってもまた明日の早朝から同じ山に向かって合流するのだが。

 

 結局弁当作ってピクニックしただけで何もできていない瑠美は大地の手伝いをしようと意気込んで、一緒に行きたいとの発言は大地とレイキバットに即座に却下されることになる。

 

「なんでもあの山の周辺、今すっごく危ないらしいんです。魔化魍の発生頻度が異常に高くて、今の季節にはいないはずの個体まで出現しているらしくて」

 

「原因はまだわかっていないらしいがな。向こうも猫の手でも借りたいようで一緒に戦うと言う大地もすぐに受け入れられた。ついでに少し鍛えてもくれるんだとよ」

 

「そうですか……」

 

 この世界の仮面ライダーとは首尾良く知り合えて、その上で鍛えてまでくれる。

 トントン拍子で進む状況は喜ばしいはずなのに、瑠美の心には拭いきれない靄が立ち込めていた。

 それを外面に出して悟られるような真似はしないが、明日の準備を熱心に整えている大地に何もしてあげられない自分への不甲斐なさは大きくなる一方だった。

 

 それでもまだできることはないかと、せめて現地での雑用ぐらいはできるのではないか。

 

「あ、瑠美さんはできればあの山の近くには行かないようにね。さっきも言った通り、年間の出現数よりも明らかに多いっぽいから」

 

「え…あ、はい。勿論ですよ!」

 

 しかし瑠美の細やかな願い出も(本人のその意思はないだろうとはいえ)やんわりと拒絶されてはもう頷くしかない。

 これは仕方のないことだ、戦闘できない瑠美など足手まといにしかならないのは子供でもわかる、と無理矢理にでも納得させようとしてもこの無力感に歯を噛み締めなければやっていられない。

 

 いつもと変わらないように、いつも以上に気を使って、浮かべた笑顔の下には無意識のうちに洋服の端を皺になるほど強く握りしめる瑠美。

 その微かな変化に気付いたのはただ一人、いやただ一羽だけだった。

 

「瑠美……?」

 

「どうしたの、レイキバットさん。明日行けますよね?」

 

「ん、ああ…」

 

 

 *

 

 

 大地が山に入ってから数日が経った。

 それはイブキの指導を受けながら相変わらず異常発生を続ける魔化魍と戦う日々。

 

「うーん………課題は多そうだね」

 

 それは銃撃の狙いをつける特訓として台の上に置いた空き缶を撃ち抜くという古典的な訓練だった。

 イブキから言われた通りに撃つ時の姿勢や構えなどを整えて、ライドブッカーで撃ってみるのだが、どうにも上手くいかない。

 空き缶どころか、台そのものを吹っ飛ばした惨状にはイブキも困ったような苦笑を漏らす他なかった。

 

 これが初めてというならまだ救いようはあるが、残念ながらこの特訓もすでに3日目なのだ。

 

「実際に戦う時なら怪人にはまあまあ当たるんです。でもカードの補助無しで一点を狙い撃つのはまだできなくて」

 

「僕もそういう精密射撃が得意ってわけではないんだ。ただバケネコみたいなすばしっこい魔化魍もいるから素早くきちんと狙いをつけるのはいつも心掛けてるよ」

 

 強敵達との激戦を経てそれなりには強くなった大地でもまだまだ経験や技術は不足している。

 せめてもう少し「イクサの世界」に長く滞在できていれば少しはマシになっていたかもしれないが、結末が結末なだけにあれ以上となると…………。

 

(いけない、集中しないと)

 

 苦い思い出を一旦封じ込めて、もう何度目かもわからない空き缶と台を元に戻す作業をする大地。

 ボロボロになる台とは対照的に綺麗な形を保っている空き缶を見て、若干哀しい気分になっていると、土を踏みしめる靴の音が聞こえてきた。

 

「イブキさん、アカネタカが魔化魍を発見しました。たぶん…イッタンモメンだと思います」

 

「ありがとう、あきら。よし、訓練は中断して行こうか………っとそうだ。大地くん、その銃は連射も効いて反動もないみたいだけど、もっと一発を大切に撃つ意識をすると自然と狙う習慣も身につくかもしれないよ」

 

「はい! わかりました!」

 

  丁度いい銃、というかライダーがいたなと思いついた大地は魔化魍退治の準備を手早く済ませる傍で報告をしてくれたあきらに軽く頭を下げる。

 しかしあきらからは何の反応も得られない。ただ真顔のままでそっぽを向かれてしまう。

 これだって初日から続くお馴染みの光景である。

 

(僕、何かしたかなあ)

 

 

 *

 

 

 人里離れた山奥にタタン、タタンと小気味の良い打撃音が木霊する。

 人気のないその場所を賑やかにする音はそれだけではない。草木を掻き分ける音、凄まじい速度で駆ける音。

 中でも異彩を放っているのはジャラジャラと零れ落ちる銀色のメダルが奏でる音だ。

 

 しかもおかしいのは音だけにあらず。空を舞うのは体長7メートルにも及ぶ巨大なエイのような魔化魍、イッタンモメンや木々の間を駆け巡る数体のバケネコという魔化魍の混成軍団に威吹鬼とダークディケイドといったライダー達。

 さらに昨日の弾鬼に代わって青緑の小柄な鬼、仮面ライダー鋭鬼を合わせた三人が魔化魍の混成軍団相手に立ち回っていた。

 

「もっと良く狙って! 無闇に連射しないで!」

 

「はい! イブキさん!」

 

 猛スピードで宙を舞うイッタンモメンに対抗すべく、今のダークディケイドの姿はDDプロトバースとなってバースバスターで射撃している。

 バケネコを相手取る片手間に威吹鬼が飛ばしてくれるアドバイスに耳を傾けて、DDプロトバースは言われた通りに狙い撃つ。

 

 大した反動もなく連射も利くライドブッカーは優れた武器であるのは自他共に認めるところではあるが、大地の銃撃の技術がいまひとつなのはその性能に頼りすぎている節があるとイブキには指摘されていた。

 ギャレンのバットスコープやスナイプのガシャコンマグナムで補うことも可能とはいえ、その都度カメンライドを挟むのは体力面でも都合が悪い。

 もっと一発一発を大事にすればその分狙いを付ける習慣も自然と身につくのだというイブキの教えに倣って、セルメダルの弾数に制限のあるプロトバースを選んだのだ。

 

「へえ、あいつがイブキの新しい弟子か。見所がありそう()()ねえ!」

 

「………」

 

「お、おい。何か言えよ……まあいいか」

 

 鋭鬼の寒い駄洒落は置いておいて、音速のイッタンモメンにも少しずつバースバスターの弾丸が命中するようになってきた。

 この短期間で空き缶のような小さな的はともかく、イッタンモメンに弾を当てられるほどになった大地の成長速度は鬼達からしても驚愕に値する。

 その理由はイブキの教え方がわかりやすいというのも勿論あるが、何より大地が元々持っていたセンスが優れていたという点が大きく占めている。

 

  FINALATTACKRIDE P P P PROTO BIRTH

 

「そこッ!!」

 

 バースバスターの銃口に圧縮されたエネルギー弾の照準がプロトバースと連動してイッタンモメンに定まる。

 落ち着いて狙い、引き金を引けばバースバスターによる必殺技、セルバーストがイッタンモメンの右翼をに見事命中して撃ち抜いた。

 片方の翼が使い物にならなくなればイッタンモメンに残された選択肢は落下することだけ。

 耳をつんざくような獣の叫びをばら撒きつつ、その巨体は土埃を巻き上げて地面に衝突した。

 

 魔化魍を倒せるのは音撃だけだと事前にイブキから聞いている。つまり大地にできるのはここまでだ。

 

「イブキさん、お願いします!」

 

「了解! 鋭鬼さん!」

 

「あいよ! 音撃打! 必殺必中の型ァ!! そらぁ!」

 

 顔面に威吹鬼の回し蹴りを食らって倒れたバケネコに鋭鬼はすかさず音撃鼓・白緑を貼り付ける。

 ここまでの過程は弾鬼と同じ、異なるのは鋭鬼がこの後に叩き込む音撃棒・緑勝による音撃打の型。

 破細砕石とは違ったリズムで、しかし劣らぬ力強い清めの音を数度振るえばそのバケネコは爆発四散する。

 

「はい次ぃ!」

 

 一旦役目を終えた音撃鼓をキャッチして、ブーメランのごとく投擲した先にはまた別のバケネコがいる。

 素早く距離を詰めて再び振り上げた音撃棒が大気を掻き分けてバケネコを叩いた。

 

「音撃射! 疾風一閃!」

 

 バケネコの始末を鋭鬼に任せた威吹鬼の疾風一閃によって空に逃げようともがいているイッタンモメンも土塊へと還り、残っていた最後のバケネコも音撃打の餌食となることでこの戦闘は終結を迎えた。

 

 

 *

 

 

 この数日間は大体こんな調子で魔化魍の撃破を手伝っており、実戦を通しての訓練で大地の実力もメキメキと上昇をしている実感があった。

 イクサの世界での名護による訓練はどちらかと言えば大地本人の体力をつける内容が殆どで、バリエーション豊かな魔化魍達との実戦は辛いものであってもかなり有意義だった。

 

「イブキさん、エイキさん、ありがとうございました!」

 

「お疲れ様でした。だいぶ良くなってきたね」

 

「お疲れさん! 他の世界だなんて半信半疑だったが、こうして手伝ってもらえるのは願ったり叶ったりだ。これからもよろしく頼んだぜ? じゃ、俺はこの辺で」

 

 拠点としているテントに戻る途中でエイキは言いたいことだけ告げると足早に去っていく。

 鬼とは普段の時、組織によって決められたシフトに従って任務に就いていてこの場所もイブキの担当であったらしい。

 しかし最初に出会った弾鬼もそうだったが、今この山周辺には複数の鬼が出入りしておりイブキの支援を行なっていると聞いている。

 エイキもまたその一人であり、他にも仮面ライダー勝鬼や仮面ライダー剛鬼などとも共闘した。

 

「僕は音撃射の遠距離が得意でね。一応音撃打も習得してるけど、太鼓が有効な夏の魔化魍と普通の魔化魍が混在してるこの状況じゃ太鼓専門の人に来てもらった方がいいって判断なんだ」

 

「僕も多分音撃斬は真似できると思うんですけど……ほんとに見よう見まねなんで魔化魍にちゃんと効くかは怪しくて……トドメまで刺さずにすいません」

 

「ううん、今でも全然助かってるよ。大地くんも中々筋がいいし、なんなら本格的に鬼の修行でもしてみる? 君なら立派な鬼になれるよ」

 

「いやあ…それはちょっと」

 

 年単位で見ると出現する魔化魍はイッタンモメンのような巨大な個体がメジャーのようで、大地が初めて遭遇したバケネコのような等身大のサイズは夏に出没する特殊なタイプらしい。

 何度も述べたが、そんな魔化魍の生態系すら無視して大量発生しているこの状況は鬼達も頭を抱える事態だった。そこへ現れたダークディケイドはまさに喉から手が出るほど欲しかった援軍。

 そんな事情もあってどの鬼達も例外なく大地には好意的に接してくれていた。

 

 

 ーーー鬼に限れば、の話ではあるが。

 

 

「イブキさん、お疲れ様です」

 

 イブキの弟子、天美あきら。

 鬼になるためにイブキの元で修行を重ねている彼女は大地から見れば一時的な姉弟子になる。

 今後のカメンライドで世話になるかもしれないディスクアニマルの扱い等、できれば色々と話をして親睦を深めたいのだが……。

 

「天美さんもお疲れ様です」

 

「……別に私は何もしてませんから。イブキさん達の足を引っ張らないようにしてくれればそれでいいです」

 

 労いの言葉一つでこれだ。

 このあきらという少女、どういうわけか大地に対する態度がどこか刺々しく感じてしまう。

 イブキや他の鬼には普通に接しているし、こんな対応なのも大地だけ。突然やって来て受け入れてくれ、という方が無理があるとはいえこの数日間ずっとこれなのだから流石に何か悪いことを無意識のうちにしてしまっているのではと不安にもなってくる。

 

 申し訳なさそうに頭を下げてみても、あきらはぷいっとそっぽを向いてディスクアニマルを弄るばかり。

 興味を持って覗いてみれば今度は明らかに嫌そうな顔をされたので、大地はすごすごと引き下がる。

 そこで流石に見兼ねたイブキが助け舟を出してくれた。

 

「どうしたのあきら。最近ちょっと変というか、大地くんにだけ冷たく接してない? もしかして何かあった?」

 

「別になんでもありません。追加のディスクアニマル放ってきます」

 

 師匠であるイブキにもぶっきらぼうにそれだけ答えたあきらは彼女の鬼笛と待機状態のディスクアニマルを持ってどこかに行ってしまった。

 その背中を見送る他なく、残された二人から示し合わせたわけでもない溜息が同時に漏れた。

 

「気を悪くしたなら代わりに謝るよ。彼女、本当はあんなにツンツンしてる娘じゃないんだ。連日この山に籠ってるせいで気が立ってるのかも」

 

「それだけだといいんですけど……」

 

 以前出会った詩島剛にも似ている拒絶の背中ではあるが、彼とはまた微妙に違う気もする。

 しかし彼女が何故こんなにも頑なな態度を取るのか、その理由までは大地には察することもできず、結果イブキの言っていることに無理矢理納得するのであった。

 

 

 *

 

 

 その日はもう魔化魍が出現する気配もなく、月夜の下で各々は思い思いに過ごしていた。

 

 あきらはディスクアニマルの整理、大地はレイキバットと一緒にカードを眺めながら教わったことの復習や戦法の確認といった具合だ。

 今この時も夕飯時も会話は殆ど成立しておらず、しかめっ面のあきらが何を考えているのかはわからず終いだった。

 秋の寒空に合わせるように冷え込んでいく雰囲気の改善方法を考えてながら、音撃菅の手入れをしていたイブキの携帯が沈黙を破るかのように鳴り出した。

 

「はい、イブキです。…………はい、はい」

 

 深刻そうに話すイブキの声で大地もあきらも、レイキバットでさえもその手を止めて聞き耳を立てる。

 確かに連日の実戦による訓練は実を結んでいるものの、あきら達をずっと山に籠らせているこの状況は好ましくないはずだ。

 そろそろ打開策が見つかったのかもしれないと大地は淡い期待を抱きーーー

 

 

「わかりました、失礼します。……朗報、と言えるか微妙だけどこの現象の正体に大体の目星がついたそうだ。早ければ明日には決着が着くかも」

 

 

 イブキが言ったことはまさにその期待通りだった。

 

 

「明日には……ってことは原因がはっきりしたんですね。もしかして、何かの仕業とか」

 

「その通りだよあきら。どうやら今回の元凶はかなり珍しい魔化魍、天馬の仕業って判断なんだ」

 

「「天馬?」」

 

 その名は大地は当然として、多くの魔化魍をその目で見てきたあきらにも聞き覚えのないもの。

 しかもイブキでさえ詳しくは知らないというのだから驚きだ。

 

「うん……上が言うには日本で確認されるのも初めてらしいんだ。遥か昔に海外で、それでもかなり珍しい存在だったらしくて……言うなれば絶滅されたと思われてた外来種ってところかな」

 

「別にそいつの由来はどうだっていいだろう。もっと詳しい情報を教えろ」

 

 敬意が全く感じられないレイキバットに向けられるあきらの鋭い視線に大地は内心冷や汗をかくが、イブキは大して気にした様子もなくその概要を語り始めた。

 

 まず魔化魍の異常発生についてだが、天馬の身体には共生関係になっている寄生虫がおり、他の魔化魍に寄生させて操ることができるという。

 他の魔化魍の生態系を乱すその特性のせいで季節や地域を無視して魔化魍が発生しているのではないかとの推測が組織の方でされた。

 ディスクアニマルや他の鬼達の目撃情報も証拠として重なり、今回は天馬が原因ということでほぼ間違いないとのこと。

 

「ただ文献にも殆ど情報が載ってなくて、どんな戦法が有効なのかもまだ判明してないんだ。だから明日には援軍と合流して出現が予測されている場所に全員で向かう。できれば大地くんにも手伝ってもらいたいんだけど……」

 

「勿論、一緒に戦いますよ。ここまで来て帰るなんてありえません」

 

「ありがとう。でもあきらの方は流石に今回は……」

 

 言い淀むイブキ。

 少々冷え込んだこの空気でその先を告げるのは辛そうで、それよりも先に察したあきらはあっさりと了承した。

 

「わかってます。ここで終わるまで待ってます」

 

「ごめん…じゃあ明日も早いことだし、そろそろ寝ようか」

 

 大地は就寝の流れに従ってカードを全て収納し、ポーチにしまう。

 ファスナーを閉める前にレイキバットに入るか否かをジェスチャーで尋ねてみたが、寝場所として入るつもりはないとのことでそこら辺の木々に飛び去って行く。寝床を魔化魍に襲撃されないことを祈るばかりだ。

 

 男女でテントを別々にしているが、飛び入り参加の大地の分が用意されているはずもなく、場所を取るドライバーが入ったポーチを音撃菅などと一緒に外に置いておく。

 

「おやすみなさい、イブキさん、天美さん」

 

「大地くん、あきら、おやすみ」

 

「おやすみなさい、イブキさん」

 

 

 ーーーそうして寝静まった夜にポーチを手に取る人影がいることを知っていれば、そんなことはしなかっただろう。

 

 

 *

 

 

 翌朝、大地達は行動を開始した。

 

 援軍となる鬼達との合流、偵察用のディスクアニマルを解き放つなどやることは目白押しで慌ただしい朝になるかと思われたが、イブキとあきらもその道ではベテラン。テキパキと準備を終えたお陰で意外にもゆったりとした朝食を迎えた。

 

「援軍も含めた全員が初めて戦う相手だから今回はアドバイスを送る余裕はないかもしれない。でもできる限りのサポートはするよ」

 

「僕も今日は全力でいきます。イブキさん達の足手まとい……に、ならないように…」

 

「………」

 

 しかし気の所為か、あきらは今朝から殆ど会話に参加しない。

 事務的な会話ですら本当に必要最低限の返事だけ。これは明らかに何かおかしいと、いくら大地でも疑問に思う。

 だが師匠のイブキが特に言及しない以上、部外者の大地が何か口出しするのも憚られる。

 

 そうして時間は過ぎ去り、朝食を終えた大地とイブキは予め決められていた合流地点へ向かう。

 レイキバットが姿を見せないのが気掛かりだが、あの気まぐれなコウモリのことだ、戦闘になれば出て来てくれるだろう。

 

「じゃあ、あきら。行ってくるよ」

 

「気を付けて下さい」

 

 イブキの運転する大型バイク、竜巻に二人乗りで山道を進む。

 整備されていない山道なのだから乗り心地だって良くはないし、緊張のためか途中でのイブキの口数も少ない。

 長年鬼をやっていると言っても初めての相手なら緊張するのは当たり前だと思うし、その気持ちは大地には痛いほど良くわかる。

 

 

(毎回強い怪人と戦ってるからなあ……僕ってそんなんばっかりだよね)

 

 

 そんな嘆きのような思考をしているとあっという間に目的地に到着してしまった。

 そこにいた二人の男、イブキと同年代くらいの男性と三十代くらいの男性だ。

 二人とも楽器型の武器を持っていること、そして纏う雰囲気にはイブキのそれと同じ覇気があることから二人とも鬼なのだと直感で理解した。

 

 若い方が竜巻から降りた大地を目に入れた途端に真っ直ぐ突っ込んできたかと思えば、その手を取って物凄い勢いで痛いほど上下に振ってくる。

 

「あ! 君が大地くんっすね! 俺トドロキって言います! よろしくお願いするっす!!」

 

「そんな、こちらこそよろしくお願いしま…っす!」

 

「こ、こちらこそ!」

 

「こちらこそ!」

 

 暑苦しいとしか言い様のない握手をしつつ、おうむ返しのような会話がいつまでも続く……前にもう一人がそれを中断してくれた。

 

「その辺にしとけ、トドロキ。日が暮れるぞ……っと、遅れたが俺はサバキだ。今回の天馬討伐は俺たち四人で担当することになる。頼りにさせてもらうぞ」

 

「ご期待に添えるかどうか…精一杯やらせていただきます!」

 

「いい返事だ。さて、挨拶も済んだことだし、ちゃっちゃと終わらせちまうか。もう天馬の居場所はほぼ掴んでる。案内しよう」

 

 四人の戦士はそれぞれの武器を携えて戦場に歩みを進める。

 その先に誰も予想のつかない事態が待っていることなど、この時はまだ知りようもなかった。

 

 

 *

 

 

 一行はそれなりの規模を誇る湖が一望できる丘の上に辿り着いた。

 天馬はこの湖付近にいるそうだが、あいにく深い霧が立ち込めていてその全貌は把握できない。

 

 しかしだ。

 

 深緑の鬼、仮面ライダー轟鬼と赤茶の鬼、仮面ライダー裁鬼。さらに威吹鬼とダークディケイドの鉄壁の布陣ならば並大抵の魔化魍に遅れを取ることはないだろう。

 それは過信や慢心などでもなく、単純な戦力差から予測される客観的な事実だ。

 

 炎、風、雷の中から変身を遂げる鬼達に続いて大地もまたポーチからダークディケイドライバーを取り出そうとするがーーー

 

「……あれ? ダークディケイドライバーが………ない!?」

 

 ドライバーだけではない。ライドブッカーさえポーチには入っていない。

 忘れてきてしまった? ありえない、昨夜からポーチの中身を弄った覚えはない。

 だがどう考えを巡らせても無いものが出てくるなんてこともない。

 

「おいでなすったぞ……構えろ!」

 

「はいっす!」

 

「ーーーーなっ!?」

 

 ーーーーーーそれは一言で表すとすれば、美しき幻獣。

 

 深い霧の奥で目を光らせて、威厳すらある透き通るような雄叫びが一同の警戒心を強く煽る。

 その威圧感を前にした威吹鬼達は最後尾にいる大地が未だ変身していないことに気付く余裕もない。

 

「これが…天馬」

 

「なんか、綺麗っすね…」

 

 やがて霧を掻き分けて現れた巨体にはそのサイズに見合うだけの大きく白い翼が胴体に、クリスタルで構成されているような美しい角が頭部に付いている。

 こんなにも幻想的な魔化魍、誰も予想だにしておらず、こうしてその迫力に呑まれるのも仕方ないことだ。

 

 されど、大地の視線はその真逆、振り返った自身の背後に向いていた。

 その耳に届いた音声は天馬なんかよりもよっぽど気を引くもので、それを無視するなんて到底できないからだ。

 

 

  KAMENRIDE

 

 

 霧は深い。だが何も見えないこともない。

 音は届くし、光るものは辛うじて見える。

 

 

  DECADE

 

 

「な、何で……何で!?」

 

 霧の奥に光る青藍の瞳は何度も夢に見た、何度も見せ付けてきた輝き。

 

 ーーーそれこそが大地の目の前に立つ戦士、仮面ライダーダークディケイド。

 

 自分が変身した姿を自分で見ているこの状況は悪夢として見た光景で、しかし夢だからこそ見れるもの。現実にはありえない。

 ましてや、彼女が変身していることなど特に。

 

「なんで……天美さんがダークディケイドに…!?」

 

 驚愕と困惑を含めて呟く大地には一瞥もくれずに、ダークディケイドは空高く跳躍して天馬が潜む霧の中に飛び込んだ。

 

 

*1
着用することで人間でも鬼と同等の強さを発揮できる。ただし相当鍛える必要がある。




天馬

古来より伝説として伝わる魔化魍。サイズや戦闘力は他の魔化魍と大差ないが、特筆すべきは天馬の体内に共生している寄生虫の存在である。
寄生虫を他の魔化魍に寄生させることで、獲物となる人間を攫わせる、子供を守らせるなどして操る。他の生物を操るその姿を目撃した者から幻獣としての伝承が残された。
身体の翼は飛行手段にも武器にもなり、頭部の大きな角と合わせて戦う。
詳しい経緯は不明だが、生息地の欧米では遥か昔の時点で絶滅されたと認識されていた。今回の個体が侵略的外来種として日本に降り立ったのは何かに引き寄せられたからなのかもしれない。


いっそ振り切った設定のオリジナル魔化魍。もしも海外にも魔化魍がいたら? という想定なので今まで以上に違和感あるかも。
ご意見、ご感想はいつでもお待ちしております。


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荒れる少女

 

 

 二十七之巻『荒れる少女』

 

 

 私、天美あきらは師匠のイブキさんの下で鬼になるための修行を積んでいました。

 最近は魔化魍の異常な発生に他の鬼の方々と協力して対処に追われる日々。

 でもそんな私達の前に現れたのは謎の鎧を着こなす怪しい男、大地。

 修行も積まずに鬼と同等の力を持つあの鎧を見ているうちに、気付けば私は彼の黒いバックルを握っていました。

 

 

 *

 

 

 イブキ達が拠点としていたキャンプ地から程なく離れた場所にくぐもった厳つい声と甲高い鳴き声が入り混じっては自然の中に溶けていく。

 生い茂る自然の地に相応しく鳥や蛇、狼、蛙に蝙蝠といった多種多様な動物が飛び交う光景はいささか現実離れしたゲームのようでもあったが、問題なのはその体色がどれもカラフルすぎるということだ。

 

「ぬぐぐ…てめえらいい加減失せろ! なんだってディスクアニマルが俺を標的にする!?」

 

 その中で唯一人語を介する白い蝙蝠、レイキバットが自身に纏わり付いてくるアカネタカ達を氷結弾で牽制するも、次から次へとやってくるのでキリがない。

 しかもセイジガエル、ルリオオカミ、ニビイロヘビなどの様々なディスクアニマルまでもが大挙してレイキバットを取り囲むのだから、今朝から一向にこの状況から抜け出せずにいるのだ。

 今朝がたに大地と合流しようとしていたら寝床としていた止まり木の周囲をディスクアニマルの大群に包囲されていて、全く身に覚えのない襲撃を受ける羽目になってしまったのだが、今はその理由を考えている余裕もない。

 一体一体はレイキバットより貧弱でもこれだけの数が揃えば話は別。拘束してこようとしてくる群を躱し続けるのがやっとだ。

 なんとかしてこの包囲網を脱出した後に大地との合流を果たすべきなのだろうが、レイキバットだけではそれすらも厳しい。

 

「ちいいっ!」

 

 啄んでくるアカネタカを羽で弾くも、見た目からは想像もつかない跳躍力で飛び掛かってくるニビイロヘビの噛み付きはギリギリ躱しきれない。

 咄嗟に身を捻ったおかげで羽のほんの一部に傷を付けられるだけで済んだが、こんな調子ではすぐに限界がくるのは目に見えている。

 

「やべえ!?」

 

 真下から跳躍してきたセイジガエルに対して少しでも牽制になればと苦し紛れに氷結弾を放とうとした瞬間、レイキバットの目の前で青い風がディスクアニマルごと駆け抜けた。

 

 

 *

 

 

 深い霧に紛れない荘厳な天馬の姿に言葉を失っていた仮面ライダー威吹鬼、轟鬼、裁鬼。

 これまでの妖怪然とした魔化魍とは一線を画す神秘的な外見はとても魔化魍と呼ぶのも憚られてしまう。

 だが、彼らの背後から耳朶を叩く電子音声と地を蹴る音、そして霧の中に飛び込んでいく黒い戦士、仮面ライダーダークディケイドの影に鬼の一同は我に返る。

 明らかに格の違う相手にも怯まずに挑むという勇敢な背中は鬼達を奮い立たせ、それぞれが得意とする武器を手にしてダークディケイドに続かせる。

 

「新入りに任せていられねえ! 俺達も行くぞ!」

 

「はいっす!」

 

「…は、はい」

 

 唯一威吹鬼だけはそのダークディケイドに違和感を覚えたのだが、何故そう感じるのかまではわからぬままに烈風を構えて突き進んで行く。

 視界を奪う濃さの霧を掻き分けた先では天馬が前脚を振り上げて鬼達を迎え撃とうとしていた。

 音撃棒や音撃弦での近距離戦に挑もうとしていた裁鬼、轟鬼は天馬の横に素早く回り込んで踏みつけの範囲外に至るが、天馬の真下に佇むダークディケイドは回避に移るにはいささか遅過ぎた。

 

「大地君っ! 離れて!」

 

 少しでも気を引くために烈風の射撃を白い巨体に満遍なくばら撒いても意に介した様子はない。

 あれだけの巨体に踏み潰されては一撃で戦闘不能になってもおかしくないのだが、それを恐れているようにも見えないダークディケイドはいつの間にかカードを装填していた。

 

  FINALATTACKRIDE DE DE DE DECADE

 

 天馬と比べるとちっぽけなダークディケイドの身体が体重を掛けた前脚の踏み付けに潰される直前、幾つも重なった金色のカードがバリアとしてその進行を食い止めることに成功した。

 ビキビキと徐々にひび割れていくカードはバリアとしては不十分にも見えたが、ダークディケイドが向けたライドブッカーの照準を定める時間稼ぎには十分過ぎた。

 

「はぁッ!」

 

 数枚のカードを破壊した前脚でもディメンションブラストというエネルギーの奔流を押し返すことなど到底不可能。

 脚先を焼かれた天馬はバランスを崩し、転倒しかかって隙が生まれようとしたところへすかさず裁鬼と轟鬼が接近していく。

 詳しいデータが存在しない相手なのだから早期に決着を着けようとするのは決して間違いとは言えないのだが、それはつまり敵の反撃が予測し辛いということでもあった。

 

「ーーーうおっ!?」

 

「突風…あの翼か!」

 

 崩れ掛けた天馬のバランスは、なんと翼を大きく羽ばたくことで踏みとどまったのだ。

 副次的に巻き起こる突風で二人の鬼は逆に吹っ飛ばされてしまい、あまりの強風にダークディケイド、威吹鬼までもがその被害に遭ってしまう。

 しかし歴戦の鬼がなすすべもなく吹っ飛ぶような状況にあろうとも、ダークディケイドには対処する方法がある。

 

  FORMRIDE SASWORD MASKED

 

 紫の重装甲を身に纏うマスクドフォームに直接フォームライドしたDDサソードはその重量と装甲の各部から伸ばしたチューブ、ブラッドベセルを周囲の障害物に巻き付けることで飛ばされそうになる身体をその場に留める。

 やがて翼からの強風が止むと同時にDDサソードはキャストオフ、身軽なライダーフォームとなって瞬く間に接近し、大木のような脚を斬りつけていく。

 痛々しい悲鳴が降りかかろうと剣を振るう腕が止まることはなく、それどころか次のカードを握らせていた。

 

  KAMENRIDE DRAKE

 

  ATTACKRIDE CLOCK UP

 

 斬撃を得意とするDDサソードから銃撃を得意とするDDドレイクへのフォームチェンジから即座にクロックアップを発動する。

 敵を捕捉できなくなった天馬の各所から次々と吹き上がる血液や火花はドレイクゼクターによる一方的な射撃であり、規格外であったはずの魔化魍は早くも翻弄されつつあった。

 

 

 *

 

 

 大地の目の前で繰り広げられるのはライダー達と怪人の激戦。

 それ自体は何度も見てきた、ある意味では(認めたくはないが)日常的な光景だった。

 大地が目を見張っている理由はそこにいるライダー、本来なら大地が変身しているはずのダークディケイドがいることだ。

 それも変身している人物はあのイブキの弟子である天美あきらなのだから。

 

(ダークディケイド……僕はあんな圧倒的なライダーに変身していたのか…)

 

 大地が変身できるメイジもレイも他のライダーに匹敵しうる能力を秘めており、制限がある代わりにさらに強力なのがダークディケイドだ。

 しかし、こうして戦っている光景を直接目にしてみるとその認識は甘かったのだと改めざるを得ない。

 

 ラウズカード、クロックアップ、魔法……あらゆるライダーの強力な能力を自由自在に使いこなし、例え力負けしている相手であっても戦局を容易に覆すことが可能なダークディケイドの特異性が少し強いというだけのはずがない。

 体力の消費と少なくとも数時間の変身制限だけで済んでいることだってよくよく考えてみれば異常なのだ。

 しかもあきらが変身したということはつまり、ダークディケイドライバーは大地以外にも使用できることになる。

 

 もしも悪人の手に渡ったりでもすればーーー

 

「いや、それよりもあのまま使わせるわけにはーーー」

 

 

「別にいいじゃないか。少なくともお前よりは上手く使ってくれるだろうよ」

 

 

 濃霧から漂う聞き覚えのない声。

 言葉の内容そのものよりもねっとりと纏わりつくような嫌な口調は大地を咄嗟にその場から飛び退かせた。

 現れたのは邪悪な笑みを浮かべた黒いコートの男で、魔化魍が闊歩するこんな場所にいることからただの不審者でないのは明らかだ。

 

「俺はドウマ。こうして顔を合わせるのは初めてだな、大地………いやダークディケイド」

 

「貴方は一体……?」

 

「なに、大した者じゃない。そうだな……これなら心当たりがあるだろ」

 

 ドウマと名乗る男は懐から取り出したカードを大地の目前に見せ付けてくる。

 それはダークディケイドと同じ規格のカードというだけでも驚きだが、その絵柄もまた大地には見覚えのあるものーーー「マッハの世界」で戦ったバッタ種怪人、ゴ・バダー・ゴーーーだったのだから開いた口が塞がらない。

 

 あのバダーも確かガイドが「ビジター」と呼んでいた怪人、他の世界に迷い込んだ存在に分類されるはずだ。

 

「あの怪人は貴方が変身していたんですか…!?」

 

「変身…? 違うな、こういう使い方をするんだよ」

 

 そう言ったドウマはバダーのカードの裏に隠していたもう一枚のカードを瞬時に左腕の機械にスラッシュした。

 

  KAIJINRIDE SAITANK

 

 黒いモザイクが人型の影を形作り、この世界に異物となる新たな怪人を出現させる。

 赤い体表と黒光りする角のデストロン怪人、サイタンクは出現するや否や腹の底にまで響く唸り声を上げた。

 

「ブゥワー!! 何だここはぁ〜! V3は何処に行った!?」

 

「やあ、ヨロイ一族のサイタンク。奴は少年ライダー隊、V3の仲間だぞ」

 

「何! ならば死ねぇ!」

 

 ドウマの言葉をあっさりと信じたサイタンクは大地に巨大な角を向けて猛然と突進してくる。

 大地から見ても鈍そうな見た目のくせして割かし速い突進には肝を冷やしたが、済んでのところで横に転がって回避には成功した。

 

「そ、そんな短絡的でいいんですか!? ってかV3って何!?」

 

「ブゥワー! しらばっくれても無駄だぁ! 我らデストロンの邪魔をする者は皆死ぬのだ!」

 

「そういう台詞、いい加減聞き飽きましたよ!」

 

  チェンジ! ナウ

 

 また突撃される前に、大地は急いでポーチから取り出したメイジドライバーを巻いて指輪をかざす。

 メイジへと変身して一直線に向かってくるサイタンクの角をスクラッチネイルで受け止めようとしたところ、信じられない衝撃が全身を貫いた。

 直撃してもいないのに左腕ごと千切れてしまいそうな威力の突進だなんて、このサイタンクは相当馬鹿げた怪力の持ち主らしい。

 お返しにと回し蹴りを横っ面に叩き込んでみるも、サイタンクはビクともしない。

 

「ブゥワー! 軽い軽い、V3の足元にも及ばんな!」

 

「だったら……!」

 

  ジャイアント! ナウ

 

 メイジは胸板を叩いて挑発してくるサイタンクに力を込めた前蹴りを放つ。

 それだけなら大した痛みにはならないだろうが、両者の間に出現させた魔法陣を通過したキックは何倍も大きくなって、サイタンクを踏み潰す勢いで弾き飛ばした。

 宙に飛ばされたサイタンクにドウマも感心したような声を漏らす。

 

「ブゥワー!?」

 

「ほう、ダークディケイドでなくても中々やるようだ。ならばこうしよう」

 

  ブラッドオレンジ! ザクロ!

 

 ドウマの腰にドライバー、両手にはロックシード。

 たったそれだけでメイジにはこの男が何をするのか、嫌でも察してしまう。

 

「変身」

 

  ハッ! ブラッドザクロアームズ! 狂い咲き・サクリファイス! ブラッドオレンジアームズ! 邪ノ道・オンステージ!

 

 案の定ドウマの身体は赤黒い鎧武者を彷彿とさせるライダー、セイヴァーの装甲に包まれた。

 セイヴァーは右手にセイヴァーアロー、左手に大橙丸を構えた変則的な二刀流でメイジに接近してくる。

 今のメイジにはライドブッカーもないため、スクラッチネイルで迎え撃つしかないのだが、セイヴァーのスピードはその予想を遥かに超えていた。

 胸部に突き出された大橙丸を弾こうとして構えたスクラッチネイルは爪先の合間を縫うような太刀筋で逆に弾かれてしまった。

 

(こっちの防御を予測して、その上で防御が完了し切る前に先手を打たれたーーー!?)

 

「フン!」

 

 無防備となったメイジの身体をセイヴァーアローの刃が切り刻む。

 あれだけの鎧を着込んでおきながら装甲の薄いメイジを遥かに超えた反応速度は偏にドウマ自身の能力があってこそなのだろう。

 焼け付くような切り傷の痛みに耐えながら、メイジは相手の脅威度に内心舌を巻く。

 しかも厄介なのはセイヴァーに加えて、これまた強敵間違いなしのサイタンクまでいることだ。

 

「貴様ァァァ!」

 

「ゴフッッ!?」

 

 セイヴァーの対処に手を焼いている間に突進してきたサイタンクの突きをもろに食らったメイジはそのあまりの衝撃に仮面の奥で血混じりの唾を吐いてしまう。

 これには耐えきれずに膝を着き、完全な隙を晒してしまうメイジ。

 幸いしたのはサイタンクの狙いがメイジから新たに現れたライダーのセイヴァーに向いたことだった。

 

「貴様も仮面ライダーか!」

 

「チッ、相変わらず扱いにくい。記憶からそのまま再現した弊害か」

 

 忌々しげに呟きながら、セイヴァーは剣と弓を巧みに操ってサイタンクの猛攻を上手く捌いている。

 メイジはこの間にあらゆる激痛がひしめき合う身体を無理矢理引きずって態勢の立て直しを図ろうとするが、ライドブッカーもないメイジにできることなど限られ過ぎており、現状ではどちらか片方を倒すのだって厳しい。

 だからと言ってメイジがこの場から離脱すれば彼等の標的が今も天馬相手に奮闘しているあきらのダークディケイドや、威吹鬼達に向けられることは十分に予想されるため逃げるわけにはいかないのだ。

 

「落ち着け。俺は偉大なるデストロンのヨロイ一族、ヨロイ元帥の部下……そう言えばわかるかな? お前を手助けしに来た」

 

「ぬう、そうだったのか。言われてみれば確かに鎧を……すまない」

 

「構わん。奴を倒すぞ」

 

(もう和解してるし……手馴れてるな)

 

 まともに休息すら取れなかったメイジに再度二人の強敵が迫ってくる。

 打開策も編み出さぬまま、腹を括ったメイジは絶望的な戦闘へと突入した。

 

 

 *

 

 

 一方その頃、ダークディケイドと鬼達による天馬討伐も佳境を迎えつつあった。

 最初はあれほど気高くすら見えた幻獣に近い魔化魍も今や身体の至る箇所に決して浅くはない傷を負っており、完全な討伐も時間の問題だった。

 これが鬼達だけだったなら恐らく苦戦は強いられたであろうが、強力な能力で天馬を翻弄するダークディケイドのおかげで彼等には少しの傷くらいしかない。

 そして今この瞬間もダークディケイドがカメンライドした姿、DD王蛇の必殺技が炸裂しようとしていた。

 

  FINALATTACKRIDE O O O OUJA

 

「はぁーッ!!」

 

 エビルダイバーに乗ったDD王蛇が高速で体当たりする必殺技、ハイドベノンが天馬の顔面を潰す勢いで激突する。

 だが、やはり規格外の魔化魍だけあって必殺の一撃でも微かに悲鳴を上げて倒れ込ませた以上の効果は実感できなかった。

 ダークディケイドがいかに強力であろうと、相手が魔化魍である以上は音撃が何よりも有効なのだ。ならばと次に切ったカードはまさしくその音撃を繰り出せるライダーだった。

 

  KAMENRIDE ZANKI

 

「ええっ!? ザ、ザンキさん!? ザンキさんが何でいるんすか!!?」

 

「鬼にも変われるとは…なんでもありってわけか」

 

 自分達もよく知る斬鬼と同じ姿にまで変身したダークディケイドに、特に斬鬼の弟子である轟鬼は思わず攻撃の手を緩めてしまうほど驚く。

 そんな彼等には脇目も振らずに音撃弦・列斬を掲げて駆け出すDD斬鬼をやはり懐疑の目を送り続ける威吹鬼。

 

 だがそれぞれの心境はどうあれ、天馬を討伐するまたとないチャンスなのだ。鬼達は音撃を放つ準備態勢に入る。

 

 音撃打、音撃射、音撃斬を合計4つも食らえばどんな魔化魍であっても撃破は可能なはずであったが、それらを放つ前に状況は一変する。

 野生の勘が働いたか、己に降りかかろうとしているかつてない危機は天馬を瞬時に立ち上がらせ、白い翼が鬼達の視界を埋め尽くした。

 またしても突風を出すつもりかと思いきや、今度の翼の用途はそれだけではなかったのだと鬼達は身を以て知る羽目になる。

 

「「「ぐああああっっ!?」」」

 

 白い翼をまるで巨大な刃のように振るえば、羽の一枚一枚がカミソリの如く鬼達の身体を切り裂いていく。

 最も後方にいた威吹鬼はそこまで大きな傷には至らなかったが、接近の途中だった他の三人は身体から赤黒い出血をしてしまうほどの裂傷を負ってしまう。

 さらに突風まで加わるのだから、彼等は血液の軌跡を描いて離れた場所にまで飛ばされた。幸いにも鬼は治癒能力に秀でているので出血がすぐに収まっている。

 

「くうぅっ!」

 

「大丈夫!? ………まさか」

 

 足元に吹っ飛んできて悲鳴を上げたダークディケイドに手を貸そうとするも、その悲鳴がやや甲高く、聞き慣れた弟子の声であったために彼の疑惑は一気に膨れ上がる。

 戦い方からしてこの数日間で見てきた大地のそれとは微妙に異なり、さらにはこの声だ。

 今が戦闘中だと理解していても威吹鬼はDD斬鬼に問わずにはいられなかった。

 

「あきら……だよね」

 

「…………」

 

 その沈黙が答えのようなものだった。

 

 何故彼女が大地のベルトで変身しているのか、大地はどうしているのか、問うべきことはまだあるが、今は天馬討伐が先だ。

 とりあえずは質問を保留にした威吹鬼は弟子の手を取ろうとするが、彼女の手が小刻みに震えていることに気付く。

 耳を澄ませてみると何やらぶつぶつと呟いているのも聞こえてくる。

 

「フゥゥ………! これを使っても、こんなに強くても、倒せない……! まだ、まだ、まだまだ!!」

 

「あきら……?」

 

「大丈夫っすか!? あいつ、まだあんな技隠し持ってたなんて…あれ?」

 

 駆け寄ってきた轟鬼、裁鬼もダークディケイドの異常に気付いたようだ。

 今の今まで大地と一緒に戦っているのだと思っていた二人は座り込んでいる黒い戦士から女性の声が出てくることに困惑もしているらしい。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……うああああああっ!!!」

 

  ATTACKRIDE SLASH

 

「っっ!?」

 

 重複する斬撃がダークディケイドの周囲で乱れる。

 当然ながらそこに立っていた三人の鬼も皆例外なく斬り裂かれた。

 完全に味方だと認識していた相手からの不意打ちを防げるはずもなく、ディケイドスラッシュの直撃を許して傷口を押さえる鬼達を尻目にダークディケイドは先ほどまでの寡黙な印象が嘘のように咆哮する。

 

「倒す…絶対に! 魔化魍を!」

 

「待つんだ! 錯乱しちゃダメだ!」

 

「黙っててください!」

 

 ダークディケイドを落ち着かせようと近寄ってきた威吹鬼の身体はまたしてもライドブッカーによってより深く斬り付けられた。

 

 

 *

 

 

 あきらの咆哮はセイヴァー達に苦戦中のメイジの耳にも届いていた。

 あいにくの濃霧で威吹鬼達がどんな戦闘を繰り広げているのか、細部まではわかりかねるが、彼女の全身から発せられているような叫びだけで何か異常が起こったのだと察するには十分だった。

 

「おや、やっと暴走したか。思ってたより時間がかかったな」

 

「何……? 暴走って一体どういうーーー」

 

「お前も覚えはあるんじゃないか? ダークディケイドライバーに内包されたドス黒い記憶に呑まれるあの感覚を」

 

 そう言われてメイジはハッとなる。

 まだ変身したてだったあの頃ーーー自分が自分じゃなくなるあの胸糞悪い感覚は忘れようもない。

 彼女の助けに向かうべきかと迷い、一旦距離を取るメイジに対してだらんと構えを解いたセイヴァーは己の目的を話し始めた。

 

「あの天美あきらに教えてやったんだよ。『あの鎧は誰にでも使える』ってな。お前みたいに克服されると面倒だから、ついでに力を欲するヤミーも寄生させておいたが、それでもだいぶ待つ羽目になるとは……腐っても鬼の弟子ってことか」

 

「どうしてそんな、彼女を唆すような真似を……? あなたは何がしたいんです」

 

「そうだな……失ったものを取り戻すと言えばわかるかな?」

 

 ここまでセイヴァーがやってきた所業ーーーわざわざ一人の少女を唆してベルトを奪わせるなんて一見回りくどいことまでして、取り戻したいもの。

 ここまで揃えばメイジにも彼が求めるものがなんなのか、答えに行き着いた。

 

 

「ーーーダークディケイドライバー、ですか」

 

「ああ。あれの本来の持ち主はこの俺だ。あの女を暴走させれば勝手に自滅して、後に残ったドライバーだけ頂戴するという寸法よ。我ながら中々いい作戦だろう? 後は邪魔なお前を始末するだけーーーサイタンク!」

 

「ブゥワー!」

 

 

 セイヴァーの背後から突っ込んできたサイタンクの鋭い突き上げがメイジを容赦なく打ち上げ、宙に投げ出されたメイジは自身に向けて引き絞られる弓矢の輝きを目にする。

 

  ロックオン! ザクロチャージ!

 

「ぐわああーッ!?」

 

 セイヴァーアローから解き放たれた深紅の矢になすすべなく撃墜されたメイジの身体はザクロロックシードのエネルギーに身を焼かれ、爆炎に包まれた。

 地面に落下し、激突した頃にはもう限界を迎えたメイジのスーツは大地の身を守ってはくれなかった。

 冷たい地面と霧に火照った身体は冷やされていく感覚が死んでいくようで、しかしそれとは反対に大地の怒りの感情はどんどん熱を帯びていく。

 

 憎悪、恐怖、言葉では言い表せない数々の負の感情が支配する渦に意識が取り込まれるあの感覚を大地が忘れるはずもない。

 何の罪もない少女を意図的にあの暴走状態にまで追い込むように唆した目の前の男を大地は許しはしない。

 

「さて、これでようやくダークディケイドは俺の手に戻る。どうだ? 命乞いするなら見逃してやってもいいが」

 

 

 ここで命乞いすれば可能性は低くとも助かる見込みはある。

 だが、こんな下衆に下げる頭など生憎持ち合わせてはいない。

 

「それだけの……それだけのために、天美さんを利用するなんて…!あなたは…いや! お前は僕が倒す!!」

 

「ふぁー…もう少し賢い選択をすると思ってたよ。メイジごときでこの俺に勝てるはずがないのに、その頑張りだけは褒めてやろう」

 

 例え1対1でも勝てないのは明らかだと頭では理解している。

 しかし、それはここで逃げていい理由にはならない。

 自身の頭上で輝きを増していくセイヴァーアローに抗うため、大地はメイジドライバーを鷲掴みにして輝きを真っ向から睨み付ける。

 

 

 このままいけば殺されるのは確実。セイヴァーとサイタンクの身体から火花を吹かせる無数の銃弾がなければ、の話だったが。

 

「ブゥワー!?」

 

「くっ……何者だ?」

 

 その正確無比な射撃から威吹鬼がこちらに気付いて駆けつけてくれたのか、と考えたが、銃弾が飛来した方向にいたのは真逆の白い装甲のライダー。仮面には金色の十字架とその合間から覗く赤い複眼。

 それは大地も知っている姿で、しかし何故彼がここにいるのかという疑問が湧き上がってくる。

 

「何故…貴方が?」

 

「何故、お前がここに」

 

 そのライダーはセイヴァー、大地の両者からの疑問に答えず、ただいつもの調子でお馴染みの台詞を静かに言い放つのだった。

 

 

「その命、神に返しなさい!」

 

 

 *

 

 

「ッつつ……」

 

 ダークディケイド、あきらの暴走で身体の至る所に裂傷を刻まれた苦痛に威吹鬼は暫しの間行動を制限されていた。

 錯乱したダークディケイドを取り抑えようとして、逆に強烈な攻撃に身を晒す羽目になり、裁鬼や轟鬼に至っては気絶してしまっていた。

 威吹鬼だけがまだ意識を保っていられる程度に済んでいるのは師匠を傷付けまいとするあきらの意識がまだ残っている証拠か。

 

 ダークディケイドは自分達を痛めつけた後に再び天馬に立ち向かっていき、その戦いは濃霧に遮られて見えなくなっていた。

 しばらくは電子音声や叫び声が聞こえていたのだが、唐突にピタリと止んでしまった。

 果たしてあきらは天馬を討伐できたのか、その結果を確かめるために威吹鬼は怪我をおして霧の中に歩みを進める。

 

 烈風を構えて油断なく霧の中を探り歩く威吹鬼の視界は空気の冷え込みを境に霧の薄い、比較的視界の晴れた場所にやってきた。

 

「ーーーっ! あきら!!」

 

 そこにはスタミナを枯らして倒れ伏すあきらと、彼女を背負う天馬。

 可憐な少女を背に乗せた白馬、なんて童話のような不思議な光景に一瞬呆気に取られた時には天馬は翼を広げて大空に羽ばたいていた。

 

 切羽詰まった様子でディスクアニマルを放つ威吹鬼が天馬がいた場所にダークディケイドライバーとライドブッカーが落ちていることに気付くのはまだ後の出来事だった。

 

 






サイタンク

仮面ライダーV3に登場した(個人的には)最強怪人。モチーフはサイ。
番組後半の強いV3をタイマンでボコボコ、マッハキックも効かない、と正直上司のヨロイ元帥より強そう。てかデストロン最強では?
角を折られると弱体化する設定があり、ライダーマンとの連携でようやく倒された。

今回はあんまり進展なし。でもイブキ編はそろそろ終了かな。
感想、質問はいつでもどうぞ。


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繋がる心


今年最後の更新


 

 

 絶対絶命の危機に大地を助けたライダー、それはかつて記録した仮面ライダーイクサであった。

「イクサの世界」でまだまだ未熟だった大地を鍛え、ライダーとしての心構えを教えてくれた師匠が何故この「威吹鬼の世界」にいるというのか?

 

「名護さん…どうして、貴方が…!?」

 

「ハァッ!」

 

 挨拶は不要とでも言うのか、イクサは大地に一瞥もくれずセイヴァーに斬りかかる。

 セイヴァーからしても異世界のライダーからの介入を受けるのは完全に想定外であったようで、その動きにはメイジを追い詰めたキレもない。

 

「イクサだと……!? まさか、貴様はーーー」

 

「ブゥワー!」

 

 サイタンクの仲間を助けようとする突進でイクサはセイヴァーから引き剥がされる。

 思わぬ救援ではあったが、あのままにしておいてはイクサまで2対1に追い込まれてしまう。

 痛む身体に鞭打って、メイジドライバーを巻き付けようとした大地の元にまた別の救援を知らせる羽の音がやってきた。

 

「大地ー! どうやら俺の力が必要らしいなぁ!」

 

「レイキバットさん!」

 

 ディスクアニマル達から解放されて駆け付けたレイキバットは大地にとって待ち望んだ仲間。

 メイジドライバーと指輪をポーチにしまい、相棒とのパワーに優れた変身を選択する。

 

「「変身!!」」

 

 濃霧をも掻き消す吹雪に乗って、イクサの脇腹を突き上げようとしているサイタンクの肩をハイキックが突き飛ばす。

 イクサと同じ世界の白いライダー、レイは続けざまにセイヴァーにもキックを食らわせてイクサをフォローする形となる。

 

 タッグを組んで戦う際には互いのフォローを忘れない。名護から教わった通りにしたのだが、イクサは何も言うことなくセイヴァーに突き進んで行く。

 

「名護さん……?」

 

 無言で駆け出したイクサの背中を見ていると、先ほどからレイの中でずっと感じている違和感がより強く、より大きくなっていく。

 突然やって来たかと思えば、ひたすら敵を倒すためだけに戦う姿が微妙に名護と重ならないというか…最初に聞こえた声からして名護なのは間違いないのだが。

 

「ぼさっとすんな! 来るぞ!」

 

「ブゥワー!!」

 

 ベルトから響く警告で我に返ったレイは頭上から飛びかかってきた巨体が自身を潰そうと目論んでいることに気付き、危ういところで回避に成功した。

 着地の衝撃で土塊を巻き上げるほどの重量には戦慄せざるを得ないが、それでもレイの鎧を身に纏った今の大地ならテクニカルなメイジよりも幾分かまともに戦える筈だ。

 

「おのれぇ! ちょこまかと逃げ回るとは…これならどうだ!」

 

 一体何をするつもりかと警戒しているレイに向けてサイタンクは両肩の角を張って、どこか突き出すような態勢になる。

 その行動を疑問に思う間も無く、突如としてその両肩の角がまるでミサイルのごとく射出された。

 

「うわっ!?」

 

 ずっと肉弾戦に徹してきた相手が急に飛び道具なんて使ってきたら、大半の者は大地と同じく驚愕の叫びを漏らしていたことだろう。

 事実、もしメイジのままだったならあっさりと刺し貫かれていたことは容易く予想できる。

 しかし、メイジではなくレイであれば大地よりも注意深く敵を観察しているレイキバットと彼がある程度システムを操れる武装がある。

 

 濃霧を裂く威力抜群の角がレイに迫っている途中、レイの両肩にある巨大な爪、ブロウニングショルダーが大地の意思とは関係なく伸縮する。

 レイキバットが操作することでこれまで装飾品でしか無かった鉤爪は槍として前方に伸びて、その過程で激突して角のミサイルは粉々に砕け散った。

 ブロウニングショルダーの伸縮はそれだけに終わらず、サイタンクにまで到達した爪は先ほどまで角を備えていた両肩に突き刺さる。

 

「ブゥワー!? 馬鹿な、この俺にこんな爪が刺さるはずがない!?」

 

「馬鹿はお前だ! 確かに体表は硬いんだろうが、身体の器官である角が剥がれた部位まで同じ硬さではないらしいな! さあ、凍っちまいな!!」

 

「ぬ、ヌワアアアー………!?」

 

 ブロウニングショルダーを伝ってサイタンクの内部に凄まじい冷気が直接注ぎ込まれる。

 レイの凍結能力を内側からぶち込まれてしまえば、いくら堅牢を誇るサイタンクであろうと抗う術はない。

 あっという間に悲鳴すら凍てつかせ、デストロンの強豪怪人は見事な氷のオブジェへと早変わりした。

 

 並みの怪人ならこれで終わりなのだが、驚いたことにサイタンクの氷は徐々にヒビ割れ始めているのだ。あのパワーは伊達ではないということか。

 

「しぶとい野郎だ! 決めろ大地!」

 

「華麗に、激しく、やってみます!」

 

「ウェイクアップ!」

 

 レイの両腕に巻かれた鎖からギガンティッククローが解放される。

 ブロウニングショルダーが刺さった先に自身の身体を手繰り寄せるようにしてサイタンクに急接近、レイは冷気を帯びた爪を振り上げる。

 

「ッツアァァ!!」

 

 ブロウニングショルダーが刺さっていた、凍結の薄い肩の部分にできた傷口をレイのブリザードクロー・エクスキュージョンが貫き、確かな手応えを爪先に感じさせた。

 急接近の勢いを乗せた一撃はサイタンクの身体を両肩から外側に、パキパキと氷が割れる小気味の良い音を立てて切り開く。

 

 氷のオブジェと化したサイタンクにはもはや断末魔を上げることすらできず、かつて怪人だった破片を踏み砕いて、レイの勝利は確定したのだった。

 

「サイタンクが……!? チッ、想定外だな」

 

「フンッ!!」

 

 レイが勝利を収めたことで形勢は完全に逆転した。

 自慢の怪人がこんなにも早く撃破されてしまったセイヴァーは舌打ちと共にセイヴァーアローの高エネルギーでできた矢を頭上に放ち、数本に分裂して落下した周囲を爆炎に染める。

 すぐにブリザードミストで炎を全て搔き消したのだが、すでにセイヴァーの姿はどこにもいなかった。

 

「逃げられた、と見ていいな」

 

「……? 名護さんもいない」

 

 レイとしてはセイヴァーはともかく、至近距離で斬り合っていたイクサまで姿を消していたのが気掛かりではあった。

 まさかあんな撹乱程度でやられるはずもないし、だが姿を隠す理由だってわからない。

 まるで狐に化かされたとでもいうようなこの感覚、あのイクサは幻覚だったと言われても信じてしまいそうだ。

 

「この世界だとカシャ*1に化かされたっていうのかな…」

 

「何言ってんだお前」

 

 凍える風が吹いた。

 

 

 *

 

 

 変身を解いた大地は程なくしてイブキと合流できた。

 彼から受け取って、ダークディケイドライバーとライドブッカーもこの手に戻ってきたが、内心ではやるせなさで満ちていた。

 

「やっぱり暴走を……僕がもっとしっかりしていれば天美さんは…」

 

「君のせいじゃない。あきらが人の物を盗んで、しかもあんな風になるまで追い詰められていたなんて僕は気が付きもしなかった。師匠失格だ」

 

 二人の男は自身の不甲斐なさに項垂れている。

 大地がドライバーを取られなければあきらが暴走して連れ去られることはなかったかもしれない。

 イブキがもっとあきらに気を使っていれば、彼女がドライバーを盗むこともなかったかもしれない。

 

 意味のない仮定だと理解していても、後悔せずにはいられない。だが、それも一瞬だけのこと。

 すぐに頭を持ち上げた二人の顔にあるのはあきらを救い出すという決意の表情だった。

 

「もしこれが僕達の責任だとすれば、僕達には天美さんを救い出す義務があるはずです」

 

「大地くんの言う通りだよ。それに普通ならその場で獲物を捕食する魔化魍がわざわざ連れ去るような真似をしたんだ。通常とは異なる生態なのもあるけど、きっとあきらはまだ生きているはずだ」

 

 トドロキ、サバキは酷い怪我ですでに山を下ろされ、あきら救出のために天馬に対抗できるのはイブキと大地だけ。

 それでも二人に戦力の低下を恐れる様子は微塵も無く、己にできることを模索して必死に話し合っている最中にいくつかの甲高い鳴き声が山中に木霊した。

 それが索敵のためにイブキの放ったアカネタカの声だと瞬時に理解した二人はディスクアニマルの映像確認を行うと、そこに映っていたのはかなり奇妙な光景であった。

 

「これは……!?」

 

「多分、天馬の童子と姫だ。それにこれは…天馬の卵?」

 

 

 西洋の騎士を連想させる奇妙な二人組みの男女が我が子を慈しむように天馬を撫でて、その背後にある古い家屋には人間より一回り大きいくらいの卵が数個置かれている。

 そして一番注目すべきは卵が置かれている中央部に横たわる少女。それは言うまでもなく攫われたあきらだ。

 微かに身動ぎしていることから生きているのは間違いなく、目立った外傷も見られない。

 だがこのままで無事に済むというのはあまりにも楽観的過ぎる憶測になるだろう。

 

「急ぎましょう、イブキさん。本当に取り返しがつかなくなる前に!」

 

「地図と照らし合わせると、恐らくあの小屋があるのはここから南西の方角だ。天馬に加えて童子と姫もいるし、サバキさん達だっていない。正真正銘僕達二人だけの危険な戦いになる……それでも来てくれるかい?」

 

「危険なのは百も承知です。それもいつものことですから!」

 

 

 これ以上の問答は時間の無駄だと互いに理解していた。

 二人は必要最低限の準備だけ整えてからイブキの駆る竜巻に乗って出発した。

 

 

 *

 

 

 人気もなく、薄暗い森の奥に漂う濃霧。

 仮に人が来たとしてもその末路はほぼ決まっているであろうその場所には湿度の高い環境に身を潜める天馬とその傍に立つ男女。

 彼らは格好こそ従来の者達とは異なれど、魔化魍を育てる親とも言うべき童子と姫である。

 

「「……」」

 

 彼らは言葉を交わさずにとある一点を見つめ続けていた。

 この日本から遠く離れた異国の地こそ彼らの暮らすべき環境であり、この国で誕生したのも偶然と悪意が重なっただけであった。

 実際天馬と共に本来の生息地に戻るつもりではあったし、幼体だって日本で育てる予定ではなかった。

 彼らをこの地に留まらせたのは、その視線が向く一点からまもなくやってくるであろう人物……というよりも道具に引き寄せられていたからなのだ。

 

 天馬の寄生虫との共生によるエネルギーの供給量は莫大なもので、細々と人間を襲っているだけでは賄えなくなり、時代が移り変わると同時にほぼ絶滅していた。

 この天馬だって例外に非ず、幼体の餌もまともに調達できないまま緩やかに飢餓を迎えるはずだったが、とてつもないエネルギーを秘めた道具ーーー実際に使用できるかはともかくーーー彼らを引き寄せるには十分なものがあきらを誘拐した理由でもある。

 

 彼らが求める物、ダークディケイドライバーという高エネルギー物質がもうすぐやってくるとほくそ笑む。獲物を前に舌舐めずりをする獣とは彼らのことを指すのかもしれない。

 

 やがて訪れるバイクの排気音とそれに乗る鬼。

 鬼に殺されるリスクは大いにあれど、得られるリターンの方が遥かに大きい。だが、鬼を早々に始末しておくに越したことはない。

 

 バイクの運転手、イブキの首を刈り取る一撃が戦闘形態に変異した怪童子から繰り出された。

 普段ならいざ知らず、運転中にこの速さの攻撃を咄嗟に躱すのはいかに鬼であろうと不可能に近い。ほくそ笑む怪童子であったが、しかしその目論見は甘かったと思い知る羽目になる。

 

 鬼の温かな血を滴らせているはずの剣先には人肌としてはいささか白すぎるものにしっかりと食い止められており、鬼の式神らしきその蝙蝠はニヤリと苛立たしげに笑う。

 

「残念だったな」

 

「ヌゥ…!」

 

 無防備になった怪童子はそのまま竜巻に跳ね飛ばされ、しかし即座に立ち上がってバイクから降り立った二人の男を戦闘形態と化した妖姫と共に睨む。

 さらにその背後からは傷を回復させていた天馬までもが不気味に嘶き、現れた外敵への敵意を露わにした。

 

 皮膚を突き刺すプレッシャーにも怯まず、大地はダークディケイドライバーを、イブキは鬼笛を構えて臨戦態勢を取る。

 あきらが使ったばかりにも関わらず、何故かもうすでに変身可能になっているのは気になるが今はむしろ好都合だ。

 

「変身!」

 

  KAMENRIDE DECADE

 

 飢えた獣が変身完了を律儀に待つなんて道理があるわけもなく、威吹鬼を変身させる疾風ごと引き裂くようにして迫る怪童子と妖姫の剣先を間一髪のところでライドブッカーが弾いた。

 

「イブキさん、手筈通りにいきましょう!」

 

「こんな役回りを押し付けてごめん。すぐに助け出してくるよ!」

 

 ダークディケイドが怪童子と妖姫を抑えている隙に威吹鬼があきらの救出に向かう。それが道中に決めていた作戦だった。

 勿論これは天馬や操られた魔化魍が邪魔に入る可能性を考慮した末の結論であり、卵が眠る小屋に足を踏み入れようとする威吹鬼を突き飛ばそうと天馬がその腰を上げる前に、ダークディケイドはカードを装填していた。

 

  ATTACKRIDE ILLUSION

 

 怪童子を切り裂く斬撃、妖姫を吹っ飛ばすフック、天馬を怯ませる三方向からの銃撃。その全てが同時に行われ、イリュージョンの効果で五人に分身したダークディケイドの技であった。

 幸運にも天馬が操る魔化魍はいないようで、威吹鬼の邪魔をする存在はもういないかと思われた瞬間ーーー

 

「……ハッ!?」

 

 小屋の入口付近で不穏な気配を察知した威吹鬼は咄嗟にその場から飛び退き、その直後に立っていた足場に巨大な穴が開く瞬間を目撃する。

 自然にできたにしては不自然なこの落とし穴、威吹鬼にはその犯人に心当たりがあった。

 天馬が操る魔化魍がこの場にいないのではなく、単に目視できなかっただけだとしたら?ーーー当たって欲しくはない予感が見事的中したことを示す地鳴りが周囲に響き渡った。

 

「オオアリか……!」

 

「ギギギ……ギギギギギ!!」

 

 蟻と蜘蛛を掛け合わせた外見の巨大魔化魍、オオアリ。

 地中から獲物を襲う、強力な蟻酸を放つなどの能力はあるがそこまで強敵と言うほどでもないこの魔化魍であっても、この時間勝負な状況ではひたすら厄介な相手と言えよう。

 

  FINALATTACKRIDE DE DE DE DECADE

 

 威吹鬼がそうして手をこまねいている内に怪童子と妖姫がディメンションキックによって撃破され、手の空いた分身も天馬の足止めに加わる。

 そして四人の分身に天馬の相手を任せて、地中からの襲撃に手を焼いている威吹鬼を心配したダークディケイド本体が駆け寄ろうとしたところ、「来るな!」という鋭い叫びがその歩みを止めた。

 

「このオオアリは僕を標的にしてる。今、小屋に入れるのは大地くんだけだ! あきらを頼んだよ!」

 

「ええっ!? ちょ……いえ、わかりました!!」

 

「よし……ハッ!」

 

 ダークディケイドの了承を得るや否や威吹鬼は足元を踏み荒すように激しく動き回る。恐らくオオアリの注意を引くためだろう。

 師匠であるイブキが弟子の救出に自ら向かえない心苦しさは大地の想像を超えるであろうし、だからこそ一刻も早く為すべきことを為すしかない。

 

「なるべく気配を消していくなら……このライダーで!」

 

  KAMENRIDE DARK GHOST

 

 白い仮面、黒い装束、仮面ライダーダークゴーストの姿を借りたDDダークゴーストがフードを脱ぐ音が喧騒の中に消えていく。

 全身の輪郭が揺らぎ、低空に浮いた浮遊状態で威吹鬼の位置から回り込む経路で気配を消したまま小屋への進入に成功する。

 

 埃っぽい空気が充満している小屋の湿っぽさとは真逆な神秘性を放つ、青白い卵の上に横たわる少女という光景にもDDダークゴーストは一切動揺せずに近寄る。

 アカネタカの映像で見た時と変わらずに意識を失ったままのあきらの顔は悪夢にうなされているのでないかと思うほど歪んでいた。

 

「天美さん、天美さん!」

 

 年齢不相応にガッチリしたその肩を少し強めに揺さぶって起こそうと試みるが、反応はない。

 むしろ汗でできた細かい水滴がどんどん浮かび、微かだった呼吸まで激しくなってくる。

 どれだけ揺さぶっても一向に目を覚まさないあきらはどう見ても放置していれば不味いのだが、対処法がわからないDDダークゴーストは狼狽えるばかり。

 それでも駄目元で回復魔法を施してみようとビーストのカードを取り出した瞬間、あきらの様子はさらに一変した。

 

「うぅうう…ぅああああーっ!!」

 

 突然の絶叫に伴ってあきらの顔に灰色の模様らしきものが張り付く。

 無機質なそれが少女の潤った柔肌に浮かんでいる様はグロテスクにすら見え、やがてあきらの全身に広がることで飲み込んでいく。

 あきらの身体が完全に見えなくなった時ーーーそれはライオンのような怪人の外皮に成り代わっていた。

 

『ついでに力を欲するヤミーも寄生させておいたが』

 

「これはーーーそうか、これがヤミー!」

 

 脳裏によぎったのはドウマが口走った言葉。

 さらにいえばプロトバースにカメンライドした時にも似たようなものを垣間見た気がする。

 このヤミーという怪人ーーーライオンヤミーは魔化魍に匹敵する圧を叫びに乗せて解き放ち、DDダークゴーストは防ぐ間も無く余波の衝撃に曝された。

 

「チカラ……そのチカラを、もっとォォォォ!」

 

「天美さん! ……駄目か、ならどうすればいい!?」

 

 DDダークゴーストにーーというよりもダークディケイドライバー目掛けて突っ込んでくるライオンヤミーに呼びかけてみても期待した反応は返ってこない。

 プロトバースから得られた記録は本当に断片的な情報だけで、このライオンヤミーを倒せばあきらが元に戻るという保証もないため反撃に転じるといったこともできない。

 こういう時限っていつも頼りになっていたドライバーからのカメンライドの指示は何も無く、仕方無しに召喚したガンガンセイバーでライオンヤミーの強靭な顎を受け止めたその時だった。

 

「……ん? 何、これ?」

 

 ライオンヤミーの常識外れなパワーに今にも押し切られそうになりながら、しかしDDダークゴーストは自身の胸部に刻まれた紋章がいつの間にか発光していることに気付く。

 ブレストクレストと呼ばれるその紋章には強い意志をエネルギーに変換する能力が備わっており、その強い意志はDDダークゴーストにも流れ込む。

 そして感じ取ったのは大地とは違う人物ーーーあきらが抱えていた感情だった。

 

 

 力が欲しい。

 

 憎き魔化魍を討ち滅ぼせる力、一刻も早く鬼になりたい。そのためにずっと訓練をしてきた。

 なのにあの男はただ道具を手に入れただけで鬼と同等か、それ以上の力を操っている。不公平だ、私の方が長い間努力してきたのに。

 

 私が未だにやってもいない実戦訓練をイブキさんと一緒にしているのもどこか気に食わなかった。

 こんな妬みを抱えてもしょうがないと割り切ろうとしても、私の中から聞こえる声がそれを否定してくる。もっと欲望を解放しろ、力を手に入れろと。

 そうだ、碌に鍛錬しなかった男が使うよりは私が使った方がずっと良いに違いない。

 

 きっとイブキさん達も認めてーーー

 

 

「違う!!」

 

 伝わってきた感情の濁流を断ち切る否定の叫び。

 それはライオンヤミーを突き飛ばしたDDダークゴーストが発した声だった。

 

「確かにこの力は強いし、特別な訓練だって必要ないよ。でもそれと同時に得体の知れないーー暴走するかもしれない危険な力でもあるんだ。天美さんはそんな力に頼らなくても、正しい心と強い信念で人を守れるライダーにきっとなれる!」

 

 ライオンヤミーの動きが止まる。

 狼狽しているように、あるいは耳を傾けているように。

 

「この短い交流だけでもこの世界のライダーである鬼達、イブキさん達はみんな正しい心を持ってると感じた。天美さんはイブキさんに認められた弟子なんだからもっと自信を持って、そんな奴にも負けちゃ駄目だよ!」

 

 再び動きだすライオンヤミー。

 だがどこか苦しげでしきりに頭を押さえて振っている。

 今ならあきらを助け出せるかもしれない。DDダークゴーストは一か八かの賭けに出る。

 

  FORMRIDE DARK GHOST IKKYU

 

 水色のパーカー、一休魂へのゴーストチェンジ。

 ハテナマークの仮面を付けたこの一休魂には直接的な戦闘に秀でた能力は持たない。

 だがこのライオンヤミーからあきらを救い出すにはうってつけと言えるかもしれないフォームでもある。

 

「トラもライオンも似たようなものでしょ!」

 

 屏風から虎を追い出す、なんてとんちの逸話がある一休の魂ならばあるいは。

 ライオンにも効果があるのかはわからないが、試してみる価値はあるだろう。

 

 座禅を組んで集中力を上げ、思い描いた光景として念を送る。

 するとライオンヤミーはさらにもがき苦しみ、身体からセルメダルが溢れ落ちてくる。

 そのセルメダルがヤミーの身体を構成しているのだとDDダークゴーストは直感的に理解していた。そして、崩れた身体の隙間から覗いたあきらの顔も当然見逃しはしない。

 ライオンヤミーを引き剥がす、というよりもあきらをライオンヤミーから引き剥がす形として念を送り続けた結果、周囲には数え切れないほど膨大な量のメダルが散らばり、そのぶんだけヤミーの身体にもあきらに通じる穴が開く。

 

 あともう一踏ん張り。最大限まで気力を高める。

 

「天美さんーーー起きるんだ!あきらさん!!」

 

「ウウウウ……ウウウぅあああー!!」

 

 ついに臨界を超え、メダルのダムは崩壊する。

 血飛沫のごとく噴出されたセルメダルに混じって、絶叫と共に目を覚ましたあきらがライオンヤミーから飛び出してきた。

 そう、自らの力でだ。

 

 失った宿主を取り戻すべく手を伸ばすライオンヤミーだったが、そうはさせまいとDDダークゴーストもカードを手に取っていた。

 

  FORMRIDE DARK GHOST PHYTHAGORAS

 

  FINALATTACKRIDE DA DA DA DARK GHOST

 

「もう、天美さんにはお前なんか必要ない!」

 

「ガアァァァァッ!?」

 

 ピタゴラス魂へとゴーストチェンジしたDDダークゴーストから発生した三角形状の無数のエネルギーは瞬時に拡散。

 あきらを傷付けないように角度をつけて曲がり、全てライオンヤミーに直撃した。

 セルメダルを撒き散らして卵のそばに倒れるが、それでもライオンヤミーは健在だ。すでに大量のメダルを吐き出しておきながらタフな怪人としか言いようがない。

 

  FORMRIDE DARK GHOST NAPOLEON

 

  FINALATTACKRIDE DA DA DA DARK GHOST

 

「でもこれで終わりだ……! ッツァァァァ!!」

 

 踏み出したDDダークゴーストの姿はナポレオン魂となり、左肩のマントがあきらを庇うようになびく。

 ガンガンセイバーに帯びた凄まじいエネルギーの刃を一気に振り抜き、ダークゴースト最大の必殺技が炸裂する。

 ライオンヤミー、天馬の卵、何であろうとオメガドライブの斬撃を妨げることは叶わない。

 

「チカラ……チカーーギャァァァッ!?」

 

 天馬の卵も残らず焼却され、無事に救い出されたあきらの目に映るのは眩しい英雄の背中だけであった。

 

 

 *

 

 

 その同時刻、小屋の外ではやはり威吹鬼は孤軍奮闘を続けていた。

 ダークディケイドがダークゴーストにカメンライドした時点でイリュージョンの効果は消失し、天馬とオオアリの二体の魔化魍を相手にしなければならなくなるという不利な状況でもなお奮闘した威吹鬼によってなんとかオオアリだけは倒すことができた。

 

 しかし天馬は四人がかりでも苦戦したかなりの強敵。威吹鬼のスタミナも限界に達しつつある。

 

「くうっ……あとは、あとはこいつだけなのに…!」

 

 限界が近いのは天馬とて同じのはず。それでも未だに激しく抵抗してくるのは生きようとする命の力なのか。

 だが威吹鬼だってここで折れることは許されない。

 

 弟子の悩みを見抜けなかった不甲斐ない師匠としても、異世界の若き青年にその救出を押し付けてしまった責任を取るためにもーーーそしてなによりも宗家の鬼としてここでは負けられない!

 

「「イブキさん!」」

 

 そんな意に反して折れそうになった威吹鬼の足は、背を向けていた小屋から届いた二つの声に支えられた。

 そして駆け寄ってくる足音に立ち上がる力を貰い、威吹鬼とダークディケイドは共に疾走していった。

 

 

*1
狐の魔化魍




ライオンヤミー
小説版仮面ライダーオーズ アンクの章に登場したヤミー。
800年前のオーズに寄生したが、即脱出された。力を求める欲望から生まれたせいか、完全態グリードに匹敵する強さだったが、ガタキリバコンボに呆気なく倒された。
多分そのまま戦えばクッソ強いはず。

年末更新! 次回、イブキ編完結です。
では皆様、良いお年を。


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始まる君


あえての原作サブタイで、歌詞で…うん、それだけ。



 

 

 残された最後の力を振り絞るような雄叫びを上げて駆けるダークディケイドと威吹鬼。

 最優先事項であるあきらの救出を果たしたライダー達にはまだ天馬討伐の使命が残っている。

 対する天馬の魂を震わせるいななぎからもこの戦いが最後の決戦になることを予感させた。

 

 魔化魍が相手ならばあきらに言葉を投げかけた際に色を取り戻した威吹鬼のカードを使う手もあるだろうが、ここでダークディケイドが選んだのはまた別のライダーのカードであった。

 

  KAMENRIDE ZANGETSU

 

 天馬から繰り出された翼の刃による斬撃を威吹鬼はスレスレのところでスライディングして回避、ダークディケイドはーーー否、メロンの鎧を装着したDD斬月は同じくメロンを模した盾のメロンディフェンダーで防御する。

 ライダーの必殺技クラスの攻撃であろうと強固な盾として機能するメロンディフェンダーのおかげでDD斬月には微かな衝撃のみしか伝わらず、逆に無双セイバーを振るって翼の一部を切り裂くことに成功した。

 威吹鬼もスライディングの間際に真下からの射撃で翼に無数の穴を開けていた。

 

 瞬く間にボロボロになっていく翼ではもう飛翔して逃げることも叶わないだろう。

 転倒させることを狙ってか、威吹鬼は巨木のごとき脚に旋風を纏った回し蹴りを連続で叩き込んでいるが、その役割をこなすのは音撃を使いこなす彼ではないとDD斬月は理解する。

 

「イブキさん、僕が押さえてる間に音撃のほう、お願いします!」

 

  FORMRIDE ZANGETSU SUIKA

 

  ヨロイモード!

 

 DD斬月の頭上から被さった…というよりも飲み込んだ巨大な(と言っても天馬よりかは一回り小さいが)スイカアームズ。

 ヨロイモードの名に恥じぬ人型形態でDD斬月は天馬に真っ向から対抗する。

 

「よし、そのまま頼むよ!」

 

 この数日間でいくらダークディケイドの多彩な能力を間近で見ていようと、こんな馬鹿でかいスイカロボが出現すればツッコミの一つでも言われそうなものだが、威吹鬼は見たままの光景を素直に受け入れていた。

 

 烈風を構えて右へ左へ、威吹鬼はあらゆる角度から鬼石を打ち込む。

 当然天馬は暴れて抵抗するし、それに応じてDD斬月も動けばそれだけ威吹鬼の誤射の危険性は上がるが、落ち着き払う彼からはそんな不安を抱く必要性は全く感じられない。

 威吹鬼の腕が確か、というのは勿論だが、それ以上に大地とイブキの間に構築された信頼関係が彼等の心に安心感を与えているというのが大きかった。

 

 そして十発目の鬼石が天馬の首筋に埋め込まれ、ライダー達は頃合いを悟る。

 疾風一閃の前置きとしてDD斬月のままで必殺技をぶつけてやるーーーこれは悪手だろう。スイカアームズの火力では天馬を弱らせることはできても、決め手でもない過剰なエネルギーは却って威吹鬼の邪魔になり兼ねない。

 

  ジャイロモード!

 

 故にDD斬月は天馬から離れ、しかし隙を生まないように飛行形態となってバルカン砲による掃射で怯ませながらの後退ーーーその合間にも威吹鬼の準備は着々と整っていた。

 スイカアームズを解除したDD斬月が地上に降りると同時、清めの音を吹き鳴らす直前の深く、大きな吸い込みが鼓膜に響く。

 

「音撃射! 疾風一閃!」

 

 魔化魍からすれば忌々しい、それ以外の者には美しい演奏として認識される清めの音がついに鳴り始めた。

 体内で共鳴する鬼石と直接響く音撃射が与える清めの衝撃に凄まじい勢いで首を振って抵抗しようとしてくる天馬を押さえるべく、DD斬月はその姿を疾風の中で変化させる。

 

  KAMENRIDE SKULL

 

 天馬のようなサイズの相手に対してスカルマグナムで挑むのはいささか火力不足もいいところだが、今この場でDDスカルがすべきは疾風一閃が完了するまでに天馬を抑えるだけなのだ。

 スカルにカメンライドする際には何故か必ず付属する白い帽子をクイ、と上げて狙う先には所々穴の空いた痛々しい翼で威吹鬼を打とうとする天馬。

 

「やらせない!」

 

 顔面、翼、頸部、あらゆる部位を的確に狙い撃つ。

 焦らずに落ち着いて、素早く狙って引き金を引く。特訓で得た教訓を全て活かした射撃が天馬の怒りを買い、羽毛を撒き散らす翼の矛先はDDスカルにも向けられるが、それもまた思惑通りであった。

 

  FINALATTACKRIDE S S S SKULL

 

 DDスカルの胸部をスッパリと切り開こうとした翼はその寸前で紫の塊ーーーDDスカルの胸部から生成された骸骨型エネルギーが弾く。

 疾風一閃のピリオドに合わせるが如く、DDスカルも右足を弧を描くように引き絞る。

 

「ーーーッツアアッ!」

 

 左足を軸に跳躍したDDスカルは思い切り身体を捻った勢いを右足に乗せ、その骸骨型エネルギーを蹴飛ばした。

 必殺キックが天馬の翼を完全に打ち砕いた直後、肺の空気を全て出し尽くす清めの音が身体の隅々にまで響き渡る。

 ここまで傷付き果ててもなおいななく天馬であったが、その鳴き声を発した声帯も土塊に還ってしまえば後は静寂が支配する場となる。

 

 かつて天馬だった落ち葉が秋の夕空に飛んでいく様子を見た大地は砕いた卵と共に、儚い命にほんの少しだけ罪悪感を抱いた。

 

 

 *

 

 

 魔化魍異常発生の元凶たる存在を討伐したのだからもう下山してもいいのだと大地は勝手に思っていた。

 しかし、天馬が操っていた魔化魍が他にもいるかもしれない可能性を考慮するとまだ警戒態勢を解くわけにもいかないのだという。

 

「まあほとんどいないとは思うけどね、ほんとに念のためって感じ。僕も流石にクタクタだから他の鬼が代わりに来るまでかな。大地くんも疲れてるだろうし、ここでお別れかな?」

 

「そう…なりますかね。正直けっこう辛いし、とりあえず目的は達成できたんで」

 

 ナポレオン魂とスイカアームズが大地にもたらした疲労は今浮かべている苦笑いだけで済まないほど大きかった。

 だがこの後山を下りなければならないのが億劫で仕方ないのは置いておいて、ひとまずはみんな無事に済んだことへの喜びが疲労よりも勝っていたからこそなるべく疲れた表情を表に出さないのだ。

 

 無事に済んだ、と言えば隣でやかましく説教しているレイキバットとしおらしくなって謝罪しているあきらもそうだ。

 

「ったく! この俺様をリンチしようとは中々華麗に激しく肝が据わってるじゃねえかよ、ええ!? 一回俺様のブリザードミスト味わってみるか!?」

 

「ごめんなさい!! ほんっっっとうにごめんなさい!! 私がどうかしてました!!」

 

 責任がないとは言い切れないし、本人だってそれは重々承知しているのだろうが、あんなにねちっこくどやされて涙目になっているあきらはどうしても可哀想に見えてしまう。

 このまま放置しておくと本当にレイキバットが実力行使しかねないので、溜息を一つだけ吐いて仲裁に入った。

 

「ま、まあまあ…レイキバットさんもそのへんにしといてあげてよ。悪いのはドウマって奴なんだからさ。ブリザードミスト? はそいつに会った時に頼みますよ」

 

「ケッ!」

 

 納得してくれたのかは不明だが、渋々といった様子でポーチに入るレイキバット。重くなるから下山の際には自分で飛んで欲しいと本音を言えば機嫌が悪くなるのは目に見えているので、やめておいた。

 

「大地さん! ご迷惑をおかけして本当にすいませんでした! 勝手にあんな真似までした挙句、救出までしてくれて、わたし……」

 

「いやあ、もう本当に大丈夫だって。結果的にカードも記録できたし……今回のことで改めてこれの危険性もわかって良かったよ」

 

 一応助け舟を出された形のあきらはまたしても地面に頭を叩きつける勢いで大地に謝罪してくる。

 ドライバーを盗られた以外は特に実害を被ってもいない上、以前までの冷たさは微塵も感じさせない今の彼女を見れば責める気持ちなんかこれっぽっちも湧いてこない。

 

 DDダークゴーストの時に聞こえた焦りやドウマの策略などがあきらをあそこまで追い詰めただけであって、本来の彼女はこの世界のライダーに相応しい正しさをもう身に付けていると確信できるほどに。

 

「天美さんに近付いた奴は僕がなんとかする。もう自分を責めなくてもいいんだ」

 

「でも大地さんに嫉妬していたのも本音だったことに違いはありません。これから私、たくさん鍛えます。鍛えて鍛えて……自分に負けないように頑張ります」

 

 身体を鍛えることの意義は大地もあきらも理解している。

 あきらの言葉に心を鍛える意義が含まれていることも。

 そしてその時、あきらが初めて見せた眩しい笑顔を大地が忘れることは一生ないだろう。

 

 

 *

 

 

「あぁ〜……清められるゥ〜」

 

 浴室に反響した自身の声を改めて聞いて、少々不謹慎ではないかと大地は思ったがここにはそれを気にする者はいない。

 熱いお湯が全身の細かい擦り傷に沁みてヒリヒリするも、もたらされる心地良さの方が断然上だ。

 

 苦心の末になんとか写真館に辿り着いた大地を待っていたのは帰宅を喜ぶ瑠美の声と、微妙に歪んだ顔。それが山籠りの数日間風呂に入ってなかった故の体臭のせいだと察する前に、ガイドの足が大地(とついでにレイキバット)を浴室に叩き出していた。

 毎日身体を拭いてから着替えていたが、脱いだ服が鼻に刺してきた臭いには妥当な扱いだと納得したし、帰って早々酷な扱いだと憤慨していたレイキバットも今はお湯を張った桶の中でご機嫌そうだ。

 

「お風呂ってこんなに気持ち良いものでしたっけ〜……久々に入ると格別っていうか、新鮮?」

 

「人間が感じるような快楽はわからんが、ディスクアニマル共にやられた汚れを落とせるのは悪くない。これを清潔感って言うんだろうよ」

 

 そういえばそんなことになっていたらしいと今更思い出した。

 なんでも大群に襲われていたらしく、サイタンク戦に駆けつけるのが遅れたのもそれが理由だとか。

 あきらにもう済んだことを深く追求するのも気が引けていたのだが、折角だし尋ねてみることにした。

 

「ディスクアニマルってたくさんいましたよね? どうやって抜け出してきたんですか?」

 

「それがな……気が付いた時には周囲のディスクアニマルはみーんな蹴散らされてやがったよ。恐らくは俺の目でも捉えきれない超加速で動く何かーーーいや、何者かの仕業か。あのドウマって野郎といい、突然現れて消えた名護といい、どうにも俺達の見えない所で何かあるらしい」

 

「それなんですけど、あれって本当に名護さんのイクサなのかどうか疑問に思うんです。いきなり消えちゃうし、久しぶりにあった人間にはそれ相応の挨拶があるんじゃないんですか? 名護さんがそういうの言わないのも不思議でした」

 

「うむ、不自然なことだらけだ。ガイドにでも問い詰めてみろ」

 

 答えてくれるといいなぁ。

 無意識のうちにそうぼやき、両手で掬ったお湯に映る自身の顔には全く期待が込められていないことに気付いた。

 

 

 *

 

 

 今日の夕飯は鳥の水炊き鍋であった。

 三人で鍋を囲みながら疑問に感じていたことを何気なくガイドに問うてみると、まるで世間話に興じるかのように答えた。

 

「そりゃビジターだろ。どう考えても」

 

 さも当然という風に言い放たれても、まずビジターの具体的な内容を教えてもらっていないのだから納得のしようがない。

 確か異なる世界に迷い込んだ者をそう呼ぶのだったか、もっと詳細を聞きたいのだ。

 

「あの、そのビジターって私も当てはまったりするんでしょうか?」

 

 タイミングを見計らって瑠美が質問する。

 しかし本人にとってはとてつもなく重要な質問でも、ガイドにはしめじを口に放り込むついでに答える程度の内容でしかないようだ。

 

「そうなるね。それに大地やレイキバットだって当てはまるし、ちらほら見かける存在でもある。世界の破壊者やらエニグマやら……最近じゃあ他の世界からライダーを呼び出す怪人までいたらしい。そこまで気にするもんでもないんじゃないか?」

 

「そうも言ってられません。今日、僕はドウマという男に出会いました」

 

 ドウマの名を聞いて何か反応を示すかと大地は思ったが、ガイドは眉ひとつ動かさない。

 じっと見つめてみても、あちち、と豆腐を冷ましながら目線で続きを促してくるばかりだ。

 

「ドウマは怪人を呼び出す力を持ってました。多分これまでに突然現れた怪人もドウマが召喚したんだと思います。それに、あいつはダークディケイドライバーの持ち主だとも言ってました……本当なんですか?」

 

 畳み掛けるように、一息に言い放つ。

 やはりガイドの表情は崩れないのだが、絶対に何か知っているはずという確信が大地の中にはあった。

 

 ガイドの返事を待つまでの間がやたら長く感じられる。

「ごちそうさま」と箸を置いたガイドはどこか遠くを見るような目で語り出す。

 

「ドウマね……昔の依頼人っていうか、大地の前にダークディケイドをやってたのは事実だ。ある時ヘマをやらかしてクビを宣告してからそれっきりさ。まさかこうして戻ってくるとは思わなかったなぁ……。ま、上手くやり過ごしてくれ」

 

「……なるほど。それでクビになった経緯は?」

 

「そこまで言うのはプライバシーの侵害だろー。仲良くなればそのうち教えてくれるんじゃないの?」

 

 いつも大地の戦いを監視しているような素ぶりをしていて今更どの口が言うのか、切実にそう思う。

 だいたい命を狙われている相手と仲良くなれ、そんな無茶を言われても困るのだが……。

 

 次の世界では遭遇しないことを祈りながら、烏龍茶をコップに注ぐ。そのトクトクと注ぐ音と重なるのはジャラジャラと鎖が下りる音、ガラガラとロールが下りる音。

 

 半ば予想していた背景ロールの移り変わりにやや緊張をしながら確認するとーーーそこには青と白で彩られ、赤いパトライトを光らせて疾走する大型トレーラーが描かれていた。

 

 

 *

 

 

 夜の帳が下りる時、多くの人々が床に就いてもネオンが煌めく都会には眠る時はやってこない。

 そんな静寂とはかけ離れた街を一望できるビルの屋上に佇む男、ドウマ。

 普通の感性を持っていれば煌びやかな街の景色に感嘆の声でも漏らしそうなものだが、あいにくこの男が今考えているのはダークディケイドライバーのことのみ。

 

 かつて手にしていた力を奪う宿願は「威吹鬼の世界」では失敗に終わったものの、次の世界で奪えばいいだけの話。

 しかし、そもそも「威吹鬼の世界」で失敗したことそのものがドウマには不可解でもあった。

 

 あの時、仮面ライダーイクサの乱入さえなければ今頃はーーー。

 

「まったく……思わぬ横槍が入ったものだよ。何故お前が俺の邪魔をする?」

 

 誰かに呼びかけるように言っても、それに返答する人物はその場にいない。

 いや、いないように見えているだけ、という方が正しいか。

 

 常人には察知できない気配が己の背後にあるのをドウマははっきりと感じていた。

 

「いい加減姿を見せたらどうだ? お前のことだよ盗人、いやーーー

 

 

 

 

 ーーー仮面ライダーディエンドと言えばわかるかな?」

 

 

「君こそ、僕の邪魔はやめてくれたまえ。未練がましい亡霊さん」

 

 ピリついた態度のドウマとは対照的な軽い態度の、どこか人をおちょくるような声。

 ドウマの背後から現れた声の主である男が浮かべる薄ら笑いは彼の苛立ちを煽る。

 

「邪魔をしているのはそっちの方だろう? あのイクサはお前の差し金のはずだ」

 

「さてどうだろうね。僕は自分のやりたいようにやらせてもらうだけさ。君ごときが何をしようと僕には何の興味も湧かない。精々僕の邪魔にならないようコソコソと這い回っていたまえ」

 

「コソ泥のお前に言われたくはないな。一体何が目的だ?」

 

 

 いつの間にか出現していた銀色のオーロラが男を飲み込むように迫ってくる。

 男ーーー海東大樹はニヤつきながらドウマに向けた指鉄砲で「バーン」と撃つ真似をした。

 

「決まっているだろう? お宝さ」

 

 オーロラの先に消えた海東に届くことはないと理解していても、ドウマが舌打ちをやめることはできなかった。




海東大樹

「仮面ライダーディケイド」に登場した2号ライダー、ディエンドの変身者。
世界を股にかける泥棒ライダーであり、仮面ライダーディケイドの門矢士とは憎まれ口を叩き合う間柄。世界に眠るお宝を求めて暗躍している。
他の仮面ライダーを自身の操り人形として召喚して戦わせる戦法を得意とする他、武器に変形させるファイナルフォームライドという能力まで持っている。

時系列としては「お宝DEエンドパイレーツ」の後から、つまりはIFではない海東大樹本人です。狙いはなんでしょうね。


お詫びのお知らせになりますが、1月中は更新が難しそうです。来月には必ず更新できますので、申し訳ございませんがそれまでお待ちください。

感想、質問はいつでもどうぞ!



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番外編 花崎瑠美のレポート その2


ちょっとしたこれまでのまとめ。読まなくても大丈夫です


 

 私、花崎瑠美はとある経緯を経て、大地さん達と一緒に異世界を巡る旅を続けている。

 いつも助けてもらっている恩義に報いるため、少しでも大地さんの助けになればと考えて情報の整理や考察している。

 

 そしてこの「威吹鬼の世界」を後にするこの夜、今までに判明したことをいつでも確認できるようにここに書き記す。

 今回は主に「ビジター」という存在と、ダークディケイドについて纏めた。

 

 

 ①ビジター

 その世界には元々存在しない者のことを指す。私が遭遇したハンミョウ獣人、ナマズギラーの他にも様々な怪人が確認されたらしい。

 これらの怪人はドウマと名乗る男が召喚したのだと大地さんは言っていた。これだけならビジター=ドウマの怪人と考えられるかもしれないが、前述した定義にはドウマや私達も当てはまり、ガイドさんが言うには他にも該当する者はいるという。

 世界の破壊者、エニグマ、詳細もわからないが、これらが世界を渡る者達と仮定するならいつか出会うこともあるかもしれない。

 

 

 ②ドウマ

 前述した怪人を召喚する男。ダークディケイドライバーを狙って幾度となく怪人をけしかけてきた。

 以前ダークディケイドに変身してガイドさんと一緒に世界を巡っていたらしいが、何かしらの失敗のせいでクビになったという。これに関しては本人から詳細を聞き出せるとは考えられないが、ガイドさんからこれ以上口を割らせるのも難しいだろう。

 そもそもダークディケイドライバーを奪ってどうするのか、どうやって世界を渡っているのかも不明。

 一番気がかりなのは戦闘手段を有さない私を何故誘拐したのか、という点である。人質にするならまだ解せるのだが、ドウマとの接触が皆無であり、これもまた不明である。

 

 

 ③ダークディケイド

 大地さんによるとダークディケイドライバーは大地さん以外の人間にも使用できたらしい。

 変身したのは天美あきらという女子高生で、ライダーになるための修行を積んでいたようだ。

 変身時間の制限はあっても変身そのものには制限はないのか、それとも条件はしっかり存在していてそれを偶々満たしていただけなのか。

 

 また大地さんに確認したところ、天美さんが変身した直後に大地さんも変身できたというが、それはつまりダークディケイドの変身制限は個人に対して掛けられていることになる。メイジやレイに変身していた時よりも体力を大幅に消耗するとも言っていたことから、ダークディケイドライバーの使用者の体力が制限に大きく関係している可能性もある。

 

 

 ④ギルス

 ③に関連して、前回のレポートから色んなライダーに変身してきた大地さんは負担がほとんどないのはやはりギルスだけであったと言っていた。

 G3などの色がないカードを除けば未使用なのはアナザーアギト、威吹鬼、轟鬼、斬鬼、ドレイク、NEW電王、レイ、サガ、ポセイドン、なでしこ、龍玄、マッハ。

 これらのライダーの中にギルスと同じく負担がないライダーがあるとすれば、何かしらのヒントになるかもしれない。

 

 

 *

 

 

「なるかもしれない……っと、こんな感じでしょうか」

 

 皆が寝静まった写真館のリビングに響いていたカタカタとキーボードを叩く音が止み、瞼の重みに苦戦していた瑠美はそこでようやく一息ついた。

 暗闇を照らすスクリーンの光に惹かれる虫のように、レイキバットが画面を覗き込む。

 この作成に関する情報の大部分を提供してくれたのもレイキバットである。

 

「まあまあだな。しかしお前も物好きな女よ、こんな夜更けまでやることとは俺には思えんな」

 

「レイキバさんにはつまらなかったかもしれません。でもきっと、これも大地くんの助けになるはずなんです。きっと……」

 

 こうして改めて整理してみてもわからない点だらけで、本当に大地の助けになるのかと言えば正直微妙だとは瑠美も自覚している。

 だけれど、大地の助けになっていると無理にでも思わなければ自身の無力さにどうにかなってしまいそうなのだ。

「威吹鬼の世界」では瑠美よりも年下の少女がライダーのサポートまで行っていたらしく、その事実が瑠美をさらに焦らせる。

 

「私ももっと頑張らなくちゃ……戦えなくてもできることはきっとあります」

 

「そうやって気負うのは結構だがな、一体どうしようってんだ? 雑用とか家事とかこなすだけじゃ不服だってのかよ」

 

「当たり前ですよ……命の恩人を支えるのは特別なことでもなんでもない。私がそれに報いるにはもっと今後役立つような情報を自分で掴むしかないんです」

 

 両親から最期にそう教えられて、常にそれを心掛けてきた。

 なのに今の瑠美は助けられてばかりで大地に報いるなんて夢のまた夢に等しい。

 しかし、戦闘には参加できなくても戦闘に役立つことを独自に調べられればあるいは。

 

「もしも仮面ライダーギルスに会えたとしたら、ギルスというライダーについても調べられるかもしれません。でもどの世界にいるのか……」

 

 次の世界を示す背景ロールに描かれているのは青と白の大型トラック。その世界こそ仮面ライダーギルスが存在する世界だということを瑠美はまだ知らない。

 

 





瑠美の視点から見た今までのまとめと、次の世界の展開とか。その1ほど重要なことはないかな?

サイガ使ってないやん! って気付いた人。すごい記憶力ですね……直接描写はありませんが、イクサ編の11話にてサイガを試したことがある描写はあります。ややこしいですね。


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G3編 機械仕掛けの魂
謎への岐路






 

 これは3人の仮面ライダーの物語。

 

 すでに仮面ライダーである男 大地、仮面ライダーダークディケイド。

 記憶喪失の青年。ガイドという謎の男から渡されたドライバーで仮面ライダーを記録する旅に出る。

 状況に合わせて三十を超える数のライダーに変身できる世界の理を捻じ曲げかねないその特異性は様々な敵を引き寄せ、大地を激闘へと誘う。

 

 

 仮面ライダーになろうとする男 氷川誠、G3。

 G3とは、未知なる敵に対抗するために警視庁の小沢澄子の開発した戦闘強化服である。しかし未確認生命体を超える敵を相手に目立った戦果を上げられないG3に対して上層部はとある決断を下す。

 

 

 仮面ライダーになってしまった男 葦原涼、仮面ライダーギルス。

 ある日突然ギルスに変身する能力を得る。しかし、変身する度に涼の身体はダメージを受ける。

 制御不能のその力の由来は涼本人にもわかってはいない。

 

 

 未知なる敵、アンノウン

 科学では説明のつかない犯行を繰り返す彼等の正体は未だ不明。

 警視庁では狙う対象になんらかの法則があると考えられている。

 

 些細な出来事から捻じ曲がった運命に翻弄される彼らの戦いは今、さらなる局面を迎えようとしていたーーー。

 

 

 *

 

 

 早朝のコンビニには様々な客がいる。

 出勤中に食べる朝食を買う者であったり、学校で読む漫画を買う者であったり。

 しかし、ありとあらゆる雑誌や新聞を買い漁る女子大生はそう見られはしないだろう。

 

「これと……あとはあれも」

 

 積み重なる紙の重さに負けじと買い物カゴを持ち上げる瑠美の細腕がぷるぷると震えている。

 新しい世界に来てから情報収集を行うのは自分の役目だと思い込んでいる瑠美は、こうして早起きするのもちっとも苦に感じていない。

 時代のズレがある関係か、この世界ではインターネットに接続できなかったのだが、だからこそ新聞に載ったニュースは何一つ見逃せない。

 

 戦えない瑠美が大地の役に立つためにも、もっと頑張らなければないらない。

 

 いい加減カゴから溢れ出しそうになってようやく最後の新聞を取ろうとした瑠美の手が、別の方向から伸びてきた手と重なった。

 

「「あ」」

 

 伸ばしかけていた手を思わず引っ込めてしまった。

 冷静になってみればあらゆる新聞を一部ずつ取っていくのはかなり非常識だったかもしれない。瑠美は途端に自分が恥ずかしくなった。

 見ればその新聞はあと一部しか残っていない。

 しかし、同じく新聞を手に取ろうとしていた男性は怒るどころか、温和に笑っている。

 

「いやーごめんごめん。俺、普段は新聞とかそんなに読まないんだけど、ちょっと必要になっちゃってさ。けどそんなに勉強熱心なら俺よりも君の方が欲しいよね」

 

「あの、そういうわけじゃないんですけど……私は大丈夫ですから、どうぞ」

 

「そう? なんか悪いねー」

 

 特に遠慮することもなく、ひょいと新聞を取った男性はそのままレジへ行く。

 しばし呆気にとられていた瑠美も腕を引っ張る重みを思い出して、後を追うようにレジに向かった。

 

 それらの買った物を持ち帰るのに苦労したのは言うまでもない。

 

 

 *

 

 

 カラッと乾いた空気に晒されてジワジワ浮かんでくる汗。いくら拭っても首筋を伝って降りてくるそれに大地は抵抗を諦めた。

 照り付ける日差しの暑さにネイビーの半袖シャツをパタパタと扇いでいると、先日までの山籠りしていた時に感じた肌寒さが嘘のように思える。

 これで通算5つ目の世界になるが、季節感のズレだけはどうしても慣れない。寒風が吹き抜ける秋の空気から一夜で蒸し暑い夏の朝になっているのだから服装だって一々調整しなければやってられない。

 

 オフィス街の道を並んで歩く大地と瑠美は傍から見ればカップルのようでもあろうが、当人達にはそんな気は全くない。

 特に何も見落としはしまい、と視界の全てに気を張り巡らしている瑠美の様子を見れば、そうは思えないだろう。暑さにだれている大地は微妙だが。

 

「こうして歩き続けるのもいい加減飽き飽きしてきます……いっそのこと、世界に着いた瞬間に仮面ライダーに関係する職業になってる、とかだと楽なのになぁ」

 

「そんな都合の良い話があるか。それに前回と違ってライダーの居場所がある程度見当が付いてるだけマシだろ」

 

 大地がふと思い付いたおとぎ話に近い愚痴は、ポーチの中からピシャリと切り捨てられた。

 愚痴を言いたくなる原因の一つはポーチの重さにもあるのだが、前にそれを言ったら明らかに不機嫌になったのでやめておこうと心の奥底に封じ込めた。

 

「あ、あそこにありましたよ。警視庁」

 

 瑠美が指差した先に佇むのは警視庁。後ろめたいことは何もなくても、正門の前に立つ警察官を見ると自然と背筋が伸びる。

 

 

 大地達がわざわざ警視庁にまでやってきたのには訳があった。

 早朝から新聞などを買い漁って、ライダーと怪人に関する調査をしてくれていた瑠美によると、どうやらこの世界は怪人とライダーの存在がある程度公表されているらしかった。

 

 世間一般に認識されているというのは「マッハの世界」を思い出すが、この世界では警察がより関わっている。

 どう考えても人間には実行不可能な殺人を繰り返す怪人・アンノウンと、それに対抗するべく警察で開発された戦闘強化服ーーー恐らくはそれを装着した者がこの世界のライダーなのだろう。

 

 しかし、限られらた紙面からわかった情報はこれまで。それ以上はこうやって足で集める他ない。

 

「でも正面から入ってライダーについて教えてください! って言っても無理ですよね……。私じゃあ門前払いになっちゃいます」

 

「ならどうする。インビジブルなりで手っ取り早くデータを頂戴するか?」

 

「かと言って忍び込むのもなあ。こんなことにダークディケイド使うのはおかしい気がします」

 

 レイキバットにコッソリ侵入してもらうこともできなくはないだろうが、中にいるかもしれないライダーと遭遇した時にレイキバットだけでは非常に不安だ。最悪捕獲されて解体処分されるなんてこともありうる。

 ダークディケイドの力を使ったとして、あんなに広くて大きい警視庁の建物の中をくまなく探そうとすれば先に大地の体力が無くなるのは火を見るよりも明らかである。

 

「いいじゃねえかよぉ。俺様もいるんだから制限は問題ねえし、最悪マッハとかクロックアップでトンズラすりゃあいい」

 

「僕がそんな風に使うには危なすぎるってば……しょうがない。ここで突っ立てても不自然だし、どこか座って話し合いましょうか」

 

「そうですね。折角ここまで来たんですし、帰るなんて勿体無いですよ」

 

 どこか喫茶店にでも入って知恵を絞るのが最適と考えた一向が踵を返したその時、彼等の耳を聞き慣れない音が刺激した。

 特殊なサイレンらしきその音の出所を探って振り返ると、ちょうど警視庁から一台の大型トラックが発進していくところだった。

 

 日差しを反射して眩ゆい光沢を放つ銀色の車体に真っ赤なパトライトを付けた、嫌でも目立ってしまう外装の大型トラックは他の一般車両を次々と追い越して走り去っていく。

 これだけなら珍しいトラック程度だと感想を言う程度で終わったのかもしれないが、彼等にはそれだけでは済まない理由があった。

 

「あのトラック、背景ロールに写ってたのとどことなく似てませんか?」

 

 無言で頷いて肯定する大地の頭でこれまでの記憶が掘り起こされる。

 ビーストの世界はビーストキマイラ、マッハの世界はライドマッハーという風にその世界のライダーに関係の深いものや、イクサの世界のステンドグラスと十字架のような抽象的な背景もあった。

 共通していたのはいずれも仮面ライダーを象徴していたということ。色こそ違うにせよ、背景ロールの物と酷似しているあの銀色のトラックが、この世界の仮面ライダーに何かしらの関係があると大地が勘付くのにそう時間は掛からなかった。

 

「あれ、追ってみよう。多分手掛かりにはなるはずです」

 

「えーっと……バスとかタクシーで、ですか?」

 

 そう言われて初めて自分が失念していたことーーー変身しなければバイクを使えないことに気付く。

 だが近くにタクシーなどが見当たらない上、こうしている間にもトラックはどんどん遠ざかっていく一方だった。

 

「……仕方ない、よね?」

 

 大地は誰かに言い訳するようにベルトを巻く。別に誰に責められるわけでもないのだが。

 

  KAMENRIDE DECADE

 

  ATTACKRIDE MACHINEDECADER

 

 人目もはばからず変身したダークディケイドはマシンディケイダーを召喚し、トラックを追いかけるべく搭乗した。

 そしてエンジンをかけたところで、駆け寄ってきた瑠美に帰っているように言おうとしたが、その言葉を先読みしたかのように腕を掴まれる。

 

「私も一緒に行きます!」

 

「え、でも危険ですよ!? この先に怪人でもいたら……」

 

「ここに残っても、それはそれで面倒そうだぞ」

 

 レイキバットの指摘は最もであった。

 忘れてはならないのが、ここは警視庁の前だということ。つまり正門に立っていた警官達が突如変身したダークディケイドに驚愕し、こちらに近付いてきている。

 こんな怪しい鎧を纏った男に何をしようとするのか、大体の予想はつくし、その男の関係者と思われるであろう瑠美をここに残していくのは確かに面倒なことになる。

 

 限られた時間の中で出せた結論は一つだけ。瑠美にヘルメットを差し出すことだ。

 

「本当に危なくなったら絶対に逃げて。いいですか?」

 

「はい!」

 

 警官から飛んでくる制止の叫びを振り切って、二人(とついでにレイキバット)を乗せたマシンディケイダーはトラックの後を追跡して行った。

 

 

 *

 

 

 生身の人間を後ろに乗せたタンデムは初めての経験で、スピードの加減具合に苦戦したせいでトラックを何度も見失いかけた。

 交差点をどちらに曲がればいいのか悩む場面になった時、騒音に近いサイレンを頼りに道を疾走して、マシンディケイダーはようやく住宅街に停車しているトラックの付近にまで辿り着くことができた。

 

 さらにその周辺には数台のパトカーも路駐されており、ダークディケイドは瑠美を伴って辺りを見回す。

 

 

 特に不自然な事象は存在していないーーー視界の中心にある樹木から人間の腕が生えている光景が自然過ぎて気付くのが遅れただけだったが。

 

 

 何の変哲もない樹木からまるで枝のように垂れ下がるそれが、事切れた警官の腕だと最初は受け入れることができなかった。

 あまりに凄惨な光景にショックを受けた瑠美は言葉を失い、人の死に慣れていないのだと今更ながら大地は気付き、連れて来たことを後悔する。

 だが、もう遅い。それに最初は瞳孔を開ききっていた瑠美もキッと口を結んで目の前の遺体の一部に落ち着いて向き合い始めた。足の震えは未だ収まっていないが、錯乱しないだけ彼女は充分すぎるほどに強い。

 

 この中で最も衝撃の少ない、というよりも受けていないレイキバットはその奇妙な樹木を観察するように飛翔し、そして疑問を口にする。

 

「解せんな……この木に人が入るとは考えられん。一体どういう理屈だ?」

 

「わからないけど、少なくとも人間の仕業ではなさそうですねーーーー!?」

 

 耳から脳天に向けて一直線に轟く激しい音。ダークディケイドで強化された聴覚でなくとも拾える大きさのそれは、住宅街では響くはずもない銃声。それが立て続けに起これば、誰だってそこに異常があると察しはつく。

 

 瑠美を気遣うことを忘れずに、しかしなるべく急いで銃声の出所と思われる場所に向かう。

 

 半ば予想はしていた通り、そこには大勢の警官がいた。

 その大半が地面に横たわっており、内何人かは恐らくもうその目が開かれることもないだろう。

 彼らをそんな風にしたと思われる下手人ーーー豹の姿をした怪人が何かを守るように寄り集まっている警官達に歩みを進めていた。

 

 あのままでは横たわっている同僚達と同じ末路を辿るであろう彼らは恐怖に慄くか、もしくは職務に準ずる覚悟を決めた表情をしているかに思われる。

 しかし、そのどちらでもない安堵を示した――そしてダークディケイドが助けに入る足を思わず止めた要因は、警官達を守るように立ち塞がった銀色の戦士であった。

 

「あれがこの世界の?」

 

「見たこともないライダーだ……」

 

 追跡していたトラックと同じ銀色で全身を染め上げ、仮面にある複眼や角ですらも例外ではない。

 全体的に人工で作られたのだと見受けられる戦士は大腿部から引き抜いた警棒らしき武器を構え、対峙している豹の怪人ーーージャガーロードも臨戦態勢をとる。

 

 警官、瑠美、ダークディケイドが固唾を飲んで見守る中、戦いの火蓋を切ったのは銀色の戦士が呟いた一言であった。

 

一三〇二(ひとさんまるにー)。V2システム、戦闘を開始します」

 

 

 *

 

 

 銀色の戦士、V2システムとジャガーロードの激突が始まって数秒が経過した。

 たった数回の打ち合いだけで何故警官達がV2を見て安堵したのか、あの圧倒的な戦闘能力を見れば自ずと理解できた。

 

「強いですね、あのライダー」

 

「うん、なんというか、動きにあんまり無駄がないって感じです」

 

 最低限のフットワークで敵の攻撃を避け、代わりに手痛い一撃を食らわせるV2。

 彼の前では警官達を恐怖に陥れた怪人が今や赤子のように弄ばれている。

 ジャガーロードの眼を見張る瞬発力、こちらにまで風圧が届くぐらいのパワーからするに決して弱い怪人ではないとわかるのだが、V2の性能と張り合うには役者不足もいいところだ。

 

 これなら加勢する必要もないだろうと結論付けたダークディケイドは横たわる警官達を見回して、カードを取り出した。

 

  KAMENRIDE BEAST

 

  ATTACKRIDE DOLPHI

 

「ハッ!」

 

 DDビーストはドルフィマントを翻し、横たわっている警官達に回復魔法をかける。

 大地の体力を大幅に奪うのと引き換えに発動した癒しの魔法は勇敢に立ち向かったであろう警官達の傷を和らげ、今すぐ命に関わるレベルの傷を負った者はいなくなった。

 残念ながらすでに息絶えた者達には効果を為さなかったが、それでもDDビーストのおかげで助かった者は数多くいるはずだ。

 

 しかしこぼれ落としてしまった命、間に合ったかもしれない命をこうして目の前に突きつけられるのはかなり堪えるものがあった。

 力を失ったように曲がった膝が地に着いたのも疲労だけではない、精神的な負担によるもの。隣で手を合わせて彼らの冥福を祈る瑠美がいなければ情けない言葉の一つや二つ漏らしていただろうし、そうならないためにもDDビーストは己への無力感と嘆きを噛み殺した。

 

 同じく手を合わせて祈ろうとして、今の自分がビーストの姿なのを思い出して、通常のダークディケイドに戻ってから祈りを送った。

 

『ごっつぁん!』

 

(さすがに不謹慎だよね……)

 

 

 そんなこんなで気が付けばV2とジャガーロードの戦闘も決着が近付いていた。

 時間にしてみれば1分ちょっとくらいしか経っていないものの、すでにジャガーロードはだいぶグロッキーで、見立てではアタックライドの一つでも当てればたちまち爆散するに違いない。

 そろそろ戦闘終了後の接触を考えるべきだろうか、と顎を手に乗せる仕草をしていると警官達の方に動きがあった。

 

「北條さん! アンノウンの方はお願いします!」

 

 雰囲気や外見から一般人と思われる女性を連れた数人の警官がパトカーに乗り込み、現場から離れていく。未だ変身を解かない大地のように念のため、というやつなのだろう。

 

 それだけなら気にも留めなかったが、ダークディケイドの複眼は大木の影からパトカーを見つめる存在を逃しはしなかった。

 目の前で叩きのめされているジャガーロードと類似した、黒い体色だけが異なるもう一体の怪人が常人では捉えきれない速度で跳躍し、次の瞬間には疾走するパトカーのすぐ後ろにまで迫っている。

 

 大地には知るよしもないその怪人はパンテラス・トリスティスという個体名の怪人であり、V2と戦闘中のパンテラス・ルテウスと同じ種族である。

 

「レイキバットさん! 瑠美さんのことよろしく!」

 

「お、おい!?」

 

 ダークディケイドは返事も待たずに跳躍し、呼び寄せたマシンディケイダーのアクセルを振り絞る。

 ライダーへの接触の機会を失うのは痛手ではあるが、あの怪人を見て見ぬフリをすることなんて大地には決してできない。

 マシンの爆音で周囲の警官達に気付かれたかもしれないが、そんなことは二の次だ。

 

 追いかけているトリスティスは背後のマシンディケイダーをちらりと一瞥したかと思えば、忌々しそうに鼻を鳴らして大きく地を蹴った。

 こちらに襲いかかってくるのではなく、標的が乗るパトカーのボンネットの上に飛び乗って運転手の視界を塞ぐ手段に出ていた。

 危ない、と声をかける間も無く、パトカーは電柱に激突して煙を上げる。

 這うようにして降りて、それでもなお女性を守ろうとする警官達を足蹴にし、車内で震えている標的に手を掛けようとするトリスティス。

 その際にトリスティスの手が何らかのサインを描いているのを目にするが、もはやダークディケイドにとってはどうでもいいことである。

 

「やめろぉぉ!」

 

「グゥッ!?」

 

 地に伏せる警官達を轢きかねないバイクは虚空に消えさり、宙に投げ出される形となったダークディケイドの鋭い飛び蹴りがトリスティスの肩を捉えた。

 

「ここは僕に任せて、逃げてください!」

 

 怯えてはいるものの、女性の命に別状はないことを確認して、周囲に倒れている警官達に叫ぶ。

 ダークディケイド以外の誰もが謎の乱入者に驚いてはいたが、すぐに我に帰った警官の一人が動き出したのをきっかけにして迅速な対応がなされた。

 ダークディケイドはそんな彼等をトリスティスから守るために立ち塞がってライドブッカーを構えたが、敵の不気味に光る瞳は女性ではなくダークディケイドを正面に捉えていた。どうやら標的は変わったようである。

 

「グルルルル……!」

 

「喋るタイプじゃないか……どっちにしろ戦うんだろうけど!」

 

 トリスティスの頭上に白く光る輪っかが浮かび、そこに突っ込んだ手には槍が握られている。

 魔化魍よりかは明確な意思を感じるこの敵は意思相通こそできなくても、武器を使う知能はあるようだ。

 

 シャッ、と空気を裂く音が響けば、次の瞬間には目前に槍の穂先が迫っている。

 

(速いッ!?……けどこのくらいなら!)

 

 その並大抵ではない瞬発力に舌を巻きながらも、眉間に突き刺さる前にライドブッカーで右に弾き、槍を持っていた敵も微かにその方向を向く。

 加えられたベクトルをそのまま押し出すように、左から回し蹴りをねじ込んだことでトリスティスの身体は悲鳴を置き去りにして吹っ飛んでいく。

 回し蹴りで生まれた遠心力を殺しつつ、ダークディケイドはライドブッカーを腰に戻してカードを取り出した。

 

  KAMENRIDE ANOTHER AGITO

 

 生々しく変容した深緑の身体は見る者にバッタを想起させ、両肩から出ているマフラーはさながら羽のようでもあった。

 DDアナザーアギトという名称を授かっているこの形態は専用の武器はないが、それを補って余りあるほどのパワーなど、身体能力が格段に上昇している。

 だが、大地が違和感を覚えたのはその特異な外見でもなければ、漲るパワーでもない。

 

 かなりの力を発揮すると確信できる姿でありながら、ほとんどの疲労も感じないことだ。

 

「アギト……!?」

 

「このライダー、ギルスと同じ感覚だ……あんまり厳しくない。いける!」

 

 理由は不明だとしても、その恩恵にあやからない手はない。

 脚に込めた力を地面にぶつけ、強靭な脚力を発揮したDDアナザーアギトは凄まじい勢いで直進する。

 馬鹿正直に正面から突っ込めば槍の餌食になるのは必須ーーーただし、通常のダークディケイドであればの話だが。

 目で追うだけでも困難であるはずのDDアナザーアギトにすらトリスティスの眼光はしっかりと捕捉していたのだが、カメンライドによって研ぎ澄まされた感覚は槍の一突きを容易く跳ね除けさせた。

 

 槍というものはリーチに優れる分、懐に潜りこめば対処はし易くなる。無論、柄で打ってくることもあるが、そうされる前に槍そのものを奪い取ってしまえばいい。

 

「フンッッ!」

 

「アグゥ!?」

 

 力任せに奪取した槍を回転させ、丸腰となってしまった相手に連続で突きを繰り出していく。

 長物の心得はなくとも、圧倒的な身体能力を活かして振るう槍はそれだけで脅威になり得た。

 瞬発力だけならDDアナザーアギトに勝るとも劣らないトリスティスであっても、全ての突きを躱し続けるのは叶わず、ついにその穂先が腹部を貫く。

 

「ーーっ……ッツア!」

 

 何度やっても慣れない肉を裂く感覚に仮面の奥で表情を歪めながらも、そんな素振りはおくびにも出さずに槍を投擲。貫かれている者もまた行き先は同じ。

 トリスティスをぶら下げた槍が樹木に突き刺さるのと、DDアナザーアギトがカードを装填するのは同じ瞬間であった。

 

  FINAL ATTACKRIDE A A A ANOTHER AGITO

 

 クラッシャー展開、高まる闘気、地面に浮かぶアギトの紋章、脚先に集まるエネルギー……全ての動作が緩慢にも見え、しかしトリスティス目掛けて跳躍するのはそれまでが嘘のように素早かった。

 

「ッツァァアァァッ!!」

 

 DDアナザーアギトの必殺技、40tもの威力を誇るアサルトキックがトリスティスに炸裂し、槍と樹木を木っ端微塵にする。

 これでトリスティスは自由の身になったわけだが、その末路が槍や樹木とは異なる道理もなく、辛うじて立ち上がった彼の頭上に槍を取り出した時と同じ輪っかが浮かぶ。

 

「アギト……ッ!? グアアァァーッ!?」

 

 それこそがトリスティスの限界を示すサインであり、怨恨の叫びを上げて、その身体を爆炎の中に飛散させた。

 

「ふぅ、大丈……もういないか」

 

 DDアナザーアギトは周囲に敵は残っていないことと、ついでに警官と女性の安否も確認しようしたが、いつの間にやら避難していたようで、既に誰もいなかった。

 英雄的行為に感謝する者が誰もいないのは少々寂しいかもしれないが、大地自身は特に何とも思わずバイクを呼び寄せようとする。

 

 ーーーここで自身を呼びかける声に気付かずに走り去っていたならば、また違った運命を迎えていたことだろう。

 

「ま、待ってください! 貴方は一体……何者なんですか!」

 

「へ?」

 

 隠れていたらしい物陰から慌てたように出てきた一人の警官がDDアナザーアギトを呼び止めた。

 敵意も感じられなかったので、DDアナザーアギトもバイクを停止させて警官に向き直る。

 

 それがこの男、氷川誠と大地の出会いだった。

 

 

 *

 

 

 ほんの少しだけ時を遡る。

 一人取り残される形になった瑠美は敵を圧倒し続けているV2の戦闘を物陰から見守っていた。

 当の本人が何処かに行ってしまったとはいえ、この世界のライダーから話は聞いておくべきだろうと判断し、戦闘終了のタイミングを見計らって話しかけるつもりであった。

 

「一人っつーか、俺もいるだろう」

 

「それはそうですけど」

 

 どうやって話を切り出すべきか、未だに思い浮かばないのだが、瑠美にはこのまますごすごと帰るわけにもいかない。

 最低でも何かしらの情報の一つでも掴んでからでないとーーー知らず知らずのうちに自分を追い詰める意気込みが袖を握らせる。

 

『V2ショット、使用許可』

 

「了解」

 

 V2は腰のホルスターから銃を引き抜き、連続で発砲する。

 その正確無比な狙いから放たれた弾丸は鼓膜を震わせる轟音と共にジャガーロードに命中し、おびただしい量の火花が散った。

 撃たれた箇所を押さえて苦しむジャガーロードの頭部に白い輪っかが浮かび、断末魔を上げて爆発した。

 

 その場に漂っていた緊張状態がほぐされ、戦闘終了の空気の中でマスクを脱いだV2。

 仮面の下から現れたのはやけに自信に満ちた男の顔。

 

「アンノウン一体の撃破を確認。北條透、これより帰還します」

 

「待ってーーーっ!?」

 

 その男に駆け寄ろうとした瑠美の視界が突如として真っ赤に染まる。

 言葉を紡ごうとしていた口が塞がれた息苦しさに伴い、程なくして身体の自由も効かなくなる。

 

「貴様!? 何しやがる!」

 

「黙ってろ」

 

 レイキバットの怒鳴る声も何かがぶつかる金属音によって掻き消された。

 その時になってようやく自分の顔が何者の手に塞がれているのだと気付いた時にはもう遅い。心地の悪い浮遊感に身体が揺らされる。

 

 奇妙な喧騒を耳にしたV2の装着者、北條透が怪訝に思って目を向けても、そこにはもう誰もいなかった。

 

 

 *

 

 

 アンノウンとV2が戦闘していた地点からそう遠くない場所に赤い影が降り立った。

 その正体はドウマが変じた仮面ライダーセイヴァーであり、彼の腕の先にはグッタリとしている瑠美の姿もある。

 先ほど瑠美を攫ったセイヴァーは彼女を掴んだまま跳躍し、人目のつかない場所を選んで着地したのだ。

 アスファルトの上に乱雑に投げられて、咳き込む瑠美。拉致されて、その上生身でジェットコースター並の風圧を受けてしまった彼女にはセイヴァーから逃げる気力もない。

 

「初めまして、ということになるかな? 手荒い手段を取ってしまって申し訳ない、花崎瑠美」

 

「こふっ、こふっ……もしかして、ドウマ…?」

 

「話が早くて助かるね。早速で悪いが、面倒なコソ泥のせいで君には役目を果たしてもらうことになった。ダークディケイドライバーとの交換品という役目を、ね。心配せずとも、少しの間眠っていればいいだけだ」

 

 人の死を目の当たりにして揺らいでいた精神に追い打ちをかけるように酷い目に遭わされて、瑠美にはセイヴァーの言葉の半分も理解できていない。ただ今の自分が絶体絶命の危機に晒されているのだと、漠然と理解できているだけ。

 砂利を踏みしめるセイヴァーの足音が近付いてくるが、瑠美には逃げることもままならない。

 

 あんなに意気込んでいたのに、結局何もできないばかりか、今もこうしてピンチになって大地に迷惑をかける羽目になってしまう。

 どうして自分はこんなにも無力なのだ、どうして迷惑をかけることしかできないのだーーー渦巻くネガティヴな感情は瑠美の身動ぎすらも止めてしまった。

 

 いっそあの時に絶望して死んでいれば、もう誰かに迷惑をかけずに済んでいたのに。

 

「抵抗すらしない……こちらとしても無駄な時間を省けるのは大いに結構。せめて痛みは感じないよう注意を払おうーーーむ?」

 

 人気のないその場所にバイクの音が響いた。

 徐々に大きくなる爆音に注意を向けたセイヴァーの足が止める。

 一瞬大地が助けに来たのかと両者は考えたが、セイヴァーと瑠美の間に滑り込んできたそれは、マシンディケイダーとは異なるオフロードバイク。

 乗っていた人物はヘルメットを脱ぎ捨て、その素顔を露わにする。

 

 向けられる野生的にギラついた眼光にセイヴァーはたじろぐ。

 向かい風に抗う金のメッシュが入った黒髪が瑠美には獅子の鬣のようにも映った。

 

 只者ではない雰囲気。しかし、その程度ではセイヴァーは止まらない。

 その男の首を搔き切るべく空気を水平に裂いていくセイヴァーアローの前で、その男は両腕をクロスする。

 そんな柔な防壁など、セイヴァーアローを止められる可能性は万に一つもない。逃げて、という瑠美の叫びは削られた気力によって呟きと言って差し支えない声量で、男が逃げ出す様子は一切見られない。

 

 だが、予想に反して銀の刃はガッチリと受け止められていた。

 

「何…ッ!?」

 

 男の目前で静止させられたセイヴァーアローを受け止めた主は、真横から突如出現した緑の腕。

 いや、腕だけではない。瑠美が瞬きした合間に、虚空から現れた深緑の背中、脚、頭部。カミキリムシに類似したその存在が凶刃を受け止めているのだ。

 何の偶然か、あの緑の背中をこうして見るのも、瑠美には初めてではなかった。

 

「変身!」

 

 腕のクロスを解き放った男の掛け声が合図となって、男とそれがゆっくりと重なる。

 まるで異なる風貌でありながら、初めから一つのものであったかのように二人は融合し、一人の戦士となった。

 

 そして重なったものがもう一つ。異なる感情を秘めたセイヴァーと瑠美の呟きもまた同じ音を重ねる。

 

「「仮面ライダー、ギルス……!」」

 

「ヴォァァアアアーッッ!!」

 

 ギルスの人間離れした咆哮がビリビリと大気を振動させ、次の瞬間には深緑の拳を捻じ込まれたセイヴァーが後方に吹っ飛ぶ。

 宙を舞う敵が地面に落下するのを待たずに、獲物を求める猛獣が身体を躍らせた。

 

 これがこの男、葦原涼と花崎瑠美との出会いだった。

 

 




V2システム
V1システムの強化発展型。仮面ライダーアギトが存在しないため、アンノウンをまともに撃破できないG3に代わって、本来の歴史よりも早く表舞台にV1システムが登場した結果、開発された。
しかしその見た目はV1とは大きく異なっているようで…?


一番驚くべき要素なのに、空気になった北條さん。ファンの方は次回以降をお待ちください。



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美女と野獣?


長らくお待たせして申し訳ありませんでした。

ほんの少しのアンチヘイト要素かもしれない。


 

 

 力で技を捩じ伏せる。技で力を受け流す。

 仮面ライダーギルスと仮面ライダーセイヴァーの攻防を簡潔に表現すればそうなる。

 

 理性を感じさせない暴力の体現者であるギルス。抉るようなボディブローでセイヴァーを叩き、赤黒い装甲を凹ませる。

 セイヴァーアローと大橙丸による二重の防御を容易く崩してみせたのも、その圧倒的なパワーによるもの。

 二つのロックシードが形成するセイヴァーの鎧は戦極ドライバーを拡張させた強化形態、ジンバーアームズにも匹敵する性能を誇っている。

 しかし、その防御力をさらに凌駕するギルスもまた、パワーだけならば他のライダーの強化形態にも劣らない。

 

(こいつが何なのかは知らん。だが、人間に刃を向けるような奴は、誰であろうとぶっ潰す!)

 

「ゥヴヴォアアアー!!」

 

 ギルスの変身者、葦原涼が抱いた闘志は獣性によって叫びに変わり、内包する感情を乗せた拳が、今またセイヴァーを吹き飛ばした。

 加減を知らない獣が倒れた相手の復帰を悠長に待つ、なんてことはなく、二度と立ち上がれなくするかのような勢いのギルスがセイヴァーを追撃せんとする。

 並みの相手であれば、ギルスの猛攻に為すすべもなく身体を沈めていたかもしれないが、前述を忘れてはいけない。

 

 ギルスが力の戦士とするなら、セイヴァーは技の戦士。パワーで劣っていても、その差はテクニックで埋められるのだ。

 

「化物風情が、力任せで勝てると思うな!」

 

 鎧を着込んでいることなど感じさせない身軽な動きで、瞬時に立ち上がったセイヴァーに捩じ込まれる深緑の拳。しかし、意外にもセイヴァーは回避行動の前動作すら取らず、その一撃を甘んじて受け入れた。

 

(何ーーーーッ!?)

 

 敵の不自然な行動に眉をひそめたその直後、ギルスの胸部から火花が散った。

 攻撃を仕掛けた側であるはずのギルスが何故傷つくのか、理由を探ろうとする思考は胸部から広がる激痛と、それに刺激された闘争本能が阻害した。

 

「ガアァッ!?」

 

「力自慢の野郎を相手にするのは怪人どもで手馴れている。エクシードですらない、馬鹿力に優れるだけの脆いライダーが、この俺に勝てるはずがない!」

 

 ギルスを斬り裂いたセイヴァーアローをチラつかせ、ドウマは仮面の奥で歪に笑う。セイヴァーが実際に行ったのは至極単純な、ギルスの勢いを利用しただけの、ただのカウンターである。

 そんな単純な技が通じるのも、ギルスが戦闘衝動に身を任せている故。

 パワーに優れている代わり、ギルスの防御力は拳銃のような通常兵器でもダメージを与えられるほどに、皆無といっていい。反対に、鎧で身を包んだセイヴァーはギルスの拳を受け止めるだけの堅さがある。

 

 そしてたった一度のカウンターで攻めの姿勢を崩されたギルスに、セイヴァーの乱舞による逆襲が開始された。

 

「どうした、威勢が良いのは最初だけか? せめて惨めに喚いてみるがいい!」

 

「グッ、ガッ…!?」

 

 セイヴァーが繰り出す乱舞は暴風雨と言って等しい。

 弓と刀の奇天烈な二刀流でありながら、それを使いこなすセイヴァーの卓越した技量の前には、ギルスも反撃すらままならない。

 時折、自身へのダメージを無視した強引な反撃にギルスが転じようとしても、その拳は届く前に跳ね除けられる。

 流れは完全にセイヴァーの方に傾きかけていたが、そこに一石を投じる者がいた。

 

「レイキバさん、お願いします!」

 

「チッ、仕方ねえ!」

 

 瑠美の懇願を受けたレイキバットは氷結弾を乱れ撃ちしながら、セイヴァーを翻弄しようする。

 

 そもそもの話、ギルスが来た時点で即座に逃走を選ぶべきだった瑠美がこの場に残っていること自体おかしな話だが、「見ず知らずの人に助けてもらい、自身は一目散に逃げる」という情けない行動は今の彼女には躊躇してしまうものであった。

 ギルスが来た直後に合流したレイキバットも、瑠美に逃走を促したが、微かでも戦闘手段を有する彼を連れてはいけない、ギルスを援護してほしい、と瑠美は何度も頼み込んだ。

 そしてギルスが徐々に追い込まれていく光景に悩む暇は無いと、レイキバットは半ばヤケクソ気味に突貫したのだ。

 

「オラオラァ! とっとと凍っちまえよ、怪人ハーレムストーカー野郎!」

 

「邪魔だ!」

 

 だが、レイキバットの攻撃程度ではセイヴァーに効くはずもなく。

 むしろレイキバットの方が叩き斬られぬように飛び回るのが精一杯だ。

 そうやってウロチョロと目障りな存在を早々に潰すべく、セイヴァーは一旦セイヴァーアローを放り捨て、怪人のカードを取り出した。

 

「貴様はこいつと遊んでいろ」

 

 そのカードを左腕の機械に読み込ませようとした瞬間、セイヴァーの腕に強烈な圧力がかかった。

 

「む?」

 

 思わずカードを手放しそうになるほどの圧力をセイヴァーにかけていたのは、彼の腕を絡め取った茶色の触手。

 それを放った主、ギルスがそのギルスフィーラーという触手を左腕から咄嗟に伸ばし、セイヴァーの行動を阻害しようとした。

 しかし、いくらギルスが力に優れていても、こんな片腕だけの拘束ならセイヴァーが大橙丸を一振りするだけで千切れ飛ぶだろう。

 

「させるかっ!」

 

 それを理解しているが故に、レイキバットは大橙丸の刀身に噛み付き、全力で取り上げようとする。

 それはセイヴァーが少し力を込めるだけで済むような、悲しいほどに非力な拘束であったのだが、そのほんの一瞬に生まれた隙をギルスは見逃さない。

 あるいは隙などなくとも特攻したのかもしれないが、結果的には右腕から生やした巨大な金色の爪、ギルスクロウがセイヴァーのベルトを一閃する。

 仮面ライダーの命とも言えるベルトを攻撃したのは、特に考えがあったわけでもなく、我武者羅に腕を振るった末の偶然以上の意味はない。

 

 だが、それが幸いとなった。

 

「なっーーーーガハッ!?」

 

 セイヴァーのベルトに一筋の浅い亀裂が入ったその瞬間、彼の身体全体から火花が散り、悲痛な声が漏らした。

 ギルスにしてみれば、あんな浅い攻撃でここまでダメージを与えられたことが逆に動揺を生み、その隙にレイキバットを弾き飛ばしたセイヴァーは背後に出現させたオーロラに潜る。

 我に帰ったギルスが追跡しようとするも、一枚の薄いオーロラは彼を決して通しはしなかった。

 

「命拾いしたな……」

 

 オーロラの向こうに映るセイヴァーの姿はまるで幽鬼のように揺らめき、消滅する。

 

 突然の撤退が腑に落ちないとはいえ、一応危機は去った。

 ギルスという獣性は戦闘衝動と共に鳴りを潜め、人間としての葦原涼に戻る。

 全身を斬り付けられた痛みに顔をしかめながら、しかしそれを極力抑えて振り返り、襲われていた女に「無事か」と聞こうとする。

 

 そう、聞こうとしただけだ。実際に開いた口から出たのは弱々しい呻き声。

 

(ーーーーまたか)

 

 涼を襲った身体中の水分が無くなりそうな脱力感も、ありとあらゆる筋肉が千切れそうな激痛も初めてのことではない。

 この症状はギルスに変身した後に決まって出る後遺症で、しかも今回のは中々に酷い部類だ。

 慣れることのない苦痛を味わう状況に慣れるなど些か奇妙ではあるが、そんな矛盾に割く思考は涼にはもう残っていない。

 身体を支えきれなくなった脚が折れ、崩れ落ちる最中、夜までに目が覚めれば身体が冷えずに済むのだが、と最後に涼は憂いた。

 

 

 *

 

 

「大丈夫ですか!? しっかりしてください!」

 

「どうやら気絶してるだけのようだな。命に別状はあるまい」

 

「ーーー良かった……」

 

 突然倒れ伏した男に駆け寄り、その安否を確かめる。

 もしも死んでしまっていたら、あるいは命が危険な状態になってしまっていたらーーー。

 大粒の汗を浮かべて悶え苦しむ男の表情を見た瑠美の不安が募っていき、レイキバットの冷静な指摘がなければいつまでも慌てふためいていたことだろう。

 もしも先ほど警官達の死を目にしていなければ、すぐに冷静な対処をすることもできたであろうに、しかしそれはあくまで仮定でしかない話。

 

 応急処置をするには必要な道具が一切足りず、仮に道具があってもこんな道端に寝転がせたままでは難儀なことに違いない。

 救急車を呼ぼうにも、異世界では瑠美の携帯電話は機能せず、また近くには公衆電話も人の影も見当たらない。

 こうなったら騒ぎになることを承知で、レイキバットに人を探してきてもらうしかないのかもしれない、と無理を言って頼もうとした。

 

「レイキバさーーー」

 

「ーーーむっ!?」

 

 そうしようとした時、確かに瑠美は人がいないことを確認していたはずだ。だからこそ、音も無く現れた一人の男に声を失った。

 思わぬ助け船を瑠美は素直に喜べない。

 紫のTシャツの上に白のジャケット、ダメージジーンズーーー外見は普通にも関わらず、男から滲み出る得体の知れない雰囲気が微かに感じられる。

 

「お困りのようだね。よければ力になろうか?」

 

「え……ーーーぁ、ああ、あの」

 

 本当に何の気配も無かった。その男が目の前に立っているという事実が一瞬受け入れられないほどに。

 表情に浮かんでいるのも好意だとか、善意というものではなく、ただ相手を品定めするだけのような視線が向けられるだけ。

 だが、その視線には悪意らしきものも含まれていないために、瑠美が完全な警戒を抱かせるには至らなかった。

 

「お願いします! この人を助けたくて、今すぐ救急車を」

 

「なるほどね。そういうことなら、良い場所がある。付いてきたまえ」

 

 男は倒れていた涼の腕を取り、肩に回す。

 自分と同じくらいの背丈である涼を軽々と背負う男は細い痩せ型にはとても見えない。

 

「良い場所……? 病院じゃないんですか?」

 

「彼を普通の医療機関に連れて行っても全く……とまでは言わないけど、まあそんなに意味はないだろうね。ここから目を覚ますまでには変身の反動が治るのを待つしかない。それに、身体を調べられて一番困るのは彼自身じゃないかな」

 

「っ……確かに、そうかもしれません」

 

 見ず知らずの自分を助けてくれたライダーをさらなる厄介ごとに放り込む訳にもいくまい。

 少し冷静になればわかりそうなものを、と瑠美は反省した。

 

(言ってることはまともだが……俺を見て驚かないことといい、信用し過ぎるのも危険だな)

 

 男の言い分にはレイキバットも反論はないが、目の前の状況に一杯一杯の瑠美に代わってどう見ても怪しいこの男に警戒の眼を光らせることは決して忘れてはいない。

 

 そしてその男ーーー海東大樹は自身に突き刺さる警戒の念に臆するどころか、心地好さそうに笑みを深めた。

 

 

 *

 

 

 小さく、そして埃っぽい廃工場の一角に涼は横たわっていた。

 体調不良の人間が身を休めるには不適切としか言いようのない環境に置いてしまったことを憂い、せめて少しでも楽になるようにと作業をする者がいる。

 

「タオルは冷やして、飲み物はいつでも飲めるようにして……」

 

 大急ぎで買い集めたタオルや、飲料水などを使った看病の準備を迅速に行う瑠美。

 先ほどの慌てようが嘘のような要領の良さは大したものだ、と大樹は内心呟くが、微塵の興味も湧いてこない。

 この人気が一切ない寂れた廃工場まで涼を運んだまではいいが、その後の看病を手伝う気もなく、ただ退屈そうに瑠美を見守るだけ。

 

(初対面相手にここまで一生懸命になれるとは、見上げた精神だね。僕としてもその方が都合がいい)

 

 この海東大樹という男は世界に眠る「お宝」のためならば、手段は選ばない。味方と認めた仲間ならいざ知らず、誰も彼もを助けるために奔走するような性格でないことは確かである。ギルス、葦原涼と瑠美に手を貸したのだって彼なりの目論見があってのこと。この場所に連れて来た時点で彼の目的は達成されている。

 しかし、常に打算的な考えで動いているとも言えず、「別に看病を手伝ってやってもいいか」という風に気まぐれ程度には思っていた。

 

「そうおっかない顔で睨まないでくれ。僕は君達に害を与えるつもりはない」

 

 こちらを未だに睨み続ける白い蝙蝠の相手をする方が大樹にとっては楽しめそうだとも思っていた。

 そんなレイキバットだって傍で程良く調整した冷気の息をタオルに吹きかけているのだから、お笑い種だ。

 

「口ではなんとでも言えるがよ、そうやって油断したところを狙う腹積もりなんじゃねえのか?」

 

「フフッーーーあいや、失礼。君ごときが警戒したところで僕には脅威にも何にもならないからね。思わず笑ってしまったよ。許してくれたまえ」

 

「ぁあぁん!? 貴様、凍らされてぇのか!?」

 

「だからその怖い顔はやめた方がいいって。あんまり下品だと、青空の会の名が泣くよ?」

 

「ッ!?………チッ」

 

 レイキバットが青空の会で作られたことも、本来なら「3WA」という組織で開発されていたことも大樹は知っている。

 数々の世界を巡ってきた大樹には膨大な量の知識があり、それだけで情報のアドバンテージがあった。

 自身の出生をあっさりと言い当てられたレイキバットはより一層警戒心を深めると同時に口をつぐんでしまい、勝利した舌戦はやや物足りない結果といったところか。

 

 如何に高度なAIを搭載されていようと所詮は掌サイズの機械。大樹の相手には不足であった。

 

「まあ、本命のお喋りは後にとっておくとしよう。君達も精々頑張りたまえ」

 

 まるで励ましの篭っていない手の一振りだけ残し、呼び止める声にも応じずに大樹はその場を去る。

 

 状況は彼にとって極めて都合の良い流れを成し初めていた。

 

 

 *

 

 

 大樹が去った後も瑠美は看病を続けていた。

 太陽が沈み、夜が更けても涼が目を覚ますことはなく、瑠美もまた写真館には帰宅していない。

 大地やガイドに心配させてしまうのは心苦しく、そんな自分が嫌になる。

 

「俺が瑠美の元を離れるわけにもいかん。あの変態ストーカーがまた来るとも限らんからな」

 

「それもそうですね……はぁ」

 

 もうどうしようもないと諦める他ない。

 たかが一日だけの音信不通と思っても、あの心優しい恩人は心配してくれるだろう。その光景が容易に想像できてしまうからこそ、瑠美の心のささくれがチクチクと胸を刺す。

 

 自身を傷付ける終わりの見えない責め苦がどれほど続いたことだろうか。気付けば夜が明けて、割れた窓の隙間から一際強く、暖かい陽の光が廃工場を照らす。

 それから数分も経たぬ間に汗粒を乗せた涼の瞼が開かれた。

 

「ーーーッッ!! はぁ!はぁ……」

 

 突然覚醒した意識に身体が付いてこないのか、涼は苦しげに呼吸を荒げるばかり。

 あいにく医学方面に精通もしていない瑠美には彼の身体をさすって、回復するのを待つしかない。

 やがて呼吸も落ち着き、ようやく身体を起こすことができた。

 

「目が覚めましたか? はい、お水です」

 

 瑠美は飲みやすいようにストローを刺したペットボトルを差し出す。(レイキバットのおかげで適度に冷やされている)

 引ったくるようにして取られたペットボトルの中身は見る見る間に減っていき、あっという間に底をついてしまった。

 あんなに汗をかいていたのだから、さぞ喉が渇いていたのだろうが、そんなに一気に飲み干しては腹を下さないだろうか? 瑠美はちょっぴり不安に思ったが、一応お代わりの水を差し出してみる。

 

「いや、もういい。大丈夫だ」

 

 今度はやんわりと断られた。意識もだいぶはっきりしてきたようだ。

 

「じゃあお腹は空いてないですか? 色々なおにぎりがあるんで好きな具材を……って、それよりも身体の汗を拭きたいですよね。ここに濡れタオルが」

 

「そうじゃない……世話になったことには感謝する。じゃあな」

 

 そう言うや否や立ち上がり、去ろうとする涼。

 だが身体の内側から蝕む痛みがそれを許しはしない。少し脚を動かしただけで、顔をしかめてうずくまってしまう。

 長年積もった土埃で汚れた床にくっきりと手形を残す涼の手は変身する前とは比べものにならないほど老化してしまっている。そんな風に変わり果ててゆく自身の身体を見るのが嫌で、なんとか立ち上がろうと上を仰ぎ見れば、そこには心配そうに見つめてくる女。

 

(こんな目で見られるのは、いつ以来だろうな)

 

 何故だかそれがとても懐かしくて、そこでふと思いついた疑問を口にする。

 

「あんた、どうして逃げなかった。俺が変わるところは見ただろう」

 

「へ? ……そうでしたね。ごめんなさい、あの場にいたら私邪魔でしたよね」

 

「違う」

 

 涼が言わんとするところが、瑠美にはイマイチ理解できていない。

 調子の狂う女だ、と軽く溜息が漏れた。

 

「俺のあの姿を見て、なんとも思わなかったのか? 今だってこんな調子だ。怯えて逃げ去るのが普通だろ」

 

「えぇ……? いや、私はああいうの少しだけ見慣れてますし、助けてくれた人を放っておくことなんてできませんよ」

 

「ーーーあんた、変わった奴だな」

 

 涼の口角がほんの少しだけ吊り上がり、それに伴って声の調子も柔らかくなった。(あくまで瑠美の主観である)

 むしろこんな汚い場所に寝かされていたのだから、文句の一つでも言われるのだと瑠美は予想していたのだがら、涼の反応もまた彼女には不思議に見える。

 

 涼がきちんと動けるようになり、置き去りになっていたバイクを回収しに行った頃にはすでに正午を迎えようとしていた。

 涼が住むアパートにまで着いてくる瑠美とレイキバット(涼から見てもかなり奇怪な存在ではあるものの、特に害はなさそうなので気にしていない)には流石に困惑したが、それを言葉に出すこともしない。

 

 そして例え何か言われても、瑠美は涼から離れるつもりは毛頭なかった。言うなれば、ようやく見つけた手掛かりなのだから。

 

(葦原涼さん……仮面ライダーギルス。この人について調べれば、何か大地さんの助けになる手掛かりになるかもしれません)

 

 かなり後になって、瑠美はこの時一旦写真館に帰るべきだったと後悔する羽目になる。

 大地の助けになればと思って集中するあまり、その行動が結果的に彼の不安を買ってしまっていることに瑠美はまだ気付いていなかった。

 

 

 *

 

 

 少し時は巻き戻って。

 瑠美達が廃工場で一夜を過ごしていたとは露ほども知らず、史上最大規模に慌てふためく大地の姿が夜の街にあった。

 

 あてもなく彷徨うのは慣れっこだと思っていた。

 

 しかしこんなにも焦燥感に駆られながら走るのはまるで違う。何度経験したところで、大地が慣れることは決してないだろう。

 

「瑠美さん、レイキバットさん……どこに行っちゃったんだ…!」

 

 大地は光写真館を飛び出して、あちこちの暗い夜道を駆け抜けていた。

 息を切らせて、暗闇に目を凝らしてはすれ違う人の顔を凝視する度に落胆する。

 

 氷川誠と名乗った刑事から詳しい話を聞かせてもらいたいと頼まれ、大地もその頼みを快諾した。

 しかし、瑠美とレイキバットを置いてきてしまったので、また翌日に時間を設けるということにしてもらい、氷川の連絡先だけ頂戴してその場で別れた。

 

 問題が起こったのはそれからだ。

 

 瑠美達と別れた場所に戻っても、そこにいるのは事態の収拾にあたる警官達のみ。あの銀色の戦士はおろか、瑠美もレイキバットもいない。

 最初は先に写真館に帰っただけなのだと楽観視してしまい、のんびりと帰宅したのだが、思い直せばその時点で大地がどれだけ危機感に欠けていたのかがわかる。

 

 ビジターである怪人、それを召喚する元ダークディケイドのドウマ。警戒すべき理由はいくら挙げてもきりがない。

 写真館にてガイドから未だに瑠美達が帰っていないこと、そして何の連絡もないことーーーこれは由々しき事態だ。

 

 街はずれにある港の近くにまで来て足を止めたところで、今まで無視して来た疲れがドッと押し寄せてきて息を切らせた。写真館を出てから一切の休みなく走り続けたそのスタミナはかなり驚異的であったのだが、あいにく大地は気付かない。

 

「どこに行っちゃったんだ……くっ、やっぱり離れるべきじゃなかったんだ!」

 

 それからさらに数時間は彷徨い続けたが、探し人は一向に見つからない。まさかあの後に仮面ライダーと遭遇して、今は廃工場でつきっきりで看病しているとは知る由もない。

 いくら探しても足跡一つ見当たらず、結局は来た道をなるべく別のルートを辿って戻ることになった。諦め半分、入れ違いで帰っているという期待半分で、だ。

 

(レイキバットさんが付いているとはいえ、もし本当にドウマの仕業だったら……せめてダークディケイドライバーが使えれば探し出すこともできたかもしれないのに)

 

 無い物ねだりをしていても仕方がない。ここはレイキバットを信じて、ガイドから提案を仰ぐ他あるまい。

 大地がそう考えて写真館の扉に向かおうとしたところで、ふと明かりが漏れる窓を一瞥する。

 

 そこには二人分の影が映っていた。

 

「! 帰ってきた!」

 

 片方はガイドだとして、もう片方は間違いなく瑠美だ。

 一応客という可能性もあるが、なにせ「写真館」と宣いながら、今まで客が訪れたことも、その形跡だってありはしなかったほどだ。今回に限ってただの客だなんて不幸があるはずがーーー。

 

「おかえーーーぇえ〜……」

 

「おう、おかえり」

 

 大地が浮かべていた安堵の笑みが、扉を開けた途端に落胆に変わる。

 初対面の相手に見せる表情としては不適切に思えるかもしれないが、そこに座っていたのが待ち望んだ女性ではなく、足を組んでコーヒーを啜る男だったら誰だってそうなる。

 それでも一瞬で笑顔を作って挨拶しようとする大地は案外客商売に向いているのかもしれない。

 

「あ、いらっしゃいませ〜。すいません、知人と勘違いしてしまって」

 

「その安っぽい作り笑いはやめたまえ。見てて寒気がしてくる」

 

 残念、不評らしい。しかし、いくら客といえどその態度はいかがなものかと思ってしまう。

 大地の顔に貼り付いていた笑顔がちょこっと険しくなる。それと対照的に、男が愉快そうに笑う。

 

「うん、そういう表情の方が似合っているよ。今後も精進するといい」

 

「はい……?」

 

 今度は褒められたので、いよいよ困惑が極まってきた。

 というか、そもそもこの男は本当に「写真館」の客なのかと今更思う大地。テーブルには男が食したと思われる料理の皿があるし、ガイドとも親しげに談笑している。正直大地や瑠美よりもここの住人としてしっくりくるのは何故だろうか。

 

「ーーーま、そういうわけで僕は戦隊とライダーの頂点に立ったというわけだ。あの時の茶番は今思い出しても腹ただしい限りだよ」

 

「いやぁ〜、それで頂点ってのは無理がないかねぇ。君が癇癪起こしたようにしか聞こえないんだけど」

 

「さてね、どうだか。それに僕がその気になればヒーロー諸君は簡単に出し抜けるというのに、油断しきっていた彼らにも問題はあるよ。全く、()()()も脇が甘いよねぇ」

 

 

「………えっと」

 

 大地を置いてけぼりにして会話を弾まれて、下手したら存在を忘れられてないか不安になってくる。

 霞むような声を上げてようやく、というよりもわざとらしく「そういえば君もいたねぇ、忘れていたよ」みたいな顔で男は大地に向き直った。

 

「おや、何か質問でもあるのかい?」

 

「お客さんって感じじゃなさそうですけど、もしかしてガイドの友人だったりしますか?」

 

「友人? まさか、僕は海東大樹、通りすがりの仮面ライダーさ。覚えておきたまえ。じゃ、中々イケるディナーもいただいたことだし、僕はそろそろお暇させてもらうよ。ご馳走さま」

 

「は?」

 

 何か今、聞き捨てならないとんでもないことを言った気がする。

 彼の言葉を脳内で反芻して思わず硬直してしまっている大地の横をすり抜けて、大樹と名乗った男は出口に歩を進めている。

 

「ちょ、ちょっと待ってください! つまり貴方がこの世界のライダーってことなんですか!?」

 

「僕をあんなのと一緒にしないで欲しいな。まあ、君みたいな紛い物、憐れな実験動物よりかはマシだろうけどね」

 

「……え? え?」

 

「それと、君が探している娘ーーー瑠美って言ったっけ? 彼女は無事だよ。この世界のライダーと行動していれば、すぐに見つかるんじゃないかな」

 

 男から与えられた情報量の多さに、処理が追いつかない。

 混乱の極地に立たされた大地に嫌な感じの笑みだけ見せて、大樹は写真館を出て行った。慌てて追い掛けても、もう周囲に人影はない。

 

「海東大樹、通りすがりの仮面ライダー……」

 

 その名を口にしてみても、意味はさっぱりわからない。通りすがりの仮面ライダーとは一体どういうことか。この世界のライダーではないとは、つまり彼も「ビジター」の類なのか。

 説明されたようで、余計にわからなくなる。大樹との数分にも満たない会話は大地の疲労をさらに深めた気がした。

 

 前に知った「煙に巻かれる」という表現は今の自分のことを言うのだろうな、と妙なところで納得しながら、大地は肩をガックシと落として写真館へと踵を返したのだった。

 

 

 海東大樹、仮面ライダーディエンドとの邂逅は実に奇妙な形で迎えた。

 次に出会う時、それが苛烈な戦いの中であることを大地はまだ知らない。

 

 





アンチヘイト要素=ヒーロー大戦dis
スーパーヒーロー大戦を観たことない人は……別に観なくても大丈夫です。

はい、今回の世界は瑠美と葦原さんペア、大地と氷川さんペアの同時進行となります。あれ、北條さんは……?

質問、感想はいつでもお待ちしております。


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とある昼の風景


インフルで死んでました……読者の皆様をお待たせして申し訳ありません。こういうことは今後なるべく起こらないよう気をつけます。




 

 

 涼の部屋は小綺麗な、というよりも殺風景なアパートの一室だった。

 家具も必要最低限のものしか揃っておらず、バイクに関連した雑誌などが数少ない娯楽なのだろう。

 置きっ放しになっていたバイクを取りに行った時も念入りに点検していたし、言葉はなくともバイクが好きだということは瑠美にもはっきりと感じ取れた。

 

「バイク、好きなんですね」

 

 涼は答えない。愛想が悪いというよりも、元々口数が少ないのだ。

 否定しないということは肯定であると瑠美は勝手に受け取った、

 

「手、大丈夫ですか」

 

「もう慣れっこだ」

 

 急激な老化が進んでいた自身の手を握ったりして確かめている涼からは、悲壮感といった感情がそれほど感じ取れない。

 だがその言葉通り、その状態に慣れてしまっているのだとすればそれこそ悲しいことではある。自分自身に対する諦めに近いと瑠美には思えてしまうからだ。

 

「それで、あんたはこれからどうするつもりだ。悪いが、金目の品ならここには無いぞ」

 

「まさかそんな! 別に見返りが欲しかったわけじゃありませんけど、できれば葦原さんの変身について教えてもらえれば……」

 

「無理だな」

 

 そう言う涼はどこか自嘲気味だ。

 空きが目立つ冷蔵庫から麦茶のペットボトルを取り出し、コップに注いで瑠美の前のテーブルに置いた。

 

「気付いたらこんな身体になってた。きっかけだってわからないし、戦うたびにこんな調子になる。怪物が出たら感覚がして、それに従ってぶっ潰してきただけだ。これ以上は何も知らん」

 

「そう、ですか……」

 

 戦ってる相手の目的や、自身の変身の秘密といったことには涼は何一つとして心当たりがないようだ。

 瑠美の中に落胆が無いと言えば嘘になるし、これまで瑠美が訪れた世界のライダー達は皆何らかの事情は知っていたのだから尚更だ。

 

 これでは大地の手助けになりそうな情報は得られないかもしれない。

 

 瑠美は思わず溜息を吐きそうになって、わざわざ説明してもらった涼に失礼過ぎると慌てて息を飲み込んだ。

 そして暫しの間、沈黙が場を支配し、流石に居心地が悪くなりかけたところへ思い出したかのように涼が口を開く。

 

「そういえば、あの赤い鎧武者は何なんだ? あんたと面識があるようだったが」

 

「鎧武者……ああ、あれはドウマって言う悪い人らしいです」

 

「変態ストーカー野郎だ」

 

 レイキバットが付け足した。そんなに重要な事柄なのだろうか、と思ったが黙っていることにした。

 

()()と似たような奴ってことか……。まあいい、あんたの用はこれで済んだはずだ。助けてもらった礼には足りないだろうが、俺にはこれ以上借りを返せない。せめて家まで送る」

 

 涼は一人で話を纏めて終わらせようとしている。

 それでは駄目だ。何の成果もないまま帰ったら、今までの足手まといになっていた自分と何ら変わりない。

 ほら、と涼から差し出されたヘルメットを押し退けた瑠美は強い口調で言い放つ。

 

「帰れません……借りがあるのなら、葦原さんの、()()()の戦いをこの目で見させてください! それまでは絶対に帰りません!」

 

「ーーー何だと?」

 

 その時、涼が目を丸くして驚いた原因は瑠美の頑固さが予想以上だったからなどではない。

 瑠美が放った言葉にーーー正確には瑠美が「ギルス」という言葉を放ったことに驚愕していたのだ。

 

 涼の変身した姿、その名称は確かに仮面ライダーギルスであるのだが、「仮面ライダー」という単語が存在していないこの世界では涼がそれを知る術は無かった。

 しかしたった一度だけ、涼は「ギルス」という言葉を耳にしたことがある。

 それは忘れもしない、初めて自分の意思で変身して戦った後のこと。

 

 変身の後遺症に倒れ、意識を失った涼が目を覚ました時、目の前には自身を看病する黒衣の青年がいた。

 彼は不思議な能力で涼の後遺症を治し、また、変身した涼の姿に驚きもせずこう言った。

 

『アギト……いや、ギルスか。珍しいな』

 

 アギト。ギルス。それらが意味することを涼はこれまで知らなかったし、聞いたこともなかった。

 あんな超常的な存在しか知りようもない単語であったとすれば、それもしっかりくる。

 だが、涼より少し年下か同じくらいの女がそれを知っているのがどうにも解せない。

 

「……今、ギルスと言ったな。何故その言葉を知っている? あんたは何者なんだ!?」

 

「私はーーーな、内緒です」

 

 馬鹿正直に答えそうになった瑠美はレイキバットからの視線と、それに含まれた制止の意味合いに気付き、慌てて口を噤んだ。

 訝しむ涼にボロを出さないよう平静を保ち、そんな彼の態度からレイキバットの言わんとしていることを瑠美は理解した。

 

「私は葦原さんのことを知りたい。葦原さんは私のことを知りたい。これってwin-winの関係と言えませんか?」

 

「自分のことを教える代わりに、俺につきまとわせろ……そう言いたいのか」

 

「そうです」

 

「迷惑だ」

 

「それでもです」

 

 またもや沈黙。最終的に折れたのは、少ない経験からこういう時の女性に自分は敵わないと知っている涼の方だった。

 それに借りがあると言ってしまった手前、はっきり拒絶するのも躊躇われる。

 

「ありがとうございます。なるべくご迷惑をおかけしないよう、頑張りますね!」

 

「すでに迷惑なんだがな……」

 

 満面の笑みを向けられても、涼には頭痛しかしてこない。

 なるべく早く終わらせられればいいのだが。

 

 

 *

 

 

 肉が焼ける音、飛び交う声、舞い上がる炎と煙。

 そこはまさしく戦場だ。大地が初めて足を踏み入れた未踏の地だ。

 

「さ、遠慮は要らないわ。じゃんじゃん食べなさい!」

 

「いただきます!」

 

 焼肉屋と言う名の。

 

 氷川に連絡を取った大地はとある場所にまで来て欲しいと言われ、伝えられた住所にやって来てみれば、そこは昼間から大繁盛している高そうな焼肉屋。

 三度ほど住所が間違っていないか確認し、恐る恐る入るとちょうど端っこの席から氷川が手招きしていた。

 そしてその席には氷川の他にもう一人、キリッとした眼の女性が座っており、空いている席に座るよう促してきた。

 

「堅苦しい挨拶は後にして、まずは昼食にしましょう。焼肉はお好きかしら?」

 

「その……焼肉は初めてで。多分」

 

「そ、そう……まあ平気よ。貴方、焼肉を好きになりそうな顔してるわ」

 

「ほら、いつまでも立っていないで、座ってください! 何を飲みますか?」

 

「は、はぁ……」

 

 その女性ーーー名を小沢澄子というーーーによって状況を飲み込めないままに着席させられてしまったが、周囲から漂う芳しくも暴力的な肉の香りには抗えない。大地の意識も次第にテーブルに並ぶ肉の皿に向いていく。

 今まで大地が食べてきた料理はどれも食べた記憶は無いが、知識として知っていた、もしくは初めて食べるものだった。中でも焼肉はかなり興味があった方だ。調査の途中、何度看板のネオンに目を吸い寄せられたことか。

 

「んぐっ、んぐっ……ッ!? お、美味しい!」

 

 タン塩、カルビ、サガリなど肉の部位によって皿が分かれていたが、どれも違った味わいがあり、噛むたびに幸福をもたらしてくれる。

 肉の質が良いというのもそうだが、目の前で焼くということがこんなにも食欲を湧かせるとは思いもよらなかった。

 

「凄い食べっぷりね……初めてなら無理もないか。ここは私の奢りだから遠慮せずじゃんじゃん食べなさい」

 

「はい!」

 

 普段の大地なら首を振って遠慮していただろうに、考えるより先に御礼を言ってしまっていた。

 後ろめたさが微かに首をもたげても、焼き上がったホルモンの香りの前にあっさりと消し飛び、嬉々として伸ばした大地の箸が氷川の箸とぶつかる。

 

「「あっ」」

 

 刹那の硬直から素早く回復した氷川は瞬時に別の皿からキムチを掴んだ。まるで「最初からキムチを取るつもりであった」と言いたげであるが、さすがに苦しい気がする。

 氷川はこほん、と咳払いして追加の肉を注文した。

 

「大地さんはお気になさらず、ここは命を助けてもらった僕が払いますから。こんなことで貴方の立派な行いに報いれるとは思えませんが」

 

「え、私が払うって言ってるじゃない。部下に奢らせてどうするのよ。あ、生おかわり!」

 

 ビールのおかわりをしつつ、すかさず小沢が目くじらを立てた。

 大地は上ミノというホルモンのコリコリ感を楽しんでいた。

 

「しかし小沢さん。僕は彼に御礼を申し上げる場を相談しただけで、直接関係はないでしょう。ここは彼に助けられた僕が奢るべきなんです!」

 

「別に誰が奢ったって肉とビールの味は変わんないわよ。男ならつべこべ言わずに『ゴチになります!』くらい言っとけばいいの。生おかわり!」

 

 徐々にヒートアップしていく氷川と小沢、というかほぼ氷川。

 大地は気にせず、カルビを乗っけてタレの染み込んだ大盛りライスに舌鼓をうっている。

 

 それからまあ長いこと言い争っていたが、結局小沢が根負けしていた。

 こういう時に二人を鎮める立場の人は大変だろう、といるかどうかもわからない人間に想いを馳せながら、大地は若干焦げた肉を纏めて口に放り込む。

 もう肉が残った皿も無く、テーブルの上は粗方片付いた。

 氷川も顔を引き締め直したことだし、ついに本題に入るのだろうと大地は勘付いたが、時折しゃっくりを上げる小沢がどうにも心配でもある。ビールの飲み過ぎでないといいのだが……。

 

「改めて自己紹介させてもらうわ。私は小沢澄子。氷川くんの元上司よ」

 

「僕は警視庁捜査一課所属警部補、氷川誠です。昨日は本当にありがとうございました!」

 

「い、いえ! 僕も人として当然のことをしたまでです。それに僕がもっと早く到着していれば他の刑事さん達も助けられたのに、申し訳ありません!」

 

 ここまで畏まった挨拶をされると、大地の態度も自然と硬くなる。

 つい敬礼まで真似してしまい、それがあまりにも不恰好であったためか、小沢がちょっと吹き出している。

 顔を赤らめて烏龍茶のストローに口をつけるが、その間も氷川は直立不動のまま。真面目を通り越して、とんでもない堅物なのではないか。

 

「あの、氷川さん。そろそろ座っても……」

 

「あ! どうも失礼しました! 命の恩人たる貴方に気を使わせてしまい……」

 

「いや、もういいですから! 僕も聞きたいことありますし」

 

「そうね。そろそろ本題に入りましょう。大地くん、貴方が昨日のアンノウンを倒した者の正体ってことで間違いないのよね?」

 

「は、はい。一体だけ倒しました。黄色い奴です。このダークディケイドライバーで変身しました」

 

 相手側との食い違いがあっては困るので、一応正確に伝える。

 変な誤解を生む展開はもう御免被りたい。

 念のためダークディケイドライバーとライドブッカーも取り出した。

 

「変身……?」

 

「こう、ベルト巻いて、カード入れると身体が変わります」

 

「凄い技術力ね……拝見してもいいかしら?」

 

 一瞬鬼塚の事が大地の脳裏をよぎったが、この場限りなら問題ないだろうと了承する。

 小沢と氷川は大変興味深い様子で変身道具を観察しており、小沢はベルトを、氷川はライドブッカーのカードを眺めている。

 

「そのカードに描かれてるのが別の世界のライダーです。この世界のライダーに該当するカードもあると思うんですが……」

 

「……えぇ!? べ、別の世界!? そんな馬鹿な……あ、すいません。大地さんのことを疑っているわけでないんですが…その、やはりどうにも信じがたいというか」

 

「あらそう? むしろその方が納得ね。瞬時に戦闘服を着るなんて技術、別の世界から来たぐらいしか考えられないわよ」

 

「そうなんですか?」

 

 小沢の言った事が心底意外だという風に返す大地。

 これまで訪れた世界ではむしろそれがデフォルトなので、当然といえば当然なのだが。

 

「それで? ライダーってのはなんなの?」

 

「仮面ライダー。世界ごとに存在する怪人と戦う、正義の戦士です。僕の目的はその世界のライダーを記録することなんです。この世界のライダーは……多分あの銀色のライダーなのかもしれません」

 

「なるほど……でもこの世界のライダーは違うわね。アレは……というよりもアイツはそんな立派なもんじゃないわよ」

 

 カードを一枚見るごとに取り出していたため、持ちきれなくなった束が氷川の手からばらけて落ちた。

 慌てて集める氷川の横から、小沢がひょいと一枚選び抜いて大地に見せる。

 それは色が失われた「仮面ライダーG3」のカード。

 

「この世界のライダーはG3。そこにいる氷川君ってことよ」

 

「えっ!? 氷川さんが!?」

 

 さらっと驚愕の事実を告げられた。

 大地は思わず氷川を二度見するが、アセアセとカードを拾い集めている不器用な人にしか見えない。

 しかし、重度のマヨラーとかよりはよっぽどマシかもしれない。

 大地が知らないだけで名護や剛もだいぶおかしな人物だったのだが、この場では関係のない話だ。

 

「でも残念だったわね。あと2ヶ月くらい前に来てれば貴方の目的とやらもすんなり達成できたのに」

 

「へ? どういうことですか?」

 

「もうG3はお役御免になったのよ。貴方も見たんだろうけど、あの銀色の『V2システム』に取って代わられたの。氷川くんも今じゃ捜査一課の刑事よ」

 

「それが悪いとは言い切れないんだけどね」と小沢は付け足しているが、言ってることと表情が全く違う。明らかに不愉快そうだ。

 当事者の氷川はというと、口を引き締めて申し訳なさそうに項垂れている。

 

「僕が力不足なばかりに、小沢さん達のG3を使いこなせず、不甲斐ない結果に終わらせてしまいました。なんとお詫びすればいいか……」

 

「貴方のせいじゃないわ。未確認生命体ならともかく、アンノウンを相手にするにはG3の性能は低かった。それが紛れも無い事実よ。にも関わらず貴方はよくやってくれたわ」

 

「そんな! 僕が倒せたアンノウンなんてたったの数体でしかない。それに引き換え、V2は多くのアンノウンを撃破しています。僕が装着員になってしまったから、G3は表舞台から消えたのではないかと思うと……」

 

 詳しい経緯はよくわからないものの、彼らの会話から察するに仮面ライダーG3は期待されていたような結果を残せなかったのだろう。

 今ではあのV2というものに役割を譲る形となり、氷川にはそれが悔しくて堪らないのかもしれない。

 もし自分が氷川の立場だったならG3の立場が奪われても、V2が人々を守っているならそこまで気に病むこともないだろうに、と大地は思う。

 

「ほら、いつまでもくよくよしない! もう終わったことをぐちぐち言ってもしょうがないわ。それより大地くん、もしG3に興味があるなら見に来ない? もしかしたらその目的とやらも達成できるかもしれないし、貴方がどんな経歴を辿ってきたのかも気になるのよね」

 

「是非! ……でも良いんですか? G3って警察のものなんじゃ」

 

「作った本人が良いって言ったら良いの。さ、行きましょ」

 

 店を出た三人は警視庁に着くまでの合間に様々な会話を交わした。

 よくあの焼肉屋に来ていたことや、G3は小沢が開発したものであるとか、一度は氷川以外の人間も装着し、その男が現在のV2装着員であるだとか。

 特にそのV2装着員の話になると小沢がとても憎々しげに話すのが大地には印象に残った。

 

(どんな人なのかな、その北條透って人は)

 

 

 *

 

 

 大地達が焼肉を食べていたのと時を同じくして、瑠美達もとある洋食屋に来ていた。

 涼はかなり渋っていたが、瑠美が強引に連れて来たのだ。

 近くの席に座っている家族の幼稚園児くらいの幼子が涼の不良っぽい見た目に若干怯えてしまっているが、涼にはどうしようもない。

 

「どんな時も食事は欠かしちゃいけないんですよ。涼さんみたいに戦う人なら尚更です……って言っても、これはガイドさんの受け売りなんですけどね」

 

「別に食うだけならこんな店に来る必要はないだろ。パンとかで十分だ」

 

 涼の言い分にはレイキバットも一理あった。少なくともこんな立派な内観の店を選ぶ必要性は感じられない。

 メニューに記されている値段や、そこから窺える料理の質、店員の振る舞いからしてランチの場としては少々敷居が高そうだ。

 瑠美がガイドから経費としてもらっている額なら問題はないだろうが、なるべく浪費は抑えるべきではないだろうか?

 

「どうせなら美味しいもの食べたいとは思いませんか? それにここは私が払いますから心配には及びません」

 

 だがレイキバットは瑠美ならそう言うだろうとも思っていた。

 それなりに一緒の時間を過ごしてきて、なんとなくこの女が人に尽くしたがる性格を理解しつつもあったからだ。

 そんな彼女に呆れたのか、涼ももう何も言わずに溜息を吐いた。

 

「ご注文は決まりましたか?」

 

 そして頃合いを見た店員が注文を取りに来る。

 

「私はもう決まりましたけど……」

 

「一番安いやつでいい」

 

「もう、そんなこと言わないで。店員さん、オススメはありますか?」

 

「そうだなぁ〜。ウチのメニューはどれもオススメだけど、特にオススメなのはこのスペシャルハンバーグセット! サラダと付け合わせの野菜にはいつもその日に採れた本当に新鮮なものを使ってるから、素材本来の甘みが出ててーーー」

 

「わかった! わかったから、それでいい」

 

 涼が止めなければランチタイムが終わるまで喋り倒す勢いだった。

 我に帰った店員は照れたように頭を掻いて朗らかに笑っており、反省の態度は見られない。これで客がクレーマーだったなら面倒なことになっていたのは想像に難くない。

 変な奴がいるもんだな、とテーブルの裏に止まっていたレイキバットは感想をこぼしたが、その目の前にあった瑠美の足が突然動いた。

 

「あっ!? あなた、今朝コンビニで会った人!」

 

「えっ……あぁ! あの新聞ばっかり買ってた人ですか! いやあ、凄い偶然ですね〜! こちらは彼氏さんですか!?」

 

「違う」

 

 どうやら瑠美はこの店員とすでに面識があったようだ。

 確かに中々無い偶然なのは同感だが、それ以上に何かあるとはこの男からは思えない。

 

 その時、涼の無愛想な態度が恐怖の限界値に達してしまったのか、近くに座っていた幼子が少し愚図り出してしまった。

 こうして見ると無理矢理連れて来られた店で怖がられる涼がかなり気の毒に映り、同じく無愛想な態度をとりがちなレイキバットにはシンパシーを感じてしまう。

 幼子の両親もあやそうと手を尽くしているものの、このままでは店に迷惑をかけてしまうのは時間の問題かもしれない。

 

 そこで素早く動いたのは例の店員であった。

 その手には新聞紙で包んだコップがあり、鼻歌で子供の気を引いている。

 目線もその子供に合わせており、こういう対応には慣れているのかもしれない。

 

「フンフンフンフンフン〜。はい、タネも仕掛けもありません」

 

 店員の見せたコップはテーブルに伏せられ、新聞紙越しでしかその存在を認識できなくなった。

 子供の微かな興味が向いたことを確認し、店員はコップがある位置を勢いよく叩く。普通ならコップを叩く音が響くだけのはずだが、なんとコップの形になっていた新聞紙ごとグシャリと潰れてしまった。

 

「はい、コップが無くなっちゃいました〜!」

 

「わっ!? すごーい!」

 

(なるほど、手品か)

 

 レイキバットの位置からだと店員の膝にコップが落ちてきた瞬間が見えていた。

 仕組みがわかってしまえば簡単な手品なのだろうが、少なくとも子供のご機嫌をとることには成功している。

 なんとも微笑ましい光景だと瑠美も笑っているのはいいが、目的を見失ってやいないかと翼の先っちょで彼女の膝をつついておく。

 

「……あっ、その、葦原さんはこの後どうするつもりなんですか? パトロールとか?」

 

「あいにくそんな殊勝な心がけはしてない。この手帳に載っている人に会いに行く」

 

 涼が差し出したのはボロボロになった一冊の黒い手帳。

 中身の紙は色褪せ、相当に使い込まれた形跡が見られる。

 記されているのは十数人分の名前と住所、ただそれだけ。何の繋がりがあるのか、それすら書いていない。

 

「死んだ父さんが最後に持っていたものだ。そこにある名前は『あかつき号』という船に父さんと乗っていた人物のリストらしい」

 

「わざわざこんな風に書き留めるなんて、よほど仲良くなったってことでしょうか?」

 

「さあな。だがその船は大きな海難事故にあった。幸い大きな怪我を負った者はいなかったらしいが、父さんはその船から戻って以来人が変わったようになった。大らかだったあの人が最後は衰弱死……最初は信じられなかった」

 

 父親を亡くした経験は瑠美にもある。

 しかし、父親の話をする涼からは悲しみの感情よりも疑念の方が強く感じられる。

 

「俺は父さんがどうしてそうなったのか、あかつき号で何があったのか。それを調べている」

 

「それでその人達に会いに行くってことなんですね」

 

「ああ。もう何人かには当たってみたが、結果は芳しくなかった。だが、そう簡単には諦めきれない」

 

 そう強く言い切る涼は大した男の顔だとは思うが、レイキバットの見立てではこの件が仮面ライダーギルスの謎を紐解くとは思えなかった。

 しかし、どうやら瑠美も乗り気のようだし、そもそもついて行くと言い出したのは自分達である手前、仕方ないだろう。

 

 そして会話がひと段落したのを見計らってか、例の店員が二人分のサラダを運んで来た。

 

「お待たせしました! ランチのサラダになります。それにしてもあかつき号か〜。懐かしいな〜、俺も乗る予定だったんですよ」

 

「ッ!? それは本当か!?」

 

 かなり重要なことをぽろっと言い出すものだから困る。

 目を剥いて今にも摑みかかる勢いの涼にも臆することなく、店員は笑顔で答える。

 

「ええ、チケットまで買ってあったんですけど、それを入れたバックごと他の人と取り違えになっちゃって。しかもですよ、なんとその俺のバックを間違えて取った人ったら、そのままあかつき号に乗っちゃったんですよ! それで俺は船に乗れなかったんだから、まいっちゃいますよね! 船に乗せてふね(くれ)! ハハハハハハ!」

 

 やたらわかりにくいギャグもそうだし、この店員もおっちょこちょいというか、だがその人物も相当な変わり者だろう。普通なら間違えて取った人のバックに入っていたチケットを使うなんてありえない。

「あ、この人です」と指差した名前は「入山(いりやま) (てる)」と書かれており、住所もこの付近のようだ。

 

「それではごゆっくりどうぞ。ハンバーグもすぐ持ってきますね!」

 

「あ、ああ」

 

 手掛かりになりそうで、結局ならなかった。

 涼もちょっぴり落胆はしたものの、突然過ぎたためか、すぐに持ち直した。

 サラダを結構な速度で食べながら、手帳にあるまた別の名前を指差す。

 

「今日はこの人に会いに行くつもりだ。ここからもそんなに遠くない」

 

 そこには記された名前は「木野 薫」とあった。

 

 

 *

 

 

「小沢さん、本当に良いんですか? いくら大地さんでも格納庫にまで入れるのは……」

 

「だから良いって言ってるじゃない。別に減るもんでもないし、この子がG3に悪さをするとも思えないわ」

 

「それは……そうですが」

 

 小沢と氷川が並び立って歩き、その背後を縮こまった大地が付いていく。

 いざ警視庁に来てみれば、やはりその外観に圧倒され、明らかに普通の一般人には入れなさそうな場所まで来てしまうとすれ違う時の視線も痛い。

 むしろここまで呼び止められなかった方が不思議で仕方ない。

 

 大地はこのまま面倒ごとが起こりませんように、と内心で神に祈ってみたはいいものの、残念ながら神様とやらは名護のように味方してくれないらしい。

 氷川達の反対側から二人組の男達が歩いてきた途端、彼等の動きがぴたりと止まった。

 おかげで大地は氷川の大きな背中に激突する羽目になってしまったが、頑丈な氷川はビクともしないどころかぶつかったことにも気付いていない。それだけ目の前の男達に緊張しているのだ。

 

 最初に口を開いたのは二人組の内の背の高い方。どことなく嫌な雰囲気の男だ。

 

「おや、これはこれは氷川さんに小沢さん。奇遇ですね。こんなところに何の御用ですか? この先は格納庫ですよ」

 

「別に大した用じゃないわよ。製作者が自分の発明品を見るのはいけないことかしら?」

 

「まさか。あんなものでも愛着が湧くのはわかりますよ。僕も装着者としてV2という素晴らしいシステムに愛着を持っていますから。ああ、勿論G3にも少しはありますよ。元装着者として、ね」

 

「そういえばそうだったわね。あまりにも不甲斐なさ過ぎて忘れてたわ」

 

 男がああ言えば、小沢はこう返す。

 放っておけばその身が朽ち果てるまで言い合いを続け、最後には口だけになっても口論を続けそうだ。

 小声で氷川に尋ねてみると、あの小沢と舌戦を繰り広げている男こそがV2装着員の北條透だと言う。

 

「隣にいるのは入山照という方で、生物学の学者です。V2の前身であるV1を設計したメンバーの一人で、今ではV2の戦闘オペレーターとしても活躍していて、よく警視庁にも来ています。なんでもV2の動力源を扱えるのが彼しかいないとかで……」

 

「ど、どうも。ひ、氷川さん、ご無沙汰しております」

 

 終わる気配を見せない北條達に待ちかねたらしい入山が氷川に挨拶してきた。

 北條と違い、この入山という男は氷川達に対して悪印象は抱いていないようだ。

 ただやたらオドオドした態度なのが気になったが、そういう人なのだろうとあまり気に留めないことにした。

 

「ど、どうです、捜査一課の方では? ひ、氷川さんのか、活躍の場を奪ったのは非常に心苦しいのですが、氷川さんならきっと刑事の方が向いていますよ」

 

「はぁ……どうも……?」

 

 皮肉のようにも聞こえる入山の言葉も、その態度からして恐らく本気で褒めている。

 氷川も微妙な反応で返しているが、入山はぎこちなく笑うばかりだ。

 当たり前といえばそうなのだが、着実に場違いの空気が自身から漂い始めたのを大地が自覚したところで、北條の矛先がこちらに向かれてしまった。

 

「それで? 小沢さんに氷川さんときて、あの人ではなく、そこの学生らしき人を連れているのはどういうわけなんです? まさか社会科見学なんて言いませんよね……いや、G3がお役御免になった今の貴女にはお似合いの仕事かもしれませんが」

 

「まあ似たようなものよ。あんたなんかよりも、未来を背負って立つ若者の相手をする方がよっぽど有意義だもの」

 

「やれやれ、相変わらず口の減らない人だ。君もこんなお酒臭い人よりも、僕らのようなエリートを見習った方がいい」

 

 酒臭いという部分にだけは同意する。

 しかし、ここで北條の味方をするのがどういう結末を招くのか、いくら大地でも察しがつくので、口が裂けても言えない。

 

「それではここらへんで失礼させてもらいますよ。何せ僕らは貴方達と違って多忙の身なので。まあ、そちらも精々頑張ってください。では行きましょう、入山さん」

 

「は、はい。それでは氷川さん、また今度」

 

 わざわざ大地の肩をポンポンと叩いて、北條は去って行った。

 言葉は無くとも、小沢から凄まじいストレスの念が発せられているが、その気持ちはこの会話だけでもわかった。

 

(北條さんって……めちゃくちゃ嫌な人なんだなあ)

 

 





入山 照
V2システム及びV1システムを開発したメンバーの一人。
氷川に対しては何故か尊敬に近い感情を持っている。
どうやらあかつき号に乗っていたようだが……?

店員
笑顔が似合う優男。
得意なのは手品や親父ギャグ(本人以外には極めて少数の人にしかウケない)。
元々あかつき号に乗る予定があったが、チケットが入ったバックを入山と取り違えてしまい、結局乗れなかった。


店員の本名はアギト本編を見よう! そして感想ではその名前を出さないでね!


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凍拳の野獣


先週分です。大幅な遅刻、申し訳ありませんでした。これからは二週間に1話のペースになるやもしれません。


 

 

「駄目だったみたいですね。その記録というのは」

 

「ええ、やっぱりライダーとして活動していないと記録にはならないようです」

 

 G3システム一式が収納されていた格納庫からの帰り道で、大地が取り出した「カメンライド G3」のカードは相変わらずブランク状態のままであった。

 そこまで期待していなかったとはいえ、この世界のライダーが判明したぐらいしか収穫がないとなると気落ちもしてしまう。

 

「大地くんはこれからどうするつもり? 流石にG3を動かすのは私の独断じゃ無理よ」

 

「うーん……一応あの北條さんを記録してみようかと思ってます。カードになれば戦力にはなるので」

 

 記録する、とは簡単に言っているが、どういう条件でカードになるのかは未だに大地にもよくわかっていない。

 メイジやレイは自分自身が変身したから、で説明はつくけれど、他のライダーはいつの間にかカードに記録されたとしか言いようがないのだ。特にリヴォルのカードなんて何故手に入ったのか、皆目見当もつかない。

 

「やめておいた方がいいわよ。話を聞く限りだと、貴方がこれまで見てきたライダーはどれも私達の世界と比べて、技術的に大きな差があるもの。開発者として認めるのは悔しいけど、G3もV2も貴方にとっては大した戦力にならないと思っていい」

 

「小沢さん、何もそこまで言わなくても」

 

「実際に戦ってるところを見た氷川くんならより実感できてるんじゃない? 元装着員の貴方から見て、大地くんはG3より弱いと思う?」

 

「それは………! そうは思いませんが……」

 

 不思議な世界だと大地は思う。

 イクサ、マッハも人間が作り上げたライダーではあったが、魔法を使いこなすビースト、肉体を変化させた威吹鬼と遜色ない性能を誇っていた。

 直接戦っている光景を見てない大地には断言できずとも、製作者である小沢は大地の話だけでG3が劣っていると判断した。そんな性能だったからこそV2に席を譲る形になったのかもしれない。

 

「アンノウンに対抗するにはG3では性能が足りなかった。それは紛れも無い事実。だからこそG3を超えるG3-Xの開発が進められていたのよ」

 

「G3……X?」

 

「その強化されたG3なら貴方の見てきたライダー達にもそれなりに匹敵するんじゃないかしら。ま、どのみち試しようがないけどね」

 

 大地が所持しているカードの中でも滅多にお目にかかれない強化形態には興味があるが、小沢の言う通り見るのは難しいだろう。

 だが仕事をこなすためにはG3の記録は必要不可欠。鎧だけを見ても駄目ならアプローチを変えて中身を記録してみるというのはどうか。

 

「氷川さん。G3そのものを見ても駄目だった以上、貴方に付いていくわけにはいきませんか?」

 

「えぇっ!? 僕にですか!?」

 

「駄目元って言ったらちょっと失礼なんですが……この世界のライダーだった人と一緒にいた方が何かと都合が良さそうで」

 

「と言われましても、僕はこの後捜査もあるんですが……一般人を連れていくのは流石にどうかと」

 

「別にいいじゃない。変身できる大地くんが一緒ならアンノウンが出ても安心でしょう?」

 

 小沢の後押しも手伝って、氷川は渋々といった様子ではあるが了承してくれた。

 一応マッハの世界にて警察官との面識はあったが、捜査というものを間近で見るのは大地にとって初めての経験となる。それが良い方向に転がってくれればいいのだが。

 

(とはいえ、これで駄目だったら本当に打つ手が無くなる。良い方向に転がってくれなきゃむしろ困るんだよなぁ……瑠美さんのこともあるし)

 

 大樹の言うことを信じれば、この世界のライダーと共に行動することで瑠美達と再会できるということになる。

 この世界のライダーとは氷川のことか、北條か、それともまた別のライダーを指すのかは不明だが、今は氷川であると仮定して行動するしかなさそうだ。

 

 とりあえず氷川について行くのはまた明日から、ということになってこの場はお開きとなった。

 大地はそれから日が暮れるまで瑠美達を探してあちこちを彷徨ったが、何の手掛かりも得られずに大地の一日は終わった。

 

 

 *

 

 

 不良に間違えられてもおかしくない風貌の男が隣にいる。

 それだけならまだしも、サングラスに全身黒ずくめの男と対面しているのだから、今の瑠美は場違いもいいところだった。

 ここが喫茶店であるというのが瑠美の唯一の心の救いだ。

 

「貴方達ですか、私と話がしたいというのは」

 

「はい、俺は葦原涼。こっちはちょっとした連れです」

 

 このサングラスの怪しい男は木野薫。涼が探しているあかつき号の乗船メンバーの一人。

 しかし、なんというか、纏う雰囲気が常人のそれではない。

 一見紳士的ではあるものの、サングラスの奥に潜む眼からは覗いた者に鳥肌を立たせるような冷たさがある。

 涼もそれを察したからこそ瑠美の素性を明かさないのかもしれない。

 

「……まあいいでしょう。こんな私から何を聞きたいと?」

 

「あかつき号事件について。あの船で何があったのか、それを知りたい」

 

 あかつき号という言葉を涼が口にした時、木野の眉が微かに動いた。

 だが、それは見間違いであったと言われれば納得してしまうほどに一瞬のことで、すぐに微笑を浮かべてコーヒーを飲んでいる。

 

「なるほど。しかし、話すようなことは何もありませんよ。突然船が嵐に襲われて、勇気ある警官に救われた。ただそれだけのことです」

 

「ですが、俺の父はあの事件以来衰弱死するほどに人が変わってしまった。貴方達、あかつき号の乗船客のリストだけを残してだ! 何かがあったはずなんだ……!

 

「葦原……ああ、君は葦原和雄さんの息子でしたか。亡くなったとは、お悔やみ申し上げます。しかし、本当に何もなかったんですよ。少なくとも、わざわざ話すようなことは」

 

 木野が何かを隠していると瑠美の直感が告げている。

 それは瑠美に人を見る目が備わっているのは勿論のこと、相手側も隠し事をしていること自体は隠すつもりがないらしい。

 その上で木野は言っているのだ。「それを話すつもりはない」と。

 

 この会合の直前、涼は以前にも何人かのあかつき号乗船客から話を聞こうとしていたが、いずれの場合も怪人に殺されてしまったのだという。

 それが偶然か必然かは定かではないが、ここではいそうですかと引き下がるつもりは二人にはない。

 

「あの、ちょっといいですか? 木野さん」

 

「なんでしょう? お嬢さん、私はこう見えて多忙の身でしてね。あまり下らない用件ならご遠慮していただきたいのですが」

 

 涼に代わって瑠美が会話を続ける。

 レイキバットのおかげで馬鹿正直に話すだけではいけないとわかっている。

 

「木野さんがあかつき号のことを喋りたくないのは理解しました。だったら、私達が木野さんの望む何かをすれば話してくれませんか?」

 

「交換条件というわけですか……しかしね、そんなことを申されましても話すようなことはないし、やってもらうようなことも………いや」

 

 そこで木野の言葉は途切れる。

 何かを思案する顔で暫し考え込み、表情を変えぬまま口を開いた。

 

「いいでしょう。貴方達は私の依頼を代わりにやっていただけると言うようなお人好しのようだ。さっきも言った通り、私は多忙の身です。その依頼の報酬としてなら、それ相応のものも用意できるかもしれません」

 

「その依頼を受ければ、あかつき号について話してくれるんですか?」

 

「さて、それはわかりませんが。別にやってもらえなくても、私としては構いません。その頃には私が心変わりしているかもしれませんが」

 

 やたらと回りくどい言い方だが、要は瑠美達が木野の代わりにその依頼とやらをこなせば報酬を用意するということ。

 だが、その報酬があかつき号の話かどうかは不明である。随分と木野に都合のいい話だ。

 

「そんな不確定な要素を信じて、俺達に何をやらせようって言うんだ!?」

 

「そこまで難しいものではありません。とある人を探してもらいたい」

 

 木野が取り出したのは一人の若い男性が写った顔写真。

 イマイチ表情に覇気がない、のような見た目の情報は置いておいて、至って普通の学生のようだが、木野との接点は如何様なものか。

 

「彼の名前は真島浩二。数ヶ月前から連絡が取れなくなっています。彼の行方を調べてもらいたい」

 

「でも、私達は探偵じゃありません。名前と顔だけで探せなんて、流石に無茶だとは思いませんか? せめて行き先に心当たりとかは……」

 

「彼が失踪する直前まで、入山照という男と頻繁に連絡を取り合っていたことまではわかっています。しかしその入山は私との接触を拒んでいましてね……原因は不明ですが」

 

 入山照、というと瑠美達には聞き覚えのある名だ。

 あのおっちょこちょいな店員とチケットを取り違えたという男で、やはりあかつき号の乗船客。

 ここまで来るとあかつき号事件が何の変哲も無い海難事故であったとするには無理があり過ぎる。

 

「真島浩二……」

 

「ええ、彼もまたあかつき号の乗船客ですよ。いやはや、偶然とは恐ろしい」

 

「……ああわかった。その依頼、受けよう」

 

 半ば睨んでいるような涼の目付きにも怯むことなく、木野は不敵に笑った。

 

 

 *

 

 

 喫茶店を後にした一同。

 ここで木野と別れるのが道理であろうが、どういうわけか涼は木野から離れようとしない。

 木野も涼も互いに無言のまま、同じ道を歩み続ける。首を傾げながらも、瑠美もその後ろに続く。

 

「……葦原さん?」

 

 いくらなんでもこれは不自然ではないか。

 神妙な顔の涼にその意を込めた呼び掛けをしても、彼等はその答えを返さない。

 もう一度きちんとした問いかけを投げ掛けようとすると、瑠美のリュックに潜んでいたレイキバットが耳打ちをしてきた。

 

(瑠美、どうやらお前らは何者かに後をつけられているらようだ)

 

「えっ!?」

 

(葦原達の様子からそう推測したまでだ。俺のセンサーには一切反応がないが、葦原と木野には察知できているらしい。そういう類の者となると……もうわかるな?)

 

「避けろ!」

 

 瑠美がレイキバットの言う存在が何なのか。その答えを示す刺突がアスファルトに突き刺さった。

 そこにあるのは白い象牙を模したような槍。もしも涼が木野を突き飛ばさなければ、今頃串刺しにされていたことだろう。

 槍が刺さった場所はたちまちのうちに凍てつき、ガラス細工の如く砕け散った。

 

「後ろだ!」

 

 リュックから響く警告などなくとも、瑠美は咄嗟に振り返ることができた。

 大木から顔を覗かせるは、木野を狙って投合されたと思わしき槍と同じ牙と、長い鼻を持つ象の怪人。

 見た者が寒気を催す何らかのサイン、怪人の頭上に浮かぶ光の輪、そこから出現する先ほどと同じ槍。

 

 ここまでの行程の間に木野は立ち上がり、それを庇う形で涼は構えをとっている。だというのに瑠美はただ怯え、呆けているだけだった。

 

「ぼさっとすんな瑠美! とっとと木野を連れて逃げろ!」

 

「は、はい!!」

 

「それには及びません。早くここを離れましょう」

 

 レイキバットの怒声でようやく我に帰り、瑠美は木野を連れて離れようとするも、彼は瑠美よりも迅速に動いていた。

 むしろ瑠美の方が木野に気遣われる始末で、彼の方がよほど怪人慣れしているかのようにも見えてしまう。

 

 ーーーなどと感心してばかりいられない。今この瞬間にも迫り来る怪人が冷気を纏わせた槍を突き出してきている。

 

「この程度ッ!」

 

 レイキバットの全力で繰り出した体当たりがその矛先をずらしたことで事なきを得たが、あの槍に貫かれればあのアスファルトのように砕け散ってしまうに違いない。

 邪魔をされたことに対して、当然煩わしそうにする怪人はさらに涼のタックルに突き飛ばされた。

 象に似ているだけあって、見るからに頑丈そうなその怪人は涼のタックルでもビクともしなかったが、続けて放たれたレイキバットの氷結弾には微かに怯む。

 

「今だ! 葦原!」

 

「変身!」

 

 いくら頑丈であっても、顔面に前蹴りをのめり込まされたらひとたまりも無い。それが仮面ライダーギルスとなった涼の一撃なら尚更のこと。

 起こすのにも一苦労しそうな巨体を揺らして倒れた怪人ーーーマンモスロードを踏み付けたギルスの雄叫びが周囲に轟いた。

 

 

 *

 

 

 人間には実行不可能な犯罪を繰り返す異形の怪人、アンノウン。

 彼等は無差別に人を襲うわけではない。狙われるのは超能力者や、それに近しい人物、それらの血縁関係にある者。

 瑠美達の前に現れたこのマンモスロードもまた例外ではない。

 マンモスロードが狙うのは木野と、そしてギルスである涼だ。しかし、人間の言葉による意思疎通を行おうとしないアンノウンの行動原理など瑠美達が知るはずもない。

 人を襲う怪人が現れた。認識はそれ以上でもそれ以下でもないし、この時においては必要もなかった。

 

 そんな拳のやり取りを始めたギルスとマンモスロードの戦いに巻き込まれぬよう、瑠美はゆっくりと後退しつつ、ギルスに目を奪われている木野を横目で見やる。

 突然の襲撃に加え、木野に涼の変身とレイキバットを見られてしまった。

 これが普通の人間だったら「あの蝙蝠は何か」とか、「葦原涼とは何者なのか」などと質問を繰り返し、混乱しているはずだ。しかし、意外にも木野は突如始まってしまった異形の戦いを冷静に見物している。

 その肝の座り具合は大したものではあるものの、今すぐ逃げるべきこの場面ではむしろ事態を悪化させかねない。

 

「葦原涼……フフ、なるほど」

 

「き、木野さん!? 早く逃げてください」

 

 今度は不気味に笑い出す木野。

 何が可笑しいのかは知る由もないが、ああいった怪人に狙われる時は碌なことにならないと瑠美の経験が告げていた。

 大声で叫んでも反応が得られない。そんな他者からは呆けてしまったようにも見える木野の右腕を掴んで揺らす。

 瑠美からすればただ木野に警告しているだけであったが、返ってきた反応は実に冷たいものだった。

 

(ッッ! この目……!)

 

 瑠美が右腕を掴んだ瞬間、木野から送られた視線は不機嫌なんて言葉には収まらないほどに強烈で。

 彼の怒りすら感じさせる視線に、心臓を鷲掴みされたかのような感覚に陥った瑠美は言葉を失った。

 

 しかし、それもほんの一瞬のこと。木野はすぐに表情を少し和らげた。

 

「……これは失礼しました。お嬢さんのおっしゃるように、ここは危険なようです。すぐに逃げましょう」

 

「……いえ、逃げるのは木野さんだけです。私はここに残ります」

 

「おい瑠美」

 

 レイキバットの咎める声もあえて聞こえない振りをする。

 瑠美が残ると言うのなら自分も、というのが(実に命知らずな)紳士的な発言ではあるが、木野は余計な会話も交わすことなくさっさとその場を立ち去った。

 色々と気になる人物とはいえ、今の瑠美には雄叫びを上げながら戦うギルスの観察が最優先であり、そんな彼女を見たレイキバットも舌打ち一つで済ませてくれた。

 

「フゥン!」

 

「ウォォァアッ!?」

 

「葦原さん!?」

 

 戦闘の行方はというと、まだ始まったばかりなのにも関わらず、ギルスが劣勢に追い込まれていた。

 瑠美は戦闘に関しては素人と呼ぶのもおこがましいほどだが、そんな素人目でも今のギルスからは昨日ほどのパワフルさが感じられない。

 戦闘が始まってからまだ数分も経っていないというのに、ギルスはすでに肩で息をしている。マンモスロードの攻撃をまともに防御することも、反撃もできていない。

 

「どうしたんでしょうか、何だかすごく苦しそうですけど……」

 

「あれは少し調子が悪いなんてもんじゃないレベルで弱体化してやがる。それに角だって短い」

 

 レイキバットに言われてようやく気付いたが、今のギルスは昨日と比べて角が短くなっているという違いがあった。

 やたらと弱々しいのもそれが原因かもしれない。

 

「葦原の口ぶりだと、変身した直後はいつも倒れていると言っていたな。その疲労が回復しきっていなかったとしたら……」

 

「そんな!? このままじゃ葦原さんが負けちゃいますよ!」

 

 だが、それが判明したところでギルスを手助けできることなどできるものか。

 マンモスロードに通用すらしない攻撃を何度も繰り返すギルスも、程なくして倒れてしまうに違いない。

 仮に昨日変身していなければ、こうして劣勢になることは無かっただろう。

 つまるところ、今のギルスが苦戦している原因とはーーー。

 

「私の、所為……?」

 

 ああ、またこうなるのか。誰かを助けようとして空回りするだけなら、これまで数え切れないぐらいあった。

 大地の助けになりたくて、そのために行動したら情報を得るどころか、涼をこんな目に遭わせてしまっている。

 

 もう何もしない方がいいのではないか。せめて涼だけでも助かるよう、自分が囮になってーーー。

 

「フン、酷えツラしてるぞ瑠美。馬鹿なことを考えてるならやめておくこったな」

 

「でも、このままじゃ葦原さんがーーあ! レ、レイキバさん! この方法はどうですか!?」

 

「うん? ーーーーなるほどな。確かに手段としてはアリだ」

 

 瑠美は咄嗟に思いついた考えをそのままレイキバットに伝える。

 特に難しい話でもないはずだが、言葉とは裏腹にレイキバットはかなり渋っている様子だ。

 だが、ここで無駄にできる時間は一秒たりとも存在しない。すぐに己の中で妥協を決めた。

 

「仕方ない。最後の手段だ」

 

 そう言うやいなや、レイキバットは勢い良く飛翔した。

 連続で氷結弾を乱射し、ギルスの首を締め上げられていたマンモスロードを怯ませる。

 そのお陰でギルスは辛うじて敵の腕から逃れることができたが、すでに戦闘を続行するだけの気力はないようで、膝を折って倒れてしまった。

 そんな涼を仕留めようとするマンモスロードの顔面目掛けて、果敢に体当たりを敢行して翻弄しつつ、レイキバットは叫んだ。

 

「起きろ葦原! 俺が助けてやったんだから、ここで倒れるだなんて許さんぞ!」

 

「くっ……いいから、早くあいつを連れて……」

 

「逃げろってか!? どいつもこいつも同じことばっか言いやがって! いいか葦原、あの怪人を倒す気がまだあるなら手を貸してやる!」

 

「何……!?」

 

「とっとと答えろ! 俺の力を使うか、それともここで仲良く御陀仏といくか!?」

 

 一方的に捲し立てられて、意味がわからない二択を押し付けられる。

 まともに会話を交わしたこともない奇妙な蝙蝠の言うことなど眉唾ものではあるが、今は時間がない。

 考えるよりも先に、涼は力強く頷いた。

 

「よぉし! 期間限定タッグの結成だ! なるべくサポートはしてやるよ! そぉら!」

 

 邪魔な小蝿を叩き落とすがごとく振るわれる槍を紙一重で回避し、レイキバットはそのまま涼の手元に着地した。

 するとその腰に突如として黒いベルトが出現し、涼を困惑させる。

 

「お、おい!?」

 

「黙れ! さあ行こうか、華麗に! 激しく! 変身!」

 

 レイキバットが自力でベルトのバックルに収まり、涼の周囲を吹雪が包み込む。全く寒さを感じないことに違和感を感じる間も無く、変身は完了した。

 生物的な質感溢れるギルスとは全く異なる、白い鎧と黒いスーツの戦士ーーー仮面ライダーレイへと。

 

「これは……!」

 

「その姿なら少しはマシに戦えるはずだ! この俺の出血大サービス、無駄にするなよ!」

 

「……ああ!」

 

 ギルスの変身が涼に負担をかけてまともに戦えないのならば、ギルス以外に変身すればいい。それは普段から複数の変身手段を使う大地を見てきた瑠美だからこそ思い付けた手段と言えるだろう。

 

 そして涼の躊躇いは一瞬。要は戦えばいいのだ、と涼はーーー否、レイは再び気力を漲らせた。

 

「ゥヴォアアアアーッ!!」

 

「良い激しさだ! さあ行くぞ、葦原!」

 

 鎧の重みで多少の違和感はあるものの、さして問題はない。雄叫び上げて、レイはマンモスロードと対峙する。

 

 先手を打ったのはマンモスロード。槍を持つぶん、リーチは敵の方に分があった。

 しかし、リーチで負けていようと、レイのスペックと涼の戦闘経験を組み合わせれば対処は容易である。

 胸を狙った鋭い突きを難なく掴み取り、槍を引っ張ることでマンモスロードごと引き寄せようとする。

 

(重いッ!?)

 

 だが、敵の重量も侮れない。レイの力を以ってしても、マンモスロードはビクともしない。ならばと、レイは矛先を引っ張る力をさらに強める。

 ギルスとして戦っている時も強引な力比べでは負けることなど殆ど無かった故に、こうした手段に出た訳なのだが、今回のマンモスロードが相手では少々分が悪い。逆にマンモスロードがレイを引き寄せ始める始末だ。

 

 そしてこんな時こそ、自身が出張るタイミングであることを熟知している小さな戦士がいる。

 

「任せろ、ガブリ!」

 

 レイキバットはレイのベルトから瞬時に飛び出し、マンモスロードの槍を持つ手に噛み付いた。

 いくらレイキバットの牙が頑丈と言っても、マンモスロードの強固な皮膚を貫くことは叶わなかったが、それでも槍を手放してしまうほどの痛みを与えることには成功した。

 

「グアァッ!?」

 

「ざまあみろ!」

 

 持ち主の手から離れた槍はレイに奪い取られ、その矛先は主人へと向けられる。

 自慢の武器を奪われたマンモスロードは流石に動揺した様子を見せ、そこへすかさずレイが突撃する。

 長物という扱った経験の無い武器でありながら、マンモスロードが回避に専念せざるを得ないほどに激しい刺突を繰り出せるのは、ひとえに涼本人のセンスが優れているからに他ならない。

 

 巨体であるが故に、マンモスロードがいつまでも回避できるはずもなく、レイの繰り出す刺突が次第にその身体へと刺さり始めた。

 

(凄い……! 槍をあんなに素早く扱うなんて、これならあの怪人も……)

 

 瑠美の期待とは裏腹に、レイが掌握しつつあった戦闘の流れはまたもや一変することとなる。

 

「ムゥン!」

 

 マンモスロードの大きな頭部を貫こうとした槍の一撃は、レイの意思とは関係なくピタリと止まる。マンモスロードの腕が止めたわけでもない。

 念力でも使われたのかと思いきや、実際はもっと簡単なーー物理的に止められたのだ。

 

 その長い鼻を伸ばしたことで、槍の矛先を絡め取ることによって。

 

「は、鼻が伸びただと!?」

 

「あの鼻って武器なんですか……!?」

 

 マンモスロードの反撃は止まらない。

 その巨大な牙もまた単なる飾りに非ず。ミサイルのように射出され、直撃したレイを勢い良く跳ね飛ばしたのだ。

 レイが悲痛な叫びを上げて吹っ飛ばされ、持っていた槍もマンモスロードの鼻で器用に奪い取られてしまった。

 これにて形成は再び逆転し、慣れないレイの鎧を扱う涼の勝利はますます遠のいていく。

 

 せめてこちらにも使い慣れた武器ーーー爪か、鞭でもあれば。

 

 そんな涼の考えを読み取ったのか定かではないが、レイが立ち上がった時にはすでにレイキバットの口にはフエッスルが噛まれていた。

 

「ウェイクアップ!」

 

 両腕の鎖が解放され、巨大な爪がレイに装備される。

 涼が望んだ形とは少々異なるが、槍よりは数倍マシなのは間違いなく、覚える違和感を払拭するかのごとく腕を振り上げて叫ぶレイ。

 先ほどの槍よりもさらに素早く、正確に振るわれたギガンティッククローは再び放たれたマンモスロードの牙ミサイルを木っ端微塵に粉砕した。

 見れば牙を失ったはずのマンモスロードの口元には瞬時に新しい牙が生えており、何の冗談かと目を疑いかけるも、そんなこともお構いなしに牙ミサイルの追撃は続く。

 

「チィィッ! こっちにも何かないのか! 銃とか!」

 

「無い!」

 

 イクサの後継機のくせして、まともな遠距離攻撃がない理不尽さにはレイキバット本人が最も疑問に思っている。

 

「だったら突撃するしかないな……!」

 

「その前にこれでも食らわせておけ!」

 

 通算五発目の牙ミサイルを砕いた直後、レイの両肩にあるブロウニングショルダーがレイキバットの指令に応じて伸縮し、ちょうど新たな牙を生やそうとしていたマンモスロードの口内に突き刺さった。

 

「ギャァァァッ!?」

 

「よし、これでフィニッシュだ!」

 

「ウォォァァーッ!!」

 

 激痛に悶えるマンモスロード目掛けて、ひと飛びで一気に接近するレイ。

 敵は慌てて伸ばした鼻で下から迎撃しようとするが、その行動すら読んでいたかのようにレイは予め右脚を振り上げていた。

 鞭のようにしなる鼻がレイを叩き落とすよりも先に、レイの踵落としが思い切り鼻を踏み付ける。

 これもやはり痛いのか、マンモスロードから絶叫が洩れているが、それでもなお槍は突き出してくる。

 

 だが、口内を刺され、鼻を踏み躙られた状態で放った一撃などギガンティッククローの一振りで呆気なく弾かれてしまう。

 

「隙あり!」

 

 マンモスロードの手元を狙った氷結弾によってまたもや槍は持ち主の手から離れた。

 

 これでマンモスロードは牙、鼻、槍と三つの武器を失ったことになる。目の前で構えるレイの巨大な爪には、マンモスロードすら凍てつかせるであろう圧倒的な冷気が集約していた。

 

「ウォォオオーッ!!!」

 

 レイの必殺技、ブリザードクロー・エクスキュージョンは最後の悪足掻きとして迫るマンモスロードの剛腕によるパンチごと全身凍らせ、氷のオブジェとなって粉々に砕け散る。

 断末魔も上げず、代わりに白い輪っかが浮かんだことで、かつてマンモスロードであった氷の破片は跡形もなく爆発四散するのであった。

 

 

 *

 

 

 戦いは誰がどう見ても仮面ライダーレイの完全勝利に終わった。

 変身を解いた涼に感謝と労わり、そして見てるだけだった罪悪感から来る謝罪の言葉を述べるため、瑠美は駆け寄る。

 

「や、やった……! やりましたね! あしは……ら……?」

 

 その瞬間、涼の身体は地面に崩れ落ちた。

 それは支えを失ったかのように、という表現がこれ以上無いくらいに適切な表現だ。何せ涼は戦いで張り詰めていた気力という支えを本当に失った状態になってしまっているのだから。

 

「葦原さん!? そんな、レイでも駄目だったんですか!?」

 

「……ちょっと違うな。レイの鎧による負担と、短時間だけのギルスへの変身ーーそれらが3対7くらいの割合で極度の疲労をもたらした原因になってる」

 

 そう答えるレイキバットはどこか沈んだ物言いであった。

 それは「レイの鎧」が少なからず装着者に害をもたらした結果に多少なりとも感じるところがあるのかもしれない。

 そんなレイキバットを見て、思わず非難するような言い方になってしまった自身を瑠美は恥じた。そもそもレイに変身する提案をしたのは自分なのだ。戦闘のフォローまでしてくれたレイキバットと何もできなかった瑠美ーーどちらが非難されるべきかは言うまでもない。

 

「とりあえずまた何処かに運ぶぞ。まあしばらくすればまた回復するはずだ。だからそう気に病むな」

 

「……はい」

 

 こんな小さな身体で立派に気遣いもできるし、瑠美の何倍も人の役に立つ。

 幼い頃に両親から授かり、自分がやるべき「人助け」は全てレイキバットがいれば事足りてしまう。

 人を助けられない自分に何の価値があるというのだ?

 

 だが、レイキバットは瑠美が思うほど万能ではない。

 静かに崩壊し始めた瑠美のアイデンティティー、揺らぎ始める精神を敏感に感じ取り、慰めることが彼にはできないのだから……。

 

 

 *

 

 

 某所。深夜。

 

 そこは真っ暗な部屋で、明かりの一つも点けられていない。

 

 そこに立っているのが入山照だと辛うじてわかるのは、部屋を薄く照らしている幻想的な青白い光のおかげである。

 そんな光が照らす入山の表情は相変わらず何かに怯えているかのようだ。この部屋には彼以外の人間はいないというのに。

 

「わ、私はい、嫌だ……あいつらに、あんな……や、奴らに……!」

 

 入山は脂汗を垂らし、歯をガチガチと鳴らせている。

 ふうふうと何とか呼吸を整えようとしても、それを上回る震えのせいで今の彼は過呼吸に近い状態になりかけていた。

 おぼつかない指先で錠剤を取り出し、何粒も地面に落としながら、やっとのことでそれを吞み下す。

 すると先ほどまでの様子が嘘のように落ち着き、自身を照らすそのら幻想的な光をーーーその出所である何かを視界に収めた途端、染み付いていた怯えは完全に鳴りを潜めた。

 

 それは怯えを塗り潰す喜び、狂気、崇拝。

 そして今の入山の目は氷川と接している時に似ていた。

 だが、その視界にあるものは当然氷川などではない。

 

「ああ……ずっと私を守ってくれーーー

 

 

 ーーーアギト……」

 

 






木野薫

あかつき号の乗船客であり、優秀な医者。
瑠美が触れた右腕はかつて雪山での遭難事故で亡くなった弟の腕が移植されている。そのため医師免許を剥奪されているが、今も闇医者として数々のオペを行なっている。
涼の達に捜索を依頼した真島浩二からはかなり慕われていたようだが……?


真島浩二

同じくあかつき号の乗船客。16歳。
船に乗った当時はやんちゃ坊主といった風体であったが、そこで木野と出会ってからは多少まともになっていた。多くの人々を救う木野に憧れている。
だが現在は失踪中。入山とは何らかの関係があるようだ。


マンモスロード

伸縮自在の鼻、何度も射出可能な牙、巨大な槍と多彩な武器を持つマンマス型アンノウン。
槍の矛先に冷気を纏わせ、それで刺した対象を凍死させる不可能犯罪を起こす。
木野薫を狙っていたが、遭遇した相手が悪かった。



マンモスロードはオリジナル怪人です。木野さんのことがもっと知りたい人はアギト本編を見よう!


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狙われたV2


定期投稿すら難しくなる無能です


 

 

 寒い。

 

 目を覚ました涼が一番初めに思ったことがそれだった。

 

「どうやらくたばってはいなかったな。あれで死なれちゃ俺の面目丸つぶれなんだが」

 

「お前……たしか、レイキバットだったか」

 

 涼が感じた冷たさの正体はレイキバットが口から吹いている冷気だったようだ。変身の後遺症で起こった高熱を和らげようとしてくれたのはわかるが、本音を言えばもう少し加減してほしい。しかし、力を貸してもらい、何度もフォローしてもらった相手に言えることではないので、涼は黙ったままにしておいた。

 

 本来の変身を行なった時間は極めて短かったおかげか、身体はほとんど回復していた。立ち上がって自身の状態を確認した涼は、そこで初めてここが自分の部屋であることを知る。

 

「ここは俺の部屋か? お前が運んでくれたのか?」

 

「瑠美と二人掛かりでな。どうせ詳しい検査は受けられないんだろう? かなり苦労させられたんだ。その服のことは大目に見ろ」

 

 レイキバットが指しているのは涼の衣服らしい。言われて気付いたが、かなりボロボロに傷んでしまっている。倒れた場所からこの部屋まで運んで来るのにこんな小さい蝙蝠と、女性一人だけとは想像するだけで汗が出てきそうだ。

 

「それと、タクシー代は後で請求するからな」

 

「タクシー?」

 

「当然だろう? 俺と瑠美だけでお前みたいな野郎をあの距離は運べん。バイクで出かけなかっただけ幸運に思え」

 

 そこまで言うほどの距離を移動したタクシー代など、お世辞にも裕福とは言えない涼には中々痛い出費になることは間違いない。だが、助けてもらったことを考えれば安いものだ。

 

「それで、その花崎はどこだ」

 

「フン、瑠美なら今朝から探偵ごっこに励んでいるぞ。入山という男を調べるとか言っていたな」

 

 入山照ーーー涼が木野から話を聞き出すための手掛かりとなる男の名前。だが、それはあくまで涼がやるべきことであって、瑠美が率先してやるべきものじゃない。

 僅かな交流だけでも彼女が悪い人間でないことは理解している。詳しい目的は未だに明かしていないが、涼を利用しようと目論んでいる気配もない。

 

 ならばどうして彼女は涼の手伝いまでしようとしているのか。

 

「なあ、なんであいつはそこまでする? 俺の観察をすることと、何か関係があるのか?」

 

「厳密に言えば関係はあるだろうが……その理由のあるなしに関係なく、瑠美はお前を手伝おうとするだろうな。どうしてそこまで拘るのか、理解に苦しむ」

 

「そう言いつつ、花崎に付き添うお前も変わり者じゃないのか」

 

「変わり者なのはお互い様だろう? 俺が観測してきたライダー達の例に漏れず、お前も相当変な奴だ」

 

 こんな顔面蝙蝠に言われる筋合いだけは無い、と涼は思った。

 だが、そんな悪態を吐く存在でも不思議と涼はこの蝙蝠を嫌いになれなかった。

 

 

 *

 

 

 警視庁、とある会議室。

 

 今ここで行われているのは、連日発生している不可能犯罪への対策会議。特にここ最近では複数のアンノウンが昼夜を問わず暗躍しており、この対策会議の雰囲気もかなりピリついている。

 

「つい2時間ほど前、永田町1丁目の公園付近で土の中から30代男性の遺体が発見された。被害者の名前はーーー」

 

「今回の被害者もまた殺害方法が異なり、以前の被害者との血縁関係も無いことから別のアンノウンによる犯行と考えられておりーーー」

 

(また警視庁の近辺での犯行か……。アンノウンの活動頻度が増してることといい、敵の狙いは一体なんなんだ?)

 

 警視庁の近辺で犯行をするということは、アンノウンがそれだけ警察を甘く見ているということになる。刑事達がピリついた空気を醸し出すのも無理はなく、事件の概要を説明する幹部達もまた例外ではない。

 その刑事達には氷川も含まれていたが、周囲の同僚達に比べてその顔は苛立ちや憤りというよりも、疑問に満ちていた。

 

(これまでのアンノウンは超能力者と、その血縁関係者を狙っていた……。それがつい1ヶ月ほど前から出現頻度が増して、狙う対象もバラバラになった。しかも犯行は警視庁付近で起こるものばかりだ)

 

 警視庁から近ければ近いほど、それだけ警官に妨害される確率が高いばかりか、V2システムの到着だって早い。

 異常発生してきたアンノウンは全てV2システムによって撃破されているし、敵だってV2システムが自分達に匹敵するとは理解しているはずだ。それにも関わらず、何故アンノウンは警視庁近辺での犯行を続けるというのか?

 

(このままじゃ被害者は増える一方だ。せめて敵の狙いだけでもわかれば……)

 

 これは自分がG3の装着員から外れてから間を置かずに起こり始めた事件だ。もし自分がG3の装着員のままだったら、さらなる被害者を生み出していた可能性はある。北條との仲は良好とは言い難いが、彼とV2の働きには氷川は素直に認めていた。

 アンノウンと対等に渡りあえずとも、氷川には刑事として彼をサポートするつもりであった。

 

 

 *

 

 

 意気込みは十分であっても、結果が伴うとは限らない。

 被害者からの聞き込み、目撃情報の整理、血縁関係の調査。どれも目新しい発見には繋がらなかった。

 連日大勢の刑事が捜査を重ねているのだ。そう簡単に手掛かりが見つかるはずがないとは氷川もわかっている。

 

 次に狙われる対象を絞り込もうにも、それに当てはまると思われる人物があまりにも曖昧過ぎる。

 氷川の見立てだと、これまでのアンノウンは超能力者もしくはその血縁関係者を狙っていた。しかし、今回の異常発生しているアンノウンは超能力者であるということ以外、全く関係性がない。そのどれもが警視庁近辺での犯行なのも不可解である。

 

「………僕、怪人の被害者からちゃんと話を聞いたことはほとんどありませんでした。こんなにも……やるせないものなんですね」

 

「大地さん……」

 

 今回の捜査では前日に約束した通り、氷川は大地を伴っていた。しかし、その表情はとても暗い。

 異世界を巡ってきた仮面ライダーだという大地ならば刑事とは違った観点から手掛かりを発見できるのでは、という淡い期待もあったのだが、アンノウンへの恐怖に憔悴した被害者を見るのは思いの外堪えてしまったようだ。

 その感情は氷川にとって慣れたものでも無く、むしろいつも感じている。刑事としてそれを表に出さないだけだ。

 

「突然わけもわからず殺されて、助かったとしてもまた狙われるかもしれない……たとえ怪人を倒しても、ダークディケイドではあの怯えを消し去ることはできないかもしれません。どのライダーの力を使ったとしても」

 

「それは僕も同じです。それどころか、G3の装着員であった頃から、僕には守れなかった人が大勢いた。だけど、僕はG3であろうと、刑事であろうと誰かを守ることに限界を設けたくはありません」

 

 何度アンノウンに打ちのめされようと、どんなに絶望的な状況でも決して逃げない。氷川にとってはその精神こそが力の源であり、だからこそG3がなくとも氷川は刑事として戦い続けている。

 だが、そんな精神性を(一応)一般人の大地に求めるのも酷というもの。

 

 ひとまず休息が必要だ。そう思い、氷川は大地を連れ立って歩き出した。

 

「氷川さん? 一体どこに行くんですか? 次の聞き込みとか……?」

 

「いいえ、そろそろお昼にしましょう。な、なんだかお腹が空いてしまって!」

 

「………そうですね」

 

 大地への気遣いを悟られぬようにしたつもりだったが、氷川の不器用な態度は大地でもあっさり察してしまう。だが大地はそれを口に出すことなく、控えめに微笑んで氷川の後に続いた。

 

 

「ここですか…?」

 

「ここのラーメンはけっこういけるんですよ。それにちょっとした名物もあるんです」

 

 そして辿り着いたのは昔ながらの屋台のラーメン。

 先輩の刑事から教えてもらって以来、氷川は何度か足を運んでいる。

 赤い暖簾をくぐって、二人分のラーメンを注文する。暇そうに新聞を眺めていた親父がテキパキと調理していく様を大地は興味深そうに見守っていた。

 

「僕、屋台のラーメン食べるの初めてかもしれません。他の世界でも見かけなかったので」

 

「そうですか! きっと気に入りますよ」

 

 そんな他愛のない会話をしていると、すぐに二人分のラーメンが置かれた。なかなかの速さだ。

 目を輝かせてありつこうとする大地を見て、氷川はふとしたことを思い出す。

 

「大地さん、どうですか。ナルト占いをやってみませんか?」

 

「ナルト占いぃ?」

 

 疑問符を浮かべるのも無理はない。

 ナルト占いなんて、他じゃまず聞かない言葉だ。氷川も最初はそんな反応だった覚えがある。

 大地がまじまじとナルトを眺めていると、氷川が呼ぶまでもなくラーメン屋の親父がひょっこり顔を出してきた。

 彼によると、どんぶりにあるナルトを見ればその人の運勢がわかるのだという。まずはじめに氷川のナルトを覗き込んだ。

 

「どれどれ……? あ〜、あんた相変わらずだねぇ。こんな悪い運勢中々ないよ」

 

「そんなぁ〜!?」

 

 やたら大袈裟に落ち込み、テーブルに突っ伏す氷川。

 自分から勧めておいて、この反応だと大地も困った顔をするしかない。だが断る間も無く、親父は大地のどんぶりにも目を向ける。

 氷川と大地はゴクリ、と無意識のうちに喉を鳴らして親父の判定を待つが、彼は神妙な顔で無言を貫いている。

 

 まさか、氷川を下回るほどに最悪な運勢なのでは、と二人は顔を見合わせる。

 

 親父が言葉を絞り出すまで、ラーメンがお預けなのが辛い。

 

「………こんなナルトは初めてだなあ。渦巻き具合が絶妙というか、こんなナルトは50年に一度お目にかかれるかどうか」

 

「えっと、それってつまり僕の運勢がとんでもなく悪いんですか?」

 

「そういうわけでもなくて……良い悪いと一概には言えないかな。あえて言うなら……お客さん、近々悪い出逢いがあるかもしれません。というか、こんなナルトを見れた私の方が運が良いかもしれない。はっはっはっ!」

 

「…………」

 

 ラーメンの味そのものには大変満足できたのだが、なんとなく引っかかる昼食になってしまった。

 ここのナルト占いは的中率が高いと思い込んでいるだけに、氷川は店選びを失敗したかなと内心後悔するも後の祭りなのであった。

 

 

 *

 

 

 午後になっても氷川達のやることは変わらず、主に地道な聞き込みなどで占められる。

 それが悪いとは言えないが、しかし折角大地を連れ立っているのにこのまま終わらせてしまってはいけない気がしてしまう。

 そこで氷川は一旦足を止めて、喫茶店に立ち寄った。別に休憩をとろうと思い付いたわけでも、ましてや聞き込みのためでもない。

 

「アイスコーヒーで大丈夫ですか?」

 

「あ、できればアイスティーでお願いします」

 

「ではそれを二つ」

 

 チェーン店にしてはそこそこのアイスティーで喉を潤し、職業柄故かなんとなく店内を見渡す。ほんの目と鼻の先で不可解な殺人事件が起ころうと、こうして平和な日常を謳歌している市民にとっては関係のないことと思われているのだろう。

 

 しかし、氷川はそれを悪いとは思わないし、できれば平和なままでいて欲しいとも思う。

 

 そんな感じでふとした拍子に感傷に浸ってしまったが、先ほど思い付いた案を忘れてはならない。氷川は大地にとあることを訪ねた。

 

「大地さん、貴方はいくつもの世界を渡り、その数だけアンノウンや未確認生命体のような存在と遭遇してきたはずだ。その怪人達とアンノウンに何か共通点があれば、敵の狙いについても何か見えてくるものがあるかもしれません。どうか、僕と一緒に考えてはもらえませんか? お願いします!」

 

「怪人の共通点か……わかりました、知っている限り捻り出してみます!」

 

 大地が思い出しながら告げる断片的な情報の数々を、氷川が纏め直して手帳に記していく。そんな作業をすること数十分。

 各世界の怪人について要約した手帳という門外不出のトンデモ資料は完成したのだった。

 

「アンノウンの他にもこんな怪人がいるなんて……つくづく貴方の話には驚かされます」

 

「やっぱり重要なのは彼らが人を狙う条件ではないでしょうか?」

 

 ここでは「無差別に人を襲う怪人」と「何らかの条件に従って人を襲う怪人」の2種類に大別される。アンノウンが該当するのも後者である。

 他に該当すると思われるのはファントムと一部のファンガイアくらいであろうか。

 

「氷川さんの話や、僕が対面した感覚だとアンノウンからは明確な理性があるようでした。魔化魍のように本能で人を食ったり、ロイミュードのようにただ暴れてる風には見えません。だけど、ファンガイアも無差別に襲う者と条件に沿う者がそれぞれいますから……」

 

「中々同一視できるような怪人はいませんね……」

 

「個性的な怪人が多かったので、余計にそれぞれの特徴が際立ってるのかもしれません。でもーーー」

 

 愉悦、復讐、憎悪……大地の脳裏によぎるのは人を脅かす怪人達の、黒い感情。一口に怪人と言っても、彼らの内面や動機は人間とそう違わない。

 アンノウン達の動機も理解不能なものではなくて、案外感情的な動機から犯行をしていることもありえる。

 

「警視庁周辺での犯行ぐらいしか共通点は無い、か……でもどうして急にそんなことを? アンノウンが規則性を捨てたのには何か理由が……?」

 

「わかりません……むしろその直前にV2が配備されているので、アンノウンの撃破率自体は上昇傾向にありますし、死傷者の数も減ってはいるんです。それが余計に解せない」

 

 警察が混乱している大元の理由はそのあたりだ。元々正体不明だった相手が唯一わかっていた規則性を崩されたら、その時点で後手に回るしか無くなる。

 

 悩む両者の沈黙を破ったのは、氷川が零した何気無い一言。

 

「もしかして、アンノウンの狙いはV2システム?」

 

 特に決め手となる根拠を思い付いたわけでもない。氷川はふと、大地が以前「マッハの世界」にて仮面ライダーを誘き寄せるために策を弄したスピードロイミュードがいた、と言っていたを思い出しただけだ。仮面ライダーそのものを狙う怪人はそう珍しくもないと言っていたし、可能性としてありえなくもない。

 

 しかし、大地の脳裏には閃くものがあった。

 

「……そうか! アンノウンが警視庁周辺での犯行に拘っていたのはV2を誘き寄せるためだとしたら辻褄も合う! アンノウンと互角に渡り合えるV2を破壊できれば、彼らを止められる者もいなくなる!」

 

「確かに、辻褄は合うかもしれません。ですが、そんな単純な理由で彼らがこれまでの法則を崩すというのか……?」

 

 それらしい答えを導き出したと思い込む大地と未だに浮かない顔の氷川。

 

「はい氷川………えっ!? アンノウンが!?」

 

 そんなタイミングで鳴り響いた氷川の携帯から伝えられた内容は、まるで彼らを誘うようでもあった。

 

 その中身とは、アンノウンが出現し、市民に襲いかかったこと。そしてたまたま近くを巡回していた警官に保護され、迎撃のためにV2が出動したこと。

 

「アンノウンが狙っているのはV2……! いきましょう氷川さん!」

 

「は、はい……」

 

 大地の言うことには一理無い訳でもない。

 だが、これまで何度もアンノウンと相対してきた氷川には彼らがそんな風に行動するだろうか? という新たな疑問が脳内にこびりついてしまっていた。

 あくまで怪人の一種としてしか認識していない大地と、色んな意味で人間離れしていたアンノウンの特異性を見ている氷川の間にできた齟齬は解消されぬまま、二人は店を飛び出した。

 

 現場に向かう道中でダークディケイドへの変身に氷川が驚いたり、瞬時に現れたマシンディケイダーに半信半疑の様子であったりとちょっとした騒動があったが、これから起こる戦闘に比べれば些細な事象である。

 

 

 *

 

 

 警視庁から近く、噴水が中央に位置するとある広場。

 平時の昼間なら人で賑わいそうなそこでも、今は平和を謳歌する一般人など一人もいない。

 その場に立っているのは亀に酷似した銅色のアンノウン、トータスロードと相対する銀色の戦士、V2。

 トータスロードに狙われた人物は駆けつけた警官に保護され、V2が到着すると同時に他の警官達も避難した。これでV2は気兼ねなく敵を叩きのめせる。

 

「V2システム、戦闘オペレーションを開始します」

 

『了解。北條さん、お気をつけて』

 

 元G3ユニット所属のオペレーターがこんな風に話しかけてくるのも毎度のことだ。他の二人と違って一線に残るその度胸は大したものだと北條も認めているが、なんというか印象に残りにくい男だとも思ってしまう。

 そんなオペレーターからの気遣いは有難いが、北條には余計な心配でしかないと思える。ただでさえ強力だったV1を強化改良したこのV2システムを身に纏った北條は連戦連勝。アンノウンに負ける確率など万に一つもありはしないのだから。

 V2を警戒しているのか、一定の距離を保って構えているトータスロードがいい証拠だ。

 

 距離を詰めないのはむしろ好都合であり、V2は即座にショットガンを構えて発射する。

 V1のメインウェポンであった時から、幾多のアンノウンを葬り去ってきたそれはトータスロード相手でも問題無く通用するかに思われた。

 しかし、トータスロードは咄嗟にV2に背を向けて飛来した弾丸を甲羅で受け止めてしまった。

 耳をつんざくような轟音が鳴り響いても、甲羅に微かな傷が付いたのみ。トータスロードには一切のダメージがない。

 

(大した硬さですが……そのまま背を向けて私に勝てるとでも?)

 

 トータスロードはV2に背を向けたまま、一向に攻める姿勢を見せない。このまま膠着状態になっても敵には何の利点も無く、あれは攻めあぐねた末に行動を制限されたのだと結論付けたV2はさらに弾丸をお見舞いしようと引き金に指をかける。

 

 北條のこれまでの経験からすれば、アンノウンとはそんなにも御しやすい相手で無いと勘づきそうなものだが、彼に巣食う慢心はあっさりと油断を招いてしまっていた。

 

「ーーー下かッ!?」

 

 ボコッ、と自身の足元が揺らぐ感覚に照準を直そうとしても、時すでに遅し。

 アスファルトを突き破って出現したもう一体の銀色のトータスロードによって、足元を掬われたV2は受け身すら取れずに転倒してしまう。

 それは今朝の被害者が地中深くから発見されたことを念頭に入れておけば、回避できたかもしれない奇襲であった。

 防御の姿勢を保っていた銅色のトータスロードも奇襲が成功したと見るや、すぐに飛びかかってV2を二体がかりで組み敷いていく。

 

 一見するとV2の大ピンチであり、北條の耳元では喧しい声がひっきりなしに響く。大方このままやられてしまうのでは、と不安になっているのだろうが、北條にはそんなもの微塵も無い。

 

 少し力を込めれば、それで済む話なのだから。

 

「フンッッ!!」

 

「「ギィッ!?」」

 

 トータスロード達が驚くのも無理はない。

 ただの人間が強化服を装着しているだけにも関わらず、アンノウン二体を纏めて投げ飛ばせる者など到底考えられないからだ。

 投げられたトータスロード達を尻目に、V2は自身の専用バイクから新たに武装を取り出した。

 G3のガードチェイサーと同じく、その専用バイクにもV2の豊富な武装が収納されており、左腕に装着したドリルもまたその一つである。

 

(まずはその甲羅から砕きましょうか)

 

 V2はショットガンを連射しつつ、トータスロードに接近する。

 予想通り背中の甲羅で防いでおり、北條はマスクの奥でほくそ笑む。トータスロードにはダメージが無くとも、照準は一切の乱れを許さない。

 ダメージが無いと言っても、微かな傷は入ったのだ。そこを撃ち続ければーーー。

 

「ーーーグッ!?」

 

 防御に徹していた銅色のトータスロードから苦痛の声が漏れる。

 それもそのはず、鉄壁を誇っていた甲羅にとうとうヒビが入り、V2から撃たれるたびにそのヒビが広がっていくのだ。

 相棒のピンチを見て、すかさず銀色のトータスロードがV2の射撃を阻止せんと向かってくるが、その程度はお見通しだ。

 

「あいにくと」

 

「ガァッ!?」

 

 軽く足払いをかけ、あっさりと転倒した銀色のトータスロード。その頭部にショットガンの銃口を突き付ける。

 

「私は無駄弾を撃たない主義でして」

 

 防御が高いのはあくまで甲羅だけ。

 顔面を次々と撃ち抜かれた銀色のトータスロードはあっさりと爆発四散する。

 そこで手を休ませず、残った敵へショットガンを撃ちながら距離を詰めることも忘れない。

 結局ショットガンだけで甲羅を砕くには至らなかったが、甲羅全体に広がるヒビを見て十分だろうと判断する。

 

「ハアアッ!!」

 

 V2は深く踏み込み、すでに起動させておいたドリルの先を何度も撃ち続けた箇所に突き刺す。手応えはかなり硬かったが、回転するドリルによってかなりの勢いで削られる甲羅の破片に比例して、手応えも柔らかくなっていった。

 

 やがてその硬さも完全に失せ、肉を貫く感覚が左腕に伝わった時、トータスロードの断末魔と爆発する音が響き渡った。

 

「ーーーアンノウン二体の殲滅を確認。これより帰還します」

 

 これで今日もまたV2としての北條の仕事は終わった。

 連日のアンノウンの動きは不自然極まりないが、だとしてもこのV2と北條徹が揃っていれば何の問題もあるまい。

 今まで刑事として働いてきた時には得られなかった充実感を胸に帰投しようとしたその時、オペレーターの焦った声が北條を引き止めた。

 

『ーーーッ!? ほ、北條さん! 背後です!!』

 

  ブラッドオレンジチャージ!

 

 まず認識できたのは、妙なテンションの電子音声。無論、V2の装備にそんな機能も音声もない。

 

 そしてその次はーーー凄まじい熱と衝撃。

 

「うわあああッ!?」

 

 アンノウンとの戦闘時には感じたことのない衝撃に貫かれ、V2は倒れる。不意の一撃にぐらついた視界のせいで、若干のパニック状態に陥りかけた北條であったが、耳元で喧しく吠えるオペレーターのおかげでギリギリ冷静を保つことができた。

 一時乱れたマスクのカメラも復旧し、V2はそこでようやく自身を攻撃した張本人を捉えた。

 

「ふむ、今の一撃に耐えるとは予想外だな。奴らが血眼になるのも理解できる」

 

「言葉……鎧武者……アンノウンではない……?」

 

 それは紅い鎧武者と言う他ない存在。

 アンノウンともまた違う異質な雰囲気を放つ目の前の存在はどちらかと言うとG3やV2に近い気がする。

 いずれにせよ、言語を話せるのなら対話の余地はあるかもしれない。

 問題があるとすれば、その相手から殺気しか感じられないことぐらいか。

 

「お前は……?」

 

「別に恨みはないのだがな。俺の探し物のためにも、お前を痛めつけておいた方が都合がいいということさ」

 

 V2を斬りつけた凶器の正体であろう刃の付いた弓矢、そして小刀を構えた仮面ライダーセイヴァーとV2による異色の戦闘が今、幕を開けた。

 

 

 *

 

 

 大地が変身したダークディケイドと氷川が現場に到着した時点で、すでに彼らの予想を上回る事態へと発展していた。

 氷川が受けた連絡だとV2がアンノウンと戦っているとのことだったが、目の前でV2を斬りつけているアレはどう見てもアンノウンではない……というか、以前見たことがある。

 

「あのアンノウン、今までとは少し違う……!?」

 

「っていうか! あれアンノウンじゃないです! 仮面ライダーセイヴァーです!」

 

「おや、もう来たのか。意外と早い、なっ!!」

 

 まるで知り合いに会ったとでも言うような親しい雰囲気で挨拶してくるが、あのライダーがそんな奴でないことなど分かりきっている。

 現在進行形でV2を攻撃しているのが良い証拠だ。故に氷川もセイヴァーが悪人であるとすぐに納得してもらえた。

 

 だが、セイヴァーは目的であるはずのダークディケイドが来たというのにV2への執拗な攻撃を一向に止めようとしない。V2の方も時折抵抗しようと試みているのはわかるが、セイヴァーには通じていない。

 

 氷川に目配せしてマシンから降りてもらい、ダークディケイドは剣を構えて突撃を開始する。

 

  ATTACKRIDE SLASH

 

「やめろーッ!」

 

「おっと」

 

 マシンの勢いとエネルギーを上乗せした斬撃はあっさり回避されたものの、V2とセイヴァーの間に割って入ることには成功した。

 銀色の装甲にはかなり痛々しい損傷が刻まれているし、その原因が元を辿れば自身であることもあって申し訳なさを感じてしまうが、今はセイヴァーへの対処が最優先だろう。

 

「ドウマ、貴方の目的はこのダークディケイドライバーでしょう!? どうして北條さんを……!」

 

「ふむ……いや、そんな大層な理由でもない。そのV2を放置していると、アンノウンの動きも読めなくてね。向こうとしても俺のような存在は排除対象だろうからな」

 

「……? アンノウンは貴方も狙っているんですか」

 

「あくまで推測だが……こうしてお喋りするのもそろそろ終いにしようか!」

 

 弓を引くセイヴァー。

 ダークディケイドは放たれた矢を回避しようとするも、背後のV2のことを考えて剣で弾く。その防御の姿勢を好機と見たか、さらに弓を引こうとするセイヴァーの胸部から火花が噴き出した。

 

「ぐっ……」

 

「貴方達が何者かは知りませんが、私を攻撃した時点で完全に傷害罪と公務執行妨害が適用されます。まさか知らなかったとは言わせませんよ?」

 

 一瞬氷川が援護してくれたのかと思ったが、その答えはマシンディケイダーの背後から飛び出していたV2であった。

 今の状況からダークディケイドが味方であるとも察してくれたらしく、軽く頷いてくれた。

 

「聞きたいことは山ほどあります。しかし、ここは共通の敵を拘束する方が得策と判断しましたが」

 

「はい、援護をお願いします! 北條さん!」

 

「何故私の名前を……? いや、後にしておきます」

 

 先の銃撃は大したダメージにはなっていないが、セイヴァーからの一方的な遠距離攻撃を牽制する目的は十分に果たせた。

 こうなってしまえばセイヴァーにできる手段は限られてきそうなものの、向こうにはこちらの数の優位を崩せる能力があることを忘れてはならない。

 

 案の定怪人が描かれたカードを取り出しており、それをみすみす見逃す手はなかった。

 

「させるかっ!」

 

  FINALATTACKRIDE DE DE DE DECADE

 

 離れた相手の手にあるカードを撃ち抜くだけの技量はダークディケイドにはまだない。多分。

 なのでここで選択したのは自身が今放てる最速の攻撃、ディメンションブレイクである。マシンに搭乗した状態から即放てる上、あわよくばセイヴァーの撃破だってできるかもしれない。

 金色に輝くカードのエネルギーを潜って迫るマシンディケイダーに、このままでは不味いと悟ったセイヴァーはカードを捨て、迎撃に移る。

 

「私を忘れてもらっては困りますね」

 

 そこで光るのがV2の援護射撃だ。

 セイヴァーの鎧を砕く威力は無くとも、動きを阻害するぐらいはできる。

 手始めにショットガンでセイヴァーを仰け反らせ、さらに腰のホルスターから取り出した小銃によって、弓矢の狙いも逸らす。北條の銃の扱いに関してはセイヴァーやダークディケイド以上と見て間違いないだろう。

 

「オオオオーッ!!」

 

「こうなることを防ぐために動いたんだがな……!」

 

  ザクロスカッシュ! ブラッドオレンジスカッシュ!

 

 セイヴァーアローに充填される毒々しい赤のエネルギーも、ディメンションブレイクの勢いの前では見劣りしている。

 このまま押し切るべく、ダークディケイドはフルスロットルで突撃を続ける。

 

 倒せはしなくとも、絶大なダメージは与えられるはず。

 そんな予感を胸に飛び込んでいく中、エネルギーが激突する爆発音よりも先に聞こえたのは嘲るような呟きと電子音声だった。

 

「お楽しみの途中すまないね。僕も混ぜてくれないかい?」

 

  ATTACKRIDE BARRIER

 

 

 *

 

 

「城北大学は向こうですね? わざわざありがとうごさいます! それでは!」

 

 瑠美は質問に答えてくれた男子学生に丁重にお礼を言って、足早に立ち去っていく。相手が鼻の下を伸ばしていたことは見て見ぬフリをしておいた。

 客観的に見ても瑠美の容姿は平均より上というくらいで、男性からそうした反応をされるのにも彼女は慣れていた。特定の異性と付き合った経験はなく、また誰からの頼み事にも快く頷く彼女は不特定多数から顰蹙を買わなかった。

 そんな性格のおかげか、こうして調べものをする際には道行く人に尋ねることが意外と上手くいくのだ。

 

(入山照さん。それなりに有名な人で助かりました。大体は図書館で調べられましたから)

 

 ここまで得られた情報をまとめてみると、以下のようになる。

 

 ・入山照、46歳男性。

 ・それなりに名の知れた生物学者で、あかつき号事件の直前までは城北大学で研究していた。

 ・今は警視庁で何らかの仕事をしており、詳細は不明。

 

「城北大学で仲の良かった人から連絡先とか聞ければいいんですけど………」

 

 道中すれ違った学生に入山と交流のあった人物についても尋ね、今も大学に在籍している人がいることもついでに教えてもらえた。

 

「ありがとうございます!」

 

「あの! よければこのあとお茶ーーー」

 

「ごめんなさい!」

 

 こうしてついに瑠美は入山の連絡先を知っていそうな人物がいる部屋の前にやってくることができた。

 すぅ、と深呼吸をして瑠美は「高村研究室教授室」と札の下がったドアをノックしたのだった。

 

 

 *

 

 

 氷川はダークディケイドがV2の救出に向かう瞬間を黙って見ているしかなかった。

 アンノウンに連戦連勝を誇っていたV2がいいように痛ぶられているのも、自分達の常識を笑い飛ばすような超常能力を使いこなすセイヴァー、そしてダークディケイドには驚くことしかできない。

 仮に自分がG3を装着していたとしても、あの戦いに割って入るなど自殺行為に等しい。

 

 そうわかっているのに、何故自分の脚は今にも飛び出していこうとしているのだ?

 

「……ここは大地さんに任せるしかない。そうするしかないんだ」

 

 もう忘れたのか自分はG3ではなく刑事なのだと言い聞かせ、何か自分にできることはないかと見渡してーーーそして発見してしまう。

 

 ダークディケイド達を観察している、奇妙な青い銃を持つ青年の姿を。

 

 氷川はすぐに駆け寄り、避難のために連れ出そうとする。

 それが刑事としてするべきことだと認識していたし、実際その行動は間違いなどではない。

 

「警視庁の者です! ここは危険だから早くーーー」

 

「確かに危険だね。でも、これからもっと危険になる」

 

 ただ相手が悪かったのだ。

 

 青年は持っていた青い銃にカードを装填、スライドして頭上に銃口を向ける。その行動の意味が氷川にはわからない。

 だが、銃から聞こえた電子音声には心当たりがあった。

 

  KAMENRIDE

 

「貴方は……まさか!?」

 

「変身!」

 

  DIEND

 

 青年ーーー海東大樹に三つの虚像が重なり、奇妙な銃ーーーネオディエンドライバーから放たれた十枚ほどのプレートがマスクに刺さる。

 その瞬間、大樹を包んだスーツの一部がネオディエンドライバーと同じシアンに染まり、彼の変身が完了した。

 

「さてと」

 

 隣で目を見張っている氷川のことなど、すでにこの仮面ライダーディエンドの眼中にはない。

 ディエンドはさらにもう一枚のカードを装填し、今まさにセイヴァーへと激突しようとしていたダークディケイドに引き金を引く。

 

  ATTACKRIDE BARRIER

 

 

「お楽しみの途中すまないね。僕も混ぜてくれないかい?」

 

 

 

 

 






トータスロード

アギトの3話、4話に登場した怪人。恐らく「仮面ライダーV3」に登場したカメバズーカのオマージュ。
背中の甲羅はアギトのライダーキックすら防ぐほどの強度だったが、それ以外はG3のサラマンダーで爆発四散するくらいなのでそんなに強くない。
通常のG3が唯一撃破できたアンノウンであり、それよりも強いV2ならば負ける道理はないのだ!……北條さんでもね!



泥棒さんがテレビに出てくれるので、こっちでも同じ色にしてみました。矛盾がない限りはジオウに登場する前だと思ってください。

DXネオディエンドライバー買えば大地くんの旅も終わるのでは……?(付属カード)


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ディエンド強襲


度重なる更新遅れに重ね重ねお詫び申し上げます。
割とスランプ気味。しかし意地でも書きます。


 

 

 必殺技のディメンションブレイクが炸裂する寸前、セイヴァーという目標を捉えていた視界に光の閃光が迸る。

 それで終わるだけならまだしも、強烈な反動にマシンディケイダーごと跳ね返されたダークディケイドは何が起きたかもわからぬまま、身体を地面に叩きつけられてしまった。

 

「今のは一体……そ、それにアタックライドと聞こえたけど……」

 

「貴様ァ……! 何の真似だ!?」

 

 最初はセイヴァーがカイジンライドではなく、アタックライドを使ったのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。

 結果的に必殺技の直撃を回避することになったセイヴァー本人までもが、何やら苛立たしげに呟いている。

 そこでようやくダークディケイドはこの場に新たに現れた青いライダーに気付いた。

 

「やあ大地君。そこの刑事さん達は初めましてだね」

 

「海東大樹ィ! 何の真似かと聞いている!」

 

(海東大樹……って! たしか写真館に来てた人!)

 

 よくよく聞いてみれば、あの青いライダーは確かに聞き覚えのある声をしている。

 だがそれがわかると同時に、余計に腑に落ちないこともある。

 自分のディメンションブレイクを防いだのがあの青いライダー、海東大樹なら何故そんなことをするのかまるでわからない。

 会話を交わした段階では人当たりの良い人物のように大地は認識していたのだがーーー。

 

「亡霊には用はないよ。僕の目的はただ一つーーーお宝さ!」

 

  ATTACKRIDE BLAST

 

「ッ!」

 

 今響いた音声はダークディケイドが幾度となく使ってきた技だ。故にすぐさま回避行動に移ることができた。

 

(ブラストは多重の銃撃! なら銃口から大きく避ければ……なっ!?)

 

 だがその青いライダー、ディエンドが銃口を向けた先はダークディケイド達の頭上である虚空。

 そして困惑した次の瞬間にはそこから青白い拡散弾が雨のごとく降り注いできた。

 同じシステム、同じ音声であるがために生じてしまった油断のせいで降り注ぐ光弾を甘んじて受け入れる結果となってしまう。

 

 さらにその拡散弾の狙いはダークディケイドだけに留まらず、V2やセイヴァーにも命中していく。

 

「うああああッ!?」

 

「こ、これはッ!?」

 

「くっ! コソ泥風情がぁ!」

 

 セイヴァーは咄嗟にセイヴァーアローを構え、ディメンションブレイクの迎撃のためにチャージしていたエネルギーを衝撃波として放ち、ディエンドブラストの大部分を相殺させた。

 しかもその衝撃波はそれだけに終わらず、周囲にいたライダー達にまで薙ぎ払われる。

 ダークディケイドとV2はマシンディケイダーの車体に隠れてそれをやり過ごし、ディエンドは驚異的なスピードで回避した。

 

 ディエンドのスピードはダークディケイドの複眼を以ってしても捉えきれず、セイヴァーを翻弄しては打撃を繰り返している。

 

(速い! クロックアップほどではないけど、それでも並みのライダーで出せるスピードじゃない!)

 

 セイヴァーでもディエンドのスピードに完全には対応しきれていないようで、攻撃は一方的なものとなっている。

 だがそのまま小技で削る地味な戦法を取る気はディエンドにも無いらしく、少し距離を取ったディエンドは腰のホルダーからカードを取り出した。

 

「ハハッ、そろそろ仮面舞踏会のゲストを追加しようか!」

 

「ダンスの相手なら間に合ってる。こいつらと踊っておけ!」

 

「ぼ、僕も!」

 

  KAMENRIDE IBUKI BEAST MACH

 

  KAIJINRIDE ZU GOOMA GU CENTIPEDE ORPHNOCH HAGETAKA AMAZON

 

  KAMENRIDE SNIPE

 

 ダークディケイドが変身したのはレベル2のDDスナイプ。遠距離での戦闘に対応するためのチョイスだ。

 

 セイヴァーが召喚したのは未確認生命体のズ・ゴオマ・グ、灰色のセンチピードオルフェノク、人工生命体のハゲタカアマゾンの三体。もしここにレイキバットがいれば蝙蝠繋がりで面倒ごとがあったかもしれない。

 

 そして最も驚くべきはディエンドが発動したカードだろう。カメンライドの音声でありながら、実際に発動した効力はセイヴァーのカイジンライドと全く同じそれであったのだから。

 

「他のライダーを召喚した!?」

 

 ネオディエンドライバーから召喚されたのは三人のライダー、それもこれまで大地が出会ってきたライダー達だ。

 仮面ライダー威吹鬼、仮面ライダービースト、仮面ライダーマッハ。

 姿形は同じだが、彼等のどこか違和感のある立ち振る舞いは大地には既視感があった。

 

「イブキさん、仁藤さん、詩島さんーーーそうか!この前のイクサも海東さんが!」

 

「頭の回転が速いじゃないか。だけど、手助けしたなんて勘違いしないでくれたまえ。僕は世界を股にかける大怪盗、仮面ライダーディエンド。目的はお宝だけさ!」

 

 ディエンドの召喚したライダー達、セイヴァーの召喚した怪人達が互いに激突し、ダークディケイド達も交えた大乱戦が開始された。

 

 殺戮衝動に駆られたセンチピードオルフェノクとハゲタカアマゾンはセイヴァーが指示するまでもなくV2へと襲いかかり、そのフォローに回ろうとしたDDスナイプにはゴオマがその道を阻む。

 さらにディエンドの召喚したライダー達までもがDDスナイプへと向かっており、残るディエンドとセイヴァーも互いに銃撃戦を繰り広げている。

 

「ボソギデジャス!(殺してやる!)」

 

「怪人はともかく、なんでライダー皆が僕を狙う!?」

 

 DDスナイプはゴオマの爪を躱して蹴りを浴びせるも、そこへゼンリンシューターの射撃やダイスサーベルの斬撃が降り注ぐ。

 ガシャコンマグナムでそれらを捌こうとしても、いかんせん数が多い。ここに加わった威吹鬼の援護射撃までは防げず、DDスナイプの装甲から火花が上がった。

 レベル2の状態では複数のライダー相手に有効な立ち回りもできず、かと言ってこんな波状攻撃に晒されては、カードによるフォームチェンジの隙もありはしない。

 

(だけど、この戦いは4対1じゃない! あの怪人はライダー達の敵でもある!)

 

 DDスナイプはライダー達への反撃を諦め、なるべくその攻撃がゴオマにも命中するような立ち回りを心掛ける。

 目に映る存在を全て引き裂く勢いのゴオマにとっては誰が相手でも関係ないようで、目論見通りその爪の標的はビーストへと変わった。

 恐らくゴオマ単体ではこの集団の中で最も弱いのだろうが、ライダー達の連携を乱すには十分のはずだ。

 

 一瞬視線を逸らせば、V2は怪人達に苦戦している模様。一刻も早くフォローに向かうべきと思い、跳躍したDDスナイプは威吹鬼とマッハに開脚蹴りを浴びせる。

 そうして着地したDDスナイプのベルトには、すでにカードが装填されていた。

 

  FORMRIDE SNIPE COMBAT

 

 再び跳躍したDDスナイプはレベル3ーーーコンバットシューティングゲーマへとレベルアップを遂げ、新たに手に入れた飛行能力を発揮して上空からライダー達を見下ろす形を取る。元々飛べるゴオマや、射撃できるマッハ達からすればDDスナイプが上を取ったからと言って大した脅威にはならない。

 

 残るはビーストのみかと思いきや、このライダーもまた状況に適した能力は持っていた。

 

  ファルコ! ゴー! ファ、ファ、ファ、ファルコ!

 

  シグナルコウカン! マガール!

 

「そういえば仁藤さんも飛べましたね!」

 

 ファルコマントでDDスナイプに迫るビーストに加えて、それを追うゴオマ、追尾弾を放つマッハも狙ってくる。

 せっかく空中に上がってもこうなってはまた乱戦になってしまう。だが、レベル3となったDDスナイプならこの状況でも優位に立てる装備がある。

 

 DDスナイプが構えたのはガシャコンマグナムではなく、レベル3となって装備されたガトリング砲。向かってくるゴオマ、ビーストへと照準を定めて引き金に指をかける。

 

(別人とはいえ知り合いと同じ顔……いや、やるしかない!)

 

 仁藤達の顔が脳内を過ぎる刹那の躊躇の後、DDスナイプのガトリング砲が火を噴いた。

 高速で放たれる炸裂光弾の威力は凄まじく、ゴオマの羽、ビーストのマント、地上にいた威吹鬼とマッハにまでその猛威を振るう。羽を穴だらけにされて飛行を維持できなくなったゴオマとビーストが落下していくのを見計らい、DDスナイプは金色のカードを取り出した。

 

  FINAL ATTACKRIDE S S S SNIPE

 

 さらに勢いを増して射撃し続けるガトリング砲、ミサイルの雨あられという圧倒的な火力による集中砲火。まず一番初めにその砲火に飲まれたのはゴオマであり、悲惨な断末魔だけを残して塵と消える。

 その次はダイスサーベルで迎撃を試みたビーストで、やはり抵抗も虚しく360度から迫る炎に包まれて爆散した。そして虹色のエネルギーと化して消える様が、知り合いと同じ外見の存在を撃ち抜くことで大地に生じていた心の痛みを軽減させてくれた。

 

「後の二人はまだ健在。なら、引き続き怪人の相手をしてもらうしかない!」

 

 ジェットコンバットの飛行能力をフルに活かし、DDスナイプはV2の元へと急行する。

 ダークディケイドを狙うように指令でも受けているのか、威吹鬼とマッハもその後を追いかけて来る。ゼンリンシューター、烈風からの射撃が息を吐く間も与えず、慣れない飛行では躱すのがやっとだ。それでもDDスナイプは怪人達と戦闘中のV2の上空にまで辿り着くことができた。

 

「僕にはこんなところで無駄に過ごす時間などない。ラッキークローバーのエリートである僕にはね」

 

「貴方が何者かは知りませんが、どうにも他人の気がしませんね…」

 

 縦横無人に飛び回るハゲタカアマゾン、中距離から鞭を振るうセンチピードオルフェノクという強敵を相手にしてもV2は一歩も引いていない。センチピードと何やら話しているが、二人は妙に声が似ているなと場違いなことを考えかけて、DDスナイプは急降下する。

 

(威吹鬼、マッハは素早いライダー。クロックアップは体力を大幅に消耗しちゃうし、それ以外で対抗するには……これで!)

 

  KAMENRIDE PSYGA

 

 スナイプの姿から純白のスーツのライダー、サイガへとカメンライドしたDDサイガはV2に襲いかかる寸前であったハゲタカアマゾンに空中からのしかかった。

 このサイガもレベル3のスナイプと同様に飛行できるライダーであり、それを可能とするのは背負ったフライングアタッカー。その重みも加わったハゲタカアマゾンは落下するしかない。

 

 フライングアタッカーを背負ったサイガはレベル3スナイプ以上の機動力を有しているが、高スペックの代償として当然その負担も大きい。故にDDサイガは勝負を急ぐ必要があった。

 

 手始めに落下中にジタバタと暴れるハゲタカアマゾンにトドメを刺すべく、剣にしたライドブッカーで翼を滅多刺しにしていく。ハゲタカアマゾンが地面に激突し、DDサイガの重量に押し潰された頃には噴き出る黒い血で、その白いスーツが汚れてしまっていた。だが、技を使うことなく怪人を一体倒すことには成功したと言えよう。

 

 そして上空の味方が突然潰され、現れたのが既視感のあるライダーであることに驚くセンチピードオルフェノク。

 

「なっ、上から!? それにその姿はファイズ達と同じ……!」

 

 あの怪人がサイガとどんな因縁があるかなど自分達には預かり知らぬことだし、隙だらけの様を見逃す手はない。

 すかさずフライングアタッカーに備え付けられた機銃を掃射し、降りてきた戦士が味方だと悟ったV2も続けてショットガンによる銃撃を浴びせる。ダメージこそ大きいものの、その片方だけでも並の怪人なら撃破しうる射撃を同時に食らってもなお健在のことから、エリートは自称では無かったということか。

 

 このまま射撃を続けていればセンチピードオルフェノクが力尽きるのにそう時間はいらない。

 しかし、背後からDDサイガを追いかけてくるマッハと威吹鬼は無視できない。当初の予定通り、センチピードにぶつけてやるのが良いだろう。

 

「制御は難しい。けどいけるっ!」

 

 フライングアタッカーの制御にやや苦心しながらも、再び飛行を開始したDDサイガは高速移動にも等しいスピードでマッハに接近していく。

 

  ズーットマッハ!

 

 その速度にも当然のごとく追従してくるマッハには内心舌を巻くが、今更引き返すことなんてできるはずもなく、慣れない装備での高速戦闘に移行する羽目となる。一応想定はしていたものの、やはり小回りの効くマッハの方が有利なようで、DDサイガの攻撃は一向に当たる様子がない。

 だが、撃破することが目的ではないというのが肝心だ。DDサイガは断続的に身体を焼く光弾に耐えながら、マッハを少しずつセンチピードの方へ誘導する。

 

「! なるほど、そういうことですか」

 

 聡明なV2もDDサイガの狙いに気付いたらしく、フリーになっていた威吹鬼に向かって行く。

 そうして何の障害もなくDDサイガは想定していた位置にまでマッハを誘導することに成功し、そして背後から空気を裂く音も耳にした。役目を終えたフライングアタッカーからトンファーエッジを引き抜き、身軽になったDDサイガは放たれたゼンリンシューターの弾丸から身体を逸らして回避する。

 

 それによってゼンリンシューターの光弾はセンチピードオルフェノクへ、彼の鞭はマッハへと直撃した。

 

 ちゃんとした自我のあるセンチピードはともかく、恐らく目の前の敵を倒す以外の思考を持ち合わせていないマッハはDDサイガからセンチピードへと標的を移した。召喚した怪人の同士討ちは以前にも目論んだことはあったが、今回も有効であったようだ。

 

「よし次!」

 

  FINAL ATTACKRIDE PS PS PS PSYGA

 

 青色の高出力フォトンブラッドが充填されたトンファーエッジを構え、DDサイガは走り出す。マッハはセンチピード、威吹鬼はV2と戦っているために今のDDサイガを邪魔できる者はいない。誰を倒せば有利になるか、と考えるより先に唯一の見方を助けるべく駆け出していたDDサイガは真っ直ぐ威吹鬼へと進路を定める。

 

「ッツアアアッ!!」

 

 威吹鬼の身体を横断する二筋の青い閃光ーーーサイガスラッシュ。DDサイガにまで伝わる高熱が焼いた威吹鬼の身体は灰となって崩れ落ち、その灰すらもエネルギーとなって飛散した。残ったのはΨという文字だけ。

 

 負担をなるべく減らすため、通常形態に戻ったダークディケイドの横でV2は呆れたように頭を振る。

 

「瞬時に姿を変えて、さらにはこれほどの武装まで……貴方が何者なのか、事が終わればキッチリと説明してもらいますよ」

 

「ちゃんと約束しますよ。あの敵を倒してから」

 

「承知してます」

 

 マッハとセンチピードを倒し、ディエンドとセイヴァーを拘束すればひとまずこの場を収めることができる。一人では難しかっただろうが、V2と協力できたことは不幸中の幸いである。

 そして駆け出そうとした二人の足は思わぬ出来事によって止められることとなった。

 

「グアアアッ!?」

 

「ッ! ドウマ!?」

 

 怪人かと思うような叫びと共に吹き飛んできたセイヴァーの身体がダークディケイドとV2の前に投げ出されてきた。それもダークディケイド達とマッハ達のちょうど間にくるように。

 装甲の何箇所かに損傷が見られ、息を荒げて膝を着いているセイヴァーは明らかに攻撃を受けてそうなったとわかる。

 

 セイヴァーが戦っていた相手など思い出すまでもない。それに耳朶を打つ音声は彼等の危機を知らせてくれた。

 

  FINAL ATTACKRIDE DI DI DI DIEND

 

 振り返った時にはすでに回避不可能な距離にまで、圧倒的なエネルギーの濁流が迫っていた。

 

 

 *

 

 

 ディエンドが放った必殺技に気付くのと、ダークキバへのカメンライドを行なったのはほぼ同時だった。DDダークキバが飛びかけた意識をギリギリ繋ぎ止められたのも、その桁外れの防御力のおかげである。

 しかし、いくらダークキバの鎧が硬いと言えどもディエンドの必殺技ーーーディメンションシュートの直撃を受けて無傷で済むことはできなかった。無防備な状態で地面に倒れている今の姿では王の鎧の名が泣くに違いない。

 

 痛む身体に鞭打って、辺りを見渡しながら立ち上がるDDダークキバ。側で倒れているV2は微かに身動ぎしており、ひとまず命に別状はなさそうである。肩で息をしているセイヴァーも直撃は避けたようであるが、そのダメージは深刻であると見て取れた。マッハとセンチピードの姿は見えず、青白い炎を出して積もっている灰の山があるだけだ。

 

「へえ、咄嗟にダークキバを選ぶなんて意外とやるじゃないか。それともベルトに従っただけかな?」

 

 そんな状況下で声をかけてきたディエンドはまさしくこの戦いの勝者だと言える。

 だがDDダークキバにとってはそれよりもダークディケイドライバーへの言及の方が気にかかる。

 

「このベルトのこと、知ってるんですか」

 

 ディエンドは答える代わりに水平にした手をひらひらと振る。その意味は「そこそこ知っている」なのか、それとも「答える気はない」なのかは判別もつかなかった。

 

 その時、倒れていたV2が立ち上がった。装甲のあちこちから軋むような音が漏れているが、戦闘続行には問題がないようだ。

 

「随分と好き勝手にやってくれましたね……!」

 

「流石はV2。今の攻撃でその程度で済んでいるとは、大したものだよ」

 

 ファイナルアタックライドを受けたというのに深刻なダメージが無いのはDDダークキバも内心驚いてはいるものの、これは逆にチャンスと捉えた。状況を見守っているセイヴァーという不安要素はあるが、召喚されたライダーと怪人は消えた今ならディエンドを拘束するのもそう難しい話ではないかもしれない。

 

「そんな性能だからこそ……反吐が出る」

 

 DDダークキバのそんな思考を嘲笑うかのごとく、ディエンドは先ほどの高速移動を見せてきた。

 それに対抗すべく、仮面ライダーサソードのカードを取り出したがーーー

 

「させると思ったかい?」

 

 ディエンドはカードを装填するよりも早く目の前に出現した。

 予想を遥かに上回るスピードに呆気に取られたかと思えば、急激な脱力感がDDダークキバを襲う。それも攻撃されたのではなく、何度も体感してきたもので。

 

(変身が解けた…?)

 

 それまで腰にあったダークディケイドライバーはディエンドの手の中に収まっていた。反射的に伸ばしたその腕もDDダークキバのものではなく、生身の大地のもの。

 

「うああっ!?」

 

 瞬きした次の瞬間にはディエンドはV2に目前にまで移動しており、その腰からベルトらしきものを剥ぎ取っていた。たったそれだけでピンピンしていたV2が崩れ落ちるように倒れこんでしまい、あのベルトがV2の動力を司っていたのだと推測できる。

 

「ほ、北條さーーガハッ!?」

 

 交戦開始から無力化に至るまで、あまりにも早すぎた。大地の思考は追い付かず、鳩尾にめり込んだディエンドの拳にあっさりと意識を刈り取られてしまった。

 

「こんな程度でお終いだなんてね。士ならもう少しマシな動きをしたよ」

 

 最後に浮かんだのは些細な疑問。

 それは戦いの結果でも、ディエンドの行動に対する疑念でもなくーーー。

 

(士って誰……?)

 

 

 *

 

 

 異形の戦士達が乱舞していたその場において、氷川はただ一人の一般人であった。刑事という肩書きだけで見れば一般人と呼ぶには不適切なのは間違いないが、拳銃を使えるだけの人間など彼らからすれば一般人と何ら変わりない。ビーム、高速移動、飛行なんてG3を装着していた頃ですら無縁だったぐらいなのだから仕方ないという理由もあるが。

 

 そして繰り広げられていたその光景に氷川は呆気に取られながらも、突如乱入してきた青い戦士ーーーディエンドによってダークディケイドとV2が瞬時に倒されてしまった時にはすかさず気を持ち直していたのは流石と言う他ない。

 

 ディエンドは気を失っている大地、北條の両名の首根っこを纏めて掴み、足元に放っている。

 

「待て! 大地さん達をどうするつもりだ!?」

 

 拳銃を構え、ディエンドに向ける氷川。アンノウンどころか、それを凌駕するであろうディエンドを相手にして役に立つとは微塵も思っていない。だが無意味と理解していても、恩人と同僚に危害を加えた者を見過ごすことなんざ初めから選択肢には無かった。

 

「……うん? 確か君は元G3だったっけ? なら丁度良かった。小沢澄子に伝えておいてくれたまえ。V2システムおよびG4システムの設計書を持ってこい、とね。時間と場所は追って連絡する」

 

「G4……? それに小沢さんに、だって?」

 

 V2はともかく、G4とは氷川には聞き覚えのないシステムだ。名前だけならG3の後継機であると思われるが、V2がある以上そんなシステムが開発されているとは考え難い。

 

「じゃあ頼んだよ。この二人を返して欲しくばね」

 

  ATTACKRIDE INVISBLE

 

 ディエンドがカードを装填したことに気づいた時にはもう遅かった。

 氷川が放った弾丸はディエンドのーーー否、ディエンドがいた空間を通過していく。ディエンドと、その足元にいた大地と北條は虹色の光と化して瞬時に飛散してしまったのだ。

 

「き、消えた……!?」

 

 原理不明の瞬間移動か、はたまた透明化か。

 気付けばセイヴァーも姿を消しており、一人残された氷川は狐に包まれたような顔でしばらく立ち尽くしていた。

 

 

 *

 

 

 同じ頃、大地がピンチになっているとは露ほども知らない瑠美は城北大学から物憂げな顔で出てきていた。

 入山照と親交があったらしい高村光介教授の研究室を訪ねたまでは良かったのだが、なんと学会に出ていて今はいないのだという。生徒によれば戻るのは明日だそうで、今日のところは出直す他なさそうだ。

 

「収穫無しだなんて、葦原さんをガッカリさせてしまいますね……」

 

 最初は大地のために仮面ライダーギルスから話を聞くだけのつもりだったのに、倒れた葦原を見過ごせなかったことから始まって、いつの間にか探偵紛いのことまでやっている。別にこの状況が嫌なわけではないが、何の連絡も無しに連日外泊しているとなると大地やガイドを心配させてやいないかと不安にもなってしまう。

 

「大地くんは平気でしょうか…また戦いでボロボロになってないといいんですけど」

 

 重ねて言うが、大地が絶賛大ピンチであると瑠美は知らない。

 

 

 *

 

 

 夜の繁華街には様々な人間がいる。

 それは勉強に疲れて帰る途中の学生であったり、酔っ払いのサラリーマンであったりとそこまで珍しくもない者から公の場には似つかわしくない仕事に就く黒服の男まで選り取り見取りだ。

 だがそんな者達の中でも、不審者の特徴をこれでもかと詰め込んだ外見のドウマは取り立てて異端に見られていることだろう。

 

(ディエンドめ…やはり放っておいたのは失敗か。もし奴の狙いがダークディケイドライバーならさらに面倒だ……)

 

 ディエンドから手痛い一撃をもらったドウマは戦況を不利と判断し、音も立てずに離脱していた。警察如きはどうとでもなるが、あれ以上あの場に留まっていればディエンドからさらなる痛手を被ることもあり得た。ただでさえ厄介なダークディケイドに加え、本人の性格込みでそれを上回る厄介さのディエンドまで一々相手取っていてはいつまで経ってもドウマの目的は果たせそうにない。

 一旦腰を落ち着けて考えをまとめ直すべく、ドウマは近場にあったベンチに腰を下ろした。

 

「おい兄さん、顔色悪いぞぉ? ちゃんと帰れるかぁ?」

 

 そんなドウマの肩をポンポンと叩く男性は酔って我を忘れてしまったのか、はたまた元々人が良かったのか。アルコールを微かに含んだ吐息に心底嫌悪しながら、ドウマは無言でその男性の胸に手を添えた。

 

「失せろ」

 

 人体から鳴ってはならない音を響かせて吹き飛ぶ男性。悲鳴やら怒声やらが上がってもドウマにはただ面倒としか思えなかった。人混みから突き刺さる畏怖の視線を物ともせず、ドウマはより静かな場所へ移動し、カイジンライドカードの束を取り出す。

 

 ディエンドを始末するか、隙を突いてダークディケイドライバーだけを奪取するか。どんな手段を選ぼうとも、最終的に明暗を分けるのは召喚する怪人次第。同じ能力を持つディエンドが相手となれば、より慎重に考える必要があった。

 

(怪人といえど無制限に使役はできん。力が強ければその分自我もより強くなり、扱い難い。やはりデストロン辺りの改造人間が妥当か)

 

 ディエンドのそれとは違い、ドウマのカイジンライドには怪人の自我が伴ってしまう。傀儡として使役するよりかは本来の実力を発揮してくれるが、それは『普通の怪人なら』と付け加えた上での話だ。幹部クラスともなるとドウマに利用されることに怒り、高確率で反逆してくると睨んでいる。

 

(いや、幹部クラスであろうと、ライダーへの対抗心が強い怪人ならあるいは……?)

 

「カイジンライド グラファイト」や「カイジンライド アポロガイスト」といった候補を立ててみるも、良いビジョンは浮かばない。下手すれば自身も標的になりかねん、と考え直したドウマは再びカードの束を順に広げようとした。

 

「なんというか、トレーディングカードに勤しむ怪しいおっさんにしか見えないなあ。お前の陰気臭いオーラも合わさって相当ヤバい」

 

 カードに落ちる暗い人影。そしてドウマを小馬鹿にしたような不愉快な声。

 その声の主に見当はついていたが、それでもドウマは牽制の意も込めてザクロロックシードを瞬時に掲げていた。

 

「何の用だーーーガイド」

 

「そこは久しぶり、って言うとこだろ?」

 

「ま、いいけどね」と付け加えたガイドはドウマの隣に座り、咥えていた煙草に火を点けた。ドウマの射殺さんばかりの睨みもなんのその、むしろ吐き出された白い煙にドウマの方が気分を害された。

 

「一本どお? あの写真館で他に吸える人いなくてちょっと肩身が狭いんだよ」

 

「酒と煙草は好かん。知っているだろ。それより何の用だと聞いている。貴様と下らん世間話に興じる暇が俺にあると思っているのか?」

 

 相手のペースに乗せられてしまえば終わりだとドウマは理解していた。平静を維持し、少しでも情報を引き出す。それでも唐突に差し出されたカードには二の句を告げることを忘れてしまう。

 

「ドウマ、君と手を組みたい」

 

 

 

 

 




現状いいとこ無しのドウマ。汚名返上できるといいですね。

次回更新はGW中を心がけます。


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プロジェクトの真実

更新予定すら守れないから駄目なんだよ


 

 

 

 最初に目覚めた時、すなわちガイドにダークディケイドライバーを渡された時から以前の記憶が大地には無い。食器の使い方だとか、公共施設の存在など最低限の日常生活を送れる程度の知識は頭の中に残っていたが、サブカル方面などでは今でも苦労することが多い。瑠美が持っているパソコンみたいな電子機器の扱いすらままならない。ちょっとした興味本位で弄ってみたはいいものの、知らない文字の羅列に怖気付いてすぐに閉じたことだってあった。

 

 異世界に来てから行う探索で見かける建物も大体知識として知っていた。図書館、飲食店、デパート等々…………だが、今自分がいる場所は珍しく何の知識もない場所であった。

 

 たくさん置かれてる巨大なティーカップ、連結したトロッコが配置された巨大なレール、人が数人入りそうな箱を一定間隔でぶら下げた巨大鉄骨車輪。そしてその至るところにファンシーな動物の絵が描かれているが、所々錆びていたり、塗装が剥げているところがちょっぴり不気味でもあった。さらによく見ると、怪人が出て来そうな雰囲気のこじんまりした屋敷まである。

 

「まさか、ここは敵の秘密基地……?」

 

「私には廃れた遊園地にしか見えませんね」

 

 北條の言う通り、ここは都市部からそう遠くない場所にある廃墟と化した遊園地。来場者達に現時刻を教える役割を終え、ただの柱となっている時計に大地と北條は縛りつけられていた。目覚めた当初からこの縄を解けないものかと悪戦苦闘しているのだが、一向に緩む気配はない。

 大地が変身できれば、あるいは北條がV2システムを装着すればこんな拘束など数秒かからずに引きちぎれるというのに、それらの道具は全て取り上げられてしまっていた。

 

「へぇ……これが遊園地なんですね。実際に見るのは初めて、かなあ?」

 

「このような状況でも冗談をかましていられるなんて、君はつくづく頼もしい。そんな余裕があるのなら一刻も早く脱出してほしいのですが」

 

「すみません、ベルト無いとどうにもならなくて。ポーチまで盗られちゃってるし」

 

「……皮肉が通じないというのも考えものですね」

 

 ここで目覚めてからすでに数時間が経過しており、その間に大地は自身の大まかな事情は北條に説明していた。異世界という荒唐無稽な話に最初は鼻で笑われ、紆余曲折の末に一応納得はしてもらえた。周囲の建造物を眺めた素直な感想にすら棘のある発言を飛ばしてくるので、半信半疑ではあるようだが。

 しかし対人経験に乏しい大地には皮肉の発言も通じず、キョトンとした表情を浮かべるばかり。そんな大地に北條は小さく溜息を吐いた。

 

「君の話が正しいと仮定すれば、あの海東大樹なる人物も異世界から来たライダーと呼ばれる戦士ということになる。まったく、異世界のライダーとやらは変わり者ばかりなのか……」

 

「そんなことは……あるかもしれませんね」

 

 極度のマヨラーとか、犯罪者のボタンをコレクションしてる人を思い浮かべてしまうとあながち否定できない。そもそも客観的に見たら北條も十分変わり者に分類されるはずなのだが、そこに言及する者はここにはいない。

 

「僕を変わり者呼ばわりするのはやめてもらいたいね。これでも常識人で通ってるつもりなんだけど」

 

 声がした方向、すなわち自分達を縛り付けた張本人に二人は視線を向ける。北條から剥ぎ取ったV2システムを品定めするかの如く眺める海東大樹へと。

 

「流石に泥棒を普通扱いするのは無理がありますよ。突然攻撃してきたのだってかなりヤバいです。すっごく変です」

 

「この世界のお宝のためさ。むしろ当然のことだと思うといい」

 

「失礼、価値観が違い過ぎる犯罪者を変わり者で済ますのは確かに不適切でした。理解不能である分、アンノウンに近いらしい」

 

 バチバチと激しく飛び散る火花を幻視しそうな空間。このギスギスした雰囲気というのが大地はどうにも苦手であった。大樹が何を企んでいるにせよ、早いとこ抜け出さなければ気分まで悪くなってきそうだ。

 

「と、とにかく! 泥棒は良くないと思いますけど、そろそろ本当の目的を話してくれませんか? 僕に手伝えることなら協力だってしますよ!」

 

「だからお宝のためだと言っているじゃないか。それに、君如きの協力なんて無くとも欲しいものはもう手に入れたさ」

 

 大地にとって海東大樹という男は怪しい点は多々あれど、そこまで悪い人物ではないと思っていた。今回の襲撃にしたって、てっきり何か思惑があるのでは、と深読みしていたのだがそれは大外れらしい。やや呆れ気味にV2のマスクを見せつけてくる辺り、本気で泥棒のために撃ってきたようだ。

 

「それだけで……それだけの理由で僕達を撃って、こんなところに攫ってきたって言うんですか……!? 海東さんは仮面ライダーじゃないんですか!? 正義のために戦う仮面ライダーがこんなこと──ー」

 

「やれやれ、自分の価値観と違うってだけで大袈裟過ぎないかい? 君にとっては()()()()()でも僕にとっては命を賭けるに相応しい理由なのさ。それに君の言い分だと僕以外のライダーは皆大層ご立派な正義とやらを掲げてたみたいだけど、仮面ライダーサガや……えっと、リヴォルだっけ? 少なくとも彼らが君の言う正義のライダーには見えないなあ」

 

「それは……」

 

 言われてみれば確かにそうだ。他のライダーと完全な敵対をした経験がほとんど無い故に忘れがちだが、人間に仇なすライダーはいないわけではない。むしろダークディケイドライバーの記録を辿ればそういった悪のライダーはそう珍しい存在ですらない。

 

「……鬼塚さんには彼女なりの事情がありました。あのキングも人間の友達がいました。海東さんみたいな軽い理由じゃありません」

 

「軽いとは心外だなあ。君が言うようにライダーだってそれぞれの事情で戦っている。正義のために戦う奴がいれば、僕のように特別な信念を持っている奴もいる。それは怪人だって同じだね。そんな各々の事情に一々口出ししていたらきりがない」

 

 最後に「ま、どうでもいいことさ」とだけ付け足して、大樹はどこかへふらりと立ち去ってしまった。

 言いたいことだけ言われて、大地に残されたのは微妙に嫌なモヤモヤ感。仮面ライダーとは正義の味方であるという認識はただの偏見でしかない。悪のライダーの存在を心のどこかで見て見ぬ振りをしていたのも、正直その通りであった。

 

 別にそこまで衝撃的な事実ではないはずだ。悪のライダーがいるのなら、怪人と一緒に倒すだけ。

 

「あまり顔色がよろしくないようですが、あの男の言う事はそこまで気にする必要はありません。私のように善い人間がいれば、あの男のような悪い人間もいる。それだけのことでしょう。さっさとここから抜け出す算段を立てますよ」

 

 そうやって切り捨てられるのも刑事として培ってきた人生経験があるからこそ。精神の根底部分が未だ不安定な大地には無いものだ。

 そういう風に自分を自信満々に善いと言い切れる北條に心底感心しながら、大地は曖昧な表情で頷いた。

 

 

 *

 

 

 突如として出現した謎の青年によってV2システムが強奪され、装着者まで拉致されてしまった。

 ただでさえ連日のアンノウンへの対応に追われているというのに、そんな非常事態まで起これば警視庁がパニック同然になるのは誰でも予想がつく。

 そんな誰もが慌ただしく駆け回る警視庁でもかつてない怒りのオーラを漂わせて早足で歩く小沢には例え上司であろうとも道を開けざるを得ない。そしてそのすぐ後ろでペコペコと頭を下げる氷川には誰もが同情の視線を送った。

 

「こんな時に雲隠れするなんて、入山照はいい度胸してるじゃない。人間相手でこんなにムカムカするのは本当に久し振りだわ。彼にとっては民間人と同僚の命よりも、自分の発明の方が大事だってことよね!」

 

「し、しかし入山さんは何処へ行ってしまったんでしょうか。彼がいなければV2の設計図が手に入らないなんて」

 

「ええ! あの狸、このままノコノコ顔を見せたらどうしてくれようかしら」

 

 それだとどの道出てこないのでは、と言いかけた氷川はその言葉をグッと飲み込む。今の小沢に余計なことを言えば、すぐさまその逆鱗の餌食になるとわかっているからだ。

 そもそも小沢がここまでイラついているのは、彼女が手に持っているハードディスクのせいでもあるだろう。

 

 これは氷川も知らされていなかったことであるが、小沢はG3の開発前後に「G4システム」なるものを開発していたというのだ。しかし、G4は装着者の命に関わる深刻な負担を齎すことが発覚し、小沢はG4の開発を凍結した。何故あの男がG4を知っているのかは不明だが、自身の発明が悪用されるかもしれないのが小沢には気が気じゃないのだ。

 

「北條透なんかのために私がここまでしなきゃならないのも腹立たしいわね。大地君がいなければ拒否できたのに」

 

 そう口では言っているが、小沢なら散々嫌味を言いながらも結局は同じことをするに違いない。当然これも氷川の心の内に留めておく。

 

「V2ユニットでも設計に関わった者はほとんどいないようで、システムの詳細な設計の7割が入山さん個人によるものだそうです。一体どうすれば……」

 

 V2システムはV1システムを大幅に強化改良されたものであり、基本的な構造は同一である。問題なのはV2をV2たらしめる動力源などについて、把握している人物がV2ユニットに誰一人としていない点だ。

 

 そして解せないのは入山が姿を隠す動機である。V2そのものを渡せと言われたならまだしも、要求されているのは設計図。しかも人質になっているのは装着者とシステムそのものだというのに。

 

「役に立たない人について考えても仕方ないわね……。一つ思い当たるところがあるわ。これから向かうわよ」

 

「はい! ……どこに?」

 

「城北大学よ」

 

 

 *

 

 

 昨日帰ってきた瑠美から城北大学の名を聞いた時は思わず聞き返してしまった。

 ただの偶然であると自身に言い聞かせても、かつて在籍していた大学の門を通る時、涼は複雑な心境であった。

 自分がいた頃となんら変わらない光景を目にするだけで様々な記憶が蘇ってくるが、それらは必ずしも良いものとは限らない。

 水泳選手として将来を期待され、恋人や友人と過ごしてきた日々はある日突然終わりを告げられた。誰もが涼を避け、気付けば独りになっていた。

 

(裏切られたのもここが最初だったのかもな)

 

「葦原さん? 具合でも悪いんですか?」

 

「何でもない。行くぞ」

 

 だが、今はもう仕方のないことだと割り切っているのも事実。異形となった涼を恐れるのは至極当然のことだと思うし、それを恨むつもりもない。一緒に来てくれた瑠美に余計な詮索をさせても面倒だと思い、ここに在籍していたことは伏せてある。

 ギョッとした顔ですれ違う知人にも軽い会釈をするだけに留めておく涼に、何となく察した瑠美も言及せずに目的の研究室まで案内する。涼を励ますつもりでもあるのか、いつも以上に明るく振る舞っている瑠美をお節介な奴だと思いつつも、悪い気はしなかった。

 

「その高村って教授が入山照と親交があったんだな」

 

「親交と言っても、そこまで良好な関係というわけでもなかったそうです。言い争ってる光景も珍しくないって学生の方が言ってました」

 

「むしろ仲が悪いんじゃないのか、それは」

 

「それが不思議なんですが、喧嘩はしてもなんだかんだで一緒にいたとか。喧嘩するほど仲が良いって感じなのかもしれませんね」

 

「そんな可愛げのあるものならいいがな」

 

 そんな会話をしているといつの間にか「高村研究室教授室」と札がかけられた部屋の前に着いた。顔見知りの教授で無かったことは涼には幸いであった。

 

「入りたまえ」

 

 ノックから返ってきた返答は若干厳つい雰囲気だった。

 

「失礼します」

 

 部屋の中にいたのは高村光介と思わしき教授と、スーツを着た一組の男女。男性の方は入室してきた涼達に軽く会釈をしてきたが、気の強そうな女性の方は高村から目を離さない。着こなしなどからして学生では無さそうで、おまけに男性の方はどこかで見たような記憶が涼にはあるものの、それ以上思い出せなかった。

 

 部屋の中に漂う険悪な雰囲気。特に高村と女性との間には会話をせずともわかるほどであり、何でこんなことになっているのか困惑してしまう。

 

「花崎瑠美だったかね? 私に話があると先日ここに訪ねてきたのは」

 

「は、はい。でも今お取り込み中のようなので、また出直します! はい」

 

 あまりの居心地の悪さに瑠美ですら踵を返そうするも、高村は気にしなくていいと手を振ってソファーを指差した。座れと言いたいのだろうが、立ちっぱなしの先客がいるので気楽にはしずらい。

 だが瑠美とは違い、涼は他人の込み入った事情に一々気を遣っていられるほどお人好しではなく、ここは黙って従うことにした。瑠美も恐る恐る腰をかける。

 

「教授、まだ話は終わってません! 入山照の交友であり、V1プロジェクトにも参加していた貴方ならV2に関する資料も持っているはずです」

 

「持っていたらとっくに渡している。小沢くん、君なら私がV2システムから降りていることは知っているだろう」

 

 入山照、探している情報が藪から棒に出てきた。思わず顔を見合わせる涼と瑠美。

 尚も食ってかかろうとする女性を手で諌め、語り出す高村。

 

「そもそも私と入山君は友と言えるような関係では無かった。彼と私では専門も異なるし、性格もまるで合わない。談笑よりも口論の方が多かったぐらいだ。だが彼の革新的な発想、多角的な視点は大いに価値があった。彼がいなければV1システムの未来はまた違ったものになっていたはずだ」

 

 高村はそこまで一息に語ると、冷蔵庫からミネラルウォーターとグラスをいくつか取り出した。

 

「あれは……ちょうど3年ほど前だったか。高松への出張から戻った彼は酷く取り乱していた。あかつき号事件という海難事故に巻き込まれたと言っていたが、あの乱れ様はそれだけではない。その海難事故で何があったのか……以来彼は取り憑かれたように研究に明け暮れた」

 

「あかつき号」というワードが出たことよりも、黙って話を聞いていた男性が顔を驚愕に染めている方が涼には気になった。

 

「自分の専門分野以外にも手を広げ、私にもロボット工学について頻繁に尋ねてきた。研究熱心、と見なすのは簡単でもあの時の彼を実際に目にすればそんな生易しいものでないと誰しもが理解できる。V1プロジェクトへのお呼びがかかった時こそ、その最たる瞬間だった」

 

 高村は目を細め、在りし日の自分達を記憶から引っ張り出す。

 彼が見つめている、誰もいない空間には過去の入山が映っているのだろう。

 

「私がV1プロジェクトに参加したのは多くの人命を救うためだった。しかし、入山君がそんな動機だったとは私には思えない。彼が主導となって設計したV1の強化改良機体──ーV2の設計図からも入山君の狂気に近い感情が溢れ出しているようだった」

 

「それが教授がプロジェクトから抜けた理由だとおっしゃるんですか?」

 

「信じられないかね? 確かにあのV2は研究者として大いに唆られる。だがね小沢くん、私にはそれ以上にあのV2が薄気味悪く見えるのだよ」

 

 そう語る高村の目に涼は既視感を覚えた。

 それは忌避感、怖気、警戒──ー変身した涼が恩師や恋人だった者達から幾度となく向けられたもの。

 それらと同じ目を高村はしていた。

 

「何故あんな物が動いているのか、装着者が五体満足でいられるのは何故か。入山くんはどうやってあんな物を創り上げたのか……彼は人間が手を出してはいけない禁忌に触れてしまったのではないか。研究者らしからぬ言葉だと笑われても仕方のないことだ。ただしあの設計図を見ても私を笑える者がいるなら、の話だがね」

 

 一瞬の静寂。

 高村が吐いた息は迷いを吐き出すかのようでもあり、何かを諦めるかのようでもあり。一息にグラスの中身を飲み干すと、高村は膨大なファイルが収納された棚から丁重にファイルを取り出し、その奥に眠る金庫を操作する。

 そして出てきたのは数枚の紙束。

 

「V2の試作段階の設計図だ。現在のシステムとは大幅に仕様が異なるだろうが、基本骨格はほぼ同じで間違いない。私にできるのはここまでだ」

 

「教授……」

 

「臭いものには蓋をしろ、とは言われるが、君以上に適した蓋を私は知らない。返却はしなくて結構」

 

 最初の険悪な雰囲気は何処へやら、一応丸く収まったことで一部の者はほっと安堵の息を吐く。本題に入る前に面倒を避けられて安心しているのは涼も同じである。

 

 小沢と呼ばれていた女性は軽く、男性は深く一礼だけして部屋から退室していった。

 

「お待たせして申し訳ない。君たちにとっては退屈な話だったろう。それで、君たちの要件は」

 

 言葉の割には謝罪されている感じがしないのは高村の厳つい顔のせいだろうか。

 

「入山さんと関係があったという、ある人を探しているんです。この写真に見覚えは?」

 

 まずは駄目元で木野から受け取った真島浩二の顔写真を見せてみる。精々一緒にいたところを見たことがあれば、ぐらいにしか涼は期待しておらず、本命は入山の連絡先ないしは居場所を聞き出すつもりだった。

 しかし、高村は写真を一目見ただけで顔色を変える。

 

「彼は……ああ、思い出したよ。先ほど話していた入山くんが変わり始めた時から頻繁に面会していた青年だね。確か名前は真島浩二だったか。ここの学生では無いようだったが、入山くんとは日夜を問わず話し込んでいた」

 

「! そ、それで今彼の居場所に心当たりは?」

 

「いや、あれは数ヶ月前か……それまで頻繁に会っていたのが嘘のように顔を見せなくなった。私の記憶が正しければ、最後に見かけた彼は何やら嬉々とした様子だったが……」

 

 そこまで言いかけた高村は引っかかりを覚え、顎に手を当てる。小声でブツブツと何か呟き、やがて絞り出した記憶を頼りにメモを書き始めた。

 

 

 *

 

 

 高村との面会から数時間が経過した頃。

 

 相変わらず拘束されている大地と北條はかなり疲弊していた。

 激しい戦闘から今に至るまで飲まず食わずどころかまともな休息だって取れておらず、しかも直射日光にずっと晒されているのだ。刑事として普段から体力を使っている北條はともかく、威吹鬼の世界で鍛えていなかったら大地は今頃へばっていただろうなと異世界の師匠に心の中で感謝した。

 

 とはいえいつまでも耐えられるとは限らない。時間の経過によって太陽は徐々に沈み始めているが、今度は冷気に悩まされることになる。いい加減脱出しなければならないとわかってはいても、結局今に至るまでどうにもできなかった。

 

 やることも無く、体力を温存すべきとの発案でなるべくじっとしていた二人の間では必然的に会話で時間を消費する。

 主な内容は大地が見てきたライダーと怪人達について。アンノウンに対抗する手がかりになるでは、とのことだったが、同じ発想を氷川もしていた。良好な関係でなくとも似た者同士なのか、それとも刑事としての性なのかまではわからなかった。

 

「──というわけでスピードロイミュードは仮面ライダーマッハに倒されたんです」

 

「人間に擬態する機械生命体と、科学者が作り上げた戦闘システム、それに警察組織……どの世界でも細部はそこまで変わらないとは興味深い。重加速なる技術が我々にも扱えればアンノウンによる被害は激減させられるでしょう」

 

(悪用はしないと思うけど……この人が言うとなんか不安になるのはどうしてかな)

 

 そんな風に会話に興じていると、どこからともなく現れた、というより戻ってきた海東が呆れ気味に横槍を入れてきた。

 

「しばらく目を離した隙に随分と仲良くしているね」

 

「どこ行ってたんです。せめてお水だけでもくれませんか……?」

 

「お宝は自分の手で掴み取るものだよ?」

 

 まあ元から海東には期待していなかったので、意味不明な返答にも口をすぼめるだけに留めた。それに、隣の北條に浮いている青筋の方が大地には恐ろしい。

 海東はこれ見よがしにミネラルウォーターを美味そうに飲むし、そんな風にされると余計に喉が渇く。

 

「さっきこれを通して連絡が取れてね、もうすぐ君達のお仲間が来てくれるってさ」

 

 これ、と指し示しているのはV2のマスク。ピーピーと規則的に音が鳴っているだけでなく、音に連なって赤い光が複眼の奥に点滅している。V2の通信機能を利用したということだろう。

 

「僕の要求通りに事が済めば解放してあげるから、そうしたら好きなだけ水でも何でも飲むといい。そうしたらこの世界とはおさらばさ」

 

「要求……? てっきり貴方の目的はV2システムかと思っていましたが」

 

「もう一つ。警視庁の小沢澄子が開発したG4システムの設計図もターゲットさ。できれば実物が欲しかったけど、無い物ねだりをしてもね」

 

 G4とはまた聞き覚えのないシステムである。単純に考えればG3に関連したシステムなのだろうが、北條ですら思い当たる節がなさそうな様子で、存在するのかどうかも怪しく思える。

 そんな懐疑的な考えが表情に出たのか、海東は嬉々としてG4について語り出す。新しい玩具を自慢する子供とは、こんな感じなのかと思わせるように。

 

「G4システムはG3の強化発展系にして、AI制御によって装着者の限界以上の力を常に発揮する素晴らしいお宝だよ。装着者すらも部品の一部でしかない、あまりの危険性に封印されたっていう曰く付きなのもイイよね♪」

 

「そ、そんなシステムを……あの小沢さんが……!? 本当に?」

 

「まさか……」

 

 小沢という人間はどこかサバサバしてて、それでいて優しさと熱さを秘める女性だと思っていた。ビールと焼肉で豪快にガブガブ飲み食いする姿、北條と舌戦を繰り広げる姿、落ち込む大地の背中を押してくれた良い人──ーどの記憶を辿っても、G4なんて恐ろしい兵器を作った人物とはどうやっても結び付かない。

 

 海東の言葉を偽りだと叫ぼうとは思っても、奇襲と拉致までしたライダーがそんな嘘をつく理由がどこにある。信じたくないが故に否定をしようとして、事実をより強固な真実へと塗り固めてしまう。

 

 そして最後の一押しは最も聞きたくない相手からだった。

 

「そんな男に同意するのは心底癪に触るけど、全て本当のことよ。大地くん」

 

 その凛とした声はひっそりとした廃遊園地にはよく響く。例え耳を塞いでいたとしても、この声はこじ開けて聴覚を刺激されたに違いない。

 

「小沢さん、氷川さんも……」

 

 アタッシュケースを提げて現れた小沢と氷川がゆっくりと歩いてくる。ニヤついている海東からして、二人が来たのは想定内であるように見える。

 

「大地さん、北條さん、無事ですか!?」

 

 縛られた大地達に駆け寄ろうとした氷川の足元へ、次々と光弾が着弾して強制的に足を止めさせる。ネオディエンドライバーを手元で回す海東と氷川、小沢の視線がぶつかった。

 

「思ったよりも早い到着だね。じゃ、まずはそっちから差し出してもらえるかな?」

 

「貴方が約束を守る保証はあるのかしら? 貰うだけ貰って、後は一網打尽だなんて洒落にならないわ」

 

「なるほど。でもどの道君達に交渉の余地はないはずだけど?」

 

 横薙ぎに振るわれた海東の腕の先、放たれた光弾は大地と北條の靴先から数センチ先に着弾した。突然の発砲とはいえ、非常に情けない悲鳴を上げてしまう。似たような声が隣からも上がったことまで気を払う余裕すらない。

 

「やめろ!! それ以上撃つならこちらも……!」

 

「氷川くん! ……降参よ。持って行きなさい」

 

 小沢は今にも発砲しそうな氷川を諌め、アタッシュケースを海東に投げた。かなり雑な投合だったが、やたらとアクロバティックな動きでキャッチした海東には関係なさそうである。

 その中から出てきたのは一枚のディスクと数枚の紙束。

 海東は紙束の中身に瞬時に目を通し、満足げに頷いた。

 

「うん。かなり初期型みたいだけど、まあこんなもんかな。交渉成立ってことで、そこの人質達も返してあげよう」

 

 海東が言い終わる前に駆け寄ってきた氷川が縄を解き始めてくれていた。

 結局海東の思惑通りに事が運んでしまったのが気掛かりではあるが、ひとまず当面の危機は去ったと考えてもいいのだろうか。

 

「今すぐ解きますから!」

 

「ちょ、氷川さん! 絡まってます! い、痛ててて!?」

 

 しかし焦っているせいか、氷川が解こうとしている結び目が何故か余計にキツく締まってしまい、北條とまとめて締め付けられた。

 慌てて戻そうとしているのはわかるが、それでも縛られる痛みは増すばかり。というか、もう縄を切ってもらった方が早い気がしてきた。

 アイコンタクトで助けを求めた相手である小沢は未だに海東を睨んでいた。

 

「待ちなさい。逃げる前に一ついいかしら」

 

「何かな? こう見えて忙しいんだ。手短に頼むよ」

 

「貴方、V2システムそのものを奪っておきながら、その設計図まで要求するのはどういう訳なの? 研究職って風には見えないけれど」

 

「なんだ、そんなことか────ねえ小沢さん。貴女の眼にこのV2の設計図はどう映った?」

 

 海東がV2の設計図をヒラヒラとチラつかせた瞬間、小沢の顔に微かな怖気が走ったように見えた。

 

「貴女の作ったG3に似ていると思ったんじゃないかな?」

 

「似てる、か。確かに否定はしないわ。けれど同じ装甲服である以上似るのは当然よ」

 

「とぼける気かい? 僕が言ってるのはコンセプトの方だよ。G3はクウガ──いや、未確認生命体第4号をモデルにして製作された」

 

 この場にいる人間の中で唯一大地のみが知り得ぬことだが、G3システムはクウガというライダーを人工的に再現するべく開発された経緯がある。

 

「つまりV2システムも4号をモデルにしている。そう解釈していいのかしら」

 

「まさか、そんなチャチなもの、お宝とは呼べない。G3はあくまで4号の映像記録から再現を試みただけ。V2はそれを上回り、だからこそアンノウンもV2を狙う」

 

「回りくどい言い回しはそれまでにしてちょうだい。時間がないと言ったのはそっちでしょ」

 

「ふう、つれないね。ならお望み通り単刀直入にお答えしよう」

 

 

「V2システムの正体。それは──」

 

 

 *

 

 

 同時刻、涼と瑠美は高村から渡されたメモを頼りにとある林道に来ていた。

 

「メモに書かれているのはこの辺りですね」

 

 日も沈んで暗くなってきたので、読み辛くなったメモをレイキバットがライトで照らしてくれた。有り難くもあり、両目が光り輝いているのは不気味でもある。

 

「足元に気をつけろ。何が飛び出すかわかったもんじゃない」

 

「いざとなったらお前達はすぐに逃げろ。嫌な予感がする」

 

 涼は具体的に何が、とまでは言えずともここに来てからずっと肌を刺すような感覚がしていた。身体全体がこの周囲を警戒しているのがわかる。

 

 やがて一行は今にも崩れてしまいそうな小屋を発見した。カーテンの隙間から僅かな光が漏れていることから、誰かしらが中にいるのかもしれない。

 

「ここ……みたいですね」

 

「ああ、上空から見渡した時にも他にそれらしいものは見つからなかった」

 

「入るぞ」

 

 涼はドアに手を伸ばす。鍵がかかっていたが、少し力を込めただけであっさりと開いてしまった。

 その際に大きな音が鳴り、小屋の中から悲鳴に近い叫びが飛び出してくる。

 

「ッッ!!? だ、だ、誰だ!?」

 

 中に居たのは一人の男性で、酷く慌てた様子だった。事前に高村から教えられた外見とも一致するし、彼が入山照であると涼達は判断する。

 

「驚かせてすまない。高村教授からこの場所を聞いたんだ」

 

「た、高村だって!?」

 

「別に強盗しに来たわけでもないから落ち着いてくれ。俺達は人を探している。真島浩二という男だ」

 

 涼が名前を言った瞬間、明らかに入山が青ざめた。

 どうなんだと言葉に出す代わりに一歩ずつ詰め寄れば、入山も同じだけ後ずさる。背中が壁に当たるまでそれは続いた。

 追い詰められた入山はその場に蹲り、ブルブルと震えだした。

 

「し、知らない、私は何も言ってない、教えてない! 私は知らない!」

 

「おいおい、これはちと怯え過ぎじゃねえか? 葦原の顔がそんなに恐ろしいのか?」

 

 瑠美のリュックから顔を出したレイキバットが涼の疑問の一部を代弁してくれた。これはどう見ても異常だ。

 一旦落ち着かせるべく、丸まった背中に手を置こうとした矢先に瑠美から声をかけられた。

 

「葦原さん、これ」

 

 振り返ると、瑠美は床に散乱していた写真を指差している。その指は震えており、息を吐き出すのにも苦労しているように見える。

 耐えきれなくなったのか、倒れかかった瑠美を涼が咄嗟に受け止め、介抱をレイキバットに任せて彼女が指し示していた写真を拾い上げる。

 

 そこに写っていたのは見覚えのある顔。紛れもなく真島浩二その人であった。

 

「これは……!」

 

 ただの顔写真だったなら瑠美が気分を害することはない。

 写真の中にいる真島浩二の顔には夥しい量の血が付着しており、皮膚の一部が剥がれているせいで歯や筋肉が露出していた。

 それだけでも十分グロテスクな内容なのだが、一番目を引くのは左眼が赤い複眼のように変質していることである。

 

 自身が変身した姿に酷似したその眼に驚き、散乱していた他の写真を拾い集める最中で涼の表情はさらに驚愕の色に染まっていく。

 

 いずれの写真も浩二が写っているばかりか、写真に記された日付が進むごとに浩二の異変も大きくなっていく。

 左眼と同様の変質を遂げた右眼から始まり、剥き出しになっていた歯は鋭利に尖った牙となり。額を突き破って出てきたと思われる紫の角は日を追うごとに巨大となって、顔の上半分を覆い隠した。

 それらの変質の途中でも肌の血の気はどんどん失われていき、ある時を境にその白さはある種の神秘性すら感じさせた。やがて肌全体が白く染まった頃には、肌質そのものが生々しく、そして神秘的に変わった。

 ギルスとは異なり、髪や耳などの身体の一部が人間のままであるせいで変質した浩二のその姿はより禍々しく見えてしまう。

 

 しばらく呼吸することも忘れ、力が抜けた手から写真の束がヒラヒラと舞い落ちた。

 

 

 *

 

 

 同じ頃に海東が暴露した内容は、すなわち涼達が目にした真実。

 

「V2システムの正体。それは──」

 

 そしてこの世界に生まれ落ちたIFの存在。

 

「──アギトだ」

 

 




真島浩二 仮面ライダーアギト

津上翔一の代わりに覚醒していたこの世界のアギト。かなり歪な姿をしているようだ。


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危機一髪! アンノウン対三人ライダー!!



サブタイトルが乱心した


 

 

 警視庁の地下にある格納庫。

 ここはかつて活躍し、役目を終えた数々の装備があるかもわからない次の出番を静かに待つ場であった。

 滅多に人が来ないそこに一人の警官がやって来る。

 

 ──否、正しくはその男は警官の格好をしているだけだった。

 

「さーて、今頃大地はどうなってるかねえ」

 

 缶コーヒーをちびちび煽りながら、装備を一つ一つ物色しているその様を見れば、誰もが怪しいと気がつくはずだ。

 実際にはその態度を咎める者もこの場にはいないし、彼──ガイドの正体も知る者もいない。

 通常公務においてはオーバースペックの塊である黒いバイクを眺めて、右ハンドルが欠けていることに落胆したり、そんな調子でしばらく物色していたガイドの目にとある車が留まる。

 

「鍵はある。中身もある。よし、出発!」

 

 満足げに頷いたガイドは缶コーヒーを空になるまで一気に飲み干す。

 そして空き缶を捨てるゴミ箱を探すが、格納庫にあるはずもなく、溜息と共に乗り込んでいった。

 

 

 *

 

 

 

「V2システムの正体は────アギトだ」

 

 海東の口から語られた驚愕の真実。

 だがここにいる者達が抱いた疑問はその詳細では無かった。

 

「アギト……って、何? どっかで聞いたような?」

 

 大地がポツリと呟いた言葉に小沢も、氷川も、北條も答えられない。誰も知らないから当然である。

 

 アギトとは、すなわち仮面ライダーアギトのこと。

 この世界においては未だに姿を現していないライダーのことなど誰一人として認知しているはずがない。

 一応「アナザーアギト」というライダーのカードなら大地は所持しているものの、不幸にも大地はアナザーの意味すらあやふやで関係性を疑うこともできなかった。

 氷川達も顔を見合わせるが、誰も心当たりはない。

 

 自身が予期していたような反応が得られなかったせいか、海東はこちらを哀れむように首を振った。

 

「知らないというのは悲しいね。仮面ライダーアギトは進化した人類が辿り着く可能性の一つ、アンノウン達が恐れる力の正体さ」

 

「進化した人類、超能力者……まさか、アンノウンが超能力者を狙うのもそのアギトになる可能性があるから!?」

 

「かもしれないね。ここまで言えばいくら察しが悪くとも、僕がV2をお宝と呼ぶ意味もわかるんじゃないかな」

 

 アンノウンは超能力者を狙い、そしてアギトを恐れている。

 ライダーというからにはアギトに変身する者がいて、それが超能力者であるという条件が付くのなら納得がいく。

 そしてキバの鎧を模したレイのようにアギトを模したのがそのV2なのだろう。

 

 なるほど確かに凄い装甲だとは思うも、今度は違う疑問が湧いてきた。

 

「そう……そうなってしまうのね。V2は」

 

「小沢さん?」

 

 まるで「V2が恐ろしい発明」と思ったかのように嘆く小沢。

「V2を凄い発明」としか認識していない大地にはそんな彼女の反応が解せない。逆に小沢の様子を見て氷川、北條は徐々に察しつつあるようだった。

 

「ここ最近アンノウンが活発なのもV2を誘き出して、その力の源がどこにあるのかを絞り込んでいたんじゃないかな。流石にあんな連中の考えは僕にも想像するしかない…………っと、お喋りが過ぎたみたいだ。そろそろレクチャーは終わりにしよう」

 

 そう言い終え、立ち去ろうとする海東。

 いつの間にやら取り出した風呂敷にV2のパーツを詰めて、さりげなく大地のポーチまで持ち去ろうとしていた。

 慌てて呼び止めようとした大地の頬を高熱のエネルギーが過ぎる。

 海東の眉間を狙うそれがエネルギーで構成された矢だと気づくと同時に、海東は難なく回避するも、背負っていた風呂敷には焼け焦げた穴が開いてしまった。その穴が思いの外大きく、パーツやらポーチが地面に散乱する。

 

 あの矢を誰が撃ったかなど今更考えるまでもない。襲撃者は大地達を見下す形で弓矢を構えるあの男だ。

 

「そう急ぐな。クエスチョンタイムは続いているぞ」

 

「ドウマ!?」

 

 すでに仮面ライダーセイヴァーに変身した状態でセイヴァーアローを引き絞るドウマ。

 ここにきて思わぬ乱入者の出現に場の緊張感は一気に増し、面識のない小沢ですら身構えている。この中でもドウマの一番の標的である大地は然るべき対応が求められるはずなのだが……。

 

「氷川さん落ち着いて! ゆっくりでいいですから! ゆっくりで!」

 

「そんな悠長にしている場合ですか!? 氷川さん急いでください!!」

 

「フン! フン! ほ、ほどけない……」

 

 こんな時でも氷川の不器用さは遺憾なく発揮されてしまい、大地と北條は未だに縛られたまま。逃げることも応戦することもできやしない。

 見かねた小沢が助けに入ろうとしても、セイヴァーアローに行く手を阻まれる。

 

「お前達はそこらで縮こまっていろ。俺はこのコソ泥とダークディケイドライバーに用がある。邪魔をしなければ見逃してやる」

 

「なんですって!?」

 

「海東大樹、お前も大人しく引くなら今のうちだが、どうする」

 

「まったく……邪魔をしているのはどっちだい? 君ごときじゃ僕の足元にも及ばない────変身」

 

 KAMENRIDE DIEND

 

 海東はネオディエンドライバーを頭上に向け、仮面ライダーディエンドへと変身。さらに二枚のカードを装填した。

 

 KAMENRIDE TYRANT

 

 KAMENRIDE HEART

 

 もはや見慣れた光景となりつつある召喚の偶像が入り乱れ、形成されたのは禍々しい外見のライダー二人であった。

 黒いスーツの上に赤い装甲を着込み、セイヴァーアローと類似したソニックアローを持つ仮面ライダータイラント。

 左肩に黒いタイヤをかけ、頭部には巨大な角と、どこか怪人を思わせる風貌でややアンバランスな印象を受ける仮面ライダーハート。

 愛銃をポンポンと叩くディエンドには以前土を着けられ、加えて召喚ライダーも加えた3対1となったこの状況、セイヴァーには怪人を召喚する他ない。

 

 明確な強弱があるとまでは言わないが、怪人よりもライダーの方が強いといった印象が大地にはある。前提条件からしてセイヴァーとディエンドの間には埋めがたい差があるように見えてしまうが、余裕綽々のセイヴァーはそう考えていないらしい。

 

「タイラントにハートか。それなりのメンバーで揃えたようだが、果たして俺に勝てるかな?」

 

「見苦しい強がりはやめた方がいい。怪人程度じゃ僕は倒せない」

 

「そういう台詞はこいつらを見てから言ってもらおうか!」

 

 KAIJINRIDE RIDERHUNTER SILVA

 

 KAIJINRIDE IKAJAGUAR YUMMY

 

 自信ありげに召喚された怪人の数は二体で、軟体動物を掛け合わせた気持ち悪い見た目の奴とヒロイックな見た目の銀色のロボットという顔ぶれになっている。

 ここで怪人連合とライダー連合のチーム戦が開催されると思いきや、セイヴァーの行動は大地の安易な予想から外れていた。

 

(ドウマが変身を解いた?)

 

 ベルトを外したセイヴァーの鎧が解除され、すっかり暗くなった夜の闇にドウマの黒いコートが溶け込む。セイヴァーの仮面を脱いだドウマの表情は薄い笑みが浮かんでいた。

 怪人を召喚した上で生身を晒す意図が大地には全く読み取れなかったが、その答えは間も無く明かされた。

 

「俺はライダーハンターシルバ! ライダー粒子反応を示す者は、全て破壊する!────ライダー粒子反応あり! 破壊! 破壊!」

 

「仮面ライダーに勝ちたい……俺は勝つぞぉぉ!! おおおおーっ!」

 

 外見も仕草も正反対の怪人達に共通すること──それは仮面ライダーに対する激しい敵意。

 銀色のロボット──ライダーハンターシルバの光線銃による射撃はネオディエンドライバーの発砲よりも速く、ディエンド達を正確に撃ち抜く。怯んだライダー達にはもう一人──イカジャガーヤミーの無謀にも見える突進を阻む術もなく、どことなく気の抜ける雄叫びと共に右手の剣を振るう。

 三人のライダー相手に一人で突っ込めば、並大抵の怪人は袋叩きに遭うのがオチなのは言うまでもないが、イカジャガーヤミーはその並大抵に当て嵌まらない怪人であるらしく、タイラントとハートを苦もなく押し返している。

 

「ウハハハ! その程度か、仮面ライダー! そぉれそれ〜!」

 

「なるほどね、仮面ライダー特攻怪人ときたわけか」

 

 ATTACKRIDE BLAST

 

 手下を援護すべく引き金を引こうとしたディエンドにまたもや無数の光弾が殺到する。一歩引いた位置から的確な射撃に徹していたシルバはディエンドに狙いを集中させ、カードを使わせる隙も与えない。

 

「なんだかごちゃごちゃしてるみたいだけど、逃げるなら今しかないわね」

 

 戦闘開始してから大地達の側へ徐々に近寄ってきた小沢には同意するが、ポーチを残して逃げるわけにもいかない。

 ディエンドがやや不利といった戦況だが、重要なのはどっちが勝っても大地のポーチは奪われてしまうことである。ディエンドが言ったようにあの怪人達が「仮面ライダーを特別敵視している」としたらドウマが変身解除したことにも頷けるし、さらに言えば今こそがポーチを取り戻す絶好の機会だ。

 

「小沢さん、縄を!」

 

「今やってるわ! ……氷川くん、貴方余計に結んでない?」

 

「ええ!?」

 

「────はい、解けたわ……って大地くん待ちなさい!」

 

 氷川の悲痛な叫びは置いておいて、小沢のお陰で程なくして解放された大地はすぐさま駆け出した。

 無論目標は変身道具の入ったポーチ。背後から呼び止める声に返事しようにも、ドウマはすでにポーチのチャックを開きかけていた。

 

 全速力で駆け抜けて、横からポーチを奪い取ろうとし────

 

「うぁぁ!?」

 

「デカい足音たてて気付いていないはずがないと、言われなければわからないのか?」

 

 目標がヒョイと持ち上がってしまい、空を掴んだ大地は勢い余って顔面から地面に突っ込んでしまった。

 降りかかったドウマの嘲笑で恥ずかしいやら痛いやら、自身の間抜けさを実感させられる。しかし、今は羞恥心はいらない。

 

「邪魔をしなければ、と警告はしたよな? ダークディケイドの力の価値もわからず、変身もできないお前が何故そうまでして俺に刃向かう?」

 

「わかってますよ。それを貴方みたいな人に渡しちゃいけないってことぐらい!」

 

 地を蹴ってドウマに迫り、バックルを取り返そうと腕を伸ばす。

 あと少しで手が届く、というところで大地の腹にドウマの蹴りがめり込んで距離を離されてしまう。負けじとパンチを繰り出しても、変身もしていない大地の拳がドウマに届く道理は無く、顔面にカウンターを叩き込まれた。

 

 カラカラに乾いた口の中に変な味の水が少し湧いた。殴られた拍子に口を切ったようだ。

 

「そろそろ終いにしようぜ? ガキを痛めつけても、時間の無駄……と言ってもやめんのだろうが」

 

 そう言う割には口元のニヤケが抑えられていない、と心中でドウマにツッコミを入れる。

 まあわかりきっていたことだが、同じ生身の条件では大地に勝ち目は無い。グールや戦闘員クラスの敵ならばどうにかなる今の大地でも、だ。

 だがどんなに無様だろうが、退くことはできない。口元の血を袖で拭い、再び挑もうとしたところへやたらと大きな足音が迫ってきた。

 

「おおおおおーっ!!」

 

「氷川さん!」

 

 氷川の勇ましい突進に大地は歓喜の声を、ドウマは呆れたように溜息を吐く。その闘牛のごとき突進もドウマは横に一歩動くだけで回避されてしまった。ついでに残されていたドウマの足に引っかけられた氷川は派手に土埃を巻き上げて大地の横に転がった。

 

「ヒーローの登場とまではいかなかったな、お巡りさん。ライダーになれないなら首を突っ込まない方が身の為だぞ」

 

「僕はヒーローでも、ライダーでもない。警察官の一人として、お前を逮捕する!」

 

「フン、ならば本当のライダーがどんなものか教えてやろう」

 

 ドウマはそう言ってポーチに手を突っ込んだ。

 お目当ての品を探り当てた彼のニヤつきはさらに深まる。ポーチに隠れたその手に何が握られているのか、なんて野暮なことは言わない。

 

「クク……ああ、この肌触り! この感触! このバックルをこうして撫で、構えたのが昨日のように思いだせる!」

 

 やはりドウマが取り出したのはダークディケイドライバーだった。

 恐らくは大地より経験値が豊富なドウマがダークディケイドに変身すればあの怪人達に反逆されようとどうにでもなってしまう。もしくはザビーなどにカメンライドしてそのまま逃走するかもしれない。

 せめてここで感極まってポーチを放り投げてくれたら、まだいくらか対抗の余地はあっただろうに。

 

 結果として出来上がったのは最高戦力が敵の手に渡り、こちら側は誰も変身できない最悪の状況。

 

 

「さあ、本当のダークディケイドを見せてやろう。変────」

 

 

 

「────させるとお思いですか?」

 

 

 ドウマが紡ごうとした言葉はパン、と響く乾いた発砲音に掻き消された。

 ドウマの手を離れたバックルに目を奪われている間に、さらにもう一発の銃声が轟いて、今度はポーチがドウマから離れていく。

 驚愕と苦痛が入り混じったドウマの顔、北條が構える拳銃から漂う硝煙でこの瞬間に何が起きたのかを大地は察した。

 

「北條透……!」

 

「こういう状況でそういった余裕は見せないことをオススメしますよ。特に私の前では、ね」

 

「あんたが言っても何の説得力も無いわよ!────大地くん、受け取りなさい!」

 

 北條が拳銃を構えた時からすでに動き出していた小沢は素早くポーチを拾い、大地へ投げた。

 大地は難なくキャッチし、中身もダークディケイドライバー以外揃っていることを確認して安堵する。しかし安心しているばかりにもいかず、気を引き締めてメイジドライバーを腰に巻いた。

 

 一同の視線が釘付けになった中心で、大地は指輪を構え叫ぶ。

 

「変身!」

 

 チェンジ! ナウ

 

 夜の闇を情熱的な赤に染め上げる紅の魔法陣。ドウマの憤怒に歪む表情もよく見える。

 魔法陣を潜り抜けた大地の身体は仮面ライダーメイジへと変身し、スクラッチネイルから舞う炎ごと暗闇を引き裂いた。

 そして間髪入れず新たに指輪をはめた右手をベルトに翳す。

 

 エクステンド! ナウ

 

「ダークディケイドライバーは返してもらいます!」

 

 メイジはエクステンドの魔法で腕を伸ばし、ダークディケイドライバーをドウマより先に確保する。

 数時間ぶりにこの手に戻ったバックルの感触からは妙に安心感を湧いてきて、これではドウマと変わらないなとメイジは内心苦笑してしまう。普段なら愛着どころか、畏怖までしているのにおかしな話である。

 

「う、腕が伸びた!?」

 

「もうここまでくると漫画の世界ね……腕が伸びるってどんな感覚なのかしら」

 

 まだまだ危機的状況であることには変わりないはずなのに、マイペースを崩さないのはさすが警察官といったところか────そんな微妙にズレた感想を抱きつつ、メイジは怒れるドウマと対峙する。

 ドウマも黒いベルトと赤い錠前を取り出し、喉がカラカラになるほどの殺気を纏う。同士討ちを恐れていようと、大地がメイジになった時点でドウマは変身せざるをえないのだ。

 

「変身」

 

 ハッ! ブラッドザクロアームズ! 狂い咲き・サクリファイス! ブラッドオレンジアームズ! 邪ノ道・オンステージ!

 

 何度見ても毒々しいという印象を抱かせる鎧の戦士、仮面ライダーセイヴァーの刃が闇夜に煌めく。

 どう考えても苦戦必須の相手にダークディケイドで挑めないのは心許ないが、変身制限が怪しい上に変身する隙も与えてくれまい。

 

「なんか如何にも悪党って感じの音声ね。開発者のセンスを疑うわ」

 

 やっぱりマイペースな小沢の呟きを背にして、メイジはセイヴァーへ向けて跳躍する。落下の勢いを乗せて突き出したスクラッチネイルとセイヴァーアローが互いに弾き合い、生まれた衝撃がメイジの着地を揺るがせた。

 爪越しに伝わる右手の痺れを振り払い、前進するメイジの雄叫びが高らかに響いた。

 

 

 *

 

 

 珍妙な怪人に拉致されてから異世界を巡る旅に同行を始めて、気付けばもう1ヶ月になる。様々な怪人と遭遇し、その数だけ襲われる人々も目にしてきた。

 しかし、幸か不幸か人が殺される瞬間だけは瑠美は見ずに済んでいた。

 

「おい瑠美! おい! 俺の目を見ろ!」

 

「はぁ……! はぁっ! はぁっ!」

 

 呼吸が安定せず、酸素供給が乱れたせいで膝から崩れ落ちる瑠美。彼女の頭の中では足元に散らばる写真が絶えずフラッシュバックしていた。

 目の前のレイキバット、葦原の怒鳴り声、入山の金切り声、何も認識できない。眼の奥で映るのはグロテスクな変貌を遂げた真島浩二のみ。

 

「チッ! 瑠美にはちとショッキングな内容だったか……!」

 

 人間と怪人を半分ずつドロドロに混ぜたような存在の写真なんて、レイキバットですら嫌悪感を覚えてしまうほどだ。ついこの間まで異形の存在と関わることもなく、普通の女子大生として暮らしていた瑠美がパニックになるのも無理はない、とレイキバットは考えた。

 

 だが、瑠美の心中はレイキバットが推測した状態とは少々異なっていた。

 

(この人、どうして。どうして、ちゃんと悲しんでるのに、泣いてるのに、どうしてこんなになっても笑ってるんですか)

 

 瑠美は両親の言葉に従って、常に他者を気にかけてきた。相手が何を望み、感じているのか。そうやってずっと他者と付き合って行くうちに、いつからか相手がどんな感情を抱いているのか、その本質を顔を見ただけでなんとなく見抜けるようになっていった。

 これは特別な能力などではなく、日常生活で培った技術のようなものだ。

 

 故に写真の中の真島浩二が()()()()()こともわかってしまった。

 

「仕方ない。許せよ瑠美! ガブッ!」

 

「──痛っ!? …………レイキバさん。私……」

 

 瑠美は腕を伝うチクリと鋭い痛みで我に帰る。

 レイキバットの最大限に加減した噛みつきの跡である小さな赤い斑点が右の手のひらに残っていた。

 

「何も言うな。こんなところで呆けるわけにもいかんだろう」

 

「…………はい」

 

 写真に何故と問いかけても答えは返ってこない。浩二が何を考えていたのかも、知ることはできないのだ。

 知りたいという気持ちと、知らない方がいいという本能的な警告に従い、再び高なる心臓の鼓動を極力抑えながら、瑠美は床に落ちた写真を脳裏に焼き付けてから裏返した。

 

 埃っぽい空気は美味しくないけれど、それでも我慢して深呼吸して、少しだけ落ち着いた。

 

「大丈夫か」

 

 入山と写真に気を取られていたせいで、瑠美の様子に気付くのが遅れた涼がいつものぶっきらぼうな調子にほんの少しの気遣いを付け足した声をかけてくる。

 涼の人間性を表した下手くそな配慮がちょっぴりおかしくて、そう思うと瑠美の心の乱れも鳴りを潜めてくれた。

 

「はい、迷惑かけてごめんなさい」

 

「そんな風には思っちゃいない。辛ければ外に出てろ」

 

「もう平気ですから。こんな夜だと林にいる方が怖いですし」

 

 涼も必要以上に気遣うつもりはなく、瑠美の言葉を信じて頷く。

 そして二人(と一匹)の視線は自然と、部屋の隅で丸まって震えている丸山に集まった。大の大人が臆病な小動物みたく怯えているのも中々異様な光景ではある。

 

「さっきからずっとあんな具合だ。俺達に怯えている、ってわけではなさそうだが」

 

「俺はてっきり葦原の顔にビビってるのかと思ったぜ」

 

「一度鏡で自分の姿をよく見てみるんだな」

 

 瑠美は足音を大きく立てないように気をつけながら、入山の側に歩み寄る。彼を刺激しないように、震えっぱなしの肩にそっと手を置き背中をさする。

 ここまで怯える人間を責め立てて、尋問する気が湧いてこないというのもあるが、瑠美は単純にあんな顔をした真島が今どうしているのかを知りたいと思った。

 

「入山さん、お願いします。真島くんは今どこにいるのか、彼に何があったのか、教えてください。私達は何の危害も加えたりしません。約束します」

 

 できるだけ優しい声音で、泣き噦る幼子をあやすように。

 数分ほど繰り返していくうちにようやく落ち着いてくれたのか、入山の震えも徐々に収まりを見せ始めて、瑠美も安堵した。

 

「話してくれますか?」

 

 だが、入山に巣食う恐怖は瑠美の予想以上に深いものであった。

 瑠美を一瞥するだけで、その後は目を逸らして口も閉ざした。先程までのうわ言ももう聞こえない。

 それでも根気強く入山を説得しようとした瑠美であったが、そこに一同の目を引く不思議な泡がどこからともなく漂ってきた。

 

「シャボン玉、ですか……?」

 

「なんだこりゃ?」

 

 子供の頃よく遊んだ記憶そのままのシャボン玉らしき無数の泡がフワフワと浮いている。

 ボロ小屋の中でシャボン玉が発生する現象など覚えは無いし、この埃っぽい空間とミスマッチな光景は却って不気味だ。

 

「ッ! ────逃げろ!」

 

 何かに気付いたらしき涼の警告は間に合わない。

 そしてその泡は入山の服に触れて弾け────勢いよく燃え上がった。

 

「うぎゃああああーっ!?」

 

「きゃあ!?」

 

 突如として身を焼かれた入山は喉を突き破らんばかりの凄惨な絶叫を上げ、瑠美も思わず飛び退いてしまう。

 シャボン玉に燃やされるという超常現象を瑠美は理解しきれず、しかしその泡を危険物質として認識だけはできた。

 

「離れろ花崎!」

 

 この中でいち早く事態を察知できていた涼は既に上着を脱いでおり、涼の意図を察知したレイキバットも瑠美に降りかかろうとしていた泡に氷結弾を放っていた。

 氷に貫かれた泡の一つ一つが小さな花火のように弾け、瑠美にもたらす被害を極少量の火の粉のみに留めた。

 

 そしてレイキバットは瑠美の無事を確保すると同時に涼が脱ぎ捨てた上着へ弱めの吹雪を吹きかける。服に付いた霜はすぐに溶けて、即席の濡れタオルを作ったのだ。

 それを持った涼は躊躇することなく入山を焼く炎を叩き、すぐ消火することに成功する。入山の体に火が到達する前であったことが幸いし、命に別状もなさそうだ。

 

「ひいいっ! ひゅうっ! ひゅうぅっ!」

 

「す、すぐ病院へ!」

 

 突然燃やされたパニックの入山はどう見てもすぐに病院に連れていくべきだろう。しかし、そう進言した瑠美を涼は手で制する。その目は小屋のドアに睨みをきかせていた。

 

 それから間を置かず、そのドアは横一文字に線が入り──綺麗に両断された。

 そんな芸当ができる存在など一々考える必要もなく。

 

「シェィイイイ……!」

 

 赤いザリガニを連想させる怪人──クレイフィッシュロードがそこにはいた。

 棘がある甲羅を背負い、左手にはドアを両断した凶器であろう巨大な鋏が獲物を求めてギチギチと鳴っている。その音だけでも怖気がしてしまいそうだった。

 

「さっきの泡もこいつの仕業か.! よっぽど俺たちを亡き者にしたいんだろうな」

 

「お前達は逃げろ! おおおおっ!!」

 

 瑠美達が逃げる時間を稼ぐため、生身のままで単身立ち向かう涼はスティングフィッシュロードの腰に組み付き、出入り口を塞いでいたその身体を押し退ける。

 下手をすれば一瞬で殺されてもおかしくないのに、どれだけ勇気があるというのだ。そう考えながら入山を外に運び出そうと瑠美は他ならぬ入山自身に突き飛ばされてしまった。

 

「あ、あ、アンノウン……! わ、私は嫌だ! うわあああああああああ!!」

 

 入山はそう叫んだかと思えば、強かに打ち付けた腕の鈍痛に顔を顰める瑠美を尻目にして、一目散に逃げ出した。

 その逃げ足の速さはほんの一瞬とはいえ、身体を火達磨にされた人間にはとても見えない。情けなく震えていたのが嘘なのではないかと疑ってしまいそうになるほどだ。

 そんなあまりの出来事に瑠美とレイキバットが呆然としていると、涼に押さえつけられていたスティングフィッシュロードはその拘束を乱雑に振り払い、入山の後を追って夜の世界に飛び出していく。

 その際に壁に叩きつけられた涼に瑠美は慌てて駆け寄った。

 

「あの親父、なんて恩知らずな野郎だ! 瑠美、あんな奴はもう放っておいてもいいんじゃないか?」

 

「そんなことできませんよ! 大丈夫ですか!? 葦原さん!」

 

「くっ……ああ、なんとかな」

 

 その返答が涼の痩せ我慢なのだと瑠美にもわかったが、追及している余裕はない。この数日を共に過ごして、葦原涼がここで立ち止まる男であることも理解しているからだ。

 そして小屋を飛び出した瑠美達の耳朶を打ったのは散々聞かされた男の悲鳴と、車のエンジン音、おまけに服が焦げた臭い付きだ。

 

「あそこだ! あいつ、車で逃げるつもりか!」

 

 上空から周辺を見下ろし、声を張り上げるレイキバットが示す方向に行くと、確かに彼の言う通り入山がどこかに停めていたらしい乗用車のエンジンをかけている真っ最中であった。

 それだけならまだしも、問題なのはその車の屋根にスティングフィッシュロードが乗っていること。あれではどんなに車を走らせようと逃げ切れるはずがない。

 ジェスチャーなどによる必死の警告も空しく、入山の車は急発進して猛スピードで林道を下っていく。勿論上の怪人も一緒だ。

 

「追うぞ!」

 

「はい!」

 

 

 *

 

 

 ディエンド、タイラント、ハート、イカジャガーヤミー、ライダーハンターシルバ、セイヴァー、メイジ。廃遊園地で勃発した総勢七人もの戦士が入り乱れる混戦の最中で、メイジである大地は今の戦況に疑問を感じていた。

 ライダーとしてのスペック、変身者の実力、その両方においてメイジはセイヴァーに劣っている。それは取り繕いようもないれっきとした事実であり、苦戦は必須のはずだった。

 

「せやあっ!」

 

 スクラッチネイルの爪先が捻じ込まれた赤い装甲からオレンジの火花が吹き、ドウマのくぐもった声が仮面から零れた。

 確かな手応えに再び拳を強く握りしめ、続けてセイヴァーの仮面に振るう。本来なら容易くガードされていたであろうその一撃すらも拍子抜けするほどにあっさり直撃した。

 これなら敗北を恐れるどころか、撃破だって可能なのではないかと思ってしまう。

 

 この戦っている当人ですらも困惑するような互角の戦闘を作り上げた原因は偏にセイヴァー側が立ち回りを大幅に制限されているせいであった。

 ドウマが変身してしまった以上、シルバ達の視界に入るか、誤射してしまえばセイヴァーは否応なしに標的に含まれてしまう。自身以外が全員敵に等しいが、何にも縛られないメイジとは真逆で常にシルバ達を意識して動かなけばならないのだ。

 そして本来なら圧倒していたはずであろう相手に苦戦する羽目となり、その苛立ちが募ってセイヴァーの動きをさらに阻害する悪循環をも形成していた。

 

 シルバ達の性質をよく知らないメイジにはそこまで察するには至らず、だが結果としてセイヴァーと互角には戦えている。そんな状況をセイヴァーの次に察知したのは戦場を常に広い視点で把握していたライダー、ディエンド。

 

「どうやら墓穴を掘ったようだね。その隙、付け入らせてもらうよ」

 

 さしものディエンドもシルバ、イカジャガーヤミーの強力タッグに手を焼いていたが、抜け穴を見つけてからの行動は早い。

 ディエンドは掃射を行うことでシルバ、イカジャガーヤミーの注意を自身に引き付ける。当然シルバの銃撃やらイカの斬撃やらが殺到するが、それにも慌てない。

 

「よろしく」

 

 その一声が指令となり、配下であるタイラントがディエンドを狙った攻撃の前に身を躍らせ、それらを一手に引き受ける。哀れな操り人形でしかないタイラントにそれを回避することも、迎撃することもできずに身を引き裂かれ、エネルギーの粒子と化して消滅した。

 一見すると戦力を無為に浪費したようだが、タイラントと引き換えにフリーとなっていたディエンドとハートは既に行動を完了させていた。

 

 カモン! メディック! バイラルカキマゼール!

 

 KAMENRIDE ANOTHER PARADOX

 

「な、なんだぁ!?」

 

 ハートが発動した特殊能力によって伸びた金色の触手に絡め取られ、薙ぎ払われる怪人達。

 そこへ降り立つのは赤と青の複眼以外全身が黒ずくめのライダー、仮面ライダーアナザーパラドクス。ディエンドが新たに召喚したライダーであり、その出現に伴って無数のエナジーアイテムが周囲に散らばった。

 

 そして薙ぎ払われた怪人達はというと────

 

「ムムッ! 貴様らも仮面ライダーかぁ!」

 

「ライダー粒子反応、二人確認!」

 

 ハートの触手で投げ飛ばされたシルバ達が落下した先にいたのは、ちょうど戦闘中であったメイジとセイヴァー。

「仮面ライダーを倒す」という目的のためだけに存在する怪人達には召喚主であろうとお構いなしに攻撃し、メイジ達を混戦に引きずり込んだ。

 

「うわっ!? もう、ただでさえややこしいのに!」

 

「何故こうなった……!」

 

 セイヴァーは自分で召喚した怪人と戦う愚行を余儀なくされ、メイジはイカジャガーヤミーに苦戦しながら逃走のタイミングを計っている。

 こうして自陣営に対するヘイトを逸らしたことでディエンド達には千載一遇のチャンスが到来した。

 エナジーアイテムを操るアナザーパラドクスは選び出したアイテムを全てハートに付与し、その隣でディエンドも一枚のカードを装填していた。

 

 マッスル化! マッスル化! マッスル化!

 

「これでいこうか」

 

 ATTACKRIDE CROSS ATTACK

 

 カモン! ハート! バイラルカキマゼール! ヒッサーツ! フルスロットル! ハート!

 

PERFECT KNOCK OUT CRITICAL BOMBER!

 

 号令をかけたディエンドの左右両隣で荒々しく轟く紅の雷、漆黒すら飲み込む悪しき闇の炎。

 やかましい電子音声と共にそれぞれの複眼を輝かせ、跳躍したハートとアナザーパラドクスのエネルギーが充填された足先がシルバ達へと、矢の如く進んで行く。

 

「ッ! ライダー粒子に追加反応あり! 」

 

「僕は囮ってことですか……!」

 

「させるか!」

 

 自身達へ必殺級の一撃が向かっているとなれば、互いにぶつかっていた面々も一時矛を収め、その対処に徹するしかない。

 メイジ、セイヴァーはそれぞれの必殺技で相殺を目論み、シルバとイカジャガーヤミーは自慢の武器で真っ向から立ち向かう。

 

 イエス! キックストライク! アンダースタン?

 

 ザクロオーレ! ブラッドオレンジオーレ!

 

「ヌゥオオオーッ!────ギャァアア!?」

 

 真っ先にダブルライダーキックの餌食となったのは、口先からイカ墨ミサイルを乱射して特攻していたイカジャガーヤミーであった。二人のライダーが一体となった砲丸に等しい必殺技は抗う抵抗を正面から粉砕し、イカジャガーヤミーの頭部を蹴り砕いた。彼の身体を構成していたセルメダルごと塵と消え、しかもキックの勢いが衰えた様子もない。

 その圧倒的な威力に続いて立ち向かうは、光弾を連射しているシルバであった。必殺級とはいかずとも、敵を屠るには十分な威力の光弾はダブルライダーキックの勢いを少しずつ削ぎ、しかし、シルバへの到達までは防げない。シルバの堅固な装甲が一瞬だけ二つのキックを押し留めるも、次の瞬間には融解して大爆発を起こしていた。

 

「俺の粒子反応消失……破壊!!」

 

「ツァァァァァ!!」

 

 これで残る標的はメイジとセイヴァーのみ。

 セイヴァーは弓に纏ったエネルギーを扇状の斬撃として繰り出し、メイジもろとも薙ぎ払おうとしてくる。

 自身を狙うダブルライダーキック、扇状の斬撃を一挙に防ぐ技として、メイジはストライクメイジを回し蹴りの形で放つ。

 そして四人のライダーのエネルギーが一箇所に集中することとなり、目も開けられない光が辺りを包み込んだ。

 

「うああああっ!?」

 

「ぐおっ……!?」

 

 そして巻き起こった閃光と衝撃波がライダー達をまとめて吹き飛ばし、その中心地でもあったメイジは耐えきれずに変身を解除してしまった。

 身体のあちこちがズタボロになってしまったが、大地が唯一安堵できたのはポーチとダークディケイドライバーを手放さずに済んだことだ。しかしボロボロの自分と違って、他のライダーが未だ健在なのを見ると、あのライダー達の必殺技に挑むにはストライクメイジは力不足だったと痛感する。

 

 すると変身は保ったままであるが、少なからずダメージを負ったらしいセイヴァーはふらつく足取りでゆらりと立ち上がって大地に向かってきているし、ディエンド達もゆっくりと距離を詰めてきている。

 いよいよダークディケイドを使う時が来たか、とライドブッカーからカードを取り出したはいいが、その色は微かに薄い。

 

(まだ時間が足りない……!? こんな時に限って!)

 

「ダークディケイドライバーを渡せぇぇ!」

 

「こっちに渡した方が賢明だよ?」

 

「わ、渡せませんって! 絶対に駄目! 駄目です!」

 

 精一杯強がってもどうしようもない。

 もう一度メイジに変身したとして、どの魔法を駆使しても逃げ切れる気がしないし、氷川達だっている。

 こんなことならダークディケイドはもっと温存さておくべきだったと大地は今更ながら後悔してしまう。

 

(もう終わりなのかな……ん?)

 

「……なんだ?」

 

 最初は小さな音に過ぎなかった。

 徐々に大きくなる、すなわち近付いてくるにつれてその正体がサイレン音だと判明したが、ハイテンションな電子音声に溢れたこの廃遊園地には酷く不釣り合いでもあった。

 サイレン音といえばパトカーとか消防車が思い浮かび、小沢の同僚が助けに来てくれたのではと若干の期待が付随した。

 

「このサイレン音……まさか」

 

 顔を見合わせる小沢と氷川には心当たりがある様子で、やはり警察の応援が来たのだろう。

 この状況下で警官が何人いたところで頼りになるかは甚だ疑問だが、最悪パトカーで一緒に逃げることは可能になるかもしれない。

 大地は悟られないようにすぐに走れる体勢にして、サイレン音が近付いてくる方向に目を向けた。

 

 だが、やってきたのは予想していたパトカーとは大幅に異なる車種、青と白で彩られたかなり大型のトラックだった。

 所々の模様はちゃんと警察由来っぽいし、サイレン音を鳴らしていたのもこのトラックで間違いない。かなり頑丈そうで、これならライダーの攻撃も数発くらいは耐えられるはずだ。

 

 大地が喜び勇んで目の前のトラックに駆け出そうとし────

 

「やっぱりGトレーラーじゃない!」

 

 小沢の叫びで走る速度が遅くなり、何故叫ぶのかと思う間も無く、そのGトレーラーの運転手と目が合った。

 キッチリとした制服と帽子は真面目な印象なのに、ニヤニヤした顔で全部帳消しにしている男だ。というか、その男を大地はよく知っている。

 

「よう、大地。助けに来たぞ〜」

 

「…………」

 

 そして呑気に手を振っている運転手──ガイドに盛大に溜息をついた。

 かつてないくらい驚いているし、腹の底から叫び出したい気分で一杯であったが、唐突すぎて呆れることしかできなかったのだ。絶体絶命のところで普段助けに来ない男が突然やってきて、なにもかもぶち壊しに来たのはもう何を言うべきかもわからない。

 

『え〜本日の営業は終了となりました。お帰りのお客様はこのGトレーラーまでどうぞ。行き先は警視庁となっております』

 

「人のものを観光バスみたいに言うとは、良い度胸してるじゃない」

 

 スピーカーでそれっぽいアナウンスが垂れ流され、呆気に取られていた小沢や氷川は急いでトレーラーに乗り込んでいく。

 北條だけは未だに転がっているV2の回収に向かいかけ、しかし断念して後に続く。

 最後に大地も搭乗しようとしたが、まあそれをみすみす見逃してくれるはずもなく、セイヴァーアローの照準が向けられる。

 収束していく光の矢にたじろいでいると、Gトレーラーの窓から腕がにゅっと出てきた。ガイドが握っているのはスコープ付きの黒い小銃だ。

 

「ガイド、貴様!」

 

「おっと、お前の出番はこれで終わりだ。お勤めご苦労さん!」

 

 そう言うとガイドはその銃──GM-01と呼ばれる装備を涼しい顔で連射する。

 薬莢が落ちるごとにセイヴァーから火花が上がり、大地は色々ツッコミを抱えながらも無事にGトレーラーに乗ることができた。

 反動なんかなんのその、ガイドは余裕で精密射撃までやってのけて、セイヴァーアローを握っていた手まで狙い撃っていた。

 セイヴァーがそれを拾った時にはもうすでにGトレーラーは発進した後である。

 

「それじゃあしゅっぱーつ!」

 

「ま、待て!」

 

 外から制止の声だったり、セイヴァーアローが着弾した音が聴こえてきて冷や汗をかいたが、このGトレーラーはその程度なら平気らしい。

 Gトレーラーの中は運転席のあるトレーラー部分と奇天烈な白バイが鎮座するコンテナ部分に別れていて、氷川達はコンテナ部分の方に腰を落ち着けていた。他にも英語が羅列されたディスプレイとかキーボードとかあったが、考察する気力が残っていない。

 大地も警官でごった返した場所に座り込み、ようやく得た休息に肩の力を抜く。他の面々も大なり小なりの疲労を隠しきれないようで、口を開く者もいない。だが、とりあえずガイドのことは説明した方がいいだろう。

 

 そう思って口を開きかけるが、声が出てこない。

 

(なんか、すっごく……ねむ、い……)

 

 既に目を閉じていたと自覚する間も無く、大地は微睡みに誘われていった。

 

 

 *

 

 

「寝ちゃったわね、彼」

 

「無理もありません。僕達に代わって、一人で戦ったんですから。北條さんもお疲れではないんですか?」

 

「否定はしませんが、どこの誰とも知らぬ輩が運転している車内で大口開けて眠れるほど私は危機感に欠けていませんからね」

 

 確かに北條に言われた通り、このGトレーラーを運転しているのは素性が不明な人物であった。危機的状況を脱したことで気が緩んでいた自分を反省し、氷川は改めて気を引き締めて直す。

 そもそもこのGトレーラーだって警視庁で厳重に管理されているはずであり、この現場に一人で乗り付けられるような扱いをされるとは思えない。

 

 コンテナ内で再び緊張感が張り詰め始めた。

 

「あのガイドと呼ばれた男、大地くんと知り合いみたいだけど、どういう関係なのかしら。まあ友達だったとしても、人の車を無断で使った始末はキッチリ付けてもらうけど」

 

「先ほども思いましたが、貴女の車というわけではないでしょう。これは警視庁の所有物だ」

 

「いちいち煩いわね。細かいことはどうでもいいの。だいたいあなたこそ──」

 

 三人で話し合っていたはずが、気付けば小沢と北條の口論になっていた。放っておいたらすぐこうなってしまうのは知っているが、この時ばかりは氷川も天を仰いでしまう。

 そして触らぬ神に祟りなし、とそっと腰を上げて火花を散らす二人の邪魔にならないようにコンソールを操作して通信回線を開く。

 

 相手は勿論運転手である。

 

「はじめまして、警視庁捜査一課の氷川です。あのような危険な状況での救助、ありがとうございました」

 

『なんのなんの。こっちも仕事でやってるから』

 

 返事はちゃんと返ってきた。

 

「ですが、貴方の正体もわからない以上手放しで信用もできません。何故貴方がGトレーラーを運転しているのか、大地くんとはどういう関係なのか、お答えしてください」

 

 次の返事は一瞬の間が開いていた。

 

『俺はガイド。その名の通り、大地の旅の案内人さ。いつもは彼の好きなようにさせてるんだが、今回ばかりはヤバいと思って手助けさせてもらった。このGトレーラーもそのためにちょっと拝借しただけだから』

 

 大地の態度を思い返しても、彼の言っていることは正しいように聞こえる。しかしこの飄々とした態度もそうだが、どうにも怪しい。

 

「貴方の言うことが本当だとするなら、どうやってGトレーラーを盗み出したと────」

 

『あんたの上司の言葉を借りるが、細かいことはいいじゃないか。別にどっかに攫う気なんかないし、警視庁に着いたらちゃんとお返しする。それにどうせ必要になるんだから手間も省けるだろう?』

 

「どういうことですか?」

 

 氷川が口にした疑問に答えるのはガイドでなく、彼のポケットから鳴った携帯である。

 同僚の名前と番号が示されていることを確認して耳に当てると、聞かされたのは衝撃の事実だった。

 

 

 *

 

 

 入山の運転する車を追ってどれだけ経ったことだろうか。

 林道を抜けて人通りの多い道に入っても、車の上に乗ったクレイフィッシュロードは車から飛び降りることも、入山を運転席から引きずり出すこともしなかった。

 

 やがて辿り着いたのは警視庁。入山は自分の勤め先を逃走先に選んだとすれば納得もいくが、アンノウンに対する安全性はいささか頼りないと言える。

 

「た、助けて! 助けてくれぇ!! アギトぉぉ!!」

 

 這う這うの体で、しかも火傷だらけの服と身体で降りてきた入山を不思議そうな顔で見ていた警官達も一緒に付いてきたクレイフィッシュロードに気付くとギョッとした様子で発砲を開始している。

 アンノウンに狙われた哀れな男としか映らない入山は警官達に助け起こされながら警視庁へと避難していき、弾丸の嵐をものともしないクレイフィッシュロードがその後を追いかける。

 

 辿り着いた涼も阿鼻叫喚になりかけているその様相に驚くが、すぐに自身かすべきことを認識する。

 だが駆け出す前に語りかけておかなければならない人物がいた。

 

「花崎、お前はもう帰れ」

 

「え……? 突然どうしたんですか、葦原さん」

 

「もう手伝いは十分だ。お前が知りたがっていた秘密……だったか、あいにくこれ以上俺といてもわかることはない」

 

 涼にはここで事件の決着がつくという、そんな予感があった。ならば別れは先に済ませておくべきだ。

 唐突に別れを告げられた瑠美の方は眼を白黒させて混乱しており、切羽詰まったように涼に縋ってくる。

 

「お願いします! まだ帰れないんです! こんなに写真館を開けて、心配もかけて、大地くんに役に立つ情報の一つもないなんてできるわけありません! そ、それに葦原さんだって私の素性とか気になるでしょう!?」

 

「興味ないな。だが、一緒にいてくれた礼は言っておく。ありがとう」

 

「……え?」

 

 別れの次はお礼を言われて、瑠美の困惑もますます深まっている。彼女からすれば微々たる手伝いこそすれど、それ以上に迷惑をかけていたという認識であったからだ。

 

「身体がおかしくなってから、俺はずっと独りだった。この変身を知れば、みんな離れていく。だがお前は違った。短い間だったが、一緒にいてもらった。俺にとっちゃ、それが何よりも有り難かった」

 

「そんな、ただ一緒にいただけなのに、お礼だなんて…………でも駄目なんです。今のままじゃ、役立たずの私じゃ大地くんの傍にいちゃいけないんです。命に恩人に何も返せないなんて、あっちゃいけないんです!」

 

「傍にいることに理由なんていらない。傍にいたいと思うなら、そうしてやれ。もしそれで文句を言う奴がいたら、俺が殴ってやる」

 

「葦原、さん……」

 

 瑠美の頰で一筋の涙が伝い、雫となって地面を濡らす。

 恐怖以外の涙を見たのが随分久しぶりに感じて、涼は思わず自分の目頭まで熱くなってしまった。精一杯堪えてから瑠美の涙を拭い、彼女の肩を叩く。

 別れの挨拶にしては無作法なのだろうが、これでも涼なりの感謝は込めている。

 

「もう行け。ここは俺がなんとかする」

 

 そう言って涼は全力で駆け出す。呼び止める声もない。それでいいと思う。

 体力も万全とはいかないが、十分に残っている。抵抗を続ける警官達に今にも鋏を振るおうとしているクレイフィッシュロードを見据えて、叫ぶ。

 

「変身!」

 

 駆けていく涼の真横で腕を広げて走る仮面ライダーギルスが出現し、やがて一つになる。

 本能のままに叫び、全てを解放して走るギルスの存在を察知したクレイフィッシュロードもまた振り返る。

 接敵と同時にギルスの広げた腕がラリアットとしてぶち当たり、腕にクレイフィッシュロードをぶら下げたまま警官達から離れた場所まで走って行った。

 

「行っちまったな、葦原の奴」

 

 レイキバットが感慨深そうに呟く傍らで、瑠美は涼が残した言葉を反芻する。

 人に受けた恩を返すのが普通として生きてきて、あんなことを言われたのは生まれて初めてだった。

 もし、もし涼が言ったことが正しいのなら。

 

「こんな私でも、戦えなくて、何も知らない私でも大地くんと一緒にいてもいいんでしょうか」

 

「気になるなら直接聞いてみたらどうだ?」

 

「ほら」と白い羽が指す先には、警視庁に向かって駆けていく、見るのが随分久しぶりに感じる黒い戦士がいた。

 

「────大地くん!」

 

 

 *

 

 

 涼がギルスとなっていたすぐ近くに停車していたGトレーラー。

 車から降りた氷川、小沢、北條は見慣れた職場が戦場に変わり果てた光景を見つめていた。

 氷川が受けた連絡によると、警視庁内部に複数のアンノウンが突如として出現し、建物の中は大変な事態になっているとのことだった。建物内のあちこちから轟く銃声が響き、それに伴っていくつも悲鳴が上がっている。

 入り口にいたクレイフィッシュロードなど序の口に過ぎず、あと何体のアンノウンが侵入しているのか、氷川には想像もつかない。

 

「あれは入山さん……!? くっ!」

 

「北條くん、待ちなさい!」

 

 入り口付近で何かに気付いたらしい北條は脇目もふらずに警視庁へ行ってしまった。

 無謀と言えるかもしれないが、警察官である氷川にも北條にも戦う義務がある。今も必死に応戦する同僚に加勢しなければならない。豆鉄砲も同然の拳銃を抜き取ろうとした時、ヨロヨロとコンテナから降り立った人物に気が付いた。

 

「大地さん! 貴方は休んでいてください!」

 

「休めればいいんですけどね。あそこには僕の助けが必要な人達がいるから、僕は戦います。人が怪人に襲われるなら、僕は助けたいから!」

 

 ほんの少し仮眠を取っただけの大地は明らかに戦える状態ではない。

 セイヴァーとの交戦に始まり、それからずっと飲まず食わずで立っていられるのもやっとのはずだ。

 そんな青年を戦地に赴かせまいとする氷川に、大地は疲れ切った笑みだけ返してバックルを巻きつける。

 抜き取ったカードの色を確認し、大地は力なく構える。

 

「変身」

 

 KAMENRIDE DECADE

 

 氷川の目の前で展開された幾多ものビジョンが大地に重なり、漆黒の装甲となる。

 身体を包む黒い装甲の重みに負けぬよう、「よしッ!」と気合を入れた仮面ライダーダークディケイドは疲労困憊の身体に鞭打って、警視庁に飛び込んで行く。

 

 その黒い背中は彼の体力を示すようにどんどん小さくなっていく。

 その黒い背中は彼と氷川との距離を示すように遠ざかっていく。

 あの背中には警察官 氷川誠では追いつけない。

 

「小沢さん」

 

「何かしら」

 

 小沢はそう言いながらも、氷川が言おうとしていることを理解しているように見える。

 そしてその言葉を待ち望んでいるようにも。

 

「G3がV2に取って代わられた時、僕は自分の力不足を嘆きました。だからG3として戦えない分、刑事として戦うと決めてやってきました。事実、北條さんのV2は僕のG3より遥かに多くのアンノウンを倒していて、これで良かったと思うこともあった。だけど、僕は」

 

 脳内を掘り返せば、そこには決して色褪せない記憶がある。

 初めてG3を装着した時、アンノウンとの初戦闘と敗北の苦い思い出、防げなかった犠牲者、役立たずと糾弾された会議。

 

 そしてアンノウンから人を救った時、自分でもやれるのだと実感できたあの時。

 

「僕は、もう自分に言い訳はしません。G3として人の命を守りたい。大地さんを助けたい! これは理屈なんかじゃなく、僕が僕としてやりたいことです! お願いします、小沢さん!」

 

 自分でも無茶を言っているとはわかっている。この緊急事態かつV2不在だとしても、無断でGトレーラーを持ち出して戦闘オペレーションを行うなど懲戒処分されても文句は言えない。

 だとしてもここで引き下がっては、あの背中はいつまでも遠いままだ。

 

「よく言ったわ! 後のことは私が責任を取るから気にせず行きなさい! ────氷川くん、G3システム出動よ!」

 

「はい!!」

 

 輝く光を宿した目で、氷川誠は強く、とても強く頷いた。

 

 

 





クレイフィッシュロード

ザリガニを模したロード怪人。
左手の巨大な鋏と口から出す発火性の泡が武器であり、背負っている甲羅は盾として使う。
入山照を狙っていたようだが、本当の狙いは別にあるのかもしれない。

感想、質問、評価はいつでもお待ちしております。次回はG3編ラスト、更新は今月中です! なるべく!


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AGITΩと人間



長い、長いぞ。しかも駆け足気味


 

 

 激しい戦闘の後、静寂が戻った廃遊園地の一角。

 最も欲していた物は去り、戦う理由を失ったドウマは戦闘の余波で崩壊した遊具の破片に寄りかかって身体を休めていた。

 少し離れた場所で退屈そうにしている大樹とは敵同士ではあるものの、今すぐ倒さなければならないというほどでもない。ディエンドの能力はドウマにとって非常に厄介であったし、戦わずに済むならそれに越したことはないのだ。少なくとも強力な手札を切った後で喧嘩を売るのは得策ではない。

 

 だからこそ、彼の狙いはここではっきりさせておくべきだろう。

 

「お前、ダークディケイドライバーは狙いの一つなのか? さっきは奴のポーチも持ち去ろうとしていたが」

 

「別に。あれはほんのついでってところかな。あくまで僕が狙っていたのはG4とV2さ」

 

「だったら今後は邪魔しない……そう解釈してもいいんだな?」

 

「さてね。僕個人としてあの坊やが気に食わないから、ちょっかいはかけるかもね。その過程で彼のベルトが手に入ったなら、それは僕のものってことだよ」

 

「……それを俺に渡す気は」

 

「欲しければ自分で獲りなよ」

 

 人を小馬鹿にしている大樹を衝動的に襲いそうになる自分を辛うじて抑えて、ドウマは浮きかけた腰を戻す。

 ドウマは自身の消耗具合を鑑みて、ここは身体を労って次の世界に備えることにする。この忌々しいコソ泥ともまた改めて対峙する時は来るだろう。

 

 そうと決まればもうここに用はないとして立ち去ろうとしたドウマに、思い出したかのように大樹が声をかけてきた。

 

「ああ、そういえばガイドだっけ? さっきの様子だと君は一杯食わされたらしいじゃないか」

 

「……奴に踊らされるのは今に始まったことではない。ライダーハンターシルバのカードを俺に渡してきたのも、大方俺とお前を潰し合わせて大地を救出するため、か。どっちにしろ、あんな奴を頼ったのが間違いだった」

 

「ふぅん」

 

 話は済んだ。友達でもない男に別れを告げる気もなく、ドウマは煙のごとく消えていく。

 だが、なんだかんだで「お宝」と称するターゲットを手に入れた大樹の興味は既にドウマから失せており、V2のマスクを愛おしげに撫でていた。

 

「今回は豊作だったね」

 

 これだからトレジャーハンターはやめられない。

 そんな誰にも理解されない思いを抱いて、大樹とV2の装備一式はオーロラの彼方へ消えていった。

 

 

 *

 

 

 警視庁内部は地獄という表現がこれ以上無いくらい似合っていた。

 

 青い顔で溺死した死体、全身がぐにゃぐにゃに曲がった死体、黒焦げでほぼ炭化した死体。どこを見ても死体、死体、死体の山。

 

 目を覆いたくなる死に様の人達は恐らく皆警官であり、最後まで果敢に戦っていたのかもしれない。そんな勇敢な人々を虫ケラのように殺すアンノウンのどこに正義があるというのか。

 

「ハアアッ!」

 

 ダークディケイドは今まさに警官の首をへし折ろうとしていたアントロードにタックルを仕掛けて引き剥がす。突然攻撃されて混乱している様子のアントロードを全力で何度も、何度も斬り付けて、動かなくなるまでライドブッカーを振るった。

 斬り刻まれて爆散した敵を思考から切り捨て、次の標的と救う対象を探す。倒す敵について一々考えている余裕と気力は今の大地には残っていないのだ。

 

 FINAL ATTACKRIDE DE DE DE DECADE

 

「ッラアアッ!」

 

 いつもより三割減のスピードで以って放ったディメンションスラッシュはマンティスロードの腹部を真っ二つに裂いたが、剣を振り抜くには若干苦労した。

 ダークディケイドの姿に恐れ慄いたのか、顔を引きつらせて逃げ出した警官を見送った次に見据えたのは鞭で警官の首を締めあげているスネークロードだった。

 だらんと下がった腕を持ち上げて、ライドブッカーから金色のカードをまた一枚取り出す。

 

 FINAL ATTACKRIDE DE DE DE DECADE

 

 艶めかしく笑っていたスネークロードは今更ダークディケイドに気付いたようだが、ガンモードに変えたライドブッカーの狙いは定まった後だった。放ったエネルギーの濁流がスネークロードを飲み込み、獲物の首から離れ、焼け焦げた鞭だけが残された。

 

「次……」

 

 カメンライドはなるべく温存しておかないと途中で限界が来るのは自明だ。油断すればすぐに意識を手放してしまいそうで、エターナルやダークキバのような負担の大きいライダーを使った時には敵を倒す前にぶっ倒れるだろうという確信すらある。

 

 少しでも多くの人を救うため、ダークディケイドはさらに奥へと進み、剣を振るう。

 

 

 *

 

 

 警視庁本部はシンプルに言えば広く、大きい。

 内部に進行しているアンノウンをダークディケイドが追い、外部ではギルスがクレイフィッシュロードと戦っているが、それでも取り零しは発生する。その数は少ないものの、警官達の脅威となることに変わりはない。

 

「撃て! 撃てぇ!」

 

 勇ましい声が長い廊下に響き渡る。

 突如出現したアンノウンの群れに必死に応戦する警官達が一人、また一人と倒れていく。

 蠍の模様が入った盾と斧を構えるスコーピオンロード、強固な外殻に身を包んだクラブロードは飛来する銃弾の嵐に怯まず、悠々と歩みを進めている。彼らの足元で倒れている警官達はピクリとも動かない。

 

 効かぬと理解していながら発砲を続ける人間はアンノウン達にはさぞかし滑稽に見えていることだろう。彼らが息を吐く仕草にも嘲りが含まれているようだ。

 だが、彼らの背後から新たに響いた銃声と背中に広がる熱には振り返らざるを得なかった。

 

「……?」

 

 普通の人間が扱う銃火器ではアンノウンにダメージを与えることは叶わない。しかし、スコーピオンロード達の背中に着弾したそれは確かなダメージを与えていた。

 

 そして彼らの背後で構えていたのは、青と銀のパワードスーツを装着した戦士。胸のエンブレムに恥じない誇りを抱き、再び戦場に舞い戻った男──氷川誠。

 

 またの名を──仮面ライダーG3。

 

「おおおおッ!!」

 

 G3は右腕に装備している高周波振動ソード『GS-03 デストロイヤー』を待機状態のままで、左手に持つ銃『GM-01 スコーピオン』と共に構えて突撃する。

 GM-01は生身の人間ではとても扱えない威力を発揮して、怯ませたスコーピオンロードとクラブロードの足をその場に縫い付ける。銃の威力もさることながら、G3の──氷川のかつてない気迫もその勢いを後押ししていた。

 

 同僚達とアンノウン達の間に転がるようにして滑り込んだG3はさらにGM-01を連射する。他のアンノウンよりも強固な外殻の彼らにはそこまで目立ったダメージにはならずとも、確かな効果は実感できている。

 

『氷川くん、今のG3の装備はG3-Xのために強化改良していたものよ。反動は増しているけど、その分威力は抜群だから思う存分暴れてやりなさい』

 

「了解! ──ここは僕が引き受けます。貴方達は負傷者を連れて避難を!」

 

「わ、わかった!」

 

 小沢の通信内容を把握すると同時に、G3はアンノウン二体にしがみついて壁に叩きつける。

 G3がアンノウンを食い止めたおかげで、その場にいた警官達はその脇を通って避難する。G3のパワーではアンノウン二体を食い止めておける時間などたかが知れていたが、それでも生存者が避難できるだけは稼げていた。

 G3は鬱陶しいと言わんばかりに突き飛ばされるが、すぐに立ち上がる。

 

 これで周囲への被害を心配する必要も無くなり、GS-03を振るうことができる。

 

『GS-03 アクティブ! ……くぅ〜! 一度言ってみたかったんだよこれ!』

 

 小沢とは違う間の抜けた通信(何故かガイドがオペレーターを手伝っている)がGS-03の安全装置解除を告げる。

 展開したブレードがアンノウン達を切り裂くべく唸りを上げ、G3は自身の右腕を一気に振り下ろす。

 触れる物全てを切り裂く高周波ブレードならば強固な外殻であろうと問題なく斬れるはずだ────当たればの話ではあるが。

 

「ぐああっ!?」

 

 そんな大振りの一撃が命中するほどアンノウンは甘くないのだ。

 GS-03は難なく回避され、逆にスコーピオンロードの斧が胸部装甲に叩きつけられてしまう。

 たった一撃、それだけを食らっただけだというのに、その衝撃は装甲を超えて氷川の全身に激痛を与えて意識すら刈り取ろうとしてくる。

 

 しかし、そんな痛みは慣れっこでもある。このG3を装着した氷川は数え切れない痛みを味わいながらも、一度として逃げたことはない。この身体が生きている限り、G3は立ち上がり続けるのだ。

 

 G3は一瞬倒れかけた足に再び力を込め、頭部に振り下ろされた斧を辛うじて構えたG3-03で防ぐ。しかし、鈍い輝きを放つ斧の刃は留まることを知らず、少しでも力を抜けばG3のマスクを叩き割るに違いない。

 武装が強化されていても出力はG3のままで、アンノウンとの鍔迫り合いに真っ向から打ち勝てるだけのパワーは無いが、そんな事実に今更悲観するほど楽観的でもなかった。

 

「食らえっ!」

 

 GS-03は斧を防ぐのに精一杯であるが、GM-01はまだ使える。

 G3はスコーピオンロードのガラ空きになっていた腹部に向けたGM-01を超近距離で連射、怯ませたところへ渾身の蹴りを浴びせた。

 敵を蹴った勢いを利用して後方に転がり、距離を取ってからさらにGM-01を連射してアンノウン二体を的確に撃ち抜く。

 

『さっきの一撃で胸部ユニットに軽度の損傷。まあこれくらいなら問題ないぞ?』

 

『あんた、余計なことは言わなくていいわ。氷川くん、もっと根性見せなさい!』

 

「はい!」

 

 懐かしい激励を受けて、さらに激しさを増す銃撃。

 その大部分が盾に弾かれているとはいえ、防戦一方のアンノウン達は壁を突き破って逃走する。

 ラチがあかぬと見たか、はたまた別の目標のためか……いずれにせよ、見逃す手はない。

 

 G3は瓦礫を押し退けて、アンノウンを追う。彼らが消えた先はさらに奥へと続いていた。

 

 

 *

 

 

 警視庁内部に侵入した多数のアンノウン達はとある一点を目指して侵攻していた。

 主が憎む悪しき力を糧に動く人形を誘き寄せ、そしてその力の在り処をついに突き止めたのだ。邪魔をする者は全て捩伏せ、そして悪しき力を滅するために彼らは突き進む。

 

「ヒイッ、ハヒィ! ア、アギト! アギト! 私を助けてくれ! アギト!」

 

 避難命令が勧告された警視庁内部にはもはやほとんどの人員が残っておらず、逃げ遅れた者達もライダー達の活躍で退避していた。

 しかし、この息を切らせて走る男──入山照は警視庁から退避するどころか、逆にその奥へと向かっていた。時折すれ違う警官が何事か叫んでいても、一切見向きもせずに。

 

 足をもつれさせて、すっかり息が上がった彼が辿り着いた先はV2の動力源が保管されている部屋。鍵を持つ手が震えるせいで何度も差し損ねて、転がりこむように部屋に入った彼は中央で鎮座する水槽に縋り付く。

 一定の間隔で点滅している水槽の中には人影らしきものが浮いており、数えるのが億劫になるほどのコードが繋がれていた。

 

「アギト! た、た、頼む! 私は死にたくない!」

 

 みっともなく泣き叫んでも、何度叩いても、水槽に変化はない。入山がどんな呼びかけをしようと、光の点滅以外の反応は返ってこない。

 そうやって鼻水と涙でぬかるんだガラスを叩くうちに、いつの間にか自分以外の者がそこに映りこんでいることに入山は気付く。

 

 長い牙、マントのごとき巨大な羽、人間を容易く引き裂けるであろう鋭い爪────コウモリの姿をしたアンノウン、バットロード。

 その背後にはG3が交戦していたスコーピオンロード、クラブロードも従えている。

 

「あ、ああ……! よ、よせ、やめて、やめてください! 私は何も喋っていない!」

 

「キキキ……」

 

 届く物を手当たり次第に投げつけても、バットロード達が意に介した様子は無い。入山の土下座混じりの命乞いを聞き入れすらせず、ただ目的を達成するためだけに歩みを進める。

 

 

 そしてギラリと煌めく爪が水槽にしがみ付いている入山の喉笛を────

 

 

 

 FINAL ATTACKRIDE DE DE DE DECADE

 

「ツァァァァァ!!」

 

 ────引き裂く前に、黄金のゲートを貫通してきたダークディケイドの蹴りがクラブロードに突き刺さった。

 不意打ちとして決まったディメンションキックは正面から受け止めたならいざ知らず、無防備な状態で受けるには余りに強力で、クラブロードは断末魔すら上げられずにあえなく爆散してしまった。

 

 着地したダークディケイドは突然の出来事に言葉を失っていた入山を守るように立ちはだかり、そこにもう一人の戦士も駆け付けた。

 

「しっかりしてください入山さん! 早くここから逃げて!」

 

「その声は、ひ、氷川さん……!?」

 

 スコーピオンロード達を追ってきたG3に揺さぶられて微かに落ち着きを取り戻した入山であったが、未だにしがみついている水槽から離れる素振りは見せない。

 

「はぁ、はぁ……! お前達を倒せば、多分、全部……!」

 

「キィィー!」

 

 ダークディケイドはここに着くまでの道中で多くのアンノウンを撃破してきた。もう大地自身のキャパシティはとうにオーバーしているし、いつ倒れてもおかしくなかった。カメンライドも後2回が限度といった具合か。

 

(使うなら確実に倒せる場面だ。もしかしたら他にいるかも……いや、今は考えない!)

 

 バットロードも目標を入山達から同胞を一瞬で消し去った脅威へとシフトし、即座にダークディケイドに襲いかかる。援護しようとしたG3にはスコーピオンロードが行く手を阻む。

 どちらも手早く片付けるべく剣を振るうのだが、バットロードは他のアンノウンよりも中々に手強く、極度の疲労を相まってダークディケイドは苦戦を強いられる。元よりスペック不足のG3は言わずもがなである。

 

 少しずつ劣勢になっていくライダー達の傍らで相変わらず水槽にしがみついて震えている入山。

 足がすくんでしまったのか、一向に逃げ出さない彼をこの場から連れ出すにはあともう一人誰かが必要となる。

 

 そしてその助けは意外と早くやって来た。

 

「入山さん!……この部屋は確かV2の動力源があったはずでは?」

 

「北條さん!?」

 

 目撃した入山を追っていち早く警視庁に突入していた北條の登場はダークディケイド達にしてみればまさに最高のタイミングであった。

 彼が入山を連れ出してくれれば、ひとまず周囲の被害を考えずともよくなる。

 

「北條さん、あの人を!……北條さん?」

 

「これは……これは一体?」

 

 しかし、その肝心の北條は水槽に目を奪われている。

 水槽の中身が気になると言えばその通りではあるが、優先すべきは避難のはずだ。それがわからない北條でもないはずだが……。

 

「あの海東大樹なる人物が言っていたことが正しいとするなら……これが、アギトだということですか……入山さん、答えてもらいますよ」

 

「わ、私は……だ、だめだ! 何も話しちゃいけないんだ!」

 

 ここにきてまさかの押し問答まで始まるというのか。

 思わず頭を抱えたくなったダークディケイドは苛立ちを乗せた前蹴りでバットロードを吹き飛ばした。すると、バットロードがぶつかった衝撃で奇しくも机の中身が散乱することとなり、様々な資料が飛散した。その内にあった一枚の写真が偶然足元に舞い落ちて、ダークディケイドの目に留まった。

 

「ん?…………これって人、なのか」

 

 人間とライダーが入り混じった、怪物じみた外観の男が写った写真など目に留まらないはずがない。

 大地が知るどのライダーにも該当しない禍々しさには思わず目を背けたくなる。

 

 そして散らばった資料は北條の足元にも散らばり、彼はそこに目を通す。本当に読んだのかと疑いたくなるぐらいに速読であったが、彼の青ざめた顔がその真実を物語っている。

 北條が握り締めた資料には「被験者 真島浩二」との記載があった。

 

「この資料で疑う余地は残念ながら無くなりました……V2の動力源はアギトであり、アギトとは人間が進化した存在であると。入山さん、貴方は不法な人体実験でV2を作り、そしてその動力源にしていた」

 

「人体実験……? 一体、どういうことですか!?」

 

「その答えは私よりも、彼に聞いた方が正確でしょう」

 

 北條に詰め寄られた入山はそれでも頑なな態度を崩さない。

 駄々をこねるように首を振って、しかし再びダークディケイドに襲いかかったバットロードを見ていよいよ感極まったか、枯れた叫びを絞り出した。

 

「し、仕方が無かったんだ!! アンノウンから私の身を守るためには、浩二君に犠牲になってもらうしかなかったんだ!! 最初はアギトとなった浩二君のデータだけで作ろうとして、それでも、それでも足りなかった!!」

 

 真っ赤に充血した眼で獣が吠えるように喚き散らす入山はとても以前の気弱そうな彼とは思えない。

 だがそれより衝撃的なのは彼が語る内容にあった。

 

「だから、だから彼にはV2のパーツになってもらうしかなかった!! 事実それでV2は完成したし、G3なんかよりも戦果を上げてきた!!私は何も間違ったことはしてない!! ほ、北條さんだってそう思うでしょう!?」

 

 ここまで言われれば察しの悪い大地にも理解はできた。

 

 つまりこの入山はV2システムを作りあげるために仮面ライダーアギトをそのまんま利用したということだ。それもデータを基に、なんて生半可なことではなく、正真正銘の人体実験と動力源として。

 仮面ライダーは人間が変身する戦士。アギトに変身していた人物が今どのような状態にあるのか、その謎もあの水槽の中で眠っている。アンノウン達が狙っているのもその中身なのだろう。

 

 だがどんな形であれ、人間を、ライダーを部品のように扱うシステムが認められるものだろうか。そう思えば小沢が言っていた言葉の意味も自ずと理解できる。

 

「パーツだって……!? そんなシステムがこの世界では許されるんですか!? その真島って人はどうなるんです!?」

 

「許されるかどうかなんて知るもんか!! 浩二君だって理解してくれたし、大体君のように力を持っている奴に私をどうこう言う資格は無い! なんなら君がV2の代わりにずっと私を守ってくれるのか!? できないだろう!! 役立たずはもう黙っていてくれ!!」

 

 入山が何故ここまでアンノウンを恐れているのかまではわからない。言っていることだって支離滅裂で、そうやって喚いてなお水槽から離れない姿は逆に哀れに思えてくる。

 

 惨めな姿に言葉を失ったダークディケイドに代わって静かに口を開いたのは先ほど肯定を求められた北條であった。

 

「……確かに、V2は素晴らしいシステムです。アンノウン対策としてあれ以上の物は私には考えられない」

 

「な、北條さん!?」

 

 北條がV2を肯定する言葉を吐いたのはダークディケイドには意外であった。嫌な人ではあるが、ここで入山を支持するとまでは思わなかったのだ。

 そんな北條に詰め寄ろうとしたダークディケイドであったが、起き上がったバットロードを抑える役目を放り出すわけにもいかず、歯痒い思いで入山に非難の視線を向けることしかできない。

 

「や、やっぱり北條さんは理解してくれましたか!」

 

「ええ、経緯はどうあれV2が撃破してきたアンノウンは多い。今までの行いを否定する気にはなれない。……いえ、一つだけ正さなければならないことはありましたね」

 

「? そ、それは一体──」

 

 もし変身していなければ、目で追えないくらい北條の動きは速かった。

 拳銃を構え、安全装置を解除して引き金を引く。その行程が恐ろしく速く、気付けば数発の弾丸が飛んでいた。

 銃弾は入山が疑問を浮かべたポカンとした表情を崩す前に、彼へと──彼の背後へと撃ち込まれた。

 

 ────ピシリッ!

 

「はえ?」

 

 発砲した音も、水槽に刻まれた亀裂の音も入山には理解できていないようだった。

 入山に一切当てず、後ろの水槽のみを狙った弾丸は亀裂をどんどん広げ、やがて決壊する。

 肉が腐ったような臭いの液体が滝のごとく流れ出し、呆然としている入山をずぶ濡れにしていく。

 人とライダーをごちゃ混ぜにした軟体動物っぽい何かが散らばったガラス片に混じって、生々しい音と共に地面に流れ出る。

 

()()はアンノウンを引き寄せ、必要以上の犠牲を出す。それは大いなる過ちだ。決して看過することはできません」

 

「……あ、あ、アギト……?」

 

 予期せぬ形で人目に晒されることとなったアギトにダークディケイドも、G3も、アンノウンでさえも視線を釘付けにされる。

 曲がりくねったアギトはしばし痙攣を続けていたが、それも収まると変化が訪れ始めた。粘度を感じさせる白い身体は透き通っていき、溶けていく。人間の名残があった顔なども例外なく、骨を残さず液体として流れ落ちる。

 

「あ、ああ、駄目だ……駄目だぁぁぁ!? アギト! 駄目だ!」

 

 そう叫んだ入山は人型(と呼べるかも怪しいが)の形態を少しでも残そうとして、未だ悪臭漂う液体に身を投げ出した。

 自身が汚れるのを全く気にせず、早口で何事か唱えながらアギトであった液体を掬い上げようとするのは狂気としか言えない。

 

 そして大地は入山のそんな姿を見て、咄嗟にこう思ってしまった。

 

 醜い、と。

 

「フシー……シッ!」

 

「ひぎぃ!?」

 

 場の沈黙を破ったスコーピオンロードは自身と組み合っていたG3を突き飛ばし、頭部にある触手を伸ばして入山の首筋に突き立てられた。

 そんな彼の悲鳴でダークディケイドはようやく我に返るも、時すでに遅し。

 天井の壁を砕いたバットロードはその足に捕まったスコーピオンロードを連れて飛び去って行く。どうやら目的は達成したようだが、逃がすつもりない。

 

 FORMRIDE GARREN JACK

 

 金色のゲートを越えて、ジャックフォームに直接変身したDDギャレンはバットロードを追って彼等が開けた穴に飛翔する。

 その直前、未だに液体に塗れて悶えている入山を一瞥してから、無言でアンノウンの後を追う。

 

 残されたのはG3と北條、そして入山。

 ここは北條に任せてアンノウンを追うのが定石なのは百も承知だが、いくら氷川とてあの衝撃的な光景を目にすれば動揺もしていた。

 

『氷川くん、アンノウン達は建物の外に逃げるつもりよ』

 

「小沢さん……しかし、今のは」

 

『言いたいことがあるのは私も同じよ。でも大地くんを助けたいと言ったのは他ならぬ貴方のはず。違ったかしら』

 

「……はい!」

 

 頷き、自身もまた部屋を後にしようとするG3。

 だがその際にどうしても言っておきたいことが氷川にはあった。

 

「入山さん、僕は北條さん違って人をパーツにしたV2が正しいとは微塵も思えません。だからこそ、僕はこのG3でアンノウンを倒して証明してみせます。人間は自らの力で守れると」

 

「……アギト、アギトが」

 

 呼びかけても、入山には返事をするだけの気力が残っていないようだ。

 

「北條さん、この場をお願いします」

 

「ええ、氷川さんも頑張ってください!」

 

「はい!」

 

 G3は珍しい激励に力強く答え、部屋から飛び出して行った。

 己の職務と課した使命を全うするために。

 

 

 *

 

 

 戦いは警視庁の内部だけではない。

 ジャックフォームとなったDDギャレンがバットロードとの激しい空中戦を繰り広げている下で、仮面ライダーギルスとクレイフィッシュロードの戦闘は続いていた。

 それはスタイリッシュとは程遠い、泥臭い殴り合いであったが、勝負はパワーに勝るギルスの方に分があった。

 

「ウォォア!」

 

 腕から生やしたギルスクロウでクレイフィッシュロードの鋏を弾き、裏拳を顔面に叩き込む。さらに回し蹴り、膝蹴りと連続で浴びせればクレイフィッシュロードは呻き声を残して吹っ飛んだ。

 その見た目通りの硬さはギルスの圧倒的なパワーをも凌ぐかに思われたが、ギルスには優れた俊敏性もある。一発で足りなければそれ以上の攻撃を叩き込めばいいのだ。

 

 口から吹く発火性の泡も厄介な武器ではあるが、それはすでに見た技に過ぎない。ギルスフィーラーを振り回した風圧で吹き飛ばせば、大した被害は被らずに済む。

 

 こんな調子で戦っているせいで戦闘時間だけが長引いていくものの、ダメージ自体は着実に溜まっている。

 しかし今は優勢でも長期戦に縺れこまれれば体力面からギルスが不利になるのは確実。故にそろそろ決着をつけておきたいのだ。

 

「オォォォーッ!!」

 

 ギルスの雄叫びに呼応して、彼の踵から鋭い爪が生やされる。

 そのまま高く跳躍したギルスは必殺の踵落とし、ギルスヒールクロウを炸裂させようとするが──

 

「シィーッ!」

 

 ここにきて、己の危機を悟ったクレイフィッシュロードはついに奥の手を使ってきた。

 背中の甲羅を宙に放り投げたかと思えば、なんとバラバラに砕け散ったのだ。それだけなら何ということはないが、砕け散った破片は意思を持っているかのように浮かび、その一つ一つがミサイルの如くギルスに飛来したではないか。

 

「ウォアアアッ!?」

 

 絵面だけなら何とも間抜けな技だが、その威力は侮るべからず。

 今まさに必殺技を炸裂させようとしていたギルスに殺到した甲羅のミサイルはその全身に裂傷を刻んだ。血液が沸騰する高熱と耐え難い激痛のあまりに墜落してしまい、ギルスヒールクロウは中断という形で終わってしまう。

 

 自身の装甲の一部を犠牲にしただけあって、クレイフィッシュロードの切り札は見事にギルスへの逆襲に成功してしまったのだ。しかも甲羅の破片はまだまだ残存しており、クレイフィッシュロードの頭上でいつでも飛ばせる状態になっている。

 

 これにて風向きは変わり、戦局は再び振り出しどころか、クレイフィッシュロードに形勢が傾きかけてさえいる。それだけ遠距離武器の有無は大きいということだ。

 

 しかし、それもギルスがこのまま手をこまねいていたら、という前提付きの話。孤独が似合う彼にもいつも付き添ってくれた味方はいるのだ。

 

「ウォォォォォァア!!」

 

 どこまでも高く響く咆哮はギルスのただ一つの相棒を呼び覚ます。

 咆哮に応えるのもまた咆哮。相棒の元に一秒でも早く駆けつけようとする常識離れしたスピードを出すそのバイクには搭乗者がいなかった。

 

 それこそが意思を持ったマシン、涼のバイクがギルスの能力で姿を変えたその名はギルスレイダー。

 

 爆速でやってきたギルスレイダーはギルスを乗せると、さらにスピードを上げる。すかさず甲羅の破片が飛来するが、稲妻よりも速く駆け抜けるギルスレイダーには掠りもしなかった。

 葦原涼が培ってきた運転技術とギルスとしての能力が合わさったことで本領を発揮したギルスレイダーに追い縋れる者などほぼいないと言っていいだろう。

 

 クレイフィッシュロードを翻弄するべく周囲を駆け巡っていたギルスは破片の残弾が僅かと見るや、方向を転換して真っ直ぐ敵へと向かう。迎撃しようとする破片など脅威になり得ない。

 

「ガァァッ!?」

 

 時速360kmの猛スピードで激突されたクレイフィッシュロードは吹き飛び、残っていた破片は全て跳ね上げた前輪で蹴散らす。これにてお膳立ては整った。

 

 ギルスレイダーを急停車させ、その勢いのままにギルスは跳躍。無論踵には爪を生やした状態で、だ。

 ギルスはそのまま、フラつきながら立ち上がったクレイフィッシュロードの肩へとギルスヒールクロウを振り下ろした。バイクの勢いも上乗せさせた踵落としの一撃を防ぐ手立ては敵には無い。

 

「オオオオーッ!!」

 

 ズブリ、と嫌な音と肉を貫く感触が足先から伝わり、勝利を確信したギルスの勝鬨が轟く。肩口から心臓を貫かれたクレイフィッシュロードには抗うこともできず、苦悶の声を細々と漏らしながら最後の瞬間を待つのみ。

 そして蹴り飛ばされたクレイフィッシュロードの頭上には彼の死を告げる白い輪が浮かんだ。

 

「シ……シシ……ジェァァアッ!?」

 

 その肉体は跡形もなく爆発四散するという末路を遂げ、勝者となったギルスは崩れ落ちるように変身を解いた。

 まだアンノウンがいることはわかっている。しかし、万全でもない涼ではここが限界だった。

 

 涼は全身から噴き出る汗と疲労に身を任せ、冷たいアスファルトの上に寝転ぶ。

 空を仰ぎ見る彼の視界には金色の翼を広げて戦う赤い戦士がいた。根拠は無いが、あれが瑠美の言っていた人物なのだと理解できた。

 

「……負けるなよ」

 

 聞こえるはずがなくとも、そう言わずにはいられない。

 せめて少しでも届くように、握り拳を力無く空に向けた。

 

 

 

 *

 

 

 

 仮面ライダーギャレンの強化形態であるジャックフォーム。

 それと同じ姿になることで、飛行能力を身に付けたDDギャレンならばバットロードとも互角以上に戦えるはずであった。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……!」

 

 しかし、現実はそう単純にはならない。

 ジャックフォームは体力も残り僅かで変身するには些か負担が大きく、武器が使いづらい銃剣という理由も重なって苦しい戦いを強いられていた。

 理由はそれだけではなく、大地の脳裏に焼き付いたとある光景が酷い頭痛によってギャレンラウザーの照準をぶれさせるのだ。

 

 ────アギト、人間、水槽……醜い男

 

 ────実験室、鎖、苦痛……そして……

 

(クソッ、クソッ! 集中しろ僕! 戦いの真っ最中だ! 空の上なんだ!)

 

 ATTACKRIDE FIRE

 

 縦横無尽に飛び回るバットロード目掛けて火炎弾を放つが、集中力を欠いた今の大地では当たるものも当たらない。冷静さを取り戻そうと頭を振っても、頭痛は増すばかりだ。

 あれが衝撃的であったというのもそうだが、何故だかさっき見た光景が大地の頭に刺すような痛みを与えてくる。同調して思い浮かべるのは一切見覚えのない情景……いや。

 

(これは……僕の記憶、なのか?)

 

 一つの可能性に思い至った時、DDギャレンは硬直してしまう。それは大空を自由に駆けるバットロードには致命的な隙としか言いようがない。

 その刹那、膨れ上がった殺気と風圧は大地の意識を即座に現実へと引き戻すほどで、DDギャレンの首筋をすれ違い様に掻っ切ろうとした爪を辛うじて防げた。

 だが、防げたのはその初撃のみ。即座に身を翻し、態勢を整えないうちに背中を斬り付けられてしまった。

 

「うあっ、ああああっ!?」

 

 背中を裂かれた痛みに顔を歪めてしまい、次の瞬間には自身の身体が錐揉み回転しながら落下していることを自覚する。

 視界の隅に映った一枚の羽から、先の一撃で羽を捥ぎ取られてしまったのだとわかったが、それだけでは解決策は浮かばない。

 なんとか踠いて飛行を維持しようとしても、敵は大人しく待たないのだ。落ちていくDDギャレンを次々と斬り付け、それに伴って羽が一枚、また一枚と欠けていく。

 

 これも不慣れな武器に体力を大幅に消費する強化形態という選択ミスが招いたこと。そもそもバットロードが逃走した際にダークディケイドライバーが脳裏に啓示したライダーはギャレンでは無かったのだが、あの時は突発的にジャックフォームのカードを叩き込んでしまっていた。

 

 冷静さを欠いていたから、なんて都合の良い言い訳。既に後の祭りだ。

 

(宝の持ち腐れってのは今の僕のことを言うんだな……)

 

 地面に激突した衝撃でジャックフォーム、さらにはギャレンの変身も解けて通常のダークディケイドに戻ってしまっていた。

 打撲と裂傷、極度の疲労で身体を起こすだけでも億劫に感じてしまう。しかもそれに加えてネガティブな感情までふつふつと湧いてくる始末。

 

(僕は……僕は)

 

 震える入山は特別な力を持たない、怪人に怯える哀れな一般人であった。

 そして同時に人間を、ライダーをあんな姿になるまで犠牲にして、あまつさえ「自分は悪くない」と宣う男でもあった。

 

 彼は哀れだ。

 

 ────だが、それ以上に、とても醜い。

 

(だから、かな)

 

 大地は一瞬でも思ってしまったのだ。

 

 ────アンノウンに殺されてしまえばいい、と。アンノウンが正しいのでないか、と。

 

 そんなドス黒く、モヤモヤした感情に折り合いをつけようとしても、今が戦闘の真っ最中ということを忘れてはならない。

 現在進行形で全身を高速回転させながら、ダークディケイド目掛けて突っ込んでくるバットロードをなんとかしなければ最悪死ぬことだってあり得る。

 

 立たねばならない。しかし、芽生えた黒い感情は大地を深い闇に誘おうとしている。

 

『後悔するがいい……! ライダーになったことを!』

『恐怖に怯えながら、絶望して死ぬがいい!』

『へぇ〜気持ち良いんだね、ベルトの力って……!』

 

 大地を誘う声は次第に増え、大きくなる。気に入らない奴は纏めて殺してしまえ、と囁きかけてくる。

 振り払おうとしても纏わりついてくる闇はさらに食い込んで、ダークディケイドを殺意と悪意、そして憎しみで染め上げる。

 

(まずはあの気色悪い蝙蝠を八つ裂きにして、次は未だ震えていること間違いなしの愚かな男を────)

 

 ライドブッカーを握る手に知らず知らずのうちに尋常ならざる力が込もる。

 大地の心が完全に食い潰されれば、ダークディケイドは暴走し、悪の記憶に飲み込まれた怪物となるだろう。

 しかし、そうはならない。何故ならこの時、彼を呼びかける声が、呼び止める声があったから。

 

「……ちくん! 大地くん! 起きてください!」

 

「……瑠美さん?」

 

 黒く染まって、硬く閉ざされようとしていた心に暖かな光が射した。

 首を少しずらした先にいたのは、こちらに向かって必死に呼びかける瑠美であった。

 数日ぶりに聞いた瑠美の声は随分久しぶりに思えて、彼女の優しさと暖かさが余計に感じられる。

 

 だからだろうか。大地の心も急速に引き戻されたのは。

 

「……ぅああああーッ!」

 

 ATTACKRIDE BLAST

 

 無我夢中でカードを装填して、目と鼻の先に迫っていたバットロードを間一髪迎撃できた。

 こちらの狙いが甘かったこと、敵が咄嗟に躱したことでディケイドブラストはまともに命中こそしなかったが、命を拾うことはできた。

 だが、もし瑠美の声が無ければ今頃は……と考えると思わずゾッとしてしまう。

 

(そうだ……僕が戦わなきゃ、アンノウンは瑠美さんを殺すかもしれない。それだけは絶対に許さない!)

 

 ダークディケイドは闇を辛うじて心の隅に追いやり、代わりに喝を入れて立ち上がる。

 己を掬い上げてくれた瑠美に心中で感謝を述べながら、恐らく最後となるであろうカメンライドカードを取り出した。

 

 KAMENRIDE MACH

 

「はぁ……! 僕は、僕だぁぁ!!」

 

 白いスーツと装甲のDDマッハとなって、ダークディケイドは闇夜に羽ばたくバットロードにゼンリンシューターの光弾を放った。

 その際に叫んだ言葉はほとんど無意識で、震えが混じった叫びであった。

 

 

 

 *

 

 

 

 バットロードと共に逃げ出した筈のスコーピオンロード。

 DDギャレンに追跡された時、迎撃を選んだバットロードに一旦地面に降ろされた彼はそのまま警視庁を立ち去るつもりであった。

 だが、死屍累々となっていた正面ゲートを潜ろうとした彼の背中にまたもや銃弾の雨が突き刺さる。

 

「ここまでやっておいて、逃がしはしないぞ!」

 

「フシー……!」

 

 スコーピオンロードはその煩わしい攻撃の主を振り返る前から知っていた。

 その銀色の戦士の名をG3と知っていたのか定かではないが、収納していた武器を再び取り出した時点でG3への敵意は十分であった。

 対するG3も自身が乗っていた専用マシン、ガードチェイサーから降りて敵と対峙する。

 

 斧と盾、それに加えて凄まじい殺気まで放つスコーピオンロードに氷川はG3のマスクの下で冷や汗を垂らす。

 恐怖はあるが、全身に漲る戦意ほどではない。

 

『GG-02 アクティブ!』

 

 アンノウンを追跡する途中、G3はガードチェイサーで武器の交換と補給を終えていた。

 効果が見込めないと判断したGS-03を外しており、代わりにGM-01の拡張パーツである『GG-02 デストロイヤー』を装備している。これらを連結させることで、グレネードランチャーとして活用できるようになるのだ。

 

「ハァーッ!!」

 

 撃ち出したのは20tの砲弾と裂帛の気合。

 並み居るアンノウン達に大ダメージを、あわよくば撃破せしめたことだってあった砲撃は氷川にとっても信頼できる一撃だ。

 そして舞い上がった爆煙に淡い期待を寄せるも、敵の健在を示す影が揺らめいていた。

 

「効かない……そんな!?」

 

 スコーピオンロードには蚊に刺された痛みほども感じていないようだった。それもそのはず、GG-02の一撃は彼の持つ盾が完全に殺していたのだから。

 あの盾がある限り、GG-02は効かない上、他に有効打もない。

 

 だが、この程度の苦難は現役時代では日常茶飯事だった。そしてその頃から氷川は諦めるということを知らない。

 

『GA-04 アクティブ』

 

 一旦GG-02を外したGM-01で牽制しつつ、G3は先端にアンカーユニットを付けた鋼鉄製のワイヤーで拘束する武器『GA-04 アンタレス』を装備する。

 左腕に装備したGA-04をいつでも使用できるようにしておいて、あらゆる箇所へ弾丸を浴びせる。敵はGM-01の弾丸全てを盾で防いでいるが、G3の狙いはダメージを与えることにあらず。

 スコーピオンロードの盾は見えない障壁を広げているらしく、いくら撃ち込んでも盾が傷付く前兆すらない。

 

 しかし、敵の足元に撃ち込んだ弾丸は弾かれず、小さな火花が散るのをG3は目敏く目撃していた。つまり、今あの足元には障壁が存在していないのだ。

 

「そこだっ!」

 

 勝機を見出したG3は足元へ向けてアンカーユニットを射出する。

 勢い良く伸ばされたワイヤーが障壁の無い箇所を通り、スコーピオンロードの足首を引っ掛けた。G3が咄嗟に左腕を引けば、結果起こる事象はただ一つ。

 

 スコーピオンロードの転倒である。

 

「おおおおーっ!!」

 

 GA-04を放り捨て、拾い上げたGG-02を再び連結させて。

 G3はそれらの行程を全力で駆けながら行い、倒れているスコーピオンロードに覆い被さるように組み伏せる。

 邪魔な盾を使えぬよう抑えつけ、GG-02の銃口をスコーピオンロードの腹部に押し当てた。

 

「今度は外さない!」

 

「グゥ……!?」

 

 瞬間、両者を包み込んだのは凄まじい爆炎と衝撃。

 零距離で砲撃されたスコーピオンロードの末路など言うに及ばず、その反動をモロに受けたG3もまた少なくないダメージを負うこととなった。

 だが、勝ったのだ。

 

『氷川くん!? 氷川くん! 無事なの!?』

 

「はい……アンノウン一体の撃破に成功しました……はぁ、次に向かいます!」

 

『待ちなさい、もう弾も残ってないでしょ。試作品がガードチェイサーに積んであるわ』

 

 言われてようやく気付いたのだが、確かにガードチェイサーの後部には見慣れないアタッシュケースらしき物が積んである。

 

『番号は132よ。威力は折り紙付きだけど、今のG3には暴れ馬もいいところだから気を付けてちょうだい』

 

「了解!」

 

 G3はガードチェイサーから取り外したアタッシュケースとGM-01だけ持って、激しい戦闘が未だ続いている場所へ急行する。

 空中を自在に舞うバットロードと、地上を右往左往しながら必死に射撃するDDマッハの下へと。

 

 

 

 *

 

 

 

 ATTACKRIDE KAKSARN

 

「当たれぇぇ!!」

 

 DDマッハは叫び、拡散弾を放ってバットロードを地上に落とそうと試みる。

 視界いっぱいを埋め尽くす拡散弾であれば、と思ったがバットロードは器用にも弾と弾の間をすり抜けて自身の被弾を最小限に抑えている。

 空中の敵に対しては有効な手段と思い、放ったまではいいが、やはり一筋縄ではいかないようだ。

 

「ならこっち!」

 

 ATTACKRIDE MAGARL

 

 マッハの能力の一つとして、多種多様な射撃がある。

 今選んだシグナルマガールで弾道そのものを曲げた弾丸は大きく旋回しているバットロードの背後にピッタリ付いて、やがて追い付く。

 敵が悲鳴と火花をあげながら墜落しかけたところまではガッツポーズをとりかけたが、すぐに態勢を整えて再び大空に飛ばれてしまった。

 

 当たりはしても威力が足りない。あの大きな翼を撃ち抜くしかなさそうだ。

 

 そこまでは判断がついても、今のDDマッハでは実行するまでは厳しいかもしれない。

 

「ああもう、ジャックフォームにさえならなければ……」

 

 済んだことは仕方ないと割り切ろうにも、こうも辛いと愚痴りたくもなる。相手が自分自身なのだから別に許されるとは思ってもいる。

 こうなったら駄目元でシグナルトマーレを使うべきか、と考えたところでバットロードがまたもや錐揉み回転しながら、こちらに向かってきている事に気付く。

 

「くっ……っつう!?」

 

 DDマッハは慌てて回避しようとしたが、疲労が溜まったせいか、こんなタイミングで足がもつれてしまった。

 転倒まではいかずとも、よろめいたDDマッハはバットロードにとって絶好の獲物なのは確かである。

 

「ああ、本当に今日は踏んだり蹴ったりだな……!」

 

 こうなったら相打ち覚悟でトマーレをぶち込むだけぶち込んで、あわよくばファイナルアタックライドを食らわせるしかない。

 そう考えてカードを装填しようとしたDDマッハの前に、白いボディを暗く染める影が立った。

 それはまさしく駆けつけたG3であり、アタッシュモードから変形させたガトリング銃『GX-05 ケルベロス』を構えている。

 

「氷川さん!」

 

 毎秒30発もの勢いで発射された特殊徹甲弾がバットロードを真正面から迎え撃つ。

 その凶悪な面が風穴まみれになるかと思われたが、肝心の弾道がブレブレでバットロードに命中したのは放たれた弾の3割にも満たない数であった。

 GX-05は通常のG3が使うにはあまりに高火力過ぎて、安定した姿勢で撃てなかったのだ。

 

 しかし、絶大な威力を発揮したことに変わりはなく、面食らったバットロードは三度翻して空中に逃げていった。

 

 強過ぎた反動に銃を取り落としそうになっているG3は疲労困憊のDDマッハから見てもかなり辛そうであったが、弱音を吐く気配も無い。

 

「大地さん、戦いましょう! 一緒に!」

 

 差し伸べられた硬い手が一瞬眩しく見えて、それでもDDマッハは掴み、強く握り返した。

 彼の真っ直ぐな正義感には自分では釣り合わないかもしれない。しかし、今は共に並び立って戦う時だ。

 そして氷川から伝わった熱意に呼応するように、ライドブッカーから出たG3のカードに色が戻った。

 

「……はい!」

 

 お互いボロボロでも、力を合わせればバットロードを倒せるはずだ。

 一人ではできなくても、二人ならできる。いつもそうやって勝利してきたではないか。

 G3が持っている銃ならバットロードの翼をズタズタにしてやれるだろう。流石に相手も警戒しているだろうし、確実に命中させるには同じ土俵で戦う必要がある。

 

「氷川さん、僕に考えがあります。信じて、くれますか?」

 

 躊躇なく頷いてくれたG3を見てから、DDマッハは即席のプランを実行する。

 まずは、空に行く。

 

 ATTACKRIDE RIDE CROSSER

 

 ATTACKRIDE RIDE BOOSTER

 

 召喚したのは、合体マシンのライドクロッサーと飛行用マシンのライドブースター。

 高機動のライドクロッサーにライドブースターを連結させたブースターライドクロッサーとなることで安定した飛行をも可能とし、しかもDDマッハとG3の両名が同時に搭乗もできる。

 

 DDマッハはライドクロッサーの搭乗席に、G3はライドブースター ブルーの座席に乗り込み、ブースターライドクロッサーは天高く上昇を開始した。

 

 突然現れた大型マシンに目を丸くしているバットロードに迫ったブースターライドクロッサーは射撃武装を解放。ワイヤーなども駆使して狙うが、バットロードは中々補足できない。

 こうして空に上がっても、もうマシンから出て戦うだけの余裕はDDマッハには無い。

 正真正銘のラストチャンスを不意にしないように、氷川の正義に応えられるように、そして、何より側にいてくれる瑠美のために、全力を尽くす。

 

「氷川さん!」

 

 ATTACKRIDE TOMARLE

 

 コックピットを展開し、中から身を乗り出したDDマッハは横のライドブースターに立っているG3に一発の弾丸を撃ち込んだ。その効力は拘束、停止。

 シグナルトマーレの効果を受けたG3はライドブースターの上で完全に固定される。

 

「これは……!」

 

「それなら撃てます!」

 

 ここまでされれば言われずともG3は理解できた。

 G3はGX-05を構え、バットロードに狙いを定める。

 反動による姿勢のブレを極力排除した今なら狙い通りに撃てるはずだ。

 

「ハッ!!」

 

 火を噴くガトリングの反動が殺されず、全てG3の装甲にのしかかってくるが、氷川は歯を食いしばって耐える。

 その大きい代償と引き換えに、形成されるのは圧倒的な弾丸の嵐。

 途轍もない弾幕に曝されたバットロードの翼は瞬く間に穴だらけとなり、奇声を上げて墜落していく。今度こそ飛ぶことは叶わないはずだ。

 

 FINAL ATTACKRIDE MA MA MA MACH

 

「ツァァアアアアーッ!!」

 

 DDマッハはコックピットから跳躍し、虹色の光を纏って回転する。

 ブースターライドクロッサーから飛び出た白い流星が、バットロードに架けた虹の橋──キックマッハー。

 まともに飛ぶこともできないバットロードの胴体に突き刺さった一撃が虹のピリオドを打つ。

 

 その果てで起こった大爆発から降り立ったDDマッハは危うげに着地した。

 

「も、もう無理……かな」

 

 ダークディケイドの変身は自動的に解除され、身体ももう立つこともできそうにないほど疲れ切っていた。

 心身揃ってこんなに疲れたのはいつ以来だろうか。いや、割とある気がした。

 

 そうしてひたすら酸素を貪っていると、駆け寄ってきた瑠美と、ついでにレイキバットが恐る恐る覗き込んでいた。

 

「……その、ずっと無断外泊しててごめんなさい。誠心誠意謝ります!」

 

「瑠美の謝罪と看病、どっちが先がいい?」

 

 数日ぶりとはいえ、久しぶりに会って言いたいことは山ほどあった。

 だが、浮かんだどの言葉も喉をから出てこない。

 

「悪いんですけど、起きた、後で…………あと」

 

「「あと?」」

 

「お、おかえりなさい……それから、さっきは傍にいてくれて、ありがとう」

 

 それだけは言っておかなければならない気がした。

 大地はそう絞り出してから、ゆっくりと目を閉じる。

 

「……こちらこそありがとうございます。本当に、本当にありがとうございます……!」

 

 冷たい雫が大地の顔に落ちる。

 ちょっとずつ滴るので、妙にこそばゆい感じがした。

 

 ────なんで瑠美さんが泣いているんですか?

 

 その疑問を口に出す前に、大地の意識は完全に堕ちていった。

 

 

 

 *

 

 

 

 世間を賑わせた警視庁襲撃事件から数日が経過した頃。

 事件の後処理や責任の追及に追われた元G3ユニットの面々がこうして久方振りに顔を合わせた時、その表情には隠し切れない疲労や苛立ちがあった。

 行きつけの焼肉屋に着ているというのに、宴会という雰囲気ではない。

 

 食欲をそそる香りが鼻腔に流れ込んできても、氷川の橋は網の上で静止している。

 

「結局、不明な点が多い事件でしたね……入山さんはアンノウンの毒で死亡、あのアギトという生命体の痕跡もほとんど残らず……。アンノウンの活動が沈静化したことだけが救い……と言えるかどうか」

 

「そうね……アギトをどうやってあの部屋に運んだのか、誰にも知られなかったのが偶然とも思えないわね。せめて入山照が生きていれば、ね」

 

 小沢の生ビールを飲むペースもいつもより遅い。

 未だに半分しか空かないグラスが彼女のやるせなさを物語っているようだ。

 

 しかし、そんな暗い雰囲気を払拭するかのごとくひたすら肉を貪る男が一人。

 牛タン、特上カルビ、ハツにピーマン、焼いては食う、焼いては食うの繰り返しだ。

 

「まったく……どうしてこういう時に限って僕だけ除け者になってるんですか。アギト? ダークディケイド? 僕には何一つ知らされてないっていうのに」

 

「仕方ないでしょ、あんたはG3ユニットが解散になった後もちゃっかりV2ユニットに居座ったんだから。ほら、黙って肉食ってなさい」

 

 小沢に盛られた肉の山をばくばく頬張ってなお不満げな態度を崩さないその男は尾室隆弘。小沢には究極の凡人と称される彼は今回の事件では蚊帳の外であったことをかなり根に持っているようだ。

 

 顔の知った同僚達が亡くなって日も浅いのに、あれだけ食えるのは大した肝の座りようだと氷川は内心思いつつ、彼も牛タンを一枚だけ食べた。

 

「北條さんはどうしたんでしょうか? それにV2システムは」

 

「どうしたもこうしたも、V2プロジェクトは凍結よ。高村教授も戻る気は無いと言っていたから、上はまたG3に働いてもらうつもりみたいね」

 

 一口だけビールを飲んで、小沢は続ける。

 

「北條くんは……何か想うところがあったのかしら。しばらくは刑事としてまたやっていくみたい。ま、大人しくなるならそれに越したことはないわ」

 

「そう、ですか……」

 

 またG3として働いていけるとしても、後味が悪い終幕のせいで氷川には素直に喜べない。

 普段ならサバサバしてそうな小沢もそれは同様なのか、その日は結局ビールをおかわりしなかった。

 

「V2システム、それにアギト……か」

 

 

 

 *

 

 

 

 あの戦いの後、大地は丸一日眠りこけた。

 眠りから覚めても身体の節々の痛みとか、怠さは抜けなかったが、それも時期に治ると思って流している。

 むしろ目が覚めた時、隣で座って船を漕いでいた瑠美が風邪をひいていやしないかと心配になった。

 

 色んなことはあったが、帰ってきた瑠美とレイキバット、それにあんなことがあったのに何食わぬ顔で帰ってきていたガイド。光写真館の賑やかなメンバーは無事に戻ってこれたのだ。

 リビングに集っていつもの面々でワイワイガヤガヤするだけでも、大地の心は随分と和らいだ。

 

「戻って早々にこのザマとは……大地には俺がついてないと駄目みたいだな?」

 

「大地くん、ガイドさん、心配かけてすみませんでした」

 

「いやー、いいって、いいって。まあ大地の慌てっぷりを見せられなかったのは残念だけどねえ。瑠美さんはどこだ〜ってさあ」

 

「ちょ、ガイド! しーっ! しーっ!」

 

 久々に見た瑠美の笑顔は心なしか、前よりも晴れやかだった。

 吊られた大地も、自分がいつもより朗らかに笑えている気がした。

 

 特別なことは何もしていなくても、彼女達と一緒ならとても楽しい。

 

(……でも、あの時の嫌な感情も紛れも無い僕の本心だった)

 

 無論、そんな思いとは真逆の黒い想いを忘れたとは言わない。寝て起きてからも、あのアギトと入山の姿はずっとこびりついたままだ。

 

 忘れられない記録がまた一つ。

 

(良い怪人がいれば、悪い怪人もいる。良いライダーがいれば、悪いライダーも。良い人間がいれば……悪い人間も)

 

 あの一瞬だけはアンノウンが正義で、入山が悪に見えた。

 きっとこれからもああいう人間を沢山見るのだろう。

 

(……当たり前のことだよ。僕がものを知らないだけ)

 

 これから先のことはわからない。

 ただ彼女の笑顔を見ていれば、最初に抱いた決意を胸にしていれば戦えるはずだ。

 

 大地は重い溜息をゆっくりと吐き出して、今日の献立について話し合う面々を眺める。

 そこでトンチンカンな発言をしたレイキバットがガイドに叩かれ、背景ロールの鎖にぶつかった。

 

 目を回しているレイキバットの上から落ちる新たな背景ロールには、広い砂漠を走る緑色の牛を象った列車が描かれていた。

 

 

 

 





バットロード

警視庁を襲撃したアンノウンのリーダー格と思われる、コウモリ型のアンノウン。武器は爪だけで、飛行以外に目立った能力は無いが、侮れないのはジャックフォームにも匹敵しうるそのフィジカルである。
入山が隠していたアギトを抹殺することが真の目的であったようだ。



不穏な気配を残しつつ、G3編はこれにて終了となります。
今回は割と小ネタも多く、事件の真相についても不透明な部分があるので続きは活動報告に書きたいと思います。例によって仮面ライダーアギト本編の重大なネタバレを含むので、自己責任でお願いします。


次回の世界の主役は最近TVにも出ましたね。

感想、質問、評価はいつでもお待ちしております。


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ゼロノス編 ゼロのスキップオーバー
ほっとコーヒー、モーッとゼロノス




ゼロノス編スタート。いきなり時間が飛んでますね




 

 

 ──2007年 8月23日

 

 

 時間というものはとても不思議だ。

 

 常に一定の間隔で流れているというのに、それが早いと感じるか、遅いと感じるかは状況によってまるで異なる。激戦に明け暮れていた大地の感覚では大体の場合前者であった。

 

 しかし、ここ最近は後者、つまりは時間の流れを遅く感じる方が多くなってる気がしていた。戦って、寝て起きてからまた戦って……そんな風に過ごした日々がまるで昔のようだ。

 本を読みながらコーヒー飲んで、ふと欠伸なんかもしちゃって、時計は午後3時ちょうどを指していた時からまだ20分ほどしか進んでいない。こんなにのんびりしていていいのだろうか、と大地はちょっぴり不安に思ってしまう。

 

「G3の世界」を後にしてもう2ヶ月が経とうとしている。

 この新たな世界に来てからというもの、怪人に遭遇こそすれ、この世界のライダーには一度も出会ったことがないのだ。最初のうちは一日中調査をしていたが、何の成果も得られず、徐々にこうしてのんびり過ごす日々にシフトしていった。

 

「最近は戦う頻度も減ってるからなぁ……」

 

「戦う? 大地くんは、格闘技とかやってるのかしら?」

 

「え? あ、いや、そんな大層なものじゃないですよ──愛理さん」

 

 大地が座っているカウンター席の前にいる店主の女性、野上愛理にそう返すとにっこりと笑ってくれた。

 

 大地が今いる「ミルクディッパー」は彼女とその弟──野上良太郎だけで切り盛りしている喫茶店であり、美人の店主と美味しいコーヒーを出す店で結構な話題になっている。

 もう一つ特徴的なのは、店のあちこちに飾ってある物が星に関連したものであることだ。書物や古い望遠鏡のアンティークなどなど、店のひっそりとした雰囲気を出すのに一役買っている。

 とは言っても、客の大部分は星に大して興味が無い、専ら愛理の美貌に溜息をついている男性客であるが。

 

 大地もここ最近入り浸るほど気に入っており、その理由は苦手な大地でもすっきり飲めるほど美味しいコーヒーと、沢山置いてある星に関する本が読めるからだ。

 コーヒーと本を目当てに来る客というのは割と珍しいせいか、愛理と良太郎にもすぐに顔を覚えられて、軽く会話をするぐらいの仲にはなった。

 

「大地くん、今日はこれなんかどうかな? この前のやつよりちょっと専門的な内容になっちゃうんだけど」

 

「多分……大丈夫かな。ありがとうございます、良太郎さん」

 

 野上良太郎は失礼ながらかなり弱々しい印象で、尋常ならざる運の悪さまで兼ね備えている青年だ。

 大地が実際に目撃しただけでも客が零したコーヒーを頭から被る、客の飼い猫に引っかかれる、落とした皿を足の小指にぶつけるなどなど、挙げだしたらキリがない。何らかの悪意すら感じるその体質には同情せざるを得なかった。

 だが、そんな体験にも不貞腐れることなく、姉に負けず劣らずの優しい笑みを振りまく彼は見た目とは裏腹に精神的な強さを秘めているんだろうな、と大地は思う。

 

「でも凄いわねえ。こんなに短い期間でそんな難しい本まで読めるようになるなんて」

 

「なんだか……最近星を見てると懐かしい気持ちになるんです。それに僕、知識を蓄えるのは好きみたいなんで」

 

 愛理の言う通り、最初に来た時は星に関する知識がちっとも無く、それこそ一般常識レベルの星座すら知らない始末であった。きっかけは何となく手に取った絵本が始まりで、読み進めると無性に懐かしい気分に浸れた。

「懐かしい」と感じるのは、記憶を失う以前から星に興味があったのかもしれない。こうして星に関する本を読むのは過去の自分を探る目的もあったのだ。

 あの仮面ライダーアギトの変わり果てた姿を見てからというもの、些細なことでも思わずこめかみに手を当ててしまうほどの頭痛と見知らぬ映像がフラッシュバックすることがある。

 それが思い出した記憶だというのなら有難い話だが、吐き気を催すレベルの胸糞悪さが付随する記憶は蓋をしておきたいと思ってしまう。

 

 ────実験室、鎖、苦痛……そして……

 

 あの戦いの途中で垣間見た記憶はやはりドライバーを介したライダーの記憶ではなく、自分自身の失われていた記憶と解釈するのが自然なのだろう。

 新たに得た過去への手掛かりがどんなに貴重かは理解している。それでも見て見ぬフリをしてしまう弱さも、臆病さも自覚している。あれだけ記憶を取り戻したいと願っておいて、このざまではいっそ笑えすらする。こうして星に関する書籍を読み漁るのも、もっと穏やかで普通の過去が欲しいからなのだ。

 

「私もね、星空を見上げているとどうしてかはわからないけど、懐かしくなる時があって……不思議ね」

 

「姉さんの懐かしいと大地くんの懐かしいはちょっと違うんじゃないかな……?」

 

「あら、そんなことはないわよ。ねえ?」

 

「うーん……どうなんですかね」

 

 それに、この仲睦まじいほんわか姉弟が営む暖かな雰囲気が大地は非常に好ましく思っていた。(愛理が大地に微笑む度に、背後に大勢いる男性客から湿り気を帯びた視線を送られるのは勘弁してほしいと思っているが)

「G3の世界」での一件以来、こんな安らぎに飢えていたのかもしれないとは自覚している。みんながいる写真館も心落ち着ける場所ではあるが、ずっと引き篭もるわけにもいかない。

 

 曖昧に笑ってから、大地は良太郎から受け取った本の表紙をめくろうとすると、騒々しい二人組がやってきて愛理に話しかけた。

 

「愛理さん! 私も星空を見上げると懐かしい想いが過ってきますよ! そうだ、今度二人で天体観測に」

 

「三浦く〜ん! 君は夜になったら悪霊退治に忙しいだろ? 愛理さん、もし天体観測に出かけたくなったらその時は是非僕に」

 

 彼らなんかはこのミルクディッパーの典型的な男性客と言える。正直に言うと、愛理の美貌には大地もドキッとした覚えはあるが、ここまで露骨には出さない。そういった意味では大地は確かに珍しい客である。

 

 そんな時、来店を報せるベルが店内に鳴り響いた。

 

 慣れた様子でテーブル席に座ったその男は「コーヒー」とだけぶっきらぼうに注文すると、それきり黙って腕組みをする。

 

 ふと大地が振り返ると、ここ最近いつもそんな風に座っている茶髪の青年と目が合った。今は憮然とした顔をしているが、偶に目が合って会釈すると険しい顔で睨まれたり、コーヒーを飲んで心底苦そうにしていたりする、何とも表情豊かな男だ。

 コーヒーに山ほど砂糖を入れて満足そうに飲んでいるのを見かけた時は流石に彼の身体が心配になったが……。

 

(名前はたしか……桜井侑斗って言ってたっけ)

 

 彼が愛理に向かって自分の名前を言ってた記憶から、その名前を引っ張り出す。別に普通の名前だと思うのだが、良太郎が彼の名前を呼ぶ時に微妙に顔を曇らせることがある。二人きりでヒソヒソ話していることもあるので、恐らく友人なのだろうか。しかし、あまり仲がよろしいようには見えなかった。

 

「いらっしゃい、桜井くん。あのね、桜井くんはコーヒーの苦味に慣れてないみたいだから、少しマイルドにしてみたんだけど……あっ」

 

 侑斗は運んできた愛理の言葉を最後まで聞かず、一口だけ飲んだ。

 しかし愛理の気遣いも虚しく、侑斗には飲めなかったようで、苦いという感想を表情で表していた。

 それがどうにも子供っぽくて、愛理はクスクスと笑いを漏らした。だが、侑斗は気にせずいつものように砂糖をごっそり入れ始める。

 ドポンドポン投入される砂糖の山は見ている大地の方が胸焼けしてきそうだったが、過剰な甘味のコーヒーにご満悦の侑斗の表情には思わずクスリと笑ってしまった。

 

 しかし、侑斗には睨まれてしまった。当然ながら愛理のようにはいかないらしい。

 

 

 *

 

 

 それから数日。平和な昼下がり。

 

「ほっ!」

 

 光写真館のキッチンにて、大地の声が響くと共にホットケーキがフライパンの上で踊った。

 ふわっと香る匂いと小麦色に焼けた表面は我ながら上手くできていると自負できる……若干の焦げ目を見て見ぬ振りをすれば。

 しかし、まだまだ油断は禁物である。

 

「大地くーん、大丈夫ですか? 手伝いとかは」

 

「大丈夫大丈夫! 瑠美さんは座ってて!」

 

 キッチンで真剣にホットケーキを作る大地を覗き込む瑠美が不安げな表情をしているのにはそれ相応の理由があった。

 

 ある時、いつも料理を作ってもらっているのは悪いと言った大地がガイドと瑠美を手伝おうとしたことがあった。心意気は十分だったが、どういうわけか大地が関わった料理は全て黒焦げの塊に早変わりしてしまったのだ。

 

『大地はライダーの記録さえしてもらえれば文句はないよ。そういう契約だしな』

 

 ガイドはそう言ったものの、到底食べ物とは言えない物を作り上げた自分に大地は相当ショックを受けた。それ以来こうして料理の練習をしているのだ。

 料理初心者にはホットケーキはそれなりに難しいと瑠美は思ったが、大地の挑戦したいという意思を尊重して待つことにした。一応目の前で作り方は教えたから大丈夫だとは思っている。

 

「──できた! 瑠美さん、できました!」

 

 そして出来上がった大地のホットケーキは彼の想定していたよりも少し平たくなってしまっていた。

 大切なのは味だと気を取り直し、メープルシロップとバターをかけて瑠美と二人で実食した。

 

「……なんか、ちょっと生っぽい」

 

「食べれなくは、ないですね」

 

 出来映えは瑠美の感想が全てを物語っている。料理の上達にはまだまだ時間がかかりそうだ。

 そうして始まる穏やかなランチタイム。この微妙な昼食を摂りながら話す話題は自然とこの世界についてのものになった。話している内容は少々物騒だが、肩の力を抜けるこの時間が大地は好きだった。

 

「もうこの世界に来て2ヶ月になるんですね……私も調べてはいるんですけど、ライダーも怪人も全然情報が入ってきません。確か、怪人は何度か戦ったことあるんですよね?」

 

「はい……名前は()()()()、人間と契約して、無理矢理その願いを叶える怪人。イマジンは契約完了した人間の過去へ飛んで、滅茶苦茶に暴れて現在を改変しようとしているらしい……です」

 

「タイムスリップする怪人ってことですよね。どの世界のライダーも怪人に対抗できる能力がありましたし、もしかして私達が未だにこの世界のライダーと逢えないのは、そのライダーがイマジンを追って過去にいるからとかだったりするのかもしれませんね」

 

「うーん……ありうる、かも」

 

 もし瑠美の言う通りだったとすれば、いつまで経ってもこの世界のライダーには逢えない可能性が出てくる。

 しかしいくらダークディケイドが万能であるといっても、自在にタイムスリップできるライダーはそうはいない。可能性があるのはダークキバやダークドライブなどの数人しかおらず、しかもどの時間にタイムスリップをすればいいのかもわからない。

 タイムスリップの経験も無いのに、仮定に仮定を重ねた行動は非常に危険だろう。

 

「しかも変身しただけじゃタイムスリップできないかもしれないのがなあ……キャッスルドランの時の扉ってどう使えばいいのかもわかりません」

 

 大地がそうぼやくと、瑠美が急に思い出したように尋ねてきた。

 

「前々から気になってたんですけど、大地くんが他のライダーにカメンライドした時ってそのライダーの記憶が流れ込んでくるって言ってましたよね? それってどういう感覚なんですか? その……勝手に記憶が流れ込んでくるのって怖いとか思ってたり?」

 

「う〜ん、頭の中に映像として映し出される……って言えばいいのかな。そうやって戦い方とか、そのライダーの感情とかが伝わってくるんですよ。断片的な記憶ばっかりで完全に使いこなせるまでにはまだまだ及ばないんですけど」

 

 最初から所持していたライダーカードは勿論のこと、ビーストやイクサなどの大地が記録してきたライダー達も変身すれば一緒に戦った記憶が大地に流れ込んでくる。

 メイジ、レイにカメンライドした時には何も無いのだが、自分自身が変身していたからだと大地は勝手に納得していた。

 大地はこれまで手に入れたビーストからG3までのライダーカードを取り出して見つめる。他のカードとは違い、これらは彼らと共に戦った記憶の結晶のようなものだ。自然と愛着も湧いてくる。

 

「でもこのカードを持っていれば、遠く離れていても仁藤さんや名護さん達と一緒に戦ってると実感できるんです。だから、今は怖いとは思わないかな」

 

「へぇ……なんか、ロマンチックですね。でもそうです、仁藤さん達もきっと大地くんのこと応援してますよ」

 

「生憎男ばっかのむさ苦しい記憶だがな」

 

 テーブルの下からひょっこり顔を出したレイキバットが余計な一言を入れてくる。

 いつからそこにいたのやら、と大地が思っていると、レイキバットが口を開いた。

 

「おい大地、さっき言ってたイマジンだがよ。お前誰からその話聞いたんだ?」

 

「……え?」

 

「そこそこ詳しかったようだが、そのイマジンどもから直接聞いたのか?」

 

 レイキバットの質問に答えようとして、大地は気付いてしまった。

 自分がその答えを持っていないことに。

 

「あれ……? 僕は誰にこれを聞いたんだ……?」

 

 

 *

 

 

 レイキバットに言われた言葉が頭から離れず、写真館を出てとぼとぼ歩く大地。その腰のポーチにはレイキバットがしっかり納まっていた。

 

「実を言うとな、俺もイマジンに関する知識はある。それも大地が言っていた内容と寸分の違いもなくな」

 

「そうなんですか……?」

 

「だからこそ腑に落ちない。俺のメモリーにもそれを誰から聞いたのか、という情報だけ欠落しているのだ。俺は人間のように物忘れしない」

 

 こうやって話していると忘れがちになるが、レイキバットはれっきとした機械である。

 青空の会がキバットをイメージして作られた彼には普通の生物と錯覚してしまうほどの豊かな感情と学習能力、そして人間臭さがある。

 鬼塚が組み込んだAIがそれだけ優れていたのだろうし、ロイミュードなんて存在を知った後では「空飛ぶロボット蝙蝠」を大地は「普通の生物」として違和感なしに受け入れていた。レイキバットがメモリーという単語を口にしたことで、そういえば彼がロボットだったと思い出すくらいには。

 

「この2ヶ月間ライダーには会えず仕舞い。フルーツ鎧武者ストーカーとコソ泥ライダーにも遭遇していないが、まあこいつらはどうでもいい。(本当はよくない).妙だとは思わないか? 俺たちは魔化魍の例を鑑みてかなり情報を探った。その過程でイマジンと遭遇したのも一度や二度じゃなかった。にも関わらず、ライダーだけは影も形もないときた」

 

「2ヶ月っていうのは確かに変ですよね……それこそ、瑠美さんが言ったように過去にいるとか?」

 

「過去とは限らないし、下手すればこの時間にはまだこの世界のライダーが誕生していない可能性もあるな。だが、何であれこのままウダウダとやっていても状況は打開できないだろう。俺たちの記憶に不自然な穴が空いていること────まずはそれからだ」

 

 レイキバットが纏めてくれた現時点の状況、これからの方針に異論は無い。しかし、具体的に何をすればいいのかとなるとちょっと困ってしまう。

 レイキバットもそこまではまだ思い付かないようで、大地と揃って考え込んで歩く。

 

「ガイドに聞く」

 

「それで解決するならもうこの世界とはおさらばしてただろうよ」

 

「ドウマを問い詰める」

 

「ダークディケイドライバーを渡せば話すかもな……」

 

「イマジンに聞く」

 

「……まあそれしか無い、か。望みは薄いが」

 

「……と言っても、イマジンがどこに出没するかわからないんですけどね。流石にこうしてぶらついてても遭遇はしないよね……」

 

 消去法で決めた選択肢、イマジンを問い詰めるのはそこまで悪くはないはずなのに、大地はイマイチ気乗りしなかった。

 何度か遭遇して戦闘したのは前述した通りなのだが、イマジンという怪人はかなり個性的な性格をした者が多かった。一応会話は成立するが、決して人間に友好的では無かった。

 

「お前の望みを言え〜!! ウェッヘヘヘ! どんな望みも叶えてやろうぅ! ウハ、ウハハハハハハ!!」

 

 確か、あんな感じに奇妙なフレーズを口ずさんでいた。

 

「助けてくれぇぇぇ!! 頼む、お、落とさないでくれぇ!!」

 

 大体あんな風に人が襲われていたな。

 

「すぐにこいつが切れる! 望み通り、空を飛べぇ!! ウヒャハハハハ!」

 

 そうそう、無茶苦茶な解釈で願いごとを叶えたってことにして……。

 

 大地はのほほんとそんなことを考えながら、上から響いてきた悲鳴と笑い声に頷いた。想像していたものとそう変わりない声を脳内で反芻して、数歩進んでから足を止める。

 目線を下に下げると、呆れ顔のレイキバット。上に上げると、眩しい太陽の横で高所のクレーンからロープで宙吊りにされた男。そしてその男を側から煽るうざったいウサギ型怪人。

 

「…………」

 

 刹那の硬直。

 

「……えぇ!? いたよ、イマジン!!」

 

 後に絶叫。

 一体どんな確率なんだ、そもそもなんであんな真似してるんだ、とさらに叫びたくなる気持ちを抑えて、大地はポーチからレイキバットとダークディケイドライバーを引っ張り出す。

 男を宙吊りにしているロープは今にも千切れてしまいそうで、そうなれば彼は地面に叩きつけられてしまう。あの高さから落ちれば病院送りでは済まないだろう。

 

「レ、レイキバットさん! あの人助けないと!」

 

「仕方ねえ! お前も行ってこい!」

 

「はい! 変身!」

 

 KAMEN RIDE DECADE

 

 アスファルトを蹴った大地の身体は黒い虚像に包まれ、人間を超えた跳躍力でクレーンまでジャンプする。

 クレーンのすぐそばに着地した時、既に大地は仮面ライダーダークディケイドとなっていた。レイキバットはロープを一旦食い違って、男を救おうとしている。

 

「あぁ……? アッ! お前はダークディケイド!? 俺の邪魔をしようってのか!?」

 

 突如現れたダークディケイドに気付いたウサギ怪人──ラビットイマジンは驚いているというよりも、ウンザリしている様子であった。会うのは初めてであっても、イマジン側でダークディケイドの情報は共有されていると見て違いない。

 

「その人を離せ! ……あと、聞きたいこともあります!」

 

「あぁん? 答えるわけねえだろ!」

 

 ラビットイマジンは問答無用で二振りの鎌を構えて襲いかかってきたが、その動きは正直トロかった。

 ダークディケイドの首を刎ねるように振るわれた鎌は片方をライドブッカーに、もう片方を腕の装甲で難なく受け止められる。

 かち合った刃は拮抗すらせず、鎌ごと弾き飛ばされたラビットイマジンはその腹にライドブッカーの持ち手をめり込まされてしまう。打たれた箇所に手を当てて痛がっているが、罪悪感は少しも湧いてこなかった。動きはコミカルでも、やることは残虐。イマジンとはそういうものだ。

 

「イテテッ!? な、中々やるじゃねーか!」

 

 ATTACK RIDE BLAST

 

 間髪入れずにディケイドブラストで追撃するも、それはかなりの悪手であった。

 被弾したラビットイマジンをのたうち回すのには成功したのだが、流れ弾が背後のクレーンやロープに掠ってしまったのだ。

 

「大地てめえ! どこ見て撃ってやがる……って、アアッ!?」

 

「しまった!?」

 

「ひぎゃあああー!?」

 

 危うく撃たれかけたレイキバットの抗議に謝罪する間もなく、ロープが千切れてしまったのだ。命綱を失った男が落下するのは必然。

 

 KAMEN RIDE PROTO BIRTH

 

 ATTACK RIDE CRANE ARM

 

 ダークディケイドは即座にDDプロトバースへとカメンライドし、クレーンから飛び降りる。その際右腕に装備したクレーンアームのフックを手頃な手すりにかけておくのを忘れない。

 さながらターザンのような空中ブランコで、DDプロトバースは絶叫と共に落ちる男を宙で抱き留めた。

 後はワイヤーをゆっくり伸ばして降りるだけかと思いきや、九死に一生を得た男は安堵してしまったのか、妙なことを口走り始めた。

 

「あ、あれ……? 俺、生きてる……いや! 俺飛んでる! 空を飛んでる! はははははは!」

 

「え? う、うわ! 暴れないで!?」

 

 半狂乱の男をなんとか落ち着かせようとしていると、クレーンの上から今度はラビットイマジンが落下してくるのが視界に入る。攻撃に来たのかと身構えたが、ラビットイマジンの目標はDDプロトバースではなかった。

 

「うひょおお!! 契約完了!」

 

 男の身体が縦にパカっと割れたかと思えば、その中に生じた緑のワームホールらしき空間にラビットイマジンは飛び込んで行ってしまった。

 まるで漫画のような世界に生きている大地から見ても一際現実離れしたその光景は慣れてないとはいえ、一応何度か目にした経験があった。今のはイマジンが願いを叶えた契約者の記憶を辿って過去に飛ぶ瞬間の光景であり、これまでに交戦したイマジンもこうやってタイムスリップしていたのだ。

 故に慌てず騒がず、ゆっくりと地上に降りてから、DDプロトバースは気を失ってぐったりとしている男をその場に寝かせた。

 

「過去に飛ばれちまったな……追うんだろう?」

 

「勿論」

 

 過去に飛んだイマジンは破壊活動を行い、現在をめちゃくちゃにしてしまう。この世界そのものが崩壊してしまうかもしれないのに、放ってはおけない。

 

 そしてイマジンを追うにはまずは……まずは……。

 

「……あれ? どうやって過去に追うんだ?」

 

「チッ、ここにも穴が空いてやがったか。おい、イマジンがこうして過去に飛んだことはあったのか?」

 

「それは間違いないです。でも、その時どうやって追跡したのかまでは……何故か思い出せなくて。それこそ記憶にぽっかり穴が空いたみたいに」

 

 イマジンと交戦した記憶はある。イマジンが契約者の過去に飛んだ光景にも見覚えはある。しかし、その後に自分がどうしたのかまでは大地には思い出せないのだ。事態は急を要するというのに、このままでは立ち往生するしかない。

 

「えーっと、えーっと、た、確かダークドライブ……いやダークキバ……ガオウ? いや違う〜!」

 

「うむむ……俺にはわからんぞ」

 

 ライドブッカーを逆さまに広げて、レイキバットと一緒にライダーカードを片っ端から探るDDプロトバース。だが、どんなに探っても打開策となり得るカードは見つからない。

 そんなメタリックなパワードスーツを着込んだ男が頭を抱えて唸り続けるという事態に陥る前に、レイキバットに一枚のカードが投げられた。

 

「あいたっ!? 誰だ俺にカード投げたのは!!」

 

「ぼ、僕じゃないです! ……ん? このカードは?」

 

 レイキバットに投げられたのは左端が緑に塗られた不思議な柄のカードで、ダークディケイドが使用しているカードとはまた別物らしかった。

 一体誰がこれを、と投げられた方向を見やると、そこに立っていたのは予想外の人物であった。

 

 ──桜井侑斗。ミルクディッパーにいた青年。

 

 不機嫌そうな表情で腕組みしている様はミルクディッパーで見た時と同じだ。変身した大地を前にしても眼の色一つ変えない彼との対面は日常の延長線上に感じられて、戦闘していた事実すら忘れてしまいそうになる。

 

「チケットを契約者に翳せ」

 

「桜井さん……ですよね? 何で貴方が」

 

「早くしろ」

 

 言われるがままにそのカード、もといチケットを男に翳すと、そこに突然ラビットイマジンの絵柄と日付が浮かび上がってきたではないか。

 書かれた日付は「2004年 7月 26日」とある。つまりラビットイマジンが飛んだ時間ということだろう。

 しかし、明らかにイマジンを追うためのチケットを侑斗が持っているというのか。

 その疑問を彼に問い掛ける前に、どこからともなく和風の音楽が聞こえてくる。

 

「なんだこの音は……?」

 

 音の出所を探って周囲を見渡したのも束の間。空間に虹色の穴が開き、そこから空に線路が敷かれていく。

 次の瞬間、その穴から線路を辿って出現したのは緑の牛を模した列車。その列車はDDプロトバース達の目の前で停車し、ドアが開いた。

 

「空を走る列車ぁ……? 何がどうなってやがる」

 

「乗れ、ってことですか?」

 

「わかってるならさっさと行くぞ」

 

 侑斗は勝手知ったる様子でとっとと列車に入って行ってしまった。

 訳がわからないことだらけだと思いながら、DDプロトバースとレイキバットもまたその後を追ってその列車──ゼロライナーに乗り込むのであった。

 

 

 *

 

 

 ──2004年 7月 26日

 

 約3年となる時間の、とある森林地帯。

 時間を超えてやってきたラビットイマジンは脳内に響く声に従って破壊活動に勤しもうとしていた。

 しかし、早速手当たり次第に木々を薙ぎ倒そうとした彼の道行きを遮るように線路が敷かれ、さらに緑の列車が猛スピードで飛来した。

 吹っ飛ばされたラビットイマジンが顔を上げた時、そこには列車や線路など影も形もなく、立っているのはダークディケイドただ一人。

 

「てめえ、まだ俺の邪魔を〜!」

 

「バイクで運転する電車……何が何だか」

 

「無視するな〜!」

 

 ダークディケイドは激昂して襲いかかってきたラビットイマジンを軽くいなして、カードを装填した。

 身体に疾風を纏わせ、奇妙な体験に浮きかけた心と共に振り払えば、ダークディケイドはまた新たな姿に変わっていた。

 

 KAMEN RIDE IBUKI

 

 その名は仮面ライダーDD威吹鬼。

 先ほどのプロトバースへのカメンライドを見ていたためにさして驚く様子もなく、ラビットイマジンは鎌を振りかざして襲ってくるが、DD威吹鬼は通常時よりも洗練された身のこなしで刃を右へ左へと逸らしていく。

 さらに攻撃を防ぐだけに終わらず、掌底打ちのカウンターを放って怯ませる。敵が動きを止めた一瞬で鎌を持つ腕に鋭いチョップを叩き込み、瞬く間に二本とも取り落とさせた。

 慌てて鎌を拾おうとするラビットイマジンの肩を掴んで顔面に膝蹴りを沈ませ、苦悶の声を上げているところに鮮やかな回し蹴りを三連続で食らわせる。

 

 この接近戦では威吹鬼の優れた身体能力と俊敏性、記憶から流れる体術をフルに活かしている。ラビットイマジンの全ての攻撃を封じながら、それを利用して攻撃を的確に命中させるのだ。

 特に吹き荒れる暴風を体現した脚技を何度も見舞われて、タジタジとなったラビットイマジンは鎌を拾うことを諦めてDD威吹鬼の頭上を跳び越えた。

 振り返れば、またもや跳躍してDD威吹鬼の視界から消える。目線だけで追ってもすぐさま反対方向へ跳んでしまう。

 

「ウヒャハハ! お前に追い付けるかなぁ〜!」

 

 ウサギの姿はブラフに非ず。

 どうやら俊敏性に長けていたのは自分だけでは無かったらしい。しかし、この威吹鬼の力を相手にぴょんぴょん飛び跳ねるだけとはいささか心許ないと言える。

 

 ATTACK RIDE KITOUJUTSU SENPUUJIN

 

「ハァァ……ハァ!」

 

 記憶の中の師匠を真似て気合を溜めたDD威吹鬼の周囲に風が吹き始めた。溜めた気合に比例して、DD威吹鬼を包む風もまた勢いを増していき、極限に達したそれは凶器と言って差し支えない鋭さすら帯びていた。

 

「オヒョウ! 死ねぇ!」

 

 周囲を跳び回って翻弄していた……否、しているつもりになっていたラビットイマジンが上空から体当たりをかまそうとしてくる。

 それなりの高さから、それなりの勢いでやられる体当たりはそれなり以上の威力を発揮するのだろうし、仮に普通の蹴りで迎撃しようものならDD威吹鬼側も被害を被るかもしれない。

 

 なので普通ではない回し蹴り────風の衝撃波を伴う鬼闘術・旋風刃で迎え撃つ。

 

「セヤッ!」

 

「ヌァン!? な、何だ今のは!?」

 

 DD威吹鬼が放った回し蹴りの軌道をそのままに発生した疾風の衝撃波はラビットイマジンを横っ面から吹っ飛ばした。

 風に殴られたも同然の攻撃に目を白黒させている間に、大気を切り裂くチョップを下段から斜めに振り上げればまたもやラビットイマジンは吹っ飛ばされる。

 空中で辛うじて体勢を整えて、ギリギリ着地してみせたのは感心しかけたが、そこからまたしても跳び跳ねるのはどうなんだと言ってやりたい。

 馬鹿の一つ覚えとはああいう様を言うんだろうな、と大地は頭の片隅で冷静に納得していた。

 

「ちくしょう! お、覚えてやがれ!」

 

 それで何度も叩き落とされて流石に懲りたらしく、ラビットイマジンは前にドラマで見たコテコテの悪役みたいな台詞を吐いて逃走し始めた。

 ドラマの悪役は逃げ切っていたが、現実ではそうはいかない。というか行かせない。

 

 KAMEN RIDE ROGUE

 

 DD威吹鬼は足元から出てきた巨大なビーカーの液体に浸かり、砕け散ったガラスの中からDDローグとなって現れる。

 DDローグは武器として取り出した紫色の銃、ネビュラスチームガンをバルブが取り付けられた剣、スチームブレードと合体させてライフルモードに変形させ、さらに一枚のカードをドライバーに放り込んだ。

 

 ライフルモード

 

 ATTACK RIDE UFO

 

 ネビュラスチームガンから発射された光弾は不規則な軌道を描くUFOとなって、逃走を続けるラビットイマジンの背後から迫る。

 UFOは連なる木々の合間をするりするりと潜り抜け、ラビットイマジンの頭上を取ると同時にその全身を眩い光で照らしたかと思えば、彼の意思とは関係なしにその身体を浮遊させた。

 当然慌てふためくラビットイマジンであったが、彼には待ち構えているDDローグに冷や汗を垂らす以外何もできはしない。

 

「身体が浮いたぁぁ!? お、おい離せ! なんだこれ!」

 

 わざわざUFOフルボトルの力を使ったのにはそれ相応の理由があった。

 当初の予定通り、DDローグはこの世界のライダーについてイマジンに尋ねるつもりであったのだ。

 UFOによって宙ぶらりんにされている状態のラビットイマジンに銃を向けながら、DDローグは質問をぶつけてみた。

 

「質問があります。この世界のライダーについて、知ってることを教えてください」

 

「誰が答えるか!」

 

 DDローグは黙ってライフルのバルブを回転させた。

 

 エレキスチーム

 

 多少痺れさせたラビットイマジンは少しだけ大人しくなった。

 

「わかった話す話す! ところでライダーってなんだ?」

 

「そ、そこからか……僕と同じようにあなたたちイマジンと戦う仮面の戦士です」

 

「い、いやそれってお前の仲間の()()()()のことじゃないのか!?」

 

「仲間? ゼロノス? ……なんのこと──」

 

 フルボトルの能力は便利だが、万能ではない。

 一人の怪人を永久に拘束できるものではないし、時間制限だって存在する。つまり何が言いたいのかというと、このタイミングでUFOは消滅してラビットイマジンは自由の身となったのだ。

 

「おろっ!? ラッキー!」

 

「はえっ!? これで終わり!? 短っ!」

 

 効果時間が短さに悪態をつきながらも、これ以上の尋問は無理と判断したDDローグは再び逃げようとするラビットイマジンを見据えて金色のカードを取り出した。

 己の危機的状況を悟ったラビットイマジンはここら辺で最も大きな大木の裏に隠れた。しかし丸見えである。

 

「いつもいつも俺たちの邪魔しやがって! このままで済むと思うなよ!」

 

 FINAL ATTACK RIDE RO RO RO ROGUE

 

「ッツアアアアァァ!!」

 

 どんなに大きい大木でもDDローグの必殺技、クラックアップフィニッシュは防げない。

 DDローグは跳躍し、エネルギーが充填された両足でラビットイマジン目掛けて挟み蹴りを繰り出した。両足に宿った牙型のエネルギーは鰐の如くラビットイマジンに食らいつき、大木ごと噛み砕いていく。

 

「ギャァァァァ!?」

 

 断末魔を上げて爆発四散という末路を遂げたラビットイマジン。

 DDローグはその炎の中で、彼が言っていた言葉の意味について思考していた。

 

「ゼロノス……仲間……どういうことだ……?」

 

 

 *

 

 

 ラビットイマジンを撃破した後、DDローグはすぐにゼロライナーに拾われて、気が付けばレイキバット共々元いた場所、元いた時間に放り出されてしまっていた。

 

「まあまあ上出来だった。けど、次からはもっと早く倒せ」

 

 停車しているゼロライナーから壁にもたれかかった侑斗がそう言ってくる。

 

「てめえ、ここまでやっておいて何の説明も無しで済むと思ってんのか!?」

 

「別に。いい加減説明するのにもうんざりだし、イマジンが出たからお前らが戦った。それでいいだろ」

 

 侑斗が今にも噛みつかんばかりの勢いのレイキバットを涼しい顔で受け流すと、停車していたゼロライナーが徐々に走り出した。

 彼も言いたいことは言ったようで、それ以降は特に見向きもせずにドアを閉めてさっさと引っ込んでしまった。

 そして来た時とは逆に、空間に空いた穴に走り去って行くゼロライナーを大地は呆然と見送る。

 

「大地! お前も何か言えよ!」

 

「突然の出来事が多すぎて、まだ整理が追いついてないんですよ……あの桜井侑斗って人、何者なのか……」

 

 レイキバットがどんなにぷりぷり怒っても、答えは出てこない。

 結局大地達は溜息を吐いて帰る他なく、侑斗に話を聞くのはまた後日ということになった。

 

 

 *

 

 

 その翌日、大地は侑斗を尋ねてミルクディッパーに来訪する。

 だが、店の前で大地を出迎える人物がいた。

 

「あ、大地くん。いらっしゃい」

 

「良太郎さん」

 

 店の従業員である野上良太郎が出迎えるということは特別変なことではない。変わってると大地が思うとすれば、今までそんなことは無かったのに、彼がわざわざ店から出てまで待っていることだ。

 

 首を傾げながらも入店しようとする大地の前に良太郎は一歩踏み出して入り口を塞ぐ。

 

「えぇっと、その……大地くんに尋ねたいことがあって、こんなこと聞くのは変なんだけど……」

 

「はい?」

 

 その尋ねたいこととは良太郎にとってかなり深刻な内容のようだ。まごまごしながらどう切り出したものかと悩む彼に、大地も少々緊張し始める。

 内容について思い当たる節がまるで無いのが、また不安にもさせる。

 

「大地くんさ、侑斗のこと覚えてる?」

 

「……桜井さんのことですか? 最近店によく来てる」

 

 そして飛び出した内容は奇しくも今から会いに行こうとしていた相手のもの。

「桜井さん」と大地が呼んだ時、良太郎は自身の顔を微妙に曇らせつつ、次の言葉を放つ。

 

「ううん、侑斗は大地くんよりも前から店に来てた。大地くんとも何度も話してたよ────2ヶ月くらい前から」

 

 

 

 それは何度も置き去りにしてきた、小さな始まりに過ぎない。

 

 

「やれやれ、彼らがまだこの世界にいるとは。とんだマイペースだね……でも関係ないか。この世界のお宝も僕のものだよ」

 

 今この瞬間、この世界に新たに来訪した怪盗は自身の指先に狙いを定め────

 

「時間は要したが、準備は整った……。今回の奇手、誰にも邪魔はさせん……今度こそダークディケイドライバーは俺の物となる」

 

 ドス黒い赤の装甲に身を包んだ戦士は、執念を完遂するための手駒達を満足げに見下ろし────

 

「おいデネブ! 椎茸入れんなっつったろ!!」

 

「ヒィッ! ば、バレた!? あーっ!? ごめんなさい侑斗〜!」

 

 時の砂漠を走るゼロライナーの中で旅を続ける二人は日常茶飯事の騒ぎを繰り広げ────

 

 

「身体……新しい、身体……それにもう二度と敗北しない、絶対に勝てる悪の……!」

 

 迷い込んだ悪鬼の呪詛と低い音色の列車が時の砂漠に静かに木霊した。

 

 それぞれの思惑が交差し、闘いの予感を告げる警笛はすでに鳴らされた。

 そんな予感ですらも大地は知るよしもないが、仕方のないことだ。なぜなら

 

 ──始まりはいつも突然なのだから。

 

 






ラビットイマジン

仮面ライダー電王 31話のアバンに登場し、OP前に倒されるという見事な瞬殺劇を繰り広げた。
「空を飛びたい」と願った契約者を高所から吊り下げることで手っ取り早く契約完了させるのはさすがイマジンと言えるだろう。まあぶっちゃけ雑魚である。


侑斗だけでもおかしな状況なのに、海東も引き続き登場、不穏な存在まで追加と盛り沢山なゼロノス編スタートです。
何やら企んでいるドウマも気になるところですね。ちなみに良太郎は特異点のままです。(特異点って何? と思ったそこの電王未視聴者さん、一応今後軽く説明はする予定ですが、気になったらググってみよう。多分ネタバレはない)

次回更新は7月中の予定です。最低でも8月にはゼロノス編終わりたいなあ。
感想、質問、評価はいつでもお待ちしております。



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Who are 侑?

ゼロノスの世界

デンライナーか存在せず、野上良太郎か電王にならなかった世界。
若き日の桜井侑斗がイマジンと戦っているが、残るカードは少ない。
なお、ハナはターミナルに回収されている。


 

 

 

 時の列車、ゼロライナー。次の駅は過去か、未来か。

 

 

 

 ミルクディッパーに赴こうとした大地はその直前で野上良太郎に言われた言葉によってしばし硬直せざるを得なかった。

 

 大地と桜井侑斗は2ヶ月前から面識がある。

 

 良太郎が言ったことを要約すればそうなる。だが、大地には数日前より以前に侑斗と出会った記憶はまるでない。

 

 良太郎の言葉と大地の記憶に生じた矛盾。

 良太郎が嘘を言っている可能性もあるが、彼がそんな無意味な嘘を吐く男ではないと確信を持って言える。

 だからこそ、この矛盾は不気味で恐ろしく感じる。

 

「やっぱり……大地くんも侑斗のこと、忘れてるんだね」

 

「……『も』? ってことは?」

 

「うん、うちの常連さんに姉さん。僕以外の人達はみんな、侑斗のことを忘れてる。今の侑斗は『数日前からお店に来るようになったお客さん』としか認識されてなくて、でも本当は何ヶ月も前からうちに来てる常連客なんだ」

 

「そんな、僕にはそんな記憶全然……」

 

「おかしいよね。僕以外の誰もが侑斗のことを忘れるなんて。でも僕は侑斗が何度もお店に来ていることも、大地くんと色々話し込んでいたことも全部覚えてる」

 

 良太郎が話せば話すほど、頭を抱えたくなる内容がポンポン飛び出してくる。

 大地はその一つ一つを脳内で咀嚼しながら、少しずつ事実を浮き彫りにしていく。

 

「もしかして僕がイマジンのことを聞いたのも、あの桜井さんからだったから……だからそれを忘れてた。でも忘れていたとすら認識できてなかったなんて」

 

「あの、僕にはイマジンがなんなのかわかんないんだけど、でもこのままでいいとは思えないんだ。みんなが侑斗を何度も忘れていることも、それを平気な顔して受け入れてる侑斗のことも。それに、侑斗については他にも──ッ!?」

 

 そこで良太郎の口は止まる。

 何かを言おうと開いた口のまま、良太郎は白眼を剥いてしまった。

 突然のことに大地も言葉を失っていると、ようやく良太郎が次の言葉を発した。

 

「……ふにゅうううん」

 

 だが、それは言葉というよりも溜まっていた息を吐き出すような音。

 良太郎は白眼のままへにゃへにゃと座り込み、なんとその場で眠り始めてしまった。それもスヤスヤと気持ち良さそうに、笑顔で。

 しばし呆気に取られていた大地だったが、どこか身体でも悪くしたんじゃないかと思って彼の身体を揺する。何も無かったとして、こんなにも気持ち良さそうに寝ている人を起こすのは気が引けるが、道端で寝ていては風邪を患ってしまう。

 

「あ、あの良太郎さん? こんなとこで寝ちゃダメですよ? 良太郎さん? ……あれ、なにこれ?」

 

 よく見ると良太郎の背中には小さな矢が刺さっていた。

 恐る恐る抜いてみたが、特に出血した後も見られず、命に別状はなさそうである。

 誰の仕業なのかと思った途端に、誰かが小走りで駆けてくる足音が聞こえてきた。

 

「あ、あー! の、野上じゃないか! こんなところで寝てると風邪を引くぞぉー!?」

 

 ドタドタと慌ただしい様子で駆け付けてきた茶髪の男はやたら大袈裟に良太郎を介抱し始めた。

 その男は良太郎を抱き抱えてからミルクディッパーに入っていき、店の中から「あら良ちゃん、また倒れちゃったの?」だの、「いえ、当然のことをしたまでです! 何せ良太郎くんと僕、桜井侑斗は友達ですから!」だの聞こえてくる。

 あまりに矢継ぎ早に起こる出来事に大地の思考回路もかなりの高熱を放ちそうだ。

 

「今の人って……」

 

「桜井侑斗だよな……?」

 

 大地の見間違いでなければ、良太郎を介抱した男は紛れもなくあの桜井侑斗だった。ただし、あのやけに甲斐甲斐しく世話を焼いているところと、言葉が棒読みなのに目を瞑ればの話だが。

 

 眠ってしまった良太郎を預けた侑斗は腰が折れるんじゃないかと思う勢いでお辞儀を繰り返してから、店を出てきた。

 大地に真っ直ぐ向かってくる侑斗の顔には普段の彼からは想像もつかないような満面の笑みが張り付いており、そのアンバランスな感じが奇妙を通り越して戦慄すら抱かせる。

 

「やあ大地くん! 僕は桜井侑斗! いやあ、こんなところで会うなんて奇遇だなあ!」

 

「さ、桜井さん……?」

 

「やだなあ、僕のことは侑斗って呼んで! 友達っぽく!」

 

「じゃ、じゃあ侑斗さんで」

 

 この男は本当に桜井侑斗なのか。

 ひょっとするとロイミュードの擬態か、ドウマの卑劣な罠、イマジンの仕業なのではと大地は疑わざるを得ない。それほどまでに態度が激変していた。

 それこそぶつけるつもりであった質問を忘却してしまうほどに。

 

「これ、僕が作ったデネブキャンディー。お近づきの印にどうぞ! だから、だから、どうか侑斗をよろしく……!」

 

「ありがとうございます……ん、美味い」

 

「本当に!? 良かった! 沢山あるからいっぱい食べてくれ!!」

 

 大地は知らないキャラの包装がされたキャンディーを侑斗にごっそりと渡され、その手をガッチリと握られる。

 手作りキャンディーを渡され、涙ぐんで自分自身を紹介されて、正直困惑しかできなかったが、ここまでされると怪しむのも馬鹿らしくなってきてしまう。むしろ普段の不機嫌そうな態度は偶々そうだっただけで、この人当たりの良い好青年こそが本来の彼の姿なのかもと徐々に思い込み始めた。

 

「……よし! せっかくだし今夜は僕が夕飯をご馳走しよう! 勿論瑠美ちゃんにも──」

 

「────花崎さんのことを知ってる……?」

 

「……あ!? いや、ぜーんぜん知らない! あは、ははははは!」

 

 前言撤回、やはりこの侑斗は大分怪しい。

 

 誤魔化すように頭を掻く侑斗の背中から、吹き矢らしき筒がコロンと落ちた。

 

 

 *

 

 

 あれよあれよという間にスーパーにやってきた大地と侑斗。

 侑斗は店内を隅々まで巡っては、ニコニコ笑顔で買い物カゴいっぱいに食品を詰め込んでいた。肉のパックに貼られた値段シールを比較して悩んでいたり、目を輝かせながらタイムセールに参加する様は主婦のようである。

 

「これと、これと……あ、これも安い! 大地くん、食べられないものはあるかな?」

 

「い、いえ、特には」

 

「偉いなぁ〜! 侑斗も椎茸食べてくれれば……いてっ、いてて! ごめん侑斗〜!」

 

 突然自分で自分の頰にグリグリ拳を当て始める奇行を始めたりして、もはや大地にはどこからツッコめばいいのかわからなくなってきていた。

 だが未だに怪しい点は多々あるものの、この侑斗から悪意は感じられない。当初大地が抱きかけた警戒心も大分薄れかけていた。

 

 さながら母親の買い物に同行する子供の気分で侑斗の後を歩いていると、大地の肩が背後から軽く叩かれた。

 

「大地、何してるんだこんなとこで」

 

「大地くんもお買い物ですか?」

 

「瑠美さん、それにガイドまで」

 

 二人で買い物途中らしき瑠美とガイドが珍しいものを見る目をしていた。

 確かに大地が一人でスーパーに来るというのも二人からしたら不思議に思えるだろう。

 どう説明したものかと悩み始めた矢先に、凄まじい速度でやってきた侑斗がペコペコ頭を下げ始めた。

 

「どうも! 大地くんの友達の桜井侑斗です! 大地くんには是非僕の手料理をご馳走したくって、買い物に来たんです!」

 

「そうだったんですか! はじめまして、花崎瑠美です。私も訳あって大地くんと同じところに住んでるんです。その、変な意味じゃありませんよ!? あくまで同居人ですっ」

 

「……」

 

「……どうかしましたか?」

 

 侑斗は瑠美に挨拶された途端に神妙な顔つきで黙りこくってしまった。

 怪訝に感じた瑠美に見つめられ、侑斗は我に返ったように首を振る。

 

「なんでもないよ。はじめまして瑠美ちゃん! これ、お近づきのキャンディー」

 

「わ! 可愛い包装ですね! ありがとうございます」

 

「そ、そんな可愛いだなんて〜」

 

(なんで侑斗さんが照れてるんだろう)

 

 そんな取り留めのない考えをしながら、大地は通算4個目のキャンディーを口に放り込んだ。

 買い物カゴ片手に瑠美やガイドと談笑に興じる姿はますます主婦と化していて、その輪から離れた大地は少しだけ疎外感を覚える。

 だが、こっちまで釣られて頰を緩めそうになる侑斗の笑顔を見ていると、別の考えがぼんやり浮かんできた。

 

(友達、かあ……)

 

 

 *

 

 

 結局色々あって、その日の夕飯は侑斗が振る舞うということになった。

 大地、瑠美にガイド、レイキバットといういつもの食卓の面子に侑斗を加えて囲む。侑斗が作ったメニューは和食中心で、太刀魚の塩焼き、ひじきの煮物、出汁巻卵、ほうれん草のお浸し、茶碗蒸し、かぶの浅漬け……その他盛りだくさん。あさりの味噌汁に炊き込みご飯も忘れない。

 この短時間に、それも一人でどうやって作ったのかと首を傾げたくなる量の食事は食欲を刺激されるよりも先に圧倒されてしまう。

 

「張り切りすぎちゃいました! あはははは!」

 

「作り過ぎだろ、明らかに」

 

「ご、ごめんなさい! 友達とご飯を食べられるのが嬉しくてつい……そうだ、レイコウモリくんにもこのトマト味キャンディーを」

 

「いらんわ! それに俺はレイキバットだ!! 二度と間違えるなタコ助が!!」

 

「ヒィッ! ごめんなさいごめんなさい! あとタコ助じゃなくてデネ……じゃなくて! 桜井侑斗ですごめんなさい!」

 

 トマト味のキャンディーがすごく気になるが、それはそれとして両手を合わせる。侑斗とレイキバットの漫才地味たやりとりは見ていて飽きないが、こんなご馳走を冷ましてしまっては作った本人にも悪いだろう。

 

 食前の号令の直後、それぞれの持つ箸が別々の目標に向かう。

 皆が最初に口に運んだ料理はそれぞれ違ったが、飛び出した感想は寸分違わぬものだった。

 

「「「美味しい……!」」」

 

 舌の上でほろりと溶ける魚の身、程よい塩気の味噌汁、具沢山の茶碗蒸し……どれも素朴でほっこりする味わいが身体に染み渡る。今自分の舌に残る味こそが庶民感というのだろうな、と大地は心で頷いてから炊き込みご飯を一口一口噛み締める。

 箸の進み具合もどんどん早まっていき、そんな大地達を見て侑斗も嬉しそうに、それでいて照れ臭そうに食卓に混じった。

 

「この太刀魚すげえなあ、高かったんじゃないか?」

 

「出汁巻卵もふんわりしててたまりません。ん〜!」

 

「んぐんぐ……ん、この炊き込みご飯は椎茸も入ってるんですね」

 

 それは初めて食す炊き込みご飯の具を一つ一つ確認していた大地の何気ない呟きであった。

 何の他意もない一言。しかし、その一言が侑斗の顔色を瞬時に変貌させた。

 

「んな!? だ、大地くん! やだなあ、それは椎茸じゃないよ〜、しめじだよ。し、め、じ」

 

「え! そうだったんですか!? これ椎茸じゃなかったんだ……あれ? でも前に食べたしめじとちょっと違う?」

 

「あわわわ……! あ、あ、ちょ、ちょっと失礼〜!」

 

 大地が椎茸と睨めっこしていると、歯を鳴らして震える侑斗の右腕が不自然に挙げられた。

 その右腕に引っ張られるようにしてリビングのドアから退室していく侑斗を不思議に思い、大地がその後を追ってみると、彼が消えたドアの向こうから何やらドタンバタンと音が聞こえる。恐る恐る覗いた先には二人分の影。

 

 大地はそっと扉を開けてみた。

 

「デェ〜ネェ〜ブゥー!! お前ー! また椎茸入れやがってぇ! いつになったら懲りるんだよぉぉぉ!!」

 

「痛い〜! 侑斗ごめんなさい〜!」

 

 ぱたん、ドアを静かに閉めた。

 深呼吸をして、もう一度開ける。

 

「だいたいなんだよ太刀魚って! 普段あんだけ俺に無駄遣いすんなって言っといて!」

 

「友達にご馳走するんのは無駄遣いなんかじゃない! それにあんな豪勢に振る舞えば、きっと侑斗とも仲良くなってくれる!」

 

「目的を履き違えんな! 俺は仲良しこよしをやりに来たんじゃねー! 大地達にデネブの姿を見られちゃ面倒だからって調子に乗りやがってぇ!」

 

 侑斗が叫びながら、黒衣の怪人にテレビで前見た技────キャメルクラッチを決めている。

 何度も瞬きして、目をゴシゴシと拭ってみた。

 

「侑斗、参った! 参った〜!」

 

「どーだこの野郎〜! ────あっ……」

 

 侑斗と怪人と目が合ってしまった。

 どうやら大地の幻覚というわけではなさそうである。

 

 

 *

 

 

 写真館から出て、少し歩いた場所にある小さな橋の上。

 夜になっても残暑は激しく、シャツの下にはうっすらと汗が浮かぶ。都会の排気ガスで曇った夜空には微かに星が見えるぐらいで、大地が本の中で期待していた光景とは程遠い。

 

「それで、今度こそ説明してくれますよね。あの列車のこととか、そこのイマジンのこととか」

 

 侑斗の横で何故か正座中の黒衣のイマジン──デネブをチラリと見やる大地。あれから終始申し訳なさそうにしているが、横の侑斗は特に気にしていない。

 

「お前も薄々勘付いてるんだろ。自分の記憶が抜け落ちてること」

 

 そう語りだした侑斗はミルクディッパーでよく見るいつもの仏頂面と、ぶすっとした態度に戻っていた。

 

「野上が言ってたことは正しいよ。俺達は2ヶ月前に出会って、何度か一緒に戦ってる」

 

「一緒に……ってことはつまり」

 

「ああ、俺はお前達で言うところの仮面ライダー……ゼロノスだ。時の運行を守るために、イマジンと戦ってる────この説明ももう三度目になる。正直うんざりなんだよ」

 

 やはり桜井侑斗こそが仮面ライダーゼロノスであった。

 記憶を失っていることには未だ実感は無いが、大地がイマジンについて中途半端に知っていたのも、彼から教えてもらっていたのだとすれば頷ける。

 

 しかし、その事実よりも大地の胸を打ったのはこの桜井侑斗という青年を二度も忘却していたことそのものだった。

 そして、そのことを何でもない風に語る侑斗の姿も。

 

「僕は二回も侑斗さんのことを忘れてたなんて、全然信じられません……。でもどうして」

 

「お前達の知るライダーと違って、ゼロノスには変身回数に限りがある。カード一枚につき一回、それも変身の度に俺の……『桜井侑斗』の記憶が他の人間から消える代償付きでだ」

 

 そう言って侑斗が取り出したのは三枚の黒いカード。内約は緑の模様が入った物が二枚、赤の模様が入った物が一枚。

 カードで変身するという共通点だけでなく、そのカードに記憶が内包されていることまでダークディケイドと同じとは驚くしかない。

 

 否、ダークディケイドのカードは記憶を刻み込んで記録するのに対し、ゼロノスのカードは刻み込まれた記憶を消費する。そのたったひとつの違いがあまりに残酷で、大地は二の句が継げなくなった。

 

 瑠美、レイキバット、ガイドが自分を初対面の人間として扱ってきたら。再会した時に仁藤が、名護が、剛が、イブキが、氷川が大地を覚えていなかったとしたら。

 それを想像するだけでも心が凍てついて、堪らなく辛くて、息が詰まりそうになった。

 

「お前の事情は大体知ってる。記憶喪失のことも、この世界には仮面ライダーゼロノスを記録しに来たことも。……ったく、せっかく協力してやったのにお前まだ記録できてないんだろ? いちいち説明する身にもなれ」

 

「確かに、ゼロノスのカードはまだブランクのままです……。でもそれより、ゼロノスに変身できるのがあと三回なら」

 

「そう。あと三回のうちにお前が記録できなきゃお前のゼロノスのカードは永久に手に入らない」

 

「そういうことじゃありませんよ! 変身できなきゃ、イマジンと戦うことだってできないじゃないですか! この世界に他にライダーはいないんですか!?」

 

「少なくとも俺の知る限りじゃ、時の運行を守るライダーは他にいない。でも、関係ない。デネブがいればお前が昨日倒した奴みたいな雑魚は変身しなくても何とかなるし、仮にカードを全部使い切ったとしても俺はやる」

 

 侑斗の表情に迷いはない。

 変身できずとも戦うことの危険性は大地よりも遥かに理解しているはずなのに、彼には怯えすらない。

 恐らくは年齢もそう変わらないはずのこの青年がどんな経緯でこんな強い意志を目に宿したのか、大地には想像も及ばなかった。

 だが、そんな侑斗に既視感も覚えた。

 

(同じなんだ、この人も)

 

 生身で敵に立ち向かった名護のように。

 自分にできることをやり遂げようとした氷川のように。

 信じるものを貫いた進ノ介のように。

 

 この桜井侑斗もまた仮面ライダーなのだ。

 

 知らぬ間に立ち上がっていたデネブも隠しきれない後ろめたさを見せながら、侑斗の横で強く頷く。彼もまた侑斗の相棒として決意を固め、共に戦ってきたことが察せられた。

 

「僕に……僕に何かできることは」

 

「無いな。とっとと記録を済ませて、この世界から出て行け────────って言いたいところだけど……流石に昨日みたいな雑魚にカードは使うつもりはない。悪いが、カードを使わなきゃいけない場面になるまで付き合ってもらうぞ」

 

「……わかりました。侑斗さんがカードを使わなくてもいいように、僕頑張ります!」

 

「あのなぁ……それじゃあ、いつまで経ってもこの世界に居座る羽目になるんだぞ! ちゃんと考えてものを言えよ──ッ!? ムグムグ!」

 

「侑斗! 友達にそんな意地悪く言うのは良くない!」

 

 侑斗が最後まで言い切る前に、デネブがその口を塞いでしまった。

 ジタバタと暴れる侑斗を他所に、デネブは困惑している大地に何度も頭を下げる。

 もしも腕が空いていたら、また大量のキャンディーを渡してきそうな勢いである。

 

「ありがとう大地くん! ありがとう! 君に大変な苦労をかけちゃうけど、侑斗も心ではカードを使いたくないって思ってるし、君と友達になれて嬉しいと思ってる! だからどうか、今後とも侑斗をよろしく……!」

 

「は、はい! デネブさんも、今後ともよろしくお願いします!」

 

「ッ! ──うぅ! 侑斗ぉ! 良かったなあ! こんなに優しくていい子が友達になってくれて……俺も……うぅ、ううぅ、うわーん!!」

 

 まさかの号泣。デネブの烏天狗っぽい顔からとんでもない量の涙が溢れ出してえらいことになっていた。

 大地がハンカチを渡しても涙が止まる気配は無く、そんな彼を見ていると本当に侑斗の事を心配しているのがわかる。鼻水をかむのはやめて欲しかったが。

 

 しかし、勝手に代弁された侑斗にとっては堪ったものではない。

 

「デネブゥ! 適当なこと言ってんじゃねええ!! 俺がいつそんなこと言った!」

 

「俺にはちゃんとわかってる! でも侑斗はもっと素直になった方がいい!」

 

 顔を真っ赤にして怒る侑斗はどこか子供っぽくて、デネブにプロレス技を仕掛ける光景も本気の喧嘩というよりかは、戯れに見える。

 きっとこれが彼らなりのスキンシップなのだろうと大地は微笑ましくもあり、同時に羨ましくもあった。

 

(僕にも、こんな感じで遊べる兄弟は、家族はいなかったのかな……)

 

「ほら、暴力は止しましょうよ! 侑斗さんも怒ってばかりいないで、さっきみたいににこやかに、ね?」

 

「あれは俺じゃねえええーッ!!」

 

 

 *

 

 

 深夜、住人が寝静まった写真館の自室のベッドで大地は寝転がっていた。その目は開けたまま、暗闇に溶けた天井を見上げている。

 時計は午前一時を回った頃で、ベッドに入ってからすでに二時間が経過していた。

 

「……眠れないなぁ」

 

 暑さで寝苦しいとか、そういうわけではない。

 胸の奥に芽生えたモヤモヤとした感情が眠りを妨げて、大地の目を閉じさせてくれないのだ。

 

「レイキバットさん、起きてますか」

 

「今ので起きた」

 

 部屋の隅にある止まり木から厳つい声が響く。大地の部屋の隅に止まり木と、傍らにスノードームを置いてカーテンで仕切っただけの即席の空間がレイキバットの部屋である。

 スリープモードを邪魔されたレイキバットは特に不機嫌になった様子もない。

 

「どうした、眠れないのか」

 

「うん……レイキバットさん、一つ聞いてもいいですか」

 

 返事はない。

 その沈黙を大地は肯定と受け取った。

 

「僕とレイキバットさんは友達ですか」

 

「……友達の定義によるな。俺達の関係を最も適切に表現すると『仲間』ということになると思うが」

 

 当然ながら大地には面と向かって友達だと言ってくれる人間はいなかった。

 仲間はいた。師匠もいた。では友達はどうだろう。

 多分記憶を失ってから一番同じ時間を過ごしてきたレイキバットは仲間ではないと言う。

 

 ならは瑠美は友達に該当するのかと言うと、これまた微妙である。さっき彼女は大地との関係性を「同居人」と言っていたのだから。

 同居人と友達はイコールで結ばれるのか、それすらもわからない。

 

 だが、侑斗は────正確に言えば侑斗に憑依していたデネブは大地を友達だとはっきり言ってくれた。

 真意はどうあれ、大地はそれは嬉しく思う。

 

「友達……ふふ」

 

「なーに笑ってんだ。気持ち悪いぞ……てか寝ろ!」

 

 

 *

 

 

 深夜の公園で一人ブランコを漕ぐ青年がいた。

 

 黒を基調とした服装に肩からストールを掛けた男が、独り言を呟きながら深夜の公園の遊具で遊ぶ。この明らかな不審者に声をかけようとした、巡回中の警官がピクリとも動かない状態になって、彼の側に転がっていた。

 

「あーあ……そろそろウザくなってきたな。ア〜レ……えっと、何て言ったっけ」

 

 ブランコを漕ぎながら溜息を吐いている男────カイの顔は晴れない。彼には今、大きな悩みがあるのだ。

 

 イマジンを操って、現在を手に入れようと画策する自分を邪魔する厄介な存在を如何にして始末するのか、という悩みが。

 

「ダークディケイドだ」

 

 本気で忘却していたカイに、その名前を教える異形の存在が音も無く現れる。

 カイは金色の獅子を連想させる怪人──レオイマジンを一瞥もせずに、にへらと笑った。

 

「そうそう、それだよそーれ。どっから湧いてきたのか知んないけど、いい加減ウザったいよなぁ。そろそろ本格的に潰さないとなあ……そう思うだろ?」

 

 問いかけられたレオイマジンは小さく頷いた。

 だが、カイはレオイマジンの反応を見もせずに夜空を見上げて、もう一度「なあ?」と言った。

 

 すると、彼が見上げる夜空に輝く無数の星の内の二つが彼らの元に舞い降りて来る。

 

 いや、訂正しよう。それは星などではなく──イマジンの精神体が宿った光球であった。

 

「とっととやってこい。アレが消えれば俺達の邪魔をする奴はいない」

 

「ゼロノスがまだいるだろう」

 

「…………」

 

 レオイマジンのもっともなツッコミをされて、カイは笑顔を浮かべたままフリーズしてしまった。

 二つの光球も困惑したようにカイの周囲をフワフワと浮遊していたが、やがて気味の悪い笑い声を上げ始めた彼から慌てて離れる。

 

「あー、そういえばいたなそんな奴。うん」

 

「お前……」

 

「できればどっちも潰してこいよ。最悪片方だけでもいいや」

 

 了解の返事の代わりとしてか、二つの光球は上下に小さく動くと夜の街に向かって飛んで行った。

 その行方すらも、カイはやはり目で追うことなくブランコから飛び降りた。それから砂場まで歩いていき、しゃがみ込んでから人差し指で「2007」と描く。

 その数字の列を愛おしそうに撫でる姿を見て、レオイマジンは素直に気持ち悪いなという感想を抱いた。

 

「あれで駄目ならちゃんと考えないとなー。俺達の時間にあーいうのはいらないし……もうすぐこの時間が手に入るかもしれないって時に水を差されて、最っ高にムカつくって感じがするよ」

 

 そして、カイは「2007」と掘られた砂を掴み、跡形も無く握りつぶす。

 

「俺、そういう顔してるだろ?」

 

 振り返ってそう言い放ったカイはレオイマジンの方を向いていない。

 

 カイの視線が貫いたのは、公園に隣接する茂みの向こう、闇の中から目を光らせる赤黒い鎧武者。

 

「多分な」

 

 そう返した仮面ライダーセイヴァーの背後には、無数の影が蠢いていた。

 

 

 




レオイマジン

声が烏丸所長のカッコいいイマジンさん。電王37話、38話に登場し、電王やゼロノスと激戦を繰り広げた。アルタイルフォームの必殺技を二連続で耐え切るほどの実力者であったが、電車斬りにはあえなく爆散した。レオソルジャーというどう見てもゼクトルーパーな配下を持っている。


次回更新は多分7月中。感想、質問、評価はいつでもお待ちしております。


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緑と黒のWアクション


サイクロン! ジョーカー!(人違い)




 

 崩れ落ちていく身体を保てない。

 視界は霞み、感覚も消えていく。

 

「まだ、だ……!」

 

 自身の命が風前の灯であると本能で理解している。

 しかし、彼は生き延びることを諦めていない。プライドを捨てて地を這ってでも進む覚悟でいる。

 

「俺様はまだ、あいつらに勝ってねぇ……!」

 

『ウェイクアップ!』

 

『CHARGE AND UP』

 

 かつて自身を葬りかけた戦士の姿を、敗北して全てを失った自身の姿を燃料にして彼は時の砂漠を進み続ける。

 

 絶対に勝利する悪の組織を創り上げる。全てはその野望のために。

 

 まずは、身体が必要だ。

 

「あぁ……感じるぜぇ、ワルのオーラってやつを……!」

 

 そして彼が運転する時の列車────ネガデンライナーは時の砂漠の果てに向かって行った。

 

 

 *

 

 

 

 翌日、大地とレイキバットは再びミルクディッパーへと向かう道中にいた。

 

「記憶を消すライダーか……これまた変わったライダーの世界に来ちまったらしいな」

 

「変わってないライダーの世界が無かったような……逆にレイキバットさんはどういう世界が普通だと思うんです?」

 

「そうだな……世界征服を企むコッテコテの悪役に立ち向かう仮面ライダーなんてどうだ?」

 

「世界征服かあ……ロイミュードが近いっちゃ近いのかな」

 

 そんな他愛もない会話をしながら、一人と一羽はミルクディッパーへ向かう。

 侑斗と会い、話を聞いた現状ではミルクディッパーの来訪は大地の余暇活動以上の意味は持たないはずだった。

 だが、昨夜別れる間際に侑斗にこんなことを言われたのだ。

 

『明日、ミルクディッパーに来てくれ。野上にはゼロノスやイマジンのことは知られたくない。あいつ、頑固でお人好しだから絶対首を突っ込もうとしてくるはずだ』

 

 野上とは弟の方、つまり良太郎のことを指しているのだろう。

 そういえば彼だけは侑斗に関する記憶が消えていないことを思い出して尋ねてみると、侑斗曰く彼は「特異点」なる存在らしい。

 

 大地も詳しく説明された訳ではないが、特異点とは時間の改変による影響を受けない特殊な人物の呼称のことらしい。故にゼロノスのカードを使っても良太郎の記憶から侑斗は消えないし、イマジンが時間を改変しても良太郎には何も起こらない。

 特異点には他にも重要な役割があるそうなのだが、その詳細までは侑斗は語らなかった。

 

『あの姉弟は戦いに巻き込みたくない。もしお前がミルクディッパーに入り浸ってなければ、俺もあそこには行かなかった。変に勘繰られる前に、俺とお前で誤解だったってことにするぞ』

 

 野上姉弟を戦いに巻き込みたくない、という点には大地も同意しているので侑斗の申し出には二つ返事で了承した。

 良太郎には悪いと思うが、彼には勘違いだったで押し通すことになるだろう。

 しかし、まさか行きつけの喫茶店にライダー関連の目的で行く羽目になるとは思いもよらなかった。

 辿り着いたミルクディッパーの看板を、大地は複雑な心境で見つめる。

 

「……じゃ、レイキバットさん、入りますよ」

 

 いつも通り、なるべく笑顔を心掛けて、大地は入店する。

 ドアを潜れば、そこにはコーヒーと星が織りなす心落ち着く空間が────

 

 

「……大地、ここは本当に喫茶店なのか」

 

「これは……!?」

 

 一瞬、店を間違えたのかと大地は思ってしまった。

 大地震が起こったのだと言われれば信じてしまいそうなほどに荒れ果てた店内がミルクディッパーの変わり果てた姿だと思えなかった。

 

「酷い……」

 

 床には割れたコーヒーカップや皿の破片に、大地が読み耽った星の書籍が散乱しており、椅子やテーブルまでもが倒されていた。

 しかも異変はそれだけに留まらず、常連客達や良太郎までもが床に倒れていた。中には流血するほどの酷い傷を負っている者までいる。

 

「うぅ……だ、大地くん……?」

 

「良太郎さん!」

 

 比較的傷の浅い良太郎が辛そうに身体を起こそうとしている。

 大地は急いで駆け寄って、その身体を支えた。

 

「何があったんですか!?」

 

「前にうちに来ていたらしい、藤代さんっていう人が突然やって来たと思ったら暴れ出して……姉さんを攫っていこうとして。僕達は止めようとしたんだけど……ぐぅっ!」

 

「無理をしないで!」

 

(こんな白昼堂々と誘拐!? ……まさかイマジンの仕業!?)

 

 それは短絡的な思考のようで、だが真実を得ていた。

 良太郎が震える手で指差したカウンターの一画には一枚の紙切れが置かれていた。

 そこには殴り書きされた地図が描かれており、その中のとある場所を強調している。

 

「姉さんを返してほしければそこに来いって言って、さっき来た侑斗がもう……後、もう一人うちの常連さんが……う、うぅん────」

 

「りょ、良太郎さん!? レイキバットさん、救急車を! 早く!」

 

 気絶してしまった良太郎の息があることを確認してから、大地は地図を瞬時に脳内へ叩き込む。

 そしてポーチから放り出される形となったレイキバットの返答も聞かずに店を飛び出して、ダークディケイドライバーを腰に巻き付けた。

 

 ──許さない。

 

 ドライバーを付けた瞬間に何かが心の奥底で首をもたげた。

 それは、心優しい青年である良太郎が傷付けられた悲しみ。

 それは、お気に入りの空間を血で汚された怒り。

 それは、顔も知らぬ犯人への衝動的な殺意。

 

 大地は己の中で目覚め始めた暗い衝動を自覚して、クリアな思考を保つために意識して呼吸を深くする。

 事態の全貌はまだ見えないが、もし本当にイマジンの仕業であれば愛理や侑斗が危険だ。彼を変身させず、かつ二人の安全を確保するためならダークディケイドへの変身は躊躇わない。

 

「変身!」

 

 KAMEN RIDE DECADE

 

 ATTACK RIDE MACHINE DECADER

 

 変身と召喚はほぼ同時に行われていた。

 飛び乗ったバイクをフルスロットルで吹かして、全速力で指定された場所に走らせる大地に黒い装甲が重なる。

 ダークディケイドの頑強な肉体を活かして、マシンディケイダーは生身では到底耐えられないスピードにまで到達する。

 日常では決して得られることのない風景と爽快感に躍りかけた心を「不謹慎だ」と抑えつける。バイクに乗るのは嫌いでは無いし、むしろ好きな部類に入るが、今そんな気分になるのは流石におかしい。

 

 速く、もっと速く──。

 最高時速で駆け付けた先は、町外れにある廃工場。

 

「うああッ!」

 

 侑斗の悲鳴を耳にして、ハンドルを握る力がさらに強くなる。

 スピードを緩めることもせず、置かれていた資材へバイクで突っ込む。強引に吹っ飛ばされたドラム缶や木材から巻き起こった粉塵すらも突っ切って、マシンディケイダーは廃工場へ突入した。

 

 そして埃に汚れた視界を払って、グレースーツの男に踏みつけられている侑斗を見て、ダークディケイドは喉が裂けんばかりの、声にもならない叫びを上げた。

 侑斗の口元から流れる一筋の紅色に頭の中が真っ赤に染まって、口角を吊り上げている男にドス黒い感情が噴き出した。

 

 大地が友達だと思っている相手が傷付けられていた。

 

「──────ッ!!」

 

 男の足元に侑斗がいなければ、轢き殺していたのかもしれない。いや、きっとやっていた。ダークディケイドライバーから流れる激情に記憶に身を任せそうになりかけていた。

 放り投げるようにして乗り捨てたバイクから、ダークディケイドは男に飛びかかった。

 しかし、人間離れした怪力を発揮した男は掴みかかるダークディケイドの腕を難なく振り払った。

 

 息を荒げながら、倒れている侑斗を庇うように構えるダークディケイド。

 その構えは見た者に獣を連想させ、思考すらも暴れていた。

 

(侑斗さんを助けよう)

 

『この男を殺そう』

 

(愛理さんも探さないと)

 

『より強い苦しみを与えよう』

 

 

 

「だ、大地くん……」

 

「──侑斗さん、デネブさん。もう大丈夫です」

 

 苦しげに開かれた侑斗の言葉でダークディケイドの思考は急速に冷えていく。殺意に塗り固められかけた心も、感情も白と黒が混じるグレーの色になる。

 結果的に平常心は保てていないが、衝動に支配されてもいない中途半端な状態に落ち着いた。

 

 グレースーツの男はダークディケイドを見てニヤリと笑い、その身体から夥しい量の砂を溢れさせた。

 砂溜まりから徐々に人型の存在が形作られ、男の横で実体化する。

 

 黒いアリと緑のキリギリスを半々ずつ繋ぎ合わせた外見の怪人──アントホッパーイマジンとして。

 

 イマジンが人間の身体に憑依すること、実体化の瞬間などは前もって知っていたダークディケイドは別段驚く必要もない。

 

「ふぅむ、予想より早かったな。ダークディケイドより先にゼロノスを潰すつもりだったが……まあいい」

 

「やっぱり僕らを誘き寄せるために愛理さんを攫ったのか……!」

 

「こいつの望みが御誂え向きだったのでな。いい加減、お前らのような邪魔者は排除させてもらおう」

 

 アントホッパーイマジンに「こいつ」と指されたグレースーツの男は既に悲鳴を上げて逃げ出していた。何か禄でもない願いをしたのか、それともイマジンに曲解されたのか、いずれにせよ憑依されて利用された哀れな男なのだろう。

 

 ──その事情がわかっていても尚殺意を抱いた自分は一旦無視する。

 

「で? どっちから先にやられたい」

 

「気をつけろ大地くん、そいつかなり強い」

 

「心配ありません。二人は愛理さんを」

 

「かたじけない!」

 

 ダークディケイドはD侑斗──口ぶりから察するにデネブが憑依している──の警告に小さく頷き返し、アントホッパーイマジンと対峙する。廃工場の奥へ向かったD侑斗を見送ってから、ライドブッカーを構えた。

 

「ダークディケイドか……確か姿がコロコロ変わるんだったな。退屈はしなさそうだ」

 

「ご期待に添えるかどうか……わかりませんがッ!」

 

 ダークディケイドはわざと軽口を叩くことで心に余裕を持たせてから、剣を振り下ろす。

 アントホッパーイマジンは機械的な動作でスコップに似た剣を振りかざす。

 

 剣と剣がぶつかって、飛び散った火花が世界を照らした。

 

 

 *

 

 

 廃工場の奥を目指して駆ける侑斗は口元に流れる血を拭った。

 憑依させていたデネブも侑斗の中に引っ込んでおり、今の人格は正真正銘侑斗本人のものだ。

 

(ごめん侑斗、あいつかなり強くて……)

 

 デネブの謝罪は侑斗に怪我をさせてしまったことに対するもの。

 最後まで言わずとも、長い付き合いになる侑斗には些細なことでも気に病んでしまう自身の相棒の性格は嫌というほど理解していた。自身の代わりに戦ってくれた彼を責めるつもりも毛頭なかった。

 

「馬鹿! お前が謝ることはねえよ」

 

(いいや! 大地くんが来てくれなかったら今頃どうなっていたことか……)

 

「……まあ、カード使わずに済んだのはあいつに感謝してる」

 

 これが無事に終わったら、真面目に感謝してやってもいいか。

 普段から素直でない侑斗だが、大地の気遣いにはそう言ってやってもいいとは考えていた。

 

 イマジンの総数は不明。しかし、残る変身回数は3回。節約できるならそれに越したことはない。この2ヶ月でカードを使ってしまったのも止むに止まれぬ状況だったからだ。

 一緒に戦ってきて、大地が今時珍しい御人好しなのも侑斗はわかっている。時の運行を人助けと同じ感覚で守るのは気に食わないが、イマジンを倒してくれているのでそこは我慢だ。

 

 それに……これは絶対に口に出すつもりはないが、記憶喪失という大地の境遇を初めて聞いた時、侑斗は彼に協力したいとも思った。

 忘れられる痛みは十分に知っていても、忘れる辛さを侑斗は知らない。

 二度目の忘却をされた時はらしくなく憤慨して、大地には少し冷たく当たってしまったが、冷静になればそれは酷というもの。それに昨日の、侑斗から数えれば三度目の遭遇であったが、大地はいつも同じように好意的だった。そんな彼が記憶を取り戻しせるのなら、できればそうしてやりたい。

 

 こんな風に考えてしまう原因はきっと────

 

「大丈夫!? 怪我はない?」

 

「あら、桜井くん」

 

 埃っぽい物置きの奥で、侑斗はついに愛理を発見した。

 こんな場所にいたせいか、服や肌の所々に汚れが付着してしまっているが、幸い手荒な扱いは受けていないらしい。それどころか、いつもみたく笑いかけてくれる彼女を見て、ほっと胸を撫で下ろした。

 

 さて、もうこんな場所に長居は無用として愛理を連れ出そうとした侑斗であったが、彼女はその手を取らない。

 

「待って、あそこにもう一人いるの」

 

 愛理が見つめる先には、確かに一人の男が横たわっている。

 見るからに冴えない感じのする男で、あのイマジンが憑いていた藤代という男の望みとも関係はなさそうであるが、何故あんな場所で倒れているのだろうか。

 

「うちのお店の前によくいる菊池さん。さっき私を助けに来てくれたんだけど、すぐに倒れちゃって……」

 

「はぁ? 一体何しに来たんだよ」

 

 ここまで来た菊池という男の勇気だけには感心してもいいが、ここで倒れては何の意味も無い。

 だがここで放置しておくわけにもいかず、菊池を背負っていってやろうとした侑斗はそこである事に気付いた。

 

(こいつ……どうやってあのイマジンの目を掻い潜って来たんだ)

 

 デネブのように抜けているイマジンならともかく、あの仕事人気質のアントホッパーイマジンがこの冴えない男を見逃すとはどうにも考え難い。

 侑斗は警戒しながら近付くと、男の周囲にある奇妙な物を発見する。

 

 廃工場にあってもさほど不自然ではない物が男を囲むように散らばっている。

 

 そう、大量の砂が。

 

 

 *

 

 

 ダークディケイドとアントホッパーイマジンの戦いは、互いに一歩も譲らない接戦となっていた。

 どちらかと言えば、敵の荒々しい太刀筋が放つ迫力に圧倒されがちなダークディケイドの方がやや不利となるだろう。

 

 ATTACK RIDE BLAST

 

「甘いッ!」

 

 剣で駄目なら銃ではどうか。

 そんな浅はかな考えを基にしたディケイドブラストも、アントホッパーイマジンには剣を回転させて弾かれる。

 カードを使った技が牽制にすらならない事実に歯噛みしたダークディケイドは次なる手を考える。

 

 自身から誘き寄せてきただけあって、アントホッパーイマジンは中々手強い相手と認めざるを得ない。悔しいが、ダークディケイドのままでは勝ち目は薄い。

 

 侑斗と愛理の安否も懸念していたダークディケイドは、速攻で勝負を決めるべくサソードのカメンライドカードを取り出した。

 こちらの出方を伺っているせいか、敵との距離も十分。

 

 KAMEN RIDE

 

 バックルに装填し、そのまま発動しようとしたが────

 

 

「「隙ありぃ!」」

 

「があッ!?」

 

 それらは同時に起こった。

 左脇にあった資材の影から飛び出した者の剣にダークディケイドが斬られた。

 右上にあった足場を蹴って、飛びかかってきた者の爪にダークディケイドが斬られた。

 

 ダークディケイドはその衝撃と激痛に、バックルを操作できぬまま床に倒れ伏せる。

 なんとか顔だけでも上げると、そこには先のアントホッパーイマジンも合わせた三人のイマジンがダークディケイドを見下ろしていた。

 

「ヒャハハハ! 引っかかった! 引っかかった!」

 

 耳障りな哄笑をあげて、煽るように跳びはねているのはアントホッパーイマジンと瓜二つのイマジン。

 このお調子者に見える方が『自由気ままなキリギリス』の人格を、冷静な方が『勤勉なアリ』の人格を持っており、彼らは二人で一人のイマジンであったのだ。

 

「こんなに上手くいくとはな! 腕っぷしと違って、頭の方は弱いのか?」

 

『違うよ馬鹿なんだよ』

 

『ばーか! 馬鹿馬鹿!』

 

「違わねえだろ!」

 

 もう一人のイマジンは金色のブタを模した、ピギーズイマジン。

 彼は左肩と右肩に付いている顔にもそれぞれ人格があり、その姿はすなわち「三匹の子豚」を一人で再現したイマジンなのである。

 側から眺める分には愉快なイマジンに見えるが、両手の鋭い爪はダークディケイドの装甲に深い裂傷を刻む威力を発揮する。

 

「フン、見た目通りのガキだったということだろう。少しは期待していたんだが……まあいい、さっさと仕留めるぞ」

 

 若干残念そうにしているアントホッパーイマジン、『勤勉なアリ』と『自由気ままなキリギリス』の二体は藤代という男と契約していた。

 そしてそれと同時に、愛理に惚れていた男──菊池と契約したピギーズイマジンは「愛理を救う」という契約でこの場に来て、アントホッパーイマジンと結託して待ち伏せしていたのだ。

 

 その辺りの裏事情を知らないダークディケイドにも、これだけはわかる。

 今の自分は罠に嵌り、3対1の危機に陥っているだと。

 

「じゃあやっちゃうよ? やっちゃうってばよ!」

 

「こんなところで……やられてたまるかぁぁ!!」

 

 コンクリートを叩き、ダークディケイドは叫んで立ち上がる。

 中断されたせいでサソードのカード排出されてしまったが、カードは他にもある。危機的状況なのは確かでも、クロックアップが使えれば打開は容易のはずなのだ。

 そう考えたダークディケイドは剣をめちゃくちゃに振り回して、ザビーのカードを取り出した。

 

「カードを使わせるな!」

 

 しかし、それを目敏く観察していたアリの声に従ったピギーズイマジンが強烈なタックルを仕掛けてくる。

 横に転がって躱してから、カードを装填しようとしたダークディケイドの腕を、今度は剣が狙う。キリギリスの斬撃が直撃した手からザビーのカードが離れていった。

 

「囲め!」

 

「袋叩きだ!」

 

『違うよリンチだよ』

 

『わーい! リンチ! リンチ!』

 

「うるせー!」

 

 それはもはや戦いと呼べるような領域では無かった。

 ダークディケイドが何かしようとすれば、必ず押し寄せる攻撃の波によって阻止される。反対にダークディケイドには一人の攻撃を防げても、残る二人の攻撃までには上手く対応できない。

 

(どうにかしてカードを使わないと……!)

 

 ダークディケイドが強力であるのは、あくまでその能力を発揮できた時。

 並のライダー程度のスペックしかない通常形態時のダークディケイドに逆転の目があるとすれば、ディケイドイリュージョンを発動するしかないのだが、それすらカードを介した能力だ。行動を潰されてしまう状況下では発動する術が無い。

 もしも相手が単体であったならば、カードに頼らず己の技量のみでも経験を積んだ今のダークディケイドなら勝ち目は十分にあっただろう。

 

 しかし、当然ながら仮定の話をどんなにしても勝敗に影響は出ない。

 

「ごふっ! ぐぅ……がぁぁ……!」

 

 結果としてあるのは地に伏したダークディケイドと、それを踏みつけるイマジン達、ただそれだけ。

 そしてそのすぐ先にあるのは冷たい敗北という名の────死。

 

「歯応えなさ過ぎじゃねえか、おい?」

 

「この状況じゃ流石にな……よし、トドメを刺せ」

 

「やっちゃえよ! ほらほら!」

 

「えぇ!? 俺がやるのかよ……まあいいけどもさ」

 

 顎で使われた形となったピギーズイマジンは小声で愚痴を漏らしつつ、爪先をダークディケイドの背中に振り下ろそうとする。これで心臓を串刺しにされれば、ダークディケイドも一巻の終わりで間違いない。

 

 だが、この絶好のタイミングで救援はやってきた。

 

 ダークディケイドの頭上を通過していく無数の弾丸。

 それが着弾したピギーズイマジン、アントホッパーイマジン達の身体から火花が噴き上がった。

 特により多くの弾丸を食らったピギーズイマジンからは工場全体に響き渡る、耳を押さえたくなるほどの甲高い奇声を上がっていた。倒れた彼の股間から煙が上がっていることと、きっと無関係ではないだろう。

 

「大地くーん!!」

 

「デ、デネブさん……!」

 

 その弾丸、フィンガーミサイルを放った主であるデネブがドタドタと走ってくる。

 そして、その後ろに続く侑斗の手には黒と緑で彩られた、見慣れないベルト。

 

「大地、まだやれるか。……ま、寝ててもいいけどな!」

 

「侑斗! ここは俺が!」

 

「お前だけでも2対3だろ。俺がやる」

 

 ダークディケイドが見上げる侑斗の腰にゼロノスベルトが巻かれ、彼はホルダーから緑のカードを一枚取り出した。

 その小さな一枚のカードにどれほどの重みがあるのか、その一端だけでも知るダークディケイドは叫ぶ。

 

「待ってください! 僕はまだやれます!」

 

「強がってんのバレバレ。俺が本当の強さってやつを見せてやる。……もう三度目だけどな」

 

「でも!」

 

「うるせえ! カードは使うべき場面で使うって言ったよな? 今がその時なんだよ!」

 

 ゼロノスベルトから和風の待機音が響き渡る。

 今の不甲斐ない自分では侑斗を制止できないのだと、ダークディケイドは直感で理解してしまった。

 それ故に侑斗の右手にあるカードがゼロノスベルトに流れていくのを、ただ見守ることしかできなかった。

 

「変身」

 

 ALTAIR FORM

 

 一切の躊躇なく装填されたカードにより、ゼロノスベルトは起動した。

 溢れ出したオーラが侑斗の全身を黒いスーツ、緑のアーマー、金色のレールの順に包み、最後に牛型の電仮面が顔面を走って、変身を完了させた。

 

 侑斗が変身したそのライダーこそ、仮面ライダーゼロノス アルタイルフォーム。

 

 ゼロノスは人差し指を立てて、イマジン達を一人ずつ指していく。まるで全員が俺の獲物だと言わんばかりに。

 

「最初に言っておく。俺はかーなーり強い!」

 

 変身の代償という悲劇をものともしない、その勇ましい立ち姿にダークディケイドは己の魂が震える鼓動を確かに感じ取った。

 微かに項垂れて、すぐに目元をゴシゴシと拭ったデネブもゼロノスの横に並び立った。

 

「ゼロノスか。ちょうどいい、ここで纏めて始末する」

 

「ウヒヒヒ! お前より俺らの方が強いよ? ちょー強いってばよ!」

 

「自分で言うからには強いんだよなぁ、ゼロノス?」

 

『違うよ弱いんだよ』

 

『雑魚! 雑魚!』

 

 ゼロノスの登場に対し、イマジン達が示した反応は三者三様。共通しているのは、全員が現れた獲物に舌舐めずりをしていること。

 だが、ゼロノスは自身に集中している殺意の視線に臆さない。腰に装備されたパーツを外し、連結させた武器────ゼロガッシャーをボウガンモードにする。

 

「俺が雑魚かどうか……試してみろよ!」

 

 そう言うやいなや、ゼロノスはゼロガッシャーを連射しながら駆け出した。

 輝く矢の乱れ撃ちがピギーズイマジンの顔面を焼き、キリギリスとアリを怯ませる。しかし、アントホッパーイマジンが怯んだのは本当に一瞬でしかなく、彼らはすぐさま剣を振りかぶって、接近しながら撃ち続けるゼロノスを待ち構えた。

 

「甘いんだよ!」

 

 近接戦において、ボウガンが剣を相手に勝ることはほとんどないと言っていい。少なくとも、ゼロノスとアントホッパーイマジンの間にはその事実を覆せるだけの実力差は無い。

 彼ら全員がそれを理解しており、だからこそゼロノスはアントホッパーイマジン達を目前にして────跳んだ。

 

「オラァ!」

 

 宙で回転したゼロノスはアントホッパーイマジン達の頭上を通り越して、その背後に落下する。その際にガラ空きになっていた彼らの背中にボウガンを撃ち込むことも忘れない。

 

「ギャインッ!?」

 

「ヌゥ……! 口だけではないようだな」

 

「はっ! 今更気付くとか、遅過ぎるだよ」

 

 ゼロノスの猛攻は止まるところを知らず、イマジン達は皆ゼロノスとデネブに注意を集中させている。

 

 つまり、ダークディケイドは今の一種で完全なフリーになったわけだ。

 

「うぁぁあああーッ!!」

 

 KAMEN RIDE DRAKE

 

 ATTACK RIDE CLOCK UP

 

「ッ! しまっ──」

 

 雄叫び上げて立ち上がったダークディケイドはドレイクへとカメンライドした。

 さらに続けてクロックアップを敢行し、全てを置き去りにする時間の流れに突入。アントホッパーイマジンの声すら、もう聞こえない。

 

「ぐ……ぅううう……!」

 

 クロックアップがDDドレイクに与える負担は大きく、身体中の傷が疼くようだった。

 一旦膝を着いて、少しずつ、本当に気が遠くなるくらい少しずつ、振り返ろうとしているアントホッパーイマジン達を見据え、DDドレイクはどこからともなく取り出したドレイクゼクターの照準を合わせる。

 

 FINAL ATTACK RIDE D D D DRAKE

 

「ッツアァ!」

 

 銃口に集まった青いエネルギー弾が、止まっているに等しい時の中を直進していく。

 そして、DDドレイクが発射したライダーシューティングはアントホッパーイマジンの片割れ、キリギリスの胴体に直撃した。

 青い爆風にアントホッパーイマジンの上半身がゆっくりと消しとばされていく、なんてグロテスクな光景をスローモーションで見せつけられる前に、DDドレイクはクロックアップを解除する。

 

「た!? ……なっ!?」

 

「────アアアアアアアァァーッ!?」

 

 その次の瞬間にはキリギリスが一瞬で爆発四散していた。

 

 あっという間に倒された相棒に狼狽するアリ。だが、すぐに苛立ちと憎悪を込めた剣先をDDドレイクに向けた。

 

 気付けば仲間が一人減っていた事に驚くピギーズイマジン。だが、自身の顔を撃ったゼロノスへ借りを返すべく、歩を進める。

 

「貴様! ただでは済まさんぞ……!」

 

「こっちこそ……!」

 

「てめえ、よくも俺の顔を!」

 

「肩の顔も全部ぶっ潰してやるよ!」

 

 こうしてライダーとイマジン達はそれぞれの敵と対峙した。

 

 DDドレイクは近接戦に備えて通常のダークディケイドに戻り、再びライドブッカーの刃を伸ばす。

 躍り掛かってきたアントホッパーイマジンの上段からの振り下ろしに対し、剣を横に構えて受け止めた。

 

 相棒を喪ったにも関わらず、敵はさっきまでと変わらず冷静沈着であり、ダークディケイドの守りを崩そうとあらゆる角度から剣を振ってくる。

 ダークディケイドもそれを防ぐのに精一杯で、中々反撃に転じることができない。

 

 だが、敵の猛攻に押し切られる前に、アントホッパーイマジンの背中から火花が上がる。

 その苦痛から剣を止めてしまったところへ、ダークディケイドがすかさず前蹴りを繰り出して吹っ飛ばした。

 

「ありがとうございます、デネブさん!」

 

「なんのなんの!」

 

 デネブは煙が残る手でサムズアップだけすると、ゼロノスの援護に向かって行った。

 援護射撃の主にお礼を述べたダークディケイドは再びアントホッパーイマジンに攻め立てられぬ内に、カードを取り出した。

 敵が走り出すのと、ダークディケイドがバックルを回転させるのはほぼ同時。

 

 KAMEN RIDE LEANGLE

 

「ぐああぁ!?」

 

 ベルトから出現したのは蜘蛛が描かれた紫のゲート、オリハルコンエレメント。

 アントホッパーイマジンの進路を阻んでぶっ飛ばしたそれは、ダークディケイドの方へ自動的に接近し、彼をすんなりと受け入れた。

 

 ゲートを通過したダークディケイドは、クラブのカテゴリーエースの力を宿したライダー、DDレンゲルへと姿を変えていた。

 

 フォームチェンジした敵を見て、警戒を強めるアントホッパーイマジン。またしてもカードを取り出したDDレンゲルの行動を阻止すべく駆け出したが、DDレンゲルを止めるには一人だけでは無理がある。

 アントホッパーイマジンの妨害は間に合わず、結果としてDDレンゲルは無事にカードを装填完了していた。

 

 ATTACK RIDE REMOTE

 

 音声が読み上げられた直後、DDレンゲルはライドブッカーからさらに数枚のカードを抜き出し、虚空にばら撒いた。

 ばら撒かれたカードは全てレンゲル用のアタックライド。そして発動されたテイピアリモートの光が、それらのカードに封じられていた力の根源たる存在を解き放つ。

 

「「「ギシャァアアーッ!」」」

 

「湧いた……!? こいつら、一体どこから?」

 

 突如出現した三体の怪人────モールアンデッド、ジェリーアンデッド、エレファントアンデッドを前にしてアントホッパーイマジンは面食らってしまった。

 

 テイピアリモートの効果は封印されたアンデッドの解放。

 その効果はアタックライドとなっていても問題なく発揮され、他のアタックライドに因んだアンデッドを再現・召喚したのだ。

 

「やっちゃってください!」

 

 DDレンゲルの号令に従い、アンデッド達はアントホッパーイマジンへと一斉に群がった。

 これは堪らんと踵を返した二色の背中に、エレファントアンデッドの鉄球が直撃し、さらにモールアンデッドとジェリーアンデッドが追い縋る。

 

 アンデッドに囲まれたアントホッパーイマジンがしこたま殴られて、蹴られて、また殴られる。

 その光景はイマジン達がダークディケイドにした行為と同じ、所謂リンチと呼ばれるもの。いや、そこへレンゲルラウザーを持ったDDレンゲルが加わって四人がかりになった分、イマジン達よりも残酷と言う者もいるかもしれない。

 

 DDレンゲルは無意識のうちに意趣返しをしていた自分に一切の疑問も抱かず、レンゲルラウザーをアントホッパーイマジンの肩に食い込ませた状態でカードを装填した。

 

 ATTACK RIDE BLIZZARD

 

「き……さ、まぁ……!」

 

 アントホッパーイマジンは呪詛のような呟きを残して、内側から凍りついていく。

 氷の彫刻と化したそれを、DDレンゲルは無感動に見つめてレンゲルラウザーを放り捨てた。振り返って、アントホッパーイマジンとは反対方向にゆっくりと歩いて行く。

 

 無論、見逃したわけではない。

 

 FINAL ATTACK RIDE DE DE DE DECADE

 

 ディメンションスラッシュを発動するだけの、距離が欲しかっただけだ。

 

「ツァアアアアー!」

 

 身動きの取れないアントホッパーイマジンには、その斬撃を回避することなど到底不可能であった。

 

 

 *

 

 

 ダークディケイドが悪趣味で、思わず目を疑うような残虐ファイトを繰り広げているとは露知らず、ゼロノスとデネブはピギーズイマジンを相手に戦闘を続けていた。

 

 ゼロノスはゼロガッシャーをサーベルモードに連結させて接近戦に持ち込んでいたが、大柄のピギーズイマジンが繰り出す攻撃はその一撃一撃がかなり重く、打ち合う度にゼロノスの腕を痺れさせた。

 見た目も仕草もふざけた野郎だと思っていたが、それ以上に強靭なフィジカルが厄介だとゼロノスはピギーズイマジンへの認識を改めた。

 

「このやろっ!」

 

「全然効かねえよ!」

 

 数多くのイマジンを斬り裂いてきたゼロガッシャーの斬撃を爪で弾くことを、ピギーズイマジンは全く苦に感じていない。

 なんて馬鹿力だと内心で独りごちたゼロノスはまともに付き合ってはいられないとも感じた。

 スピードではこちらに分があるので、ピギーズイマジンの攻撃を躱せはするものの、いつまでも続けられはしない。攻めあぐねている苛立ちが溜まり、動きも段々と粗雑になっていく。

 

「侑斗ぉ!」

 

 そこへ駆けつけたデネブによるフィンガーミサイルの掃射がピギーズイマジンを側面から叩く。

 やたらと痛そうな悲鳴は上がるくせに、大したダメージにはなってないのがまたゼロノスの苛立ちを募らせた。

 

 こういう相手には自分よりも相棒の方が適任だろう。

 

「デネブ、来い!」

 

「了解!」

 

 ベルトから一旦カードを引き抜き、裏返して再び装填するゼロノス。

 その背後にすかさず立ったデネブが両腕を交差させ、ゼロノスの両肩の上に置いた。

 

 VEGA FORM

 

 ゼロノスベルトが宣言した音声は、すなわちゼロノスとデネブが一体化する合図。

 デネブの腕はキャノン砲としてゼロノスの両肩に装備され、彼の服と同じ黒色のマントが背面に纏う。

 すでにあった緑の電仮面は消失し、代わりに星型の電仮面が赤い複眼を光らせる。

 そして厚くなった胸部装甲にデネブの顔がにょきっと生えることで、フォームチェンジは完了した。

 

 仮面ライダーゼロノス・ベガフォーム。

 

 デネブと一体化することで、パワーと重量を引き上げた形態。

 身体の操作権も侑斗自らが「かなり強い」と評するデネブに一任しており、実質的なゼロノスの強化形態と言っても過言ではない。

 

「最初に言っておく!」

 

 開口一番、ゼロノスは堂々とそう言い放つ。

 ベガフォームから醸し出される威圧感に圧倒され気味のピギーズイマジンも、その次の言葉を固唾を呑んで見守る。

 見るからに隙だらけなのはわかっているが、何となく今攻撃してはいけないとピギーズイマジンは思ってしまった。

 

「────胸の顔は飾りだ!」

 

「────はぁ?」

 

 そしてずっこけるピギーズイマジン。場の緊張感も解けて台無しである。

 ちなみにゼロノスが……というよりデネブが言ったことは本当だ。

 

「お前! わざわざそんなこと言うのかよ! 舐めてんのか!?」

 

「いや、弱点だと勘違いさせたら悪いと思って。お前も両肩に顔付いてるし……」

 

「いやそうだけども!」

 

 ピギーズイマジンが胸の顔が弱点だと思っていたことはここだけの話である。

 

「でもこうして見ると俺達そっくりだなぁ」

 

「言われてみれば確かに……」

 

 複数の顔、複数の人格。共通点と言えばそれぐらいだが、そこで共通する者はまずいない。

 互いに無言で見つめ合うゼロノスとピギーズイマジン。

 その胸中にはほんの少しの親近感が芽生えていた。

 

『────馬鹿! 何仲良く話してんだ! 早く戦え!』

 

「そんなぁ! 肩が喋るなんてちょっと気持ち悪いけど、もしかしたら侑斗の友達になってくれるかもしれないのに」

 

「き、気持ち悪い!? 貴様、よくも俺の弟達の悪口を!」

 

『違うよ、兄貴の悪口だよ』

 

『お兄ちゃまキモーい!』

 

「な!? お前らついに反抗期か!?」

 

 ご立腹のピギーズイマジンは勝手に肩と喧嘩を始めてしまった。その光景は実際気持ち悪い。

 しかし、この喧嘩には気持ち悪いという感想以上の意味があった。

 

 FULL CHARGE

 

 ゼロノスベルトに光り輝くVのマークは必殺の印。

 ゼロノスはフリーエネルギーがチャージされたカードをゼロガッシャーをセットし、サーベルにエネルギーを伝達させる。

 

「ハアアアァァ……!」

 

『『「はぇ?」』』

 

 廃工場を照らす光の奔流に今更気が付いたピギーズイマジンが兄弟共々腑抜けた声を出す。

 今が戦いの真っ最中だと思い出し、がむしゃらに突っ込んでくるイマジンをゼロノスはただ待ち構えるだけ。

 

 突き出されたピギーズイマジンの爪と、ゼロノスのサーベルが交差する。

 

 自慢の爪はゼロノスの装甲に浅くはない傷を付けた。しかし、それだけだ。

 

 ゼロノスの斬撃、スプレンデッドエンドはピギーズイマジンの身体をV字状に、()()()()()()()()()()()。それも左肩、頭部、右肩が泣き別れとなると形になって。

 

『兄貴!?』 『お兄ちゃま!?』「すまん、弟達よぉぉお!!」

 

 ピギーズイマジンは敢えなく爆散した。

 装甲に刻まれた傷をチョンチョンとつつきながら、デネブは「悪いことしたなあ、少し卑怯だったかなあ」と要らぬ心配をしていた。

 

 

 *

 

 

 興奮していた心が熱を失っていく。

 脳を焼いていた血液が急速に冷えていく。

 虚しさが広がっていく。

 

 ダークディケイドは、かつてアントホッパーイマジンだった氷塊を足で散らした。

 あんなにも憎いと思っていたのに、こうなるとその感情をも氷塊と同様に溶けていくようだった。

 

「……もう終わった。終わったんだ」

 

 自分にそう言い聞かせて、変身を解く。

 大地はアントホッパーイマジンの残骸から目を逸らして、ゼロノスがベルトからカードを抜く瞬間を目撃した。抜かれたカードが粒子となって消失していくところまで、余すところなく。

 

 一人のゼロノスから、侑斗とデネブの二人に分離された。

 戦闘は勝利に終わったというのに、皆浮かない顔ばかりだ。

 

 大地は目を瞑って、黙って十秒間数えた。

 目を開けてもそこに侑斗はいる。そこにいる人物が侑斗だと認識できる。

 大地の言わんとすることを察した侑斗は抱いた希望を否定した。

 

「緑のカードを使っても、お前は俺のことを忘れない。お前が忘れるのは残り一枚の赤のカードを使った時だ」

 

「僕が侑斗さんのことを忘れたのも、侑斗さんが赤のカードを使ったから?」

 

「そういうこと。で、お前の目的は果たせたのか」

 

 侑斗が言った目的という言葉が「ゼロノスのライダーカード」を指しているのだと気付くのに、大地は数秒の時間を要した。

 言われて取り出したゼロノスのカードは、やはりブランクのままであった。

 

「……後2回。それでも駄目ならもう俺にできることはない。とっととこの世界から出て行け」

 

「……」

 

「……返事くらい、しろよな」

 

 カードを消費したということは、また誰かの記憶から「桜井侑斗」が消えたということ。

 それなのに、侑斗の表情はいつもと変わらぬ仏頂面。

 そんな彼に何を言うべきか、大地にはわからない。

 

 そもそもカードを使わせてしまったに等しい自分が何を言う資格は無いのだと、大地は黙って唇を噛み締めるのだった。

 

 

 

 

「結局失敗か」

 

無様に散ったアントホッパーイマジンを嘲笑っているのは、廃工場を眺めているドウマ。

イマジンが三体寄り集まった程度でダークディケイドを打倒できるとは最初から期待しておらず、この結果は簡単に見えていた。

だからこそ2ヶ月という長い期間を設けて準備した計画があるのだ。

 

「機を見て動く。準備だけはしておけ」

 

「わかっている」

 

ドウマの背後に潜む複数の人影、その内の一人がそう答える。

突風が吹いて、その影からたなびくマフラーを見てドウマは不気味に口角をつりあげた。

 




アントホッパーイマジン

仮面ライダー電王 第31話と第32話に登場した所謂分裂するタイプ。本編では明確に電王を標的にして暗躍した初のイマジンである。
単体でも電王やゼロノスと互角以上の強敵であったが、二人がかりでボコボコにしようとしてくるのだからタチが悪い。
余談だが、遠目に見ると仮面ライダーWに似ている気がする。

ピギーズイマジン

超電王トリロジー エピソードRED 「ゼロのスタートウィンクル」に登場。
両肩にそれぞれ弟の顔と人格が付いたへんてこりんなイマジン。その格好はまさにイマジン版クライマックスフォーム。(実際劇中でもそんな風に言われてた)
契約者の望みを叶えるため、邪魔となる電王を排除するためにデンライナーに忍び込んで暴走させるなど、意外とクレバー。しかも割と強い。


ほぼ戦闘しかしませんでしたね。次回更新は未定です。


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ゼロライナー・クラッシュ!

長くなりがち


 

 深夜、光写真館。

 

 明かりが点いていないリビングで、マッチの火に照らされたガイドの顔が闇に浮かぶ。

 テーブルの上に置かれた、細く小さな蝋燭が炎を灯し、ガイドと大地の顔を仄かに照らす。

 

「はい、ココア」

 

「ありがとうございます」

 

 大地はふーふー冷ましてから夜の闇に溶け込む色の液体を飲む。口の中に残る濃厚な甘みはそこまでしつこさを感じない。

 正面に座ったガイドはグラスに入った液体とアイスクリームを一緒に食べている。

 

「一口どうだ? 話しやすくなるぞ」

 

「未成年にお酒勧めちゃ駄目でしょう」

 

「自分の年齢なんか知らないくせに」

 

 これぐらいの時間帯にガイドが一人で酒を嗜んでいることは知っていた。あのアルコール臭漂うグラスの中身も酒の一種だろう。

 しかし断ったものの、酒とアイスクリームを一緒に食すという趣向と味にはちょっぴり興味があったりする。

 

「それで、相談ってのは何だい?」

 

「……最近、変身している時にカッとなって、見境なしに暴れそうになるんです」

 

「最初の頃にあった暴走とは違うのか?」

 

「似てるけど、ちょっと違う。前のは悪い記憶に取り込まれるって感じで、最近のは……こう、僕が悪くなる感じ」

 

「うん……?」

 

 ガイドはイマイチわかっていない。

 大地の言葉選びが曖昧なのがその原因だ。

 大地はもっと具体的に伝えようと改めて努力する。

 

「以前の暴走は僕自身が悪い記憶に取り込まれて、僕が消されそうになってました。でも最近の方は、僕が僕のままで増悪とか、殺意とか、負の感情に染められそうになります」

 

「うぅん……そうかそうか」

 

 輪をかけて難解な説明になってしまった気がしたが、ガイドは合点がいった顔でうんうんと頷いてくれた。

 

「つまりだ。最近の大地は暴走というよりも、悪堕ちしそうになってるわけだ。いや、闇落ちの方が合ってるかな? いっそ()()()()とかか?」

 

「名称はどうでも良くて、どうすればいいのか教えて欲しいんですけど」

 

「って言われてもなあ」

 

 珍しくガイドが考え込んでいる様子を見るに、これはかなり解決が難しい問題になりそうだ。

 そう考えた大地であったが、実際のところは違っていた。

 

「大地はどうしたいんだ?」

 

「えっ……どうって?」

 

「別に悪堕ちしても、仕事さえこなしてもらえるなら俺は一向に構わないんだよ。どの世界で何をして、どんな旅をするのかは大地の自由なんだ。続行が困難と俺が判断したら、その時点で取り消しになるがね」

 

「……ドウマみたいに?」

 

「そういうこと。それと、原因について言うなら……ダークディケイドライバーには悪人ライダーの記録も多いから、大地の中にあったそういう負の感情が刺激された、とかかね。心当たりは?」

 

「あるには、あります」

 

 心当たりと言われれば、すぐに浮かぶのはやはり「G3の世界」で見た入山とアギトのことだった。始まりとなるのはあの醜い人間と哀れなライダーの末路を見たあの時を置いて他にない。

 

 あれ以来人間相手でも殺意を、怪人にはさらに過剰な殺意を抱く自分が怖かった。

 負の感情を抱いてしまう自分を克服すべきなのだと考えた。

 だが、ガイドはそんな自分を肯定も否定もしてくれない。

 

 いつぞやの名護に従えば、自分は正しくあるべきなのだ。悪に染まってはいけないのだ。

 そうならないための明確な答えが知りたい。

 ふとした拍子に残酷になろうとする自分を、明確に間違いだと否定してくれる言葉が欲しい。

 

「でも一つだけアドバイスを贈るとすれば……君はそろそろ自分を見つけるべきだな。どんな相手でも曲げない、確固たる意志として」

 

「意志ならありますよ。僕はみんなを護りたい、そのために戦う」

 

 みんな、というのがどこまでを指すのかは大地自身にもよくわかっていなかった。

 

「足りない! あともう一声! ってやつだな。そんなに曖昧じゃあいつか潰れちゃうぞ? 」

 

 ガイドはそう言うと、アイスの最後の一口を食べた。

 大地が思い出したように向いた下には半分以上残ったココア。

 大分冷めてしまったそれを一気に飲み干した。コップの底に溜まった濃い目の液は甘過ぎて、少し顔をしかめた。

 

 相談内容とさの重さとイマイチ噛み合わないその仕草にガイドはフッと笑みを浮かべる。

 

「歯磨いてから寝ろよ」

 

 ガイドが吹いた息で、蝋燭の炎が消えた。

 

 

 *

 

 

 侑斗にカードを使わせたくない。その一心で大地は戦い続けていた。

 

 

 ────2006年 11月 29日

 

「お勤めご苦労さん。フシュ!」

 

 オフィス街で暴れている二体のトータスイマジン。

 内気なカメ型が口から発射した甲羅型の弾丸でビルを破壊し、陽気なウサギ型が跳躍して人々に襲いかかる。

 

 しかし、現れたダークディケイドが弾丸を撃ち落として、ウサギを蹴り飛ばした。

 

「おぉん? ダークディケイドか〜。ゼロノスはいないのか?」

 

「お前達の相手は僕だけで充分だ!」

 

 ウサギの身体を斬り裂こうとしたダークディケイドの斬撃はするりと躱され、身軽な跳躍で翻弄される。

 しかし、そういった類の敵の経験があるため、その対処も心得ていた。

 

 KAMEN RIDE SAGA

 

 銀の蛇を意匠とした運命の鎧を纏う戦士、DDサガは鞭状の武器、ジャコーダービュートを振るう。

 自身を中心に、ジャコーダーが渦巻きを描くように回せば、周囲を飛び跳ねていたウサギは打たれ、弾き飛ばされた。

 

「たしか、カードを使うとコロコロ変われるんだったな〜。じゃあ使わせなければいいのか〜」

 

 アタックライドのカードを装填しようとしていたDDサガを狙う弾丸が連続で着弾する。

 ダークキバにも迫る勢いの防御力を持つサガの鎧には大した痛手にはならなかったが、もたらされた衝撃によってカードは落としてしまった。

 

 どうやらカード装填を阻止するという戦術は既にイマジン達の間では共有済みらしく、カードを使おうとすれば弾丸が飛んでくる。ウサギの方もDDサガから距離を取って、カメの側で待機している。

 

(そうだろうな、とは予想してた。僕だって馬鹿じゃない。それなりに対策は考えてある!)

 

 DDサガはライドブッカーからカードを抜き取る。その瞬間に、カメの放った弾丸が飛んでくる。

 

 単純な答えだ。

 弾丸が飛んでくるのがわかってるなら、避ければいい。

 カードを装填する暇がないのなら、しなければいい。

 

 ライドブッカーからカードを取り出すふりをして、横に転がったDDサガは弾丸を回避した。

 再び弾丸が飛来する前に、DDサガはジャコーダーを思い切り振るった。

 

「むぁん!?」

 

 顔面を勢い良く打たれたカメは思わずその箇所を抑えて蹲る。

 それは、隙を狙う故に生まれた隙。

 

 FINAL ATTACK RIDE SA SA SA SAGA

 

 魔皇力を込めたジャコーダーがしなり、二体のトータスイマジンの身体ををまとめて刺し貫く。溢れ出した魔皇力は上空に夜を誘い、サガの紋章を映し出す。

 確かな手応えを感じたDDサガはジャコーダーを握ったまま跳躍、紋章の中を通って着地する。

 紋章を支点にして宙吊りにされたトータスイマジン達がジタバタ暴れるも、時すでに遅し。彼らを貫いたジャコーダーの赤い光は、紋章の中からDDサガの手元からしっかりと伸びていた。

 

「フンッッ!」

 

 敵から流れ出した鮮血のようにも見えるその光をDDサガがなぞれば、彼らは鞭を通して体内に注入された魔皇力によって爆散。

 DDサガの必殺技、スネーキングデスブレイクが生み出した爆炎の光は運命の鎧を美しく演出していた。

 

 イマジンが行った破壊の痕跡は程なく元通りに修復され、人々は何ごとも無かったかのように日常を送る。

 誰もDDサガの活躍には気付かない。しかし、ただ平和に過ごす人々を見て、それでいいとDDサガは思った。

 

 身体に溜まった疲労感から、肩を落としたDDサガは不意に視線を感じて振り返る。

 

 そこには懐中時計を持った、探偵風の格好をした男が立っていた。

 彼はDDサガと意味深な視線を交わした後、まるで最初からそこにいなかったかのように、そそくさと立ち去った。

 

 

 *

 

 

 ────2006年 10月 15日

 

 海中を素早く泳ぐクラブイマジンの背後に、それを更に上回る恐るべきスピードで追いかける影があった。

 

 KAMEN RIDE POSEIDON

 

 サメ・クジラ・オオカミウオの特性を宿した戦士、DDポセイドンはカニ型イマジンという見るからに水中戦が得意そうな敵にも余裕で追い付き、手にしている槍──ディーペストハープーンを首筋に突き立てた。

 

「ぐわぁ!? 貴様、まだ俺の邪魔をするつもりか!」

 

「これで最後にしますよ!」

 

 硬い甲殻に覆われているためか、槍の穂先は首の表皮を斬り裂いたのみで終わり、クラストイマジンは未だピンピンしている。

 だが、仮面ライダーオーズのシャウタコンボをも圧倒したDDポセイドンはまさしく水中戦のスペシャリスト。多少硬い程度では張り合える道理がない。

 DDポセイドンはクラストイマジンの攻撃を優れた機動力で躱し、ディーペストハープーンを一度振るえば、生じた衝撃波がクラストイマジンを海底に叩きつけた。

 

 叩きつけられた衝撃から泥が巻き上がり、クラストイマジンの身体を覆い尽くす。

 

(しめた! これで泥に隠れて逃げられる!)

 

 DDポセイドンに悟られないよう、ゆっくりゆっくり泳ぐクラストイマジンの真上で黄色い複眼が輝いた。

 

「逃がしません!」

 

 鮫には隠れた獲物を見つけ出すための、極小の電位差すら感知するロレンチーニ器官がある。

 つまり、サメの能力を宿すDDポセイドンからは泥に紛れた程度では逃げられないということだ。

 

「ツァアアアア!!」

 

 ディーペストハープーンの一撃に貫かれたクラストイマジンは泥混じりの爆発に消える。

 一仕事終えたDDポセイドンは海面から上がる際、イマジンに破壊されずに済んだ街並みを見て胸を撫で下ろした。

 

 

 *

 

 

 ────2007年 9月 23日

 

 大地は一人(とポーチに入った一羽)でとある場所に向かっていた。

 連日のイマジン退治に駆けずり回っており、昨日も戦っていた大地の身体はだいぶ疲労が蓄積していた。

 だが、侑斗と連携してイマジンを追跡する合間にはデネブが写真館で料理を振る舞ったり、瑠美達も交えて談笑したりする日々は溜まる疲労よりも楽しさの方が上回っていた。

 それでも今日くらいはゆっくり休むべきだったのだろう。にも関わらず、大地が外をほっつき歩いている理由は無視できない呼び出しを受けたからである。

 

「あ、大地くん。ごめんね、急に呼び出したりして」

 

 大きな川に架かる橋の上で、大地に手を振る人物──野上良太郎がいた。

 アントホッパーイマジンの事件による傷はもう癒えており、本人も平気そうにしている。

 侑斗に釘を刺されている手前、良太郎とはなるべく会話をしないよう心がけていたのだが、こうして直接呼び出されたとあっては行かないわけにも行かなかった。

 

「いえ、良太郎さんこそ傷の方は平気でしたか?」

 

「うん、あの時はありがとうね。救急車呼んでもらっただけじゃなく、姉さんまで連れ戻してくれて」

 

「当然のことをしたまでですから。……それで、話っていうのは?」

 

「うん……侑斗のことなんだけど」

 

「戦いに巻き込みたくない」と言われていた良太郎がいきなり侑斗の名前を口にしたので、大地は思わずギョッとしてしまう。

 下手なことは口走らないよう気をつけなければならない。

 

「あー……もしかして、侑斗さんと会ったことを僕が忘れてたっていうことですか? よくよく思い出したら、あれは僕の勘違いみたいで……」

 

「それもあるんだけど、侑斗には他にも気になることがあるんだ。今日呼んだのも、大地くんが侑斗から何か聞いてないかと思って」

 

「他に気になること……? あっ」

 

 しまった、と自身の失態を悟る大地。良太郎を誤魔化すならば、ここは聞き返してはいけない場面だったし、下手に声をあげても怪しまれる。

 しかし、大地の中で侑斗の意思を尊重しようとする心と侑斗をもっと知ろうとする心で揺れ動く。その迷いが導き出したのは、続きを促す仕草。

 単純に「友達」だと思いたい男に関する事柄をもっと知りたいという気持ちを抑えられなかったからだ。

 

「桜井侑斗……この名前は姉さんの婚約者のものでもあるんだ」

 

「婚約者……? 侑斗さんと愛理さんが?」

 

 侑斗と愛理が互いに寄り添う姿を想像してみる。

 歳の差はあるが、意外とお似合いのカップルかもしれない。

 

 ……そうではなくて! 

 

「えぇ!? あの二人って婚約してたんですか!?」

 

「やっぱりそういう反応になるよね。でも違うんだ。姉さんと婚約したのは侑斗じゃなくて、桜井さんなんだ」

 

 大地の脳内では、浮かんだクエスチョンマークが絡み合ってこんがらがっていた。

 

 

 それから数十分。

 

 大地は良太郎から事の顛末を聞き終えた。

 彼の話によって点と点が結ばれて、おかげで以前から感じていた侑斗に関する疑問、ゼロノスに関する疑問の大部分が解消された。

 しかし、それでも大地の顔は曇りを増していく。

 

(桜井侑斗、あの緑のカード……そういうことだったんですね)

 

「大地くん? 顔色悪いけど、平気?」

 

「……はい」

 

 良太郎が話した内容を侑斗は知っていたに違いない。

 そして侑斗は大地にそのことを話してくれなかった。今すぐにでも問い詰めたい気分だが、まずは良太郎にどう返答したものか。

 

「それで、次は大地くんの話を聞かせてほしいんだ。多分その様子だと何か知ってるんだよね」

 

「それは……」

 

 普段はおっとりしている風に見えるが、この良太郎という男は大地が思っているよりも優れた観察眼の持ち主らしい。

 恐らく大地の様子の変化にも気付いていたに違いない。

 いよいよ誤魔化すのが困難になってきた、と思った瞬間に幸運の女神は大地の味方をした。

 

 いや、正しくは不幸の女神と言うべきだろう。

 

「ッ! 良太郎さん!」

 

「ふぇ? ってうわぁぁ!?」

 

 突如落下してきた鳥の糞が良太郎の頭に直撃、さらに風で飛んできたチラシがその顔面を覆い尽くした。しかも驚いて後ずさった彼の足元に転がってきた空き缶があり、見事に足を滑らしてしまった。

 

 その結果、良太郎は橋の上から落下した。

 

「落ちるぅぅぅ!?」

 

「うわぁあ!? 危なーい!」

 

 悲鳴を上げて落ちる良太郎。咄嗟に腕を伸ばす大地。

 間一髪のところで大地が良太郎の片足を掴み、その落下を阻止できた。

 だが安心するのはまだ早い。

 

「か、風が!」

 

 突然勢いを増した風が宙吊り状態の良太郎を右へ左へと揺らす。

 ピタゴラスイッチみたいな展開に気が抜けそうになっても、手を離せば良太郎はタダでは済まないこと確実。

 さっきの出来事といい、作為的なものを感じてしまうレベルの不幸体質を実感すると、良太郎が今日まで生きてこれてるのが不思議に思えてしまう。

 

 大地が頭の片隅でそんなことを考えながら踏ん張って、徐々に良太郎を引っ張り上げる。

 一応こうして助ける人がいる分、幸運の星はまだ良太郎を見放していないのかもしれない。

 

「あ! う、後ろ後ろ〜!!」

 

 その考えは甘かった。やはり良太郎は不幸の塊だ。

 

 風で飛ばされたチラシに視界を奪われた自転車が突っ込んできて、良太郎と一緒に橋から落とされた大地は、そう思いながら近付く水面を見つめていた。

 

 

 *

 

 

「へくちっ!」

 

「チクショウ、俺まで濡れちまった!」

 

 あの後、大地と、ついでにレイキバットはずぶ濡れになった身体で良太郎を病院まで運んだ。

 水面に激突する寸前でレイに変身して彼らのクッションになったが、衝撃を殺しきることはできず、良太郎は気絶してしまったのだ。

 だがヒゲの男の方は普通にピンピンしており、大地はその丈夫さに驚きつつ、良太郎の搬送を手伝ってもらったというわけだ。

 

「しっかしあの野上良太郎とか言ったか? まさかドクターに顔覚えられてるとは……」

 

「開口一番に『今日はカツアゲ? それとも転びましたか?』ですからね……。レイキバットさん、手伝ってもらってありがとうございました」

 

「お前に礼を言われるのも飽き飽きだ。俺が防水性にした鬼塚に感謝しとけよ!」

 

「……はは」

 

 レイキバットをポーチにしまった大地はしばらく歩いていたが、その途中で立ち止まった。

 良太郎が入院した旨をミルクディッパーに伝えに行くか、写真館に帰って着替えるかで迷っているのだ。

 普通に考えれば前者が先なのだが、川の水で濡れた上に悪臭まで付いた服であの店に行くのは(はばか)られる。

 大地がそう悩みながら立ち止まっている最中、見覚えのある人物が目に入った。

 

「あ、侑斗さーん!」

 

「ん? ……ああ、お前か────って臭っ!? お前なんなんだよその臭い!」

 

「さっき良太郎さんと川に落ちちゃいまして。濡れてるのも気持ち悪いですね」

 

「野上……あいつ、よく生きてこれたな────っておわっ!?」

 

 侑斗が何かに突き飛ばされたような仕草をしたかと思えば、彼の雰囲気が一変した。

 人の良さそうな、しかし侑斗の性格には全く合わない笑顔を浮かべているのを見て、「ああ、いつものか」と大地は納得した。

 

「本当かい、大地くん! なら早く服を乾かさないと……いや! いっそおニューの服を買いに行こう!」

 

「急にどうしたんですか、デネブさん」

 

「い、いやいや。僕はデネブなんかじゃなくて、侑斗だよぉ。ほらこの通り!」

 

 会った当初はともかく、イマジンの憑依を知った今なら侑斗がデネブに憑依されたのだと大地でもわかる。

 しかも嘘がヘタクソというか、良くも悪くも正直なデネブは憑依してもバレバレだ。

 だから侑斗の口に指を突っ込んでまで笑顔を作るのは本人が不憫でならないので、やめてあげて欲しい。

 

「さ、そうと決まればしゅっぱーつ!」

 

「何も決まってないですよ!?」

 

 大地の抗議の声も虚しく、D侑斗の尋常ならざる力でショッピングモールへと引っ張られていった。

 

 

 *

 

 

 基本的にガイドか瑠美がチョイスしたものを着ている大地にとって、自分で服を選ぶのは初めての体験だった。

 どういったものを着ればいいのかと悩む大地の隣で自信満々といった様子のD侑斗がドン、と胸を叩く。

 

「俺に任せてくれ!」

 

『おい! なんでこいつの買い物に付き合わなきゃなんねーんだよ!』

 

「いつも助けてもらってるんだからこれぐらいしなきゃ! 侑斗にも新しい服買ってあげるから、頼む!」

 

『……しょうがねーな。ただし! 俺の服は俺に選ばせろよ!』

 

「それは……うーん、侑斗だと高いやつにしそうだし……」

 

 店の中で表情をコロコロ変えながら独り言を呟くD侑斗に店員や客は不審な目を向けており、隣の大地までいたたまれなくなってきた。

 なるべく周囲の視線を気にしないように、展示されているマネキンと睨めっこしたりしていると、肩を強く掴まれた。

 

「行こうか! 大地くん!」

 

「結局デネブさんなんですね……」

 

 それから試着室にいくつかの服と共に放り込まれた大地のプチファションショーが幕を開けた。

 

 まずは赤シャツの上に革ジャン、革ズボンのワイルドスタイル。

 

「漢らしくてカッコいい!」

 

「チンピラっぽいです……」

 

 次に青シャツに黒スーツのスタイリッシュスタイル(何故かメガネも付属)。

 

「クール!」

 

「ちょっと堅苦しい……詐欺師みたいです」

 

 まさかの黄色い着物に番傘まで持たされた和風スタイル。

 

「風情がある!」

 

「スースーして涼しいけど、歩き難いなあこれ」

 

 キャップとヘッドホン付きのDJスタイル。

 

「お洒落な感じ!」

 

「なんか付属品が多くなってる……でも悪くはない、かな?」

 

 白い羽根のストールを巻いて、全体的にフワフワした貴族(?)スタイル。

 

「優雅!」

 

「羽根が鼻にチクチクして……へくちっ」

 

 青鬼の着ぐるみ。何故こんなものまで置いているのか、店員を小一時間問い詰めたくなる。

 

「それ、最近人気のアレクサンドルビッチくんって言うらしい。みんなの人気者間違いなし!」

 

「これ着て街中歩けばほんとに人気者になれるんですか……?」

 

「もうばっちし! ……侑斗用にもう一着買おうかな」

 

『デネブゥ!』

 

 それからキレた侑斗とデネブがプロレスモドキを始めてしまうなどのトラブルはあったものの、無事に買い物は済んだ。

 大地は、まあ何かしら用途はあるだろうと選んだ青シャツとスーツを着ていた。素材の顔がそこそこ整っているので、一応形にはなっている。多彩な能力を操る戦士の中身には思えない、シュッとしたスタイルのおかげで大体の服装は似合うのが幸いした。

 しかし、やはりネクタイのせいで妙に息苦しく感じてしまうとは、金を出してもらった手前、口が裂けても言えそうにない。

 

「色々と悪いな、デネブも悪気はないんだ」

 

「わかってますよ」

 

 今話しているのは侑斗本人だと口調だけで理解している。

 彼の言葉の隅には、ほんの少しの罪悪感がある。

 

「気にしていませんよ」と言って、自販機で購入した缶コーヒーを差し出す(ちゃんと甘いやつを買った)。

 カシュ、と小気味の良い音が鳴って、侑斗は一口飲んだが、あまりお気に召さなかったようだった。

 

「デネブはお前になるべく長く、この世界に残ってもらいたいと思ってる。だからこうして服を買ったり、飯を作ったりしてる。あいつらしい浅知恵だ」

 

「それも侑斗さんにカードを使ってほしくないから、ですよね。僕もその気持ちは同じです。だから僕は……」

 

 その後に「この世界に残って戦い続ける」と大地は付け足したかった。

 できなかった。閉じた口の中から奥歯を噛み締める音がした。

 

「同情なんかすんな。これは俺の世界の問題で、お前にはお前の戦いがあるんだろ。早く記録ってやつ済ませろよ」

 

「僕にもはっきりした条件はわからないんです。このままじゃいけないとも理解してます。でも……未来の自分に関する記憶、その婚約者の記憶を消してまで戦え、なんて僕には言えませんよ」

 

 そこまで言ってから、缶コーヒーと一緒に購入していたジュースで大地も喉を潤す。

「普通にそれを2本買えよ」という侑斗の視線がとても痛かった。

 

「……野上から聞いたのか」

 

「はい。偶々だったんですけど」

 

 あの橋の上で良太郎が話してくれたこと。それは彼の姉である野上愛理が記憶喪失であるという事実と、その失われた記憶というのが愛理の婚約者に関するものだということ。

 

 そして、その婚約者の名前が「桜井侑斗」だということ。

 

 良太郎が知る婚約者の桜井侑斗────彼に倣って呼ぶなら、その「桜井さん」は30代後半の男性らしいが、時間を超えるゼロライナーの存在を知る大地にはそれだけでもなんとなく察してしまった。

 

「侑斗さんがあの姉弟を戦いに巻き込みたくなかったのも、それが理由なんですね。ゼロライナーに乗って、過去からやってきた侑斗さんは未来の婚約者とその家族を守ろうとした」

 

「お前、一番嫌なところで察しが良いんだな」

 

 空になったコーヒー缶を投げ捨てる侑斗。

 弧を描いて飛ぶ空き缶は、かなり離れたところにあったゴミ箱へ見事に入った。

 真似してみたいが、失敗する確信が大地にはあったのでやめておいた。

 

「『俺』は数十年前の過去から来た。『現在(みらい)の俺』から託されたゼロノスのベルトとゼロライナーでな。事情は全部聞いて、それでもやらなきゃいけないって思ったさ」

 

 侑斗は「未来の桜井侑斗」をわざわざ強調して説明した。

 この2007年に存在した桜井侑斗という男が、青年期であった頃の自分────今、大地の隣に立つ「過去の桜井侑斗」をゼロノスにしたのだと。

 

「あの緑のカードは『現在の俺』に関する記憶を消す。だからあの時、お前の記憶は消えなかった」

 

「じゃあ赤のカードは……その『桜井さん』でなく、『侑斗さん』に関する記憶を消すもの?」

 

「そういうことだ」

 

 ぶらぶら歩いていた二人は街中から出て、オフィス街が一望できる河川敷に来ていた。

 

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 侑斗は手頃な小石を拾い上げ、水面に向かって投げた。

 5回跳ねた小石が水流に消えていく。

 

「そんな大切なこと、黙ってるなんて。良太郎さんが探ってくるのもわかりますよ。姉の婚約者と同じ名前の人が来たら、僕だってそうするかも」

 

「不幸自慢がしたいわけじゃねーよ。どうせ忘れるのに、話したってしょうがないだろ」

 

「忘れないかもしれないじゃないですか」

 

「二回忘れた奴の言葉とは思えないな」

 

 そこを突かれると非常に痛い。

 大地は誤魔化すように小石を投げる。風を切ったそれは小さく飛沫を上げて沈んだ。

 

「だからって、将来の婚約者になる人にも忘れられたままでいいんでしょうか。他に何か戦う手段はないんでしょうか」

 

「コロコロ変われるお前と一緒にすんなよな。俺にはこれしか無い。ゼロノスじゃないと時の運行は守れない。だったら俺はやる……デネブと会った時から変わらない、俺の決意だ」

 

 侑斗が再び小石を投げる。4回跳ねた。

 

「悲しいじゃないですか。誰からも覚えてもらえない、一人ぼっちになるなんて」

 

「記憶喪失の奴が言うか?」

 

「忘れる辛さだけは侑斗さんよりも知ってますから」

 

 ポーチの中で溜息を吐く音がした。

 大地は力加減に気にしながら、もう一度小石を投げる。2回跳ねた。嬉しかった。

 

「お前も俺のことばっかじゃなくて、もっと自分のこと心配しろよ。後2回でゼロノスを記録できなきゃアウトなんだろ?」

 

 ゼロノスを記録できないということは、すなわち仕事の失敗ということになる。

 そうなればガイドは大地からダークディケイドライバーを取り上げて、写真館からも追い出される。

 もう永遠に失った自分を取り戻すことができなくなるのだ。

 

 そうなった時を想像するだけでも背筋が冷えてゾッとする。裸で知らない場所に放り出されてしまえば、待つのは孤独と死だ。

 そうわかっているのに……なおも胸中を大きく占めるのは「侑斗が忘れられないで欲しい」という願いであった。

 

「ゼロノスは記録したい、けど侑斗さんにカードは使って欲しくない……矛盾してますよね。どっちも叶える方法はないんでしょうか」

 

「そういう欲張りが許される世界じゃないってことだ」

 

 侑斗は水切りするには、明らかに大き過ぎる石を思い切り投合した。

 大きな水飛沫を満足したのか、彼は帰路への道を促す。

 大地も彼に従って川に背を向けようとしたその時、耳によく馴染んだ音が聞こえてきた。

 

 ゼロノスの変身音によく似た和風の音楽。つまり、この音はゼロライナーの汽笛のような音か。

 

「ゼロライナーで帰るんですね」

 

 定住地を持たないらしい侑斗達には確かにゼロライナーこそが帰る家だ。

 ならここでお別れだな、という大地の考えは侑斗の動揺によって否定された。

 

「違う、俺は呼んでない……ゼロライナーが勝手に来た……!?」

 

 侑斗が言い終えると同時に、彼等の目の前までやって来たゼロライナーはその速度をゆっくりとしたものに落とした。

 開いた乗車口には一人の男がおり、呆気にとられている大地達を見下ろしていた。

 

「やぁ、お二人さん。このゼロライナーとゼロノスのベルトは僕が貰ったよ」

 

「海東さん!?」

 

 世界を股にかけるトレジャーハンター、海東大樹。

 彼の今回のターゲットは既にその手中に納まっていた。

 

 

 *

 

 

 ゼロライナーのコックピットにて、海東大樹は今回の成果を眺めていた。

 ニヤつきを抑えられないといった様子で、誰に言うわけでもなく、ただ呟く。

 

「時を超える列車、ゼロライナーとそれを操るライダー、ゼロノスのベルト。こんな最高のお宝をこうもあっさり手に入るなんて!」

 

 一般人に変装し、すれ違った瞬間にゼロノスベルトとゼロライナーのパスをこっそり奪う。

 手口としては古典的過ぎる気もしないが、それを鮮やかに遂行できるのが海東大樹という男であった。

 

「ゼロノスのカードもまだ2枚あるね。ゼロノスがこの世界から失われる前に奪えたのも好都合かな」

 

 この列車さえあれば、好きな時間に飛んで、好きなお宝を奪える。一石二鳥とはまさにこのこと。

 あの大地にもそれなりに警戒はしていたが、まさかこんなにも上手く事が運んでしまうと些か拍子抜けもしてしまう。

 だが、もはや大樹の興味はゼロライナーでどこの時間に飛ぶかに占められていた。過ぎたことは気にしない主義なのだ。

 

「さて、まずは……!?」

 

 その瞬間、ゼロライナーに凄まじい衝撃が走った。

 

 

 *

 

 

「変身!」

 

 KAMEN RIDE DECADE

 

 大樹にゼロライナーが奪われたと知った大地はすぐさまダークディケイドへと変身を遂げていた。

 ゼロライナーが消えた時の砂漠へ追跡するには、ダークディケイドの力が必要不可欠だからだ。

 

「おい大地! あいつはなんなんだ!?」

 

「海東大樹、仮面ライダーディエンド。一言で言うなら、強盗です!」

 

「はぁ!? ったく! イマジンだけでも手一杯だってのに、そんな奴までいるのかよ!」

 

 地団駄踏んで悪態を吐く侑斗。

 それも当然だと大地は思う。よりにもよってとんでもない物を盗まれたのだから。

 怪しいけど悪い人ではなさそう、という大樹の第一印象が見るも無残に崩れ去っていった。

 

「僕がゼロライナーを取り返します! 侑斗さんはここで待っていてください!」

 

 ダークディケイドは「カメンライド NEW電王」のカードを取り出した。

 デンライナーを召喚すれば、ゼロライナーの追跡および奪取は可能なはずと考えた故の行動であったのだが。

 

『侑斗! ゼロライナー戻ってきたぞ!?』

 

「何!?」

 

 侑斗達が空を見上げれば、時空の穴に消えたはずのゼロライナーが再び出現していた。

 しかも車体の至る部分が炎上しており、その走行も見ていてハラハラするほどに危なかっしい。

 そのゼロライナーが出てきた穴の隣にもう一つの穴が開いたかと思えば、見たこともない列車が侑斗達の前に現れた。

 

「なんだよあれ……」

 

『あんな時の列車見たことない!』

 

(デンライナーに似てる……?)

 

 不協和音を奏でるその列車は炎上しているゼロライナーに向けて、さらに砲撃をかましてくる。

 そのあまりに執拗な攻撃はゼロライナーが炎上している原因もあの列車なのだとわかってしまうほどだ。

 奪われたとはいえ、自身の根城とも言うべき列車が破壊されていく様を侑斗は悲痛な面持ちで眺めることしかできない。

 

 だが、記録の片隅にそれと類似した存在を認識していたダークディケイドだけは手に持っていたNEW電王のカードと、その歪な模様の列車を見比べていた。

 

『こっちに落ちてくる!』

 

「侑斗さん!」

 

 墜落してきたゼロライナーを見て、ダークディケイドは咄嗟に侑斗を抱き抱えて飛び退こうとしたが、河川敷には他にも人がいた。

 列車が川に落下したことで起こると予想される小規模の津波が被害を生み出してしまうかもしれない。

 

 KAMEN RIDE SORCERER

 

 ATTACK RIDE BLIZZARD

 

 ダークディケイドは瞬時にDDソーサラーとなり、河川敷に覆い被さろうとしていた波をブリザードで凍結させた。

 河川敷にいたのが数人であったことや、波がそこまで大きくなかったのですぐに避難は完了し、ダークディケイドも通常形態に戻った。

 

 ゼロライナーの方はというと、車両の各部が炎上を通り越してあちこちで爆発まで連鎖していた。一際大きい爆発の後、その連鎖は収まったが、あの様子では走行も厳しそうだ。

 そしてゼロライナーを攻撃していたデンライナー似の列車もいつのまにか消えていた。

 

「けほっ、けほっ……やれやれ、とんだ目に遭ったよ」

 

 コックピットの部分から若干フラついて這い出てきたのは、仮面ライダーディエンド。

 その手にはゼロノスベルトがしっかりと握られている。

 

「お前! それを返せ!」

 

「参ったなあ、これじゃあゼロライナーは諦めるしかないね。しかし、さっきの列車は……」

 

「話を聞けー!」

 

 ディエンドは悩ましげにゼロライナーを評定しながらも、拳を振り上げて走る侑斗を見ずに銃口だけ向けて射撃した。

 侑斗の足元に火花が散るだけの威嚇射撃ではあったが、ディエンドの危険性を認識させるにはそれだけで充分だった。

 

 そうしてたたらを踏み、睨む侑斗に代わって前に出るはダークディケイド。

 

「そのベルトは確かにお宝かもしれません。でも、海東さんのものじゃない」

 

「今は僕の手にあるこのベルトを見てごらんよ。それが答えさ」

 

「だったら! 力尽くでも取り返します!」

 

 もはやダークディケイドに遠慮する気などサラサラ無かった。

 以前は不意打ち同然の襲撃や、大樹の人となりを知らなかった故に囚われてしまったが、今回はそうはいかない。

 

 もっとも、その心中は「大樹が許せない」という怒りよりも、「侑斗に早くゼロノスを戻さなければ」という焦りが大きく占めているばかりか、「侑斗にゼロノスが戻らなければ変身せずに済むのでは」なんて馬鹿げた思い付きまで去来したせいで、幾分か冷静ではいられた。

 

 KAMEN RIDE GILS

 

 最初に選んだのは体力の消費が少なく、大地も使いやすいと感じるDDギルス。

 臨機応変に対応できるライダーに変身するほどやる気に溢れたダークディケイドとは対照的に、ディエンドは退屈そうにカードを装填していた。

 

「野生児には野生児を、ってね」

 

 KAMEN RIDE AMAZON OMEGA

 

 KAMEN RIDE AMAZON ALPHA

 

「「ガァァァァアッ!!」」

 

 ディエンドが召喚した二人のライダーはとても人間とは思えない咆哮を轟かせ、DDギルスへと踊りかかる。

 そこらの怪人よりもよっぽどバケモノ然とした動きで吠える緑のライダー、アマゾンオメガがとんでもない瞬発力でDDギルスに組み付いた。

 さらにアマゾンオメガよりかはいくらか理性的な、しかしやはり獣同然の咆哮を上げる赤のライダー、アマゾンアルファまでもがDDギルスの首を腕のカッターで掻っ切ろうとしてくる。

 

「ゥォオオオッ!」

 

 DDギルスも記憶に合わせて、野生の本能を爆発させたような荒々しさで二人のアマゾンズを振り払い、それぞれに蹴りを叩き込んだ。

 

 威嚇の見合いの刹那、そこから繰り広げられるは生々しい暴力のぶつけ合い。

 噛み付き、引っ掻き、斬り裂き、絞め技……ひたすら相手を殺すためだけに身体を動かす。

 

 VIOLENT BREAK

 

 アマゾンオメガの鞭とギルスフィーラーが絡み合い、互いの腕ごともぎ取ろうと力を込める。

 そしてアマゾンオメガに意識が集中した一瞬を突いたアマゾンアルファが瞬く間にDDギルスに迫り、鋭いカッターが目前にまで来ていた。

 

 あわやカッターの刃がDDギルスの視力を奪わんとしたその時────

 

 

 

 

「待てーッ!」

 

 そこに響き渡った野太い叫びは、アマゾンズやDDギルスのそれではない。

 そしてアマゾンアルファのカッターを食い止めた腕も。

 DDギルスを救ったその戦士は奇しくもアマゾンズに酷似した姿をしたライダーであった。

 

「ライダーキィィックッ!」

 

 次に聞こえた勇ましい声がDDギルスの頭上を飛び越えて、流星のごときキックがアマゾンオメガを吹っ飛ばした。

 DDギルスの前に着地したその戦士はバッタによく似たライダーだった。

 

「RXキック!」

 

 アマゾンアルファを横から蹴っ飛ばしたライダーはそれよりもさらにバッタっぽい見た目の黒いボディ、真っ赤な目をしていた。

 

 動揺して唖然としていたDDギルスの背後からまだまだやって来る戦士達は合計7人。

 彼等は横一列に並び立ち、勇ましく名乗りを上げた。

 

「仮面ライダー1号!」

 

「仮面ライダー2号!」

 

「ライダーマン!」

 

「仮面ライダーX!」

 

「仮面ライダーアマゾン!」

 

「スカイライダー!」

 

「仮面ライダーBLACK RX!」

 

 背後に爆発でも幻視しそうな見事な名乗りに、DDギルスや侑斗は開いた口が塞がらない。あのディエンドですら困惑を隠せない様子である。

 

「……何故君達がこの世界に?」

 

「黙れ! 仮面ライダーディエンド! 俺達は貴様の息の根を止めるため、この可愛い後輩を助けるためにはるばるやって来たのだ!」

 

「貴様の悪行、もはや見逃してはおけん! 覚悟しろ!」

 

 1号、2号と名乗ったライダーがディエンドを指差して糾弾した。

 なおも困惑しているディエンドはとりあえず配下のアマゾンズを差し向けるが、始まったのは7対2という結果を聞くまでもない戦い。

 あんなにヒーローっぽく登場しておいて、やってることは悪役じみてるな、とDDギルスは感想を洩らした。

 

「大地、なんなんだあいつらは」

 

「さぁ……とりあえず味方のようですし、手伝ってきます」

 

 戦況は正直DDギルスが加勢するまでもなかった。

 アマゾンアルファはすでに消滅、アマゾンオメガも虫の息、7人ライダーはピンピンしている。

 寄ってたかってライダー達に殴られているアマゾンオメガを見ていると、この前の自分を見ているようでDDギルスは少しだけ同情した。

 

「偽ライダーめ! これでも食らえ!」

 

 1号ライダーが口から火を噴いて(!?)、燃やされたアマゾンオメガは断末魔と共に消滅した。

 するとライダー達はDDギルスの周囲に集まって、ディエンドに向き直る。駆け寄ってくる光景がかなり怖かったDDギルスはライダー軍団の中央で少し縮こまっている。

 

「……なるほど。彼も随分と手の込んだ小細工をするね。ここは退散しておこうかな」

 

「彼? それって」

 

「じゃあね」

 

 ATTACK RIDE INVISBLE

 

 何やら合点がいったらしいディエンドはゼロノスベルトを持ったまま、さっさと逃走してしまった。

 その手際が鮮やか過ぎて、一人で逃げる時は真似しようと大地は心に留めておいた。

 

 かくして唐突な救援とリンチを経て、勝利はした。ゼロノスベルトを取り返さなければならないという課題は残しているものの、ひとまずお礼を言わねばならない。

 

「助かりました。僕一人じゃ、かなり苦戦してたと思います」

 

 ライダー達を代表するように一歩前に出た1号がDDギルスに手を差し出す。

 求められた握手をDDギルスは強く握り返した。

 

「君がダークディケイドだね? 俺達は君を助けるためにやって来たんだ」

 

「と言うと……他の世界から?」

 

「うむ、これからも平和のために共に戦おう!」

 

 先ほどまで困惑に染まっていた大地の胸中が感動に変わっていく。

 我ながらチョロい自覚はあったが、1号を初めとするライダー達に囲まれて激励を受ければ誰だって今の自分と同じ気持ちになるに決まっている。

 これだけの人数がいるのだ。ゼロノスベルトの奪還、侑斗のカード問題にもきっと協力してくれるはずだ。

 

「ディエンドの追跡も我々が行おう。君は休んでいるといい」

 

「そんな、僕も一緒にやりますよ」

 

「そのベルトは体力の消費が激しいと聞く。今は俺達に任せろ」

 

「……じゃあお言葉に甘えて」

 

 ダークディケイドがバックルに手をかけた時、ライダー達はその複眼を一斉に向けた。

 無言でひたすら見つめてくる姿が少し怖かった。

 だが、「少し怖い」程度しか思わなかったので、変身解除は続行される。

 

 そして変身を解いた瞬間、大地の顔面に()()()()()の拳が飛んできた。

 口から血を吐きながら、大地は自嘲気味に呟く。

 

 ああ、また騙された。

 

 倒れながら、口から吐き出した液体に大地の顔が映る。赤透明の水溜まりに映る、酷く歪んだそれが自分の表情だと何故だかすんなり納得できた。

 

 




次回は明日の夜更新します。短いです。

怪人紹介も次回にまとめてやります。



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ぼくもあいつもバッタもん

すげー短いです。この引きがやりたかっただけ。


 

 

 

 ビルの屋上にて、陽の光を喰らう二つの胡乱な影がゆらりと立ち上がる。

 その中の一人、仮面ライダーセイヴァーは河川敷で繰り広げられている争いに笑いを堪えることができなかった。

 

「こんなに上手くいくとは思わなかったよなぁ。ふつーあんな怪しい連中信用しないだろ〜」

 

「奴は相手が仮面ライダーというだけで信用している節がある。今回用意した連中はまさにうってつけだった……と言えばわかるかな。これでも、我ながら杜撰な計画だとは自負はしている」

 

 退屈を持て余し、屋上の縁で足をぶらつかせるという見ている方が肝をつぶしそうな遊戯に興じているカイにセイヴァーは同意した。

 彼らが見下ろす先には、1号や2号、RXといったライダー軍団が大地を追い立てている。

 レイに変身して抵抗はしているが、あの様子では長くは持つまいと確信できる。彼がこの世界で何度も味わってきた多勢に無勢を極限まで突き詰めた状況に抗える方がおかしいのだ。

 

 そもそも何故こんな事態になったのか、その発端はドウマが用意した策に潜んでいた。

 

 例えば仮面ライダー1号と2号。

 彼らの本来の姿とは異なり、今レイを蹴飛ばしている者達は手袋やマフラーの色が黄色、または白色となっていた。

 

 例えば仮面ライダーアマゾン。

 古代インカ帝国の技術で改造されたはずの彼であるが、レイを殴り付けているその腕には彼のアイデンティティーとも言うべきギギの腕輪が欠けていた。

 

 その他にもマフラーが黄色のスカイライダー、カセットアームを一切使用しないライダーマンなどなど、多くの違和感が存在する。

 ライダー軍団とは名ばかりの、そのライダー達を知る者がよく観察すれば真っ赤な偽者だとわかる集団──即興で名付けるとするなら、「偽ライダー軍団」とでも言おう──それこそがドウマが用意した奇手であった。

 

 1号、2号と名乗った者の正体はゲルショッカーが開発したショッカーライダーNo1、No2。仮面ライダーと同等の性能を誇る改造人間。

 デストロンのシーラカンスキッドが整形手術によって化けたデストロンライダーマン。

 GOD機関のカメレオンファントマが擬態したニセXライダーに、ガランダー帝国のサンショウウオ獣人が擬態したニセアマゾンライダー。

 ネオショッカーのドロリンゴが化けたニセスカイライダー。

 クライシス帝国のガイナニンポーが顔写しの術で変身したニセBLACK RX。

 

 これら合計七人もの偽ライダーをこしらえ、大地を油断させてダークディケイドライバーを奪うというのが今回のドウマの作戦。

 別々の組織に所属しているが故に起こりうる仲間割れ対策として、一人一人にイマジンを憑依させてある。それも利害が一致していたカイから借り受けた選りすぐりの者達だ。

 いかに本物のライダーらしく振る舞えるかが成功への鍵であり、その演技指導には時間を費やしてしまったが、ああやってボコボコにされているレイを見ればその苦労も報われるというもの。

 

「それもこれもお前が出来の悪いイマジンを寄越すから……馬鹿に物事を教えるだけの行為にこれほど苦労させられるとはな」

 

「ん? 俺、お前に何か貸したっけ」

 

「……本人がこれだから当然か」

 

「でもさ……あーれ、ゼロノスに邪魔されたら本末転倒だろ?」

 

「織り込み済みと言ったらわかるだろう。お前はそこでは黙って見ているがいい」

 

 偽ライダー達がレイを下すのは時間の問題。

 よって唯一の懸念であるゼロノスを封じるべく、セイヴァーは喧騒の中に飛び込んで行った。

 

 

 *

 

 

 偽ライダーの不意打ちを受けた時、元からライダーに対して大地ほどの信頼を寄せていなかったレイキバットはすぐに変身シークエンスを発動させていた。

 生身の脆い肉体を穴だらけにされる前に、レイの鎧が偽ライダー達の攻撃を受け止めたくれたが、大地の身体に伝わる痛みは微かばかりしか減らしてくれなかった。

 

「やっちゃうよぉ!」

 

「グァァッ!?」

 

 1号ライダー、もといショッカーライダーNo1の重い打撃がレイの身体を打ち据えた。

 仮面ライダーに匹敵する肉体を得たイマジンはシンプルに強い。

 それでもショッカーライダー以外の偽ライダーは本物には遠く及ばないため、レイならギリギリ対処できなくもなかったのだが、いかんせん数が多過ぎた。

 

「大地! ……くそぉーッ!」

 

「おっと、野暮な真似はよせ」

 

「下がって侑斗! ここは俺に任せて!」

 

 居ても立っても居られず、生身のまま乱入しようとした侑斗をセイヴァーの紅い刃が遮る。

 咄嗟に飛び出したデネブがセイヴァーを相手取るが、これでは救援は期待できない。

 

「ウェイクアップ! 消し飛んじまえぇぇぇぇ!!」

 

「ハァァアア!」

 

 レイは解放されたギガンティッククローを力任せに振り回す。

 レイを包囲していた偽ライダー達を一時的に退け、レイに周囲を見回す余裕が生まれる。

 鋭利な爪を警戒して距離を置いた偽ライダー達の中で、一人足をもつれさせたニセスカイライダーが目に留まった。

 

 その足に突き刺さり、機械と肉を裂くギガンティッククロー。できた傷から氷結が全身に広がり始める。

 

「いちちちち!? 俺の足が折れ、折れ……さ、寒ぅ!」

 

 発動したブリザードクロー・エクスキュージョンは気の抜ける悲鳴すら凍て付かせて、ニセスカイライダーを木っ端微塵に爆散させた。

 

 これでようやく一人。しかし、仲間の死は偽ライダー達により深い警戒心と闘争心を抱かせる羽目になる。

 そうした彼らが取ったのは、冷気を纏った鉤爪をのらりくらりとやり過ごしつつ、波状攻撃を仕掛けるというもの。単純だが強力な戦法であり、能力も豊富とは言い難いレイには対抗する術が殆ど無い。

 

「ライダーパンチ!」

 

 ショッカーライダーNo2の白い拳をギガンティッククローでガードする。鉤爪に小さな亀裂が走った。

 

「ライダーキック!」

 

 ショッカーライダーNo1とニセRXのダブルキックがギガンティッククローの亀裂をさらに広げた。

 

「「そぉら!」」

 

 デストロンライダーマンとニセXライダーの飛び蹴りがレイの肩口へ同時に突き刺さる。

 そこへ駄目押しとしてショッカーライダー二人組が放った指ミサイルがついにギガンティッククローを粉々に打ち砕いた。

 専用装備を失った瞬間、偽ライダーの攻勢はさらに激しさを増していき、比例してレイは反撃の機会が減っていく。

 

「大地、ここは撤退するしかねえ! 俺の口から言うのは非常に不本意だが、ダークディケイドも使えねえんじゃ勝ち目はねえぞ!」

 

「今僕が逃げれば侑斗さんとデネブさんがやられる! それだけはできません!」

 

「クソがッ!」

 

 援護のため、レイキバットがベルトから飛び出しても数的不利は全く覆せない。

 レイがニセアマゾンライダーを殴り飛ばせば、指ミサイルの集中砲火に曝される。

 ライドブッカーで射撃しようと、懐に潜り込んだニセRXのアッパーに脳天を揺さぶられる。

 フラついたところへ、三本の足がレイの装甲にめり込んだ。

 

 必死に攻撃を繰り出す身体とは裏腹に、もうどうあがいても勝てないと頭が理解していた。鎧を通して痛みが増えるほど、身体を支える力が減っていく。

 恐らくはドウマが用意したであろう、こんなライダーもどきにも手も足も出ない自分が情けない。無力な自分が恨めしい。

 

「ライダーキック!」

 

「うわぁぁあッ!?」

 

 戦車でも一撃で破壊できる威力のキックを胸板にぶち込まれ、そのダメージが決め手となった。

 鎧が飛散し、生身となって倒れ伏す大地。偽ライダー達に囲まれ、見下ろされて、大地の腕は無意識のうちに空へと伸ばされた。

 

(強くなりたい)

 

 複数人に囲まれていようと、それらを蹴散らせられるほどに。

 セイヴァーに襲われている侑斗とデネブを助けられるほどに。

 

(力が欲しいッ!)

 

 

 *

 

 

 彼にとって、ゼロライナーを襲撃したのは当初の予定にない行動であった。

 わさわざネガデンライナーを駆り出してまで砲撃をかましたのも、かつての宿敵を連想してしまったが故。

 

 自身を打倒した忌々しい連中に復讐を目論んでいたのは事実だが、その為にはまず新しい身体が必要なのだ。順序を履き違えてはいけない。

 彼は以後目立つ行動は控えて、力を蓄えることに専念すると心に誓う。

 しかし、あのゼロライナーがどうなったかだけでも確認はしておこう。あくまで念のためだ。ゼロノスが困っている様が見たいとか、そんなチンケな願望は決してない。

 

 はやる気持ちを抑えながら時の砂漠を超えて、ゼロライナーが墜落した現場を覗く。

 

 まず見えたのは、ゼロノスの変身者と思わしき男とその契約イマジンが名も知らない紅き鎧武者に襲われている光景。いいザマだと思い、自分の手でやりたかったと思い直す。

 こうして見物していたら、また突発的な行動を起こしそうになりそうな自分を自覚して、彼は再び時の砂漠に戻ろうとする。

 

 そこで彼はイマジンの匂いをプンプンさせる妙な集団に囲まれ、今まさにトドメを刺されようとしている青年を目撃した。

 それが単に集団リンチに遭っている人間というだけなら、彼は何の興味も持たなかった。嘲笑うのが関の山だ。

 

 ならば何故彼は、空に腕を伸ばしているあの青年にここまで視線を惹きつけられてしまうのだろうか。

 

(妙だ……あんなガキからワルの臭いがプンプンする……いや! それだけじゃねえ! 力だ……奴からは途方もない力を感じる……俺様が完全な復活を遂げてなお余りある、圧倒的な力!)

 

 気付けば時の砂漠に戻りかけていた身体を引き戻していた。

 その時にはもう彼の脳内から「潜伏」の選択肢は消え失せ、下にいる青年と同じように、その崩れかけた腕を伸ばしていた。

 

 彼──ネガタロスの心が叫ぶ。

 

(力が欲しいッ!)

 

 

 二つの声が重なる時、彼らの想いは誰よりも強く繋がった。

 

 

「死ねぇ!」

 

 大地の脳天に振り下ろされたショッカーライダーNo1の拳。

 しかし、血の華を咲かせるはずであったその腕は、大地の掌にすんなりと納まった。

 悪足掻きを、と苛立ったショッカーライダーはその腕ごと砕こうと力を込めるが、大地はビクともしない。

 

「ククク……」

 

「……何を笑っている?」

 

 この危機的状況で笑える者など余程の自信家か、気が狂った者ぐらいだとすれば、普段からは想像もつかないような邪悪な笑いを浮かべている大地は後者に該当するのだろうか? 

 それは違うと、その場にいる偽ライダーの誰もが確信していた。

 何よりも、大地の身体からいつのまにか流れ落ちている砂と、同族の香りが彼に何が起きたのかを物語っている。

 

「貴様は誰だ? 何故そいつの中に入っている」

 

「俺様を知らないとは、相当な潜りのようだな」

 

「何……?」

 

「俺様の正体を語るその前に……この汚ねえ腕をどけろ!」

 

 大地は掴んでいた腕を勢いよく捻り、ショッカーライダーを押し退けて立ち上がる。一種のカリスマ性すら感じさせるその佇まいには偽ライダーのみならず、セイヴァーや侑斗達すら目を疑っていた。

 

 大地の外見上に変化は無い。それがなおのこと違和感を加速させる。

 今の彼に対する印象を一言で言えば────根っからの悪人、悪の体現者。

 

 大地であって、大地ではない。彼に何者かが憑依しているのだ。

 

「────悪くない。俺様の新たなる組織、『スーパーネガタロス大軍団(未定)』の始まり……そして俺様の華々しい復活の初陣を飾るにはおあつらえ向きってところだ」

 

「さっきのネガデンライナーといい、まさか貴様は……ネガタロス?」

 

「ほう、 お前はちゃんと俺様のことを知っているらしいな。今なら幹部待遇で部下にしてやってもいいぜ?」

 

「その隠しきれない馬鹿が滲み出た発言……本物で間違いなさそうだな」

 

 この場で唯一、正体に勘付いたらしいセイヴァーに対して、ネガタロスが憑依した大地──N大地は上機嫌で大手を広げた。

 しかし、セイヴァーの呆れたような物言いは彼の表情を瞬時に沈ませる。

 それはセイヴァーの発言に傷ついたから、などではなくて、本気でセイヴァーを憐れんでいるが故に浮かべた憐憫の表情。彼のセイヴァーに対する認識も自身を予め知っていた見込みありの者から、身の程知らずの愚か者へと早変わりしていた。

 

「ふむ……まあいい。復活の花火はできるだけド派手に打ち上げた方がいいからな。お前もそのための名誉ある火薬になってもらおう」

 

 N大地は不敵に笑って、黒いパスケースと銀色のベルトを取り出した。

 艶めかしい腰使いでそのベルト、デンオウベルトを巻き付けた途端にネガデンライナーのものと同じ不協和音が鳴り始める。

 

 大袈裟な動作は不要。後はただパスを翳すのみ。

 

「変身」

 

 NEGA FORM

 

 低く、くぐもった音声が変化を知らせる。

 大地の身体を包んだ黒いスーツに紫のアーマーと電仮面が被さって、刺青のような模様が浮かんだ。

 

 その名は、仮面ライダーネガ電王。この世界には存在するはずのないライダー。

 

「さて────どいつから死にたい?」

 

 その首を切る仕草は動揺を隠しきれない獲物に対する舌舐めずりか、あるいはこの後に起こる未来の宣言か。

 

 ネガ電王の複眼に刻まれたファイアパターンがそこに映るライダー達を燃料に燃え盛っていた。

 

 




今回の後書きは嫌になるほど長いので飛ばして大丈夫です。

ショッカーライダーNo1 No2

初代に登場した仮面ライダーの偽物。外見の差異はマフラーと手袋、ブーツの色。
初の偽ライダーということもあって、原作では1号、2号とほぼ同等の性能を持った改造人間を6人も量産してさらに新規怪人を三体追加投入までしたゲルショッカーのガチっぷりは間違いなく史上最大規模だった。本郷の声真似など、割と本気で騙しにいってたのにマフラーの色は変えないのが謎。そのせいで一文字に見破られた。


デストロンライダーマン

V3に登場したライダーマンの偽物。シーラカンスキッドが整形手術(!?)によって化けた。能力じゃないんだ……。
わざわざ手術しただけあって、珍しく変身前の結城丈二まで完璧にコピーしていたので当時の視聴者もかなり混乱したと思われる(実際僕は混乱しました)。
性能までコピーしていたのかは謎だが、元がライダーマンなので下手すると本物より強いかもしれない。
余談だが、こいつが登場したのはかの有名な「ヨロイ元帥が年賀状を送った回」である。


ニセXライダー

Xに登場したXライダーの偽物。カメレオンファントマが化けていた。
こいつはライダーに化けて悪事を働くとか、騙すとかそういう手段は取らず、Xライダーと戦う際のみ化けていた。外見上の差異が無いのでおやっさんは混乱していたが、当の本人には全く効果は無かった。当たり前だろ。


ニセアマゾンライダー

アマゾンに登場した偽物。サンショウウオ獣人が化けていた。
アマゾンライダーに化けて誘拐を働くなどセコイことしていたが、声が悪人っぽい上にギギの腕輪が無いのでそこそこわかりやすい。
実力も本物には劣っていたが、なんと敗北した際にしぶとく生き残って基地に逃げ帰ったせいでその血痕を辿られて間接的にアマゾンライダーを基地まで案内してしまった。
「処刑される覚悟で戻ってきた。だがアマゾンライダーがここに来ることだけは伝えさせてください」的なこと言ってた。お前のせいだよ。
ちなみに次の回でガランダー帝国は滅びました。もしかしなくても戦犯ですねこれは。


ニセスカイライダー

仮面ライダー(新)に登場したスカイライダー(パワーアップした方)の偽物。ドロリンゴが化けていた。マフラーが黄色なのは元祖のリスペクトだと思われる。
こいつは恐らく昭和の偽物の中じゃショッカーライダーの次に有名だと思われる。理由はその悪事。
子供に無理矢理アイスクリーム食わせたり、砂場のお城踏みつけたり、髪の毛引っ張ったり……などなど。駄目な時のネオショッカー味に溢れてる。
しかもドロリンゴの固有能力によって分身もできるのだが、分身した分だけ身体能力が半減されてしまう……しょっぱいな。


ガイナニンポー

RXに登場した怪魔獣人。原作ではRXに化けたことは無かったが、折角なので化けさせてみました。
原作で化けたのは終盤に登場した1号ライダーだった。10人ライダーの輪に紛れ込んで何食わぬ顔で作戦を聞いていたが、一般人に指摘されるまで1号が二人いることに誰も気付かなかった……あれえ?

余談になるが、「ロストヒーローズ」というゲームに登場した際には2号に化けて主人公達を騙していた。ライダーパンチかましたり、道案内したりとそこそこ有能だったので騙された人も多いのでは?
しかし、いざ本物の2号を解放してみれば主人公達の基地でひたすらコーヒーを飲むだけのおじさんになってしまっていたので、「ガイナニンポーの方が力の2号やってた」と言われてしまった。不名誉な話である。


ネガタロス

「電王&キバ」に登場した悪のイマジン。「絶対に勝つ悪の組織」を立ち上げて世界征服を目論んでいるという、コテコテの悪党である。
言ってることは無茶苦茶なようで、実際にイマジンとファンガイアを抱き込んでいるなどカリスマ性はあったらしい。
劇中では盗んだライダーパスで仮面ライダーネガ電王に変身、電王とゼロノスを圧倒する立ち回りを見せたが、新ヒーロー補正を身に纏ったキバにはあっさり敗北してしまった。
どうやら彼は「ゼロノスの世界」ではなく、「電王&キバの世界」からやって来たようだが……?


ネガデンライナー

上記の映画終盤で何の説明もなく登場した時の列車。
ネガ電王専用車両……というよりも終盤のCGバトルのためだけに出てきたようなもの。
デンライナー、ゼロライナーを圧倒する性能を見せたが、新ヒーロー補正を身に纏ったキバが召喚したキャッスルドランにあっさり敗北してしまった。
ネガタロスと同じく「電王&キバの世界」から来たようだが……?


次回更新は8月になります。感想、質問、評価はいつでもどうぞ


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強さは別格だ

 

 

 ネガ電王の登場により一変した戦場。

 その場にいる視線を総取りにしたネガ電王はすこぶる上機嫌であった。

 

「ネガ電王か……はん、お前も所詮は偽者。この数を相手にできるとでも?」

 

「こんな雑魚どもと俺様を一緒にすんじゃねえよ。強さは……別格だ!」

 

「……やれ」

 

 その言葉が新たな戦いの火蓋を切って落とすこととなった。

 セイヴァーの偽ライダー軍団が一斉に群がり、殺意を載せた攻撃を叩き込もうとしてくる。

 ネガ電王が醸し出す威圧感こそ偽ライダー達を震え上がらせたが、数の優位性が彼らの背中を後押ししていた。

 レイを圧倒したように、このネガ電王も四方八方からズタズタにできるのだと彼らは高を括ってしまった。

 

 ネガ電王は動じない。むしろ突き刺さる殺意は彼にとって心地よくすら感じさせた。

 

「まずは準備運動だ」

 

 ネガ電王は自身のベルトに付いている四つのパーツのうち、まず二つを取り外す。

 そしてすぐさま左右に投げ付け、空いた手でまた別のパーツを二つ持った。

 左右に投げられたパーツは左でデストロンライダーマンに、右でニセアマゾンにぶつかり、再びネガ電王の元に跳ね返ってくる。

 跳ね返ってきたパーツはちょうど目の前で組み合わさり、さらに手に持っていた二つを合体させることで専用武器、ネガデンガッシャーのソードモードが完成した。

 

 愛剣を手にした時、四人が四方から迫って来ていた。ネガ電王の顔面を打ち砕こうとするは四つの拳。

 

「甘いッ!」

 

 その寸前でネガ電王はしゃがみ、前方に身体を滑らせた。

 殴られるギリギリの瀬戸際を見極めていたために、偽ライダー達は腕を突き出した後になってようやく「ネガ電王に躱された」と認識する。

 

 だが、ショッカーライダーNo2だけはそれだけでは済まなかった。

 彼はネガ電王の前方から迫り、ネガ電王が下を潜り抜けた瞬間に剣を振り抜かれていたのだ。

 

 ゴトリ、と重い音を立ててショッカーライダーNo2の両脚が綺麗に寸断された。

 

「ギィィイッ!? 俺の、俺の、脚! よ、よくも!」

 

「耳障りだ。とっとと消えろ」

 

 身動きもできない無様な達磨など見るに堪えない。

 喚き散らしている首をネガデンガッシャーで手早く刎ねると、ショートを起こしたらしい断面部から火花を上げたショッカーライダーNo2の残骸は爆発した。

 

「馬鹿な……! ショッカーライダーが!?」

 

「こんな玩具の花火じゃ物足りねえな。質が駄目なら量で盛り上げろ」

 

 FULL CHARGE

 

 軍団の中でも随一の強さを誇るショッカーライダーがあっさりと撃破されてしまったことに戦慄する偽ライダー達。

 さっきまでの威勢は何処へやら、フルチャージを終えたネガ電王を恐れ慄いて後退していくも、射出された剣先は彼等を逃がしはしない。

 

「デェイヤァッ!」

 

 そのままネガデンガッシャーを横に振るえば、つられて剣先も扇状に薙ぎ払われる。その斬撃でショッカーライダーNo1の胴体が両断された。

 返す刀でニセRXの両脚を切断し、さらに流れるように振り上げた腕をニセXライダーに向かって落とす。

 ニセXライダーの頭上から落とされた剣先はその身体を突き抜けて地面に落ち、彼の身体を左右泣き別れとした。

 

 結果としてその必殺技、ネガエクストリームスラッシュの強烈な斬撃は偽ライダー三人を瞬く間に燃え盛る爆炎へと変えてしまったのだった。

 

「クハハハハハッ! さあ祝え! ネガタロス様復活の狼煙は今上がった!」

 

「バケモノが!」

 

 生き残りのデストロンライダーマン、ニセアマゾンライダーを特攻させ、自身も弓を引き絞るセイヴァー。

 ネガ電王は放たれた紅い矢を一刀両断し、ソードモードからロッドモードへとネガデンガッシャーを組み替える。自身の身長にも届く長さの槍を片手で軽々と操り、その穂先を偽ライダー二人の足を掬い上げた。

 

 セイヴァーがザクロロックシードをセイヴァーアローにセットするのと、ネガ電王がデストロンライダーマンの腹部に槍を突き刺して自身の元に手繰り寄せるのはほぼ同時だった。

 

 ザクロチャージ! 

 

「ギャァアアアアーッ!?」

 

 ネガ電王を撃破すべく放たれたセイヴァー必殺の一撃は、盾にされたデストロンライダーマンを爆発させるのみに終わる。

 

「撃たれっぱなしってのも癪に触るなぁ、ええ?」

 

 ネガ電王は爆風を掻き分け、セイヴァーとの距離を瞬時に詰めていく。そうはさせじと乱れ撃たれる弾幕を、途中で拾い上げたニセアマゾンライダーを盾にして防ぐ。

 ニセアマゾンライダーが穴だらけになって朽ち果てた頃には、両者のは槍がギリギリ届く距離にまでなっていた。

 

「残るはテメエだけだ! 命が惜しくば言えよ? 特別にしたっぱとしてこき使ってやるか考えてやってもいい!」

 

「ほざけ! 存在すら危ういイマジン風情が!」

 

「なら貴様の存在を今すぐ消してやるよ!」

 

 セイヴァーの武器は弓と剣、ネガ電王の武器は槍。中距離ならば分があるのはネガ電王の方だった。剣は届かず、かといって弓矢を引き絞る隙は与えない。

 それはセイヴァーの防御の隙間に槍を捻じ込み、コツコツとダメージを稼いでいくという地味な戦法であったが、苛立ちを募らせるには有効に過ぎる戦法だ。冷静さを失えば不利になると理解はしていても、苛立ちが増せば増すほどその影響は動きに出てくる。

 そうして生まれた隙こそネガ電王が欲する瞬間であった。

 

 ネガ電王はセイヴァーの斬撃をひらりと躱し、背後に回り込んでから槍で首を絞める。

 

「このままジワジワと絞め殺されるか、一瞬で殺されるか。どっちが好みだ?」

 

「チッ!」

 

 槍を持つ手に力を込めて、セイヴァーから酸素を奪う。その苦痛はセイヴァーの正常な判断能力をも奪うはずだったが、その予想に反してセイヴァーは軽く舌打ちしただけ。

 セイヴァーは即座に大橙丸を放り捨てて、セイヴァーアローを自身の背後──ネガ電王の顔面を撃つ。これには堪らず後退ったネガ電王の腕から槍が離れた。

 

「馬鹿めっ!」

 

 武器が失せたことを好機と見たセイヴァーはさらに追撃を試みるも、その装甲に一筋の裂傷を刻まれてしまった。

 得物が無いはずのネガ電王の手には何故か一振りの剣がある。

 

「ライドブッカー……!」

 

「使える物は何でも使う。勝つ悪の基本だ!」

 

 ネガデンガッシャーを拾ったネガ電王は剣と槍の変則的な二刀流となって、セイヴァーに更なる攻撃を仕掛けていく。

 

 

 *

 

 

 ゼロライナーが盗まれ、大破した。青いライダーが緑と赤のライダーを召喚して、大地を襲わせた。大地が謎のライダー集団に助けられ、襲われた。大地が謎のイマジンに憑依されて、紫のライダーに変身した。

 

 事情が全くわからぬうちにこんな出来事が立て続けに起こったのだ。

 侑斗でなくとも頭を抱えたくなるだろう。

 

「侑斗、大地くんに憑いてるあのイマジン、かなり強い!」

 

「っぽいな。てか、あの姿はなんなんだよ。ゼロノスに似てるけど」

 

 あの姿、とはネガ電王のことを指してるのは言うまでもない。

 

 大地──否、大地に取り憑いたイマジンはデネブが言う通り化け物地味た実力で偽ライダー達を瞬殺。さらにボスと思わしきセイヴァーすら圧倒している。

 しかし、彼の口ぶりからして侑斗達の味方であると考えるのはあまりに楽観的だろう。セイヴァーを倒した後に「次は貴様らの番だ」とかなんとか言って襲いかかってくるのは目に見えている。

 

 普通に考えるなら、変身もできない侑斗は逃げるべきだ。

 

「行くぞデネブ、あいつからイマジンを叩き出す」

 

「でも侑斗! 生身じゃ危険過ぎる! 俺が行く!」

 

「あんなの相手にするにはお前一人でもヤバいだろ。カードが切れたらどうせ同じことするんだ。予行演習みたいなもんと思えばいい」

 

 侑斗はデネブの制止に聞く耳を持たない。

 ゼロフォームすら軽く凌駕するであろうライダーに対して、拳一つで挑むことがどんなに危険かなど言われるまでもなく理解している。

 

 せめてここにゼロノスベルトがあれば……と思ってはしまうのだが。

 

「せめて変身できれば……なんて考えてるのかい」

 

 侑斗の思考はその声に遮断される。

 見上げれば、土手の上にはあのゼロライナーを盗んだ憎たらしい男──海東大樹、仮面ライダーディエンドの変身者。消えたと思ったが、近くで見ていたらしい。

 考えるよりも先に手が出た。

 

「てめぇ、さっきはよくもやってくれたな! さっさと──」

 

「お望みの品はこれだろう?」

 

 大樹の胸倉を掴んで、思い切り殴りつけようとした拳はその寸前で止まった。

 大樹の顔と侑斗の拳の間にあるのはゼロノスベルト。まさに侑斗が今一番欲しているものである。

 侑斗は反射的に奪い取り、カードホルダーの中身が減っていないことも確認した。

 

「……何のつもりだ。こうもあっさり返すなんて、何を企んでやがる」

 

「僕の狙いはあくまでお宝、ゼロライナー。でもあんなになっちゃったら僕にはどうしようもなくてね」

 

 顎で示されたのは、相変わらず炎上しているゼロライナー。

 あんなにしたのはお前の責任だろう、と侑斗は強く抗議の目線を送る。

 大樹には華麗にスルーされた。

 

「お宝……なら俺がこっそり集めてるフータロくんシールでなんとか手伝ってくれ!」

 

「黙ってろデネブ! ……お前そんなもん集めてたのか!?」

 

「だってえ、可愛いし、もしかしたら共通の話題になって侑斗の新しいお友達になってくれる人がいるかも────」

 

「デーネーブゥゥ!!」

 

 侑斗は渾身の頭突きをデネブにぶちかまし、湧き上がる文句と振り上げた拳はとりあえず納めた。

 続きは後回しだからな、忘れるなよデネブ────侑斗の睨みに込められた意思を察したデネブはヒイッと首を竦めた。

 

「お前が何を企もうが構わない。邪魔だけはするなよ」

 

 侑斗はゼロノスベルトを巻き、カードホルダーに手をかける。

 

「侑斗!」

 

 言葉がなくとも、相棒の言わんとすることはわかった。

 

「デネブ、お前は少しでも大地を引き留めようとしてるな。だから豪勢な飯作ったり、服買ったりしてんだろ」

 

「それは……」

 

「確かに大地がいれば、俺がカードを使う機会はぐっと減る。俺も少なからず感謝してた。だが、あいつは特異点じゃない。それでもイマジンと戦うってことは、常に憑かれる危険性と隣り合わせ……あいつがああなったのは俺達の責任でもあるんだ」

 

 一瞬だけ思索────大地を救う強さをとるなら赤を、大地の記憶を残すなら緑を。

 

 そして侑斗が抜き取ったのは緑のカードだった。

 これでこの時間に生きた未来の自分、『桜井侑斗』の記憶はほぼ消える。しかし、あのネガ電王の仮面に隠れた大地を救えるのなら後腐れはない。

 

「大地はこの世界でもう十分戦った。俺達であいつを送り出す」

 

「侑斗……わかった! 俺も戦う!」

 

 侑斗は頷き、ゼロノスベルトにカードを装填する。

 

「行くぞデネブ────変身」

 

 ALTAIR FORM

 

 仮面ライダーゼロノスとなった侑斗の緑の複眼が輝いた。

 ゼロノスは大樹を一瞥した後、戦闘態勢になったデネブと共に駆けていく。

 フィンガーミサイルがネガ電王の背中で弾け、振り返ったところへゼロガッシャーの刃を叩きつけた。

 手加減抜きの全力の一撃はネガ電王にもそれなりのダメージになったようで、苦しげに呻き声を上げている。この調子で大地の身体からイマジンを叩き出すのが得策だろうとゼロノスは踏んでいた。

 

「ぐっ……!? てめえ、ゼロノスか……!」

 

「その身体、返してもらうぞ!」

 

 サーベルモードのゼロガッシャーとアックスモードのネガデンガッシャーが火花を散らしあった。

 ネガ電王の斧から加えられる圧の強さに押し負けかけたゼロノスは思わず膝をつく。

 

「丁度いい。俺様の復讐優先ランキング第3位のてめえはここでぶっ潰す!」

 

「伏せて侑斗!」

 

 サーベルごと叩き折られかけているゼロノスを助けようとするデネブが再びフィンガーミサイルを放つ。

 ゼロノスは微かに怯んだネガ電王の腹部を蹴り飛ばし、さらにセイヴァーアローの矢までもが迫るが、斧に防がれてしまった。

 

「潰されるのはそっちの方かもよ?」

 

「ガァッ!?」

 

 だが、いくらネガ電王の技量が優れていても弓矢と同時に、しかも不意に放たれた弾丸までは防げなかった。

 ゼロノス、セイヴァーが振り返った先にはネオディエンドライバーを構える仮面ライダーディエンドの姿があった。

 

 ゼロノス、ディエンド、セイヴァー。三人のライダーが抱く思惑はバラバラだとしても、この瞬間だけ目的は一致していた。

 

「お前ら、力を貸せ! あのネガタロスとかいうイマジンを倒せるなら損はないだろ!」

 

「……いいだろう。ダークディケイドライバーは俺がもらう」

 

「その方が楽に済みそうだしね」

 

 互いに利用し利用される仮初めの共同戦線が張られ、三人のライダー達は動き出す。

 ゼロノスのボウガンとセイヴァーのアローによる同時射撃でネガ電王を足止めしている間、ディエンドは三枚のライダーカードを装填していた。

 

 KAMEN RIDE RYUGA DARK KABUTO BUJIN GAIMU

 

「似た者同士、仲良くしなよ」

 

 黒の竜騎士、仮面ライダーリュウガ。

 黒の甲殻戦士、仮面ライダーダークカブト。

 紅の鎧武者、仮面ライダー武神鎧武。

 

 ネガ電王とはまさしく『似た者同士』の関係である。

 

 そんなディエンドが呼び出した傀儡のライダー達は壁役として、ネガ電王に真っ向から立ち向かう。召喚ライダー三人が前衛兼壁役、ゼロノス達三人が後衛に専念するフォーメーションに自然となった。一人を相手にするには過剰にも思える戦力だが、それはネガ電王には当て嵌まらない評価。

 

「おいおい……こんな操り人形で俺をどうにかできると本気で考えてるのか? これだから最近の正義の味方ってやつは……」

 

「お生憎様。僕はそんなお行儀のいい者じゃない」

 

 リュウガ、武神鎧武の剣を軽くいなし、呆れるネガ電王にディエンドは軽口を叩きながら発砲する。

 さらにゼロノス、セイヴァーも続いて射撃するが、ネガ電王は再び剣に組み替えた武器で弾丸、矢を斬り裂いた。

 

「奴には並大抵の攻撃は通じない。量より質を高めろ」

 

「どっちもやればいいだろ! デネブ、お前も撃て!」

 

「了解!」

 

 ATTACK RIDE BLAST

 

 ブラッドオレンジチャージ! 

 

 唸りを上げるセイヴァーアロー、銃口が分身するネオディエンドライバー、フィンガーミサイルの掃射。それにクナイガンや無双セイバーの射撃までもが連なる。

 だが、そんな並の怪人なら肉片も残さず消滅させられること間違いなしの光景を前にしてもネガ電王は全く臆さない。

 

「いいだろう。正面からブチ抜く!」

 

 FULL CHARGE

 

 弾幕の嵐は厄介だが、それを形成しているのは即席の集団。ネガ電王にはそこに生じた穴を瞬時に見抜き、被弾を最低限まで減らすのは容易いこと。

 そしてそれでも回避できないものは、またも発動されたネガエクストリームスラッシュで強引に食い破る。

 必殺技を迎撃のみに終わらせるとは中々贅沢な使い方だが、ネガ電王はパスを翳せば何度でも使えるのだ。もう一度フルチャージをすればライダー達を屠れる……ネガ電王はそう考えた。

 

 爆煙に紛れ、三度目のネガエクストリームスラッシュを発動しようとした瞬間、煙の向こう側に緑色の輝きを目撃した。

 

 FULL CHARGE

 

「何っ!?」

 

 その音声はネガ電王のベルトから発せられたものではない。

 パスは未だ翳しておらず、ネガ電王の必殺技は未発動のまま。

 ならば必然的にフルチャージを完了していたのはネガ電王に向けられた緑の光に他ならない。

 

「我慢しろよ大地っ!!」

 

 ゼロノスが放った必殺技、グランドストライクは爆煙を払って豪速で突き進む。

 いくらネガ電王でもその速度で迫る技を回避、もしくは必殺技無しで迎撃などできない。

 

「クソがぁあぁぁ!!」

 

 ネガ電王がライドブッカーとネガデンガッシャーを交差して防御の構えを取るが、それもほんの悪足掻きにしかならず。

 紫のアーマーに刻まれるAの紋章。それこそがゼロノスによってネガ電王に付けられた、確かな敗北の刻印であった。

 

 

 *

 

 

 大地は夢を見ている気分だった。

 自分の身体を操る意思が消失し、他の何かが大地の身体を動かしている。

 ダークディケイドの時とも明確に違う、所謂乗っ取られる感覚を味わっている間、自分の身体が動いている様を第三者視点で眺めているようだ。

 

 見たこともないライダーに変身し、巧みなテクニックで集団を圧倒するその姿は記憶の中にあるライダー達の中でも最上位に至れると言ってもいい。

 スペックは平凡、特筆すべき能力もない。優れているのは状況に適した武器を瞬時に選び、操る技量。

 

 正直に白状すれば────そんな自分が気持ちが良かった。これこそが求めていた力なのでないかと思うほどに。

 

 闘いに溺れて、次第に意識は曖昧になっていく。誰と戦っているのかすらわからない。

 だが、この力を手放したくはないと心の奥底で願ってしまう。

 

 ────その願い、叶えてやるよ。

 

 闇の中で囁いてきた甘い声に、大地は安堵する。

 なんだかとっても楽に感じて、暗闇のゆりかごに意識を墜としていった。

 

 

 *

 

 

「やったか!?」

 

 ゼロノスのグランドストライクは確かに直撃していた。

 ゼロノス達はネガ電王が消えた爆発を見つめ、そろりそろりと近付いていく。

 しかし、煙が晴れると同時に膨れ上がったプレッシャーが半ば強制的に彼らを飛び退かせた。

 

 煙を晴らしたのは、幾つも出現した灰色のビジョン。

 それが炎の中に佇む一つの影に集約し、重なっていく。

 

 KAMEN RIDE DECADE

 

 そしてその音声が何を意味するのか、全員が理解していた。

 だが、納得できるかどうかはまた別の話だ。

 ネガ電王の出現以降、離れた場所に退避していたレイキバットが驚愕の声を上げる。

 

「どうなってる!? 大地はまだ変身を解除したばかりだろうが! あいつがまた変身できるようになるまで数時間はかかるはずだぞ!」

 

 最も警戒心を深めていた人物、セイヴァーがその疑問に答える。

 

「ダークディケイドライバーの変身は個人ごとにかかる。例え奴が変身したばかりであっても、他の人物ならすぐに変身が可能……そう言えばわかるかな?」

 

「それがおかしいっつってんだよ! 今変身してるのはその大地本人じゃねえか!」

 

「それが間違っている。今変身しているのは確かに奴の身体だが、ダークディケイドライバーは奴の精神で判定した」

 

 その影は足元の炎を踏み潰し、一同の前にその全貌を露わにする。

 先ほど変身解除したばかりの大地が再び同じ装甲を身に纏い、しかし溢れ出るプレッシャーは比にならない。

 そしてその青藍の複眼が黒く瞬いたのも、きっと見間違いではない。

 

 仮面ライダーダークディケイド────ゼロノスにとって頼れる味方であったはずが、最悪の敵となった。

 

「今ダークディケイドに変身しているのは大地であって大地ではない……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ベルトはそう判定した」

 

 らしくなく焦燥を含んだ声のセイヴァーはゼロノスやディエンドにも今の自分達がどれだけ危険なのかを認識させた。

 仮面ライダー六人にもほぼ互角に立ち回った強さの人物がダークディケイドに変身する。凡そ考え得る限り、最悪の組み合わせだ。

 

「フハハハハハハ! 最高の気分だ……さあ、第2ラウンドの開幕といこうじゃないか!」

 

 ダークディケイドに変身した大地は──否、ネガタロスはたっぷりの邪悪さを曝け出して高らかに笑う。ダークライダーの名に恥じないその姿にゼロノス達はより一層警戒を深め、そして再度激突した。

 

 

 *

 

 

 平和な風景だったはずの河川敷に次々と巻き起こる爆発。

 その中心で炎や土塊に混じって吹き飛ばされたゼロノスが悲痛な叫びを上げていた。

 

「うぁぁああっ!?」

 

 ゼロノスの姿は基本のアルタイルからベガへと変わっていたが、そんな強化を嘲笑うかの如く蹂躙される。

 あらゆる方向に発生する大規模な爆発に何度も吹っ飛ばされ、前後感覚すら見失いかけていたゼロノスには反撃どころか敵がいる方角すら判別がつかない。

 ようやく爆発が止んだ時、ゼロノスに見えたのは愉悦の笑いを洩らす金色の魔法使いの姿であった。

 

「こいつぁいい! 俺様好みの演出だ」

 

「ぐぅ……つ、強過ぎる。これに勝てる気がしない……」

 

 先手必勝という言葉が正しければ、この戦いはゼロノス達の負けだ。

 ダークディケイドとの戦いが始まってまだ数十秒も経っていないにも関わらず、ゼロノスも含めたライダー達は皆地面に転がっている光景を見れば素人でもそう察せるだろう。

 ダークディケイドがカメンライドした形態、DDソーサラーのエクスプロージョンという大規模爆発魔法を発動しただけでこの有様。ゼロノスに憑いたデネブが弱音を吐く気持ちもわかる。

 

(クソッ、野上の不幸が移ったのかと思っちまうぜ)

 

「本当にそうかも……」

 

 当たりどころか悪かったらしく、武神鎧武は今の爆発に飲まれて消滅しており、これでゼロノス側の戦力は五人になってしまっていた。

 リュウガ、ダークカブトもそう長くは保たないだろう。

 

「さぁて、次はどれを試すか」

 

 這い蹲っているライダー達を悠々と眺めていたDDソーサラーはこれ見よがしにライドブッカーを広げている。

 しかし彼がカードを使えば使うほどに勝利は遠のくと理解していても、爆発のダメージが立ち上がることを許してはくれない。

 

「こんなに悩むのはいつ以来か……。おい、要望はあるか?」

 

「黙れェ!」

 

 尋ねられたライダー──セイヴァーは激昂して矢を放つ。

 

「そのベルトは元々俺のものだ! ぽっと出のイマジン風情が使っていいシロモノじゃない!」

 

 豪族で迫る矢を冷静に弾いたDDソーサラーはこれまた愉快そうに肩を揺らして笑った。

 その手には既に一枚のカードが選ばれている。

 

「わかったわかった、そんなに駄々をこねるんだったら仕方ねえ。このベルトをたっぷり堪能させてやるよ────こいつでな!」

 

 ATTACK RIDE ILLUSION

 

 DDソーサラーはその姿を通常形態に戻すと同時、自身の輪郭をぼやけさせる。

 ディケイドイリュージョンによって生み出された分身の数は四人。

 本体と合わせて五人のダークディケイドはそれぞれ別のカードを装填した。

 

 KAMEN RIDE DARK KIVA

 

 KAMEN RIDE ETERNAL

 

 KAMEN RIDE DARK DRIVE

 

 KAMEN RIDE DARK GHOST

 

 KAMEN RIDE NEGA DEN-O

 

 並び立つはDDダークキバ、DDエターナル、DDダークドライブ、DDダークゴースト。そしてそれらを統括するは本体であるDDネガ電王。

 これにはセイヴァーやディエンドまでもが絶句してしまう。

 ただでさえ最強クラスのライダー達が一斉に並び、その全てをネガタロスが操っているのだ。これを絶望と言わずして何と言おうか。

 

「どうした、もう吠えるのは辞めたのか?」

 

「……ッ」

 

「これは逃げるが勝ちかな……!」

 

 セイヴァーの選択は徹底抗戦、ディエンドの選択はインビジブルでの逃走。

 この場において賢い選択と言えたのは後者なのかもしれないが、ネガタロスはダークディケイドと同規格のカードを使うディエンドには特に警戒していた。ディエンドがカードを装填する瞬間などは特に。

 

 DDダークキバは足元から出現したキバの紋章を飛ばしてディエンドに張り付いたかと思えば、その身体を拘束した。

 紋章から激しく溢れ出すエネルギーの奔流はディエンドを掴んで離さず、カードだって使わせはしない。

 動けない主人に代わってDDダークキバを打倒せんと走り出したリュウガ、ダークカブトの行く手を遮るはDDエターナル。

 

 ATTACK RIDE FANG

 

 DDエターナルが描いた一筋の線は、切れ味を増したエターナルエッジの斬撃。

 まるで獣に食い破られたかのような傷口を空けられたリュウガとダークカブトはガックリと項垂れて消滅してしまった。

 そして漸く紋章から解放されたディエンドにDDダークキバ、DDエターナルの両名が襲いかかる。

 

 FORM RIDE DARK GHOST NAPOLEON

 

 ザクロスカッシュ! ブラッドオレンジスカッシュ! 

 

 一方セイヴァーが迎え撃つはDDダークゴースト、DDダークドライブの二人である。

 セイヴァーアローの刃に溜まったエネルギーを放出した斬撃と、ナポレオン魂と化したDDダークゴーストの斬撃が激しくぶつかり合い、それが新たな衝撃波を生む。

 思わず顔を背けたセイヴァーであったが、突如背後に感じた気配が彼を振り向かせた。

 

「後ろ────ガァァァッ!?」

 

 しかし、常人を遥かに超えたその反応速度であってもDDダークドライブにはスローモーションも同然。

 返す刀の一閃は虚しく空を切り、逆にブレードガンナーの唐竹割りが削った赤黒い装甲の破片を飛び散らせた。

 しかもブレードガンナーの刃が斬り付けたのは装甲だけに留まらず、そのベルトにすら斬り傷を作っていた。

 

 ベルトに生じた、たった一筋の傷から波及したスパークに身体を焼かれたセイヴァーの喉から絞り出された叫びは怨霊と聞き間違えられてもおかしくはなかった。

 そんな声を出してもDDダークゴースト、DDダークドライブは一切の慈悲を覚えない。容赦もしない。

 

「まだだ……まだ終わらんっっ!!」

 

 生死を分ける刹那、死に物狂いで剣を回避したセイヴァーは咄嗟に出した銀のオーロラに姿を消した。

 幽鬼のように揺らめくその影には目もくれず、DDダークドライブ達はゼロノスを追い詰めているDDネガ電王の元へ踵を返す。

 

 結果としてゼロノスは3対1、ディエンドは2対1の絶望的な状況に追い込まれる羽目になってしまった。ゼロノス、ディエンド共に決して弱くはない二人でも碌な抵抗すらできやしない光景は悪夢以外の何物でもない。

 

 DDエターナル、DDダークゴーストの斬撃。DDダークドライブの殴打。DDダークキバのハイキック────全ての攻撃が面白いくらいぶち当たり、やがてゼロノス達は悲鳴すらまともに上げられなくなっていく。

 ディエンドの高速移動も、ゼロノスのバルカンも、全て見切られてしまっている。

 

「まさかこれほどとはね……!」

 

「あのイマジン、どうしてあのベルトをここまで使いこなせる!? 初めてのはずなのに、はっきり言って大地くんよりも強い!」

 

 ネガタロスが変身したネガ電王とは、元から飛び抜けたスペックの持ち主では無かった。

 だが、彼は持ち前の戦闘テクニックによって様々なフォームとスタイルを持つ仮面ライダー電王を圧倒してみせたことがあった。

 そんな彼にダークディケイドを与えるとは、まさに水を得た魚となるのも必然なのだ。

 

「これで終いか……随分と呆気ない終わり方になっちまったな」

 

 いざ意気込んで復讐をしてみれば、その結末がこんな作業感すら感じさせる圧倒的な差のついた戦闘とは。心の萎えを自覚したDDネガ電王が頬杖付いて、どこか淋しげに呟く。

 彼の足元で分身達に身体を取り押さえられた二人のライダー、特にゼロノスの姿のなんと情けないことか。しかしダークディケイドの性能とネガタロスの技量が合わさったのだから無理もない話だ。

 

「青いの、まずはお前の首から貰うぜ」

 

 DDネガ電王はライドブッカーを剣に変えて、その刀身を撫で上げる。

 観念したかのように項垂れるディエンドの首は大して魅力的に感じないが、勝つ悪の組織はここで見逃すなんて愚行は犯さない。大抵はその後逆襲されるものだと、彼は知っているからだ。

 

「遺言があれば聞いてやろう」

 

「流石、悪の組織の頭目までくれば気が利くじゃないか」

 

「ネガタロス大首領と呼べ。──言いたいことはそれだけか?」

 

「まさか。その大首領様にそのベルトについて一つイイコトを教えて差し上げようと思ってね」

 

「ほう」

 

 見え見えの時間稼ぎ。しかし、DDネガ電王は興味を示した。

 その興味はディエンドがこれから話す内容より「時間稼ぎをしてまで何をしようというのか」という風であった。

 だが慢心、油断をしたわけでもなく、ディエンドが何か妙なことを仕掛けた際には即座に捻り潰すため分身にはファイナルアタックライドを発動できるようにさせておいた。

 

「君はその身体の持ち主よりもそのベルトを使いこなせているみたいだけど……そのベルトについての知識は足りているのかな?」

 

「頭に流れ込んでくる妙な記憶のことか?」

 

 カメンライドしたライダーの記憶はネガタロス自身にも見えていた。

 しかしこの場にいない存在など特に気にも留めていない。

 

「ダークキバ、ダークドライブ、ダークゴースト、エターナル……強力な布陣を取り揃えたのは感心したさ。後はこの分身達がどこまで保つかだね」

 

「何……?」

 

 不敵に笑うディエンドに嫌な予感を感じたDDネガ電王はその首を切り落とそうと剣を持ち上げた。

 後は腕を振り下ろすだけでディエンドの命運は尽きる。

 

 DDネガ電王の胸に銃口が突きつけられていなければ、であるが。

 

「残念♪」

 

 ディエンドのゼロ距離射撃に吹き飛んだDDネガ電王。まず考えたのは、何故ディエンドが自由に動けたのかという疑問。

 しかし、DDネガ電王の視界には取り押さえていたはずの分身がどこにも見えないという奇妙な事象が発生していた。しかもよくよく見れば、ゼロノスを押さえていたDDダークゴースト達まで消滅しているではないか。

 

 そして困惑を示したDDネガ電王は突如として身体が地面に引っ張られるような、強烈な負担がのしかかってきたことを自覚した。

 

「そのベルト、使う能力が強ければ強いほどかかる負担は大きいらしいよ? 知っておいて損はない、イイコトだろう?」

 

「巫山戯るな!」

 

 分身が消えようと、傷ついたライダー二人如きに負けるなどとDDネガ電王は考えていない。

 しかし徐々に増していく身体の重みは彼の片膝を折らせて、体力を大幅に奪っていく。意識まで朦朧としていく自分自身に、DDネガ電王はここでようやく……遅過ぎた焦りを覚えた。

 それと同時に襲いかかる極度の疲労のせいでその手から剣が滑り落ち、身体が平衡感覚を失って倒れる。

 

「嘘だ……俺様がこんな……ガァァァ!!」

 

 苦痛の叫びに混じって、煙を上げたダークディケイドライバーが地面に落ちる。

 そして迎えた結果は大き過ぎた負担による強制変身解除。

 ディケイドイリュージョンに複数カメンライドの重ね掛けなど、大地が思い付いても実行しなかった禁断の戦法の代償は短時間での変身解除────訪れたのは面白味に欠けると言われても仕方ない淡泊な結末だった。

 

 

 *

 

 

「大地! しっかりしろ! おい!」

 

「……ぅうん」

 

 ペチペチと頰をはたかれて、沈んでいた意識が微睡みから引き上げられる。

 ゆっくりと目を開けた大地が見たのは、こちらを心配そうに覗き込む侑斗とデネブ、退屈そうに明後日の方角を見つめる大樹の三人であった。

 

「侑斗さん、デネブさん、海東さん……僕、何がどうなったのかさっぱりで……」

 

「ワルタロスとかいうイマジンに乗っ取られてたんだ! でも、大地くんが無事でほんっっっとうに良かった!」

 

「馬鹿、ネガタロスだろ! ったく、手間かけさせやがって」

 

 イマジン、ネガタロス……それらのワードが、覚醒してきた脳内にぼやけた映像を導く。

 それは仮面ライダーネガ電王となって猛威を振るった記憶。

 それは仮面ライダーダークディケイドとなって全てを粉砕しかけた記憶。

 そしてそこには言うまでもなく────大地を救おうと奮闘するゼロノスの姿。

 

 全身の汗腺という汗腺からどっと吹き出した冷や汗が見る見る間に大地の服を湿らせた。

 

「────僕は、僕は……ッ!!」

 

 その時感じた罪悪感は大地の中では間違いなく過去最大であった。

 頭を抱えてうずくまろうとした大地であったが、その肩を侑斗に掴まれて支えられる。彼の表情には大地を責める意思など欠片も無かった。

 

「やめろ。俺が自分で決めたんだから、後悔なんてすんな。お前に落ち度があったとも思ってねえし……それよりお前のカードはどうした」

 

 大地は言われて思い出し、ライドブッカーを確認する。

 ネガ電王のカードこそ追加されているものの、ゼロノスのカードは依然としてブランクのままだ。大地、侑斗、デネブの溜息が重なった。

 

 大地の溜息は「カードを使わせてしまったのに」という罪悪感から来るもので、侑斗の溜息は「チャンスがあと一回になってしまった」という焦燥から来るもの。ついでにデネブのは「侑斗の記憶があと一回の変身で消えてしまう」という悲しみだった。

 

 そうして暗い面持ちで落ち込む一同であったが、そんな雰囲気は御構い無しに大樹が声をかけてきた、

 

「どんより中に申し訳ないけど、一ついいかな? あのネガタロスとかいうイマジンはどうなったかわかっているのかい」

 

 大地は目を瞑り、己の内側を覗く。ぼんやりとだが、自分とは違う何者かの存在を確かに感じた。

 まともに実体を維持できない、精神体となっているネガタロスは大地の奥底で息を潜めている。

 

「……多分、まだ僕の中にいます。ダークディケイドの反動がかなり堪えたみたいです」

 

「その割には憑依されていた君はピンピンしてるみたいだけど?」

 

 そう、大樹が言うようにダークディケイドには強制変身解除されるほどの負荷がかかっていたはずなのに、大地が割りかし平気そうにしているのは不自然なのだ。

 その疑問は大地本人も感じていたし、同時にその答えも持っていた。

 

「なんとなく感じます……ダークディケイドライバーは僕じゃなくて、あくまでネガタロスを変身させていただけなんです。だからその負荷もネガタロスだけにしかない」

 

「……それはまた随分とおかしな話じゃないか。精神に憑依していたイマジンだけがピンポイントで負担をかけられたなんて……」

 

「自分でもそう思いますよ。でも僕全然疲れてないし、そうじゃないと説明つきませんよね」

 

 大地はそう言って、未だに煙を上げているダークディケイドライバーに目を向けた。

 

 あれだけの戦火に曝されながら芸術的ですらある黒色は少しも損なわれていない。

 これまでもそう感じたことはあったが、今日ほどこのベルトが不気味だと実感したことは無かった。

 大地に憑依していたネガタロスのみを判別して、変身の制限すらネガタロスのもの。そこには無機質とは程遠い、明確な意思があのベルトに宿っているようにすら思えてくる。

 

 誰もが口を噤む重苦しい雰囲気の中、大地はとりあえずベルトを拾おうとする。

 その時、ヒュッと風を裂く音がしてダークディケイドライバーの横に一枚のカードが突き刺さった。

 それは大地も何度か使用した時を超えるためのチケットであり、そこには金色のライオン型イマジンと「2006-01-19」の日付が記されていた。

 

 チケットを投げてきたと思われる人物に集中する一同の視線。

 しかし、歴戦の戦士達から圧を向けられた彼はただつまらなそうに溜息を吐いただけだった。

 

「あーあ、あいつ、あんだけ威張っておいてこのざま。結局失敗とかほんっと白けるよなぁ。俺、そういう顔してるだろ?」

 

「貴方は……?」

 

「俺? カイだよ、カイ。あれ、言ってなかったっけ?」

 

「初対面ですけど……」

 

 キョトンとしたカイの顔は大地には本当に見覚えがない。どこか薄ら寒いオーラと穏やかさが同居しているこんな不気味な男などそうはいない。

 しかしカイの方は大地の反応を気にせず、悪戯小僧のような笑顔を浮かべた。

 

「まあいっか。ほら、そろそろ始まるころだ」

 

 ────パチン。

 

 カイが指を鳴らした瞬間、崩壊は始まった。

 家も、ビル街も消滅していく。それは破壊された、というよりも最初から無かったかのように。

 人々も例外ではない。存在した痕跡ごと消えていく。

 

「これは……イマジンが過去で暴れてる!?」

 

「あぁ……ああ、そんな……」

 

 さっきまで幸せそうにしていた家族が一瞬で消えた。

 さっきまで笑いあっていた友人同士が一瞬で消えた。

 

 大地は人々が生きていた時間が消えていく光景を直視させられて、何も告げられない。

 

「お前らがドンパチやってる間にイマジンを過去に送っといた。そのチケットの日付にな〜。行きたきゃ行けば?」

 

「お前!」

 

 激昂した侑斗に胸倉を掴まれて、カイの笑顔はますます深まる。

 そうして怒れば怒るほど吐き気を催す笑顔はより嫌らしくなっていく。

 そして「あ、そっかぁ」と思い出したようにポカンと開いた口からまた飛び出す笑い声。

 

「お前ら、もう時の列車無いもんなぁ! お前らも散々邪魔してくれちゃったけどさ、それももう終わり! この時間はもうすぐ俺らのものになるって気がするよ────俺、そういう顔してるだろ? アハ、アハハハハハ!!」

 

 カイの弾けた笑いが木霊しているこの瞬間も、街は音もなく消滅していく。

 まもなく、時の運行はイマジンの未来へ進もうとしていた。

 

 




次回更新はなるべく早めにします


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約束とネガいを胸に


お待たせして申し訳ありません。一応クライマックス


 

 

「アハハハハハハハ!」

 

 古来より、笑いは伝染するものと言われている。

 楽しい気分の象徴とも言える、笑うという行為はそれを見ている人もなんとなく楽しい気分にさせるという。

 科学的根拠があるとかないとか、大地には知るよしも無いが、瑠美やガイドが笑っていると大地も自然と笑顔になれた。特に面白いことがなくとも、だ。

 

「ハハッ、ハハハハハハ!」

 

 しかし、大地には今も笑い続けるこの男────カイの笑いは心底楽しそうに見える反面、そう思う思考回路が全く理解できない。

 答えは簡単だ。この男が笑うのは自分自身のためだけ、たったそれだけなのだ。

 

「何が……何がおかしいんだ!! 何でそんな風に笑えるんだ!」

 

 カイの笑いは共有されない。理解もされない。

 だからこそカイは人々の時間を消し去るという非道をやりながら笑える。

 だからこそ大地はその笑いに怒り、カイに摑みかかる。

 

「んー? 俺、なんか変なこと言ったか?」

 

「貴方に……ッ! お前に! 時間の重みがわかるのか!?」

 

 守ってきた時間の中にあった幸せそうな人々が大地の脳裏に蘇る。

「守れて良かった」と思えた光景が消されたかもしれない。

 それは侑斗が大き過ぎる代償を払って護ってきた光景でもある。

 

「当たり前だろ? だからこの時間を自分の時間に繋げようとしてんじゃん。てかさ、お前らと言い争うつもりとかてんで無いから」

 

 また大地の心が負の感情に染まっていく。目の前の男を八つ裂きにしてやりたいと強く願ってしまう。

 だが、どんなに激しい怒りを向けても、カイはヘラヘラとした態度を崩さない。そのふざけた態度がまた大地の怒りを煽り、フツフツと滾らせる。

 これ以上その笑顔を直視することに堪えきれず、大地は思い切り殴り飛ばそうとするも、逆にカイのカウンターをもらってしまった。

 その際、袖に大地の血が付着したカイは心底嫌そうな顔をした。

 

「うーわ汚れたし……」

 

 しかし、口を切った痛みでは大地の怒りを上回らない。

 

「イマジンは僕が絶対に止めてみせる……! お前なんかに、みんなが生きてきた時間は消させやしない!」

 

「あっそ。なら精々やってみろよ。────モタモタしてると手遅れになるけど。プフっ、フフフ……!」

 

 肩を震わせて、どこへともなく去っていくカイ。

 もしも大地がダークディケイドになっていたら、衝動に流されてその背中を叩き斬っていただろう。

 

 生身の人間──少なくとも大地はそう認識している──相手でも躊躇なく刃を振るいそうな自分の恐ろしさを自覚して、それでも大地は見て見ぬ振りを決めた。

 

 そして大地は行き場を失った握り拳を撫でて抑えながら、一向に止まる気配のない、世界が崩落していく様に目を向ける。

 こうしている間にも過去はイマジンによって着々と破壊され、現代はカイやイマジンの未来へと繋がろうとしている。それを見過ごすことはできない。

 

「────侑斗、やっぱりゼロライナーは動きそうにない。損傷がかなり酷い」

 

「チケットはあるっていうのに……! そっちはどうにかならないのか!?」

 

「ダークディケイドライバーはまだ制限があって起動しない……イマジン側からすればほんとにグッドタイミングだったんだ」

 

 過去に飛んだイマジンを追うには三つのものが必要となる。

 

 イマジンが契約者の記憶を辿って戻った時間が記されたチケット。

 そのチケットを入れるパス。

 そのパスを入れて目的となる時間へ向かう時の列車。

 

 この内でチケットとパスは揃っているのに、肝心の時の列車──ゼロライナーが走行に耐えうる状態にない。

 デネブが必死に修復を試みているが、あれが直ったときにはもうこの時間は滅茶苦茶に壊されているだろう。

 時間を遡れるライダーに変身できるダークディケイドライバーが使えるまで待つのも同じだ。

 

 もしこれが昨日だったらゼロライナーは使えた。

 イマジンを追って何度も時を遡ってきているのに、今になって切実に時を遡りたいと思ってしまう。

 もはや大地達には人や街が消滅していく光景に唇を噛み締めて見守るしかできやしない。

 

「せめてあの列車に襲撃されなければ……!」

 

 変わり果てたゼロライナーの前で侑斗は、それはもう本当に悔しそうに無念の思いを吐き捨てる。

 諦めたくないと思って、諦めの選択肢が許されないとしても、それでもどうしようもないのだ。途方も無い代償を払い続けてきた戦いがこんな結末で終わることに納得は絶対にできないと、侑斗の表情が物語っている。

 

 大地はそんな侑斗にかける言葉が見つからなかった。

 こんな時に何か知っていそうな大樹もいつの間にやら姿を消している。つくづく彼は何がしたいのかさっぱりわからない。

 

 しかし、大地は落ち込むと同時に侑斗が言った言葉──あの列車──が頭の片隅で引っかかった。

 

 ネガ電王とあの列車、ゼロノスとゼロライナー、それぞれ同じ関係性なのだとしたら……。

 

 思い付いた手段を試そうとして、大地はポケットを弄るが、ネガ電王の変身に使用したパスケースはどこにもない。

 恐らくはあの列車はネガタロスが管理しているのだろう。だからパスも彼の意に沿わないと使えない。

 

「無い……か。なら……!」

 

 これからやろうとしているのは非常に危険な賭けだ。下手をすればダークディケイドライバーに食われるよりも恐ろしい結果になってもなんらおかしくは無い。

 だが、大地はすぐに決意を固めた。

 怪訝そうに見つめる侑斗に頷き返して、大地は己の胸にそっと手を当てた。目を瞑って神経を研ぎ澄まし、その心中を探索する。

 

 そうして、大地の意識は暗い海の底に沈んでいった。

 

 

 *

 

 

 暗い、暗い闇を手探りで潜り────やがて辿り着いた奥底には黒い鬼がいた。

 

「あなたがネガタロスですね」

 

「あぁん?」

 

 その鬼──ネガタロスと意識の中で対峙する大地。

 一目で悪人とわかる見た目もさることながら、押し潰されるのではと錯覚してしまうプレッシャーが半端なものではない。

 相手に食われまいとなけなしの勇気を引き出して、大地は口を開いた。

 

「ゼロライナーを襲った電車、あなたのものですよね」

 

「……だったら?」

 

「使わせてくだ「断る」……ですよね」

 

 食い気味に断られてしまったが、その程度は想定済みだった。このイマジンは他に輪をかけて相容れない存在であるという認識はやはり正しい。

 自覚していた通り交渉は苦手分野だが、大地は諦めるつもりは無かった。

 

「お願いします。僕達にはどうしても時の列車が必要なんです」

 

「そうなのか……ならますます貸す気が失せた。俺様はな、お前みたいな正義の味方って奴が大嫌いなんだよ」

 

「知ってますよ。あなたに乗っ取られた時、そういう感情が流れ込んできましたから」

 

「だったら何でこんな無駄な時間を費やす? 言っとくが、てめえごときに脅されても俺様は揺らがねえぞ。むしろ俺様が回復したらすぐにでもまた乗っ取ってやる! 命乞いをした方がいいんじゃないか? クハハハハハハハ!」

 

「────ッ」

 

 いけない、相手に呑まれるな。主導権を握らせるな。相手は単なる精神体だ。

 大地は己を鼓舞して、諦めずにこちらの要求を通すための筋道を必死で構築する。

 

「……ギブアンドテイク。たしか、そういう言い回しがありましたよね」

 

「はぁ?」

 

「僕なら、あなたに新しい身体を与えられます」

 

 そう言った瞬間、ネガタロスの目の色が変わった。

 警戒、興味、憎悪……少なくとも彼の中では大地の扱いが「取るに足らないガキ」から「面白いガキ」にまで上がっていた。

 

「貴方は多分僕の中にいないとまともに活動できませんよね。いくら憑依できるとはいえ、そのままだと不便でしょう? えっと……『悪のネガタロスーズ』の結成には」

 

「そんなダセェ学生バンドみてえな名前じゃねえよ!! 『スーパーネガタロス大軍団(未定)』だ!!! 次間違えたらぶっ殺すぞ!! 」

 

「ひっ、ご、ごめんなさい! ……あ、改めて、僕がダークディケイドになればあなたに新しい身体を与えられます。だから」

 

「だからネガデンライナーを使わせろってか。ふむ……」

 

 顎をさするネガタロス。

 答えはほどなくして出された。

 

「いいだろう。今回だけ貸してやる」

 

「本当ですか!」

 

「このネガタロス様に二言はねえ。お前も約束を忘れるなよ」

 

「はい!」

 

 交渉はいささか拍子抜けしてしまうほどあっさり終了してしまった。

 やけに聞き分けのいいネガタロスを不自然に思わなくもないが、ここで余計な一言を付け足して機嫌を損ねてしまうと折角の交渉も台無しになってしまう。相手も背に腹は変えられないのだろうと大地は結論付けた。

 

「じゃあ精々頑張るといい、()()()()()さんよ」

 

 最後にネガタロスが投げかけてきた言葉は、どこか皮肉を言うような物言いであった。

 

 

 *

 

 

 自分の中での対話を終えた大地はゆっくりと目を開いた。

 ふと感じるのは、右手の中の硬い感触。

 自身の深層心理に潜る直前、大地を覗き込んでいた侑斗の眼差しも同じ場所に向いていた。

 

「それ、パスだよな」

 

「条件付きで借りたんです」

 

 正確な使い方は知らずとも、大地は直感的にパスを掲げた。

 するとあの不協和音を鳴らしながら、ゼロライナーを損傷させた根源にして────希望の一手となる時の列車が大地達の目の前に停車した。

 

「ネガデンライナー。僕がこれでイマジンを追います」

 

「……冗談だろ? あのイマジンだってまだお前の中にいるんだぞ。……まさか、そいつから借りたって言うなよな」

 

 こくん、と大地は頷く。途端にその胸倉を掴み上げられ、苛立ちが頂点に達した侑斗のひん剥かれた眼と見つめ合うことになった。

 

「それが罠だって気付かないわけじゃないだろ!? あのネガタロスってイマジンはお前を過去に飛ばしてから身体を乗っ取るつもりなんだよ。誰にも邪魔をされない時間でな!」

 

「そうなる前に決着を付けて戻ってきます! 自分が自分で無くなるのは僕も嫌ですから」

 

「何の根拠があんだよ! ……もういい、俺が行く」

 

 パスを奪い取ろうとする侑斗。パスを握った手を離さない大地。

 互いに譲るつもりはサラサラなく、握力がパスからギリギリと音を鳴らす。

 刹那の引っ張り合いの末、力比べは大地に軍配が上がった。

 

「……そこまでして俺にカードを使わせたくないってか。さっき言ったこと忘れたのか? それじゃあいつまで経ってもお前はこの世界から出られないんだよ!」

 

「それでもカードは使って欲しくありません! どんなに矛盾していようと、その思いは曲げられない。ここで侑斗さんに変身させてゼロノスを記録できたとしても、僕はずっと後悔する!」

 

「その後悔だって忘れる。いつまでも駄々こねてんじゃねえ!」

 

「侑斗さんこそ! 少しは自分に正直になったらどうなんですか。本当はカードを使いたくないって」

 

 息を荒げた口論はそこで一時停止した。

 侑斗は胸倉を掴んでいた手を離して睨んでいるが、その目が泳いだ一瞬を大地は確かに捉えていた。

 

「……適当言うな」

 

「まさか。僕は本気ですよ」

 

 いつだって侑斗はカードを使うことに怯えていなかった。

 忘れ去られていく自分を受け入れていた。戦う決意の方が勝っていた。

 しかし────できれば使いたくないとも思っていたはずだ。

 

「侑斗さんって瑠美さんのことも、僕が写真館に住んでることも知ってましたよね。それでも侑斗さんはわざわざミルクディッパーで僕に接触してきました。特異点の良太郎さんに勘付かれるリスクを冒してまで……

 

 ────それって、忘れられるたびに愛理さんに覚えてもらおうとしたからじゃないんですか?」

 

「それは……っ」

 

 侑斗は大地の言葉を否定しようとして、しかし出来なかった。

「違う」と強く断言しようと開いた口は、それ以上の音を発しないまま閉じられる。

 あくまでも大地の推測に過ぎない言葉であったが、黙って耳を傾ける侑斗の姿がそれを肯定していた。

 

「この前のイマジンに襲われた時、僕が駆けつけるまでそれなりに時間は経ってたのに侑斗さんは変身していませんでした。その理由もギリギリまでカードを使いたくなかったからだとしたら」

 

 侑斗の顔から怒りが去っていく。大地を見つめる眼差しにこもった熱も引いていくようだった。

 

「時間を守る為に自分を消して戦う侑斗さんは本当に強いです。かなり強いです。……でも、『覚えていて欲しい。忘れないでいて欲しい』っていう想いを抱いちゃいけないことってことは無い。その心に従って、僕に任せてくれませんか?」

 

 桜井侑斗は孤独だ。

 今はデネブがいて、大地がいて、それでもいつかは誰からも忘れ去られる孤独がすぐそこにある。

 その孤独と正面から向き合えることこそ、侑斗の持つ()()

 それ自体が間違いだとは大地は思わないが、全面的に肯定するつもりもない。

 だからせめて、孤独を怯える心だけは汲み取ってやりたい。

 

「……人を見透かしたように言いやがって。……信じていいんだな」

 

 その瞬間、ライドブッカーから侑斗と大地の間に一枚のカードが滑り込む。

 掴み取ったそのゼロノスのカードこそ、大地が仮面ライダーゼロノスを────桜井侑斗を記録した証。

 

「約束です。僕は侑斗さんを忘れない」

 

 ネガデンライナーの発進を告げる汽笛が地の底まで届くように低く鳴り響いた。

 

 

 *

 

 

 ────2006年 1月 19日

 

 金色の獅子、レオイマジンとその配下であるレオソルジャーの数人が街を破壊している。

 レオイマジンの吐き出した火球に焼かれる者、ビルの瓦礫に押し潰される者……街はまさに阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。

 逃げ遅れた子供が地べたに座りこんで泣き叫んでいようと、それを気にかける余裕のある者すらいない。そしてその子供を可哀想だと憐れむ慈悲をレオイマジンは持ち合わせていない。

 

「耳障りだ……失せろ!」

 

 子供を火だるまにしようと放たれた火球。しかし、次元を超えてやってきたネガデンライナーがそれを弾いた。

 

「大丈夫!? お母さんは……あ、あっち! 早く逃げて!」

 

 列車から飛び降りた大地は子供を誘導してから、レオイマジンと対峙する。

 破壊活動に勤しんでいたレオソルジャー達も大地を囲み、標的は大地一人に絞られた。この世界に来てからというもの、多勢に無勢な場が多すぎやしないだろうか。

 

「ダークディケイドか。まさか追ってくるとはな」

 

「ちょっと借り物でして。これ以上は僕がさせない」

 

 ダークディケイドのクールタイムはまだ終わっていない。

 だが、怖気付く気持ちは全くなかった。

 

「変身!」

 

 チェンジ! ナウ

 

 大地は仮面ライダーメイジに変身し、手始めに一番身近なレオソルジャーを蹴り飛ばす。

 その一撃を皮切りにレオソルジャー達は剣を構えて、次々とメイジに迫った。

 スクラッチネイルとライドブッカーで応戦するメイジであったが、過去の例に漏れず袋叩きに近い戦闘になりかけていた。

 

 見た目は雑魚だが侮るべからず。一人一人が一般イマジンにも匹敵しかねないレオソルジャー達はその連携も含めて、それなりの難敵だ。

 

 エクステンド! ナウ

 

 レオソルジャーの包囲網を抜け出すべく、メイジは腕を伸ばして手頃な街灯の上へと登る。ライドブッカーをガンモードにして、追いかけてくるレオソルジャーへと弾丸を乱れ撃ちするが、大した効果は見込めない。

 だが、綺麗に並んでやってくるレオソルジャー達に一つ閃くものがあった。

 

(……あ、いけるかも)

 

「ほ! ほ! ほ! ほ!」

 

 先頭のレオソルジャーへ、ぴょんとひとっ飛び。並んでいる肩から肩を軽快に踏みつけていく。ライダーに肩を踏まれる……というより蹴飛ばされれば当然転ぶ。

 最後のレオソルジャーの肩を踏んづけた後、メイジはリングを翳した。

 

 ヒート! ナウ

 

 ライドブッカーの銃口に集まった魔法の炎が形成するは紅蓮の弾丸。

 薙ぎ払うようにして放たれたメイジシューティングによってレオソルジャー達は残らず焼き払われた。

 

 しかし、前座を終わらせただけでは一息つけない。

 レオイマジンが振り下ろした鈍い金色の棍棒とスクラッチネイルが激しくぶつかり合う音が響いた。

 

「やるな。それなりに楽しめそうだ」

 

「このぉ!」

 

 メイジは棍棒を蹴り上げ、スクラッチネイルを突き出したが、レオイマジンの鈍い光沢を放つ爪に阻まれた。

 巨大な爪と爪が絡み合い、ギリギリと嫌な音を立てて削り合う。しかし、レオイマジンに張り合えるだけの力がメイジには足りない。

 

「だが俺には及ばん!」

 

「がぁっ!?」

 

 あっさりと突き飛ばされたメイジに放たれた火球が弾ける。

 吹っ飛ばされたメイジの変身は解けてしまい、生身を晒す大地。

 二発目の火球がその身体を焼き尽くすその前に、飛び出した白い影が大地の腹部に収まった。

 

「「変身!」」

 

 爆炎を搔き消す吹雪の中から現れた大地の姿は、すでに仮面ライダーレイとなっていた。

 レオイマジンの爪と、レイのギガンティッククローが再度ぶつかりあい、獅子の口からほう、と嘆声が漏れる。衝撃は先ほどより強くとも、腕に伝わる痺れは減っていた。

 

 メイジでは無理でも、レイならレオイマジンのパワーにも対抗できている。

 それでも僅差で力負けしている気がしなくもないが、この程度なら押し切れるとさらに力を込めた。

 

「侑斗さんの記憶も、この時間も、僕が守ってみせる!」

 

 

 *

 

 

 ────2007年 9月 23日

 

 ネガデンライナーが時空の狭間に去り、見送った侑斗はすぐに踵を返していた。ゼロライナーの後始末をデネブに任せ、侑斗は一人で市街地に向かう。

 過去で暴れているイマジンを倒さない限り時間の崩壊は止まらないし、それを止める手段を今の侑斗は持ち合わせていない。

 

「大地……急げよ」

 

 過去で暴れているイマジンを倒せば、今起きている被害はほぼほぼ修復させる。

 今にも瓦礫に押し潰されようとしている男性だってそうだ。最終的には無かったことになって、元どおりになる。

 

 だが、それはあくまで理論上の話。助けたいという感情に従って、侑斗は男性を助け出した。

 震えた礼の声に返事もせず、他に助けるべき相手はいるかと見渡した侑斗の目がとある存在を捉えた。

 

「フヌ、火事場泥棒のようで気が引けるかと思いきや、こうしておおっぴらに遊べるのも趣があって大変よろしいですな。そぉれそれ!」

 

 キツネ型のイマジン──フォックスイマジン。

 自身のフワフワと柔らかそうな毛を数本ちぎり、投げればそれは鋭い槍と化してビル群を貫いて破壊する。

 時間の崩壊とは別に破壊活動をしているのは、どさくさ紛れで契約した人間の望みを曲解して叶えようとしているとか、そんなところだろう。あのカイがやりそうな、悪辣な企みだ。

 侑斗はカードを使おうとしたが、あそこまで覚悟とリスクを背負った大地の存在が思い留まらせた。

 

「フヌゥ? ゼロノスではあーりませんか。遊び相手になってもらえるのですか?」

 

「……クソ!」

 

 ああそうだとも。使わずに済むならそれに越したことはないと常々思っていたことは認めるとも。

 ここはカードを使う場面だとわかっていながら、拳一つで殴りに行ってしまうのが愚かだとわかっているとも。

 

 がむしゃらに駆けた侑斗の体重を乗せた重いパンチをフォックスイマジンに叩き込むが、「いてっ」と軽い声が上がっただけ。

 生身でイマジンに勝てはしない、わかりきっていたことだ。

 

「フヌゥ、変身しないとは。つまらんですなあ」

 

「黙ってろ!」

 

 蚊ほどの痛みにもならないとはいえ、相手は黙って殴られてくれるようなお人好しのイマジンではない。

 軽く払われただけで侑斗の身体は吹っ飛ばされてしまう。

 それを鼻で笑い、またしても槍を放つフォックスイマジン。崩れ落ちる瓦礫の山。

 

「────あ」

 

 そして侑斗は見てしまった。その下にいた者──野上愛理を。

 

 必死に逃げる彼女の存在が最後の一押しとして、赤のカードを切らせた。

 

「変身!」

 

 CHARGE AND UP

 

 侑斗の時間が、記憶が錆び付いていく。

 大地や瑠美、愛理、人々の記憶から抜け落ちた記憶を代償にして、侑斗は超人と呼ぶに相応しいスピードで駆け抜ける。

 抱き抱えられ、押し潰されずに済んだ愛理が見上げた顔は赤い電仮面に覆われていた。

 

「怪我は?」

 

「大丈夫。……貴方は……?」

 

 その声も聞いても愛理は思い出さない。誰の声なのか、その主の顔さえ覚えていない。

 

「ならいい、早く逃げろ」

 

 しきりにこちらを気にしながら逃げる愛理に、侑斗は振り返らない。

 もう彼女の中に「桜井侑斗」はいない。それでいいと侑斗は思う。後悔はない。

 

「フヌゥ、 変身しましたか。契約者の『スクープが欲しい』なんて馬鹿げた願いを真面目にやってあげている真っ最中なので、できればそれが済んでからにしてもらいたいのですが……」

 

 これはまた随分と小さい願いに最後のカードを使わされてしまったものだ。半ば呆れ気味に空を見上げて、ゼロノスは囁く。

 

「最後に言っておく────悪いな、大地」

 

 ゼロフォームとなったゼロノスは時間の向こうに消えた友へと、決して届く筈もない謝意を呟いた。

 

 

 *

 

 

 衝撃で砕け散った爪が、戦闘の余波が生み出した陽炎の中に消える。

 レイとレオイマジンの度重なる激突は両者の爪を削り、互いに砕いたのだ。

 自慢の武器の破損に嘆く暇もなく、レイはライドブッカーを、レオイマジンは棍棒を取り回して再び激突する。

 

「大口叩いただけはあるな!」

 

「あなたみたいに火は吐けませんけどね!」

 

「氷なら吐けるぜぇ!」

 

 腰のレイキバットが威勢良く吹いた氷結弾は火球に打ち消され、激しく散った火花が一瞬だけ視界を埋め尽くす。その際、反射的にライドブッカーで守りの構えを取る。

 レイの顔面に突き出された棍棒を剣で受け止められたのは、これまで培った経験のおかげであった。

 

「レイキバットさん!」

 

 棍棒を強く押し返し、掲げた剣に氷の息吹が纏わりつく。

 その様子にただならぬ気配を感じ取ったレオイマジンは火球を放ったが、レイが振り抜いた絶対零度の斬撃は相殺できない。

 

「何!?」

 

 予想以上の威力に驚くレオイマジン。

 そこへ炎すら凍てつかせる斬撃の衝撃波が到達。小規模の爆発を起こした。

 これで撃破できていれば御の字だけれども、爆風に乗ってやってくるプレッシャーは未だ健在だ。

 

「……これでも駄目か」

 

「……みたいですね」

 

 多少のダメージにはなっても、撃破には至っていない。

 メイジでは敗北。ギガンティッククローは破損、魔皇力入り冷気の斬撃も通用せず。レイでこれ以上の火力は発揮できない。

 

 つまりはほぼ手詰まり。

 

「どうした、手品はもう終わりか!」

 

「俺のレイですら力不足か……ふざけたネコがいたもんだ」

 

「俺はライオンだ!」

 

 ダークディケイドは未だ使用不能であり、大地にはこのレオイマジンを打倒しうるだけの手段が無いかに思われたその時。

 その身体の内から声が響いた。

 

(フ……苦戦しているようだな。欠伸が出る戦いをしやがって)

 

 その響きには嘲りと優しさらしきものが同時に含まれていた。

 

(この声は……ネガタロス?)

 

(様をつけろ……まあいい。お前に死なれちゃこっちも困る。手本を見せてやるから、とっとと貸せ)

 

 身体の内側から何かが湧き上がり、意識がぼんやりしてくる。

 覚えのある感覚に不味い、と思う間も無く身体の主導権はネガタロスに握られてしまった。

 

「ちょ、ちょっと!? ────てめえはすっこんでな」

 

 雰囲気も一変し、レイの仮面から発する声にもどこか艶があるものになっていた。

 鬱陶しそうにレイキバットを放り投げることで変身を解除したN大地は銀色のベルトを腰に巻く。

 レイキバットの抗議する声にも耳を傾けず、デンオウベルトが奏でるメロディにだけ身体を任せた。

 

「変身」

 

 NEGA FORM

 

 N大地を包むスーツ、オーラアーマー、電仮面。全てが重なりし姿、仮面ライダーネガ電王が降臨した。

 未だに喚くレイキバットへ、しっしっと手をやりながら、ネガ電王は悠々とネガデンガッシャーを組み立てている。

 

「お前、何をしている? 貴様のようなイマジンなぞ知らんが」

 

「だったらその耳をかっぽじってよーく聞いておけ。俺様はネガタロス、勝利する悪の化身!」

 

「あ、ああ……?」

 

 見知らぬイマジンがいて、なおかつ敵対されていることにレオイマジンは困惑を隠せない。

 そうやって自身の存在感にたじろいでいる様はネガ電王の目には中々愉快に映ったものだが、それよりも今はさっさと終わらせる方が優先する。

 

「……どうやらただの馬鹿らしいな。その身体共々、俺が消してやろう」

 

「何か勘違いしているな。倒されるのはてめえだぜ?」

 

 不敵に言い放ったネガ電王はガンモードに組み立てたネガデンガッシャーで射撃を行う。

 腕をだらんと構え、喧しい発砲音と共に放たれた弾丸はレオイマジンに着弾する寸前で棍棒に弾かれた。

 少しずつ角度を変えて、上から下から射撃を続けるが、レオイマジンが振り回す棍棒は突破できない。

 

 そうして徐々に両者の距離は詰まりつつあり、ネガ電王は舌打ちだけして身を翻した。

 

「腰抜けが! 逃がすか!」

 

 射撃が通じないだけで逃げるとは、なんとまあ臆病な奴だ。

 そんな感想を抱いたレオイマジンは一目散に逃げ出したネガ電王の後を追うが、高架線のトンネルでさっと振り返って再び射撃が飛来してくる。

 不意打ちのつもりだったのかもしれないが、突然の発砲にも対応できるだけの反射神経がレオイマジンにはある。

 だが、数発叩き落として接近しようとした時、ネガ電王は突然天井に向けて発砲し始めた。

 

 側から見れば錯乱したようにも見えるその行為の意図は、視界を隠す舞い上がった灰燼が証明してくれた。

 轟音を立てて降り注ぐ破片も入り混じり、ネガ電王の姿は隠された。

 

「目眩しなど通じん!」

 

 しかし、それも下らぬ小細工だと一笑されるレベルの作戦。

 レオイマジンの一振りだけで埃は吹き飛び、一瞬で視界はクリアになった。

 

 当然、拳を振り上げて飛びかかってきたネガ電王の姿も。

 

「ガッ!?」

 

 棍棒で胸を打たれたネガ電王はあえなく倒れ、レオイマジンに踏みつけられてしまう。

 あれだけ大層な言葉を並べた割には、拍子抜けするほどに呆気ない幕切れだ。しかし油断はせぬ、と棍棒を叩きつけようとして、レオイマジンは気づく。

 

「俺様の銃がどこにもない……そう思ってないか?」

 

 図星だった。その通り、ネガ電王の両手はフリー。ネガデンガッシャーがどこにも見当たらない。

 そもそも視界を隠した時点で射撃せずに飛びかかってきたこと自体不自然だったのだ。

 

 堪えきれずに笑いを零すネガ電王の不穏な雰囲気にレオイマジンがようやく気付いた時、何かの落下音がした。

 

「お探しのブツはこれだろう?」

 

 ネガ電王の手にするりと収まったのは、ネガデンガッシャー。しかもフルチャージされた状態というオマケ付きで。

 眼前で充填された赤い球状のエネルギー弾を認識した途端、レオイマジンの全身から冷や汗が噴き出た。

 

「まさか、さっきの射撃は目眩しだけではなく──!?」

 

 灰燼はネガ電王がパスを翳す仕草を隠した。

 破片が降り注ぐ音、天井を撃つ音が『FULL CHARGE』という音声を隠した。

 ただそれだけのこと。

 

「追い詰めたと思ったら、追い詰められていた……今どんな気分だ?」

 

「ま、待て────」

 

 その答えごと、レオイマジンの頭部はネガワイルドショットに飲まれた。

 

 

 

 *

 

 

 現代にて戦闘を続けるゼロノスとフォックスイマジン。

 フォックスイマジンの武器は彼が生成する無数の槍、対するゼロノスはゼロフォームの優れた俊敏性を活かして駆けずり回る。

 空間に敷き詰められた槍の雨あられ、その隙間を縫うボウガンの矢。弾幕勝負では話にならない。

 

「そぉれそれ! そぉれそれ!」

 

 接近戦に持ち込めばこの槍はなんとかなるかもしれないが、それにはあの弾幕を掻い潜って前進せねばならない。

 強引に近寄ろうにも、その前に串刺しになるに決まってる。

 

「あぁクソ! めんどくせぇ!」

 

 FULL CHARGE

 

 痺れを切らしたゼロノスはグランドストライクを放ち、槍の雨に穴を抉じ開ける。牽制の射撃をしつつ、穴を潜り抜けた。その手にあるゼロガッシャーはすでにサーベルモードだ。

 

「フヌヌッ!?」

 

「折れろォ!」

 

 ぶつかった大剣と槍。パキン、と小気味の良い音を立てて槍が真っ二つに折れた。

 折れても再び生成すれば済む話だと構えた槍も再びゼロガッシャーに叩き折られ、その繰り返しによって折れた破片がいくつも転がった。

 やがて槍の生成がゼロガッシャーの乱舞に追いつかなくなり、フォックスイマジンの脳天にその刃が叩きつけられた。頭部に食い込んだ刃の激痛からひねり出された絶叫は思わず耳を押さえたくなるほど。

 

 FULL CHARGE

 

 その絶叫すらも、脳天から身体を真っ二つにされてしまえば自然と鳴り止む。

 二つに割られた身体はスプレンデッドエンドの威力に耐え切れず、爆発。こうして、フォックスイマジンは葬り去られたかに思えたのだが────。

 

「フヌ、フヌ……ギャァアアアアアアアアアアア!!」

 

「何!?」

 

 かつてイマジンだった残骸からゼロノスに覆い被さるようにして、巨大な影が落ちる。

 30メートルにも及ぶその黒い四足獣の名は、ギガンデス・ヘル。イマジンを形作るイメージが暴走した形態である。

 この姿になったが最後、イマジンには眼に映る物全てを破壊することしかできない。

 

「こんな時に……! デネブ、ゼロライナーは!?」

 

(ぜぇんぜん駄目だ! 修理するとこだらけでもー大変!)

 

「そっちは一旦置いとけ! すぐこっちに来い!」

 

 この相手はゼロライナーがなければまともに戦うことも難しい。

 しかし、放っておけば等身大の時よりも甚大な被害を出すのは火を見るよりも明らかだ。

 周囲への被害を減らすべく、ゼロノスはボウガンでその横っ面で焼こうとするが、成果は煩わしそうに首を振らせただけであった。

 

「くっ、これじゃ俺も野上の悪運笑えないな……!」

 

 こうも悪いことが重なると、笑えてすらくる。そう思いながら、ゼロノスは矢を放つ。

 効果無しとわかっていても、ボウガンを撃つ手を止めることはできない。

 チクチクと刺さる矢をいい加減鬱陶しいと感じたのか、ギガンデスは太い前足をゼロノス目掛けて振り下ろし、コンクリートをも砕く衝撃波で吹き飛ばした。

 

 その衝撃で肺から空気が押し出されて、鈍痛がじわじわと広がる。

 相手が前足を振るっただけでこの有様になるとは。サイズの差とは侮れないものである。

 

 吹き飛ばされ、仰向けに倒れたゼロノス。自然と上を見上げる形になり、その視界の隅に青いプレートがチラチラ映る。

 見るだけでムカムカしてくるその戦士こそ、今ゼロノスが吹っ飛ばされている原因とも呼べる人物だ。

 

「大丈夫かい? 見事なやられっぷりじゃないか」

 

「誰のせいでこうなってると思ってやがる……!」

 

「さてね。思い当たる節はないかな」

 

 倒れているゼロノスを上から覗き込んでくる青い戦士────確か、名前はディエンドだったか。

 人の列車を盗んでおいて、白々しく軽口を叩いてくるのが妙に腹立たしい。

 

「何の用だ。今はお前みたいな強盗に構ってる暇ないんだよ」

 

「強盗とは心外だね。せめてトレジャーハンターと呼んでくれないかな?」

 

「どうでもいいんだよ! もう、どけ!」

 

「おお、怖い怖い。せっかく手伝ってあげようとしてるのに、その言い草はないだろう」

 

「はぁ!? お前何言ってんだ?」

 

 人から盗んでおいて、今度は手伝うなどと言われても普通の人間なら信用はしない。いや、デネブなら「ありがとう! 助かる!」とか言いそうだが、それは置いておく。

 

「……どういう風の吹きまわしだ」

 

「別に大したことじゃないさ。僕はお宝が欲しいだけだよ」

 

 信用はできない。しかし、贅沢を言ってられる状況でもあるまい。

 

「足、引っ張んなよ」

 

「どうかな」

 

 仮初めの同盟は成立した。

 するとディエンドはそうなることがわかっていたかのように、予めカードを装填していたネオディエンドライバーからライダーを召喚する。

 

 KAMEN RIDE HIBIKI

 

 KAMEN RIDE FAIZ

 

 紫の鬼ライダー、響鬼と赤色の救世主、ファイズ。

 ディエンドが召喚したライダー二人はシュッと崩れた敬礼をしたり、怠そうにスナップをしたりしていたが、その背後に銃口が向けられていた。

 

 FINAL FORM RIDE HI HI HI HIBIKI FA FA FA FAIZ

 

 金色の光に撃ち抜かれ、項垂れる響鬼とファイズに変化が訪れた。

 響鬼の身体は角ばった紅い鷹、ヒビキアカネタカに。

 ファイズの身体は銀色の大砲、ファイズブラスターに。

 

 これこそが対象のライダーを武器やメカに強制的に変形させる能力、ファイナルフォームライド。

 

「ほんっと、なんでもアリかよ……」

 

「じゃ、楽しくやろうか」

 

 人体の構成をおもいっきし無視した変形に背筋が凍るが、深く考えたら負けだろう。

 飛翔したヒビキアカネタカがギガンデスに体当たりを仕掛け、ディエンドもファイズブラスターで砲撃を行っている。

 ゼロノスも指を咥えて見ているつもりはなく、焼け石に水と知りながらもボウガンで援護射撃を開始しようとした。

 

 だが、その時になって待ち望んでいた救援がやってきた。

 

「侑斗〜! お待たせ〜!」

 

「デネブ! よし、来い!」

 

 大急ぎで駆け付けたデネブがその声に応え、『デネビックバスター』という銃へと変形した。

 イマジンの身体を丸ごと武器にしたこの銃は威力、連射力共にゼロガッシャーを軽く凌駕する。これならあのデカブツにもダメージが与えられるはずだ。

 

「改めて見ると、これもあのトンデモ変形と大差ないな」

 

「え?」

 

「いや、なんでもない。行くぞ!」

 

 デネビックバスターを手にしたゼロノスも改めて戦列に参加し、ファイズブラスター、ヒビキアカネタカも加えた集中砲火が始まった。

 どれもサイズの規格ではギガンデスにはとても及ばないが、威力は例外なく高火力で、あれほど堅固だった巨躯に次々と傷を刻んでいく。

 これには激しく抵抗し、前足や首を凄まじい勢いで振り回してゼロノス達を吹っ飛ばそうとする。

 しかし、その度にヒビキアカネタカが体当たりで態勢を崩したり、ファイズブラスターが逆にギガンデスを吹っ飛ばしたりした。

 

 鉛玉、フォトンブラッド、火球に撃たれ続けて、戦意が衰えたどころかすっかり萎縮してしまったギガンデスは威嚇の雄叫びだけ上げて、その場から逃げ出そうとしていた。

 

「ここで逃がすと厄介なことになりそうだ」

 

「そう思うならなんとかしろ!」

 

「やれやれ、特別サービスにしておくよ」

 

 FINAL ATTACK RIDE HI HI HI HIBIKI

 

 逃げようとするギガンデスの正面に回り込んだヒビキアカネタカはまたもや変形した。

 ヒビキオンゲキコと呼ばれるその形態はギガンデスの顔面に張り付く事でその巨躯を拘束することに成功する。

 巨大魔化魍をも封じることが可能な拘束はギガンデスの身動きの一切を許さない。

 

 FINAL ATTACK RIDE FA FA FA FAIZ

 

 FULL CHARGE

 

 そしてギガンデスに突き刺さる赤い円錐、デネビックバスターに収束する高出力エネルギー。

 

「はあーッ!」

 

「うおりゃぁあああ!!」

 

 ファイズブラスターからはディエンドフォトンが、デネビックバスターからはバスターノヴァが、二つの銃から放たれた強烈なビームがギガンデスを包む。

 見惚れてしまうような美しい光の奔流に身体も、叫びも、思考も、ギガンデスの何もかもが飲み込まれていく。

 圧倒的な熱量に溶かされ、原型を留めていない肉塊になった頃になってようやく大爆発が起こった。

 

「……あっちも上手くいったらしいな」

 

 瓦礫となっていたビル群が時間を巻き戻すようにして修復されていく。

 天にも登る勢いの爆炎が残っていた肉片を焼き尽くし、フォックスイマジンの存在を消滅させたのとちょうど同じタイミングだ。

 ビルだけではなく、消滅していた人々もみんな元通りとなっていく。

 

 修復された時間では誰も何があったのかも認識していない。イマジンが出した被害ごと消滅したから。

 火事による煙もない青空には、過去から帰還したネガデンライナーが走っていた。

 

(侑斗、それって最後のカード……)

 

「……」

 

 ゼロノスは、最後の変身を解除した。

 

 

 *

 

 

 

 

 翌日。

 

 

「起きたか、大地」

 

「おはよう、レイキバットさん」

 

 コーヒーと紅茶、それにパンの香ばしい匂いが鼻腔を通じて、寝ぼけ頭に空腹を思い出させる。

 口笛を吹きながらスープの味を見るガイド、ゆったりと配膳する瑠美。

 

 それはいつもと変わらない、光写真館の朝の光景。

 

「おはようございます、大地くん。今朝の紅茶はシャルドネダージリンになってます」

 

「シャルドネ?」

 

「白ぶどうのやつです。スッキリしてて美味しいですよ」

 

「へー」

 

 もうすぐ10月に差しかかろうというのに、外にはまだ暑さが残っている。こんな日にはアイスティーが美味しく感じるに違いない。

 大地も配膳に混ざり、皿を並べていく中でふと背景ロールに目が行った。

 そこに描かれた絵は砂漠を走る緑の列車のまま、約3ヶ月前から変わっていない。

 

「それにしても」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この世界の仮面ライダーには、まだ会えませんね。一体どこにいるんでしょうか?」

 

「もうとっくにくたばってたりするんじゃねえか?」

 

「もう、レイキバさん。縁起の悪いこと言っちゃ駄目ですよ。ね? 大地くん」

 

 

「……そうだね」

 

 大地は、曖昧な笑いを返した。

 

 





フォックスイマジン。

「スクープが欲しい」という願いで契約したイマジン。「ならビル倒壊の瞬間でも撮っとけ」という勝手な解釈で暴れまわっていた。
モチーフは「星の王子さま」に登場したキツネ。


次回、ゼロノス編ラスト。


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記憶/記録のカード・0


テニスやバドミントンでは0点を何と呼ぶのでしょうか



 

 

 朝からやんややんやと賑わいを見せる光写真館。

 本日の議題内容は「この世界の仮面ライダーがどこにいるか」とのこと。

 

「海外で戦ってる」

 

「もう死んでる」

 

「ベルトを修理中だったり?」

 

「長期的な入院もありうるな」

 

 この世界に来てから3ヶ月、未だに仮面ライダーには出会えていない。

 ここまで長期間遭遇できていないとなると、何か理由があるのではないかと考えるのが普通であろう。

 というか議論を交わしているのは物騒な理由を挙げるレイキバットと、なるべくそうならないような理由を挙げる瑠美ぐらいだが。

 

「大地くんはどう思います?」

 

 意見を求められた大地はちょっと困ったように笑みを浮かべるだけ。

 こういう話題に消極的な大地が珍しいのか、瑠美とレイキバットキバットは互いに顔を見合わせた。

 

「おい、この話の一番の当事者がそんなんでどうするんだ」

 

「そうですよ。もしかしたらずっとこの世界から出られないかもしれませんよ?」

 

「それはそうですけど」

 

「ケッ、お前が危機感に欠けてちゃ見つかるもんも見つかんねえ。シャキッとしろシャキッと」

 

 叱咤されても大地の曖昧な表情は変わらない。

 こんなに言われても特に態度を改めないとは、レイキバットと瑠美にもいよいよ不自然に見えてくる。具合が悪いとか、何か理由でもあるなら納得できるぐらいには。

 

「どうしたんでしょう、今朝からちょっと変ですけど。朝ご飯に何か混じってたってことは無いんですかね」

 

「腹でも冷やしたんじゃねえのか」

 

「……それってレイキバさんのせいだったりしません?」

 

 瑠美達のヒソヒソ話を同じ顔で眺めていた大地であったが、ふと気付いた時には既にいなくなっていた。

 

 

 *

 

 

「あら、大地くんいらっしゃい」

 

 写真館を出た大地が向かった先は、ミルクディッパーであった。

 明るく出迎える愛理に、目をピンクマークに染めて眺める男性客達。ここもまた見慣れた光景だ。

 何人もの男を虜にしてきた、彼女の笑顔だけには未だ慣れきっていないが。

 

「良太郎さんの身体は平気そうでしたか? 入院したって聞きましたよ」

 

「昨日お見舞いに行ってきたの。今回のはだいぶキツそうだったけど、そこまで大きな怪我にはなってなかったみたい。また後でひじきサラダ持っていかないと」

 

 愛理が用意している山盛りのひじきサラダがカウンターの奥に見えた。

 あれを食べさせられる良太郎の苦い顔が眼に浮かぶようだ。

 

「コーヒーをひとつ。いつもので」

 

 今日は絵本を読むことも無く、一杯のブレンドコーヒーをゆっくりと味わった。

 口の中に広がる香ばしい苦味を堪能しながら、ずっと通っていた店内を眺める。ここに来るのも、恐らくは今日が最後になるだろうと踏んでいた故に。

 

「ご馳走さまでした」

 

 去り際に、大地はふとテーブル席に目を向けた。

 

 そこには誰も座っていなかった。

 

 

 *

 

 

 大地は、それからあても無くあちこちをぶらついていた。

 

「うわ、何でこんなにどえらいことになってんだ!?」

 

「隕石でも落ちたかぁ?」

 

 街外れの河川敷には人だかりができており、土手が大きく抉れていた。

 

「先日はお買い上げありがとうございます!」

 

 お洒落なブティックの前で見覚えのある店員に挨拶された。

 

「一人で散歩かい? 寂しいね」

 

 大樹がぬるりと隣に現れた。

 

「…………」

 

 

 特に変わったこともない、穏やかな一日。

 

「いや、海東さんはなんで普通にいるんです。しかもいつの間に」

 

 とはならない。あれだけの事をしでかしておいて、悪びれた様子すらないこの男は一体なんなのか。

 

「僕の旅の行き先は僕だけが決めるのさ」

 

「そ、そうですか」

 

 この海東大樹については、もう考えるだけ無駄かもしれない。大地はそう結論づけた。

 大樹は当然のごとく大地の隣を歩いており、それは付いてくるというよりかはこの後の行き先がわかっているかのような足取りだった。

 

「そういえば」

 

 無言の大樹といるのが少し気味が悪くて、大地は話題を捻り出した。

 

「僕がネガタロスに乗っ取られた時、戦ってくれたらしいですね。その節はお世話になりました」

 

「いやいや、礼には及ばない。もっとも君がどうしてもお礼をしたいと言うなら止めはしないけどね」

 

「……あ、ありがとうございました。ハハ……」

 

 しかしまあ話題の続かないことで、すぐにまた無言になってしまった。

 そして大地と大樹は写真館の近くにある小さな橋にやってきた。

 周囲はすっかり暗くなっていて他の人もおらず、まるでその時を見計らったかのように大地の身体からおびただしい量の砂が溢れ出す。

 

 その砂はイマジンの仮の姿。すなわち、大地の中に潜んでいたネガタロスであった。

 

「ネガタロス」

 

「さて、そろそろいいだろう。俺たちの契約を果たそうじゃねえか」

 

「そのつもりです」

 

「クク……てっきり反故にするのかと思ってたがな。律儀な男は嫌いじゃねえ、俺様の部下にしてやろうか?」

 

「そんなことしたら、また乗っ取る気でしょうに」

 

 彼の言う契約とは、ネガデンライナーを借り受ける条件として掲示した「新しい身体」のことで間違いないだろう。

 どう考えても悪人の彼に新しい身体を与えるのは本来褒められたことではないが、例え誰が相手であっても契約を破る気はなかった。

 

 KAMEN RIDE DECADE

 

 ダークディケイドへと変身した大地は一枚のカードを取り出した。

 

 KAMEN RIDE DARK GHOST

 

 ダークディケイドは、昨日ネガタロスも使用したダークゴーストの姿を模り、流れ込んでくる記憶の仕草を見よう見まねでやってみせる。

 

「こうして、こうやって……」

 

「……何してる?」

 

「こう!」

 

 DDダークゴーストが指で印を結んでいる仕草を訝しむネガタロス。

 印が完成し、DDダークゴーストが念を送るとネガタロスを形成する砂に彼自身の意思に反した変化が起こり始めた。

 鬼の姿を作り上げていた砂が一箇所に集まっていく。

 

「お、おお……? これは……」

 

 等身大とそう変わらぬサイズを形成していた砂が新たに作り上げたのは、掌に収まるくらいのちっぽけなアイテムだった。

 眼球にも似たそれにはネガタロスの顔と「N-NEGTAROS」との表記がされている。

 それは「ゴーストの世界」にて霊魂を入れる器として使用されているゴーストアイコン(眼魂)と呼ばれる物で、今のネガタロスは「ネガタロスゴーストアイコン」になったのだ。

 

「な、なんだこりゃあああーッ!? どうなってやがる、俺様の身体は!? 何故こんなお手頃サイズに!?」

 

「ネガタロスが欲しがってた新しい身体ですよ。ちゃんとした実体にしました」

 

「何ぃ……!? グゥ、自由に動かすこともできねえ!」

 

「多少の不自由はありますが、そこは勘弁してくださいね」

 

 そう言ってダークディケイドはカタカタと小刻みに震えるネガタロスの眼魂を拾い上げる。

 掌でコロコロ転がしてみても、ネガタロスはされるがままだ。あれだけプレッシャーを放っていたにも関わらず、こうなってしまえば形無しも同然だった。

 

「……てめえ、騙したな? ただで済むと思ってんのか?」

 

「そっちこそ、このままで済むと思ってるんですか?」

 

 眼魂は特殊なアイテムではあるが、強度自体はそこまででもない。

 ダークディケイドが今少しでも力を込めれば、容易く粉々にできる。

 ほんの少し力をこめるだけで、ネガタロスの眼魂からミシリと嫌な音が鳴った。

 

「や、やめろ!」

 

「やめますよ。金輪際悪いことは辞めて、僕に協力すると約束してくれるなら」

 

「なっ!? 勝利する悪の組織のトップたる俺様が……そんな真似……」

 

「じゃあさよならですね」

 

 その言葉は大地にしてはやけに冷たく響いた。

 そして眼魂から鳴る音もどんどん大きくなっていく。

 あと少しでも力を入れればどうなるか、想像に難くない。

 

「わ、わかった! お前に協力しよう!」

 

「『ネガタロス様に二言はねえ』、前に言ったことを忘れないでください」

 

「ぐぬぬ……」

 

 冷え切った声に萎縮したか、すっかり大人しくなったネガタロスはダークディケイドの懐にしまわれた。

 これでひとまずネガタロスは一件落着としておくことにする。

 

 そんな一部始終を黙って見学していた大樹はへえ、と感心した声を上げた。

 

「恐れ入ったよ。精神体のイマジンを騙してゴーストアイコンにするとは、中々考えたじゃないか。君も結構小狡い男らしいね」

 

「海東さんがそれを言いますか……。僕のはイマジンの契約と同じ、言葉の解釈が違っただけ」

 

「それにしてはさっきの言い方、ゾッとする感じだったよ。そういう一面もある方が見ていて面白い」

 

「それもこのベルト頼みですから、僕自身の一面とは言えないかもしれません」

 

 ネガタロスへの脅し、眼魂の作成、どれもダークディケイドライバーから流れる記録を参考にしてやったまでのこと。

 ライドブッカーに並ぶライダーカードの数だけ、ダークディケイドには知識がある。

 

「それがライダーの記録ってやつかい。僕のカードとは少し使用が違うみたいだね」

 

「僕、この世界に来るまではライダーを記録することにどんな意味があるのか、わかっていませんでした。仁藤さんや名護さん達のカードもお守りぐらいにしか考えてなくて」

 

 突然記憶喪失になってからベルトを渡され、他の世界に来て、気付けば戦いの流れに乗っていた。ライダーを記録することは、その世界のライダーと共に戦う途中で得られる副産物とすら思うくらいに意義が見出せなかった。

 自分自身の記憶を取り戻すためではあったが、直接の関連性は無いからこそ余計にそう思ってしまっていた。

 

「でも、今ならなんとなくわかるんです。ライダーを記録することは、人知れず戦う彼らの生き様を誰かに伝えていくためにやるんだって。例え誰からも忘れられるライダーであったとしても、覚えていられるように」

 

「────君はまさか覚えているのかい?」

 

 ダークディケイドは一枚のカードを取り出して、大樹に見せつける。

 それと同時に彼らの背後にある夜空に線路が架かった。

 線路の先には何度も見た時空の穴。そこからは和風の汽笛も聞こえてくる。

 

「だから僕は侑斗さんのことも忘れません。仮面ライダーゼロノスをずっと記録しておきます」

 

 振り返り、ゼロノスのライダーカードを掲げる。

 それはゼロノスを記録した証。

 

「────俺も忘れない、大地のことはな」

 

 見上げた満天の星空に架かった線路を走る緑の列車、ゼロライナー。

 その後部デッキに立つ侑斗の手には一筋の黒いラインが刻まれた赤いカード。記録に保存された記憶の証。

 

 ダークディケイドライバーが仮面ライダーゼロノスを記録したことで生み出されたカードがある限り、それを持つ大地の記憶は消えない。

 大地の記憶が消えない限り、ゼロノスのカードも消えることはない。

 

 

「また会いましょう」

 

「いつか、未来で────約束だ」

 

 そうしてゼロライナーは天高く昇っていき、夜空を彩る星座の一部となった。

 

 

 *

 

 

「ただいま〜」

 

「あ、おかえりなさい。どうでしたか、今日は。ライダーの事、何かわかりました?」

 

「うん、もうこの世界での仕事は済みました」

 

「……え、早いですね……」

 

 写真館に帰宅した大地の衝撃発言に瑠美とレイキバットは眼を白黒させている。ガイドだけは唯一ニヤついていたが。

 そしてそんな彼らの前でネガタロス眼魂を差し出し、テーブルの上に置いて見せた。

 

「紹介します。この人はネガタロス。新しい旅の仲間です」

 

「人……その可愛らしいお眼目が、ですか?」

 

「ネガタロスだぁ? ヘッ、随分いいカッコになったじゃねえか」

 

「黙れよキバットバットモドキ! これは仮初めの姿に過ぎねえ」

 

「んだと!?」

 

「わ、喋った! あ、私は花崎瑠美って言います。よろしくお願いします」

 

 瑠美は不思議そうに眼魂をつついて、すぐに順応してしまっていた。

 レイキバットは眼魂となったネガタロスをせせら笑い、そのまま喧嘩を始めてしまったが、恐らく平気だろうと大地は判断して放置した。

 

「あのネガタロスを眼魂にして連れてくるなんてなあ。これなら勝手に身体を乗っ取られることもないのかね」

 

「あの状態にしておけば彼も自由に身動きが取れないみたいなんで、多分大丈夫かと。いざって時はすぐ壊せるし」

 

「だからってあんな極悪イマジンを連れてくるかねえ。ま、大地なりの考えがあってのことなんだろうからいいけどさ。手綱をちゃんと握れるならな」

 

 それだけ言うと、ガイドは奥へ引っ込んでしまった。

 確かに彼の懸念は正しく、いくら自由を封じたとは言っても手元に置いておくにはネガタロスは危険過ぎる。それは大地も理解していた。

 

 だが、多少危険だとしても────

 

 

「イマジンだろうがなんだろうが、ここではお前が一番後輩なんだ。俺や瑠美にも敬意を払えよ。俺のことはレイキバットさんと呼べ」

 

「そっちこそ、『スーパーネガタロス大軍団(未定)』の首領である俺様に敬意を払え。ネガタロス様と呼べよ」

 

「は?」

 

「は?」

 

(……レイキバットさんが僕達に敬意みたいなこと示した覚えはないなあ)

 

 きっと大丈夫だ。きっとなんとかなる。

 

 

 *

 

 

「ゴミコウモリ!」

 

「クソ鬼!」

 

 電王とキバに敗北したかと思えば、少し違う世界で目覚めて、気付けばこんな眼球にされていた。ネガタロスが歩んだのはまさしく波乱の時間としか言いようがない。

 だが最初こそ慌てふためいたものの、今の状況は見た目ほど悪くはないというのがネガタロスの感想であった。

 

(見るだけでムカつくキバットバットモドキがいるのは一兆歩と一億歩とオマケに一歩譲って我慢できる。身動きが封じられたのも痛いが、現時点でのデメリットはそれぐらいだ)

 

 そもそも死んだはずの自分がこうして命を拾っているだけでも奇跡的なことなのだ。部下と組織を丸ごと失い、ゼロからのスタートになったと考えればいい。

 さらに聞けばこの連中、他のライダーの世界を巡っているとのこと。

 まだ見ぬ怪人と技術。「スーパーネガタロス大軍団(未定)」を復活させるにはまさにうってつけではないか。

 

(この写真館もアジトとして使える……それに大地、とか言ったか。命を握られているのは癪だが、こいつは見所がある)

 

 よーく考えてみてほしい。

 普通、ネガタロスが毛嫌いする正義の味方なら自身を乗っ取るかもしれないイマジンを眼魂にした時点で容赦なく砕くか、もしくはそのまま封印などするだろう。まかり間違っても仲間に引き入れるなんて暴挙には出ない。

 あいにく眼魂の状態だと憑依すらできないが、大地がネガタロスを引き入れた理由はもっと他のところにあると踏んでいた。

 

(わかるぜ大地。お前……俺様が欲しかったんだろ? 何人が相手になっても強者として君臨できる俺様の力が。それに……こうして捕虜同然の待遇を受け入れているのはお前に微かな悪の素質が見えたからでもあるんだぜ?)

 

 当面の目標は決まった。

 

 仲間の勧誘。

 ちゃんとした肉体を手に入れる。

 大地の懐柔。

 ついでにレイキバットをスクラップにする。

 

 そして────ダークディケイドライバーを手中に収める。

 

 どれも簡単ではないが、だからこそやり甲斐がある。

 

(そのためにも、まずはネガデンライナーとパスの所有権はこっちにあるとわからせておかなきゃな)

 

「おい、パスを返しな。あれはあくまで貸しただけだぞ」

 

「え……ああ、はい」

 

 言われてたった今思い出したかのように大地はポーチを弄る。

 眼魂のままでどうやってパスを管理するんだ、という当然の疑問は未だに自身の姿に慣れないネガタロスの頭から欠落していた。

 

 ────しかし、待てども待てどもパスは出てこない。

 

「何してる、早くパス返せ」

 

「……あの、すいません」

 

「あ?」

 

「パス、無いです」

 

「……あ?」

 

「パス、無くなってます」

 

 

 *

 

 

 大地のポーチから消えたネガ電王のパス。

 原因は紛失などの大地の過失によるものではなかった。

 その行方は。

 

「彼も脇が甘いよねえ。僕は徹頭徹尾お宝のために行動しているのにさ」

 

 海東大樹の手の中である。

 

 せっかく盗んだゼロライナーがクラッシュした時は内心途方に暮れたが、その直後にネガデンライナーが現れた瞬間に大樹の照準は改めて定まった。

 時の列車は大樹が欲するお宝の中でもレア中のレア。しかもネガデンライナーなんて滅多にお目にかかれないシロモノを逃す手はない。

 故に大樹はネガタロスを打倒し、大地からパスを盗む隙を窺っていたのだ。

 

「さて、そろそろかな」

 

 大樹の歩む先に、世界を跨ぐオーロラが出現する。

 

 その向こうに広がっているのは、時空を超えて過去と未来を知ろしめす時の王者がいる世界。

 

「君も寂しくやってるんだろう? 仕方ない、僕が行ってあげるよ────士」

 

 

 *

 

 

 またしてもしてやられたことに気付かない大地はしきりに首を傾げてポーチを漁っているが、出てくるはずもない。

 パスとネガデンライナーを失ってすっかり意気消沈してしまったネガタロスには申し訳なく思う反面、彼に持たせておくには危険過ぎる物だったので安堵もしていた。

 

「いいじゃねえか、どうせ変身手段はまだまだあるんだ。こんな奴の持ち物なんざロクでもねえモンに決まってる」

 

「黙れゴミコウモリ! お前は組織のしたっぱ確定だからな!」

 

「うるせえクソ鬼! 誰がいつお前の部下になったんだよ!」

 

「強いのは俺様の方だろうが。あんな雑魚どもに手間取る時点でレイとかいうライダーもたかが知れてるなぁ!?」

 

「おー言うじゃねえか。だったら今この場でてめえをぶっ壊してやろうかぁん!?」

 

 放っておいたら永遠に喧嘩し続けるのではないかとも思えるこの一羽と一人。

 賑やかなのは嫌いじゃないが、口の悪い者同士の口喧嘩とはここまで酷いものなのか。

 瑠美ですら苦笑いしている。

 

「喧嘩するほど仲が良い……ってわけでもなさそうですね」

 

「やっぱり失敗だったかなあ……」

 

 早くも自身の行いをちょっぴり後悔し始めた大地を他所に、レイキバットとネガタロスの小競り合いはヒートアップしていく。

 レイキバットの羽がネガタロスを打ち、悲鳴と共に飛んでいく眼魂が背景ロールの鎖に直撃した。

 

 

 降りてきた背景ロールには、闇屋を飛翔する巨大な蝙蝠が描かれていた。

 

 

 

「お、コウモリ仲間か? 真っ黒で薄汚え奴だな」

 

「お前も黒だろうが!」

 

 

 




これにてゼロノス編終了になります。

Q:なんで大地の記憶は残っていたの?
A:ゼロノスをカードに記録したため、それが永久機関となってゼロノスカードも最後の一枚が消えずに残りました。

フワッとしててわかりにくいけど、電王の設定ってこんな感じじゃないですかね? 駄目?


次回更新は今月中を心がけます。多分史上最長の世界になるかも。

感想、評価、いつでもお待ちしております。


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ナイト編 15RIDERS
鏡の世界



ナイト編スタート。かと思いきやデート回。どのライダーが登場するのか、楽しみにしていてください。




 

 

「合わせ鏡が無限の世界を形作るように、現実における運命も一つではない」

 

 全てが鏡写しになった奇妙な世界。

 ここにおいて普通の人間は生きることを許されない。

 

「同じなのは欲望だけ」

 

 存在できる資格を持つのは蝙蝠の騎士、仮面ライダーナイトを初めとする13人の仮面ライダーのみ。

 

「全ての人間が欲望を背負い、その為に戦っている」

 

 ナイト、ゾルダ、シザース、王蛇、ライア、ガイ、ファム、ベルデ、タイガ、インペラー、オーディン。

 

 そして────

 

「そしてその欲望が背負いきれないほど大きくなった時、人はライダーになる。ライダーの闘いが始まるのだ」

 

 どこかで鏡が割れる音がした。

 

 *

 

 

 悪の組織の大首領、ネガタロスの朝は早い。

 

「おはよう、ドクター瑠美。ジェネラルガイド。レイ大僧正」

 

 まずは部下への挨拶。常日頃から部下とのスキンシップに励むこと。地道な努力が組織の基盤を盤石とする。

 特に初期メンとも言える現在の部下達には幹部としてそれ相応の立場を与えて、こちらからの期待を示すことも忘れない。

 

「おはようございます、ネガさん」

 

「……おい、その大僧正だのドクターだのは何の真似だ」

 

「お前達の階級だ。後々増える部下のためにも立場ははっきりさせておいた方が────」

 

「だからいつ俺達が部下になったんだよ!」

 

 前言撤回。こいつだけはゴミコウモリのままでいい。

 昨日の不遜な態度にもせっかく目を瞑ってやったのに馬鹿な奴だ、とネガタロスは鼻で笑う。鼻どころか、眼以外何も無いことに突っ込んではならない。

 

「さすがはネガタロス。すっかり馴染んでるなあ〜。これで眼魂じゃなけりゃあねえ」

 

「ガイド、こんな奴まで連れて来る必要はあんのか? 怪人だぞ怪人」

 

「別に誰だろうと構わないよ。仕事さえきっちりしてくれるならな」

 

「そういうこった。俺様を弾きたいなら、連れて来た大地に文句を言うんだな」

 

「ぐぬぬ」

 

「……そう言えば大地くんはまだ起きてないんですね。 寝坊でしょうか」

 

 すでに時計の針が8時を過ぎようとしている頃になっても大地が起きてこないのは割と珍しい。いつもなら大体起きている時間なのだ。

 彼らの知る大地の生活習慣などネガタロスには知るよしも無いが、寝坊の理由は知っていた。

 

「おはようございます……ふわぁ……」

 

「おはようございます。夜更かしでもしてたんですか?」

 

「うん……ネガタロスに映画を観させられてて」

 

 そう言って大地が指差したテーブルの上にはDVDが数枚ある。

 ネガタロス直々にチョイスしたその名作の数々は大地との親睦を深めるため……というのは勿論建前で、本音は大地の中に感じるワルを呼び覚ますためである。

 

「ゴッドファーザーにアウトレイジ、ユージュアルサスペクツ……どれも観たことないです」

 

「面白かったしいいんですけど、ネガタロスの好みはわかりやすいというか、なんというか」

 

「今後の参考にしろよ。俺の見立てじゃお前は悪ってやつをほとんどわかってねえ。足元を掬われてからじゃ遅い」

 

 乗っ取った本人が言うと説得力も違う。流石は悪の首領である。

 大きな欠伸混じりの返事をして食卓に向かう大地に満足げに頷き(心の中で)、自身も朝食にありつこうとするも、全く身動きが取れないことを失念していた。

 

「ジェネラルガイド、俺様をテーブルまで運べ。ついでにいくつか尋ねておきたいことがある。資金についてのことなんだが」

 

「はいはい、なんなりと。ネガタロス首領殿」

 

 眼魂になって初めての朝は思っていたよりも悪くない気分だ。

 

 

 *

 

 

 出かける際、大地のポーチにはダークディケイドライバー、メイジドライバー、レイキバットが収納されている。

 そこに新たにネガタロス眼魂が加わった。

 スペース的にはさほど問題は無いが、大地にもたらされる騒音被害は10割くらい増していた。

 

「いいか、このポーチの主は俺だ。てめえは大人しく、静かに、迷惑をかけないようにしろ」

 

「ゴミコウモリ、お前の主人はこの俺だぞ? 最低限の礼節は弁えたらどうだ?」

 

「あ?」

 

「おん?」

 

(二人ともうるさい……)

 

 レイキバットだけならとても静かなのに、どうしてこうなった。

 ガタガタ震えるポーチの中で起こっているであろう惨状を想像してか、瑠美も苦笑いを浮かべている。

 

「大地君も色々と大変ですね。二人とも仲良くすればいいのに」

 

「まあ時期に慣れますよ。きっと、多分……うん」

 

 帰りに安眠用の耳栓を買っておこうと大地は固く誓った。

 

「それで今回はどこから行ってみましょうか。あの大きい蝙蝠を手掛かりとするなら、やっぱり動物園とか?」

 

「うーん……どうせ行くあてが無いんだし、ちょっと行ってみたいところがあるんです」

 

 いつものごとく新しい世界を彷徨っても、その世界のライダーや怪人に遭遇できるかどうかは結局運次第なのだ。

 なら偶には行きたい場所に行ってみるのもアリかもしれない。

 

 そして案内板や地図を頼りに大地達が辿り着いたのは、人で賑わう遊園地であった。

 

「遊園地ですか……大地君ってこういうところが好きなイメージはあまり無いのでちょっと意外かも」

 

「どっちかと言えば静かで落ち着いた雰囲気が好みですけど、偶にはね。それにちょっと前に行った時は閉鎖されてたんで、どんな感じなのか気になってたんです」

 

 記憶喪失であるとはいえ、なんとなくその場所に行ったことがあるのかとか、それを食べたことがある、見たことがあるくらいは感覚で判別できている。

 その感覚が正しければ、恐らく大地は遊園地に行った経験が無い。

 以前「G3の世界」で囚われた時に見て以来、それとなく気になっていたのだ。

 

「じゃあ入ってみましょうか。気分転換にはちょうどいいと思います」

 

「チケットにレイキバさん達は含まれませんよね……」

 

 チケット代はそこそこ高かったが、毎回ガイドから支給される経費(本人談)で十分間に合った。なんならあと10回は入れそうなぐらいのお札が財布にある。

 

「このお金ってどこから出てるんでしょう……ガイドさんって働いてる素ぶりもないのに」

 

「あの人については考えるだけ無駄じゃないかなあ」

 

 

 *

 

 

 空がゆっくりと近付いてくる。ガタンゴトンと座席から響いてくる。

 比例して心臓もバックンバックン高鳴る。

 

「ジェットスライガーと同じジェットスライガーと同じジェットスライガーと同じ……」

 

 大地の祈りに等しい呟きは胃が浮くような浮遊感の直後、絶叫へと早変わりする。

 それはジェットコースターにおいて一般的な反応だった。

 

「ウワァァアアアアアアーッ!?」

 

「きゃー!」

 

「「ヌァーッ!?」」

 

 内臓全てを吐き出す勢いで叫ぶ大地。

 ごく普通に楽しんで叫ぶ瑠美。

 ついでにポーチからとんでもない悲鳴まで上がっていたが、それはよしとする。

 

 大地の初めてのジェットコースターは、楽しさよりも恐怖の方が勝ってしまった。

 ゲッソリとした様子でアトラクションから降りる大地とは対照的に、瑠美はスッキリしているらしい。

 

「はー、久々に乗ると刺激的ですね!」

 

「おかしい……戦ってる時より怖かった……」

 

「さ、次はアレ乗りましょう!」

 

 今度は振り子型の船のアトラクション。見るからに絶叫マシンの類である。

 大地は瑠美に腕を引かれながら、絶望感漂わせてしばらく絶叫マシンのフルコースを堪能させられる羽目になった。

 瑠美が満足して昼食の休憩を取る頃にはポーチも静かになっていたという。

 

「ごめんなさい、ついはしゃいじゃって。遊園地なんてほんとに久しぶりで」

 

「僕も楽しかったから大丈夫ですよ。ただ……ちょっと休ませて……」

 

 大地は木製テーブルにぐったりと横たわる。ひんやりとした感触のなんと気持ちいいことか。

 自分ペースで振り回してしまって、瑠美も恥ずかしそうにしている。

 しばらくのんびりとした休憩時間を過ごし、途中でドリンクを乗せたトレーを店員が運んできた。

 

「お待たせしましたー! ご注文のコーラとメロンソーダになります!」

 

「どうも」

 

「いやあ、お客さん達お似合いですね! 遊園地デートなんて憧れちゃうなぁ」

 

「「え」」

 

「あ、失礼しました! それではごゆっくりどうぞ!」

 

 接客態度の良い店員にカップルと勘違いされて、思わずフリーズする二人。

 先ほどまでのほんわかした雰囲気は鳴りを潜め、無言でジュースを啜る。今日は日差しのせいでやたらと暑く感じるし、水分はしっかり取らないといけない。

 

「ぼ、僕達カップルじゃないですよね」

 

「そ、そうですよね。あの店員さんに誤解させちゃいましたね」

 

「ハハハ……」

 

 いつも通り笑おうとしても乾いたものしか出てこない。

 喉がカピカピに乾いてしまっているせいだと断じて一心不乱にジュースを飲む。

 大地は変なことを言われたせいで瑠美をまともに直視できず、少し目線をずらすと、他のテーブル席に座る一組の男女が見えた。

 

「植野さん、あーん」

 

「あーん……うん、美味しいよ美穂さん」

 

「ふふふ」

 

「ははは」

 

 目を覆いたくなるラブラブっぷりである。

 二人とも綺麗な身なりをしていて、まさに大人のカップルといった感じなのだが、あの甘ったるいオーラは学生顔負けと言っていい。

 というかあの美穂、と呼ばれた女性が美人過ぎて、植野という男性がのぼせ上がっている風にも見えなくもないが。

 しかもよく見ると他の席もカップルばかりだ。あの店員が勘違いしたのも仕方ないのかもしれない。

 

「……そろそろ行こうか」

 

「そうですね……」

 

 この世界に来て最初の敗北はカップルであった。

 

 

 *

 

 

 午前中は絶叫マシン三昧だったので、午後は趣向を変えて大人しめのアトラクション巡りに切り替えた。

 メリーゴーランド、コーヒーカップなどなど。瑠美は若干物足りなさそうにしていたが、大地にはこれくらいのテンションが丁度良い。

 

「さて次は……ん? 瑠美さん、あれはなんですか?」

 

 人の往来が少ない道の傍に「ミラーラビリンス」と書かれた看板の建物がある。

 今までのアトラクションは見た目から内容が推察できるものばかりだったから、興味がそそられたのかもしれない。

 

「ああ、あれは多分鏡の迷路だと思います。どこもかしこも鏡張りになっていて、一度入ると出るのが大変になっちゃいます」

 

「へぇ〜」

 

「せっかくですし、行ってみましょう!」

 

 いざ鏡の世界へ。目の前に広がったのは、ひたすらに鏡、鏡、鏡。

 その殆どにぽかんとした間抜け顔の大地と瑠美が映っており、なんとも不可思議な光景となっている。

 とりあえず進んでみようとした大地は早速顔をぶつけた。

 

「ふぎっ」

 

「道かと思ったら鏡ですねこれ……」

 

「痛い……」

 

 赤くなった鼻をさすっている今の大地こそ本当に間抜けではないのか。

 優しい瑠美はそんなこと言わないが、ネガタロスなら絶対からかってきたと断言できる。

 

「おいおい鼻赤くしやがってよ、トナカイさんかよ!」

 

「お、ゴミコウモリにしては上手いこと言うじゃねえか。フハハハ!」

 

「……」

 

 もう回復していたらしい。大地が無言でポーチを小突くと、「痛っ」と言う声がハモった。何故こんな時だけ息ピッタリなのか理解に苦しむ。

 コント同然のやりとりにクスクス笑う瑠美が通路一面に映し出されているが、まるで自分が笑われているようで不安になってきた。

 

「──ん?」

 

 そんな瑠美軍団の一人に違和感を覚えた。

 一瞬輪郭が歪んだような。それも人型に。

 

「……気のせいかな」

 

 その鏡とにらめっこしてみたが、しかめ面の自分しか見えない。

 

 そして手探り状態で恐る恐る進む大地達は少し開けた部屋に辿り着いた。

 どうやら行き止まりらしく、扇状に鏡が並んでいる。その全てに大地が映っているのだからなかなか壮観だ。

 

「1、2……大地君が13人いるみたいです」

 

「僕がそんなにいたらもっと戦いも楽になるのに」

 

「戦いより食費が大変そうです」

 

 今この部屋にいる大地は13人。いや、本人を含めれば14人。

 同じ数だけダークディケイドがいると想像すると、冗談にもならないことになりそうなので一人で良かったと心底安心できる。

 そんな取り留めのない思考に時間を割く中、大地と瑠美の鏡像軍団に見知らぬ者が混入していることに気付いた。

 

 鏡だらけの空間に目を丸くして驚いている小さな子供がいる。

 

(もしかして迷子?)

 

「うわぁ〜、お兄ちゃんとお姉ちゃんがいっぱいいるね!」

 

「そうだねぇ、ここに立てばボクもいっぱいになるよ?」

 

「わっ、ほんとだ!」

 

 鏡で増えた自分の姿に目を輝かせているその子は見ていて微笑ましいが、それよりも保護者を探した方がいいのではないか。

 この出るのも一苦労な迷路で迷子になったのなら骨が折れそうだと思った次の瞬間、またしてもこの鏡部屋に人がやってきた。

 

「ここにいたか、(すばる)

 

「あ、お父さん」

 

 スーツに眼鏡、加えて喋り方もどこか硬い印象のその男性は駆け寄ってきた子供を抱き止めて頭を軽く撫で回す。

 きょとんとしている大地と瑠美を見て事情を察したらしく、深々とお辞儀をしてきた。その姿勢一つとっても律儀な人柄が伺える。

 

「息子がご迷惑をおかけしました」

 

「いえ、ほんとについさっき会っただけなのでお気になさらず」

 

「お父さんもいっぱいだー」

 

 子供と父親も13人に増えた。

 この部屋の人口密度がとんでもないことになろうとしている。

 

「では失礼します。行くぞ昴」

 

「うん。お兄ちゃん、お姉ちゃん、ばいばーい」

 

 無邪気に手を振る昴という少年を連れ立って父親は去って行く。

 鏡の錯覚にも惑わされずに堂々と進んで行く様は見習いたいくらいだと大地は思った。

 昴にひらひら手を振り返してから、付いていけば出口に辿り着けたのではと思い至ったが、後の祭りである。

 

「親子で遊園地……楽しそうでしたね」

 

「瑠美さん……」

 

 親子が去った道を遠い目で見つめる瑠美の横顔はすこし切ない。

 かつて彼女のアンダーワールドで目撃した彼女の両親との死別する瞬間が大地にもフラッシュバックする。

 もし悲しい思い出を思い起こさせてしまったのなら、悪いことをしてしまった。

 

 だが、瑠美の瞳には悲しみの涙はない。

 大地に向き直り、ほんの僅かの憂いだけ滲ませて微笑む彼女はまるで絵画かと思うほど綺麗で。

 不覚にもドキリと胸が高鳴ってしまった。

 

「大地君にも早く家族の記憶が戻るといいですね」

 

「……そうですね」

 

「じゃあ、そろそろ帰りましょうか」

 

 二人は四苦八苦しつつもなんとか出口を見つけ、迷路を攻略した。

 結局初日はライダーに関する情報が皆無に終わってしまったものの、良いリフレッシュにはなった。

 こういう一日で良かったと思える。

 またこういう日が来ればいいなと思える。

 

 そうして迷路から出たところで先ほど見かけたカップルの男女とすれ違った。

 どうやら彼らは迷路に挑戦するようだ。

 

「あの女の人、とっても綺麗ですよね。私でも見惚れちゃいそうです」

 

 確かに「ゼロノスの世界」で美人への耐性をつけていなければ大地も目を奪われていたかもしれない。大地は世界を超えた感謝を愛理へと送った。

 だが、それでも耐性は完璧ではなかったのだろう。そうでなければ前方にいた青年にぶつかる不注意を起こすことなど無かった筈だ。

 

「うわっ」

 

「あっ」

 

 そしてぶつかった拍子に彼のパーカーのポケットから青い板が転げ落ちてしまった。

 虎っぽい金のエンブレムが描かれた青い板。どういった用途の物だろうと興味が湧いた。

 

「ごめんなさい」

 

 慌てて拾おうとした大地の手を跳ね除けて、驚くスピードでそれを拾う青年。

 陰を帯びた視線はそれに触ろうとした行為を咎めるようだった。

 

「気にしてないから、もういいよ」

 

 青年はそう言うと早足にミラーラビリンスの看板を目指して行った。

 

 変な人。口に出すには失礼過ぎる印象を心の中に留めておく。

 

「どうした、女に見惚れてたか?」

 

「ハッ、全身目玉のてめえじゃあるまいし」

 

「あ? やんのか?」

 

「上等だオラァ!」

 

 ポーチを思い切りシェイクしておいた。

 

 気を取り直し、向かう先は土産物店。

 ガイドに土産を買って行こうという二人の意見が一致したのも、人柄の良さ故だ。

 ストラップ、お菓子、ぬいぐるみ、候補は山ほどあれどピンと来る品はあまり無い。大地の1.5倍はあろう大きさを誇るキリンのキャラのぬいぐるみは面白そうだが、置き場所に困るのは目に見えている。

 ここは無難に酒のつまみになりそうな物にしておこう、と両者納得の結論に至った。

 

 もう今日という一日も終わる。

 土産を買って帰り、ガイドの夕飯に舌鼓をうって、明日からの活動を考えながら寝る。やる事といえばそれぐらいだ。

 

「────ッ!?」

 

 それは声と認識していいのかどうかも怪しい、か細い声。

 しかし、大地の耳はその時確かに捉えたのだ。

 

「助けてくれ」と。

 

 瑠美や周囲の人達の耳には拾われなかったその声に居ても立っても居られず、大地は走り出した。

 

「瑠美さんごめん!」

 

 自分にしか聞こえなかったことを疑問に思うより先に「助けなければ」という感情が優先される。

 一心不乱に駆ける大地がやって来たのは、先ほどと同じ「ミラーラビリンス」の看板であった。

 迷わず中に飛び込み、直前の記憶を辿って迷路を進む大地はやがてあの鏡の部屋に行き着いた。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 さっきすれ違ったカップルの女性が腕を押さえてもたれかかっている。男性の姿は見えない。

 

 ────否、男性はいた。

 

 男性は鏡に映っているが、その部屋の中にはいない。

 そう、()()()()()()()()

 しかもその背後から白銀の虎を思わせる怪人が男性に掴みかかっている。

 

 鏡の中への侵入と、そこに潜む怪人。その正体について、大地には以前戦いの中で垣間見た記憶に該当する存在があった。

 

「ミラーワールドにミラーモンスター……!」

 

 鏡の世界、ミラーワールドに生息するミラーモンスターがあの男性を引きずり込んで襲っている。

 この推測は恐らく的中しているのだろうが、男性を救うには一刻の猶予もない。

 ダークディケイドライバーを取り出した大地であったが、次の瞬間には真横から思い切り押し退けられてしまった。

 

「あんた邪魔!」

 

「うわっ!?」

 

「「おうふっ!?」」

 

 倒れる大地。下敷きになったポーチから響く二重の野太い悲鳴。

 振り返れば、カップルの女性が鏡の前に立って白い板を翳している。

 一体何を、と言葉にする前に女性に銀のベルトが装着されたことで、大地の目は大きく見開かれた。

 突然出現したベルト、そして女性が纏う雰囲気にも感じる既視感。

 

「まさか……!?」

 

「変身!」

 

 黒いスーツ、白い装甲とマント。

 女性の身体にオーバーラップした姿はまさしく大地が仮面ライダーと認識するに相応しいものだった。

 

 白鳥の騎士、仮面ライダーファム。それが今の彼女の名である。

 

「はっ!」

 

 ファムは勇ましい掛け声と共に鏡へ飛び込む。すると彼女の身体はするりと鏡の中に入ってしまった。その鏡が割れたという訳でも無く、水面の如き波紋が広がっているだけだ。

 

「鏡の中に入ったのか……どうやらこの世界の戦場は鏡の向こう側ってことらしいな」

 

「ほぉ、その悲しくなるぐらい小さな脳ミソでもそこまでは理解できるのか。そんなら俺様の組織の事務処理くらいはこなせるか?」

 

「いちいちうっせぇんだよテメェェ!!」

 

「どっちもだよ!」

 

 大地はダークディケイドライバーだけ取り出したポーチを放り投げ、鏡の前に立つ。

 ミラーワールドに関する最低限の知識は、ゾルダと王蛇の記憶を介して予め把握していた。ここで困惑して無駄な時間を使わずに済むのは幸運だ。

 

「変身!」

 

 KAMEN RIDE DECADE

 

 展開された虚像が重なり、ダークディケイドを降臨させる。

 ダークディケイドは深呼吸して自らを落ち着かせ、鏡の中に足を踏み出した。

 大丈夫、ミラーワールドには行ったことはある。ジェットコースターより怖くはない。

 

 いざ、ミラーワールド。

 

 

 *

 

 

 ミラーワールドとは、鏡を境目にして現実を反転させた世界である。

 故にマシンディケイダーで突入したダークディケイドがまず初めに見えたのは鏡、鏡、鏡、呆れるほどに鏡である。

 

「これじゃあ本当に来れたのかわからないな……」

 

 独特な環境音だけが響き渡る空間でそう独りごちる。

 言ってしまえばあの迷路もミラーワールドのような空間だったので、あまり実感が湧かないのだ。

 しかしだからと言ってあの男性を忘れた訳でもなく、迷路なぞ知ったことかと鏡ごと壁をぶち抜いて駆け抜ける。

 反転した看板の文字を見てようやくここが鏡の向こう側だと思えた。

 

 だが、全部が全部現実世界を反転させた訳でもなく、遊園地にいた人間は誰もいない。この世界において普通の人間は存在できない。

 唯一その資格がある戦士こそ、仮面ライダー。ダークディケイドの目の前で睨み合っている二人もその内だ。

 

 片方はファム。あの美穂と呼ばれていた女性が変身したライダー。

 

「もう片方も知らないライダーだ……」

 

 虎を連想させる仮面に白銀の装甲に身を包むそのライダーはタイガという名前であった。

 その背後に控えるモンスターもこれまた虎であり、先の男性を襲っていたミラーモンスターだ。

 

 大地の持ち合わせている知識によると、確かこの世界のライダーはミラーモンスターと契約して力を発揮する筈。つまりあの虎のモンスター、デストワイルダーはタイガの意思によって男性を襲ったことになる。

 

 そして最も気にしていた、襲われていた男性はタイガの足元に散らばる血に塗れた衣服がその安否を証明していた。

 

「どうして……どうしてあの人を襲ったんですか」

 

「……あれ? 君はライダー……でいいのかな?」

 

「答えてください!」

 

 仮面ライダーが人を襲わせた事実に身を震わせるダークディケイド。

 しかし、タイガは襲われた男性を今まで失念していたかのように「あぁ、そういえば」と足元の衣服を拾った。

 

「この人には悪いことをしちゃったかな。ほんとは彼女を襲わせるつもりだったのに、この人が身代わりになっちゃって。こういうの、無謀って言うんだよね」

 

「なら、なんで彼女を……同じ仮面ライダーなのに」

 

「霧島美穂、彼女は英雄に相応しくないから」

 

「……はい?」

 

「仮面ライダーは英雄でないと。誰も彼にも良い顔して、ちやほやされて、人を騙すライダーなんていちゃいけないでしょ?」

 

 するとそこまで黙っていたファムが口を開いた。

 

「あんた、頭おかしいんじゃないの? 第一同じライダーにとやかく言われる筋合いないわよ」

 

「ほらね。こういうライダーはいて欲しくないなあ」

 

「二人とも何の話をしているんですか……」

 

 謎の理想を押し付けようとするタイガ。

 パートナーの男性が喰われたことに悲しむ様子がまるでないファム。

 どちらのライダーもダークディケイドはまるで理解できない。

 そんな彼らもこれ以上は言葉よりも闘争を選んだ。

 

 SWORD VENT

 

 STRIKE VENT

 

 ベルトのカードデッキからカードを引き抜き、ファムは腰の剣──ブランバイザーへ、タイガは取り出した斧──デストバイザーへ装填した。

 彼らは奇しくもダークディケイドと同じくカードで武器を召喚し、互いの武器がぶつかり合う。

 

 ファムが振るうは薙刀──ウイングスラッシャー。

 タイガが振るうは爪──デストクロー。

 ファムは薙刀を振り回し、流線的な斬撃を繰り出す。初めに腹部、次に脚、と装甲の薄い箇所を狙って振るい続ける。

 対するタイガはデストクローで時に防御、時に攻撃して対抗する。

 

「どうなってんの、これ……何でライダー同士でこんな」

 

 ダークディケイドそっちのけで戦うファムとタイガにますます困惑は深まる。

 人を襲うモンスターと戦うライダーを援護するべく来たはずが、ライダー同士の戦いを見せつけられている。それが当たり前だと言わんばかりに。

 これまでもライダー同士の戦闘に発展したことはあったが、それは本当にごく稀のことだ。

 

「ハアアッ!」

 

「うあっ!?」

 

 考えてる間にもタイガは徐々にファムを追い詰めていく。

 デストクローの大振りな攻撃が白い装甲に黒い焦げ跡を作り、痛々しい悲鳴を上げさせる。そうやってファムが苦痛を示す度にタイガの勢いは増すばかりだ。

 このまま呑気に見守っていてはファムが殺されてしまうかもしれない。

 

 ダークディケイドはタイガを暫定的に悪と見なし、ファムに加勢する決心を固めた。

 だが、その矢先に彼の首筋に息苦しさのある不快感が宿る。

 直後、走り出そうとした方向とは逆に強烈な力で身体が引っ張られた。

 

「ガアッ!? ゴホッゴホッ!」

 

 常人だったら既に首をへし折られていてもおかしくはない。

 唾液混じりの咳をしつつ、首元を触るとそこには白い糸が巻かれていた。

 なおもダークディケイドを引っ張ろうとする糸を手繰り寄せた先にはヤゴに似た一匹のモンスターの姿がある。口から出した糸をダークディケイドの首に巻きつけていたのだ。

 

「wゥブ、wゥブ、wゥブ」

 

「またミラーモンスターか!」

 

 不気味な鳴き声を上げてダークディケイドを捕食しようするモンスター、シアゴースト。

 人間を餌とするモンスター達にとってダークディケイドもまた捕食対象になり得る。

 しかし、そこではいそうですかと喰われてやる筋合いはない。

 

「フンッッ!!」

 

 首元の糸を掴み、力任せに引き千切る。

 それなりに強靭ではあったが、この程度なら少し力を込めるだけで十分であった。

 ダークディケイドはさらに千切れた糸からシアゴーストを逆に引き寄せ、強烈な前蹴りを喰らわせてやる。

 

 吹っ飛ぶシアゴースト。その姿を見送りながらカードの装填を行う。

 

 KAMEN RIDE G3

 

 ダークディケイドの上からさらに重ね着をする形で変身したのは、DD G3。右腕にはGA-04 アンタレスを装備済みである。

 シアゴーストが起き上がった瞬間に合わせて射出されたアンカーユニットが敵を巻き付き、ワイヤーで完全に固定した。

 

「こっちは急いでるんです!」

 

 FINAL ATTACK RIDE G G G G3

 

「wゥブゥゥーッ!?」

 

 GG-02 デストロイヤーが火を吹き、シアゴーストの頭部で炸裂した。

 シアゴーストの不快感を与える鳴き声は苦悶の声へと変わり、ほどなくしてその身体は爆発四散。

 不意を突かれても、今の大地ならこの程度の相手を瞬殺するなど造作もないことなのだ。

 

「次は────」

 

 DDG3はGG-02をリロードし、照準を構え直した。

 

 

 *

 

 

 デストクローの爪先に斬り裂かれ、ファムの装甲にまた傷痕が付けられる。

 その行為に伴って甲高い悲鳴を上げてしまうが、それでもファム──霧島美穂の戦意は衰えるところを知らない。

 

 始まりは()()に勤しんでいる最中に突然の奇襲。逃げ遅れたか、それとも蛮勇を見せたかったのか、お気に入りだった相手は哀れにもモンスターの胃袋行き。

 それだけでも非常にムカッ腹が立つというのに、このタイガというライダーは戦闘ですらファムを苛つかせる。

 

 見るからに強力な契約モンスターを従え、本人のパワー、スペックも中々に高い。

 手数だけならファムが上回っているが、それ以外の全てで劣っていては話にならない。

 現にファムが刻まれたダメージは既に撤退を視野に入れなければならないレベルに達しているのに、タイガに刻めたのは細かい傷だけ。あの虎の仮面に隠れた涼しい表情が透けて見えるようだ。

 

「やっぱり君はライダーに相応しくないね。英雄はもっと強くないと」

 

「うるさい!」

 

 極め付けはこの理解不能の言動。

 だが、美穂が抱える願いのためにもこんな奴に負けるわけにはいかないのだ。

 そんな想いを込めた斬撃もデストクローに容易く阻まれてしまった。

 跳ね除けられ、ふらついたファムをまたしても爪が斬り裂く。この戦闘が始まって以来、見飽きるほどに繰り返された光景。

 

「ハッ!」

 

「くっ、前が……」

 

 しかし、ファムは諦めない。

 倒れると見せかけてマントを翻し、一瞬だけタイガの視界を封じる。

 何度も通じるものではない単純な小細工に過ぎないが、その一度で準備は完了していた。

 白鳥の紋章が描かれたカードをデッキから引き抜き、ブランバイザーに装填するという準備を。

 

 狙うは一発逆転。

 

 FINAL VENT

 

 必殺技の発動を知らせる音声が鳴り響き、タイガに警戒心を抱かせる。

 そして彼の背後に飛来したのは巨大な白鳥のモンスター、ブランウイング。ファムの契約モンスターである。

 ブランウイングとファムの両方を警戒するタイガを挟み撃ちにする陣形になっていた。

 

 勝った、とファムは内心ほくそ笑む。

 ブランウイングが羽ばたけば凄まじい暴風が発生し、タイガはなすすべも無く吹き飛ばされる。

 そうしてファムの元に無防備な状態でやってきたところをウイングスラッシャーで首を刎ねるなり、胴体を真っ二つにするなりしてやればよい。

 これこそがファムのファイナルベント、ミスティースラッシュ。問答無用で相手を葬り去る最大の一撃。

 

 そして今まさにブランウイングが羽ばたこうと────

 

 

 

 FREEZE VENT

 

 

 ────したところで、その身体は完全に凍結した。

 当然タイガを吹き飛ばす暴風も発生していない。

 

「何だって!?」

 

「今のはちょっと焦ったかも。でも……君じゃ英雄には勝てない」

 

 FINAL VENT

 

 ファムのファイナルベントは不発に終わり、タイガのファイナルベントが発動された。

 切札をいとも簡単に潰された驚きと焦りが咄嗟の判断力を鈍らせ、結果ファムは飛びかかってきたデストワイルダーを回避することができなかった。

 

「ぐぁぁあああーっ!?」

 

 デストワイルダーの爪がガッチリと食い込み、仰向けになったファムを引きずりながら深々と腰を落として待ち構えるタイガの元に運んでいく。

 抵抗を試みようにも、ライダーを凌駕するパワーの持ち主であるデストワイルダーの握力からはちょっとやそっとじゃ抜け出せない。背部装甲から火花が溢れ出る勢いの中ではまともな思考も溶けつつあった。

 もたらされる摩擦熱と激痛が刈り取ろうとする意識を必死に繫ぎ止めるのがやっとだ。

 

(お姉ちゃん……!)

 

「やめろぉー!」

 

 しかし、タイガのファイナルベントであるクリスタルブレイクもまた不発に終わることになる。

 ファムを運んでいたデストワイルダーをとてつもない威力の砲弾が襲ったために。

 解放されたファムが辛うじて認識できたのは、ジャキン! と何かが装填される音のみだった。

 

「うわぁっ!?」

 

 予期せぬ横槍に狼狽したタイガにも砲弾は炸裂した。

 何が起きたのかもわからないファムは自身の身体が微かに抱き起こされる感触に疑問を覚える。

 

「遅くなってすいません!」

 

「あんたさっきのライダー……なの?」

 

 目の前にいるのは銀と青のメカみたいなライダーだが、ベルトだけはあの黒いライダーと同じだった。

 まさか自分を助けた? 何故? 

 

「うぅん……君、なんなの。どうして僕の邪魔をするのかな。君もライダーなら彼女を助ける理由なんて無いよね」

 

 不本意ながらタイガと全く同意見である。

 だが、DDG3は毅然として否定した。

 

「同じライダーだから助けたんです。それ以外に理由はいらない」

 

「君……もしかしておかしくなったんじゃない?」

 

(あんたが言うなっ!)

 

 思わずツッコんでしまったが、このライダーも奇妙な点ではいい勝負だろう。

 しかしこのライダーがどんな思惑であろうと、このままタイガと潰しあってくれるのであればファムとしては万々歳なのも事実。よってここは下手な発言は挟まず、か弱い女を演じるのが得策に違いない。

 

「ぐっ……くぅ、ハァハァ……!」

 

 なるべく同情と庇護欲を引き立たせるように、それでいて自然に苦しむ。こういう演技はお茶の子さいさいなのだ(実際めちゃくちゃ痛いので、あながち演技とも言い切れないが)。

 

「貴方達がどうして戦うのかはよくわからないですけど……これ以上は見過ごせません!」

 

「じゃあ君から倒さなきゃいけないみたいだね」

 

 案の定ファムを守る位置取りで立ちはだかったDDG3はタイガと対峙することとなった。

 後は頃合いを見て逃げ出せばどうとでもなる。

 

 ────ファムの思惑、一触即発の雰囲気、その両方を打ち砕く襲撃が起こらなければ。

 

「wゥブ、wゥブ! wゥ、wゥ」

「wゥwゥwゥ、wゥブ、wゥブ」

「wゥ……wゥ……wゥ! wゥ! wゥ!」

 

「なっ、なにこいつら!?」

 

「まだこんなにいたのか!?」

 

 一体どこに隠れていたのか、ヤゴ型モンスターの大群が周囲から続々とやってきたのだ。一匹、二匹……その数は瞬く間に十匹にも膨れ上がり、ライダー三人を包囲した。

 徒党を組んだシアゴースト達は一斉に糸を吐き出し、手始めにライダーの一人を捕食しようとする。標的に最適なのは最も傷付き、弱っている者。

 

 捕縛される、とファムが思った瞬間に彼女は横に押し出された。

 

「危ない!」

 

 ファムを守るためにその身を差し出したDDG3。装甲のあらゆる箇所に糸が絡みついた。

 完全に身動きを封じられ、後は喰い殺されるのを待つばかりのその姿が自分になるかもしれなかった事実に背筋が凍る。

 一対一ならまだしも、あれだけの数のモンスターにたかられればライダーでもひとたまりもない。

 

(ま、悪く思わないでよね。これはライダーバトルなんだから)

 

 自身を庇った者を見捨てて逃げることに米粒ほどの罪悪感はある。

 しかし、ファイナルベントを使いブランウイングをも封じられた今のファムにはどうすることもできないのだ。

 引かれる後ろ髪を振り払って、撤退を選ぶ。

 

「G3システム、離脱!」

 

「「「wゥブ!?」」」

 

 G3の緊急離脱機能を発動し、絡み付いていた糸ごとDDG3の装甲はパージされた。

 一瞬にして束縛を脱したダークディケイドに驚き、足を止めるファム。

 そんな彼女に構わず、ダークディケイドは新たにカードを叩き込んでいた。

 

 KAMEN RIDE RYUGEN

 

(はっ? こいつブドウ被ったの!? てか何回変身できるのよ!?)

 

 とんでもないサイズのブドウを頭から被った衝撃ビジュアルに気を取られてしまったが、真に驚くべきはまたしても姿を変えたダークディケイド──今の姿はDD龍玄という──のことだ。

 一回姿を変えただけでも驚きなのに、二回、いやもっとできると考えていいかもしれない。

 

「喰らえっ!」

 

 ファムが呆気に取られている間にも、DD龍玄のブドウ龍砲による射撃がシアゴースト達を次々と撃ち抜いていく。

 狙いが甘いせいか、多少の撃ち漏らしはあれどそういう相手には接近して格闘戦を仕掛けている。

 パワー、スピード、テクニック、スペック。このライダーの何もかもがファムはおろか、タイガすら軽く凌駕しているのは明らかだ。

 

 それでも数に勝るシアゴースト達は急いで距離を取り、再びDD龍玄を取り囲む。

 もう一度糸で絡め取るつもりなのだろうが、そうなることは織り込み済みらしく、DD龍玄はそれに合わせてカードを装填した。

 

 FORM RIDE RYUGEN KIWI

 

 DD龍玄は基本形態であるブドウアームズからキウイアームズへとアームズチェンジを行い、それに伴って武器も輪切りのキウイを模した二対の刃、キウイ激輪に変化した。

 一見取り回しの悪い武器に見えなくもないが、円形に包囲されたDD龍玄にはこれが最適解であった。

 

 FINAL ATTACK RIDE RYU RYU RYU RYUGEN

 

「ッツアァ!!」

 

 キウイオーレと同等のエネルギーを乗せて投合されたキウイ激輪。回転し、遠心方向に突き進む。

 放たれた糸を引き裂かれ、取り囲んでいたシアゴーストは全て斬り捨てられて爆裂した。

 

 圧倒的。彼の強さはその一言に尽きる。

 

「まだ、やりますか」

 

 キウイを被るなんて馬鹿みたいな格好をしているのに、武器を構えるDD龍玄には冗談では済まない威圧が放たれている。

 その言葉を向けられたタイガが微かに息を呑む音が聞こえた。

 

「やめておこうかな。そろそろ時間切れだし」

 

 後退り、離れていくタイガ。

 見せつけてきたその手は確かに粒子化が始まっていた。

 ミラーワールドに存在できる制限時間が迫っていることは本当だが、それは彼が撤退を選ぶ言い訳のようにも聞こえる。それだけでもファムは少しだけスッキリした気持ちになれた。

 

「ふぅ……貴女は大丈夫ですか? 怪我とか」

 

(こいつは──)

 

 さっきの黒い姿に戻り、差し伸べられた手を見て一瞬思考する。

 声音からして若い男が変身しているらしい。そういえばさっき変身する時に可愛い童顔の男の子がいたっけな。

 

 ファムはおずおずとその手を取り────一気に自分の元に引き寄せた。

 

「うわっ、何を────」

 

「────」

 

 耳元に顔を近づけ、ぼそぼそと囁く。

 住所と日時、たったそれだけの情報を。

 何が何やらわかっていない様子のダークディケイドをやんわりと押し退け、ファムは足早に去る。

 

 日を改めよう、勝負はそれからだ。

 

 

 *

 

 

「────ってなことがあったんです」

 

「瑠美ちゃんとのデート放っぽり出してナンパされるとは、大地も色を知ってきたなあ」

 

「どうしてそうなるんですか……」

 

 夜の光写真館にて、大地はその日の出来事をガイドに報告していた。

 初日でこの世界のライダー二人、怪人に遭遇できたのはかなりの収穫だったと胸を張って言えるはずなのに、言いようもない不安がある。

 あわよくばガイドから何か聞き出せないかと期待もしていたが、この様子だと無駄に終わりそうだ。

 

「あーそうだ。ミラーワールドには問題なく入れたか?」

 

「……そういえばダークディケイドのままで入れました」

 

「ゾルダと王蛇のカードがカードデッキの役割を果たしているんだろうな。この世界はミラーワールドとの距離が他の世界よりも近いってのが主な理由かな」

 

 細かい理屈は置いておいて、要はミラーワールドに入れる。それだけわかっていれば十分だ。ただメイジ、レイだとマシンディケイダーが使えないので結局無理そうだが。

 

「てかさ、大地も結構ちゃっかりしてきたな。さりげなく瑠美ちゃんとデートなんかしちゃって」

 

「デートって。普通に遊園地行っただけなのに」

 

「男女二人で遊園地行ってデートじゃないと思う奴はいないぞ」

 

「……ほんと?」

 

 実際には喧しい目玉と蝙蝠もいたのだが、まあそれは除外するとして。

 こんな風にデートだと断言されてしまうと途端に気恥ずかしさで顔が熱くなってくる。

 リビングでレイキバットと戯れている瑠美はどう思っているのだろうか。聞いてみたいような、みたくないような。

 

 ガイドにニヤニヤされながら悶々と考え込んでいる時、入口のベルが大地の耳朶を打った。

 

「ごめんくださーい」

 

「今行きまーす!」

 

 珍しく客が来たらしい。

 しかし内装こそちゃんとスタジオになってはいるが、写真館として業務できるかどうかかなり怪しいこの場所に来た客はかなり可哀想だ。

 

 いきなり謝り倒す腹で大地が行くと、そこにはオレンジのシャツを着た長身の男が立っていた。

 

「あ、どうも先輩! さっきはご利用ありがとうございました!」

 

「へ? あの、どちら様ですか?」

 

「やだなあ、さっき遊園地で会ったじゃないですか〜。カワイイ彼女まで連れて」

 

 ニコニコと愛想よく笑う男の顔を凝視してみると、確かに見覚えがある気がする。

 

「あ! 僕と瑠美さんをカップルって言った人!」

 

「そうですそうです! 覚えてもらって光栄です、先輩!」

 

「え、僕先輩だったんですか!?」

 

「そりゃあもう!」

 

 ひたすら大地をヨイショしてくるが、この男は一体何の用があってここにやってきたのだろう。

 そんな疑問が徐々に強くなり、それが顔に出たのか、男も懐から何かを取り出して自己紹介してきた。

 

「あ、申し遅れてすいません! 自分こういう者なんですけど」

 

「あ、ご丁寧にありがとうございます」

 

 男が差し出してきたのは一枚の名刺。

 読み上げる声が自然と口に出ていた。

 

「佐野 満、仮面ライダーインペラー……ああ、仮面ライダー……仮面ライダー!?」

 

「はい! よろしくお願いします、先輩!」

 

 その男、佐野 満は名刺片手に目を白黒させている大地に改めてお辞儀をした。

 

 

 

 

 そして玄関でそんなことが起こっているとはつゆ知らず、レイキバットと談笑する瑠美。

 

「ネガさんともっと仲良くしませんか? ずっと怒ってると身体に毒ですよ」

 

「生憎そんな機能はない。あんなクソッタレと仲良くできる方がどうかしているぞ」

 

「ふふ、そんなこと言って、お互いにちょっと歩み寄れば簡単なのに」

 

 瑠美の背後にある窓ガラスが微かに歪んだ。

 

 まるで、何者かが鏡の向こうにいるかのように。

 

 




長い、長いぞ。

まずはライダー三人。後どれくらい出ますかね。決まってますけど。

次回更新は未定です。そんなに空かないと思います。

質問、感想、評価はいつでもお待ちしております。


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禁断のカメンライド


龍騎のサブタイってかなりど直球なイメージ。かと思えばガラスの幸福みたいなサブタイがくる。怖い。




 

 オリーブオイルと塩胡椒でシンプルに味付けされたトマトのカプレーゼ。

 一口サイズの野菜がゴロゴロ入ったミネストローネ。

 香ばしい揚げ茄子が頂点を飾るシチリアーナ。

 

 本日の光写真館の夕食はトマトづくしであった。

 

「ん〜! 激ウマっすね先輩! 俺、こんなに美味いもん何年ぶりかもわかりませんよ!」

 

 所狭しと並べられた皿をバクバク食い尽くしていくのは大地でも瑠美でもない。

 

「嬉しいこと言ってくれるねえ〜。デザートもあるから、楽しみにしててくれよ」

 

「ありがとうございます! ──あ、これも美味い! ほら、先輩も食べて食べて」

 

「ど、どうも」

 

 佐野満。名刺には仮面ライダーインペラーとある。

 ついさっきこの写真館にやってきて、ちゃっかりご馳走になっているこの男。

 突然の来訪にあたふたしている大地を他所に瑠美とガイドに取り入り、気が付けば一緒に食卓を囲んでいた。

 

「あれ? 先輩全然食べてないじゃないですか! 駄目ですよぉ、ちゃんと食べないと〜」

 

「なんか食欲湧かなくて……」

 

「じゃあこれもらいますね!」

 

 いやどっちだよ。

 鮮やかな手つきで大地の皿から掻っ攫っていく佐野に、大地は心の中でそうツッコんだ。

 

 大地以外の各々もごく自然なスマイルで談笑する瑠美、ご機嫌なガイド、ジト目で睨むレイキバット、沈黙を守るネガタロスと反応は様々である。ちなみに大地はレイキバット寄りであった。

 

「ご馳走様でしたぁ! いやぁ〜悪いっすね、こんな豪華な夕飯にご一緒させてもらっちゃって。しっかし凄いなぁ先輩は。帰ったらご馳走が待ってて、しかもこんな可愛い娘と同棲してるなんて。憧れるよなぁ〜」

 

「あはは……ところで、ここへは何をしに? というかどうして僕のことを?」

 

 放っておくといつまでも喋りそうなので、大地は早めに本題を切り出す。

 背後から感じる蝙蝠と目玉の視線もそれを促している。

 

「あ、ベラベラとすいません。では改めまして、俺こういう者でして、先輩のことはバイト中に見かけました。それで俺どうしても先輩の仲間になりたくて!」

 

 佐野はそう語り、瑠美達にも名刺を配る。

 色んなライダーと出会ってきたが、こうして向こう側から接触してくるのはかなり珍しい。そのためか瑠美達も興味深そうに名刺を眺めている。

 

「仲間ねえ……どうにも胡散臭え野郎だな」

 

「まあまあそう言わずに。俺、役に立ちますよ? 多分先輩ってライダーバトルにはそんなに詳しくないんじゃないかな〜とも思うし」

 

「ほぉ、そりゃまたなんでそう思う」

 

「それはまた追い追い……」

 

 ふむ、と佐野以外の視線がそれぞれで交差する。

 とりあえず話を聞くことに異論はないようだ。

 

「では……あなた達ライダーについて教えてください」

 

「わかりました! じゃあまずは────」

 

 それから始まった佐野の話は驚きの連続だった。

 鏡の向こうの世界、ミラーワールドとそこに住まう人喰いのミラーモンスター。

 そしてモンスターと契約したカードデッキを持つ人間──仮面ライダーだけがそこに侵入できる。

 

 ここまでは大地も把握していたが、問題はこれからだった。

 

「ライダーは俺を含めて13人いて──」

 

「それぞれが人を襲うモンスターと戦っている、と」

 

「いえ! ライダー同士で殺し合います!」

 

 写真館の空気が一気に凍り付いた。

 大地は絶句し、聞き間違いではないかと自身の耳を疑った。

 だが、佐野が浮かべる屈託のない笑みには嘘偽りなど一つもない。

 

「ライダー同士で……!? ど、どうして、モンスターが敵なんじゃ」

 

「そりゃモンスターを見つけたら倒しますけど、基本はライダーの敵はライダーですねー。ていうか、それすらも知らないってことはやっぱり先輩は神崎士郎に選ばれたライダーじゃないんですね」

 

「神崎士郎……?」

 

「俺も詳しくは知らなくってー。その神崎が言うには『ライダーを倒せ。全てのライダーを倒し、最後の一人となった時お前の願いは叶うだろう』って言ってました! ま、俺は良い生活が送れればそれで良いんですけどねー」

 

(だからあのライダー達も……)

 

 これまでの大地の常識だとライダーの敵は怪人だった。

 しかし、この世界ではライダーの敵はライダーだという。それも同じ人間が変身した者同士で殺しあうという。

 そんな内容を、まるで昨日食べた物を思い出すかのように語る佐野が途端に恐ろしく見えてくる。

 

 戦慄し、二の句が継げない大地を見兼ねたネガタロスがこっそり耳打ちをしてきた。

 

(おい、眼魂を押せ)

 

(ネガタロス? 今はそれどころじゃ……)

 

(いいから!)

 

 ネガタロスの強い物言いに逆らえず、大地はネガタロス眼魂のスイッチを押した。

 すると、大地の身体にネガタロスが憑依──N大地となった。

 どうやら眼魂となっても自由にできないという制限はあるものの、イマジンの憑依能力は健在らしい。

 

「わっ、先輩なんか雰囲気変わりました? 急にワイルドっすね!」

 

「ククク……ああ、お前中々見る目があるじゃねえか。要はだ、ライダーバトルに勝ち残るために俺様に取り入って他のライダーを殲滅しようって魂胆なんだろう? 違うか?」

 

「そ、そんなあ。俺はただ先輩の強さに惚れただけですって! 是非先輩のお側に置いてもらえればなぁ! 俺も強いし、きっとお役に立てますよ! いえ、立ってみせます!」

 

「ほうほう、それはそれは」

 

 自分を熱くアピールする佐野の熱意に押され、目を閉じて塾考の姿勢を見せるN大地。

 だが、それはあくまで表向きの反応である。

 

(……だとよ。大地、案外こいつは使えるかもしれねえ。部下にするにはアリと見た)

 

(部下って……。仲間になってくれるなら頼もしいけど。でもこの人も結局他のライダーを倒そうとしているなら、僕には納得できない)

 

(チッ、甘ちゃんが……だがこいつに関してはその心配は要らないだろうぜ)

 

 内面での対話を一旦打ち切り、N大地は目を開く。

 それに合わせて佐野も佇まいを直した。

 

「佐野、俺はお前をある程度買っている。あの戦闘だけで俺様の強さを見抜き、かつアジトに乗り込んでくる肝の据わり様は気に入った。それにお前が考えている通り、俺様はお前らライダーに関する情報があまりにも不足している」

 

「じゃ、じゃあ!」

 

「だが!!」

 

 身を乗り出して喜ぶ佐野の顔面に掌を突きつける。

 そこにはわかりやすく「NO!」と落書きされていた。

 明らかに了承する流れだったので佐野も困惑の表情である。

 

「戦力と情報……どっちもお前じゃなきゃいけないってこたぁ無い。ライダーはお前を除いてもあと12人いるんだ。もっと強くて賢い奴をこっちからスカウトしに行けばいい」

 

「ええ!? でもさっき俺のこと気に入ってるって言ってくれたじゃないですかぁ!?」

 

「ああ言ったとも。だがそれとこれとじゃ話は別だ。そうだな……おい、ちょっと耳貸せ」

 

 N大地はわざと悩ましげな顔を作り、周りに聞こえぬよう声量を下げる。

 上げて落とすのはネガタロス式勧誘術の基本であり、ここからが彼にとっての本番だった。

 

「あのな……もっともらしいことは言ったが、俺様はやはりお前が欲しい。欲しいが、俺様の趣向だけじゃ他の連中への示しがつかねえ。そこでだ、お前が俺様への絶対服従を誓うなら雇ってやらんでもねえ」

 

「絶対服従っすか!? そ、それはちょっと」

 

「お前にとっても悪い話じゃねえぞ? お前が見込んだように、俺様は残りのライダー全員殲滅できる程度には強え。もしお前が服従を誓うなら他のライダーから守ってやるし、願いだって叶えてやる」

 

 N大地はそこまで言ってから指を鳴らす。

 それを合図に、ガイドがやたら芝居がかかった仕草でアタッシュケースを奥から運んできた。

 

「お前が欲しいのはこれだろう?」

 

 開かれたその中身にギョッとして目が釘付けになる佐野。

 それもそのはず、そかにあるのは喉から手が出るほど欲しがっている大量の諭吉さんが積み重なっているのだから。

 

(なにこの大金!? え、ほんとなにこの大金!?)

 

「ざっと一千万。手付け金だ」

 

「一生服従します先輩!」

 

「俺様のことは首領と呼べ」

 

「はい首領!」

 

「それからお前が握っている情報を包み隠さず教えろ」

 

「はい首領!」

 

「よしよし……ククク」

 

 足元に跪き、残像が出るほどのスピードで頭を下げる佐野を見下ろし、N大地は満足げにニヤつく。

 握手、肩揉み、足揉み、おしぼり、ひたすらN大地に絶対服従の意を見せる佐野の召使いムーブたるや逆に舌を巻く領域に片足を突っ込んでいた。

 

(ほんとにあんなお金どこから……なんでネガタロスも知ってるんですか)

 

(いいか、組織に必要なのは潤沢な資金と手駒にできる部下だ。味方にできそうな奴は味方にしておけ。これぞ悪の組織の鉄則ってやつだ)

 

(悪……?)

 

(なななななな、なんでもない! なんでもないぞうん!)

 

 大慌てで眼魂に帰っていくネガタロス。

 結局大切な部分は彼任せにしてしまったが、有頂天になって騒いでいる佐野はそこまで警戒に値する人物でもないかもしれない。

 明日会う予定のファムともこんな調子で仲良くなれたらいいのに、と大地は思った。

 

「あ、そういえば言い忘れてたことあるんですけど」

 

 考え事でぽけーっとしている大地の肩を未だに揉んでいた佐野が思い出したかのようにポン! と手を鳴らす。

 まあさして深刻な内容でもないだろうと高を括り、軽く聞き流そうとしていたが────

 

「そこの可愛こちゃん、モンスターに狙われてますよ」

 

 

 *

 

 

 それから夜が更け、時刻はすでに0時過ぎ。

 真っ暗闇の部屋でデスクライトの強い光だけが思い詰めた大地の顔を照らしていた。

 机の上には変身道具各種と、ネガタロス眼魂がある。ただしレイキバットだけは護衛のために瑠美の部屋に行っていた。

 

「なんであんな大事なこと後回しにするかなあ、あの人は……」

 

「役には立つが、有能ではない。贅沢は言ってられんな」

 

「……確かに僕だけだとミラーワールドは見えても、モンスターの気配は察知できないし……でもネガタロス。もし変なこと考えてるなら────」

 

「ハッハッハッ! まさかそんなこと、この俺様が考えてるわけないだろう?」

 

 盛大に溜息を吐き、大地は机に身を投げ出した。

 息苦しさに顔を横に逃がせば、すぐ隣にあったライドブッカーから適当にカードを抜き出してみる。

 イクサ、ゼロノス、トドロキ、共に戦ってきた心強い仲間たち。

 もしも彼らと殺しあうことになれば……そう考えるだけでもゾッとしてしまう。

 

「僕……この世界では何と戦えばいいんでしょうか」

 

「モンスターなり、ライダーなり別に戦いたい奴と戦えばいいだろうが。今までそうしてきたんじゃねえのか」

 

「だって、この世界のライダーはみんな人間なんですよ? 一歩間違えたら殺してしまうかもしれないのに……」

 

「お前まさか……人間と戦ったことがないのか?」

 

 これまで大地も数え切れない戦闘を経てきたが、その相手の中に人間はいなかった。

 人間は守るべき対象であり、戦うべき相手と認識したことさえない。

 しかし、この世界のライダーを記録するなら共闘しなければならない。ということは必然的に大地も他のライダーと────人間と殺し合う羽目になる。

 もしかしたらタイガとそうなってた可能性だって十分にあったのだ。

 

「何を躊躇ってる? たかが十人程度の人間、ダークディケイドなら楽勝だ。……ああなるほど。人の命は奪えないってか」

 

「当然じゃないですか……僕はネガタロスとは違う。違うんだ。人間を殺すなんてできない」

 

 そう、自分は正義のライダーなのだから。

 人間を殺すなんてことあってはならないのだ。

 

 ────以前抱きかけた殺意と衝動の記憶に大地は蓋をした。

 

 

 *

 

 

 翌日、大地は客の少ない喫茶店でそわそわしながらファムを待っていた。

 向こう側の意図は計りかねるものの、きちんと対話を行うことで生じる利益は無視できるものではない。

 よって言われた待ち合わせに応じるのは満場一致の末であった。

 

『こちらドクター瑠美、それらしい女性はまだ見えません』

 

『こちら首領、ポーチの中は快適だ』

 

「こちら大地、こっちもまだです」

 

 近くの窓から見える物陰には、小型マイクとイヤホンを装備した瑠美と護衛役の佐野が見張りとして潜んでいる。

 ファムに変身していた女性の外見はなんとなく覚えているので、来たら大地にはわかるはずだ。

 

 そして訪れた約束の時間。ちょうどその時に入店してきた客はまさしく昨日の女性であった。

 夏らしい爽やかなスタイルが彼女の美貌を引き立たせ、数少ない客の視線を入れ食い状態にしている。

 大地が軽く手を挙げただけで、彼女は笑顔になり、周りの尖った視線が突き刺さる。

 

(ここってミルクディッパーだったっけ)

 

「ごめんなさい、待った?」

 

『ここは、ついさっき来たところって言いましょう!』

 

「つ、ついさっき来たところです……?」

 

 実際には一時間前から待機していたが、正直に言ってはいけないらしい。

 大地は瑠美のアドバイスに従い、その通りの台詞を言った。

 その返答に安堵の表情を示しており、第一印象としては悪くはない。

 ここで下手な発言をして一触即発、なんて洒落にならないからだ。

 

「じゃあ行こっか」

 

「へ? ここで話をするんじゃ」

 

「ほら、早く早く」

 

 無理矢理立たされて、よろめいた大地の腕に彼女の腕が絡みつき、身体が押し付けられる。

 制汗剤やらシャンプーやらの甘く、嗅ぎ慣れない香りに加えて柔らかい肢体のふにっとした感触。これで平静を装えるほど大地は大人ではない。

 

「あわわわわ……!」

 

『これが噂に聞く思春期ってやつか。全然華麗じゃねえな……激しくもねえし……』

 

『大地くん顔真っ赤っかです! 早く青くして!』

 

(そんな無茶な!)

 

 大地は半ば引きずられる形で喫茶店から連れ出され、身体を押し付けられたままどことも知らぬ目的地へと向かう。

 頭に血が上り詰めて、パクパクと金魚の如く開閉して辛うじて口にできたのは彼女の素性を尋ねることだけだった。

 

「私は霧島 美穂。昨日助けてもらったお礼がしたくて……迷惑だったかしら……?」

 

「そうじゃなくて、あのそのあのもうちょっと距離を」

 

「あぁっ、ごめんなさい! つい……」

 

『こいつ女耐性なさ過ぎじゃねえか?』

 

『押しに弱いのか……』

 

 イヤホン越しに響く呆れ声に反論する余地もなく、大地は心の底から悲しくなった。

 

 それから美穂に連れられて大地が来たのはさっきとは真逆のお洒落なカフェ。

 大地の鼻先にはふわふわクリームと麗しのフルーツが乗ったケーキ。

 

「はい、あ〜ん」

 

「んぐんぐ……美味しいですけどそろそろ話を」

 

「次はこっち、はいあ〜ん」

 

「んぐんぐ……」

 

『大地くん、鼻にクリーム付いてますよ!』

 

 次に連れてこられたのは水族館。

 遊園地と同じく、ここも大地が訪れた記憶はない。

 そのためイルカやペンギンなどの珍しい生き物にはしゃいでしまっていた。

 

「あれがペンギン……!」

 

「知らなかったの……!?」

 

 休む間も無くショッピングモール。

 ここではブティックを片っ端から巡り、着せ替え人形と化した大地がいた。

 

「素材がいいからなんでも似合うわね!」

 

「霧島さんこそ……あとそろそろ話をするにはいい時間かと」

 

「もうちょっといいじゃない。さ、次はこれ!」

 

「まだ続くのこれ……」

 

 疲れから出た声は無視され、大地は数枚の服と一緒に試着室に放り込まれた。

 監視している瑠美達からも仲睦まじいカップルにしか見えず、あの霧島美穂がどういった考えなのか見当もつかない。

 

「案外首領に一目惚れしちゃった、とかだったりして!」

 

「昨日デートしてた異性がいるのに……? それはそれで凄い移り気ですけど。それに同じライダーの佐野さんだったら霧島さんのこと知らないんですか?」

 

「俺、ライダーに成りたての初心者なもんで。へへへ、すいません」

 

「はぁー……」

 

 茂みに潜んで顔だけ出し、双眼鏡片手にそんな会話を繰り広げていた瑠美と佐野は本人達こそ気付かないが、非常に目立っていた。

 だからこそ彼らの背後に大型バイクが停まったことも、運転手である黒のインナーを来た男が珍獣を見る目をしていたことも気付きはしなかった。

 

 男は暑さで頭がやられたに違いないと瑠美達を鼻で笑い、ふと彼らの視線の先を見やると目を微かに見開いた。

 

「あの女、まさか……」

 

 

 *

 

 

 綺麗な女性とのスキンシップはあると言えばあった。

 スーパーモデルの麻生恵、美人店主の野上愛理──それでもここまで密着して、しかもエネルギッシュに連れ回されるなんてことはなかった。

 少々気疲れして項垂れるのも仕方がないことだと大地は自分に言い訳した。

 

「ごめんなさい、私のせいで……。これお水」

 

「どうも……」

 

 大地と美穂は噴水がある広場のベンチに二人で腰掛けている。

 やはり距離は近いので美穂の匂いが鼻をくすぐり、次第に頭までクラクラしてきた。

 ペットボトルの中身を飲み干して、今度こそ会話を切り出そうとした矢先に腕に押し付けられた「ふにゅう」という擬音付きの感触に頭の中がまとめて吹っ飛ばされてしまった。

 

「ちょっと、このままでもいいかな……お願い」

 

「〜〜〜〜〜〜!!」

 

「私ね、ライダーになってからずっと心細かったの。周りは敵だらけ。恋人も殺されて……でも君は助けてくれた。君みたいなライダー初めて」

 

 美穂の頭が大地の肩に乗っかり、良い匂いが強まる。

 しかしこの時ばかりは美穂の匂いよりも、のしかかる美穂の軽さの方が気になった。

 こんなにも軽い女性がライダーをやっている。その事実の方が大地にはよほど重く感じてしまう。

 

「少なくとも僕の知るライダーはみんな同じことをしてました。何も特別なことじゃない」

 

「そうね……ライダーがみんな君みたいな人なら良かったのに。でもありがとね」

 

 美穂が顔を埋めた腕がしっとりとした湿気を帯びてくる。

 何を言うにも気まずくなる気がして、大地は黙って彼女を待つ。

 腰に回された腕に身体は震え、その艶かしい手付きは思考回路をショートさせようとしていた。

 

「もうちょっとこのままでいさせて……」

 

 よって大地は気付かない。彼女の手がポーチと、その中身にまで伸びている事に。

 

「お、なんだこの手。ガブリ!」

 

 だが彼女も気付かない。ポーチの中にいるレイキバットに。

 

「いったぁ!? なんか噛まれたんだけど! あんたポーチの中に虫でも飼ってるの!? 痕になったらどうしてくれるのよ〜」

 

「「ギャハハハハハハハハハ!」」

 

 赤くなった手を押さえる美穂にポーチからゲラゲラ響く笑い声。

 唯一飲み込めていないのは眼をぱちくりさせている大地だけ。

 しかし彼女が大地の隙を突いてポーチに手を突っ込んでいたことは状況から判断できた。

 

「霧島さん……?」

 

 美穂は苦笑いを返すばかりで、大地の疑惑はどんどん色濃くなっていく。

 そして彼らの座るベンチを見下ろす風にして現れた黒いインナーの男がその答えを示した。

 

「お前はその女に騙されたんだ。残念だったな、女なら他を当たれ」

 

「……え? 騙されてたんですか、僕」

 

「……馬鹿が」

 

 呆れ顔をした黒インナーの男は一旦大地を無視した。

 美穂を睨むその横顔は全体的に鋭く、周りを寄せ付けない雰囲気がある。

 そして男を見上げる美穂はまるで威嚇する猫に似ていて、その表情の変化に大地は付いていけない。

 

「結婚詐欺師にも不景気はあるらしいな。なにせこんなガキにまで手を出す始末ときた」

 

「あんた……秋山蓮! ナイトか!」

 

「だがその様子じゃ俺が手を出すまでもなく失敗したな。そろそろ転職したらどうだ?」

 

「ふん! あんたこそこんな真昼間から私を尾けるなんて、よっぽど暇なんじゃないか」

 

「これから忙しくなる。そのために来た」

 

 蓮と呼ばれた男と美穂がデッキを取り出し、見せつける。

 二人は同時に走り出し、我に帰った大地もその後を追う。

 男は蝙蝠のエンブレムが描かれたデッキを持っていた。それが意味することは察しが悪い大地にも自ずと見えてくる。

 この世界のライダーはカードデッキで変身する。つまりはあの男も。

 

 人の目が少ない裏路地のゴミ捨て場にまでやってきた二人は割れたガラス片にデッキを翳す。

 

「「変身!」」

 

 装着されたVバックルにデッキが叩き込まれ、二人の身体に重なった鏡像が実態として彼らを包んだ。

 

 美穂はやはり以前と同じ仮面ライダーファムに。

 

 そして蓮が変身したのは蝙蝠の仮面を付けた黒衣の騎士。

 西洋の騎士を連想させるその姿には大地も見覚えがあった。

 それも大地が集めるべきブランクカードの一つに。

 

「やっぱり、仮面ライダー……ナイト!」

 

 腰のホルスターから一振りの剣、ダークバイザーを引き抜いて迷わずガラス片────その向こうの世界、ミラーワールドへと飛び込む。

 ファムも同じ動作で同じガラス片に入り、一人残された大地もまたダークディケイドライバーを取り出した。

 

 突然の開戦であるが故に理解は追いついていない。人間と戦う覚悟だってできていない。

 それでもここで彼らが殺しあう光景を黙って観戦していることなど、大地には決してできない。

 

「変身!」

 

 KAMEN RIDE DECADE

 

 

 *

 

 

 ミラーワールドに突入したマシンディケイダーが不気味なほどの静けさが漂う世界に排気音を轟かせる。

 最速で駆けつけ、停車した隣にはナイト達のバイク──ライドシューターが二台。

 鼓膜を揺るがす剣戟音と電子音声の出所を探れば、もうすでに戦いは始まっていた。

 

 SWORD VENT

 

 SWORD VENT

 

 音声は同じだが、二人が召喚した武器の形状は異なっていた。

 ファムが構えるは薙刀のウイングスラッシャー、しかしナイトが構えたのは長柄の槍、ウイングランサー。

 見た目から想像される大きさと重さを感じさせないナイトの太刀筋からは荒削りながらも鋭く光るものが見られた。

 スピードとパワーを兼ね備えたナイトの斬撃はファムの攻撃も、防御も何の苦もなく弾いてしまう。

 

「やめてください!」

 

 豪速の突きがファムを貫く直前、彼らの間に割り込んだダークディケイドが両者の剣先を叩き下ろした。

 警戒──猜疑──ダークディケイドを二つの思惑が挟む。

 特に完全に未知の存在を目にしたナイトの警戒心と敵意は肌に突き刺さるかと錯覚するほどだ。

 

「あんた、どうして……」

 

「何だお前は。ライダーなのか? カードデッキはどうした」

 

「僕は……ってそんなことより! 戦いをやめてください! ライダー同士で殺し合うなんてどうかしてます!」

 

「どうかしてる、か。……ああ、そうかもな。ダークウイング!」

 

 ADVENT

 

 ナイトは自身の契約モンスターであるダークウイングを召喚し、ダークディケイドにけしかける。

 上空から凄まじい速度で飛来したダークウイングの翼に打たれてダークディケイドとファムは吹っ飛ばされた。

 巨大な翼による突風、目で追うのがやっとなスピードの体当たりでダークディケイドを翻弄した後、ダークウイングはナイトの背部と一体化して翼となった。

 

 そして上空に舞い上がったナイトに対抗するべく、ファムも召喚のカードを引き抜く。

 

 ADVENT

 

「来い、ブランウイング!」

 

 ブランウイングは白き翼となり、ファムも空へと上がる。

 白と黒。異なる翼が真っ向から対峙し、激しい空中戦が巻き起こった。

 ぶつかり合う剣の火花が雨となって降り注ぎ、それを全身で浴びながらダークディケイドは追いかけようとしたが────

 

「ガァッ!? これは……銃撃!?」

 

「hhhhhh……!」

 

 肩に走った高熱の痛みに阻害されてしまった。

 ダークディケイドの頭上に位置するビルの屋上からの狙撃によるものだ。

 赤く光る三つ目のキツネザル型ミラーモンスター、デッドリマーが不気味に笑い、再び拳銃を撃ってくる。

 あの目がレーザーサイトとなって狙いを定めているらしく、寸分の狂いもない狙撃がまたしてもダークディケイドの肩を撃ち抜いた。狭い裏路地では回避もままならない。

 

 恐ろしい激痛。しかし、ライドブッカーは辛うじて落とさない。

 

「グハァッ!? くっ、このぉ!」

 

 ATTACK RIDE BLAST

 

 三度放たれた銃弾を砕く弾幕。

 ディケイドブラストはさらにデッドリマー本体にまで到達し、屋上から落とすことに成功する。

 この調子でとっとと撃破まで持ち込みたかったが、敵の動きは素早い。

 あっちかと思えばこっちへ、こっちかと思えばそっちへ。壁を這いずり回るデッドリマーは並みのスピードではない。この狭い裏路地でも俊敏性が落ちることは期待できず、手こずることが予想された。

 

 しかし、それに勝るとも劣らない跳躍力を備えた影がデッドリマーの先に回り込み、鋭い蹴りで壁から叩き落とした。

 

「hhhhhhhhhh!?」

 

「いよっと! お待たせ首領!」

 

 ドリル状に唸る二本の角を生やしたレイヨウ型のライダー、インペラー。

 佐野満が変身したライダーである。

 

「佐野さん!」

 

「へへっ、やっぱり俺を仲間にして正解だったでしょ? こいつは俺に任せてよ!」

 

 そう言うが否や、インペラーは先ほども見せた跳躍でデッドリマーに接近。自慢の脚力はそのまま破壊力へと転じ、デッドリマーの顔面を蹴り砕いた。

 さらに逃げられないよう、その身体を踏み付けて押さえながら右膝のガゼルバイザーにカードを挿入する。

 

 FINAL VENT

 

 視界を潰されて悶えているうちに思い切り蹴り上げられたデッドリマー。

 手足をジタバタさせているところへビルの屋上から飛び降りて壁を走る無数の影────インペラーの契約モンスターであるギガゼール軍団が引き裂いていく。

 ギガゼール、メガゼール、オメガゼール、ネガゼール、マガゼール。打つ、蹴る、殴る、斬る。

 

「ハァァァァーッ!!」

 

 そしてギガゼール軍団と入れ替わるようにして跳躍したインペラーの飛び膝蹴りがデッドリマーの頭部に直撃。

 インペラーの必殺技、ドライブディバイダーの威力は凄まじく、デッドリマーは顔面だけでなく全身を弾けさせたのだった。

 

「ふぅぅ〜! どうだった首領? 俺も結構やるでしょ?」

 

「はい! ありがとうございます! 次は────ガッ!?」

 

「うおっ!?」

 

 ダークディケイド、続いてインペラーから火花が飛び散る。

 またしても訪れた衝撃が攻撃によるものなのは明らかだが、今度は銃撃ではない。

 

 攻撃が見えないのだ。

 

 何の攻撃なのかも、誰がやっているのかもわからない。自分達が狙われているということ以外は。

 

「うがぁっ!? この攻撃、一体!?」

 

「ゴホッ!? ああこれっ、多分瑠美ちゃん狙ってるモンスターの気配かも!」

 

「これが!? でもどこにも見えない…………透明になってる?」

 

 目に見えない攻撃。それを仕掛けている者もまた目に見えないのだとしたら。

 脳裏に閃く推理が正しいのかをはっきりさせるべく、ダークディケイドは一枚のカードを選び取った。

 

 KAMEN RIDE BEAST

 

 ATTACK RIDE BUFFA MANTLE

 

「佐野さん跳んで!」

 

 金色の魔法陣から出でたDDビーストはその肩にバッファマントをなびかせて、自身の足元をとびきり強く叩いた。

 DDビーストを中心に広がる衝撃波。

 そして目には見えないが、何かが倒れたような音だけが聞こえた。

 

 眼を凝らせば、そこには人型に歪んだ透明の影が確かに存在している。

 影は徐々に色を帯びていき、カメレオンに似たモンスターの姿を浮かび上がらせた。

 

 ──バイオグリーザ。

 それがこのモンスターに与えられた名前である。

 

「やっぱり!」

 

「透明になれるモンスターぁ!? 反則でしょそれ!」

 

「じゃ佐野さん、後はよろしくお願いします!」

 

「へ? そりゃないよ首領!」

 

 姿さえ見えれば後はインペラーに任せても平気だろう。

 そう判断を下してDDビーストは未だに空中で斬り結んでいるナイトとファムの元に向かう。

 

 ATTACK RIDE FALCO MANTLE

 

 空中という戦場においてもやはり劣勢なのはファムの方だった。

 剣技もさる事ながら、ダークウイングという翼を完全に我が物としているナイト。

 黒と白の翼が交差すれば、その度にファムが斬られる。後数回でその翼が捥がれるだろう。

 

 ファルコマントで飛行し、ナイトにしがみついて妨害するDDビースト。

 咄嗟に振るわれたダークバイザーとダイスサーベルが数度斬り合い、互いに剣先を向け合う形で距離を取った。

 

「お前────さっきのライダーか? 姿を変えられるのか」

 

「もうやめてください! あなたにどうしても頼みたいことがあるんです!」

 

 聞く耳持たんとナイトはカードを挿入。その姿が一瞬ぶれた。

 

 TRICK VENT

 

「「「「「ハッ!」」」」」

 

 ナイトが発動したカードはトリックベント──シャドーイリュージョンという分身能力。

 瞬時に頭数を増やしたナイトの立体的な攻勢はDDビーストでは捌き切れない。

 上からの剣を防いでも、同時に横から振るわれた剣がマントをスッパリ裂く。そうして飛行能力を失ったDDビーストは落下してしまった。

 

「うわああああっ!?」

 

 昨日のジェットコースターを思い出して胃がきゅっと縮む感覚。しかし、アトラクションなら地面に激突してしまうことはあるまい。

 DDビーストはあくまで冷静にカードを選ぶ。

 

 KAMEN RIDE NADESHIKO

 

 ATTACK RIDE ROCKET

 

 地面を目前にして、宇宙からDDビーストに神秘のエネルギ──ーコズミックエナジーが降り注ぐ。

 DDなでしこへとカメンライドしたことで腕に装備されたオレンジのロケットモジュールと背部のジェットパックを噴射、激突を回避して再び上空へと舞い上がる。

 

「……う、ウチュウキター! ……これ言わなきゃいけないのかなあ」

 

 記憶に従って叫ぶDDなでしこ。

 少し目を離した隙にまたもや姿を変えていたことに驚きつつもナイトは分身と共に一斉に迎え撃つ。

 

 ATTACK RIDE RADAR

 

 しかし、ただ空を飛ぶために仮面ライダーなでしこをチョイスしたわけではない。

 左腕に装備したレーダーモジュールは直接の攻撃こそできないものの、索敵や通信、解析能力に優れた武装である。

 向かってくるナイトの分身達を瞬時に解析した。

 

「あれが本体か!」

 

 レーダーモジュールを解除した左手に剣を。右腕のロケットには更なる出力を。

 突撃し、剣を振るうDDなでしこによってナイトの分身達は一人、また一人と消滅していく。

 ロケットの推進力を上乗せした斬撃は分身程度なら一撃で粉砕できるのだ。

 

 そうして最後の分身を斬り裂き、本体のナイトとDDなでしこ、それに傷付いたファムだけが空に残った。

 倒すのは分身のみに留めたのは必要以上の交戦意思が無いことを示すためであったが、ナイトにはその意図を察するよりも新たな変身の方が目に付いてしまう。

 

「またか。どれだけ姿を変えれば気が────お前」

 

「────あんた」

 

 滞空しているDDなでしこをまじまじと見て、黙り込むナイトとファム。

 その視線と無言の間に嫌な予感がしたのも束の間、彼らは同時に口を開く。

 

 だが何を言われようと、彼らの交戦は止める。DDなでしこはそう決めていた。

 

 ……いたのだが。

 

 

 

「「女装してるのか!?」」

 

 

「────じょ、女装……ええっと」

 

 女装。それは男性が女性の格好をすることである。

 以前、道ですれ違った人がどう見ても男性なのに女性の服とマイクをしていたので不思議に思ったことがあった。

 

 つまり、今自分はその人と同じように見られているというのか。

 

 ふと今の自分を見直してみると、膨らんだ胸元にセーラー服っぽい装甲、足はヒール。おまけに頭にはネコミミ。

 客観的に観ても女性、主観的に観ても女性だ。

 なでしこをチョイスした時は無我夢中で気付かなかったが、今になって無性に恥ずかしくなってきてしまった。

 

「違うんです! これはそういう仕様なんです! 事故なんです!」

 

「きゃっ!? 来ないでよ! あんた割と可愛めの顔だったけど、それは無理があるでしょ!」

 

「こっちに寄るな! 変態が感染る!」

 

「そんなぁ〜……」

 

 誤解を解こうと近寄れば、蝿を追い払うような仕草で払われる。

 ファムはオーバーに、ナイトはドン引きで離れていく。

 仮面越しに突き刺さる視線が痛すぎた。

 あんまりな言われようと扱いに涙ぐんでも、一切同情はされない。

 

「女装した変態ライダーの乱入」というハプニングのおかげでナイト達の戦意は消え失せたらしく、示し合わせたようにミラーワールドを脱出していった。

 

 これにて一応戦いを止める目的は達成できたのだが、大地の心には深い傷痕が残されたのだった。

 

「首領、俺もその格好はちょっと……」

 

「見てたなら佐野さんから説明してくださいよ……」

 

「あとあのモンスターにも逃げられちゃいました! すいません!」

 

「……」

 

 

 

 *

 

 

 

 異常性癖持ちの変態扱いされるなんて初めての体験に心を深く抉られた大地であったが、落ち込んでばかりもいられない。

 引き続き瑠美の護衛をしてもらうために佐野とは一旦別れ、ミラーワールドから出て美穂かナイトの変身者────秋山 蓮を探す。

 

「いたぞ大地! あそこのバイクだ!」

 

「ありがとうレイキバットさん!」

 

 大地は、大型バイクに跨って今にも発進しようとしているフルフェイスの男に駆け寄った。

 あの孤独な狼にも等しい目元の男は間違いなくあの秋山蓮という男だ。

 

「待って! 待ってください!」

 

「お前さっきの……そうか、お前がさっきの女装ライダーか。失せろ。バイクにも触るな」

 

「あぅ……」

 

 それから大地が知っているあらゆる言葉を並び立てて、恥も外聞もなく身振り手振りで説明して、ようやく蓮に話を聞いてもらえることになった。

 

 蓮が話し合う場所として連れてきたのは喫茶店「花鶏(あとり)

 

 蓮は客が誰一人としていない店内を我が物顔で案内し、適当な席に座る。

 大地が若い女性店員をちらりと窺えば、愛想良く「どうぞ」と言ってもらえた。どうやら蓮とは顔見知りらしい。

 

「それで? 女装ライダーが一体何を話すって?」

 

「いやだから女装は誤解で────」

 

「わかったわかった。早く要件を言え変態」

 

 誤解は解けていない気がする。

 しかしそれはそれとして、大地は自分の事情を説明する。

 

 異世界から来たライダーであること。

 ライダーを記録する旅をしていること。

 ライダーバトルに参加するつもりはないこと。

 

 それらの話を必死に説明していたが、その最中にも蓮は腕を組んで眉ひとつ動かさない。侑斗をさらにツンと尖らせた感じの態度だと大地は思った。

 

「──というわけなんです」

 

「なるほどな、よくわかった。病院まで送っていってやる。頭の方がいいか? それとも女装癖を治すか? 治せるかは知らんが」

 

「……やっぱり信じてくれませんか。僕、嘘ついてないのに」

 

「ライダーになるのはどこか頭のネジが外れた奴ばかりだ。悪徳弁護士に凶悪脱獄犯、いけすかない占い師に結婚詐欺師。だが妄想を熱弁する変態には敵わないな」

 

「ライダーがおかしな人ばかりなのは同意かも……。でも! 僕には秋山さんの記録が必要なんです! お願いですから一緒にいさせてください!」

 

「断る。変態が側にいたら俺まで変に見られる」

 

 取りつく島もないとはまさにこのこと。

 こちらを疑う反応は珍しくもなんともないが、ここまではっきり拒絶されるのは剛以来のこと。しかも蓮の場合、どこかからかっているようでもあるのがまたやり辛い。

 どうしたものかと悩む大地に思わぬ助け舟が出された。

 

「やめなよ蓮。この人困ってるじゃん」

 

「別に構いやしない」

 

 蓮と大地のやりとりをずっと見守っていた女性店員だった。

 彼女は肩をすくめた蓮の横に座り、大地を覗き込んできた。

 

「ごめんなさい、蓮が意地悪言って」

 

「事実だ」

 

「蓮! ……それで、やっぱり君も仮面ライダーなの?」

 

「ええ……もしかしてあなたも?」

 

「ううん、私は違うんだけどね。────私の名前は神崎優衣。神崎士郎の妹なの」

 

「神崎士郎の!?」

 

 ライダーの事情をある程度知っているかと思えば、まさかの首謀者の妹だったとは。

 そんな驚きから思わず席を立ち上がってしまった大地であったが、それを見越していた優衣は苦笑を浮かべた。

 

「お兄ちゃんを知ってるんだね。ってことは、君もデッキをもらったの?」

 

「い、いいえ。僕は少し事情が違くて……」

 

 蓮とほぼ同じ説明を繰り返す大地。

 優衣の反応は芳しくなかったが、半信半疑なので蓮よりかはマシに違いない。

 

「別の世界かぁ……。ちょっと実感湧かないけど、ミラーワールドも似たようなものだし……」

 

「優衣。こんな奴の話、まともに付き合うだけ無駄だ。大方そう言って油断させたところを狙うって寸法だろう。その手には乗らん、とっとと帰れ」

 

「あっ、蓮!? ────もう、気を悪くさせてごめんね。蓮も悪い人じゃないんだけど……」

 

「個性的な人には慣れてるんで、まあ……」

 

 むしろ仮面ライダーなんて大体変な人だった。

 しかしこうまで難しそうな相手だといっそ「ナイトの世界」ではなく「インペラーの世界」だったら楽なのにな、と大地は心で呟いた。

 

 だが、とりあえず面識は持てたので良しとしようか。

 

「じゃあ僕はこれで」

 

「待って、これだけ聞かせて欲しいの。

 

 ────君はライダーバトルに反対、なんだよね?」

 

「はい。それは間違いないです」

 

 大地は立ち去ろうとして問いかけられた質問にきっぱり答える。

 すると優衣は胸を撫で下ろして安堵の息を吐いた。

 そんな彼女がライダーバトルの首謀者の妹など、今でも信じられないことだ。

 

「それなら君の力になってくれそうなライダーに二人心当たりがあるの。一人は手塚海之さん、仮面ライダーライア。彼もライダーバトルを止めようとしている」

 

 ライダーバトルを止めようとしているライダー、ライア。

 詳しい素性は会ってみないと何とも言えないが、このバトルを否定するライダー────つまりは期待していたライダーらしいライダーが存在していたことに大地は安心を覚えた。

 職業は占い師とのことで、普段いそうな場所も教えてもらった。

 

「それでもう一人なんだけど……ごめんなさい。このライダーは私もよく知らないの。他のライダーと積極的に戦わないってことと、記者をやってるってこと、後は「リュウガ」って名乗ってたことくらいしか……」

 

(リュウガ……仮面ライダーリュウガ?)

 

 これまた大地の知らぬライダーである。

 しかも情報が極めて断片的過ぎて特定も困難だ。だが貴重な情報であることに変わりはない。

 大地は結衣に丁重に礼を述べて、今度こそ店を出ようとしたが、奥に引っ込んでいた蓮の声が背中から響いた。

 

「おい、そのリュウガって奴とは一度話したことがあるから教えてやる。あいつは────

 

 

 ────馬鹿だ。どうだ、参考になったか?」

 

「……ええ、とっても」

 

 仮面ライダーリュウガ。馬鹿。覚えておこう。

 

 

 

 

 

 これが「ナイトの世界」における始まりだった。

 

 ミラーワールド、ライダーバトル。

 しかし、これはほんの序章に過ぎなかったのだ。

 

 やがて全てのライダーを巻き込むであろう重大な事件が起こる。

 その鍵を握るライダーは今まさに誕生していたのだ。

 

 白いボディとそれを覆う重厚な鎧の戦士、レギオン。

 

 仮面ライダーレギオンが降り立ったのはとある病院のミラーワールド。

 レギオンから鏡を挟んだ向こう側には女性──小川恵里が眠り続けていた。

 

 




ネガの加入でレイキバットまで馬鹿っぽくなってないか?
そんな話。

前回と今回が所謂ナイト編 序章なのでした。
龍騎がいなければ、その代わりのライダーがいるよね。

……あれ? でもリュウガって……


と意味深なことは置いておいて。

次回更新は今月中になります。感想、評価はどしどし送ってくれると嬉しいかも。嬉しいです


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ライダー集結

新キャラの名前考えるの、地味に大変。


 

 

 深夜、愛車を走らせる秋山 蓮。

 下宿先への帰路の途中、蓮の鼓膜を煩わしい耳鳴りが震わせる。

 眉をひそめて発信源と思われる建物のガラスの前にやってきた。

 

 ガラスに映ってはいるものの、その場所には立っていない……つまり鏡の中にしかいない人物がそこにはいた。

 

「神崎……何の用だ」

 

「秋山 蓮、仮面ライダーナイト。お前に戦いの幕開けを知らせに来た」

 

 そして神崎 士郎が言い放った内容に蓮は驚愕したのだった。

 

 

 *

 

 

 同時刻、とある病院

 

 カツン、カツン。

 

 松葉杖をついた男が何かから血相を変えて逃げていた。

 引き攣った顔の原因は足の痛みから来るものではなく、その男本人にも正体のわからない何かへの恐怖から来るもの。

 

 カツン、カツン。

 

 暗闇の廊下には松葉杖の音だけが木霊している。

 男の後には誰もいない。にもかかわらず、男はしきりに後ろを振り返っては足を動かす。

 

 カツン、カツン。

 

 男にとっての不幸は急ぐあまり松葉杖を足に引っかけてしまったこと。

 転んだ拍子に松葉杖を手放してしまい、暗闇の向こうに消えていったが、それにはもはや目もくれずに這って進む。

 

 シュルッ。

 

 その後に聞こえたのは重いものを引き摺る音。

 

 そして病室から消えていた男はこの病院における六人目の行方不明者となった。

 

 

 *

 

 

 

 大地が秋山 蓮、仮面ライダーナイトと遭遇してから早くも三日が経過していた。

 しかし、この三日間で大地は佐野以外のライダーを一切見かけていなかった。

 蓮を訪ねて花鶏へ行ってみたりもしたが、あいにく不在とのこと。蓮がどこに行ったのか、優衣にも心当たりがないという。

 

「蓮、大地くんと会った翌日から帰ってこないの。携帯にも出なくて」

 

 大地があちこちを彷徨い歩いてもまるで収穫なし。

 優衣に教えてもらった手塚がいそうな場所にも行ってみたが、それらしい人物には出会えなかった。

 

「13人もいるのに誰とも会えないのはどういうこった? 一夜でライダーバトルに決着着いたのか?」

 

「まさか、それは無い……よね?」

 

 二日連続で計4人ものライダーに遭遇しておきながら、今度は三日間誰とも会えずじまい。不安だって感じる。

 

 だが、そうやって途方に暮れている時間も長くは続かなかった。

 また護衛のために写真館を訪れた佐野から気になる情報をもらったのだ。

 

『今TVとか新聞で話題になってる病院があって、数日前からそこで何人も神隠しにあったみたいに行方不明になってるらしいです! 多分モンスターかと!』

 

 確かにその犯人はミラーモンスターの可能性が極めて高い。

 それにもしかすると蓮か他のライダーとも会えるかもしれない。

 そして佐野の案内のもと、大地と瑠美はその病院へとやって来た。

 

 やはり事件が事件てあるためか、病院の入り口にはマスコミによる人だかりができており、正面から入るにも一苦労しそうだ。

 よって正面から行くのは大地のみとし、佐野と瑠美は周辺の調査を行うこととなった。

 

「それにしても凄い人だかりだなぁ……どうやって中に入ろうか」

 

 責任者と思わしき白衣の医者にマスコミ達はマイクやカメラを向けている。

 しかしあれはもう押し付けるに等しく、焚かれるフラッシュの眩しさも相まって医者はかなり鬱陶しそうに対応していた。

 

 まずはあの集団を突破して中に入りたいのだが、強引に行けばあの熱気で揉みくちゃにされてしまうだろう。

 大地はポーチの住人と知恵を出しあうことにした。

 

「あそこを突っ切るのは難しいね」

 

「俺が冷気で追っ払うか? 病院が目の前にあるし、風邪を引いても平気だろうよ」

 

「俺様はうだうだ群がるマスコミが気に食わねえ。メイジに変身してサクッと片付けちまいな!」

 

「ネガタロスは却下として……レイキバットさんの案もなんだか危ないし、地道にやるしかないですね」

 

「「チッ!」」

 

 怒号に近い叫びが飛び交う人混みはまるで津波のようだ。

 潜り込める隙間を後ろから探しているうちに、集団から弾き出された男がちょうど大地にぶつかってきた。

 そのままもつれ合って倒れ、大地は男の下敷きになる形になる。視界を埋め尽くした水色は彼が着ているジャンパーだ。

 

「おわぁっ!? いって! おい誰だよ俺の足踏んだの! ────ああごめん、大丈夫?」

 

「大丈夫……ですから、どいてもらえるとありがたいです」

 

「わ、悪い悪い」

 

 男は慌てて大地を起こし、ペコペコ頭を下げる。

 尻が少し痛かったが、それくらいは気にしない。

 改めて男を見ると、想像通り彼の手には撮影用カメラ。マスコミ関係者で間違いなさそうだ。

 

「あの、ここで何かあったんですか?」

 

「え! あんたテレビ観てないの? この病院で数日前から立て続けに人が消えてるんだよ。俺もその取材に来てるの」

 

 大地はあえて無知を装い、今初めて知ったという風に驚いてみせる。

 マスコミ関係者だからこそ掴んでいる情報があるかもしれない。彼から聞き出すのも手だ。

 

「そうだったンですか!? し、シラなかった! デもスゴいですね、記者なんて、 きっとイロイロ知ってるんだロウな〜」

 

((棒読みだ……))

 

 しかし大地にはそこまでの器用さがあるわけでもなく。

 咄嗟のこと故に仕方ないのだが、目敏い人ならすぐに見破られるレベルのわざとらしい演技にポーチの中では呆れられていた。

 

「そ、そうか? まあそれほどでも……あるのかなぁ? あるよなぁ、へへ」

 

「勿論ですよ! ……えっと」

 

「ん? ────あ、俺、『OREジャーナル』の城戸真司! よろしく!」

 

 幸いにもこの真司という記者はこちらを怪しむどころか、照れて鼻を擦ったり、茶髪の髪をわしゃわしゃさせている。

 こんな反応をされると却ってこちらの罪悪感が増してきてしまう。

 しかしその感情は表に出さず、大地は笑顔を保って事件について尋ねた。

 

「ここ最近連続失踪事件が頻発してるだろ? 今回の事件もその一つかと思いきや、ちょっと事情が異なるみたいでさ。最初の失踪が起こった翌日に、こないだ脱走した強盗殺人鬼の浅倉 威が近くで目撃されてるんだ」

 

 連続失踪事件とは、恐らくミラーモンスターに襲われた被害者のことを指しているのだろう。ミラーワールドを視認できない一般人からしたら神隠しにあったも同然。

 この事件も佐野が睨んだ通りモンスターの仕業なら浅倉とやらは偶然居合わせただけにも思えるが、まだ断定はできない。

 

「そんなわけで俺たちマスコミの他にも被害者の家族とか、警察とか、色んな人がここに押し掛けてる。俺も編集長にどやされ──んんっ! な、なんとか手掛かり掴めないかと思って来たんだけど、もうごった返しが酷いのなんの。一緒に来た新人ともはぐれちゃってさ……あいつ急にいなくなるんだから。怒られるのは俺なのに!」

 

 後半はほぼ愚痴になってはいるものの、真司の情報はかなり有用だと言える。

 少なくともこの病院を根城にしているモンスターがいることは確かだ。これ以上犠牲者が増えることは見過ごしておけない。

 

「大体あいつには先輩への敬意ってのが足りてないんだよ。そんなんだから俺まで揃って馬鹿コンビとか呼ばれるんだっつーの! それに────」

 

「あの〜、僕そろそろ……」

 

「えっ? あ、ああ、それじゃ。 ……あれ? 俺何の話してたんだっけ……ってそうだ取材だ取材! また編集長にどやされる!」

 

(忙しそうな人だなあ)

 

 

 

 それから真司と別れて、人混みを突破した大地はようやく病院に入ることができた。

 人でごった返しているのは中も変わらず、探索にはこれまた苦労しそうである。

 人々の大半は不安そうな顔で、捜査中と思われる警察官の存在感がそれに拍車をかけていた。

 真剣な表情の警官が側にいれば多くの人々はなんとなく不安を覚える。実害が出ているなら尚更というもの。

 

 そんな病院全体に広がる息苦しさに大地は無意識のうちに首元を緩めた。

 

「入ったはいいが、どこから調べる? こんだけ人が多いとすると守るにはちと骨だな」

 

「まずはライダーを探してみます。これだけの騒ぎです、きっと他のライダーもここに来てるはず。もしできるなら協力したい」

 

「そんな臭い正義面したお人好しがお前以外にいるとは思えないがな」

 

 だが、これだけいる人からデッキを持った者を探し出すのだって難しい。

 鏡になりそうなものがある場所を重点的に巡ってみたが、それらしい人は見つからない。

 大地は廊下の壁に寄りかかってポーチと作戦会議を開く。

 

「いないなあ……」

 

「変身もしてないのに見分けられるわけねえだろ……」

 

「俺様ならワルのオーラは感じ取れるぜ。この病院にはそういうワルがわんさかいるに違いねえ。────お、今ガム噛んでるあのガキなんか良い例だな」

 

 ネガタロスが指した(と思われる)青年がちょうど大地の前を通りかかった。

 くっちゃくっちゃというガムの不快な音を隠そうともせず、周囲のしかめ面も知らん顔。年齢は瑠美と差は無さそうだが、態度はえらく不遜だ。しかも極めつけにはその場にガムを吐き捨てる始末。

 

 これはネガタロスの言うワルというよりも、ただの不良と言った方が適切ではないだろうか。

 

 しかし、場が場なので見過ごすのも気が引ける大地は彼に注意をしようとするが、その前に彼の前に立ちはだかる者がいた。

 

「ねえ! ポイ捨てしちゃいけないんだよ! 病院はきれいにしてください!」

 

 それは大地や青年の半分ほどしかない背丈の少年。

 自分の手が汚れるのも構わずに拾ったガムを青年に差し出しているその少年をどこかで見た覚えが大地にはあった。

 

 記憶を探り、そして思い出す。

 

 その少年は、大地が遊園地の迷路で出会ったあの昴という男の子であった。

 

「あ? なによガキ」

 

「病院はね、きれいにしないといけないの! ひろってください!」

 

「あぁ〜うっざ。いいからどけよ」

 

 青年は煩わしそうに先を行こうとするが、その都度昴が小さなだけ身体で道を塞ぐ。

 それは青年の我慢の限界を迎え、ついに昴は押し飛ばされてしまった。

 痛みにうずくまった昴を鼻で笑い、周囲の咎める視線にも構わずにそのまま進もうとする青年。

 

 だが、今度は大地がその前を塞いだ。

 

「ちょっと、謝ってくださいよ。正しいのはこの子の方でしょう」

 

「さっきからなんなんだよまったく。はいはい俺が悪うございました。これで満足? 俺忙しいんだよね」

 

「だから僕じゃなくて、この子に謝ってと言ってるんです!」

 

「じゃあお宅から代わりにやっといてよ。よろしく〜」

 

 その態度についてどうこう言うつもりはないが、幼い少年を突き飛ばした行為だけは大地は許せなかった。

 通り過ぎようとする青年の肩を掴み、強引にこちらへ向かせる。

 

「何、この手。怒ってるんだ? 俺とやろうってわけ?」

 

「……」

 

 燻っていた怒りがじわじわと湧き上がる実感がある。

 肩を掴む力もどんどん増してくる。

 青年と大地の視線がいよいよ火花を散らし始めた時、その間に割り込む者がいた。

 格好からして刑事だろうか。

 

「ここは病院です。揉め事とは感心しませんね」

 

「あれ、誰かと思えば須藤さんじゃん。あんたが代わりに戦うってこと?」

 

「芝浦、私はあなたと戦いに来たわけじゃありません。もっともこの連続失踪事件の重要参考人として連行して欲しいというならやぶさかではありませんがね」

 

「ご冗談。証拠は無いし、俺には超優秀な弁護士がいるから」

 

「それは俺のことかな? 芝浦の坊ちゃん」

 

 今度割り込んで来たのは、また別の男。一目で高級とわかるスーツを着ている整った顔の人物だ。

 芝浦は須藤の隣に立った彼を見上げて「北岡」と呼んだ。

 

「超優秀という至極当然なお墨付きをもらったからには俺も頑張って弁護しないとな。有罪を勝ち取るために、ね」

 

「へぇー、あんたも来てるんだ? でもわかるよ。こんなお祭り状態、ライダーなら遊ばないと損だもんね」

 

 芝浦が発した言葉に耳を寄せる大地。

 彼は今たしかに「ライダー」と言った。

 まさかとは思うが、この三人ともライダーだというのか。

 

「お前みたいな道楽者と善良な市民の俺を一緒にするなって。俺達は事態収拾で動いてるだけ」

 

「俺達……ってことはあんたら手を組んだんだ。まあ弁護士と刑事なら納得のコンビってやつ?」

 

 北岡と須藤、芝浦。一触即発の空気の中、先に白旗を上げたのは芝浦だった。

 

「2対1は流石に不利だし、今日のとこはやめとくよ。あんたら相手にするならそれ相応の準備をしないとね」

 

「遺書か、それとも司法手続きの準備か? ま、いずれにせよとっとと尻尾を巻いて帰んなよ。お前は病院よりもゲーセンがお似合いだからさ」

 

「言ってくれんじゃん。じゃあ続きはまた今度ってことで」

 

 さして悔しがる様子も見せずに芝浦は去って行き、北岡と須藤もやれやれといった風に去ろうとする。

 彼らがライダーだというなら話を聞くのが自然のはず。だが、大地はそれよりも昴を選んだ。

 

「怪我はない? 昴くんだったよね?」

 

「うん……あ、鏡のお兄ちゃん? お兄ちゃんも患者さんなの? 痛いとこはお父さんが治してくれるよー」

 

「お父さん、ここのお医者さんなの?」

 

「うん! ここはね、お父さんのお城なの! みーんなお父さんの患者さんだからぼくもお手伝いするんだ!」

 

 なるほど、と大地は合点がいった。

 昴の父はここに勤める医者で、さっきの行動も父を思ってのことだったのだ。

 怖い思いをしたはずなのに愛らしく笑う昴はきっと日頃から患者の心を癒す役割を果たしている。

 現に昴の無邪気な破顔は大地を温かい気持ちにさせてくれた。

 

「昴、何をしている」

 

「お父さん!」

 

 昴の迎えに現れた父親。

 今日は白衣を着ており、やはり彼が医者なのだと確信できる。

 彼の眼鏡が大地と昴を交互に見比べて、「ああ」と納得したような声が上がった。

 

「先日遊園地でお会いしましたね。また昴がお世話になっているとは……ご迷惑をおかけしました。私の名前は大和(おおわ) (かなで)。この病院の副院長を務めさせております」

 

 奏は見た目通りの真面目な人物らしく、礼をする仕草ひとつとってもきっちりしている。

 しかし完全な堅物とまではいかないのは、彼の足に抱きついた昴を撫でる手が証明していた。

 

「副院長……!」

 

「ね? お父さんはすごいし、えらいんだよ。みんなのヒーローなんだ!」

 

 まるで自分のことのように胸を張る昴はやはり微笑ましい。

 顔は憮然としているが、奏も満更ではない様子。

 

「よしなさい昴。……失礼ですが、当院へは何の御用でしょうか?」

 

「────ええっと、知人の見舞いに」

 

「……そうですか」

 

「────ッ!?」

 

 大地の答えを聞いた瞬間、奏の瞳が鋭く光る。

 思わずギョッとしてしまった大地に一歩踏み出した奏であったが、それを引き止めたのはしがみついていた昴であった。

 

「お父さんー、おひるー」

 

「……そうだな。時間もあまりない、急ごうか。……それではこれで」

 

 口角をほんの僅かに緩ませた奏は良き父親にしか見えない。

 今のは見間違いだ。大地はそう思うことにした。

 

 だが。

 

「君、名前は」

 

 すれ違い様で奏は大地の耳元に囁く。

 

「大地ですけど……」

 

「大地君、か。覚えておこう」

 

 奏はそれだけ言って、昴と手を繋ぐ。

 大小二つの背中から大地は何故だか目が離せなかった。

 

 

 

 *

 

 

 

 レイキバットの尾行のおかげで大地は労せずして須藤と北岡に追いつくことができた。

 二人はロビーに設置された自販機の前で何やら話しこんでおり、どこか深刻そうだ。

 

「ん? 君はさっきの……。まさか芝浦を本気で訴えに来たわけじゃないよな?」

 

「僕はこういうものなんですけど」

 

 大地が掲げたベルトに、須藤と北岡は顔を見合わせた。

 

「……もしかして、ライダー? カードデッキじゃないの?」

 

「ちょっと訳ありでして。お二人に話を聞かせて欲しいんです。戦うつもりはありません」

 

 まずはこちらに戦いの意志がないことを示す。

 また以前のようなライダーバトルに発展するのはもうごめんこうむりたい。

 二人、特に北岡は怪しむ態度を崩すことは無かったが、それでも情報交換には応じてくれた。

 

 

 須藤 雅史、仮面ライダーシザース。

 大地の見立て通り刑事で、物腰の柔らかい紳士的な態度が好印象だった。

 

 北岡 秀一、仮面ライダーゾルダ。

 彼は凄腕の弁護士とのことで、浅倉の弁護を担当したこともあるらしい。だが、そのシニカルな笑みは大地の思い描く正義の弁護士像とは少々異なっていた。

 

「────で、さっきのあいつは芝浦 淳。仮面ライダーガイ。まあいけ好かないガキだよ。それにしても別の世界からやって来た、ねえ。嘘ならもうちょいマシなやつ考えたらどうだよ」

 

「まあいいじゃないですか北岡さん。それで大地くん、君は戦うつもりはないと言いましたが、この事件を解決するにはそうも言ってられませんよ」

 

「と言うと?」

 

「この近辺で目撃されている浅倉 威。奴は仮面ライダー王蛇であり、同時に今回の事件の犯人ではないかと我々は考えています」

 

 この世界のライダーは多いだけあって様々な人がいるが、まさか凶悪犯までもがライダーになっていようとは。

 つくづくこれまでの常識を覆される世界だ。

 しかし、モンスターの可能性もあるのに何故北岡と須藤は王蛇が犯人だと断定できているのか、それが大地には不思議だ。

 

「ライダーと言っても中身は普通の人間。契約モンスターで積極的に人を襲わせる輩なんてそうはいない。でもあの浅倉ならやりかねないんだよ、そういう奴だからさ」

 

「じゃあ北岡さんと須藤さんは二人を捕まえるためにライダーになったんですか?」

 

「私はそうですが……」

 

 ライダーが善人であって欲しい。大地のそんな想いから発した疑問だったのだが、頷いたのは須藤のみ。

 残念ながら北岡は誰かの為に、なんて殊勝な性格はしていないし今回も利害が一致しているから組んでいるだけに過ぎない。

 

「須藤刑事が他より信用できるからってのもデカいが、俺は普通なら誰かと組んだりしないのよ。変に情が湧いても困るからな。ビジネスパートナーってとこが妥当なとこよ」

 

「浅倉を逮捕さえできるなら私は構いません。なんならリタイアしたっていい」

 

「ライダーがみんなあなたみたいな人なら俺も楽に勝ち残れるんだけどなあ。……ま、そういうわけだ。今回限定なら君とも組んでもいいけど?」

 

 手を組む発案は意外にも北岡からもたらされた。

 彼が大地の思い描いたような正義のライダーではないことは残念ではあるが、それでも争わずに済むならそれに越したことはない。

 王蛇がどれほどの実力を誇るにせよ、佐野も含めた計四人のライダーで倒せないことはあるまい。

 

「わかりました。事件解決のためにお二人と一緒に戦わせてください!」

 

「こちらこそよろしくお願いします。ただ……注意して欲しいのはここには我々以外にも多くのライダーが来ているということです。さっきの芝浦 淳が良い例でしょう。この期に乗じて漁夫の利を狙う者もいるはず」

 

「……気をつけます」

 

 大地がどうあろうとも、この事件に関われば恐らくライダーバトルには巻き込まれてしまう。そんな確信めいた予感に身震いした。

 

 そして大地の予感に触発されたかのように鳴り始めたのは鏡へ誘う警笛。

 大地には聞き取れないその音の存在を、北岡と須藤が同時に駆け出したことで認識できた。

 

 男子トイレに血相を変えて駆け込んだ男三人というのは些か異様な光景であり、より異様となるのは鏡にデッキを掲げてベルトを巻いたことである。

 

「「「変身!」」」

 

 彼らは変身し、鏡の中に潜り込む。

 

 

 

 その直後、眼を細めた奏がトイレに入り、じっと鏡を睨んでいた。

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ミラーワールドに突入したダークディケイド、シザース、ゾルダ。

 各々が武器を構え、病院の廊下に所狭しとひしめき合うシアゴーストへ攻撃を開始した。

 

「このモンスター、遊園地にもいたやつか!」

 

「またこいつらかよ! この病院で安売りでもされてんのか?」

 

 ゾルダとシザースも戦った経験がある様子だ。

 つまりここにいる全員が敵の特性は理解しているはず。

 アドバイスは無用として、ダークディケイドは自分の戦いに集中する。

 

 ATTACK RIDE BLAST

 

 SHOOT VENT

 

 STRIKE VENT

 

 ディケイドブラストの射撃、ギガランチャーの砲撃がシアゴーストの前方集団をまとめて消し飛ばし、反撃の糸をシザースの鋏──シザースピンチが斬り裂いた。

 その勢いのままに飛び込んだシザースは手当たり次第にモンスターの首を断っていき、ゾルダも大砲を捨てて持ち替えた拳銃──ギガバイザーで援護射撃を行う。

 

 KAMEN RIDE ZERONOS

 

 そこへ大剣を振り回すDDゼロノスも加わり、糸を裂きつつ前衛のシザースに加勢した。

 一度の斬撃で数匹まとめて斬り伏せて、それでも大群の終わりは見えてこない。

 むしろその数は増えていく一方で、気付けばDDゼロノス側が押されていく。

 

「前にも増して多いねえ、こういうのは俺がスカッと決めちゃいますか!」

 

「我々まで消し飛ばないなら名案ですがね!」

 

「だよなあ」

 

 後退を余儀なくされたライダー達の背中と行き止まりの壁との距離はどんどん無くなっていく。

 あと少しもすればこの白い波に呑まれ、ライダー達は骨の髄までむしゃぶりつかれるだろう。

 

「僕に任せてください!」

 

 ATTACK RIDE SAISYO NI ITTEOKU

 

 アルタイルフォームからベガフォームへとフォームチェンジしたDDゼロノス。

 姿を変えたことに目を見張るゾルダとシザースの前で、DDゼロノスは勢いつけて右腕を突き出した。

 

 握り拳から親指をピンッと出す。

 

「最初に言っておく!」

 

 ──特に何も起こらない。

 

 ゾルダも、シザースも、シアゴーストでさえも一瞬固まった。

 

「……あれ? これだけ? つ、続きは? あれ? デネブさん?」

 

「何やってんだあいつ」

 

「さあ……」

 

 おかしいなあ、と首を傾げながらゼロガッシャーをボウガンモードへ。

 我に返ったように襲いかかってくるシアゴーストを見据え、金色のカードを装填した。

 

 FINAL ATTACK RIDE ZE ZE ZE ZERONOS

 

「ッツアアア!」

 

 DDゼロノスはV字に光るエネルギーの矢、グランドストライクを連続で放つ。

 廊下の端から端まで突き進む矢に貫かれたシアゴースト達は次々と爆散していき、魑魅魍魎で埋め尽くされていた廊下は元の綺麗な姿を取り戻した。

 

 ……V字状に大きく開けられた壁の穴に目を瞑れば。

 

「おー、見かけによらず結構やるもんだねぇ。にしても、こんだけ多いとなると案外浅倉じゃなくてこいつらが犯人かもなあ」

 

「どうでしょうか、これだけのモンスターが無差別に襲っていれば被害はもっと大きくなっているでしょう。やはり犯人は浅倉で間違いありません」

 

「かもな。それに誰が相手になってもこいつが味方なら気も楽だけど」

 

「……そうですね。それは確かに」

 

 あれだけの数を相手に大した消耗もなく片付けることができたのは、ダークディケイドのおかげなのは疑う余地もない。

 それがシザースとゾルダのこの戦いで得た共通認識となった。

 

「──ッ! まだ終わってません!」

 

「何?」

 

 帰還する流れを断ち切るDDゼロノスの声。

 一掃されたと思われた廊下の向こうから不気味な鳴き声が響き、蠢く影が見え隠れする。

 

「「「wゥブ! wゥ、wゥブ!」」」

 

「まだいるのか!?」

 

 遊園地の分も合わせてもう30は撃破しているのに、あのモンスターの数は際限を知らない。

 無限に湧いてくると言われても信じてしまいそうになる勢いなのだ。もしやミラーワールドのどこかにあのモンスターの集落でもあるのかもしれない。

 

「もうこれは逃げるが勝ち……とはいかないか」

 

「ここが病院じゃなければ見過ごす手もあったんでしょうが……」

 

「やるしかありません!」

 

 果敢にも突っ込んでいき、片っ端から斬っていくダークディケイド。

 姿こそ通常形態に戻ってはいるものの、その戦意は衰えるところを知らない。

 そうして突っ込んで行ったダークディケイドは複数のシアゴーストと絡み合い、やがて壁に激突。グランドストライクによって脆くなっていた壁はその衝撃で倒壊し、モンスター諸共ダークディケイドは病院外へ落下していった。

 

 新たに現れた大群のうち半分がそれを追って行ったが、残りはゾルダ達に標的を定めているらしい。

 ひしめきあって押し寄せてくるモンスターの群れを前にして、ゾルダは軽いデジャブに襲われた。

 

「若い奴は活きがあっていいねえ。俺らももう一踏ん張りやりますか」

 

「ええ!」

 

 ダークディケイドに負けじとゾルダ、シザースもカードを引き抜く。

 押し寄せる大群とライダーの接敵まで、あと数秒。

 マグナバイザー、シザースバイザーにカードが入る。

 

 そして装填しようとするも、二人の間を何かがすり抜けた。

 

 SHOOT VENT

 

 一匹の頭を刺し貫いた矢も、鳴り響いた電子音声もシザースやゾルダのものではない。

 

 三匹の蜂型モンスター、バズスティンガー。

 黄の弓矢、ビー。

 赤の毒針、ホーネット。

 青の剣、ワスプ。

 

 そして彼らを従えるライダーがそこにはいた。

 

「……また掃除をしないといけないな」

 

 赤青黄の三色を力としてその身に宿す、仮面ライダーアマンダ──大和 奏の怒りを滲ませた呟きが零れた。

 

 

 

 *

 

 

 

 シアゴーストの大群の半分を受け持ったダークディケイド。

 その戦場は病院内から病院外へ。

 半分になっていたその数がさらに半分になった頃になって、戦いの天秤をダークディケイド側に傾けさせるイベントが起こった。

 

 ADVENT

 

 ダークディケイドを囲んでいたシアゴーストをさらに囲う集団。

 それはインペラーの契約モンスター、ギガゼールの率いる軍団であった。

 彼らは白い包囲を突き崩してダークディケイドを救い、集団戦へと移行する。

 

 本能のままに群れて暴れ回るシアゴースト達とある程度統率のとれたゼール軍団。どちらが優勢かは言うまでもない。

 そしてゼール軍団を召喚した主、インペラーが爽快とダークディケイドのもとに駆けつけた。

 

「お待たせしました! へへっ、やっぱり首領には俺が付いてないと。ですよね?」

 

「佐野さん! 瑠美さんを狙ってたモンスターは!?」

 

「何匹か護衛に置いときました! 多分この前から警戒してるのか、隠れたまんまだから平気だと思います。よーし、俺も頑張っちゃいますかぁ!」

 

 もとより優勢だった上にインペラーの加勢がダークディケイドの勝利を完全なものにした。

 包囲する側だったシアゴーストは瞬く間に数を減らしていき、いつの間にかゼール軍団に包囲される側になってしまった。

 残るはあと数匹。一気に片付けるべく、必殺のカードを抜いたダークディケイド。

 

 FINAL VENT

 

 しかし、ダークディケイドの聴覚は確かにその音声を拾った。そこに遥か上空から飛来する一本の槍。

 とてつもない勢いで迫る槍は黒いドリルのようでもあり、あれに貫かれてしまえば最後、命の保証はできそうにない。

 

「危なっ!?」

 

「うわあっ!?」

 

 慌てて飛び退くダークディケイドとインペラー、それにゼール軍団であったが、うち何匹かは退避が間に合わずにシアゴースト諸共貫かれて爆散してしまった。

 仲間とも呼べる彼らの死に唇を噛むが、悲しみに暮れる間もなく爆炎から彼は姿を見せた。

 

 蝙蝠の翼をマントにしたそのライダーを見間違えるはずもない。

 

 あれは紛れもなく────

 

「ナイト……秋山さん!」

 

 呼びかけに応える言葉はなく、ナイトはただ佇んでいるだけ。

 さっきのドリルも彼のファイナルベント──飛翔斬だと理解はできた。

 

 だが何故だろうか。彼の背中に漂うオーラから嫌な予感しか感じられないのは。

 

 インペラーもそれを薄々感じとったか、お調子者な口調は鳴りを潜めて成り行きを見守っている。

 そしてゆっくりと空気が張り詰めていく中、ついにナイトの仮面から言葉が発せられた。

 

「戦え……」

 

 その声は聞き取るにはあまりに小さく、しかしあまりに大きな意思が込められていた。

 

「戦え……!」

 

 ナイトの仮面の奥、青き複眼がダークディケイドとインペラーを貫く。

 

「俺と戦えぇぇ!!」

 

 魂を震わせる叫びと共に、ウイングランサーを振りかざしたナイトがダークディケイド達へと駆け出した。

 

 

 




仮面ライダーアマンダ。

大和 奏が三匹のバズスティンガーと契約した蜂型ライダー。
それぞれの武器を扱う他、ガードベントによる防御やアドベントによる集団戦など多彩な戦術で敵を追い詰める。
ファイナルベントはバズスティンガー達との連携で放つトルクインパクト。


……というわけで本作三人目となるオリジナルライダーの登場でした。あれ? なんか数合わないような……

次回更新は未定。評価、感想はいつでもお待ちしております!


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白衣の戦士

リュウガ、実は龍騎ライダーで一番好き。
変身者込みだとナイトですが。


 

 

 激情の騎士。

 

 ダークバイザーとウイングランサーの二刀流で迫るナイトはその一言でしか言い表しようがない。

 その気迫に押されたダークディケイドとインペラーは初動が遅れ、まんまと斬撃をもらってしまう。

 

「秋山さん、なんで……」

 

「お前に用は無い!!」

 

 怒涛のごとき乱舞でダークディケイドを斬り刻んだナイトは追撃もそこそこに剣先をインペラーに向ける。

 彼の言葉通り、あくまで標的はインペラーに絞られているようだ。

 インペラーもガゼルスタッブで応戦するが、ナイトには到底敵わない。

 突き出されたガゼルスタッブはあっさり弾かれて宙を舞い、無防備になった胴体に次々と吸い込まれる剣と槍の突き。

 

 一瞬でズタボロにされたインペラーはナイトの勢いにすっかり萎縮してしまい、防御すらままならない。

 助けに現れた時の頼もしさは何処へやら、というよりダークディケイドの助けを求めている。

 

「首領! 首領! これ無理です! 早く、早く来てぇ!」

 

 だがそれで呆れて見捨てる大地ではない。

 ダークディケイドはすでに新たなカードを選びとっていた。

 

 KAMEN RIDE SAGA

 

 ダークディケイドが変じたのは、運命のサガ。

 DDサガのジャコーダービュートが弧を描き、槍を突き立てようとしていたナイトに巻きついた。

 ナイトは怒りの叫びを上げ、阻害してくる鞭を切断しようとするが、運命の鎧は伊達ではないのだ。ナイトの剣ごときではジャコーダービュートはビクともしない。

 

「どうしたんですか秋山さん! 少し落ち着いてください!」

 

「うるさい! 行け、ダークウイング!」

 

 マントとなっていたダークウイングが翼を広げて分離し、鞭の拘束が剥がされてしまった。

 鼓膜を揺さぶる鳴き声に怯んでしまい、ダークウイングの体当たりによって吹き飛ばされてしまったDDサガ。

 邪魔者はパートナーに押し付けて再びインペラーへと向かうナイト。

 だが、そこで黙ってやられているDDサガではない。

 

 ATTACK RIDE MOTHER SAGARC

 

 サガの使役するモンスター、マザーサガークがダークウイングを迎え撃つ。

 振るわれる無数の触手を掻い潜り、自身より数倍も大きい相手にも臆することなく突貫していくダークウイング。だが、これでDDサガはまたフリーになった。

 今度はインペラーに振るおうとした槍に鞭を巻き付けて奪い取るも、それがナイトの逆鱗に触れたらしい。紅の鞭が描く軌跡に黒き槍の一文字が入る。二大モンスターの衝突を背後にして、ナイトが猛然と突きを放つ。

 

「邪魔をするならお前から倒す!」

 

「一体何があったんですか!? 佐野さんがライダーだから倒すって言うんですか!」

 

「それ以外に理由がいるか!」

 

 ジャコーダーロッドでナイトの剣を弾こうとするが、逆に鎧を斬られてしまう。

 スペックでは圧倒的にDDサガが優れている。

 しかしナイトにはそれを覆すだけの勢いがあった。

 今のナイトを取り押さえるなら生半可な姿勢では却ってこちらがやられてしまう。

 

「僕は秋山さんを倒す気はありません! でも……佐野さんをおめおめとやらせはしない!」

 

 鎧の防御力を信じ、ナイトの槍を甘んじて受けながらロッドでカウンターの突きを放つ。怯んだところへ再び拘束の鞭をしならせる。

 DDサガはナイトを縛り付け、説得に移ろうとしたが、ナイトとて同じ手をみすみす食わない。

 彼のダークバイザーには既にカードが挿入されていたのだ。

 

 TRICK VENT

 

 シャドーイリュージョン。以前も見たナイトの分身技だ。

 ナイトの影から現れた数人の分身が本体を拘束している鞭を斬り裂き、共にDDサガへ突撃する。ゼール軍団がお遊戯に思えてしまうほどに見事な波状攻撃は運命の鎧にも次々と傷を結んでいく。

 単体では勿論のこと、数を増やしたところでDDサガとナイトのスペック差はそう簡単には埋まらない。

 

 しかし塵も積もればなんとやら。

 運命の鎧を通して届く一つ一つの衝撃は小さくとも、徐々に蓄積されていく痛みは最早無視できるそれではない。その圧倒的なスペックの代償──大地の肉体を蝕む疲労感もそれを手伝っていた。

 

 ナイトとサガの性能を知る者がこの状況を見れば、さぞ驚くことだろう。かくいう大地もその一人である。

 

(僕がサガを使いこなせていないだけじゃない……今の秋山さんがそれだけ凄いんだ……!)

 

 これでは埒があかないと判断し、カメンライドを解除するDDサガ。

 通常形態となったダークディケイドは眉間に突き出された槍を弾きながら、カードを発動する。

 

 ATTACK RIDE ILLUSION

 

「分身には分身だ!」

 

「何……!?」

 

 分身には分身。シャドーイリュージョンにはディケイドイリュージョンを。

 瞬時に同数の分身を備えてきたダークディケイドにナイトは驚きを隠せない。自身の切り札をこうも簡単に模倣されれば当然だろう。

 

 そして戦闘は分身同士が入り乱れる乱戦へ。

 斬撃や銃撃が飛び交う中、耐久値を超えたダメージを負った分身が消えていく。

 マザーサガークが消失したことで自由となったダークウイングがダークディケイドの分身をまとめて薙ぎ倒したかと思えば、ディケイドブラストがナイトの分身を二、三人ほど撃ち抜いた。

 

 ヒートアップしていく二人の戦いだったが、突如として鳴り響いたピシャリという音がそれを止めた。

 

「やめろ秋山!」

 

 両者に冷や水を浴びせるようにして現れたピンクのエイを模したライダー。

 視線を集めたそのライダーに与えられた名は────ライア。

 両者の間に割り込み、これ以上の戦いを許さないという意思を鞭を打つことで示す。

 

「──手塚」

 

「そいつらは今日初めてここに訪れた。犯人じゃない。この戦いは無益だ」

 

 そのライダー──仮面ライダーライアがこの戦いに終止符を打った。

 

 

 

 *

 

 

 ダークディケイド達の戦いにライアが割り込んだように、シザースとゾルダ、そしてモンスターとの戦いにも割り込む者がいた。

 三色を司るライダー、仮面ライダーアマンダの登場にゾルダ達の緊張感は一気に高まる。

 アマンダは黄色のバズスティンガー・ビーと同型の弓を引き、そこから無数の矢を連射した。その圧倒的な弾幕はシアゴーストの群れを寄せ付けない。

 ある者は胸を、またある者は頭を貫かれて身体を激しく痙攣させる。そこにトドメを刺すのはワスプの剣とホーネットの毒針だ。

 

「あのライダー、複数のモンスターと契約してる……?」

 

「ぽいよね。前に見た時代劇の……あー、なんだっけあれ。とにかく板についた従者っぷりだな」

 

 一歩引いた位置からアマンダの戦闘を評するシザースとゾルダ。

 加勢をしてもいいのだが、アマンダがどういった立ち位置で乱入してきたのか不明なうちは傍観に徹するのが最良だと彼らは判断していた。下手に手を出して攻撃されでもしたら堪ったものではない、ライダーはあくまでも敵同士なのだ。

 

 それに観察すればするほどわかる。

「手出しは無用」彼の背中からはそんなメッセージが読み取れた。

 

 SWORD VENT

 

 アマンダは弓矢から、ワスプと同じ剣に持ち替える。後衛をビーに任せ、見惚れるほどに華麗な剣さばきでシアゴーストを仕留めていく。

 微かに生じた隙もワスプとホーネットがカバーすることで埋める。

 逆に自身の契約モンスターを狙う個体がいれば、アマンダやビーが優先的に倒す。

 

 契約モンスターをいかにして運用するかはライダー次第だ。

 だがこうして肩を並べて連携するアマンダはシザースやゾルダから見てもかなり珍しいタイプのライダーだった。

「敵に回すならこれほど厄介な相手もいないな」ゾルダのその言葉にシザースもコクリと頷く。

 

 これほどまでに研ぎ澄まされた連携をただ群れただけのモンスターにどうして崩すことができようか。

 最後のシアゴーストの首が斬られるまでにそう時間はかからなかった。不気味に蠢いていた群れが全て物言わぬ骸と化し、白い廊下を埋め尽くしている。

 パチ、パチ、と控えめな拍手の音にアマンダは振り向く。

 

「中々やるじゃないの。初対面……でいいんだよな? 生憎この格好じゃ名刺も出さなくて」

 

「上っ面だけ取り繕った挨拶は結構。要件だけ言ってもらおうか、北岡弁護士に須藤刑事」

 

 仮面を被った顔を見透かすアマンダの一言。

 これにはシザースも黙っていられない。

 

「こちらの素性を知っているなら話は早い。続きは素顔で話しましょうか」

 

「……いいだろう」

 

 ミラーワールドを出た三人のライダーは変身を解く。

 アマンダの仮面と鎧の奥から見せた、奏の白衣の医者としての姿に須藤は納得したように目を細める。この病院の副院長である奏には捜査の一環で話をしたことがある。有名人である北岡を知っているのは大して不思議でもあるまい。

 

 対する奏は溜息一つ、眼鏡を軽く押し上げるだけ。

 

「大和副院長……まさか貴方までライダーだったとは」

 

「知っての通り私は多忙の身だ。君達ライダーと関わるつもりもない。話があるなら手短に頼むよ」

 

「おいおい、その傍観者の態度が通じると思うわけ? あんただってライダー、ライダーバトルの参加者だろうに」

 

「私の知ったことか。だが……この病院────私の領土を荒らす者はモンスターでもライダーでも容赦はしない」

 

 感情を出さない平坦な口調は相変わらず。しかし、奏の言葉には刑事の須藤すら怯ませる凄みがあった。

 そういった経験を何度もする職業であるからこそわかる。

 奏は障害となる者を躊躇なく切れる者なのだと。

 

 だが、その威圧に呑まれてばかりもいられない。

 表向きは余裕の態度で北岡はさらに言葉を投げかける。

 

「この病院で人を襲うモンスターがいて、その犯人はライダー。そしてあんたはここの副院長ときた。偶然にしては出来すぎだとは思わないか?」

 

「馬鹿馬鹿しい、私はここ数日かなりの数のモンスターを倒してきたが、そのほとんどがさっきの群れた奴らだった。あのモンスターと契約したライダーが犯人だ」

 

「いるかどうかもわからない奴をでっち上げられてもなあ……。確かにさっきのモンスターの多さは不自然だけどさ、群れるモンスター自体は稀にはいるよ。それに……あんた複数のモンスターと契約してるみたいだが、餌には困ってないのか? ────あいや失敬、ここならその心配もないか。餌、もとい患者なら掃いて捨てるほどいるもなあ」

 

 しつこく攻め立てる北岡。

 クロをシロに変えるスーパー弁護士の名に恥じない口の回し。

 ベラベラと並べ立てられる言葉の数々に奏の苛立ちはどんどん増してくる。

 彼は付き合ってられないと言わんばかりに首を振って踵を返した。

 

「時間の無駄だな。北岡秀一……悪徳弁護士とはよく言ったものだ」

 

「その呼び名はイメージダウンするから好きじゃない。スーパー弁護士って呼んでほしいね」

 

 去っていく白衣の背中に軽口をぶつけてみたが返事はなし。

 北岡はすっきりしない手応えに肩を竦めた。

 

 

 

 *

 

 

 

 

「手塚 海之だ、よろしく」

 

 所変わって光写真館。

 この精悍な顔立ちの男こそがライアの変身者、手塚 海之。

 心の奥底まで見透かそうとする瞳に一瞬たじろぐが、大地は差し出された手をおずおずと握り返す。

 

「今日、俺はとある人物に関する重要な出逢いがあると占いで出た。まさか違う世界のライダーとは予想もしていなかったが」

 

「とある人物?」

 

「秋山 蓮だ。知り合いだろ?」

 

「さっきまでズバズバされてましたけど、そうです」

 

 ハンカチとコインをテーブルに並べ、何やら準備を始める手塚。

 一同が見守る中、弾かれた一枚のコインがくるくる回る。

 不自然に回転を止めたコインを見た手塚は溜息を吐いた。

 

「近いうち、秋山には破滅の運命が訪れる」

 

「破滅……? それって占い師なりの不吉の前兆の言い方だったりします?」

 

「ああ、かなり不吉だな。わかりやすく言うと死ぬ」

 

「最上級じゃないですか! ……で、でもただの占いなんですよね」

 

「いや────俺の占いは当たる」

 

 まるで明日の天気を言うかのようにさらりと言ってのけた。

 どうして彼は予見したであろう知人の死をこんな事も無げに言えるのだろうか。

 それ以上の言葉を失った大地に代わって、顔を青くしていた瑠美が手塚に尋ねた。

 

「なら、どうにかしてその占い外さないと!」

 

「運命はそう簡単に変わらないからこそ運命と呼ぶ。だが……あんたの言う通りだ。変わらないからこそ、運命は変えるべきだ。ライダーバトルの運命も俺は変える、変えてみせる」

 

 手塚の口調は相変わらず冷めたままだ。

 けれど、彼の表情は信じるに値する真剣さを帯びている。

 

「占いはまだイマイチ信じられません……でも手塚さんは信じたい。あなたがライダーバトルを止めたいと言うのなら」

 

 ──否、理屈は抜きにしても信じたいと大地は思ったのだ。

 この世界で初めて出会えたライダーらしいライダーを。

 そんな大地の想いなど手塚には知るよしもないが、彼もまた大地を信じようと思った。

 

 互いに共鳴した想いが再び、それも今度は強く二人の手を握り合わせた。

 

 

 

 *

 

 

 

 大地と手塚は揃って再び渦中となっている病院へ向かった。

 佐野が負傷してしまったため、彼は瑠美と一緒に写真館に待機だ。

 

 相変わらず人の多い院内で比較的空いている場所を見つけ、現時点で二人が持っている情報を照らし合わせる。

 

「今回の事件は俺も以前から調査を重ねていてな。速やかに解決ができればきっと秋山も……」

 

「さっきもそうでしたけど、秋山さんはどうしてああなってるんですか? なんかこう……すごい焦ってる風で、らしくないというか」

 

 蓮とまともに会話を交わしたのはあれで二度目になるが、花鶏の時とは別人だった。

 あそこまで豹変するに至ったのは理由があるに違いないと大地は考えていた。

 

「らしくない、か……。あれも立派な秋山さ。むしろあそこまで情熱的になれなきゃライダーにはなってない。だが、今回はそれが致命的なんだ。奴は冷静さを失い、病院に近づくライダーを手当たり次第に倒そうとしている」

 

「そんなこと続けてたら確かに破滅するかも……。でも何が秋山さんをそこまで駆り立てるんですか? この前はもっと余裕がありそうだったのに」

 

「……奴の願いに関することは俺の口からは言えない。だがこの件の解決が奴を破滅から救うことになるのは間違いないはずなんだ。一緒に犯人のライダーを見つけ出してくれ」

 

 その手塚の言葉に大地はおや、と気になった。

 彼は犯人がライダーだと断定したのだ。野良モンスターの線だってあるにも関わらず。

 もしや彼も浅倉──仮面ライダー王蛇が犯人だと考えているのだろうか。

 

 手塚はそんな風に不思議に思った大地の表情を読み解いた。

 

「神崎 士郎。奴が事件のことを俺に知らせてきたんだ。この病院にいるとあるライダーが犯人だ、と言ってな。多分秋山や他のライダーにも同じことを言って回ってる」

 

「なるほど。じゃあやっぱり浅倉が?」

 

「それはどうだろうな。浅倉が第一候補には相違ないが、これだけライダーが密集してるなら他の奴が犯人の可能性だって十分あり得る。秋山が手当たり次第に勝負を仕掛けているのもそれが理由だ」

 

 犯行現場は病院内。可能性のある被疑者は13人のライダー。

 そしてそれだけのライダーがこの場に集結している。

 互いが敵同士であるこのライダーバトル、漁夫の利を狙う者だっているだろう。

 穏便に事が済むとはとても思えない。

 

「今はまだ静かなものだが、恐らくライダー達はこの機に他のライダーを蹴落とそうと狙っている。そんな緊張状態がいつまでも続くわけがない。何かの拍子で大規模なバトルに発展してしまう」

 

 ここまで言われると大地にも手塚が危惧しているところが見えてきた。

 ライダーがひしめき合っているこの病院で無差別に戦いを仕掛けているナイトの行動は非常に不味いのだ。

 

「さしずめこの病院はライダーの火薬庫。秋山さんがその導火線に火をつけてしまうかもしれない……ってことですか」

 

「ユニークな表現だな」

 

 

 

 するべき話も済み、いよいよ動き出そうという時になって手塚は提案をしてきた。

 曰く、「これだけ広い院内なら手分けした方が都合が良い」とのこと。

 それには大地も一理あった。

 

 手塚は入院患者を見張ると言って上階へ向かい、大地は来客が多いロビーを中心に見回ることになった。

 時間もそれなりに経過したが、院内にはまだまだ人は多い。

 その一人一人をじっくりと見回して、さながら不審者と化していた大地。

 その肩を後ろからガッチリ掴まれた。

 

「君、ちょっと話を……って大地くん。無事だったんですね、良かった!」

 

「須藤さん!」

 

 肩を掴んだのは先ほど知り合ったシザース、須藤だった。

 さっきの戦闘で離れ離れになってからそれっきりだったので、安否を確かめられたことを大地は素直に喜ぶ。

 須藤も顔を綻ばせたが、すぐに顔を引き締め直した。

 

「大地くん、君にも話しておきましょう。新たなライダー、アマンダのことを」

 

「このタイミングで話すってことは、まさか事件に関係してる?」

 

「ええ……その正体は大和 奏。この病院の副院長です」

 

「────え?」

 

 須藤の話す内容はその一部始終が大地を震撼させた。

 複数の蜂型モンスターを従えるアマンダはシアゴースト達を蹴散らし、シザースとゾルダに警告を残した。

 

『私の領土に手を出すな』と。

 

 アマンダは自分の正体を明かした後、そのまま立ち去ったという。

 正体を明かしたのは自信の表れである、と須藤は推察した。

 

「大和副院長はここを『私の領土』と言っていた。私はその言葉をモンスターの餌場として解釈しました。複数のモンスターを養うにはこの病院は彼にとって都合が良いのでしょうね」

 

「……いや、それはちょっと飛躍し過ぎなんじゃないですか? 単に自分の職場を守りたかっただけかも」

 

 浮かび上がった犯人と思わしき相手を庇うような発言に須藤は片眉を吊り上げた。

 彼からすれば大地は自分の意見に賛同して当然のものと考えていたのかもしれない。

 だが、大地にはどうしてもあの奏が自身の患者を生贄にするほどの残酷な人物とは思えなかったのだ。

 何か一つでも間違えれば戦いに発展し、取り返しのつかない事態になる。それだけは避けたかった。

 

「大地くん、君はライダーという者がわかっていない。ですが君の若さでは無理もないことだ。ここは私に任せてください」

 

「……でも」

 

「ではこれで失礼します。また会いましょう」

 

 足早に去る須藤。

 彼は浅倉よりも奏が犯人だと考えている……というよりもすでに決めつけているようにも見えるが、やはりそれは同じライダーだからなのか。

 ライダーの固有名詞は同じなのに、つくづく理解の及ばない世界に来てしまったとは思う。

 それでも大地は奏の父親としての姿を信じることにした。

 

「あ! またお兄ちゃんだ!」

 

 そして噂をすればなんとやら。

 大地に声をかけてきたのは、嬉しそうに駆け寄ってきた昴だった。

 ぼすん、と足に仕掛けてきた柔らかいアタックにどう反応すればいいのか大地は戸惑う。

 先と変わらない眩しいくらいの満天の笑顔は大地を歓迎していた。

 

「お兄ちゃんはさっきとあわせて二回目のごらーいんだからお父さんのおとくいさまなんだよ」

 

「ごらー……? ああ、ご来院ね。昴くんは何してるの?」

 

「さいきん、お父さんは大変そうだからお手伝いなの。ゴミを拾ったり……えーと、えーと……いっぱいやってるよ!」

 

 全体的にどんよりと湿った空気が流れる中でこの少年の周囲だけは澄んでいるようだった。

 もしも彼が事件に巻き込まれるようなことがあれば、それは嫌だなと大地は思ってしまった。

 

 

 *

 

 

 

 同時刻、病院。

 

 とある入院患者が眠り続ける一室に吹き抜けたそよ風が蓮の頰をくすぐった。

 ふんわりと捲られたカーテン越しに侵入してくる雑多な騒音はマスコミのものだろう。

 蓮は彼女の静かな眠りに相応しくない騒音をシャットアウトするために窓に手をかけ、そこでふと手を止めた。

 

 これだけ騒々しい音なら彼女も起きるかもしれない。

 そして目を細めてから、鬱陶しそうに蓮に文句を言うのだ。閉めるのはそうなってからでもいい。

 

「────恵里」

 

 しかし、それは全て蓮の悲しい幻想でしかない。

 彼女──小川 恵里はその程度の外的要因では目を覚まさない。

 意識不明で眠り続ける恵里を救うには現代の医療では不可能と言われている。

 蓮が再び恋人と言葉を交わすならば、それこそ奇跡にも等しいことを起こさない限りは無理なのだ。

 

「恵里」

 

 無駄と知りつつも彼女の手を握って祈らずにはいられない。蓮の命の鼓動を、温もりを受け渡すように。

 本当に血が通っているのかと疑いたくなる白さと彼女が嫌う乾燥が混ざった恵里の手に、ゴツゴツとした自身の手は酷く不釣り合いに映る。

 もし彼女が今目を覚ませば付着している血に仰天して、また眠ってしまうかもしれない。

 看護師志望のくせして変な奴だと笑ったのはいつのことだったか。

 

 

「そうやってずっとセンチメンタルに浸っててくれるなら俺も苦労しないんだがな」

 

「……出て行け」

 

 病室のドアに背を預けて腕組みしている男に振り返りもせず、蓮は拒絶の言葉を吐き捨てた。

 この手塚はいつも付きまとって訳のわからない事を言っては蓮の心を見透かそうとしてくるいけ好かないタイプだ。

 その上ライダーのくせにライダーバトルを否定して止めようとしている。今回の事件だってあの大地あたりとつるんで奔走しているのだろう。

 

「改めて言っておく。今回の件は俺に任せて、お前はここで彼女を守れ。このままじゃ他のライダーに潰されるとお前もわかっているはずだ」

 

 現在この病院内には多くのライダーが漁夫の利を狙い、舌舐めずりして闊歩している。即席の徒党を組んでいる者だっているだろう。

 そんな状況下で誰も彼も噛み付く狂犬がいれば真っ先に美味しい獲物として狙われやすい。

 

 だが、それがなんだというのだ。

 この病院に近付いたライダーは全員犯人の可能性がある────即ち全員倒す。蓮が取るべき行動はそれしかない。

 犯人のライダーが何を考えているのかなど知ったことではないが、眠ったままの恵里がモンスターに襲われればどうなるかは嫌でもわかる。

 

「お前の手は借りんと何度言わせれば気が済むんだ? なんならお前から倒してもいいんだぞ?」

 

 蓮がカードデッキを取り出しても手塚は顔色一つ変えようとしない。

 こいつはいつもそうだ、どんな状況でも冷静に対処しようとする。脅しに等しい行為をされても、だ。それがまた蓮を苛立たせる。

 

「確かにお前も考えているように今回の犯人はライダーの誰かの可能性が高い。だが、さっきのように目に付くライダー全員を倒そうとするのは極端過ぎる。そんなやり方で上手くいくと本気で思っているつもりか?」

 

「どのみち全員倒すことに変わりはない。先にやるか、後にやるか、それだけのことだ。わかったらとっとと失せろ!」

 

 ここで手塚を倒さないのは、明らかに犯人ではないから、蓮の他に恵里や優衣を守れる唯一のライダーだからだ。

 

 蓮は誰に言うでもなく、心の中でそう繰り返す。

 

 

「お前ってやつは……! お前がそうやって戦えば戦うほど神崎士郎の思う壺なんだぞ! お前だけじゃない、最終的には全てのライダーに破滅が待っている!」

 

「上等だ。それで恵里が救われるなら……破滅でもなんでも受けて立ってやる」

 

 この問答は無意味だ。

 ライダーになったあの日から蓮はどんな犠牲も厭わないと決めた。

 むしろ自分の命で恵里を救えるなら安いものとすら思っている。

 

 手塚は恵里を諦めろと言い、蓮はそれを絶対に聞き入れない。

 病室で睨み合う二人。それを打ち破ったのは鏡の警告だった。

 

「またモンスター!? 一体どうなってるんだこの病院は!」

 

 いくらなんでも異常過ぎる頻度だ。やはり普通ではない。

 蓮はチラリとだけ恵里を一瞥し、病室を出て行こうとする。

 その行く手を手塚が阻む。

 

「どけ」

 

「俺が行く。お前はここにいろ」

 

「言ったはずだ、お前の手は借りんと」

 

「秋山!」

 

 蓮は止まらない。立ち止まっている時間など恵里には残されていないのだから。

 

 恵里に新たな命を。その為の戦いはまだ終わっていない。

 

 

 

 

 

「へー。イイコト聞いちゃった」

 

 病室のミラーワールドに隠れていた銀色のライダー、ガイに二人は気付く事はなかった。

 彼の新しい玩具を見つけた子供のような喜色を含んだ呟きにも。

 

 

 

 

 




まだまだ続くぞナイト編。
どんどんややこしくなってまいりました。ライダーが多いと書く方も大変ですね。


次回更新は近日中ですが、短めです。この話とセットのような感じで。感想、評価はいつでもお待ちしております


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その男リュウガ

短いな。しかしびっくり。あとはどうにでもなれ


 

 

 巷を騒がせる病院での連続失踪事件。

 マスコミや警察関係者があちこちにいるここは景観も何もあったものでないな、と高級車の窓から溜息を吐く北岡。

 その顔はまるで()()()()()()()()()()()()()()憂鬱そうであった。

 

「それが仕事だって言ってもこんな時は不安を煽るだけ。普段から俺みたいなマスコミの人気者ならともかくとしてよ、慣れない患者にはだいぶ辛いよなあ────こんな状況で他人の心配なんて俺もどうかしてるよ」

 

 病人に同情的な目線な自分を自嘲する北岡。

 深々と腰掛けて目を瞑ったが、夢の中には行けそうにない。最近はグッスリ眠れることも少なくなった。

 一度閉じた目を開くと、こちらを見つめる秘書────由良 吾郎の気遣うような目と視線があった。

 

「令子さんのことですか」

 

「どうしてマスコミってやつは自分から危険に飛び込むんだろうね。いくら仕事でも命あってのものでしょ? 俺には理解できないよ」

 

「でも玲子さんは諦めないんですよね、先生は」

 

「そりゃそうでしょ。危険を顧みずに突撃していく玲子さんも魅力的なんだよ。────お、青だよゴローちゃん」

 

 緩やかに発進した車の揺れは北岡の眠りを妨げないようにする吾郎の心遣いが感じ取れた。

 後部座席にある、北岡の好物でいっぱいの買い物袋もそうだが、この吾郎という秘書は下手すれば本人よりも北岡のことを理解している節がある。

 

 その日その時に北岡が何を望み、何を考えているかをそれとなく察してくれる。

 それはもはや秘書というよりも親友に近い距離感ですらあったが、北岡はそれを好ましく思っていた。

 

「それにしても今日のお帰りは少し早かったですね。いつもは夜まで病院にいるのに」

 

「なんかライダーも増えて複雑になってきてね……ちょっと引いたとこから見てみるのもアリかなってさ」

 

 ここ最近は事件解決のために須藤と組んでその病院に入り浸っていた。

 北岡にしては熱心に調査して、夜遅くになることが多かった帰宅時間だったが今日は珍しく夕方だ。

 

 仮面ライダーアマンダ、大和 奏が事件のあった病院の副院長だとは確かに気になる事項ではあるものの、彼が犯人であると北岡には思えなかった。

 割と大袈裟にカマをかけてみたが、結果はシロ寄りだというのが北岡の見解だ。

 だというのに須藤は言った。

 

『彼が犯人でしょう。私が暴いてみせますよ』

 

 刑事があんな風に確固たる証拠もない段階で犯人を決めつけてかかるのは如何なものだろうか。

 やたらと意気込んで捜査に励む須藤を見ていると、言葉にし難い疑念がぼんやりと燻ってくるのだ。

 確証はないが、前のめりになっていた姿勢をここで改める必要があると北岡は判断した。

 

 ────単純に連日の戦いに疲れてしまった、というのもあるが。

 

「あー、今日はもう考え事はやめだ、やめ。もっと楽しい話をしようよゴローちゃん。例えば今日の夕飯とか、さ」

 

「今朝、先生が和食の気分だと仰っていたので天ぷらにしてみようかと。この前貰った良いワインもありますし」

 

「ワインと天ぷらって合うの? 俺にはどうにも────ゴローちゃん、ちょっと止めて」

 

 ゆったりと流れる景色の中にふと目に留まる人物がいた。

 

 モデル顔負けの美貌とスタイルを惜しげもなく披露して歩んでいるその人物────霧島 美穂。

 

 ちょうど彼女の隣に停車し、その怪訝な顔もガラス越しに「よっ」と手を挙げた北岡を認めた途端にすこぶる不愉快なものへと早変わりした。偶然親しい友人に会ったかのような軽い調子での挨拶でも、美穂に対しては逆効果もいいところだ。

 北岡、美穂共に互いの素性や正体は知っている。当然お互いに向け合う感情も良いものではない。

 北岡から美穂に向ける感情はまた複雑なものだが。

 

「こんな時間にどこへ行く気だ? そっちの方向には病院しか無いぞ」

 

「……あんたのそういう人を馬鹿にした物言い、大っ嫌いなの。とっとと消えて」

 

「釣れないねぇ。これ以上あの病院にライダーが増えても困るんだよ。わかるだろ? 俺、あんまりごちゃごちゃしたやつは好きじゃないんだよ」

 

 北岡の真意と照らし合わせれば、今の言葉は七割方真実である。

 ゾルダの能力は集団相手に真価を発揮するのだが、それはそれとして北岡の好みは少数でのすっきりした戦い。

 ただでさえ複雑に絡み合った今の状況でファムにまで乱入されるのはあまり喜ばしくない。

 それにそういった状況を抜きにしても、北岡としては美穂との戦いはできれば避けたい事情というものがある。

 

「そうはいくもんか! この事件の犯人はきっと浅倉だ……! 違ったとしても戦闘狂のあいつならきっとあそこに来てる。私があの男を倒す!」

 

 ────ほらこれだ。

 

 北岡の胸が鉛を飲み込んだように重くなる。

 

 かつて北岡は浅倉を弁護した過去があった。

 かつて美穂は浅倉に姉を殺害された過去があった。

 

 彼女は浅倉を激しく憎み、同様に北岡も憎んでいる。仕方のないことだ。

 だが、彼女がぶつけてくる憎悪を無視できるほど北岡は冷たくないし、「俺が悪かった」と謝罪できるほど素直な性格もしていない。

 

 彼女は復讐の炎を燃やし、浅倉や北岡を倒そうとするだろう。

 しかし悲しいかな、それで彼女が打倒できるほど浅倉は甘くない。精々返り討ちが関の山だ。

 そうして彼女が虚しく散る様を北岡は鼻で笑って見過ごせない。

 

 

 ここで引き留めることができたらどんなに楽だろうか。

 

 

「……ああそうかい。ま、あんなむさ苦しい病院でもあんたがいれば少しはマシになるかもな。もし気が変わったならこれに乗って帰るって手もあるけど?」

 

「悪いね、私は仕事以外じゃ男の運転する車には乗らないことにしてるの。そうでなくても、あんたと同じ車なんて死んでもごめんだから」

 

 美穂はそう吐き捨てると、病院の方角へさっさと行ってしまった。

 

「先生……」

 

「やめてよ、ゴローちゃん。俺はなんとも思ってないからさ。それより俺お腹空いちゃったよ」

 

 北岡は大袈裟に腹をさする仕草で発進を促し、美穂の方へ振り返らないようにした。

 そんな北岡の人となりを誰より理解している吾郎も「そうっすね」とアクセルを踏む。

 

 サイドミラーに映る彼女をしっかりと見つめていることには決して触れなかった。

 

 

 

 *

 

 

 

 一方、大地と昴は病院内の食堂に来ていた。

 

 大地は父親のことで昴から話を聞いてみたいと思い、どことなく物欲しそうな様子から自然と食堂に足が向いたのだ。

 シンプルでオーソドックスなオムライスにがっつく昴の口周りはケチャップでベタベタになっている。大地が拭おうとすると、昴は「んー」口を突き出す。いつもならこれは父親の役割なのだろう。

 

「昴くん。その……お父さんのことなんだけど」

 

「なーに?」

 

 昴は美味しそうにオムライスを頬張っている。時間が時間なだけに夕飯が入るのか不安になる。

 だが物欲しそうにサンプルを凝視するこの子を見ているとついついご馳走してしまったのだ。この無邪気な少年の笑みを絶やすのはとても罪深い気がしてならない。

 

「最近お父さんは何か変わったことないかな?」

 

「いそがしそうだよ」

 

「そうだな……鏡とか、ガラスを見てたり」

 

「おひげを剃るときに見てるよ!」

 

 近親者に話を聞くという発想は我ながら悪くないと思ったのだが、いかんせん人選に問題があったようだ。

 しかし昴を責めるわけにもいかず、苦笑いしかできない大地。

 外見年齢よりも幼く感じることはあれど、この子がライダーのことを知っているはずもない。

 

 このままオムライスをパクつく昴を眺めていようかと考えていたところで、そういえば彼の母親については何も知らないなと思い出す。

 

「昴くんのお母さんは……」

 

 大地がそこまで言いかけて、昴のスプーンがピタリと静止した。

 失言になるかもしれないと思いかけたのだが、残念ながら遅かったらしい。

 空腹が満たされていく感触に満足そうにしていた昴が瞬時に無表情となってしまった。

 

「もう、いないよ」

 

「あっ、ごめん! ごめんね」

 

「ううん、いいの。お母さんは僕のことぶってくるし、今はお父さんいるから」

 

 大地が持ち合わせている知識では、母親が子供に暴力を振るうことは稀のはずだ。

 躾の一環として起こりうることはあるかもしれない。しかし、この感情を無理矢理押さえつけたような無表情はそんな生易しいものではないと見て取れる。

 追及をしてみたい欲求はあるにはあるが、それを昴に直接聞くことがどれだけ不味いことかは大地でも流石にわかる。

 

 何か別の話題を探さねば。しかしあまり露骨過ぎても察されてしまうかもしれない。

 

 そうやって食堂を物色するようにキョロキョロとしていた大地。

 その行為そのものが不自然だと気付いた時には、昴が自身を見上げていた。

 

「うるさいもんね、ここ」

 

 そんな大地の行為を昴は別の原因と思っている。母親のことを口にした時の無表情はすでに過ぎ去り、今の昴はむず痒そうな顔だ。

 例えるなら快眠を耳元を飛ぶ蚊の羽音で邪魔されたような、そんな顔。

 

 だがピークを過ぎた食堂は実に静かなものだ。

 

 

「でもしょうがないもんね。お腹空いてるから」

 

「……?」

 

 その時の昴の顔は不愉快と納得が半々の、大地が初めて見るタイプだった。

 

 

 

 *

 

 

 

 ご満悦な昴を連れて食堂を出た大地。

 モンスターが徘徊する病院内で昴を一人にするのも気が引けたので、昴曰く「パトロール」に付き合うことにした。

 これを子供のお遊戯かと侮れるかと言えばそうでもなく、建物の隅々まで勝手知ったる昴に付いていくのは大地にとっても役に立った。

 内部構造の把握、入院患者や来院客の監視などなど。

 だが、施設を一つ一つ得意げに紹介する昴を見るだけでも大地にはかなり有意義な時間の過ごし方と言えた。

 

 思えばこうした子供とちゃんと向き合うのはこれが初めてだった。

 自分でも意外……とまではいかないが、結構な子供好きなのかもしれない。

 

「久本さん! お身体の具合はいかがですか!」

 

「あら昴ちゃん、今日もお父さんのお手伝い? 良い子だねぇ」

 

「天野さん! 食べすぎはだめ!」

 

「何故俺の隠しポテチを……!?」

 

「高木さん! おつかれさまです!」

 

「ふふ、昴くんもお疲れ様」

 

 そして新たに判明したことだが、昴はこの病院のちょっとしたアイドル扱いを受けていることだ。

 入院患者、看護師、医者、誰もが昴に挨拶されると朗らかな顔を見せる。

 人から好かれやすい体質というものがあるなら、まさしく昴のような子にあるものに違いない。

 

 そうして昴に暖かな視線を向けている大地は少々不審に映ったのか。

 通りすがりの看護師が話しかけてきた。

 

「あら、君は昴くんのお友達?」

 

「友達……え、ええ」

 

 友達というワードに未だ気恥ずかしさと嬉しさを感じてしまう大地の顔が少し赤くなる。

 初々し過ぎる反応がおかしかったのか、看護師はクスリと笑った。

 

「気を悪くしたらごめんなさい。あの子は誰でもすぐに仲良くなっちゃうから」

 

「でしょうね……。昴くん、事件のせいでお父さんが忙しいからこんなに頑張ってるんですよね」

 

「いいえ。それがお父さんのお手伝いをするんだー、っていつもこんな感じなんですよ。最初は職場に子供を連れてきた大和先生を非常識だって言う声もあったんですけど、今じゃすっかりみんなの人気者で。事件で不安になってる患者さんの精神ケアにも一役買ってますからねえ」

 

 確かに、とその言葉に頷かざるを得ない。

 病院内で次々と起こる謎の失踪事件を一番不安に感じているのは患者である彼らなのだ。

 完全に打ち消すことはできずとも、昴の存在が救いになってる人は多いはず。現にライダー同士の抗争で気疲れしていた大地もだいぶ助けられているのだ。

 

 しかし、誰もがそれを快く思うとは限らない。

 腕に包帯を巻いて、昴を睨んでいる年配の男性なんかが良い例だ。

 

「ふん! この病院は餓鬼がお医者さんごっこをする遊び場なのか? なるほど、こりゃ失踪事件を防げねえわけだ!」

 

「おい、こんな子供にそんなこと言ってもしょうがないだろ」

 

「うるせえ! 俺はな、みんなが思ってることを代弁してやってるだけなんだよ」

 

 不安になればなるほど負の感情も増す。

 周囲の声に貸す耳なく喚く男性に昴の表情が曇り、悲しみの色が浮かぶ。

 流石に見ていられず一歩乗り出した大地だったが、その前に昴が喚く男性に手を差し出した。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい……これあげるから嫌いにならないでください」

 

 昴の手にあるのは、一粒の飴玉。

 渡されたお菓子と半泣きの昴を交互に見て男性もばつが悪そうに謝罪する。

 無邪気な子供が転じて泣き顔となって喜ぶ者などそうはいない。

 

「……いや、悪いな坊主」

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 

「……昴くん、向こうに行こっか」

 

 男性が不安に思う気持ちは大いに理解できるが、昴に非は一つもない。

 だが、大地は昴の気持ちも汲んだ上で小さい手を引いてその場から連れ出すことにした。

 あからさまに落ち込んで沈んでしまった昴は見ているこちらも胸が痛む。

 

 大地は病院を出て、未だに昴の目からポロポロ零している雫をハンカチで拭う。

 こういった経験に乏しい故に昴の涙を止める方法を台地は知らない。

 だから優しく拭って、優しく頭を撫でる。それ以上のことはできない。

 

 その間も昴は壊れたレコーダーのように同じフレーズを繰り返していた。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 

 少し舌足らずなところがある昴だが、何度も何度も繰り返されるその言葉だけは奇妙に聞こえるほど流暢で、大地の不安を煽る。

「ごめんなさい」だけを言い慣れてしまっている少年。それが何を意味するのかを大地はまだ知らない。

 ただ痛々しさすら感じさせる姿をこれ以上見ないように、そしてその言葉を止めるために昴を抱きしめていた。

 

 強く、優しく。

 

「大丈夫だよ。昴くんは良い子だよ。たとえ誰が何を言おうと、僕はそれをわかってる。ここにいる皆もそう。それでも昴くんをいじめる人がいたら僕が守る」

 

 頭を撫でて、背中をさすって、できることは全部して。

 耳元でぶつぶつ繰り返されていた「ごめんなさい」は鳴りやんだ。

 

 安堵の息をつく大地。

 

 

「……ほんと? ぼく、お父さんに捨てられない?」

 

「──捨て、る? お父さんが、昴くんを?」

 

 

 しかし、昴が言ったその一言に心を大きく揺さぶられる。

 向き合った瞳には若干の濁り──恐怖が垣間見えた。

 その言葉の意味を問いただそうとした大地の視界に何か動くものが入り込んだ。

 

 カーブミラー。歪んだ鏡面。這い出てくるヤゴのモンスター。

 

「ッ危ない!」

 

 迂闊だった。モンスターの気配を察知できないことをもっと深刻に考えるべきだったのだ。

 大地はそうやって悔やみながら昴を庇い、その結果自身の首に糸が巻き付いた。

 獲物を引きずり込もうとするシアゴーストの力は凄まじく、首がねじ切れるのではないかというほどだ。

 呼吸を阻害されて次第に朦朧としていく意識の中で大地は辛うじてポーチを開く。

 

「ガブリッ! よし嚙み切ったぞ!」

 

「ゲホッ! ゲホッ! レ、レイキバットさん、変身を!」

 

 顔面コウモリに目を丸くしている昴を守るべく、咳き込みながらもレイキバットを掴む大地。

 

 

 

 いざ変身しようとしたその時、大地は確かにその耳に捉えた。

 

「変身!」

 

 ドラゴンの雄叫びを。

 

 

 そして目の前で噴き上がった青い炎がカーブミラー越しにシアゴーストを焼いた。

 突然のことにぎょっとした次の瞬間、躍り出た影が大地達を守るようにして立っていた。

 黒いスーツ、ドラゴンを連想させる意匠のこのライダーがシアゴーストを焼いた青い炎の主なのは明らかだった。

 

 そのドラゴンのライダーを見て、大地にはピンとくるものがある。

 

 

「あなたが……仮面ライダーリュウガ……!」

 

 

「そうだ、俺はリュウガ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

万丈(ばんじょう) 龍我(りゅうが)だ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……んん?」

 

 思っていたのと何か違うな。

 そんな感想を他所にその戦士────仮面ライダークローズはモンスターがひしめくミラーワールドへと突入した。

 

 

 





その時、不思議なことが起こった?

次回は10月中で。


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迷い龍

今月更新に滑り込みセーフ


 

 

 大地一行がナイトの世界に訪れる半月前。

 

 とあるダムの地下研究施設。

 科学者、最上魁星の手によって秘密裏に作り上げられたこの研究施設には彼の偉業を象徴するマシンがあった。

 

 平行世界移動装置────通称「エニグマ」

 

 この装置を使って最上は平行世界へと渡り、彼の大いなる計画を実行する筈だったが……。

 

 

 人の手を模した形のエニグマ、その小指に該当する部分に蒼炎の塊が直撃する。

 炎上した部品を撒き散らし、装置の至る箇所に伝播していく爆発。その中からフラフラと立ち上がったのは青いサイボーグのような怪人。

 

「私のエニグマが……!? 貴様ら、なんということを!」

 

 自身の生涯をかけた至高の発明品が無残にも崩壊していく様にわなわなと震える青いサイボーグ怪人。

 最上 魁星が変身しているその「カイザー」という怪人は自身の野望を妨げてくれた憎き二人を睨みつけた。

 

「へっ、これでお前の計画もおしまいだな! 観念しやがれ、最上 魁星!」

 

 掌に拳を打ち合わせた青い戦士────仮面ライダークローズ。

 

「エニグマを起動させる前に破壊する────これが俺の勝利の法則だ」

 

 ドリル型の剣を担ぎ、「ビシィッ!」という擬音が聴こえてきそうな指差しポーズを決めるトレンチコートの男────桐生 戦兎。

 

「……なあ、それを言うなら俺達の、だろ?」

 

「なーに言ってんだよ。最上の計画を突き止めたのも、この場所を探し当てたのも、カイザーシステム用の戦術を練ったのも全部この俺でしょうが! お前はただ暴れてただけ〜」

 

「はぁ!? ハザードレベル足りなくて変身できないお前がどーやってあいつをぶっ倒せるんだよ! 一番のMACは俺だろ!」

 

「それを言うならMVPだろ! あーあー、全くこれからフィニッシュって時なのに、筋肉馬鹿と一緒じゃ格好がつかねえなー」

 

「んだと! せめて筋肉つけろ筋肉……あれ、ついてるじゃん」

 

 盛大に爆発炎上する装置や満身創痍のカイザーが目の前にいようと御構いなしに喧嘩を始める二人。

 この二人、決して仲が悪い訳ではなく、この状況で互いに言い合えるのはむしろ相手への信頼感によるものである。

 だが、そのコントに等しいやりとりがカイザーの逆鱗に触れた。

 

「ふざけるなァァッ!」

 

 激昂し、叫んで突撃するカイザー。

 ただ突っ込んでくるだけで戦術も何もあったものではない。迎撃は容易に過ぎた。

 

「お、ほら前向け! 決めるぞ万丈!」

 

「おう!」

 

 二人は一気に戦闘モードへと雰囲気を一変させ、示し合わせたかのようにフィニッシュの準備を行う。

 戦兎はドリル型の剣を銃へと組み替え、突っ込んでくるカイザーを正確無比な射撃で怯ませる。

 それで稼げた時間はほんの僅かではあったものの、クローズにとっては充分だ。

 

 Ready Go! 

 

 自身の変身ベルト──ビルドドライバーのレバーを荒々しく回し、極限まで引き上げた蒼炎のエネルギーは青いドラゴン「クローズドラゴン・ブレイズ」を具現化させる。

 天に轟くドラゴンの雄叫びとその口から溢れる爆熱の炎。

 その両方が跳躍したクローズを乗せて、凄まじい勢いでカイザーへと突撃させた。

 

 ドラゴニックフィニッシュ! 

 

「うおりゃあああーッッ!!」

 

「うぐああああっ!?」

 

 必殺爆熱キック、ドラゴニックフィニッシュの壮絶な威力にカイザーはなすすべもなく吹っ飛ばされ、その身体はエニグマの中心にまでめり込んだ。

 彼を燃やす蒼炎は消える気配を見せず、それどころかエニグマにまで燃え広がっていく。

 

「馬鹿な……私のカイザーシステムが、ライダーシステムなどという玩具に……ありえない!」

 

「俺にはどっちのシステムが凄えのかよくわかんねえけどよ。実際こうなったんだから、こいつの『誰かの明日を守る』って想いを背負った俺の方が強いんだろ」

 

「認めん……認めんぞ……ぐっ……」

 

 カイザーはガクリ、と糸が切れた人形のように力尽きた。

 まだ息はあるようだが、もう碌な抵抗はできそうにない。

 誰がどう見ても文句なしの勝利だ。クローズは両手を挙げて「よっしゃー!」と叫んだ。

 

「見たか俺の超最強キック! やっぱ主役は俺だな!」

 

「お前が変身するための『クローズドラゴン』っていうアイテムを使ったのが誰なのか、そのちっぽけな記憶力でよーーーーーく思い出してごらん? さて、後は最上の奴を東都政府に引き渡して終わりだな」

 

 戦兎は呆れたようにして、余韻に浸るクローズの尻を容赦なく足蹴りにする。

 これは「さっさとあいつを引っ張り出して連れて来い」の合図である。

 

「えー、ほっときゃいいだろ。あんな奴」

 

「それで死なれたらどうすんだよ! ほら、行った行った」

 

 クローズは面倒くさそうにしながらも、しっかりカイザーの回収に向かう。なんだかんだ言いつつも相手が死んでしまえばいいとは思っていない。

 そしてカイザーのところまでひとっ飛びして引っ張り出そうとしたクローズの腕を突然カイザーが掴む。

 まだこんな力が残っていたことにクローズは驚いていたが、全身から火花を散らしているカイザーにこれ以上の戦闘続行は不可能だ。ならば彼は何をしようというのか? 

 

「まだだ! まだ私は終わっていない!」

 

「うおっ!?」

 

「エニグマ! 私を……私を平行世界へ!」

 

 エニグマは未だ未完成である。

 しかし、主の願いが通じたのか定かではないが、エニグマは確かに起動しようとしていた。

 クローズの攻撃であらゆる箇所が破損した装置は無理な稼働によってその崩壊が早まり、今にも爆発しそうだ。

 

「な、なんだなんだ!? てめえ何しようってんだ!?」

 

「エニグマァァァァ!!」

 

 だが現実は無情であった。

 不完全な状態で起動したエニグマから溢れ出したエネルギーの奔流がめり込んでいたカイザーにまで流れ、絶叫の後に爆発四散する。

 

 その余波に吹っ飛んだクローズが最後に見たのは崩壊していくエニグマが生み出した時空の穴と、こちらに手を伸ばして叫ぶ相棒の姿だった。

 

 

 

 *

 

 

 

 俺はプロテインの貴公子、万丈 龍我! 

 

 記憶喪失で自称天才物理学者の怪しいおっさんに託されたベルトとボトルで超最強! マジ強え! な仮面ライダークローズに変身して冤罪を晴らすために東都の街でスマッシュと戦っていた。

 

 そんでいつもみたいに美空からスマッシュの情報聞いて行ったら、最上魁星とかいう変な青い機械野郎と戦う羽目になった。

 

 そっからドカーン! ってなって、やべえ! って俺がズバーン! ってキックしたらズドーンってぶっ潰せた! だけどエ……エ……エゾシカ? って装置がぶっ壊れて気付いたら……スカイウォールの無い世界に来ちまってた。こういうのって確か……そう! パラソルワールドだ! 俺パラソルワールドに来ちまったんだよ! 

 

 そんでどうしよう! ここどこ!? 帰れねえ!! ってなってたとこを城戸さんに拾われて、今はOREジャーナルの新人記者としてなんとかやってけてる。

 なんか鏡の中にいるスマッシュもどきとか、変な仮面ライダーとも戦ってるぜ! おう! 

 

 

 

「〜とまあ、わかりやすく話すとこういう訳だ」

 

 

「全然よくわからないです……」

 

「大変だったんですね……」

 

「説明ヘッタクソだな」

 

「お前、あの電王の赤鬼と同じタイプ(馬鹿)か……」

 

「エゾシカじゃなくてエニグマだろ、それ」

 

「首領、もしかしてこの人馬鹿なんですか?」

 

 

 あらすじみたくノリノリで説明されても、わからないものはわからないのだ。

 

 

「せめて筋肉をつけろ筋肉を!」

 

 沸かしたやかんのように顔を赤くしてもわからないものはわからない。

 というか怒るポイントすらよくわからない。

 

 ちゅー。

 ジュースをストローで啜って面々が見守る、青いスカジャンを着た茶髪の男は万丈 龍我、仮面ライダークローズ。

 本来この世界に存在する筈のないこのライダーが何故。そう思い写真館に招いたのだが、彼の要領を得ない説明は余計に困惑を深める結果に終わった。

 

 

 視線を集める万丈がまさにそう見えるからか、まるで猿の見世物だな〜、なんてかなり失礼な感想をガイドが漏らした。

 

「もっと具体的に、かつ詳細に頼みたいんだが。勿論全部だぞ」

 

「しゃーねーな。

 

 ……俺が産まれたのは横浜の産婦人科だった。3203gの元気な赤ん坊で」

 

「お前の出生なんざ聞いてねーよ!」

 

 レイキバットのもっともなツッコミに一同もうんうんと頷く。

 この万丈 龍我、基本的に悪い人物ではないようだが、先の説明からもわかる通り理知的でもない。

 

「端的に言えば馬鹿」

 

「駄目だよネガタロス!」

 

 だからと言ってそんなど直球で悪口を言えばまた怒らせてしまうのは目に見えている。というか初対面の相手に馬鹿馬鹿言われたら誰だって怒る。大地だって怒る。

 

 予想通りの惨状になった場を宥めすかすこと数十分。

 

 龍我、レイキバット、ネガタロスによる三つ巴の口喧嘩は束の間の終戦を迎え、大地は額に流れる汗を拭きながら改めて龍我に尋ねた。

 

「つまりですよ。万丈さんはこことは違う世界の仮面ライダーで、なんらかのキッカケがあってこの世界にやって来てしまった、と。そこまではわかったんですけど、どうしてミラーワールドに入れるんですか?」

 

「ああ、城戸さんの取材に付いていった時にコレ拾ってな。それからなんか頭ん中にキンキン響くようになって、鏡の中にも入れるようになった」

 

 龍我が取り出した「コレ」はナイト達が使う黒いカードデッキに酷似しているものだった。彼らの物と唯一異なるのは紋章が描かれておらず、無地であるという点ぐらいか。

 こういう知識面で頼りになるのはやはり佐野である。

 

「それデッキですよ。まだモンスターとは契約してないブランクですけど、それがあれば一応ミラーワールドには行けるみたいです!」

 

「契約ぅ? どうやってやるんだよ」

 

「中に入ってるでしょ、契約のカード」

 

 言われてブランクデッキから数枚のカードを抜く龍我。

 見るからに貧弱な剣のカード。レイキバットでも叩き壊せそうな盾のカード。

 そしてそれらとは異なる意匠の「CONTRACT」のカード。

 

「こ、こんたー……?」

 

「コントラクト。契約って意味ですね」

 

「お前の世界って義務教育あんのか?」

 

「お……おお……?」

 

 ネガタロスの皮肉すらよくわかっていない龍我は頭のてっぺんに疑問符を浮かべた状態でとりあえず頷いている。

 ……実は大地もコントラクトの意味がわかっていなかったのは黙っておいた。なんなら義務教育とやらもよくわかっていない。

 

「ガイドさん、万丈さんを元の世界に帰す方法はやっぱり……」

 

「うん、俺達と一緒に『クローズの世界』まで行くしかないな。ネガタロスや瑠美ちゃんと同じビジターなら、帰る手段はそれ以外ない」

 

 結局詳しい経緯は有耶無耶になったまま、龍我は瑠美と同じく自分の世界からつまみ出された人間という認識となった。

 残りのブランクカードを照らし合わせても「クローズの世界」にはいずれ行くことになっているはず。ならこの旅に同行することが彼にとっても最良の方法だろう。

 

「なんかよくわかんねえけどよ、お前らと一緒にいれば元いた世界に戻れるんだろ? だったら話は早え、これからよろしく頼むぜ……あとカップ麺ねえか? 腹減っちゃって」

 

「よ、よろしくお願いします……?」

 

 しかし瑠美もそうだったが、突然異世界に放り込まれてもこんな気楽そうにできるのは羨ましい。

 大地はそう思いながら、カップ麺に目を輝かせる龍我を見つめていた。

 

 

 

 *

 

 

 

 腹を満たした龍我はすやすやと眠りにつき、残る面々も就寝準備に入ろうとした頃。

 帰宅しようとした佐野の一声で眠気は一気に吹っ飛んだ。

 

「あ、モンスター出ました」

 

 まさかと思い、揃って撃退に出たダークディケイドとインペラー。

 二人が目撃したのはあの透明のモンスター、バイオグリーザであった。

 執念深いというか、それとも食い意地が張っているというべきか、このモンスターは未だに瑠美を狙っているようだ。

 

 KAMEN RIDE ETERNAL

 

 瑠美を狙っているモンスターをいつまでも放置してはおけない。

 今回こそは必ず仕留めるという意気込み故にチョイスしたライダーはエターナル。

 バイオグリーザの隠れた姿を暴き出すカードをDDエターナルはドライバーに叩き込んだ。

 

 ATTACK RIDE LUNA

 

 幻想の記憶がDDエターナルに宿り、その力はエターナルエッジへと流れる。

 刃の煌めきは次第に増していき、ついには目を焼き潰さんばかりの激しい光を放った。

 

 降り注ぐ月光が放つ神秘の前ではいかなる小細工も通用しない。

 全身から煙を上げて姿を見せたバイオグリーザもまた例外では無かった。

 相手が苦しみ悶えているその隙にインペラーはカードを抜いていた。

 

「佐野さん!」

 

「了解っす!」

 

 FINAL VENT

 

 発動するドライブディバイダー。狙いは勿論バイオグリーザだ。

 ゼール軍団の猛攻がバイオグリーザの身体を削り取り、残すはインペラーの膝蹴りを決めるだけ。

 さらに念には念を入れ、その右脚に青いフレアを燃やすDDエターナルのキックまでもが繰り出されていた。

 

 しかし、死を目前にして足掻かない動物などいない。それはミラーモンスターとて同じこと。

 

 ゼール軍団の波状攻撃が途切れ、インペラーの膝蹴りとエターナルのキックが炸裂するまでにできたほんの一瞬の間をバイオグリーザは見出した。

 退避と透明化を死に物狂いで同時に行い、それによってダブルライダーは標的を見失ってしまう。バイオグリーザはその顎に炸裂するはずだったダブルキックの回避に見事に成功したのだ。

 

「嘘でしょぉ!? 俺のファイナルベント避けるなんて、あのモンスターどんだけ強いの!?」

 

「佐野さん、モンスターは!?」

 

「……あー、駄目っす。気配も消えたし、また逃げられちゃいました」

 

 ガクン、と首を下に折るDDエターナル。

 二人がかりで、なおかつ切り札と言っても過言ではないライダーを切ったのにこのザマとは失笑モノでしかない。

 大地は気楽そうに肩を叩いてくるインペラーと共にミラーワールドから出て変身を解いた。

 

「まーまー、そんな深刻な顔しないでくださいよぉ。先輩と俺の無敵コンビなら楽勝ですって!」

 

 既に佐野には大地とネガタロスの関係をある程度掻い摘んで話しており、器用にも「先輩」「首領」の呼び名を使い分けている。

 しかし、遜った態度で接してくるのはどっちでも変わらないようで、その対応が新鮮に感じると同時に謎の疲労感まで蓄積してくる。

 そもそも肝心の護衛役である佐野がこんな調子なのだから心配になっているのだが、そこら辺の心情までは察してくれなかったらしい。

 

 ぶらぶらと帰路についた佐野の背中がどことなく嫌な光景に見えてしまう。

 

 ──だからだろうか。

 

「佐野さんは────気楽そうでいいですよね」

 

 言ってはならないとわかっている言葉。それを頭では理解しているというのに、ついその内心を吐き出してしまった。

 俯き加減にそう言って、はっと気付いた時にはこちらを驚いたように振り返る佐野がいた。

 

 大地は慌てて謝罪の言葉を述べようとしたが、それよりも先に佐野が謝ってきてしまった。

 

「あー……すいません先輩。俺割と態度に出るタイプなんで、気に障ったなら謝ります」

 

「え……」

 

 棘のある大地の物言いに驚きこそすれ、佐野はそれを当然だと受け取ったのだ。

 そうなると大地も謝罪の言葉を飲み込まざるをえない。

 

「先輩と、それから首領との契約のおかげで俺の願いはもう叶ったようなモンですから。いい生活をしたいと思ってライダーになったはいいけど、他のライダーを殺すのはちょぉーっと気が引けてたんですよ。それが今じゃ先輩達と一緒に正義の味方やれてるなんて、気も楽になっちゃいますって」

 

 佐野がライダーになったキッカケとなる願いは「いい暮らしがしたい」というもの。ネガタロスから高額の報酬を受け取り、部下である限りはそれが持続して支給されるので確かにその願いは叶ったと言える。

 他のライダーよりも常識的な感覚である佐野には殺し合いの渦中に身を投げ出すよりも、今こうして正義の味方をやれてる方が断然マシなのだ。

 

 その言葉を紡ぐ佐野の顔は本当に晴れやかで、デタラメを言っているようにはとても見えない。

 

「だから俺、これでも先輩達には結構感謝してるんすよ? できればこれからも末永く雇ってくれたらありがたいかなぁ〜……なんて」

 

 彼の根底にあるのは結局金だ。それは変わらないし、隠そうともしていない。

 

 だが、大地は彼が極悪人とは思えない。良くも悪くも普通の感覚を持った人なのだ。

 そんなライダーが大地達のおかげで人を殺めずに済んだ。

 

「……ええ、佐野さんさえよければ。これからも一緒に戦ってもらえますか?」

 

「へへっ、任せといてくださいよ!」

 

 その笑顔に乗った軽さも気にならなくなった。

 

 

 

 *

 

 

 なし崩し的に光写真館で一夜を明かした龍我。

 翌朝になって写真館に響き渡ったのは盛大に寝坊してしまった彼の悲鳴だった。

 

「俺取材あるじゃん!! やべぇ! 編集長に怒鳴られる!」

 

 呼び止めようとする大地達に脇目も振らず飛び出した龍我は変わったデザインのスマホを取り出すと、黄色のボトル──ライオンフルボトルをセットした。

 

 ビルドチェンジ! 

 

 桐生 戦兎が開発したスマホ型アイテムであるビルドフォンは通常のスマートフォン機能の他、クローズが使用するフルボトルをセットすることでマシンビルダーという高性能バイクに変形する機能まで兼ね備えている。

 この世界は未だ2002年である故にバイク以外の役割は腐ってしまっているが、それでも今の龍我には欠かせないものだ。

 

 取材先であり、連続失踪事件の現場でもある病院に向かう道すがら、マシンビルダーに乗った龍我の後を小さな物体が追いかけてきた。

 

「待て待てーィ! 俺たちも同行させろ!」

 

「うぉ!? 喋る蝙蝠!?」

 

「レイキバットだ! 昨日挨拶しただろ!」

 

 バイクと並走して羽ばたくレイキバットは小さな袋もぶら下げており、その中からこれまた小さな目玉がひょっこり顔を出している。

 

「それとお前は……確かネガタロスか。なんで俺に付いてくんだよ」

 

「ククク……なに、俺様達はこれから仲間になるんだろう? だったら助け合うのは当然のことだ。俺様の頭脳でサポートしてやろうと思ってな」

 

「わりーけどよ、俺の頭脳担当はもういるんだよ。根暗で恩着せがましい記憶喪失の怪しいおっさんだけど」

 

「なら万丈の世界に帰ってそいつに再会するためにも、尚更協力しないとなぁ。それぐらいのことならお前にも理解できてると思っていたが……」

 

 ネガタロスの言うことはもっともであるとは思うが、それでも龍我はあまり気乗りがしなかった。

 あれよあれよという間に彼らの旅に同行することになってはいるものの、イコール彼らを信用することにはならない。

 

 元の世界にいた時から龍我は騙されることがやたらと多かった。

 冤罪を吹っかけられ、「ファウスト」とかいう組織に人体実験され、挙句の果てには恋人を殺されてしまった。

 今でこそそこそこ改善されたが、数ヶ月前の龍我は狂犬と呼ばれるほどあちこちに噛み付いていたのだ。見るからに大人しくて人の良さそうな大地、瑠美はまあいいとしても、悪人のオーラがバリバリ出ている目玉を無条件で信用できる方がどうかしている。

 

「この目玉オバケが信用ならんのは俺も同感だ。だが瑠美を狙うモンスターが未だ生きている以上、この世界に長居をしていられないのも確かだ。俺達の目的は一致してるんだよ」

 

「ん……仕方ねえ」

 

 蝙蝠にもあまりいい思い出はないが、ひとまず手を組むしかなさそうである。

 龍我はレイキバットも袋に入れて肩にかけようとしたが、白い翼はそれに待ったをかけた。

 

「その前に一つだけ聞かせろ。万丈、お前この世界ではなんで戦ってるんだ? この世界で何が起ころうとお前には関係ないだろ」

 

「今聞くことかよそれー。俺、運転中だぞ」

 

「得体の知れない相手を怪しむのはお互い様だ」

 

 小さい図体のくせして偉そうな蝙蝠である。

 しかしまあ隠しておくようなことでもない。

 

「別に何か考えがあったわけでもねえ。ただ誰かが襲われているのを見過ごすのは気分が悪いし、この世界の仮面ライダーが気に入らねえ。それだけだよ」

 

 龍我のいた世界では仮面ライダーは自分ただ一人だった。

 このスカイウォールのない世界で自分の他にも多数のライダーがいることには大層驚かされたが、今ではモヤモヤと苛立ちで一杯だ。

 ビルドドライバーとクローズドラゴンを託してきた相棒が毎日毎晩、耳にタコができるぐらい「仮面ライダーが如何なる存在であるか」を言ってきたせいか、自分勝手に戦うライダー達には違和感を抱いてしまう。

 

「ほお」

 

「ほお……ってそれだけかよ。なんか言えよ」

 

「いや、シンプルでいい。華麗さは無いが、激しさはあるな」

 

「わけわかんねえ……まあいいけどよ。俺はこれから仕事なんだから、お前らは大人しくしてろよ?」

 

 レイキバット的判断基準が初対面で理解されるはずもない。

 龍我は物理学を詳しく説明されたような顔をしながら、今度こそ収まったレイキバットごと袋を肩にかけた。

 

 

 

 

「ほんっとにすいませんでした城戸さん!」

 

「万丈くんさあ、頑張ってるのはいいけどもっとちゃんとしてくれよな。また編集長にどやされるぞ〜?」

 

 今日も今日とて人で溢れる病院の前にはマスコミが一杯だ。昨夜もまた一人、新たに失踪してしまった患者がいるという。

 

 そんな喧騒から少し離れたところで龍我は必死に頭を下げている。

 それをこれ以上ないくらいの「やれやれ」な様子で対応しているのが、彼の先輩記者でありこの世界で拾ってもらった城戸 真司その人であった。

 

 最初こそ異世界に迷い込んでしまった不幸を嘆き途方にくれていた龍我だったが、時間の流れは止まらない。特に空腹は深刻な問題だ。

 龍我が所持していたなけなしの金ですらこの世界では使えなかった。もし真司に拾われて働き口を紹介してもらっていなかったら今頃は絶対に野垂れ死していた。

 

「城戸くんも偉くなったわね。万丈くんが入社してからも怒鳴られた回数は貴方の方が多いじゃない」

 

 そして真司の隣で呆れた物言いをしているのは真司の先輩である桃井 令子。

 彼女もまた取材のためここに訪れており、そそっかしい真司や万丈とはこれまで別行動をとっていたのだ。

 

「え、えぇ!? 気のせいですよ玲子さん! なあ万丈くん?」

 

「言われてみればそんな気がするなぁ」

 

「そ、そんなぁ〜……」

 

 怒られていたというのにのほほんと答える龍我。

 ショックを受けて頭を抱え込む真司。

 二人のやりとりはまるで漫才のようで、仏頂面だった令子をクスリと笑わせる。

 この二人、基本的に似た者同士な上にどっちも馬鹿なので見ていて飽きないのだ。仕事の効率が大幅に下がるのが悩みどころではあるが。

 

「さ、全員揃ったことだし、報告会に移りましょ。何か進展はあったかしら」

 

「俺の方はさっぱりっす。浅倉って野郎も見かけねえ」

 

 病院に現れたモンスター退治のパトロールも同時にこなしていた龍我は取材にあまり取り組めていなかった。

 だがド新人のレッテルを貼られていることが幸いしたか、令子は咎める様子もない。

 

「俺も全然進展なしです。ここは広いわ、人も多いわでもう大変で」

 

 ライダーのような事情を持たない真司も収穫はなし。申し訳なさそうに頭髪を掻いている。

 あんなに龍我に先輩風を吹かせておいてこのざまなのだから、令子は呆れるしかない。

 

「城戸くんねぇ……まあいいわ。私も大したことは掴めていないもの。面倒なナンパさえなければ……」

 

「うぇ!? 令子さんナンパされてたんですか! 一体どこのどいつです!」

 

「そっちはどうでもいいわよ」

 

 令子は手帳を開き、日ごとに纏めた行方不明者のリストを龍我達に見せる。

 被害者の年齢、性別、職業、どれも一見するとバラバラであるが、令子はリストの一部分をペンで囲んだ。

 

「事件発生の二日後からの行方不明者にはある共通点があったの。彼らはみんなこの病院でちょっとした揉め事を起こしていたみたい。例えば……スタッフに怒鳴る、他の患者と喧嘩するとか」

 

「マジすか! それって大発見じゃないですか! なあ万丈くん!」

 

「そうっすね城戸さん! なら犯人もだいぶ絞れるし!」

 

 龍我と真司はたったひとつの情報だけでまるで真相を解明したかのごとく得意になり、肩を組んで大喜びし始めた。

 一人の時でも大層な馬鹿なのに、二人になるとさらに馬鹿になる。これを編集長の大久保は「馬鹿の相乗効果」と名付けていた。

 

「ちょっと! そんな簡単に決めつけないの! ていうか犯人って何よ!」

 

「……あー、そのー、なんとなく! ハハ、ハハハハハハ!」

 

 この事件の犯人がモンスターだと察知している龍我にとっては本当に大発見でもあったのだが、ライダーのことを知らない他の二人にはそんなことはない。

 

 焦った龍我は不器用な愛想笑いで誤魔化すと、そのまま病院内に走って行った。

 

「じゃ、じゃあ俺引き続き調べてきます!」

 

「あ、ちょっと万丈くん!?」

 

 ガサゴソと不自然に動く袋をぶら下げて猛ダッシュしていった龍我はもう既に追いつける距離にはいない。

 こういう風に勝手な行動をされるのももう何度目だろうか。令子は盛大に溜息を吐いた。

 

「すいません令子さん。万丈くんも悪い奴ではないんだけども、落ち着きが無いんですよねぇ〜」

 

 それは真司なりのフォローのつもりらしいが、令子には「あんたが言うな」という言葉を飲み込むのに精一杯だった。

 

 

 

 

 





・万丈龍我
みなさんご存知仮面ライダークローズ。エニグマの暴走によってこの世界に飛ばされてきた。
ハザードレベルが足りず、ビルドに変身できなかった桐生戦兎からビルドドライバーとクローズドラゴンを託されており、時期としては東都でスマッシュやらナイトローグやらブラッドスタークやらと戦っていた頃。
ビートクローザーやビルドフォン、東都ボトルも所有している。



まだまだ続くぞナイト編。多分このナイト編が一番長いと思います


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犯人はお前だ

このSSにエタは存在しない!決して!

……遅れて申し訳ありませんでした。今後もこういったことはあると思いますが、決してエタらせはしないとお約束いたします。

命ある限り書き続ける……それが書き手だろう……!


 

 

 おかしい、これは絶対におかしい。

 

 

 ファミレスの、やや硬めのソファに腰掛けている大地は何故自分がこんなところにいるのかと自問自答する。

 

 なにがなんだかわからぬ内に同居人となってしまった万丈 龍我こと仮面ライダークローズ。

 早朝から大慌てで飛び出して行った彼の姿に大いなる不安を覚えた大地はレイキバット、ネガタロスに同行を頼んだ。

 それでも不安は拭いきれずに後を追うことになったのだが……。

 

「はふはふ……おいし〜! お兄ちゃんありがとう!」

 

 病院に着いた大地を出迎えたのはひもじそうにお腹をさする昴だった。

 昴の視線が近くにあるファミレスの看板にチラチラ引き寄せられていることを認識した次の瞬間には、もうここに座っていたように感じる。

 

 鉄板の上でたっぷりの肉汁を溢れさせるハンバーグ。

 それをあちあち、と頬張る昴。

 見ていて非常に癒される反面、自分はこの子に甘すぎないかと思わなくもない。元々子供好きだったのか、それとも昴限定なのかはわからないが。

 

「ほら、気を付けないと洋服に跳ねちゃうわよ。もっとちゃんとエプロン付けな」

 

「はーい」

 

 そしてもっと不可解なのは隣で昴の口元を拭っている美穂の存在である。

 彼女はどうやら大地達が店に入って行くのを見ていたようで、入店から数分と経たぬ内に「私この人達の知り合いですけど?」とでも言うかのように昴の隣に陣取ったのだ。

 その流れがびっくりするくらい自然で、大地も一瞬普通に挨拶しかけてしまった。

 その持ち前の圧倒的コミュニケーション力で昴もすぐに美穂を受け入れてしまい、他の客には仲睦まじい三人姉弟が早めの昼食をとっているようにしか見えていないだろう。

 というか甲斐甲斐しく昴の世話を焼く美穂は本当に姉っぽい。

 

「……ねえ、あんた。いくら私が美人だからっていつまでも見つめるのはどうなの?」

 

「お兄ちゃん、お腹痛いの?」

 

「う、ううん。そんなことないよ」

 

 以前とはえらい態度の変わりようである。

 だが、こっちの方が詐欺師ではない彼女本来の性格に近いのだろうな、となんとなく感じた。

 

 などと納得している場合ではない。彼女がライダーとして大地に接触してきたのは分かりきっている。

 

 

「昴くんちょっと待っててね……霧島さん、ちょっとこっちへ」

 

 大地は笑顔を取り繕いながら、美穂の腕を引っ張って店の外へ出る。

 

「何よぉ? まさか本気であたしをどうにかしようってわけ? やーねー、これだから変態は……」

 

「やって来たのは霧島さんの方でしょう!? それに僕は変態なんかじゃ……」

 

「女装ライダーが変態じゃなければなんだって言うの。それもセーラー服に猫耳って、上級過ぎるよ?」

 

 それを言われてしまうと閉口してしまう。事実は事実だからだ。

 まともな反論も返せず、ちょっぴり涙目になりかけた大地に美穂は軽く吹き出して謝罪をしてきた。

 ただしその顔を見る限りでは微塵も悪いと感じていないのだろうが。

 

「ごめんって。あんたがあんまりにもからかい甲斐があるからさ。一応これでもちゃんとした交渉をしに来たんだよ」

 

「交渉……あの、ベルトは渡せませんよ?」

 

「わかってるわよ! そうじゃなくて、ここにいるってことはあんたも病院の騒動を解決しようとしてんでしょ? だったら私と協力しない?」

 

 彼女が提案してきたその内容は大地が予想していたものと概ね合致していた。

 他のライダーの撃破と事件の解決。どちらもダークディケイドを味方に付けることでグッと近づける。

 しかも美穂にはそれ以上の意義があった。

 

「あの浅倉……仮面ライダー王蛇は悔しいけど私一人じゃ勝てない。けどあんたと一緒ならきっと倒せる! だから頼む!」

 

 彼女もまた今回の犯人を浅倉だと思っている口だろうか。

 真剣に頼み込んでくるその姿勢はとても嘘や冗談などではないとわかるが、大地には気軽に頷くことができなかった。

 浅倉を倒す、ということはつまり。

 

「殺すんですか。浅倉を」

 

「……? 当然だろ。ライダーなんだから」

 

 何を当たり前のことを、という顔をされても困る。

 直接の面識がなくとも浅倉が酷い人間だということは理解できている。放置していれば他の人に危害を及ぼしかねないということも。

 

 だがそれでも浅倉は人間なのだ。どんな相手であっても、人間を殺すことはできない。

 怪人を倒し、人間を守ってきた大地には、人間とは殺す対象ではないのだ。

 

「ライダー同士殺しあうなんて間違ってる〜、なんて青臭いこと言わないでよね? じゃああんたはなんでライダーになったのさ」

 

「────人を、守りたいから。ずっとそうやってきたから」

 

 それだけの言葉を絞り出すのに、何故か時間を要した。

 

「信じらんない……。でも、だったら尚更浅倉は放っておかないだろう? せめてアイツを倒すだけでも頼むよ! この通りだ!」

 

 美穂はしつこく食い下がる。

 長い髪を垂れて頭を下げる彼女に思い浮かぶのは何故そこまで浅倉に拘るのか、という疑問。

 その答えは追求せずとも、彼女自ら語り出した。

 

「私のお姉ちゃんは浅倉に殺されたんだよ……! イライラしたから、なんて馬鹿げた理由でさ! それだけのことで! 

 だから私は浅倉を絶対に許さない。アイツを倒して、他のライダーも倒してお姉ちゃんを生き返らせるんだ!」

 

「お姉さんが……」

 

 所謂復讐というヤツだ。

 それが絶対に間違ってるとも正しいとも言えない。言えるだけの自信も根拠もない。

 ただ復讐に囚われた悲しい人を思い出しはした。

 瞳の奥で激しい怒りの炎を燃やす美穂も、きっと鬼塚と同じなのだろう。

 

 自分自身すら焦がしかねない炎を宿した瞳で射抜く美穂。

 いよいよ返答に詰まり、後ずさる大地。

 

 そして短い沈黙を破り、背後から美穂の肩を叩く手があった。

 

「あらら、そんなガキ相手に熱く語ってもしょーがないでしょ。そーいうことなら俺が協力してあげよっか?」

 

 そう言って現れた男の名を大地は知っていた。

 

 芝浦 淳、仮面ライダーガイ。

 

 相変わらずの軽薄な笑みを浮かべる彼に、大地の中で一抹の不安がよぎった。

 

 

 

 *

 

 

 

 院内は相変わらず騒々しく、漂う不穏な空気に皆居心地悪そうにしていた。

 それは病院のスタッフや刑事たちも例外とはならない。

 胃が張り裂けそうになる緊張の真っただ中、一人の医者が小さなダンボールを積んだ荷台をスイスイと押していく。

 もしもこの病院が連続失踪事件の現場でもなく、いつも通りであったなら誰かが気づいていたことだろう。

 

 その箱が不自然に振動しながら野太いひそひそ話が聞こえることや、その医者が真っ赤な偽者であるということに。

 

(どうよ、この俺の変装! これなら誰にも怪しまれずに調べられるってわけよ!)

 

 自信満々なだけあって、龍我の変装クオリティは中々のものだった。

 しかし元の世界で脱獄犯の彼が外を出歩く時、変装は必須であったのだが、この世界この状況で変装する必要は全くない。

 

 龍我としては医者の振りをして関係者から話を聞くという寸法なのだろうが……。

 

(な、なんで変装するんだ? 記者って立場を利用すればいいんじゃねえのか?)

 

(……あ、つい癖で変装しちまった)

 

((馬鹿だコイツ……))

 

 初っ端から雲行きが怪しくなってきたが、今更出直す訳にもいかないので医者スタイルで調査続行。

 すれ違う人々に爽やかスマイルで対応する姿は普段のガラの悪さが鳴りを潜めているのもあって意外と様になっており、元の世界での苦労が伺える。

 

 だが、いくら緊急時とはいえ見慣れない医者が湧いて出れば違和感を抱く者は当然いる。不審に思い、龍我の肩を叩く者だっている。

 今回の場合はそれがこの病院の副院長────大和 奏だったというだけだ。

 

「……君、そのコスプレはなんのつもりかね」

 

「うおっ!? ────ハハ、なんのことですか? あ、俺今日からここで働くことになったんで」

 

「猿芝居は結構。私はこの病院にいるスタッフ、患者の顔は全て把握しているよ。君のような男が新しく入ってくる予定も無かった」

 

 呆れ半分、警戒半分。それが今の奏の表情。

 こうもあっさり見破られるとは夢にも思っていなかった龍我は誤魔化そうとしたが、流れ出る滝の汗はどうしようもなかった。

 愛想笑いと共に立ち去ろうとするも、台車を足で止められてしまい逃げ道も塞がれてしまう。

 

「幸いにもここは警官だらけだ。弁明はそっちでするといい」

 

「ま、待った! 俺は怪しい者じゃねえ! むしろ怪しい奴を探してるだけだ!」

 

「自覚が足りないな。今この場で最も怪しいのが君なのだよ」

 

 当然といえば当然だが、やはり龍我は頭のおかしいコスプレイヤーとしか思われていない。

 異世界でも逮捕され、凶悪犯のレッテルが貼られる未来を想像し、青ざめた顔で必死に誤解を解こうとする龍我。

 

 だが、奏は龍我を引っ張り、強引に物陰へと連行していく。

 

「いでで!? 耳引っ張んなって! 猿みたいになったらどーすんだよ!」

 

「今でも大差はないように見受けられるがね」

 

 耳が伸びる、などと喚き散らしても御構い無し。しかもこの医者、割と力が強い。

 周囲の人々にも先輩に怒られる新米の医者としか見られておらず、完全に変装が仇となっていた。

 

「〜っ! いい加減離せって!」

 

 強引に振り払った龍我だったが、今度は身体を壁に叩きつけられる。

 奏はジタバタともがく龍我を鼻で笑いながらも、押さえつける腕の力は一向に弱めない。

 それだけで彼の龍我に対する感情が見え隠れしていた。

 

 正しく言うならば龍我、ではなくライダーに対する感情であろうか。

 

「君達ライダーはいつもいつも……どれだけ私の領土を荒らせば気が済むんだね? ここは戦場でも、モンスターの餌場でもない。何度行ったらわかる」

 

「それ言われんの一度目だよ! てかあんたもライダーなのか?」

 

「そういう君もそうだろう。今この病院で変装などという奇行をする人種はライダーくらいだ」

 

「んだと! 大体な、俺はあんたらとは違うライダーだし、あんただってライダーだろうが! ならここに他のライダーが集まるのは都合が良いんじゃねえのかよ」

 

 東都の平和を守ってきたヒーローであるクローズと殺し合うためのライダーを一緒くたにされるのは我慢ならない。

 仮面ライダーという名前は同じなのに、そこにある決定的な違いが龍我にとってはむず痒くもあり、彼らの戦いに介入する理由でもあった。

 

 だが、一緒くたにされたくないのは龍我だけではなかった。

 

「私はね、ライダーバトルなんて茶番に付き合うつもりはサラサラないのだよ。

 モンスターは人を襲う。

 私の患者に降りかかるかもしれない脅威を排除したい。

 私はそのためだけにライダーとなった。戦うのは勝手だが、私を巻き込まないでもらいたい」

 

 龍我がこの世界に来てからというもの、出会うライダーは皆自らの願いのために戦っていた。

 そういう意味ではこの奏も「患者を守る」という願いのために戦っている正真正銘ライダーの一人であろう。

 しかし、彼はその願いのために他者を犠牲にする気がない時点で大きく異なっていた。

 

「それが本当なら……俺はあんたを信じる。少なくとも今回の犯人じゃねえって」

 

この男は態度こそムカつくが、嘘は言っていない。

龍我は己の直感を信じることにした。

 

「信じる……? 君は何を言っている」

 

「冤罪ふっかけるつもりはねえってことだよ」

 

 これで龍我の中から犯人の候補が一人減った。

 考えていた計画とは違ったが結果オーライだ。

 勝手に納得されて、あまつさえ友好的な態度まで示してくることに奏は毒気が抜かれたようだった。

 

 

「うわぁぁぁぁーッ!?」

 

 

 その時、廊下の奥から響いたのは男の叫びと微かな金属音。

 

 何かを恐れ慄くような迫真の声は勿論のこと、モンスターの出現音まで聞こえては放ってはおけない。

 音の出所へ急行する龍我と、それに続く奏。

 

 やはりと言うべきか、そこは鏡のある洗面台であり、腰を抜かしている刑事が一人。

 奏が即座に駆け寄り、目立った外傷がないことを確認する。

 ぱっと見では他に被害者もおらず、龍我は安堵しつつも鏡の奥を注視────そこにモンスターの影はない。

 

 さらにそこへもう一人の刑事が血相を変えてやって来た。

 彼も先の悲鳴を聞きつけたのだろう。

 その刑事を認識した奏の顔が少々忌々しそうに歪む。

 

「どうした! 何があった!」

 

「す、須藤!」

 

 駆けつけたその刑事、須藤に縋り、アワアワと震えながら彼が指差しているのは鏡。

 

「バケモノだ! 鏡の中から蜂のバケモノが!」

 

「蜂……!」

 

 やはりこの刑事はミラーモンスターに襲われた様子。

 だがそれ以上に重要なのは「蜂」というワードだ。

 その言葉に須藤の顔は険しくなり、奏の仏頂面も崩れ始めた。

 龍我には知る由もないが、奏────仮面ライダーアマンダの契約モンスターは蜂型である。

 

「ついに尻尾を見せてしまいましたね……! 大和 奏! お前こそが今回の事件の犯人だ!」

 

「馬鹿な……いや、同型のモンスターというだけだ。私ではない」

 

「証拠はまだありますよ。ここ数日発生した被害者の殆どがこの病院における迷惑な患者であったらしいですね。邪魔な相手の排除と餌の確保……あなたにとっては一石二鳥だ」

 

「おいちょっと待てよ! あんたら何の話してんだ?」

 

 一人話に付いていけない龍我。だがもはや龍我の疑問など須藤の耳には入っていない。

 彼が露わにした明確な敵意に負けじと睨み返す奏であったが、少なからず動揺はしているようで、その視線には鋭さが欠けていた。

 

「……失礼する。もし私が犯人であるというなら、その疑いは自分で晴らす」

 

 立ち去ろうとする奏。しかし、出口にはいつの間にやら一人の男が立っていた。

 その黒いインナーの男の手にある蝙蝠のデッキを掲げるだけでも、奏を足止めするには十分だった。

 

「あんたが犯人かどうか……すぐにわかる」

 

 その男、秋山 蓮はデッキを掲げながら、募らせた憤怒を解放するように叫ぶ。

 

「戦え!」

 

 

 *

 

 

 狭い、暗い、むさ苦しい。

 そんな不満を堪えてやったのに、速攻で置き去りにされた怒りがレイキバットの中で爆発しかけていた。

 龍我が奏に連れ去られたことでレイキバットとネガタロスを収納していたダンボールを乗せた台車は行き場を失い、寂しく放置されている。

 レイキバットだけならとっとと飛び去れるのだが、全く信用のおけないネガタロスから目を離すのは絶対にできない。

 

「おいおい、お前の羽は飾りか? とっとと行っちまえよ」

 

「そうは行かん。俺が居なくなれば、お前はそこら辺の人間に憑依して逃げられるからな」

 

「ククク……はて、何のことやら」

 

「ケッ!」

 

 何故青空の会が誇るライダーシステムを管理する自分がこんな目玉ごときに手を焼かされなければならないのだ。

 これでは大地から任された任務もまともにこなせず、ここでうだうだ時間を浪費するばかり。

 どうせ大地も瑠美もいないのだ。いっそこの場で眼魂を噛み砕いてやろうかと本気で考え始めた頃。

 

 ゴソゴソ、と。

 

 何者かがダンボールを開く音に、レイキバットは恐る恐る上を見上げた。

 

「お、お前は……!?」

 

 

 

 *

 

 

 蓮の有無を言わさぬ迫力に逃げ道を塞がれた奏は変身を余儀なくされた。

 変身したナイト、シザース、アマンダの三人はミラーワールドに飛び込み、戦闘を開始。

 目を丸くしながら腰を抜かしている刑事と共に残された龍我はそんな怒涛の展開に追いつけていなかった。

 

「わっけわかんねえよ……。なんでこうなっちまったんだ」

 

 鏡の向こう側ではシザースとナイトが二人がかりでアマンダを追い詰めている。

 どうやら彼らは奏がこの事件の犯人だと思い込んでいるらしい。

 

 だが、それは間違った考えであると龍我は断言できる。

 あれだけの短い会話を交わしただけでも、奏は自分の患者を襲わせるような卑劣な男ではないとわかった。

 

 確固たる根拠があるわけでもない。ただ、信じてみると決めただけだ。

 

「ここはヒーローらしくやるしかねえってことか」

 

 懐から取り出した青いボトル──ドラゴンフルボトルをシャカシャカと振る龍我。

 かつて自分を信じてくれた男を浮かべ、その彼に託されたビルドドライバーを巻く。

 呼応してどこからともなく飛来したのは、青いドラゴン型デバイスのクローズドラゴン。

 龍我の手に収まったそれは彼の決心に同調するかのように嘶くと同時に、成分が活性化されたドラゴンフルボトルが装填された。

 

 ウェイクアップ! クローズドラゴン! 

 

 クローズドラゴンが挿入されたビルドドライバーのレバーを乱暴に回すと、龍我の周囲に透明なパイプが張り巡らされた。

 パイプを駆け巡った液体は瞬時に黒いスーツと青いアーマーを形成。その完成を待たずに龍我は拳と掌を打ち合わせ、高らかに叫ぶ。

 

 Are you ready? 

 

「変身!」

 

 Wake up burning! Get CROSS-Z DRAGON! Yeah! 

 

 ハイテンションな音声が告げるは、蒼炎を纏いし龍戦士の爆誕。

 形成されていたスーツとアーマーが龍我と重なり、さらに黄色のプロテクターが覆い被さる。

 

 変身シークエンスを終えた万丈 龍我のその姿を仮面ライダークローズと呼ぶ。

 

「っしゃあ! 行くぜ!」

 

 気合は十分。

 ミラーワールドへの切符となるデッキとバイクを持ったクローズは勢いのままに姿見へと突っ込んで行く。

 

 

 無限に続いているのかと錯覚してしまう鏡の道を走り抜けるマシンビルダー。

 ミラーワールドに侵入したクローズはマシンごとライダー達の戦闘に割り込み、彼らの武器を跳ね除けた。

 

「やめろ! コイツは犯人なんかじゃねえよ!」

 

 ここで自身を庇うことが予想外であったアマンダは剣をブラリと垂れ下げて、クローズの熱弁を見守る。

 逆に邪魔をされた二人の、特にシザースの憤慨は相当のものだ。

 

「素人は黙っていなさい! これ以上犠牲者を増やすことは私が許さない!」

 

「うるせえ! だったら尚更違う奴を殺らせるわけに行くかよ!」

 

「……馬鹿が」

 

 クローズの直情的な性格をある程度知っていたナイトは呆れたように、それでいて荒々しくカードを挿入した。

 

 NASTY VENT

 

 遥か上空を滑空するダークウイングからソニックブレイカーが放たれる。

 脳に突き刺さる超音波のその痛みはライダーであっても耐え得るものではなく、全員が反射的に耳を抑えていた。

 

「うあああっ!? 耳が痛えッッ!?」

 

「どけ!」

 

 唯一平気だったナイトは頭を振っているクローズを一息に殴り飛ばし、同じく超音波に苦しんでいるアマンダに飛びかかる。

 辛うじて持ち上げた剣はナイトの槍を防ぐには力が足りず、そして遅過ぎた。

 

「グッ……!? 秋山 蓮、私は犯人ではないし、ライダーバトルに関わるつもりもない! この戦いに意味はない……!」

 

「そういう言葉はもう聞き飽きた」

 

 ナイトの勢いは緩まない。

 急所を狙った突きを幾度となく繰り出し、その度にアマンダが受け流す。

 手痛い初撃はもらったものの、アマンダの技量はナイトのそれを上回っており、この程度の攻撃を流すのは造作もないことだった。

 

 だが、技量だけで決まらないのが戦いというもの。

 業を煮やしたナイトの意を汲んだダークウイングの甲高い鳴き声が木霊する。その大きな翼の羽ばたきは強烈な突風となってアマンダへと襲いかかった。

 身体を吹き飛ばさんとする風の中、辛うじて踏み止まったアマンダであったがその隙は大きく、故にナイトの斬撃が三色の装甲に刻まれてしまった。

 

 それを黙って見守ることもなく、バイクで阻止に動こうとするクローズであったが────

 

「待て!」

 

「待つのはあなたの方です!」

 

 ナイトの邪魔はさせじとするシザースがマシンビルダーの行く手を塞ぐ。

 構うもんか、と加速するバイクが激突する直前、シザースは既にカードを抜いていた。

 

 GUARD VENT

 

 衝突した両者。もたらされた衝撃に身体は悲鳴を上げ、痺れとなって現れる。

 だが、バイクに正面からぶつかってもその程度で済んでいるのはシザースの構えるシェルディフェンスのおかげに他ならない。

 突進してきたバイクを盾で正面から受け止め、あまつさえほぼ無傷で済むなどとんでもないことだ。

 そんな冗談のような光景に絶句したクローズの顔面をシザースバイザーの一撃が見舞われた。

 

「悪く思わないでください。私には刑事として、事件を解決する責任があります。それに……あなたもライダーの一人ならアマンダのリタイアは望むところでしょう?」

 

 STRIKE VENT

 

 シザースピンチをガチガチと鳴らす音は警告を示しており。

 それに伴って膨れ上がる敵意を肌で感じながらも、クローズは立ち上がる。

 硬く握った拳を見れば、クローズの意思は自ずと見えてくる。

 

「……何故です? 君が彼を助ける義理など無いでしょうに」

 

「義理だぁ? そんなもんいるかよ」

 

 そう、クローズを動かすのは「義理」だとか「正義感」だとか、そんな堅苦しいものではない。

 いつもはカッコつけた振る舞いをして、ふとした拍子に酷くネガティブな顔を晒す。そんな相棒から託されたのは変身アイテムだけではない。

 

「仮面ライダー」という正義のヒーローの名前。

 

 その名を背負えないことに彼がどれだけの苦悩を抱いたのかまではわからない。それでもこの世界に来て、殺しあうライダー達を知った時から戦うに足るだけの理由にはなった。

 

「どいつもこいつも『仮面ライダー』って名乗っておいてよ……自分勝手に戦うのが気に入らねえんだよぉぉぉ!!」

 

 ビートクローザー! 

 

 虚空に形成されたその剣の名はビートクローザー。

 叫びに応えるようにして現れた剣を握り、クローズの突撃が始まった。

 全力疾走で駆けるクローズがシザースとの距離を詰めるのは本当にあっという間だ。だがそのスピードにさして驚くこともなく、シザースは冷静に対応する。

 理解不能な理屈を掲げるクローズを鼻で笑い、振り下ろされた剣はシェルディフェンスで難なく防御される。

 さらに右腕のシザースピンチでクローズの腕をガッチリと挟み、じわじわと力を入れ始めた。

 

「君の攻撃は分かり易すぎる。これでカードも使えないでしょう」

 

「要らねえよ!」

 

 ヒッパレー! ヒッパレー! 

 

 身体ごと捻った腕でビートクローザーのグリップを引くクローズ。

 能力の使用にはカードが必要であるという先入観に囚われていたシザースにはその行為の意味も、鳴り響く妙ちきりんな音声も理解できていない。

 

 ミリオンヒット! 

 

 その刹那、刀身のメーターに比例して爆発的に膨れ上がったエネルギーが斬撃となり、シェルディフェンスを削り取る。

 クローズがカード無しで技を放ったのだと気付いた頃には、盾はその機能を発揮できないほどの無残な形状に変わり果てていた。

 そんな盾などクローズには紙切れも同然だと弾き飛ばされ、ガラ空きの顔面にフックと頭突きが立て続けに叩き込まれた。

 

「ガァッ……! き、きさ────」

 

 さらに駄目押しのドロップキックまでもが炸裂し、シザースはその装甲を凹ませながら吹っ飛んでいく。

 廊下の壁に穴を開けて崩れ落ちるシザースを見たクローズは「しゃぁっ!」と一人ガッツポーズをとったかと思えば、即座にしゃがみ込んでしまった。

 

「痛ってえ〜! 蟹はやっぱ固えなあ……」

 .

 ふざけているとしか思えない態度が癪に触ったのだろう。

 立ち上がったシザースは足元に転がっている、かつて盾だった物を蹴り飛ばした。

 盾は失ったが、鋏はまだ健在だ。そのギラリとした輝きをクローズに向けた。

 

「少々侮り過ぎていたようですね……。いいでしょう、お望み通り公務執行妨害で排除して差し上げます!」

 

「へっ、上等だ!」

 

 駆け出し、再度激突する二人のライダー。

 武器同士が奏でる金属音が二人の叫びと混ざり合い、彼らの戦いはさらにヒートアップしていった。

 

 

 

 *

 

 

 

 

 シザースとクローズが激突する横で、発端となった戦いは未だ続いていた。

 至近距離で互いに剣を滑らせるナイト、アマンダ。

 小さな傷をコツコツ稼ぐやり方では埒が明かないと、彼らは同時に距離を取る。

 

 TRICK VENT

 

 ADVENT

 

 シャドーイリュージョンによる分身。契約モンスターの召喚。

 彼らが取った戦法は奇しくも同じ人海戦術であった。

 各々がダークバイザーを構えて突撃していくナイト軍団をアマンダと三体のモンスターが迎え撃つ。

 量や質は異なれど、統率が取れた動きなのは両者同じ。となれば戦いの明暗を分けるのは質である。

 

 無数に放たれる矢の雨を突破してきたナイト達へ真っ先に飛びかかったのはホーネットだ。

 双剣の如く毒針を踊らせ、敵集団のど真ん中で一騎当千の活躍を見せるホーネットによってナイト達の動きに乱れが生じる。

 

「突き崩せ!」

 

 集団の外側からアマンダ、そしてワスプが分身達を次々と斬り裂いていく。

 その数こそ脅威ではあるものの、所詮は鏡が生み出した虚像に過ぎない。アマンダやバズスティンガーの攻撃にそう何度も耐えられる訳もなく、一人また一人と砕けていった。

 

 そしてついにナイトは最後の一人────つまりは本体のみになった。

 

 数的優位を覆され、気付けばアマンダと三体のモンスターに包囲された状態のナイト。

 それでも衰えない戦意を剣から読み取ったアマンダは一斉攻撃の指令を下した。

 矢、毒針、剣、三つの攻撃が同時に到達し────そして砕け散った。

 目の前で破片となって飛び散ったナイトが本体でないことなど、誰の目にも明らかだ。

 

「これも分身……! しまった!?」

 

 慌てて上空に目を向けるも、翼を広げたナイトは既に目前にまで迫っていた。

 

「オオオオオオーッ!」

 

「上か……!」

 

 地面に激突する勢いで飛び込んできた漆黒の翼は瞬く間にバズスティンガーをなぎ倒し、アマンダさえも斬りつける。

 例え地上で不利であろうと、空中戦においてナイトの右に出るライダーはいない。アマンダは対空攻撃を試みることすらできない。

 そして再び上昇したナイトは切札のカードを抜き、ダークバイザーに装填した。

 

 FINAL VENT

 

「ハアーッッ!!」

 

 螺旋を描くマントと一体となって突っ込む飛翔斬。

 ナイトのファイナルベント、必殺技と呼ぶに相応しい一撃がアマンダを貫かんとする。

 食らえば即死は必須であるが、アマンダには一切の焦燥もない。

 

 GUARD VENT

 

 バイザーから告げられた指令に従い、アマンダを取り囲むバズスティンガー達。

 アマンダを台風の目として回転を始めたモンスターはやがて三色のの竜巻となる。

 ただの肉壁と侮ることなかれ。三体のモンスターによる息を合わせたこの強固な連携を貫ける技はそうはない。

 

 そしてそこへ到達した飛翔斬との凄まじい削り合い。だが、その拮抗は一瞬で終わる。

 飛翔斬の失敗という形で。

 

「ぐあぁッ!?」

 

「詰めを誤ったな」

 

 吹っ飛び、地面に叩きつけられたナイトの仮面から呻き声が吐き出された。

 苦痛を堪えて剣を支えになんとか立ち上がろうとするも、モンスターを従えたアマンダに見下ろされていた。

 殆どの手札を切ったナイトと余力を残したアマンダ。勝敗は既に喫していた。

 

「……何故トドメを刺さない」

 

「何度も言うが、私はライダーバトルに興味はない。降りかかった火の粉は払うが」

 

 アマンダもバズスティンガーもこれ以上交戦する意思は見せない。

 地に膝を着けたナイトに興味を失ったように去っていくアマンダの背中がどうしようもなくイラつかせた。

 

 ────巫山戯るな! 

 

 このライダーバトルに蓮は自分の全てを賭けている。

 ライダーでありながらライダーバトルには興味は無い?

 恵里の病院を襲っているのは自分ではない? 

 

 だからなんだというのだ。例え犯人でなかろうと、バトルに消極的であろうと、ライダーである限りは倒すべき敵なのだ。

 そんな相手に情けをかけられた自分が何よりも不甲斐なく感じ、ダークバイザーを握る力が増す。

 

 怒りが力となり、ナイトの身体を半ば弾けるようにして立ち上がらせた。

 その無防備な首を一思いに貫き、見逃したことを後悔させてやろう。そんなビジョンを描きながら飛びかかるナイト。

 

 そんなナイトの反撃に気付きながらも、アマンダは緩やかに首を向けるのみ。防御には間に合いそうもない。

 このまま首を刺してしまえばナイトの逆転勝利だ。

 

 だが────

 

「戦っている時からわかっていた。君では私を殺せないと」

 

 ダークバイザーの剣先はアマンダの数センチ前で止まっており────

 

「戦意は十分。だが殺意は中途半端。あのファイナルベントも殆ど勢い任せだったんだろう」

 

「……ッ」

 

 そうなるのがわかっていたかのように、アマンダはその剣先を見つめていた。

 その視線が自身を見透かしているように感じて、ナイトの言葉が詰まる。剣を進めようと力を込めても、ダークバイザーはアマンダの首に触れることすらできない。

 

 恵里を救う為に12人を犠牲にするつもりだった。覚悟を決めていた。

 しかし、現実はそんな覚悟を嘲笑うかのように異なっている。

 

「何か止むに止まれぬ事情があったことは察する。だが君は止まるべきだ。職業柄、破滅に向かう人を見るのは好ましいと思えない」

 

「黙れ!」

 

 それ以上言わせてなるものかと剣を叩きつけようとしても、軽く躱されて終わる。

 拭いきれない自分の甘さを思い知らされた故か、剣を持つ腕は鉛のように重い。

 その重みに負けたのか、もう剣は上がらなかった。

 

「秋山さん……!? 何をしているんですか!」

 

 顛末を見ていたシザースから驚きと非難の言葉が投げかけられる。

 無防備な相手を前に項垂れるナイトを信じられないといった様子で叫ぶが、ナイトは動かない。

 小さく舌打ちを漏らすと、シザースはクローズを蹴り飛ばしてからカードを抜いた。

 

「ならば私が倒すまで!」

 

 FINAL VENT

 

 シザースの契約モンスターであるボルギャンサーが出現すると共に主を高く打ち上げる。

 十分な高度を確保し、高速回転し始めたシザースの身体は一つの巨大な砲弾となる。

 落下し直撃した相手を打ち砕くファイナルベント、シザースアタックがアマンダへと発動されたが、それを指を咥えて見守るクローズではない。

 

「やらせるかよ!」

 

 Ready Go! ドラゴニックフィニッシュ! 

 

 クローズドラゴン・ブレイズが放った蒼炎のブレスに乗って跳躍したクローズ。一際強く燃え上がった足を振りかぶりながら突き進む。

 一直線に進むシザースアタックに横から接触する瞬間、爆熱の飛び蹴りがシザースという砲弾を蹴り飛ばした。

 

「ぐぁああッ!?」

 

 派手に吹き飛んだシザースの身体は壁を破壊し、破片の中に転がされた。

 多少手加減されたとはいえ、必殺技を横からぶち込まれて無傷でいられるはずもない。メタリックオレンジの装甲は所々が焼け焦げ凹んだ痕がある。

 破片を押し退けはしたが、肩で息をしながら壁にもたれかかっているシザースはどう見ても満身創痍だ。

 

「あぁ悪い、加減ミスっちまったかもしんねえ」

 

 必殺技をかましておいて悪びれるのもおかしな話だが、クローズにはそういった自覚は全く欠けていた。

 しかし全力の一撃がその手加減に及ばなかったのは看過できず、シザースは口惜しげにアマンダとクローズを睨む。

 

「これで諦めたわけではありません……必ずやあなたを倒し、事件を解決してみせる……!」

 

「……何を言っても無駄か。刑事の視野がここまで狭いとは正直思いもしなかった」

 

 去るシザース。呆れるアマンダ。ストレッチするクローズ。

 

 その誰とも話さず、ナイトはただ項垂れていた。

 

 

 

 *

 

 

 

 嵐のような時間は過ぎて、夜が訪れた。

 

 あれだけ五月蝿かったマスコミ達も夜になれば数は疎らになり、静寂が支配する暗闇。

 その暗闇は人目を偲ぶには最適だった。今まさに小声で会話している二人の男のように。

 

「どういうことだ須藤! あんなバケモノが本当に出るなんて聞いていないぞ!」

 

 詰め寄るその男は被害者となっていたあの刑事であった。

 襟に掴みかかるその様子から、彼は混乱の極みにあるのだろう。

 そんな彼に須藤は苦笑し────乱暴に払い除けた。

 

「中々に迫真の演技でしたよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 奏や龍我が駆けつける直前、確かにこの刑事はモンスターに襲われていた。

 異なる事実があるとすればそれは────彼を襲ったのは蟹のモンスターであり、それも襲う振りであったこと。

 

 全ては須藤が奏に濡れ衣を着せるための芝居だったのだ。

 

「これで例の件は黙っていてくれるんだよな!? な!?」

 

「汚職の件ですか? 勿論ですとも」

 

 汚職を見逃す代わりに言うことを聞く。それが須藤が彼に出した条件だった。

 土壇場で素晴らしい演技をしてくれたものだと心からの拍手を送る須藤。

 顔だけ見れば爽やかであることが不気味で、刑事は引き攣った笑みで返す。

 

「じゃ、じゃあ俺はこれで────」

 

「ああ、言い忘れていました」

 

 須藤はその場を後にしようとした刑事を呼び止める。

 刑事は振り返ってしまった故に、側にある窓ガラスから歪み出た鋏に気付かない。

 

「私のモンスターの餌となってくれたこと、ありがとうございます」

 

 

 

 

 

 

 

 かつての同僚が喰われる光景を須藤は眉一つ動かさずに見ていた。

 ボルキャンサーのグロテスクな食事を見守るのも彼には慣れたもの。何せここ数日で多くの患者を餌としてきたのだから。

 捜査の過程で手に入れた情報があれば、病院の迷惑患者を調べ上げるのも大した苦にはならなかった。

 

「ああいう最後は迎えたくないものですね……」

 

 ありえない話だが、と付して立ち去ろうとする須藤。

 そんな彼からは昼間の真面目な刑事の顔は微塵も見られない。

 

 ボルキャンサーにたらふく餌を与え、適当なライダーに罪を擦りつける────それが須藤の目論見だった。

 当初は浅倉にする予定であったが、この病院の副院長がライダーなのは嬉しい誤算だった。

 

 しかしあの青いライダーの邪魔もそうだが、ナイトがあそこまで腰抜けだとは須藤も想定してなかった。

 こうなればまた新たな策を講じなければならない。

 

「……ん?」

 

 カラカラ……という小さな音を須藤の耳が拾った。

 音の出所に目を向ければ、そこには台車とダンボール。それを押してきたであろう人はいない。

 警戒心を抱き始めた須藤がダンボールを開けようとした時、聞こえる筈のない声がした。

 

「いいツラしてるじゃねえか。どこに出しても恥ずかしくない立派な悪徳刑事だ」

 

「誰だッ!?」

 

 即座に飛び退き、周囲に最大限の警戒を張る須藤。

 だがどれだけ見渡せども人の気配は全くしない。

 

「そんなにビビることはねえ。俺様ならこの箱の中さ」

 

「何……?」

 

 半信半疑でダンボールを開いた須藤は中に小さな目玉らしき物体があることに気付く。

 ダンボールや台車をどれだけ調べてもおかしな点は見当たらず、この目玉から声が出ていると見て間違いなさそうだ。

 

「言っとくがこれはスピーカーでもなんでもねえ。嘆かわしいことに俺様自身の身体なのさ……おっと、名乗るのが遅れたな。俺様はネガタロス。『スーパーネガタロス軍団(未定)』の首領だ」

 

「……ほう、それはそれは。で、私に何の用だと言うんです」

 

 失笑モノの自己紹介にも平静を崩さずに付き合う。

 こんな玩具同然の相手に何を真面目にやっているんだか、と呆れる気持ちもあったが、それ以上にこのネガタロスは油断ならない相手なのだと須藤の本能が告げていた。

 

「ククク……そう難しい話じゃねえ。スカウトだよ」

 

 ネガタロスが放ったその言葉には流石の須藤も耳を疑わざるを得なかった。

 

 

 

 





よーやく色々と動き始めました。そして裏切りが早すぎる……やっちゃってくださいよぉ!レイキバさん!


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最凶ライダー


タイガは英雄
ガイはホモ



 

 

「アアッ!」

 

 その声を聴いた多くの者が同じ人間の叫びとは思わないだろう。

 獣か、はたまたより恐ろしい怪物か。

 

 或いは────浅倉 威か。

 

「ハァ……イライラするんだよ。どいつもこいつも……!」

 

 ボサついた髪からギラリと覗く眼。蛇柄のジャケットの合間には生傷の絶えない肌。これが浅倉威。

 

 行き場を失った衝動を吐き出すように鉄パイプを振るい、廃棄されていた車に叩きつける。

 割れる物は全て壊し、鉄パイプが使えなくなるまでボディを凹ませても浅倉の苛立ちは治らない。むしろ増していく勢いだ。

 

 浅倉がいるのは騒動の渦中にある病院からさほど離れていない資材置き場。

 誰よりも戦いを望む彼がこんな人気のない場所で燻っているというのもおかしな話だが、そうせざるを得ない理由がある。

 脱獄囚として顔が知れ渡っている彼がマスコミや刑事でごった返しているあの病院に近づこうものならどうなるか。少なくとも戦いどころではなくなる。

 暴力衝動に突き動かされるまま生きる浅倉でもそれくらいは考えて行動しているのだ。

 

 しかし、保身的な考えに囚われてほんの目と鼻の先にある祭りを見逃す浅倉でもない。

 我慢の時間ももうじき終わる。

 

「……来たか」

 

 浅倉は資材置き場に入ってきた一組の男女を視界に収めると、尻のポケットから紫のデッキを取り出す浅倉。

 これからの戦いを考えるだけで身を焦がす苛立ちは綺麗さっぱり蒸発していた。

 

「浅倉……! まさかこんなところに隠れていたなんて」

 

「ね、俺の言ったとーりだったっしょ?」

 

「ハッ……俺もここにいるのはいい加減飽き飽きしてた。だがやっと……戦える」

 

 霧島 美穂と芝浦 淳。

 退屈はしなさそうだと浅倉の顔が歪む。

 それが彼なり喜を表しているのだと気付いた美穂に怖気が走った。

 

「どうした? まさか今更逃げるつもりじゃないだろう?」

 

「誰が……! あんたは私が倒す!」

 

「そーいうこと。2対1だけど、卑怯なんて言うなよ?」

 

 勇ましく突き出された白のデッキと黒のデッキ。

 それに合わせて紫のデッキもまたユラリとガラス片に映し出された。

 

「「「変身!」」」

 

 

 

 *

 

 

 

 浅倉の居場所を知っているから一緒に討伐してほしい。

 

 それが芝浦が美穂に話した内容だった。

 二つ返事で快諾した美穂はそのまま芝浦と共に行ってしまい、大地もその後に続こうとしたのだが。

 

『昴くんを一人にしてどうする気よ。私なら大丈夫だから、あんたはあの子に付いててあげなよ』

 

『でも……』

 

『そゆな心配そうな顔すんなって! さっきはあんなこと言っちゃったけど、いくらアイツでも2対1ならきっと勝てる』

 

 そう言って気丈に振る舞っていた彼女には隠しきれない緊張があった。

 だが昴を一人にしておけないのも確かであり、大地には二人を見送る他無かったのだ。

 それから店を出た大地と昴は病院へと戻ろうとした。

 

「それでね、お父さんがお味噌しるをすっごくしょっぱくしちゃってね」

 

「うん……」

 

「……お兄ちゃん?」

 

 美穂は無事だろうか、彼女は浅倉を殺してしまったのだろうかという考えが悶々と頭の中でループしている。

 そのせいで昴との会話もどこか上の空になってしまい、さらにそんな思い詰めた表情をしていれば昴だってどこか変だと思うだろう。

 つぶらな瞳で見上げる昴にようやく気付き、大地は慌てて謝る。

 

「ごめんごめん、その……お兄ちゃん今朝からちょっと寝不足気味で……あはは」

 

 咄嗟に思いついた苦しい言い訳をするも、昴は微動だにしない。

 あまりに純真で澄み切った瞳に────微かな怯えが走った。

 

「ごめんなさい!」

 

「えっ」

 

「ぼくのお話がつまらないから! ごめんなさい!」

 

 またしてもこの言い慣れてしまっている「ごめんなさい」が出てしまった。

 そのままたたた、と駆け出して行く小さな背中を追いかけようとした大地に振り向いた昴。自身を遠ざけるように大きく腕を振っている。

 

「もうすぐそこだから、送ってくれてありがとうお兄ちゃん!」

 

 早口気味に言葉を並べて、一刻も早く大地の前から消えねばならないというかのように昴は病院に向かって走っていってしまった。

 上手く言葉にはできないものの、やはり昴が時折見せるあの態度は見過ごせない。すぐにでも追いかけたいとは思う。

 

 ────だが。

 必死に謝ることに慣れきってしまった少年。

 殺人鬼へと立ち向かった女性。

 大地が向かえるのはただ一つ。

 

「僕は……」

 

 決断に要した時間はさほど長くなかった。

 

 

 

 *

 

 

 

 紫の蛇のライダー、王蛇。

 浅倉が変身したそのライダーはミラーワールドに着くや否や、身体をほぐすように唸らせる。

 その仕草はまるで本物の蛇のようで、つくづくこの男は人間ではないのだとファムは実感した。

 

「じゃ、お先にやらせてもらうよ」

 

 戦闘開始の火蓋を切って落としたのは勇敢にも突貫していくガイであった。

 サイを連想させるその鎧の印象に違わぬ猛烈な突進で王蛇に迫る。

 まずは自慢の大角を備えた左肩でタックルをかますつもりなのだろう。

 

「ハッ」

 

 SWORD VENT

 

 だが王蛇はそんな勢い任せの攻撃を鼻で笑い、ベノサーベルという剣を召喚した。

 ガイのタックルを易々と躱し、その背中に思い切り剣を叩きつける。

 ライダー屈指の防御力を誇るガイの装甲であったが、契約モンスターであるベノスネーカーの尾を模した剣の一撃はそれ以上だ。

 突進の勢いも手伝って、吹っ飛ばされたガイは頭から資材の山に突っ込んでしまった。

 

「アイツ、とんだ口だけ野郎かよ!」

 

「つまらん……お前はもっと歯応えがあるよなぁ。霧島美穂ォ……!」

 

「そんな口もすぐに叩けなくさせてやる!」

 

 GUARD VENT

 

 ファムが構えたのは白い翼の盾、ウイングシールド。

 その盾にブランバイザーの細い刀身が走れば、本当に翼であるかのように羽が舞う。

 羽が雪の如く降り落ちる幻想的な風景に溶け込み、姿を隠すファム。

 ファムがいた場所目掛けてベノサーベルが振るわれるも、結果は羽がひらひら舞い散るだけ。

 

「アァ……?」

 

「そこだ!」

 

 羽が織りなす雪景色から現れたファムが背後から剣で一閃。

 野生の勘で直撃は免れたものの、次の瞬間には姿を消しているファムに王蛇のイライラが蓄積していく。

 彼が求めているのは一方的な蹂躙でもなければ、正々堂々とした勝負でもない。

 いつ果てるとも知れない暴力の応酬。イライラを消せるだけの快楽。それこそが王蛇の求める戦い。

 

「アアァッ!」

 

 だがどんなに吠えようとファムに剣は届かない。

 ウイングシールドの幻覚は王蛇の視界を惑わし、細かな傷が刻まれていく。

 当たらない剣を振り回していても仕方ないと考えた王蛇はそこでピタリと動きを止めた。

 それを好機と見たファムは首筋を狙った鋭い突きを放つ。

 

 ADVENT

 

 だが、その時響いたおぞましい咆哮には思わず剣を止めてしまった。

 羽を吹き飛ばしながら現れた巨大な蛇──ベノスネーカー。王蛇が召喚した契約モンスターである。

 彼が動きを止めたのはベノバイザーにカードを入れるためなのだと気付いた時には既にベノスネーカーの毒液が吐き出されていた。

 咄嗟に受け止めたファムのウイングシールドは瞬く間に溶解していき、王蛇を惑わしていた羽も消失してしまった。

 

「な、なんで……」

 

「どうした? 手品は終わりか?」

 

 ウイングシールドを失った今、ファムにはベノサーベルによる強烈な斬撃を受け止めきれなかった。

 悲鳴と共に吹き飛ぶファム。血の如く噴き出した火花を浴び、王蛇の飢えが満たされていく。

 

「ハハハハハハッ! やっぱりいいモンだよなァ! 戦いってやつは!」

 

「バケモノめ……!」

 

 やはりこの男は人間ではないと改めて実感する。

 悔しいがファムだけの力では到底及ばないだろうということも。

 だが、ファムはそこまで状況を悲観していなかった。

 王蛇の執拗な斬撃をいなしている途中、ようやく復帰したガイの姿が目に映ったからだ。

 

(よし、私が浅倉を抑えている間に背後からやってくれ!)

 

 声に出さずとも、この状態を見れば自ずと察してくれるはずだ。

 そんな期待に応えるように、気怠げに身体を揺らしていたガイはカードを抜いていた。

 

 STRIKE VENT

 

 腕をすっぽりと覆い隠すほどに大きい武器、メタルホーンを装備したガイ。

 あれが見た目通りの攻撃力を発揮してくれれば、いくら王蛇といえどひとたまりもないはず。

 幸い先の電子音声も王蛇には聞こえていないようだ。

 

(やれ芝浦!)

 

 無言のアイコンタクトにコクリと頷くガイ。

 防戦一方のファムに剣を叩きつけるばかりの王蛇の背中目指し、ゆっくりと忍び寄っていく。

 

 ここで手痛い一撃を与え、二人がかりで一気に攻めたてる。

 そんな勝利へのヴィジョンをなぞって、ガイは高く跳躍し────

 

「なっ……!?」

 

 

 メタルホーンの先端がファムの胸部に直撃した。

 

 

 

 味方と認識していた相手からの攻撃なんて防げるわけもなく、ファムは地面に這い蹲ってしまう。

 咄嗟に立ち上がろうとして、しかし胸部に走った激痛がそれを許さない。呼吸だってままならない。

 鉛の味がする塊を仮面の内側に吐き出して、なんとか持ち上げた頭をガイに向ける。

 サイの仮面の奥に軽薄なニヤつきが見えて、尚更疑問が深まる。

 

 何故、どうして、意味がわからない。

 

「あ……んた、な……ゴフッ、ゴフッ!」

 

「あー? 何言ってんのかわかんねーよ。……まあ大体察しはつくけどね」

 

 ケラケラ笑うガイ。

 その背後で退屈そうにしているが、攻撃する気配は見せない王蛇。

 

 彼らは最初からグルであり、自身は嵌められた。状況はそう物語っているが、その動機がファムには理解できない。

 どうして、こんな凶悪犯と手を組んだのかと。

 

「俺もさ、こんなライダーだらけのお祭りは楽しみたいわけ。でもどいつもこいつも手を組みやがってさ。流石に不利だから俺も心強いパートナーが欲しかったんだ」

 

 ガイはそう得意げに語りながら、王蛇の肩に手を乗せる。

 もっともその手はすぐに払い除けられたが。

 

「で、思うように動けない浅倉なんかはうってつけだったよ。俺がライダーを誘き寄せてコイツが思うままに暴れる。どう? 悪くないでしょ」

 

「フン……おい、なんでもいいがこの女は俺が殺る。お前はそこで見てろ」

 

 ガイがどれだけペラペラと口を回そうと、王蛇には興味のないことである。

 王蛇は半ば蹴り飛ばす形でガイを押し退け、肩に乗せたベノサーベルを持ち上げる。

 これから自身に降りかかろうとしている暴力の嵐に備えて、ファムはデッキに手を掛けるが、目ざとく見ていた王蛇の足に頭部を揺らされてしまう。離脱のためにアドベントするなど許されはしない。

 

「せっかくだ、もう少し遊んでいけよ」

 

「うぅ……」

 

 姉の仇が目の前にいるのに、もはやファムにはどうすることもできない。

 せめて最後に一矢報いたいとは思うが、それすら叶いそうにない。アドベントのカードさえも先の一撃で吹き飛んでしまった。

 悔しさに振り上げたブランバイザーが地面に当たり、軽い音を立てた。

 

(詐欺師やってる私が騙されて殺されるなんて……はは、笑えないね。これも天罰ってことなのかな)

 

 諦めたつもりは無い。だが、後ろ向きな感情は湧いてしまう。

 抗おうと身動ぎする頻度も徐々に減っていき、ゆっくり近付いてきた王蛇はそんなファムをつまらなそうに見下ろす。

 アァ、と首を回した王蛇から何度も踏みつけられ、その度に装甲がミシミシと悲鳴を上げる。しかし、王蛇が求めているのはそんな反応ではない。

 

「おい……久々の戦いなんだ。もっと俺を楽しませろよ」

 

 王蛇は片足をファムに乗せたまま挑発するが、それを払い除けることすら今の彼女には難しい。

 もしガイの不意打ちがクリーンヒットしていなければもう少しマシな勝負になっていたのであろうが、ここでは意味のない仮定だ。

 拍子抜けしてしまう手応えの無さを嘆くように息を吐き、ベノサーベルを持ち上げる王蛇。

 

 

 しかし、そこで誰もが予想していなかった救援が現れる。

 

 

 突如飛来した数発の光弾。

 王蛇を焼き、吹き飛ばしたそれらの出所は轟音を響かせてやってきた巨大なマシンからであった。

 ジェットスライガーと呼ばれるそのマシンを乗り捨てて、一人の戦士が降り立つ。

 この場にいる誰もが見たことのないライダーであったが、ファムだけはその黒いベルトに見覚えがあった。

 

「あんた、まさか大地?」

 

 コクリと頷き、ファムを庇うように立つDDデルタ。

 不安を掻き立てる嫌な予感に従い、ミラーワールドを駆け巡った結果偶然ここに辿り着いたのだ。

 

「霧島さんは逃げて。僕が、あなたを守ります!」

 

 

 *

 

 

 デルタムーバーを手に構えるDDデルタ。

 自分の到着が遅れたばかりにファムはこんなにも傷ついてしまった。そんな罪悪感から銃を握る手に力が入る。

 

 そして突然現れたライダーに首を傾げていたガイはその声を聞いて合点がいったようにポン、と手を打つ。

 

「ああ〜、あんたあの時いたガキかぁ! へえ、結構強そうな見た目してんじゃん」

 

「……やっぱり芝浦さんなんですね。これも彼女を騙すための罠……!」

 

「ヒュー! まさにお姫様を守りにきた騎士って感じ。けどそういうノリは今いいから」

 

 悪びれる様子もなく、ファムに向かおうとするガイ。

 やらせはしないと放とうとしたデルタムーバーの斜線に紫の影が揺れる。

 ベノサーベルとデルタムーバーがかち合い、斬撃の重みがDDデルタを痺れさせる。剣を小銃で受け止めるなんて無茶はそうそうするものではないと自戒すると同時に、DDデルタは目の当たりにした王蛇というライダーに息を呑む。

 

「いいぜ。お前の方が遊び甲斐がありそうだ」

 

「遊びなんかじゃない! 僕は彼女を守りに来たんだ!」

 

「なんだっていい。俺と戦えぇ!」

 

 拮抗は長く続かず、DDデルタに剣が叩きつけられる。

 しかしただではやられず、倒れながらも放ったフォトンブラッドの白いレーザーで王蛇を撃ち抜く。

 それは牽制に終わらない威力のはずなのだが、身体に張り付いた高熱の痛みは王蛇をますます興奮させた。

 

「ハハハ、ハハハハッ!」

 

 この世界に来てからというもの、個性的に過ぎるライダー達を見てきたが凶暴性ではこの王蛇の右に出る者はいない。そう確信してしまうほどに彼は狂っている。

 

 だが、そんな彼の興味がDDデルタに向いているのはある意味幸運だ。

 

「あー、じゃあ俺があの女殺るけどいいよねぇ? ……聞いてねえじゃんあいつ」

 

 すっかりDDデルタにお熱な王蛇に呆れつつ、ファムにトドメをくれてやろうとするガイ。

 そんな彼の言葉をDDデルタはしっかり聞いている。

 

「させない!」

 

 KAMEN RIDE DARK DRIVE

 

 ベノサーベルを脇に押さえ込みながら、DDデルタが発動したのはダークドライブのカード。

 するとガイの目の前に黒と水色の粒子が現れ、一瞬で人型を形成する。

 召喚されたダークドライブの近未来的な外見にガイはへぇ、と感心したような声を漏らした。

 

「そんなこともできるんだ。結構面白いじゃん」

 

「す、スタートアワーミッション!」

 

「OK」

 

 指令を理解し、ファムを守るために立ち塞がるダークドライブ。

 遠隔操作であろうとも、指折りの実力を誇るダークドライブならばガイの足止めには最適だろう。

 そしてこうすることでDDデルタも王蛇の相手に専念できるというわけだ。

 

 近接戦には向かないデルタムーバーを放り捨て、剣に変えたライドブッカーで再度王蛇と打ち合う。

 相変わらずの腕力だが、それでも押し負けはしない。

 

「霧島さん、今のうちに早く!」

 

「う、うん!」

 

「はぁ? 逃がすかよ!」

 

 DDデルタの叫びに従って離脱を開始するファム。

 追い縋ろうとするガイには当然ダークドライブが行く手を遮る。

 突き出されたメタルホーンを防御もせず、敢えてボディで受け止める。が、ダークドライブはビクともしない。

 規格外な硬さに仰天したガイの顔面をブレードガンナーが打ち据えた。

 

 ガイの攻撃は確かに強力。

 しかしダークドライブの装甲はファイナルベントを以ってしてようやくダメージに至るか、というレベルなのだ。

 ドライブシステムの集大成は伊達ではない。

 

 そして「守ること」と「殺さないこと」を命じられたダークドライブは必要以上の追撃はせず、ただ佇む。

 それを余裕と受け取ったガイの苛立ちがメタルホーンを振るう勢いを強めるが、それでも届きはしない。

 

「かったいなぁ……! かなりウザいわ、お前」

 

「……」

 

 頼りになるダークドライブの姿に安堵したDDデルタは今度こそ意識を王蛇に集中させる。

 最初こそ彼の放つ威圧感にたじろいだものの、落ち着いていれば対処できない相手ではない。

 王蛇が強敵であることは疑う余地もないが、それでも過去に対峙したドレイクやサガなどに比べればまだ可愛げがあるというもの。

 

 横薙ぎの剣に対し、身を屈めて回避したDDデルタはそのまま前転して王蛇の脇をすり抜ける。

 すかさず振り返って、今度は縦に降ろされた斬撃を屈んだ状態で受け止めた。

 態勢としてはDDデルタの方が不利に見えるが、その手にはたった今拾い上げたデルタムーバーがある。

 

 王蛇の腹部に押し当てられた銃口。一瞬の躊躇の後、火を噴く。

 

「オオオオッ!?」

 

 どんな戦闘狂でも痛覚があれば怯む。しかもこれはゼロ距離射撃だ。

 叫び、後退さる王蛇へさらにライドブッカーも合わせた二丁拳銃の射撃を見舞う。

 本当はモンスターなのでは、と疑ってしまうような悲鳴を上げて吹き飛ぶ王蛇。

 

 DDデルタは一旦射撃の手を止め、ふとダークドライブ達へ目を向ける。

 

 

 ガイがファムを追いかけようとし、それをダークドライブが阻む。

 それは変わり映えしない光景であったが、ピタリと手を止めたガイの姿にDDデルタはどこか胸騒ぎを覚えた。

 

「飽きた飽きた。こんなロボットみたいなのとやりあっても全っ然つまんないし。だからさ」

 

 ガイは左手で抜いたカードを左肩に付いたメタルバイザーに投げ入れる。

 その動作は器用ではあるが、特に不審な点はない。

 どんな能力を行使しようとダークドライブはそう簡単に突破できない。

 

 ────そのはずなのだが。

 

「お前もういいや」

 

 CONFINE VENT

 

 カードの名が告げられたその瞬間、ガラスが割れる音が響いた。

 そしてそれまで健在だったダークドライブ。その姿が跡形もなく消え去ってしまった。

 

 これこそがガイの持つ特殊カード、コンファインベント。直前に使われたカードの効果を消滅させるカード。

 

「ダークドライブが……! まずい、霧島さん!」

 

「逃がすかよ」

 

 傷ついた身体のファムは未だ離脱できていない。

 警告を聞いた彼女の逃げる足は早まるが、それでも遅い。

 その後を追わせはしまいと放ったレーザーはメタルホーンに防がれてしまい、ガイのベントインを許してしまう。

 

 ADVENT

 

 地面を揺らす猛進で現れた、ガイの契約モンスターであるメタルゲラス。

 主人に忠実なモンスターの突進がファムに迫り、必死に足を動かす彼女を容赦なく吹っ飛ばした。

 

「うああああああーッッ!?」

 

「霧島さん!」

 

 サイを思わせる巨体に追突されたファムは耳を押さえたくなるような痛々しい悲鳴を上げて倒れた。

 横たわった彼女の装甲は至る所に亀裂が走り、マントだって穴だらけのボロボロだ。

 急いで助けに行こうとするDDデルタであったが、訪れた悪寒がその足を止めさせた。

 

「これで、ゲームオーバー」

 

 ガイが抜いたカードには切り札であることを示す紋章が描かれている。彼の隣には息を荒げたメタルゲラスが控えている。

 そうして彼らが見据えるのは倒れ臥すファム。

 これから何が起こるのか、など説明するまでもない。

 

 この先にある死を連想して、DDデルタは衝動的にカードを叩き込んでいた。

 

「やらせるかぁ!」

 

 FINAL ATTACK RIDE DE DE DE DELTA

 

 身体のフォトンストリームに流動する白い軌跡。

 必殺技の待機状態となったデルタムーバーの照準をガイに合わせる。

 

 DDデルタのルシファーズハンマーを直撃させれば相手を殺してしまうかもしれない。ならばポインターだけを放ち、拘束のみに留めておけばいい。

 それからファムを連れてこの場を離脱すれば万事解決する、と。

 

 そんな未来を思い描き、ポインターを放とうとしたデルタムーバーがDDデルタの手から忽然と消えた。

 

 STEAL VENT

 

「何だって!?」

 

 一体どこに、と思った瞬間にDDデルタに突き刺さる青白い三角錐。

 DDデルタの身体は完全に固定されてしまい、新たなカードを抜くこともできない。

 ガイに放たれるはずであったポインターを放った張本人は視界の端でプラプラと銃を弄んでいた。

 

「ぉオ……良い玩具持ってるな。俺にも使わせろ」

 

「あ、さ、くら……!」

 

 王蛇の特殊カード、スチールベントがポインターモードになったデルタムーバーを奪い、逆にDDデルタを拘束させてしまったのだ。

 この拘束を振り解こうとしても、上級オルフェノクですら縫い付けるモノを易々と破れはしない。

 どんなに力を込めても、腹の底から雄叫びを上げても、ポインターは動かない。

 

 そうしている間にもガイはカードをベントインし、無機質な音声が耳に届いた。

 

 FINAL VENT

 

 やめてくれ、彼女を見逃してくれと叫んでもガイは鼻で笑う。

 

 立ってくれ、早く逃げてくれと願ってもファムは動けない。

 

 身動きを封じられたDDデルタの目の前でガイが軽く跳び、メタルゲラスが駆け出す。

 眼を見張る速度で駆けるその巨体に足をかけ、メタルホーンを構えるガイ。

 モンスターと一体となった彼はさながら巨大な槍となって、一直線に猛進する。

 

 そしてガイのファイナルベント────ヘビープレッシャーがファムに到達した。

 

「やめろぉぉぉーッッ!!」

 

 

 *

 

 

 人間はこんなにも血を吐けるんだな、と美穂は思った。

 自身が吐き出した血の海でマスクが満たされて、息が詰まってしまう。まあ溺れる前に普通に死ぬのだろうとはわかるのだが、不快なものは不快だ。

 

 ガイのファイナルベントに貫かれた自身の身体を眺めてから、次にこちらを見つめる大地の変身したライダーが目に映った。

 何事か叫んでいるらしいが、あいにくもう聞こえはしなかった。

 それでもかなり悲痛な面持ちなのはマスク越しでもなんとなくわかる。

 

(そもそも最初からアンタが来てくれればこうならなかったんだよ)

 

 なんて場違いな八つ当たりなんだと我ながら呆れてしまうが、どうせ最後なんだしいいだろう。

 

 ふう、と息を吐こうとして、やっぱり血液しか出てこない。

 いよいよ終わりなのだと実感すると共に様々な感情が美穂の中を駆け巡る。

 

 浅倉 威。憎い。できれば殺したかった。

 

 芝浦 淳。ウザい。浅倉の次に殺したいクソガキ。

 

 大地。変な子。一応騙して悪く思う。

 

 そして────

 

「ごめんね……お姉ちゃん」

 

 

 *

 

 

 喉が枯れ果てるほど叫んだ。

 ファムは胸に風穴を開けられて、夥しい量の鮮血で装甲を汚しながら倒れた。

 どう見ても致命傷だとわかる、わかってしまう。そんな傷を見ても尚ビーストのドルフィマントなら助けられるかもしれないと考えてしまった。

 

 そして聞いた。「お姉ちゃん……ごめんね」という言葉を。

 

 そして見た。ファムが爆発する瞬間を。

 

 

 声は、もう出なかった。

 

 

「おっしゃ! やっぱスカッとするわ。とりあえずこれで一人脱落っと」

 

 同じライダーを、人を一人殺しておいてガイはガッツポーズをとっている。

 思わず眼を疑った。

 意識せずとも声が出ていた。

 

「……して」

 

「あ? 何?」

 

「……どうして霧島さんを! 彼女が何をしたって言うんだ!」

 

「はぁ? そりゃライダーだからに決まってるでしょ? 馬鹿なの?」

 

 ガイはメタルホーンにベッタリと付いた美穂の血を払いながら、それがさも当然であるように答える。

 そうだ、この世界では大地や手塚のようなスタンスが異端であり、彼はむしろ正しいライダーなのだ。

 それはわかっている。しかし。

 

「あー、でも強いて言うならアイツって女じゃん? 折角の楽しいゲームなのにキャンキャン五月蝿い奴がいても邪魔だしね。やっぱこういうバトルは熱く盛り上げないと!」

 

 身体の奥が燃えている。

 自分自身をも焦がしかねないマグマが沸々と滾っている。

 かつて感じた何よりも激しい怒りがDDデルタの中で湧き上がった。

 

「……ァァア」

 

 未だ身体は拘束されている。

 笑うガイと王蛇が迫ってきているが、危機感は不思議と感じない。

 仮に抱いたとして、すぐに怒りに塗り潰されてしまうだろう。

 そしてその怒りは漲る力となった。

 

「ァァァァ……ァァアアアアアーッ!!」

 

 慟哭に近い叫びを上げたDDデルタからポインターが弾け飛ぶ。

 知る人が見れば驚愕に値する事実だが、両手を広げて駆け出した王蛇には関係のない話である。

 

 王蛇とDDデルタの距離がどんどん縮んでいく。

 拘束を解除したDDデルタではあるが、その姿勢はだらしなく両手をぶら下げた無防備なもの。もっともどんな態勢でも王蛇が止まることはないが。

 

 そして両者が接敵した瞬間────王蛇が地面に叩きつけられた。

 

「があアッ!?」

 

「ヴァアアアアッ!」

 

 人間らしさを感じないその叫びは王蛇のものではない。

 凄まじい速度で彼の襟を掴み、地面に薙ぎ倒したDDデルタが発したのだと気付いたガイは思わず呟く。

 

「お前……もしかしてモンスター?」

 

「ゥウアアア!!」

 

 KAMEN RIDE GILLS

 

 返事になっていなかった。

 化け物同然に唸るDDデルタはその姿形でさえも緑の野獣となって。

 それから繰り広げられたのは一方的な蹂躙だった。

 

 ベノサーベルはへし折られ、メタルホーンは原型を留めないほどに潰されて。

 ガイの仮面を象徴する角さえも叩き折られてしまった。

 能力を行使しているわけでもなく、ただ単に強い。仮に王蛇とガイが万全な状態で挑んだとしても勝ち目は薄いと感じてしまう。

 

「「うあああっ!?」」

 

 DDギルスが腕から生やした触手で殴られ、吹っ飛ばされた二人。

 荒げていた息は少しずつ鎮まり、それでも怒りの冷めやらぬ野獣はライドブッカーを腰から取り出す。

 それがソードモードに変わるのと、DDギルスが通常のダークディケイドに変わるのはほぼ同時。

 

 FINAL ATTACK RIDE DE DE DE DECADE

 

 金色のカードが並び、ガイと王蛇へと繋がっていく。

 それが必殺の合図なのだと直感で理解したガイは温存していたもう一枚の切り札を即座に切った。

 

 CONFINE VENT

 

 消えるカードの道。

 相手の必殺技を不発に終わらせたことでガイにいくらか余裕が戻る。

 チッチッチ、と指を振って挑発までしてしまう。

 

「はいざ〜んねん。カードは一枚だけじゃないんだよね」

 

「こっちもだ!!」

 

 FINAL ATTACK RIDE DE DE DE DECADE

 

「……は?」

 

 再び並ぶカードの照準に、ガイの余裕は今度こそ消える。

 迫り来るディメンションブラストが到達する直前、辛うじて腕を交差するのが限界だった。

 視界は光とモザイクで塗りつぶされ、凄まじいエネルギーの奔流が爆発を巻き起こした。

 

 ガイと王蛇は倒れ、ダークディケイドは支えを失ったかのように腕を下ろした。

 

「ハアぁッ、はアぁッ……ふぅぅ……」

 

 胸に手を当てて、自分を宥めるダークディケイド。

 暴走という名の嵐が去り、整えようとする息遣いが響く。

 その仕草すら癪に障るが、ここが退き時であるとわからないガイではない。

 普段なら喜んで戦闘続行しそうな王蛇も珍しく彼と同じく撤退を選ぶ。

 

「あんの野郎……次会った時はぜってーぶっ殺す!」

 

「おい、アイツは俺の獲物だ。お前は誘き出すだけでいい」

 

「それでまたコテンパンにされんだろ? いいから俺に任せとけって」

 

 二人がかりで逃げを選ぶのはガイにとって計り知れない屈辱だった。

 しかもあんな子供にやられたという事実もまた彼を苛立たせる。

 

「二人が駄目なら三人だ……見てろよ」

 

「……フン。まあなんでもいい」

 

 ブツブツと呟きながら立ち去るガイ。

 それを見つめる王蛇は呆れたようにそれを見つめていた。

 

 

 

 *

 

 

 

 ガイと王蛇が去った後も、ダークディケイドはその場に佇んでいた。

 震える腕を呆然と見つめ、また周囲にも目を向ける。

 壊れた武器やら、砕けた地面やらを見て本当に自分がこれをやったのかと信じられない気持ちが湧いてくる。

 

 怒りに身を任せて暴れ、他のライダーを殺しかけた。

 いや、寸前で手加減していなければ間違いなく殺していた。

 

「僕は……僕は……!」

 

 霧島 美穂という女性を理解することは最後まで叶わなかった。

 詐欺師で、でもなんとなく良い人で────それ以上は何も。

 それだけの関わりしかなくても、死んで欲しくなかった。だからこそ激情が溢れてきた。

 

 あんなにライダーバトルを否定しておいて、結局自分は殺そうとした。

 口では綺麗事をほざいておきながら、衝動に負けてしまった。

 これが自分の本性なのだと思い知らされた。

 

「────」

 

 徐々に身体が重くなる。

 常識を遥かに超えた身体能力を発揮した代償は払わねばならない。

 意識が遠のいていき、身体も支えられなくなった。

 

 ダークディケイドが地面に身体を預けようとして、最後に見えたのは白い脚。

 

(僕は────悪い、人なのかな────)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「wゥブ、wゥブwゥブ」

 

 気絶したダークディケイドをシアゴーストの群れが取り囲んでいた。

 ミラーワールドでの滞在が許された時間が迫り、黒い装甲は粒子を上げ始めている。

 この獲物を食い尽くすべく、我先にと飛び出そうとするシアゴースト。

 そんな群れを止めたのは、とある一声だった。

 

「やめて」

 

 たった一声────それだけでシアゴーストは一匹残らず停止した。

 その集団を掻き分けて、一人のライダーがダークディケイドを抱えた。

 

「お兄ちゃんを食べないで」

 

 その白いライダー、レギオンはあどけなさの残る声でそう言った。

 

 

 





芝浦「うはw 浅倉手懐けたったwww」

浅倉(とりあえず利用してやるか……)
ぐらいの関係性。


何ヶ月ぶりかの仮面ライダーレギオン。多くは語るまい。
これで年内最後の更新です。来年もよろしくお願い致します!


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ネガタロスの罠

ちょっと巻きでいきます


 

 

 灼熱の日差しに照りつけられて、龍我の顔から一粒の汗が流れる。

 滴り落ちたその一滴は地面を濡らすことなく、遥か下の海に消えた。

 龍我は続いて流れようとした雫を拭って、コンビニで買った炭酸飲料で喉を潤す。

 

「暑いし高え……でも落ちたら寒いだろうな〜」

 

 荒れ狂う高波が押し寄せる断崖絶壁。

 その淵に座って足をぶらぶら遊ばせていた龍我は、下を覗き込んでそう呟いた。

 ひと昔前、今は亡き恋人──小倉 香澄と一緒に観たドラマで同じような場所が出てきたな、なんて思い出しながら時間を潰している。

 

「なんだっけあのドラマ。確か暗殺がどうのこうのとか────にしても遅えな……いつまで待たせんだよ」

 

 思い出せそうで思い出せないモヤモヤを抱えてウンウン唸る。

 ぶっちゃけどうでもいいことではあるけども、一度気になり始めたら思い出さないと気が済まない。

 何もこんな場所で考え込まなくても、と思わなくもないが、別に好き好んでこんな場所にいるのではない。

 龍我はとある人物に呼び出されたためにここにいる。

 

 それから程なくして、待っていた相手がやって来た。

 

「待たせたな、万丈」

 

 そう、龍我を呼び出したのはネガタロス。

 しかも眼魂を持ってきたのが須藤という意外な組み合わせだった。

 悪の組織がどうのとか言って止まない奴が刑事といるのは、どういう風の吹き回しなのか。

 

 ジロリと須藤を見て、龍我は唐突に声を上げた。

 

「……あー!」

 

「な、なんですか」

 

「思い出した! 『刑事ギリィ』だ!! こんな感じの崖で推理してたんだよ! あースッキリした」

 

「……それはなによりです」

 

 一人で勝手にスッキリしているだけの龍我にも、須藤は努めてにこやかに返事してくれた。

 以前は一悶着あったが、水に流してくれたようでなによりである。

 

「……ところでよ、なんであんたら一緒にいるんだ?」

 

「俺様は眼魂なんだから誰かに運ばれなきゃならんだろ。馬鹿か? ……いや、すまん馬鹿だったな」

 

「てめぇ、だから筋肉を────ってそうじゃねえよ! なんでクソ暑い真夏にこんなとこで待たせんだよ!」

 

「そう喚くな。ほら、アイス買ってきてやったぞ(須藤の金で)」

 

 ぶつくさ言いつつ、差し出されたアイスはしっかり貰う龍我

 そんな彼には「ちょろい奴だ」というネガタロスの呟きは聞こえていなかった。

 

「ほえて、なんえおえよふだんだよ(それで、なんで俺呼んだんだよ)」

 

「食ってから話せ! ────まあいい、実は須藤がお前に話したいことがあるそうでな。なぁ?」

 

 話を振られた須藤はようやくか、と息を軽く吐いてから頷く。

 

「このネガタロスさんから事情は伺いました。あなたは別世界から迷い込み、帰る方法を探していると。私なら助けになれるかもしれません」

 

「んぉ!? マジか!」

 

 龍我は驚き、咥えていたアイスの棒をポロっと落としてしまった。

 こんな唐突に、しかも元の世界に帰れるかもしれないなんて言われれば無理もない反応だ。この世界に来てから数週間、自分が元いた世界のことを考えない日は無かったくらいなのだから。

 荒波に攫われていくアイスの棒に目も振らず、須藤に掴みかかったが、やんわりと押し戻された。

 

「まずは落ち着いてください。実はあなたがしていたベルトと同じ型の物を見たことがあるかもしれません。確認させてもらってもよろしいでしょうか?」

 

「お、おお」

 

 龍我は言われるがままにビルドドライバーを差し出した。

 受け取った須藤は興味深そうに眺め、そして微笑んだ。

 

「ありがとうございます────それではさようなら」

 

「はぇ?」

 

 次の瞬間、龍我の身体は須藤に蹴り出された。

 

 

 *

 

 

 崖から転落し、海の藻屑と化した龍我。

 自身が零した棒と同じ運命を辿ったとはあまりに哀れな男だ、と須藤は下を覗き込んで笑った。

 これだけ高い崖と波だ。変身アイテムだってこちらにある以上、万が一にも助かることはあるまい。

 

「まさかここまで簡単に事が済むとは思えませんでした。どうやらあなたは信用に足るようです」

 

「ククク……だから言っただろう? 馬鹿は扱いやすいんだ」

 

 奇妙な共闘を持ちかけられた須藤であったが、そう簡単に信用はできない。

 その返答を見越していたネガタロスは「ライダーを一人始末してみせる」と言ってのけたのだ。

 その結果、変身すらせずに邪魔者を減らすことができた。しかも未知の変身アイテムまでおまけで付いてきた。

 

「しかし解せませんね……彼は仲間だったのでしょう?」

 

「俺様に仲間は要らねえ。必要なのは有能な部下だけだ。アイツは実力だけならそこそこだが、オツムが残念だったんでな。ま、切り捨てる候補第二位のことなんざもうどうでもいい」

 

「なるほど」

 

 そう語るネガタロスの言葉に嘘の気配はない。

 呼び出せば即座に応じてくれる時点で龍我はネガタロスのことを仲間と認識していたようだが、その末路がコレでは流石の須藤も同情は禁じ得ない。馬鹿とお人好しは損する世の中だとつくづく実感する。

 

 だが、何はともあれこれで須藤の邪魔者は一人減った。ネガタロスは自身の有用性を示してみせたのだ。

 

「こんなもんはまだ序の口だ! 序で序に序過ぎるほどな。俺様の組織復興のため、お前にはこのライダーバトルに勝ち残ってもらう! さあ次だ! 次のライダー潰しに行くぞ!」

 

 この喋る目玉がスカウトと称して須藤に共闘を持ちかけてきたのも、知り合いを裏切ってみせたのも、全ては最後の一人だけが叶えられる願いのため。

 子供番組に出てくるような悪の組織を本気で立ち上げようとしていると知った時にはドン引きしたが、豪語するだけの能力は確かにある。

 少なくとも他のライダーと組むよりはよっぽどマシかもしれない。

 

「ええ、行きましょうか。ネガタロスさん」

 

 

 ────どうせ最後には握り潰してしまえばいいのだから。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 龍我を海に落としたその足で、須藤は病院に来ていた。無論、ライダー達が集っている病院である。

 しかし中には入らず、敷地内を歩き回るだけ。刑事としての表面を見せていれば不審に思われる心配もない。

 

「次に消すライダーだが……須藤、お前は誰にするべきと考えてる?」

 

「そうですね……やはり大和 奏でしょう。彼の死と同時に連続失踪事件が止まれば、他のライダーも彼が犯人だと思うはず」

 

 ボルキャンサーの強化は済んでいる。自身の犯行が露見するかもしれないリスクを考慮すると、ここらが潮時だ。

 だが、ネガタロスの見解は違った。

 

「甘い……甘過ぎる。お前はフワフワのクリームが山盛りに乗ったドリームジャンボパフェよりも甘い。ああ、あれは甘過ぎた……」

 

「は、はあ?」

 

「慎重なのは結構。だが臆病にもなるな。ライダーは間引けるだけ間引いておくべきだ」

 

 今回狙う候補として、ネガタロスはまず除外すべきライダーの名前を挙げた。

 

 北岡 秀一、仮面ライダーゾルダ。

 大地、仮面ライダーダークディケイド。

 須藤が表向きは手を結んでいる者達だ。疑われている様子もなく、またいざという時には味方として戦えるライダーは貴重である。

 

 次に除外したのは、この事件に乗じてバトルを仕掛ける者達。

 浅倉 威、仮面ライダー王蛇。

 芝浦 淳、仮面ライダーガイ。

 放っておけば他のライダーと衝突してくれるのは願ったり叶ったりだ。

 

「仮面ライダーナイトも、まあいいだろう。口だけの甘ちゃんなんざいつでも倒せる」

 

「長話はいい加減にしてもらいたい。結局誰を狙えと?」

 

「手塚 海之、仮面ライダーライア」

 

 告げられたその名を、須藤は知っている。面識もある。

 戦いを望まない、珍しいライダーだということも把握しており、今回の事件についてもコソコソ嗅ぎ回っているらしい。

 真犯人の発覚を恐れる須藤にとっては最優先で倒すべきかもしれない。

 

「確かに彼ならば……ええいいでしょう。どうやってやるおつもりで?」

 

「あいつを呼び出して、仲間になると見せかけて油断したところを襲うんだ。ボルキャンサーに食わせちまえば証拠も残らねえ」

 

「しかしそう簡単に応じるとは思えませんが」

 

「そうかな? バトルを止めようとするアイツは当然孤立無援だ。そんな奴に仲間になる、なんて言えばホイホイ喜んで来るだろうさ。それじゃ携帯貸せ、携帯。────うお、随分旧式だな……よし、俺が言った通りに打て」

 

 ネガタロスが言った数字を打ち、出来上がった番号に電話をかける。

 数回のコールの後、「もしもし」と無機質な声が響いた。

 何故知っているかは不明だが、手塚の携帯番号だったのだろう。

 

「手塚か、俺だ……あ? だから俺様だよネガタロス様だ! ああ、仲間になりそうなライダーを一人見つけた。21時に例の場所で」

 

 なんという手際の良さか。ここは素直に感心する須藤だが、今の自分を思い出して押し黙る。

 携帯電話に目玉の玩具を押し当てる自分の姿がいかにシュールかなど言いたくもない。汚職刑事にも羞恥心はある。

 

「ママー、あのヒトなんで電話におもちゃくっつけてるの〜?」

 

「シッ、見ちゃいけません」

 

 重ねて言うが、汚職刑事にも羞恥心はあるのだ。

 

 

 

 *

 

 

 

「そろそろ約束の時間だな……ところで須藤。何故俺様をポケットに隠す」

 

「別に……」

 

 手塚との約束の時間が近づいてきた。

 果たして本当に上手くいくのか、不安はあるが、あまり悪い結果にはならないだろう。

 須藤の予測ならば最悪戦闘に発展したとしても負けはしない相手だ。

 ともすればここは堂々としている方が良い。

 

 そして約束の刻。病院の中庭に設置された時計が21時を示す。

 手塚は時刻ちょうどにやって来た。

 

「待たせたな、須藤刑事」

 

「いえ、呼び出したのはこちらですから」

 

 以前見かけた時も同じ感想を抱いた覚えがあるが、相変わらず冷めた表情をした男である。バトルに反対というのも口だけで、本当は他のライダーを騙そうとしている方が納得できる。だが、それはお互い様かと思考を断ち切った。

 

 手塚はしばしこちらを探るように見つめた後、妙な話をしてきた。

 

「須藤 雅史、仮面ライダーシザース。ここに来る前にアンタの未来について占わせてもらったよ。

 結果は────破滅だ

 大人しくしていた方がアンタの身のためだぞ」

 

 いきなり何を言い出すかと思えば、これは何なのだろうか。

 ポケットのネガタロスは沈黙を貫いており、返答は須藤に委ねられている。

 挑発とも脅しとも取れる言葉の真意に考え悩んだ刹那の後、須藤が選んだのは当たり障りのない無難な返答だった。

 

「占いですか。ご忠告は有り難いのですが、私はそういう類は信じていません。それより────」

 

「ああ、俺も信じたくはない。決まった運命ほど残酷で、虚しいものはない。だが、俺の占いは当たる」

 

 手塚は至って真剣だった。

 こちらを揶揄うわけでもなく、ただ事実を告げているだけ。

 さながら末期ガンを宣告する医者のようで、半笑いだった須藤も「これは何かおかしい」と表情を正す。

 

 一体何を言いたいのか、手塚に問い質そうとする。

 しかし、彼はそんな会話すら億劫だと言わんばかりに遮る。

 

「茶番はもう十分だ。須藤、アンタがこの事件の犯人なんだろ」

 

「────」

 

「調べはついてる。諦めるんだな」

 

 こうもズバリと言い当てられては、流石の須藤も言葉を失う。

 そんな反応を肯定と受け取ったらしい手塚。取り抑えようとでもしたか、ズンズン歩み寄ってきた。

 

 しかし、須藤とて伊達に(汚職)刑事をやっていない。

 手塚を難なく躱し、平静を装いながら距離を取る。

 乱れた襟を正しつつ、「こちらは何もやましいことはない」と態度で示す。

 

「やりますね、占い師なんかよりも刑事になったらどうです?」

 

「皮肉と受け取っておくよ」

 

「ですが落ち着いてください。こんな言葉を刑事の私が言うのも変ですが……そこまで言うからには何か証拠があるんでしょうね?」

 

「勿論だ」

 

 不敵に笑う手塚。しかし、待てども待てども彼が証拠と言えるような品を取り出す素ぶりは見せない。

 口から出まかせ、あるいは鎌かけか。

 

「悪いが、証拠はここには持ってこれない。あるのはミラーワールドだ」

 

「ミラーワールドの……証拠?」

 

「今回の事件、犯人はモンスターに患者を襲わせていた。

 監視カメラにも映らず、証拠も残らない。単純だが良い手口だ。

 しかし、犯人は決定的なミスを犯していたよ」

 

「……まさか!」

 

「そう、()()()()()()()()()()()()()さ」

 

 ミラーワールドは普通の人間の目には見えず、監視カメラにも映らない。当然、ミラーモンスターやライダーも。

 だからこそ警察の捜査は難航していた。

 事件解決を望むライダー達もしらみ潰しに探し回るしかなく、冷戦状態が続く羽目になったのだ。

 

 そこで手塚は考えた。

 現実世界に証拠はない。されどミラーワールドならどうだろうか、と。

 

「探し出すのには苦労したが、目当ての映像は見つかったよ。

 ミラーワールドの監視カメラにはしっかりと映っていた────患者を襲うアンタのモンスターの姿がな。

 昨日も同僚の刑事と一芝居打っていたな。それも撮れていたぞ」

 

 監視カメラの存在は須藤も細心の注意を払っていた。

 だが、ミラーワールドの監視カメラとは盲点だった。

 むしろそこに目を付けた手塚の慧眼を褒めるべきかもしれない。

 

 とはいえ、須藤とてここでは折れない。

 

「フフ……着眼点は見事です。けれど、あなたは大切なことを見落としています。

 ミラーワールドの映像は現実に持ち出せない。

 それにあなたが映像に細工をした可能性だってある。

 細工をしていないと証明することも難しいでしょう? ミラーワールドが不可思議な場所であると皆知っているはずだ」

 

「……あくまで認めないつもりか」

 

「認めるも何も、私は無実ですから。ねえ、ネガタロスさん?」

 

 須藤は眼魂を握る力を目一杯強める。

 いい加減口を開いて、自分を擁護しろ。そんな意を込めて。

 それが通じたのか定かではないが、ネガタロスはようやく喋り出した。

 

「クク……もう言い逃れはできそうにないなぁ」

 

「……は? 何を言い出すのです?」

 

「猿芝居はもういいってことだ。おい! 出てこい!」

 

 それが合図だったのだろう。

 近くの柱の影から須藤が予想だにしない人物が顔を見せた。

 この手で殺したと思っていた、思い込んでいた人物。

 

 万丈 龍我。

 

「馬鹿な……!」

 

「てんめぇ〜! よくも突き落としやがったな! やっぱり滅茶苦茶寒いし痛かったんだぞ! どうしてくれんだよ!」

 

 怒り心頭の龍我。痛々しい擦り傷はあれど、命に関わるような怪我を負っている様子はない。

 あの高さから落ちてこの程度で済んだ? そんな馬鹿な話があっていいはずがない。変身のための道具だって須藤の手にあるというのに。

 

「残念だったな、須藤。アイツは変身しなくてもフルボトル、とやらを振ればある程度力を行使できんだよ。便利な相棒までいるしな」

 

 ネガタロスの言葉に待ってましたと登場するクローズドラゴン。

 突然出てきた奇怪な存在にまたも目を丸くする須藤を嘲笑うように飛び回り、やがて龍我の手に着地した。

 

 崖から落とされたあの時、龍我は無我夢中でダイヤモンドフルボトルを振って身体の耐久を底上げしていたのだ。

 さらに落下地点に先回りして岩を砕いてくれていたクローズドラゴンの助けもあって、彼は信じられないほどの軽傷しか負わずに済んだ。

 

 もうここまで出揃えば話は自ずと見えてくる。

 

 ネガタロスが罠にかけたのは龍我ではない。須藤なのだ。

 

「善人を装って他人を殺そうと目論む……ククク、とても刑事とは思えない所業だなァ。え? 須藤」

 

「貴様、まさか最初からこれが目的で」

 

「そういうこった。これで連続失踪事件の犯人は捕まえたも同然だよなァ」

 

 実際のところ、須藤を罠にかける案を出したのは手塚である。

 病院の廊下に放置されていたネガタロスに偶然遭遇し、彼らにこの策を授けた。

 また、「馬鹿の演技は通用しないだろう」「まあ死にはしないだろう」というネガタロスの独断により龍我は何も知らされなかったが、須藤には知るよしもない。

 

 失踪事件そのものを暴かれたわけではない。

 それでも今の自分の立場がどれだけ危ういのか、理解できていない須藤ではなかった。

 逆転の鍵があるとすれば、それはポケットのネガタロスと、龍我から奪ったドライバーだが。

 

「もらっていくぞ!」

 

 交渉材料として須藤が取り出したビルドドライバーを奪い取る小さな影。

 手塚が見張りとして忍ばせていたレイキバットである。

 

「こっちもいただきぃ!」

 

 こんな状態なのはともかく、ネガタロスはそこそこ用意周到なイマジンである。

 一番危険な役目を買って出たのも、いざという時の伏兵がいたからこそ。

 そうして事前に伝えられていた支持に従い、ネガタロス眼魂は彼の忠実な部下であるインペラーの手に渡った。

 

「ご苦労佐野。ついでにスイッチ押せ」

 

「はいっ、首領! ────ァア、悪くねえ身体だ。大地には負けるが、贅沢は言えねえ」

 

 人が変わってしまったかのように纏う雰囲気を一変させるインペラー。

 外見上の差異は一切ないNインペラーであるが、一気に膨れ上がった存在感に冷や汗が垂れる。

 そんな須藤を逃がさんと取り囲む龍我、手塚、レイキバット。

 

「さあ選べ。このまま自首するか、それともみっともなく足掻いてみせるか」

 

 口ではそう言いつつも、Nインペラーにはその答えがわかっているようだった。「お前なら戦うんだろう?」と。

 何もかも見透かされているような嫌悪感を覚えながらも、須藤はデッキを構えた。

 

 

 *

 

 

 シザースが逃げるようにミラーワールドへと突入。

 それ追ってNインペラーが、遅れてライアとクローズが続く。

 

 どう考えてもシザースにとっては劣勢のこの状況、正面から挑んでも袋叩きにあうのが関の山。

 よってシザースが選んだのはライドシューターによる逃走であった。

 

「あいつっ! ここは戦う流れだろ!」

 

「先に行くぞ」

 

 それすら見越していたNインペラーもライドシューターに乗り、シザースを追う。

 見事に出遅れる形となってしまったクローズは一瞬唖然とするも、すぐに追いかけようとした。

 

「お、おい! 俺らも──」

 

「ッ! 待て!」

 

 マシンビルダーに跨ったクローズを何故か呼び止めるライア。

 クローズが疑問をぶつけようとした時、彼らの前に一人の男が現れた。

 幽霊のように突然現れたその男は生身でありながら、このミラーワールドで存在を許されている。むしろ溶け込み過ぎていると言っても過言ではない。

 感情というものがまるで見られず、本当に生きているのかも疑わしいこの男の名を、ライアは知っていた。

 

「……神崎士郎」

 

「神崎……ってことはコイツが神崎か!」

 

 神崎士郎。

 それがこの世界のライダーを作った男の名だと、クローズも把握していた。

 彼が生身でミラーワールドにいるのは心底不思議だが、製作者故の特権かなんかだろう。多分そうだ。絶対そうだ。クローズは勝手に納得した。

 

「やい! 神崎! なんでこんなライダーバトルなんかやってんだ!」

 

「お前がそれを知る必要はない。そして、これ以上戦いに加わる必要もな。元いた世界に帰れ」

 

「んなこと言われても来ちまったもんはしょうがねえだろ。俺だって帰れるもんなら帰りてえよ……」

 

 そこでライアが会話に待ったをかけた。

 

「ちょっと待て。神崎、アンタはこの男が別の世界から来たと知っているのか?」

 

「ああ。だが、別の世界の者達にこれ以上の介入は許されない。もしこの先も邪魔をすると言うなら……」

 

 神崎は細い腕を持ち上げて、白い指先をクローズの後方に向ける。

 恐る恐る振り返るクローズ。しかし、そこには噴水があるのみ。

 

「……な、なんだよ。どうしようってんだよ」

 

「こうするまでだ」

 

 水面に生じた歪み。

 そこから伸びたのは羽の付いた鞭。

 クローズの首元に巻き付き、絞めあげるその鞭を操っているのは鳳凰型のミラーモンスター。

 

 ガルドサンダー、神崎の意思に従うモンスターである。

 

「ぐぐ……このニワトリが……!」

 

「gyケェェェェッ!」

 

 ガルドサンダーの鞭が、苦しむクローズを手繰り寄せる。

 神崎が側仕えとして重宝するだけあって、その力はライダーにも負けていない。

 クローズは自由の効かない身体を揺らして逃れようとするが、ジワジワと引き寄せられるばかりだ。

 

「あのモンスターは……雄一の……!」

 

 居ても立っても居られずに駆け出そうとしたライア。

 だが、神崎はそんな彼にも問いかける。

 

「お前にも警告する。奴らとの関係を切らなければ、お前も同じ末路を辿ることになる。お前もよく知る、斎藤 雄一と同じ末路を」

 

「……どんなに脅しても無駄だ。他のライダーも、この馬鹿げたバトルも、その運命を変えてみせる」

 

 斎藤 雄一という名にライアは動揺する。

 しかし、それもほんの一瞬のこと。

 片時も変わらぬ強い決意を胸に、ライアはガルドサンダーへと向かって行った。

 

 

 

 そしてクローズとライアが襲われているとは露知らずのNインペラー。

 シザースとNインペラー、二台のライドシューターが並走する。

 ライダー間にスペック差はあれど、彼らが所有するライドシューターには差異はない。

 だからこそシザースを止めるにはNインペラー自身の技量が必要となってくる。

 

「ゼアッ!」

 

 Nインペラーはミラーライダー随一の跳躍力を活かし、シザースにしがみつく。

 さらにシザースが抵抗する間もなく、至近距離からの膝蹴りを連打。

 そうしてシザースはバイクから降ろされた。

 搭乗者を失ったバイクはそのスピードを殺すこともできず、近くの壁に衝突し、大爆発を起こす。

 

「ぐっ……!?」

 

 これでもうシザースが逃げる脚は無い。

 爆炎の中から不気味に立ち上がったNインペラーを倒す他に道は無いのだ。

 

「さぁ須藤……せめてもの手向けだ。俺様直々に地獄へ送ってやるよ……」

 

「やれるものなら……やってみろぉぉぉーッ!」

 

 駆け出した者が悪ならば、それを迎え撃つのもまた悪。

 悪のライダー同士の戦いが今ここに勃発する。

 

 SPIN VENT

 

 STRIKE VENT

 

 それぞれの得物を手に、二人のライダーは激突した。

 

 

 

 *

 

 

 Nインペラー達が戦いを開始した同時刻。

 閑散とした病院の敷地内にて、蓮は覚束ない足取りで彷徨っていた。

 いつ何時襲われるかもしれない恵里を想えば、できるだけ近くにいなければならない。

 しかし、彼の足取りが頼りないのはまともに休息を取っていない所為では無かった。

 

『戦っている時からわかっていた。君では私を殺せないと』

 

 脳裏に響く言葉を打ち消すように、蓮はその拳を壁にぶつける。

 何度も。何度も。

 どれだけ壁を殴っても、拳から血が流れようともその言葉が消えることはないのに。

 

「恵里……俺は……俺は!」

 

 己の甘さに見て見ぬ振りをしてきた。

 どんな相手でも倒す覚悟をしてきた。

 だというのに、この体たらくは何だというのだ? 

 他ならぬ恵里が脅かされているにも関わらず、蓮はライダーを一人も倒せていない。

 彼女に残された時間はそう多くない。悠長に戦ってなどいられない。

 

「熱いねぇ〜。うん、アンタなら良さそうだ」

 

 そこにやって来たのはニタニタと笑う男、芝浦 淳。

 彼が仮面ライダーガイであると、蓮は知っている。

 ライダー達が集っているこの場に彼がいることは不思議ではなく、むしろ自然と言える。

 ともすれば後は戦うのみ……のはずなのだが。

 

「デッキはしまいなよ。悪いけど、今日は戦いに来たんじゃないんだよね」

 

 懐からデッキを出した蓮に待ったをかける芝浦。

 ライダーバトルを遊戯として楽しむこの男が戦わないことに違和感を覚えた蓮の片眉が上がる。

 

「戯言を言うな。ライダー同士、出会ったなら戦うしかない。知らないとは言わせんぞ」

 

「あれ? アンタがそれ言うんだ? 手塚って奴とつるんでる自分は棚に上げて?」

 

「奴はいずれ倒す。お前の後にな」

 

 この男との問答にまともに付き合うつもりなど、蓮には最初からなかった。

 故に芝浦が何を語ろうと聞く耳を持たず戦う。そう決めた。

 

 蓮はデッキを構え、近くの窓ガラスに向けようとし────

 

「ま、どうしてもやるってんなら付き合ってあげるけどさ

 

 ──────小川 恵里だっけ? あそこで寝てる女がどうなっても知らないよ?」

 

 芝浦が恵里の眠る病室の窓を指差したことで、硬直してしまった。

 

「貴様、どうして恵里のことを」

 

「たまたま聞いたんだ。でもラッキーだと思うよ。眠ったままなら俺のモンスターに怯えなくて済むからね」

 

 目を凝らすと、確かに恵里の病室の窓には現実には存在しない異物、メタルゲラスが映っている。

 芝浦の命令一つでメタルゲラスは鏡から飛び出し、恵里を襲うであろう。眠っている彼女がモンスターから逃れる術などある筈もない。

 

 わざわざ言葉にしなくても理解できてしまう。

 これは蓮に対する人質なのだ。

 

「お、いいねその目。けどその怒りは俺じゃなくて、別の奴にぶつけてもらおうかな」

 

「俺と他のライダーを潰し合わせる……ということか」

 

「半分正解ってところかな。俺達と一緒にとあるライダーを潰してよ。確実に一人減らせるんだから、アンタにも悪い話じゃないっしょ」

 

「……相手は誰だ」

 

「大地っていうムカつくクソガキ。知ってる? アイツはちょ〜っと手強いから」

 

 芝浦が口にしたその名は蓮の意表を突いた。

 蓮が予想していたのは北岡、浅倉辺りであったが、まさか大地とは。

 過去に二度交戦した経験がありながら、未だ能力の全貌が見えないダークディケイドはなるほど、確かに芝浦も手こずるに違いない。

 しかし、それだと腑に落ちない点もある。

 

「知らないのか? 奴は俺達とは違うライダーだ。 13人に含まれない奴を倒したところで無駄骨に終わるのがオチだぞ」

 

「あ、そうなんだ。でもさ、だったら尚更今のうちに殺っといた方がいいよね。そんな訳わかんない奴にゲームを邪魔されたくないもん。それともアレ? もしかして俺達に協力しない言い訳してるだけだったりして……」

 

 クイクイ、と芝浦の親指が上を指す。

 蓮に選択の余地はない。

 恵里の命と他のライダーの命。比べるまでもない天秤に悩む必要などあるものか。

 例え相手が人の良い子供でも、倒す必要があれば倒す。

 

「……奴を倒せば恵里には金輪際近づかないと誓え」

 

「さあ、それはどうだろうね」

 

「貴様ッ……!」

 

 激昂した蓮が我慢できずに飛びつこうとした。

 鬼のような蓮の形相を見ても芝浦は動じない。蓮に襟首を掴まれた次の瞬間には「いいの? そんな反抗的な態度とっちゃって」と言うつもりだった。

 

 だが、蓮は足を止めた。 偶然目にした窓ガラスの先で、ミラーワールドで爆発が起こったから。

 

 芝浦は言葉を失った。待機させていたメタルゲラスが、その爆発の中から吹っ飛ばされてきたから。

 

 蓮と芝浦が揃って見つめる窓ガラスの先。

 そのミラーワールドでは、メタルゲラスがいたであろう場所が大きく抉れていた。

 そこで巻き起こった粉塵や爆炎の中から青い複眼が光を放つ。

 

 そのライダーを蓮は、芝浦は知っている。

 

「芝浦ァ……!」

 

 苦虫を噛み潰したような顔をする芝浦に、仮面ライダーダークディケイドの鏡越しからの視線が突き刺さった。

 

 

 

 





次回、大乱戦。

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ライダーの運命

戦ってばっかだなお前ら


 

 

 大地が目覚めてからまず最初に目にしたのは、見た者がつい微笑んでしまうような安らかな寝顔だった。

 目の前では白い餅のような頰が微かに上下していて、無性につついてみたくなる。

 ただ見ているだけでも眠気がこみあげてきて、重くなった瞼をなんとか持ち上げた。

 

「昴くん……? それにここって、病院の……」

 

 ここが病院の中の一室────恐らくは副院長室であること。

 来客用と思わしきソファーに自分が寝かされていたこと。

 かけられていた毛布の中に昴が潜り込んで、一緒に眠っていたこと。

 その全てを大地は把握した。

 

 しかし、辿った最後の記憶では、自分はガイ、王蛇と戦闘していた筈だと思い出して疑問を浮かべた。

 それがどうしてここで寝ているのか。

 

 まずは昴に聞いてみようかと思った。

 こんなに幸せそうに寝ている子を起こすのは気が引けて、やめた。

 とりあえず起きようと身体を動かした大地。めくった毛布からカツン、と何かが落ちる音がした。

 拾おうとして、大地は息を呑んだ。

 

 それがヤゴの紋章が刻まれた白いカードデッキだったから。

 

「これ、ライダーの」

 

 大地はデッキを拾い、思わず昴と見比べてしまう。

 単純に考えればこのデッキの持ち主は────。

 

「ッ!? こ、この音は」

 

 その思考を断ち切るタイミングとなって、奇妙な音が大地の鼓膜を揺らす。

 脳を引っ掻かれるようなこの音の正体が、佐野から聞いていたミラーモンスターの出現音なのだと直感的に理解できた。

 この病院にモンスターが現れたとなれば、じっとしてはいられない。

 

「……必ず戻ってくるよ。だから待ってて」

 

 大地はデッキを毛布に忍ばせて、その部屋から飛び出して行った。

 

 

 *

 

 

 連続失踪事件、その台風の目となっていた病院。

 多くのライダー達が、お互いにそう離れていない場所でほぼ同時に戦闘を開始していた。

 

 空を舞い、炎を撒くガルドサンダーに翻弄されるクローズとライア。

 

 武器と武器をぶつけ、火花を散らし合うNインペラーとシザース。

 

 猛然とガイに襲いかかるダークディケイド。

 

 三者三様の展開を見せる戦場で、最も激しい模様だったのは意外にもクローズ達だった。

 

「うわっちちー! 鶏が火を噴くなよ!」

 

「お前にはアレが鶏に見えるのか!?」

 

 上空のガルドサンダーが火球を吐き、爆発する。

 次々と起こる爆発の嵐を駆け抜けて……というよりも逃げ惑いながら、ライアはクローズにツッコミを入れた。

 空を自在に飛び回る敵を前にして、ライアやクローズの大半の技は当たりそうも無かった。

 

「ちょこまかと飛びやがって……あ、そうだ! どう飛ぶのか占ってくれよ!」

 

「冗談を言ってる場合か! このままじゃ埒が明かないぞ!」

 

 クローズとしては冗談のつもりなどさらさら無かったのだが、それはそれとして。

 あのモンスターを倒すにはこちらも飛ぶか、もしくは強力な遠距離攻撃を叩き込むしかない。

 残念ながらクローズには飛行能力は無いので、使い勝手の悪い遠距離攻撃に頼る他なさそうである。

 

 ビートクローザー! 

 

 ヒッパレー! ヒッパレー! ヒッパレー! 

 

 メガヒット! 

 

「オラァッ!」

 

 クローズはビートクローザーのグリップエンドを三回引き、衝撃波を放つ。

 幾多もの火球を消し飛ばして迫るその斬撃は必殺級とまではいかないまでも、必ず大ダメージになると確信させてくれる威力があった。

 

 そして、当たれば最低でも墜落間違いなしの斬撃を、ガルドサンダーは普通に避けた。

 

「……あー」

 

「gyェエエエ!」

 

 ガルドサンダーが嘲笑っているように、ライアには見えた。「まあそうだろうな」とも思った。

 ライアは、諦めずにさらなる衝撃波を放とうとするクローズの頭を後ろから叩き、半ば引き摺る形で退避させる。

 そのすぐ後に火球が爆発した。

 

「奴とは前にも戦ったことがある。闇雲に戦って勝てる相手じゃない」

 

「えー! それを早く言えよ! なら対策とかあんだろ!」

 

「奴の飛行能力は並じゃない。俺のモンスターでも追いつくのが関の山だ。

 何か……何か奴の動きを封じる物があれば」

 

「……よし、じゃあこうしようぜ」

 

 ゴニョゴニョ。ライアに耳打ちするクローズ。

 具体性も何もない説明ではあったが、ライアはギリギリ理解できた。

 そうしている間にも火球は絶え間なく降り注ぎ、作戦を噛み砕いている暇はない。

 爆発に吹っ飛ばされ、それでもすぐに立ち直って、二人は走り出した。ライアは東へ、クローズは西へ。

 すると、火球による爆発は西側へ集中した。

 

「うおおお!? なんか俺ばっか狙われてねえか!」

 

 そもそもガルドサンダーの狙いは当初からクローズだけなので当然である。

 そんな悪態をついて駆け回るクローズの足跡を辿る爆発の軌跡。

 お陰でライアにはカードを発動するだけの余裕ができた。

 

 必要なものは二つ。

 

 COPY VENT

 

 まずは武器。

 尻に点火した炎を慌てて搔き消すクローズの持つビートクローザー。

 鏡合わせの虚像となって、複製されたもう一本のビートクローザーがライアの手元にやってきた。

 

 ADVENT

 

 次に足場。

 ライアの契約モンスター、エビルダイバーには飛行能力があり、主を乗せて飛ぶこともできる。

 あの降りてくる気配の無いモンスターに攻撃を当てるには、やはりこちらも飛ぶしかない。

 しかし、「飛ぶこともできるエイ」が「飛ぶことを得意とする鳳凰」に勝つには仲間の協力が必要不可欠だ。

 

 ライアを乗せて空に舞うエビルダイバー。

 その光景を目にしたクローズも頃合いを見計らって足を止めた。

 逃げ回っていた獲物が突然止まったことに一瞬戸惑いを見せたガルドサンダーの顔がすぐに喜色で染まった。

 

 舌舐めずり、そして吐かれた炎。

 だが、クローズはもう避けるつもりはない。否、わざわざ避ける必要もない。

 

「お前の炎は……もう見切ったぁぁー!」

 

 その身を焼き尽くすはずだった火球。

 それは剣の一振りに容易く裂かれ、周囲に飛び散ってしまった。

 小規模の爆炎が立ち昇るも、中心部にいたクローズには何の影響も与えられていない。

 

「gy……!?」

 

 別段驚くようなことではないのだ。

 元の世界でスマッシュと、この世界ではモンスターと、クローズは何度も戦っている。

 今の龍我が持つ戦闘ポテンシャル────ハザードレベルならば、この程度は造作もない。

 

 目を丸くさせたガルドサンダーを尻目に、クローズは一本のボトルを振って剣に挿す。

 

 スペシャルチューン! 

 

 ヒッパレー! ヒッパレー! 

 

 ミリオンスラッシュ! 

 

 ビートクローザーにはフルボトルの力を引き出し、強力な斬撃を放つ機能がある。

 たった今クローズが選んだボトルはロックフルボトル。文字通りロック(錠前)の成分を秘めたボトル。

 ビートクローザーを覆ったロックフルボトルのエネルギーは鎖状の刀身となり、蛇腹の如く唸る。

 そうして通常時の刀より何倍も伸びた鎖がガルドサンダーを巻き取ってみせた。

 

「飛んでけぇぇー!」

 

 渾身の力で剣をぶん回すクローズ。目を回すガルドサンダー。

 投げ飛ばされた先にはエビルダイバーに乗って待機していたライアがいた。

 

「手塚、これ使え!」

 

 クローズは勘で選んだ消防車フルボトルをライアに投げる。

 が、狙いは微妙に外れてライアの頭部に直撃した。スコン、と良い音が鳴った。

 

「……」

 

「……悪い」

 

 ライアは辛うじてキャッチできたボトルをぎこちなく振って、コピーしたビートクローザーに装填。

 コピーであってもその機能は問題なく動作していた。

 

 スペシャルチューン! 

 

 ヒッパレー!

 

 スマッシュスラッシュ! 

 

 無から沸き出し、剣に纏わりつく水。

 それはただ炎を打ち消すだけではない。相手を磨り潰せるだけの高圧水流。高水圧流を纏う剣、なんて意味がわからない文面だが、人知を超えた現象を可能にするのがフルボトルというものなのだ。

 

 いつでも技を放てる剣を構えつつ、さらにライアはカードも抜き取った。

 

 FINAL VENT

 

 電子音声に命じられ、ライアを乗せたエビルダイバーは急加速する。

 標的は当然ガルドサンダー。飛行制御もままならず、ただ浮いてるも同然のモンスター。回避が間に合わないと悟ると、火球を連射してきた。

 

 炎が頰を掠め、火の粉が散る。それでもライアはエビルダイバーを減速させない。加速を止めない。一歩間違えれば火達磨になってもおかしくない。

 

 最後の足掻きとして、ガルドサンダーは自身を炎で燃やし突撃する。

 それすら見越していたライアのスマッシュスラッシュが炎ごと翼を斬り裂き、エビルダイバーの強烈な体当たり──ハイドベノンがその肉体を木っ端微塵にした。

 

「……雄一」

 

 爆炎の中から一人着地したライアはポツリと呟いた。

 

「うぉーい! やったなぁ手塚……って何暗い顔してんだ」

 

「仮面をしてるのに、顔が見えるのか」

 

「雰囲気だよ雰囲気〜。うし、じゃああの悪人刑事追いかけようぜ!」

 

 今にも走り出そうとするクローズ。

 しかし、ライアは全く真逆の方角を向いていた。

 

「お、おい! どこ行くんだよ!」

 

「飛んでいる時、別の場所でも戦っているライダーが見えた。俺はそっちに行く」

 

「え、そんな急に────行っちまった……」

 

 会話もそこそこに、ライアは行ってしまった。

 そっちに行かねばならない理由があった。

 

 かくして、ライアはナイト達の方へ、クローズはNインペラー達の方へ向かうこととなったのだった。

 

 

 *

 

 

 仮面ライダーシザース。

 もし仮にこの世界に存在するライダーを全員知ってる者がいたとする。

 その者がシザースの名を聞けば恐らくは「ああ、あの最弱ライダーね」と言うだろう。

 その認識はある意味……どころか、大体合っている。

 

 スペック、契約モンスター、共に最底辺。

 装甲の硬さこそ大したものだが、戦闘に大きく影響をもたらすほどのものでもない。

 そんなシザースではあるが、変身者である須藤の実力は決して低くはない。というよりかなり高い。それでも最底辺のスペックというハンデを覆すまでには至らない。

 

 だからこそ須藤はボルキャンサーに人を喰わせた。他のライダーに追いつけるように。

 

「私を裏切った罪は重い。あなたも私のモンスターの餌となりなさい!」

 

 本性を曝け出したシザースの勢いは過去最高と言って差し支えなかった。

 右手にシザースピンチ、左手にシザースバイザーの両刀でNインペラーへと襲いかかる。

 自身を裏切った相手への怒り、憎悪も合わさって、繰り出す一撃一撃はとても重い。Nインペラーのガゼルスタッブは容易く吹き飛ばされてしまった。

 

 武器を喪失し、素手となったライダーなど恐るるに足らず。

 そう考えたシザースは手始めに足払いをかける。

 Nインペラーには軽い跳躍で回避されたが、それも想定内。残った足を軸にして、シザースは身体ごと一回転する。

 そして繰り出す、遠心力を上乗せした袈裟斬り。

 

 だが、防げないと踏んだその一撃はNインペラーの膝、ガゼルバイザーでしっかりガードされていた。

 

「さっきの武器、どうにも使いにくくてな。こっちの方がやりやすい」

 

 仮面ライダーインペラー。

 シザースほどではないにしろ、これまたパッとしないライダーである。

 スペックは標準クラスで、武器は一つだけ。

 契約モンスターのギガゼールは同族のモンスターを軍団として率いており、集団戦法の可能としているが、その分賄う餌の量も半端では済まない。

 さらに、変身者である佐野があまり強くないのも大きな問題だ。

 

 シザースとインペラーが衝突すれば、シザースが勝てる確率は大きかった。

 須藤と佐野にはそれだけの差があった。

 しかし、インペラーを動かしているのは佐野であって佐野ではない。

 

「いいか、一つ教えておいてやろう。俺様の強さは別格だと」

 

 全力でシザースピンチを押し込もうとしても、Nインペラーは涼しい顔で右足を浮かせている。

 そのまま右足だけでシザースピンチは押し返され、微かに上がった足先が掻き消える。

 その次の瞬間には、シザースの顎だけを狙った蹴りが振り抜かれていた。

 

「ガッカリだ……そして本当に残念だ。俺様はこれでもお前を気に入ってたんだぜ? せめてもう少し意地を見せてくれよ」

 

「先に裏切っておいて何を……!」

 

「生憎今の俺様にはお前みたいな小悪党まで雇う余裕が無ぇ。従順な部下も足りてるし……ま、間が悪かったんだと諦めな」

 

 大袈裟に両手を広げて演説するのはさぞ気分が良いことだろう。

 そんなネガタロスが宣う理屈なんぞ、シザースには欠片も理解できない。したくもない。

 

 唯一わかるとすれば、それは一つだけ。

 

 須藤では、シザースでは、ネガタロスには勝てない。

 

「……そうですね。もっと早く巡り会えていれば、こうなることはなかったでしょう」

 

 それが受け入れ難い結論だとしても、受け入れるしかない。

 今の短い攻防劇だけでもNインペラーは手加減をしていると察してしまったから。

「気に入っていた」という言葉も強ち間違いではないのかもしれない。その気になれば、相手はいつでもシザースを屠れる。

 

「命乞いなら聞けねえぞ」

 

「まさか。別れを惜しんでいるだけですよ」

 

 それでも、逆転は可能だと。

 そう信じて、シザースはこっそりとアドベントのカードを読み込ませようとした。

 

「そういう面倒なのはやめてもらおうか」

 

「ッ!」

 

 態度こそ油断しているようでも、それはNインペラーにとっての油断にならない。

 即座にシザースとの距離を詰め、膝蹴りを見舞われる。そしてシザースバイザーを強引に閉じるように踵落としを打ち込まれた。

 

 シザースは地面に叩き伏せられ、その胸にNインペラーの足が乗った。咄嗟に繰り出した、バネのような蹴りでもNインペラーはビクともしない。

「そんな生温い攻撃はいらない」という言葉の代わりに、強烈なキックがシザースの顔面を揺らし、身体を転がした。

 

「……想像以上につまんねえな。もう終いにしてやる」

 

 まるで歯ごたえのない戦闘に飽き飽きしたのだろう。

 Nインペラーは手早く、惜しむ様子すらなくカードを装填した。

 

 FINAL VENT

 

(不味いっ!)

 

 その音声が何を意味するのか、なんて今更語る必要はあるまい。

 溢れ出したゼール軍団の中心で構えるNインペラー。

 慌てて逃げ出そうとするシザースであったが、すぐにゼールの波に飲まれる。

 一人の対象には過剰でしかない物量に、シザースは圧迫されかけた。

 

 これで終わったとシザースは悟った。

 

 だが、終わらなかった。

 

 FREEZE VENT

 

 ゼール軍団が突然凍り付いた。

 故にシザースは解放され、Nインペラーのドライブディバイダーは不発に終わった。

 必殺技を邪魔されたことに苛立ちを隠せないNインペラー、困惑するシザース、共に周囲を見渡す。

 だが、フリーズベントを発動したライダーを発見するより先に次の電子音声が鳴り響いた。

 

 FINAL VENT

 

「ん……?」

 

「何?」

 

 警戒する両者。それでも、召喚されたデストワイルダーを事前に察知することはできなかった。

 その凶爪にかかったのは、Nインペラー。

 

「グァアアアアアアアーッッ!?」

 

 耳を押さえたくなるような音を立てて、仰向けのNインペラーが引きずられていく。

 飛び散る火花に相応しいだけの摩擦熱と激痛が、彼らしからぬ悲痛な叫びを上げさせていた。

 無論、デストワイルダーが獲物を連れて行くのは主である仮面ライダータイガである。

 

 いかにネガタロスの実力が優れていようと、所詮はインペラーの身体。クリスタルブレイクが直撃してしまえば、冷たい死は免れない。

 

「グガガ……っざっけんなぁ! このドラ猫風情がァ!」

 

 よってNインペラーは全力でデストワイルダーを蹴り飛ばす。

 呆気なく爪を離して転がった巨体に「根性無しが」と吐き捨てて、Nインペラーは立ち上がった。

 これでクリスタルブレイクは失敗に終わったわけだが、当のタイガはさして驚きもしていない。

 

「テメエ、これは一体何の真似だ?

 俺様がカッコよく、バッチリキッチリ決める瞬間が見えなかったのか?」

 

「別にどうでもいいかな。僕はただあの人に逃げて欲しかっただけだから」

 

 タイガの言う「あの人」とはシザースのことだろう。

 何故こんな妨害までしたのかはさておき、九死に一生を得たシザースは脇目も振らずに逃げ出した。

 

「須藤!? 待ちやがれ!」

 

「させないよ」

 

 Nインペラーの行く手を遮るタイガ。

 つい先ほど自身の腹部に食い込んだものと同型のデストクローを前にしても、その戦意は衰えない。

 

 手早く排除するべく放ったハイキックはデストクローを揺らしたが、タイガ本人には届かない。

 Nインペラーの足を弾き、下から抉るように振るわれた爪は素早く踏みつけられた。

 

「死ぬ前に一応聞いてやる。何故俺様の邪魔をした? 

 アイツを助けて、お前に何の得がある?」

 

「君たち、あの人が事件の犯人だって言ってたよね。

 なら、彼は僕が倒さなきゃいけないんだ。僕が『病院を救った英雄』になるために」

 

 会話がストップし、沈黙が場に広がる。

 それはタイガの言葉をNインペラーが咀嚼するのに要した時間だった。

 

「答えになってねえ。その英雄になりたいってんなら、狙うのは俺様じゃなくてあの蟹だと思うんだが。

 ────ああ、なるほどな。未来の英雄殿は俺様率いる悪の組織を恐れたってことか。それなら納得が」

 

「やだなぁ、勘違いしないでよ。

 君にシザースを倒されると困るってだけ。

 それにどうせなら、逃げ延びたあの人がもっと被害を増やしてから倒した方が、僕は英雄になれると思うんだ」

 

「……もういい。お前みたいな奴は英雄でも悪でもない、ただの異常者だ。

 せめて、俺様直々に葬られる喜びを噛み締めて死ね!」

 

「死ぬのはそっちなんじゃないかなぁ」

 

 デストクローごと足が跳ね上がり、戦闘が再開された。

 

 

 *

 

 

 Nインペラーとタイガによる戦闘音を背中で聴きながら、シザースは逃げていた。

 決して後ろを振り返らず、時折転びそうになりながらも、Nインペラーから距離を離すことだけを念頭に置いて足を動かす。

 数分前の自分が見れば、情け無いとせせら笑うことだろう。しかし、あの数回の攻撃から受けたダメージはそれだけ深刻だった。

 

 蹴られた箇所の打撲痕から熱い痛みがじんわり響く度に、身体が鉛のように重くなる。

 肺に空気を入れようと口を開ければ、それだけで顎が痛む。

 何より、実質カードなしでここまで痛めつけられたという事実がシザースの心を打ちのめしていた。

 

「まだだ……私は、負けない。私はまだ負けていない! 

 必ず奴らを殺して、頂点を極めてみせる……!」

 

 折れかけた心を立て直すために、こうして願いを口に出す。

 その願いも当初抱いたものとは異なっていたが。

 

 最初は浅倉を逮捕するためだけにライダーになった。

 むしろ刑事である自分に課せられた責務とすら考えていた。

 モンスターを倒し、人々を救えることを須藤は喜んだ。

 

 だが、それも最初だけだった。戦えば戦うほどにそのスリルと興奮がクセになってくる自分がいた。

「それは本当の自分ではない」と否定する気は不思議と起きなかった。これが本性なのだと、あっさり受け入れることができてしまった。微かにあった葛藤や罪悪感も、快楽に打ち負けた。

 

 それ以降はもう何もかもやり尽くしたと言っていい。

 汚職、暗殺、騙し討ち。やってない悪事を探す方が難しい。

 それはまるでゲームを禁止されていた子供が、解禁された途端に時間を忘れてのめり込むようだった。

 

 そうして、須藤の願いは「ライダーバトルの頂点を極める」となった。

 

「あと……少しで……!」

 

 出口の鏡は目前。

 あと数歩で、ここから出られる。

 

「それが本当の貴方か。須藤刑事」

 

 金属のように冷たい声が耳朶を打った。

 出口となるはずだった鏡が歪み、三色のライダーが入ってきた。

 背筋が凍る、とはまさしく今のシザースのことを言うのだろう。

 そう思わせるほどに、シザースの動きは完全に硬直してしまっていた。

 

「大和 奏」

 

「もう耳にタコができるほど言っただろうが、ここは私の病院だ。先ほど繰り広げられた逃走劇もしっかり拝見させてもらったよ」

 

 この期に及んで、アマンダに遭遇してしまった己の不運をシザースは呪う。

 だが、なんとか彼を突破できればすぐに脱出はできる。状況はそこまで絶望的ではないはずだ。

 

「冷静に話をしましょう。

 私は……嵌められたんですよ。聡明な貴方なら理解してくれると────」

 

「話? 話だと? 

 私が何度出て行けと言っても聞かず、挙げ句の果てに冤罪を被せようとしてきた男が? 

 何の話をすると?」

 

「で、ですから、これは」

 

「冗談も大概にしてもらおうか!!」

 

 SWORD VENT

 

 剣を握ったアマンダは憤怒に燃えていた。

 再びシザースが口を開く前に、その胸部へと剣先をねじ込ませた。

 碌な構えも取れず、吹っ飛ぶシザース。

 出口が遠のいた。

 

「私の患者を殺し、病院を騒がしておいて、今更何を言う。

 これからあなたができることは一つだけだ。

 私の裁きを待つ。ただそれだけだ」

 

 日頃の公言に違わず、アマンダはライダーバトルには興味がない。

 戦う理由はモンスターから患者を守るという、それだけで。

 故にアマンダはシザースを許さない。私欲に駆られて、罪の無い患者に手を出したライダーなどモンスターに等しい。

 

「おのれ……!」

 

 シザースは残っている全ての力を振り絞った。

 ひとっ飛びでアマンダに接近し、シザースバイザーを突き出す。

 最短で命を刈り取るべく放った一撃は、剣で撫でるように受け流された。

 

 SHOOT VENT

 

 持っていた剣を自身の後方に投げて、新たに弓矢を取るアマンダ。

 勢い余ってつんのめったシザースが振り返るの同時に、アマンダがバックステップによって身体を浮かせた。

 夜の闇に舞う蜂の美しさに目を奪われた刹那、シザースの肩に矢が飛んだ。

 それから胸に、腕に。アマンダが放った、息もつかせぬ三連射はいずれも堅牢な装甲が弾いたが、内部に伝導した痺れは誤魔化せない。

 

「やはり硬い。だが、必ずメスは入れる」

 

 アマンダは拾った剣と弓を合わせた。

 よろめくシザースに一瞬で狙いを定め、剣を放つ。

 

 そして、シザースの右足、装甲が薄い膝の部分が射抜かれた。

 

「ぐ……あ、アアアア……!?」

 

 血が噴き上がって、装甲を汚していく。

 だらんと曲がった足を押さえて、必死に堪えるシザースをアマンダは鼻で笑う。

 

「私の患者はもっと痛かった。それにもっと苦しんだ。

 味わう必要のなかった苦痛だった。

 これは当然の報いだ」

 

 右足にに力が入らない。

 仮面の汚れを拭った手は真っ赤に染まっている。

 自分の血が酷く醜悪に見えた。

 

「安心しなさい。

 私は拷問官ではない。

 私は医者なんだ。

 その苦しみも時期に無くなる。

 もうすぐ最終処置だ」

 

「ぐゥ……ハアアアアーッ!」

 

 FINAL VENT

 

 シザースはどこか慈悲すら感じさせるアマンダの声を叫びで搔き消した。無我夢中で必殺技を発動した。

 ボルキャンサーに打ち上げられた衝撃によって右足の出血はさらに酷くなり、血が溢れ出す。

 そうして、鮮血のカーテンを描きながら放たれたシザースアタックだったが。

 

 GUARD VENT

 

 アマンダを囲うモンスター達の回転防御はやはり撃ち砕けなかった。

 

 FINAL VENT

 

 弾き飛ばされたシザースにバズスティンガー達が襲いかかる。

 

 ホーネットの毒針による乱舞。シザースの動きがまた鈍る。

 ワスプの剣による刺突。シザースの右腕が貫かれる。

 ビーの弓矢による連射。シザースの腹部が貫かれる。

 そんないつ終わるとも知れぬ波状攻撃はシザースに一切の抵抗を許さない檻となる。

 

 そして、跳躍したアマンダの手に全ての武器が集まった。合体した弓と剣の先に毒針が付き、さらに巨大な毒針となって。

 

「ラアアアアッ!!」

 

 バズスティンガー達の連携がシザースを縫い止め、ガードベントの発動さえ許さない。

 それでもボロボロになった身体で突き出したシザースバイザーが、巨大な毒針を迎撃しようとする。

 ぶつかり合う鋏と針。だが、その勢いは一瞬たりとも拮抗できない。

 

 シザースの胸に大穴が空く。

 身体が痺れる、なんて生半可な程度では済まない劇毒が流し込まれる。

 こうしてアマンダ最強の技、トルクストライクは炸裂した。

 

「あ……が……あ」

 

 胸の穴を押さえようとして、身体の自由が効かないことに気付く。

 自分の意思に反した小刻みな痙攣が続き、やがて立っていることも不可能になった。

 

「残念だよ。ライダーになりさえしなければ……。

 私は、こんなことをするためにライダーになったわけではないというのに。

 これはしなければならなかったことだ。それでも、命を奪うことは嫌なものだと思ってしまうよ」

 

 その手に残った感触ごと捨てるように凶器となった毒針を放るアマンダ。

 シザースはあと数分もしない内に死ぬ。もう武器は要らない。

 

 

 ちょうどその時、マシンビルダーに乗ったクローズが到着した。

 

「……っ、あんたがやっちまったのか。先生」

 

 致死量の血に沈むシザースがもう手遅れだと悟って、クローズは項垂れる。

 クローズはライダーバトルには乗らない。シザースが悪人であっても、こんな結末を望んで追い詰めたわけではなかった。

 

「これは当然の報いだ。仮に彼を捕まえたとしても、法で裁ける証拠はない」

 

「んなこと知るかよ! あんた医者だろ!? 人を殺して平気なのかよ!?」

 

「平気か否か、と問われれば、否だ。

 だが、これは他の誰でもない私がやるべき務め。

 ────やるしかないことなんだ」

 

 凶器を握っていたアマンダの手は震えていた。

 反論をしようとしたクローズだったが、その震えに見て、やめた。

 冷酷に見えるのはその表面だけなのだと気が付いた。

 

 そんな彼を糾弾する気になどなれるものか。

 

「……せめて、アイツの死体だけは持ち帰る。

 こんな鏡の中で死ぬよりはマシだろ」

 

「……」

 

 もはやピクリとも動かなくなったシザースを指差すクローズ。

 アマンダの無言を肯定と解釈し、その遺体に近付いた。

 

 だが、クローズの認識は改めさせられる。

 

 まだ、遺体ではなかったのだ。

 

「──ゥウウっ」

 

「んなっ!? まだ生きてたのかよっ」

 

 にわかに上体を起こしたシザースに、クローズは思わず腰を抜かす。

 死人だと思ってた身体が急に動いたのだから、そりゃあ驚いたなんてものでは済まない。

 普通なら生きていたと喜ぶべき場面でも、向こう側の景色が拝める穴を開けたシザースが動いている不気味さが勝ってしまう。

 

「ふっ、フフフフ、ライダーを震撼させた連続失踪事件。その犯人を倒して一件落着。

 なんと甘い考えか」

 

「な、何言ってんだ……?」

 

「確かに私は多くの患者を襲わせました。それは肯定しましょう。

 ですが……私はあくまで便乗しただけなのですよ」

 

 そこまで話して、シザースはマスクの中で血を吐いた。

 ひとしきり咳き込んで、それでも顔を上げる。

 血が喉に絡んだのか、はっきりしない発音でシザースは語り続ける。

 クローズも、アマンダも、固唾を飲んで聴き入るばかりだ。

 

「この病院で起こった失踪事件。その始まりは私ではない! 

 犯人のライダーは別にいるんですよ!」

 

「なんだって!? てことは……まだ事件は解決してねえってことかよ!」

 

「ハハ、ハハハハ! 大和 奏! 貴方もライダーの宿命からは、逃げられない……戦い続けるしか、ない、んです……よ」

 

 何故そんな事を最後に言ったのか、それは誰にもわからない。真実であるかさえ。

 一つはっきりしているのは、それが本当にシザースにとっての、最後の一言であったということだけだ。

 

 犯人のライダーは死んだ。

 さらに真犯人は別にいる。

 死にかけてまで奮闘したクローズを待ち受けていたのは、非常に後味の悪い結末だった。

 

「ああクソッ! 畜生、畜生、畜生ーっ!」

 

 胸に残ったやるせなさを吐き出すように叫ぶクローズの横で、物言わぬ骸と化したシザースの遺体が粒子を上げて、やがて消滅していった。

 

 

 *

 

 

 いくつかの戦いに区切りが付いた。

 同時に、また一つの戦いが幕を開けた。

 

 自身の計画を阻んだダークディケイドに挑むガイ。

 そこにナイトも加わり、開幕早々一方的な戦いになろうとしていた。

 

「お前っ! 俺に楯突くならまたあの女を襲わせるぞ!?」

 

「貴様の戯言に貸す耳はない!」

 

 恵里の病室に待機させていたメタルゲラスがダークディケイドに吹っ飛ばされてしまった今、ナイトがガイに従う道理はない。

 恋人に手を出そうとした不届き者に、ダークバイザーとウイングランサーの二刀流を叩きつける。

 

「芝浦……! あなたには……お前には! もう誰も殺させない!」

 

「あの女の敵討ちってこと? ほんとウザいなあ、お前!」

 

 ナイトの二刀流を上からなぞるようにダークディケイドの刃が走る。

 合計三本の剣がガイを斬りつけ、着実にダメージを稼ぐ。

 元はと言えばダークディケイドを倒すためにナイトを勧誘しに来たガイには、この状況は実に本末転倒と言えた。

 しかしながらガイとてこの窮地を甘んじて受け入れるつもりはない。

 

 横合いから飛んできた鋭い蹴りがダークディケイドの肩に刺さった。

 

「ハハッ、俺も混ぜろよ。我慢するのはもうウンザリだ」

 

「ナイス浅倉! そいつよろしくぅ」

 

 交渉が決裂した万が一の場合に備え、待機させていた王蛇。

 飢えた獣は獲物を前にして、待つことなどあり得ない。

 蹴り飛ばされたダークディケイドもそれを承知で剣を握り、王蛇に対して構える。

 

「殺すのがそんなに楽しいって言うのか……! あなただって、仮面ライダーでしょう!?」

 

「ライダーってのはこういうもんなんだろ? 違うのか?」

 

「この世界ではそうなのかもしれない。だけど!」

 

「お喋りはもういいだろう。さあ始めようぜ、戦いを」

 

 SWORD VENT

 

 ベノサーベルを手に走り出した王蛇。迎え撃つダークディケイド。

 仮面ごと叩き割ろうと振り下ろされたサーベルにライドブッカーが対抗し、飛び散った火花が両者に降りかかる。

 剣を押し込もうとする王蛇の凄まじい力に負けじとダークディケイドが踏ん張れば、それだけ火花の量も増えていく。

 

 そんな攻防を皮切りに激しい鍔迫り合いを繰り広げるダークディケイドと王蛇のすぐ隣で、ナイト達の戦闘も激化の一途を辿る。

 

「これで1対1、か」

 

「今更怖気づいた?」

 

「まさか。五月蝿いのがいなくなって、好都合だと思っただけだ」

 

 ダークディケイドが抜けてナイトの攻勢は衰えを見せるかと思いきや、剣の冴えはますます鋭くなっていく。

 剣で防ぎ、槍で突く。

 槍で防ぎ、剣で斬る。

 剣と槍で防ぐ。

 剣と槍で斬る。

 一風変わった二刀流を扱うナイトの剣技はガイを圧倒しつつあった。

 

(コイツ、こんなに手強いライダーだったのか……!?)

 

 ガイの見立てでは、ナイトとの実力差は凡そ互角か自分が上、というものであった。

 ところが、ナイトの力は予想を上回っている。その剣の腕には内心で舌を巻いていた。

 

 ナイトとガイが互角、という芝浦の見立ては言うほど間違ってはいない。

 ならば彼らを隔てているのは何か? 

 それは武器か? 違う。

 

 感情、である。

 

(コイツは生かしてはおけない!)

 

 恵里への想い、芝浦への怒り。

 それこそがナイトを強くしている原動力。

 そして、それは奇しくもダークディケイドを突き動かすのと同種のものであった。

 

 ソードベント以外のカードを使わず、純粋な剣技で圧倒しているが故にガイの切り札であるコンファインベントも使えない。

 状況はひっくり返る様子を見せないまま、決着に近づいていた。

 

 交差した剣と槍が同時にガイの装甲を突き、よろめかせる。

 すかさず始まったナイトの乱舞にガイはされるがまま。

 防御に徹するガイの盾となっていたメタルホーンもダークバイザーの切り上げによって弾き上げられ、剣を通す箇所が一気に開けた。

 その瞬間をナイトは見逃さない。

 

 繰り出すは、ガイの首筋を貫く必殺の突き。

 アマンダの時のような躊躇はしまい、と踏み込み剣を突き出す最中の視界に、とある病室が入り込んだ。

 

『────蓮』

 

(────恵里)

 

 聴こえるはずのない声と、見えるはずのない笑顔が目の前で過ぎる。

 たったそれだけで剣が止まった。

 

「危なっ」

 

「……くっ」

 

 必殺であった筈の突きは決まらず、前蹴りを食らって距離を離されてしまった。

 しかしすぐに立て直し、ナイトは空いた距離を詰める。

 ガイが怯むほどのスピードで迫り、突き立てようとした剣は────。

 

『もういいよ、蓮』

 

 またもや鈍り、代わりにメタルホーンの一撃がナイトを突いた。

 その勢いが仇となり、身体を吹っ飛ばされたナイト。二度も鳴り響いた幻聴を拭い去るように頭を振ったが、効果は見込めそうもない。

 

 恵里は優しい女だ。

 蓮が喧嘩をするだけでも悲しむような彼女が、殺し合いをしている今の自分を見ればどんな顔をするのか。

 何よりナイトの剣を鈍らせたのは、近くにいる彼女の存在があるから。

 それがミラーワールド越しでも、「恵里に見られている」とナイトは思ってしまう。

 

(……関係ない! 恵里がどう思おうと、俺の望みは変わらない!)

 

 一度抱いた意識はそう簡単に消えはしない。

 よってナイトの動きは見る見る間に精彩さを欠いていき、ガイを追い詰めた剣技など見る影も無くなっていた。

 そしてそれに比例するかのようにガイは調子付いていく。

 

「さっきはヒヤッとさせられたけど、やっぱり大したことないね。アンタ」

 

「貴様ァ!」

 

 ナイトが攻撃しガイが受ける、という流れも既に逆転してしまっており、ウイングランサーも弾き飛ばされてしまった。

 ダークバイザー一本だけだとメタルホーンをいなしきれず、次第にナイトの装甲の傷が増えていく。

 微かに残る冷静な思考が「このままでは逆転負けを許してしまう」と判断して、ナイトにカードを切らせた。

 

 TRICK VENT

 

 シャドーイリュージョンで数を増やしたナイトであるが、それこそガイの待ち望んでいた展開でもある。

 

 CONFINE VENT

 

 分身した次の瞬間には消失してしまった分身達。

 一人残され、困惑する実体は動揺から大きな隙を生む。

 そこへ跳躍したガイによる渾身の突きが炸裂した。

 

「ぐああぁっ!?」

 

 全体重をかけてのしかかるに等しい一撃は重く、鋭い。

 そのダメージは甚大で、地に這いつくばったナイトは身体を起こすのも難しい。

 どれだけ小技で稼がれようとも、強力な一撃で巻き返せるのがガイのようなパワータイプの強み。

 それを実感したガイは満足げに笑った。

 

「ぃよぉーし! これでまたいっちょあがりっとぉ。

 さて、さっさとトドメトドメ」

 

 ナイトが晒している致命的な隙にガイは最後のカードを抜く。

 ナイトはトドメを躊躇うが、ガイは躊躇わない。

 だからファイナルベントも躊躇なく使える。

 

 FINAL VENT

 

「じゃ、そゆことで。あばよ」

 

 サムズダウンしたガイの背後に、メタルゲラスが若干傷付きながらも駆け付ける。

 ナイトに反撃の機会を与えぬよう、ガイはすぐにヘビープレッシャーの発動へ移行。

 未だ地に伏しているナイト目掛けて、突進するガイとメタルゲラスが突き出した角が鈍い輝きを放つ。

 猛進してくるその迫力はナイトに「一瞬先に訪れる死」を感じさせた。そうでなくとも、ガードベントやアドベントは間に合わない。

 

「ぅう……ウオォオオオオオオーッッ!!」

 

 だとしてもナイトは諦められなかった。

 まだ終わってはいない。

 身体が動かなくなるその時まで、手放すまいと誓った剣を構え、ヘビープレッシャーに無謀にも立ち向かう。

 

 死は目前だった。

 

 

 

 *

 

 

 運命、という言葉がある。

 人の人生は運命によって定められているという考えがある。

 運命とは覆しようがないものだと諦める者がいる。

 手塚 海之、仮面ライダーライアはそんな運命を最も信じ、そして最も否定しようとするライダーである。

 

「秋山!」

 

 クローズと別れ、ナイト達の戦場に駆け付けたライア。

 そんな彼が目撃したのは、ヘビープレッシャーがナイトに迫る光景。

 

 この病院での騒動で、ライアはナイトが破滅の運命を占っていた。

 ライダーバトル、そしてライダーに訪れる運命を変えるべく戦っているライアには何が何でも変えねばならないと思っていた。

 

 そして、今訪れようとしている「ナイトの死」が自身の占った破滅の正体なのだと、直感で察してしまった。

 だが、ヘビープレッシャーのあのスピードを見る限り、ライアが持ち得るカードではもう防げない。

 せめてクローズが同伴していれば話は変わってきたかもしれないが、別行動を提案したのは他でもないライア本人なのだ。

 

(運命は────変えられない)

 

 諦めて、目を伏せようとしたライアの耳にジェット音らしき音が届いた。

 

 

 

 *

 

 

 

 形勢が逆転し、ナイトが劣勢となったその時をダークディケイドは早い段階で察知していた。

 だが、王蛇との剣の結び合いによって動けなかった。

 手が痺れすぎて何度も剣を取り落としそうになる打ち合いは、そう簡単にやめられない。

 

「ラアァッ! ────ハハッ、やっぱりお前は遊び甲斐がある」

 

 ダークディケイドが一旦距離を取ろうとしても、王蛇はすぐに追い縋って剣を振ってくる。というより、剣を振っていない時間の方が短い。

 留まるところを知らない王蛇のラッシュはダークディケイドに休む暇を与えず、常に剣のぶつけ合いを強制させていた。

 

(カードを使う暇が無い……! もしかして、これ前回の対策なのか?)

 

 勘違いされやすい事だが、なにも浅倉は戦闘だけが能の狂犬ではない。

 こう見えても、考えるべき場面ではきちんと考えて行動するタイプである。

 先の戦闘にて王蛇は、ダークディケイドのカードが発揮する能力を身を以て実感していた。

 よってなるべくカードを使わせない戦法を取っているというわけだ。

 

(これじゃあ霧島さんの時と全く同じじゃないか……!)

 

 王蛇に足止めされるダークディケイド。

 ガイに追い詰められるナイト。

 

 そしてガイのメタルホーンに突かれ、大ダメージを負うナイトの姿がファムと重なるのは必然だった。

 

「────ォオオオオオオオッ!!!!」

 

 憎悪、悲哀、憤怒、それらをごちゃ混ぜにしてぶちまけた感情が溢れ出し、ダークディケイドの力を爆発的に増加させていく。

 暴走の一歩手前にまで跳ね上がった怪力がベノサーベルを弾き飛ばす。

 怯む王蛇にボディブローを数発叩き込み、さらに全力のハイキックも追加でお見舞いすれば、その身体は軽やかに吹っ飛んでいった。

 飛んで行った王蛇の行方には目もくれない。

 

 FINAL VENT

 

「じゃ、そゆことで。バイバイ」

 

 ガイが必殺技を発動している。

 あと数秒もすれば、ナイトは本当にファムと同じ末路を辿ってしまう。

 それだけは絶対にさせない。

 

 KAMEN RIDE PSYGA

 

 青のフォトンストリームが漆黒の装甲を駆け抜けて、闇夜を照らす。

 その変身が完了するより先にダークディケイドは高く跳躍し、一瞬遅れて白い装甲に身を包んだ。

 背中のフライングアタッカーが最大出力で飛び、DDサイガは光の軌跡となる。

 既に走り出したメタルゲラス、剣を構えるナイト。

 

「もっと、もっと速く!」

 

 フライングアタッカーの最高時速は820km。

 だがDDサイガはさらにその先を目指す。

「間に合うかどうか」よりも、「絶対に間に合う」ために。

 限界以上の速度を出して、さらに限界を出して。コンマ数秒以下の時間で繰り返された過負荷によって、フライングアタッカーはオーバーヒートを起こしかけていた。

 

 焦げたブースターの鼻を曲げるような臭いをも置き去りにして、最高速度を突破したDDサイガはガイとメタルゲラスに到達する。

 DDサイガの尋常ならざる速度はヘビープレッシャーに追い付く。

 

 FINAL ATTACK RIDE PS PS PS PSYGA

 

 並走し、横に90度回転する。

 

「ハアッ!」

 

 右足のポインターから放たれた光が、猛進するメタルゲラスの足をピタリと止めてしまった。

 その反動から後方に投げ出されたDDサイガは、逆噴射をかける。

 

 限界突破した速度での飛行、急な方向転換などによる負荷が祟り、限界を迎えたフライングアタッカーは空中で分解。

 背負っていたDDサイガを巻き込んで大爆発を起こした。

 

「大地っ!」

 

 巻き起された爆発は凄まじい。

「どれほどか」と問われれば、「絶対に無事では済まない」と言い張れる程度には凄まじい。

 空のベルトのコンセプトを背負って立つ武装が纏めて誘爆したのだから、それも当然か。

 そんな爆炎にDDサイガは消えた。

 

 ────そして、焔の蕾が開いてフォトンの輝きを咲かせる。

 

 全身を焼かれながら、爆風に乗って。

 無茶苦茶な飛行がもたらした強烈なGに骨を軋ませながら。

 

 もう殺させはしない、と強く願って。

 

「ッッツアアアアアアーッ!!」

 

 DDサイガが繰り出したキック────コバルトスマッシュがガイとメタルゲラスを拘束している光に飛び込む。

 青の鉄槌が貫き、倒れ込むようにDDサイガが着地した。

 

「──っ!?」

 

 背後に浮かんだΨの紋章と、風に流される灰。

 

 また一つの決着がついた。

 

 

 *

 

 

 DDサイガが披露した瞬殺劇。そのあまりのスピードに、どのライダーも反応できていなかった。

 ドシャリ、とダークディケイドが倒れ込んだ音でようやく我を取り戻したナイトは剣を降ろす。

 

「お前……俺を助けたのか」

 

「ええ。僕、秋山さんには死んで欲しくなかったんで」

 

 ダークディケイドの震えた声音が、全身に響く痛みに耐えているものだと一目で理解できた。

 

「何故、お前がそこまで」

 

「だって……秋山さん、良い人だから。良い人に死んで欲しくないって思うのは変ですか」

 

「ああ変だ。……何せ女装するくらいだからな」

 

「……ぅぅ」

 

 思い出したくないことを思い出して、ダークディケイドの声がすぼんだ。

 本当に変わったライダーだと思う。

 だが、その変わった奴のおかげで自分だけでなく、恵里も生きている。

 

 ダークディケイドを見るナイトの目が少し変わった。

 

「おい、なんだよこれ」

 

 信じられない、といった様子の声にナイト達は振り返る。

 灰の山に埋もれて呆然としているガイ。

 その装甲は色を失い、力強さなど全く感じさせない。

 

「俺のメタルゲラス、やりやがったのかよ」

 

 先のコバルトスマッシュはガイ本人には命中していなかったのだ。

 メタルゲラスだけを的確に狙い、当てた。

 ガイにも当てられたが、当てなかった。

 だから今のガイは契約の力を失ったブランク態となっている。

 メタルゲラスがいないガイにはもうライダーとしての力は無いに等しい。

 

「アイツは殺さなくていいのか」

 

 詳しい経緯は知らないが、大地と芝浦の間に因縁があったことぐらいは察している。

 事実、この場に現れた時のダークディケイドは殺気に満ち溢れていた。ガイを生かしておいて、なおかつ追撃を加える様子もないのが不思議に思う程度には。

 

「殺してやりたいって思いました。キックする直前にも迷いました。

 でも、やっぱり人間を殺すのはいけないこととしか思えなくて、できませんでした」

 

「甘いな」と言いかけて、飲み込んだ。

 トドメをさせない己を思い知ったナイトには言う資格もない。

 むしろあれだけの殺気を放てるのだから、甘いのは自分の方なのかもしれない。

 

「この人は今でも許せない。

 仇を討ちたいって気持ちもまだあります。

 直前でも凄く迷って……きっと、これがベストなんです」

 

「……そうか」

 

 まあ契約モンスターが倒された時点でガイは脱落したも同然。

 命こそ奪ってはいないものの、「ライダーとしてのガイ」をダークディケイドは間違いなく殺したのだ。

 その結果にナイトがとやかく言う必要はないのだろう。

 

 尤もガイ本人はそうは思っていないようだが。

 

「こんなはずじゃ……お前ら、ただで済むと思うなよ」

 

 ブランク体となった身体でヨタヨタ歩く姿を見ていると、抱いていた怒りも自然と収まっていく。

 彼の所業を考えればお似合いな惨めったらしい背中には剣を突き立てる気にもなれない。

 

 ダークディケイド、ナイトが黙って見送ろうとしていたところで、王蛇がガイの側にやって来た。

 

「待てよ、俺はまだ満足しちゃいない」

 

「あっそ。俺はもう帰るから、勝手にやっとけよ! この役立たずが!」

 

「そうさせてもらうぜ」

 

 王蛇は未だやる気満々で剣を担いでいる。

 相変わらずの戦闘狂っぷりに溜息を吐いて、ナイトは剣を構える。同じく、ダークディケイドも。

 だが、王蛇が真っ先に剣を振るった相手はどちらでもなかった。

 

「ぎぃああッ!?」

 

「なっ……!?」

 

 ダークディケイドが驚愕するのも無理はない。

 王蛇の仲間と認識していたガイが斬られたのだから。

 

「浅倉……! お前、何のつもりだよ!」

 

「お前の遊び方はまどろっこしくて性に合わん。だから、お前はもういい」

 

「な……お前正気かよ! 俺がバトルを提供してやってんだぞ!」

 

「ああ、知ってる。楽しかったぜぇ、ありがとな」

 

 もういい、と言われた意味を理解したガイは激昂するが、王蛇は涼しい顔で受け流す。

 これには大地は驚いているようだが、特に珍しい光景でもない。

 これが浅倉 威なのだ。義理や恩義なんて言葉、彼の辞書には載っていない。

 

 突然叩き斬られたガイも黙っておらず、殴りかかって反撃に出るが、ブランク体のパンチなんざたかが知れている。

 とてつもない強運に恵まれてクリーンヒットしたとしても、小粒ほどのダメージも稼げない拳は空振り、カウンター気味にエルボーが首にめり込む。

 軽々と吹っ飛ぶガイの身体が芝生の土砂を巻き上げて倒れた。

 

「もうやめろ!」

 

 相手が悪人のガイであっても、殺される瞬間を見過ごせないダークディケイドは走っていく。

 そうなることを見越して、王蛇は既にベノバイザーにカードを入れていた。

 

 FINAL VENT

 

「SYAAAAAAAAAA!!」

 

 どこからともなく現れたベノスネーカーの尻尾が大気を裂く。

 薙ぎ払われたダークディケイドは壁に叩きつけられ、その衝撃で壁がヒビ割れる。

 ガクリと首を垂れたダークディケイドを鼻で笑った後に、王蛇は疾走を開始した。

 まるで大口を開けた大蛇のごとく両腕を広げて駆ける主に、紫の蛇が追従する。

 

「なんで、なんでカードが無いんだよっ!」

 

 ガイがいくらカードを抜こうとも、ブランク体となった今の彼のデッキにはコンファインベントは出てこない。

 王蛇は跳び、ベノスネーカーが吠える。

 ガイは気休めにもならない雑魚カードが放り投げて逃げ出そうとするが、既に手遅れだ。

 弾ける勢いで放たれた毒液は王蛇を運び、蹴りを強化させる。

 そして毒を纏ったキックは毒牙のようにガイへ喰らいついた。

 

「がっ、ごっ、ぐぅっ、ぎゃっ!?」

 

 蹴る、溶かす、蹴る、溶かす。ガイの悲鳴がリズミカルに響く。

 王蛇の連続キック──ベノクラッシュは通常時のガイでも耐え切れるような技ではない。

 ならば装甲の強度が著しく低下したブランク体ではどうなるか? 

 

 ────原型を留めないほど蹴り砕かれ爆発する、という至極簡単な答えであった。

 

「アァ〜……いい、ライダーはこうでなくちゃなあ」

 

 まともな断末魔を上げることすら叶わずに、ガイは死んだ。

 黒焦げになった装甲やデッキの破片が燃えている。

 彼の生きていた証明とも言うべきそれらも、すぐに消滅してしまった。

 

「……どうしてなんだ。どうして、そんな簡単に殺せるんだ! 

 お前は! 本当に同じ人間なのか!? 

 こんなに酷い人間を、僕は見たことがない!」

 

「ハッ、その口をいい加減閉じろ。イライラしてくる……!」

 

 ガイをあっさり殺した王蛇に怒るダークディケイド。

 ナイトは彼と同じ、とまではいかなくとも共感はある。

 顔の知っている人間が目の前で死ねば、どんな者でも多少は心を動かす。

 しかし、今必要なのはそんな義憤ではなく、王蛇のような冷血さではないかと思う自分がいた。

 

(……馬鹿馬鹿しい。あんな殺人鬼と一緒になるのは死んでもごめんだ)

 

 降って湧いた考えをすぐに捨てて、ダークバイザーに手をかける。

 王蛇、ナイト、ダークディケイドの三人に一触即発の空気が流れ、再び戦いが始まろうとする。

 

 ────しかし。

 

「「「wゥブ! wゥ、wゥ、wゥブ」」」

 

 突然響いた不快な鳴き声に彼らの注意は集中した。

 いつのまにかライダー達を囲む、シアゴーストの群れである。

 見渡す限りが蠢く白で覆われてしまっている。

 

「またこのモンスターか……この病院に巣でもあるのか?」

 

 倒した数は両の手の指では足りない。それほどの遭遇回数。

 いくら複数タイプのモンスターと言っても、この量は常軌を逸脱している。少なくとも戦闘後に相手にできる数ではない。

 

 脱出か、それとも処理か。

 正常な思考回路を働かせれば前者一択。だが、そうなればこいつらは別の標的を狙う。

 丁度すぐそばに眠っている患者達を。

 となれば徹底抗戦しか道はない。

 

 そして、恐らく腹を空かせているのだろう大群が、我先にとライダー達へ殺到する。

 ナイト、ダークディケイド、王蛇、全員が武器を構えた。

 

「────やめて」

 

 シアゴーストが止まる。それも一匹残らず。

 この光景にナイトと王蛇は困惑し、ダークディケイドは既視感を覚えた。

 群れが少しずつ割れて、その中央にできた道を白いライダーが歩いている。

 ナイトには見覚えのないライダーだった。

 

「誰だ、お前」

 

 新手のライダーによる強襲と考え、身構える。

 そうして向けた剣先はダークディケイドが遮った。

 何の真似だ、と彼を睨むが、ダークディケイドはそのライダーから視線を外さない。

 

「昴くん、なんだね」

 

 昴。確かこの病院の副院長の息子が同じ名であった。

 屈託のない笑みを浮かべて、恵里に花を添えてくれた少年を蓮はよく覚えていた。

 この白いライダーがあの子だと言うのか。

 

 ダークディケイドが問いかけたその刹那。

 ナイトは違ってくれ、と無意識に祈った。

 

「うん」

 

 しかし、白いライダーは……仮面ライダーレギオンはごく自然に頷いてしまった。

 物々しい見た目のレギオンと、幼気な少年が重なってしまった。

 ナイトの仮面の下で、蓮の表情が歪む。

 力を無くした腕が落ちて、アスファルトに当たった剣先が硬い音を鳴らした。

 

 

 

 父と子。

 二人のライダーは顔を合わせることなく、夜の乱戦は終わりを迎えた。

 

 そしてこれはやがて始まる悲劇の前哨戦でしかないのだと、この時は誰も思いもよらなかった。

 

 ────ナイトの世界での戦い。その最期の一日が幕を開ける。

 

 

 




仮面ライダーレギオン。
大和 昴がシアゴーストと契約したライダー。
ゼール軍団以上の物量が最大の強みであるが、彼の願いとは……?


はい、長すぎ乱戦でした。
途中で切ればよかったんですけど、ナイト編の話数が多いのなんので……反省してます。


感想、質問、評価はいつでもお待ちしております。


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危機の始まり



龍騎のサブタイトルを見返すと、なんかテキトーにつけてね?と思っちゃいます。ガラスの幸福だけセンスがズバ抜けてますけど。


 

 

 壮絶な乱戦から一夜が明けた朝。

 

 今日も今日とて、蓮は恵里の病室に足を運ぶ。

 眠り続ける彼女の隣で外敵に目を光らせて、ライダーとモンスターに挑むだけの繰り返し。

 だが、変化はあった。

 

 仮面ライダーガイ──芝浦 殉の死。

 そして仮面ライダーレギオンの正体。

 その二つの衝撃に殴られた蓮の顔からは昨日までの荒ぶりや焦りは鳴りを潜めていた。

 頭が冷えたとでも言うべきか。

 しかし、冷静に考える余地が生まれてしまった故に決して明るくはない展望も意識してしまう。

 

 アマンダ、そしてガイ。どちらも倒すことはできなかった。倒すチャンスはあったにも関わらず。

 人を殺す迷いや甘さなど、とうの昔に捨て切った筈なのに。

 

『アァ〜……いい、ライダーはこうでなくちゃなあ』

 

 フラッシュバックする昨夜のバトル。

 ガイを惨殺してみせた王蛇のあの姿こそ、今の蓮が欲するものなのかもしれない。

 

(そうだ……ライダーは全て倒す。

 どんな相手だろうと関係ない。俺に迷いはない)

 

 レギオンの正体を知った瞬間、蓮の決意は微かに鈍った。

 想像したのは、レギオンを殺すナイト────子供を殺す自分。

 ライダーを倒すことに対する忌避感ごと、蓮は自分の顔を殴った。

 そうやって蓮は一夜をかけて迷いを覚悟で上塗りした。

 

 もう何があっても動じない。

 今度昴と出会ったら、有無を言わさず倒す。

 蓮はそんな冷酷さに身を委ねようとして、ふと大地の顔が浮かんだ。

 

(まあ流石にショックは受けただろうがな)

 

 それで引き篭もってしまえば色々と楽になるのだが、とまで考えて、蓮は病院の廊下の角を曲がった。

 

 

 

「昴くん、昨日はよく寝られた?」

 

「ぅうん〜……」

 

 大地と昴が普通に歩いていた。

 そのせいで、蓮は思わずズッコケるという醜態を晒す羽目になる。

 

「あ、おはようございます!」

 

「お前……正気か?」

 

 昴と仲良く手を繋いで、呑気に挨拶までしてくる大地。

 まるで昨晩の出来事が無かったかのように振る舞う姿がとても自然体で、だからこそ蓮は驚いたのだ。

 これが馬鹿なお人好しなのだとすれば……とても正気とは思えない。

 

「え、僕どこかおかしいですか……?

 あ! もしかして今朝食べた海苔が歯に……!?」

 

「お兄ちゃん、いつもとおんなじだよ」

 

「だよね!」

 

 ライダーだとバレた昴も、その事を気にしている様子はない。

「やはり昨日のレギオンは別人なのでは?」と、蓮は自分の記憶を疑い始めた。

 

「あ! もしかして昴くんがライダーだってわかったからか!」

 

「そうなの?」

 

 残念ながら違った。

 キョトン顔の大地が無性に腹が立つ。

 

「お前は何を考えているのかって聞いているんだ!

 幼気な見た目に騙されでもしたか? 

 こんな子供でもライダーなんだぞ? 

 それに、お前に正体を隠していた。何か後ろめたいことがあるから、と思うのが普通だ」

 

「そりゃ驚きましたよ。けど、昴くんに騙された感じはしませんでしたし……。

 昴くんと過ごした時間は、きっと嘘じゃないって信じてますから。

 僕は何も変わりません」

 

 大地は何の迷いもなく、真っ直ぐな瞳で信じると言ってのける。

 これが蓮にからかわれてしょげていた青年と同一人物とは到底思えない。

 護りたいもの、とやらが彼を変えているのだろう。今更ながら、蓮の知るライダーとはかけ離れた存在なのだと思い知らされた。

 

「ふふっ」

 

「笑うな気色悪い。一体何がおかしい」

 

「秋山さんはやっぱり良い人だなって。

 僕を心配してくれてるんですよね? 

 戦いの邪魔にしかならない相手なのに、わざわざ忠告までしてくれて」

 

 蓮の立場であれば、大地がどうなろうと知ったことではないはず。

 まさしくその通りだった。

 咄嗟に否定しようとして、しかし否定できるだけの言葉が見つからなかった。

 何を言っても、ポジティブ解釈する大地が目に見えている。

 結果、ニヤニヤした大地の顔を黙したまま睨みつけるしかなかった。

 

「ごめんなさい、お兄ちゃんたち」

 

 そこで昴がペコリと頭を下げてきた。

 精一杯の申し訳なさそうな声を出して。

 これが演技なら大したものである。

 

「ごめんなさい。お父さんはらいだーが嫌いだから。

 ぼくがらいだーって言ったら、お父さんに嫌われちゃうの。

 ごめんなさい。ごめんなさい」

 

 昴の目から涙がポタポタ零れ落ちる。

 これでは見ている蓮の方が罪悪感を抱いてしまい、ついハンカチを渡してしまいそうになった。

 なんやかんやで蓮も子供には強く出れない。

 

「いいんだ、昴くんは悪くない。

 僕と一緒にお父さんに教えに行こう? 

 もしお父さんが怒ったら、僕が代わりに怒られるから」

 

「……うん。ありがとう、お兄ちゃん」

 

 涙と鼻水を袖で拭ってやった大地が微笑む。微塵も疑う気持ちはないのが見てとれた。

 やがて泣き止んだ昴の手を取って、仲睦まじい兄弟のように歩いて行く。

 

 あの副院長との交流に乏しい蓮には、自分の息子がライダーだと知ってどういう反応を示すのか想像もつかない。

 ふと不安になり、副院長室に向かう大小二つの背中に何か言いかけて、しかし飲み込んだ蓮も恵里の病室に向かって行った。

 

 

 

 *

 

 

 

 副院長、大和 奏の毎日は多忙を極めている。

 問診や手術のような診療行為は当たり前。そこに経営業務まで加わる。

 しかも今この病院は騒動の真っ最中であり、そんな彼が副院長室にいてくれたのは運が良かったとしか言えない。

 

 昴と共に訪れた大地を、奏は怪訝な顔つきで出迎えた。

 挨拶もそこそこに、大地は全てを話す。

 

 昴が仮面ライダーレギオンだということ。

 昴に悪気は無いということ。

 

 その間、奏はずっと窓の外を眺めていた。

 

「……本当なのか。昴。本当に、ライダーなのか」

 

「……」

 

「────昴っ!」

 

 昴の肩がビクッと震える。

 今にも泣きそうになりながら、デッキを机に置いた。

 白いヤゴのデッキ、シアゴーストとの契約の印。昴がライダーである動かぬ証拠。

 振り向いた奏がデッキを見て、またすぐに窓に視線を戻してしまった。

 

 重くなる室内の空気。

 咄嗟に大地が助け舟を出す。

 

「昴くんを責めないであげてください。

 この病院を荒らそうだとか、そんなつもりは無かったんです。

 そうだよね?」

 

「……うん。言えなくて、ごめんなさい。ごめんなさい……!」

 

 まただ、と大地は思った。

 まるで呪文の如く呟くごめんなさいのループ。昴が最も流暢に喋る言葉。

 見ているだけで胸が痛くなって、大地は止めようとする。

 

「止しなさい。昴、少し部屋から出てなさい」

 

 背を向けたままでありながら、奏の声音は優しかった。

 失礼ながら、「この人はこんな声を出せるのか」と内心で呟いてしまうほどには。

 

「お父さん」

 

「怒ってるわけじゃない。彼と少し話をするだけだ。

 そうだな……今日は売店で新しいアイスが売ってるそうだ。食べてくるといい」

 

「……うん」

 

 促された昴は父の様子を窺いながら、おずおずと退室する。

 昴がいなくなっただけで室内の雰囲気は一気に寂しくなった。

 

「何か飲むかね。あまり種類は無いが」

 

 奏が開けた備え付けの冷蔵庫の隙間から、オレンジジュースやコーラが見えた。

 ジュースを飲む奏が全く想像ができず、やや遅れて昴のために用意された物だと察する。

 

「じゃあ、オレンジジュースをお願いします」

 

「……この部屋に来た多くの人は冷蔵庫にあるジュースや、棚にある菓子に驚いていたよ。

 イメージに合わない、と思ったのだろう」

 

「昴くんのためですよね。

 この部屋で退屈しないように」

 

「そうだ。だが、幼い頃から甘味料ばかり食べていると栄養バランスに偏りが出てしまう。

 虫歯や糖尿病のリスクを回避するためにも、私が注意しなければならない。

 自分の子供を治療することはなるべく避けたいからね」

 

 大地の前にある机にオレンジジュースとアイスコーヒーのグラスが置かれる。

 それを挟んで、腰掛けた奏から深い溜息が出た。

 

「さあ今日こそは注意するぞ、と心を鬼にしたとしても。

 美味しそうに食べる昴を前にしてしまうと、どうしても言えない。

 そして代わりにこう言ってしまう。

『もっと食べるか?』と」

 

「は、はあ……?」

 

「自分でも思いも寄らなかった。こんなにも子供に厳しくなれないとは。

 無論、いつかは律してやらねばとわかってはいる。

 しかし……」

 

 昴の子育て奮闘記を話す奏はやたらと饒舌で、部屋に漂っていたシリアスな空気が徐々に払拭されていく。

 眉間に手を当てて悩む姿勢は本当に真剣そのもので、大地の中にあったそれまでの冷たい印象が呆気なく吹き飛んだ。

 

 それは俗に言う子煩悩というもので。

 育児に悩む親の顔というものを大地は初めて知ったのだ。

 

 しかし、それはそれとして、これライダーとは一切関係ない気がする。

 大地は困惑した。

 困惑したが、話は合わせることにした。

 

「でも言われてみれば、昴くんってよく食べる子ですよね。

 この前もハンバーグ一皿をペロリといっちゃって。

 栄養とか、バランスとか、そういう知識の無い僕が何を言うんだって思われるかもしれないですけど。昴くんは健やかに、きっと良い子に育ちますよ」

 

「……きっと、では足りない。絶対、でなくてはならない。

 私には昴を育てる義務がある。

 

 ────私が昴の親に相応しくないとしても」

 

「そうで……え? 今、なんて」

 

 聞き間違いかと疑ったのだが、そうではなかった。

 悩む親の顔から一転して、神妙な面持ちとなった奏は自身の言葉一つ一つを噛みしめるように語り出す。

 

「昴は私の本当の息子ではない。

 偶然出会い、保護した。養子なんだよ」

 

「養子……って、昴くんは一言も……」

 

 記憶の引き出しが開いた。

 脳裏に閃く言葉があった。

 

『ううん、いいの。お母さんは僕のことぶってくるし、今はお父さんいるから』

 

 お母さんはいない。

()()()()()()()()()

 

 そう、()()

 

(つまり昔はいなかった?)

 

「あれは今から半年ほど前だったか……私が仮面ライダーになってまだ間もない頃だ」

 

 それは奏が決して忘れることのない、まさしく運命の日の記憶であった。

 

 

 

 

 病院のため、患者のため、粉骨砕身する日々。

 朝起きて、そして気が付けば一日が終わっていた────そんなレベルで副院長 大和 奏は多忙を極めていた。極めすぎていた。

 後悔は一切ないと断言できる。

 医学の道を志したその時から覚悟していたことに文句を言うつもりなどない。

 

 だが、医学に身を捧げた心にはどこか小さな穴が空いていた。

 日々の隙間にやってくる休日を過ごす時、ゆっくりと穴は広がる。

 奏には、医学以外に何も無かったのだ。

 故に空虚を覚えてしまう時間が少なからずあった。

 その穴の埋め方が奏にはわからない。

 

 そしてやって来た、忘れもしないあの日。

 

「……モンスター、か」

 

 急行した現場は、とあるマンション。その一室から気配は漂っていた。

 中に潜むモンスターを倒すべく、ミラーワールド経由で侵入したアマンダは目の前に広がる部屋の惨状に言葉を失う。

 

 弁当の容器、空きペットボトル、菓子の食べカス……。

 どこを見てもゴミしかない。

 人が住んでいるとは到底思えない。

 そんな部屋だった。

 溜まった生ゴミの臭いが仮面越しに突き刺さって、奏は鼻を押さえる。

 

 ヤゴ型モンスター数体による手荒い歓迎に対処してから、こんな場所は早々に立ち去ろうと決めて。

 そして、台所の鏡越しに何かが動く瞬間を目撃する。

 

 崩れたゴミ溜めの山の中に、小さな男の子の手があった。

 

 生きているのか、それとも既に手遅れか。

 冷静に考える暇すら惜しんで、助けに向かった。

 

(軽い……)

 

 まず覚えたのは衝撃。

 過去に見たどんな患者よりも衰弱していた。そんな状態で生きている事への驚愕。

 あばらが浮くほど酷く痩せ細ったその身体は空気のように軽く、そして小さい。

 見るに耐えない虐待の跡が、この子供に置かれた状況を物語っていた。

 

「……ご……は、ん」

 

 カサカサに乾いた唇が絞り出すように、空腹を訴えかけている。

 この子供はまだ生きている。

 “生きたい”と願っている。

 ならば、奏がすべきことは一つ。

 

 それから様々な過程を経て、その子供は「大和 昴」となった。

 

 

 

 

 

「陳腐な表現を使うが……昴を迎えてからの生活は楽しかった。

 養子に迎え入れた最初こそギクシャクしたが、昴は私という偽の父親をすぐに受け入れてくれた。

『お父さん』と初めて呼ばれた時は何年ぶりかに感動したものだよ」

 

 目を細めて追想していた奏の顔がいつしか綻んでいた。

 その移り変わりを見ただけで、「この人は昴くんを心から愛しているのだなあ」と大地にはわかる。

 これが、記憶にも知識にも存在しない“子を愛する親の姿”。

 ────羨ましい、と大地は思った。

 

「その、昴くんの本当の親はやっぱり……?」

 

「私が入った時、昴以外に人間の気配は無かった。

 恐らくはあのモンスターに喰われたか、あるいは……」

 

 奏はその先を言うことを躊躇った。

 あまり察しが良くない上に、心の根っこから昴を信じている大地は「あるいは」の先を想像できていなかった。

 しかし、その時ふと考えた事は図らずも大地の思考を奏と同じ場所にまで引き上げることになる。

 

(何時だ? 昴くんは何時ライダーになったんだ……?)

 

 

 

 *

 

 

 

「ひいっ、ひいっ……」

 

 南の空を昇る太陽から灼熱の光が降り注ぐ世界。

 木にへばり付き、残り少ない命を燃やしきるかの如く盛大に鳴いている蝉。

 水着の入った袋をブンブン振り回して、キャッキャと騒ぎながらプールに向かう小学生の集団。

 

 いいねえ夏だねえ、と頷く余裕はない。

 仰ぐ団扇も、渇きを癒す炭酸飲料もない。

 今の佐野にあるのはクッソ重たい買い物袋の山だけなのだ。

 

「あの、佐野さん。やっぱり休憩した方がいいんじゃ……」

 

「だ、だいひょーぶ! へーひへーひ!」

 

 瑠美の心配する声に笑顔で答えてはいるものの、明らかに無理矢理作った笑いだとバレている。

 息をゼハゼハ吐いて今にも倒れそうになっている佐野が、瑠美には病魔に苦しめられる大型犬のように見えてしまい、申し訳なく思ってしまう。

 

「グギギ……!」

 

「あぁ……佐野さん、本当に休憩しましょう?

 爆発寸前の蒸気機関車みたいな顔になってますよ!」

 

「それだと、むしろぉ、想像……できないっていうか……ウゴゴゴゴ!」

 

 事の発端は、瑠美が買い物に行こうと言い出したことだった。

 しかし、現在進行形でバイオグリーザに狙われている瑠美が一人で外出はさせられず、必然的に佐野が同行することになる。

 まあ、ここまでは良かった。

 

 佐野 満という男は良くも悪くも普通の男である。

 整った顔立ちと平均よりやや上のプロポーションが揃い、おまけに性格まで良い女性との外出。

 そんな彼女の前で良いところを見せようとするのも、また必然だった。

 大量の食材で一杯になった袋を全て一人で持ち上げて、「どうです? 俺カッコいいでしょ?」という風にデカデカと書かれた顔で往来を歩き出した佐野。

 そのドヤ顔が苦痛一色に染まるまで、そう時間はかからなかった。

 

「もうダメぇ……手脚辛い……」

 

「きゃっ!? 佐野さーん!? こんな場所で倒れちゃ危ないですって!」

 

 史上最大級の筋肉痛。ネガタロスに身体を貸してしまった代償。

 良くも悪くも普通な佐野の身体が、ネガタロスの類稀なバトルセンスを活かす戦闘に付いていけるはずもなかった。

 自分がこれだけボロボロになったのに、結局タイガには逃げられてしまったことが非常に悔しかったのだが、それはまた別の話である。

 

「どうぞ」

 

 瑠美が自販機で購入したミネラルウォーターが、ベンチで項垂れていた佐野に手渡される。

 その中身を半分ほど、一息に飲み干す佐野。

 ブハーッ、と潤った魂からの息が盛大に出てきた。

 筋肉痛はもうどうしようもないが、これで渇きは癒すことができる。

 

「……そういえば前から思ってたんだけど。

 瑠美ちゃんって、あの万丈さんみたいに他の世界から連れてこられちゃったんだよね。

 帰りたいって思ったりしないの?」

 

「初めはそう思ってたかもしれませんけど……。

 大地くんがいて、ガイドさんやレイキバさん、ネガさんがいる今の生活にもう馴染んじゃって。

 それに帰りたいって気持ちはまだありますけど、今は大地くんの傍にいる方が大事なんです。

 なんたって命の恩人ですから」

 

「へぇ〜……」

 

 思ったよりも遥かに重い内容が返ってきてしまい、答えに窮してしまう。

 軽い気持ちで聞いてしまったことに、佐野は後悔した。

 

「この世界での記録が済めば、私達は旅立ちます。

 佐野さんは付いてこないんですか?」

 

「俺ぇ? いやいやいや! 他の世界なんて行ってたら良い暮らしなんて送れないでしょ。

 その時が来たら首領から退職金でも貰って、まったりと暮らしていくかなー」

 

「そうですか……寂しくなりますね」

 

 たった数日の関係でも、別れとなれば瑠美は悲しむ。

 寂しそうに笑う瑠美の顔に佐野は不覚にもグッときてしまった。

 

「ま、まあ? この世界にいる間ならバリバリ働いちゃうし? 

 瑠美ちゃんも俺がバッチリ守っちゃうから、泥船に乗ったつもりでいてよ!」

 

「大船、でしょう?」

 

「そうそう! それそれ────」

 

 頷こうとした佐野の手に鋭い痛みが走る。

 思わず落としてしまったミネラルウォーターが水溜まりを作り、広がった波紋に歪みが生じた。

 佐野の身体が動くその前に、羽の付いた鞭が水面から佐野の顔面に向かって伸ばされる。

 

「佐野さん────!」

 

 悲痛な叫び声がその場に響き渡った。

 

 

 

 *

 

 

 

 それから程なくして、副院長室。

 

 奏と大地の前にも招かれざる客が鏡の中から現れていた。

 生きているかどうかも怪しい、幽霊と見紛うような雰囲気の男。

 

「神崎士郎……」

 

「この人が……!?」

 

 大地には、これがこの世界のライダーを開発した男との初遭遇となる。

 前々から話をしたいとは思っていたが、まさかこんな時に現れるとは。

 

「仮面ライダーダークディケイド、大地。

 お前は我々の世界に侵入し、ライダー達の戦いを妨害してきた。

 彼らの願いを踏みにじり、その行為を否定してまで。

 だが、他の世界のライダーであるお前にそんな権利は無い」

 

 抑揚のない声で話す神崎。

 他の世界……? と懐疑的な奏には目もくれず、大地だけにジットリと見つめている。

 

「……確かにそうかもしれません。

 僕には他のライダーの願いを否定する権利はない」

 

 大地は昨夜見た事を思い起こす。

 芝浦が人質に取ろうとしていたあの女性──小川 恵里の静かに眠る姿を。

 芝浦はわざわざ契約モンスターを使って彼女を人質にしようしていた。

 そして蓮はずっとこの病院に留まり、切羽詰まった様子であった。

 

 それらから考えるに──彼女こそが蓮の願いなのかもしれない。

 戦いの邪魔をするということは即ち、あの女性を脅かすも同然なのだろう。そういう意味でなら、大地は確かに蓮の願いを踏みにじっている。

 

 しかし、それは目の前の男も同じ。

 切なる願いを餌に戦わせようとしているこの男が、善意で動いてるようにはとても見えない。

 

「でも、誰かを助けることには権利なんて必要ありません。

 殺されようとしている人は誰であっても見過ごせない。

 人間を守って戦う。それが、仮面ライダーだから! 

 皆を守ることが邪魔だって言うんなら、僕はいつまでも邪魔をします!」

 

「考えを曲げるつもりはない、か。

 だがお前に選択の余地は無い。

 この世界から出て行くか、それが嫌ならベルトを渡せ。

 さもなくば────

 

 

 お前達と一緒にいる女、花崎 瑠美。彼女はモンスターの餌食となるだろう」

 

「なっ……!?」

 

 絶句する大地。

 対象が自分だけだったら、どんなに脅されても大地は屈しないだろう。

 しかし、周囲の人々……特に瑠美に関しては話は別だ。

 

「瑠美さんに何をした!」

 

「安心しろ。彼女は無事だ。

 ……まだ、な」

 

 そこで神崎は初めて笑った。

 口の端をほんの僅かに釣り上げただけの、人間らしさが欠落した笑み。

 その不気味さが大地の不安を掻き立てる。

 

「付いて来い」

 

 ドアの方を顎でくいと指して、神崎は忽然と姿を消す。

 人間離れした所業に一々驚いてもいられない。

 衝動的に部屋を飛び出そうとした大地に、背後から声がかかった。

 

「大地くん、屋上に行きたまえ。

 今は事件の影響で封鎖されているから、一般人もいない。彼にとっても都合がいい場所だ。

 神崎は恐らくそこにいる」

 

「ありがとうございます! それと……」

 

「昴の件はこちらで預かる。さあ、早く行きなさい」

 

 今度こそ振り返らずに行く大地。

 慌ただしく駆けていく靴音が遠ざかっていく。

 それから数分と経たずして、控えめにドアが開いた。

 

「あったよ! アイスー。

 お父さんのぶんも!」

 

「……そうか、良かったな」

 

 アイスキャンディーをご機嫌な様子で食べる昴。

 そばに近寄った奏はその柔らかな黒髪をそっと撫でる。

 恐る恐る割れ物を扱うように。それでいて、どこか惜しむように。

 心地良さとくすぐったさが同時に押し寄せて来た昴の目がきゅっと細まった。

 

「……思えば、親らしいことはしてやれなかった。

 私は父親失格だ」

 

「うーんと……お父さんはお父さんだよ?」

 

「違うさ。少なくとも、これからは」

 

 そして奏はデッキを差し出す。

 レギオンの白いデッキを。

 

「変身しろ。昴」

 

 

 

 *

 

 

 

 勢い良く開け放たれる屋上のドア。

 転落防止の鉄条網の向こう、足場の縁に瑠美はいた。

 足元の水溜まりから飛び出したガルドサンダーが彼女を掴んでおり、その顔は恐怖と苦痛で歪められている。

 息を荒げた大地が咄嗟に駆け寄ろうとしたが。

 

「瑠美さん! 待ってて、今──!」

 

「それ以上近寄れば、彼女を落とす」

 

 大地を制するは、どこからか響く神崎の声。

 そう言われては大地も止まるしかない。

 歯噛みして、打開策を練ろうとしたところへ再びドアが開く音がした。

 

「瑠美ぃーっ!! 無事か!」

 

「万丈さん! レイキバットさん!」

 

 血相を変えて駆け付けた龍我とレイキバット……ついでにネガタロス。

 龍我もまた異世界のライダーであり、大地と同じく神崎に呼び出されたのだろう。

 

 これにて役者は揃った。

 

「ダークディケイド、クローズ。

 その女を助けたくば、お前達のベルトを渡し、速やかにこの世界から出て行け。

 もし拒否をするなら……わかっているな」

 

 神崎の意を示すように、ガルドサンダーの手が一瞬緩む。

 落下しかけた瑠美から悲鳴が上がった。

 

「止めろぉッッ!! 瑠美さんは関係ないじゃないか!!」

 

「彼女を本当に助けたいと思う気持ちがあるなら、お前達がすべきことは一つのはずだ。早く決断しろ」

 

「神崎、てめえ汚ねえぞ! 俺らと正々堂々勝負しやがれ! このインチキ詐欺師!」

 

「それがお前達の答えか?」

 

 問われるまでもなく、大地達に残された道は決まりきっている。

 敵がミラーワールドに引き篭もっている以上、取れる対策は限られており、かつ大地達にはできないことばかり。

 簡潔に言おう。詰みである。

 

 歯噛みする大地と龍我。

 そんな彼等に心配をかけまいと、瑠美は気丈に振る舞おうとする。

 

「大地くん、万丈さん……わ、私は平気ですから! 

 二人の力はこれから多くの人達の助けになるんです!

 ここで手放すなんて、絶対に駄目!」

 

 瑠美は助けを求めない。

 しかし、小刻みに震える身体と口調を隠し切れてはいない。

 戦士ですらない女子大生が勇気だけで恐怖を打ち消せはしないのだ。

 

「さ、寒いですねここ。

 でもこんなのへっちゃらですから!」

 

「瑠美さん……」

 

 ダークディケイドライバー、メイジドライバーが入ったポーチが地面に置かれた。

 大地に倣い、龍我もビルドドライバーを隣に置く。

 瑠美を救いたいという想いを共有するレイキバット、クローズドラゴンもまたその隣に鎮座する。ネガタロスは嫌がったが、眼魂に選択する権利など無いと思い知るだけに終わった。

 

「さあ、これでそっちの要求には答えた! 早く瑠美さんを!」

 

「まだだ。お前達のベルトを全て回収してから、その女を解放してやる」

 

 神崎が目配せすると、水溜まりから新たなるモンスターが顔を出した。

 緑の鳳凰型モンスター、ガルドミラージュ。

 神崎の配下であるこのモンスターにベルトを回収させるつもりなのだろう。

 

「くそッ、どうすることもできねえのかよ!」

 

「おい、何で俺様まで付き合わにゃならねえんだ!」

 

「空気を読めよ目玉野郎」

 

「黙れゴミコウモリ!」

 

 ギャーギャー喚く蝙蝠と目玉も容赦なく回収されてしまえば、もうそれまでだ。

 自分達の変身手段が奪われる様を指を咥えて見守るしかない二人。

 ここで奪われた物はもう二度と取り戻せないかもしれない、と薄々わかってしまう。

 

 そしてそれは瑠美も感じていることであり────。

 

「大地くん……自分を責めないでくださいね」

 

「瑠美さん……?」

 

 何らかの決意を固めた顔の瑠美。

 それを見た大地は不吉な予感を抱く。

 

「私の生命は大地さんに貰ったものだから……。

 今、ここで返します!」

 

 瑠美はそっと足を動かし、ぎゅっと目を瞑った。

 自分のせいで大地達の力が奪われるのは我慢ならない。

 多くの人を救える力を、瑠美一人のために失わせるなんてあってはならない。

 

 ならばどうすればいいか? 簡単だ。

 

()()()()()()()()()()()()()

 

「っ!」

 

「瑠美さん!?」

 

 渾身の力でガルドサンダーを引き剥がした瑠美。

 

 

 そして彼女は自ら身を投げた。

 

 

 

「────!」

 

 無我夢中だった。

 落ちていく瑠美が大地の目にはスローモーションに映っていた。

 血を吐くような雄叫びを上げて、立ちはだかるガルドミラージュを殴り飛ばして、駆ける。

 必死に伸ばした手は、当然ながら届かない。

 

「瑠美ィィィィィィー!!」

 

 大地を追い越したレイキバットでさえ、間に合うはずがなかった。

 伸ばした手は鉄条網に押し止められ、無理矢理こじ開けようとした掌に血が滲む。

 それでも構わずに拳を叩きつけると、鉄条網はあっさり破れた。

 

 だが、そうして進めるのもここまで。瑠美を拘束していたガルドサンダーの鞭が大地の首を絞め、その進撃を強引に止めてしまった。

 

「瑠美さん……! 瑠美さん! 瑠美さん!」

 

 嗚呼、わかっているとも。

 ここでどんなに足掻いても、瑠美は帰ってこない。遥か地面の下で帰らぬ人となってしまったのだ。

 折れそうなぐらいに絞められた首から名前を呼んでも無駄なのだ。

 

 花のようなあの笑顔は、もう咲かない。

 

 

 

 

 

「へへっ、俺をお忘れですか? 先輩」

 

 大地に落ちる影と声に、ふと顔を上げた。

 瑠美の落ちた下から飛び出し、上空を飛ぶエビルダイバー。

 その上には、ライアとインペラー。

 そしてインペラーの腕の中で瑠美はしっかりと抱えられていた。

 

「大地くーん!」

 

「さっきは神崎にやられちゃったけど、俺はただでは転びませんよ! 

 これで臨時ボーナス間違いなし! ですよね!」

 

「佐野さん……!」

 

 調子の良い奴だ、とエビルダイバーを操るライアが肩を竦めた。

 ついさっき「このままじゃクビにされる」と手塚に泣きついた姿とは大違いである。

 そもそもエビルダイバーがいなければ間に合わなかったし、こうなることを予想して待機していたのもライアの提案である。

 

 だが、何にせよ瑠美は助かった。

 いつにない頼もしさと感謝をインペラーに贈る大地。

 

 しかし、生きていたと安堵するにはまだ早い。

 ガルドサンダーとガルドミラージュがエビルダイバーを撃ち墜とさんと飛び立つ瞬間を大地は見た。

 

「──万丈さん、ネガタロスを!」

 

「え……うぉ、おうっ!」

 

 サッカーボールの如く蹴飛ばされる眼魂。

 大地は「グェッ」と潰れたカエルのような声と共に飛んで来たそれを掴み取り、押した。

 

(お願いします、ネガタロス)

 

「……フン、いいだろう」

 

 憑依で強化された跳躍を以って、N大地はエビルダイバーと同じ高度にまで到達する。

 インペラーの腕から半ば奪い取る形で瑠美を抱きしめ、その直後に鳳凰型モンスター二体がエビルダイバーに襲いかかった。

 あと一歩遅れていれば、瑠美とインペラーは振り落とされていたかもしれない。

 

「ネガさん?」

 

「喋るな、舌を噛むぞ」

 

 着地して瑠美を下ろしたN大地。

 少々申し訳なさそうにしている瑠美を鼻で笑い飛ばし、ダークディケイドライバーを手に取る。

 

「献身的な姿勢は大歓迎だが……今部下が減るのは不味いんでな。

 おいゴミコウモリ、瑠美を連れてとっとと失せろ。これからは俺様の時間だ」

 

「フン、精々しくじらないこった。

 行くぞ瑠美!」

 

 瑠美が戦場から離れていく背中を見送って、大地は心から安堵する。

 これで心置きなく暴れられる場は整った。

 N大地はエビルダイバーに纏わりつくモンスター達を見据えて、ドライバーを腰に当てる。

 その隣で龍我もビルドドライバーを巻いた。

 

「変身」

「変し……あ、おい!」

 

 KAMEN RIDE DECADE

 

 クローズの変身完了も待たずして発砲するダークディケイド。

 ライドブッカーから放たれた銃弾は一発として外れることなく、ガルドミラージュとガルドサンダーを撃ち抜いた。

 墜落している最中でも構わず撃ち続けるダークディケイドから逃げるため、モンスター達は出てきた水溜まりに飛び込んでしまう。

 

「逃がさねえ」

 

 ATTACK RIDE MACHINE DECADER

 

 疾走するマシンが世界の狭間を超える。

 屋上のミラーワールドに逃げ込み、羽を休めていたモンスター達。

 後を追ってくるかもしれないライダー達の事を考え、すぐに飛び立つ。

 逃走、戦闘、いずれも空に居た方が都合がいいからだ。

 

 だが。

 

 FINAL ATTACK RIDE DE DE DE DECADE

 

 ミラーワールドに突入するや否や発動されたディメンションブレイクがその後を追う。

 全力の羽ばたきであっても、そのスピードからは逃れられない。

 エネルギーを纏った車体に激突されたガルドサンダーは呆気なくも爆発四散してしまった。

 

「gyy!?」

 

 一撃で粉砕されてしまった相方に驚くガルドミラージュ。

 かつて相方だった身体の起こした爆発を思わず凝視すると、その中を横切って行く黒い影を目撃した。

 すかさず円盤型の武器を取り出し、影に向けて放つ。

 

 優れた能力と本能が下した咄嗟の判断は正しいものだと言えよう。

 一つ、ガルドミラージュの不幸を挙げるとするなら。

 

 相手が悪かった。それに尽きる。

 

「ようウスノロ」

 

「gyu……」

 

 放った円盤は見事に命中した────誰も乗っていない、無人のバイクに。

 困惑したガルドミラージュの頭上には、キラリと光る刃。

 ディメンションブレイクが激突する直前、マシンから跳躍していたダークディケイドが大きく剣を振りかぶっていた。

 

「雑魚が。俺様の組織じゃお茶汲みが関の山だぜ」

 

 頭から爪先にかけて、真っ二つに両断されたガルドミラージュ。

 ダークディケイドは頭上の爆発から降りかかる火の粉を鬱陶しそうに払った。

 

「あれ、もう終わったのかよ!」

 

「今頃来やがったか」

 

「お前が早すぎるんだろうが!」

 

 ようやく到着したクローズ、ライア、インペラー。

 モンスターの中では手強い部類に入る二体をあっという間に瞬殺したことに驚いているようだが、あの程度ネガタロスには朝飯を通り越して夜食前である。

 

「さっすが首領! いやぁやっぱり俺達なんか足元にも及ばないやぁ。

 首領がいれば俺達の組織も安泰間違いなしっすよ!」

 

「佐野……後で臨時ボーナスをやろう」

 

 ナチュラルに悪の一味扱いされてるクローズとライアであった。

 

「あーあ、変身損かよ。ならとっとと──」

 

「まだ帰るな馬鹿。アイツらはただの前座だ」

 

 帰還しようとするクローズの襟を掴んで引き戻すダークディケイド。

 首が絞まるなどと抗議する声は無視して、尻を蹴飛ばした。

 

「イテテ……おい、何も蹴ることはねえだろ!」

 

「奴らが前座とするなら……そういうことか」

 

「手塚〜! そういう『俺はわかってます』って感じのやつやめろよ!」

 

 はぁ、と溜息が二つ。

 

「コイツ──ダークディケイドの強さは神崎も知っていると見ていいだろう。

 加えてお前の存在もある。

 俺の知る神崎士郎なら、たった二体のモンスターだけで満足はしない」

 

「ってことは……まだ何かヤベェ敵がいるってことか!」

 

「可能性の話だがな」

 

 合点がいったようにポンと手を鳴らすクローズ。

 わざわざそんなことを説明しなきゃならんのか、と呆れたダークディケイドから溜息がまた一つ追加される。

「お前はわかってたよな?」と大地に問いかけてみたが、返事はノーコメントであった。

 

 イマイチ緊張感に欠ける面々だが、それでも周囲への警戒は怠らない。

 ふと、空を見上げたインペラーは不思議な物体を見つけた。

 

「金色の……羽?」

 

 金色に輝く無数の羽がひらひらと舞い降る。

 その幻想的な光景に目を奪われたライダー達を、一際強い光が照らす。

 

 ────修正が必要になった。

 

 羽と光が混ざり合い、人型を形作る。

 身に纏うは、溢れんばかりの神々しさと息を固めるほどのプレッシャー。

 

 ────戦いを乱す侵入者よ。

 ────お前達はここで散る運命にある。

 

 ライダー達が見上げる黄金の光が、声を発する。

 どこか人間味に欠けるその声はメスのように身体を貫いていく。

 そんな光とライダー達の構図は、まるで上位の存在を拝んでいるようでもあった。

 

 ────13人目である、この私の手で。

 

 光が晴れた先、姿を明らかにする金色のライダー。

 言葉を失っているライダー達の中で、ライアは戦慄さえしていた。

 まるで人間らしさというものが感じられない虚無。

 存在そのものが夢幻なのではないかと錯覚してしまう。

 

「お前も……ライダーなのか?」

 

「私はオーディン」

 

 “オーディン”と名乗ったライダーは悠然と佇んでいる。

 先の言い草といい、恐らく神崎の手の者が変身したのだろう。

 

「ハッ、神気取りとは恐れ入った。

 たった一人で俺様達に挑むのも納得の度胸だ。

 言っとくが、俺様の強さは別格だぜ?」

 

「ならば挑むがいい。

 お前達がどんなに数を揃えようと、私には勝てない」

 

「ほざけ!」

 

 剣を構えて突進するダークディケイド。

 13人目だろうがなんだろうが知ったことか、と吐き捨てて、走りながらライダーカードを取り出す。

 対するオーディンは微動だにしないまま、腕を組む。

 

 

 そうして、最強のライダーとの壮絶な決戦が幕を開けた下の階でも。

 

「……お父さん?」

 

 父に言われるがままに変身したレギオン。

 首を傾ける息子に、アマンダは何も答えない。

 ただ、剣を構える。

 

「……え?」

 

 振るわれた剣が今まさにレギオンの首を刎ねようと────。

 





多分あと3話くらいかなあ……

Twitterで#仮面ライダーDDのタグ付けて感想呟いてくれたら爆速で飛んでいきますのでなにとぞ……なにとぞ……!



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父と子 前編

まさかの二分割。長いぜぇ


 

 

 あるところに昴くんという男の子がいました。

 

 昴くんにはお母さんとお父さんがいましたが、あまり好きではありませんでした。何かと理由を付けては、いつも昴くんをぶってくるからです。

 他にも食べ残しを投げられたり、煙草の先を押し付けられたり……酷い時には革のベルトで打たれたりもしました。

 まともなご飯さえ食べさせてもらえず、狭いアパートの一室にずっと閉じ込められる。そんな毎日の連続が続いて、昴くんはどんどん痩せっぽちになっていきます。

 

 今日はごはんがたべられますように。

 そんな風にお願いしながら、昴くんはその日も部屋の隅で縮こまっていました。

 昴くんのお願いが届いたのか、定かではありません。

 しかし、不思議な不思議な……とっても不思議なことは起きたのです。

 

「誰……? どこから入ってきたの……?」

 

 なんと、昴くんに負けず劣らずのヨレヨレな服を着た男の人が突然現れたのです。

 その人は白い箱を差し出して、こう言いました。

 

「俺が何者か知ったところで、その飢餓は満たされはしない。

 お前の一生はこの地獄で終えることになるだろう。

 だが、お前は抜け出したいと願うなら。

 その手段を、お前にやろう」

 

 男の人が言っていることの半分も昴くんには理解できませんでした。

 ただなんとなく、助けてくれるわけではないとわかりました。

 

「ごはん、食べられるようになるの……?」

 

「……これほどまでに────」

 

 それまで無表情だったその人の顔が、僅かに歪みました。

 ほんの一瞬でしたが、とても辛そうに。

 この人もお腹が空いているのかな、と昴は考えました。

 

「生き延びたければ戦え。ライダーとして」

 

 その人は白い箱を置いて、いなくなりました。

 

 

 それから数日が過ぎて。

 

 渡された白い箱をどうすればいいのかもわからないまま、昴くんの苦痛に満ちた生活は何も変わりませんでした。

 ……いえ、変わったことはありました。

 窓ガラスや鏡に見たこともない、沢山の白い変な虫が見えるようになっていたのです。

 それがシアゴーストと呼ばれるモンスターなのですが、昴くんには知りようもないことでした。

 

「おなか……ごはん……。

 

 ────虫さんも、おなか空いてるの……?」

 

 鏡の向こうから聴こえる鳴き声。

 何故だか、昴くんにはそれが空腹を訴えているように感じました。

 白い箱に入っていたとあるカードのお陰で、虫さんは昴くんを襲うことはありませんでしたが、代わりにお父さんとお母さんはいなくなってしまいました。

 

 そして、それからすぐのことです。

 昴くんは新しいお父さんと出逢いました。

 

 

 

 

 父に従ってレギオンに変身した昴。

 自身の首を狙った剣先を呆けたように見つめていた。

 お父さんが自分を殺そうとしているのだ、と気付きはしたが、抵抗はしない。

 そしてアマンダの迷いなき太刀筋はそのままレギオンの首を刎ねるかに思われたが。

 

「止せぇ!」

 

 ガキン! と鳴った派手な音と共に火花が散った。

 槍と剣がかち合い、レギオンの首は繋がったままで済んだ。

 黒槍の使い手、騎士がレギオンを庇って立つ。

 

「正気か、お前。コイツはお前の息子だろう!?」

 

「秋山蓮……!」

 

 思わぬ邪魔が入ったことに溜息を吐くアマンダ。

 文字通りの横槍に苛立ちを隠そうともしていない。

 

「息子だからこそ、だ。昴は私の手で殺す」

 

「ライダーバトルに興味は無い、と言っていたな。

 あれは嘘だったというわけか」

 

「違う! 君達ライダーのような私欲に駆られた愚かな殺人と一緒にしないでもらおうか! 

 昴の罪の清算。私の理由はそれだけだッ!」

 

 ADVENT

 

 召喚されたバズスティンガー達がナイトに襲いかかる。

 排除を目論むモンスターに対し、ナイトもまたカードを切った。

 

 TRICK VENT

 

 数を増やしたナイトがバズスティンガーを迎え撃つ。

 相変わらず質の面で負けてはいるが、ある程度は持ち堪えられる筈だ。

 モンスターの相手を分身に任せ、ナイトはウイングランサーでアマンダに斬りかかる。

 剣と槍が互いに削り合った。

 

「罪だと? 一体どういうことだ」

 

「昴が契約しているのは白いヤゴ型モンスター。

 あのモンスター達がこの病院に現れるようになったのは、ちょうど事件が発生した頃からだ。君も何度も目にしているだろう?」

 

「だからって、あの子が犯人だと決め付けるのか? 馬鹿馬鹿しいにも程があるな」

 

「────ううん。お父さんが合ってるよ」

 

 レギオンがポツリと呟いた一言に、ナイトの力が一瞬緩む。

 槍を弾かれ、回し蹴りで吹っ飛ばされたナイトは信じられないといった様子でレギオンを見た。

 その肯定が何を表すのか、わからない子でもあるまい。

 

「ごめんなさい! ごめんなさい! ……ぼく、どうしたらいいかわからなかったの」

 

「本当に……モンスターに喰わせていたのか? お前が?」

 

「────おなかが空いたって言ってたから……」

 

 モンスターは腹を空かせる。

 ライダーがそれを満たす。

 ごく当然の摂理を言い訳の如く述べる理由を見出せず、ナイトは閉口してしまった。

 

 だが、アマンダは違う。

 レギオンにとって────昴にとっての“空腹”というものがどれほど辛いことなのか、理解していた。

 そして自身の子が抱いているどうしようもない優しさも。

 

「……認めよう。そう、いくらでも認めるとも。

 やはり私は親失格だ。

 昴がライダーになることを止められず、気付くことさえできなかった愚か者だ。

 いや、それとも道化か? これではライダー諸君を笑えないな」

 

 己を自嘲するアマンダ。

 鉄仮面を強く押さえて、ミシリと音が鳴った。

 申し訳なさそうに俯くレギオンは未だに呪文の如く「ごめんなさい」を繰り返している。

 

 ライダーという衣が無ければ、「叱る父と叱られる息子」というありふれた光景になっていたはずなのだが。

 

「……許せ、などと言うつもりはない。

 天国なんて世界があるなら、きっとお前はそこに行ける。

 そうなると私は十中八九地獄行きだが……まあ仕方あるまい。

 子を殺した親には相応しいだろう」

 

 アマンダの剣が鈍く輝く。

 最速でレギオンへと至ろうとした剣先は、再度防がれる。

 ナイトのダークバイザーによって。

 

「お前はコイツの父親なんだろ! 

 父親なら……何に代えても子供を守るんじゃないのか!」

 

「……意外だよ、秋山 蓮。

 君がそこまで人情に厚いとは。

 だがね、私は父親である前にこの病院の副院長なのだよ。

 私には患者を守り、そして喰われた患者達の無念を晴らす義務がある。

 例え自分の息子が相手であっても!」

 

 情を捨てた父と情に流された騎士。

 俯く子を前に、両者は一歩も譲ることなく斬り結ぶ。

 

 

 *

 

 

 下の階でそんな戦闘が起こっているとは露知らず。

 ダークディケイド────大地とネガタロスの雄叫びが重なり、ライドブッカーを振り上げる。

 余裕の態度で佇むオーディンが目前に迫った時、剣を振り下ろすかに見えたダークディケイド。

 しかし、その手あったのは剣だけではなかった。

 

 KAMEN RIDE ZANGETSU

 

 頭に被ったメロンのアーマーが展開し、ダークディケイドはDD斬月となる。

 収納されたライドブッカーの代わりに持つ剣と盾──無双セイバーとメロンディフェンダー。

 カメンライドを事前に把握していたらしきオーディンは突然姿を変えたことに驚きもしないが、DD斬月にはむしろ好都合と言える。

 警戒心が無いのなら、初見殺しの技を見切られる心配も要らないのだから。

 

「コイツはちょっとしたご挨拶だ!」

 

 無双セイバーのブライトリガーを引き、エナジーチャンバーにエネルギーが充填される。

 至近距離にまで至ったDD斬月は剣を振ると見せかけ──ムソウマズルから弾丸を連射した。

 

 無双セイバーは優れた剣でありながら、弾丸を放つことも可能とする。

 そんな不条理を初見で見抜けるはずもなく、ましてや剣が当たるような近距離では見てから回避も不可能だろう。

 黄金の装甲に直撃する四発の弾丸を見て、先制はもらったとほくそ笑むDD斬月。

 

 ────次の瞬間、背後から殴られた。

 

「……あ?」

 

 後頭部に広がる痛みより、困惑の方が勝った。

 

 いつのまにか背後にいるオーディン。弾丸が当たった痕跡が一つも無い美麗な装甲。奴が居た場所に舞う金色の羽。

 

 答えを導き出そうとする思考を断ち切るように、DD斬月が再度殴られる。

 一瞬前まで背後にいたはずのオーディン。その裏拳を叩きつけられたのだと気付いた時、同時にこの不可解な事象を見破った。

 

「────瞬間移動だと!?」

 

 よろめきながらも、追撃の三打目はギリギリ盾で防ぐDD斬月。

 その声に滲み出る驚愕はネガタロス史上最大といっていい。

 だがそれも当然だろう。

 何せこのオーディンというライダーは瞬間移動なんて強力無比な能力をカード無しで、しかも無制限に行使できるのだろうから。

 こんなインチキ能力のライダーなど、ダークディケイドの中にも五といない。

 

 DD斬月は吹っ飛びそうになった盾をしっかりと握り直し、踏み込みの一刀を振るう。

 威力ではなく、速度に磨きをかけたその斬撃もやはり金色の羽を裂くしかできない。

 真横から出現したオーディンの凪ぐような打撃にDD斬月の装甲が捲られるほど火花を噴いた。

 

(このメロンライダーじゃ対抗はできねぇ! 

 瞬間移動にも追い付けるような超スピードならあるいは……ん?)

 

 DD斬月の思考に割り込む幾つかの記録のヴィジョン。

 時をかける青いライダーと、永遠を司る白いライダーの記憶。

 そういえばこのベルトにはそんな機能もあったな、と思い出した。確か状況に応じてライダーを指示してくる、だったか。

「このカードを使おう」と大地は提案してきたが、ネガタロスはそれを一蹴する。

 

(ケッ、何が好きで電王のカードなんざ使わなきゃならねえんだ。俺様のやり方で勝つまでよ)

 

 KAMEN RIDE SASWORD

 

 姿は変えども、剣という武器は変えない紫の蠍。

 サソードヤイバーを軽く振ったDDサソードを見ても、オーディンは動じない。

 そんな彼らの背後から二つの攻撃が迫っていた。

 

 SWING VENT

 

 ドラゴニックフィニッシュ! 

 

「ォオオオッラァ!」

 

 青き龍の息吹を乗せたキックと、空気を裂く鞭の一撃が別々の方向から見舞われる。

 しかし、やはりオーディンには当たらない。クローズとライアの同時攻撃を容易く躱し、離れた場所に瞬間移動していた。

 

(今だッ!)

 

 ATTACK RIDE CLOCK UP

 

 そこへすかさずDDサソードが発動したカードが、彼を異なる時間の流れへ誘った。

 全てがスローモーションになった世界で、DDサソードはオーディンへと駆けていく。

 手を伸ばせば届く距離にまで近付いても、オーディンは微動だにしていなかった。

 

「今から切り刻まれるってのに、随分と余裕だなぁ?

 ま、聴こえてもいないし、見えてもいないか。

 今のお前の気分を聞いてみたかったが……これで終いだ」

 

 DDサソードが抜いた紋章のカードは事実上の死刑宣告。

 もう少しこの金ピカ間抜け面を眺めていたい気もするが、しかし油断は禁物と己を律した。

 そしてDDサソードはカードを入れようとする。

 

 だがしかし。

 

(駄目だネガタロス! この人が死んじゃう!)

 

 一時的に主導権を握った大地が、その手を止めてしまった。

 

「……ハァ? 今更何言ってやがる。コイツは間違いなく神崎の手先だぞ? 

 大地、まさかお前こんな状況になってもまだ『人間は殺さない』とか言うつもりじゃねえだろうな」

 

(そのまさかだよ。僕は人間は殺さないし、殺させない)

 

 相変わらず青臭い台詞を吐く奴だ、とネガタロスは心の中で吐き捨てる。出会った頃に垣間見たワルの気配は気の所為だったのかもしれない。

 

 しかし、今はそれよりオーディンだ。

 ネガタロスは難なく身体の主導権を奪い返すと、大地の叫びを無視してカードを装填した。

 

 FINAL ATTACK RIDE SA SA SA SASWORD

 

 迸るタキオン粒子と滴る毒液の両方を纏ったサソードヤイバーを腰に構えるDDサソード。

 並居る怪人共を一撃で屠れるだけの威力を宿したその斬撃こそ、サソードのライダースラッシュである。

 その必殺の斬撃が一度のみならず、二度三度と放たれるが────手応えが無い。

 斬り裂かれた筈のオーディンの身体、その一端が羽と散る。

 

「……チッ、間に合わなかったか」

 

 恐らくこちらがクロックアップを発動した時点でオーディンは次の手を打っていたのだろう。

 瞬間移動している最中の相手を斬り裂くことは流石にできない。

 もはや見飽きたと言っていい羽の吹雪を鬱陶しそうに斬り伏せようとしたDDサソードの肩に、そのうちの羽が一枚付着した。

 

 ────そして、爆ぜる。

 

「何ッ!?」

 

 連鎖する爆発。

 オーディンの特殊能力は瞬間移動だけではなく、爆発する羽を散らすこともできるのである。

 

 それらの合わせ技に正面から突っ込んでしまったDDサソードの全身で爆発が連鎖した。

 

「ガアアアアアアアッ!?」

 

 クロックオーバー。

 本来の時間流に引き戻されたDDサソードの膝がガクリと折れた。

 今の攻撃だけで許容量を超えてしまった故に、サソードのカメンライドも強制解除されてしまう。

 

「な、なんだよ今の……」

 

 クロックアップを認識できないクローズ、ライアはただただ混乱していたが、そんな彼らの背後でまたもや羽が散る。

 クローズの後ろを取ったオーディンの手には杖のような武器──ゴルトバイザーが握られていた。

 

 SWORD VENT

 

「……後ろだ! 万丈!」

 

 警告は間に合わない。

 オーディンの振るう双剣──ゴルトセイバーの乱舞がクローズを踊らせる。

 他のライダーのファイナルベントにも匹敵する威力の斬撃を食らったクローズは吹っ飛ばされ、ダークディケイドの隣に身体を滑らせた。

 

「ぐ……強え……!」

 

「万丈! くっ!」

 

 敵わないとは薄々わかりつつ、それでもしならせた鞭を浴びせようとするライア。

 頭部を狙って放った一撃は逆にゴルドセイバーに絡め取られてしまい、即座に切断されてしまう。

 使い物にならなくなったエビルウィップが彼の足元に落ちた。

 

 ライアが次なる一手を打つべくカードを抜いたものの、その動きを制止する声が響いた。

 

「待て、お前達とはまだ戦うべき時ではない」

 

 オーディンが構える双剣の剣先。その片方をライアへ、もう片方をまごついているインペラーへ向けられた。

 何を言ってやがる、と思いながらダークディケイドは次なる言葉に耳を澄ませる。

 

「本来なら私と戦うのは最後の一人だけ。

 お前達は大人しく去ればいい。

 だが……奴らのようなイレギュラーに手を貸すというのなら、脱落と見做す」

 

 脱落。つまりは死。

 なんとも判りやすく、神崎らしい脅しだ。

 ライアの答えは言うまでもない。

 

 COPY VENT

 

 オーディンが持つ双剣の片方をコピーするライア。

 突き付けられた最後通告を切って捨てる行為にオーディンは小さく笑う。

 そしてその視線は残る一人に絞られた。

 自身を貫く無機質な視線が恐ろしく、インペラーは尻餅をついた。

 

「あ、その、お、俺……」

 

 ビクビク怯えている部下に向けて、わかりやすく殺気を放つ。

「お前裏切ったら殺すぞ」と目で語るダークディケイドにインペラーの恐怖は膨れ上がっていく。

 どっちに従っても殺されそう、というのがインペラーの本音。

 だが、無敵と思われていたダークディケイドを赤子のようにあしらうオーディン相手にインペラー如きが何をできるというのか? 

 

「ご……ご……ごめんなさ……」

 

「佐野ォ……?」

 

 ぎこちない方向転換。

 その先は現実世界に通じる出入り口。

 強めた殺気を浴びて、逃げ出そうとした小さき背中が硬直する。

 

「お、俺は────」

 

 

 *

 

 

 

 恐ろしい二者から同時に脅されたインペラーは、早くも参戦してしまったことを後悔し始めていた。

 ちょっとばかし手強いモンスターをリンチしてパパッと終わらせるつもりで来たのに、気付けばとんでもないライダーと戦う羽目になるなんて。自身の不運を呪いたくてたまらない。

 

(冗談じゃないって! こんなとこはさっさと逃げるに限るよ)

 

 抜き足差し足忍び足。

 出口を目指してゆっくりと歩み始める。

 その一歩を踏む度に、黄金の殺気が弱まり、漆黒の殺気が強まる。

 

 出口の先にある現実世界が見えてきて、少しだけ安堵するインペラー。

 だが、そこに映っていたのは風景だけではない。

 

 病院の外、敷地内で祈るように手を合わせている瑠美がいた。

 すると何故だか、彼女と先ほど交わした会話や、大地との会話が頭に蘇ってきてしまう。

 

『……ええ、佐野さんさえよければ。これからも一緒に戦ってもらえますか?』

 

(無理無理無理! 全然良くない! あんなとんでもない奴となんて戦えないって!)

 

『ま、まあ? この世界にいる間ならバリバリ働いちゃうし? 

 瑠美ちゃんも俺がバッチリ守っちゃうから、泥船に乗ったつもりでいてよ!』

 

(もー金額分は働いたよ! これにて退職ってことで良いですよね!?)

 

 大地に言われて嬉しかった言葉、自分で叩いた大口が脳裏で蘇っては、それに一々反論する。

 正義に燃える熱血漢でもなく、利己的に考えを巡らせる冷血漢とまでもいかず、本当に普通の男が持つただの罪悪感。

 悪いことをするよか、良いことした方が気分は良いと思う気持ち。

 それこそがインペラーを踏み止まらせる最後の防波堤なのだ。

 

 逃げたい気持ち九割、逃げたくない気持ち一割。

 せめぎ合う心を吟味し、ダークディケイドとオーディンが織り成すプレッシャーで串刺しにされながらインペラーはついに結論を出す。

 それはなけなしの勇気を振り絞った、最大限の妥協であった。

 

「俺、危なくなったら即逃げるんで! それで勘弁してください!」

 

 インペラーはそう言って、超高速すり足でダークディケイドの後ろに寄る。

 

 縮こまって、なるべく攻撃は受けないような位置取りで。

 

 それを蛮勇と見るか、それとも情けないと笑うかは意見が分かれることだろう。

 

 だが、彼は逃げなかった。

 

 仮面ライダーインペラーとして、戦場に立つことを選んだのだ。

 

 

 

 *

 

 

 

「佐野……お前」

 

(佐野さん……)

 

 自身の後ろでビクついているインペラーを意外そうに見るダークディケイド。

 正直言って、もう逃亡は止められないと半ば諦めていたのだが、彼がこうして勇気を見せたことをネガタロスは少々評価し、大地は心から感動していた。

 どう見てもオーディンに対する盾にする気満々の位置取りには呆れつつも、まあ次第点はくれてやる。

 

「……まあいい。そこまで期待はしてないしな」

 

「へへへ……」

 

「────それがお前の答えか?」

 

 オーディンの冷たき問いに、インペラーの肩がビクリと震える。

 そんな彼に向けられた双剣をダークディケイドが遮った。

 

「俺様に断りなく部下を脅そうたあ、いい度胸してるな。

 コイツは冴えない部下だが、それなりに有用だ。

 てめえ如き()()()に手出しはさせねえよ」

 

「しゅ、首領〜!」

 

 それ以上の問答は無用と断じたか、瞬間移動するオーディン。

 視線を巡らせる間もなく、目前で煌めく鋭い剣尖。

 クローズと二人がかりで辛うじて受け止めた双剣はしかし、押し返す前に消える。

 

「全員で円を組め! 互いの背中を守り合えば死角は減る!」

 

 ダークディケイドが放った号令の下、その合理性を理解したライダー達は素早く指示に従う。

 一人離れていたライアの合流を阻むべく出現したオーディンの背中に半透明の青いオーラが衝突。ダメージこそ無いが、オーディンが思わず振り返った先では、そのオーラがダークディケイドを包んでいた。

 

「馬鹿の物真似に頼るのは業腹だが……背に腹は代えられねえか。

 さて、俺様を失望させるなよ……孫!」

 

 KAMEN RIDE NEW DEN-O

 

 未来的な効果音を忙しく鳴らし、変身を完了するDDNEW電王。

 腰に手を添えて重い息を吐く仕草は、その変身が本当に渋々決行したものだと誰が見ても察せられる。

 自身の宿敵たる電王と類似したライダーに変身するという行為はネガタロスにとってそれだけ嫌なことなのだ。

 

 非常に業腹だが、相手はこのネガタロスとダークディケイドが揃ってなお手に余る。

 個人的な感情に足を掬われて勝ちを逃すなど愚の骨頂。となればこの際私怨は一切捨てて、全力でかからねばなるまい。

 

「ウォーミングアップは終わりだ。こっからは、俺様達の勝利へのカウントをぶち刻む!」

 

 ATTACK RIDE MOMOTAKEN URATAZAO KINTAONO RYUUTAJUU

 

 四枚のカードによる連続アタックライド。

 剣、釣り竿、大斧、銃と多様な武器が召喚され、DDNEW電王を囲んで突き刺さる。

 さらにそこへマチェーテディという大剣が加わり、DDNEW電王が握るデンガッシャーとライドブッカーも合わせて七種もの武器を取り揃えた。

 武器とライダーで構成された円陣の中、感覚を研ぎ澄ましてオーディンを待ち構える。

 

「右かッ!」

 

 反射神経を総動員して捉えたオーディンに突き出すデンガッシャー。

 空を突いたその剣は即座に地面に突き刺され、クローズを斬りつけようとしたオーディンを狙い撃つリュウタガン。

 ビートクローザーの斬撃をいなし、インペラーの前に現れた所へ豪速で打たれるウラタザオ。

 正面から迫る双剣を防ぐは、マチェーテディとモモタケン。

 

 武器を目まぐるしく持ち替えて、神出鬼没なオーディンに対応するという荒唐無稽なテクニック。

 この人間離れした技もネガタロスが大地に憑依して、かつダークディケイドに変身することでようやく発揮できる。

 

「名付けて、地獄の七重奏(ヘルズセプテット)!」

 

「カッコつけてる場合か!」

 

 クローズが突っ込むように、実際のところかなりギリギリなのだが。

 オーディンが攻めあぐねている、という形にしているだけでもかなりの快挙と言って差し支えない。

 

 そうして神経を擦り減らす、終わりの見えない極限の攻防を続ける中で先に痺れを切らしたのはオーディンの方であった。

 

「ハアッ!」

 

 一旦距離を置いたオーディンが手をかざす。

 すると鉄壁の陣形の上から飽きるほどに見た黄金の羽が降り注いできた。

 それが先ほどの爆発する羽だと直感で理解したライダー達はすぐに武器を頭上で構えるも、多くの羽が彼らの装甲で弾けた。

 

「ぐっ……これほどとは」

 

「しゅ、首領。俺もう逃げていいすか?」

 

「早えよ! ったく、やはりあの羽は厄介に過ぎるな……! 

 アレをどうにかするカードは……」

 

「……あ、そうだ」

 

 絶大なダメージに悶えるライダー達。

 高度な連携を捩じ伏せる圧倒的な実力差にネガタロスでさえ戦慄していたが、クローズだけは異なる反応を見せていた。

 まるで何か妙案を思い出した、という風に懐を探り出して青緑色のボトルを取り出している。

 

「万丈、ソイツで行けるか?」

 

「前に戦兎から教えられたやり方なら多分絶対できるぜ」

 

「……よし、全員立て!」

 

 ライダー達は再び立ち上がり、円陣を組む。

 性懲りも無く同じ体勢で待ち構える者達を見て、オーディンの鼻が鳴る。大方、愚かとかなんだとか思っているのだろう。

 

「万策尽きたようだな。ならばお前達はこれで脱落だ。ハッ!」

 

 再度降り注ぐ羽の雨。

 クローズは待ってましたとボトルを振って、ビートクローザーに装填した。

 

 スペシャルチューン! ヒッパレー! 

 

 スマッシュスラッシュ! 

 

 掲げた剣を大きく振り回すクローズ。

 一見何も起こっていないかに思われたが、変化はすぐに訪れる。

 回した剣から不可視の渦が生まれ、なんと宙を舞っていた羽が纏めて吸い込まれていくではないか。

 クローズ以外の全員が目にしたその光景にとある既視感を覚えた。

 

()()()()()()()()()()()

 

「スイコミ斬りィィ!!」

 

「馬鹿な……ムッ!?」

 

 斬撃と共に吸い込んだ羽が嵐となって放出され、オーディンに殺到していく。

 自身の技をまさかこんな形で返されるとは予想だにしなかったオーディンは大きく動揺してしまい、瞬間移動やガードベントの発動もできないまま羽の暴風に曝されてしまった。

 神速の勢いで振るう双剣の風圧が微かに羽を散らしたが、それでも掃除機フルボトルによって凝縮された密度をほんの少し削っただけに過ぎない。

 そしてついに到達した羽の嵐に、オーディンの全身で吹き荒れる。

 

「グアアア……ッ!?」

 

 全身から火花を噴いて悲鳴を上げるオーディン。

 戦闘が始まって以降、ようやくダメージと呼べるようなものを与えることができたのだ。

 しかし、喜んでばかりもいられない。同じ手が二度通用するとも限らないのだ。

 

 DDNEW電王はふらついたオーディンに伸縮したウラタザオを巻き付け、瞬間移動を封じようと試みる。

 的確なコントロールで弧を描いた釣り針は見事に金の装甲にかかり、その胴体も竿に縛られる。

 しかし悲しいかな、所詮は釣り竿。オーディンが少し力を込めればすぐに解けてしまう程度の拘束でしかない。

 

 DDNEW電王の目論見を理解したライアが真っ先に駆け出し、遅れてクローズも追いかける。

 竿を寸断しようとした双剣、右をライアのゴルドセイバー、左をクローズのビートクローザーが上から斬り伏せることでその拘束をより強固なものとした。長持ちはしないだろうが、短時間ならその場に縫い付けることはできる。

 

 かくして、ライダー三人によって封じられたオーディンの瞬間移動。

 勝機を狙うならば、ここが最大のチャンスであることは疑いようもない。

 そしてそのチャンスを委ねるべき相手は、言葉無き連携に一人付随できなかった故に棒立ちしていたインペラーを置いて他にいまい。

 

「決めろ佐野ォォォーッ!!」

 

「ええっ、俺すか!? そんな急に────いよしっ! 決めちゃいますかぁ!」

 

 FINAL VENT

 

 突然の大役に戸惑い、しかし腹を括って必殺技を発動するインペラー。

 跋扈する無数のゼール軍団が背後から主を飛び越え、縛られたオーディンへと一斉に群がる。

 レイヨウ型モンスターが波打つ濁流の中で、ゼール達が打ち、突き、斬る。

 インペラー自身の技量が不足している故か、細かな調整が効かない所為でクローズとライアにもその牙は剥かれる羽目になったのだが、彼らは離脱よりも耐えることを選んだ。

 

 必死に喰らいつくライアとクローズ。

 細い釣り竿一本でふん縛るDDNEW電王。

 その全てが自身への期待に繋がっているのだと理解した時、インペラーの心にこれまで感じたことのなかった高揚があった。

 

「ハァァァ……!」

 

 豊かな生活を夢見て、ひたすら損得勘定だけで生きてきた。

 だが、せめて今だけは、この瞬間だけは。

 大地達の言う“真っ当な仮面ライダー”になってみるのもいいかもしれない、と。

 インペラーはそう思いながら、地面を強く蹴った。

 

「ヤァァァァーッ!!」

 

 かつてないほどの気合いを声にして張り上げる。

 そしてインペラー全身全霊をかけた膝蹴りが山吹に光る胸部装甲に亀裂を走らせる。破片を撒き散らして吹っ飛ぶオーディンの身体。

 こうして、5000APもの威力のドライブディバイダーが炸裂したのだった。

 

「ハァハァ……や、やった! 首領〜! 俺やりました〜!」

 

 自分の大金星が信じられないといった様子ではしゃぐインペラー。

 よほど嬉しかったのだろうか、クローズとハイタッチまでしている始末。

 NEW電王のカメンライドを解除したダークディケイドはおめでたい奴だ、と漏らして軽くデコピンする。

 

「まーだ終わってねえよ。お前、蹴り込みが浅かったぞ」

 

「え……」

 

 ほれ、と顎で指し示せば、そこにはしっかりと立ちあがるオーディンの姿。

 インペラーは喜色を瞬時に飛散させて、ダークディケイドの背に隠れた。自身のファイナルベントが効かなかったのは中々堪えたらしい。

 だが、彼の与えたダメージはしっかり刻まれており、先ほどまでの余裕は綺麗さっぱり無くなっていた。

 

「ど、どうやらお前達を甘く見ていたらしい。

 その力、やはり始末するしかない」

 

「どうやってやるってんだ? そんな身体でまだ俺様達に勝てると思ってるなら、底抜けの馬鹿だな。

 言っとくが、お前に次なんてないんだぜ」

 

 ダークディケイドの言う通り、大きく亀裂が走っている胸部を初めとしてあらゆる箇所が傷付いているオーディンの勝ち目はかなり低くなっている。

 にも関わらず、オーディンには焦りというものがない。それが一層不気味であった。

 

「私だけにはある。お前達には無い。ただそれだけのことだ」

 

 虚空より出でたゴルトバイザーに一枚のカードが装填された。

 

 

 そこに描かれていたのは────。

 

 

 TIME VENT

 

 

 ────時間だった。

 

 

 

 *

 

 

 

 ────ドスッ。

 

 

 鈍い音がした。

 

 

 どこからこんな音が、と見渡そうとして、妙な物体が目の前にあることに気付く。

 

 

 真っ赤に汚れた刃。滴り落ちる鮮血。

 

 

 それは、自分の腹から突き出ていた。

 

 

「……グフッ」

 

 

「どうして」と呟こうとして、血の塊を吐き出した。

 

 

 貫いていた刃が勢いよく引き抜かれ、途端に身体から力が抜ける。

 同時に砕かれていたデッキの破片が散らばり、生身の身体を晒す。

 そんな彼の名前を呼ぶ声が響いた。

 

 

「────佐野ォ!!」

 

 こうして仮面ライダーインペラー、佐野満は地に伏すこととなった。

 彼に致命打を負わせた下手人であり、一連の流れを唯一把握しているオーディンは刃を濡らす血を払い落としている。

 

「マジかよ……今、何が起こったっていうんだよ……!」

 

 クローズ、そしてライアが呆然とするのも無理はない。

 何せクローズが放った斬撃をまるで予め知っていたかのように防ぎ、あっという間にインペラーの背後に瞬間移動。そのまま刺し貫いてしまったのだから。

 

「しゅりょお……」

 

 血溜まりに沈んだ佐野がわなわなと震える腕を持ち上げる。

 流れ出る血の量からしてもう手遅れだ。

 しかしダークディケイドの万能を駆使すれば、まだ助かる余地はある。そう信じて、助けの手を伸ばす。

 

「……」

 

「助けてぇ……首領、先輩……」

 

 回復はおろか、何のアクションも起こす気配が無いダークディケイド。

 うわごとのように助けを求める佐野に駆け寄るでもなく、微かに首を振った。

 

「ご苦労だった、佐野」

 

 その身体の内でどんなに大地が叫ぼうと、ネガタロスは聞く耳を持たない。

 今のダークディケイドはクロックアップに大量の武器召喚まで行使したのだ。もはや戦力として扱えない者の救助と、回復で失う体力を天秤にかけた結果、非情な決断を下した。

 

「あ……ああ、い、嫌だ、首領! せんぱぁい! たすけ、助けてぇ……!」

 

 最後にそれを理解してしまったのだろう。

 佐野は必死に助けを乞い続け──その腕が消えかけていく。

 このミラーワールドにおいて、生身の人間が存在することは許されない。佐野とてそれは理解している。

 

 もう金などどうでもいい。

 生きたい。死にたくない。

 そう願って愚直に伸ばした手は誰にも届くことはなく。

 

「先輩! 先輩! 俺、死にたくないです! 何でもしますから! タダ働きでも何でも!」

 

 大地はどうにか身体の主導権を取り返そうとするが、ネガタロスも頑なであった。

 貴重な部下であるのは認めるが、自分を犠牲にして助けることもしない。悪の組織とはそういうものだ。

 

「掴まれ、佐野!」

 

 居ても立っても居られなかったクローズが佐野に手を伸ばす。

 まずはここから出して、それから治療をすれば万に一つぐらいは助かる可能性があるかもしれない。そう考えたのだろう。

 

 だが、間に合うことは無かった。

 

「嫌だ……! 嫌だ! うわぁぁァァァァァ────」

 

 全身が粒子状と化していく感覚に悶え、絶叫する佐野。

 

 嫌だ嫌だ嫌だ! こんな最後を望んでライダーになったはずじゃないのに! 

 

(ああ……なんでこうなるんだよ……)

 

 腕の感覚はもうない。

 いや、腕どころか全身に残っている感覚の方が少ない。

 できることなんて、走馬灯となって駆け巡る己の半生を振り返ることぐらいだ。

 

(俺はただ……幸せになりたかっただけなのに────)

 

 そこで佐野の思考は途切れた。

 余すことなく粒子となり、断末魔がプツリと止まる。

 佐野の存在が跡形も無く消える。

 

 こうして、ひたすら自分の幸せを願い奔走した男は悲劇の最期を遂げた。

 手に入れたはずの勝利と、暖かな感情すら時間に塗り潰されて。

 

 

 

 *

 

 

 

(……そんな、また)

 

 命の灯が消えていく。

 大地の心に爪痕を刻む叫びを上げて、佐野は消滅してしまった。

 インペラーは、佐野満は死んだのだ。

 

(そんな……そんな……!)

 

「貴重な部下をやってくれたな……この落とし前は高くつくぜ」

 

 身体の内で大地の嘆きが、悲しみが広がる。

 佐野と関わった時間は長くない。それでも、あのどこか憎めない彼とはもう何も話せないのだ。

 理由はどうあれ、自分と共に戦うと言ってくれた人なのに。

 

 その悲しみはやがて怒りへと変わり。

 ダークディケイドの力が漲っていく。

 その程度こそ違えど、オーディンへの怒りがシンクロしたダークディケイドが選んだカードは今の感情を示すのに相応しい強力なライダー。

 

 KAMEN RIDE ETERNAL

 

 風に靡くマントをはためかせ、変身を遂げた白き悪魔が手元のナイフを構えた。

 通算四度目のカメンライドでゴッソリ体力が削られていく感覚が過ぎる。

 しかし、もう出し惜しみはしていられない。

 

 ATTACK RIDE ZONE

 

 カードを通して流れ込む地球の記憶が更なる能力をその身に宿したDDエターナル。

 姿を搔き消し、瞬時にオーディンの目前にワープして袈裟斬りを繰り出す。

 不死鳥の装甲を焦がす一閃に、ようやく焦りの声を漏らしたオーディンは即座に瞬間移動。が、DDエターナルも同じ能力でそれを追う。

 

 刃が交差するほどに、大地の怒りが燃え上がる。

 佐野が消える瞬間の光景が頭の中にこびりつき、その炎を際限無く増大させる。

 

(逃がさない! 絶対に……報いを受けさせる!!

 同じ目に……もっと酷い目に!)

 

 避けていた殺意の感情がすんなりと浸透していく。

 その感覚に大地は何ら疑問を持つことさえせず、そのドス黒い波動に身を任せた。

 憑依しているネガタロスをも蝕もうとする波動だ。それは────なんと心地良いものか。

 

「ククク……クハ、クハハハ! そうだ、この感覚だ! 

 佐野ォ、お前の犠牲は無駄じゃなかったぜ!」

 

 繰り返される瞬間移動は容赦なくDDエターナルの体力を削ぎ落としていくのだが──不思議なことに、その身体はどんどん軽くなっていくようであった。

 大地が怒り、猛るほど一撃はより鋭く、重くなる。

 そうだ、これこそがネガタロスの求めていた力なのだ! 

 

「ゼェアッ!」

 

「無駄だッ!」

 

 喉元を狙った刺突は双剣の交差に阻まれ、右腕がガッチリとホールドされてしまう。

 エターナルエッジを固定する力は強く、引き抜くのは困難。ならば強引に押し通るまで。

 空いている左手でライドブッカーを叩くと、無数のカードが散らばった。

 それは「A」「C」「J」「X」など……アルファベットを刻んだカード達。散乱したそれらを横目に確認して、狙い通りだとDDエターナルは薄く笑い、マントを脱ぎ捨てた。

 

 ATTACK RIDE ROCKET UNICORN

 

 おや、と当惑するライアの声がした。

 散らばったカードが自動的にドライバーに収まったのだ。

 それこそ、まるでワープしたかのように。

 

 そして推進力と貫通力を爆増させたエッジがオーディンの仮面を貫こうとして、その寸前で逃げられる。

 

 舌打ちと共に消えるDDエターナルを追うようにして、またカードが消えた。

 

 ATTACK RIDE FANG METAL VIOLENCE

 

 屋上という狭いフィールドで縦横無尽にワープしては、ナイフと双剣が斬り結ぶ。

 武器のランクで言えば、エターナルエッジを上回る筈のゴルトセイバー。

 しかし、その刀身はあっさりと砕けてしまう。噛み砕かれた、と表現するのが正しいだろうか。

 剣としての役割を果たせなくなった得物を捨て、オーディンは素早く距離を取る。

 

 ATTACK RIDE PAPPETEER QUEEN LUNA TRIGGER

 

 “当たれば問答無用で相手を従わせる”というインチキもいい所な弾丸がエッジから放たれる。

 変幻自在な弾道を描いて迫るそれらは、召喚されたゴルトシールドで難なく弾かれてしまった。

 そしてDDエターナルが距離を詰めるよりも早く、またしても放たれた羽の大群が襲いかかってきた。

 

「チィッ……!」

 

 ATTACK RIDE OCEAN WEATHER

 

 DDエターナルを守るように小規模な津波が起こり、羽は一つ残らず飲み込まれる。

 それから間髪入れずにナイフの袈裟斬りが放つ雷撃波。敵の盾ごと寸断しようと放たれるも、ゴルトシールドには傷一つ無い。

 ならば壊れるまで斬りつけるまで、と第二波を放とうとするが。

 

 STEAL VENT

 

 振り抜く寸前、エッジはオーディンに奪われてしまった。

 自身の与り知らぬ武器に一切の興味も示すこともなく、屋上から投げ捨てられしまう。

 

 ATTACK RIDE CYCLONE HEAT JOKER

 

 だが、たかだか武器一つ失った程度でこのDDエターナルは終わらない。

 拳に蒼炎、疾風、烈火を纏わせ、オーディンへとラッシュを仕掛ける。

 飛躍させた身体能力で以って放つコンビネーションパンチは脅威的であったが、それすらもオーディンは的確にブロックしてしまう。

 

「オオオオオオオオーッ!」

 

 互いに一歩も譲らない、激しい一進一退。

 彼等が力を発揮する度にその余波が周囲に散らされ、コンクリートを粉微塵に変える。

 これほどまでに凄まじい戦闘になってしまっては、もうクローズとライアが援護に向かう余地は無い。むしろ巻き込まれないようにするのがやっとだ。

 

「あの野郎〜! あんな凄えのがあるなら、最初から使えよ! 

 そうしてたらあの佐野だって……助かったかもしんねえのに」

 

「恐らく、あの姿は体力の消費が激しいんだろう。

 見ろ、動きのキレが少しずつ落ちてきている」

 

 ライアの指摘は正しかった。

 致命的な隙に繋がることはまだ無いものの、DDエターナルの拳は徐々に鈍ってきている。

 しかもその消耗は彼が能力を使うほどに肥大していっているようであった。このまま持久戦にもつれ込めばどちらが負けるのか、嫌でも想像がつく。

 

「ならヤベェじゃねえか!」

 

「奴も理解しているだろうさ。だからこそ、決着を急ぐ」

 

 ライアの言う通り、決着の時はすぐそこまで迫っていた。

 

 DDエターナルが攻め、オーディンが弾くという構図が、いつのまにか反転している。そしてついにオーディンの裏拳が直撃し、微かに吹っ飛ばされてしまう。

 DDエターナルは最早小技でダメージを稼ぐことも叶わないか、と舌を打って、残り全てのカードをベルトに注ぎ込む。

 

 ACCEL BIRD DUMMY GENE ICEAGE KEY NASCA SKULL XTREME YESTERDAY

 

 FINAL ATTACK RIDE E E E ETERNAL

 

 地球の記憶から一気に引き出される緑白色のエネルギー。

 余りにも強大過ぎる力によって身体の芯が震えてくる。一歩間違えれば、自分自身が弾け飛んでもおかしくない。

 全身に溢れるA to Z──26枚分の記憶はやがて右脚へと流れていく。

 

 複眼を輝かせて、腰を深く落とすDDエターナル。

 その体勢を見て、オーディンもまた生半可な攻撃では対処できないと判断。決着を付けるためのカードをゴルトバイザーに装填する。

 

 FINAL VENT

 

 絢爛たる羽ばたきで君臨したゴルトフェニックスとオーディンが一体化し、目も眩む光輝が放たれる。

 奇しくも敵と同じ名を冠するファイナルベント──エターナルカオス。

 相対するは、これもまた絶対的な死を齎す妖光のマキシマムドライブ──ネバーエンディングヘル。

 どちらとも街一つを消し飛ばす程度なら訳ない威力を誇る、最強クラスの必殺技である。

 

「ハッ!」

 

「……ッ!」

 

 ほぼ同時に両者が飛び立ち、持てる限りの全力を込める。

 発せられる熱はあまりに高く、コンクリートだって溶かすほどで。

 その全てを解き放つような光同士の激突は病院そのものを揺るがした。

 

 半ば観戦者と化していたクローズ達をも吹き飛ばし、それでもなお飽き足らずに周囲の物体を蒸発させていく熱波。

 互いを染め上げ、消滅させようと食い潰し合う光の衝突。

 この世の終わりさえ予感させるような地獄絵図の中心部、蒼炎と緑光が入り混じる右脚を一際強く輝かせて、DDエターナルが叫ぶ。

 

「カードの数が違うんだよ……! 消し飛べェェッ!!」

 

 視界が眩しさに埋め尽くされ、衝撃が世界を包んだ。

 連日の戦闘で戦場となっていた病院がその衝撃に耐え得るはずもなく。

 雄叫びと閃光が止み、訪れた一瞬の静寂の後。

 

 様々な思惑が渦巻いていた建物は崩壊という結末を迎えた。

 

 




続きはすぐ上げます。

なんだかんだ史上最強の敵ですね、オーディン。


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父と子 後編

後編。こっちは一万字ありません


 

 

「なんだ……?」

 

「む……?」

 

 エターナルカオスとネバーエンディングヘルの激突が生んだ衝撃によって崩れていく病院。

 鼓膜を叩く崩落音。それは当然のことながら、超速の剣戟を繰り広げていたアマンダ達にも届いていた。

 

 周囲の壁に走っていく亀裂。眼を見張る速度で広がるそれや、パラパラと降ってくる粉塵は当然の明らかな異常が起きていることを彼らに伝えていた。

 

 そして然るのち、足場が崩れて落ちる。

 

 ナイトも、レギオンも、アマンダも。

 全員が等しく落ちていく。

 

「これは……ッ」

 

 刹那の浮遊感が過ぎ去り、降ってきた瓦礫が身体を押し潰そうとしてくる。

 アマンダは咄嗟に剣を素早く躍らせ、細かく刻むことでダメージを最低限のものとした。

 だが、落下そのものを防ぐことはできない。

 

「ガハッ!! ────くっ、何が起こった……!?」

 

 ガランガラン、と耳に反響する鉄骨の音がする。

 装甲を貫通してくる鈍痛に顔を顰めながら、自身と周囲の状況を冷静に考察するアマンダ。

 

 全身打撲、しかし骨折まではしていない。大した被害は被らずに済んだようだが、剣は取り落としてしまったらしい。

 完全な残骸と化した自身の根城に一種の喪失感を覚えるものの、今はそんなことよりももっと優先すべき事項がある。

 昴は、ナイトは、どうなったのであろうか。

 少なくともこの崩落で死んだ、ということはなさそうだが……。

 

 不安定な足場を慎重に進んでいると、灰色の粉塵の先に蹲る影が見えてきた。

 視界がはっきりするよりも前に、小さな背丈と、なによりも咳き込む声によってその正体がわかる。

 

「……けほっ、けほっ……いたい……」

 

「……だいじょ────」

 

 大丈夫か、と声をかけようとして、途中で口を閉ざす。

 父親らしい心配をすることなぞ、なんとおこがましいことか。今から息子を殺すという男には到底許されるものではない。

 

「……お父さん、なの?」

 

 NEEDLE VENT

 

 少しでも会話をすれば、決意が鈍ってしまうかもしれない。

 例え自分の息子であっても、患者に手を出してしまった以上はケジメをつけなくてはならないのだ。

 奏にしてやれるのは、せめて苦しまずに済むよう一撃で済ませてやることだけ。

 

「ごめんなさい、お父さん、ごめんなさい。

 ぼく、どうしていいかわからなくなったの。

 虫さんたち、お腹空いたよ、ご飯が食べたいよ、ってずっと言ってたの。

 止めたかったけど、止められなくて」

 

 故意で無かったのはわかる。昴は優しい子だから。

 それがモンスターであろうと、空腹の訴えを無視することなどできはしなかった。同じ訴えを無視し続けられてきた故に。

 そして契約モンスター達の本能的な意思に流されるようにして、患者を襲わせてしまったのだろう。

 もしも昴がもう少し年齢を重ね、精神を成熟させていればモンスターを制御できていたであろうが……。

 

 無駄な仮定をしてどうする、と頭を振って、アマンダは針を構える。

 余計な躊躇をすれば、却って昴を苦しませてしまう。一突きで終えるべく、狙いを定め────。

 

「ごめんなさい────お父さんに嫌われたくなかったの」

 

 

 ────突けなかった。

 思わず落としてしまった針を拾え、と理性が命じても、アマンダは動けない。

 全身が鉛になったように重くなって、言うことを聞かなくなる。

 こんな土壇場になって、たった一言で。

 しかし、そのたった一言が奏を芯から揺さぶった。

 

 

 

『お父さん、こっちこっち!』

 

 在りし日の記憶が蘇る。

 たまにある休日、昴を伴って近所の公園にピクニックへ訪れた。

 昴の要望に応えようと思い、不慣れながら作った弁当。お世辞にも美味しいとは言えない不恰好なそれを、とても美味しそうに頬張って……涙を流して……。

 

『美味しい……』

 

 理由はわからなかったが、自分も泣いてしまった。

 真昼間の公園で大小の男が二人揃って涙を零すなど、さぞかし奇妙に見えたことだろう。

 当時はそんな客観視をすることもなく、ただ昴と過ごす時間を噛み締めていた。

 あれが俗に言う、家族の時間……というものか。

 

 

 

 

 やがて視界が晴れていき、仮面を涙で濡らすレギオンが見えてくる。

 

 ────その背後で光る、鋭い爪も。

 

 考える余裕は無かった。

 

「昴!!」

 

 

 *

 

 

 崩壊に巻き込まれ、瓦礫に埋もれたライダー達。

 幸い大した怪我を負うこともなく、一人また一人と這い出てくる彼等。

 それはあのオーディンですら例外ではなく、瓦礫を押し退け土埃で汚れた装甲を晒していた。

 彼を知る者には信じられない光景なのだろうが、それだけあの絶対的な死の光が絶大な威力だったのだ。

 

 しかし、それでも致命傷には至っていない。エターナルカオスとのぶつかり合いは互いに大きく威力を削り合ったのだろう。ともすればダークディケイドも同程度の被害しか受けていないと考えるのが自然だ。

 

「……ヌンッ!」

 

 気合の一声で周囲の煙を開き、視界を明らかにする。

 積み重なった残骸はまるで大災害の後のような惨状だが、そんな有様に対してもオーディンは特に感想を抱かない。

 彼の興味はこのどこかに埋もれているであろうダークディケイドとクローズのみであり、即刻始末せんと歩き出す。

 

 ──否、歩き出そうとした。

 

「行かせねえ……!」

 

 自身の足首を掴む感触と、同じ場所から漏れ出る声に気付くオーディン。

 果たしてそこには、龍の意匠をあしらった見覚えのある青い腕がひょっこり伸びている。

 

(どうやらクローズは私のすぐそばで埋もれていたらしい。

 しかし無意味だ。こうして足首を掴むのが精一杯。奴にはどうすることも────)

 

「手塚ァァァァッ!! やれぇぇぇーッ!」

 

「ッ!?」

 

 クローズの叫びに応える形で、空気を裂いて迫る影が見える。

 事ここに至って、オーディンはようやく自身の危機を悟った。

 自身の中で汗のように噴き出た焦りに自覚しながらも、場を切り抜けられる対処法を模索していく。

 

 瞬間移動──不可。

 盾──不可。

 迎撃──可能。

 

「ハアァァッ!」

 

 金色の嵐がライアのハイドベノンを正面から迎え撃つ。

 だが、その威力を以ってしてもライアの決死の覚悟は撃ち落とせない。

 全身から火花を散らしての突撃が目前に迫って、ついにオーディンと交差する。

 

「神崎士郎ォォ!」

 

「グァアァァァァ!?」

 

 断末魔と共に爆散するオーディンの身体。

 最強のライダーと謳われた戦士のあまりに呆気ない最期であった。

 

 

 *

 

 

 最強のライダーが爆散した時、少し離れた場所で瓦礫がまとめて吹っ飛んだ。

 覚束ない足取りのライダーこそ、ダークディケイドその人である。

 

「……オラァ! オーディンがなんだってんだ! 俺様の勝ちだ! ハハッ、ハハハハ!」

 

 エターナルへのカメンライドに、T2ガイアメモリ26本の同時マキシマム。いくらカード越しであっても、齎された負担は史上最大級と言っても過言では無かった。

 こうしてネガタロスの憑依が維持できているだけでも奇跡に等しい。

 彼の視点ではまだオーディンの生死は確認できていないのだが、死んだと思わなければやってられなかった。

 

「ああックソッ、休憩だ休憩。二分だけ、二分でいい」

 

 背中が痛むのも構わず、瓦礫に横たわるダークディケイド。

 いっそこのまま寝てしまおうか、とまで考えるが、自殺行為は流石にできない。

 怠くて仕方ない身体をのっそり起こそうとして、ダークディケイドは────その中の大地は目撃してしまう。

 

 

(あれは……)

 

「昴……」

 

 

 ────レギオンを庇い、背後から刺されてしまったアマンダの姿を。

 

「え……?」

 

 アマンダから滴る血で濡れたレギオンが呆然と呟く。

 そんな彼のマスクを愛おしげにアマンダが撫でる。

 なぞった指の跡が血涙のように垂れていく。

 レギオンが震える手で掴もうとするも、父の腕は力無く滑り落ちていった。

 

 うつ伏せに倒れたアマンダはゆっくりと顔を上げて、レギオンを見つめる。

 物々しい仮面に覆われていても、その目には息子の顔がしっかりと映っていた。

 どこか自嘲したような重い溜息を吐いて、ぼやけた視界に最後の瞬間まで息子を収めようとする。

 

「……すまない」

 

 一言では言い表せない複雑な感情を込めた謝罪。

 その言葉を最後に言ったきり、アマンダは沈黙する。

 三色の装甲が赤一色に塗り染められていき、胸の上下運動も徐々に頻度が疎かになっていく。

 

 闇に沈んでいく意識の中で、奏は己に問いかけた。

 本当にこれで良かったのか? と。

 

(昴……お前と出会えたことがこの結末ならば……。

 絶対に断言できる。

 私に後悔は無かった。

 

 ……後はよろしく頼むよ────)

 

 切り捨てようとした父親である自分。

 だが結局最後に彼を突き動かしたのは、息子への愛情。

 

 暖かな感情を胸に抱いて、大和奏はその生涯に幕を閉じたのだった。

 

 

 *

 

 

(嘘だ……どうして、こんな)

 

 事切れたアマンダ。そんな父にしがみ付いて咽び泣くレギオン。

 

 その一連の流れを、大地は離れたところでただ見ていることしかできなかった。

 そもそも何故あの二人が変身しているのか、といった疑問もある。

 それを浮かべる前に、レギオンの感情を爆発させたような泣き声が大地の心を鋭く刺した。

 

「────ああ、ごめんね。君のお父さんだったんだ。

 でもしょうがないよね。これも必要なことだったんだから。

 君を倒して、僕が病院を救った英雄になるための尊い犠牲になったんだよ」

 

 レギオンを狙い、アマンダを突き刺した張本人──タイガは罪悪感の欠片も無い声音でそう語る。

 不意打ちを得意とする彼は日夜を問わず病院に潜み、その過程で昴と奏の会話も聞いていたのだ。そして虎視眈々とチャンスを窺い、病院倒壊に乗じてレギオン抹殺を実行しようとした。

 

「君みたいな子供までライダーやってるなんて、神崎君も意地が悪いことするよね。

 でも子供さえ犠牲にできるなら……それはやっぱり英雄に相応しい、ってことなんじゃないかな」

 

(何を勝手な……!)

 

 大地の怒りの矛先がタイガに変わりかけたが、未だに身体の主導権を握るネガタロスは動くこともままならない。

 そして誰も止める者がいないまま、タイガの爪先はレギオンを屠るかに思えたのだが──

 

「ぅう……」

 

「────え」

 

 その直前、タイガの腕を白い糸が縛る。

 疑問を呈した彼へと、さらに乱れ飛ぶ無数の糸。

 あっという間に身動きが取れなくなったタイガの周囲には、数えるのが億劫になるほどのシアゴースト達が蠢いている。

 父の亡骸からゆっくりと顔を上げたレギオンの表情は仮面に覆われ読み取れない。しかし、タイガはもがきながら鳥肌を抑えることができなかった。

 

「──して」

 

「お父さんを返してぇ!」

 

 色めき立つ白の群集。

 レギオンの激情を体現するかのように、シアゴーストの糸はより強くタイガを絞め上げる。

 糸が巻きついていない箇所の方が少ない、というレベルで縛られた身体からミチミチと嫌な音が鳴る。

 

「返してよぉ!」

 

 生まれてこの方、一度も抱いたことのない憎悪と憤怒を喚き散らすレギオン。

 その感情をぶつけてくれるのは契約モンスターである彼等だけ。

 父を喪った子の哀しみは、怒りは、嘆きは止められない。

 

「あああああああッッ!!!」

 

「ぐっ……このっ」

 

 全身の骨という骨を砕かれながら、タイガは群集の中に紛れていく。

 どんな抵抗も意味を成さない、群れなす白き波の中心でその肉は食い散らかされていった。

 

 ────バキバキ、グチャッ、グチャ

 

「おいおい……最近のガキはやることがエグいな」

 

 絶句する大地とは対照的に他人事感満載の感想を呟くネガタロス。

 正直なところ、自分の邪魔をしてくれたタイガの無残な最期は割と胸が空く思いなのだが、そこを口にすればまた大地とグダグダ口論になりそうなのでやめておく。

 

「患者達を襲わせていたのも案外アイツなんじゃねえのか?」

 

(昴くん……まさか、そんなことあるわけないよ)

 

「まあ俺様にはどうでもいいんだが……これはちと不味いな。

 俺達もあの虎野郎みたくオヤツにされちまう」

 

 獲物を早々に食い尽くしたシアゴースト達の次のターゲットは誰か。

 ちょうどすぐそこで身体を休めているダークディケイドなど、さぞうってつけだろう。

 極度に消耗したネガタロスでは数体のモンスターを蹴散らすこともできそうにない。

 

「こりゃあとっととズラかるに限るな。

 あんなガキに殺されるなんざまっぴらごめんよ」

 

(駄目だよ! 昴くんを置いていくなんてできない!)

 

「だったらてめえ一人でやりな。

 俺様は降りさせてもらうぜ」

 

 目の前で父親が殺されたことは気の毒だろうが、そんなものネガタロスの知ったことではない。

 相変わらず駄々をこねる子供のように──というか子供なのだが、泣き喚いているレギオンの周りにどんどん集まっていくシアゴースト。

 ネズミ算方式で増えていくモンスターなんて気色の悪い光景をこれ以上眺めていても碌なことにはなるまい、とダークディケイドは離脱を開始した。

 

 しかし、ネガタロスが思っていたよりも消耗は激しかったようで。

 出っ張っていた瓦礫に足を奪われて転ぶ、などという失態を犯してしまった。

 しまった、と漏らした時には既に足に糸が巻きついている。やはりシアゴーストのお眼鏡に叶ってしまっていたようだ。

 

「虫風情が俺様を食えるわけねえだろ!」

 

 続けて放たれた束ごと、足を縛る糸を剣で切る。

 なおも止む気配の無い糸の放出を斬り裂きながら、周囲を探る。

 そこらへんにわんさか転がっている、手頃なガラス片は──あった。

 

「あばよ!」

 

 現実世界への帰還、吸い込まれる感覚に身を任せる。

 だが、その瞬間に安心してしまった故か、自身へと伸びた糸の一本を躱しきることができなかった。

 

「うお────!?」

 

 全身を襲う虚脱感に驚愕するネガタロス。

 何事かと自身を見やれば──身を守っていたダークディケイドの装甲は消失してしまっていた。

 無限の鏡が連なったトンネルを抜けていく最中、辛うじて見えたのは、掠め取られてしまったダークディケイドライバー。

 

(俺様としたことが……)

 

 完全にやらかした。

 その思考を最後に、ネガタロスの意識は大地の身体から弾き出された。

 

 

 

 *

 

 

「お父さん……! お父さん! うぁあああー!!」

 

 物言わぬ骸となってしまった父に寄り添い、レギオンは泣き続ける。

 その激情に呼応して現在進行形で数を増やしていくシアゴースト達が現実世界に雪崩れ込むのを食い止めようと、ナイトは我武者羅に剣を振るった。

 

 が、それもほんの数秒しか保たない。

 

「ぐあっ!」

 

 ミラーワールドに溢れかえった無数のシアゴーストはそれこそ、周囲一帯を白一色に染める勢いだった。

 一匹一匹はそこまで強くないのだが、いかんせん数が多過ぎる。

 ナイトはその勢いに押し流されるようにしてミラーワールドから弾き出されてしまったのだ。

 

「あのモンスター……一体どれだけいるんだ」

 

 蓮もこの病院では何度か遭遇していたが、これほどの数とは。

 だが、同時に納得もいく。

 昴の意思はどうあれ、あの数のモンスターの餌を賄うなど普通では無理だ。むしろ襲われた患者がそこまで多くないのは、昴のお陰と見て間違いない。

 

 そして今も鏡の向こうで蠢いている大群。昴というストッパーが消えたとなれば、奴らは手当たり次第に人を食い始める。病室で眠る彼女がその毒牙に抗うなど……。

 

「恵里……!」

 

 デッキを握りしめた蓮が再度鏡に突入しようとする。

 だが、聞き覚えのある名前が彼を引き留めた。

 

「手塚さん!」

 

「……手塚?」

 

 女性の声だ。

 ふと気になって、声が聞こえた方へと赴く蓮。

 

 少し歩くと、何やら人集りができている。

 掻き分けて進んでみると、そこはまさしく死屍累々という現場になっていた。

 

 気絶している手塚。

 彼ほどでは無いにせよ、ダメージによって座り込んでしまっている大地と龍我。

 特に怪我が酷く、火傷の痕が散見される手塚は通りがかった医師に安否を確認され、ストレッチャーで運ばれていった。

 

「秋山さん……」

 

「お前らどうした。何があった」

 

「……僕らは多分平気です。それより、昴くんを助けに行かないと……!」

 

 大地は歯を食いしばって立ち上がり、しかし倒れてしまう。

 袖の隙間からボトボト血が落ちているところを見れば、彼もまた重症だとわかる。

 

「その身体じゃ無理だ。あの子供は……俺が倒してやる」

 

 父親である奏が死んだ今、もうあの子は誰の言葉も聞く耳を持たないだろう。

 今すぐにでも倒さねば、この病院どころか周辺住民をも食い尽くしたとして何らおかしくはないのだ。

 

 そして突き出したナイトのデッキは、横から大地に掴まれてしまう。

 

「やめてください……! 昴くんは僕が止めますから! あの子は何も悪いことをしてないじゃないですか!」

 

「甘ちゃんもここまでくると救いようがないな! 

 いいか? この病院で人を襲っていたモンスターと契約していたのはあの子だ! 

 そんな相手に、お前に何ができる?」

 

 デッキを掴む手が緩む。

 昴が犯人だったと知って流石にショックを受けたか、大地の表情はわかりやすく青ざめた。

 その手を払い除けて変身しようすれば、またしてもデッキを掴まれてしまう。

 

「いい加減にしろ!」

 

「嫌です! 昴くんが犯人でも、僕が見捨てていい訳あるもんか! 

 本当に昴くんが犯人なんだとしたら……きっと、ずっと苦しんでいたはずです! あの子を……お父さんを失って、今も泣いてるあの子を! 

 僕が助けなきゃいけないんです!」

 

「綺麗事ばかりほざくな! じゃあ何か、ここの人間が残らず食い尽くされてもお前は構わないと?」

 

「そんなことない! 

 霧島さんも、佐野さんも……僕は守らなきゃいけない人を守れなかった! 昴くんのお父さんだってそうです! 

 今度こそ誰一人も死なせやしない……死なせちゃいけないんだ!」

 

 そこまで言い切った大地の顔には、もう迷いはない。

 デッキを掴む手がいよいよ怪力を帯びてきて、蓮はその顔を驚きに染める。

 

(コイツ、こんな怪我をしておいてなんて力を……ん?)

 

 その時、新たな警告音が蓮の耳朶を打った。

 シアゴーストのものではない、もっと別の────。

 

 蓮が視線を張り巡らせたところ、瑠美の背後にある姿見が不自然に歪む瞬間を偶然見た。

 その視線が自分ではなく、瑠美に向いていることを察知した大地も釣られて振り返る。

 大地が駆け出し、蓮が叫ぶ。

 

「避けろ!」

 

「きゃっ……って、大地くん!?」

 

 突き飛ばされた瑠美が悲鳴をあげたが、襲撃を避けることはできた。

 代わりに捕らわれたのは──突き飛ばした大地。

 よくよく凝視してみると、彼の首に不可視の“何か”が巻き付いていることがわかる。

 視認できない“何か”に絞められた大地は見る見る内に血の気が引いていき、息苦しさに悶えた。

 その正体が瑠美をずっとストーキングしていたバイオグリーザのものであるのだが、蓮には知る由もなかった。

 

「世話の焼ける!」と言って、助けようとした蓮と龍我であったが、他ならぬ大地がそれを制止する。

 

「だ、大丈夫です……!」

 

「お前、ベルトはどうした」

 

「さ、さっきミラーワールドで失くしちゃって……」

 

「何やってんだよ……ほら、とっとと首出せ」

 

 呆れて助けようとする龍我を、やはり制止する大地。

 止めたその手は大きく広げられ、何かを要求しているようだった。

 こんな時に何を、と龍我は困惑する。

 

「万丈さん……デッキを、ぼ、僕にください! 

 きっと、コイツは瑠美さんをずっと狙っていたモンスターです! 僕が契約します!」

 

「はぁ!? なんでわざわざそんなことすんだよ! 

 だったら俺が行けば済む話じゃねえか」

 

「い、言ったで……しょ? 僕が昴くんを、た、た、助けなきゃいけないから……ガァァ……!」

 

 このまま問答をしていれば、先に大地の首がへし折れるか、窒息するか、はたまた引き摺り込まれて喰われるのがオチだ。

 そうなる未来を察して、龍我も「ああもう!」と叫び、彼にブランクデッキを投げた。

 

 キャッチした、と思いきや、鏡に取り込まれる大地の身体。

 

「「大地!」」

 

 思わず、といった様子で鏡を覗き込む蓮と龍我。

 捕らわれたトンネルの向こう、苦しみ踠きながらも大地は受け取ったデッキから目当てのカードを抜き取っていた。

 そのカードを、蓮は知っている。

 

「“味方にできそうな奴は味方にしておけ”だよね。

 だから、君も力を貸してもらうよ! 

 瑠美さんだってもう襲わせない!」

 

 透明の舌を伝った先にいるであろう見えないモンスターに対し、大地は契約のカードを向ける。

 契約は絶対。それを破る時はどちらかが死ぬ時。

 抗いようもない縛りがモンスターから力を引き出した。

 世界の狭間を抜ける時特有の浮遊感とは別に、身体に不思議な感覚が彼を包み込む。

 とは言っても、ある意味親しみ慣れた感覚であることは確かであった。

 

「────変身!」

 

 オーバーラップした虚像が色を宿して、大地を新たな姿へと変貌させる。

 全身が灰色の、どことなく弱々しい戦士。

 しかし、それも本当の姿へ至るまでの一環であり、ベルトに収まったデッキから順に鮮やかな緑へと彩られていく。

 

 この姿こそ大地が手に入れた第五の変身────仮面ライダーベルデ。

 

 透明化を解除したカメレオンのモンスター、バイオグリーザが新たな主人に付き従うようにして低く唸る。

 

「今行くよ……昴くん!」

 

 大地──仮面ライダーベルデは多数のモンスターがひしめく病院跡地へ勇ましく駆け出した。

 

 




オーディンよっわwwライダーバトル辞めるわww

次回更新は遅くて来月上旬。

質問、感想、評価はいつでもどうぞ! Twitterでも#仮面ライダーDD のタグ付け感想してくれるとウレシイ……


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烈火

疾風はないです。




 

 

「ヤアアァ!」

 

 装いも新たにミラーワールドを駆け抜ける大地──仮面ライダーベルデ。

 目指すはシアゴーストの集団中央部にいるであろうレギオン──昴であり、その過程で邪魔になるモンスターを片っ端から斬り捨てて行く。

 ライドブッカーが手元に残ったのはまさしく不幸中の幸いだ。ベルデという初めての変身でも、扱い慣れた武器があるだけで使い心地は大幅に変わってくるのだから。

 

 今もまた一匹の頭部に刃を貫通させ、沈黙した死体を放り捨てる。

 数が多いぶん質はそれほどでもないのか、ライドブッカーの一振りだけでも倒せなくはない程度の脆弱さだ。

 全力を尽くせば、レギオンまで二分とかからないかもしれない。

 

 しかし、脇道にいるモンスターを無視して行く、という訳にも行かないのがまた辛いところだ。

 なにせここで見逃してしまえば最後、現実世界に出たモンスター達は暴食の限りを尽くすであろうことなど目に見えている。

 よって、鏡の付近にいる者を優先して斬りつつ、レギオンの下に向かわねばならないのだ。

 

 そうして怒涛の勢いで進撃してくるベルデ、バイオグリーザをシアゴーストが不快に思うのもまた道理。

 現実世界への進出を後回しとし、その全てがベルデ達の排除すべく動きを活発化させる。

 

「こいつら、急に激しく……!?」

 

 飛び交う糸の束を斬り裂いて、しかし斬った数以上の糸が迫ってくる。

 バイオグリーザが放った舌が纏めて巻き取ってくれはしたが、そう何度も凌げる数ではない。

 目指すレギオンまではまだまだ層が厚く、このままではいつまで経っても辿り着けはしないだろう。

 

「だったらこれで!」

 

 バイオグリーザに注意を引くよう指示し、自身は高く跳ぶベルデ。

 群れなすモンスターへ着地する寸前にデッキから抜いたカードをバイオバイザーへとセットした。

 

 CLEAR VENT

 

 クリアー、つまりは透明化。

 これまで幾度となく大地達を悩ませたバイオグリーザのその能力は当然ベルデにも備わっていた。

 

「wゥブ!?」

 

 突然姿を消したベルデにシアゴースト達の間で混乱が広がっていく。

 どんなに見渡せども、居るのは同族ばかり。鮮緑のライダーなど、どこにもいない。

 

 うまくいった、と息を潜めてほくそ笑むベルデ。

 これなら妨害を受けることもなく、最短距離でレギオンの所に辿り着ける。彼を説得すれば、ひとまずシアゴーストの暴走を止められるはずだ。

 

 そして足早に駆けていこうとするベルデであったが──。

 

 ADVENT

 

(ッ!?)

 

 鼓膜を振動させる電子音声。

 判別のつかない音声に、何故だか無性に悪寒を走らせたベルデ。

 動物的な勘に従い咄嗟にその場から飛び退くと、なんとその直後広範囲に毒液が散布されたではないか。

 すぐ近くにいた為に頭から被ってしまったシアゴーストの集団は、思わず耳を塞ぎたくなるような音を立てて溶解してしまう。

 肉の一片まで残らず溶かし、発生した強酸性の気体がベルデにへばり付き、透明化していた身体をぼんやりと浮かび上がらせてしまった。

 

「ハハハハッ、何をコソコソしている。

 シャイなライダーって奴なのか?」

 

「浅倉威……!」

 

 モンスターを踏み潰して襲来したベノスネーカー。

 その頭頂部に立つ王蛇がカラカラと笑いながら降り立った。

 

 そもそも何故ベルデのクリアーベントを的確に見破れたのか?

 その疑問に答えるのはちょっとした知識が必要になる。

 夜行性であり、視覚が優れない蛇の中には“ピット器官”と呼ばれる構造を有している種もいる。

 この器官は言わばサーモグラフィーに近い機能があり、蛇に極めて近い生物であるベノスネーカーも類似した器官を備えていた。

 要するに、ベルデの透明化はあの蛇型モンスターには全く効果が無かったというだけなのだが、そんな博学を持ち合わせている者はこの場にはいない。仮に居たとして、何の役に立つのかは疑問だが。

 

「悪いけど、僕は今急いでる! お前の相手なんかしてられないんだ!」

 

「フン、知ったことか……待てよ、その声────そうか、お前あの黒いガキか。

 こいつは丁度いい!」

 

 ベルデの叫びから、その変身者が大地であることを理解した王蛇は愉快そうに声を弾ませる。

 そうして懐から何かを取り出した王蛇に思わず身構えるも、彼が掲げたのは予想外の物だった。

 

「これな〜んだ?」

 

 それを見た途端、大地は仮面の下で驚愕に目を見張る。

 見間違いであって欲しいが、残念ながらそれは無いと自分自身で断言できてしまう物だ。

 

「……嘘でしょ?」

 

 ダークディケイドライバー。

 ついさっき紛失した筈のバックル。

 まさか彼が偶然見つけ拾っていたのだとするなら、なんという運命の悪戯だろうか。

 すぐに見つかって良かったと喜ぶべきなのか、それともよりによって王蛇の手に渡ったと嘆くべきか迷うところである。

 

「……返してください、って言ってもどうせ無駄ですよね」

 

「さあな。俺を満足させれば、返してやらんことも無いぜ?」

 

「だから時間が無いんだって……!」

 

 このまま素通りできれば有難いことこの上無いのだが、それは絶対にあり得ない。二度の交戦を経た上でそう確信できる。

 速攻で彼を無力化し、昴の元に向かうとベルデは決めた。

 

 HOLD VENT

 

 ヨーヨー型という一風変わった武器、バイオワインダーがベルデの左手に装備される。そして右手には剣──戦い辛い構成であることは否めない。

 

「オラァ!」

 

 周囲の集団をベノスネーカーの尻尾が薙ぎ払い、一気に場が拓けた。

 その頭上から雄叫びと共に振り下ろしてきたベノサーベルがベルデに届く寸前、ライドブッカーがその太刀筋を阻む。

 

 ──重い。

 腕の感覚が無くなったのでは、と思わず錯覚するほどに。

 やはり王蛇という実力者と拮抗し得たのはダークディケイドありきの話であり、このベルデではパワー不足だと痛感してしまう。

 

 だが、それが何だと言うのだ。

 格上との戦闘なんて飽きるくらいにこなしてきた。今更多少不利になった程度で怯んでなどいられない。

 身体を捻ることで、押し潰そうとしてくる剣を受け流し、素早く側転。剣がギリギリ届かない中距離の位置を取る。

 

「ヤッ!」

 

 線を描いているに等しい速度で放たれたバイオワインダーがヒュッ、と空気を鳴らすたび、王蛇を仰け反らせる。

 慣れない武器故、精度は曖昧も同然だったが、なんとか命中はできている。

 が、それが効果的かどうかはまた別の話で。

 

「どうした、そんなもんか?」

 

(あんまり効いてない……やっぱりパワーが足りてないのか)

 

 効果ゼロ、とまではいかないが、王蛇には効き目は薄いようだ。

 このままチンタラぶつけていても、ただ時間だけを浪費していくだけだろう。

 しかし王蛇の撃退ならともかく、突破するだけならいくらかやりようはある。

 

「ハハハッ!」

 

 ヨーヨーの牽制を物ともせずに接近する王蛇。

 剣が薙ぎ払われるまでの刹那、ベルデはライドブッカーとバイオワインダーを交互に見つめる。

 伸縮性、耐久性、共に未知数。成功する保証は無いが、他に有効策も思いつかない。

 

 ベルデは飛び込むような前転で横薙ぎの剣を回避し、立ち上がると同時にバイオワインダーを放つ。

 だがその標的は王蛇に非ず。

 なんと、自身の剣に巻き付けたのだ。

 

 ピンと張って横一文字を描くワイヤー。

 それに振り向き様に下されたベノサーベルがめりこみ──しかし、切断できない。

 ワイヤーは見事に受け止め、反発して押し返して見せた。

 

(──よし、 斬れない! このワイヤー、見た目よりも断然頑丈だ!)

 

「おぉ……?」

 

 この奇抜な防御には王蛇もやや面食らった様子であった。

 だがそれも彼を興じさせる材料でしかなく、より激しさを増した剣閃をベルデは危なげなく捌く。

 これもダークディケイドの多彩な戦法を使い分けることに慣れてきた大地の適応力が為せる技であり、咄嗟の閃きが優れている証明でもあった。

 

「そこっ!」

 

 そして幾度か目かの防御の際、受け止めた拍子に刀身を絡めとるベルデ。さらに、王蛇の腕に飛び付く形でしがみ付いた。

 急な重心の傾きに対応しきれなかった王蛇は転倒してしまい、起き上がろうとしてもベルデの組み伏せがそれを許さない。

 そうして力任せに腕を捻り上げ、ダークディケイドライバーを握りしめているその手を開かせようとする。

 

「オオオオオオーッ!!」

 

 そんな関節技モドキをただ享受している王蛇でもなく、駄々っ子の如く暴れ散らす。

 それでもベルデが離さないので、彼はかなり強引な手段で逃れることを選択した。

 

 ゴキリ、と鳴ってはいけない音を関節から鳴らして、スルリと抜ける王蛇の腕。

 誠に信じられないことだが、彼は力技で関節を外して拘束から脱したのだ。

 人間離れした所業に起き上がることさえ忘れて呆気に取られたベルデに、ベノサーベルが叩きつけられる。

 腕が外れた痛みなどまるで感じていないような喜色を含んだ笑い声に、いよいよこのライダーはモンスターなのではと真剣に考え始めたところで、耳に妙な違和感が生じた。

 脳髄を引っ掻き回すような不快感を否応なしに抱かせる、そんな音。

 

 この前兆にベルデは覚えがあった。

 

(これって……不味い!)

 

 NASTY VENT

 

 ベルデ、そして王蛇に等しく襲来するソニックブレイカー。

 ダークウイングが齎す凶器の超音波に苦悶の雄叫びを上げ、錯乱する王蛇と、辛うじて耳を塞いで防いだベルデ。

 そしてその大き過ぎる隙は黒槍の鋭い刺突を突き立てるには十分であり、その槍の主はベルデの想像通りの人物であった。

 

「秋山さん……」

 

「何をぼさっとしている。さっさと立て」

 

 漆黒の騎士、仮面ライダーナイトがぶっきらぼうにそう言った。

 起き上がるために手を貸すことは無いし、心配をする素振りを見せない。

 けれども、その声には今までのような棘が生えていないとベルデは感じた。

 

(比較的、と頭に付けるが)柔らかな口調に聞き間違いではないかと疑っているベルデに、業を煮やしたナイトが檄を飛ばしてくる。

 

「……いい加減にしろ。あの子供を助ける、と言ったのはお前だろう」

 

「助けてくれるんですか!?」

 

「おい、あまり変な勘違いをするなよ。

 俺は戦いに来ただけだ。仮面ライダーとして」

 

 ベルデには目を合わせず、剣と槍を構えるナイト。

 その横顔が──本人には口が裂けても言えないが、どこか照れているように見えてしまう。

 やっぱりこの人は良い人なんだな、と再認識しながら漸く立ち上がったベルデも剣を構え直した。

 争うこともあったが、こうして肩を並べるならなんと心強いことか。

 

「ここは俺に任せろ。お前は行け!」

 

「はい!」

 

 ナイトは暴虐の蛇を討つべく。

 ベルデは悲哀の子に寄り添うべく。

 

 覚悟、信念──それぞれの想いを胸に、ライダー達は疾走を開始した。

 

 

 *

 

 

 昴は泣いていた。

 

 血溜まりで汚れた父の亡骸の隣で座り込み、涙が枯れ果てる勢いで泣いていた。

 

 今の昴にとっての世界とは、シアゴーストの大群に囲まれた狭い隙間だけであり、その外で何が起きていても気にかかる余裕など無かった。

 

 泣いて、泣いて、泣き腫らして、そんな折に。

 昴にとある声が届く。

 

『戦え、お前に求めるものがあるならば』

 

『戦え、お前自身の願いのために』

 

 悲しみに支配された脳ではその言葉の半分さえ理解できていない。

 しかし、自分が何を命じられているのか、それだけはわかった。

 自分が何をしたいのかも。

 

 昴が欲しいもの? そんなものは決まっている。

 もう二度と目覚めない筈の、父に与える新しい命。

 

「お父さん……!」

 

 そこに明確な意思は宿っていない。

 “もう一度お父さんと暮らしたい”。

 

 ──そこにあるのは、純粋な願いだけである。

 

『戦え!』

 

 SURVIVE

 

 その日、レギオンは生まれて初めてカードを抜いた。

 

 

 *

 

 

 その光景を真っ先に目にしていたのは、シアゴースト達への進撃を再開していたベルデであった。

 

「何だこれ……!?」

 

 もうすぐで辿り着けるかという距離にある、中央部から突如として噴き上がった火柱。

 それは瞬く間にシアゴーストの間で這っていき、火達磨に変えていく。

 あらゆる者の接近を拒むように吹きすさぶ焔は、ベルデが進行を躊躇うほど。

 そんな風にして二の足を踏んでいると、熱波で歪められた視界の果てにて炎上しているレギオンが映った。

 

(す、昴くん……なのか……?)

 

 心配の声をかけようとしたベルデの喉からコヒュ、と乾いた音が鳴る。

 レギオンを焼く赤い炎はさらに燃え盛り、その色を徐々に薄青いものとしていく。

 無骨な印象だった白い装甲を彩る蒼炎。

 ガラスが散り、純然たる願い()()が糧の戦士が誕生する。

 

 烈火を体現する者──仮面ライダーレギオンサバイブ。

 

 その迫力たるや、筆舌に尽くしがたい。

 あの無邪気に笑う昴と、目の前のライダーの間で生じているイメージの剥離に、ベルデは二の句を告げることができないでいた。

 

 だが、そうやって棒立ちになってばかりもいられない。

 レギオンを進化させた烈火の炎は、彼の契約モンスター達も同時に強化していた。

 高熱に溶かされた外殻を突き破る群青の蠢き。

 白いヤゴから、青い蜻蛉へ。

 レイドラグーンという名のモンスター達が一斉に羽化し、ベルデへと襲いかかる。

 

 その勢いを一言で表すなら────津波というのが最も適切だろう。

 

「うわっ!? モンスターまで強くなってるのか……!」

 

 正面から突き立てた刃は顔面へと確かに刺さり、しかし貫通まではしない。

 苦しんでいるらしい反応は示すものの、それだけだ。この蜻蛉は明らかに強くなっている。

 しかもそんな存在が無数にいるのだから、どうしたものかと頭を抱えたくなってしまう。

 

 そして、最初の一匹を仕留め損ねた為に大群の勢いは保たれたままベルデに喰らいついた。

 まずは太腿、次に二の腕、肩────。

 レイドラグーンに喰らいつかれたあらゆる箇所から血が噴き出す。

 

「昴く────」

 

 両手の武器を振りかざして抗おうとしたベルデの叫びごと攫って、空を駆けていく群青の津波。

 その飛翔が奏でる耳障りなハーモニーにはナイトも、王蛇も剣を振るう腕を止め、空を見上げた。

 

「ァア……?」

 

「何……?」

 

 戦闘狂でさえも戦闘を中断し、身の危険を覚えるほどの歪な波。

 たかがモンスター如きがそれほどの脅威となっていること自体が彼等を驚愕させている。

 そして飢餓に喘ぐ蟲達は唖然と上を向いているライダー達に向け降下を開始した。

 単に迫ってくるというだけなのに、仰け反ってしまう圧。

 まず飲み込まれようとしたのは、王蛇であった。

 

「チッ」

 

 FINAL VENT

 

 正面から叩き潰さんとするベノクラッシュ。

 ガイを粉砕せしめた必殺技の威力など今更語るに及ばない。

 強化されたレイドラグーンといえども、それに耐え切れはしなかった。

 波を構成する先頭集団を容赦なく打ち砕き────だが、それだけ。

 肉の壁とも言えるその圧壁は一割にも満たない数のレイドラグーンを犠牲にしただけで、ベノクラッシュの攻勢を完全に殺してしまった。

 

「アアアアアアァァァァ!!!」

 

 波の中に消える王蛇。

 残るナイトに突きつけられたのは、ライダーの中でも指折りの実力者があっさりと敗北を喫したという事実。

 立ち向かった先で待っているのはあのモンスター達の飢えを凌ぐ餌にしかなれないだろう。

 しかし残念ながら、ナイトには逃げという選択は許されていなかった。

 愛する者を守りたくば、どんなに絶望的であろうと槍を突き立てるしか道はない。

 

 ADVENT

 

「ダークウイング!」

 

 だが、迫り来る津波に対して真正面から馬鹿正直に挑む必要もないのだ。

 

 ダークウイングという翼を得たナイトは空高く飛翔し、飢えた波がそれを追いかける。

 それから展開される激しい空中戦の最中。

 

「……ん?」

 

 ナイトは津波の中で膨らむ黒い光を目撃した。

 

 

 *

 

 

 ナイトを追いかけるレイドラグーンの群れ。

 その中で喰らい付かれながらも、ベルデは必死に抗っていた。

 あちこちを食い破られ、むせ返るような血臭を浴びたその身体で剣を振るう。

 

「うああああぁぁぁぁーッッ!!!」

 

 雄叫びとも悲鳴とも区別の付かない声が喉の奥から自然と漏れる。

 全身を阻む激痛に加え、ネガタロスに使役された疲労。いつ気絶しても何ら不思議ではなかった。

 それに泣き言を言う資格なんて、自分にはあるものか。

 

(僕の何倍も、霧島さんの方が痛かった!

 僕なんかよりも、佐野さんの方が怖かったんだ! 

 昴くんはもっと痛くて、辛いんだ! 

 こんなところでモタモタしてられない!)

 

 流れ出た血は身体を鈍らせ、内なる想いがそれよりも大きな活気を与える。

 そして斬って、斬って、斬って、もちくちゃにされて────。

 

 それを見つけられたのは、まさしく幸運の産物だった。

 

「あれは────!」

 

 誰かの血で汚されたダークディケイドライバー。

 どういう訳かモンスターの波の中を流れてきたそれを、ベルデは無我夢中で掴み取った。

 ベルデの装甲が消失した刹那、大地は血反吐を吐き捨てて叫ぶ。

 

「変身!」

 

 KAMEN RIDE DECADE

 

 虚像が周囲の蜻蛉を弾き飛ばし、大地に重なっていく。

 モンスター達の牙から解放された身体は宙に投げ出されて落下。

 あわや地面と衝突するというところで、ダークディケイドの腕をナイトが掴んだ。

 

「秋山さん……」

 

「借りは返す主義なんでな。

 それよりあの大群だ。昴に近付くにも、アレを片付けなきゃ話にならんぞ」

 

 ナイトが言う「アレ」とは、無論レイドラグーンのこと。

 今も飛行するナイトとダークディケイドのすぐ後ろを追いかけてきている。

 しかもその数だってどんどん増え続けており、空そのものを埋め尽くすのも時間の問題かもしれない。

 

「ええ、強引に突破しようとしても無理でした。

 倒しましょう。全部」

 

「簡単に言ってくれるな。

 そこまで言い切るからには、何か策があるんだろうな?」

 

「策、と言えるような上等なものではないですけど」

 

 必要となるのは、無数の敵を倒せるだけの圧倒的な火力。

 該当するライダーは主にゾルダやスイカアームズなどだが、示されたのはまた別のカード。

 なるほど、今の状況には最適だと納得できるそのライダーを選び、バックルに叩き込んだ。

 

 KAMEN RIDE DARK KIVA

 

 電子音声が鳴り止むと同時、ナイトの飛翔高度と速度が僅かに落ちる。

 何事かと見下ろしたナイトがまず目にしたのは、ワインレッドの鎧。奇しくもその装甲はナイトと同じ蝙蝠の意匠を刻み込んでいた。

 

「────ぐっ、ガハっゴボッ……!」

 

「どうした!?」

 

 濁音混じりの咳込みが深紅の鎧を、より暗い色に変える。

 ダークディケイドが所持する中でも最上級に位置するカードを使った代償。

 消耗し、食い破られた穴だらけの身体では到底払い切れるものではない。

 

 思わずといった様子で心配するナイトに向け「大丈夫」と返事する代わりに、軽く手を挙げる。

 本音を言ってしまえば全然平気じゃないが、ここは強がってでも戦うべき場面なのだ。その為の力はこの鎧にある。

 

 ATTACK RIDE CASTLEDRAN

 

 跡地の瓦礫を吹っ飛ばして現れた全長40m超えの紫竜。

 城のような胴体に首を生やしたその姿はまさにドラゴン城と表現するに相応しい。

 大気を震撼させる牙城の咆哮に、何が来ても驚くまいと決めていたナイトの決意は脆くも崩れ去った。

 

 突然出現したドラゴンが発揮するであろう脅威を本能的に察知したのか、ナイト達を追っていたレイドラグーン達は進路の舵をそちらへと切る。

 

「キャッスルドランさん! こっちへ!」

 

 姿を真似ただけの王からの呼びかけに、ドライバーが生み出した記録の産物に過ぎない牙城は応えた。

 降りかかる火の粉を払うついでで王を迎えに飛んできたキャッスルドラン。

 DDダークキバは城の屋根に該当する部分を足場と見立てて着地し、そこで堪えきれずに膝を折る。キャッスルドランの召喚もこの身を容赦なく削っているのだ。

 

「大地、アレを見てみろ」

 

 キャッスルドランの横を飛んでいるナイトがとある地点を指で示す。

 多数のモンスターが寄り集まってできたモザイク状の球が空にプカプカと浮いている。レギオンを中心にモンスターが集結していると考えるならば、あのグロテスクな塊の中にレギオンはいるのだろう。

 

 そうとわかれば、やるべきことは決まった。

 

「ダークウイング!」

 

「キャッスルドランさん!」

 

 ドラゴンと蝙蝠、二匹のモンスターはその翼を広げ、大群と激突した。

 

 

 

 *

 

 

 一方、現実世界。

 こちらでも奔走するドラゴンと蝙蝠のコンビがいた。

 

「ドラァ! ダラァ! こっちに来るんじゃねええ!」

 

「ウォー!」

 

 デッキを渡してしまったので、ミラーワールドに入れないクローズはこちら側に進出してきたモンスターが目に入り次第押し返す。

 レイキバットは侵入経路になりそうな鏡に微調整を施した冷気を吹きかけて霜で覆う。

 

 事情を知る者ならいざ知らず、一般人には得体の知れない奇怪な男と蝙蝠が暴れ回っているようにしか見えておらず、病院は大パニックに陥っていた。

 

「そこの……えーと、なんか青い奴! 止まりなさい!」

 

「うるせえ! 止まれるか!」

 

 モンスターを追い、警察に追われて。

 

「うおおお!? なになになんなのアンタ! これヒーローショーか何か!? ちょっと取材を……!」

 

「違うからあっち行ってろよ!」

 

 変な記者にも追われて────。

 

「……って城戸さんじゃねえか!」

 

「え!? なんで俺のこと……もしかして」

 

「ギクッ!?」

 

「俺ってすげえ有名人!?」

 

 この先輩記者が馬鹿で良かった。

 クローズはそう思いながら、勝手に照れている真司を置き去りにして走り去った。

 

 

 

 *

 

 

 

 王の叫びがドラゴン城の真なる力を解放させる。

 マジックミサイル、ポッドシュートなど超絶威力の兵装をこれでもかと放ち、迫り来る群れの大多数を爆散させていく。

 大雑把な狙い故に生じた僅かな撃ち漏らしはナイトの槍が確実に貫いていき、力尽きた亡骸もまた同じく爆散。

 

 こうして驚嘆に値する速度で殲滅させていくDDダークキバとナイト。

 しかし、相手は仮にもサバイブ化したモンスター。同胞の亡骸を盾にして、キャッスルドランの業火を超え、ナイトの槍さえ躱した少数かDDダークキバへと接近してきた。

 

 一番弱っている者から喰ってやろうという魂胆なのだろうが、もうあの牙に曝されるのは御免だ。

 気合の掛け声一つ、繰り出したストレートパンチが一匹を粉砕し、続いて来た数匹には赤く発光したライドブッカーの刃をぶつける。

 魔皇力を存分に吸った斬撃により瞬殺はできたが、一々構っていてはこちらの体力が切れてしまう。ここは更なる援軍を呼び出すしか無さそうだ。

 

 ATTACK RIDE CHOUDRAN

 

 再度吼えるドラゴン城に応えたのは、些か見劣りするサイズの──それでもミラーモンスターより大きいドラゴン、シュードラン。

 小回りが利く幼体のドラゴンはDDダークキバの周囲を旋回しながら敵に爆撃をかましていく。

 突破してきた数がごく少数であったことも手伝って、早々に王の安全が確保されたことでシュードランは旋回を止め、キャッスルドランの上部に着陸した。

 

「GRUUU……GYAAAAAAA!!」

 

 どことなく温厚そうだった顔を厳つくさせたキャッスルドラン。

 シュードランとの血の共鳴がドラゴン城を凶暴化させたのだ。

 ただでさえ強力だった砲撃が更なる火力を伴って猛威を振るい、殲滅速度を跳ね上がらせる。

 こうなってしまってはもうレイドラグーンがどれだけ頭数を揃えようと、怒れるドラゴン城を喰うことは不可能だ。

 

 そのことを理解していたかは定かではないが、群れの中心で鳴った電子音声はにわかに怖気づいたレイドラグーン達を後押しするものであった。

 

 FINAL VENT

 

 レギオンサバイブが発動させたファイナルベント。その効果はモンスターの急激な進化。

 外殻を内側から食い破るが如く脱皮した蜻蛉型モンスター、ハイドラグーンである。

 連中は好き勝手に飛び回ることを悪手と判断してか、全個体を集めた津波を再び形成して突撃してくる。

 単体でライダーに匹敵しかねない領域まで進化を遂げたモンスターが一斉に襲いかかってくるこの状況を、絶望以外にどう言えばいいのか? 

 

(トリックベントで撹乱するか、それともダークウイングを囮に一旦降りるか……)

 

 あの突撃はもはやナイトがどうにかできる程度をとっくに越えている。

 脳内を巡る作戦はどれも有効的とはとても言えず、決して選びたくはない撤退の二文字まで過ってしまう。

 そこでふと横を見やれば、黄金のカード────恐らくは自分達のファイナルベントに該当するカードを構えるDDダークキバ。

 仮面に隠れている筈なのに、全く死んでいない瞳を幻視して、ナイトは苦笑した。

 

(まさかコイツに勇気付けられるとはな)

 

 歳下の、それも血反吐まで吐いた奴より逃げ腰になっては一生の笑い者がいいところだ。

 己のプライドと、変わらぬ愛情。それら全てを賭ける思いで、ナイトも最後のカードを抜いた。

 

 FINAL VENT

 

 FINAL ATTACK RIDE DA DA DA DARK KIVA

 

「遅れないでくださいよ、秋山さん!」

 

「誰にものを言ってる!」

 

 屋根から跳んだDDダークキバが突き出した両足には、収束した魔皇力が形作る二本の牙。

 必殺キックを繰り出す王と、一本の巨大な槍と化して突き進む騎士の背後からキャッスルドランの咆哮が追いかける。

 飛翔斬、キングスバーストエンド、キャッスルドラン。

 その全てが一体となった炎の塊がハイドラグーンの津波に真っ向から激突した。

 

「ハァァアアアアアアアーッッッ!!!」

 

 凄まじい小爆発を次々と巻き起こして進む炎は、しかしモンスターの生命を賭した肉壁によって徐々に速度を削がれていく。

 ここで止まればどうなるか。今更言うまでもない。

 

「もう誰も死なせやしない……!

 昴くん! 瑠美さん! 万丈さん! 病院の人達だって! 

 

 ────ッツァァアアアアアアア!!!」

 

 爆発的に増した魔皇力が炎を包む。

 その一瞬で、炎の中に浮かび上がる人型の──巨大なダークキバ。

 この勢いはもう何人たりとも止められない。

 星だって蹴り返せると確信できるキックを前にして、刃向かう者全てが焼塊と化していく。

 そして最後のハイドラグーンを爆散させたその時、ダークキバの鎧は消失して通常形態に戻ってしまった。

 眠気を誘う脱力感に耐えたダークディケイドは最後の力を振り絞って前へ跳ぶ。

 

 ────色を失ったレギオンが支えを失って、落下していく方向へ。

 

「昴くん!!」

 

 伸ばしたその手は、幼子の小さな手を確かに包んだ。

 柔らかく、そして暖かった掌はスーツに隔てられているものの、その感触だけはしっかりと感じ取れる。

 共に落下しながら、その手を強く握ったDDダークキバはようやくレギオンに認識された。

 

「────お兄、ちゃん? どうして?」

 

 きっとこの涙声から出た“どうして? ”には一口では言えない疑問が含まれているのだろう。

 どうしてここにいるのか? 

 どうしてお父さんを助けてくれなかったのか? 

 どうして────。

 

 全部に答えられる言葉も、体力もない。

 こういう所は成長しないな、などと自分を省みてつい苦笑してしまうダークディケイド。

 こういう時に的確な慰めをできるであろう偉大な師匠達を追想して、自分はまだまだだなとも思う。

 こんな男で昴には申し訳ないが、できるのはこれぐらいしかない。

 

「……え?」

 

 落下し続けているレギオンを手繰り寄せて、強く抱きしめる。

 未だに泣き止まないのか、時折震える背中を円を描くように摩る。

 

「約束したから。昴くんを守るって」

 

 我ながら酷い言い草だとは思う。

 昴の笑顔に潜んでいた苦悩、その半分も理解してやれず、父親を守ることもできなかった。

 そんな男がどの口で言うのだ、と。

 

「結局、僕は昴くんがこうなるまで何もしてあげられなかったんだ。

 昴くんのお父さんが殺された時も……僕は見てるだけだった。救えたかもしれないのに」

 

「……」

 

 レギオンは何も言わない。

 しゃっくりを上げて、ひたすらに無垢で潤んだ瞳をぶつけてくる。

 

「でもね、だからこそ僕は昴くんの傍にいる。

 もう昴くんに辛い思いはさせたりしない。

 絶対に……約束するよ」

 

 なんと愚かで無責任な言葉だろう。

 自分の記憶が戻らなくても構わない。

 瑠美と龍我を元の世界に戻すことさえ放棄したも同然だ。

 熟考の末に導き出した結論ではない、衝動的に発言したに過ぎないのだが、覚悟だけは本物だった。

 

 この世界に永久に留まることになろうとも、それでこの子の涙を止められるなら。

 

「……なんだか、前後が違う気がするけど。

 まずはこれを言わないといけないよね」

 

「……?」

 

「昴くん────ごめんなさい」

 

 父親を守れなかったこと、救えなかったことへの謝罪。

 極めてシンプルな、しかし誠心誠意を込めて、ダークディケイドは謝った。

 

 

 

 *

 

 

 

 その“ごめんなさい”を聞いて、レギオンは──昴は少し驚いたような様子を見せた。

 

 最早口癖に等しい、生まれた時からいつも口にしていた“ごめんなさい”。

 挨拶なんかよりもずっと言い慣れてはいたものの、言われたことなどほとんど無かった。

 自分以外の口から、自分に向けられた“ごめんなさい”が酷く新鮮に感じられて、胸に込み上げた暖かい息がほう、と漏れ出る。

 

 抱きしめる力が強まって、ふと下を見れば地面はもうすぐそこ。

 なるべく昴が傷付かないよう、覆い被さるようにしているダークディケイド。

 

 病院で見たどの患者よりもボロボロになっている身体で、そこまでしてくれることが嬉しくもあり、申し訳なくもあり。

 

 だから、昴も謝ることにした。

 

「ううん……僕の方こそ、ごめんなさい。お兄ちゃん」

 

 地面に激突する直前、ダークディケイドの耳に贈られたその響きは、とても滑らかで、安堵に似た感情を孕んでいた。

 

 

 

 *

 

 

 

 全身がバラバラになってもおかしくない衝撃。

 だが、ダークディケイドが予感していたその瞬間はいつまで経っても訪れず、代わりにプニプニと妙な感触が背中を撫でていた。

 それは、柔らかい何かを束ねて即席で作ったと思わしきクッション。

 触ってみると、なにやらベトベトした粘度のある液体が付着した。

 

「これって……ああ」

 

 一体なんなんだろう、とまで考えたが、傍らに現れた存在を見てすぐに納得できた。

 

「ありがとう、バイオグリーザ……さん?」

 

 礼を述べられても特に反応はせず、クッションと化していた長い長い舌を巻き取ったバイオグリーザはそそくさと去っていく。

 百を容易に越える量の生命エネルギーを貪らせてもらったことで、契約者への好感度が上昇していたおかげでもあるのだが、ダークディケイドの知るところではない。

 

 まあなんにせよ、これで一安心というわけだ。

 まずは昴の安否を確かめようと、腕の中に声をかける。

 

「昴くんは、だいじょ…………う……?」

 

 ダークディケイドの腕に抱かれていた筈のレギオンはどこにも見当たらなかった。

 

 ────シュウシュウと消える、僅かな青い粒子以外には。

 

 

「……時間切れだったか」

 

 混乱しているダークディケイドを他所に、降下したナイトが悔恨を幾分か滲ませた呟きを吐く。

 

 時間切れ。それはミラーワールドにおける、避けては通れない絶対のルール。

 

 ダークディケイド、ナイト、共に再変身を挟んでいる。

 だが、レギオンはどうだ? 最初の変身から、果たして何分が経過していた? 

 

 突き付けられたのはあまりにも無情な現実。

 その理解を拒絶し、必死に粒子を掻き集めようとするダークディケイド。

 そんな努力は報われるはずもなく、指の隙間を擦り抜けた粒子は空の彼方に昇っていく。

 

 声帯を潰すような慟哭が響き渡る戦場の片隅にある瓦礫の隙間から、その時を待っていたかのように三色の粒子が空に溶けていく。

 先に昇っていた青の粒子を追いかけて──或いは抱き抱えて、やがて一つになった粒子は残酷なまでに澄み渡った青空の向こうへと消えていった。

 

 

 

 







ぽっと出サバイブ。ギミック装置感が強いのは否めない。

次回、ナイト編最終話です。




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避けられない迷路


ようやく終わるんだ……ようやく


 

 

 

 赤色、黄色、水色……様々な灯りが照らす都市の夜。

 疲れた顔で帰路に着いた人々とは正反対の方向を、瑠美がひた走っていた。

 

「はぁ、はぁ、はぁっ……」

 

 夜の控えめな蒸し暑さに奪われた体力が汗となって流れ落ちる。

 こんな時間に薄着で、しかも一人で走っている女子大生なんて滅多にお目にかかれるものではなく、奇異な目を向けられるが瑠美は気にも留めない。汗でへばり付いた服の感触は気持ち悪いが、それも些細なことだと割り切っている。

 

 上気した頰に滴る汗を拭いながら、上がった息を整えていると、三人組の男が話しかけてきた。

 

「ねえねえ、こんな時間に一人で何してんの? もしかしてアレ? ダイエット中ってやつ?」

 

「あ、あはは……そ、そういうわけでは……」

 

「恥ずかしがることないって〜。そだ! 俺らも手伝おうか」

 

 リーダー格と思わしき男が軽薄な笑みを浮かべて近付いてくる。

 男が醸し出す遊び人っぽい印象には常時ならともかく、急を要する今では少々鬱陶しいと思わざるを得ない。

 丁重に断ろうとした瑠美であったが、その直前になって男は唐突に立ち止まった。

 自身の肩を抱き寄せてガチガチと歯を鳴らすその様は、極寒に震えているように見えるが……この熱帯夜に近い気温では些か不自然である。しかもよく見れば、背後の二人も似たような有様だ。

 

「さ、さみぃ……。誰か、カイロない?」

 

「夏に持ち歩く奴があるかよ……は、はやく帰ろうぜ」

 

 肌に刺さる寒さに耐えきれず、男達はそそくさと退散していく。

 そんな彼らと入れ替わるようにして、呆れ顔のレイキバットが上から降りてきた。

 

「へっ、お家でミルクでも飲んでいやがれってんだ」

 

「レイキバさん、ありがとうございます! 

 ────それで、大地くんは」

 

「まだ見つからん。東はくまなく探したが収穫無しだ」

 

 そう、彼女達がこうして駆けずり回っているのも大地を探すため。

 

 あの事件が終わってから、大地は帰って来なかったのだ。

 

 

 

 *

 

 

 

 どうやってこの場所に辿り着いたのか、全く覚えが無かった。

 

 瑠美達からそう遠くない場所、同じ港のそばで黄昏れる大地。

 一向に眠る気配の無い街と港を眺めて何度目とも知れない溜息を薄く吐いた。

 乾いた血の香りがする衣服に、やつれきった相貌の組み合わせ。

 今の大地を見れば、多くの人は救急車を呼ぶだろう。

 

「ごめん昴くん……」

 

 食い破られた傷の疼きでも、大地の沈鬱な表情は歪められない。

 痛みに苦しむという行為でさえ、昴を救えなかった自分には許されない。

 大地はそんな自罰的な思考に囚われていた。

 

 もしあの時、王蛇を殺していれば昴を救えたかもしれないのに。

 もしあの時、ネガタロスの邪魔をせずオーディンを殺していれば奏だって救えたかもしれないのに。

 人を殺すことを忌避していなければ、佐野や美穂だって救えたかもしれないのに。

 

 そんな調子で過去の「もしも」を追憶しては、自分を責め立てるの繰り返し。

 

「僕は仮面ライダー失格だ……。

 名護さんや仁藤さんみたいな立派なライダーなら、こんな情け無い結果にならなかったのに……。

 

 ────何がダークディケイドだよ! こんなに沢山のライダーの力を借りておいて、なんで……どうして、昴くんを死なせなきゃいけないんだ……」

 

 大切な人達を死なせたライダーが憎い。

 それよりも弱くて情け無い自分が憎い。

 憎くて、憎くて、悲しかった。

 

「鬼塚さんの時から何も変わってない。

 あの人の言う通り、いつまで経っても僕は弱くて薄っぺらいままだ……」

 

 ライドブッカーから取り出した一枚のカード。

 ただ描かれているだけのリヴォルがこちら恨めしげに睨んでいるように思えてくる。

 カードに記録された鬼塚の怨念に蝕まれ、呪われ、無残に殺される自分を想像して身震いする大地。

 

 ──でも、それでいいのかもしれない。

 この世界で朽ち果てて、できるだけ惨めに死ぬ。

 そうすれば少しは贖罪になるだろう。

 

 そんな破滅的な考えを延々と巡らせている大地の耳に、バイクのエンジン音が聞こえた。

 

「……酷い顔だな。

 眺めているとこっちまで吐き気がしそうだ」

 

「……秋山さん。どうしてここが」

 

「たまたまだ。

 ショボくれて海を眺める奴がいるかと思えば、お前だった。

 ……なんだ? まさかとは思うが、心配して探しに来たとでも言って欲しかったのか?」

 

「……秋山さんはすっかり元通りですね」

 

「お前と違ってな」

 

 出会った頃と同じ皮肉たっぷりの態度はなんだか懐かしくもあり、同時に苛立たしくもあった。

 昴くんが死んだというのに、何故この人はこんなにも平然としているのだ。

 嗚呼、本当にこの世界のライダーという奴は……! 

 

(……何を考えてるんだ、僕は。秋山さんに当たるなんて……八つ当たりもいいところじゃないか)

 

「……やはり昴の件は相当堪えているらしいな。なら好都合だ」

 

 ネガティブな感情に支配されがちな頭を振る大地。

 そんな大地をあろうことか蓮は“好都合”と言ってのけた。

 しかも微かに口角を上げるというおまけ付きで。

 

「さっきはたまたまと言ったが……お前に用が無い訳でもない。

 今のお前は正真正銘、俺たちと同じライダー。

 確か……ベルデ、だったか。今のうちに潰しておいた方が良さそうだからな」

 

 蓮が見せつけるようにして取り出したのは、ナイトのカードデッキ。

 しかしモンスターの気配も無ければ、ライダーらしき人影も無い。

 

「あ、秋山さん……?」

 

「俺と戦え、大地」

 

 底冷えする眼光を宿しながら、蓮は淡々と言い放った。

 

 

 

 *

 

 

 

 酷い怪我を負った青年が黄昏れている。

 

 こんな目撃情報を通行人から聞いた瑠美はすぐさまその場所へと急行した。

 

「大地くーん! ……いないみたいですね」

 

 駆けつけた瑠美を待っていたのは、停まっている大型バイク一台たけ。

 大地はおろか、人っ子一人いやしない。

 もう移動してしまったのかもしれない、と考えた瑠美は踵を返す。

 

 ──もし彼女にミラーワールドを見通すことができれば、バイクのミラーに映るライダー達を見つけられただろう。

 瑠美の探し人はまさしくすぐそこにいるというのに、彼女は気づけない。気付けるわけがない。

 

 よって大地とのニアミスは完治されないまま、立ち去ろうとしたが────。

 

「おっと瑠美ちゃん。いいところに来たな」

 

「ガイドさん?」

 

 まず、声がした。

 振り返った瑠美の前で不敵に笑っているガイド。

 さっきはいなかったはずなのに、一体いつやって来たのか? 

 そんな疑問から小首を傾げた瑠美に、ガイドはとあるカードを手渡した。

 

 この世界には存在しない、黒龍が描かれたカードを。

 

「これは……リュウガ?」

 

「それを持ってれば瑠美ちゃんにもミラーワールドが見える。ほら、あそこ」

 

 あそこ、と言われても何の変哲も無いバイクがあるようにしか、瑠美には見えない。

 ……いや、よーく目を凝らしてみると、確かに変わった部分がある。

 

「大地くん!? もしかして、これがミラーワールド……!」

 

 ナイトによって一方的に蹂躙されるベルデ──大地の姿が映っていた。

 驚いて駆け寄るも、瑠美の手はガラスに先へは届かない。

 すぐそこにいる相手に触れられないもどかしさに心を焦がしながら、食い入るように覗き込むことしかできなかった。

 

 そして、音も無く消えたガイドに気付くことも無かった。

 

 

 

 *

 

 

 始まりは、挨拶代わりにもならない軽い斬撃だった。

 防御にせよ回避にせよ、容易に対処できるであろう一撃はすんなりとベルデを吹っ飛ばした。

 相手が地を這っている隙にソードベントを発動しようとするが、まるで覇気を感じさせない構えを見て、ベントインを中断する。

 

 今のコイツが相手ならウイングランサーどころか、カードが必要ないまである。

 

 投げやりな叫びと共に突撃してきたベルデの剣を軽くいなし、足払いをかけるナイト。

 立ち上がる気力も見せないベルデの体たらく。

 これでは戦いにもならん、とナイトは溜息を吐いた。

 

「さっさと立て。それぐらいは待ってやる」

 

「……嫌です。僕らが戦う理由なんて無いじゃないですか」

 

「子供か、お前は」

 

 いや、外見年齢で言うならまだ子供か? 

 一瞬そう考えたが、どうでもいいと切り捨てた。

 倒す相手の年齢など、いちいち考えるまでもない。

 

「理由が欲しいならくれてやる。

 

 ────仮面ライダーだから。戦う理由はそれだけだ。

 それぞれの事情なんざ関係ない。

 ライダーになったその瞬間から、戦い続ける以外に道はない。

 最後の一人になるまで、な」

 

「……だから昴くんが死んだのも、当然のことだって言うんですか?」

 

「ああ」

 

 何を今更、とでも言うかのような短い返事。

 だが、ベルデの感情を爆発させるにはそれだけで十分だった。

 

「そんなわけあるもんか!! 

 あの笑顔がたくさんの患者の安らぎになって、奏さんがあんなに優しい顔を見せて! 

 ライダーになったのだって、きっとお父さんを手伝いたかった──そんな健気な願いだったんだ! 

 そんな子が死んでいい理由なんか認めない!」

 

「やかましい奴め、まだまだ元気があるじゃないか」

 

 速いリズムを刻んだステップの後、ナイトの突きが繰り出される。

 さっきまでの、やる気を欠いていたベルデであれば食らっていたであろう一撃であったが、今回はライドブッカーが弾いた。

 

「認めない、か。

 ならお前はどうする? ありきたりな線なら復讐だが……できそうな相手もいないな。

 バトルに勝ち残って生き返らせるってのもアリか?」

 

 わざと煽るような口調で問いかける。

 なし崩しでライダーになったベルデには、他者を犠牲にしてまで叶えたい願いは無いだろう。

 だが、あれだけ気にかけていた昴の蘇生ならばあるいは、彼が握る刃は人を殺すだけの理由を得られるか。

 

「……できませんよ! 僕には……人を殺せません……! 

 どんな悪人が相手でも、人は守らなきゃいけないから。

 名護さん達だってそう言うに決まってる!」

 

「二言目には守る、守る。口と行動が全く一致していないぞ」

 

「わかってますよ!」

 

 叫び、剣を振るうベルデ。

 ナイトの防御とかち合い、ガキィン! と金属音が大きく鳴り響く。

 その剣からは衝撃こそ伝わるが、やはり重みが足りていない。

 

 まあ、予想はできていた。やはりコイツにはライダーバトルは無理だと。

 

「フッ、無駄話が過ぎたな。とっとと決めさせてもらうぞ」

 

 ナイトの前蹴りが、両手で刃を押し込もうとするベルデの腹を蹴り飛ばす。

 派手に吹き飛び、咳き込むベルデは立ち上がろうとするも、ナイトが肉薄する方が僅かに速い。

 そしてダークバイザーの鋭い剣先が細い首筋に添えられる。

 

 変身した姿が違うという要因があるとはいえ、万能に等しい力を誇っていた男をこうもあっさりと抑えられるとは。

 特にあのドラゴン城を目の当たりにした後だから尚更そう感じてしまう。

 

「……殺さないんですか、僕を」

 

 暗い声音で、それでいて期待するように問うベルデ。

 自ら死を望んでいるかのような発言に、心のどこかで失望する気持ちがあることをナイトは自覚する。

 

 少し腕を動かすだけでベルデの首は刎ねられる。

 だが、敢えてそうすることはなく、ダークバイザーの剣先を鮮緑の胸部に走らせた。

 蚊の鳴くような悲鳴で転がり、しかし反撃に転じることもせずに座り込むベルデには追撃する気すら起きない。

 

(これは思ったよりも重症だな……)

 

 小さく溜息を吐いたナイトはふと視線を逸らし、現実世界に目を向ける。

 そこには固唾を飲んで見守る若い女性がおり、彼女には見覚えがあった。

 確か瑠美という名前だったかと思い出し、そこから連鎖して以前聞いていた情報が記憶の片隅から引っ張り出された。

 

「そういえば手塚が言っていたが……あのバイオグリーザは瑠美って娘を狙っていたらしいな。

 だが、お前が死ねばその契約は解除される。晴れて自由の身になったバイオグリーザは心置きなくあの娘を食うだろう」

 

「え────」

 

「どうせ食われるんだ。俺のダークウイングの餌にしてもいいかもな」

 

 ナイトの視線に誘導されて、瑠美を見つけるベルデ。

 そしてナイトは自らの契約モンスターに命令を飛ばした。

 

「行け、ダークウイング」

 

 どこからともなく飛来した蝙蝠の羽ばたき。

 現実世界へ飛び越えるのに数秒とかからないスピードで飛翔する影。

 逃げる術を持たぬ瑠美がこれからどうなるか、それは火を見るよりも明らかで────。

 

「────ァァアアアアッ!」

 

 絶叫、後に疾走。

 放棄しかけていた気力を掻き集めたベルデが跳ねるように駆け出す。

 足をバネにした跳躍でダークウイングを捕捉し、オーバーヘッドキックを叩き込んだ。

 着地した彼が向かう先は、現実への出口。

 

「とっとと出て行け。二度と顔を見せるな」

 

 ナイトの言葉が、世界の狭間を抜ける間際でベルデの背中に投げかけれた。

 現実に帰還した刹那、ベルデは鏡に映るナイトに振り返るも、すぐに瑠美の手を取って去っていく。

 

「そうだ、それでいい。お前にはこのバトルは──世界は似合わん」

 

 ここまでお膳立てしてやれば、もう大地は戻ってこないだろう。

 達者な口を持たない自分にしては上手く事を運べたと褒めてやりたいものだ。

 もしこの場に北岡でもいればとんだ甘ちゃんだ、と笑い飛ばされるんだろうが、案外悪い気分でもない。

 

(これでまた一人減ったな)

 

 現実に帰還し、変身を解いた蓮。

 自身もまた帰路につくために、バイクに跨ったが、そこでふと思い出したかのように顔を上げた。

 大地が去った方向を見ても、彼はもう消えている。だが────

 

「言い忘れたが、これで借りは返した」

 

 蓮は受取手が不在の言葉を最後に残す。

 そして彼の乗ったバイクは大地とは真逆の方向に走り去っていった。

 

 

 *

 

 

 

 変身を解いた大地は彼女の手を引きながら走る。

 嗚咽を漏らしながら走る大地に並々ならぬ事情を察したか、瑠美は何も言わずについてきてくれている。

 

(秋山さん……)

 

 さっきナイトが発した台詞を思い出して、奥歯を噛み締める大地。

 “出て行け”と。確かに彼はそう言った。

 倒す、倒すと言っていたくせに口と行動が一致していないのはどっちだ、と言いたくなる。

 

 蓮が戦いを仕掛けた本当の理由。それはこの世界を去る口実を与えるためだったのだ。

 あのダークウイングにしたって、本気で瑠美を襲わせる気ならあんななんの工夫もない飛び蹴りで撃墜できるものか。

 それに蓮という男が何の罪もない人を殺められるような悪漢ではないと、この目で見て確信している。

 

 守りたい人の為に、叶えたい願いの為に戦う彼もまた大地が見てきた者達と同じ仮面ライダーだったのだ。

 騎士の仮面に隠れた彼の気遣いを悟って、その上で大地は逃げることを選んだ。

 蓮に甘えた、と言う方が正しい表現であろう自身の行為に悔恨、悲哀、ごちゃ混ぜになった感情が激しく渦を巻く。

 これ以上この世界にいれば、また誰かを失うであろう恐怖と、人を殺めてしまうであろう予感。その両方から大地は逃げる。

 

 

 改めて得た蓮への認識が記録のピリオドを打ち、ポーチにあるライドブッカーから二枚のカードが飛び出してくる。

 片方は言うまでもなくナイトのカード。そしてもう一つは────。

 

(昴くん……!)

 

 忘れもしない、仮面ライダーレギオンが描かれたもの。

 それを見た途端に、より大粒となった涙が輝く宝石の如く流れていく。

 もう堪え切れない、と思った時には濁った声を喉から吐いていた。

 人目も憚らず、顔をぐちゃぐちゃにして咽び泣く大地。

 

「大地くん……」

 

 そんな彼の背後で、瑠美は初めて見る彼の姿に少なからずショックを受けていた。

 傍にいると言っておきながら、彼の苦しみの一欠片でさえ理解してやれない自分はなんと無力なことか。

 瑠美はぐっと唇を噛み締めて、せめてその手を離さないように握る力を強めた。

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ナイトの記録は完了し、大地と瑠美も帰宅した。

 これにて「ナイトの世界」での旅は終わり、また次の世界での戦いが始まる。

 

「これで七人目。

 順調だ……大地、君を選んだのはやはり正解だった。

 しかもネガ電王に続いてベルデまで記録してくれるとは流石に予想外だったよ」

 

 住人達が寝静まった光写真館のリビングで、明かりもつけずにそう独りごちる影──ガイド。

 影と表現したのは、この暗闇ではそう見る他にないため。故に今の彼がどんな表情をしているのか、伺い知ることもできない。

 そんな視界の効かない真っ暗闇の空間であるにも関わらず、彼の目は背景ロールをしっかりと見据えていた。

 

 そこに描かれているのは異界の植物で生い茂った森と、黄色いアーマー。

 

騎士(ナイト)から騎士(バロン)へ。

 我ながら粋な計らいじゃないか。

 健気に準備して待ってる輩もいることだしな」

 

 ガイドの言及した輩とやらがどのような人物を指すのか、問い質す者はいない。

 ただその声は期待に満ち溢れた弾みを微かに含んでおり、彼の心境をそれとなく示している。

 

 しかし、影が天井──上の階を見上げた瞬間に纏っていた陽気な雰囲気は雲散した。

 そこに位置するのは大地の部屋であり、泣き疲れて眠る彼をまるで透視しているかのように影は語り出す。

 

「もうだいぶ参ってるみたいだが……まだまだリタイアされちゃ困るんだよなぁ。

 ライダーバトルの洗礼はちとキツかったんだろうけど、こんなモノはまだまだ序の口なんだから。

 けどまあ、これで潰れるようならまた次を探せばいい。

 だから精々頑張ってくれよ?

 君ならもしかすれば────()()()()()()にだってなれるかもしれない」

 

 そう言ってガイドが取り出したのは、丁度ダークディケイドライバーと同じほどのサイズをした端末。

 これまたダークディケイドと同じカラーリングのアイテムは影と混ざり、そして消えた。

 

 

 

 *

 

 

 

 

 この世界の戦いの果てに誰が勝ち残り、誰が願いを叶えるのか。

 それは未だに先の見えない出来事であり、誰も与り知らぬ未来の話である。

 

 だがしかし、ここではないどこかの時間。ライダーもモンスターもいない世界。

 

 ぶっきらぼうで、なおかつ無愛想な黒コートの男がいた。

 人が良さそうで、しかし誰もが馬鹿と認める水色ジャンパーの男がいた。

 とある喫茶店の店先にて、互いを凝視しながらいがみ合う両者。

 店から出た黒コートと店に入ろうとする水色ジャンパーで、互いの道を塞ぎあってしまっている。

 

「……どけ」

 

「どけって……あんたこそ!」

 

 一歩も譲らぬ両者。

 溜息を吐いて、道を避けて進もうとするも、何故か二人の足は被ってしまう。

 やや乱暴に退かされた水色ジャンパーの男は、相手への既視感を拭いきれないままに店内へ入って行く。

 

 ────あいつ……どこかで会ったような? 

 

 だが、そんな疑問は口に出される機会を得ないまま彼の中で忘れ去られていくことだろう。

 黒コートの男も特に何も言わず、バイクに跨って発進させようとするが────。

 

「あそこのハンバーグ、美味しかったね!」

 

「ああ。また行こう。今度はオムライスも付けて」

 

「でもそんなに食べ切れるかなぁ」

 

「お父さんと昴で半分ずつ食べればいいさ」

 

「うん!」

 

 仲睦まじい親子が彼の前を通り過ぎた。

 満天の笑顔を咲かせる息子の手は、微笑を浮かべている父としっかり繋がれている。

 そんなごくごく普通の光景に目を細めた男は今度こそバイクで走り去った。

 

 

 





ハードモード突入……かもしれない。

質問、感想、評価はいつでもお待ちしております。
Twitterの感想呟きもよろしく!(乞食)


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バロン編 問い続ける「戦う理由」
衝撃! フルーツで変身!?


衝撃ちゃ衝撃





 

「ふぁ〜……おはよぉ〜」

 

 二階から降りてきた龍我の盛大な欠伸がリビングに響いた。

 先に起きて、朝食の準備をしていたガイドと瑠美がその間延びした挨拶に呆れつつも返事をした。

 

「おはようさん。しっかしまた随分と寝坊助だねぇ」

 

「おはようございます。紅茶で良かったですか?」

 

「仕方ねえだろ、昨日あんだけ戦ったんだからクタクタだったんだよ。

 ……あ、俺は朝プロテイン飲むからいいわ」

 

 やはり何と言っても、朝はプロテインに限る。

 大きめのグラスに入れた液体をゴキュゴキュと豪快に飲み干した龍我は、そこでようやく大地の姿が無いことに気付いた。

 時計の針は朝の十時を回った頃。

 自分もそうだが、彼の方がよっぽど寝坊助ではないか。

 

「大地の奴はまだ寝てんのか?

 しゃーねえ、俺が起こしてきてやるよ」

 

「だ、駄目ですよ!

 大地くんは酷い怪我なんです! 絶対安静にしてなきゃ!」

 

 大地の部屋に向かおうとする龍我を、血相を変えた瑠美が引き留める。

 昨夜大地が帰った頃には既に爆睡しており、彼が消えた騒動も龍我は知らなかったのだ。

 そんなに酷い状態なのか、と納得していると、誰かが階段を降りる音がした。

 

「お、おお。悪い……ってあれ?」

 

「……」

 

 大地だ。

 確かに具合は悪そうで青い顔をしているが、言われていたほどの酷い傷があるようにはとても見えない。

 それだけなら瑠美が大袈裟だったのだろう、で済む話なのだが。

 

「……ぉはようごさいます」

 

(暗っ!)

 

 そう、暗い。

 背景に「どよ〜ん」という文字が透けて見えるレベルで暗い。

 知り合いのマスターが入れたクソマズコーヒーより暗い。

 ムカつく敵(スターク)に煽られて落ち込んでる戦兎より暗い。

 

 かける言葉が見つからない龍我、瑠美を尻目に食卓に着く大地。

 つやつやの白米にアサリの味噌汁、漬物、納豆、だし巻き玉子、半身の焼き魚────鼻腔をくすぐる皿の数々を前にして、大地はポツリと呟いた。

 

「……ごちそうさまでした」

 

(一口も食ってねえじゃねえか!)

 

 虚ろな目で腰を上げようとした大地であったが、その肩はガイドが押さえた。

 そして彼の前に置かれた、湯気が香り立つ茶碗。

 その中身はきのこと野菜がふんだんに使われた雑炊であった。

 

「食欲が湧かない時だってあるだろうさ。

 あんまり辛いことがあると、飯が喉を通らなくなるなんてこともある。

 それでも、これぐらいだったら食えるだろう?」

 

「でも……僕は……」

 

「しのごの言わずに食べな。

 うちで暮らして、働くなら俺の飯はしっかり食う。これは大前提だ。

 どんな人間にだって、飯を食う権利はあるんだぞ」

 

「……いただきます」

 

 初めは恐る恐る、やがて掻き込むように雑炊を食べる大地。

 それを合図にして、光写真館の遅めの朝食が始まった。

 

「にしても、ガイドの作る飯はほんと美味いな。

 うちのマスターも見習って欲しいくらいだぜ」

 

「人間何をするにしても、エネルギーがなきゃ話にならん。

 いざという時に力を出す為にも、毎日の食事は欠かしちゃいけないんだよ。

 ────あ、そっちの味噌汁は瑠美ちゃんの自信作ね」

 

「大地くんは鉄分が足りてなさそうなので、アサリがいいんじゃないかと思って……」

 

 一心不乱に食べる大地が話に加わる様子は見せない。

 鉄分がどうのこうのと言われても、さっぱりな龍我には「酷い怪我なんてどこにもねえじゃん」という感想しか無かったが。

 たっぷりの大根おろしが乗っただし巻き玉子をひょい、と口に放り込んで予想通りの美味に顔を綻ばせるものの、一方で思い出さずにはいられない記憶があった。

 

 途端に顔を曇らせた龍我が不思議に見えたのか、瑠美が声をかけてくる。

 

「あれ、喉に詰まっちゃいました?」

 

「……前に話したアイツ──戦兎も玉子が好きでよ。つい思い出しちまった。

 アイツが好きなのはもっと甘ったるい味なんだけど」

 

「心配ですよね、仲のいい友達と離れ離れになっちゃって」

 

「いや、心配なんて────まあ心配だな、アイツは変身できねえから。

 それに俺とアイツは友達じゃなくて……なんて言えばいいんだ、こういうの」

 

「相棒、だろ?」

 

 ガイドの言葉に同意をしそうになったが、途端に気恥ずかしさを覚えた龍我は空の茶碗を差し出して「おかわり!」と誤魔化した。

 これ以上この話題を続けるのもなんとなくむず痒い気がして、別の話題を振ってみる。

 

「そんでよ、結局別の世界で俺たちは何をすりゃいいんだ? 

 前のとこは全然わかんねえまま終わっちまって、城戸さんに挨拶もできなかったけど。

 とりあえず仮面ライダーはいるんだよな?」

 

「はい。それぞれの世界にいる特定のライダーを記録することが条件みたいです。

 具体的にこうする! っていうのは私もまだわからないんですけど……ひとまずその世界のライダーを探してみることからいつも始めてますよ。

 確か残ってるライダーは……っと」

 

 ごそごそ、と瑠美が引っ張り出したメモ帳。

 開いたページには、ライダーの名前らしきカタカナが羅列してあり、その内のいくつかは二重線が引かれている。

 この時もまた「ナイト」に新たな二重線が引かれた。

 

「えーと……あ、ありました。

 カイザ、カリス、ガタック、アクセル、バース、メテオ、バロン、スペクター、ブレイブ、クローズ。

 あと10人ですね」

 

「ほーん……ん? 俺もか?」

 

 龍我と瑠美の視線が一斉にガイドに向く。

 

「そうなるねえ。大地がクローズを記録してくれるならオッケーだから」

 

「マジか! じゃあ一つぶん減って、あと9人じゃん!」

 

「いや、自分の世界に帰るんなら結局変わらないと思うぞ」

 

「……あ、そっか」

 

(あくまで龍我視点で)話がややこしくなってきた。

 元々考えることを得意としない龍我はそれ以上の思考をスパッと打ち切って朝食の残りを搔っ食らうことに集中する。

 まあとりあえずはライダーを探して、敵をぶっ倒せばいいんだろう。

 

「おかわり!」

 

「よく食うな、君は」

 

 最初のどんよりした空気はどこへやら、食卓は次第に普段の和気藹々とした雰囲気を取り戻していく。

 そんな空気の中で食事をする内に、大地もまた少しずつ笑顔を見せていった。

 

 ────少なくとも表面上は。

 

 

 

 *

 

 

 

 朝食を終えて、身支度を整えてから出発する面々。

 まだ見ぬ世界への第一歩を妙にワクワクした面持ちで待つ龍我を横目で見て、大地は何と言うべきか迷ってしまった。

 自分の経験則では、多少の違いこそあれど街並みや風景なんてものはどこも大体一緒なのだ。

 しかも初日は聞き込み調査から始まるのだから、龍我の想像よりはかなり地味な第一歩となるのは間違いない。

 

「よっしゃ、行くぞぉ!」

 

「はい!」

 

 勇ましく出発した龍我と瑠美から一歩遅れて、大地もまた新たな世界の地を踏む。

 

 そこにはいつもと代わり映えしない風景が────。

 

 

「────あれ?」

 

 広がっていなかった。

 

 

 どこを見渡せども、瓦礫、瓦礫、瓦礫。

 局地的に小さく燃える炎や立ち込める黒煙、生暖かい風も加わった風景はまさしく焦土と呼ぶ他ない。

 少なくとも視界の及ぶ範囲には動いているものは何一つなく、人間はおろか動植物でさえ存在していない寂しい世界。

 ありとあらゆる建造物が廃墟と化している中で、たった一つ五体満足で済んでいる光写真館は異質この上ない。

 

 まるで隕石でも衝突したかのような有様に誰もが絶句して、暫しの間佇むことを余儀なくされた。

 

「なんか……異世界って思ってたよりも殺風景なんだな」

 

「いえ、こんな世界は僕達も始めてです」

 

 こうして立ち尽くしていても何も始まらない。

 足元に注意を払いながら、大地達は瓦礫の中を進み始めた。

 全員が動きやすい服装であったことも幸いしてか、なるべく道が拓けている場所を選べばそこまで危険な道のりでは無い。

 

 そうして歩き続けること数十分。早速いくつかのことが判明した。

 

 まず、ここは中々の発展を遂げた都市であったこと。

 あちこちに転がっている割れたガラスや、衣服の切れ端のような人の営みがあった証拠が良い証拠だ。

 瓦礫の中に沈んでいる残骸や、黒ずんだ看板などからもそれが窺える。

 また、それらの残骸からここが「沢芽市」という街だということも分かった。

 

 次に、恐らくこの街のほぼ全域がこのような状態になっていること。

 地平線の彼方にある建物も同じく廃墟化しており、向かったとしても見える風景は変わらないだろう。

 それに全てを見て回ったわけでないものの、こんなに進んでも生きている人間とは一人も会えていない。

 ここで“生きている”、と表現したのは────人と同じ大きさの炭化した影ならばいくつか発見することができた故。

 

 そのあまりにショッキングな光景に、青い顔をした瑠美のためにも一旦休息が必要だった。

 

 

 男手二人に加えレイキバット、バイオグリーザなども総動員して瓦礫を撤去し、座り込めるスペースを確保する。

 ズボンの汚れはこの際仕方あるまい。

 持参した水筒で喉を清めながら、とある方向に集中する一向の視線。

 

「やっぱ怪しいのはアレだよな……」

 

 龍我の呟きには誰もが同意せざるを得ない。

 彼が指した“アレ”とは、すなわち巨大広葉樹のような超高層タワー。

 その上部にある巨大リングもそうだが、あそこまで高い建物は大地も見た事がない。

 ざっと調べてみたところ、街の中心部に座するあの特徴的な建造物だけが一切の損傷も無しに建っている。

 明らかに不自然なあのタワーを、この惨状と無関係と断じることなどできようものか。

 

「このまま徘徊していても埒があかないですし、行くしかないでしょうね。

 でもただでさえこんな惨状なんだから、あのタワーに向かうのも危険かもしれません。

 せめて瑠美さんを写真館に帰してからの方が」

 

「私なら大丈夫です。

 それにここから戻るのも時間がかかります。

 ご迷惑はかけられませんから」

 

 瑠美が同行の意思を曲げる様子はない。

 彼女の言うことにも一理あるが、それでも危険が予測される場所に自衛手段を持たない瑠美を連れて行くのはどうにも気が引ける。

 それにどうしても想像してしまうのだ。最悪の可能性を。

 

 ──もしも、瑠美も守れなかったら。

 

「なんだ、今日の大地はいつにも増して弱腰じゃねえか。

 心配しなくとも、瑠美なら俺が直々に守ってやるよ」

 

「ほら、レイキバさんもこう言ってることですし。ね?」

 

「……はい」

 

 その場は流されて、渋々頷く大地。

 今朝の沈鬱な顔を取り戻した大地を不安そうに見つめる瑠美に気付く余裕は無かった。

 

 そろそろ出発するか、という頃になって龍我の懐からヘンテコな物体が顔を覗かせていることに瑠美が気付いた。

 青紫の植物のようだが、そんな植物は瑠美の知識に存在していない。

 彼女が疑問の声を上げるのは当然であろう。

 

「これか? これはさっき拾ったんだよ。なんか美味そうだったからさ。

 あ〜、丁度腹も減ってきたし、食ってみるかぁ」

 

「あんなに食べてたのにもう……?」

 

 言われて大地も見てみれば、なるほど確かに美味しそうに見えてくる。

 どうやらそこら辺で生っていた木の実らしいその果実の皮を龍我が剥くと、顔を出したのは透明感のある瑞々しい果実。見ているだけにも関わらず、いよいよ食欲が刺激されてきた。

 ゴクリ、と生唾を飲み込む大地の目前で、その果実は龍我の大口に放り込まれ────

 

 横から発射されたレイキバットの氷柱に撃ち抜かれた。

 

「ああっ!? てめえ何すんだよ!」

 

「正体不明の動植物を食う奴があるか。

 俺のデータにも無い植物なんざそうある物じゃないぞ。

 毒入りだったらどうするんだ」

 

「はぁ? いちいち大袈裟なんだよ……あー、これじゃあもう食えねえし。勿体ねー」

 

 ぐちゃぐちゃになって放り捨てられた果実。

 やはり美味しそうだとは思うが、レイキバットの言い分は尤もである。

 ぶつくさ言いながら先頭を歩き始めた龍我。

 大地は瑠美の背後について、有事の際にはいつでも守れる隊列を組む。

 

 そしてタワーを目指す大地達の目が何か動く物体を捉えた。

 

「あれって……ひ、人です! 生きてる人間ですよ!」

 

 見間違いなどではない。あれはちゃんと生きてる若い男性だ。

 服装こそ多少汚れてはいるものの、怪我を負っている様子もない。

 しかしあたふたと慌てながら走っている姿を見ると、どうやら何かから逃げているらしい。

 

「おい、アイツの後ろから変なのが追っかけてくるぞ」

 

 龍我の言う「変なの」とは、まさしくあの人を追いかけている二体の灰色の怪物のことで違いない。

 ずんぐりむっくりとした体型とヨタヨタした走りは不思議な愛嬌があるが、あの大きい爪なら人の皮膚など薄紙のように裂いてしまえるだろう。

 

「万丈さん!」

 

「おう!」

 

 怪物の脅威を確認するや否や、走り出した大地と龍我。

 落ちているガラス片にデッキを翳しながら、逃げ惑っている青年を守るように躍り出る。

 

「「変身!」」

 

 Wake up burning! Get CROSS-Z DRAGON! Yeah! 

 

 大地はベルデに、龍我はクローズに変身。それぞれ一体ずつ担当する形で怪物に向け駆け出した。

 背後で目を丸くしている青年の保護には瑠美とレイキバットが向かう。

 

「大丈夫ですか!?」

 

「まさか……アーマードライダー?」

 

「あーまー……え? あなた今、ライダーって……」

 

 青年の発した単語に、今度は瑠美が目を丸くしているが、今まさに始まろうとしている戦闘には関係のないことである。

 

 ベルデ達を敵対者と認識した灰色の怪物が突進してくるが、やはりその速度は先ほどの通り鈍重そのもの。

 回避だろうがカウンターだろうが思いのままにできる。

 

 HOLD VENT

 

「セイッ!」

 

 ベルデは未だに使い慣れない武器の練習も兼ねて、召喚したバイオワインダーを放つ。

 その回転を怪物にぶつけ、手元に手繰り寄せる。これを数度繰り返すと、目の前の怪物がさほど強くない……むしろ自分の知る中では弱い部類であることを察した。

 

 これなら苦戦する事もないか、と思ったところで。

 

 ドラゴニックフィニッシュ! 

 

「これで終わりだぁぁぁッッ!!」

 

 横から吹っ飛んできた、青く炎上した物体。

 あの炎上している物体の正体は、どうやら横でガッツポーズしているクローズに葬られた怪物らしい。

 

 こっちも早めに決めてしまおう。

 そう思いカードを抜いたベルデであったが、そこで怪物の外見に妙な部分があることに気付いた。

 

(……なんで服を着てるんだ?)

 

 先ほどは模様の一種かと思っていたが、よく見れば怪物は人間が着る衣服の切れ端を身につけている。

 何か不思議な習性でもあるのかもしれないが、今は詮索する時ではない。

 

 FINAL VENT

 

 出現したバイオグリーザの長い舌がベルデの足に絡みつき、空中ブランコのような体勢で怪物を掴む。

 空中で回転したベルデは掴んだ怪物を地面に直撃させることで、その脳天を破壊した。

 ベルデの必殺技、デスバニッシュによってこの怪物もまた爆発四散したのだった。

 

 この鮮やかなまでの瞬殺劇。

 これにはいざとなれば加勢するつもりでいたレイキバットも些か拍子抜けしてしまったようだ。

 

「なんだぁ? 奴さん、てんで弱いじゃねえか」

 

「あいつらは低級のインベス。

 もっと手強い上級のインベスだったらヤバかったかもしれない……。

 それにしてもアンタ達、見たことないけどアーマードライダーってことでいいんだよな? ────って、うぇっ!? 蝙蝠が喋ってるぅ!?」

 

「そういう反応はもう見飽きた……」

 

 

 

 *

 

 

 

 戦闘を無事終えたことで、話を聞く余裕ができた。

 変身を解除した大地と龍我も交え、簡単な自己紹介を行う。

 混乱させてしまうかもしれないので、自分達が別の世界から来たという情報は敢えて黙っているが。

 

「さっきは助かったよ。俺は葛葉絋汰。

 ……なあ、もしかしてアンタ達は沢芽市の外から来たアーマードライダーなのか?」

 

 アーマードライダー、という名前は恐らくこの世界で言う仮面ライダーのことなのだろう。

 そう解釈した大地は絋汰の質問に答える。

 

「うーん……外って言えば外、なのかな。

 でもどうしてそう思ったんですか?」

 

「俺、チーム鎧武っていうダンスチームに所属してたからさ。

 その関係でアーマードライダーにはちょっと詳しいんだ。でも、アンタ達の変身したライダーは配信でも見た事がなかったから、もしかしてと思ったんだけど……」

 

 ダンスチームとライダーに何の関係があるかは依然不明のままだが、尋ねるべきことは他にも山ほどある。

 この街の惨状、あの怪物の正体などなど。

 さてどれから聞くべきかと考えたところ、絋汰の方が先に口を開いた。

 

「一応聞いておきたい。

 ここに来るまでの俺の姉ちゃんを見かけなかったか? 

 えっと、髪はこれぐらいで、歳は俺とそんなに変わらなくて……後はそうだな、確かピンク色のパーカーを着てたと思う」

 

「いえ……僕たちもここに来てから初めて会ったのが葛葉さんなので。

 あ、でもお姉さんを探すんだったら僕達も手伝いますよ。

 さっきみたいな怪物……インベスでしたっけ? あんなのがまた出たら危険ですから」

 

「ほんとか!? なんて礼を言ったらいいか……

 せめてロックシードがありゃあ、インベスにも対抗できるのになぁ」

 

 ロックシード。

 この単語には大地は聞き覚えに近い感覚がある。

 確か龍弦と斬月にカメンライドした時、記憶として流れてきた変身アイテムの名前だったか。

 フルーツを模したアイテムという物珍しさから、大地もよく覚えていた。

 それにあのドウマが変身したセイヴァーも同じ規格のアイテムを使っていた筈。

 

 このように知識を持つ大地はともかく、龍我と瑠美にはなんのことやらさっぱりである。

 

「そのロックシードっていうのはなんなんですか?」

 

「え、あんたらアーマードライダーなのにロックシード持ってないのか? 

 ……まあいいか。ロックシードっていうのは────」

 

 

 

「こういうモンだよ!」

 

 突如として響く叫び声に、振り返る大地達。

 やって来たのは、ボロボロの格好をした三人組の男達。

 声の主と思わしき一人が持っているマンゴーを模した錠前こそ、件のロックシードなのだろう。

 しかも彼等の腹部には黒いベルトが巻いてあり、この後の展開をそれとなく予感させる。

 

「お前ら、シェルター組だろ!

 隠しても無駄だぜ? その綺麗な身なりで一目瞭然だからな!」

 

 言われてみて初めて気付いたが、確かに絋汰と男達では服装の汚れ具合にだいぶ差異がある。

 そこそこの汚れのみな絋汰と、あちこちに穴が空いて傷だらけの男達。

 だがシェルター組とはなんだろう、と顔を見合わせる大地達であったが、察しがついた者はいない。

 しかし、シェルター組と呼ばれた絋汰だけは顔を青ざめており、詰め寄ってくる男達から辛そうに顔を背けた。

 

「ユグドラシルの安全なシェルターでぬくぬくと平和な毎日を過ごすのはさぞ気持ちが良いことだろうよぉ。

 何せインベスに襲われる危険も、食糧不足の心配もしなくて済むんだからなぁ!」

 

 男は額に青筋を浮かばせながら絋汰の胸倉を掴む。

 彼の放つ怒気は相当なもので、止めに入ろうとした大地と龍我も思わず躊躇ってしまうほど。

 その怒気を最も間近で当てられている絋汰は今にも泣き出しそうになりがら、絞り出すように声を発した。

 

「……アンタ達が怒る気持ちはよくわかるし、俺だってこんなことおかしいって思ってる。

 俺を痛めつけて気が済むんなら、いくらでもそうしてくれて構わない。

 けど、一つだけ頼みがある。

 もし知ってるんなら……俺の姉ちゃん──葛葉晶の居場所を教えてくれ! 頼む!」

 

 縋り付いて懇願する絋汰に驚き、少しだけ毒気を抜かれた男。

 だが、怒り一色だった顔に新たに加わったのは果てしなく意地の悪そうな笑み。

 男の醸し出す湿った雰囲気に大地は嫌悪感が湧いた。

 

「そうさなぁ……そこまで言うんだったら教えてやらんこともねえな」

 

 男の返答に絋汰の表情がパッと輝く。

 しかし、次の瞬間には振り抜かれた男の拳が絋汰を吹っ飛ばしていた。

 呆気に取られている大地達を嘲笑うかの如く、男はロックシードを構えた。

 見れば、他の男達もマツボックリの錠前を手にしている。

 

「ただし教えるのはお前らが死んだ後だがな!」

 

 マンゴー! マツボックリ! 

 

 ロックオン! 

 

 彼らのロックシードが開錠すると、それぞれの頭上に空間の裂け目が生じる。

 チャックのように開いた裂け目から出現する果実型の物体。

 ロックシードが腰部のベルトにセットされることで、彼らの出陣を知らせるように法螺貝の音が軽快に鳴り響く。

 

「「「変身」」」

 

 ソイヤッ! マンゴーアームズ! Fight of Hammer! 

 

 ソイヤッ! マツボックリアームズ! 一撃インザシャドウ! 

 

 彼らの頭に落ちた果実が開いたかと思えば、その身は堅牢な鎧が包んでいた。

 男達が変身した、足軽を連想させる黒いライダー。その名を黒影という。

 

 この世界に準えて言えば────アーマードライダー黒影。

 

「さあ、こいつらに俺達の苦しみを味あわせてやれ!」

 

 マンゴーを象ったハンマー、マンゴーパニッシャーを担いだ黒影を皮切りに襲いかかってくる三人のライダー。

 その狙いが絋汰であることは勿論、傍観者になりかけていた大地達も含まれていた。

 

 今更の話になるが、ライダーが繰り出す攻撃を生身で食らえばただでは済まない。

 それがわかっていながら、黒影達は容赦なく槍やハンマーを突き出してくるのだ。

 

「おわっ!? この忍者野郎、いきなり何すんだよ!」

 

「やめてくれ! 俺はともかく、この人達は何の関係もないんだ!」

 

 槍──影松の鋭い突きを辛うじて回避しながら、カウンターの拳を叩き込む龍我。

 最初の威勢こそ良かったが、襲ってくる黒影の練度は大したものではないらしい。

 それなりの場数を踏んでいることもあって、龍我なら変身せずともなんとかなるだろう。

 連中を必死に説得しようとしている絋汰も意外に運動神経が良いのか、ハンマーの鈍い振りはなんとか躱せている。

 

 だが、瑠美ではこうはいかない。

 

「やめろぉぉ!」

 

 大地は瑠美に迫った影松の穂先を蹴り上げ、槍の持ち主にハイキックをぶち込む。

 重厚な音を立てて転がる黒影を見据え、取り出したメイジドライバー。

 彼らにも複雑な事情があることはわかるが、それで瑠美を襲っていい理由にはならない。

 

(こんな人たちに瑠美さんを殺させるもんか……!)

 

 チェンジ! ナウ

 

 スクラッチネイルの裏拳が瑠美を襲った黒影をさらに吹っ飛ばした。

 メイジとなった大地は間髪入れることなく、リングを指に通す。

 

 フレキシブル! ナウ

 

 龍我と絋汰に襲いかかっている二人に伸びるメイジの腕。

 絡めとられた二人の黒影を、先に吹っ飛ばした一人の方へ纏めて投げ飛ばす。

 これで頭を冷やしてくれればいいのだが、彼らの低い雄叫びを聞く限りでは望み薄か。

 むしろ今の攻撃で頭に血が昇ってしまったようで、その怨嗟は収まるところを知らない。

 

「てめぇぇ〜……! ドライバー持ちかよ! さてはユグドラシルのライダーか!」

 

「ユグドラシル……?」

 

 またしても知らない単語が飛び出してきた。

 しかし今度は考える余裕も無い。

 黒影達がぶつけてくる、怨霊の如く燃え上がる負の感情に対してメイジには既視感と怖気が走ったのだ。

 

 忘れたくても忘れられない感覚。これでは前回のライダーバトルとなんら変わらないではないか。

 どうして自分はこの世界でも同じライダーと、しかも人間同士で戦っているのだ? 

 

 トラウマとも呼べる真新しい記憶が呼び起こされれば、もうメイジは戦えない。

 言葉と動きを失ったメイジなど、黒影からすれば格好の獲物に違いない。

 

「大地、何ぼさっとしてんだ!」

 

 龍我の声でようやく我に帰るも、今のメイジは愚鈍としか言えない。

 目の前の相手はもう既に必殺技の準備を終えていたのだ。

 

「死ねぇ!」

 

 マンゴースパーキング! 

 

 爆発的に増大したエネルギーにより、凄まじい推進力を与えられたマンゴーパニッシャーがミサイルのように放たれる。

 咄嗟に腕を交差させた程度の防御では威力の減衰だって叶わない。

 戦意が衰えた刹那を狙われた所為も合わさって、吹っ飛ばされたメイジの変身は解けてしまっていた。

 

「うぐぁ……!」

 

 倒れた背中に尖った破片が食い込み、その鋭い痛みから悲鳴が漏れる。

 そんな痛々しい叫びに擽られて、膨れ上がる黒影達の加虐心を肌で感じながら、自身の中に潜んでいた声が首をもたげてきたことを自覚する大地。

 

 ────こんな連中、倒してしまえばいいじゃないか。

 

(駄目だ……相手は人間なんだから……!)

 

 ────そうやって逃げた結果がどうなったか。忘れてはいないだろう? 

 

(……!)

 

「……なんだぁ? その目は」

 

 大地を正面から見据えていた黒影がそんなことを言った。

 彼の声に微かな怯えがあったことは、恐らく本人でさえも気付いていない。

 

 無意識にダークディケイドライバーを握る大地。

 仕方ねえ、とぼやきながら前に出る龍我。

 さらにその前に出て、土下座までしようとする絋汰。

 

 だが、それで止まる黒影達でもあるまい。戦闘はこのまま泥沼化することも予測されたが────。

 

「絋汰さん、伏せて!」

 

 響いた声は若い青年のようだった。

 頭上を通過していく幾多もの弾丸に驚くのも束の間、視界に飛び込んできた紫と緑の背中に大地は目を見開く。

 轟く紫龍の息吹に撃ち抜かれた黒影から絋汰を守るように立ちはだかったそのライダーを、大地はよく知っていた。

 

「仮面ライダー龍玄……!」

 

「ミッチ!」

 

「何してくれてんだテメェェェ!」

 

 装甲から煙を上げながら、叫ぶ黒影。

 先の銃撃は牽制程度の威力しか無かった故か、火に油を注いでしまった龍玄はしかし一切怯む様子も見せずに、ブドウ龍砲による射撃を続ける。

 マツボックリの方はそれで十分牽制になったのだが、マンゴーのより強固な装甲には大したダメージは通っていないのか、雄叫びと共に突貫してくる足を止められない。

 

 ブドウ龍砲がさして効果が無いと知るや、龍玄はすぐさま自身のブドウロックシードを解除する。

 代わりに開錠したロックシードからは、「パイン」と音声が鳴った。

 

 ハイィーッ! パインアームズ! 粉砕デストロイ! 

 

 ブドウからパインの鎧へ換装した龍玄。

 アームズチェンジに伴って、パインアイアンという鎖鉄球の武装を備え、マンゴーアームズを迎え撃つ。

 互いに同程度のパワーであるなら、勝敗を分けるのは使い手の技量。

 一直線にハンマーを振り下ろすだけの芸がない黒影に対し、多角的に攻める龍玄の鉄球。

 こうして見ればわかるが、自分たちと比較しても遜色ないレベルで龍玄の経験値は高い。

 

 その予想に違わず、数度の衝突の後、パインアイアンの描いた弧の激龍が黒影に炸裂した。

 

「がぁぁっ!」

 

 強烈な一撃を叩き込まれたことで、保てなくなった黒影の変身。

 中身の男は憎悪と苦痛で彩られた顔を龍玄に向けるものの、足元に鉄球を叩きつけられた途端に恐怖一色に染まった。

 

「わざわざ言わなくてもわかるよね? 

 さあ、もう行って」

 

 這々の体で逃げ出して行く背中を見送ってから、龍玄も変身を解く。

 声からして若い男という印象を受けていたが、果たしてそのイメージ通りの青年が変身者であった。

 輪郭の整った女性的な顔つきは、絋汰を認めた瞬間に柔らかな笑みを咲かせた。

 絋汰はその対照的で、喜びとは掛け離れた態度であったが。

 

(悪戯がバレた子供みたいだ……)

 

「絋汰さん! 良かった、無事だったんですね。

 駄目じゃないですか。勝手に抜け出しちゃ」

 

「あ、ああ……悪いなミッチ、心配かけて」

 

 それで、と言葉を紡いだ青年の視線が大地、龍我、瑠美の順で一巡りする。

 

「あなた達は一体……?」

 

 その目が一瞬鋭くなったのは気の所為だろうか。

 

 

 

 *

 

 

 

 同時刻、異界の森にて。

 

 彼は複数の異形の怪人達と対峙していた。

 

 手始めに、目も眩む閃光を走らせる。

 

「グォォォッ!?」

 

 白い猛牛のような怪人が爆発四散した。

 

「グリンシャ!?」

 

 仲間の死に驚く孔雀に似た緑の怪人。

 ほどなくして、何らかの存在が繰り出した鋭い尻尾によってその顔面に風穴を開けられた。

 仲間の変わり果てた姿に怯えた緑の亀に似た怪人も、猛スピードで迫る火の玉に周囲の草木ごと焼き払われる。

 

 瞬く間に仲間を失い、己の不利を悟った赤い怪人。

 尚も抗おうという意志は見せるものの、彼の本能が告げているのだ。

 目の前の存在には決して勝てないと。

 

「ッ!」

 

 マントを翻して逃げる赤の怪人を追おうとした影であったが、その道を遮る刃。

 しかし、その赤黒い刃の主が敵ではないと理解しているが故に、赤い怪人だけは逃げ果せることができた。

 

「深追いは無用だ。テストならこれで十分だろう?」

 

 赤黒い鎧武者の如き戦士の名はセイヴァー。

 この世界の仮面ライダーと同じシステムを使いながら、その実別の世界からやって来たというややこしい存在。

 だが、ややこしさという点なら自分の方が遥かに勝っているだろうとも思う。

 

 複数の存在が混ざり合った自分の身体。以前の古いボディは想像も及ばないパワーが漲っている事実に、自然と声が弾んだ。

 

「そうだね! おじちゃん!」

 

 幼い口調に釣り合わぬ金属質の物騒なボディを揺らしながら、笑い続ける彼。

 不気味以外の何物でもないその存在に満足したようなセイヴァーの笑いが重なり、酷く耳障りな不協和音が焦土と化した森の奥で奏でられた。

 

 

 

 




最後の怪人は誰だクイズ!


評価、感想、質問はいつでもお待ちしております。


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崩壊した沢芽


バロンの世界。
葛葉絋汰が鎧武にならず、呉島光実の龍玄がアーマードライダー第一号となった世界。




 

 吐き気を催すほどの退屈。

 

 それが呉島光実にとっての当たり前な日常だった。

 市内でも有数の権力者「呉島家」の次男。その名に恥じぬよう、幼い頃からあらゆる勉強をさせられてきた。

 同年代の子供達は楽しそうに遊んでいるのに、何故自分は。何度そう思ったことだろうか。

 受験競争だけを念頭に置いた高校生活には学友と呼べる間柄の知人などできるはずもない。

 街を牛耳る大企業「ユグドラシル・コーポレーション」の主任であり、光実の兄でもある貴虎が向けてくる過度な期待と、光実個人を全く見ていない的外れな助言も日々溜め込まれるストレスの一因だ。

 

 だが、そんな光実にも心のオアシスと呼べるような時間はあった。

 

 ダンスがちょっとしたブームになっていた沢芽市では多くの若者によってダンスチームが乱立された。

 光実が所属している「チーム鎧武」もそのうちの一つである。

 

 そこで踊っている間だけは自分が自分でいられた。

 青春を謳歌する、なんて自分には到底不可能だと思われた時間を過ごすことができた。

 縛られた優等生と自由な若者、二足の草鞋を履くそんな生活に唐突にも転機が訪れることとなる。

 

 ────面白いモノを手に入れたから見せてやる。四時に倉庫街で会おう。

 

 リーダーの角井裕也から送られてきたメール。添付されていたのは、黒いバックルとブドウのロックシード。

 元チームメンバー兼良き兄貴分である絋汰や、副リーダーの高司舞にも同様の文面が送られていたらしく、集まった三人で裕也を待つ中で事件は起こった。

 

 迷い込んだ異界の森。

 行方不明となった裕也。

 そして白虎のようなインベスの襲来。

 

 大切な人を守る為、光実は“変身”した。

 

 それこそがアーマードライダー龍玄の記念すべき初陣であり、運命を選んだ日でもあり。

 

 ────忌むべき記憶ともなった。

 

 

 *

 

 

「ミッチ、この人達は俺を助けてくれたんだ。

 沢芽の外から来たアーマードライダーらしくて……」

 

「沢芽の外から……? 

 ……なるほど、わかりました。なら僕にとっても、あなた達は恩人ですね」

 

 仮面ライダー龍玄、呉島光実。渾名はミッチ……らしい。

 服装こそ青と白のダボついたパーカーだが、その仕草一つ一つは彼の育ちの良さを実感させる。

 聞けば、友人である絋汰がシェルターを密かに抜け出してきたことに気付き、一人で追いかけてきたのだという。

 積もる話は山ほどあったが、ひとまず落ち着ける場所に移動しようという光実の提案には誰もが頷いた。

 

 

「ここが第三居住区。ユグドラシル・コーポレーションが管理する避難施設です。

 約二百名ほどの市民がここで暮らしています」

 

 光実の案内で、地下シェルターなる場所にやってきた大地たち。

 だだっ広い空間の中、数多くの人々が思い思いの生活を送っており、

「YGGDRASILL」というロゴのゼッケンを着たスタッフらしき者もちらほら見受けられる。

 ぱっと見た感じでは食糧難などに陥っている様子もなく、貯蓄は十分にあるらしい。

 その様相は避難施設とは名ばかりの、集合住宅に近い規模であった。

 

 しかし、すれ違う人々は老若男女問わず、皆悲痛な面持ちをしているのがやたらと印象に残る。

 

 人々の隙間を練り歩きながら、光実の説明が始まった。

 

「数ヶ月前、この沢芽市では未曾有の大災害が起こりました。

 街があんなことになっているのも、それが理由です」

 

 

 光実が語った内容は主に三つ。

 

 ヘルヘイムの森。異世界で生い茂る謎の世界。

 

「クラック」と呼ばれる次元の穴を通して、この地球にヘルヘイム由来の種や胞子を運び、驚異的な速度で繁殖させる。

 成長した植物が実らせる不思議な果実には、なんと致死性の毒が含まれているらしいのだ。それを聞いた龍我は驚きながら胸撫で下ろした。

 

 

 インベス。大地達が撃破した怪生物。

 

 ヘルヘイム由来の生物であるインベスには植物の種を運ぶ媒介者という役割があり、襲われた傷からも植物が生えてくることがあるという。

 案内されたシェルターには実際に侵食されている者達もおり、悶え苦しみながら死に向かう人々の姿に胸を締め付けられる思いを味わった。

 特に感受性が豊かな瑠美には辛い光景だったようで、かなりショックを受けていた。

 

「クラックとインベス。この二つが合わさることで、ヘルヘイムは加速度的に地球を侵略しています。

 専門家の予測によれば、あと10年もすれば世界は完全にヘルヘイムに覆い尽くされるとか」

 

「たったそれだけで……対抗策とかないんですか?」

 

「もしこのことが公になれば、世界中は大パニックになる。そして秘密裏に対抗する組織こそが、ユグドラシルだったというわけなんですよ」

 

 そして最も衝撃的だったのが……スカラーシステム。ユグドラシルが開発した電磁波兵器。

 

 数ヶ月前、ユグドラシルはこの兵器を発動して、街に溢れ出したヘルヘイムの植物とインベスごと沢芽市を焼き払った。

 シェルターに避難できなかった約20万人にも上る市民のことなど御構い無しに、だ。

 

「そんな! じゃあ、あの街の惨状は全部ユグドラシルの──人間の仕業だって言うんですか!?」

 

「ええ……連中にとっては、市民の口封じも兼ねていたんでしょうね。

 だからこそ、沢芽市の外にいる殆どの人が安心して暮らせているんですが」

 

 これだけの内容を、光実は実に淡々と説明している。

 まだ高校生ほどの若さだろうに、何故こんなにも冷静さを保っていられるのか、大地には不思議で堪らなかった。

 しかし、その隣でワナワナと震える男はまた別の感情を募らせていたらしく──。

 

「ふざけんな!」

 

 ガァン! と壁に握り拳を打ち付けた龍我。

 血の滲んだその手が光実の襟元を掴み、今にも殴りかからん勢いで迫った。

 龍我がどれほどの怒りを感じているのか────口には出さずとも、同様の感情を徐々に湧き上がらせている大地には手に取るようにわかる。

 

「黙って聞いてりゃ、仕方ないことみたいに言いやがって! 

 秘密を守るためならどれだけ犠牲が出ても構わないってか?

 自分の住んでた街があんな風にされてるのに、なんでテメェは平気そうにしてるんだよ! 

 まさかユグなんとかの肩を持つんじゃねえだろうな!」

 

「僕だって憤りは感じてるさ! 

 でも、力を持った僕にはみんなを守る責任がある。

 絋汰さんを含めたチームのみんなを守ることが精一杯だったんだ! 

 軽はずみな行いで取り返しのつかない失敗なんてできない!」

 

 鬼の形相で怒鳴る龍我に対し、光実は一歩も引かない。

 一触即発の雰囲気に大地が息を呑む一方で、瑠美は懸命に龍我を引き剥がした。

 暴力を良しとしない、実に彼女らしい行動である。

 

「やめてください! 万丈さんが怒る気持ちもわかりますけど、自分の街が焼かれた光実さんはもっと辛いんですよ!?」

 

「そうだぜ万丈! ミッチは俺らを守るためにずっと一人で戦ってくれてたんだ。

 ミッチがいなかったら、今頃俺だって……」

 

 一瞬の静寂。

 龍我はパッと手を離した。

 

「……そうだよな。すまねえ、怒鳴ったりして」

 

「……いえ。わかってもらえたなら、それで」

 

 絋汰も取り成した甲斐あって、険悪な雰囲気はひとまず鳴りを潜めた。

 

 光実は服装の乱れを正してから、さらに歩みを進める。

 どんよりとした足取りの一行が次にやって来たのは、先ほどの侵食被害者とはまた別の患者がいる区画。

 そこに並んだベッドで眠る一人の若い女性に、光実と絋汰は遠い目を向ける。

 

「舞さん」

 

「舞……」

 

 名前もわからぬ機械と管で繋がれ、肌の大部分を包帯で覆われた彼女は答えない。

 胸を薄く上下させる仕草が、辛うじて彼女の生存を確認させてくれる。

 ネームプレートからわかったが、彼女は「高司 舞」という名前らしい。

 

 光実によると、彼女は発見された時から今に至る数ヶ月間ずっと眠り続けたまま。

 

「さっきはああ言いましたが、避難できなかった市民にも生き残った人は僅かながらいるんですよ。

 原因は不明ですが……スカラーシステムの被害が及ばなかった地域があった。

 絋汰さんを襲った連中や、彼女──舞さんもそこにいた一人です」

 

「どうしてあの人達はシェルターに入れてあげないんです? 

 こんなに大きい施設なら────」

 

「数人ならともかく、全員はとても無理ですよ。貯蓄もスペースも全然足りない。

 でも安心してください。なにもユグドラシルだって、悪戯に人を殺した訳じゃない。

 果実の安全な摂取と、インベスからの自衛を為すための道具──この戦極ドライバーを外で生き残った人々に配布した」

 

「だからあの人達も変身を……。まあ、あの様子だと恨みは溜まってるみたいですけど」

 

 こうして事情を聞いてみると、彼らが襲って来た理由もある程度は理解できてくる。

 納得できるかどうかは別として、狂った行動ともあながち言い切れまい。

 

「幸いと言っていいか、それとも不幸か……絋汰さんのお姉さんもその中に含まれていました。

 なんとかこのシェルターに入れようとしたんですが、ユグドラシルから見れば一般市民に過ぎない僕にはどうすることも……」

 

 見ているこっちが胸を痛めるような、悔しさを表出させた顔を伏せる光実。

 先の冷静な態度も弱気な自分を見せまいとする彼の健気な努力によるものだったのかもしれない。

 

 

 光実に先導された一行とすれ違う人の数は減っていき、どんどん寂しくなっていく。

 やがて行き着いた先は施設の中でも最奥の地。

 ここまで来ると、もう大地達以外に人影は全く見られない。

 

 

「さて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 今度はそちらの番です。

 今の沢芽は情報統制を敷くべくあらゆる面で封鎖されている。そう簡単に入れるとは思えません。

 貴方達は何者なんですか?」

 

「光実さんには隠せませんね」

 

 元より隠し立てするつもりもないのだが、絋汰にああ言った手前言い出す機会に恵まれなかったのだ。

 こうして彼の方から場を設けてくれるのは、大地としても有り難い。

 

 大地はこれまでの旅路と、ここに来た目的も包み隠さずに語った。

 

「別の世界だって!? 

 おいおい、いくらなんでもそれは……」

 

「しかもどの世界にも僕たちみたいなアーマードライダーがいて、インベスのような怪物まで……。突拍子もない事にしか聞こえないのが、正直なところだけど。

 でもこちらを煙に巻くような嘘にも聞こえませんね。とりあえずは信用しましょう」

 

「そう言ってもらえるとありがたいですよ。

 ここで躓くこともあるんで……」

 

「前は女装ライダー呼ばわりされてたもんな」

 

「なんで万丈さんがそれを!?」

 

 控えめな歓談が張り詰めた空気を解きほぐす。

 あの禁断の一件を瑠美に知られたことはちょいと痛手だが……いや、とんでもなく痛手だ。まあそこはいい。

 

「呉島さん、実は」

 

「──できればその呼び方はやめてください」

 

「は、はい。えっと、光実さん。実はもう一つ教えて欲しいことが……」

 

 

 

 *

 

 

 

 外はもうすっかり暗くなっていた。

 彼方此方で散見される小火が焼け爛れた街灯の代わりを務めてくれているものの、真相を知った今となっては素直に有り難く思えない。

 この街が築いたものを薪に燃える炎など、見ていて気分が良くなろうものか。

 

「この先か……。光実さんの地図が見やすくて助かった」

 

 瓦礫の山を乗り越えながら進む大地。

 目指す地は昼間に遭遇した黒影────シェルターに入れなかった市民達が寄り集まっているという居住区である。

 

 これが首を差し出すに等しい危険行為なのは理解している。

 それでも今は一人になれる時間が欲しかった。

 当初は絋汰も同行を申し出ていたのだが……。

 

『そうやって絋汰さんが無茶を言った結果、ザックがどうなったのか。忘れてわけじゃないでしょう?』

 

『ッ! ……そ、それは』

 

 これまた訳ありそうな事情であったものの、深い詮索は避けた。

 光実の一言で唇の皮を破らんばかりに噛み締めた絋汰を見れば、とても追求する気にはなれない。

 

 それに厳密に言えば今も大地一人ではないのだ。

 

「ケッ、瑠美たちと離れた途端にどん底に落ちた顔しやがって。

 お前にしちゃよくさっきまで隠し通せたな、と褒めてやりてえよ」

 

「ポーカーフェイスなら、あのブドウ坊主も中々のモンだ。

 アイツは上等な黒さを秘めてやがる……俺様好みの良い幹部になれそうだぜ」

 

「あの優等生野郎がか? お前の見る目も大したこと……いや、目しかない奴に言うのは残酷だったな。許せ」

 

 ポーチ内の一羽と一個が繰り広げる通常運行は賑やかだと言えば聞こえは良いが、思考に耽るには邪魔だと思ってしまう。

 無論、これも決して口には出さない。

 

(……僕は、ここで何と戦えばいいんだ)

 

 人を襲うインベスか。

 クラックから出現するインベスをモグラ叩き形式で潰していく。実にシンプルだ。

 だが、シンプル過ぎる故にキリがない道でもある。

 

 ならば、街を滅ぼしたユグドラシルか。

 侵略に対抗する手段とはいえ、犠牲になった20万の人々を思えば到底許されざる行為だ。

 あのタワーに殴り込みをかけ────いや、そんな面倒な手順を踏まずともダークディケイドの圧倒的火力ならばここから……。

 

(……まただよ。どうしてこんな風に考えちゃうんだ。

 相手が人間なら殺しちゃいけないのに)

 

 見上げたタワーから目を逸らし、大地は歩みを再開した。

 

 

 やがて地平線の向こうに見えてくる、闇を赤々と照らす灯。

 遠目ですら活気に欠けているとわかる人影。

 とても標準的とは言えないが、人が営む生活の気配をあの炎から感じる。

 

「レイキバットさん達も静かにしてくださいね。……変身」

 

 CLEAR VENT

 

 ベルデに変身した大地はクリアーベントによって透明化。

 なるべく気配を殺しながら、炎と人影に近づいていく。

 戦うべき相手を知る意味でも、外で暮らす人々はこの目で見ておきたかったのだ。

 

 疎らな人影は鬱蒼とした人々となり、最低限の瓦礫を退けただけの居住区が目の前に広がった。

 かつて映画で観た……スラム街とかいう光景に似ていたが、映画の方がまだ活力に満ちていた気がする。

 煤や泥で黒ずんだ顔は酷くやつれ切っており、会話もあまり聞こえてこない。

 

(……酷い。これじゃあまともな生活なんてできるわけないよ……。

 あの人達があんなに怒るのも無理はないな。

 それに……ベルトが無い人もいるのか?)

 

 シェルターの人々も決して明るくは無かった。しかし、ここにいる彼らよりはよほどマシな生活を送れている。

 そして気になったのは、腰に巻いている戦極ドライバーの有無が個人によって異なっているらしいこと。

 

 ベルトを所有している者は比較的血色の良い若者や、体格の良い男性などが多くを占めており、逆に身体の弱そうな子供や老人などはベルトを持っていない。

 この差は一体何を意味するのだろうか。

 

「ほら、がっつかないで。よく噛んで」

 

 カサカサになったパンを食べる幼い子供と、父親らしき男性がいた。

 どちらの身体もゴボウと見紛うほど細く、少し押しただけでポッキリ折れてしまいそうだ。

 

 顔付きだって全く似ていない。似ていないのに────。

 

(昴くん……)

 

 しばし感傷に浸っていると、人々の中でも特に体格の良い男が親子の元にやってきた。やはりと言うべきか、その腰には戦極ドライバー。

 ビクついた子供の一生懸命に咀嚼していた口がピタリと止まり、縮こまる。

 あからさまに恐れている反応に、男は下衆な笑みを浮かべた。

 

「おい! お前ら良いもん食ってんな! 俺にも分けてくれよ!」

 

 子供の潤んだ視線を向けられても、無慈悲にパンを奪い取る男。

 父親の控えめな抗議にも耳を傾けず、一口齧ったパンを吐き捨てた。

 

「チッ、カビたパンなんか喰わせやがって! 今度はもっとまともなモンもってこい! 

 ……あん? なんだその目は。俺らがいなけりゃ怪物どもから身を守ることだってできやしねぇんだぞ!?」

 

 顔面を蹴り飛ばされた父親に、子供が涙ぐんで縋り付く。

 その上から踏み付ける男はとても常人の感性を持っているとは思えない。

 そしてさらに信じられないことに、周囲の人間は誰も咎める声すら上げないことだ。

 

 我慢の限界はとうの昔に迎えている。

 クリアーベントを解除したベルデが男を止めようと駆け出したその時────。

 

「クキュイイイイイ!!」

 

 響き渡る奇声。

 集団で伝播する怯え。

 声の主が何者であるのか、彼らは理解しているようだ。

 顔を引き攣らせて逃げる者、ロックシードを構える者。

 そしてピンク色の異形────イルカインベスの登場に、いよいよ恐怖は頂点に達する。

 

「怪物だ!」

 

「ドライバー持ちは戦え!」

 

 マツボックリ、ドングリなどの鎧を着込んだ黒影がイルカインベスを排除せんと立ち向かう。

 集団戦を仕掛けるライダーに対し、イルカインベスはたったの一匹。

 低く威嚇するインベスの周囲を黒影達は取り囲む。

 

「よし、やっちまえ!」

 

 一斉に突き出される槍やハンマー。

 だが、それらがイルカインベスを貫くには至らない。その寸前で、渦を巻く高圧水流が黒影達を吹っ飛ばしてしまったのだ。

 

 イルカインベスが発生させたらしい渦潮により、黒影の包囲網は一瞬で瓦解。

 慌てふためき武器を振り回しているものの、間合いすら測れていない攻撃は一向に命中しない。

 素人同然の烏合の衆を嘲笑うが如く、高圧水流は次々と黒影を打ちのめしていった。

 

 打ち所が悪かったのか、ピクリとも動かなくなる黒影。

 傍にいた子供が火がついたように泣き叫ぶ。

 考えるより先に駆け出していた。

 

「もう見てられない……! 

 皆さんは下がって! 僕が相手をします!」

 

 最速で接近したベルデのハイキックがインベスに突き刺さる。

 苦悶の声を漏らしはするが、吹っ飛ぶまではしないイルカインベス。ベルデではやはりパワー不足か。

 

 硬い手応えの足を解しながら周囲を見渡すと、ほとんどの黒影は離脱していた。

 すれ違った何人かが恨み節をぶつけてきたので、恐らくはユグドラシルの者と勘違いされているのだろう。

 まあ誤解は追い追い解けばいいか、と考えたところでこちらに駆け寄ってくる男を視認したベルデ。

 しかもよく見れば、あれはさっき子供を蹴っていた胸糞悪い男ではないか。

 

(あのロックシードは……クルミかな?)

 

 

 クルミ! 

 

「変身ッ!」

 

 クルミアームズ! ミスターナックルマン! 

 

 男が変じたのは、通常の何倍もの大きさの拳──クルミボンバーを武器とする戦士。

 黒影とはまた異なるそのライダーは、アーマードライダーナックル。

 重そうな両腕を揺らし、猛然と駆けてくる様にベルデは不安半分頼もしさ半分だった。

 

 個人的な事情はさておき、共闘の意思を無碍にするのも気が引ける。

 いざとなれば逃げてもらえれば、それで。

 

 しかし、その認識は甘かった。

 

 ナックルがベルデに向かって突っ込んだ直後、視界は弾けた火花で支配されたのだから。

 

「ガッ……!?」

 

 肺から空気が押し出され、鮮緑の装甲に窪みが生じる。

 

「ッシャラア! てめぇのベルトも寄越しやがれ!」

 

「……は?」

 

 胸を叩き潰された痛みは、それ以上の困惑と呆れに打ち消される。

 

 こうしている間にもイルカインベスは逃げ遅れた黒影や、人々を襲っているというのに。

 どうしてこの男はインベスではなく、自分に挑んでくるのだ? 

 

「何を……何をしてるんですか! 

 インベスはあそこにいて、人を襲ってる!

 これが貴方の今やるべきことなんですか!?」

 

「ゲヒャヒャ! あったりめぇだろ!

 お前の力があれば、俺はもっと強くなれる!

 もう怪物を恐れる心配もねぇ!」

 

 大振りな一撃をこれでもかと繰り出してくるナックル。

 回避は容易。その気になれば、撃破でも。

 

 説得と制圧の選択肢が脳内で渦巻く最中、イルカインベスが子供を襲う光景が目に入った。

 引き離されてしまったらしい父親は血を吐き出すような絶叫をしている。

 戦う力を持っていながら、実に下らない理由で殴りかかってくるナックルは一切目もくれていない。

 

 ────堪忍袋の尾が切れる音が聞こえた。

 

「──いい加減にしろ!!」

 

 チェンジ! ナウ

 

 大地が生身を晒した刹那、魔法陣がナックルと自身の間を隔てる。

 魔法陣を突き破ったストレートパンチ。

 一撃でナックルを吹っ飛ばしたメイジはさらにその腕を伸ばす。

 

 エクステンド! ナウ

 

 危機一髪の子供を絡め取って救い、父親の元に返す。

 一瞬呆気に取られていたが、しかしすぐさま気を持ち直した父親は小さく頭を下げると、子供を抱えて逃げ去った。

 

「てめぇよくも──」

 

 ナックルを無視し、メイジは疾走する。

 ベルデを超えたスピードで迫る途中、放たれた迎撃の水流は身を屈めて回避し、魔爪を振りかぶる。

 

 ヒート! ナウ

 

 紅蓮をそのものを叩き付けるようなネイルのアッパーがインベスの顎を揺らす。

 インベスの口から涎が飛び散り──否、重力に逆らってとぐろを巻く渦は敵の武器だ。

 

 水の檻にまんまと閉じ込められてしまったメイジ。

 強引に突破できなくもないが、それなりのダメージは覚悟せねばならないだろう。

 しかし、この檻はあくまでも渦。見上げれば空は見えるし、地に足は付いている。

 

 メイジは冷静に指輪を交換し、ドライバーに詠唱させた。

 

 リフレクト! ナウ

 

 右手を足元に向けると、紅の魔法陣が出現する。

 それを思い切り踏むことで、反発によって勢い良く跳ねあげられた琥珀の身体。

 人間、怪物を問わず集中する視線を全身で浴びながら、メイジは最後の指輪をドライバーに翳した。

 

 イエス! キックストライク! アンダースタン? 

 

「ツァァアアアアアッ!!」

 

 特濃の魔力が宿る右足を突き出すメイジ。

 落下の運動エネルギーを上乗せしたキックはまるで槍のように、イルカインベス目掛けて一直線に落とされる。

 高圧水流もなんのその、ストライクメイジは確かな手応えを伴ってイルカインベスを貫いた。

 

 紅い魔槍が抵抗の水流を引き裂き、描いた虹を背景にイルカインベスは爆発四散したのだった。

 

「……」

 

 爆風に煽られてか、イルカインベスが身につけていたと思われる布が宙に飛ばされていく。

 焼け焦げたその色はインベスの体色と同じピンクであったが……。

 

 メイジは空に向けていた視線を打ち切り、人々の安否を確認しようとしたが、そうは問屋が卸さない。

 この身にひしひしと感じる敵意は未だ健在なのだから。

 

 クルミオーレ! 

 

 バリア! ナウ

 

 メイジまであと一歩というところにあったクルミ状のエネルギー弾は、堅牢な魔法陣に弾かれる。

 バリア越しに感じた衝撃は拍子抜けする軽さで、ほんの僅かな痺れも軽く手を振れば消えた。

 無視されたことを根に持っているのか、怒り心頭のナックルに振り返る。

 周囲には槍を構えてジリジリ距離を詰めてくる黒影というおまけ付きだ。

 

 もう溜息を吐きたくなる。

 彼らの事情は同情に値するし、非難する資格なんて自分には無いのかもしれない。

 

 それでも思ってしまうのだ。

 これが、この世界のライダーなのかと。

 

「もうインベスはいません。

 僕はここから立ち去りますから……。何もしませんから、それで終わりにしましょうよ」

 

「ならまずは持ってる食い物と、ベルトを全部置いていけよ! 

 ついでに命も貰ってやるよ。お仲間を呼ばれちゃ堪ったもんじゃねえからな!」

 

「ちげえねぇ! ユグドラシルの奴なんか、殺しちまった方がいいに決まってる! 

 俺らにはその資格があるんだ!」

 

 敵意は膨れ上がるばかりだ。

 こうなる危険を見越していたとはいえ、実際に目にするとここまで醜悪な光景だとは些か予想外だった。

 

 助け合いを放棄した人々と、力に取り憑かれたライダー。

 

 ────こんな奴ら、守ってやるだけ損だ。

 

「……どうするんだ大地。大人しく帰してくれそうにないぞ」

 

「うん……隙を見てもう一回ベルデに────……え?」

 

 突然として、全身から鳥肌が立った。

 ナックルたちのチンケな敵意などとは比肩にもならない、圧倒的な存在感。

 あらゆるものを跳ね除けるような孤独のオーラ。

 

 赤と黒のボロボロのロングコートを羽織った、尖った目付きの男が静かに歩いて来る。

 焼け落ちた跡のある服からは目を覆いたくなる火傷がチラチラ覗き、腰の戦極ドライバーも例に漏れず傷だらけで潜ってきた修羅場の過酷さを物語っていた。

 そんな無数の傷痕を全身に彫り込んでいても、彼が放つ存在感は損なわれるどころか強調さえしている。

 

(なんだこの人……どうして、この人はこんなにも……孤独が似合うんだ……)

 

 メイジだけではない。

 ナックルも、黒影も呼吸を忘れてしまったかのように男を見つめている。

 その場にいる全員の視線を浴びても男は顔色一つ変えず、歩みも止めない。

 

 やがて彼が足を止め、口を開くまでの時間がやたらと長く感じた。

 

 

「フン、相変わらず浅ましい連中だな。

 自らよりも強い者を妬み、欺瞞を振り翳す。

 力を手に入れておきながら、やることといえばウダウダと他者に当たり散らすだけ。

 ククッ、こうも醜いと笑えてさえくるな」

 

「う、うるせぇ! なんなんだお前! 何か文句があるってのか!」

 

「当然だ! 貴様は気に食わん。

 貴様のような弱者が幅を利かせるなど、この俺が許さん!」

 

 バナナ! 

 

 開錠されたロックシードはバナナ。

 男は手元でクルリと回した錠前をドライバーにセットし、カッティングブレードを滑らかに倒した。

 

「変身」

 

 カモン! バナナアームズ!

 Knight of Spear! 

 

 メタリックレッドのスーツにバナナを象ったアーマー、アーマードライダーバロン。

 西洋騎士に似た外見はどことなくナイトを彷彿とさせるが、前に立つ者を射殺さんとする刺すような視線はかの秋山蓮には無かったものだ。

 

 大地がハッとなって取り出したカードの束には、目の前のライダーと同じシルエットのカードが存在していた。

 

「仮面ライダーバロン……!」

 

「気取りやがって……!

 ──ああ、そうか。あの赤いコート、テメェはこのベルトを持ってたあのビートライダーの仲間か! 

 なるほど、敵討ちってわけだ!」

 

 合点がいったようなナックルであったが、そんな彼の言葉をバロンは鼻で笑い飛ばした。

 

「さっきも言っただろう。俺は貴様が気に入らん、と。

 弱者を砕く理由などそれで十分だ!」

 

「チッ、クソが!」

 

 疾走し、激突する両者。

 自慢の拳だけを頼りにしたナックルによる殴打が騎士の装甲に火花を散らせる。

 それに伴い、微かに揺れるバロンの身体。

 

 だがそれだけだ。

 力任せのナックルの拳では、揺らすのが関の山。

 

「やはりこの程度か。ハァッ!」

 

 クルミボンバーを弾き、ナックルを突く一条の光。

 そうして召喚したバナナ型の槍──バナスピアーを構えたバロンによる嵐のような連撃が始まりを告げた。

 叩き付けたり、斬り裂いたりと、その太刀筋は槍というよりもサーベルに近い。

 ナックルも負けじと拳を直撃させてはいるのだが、バロンの攻勢が緩む気配は無かった。

 

(なんて無茶な戦い方なんだ……ダメージが無い訳ないのに……。

 まるで痛みそのものを無視しているみたいだ)

 

 どんなに殴られても動じない相手が恐ろしく見えたのだろう。

 膨れ上がった恐怖に比例して、ナックルが拳を振るう頻度も減っていく。

 自身を守るガードの体勢に入っているが、バロンの突きに易々と踏破されるばかり。

 

「わ、わかった! 俺が悪かった! 

 アンタの言うことは何でも聞く! なんなら用心棒になってやってもいい! 

 俺とアンタが組めば──」

 

「口先だけの腰抜けなぞ、目障りにしかならん。

 貴様はここで消え失せろ!」

 

 ガードを完全に崩され、無防備を晒す胸に捩じ込まれる袈裟斬り。

 上擦った悲鳴を撒き散らして転がったナックルは必死に後退りながら、周囲の人々に喚き散らし始めた。

 

「おいぃ! 何ぼーっと突っ立ってやがる!? 

 早くアイツを殺せ! さもないと────」

 

 しかし、途中でナックルは気付いてしまった。

 黒影を初め、あらゆる者がどんな目で自身を見ているのか。

 それが「諦めの目」だと、気付いてしまったのだ。

 

「──ッッ! クソッ! クソッ! 

 こっちが下手に出てやれば調子に乗りやがって……! 

 俺には力があるんだよ!」

 

「ならば証明しろ。お前が俺よりも強いと。

 俺を倒して、勝利の証を立ててみせるがいい!!」

 

「ぐっ……ァァアアアアアア!!」

 

 クルミスパーキング! 

 

 眩い光がクルミボンバーを何倍にも膨れ上がらせる。

 放たれた三連射のエネルギー弾はバロンへと炸裂し、大爆発を巻き起こした。

 離れたメイジにまで届こうかという風圧と、思わず目を瞑るような閃光。

 肩で息をするナックルの勝利を確信した笑いが途切れ途切れに漏れ出し────そして絶句した。

 

 斜めに構えたバナスピアーが生み出したバナナ型の障壁。

 ナックル渾身の必殺技は一つとしてその守りを打ち砕くに至らなかったのだ。

 

「トドメだ」

 

 カモン! バナナスカッシュ! 

 

「ヒッ……!?」

 

 槍を抱えたバロンの跳躍にナックルは慄く。

 許しを乞うように蹲る戦士だが、赤衣の騎士には情けも容赦もない。

 懐に飛び込んだバロンの槍が装甲を貫通し、皮膚を破り、内臓を蹂躙する。

 背中から突き出た巨大なバナナ、とは些か気の抜けるような光景であるが、その槍に滴る鮮血が凄惨な現実を人々に────大地に突き立てていた。

 

「ぎぃやぁああああっ!?」

 

 耳をつんざく悲鳴。然る後に爆散。

 バロンは血を払い、煙を上げて転がった戦極ドライバーを踏み砕く。

 続けてクルミロックシードもドライバーの後を追わせようとしたが、ふと思い留まったように拾い上げた。

 

(殺した……何の躊躇いもなしに……)

 

「あのバナナ男、中々の者だな。

 認めるのは癪だが……惚れ惚れする華麗さと激しさを持ってやがる」

 

「全くだ。ああいう男こそ俺様の組織に欲しいもんだが」

 

 レイキバットとネガタロスからは好評な様子。かく言う大地も非道を働いた騎士が悪人とは思えなかった。

 

 悪人でなければ、善人か? それも違うと断言できる。

 ならばあのライダーは一体なんなのだ? 

 

「待って……待ってください!」

 

 去っていくバロンの背中はやはり孤独だ。

 変身を解き、その背中を追いかける大地。

 だがどういうわけだか、あのライダーとの距離が縮まる気配がない。

 物理的に縮まっているのは確かなのに、追い付ける気が全くしないのだ。

 

「────いない……」

 

 いつのまにか彼は消え、バイクの排気音だけが虚空に残響していた。

 

 

 

 *

 

 

 

 同時刻、ユグドラシルタワー上層階。

 廃墟となった沢芽を一望できるこの部屋は、対ヘルヘイムプロジェクトの主任を務める男に与えられたものである。

 

「私だ。────ああ、その件はこちらでも確認済みだ。

 一時間おきに保存したデータを凌馬に送っておいてくれ」

 

 内線を切り、ふとガラスの外を見渡す。

 かつての医療福祉都市は見る影もなく、目に映るのは血生臭い光景ばかり。

 ガラスに反射した自身の顔も負けず劣らずの酷いものだ。

 

 皺の山ができた眉間。

 メイクかと思うほど黒ずんだ隈。

 険しい顔を構成する多くのパーツがお世辞にも健康的とは言えないこの男。

 名を呉島貴虎という。

 

「どうした、そんな病人みてえな顔して。

 とても我らが主任殿には見えねえぜ」

 

「遅いぞ、シド」

 

 入室してきた黒い帽子の男──シド。

 自身の部下に当たるこの男の無礼な態度は今に始まったことではない。

 貴虎が咎めないのは、彼がユグドラシルでも指折りの実力を持っており、実際に功績を残しているから。

 良くも悪くも、貴虎は実力主義であった。

 

「それで一体何の用だい。

 俺はこれでも多忙の身なんだがね」

 

「新しい任務だ。

 早ければ十二時間以内に地上、もしくはヘルヘイムで戦闘が予想される。

 お前にはロックビークル部隊を率いてもらいたい」

 

「ロックビークル? おいおい、たかがインベス如きに過剰戦力じゃないか? 

 その様子じゃアンタも出るんだろ」

 

「相手はインベスではない。

 ユグドラシルも把握していない未知のアーマードライダーだ」

 

 貴虎がシドに見せたモニター。

 

 そこには、シェルター内で佇む大地の写真が写っていた。

 

 

 





イルカインベス。
書いて文字の通りな見た目の怪人。体色はピンク。
身体には人間の衣服っぽい布が巻かれていた。不思議だね。


次回更新は来週を目処に。
質問、感想、評価はいつでもお待ちしております。


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激突! ユグドラシル

ZAIAぜってぇ許さねえ!


 

 大地たちの来訪から一夜が明けた沢芽市。

 重厚な排気音を轟かせる二台のバイクが走るその時を今か今かと待ち望んでいた。

 

「お弁当は持ちましたよね。水筒は持ちました? ポーチには絆創膏と、あと────」

 

「お前は大地の母親かっての」

 

 ダークディケイドが跨るマシンディケイダーには瑠美が持たせた荷物が満載されており、さながらピクニックに向かう子供と母親だ。

 甲斐甲斐しく世話を焼く瑠美に呆れた龍我が軽くチョップしている。やめてほしい。

 

「なあミッチ……」

 

「わかっていますよ。裕也さんは僕がちゃんと探してきますから」

 

 マシンディケイダーの隣、薔薇の意匠を施したバイク──ローズアタッカーに跨る龍玄。

 不安げにしている絋汰に力強く頷く姿は彼等の間にある強固な信頼関係が伺える。

 

 ことの発端は昨夜、大地がシェルターに帰還した時にまで遡る。

 バロンに変身していた男の素性。そして彼はどこに消えたのか。

 その二つを知っていた光実はとある提案をしてきたのだ。

 

『彼はチームバロンの元リーダー、駆紋戒斗。

 まず間違いなく、彼の行き先はヘルヘイムの森でしょうね。

 このロックビークルがあれば、自由な行き来が可能ですから』

 

『ロックビークル……多分、僕でも使えますよ。

 その森に行けば、駆紋さんと話ができるんなら……』

 

『それなら僕と一緒に行きませんか? 

 ヘルヘイムの森は危険な場所ですが、僕ならある程度の土地勘は効きます。

 それに森には行方不明になった裕也さん……僕らのリーダーもいますから、早く探し出して救出しないといけませんし』

 

 完全に未知なる世界の森を一人で探索するなど、危険極まりない行為なのは違いない。

 知識に富み、実力も心配いらずの龍玄が同行してくれるのは確かに心強かった。

 ロックビークルとやらも使う方法は心得ている。

 

 KAMEN RIDE ZANGETSU

 

 DD斬月への変化に伴い、マシンディケイダーはこれまた特殊な形状のバイク、サクラハリケーンへと変わる。

 ダークディケイドが披露したカメンライドに驚いたのであろう龍玄から息を呑む音が聞こえたが、よくある反応故に軽く流す。

 

「さて、行きましょう。光実さん」

 

「……そうですね。じゃあ絋汰さんは万丈さん達とシェルターで待っていてください」

 

 微妙な顔で頷く絋汰。その顔色の意味に気付くことなく、二人のライダーはマシンを発進させる。

 最高速度に至ると同時、桜と薔薇の花吹雪が寂れた風景に彩りを加えた。

 行く手の先、花開いた時空の裂け目から覗く異界の森にいよいよDD斬月は気を引き締める。

 

 花弁がブワっと舞い上がった瞬間、ライダー達はヘルヘイムの森へと突入したのだった。

 

 

 

「ここがヘルヘイムの森……」

 

 一見するとただの森。

 しかし、街で見た果実を初め見たこともない植物で満ち溢れている。

 漂う空気もどこか異質で、数秒佇むだけで平衡感覚を見失いそうな香りが混じっている。

 

「僕の見立てだと、駆紋戒斗が出没するエリアはこの先です。

 ですがかなり入り組んでいるので、歩いた方が良さそうですね」

 

「この先に駆紋さんが……。

 にしても、よくわかりますね。こんな広い森なのに。

 僕一人ならきっと迷ってましたよ」

 

 目印になりそうな物は見当たらず、ひたすらに木しかない森。

 重ねて言うが、もしここに一人で来ていたらとゾッとしてしまう。

 ここにインベスまで闊歩しているというのだから、つくづく恐ろしい場所である。

 

「行きましょう。ここにいる時間はなるべく短い方がいい」

 

「ええ、裕也って人も探さないといけないですしね!」

 

「……それは、勿論」

 

 急に歯切れの悪くなった龍玄の返答。

 何か気を悪くさせてしまったのか、と考えたが思い当たる節などあるはずもなく。

 

 少々居心地の悪さを感じた刹那、DD斬月は視界を巡らせた。

 

(────ど…….して……の)

 

「え?」

 

 人影。そして声。どちらも少年らしきものだった。

 

 驚いたDD斬月が視線を戻しても、そこには誰もいない。

 先を進む龍玄も何かを聞いた様子はない。

 

「……疲れてるのかな、僕」

 

 そういえば最近は身体が熱くなることも多い。

 精神的な疲れもだいぶ溜まっている。

 まともに人を守れない自分が大っぴらに休める資格があるとは思わないが。

 

 DD斬月はメロンの上からポンポンと肩を叩き、駆け足でその後を追いかけた。

 

 

 

 *

 

 

 

 森へと誘われたライダーを見送った瑠美と龍我、それに絋汰の三人組。

 しかし、不思議なことに彼らの足はシェルターとは真逆の方向に向いていた。

 どこに隠していたのか、龍我と絋汰は身の丈もありそうなリュックまで背負い込んでいる。

 

「あの光実って奴にバレたらきっと大目玉食らうぜ」

 

「ミッチには悪いことをしたと思ってるよ。それでもあのシェルターで指を咥えてなんていられない。

 姉ちゃんはたった一人の家族なんだ。こんな場所に放置していられるか!」

 

「大地くんと光実くんが頑張ってるんです。私たちにもできることをしましょう! 

 ……なんて、戦えない私が言っても説得力がありませんね」

 

「そんなことはないさ。一緒に来てくれるだけでもありがたいよ」

 

 後先考えず、やりたいと思う事に突っ走る。

 それが葛葉絋汰の良いところでもあり、悪いところでもある。

 そんなひたむきな男の頼みに快く頷いた龍我と瑠美で密かに計画し、こうして彼の姉を探しているのだ。

 

「見つかるといいですね、お姉さん」

 

「ああ! ……ところでさ、万丈たちは別の世界から来たって言ってたろ? 

 家族は心配してないのか?」

 

「家族かぁ……。お袋も親父も10年前に事故で死んじまってからずっと一人だったからよぉ」

 

「私も小さい時に……」

 

「す、すまねえ! 無神経なこと聞いちまった! なんて謝ればいいか……!」

 

 両親を早くに失くすという不幸が共通しているとは夢にも思わなかったのだろう。

 話題選びを間違えた、と咄嗟に謝る絋汰。

 しかし、龍我も瑠美も気を悪くはしていない。

 

「別に気にしてねえって。てか餓鬼の頃なんて俺全然覚えてねえし! 

 寂しいって思ったこともあんまねえなー。

 へっ、ウジウジすんのも好きじゃねえしよ!」

 

「悲しい想いは沢山したけど、大地くんからもらった希望のお陰で私は今も楽しく生きてます。

 それに私にはもう新しい家族がいますから! 

 みんなのために戦ってくれる大地くんに龍我さん。

 いつも暖かいご飯を作ってくれるガイドさん。

 私を守ってくれるレイキバさん。

 ちょっぴり怖いネガさんに、新しく仲間になってくれたバイグリさん。

 みんながいる写真館が私の家族なんです!」

 

「家族って……大袈裟なんだよ。俺ら知り合ってまだ二週間も経ってねえし」

 

 嘘偽りない瑠美の本心にむず痒そうな龍我。

 小さな瓦礫をボールに見立てて蹴っているが、それが彼なりの照れ隠しなのは側から見ても明らかだった。

 

「万丈……瑠美……お前らいい奴らだな〜!!」

 

「うわっ、絋汰お前鼻水出てんぞ!」

 

 そんなこんなで和気藹々としながら、一行は進むのであった。

 

 

 

 *

 

 

 

 一方、真逆の空気で進むダークディケイドと龍玄。

 沈黙を先に破ったのは、ダークディケイドであった。

 

「光実さんは何の為に戦うんですか」

 

 道無き道を進むのは大した苦ではない。

 どちらかと言うと、会話が無い方が居心地は悪く感じる。

 静かな雰囲気は大地の好みであるが、この森の静寂具合は度が過ぎている。

 

 先を行く龍玄の背中に、そんな質問を投げかけた理由はそんなところか。つまりは会話に飢えてしまったのだ。

 

「……決まってるじゃないですか。

 舞さんや絋汰さん、チーム鎧武。みんなの居場所を僕は守りたい。

 その為だったら、僕は誰とでも戦う覚悟がある」

 

「もしも……もしもですよ? その相手が同じ人間でも、光実さんは戦えるんですか? 殺してしまうかもしれなくても……!?」

 

「あなたの言わんとしていることはわかります。

 けどね、今の世界、犠牲にする勇気と判断も必要なんです。

 そうでなきゃ、いざという時に何も守れない役立たずにしかなれない」

 

 龍玄の口調には確固たる芯が通っている。

 こうなる前は高校生だったとはとても思えない。

 次の言葉を探すダークディケイドに、龍玄は足を止めないながらも僅かに振り返った。

 

「意外ですね。多くの世界を巡ってきた大地さんも同じ覚悟で戦ってきたと考えていたんですが」

 

「それは……!」

 

「他者を殺さずに済んできたのだとしたら……あなたは幸せ者ですね」

 

 淡々としていた龍玄の言葉も、その時だけは本当に羨ましそうであった。

 

 人間を殺す覚悟。

 そんなもの、自分には無縁であると常々考えてきた。

 だが、そうやって目を背けた結果が「ナイトの世界」での顛末だ。

 

(もうあんな思いは二度としたくない……。けどだからって、人を殺すことが正しいとも思えない……)

 

 願わくば、もう人と戦うことがありませんように。

 

 それが決して叶わぬ願いであると大地に教えたのは、肩を掠めた弾丸の存在であった。

 

「なっ……!?」

 

「ッ! 危ない大地さん!」

 

 降り注ぐ機銃の嵐。

 思考の海に沈んでいたダークディケイドは回避が遅れてしまうが、龍玄が咄嗟に突き飛ばしてくれたお陰で事なきを得た。

 頭を戦闘モードに切り替え、木々の合間から抜けてくる弾丸をライドブッカーで斬り払う。

 

 そして射撃が止んだかと思えば、近未来的な駆動音を響かせる数台のホバーバイクが彼等の前に現れた。

 タンポポのロックビークル──ダンデライナーの部隊にダークディケイドと龍玄は包囲される。

 

「やっぱり……! 大地さん、コイツらはユグドラシルです!」

 

「ユグドラシルだって……? なんで、僕達を!?」

 

「わかりません。とにかくこっちへ!」

 

 包囲の薄い箇所に突っ込み、駆け抜ける。

 追撃の弾丸に身を屈めながら走るダークディケイドと龍玄は、木々が密集していない広場に出た。

 

 当然追ってきたダンデライナーからの機銃掃射は、阻む木々が減った分その激しさを増し、逃げ足を強引に止めた。

 逃げることもままならず、立ち往生を余儀なくされたダークディケイド。

 苛烈な攻撃はそれだけに留まらず、次の瞬間にはその場に潜んでいた更なる刺客がダークディケイドの前で正体を明らかにした。

 

「今度はチューリップ!?」

 

 広場に群生していたチューリップがなんの前兆も無しに巨大化し、二足歩行ロボとなって躍りかかってきた。

 擬態による隠密行動と立体的な白兵戦を得意とするロックビークルこそ、このチューリップホッパー。

 バッタの如き跳躍で繰り出された痛烈な蹴りはダークディケイドを大きく吹っ飛ばす。

 

「ヤァッ!」

 

 龍玄の援護射撃がチューリップホッパーに迫るも、すぐさま防御形態に移行されてしまう。

 傷一つ無いチューリップに戸惑う龍玄。

 

 銃撃が止むと知るや、チューリップホッパーはダークディケイドの周囲を飛び跳ねる。

 撹乱されている隙にまたもやダンデライナーの掃射がダークディケイドを撃ち抜く。

 

「市民と同じライダーなのに、なんて息の合った連携なんだ……!」

 

 二種類のロックビークルに搭乗しているのは黒影トルーパーであるのに、あの市民とは脅威度がまるで違う。

 組織を相手にする、ということの恐ろしさをダークディケイドはここにきて実感し始めた。

 龍玄も三機ほどのダンデライナーに苦戦しているようだが、合計十機ほどのビークルに襲われている自分と比べれば幾分かマシか。

 

 これだけでも厄介なのに、ユグドラシルの戦力は未だ出揃っていない。

 周囲のビークルが一斉に飛び退くと同時、二本の光の矢がダークディケイドの胸部で爆ぜる。

 あの宿敵セイヴァーと酷似した弓矢を構え、ビークル部隊を従えている二人のライダー。

 しかもよく見れば、その片方は先程使用した斬月によく似ていた。

 

「大人しく投降しろ。そうすれば命の安全は保証する」

 

「それとも手荒い方が好みってんなら、喜んで歓迎させてもらうぜ」

 

 夕張メロンのライダー、斬月・真。

 さくらんぼのライダー、シグルド。

 戦極ドライバーから進化したベルト、ゲネシスドライバーと高出力のエナジーロックシードで変身したユグドラシルの精鋭とも言うべきライダーである。

 

(こんなに沢山のライダーがどうして急に……!? 

 待ち伏せされてたのか!?)

 

 これほどの大部隊と衝突して無事で済むはずがない。

 しかも不信感を抱いているユグドラシルとはいえ、相手は人間。本気で戦えば死者が出る可能性も大いにあり得る。

 

「落ち着いて話し合いましょう。

 僕はあなたがたの組織と事を構えるつもりはありません。

 人を探しているだけなんです!」

 

「だとさ。どうする? 主任殿」

 

「奴の言葉を鵜呑みにする気はない。

 元よりこの森は我々のテリトリーだ。

 投降する意思がないのであれば、拘束するまで。行くぞシド!」

 

「へいへい、そんじゃパパッとやっちゃいますかぁ!」

 

 再開される弾丸の雨あられ。

 半ば予想していたが、あちらは聞く耳を持っていないらしい。

 これはもう一時退却するが無難か、と考えたのだが。

 

「大地さ────うわぁっ!?」

 

 龍玄は俊足で接近した斬月に掴まれて、どこかへ連れ去られてしまう。

 あっという間の出来事だった。

 

「光実さん!? くっ!」

 

「余所見してんじゃねえ! お前はこの俺が始末してやるよ!」

 

 シグルドとビークル部隊に道を塞がれたことで、龍玄とは完全に分断されてしまった。

 彼と合流して撤退するには、この連中を突破するしか道はない。

 

「そこを退いてください!」

 

「やれるもんならやってみな!」

 

 龍玄を救うべく、ダークディケイドはシグルドが指揮する軍団にたった一人立ち向かって行った。

 

 

 

 *

 

 

 

 斬月に引き摺られる形で戦場から離れた龍玄。

 ほどほどに距離を取った後、龍玄は解放されたが、その際の斬月の手つきは丁重なもの。とても敵に対する態度には見えない。

 それでも龍玄は油断なく銃を構える。

 

「────ここなら会話を盗聴される心配もない」

 

「────そうだね、兄さん」

 

 しかしそんな会話に随伴して、ブドウ龍砲はスッと降ろされた。

 龍玄と斬月の間には険悪さ、緊張感といった雰囲気はほとんど無く、敵対している間柄には見える者は少ないだろう。

 それもそのはず。()()()()()()()()()()()()()

 

「ユグドラシルも把握していない未知のアーマードライダー……。

 お前の報告通りだな、光実」

 

 斬月の声は親しみが混じっている。

 

 斬月と龍玄、呉島貴虎と呉島光実。

 彼等は血の通った兄弟であり、また光実はユグドラシルの構成員でもある。

 光実が周囲の人間には決して明かさなかったこの事実、大地が知らなくても仕方のないことだ。

 

 また、大地をヘルヘイムの森に誘ったこと。

 ユグドラシルの迎撃ポイントに誘導したこと。

 全てが光実の計画の内であった。

 

「どうやらあの人はいくつもの変身を自在に使い分けられる手段を持っているみたいだ。

 戦極ドライバーを使っていた頃の兄さんと同じ姿にも成れることから、ユグドラシルの情報が漏れている可能性もあるよ」

 

「差し詰めどこかの国──恐らくはユグドラシルの利権を狙う企業が寄越した産業スパイか。

 或いはお前が報告したように、本当に別の世界から来たライダーか。

 真実は奴自身の口から割り出すとしよう。

 光実は一旦本社に戻れ。以後は俺とシドで対処する」

 

「わかった。

 ただ兄さん、くれぐれも油断しないように。

 彼の能力は未だに底が見えない。

 今後僕らの障害になる可能性を考慮すると、最悪この場で始末した方がいいと僕は思う」

 

 絋汰の恩人でもある大地と表向きは親しく接してきた。

 そんな彼を切り捨てる発言に龍玄は何の躊躇いもない。

 むしろ“そうすることを望んでいる”と言っても良いかもしれない。

 

「ふむ……しかし、貴重なデータを得る又とないチャンスをみすみす不意にすることもできん。

 奴を始末するのは、あくまでも最後の手段。優先すべきは無力化と拘束だ」

 

「それでも構わないよ。彼を自由にさせておくのは危険過ぎるからね」

 

 必要な会話を終えて、二人はそれぞれが目的とする方向に向き直る。

 斬月は再び戦場へ。龍玄はユグドラシル本社に繋がるクラックへ。

 

 森の中を駆けながら、戦場で孤軍奮闘しているであろうダークディケイドを思い浮かべる龍玄。

 彼には絋汰を救ってくれたことの感謝こそあれど、恨みは毛頭ない。

 こうして裏切る羽目になったのも、龍玄にとっては必要だったから。それ以外の理由はない。

 

(大地さん……あなたは確かに絋汰さんの恩人だ。

 でもね、あなたの存在は僕には都合が悪いんだ。

 もしもユグドラシルに潜入なんかしたら、僕の秘密を暴かれるかもしれない。

 ────裕也さんを僕が殺したことだって、絶対に知られる訳にはいかない。

 あなたに僕の居場所は乱させない。

 だから……さようなら)

 

 

 

 *

 

 

 

「秋山さん……力を借ります!」

 

 KAMEN RIDE KNIGHT

 

 鏡の虚像を自身に重ねたダークディケイド。

 掲げたダークバイザーでチューリップホッパーの蹴りを弾きつつ、その剣を投げつける。

 搭乗していた黒影トルーパーは、投合された剣に斬られて落馬し、搭乗者を失ったビークルはバランスを崩して転倒。そのまま爆散した。

 

 ライドブッカーを構えたDDナイトを次に待ち受けていたのは、空中からの制圧射撃。

 

 ATTACK RIDE ADVENT

 

「う、うわっ!?」

 

 しかし、部隊の先頭を切っていたダンデライナーの液晶画面が突然歪み、その中から巨大な蝙蝠が飛び出してくる。

 金切り声を上げるダークウイングの翼に打たれた数台は地面に衝突し、先のチューリップホッパーと同じ末路を辿った。

 

 この仲間の仇を討たんとするダンデライナーがダークウイングに射撃を浴びせ、地上ではチューリップホッパーが再びDDナイトを取り囲む。

 しかし、こうした場面においても有効打があるからこそ、ダークディケイドはナイトを選んでいた。

 

 ATTACK RIDE NASTY VENT

 

「Qyyyyyy!」

 

 ダークディケイドも苦しめられた超音波攻撃は全員に等しく降り注いだ。

 鼓膜を掻き乱すような激痛に喘ぐあまり、黒影トルーパー達の多くが操縦桿を手放してしまう。

 そうなればビークルがコントロールを失うことも、互いに激突してしまうこともまた必然。

 

 これにてビークル部隊の過半数を無力化できたかと思われたのだが────。

 

 チェリーエナジー! 

 

 果実の矢を受けて、無惨にも爆発四散するダークウイング。

 装甲の色を失い、急激な脱力感に支配されたDDナイトにも創生弓の刃が飛んで来た。

 ソニックアローとライドブッカー、二つの刃が互いにしのぎを削る

 

「随分と物騒なペットを飼ってるじゃねえか。

 あんまり好き勝手されるのはこちらとしても願い下げなんでねえ」

 

「好き勝手じゃなくて、仕方なくですよ……!」

 

 KAMEN RIDE IBUKI

 

 ブランク体の非力さ故に、シグルドとの鍔迫り合いを押し負けたその時、DDナイトは消える。

 残された一陣の風に撫でられたシグルドが怪訝に思うのも束の間、横合いから強烈な回し蹴りが叩き込まれた。

 続けざまに二撃、三撃と見舞われる旋風の蹴り。

 為すすべもなくシグルドは吹っ飛んだ。

 

 だが、仮にも相手は北欧の勇者と同じ名を冠する戦士。

 倒れながら、それでもシグルドは正確無比な狙いの矢を放つ。

 

「フゥッ────!」

 

 DD威吹鬼の吐息が森に溶ける。

 迫る矢は四本。DD威吹鬼は疾風となって前進を選ぶ。

 

 一本目、回避。

 

 二本目、これも回避。

 

 三本目、回避────失敗。右上腕に血の穴が開く。

 

 四本目、被弾。左膝にも穴が開く。

 

「へっ、ザマァねえ……何ッ!?」

 

 だが、血と肉が弾けて混ざったグロテスクな傷もすぐに治る。

 極限まで鍛え抜かれた鬼の肉体は、その治癒力も超人的なのだ。

 開けた風穴が瞬時に塞がる、なんて目を疑う光景に狼狽するシグルド。

 さらに加速したDD威吹鬼の飛び膝蹴りがまんまチェリーな胸部を叩いた。

 

「ガァッ!?」

 

 それはなんの特異な力を纏っていない、至って普通の蹴りだった。

 しかし、これは身体スペックだけなら最上位に位置する鬼の蹴りなのだ。それだけでも他のライダーの必殺技に匹敵する一撃に、シグルドが倒れるのも無理はない。

 

 シグルドは反撃することさえ忘れ、胸の鈍痛に呻く。

 そんな彼を見下ろすDD威吹鬼が追撃を仕掛ける気配はない。

 

「あぁ……?」

 

「言ったでしょう。あなた達と戦いに来たんじゃない、と。

 話がしたいのなら、また来ますから」

 

「ああそうかい。悪いが、こっちには引き下がる理由は無いんだよ!」

 

「ですよねー……」

 

 ソニックアローの刃に光が灯され、エネルギーの斬撃が放たれる。

 それは不意打ちの如く飛んできた一撃であったが、DD威吹鬼は難なく躱す。

 悲しいかな、こういった問答とその結末に慣れてしまっているのだ。

 

 乱れ飛ぶ赤い矢は止むところを知らず、回避はできても徒らに時間が浪費されるばかり。

 攫われた龍玄も不安なので、早めに離脱したいDD威吹鬼にはあまりよろしくない状況である。

 

「じゃあこっちで!」

 

 KAMEN RIDE BEAST

 

 矢を弾く金色の魔法陣。

 潜った鬼は獅子の魔法使いに早変わり。

 ダイスサーベルを構える威風の佇まいには、シグルドも思わず弓を引く手を止めた。

 

「が、がるるっ!」

 

「なんだぁ? また変わったのか?」

 

「もうちょっと変わります!」

 

 ATTACK RIDE CHAMELEO MANTLE

 

 DDビーストは肩のカメレオマントを翻すと共に、サーベルのダイスを回す。

 

 ファイブ! カメレオ! セイバーストライク! 

 

 五発分の魔力が充填された剣を振りかぶるDDビースト。

 直接当てる必要はない。これを目眩しとして、その隙にカメレオマントの能力で離脱し、龍玄を探しに行けばいい。

 

 身構えるシグルド。

 一気に解き放とうとしたセイバーストライク。

 

「ハァァ……ッ!?」

 

 メロンエナジースカッシュ! 

 

 ────耳朶を打つ音声により、DDビーストは剣を背後に振るった。

 

 しかし、緑白色の三日月──強烈な斬撃によって解き放たれたカメレオンは一匹残らず消し飛ばされ、黄金の装甲をも飲み込んだ。

 夥しい量の火花を散らして吹っ飛ぶDDビースト。

 

「何を遊んでいる、シド。

 油断するなと再三言った筈だが」

 

 森の闇を裂いて現れたのは、斬月・真。

 彼が連れ去った龍玄の姿はどこにもない。

 これが意味するところはつまり……。

 

「遊んでたのはアンタの方だろうに、よく言うぜ。

 こっちが身を粉にしてキリキリ働いてるってのに、まさか上司が呑気にやってるとは思わねえだろ?」

 

「フン、減らず口はよく叩く」

 

「ちょ、ちょっと……ちょっと待って! 

 光実さんをどうしたんですか!?」

 

「貴様には関係のないことだろう。

 ────行くぞ!」

 

 斬月はソニックアローを構えて、疾走を開始する。

 敵のベルト、武器共にシグルドと同じ装備。

 であれば対処はしやすいとDDビーストは考えたものの、その思惑はすぐに改めることになる。

 

 ヒュッと手元が掻き消えた一瞬の後、突き出された弓刃。

 怖気と反射神経に従った身体が辛うじて剣を持ち上げてくれていた。

 

「ほう……」

 

(速い……いや、それだけじゃない!)

 

 斬月はこちらの剣を掬い上げて、さらに刃を振り下ろす。

 流れるような動きで、面白いくらいに次々と斬られるダークディケイド。

 ビーストの鎧はもうすでに限界を迎えており、黒い装甲には裂傷のような傷跡が刻まれている。

 

 洗練され、無駄を徹底して省かれた動き。

 単調に攻めるのではなく、絶妙な緩急をつけてテンポを悟らせないテクニック。

 

 このライダー……斬月の強さとはすなわち、“巧さ”である。

 

「うりゃああっ!」

 

 一方的な展開を避けたいダークディケイドは、強引にドロップキックを繰り出す。

 斬月が取った防御の構えを足場とし、蹴っ飛ばして後退。これで距離は空けられた。

 

 立ち上がる時間も惜しいと、ダークディケイドは倒れながらカードを装填する。

 

 KAMEN RIDE MACH

 

 ATTACK RIDE KAKSARN

 

 斬月の頭上より滝のように降り注ぐ拡散弾。

 火花と土埃で視界を曇らせ、そこへすかさずゼンリンシューターからの光輪をぶち込む。

 

「俺を忘れてもらっちゃ困るぜ!」

 

「忘れてませんって!」

 

 ATTACK RIDE KIKERN

 

 DDマッハの背中を貫かんとした矢を魔獣の弾丸が噛み砕き、そのままシグルドに纏わりつく。

 所狭しと暴れる黒い巨体にシグルドが苦戦を強いられている間に、DDマッハは次なるカードをセットしていた。

 

 FINAL ATTACK RIDE MA MA MA MACH

 

 未だに晴れない土埃──斬月の影にゼンリンシューターの銃口が鈍く輝く。

 シグナルバイクの幻影を象った必殺射撃が正面から突っ込み、爆発。

 カクサーン、光輪、ヒットマッハーの三連撃を立て続けに当てたのだ。これならさしもの斬月も……。

 

「────こんなものか」

 

「効いてない……!? 今のが!?」

 

 残念ながら、本人は余裕綽々で健在。

 思わず二度見して唖然とするDDマッハ。

 

 だが、斬月にしてみればわざわざ驚くほどの芸当ではない。

 視界を封じられた土埃の中、彼は風圧と電子音声を頼りに攻撃の方向を探り当て、その都度対処していただけのこと。

 拡散弾は扇状の衝撃波で防ぎ。

 光輪は紙一重で回避し。

 ヒットマッハーに対しては、矢と斬撃で威力を減衰させ被害を限りなく減らしていた。

 

 こうして箇条書きにしてみると簡単に見えるが、これだけの技巧を短時間で実行できるライダーはそうはいないだろう。

 

 しかし、DDマッハが繰り出したのも腐っても必殺技。

 斬月がほぼ無傷で済んでいる理由はまた別にあった。

 

「効かなくて当然だ。

 貴様の攻撃には殺意が圧倒的に足りていない。

 そんな浮ついた攻撃でこの私を倒せるものか」

 

「と、当然ですよ! 

 僕たちが殺し合う理由なんてない! ましてや人間相手に……!」

 

「理由か……そんな大義名分などなくとも殺し合うのが人間だ。

 戦いとは殺るか、殺られるか。

 戦場で無駄な感情や迷いを持ち込んだ者など、真っ先に食われる。

 そんなことにも気付かずに、よく今日まで生きてこれたものだ」

 

「そ、それは……」

 

 前回の愛憎渦巻くライダーバトルは記憶に焼きついている。

 斬月の言葉を裏打ちしているのは、他でもない自分自身の経験なのだ。

 

「無駄口が過ぎたな……ハッ!」

 

 束の間の会話は打ち切られた。

 

 緑の軌跡を残す疾走が迫る中、DDマッハの初動は完全に出遅れてしまった。

 足元に炸裂する赤みを帯びた矢がDDマッハの動きを制限し、接敵までの対応を許さない。

 斬月の言葉という靄がかかった思考では碌に考えることさえままならず、袈裟斬りを甘んじて受け入れる結果となってしまった。

 

 身を裂かれる激痛に耐え切れず悲鳴を上げるDDマッハ。

 つんのめった純白のボディを、斬月の斬り上げが宙に浮かべた。

 

「ぐああっ……!?」

 

 内臓を揺らす浮遊感に慌てている猶予はない。

 斬月の掌にはもうドライバーから外したメロンエナジーロックシードが輝いているのだから。

 

 ロックオン

 

 桁違いのエネルギーを集めたソニックアローが強く光る。

 一足先にDDマッハを射るレーザーポインターは斬月の狙いを完璧に補った。

 

「終わりだ」

 

 メロンエナジー! 

 

 一条の光がDDマッハを撃ち貫いた刹那。

 濁音混じりに吐かれた咳。

 たなびくマフラーが暗赤色に染まる。

 

 ────そして周囲は閃光と大爆発に包まれた。

 

 

 

 *

 

 

 

 ソニックボレーの直撃が生み出した大爆発から、ボロ雑巾のような物体がドサリと落下してきた。

 血と煤で赤黒くなってはいるものの、タイヤのパーツや白いボディから、それがズタボロにされたDDマッハなのだとわかる。

 ダメージが蓄積し過ぎたせいか、シグルドにまとわりついていた魔獣も消滅。

 

 自陣営の勝利を確信したシグルドは帽子を押さえるような仕草と共に一息ついた。

 

「ふぃ〜……やっぱおっそろしい強さだよ。

 全くもってアンタを敵には回したくねえなぁ」

 

「馬鹿げたことを……。早く奴を拘束するぞ。

 まだ息は────構えろシド!」

 

 ATTACK RIDE TOMARLE

 

 死んだように横たわっていたはずのDDマッハがガバッと起き上がった。

 撃ち出されたのは、シグナルトマーレの弾丸。

 一瞬で身構えた斬月と、油断しきっていたシグルドは「STOP」の標識に飲まれ、手足を固められる。

 ダメージは皆無だが、発揮された拘束力は抜群。

 息つく間もなく、DDマッハはさらにカードを叩き込む。

 

 ATTACK RIDE MACH

 

 それは、ほんの一瞬の逃走だった。

 消えた、と錯覚してしまうスピードで逃げ去られた事実に気付いた時にはもう遅い。

 残された血の足跡を見て、斬月たちはようやく己らの失態を悟ったのであった。

 

「しまった……!」

 

 

 

 *

 

 

 

 走った。

 

 無我夢中で、何度も転びながら走った。

 血反吐を撒き散らし、ハイドラグーンに食い破られた傷口まで開いても構わず走り続けた。

 

 だがどれだけ走っても、さっきの斬月の言葉からは逃げられなかった。

 

(違う……僕の戦いはこんなものじゃない!

 人が怪人に襲われて、その怪人をライダーが倒す。

 これまでずっとそうしてきたのに……どうして、どうして人間と戦わなきゃならない! 

 どうして人間同士で殺し合うんだ!)

 

『理由か……そんな大義名分などなくとも殺し合うのが人間だ』

 

 違うと言ってやりたい。

 しかし、斬月が正しいと思う自分も心のどこかにいる。

 

 面白いから、人を殺したライダーがいた。

 イライラしたから、人を殺したライダーがいた。

 激情が赴くままに、人を喰わせたライダーがいた。

 

 恐れ。妬み。理由として扱うには不十分なものばかり。

 しかし、不十分とはあくまで大地の主観でしかなく、当人たちには十分な理由なのだ。

 

(それがおかしいんだよ! 

 理由もなしに人を殺すなんて……。そもそも、理由があったとしても人を殺すなんて、絶対おかしい! 

 そんな理不尽、認めたくないよ!)

 

 もう大地には何もわからない。

 人の悪意を直視できない。

 心の痛みに耐えられない。

 声にならない叫びを吐きながら、走ることしかできない。

 光実の安否さえ、この時は頭から抜け落ちている。

 このまま走っていても、答えが見つかるはずなんてないのに。

 

「────あっ」

 

 散漫になった注意力は愚鈍なミスを生む。

 足を踏み外して転落、なんて普段なら絶対しないようなミスを。

 

 多量出血と、ダメージの蓄積、そして激突の衝撃。

 これらの要因が全て重なれば、ダークディケイドの装甲が消失するのも至極当然の結果である。

 

 大地はガクンと首を折り、茂みに身体を沈めた。

 薄れゆく意識を保とうと抵抗するが、そんな努力も睡魔には容易く打ち破られる。

 そして意識を手放す直前、最後の瞬間。

 

「……なんだ、貴様は」

 

 こちらに呼びかける声の主を認識してから、大地は瞳を閉じた。

 

 その人物こそ────探し求めていた、駆紋戒斗その人である。

 

 

 





流石は呉島主任だ!


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インベスの真実


ちなみにこの戒斗さんはVシネバロン仕様です。



 

 

 スカラーシステム発動以来、焼き尽くされた沢芽の街。

 だが、今日この時だけはごく僅かな生活感の匂いが蘇っていた。

 

 トントントン。

 居住地区の一画にて響く、軽やかな包丁のリズム。

 エプロン姿で包丁を叩く瑠美の周囲には、薄汚れた服装の人々がザワザワと集っている。

 

 ゴクリと生唾を飲み込む音があちこちから響く。

 様々な視線を一身に受けながらも、瑠美はてきぱきと作業をこなしていた。

 

 柔らかく煮た人参に大根。

 歯応えを出す牛蒡とこんにゃく。

 一口サイズの絹ごし豆腐と豚バラ肉。

 栄養満点の具材がゴロゴロたっぷりの鍋。

 味噌を溶かして、味を染み渡らせればさあ完成! 

 

「花咲家直伝の豚汁です!」

 

「「「おお〜!!」」」

 

 目を輝かせた市民たちから歓声が上がった。

 瑠美がたった今完成させた熱々の豚汁が入った大鍋を前にして、彼らの目は子供のようにキラキラ輝いている。

 

(なんで写真館にあんだけ食い物があるんだ……?)

 

 そう考えながら横で眺めていた龍我でさえ、口の端から出る涎を止められなかった。

 

「ぃよし! さあみんな、順番に配るから一人ずつ並んでくれ!」

 

「全員分ありますから、慌てないでください! 

 おかわりもいっぱいありますよ!」

 

「七味もたっぷりあるぜ! ────なあ瑠美、俺も一杯だけ……」

 

「だめです」

 

 人々は紙の器によそった豚汁を、それはもうありがたそうに受け取っていく。

 中には涙を流して感謝する者さえおり、ここでの暮らしがどれだけ切迫しているのかを察してしまう。

 この瓦礫だらけの廃墟で食料なんて碌にないのだろう。ましてや、こんな温かい汁物なんて、逆立ちしてもあり付けやしない。

 

「ちゃんとしたご飯を食べるの、いつぶりだろう……」

「豚汁ってこんなに美味しかったんだ……」

「どうしてこうなっちまったんだろうなぁ。ううっ……ああ、本当にうめぇ……!」

 

 僅か一時のものだとしても、沈鬱だった人々を笑顔にできた。

 それだけでも、瑠美はここに来て良かったと思えた。

 

「万丈、瑠美、改めて礼を言わせてくれ。

 俺だけじゃみんなに料理を振る舞うなんて、思い付きもしなかった」

 

「へっ、俺はなんもしてねぇよ。

 発案も、料理したのも、全部瑠美だしよ。

 第一、絋汰のやりたいことはまだ始まってもいねえだろ」

 

「そうですよ。お姉さんの聞き込みはこれからじゃないですか!」

 

 絋汰の姉を尋ねようにも、気が立っている外の人々から話を聞き出すのは難しい。

 そこで瑠美が考えたのは、「人々を落ち着かせた上で聞き込みをすればいい」という計画。

 切迫した環境下で、温かい料理を振る舞われて怒る人間はまずいない。そして食事を与えてくれた人を邪険に扱う者も。

 食べ物で釣るような作戦は少しばかり気が引けるが、瑠美の決断は鈍らなかった。

 

 半分は絋汰のため。そしてもう半分は苦しんでいる人々のためである。

 

「食事中にすまねえ。俺の姉ちゃんを探してるんだけど、何か知らないか? 髪はこれぐらいで、ピンクのパーカーを着てて……」

「いや……」

 

「さ、万丈さん。私たちもじゃんじゃん作りましょうね!」

 

「うし、やるかぁ!」

 

 絋汰は聞き込み、瑠美と龍我は調理を続ける。

 やつれた顔をしていた人々も次第に穏やかさと安らぎを取り戻していく。

 それこそ、ここが過酷な環境だということさえ忘れられるほどに。

 

 しかし、こうして束の間の幸せに満足する者ばかりではない。

 

「オラどけ! あっちに行ってろ!」

 

 配膳待ちの列を乱暴に掻き分けてくる男がいた。

 人々は不満げにしながら、それでも彼を通してしまうのは腰のベルトがあってのこと。

 しかもよく見れば、彼は初日に遭遇した黒影の男ではないか。

 

「面白ぇことやってんな……えぇ?」

 

 すぐにでも変身できるよう構える龍我。

 だが、瑠美は唇をギュッと結んで列の後方を指差した。

 

「ちゃんと並んでください。全員に配っても有り余る量はあります」

 

「もちろんもらうさ。けどよぉ……それは今日一日分にしかならねえだろ? 

 だったらよお! テメェらが持ってる食料も全部よこせよ。

 ここにいる全員分ってことは……俺一人の何日分でもなるよなぁ」

 

「はぁ!? なんでアンタだけにくれてやらなきゃならねえんだよ!」

 

 龍我は叫び、瑠美と食料を庇うように飛び出す。

 龍我と男の間にピリピリした空気が流れ、周囲の人々は怯えて散っていく。

 あとは互いに変身して戦うしかない。多くの者がそう感じとった。

 しかし、瑠美だけは違う。

 

 両者が変身する寸前、彼女は男の前に立ち塞がった。

 

「瑠美!? 危ねえからどいてろ!」

 

「私たちはここに戦いに来たんじゃありません。

 だけど、あなたにここの食べ物を全部あげるわけにもいきません」

 

「なら力づくでやるしかねぇよなぁ!」

 

 マンゴー! 

 

 ロックシードが開けられても、瑠美はどかない。

 変身しようとする男の前に紙皿をスッと差し出した。

 湯気が香り立つ豚汁に、男は思わず変身の手を止める。

 

「今日、あなた一人が食べる分はあります。

 また明日も来ます。

 この世界にいる間なら、私はいつでも作りに来ます。

 ベルトを持っていても、いなくても、分け隔てなく振る舞います。

 だから……もう悲しいことはやめましょう?」

 

 そう話す瑠美は微笑んでいて、しかし器を差し出す手は小刻みに震えている。

 身を守る術を持たないが故の恐怖は当然ある。

 瑠美が持っているのは、それを我慢できるだけの勇気。

 

「……うるせぇ!」

 

「あっ!」

 

 男に払われた手から、汁が舞う。

 地面に撒かれた湯気が立つ。散乱した色とりどりの具材を見て、瑠美は悲しそうに顔を歪めた。

 一人分の一日を繋げるはずの食料が無駄になった。

 

 集団の中に仄かな熱が灯り、瑠美の勇気が新たな勇気を呼ぶ。

 

「もうやめろ!」

「アンタみたいな野郎はもう沢山だ!」

「貴重な食い物を無駄にしやがって!」

 

 ドライバー持ちに怯えていた、“持たざる者”が声を上げ、立ち上がり、石を投げ始める。

 尖った小石が男のこめかみを浅く切った。

 そこそこ大きめの石が見当違いの方向へ流れ、大鍋を倒した。

 

「なんだと!」

「誰が怪物から守ってやってると思ってやがる!?」

「ぶっ殺す!」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ! こんなことで争うなんて馬鹿げてるだろ!」

「ご飯ならまだまだありますから! 傷付け合っても、何にもなりませんよ!」

 

 ドライバー持ちが憤り、声を上げ、錠前を構える。

 この場はもはや乱闘一歩手前。

 静止を求める瑠美や絋汰の声はもう届かない。

 

 後は血で血を洗うだけの凄惨な戦場になるだけ、というところで。

 

 ドラゴニックフィニッシュ! 

 

 持つ者と持たざる者が睨み合う間に、轟く青竜の雄叫び。

 巨大なクレーターを開けた中心で、地面に拳を叩きつけたクローズの姿があった。

 

「やめろっつってんだろうが!! 

 瑠美の料理無駄にして、これで満足かよ!? 

 それでも暴れるなら、全員俺がぶっ潰す!!」

 

 騒めき、やがてすごすごと引き下がる両陣営。

 廃空を揺らすクローズの怒りは、脅しという面で見れば効果てき面であった。

 しかし、こうなって喜ぶ者など一人もいない。

 やがて去り行く人々は嫌な空気だけを残していく。

 

「すまねえ、瑠美……」

 

「いいえ。むしろ万丈さんには助けてもらいましたから。

 本当にダメなのは、私。

 こうなることが嫌で料理を提案したのに、結局こうなることを止められませんでしたから」

 

 瑠美は散乱した食材を片付けながら、気丈に振る舞う。

 汚れた場所を吹きながら、ゴシゴシと目元を拭う。

 

「私、諦めませんから。

 大地くんがそうしてきたように。

 私も、私ができることで戦います」

 

 赤くなった目元に、もう涙は無かった。

 

 

 *

 

 

 

 芯まで凍てつきそうな肌寒さに、大地は身震いした。

 毛布を手繰り寄せようと手を探らせても、触れるのはザラザラした妙な感触ばかり。

 フカフカのベッドとはかけ離れた硬さへの疑問と共に起き上がって、トロンと緩んだ目を巡らせる。

 寝ていたのはベッドではなく、積み重ねた柔らかな葉っぱの山だ。

 

 そうか、ここはヘルヘイムの森だったか。

 どうやら自分は気絶していたらしい。

 そこで、自分の身体のあちこちに赤が充満している包帯が巻かれていることに大地は気付いた。

 

「悪いな。寝かしてやりたいのは山々だが、こんな得体の知れない森を寝床にするのは流石にオススメできん」

 

「ざけんな! お前に寝られちゃ俺様は動けねえんだよ!」

 

 気付け薬代わりの冷気を吐いていたレイキバットと、抗議の声を喚くネガタロス。

 自分が気絶した時、ポーチから抜け出して助けてくれたのだろう。

 この包帯の巻き方がちょっぴり不器用なのも納得がいった。

 

「レイキバットさん、ネガタロス。

 ……迷惑かけちゃいましたね。ありがとうございます。

 葉っぱまでこんなに集めてくれて、大変でしたよね……」

 

「礼には及ばん……と言いたいところだが、俺たちじゃない。

 助けたのはアイツだ」

 

 首(というより身体全体)を横に振って否定したレイキバットは、羽先をチョンチョンと指す。

「アイツ?」と首を傾げてその方向を見る大地。

 もしや光実が助けてくれたのか、と考えながら振り返った。

 

「お目覚めのようだな」

 

「な……!?」

 

 ────駆紋戒斗。

 ボロボロの衣装、火傷まみれの身体。

 この森に侵入した最大目的である人物が、それも街で見かけたまんまの格好で目の前に立っている。

 仏頂面の戒斗に見下されながら、大地は絶句していた。ポカンと大口を開けている自分はさぞ滑稽に見えていることだろう。

 

「もしかして、これは駆紋さんが……?」

 

「世話を焼くつもりなど無かったが、そこの蝙蝠が“助けてくれ”とあんまりにも五月蝿かったんでな。

 口の悪い忠臣と自分の悪運に精々感謝することだ。

 まあ、その傷の塞がり具合では手当など必要無かったかもしれんが」

 

「誰が忠臣だ! ……オホン、そっちはいい。

 大地、前々から思っていたことだが、お前は傷の治りが早すぎやしないか? 

 今回だって、正直死んでてもおかしくないと思ってたんだぞ」

 

「……言われてみれば、まあ。

 多分ダークディケイドライバーのお陰……なのかな。そうだと思うというか……それ以外に無いんだけど……」

 

 もう死ぬかと思うぐらいボロボロにされた経験は何度かあった。

 しかし、一晩休めば大事には至らなかったし、そこまで気にしたことも無かった。

 それこそ、こうして指摘されることで初めて納得する程度には。

 斬月のソニックボレーを食らった胸も、もう塞がり初めており、この分だと数日中には治っていることだろう。

 

 知識と教養に欠ける大地にはそれがどれほど異常なことか、実感することはできなかった。

 

「大地……と言ったか。

 おおよその事情はそこの蝙蝠と目玉から聞いている。

 俺を記録したいらしいな」

 

「……ええ、ええ。そうです。

 この世界での目的はバロンの記録。それは間違っていません。

 そうなんですけど……僕はあなたに聞きたいことがあるんです」

 

「ほう、言ってみろ」

 

「────あなたの戦う理由を。

 何の為に、何と戦うのか。

 どうして、躊躇なく人間を倒せるのか。

 僕はそれが知りたいんです」

 

 大地はしっかりと頭を下げて、切実に頼んだ。

 最後に“お願いします”と付け加えることも忘れない。

 誠意を込める、とは平時の大地も常に行っているが、今回は特に態度に表している。

 

 それだけ知りたいのだ。

 市民を守るでもなく、かと言ってユグドラシルにも属せず、一人きりのこの男が戦う理由を。

 

「何を聞いてくるかと思えば……フン、つまらんことを。

 お前はアーマードライダーナックルとの戦いを見ていたんだろう? 

 目障りな弱者を潰し、世界を壊す。

 その為に必要な圧倒的な力を手に入れる! 

 それが、俺の戦いだ」

 

「……ん? ……えっと……え?」

 

 大地は自分の耳を疑った。

 世界を壊す、と。戒斗は確かにそう言った。

 最初は自分をからかっているのか、とまで考えて。

 しかし、戒斗の揺るぎない目を見つめてその考えを諦めた。

 この男が相手を揶揄うような冗談を言うようにはとても見えない。

 

「どうした、鳩が豆鉄砲食らった顔をして。

 まさか、俺が正義の味方だとでも思っていたのか? 当てが外れたな。

 俺には守るものなどいないし、守る気もさらさらない」

 

 正直、落胆した。

 これまで記録してきたライダーは例外なく誰かを守ることに必死だった。

 ライダーバトルに参加していた蓮も、人殺しを良ししていたわけではない。

 だから、今回もそうだと自然と思い込んでしまっていたのだ。

 

 勝手な期待だとは重々承知しつつも、抱かずにはいられない。

 記録するライダーが血も涙もない男の筈がないと。

 

「……あなたを初めて見た時、孤独な人だと思いました。

 守る人がいないから、なんですね……」

 

「ならお前は何の為に戦う。

 数々の世界で何と戦ってきた。

 その力、振るうに足る理由があるんだろうな?」

 

 嘲りや蔑みなどではない。

 戒斗は純粋な興味本位から問いかけてきた。

 ならば大地も真摯に答えねばなるまい。

 

「みんなを守る。なんの罪もない人が襲われるなんて見過ごせない。

 僕はその一心で戦ってきました。

 どの世界にもライダーがいて、怪人がいて、人間がいた。

 僕は色んなライダーと一緒に、人を襲う怪人からみんなを守って──────守ろうとしてきました」

 

「……」

 

「……でも、もうわからなくなっちゃいました。この世界で、何と戦えばいいのか。

 市民も、ユグドラシルも、みんな僕を目の敵にしてくる。

 人間同士で憎み合うから、誰かを守ろうとすれば、誰かと戦う羽目になっちゃう。

 けど、僕には人間を殺すことなんてできない! 

 誰を守ればいい? 何と戦えばいい? 

 もう……何も……わからない……」

 

 戒斗は静かに耳を傾けていた。

 大地が顔をぐちゃぐちゃにして、何もかもぶちまけて、へたり込むまで、彼は腕組みしながら待っていた。

 どこまでも無表情の戒斗が何を考えているのか、皆目見当もつかない。

 

「こんなに情けない僕だから、取り零す命があった。

 小さな子供一人守れなかったんですっ……!」

 

「……そうか。よくわかった」

 

 沈黙を破る戒斗。

 大地はゆっくりと顔を上げた。

 

「────貴様は弱い。取るに足らない弱者だとな」

 

「え……」

 

「貴様は他の世界のライダーと()()()戦ってきた、と言ったな。

 つまり、貴様は戦う相手をその世界のライダーに決めてもらっていたということだ。

 故に戦うべき相手がわからなくなる」

 

「そんな……そんなことはない! 

 いつだって僕は僕自身の意志で戦って────」

 

 言葉に、詰まった。

 戒斗の言ったことを肯定するつもりはない。

 

 が。

 

 ドキリと思う心があった。

 本当に? 

 本当に自分の意思だけで戦ってきたか?

 他のライダーに流されたことが皆無だったと言い切れるのか? 

 

 自問の迷路に佇む大地の内心を見透かしたように、戒斗はほくそ笑む。

 

「ある男の話をしてやろう」

 

 クルミロックシードが戒斗の掌で金属音を鳴らした。

 手元の錠前を見つめる戒斗の表情はどこか昔を懐かしむ色がある。

 

「微々たるものだが、そいつには力があった。

 スカラー兵器による被害を免れ、シェルターという安住の地を手に入れておきながら、そいつは外に出て戦う道を選んだ。

 インベスから人々を守り、食料を分け与えた……だが、連中がそいつに抱いたのは感謝などではない。

 

 ────力への渇望だ」

 

 戒斗の顔が途端に険しくなる。

 錠前を握る力が増して、ギチチと嫌な音が鳴った。

 

「騙され、力を奪われ、最後には嬲り殺しにされた! 

 守る為の力は、より弱い者を虐げるだけの力に成り下がった! 

 少なくともアイツはシェルターで怯えているだけの者よりも、怨みつらみを溜め込んで無様に生き延びるだけの奴よりも、ずっと強かった。

 今の沢芽には優しさを忘れ、生存にしがみつくだけの見苦しい弱者しかいない。

 そんな連中を守る価値がいったいどこにある?」

 

「わかりません……わかりませんけど!

 仮面ライダーなら人間を守る。

 それが当たり前のことじゃないですか! 

 酷いことだとは確かに思いますけど、その人は立派な仮面ライダーですよ……!」

 

 酷く不幸な出来事だったであろう。

 戒斗とその人物に浅からぬ親交があったことも窺い知れる。

 しかし、その人物が間違っていたなどと大地は微塵も思えない。

 自らを犠牲にすることも厭わず、他者の盾になれる。

 かの人物の結末を美談にする気はないが、これこそが大地の信じる仮面ライダー像なのだと声を高くできる。

 

 しかし、今対峙している男は大地の言葉に感銘を受けるような性分なら、こんな会話に発展することも無かっただろう。

 

「結果はどうあれ、アイツはユグドラシル────人間と戦う覚悟も決めていた。

 お前はどうだ? みんなを守りたいとほざいておきながら、人間を相手にできないと言う。

 そんな奴を口先だけの腰抜け、弱者と呼ばずして何と呼ぶ」

 

「僕が駆紋さんの語る弱者に当てはまらないとは言いきれません。

 でも倒せないのは人間だけですから! インベス相手なら僕だって……!」

 

 大地を弱者と称した際の戒斗はあまりに素っ気なかった。

 自身への興味を失くしつつあると感じ、大地は思わずゾッとする。

 見捨てられることが、何故だか無性に恐ろしく感じた。

 彼の興味を繋ぎとめようとして、必死に言葉を並び立てる。

 

 だが、その並べてしまった言葉こそが更なる真実のトリガーを引いてしまう。

 

「クク、おかしなことを言う。インベスが倒せて人間が倒せない、だと? 

 笑わせるな。

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「──────」

 

 一瞬で頭が真っ白になった。

 瞳孔が開ききって、喉が締め付けられるように乾く。

 戒斗の言葉を咀嚼するほどに心臓が痛いぐらい高鳴る。

 

「ち、ちが──そんなはず──だって、光実さんは毒って────」

 

「嘘だと判断するのはお前の勝手だ。

 だが、もしそう思うなら簡単に検証する方法がある。

 そこら中にある果実を食ってみればいい」

 

 この森に入ってからというもの、目に入らない時は無かった果実。

 大地はゆらりと持ち上げた手で、手頃な場所からもぎ取った。

 紫の硬い皮を剥き、顔を出した果実のなんと瑞々しいことか。

 

(そうだ、こんなに美味しそうな果実を食べて怪物になるはずが────)

 

 大地は思い出す。

 インベスの身体に巻かれていた、人間の服の切れ端を。

 

(あれは偶然だ。何かの拍子に引っかかったとか、そう考えるのが自然だもん)

 

 大地は思い出す。

 イルカインベスに付いていたピンクの布の切れ端を。

 

 

 

 

 同時刻、片付けをしていた絋汰はとある物を発見する。

 

「これ……姉ちゃんのやつだ……」

 

 そう呟く絋汰が摘んでいるのは、ピンクの布の切れ端。

 煤けてはいるものの、間違いない。

 これは姉が着ていたものであると直感が知らせている。

 

 しかし、ここは昨日メイジがイルカインベスを撃破した場所であるとも、絋汰が握る布がイルカインベスに付いていたものだと教えてくれる人物は、あいにく誰もいなかった。

 

 

 

 だが、真実を導き出してしまった者はいる。

 

「────あ、ああ」

 

 一度浸透した思い込みとは中々捨てきれないものだ。

 

 戒斗の言葉、果実を食べかけた龍我に対する光実のリアクション、遭遇したインベスの全てが服の切れ端を巻いていたこと────それを事実であると感じる証拠がいくつも出揃ってしまっている。

 偶然の可能性は未だあるにもかかわらず、大地はもう「インベス=人間」の等式を崩せなくなった。

 

「ああああっ、あああああああっ!!」

 

 口から漏れるのは、魂の震えが絞り出す叫び。

 腰を抜かして、自分の犯した罪から逃げるために身体を引く大地。

 そんなことをしても、打ちのめしてくる現実からは決して逃げられない。

 

 人を、殺した。

 殺してしまっていた。

 無知のまま、普通の怪人を相手取るようにぶちのめし、蹴り砕いてしまった。

 

 自分が目指したのは、“人を守る仮面ライダー”。

 仁藤が、名護が、剛が、イブキが、氷川が、侑斗が、蓮が、万丈がそうであったように、自分もそうなるのだと目指した。

 だが現実はどうだ。

 何の罪もない、ヘルヘイムの“被害者”の命を摘み取ってしまったではないか。

 

 ぐじゅり、と潰れた果実が土に落ちる。

 膝を折って放心状態となった大地。

 戒斗は腕組みを解いたが、手を差し伸べない。

 

「崩れたか。

 別の世界から来たと聞いて多少の興味はあったが……時間の無駄だったな。

 自分で戦うべき相手も決められない奴と、これ以上話すことは何も無い」

 

 大地を置き去りにして立ち去ろうとする戒斗。

 見送る他ない大地に代わって、レイキバットが行く手を阻む。

 羽ばたきの頻度を普段より三割増しにして憤怒を表現する蝙蝠に、戒斗は溜息を吐いて立ち止まった。

 

「ちょっと待ちやがれ! 

 好き放題言ってくれたな、このバナナ男が! 

 テメェの持論なんざ知ったこっちゃねえがな!

 大地はな……呆れ返るぐらい甘ちゃんで、どんな世界でもそうやって戦ってきたんだよ! 

 そんなコイツを弱者呼ばわりするとは、この俺が許さねえ!」

 

「それこそ俺の知ったことか。

 そんなにコイツを慕っているのなら、今お前がすべきは俺に食ってかかるよりも、他にすることがあるんじゃないのか?」

 

「ぐっ……! おい目玉! お前も何か……!」

 

 分が悪いと見るや、レイキバットは苦い思いを我慢して援護を頼む。

 しかし、肝心のネガタロスはポーチの中で沈黙を守っている。

 戒斗を気に入っていた彼なら勧誘さえしそうなものだが……。

 

 レイキバットは気味が悪いな、と漏らしながら戒斗の道を開けた。

 そして大地を励ますべく戻ろうとして、目撃した。

 

 ────大地の背後から迫る赤黒い光の矢を。

 

「危ねぇ!」

 

 気付いたのはレイキバットのみ。

 最大速度で飛ばした小さな身体を盾に捧げたことで、光が大地を貫くことはなかった。

 

 だが、いくら頑丈な作りとはいえ無事で済むはずもなく。

 

「……レイキバットさん?」

 

「ガ……く、クソが……」

 

 大地の膝下に横たわるレイキバット。

 左眼から左翼にかけての金属が抉れてしまっており、剥き出しになった機械が不規則に火花を噴いている。

 満足に飛び立つこともできず、痙攣するのが精一杯。

 レイキバットが重傷を負ってしまったのは誰の目でも明白であった。

 

「久しいな、大地。

 俺のダークディケイドライバー、今日こそ返してもらおうか」

 

 ドウマ──仮面ライダーセイヴァー。

 見知らぬアーマードライダーの出現に戒斗は眉を顰め、大地は放心状態から立ち返る。

 

「ドウマ……!

 あなたの狙いは僕でしょう!? どうしてレイキバットさんを……!」

 

「無論弁えてはいるが、そこのキバットバット族モドキが勝手に出てきたのでな。

 まあ、ちっぽけなメカ一匹どうでもいいだろう?

 どっかの世界で代わりのペットを見つければいいさ」

 

「────お前ぇぇッ!!」

 

 人殺しのショックは未だ冷めやらない。

 しかし、煮え滾る怒りが一時的に大地を奮い立たせた。

 こんな不甲斐ない自分を、身を呈して庇ってくれたレイキバットを侮辱する物言いを許せはしない。

 そして、駆け出した大地はベルデのデッキをVバックルに叩き込もうとし────

 

「いいのか? 俺もれっきとした人間だぞ?」

 

 たった一言だけで足を止めた。

 

「別に驚くことでもあるまい。

 俺がダークディケイドライバーを求める理由。

 それは────()()()()()()()

 

 かつての戦闘で消耗し、俺の存在は希薄なものとなった。

 あのコソ泥が言うように、今の俺は幽霊、と言えばわかるかな? 

 だが、ダークディケイドライバーがあれば俺は生き延びられる! 完璧な人間に戻ることができる! 

 ……それとも、お前の信じる仮面ライダーとは、そんな願いを踏み躙る存在なのか?」

 

「そんな言葉を信じろって言うのか……!? 今まで、あんなことをしでかしておいて、今更……!」

 

 ドウマの語った内容が突拍子もない嘘とは言い切れない。

 幽霊のような存在なら、今まさにポーチで鎮座するネガタロスなんかが良い例だ。

 

「わざわざ世界を超えてまでお前を狙う理由としては納得し易いものだろう? 

 さあ、ベルトを渡せ。俺は──“死にたくない”」

 

 死にたくない。その最後の言葉だけは、根拠なしに信じられそうな気配を感じた。

 なら渡せるか? 無理だ。

 なら殺せるか? 無理だ。

 

 セイヴァーが歩み寄ってくる刹那、大地は迷って、迷って、迷って、迷って。

 

 心臓を握り潰す心境でベルデに変身した。

 

「くぅ……っ!」

 

 鏡の虚像が重なると同時、セイヴァーアローの唐竹割りをライドブッカーがガードする。

 

「まだ変身できるだけの余裕はあるか。

 だがこれならどうだ?」

 

 そう言うと、セイヴァーは弓を放り捨てた。

 頭をかち割ろうとしてきた力が消え失せたことに困惑したベルデであったが、この後のセイヴァーの行為がその惑いを加速させる。

 

 セイヴァーが変身を解いたのだ。

 

 生身を晒したドウマは、まるで剣を受け入れるかのように仰々しく腕を広げ、戸惑っているベルデを見据える。

 

「さあ、やれよ。今がチャンス……と言えば、わかるだろ?」

 

「なっ……なっ……!」

 

 目の前に立つは、レイキバットを撃った憎き相手。

 大地の精神に牙を立てるドス黒い感情が剣先を動かそうとした。

 実際に動くことは無かったが。

 

「ま、できんだろうがな」

 

 ドウマがフッと笑ったかと思えば、即座に再変身を遂げていた。

 ベルデを斬り裂くは、大橙丸の横一文字。

 日々培ってきた経験が、身体を反射的に動かし、反撃の刃をセイヴァーに滑らそうとするも、その時にはドウマはもう生身だ。

 ライドブッカーは、差し出された首の寸前でピタリと停止した。

 

「躊躇うことはない。お前が殺したインベスを思い出せ。

 彼らも思ってたことだろうよ。“死にたくない”、“俺は人間だ”……とな」

 

「ッ! ち、違う……! 僕は、殺すつもりなんかなかった!」

 

「お前がどう思っていようと、結果は変わらない!」

 

 弓刃に斬られたベルデが後退する。

 前に戻ろうとして、しかし踏み出せない。

 セイヴァーに踏み出すということが、彼を殺すも同然のように思われたから。

 弓を引くセイヴァーがイルカインベスと重なって見えてしまったから。

 そして、イルカインベスは人の輪郭へと────

 

「違う……違う違う違う! 違う違う違う!!」

 

 力を失った手から剣が零れ落ちた。

 幻覚を振り払いたくて、頭を激しく揺さぶるベルデ。

 戦意さえ失った大地には、セイヴァーアローに凝縮されていく赤黒い光に気を払う余裕はない。

 

 ザクロチャージ! 

 

 悪しき光を固めた矢が真っ直ぐに飛ぶ。

 大袈裟にならない威力がふんだんに込められた一撃が迫る。

 罪悪感に心を食い潰されかけていた大地は、ふと予感した。

「あ、これ食らえば死ぬな」と。

 

 

 

 

 

 カモン! バナナスパーキング! 

 

 だが、そうはならなかった。

 

 突如地面に生い茂った巨大バナナの柵がザクロの矢を相殺。

 結果、大地は死に至ることなく、その予想外の妨害にセイヴァーは目を剥いた。

 “どうしてこの男が邪魔を? ”。セイヴァーの思考はその疑問で満ちていることだろう。

 

「ハァァァァッ!!」

 

 大地を救った騎士──仮面ライダーバロンの槍は真っ直ぐにセイヴァーを向けられた。

 猛進する騎士の刺突を受け止めつつ、セイヴァーは自身の疑問をぶつける。

 

「駆紋戒斗……? これは一体何の真似だ?」

 

「知れたことを。目の前に敵がいる。理由はこれで十分だ!」

 

 バロンの巧みな槍捌きを弓と剣の変則二刀流が迎え撃つ。

 数度の打ち合いが両者に浅い傷を生んだ。

 

「おかしな事を言うな。俺がいつ君に敵対行為を取った? 

 俺は君の邪魔をするつもりなど毛頭ない。

 まさか、こんな奴を庇う為か?」

 

「違うな。コイツは疑う余地もなく弱いが……貴様はもっと弱い! 

 正面から戦えば負けると知っているから、貴様は汚い手を使うことしかできない。

 俺の敵とは、貴様のような見るに耐えん弱者だ!」

 

「訳の分からんことを!」

 

 激しくぶつかり合うバロンとセイヴァー。

 攻め立てるバナスピアーのリーチは長く、そしてセイヴァーアローと大橙丸の二刀流による手数がそれを防ぐ。

 技量はセイヴァーに分がある。しかし、それを補って余りあるバロンの勢いはセイヴァーの防御を打ち崩した。

 

「チッ!」

 

 胸を突かれて舌打ちを零したセイヴァーは後方へ跳躍。

 そうして距離を取ろうとすることを許さないバロンが地を駆けるが、紅き矢の弾幕に停滞を余儀なくされる。横薙ぎに槍を払っても、ほんの一部の矢しか弾けない。

 

「ならば!」

 

 カモン! マンゴーアームズ! Fight of Hammer! 

 

 暴雨の如く殺到する矢を弾きながら、バロンに装着されるマンゴーの鎧。

 バロンはカッティングブレードを二回倒し、マンゴーパニッシャーに光を纏わせる。

 

 カモン! マンゴーオーレ! 

 

 ググ、と重たそうに持ち上がったハンマーがバロンの周囲をゆっくりと一回転。

 それから二回転、三回転としていくうちに速度を増して、目にも留まらぬ勢いでハンマーを振り回す。

 さながら人間大の竜巻となったバロンには矢も刺さらず、やがて放たれたハンマーの投合がセイヴァーを打ち据えた。

 

「ガハァッ!?」

 

 弾幕が止んだ瞬間、バロンはセイヴァーへ急接近。

 途中で拾ったマンゴーパニッシャーの重い一撃は生半可な防御では受けられず、セイヴァーの胸に叩きつけられた。

 

「おのれ……こうなれば!」

 

「どうした? 奥の手があるなら、早く見せてみろ!」

 

 バロンのパワーファイターの戦法に苦戦を強いられるセイヴァーは森の奥地に視線を飛ばす。

 

 何かが、動き出した。

 

 

 *

 

 

 バロンとセイヴァーが激突する様子を眺めながら、尻餅をついている大地。

 霧散したベルデの装甲を再び纏うこともせず、ただ眺めることしかできていない彼のポーチで小さな物音が響いた。

 それに伴って脳内に直接語りかけてくるネガタロスの声も。

 

(大地、俺に代われよ。

 無理をすることもねえ。ここは適材適所と行こうぜ? 

 そうすれば……そこで転がってるゴミコウモリも助かるかもな?)

 

 普段の彼を知っていれば、異常だとわかる猫なで声だった。

 冷静に考えずとも、良からぬ企みがあると察せられるような、そんな声。

 けれど、今の大地はそんな簡単な考えすら浮かばず、ネガタロスが用意した逃げ道はとてつもなく魅力的に映ってしまう。

 

 だから大地は簡単に押してしまった。

 

「────フッ、安心しな。

 お前は身体だけ貸してればいい。俺様が何をしても、気にする必要はない。気楽に構えとけ」

 

 やつれた顔から一転、悪辣な笑みを浮かべる大地──否、N大地。

 憑依によって、腰に巻いたダークディケイドライバーの制限からも解放されている。

 N大地は悶えているレイキバットを渋々押し込んでから、カードを抜いた。

 

「変身」

 

 KAMEN RIDE DECADE

 

 変身完了も待たずに地を蹴ったN大地が次に地を踏んだ時、その肉体はダークディケイドの装甲に覆われていた。

 100mを6秒で走破するスピードでセイヴァーに接近し、刃を振り下ろす。

 ダークディケイドが繰り出すは、バロンの重鈍な殴打の隙を縫うような、細やかな斬撃。

 軽さと速さを重視した剣さばきでセイヴァーの武器を弾き、ハンマーの痛烈な一撃がねじ込まれる。

 

 そうして堪らず吹っ飛ぶセイヴァーをダークディケイドは嘲笑う。

 陰湿な野郎がぶちのめされる様はネガタロスからしても見ていて痛快なのだ。

 

「ネガタロス……結局その身体に憑きぱなっしというわけか。

 いや、奴隷と言うべきか? 

 いずれにせよ、哀れなものだな。はぐれイマジンに相応しいとはいえ」

 

「哀れ、って見方には同意してやるよ。

 しかしそんな余裕をぶっこいていいのか? 

 俺様は大地みたいな甘ちゃんじゃねえ。

 クク、ここで惨めに死ぬテメェの方がさらに哀れだろうに」

 

「フッ、死ぬのは果たしてどっちだろうな」

 

「何……?」

 

 この絶望的な劣勢を強いられてもなおセイヴァーは余裕を崩さない。

 強がりというより、裏付けがあるからこその自信。

 そんな風にネガタロスの目には映った。

 

「そういえば怪人を召喚できるらしいな。

 その能力も俺様がもらってやろう」

 

「できるものならやってみろ。

 ────出番だ! ドラス!」

 

 

 そして、「それ」は現れる。

 

 

 突如として爆発炎上した木々の狭間に光る一対の赤い複眼。

 人型の輪郭にプラスして、硬質感のある長い触角と尻尾がうねる。

 ゆっくりと浮遊しながら現れたその怪人はまさしく「機械のバッタ」と表現するのが最も適切だろう。

 

「インベス……ではないな」

 

『コンニチワ! お兄ちゃんタチ!』

 

 穢れなき幼子のような口調に騙されてはならない。

 悪という概念を深く愛し、愛されたネガタロスだからこそわかる。

 “究極の悪”というものがあるとすれば、このドラスと呼ばれた怪人がまさにそうだと。

 

 だがこのドラス、本来の宿敵である仮面ライダーZOと激闘を繰り広げたオリジナルと極めて近い個体でありながら、決定的に異なる部分があった。

 ネオ生命体が金属を取り込み、構成した戦闘用ボディ。それがドラス。

 かつてのドラスはそこら辺にあるような普通の金属で作られたボディでZOを圧倒せしめたという。

 

 そこでドウマはこう考えた。

 普通でない金属を使えば、どうなるか? 

 

「さあ、刮目しろ! これこそが俺が苦心して作り上げた究極の怪人!」

 

 カイジンライドで呼び出した様々な機械怪人のパーツにより作られた新たなドラス。

 より完全になった究極生命体。

 

「蹂躙せよォッ! パーフェクトドラス!!」

 

 世界の一つや二つだって、簡単に滅ぼせてしまうかもしれない怪物の瞳がギラリと瞬いた。

 

 

 

 




パーフェクトドラス。
色んな機械怪人を部品として構成されたトンデモ怪人。
ライダー怪人版タイラント。
構成怪人は次回の後書きにて


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ネオ生命体、ドラス降臨!


サッカー要素かもしれない




 

 

(……ケッ、思ったより面倒なのが出てきやがったか。

 しかし『パーフェクト』とは……ネーミングセンスはまあまあ良いな、アイツ)

 

 高笑いに興じるセイヴァーに付随して、不気味に笑うドラス。

 一見隙だらけのようだが、実際には違うのだとネガタロスは己に言い聞かせた。

 故にこそ、バロンも仕掛けないままに動向を見守っているのだろう。

 

『お兄ちゃんタチ、強そうだから、完璧になったボクの実験台になってよ! 

 あのオーバーロードってヒトたちみたいに、簡単に壊れないでネ!』

 

「オーバーロードと戦ったというのか……!?」

 

『ウン! ちっとも強くなくて、ガッカリしちゃった! 

 この程度にも耐えられないんダから』

 

 ドラスの身体が軽く動く。

 ダークディケイドとバロンが同時に構えた次の瞬間には、身体が吹っ飛ばされていた。

 

(な──!?)

 

 微弱な風圧を肌で感じ、奇襲に備えようとした時にはもう遅かった。

 ネガタロスの目が辛うじて捉えたのは、ドラスの尻尾が伸縮する瞬間。

 周囲の木々が一瞬で薙ぎ倒されていることからも、恐らくはその尻尾を視認できないレベルの超絶スピードで薙ぎ払ったのだろう。

 

「がふっ……! 一撃でこれとは……! 

 オーディンが可愛く見えてきやがる」

 

「なんて力だ……!」

 

 尻尾を叩きつけられたであろう胸部から軋むような音が鳴り、込み上げた血反吐を仮面の中に吐き捨てる。憑依を維持していられるのが奇跡的に思えるダメージだった。

 装甲の大部分に亀裂を刻ませているバロンだって、全身が粉々になっていないだけマシだと思えてしまう。

 

『ハハハハ! よかった、まだ壊れてないネ! じゃあ次行くよ』

 

「舐めるな!」

 

 スイカ! 

 

 ATTACK RIDE BLAST

 

 戦慄してばかりもいられない。

 ダークディケイドはドラスの次なる一手を阻止せんとディケイドブラストを放ち、バロンは錠前を交換する。

 言葉を交わさずとも、この場で協力しなければ死ぬと彼らは察していた。

 多重射撃を全弾浴びても微動だにしないドラスはダメージではなく、「どんな抵抗をしてくるのだろう?」という興味から攻撃を中止した。

 

 カモン! スイカアームズ! 大玉 ビックバン! 

 

 KAMEN RIDE GAOH

 

 バロンが選択したのは、超巨大兵器型鎧・スイカアームズ。

 ドラスの倍はあろうかという極太の槍に赤雷が迸り、一直線に突っ込むバロン。

 多少の攻撃はこの鎧で受け止め、自身が持つ最大火力で以って粉砕する。バロン好みの、それでいて理にかなった戦法。

 しかし、これだけでは不十分と判断したDDガオウが、バロンの背後で後詰めのカードを装填する。

 

 FINAL ATTACK RIDE GA GA GA GAOH

 

 スイカアームズの巨体と、その進撃に伴う轟音に紛れて、タイラントクラッシュを発動させるDDガオウ。

 振り抜いたガオウガッシャーの剣先は丁度ドラスの背面部──尻尾を切断するよう調整されている。

 この実質的な挟撃なら最低でも尻尾を斬れる、とネガタロスは踏んでいた。

 

 それが彼らしからぬ楽観視であるとも気付かぬままに。

 

『すごいすごい! パパもこんなモノは作れなかったなぁ!』

 

 自身を貫く──というよりも、すり潰す勢いで迫る巨大ロボを目前にしながらドラスは子供っぽくはしゃいでいる。

 侮られていることにバロンは憤り、槍の力に変える。

 その油断こそが命取りだとDDガオウはほくそ笑む。

 前方の巨槍、後方の牙剣。同時に激突し、ドラスから多大な火花が散った。

 

 ────だが、それだけだ。

 

 巨槍は白銀の胸──クライシス帝国の怪魔ロボット、デスガロンと同じパーツに煤を付けただけ。

 牙剣は振り返りもせずに伸ばした尻尾──ブラックサタンの奇械人ワニーダと同じパーツを微かに揺らしただけ。

 

 ドラスに一切のダメージは無い。

 

『ハッ、ハッ、ハッ。チョットだけ痛いネ! ううん、くすぐったいって言うのカナ?』

 

「……ッ」

 

『じゃあ、次はこっちからいくよ?』

 

 ドラスの右肩が盛り上がり、大きく組み上げるように変形する。

 レーザー砲とも、大砲とも取れる見た目の砲身が向く先は、言うまでもなくバロンとDDガオウ。

 威力も範囲も知れない砲撃だが、その脅威度は明快であった。

 

 大玉モード! 

 

 FORM RIDE DRAKE MASKED

 

 バロンは防御を固め、さらにその大玉を盾にしたDDドレイクの射撃が飛ぶ。

 狙うはドラスの砲身。発射前に砲身の中で誘爆できれば、あの見るからに高威力な砲撃をお見舞いできるだろう。

 ごく短時間ながら正確な狙いによって放たれた弾丸は寸分の狂いもなくドラス右肩の砲台を貫く……かに見えた。

 

 音速のレーザーが弾丸を蒸発させ、大玉を貫き、バロンの肩を焼く。

 特大の砲弾がスイカアームズを木っ端微塵にし、中身のバロンを背後のDDドレイクごと吹き飛ばす。

 

 タイガーロイド──バダン帝国が誇る改造人間(パーフェクトサイボーグ)。その大砲を取り込んだが故の超火力であった。

 

「グッ────アア──!!」

 

 喉が張り裂けそうな悲鳴は爆音に掻き消される。

 無数の木々をへし折りながら、爆風に飛ばされていた身体が地面に落ちる頃には、DDドレイクのマスクドフォームの装甲はボロボロと崩れて落ちていく。

 ヒヒイロノカネの残骸に埋もれたDDドレイクの姿は正式な手順を踏んでいないにも関わらず、八割がライダーフォームとなってしまっていた。

 

「ハァ……! ハァッ、ハァ! クソが! 

 なんで俺様がこんな目に合う!? 

 こういうバケモンは俺様みたいな悪のカリスマが従えてこそだろうが!」

 

 ネガタロスは役立たずとなった装甲を脱ぎ捨てながら、彼らしくもない台詞を吐き捨てる。

 しかし、その様を見て「さっきまでの威勢はどこにいったのだ、情けない」という感想を抱げる者はほとんどいないだろう。

 スイカアームズを盾に挟んで、かつマスクドフォームの状態でも受けきれないほどの砲撃。

 精密射撃の弾丸を一瞬で撃墜してしまう速射レーザー。

 これらを同じ砲身から、同時に放てるというトンデモ不条理にはさしものネガタロスも弱音を吐かざるを得なかったのだ。

 

 そして、そうこうしている内に再び砲撃とレーザーが放たれる。

 

「チャージいらずかよ……!」

 

 ATTACK RIDE CLOCK UP

 

 間一髪、DDドレイクはその身を焼き尽くされる直前でクロックアップを発動。爪先にまで迫ろうとしていた爆風から逃れることに成功する。

 全てがスローモーションになった時間の中を駆け抜けながら、DDドレイクは必殺のカードを抜いた。

 さっきはつい取り乱してしまったが、戦意はまだ漲っている。

 一発の必殺技で駄目なら二発、それでも駄目なら三発四発跳んで六発。

 悪の組織の夢はこんなところで潰えやしない。

 

「さあ、コイツを喰らい……な……。あぁ、そうかよクソっ」

 

 ライダーシューティングを放とうとして────DDドレイクは止めた。

 自分以外の全てがスローモーションになった世界では、ドラスといえど例外ではない筈。

 だが、目の前で笑う怪物はとてもそうは見えない。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 もし今大地の意識があれば、それを成し遂げさせた怪物のゴツゴツした白い足を見て気づいたことだろう。

 ドラスの足のパーツがかつての強敵──スピードロイミュードと同一のものであると。

 

『アレ? 何もしないんだ? 

 お兄ちゃん、あんなに速くなれたのに』

 

「それは追いついた自分への自画自賛か? 

 そこまでお望みなら、俺様が遊んでやるよ。ま、ごっこ遊び程度じゃ済まんがなぁ」

 

『ハッ、ハッ、ハッ。とっても楽しみ!』

 

 速度の優位性を潰された以上、ドレイクの姿に価値はない。

 そう判断したネガタロスはクロックアップと共にカメンライドを解除し、通常形態に戻った。

 剣を華麗に回して強気な自分を演じてみるものの、その活路は未だ見出せない。

 

(カメンライドだって無限にはできない。

 アイツが本気を出せばぶっ壊れるのがコッチなのも認める。

 できれば使いたくは無かったが……こうなりゃ奥の手を出すしかねえ)

 

 猛獣を威嚇するように、それでいて注意を引くように剣先を揺らしながらダークディケイドは動き出す。

 そのゆったりとした足運びを眺めていたドラスであったが、やがて痺れを切らしたのか、左手を持ち上げた。

 

 赤いノズルの形状をした左手から噴射されるガス。

 危険な気配を感じたダークディケイドは横に跳んで回避するが、背後にあったはずの大木が綺麗さっぱり消滅していることに愕然とする。

 

 パーフェクトドラスの左手のパーツとなったのはジンドグマの怪人、ショオカキング。

 彼が持つ強力な溶解ガスもまた、ドラスの武器となっていたのだ。

 

『つまんないなあ、早くしないと溶けちゃうよ!』

 

「ならその強力な武器の一つでも俺様に寄越しやがれってんだ!」

 

『やだよ! これはもう僕のモノだもン!』

 

 あまり悠長に構えてもいられない。

 ダークディケイドはなるべく一ヶ所に留まらないよう心掛けて、ガンモードに変えたライドブッカーの射撃を際限なく浴びせ続ける。

 しかし鋼の身体は揺らせても、やはりダメージには至らない。

 それでも引き金を絞ることはやめず、徐々に後退して森林の奥へ向かう。例え気休め程度だとしても、太い大木は時に身を隠し、時に身を守ってくれるからだ。

 

『逃がさナいよ、お兄ちゃん』

 

 ドラスが次に持ち上げるは、鉤爪のような右手。

 そこから射出されたのは、なんと右腕そのもの。

 機械の怪物らしく放たれたロケットパンチに舌打ちをするダークディケイドであったが、残念ながら攻撃はそれだけに終わらない。

 

 そのロケットパンチを阻んでいた木々がなんの前触れもなしに炎上を始め、焼け落ちていく。

 迫り来る右腕が炎を纏い、邪魔な木を片っ端から燃やしているのだ。

 その勢いといい、火力といい、まるで隕石のよう。

 これも身体を隕石に変えて攻撃できる怪人──クライシス帝国のグランザイラスを取り込んで身に付けた技である。

 

 FINAL ATTACK RIDE DE DE DE DECADE

 

 黄金のゲートの完全展開を待たず、発射されたディメンションブラスト。

 ロケットパンチのスピードは凄まじく、カード状のエネルギーを粉砕していき、必殺射撃が完成される前に衝突する。

 並の怪人なら消滅、そうでなくとも大ダメージを保証してくれる一撃がこうもあっさりと打ち負かされたことにも、もう驚きはしない。

 

 ATTACK RIDE SLASH

 

 勢いを大幅に削がれながら、なおも直進するロケットパンチはさらに多重斬撃を直撃させることでようやく停止する。

 バラバラに切断された腕は芯を失ったかのように空中分解し、構成していたであろう無数の機械の部品が散らばった。

 

「機械……。そうか、これで合点がいった。

 それであの野郎は腕が無くなってもピンピンしてる訳だ。

 ────試してみるか」

 

 ネガタロスの脳裏に閃いた、とある戦略。

 突発的な思い付きを突破口と呼べるかは微妙だが、他の攻略法を探してのんびり戦ってもいられない。

 

(隙を作るのはそう難しくはない。タイミングを見極めて、一気に畳み掛ける!)

 

 ネガタロスの考えを読み取ったドライバーから、適したライダーのピックアップが始まる。

 ダークディケイドは傷だらけの身体に鞭打って、頭の中でプランを練りながら疾走を再開した。

 

 

 

 *

 

 

 

 ダークディケイドとドラスの激闘からそう遠くない場所にて、戒斗が目を覚ます。

 スイカアームズの爆発四散と吹っ飛ばされた衝撃によって一瞬意識を失っていたのだ。

 アームズを喪失した状態では変身も保っていられない。

 とは言っても、あのダメージならどの道変身は解けていただろうが。

 

「まだ生きていたのか。羨ましくなる生命力だな」

 

「貴様……!」

 

 倒れている戒斗にセイヴァーが声をかける。

 戒斗は鉛のように重い身体を起こそうとするが、ドス黒い血で汚れた手足は支えにもならない。

 結果、敵を前に這い蹲ることになってしまう。

 

「いやはや、ドラスがここまで恐ろしい存在になるとは。俺も少々肝を冷やしたよ。

 だが、お陰でこうして生意気なライダーを一人見下ろすことができた。

 どうだ? これでもまだ、俺が弱者だと言えるか?」

 

「お望みなら何度でも言ってやろう……貴様は弱い! 

 今の貴様は虎の威を借る狐そのもの。全く反吐が出る」

 

「……フン。まだ痛みが足りないらしいな」

 

「痛み……? 笑わせるな!

 この程度で俺を痛めつけた気になるなど、勘違いも甚だしい!」

 

 身体が精神に追いつけないと悲鳴を上げる。

 その声を無視して、戒斗はヨロヨロと立ち上がる。

 戦極ドライバーを取り外し、新たに構えるは斬月やシグルドと同規格の赤いベルト──ゲネシスドライバー。

 

「茶番は終わりだ。変身」

 

 レモンエナジー! 

 

 専用のエナジーロックシードをドライバーにセットし、グリップを絞る。

 ドライバーが内蔵されたエネルギーで満たされると、黄色のアームズがバロンに被さった。

 

 ソーダァ────レモンエナジーアームズ!

 ファイトパワー! ファイトパワー! ファイファイファイファイファファファファファイッ! 

 

 創世弓・ソニックアローを構えるバロンは、強化形態──レモンエナジーアームズへの変身を完了する。

 身体のフラつきは抑えられていないが、強化形態となった彼の威圧感は少しも衰えていない。

 

「強がりをしてくれる。ならば、お前の相手はコイツに任せるとしよう」

 

 KAIJIN RIDE OUGON JAGUAR

 

 そう言ってセイヴァーが召喚した怪人は、長槍を構えた黄金の鎧を着込んだジャガー。

 その名前も、まんま黄金ジャガー。かつてXライダーやスカイライダーと死闘を繰り広げたネオショッカーの幹部である。

 

「俺は確かスカイライダーと決闘の最中だった筈では……? 

 ────ぬ、貴様も仮面ライダーか!? 面白い、一対一の勝負だ!」

 

「望むところだ!」

 

 同時に駆け出すライダーと怪人。

 大木に背を預けて眺めるセイヴァーの眼前で、弓刃と槍先が交わって火花を散らす。

 

 リーチは槍の方が圧倒的に上だが、懐に飛び込んでしまえば満足に振るうこともできまい。

 バロンの考えは正しく有効で、だからこそ黄金ジャガーの巧みな槍術は両者の距離を一定以下に縮めさせない。

 驚くべきことに、この槍はゲネシスドライバーによって飛躍的に強化されたバロンのスピードを確実に捉えていた。

 

「甘い! 踏み込みはさせんぞ!」

 

「ならば!」

 

 突き出される槍をいなすソニックアローの弓先に光が宿る。

 バロンが引き絞った弓を解き放ち、至近距離から飛んだ矢が黄金ジャガーの胸を撃つ。

 胸を焼かれて苦悶の声を漏らす怪人であったが、続いて放たれた二発目は身をよじって回避、三発目は手前に引き寄せた槍の柄で弾く。

 それから幾度となく矢を放つも、いずれも黄金ジャガーに命中することはなかった。

 

「中々の腕だが、その程度では俺の槍は破れんぞ! 仮面ライダー!」

 

(所詮は操り人形、と侮ることはできんか)

 

 セイヴァーが召喚したインベスもどきぐらいに考えていたが、これがどうして中々歯応えのある相手だ。

 己の認識を改めたバロンは背後に跳び、バナナロックシードを弓にセットした。

 

 バナナチャージ! 

 

 弓を地面に突き刺せば、身の丈ほどもある光が黄金ジャガーを包囲する。

 そして出来上がったバナナの檻が黄金ジャガーを拘束しようとするが、即座に槍を振り払って打ち破られる。

 

 クルミチャージ! 

 

 バロンは敵に暇を与えない追撃の矢を放つ。

 そんなものは通用しない、と槍の的確な突きが矢を弾く。

 しかし、砕かれた矢はさらに細かい無数の炸裂矢として槍の防御を通り抜け、黄金ジャガーにザクザク刺さった。

 

「グッ、くっ、これはなんとも奇天烈な技……! 

 貴様の首、ますます欲しくなった!」

 

 迸る痛みから戦意を昂ぶらせた黄金ジャガーはさらに速度を上げて槍を振るう。

 まるで槍が何本も増えたかのような速度には、もう目で追うのがやっとのバロン。

 万全の体調であるならまだしも、今の身体では少々荷が重い。そんな考えは戒斗の脳内から即座に放棄されたが。

 

「仮面ライダー! 聞かせてくれ、お前の名前を!」

 

「悪いが、俺は仮面ライダーじゃない。アーマードライダーバロンだ」

 

「ならば、アーマードライダーバロンよ! 

 俺はネオショッカーの将軍、黄金ジャガー! お前の首を貰い受ける!」

 

 鎧に身を包み、その内に気高き心を宿した戦士の戦いはさらに渦を巻き、その烈しさを増していった。

 

 

 

 *

 

 

 

 ひっきりなしに荒れ狂う爆風の嵐。

 レーザー、砲弾、溶解ガスと一撃でも食らえば必殺になりかねない攻撃の中をダークディケイドが駆け抜ける。

 

 あのロケットパンチを最後にドラス側の新技は出してこない。

 もうネタ切れなのか、それとも出し惜しみしているだけなのかはさておき。

 回避に専念すれば、一度見た技の直撃だけはなんとか避けられている。

 しかし、回避だけではドラスを倒せないことは不変の現実であり、それはダークディケイドも理解している筈だが……。

 

『どうしたノ? お兄ちゃん、さっきまデは色んな風に変わっテたのに。

 逃げてばっかりじゃ、つまラないよ』

 

「だったら自分で面白くする努力をすればどうだ? 

 ガキでもそれぐらいはできるだろ」

 

『ハハハハ、それもそうだね!』

 

 その笑いを境にして、ドラスの苛烈な攻撃がより密度を濃くする。

 これまでは一種類ずつ撃っていた攻撃を組み合わせて放つようになり、こうなってくるとギリギリの回避もままならなくなってくる。

 右腕も失っているが故にロケットパンチはもう飛んでくることはないのが救いか。

 

 しかし。

 

「ぐおおおおッッ!?」

 

 目の前に落ちた砲撃が生んだ大規模爆発に思わず足を止めたのが命取り。

 狙い撃つレーザーがダークディケイドの腹を抉り、槍の如き尾が身体を斬り裂いた。

 これほどに高水準の一撃、限界間近だった憑依元の肉体には耐え切れない。

 地面に転がって、うつ伏せになったダークディケイドは僅かに身動ぎするだけで立ち上がることも困難になってしまっている。

 

『もう終ワり? ドウマのおじちゃんが言ってタほど、強くハなかったネ』

 

「……」

 

 ダークディケイドは答えない。

 うつ伏せになったままなんの反応も返さない敵に、ドラスは飽き始めた。

 

『それじゃア、バイバイ。お兄ちゃん』

 

 遊ぶ気を失ったドラスは確実に葬り去れるように溶解ガスを噴射した。

 その威力を知っていながら、一切の抵抗もせずにガスを受けるダークディケイド。

 レーザーや砲撃から身を守ってきた漆黒の装甲でも、これは防ぎようもない。触れた時点でアウトのガスとは、そもそも防ぐものではないからだ。

 

「ぐっ……ぐああああっ!?」

 

 そして案の定、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 彼が倒れていた場所には痕跡一つも落ちていない。

 

『あーあ。期待外れだったなあ。

 でモ仕方ないよネ。だって僕は完璧な存在なんだから。

 完璧な僕に敵う奴なんていなイもんね!』

 

 あんなに大口を叩いておいて結局はドラスの完封勝利。

 右腕だって自発的に失ったようなもので、ダークディケイドが与えられたダメージらしいものは一つとして存在しない。

 これを笑わずして、何を笑おうというのか。

 

『やっぱり僕が一番強いンだ! ハハ、ハハハハハハー!』

 

 その笑い、その隙こそかネガタロスの狙いとも知らずに。

 

 ATTACK RIDE MAGNET

 

 一発の銃声が響くと共に、ドラスの背中に火花が散る。

 ダメージはなく、“銃弾の主は誰なのか? ”という疑問だけが残った。

 そして振り返ろうとした身体を未体験の違和感と戸惑いが襲う。

 まるで身体が圧縮されていくような感覚に、ドラスは初めて動揺の声を上げた。

 

『なに……これ……?』

 

「磁力ってのは結構効くもんだろ? 特に、全身が機械のお前には」

 

 やはりと言うべきか、銃弾を放ったのはダークディケイドであった。

 今の姿は紫の鰐ライダー、DDローグとなっており構えている銃もネビュラスチームガンではあったが、それは些細な事に過ぎない。

 今大事なのは、どうして消滅させられた筈のダークディケイドがこうしているのかということ。

 

「『なんでコイツは生きてるんだ? 僕が跡形もなく消したのに』なんて言いたそうだな。

 なに、簡単な手品だ。お前のガスに触れるまでもなく、俺様は自力で消えれるってだけよ」

 

 ディケイドインビシブル。

 あのガスに触れる直前、ダークディケイドは自前の回避技によってあたかもガスに消滅させられた風に演出していたのだ。

 そうまでして欲しかったのは、ほんの少しの隙と時間。既に準備は整っている。

 

『こんなもの……!』

 

 桁外れのパワーで、自身を縛る磁力を強引に振り払おうとするドラス。

 それを可能とするだけのスペックは間違いなくあるだろう。

 しかし、指を咥えて待つつもりもない。

 

 FINAL ATTACK RIDE SA SA SA SAGA

 

 FINAL ATTACK RIDE NE NE NE NEGA DEN-O

 

 FINAL ATTACK RIDE DE DE DE DELTA

 

 FINAL ATTACK RIDE RE RE RE REY

 

 白光の三角錐、紅の鞭、極寒の吹雪、紫電の槍が次々とドラスに突き刺さり、その一つ一つがドラスをその場に縫い付ける。

 異なる四種のパワーソースから成る拘束は流石のドラスでも簡単には破れない。

 DDローグに視線を釘付けさせ、その隙に身を隠していたDDサガ、DDデルタ、DDレイ、DDネガ電王からの不意打ちを食らわせる。

 これらは密かに発動していたディケイドイリュージョンで増やした分身であり、これこそがネガタロスの最後の奥の手。

 

 以前なにも知らずに使った時はぶっ倒れてしまったが、同じ轍は踏まない。

 使いどころを見極め、短期決戦で一気に片をつける。

 

 なんとか拘束から抜け出そうと足掻くドラスへ、五人目以降の分身が殺到した。

 

 ATTACK RIDE THUNDER

 

 FINAL ATTACK RIDE TO TO TO TODOROKI

 

 FINAL ATTACK RIDE ZA ZA ZA ZANKI

 

 ドラスを刺し貫くハーメルケイン、音撃弦・烈雷、音撃弦・烈斬。

 DD轟鬼とDD斬鬼が音撃斬を搔き鳴らせば、稲妻がその身体を走り抜ける。

 さらに魔法の雷も合わさることで、ドラスを構成する大半の機械部品は内部からショートさせられてしまった。

 だが、それは裏を返せば大半以外の部品はまだ生きているということでもある。

 

『ガァァァアアアアアッッ!!』

 

 獣の如き雄叫びを上げた後、使える全武装を解放するドラス。

 最大出力による反動など御構い無しに、レーザーなどを撃ちまくり、周りは一瞬で火の海に変わり果てる。

 そして、それらを至近距離で浴びた分身達は消滅してしまった。

 

「「「「「おおおおおおおッッ!!」」」」」

 

 だが、それすらもネガタロスの想定内。

 炎を凍らせながら進むDDレイを先頭に、ダークディケイド軍団が一斉に進軍を開始する。

 

 ドラスは彼らを正面から撃滅せんとするも、ジャコーダーに持ち上げられた際にバランスを崩してしまい、狙いは逸れてしまった。

 内側に張る魔皇力がドラスをさらに傷付け、そこから必殺技のラッシュが幕を開ける。

 

 左腕を砕くブリザードクロー・エクスキュージョン。

 右肩を貫くルシファーズハンマー。

 脚部を挟んで壊すクラックアップフィニッシュ。

 

『ウソだ……僕は神になる存在なノに……!』

 

「そんなになりたきゃ、地獄で勝手になってろ。

 俺様の支配する世界に神は要らねえ!」

 

 胸部を粉砕するネガデンライダーキック。

 最後の衝撃が首にまで波及すれば、もう保たない。

 火花を血飛沫のように噴き出すドラスの頭部が内側から弾け、声にならない声を上げる。

 

『ガ────』

 

 それが最後の断末魔であった。

 

 今日最大の爆炎が上空に屹立する。

 計八人分のライダーの必殺技を同時に受けて、パーフェクトドラスは爆発四散した。

 ネガタロスの完全勝利を祝うに相応しい花火を見れば、どっと押し寄せてくる疲れも幾分かマシに思える。

 

「クハ────ハッハッハッハッ!! 

 見たか、あの機械人形め! 

 ああ、やっぱり俺様とこのベルトが揃えば向かう所敵なしってもんだ! 

 後はドウマの野郎を抹殺すれば、もう────」

 

 

 

 

 その時の湧いた感情はどう形容すればいいだろうか。

 

 絶望という言葉だけでは足りない。

 恐怖を足しても、まだ及ばない。

 今のネガタロスの心境を表すには、新しい表現が必要になるだろう。

 

「──────」

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

『フフフ、お待タせ。お兄ちゃん。

 僕を一回倒せるなンて、ビックリしちゃった!』

 

「……再生したっていうのか? だが……」

 

『ううん、お兄ちゃんは僕をちゃんと一回倒したよ。

 でもざーんねん。僕はこの身体を何個でも作れるんだ! 

 メガヘクスの力でね! スゴいでしょ!』

 

 メガヘクス────この「バロンの世界」に酷似した世界にて、地球を侵略しにやって来た地球外金属生命体。

 荒唐無稽な強さでありながら、同じ個体を無数にいる群体でもある。

 その能力を部分的に吸収することで、パーフェクトドラスは自身の量産化に成功していたのだ。

 

『でも流石にエネルギーが足りなくなっちゃうから、こうシて補給する必要があるのがネックかな。

 まあこれぐらいは丁度いいハンデ、だよね? ハッ、ハッ、ハッ』

 

 近くに実っていた果実を一つもぎ取ったかと思えば、ロックシードに変換される。

 錠前を身体に押し付けるように吸収することで、先程の戦闘で消費したエネルギーも補給できた。

 こんな芸当もパーフェクトドラスが戦極ドライバーを取り込んでいるからこそである。

 

 これでパーフェクトドラスのダメージは帳消し。

 対するダークディケイドはこれ以上ないってほどに消耗している。

 

 もうこれは無理だ。どうしようもない。

 脳内で喧しく響く警笛に従って、踵を返すダークディケイド。

 万に一つ……否、兆に一つの可能性に賭けて逃走を試みる。

 

『逃げられないヨ? お兄ちゃん』

 

 ダークディケイドは瞬きする間に追い付かれ、剛腕の裏拳を叩き込まれる。

 首がねじ切れるのでは、と錯覚してしまう痛みにネガタロスは顔を歪める。

 

 実際のところ、今の一撃だけでダークディケイドを殺すのはドラスにとって朝飯前だった。

 そうしないのは、徹底的に痛め付けて嬲り殺しにするため。

 まるで子供が捕まえた虫を生きたまま解剖するかのような、そんな無邪気な残忍性による蹂躙だった。

 

『ほら、早く立たないと死んじゃうよ。さっきみたいにいっぱい増えたりしてみなよ!』

 

「テメェ……! 俺様にこんな舐めた真似して、タダで済むと思うなよ……!」

 

 立ち上がることも困難な身体で、それでも悪態だけは止めないダークディケイドの腹が蹴り上げられる。

 液体を吐き出すような音を立てて転がる姿が面白くて、ドラスはそれを何度も繰り返した。

 

『ニンゲンのサッカーって、こんな感じなノかナ?』

 

 時期にダークディケイドは──大地とネガタロスは死ぬだろう。

 そのポーチの中にいるレイキバットも道連れだ。

 もし仮にバロンが黄金ジャガーを速攻で撃破し、こちらに駆け付けたとしてもドラスには敵わない。

 ヘルヘイムの環境下ではクローズの救援も望めない。

 

 わかりやすく言おう。もうこれは──完全なる詰みだ。

 

 ──乱入者でもいない限りは。

 

 

『……?』

 

 

 それはとても奇妙な光景だった。

 空中を流れていく無数の数式。

 不思議に思ったドラスがそれらを纏めて解析したが、数式の群が表す意味までは理解できなかった。

 

 だがそれも当然の帰結だろう。

 何故ならそれは彼にとっての()()()()()()なのだから。

 

 困惑を深めるドラスに巨大な放物線から放たれるライダーキック──ボルテックフィニッシュが叩き込まれた。

 

『グガァァッ!?』

 

 胸部を大きく抉られて吹き飛ぶドラス。

 降り立ったのは赤と青、二色の仮面ライダー。

 突然の乱入者に驚いたバロン達も交戦の手を一旦止めざるを得ない。

 

「アーマードライダーか……?」

 

「……ビルドだと?

 ────いや、違う……!」

 

 唯一そのライダーに心当たりがあるらしきセイヴァーから漏れる驚愕の呟き。

 それもそのはず。このライダーはビルドでありながらビルドではない。

 

 腰のベルトは戦極ドライバー。そして頭部に金色でデカデカと描かれた「十九」の文字。

 

「フィフティーン……でもないか。貴様は誰だ」

 

「────仮面ライダーナインティーン」

 

 セイヴァーですら見知らぬ完全に未知のライダー、ナインティーン。

 今の姿は仮面ライダービルドのロックシードで換装した、さしずめ「ビルドアームズ」とでも言うべきだろうか。

 ダメージ過多が響いて気絶してしまっているダークディケイドをその場にいる全員から庇うような位置取りで立つ姿はまさしく仮面ライダーだ。

 にも関わらず、喉につっかえるような異物感を醸し出しているのはナインティーンから放たれる凄まじい重圧の所為であろう。

 

 強制的に目を釘付けにされるライダーに誰もが警戒する中、まず動いたのは不意打ちをかまされたドラスであった。

 突然の攻撃に怒りでも感じているのか、ドラスは無言でレーザーと砲撃を放つ。

 

 ビルドスカッシュ! 

 

 ビルドアームズの色が一瞬変わる。

 水色の左半身がダイヤモンドのシールドを、紫の右半身が蜘蛛の巣のネットを生成。

 レーザーはダイヤモンドに反射され、砲弾はネットに絡め取られる。

 結果、ナインティーンは無傷、ドラスは自身のレーザーの威力を身をもって味わう羽目になった。

 だがボディを焼かれたにも関わらず、ピンピンしているドラスは喜色の声を弾ませた。

 

『……へぇ、君強いね! このお兄ちゃんよりも楽しめそう!』

 

 ビルドスパーキング! 

アルティメットマッチブレイク!

 

 ナインティーンは無言。代わりに鳴ったのは彼のベルト。

 虚空から召喚された大砲の銃口が輝きを放つ。

 そうしてドラスに命中した砲撃には四種のエレメントが宿っており、その中には先程彼を苦しませた磁力も含まれていた。

 

『ギ、ギギ……あんまり調子にノらないデよ!』

 

 ドラスは全身を軋ませる磁力の影響に苦しみながらも反撃のロケットパンチを射出する。

 今にも全身を粉々にしそうな勢いで迫る右腕だが、ナインティーンはこれすら無言で対処する。

 

 フォーゼ! 

 フォーゼアームズ! 青春スイッチオン! 

 

「……」

 

 “赤と青”から“白”の鎧へ。

 業火を纏う右腕の襲来に相対したのは、赤い銃。

 フォーゼアームズが赤の輝きを放った瞬間、右腕の炎は残らず吸い上げられてしまう。

 そして吸収された炎が銃口から勢い良く吹き出され、右腕を焼き尽くしてしまった。

 

 ナインティーンは右腕への対処を終えた銃をあっさり放り捨て、コンセントの付いた棒を次に取り出す。

 

 フォーゼオーレ! 

 

 大気を焦がす電撃波にこれは不味いと感じたか、回避を選択するドラス。

 僅かなステップのみで電撃波をしのぐことに成功したが、間髪入れずにナインティーンのキックがそのボディを突き抜ける。

 キックを放った左足の先にドリル状のエネルギーと電撃が迸っていたことを、果たして何人が確認できたことだろうか。

 

「ガァァァアァ!!」

 

 耐え難い苦痛から叫ぶドラスを蹴飛ばしたナインティーン。

 煙を上げてフラつくドラスに再度接近するその手には、ロケットを模したような大剣がいつの間にやら握られている。

 

 フォーゼスパーキング! 

 

 電撃と磁力の両方を帯びた斬撃が真っ向から振り下ろされ、ドラスは一刀両断。

 大爆発が起こった中心に立つナインティーンの威風堂々とした佇まいたるや、バロンでさえ呆気に取られてしまう。

 

 作業をこなすかのように淡々とドラスを屠るテクニック、そしてパワー。これを恐ろしく思わないのはとても無理だ。

 

 三体目のドラスが来ないうちに大地を抱えて、この場を離脱しようとするナインティーン。

 タイミングや立ち位置からそうではないかと推測できたが、やはり彼の目的は大地の救出であった。

 

「貴様ァ! 好き勝手するのも大概にしろ! ソイツのベルトは俺の物だ!」

 

 ザクロチャージ! 

 

 ナインティーンと大地に迫る真紅の矢。

 これもまた相当な威力の一撃なのは間違いないが、あの瞬殺劇を繰り広げた相手に通用するか、と問われれば首を縦には振れない。

 

 ロックオフ

 

 ナインティーンは装備していたフォーゼアームズを待機状態に戻し、ロケットの如く前方に打ち出してザクロチャージを相殺する。

 その代償として、鎧の無い貧相な姿になってしまったが、代わりの鎧など彼にはいくらでもあった。

 

 鎧武! 

 鎧武アームズ! フルーツ鎧武者オンパレード! 

 

 装備したのは、どこかオレンジアームズに似た鎧武アームズ。

 バロンにはこれで通算三つ目の知らないアームズだが、最早驚きもしない。

 ナインティーンはセイヴァーの物と色違いの剣と、和風の意匠をあしらった刀を合体させて薙刀とし、さらにマゼンタのロックシードをセットする。

 

 ディケイドチャージ! 

 

 鎧武者、そして破壊者の力が薙刀を煌めかせる。

 どの技よりも遥かに強く、七色に輝く多重斬撃。

 セイヴァーが咄嗟に構えた防御さえ容易に貫通し、ついでと言わんばかりに黄金ジャガーまでもが光に飲まれる。

 

「まさかこんな……ギャアアアアアアアア!?」

 

 黄金ジャガーはこれにて爆発四散。

 炎の奥に消えたセイヴァーは生きているのかどうかさえはっきりしない。

 もう残っているのはバロンしかいないが、彼は極めて勝ち目が薄いと自覚していながら交戦の構えを見せる。

 だが、ナインティーンはそんな彼には目もくれずに大地を抱えた。

 

「待て、そいつをどうするつもりだ」

 

「……帰るのさ。家へ」

 

 初めて発した声は優しい色があった。

 

「何……? それはどういう────」

 

 バロンが疑問を言い切るのを待たずに去るナインティーン。

 追いかけるという選択肢もあったが、バロンは踏み留まった。

 なし崩しで共闘することになったが、ここで無理をしてまで大地を助ける義理なぞ戒斗にはない。

 

 変身を解除し、腰を下ろす戒斗。

 辺り一面は火の海で、とても骨を休めるのに適しているとは言えない。

 だが、戒斗は盛る炎をじっと見つめて離さない。

 

「思い出すな……沢芽の最後を」

 

 

 

 *

 

 

 

 ジクジクと熱を帯びた身体に心地良い風が当たる。

 一度目覚めかけた意識が再び闇に落ちていく。

 誰かに抱えられているらしきことはわかるが、それ以上に考えることができない。

 

「今は眠れ。起きた後に身の振り方を考えればいい」

 

 耳元で囁かれた声には聞き覚えがある。誰のものかまでは判別できない。

 一つだけはっきりしているのは──とても安心できる声ということ。

 

 薄眼を閉じた大地はナインティーンに抱えられて、揺られていく。

 

 その寝顔は揺り籠で眠る子供のように安らかで、戦いに身を置く者とは誰も思わないだろう。

 

 安眠に誘われた夢は深く、深く、幻のような世界へ────。

 

 

 

 






これが パーフェクトドラス だ!(てれびくん風)

①尻尾・奇械人ワニーダ
「仮面ライダーストロンガー」に登場。
「そんなこと俺が知るか!」の台詞が飛び出した回の怪人。
というかその台詞以外特に特筆することがなく、この怪人は普通に弱い(ストロンガーが強いとも言う)。
ドウマは数合わせでチョイスしたのかもしれない。


②右肩・タイガーロイド
「10号登場!仮面ライダー全員集合!」に登場。でもみんなはスピリッツで知ったんだろうな。
ZXの敵と言えばコイツ……というより他にいない。
当時は「THEトラ!」って感じの迫力あるスーツだったのに、近年の春映画に登場するのはモコモコしてて丸くなっている。ちょっと可愛い。


③左腕・ショオカキング
「仮面ライダースーパー1」に登場。
すげーサブタイの回に登場した怪人。
実はスーパー1は未見なので、コイツだけエアプで書いてます。原作未把握2次創作だって!? 地雷はやめてください!


④右腕・グランザイラス
「仮面ライダーBLACK RX」に登場。
自称最強がキャッチコピーのクライシス怪人で本当に最強の奴。リボルケインも歯が立たぬ。
隕石になって体当たりする技は仮面ライダーが11人いても攻略できなかった。ずっとこれしてればよくね?


⑤胴体・デスガロン
同じく「仮面ライダーBLACK RX」に登場。シャドームーンにそっくり。
RXをギリギリまで追い詰めた強敵であり、ロボライダーを誕生させた戦犯でもある。
コイツの翌週にはバイオライダーが出るので、トリプロンはつくづく運が無かった。


⑥足・スピードロイミュード
「マッハの世界」にて登場した本作オリジナル怪人。まさかの再登場。みんな忘れていただろう?
一体ぐらい平成怪人入れたいなあと思いまして、折角なので採用。
他の候補としてはトライアルEがいましたが、機械なのかちょっと怪しかったのもあってボツ。


⑦コア・メガヘクス
「MOVIE大戦フルスロットル」に登場。
ライダー怪人の中でも一二を争うレベルのヤベーやつ。
完全に取り込むのはドラスでも不可能だったので、部分的な吸収になった。
……てかコイツだけでよくね? と思ったそこのあなた! 余計な事は言わない方が人生楽しいぞ!


⑧おまけ・黄金ジャガー
「仮面ライダー(新)」に登場。
一言で言うなら優しいおじさんです。
昭和怪人の中でも、コアなファンが多い印象のある怪人。普通に強いし、声優が玄田哲章なのも美味しい。
本作における退場が雑なのは、再生怪人のお約束。気になる人はレンタルしてみよう!



はい、パーフェクトドラスでした。
ナインティーンとかいう数が多いだけの奴の方が気になってる読者の皆さんも多いと思いますが、それはまた次回以降をお楽しみに。

感想、質問、評価はいつでもお待ちしております。


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レイキバットを救え!

 

 

 

 大地は急いでいた。

 できる限りの全力疾走で、道を走っていた。

 

 ──どうして? 何処に? 

 

「……遅刻だ遅刻!! 今日はよりによって体育の授業が最初なのに〜!」

 

 そう、自分は学校に向かっている最中なのだ。

 口に出してみた理由はすんなりと馴染んで浸透し、浮かんだ疑問は水風船の如く弾けて消える。

 

 夜更かしして、寝坊して、朝食もそこそこに学校へダッシュ。

 ちょっとダメな、どこにでもいる普通の学生。

 降って湧いたような役割を大地は既に受け入れていた。

 

 通学路を走る最中、信号待ちしていると見知った顔の小学生が挨拶をしてきた。

 

「おはようお兄ちゃん。寝癖ついてるよ?」

 

「あ、おはよう。昴く────」

 

 言葉に詰まる。

 小首を傾げている昴に不自然なところなど一つもない。

 にもかかわらず、大地の胸に湧いた違和感はなんなのだろうか。

 

「どうしたの?」

 

「ううん、なんでもないよ。お父さんによろしくね!」

 

 三段飛ばしに階段を駆け上がり、人気のない廊下を一瞬で駆け抜けて教室に突入。

 クラスメイトの注目を肌で感じながら、大地は開口一番の謝罪を全力で行った。

 

「すいません遅刻しました! 遅くまで星を見てたせいです! おはようございます!」

 

「おはよう、大地くん。釈明と挨拶を同時にこなすとは器用だね。

 ……うん、まあギリギリセーフってことでいいと思うよ。

 次からは気をつけようね?

 みんなも夜更かしはあんまりしないように。若くて綺麗なお肌が台無しになっちゃうぞ?」

 

「ありがとうございます! イブキ先生!」

 

 担任教師の和泉伊織────生徒からの愛称はイブキ先生。

 そんな彼の爽やかスマイルに女子生徒から黄色い悲鳴が上がり、大地は耳を押さえながら席に着く。

 隣に座る親友──桜井侑斗がぶすっとした顔で話しかけてきた。

 

「お前なぁ……俺があれだけ早く寝ろって忠告してやったのにこのザマかよ。

 お前が先生に目を付けられるのは一向に構わないけど、一緒に見てる俺まで何か言われでもしたらマジで迷惑」

 

「とかなんとか言って、侑斗さんはいつも一緒に見てくれるじゃないですか。

 昨日も色んな星のこと一杯教えてくれたし」

 

「ば、馬鹿言ってんじゃねえ!」

 

 ありふれた日常の朝。

 それから始まるのもいつも通りな学生生活。

 

「ではこれから準備体操を始める。

 両手を大きく広げて、両隣との間隔を十分に取りなさい。

 よし、それでは……イクササーイズ!!」

 

(これ、準備体操の方が疲れるんだけど……)

 

 

 昼休み、大地は弁当を広げようとして鞄を漁る。

 が、ない。どれだけ探しても見つからない。

 

「忘れてきちゃった……ああもう! 僕の馬鹿馬鹿!」

 

 これは昼抜きコースか? 

 午後の授業が地獄になる未来を幻視して溜息を吐いた大地。

 落ち込んだその肩を誰かが叩いた。

 

「大地くん、もしかして……お弁当忘れちゃいました? 

 なら良かったら私のお弁当、一緒に食べてくれませんか? 

 今日はちょっと作り過ぎちゃって」

 

 花崎瑠美──大地のクラスメイト。

 高校の制服を着ている彼女を見た途端、例えようもない違和感が大地の背中を撫でる。

 しかし、その感覚も次の瞬間には無くなった。

 

「瑠美さん……! ありがとう! 命拾いしました!」

 

「ふふ、お弁当抜きは辛いですもんね」

 

「……んぐ!? デェ〜ネ〜ブゥゥゥゥ!! 

 弁当に椎茸入れんなって言ったろぉぉ!!」

 

 

 賑やかな昼から午後の授業、それから放課後。

 ふとした出来事に違和感を抱いては即消滅を繰り返して過ぎ去る時間。

 大地は瑠美と一緒に喫茶店に寄り道する。

 

「また懲りずに来たか、マセガキ共。

 今日こそは学校にチクってやろうか? 

 ウチの店で不純異性交遊している奴らがいるってな」

 

「秋山さん……よくそれで喫茶店のウェイターが務まりますね」

 

「余計なお世話だ。

 どうせ紅茶の味なんかわかりはしないんだから、一番高いものを頼め。店の売り上げが上がる」

 

 楽しくお喋りしながら、紅茶を啜る。

 愛想の悪い店員から時折入る茶々も気分を害するほどではない。

 

 瑠美と別れて帰路についた大地は途中でハンカチの落とし物を拾った。

 交番に立ち寄って届けようとしたが。

 

「いいですか! あなたが事件解決に協力してくれているのは承知していますが、それとこれとは別の話なんです。

 いくら詩島さんとはいえ、スピード違反は見過ごせません!」

 

「いいじゃんちょっとぐらい! 同じ警察官だってのに進兄さんよりよっぽど頭が固いね、氷川さんは。

 柔軟性が足りないってよく言われたりしない?」

 

「なっ……! なんですか失礼な! 僕はあくまで職務に忠実なだけで、そりゃあ少しくらい不器用と言われることもありますが────」

 

 なにやら揉めている様子なので日を改めることにした。

 

 

「おうおう大地じゃねえか! ちょっと聞いてくれよ〜、このマヨネーズが俺のプロテインラーメンに変なもん入れやがってよぉ!」

 

「変なもんとはなんだ変なもんとは! マヨネーズは世界で一番偉大な食いもんだし、俺の名前はマヨネーズじゃねえし! 

 ほら筋肉馬鹿、騙されたと思って食ってみろよ〜」

 

「誰が馬鹿だ────うおっ!? これは……!」

 

「おっと皆まで言うな! マヨネーズの魅力に気づいちまったけど、最初に否定しちまったから認め辛いんだろ? 素直じゃねえなぁ」

 

「くっそぉ……全部言い当てられた……!」

 

 喧しいことで有名な近所の青年二人組が道端でギャーギャー喚いているところに遭遇しつつ、大地は帰宅した。

 

「ただい────」

 

 両親の顔を見て、大地は硬直する。

 今度の違和感は消えない。

 大地を笑顔で迎えてくれる筈の両親の顔はモザイクで歪められているのだから。

 

 この明らかな異常がきっかけとなり、これまで見えなくなっていた無数の違和感が再び襲来する。

 

 気付けば大地は自宅のリビングから、何も見えない真っ暗闇の空間に立っていた。

 

「誰も傷付くことのない平和。親しい人に囲まれた平穏。

 もう戦う必要もない、殺されることもない。

 これこそが君の望んだ世界だよ」

 

 若い男の声がどこからともなく聞こえてくる。

 哀しさと穏やかさ。その両方の響きを含んだ声には警戒を抱く気にはならなかった。

 

「望んだ世界……。

 でも、これは現実じゃない」

 

「そうだよ。君の言う通りこれは夢だ。

 けど騙すつもりなんて無かった。

 僕はただ知りたかったんだ。こんなに幸せな世界を夢見る人が、どうして辛い思いをしてまで戦うのか。

 だから改めて問わせてもらう。

 ────君は何故戦い続けるの?」

 

「……どうして、ですかね」

 

 人間を守るため。以前までの自分なら胸を張ってそう答えられた。

 なら今はどうか? 

 誰かを守ろうとすれば、他の人間が敵になる。

 誰かを守ろうと戦えば、インベス──他の人間を殺すことになってしまう。

 

「どんな世界でも人と争いは切り離せない。

 互いに傷付けあって、最後には滅び去る。僕達のように」

 

「あなたは……一体誰なんですか?」

 

 暗闇が徐々に晴れていき、曖昧になっていく世界の輪郭。

 夢からの目覚めが近付いている。

 

「僕は────」

 

 その名を最後まで聞き取ることはできなかった。

 

 

 *

 

 

 

 大地は自室のベッドで目を覚ます。

 寝汗でびっしょりと濡れた身体に巻かれた包帯の蒸れた不快臭に顔を顰め、そして今の自分の状況を不思議に思った。

 最後に覚えているのは、ヘルヘイムの森でネガタロスに身体を渡したこと。それからの記憶は酷く曖昧だ。

 

「目覚めの気分はどうだい、大地? 

 まあ快適には程遠いだろうがね」

 

「ガイド……? それにここは写真館? どうして……」

 

「色々聞きたいことはあるだろうけど、先ずは飯にしろ。

 そんな身体で飯を抜いたらぶっ倒れちゃうぞ? 

 何事を始めるにも、ちゃんと食べることからだ」

 

 大地が眠っていたベッドの横に座っていたガイドが読んでいた文庫本を閉じる。

「ちょっと待ってな」とだけ言い残して部屋から出て行き、ほどなくして戻ってきた彼の手元にはトレーに乗った小鍋。

 中では柔らかくほぐされた野菜が盛りだくさんのお粥が暖かな湯気を昇らせている。

 

「味はわざわざ保証するまでもないよな?

 なにせこのガイドお手製料理にハズレなし! だもんな」

 

「……いただきます」

 

 ふー、ふー、と冷ましてまずは一口。

 鶏ガラの出汁と野菜の旨味が、痛いぐらいの空腹とボロボロの内臓によく沁み渡る。

 レンゲを口に運ぶペースが徐々に上がっていき、あっという間に完食する大地。

 いつもながらガイドの作るご飯は食べる相手への気配りかよく味に表れている。

 

「ご馳走さまでした。

 ガイドのご飯はやっぱり美味しいですね。

 無性にほっとする味で、帰ってきたって実感できます」

 

「嬉しいこと言ってくれるじゃないの。

 お礼にディナーのリクエストでも聞いちゃおうかな」

 

「なんでもいいですよ。ここで食べれるなら、なんでも。

 じゃあ……僕は夜まで寝てようかな」

 

 大地は食器を返して、布団に潜り込む。

 しかし、眼はばっちり冴えていて眠気も襲ってこない。

 呆れたような溜息が布団越しに聞こえてきた。

 

「大地、正直に答えな。君は戦いが嫌になったんだろ」

 

「……うん」

 

 ズバリ言い当てられても起き上がる気にはなれない。

 この写真館から出れば、また戦いが待っている。

 インベス、市民、ユグドラシル、ドウマ────誰と戦う道を選んでも、最終的には人間を殺すしかなくなる。

 勿論殺さないように戦うこともできるだろう。

 だが、斬月からの指摘を忘れてはいない。

 

『貴様の攻撃には殺意が圧倒的に足りていない。

 そんな浮ついた攻撃でこの私を倒せるものか』

 

(……無理だ。実力とか、戦法とか、そういうのを考えてもあのライダーには勝てない。

 もっと根っこの部分から駄目なんだ。今のままじゃ前回の二の舞に決まってる……)

 

 布団で閉ざされた暗闇で丸まる大地。

 這い出てくる気配が無いと見るや、ガイドはそれとなく声の調子を変える。より同情的に彼を労わるように。

 だが、それは大地のストライキを許すようなものでは決して無かった。

 

「経緯は聞いてるよ。ドウマも中々悪辣な手を考えるものだよなあ。

 そうやって塞ぎ込むのも、まあ無理はない。

 でもな大地。君が立ち止まると困る奴がいるってことは忘れないでくれ」

 

 ほれ、と布団の中に潜り込んだガイドの腕が何やら硬い物を押し付けてくる。

 するとたちまちの間に少し焦げたような臭いが充満し、大地は思わず顔をしかめる。

 確認しようにも暗くて見えず、仕方なしに布団をめくった。

 そして、己がいかに自己中心的であったのかとすぐに後悔する。

 

「────レイキバットさん」

 

「よォ……みっともねえ姿見せちまったな……。

 へっ、しっかしお前も酷いツラだ。俺に構わず、お前はゆっくり休めや……」

 

 ベッドの上で息も絶え絶えに転がっているレイキバットを見て、大地の声が震えた。

 左半身が焼け焦げてしまい、抉れた表面から火花を散らし続けている。

 いつものような張りのない声も彼の危機的な状態を物語っている。

 このままにしておけば彼は確実に死ぬ。精密機械に疎い大地でも、それは一目瞭然であった。

 

「レイキバットさんを放っておくなんてできませんよ!

 ああもう、どうして僕はこんな大切なことを忘れて……!」

 

 大地はライドブッカーから引っ張り出したカードの束から必死に探すが、レイキバットを治療できそうなライダーは見つからない。

 治癒と言えば真っ先に思い付くドルフィマントやエナジーアイテムでも機械の身体は治せない。

 これだけのライダーの力が揃っていても死にかけの仲間一羽さえ救えないのだ。

 

「もういい大地……。今のお前ならもうレイは要らねえよ。

 魔法も使えねえし、透明にもなれねえ俺の力なんざこの先無くてもいい。お前はもう十分強くなった」

 

「お願いだからそんなこと言わないでください! 

 僕は強くなんかない! レイキバットさんをこんなに苦しい思いをさせて、救うこともできなくて……! 

 駆紋さんの言った弱者と、何も違わないんです……!」

 

「もっと自分に自信を持て……。

 お前の優しさは弱さなんかじゃねえ……ちとナイーブ過ぎるのが玉に傷ってだけ……クソ、目が霞んできやがった」

 

 もうレイキバットは長く保ちそうにない。

 ダークディケイドでは治せない、となれば頼みの綱はやはりガイドしかいないが────。

 

「すまない。俺には無理だな」

 

 大地から縋り付く目線を貰ったガイドからの短い返答に、大地の心が潰れる。

 だって、彼の否定はレイキバットの命を諦めるも同義であったから。

 

「まあ話は最後まで聞けって。俺には、って言ったろ? 治せそうな人間に心当たりならある。

 この世界のライダーシステムを開発した男。彼ならあるいは……」

 

「そ、その人のことを教えてください! 僕が頼みに行きます!」

 

「────名前は戦極凌馬。ユグドラシルの天才科学者。

 一筋縄でいく相手じゃないが……どうするのかは君次第だ。

 俺はあくまでガイドするだけ」

 

「十分です!」

 

 大地はあまり負担にならないようレイキバットを柔らかなタオルで慎重に包んでからポーチに入れる。

 その際、一瞬だけ思考を巡らせてポーチの中身を見つめる。

 

(……)

 

 写真館を飛び出して向かう先はユグドラシルタワー。

 大地は朝焼けに照らされ、瓦礫だらけの街へ駆け出した。

 

 どれだけ戦う意思を削がれようと、親しい人が危機にあれば動かずにはいられない。

 しかし、その心は未だに潰れたままであった。

 

 

 

 *

 

 

 

「トイレ〜……トイレ〜……どっかに無事なトイレはねえのかよ〜! 

 避難所で行っとけば良かったぁ……」

 

 ライフラインなどとっくのとうに消滅した沢芽の街で便所を探す男が一人。

 モジモジと内股をさすりながら、龍我は街を彷徨っていた。

 昨日と同じように瑠美、絋汰と共に生き残った市民に食糧を届ける道中で催してしまった龍我は一旦別行動を取っていたのだ。

 小学生じゃないんだから、なんて言いたげな彼女達のジト目は中々忘れられそうもない。

 トイレ探しを諦めてその辺で済ませるという選択肢もあるにはあるのだが、いくら荒廃した街でもそれは憚られる。

 

「……あれ、大地か? アイツ一人で何やってんだ?」

 

 そんな時、龍我は偶然にも大地が駆けていく姿を目撃する。

 街の中心部に座すユグドラシルタワー目指して一直線。

 あんな瓦礫だらけの地面でよく転ばねえなと感心までしかけて、はてと顎を摩る龍我。

 

「アイツって昨日なんたらの森で光実とはぐれて、それっきりだったよな? 

 なんだよ、無事だったなら早く連絡寄越せばいいのに」

 

 それも光実の真っ赤な嘘なのだが、龍我には確かめる術もない。

 ともかく呼び止めようとした刹那、ちょっとした躊躇が龍我の中で首をもたげた。

 

 生まれてこのかた騙されては利用されの繰り返し。それが万丈龍我という男の人生であった。

 戦兎や美空、マスターに紗羽さんとの出会いでかなり改善されたとはいえ他人に対する心の壁は未だ取り払えずにいた。

 出会って間もない大地たち────彼らが良い連中とはわかるし信頼が微塵もないわけではないものの、ネガタロスにまんまと利用されたこともある。

 つまり、「仲間」と呼ぶにはちょっぴり悩んでしまう。今の龍我と大地たちの距離間を表すなら、そうなるだろう。

 

(まあ、アイツなら大丈夫か。変身アイテムだっていっぱいあるし、けっこー強えし。

 わざわざ声かけなくても勝手になんかやるだろ)

 

 こうして龍我は大地を見送り、彼らが会話を交わす機会は失われた。

 

 

 

 *

 

 

 

 ヘルヘイム対策の陣頭に立つユグドラシル、その最前線である沢芽のユグドラシルタワーでは連日連夜会議が開かれている。

 インベスやクラックの出現頻度。

 市民への戦極ドライバーの支給実験の経過報告。

 議題はそういったものが大半を占めていたが、今日の内容は少々異なっていた。

 

 会議室のスクリーンに映された戦闘記録映像を黙して観る面々。

 戦闘に参加しており、ターゲットの脅威のほどを最も実感していた貴虎が手元の資料をばさりと放る。

 ダークディケイドの推定スペック、能力、変身者の情報────現段階で知り得る全てが記載されている筈の資料は信じられないほどに薄っぺらい。

 ユグドラシルの情報網をもってしても、それが限度ということなのだ。

 

「──以上が昨日の戦闘記録の全容だ。

 ダークディケイドと名乗る未知のアーマードライダー……我々が把握できている情報はこの映像と、光実の話が全てと言っていい。

 奴の消息は現在不明のままだ」

 

「あんなバケモン地味た能力のガキが野放したぁ、恐ろしくて夜も寝てられねえ。

 アンタが取り逃がすヘマなんてしなきゃ、今頃取っ捕まえてただろうに」

 

「まあその辺にしておきたまえ、シド。

 この映像だと君は終始翻弄されていた。私の目にはそのように映っていたが?」

 

「おっと、手厳しいねえプロフェッサー凌馬」

 

 呆れ顔で貴虎の責任を追及しようとするシドに、これまた呆れ顔をした白衣の男が口を挟む。

 彼こそが戦極ドライバーの開発者であり、ユグドラシル随一の頭脳を持つ男。

 名を戦極凌馬という。

 

「シドの味方をするわけじゃないけど、初戦で捕縛できなかったのは確かに痛いよね。

 今後は彼も警戒を強めるだろうし、そう簡単には行かないと思う」

 

「だろうな。だがダークディケイドだけに人員を割くわけにもいかん。

 光実は引き続きシェルターでの情報収集及び接触を試みろ。

 もし次の交戦があった場合には湊にも出てもらう。

 各員、何かしらの情報を手に入れたら即時私に知らせろ。どんな些細なものでも構わん」

 

「了解しました、呉島主任」

 

 凌馬の専属秘書である湊耀子が頷き、それに続いて光実も小さく首を振って了解の意を示す。

 声は上げないながら、シドも異を唱えはしない。

 だが、凌馬だけは違った。

 口をすぼめてペンを鼻先に乗せ、子供のような仕草で資料を眺めている彼は何の返事もしない。

 

「どうした凌馬。何か不服か?」

 

「私がそんな風に見えるのかい? フフ……そりゃあそうさ。

 私は研究者だ。 ダークディケイドは確かに圧倒的だが、そのテクノロジーを解析できれば我々は更なる技術的進歩を遂げられるかもしれない。そう考えるのが自然だろう? 

 他の作業を一時中断し、人員を割いてでも確保を優先すべきだ。

 多少のリスクはあるだろうが、それだけの価値が彼にはある」

 

「お前の言い分にも一理はある。しかし、今ここで我々がしくじれば取り返しのつかない事態になる可能性だってあるんだ。

 戦極ドライバーが配給された市民の観測に、クラックの調査、どれもおざなりにはできん。

 お前にもそれはわかる筈だ」

 

「……そうだね。すまない貴虎。

 私としたことが、自分の欲求を抑えられなかったようだ」

 

 あっさり引き下がる凌馬。

 いかにも「反省してます」と言わんばかりの表情に貴虎もそれ以上の言及はしなかった。

 

 ────凌馬の本心など、この場にいる貴虎以外の全員は把握していたが。

 

 会議はこれにて終了。

 凌馬は部屋を退室し、耀子もその後ろに続く。

 

「やれやれ、相変わらずつまらない男だね。

 もう終わったも同然の街なんか捨て置いて、興味深い研究材料を捕まえる方がよっぽど先のあることなのに。

 そう思わないかい、湊くん」

 

「ええ、それは────失礼します、プロフェッサー」

 

 相槌を打とうとした耀子に内線が入る。

 その内容を耳にした途端、彼女は驚愕の色に顔を染めた。

 ただならぬ彼女の様子に凌馬も怪訝そうな顔になる。

 

「大変ですプロフェッサー。

 ただ今の報告によると……ダークディケイドの変身者がこのタワーにやって来たようです。

 しかも貴方への面会を求めているとのことです」

 

「何だって……!?」

 

 

 

 *

 

 

 

 同時刻、大地がタワーにやって来たとは未だに知らない光実。

 会議室を出て貴虎とも別れ、今は一人で歩いている。

 人っ子一人いない廊下を足早に歩く彼の胸中はあまり穏やかではなかった。

 

(まさか兄さんとシドの二人掛かりで取り逃がすなんて……彼のことを少し甘く見ていたかな。

 彼は絋汰さんにも負けないお人好しだけど、あの場で消えた僕を怪しむかもしれない。

 ボロを出した覚えはないけど、万が一ということもある)

 

 光実からしてみれば大地は不確定要素。特大の核弾頭のようなものだ。

 ユグドラシルの最強戦力たる貴虎とも渡り合える戦闘能力の持ち主ならば、タワーの防衛を突破して光実が秘匿している情報などを暴いてしまうかもしれない。

 上手く利用できれば多大な利益をもたらしてくれるだろうが、こちらの身を滅ぼしかねない。そんな人物を野放しにしておくことそのものが光実に極度のストレスを与えていた。

 

(もしも裕也さんや、プロジェクトアークのことを絋汰さん達に知られたら……どうなるかなんて考えるまでもない。

 大地さんは危険過ぎる。どうにかして早急に始末をつけないと……!)

 

 

「歳の割に合わない顔だ。苦労しているな、呉島光実」

 

「誰だッ!?」

 

 突如響く、心を見透かしたような声に驚き振り向く光実。

 視界の端、廊下の曲がり角に揺らめいた紅い影を光実は見逃さない。

 すぐさま追いかけて、辿り着いた先は使われていない小部屋だった。

 光実がその部屋に入ると同時に照明が点いて、壁にもたれかかる黒コートの男を照らした。

 

「誰だ、アンタ。ユグドラシルの人間には見えないけど、どうやってここに侵入した」

 

「フ、そう警戒しなくてもいい。俺は君に不利益を与えるような人間ではないからな。

 俺の事はドウマと呼んでくれ。諸君が苦戦しているダークディケイドの対処について、助太刀をしたい」

 

「そんな言葉を信じられると思う? アンタはただの侵入者だ。排除させてもらうよ」

 

 光実はそう言って、戦極ドライバーとブドウロックシードを構えるが、いつまで待っても変身はしない。

 対するドウマは肩を竦めて光実の挙動を見守るだけ。

 

「……どうした? 排除したいなら変身すればいい。もしくは誰か呼ぶという方法もあるな」

 

「……」

 

「君はまだ迷っている。俺という存在に利用価値があるか否か。

 時間はたっぷりあるんだ、俺の話を聞いてからその回る頭でよ〜く考えてみるといい」

 

 ドウマは語り出す。

 ダークディケイドとその仲間達の排除を完璧に実行できるその計画を。

 値踏みをするような目の光実はそれまで黙って耳を傾けていたが、彼の話が終盤に差し掛かった辺りでついに口を出した。

 

「なるほどね、確かにアンタの計画は良く出来てる。

 でも肝心な部分が抜けてるよね? これを成し遂げるにはとてつもない戦力が必要になる。少なくとも兄さん達では対処できないほど、途方も無い力が。

 アンタにはそれがあるのか?」

 

「無論だ」

 

 待ってましたと言わんばかりにドウマがパチンと指を鳴らす。

 すると彼の背後に現れた灰色のオーロラから人型の影が排出される。

 金属特有の光沢を放つボディは明らかに人間ではないが、アーマードライダーやインベスにも見えない。

 

『よろシくネ! お兄ちゃん!』

 

「パーフェクトドラス。駆紋戒斗と大地の両名を圧倒できる彼がいれば、事足りるだろう。

 ……どうだ? まだ何か質問は?」

 

「待て、僕はまだアンタに賛同するとは一言も……!」

 

「すると君はこんな魅力的な提案を蹴ると? 

 まあいい。君の秘密を守る手段が他にあればいいがな」

 

「……くっ」

 

 ドウマが語った計画に乗れば、光実にも少なからずリスクは降りかかる。安易に乗ってしまえば、捨て駒として使い潰されることだって十分考えられる。

 しかし、本当は光実もわかっているのだ。彼の提案を受け入れる以外、現段階で大地を確実に排除する方法はないのだと。

 斬月・真とシグルドで倒しきれなかった相手に今更マリカが加わったところでどうにかなるとは到底思えない。

 

「わかった。ただし条件がある。開始のタイミングは僕が合図した時だ。それが飲めないなら────」

 

「構わん。これにて同盟締結だ」

 

 黒コートの隙間から白く骨ばった手が差し出される。

 光実もそれに応じて、力無い握手がブラブラと揺れる。

 生きているかどうかも怪しい、そんな腕を見ていると光実には目の前の男がまるで幽霊のように見えて仕方がなかった。

 

 

 



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求めよ、禁断の果実を

鎧武っぽくないけど、鎧武なサブタイ





 

 

 こんなにも心躍る気分になるのはいつ以来だろうか。

 

 油断するとステップでも踏んでしまいそうな自分に苦笑しつつ、まあそれも仕方ないと凌馬は思った。

 オーバーロード……もしくはそれ以上の存在と歴史的な対話にこれから挑むのだ。平常心でいられる方がどうかしている。

 

 凌馬が急ぎ足で向かう先は、自身の専用スペースとして宛てがわれたガラス張りの部屋。

 お目当ての人物は既に到着しており、監視役のトルーパー達に囲まれて座っている。

 

「やあ、お待たせしてしまったね。

 早速話を……といきたいところだが。

 君たち、もう下がっていいよ。ご苦労様」

 

「しかし我々も呉島主任からプロフェッサーを護衛するようにと────」

 

「貴虎には私からよろしく伝えておくよ。さ、君たちはとっとと行きたまえ」

 

 戸惑いながら退室していくトルーパー。これで部屋には凌馬と大地の二名のみ、邪魔者はいなくなった。

 秘書の耀子はいいとして、それ以外の者──特に貴虎の耳に入れば困ることもある。

 

「さて、まずは自己紹介といこうか。

 私は戦極凌馬、ユグドラシルの研究者だ。

 戦極ドライバーやゲネシスドライバーも私の発明でね……いや、わざわざ私を指名して訪ねてきたんだ、そんなことは百も承知か」

 

「僕は大地と言います。

 あなたのことは知人から教えてもらいました。

 ……なんで知ってるのかは、僕も不思議ですけど」

 

「ふむ、異世界の人間にも私の名が知れているとは驚きだね」

 

 異世界からの来訪者と聞いてどんな人物かと思っていたが。

 なるほど、この大地という青年は駆け引きがあまり得意ではないと見える。

 こちらがわざわざ聞かずとも情報を明かしてくれる素直さは凌馬としても大変有り難い。

 これなら光実に騙されるのも納得だ。

 

「それで? 本日はどういった用件で訪ねてきたのかな? 

 少なくとも君の目線からすると、我々ユグドラシルは敵対者と取られるのが自然のはずだ。

 そんな敵の拠点に単身乗り込んでくるほどの大事な用件があるのか、それともよっぽどの自信家なのか……」

 

「その、誤解をしないで欲しいんです。僕はあなた達と敵対するつもりはありません。

 世界を救う為なら協力だってするつもりですよ。それをわかって欲しくて……」

 

「誤解……ね。確かに不幸なすれ違いはあったようだ。

 いいだろう、『ダークディケイドは敵ではない』──私からもそう通達しておこう。

 それでまさかとは思うけど、そんなことを言いにわざわざ来たわけではないね?」

 

「はい。僕の大切な仲間を、レイキバットさんを戦極さんに治してもらいたいんです! お願いします!」

 

 実を言えばこの部屋に入った時点でそんなところだろうと見当はついていた。

 これ見よがしに置かれたポーチと、故障した白い蝙蝠型の機械。大地が指したのは後者に違いあるまい。

 

 そこから凌馬がレイキバットに手を伸ばすまでの動作は驚くほど早かった。

 異世界の技術の結晶を弄る許可を貰ったからには、溢れる好奇心を押さえつけてはいられないのだ。

 

「これが異世界のテクノロジーか……! 君は今、これを大切な仲間と表現したね? まさか、このサイズの機械に意思疎通が可能なAIまで搭載しているというのかい? 実に素晴らしい……是非ともこれの開発者と語り明かしてみたいものだよ! 

 ……おお!? この機構は僕のドライバーにもあるライドウェア形成部にも似ている。ということはつまり……これは変身道具でもあるのか! なるほど、自律行動によって変身者のサポートもこなせる理に適った設計になっている。エネルギーの動力源もこの世界には無いものか……いや────」

 

「あの……戦極さん?」

 

「おっと、これは失敬。つい我を忘れてしまった。

 ざっと見たところ、君のお仲間であるこの蝙蝠くんは機能の大半を司る部分に損傷を受けているらしい。だが修復はそう難しくはないし、材料は我々の世界にある物でも代用できそうだ」

 

「本当ですか……! ああ、良かった! レイキバットさんに何かあったら本当にどうしようかと……。

 戦極さん、是非ともお願いします! レイキバットさんを……!」

 

 半泣きで嘆願してくる青年、という図に若干面食らう凌馬。

 いくら高度なAIを搭載していようと所詮は機械に過ぎない蝙蝠にここまでするなど、凌馬には理解し難い。

 しかし、それはそれでむしろ好都合とも言える。

 

「早とちりは困るな。確かにこの蝙蝠くんは私にとっても未知の技術の塊。謂わば宝物庫も同然だ。

 そんな物に修復という形で触れるのは願ってもないことだが……申し訳ない。これでも私は多忙の身でね。君のお願いを聞いてあげたいのは山々だけど、資源と時間には限りがある。わかるね?」

 

「そ、そんな……!? それじゃあレイキバットさんを見殺しにしろってことですか!? 

 ……できない。できません! レイキバットさんは僕を庇ってこんな風になったんです! 無理を承知でもう一度考えてください! 僕にできることなら何でも協力しますから!」

 

(来たっ!)

 

 待ち望んでいた台詞に凌馬の目が輝いた。

 

「何でもとは……うん、恐れ入ったよ。私の降参だ。君が仲間の為にそこまでする男なら、私も敬意を表して答えよう。

 この蝙蝠くんは完璧……いや、それ以上に修復してみせようじゃないか」

 

「ほ、本当に……? 本当の本当に!? ありがとうござ──」

 

「ただし!」

 

 ピンと立てる人差し指。会話の主導権は渡さない。

 凌馬が最も欲しい物を手に入れる交渉はこれからが本番なのだ。

 

「君が持つ変身道具……ダークディケイドのベルト。それの解析を私にさせてもらおうじゃないか。

 仲間の命と引き換えなら安いものだろう?」

 

 無数の形態を使い分け、その数だけ能力を発揮できる。しかもその能力のどれもが凌馬の作った発明の多くを凌駕しているときたものだ。

 未知の技術を解析するという観点ではレイキバットもまた大いにそそるものの、ダークディケイドにはとても及ばない。その解析が叶えば凌馬の研究は飛躍的な進歩を遂げること間違いなしだ。

 

 だが、大地が示した反応は凌馬の予想とは異なっていた。

 

「ああ……戦極さんも、やっぱりそういうことになるんですね」

 

 この流れを読んでいたかのように独りごちる大地。

 凌馬ではなく、どこか遠くを見ているその目に凌馬は思わず困惑してしまった。

 さっきまではあんな必死に頼み込んで、土下座までしそうだったというのにこの変貌ぶりは些か不気味でさえある。

 

「すいません。その頼みだけは頷けません」

 

「おや……? これは意外な返答だ。つまり君はこの蝙蝠くんを見捨てると?」

 

「絶対に見捨てません。でもあなたが欲しがるベルトは置いてきたので、渡したくても渡せないんですよ」

 

「なんだって?」

 

「だって、置いてきましたから。他のベルトも全部。前にも戦極さんみたいな科学者にベルトを渡して大変なことになったんです。あんなことはもうごめんですから」

 

 以前の「イクサの世界」で起きた事件を大地は鮮明に覚えている。

 軽い気持ちで渡したメイジドライバーがきっかけとなり、リヴォルを誕生させてしまった。

 鬼塚、小沢、入山────これまで見てきた科学者を思い返せば、戦極凌馬が異世界のテクノロジーを欲する可能性が極めて高いことは想像がつく。

 よって大地は予め写真館を出る前に、ネガタロス眼魂含めレイキバット以外のアイテムを全て置いてきたのだ。

 

 しかし、そんな背景事情を知らぬ凌馬には面白くない展開でもある。

 お預けを食らった犬……とはまた違うだろうが、ぬか喜びさせられたのは確かだ。

 

「しかし解せないねぇ……君はこうなることをある程度は読めていた。となれば私が修理の件を撤回することもわかりそうなものじゃないかい? 君はどうやって私に承諾させるつもりなのか……是非聞かせてもらおうじゃないか」

 

「代わりに差し出すのは僕の身体です。

 理由ははっきりしませんけど、僕は普通の人より傷の治りが早い。

 流石にダークディケイドライバー並みとまではなりませんが、研究対象にする価値はきっとあると思います」

 

「君の身体、ねぇ……。まあ興味が無いわけではないが……」

 

 異世界人の身体に興味はあるものの、あくまでそれなり程度。

 研究者の血を騒がすのはダークディケイドのテクノロジーしかない。

 だが、ここで大地にベルトを取ってこさせるのも難しい。

 

 仮に凌馬が口八丁説得できたとしよう。

 大地がまたここに戻ってくる保証はなく、もしくは屁理屈を並べてベルトを取ってこないかもしれない。

 そういう無駄な時間の浪費は凌馬の嫌うところでもあるのだ。

 

 しかし、ここで凌馬に妙案が浮かぶ。

 

(いや……待てよ。確か光実君の報告によれば彼には仲間がいた。それも変身が可能な)

 

 聡明な頭脳が迅速にプランを組み立てる。

 不穏な気配はおくびにも出さず、「大地の申し出を了承する否かで悩んでいる」という体を装って。

 やがて完成したプランに従い、凌馬は人懐こさそうな笑顔をにぱっと浮かべた。

 

「どうやら私の負けらしい。君の献身に免じて、その条件を飲むとしよう」

 

「良かった……! 戦極さん、こんな都合の良い真似をしてしまったことは誤ります。だからレイキバットさんのことはよろしくお願いします!」

 

「いいとも。その代わり、君の身体は隅々までじっくりと調べさせてもらうよ」

 

 感嘆と安堵の表情に染まった大地と握手をしながら、凌馬は思う。

 この男はそれなりの駆け引きはできるようだが、まだまだ子供の域を出ていない。

 少なくとも小賢しい光実なんかよりは百倍マシだ。

 

(フフッ、まあやって来たのは君の意志なんだ。悪く思わないでくれたまえ。精々私の研究の礎となってもらうさ)

 

 

 

 *

 

 

 

「お互いにやることが目白押しの生活だ。私がこの蝙蝠くんを診ている間に検査を受けてくるといい」

 

 そんな凌馬の一言で大地は検査室に連れられることになった。

 精密機械が叩き出す様々な数値と、それを記録するスタッフを交互に見やりながらしかし何をするわけでもなく、不安な面持ちの大地。

 レイキバットを心配して心ここに在らず、といった風か。

 

 そしてそんな大地をモニター越しに観察する男女が一組。

 

「……へぇ、まさか本当に来ているとはね」

 

「あら? その様子だと、彼がタワーに来ると知っていたのかしら?」

 

「湊さん、残念ながらそれは勘違いだよ。もしも僕が事前に把握していたとして、兄さんに報告しない筈がないじゃないか」

 

「……ふぅん。ま、そういうことにしといてあげましょうか」

 

 耀子はそれきり光実への追及を辞めて、モニターに注視する。

 彼女がどれだけの興味を抱いているのか、光実には知るよしもないし、知りたくもない。

 だが彼女の洞察力は侮れないものがある。

 

 水面下で手を組んだドウマから教えてもらっていたが故に、光実は大地がタワーに来ていることも知っていたのだ。

 あの協定と計画を耀子に知られては後々面倒になる。

 しかし、こちらがボロを出さなければ過度に恐れる必要もないだろう。

 

「それにしても……彼、奇妙な男ね。どの陣営に属することもなく、それでいてどの陣営とも明確に敵対していない。果たして何が目的なのかしら」

 

「さあね。駆紋戒斗を記録することが目的とは言っていたけど、その記録っていうのが具体的に何を意味するのか、本人すら理解していないようだったよ」

 

「駆紋戒斗……ふふ、あの男は彼にどんな反応を示すのかしら」

 

「あの人の考えてることなんて、誰にもわかるわけない」

 

 それは貴女も同じだけどね、と心中で付け加える。

 自分の思い通りに動いてくれない馬鹿に考えを割いても時間の無駄でしかない。

 

(さて、これからどう動くか……)

 

 光実は冷え切った目で大地の観察を続ける。

 全ては秘めた己の目的──舞の為に。

 

 

 

 *

 

 

 

 検査に次ぐ検査の果てに大地がやって来たのは小さな部屋であった。

 

「申し訳ないが、やはり蝙蝠くんの修理には少しばかり時間を要することになりそうでね。滞在できる部屋はこちらで用意してある。一流ホテル並みとまでは行かないが……まあゆっくりしていくといい」

 

 そう言って通されてはいいものの、最低限の家具があるだけの殺風景な内装といい、厳重なロックがかけられたドアといい、この部屋はどう見ても独房である。

 騙された感はあるが、要求を呑んでもらった手前贅沢は言えない。

 

 大地は検査づくめで疲れた身体を硬めのベッドに投げ出し、ほうと一息つく。

 

「瑠美さんたちには悪いことしちゃったな……。特に万丈さんにはキツく怒られるだろうし、下手すれば叩かれたりして」

 

 しかし、心配させてしまう不安はあっても彼女らを心配する気持ちは大地にはあまり無かった。

 現在の仲間の中だとバイオグリーザに次いで交流が短い龍我であるが、彼への信頼は自分でも驚くほど高い。

 それも恐らく彼の言動や立ち振る舞いがとても「仮面ライダーらしい」からであろうか。

 

 病院で見ず知らずの患者達を救おうとしたり、佐野の死に震えたりしつつも、自分のようにウジウジと悩んで戦いを放棄したりもしない。

 

 例え自分がおらずとも、龍我と一緒ならきっと瑠美は大丈夫────自然とそう思えてしまう。

 いざとなれば置いてきたダークディケイドライバーを引き継いで、瑠美を元の世界に送り届けることだって任せられる。

 そうなれば、もう自分は────。

 

「ハロ〜! 期待のニュープレイヤー、ダークディケイド。暇そうにしてるから遊びに来たぜ」

 

 その時、陽気な大声が大地を現実に戻した。

 ぎょっとして見ると、部屋の小窓からヘッドホンをかけた男が笑顔で立っている。

 一見朗らかで人の良さそうな笑みであるが、場所が場所なだけに気を許せそうな相手とは思えない。

 

 ロックを解除して部屋に入ってきた男は我が物顔でソファに腰掛けた。

 

「だ、誰ですか? 研究員の方……には見えないですけど」

 

「サガラ、と呼んでくれ。これでも以前の沢芽じゃ人気の配信DJだったんだぜ? 

 まあそう身構えなくていい。俺はただゲームの新たな乱入者と話がしてみたかっただけだ」

 

「ゲームって……僕は遊びでこんなことしてるわけじゃ……!」

 

「そうカッカッするなって。ゲームってのは物の例えで、お前達が覚悟を持って戦ってるのはよーくわかってるとも」

 

 大地は思わず語気を荒げかけるが、サガラの制止に止められる。

 正しくはいちいち芝居のかかったサガラの仕草に毒気を抜かれた、の方が正しいか。

 ひとまず彼から話を聞いてみるしかなさそうだ。

 

「そのDJさんが何の話をしに来たんです? 僕、配信のネタになりそうな面白話なんて思いつきませんよ」

 

「心配には及ばないさ。

 インベスゲームが生むスリルと興奮! アーマードライダー達の血湧き肉躍るバトル! うちのサイトで配信していたのはそんな非日常だ。

 街はあんな有様になっちまったが、俺が見たいものは今も昔も変わらない。

 そうさな……名付けて、ヘルヘイムの森に眠る万能の力を巡る戦国バトルロワイヤル! これが今のゲームってやつだ」

 

「万能の力にバトルロワイヤル……それじゃまるで──」

 

 ナイトの世界と同じじゃないか、と続くはずの言葉は脳裏によぎった凄惨な記憶に遮られた。

 思い出したくない、それでも記憶に刻みつけられたライダーバトル。

 あれと同じことがこの世界でも起こっているというのだろうか。

 トラウマを刺激された大地の肌が逆立った。

 

「その果実に関する伝承は数多く存在する。

 黄金のリンゴ。不老不死の果実、アンブルシア。そしてアダムとイブが食べた知恵の実。

 禁断の果実を手にした者は大いなる力を得るだろう。

 しかし、選ばれるのは戦い、勝ち残った最後の一人だけ。

 どうだ? 実に魅力的な神話だとは思わないか?」

 

「その禁断の果実を求めて、みんなが争ってるって言うんですか……? 

 でも、そんな話は誰も……あ」

 

 そんなに凄いシロモノがあると言われてもにわかには信じ難い。

 ライダーでない絋汰は除外するにしても、光実やユグドラシルのライダー達は一言も言及していなかったではないか。

 

 大地はそこまで考えて、しかし戒斗のとある言葉を思い出す。

 

『目障りな弱者を潰し、世界を壊す。

 その為に必要な圧倒的な力を手に入れる! 

 それが、俺の戦いだ』

 

 世界を壊せるほどの圧倒的な力。それこそが禁断の果実であり、戒斗がヘルヘイムで探し求めているものだとすれば。

 

「果実は誰にでも分け隔てなく与えられるものじゃない。

 知っていても秘匿する奴はいるさ。むしろ、蹴落としを狙うならそれが普通ってもんだ。

 世界を思うがままに塗り替えられる力なんて、欲しがらない奴がどうかしてる。

 どうだ? お前も欲しくなってきたんじゃないか?」

 

 例えばゴブリン族が滅ぶことなく、鬼塚が復讐に囚われることもない世界。

 例えばライダーなんか存在せず、奏と昴が普通の親子として暮らせる世界。

 例えば夢で見たような平穏の日々。

 

「たられば」を言い出せばキリがない。しかし、そんな世界を望む心はいつだってすぐそばにあった。

 

「禁断の果実があればあの夢を現実にできる……? 僕の記憶を戻すことさえできるのか……?」

 

「ああできるとも! ありとあらゆる願いを叶える力がお前の手に宿るんだ。不可能という文字はお前の辞書から消える」

 

 サガラの胡散臭さを疑う気持ちが少しずつ消えていく。

 それとは正反対に、存在さえ不確かな果実を求める欲が増していく。

 

 だが────その過程で待ち受けるであろう戦いを想像して、大地の顔からサッと血の気が引いた。

 

「嫌だ……僕は要らない! 力なんてもう要らない! 

 また僕が戦えば、誰かを殺すかもしれないのに……!」

 

「おいおい、今まで散々怪人の命を奪っておいて今更怖気付いたなんて言うんじゃないだろうな? 

 俺から言わせりゃ、怪人だろうが人間だろうか生きてるってことに代わりはない。どうして人間だけを特別視するっていうんだい」

 

「どうしてって、そんなの……! そんなの……あれ? 

 

 ────どうしてだっけ」

 

 これまでの大地なら当たり前に言い返せていたかもしれない。

 それなのに、大地が絞り出せたのはなんとも空虚な疑問。

 人間なら守って当然だと言ってやりたくても、ここ最近に見て感じてきた人への憎悪が邪魔をする。

 アギトを部品として扱った入山や、快楽から他者を殺した芝浦、弱い親子を足蹴にした市民など────彼らも守りたいと心の底から思っていただろうか? 

 

 完全に自分の世界に入ってしまった大地に、サガラはやれやれ顔で呆れながら立ち上がる。

 

「まあいいさ。これで種は植えた。

 お前という樹が果たしてどんな答えを実らすのか、楽しみにしてるぜ」

 

 最初から誰もいなかったかのように忽然と姿を消してしまうサガラ。

 それからしばらく大地は陰鬱な顔を伏せて、自問自答の迷宮から抜け出せないまま長い時を過ごした。

 

 

 

 *

 

 

 

 ヘルヘイムの森において、地球のような天気の概念はない。

 雨や雪が降ることもなく、昼夜の入れ替わりも存在しない。

 沢芽市がちょうど夜になった頃でも、まるで変わらない空模様を見せていた。

 

 そんなほの青い空を横切るいくつかの影。

 まるで何者かから逃げるように飛ぶ翼を、真下から屹立した光が照らす。

 

「────逃がさん」

 

 レモンエナジー! 

 

 バロンが狙い放ったソニックボレーに貫かれた人型の蝙蝠が二つ。

 炎上しながら落下していくそれらはそれぞれ暗黒秘密結社のコウモリ怪人、ゲドンの獣人吸血コウモリという名であったが、バロンの知るところではない。

 

 後方を追飛行していた怪人が撃墜されて、先頭を飛んでいた鷲のような怪人が慌てて振り返る。

 

「ヌゥッ!? おのれ仮面ライダーめ! よくも我が部下を!」

 

「先に仕掛けてきたのは貴様らの方だろう。集団で、それも不意打ちをしておきながらおめおめと逃げ出すことなど、この俺が許さん」

 

「クワーッッ! 砂漠の死神とまで呼ばれたこの荒ワシ師団長様を侮辱したこと、後悔するがいい!」

 

 怪声を上げて、翼を持つ戦闘員と共に急降下してくるは、デルザー軍団の荒ワシ師団長。

 弓矢を持つ相手からの逃亡は困難と判断したか、それとも簡単な挑発に乗ってしまったのかは定かではない。

 どちらにせよバロンがすべきことは変わらない。

 

「セィッ!」

 

 ソニックアローの黄色い閃光によって一人、また一人と落とされていく戦闘員。

 しかし、肝心の荒ワシ師団長には一発として命中していない。

 バロンの狙いはかなり正確なのだが、荒ワシの飛行精度はそれを上回っているということだ。

「師団長」なんて大層な階級を名乗れる程度の実力はあるらしい。

 

「見たかライダーバロン! この俺を捉えることは誰にもできぬのだ!」

 

 嘲笑う荒ワシ。

 あと数秒と経たずに猛スピードで突撃され、粉砕されるバロンの姿が目に浮かぶようだ、と大きな嘴から汚い笑いが漏れた。

 そうした油断があったが故に、バロンが赤いロックシードをセットしたことにも気づけていない。

 

 ロックオン! イチゴチャージ! 

 

「なっ、なんだこれは!?」

 

 驚くのも無理はない。

 放たれたのはたった一発の矢。

 その筈が、次の瞬間には無数のクナイに分裂して荒ワシの視界を埋め尽くしたではないか。

 数えるのが億劫になるクナイに、荒ワシは咄嗟に盾を構える。

 

「おのれぇぇぇ!! だがこの程度で俺は落とせんぞ!!」

 

 ロックオン! キウイチャージ! 

 

 クナイ弾幕を突破した荒ワシを撃輪の刃が刻む。

 今度こそ命中してしまい、後は落ちるだけの荒ワシ師団長。

 ギェー! と悲鳴を上げて自由落下する相手にトドメの一撃を放とうとするバロン。

 彼はゲネシスドライバーのレバーを押し込まんと手にかけるが、痺れを伴った痛みがその動作を阻害する。

 

「ぐっ、こんな時に……!」

 

 だが、耐えられない痛みではない。

 構わずレバーを押し込もうとした時、バロンを更なる衝撃が襲う。

 荒ワシが苦し紛れに放った斧の一投であり、バロンの必殺技はこれにて完全に不発となってしまった。

 まさかあんなお粗末な攻撃とも言えないような一撃で命拾いするとは思わなかった荒ワシもポカンとしてしまったが、それも一瞬。

 

「ヘッヘッヘ、油断したなライダー。今トドメをくれてやろう!」

 

 荒ワシは即座に立ち直り、バロン目掛けて一直線。

 その生意気な首を落とさんと高速の超低空飛行で突き進む。

 自身のスペックで出せる限界の速度で迎撃される前に仕留めようという魂胆だ。

 また矢が飛んできたら回避すらできない速度だが、バロンが弓を放つ前に到達できると荒ワシは確信していた。

 

 ピーチエナジー! 

 

 だからこそ、バロンの背後から飛んできた桃色の矢に正面から突っ込む羽目になってしまったのだが。

 

「な、なんだと!? 仮面ライダーがもう一人!?」

 

「オーバーロード……ではなさそうね」

 

 桃状のエネルギーの檻に閉じ込められ、その場に縫い付けられた荒ワシから驚愕の声が飛ぶ。

 バロンの背後でソニックアローを構えるは、耀子が変じた桃色のアーマードライダー、マリカ。

 思わぬ援軍に大慌ての荒ワシには頭上へ跳躍したバロンへの対応などできようものか。

 

 レモンエナジースパーキング! 

 

「セィィィィイッッ!!」

 

「ギェェェエェエーッ!?」

 

 バロンの必殺キック、キャバリエンドの炸裂によって荒ワシ師団長は爆発四散。着地と同時に膝をついたバロンはそのまま倒れ込むように変身を解除した。

 あちこちに血の滲んだ痛々しい身体を引きずって、大木に背を預ける戒斗の顔は苦痛に歪んでいる。火傷痕のある腕なんて特に酷く、弓矢を引けていたのが不思議に思えるほどだ。

 見かねた耀子がハンカチを差し出すも、彼はその手を跳ね除けた。

 

「あんな相手に梃子摺るなんてあなたらしくないと思ったら……納得ね。むしろそんな傷でよく戦えたものだわ。あなた、命が惜しくないの?」

 

「貴様には関係ない。この借りもいずれ返す」

 

「楽しみにしておくわ。それで? さっきの奴は一体なんなの?」

 

 黙りこくる戒斗。

 彼が素直に情報を吐く人柄でないと理解していた耀子には予想の範疇である。

 

「助けてあげた借りを返すなら今じゃないかしら? あなた、借りは作らない主義でしょ」

 

 意地の悪い笑みを浮かべる耀子に戒斗は大きく舌打ちする。

 屁理屈をこねて突っぱねることもできるが、そういう欺瞞は戒斗が最も毛嫌いするものの一つでもある。

 

「俺に消えて欲しい奴からの刺客だろうな。見たこともない赤いアーマードライダーに変身していたが、この世界の人間ではない。

 まあ、本命は俺ではなくもう一人いる異世界のライダーだろうがな」

 

「異世界のアーマードライダー……まさかダークディケイドとクローズ以外にもいたとはね。できればあなたが見て聞いた生の情報をプロフェッサーに報告して欲しいのだけれど」

 

「断る。そこまでお前達に協力する義理はない。わかったらとっとと失せろ」

 

 話は終わった。この女と必要以上に関わるつもりはないとして、戒斗は足早に去ろうとする。

 

「待ちなさい。あなたも知ってるとは思うけど、あの大地っていう子。今はユグドラシルタワーにいるわよ。と言ってもほぼ軟禁に近い形だけれど」

 

「だからどうした。アイツがどうなろうと俺には関係ない。第一、そんなことを俺に教えて何の得がある?」

 

「お生憎様。私は損得だけで動くような女じゃないの。

 ただ気になるのよ。彼、あなたの目にはどんな風に映ったのか」

 

 耀子の真意は戒斗の目を持ってしても読めない。

 あの張り付いているように見える笑顔の裏には、凌馬ですら把握しきれないものがあるのかもしれない。

 しかし、それを知ろうとするだけの興味も戒斗には無かった。もののついでに答えてやるぐらいはいいだろう。

 

「特に見所もない男、そこら中に掃いて捨てるほどいる弱者。

 あのベルトだけは大したものだが、あれでは宝の持ち腐れだな。

 どうだ、これで満足か?」

 

「ええ。概ねあなたが正しいと思うわ。

 けれど……最初は取るに足らないと思っていた男が思わぬ価値を見せることもある。

 案外似た者同士なんじゃないかしら? なんだかんだ言いながら、誰かを助けてしまうところなんて、特にね」

 

 そう言った耀子の視線は意味ありげに戒斗の腕を見つめる。

 赤黒く変色した痛々しい傷痕。

 傷だらけになった戒斗の身体でも特に酷い傷ができた理由を耀子は知っていた。

 

「もういいか? お前の下らん話はもううんざりだ」

 

 これ以上この女の戯言に付き合っても仕方ない。

 戒斗は今度こそ本当に立ち去り、道無き道を行く。

 この深い森の何処かにいるであろう敵はまだまだ多い。

 インベス、オーバーロード、パーフェクトドラス、セイヴァー、謎の黒いライダー。

 耀子に言われたからという訳でもないが、ドラス戦の傷も考えると休息と補給はした方がいいかもしれない。

 あんな怪鳥ごときに遅れを取るようでは、ドラスの打倒など夢のまた夢だ。

 

「力が必要だ。もっと強い力が……!」

 

 貪欲に強さに手を伸ばすこの男がどこに向かうのか、今はまだ誰にもわからなかった。

 

 

 






既視感のある展開。レイキバさんはどうなってしまうのか?


コウモリ怪人

BLACKに登場。かなり序盤から登場し続けており、なんでもかんでも仕事をやらされる過労死怪人。その死に様はほんとに過労死っぽい。


獣人吸血コウモリ

アマゾンに登場。こいつも序盤のコウモリ怪人。アマゾンキックとかいうレア技で倒された。


荒ワシ師団長

ストロンガーに登場。昭和でも屈指の知名度を誇るデルザー軍団の一員。同時期に登場した鋼鉄参謀と比べるとどうにも弱っちく感じてしまう。ドウマ、渾身の人選ミス。



そんなこんなでバロン編ももうすぐ終盤戦。次回更新はできれば5月中に


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新たなステージの幕開け


お待たせし過ぎ問題。次も時間かかります。申し訳ない。


 

 

「レイキバットさん! もう大丈夫なんですか!?」

 

「よ、よせ! ベタベタ引っ付くな! 心配要らねえって言ってんだろうが!」

 

 客室とは名ばかりの独房で叩き起こされた大地は寝ぼけ眼を擦りながら戦極の元に案内された。

 そこでパタパタと元気に飛び回る白蝙蝠の姿に眠気は一瞬で吹き飛んだ。

 抉れて損傷していた箇所もほぼ元通りになっており、命の危険はとうに去っているように窺える。

 

「思っていたよりは難航したがね。まだ調整は必要だけど、こうして飛ぶのに差し支えない程度には修復できたよ」

 

「にしてもこんなに早いなんて……。戦極さんってとんでもない大天才なんですね! ありがとうございます!」

 

「うむ。喜んでもらえたようでなによりだ」

 

 戦極に鷲掴みにされ、透明のケースに放り込まれるレイキバット。

 ガミガミと抗議の声を上げているが、これも彼の為と思えば仕方ないだろう、と大地は心中で謝罪した。

 それから戦極は何らかの数値がびっしりと書き込まれた用紙を取り、大地の顔と交互に見比べる。

 まるでその数値と大地を照らし合わせるかのように。

 

「大地くん、君は自分が記憶喪失だと言っていたね。何か普通とは違うと思えるような事はあったかい? 

 例えば変身していなくとも速く走れたり、身体が頑丈だったり……」

 

「う~ん……そういえば何度かあったような。ダークディケイドライバーの副作用とか、多分そういう感じだと思うんですけど」

 

 大地が述べる言葉を手元の用紙に記入する凌馬。

 その書き留める姿勢からは、一言一句足りとも聞き逃さないという意志が感じ取れた。

 

「ふむふむ、やはりこのデータはそういうことか。

 ────いや、こっちの話だ。ほんの確認だから気にしないでくれ」

 

 そう言いつつもペンは未だに走っている。

 大地は恐る恐る覗いてみたが、内容はさっぱりだ。自分を検査して得られたデータなのだから、それはもう気になる。

 

 しかし、今はそれより聞いてみたいことがある。

 

「戦極さん、禁断の果実って知ってますか」

 

 戦極のペンがピタッと止まる。

 大地が質問したその一瞬、彼の顔が強張ったように見えたものの、向き直った時にはもう不敵な笑みに戻っていた。

 

「まさか君の口からその言葉が出てくるとは、少々面食らってしまったよ。なにせ実在するかどうかさえ怪しいシロモノだからね。

 余計な前置きは省こう。質問に質問を返すようで悪いが、君は禁断の果実が欲しいのかい?」

 

「要りません。誰かを倒さなきゃ手に入らない力なんて、無い方がいいに決まってます。

 それに、ベルトも無い僕にはどうしようもないでしょう」

 

「人格者らしい答えだねえ。だがそれがいいだろう。私としてもオススメできない。数え切れない敵との果ても見えない争いに身を投じる覚悟があるなら話は別だが」

 

 果ても見えない争いなど、言われただけでも身震いしてしまう。

 そんな戦いに挑む覚悟があの戒斗にはあるのだろう。そして大地にはそれがない。

 

「先も言ったように、禁断の果実に関しては存在に確信が持てなくてね。精々仮説がいいところさ。

 だからこそ、現実的な手段で侵略からの人類救済を成し遂げようと日々働いているんだよ」

 

 戦極でさえも疑うほどの物となると、いよいよサガラに乗せられたのではという疑惑が強まってくる。

 それとも戦極が嘘をついているのか────わからない。大地には嘘を見分ける眼はない。今は尚更だ。

 

 ぐちゃぐちゃに絡まった思考を解そうと視線を振った先、頑丈そうなケースに鎮座するレイキバットが目に留まる。

 

(別にいいじゃないか。禁断の果実があってもなくても。

 レイキバットさんはこうして無事に治ったんだから)

 

 レイキバットの最終調整が終わればまた知らせてくれると戦極は言った。

 それからどう行動すべきか、大地は未だ決めかねていた。

 

 

 

 *

 

 

 

 荒廃した街の中、場違いにもほどがあるスパイシーな香りが充満している。

 瑠美が混ぜる鍋の中身はたっぷり野菜の中辛カレー。

 隣にいる万丈の喉がゴクリと鳴った。

 

「今日も来ませんね……」

 

「来ねえな……」

 

「なー」

 

 来ない、とは勿論食事を振る舞おうとしている市民のことである。

 あの豚汁騒動があってから、ドライバー持ちとそれ以外との対立構造は決定的となってしまったらしく、こうして炊き出しをしても人は全然来ない。顔を合わせればまた争いになるのがわかっているからであろう。

 瑠美お手製のカレーライスはこんなにも芳しいのに。勿体ねえと万丈は思った。

 

「ほんとに悲しいことですね。ドライバーのあるなし関係なく、みんなにご飯を食べてもらおうと考えたのに、結局ドライバーのせいで誰も食べに来ないなんて。

 それとも私が平和ボケしているだけなんでしょうか」

 

「そんなことないって! 瑠美は普通で、みんなが……いや、この状況そのものがおかしいんだ。

 カレーの一つも満足に食えない世界なんて絶対に間違ってる」

 

「スカイウォールやら、スマッシュやらで俺の世界も平和とは言えなかったけど、カレーは誰でも食えたもんなぁ。

 こんないいニオイ出してんだし、ほんとはみんな食いたいくせによ。

 めんどくせえ世界だよな……あ、悪い絋汰」

 

「だからそう思うのが普通なんだって。平和だった頃の沢芽を瑠美と万丈、大地にも見せてやりたかったけどなぁ」

 

 しみじみと語る絋汰の横顔は乾いた悲哀が滲んでいる。

 時の経過と共に哀しみや怒りといった感情が風化していったような眼にはどれだけの悲劇が積み重なっていったのか、万丈には想像もつかない。

 普通の青年だった彼がこうなってしまう世界をなんとかしてやりたいと思う心がムクムクと育ってくる。

 

(……なんて思ってもよ。俺にはこうなっちまった街を救うことなんてできるわけねえし)

 

 が、それまで。

 元いた世界で戦っていた理由といえば主に自分の冤罪を晴らすこと。その過程で見ず知らずの誰かを助けたり、相棒の危機に奔走することもあったが、世界そのものを救うだなんてスケールの大きい話にはどうにもついていけない。

 最上魁星の事件だって世界の危機ではあったが、実質相手にしたのはカイザー単独でしかなかった。

 この世界を救おうと思えばヘルヘイムをなんとかするしかない。しかし、概念に近い敵をどうやって倒せばいいのかも考えつかないのだ。

 しかもこういう時に考える専門の相棒は隣にいない。

 

(モヤモヤが止まんねえ……ああくそっ、こういうややこしいのは苦手なんだよ)

 

 煙を上げそうな頭をさっぱりと切り替える龍我。

 これなら筋トレでもしていた方が捗るに決まってる。

 

 それからしばらく誰も来ない鍋の前でスクワットをしている時、隣の瑠美がポツリと呟いた。

 

「大地くん、今頃どうしてるんでしょうか……」

 

 ヘルヘイムで光実と逸れて行方不明になった、ということになっている大地。

 しかしながら龍我は昨日街で大地を目撃している。わざと声をかけなかった後ろめたさもあって、瑠美と絋汰には言いそびれていたのだ。

 

「あー、アイツなら────」

 

 

「奴ならユグドラシルの捕まっているぞ。あのタワーのどこかだろうな」

 

 龍我の告白を中断させた誰かの声とその出所に全員の注目が集まる。

 ボロボロの赤いコートをたなびかせるその男の顔は絋汰だけが知っていた。

 

「お前、戒斗じゃないか! なんでこんなところに……てか、その傷は手当した方がいいだろ! それになんでお前が大地の居場所を知ってるんだよ! それに捕まってるってどういうことだ!?」

 

「ええい騒ぐな! いっぺんに喋るな! 手当もいらん!」

 

 治療道具を抱えて寄ってくる絋汰を心底鬱陶しそうに跳ね除けて、戒斗は鍋を挟んで瑠美の前に立つ。

 彼の無言の意思表示に、瑠美もカレーをよそって紙皿に盛る。

 戒斗は座り心地の悪そうな瓦礫に座り、ホカホカのカレーライスをガツガツと食い始めた。

 

「おい戒斗ってば! 呑気にカレー食ってないで、俺の質問に答えてくれよ!」

 

「フン、飯を食うのに情報の対価を求めるつもりか? 随分とケチ臭い炊き出しがあったものだな」

 

「そういうわけじゃ……! もう、そういういつもの捻くれはいいからさ!」

 

(コイツ、なんだかんだ言う癖に絋汰を無視しないのか)

 

 決して仲が良いわけではなければ険悪でもなく、そんな微妙な空気を終始漂わせた食事はすぐに終わった。

 綺麗になった紙皿をゴミ袋に捨て、律儀にも瑠美に軽く手を挙げてから去る戒斗。

 絋汰が止めようとするのもお構いなしなところを見るに、もう言いたいことは言ったつもりなのか。

 

 そしてそんな戒斗と入れ替わるように、男がゆったりとした歩みでやってくる。

 なんてことはない。龍我にも瑠美にも見知った顔、ガイドである。

 

「おー、こりゃ美味そうなカレーだ。大地がいなくとも頑張ってるねえ御二方」

 

「ガイドさん……? どうしたんですか、こんなところで。カレー食べに来たんですか?」

 

「ちょっと二人の様子を見がてら、届け物をしに来た。あ、カレーは貰うよ。大盛りで」

 

「届け物ォ?」

 

 この男はガイドと名乗っておきながら、ライダーの記録は滅多に手伝ってくれないと大地たちが口を揃えて愚痴っていたことを龍我は覚えていた。

 ダークディケイドライバーを大地に与えたのも彼だというし、出会って日が浅い龍我には余計に胡散臭く見える。

 あからさまに悪そうなネガタロスの方がまだマシだ。

 

 訝しむ龍我に「ほれ」と投げ渡される大地のウエストポーチ。

 レイキバット以外の変身アイテムがギッチリ詰められたそれには驚かずにはいられない。

 

「これ、大地のベルトじゃねえかよ! なんでアンタがこれを……」

 

「大地が置いてったんだよ。負傷したレイキバットを治しに行く時にな。けどこのままだと俺にとっても、アイツにとってもヒジョーに良くない事態になるからさ。こうして君達に届けにきたというわけだよ。お判り? ────ん! 瑠美ちゃんのカレー絶品じゃないか!」

 

「困ったって言う割にはカレー食ってんじゃねえか……」

 

 しかしまあこうして変身アイテムの山を眺めていると、龍我にも今の大地が“ヒジョーに良くない”ことはわかる。

 こんな世界で変身手段を持たずに単独行動するのが危険であることは絋汰が身をもって証明していた。故にこそ碌な抵抗もままならずにあのタワーに監禁されてしまったのだろう。

 

 と、そこまで考えた龍我。

 しかし、ガイドの返答はその斜め上を行く。

 

「このままだと瑠美ちゃんと大地は死んじゃうから。な、困るだろ」

 

「あぁ、そりゃ困るな────はぁぁッ!? なんだよそれ!? なんでそうなるんだよ!?」

 

「そのポーチの中にはベルデのデッキもあるだろ。

 大地は契約したバイオグリーザに餌を与えなきゃならんが、監禁されてデッキもないんじゃあできないよな。

 そうなれば空腹に耐えかねたバイオグリーザは契約を無効として大地と、ついでに狙っていた瑠美ちゃんを食っちまうだろうさ。

 大地もこのことはわかってると思うんだけどなぁ……それだけ重症なのかねぇ」

 

「それ、困るとかいうレベルじゃないんですけど……」

 

 見えない相手に狙われる恐怖の突然の再燃に瑠美の顔が青くなる。

 これを阻止しようにも、もうデッキを手放したクローズではミラーワールドに入れない。

 デッキを大地の手に戻すしか手はないのだ。

 それは即ち、あのタワーに乗り込むということ。

 

「……俺が行く。てか、それしかねえだろ」

 

「好きにするといいさ。旅の道は君達次第、俺はただガイドするだけ」

 

「言われなくたってそうするっての。瑠美のことは頼んだ」

 

 龍我はポーチを肩にかけ、そびえ立つタワーを見据える。

 いざ走り出そうとした時、瑠美の柔らかな手が龍我に触れた。

 振り返ると、そこには真っ直ぐに見つめる瑠美の目があった。

 

「万丈さん。大地くんをよろしくお願いします。最近の彼、ちょっと頑張り過ぎちゃってますから。

 私じゃ万丈さんの足手まといにしかなりませんし、ここで私にできることをして待ってます」

 

 不安や怯えを隠し、気丈に振る舞う彼女が元の世界にいる友人と重なった。

 とある事情により家から外に出ることができず、みんなを見送ることしかできない彼女と。

 

『万丈。戦兎をお願い』

 

「────おう! じゃあ、行ってくる」

 

 異世界だなんだと言っても、やることは一緒だ。

 そんな風に考えて走っていると、何故だか頭がスッキリしてきた。

 そう、何が相手でもやることは結局変わらないのだ。

 

 気合一番、拳と掌が打ち合わさる小気味良い音が無人の街で鳴り響いた。

 

 

 

 *

 

 

 

 住民の憩いの場となっているフルーツカフェ。

 やたら屈強なパティシエによる大人気洋菓子店。

 フリーステージでダンスを披露する若者のグループ。

 平和を享受して笑い合う人々。

 それらを呆然と眺める大地の横をきゃっきゃっとはしゃぐ子供が通り過ぎては、日常の中に溶けていく。

 

 大地はそこがかつての沢芽市──スカラーシステムに焼き払われる以前の街であると感覚で知った。

 だが、まさか破壊された都市が一夜で復興するわけもない。

 

「これは生き残った人々の記憶を辿って作った夢。

 君がこの世界に訪れる前の、数ヶ月前の街の光景だよ」

 

 気付けば大地の隣には少年が佇んでいる。

 まだ平和だった頃の街を好んでいるらしい彼は実に穏やかな表情だ。

 

「君は……この前の夢に出てきた人?」

 

「この街には争いはない。でも、それは見せかけの平和に過ぎなかった。

 一部の人間達は迫り来る脅威を隠し、何も知らない人々を犠牲にする。その結果訪れたのが、今の沢芽という街。

 そこでは運良く生き残れた人々もいた。ヘルヘイムに侵食されかけた環境で生き残る術も与えられた。それなのに……」

 

 光と熱が街を包み、全てを燃やし尽くす。

 安穏の中にいた人々も、ドリアンやドングリのライダーも、路地裏で蠢くインベスも。

 さっき大地の横を通った子供さえ、痛みを知覚する一瞬も与えられることなく蒸発した。

 夢と知りながらも、大地はその赤黒い焔に手を伸ばさずにはいられなかった。

 

「ここから先は君も知ってるよね」

 

 生き残った市民の反応は大体が似たり寄ったりだった。

 

 街の惨状に対する困惑、その後に絶望。

 住んでいた家を焼かれ、ごく僅かに残った食糧も彼らの生存を保証できるような量には決して届かず。

 空腹に負けて実った果実を口にしてしまえば、待つのはインベス化の未来。

 そんな地獄の環境下でユグドラシルが配布した戦極ドライバーは、市民全員に行き渡らせるにはとても足りなかった。

 

「三人に対して配られたベルトが一つしかなくても、その三人で使い回せば良かった。

 分け合えばみんなが助かる道だってあったのに。

 彼らは自分一人だけの安全と、憎み合うことを選んだ。

 結局君たち人類も僕たちと同じ滅びを迎えてしまう」

 

 醜い争いで命を擦り減らしていく民衆に対し、少年は憐憫と諦観を露わにする。

 

「……うん。多分、人間のそういう部分はどの世界でも不変だった。

 怪人が人を襲うだけじゃない。

 人が人を襲うし、怪人を襲う人だっているかもしれない。

 ファントムも、ファンガイアも、ロイミュードだって……根っこの部分は人間とそんなに変わらないんだ」

 

 これまで人殺しを忌避し、怪人だけを倒してきた。それが正しい行いだと信じてきたから。

 だから人と人とが憎み合うこの世界で、自分は戦う相手と理由を見失った。

 

 そして醜いと感じてしまう人間達は見れば見るほど怪人との区別がつかなくなり、途端に腕がズシリと重くなる。

 殺してきた怪人たちの命の重さが今更になって自覚したかのように。

 

「考えれば考えるほど戦うのが嫌になる。

 こんな血なまぐさいことをしてきた自分が信じられなくなっちゃう。

 ベルトを写真館に置いてきたのは利用されないため。それは嘘じゃないけど……もう戦わなくて済むんじゃないかって、期待する自分はいたんだ」

 

 戦いの渦中で激情に駆られ、他者を殺めようという衝動に身体を突き動かされる。そんな経験をすることがどんどん増えてきた。

 戦いの果て、いつか殺戮者と成り果ててしまうかもしれない自分が恐ろしくて堪らない。

 そんな大地の心情を察したか、少年は同調するように首を振った。

 

「僕たちはどこか似た者同士なのかもしれないね。

 そんな君だから、僕は話をしてみたいと思ったんだ。

 前に言いそびれちゃったね。僕の名前はラピス。よろしく、大地」

 

 少年──ラピスは自分の名を明かす。何故大地の名を知っているのか、追及する気はない。

 荒廃した街の景色は既に消え失せ、広がるのはひたすらの暗闇。

 その中でラピスの儚い笑みは溶けてしまいそうだった。

 

「……うん。よろしく、ラピス君────!?」

 

 ラピスの顔に波紋が広がり、闇の中にノイズが混じる。

 大地が起こった異常に驚く一方で、この現象の正体に勘付いたラピスは苦々しく口を開いた。

 

「蛇の干渉か……」

 

 

 

「夢に引き篭もるのも結構だが、その前にきちんと答えを出してもらわなきゃ困る」

 

「……あれ?」

 

 硬いベッドに殺風景な部屋。あの独房だ。

 大地は自身がベッドに腰掛けて、サガラと向かい合わせになっていることに気付く。

 そのあまりに突然の切り替わりに頭が追いつかず、狼狽してしまう。

 ここが現実なのか、もしくは夢の続きを見ているのかさえはっきりしない。

 

「一晩経って、そろそろ頃合いかと思ってな。

 どうだい、お前の答えは決まったか?」

 

「……」

 

「ここで延々と腐ってユグドラシルのモルモットになるもよし。

 ここから抜け出して再び戦場に舞い戻るもよし。

 力が必要だというなら、それも与えよう」

 

 サガラは懐から取り出したいくつかのアイテムをテーブルに並べる。

 異なる錠前が二つと、そして戦極ドライバー。

 またしても新たな力が大地の前に掲示された。特に眩い黄金の輝きを放つ錠前は見ているだけでビリビリくるような底知れないパワーが内包されている。

 

「さて、ゆっくり話していたいところだが時間の猶予はあまりない。こいつはお前にくれてやる。好きにしな」

 

「え……ちょ、ちょっと待ってください!」

 

「その力、どう使うか。何を為すか。楽しみにしてるぜ、じゃあな」

 

 そう言うなり忽然と姿を消すサガラ。

 会話の暇もなく、本当に突然の出来事であった。

 言いたいことだけ告げてさっさといなくなるとは、と呆気に取られる大地。

 サガラの些か勝手が過ぎる態度に呆れる気持ちが、姿を消すという人間離れした所業への疑問を曇らせる。

 だが、それも戦極ドライバーの黒光りを目に入れた途端ブワッと噴出した冷汗に比べれば些細なものだ。

 

 イニシャライズがされていない新品同然のドライバーを大地は手に取り────瞬間過ぎった記憶が、それを思い切り投げ飛ばさせた。

 

「もういい……要らない! 力なんて無くていい!」

 

 もう何度目かになるかも知れない激闘の記憶が大地を蝕む。

 ガチャン、と音を立てて転がるドライバー。

 癇癪を起こす子供が如く、机上の錠前も投げて一刻も早く視界から消そうとするも、部屋の隅に転がってもその輝きは健在だった。

 たったそれだけのアクションで息を荒げる大地であったが、突如鳴り響いたサイレンが彼の肝も潰した。

 ベッドで丸まり、耳を塞いで怯えた小動物のように震える体たらく。

 彼の醜態を咎めたり、笑ったりする者はここにはいない。

 

『タワー内部に侵入者を確認。現在地は────』

 

『トルーパー隊に出動要請。侵入者は未知のアーマードライダーであり────』

 

 崩れ落ちる鬼塚が。貫かれる佐野が。血の海に沈む奏が。消滅する昴が。

 凄惨な記憶は底無し沼が如く大地を引きずり込む。

 チェイス、入山、美穂────助けられたかもしれない多くの人々も重しとなってより深みへと大地を誘う。

 

 戦えば、誰かを殺してしまうかもしれない。

 戦えば、誰かを守れないかもしれない。

 脳髄を掻き乱す葛藤が命そのものに向き合うことを臆病にさせる。

 

 それからどれくらいの時間が経った頃だろうか。

 相変わらずサイレンは鳴っているし、周囲の雰囲気はますます騒がしくなっている。

 常人なら文句の一つでも言いたくなるような騒音でも縮こまって震えている大地には届かない。

 

 だが、壁をぶち壊す青龍の息吹には流石に顔を上げた。

 

「オラァァァァッ!! 大地はどこだ────っていたぁ!」

 

 壁が崩落した横穴からサイレンにも負けない雄叫びを轟かせて、クローズが躍り出てくる。

 予想だにしない乱入者、それも知人の登場に目をぱちくりさせる大地。

 クローズはそんな大地を指差して一息ついているが、装甲のあちこちに刻まれた傷痕が彼の辿ってきた道中の過酷さを嫌でも想像させられる。出てきた穴の向こうには高価そうな機械やら黒影トルーパーやらで死屍累々としていたが、それでも肩にぶら下げたウエストポーチだけはしっかり守り通していた。

 

「万丈さん? なんでこんなところに……」

 

「ぁん? なんでって、んなもん助けに来た以外にあるかよ。

 ……いや、それだけじゃねえ。謝りに来たんだ」

 

「万丈さんが僕に謝ることなんて無いでしょう。むしろ僕の方が……」

 

「うるせぇ! 俺が謝りたいんだから謝んだよ! 文句あっか!」

 

 クローズ、まさかの逆ギレである。

 しかし、最底辺まで落ち込んだ大地のメンタルではそれすら受け止めきれない。

 わかりやすくしょぼんとしてしまった大地を見てばつが悪そうなクローズは小さく頭を下げた。

 

「俺さ、お前がこのタワーに行くのを見た時、わざと声かけなかった。お前なら大丈夫だろって勝手に納得しちまってた。あの時、俺が一緒に行ってればお前がこうして捕まる事もなかったかもしれねえ。

 そうだろ?」

 

「……」

 

「おい、なんで無言なんだよ」

 

「あの……僕って捕まってるんですか?」

 

「はぁ!? 違えのかよ!?」

 

 自覚云々の話ではなく、大地は本当に監禁されているつもりはなかった。

 ユグドラシルに協力を頼みに来たのも自分から。待遇もそこまで悪くはない。

 認識の差異にクローズも首を傾げるが……。

 

「てかそんなことはどうでもいいだろ! ほら、とっととこっから抜け出すぞ! お前が戻らねえと瑠美が大変なんだよ」

 

 ほら、とクローズの腕が鉄格子の合間から入る。

 大地は腕の先にぶら下げられたウエストポーチを受け取りかけて、しかしすぐさま手を引っ込めてしまう。

 

「駄目なんです……僕みたいな危ない奴が力を持っちゃ。

 この力は万丈さんみたいな立派な仮面ライダーが持つべきものなんです」

 

「な、何言ってんだ?」

 

 宙ぶらりんになって、受取手不在となったポーチ。

 しかし、それはクローズの手からするりと抜けて宙に浮いた。

 

「要らないというなら、私が貰っても構わないというわけだ。

 ではありがたく頂戴するとしよう」

 

「……なんだよこの声」

 

 響く第三者の声。

 驚いたクローズだが、声の主と思わしき人物はどこにもいない。いるのは独房の大地と自分だけだ。

 まさか幻聴か? と、自分の耳を疑い始めたクローズの背中を黄色い斬撃が斬り裂いた。

 

「うぁぁぁッ!?」

 

「万丈さん!」

 

 攻撃はあれど、その主の実態は見えず。

 この不可思議な現象を大地はつい最近目にしたばかり……どころか、自身も何度かした経験がある。

 具体例を挙げると──クリアーベント、透明化。

 

「殴り込んできたのはそちらからだ。ズルいだなんて言わないでくれたえよ?」

 

 浮いていたポーチを掴んでいた手から、彼は徐々に実態を現していく。

 光学迷彩を解除して出現したのは、ゲネシスドライバーを用いたバロンに酷似したレモンの装甲を纏いし戦士。

 アーマードライダーデューク──戦極凌馬が変身した姿であった。

 

「一つ訂正をしよう。大地くんを監禁状態にしていたのは間違いなく正しい。

 元より君を帰すつもりなんて無かったからね。貴重な実験体兼エサを手放すはずがないじゃないか」

 

「その声、戦極さん……? それにエサだって……!?」

 

「こうして君を捕まえておけば、君の仲間は何かしらのリアクションを起こすだろう。

 更なる異世界人の捕獲に、あわよくばそのテクノロジーもいただく。

 分が悪い賭けなのは重々承知の上だったが、まさかここまで上手く事が運ぶとはねー。ちょっと驚いてすらいるよ」

 

 そう、全ては凌馬が想定したシナリオだったのだ。

 喉から手が出るほど欲しいダークディケイドライバー、並びに他のベルトを手に入れる為に描いた筋書き。

 耀子を使って駆紋戒斗経由で彼らに情報を流したのも、凌馬の差金だった。

 

 デュークが得意げに語り、それを信じられない目で見つめる大地。

 

「正面から堂々と殴り込んできたのは予想外だったけどね。それなりの被害も出たが、こうして君達の持つ道具は全て手中に収まったんだから、まあ必要経費だったと納得しよう」

 

「どうしてそんなことを! 僕はあなた達の敵じゃないって言って、貴方も納得してくれたじゃないですか!」

 

「たしかにそう言っていた。だけどね、世の中必要とあらば味方にも牙を剥くものなんだよ。そういったことを予め想定して立ち回るのが賢い生き方ってものなのさ。君だって何度か経験してきただろう?」

 

「そんな……。じゃあ、僕はまた……」

 

「騙された、ということだ。ご愁傷様。君の心境を思うと私まで胸が張り裂けそうだよ、アッハッハッハ!」

 

 落ち込んでいた心がさらに奥底へと沈んでいく。

 鬼塚の時と同じことは繰り返すまいとしたのに、結局こうなってしまった。

 これから凌馬はダークディケイドライバーを解析し、そのテクノロジーで新たな発明を作るだろう。そしてそれが新たな争いと悲劇を生んでしまうのだろう。

 他ならぬ、戦いから逃げようとした大地の所為で。

 呆然と座り込んだ大地を鉄格子の向こうから見下ろし、高らかに笑うデュークへの怒りさえ湧いてこない。

 

「なに勝ったつもりでいやがんだよ……! 俺はまだ終わってねえぞ!」

 

 怒号と共に斬りかかるクローズ。難なく防ぐデューク。

 クローズがいくら力を込めてもソニックアローはビクともせず、逆にデュークが軽く持ち上げるような仕草だけでビートクローザーは弾かれてしまう。

 

「大したパワーだ。だが、私が特別にチューニングしたゲネシスドライバーには及ばない」

 

「うるせぇ! カタカナ並べれば強いもんじゃねえんだよ!」

 

 動きの精彩さこそクローズに軍配が上がるものの、基本的なスペックは全てデュークが凌駕していた。

 今も互角のように打ち合えてはいるが、デュークが本気を出せばすぐに決着はつくのだ。

 勝負を引き延ばしている理由もクローズの戦闘データが欲しいだけである。

 

「万丈さん……僕はもういいですから、あなただけでも逃げてください。こうなったのも全部僕の所為なんですから……」

 

「んなことできるわけねえだろ! コイツをぶっ倒して、一緒に帰るんだよ!」

 

 失意の大地が弱々しく撤退を促してもクローズは聞く耳を持たない。

 未だ無傷のデュークに剣を突き立てようと必死に斬りかかっている。

 

「俺は心のどっかでお前らを信用しきれてなかった。世界を巡る旅も他人事みたく思ってた。

 けど、瑠美は自分となんの関係もない人に美味い飯食わせようと頑張ってて、大地もレイキバのためにベルトも無しでここに乗り込んで……そんなお前らを俺ちょっと尊敬したんだよ」

 

 何度も剣を振るったことでクローズのスタミナは切れつつある。

 だがそれがなんだと、彼は斬撃をやめない。

 

「レイキバは口が悪いし、ネガタロスはまだ怪しいし、お前らのこともまだよく知らねえ。俺にわかるのは、大地も瑠美も違う世界の誰かにも必死に頑張れる奴らってだけだ!

 世界がどうとか、どうだっていい! 自分の世界に帰れなくなった俺の話を信じて迎えてくれた。

 だから……だから、駄目だ、こういうの上手く言えねえけど。

 とにかく! 俺はもうグダグダ考えたり、何もしない言い訳を探すのはやめた! これからは俺も一緒に戦う! 俺を信じてくれたお前らを信じる!」

 

 ヒッパレー! ヒッパレー!

 

 グリップエンドを二回引き、ビートクローザーが軽快なリズムを響かせる。

 未知のテクノロジーが織り成す事象にデュークの仮面の奥で戦極の目が輝いた。

 

「最初に決めた理由から何も変わりやしねえ。それがこのベルトを託された俺の────仮面ライダークローズの強さなんだよ!」

 

 ミリオンヒット! 

 

 豪快に振り切られた剣から飛んだ斬撃はデュークに直撃し、爆裂する。

 思わず顔を背けてしまうような爆炎に勝利のガッツポーズを握るクローズ。

 しかし、煙の先で仁王立ちするデュークには少しも揺らぎがない。

 

「今のはかなりの一撃だったね。通常のゲネシスだったら少し危なかったよ」

 

「なっ、今のやつでも駄目なのかよ!?」

 

 光の矢がクローズを吹っ飛ばし、動きのテンポをワンランク上げたデュークが悠然と駆け出す。

 クローズも死に物狂いで喰らい付こうとしているが、デュークのパワーには及ばない。

 ソニックアローの眩い刃がドラゴンの装甲を刻む光景を見せられて、鉄格子を握る大地の力が少し増した。

 

「やめて……もうやめて」

 

 大地は龍我を誤解していた。

 彼は完成されたヒーローなのだと思い込み、自分が負うべき責任まで押し付けようとさえしていた。

 しかし、彼は自分と同じく悩みに立ち止まる男で、その悩みを振り払って戦える。

 大地は抱くのも失礼な親近感、そして自然と湧いた尊敬感が今更ながらに万丈龍我が“仲間”だと実感した。

 

 その仲間がボロ雑巾のようにされる様を大地は見ているだけなんて、馬鹿げた話があっていいのだろうか。

 一方的になぶられるクローズはすぐ目の前、手を伸ばせば届きそうな距離。

 生身ではこの鉄格子さえ超えられない。

 どうすればいいのかなんて、とっくにわかっている。

 

 隅に転がるドライバーと錠前。誰かを殺してしまうかもしれない力。

 

 壁に押さえられ、幾度となく斬りつけられた身体から血飛沫が如く火花を上げて倒れるクローズ。

 

 大地はドライバーと仲間を一瞬見比べた後、意を決してドライバーを掴み。

 

 ────そして、世界が変わる。

 

 

 

「気をつけて。あなたは運命を選ぼうとしている」

 

 

 

 今、大地は再び在りし日の沢芽市に立っている。

 突然場面が転換するような現象にももう驚かない。

 ドライバーと錠前を握りしめて佇む大地の前で、青いパーカーを羽織った一人の女性が歩いている。

 高司舞──シェルターで眠っていた彼女はそんな名前だったと記憶している。

 

 タワーから降り注いだ熱と光は舞にも容赦なく襲いかかった。

 身を守る術を持たない彼女にはどうすることもできない。その筈だったが────。

 

「……バロン?」

 

 紅い影が突如として舞の前に躍り出て、レモンの輝きを解放する。

 放たれた扇状の光刃はさながら巨大な盾のように広がり、何事か叫んでいるらしい彼女を熱と光から守ろうとした。

 しかしスカラーシステムの威力は凄まじく、ゲネシスドライバーやソニックアローが悲鳴をあげるほどエネルギーを放出させようとも完全に彼女を守りきることは叶わなかった。

 

 そうして彼女と紅い影は炎に吹き飛ばされたが、その命まで焼くには至らず。

 威力を弱められたスカラーの炎は一部の市民を残して消滅するという副産物まで産んだ。

 

 

 これが沢芽市の現状を生み出した最後の真実であり、舞や一部の市民が生き残れた理由でもある。

 紅い影──すなわちバロンの身を投げ出すに等しい行為によるものなのは疑いようもない。

 

「あの人が……駆紋さんがあの女の人を守った? でもあの人はそんなこと一言だって────え?」

 

 ムクリと起き上がる舞の身体。

 思わず目を背けてしまう火傷は綺麗さっぱり無くなり、髪色も派手さの無い金に変化している。

 顔こそ舞と瓜二つなのだが、神性すら感じさせるその姿はとても同一人物には見えない。

 そしてその舞……かどうかも定かではないオッドアイの女性はゆっくりと言葉を紡ぎ出した。

 

「あなたの前に開いてるのは戦わずに進める道。

 いつだって抗うことが、逃げ出すことより正しいとも限らない。そうすることでしか得られない安らぎだってある」

 

「それでも戦う力を選ぶのなら……どうか忘れないで。あなたの選択はより大きな運命を齎すかもしれないと」

 

 女性は忽然と姿を消し、何も見えない闇に大地だけが取り残された。

 手元にあるのはドライバーと錠前。

 現在進行形で直面している不思議な現象について思案するよりも、先に見えたバロンのことばかり頭を巡ってしまう。

 

「今のは時空を超えた思念体だね。『彼を知って欲しい』『この先へ進まないで欲しい』────そんな願いを彼女から感じた。

 それよりも……君はさっき要らないと言った筈の力を使おうとしたよね?」

 

 耳元でラピスの声がした。

 彼の純粋な興味からくるらしい問いかけに見合う答えを大地はまだ持っていない。

 蹂躙されるクローズを見て衝動的に戦極ドライバーを手にとってしまったが、迷いは未だに晴れていない。

 

 だから、目を閉じて思考を澄ます。

 これまでの全ての戦いを記憶から掘り起こし、一つ一つを丁重に洗い流していく。

 何度味わっても慣れない、誰かを喪う痛みがあった。

 色褪せることのない大切な出会いがあった。

 

 

 

 最初に守った瑠美の笑顔があった。

 

 

 

「────ああ、そっか」

 

 パズルのピースが音を立ててハマる。

 

「そういうことなんだ」

 

 人間は守らなければならないという義務感。

 それとは別に守りたいと強く願った人々。

 それらの人々は大地の中で重ならなかった。

 

 大地の腰にドライバーがあてがわれる。その所作は衝動に任せたものにあらず。確固たる意志があった。

 

「それを使えば、君はまた醜い戦いの中に戻ってしまう。

 その悲劇の連鎖に耐えられるっていうのかい? 一度は心折れた君がどうしてまた」

 

「耐えられる自信なんてないです。

 誰かの命を奪う戦いなんてしたくない。

 でも、ここで僕が戦わなかったら万丈さんがやられる。そんなことはもっと嫌だ!」

 

 闇が晴れていく。先のない光が見えてくる。

 答えはまだはっきりしていない。しかし、錠前を握る意志はもうブレない。

 

「ラピス君が期待しているような答えはまだ見つけられてないよ。

 僕はこれからもきっと弱音を吐くし、迷いだってする。

 だけど……死なせたくない人、死んで欲しくない人、大切な人。この人達を守る戦いからはもう絶対に逃げたりしない!!

 僕が最初に抱いた理由を忘れたりしない!」

 

 力強く言い切ると、胸に巣食っていた鉛のようなモヤモヤがまた軽くなった気がした。

 一歩、また一歩と闇から光へ歩いていく道の途中にラピスがいた。

 

「心が砕けてもまた立ち上がれる。もし君のような強さが僕にもあれば……ううん、全部過ぎた過去だ。

 僕が知りたい答えはそんな君が戦う未来と可能性にあるのかもしれない」

 

 ラピスが掲げた腕輪に光が灯る。

 そして、彼の目にも。

 

「最後に一つ聞かせて。

 憎しみ合う必要のない世界……君の夢で見た平和は本当にあると思う?」

 

 大地はわからない、と言おうとして、しかし飲み込んだ。

 

「……あるよ。絶対に」

 

「言い切るんだね」

 

「君が見せてくれた夢は僕が実現させるから。いつになるかはわからないけど、でも必ず」

 

 それはラピスへの返答であり、大地の決意表明でもある。

 この荒みきった世界で守るために戦うとはそういうことなのだろう。

 大地の言葉を噛み砕くようなラピスの頷きに呼応して、彼の腕輪が放つ光も輝きを増してくる。

 いよいよ直視できない眩しさになってきた時、大地が握る錠前と装着したドライバーにそれぞれ変化が起こった。

 

 錠前には白銀の輝きが彩られ、空白だったドライバーにイニシャライズが施される。

 

「不思議だよね。僕は一度諦めたのに、君の力になりたいと思ってしまう。大地の望んだ世界が見たいんだ。

 だからその時が来るまで、僕の力を君に託すよ」

 

 戦いたくなんかない。それこそが大地とラピスに共通していた願い。

 両者は夢と会話を通して互いの想いに触れ合い、今この瞬間に心を重ねた。

 

 大切な人を守りたい。

 争う必要の無い平和な世界を見たい。

 

 その為ならば彼らはもう一度力を手に立ち上がる。

 

 ロックオン! 

 

 さあ鍵は開けられた。

 闇が破れて、大地が舞い戻った現実ではクローズがデュークに追い詰められている。

 だが、なんの前触れもなく鳴り出した法螺貝の旋律に目を見開いて戦闘を中断していた。

 

「じ、時代劇か?」

 

「そんな馬鹿な! 何故君が戦極ドライバーを!? それにそのロックシードは……!?」

 

「変身!」

 

 大地がカッティングブレードを倒し、ロックシードの断面が開く。

 身に纏うは銀に輝く和風のライドアーマー。

 頭上に開いたクラックからは、蒼銀の果実。

 果実が花開いて装甲となり、この世界に来てからというもの飽きるほどに見てきた変身工程がここに完了する。

 

 

 銀リンゴの鎧兜は固めた決意と覚悟。

 地に立てて構える棍棒──蒼銀杖の名を持つアームズウェポンにはラピスの腕輪と同じ光が灯されている。

 邪悪を照らし、新たな世界を照らす白銀の光が狭き独房から溢れ出す。

 

 シルバーアームズ! 白銀 ニューステージ! 

 

 アーマードライダー(カムロ)

 今ここに大地が獲得した5つ目となる変身。

 

「どんな世界でも守りたい人は変わらない。そんな人達の為に、僕はこの力を使う! ハアアッ!」

 

 吃驚するクローズやデュークを尻目に、横薙ぎに振るわれた杖が鉄格子をスッパリ両断する。

 

「やはり私の知らないアームズ……! こんなことあり得る訳がない!」

 

 勇み飛び出した冠の穂先がデュークを突き飛ばす。

 彼としてはそのダメージより精神的なショックの方が絶大であったのだが、知ったことかと大地は攻め続ける。

 独房の外、この狭い廊下では杖のような長物を振り回すには適切ではないのだろう。だが、その狭さは即ち回避のスペースが無いことも意味しており、蒼銀杖の穂先をデュークは防ぐことも避けることもできていない。

 

「あのレモン、急に動きがぎこちなくなってやがる。どうなってんだ?」

 

 クローズと戦っていた時がまるで別人のようだ。

 そんな感想が浮かんでしまうレベルでデュークは鈍くなっている。

 正真正銘の自身が開発した技術で変身した未知のライダー、冠はその存在だけで凌馬を酷く混乱させてしまっているのだ。

 もしこれがレイやベルデであったならここまで優勢にはならなかっただろう。

 

 そして、そんな幸運は長続きしてくれない。

 戦極凌馬という男は一般的に天才と呼ばれるような者を鼻で笑い飛ばせるクラスの天才である。戦闘中であろうとも彼の思考回転は極めて速く、切り替えもまた同様だ。

 

 蒼銀杖の刺突が初めて防がれる。

 やられっぱなしだったデュークが冠の攻撃を弾き、ずいと顔面を寄せてきた。

 

「大地くん、君には驚かされてばかりだよ。

 そのドライバーに未知のロックシード。まずはその出所についてじっくりとお聞かせ願おうじゃないかっ!」

 

 微かな苛立ちのこもった膝蹴りが冠の胸を打つ。

 攻め手が入れ替わり、開始された怒涛の斬撃に冠は防戦を強いられてしまう。

 防ぐ側になると狭い廊下が今度は杖を妨害する役割を果たし、満足な防御すら難しくさせるのだ。

 こういった状況でも不自由なく扱えるソニックアローのなんと羨ましいことか。

 

「大地! 頭下げろ!」

 

 どんどん追い詰められていく冠は背中から叫びを聞いた。

 咄嗟にしゃがむ、というより背中から倒れ込むと同時、投合されたビートクローザーが視界に入る。

 クローズが投げ放った剣はデュークを浅く斬るのみに留まったが、彼の攻勢を一時中断させた方が大きな功績だった。

 

「二対一か。ならこっちも数を増やすとしよう」

 

 レモンエナジースカッシュ! 

 

 前方にて立っていたデュークの背後にもう一人のデュークが現れる。

 さらに冠とクローズを挟んで、彼らの後方にもデュークがもう一人。

 

「双子、いや三つ子か!?」

 

「分身か!」

 

 計三人となったデュークが代わる代わる突撃してきては、斬撃を叩きつけてくる。

 トリックベントやイリュージョンなど、大地は類似した技をいくつか知っていたものの、その対策までは熟知していない。

 故にクローズと共に翻弄されることを余儀なくされていたが、いくつかの斬撃が身体を透過していることに気付く。

 

 これは実体の伴わない分身。より正確に言えば映像投影で分身したように見せかけているだけの技。

 冠の兜にある前立が閃光を飛ばして煌めいた。

 

 シルバースパーキング! 

 

 ドライバーを三度カッティング。雄々しく掲げる蒼銀杖。

 デュークが及ぼしている現象を見破ってはいないし、対策を閃いたわけでもない。

 “ただこうすればいい”と、そんな風に呼び掛ける声が冠を動かした。

 

 デュークの分身が残らず消滅したのはまさにその時である。

 

「何ッ!? まさか、これも君の仕業か!」

 

「どうしてこうなったのか、聞かれても答えられませんよ」

 

 ラピス──本名はシャムビシェ。

 彼の夢を司る力はシルバーロックシードに居を移してなお健在だ。

 夢を創り、夢を魅せ、夢に生きる。されどその本質は見失わない。

 

 いかに戦極凌馬が天才でも。

 いかにデュークの性能が優れていようとも。

 

 それが夢幻である以上、冠の力で打ち払えない道理はない。

 

「あなたはレイキバットさんを治してくれた。僕を騙したことへの恨みもありません。

 ただ一つだけ許せないのは、僕の仲間を傷つけたことだ!」

 

「許されないだって?

 ククク……まったく、馬鹿はこれだから参ってしまうなぁ! 

 許されないのは君の方だ! 私の知らないロックシードを使ってこのデュークを超えるなどあっていいはずがあるものかぁぁッ!!」

 

 シルバースカッシュ! 

 

 レモンエナジースカッシュ! 

 

 創世弓を彩る鮮黄の刃。

 腰を深く落として構えられる蒼銀杖。

 

 武器と武器のぶつかり合いで勝てる確率は恐らく五分五分。こちらが扱い慣れぬ長物であることを考慮するならもっと低い。

 この冠の鎧がいかに堅牢であろうとも、デュークの必殺技を耐え切れる保証はどこにだってありはしない。

 

 故にこそ、冠は杖を投擲した。

 

「なっ……!?」

 

 武器を投げ捨てるという突然の暴挙に瞠目したデュークが思わず足を止める。

 しかし、この行為が破れかぶれの愚かなものだと思ったならそれは大間違いだ。

 

 かつて「イクサの世界」で、斬撃を繰り出すと見せかけて、全く別の技へ繋ぐ為に武器を投げつけるテクニックを名護がしてみせたことがあった。

 その時のイクサを再現するかのように、冠はデュークが停止するのを待たずして駆け出していた。

 

 銀の拳には空気を震撼させる白銀のエネルギー。

 両者が交差し、圧縮された果汁がスパークする。

 

「ぐあああああっ!?」

 

 デュークが殴られ、叩きつけられた壁が崩落し、粉塵を巻き上げて吹っ飛んでいく。

 確かな勝利を実感させてくれる、敵を打ち砕いたライダーパンチ。

 レモンの装甲を凹ませた己の拳はぶるぶると震えていた。

 

(人を殴るのってやっぱり痛いんだな)

 

 冠としての記念すべき初勝利を喜ぶ感情は欠片も湧いてこなかった。

 

 

 

 *

 

 

 

 しっかりと理由を見出して、覚悟も決めた。最悪、デュークを殺してしまう可能性だって考えていた。

 にもかかわらず、他者を傷付けた事実を殊更に重く感じてしまうのは何故か。

 結局、命の奪い合いに差していた嫌気は消えていない。大地の心のより深くへ食い込んだだけに過ぎないのだ。

 

 

 人を全力で殴った拳を見つめ、打ちひしがれるように佇んでいる冠。

 

 その背中をバンッ! と衝撃が叩いた。

 敵襲ではない。詰め寄ってきたクローズの仕業である。

 

「うわっ!?」

 

「大地ぃ、お前がアイツぶっ倒しちまうなよ! これじゃ爽快と助けに来た俺のヒーロー的カッコよさが台無しじゃねえか!」

 

「はあ……す、すいません? 次からは控えておきます」

 

「いや、そもそも捕まらなくていいから」

 

「僕としては捕まってたつもりはなかったんで────じゃなくて!」

 

 きりがなさそうな会話は強引に打ち切る。

 

「万丈さん、ありがとうございました。

 改めて、これからよろしくお願いします!」

 

「お、おお、こちらこそ。あとポーチ忘れんなよ」

 

 戦闘の途中で手放されたらしいポーチを、クローズが瓦礫の中からひょいと持ち上げる。

 冠が中を覗くと、ずっと振り回されて目を回してしまったネガタロス(というか目そのもの)が呪詛を呟いていたが、聞かなかったことにした。

 

「おい、レイキバはどうしたんだよ。一緒に捕まってたんじゃねえのか?」

 

「だから捕まって……いえ、なんでもないです。レイキバットさんはきっと戦極さんの部屋に保管されてると思います」

 

「はぁ〜? こんなクッソ広い建物でお前探し出すだけでも苦労したのに、あんなちっせえ蝙蝠まで探すのかよ。

 ここからの行き方はわかんのか?」

 

「戦極さんの部屋ならやっぱり……」

 

 同じ相手を思い浮かべた冠とクローズが振り返る。

 だが、当の本人は吹っ飛ばしてしまったばかりだった。

 

「……地道に探しましょう」

 

「マジかよ……」

 

 

 

 *

 

 

 

 そして、タワーの外では。

 

「────狼煙は上がったな」

 

 耳をつんざくけたたましいサイレンを鳴らすタワーを見上げ、重々しく呟くセイヴァー。

 夜の街灯に群がる羽虫が如く、彼の周囲で蠢いていた無数の異形がゾロゾロとタワーを目指して前進していく。その様子を見届けてから、セイヴァーはとある方角を目指して跳躍する。

 

 先に見えるのは、戦火の血生臭い煙とは正反対の芳しい香りを醸し出す炊き出しをする男女。招かれざる客の登場になにかと喚いているが、聞く耳を持つ必要はない。

 

「見たこともないアーマードライダー……ってことはアンタユグドラシルか!」

 

「時間が押している。そういうお決まりの問答はお友達の光実くんとでもしておけ」

 

 変身もできないのに、瑠美を庇うように飛び出した絋汰は実に勇気のある青年と言える。

 一般人にしては並外れた運動神経も持っており、下級インベス程度ならいなせたかもしれないが、相手は百戦錬磨の戦士。どんなに強い蟻でも象は倒せないのだ。

 絋汰を手早く気絶させ、担ぎ上げたセイヴァーは自身が来た道を逆に跳ぶ。

 

「俺はいよいよ完璧な復活を遂げられる! さあ、戦いを始めようか!」

 

 

 

 

 

 

 

「さてさて、もう勝ったつもりでいるその余裕はいつまで持つか。なあ、ドウマ?」

 

 昂りを抑えきれない紅の鎧武者を見上げて、苦笑するガイド。

 手元にある骨の模様をした錠前を弄びながら、彼はゆったりと食後のコーヒーを楽しんでいた。

 

 

 

 

 





バロンは残り3話くらいかな?

来月更新を心がけます


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セイヴァーの企み


また遅くなっちった……。月一更新すら守れないなんて……うう……


 

 

 自分の無力さを痛感するのはもう何度目になることか。

 

 不幸な出来事から世界を巡る旅に同行してきた瑠美は戦う力を一切持たない。

 絋汰がセイヴァーに攫われ、遠い空に去っていく時でもただ眺めているしかできないのだ。

 大地も、龍我も、レイキバットもいない瑠美なんざ異形の者にとっては吹けば飛ぶ石つぶても同然。そんな自分を恨めしく思ったことは一度や二度じゃ済まない。

 

「……こうしてちゃいけません」

 

 されど、腐っていたってどうにもならないことも瑠美は知っている。

 無力に打ちひしがれるだけの自分はもうとっくに卒業したではないか。

 すぐ側にいたはずのガイドもいつの間にやら姿を消してしまっているが、元々彼はあまり頼れそうにない。

 

「駄目だぞ私。大地くんと龍我さんは今も頑張ってるから。私もできることをやらなくちゃ」

 

 セイヴァーが消えたのはタワーの方角。きっと……いや、確実に大地達と鉢合わせるだろう。

 大地と親しい自分より絋汰を連れて行ったことの不自然さは気掛かりであるものの、そこに考察を重ねることは今の瑠美の仕事ではない。

 

 瑠美は大鍋のカレーを温め直し、白米と一緒にしてテキパキとタッパーに詰め始める。

 さっきの襲撃で鍋の中身がぶちまけられる、なんていう事故が起こらなかったのはまさに不幸中の幸いだ。

 

「向こうが来ないなら、こっちから行けばいい話です」

 

 今の瑠美にできること────やはりそれは苦しんでいる人々に料理を提供することだけ。

 先日の一悶着があってから人々は寄り付かなくなった。

 だが、それだけで炊き出しを諦める理由にはなり得ない。一人一人回ってでも、彼らの空腹を満たしてあげたい。

 

 状況の根本的な解決には到底至らないと知りながら、それでも瑠美は自分にできる範囲で人を助けるのだ。

 

「私、頑張りますから。どうかみんなも無事でいてください」

 

 タッパーが山盛りになったリュックは一般女子大生一人では少々重たい。イメージに違わず、瑠美はこういう力仕事が得意ではなかった。

 けれども瑠美は嫌な顔一つせずに背負い、瓦礫だらけの歩き難い地面をゆっくり歩んでいく。

 

 写真館の仲間たちと絋汰の無事を絶えず祈りながら、彼女の戦いもまた幕を開けたのだった。

 

 

 

 *

 

 

 

 

 さてここで大地と龍我の今の状況をおさらいしてみよう。

 

 負傷したレイキバットの修理を依頼する代わりに自身の身柄を預けた大地。

 

 まあこれはいいだろう。

 ここはヘルヘイム対策を一手に引き受け、世界を掌握しようとする天下のユグドラシルなのだ。そういうイレギュラーにはそれなりに慣れっこである。

 

 大地が依頼した相手が戦極凌馬であったこと。

 

 これは少し良くなかった。

 その技術力はこの世界では疑う余地もなくトップクラス。比肩しうる者などそうはいない。

 では何が良くなかったのかと言えば、それは彼の人柄と野望にあった。

 

 人類を救う命題を掲げているものの、そんなものは彼の建前に過ぎない。

 ヘルヘイムに眠る禁断の果実──神にも等しい力を手に入れようと画策している彼は自身の利になると見ればユグドラシルをも欺く。

 

 もしも大地が示した友好的な態度を馬鹿正直に報告したとしよう。

 ヘルヘイム対策の新たな有効策を見出そうとする上層部、特に主任の呉島貴虎は協力関係を築こうとするだろう。

 それは凌馬にはとっても面白くない事態だ。

 

 ここまで長々と語ったが、要は何が言いたいのか? 

 それは今の大地達がどうなっているかを見てもらった方が話は早い。

 

 

「施設への無断侵入とここまでの破壊行為。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 より厳重に隔離が必要がある」

 

 

 倒れ伏す冠、そしてクローズ。

 一切の疲労感も無しに彼らを踏みつけている戦士の複眼がギラリと光る。

 

 斬月・真、呉島貴虎。

 彼と本格的に敵対してしまったことこそ、考え得る限りでも最悪の部類に入る事態なのだ。

 

 ダークディケイドであればまだ対抗できたかもしれない。

 だが、神速の勢いで駆け付けた斬月には悠長にベルトの入れ替えなんてしている暇は無かった。

 結果、レイキバットを探してタワー内部をウロついていた冠とクローズがあっさり瞬殺されてしまったのだから凄まじい戦闘能力である。

 

「つ、強え……なんなんだよこのメロン」

 

「ダークディケイドじゃないとここまで差があるなんて……!」

 

 文字通り手も足も出ずに倒されてしまったダブルライダー。

 大地は斬月と一度交戦して、その強さは肝に命じていたと思っていたが、それは大きな勘違いであったと身をもって思い知る。

 初戦は容易く蹴散らされたが、あれでも手加減されていたのだ。

 

「その身柄、今度こそ完全に拘束させてもらうぞ。

 ────私だ、どうした」

 

 狙いすましたかのようなタイミングで斬月に無線通信が入る。

 敵を前にしてなんと無防備な、と思うかもしれない。しかし、冠やクローズが不審な動きを見せれば即座に斬り捨てられるのは言われなくともわかる。

 

 今は微かな逆転の可能性を信じ、あるかどうかも怪しい隙を伺うしか────

 

「……なんだと!? タワーの周囲にインベスではない怪生物の群れ!? 何故事前に察知できなかった! 索敵レーダーはどうなっている!?」

 

 その隙は意外にも、どころか速攻で訪れた。

 隣で這い蹲っているクローズに目配せし、動揺している斬月に蹴りを浴びせる。

 それから跳ねるように起き上がり、怯む斬月から並んで逃走を開始。

 彼から溢れた言葉は気になるものの、まずはレイキバ救出を優先する。

 

 それを許さじとするソニックアローを引き絞る音が凄まじい轟音に掻き消された。

 

「ァアアアアトラアァァス! 中地球!!」

 

「うおおっ!? 今度はなんだよ!」

 

 外壁を破壊し、斬月の前に突っ込んで来たのは巨大な鉄球であった。

 なんだこれは、と困惑の呟きをする暇もなく、ずんぐりした体型の怪人がさらに飛び込んでくる。

 冠、クローズも足を止めて乱入者の次なる行動を身構えつつ観察していた。

 

「武装している……? 貴様、インベスではないな。何者だ」

 

「俺はGODの鉄腕アトラスだ! さては貴様ら、Xライダーの仲間だな? 生かしてはおかぬぞ! アトラス小地球!」

 

 アトラスは先程の物より一回り小さい鉄球を振り回して斬月と対峙する。

 この怪人が言っていたGODなる組織(?)のことなど微塵も知らない冠であったが、この聞いてもいないことまでベラベラ喋るタイプの怪人はもう見慣れていた。

 

「ゴッドだぁ? おい、また変なのが出てきやがったぞ」

 

「GODは僕も知りませんけど、多分これはドウマの仕業で間違いありません。彼が召喚した怪人は大体こんな感じでした!」

 

「こんなのが毎回いたのかよ……」

 

 クローズがこれまで戦ってきたのはスマッシュ、ミラーモンスター、そしてインベスである。

 そのほとんどが人語を解さず、精々唸り声程度しか発さない敵であり、ここまでベラベラ話す怪人というのは中々にカルチャーショックを与えていた。

 

 メロンエナジースカッシュ! 

 

「グアアアアッ!? GODバァンザァァァァイッッ!!」

 

「よわっ!?」

 

 とかなんとか話している間に鉄腕アトラスは呆気なく散った。

 斬月か強過ぎるのもそうだろうが、いくらなんでも弱過ぎやしないだろうか。

 逃げることも忘れて顔を見合わせる冠とクローズ。

 

 だが、異常事態は終わりの時を見せない。

 

「ブゥワッファァァァァッ!!」

 

 爆裂する灼熱の嵐。

 ポッカリと穴が開いていた外壁は粉微塵に消し飛び、その余波に斬月や冠たちも姿勢を崩された。

 各々が武器を振って焦げ臭い煙を払い、かつて壁があった場所を仰ぎ見る。

 

「ブゥワッフォオ!!」

 

「また新手か!」

 

「大砲を背負った牛……?」

 

「俺はタイホウバッファローだ!!」

 

 これまたご丁重に自己紹介をした牛怪人──本人曰くタイホウバッファロー。

 再度タワーへの砲撃を敢行しようとするも、斬月の創世弓がそれを許さない。

 斬月は矢を連続で放ちながら穴からタワーの外へ飛び出していった。

 彼の中での優先順位が冠よりタイホウバッファローに切り替わったということなのだろう。

 

「なんだったんだ。今の」

 

「さぁ……」

 

 喜ぶべきかは微妙だが、今こそがレイキバットを捜索する絶好の機会。

 両者は駆け出して、しかし冠だけがピタリと停止する。

 

「おーい! んなとこでぼーっとしてねえで、あのメロンが戻ってこないうちに早く行くぞ!」

 

「……いえ、やっぱり僕も外に行きます。万丈さんはレイキバットさんをお願いします!」

 

 明確な根拠があるでもなく、理由とするのは妙な胸騒ぎがしただけだ。

 だが、あのドウマが単なる雑魚怪人を放ってそれっきりということがあり得るだろうかと考えてみよう。パーフェクトドラスの件もある。

 ここで選択を誤れば取り返しのつかない事態にだってなるかもしれない。

 

 そして外へ出て行った冠を呆然と見送って、暫し立ち尽くすクローズ。

 このタワーの広さは既に体験した。探し出すのはどこにいるとも知れぬ握り拳大の蝙蝠が一羽。

 

「俺一人でかよぉぉぉ!?」

 

 

 

 *

 

 

 

 斬月・真、それからやや遅れて外へ出た冠を待ち受けていたのはまさに混沌であった。

 大挙してタワーに突撃してくる全身黒タイツの戦闘員達と、それを迎え撃つ黒影トルーパー部隊。

 以前戦ったことがあるショッカー戦闘員はわかるが、それとはまた別の連中も混じっているばかりか、戦闘員同士の小競り合いまで起こっている。

 こんな事態を迎える羽目になったトルーパー部隊も何が何やらわかっておらず、統制すら取れていない。

 

 だが、それも斬月が到着するまでの話だ。

 

「各員持ち場を死守しろ! 敵の正体は不明だが、我々にはタワーを守る責務がある。二人一組になって互いの背中を守れ!」

 

「しゅ、主任! 」

「了解!」

 

 斬月という信頼のおける指揮官の登場にトルーパー部隊の混乱は即座に払拭された。

「流石は主任だ」などと言って安堵している者までいるのは素直に凄いと冠も思った。

 

 隊列の乱れを取り払ったトルーパー部隊の果敢な迎撃により戦闘員達はその数をどんどん減らしていく。

 戦闘員同士の争いが無ければまた違ったかもしれないが、そもそも所属している組織が違う彼らがこうなるのは決まった運命であった。

 

 それに、ドウマが繰り出した本命は戦闘員なんてチャチなものではない。

 

「主任! あの崖の上を! 奴らが怪生物です!」

 

 トルーパーの一人が指差した崖上に浮かぶ多数の影。

 神話を彩った神や英雄、怪物を象った数々の異形にトルーパー達が震え上がる。

 

「イカルス!」

「ユリシーズ!」

「クロノス!」

「ネプチュゥゥン!」

「ジンギスカンコンドル!」

「キクロプス!」

「ケルベロォォス!!」

「アルセイデスゥ!」

「ヘラクレェス!」

「ガマゴエモン!」

「ブロメテス!」

「ァァアキレェス!!」

 

「キングダークの力で蘇ったGOD怪人軍団!

 そしてGODの科学技術を結集して造られたこの俺こと、最強怪人コウモリフランケン!

 どうだXライダー、我々に勝てるかな────ん!? Xライダーがいない!? 誰だ貴様らは!?」

 

 背部に大砲を背負った蝙蝠怪人──コウモリフランケンの素っ頓狂な叫びが虚しく響く。

 彼が統括している怪人軍団の奇怪な鳴き声にも疑問符が混じり始めた。

 

「貴様らこそ何者だ!」

 

 全黒影トルーパーと冠の疑問を代弁する斬月。

 

「だから我らはGODの……」

 

「知れたことを! 我々は偉大なるデストロンの怪人だ!」

 

 またしても突然の名乗りが響く。

 反対側の崖を一斉に向く斬月、冠、トルーパー、ついでにGOD怪人。

 

「ジシャクイノシシィ!」

「クサリガマテントウ!」

「ガマボイラー」

「ドォリルモォグラァァ!!」

「バーナーコォモリ!」

「レンズアリ!」

「ピィッケルシャァァク!」

「ミサイルヤモリ!」

「スプレーネズミ!」

 

「バッフォォ〜! どうだライダー共、この再生怪人軍団と俺の火力で一網打尽に……ぬぬ? V3とダブルライダーはどこへ行った!?」

 

 先程見えたタイホウバッファローもやはり周囲を見渡しては、己が宿敵の姿が見えない不可思議に首を傾げている。

 彼率いる怪人軍団も各々の武器を掲げているものの、誰に向ければいいのか迷っている様子。

 

「ケケケーッ!!」

 

 誰もが困惑している最中、また別の崖上に蠢く無数の影が見え隠れする。

 斬月、冠、トルーパー、ついでにGOD怪人、おまけにデストロン怪人がその後の展開を予想しつつも向き直った。

 

「ムカデラス!」

「カメストーン!」

「アルマジロング!」

「ナメクジラ!」

「ザンブロンゾ〜!」

「エジプタス!!!!!」

「ゴースター!」

「ユニコルノス!」

「カニバブラー!」

「狼男!」

「トドギラー!」

「ドクダリア〜ン」

「地獄サンダー!」

「蜘蛛男!」

「ガマギラー!」

「ドクガンダー!」

「ヤモゲラス!」

「エイキングゥ」

「スノーマン」

「さそり男ォ!」

「イソギンチャックッ!」

「蝙蝠男!」

「トリカブト!」

「ゲバコンドル!」

「カメレオン!」

「アリキメデス!」

「ムササビドォ〜ル!」

「サァラァセェェニアァァンッ!!」

 

 多い、呆れ返るほどに多い。GOD怪人が退屈し始める程度には多くて長い。

 最後に堂々出現したザンジオーなる怪人も案の定「本郷と一文字はどこへ行った!?」と困惑の表情を見せていることは言うまでもない。

 

 ユグドラシルタワーを中心に流れる微妙に淀んだ空気。

 意気揚々と出てきたはいいが手持ち無沙汰になってしまった怪人たち。

 

 そしてコウモリフランケン、タイホウバッファロー、ザンジオーは考えるのをやめた。

 

「「「かかれぇ!!!」」」

 

 一斉号令が曇天を揺らし、バラエティ豊かな再生怪人軍団が身の毛もよだつ奇声を響かせる。

 半ば転落していく勢いで向かってくる恐れ知らずの怪人軍団は数の不利などものともしない。

 そんな異形の進撃に、一企業の社員に過ぎない黒影トルーパーはすっかり萎縮してしまう。

 しかし、彼らを率いるリーダーは違う。仮に敵の数がこの10倍でも物怖じすることはないだろう。

 

「戦える者は構えろ! ここで我々が敗北すればシェルターに住む家族はどうなる? 誰が人類を救う? ユグドラシルに課せられた責務を思い出せ!」

 

 ソニックアローが蝙蝠男を一矢に墜とし、ジシャクイノシシを斬り裂く。

 斬月のまさに一騎当千の活躍ぶりは戦意を手放しかけていたトルーパー達が己を奮い立たせるに足りた。

 敵の群れに突撃した斬月の後に続々と続き、敵味方入り乱れる戦場が展開される。

 それは混戦を通り越して戦争と呼ぶに相応しい状況だった。

 

「孤立は危険だ。最低でも二人一組になれ!」

 

 鋭く飛ばされた指令に従い、トルーパーたちは互いの背中を守り合う。攻めあぐね、怯んだドクダリアンはたちまちのうちに串刺しにされた。

 

 個々のスペックが劣る分、トルーパーには連携という武器がある。

 それと比べ、再生怪人はそこそこの強さはあるものの、それも生前の時よりは大幅に劣化したもの。加えて相手をたかが人間と見下し、驕っている始末。これでは斬月どころか少人数のトルーパーさえ倒せないのも納得であろう。

 

 それでもリーダー的立ち位置であるザンジオー、タイホウバッファロー、コウモリフランケンは再生怪人ではないオリジナルであり、トルーパーが束になっても敵わない。

 

 ザンジオーの口から吐き出されたブレスが彼を囲んでいたトルーパー部隊を次々と薙ぎ倒していく。

 アームズを貫通して中身まで焼き尽くしてしまうのでは、と思えるほどの火炎によりザンジオー周囲のトルーパーは運良く回避できた一人を残して全滅してしまった。

 その一人もあっという間にやられてしまった仲間たちの屍を目の当たりにして腰を抜かしてしまう。

 言うまでもなくザンジオーにとっては好都合。ゲゲゲ、と不気味に嘲笑う声が大きな口から漏れている。

 

「やあああッ!」

 

 今にもトドメを刺されそうだったトルーパーの耳に、若々しくも勇ましい叫びが届いた。

 銀に煌めく杖の一振りによってザンジオーは吹っ飛ばされ、九死に一生を得た一人のトルーパー。

 助けてくれたアーマードライダー冠の名も、その理由も彼は知らない。

 

「ど、どうして」

 

「あなた方の組織とは分かり合えなかった。でも、それだけで命を見捨てる理由にはならないから」

 

 凌馬とは敵対する結果となってしまったが、「人類救済を掲げたユグドラシル」という彼の談が嘘だと大地には思えなかった。

 護るべき者の為、必死に抗うトルーパー達と記録してきたライダー。彼らの本質には違いなどない。

 

 庇われた黒影トルーパーの我武者羅なひと突きがザンジオーに一瞬の隙を生み出し、蒼銀杖による怒涛の乱撃が数秒で捩じ込まれる。

 全身を刻まれたザンジオーの爆発を最後まで見届けずに次の敵へ向かう冠。

 

 その間際、小さく────見逃してしまいそうなほどに小さく、助けたトルーパーが頭を下げてきたことで大地の胸が一杯になった。

 

(────)

 

 見返りは求めていなかった。

 だが、助けて良かったとも思った。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 多数の怪人とライダーが乱戦を繰り広げているタワー周辺。

 具体的な命令をされているならまだしも、記憶から再現されただけの再生怪人が皆タワーに向かうとは限らない。

 こうした大人数での大乱戦で戦場からあぶれてしまった者というのはどんな時でもいるものなのである。

 

「小娘、俺の姿を見たな。お前の命は貰った!」

 

「怪人……!」

 

 ここでいうあぶれた者とは、すなわちネプチューンであり。

 彼の真っ黒に濁った瞳に映るのは瑠美であった。

 

 ネプチューンが瑠美を襲って得られるメリットなど一つとして存在しないはずであり、それは彼自身も重々承知している。

 要するに憂さ晴らしとして瑠美を狙っているのだが、どんな理由であれ絶対絶命の危機であることには変わりはない。

 山盛りカレー入りタッパーを内蔵したリュックに背負った女子大生が、銛を構えた魚人風の怪人にどうやって対処しろと言うのか。

 

「どうした、泣き喚いてみろ小娘。貴様が頼りにしているライダー共はどうせ来ないのだ」

 

「私は……」

 

 じりじりとにじり寄る怪人から後退る瑠美。

 何か気を逸らせるものは、と視線を巡らせた矢先に躓いてしまい、その拍子にリュックの肩紐がするりと抜けてしまう。

 地面に投げ出され、タッパーから満杯のカレーぶちまけられた。

 途端に周囲を漂うスパイシーな香りには流石のネプチューンも困惑する。

 

「カレーだとぉ? なんだ小娘、そんなものを大事そうに抱えていたのか。とっとと捨てておけばまだ逃げられたかもしれないものを、馬鹿な奴め」

 

 事情を知らないネプチューンがせせら嗤うのも当然である。

 客観的に見て、これがどれだけ滑稽であるかなんて言われるまでもない。

 しかし、それでも瑠美は言葉を返す。命惜しさに、ではない。

 

「違います……“そんなもの”じゃありません! ここに生きる人達の血となって、肉となる大事な食べ物です! 明日を生きる糧になるものなんです!」

 

「はぁ?」

 

「魚怪人さんが私を嗤うのは結構です! でも、この食べ物だけは絶対に届けなくちゃいけないものなんです! だから通してください!」

 

 説得、と言えるかどうかも怪しい言葉が次々と並び立てられる。

 さっきまでの怯えをどこかに吹っ飛ばしたかのような瑠美の勢いに面食らわずにはいられないネプチューン。

 だが、「魚怪人」と呼ばれたことを思い出し、それが彼の琴線に触れる。

 

「貴様、さっきから勝手なことを言いおって! 貴様のような小娘に魚呼ばわりされて黙っているネプチューン様だと思ってか!」

 

「え、違うんですか? それはごめんなさい!」

 

「今更遅いわ! 死ねぇ!」

 

 迫る海神の槍に瑠美は顔を強張らせる。

 常人に回避できるような速度ではない。

 甘んじて受け入れる他ない、と思われたところへ思いもよらぬ横槍が入る。

 

「てめえが死ねやぁ!」

 

 ネプチューンの槍にも負けない一撃が陰から放たれた。

 槍とハンマーが弾き合い、瑠美の眼前に倒れるひとりの黒影。

 その乱暴な声音から、先日炊き出しで一悶着起こした男が正体であることを瑠美は知った。

 

「オラオラァ! こっちにもいるぜ!」

 

「引っ込め! ヒゲインベス!」

 

 マツボックリ、イチゴにパイナップル、山盛りフルーツが如く続々と駆けつける黒影軍団。

 ベルト持ち──所謂過激派市民に類される者達だけではない。ベルトを持たない、過激派と対立していた“持たざる者”までが瑠美を守るべくして立ちはだかる。

 

「平気か、豚汁の嬢ちゃん?」

 

 そこら中に落ちている瓦礫を投げつけ、黒影を援護する市民達の中から一人の男性が瑠美に手を差し伸べる。

 

「貴方も炊き出しに来てましたよね……どうして?」

 

「いやぁー、なんつーかなぁ。別に示し合わせたってことじゃねえんだけど」

 

 どうしてベルト持ちの人と一緒に戦ってるのか、とか。

 どうしてわざわざ助けに来てくれたのか、とか。

 瑠美が放った「どうして」という疑問には色々な響きが混じっていたが、男性はその全てを把握できていないだろう。

 気恥ずかしそうに頭を掻いて、事の成り行きを説明し始めた。

 

「嬢ちゃんとあの喋るインベスがギャーギャー騒いでるのがたまたま聴こえてよ。俺らはベルトも持ってねえし、ズラかるしかねえと思って……」

 

 男の視線が瑠美のリュック、中身が出てしまったタッパーへと落ちる。

 

「自分が食うわけでもねえのに、こんだけのカレーを持ってきてくれた嬢ちゃん見たら……つい、な。アイツらもそんな感じじゃあねえかなぁ」

 

 かつての歴史がそうだったように、虐げてきた側と虐げられてきた側との間にそびえる壁はそう易々と崩せない。

 ネプチューンという脅威を前に共闘してはいるものの、この戦闘が終わればみんなで仲良しこよし、なんてお伽話もいいところだ。

 綺麗事だけで運ぶ世の中なら、こんな荒廃した街にはなっていない。

 

 しかし、嫌な事ばかりでないのもまた世の中の常。

 

「アンタの豚汁、食いそびれちまったから。

 その……カレー、食わしてくれるかな。今度は……暴れたりしねえから」

 

 ぶっきらぼうに言ってからマンゴーの黒影も再びネプチューンに向かう。

 ユグドラシルのトルーパー部隊よりさらに実力で劣る市民の黒影なら一人一人ではネプチューンに太刀打ちできずとも、日々培ってきた連携で食らいつく。

 

 きっと、この戦闘の後にみんなで食べる瑠美のカレーはいつか彼らのわだかまりを溶かしてくれる糧にもなる。そう信じて、瑠美も瓦礫投げに加わった。

 

 沢芽の未来は未だ真っ暗闇の中。

 だが、今日この日、初めてこの街に光が灯された。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

『ロックビークル部隊、機銃掃射を開始します!』

 

 タワー周辺の大混戦にも新たな一石が投じられる。

 ダンデライナーやスイカアームズなどで構成された部隊がようやく出撃し、その圧倒的な火力を存分に奮い始めた。

 それらの部隊を率いるはアーマードライダーシグルド。この場において斬月に次ぐ戦力の持ち主と虎の子の機甲部隊の到着にトルーパー部隊はますます勢い付き、一方の再生怪人軍団は機銃の嵐に慌てふためくのが関の山であった。

 

 向かってきたマッハアキレスを射抜き、斬月と切り結んでいたカマキリ男の腹に前蹴りを捩じ込むシグルド。

 己の右腕とも呼べる救援に喜ぶこともなく、斬月は厳しい叱咤を飛ばした。

 

「遅いぞ、シド! 何をモタモタしていた!」

 

「そうカッカすんなって。これでも急いで駆けつけたんだぜ? 

 プロフェッサーは負傷。タワー内部の侵入者だってまだ野放し。天下のユグドラシルがこのザマじゃお偉方に向ける顔がねえなぁ?」

 

「責任なんぞ後でいくらでも取れる。今はタワー防衛が最優先事項だ」

 

「そりゃあ頼もしいこって!」

 

 斬月とシグルド、それに機甲部隊。

 これだけの戦力が揃った今、再生怪人軍団が勝利を収める可能性は皆無に等しい。

 上空を飛んでいるが故にそのことをいち早く察知し、離脱を図るコウモリフランケン。

 

「逃がすか!」

 

 シルバーオーレ! 

 

 だが、冠の視界に留まったのが運の尽き。

 空高く飛翔するコウモリの翼を確実に捉えるべく、ユグドラシルタワー最上部へと跳躍する冠。

 蒼銀杖が描いた弧にエネルギー塊が浮かび、杖の先が向けられた標的へと一斉に放たれる。銀林檎の砲弾が何発も直撃し、敢え無く炎上したコウモリフランケンは地上にて大爆発を起こした。

 

 タイホウバッファローも既に斬月によって撃破済み。

 これで主力を欠いた再生怪人軍団が掃討されるのも時間の問題だろう。

 ともあれば自分は残る残党は彼らに任せ、レイキバットの救出活動に戻るべき────なのであろうが。

 

「……あのドウマがこれで終わり? 数だけは凄かったけど、これじゃあ────」

 

 

 

 

 

「肩透かしだ、とでも言うか? まあそんなものだ」

 

 ドウマの冷たい囁きが耳元を撫でる。

 

「くっ!」

 

「遅い」

 

 セイヴァーによる突然の不意打ち。

 しかし、こういったシチュエーションには良くも悪くも慣れっこの大地であるからこそ、身体はすぐに動いた。

 

 短く握り直した杖で斬撃を弾こうとするも、ギリギリ間に合わない。

 銀の鎧を斜めに裂くセイヴァーアローの一閃。

 冠は怯みつつも真後ろに跳び退き、杖が届くか届かないかという距離まで退がる。

 

 セイヴァーの武器は剣と弓の二刀流。

 変身したての冠で、ドウマの高い剣技が存分に活かされる近接戦に興じるのは得策とは言えない。

 

「手数で勝てなくても、やりようはある!」

 

 今度は杖を長く握り、遠心力を武器にした横薙ぎを繰り出す。

 時に突きなども織り交ぜながら、とにかく剣の間合いに詰められないよう意識して冠は立ち回る。

 

 しかし、忘れてはならないのがセイヴァーアロー。そう、弓矢だ。

 

 相手の得意とする距離を嫌うのはセイヴァーとて同じこと。

 蒼銀杖のリーチからさらに離れ、遠距離から一方的に紅き矢を放ってくる。

 冠は杖を左手に持ち替え、ライドブッカーの連射で対抗を試みる。

 しかし悲しいかな、戦場が射撃主体に移ろうとも技量はセイヴァーの方が上であった。

 

「狙いが甘い。いくら武器が優れていても、使い手がお前のようなハンパ者では意味があるまい。宝の持ち腐れ、と言えばわかるか?」

 

「ぐうっ……!」

 

 ライドブッカーの弾丸は明後日の方向へ飛び、セイヴァーアローの矢は冠の肩を焼いた。

 腹立たしいほどに実力差を開いている。大地が不得手とする射撃戦で敵う見込みはやはり無い。

 

 チマチマやるより大技で開く突破口に賭ける、とカッティングブレードに手を掛ける冠。

 必殺技の準備動作を確認し、自身もまた剣と弓矢を構えるセイヴァー。

 

 シルバースカッシュ! 

 ザクロスカッシュ! ブラッドオレンジスカッシュ! 

 

 杖の先端が大きな弧を描き、神々しい三日月の刃が放たれる。

 猛然と進む白銀の刃はしかし、大橙丸による暗色の斬撃に食い止められ、セイヴァーアローの扇状の衝撃波に完全に砕かれた。

 その衝撃波は必殺技を破ってなお余りある勢いで冠の身体を吹き飛ばす。

 全身に波及した痺れと激痛に身を悶え、気付けばセイヴァーの両刀によって地面に組み伏せられてしまった。

 

「そんな付け焼き刃で倒せる相手か? ダークディケイドになったとて、結果は変わらんが」

 

「なんて言う割には、いっつも変な作戦立ててるくせに……!」

 

「クク、なら今度の“変な作戦”もしっかり見届けてもらおう。ちょうど大詰めだ」

 

 剣と弓を押し付けられた首の背後、斬月達のいる辺りから天高く業火が昇った。

 

 

 

 *

 

 

 

 ユグドラシルタワーを包囲した怪人軍団とトルーパー部隊の戦闘が勃発していた裏で、光実はとある報告を受けていた。

 通信先は避難シェルターに待機していた者である。

 事務的な口調で短く会話を済ませると、目の前に立つ存在に向き直った。

 

「────葛葉絋汰の身柄は確かにこちらで預かった。

 あの人がシェルターにいるなら、もう遠慮はいらない。

 さあ暴れておいでよ、ドラス」

 

『ワカったよ、お兄ちゃん! フフ! やっと楽しメるんだネ!』

 

 光実の許可が降りると、嬉しそうに身体を揺らして浮遊するパーフェクトドラス。戦場に飛ぶ速度の速さがいかに退屈を持て余していたかを物語っている。

 彼が向かう先、ドウマが召喚した雑兵による騒乱はもう終息しつつあるが、それも予定通り。むしろこのタイミングだからこそ、ドラスを投入する意味がある。

 度々シェルターを抜け出す絋汰を確保した以上、もう光実にとっての懸念事項はない。

 

 かくして斬月達の前に姿を現したドラスは挨拶がわりの砲撃を発射した。

 ジャイロモードで残党狩りをしていたスイカアームズを一撃で破壊せしめた存在は、解れかけていた部隊の緊張を戻すには十分にすぎた。

 

「なんだぁ? また変なのがおいでなすったぜ」

 

「次から次へと……一体どうなっている」

 

『もう待つのモ飽きちゃっタ! ()()()のお兄ちゃんも良いって言ったし、おじちゃん達、いっぱい遊んデね!』

 

 おぞましい見た目とはミスマッチな言動。見れば見るほど奇妙な異形ではあるが、そんな外見的特徴も先の凄まじい火力と比べれば気にならないだろう。

 己の力を過信している節があるシグルドすら警戒心を崩せなかった。

 

 対峙しているだけでも精神を削り取られるようなプレッシャーが放たれる状況下で、一般隊員には耐えられるはずもなく。

 

「う、うわあああああ!!」

「撃てぇ! 撃てー!」

 

 恐怖に駆られた搭乗員によるチューリップホッパーの機銃が火種となって、機甲部隊の一斉掃射が始まった。

 

「待て」と冷静な判断を促す斬月の叫びは最早届かない。

 高層ビル一つなら一瞬で灰にできそうな集中砲火の真っ只中に立たされることとなったドラスから全身を覆う量の火花が上がる。

 粉塵で姿が視認できなくなってもひたすら撃って、撃ちまくって、“もう死んだだろう”と誰もが判断する量の弾丸を浴びせても、隊員達の手は止まらない。

 部品の一つに至るまで消し炭にしてしまうのでは、と思えてしまうほどであったが、それは希望的観測でしか無かったと思い知る。

 

『ずっとソっちばっかリ撃つのはずるイよね!』

 

 粉塵から声が聞こえた次の瞬間、レーザーと砲撃が同時に飛んでスイカを弾けさせる。

 豪速で飛ぶロケットパンチが上空を旋回していたダンデライナーを撃墜してスクラップにしていく。

 殺虫剤が如く撒かれた消化液が周囲を飛び跳ねていたチューリップホッパーを搭乗員ごと骨も残さず溶かした。

 

 この間、わずか数秒。斬月がソニックアローを放った時には、全てのトルーパーが戦闘不能にされてしまっていた。

 あれだけいた部隊が、実質斬月とシグルドの二人のみになってしまう。

 

「一瞬でこれほどの部隊を……そんな馬鹿な!?」

 

「おいおい、コイツは相当やべえんじゃねえのか……?」

 

 斬月が放った矢は回避行動もさせられず、ドラスの表皮で微かに火花を散らせて終わる。

 まさに絶望的。しかし、先の集中放火のお陰でドラスはその半身を欠落していた。

 これならばまだ勝ち筋はある、と光明を見出した斬月。

 

『あ、結構コワれちゃった。治さなきゃ!』

 

 自分の身体の欠損だというのに、まるでプラモデルが壊れたかのようなニュアンス。

 周囲に散らばっていた怪人の残骸──改造人間の部品がドラスに集められ、その肉体を構成するパーツとなることで傷は完全回復されてしまった。

 これを不死身と呼ばずして何と言うのか。

 

 ケタケタと不気味に笑うドラスに戦慄を隠せない斬月、シグルド。

 そこへザザ、とノイズが走った後に若い声の通信が入った。

 

『兄さん、応答して!』

 

「光実か!? 今どこにいる!」

 

『モニタールーム。そっちの様子は見えてるよ。

 兄さん、シド、今すぐ退避して。その敵は僕ら全員でかかっても勝ち目は薄い。アレを使うしかないよ』

 

 

 

 

 

 ドラスによる蹂躙の一部始終を組み伏せられながら見ていた冠。

 あっさりと壊滅した怪人軍団への疑問が氷解し、ハッと顔を上げた。

 

「そうか! あの怪人たちがあんまり強くなかったのは、予め倒されることで部品になる役割があったから……!」

 

「今日はそれなりに頭が冴えていると見える。

 ユグドラシルのライダーを誘き出すため、と付け加えれば合格だ。

 だが、満点にはまだ足りない」

 

「満点……? まだ何かあるって言うのか」

 

 斬月・真は強い。

 出会ってきたライダーの中でも五本指に入る実力の持ち主だ。

 

 しかし、パーフェクトドラスはまず間違いなくそれ以上である。

 自分がダークディケイドに変身し、かつこの場にいるライダー全員とバロンを加えて共闘が叶ったとしても勝てるビジョンが浮かばない。

 ドラスが本気になればこのユグドラシルタワーなんて瞬きする間に消し飛ばせるだろうし、それを止める手立てはユグドラシルには────。

 

 無い、と断じる直前にタワー上部に設置された巨大リングが見えた。

 

「────あ」

 

 あるではないか。

 パーフェクトドラスも、怪人の残骸諸共吹き飛ばせる最終兵器にして、この街の惨状を生み出した元凶が。

 

「スカラーシステム。

 ユグドラシルに残された手段はそれしかない。

 今頃タワーの連中は胸を撫で下ろしているだろうさ。『ああ、スカラーシステムがあって良かった』とな」

 

「でも街にはまだ人が!」

 

「おお、そうだったな。何せ人口20万の街を一瞬で廃虚に変えてしまうほどの兵器だ。次に発射されれば今度こそ本当のゴーストタウンになる。

 それでユグドラシルが守られるなら、連中にとっては小銭を払う程度の代償だろうが」

 

「小銭……だって……? 人の命をなんだと……!」

 

 大地がどれだけ憤慨しても状況を好転させる材料にはならない。

 セイヴァーが語った悪夢は現実となりつつあり、スカラーシステムの重々しい稼働音が響いてくる。

 徐々に熱を帯びてくる赤い光に大地の不安はどんどん煽られる。

 

 あとどれくらいの猶予があるのかもわからない。確かなのは、このままではあの夢の光景が再び繰り返されてしまうということ。

 

「離して! あなたが欲しいのはダークディケイドライバーだけでしょ!? どうしてこんなことをするんです!」

 

「そうとも、俺が欲しいのはダークディケイドライバーだけ。

 だがお前は手放そうとしない上、ネガタロスや万丈龍我に邪魔をされるからな。邪魔者の一掃と、ついでにお前の心を折れる一石二鳥と言えばわかるか? 」

 

 喚いて足掻く冠をセイヴァーは離さない。

 こうしてる間にもスカラーシステムから響く重厚な音はどんどん大きくなっていく。

 セイヴァーを押し退けようとする力が膨れ上がってくるが、それでもまだ力が足りない。

 

「考えてもみろ。

 お前が素直にダークディケイドライバーを手放していれば、こうなることはなかった。

 あの時、お前が俺を殺せていればこうなることはなかった。

 大地、これはお前が招いた結末だ。この街で僅かに生き残った者はお前の所為で死ぬ羽目になるんだよ」

 

「僕の所為……だって?」

 

 セイヴァーの思わぬ言葉に冠の抵抗する力が弱まる。

 だが、それも一瞬に過ぎない、

 

「ああその通り。……そういえばさっき花崎瑠美を見たぞ。

 可哀想に、あんなに健気に慕う彼女もスカラーシステムの熱と光に焼かれることになる。

 だがまあ安心しろ。どうせ痛みを感じる暇もない」

 

 

 その言葉が決定的なトリガーとなる。

 

 

 この時起こった出来事を形容するなら、まさしく“爆発”であった。

 野獣が如き雄叫びと共にセイヴァーの身体が宙に浮き、投げ飛ばされる。この一連の流れにドウマは驚きのあまり言葉を失う。

 

 冠に変身した大地の力は先の交戦で凡そ把握した。

 セイヴァーの拘束を簡単に振り解けるテクニックも、実力も無いと判断していた。

 ならば何故────冠は片手でセイヴァーを持ち上げ、投げ飛ばすことができたのだ? 今爆発的に膨れ上がった力の源はなんだというのだ? 

 

「オオオオオオオオオーッ!!!」

 

「この光は……!」

 

 セイヴァーを投げ飛ばした後、空を貫く叫びに合わせて冠の懐から黄金の輝きが漏れ始めた。

 革命、創造、破壊────あらゆる事象を起こす理由となり得るような、そんな輝き。

 光の出所であり、冠が懐から取り出した金色の錠前にセイヴァーは眼を奪われる。

 

「お前の勝手な企みなんかで瑠美さんは死なせない。

 彼女も、みんなも! 僕が! 死なせるもんかぁぁーッ!!」

 

 冠が翳した手の中、()()()()()は解錠された。

 

 

 

 

 その時、世界を覆った輝きは目にした者の記憶に凄烈に焼き付いた。

 

 気絶している部下を抱えて離脱を行おうとしている貴虎。

 彼は光の中に、かつて夢見て、今なお捨てきれない理想の救済を見出した。

 

 

 モニター越しに成り行きを見守っていた光実。

 彼は光の中に、楽しかった思い出の日々と居場所、そして大切な人の傍にずっといられる権力を見出した。

 

 

 タワーからそう離れていない場所にいる戒斗。

 彼は光の中に、今ある世界を壊し、嘘も欺瞞も存在しない世界を創り上げる強さを見出した。

 

 

 シェルターの医務室で未だ気絶している絋汰。

 彼にも光は降り注ぎ、全てを守って、全てを救える希望を見出した。

 

 

 そしてカレーを振舞っている瑠美。

 彼女は光の中に、今も懸命に戦い続けているあろう人の姿を見出した。

 

「大地くん……!」

 

 

「さあ、鍵は開けられた。

 大地が使った果実が引き金となって、この戦いもより激しさを増す。黄金の果実に魅せられたお前達の誰が生き残り、誰が選ばれるのか。楽しみにしてるぜ」

 

 どこかの民族衣装のような出で立ちのサガラが光を満足そうに眺めていた。

 

 

 光によって齎されたのはそれだけに留まらない。

 街のあちこちに蔓延っていたヘルヘイムの植物。それらが一斉に動き出し、タワー上部のスカラーシステムをあっという間に侵食してしまったのだ。

 際限を知らず、覆い尽くしてもまだ止まらない侵食の圧力。

 全てのスカラーシステムが沈黙するのにさほど時間は要しなかった。

 

「ありえない……何故こうなる!? こんなことが! あっていいものか!!」

 

 冠がヘルヘイムの植物を操った。

 馬鹿げた話ではあるが、そうとしか説明がつかない。

 

 たった一瞬で全てを覆されてしまったドウマの驚愕と狂乱は計り知れない。

 仮に冠ではなく、ダークディケイドに変身されていたとしてもこうなることはなかったはず。

 己の理解を超えた事象を目の当たりにしてぐちゃぐちゃに掻き乱されるドウマの思考回路。

 

 されど正常な判断が下せるかどうかも怪しい状態であっても。

 存在そのものが擂り潰されそうになっていても。

 

 渇望してやまないそのベルトを見た瞬間、ドウマの意識は全てそちらへ向けられた。

 

 KAMEN RIDE DECADE

 

 戦極ドライバーからダークディケイドライバーへ。

 脱ぎ捨てた白銀の鎧に代わる漆黒の装甲。

 

「ダーク、ディケイド」

 

 迷い悩み、無様に心を折っていた者はもうどこにもいない。

 凛然としたその立ち姿は紛うことなき戦士のもの。

 かつてはドウマ自身がそうであり、今一度求める力。

 

「ネガタロスにも頼らないよ。僕はもう理由から逃げるのをやめたから」

 

 ドウマの企みを阻止した以上、ベルデで離脱することもできた。

 しかし変身が限られたこの状況において、敢えてダークディケイドを選択したこと。

 それは大地にとっての、“本気でドウマを倒す”という意思表示でもあった。

 

「決着だ、ドウマ。お前にはもう誰も傷つけさせやしない」

 

 その日大地は衝動任せでもなく、己の剣に己の意思で初めて純粋な()()を纏わせた。

 

 

 





黄金の果実についてはまた次回。
多分あと2、3話でバロン終わります。
続きもできれば今月中に……できるかなあ……。


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運命は誰の手に

 

 

 

 大地と別れてからというもの、クローズは苦難の連続であった。

 

 大量の黒影トルーパーに追いかけ回されて。

 入り組み過ぎて“ここは迷路なのでは”、と思えてしまうタワー内部を駆けずり回って。

 スカラーなんたらの喧しいアラームに耳を塞ぎながら目ぼしい場所を虱潰しにしていって。

 

 クローズはようやくレイキバットを探し当てた。

 

「起きろレイキバァー! 朝だぞぉー!」

 

 修理用のカプセルに入っていたレイキバット。外し方がわからずガタガタ揺らすクローズ。

 カプセルから伸びていたコードが数本抜けて、繋がっていたコンピューターの“修理経過率” と示された数字が“83%”で停止した。

 

「んぁ……クローズ──万丈か? お前、どうしてこんなところにいる。大地はどうした」

 

「迎えに来たんだよ。アイツの代わりにな。

 また迷っちまう前にとっととおさらばしようぜ。おら、行くぞ」

 

「ま、待て!」

 

 繋がっていた他のコードもまとめて引っこ抜こうとするクローズを、やや焦ったように制止するレイキバット。

 顔の半分を占める大きな瞳に、自身が繋がれていたコンピューターのモニターを映して暫し押し黙る。

 

「────構わん。行け!」

 

「おっしゃあ!」

 

 去り際に見えた、膨大な数の資料。

 レイキバットは機械特有の超速処理でその内容の一部を解読した。

 

「ここら辺の資料も持ってけ! 全部!」

 

「……」

 

「おい、さっさとやれ。何を呆けてやがる」

 

「いや、ペットが飼い主に似るってマジなんだなって。人使いが荒いとことか」

 

「誰がペットだ! 誰が!」

 

 龍我ではどう足掻いても理解できない、難しい言葉と数値が羅列されただけにしか見えない。

 だがレイキバットにはこれを持ち出すことが如何に重要か、この一瞬で悟ったのだ。

 

(ここに書かれていることが正しいなら、大地は────)

 

 

 

 *

 

 

 

 決戦の舞台となったユグドラシルタワーの屋上はそれなりに広い。

 植物に圧殺されるという摩訶不思議な現象により沈黙したスカラーシステムに囲まれて、さながら闘技場の様相を見せている。

 

 ダークディケイド対セイヴァー。幕を開けた因縁の対決はとてつもない激戦になるかと思われたのだが……。

 

「ハアッ!」

 

 ダークディケイドの重く、そして速いハイキック

 これぞ迷いを捨て去ったが故の威力。

 その一撃をセイヴァーはサイドステップであっさり回避した。

 

「まだまだっ!」

 

 ATTACK RIDE BLAST

 

 着地の勢いを殺しきらぬままに放つディケイドブラスト。

 そんな態勢で撃った照準などブレブレもいいところであったが、多重弾幕でカバーする。

 だがこれもセイヴァーは防ぎきった。

 

 防戦一方のセイヴァー。圧倒的優勢のダークディケイド。

 今の場面のみを切り取ればそう見えるかもしれない。

 しかし、少なくとも大地は自分が押していると全く思えなかった。

 

 ダークディケイドが仕掛ければ、セイヴァーが離れる。

 こちらの攻撃に対処こそすれど、これといった反撃もせずにただ逃げ回っているだけなのだ。

 これでは決戦というよりかは鬼ごっこ、と言った方がまだ適切かもしれない。

 

 さっきまでの脅威的な実力は見る影もなく、ダークディケイドが立ち止まってもセイヴァーは動こうともしない始末。

 戦闘が停止したお陰で、この不可解な動きの理由はなんなのかと考える余裕が生まれ、そして答えに至る。

 

「……狙いはスタミナ切れ?」

 

「まあそういうことだ。お前も知ってる通りダークディケイドは消耗が激しい。真面目に相手してやるより、そっちがくたばるのを待つ方がよっぽど省エネということだ。これなら使い勝手の悪い怪人を一々召喚するまでもない」

 

 それは実にドウマらしい姑息な戦法であった。

 

 大地とドウマならドウマの方がまず強い。

 しかし、ダークディケイドとセイヴァーならダークディケイドの方が圧倒的に強い。

 そしてこのスペック差を誰よりも理解しているのもドウマなのだ。

 

「どうした、まさかこの期に及んで卑怯だとは言うまいな?」

 

「……いや、言わないよ。僕がお前の立場でもきっと同じことをした」

 

 これまでドウマがしてきた所業を考えれば、それこそ今更である。

 実際、ダークディケイド対策としては最適解に近い。こうしている間にも大地の体力はじわじわと、ゆっくり削られている。

 限られた時間を惜しんで、ダークディケイドは勝負に出た。

 

 KAMEN RIDE CHASER

 

 シンゴウアックスを手に取り、DDチェイサーが駆ける。

 直撃すれば斧という武器のイメージを裏切らない威力を発揮してくれるだろうそれに、セイヴァーは一定距離を保つ。

 当たらなければどうということはない。紅の仮面がまるでそう言っているかのようだ。

 

(だから、強引に当てに行く!)

 

 ATTACK RIDE CHASER

 

 発動されるシグナルチェイサー。

 急加速した追跡者が紫銀の疾風となりて走る。

 体力と引き換えに得たこのスピードがあれば、セイヴァーとの距離などあってないようなもの。

 

「覚えておけ。そういう高速移動能力の類は対策されて然るべきだと」

 

 ブラッドオレンジチャージ! 

 

 真下に弓を引くセイヴァー。同心円状に広がる暗赤色の衝撃波がDDチェイサーの装甲で弾ける。

 火花を噴き出し、今にも吹っ飛びそうになる身体より一足先にシンゴウアックスが後方へ飛んで行ってしまった。

 踏ん張りきってなんとか耐えても武器を失ってしまっている。近接格闘が届く距離にもまだ届いていない。

 

 と思いきや。

 

「知ってたよ! 相手は元ダークディケイドなんだから!」

 

 高速移動が対処されることは予測していた。

 敢えて愚直に突っ込み、かつわざと隙を見せる。

 そうして油断させたところを懐に忍ばせていた本命で狙い撃つ。

 シンゴウアックスを手放したのも、大物で注意を引きつける理由があってのこと。

 

 ガン! 

 

 チェイサーのもう一つの専用武器、ブレイクガンナー。

 両者の間にあるのは近距離と中距離の狭間ほどの長さ。流石にこの距離で連射されれば回避はしきれまい。

 しかし、大地はまだ甘かった。

 

「いいや、わかっていないな。そんな見え透いた罠を元ダークディケイドが見抜けないとでも?」

 

 今まさに唸りを上げようとしたブレイクガンナーが、セイヴァーアローの正確な速射によって引き金を引く前に弾き飛ばされる。

 まるで銃を隠し持っていたことを把握していたかのような精密射撃。愕然としてしまうDDチェイサーであったが、驚くようなことでもない。

 わざわざ大振りなシンゴウアックスを構えた時点でドウマは全てを読みきっていたのだ。

 

「多彩な能力だけがダークディケイドの強さではない。それを支える変身者の知識と経験があってこその強さだ。どちらもお前には足りていない」

 

「足りないなら、これから積んでいくだけだ!」

 

「これから? 笑わせるな、お前が変身するのは今日で最後だ!」

 

 シンゴウアックスを拾いに戻ろうとした足先に一発、怯んだところへさらに放たれた一発がカメンライドを解除させる。

 DDチェイサーでの逆転はならず、状況は振り出しへ。

 

 セイヴァーの拘束と消耗の軽減。両方を叶えるライダーがビジョンとなって示される。

 

 KAMEN RIDE G3

 

 ダークディケイドが選んだのは、仮面ライダーG3。

 所持カードではワーストを争う低スペックのG3にカメンライドしたことで、ダークディケイドの体力の消費スピードがグッと下がる。

 だが、消耗が少ないということは即ちスペックが低いことの同義でもあり。

 

 ATTACK RIDE ANTARES

 

 セイヴァーへとワイヤーで放たれたフックは危なげなく躱される。

 ならばと鞭の如くワイヤーをしならせて、中距離攻撃に移行するが、これも当たらない。

 

「戦術が浅はか過ぎる。いや、戦術と呼ぶのもおこがましい。苦し紛れの攻撃だ」

 

 諦めず攻撃の手を緩めないDDG3に嘲笑を付すセイヴァー。

 回避に徹していた足を止め、自らフックに当たる。線香花火のような火花が散って、それで終わり。G3のスペックでは擦り傷にもなりやしない。

 

 DDG3は唯一にして最大の必殺技、GG-02を構えるが、これもセイヴァーアローの一矢に弾かれる。

 

「その省エネ装甲も剥がさせてもらおう」

 

 戦闘が長引くのを嫌ってか、セイヴァーがついに自ら攻めに出る。

 この戦闘が開幕してから初めての攻防交代。対応できるだけの武装はDDG3の手元にない。

 連射されるセイヴァーアローの尽くを自慢の防御力で乗り切り、がむしゃらにライドブッカーを撃ちまくる。その殆どの弾丸は機敏に動くセイヴァーには回避されるか、もしくは弾かれてしまった。

 

 ライドブッカーを剣に変え、剣戟に応じるDDG3。

 互いの剣がどんなに交差を重ねてもセイヴァーを斬れない。

 機敏に攻めるセイヴァーと見比べてしまえば、DDG3はどうしようもない鈍重さで、大地が思うように動くことさえままならないのだ。

 

 しかし斬り付けられる衝撃に血が流れれば流れるほど、大地の思考はクリアになっていく。

 

 落ち着け。これはチャンスだ。

 G3へのカメンライドが解除されれば敵はまた距離を離すだろう。

 

(あっちは二刀流。片方を防御に回す堅実さと、両方で一気に攻め立てる大胆さを絶妙に使い分けてる。

 僕の剣術で、ライドブッカーだけじゃ崩すのはほぼ無理と考えていい)

 

 右から来る弓刃を弾けば、左から来る剣に太腿を斬られる。

 素早く剣先を振り払って牽制すれば、軽く受け流されて胸を突かれる。

 

 G3が防御力に優れていようと限界はある。あと何度斬撃に耐えられるか。

 

「お前では俺に勝てない。結末の決まりきった戦いをすることに何の意味がある?」

 

「ぐっ……」

 

 腕のアーマーをぶつけるように剣を防ぐ。

 しかし至近距離で引かれた弓の接射は防げず、DDG3の左眼に大きく亀裂が走った。

 

「その力は俺自身が生きる為に必要なものだ! お前の下らない正義感なんかよりよっぽど有意義だろう。違うか?」

 

 セイヴァーの乱舞はより速く、より激しく。

 DDG3の胸部装甲の一部が欠けて、右肩のパーツがショートした後脱落した。

 

「……そうだ、違う!」

 

 敗色がどんなに色濃くなろうとも大地は諦めない。

 セイヴァーへの力強い拳と共に言葉を返す。

 一切の脅威にも感じていない、と言わんばかりに剣の軽い払いで拳は逸らされた。

 

「どうしても守りたい人がいる! 生きていて欲しい命がある! そんな尊い者のために、僕はこの力を使う! 

 誰かを傷付けて自分しか守れないお前には渡さない。渡しちゃいけないんだ!」

 

 反撃はそれだけでは終わらない。

 セイヴァーの斬り上げが迫る直前、DDG3は自身の足元を思い切り蹴っ飛ばす。

 衝撃で舞い上がったのは、先程脱落した右肩のパーツ。微かに散る火花が目眩しの役割も果たし、セイヴァーの顔面に直撃した。

 装甲の一部を武器として扱うという不意打ちまでは彼にも防げなかったのだ。

 

 ダメージなどまるで無く、生まれたのはただ一瞬の隙。

 その隙にDDG3はセイヴァーに組みつき、そして────。

 

 

 

 頭突きをぶちかますゼロノスの姿が脳内で再生された。

 

 

 

「ッツァアッ!」

 

 渾身の頭突きがセイヴァーの脳を揺らす。

 いよいよ亀裂が大きくなり、決壊を始めたG3のマスクを鬱陶しそうに投げ捨てるダークディケイド。

 装甲もパージされて、通常形態に戻ったことで身軽さを取り戻す。

 

 これまでの堅実な戦い方とは一変した泥臭い一撃に後ずさるセイヴァー。

 ダークディケイドが空中回転しながら銃を乱れ撃ち、その退路を断つようにして背後を取る。

 これまた大地らしからぬアクロバティックな動きであった。

 

「その動きは……!?」

 

「お前は僕より強い。それだけは認めるよ」

 

 セイヴァーの顔面を叩く旋風の三連回し蹴り。

 まるで風そのものとなったようなキックにセイヴァーは濁った悲鳴を吐く。

 追い討ち気味に放つ銃は連射ではなく、一発ごとに狙いを定めた射撃。

 

(無闇に連射しないで、一発一発を大切に)

 

 胸、肩、手と狙い撃たれたセイヴァーの箇所から炎が弾ける。

 その衝撃たるや、彼の手にあった弓を溢れ落とさせるほど。

 

 初めてダメージらしいダメージをもぎ取ったキックと精密射撃。これらもまたさっきまでの大地が持ち合わせていなかった技である。

 ゼロノス、マッハ、威吹鬼────記録してきたライダー達の技をダークディケイドのまま使ってみせたのだ。

 

「確かに強いけど……もっと強い人達を僕は沢山知ってる。そんな人達の隣でずっと戦って、記録してきた。

 楽しかった事も、辛かった事も、その記憶は僕の中にずっとあったんだ」

 

 共に戦って、隣で記録してきた生き様はどんな時でも大地の中で息づいている。

 無論、再現度そのものは本人達と雲泥の差だ。しかし、猿真似と切り捨てられるほど拙劣でもない。

 

 記録は、記憶は受け継がれてきたのだ。

 

「カメンライドを介さずに他のライダーの技を再現したとでも言うのか? そんな……そんなことがお前如きにできる訳がない!」

 

 ドウマは、それを認めない。

 

 ドウマは己の技を高めることはできても、大地のように他のライダーの技を吸収することはできなかった。

 限定的であっても自身を超えられた事実がドウマの怒りに火をつける。

 時に感情は力を高める原動力となり、怒りもまたそんな感情の一つ。

 最高潮に達したセイヴァーの剣技の速度に、ダークディケイドは死に物狂いで食らいついていく。

 

「怪人でも助けたいと思った人はいた。

 人間だけど、倒さなきゃいけなかった人もいた。

 相手が誰でも同じだったんだ。そんな簡単なことにも気付けなかったこと────それが僕の弱さ。

 この力を振るう相手をもう見失うことはしない!」

 

「振るう相手を選ぶ必要などあるものか!

 弱いから相手を選ぶ。強ければ迷うこともない。

 全てを捩伏せ、自らを最強まで高める。力とはその為にある!」

 

「そんな強さじゃ……何も救えないじゃないか!」

 

 ライドブッカーの刃先が大橙丸とセイヴァーアローに挟み込まれる。

 そうして止められた刃はセイヴァーが膝を打つことで、ポキリと小気味の良い音を立てて折れた。

 

「ととととっ!」

 

 剣が折れようと、闘志は折れない。

 かつてビーストがそうしたように、折れた剣先をフェンシングのように素早く払い、セイヴァーの二刀流を弾く。

 中々に見事な機転であったが、こんな鈍刀では切れるものも切れない。

 

 ライドブッカーはまだ銃として使える。しかし、ダークディケイドは折れた刃先の方を咄嗟に拾い上げた。

 

「オオオオオーッ!!」

 

 掌が切れるのも厭わず、握りしめた刃先を突き出すダークディケイド。

 セイヴァーは剣と弓を交差させ、刃先を防ごうとする。

 

 そして剣と弓を潜り抜けた刃先がセイヴァーのベルトへ突き立てられた。

 

「ぐおおおおっ!?」

 

「ァァァッ!!」

 

 激しいスパークがベルトから迸る。

 苦しみ、足掻き、暴れるセイヴァー。

 知性をかなぐり捨てて、二つの武器を手放してでもダークディケイドを遠ざけようとする。

 ダークディケイドはさらに刃を捩じ込もうとするも、我を失ったように抵抗するセイヴァーに吹っ飛ばされてしまった。

 

 セイヴァーのベルトから絶えず散る火花。

 暴れた際に吹っ飛び、転がっている大橙丸とセイヴァーアロー。

 スタミナこそ消費したものの、目立った傷を負っていないダークディケイド。

 

 大勢は決した。

 

「最後に一つ聞かせて欲しい」

 

 勝利宣言とも聞こえる大地の一言。

 セイヴァーの苛立ちがまた増した。

 

「お前の目的はダークディケイドライバーを手に入れること。今までの企みも全部そこに繋がっていた。

 でも、お前がやってきたことで一つだけはっきりしないことがある。

 瑠美さん──花崎瑠美さんをどうして攫った?」

 

 怪人を召喚し、襲わせる。これはわかる。

 だが、瑠美を元いた世界から拉致したこと。これだけがどうしても彼の目的と結び付かないのだ。

 人質として扱うならまだしも、彼女は一人放り出されていたという。

 世界を股にかけた誘拐なんて手間のかかる真似をした本当の目的とは、一体なんなのか。

 

 果たしてその答えとは────。

 

「何故、だ?」

 

「……え?」

 

「あの女を攫った理由が俺の中に無い……。

 何故俺はそんな真似を? 俺の行動を俺自身で説明できない?

 これではまるで────」

 

 心底不思議で仕方がない、とでも言いたげなセイヴァー。

 不敵に語ることもなければ、意味深に笑うでもなく。

 そのまさかの反応にダークディケイドも戸惑ってしまう。

 そして覚える既視感。

 

 自分の起こした行動を自分で説明できない。

 この戸惑いと困惑を目撃したのは決まってドウマが召喚した怪人絡みの時で。

 

「俺も────そんな、そんなことはありえない!」

 

 辿り着いてしまった残酷な結論をドウマは否定する。

 それを認めてしまうことは、彼自身の否定に繋がってしまうが故。

 

「俺は……俺は! 俺だぁぁぁ!!」

 

「ッ!」

 

 駆け出すセイヴァー。手を伸ばし、前のめりになって一心不乱に走る。

 ダークディケイドから力ずくでベルトを剥ぎ取るつもりなのか、あるいは別の方法があるのか。

 きっと今の彼にはもうダークディケイドライバーしか見えていない。

 ドウマが突然の豹変に至った理由も定かではないが、ダークディケイドはその姿に鬼気迫るものを感じた。

 

 躱そうとする直前、見つけたとある物体。

 先程放り投げられていたセイヴァーアロー。

 地を転がって、弓を拾いながら回避する。

 ダークディケイドは振り返り、なおも向かってくるセイヴァーに黒弓を引いた。

 

 シルバーチャージ! 

 

「ガハッ!?」

 

 突き進む矢の狙いは大地の経験上で最高と言っても良かった。

 セイヴァーの腹部を一閃した輝きはスパークに溶ける。

 

 この白い銀色の光のなんと美しいことか。

 

 しかし、その光を美しいと感じる余裕はセイヴァーには無かった。

 希薄になる自身の存在と、命の危機を感じたから。

 

 そしてダークディケイドは美しいと思うより先にこれからする自らの所業を想像していた。

 想像して、押し潰されそうになった。

 

(僕は、これから、人を、殺す)

 

 声にならない一言一句を噛み締めて、金色のカードを握る。

 “今ならまだ後戻りはできるぞ”と甘い囁きも内から響く。

 “これで本当に正しいのか? ”と省みる声も聞こえる。

 

 大地はその全てを飲み込んで、カードを叩き込んだ。

 

 FINAL ATTACK RIDE DE DE DE DECADE

 

 跳躍するダークディケイド。

 これから潜り抜ける黄金のゲートの彼方、フラついたセイヴァーが剣を拾い、ベルトを操作する。

 

 ザクロスパーキング! ブラッドオレンジスパーキング! 

 

 右脚に束ねられた黄金のビジョン──ディメンションキック。

 大橙丸から噴出し、カードのゲートを砕破させる焔の斬撃。

 

「ツァァアアアアアアアアアーッ!!」

 

「ヌァアアアアアアアアアアーッ!!」

 

 衝突する最強と最強。

 セイヴァーが放った必殺斬撃はディメンションキックと張り合うどころか、ダークディケイドを焼き尽くそうとする。

 セイヴァーの激情を燃料に黒い炎は勢いを増す。

 対する必殺キックはゲートを潰された所為で中途半端な威力に留まっていた。

 塗り潰されていく右脚の輝き。

 

「消炭になれぇぇぇッ!!」

 

「まだだぁぁぁ!!」

 

 焦がされつつあった足先に更なる輝きが集まる。

 従来の、いやそれ以上の威力を発揮した必殺キックが斬撃を押し返していく。

 

 生きたいと願う炎。

 生かしたいと願う光。

 

 感情の強さに差異はない。

 勝敗を決定付けたのは、きっと大地の心に咲いた瑠美の笑顔だ。

 

「がっ……!?」

 

 ディメンションキックがセイヴァーを蹴り貫く。

 ベルトから溢れるスパークはいよいよ臨界に達し、崩壊を始める。

 ワナワナと震える腕が、着地したダークディケイドの腹部を求めて、虚無を掴んだ。

 文字通り命を乞う仕草に胸がズキリと痛む。

 

「助けてくれ」

 

「……」

 

「俺は、まだ……死にたく、ない」

 

「みんなそうだよ。みんな、生きたかったんだ」

 

 セイヴァーが崩れ落ち、ダークディケイドの背後で起こる大爆発。

 これこそが元ダークディケイドが辿った旅の終着点。

 

 ……そして、大地が初めて人を殺した瞬間であった。

 

 

 

 *

 

 

 

 スカラーシステムの停止により、生き残っていた沢芽市民が皆殺しにされる事態は免れた。

 だが、それで万事解決とはならず。

 パーフェクトドラスを葬れる最後の手段を失ったユグドラシルは、それでもタワー防衛の為に徹底抗戦を余儀なくされていた。

 

 斬月・真とシグルド、残された戦力はこの二人だけ。

 ドラスの特性や実力を考慮すると、援軍は送らない方がいい。

 トルーパーでは犠牲者を徒に増やすのがオチ。ビークル部隊の火力は頼りになるが、敵の回復パーツを与えてはプラマイゼロだ。

 

 貴虎のこの見立ては間違っていなかったのだが、斬月とシグルドだけで妥当し得る相手かと問われればそれもノーと答える他ない。

 

 メロンエナジー! 

 チェリーエナジー! 

 

 息を合わせたダブルソニックボレー。

 上級インベスですらオーバーキルな合体技が炸裂しようとドラスは涼しい顔である。

 

『あーあ。おじちゃん達とアソぶのも飽きてキちゃっタなあ』

 

 ドラスは積極的に攻撃はせず、遊びのつもりで戦っていた。

 すぐに終わってしまってはつまらないから。

 相手の抵抗を楽しみにしているから。

 理由はそんなところである。

 

「余裕綽々ってか? 俺達も随分舐められたもんだ」

 

「今は耐えろ。奴の弱点を見つけるしか、俺たちに勝機はない!」

 

 ドラスのあらゆる箇所に矢を撃ち込みながら、斬月達はひたすら弱点を探し続ける。

 表皮に微かな焦げ跡を付けるだけの鬱陶しい攻撃しかできない相手にドラスは退屈で仕方ない様子だ。

 

 これ以上は遊びにもならない。もうひと思いに蒸発させてしまおうか。

 肩のレーザー発射口の狙いを定めるドラス。

 しかし、突如飛来した黄色の矢がそれを妨害した。

 

『?』

 

 襲撃者の正体を確かめようとして、さらに二発の矢が弾ける。

 どちらもレーザー発射口を狙ったもの。既に発射態勢に入っていた発射口は連続で叩き込まれたエネルギーと反応し、沈黙してしまった。

 武器のみを潰す正確な攻撃に初めて動揺を見せたドラス。

 そこへ薔薇の竜巻を伴った衝撃が鋼鉄の身体を吹っ飛ばした。

 

「騒ぎを聞きつけて来てみれば、やはり貴様の仕業だったか──ドラスッ!」

 

 ローズアタッカーを駆るバロン・レモンエナジーアームズ。

 ユグドラシルに属さない彼の参戦に驚嘆の声を上げる斬月に振り返りもせず、ソニックアローの連射を緩めない。

 尤もドラスとドウマへのリベンジを果たそうとしていた戒斗が結果的に斬月とシグルドを助けてしまっただけなのだが。

 

『なんだ、こノ前のお兄ちゃんか。今度はモッと楽しませてくれルのかな?』

 

「ほざけ。どうせあのドウマも近くにいるのだろう? 貴様らを倒すのはこの俺だ!」

 

 初戦では辛酸を舐める羽目になったが、わざわざ二の轍を踏む戒斗ではない。

 ゲネシスドライバーの装備に加え、今回はローズアタッカーで機動力を大幅に上げて挑んでいるのだ。

 

 たかがバイクと侮ることなかれ。

 ことバイクの扱いに関しては右に出る者はいない、と言い張れる戒斗の騎乗テクニックが最大限に発揮されているのだ。消化液だろうが尻尾だろうが簡単に当てられはしない。

 縦横無尽に駆け巡るマシンからの一方的な射撃はダメージこそ無いが、ドラスの苛立ちは刺激された。

 

「確かに貴様のボディは脅威だ。だが、それを操る精神は未熟。

 パターンさえ見極めれば攻略は容易い!」

 

 ドラスの身体スペックは圧倒的だ。その脅威的なまでの力を乱雑にぶつけるだけで勝ててしまうほどに。

 だが、そんな単調な攻撃は癖を生んでしまっていた。

 尻尾を伸ばす直前の微弱な仕草であったり、ロケットパンチを放つ前に必ず腕を挙げる動作であったり、と。

 黄金ジャガーと戦闘している最中であっても戒斗は抜け目なくドラスを観察しており、そういった癖を既に見抜いていたのだ。

 

 事前に何をするかわかっていれば回避できる確率はグッと上がる。

 だとしても当たれば致命打必至の攻撃をスレスレのところで躱し続ける、という行為を平然と行える戒斗もおかしいのだが、それはそれとして。

 

「次はその右腕を貰うぞ!」

 

 レモンエナジースカッシュ! 

 

 当たれば一発アウトの消化液をやはりスレスレで躱し、すれ違い様にバロンの斬撃がドラスの右腕を刻む。

 これも強力な必殺技には違いないのだが、切断には至らず。ドラス側の攻撃は一撃必殺クラスなのに、バロン側は必殺技でようやくダメージになるかという絶望的な火力差。

 それでも浅くはない裂傷にはなった。

 

 バロンは乱れ飛ぶ反撃を回避しつつ、ソニックアローの矢を右腕の傷へこれでもかと放つ。

 塵も積もれば山となる、という言葉があるように傷口は少しずつ広げられていく。

 

 マツボックリチャージ! 

 

 貫通力に重きを置いたソニックボレーに、ようやく右腕は貫かれた。

 弾け飛んでショートした右腕はもうロケットパンチとして使うことは叶うまい。

 

 残る武器は伸縮自在の尻尾、全てを溶かす左腕、超加速の脚。

 

 ここまでやってしまえば、斬月とシグルドにもバロンの戦法は理解できた。

 

「そうか……駆紋戒斗は奴の武器だけを狙って攻撃している。

 攻め手さえ潰せれば勝機はあるということか」

 

「おいおいもう忘れちまったのか?

 どんなに身体をぶっ壊そうが再生されちまえば元も子もねえだろ」

 

「だが、今はこれ以外に突破口は見つからん! 駆紋戒斗を援護するぞ!」

 

 新たに援護射撃も加わり、バロンが回避する分の負担が少しだけ減った。

 そして右腕と同じ要領で尻尾にレモンエナジースカッシュを炸裂させる。

 右腕と比べれば強度はそこまででも無かった故か、尻尾はあっさり切断された。

 

 そうして一撃必殺にも及ぶ攻撃の数々を阻止され、一方的に射られ続けることに嫌気が差したドラス。

 こうなってくるともう彼には楽しくない。

 

『オニごっこはもうイいや』

 

 ドラスの輪郭がブレて、加速する。

 歪んだ心の模倣が生み出したスピードはクロックアップにさえ追い付ける。時速245kmのバイクを追い越すことなどお茶の子さいさいなのだ。

 バイクの進路を遮る、得意顔のドラス。

 鋼の豪腕がローズアタッカーのフロント部を握り潰した。

 

 バイクが爆散し、宙に投げ出されたバロン。

 だがバロンはこの展開を予想しており、既に次の布石を打っていた。

 天と地がひっくり返った視点になりながら、踏ん張りのきかない空中でも弓矢を引いて牽制し、そして錠前を開く。

 

 ロックビークル──ダンデライナーがバロンを空へ運んだ。

 追ってドラスも浮遊するが、空に上がればもう超加速の脚は活かせない。

 

『こんなに僕を傷つけタのは凄イけど、こレで勝っタなんて思ってないよネ? 僕を一回倒せても、マた治せばいいんだもん』

 

「そういえばそうだったな。確かロックシードがエネルギー源だったか」

 

 ロックシードを吸収してエネルギーチャージの時間を省ける、というのもこのパーフェクトドラスの強みの一つ。

 ヘルヘイムなら言うまでもなく、侵食された世界ではそこら中に転がっている果実一つでほぼ全快できるのだから恐ろしい。

 が、今回ばかりはその特性が裏目に出る羽目となる。

 

「貴様の補給源となる果実……一体どこにあるんだろうな?」

 

『……ッ!?』

 

 

 そこら中に実っていた果実は、ドラスの攻撃で粗方焼き尽くされてしまった訳だが。

 

 

『お兄ちゃん、まサか、これを狙って走り回ってイたの』

 

「フン、今頃気付いたか。だがもう遅い!」

 

 いかにパーフェクトドラスが最強でも、動力源が無ければ鉄でできた木偶の坊と変わらない。

 そもそもの話、ドラスはスカラーシステムが発動した時点で今回の役目を終える筈であったのだ。その後はヘルヘイムでゆっくり補給を済ませば良かった。

 駆け巡るバイクを狙った攻撃で僅かに残っていた果実もほぼ消し飛ばされている。

 完璧の名を冠した自信と油断──ーが招いた────あるいは、戒斗が目論んだ通りにドラスは武器の大半と補給路を失ったのだ。

 

 しかし、ここまでハンデを背負ってもドラスはライダーよりまだ強い。

 左腕一本でもバロンや斬月、シグルドを捻り潰せてしまうだろう。

 その戦力差を理解していてなおここが最大の勝機であると見出したバロンはダンデライナーの舵を着る。向かう先は、もちろんドラス。

 

「そろそろ決着をつけるぞ、ドラスッ!!」

 

 レモンエナジースカッシュ! 

 

 極限まで搾り取ったエネルギーを刃に乗せて、バロンが飛ぶ。

 対し、ドラスは広範囲に消化液を振り撒く。さながら消化液で出来たシールドといったところか。

 そんな触れれば死ぬシールドにもバロンは怯まない。

 万全の状況ならまだしも、今のドラスができる選択はそう多くなく、対処と予測はそう難しくない。

 

 バロンの手元から飛び出した物体が自らシールドに突っ込み、無残にも溶かされる。

 だが、その分消化液の面に孔が生じた。

 

「チューリップビークルを盾にしたのか……!」

 

 貴重なロックビークルを使い捨てる奇想天外な発想。

 驚いてばかりもいられない、と斬月はすぐに弓を引く。

 チューリップホッパーの形に空いた孔、その先に存在するドラスの左腕。

 ここで狙いを外すようなら呉島の名が廃る。

 

 メロンエナジー! 

 

「これで、腕は獲った!」

 

 斬月のソニックボレーが撃ち貫いた左腕。

 その傷に重ねたレモンエナジースカッシュが最後の武器を破壊する。

 

 武器は無し、両腕まで捥がれたドラス。

 普通の怪人ならまずここで終わっている。

 その終わりが果てしなく遠いからこそのネオ生命体。

 事実上追い詰められたにも関わらず、ドラスがここから勝ちを捥ぎ取る手段などいくらでもある。

 

 ミシリッ、と嫌な音がした。

 

「がぁあッ!?」

 

『腕は獲ッタ! なんちゃって! ハハ、ハハハハ!』

 

 ドラスが繰り出したサマーソルトキック。

 これを防ぐべく、咄嗟に振り上げたバロンの右腕から鳴った音であった。

 骨の一本や二本、簡単に砕いてしまう凶悪な蹴り。腕に直撃させたのはドラスなりの意趣返しなのかもしれない。

 

 ありえない方向に曲がりかけた右腕はなんとも痛々しい。

 機械の腕とは違う、正真正銘生身の腕なのだ。

 言葉に表すのも生易しい痛みに現在進行形で襲われているこの腕、下手に動かせば一生不動になるのが自然とさえ思える。

 

 しかれども、バロンが腕を下げる理由にはならなかった。

 

「ぐぅっ……! これしきの痛みで……! 俺を仕留められると思うなぁ!!」

 

 続いて左腕を砕こうと迫る鋼のキック。

 バロンはそれにぶつけるように車体を捻り、同時にドライバーのレバーを押し込んだ。この動作でまた腕が悲鳴を上げたが、声として現れはしない。

 

 レモンエナジースカッシュ! 

 

 ドラスの蹴りによってダンデライナーがバラバラにされた時、バロンは上に跳んでいた。

 ドラス本体とダンデライナーの破片、その両方に斬撃を浴びせる。

 衝撃波は動力部にあたる部品を斬り刻み、爆発。巻き起こった爆風にドラスは少し目を逸らした。

 

 レモンエナジースパーキング! 

 

 こんな短時間で4度も必殺技を発動した過負荷により軋むゲネシスドライバー。

 高高度からの重力と爆風の推進力を味方に付けたバロンの左脚が爛々と燃える。

 必殺キック──キャバリエンドがドラスに深く突き刺さった。

 

『グアァァァァッ!!?』

 

「オオオオオオオオッッ!!」

 

 流星となったバロンのキックはまさしく絶大。

 あのパーフェクトドラスの頑強なボディが溶かされるほどの威力と高熱だ。抵抗もままならず、耳障りな叫びを上げるのが精一杯といった具合である。

 そこまでの威力を発揮するとなれば、バロンにもそれ相応の反動がのし掛かる。

 地上に衝突するまでにバロンが燃え尽きてもおかしくない。

 

 ドラスが滅ぶのが先か。

 それともバロンが滅ぶのが先か。

 

「これで終わりだ……セイィィィィィィッッ!!」

 

 衝突の衝撃が巨大なクレーターを生み出し、暴風を巻き起こす。

 斬月やシグルドも立っているのがやっと、という状態。

 そんなクレーターの中心部にて膝を突く影が一つ。

 

 勝ったのは────バロンだった。

 

「ハァ、ハァ、ハァ……!」

 

 ドラスのボディは撃滅された。

 だが、メガヘクスのコアを取り込んだドラスなら、何かのパーツでまた新たなボディを生み出せる。

 

(まだだ、まだ終わりじゃない。奴は再生して恐らくまた現れる。だが、補給路は断った。弱体化していれば対処も容易のはず)

 

 奇跡的にもバロンの変身は未だに維持できていた。

 しかし、戒斗の戦意はあってもゲネシスドライバーはもう限界だろう。

 再生したドラスを確実に叩くためにも、ここは一度戦極ドライバーに変えるのが得策か。

 そんなことを考えながら油断なく周囲に注意を張り巡らせているバロン。

 

 

『やアお兄ちゃん。さっきのはすごかったね! ダークディケイドでもないノに僕を一回倒せるなんて! もっと遊んでみたくナっちゃった!』

 

 果実が無ければ補給はできない。補給をしなければドラスは著しく弱体化する。戒斗の戦略は間違いなく正しかった。

 

 たった一つの誤算を除けば。

 

 

 

『だからおじちゃんの錠前をもらウね!』

 

「シド!? 後ろだ!」

 

 それは、エネルギーが枯渇していようと、傷付いたライダーよりはパーフェクトドラスの方がまだ強いということ。

 

 再生したボディがシグルドの背後から接近、そして殴打。

 顔面をしこたま殴られて気絶したシドのドライバーからチェリーエナジーロックシードが奪いとられ、ドラスのボディに吸収される。

 

 この間、僅か数秒。

 

「シドが一瞬で……!?」

 

「チッ!」

 

 別に果実を取らずともいい。

 ライダーのロックシードだって立派なエネルギー源だ。

 これでパーフェクトドラスは完全回復を遂げる。

 

 それでも回復の直後ならあるいは、と万に一つの望みを乗せたソニックアローの矢はドラスの残像を虚しく射抜く。

 超加速を発動したのだとバロンが理解した時、飛蝗に似たおぞましい顔面が目前にまで来ていた。

 

『えいっ』

 

 叩き込まれた神速のパンチからは鈍痛のみならず、脱力感を伴う衝撃が迸る。

 瓦礫に背中を打ち付けるまで吹っ飛び続け、しかし血を吐く叫びを上げながらもバロンは立ち上がろうとした。

 だが、傷付き果てた身体は彼の意志に従ってはくれない。

 膝に手を置いて、尚も立ち上がろうとして、そしてバロンは────戒斗は気付いた。

 

 かつてゲネシスドライバーとレモンエナジーロックシードだったものの残骸。

 血塗れになって生身を晒している己の腕。

 この身を包んでいたバロンの変身は既に解除されてしまっていたのだ。

 

『バナナのお兄ちゃんモすごく頑張ったよ! でモ、僕の強さには敵わなカっタね!』

 

 レーザーの光がドラスの肩に集まっていく。

 その気になれば即座に放てるのに、わざわざチャージ時間を設けているのも戒斗の恐怖を煽るためだろう。

 万物を焼き尽くす光が今にも解放されようとしているが、戒斗は目を背けない。戒斗は恐れない。

 

「強さだと……? 笑わせるな!

 強さとはそれに見合うだけの意志が伴ってこそ意味がある!

 貴様はただ与えられた玩具ではしゃいでるだけの子供だ! 

 そんな奴に俺は負けん!」

 

 戒斗は叫び、戦極ドライバーを腰に巻く。

 今更バナナアームズやマンゴーアームズになったところでドラスのレーザーの前では一瞬で消炭にされるだろうが。

 きっと彼は最後の一秒まで抗うことをやめたりはしない。

 

「世界を壊し、創り変える力!

 俺が信じてきた強さで掴み取るまでは! 俺は────!」

 

 斬月が必死に矢を放っているものの、そんな蚊の刺すような痛みでドラスは揺るがない。

 戒斗が避けようとするなら、即刻レーザーで撃ち抜かれるのも明白。

 

 

 駆紋戒斗はここで死ぬ。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 戒斗が絶体絶命の危機に直面している瞬間を、ダークディケイドは目撃していた。

 助けようと思っても、そんな自分が今いるのはドウマとの激闘を制したタワーの屋上。

 レーザーが放たれるまでの一瞬で、パーフェクトドラスを妨害できるだけのカードがダークディケイドにはない。

 

 またしても目の前で誰かを死なせてしまうのか。そんな歯痒い思いに駆られたダークディケイドの懐から強い輝きが放たれる。

 

 サガラから託されたもう一つのロックシード。手に持っただけで魂を震わせるような神秘性を宿す金色。

 ここと極めて近い世界で神を称した存在が所持していた錠前と酷似しているが、本質的に異なる物。

 故にこれを安易に手放せば恐ろしい事態になる予感があった。

 

「────駆紋さん! これを!!」

 

 大地が見てきた駆紋戒斗といえば、弱者を踏みにじる言動にナックルを惨殺したりと────正直物騒で、理解できるところなどこれっぽっちもない。

 だが、大地はあの幻想の中で垣間見た戒斗の強さを、舞を守ったバロンの強さを信じたかった。

 信じられない理由がいくつあっても、信じたい理由が一つだけでもあれば信じる。大地とはそういう男である。

 

 黄金の錠前はダークディケイドから離れ、戒斗の手に渡った。

 

「この錠前は……そうか、そういうことか!」

 

 土壇場で手に入れた力に、なんらかの確信を得た戒斗。

 そこへ放たれる、心臓を正確に狙ったレーザー。

 空気を焦がす死の臭いが目前に迫ったその時。

 

 まるで獰猛な獣のように、戒斗は笑みを零していた。

 

「駆紋さぁぁん!!」

 

 たっぷりチャージしたレーザーの威力はとてつもない爆炎と閃光を生んだ。

 光の渦に消えた戒斗を見て、ダークディケイドは思わず叫ぶ。

 まさか間に合わなかったのか。脳裏に最悪の結末が過ぎる。

 

『ハッ、ハッ、ハッ。いいウォーミングアップだっタよ!』

 

 嗤うドラス。呆然とする斬月。

 だが、その機械的な声がピタリと止んでしまった。

 それぞれの反応が共通の疑心に変わる。

 何かがおかしい。戒斗を飲み込んだ光がいつまで経っても消えないのだ。それどころか光は柱となってどんどん屹立していくではないか。

 

 荘厳なる黄金色の輝きはやがて人型に集約され──そして降臨する。

 あのドラスが矮小に見えてしまうほどの輝きが一本の剣に収められた。

 黄金に彩られた林檎の装甲は騎士を思わせるその姿は確かにバロンであるが、これまでと同じバロンではない。

 

 これまでのアームズチェンジとは根本からして異なる形態変化──言うなればバロンが到達した(きわみ)

 IFの歴史が産み落とした、黄金の果実に祝福された奇跡の証。

 何人にも屈服しない(Never Surrender)。その為の力。

 

 その黄金のバロンが放つ、とても同一人物とは思えぬ威光にドラスは問い掛ける。

 

『だぁれ?』

 

 だが、その答えは決まりきったもので。

 

 カモン! ゴールデンアームズ! Sword of Origin! 

 

「──バロンだ」

 

 掲げた剣の先に稲妻が落ち、刃が火花散らす。

 裂帛の気合が繰り出す斬撃はレーザー発射に移ろうとしていたドラスの上半身を著しく削る。

 あわや切断寸前、というところで斬撃はようやく止まったが、たった一撃でここまでされた驚愕たるや言葉を失うほど。

 理性をかなぐり捨てた雄叫びを響かせて駆けるドラスを見据えて、バロンは重々しく剣と盾を構える。

 

「来い。貴様がいかに弱いか……俺が教えてやろう!」

 

 





仮面ライダーバロン・ゴールデンアームズ

この世界におけるバロンの最強形態。
使用しているロックシードは金メッキではなく、本物の黄金の果実。この世界での極ロックシードと似て異なるもの。
気になる能力はまた次回で。


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覚醒の日

エタってはいません。俺がエタらせたと思わない限り、エタったことにはならないからな!


 

 

 

 ドラスの肩からレーザーと砲撃が連続して放たれる。

 目に映る者全てを焼き払う波状攻撃。ダークディケイドと斬月が咄嗟に身構える中、バロン・ゴールデンアームズは一歩前に出た。

 

「無駄だ」

 

 左手に掲げた大型の盾──アップルリフレクター。

 押し寄せたレーザーと砲撃が織り成す灼熱の波に真正面からぶつかり合う。

 スイカアームズの重装甲すら木っ端微塵にできるその超火力は、ダークキバやローグのような防御に秀でたライダーでもダメージは免れない。

 たかだか盾一枚で凌ぎ切れる筈がない。

 

 その筈なのだが。

 

「フン」

 

 盾がレーザーに焼かれようが、砲撃をかまされようがバロンはビクともしていない。

 何の苦も無しに押し返した盾の光は波状攻撃を瞬時に打ち消してしまった。

 

『────』

 

 自身の最大火力、その成果が鼻笑い一つに終わった。それも、さっきまではあんなにズタボロだった男によって。

 不快感から顔をギチギチ引き攣らせたドラス。

 槍状に尖らせた尻尾の先端がバロンの背後へ周り込む。

 眼が追い付かない、なんて生易しい表現では済まない速度。不意打ち以外の何物でもないその攻撃を、バロンの複眼はしっかり捉えていた。

 

「大した速さだが……今の俺にはそうでもない」

 

 バロンの持つ白い剣──ソードブリンガーが振るわれる。

 ドラスの尻尾が貫くよりも速く、そして外すこともなく。

 両断され、地に落ちた尻尾はバロンに踏み砕かれた。レモンエナジーの必殺技を何度も直撃させてようやく、といった硬度をまるで感じさせないように。

 

「今度はこちらから行くぞッ!」

 

 それなりにあった筈のドラスとの距離を一息に詰めるバロン。

 重厚な鎧という外観の印象に反するこのスピード。レモンエナジーアームズのように小回りこそ効かないものの、直線的な移動……突進速度はこれまでのバロンを明らかに超えており、その尋常ならざる脚力を証明していた。

 

 音すら置き去りにする接近からの斬撃。

 これだけで必殺級の威力があったが、しかし対峙しているドラスもまた常識破りの怪物。

 素早く身を捻って剣の軌道から逃れ、カウンターの鉤爪をバロンの胸部に叩き付ける。

 ゴールデンアームズとなって飛躍的に上昇した防御力であっても受け止め切れない凶悪な一撃。

 

「ぐっ……!」

 

 激しく火花を噴き上げて吹っ飛んだバロン。

 蓄積されたダメージも考えると既に戦闘続行は不可能。

 だが、バロンは多少フラついたぐらいですぐに体勢を整えた。

 

 パーフェクトドラスに追随できるだけの超火力、超防御力、超回復能力────これぞ黄金の果実に齎された祝福。

 骨が折れた右腕で剣を扱えるのも痩せ我慢だけでは無い。断じてない。

 

『結構やるね、バナナ……いヤ、リンゴのお兄ちゃん。デも、所詮は人間。体力はいつまデ保つかな?』

 

 ドラスの指摘は尤もである。

 今のバロンとドラスは大凡互角、もしくはドラスがやや強い程度。しかもコアを破壊しない限りドラスは何度でも甦る。そのコアの所在も誰も知らないときた。

 一万回ボディを潰してもドラスは一万一回目の復活を遂げるだけ。

 戒斗に限界はあるが、ドラスに限界はない。

 

「知れたことを。貴様が滅び去るその時まで、俺は戦うことをやめたりはしない!」

 

 ゴールデンスカッシュ! 

 

 啖呵を切って力強くカッティングブレードを倒すバロン。

 雷電を纏いし剣を大きく掲げ、ドラスを一直線になぞる斬撃から生まれたのは黄金の衝撃波。

 迎撃に出るは、ドラスのありとあらゆる攻撃。

 互いを噛み砕くような凄まじい爆風を巻き上げた後、相殺される。

 

 ドラスがここまでしなければ相殺できない必殺技、というのも凄まじいが、強力無比な一撃を使用しても倒せないドラスもまた恐ろしい。

 

 必殺技が防がれたことにさして落胆する様子もないバロンは再度前進を開始する。

 未だ収まらぬ爆風の中にも盾を構えて突破し、一気に至近距離まで接近。

 そして放たれる神速の突き。槍を好んで使っていた経験を存分に活かした一撃でドラスを貫く。

 

『アハハ! こっチだよ!』

 

「ッ! 残像か!」

 

 貫いたのは残像であったことに気付くのと、背後からおぞましくも幼気な声が聴こえたのはほぼ同時。

 脊髄を粉砕しかねない前蹴りは辛うじて盾で防げたものの、ドラスの姿は再び掻き消える。

 

 ゴールデンアームズの強化されたスピードは確かに速いが、あくまでこの世界のライダーでは最速というレベル。それではドラスの超加速にまでは追いつけないのだ。

 しかし、追いつけないから倒せないというのも否である。

 

(攻撃の瞬間にだけ、奴の脚は止まる。奴の動きを予測し、カウンターを叩き込めば────)

 

 と、戦略を組み立てたその一瞬。

 緩慢な軌道で飛んで来た大きな黄色の円盤が思考を遮る。

 攻撃の意思は感じず、しかし不審な物体には変わりないそれはバロンの鎧に吸い込まれ、そして。

 

 高速化! 

 

 どこからともなく響く、やたらテンションの高い音声。

 そしてバロンはドラスと同じ超加速の世界へ突入した。

 

「『ッ!?』」

 

 突然目の前に現れた敵にとりあえず打ち合う両者。

 鉤爪を剣で弾くこと数回、バロンは己に起こった事象とそれを起こした張本人を同時に察した。

 

(……フン。余計な真似を)

 

 いつの間にやらトロフィーらしきオブジェ。

 それらをせっせっと壊して、メダルを集める黄色い鎧武者。だがこれは正しくはアーマードライダーではない。

 

 ダークディケイドが仮面ライダーレーザーへとカメンライドしたフォーム、DDレーザー。

 今の姿はチャンバラバイクゲーマーと長ったらしく呼ばれることも、単にレベル3と呼ばれることもある。

 バロンで言えばマンゴーが精々のスペックしか備えておらず、パーフェクトドラスを相手取るには役不足にも程があるフォームだ。しかし、その事実だけで大地の選択をミスと断じることはできず。

 

「駆紋さん! これ、使ってください!」

 

 お目当てのメダル──エナジーアイテム──をまたしてもバロンに投げつける。

 下手な介入では却ってバロンに不利に働くと考え、大地が編み出したサポートがこれ。

 生温い援護などより、バロン本人の直接強化の方がよほど有効的だという発想。

「手出しは無用」と切って捨てることもできたが、バロンは黙ってエナジーアイテムを受け入れた。

 

 マッスル化! 

 

 バロンの肉体が一瞬肥大化する。

 筋力の増加がそのままパワー強化に繋がり、威力を増した斬撃がドラスを深く斬り裂いた。

 

 伸縮化! 

 

 ドラスは尻尾をドリル状に伸ばし、全方位から串刺しにしようとする。

 これほどの広範囲なら盾ではカバーしきれない。

 そんな攻撃にもバロンは伸縮性を纏わせ、鞭のようにしならせた剣で全てを弾く。

 

 鋼鉄化! 

 

 それでも防ぎきれなかった刺突は、鉄壁となった身体で堂々と受け止めた。

 エナジーアイテムのエの字も知らぬドラスは後手に回るばかり。

 こうして拮抗していた戦局は徐々にバロン側へ傾いていく。

 

 ドラス視点でバロンに次々と謎の強化を遂げさせるDDレーザーへの敵視が高まり、一瞬だけバロンから注意が逸れた。

 ほんの一瞬でも、カッティングブレードを倒すには十分だ。

 

 ゴールデンオーレ! 

 

 アップルリフレクターに集いし聖なる光。

 盾から溢れ出した光の奔流は収束率を高め、極太の光線となって飛ぶ。

 

 返り討ちにしてやろう、と自身の火力に絶対の自信を持つドラスは先の斬撃を相殺した時よりもさらに出力を高めたレーザーを初めとして、全遠距離攻撃を一斉に放つ。

 

 が、放とうとして、光が放つ輝きに眼を焼かれて、一時的なエラーがドラスに生じた。これで返り討ちはおろか、相殺も不可能となる。

 そうなれば後はただ着弾するだけ。

 

『グガァァアアアッ!?』

 

 ドラスの額から足の爪先まで、光の濁流は余すところなく飲み込んでいく。

 光の圧力、そして熱にすり潰されていくドラスの身体が分解を始めた。

 それほどまでに暴力的で、一切の歯向かいを許さない光。

 最初の斬撃で寸断されかかった身体には堪える衝撃。

 

 やがて光は収まり、爆発が起こる。

 ユグドラシルタワーに並ぼうかという高さの火柱に包まれて、パーフェクトドラスは完全に消滅。

 

『今の光にはビックリしたよ! これが人間の言う"ヒヤッとした"ってやつなのかな?』

 

 そして何事も無かったかのように新たなパーフェクトドラスが地に降り立った。

 

「あの光を食らってもまだ復活できるだなんて……ドウマの切札っていうのも伊達じゃない、か」

 

 焦りの滲んだ呟きをDDレーザーが零す。

 初戦の際はネガタロスに任せきりであったが、こうして対峙してみれば彼が敗北を喫したというのも肯ける。

 黄金の錠前でパワーアップを遂げたバロンの火力ならばあるいはと期待したものの、結局攻略の糸口は見出せず。

 ドウマもとんでもない置き土産を遺してくれたものである。

 

『大地よぉ。イタチごっこを繰り返すのもその辺にしておけ』

 

「ネガタロス?」

 

 眼魂を通して語りかけてくるネガタロス。

 無尽蔵に再生を繰り返すパーフェクトドラスとの戦闘をイタチごっこと称した彼も、この難敵の脅威は身を以て知っている。

 

『アイツを召喚したドウマはもうくたばったってのに、消滅する気配は微塵もありゃしねえ。

 そういう機構なのか、それとも────まあ、それについては後でいい。

 お前が今すべきはアイツとチンタラやり合うことじゃなく、アイツの核を潰すことだ』

 

「核……でも、バロンのあの光でも壊れない核なんてあるんですか?」

 

『別に身体の中にあるとは限らんだろうさ。悪の最強怪人を運用するなら、その核はアジトに隠しておくもんだ。そうでなけりゃ……まあ自分か仲間に預けておくか』

 

 そんなこともわからんのか、と言いたげなネガタロスの溜息。

 しかし悪の常識を語られたところで大地にはわかる訳がない。とりあえず相槌を打つことで収めておいた。

 ここは彼の言葉を信じるとして、そのドラスの核を潰す必要が出てきたわけだが、困ったことに探し当てる手段がない。

 

「形も大きさも場所もわからない物を探せるライダーなんて流石にいないなぁ……」

 

『こういう雑用こそあの馬鹿やゴミコウモリの仕事だろうによ。もっと使える部下が欲しいもんだが……いやその前に俺様のボディをだな』

 

 それこそ無い物ねだりを仕方あるまい。

 結局まともな打開策は見つけられないままに、DDレーザーはバロンの加勢をすべく駆け出した。

 

 

 

 *

 

 

 

 ドラスには核がある、というネガタロスの見立ては正しかった。

 元来、ネオ生命体とは生体プールに浸かっていなければ長時間の活動もできない存在。ドラスもその活動用の端末でしかない。

 しかし、メガヘクスとの部分的な融合によりその弱点は克服されてしまった。

 わざわざ大掛かりな生体プールに浸かっている必要もなく、しかも遠隔操作での端末の構築および再生まで可能となったのだ。

 

 そして問題はその本体であるネオ生命体がどこにいるかであるが────

 

「あーあ。また倒されちゃったね。これからどうするんだい?」

 

 黄金の斬撃が通算4体目のパーフェクトドラスを撃破する場面をモニター越しに見つめる光実。

 彼が今居るのは兄の執務室。部屋の主は未だ戦場におり、他の職員もこの騒動の解決に奔走している。

 この空間にいるのは彼一人のようだが、今の呟きも単なる独り言ではない。

 彼に応じる答えはその手元から響いた。

 

『やることは同じだよ。リンゴのお兄ちゃんが強くなったのはビックリシちゃっタけど、そレでも僕には勝てっこなイもん』

 

 自身が握っている握り拳大のカプセルに光実が視線を落とす。

 蛍光色を発する緑の液体と浮かぶ"019"のナンバー。

 これこそがメガヘクスの力と相性の良いロイミュードを取り込んだネオ生命体の新たなコア。

 眼前で次元違いの激戦を繰り広げているパーフェクトドラスを動かしている本体が光実の手にあるとは今でも信じ難いものがあった。

 

「駆紋戒斗たちを倒して、それからどうするのさ」

 

『うーん……ドウマのおじちゃんももうやらレちゃったし、僕の世界にハもう戻れないと考えていいかな。とりあえずリンゴのお兄ちゃんが持っテる錠前を奪って、それから黄金の果実っていウのも採りに行くよ。そウすれば僕はもっト完璧になれルんだから!」

 

 その無邪気な口調とは到底かけ離れた野望を聞かされても、光実が返すのはふうん、と関心の薄い返事だけ。

 だとしてもネオ生命体はそんな態度は気にも留めない。

 そしてそんな会話をしている合間に5体目のパーフェクトドラスが細切りにされてしまった。

 

『……ねえ、ブドウのお兄ちゃンも錠前持ッてるよね。ソれ、ちょうダい』

 

 やはりエネルギーが補給されていない身体では黄金のバロンには敵わない。これはもう認めるしかない事実である。

 しかし、このまま持久戦が続けばドラスが勝つのは確実とはいえ、神に至る自身の身体が何度も潰されるのも気に食わない。

 そこで新たに複製した身体の補給源として、ネオ生命体は光実のロックシードに目をつけた。

 

「君の身体は今も戦闘中じゃないか。一体どうやって補給をするっていうんだい」

 

『メガヘクス本来の能力なラ複数の身体を同時に作れたンだけど、まだ一体ずつが精一杯ナんだ。だからあの身体を一旦こっチに呼び戻すよ』

 

 

「そいつは止めてもらおうか」

 

 

 その声の主は突然現れた。

 

 果実の代わりに骸骨を纏ったようなアーマードライダー。

 誰もいなかったはずの空間に佇み、大剣を光実に────正確には手元のネオ生命体に向ける。

 反射的にブドウロックシードを構えるも、その行為が全くの無駄であると光実は理解してしまっていた。

 

 ──コイツには勝てない。

 兄ほど戦術眼に長けてはいない光実でも、それでもこの確信は崩さない。

 

『仮面ライダーナインティーンだっタよね。こうシて僕本体を狙いに来たっテことは、やっぱりダークディケイドの仲間なのカな?』

 

 光実には未知のライダーだが、どうやらネオ生命体は既に知っていたらしい。

 しかも全く動揺していない様子からこのナインティーンとやらが来ることもある程度予測していたと見える。

 

(冗談じゃない! せめて事前に知っていれば対策の立てようもあったのに!)

 

 恐らく実力は黄金のバロンと同等か、それ以上。

 そんな存在を黙っていたネオ生命体への憤慨から光実は舌を打つ。

 自信があるのは結構なことだが、それで足元を掬われるなど言語道断。パーフェクトドラスがここに駆け付けるより、ナインティーンがコアを破壊する方が早いなんてどんな馬鹿でもわかるはずのに。

 

「もうドウマは負けた。奴の置き土産にいつまでも粘られちゃあ、こっちも次の世界に行けないんでね。ま、これもガイドの一環さ。

 ────そういうわけなんで、そのカプセルを渡してもらおう。そうすれば君の邪魔はしない」

 

 大剣を担ぎ上げ、歩み寄るナインティーンの口調は意外にも敵意が感じられない。

 カプセルを渡せば光実には手を出さない、ということか。信じるかどうかは別として。

 

『心配は要らなイよ。とっておキの遊び相手を用意しておイたからね!』

 

 薄く輝くカプセルから二つの光球が吐き出される。

 空中で静止した光球はそれぞれ飛蝗、蝙蝠の姿に変わり、なんともおぞましい叫びを轟かせた。

 ネオ生命体が生み出したその分け身であり、機械によって強化された怪人である。

 

 コウモリ男。クモ女。

 

「おやまあ、これまた厄介な能力だ」

 

 猪突猛進の勢いでナインティーンに襲いかかる二体の怪人。

 言葉とは裏腹にさして脅威にも思っていなさそうな様子で大剣を持ち上げるナインティーン。緩慢な動きに見えて、隙は無し。

 

 ブレイド! 

 

 クモ女がワイヤーのような糸を吐き、コウモリ男が空から突っ込む。

 知能の無い畜生らしからぬ連携に感心したような息を吐き、ナインティーンの黄泉丸が宙で踊った。

 そのたった一振りだけで、拘束しようとしていた糸は全て絡め取られ、その片手間に錠前を開錠させる。

 

 ブレイドアームズ! Sword of Spade! 

 

 白銀の鎧を被るアームズチェンジから、さらにその仮面が一瞬だけ赤く染まる。

 相手を粉々に砕くコウモリ男の空中体当たりが今まさに直撃しようとする最中、ナインティーンは静かに一息吐く。

 

「──ハッ」

 

 軽い掛け声の後、真っ向に振り下ろされる大剣。

 帯びていた雷電が迸り、コウモリ男の身体が半分に割れる。

 泣き別れになった身体の両方が炎上し、ほどなくして燃え尽きた。

 瞬殺された片割れに目もくれず突撃していくクモ女であったが、あの調子ではそう持つまい。

 

「……ここまでか」

 

『お兄ちゃん?』

 

 クモ女が突破されれば後はもう光実が戦うしかない。

 しかしながら、彼は戦うどころかドライバーを取り出す素振りさえ見せない。

 きょとんとした声で疑問を呈するカプセルが光実の手から離れ、地面に落とされた。

 間違えて落としてしまった、なんてことはない。故意に置いたのだ。

 

「これ以上君に付き合って僕に何の得があるっていうのさ。

 ナインティーンがここに辿り着いた時点でもう君の負けは決まったようなものだよ」

 

『だカら、僕を置いて逃げるんダ?』

 

「ああ」

 

 龍玄に変身したとて、ナインティーンにはどう足掻いても勝てない。

 だったら彼の目的らしいネオ生命体はとっとと切り捨てて、その関係性を他の者に悟られぬ内に離脱するのが賢い選択だ。

 そもそも今回彼らと手を組んだのも、絋汰に余計な真実を教えかねない大地たちの始末を狙ったことが始まりだった。

 ここで引き際を見誤ってネオ生命体との関係が知られてしまえば、それこそ本末転倒なのである。

 

 ナインティーンが起こす竜巻の刃に刻まれるクモ女を見届けることなく

 踵を返す光実。

 その場に残したネオ生命体の後始末はナインティーンがつけてくれることだろう。

 

『ソれは困るなぁ。僕にはマだお兄ちゃんが必要なのに』

 

 泣き落としが通用する間柄でもないだろうに。

 神を自称する割には幼稚なことを言うものだと呆れた光実が足早に去ろうとして。

 

 ────カプセルから伸びた触手が光実を捕らえた。

 

「なっ────」

 

 驚愕が声に出る前に口を塞がれ、触手に取り込まれていく光実。

 彼が持つ戦極ドライバーと全ての錠前諸共、ネオ生命体に吸収されていく。

 その行程は、まるで光実の身体を骨組みにして新たな肉体を形作るようでもあった。

 

『言ったでしょ、お兄ちゃんはホケンなんだって』

 

 ホケン。ほけん。保険。

 時折口走っていた言葉の意味を今更ながらに理解して。

 光実は最後まで繋いでいた意識を手放し、ネオ生命体の新たな依代として完成された。

 

『────!!』

 

 金属を叩きつけ、激しく擦ったような咆哮。

 グニャグニャと変異を繰り返す筋肉が隆起し、鋼色の肉体に深緑のラインが横断する。

 邪悪な龍と言う他ない醜悪な顔がこれまたグニャリと歪む。

 そしてクモ女を斬り捨てたナインティーンへ向け、胸から放たれた巨大光弾が着弾した。

 

 この区画が丸ごと吹き飛ぶかのような衝撃と粉塵。

 パーフェクトドラスの攻撃と遜色ない破壊力を受けてもナインティーンは健在であった。

 

「アルティメットD……それが最後の切札ってか。しかもパーフェクトドラスに取り込んでいた怪人のデータもそのまま上乗せされてるときたもんだ。こりゃ厄介だなぁ」

 

 大きく振られた黄泉丸の剣圧が視界を塞いでいた粉塵を払う。

 壁には大穴。光弾を放った主はもうそこにはおらず。

 逃げられた、ということだろう。

 

「先に力を蓄えようって魂胆ね。もう再生はできないだろうが……はてさてどうなることやら」

 

 そう独りごちて、アルティメットDが向かった戦場を見つめるナインティーン。

 彼としては加勢してもいいのだが、大地の前に姿を見せるのはまだ避けたいとも思う。

 どうするべきかと思索にふける中で、近付いてくる騒がしい足音もナインティーンは察知していた。

 

「なんっでこのタワーはこんなにだだっ広いんだよ! 地図くらい置いとけっての!」

 

「何回同じ道を走れば気が済むんだお前は! 自分が辿ってきた道順くらい覚えておけ、この馬鹿!」

 

「んだとぉ!? 助けに来てやった恩人にその言い草はねえだろ! だいたいお前機械なんだからカーナビとか付いてねえのかよ!」

 

「あるか!」

 

 ぎゃあぎゃあと喧しく騒ぎながら、出口を探すクローズとレイキバット。

 そんな二人の漫才じみた会話を無言で眺めるナインティーン。

 どれだけ会話と逃走に夢中になっていても、床に突き刺した大剣にもたれかかっているライダーがいれば誰だって気付く。

 ギョッとした様子のクローズが横の穴と交互に目をやりつつ、ナインティーンに人差し指を向けた。

 

「なんだテメェ! ユグドラシルの仲間か!」

 

「まっさかあ。俺は本来なら今のお前達とは関わる者じゃない。敵でもないし、味方でもない通行人さ。ここで顔を合わせていようがなかろうが、君たちの旅路にはなんら影響がない」

 

 そう答えたナインティーンの声はやけにくぐもっており、レイキバットの眉間に皺が寄る。

 レイキバットだけは一度ヘルヘイムの森でナインティーンと遭遇していたのだが、機能停止寸前であったが故に認識もはっきりしていなかった。

 

「つまり……えーと、敵でも味方でもないってことか! ならよし!」

 

「復唱しただけで納得したつもりなのか……?」

 

 まるで理解できていないクローズに冷静に突っ込むレイキバット。

 しかし、一刻も早く脱出しなければならないこの状況下では謎のライダーなんぞに一々構ってもいられまい。

 シンプルな思考回路とは時として最適解となることもあるのだ。

 

 かくしてクローズと掴まれたレイキバットはアルティメットDが開けた大穴からアクロバティック大脱出。

 タワー上部からの自由落下に対する悲鳴を聴いてちょっと吹き出しつつ、ナインティーンは今度こそアルティメットDを視線で追う。

 

「────! おやおやこいつは……!」

 

 予想を超えた惨状っぷりに声を上げるナインティーン。

 そんな彼でも、ドライバーのブレイドロックシードが放ち始めていた淡い輝きには未だ気付けていなかった。

 

 

 

 *

 

 

 

 復活したばかりのパーフェクトドラスをバロンが貫く。

 そしてまた復活したドラスのレーザーを盾で防ぎ、剣から衝撃波を放つ。

 そんな終わりの見えない根比べのような戦闘は突然幕を下ろした。

 

「ドラスが崩れていく……?」

 

 朽ち果てたように崩壊するパーフェクトドラス。

 バロンの攻撃を受けたからという訳でもなく、本当に唐突な出来事だった。

 まさか、度重なる連戦で再生が上限に至ったとでも言うのか? 

 

 DDレーザー、バロン、斬月・真、誰もが困惑して佇む中で強烈なプレッシャーを伴うインパクトが地上に突き刺さる。

 ドラスが消滅したというのに、安息の時は未だ訪れないらしい。

 絶え間なく変化する戦場にいい加減嫌気を感じながら、しかしDDレーザーは警戒して剣を構える。バロン、斬月もまた然り。

 

 ユグドラシルタワーから高速で落下してきたそれが光実を吸収したネオ生命体の新形態、アルティメットDであることは言うまでない。

 

「また敵!? でももうドウマは……」

 

「タワーから、だと……!?」

 

 理由は大小異なれど、その出現への困惑を口にする各々。

 虚をつかれたライダー達は結果としてアルティメットDに初撃を許してしまう。

 全身を痺れさせる咆哮が合図となり、襲いくる怪人の豪腕。真っ先に狙うのはバロンであった。

 その意図は散々身体を潰された恨みか、それとも最強の敵を先に倒すという戦術か。どんな理由にせよ、アルティメットDが繰り出した打撃は余りにも速く、そして強烈な威力を秘めていた。

 

「フンッッ!」

 

 しかし、バロンの対応もまた速い。

 普通の者であれば突然の乱入者に困惑する、正体を考察するなどによって対応が遅れていたかもしれない。

 だが、相手が敵対行動を示した時点でそうした面倒な過程を全てすっ飛ばし、敵の攻撃に対処する。バロンとは、駆紋戒斗とはそういう男なのだ。

 

 アルティメットDが振るう豪腕には方向を合わせて盾を振り抜くことで受け流し、その勢いのままに剣を叩き付ける。

 地球上のどんな金属よりも遥かに硬いアルティメットDのボディに一筋の傷が走り、咆哮に微かな苦悶が混じった。

 だが敵もさる者で、瞬時に飛び退いてバロンからの追撃を避けてしまう。

 

「下らん。そんな不意打ち紛いの攻撃、今の俺には通用しない」

 

『ソウみタいだね。でも安心シたよ。こんナに速く潰れてくれタら面白くなイもん!』

 

 不快な音を混じらせる子供っぽい口調。こんな声で喋る怪人などそうそういる筈もない。

 

「その声、もしかしてドラス……?」

 

「だろうな。往生際の悪い奴め」

 

『ひどイこと言うなぁ。だいタい、往生際が悪いのはお兄ちゃん達の方じゃナい?』

 

 やはり、ドラス。

 一向に補給の叶わないパーフェクトドラスを捨てて、全く別の怪人となったのか。

 姿形こそ別物ではあるが……あの声だけは間違いようがない。

 最凶の敵が更なるパワーアップを遂げただなんてとんだ悪夢である。

 こちらにバロンがいなければ恐らく勝負にさえなっていないのに。

 

(もうカメンライドを何回もできる体力もない……それにパーフェクトドラスみたいに何度も再生できるならどうすれば……)

 

 実力がかけ離れた相手への恐怖。

 自身の消耗から生じる焦り。

 大地の中で浮かんでは消えていく後ろ向きな思考。

 それは時間にしてみれば数秒にも満たない黙考であったが、アルティメットDが接近するには十分過ぎる時間でもあった。

 

 敵の拳が届く距離になって慌てたDDレーザーがようやく武器を突き出したものの、そんな急場凌ぎが通じる相手ではなく。

 アルティメットDの表皮に弾かれたガシャコンスパローは後方へ飛ばされ、ライドブッカーを構え直す時間を惜しんで放った回し蹴りも効果は無い。

 相手の首にクリーンヒットした爪先から伝わる硬い金属を蹴った感触と、蹴った脚に広がる痺れが何よりの答えである。

 パーフェクトドラスと対峙した時と変わらぬ最上級の戦慄を抱いてDDレーザーが息を呑んだ。

 

 ここは一旦退くべきだとネガタロスが告げている。

 大地の本能もまたけたたましく警告音を鳴らし、即刻飛び退こうとした身体に鋼鉄の拳が放たれた。

 胸に丸ごと穴が空いたと錯覚してしまう衝撃は、ライダーゲージの著しい減少となって表れる。

 ゲームオーバー間近のダメージ過多により消失するチャンバラバイクゲーマーの装甲。

 暗転しかけた視界を埋めたのはアルティメットDの凶悪な面構え。

 

『じゃあ、いただキまぁす』

 

「しま────」

 

 身体を襲う急速な虚脱感が最後まで言葉を告げさせない。

 外装のダークディケイドはおろか、中にいる大地ごと吸い込む感覚。

 アルティメットDに触れられた箇所から同化されていき、ついには意識までが溶けていく。

 

(吸収される!? くっ、カードを……!)

 

 腰のライドブッカーに手を伸ばそうとしても、脳が出した命令に腕が従ってくれない。

 そんな感覚そのものが吸収されていく恐怖に鳥肌を立て、身体まで自分のものでなくなっていく。

 抵抗虚しくも飲み込まれていく大地はアルティメットDの背後から刃を突き立てんとするバロンを見て────そこで一旦視界か闇に閉ざされた。

 

 

 

 *

 

 

 

 パーフェクトドラスと入れ替わりになって現れた怪人、アルティメットDにもバロンはさして脅威を感じていなかった。

 多少なりともパワーアップはしていたようだが、このゴールデンアームズを纏った今の自分なら打倒できない相手ではない。

 その見立ては間違いではなかったのだが。

 

『アハハハハハハハ!! お兄ちゃんに少シ似た気配がしタ時はマさかと思ったんだ! 僕はモッと完璧に成れたんだネ!』

 

 一瞬でダークディケイドを吸収したアルティメットDはもはや以前までのドラスとも比べるべくもない。

 筋骨隆々の肉体が鮮血の色に染まってグロテスクに蠢いている。

 高らかに笑う口から飛び出た"お兄ちゃん"という言葉はこれまでと違った響きが込められていた。

 

 しかし、そんな情報の何が重要となろうか。

 アルティメットDの核たる存在が決定的に変化してしまっている。

 欠けていた部品を補って、完全な姿を取り戻したかのような印象を抱かせる雰囲気。

 この敵を前にして、先までにあった勝利の確信が今の戒斗にはない。

 単にダークディケイドを吸収して力をコピーしただけでこうはなるまい。

 

 今の彼がパーフェクトドラスとはまた違う完全態、レッドドラスに限りなく近くなったことを指摘する人物はここにいない。

 自身の半身を吸収して初めて至れる姿になった事実は当のネオ生命体本人ですら本格的には理解しきれていないのだから。

 

『この黒いベルトのお陰カナ? あのお兄ちゃんには感謝しなくちゃ。

 アリガトウ、ってね! ハハハハハハ!』

 

「化け物め……!」

 

 事情をまるで知らぬ斬月も敵の撃滅を強く決意する。

 引き絞り、顔面を狙い放つソニックアロー。

 その耳障りな笑い声ごと叩き斬らんと振り下ろされるソードブリンガー。

 バロンと斬月の同時攻撃が未だに笑いを止めないアルティメットDの顔面で激しく炸裂した。

 

『────人間ならこレは痒いって言うんダよね』

 

 1ミリたりとも動じないアルティメットDから蔑みが洩れた。

 パーフェクトドラスの時でもダメージは免れない威力はあった筈だが、今の紅く染まったボディの硬さはそれ以上。

 思わず戦慄を抱くバロンに対し、これまた高速で、しかし無造作に剛腕が振るわれる。

 バロンはこれを盾で受け止め、逆に切断してやろうと剣を掲げたが、そんな反撃の目論みは一瞬で崩れ去った。

 

(重いッッ!?)

 

 ドラスのあらゆる攻撃に耐えてきた盾が弾かれてしまっている。

 殺しきれず、伝わる衝撃の強さに盾を握る腕が悲鳴を上げていた。

 すぐさま握り直し、盾を手放す事態だけは避けられたものの、このようにバランスを崩されてはまともな反撃などできようものか。

 

 オーバーロードを凌駕するパーフェクトドラスも、既存のアームズとは格が違うゴールデンアームズも凄まじい力を誇っていたが、このアルティメットDはそれらのインフレがおままごとに思える程度には強力だった。

 こうまで絶大な力を目の当たりにしてしまうと戒斗も閉口せざるを得ないのが正直なところである。

 

 なんとか衝撃を殺しきって、しかし硬直してしまったバロンにまたしても紅銀の拳が振り下ろされる。

 芸の無い力任せで、しかしバロンを屠るだけの十分な威力を含むその一撃は、彼等の間に滑り込んだ横薙ぎの刃にめり込んでいた。

 

 メロンエナジースカッシュ! 

 

「ハアアッ!!」

 

 バロンを庇った斬月・真の必殺技はアルティメットDの拳を受け止めはしたが、完全に防御するには僅かばかり威力が足りず。

 諸共に吹っ飛ばされるバロンと斬月。

 全身が訴える激痛を無視して立ち上がりつつ、今の攻防で若干歪んでしまったソニックアローを構える斬月にチラリと目線をやる。

 

「駆紋戒斗、奴はその未知のアームズでも単独での撃破は不可能だ。だから────」

 

「言わずともわかっている。フッ、天下のユグドラシルもこの状況では

 モルモットの手も借りたいという訳か」

 

「全ては人類の未来の為だ。君とてこんな得体の知れない輩に街を蹂躙されるのは────すまない、今のは失言だった」

 

 これからアルティメットDがどれだけ暴れようとこの沢芽市に破壊できるような場所はもう残っていないというのに。

 この街をそんな惨状にしたのが他ならぬ自身らユグドラシルであり、そんな当たり前のことすら一瞬忘れてしまうほどに斬月は焦燥していたのか。

 それとも、単に謝罪する口実が欲しかっただけか。

 どちらにせよ戒斗の苛立ちは増すばかりであるが。

 

「俺にはどうでもいい。こっちが合わせてやるから、貴様は最大の一撃を狙え。タイミングをわざわざ言う必要はないな」

 

「無論だ」

 

 短い了承の返事を待たずして飛び出したバロンを見送ると、斬月は自らが所有する三つのロックシードを取り出す。

 エナジーロックシード単体のソニックボレーが有効打たり得ないのは実証済み。

 求められるは、全てを乗せた一撃。

 

 メロン! メロンエナジー!

 

 メロンロックシードのエネルギーを搾り取ったソニックアローに、さらに追加されるメロンエナジーロックシードのエネルギー。

 想定とは異なる使用法であるが故か、弓から溢れ出る光は今にも暴発してしまいそうだ。

 だがまだ足りぬ、と斬月はエネルギーを絞り尽くした錠前を外して新たに三つ目の錠前をセットした。

 

 ウォーターメロン! 

 

 形式上はクラスAでありながら、内包するエネルギー総量はクラスSに勝るとも劣らないスイカロックシード。

 その簡易版ともすべきウォーターメロンロックシードならば今のソニックアローでもギリギリ耐え切れる筈。

 しかし、最低でもクラスA相当のロックシードを三つも装填した弓は相応に重い。どうにか引き絞ることはできても、照準が全く安定しない。

 

(……だからどうしたというのだ)

 

 だが、孤軍奮闘を強いられているバロンを見れば弱音を吐くなどとてもできることではない。

 世界を救う組織の責任ある立場を任されておきながら、部外者である彼やダークディケイドに頼らざるを得ない自身のなんと不甲斐ないことか。

 

(ヘルヘイムの脅威から人類を救う……そうだ、我々に課せられた責務の重さはこんなものではない。あのような正体不明の輩にユグドラシルを潰させてなるものか!)

 

 再認識し、肩にのしかかった「責任」の二文字がソニックアローの照準を辛うじて安定させる。

 後は撃つべきタイミングを待つばかり、となったところで。

 

 悶え苦しむアルティメットDの胸から放たれた三色の光と、タワーから放たれた二色の光がバロンに吸い込まれていく光景を斬月は目撃した。

 

 

 

 *

 

 

 

 斬月が最大の一撃の準備に要した時間は精々数分にも満たなかった。

 しかし、そんなごく短い時間だけでもアルティメットDに単身立ち向かうのは極めて無謀であったと言えよう。

 これはゴールデンアームズを纏ったバロンであろうが、普遍の事実である。

 

「セイッ!」

 

 威力を削ぎ落とし、速さに重点を置いたバロンの剣がアルティメットDの胸を斬る。

 鬱陶しい羽虫を追っ払うかのように薙ぎ払われる腕を掻い潜り、何度も、何度も斬りつける。

 どんなに堅牢なボディを誇ろうと、同じ場所に当て続ければ、やがていつかはこの剣も通るだろう。

 バロンのそんな目論見は間違ってはいなかった。

 いなかったのだが……相手が悪かった。

 

『ハハハ! もウお兄ちゃんに斬らレても、ちっとも痛クないや!』

 

 仮に寸分の狂いもなく、全く同じ箇所を斬り続けたとしよう。

 バロンの剣がアルティメットDの防御を突破できるまでに必要とされる斬撃は約五十回程度である。

「それだけでいいのか」と拍子抜けするか、「攻撃を通用させるだけでそんなに必要なのか」と戦慄するかはその者次第だ。

 だが、ここで真に重要なのはそんな回数ではなく、「アルティメットDが五十回も斬られる間にバロンを殺せる」という至極当然の事実である。

 

 バロンがギリギリ視認できる速度で拳を前に打ち出すアルティメットD。

 一旦剣を振るう手を止め、相手の脇に滑り込むように躱したバロンはその勢いのままに背後を取ろうとする。

 そんな彼を待ち受けていたのは、無防備な背中などではなく、一瞬で振り返ったアルティメットDのローキック。

 

「ッッッ!」

 

 腹部に叩き込まれた衝撃を、寸前で構えた盾越しに味わって噛み締める。

 堪えきれぬ激痛を、強靭な精神で強引に押し込めようとして────そんな無茶を通してもバロンの身体は立ち上がることができなかった。

 限界をとっくに越えた身体を無理矢理酷使してきた代償が今になって押し寄せてくる。

 

 だが、それでも。

 

 口内に湧き上がる鉛味の液体を飲み下し。

 盾をしっかり握り、剣を支えにして。

 よろめきながらもバロンは立ち上がる。

 

 勝てる見込みもないのに諦めもしない。そんなバロンが心底不思議だと言わんばかりのアルティメットD。

 

『 まタさっきミたいに突然強くなれルと期待してルの? 人間ごときがイくら強くなったトころで────』

 

「いい加減に黙っていろ!」

 

 アルティメットDの口らしき箇所に斬り込みが入る。

 ダメージこそ無いが、苛立ちは増した。

 ただでさえ乱雑で大振りだった攻撃がさらに雑になり、バロンが回避する余地も増す。

 どんなにパワーアップを重ねようが、ネオ生命体の幼き精神までは成長しない。

 しかし、バロンとアルティメットDの間に埋め難いスペックの差があるのもまた事実であって。

 

『リンゴのお兄ちゃんこそ、いイ加減にしてよ。もう遊ブのも飽きちゃッた』

 

 硬い体表に何度も叩きつけられ、酷使され続けたバロンの剣がポッキリと折れる。

 持ち手が血で汚れきった盾に大穴が空いて、盾という役割を果たせなくなった。

 1%にも満たない勝機が、これでまた限りなく0に近づいた。

 

 されどもバロンの闘志は萎えない。

 

 役立たずとなった剣と盾を躊躇なく放り捨て、拳一つで殴りかかっていく。

 超回復が追いつかなくなって、腕の骨が悲惨な状態に成り果てて。

 拳を染める赤色がもはやスーツの色なのか、それとも溢れ出した血によるものなのかの判別もつかなくなって。

 

「ハアアアッ!」

 

 そんな傷の数々はバロンを止める理由に足らず。

 膝が折れようとしても、心は決して折れない。

 威力はあるが、剣を振るうよりは明らかに非効率なパンチの連打がアルティメットDを打ち据えて、ほんの少し歪ませて、凹ませる。

 

 打って、叩いて、また打って────アルティメットDが微かに呻く。

 

『ガァゥォ────ゴバァァァァ!!?』

 

 苦しみごと吐き出すようにしてその胸から放出されたのは三色の光。

 さらにはタワーから降り注いだ二色の光が合わさってバロンを包みこむ。

 光に込められた純粋な力がバロンを変えていく。

 対峙しているアルティメットDも、彼方から見ている斬月も、バロン本人でさえもこの変化に驚愕せざるを得ない。

 

 光が溶けた時、そこに立っていたのは────。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 パーフェクトドラスを構成するボディの大部分は、他の世界の怪人をいいとこ取りしたものである。

 それも単にパーツをくっつけた訳ではなく、メガヘクスの能力によりパーツの一つ一つをネオ生命体という核に合わせて最適化する工程を踏んでいる。

 

 しかし、この能力には意外な欠点もある。

 完全に吸収し、最適化するにはタイムラグが生じてしまうのだ。

 

 メガヘクスが吸収した要素を自身のシステムに合わせて最適化するなら時間はコンマ1秒も要らないだろう────かつてメガヘクスがサイバロイドZZZを取り込んで強化されたように。

 

 ドラスが吸収した要素を取り込むだけなら、これもまた一瞬で済む────かつてドラスが仮面ライダーZOを吸収して強化されたように。

 

 互いに性質が類似していようが、結局それは似ているだけ。

 星を丸ごとシステム化したメガヘクスと、あくまで一個人の発明でしかないネオ生命体ではどうやっても同一視できない性能差があるのだ。

 メガヘクスがネオ生命体に合わせてやってるからこそ完全吸収には時間がかかってしまう。

 

 ここまで長々と語ったが、結論を述べよう。

 

 吸収された大地と光実は未だにその身体を維持できている。

 

「身動きが取れない……! なんか身体がどんどん無くなっていく感覚もあるし、すっごく不味いですよねこれ……!」

 

『消化吸収されるのも時間の問題か!』

 

 パーフェクトドラスに取り込まれた怪人の破片やらデータやらがごちゃ混ぜになった空間で囚われの身となっている大地と光実。

 光実は気絶状態。

 大地の変身も強制解除で、様々な管にぐるぐる巻き。

 拘束されていない場所が存在しない勢いで巻かれてしまっている。

 変身道具が詰まったポーチやダークディケイドライバーも目の前にあるのに、腕一本動かせないこの状況では無いも同然である。

 

「というかどうして光実さんまでここにいるんですか! 起きて! 起きてください! ────駄目だ、完全に気絶しちゃってる……。

 ネガタロス、何か……何か手は考えつかない!?』

 

『無理だ! これじゃお前に憑けねえし、バイオグリーザも出せやしねえ!』

 

「だったら……最後の手段でやろう!」

 

『なにっ!? 大地お前、ここに来て奥の手を温存していたのか! まさかお前がそこまで有能だったとは……!」

 

「力づくでなんとかしよう! 頑張って拘束解いて、脱出しよう!」

 

『……はぁ、いよいよ俺様も年貢の納め時か』

 

「なんで露骨にガッカリするんですか!?」

 

 歯を食いしばって、全力で踏ん張ってみても拘束は緩まない。

 内臓から捻ったような叫びを上げて、持てる力を総動員しても大地は動けない。

 しかしそれも不思議ではない。簡単に脱出されるようなら、そもそも吸収という行為に及ぶことはないのだから。

 

「ァァアアアアアアアアッッ!! 動け! 動けぇぇ!!」

 

 ここで終われない、と大地は思った。

 ここで終わってしまったら全てが嘘になってしまう。

 救えなかった痛みを飲み下し、救いたい人を守る為に人を殺した。

 思いを新たにして、一度は拒否しかけた戦いの場にもう一度立った。

 

「もっとだ、もっと力を……! 僕にみんなを守れる力を! 明日を進む為の力を!」

 

 声を張り上げるだけなら誰でもできる。

 絶対絶命に追い込まれて力を欲し、そして無念に終わった者など掃いて捨てるほどいる。

 この思いと叫びも、アルティメットDの中で時期に溶けてなくなる。

 

 そうして無限にも一瞬にも感じる時間の中で叫ぶ大地を衝撃が震わせた。

 

 その衝撃に詰まっていたのは、とある男の信念。

 何度打ちのめされようと、戦うことを止めない男の生き様。

 

 これは誰もが思い描くヒーローが言うような「絶対に諦めない!」「諦めなければ勝機はある!」などという前向きな姿勢ではない。

「ただひたすらに足掻くことを止めない」「どんな相手にも屈しない」

 ────そんな見苦しささえある姿勢。

 

 しかし、それこそが駆紋戒斗。

 

 バロンがアルティメットDを殴るほど、よりはっきりと衝撃が大地に伝わり、奮い立たせてくれる。

 

「伝わってくる……駆紋さんの強さが」

 

 彼の全てを肯定はできない。

 だが、彼の強さが欲しい、と。そんな大地の想いもまた大きくなっていく。

 この怪人の内部で無数に漂っているだけの、寄せ集めの力ではない。

 

 誰かを虐げる者に屈しない力を。

 駆紋戒斗のような強さを。

 

「ヴァァアアアアアアアアアアアーッッ!!!」

 

 いくつかのトリガーはもう既に引かれている。

 これまでよりも強い戦う意志、守ろうという決意、そこに加わる黄金の果実という外因的要素。

 そして大地が過去最高に力を求めたこの瞬間。

 最高潮に達した感情に呼応するように、大地の中で決定的なスイッチが入る。

 

 まるで不可視の力に操られたように、ライドブッカーから飛び出した三枚のカード。

 レーザー、アナザーアギト、そして────色を宿したバロンのカメンライドカード。

 眩い光を宿したカードが視界の彼方に消えていく。

 

 カードの光はアルティメットDという壁を破り、タワーから飛んできた二つの光と合流。

 バロンを変える五色の光は赤、青、黄、緑、桃。

 やがて光は赤一色となり、バロンの姿も全く別の存在への変身を完了させていた。

 

 真っ赤な仮面に深紅のマント、白い手袋。

 この世界のライダーとはまるでかけ離れた外見。

 

 

 

「──アカライダー!」

 

 

 

『ッ!?』

 

 正面から叩き込むは、何の変哲もない一発のパンチ。

 だがたかがパンチひとつ、と侮ることこそ命取り。

 現にアルティメットDの巨体は大きく吹っ飛ばされている。

 パーフェクトドラスやゴールデンアームズによる怒涛のパワーインフレを軽々と飛び越えていく────そんな馬鹿げた力が今のアカライダーにはあった。

 

 訳がわからない。なんなのだこれは。

 

 意味不明過ぎる現実を認めまいとするアルティメットDの光弾は、翻した赤いマントに散らされた。

 口を開いたまま言葉を忘れてしまったかのようなアルティメットDを一笑に付して駆け出すアカライダー。

 全てのライダーの力をバロンに足して、さらに全く別種の力を上乗せした────今の戒斗はそんな無茶苦茶で不条理な存在となってしまっている。

 強豪怪人を数種類取り込んだ程度で太刀打ちできようものか。

 

「セイッ!」

 

 アカライダーとアルティメットD、激突する拳と拳。

 拮抗さえできない力の張り合いにより、アルティメットDの右肘から先が消し飛ぶ。

 苦しむアルティメットDへ深く踏み込んだアカライダーのアッパーがその顎をかち上げた。

 大きく浮いた巨体に深々と突き刺さるアカライダーの右腕。鋼鉄の何十倍以上も硬い胸をあっさり突き破り、その奥でなんらかの手応えを掴んだ。

 

「いつまで寝ている。とっとと戻ってこい────大地!」

 

 ズブリと引き抜かれ、アカライダーに握られていたものが放り出される。

 千切れた配線と共に投げ出された大地が苦しそうに咳き込む。

 さらにはダークディケイドライバー、ライドブッカー、光実──アルティメットDに飲まれていたものが胸に開いた穴から続々と吐き出されていく。

 まるでおもちゃ箱をひっくり返した様相であったが、少なくともアルティメットDにとっては深刻だ。

 なにせ身体を保つ為の依代を失ったのだ。人間で例えるなら内臓と骨を一気に引っこ抜かれるに等しい行為。

 これまで味わったことのない激痛から、癇癪を起こした子供のように暴れ回るアルティメットD。

 

 癇癪、と書けば可愛らしく聞こえるが、その実は必殺級の光弾を四方八方に乱れ撃ちするとんでもない暴走である。

 光実とダークディケイドを欠いていくらかパワーダウンして、それでも必殺の威力は十分にあった。

 

 しかしその全てを束ねてもアカライダーには通じない。

 軽く腕を振るだけで光弾は掻き消され、膝をついてゼーゼーしている大地や気絶しっぱなしの光実に向かった分もついでに打ち払う。

 

『ウガァァアッ!? グッ、ギッ、ギィィィッ!!?』

 

「苦し紛れの暴走か。無様な」

 

 もはやアルティメットDがアカライダーに勝つのは万に一つもあり得ないだろう。

 アカライダーとアルティメットDに開いた差は、ゴールデンアームズとアルティメットDの差以上に広い。

 むしろこのまま放っておいても、胸の大穴から勝手に自壊してしまう疑惑すらある。

 必殺技を発動せずともアカライダーが数回殴れば朽ち果てる────そんな確信すら抱かせる。

 

 が、しかし。

 

 奇跡の大逆転、快進撃もここまで。

 

「────何?」

 

 一撃で粉砕するつもりで放ったパンチがアカライダーから、バロンのそれへと戻っていることにらしくなく戸惑う戒斗。

 

 そもそもの話、アカライダーとはバロンの強化形態にあらず。

 凄まじく特殊な条件下のみで顕現する限定的なライダー、その一人。

 そんな従来の強化形態とは一線を画すアカライダーへの変身はまさしく奇跡の産物。正式な手順を踏まずして齎されたそれは非常に不安定な存在であり、保つだけでも時空が歪みかねない危険すら孕んでいた。

 

 特殊能力をこれっぽっちも行使せず、数度の打撃を放つ。

 底無しに思えた無尽蔵の力かたったそれだけで霧散して、アカライダーがバロンに戻ってしまうという結果もむしろ自然であり。

 生き長らえたアルティメットDが放とうとする光弾をバロンは防ぐ術がなかった。

 

「駆紋さん!」

 

 だが唖然としているバロンには無理でも、他の者であれば。

 拘束から救出されたはいいものの、未だ本調子とは呼べない身でありながら、戒斗の危機を目にして考えるより先にドライバーと錠前を巻いた大地ならば。

 

 シルバーアームズ! 白銀 ニューステージ! 

 

『ウゴァァァァァッ!?』

 

 光弾が放たれる直前に、突き立てられる蒼銀杖。

 アーマードライダー冠となった大地の一撃が、アルティメットDの胸の穴をまた広げる。

 この世のものとは思えぬ咆哮が生み出した波動は冠を吹っ飛ばしたが、それと引き換えに光弾の発射は中断された。

 

 そして吹っ飛ばされた冠はというと、背中に盾を叩きつけられることで推進は止められた。

 そのようにして乱暴に盾で受け止めた張本人、バロン。金と銀の視線が交差し、頷きを返し合う。

 

「──決めるぞ!」

 

「──はい!」

 

 灰煙が立つ沢芽の空に金銀の光が昇る。

 高く、高く跳躍した冠とバロンは同時にカッティングブレードを倒し、右脚を全力で突き出した。

 

 シルバースパーキング! 

 

 ゴールデンスパーキング! 

 

 蒼銀のライダーキック──無杖キック。

 黄金のライダーキック──キャバリエンド。

 二人が溶け合って混ざり合い、膨大な光の津波のようなダブルライダーキックがアルティメットDに迫っていく。

 大地と戒斗、二人の正真正銘最後の全力を込めたキックには、核を喪失した今のアルティメットDなら撃滅できるだけの威力があった。

 

『キィエロォォォッ!!』

 

 怒り狂い、のたうち回るアルティメットDの打ち出す光弾の何割かによって光が削られる。

 それは死に物狂いで生きようとするネオ生命体の些細な抵抗だ。

 秒刻みで崩壊が進んでいるアルティメットDの肉体ではライダーを屠る火力はもう出せない。

 だが、そんなものでも当たればキックの威力は削られてしまう。

 ダブルライダーキックに耐えて、崩壊するまでの刹那に力尽きた大地と戒斗を殺せてしまうのだ。

 

 自分の死は覆せなくとも、一人でも多く道連れにしてやりたい。

 アルティメットDを動かす原動力はそんな子供っぽい負け惜しみのような感情。

 

「子供の遊戯も終いにしてもらおうか」

 

 刻一刻と変わりゆく戦局を彼は冷静に見極め、待っていた。

 撃破はできなくとも構わない。決定的な一助となれるその刻を。

 アルティメットDから何故か出てきた弟を助けに向かおうとする衝動も責任で押さえつけ、ひたすらに待ち続けた。

 

「そこだッ!」

 

 ウォーターメロンチャージ! 

 

 そしてこの今こそが待っていた瞬間だと、斬月・真は判断する。

 放たれたのは、上級ロックシード三つ分のエネルギーを凝縮した矢。

 その反動によりソニックアローは砕け、身体は吹っ飛び、しかし放たれた矢の狙いだけは一寸の狂いもない。

 特大のソニックボレーが光弾の嵐の隙間を縫って、アルティメットDに着弾して爆砕する。

 アルティメットDの胸がまた広がり、絶叫が響き渡る。

 

『ウソだ、ウソだ、ウソだ!! 完璧になった僕が、神になる僕がこんな奴らに!!』

 

 ダブルライダーキックの到達までいよいよ猶予が無くなり、ネオ生命体の心にかつてない焦りが波紋する。

 迎撃はもう間に合わないと悟り、ここまで追い詰められた屈辱に震えるが、生存欲求には敵わない。

 最速で離脱し、適当に核となる人間をこしらえれば再起はできる。

 

 そしてアルティメットDが踵を返した途端に両足が凍り付いた。

 

「神を名乗るってんなら、ちったぁ華麗さも覚えるんだな!」

 

 機を窺っていたのはなにも斬月だけではない。

 タワーからアクロバティック脱出してから、アルティメットDの力に戦慄しながらも最も効果的に加勢できるタイミングを狙っていた者。

 自身が認めた相手の危機とあらば、彼はどんな敵にもキバを剥く。

 

 焦るアルティメットDを煽るように舞う翼──その名はレイキバット。

 

「激しくぶちかませ! 万丈ォォォ!!」

 

「あたぼうよぉぉぉお!!」

 

 Ready Go! ドラゴニックフィニッシュ! 

 

 そして邪悪っぽい野郎がいればとりあえずぶっ飛ばす龍──その名はクローズ。

 アルティメットDの目的、正体、関連する全てが彼らにはわからない。だが「大地が吸収された」「言動が邪悪」というだけで倒すべき相手だと認識していたのだ。

 ……ついでに"アクロバティック脱出した際に強打した尻の痛みによるイライラ"もあったが、まあそれはそれとして。

 

 三割八つ当たりなドラゴニックフィニッシュがアルティメットDに炸裂し、凍結していた両足を粉微塵に変えた。

 再生能力も損なわれており、惨めに這いつくばるしかないアルティメットDが憐れな悲鳴を上げる。

 これでもう逃走はできない──そう理解しながらも、身体を仰向けにして放とうとした最後の光弾はホタルのように小さい。

 

「ッツァァァァアアーッ!!」

 

「セィィィィィーッ!!」

 

 金銀のダブルライダーキックと、極小の光弾。

 どちらが勝つか、なんてわざわざ言うまでない。

 まず手脚が弾け、次に胸の穴が完全に貫通した。

 光弾ごと押し込まれたアルティメットDの肉体と核が光の中に飲まれていく。

 ネオ生命体の世界が金と銀の二色に染め上げられる。

 

『どうシて────』 

 

 この期に及んでもネオ生命体は自身の敗北を認められない。

 発声器官まで潰れて、疑問を口にすることさえできやしない。

 四肢を失った今のアルティメットDは芋虫か、はたまたダルマがモゾモゾ蠢いているようだ。凶悪な敵といえど憐れにも映る。

 

 だから大地は優しく、そして自らにも言い聞かせるように言った。

 または、この世界で立ち上がり、戦い、そして記録したことを振り返るように。

 

「強さって力だけじゃないんだ。

 見知らぬ人にも手を差し伸べられる優しさ、とか。

 危険を犯してでも助けようとする勇気。

 後は……絶対に折れない心もかな。全部大切で、僕が信じる強さだよ。……ですよね? 駆紋さん」

 

 すぐ隣に立っているバロンは何も言わない。

 そもそも聞いていないのかもしれない。

 だが、肯定もしなければ否定もしない戒斗が大地にはしっくりくるイメージでもあった。

 言葉を交わすより、確かな強さを記録している。これに勝る記憶はきっとない。

 

 勝利の余韻を噛み締めている間にも、ネオ生命体の余命は秒読みで刻まれていく。

 

 そして起こる、爆発の瞬間。

 

『パパ……』

 

 最期に聞こえた子供の声は大地の心を揺さぶった。

 

 

 *

 

 

 激しい爆発の残火がチロチロ揺れる。

 極度の疲労から冠の変身も自動で解けて、大地の虚を突かれた顔が曝け出される。

 

 助けを求めるように浮かび上がった異形の子供。

 邪悪を感じさせない、切なげな父親への呼びかけ。

 

 ネオ生命体のそんな結末に、昴の最期と重ねてしまった大地の心がささくれ立つ。

 ドウマを倒し、その置き土産も倒したというのに心はちっとも晴れてくれない。

 他者の命を奪う痛みは相変わらず大地を蝕んでいる。

 みんなを守るという決意を固めようが、この痛みは決して消えることはないのだ。

 

「光実さん、助けないと」

 

「……フン」

 

 気絶しっぱなしの光実を助け起こそうとする大地。

 一瞥だけして、廃墟の街に歩き去ろうとする戒斗。

 二人の行く道は別々で、もう交わることもない。

 

 しかしその別れの前に戒斗は立ち止まった。

 

「お前はまだ力の本質が見えていない。

 ならせめて戦うべき相手を見失うな。自分の信じる強さとやらを証明してみせろ。そうでなければ、何も守れんぞ」

 

「……戒斗さんは、これからどうするつもりなんですか」

 

「どんな世界になろうとも俺のやることは変わらない。それだけだ」

 

 戒斗が遠ざかっていく。

 小さくも大きくも見える背中の進む先がどこなのか、大地には予想もつかない。

 結局最後の最後まで駆紋戒斗と理解し合うことは叶わず、彼の強さが世界にどんな未来を齎すのか────不安と安心が半々の奇妙な感覚を覚える。

 

「証明してみせますよ。

 駆紋さんから受け取った強さは記録しましたから。

 この先どんな戦いにもこの力で、あなたのように強く。そうすればいつかは──」

 

 強く言い切ったつもりの言葉がか細く溶けていく。

 それでも、ちっぽけな決意表明は内なる不安をいくらか消してくれた。

 癒えない痛みを心に隠して、大地は歩む。

 

 さあ、この世界を去る時だ。

 

 

 

 






あとはエピローグの一話でバロン編終わります。長かった……。

・アルティメットD
「MOVIE大戦2010」よりまさかの登場。
あの映画に出たネオ生命体とZOのネオ生命体は厳密には違うっぽいけど……まあええやろ。
パーフェクトドラスより弱く見えるのは原作再現かもしれない。


・アカライダー
まさかの登場Part2。
ダークディケイドが所持していたバロン、レーザー、アナザーアギトのカード。
タワーにいた湊さんのピーチエナジーロックシード。
同じくタワーにいたナインティーンのブレイドロックシード。
これらのパワーが不思議な感じに混ざって変身。
その誕生は大地の叫びに呼応していたようだが……?



次回更新も早めにやり……たい……


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勝利の裏の陰

バロン編おしまい


 

 

 

 スカラーシステムに焼き払われてからというもの、沢芽市は絶えず炎と煙に包まれていた。

 真夜中でも昼間のような明るさ……とまでは及ばないが、ライフラインの断たれた街で灯りの代わりとなっていたのは相違ない。

 日常を奪った象徴とも呼ぶべき炎が生き残った人々を助けているとはまた皮肉な話である。

 

 しかしながら、今宵の街の中心で爛々と燃え上がる炎には悲劇を思い出させるものとは違う。

 巨大な網の上で豪快に焼き上がるは、これまた巨大で分厚い肉。

 炭火が弾けるパチパチとした音に、溢れ出る肉汁が食欲を存分に刺激してくれる。

 コンロを囲む飢えた者達が目をギラつかせ、喉を鳴らした。

 

 この一夜に限り、街はガイド主催のバーベキュー会場に早変わりしていたのだ。

 参加者は生き残っていた市民全員。ドライバー持ちかどうかも関係ない。

 

「──肉よし! 野菜よし! さあ、思う存分食ってくれ!」

 

「「「うおおおおおおお!!」」」

 

 一斉に伸びる箸が瞬く間に肉を狩る。

 とんでもないペースの消費だが、これに負けないスピードでガイドが新たな肉を網上に投下していく。

 コンロの設置から下拵えまで全て一人でこなしたというのに顔色一つ変えないガイドのなんと器用なことか。

 

「……いや、器用の一言では済まないよね。あれ」

 

「ガイドさんって基本一人でなんでも作れちゃいますもん。私もたまにお手伝いしてますけど、何年かかってもあの人みたいになれる気がしません」

 

 焼肉で大盛り上がりの人々から少し離れた場所に腰掛けながら、ガイドの人間離れした手捌きに感心している大地と瑠美。

 向こうから漂ってくる肉の焼ける良い匂いは大地の空きっ腹にはかなり暴力的であったが、あの飢えた群衆に混ざる気はあまり起きない。

 

 空腹より疲労の方が大きいから────というのは表向きの理由。

 

 ただなんとなく、瑠美との何でもない談笑が今の大地には何より魅力的に思えたから────というのが本当の理由である。

 

「しかも毎回僕達の好みとか体調まで考慮してるし……超人ってああいう人のことを言うんだなって。

 僕ももっと料理習えば、ガイド並みは無理でも瑠美さんと同じくらい上手になれるかな」

 

「ふふっ、私もそれなりにお料理の腕には自信あるんですよ? この前の半生ちょい焦げパンケーキを作ってるようじゃまだまだですから……って言い過ぎました! ごめんなさい!」

 

「うぅ……瑠美さんにあんな不出来なもの食わせた僕なんて……」

 

「作ったことより食べさせたことに落ち込むんですか!?」

 

 側から見ると普通の友人同士のような会話。

 だが、こうした会話ですら久々なものだと大地も瑠美も口には出さずとも実感している。

「ナイトの世界」を去る直前辺りからずっと落ち込んでいた大地が、今はこうして自然に笑えていることに瑠美は安堵している。

 

(でも、まだちょっとだけ辛いことを抱えてるのかもしれません)

 

 他者の感情に対して人一倍目敏い瑠美には大地が何か隠していることがわかってしまう。それが具体的に何なのか、まではわからないにしても。

 辛いことは話して欲しい。そう思っても、割と抱え込みがちな大地は中々話してくれないだろう。

 だから瑠美は無理に聞き出すよりも、時間をかけて理解していく道を選ぶ。

 

「私も教えますから、色々覚えていきましょう。まずはパンケーキのリベンジですね!」

 

「ご指導のほど、よろしくお願い致します。瑠美先生」

 

「もう、そういう呼び方は恥ずかしいですよ」

 

 笑い合って、何度目かの乾杯でコチンとコップを鳴らす。

 ちょっとイイ雰囲気の二人は巨大コンロの炎も相まって、まるでキャンプファイヤーを眺める初々しいカップルのようでもあった。

 久方ぶりのご馳走に咽び泣く野郎の雄叫びすら入れない、二人の青春空間。

 

 そんな雰囲気なぞ知ったことかと言わんばかりに、烏龍茶と山盛りの肉を持った龍我が割り込んできた。

 

「折角の肉だぞ! 肉! お前らも食えよ!」

 

「「うわっ!?」」

 

 一瞬で消し飛ぶ青春の空気。

 人間の色恋沙汰に疎いレイキバットやネガタロスもこれにはドン引きである。バイオグリーザですら無言で遠慮できそうなのに。

 しかも本人には一切の悪気が無いので尚のことタチが悪く、ストッパーとなる相棒がいないのもまた致命的であった。

 

 ……とまあここでフォローしておくと、龍我も空気は読めるしデリカシーだってそこまで不足している訳でもない。

 これはまだ大地達と出会って日が浅く、しかし今回の旅を経てそれなりの信頼を持った二人への龍我なりの歩み寄りのようなものであったのだ。

 

「ありがとうございます! わざわざ僕らの為に持ってきてくれたんですね!」

 

「さ、万丈さんも座ってください」

 

「おう!」

 

 そして幸か不幸か、大地も瑠美も二人きりの時間が終わってもまるで気にしていない。

 互いにちょっぴり意識することはあれど、恋愛には発展していない──そんな二人なのである。

 龍我は持ってきた肉をポイポイと紙皿に取り分けて大地達に渡してくれる。少し冷めてしまっているものの、ガイドの焼いた肉はしっかり美味しい。

 

「お前らいっつもこんなメシ食ってんのかよ? 贅沢にも程があんだろ」

 

「流石にこんな豪華なご飯は僕達も初めてですって。美味しいのはいつものことですけど」

 

「俺の世界にもガイドがいればなぁー。毎日美味いメシ食い放題! 羨ましいぞチキショー!」

 

「そんな人を物みたいに言わなくても……それに元の世界に帰るまでは万丈さんも食べ放題ですから。明日のご飯のリクエストとか、してみます?」

 

「それじゃ駄目なんだよ! こんなメシに慣れちまったら帰りたくなくなっちまうだろ!」

 

「え、帰りたくないんですか!?」

 

「いや、帰りてえ」

 

「じゃあ……もうちょっと質素なご飯にしてもらうとか?」

 

「それも嫌だろー」

 

 難しい話である。

「ならどうすればいいんだ」と大真面目に唸り出す大地に「いやいや冗談だから」とツッコミを入れる龍我。

 そんなやりとりが面白くて、ぷふっと瑠美が吹き出した。

 

「ご飯がこんなに美味しく感じるのも、みんなで頑張ったからですよ。

 大地君はこの街を守る為に頑張りました。

 万丈さんも大地君とレイキバさんを助ける為に頑張りました。

 あの人達だってそうです」

 

「それを言うなら、瑠美も、だろ」

 

 ドライバー持ちと、そうでない市民は完全には和解していないが、こうして食事を共にしている。

 もしかすると明日からまたいざこざや対立が起こることだってあるかもしれない。

 しかし、瑠美がいなければこのバーベキューだって成立しなかったのだ。彼女がどう謙遜したとしてそれは揺るがない。

 

「私も変身して戦えれば良いんでしょうけど、無理なものは無理なので。

 その分自分にできることをやろうと思っただけで、特別な事は何もしてません。

 この街の人達が明日を生きていく為の、ちょっとしたお手伝い。それくらいです」

 

「自分にできること、かぁ……。

 俺なんか世界を巡る旅だとかライダーを記録するって言われても実感湧かねえし、今でも全然ピンと来ねえし」

 

 肉に専念していた箸を止めて、龍我が見つめる先にはいがみ合っていた市民達がいた。

 昨日までの関係が嘘のように、身を寄せ合って食事を楽しんでいる。

 

「でも、アレが俺達が戦った結果だって言うんなら……悪くねえよな」

 

 戦うことに見返りは求めていない。

 だが敢えて言うならば、この光景こそが必死に戦ったことへの報酬なのかもしれない。

 

 ────ここで終わっていれば綺麗なピリオドを打てたのだが。

 

 

「そういえば絋汰さんと光実さんはどうしたんでしょう。二人とも無事でしょうか……」

 

 

 ふと思い出したような瑠美の一言は、否が応にも大地を追憶させた。

 

 

 

 *

 

 

 

 それはアルティメットDを撃破した直後のこと。

 

 駆けつけた防護服の集団──ユグドラシルの処理班があれよあれよという間に現場を封鎖してしまった。

 気絶した光実もすぐに回収されてしまい、結局話すことも叶わず終い。

 その際の扱いが丁重であったことや、森での待ち伏せなどの事実から、光実はユグドラシルと水面下での繋がりがあったのだろうというのがネガタロスの推測である。

 多分合ってるんだろうな、と大地も思った。

 

(恨みとか怒りをぶつけたい訳じゃない。どうしてそんな真似をしたのか、そうする以外に無かったのか、事情を聞いてみたかっただけなのに)

 

 流れで共闘はしたものの、研究者をぶちのめして脱走した大地達をユグドラシルが快く思う筈もない。

 レイキバット、ネガタロスらの警告に尻を叩かれて大地と龍我はそそくさと立ち去った。

 

 とりあえずは瑠美との合流。

 そして炊き出しが行われていた場所を目指す二人は、シェルターから出てきたらしい絋汰と遭遇する。

 

「お、大地! 無事だったんだな!」

 

「絋汰? なんでこんなところにいんだよ、瑠美はどうした!?」

 

「瑠美さんに何かあったんですか!?」

 

「なんだって!? おい万丈、それは本当か!?」

 

 三人ともが一斉に喋り出し、途端に会話が大渋滞してしまう。

 それぞれの持ち合わせている情報が異なるので仕方ないとも言えるが、もしレイキバットかネガタロスがいなければ、落ち着いて情報交換するに至るには余計な時間がかかっていたに違いない。

 

「見知らぬ真っ赤なアーマードライダーに無理やり連れ去られて、気付いたらシェルターにいたんだ。しかもさっきまで気絶してたらしくて、何が何だかさっぱりで……。あ、でもソイツ完全に俺狙いだったから瑠美ちゃんは襲われてないぜ」

 

「そういうことかよ〜……ったく、余計な心配かけさせやがって。その誘拐してきたライダーも今度会ったらタダじゃおかねえ!」

 

「あの変態鎧武者は俺の顔を撃ちやがったんだ! それ相応の報いは受けさせてやらねえとなぁ! 次こそ決着付けてやれ、大地」

 

 まずドウマで間違いない犯人に怒りを募らせる龍我とレイキバットになんと声をかけるべきか、大地は迷う。

 もうそのライダーは倒した────いや、殺したのだ。自身の、この手で。

 純粋な人間と言えるかは微妙なのだが、彼は自身を人間と言っていたし、大地もまた人間を殺したと認識している。

 事実から、目は背けない。

 

「……そうですね」

 

 けれども。

 "自分が人を殺した"と告白することはできず。

 曖昧に笑う返事しかできない大地を、レイキバットは「相変わらずの甘ちゃんだな」としか言わない。

 人を殺める痛みには耐えられても、仲間から拒絶されるかもしれない可能性が恐ろしくて堪らなかった。

 決意と信念に塗り固めた心の本質はどこまでも臆病のままだった。

 臆病で、狡くて、浅ましくて、我ながら軽蔑してしまう。

 

「そうだ。まだお礼を言ってなかったな。

 ありがとな大地。お前の光、俺にもばっちり見えてたぜ」

 

「光……あぁ、タワーの時の。でもなんでお礼なんて」

 

「あー……俺、ミッチみたいに頭良くねえから上手く言えねえんだけどさ。あの光を見てると、俺も頑張らなきゃ! って思えたんだ。どんな世界でも、どんな戦いでも諦めない大地を見習わなきゃって。

 俺が大地に貰ったのは、そういう"希望"なんだ。

 

 だから改めて言わせてくれ────みんなを守ってくれて、ありがとう」

 

 自己嫌悪に陥りかけた大地は、絋汰のその言葉に僅かながら救われる。

 ドウマの命を奪ったのが大地なら、この街を守ったのも大地。

 喜びと達成感、罪悪感、嫌悪感、ごちゃ混ぜになっていた感情の蓋が溢れかけた。

 

「──ごっ」

 

「ご?」

 

「ごぢらごぞあびばとうごじゃいまず…………!」

 

「お、おいおい大丈夫かよ!? なんでそっちが泣くんだって!」

 

 堰を切ったように泣き出す大地にみんな慌てるやら、笑うやらで。

「コイツはとんでもない泣き虫だから気にするな」とフォローになってるんだかなっていないんだかわからないレイキバットの言葉に、誰もが納得したように頷いて。

 それでもガイドが呼びに来るまで、大地はずっと泣きっぱなしであった。

 

 

 

 *

 

 

 

 

 過去の追憶が一瞬で終わる。

 大地はしっとり湿った感情をおくびにも出さず、瑠美に答えた。

 

「光実さんと葛葉さん、二人とも無事だったよ。大きな怪我もしてないみたい」

 

「そうですか……ほっとしました。お二人に何かあったら私どうしようかと。せめて最後に挨拶ぐらいはしておきたかったです」

 

「ええ、葛葉さんも残念がってました」

 

 ここまでならちょっとしんみりした会話で終わる。

 がしかし。

 悪戯小僧の顔でニヤける龍我がいることも忘れてはならない。

 

「そりゃ勿体ないことしたと思うぜ。あの時瑠美もいれば面白いもん観れたのによぉ」

 

「面白いもの……あ! レイキバさんとネガさんの漫才とか!」

 

「そんなありふれたレベルじゃねえって! なんとこの大地が急に泣き出して、鼻水もそりゃもうダラッダラの酷え顔で──」

 

「わー! わー!」

 

 この男、自分が馬鹿呼ばわりされるのは嫌いだが、他人を茶化すのは結構好きである。

 まあこれも仲の良い男子高校生同士が会話の弾みで恥ずかしい秘密を暴露するという、本人にとってはよくあるノリに過ぎない。

 しかし、当然大地には堪ったものではない。いくら大地でも異性に泣き顔を暴露されて喜ぶ筈もない。

 慌てて龍我の口を塞ごうとして、しかし抵抗されるので咄嗟に明後日の方向を指差して注意を逸らす。

 

「あ! あんなところに赤と青の半分こ人造人間が!」

 

「うそぉ!? え、どこ!? ────っている訳ねえだろ! 誤魔化し方が雑過ぎんだよ!」

 

 とかなんとか言っても一瞬引っかかっていたのは気の所為だろうか。

 この一連のやり取りでまたしても瑠美が吹き出して、その笑いが大地、龍我へと伝染していく。

 

 ちょっとしたことでも面白く思えて、自然と一緒に笑うことができる。

 出会い方こそ特殊であったが、普通の友人同士となんら変わりない関係性がそこにはあった。

 

「くたばり損ねたらしいじゃねえか、ゴミコウモリ」

 

「それはこっちの台詞だ、目玉」

 

 和気藹々とした雰囲気からは一変して、こちらはギスギスした関係の一羽と一人。

 大地達から離れた机にて鎮座しているレイキバットとネガタロスの視線がバチバチと火花を散らす。片方は目そのものだが。

 今回の旅を通して龍我と大地達が親密度を上げた一方で、こちらのペアは変わらず犬猿の仲である。

 

「おい、テメェのチンケな羽で持ってるその紙束はなんだ? 俺様にも見せろ」

 

 レイキバットが見ているのは、ユグドラシルから持ち出してきた資料の一部。

 記載されている内容といえば、戦極凌馬が大地に行った検査結果であった。

 大地や龍我にはとても理解できない単語と数値が羅列された紙面には凌馬のコメントも書き加えられており、多角的な視点からの考察にはレイキバットとしても大変興味深い。しかし、覗き込もうとするネガタロスはしっかり全身でブロックする。

 

「誰がお前なんぞに見せるか。プライバシーの侵害ってもんを知らねえのか?」

 

「イマジンの世界にそんな概念あると思ったか?」

 

 とかなんとか言ってみても、自律行動ができない眼魂がレイキバットの視界妨害を超えられる筈もなく。

 黙々と資料を読み込むレイキバットを無言で睨み続けるシュールな空間が数分ほど続いた。

 そして資料の半分ほどを読み終えたレイキバットがこんな話題を切り出してきた。

 

「さっき大地が吸収された時、お前も一緒にいたな。何か妙な事は無かったか? 例えば、大地が変身せずに奇妙な力を使ったりは?」

 

「例えば、なんて前置きする割にはいやに具体的だな……。はっ、さてはあの駆紋戒斗がアカライダーとかいうセンス皆無の野郎になった時の事を聞きてえんだろう? だが残念だったな。あんな窮屈な場所に囚われてただけで、()()()()()()()()()()()

 

「……そうか」

 

 しかし、これはネガタロスの真っ赤な嘘。

 大地の叫びと共に突然飛び出したライダーカード。この不可思議な現象も、大地と精神越しに繋がりを持っているネガタロスはしっかり目撃していた。

 何故嘘をついたのか、と問われればそこまで大きな理由は無い。

 悪の大首領である自身に対して、小賢しくも隠し事をしてくる憎たらしいコウモリへの意趣返しのようなものである。

 

 しかしまあ、嫌い合っているのはお互い様である。

 そこまでの内面的事情までは推し量れていないまでも、ネガタロスの言葉は鵜呑みにせず、"恐らく何かしらの現象が起こっていたのだろう"という推測は崩さない。

 

(バロンからアカライダーへの変身……あれは土壇場で発現したフォームチェンジなんかじゃねえ。となれば引き起こした原因は何だ? 

 カードが関わっていた時点でダークディケイドライバーに隠された機能を疑うのが最も自然だが……俺の観測ではあの時カード以外の力もバロンに集まっていた。

 それに……この資料に記載されているデータはやはり……)

 

 レイキバットの視線が手元の資料と、みんなのドリンクのおかわりを取りに立ち上がった大地の姿を交互に行き来する。

 この中身、共有すべきか否か。

 

(……確固たる証拠はまだない。余計な混乱を生むなんぞ華麗さに欠ける。この目玉に悪用されんとも限らん)

 

 資料を咥え込んだレイキバットが写真館の方角に飛び去っていく。

 これらを誰にも見られない場所に隠す必要がある。幸い、今なら写真館は無人状態だ。

 持ち出す際に龍我も見てしまってはいるものの、あの土壇場では碌に内容は読めていまい。(彼の推定知能指数を考慮した上での結論なのは言うまでもない)

 

(だが……俺のことまでは黙っておけねえか)

 

 それに持ち出した資料は大地に関する内容だけではない。

 これもまた重要な情報であり、緊急性を要するのはむしろこっちの方だろう。

 タワーを脱出する直前、自身が繋がれていたモニターの"修理経過率 83%"という表記をレイキバットはしっかり記録していた。

 

 

 

 ────レイキバットは完全には修復されていないのだ。

 

 

 

(戦極凌馬という男、かなり用心深い性格してやがる。

 まさかエネルギー制御機構の修理を後回しにしていたとは……大地がレイに変身して脱出されるのを危惧していやがったな)

 

 趣味と実益を兼ねてはいたが、それでも凌馬はしっかり仕事をこなしていた。

 ドウマに負わされた損傷はほぼ回復し、内蔵機械も元通りになっている──ーレイが使用する魔皇力の制御機構を除いて。

 

 たった一つの機構が無いからなんだと言うのだ、と疑問に思う者もいるかもしれないが、これがまさしくレイキバットにとって大問題なのだ。

 魔皇力とはレイのエネルギー源であると同時に、その危険性の証明でもある。

 内包している純度やエネルギー量こそ異なれど、再現対象であるキバの鎧だって世界を滅ぼす危険性は秘めているのだ。

 仮に魔皇力が暴走でもしてしまえば、レイは木っ端微塵に吹っ飛んでしまうだろう。

 

 そしてそんなレイのシステムを司るのはレイキバットであり。

 

 ここまで列挙された事実を纏め、自身の内部を確認したレイキバットが下した結論は一つ。

 

(────次にレイに変身すれば、最低でも俺は壊れる。今度こそ完全に)

 

 

 

 *

 

 

 

 

 楽しい時間はあっという間に過ぎ去った。

 飲んで食って騒いで、たくさん笑った後に待っていたのは後片付けの時間。

 片付け担当となったのは「散々迷惑をかけたのだからせめてこれぐらいは」と名乗りを上げた大地。片付けを一人に任せることに瑠美はかなり渋っていたが、最後には土下座までしかねない勢いの大地に折れてもらい先に帰ってもらった。

 ……大地一人では勝手がわからないので結局ガイドと一緒にやっているのはご愛嬌である。

 

「炭はこっちのバケツに捨てて、余った食材はこっちの保冷ボックスに頼むよ」

 

「はーい」

 

 調理のみならず、片付けでもガイドは手際が良い。

 作業の大部分を受け持ちながらも、大地ができるだけの範囲の仕事も振り分けてくれている。

 これがガイドなりの気遣いと優しさなのだろうと大地は察した。

 察したが……わざわざ言葉には出さず、与えられた仕事を順にこなしていく。

 ほどなくして後始末も終わり、二人は器材を抱えて帰路に着いた。

 

「その様子だとまあまあ吹っ切れたってところか?」

 

「……うん」

 

 気軽に尋ねてくるガイドに、諦めたように頷く大地。

 こういう時のガイドとの会話はよく心をほじくり返されたような感覚になってしまう。

 

「この世界でも色々あったが、バロンの記録は無事完了した。レイキバットは直ったし、ドウマも倒した。終わり良ければ全て良し! ……とまではいかないかな?」

 

「……やっぱりガイドはなんでもお見通し、ですか」

 

「ガイドってそういうもんだしな」

 

 ドウマを殺した件について、仲間には黙っていた大地だったが、このガイドにだけは知られていてもおかしくはないとも思っていた。

 実際これまでにも何度か明らかにその場に居合わせていたかのように大地達の状況を彼は把握していた。今回だけ例外になるなんて都合の良い話は期待していない。

 

「その、頼みがあります。このことは瑠美さん達には」

 

「わかってるわかってる。後ろめたいから黙ってて欲しいんだろ? お望みとあらばそうしようじゃないの。あ、その網は捨てちゃってね」

 

「……ありがとうございます。でも、いいんですか」

 

「んー?」

 

「ドウマが前のダークディケイドなんだったら、こんな風に一緒に旅をしていたんですよね? 僕らには敵だったけど、それでもガイドにとって仲間だったはずです。

 僕が憎いとか、それとも悲しいとかガイドは思わないんですか?」

 

「んー……」

 

 ガイドの視線が、少し下向きになる。

 瓦礫だらけの道ではなく、自身の内面を探るかのように。

 そんな仕草に大地はかなり驚いた。何故かと言えば、彼の人間らしい仕草がとても珍しく見えたのだから。

 しかし、顔を上げた時にはいつもと変わらぬ飄々とした男に戻っていた。

 

「そういう湿っぽい感想はあんまりだなー。アイツ付き合い悪かったし。それにドウマはもう死んでたようなもんだから、今更悲しんでやるのもちょっと悪いと思うし」

 

「……はい?」

 

「いやいやこっちの話。それよりも今の俺は嬉しいって感想の方が強いよ。君や瑠美ちゃんとの旅がここで終わりになったりしたら俺としても残念だったからね」

 

 ケラケラとガイドが笑う。

 確かに今の彼から悲哀など感じられない。

 大地が知る中では、唯一の知り合いであるガイドがこんな反応の時点でもうドウマの死を悼む者は誰もいない。

 なんだかそれが大地には悲しかった。例え許せぬ敵であろうが。

 

 それから写真館に帰るまで、ひたすらガイドのうんちく話が続いた。

「タラバガニは生物学上ではカニじゃない」とか。

「コアラの赤ん坊は母親の糞を食べる」とか。

「スワローテイルファンガイアの真名は"禁欲家と左足だけの靴下"」とか。

 生き物の話尽くしだったが、どれも面白く、長い帰り道に退屈はしなかった。

 そんなこともあって、皆が寝静まった写真館に帰ってきた時大地は"ただいま"を言おうとして盛大に欠伸をしてしまう。時刻は深夜0時きっかりだった。

 

「はいお疲れさん。大地もさっさと寝て、また明日に備えてくれ」

 

「むにゃ……でもまだコンロとか仕舞わないと」

 

「そっちは俺がやっとくからさ。ほら、それに明日からまた大変なんだぞ」

 

 そう言ったガイドの人差し指が示すのは、暗闇でも存在感抜群の背景ロール。

 よーく目を凝らしてみると、描かれている絵は既に変わっている。

 

 そこに描かれているのは闇夜にそびえ立つ巨大な風車と、そちらに背を向ける深紅の戦士。

 

「次の世界……」

 

「そういうこった。さ、寝ろ寝ろ」

 

 ガイドが促す理由もわかるが、自分で片付けを買った出たからには最後までやり通しておきたい。

 しかし自身の家に帰ってきたと認識して安心してしまったのか、凄まじい睡魔が現在進行形で大地の足をベッドへと誘ってくるのだ。この誘惑はパーフェクトドラスより手強い。

 また、明日から始まるであろう新たなる戦いの予感まで重なってはとうとう抗えきれず、大地は引き込まれるようにして自室に戻っていく。

 

「じゃあお言葉に甘えて……おやすみなさい」

 

「おうおやすみ。良い夢見ろよ」

 

 確かにこの世界では悪夢ばっか見てたな、と思ったのが眠る直前の最後の思考であった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「これで終わりっと」

 

 最後のコンロが倉庫に仕舞われた。

 巨大コンロを一人で片付けたにも関わらずガイドには全く疲れた様子がない。

 なんなら汗の一雫もないおでこをそれっぽく拭い、とりあえず一服と煙草を取り出したところで「そういえば」と独り言を呟き始めた。

 

「君もお疲れさん、ドウマ」

 

 この場にはもうガイド以外誰もいない。

 あるのは、ガイドが掲げている焼け焦げた道具だけ。

 ドウマが怪人召喚に使用されていた、カードを読み込ませる機械である。

 そしてもう一つ、ガイドは一枚のカードを取り出した。

 

 「KAMEN RIDE SAVIOR」と書かれたカードを。

 

「まさか最後の最後まで気付けなかったとは、ちょっと意外だったよ。つくづく便利だねぇ、()()()()()()は」

 

 ムネモシュネ。

 それはギリシャ神話における記憶を司る女神の名であり、とある科学者が開発し、それに因んで名付けた装置である。

 その機能とは、使用者に都合良く相手の記憶を書き換え、望んだ通りの人間へと仕立て上げるというとんでもないもの。仮面ライダーだろうが怪人だろうが例外なくムネモシュネには抗えない。

 

 何故そんな装置の名前をガイドが出すのか? 

 その答えこそ、ドウマが最後の瞬間に導き出してしまった自身の正体に繋がっていた。

 

「この機械──『メモリードライバー』は記憶を元にして怪人を召喚する。記録から再現された怪人はオリジナルと瓜二つだ……()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 改造人間、グロンギ、オルフェノク……どの怪人もあまりに再現度が高く、その際で自分が召喚された幻でしかないと知ることさえできない。

 だが、逆にその機能を知っていたのであれば召喚された直後に気付くことはできるだろう。

 もし仮にドウマが同じ手段で召喚されたとしたら、即座に見抜き、召喚者に反旗を翻すのは間違いない。

 

 しかし、それも記憶が正常であるという前提が成り立ってこそのもの。

 

 そう、つまりドウマは。

 ムネモシュネによって"ダークディケイドライバーを奪えば生き返れる"と偽の記憶を植え付けられ。

 "自身がガイドに召喚された"という記憶は消され。

 

 "ダークディケイドに立ちはだかる壁役"として都合良く用意されたでしか無かったのだ。

 

「流石、かつて俺が見込んだ男だよ。君のお陰で大地はレイやネガ電王まで記録できた。しかも彼の精神的成長の土台にまでなってくれるなんて。その最後には夜中じゃなければ拍手を贈りたい気分だよ」

 

 メモリードライバーは既に機能を停止しており、もう起動はできない。

 さして惜しむこともなくゴミ袋に入れられたそれは他のゴミと混ざって見えなくなった。

 後に残ったセイヴァーとカイジンライドカードも懐にしまって、ふぅーと煙草を吸うガイド。

 

 妖しく漂う煙と、喫煙する音が無人のリビングでしばし続いた。

 

 

 

 






メモリードライバー

ドウマが使っていたカイジンライド用の機械。
腕に装着してカードを読み込ませ、怪人を召喚!(DX玩具CM風に)
ドウマはこれで怪人を召喚していたが、彼もまたその怪人と同じ存在だったことには最後まで気付かなかった。
ドウマが使用していたものは壊れてしまっており現在使用不可。




ムネモシュネ

「仮面ライダー バトライド・ウォー」より登場。
鳥籠と呼ばれる空間に仮面ライダーを閉じ込め、彼らの記憶を好き放題に弄って洗脳しようとしていた。
さらには対象者の記憶からアイテム、他のライダー、怪人まで複製できるトンデモ発明。
これを開発、運用していたのがほぼ一人だってんだから凄い。




さて次回からはまたしても衝撃展開の連続。振り切られないようにご注意下さい。






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アクセル編 独奏と合唱のレイライン
Dに異変/ヴァージョンダウン・ファイト!


 

 

 カタカタカタ。

 瑠美がキーボードをタイプする音が光写真館のリビングに響く。

 仮面ライダーと呼ばれる者達、その戦いを記録する旅もついに9つ目。

 この街、風都にで起こった異形の怪物達──ドーパントとの戦いは他の世界にも引けを取らないほどに過酷で熾烈を極めたものだった。

 

()()()

 そう、これは全て過去形の話。「アクセルの世界」での記録はもう終了しているのだ。

 

 大地はアクセルのカードを手に入れた。

 また一歩、ゴールに近付いた。

 写真館の背景ロールも既に次の世界となる行き先を示しており、この世界の記録が既に終わったものだと実感させてくる。

 

 しかし、リビングに集う面々の面持ちはどれも沈痛で雰囲気も重い。とてもじゃないが、祝勝ムードなんて口が裂けても言えない。

 むしろお通夜ムード、という言葉がふと思い浮かんで、それがパチリと今の状況に当て嵌まった。

 きっとこの空間を共有している誰もが故人を悼んでいるのだろう。ならばこれを指してお通夜と言うのは適切だ。適切だが……胸がズキズキと痛む。

 

 果たしてああするしか無かったのか。

 別の未来は無かったのか。

 

 願わずにはいられない"もしも"の可能性を探って、自身が記したこの世界での出来事を頭から見返す。

 この世界を訪れ、そして今に至るまでの記録を。

 決して忘れられない、永い別れの始まりを。

 

 

 

 *

 

 

 

 始まりは一枚の張り紙からだった。

 

 新たな世界での最初の朝、第一発見者となったのは瑠美。

 寝ぼけ眼を擦りつつ、リビングに向かう途中の廊下でのこと。

 とある部屋の前を通り過ぎようとして、その扉に張られた小さな紙と内容を凝視すること数秒が経過した。

 

「……これは一大事です! 由々しき事態です! 光写真館最大の危機です!」

 

 瑠美は未だに眠りこけている大地、龍我を大慌てで叩き起こしに回る。

 普段の彼女であれば熟睡している相手を早朝に、しかも強引に起こすなんてことはしないが、今回ばかりはそうも言ってられない。

 スリープモードのレイキバット、寝ているのかどうかもよくわからないネガタロスも集め、一同はその扉の前に集結した。

 瑠美がそれを発見してから今に至るまで、僅か数分の出来事である。

 

「んだよ〜……人が気持ち良く寝てるっつーのによぉ」

 

「僕もまだ眠いです……んにゃ」

 

「それどころじゃないんですってば! これ読んで下さいよ!」

 

 瑠美が興奮気味に扉の張り紙を示しても、まだ半目も空いていない男性陣は読もうともしない。

 しかし、こればかりは読んでもらわねば困るのだ。この緊急事態について早急に話し合う必要があると感じている瑠美は心を鬼にする。

 

「レイキバさん」

 

「なんだ」

 

「かき氷食べ過ぎて頭がキーンとなるぐらいのやつ、お願いします」

 

「承知した」

 

 大地、龍我ら両名の顔に思い切りぶっかけられる無慈悲な冷気。

 手荒い目覚ましを受けて、ようやく二人の目も覚めた。

 

「さぶぅぅっ!?」

「心臓止まるだろ!」

 

 ……代わりにレイキバットが非難を浴びてしまったが。

 

「ほら、早くこれ見てくださいってば」

 

「朝っぱらからなんなんだよ……どれどれ」

 

 ずいっと顔を寄せて、小さな張り紙を読む大地と龍我。

 書かれていたのは以下のような内容であった。

 

 

『風邪を引いたので休みます。食事は自分達でどうにかしてください byガイド』

 

 

「────ぅぅぇぇえええええええ!?」

 

「うるさっ!? 耳元で叫ぶなよ! 風邪引いただけでオーバーリアクションにも程があんだろ……」

 

 驚天動地の叫びとはまさにこのこと。

 顎が外れるんじゃないかと思うぐらいに口をあんぐり開けている大地が何度も、何度も目を擦って紙を見直す。しかし、見間違いではない。

 炊事洗濯から大型トラックの運転、異世界の知識までどんとこいな完璧超人なガイド。

 そんな彼が風邪引いたなど、俄かには信じ難い話なのだ。

 だが、ここはガイドの部屋であるし、字も彼が書いたものっぽいので疑う余地はなさそうである。

 

「レイキバぁ、お前が昨日の夜冷やし過ぎたんじゃねえの?」

 

「俺を冷房扱いするとはいい度胸だな! オモテ出ろゃゴラァ!」

 

 ガイドとの付き合いが浅く、塩反応もいいところな龍我は事の重大性を理解できていない。

 ガイドが機能しないとなれば食事のみならず、その他の彼がこなしていた仕事も全て自分達でしなくてはならない。

 それもこの世界での記録と並行してやるのだからかつてないハードスケジュールになることだろう。

 

「これ、ガイドのドッキリだったりしませんかね?」

 

「大地君が現実逃避をするなんて……!」

 

 しかしこれがガイドの冗談という可能性もまだあり得る。

 瑠美がトントンと軽く控えめなノックをしてみると、中から細い声が響いてくる。

 蚊の鳴くように小さい所為でよく聴こえず、ピッタリ耳をくっつけてようやく聴き取れた。

 

『張り紙見たろ〜〜〜? 風邪だから、マジで、感染したら悪いし〜〜看病もいらないんで〜〜〜よろしく〜〜』

 

「「「……」」」

 

 扉の向こうの酷いガラガラ声で、とりあえず嘘ではないとわかった。

 看病は無用と言われても流石に心配になった瑠美が開けようとするが、鍵はしっかりかけてあるようだ。

 無言で顔を見合わせる三人の顔はどれも渋い。

 

「……朝ご飯、みんなで作りましょっか」

 

 その後出来上がった朝食は6割がまともに食べられないという悲惨な結果に終わった。

 

 

 

 *

 

 

 

 何をするにしても食べなければ生きていけない。

 これは人間に限らず、あらゆる動物に当て嵌まることだ。

 だが、人間は多くの食材を調理する知恵を持ちながらも実際に食べる際には味覚に激しく左右される。

 朝食で出された龍我のプロテイン味噌汁(具なし)や、大地の黒ずんだ物体(本人曰く目玉焼き)に苦笑いだった瑠美を見て、レイキバットは同情した。

 生活する上で最低限必要なことに一々工夫したり拘らなければならないとは、なんと面倒な生き物なのかと。

 

(いや、仮に俺が飯を食うとしても流石にアレは食わんか)

 

 ひとまず料理全般の担当となった瑠美の命により、食材の補充という名の買い出しに出かけることとなった。

 最も調理担当に向かない男こと万丈龍我が暫定的な掃除担当として残り、何もできない役立たず目玉のネガタロスも一応龍我のお目付け役として残される。

 そんなこんなで大地と瑠美、そしてレイキバットで構成された買い出し班は新たな世界への第一歩を踏み出したのだった。

 なんとも締まらないスタートになってしまったが、イレギュラーへの対処なのだからやむを得まい。

 

「朝からやたら寒いと思ったら、この世界の今は冬なんですね。1月か2月とかかな?」

 

 大地のは〜、と吐いた白い息が風に吹かれて消えていく。

 ここは絶えず風が吹く街、風都。

 風都タワーという巨大な風車の建造物がシンボルで、それ以外は特に変わったところは何もない。

 レイキバットにインプットされている知識にも風都なんて都市は存在していないが、街並みは特筆することのない普通のそれ。沢芽市のような明らかな異常事態は起きていない。

 

「あ、見てください。今は2月の半ばみたいですよ!」

 

 瑠美がそう言って示すのは、『バレンタインデー 特別な人への特別なチョコ』と書かれた街頭広告。周囲を歩く人々もカップルの割合が多く、目に付く店頭では豊富な種類のチョコレートが売り出されている。

 

 なるほど、今日はバレンタインデー。日付は2月14日であったか。

 

 こういう日常風景から手掛かりを探り当てる瑠美の観察眼はレイキバットとしても感心できる。詳細不明の異世界においてはどんな些細な情報も不要ではないのだから。

 しかし、ポケーっと呆けた面を晒している大地は違っていたらしい。

 

「バレンタインデー……ってなんですか?」

 

「えっ!? 大地くん知らないんですか!? バレンタインを!?」

 

「はい……」

 

 こういうことは偶にある。

 日常生活を送る上ではあまり支障がない故に忘れられることもままあるが、大地は記憶喪失だ。

 バレンタインが良い例で、こういう文化面に関する記憶が大地はほとんど欠けている。

 "大地の出身世界にバレンタインがなかった"という可能性もなきにしもあらずだが。

 

 バレンタインの概要を教えてもらい、物珍しそうに眺めたりはしたものの目的はチョコではない。

 そんなこんなで一行は街でも一二を争う規模の大型スーパーに辿り着いた。

 

「お寿司がこんなに安く売ってる……!? まさかこのスーパーはとんでもない穴場!」

 

「あ、懐かしい〜。それ、お寿司っぽいお菓子なんですよ」

 

「……お寿司っぽいお菓子?」

 

「子供の頃はよく買ってましたね〜。大地くんもやってみます? お寿司屋さんごっこ」

 

「……やめときます」

 

 買い物している間もレイキバットは基本ポーチの中にいるしかない。

 こういう場合を想定してステルス機能の一つでもあればいいのだが、無いものは無い。

 口喧嘩の相手もおらず、ひたすらに退屈な時間が続けば自然と思考の海に沈んでいく。

 

(黙ったままという訳にもいくまいが。打ち明けるにも時と場所を選ばなければならんだろう)

 

 次にレイに変身した時、レイキバットというデバイスは完全に壊れる。

 この事実、一体いつ明かすべきか。

 例えばの話、大地がレイに変身すべき場面にいきなり言ってしまうと彼の動揺を誘うのは馬鹿でもわかる。龍我でもわかる。

 しかしながらその前に打ち明けたとしても、恐らく大地はレイの変身を避けるようになるに決まっている。呆れるほどにお人好しで甘ちゃんな彼なら間違いなくそうする筈だ。

 

 レイキバットとて、進んで壊れるつもりなんて毛頭ない。

 だが、それを恐れて宝の持ち腐れと化すのはもっと避けたいところである。

 今でこそ大地に同行しているが、自身はあくまでも変身デバイス。本来の役割を果たさない道具なんて何の価値があるというのか。

 

「レイキバさん? 起きてますか?」

 

 頭上からの瑠美の声にレイキバットは思考を中断させた。

 ポーチからコッソリひょっこり顔を出すと、「風麺」という看板が目に入る。

 どうやら買い物は終わり、この屋台で昼食を食べるらしいとレイキバットは察する。

 

「俺は飯など食えんぞ」

 

「わかってますって。レイキバットさんとの付き合いももう長いんですよ? ほら、あそこのラジオ聞こえますか?」

 

 黙々と調理している店主らしき男の後ろには確かに小さなラジオが置かれている。

 ポップな音楽をバックに流れる若い女性の声はリスナーからの投書を読み上げているらしい。

 一般大衆なら兎も角、こんなラジオを自分に聞かせても意味があるのか疑問であったが、耳を傾けているとすぐに氷解した。

 

『さあ今日もこのコーナーから始めちゃいます! 風都ミステリーツア〜! 今回のドッキドキな都市伝説はラジオネーム・プイプイさんからの投稿です! 

 "若菜姫、ブラックマンを知っていますか? 怪物に襲われていた私を颯爽と助けてくれたヒーローを! 黒いボディに真っ赤な目、ちょっと怖い見た目でも彼はこの風都の救世主に間違いありません! "

 ……はい! ということでまたまたブラックマンの噂でした! 最近増えてますよね〜、彼の噂。

 "一本角の赤い鬼"や"歯車人間"、"毒ガス事件"なんてのも起こるし、一体この街はどうなっちゃったのかしら?』

 

 怪物、ブラックマン、一本角の赤い鬼、歯車人間、毒ガス事件。

 突拍子もない都心伝説と言えばそれまでだが、世界を巡る旅の中では実に馴染み深い言葉にも聞こえる。最後のワードはやや微妙だが。

 

「まずはこの噂から探り、あわよくば仮面ライダーもしくは怪人に行き着く……なるほど、悪くないプランだ」

 

「噂は噂でも、当てもなしで闇雲に探し回るよりは可能性があると思います。

 これまでの傾向からして、ライダーも怪人もこの街にいると考えて良さそうですし、ライダーが噂になってるってこともありそうです。

 理想は怪人よりライダーの人と先に合流して話すことなんですけど……」

 

 相手がライダーだからと言ってこちらの味方になってくれるかはまた微妙なところだ。

 そこら辺の複雑な事情はこれまでの世界で嫌というほど体験してきた。

 大地が理想という言葉を選んだのも恐らくはそれらの体験によるものか。

 

「となるとどの噂から当たるかだが……無難にブラックマンとやらだろうな」

 

「うん。他も気になるけど、今のラジオだとブラックマンは人助けをしているみたいだし、その人がこの世界の仮面ライダーかもしれない」

 

「じゃあまずはブラックマンさん探しからですね。頑張りましょう! 大地くん! レイキバさん!」

 

 初日から怪しい滑り出しであったが、手掛かりを早めに得られた。

 こういう時、人間は「結果オーライ」と言うのだろう。

 大地と瑠美が目をまんまるにして見つめているやたらとデカいナルトのラーメンといい、やはり人間の文化は興味深い。

 

「俺自身の問題も後で結果オーライと言えればいいんだが」

 

「レイキバさん? 何か言いましたか?」

 

「気にするな、こっちの話だ」

 

 そう、まだ秘密にしていてもいい。

 大地と瑠美、この二人と普通に過ごす時間がレイキバットは気に入っているのだから。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 方針は決まった。だが、早速調査開始とはいかない。

 まずは一旦戻り、龍我とネガタロスも連れて来た方がいいだろうとは満場一致の結論だった。

 時刻は午後2時を過ぎたあたり。写真館に戻ってもまだ行動できるだけの余裕はある。

 だが、ここで瑠美が不思議なことを言い出した。

 

「ごめんなさい、買い忘れたものがあったので先に戻っててくれますか?」

 

 瑠美は買い物中に何度もメモを見返しては過不足がないかチェックしていた。

 そんな細心の注意を払っていた彼女の姿を見ていただけに、彼女が買い忘れをしたなど若干不自然に感じられたが、まあそういうこともあるのだろうとレイキバットは納得する。

 同じ心境なのであろう大地も釈然としない表情であったが、最終的には頷いていた。

 

「ここら辺で待ってますよ。荷物持ちの仕事はキチンと成し遂げますとも」

 

 たっぷりの食材が詰まった買い物袋を持ち上げてみせる大地に瑠美は申し訳なさそうにしつつ、「すぐに戻りますから!」と走って行ってしまった。

 それなりの賑わいをみせる商店街の人混みに飲まれた彼女を見届けると、できるだけ人目が少ない場所に移動する大地。

 彼がわざわざそういう場所を選ぶ時は決まってレイキバットと顔を合わせて話したい時だ。

 

「ねえレイキバットさん。その……ネガタロスかガイドが何か言ってたりする?」

 

「はぁ? 何かとはなんだ、何かとは。お前の無駄に遠回りで華麗さも激しさも皆無な言い方じゃわかるものもわからん。もっと具体的かつシンプルに言え」

 

「あぅ……」

 

 口籠もり、目を泳がせる大地。

 機械なりに人並みの感情を得ていても、心の機微に疎いレイキバットにはこの様子が何を示しているのかイマイチ計りかねた。

 

「ドウマ……のことなんですけど」

 

「あの変態鎧武者のことだと? いや、奴に関する話は特にしていないな。目玉野郎の言うことなんぞハナから信用していないが……」

 

「は、はは……それならいいんですけど。はい」

 

 やはり大地の様子はどこかおかしい。

 瑠美が離れてからというもの、どうにもソワソワしているというか挙動不審だ。

 おまけに話題が話題なので聞き流すこともできない。

 

「おい大地、一体どうしちまったんだ。元々変な奴だとは思っていたが、今のお前はいつにも増して変に見えるぞ。昼のラーメンで腹でも壊したか? ああもデカいナルトじゃ無理もないが……」

 

「そうじゃないけど……」

 

 けど、けどと繰り返しては煮え切らない態度の大地にいよいよレイキバットの堪忍袋の尾が切れた。

 

「そうじゃないならなんだってんだ!? お前のウジウジには慣れっこだが、それにしたって限度ってもんがあんだよ! とっとと吐いたらどうなんだ!? アァ!?」

 

「……すいません。僕のせいでレイキバットさんのこと怒らせちゃって」

 

「だからその理由を早く言えと……!」

 

 捲し立てていたレイキバットが、そこでピタリと停止する。

 今にも泣きそうな顔で、目尻に溜めた涙が溢れないように笑う大地を見たから。

 誤魔化すのが下手くそで、ぎこちなくて、泣き虫と罵倒されるのがお似合いの無様な顔を。

 

「……すまん。俺も少々激しくなり過ぎていたな。華麗さを忘れちまった」

 

 しかし、そんな彼に落胆もしなければ失望もしない。

 レイキバットが気に入っている大地とは基本的に泣き虫で、そして優しい男なのだ。彼にこんな顔をさせることなんてレイキバットは望んでいない。

 それに、今の自身が抱えている苛立ちの原因は彼のじれったい態度よりもっと他にあると自覚もしている。故にこそレイキバットは止まれた。

 

(俺としたことがみっともねえ真似をしちまった……。これが嫉妬ってやつか)

 

 大地が聞こうとしていた内容は不明のままだが、ガイドとネガタロスが知っているらしいことはわかった。

 ガイドはまだいい。しかし、自身には言わないくせしてあんな胡散臭い目玉野郎には言っているという事実が無性に腹立たしく感じさせたのだ。

 

 こんなにも人間臭い感情を抱く自身に驚き半分、嫌悪感半分なレイキバットは自戒の意も兼ねて、大地への追及を止めることにした。

 冷静になってみれば隠し事をしているのはお互い様。彼が打ち明けてくれる時を待つこととしよう。

 

「お待たせしましたー! ……あれ、二人ともどうかしたんですか?」

 

「ううん、なんでもないですよ。ね、レイキバットさん」

 

「あぁ」

 

 レイキバットが瑠美の目敏さに感心しつつも、帰路に促すと彼女もそれ以上の追及はしなかった。

 瑠美が買ってきたであろう上品そうな赤い紙袋まで持とうとする大地を彼女はやんわりと断る。二人肩を並べて歩く帰り道、レイキバットはポーチの中で小さく溜息を吐いた。

 どうやらこの世界も気苦労が絶えることはないらしい。

 

「毎度ながら手掛かりを探すのは大変ですよね。いっそ探偵さんに依頼してみるとか?」

 

「そんなに優秀な探偵がこの街にいればいいんですけどねぇ……ところで瑠美さん、一つ聞きたいことがあるんですが。

 バレンタインって人があんな風になる日だったりします?」

 

 買い物帰りには欠かせない、他愛も無い話に興じていた時である。

 まるで珍しいものを見つけた、という風に声を上げる大地。

 釣られて瑠美、さらにポーチからヒョコッと顔を半分出したレイキバットも彼の視線を追う。

 

 果たしてそこに立っていたのは、俯き姿勢でぶつぶつと不気味に呟く一人の男。

 

 透けて見えそうなほどに強烈な負のオーラを醸し出す男は大地だけでなく、レイキバットの目にも珍しく映った。あそこまで暗い雰囲気の人間なんぞそうはいまい。往来を歩く人々も眉を顰めてチラ見してくるあたり実際そうなのだろう。

 これだけなら不審者がいる程度で済んだのだが、ふらふらとこちらに向かってくるものだから大地の身が強張っている。

 

「いいよなぁ、お前らイチャイチャしててよぉ。そんなに俺に幸せムード見せつけて楽しいか? もうすぐハッピーなバレンタインだもんなぁぁ? あぁ、俺も愛ってやつが恋しいなぁぁぁ」

 

 男が向けてくる暗い眼光に思わず身震いしてしまう大地と瑠美。

 瑠美には舐め回すようなネットリとした視線を。

 大地には刺々しいまでの敵意を含んだ視線を。

 どちらも向けられて気分の良いものでないのはレイキバットからしても明らかである。

 仮に自分にあんな目を向けてくる輩がいればノータイムで全力冷気を叩きつけてやるところだ。

 

「あの、僕らに何か御用でしょうか?」

 

「そっちのお嬢ちゃんが持ってるのはチョコだよなぁぁ……あぁ、いいなぁ。俺なんてもう何年も女の子からチョコ貰ってないからよぉ」

 

 さっきからなんなんだ、この人間は。

 騒ぎを生むことを承知でこの汚らしく歪む顔面を凍らせてやりたい衝動に駆られ、さあポーチから飛び出すぞという段階にきて、それに気付く。

 男の右手に握られている白い小箱。USBメモリに酷似した、小さくも禍々しい物体を。

 そして男の腹部に巻かれている蜘蛛の巣のような形状のベルトを。

 

「ちょ、チョコなら僕が買ってきましょうか?」

 

「要らねえよぉ……代わりにチョコなんかよりもっと良いもんくれてやるからよぉぉ〜。どんな真冬でもぽっかぽかにあったまれる極上の愛を!!」

 

 SPIDER! 

 

 小箱が腹部のベルトに挿さり、電子音声を発する。

 それらの物体の正体は知らずともベルト、アイテム、電子音声とまでくればこの後の展開は培われた経験から予想が付く。

 瑠美を庇って前に出る大地、さらにその前に飛び立つレイキバット。

 瞬時に臨戦態勢を取った面々の前で男は変貌を完了していた。

 

 まさしく蜘蛛人間と呼ぶに相応しい怪物。

 この怪人の名が"スパイダー・ドーパント"であるとレイキバット達はまだ知らない。

 

「ハッピィィィ! バァレンタィィィイン!!」

 

 喜色を滲ませる狂気の叫びに混じって撃ち放たれたのは、無数の蜘蛛。

 こんな風貌の怪人が放つものがただ気色悪いだけで済むなど到底有り得ない。

 

「させるかってんだ!」

 

 それらが大地や瑠美、その他の人々に到達する前に氷結弾で貫き墜とす。

 全ての蜘蛛を的確に狙い撃つのは少々骨であったが、この程度であればギリギリ防げる。

 突然現れた機械の蝙蝠に今更驚いている蜘蛛怪人。怪人の出現に恐れ慄き、悲鳴を上げて逃げ始める人々。

 平和な昼下がりの往来が一瞬にして混乱の渦に飲み込まれた。

 人々の悲鳴は喧しいことこの上無いが、無用な犠牲を嫌う大地は周りの人間がいない方が戦いやすい。となれば好都合だ。

 

「レイキバットさん!」

 

「おう!」

 

 大地からの呼びかけが変身の合図だと理解する。

 いちいちポーチから取り出す必要がある他のベルトよりは既に外に出ているレイキバットを選ぶのは実に真っ当な判断だ。

 それにレイキバットも応じようとして────大地の手に収まることができなかった。

 

「レイキバットさん……?」

 

 敵の妨害を食らった訳ではない。

 しかし、ここで大地をレイに変身させればどうなるかどうなるか。

 自分は確実に壊れ、下手すれば大地も無事では済まない。

 

 決死の覚悟で臨むべき最後の変身を、こんな訳の分からない蜘蛛怪人に使っていいのか、と。

 

 そんなレイキバットらしからぬ迷いから、大地の掌に向かう筈だった翼は羽ばたきを止めてしまった。

 

「ヒャアアアア!! 俺の子蜘蛛を、愛を受け取ってくれぇぇ!!」

 

 レイキバットが何に迷おうと、敵はいつだって待ってはくれない。

 放たれた蜘蛛の第二波に気付くのが遅れ、自身を擦り抜けて飛んで行った子蜘蛛の群れに舌打ちする。

 先と同じく氷結弾で撃ち堕さんとするも、初動に遅れた今回では全てを撃墜するに至らず。

 そうしてうち漏らされた数匹の蜘蛛が瑠美のすぐ目前にまで迫っていた。

 

「あぶな──」

「伏せて瑠美さん!」

 

 こちらが出す警告より速く瑠美に覆い被さった大地。

 そのおかげで蜘蛛は彼らの頭上をスルーしていったが……運悪くも低空飛行をしていた一匹だけはそうはならなかった。

 瑠美を庇っていた大地の背中に蜘蛛が引っ付いたかと思えば、瞬く間に服の上から吸い込まれていく。

 

「うぐぅぅっ!?」

 

「大地くん!」

「大地!」

 

 倒れ込む大地。

 弾丸のような貫通力のある武器ではないらしく、大地は苦悶の声こそ洩らすものの、出血痕などは見られない。

 ならば今の蜘蛛は一体なんなのか? 

 その答えは腹を折ってケタケタと笑うスパイダードーパントが吐いた。

 

「どうだい? 俺のお手製子蜘蛛の味は? そこの坊やが愛する者に触れられた時、蜘蛛がその相手に乗り移る。すると……ドカン! って仕組みさぁぁ! ヒャハッ、バレンタインにピッタリなHOTな贈り物だろぉ? これが俺の愛さぁ!」

 

「なんだと……!? チッ、瑠美は大地に触るな! 一応な!」

 

「は、はい! でも……」

 

 苦しんでいる大地に触れることさえできない瑠美が非常にもどかしそうにしている。

 この二人は世間一般が言うようなカップルの関係では無いにしろ、その判定が蜘蛛怪人次第であればどの道アウトになってしまう。

 しかもこの原因が自身の一瞬の迷いなのだからまるで笑えない。

 

「おのれぇぇぇ!! テメェみたいなド畜生のゴミクズは生かしちゃおけねぇ! この俺が直々に凍死させてやるよ!」

 

「ちびっこ蝙蝠くんが何を言ってやがる! お前もあのカップル共々あの世行きだぁぁ!」

 

 目の前の怪人の卑劣な行為に対する怒りに、不甲斐ない自身への怒りもプラスされ限界突破して激怒する。

 こうなれば刺し違えてでもこの怪人を撃破するしかない。

 先程の迷いはどこへやら、そんな決意さえ抱いたのだが、怒り任せの特攻は立ち上がった大地の腕に制されてしまう。

 

「レイキバットさんは瑠美さんをお願い」

 

「大地……。すまん。実は俺は────!」

 

「いいですよ。レイキバットさんにだって調子悪い時ありますもんね。ガイドにだってあるんですし、むしろ当たり前です。だから、ここは僕に任せて」

 

 そう言ってダークディケイドライバーを構えた大地にはもう何も言えない。

 こちらのミスが瑠美の危機まで招いたというのに大地は責めるどころか、こちらを気遣ってくれている。

 だが今はその気遣いがレイキバット自身のミスを浮き彫りにしているようで、閉口するしかなかった。

 

「変身!」

 

 KAMEN RIDE DECADE

 

 変身し、ライドブッカーで斬り込むダークディケイド。

 その勇猛な背中を見て、レイキバットは奥歯を噛み締めた。

 本来ならばあそこで戦うのはレイで、大地と瑠美が危険な目に遭う必要だってなかったのに。

 

(クソが……! 何故こんな面倒臭えことになっちまったんだ!!)

 

 ふつふつと湧く苛立ちがさらに奥歯を軋ませた。

 行き場の無い憤怒を抱えながら、しかし任された使命を放り出す訳にもいかず瑠美のそばで警護に回る。

 今はダークディケイドの戦いぶりを見守るしかないのだ。

 

 

 

 *

 

 

 

 

 獲物だと思い込んでいた相手の突然の反撃にスパイダー・ドーパントは目を白黒させていた。

 

「なぁ!? お前もドーパントだったのか!?」

 

「違う。僕は仮面ライダーだ!」

 

 この怪人は能力こそ厄介だが、フィジカルはそこまで脅威ではないと見える。

 少なくともあの素人丸出しの身のこなしでは、今の大地の敵ではないだろう。

 左腕の巨大な爪も直撃すればさぞかし痛いのだろうが、あんなにも大振りで隙だらけでは当たるものも当たらない。

 

 ダークディケイドは軽いステップで爪を躱すと、空振ってつんのめった怪人の尻に回し蹴りを叩き込む。

 無様な恰好で倒れ伏せたスパイダー・ドーパントに早くもトドメを刺すべく、ダークディケイドは金色のカードを抜いていた。

 

 FINAL ATTACK RIDE DE DE DE DECADE

 

 ガンモードに変形させたライドブッカーの銃口を未だ立ち上がれていない怪人に向ける。

 

「……ん?」

 

「……大地くんのあの技って、あんな感じでしたっけ」

 

 だが、どうしたことだろうか。銃撃を必殺の一撃へと昇華させる黄金のカードはいつまで待っても現れやしない。

 首を傾げている様子を見ると、ダークディケイドもまたこの現象に心当たりがないのだろう。

 困惑しつつもとりあえず引き金を引いたが、放たれた弾丸はお世辞にも必殺技と呼べるものではなかった。

 

「なんだありゃ……?」

「花、ですかね。沈丁花?」

 

 銃口からニョキッと伸びたのは、まさかの花。

 比喩などではなく、本物の花だ。確かあれは沈丁花。花言葉は「勝利」「栄光」らしいが、あれで何に、どうやって勝つと? 

 困り果てたダークディケイドは何度も引き金を引いてみたり、バシバシとライドブッカーを叩いてみたりするものの、残念ながら銃口から弾丸は出ない。

 

「故障かなぁ……こっちにしよう」

 

 KAMEN RIDE ETERNAL

 

 大変可愛らしい見た目なのは結構だが、花じゃ敵は倒せない。

 ダークディケイドがどうしてこうなったとぼやきながらカメンライドを行う。

 ドーパント相手にエターナル。知る人が見れば納得のチョイスではあったが、これまた異変は起こっていた。

 

「私が前に見たエターナルって白い身体に蒼い腕だったような」

「赤いな。どう見ても」

 

 ダークディケイドが持つ選択肢の中でも強力無比であるはずのDDエターナル。しかし、今回ばかりはそうとも言えない。

 エターナルローブなし、マキシマムスロットなし、エターナルエッジなしで、蒼い炎が燃える腕も赤い炎になってしまっている。

 見た目だけで判断するのは愚か者のすることだが、しかしあれはどう見てもこう言わざるを得ない。

 

「「弱そうになってる……」」

 

「エターナルってこんな感じ……じゃないよね。あれ!?」

 

 自身の胸やら腕やらをしきりに触って確かめるDDエターナル。

 これ幸いと見たスパイダー・ドーパントが放った白い糸に気付き、絶対防御のローブで防ごうとするも、そんな装備はない。

 あっという間に簀の子巻きにされたDDエターナルが地面に転がされ、調子を取り戻した様子のスパイダー・ドーパントがにじり寄ってくる。

 

「ヘッヘッヘッ……形勢逆転だなぁぁぁ!」

 

「えっ、ちょっ、えっ!? なんでこうなんですか!?」

 

「レイキバさん! 大地くんを!」

 

 言われるまでもない、と瑠美が言い終えるより先にレイキバットがDDエターナルの窮地を救うべく飛翔する。こうなったのも元を正せば自身のミスが招いたのだから当然のことだ。

 氷結弾で敵を牽制しつつ、DDエターナルを縛る蜘蛛の糸を噛みちぎる。

 

「ありがとうございます、レイキバットさん!」

 

「礼なら後にしろ! それと、その姿は明らかにおかしい! 他のライダーに変えろ!」

 

「はい! ならここは秋山さんで!」

 

 KAMEN RIDE KNIGHT

 

 次に変じたのは多彩な特殊能力で敵を翻弄できる姿、DDナイト。

 いつもなら自身と同じ蝙蝠繋がりの変身にニヤリと笑うこともあったのかもしれない。

 しかし、あいにくこのDDナイトには本来あるはずの蝙蝠の意匠がどこにもなく、色も灰色になっていた。

 さっきの赤いエターナルがマシに見えるぐらいには弱体化している……気がする。

 

「どうしよう……! これもなんか変です! なんかいつもみたいに湧き上がる力が無いっていうか……でも! やるしかないですよね! うおぉぉぉッ!! 

 

 ────ぬぅわあ!? 折れちゃった!?」

 

 素っ頓狂な悲鳴と共に細い剣先が虚しく宙を舞う。

 たった一振りで折れた剣に唖然とするDDナイトの胸部で蜘蛛の爪が火花を弾けさせる。絵面こそ間抜けに映るものの、この状況は明らかにピンチである。

 さっきまでの優勢はどこへやら、蹂躙される側となってしまったDDナイト。

 その窮地を再び救わんと空翔けるレイキバットであったが、この小さな援護には敵も警戒していたようで、放たれた糸にあっさり捕縛されてしまった。

 

「ぐおっ!?」

 

「レイキバさん!?」

 

「五月蝿い蝙蝠くんはそこで見ているんだよぉ! まずは彼女の前でコイツを血祭りにあげなきゃならねえからさぁ」

 

 血祭りと聞いて瑠美の顔がサッと青くなる。

 いいように嬲られるDDナイトに加勢しようにも、糸で雁字搦めにされたレイキバットには僅かに身じろぎするのが精一杯だ。

 噛みちぎれば済む話かと思いきや、小癪にも口を開かせないように縛られている。

 

「俺の前で幸せそうにする奴はみぃ〜んなこうなるのさぁ。ヒヘヘへ、これだからガイアメモリはやめられねぇぜぇ」

 

(ぐっ、せめて筋肉馬鹿の野郎さえいれば……!)

 

 まさに絶体絶命。

 この窮地を覆せる人物がいるとすれば、それは万丈か。或いは────

 

 人間が天や神に祈る気分が理解できたと若干呑気な心境にもなったその時、レイキバットの期待に応えるかのようにその爆音は響いてきた。

 

 冬の寒空を震わせる爆音と微かな振動の正体は、彼方から猛スピードで突っ込んでくる赤いマシン。

 

 真っ赤なバイクを駆るのはこれまた真っ赤なジャケットに身を包んだ男。

 

「なんだ貴様はぁぁぁ!?」

「うわぁ!?」

 

 スピードを一切緩めないバイクはスパイダー・ドーパントを撥ね飛ばし、足蹴にしていたDDナイトをも吹っ飛ばす。

 そこでようやく停止したバイクから降車した若い男の全身を赤に染めた風貌は一見すると異端だが、修羅の如き表情がそんな戯言を許してはくれない。

 レイキバットですらゾクッとしてしまう冷たさと熱さを兼ね備えたあの眼差し──この男、只者ではない。

 勢いよく弾かれた両者を冷ややかに見下ろす男は胸から手帳を突き出した。

 

「風都署 超常犯罪捜査課の照井だ。メモリを捨てて大人しく投降しろ」

 

「フン、誰かと思えば警察かぁ……。しかしよく見ればお前も良い顔をしてやがる。こりゃあ俺のお手製子蜘蛛を追加しねぇとなぁぁ? 愛は誰にでも受け取る権利があるもんなぁ?」

 

「……期待などしていなかったが。やはりマトモに話が通じる相手ではないか。この汚れた街にはお似合いのクズが」

 

 異形の怪物に凄まれても一切動じないのは大した度胸であるが、警察官如きがどうにかできる相手ではあるまい。

 これでは無用な犠牲者が一人増えるだけ。

 しかし何故だろうか。この男が放つただならぬ雰囲気がレイキバットの目を惹きつけてやまない。

 

「お、お巡りさんは早く逃げてください! この怪人は僕が倒しますから!」

 

 いくら警察官だろうが、見かけ上は普通の人間に過ぎないのだ。

 DDナイトが避難を促すのは別段おかしくもないが、それを素直に聞くとは到底思えない。そう思わせるだけの気迫がこの男にはある。

 

「ふざけるなよ。ドーパントは全て俺がこの手で叩き潰す。逃げるとすればそれは……貴様らの方だ」

 

 もはやこの場は男の独壇場。

 アスファルトを砕きめり込む大剣、ハンドルのようなバックル、そして赤いメモリ。男がそれらの道具を取り出したことでレイキバットの中に渦巻いていた予感は確信へと変わる。

 

 ──この男、やはり。

 

「そのメモリ、まさかお前も……!?」

 

 ベルト状に巻かれたハンドル型ドライバーに赤いメモリが叩き込まれる。

 大地も瑠美も、スパイダードーパントでさえも息を呑み男の一挙一動から目が離せない。

 男がハンドルを捻れば、ベルトのメーターは一気にフルスロットルへ到達する。

 

 ACCEL! 

 

 そして、男が変わる。

 アスファルトを溶かしかねない高熱が解き放たれ、メタリックレッドの重装甲が男を包む。

 身体の各部位にタイヤを備え付けていることといい、それはまるでバイクがそのまま人型になったような異形の存在。

 だが、目に入るもの全てを憎むかのように歪んでいる形相や怒張するが如く屹立している鋭い角はより恐ろしい印象を抱かせる。

 

「一本角の……赤い鬼?」

 

 ポツリ、と瑠美の呟きが落ちた。

 アレはラジオで言及されていた都市伝説に確かに近い。

 しかし、それより気にかけるべきはあのメモリが発していた音声だろう。

 

「アレが、仮面ライダーアクセルか」

 

 このどさくさ紛れで糸から脱出し、DDナイトの糸も噛みちぎりながらレイキバットは自身の推測を口にする。

 この世界での一番のお目当てと遭遇できるとは、不幸中の幸いだったかとも思う。

 しかし、そんな考えを否定したのは他ならぬDDナイトであった。

 

「違う……違うよ、アレは」

 

「違うだと? 何がどう違う」

 

「上手く言えないけど……やっぱり違うよ! 

 あの人は、()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 

「さぁ! ────振り切るぜ」

 

 

 真っ赤な仮面の奥で幽遠に光る青い目がこちらへ真っ直ぐに向かってくる。

 大剣を掲げた仮面ライダーアクセル────否、()()()()()()()()()()が凄まじい勢いで駆けていった。

 

 

 





スパイダードーパント

MOVIE大戦COREのダブルパート(という名のスカルパート)に登場したドーパント。
愛する者に触れると相手を爆発させる蜘蛛をばら撒く能力を持っており、劇中ではこれで大勢の犠牲を出した。メモリブレイクしても変身者の命は助からず、しかもこの蜘蛛も消えないインチキメモリ。これも初期型だからだろうか。
本作では一般怪人としての登場だが、変身の際になにやらベルトを使っているようで……?


アクセルドーパント

照井竜がアクセルメモリとアクセルドライバーで変身したドーパント。仮面ライダーアクセルの別形態とかではなく、マジモンのドーパント。
アナザーアクセルでもない。
バイクモードへの変形能力、エンジンブレード等々基本的には仮面ライダーアクセルと同じのようだが……?



振り切ってスタートです。
感想、指摘、評価などいつでもお待ちしております。次回更新は頑張って今月中を目指したい…….


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Dに異変/奴の名はアクセル?

 

 

 園崎家。

 

 風都に住む者でその名を知らぬ者はいない。

 街の顔と言っても過言ではない、名家中の名家。

 その園崎の屋敷では夜の晩餐会に向けて準備が進められていた。

 

 そして、たった今仕事から帰宅して大広間のソファに座っているのは次女の園崎若菜。

 愛猫のミックを撫でながら紅茶で喉を潤す様はまさにお嬢様という風格を漂わせていた。その所作一つ一つからも育ちの良さを伺わせている。

 

「あら若菜、今日は随分早いのね」

 

 そんな彼女に声をかけるのは、長女の園崎冴子。

 同じく仕事から帰宅したらしい姉に若菜はにっこり微笑みながらもう一人分の紅茶を淹れる。

 

「そういうお姉様こそ。社長ってのも案外暇なのかしら?」

 

「少なくともタレントよりは忙しいわよ。今日だって半分放り投げてきたようなもんなんだから。それでもお父様の機嫌を損ねるよりはマシでしょう?」

 

「それもそうね……お父様ったら、私達が晩餐会に出席しないと拗ねちゃうんですものね。私達だってもう子供じゃないっていうのに」

 

 仲睦まじく会話を交わす美人姉妹。

 そんな彼女らが最終的に行き着くのは、共通の悩みの種である。

 

「それで……今夜も来人は欠席かしら」

「でしょうね……」

 

「「はぁ……」」

 

 美人姉妹の顔を曇らせる、園崎家長男の存在。

 遅めの反抗期か、それとも自由気ままな性格故か、彼は家族の集まりにも顔を出さないことが多いのだ。

 いつの間にか若菜の腕から抜け出して何処かに行ってしまったミックのように。

 ペットは飼い主に似るというが、あの飼い猫を見ているとあながち間違いでもないなと姉妹は思考を共有させた。

 

「一体あの子、どこで何をしているのかしら」

 

「それがわかれば苦労しませんわ。小さい頃はあんなに素直で可愛かったのに……あぁ、嘆かわしいこと」

 

 さて、晩餐会で父や母は何と言うか。

 今から気が重い、と姉妹は揃って二度目の溜息を吐き出した。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「ウォォォォッ!!」

 

 鈍い銀の輝きを宿した大剣を掲げ、アクセル・ドーパントがスパイダー・ドーパント、そしてDDナイトへ猛然と駆けてくる。

 その烈風の如き突撃の勢いたるや、掛けるべき制止の言葉すら忘れてしまうほど。

 そのようにしてたじろいでいる者など相手にとってはいい的も同然であり、DDナイトがまず真っ先に叩き斬られてしまった。

 

「ぐぁぁっ!? ま、待って! 話を聞いてください!」

 

 聞く耳持たずのアクセル・ドーパントは剣を振るう腕を止めはしない。

 いつもと勝手が異なるブランク体では回避も満足にできず、食らった衝撃に吹っ飛ばされるDDナイト。

 アクセル・ドーパントはそのまま追撃に移ろうとして、しかし横から払われた爪の対処を余儀なくされていた。

 

「なぁぁんでお前みたいな鬼がいるんだよぉ!! 今日はハッピーな日なのに! 消えてくれよォォ!!」

 

「黙れ。腐った声は、聴いてる耳まで腐らせる」

 

 "一本角の鬼"を恐れているのか、狂乱状態に拍車をかけているスパイダー・ドーパントが躍起になって攻め立てるものの、アクセル・ドーパントはびくともしない。

 爪が駄目なら糸はどうだ、と吐き出されたそれも大剣の一振りで容易く切り裂かれてしまう。

 繰り出す技の悉くをそうして潰しては大剣を叩きつけ、やがてスパイダー・ドーパント側が防戦一方になってしまった。

 

 今のうちに、とレイキバットが吹っ飛ばされた大地の介抱に向かうとカメンライドは既に解除されていた。

 大した傷も負っていない様子に安堵しつつ、彼の横でアクセル・ドーパントの戦闘を観察する。

 

「なんて野郎だ……あのアクセルって奴、相当な実力者らしいな。あの剣もかなりの重量のようだが、それが全くハンデになってねえ。ありゃ名護に匹敵するぞ」

 

「その剣が向けられる側じゃなかったら素直に頷けるんですが……」

 

 ダークディケイドは軽口を返してこそいるものの、その発言の節々には隠しきれない緊張と困惑がある。

 まともに発動しない必殺技やフォームチェンジ。この世界を象徴するライダーに酷似した怪人。この短い間だけで異常事態が起きすぎている。

 

「大地、ここは一旦撤退するべきだ。アクセルから話を聞くか、逆にぶっ飛ばすにしても今のダークディケイドじゃ困難だろう」

 

「ぶっ飛ばしませんよ……でも、ここで誤解をされたまま逃げるのもあんまり良くない気がします。あの人は警察の人みたいですし、僕のことを街を荒らす怪人かなにかと勘違いしてるっぽいので話せばわかってくれますよ! ……きっと」

 

「お前自身もだいぶ不安が大きそうに見受けられるが……」

 

 しかし大地が言うことにもまあ一理ある。

 ここで誤解を与えるよりかは、しっかり話し合っておいた方が後々都合が良いのは確かなのだ。それに襲ってきた蜘蛛怪人は論外にしても、アクセルが無差別に人を襲う輩にも見えはしない。後はその方法だが……。

 

「ひぎゃああ!?」

 

 一人と一羽の思考を遮る甲高い悲鳴。

 どうやら鬼気迫るアクセルの猛攻に蜘蛛怪人が耐えきれなくなったようだ。身体中をズタズタに斬り裂かれ、自慢の爪さえもパックリと割れてしまっている。

 予想はついていたが、あのアクセルは変質者紛いの怪人が歯が立つ相手ではない。

 

「なんで俺がこんな目に遭うんだよぉ……どいつもこいつも、バレンタインで幸せそうにしてるみんなにプレゼントをあげようと思った俺が……」

 

「心までメモリに食われたか。これで終わりにしてやる」

 

 散々に斬られてすっかり逃げ腰となったスパイダー・ドーパントにトドメを刺すべく、アクセル・ドーパントが放出する熱量がどんどん増していく。

 炎まで噴き出して燃え始めたアクセル・ドーパントを目にして、既に逃げ腰だったスパイダー・ドーパントはいよいよ逃げ出した。

 一目散に走り出した相手を逃がしはしない、と追う姿勢のアクセル。

 だが、ここでスパイダー・ドーパントは新たな能力を発動する。

 

 身体がバラバラになったかと思えば、その一つ一つが小型の蜘蛛となって別々の方向に逃げ出してしまったのだ。

 

「なんだと……!?」

 

「ハッ、あの蜘蛛怪人め、意外と芸が細かいじゃないか」

 

「確かに……って、いやいや! 感心してられませんて! これじゃ逃げられちゃいますよ! ああもう、虫取り棒みたいな武器のライダーは……いないよね、流石に」

 

 アクセル・ドーパントやダークディケイドも捕まえようとするのだが、いかんせん対象が小さ過ぎた。

 その上すばしっこいときたのだから、結局一匹も捕まえられぬままに蜘蛛は何処かへ消えてしまった。

 まさにあっという間の出来事。この意外な逃走劇には誰もが呆然としてしまう。

 

「お、おいおい……」

 

「に、逃げられちゃった……」

 

 流石に追跡は不可能か。

 ダークディケイドと揃って気まずそうにしていたが、くるりとこちらを振り向いたアクセルの形相に場の緊迫感が甦る。

 息を呑む、とはまさにこのことかとレイキバットは場違いな感想を抱いた。

 

「どうやらお仲間には見捨てられたらしいな。だが、貴様は逃さん。ドーパント」

 

「お仲間? ドーパント?」

 

 僕が? と自身を指差すダークディケイドは愛嬌がなくもないが、そんなことで戦意を削がれるアクセルではなく。

 再び駆け出した赤き重戦士は容赦なく大剣を振り下ろす。

 黒い仮面を叩き割らんとした斬撃はライドブッカーを剣にして防ぐも、見た目に違わずアクセルの剣は重い。

 どんどんライドブッカー側が押し込まれ、ついにはその剣先がダークディケイドの左肩にめり込み始める。

 

 この重さ、そして鋭さ。大剣がダークディケイドの片腕を斬り落とすのは時間の問題やも知れぬ。そう思ってしまったレイキバットが果敢にも飛翔する。多少なりともアクセルの気を逸らせればいい、と。

 

「どけ!」

 

「ゴハァッ!?」

 

 しかし、無情かな。レイキバット決死の体当たりはアクセルの裏拳によってあっさり弾かれてしまった。

 金属音を鳴らして転がるレイキバット。渦巻き状に目を回している仲間を目にして、大地の感情が一時的に爆発した。

 

「レイキバットさん!!」

 

 押し負けていた力を跳ね返し、大剣ごとアクセルを弾くダークディケイド。

 急な力の増大に驚愕している相手を他所に新たなカードを抜き取る。

 使えるかどうかはわからない、なんて希望的観測すら無いが、それでも大地が思い付く最善策はこれしかなかった。

 

 KAMEN RIDE G3

 

 選ばれたのは耐久性、体力面のコスパの良さを兼ね備えたG3へのカメンライド。

 これでひたすらアクセルの攻撃に耐え、話を聞いてもらう……そんな泥臭くも愚直な方法が大地に考えられる唯一の策であった。

 だが、ここでも異常は起こる。やはりと言うべきか、身に纏ったG3の装甲はいつもと若干異なっており、パワーが低下している感覚もある。

 

 この姿がG3マイルドと呼ばれるライダーであることを大地は知らない。

 

 さあ来い、と身構えたDD G3マイルドに今一度剣を構えるアクセルであったが、その観察眼がとある部分に目を付ける。

 彼としても決して見逃せない印がそこにあったが故に。

 

「また姿を変えたか────む、貴様その胸のマークは……!?」

 

 仮面ライダーG3とは警視庁所属の小沢澄子が開発したパワードシステム。警察組織で公式に活動する証明として、胸部に警察のシンボルマークがある。

 つまり、警察官にとってこのG3マイルドはある意味同僚のようなものでもあるのだ。

 無論この世界にはG3システムなどないのだが、それでも警察は警察。アクセルが思わず剣を止めてしまう理由には十分に足る。

 

 しかし、そうして止まったのもあくまでほんの一瞬。

 

 変幻自在、常識知らずの怪人を相手にしているアクセルは警察のマークすら敵の罠と断じて再度斬りかかろうとする。

 来るか、と受け止める構えのDDG3マイルド。

 両者が激突する直前、その隙間に割って入る人影があった。

 

「もうやめてください! 二人が戦う必要なんてありません!」

 

「瑠美さん!?」

「瑠美!」

 

 叫ぶ瑠美にハッと気付き、寸前で剣を止めるアクセル。

 生身の、それも怪人でもない女性は彼でも流石に斬れない。

 

「邪魔な女……! どけ! 自分が何をしているのか、わかっているのか!? ソイツは怪物、ドーパントだぞ!」

 

「どきません! 大地くんはそのドーパントって怪人じゃありませんから。とにかく、私達の話を聞いてください!」

 

「訳の分からないことを……!」

 

 威圧的なアクセルにも瑠美は一歩も引かない。

 話を聞いてくれるまでは退かない、と。彼女の強い眼差しが雄弁に物語っているようでもあった。

 瑠美ばかりを危険に曝すつもりはない大地も変身を解いて彼女の横に並び立ち、同じくアクセルを見つめる。

 視線が交差すること数秒、舌打ち一つと共にアクセル・ドーパントの赤熱した重装甲が融解する。

 変身後の姿に負けず劣らずの形相で大地達を睨む赤ジャンの刑事は、しかし警戒心は全く捨てていない。

 

「そこまで言うなら聞かせてもらおうじゃないか。お前達の素性とやらを。

 だが、最初に警告だけしておく。──俺に質問はするな」

 

 アクセル・ドーパント、照井竜。

 彼との出逢いはそんな衝突が始まりなのだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「で、結局追い返されてきちまったと」

 

「はい……」

 

 頬杖をついて溜息を吐く龍我に申し訳なさそうに返す瑠美。

 長時間待たされた挙句に良い報告もできないとなればそんな反応でも無理はない。

 掃除を任されたとはいえ、朝から夜までずっと、それもネガタロスと二人きりという状況は龍我にとってはそれなりにストレスの溜まる環境であったのだろうなとレイキバットには容易に想像がつく。

 

「俺が掃除してるのにネガタロスは全然手伝いやしねえし、横でず────ーっと俺様の部下になれだのなんだの言ってくるしよ! なんなんだよコイツは!」

 

「なあ万丈、よーく考えてみろ。大きな組織に所属するってことが如何に大切か、お前でもわかる筈だ。元の世界じゃ政府に追われてたんだろ? 俺様の組織に入れば、それ即ち俺様の加護下に入るも同然なんだぞ?」

 

「うるせぇ! 一番小せえ奴が言っても説得力ねえっての!」

 

「ぐっ……気にしてる事を」

 

 ネガタロスお得意の勧誘術も龍我にはまるで効果ゼロ。

 しかしこんな調子のやりとりを一日中してきたのだとすれば、これは同情を禁じ得ない。

 レイキバットは労いの意も込めて龍我の肩をポンポン叩いてやったが、本人は気付いていなかった。

 

「その……福井って刑事は」

 

「照井です」

 

「そうそう照井だ照井! で、その照井って刑事はなんて言ってたんだよ」

 

「オホン! ……『悪いが子供の戯言に付き合っている暇はない。お前達、病院で頭でも診てもらったらどうだ?』」

 

「声真似のつもりなんだろうけど、似てるのか似てねえのかさっぱりわかんねえぞ」

 

 精一杯のモノマネで照井との会話当時を再現してみせようとするも、龍我の反応はさっぱりで──まあそれはそれとして。

 

 自分達の旅路や目的、ありとあらゆる内容を大地達は照井に説明した。

 そしてもし叶うことなら共闘もしたい、と付け加えて。

 だがしかし、対する照井の返答は既に瑠美が言った通り。

 ダークディケイドやレイキバットを認知しているにも関わらず、だ。

 いきなりの申し出ならまだしも、別世界の技術産物をはっきり見た上で全く信じないというのは些か不自然だとレイキバットには思われた。

 

「あの突き放す物言い、半信半疑ですらねえのはどうにも引っかかるな。実際に変身してみせた奴がこっちにいるのに、子供の戯言扱いで終わりとは……俺の見立てじゃあの男はもっと賢いと思っていたが」

 

「あれ、レイキバさんは照井さんのこと気に入ってる感じなんですね。私にはすっごく怖く見えて、ちょっと苦手かもです。悪い人じゃないのはわかりますけど」

 

「そうか? ……瑠美が言うなら、そうなんだろう。どうやら俺は照井竜を気に入ってるらしい」

 

 敵を攻めるアクセルの勢いは確かにレイキバットが口癖とする「華麗に、激しく」と合致していると言えなくもない。激しさの主張がかなり強めで、華麗さなどほぼ無かったが、それでも惹かれるものはあった。

 もし大地より先に照井と出逢っていれば、彼に付いていくという未来だってあり得たかもしれない。

 

「それに照井さん、ああ言ってましたけどガイアメモリとドーパントのことはしっかり私達に教えてくれたんですよね」

 

「なんじゃそりゃ。瑠美達を信じねえって言っておきながら? なんか変じゃね?」

 

 USBにそっくりな形状で、人体に挿すと怪物に変貌するアイテム──ガイアメモリ。

 その怪物の名称──ドーパント。

 これら基本概要も簡潔ながら照井が説明してくれたのである。

 

「アイテムを身体に挿して怪人になるって……まるでスマッシュじゃねえか。はぁ〜まさか別世界にもスマッシュに似た奴がいるなんてなぁ」

 

「……人、なんですよね。倒して、その変身してた人はどうなるんでしょうか……?」

 

 これまでの世界の怪人とは、殆どが明確に人間を超えた異種生命。

 だが、今回のドーパントは人間が変貌したもの。いつもの要領で撃破して、中身はどうなるか。相手が悪人でも心配する彼女らしい悩みである。

 

「大丈夫だろ、スマッシュだってぶっ倒せばフツーに元の人間出てきたし。今回も似たようなもんだろ」

 

「……はい、きっとそうですよね!」

 

 類似していようが、細部まで一緒とは限らない。

 スマッシュがそうだからと言ってドーパントもそうとは決して言えないのだが、レイキバットも敢えて口にはしない。

 せっかく払拭しようとした心配をぶり返すような真似は望んでいないのだ。

 

 と、今日一日の出来事を報告しあってひと段落ついたところで龍我がリビングの一角をチラリと見やる。

 

「それで……大地は一体何やってるんだ?」

 

 これまでの会話に大地は一度も混ざらなかった。

 何故なら彼はこの間ずっと荷物の整理をしていたのだから。

 数日分の衣服、インスタント食品、寝袋、変身道具一式等々、必要となる物を悩みながら選び纏めている。

 なるべくこちらに近づかぬよう、部屋の隅っこで一人準備する様はまるで────

 

「まさか……家出か!?」

 

「あはは。半分正解、かも。大地くん、蜘蛛のドーパントから食らった子蜘蛛をなんとかするまでここから出て行くって言って聞かないんです」

 

 愛する者に触れると爆発する子蜘蛛──スパイダー・ドーパントが放った仕掛けは未だ大地の体内に潜んでいる。

 照井が言うには、ドーパントから受けた能力は基本的にドーパントを撃破することでしか解除ができないのだという。

 愛する者とやらの判定が曖昧な以上、不用意に誰かを爆死させてしまう危険性を孕んだ自分は別行動を取るべきだと大地は言い張ったのだ。

 

「マジで家出かよ……ん? じゃあアクセルの記録はどうするんだよ」

 

「とりあえず僕は蜘蛛のドーパントを追うので、アクセルの方は瑠美さんと万丈さんに任せます。照井さんは僕らが探してるアクセルではありませんでしたけど、本当の仮面ライダーアクセルとは何か関係がある……そんな気がします。こっちが片付き次第僕も合流するので、それまでよろしくお願いしたいです」

 

 こういった別行動を取る際には大体良からぬことが起こるものだが、今回もやむを得ないだろう。

 大地は釈然としていない龍我にペコリと頭を下げ、さらに距離を置いてから瑠美にも頭を下げる。そこで思い出したかのように赤い紙袋を瑠美が持ってきた。

 そういえば、買い忘れがあったと言った彼女が買ってきたのはこれだったか。

 

「これ、持っていってください。本当はもっと落ち着いた時に渡したかったんですけど」

 

 直接触れ合わぬように注意を払い、受け取った紙袋。

 鮮やかな包装が施された箱を中から取り出すと、そこには金色で縁取られた"Happy Valentine"の文字。

 

「知ってるか? バレンタインにチョコ貰っても、ホワイトデーに返さなかったら八つ裂きにされるんだぜ!」

 

「えぇっ!?」

 

「ちょっと万丈さん! そういう冗談は大地くんが信じちゃいますよ!」

 

 初めて触れる文化の象徴に嬉しいやら恐ろしいやらの大地。

 そんな彼を見ている龍我の目がかつての遠い記憶に向かう。

 

「そういえば香澄も────なんでもねえ」

 

 熱くなった目頭をゴシゴシ擦る龍我。

 そんな彼にも瑠美は黙ったまま大地と同じチョコを差し出す。

 そしてもう一つ。

 

 可愛らしくデフォルメされた白蝙蝠が羽ばたいている、小さなスノードーム。

 これがレイキバットの前にちょこんと置かれた。

 

「俺に、か?」

 

「レイキバさんはチョコが食べられないので迷ったんですけど……前に買ったスノードームを結構気に入ってくれてたみたいだから、こんなのにしてみました。中の蝙蝠さんも、ちょっとレイキバさんっぽいでしょう?」

 

 似てると言われても、自分はこんなファンシーなキャラではない。

 華麗さもなければ激しさもなく、かと言って気に食わない訳でもなく。

 前に貰ったスノードームもそうだが、今回の贈り物も不思議とレイキバットをソワつかせる。

 人間ならば、こういう時はどう表現するか。生憎、鬼塚がインプットした知識にも解は載っていなかった。

 

「そうかぁ? レイキバはもっと厳つい顔じゃん」

 

「言えてるな。ところで瑠美よ、俺様の分はあるんだろうなぁ?」

 

「ネガさんは……こんな感じでどうでしょう?」

 

「ブラックチョコか……! ククク、やはり俺様のような悪のカリスマには黒が似合う……!」

 

 初めてのバレンタイン。初めてのチョコ。

 期せずして訪れた文化体験は中々悪くない。

 そんな感想を抱くレイキバットなのであった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「さて、僕はそろそろ行きます」

 

 大地がそう切り出した途端に、賑やかだったリビングが一気に静まりかえる。

 出立の準備が整った、ということなのだろう。

 名残惜しくはあるものの、解決は早い方がいい。

 

「せめて朝まで待てばいいのに」

 

「なるべく危険は避けたいので」

 

 食べられないチョコに何故か喜ぶネガタロス眼魂を、チョコ諸共大地が持ち上げる。

 なにやら文句を言う目玉は様々な変身道具が揃っているポーチに突っ込まれた。

 そのまま出て行こうとする大地。レイキバットはその背中に続こうとしたが────

 

 

「あ、レイキバットさんは瑠美さん達と一緒にお願いします」

 

 

 やんわりと、しかしはっきりと拒否の意を示された。

 当然自分も同行するものと思い込んでいたレイキバットは瞠目しつつ、身体を横に振って突っぱねた。

 平時であれば素直に頷ける。しかし、今回ばかりは大地の頼みであっても承伏しかねる理由があった。

 

「……何故だ。ダークディケイドが原因不明の不調である今、使える戦力が多いに越したことはない筈だろう。ガイドだってあんなザマじゃいつまた使えるようになるとも知れないんだぞ」

 

「大丈夫ですって。ほら、僕にはまだメイジもベルデも、冠だってあるんですから。ネガタロスも付いてますし」

 

「それが尚のこと不安要素なんだがな……」

 

 ダークディケイドとレイを除いても、大地の変身手段は3種もある。

 それだけの自由度は十分破格なのだが、しかし万能に過ぎるダークディケイドの多彩性に比べれば見劣りしてしまうのも否めない。

 故に一つでも多く選択肢を増やすのは当然のことであると大地もわかっているものと思い込んでいたのだが。

 

「瑠美には万丈が付いてる。それだけじゃ不服だとでも言う気か」

 

「そんなんじゃなくて、僕が言いたいのは念の為ってことなんです。いつどこでドーパントと遭遇するか、わからないでしょう? レイキバットさんが付いててくれるなら僕も安心──」

 

「んなことはこれまでも同じだろうが! だったらベルデのデッキでも瑠美に貸してやれば済む話だ! 教えろ、何故俺だけ置いていく!?」

 

「だから置いていくとかそんなつもりじゃなくて! レイキバットさんだからこそ僕は──!」

 

 どこまでも平行線の言い合いは徐々にヒートアップしていく。

 自分らしからぬ物言いだとしても、それだけレイキバットには譲れないものがある。

 先の失態を挽回するために。

 少しでも大地の戦力になるために。

 今回ばかりは別行動をするつもりはないのだ。

 

 互いが互いに譲らぬ意見のぶつけ合いは、もはや瑠美や龍我の仲裁すら受けつけないほどに白熱しかけて。

 

 だが、そんな熱を冷ましたのは意外な人物の言葉であった。

 

 

「変われよ大地。そこの聞かん坊なゴミコウモリに俺様が一発かましてやるよ」

 

 

 ポーチからの呼びかけに一瞬躊躇するも、頷く大地。

 そうしてネガタロスに憑依され、大地の雰囲気も一変する。

 瞳の優しい光は鳴りを潜め、ギラついた視線がレイキバットを射抜く。

 

「ゴミコウモリィ。お前、なんにもわかっちゃいねぇな。お優しい大地が言わねえようだから、俺様がはっきり教えてやるよ」

 

「ヘッ、テメェなんぞに何言われようが俺の意見は変わらねえさ。とっとと引っ込みやがれってんだ。俺が話したいのは大地であってテメェじゃねえ」

 

 このネガタロスが大地に憑依した状態──N大地という者をレイキバットはこの上なく嫌っていた。

 ニィ、と薄気味悪く笑うN大地は邪悪そのもので、彼本来が持つ優しさは面影もない。

 しかも大地と同じ顔をしているのだから尚のこと気分が悪い。これで好きになれ、という方がどうかしている。

 だが────

 

 

「お前はもう要らねえんだよ。戦力外、お荷物、要するにクビだ」

 

 

 

 この顔、この声で言われてしまってはレイキバットも絶句する他なかった。

 

 

 

「何故自分だけ置いてけぼりなのか教えて欲しい? クックック……! いやはや、お前という奴は俺の想定を遥かに下回って愚鈍らしい。思い出してもみろよ、これまでのレイの活躍を。

 偽ライダー軍団にはコテンパンにやられる、ミラーワールドには入れない……そういや前回の世界でもドウマに撃たれて大地の手を煩わせてたっけなぁ? これだけでも俺様なら即刻廃棄処分してたが……」

 

「ぐっ……!」

 

 言われてようやく気付くほどレイキバットも鈍くはない。

 ここ最近のレイキバット、並びに仮面ライダーレイといえばまるで良いところなし。自覚があったのが尚のこと痛い。

 対するネガタロスはオーディン、パーフェクトドラスと桁違いの強敵と渡り合ってきている。

 戦歴だけに焦点を絞ると、レイキバットとネガタロスの間には大きな差があると言われても言い返せないのだ。

 

 言葉に詰まるレイキバット。

 N大地はその姿にますます笑みを深めながら、大仰に溜息を吐く。ほとほと呆れたと言わんばかりの態度がこれまた癪に障る。

 

「しかもその蜘蛛のドーパントとやらに遭遇した時も変身できなかったばかりか、大地を守ることさえできなかったらしいじゃねえか。もし俺様が憑いていさえすりゃあ、そんなミスも犯さなかっただろうによ。

 戦闘力はゴミクズ、サポートも満足にできやしない……あーあー、こんな道具を何て言うか教えてやろうか? 

 

 ────粗大ゴミ、ってな」

 

「────ッ!!」

 

 ブン! と空気を切る音が鳴る。

 一瞬遅れて吹き飛ぶN大地の身体。

 拳を赤らめて、それ以上に表情を怒りに染めた龍我がN大地の胸倉を掴み上げる。

 

「さっきから黙って聞いてりゃ好き放題言いやがって……! 言っていいことと悪いことがあんだろうが! お前ら仲間じゃねえのかよ!」

 

 激昂する龍我にも怯まず、ペッと血の混じる唾を吐き捨てるN大地。

 反省の色を見せない相手の態度が龍我の拳を再び振り抜かせる。

 鈍い音と共に明後日の方向を向いたN大地の表情は、向き直った時にはさらに悪どい笑みを深めていた。

 

「ッ! テメェ、まだ──!」

 

「もうやめて! 身体は大地君のものですよ!?」

 

 固く握られた拳は瑠美の言葉でどうにか思い留まれた。

 しかしその隙に龍我を蹴飛ばして立ち上がったN大地はニヤけつつ洋服の汚れを払う。

 

「何を勘違いしてるのか知らねえが……俺様はそこのゴミコウモリを仲間と思ったことは一度たりともねえよ。有能な部下なら喉から手が出るほどに欲しいが、無能な道具はお呼びじゃねえ」

 

「訂正してください。レイキバさんは無能なんかじゃありません!」

 

「ほお、瑠美はコイツの肩を持つか。だがな、さっきコイツが何て言っていたか覚えてるか? 『ベルデのデッキでも瑠美に貸しておけばいい』だったか……クク、戦闘の素人にカードデッキを渡してどうなるか、なんざ今更言うまでもねえ筈なんだがなぁ?」

 

 そう言われて、最も顔を歪めたのはレイキバットである。

 瑠美にカードデッキを渡せば自衛手段にはなるであろうが、彼女の性格を鑑みるに十中八九加勢しようとする筈。

 その場合どうなるかと問われれば──高確率で敗北。良くてデッキを奪われ、最悪破壊される。

 そして契約の証を失ったバイオグリーザが真っ先に狙うのは誰か。

 

「……すまん、瑠美」

 

 項垂れて、しおらしく謝罪するレイキバット。

 この程度、少し考えればわかるだろうに。やはり自分らしからぬ浅慮であったと。

 その謝罪を敗北宣言と受け取ったN大地はますます増長した態度で糾弾しようとするが────

 

『そこまでだよ。ネガタロス』

 

 背筋を凍らせるような冷たい言葉。背後の鏡から放たれた舌が軽めに肩を弾く。

 

「……チッ」

 

 バイオグリーザを介した大地の意思は、生殺与奪を握られたネガタロスには到底無視できるものではなく。

 小さく舌打ちをしてから身体は本人に返された。

 自らの指示とはいえ、バイオグリーザに弾かれた肩から血が流れているが、そんな痛みも気にすることなく大地はレイキバットに深々と頭を下げる。

 

「ごめんなさい。ネガタロスにはちゃんと言っておくから。それと、ネガタロスが勝手に言ったことも、僕は全然そんな風に考えてませんから」

 

「……いや、構わん」

 

 これだけの問答を経た後でも大地はレイキバットを伴おうという意思を見せない。

 ネガタロスを、バイオグリーザを連れて行っても、レイキバットだけは置いていくのだ。

 どんな謝意の言葉よりも、その現実がなによりもレイキバットを打ちのめす。

 

「──じゃあ、ホントにすみません……!」

 

 居た堪れない空気から逃れるように写真館を出る大地。

 そしてレイキバットもその後ろを追いかけようともせず、寝室へ向かう。

 

「無駄に騒がせちまったな。大地が言っていたように、どうも俺は本調子じゃないらしい。先に休むとしよう」

 

「レイキバさん……」

「レイキバ……」

 

 すっかり落ち込んでしまった様子のレイキバットには瑠美や龍我も掛ける言葉が見つからない。

 ここまで消沈した彼を誰も見た事がないのだから。

 恐らくは、その本人ですら。

 

 寝室、もとい大地の自室までの長い道のりを翔んで、パーソナルスペースの止まり木に就く。

 

「……」

 

 この現状を思えば思うほどに湧き出るこの感情の正体は何か。

 どこにも解が見当たらない疑問を抱えてレイキバットは目を閉じる。

 主が不在となった部屋のに居心地の悪さを覚えながら、彼はスリープモードに切り替わったのだった。

 

 

 

 

 

 

 





不穏な始まり。恐らく、過去最高に大地くんの出番が少ない世界になりそうです(え?ほんとに主人公?)



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怪物……W/ウィズ・ハードボイルド


長らくお待たせして申し訳ありません……




 

 

 深夜の風都。肌の感覚を奪う冷風が吹く街。

 年中風が止まない街の象徴として相応しい風都タワーの膝下で、海鳴りをBGMとして二つの影が対峙している。

 

 怒りの形相を仮面に押し込む怪物──アクセル・ドーパントに、比較的人間に近いシルエットの怪人。体色も黒一色と、シンプルに過ぎる外見はアクセル・ドーパントと並べば些か見劣りしてしまう。

 しかし、外見から得られる印象のみで相手の実力や危険性を断じる愚行を犯すことなく、両者は静かに睨み合っていた。

 

 先に動いたのは、黒いドーパント。

 

 左へ右へユラユラと不規則な動きを繰り返し、アクセル・ドーパントへ迫る。

 腰を落として構えるアクセル・ドーパントは自身の大剣──エンジンブレードへ銀のメモリを装填した。トリガーを引き、内包された地球の記憶が刃を研ぎ澄ます。

 

 ENGENE! JET! 

 

 赤熱の刃より高速で放たれる斬撃の嵐が黒いドーパントへ殺到する。

 不規則な動きにも惑わされない、アクセル・ドーパントの正確無比な狙いは見事に敵ドーパント貫いたかに思えた、のだが。

 

 どんなにジェットが貫いても、火花や血飛沫を散らせることなく、身体の輪郭がブレるのみ。黒いモヤのような気体がその周囲に漂っている。

 その手応えの無さから己が与えたダメージが皆無であることを悟るアクセル・ドーパント。面倒な、と舌打ちを漏らしながらも相手の能力に算段を付け、冷静に対処法を模索する。

 

「無理だよ〜刑事さん。そんなの時間の無駄無駄」

 

「貴様の三文芝居を聞かされるよりマシな時間だ。その減らず口もすぐに閉じさせてやる」

 

 STEAM! 

 

 エンジンブレードを纏うは、超高熱の蒸気。

 凄まじい熱量に周囲の空気は赤く染まり、シュゥゥと唸りを上げる。

 その光景を前にして僅かにたじろぐ黒いドーパント。表情こそ窺い知れないが、仕草に焦りを隠し切れていない。

 今度は確実に当てる、と駆け出したアクセル・ドーパント。

 

 掲げた刃を振り下ろさんとしたその時、また別の黒い影が両者の間に落ちた。

 

「さぁ────何ッ!?」

 

 ATTACK RIDE SLASH

 

 振り下ろされたエンジンブレードと衝突する多重の斬撃。

 大気を揺るがす衝撃が広がり、その中心部にいたアクセル・ドーパントもまた吹っ飛ばされる。重量感のある音を鳴らして転がるボディを即座に起こしたが、敵のドーパントも乱入者も既に忽然と姿を消していた。

 どんなに見渡せど、暗く荒れ模様の海が広がるばかり。

 

 まんまと逃げられた、ということである。

 

「────ッ!」

 

 アクセル・ドーパントは噴き出す激情のままに大剣をコンクリートに突き刺し、ドライバーからメモリを抜く。

 苛立ちを含んだ息を脱力感と共に吐き、照井竜は禍々しい赤き装甲を解いた。

 先程まで敵がいた箇所を睨み、回顧する。邪魔をした乱入者の見覚えのある姿を、聞き覚えのある電子音声を。

 

 そう、あれはまさしく────。

 

 

 *

 

 

 

 大地が写真館を飛び出して、はや数日が過ぎた。

 瑠美と龍我は照井竜ことアクセル・ドーパントやラジオで聴いた「ブラックマン」の情報を求めて風都のあちこちを練り歩いていたが、得られた情報といえば「怪物を狩る赤い怪人」「怪物に襲われていたところを助けてくれた黒い怪人」という噂話程度。

 風都タワーのてっぺんから、薄暗い裏通りまで探ってみたが、特に有益な情報は得られていない。

 照井竜と直接コンタクトをとることを試みたのだが、風都署まで行っても門前払いを食らって終わった。

 

 そしてそんな日々の中でレイキバットが何をしていたかというと────

 

 

「今日もいい風が吹きやがる……」

 

 

 わかりやすく黄昏ていた。

 この風都という街は年がら年中風が吹いているが、自身がいるこの「風吹岬」という場所は格別に良い風が通っている。

 大地が写真館を出てからというもの、何かに誘われるかのようにここに辿り着き一日の大半を過ごしていた。

 なにをすることもなく、ただただ思考に耽るだけの一日である。

 

 打ちつける荒波を見下ろす岬の先に羽を下ろし、自身の存在意義について自問自答を繰り返すばかり。

 瑠美達に付いて情報収集と護衛に徹するべきとは理解しているのだが、それでもレイキバットが向かう先はいつもここになってしまうのだ。

 

「我ながら呆れちまうな……これじゃ大地のウジウジを笑えねえ。この俺がまるで人間みたいによ」

 

「悩むのは人間だからか? 俺はそうは思わん。悩み迷えるのは魂を持つからだ」

 

 突然頭上から降りかかる渋い声。

 白い帽子に白いスーツ、全身白づくめの壮年の男。

 これでも人目に付かぬよう崖側に隠れていたのだが、彼はレイキバットがそこにいることを最初から見抜いていたかのようである。

 孤独な雰囲気を纏うこの男は一体何者なのか。

 

「魂だと? 機械のこの俺に?」

 

「バケモノが跋扈するこの街じゃ、魂がある機械なんざそこまで不思議じゃない。

 だが、お前さんも男なら覚えておくことだ。男の仕事の8割は決断、後はオマケみたいなもんだ。そして悩みは決断を鈍らせる、とな」

 

「決断……フッ、覚えておいてやるよ。それで、お前は何者だ?」

 

「俺は鳴海 荘吉。この街を愛するしがない私立探偵だ」

 

 探偵を称するその男、荘吉は懐から出したカメラに青いメモリをセットした。

 

 BAT

 

 カメラが変形した飛行メカ──奇しくもレイキバットと同じ蝙蝠型のバットショットがまるで挨拶でもするようにレイキバットの周囲を飛び回る。

 荘吉がメモリを持っていたことも驚きだが、ガイアメモリとはこのような使い道もあるのか。

 

「ソイツは俺の幼馴染が最近作った道具だ。てっきりソイツのお仲間かと思ったんだが、お前さんはどうやら違うらしい。さりとて変わり種のドーパントにも見えん」

 

「ホォー、探偵ってのは口先だけじゃないらしいな。俺はレイキバット。お前の見立て通り、ドーパントでもメモリでも動く玩具でもねぇ」

 

 探偵なる者は大地達が偶に観賞している映画などで見たことがあったが、実際に目にするのはこれが初めてである。

 しかし、この鳴海荘吉という男と話していて感じる華麗さと激しさは、これまでレイキバットが見てきたどの人物より強い。あるいは照井から感じたそれすら超えるかもしれない。

 この男ともっと話してみたい、とそう思った時には既に彼の目線に合わせた位置に飛び立っていた。

 

「荘吉、お前は探偵で、しかもメモリの事情にも明るいと見た。

 どうだ? 俺の依頼を受けてみる気はないか?」

 

「依頼、ときたか……話してみろ」

 

「赤い鬼の一本角のドーパント、アクセルのメモリを使う男について俺と調査してもらう。あの男の人となり、戦いぶり、そして戦う理由をな。

 俺が認めた男の旅路には、奴の情報がどうしても必要になる。俺だけじゃ……ソイツは手に入らねえ」

 

 今も龍我と二人で地道に調査している瑠美には申し訳ないが、この探偵との行動は活路を開ける。確固たる根拠はないものの、そんな漠然とした予感がレイキバットにはあった。

 そして、自分の中にある迷い──戦力外通告を言い渡された自分の在り方についても答えが出せるのかもしれない、とも。

 

「……照井 竜 警視。異例の昇進をした若手のエリートか。仕事柄、何度か顔を合わせる機会はあったが……。その依頼、受けよう」

 

「アクセルの正体を知っているなら話は早え。しかしいいのか? お前から見て、俺は相当不審に見えるだろうが」

 

「依頼人は大抵訳アリだ。俺からの条件は一つ……調査のやり方は俺に流儀に合わせてもらう。それさえ呑めるんなら、俺から言うことは何もない」

 

「大いに結構! それなら行こうか、華麗に激しく!」

 

 白い探偵に白い蝙蝠、異色の──否、同色のコンビがここに誕生した。

 

 

 *

 

 

 荘吉はどこかへ電話をかけると、手短に何かを告げる。

 誰への電話かと問えば、「今から行く場所で会える」と返された。

 

 要らぬ騒ぎを起こさぬように超低空飛行のレイキバットが着いたのは、普通の図書館。

 そこで待ち受けていたのは、にんまりと笑う、荘吉より少し若く見える男であった。

 

「やぁ荘吉。毎度のことながら、君からの頼み事はいつも唐突だね。もっと前もって連絡してくれって僕いつも言ってるのに。

 だいたいね、前の依頼を終えてまだ一日と経っていないじゃないか。偶には休暇をとって、大阪の娘さんと奥さんに会いに行ったら? 大晦日だって依頼で帰ってないんだろう?」

 

「マツ、お前は最高の相棒だ。だが、俺の家族のことは口にするな。

 亜樹子がどこで聞き耳を立てているかわかったもんじゃない」

 

「ハハ、風都きっての名探偵もこわ〜い娘さんには形無しだ!」

 

 一本取ったぞ、と得意げに笑うマツと、渋い顔付きの荘吉。

 レイキバットには一匹狼のように見えていたこの男も、相棒や家族がいる。

 そう思った途端、大地や瑠美達と共に談笑する自分達の光景が彼ら二人と重なった。

 しかし、ここに来たのは和気藹々とする為ではない。レイキバットは荘吉の足元から強めに先を促した。

 

「おい、さっさと本題に入れ」

 

「わかってるって……え、今誰か喋った?」

 

「さてな、幽霊の声でも聞いたんじゃないか? それで、資料はできてるな」

 

「モチのロンさ! 君の連絡を受けてから急ピッチでね。あ、出来映えについては安心して。いつも通りの……傑作だから」

 

 小気味良く指を鳴らしたマツはタブレットを取り出し、複数の人物写真とその関係性を示す画面を見せた。

 

 照井竜、風都警察署の警視。

 ガイアメモリ犯罪を専門に取り扱う超常犯罪捜査課の設立に貢献し、同課のトップとして現在活躍中。

 父親の照井雄治も優秀な警察官であったが、母親の真由美、妹の春子と共に一年前にドーパントに殺害されており、犯人は依然不明。

 その後様々なメモリ犯罪を検挙していくが、多くの事件関係者が消息不明もしくは死亡している────。

 

「彼、かなりのエリートだけど周りからの評判はあんまりよろしくない。犯人逮捕の為なら後はお構いなしと言わんばかりに違法スレスレの捜査を繰り返すのは序の口、しかも事件関係者が軒並み消えていれば……」

 

「昔ながらの鬼刑事、とも違うか。それで資料はこれだけか?」

 

「まさか。もう一つ耳寄りな情報を仕入れてるよ」

 

 タブレットの画面が新たに示すのは、今朝の新聞記事。その一面を飾る「謎の奇病!? 風都を震撼させる公害か!?」という見出し。

 

「なんでも最近妙な症状で救急搬送される例が増えてるらしい。皮膚は異常なまでに黒ずみ、呼吸器はボロボロで全員意識不明。新興感染症の疑いもあるけど、未だ原因は不明。

 巷じゃバイオテロとか、毒ガス事件とか、噂は色々だけど、この街じゃ真っ先に疑われる原因は……わかるよね?」

 

「新手のドーパント……」

 

 タブレットの画面に食い入る荘吉の答えにマツは満足げに頷く。

 

「被害者の中には道端で突然倒れる人もいたんだけど、その近くで人型の煙が相次いで目撃されてる。警察もメモリ犯罪の面から洗い出そうとしてるみたい」

 

 ここまで説明されて、レイキバットにも合点がいった。

 恐らく、照井が今この毒ガス事件とやらを追っている。単に彼個人のみを調べるのではなく、ドーパント事件に挑む刑事としての彼を記録する──そこまでの事情は明かしていないにせよ、マツという男はこちらの希望通りの調査をしてくれたということだ。

 

「ご苦労マツ。また何かあれば連絡する」

 

「ご苦労。いい働きだったぜ」

 

「はいはい……あれ? また別の声? 耳鼻科で診てもらった方がいいかな……」

 

 不審に思われようと、礼くらいは言ってもいいだろう。

 

 

 *

 

 

 毒ガス事件、それを追う照井竜の追跡調査。

 手掛かりが決して多くない状況下での調査など、レイキバットには慣れたものである。

 しかし、ここに至ってその認識を改めざるを得ないと、荘吉と行動を共にして強く痛感した。

 

 意識不明で入院している者の関係者からの聞き取りから始まり。

 事件当日の時系列に沿った行動把握。

 現場周辺での目撃情報集め。

 先に見たガジェットを駆使した多角的な調査。

 

 情報の取捨選択と次にするべき行動決定の迅速さ、そして直感にレイキバットは舌を巻くばかりである。

 見立て通り、いやそれ以上の有能っぷりをこの探偵は見せつけてくれたのだ。

 今後の世界でも探偵を雇うべきか? とまで考えて、ここまで有能な男がそういる筈もないと諦めた。

 ならばせめてこの貴重な経験から少しでも自らの糧にするべきだろう。

 

「事件現場はどれもバラバラ。被害者の間にも関係性や共通項はない。だが、現場には例外なく黒い跡が残されていた。

 倒れた被害者から一直線に伸びる影跡……これは事件当日の現場での風向きと一致していた。恐らくこれが毒ガスの微粒子だろう」

 

「風に煽られて飛ばされてるというのか? ならもっと大規模な事件になっているだろうが」

 

「しかしそうはなっていない。このガスの毒性はドーパントからある程度コントロールされている」

 

 現場から現場へ、足を運ぶ度に考察を積み重ねていき。

 

 荘吉とレイキバットは今朝の新聞記事に載っていた被害者の発見現場──未だ警察の現場検証が続く場所へ辿り着いた。

 KEEP OUTのテープによる境界線の向こうは数十人の捜査員が忙しなく動き回り、とても入れる雰囲気はない。

 野次馬に混じって遠巻きに眺めるしかないと思いきや、なんと刑事の一人が荘吉の姿を認めた途端に笑顔で招き入れた。荘吉もまたこともなげにKEEP OUTのテープを潜り、招き入れた刑事に会釈する。他の捜査員達も荘吉の顔は認知しているらしく、その行為を咎める者もいない。

 

「いやー、鳴海の旦那。こんなところで偶然……てな訳ではないですよね」

 

「どうも、刃野刑事。お察しの通り、野暮用で。それで、何か進展は?」

 

「いやはや全くのお手上げですよ。被害者(ガイシャ)はみんな昏睡状態。精密検査でも原因は特定できず。こりゃドーパント絡みと見てまず間違いないでしょうなぁ。旦那の方で、何か発見はありましたかね?」

 

「こっちも足を動かし始めたばかりでなんとも」

 

 刃野、と呼ばれた刑事は荘吉と顔見知りどころかそれなりに勝手知ったる仲のようで、口調ほど畏まった様子はない。

 他の捜査員の反応といい、部外者である荘吉が邪険に扱われないのも彼の能力か、それとも人徳によるものか。

 

 レイキバットは彼らの会話を足元で聴きながら、捜査員の中に照井の姿がないことを確認する。この事件も言ってしまえば仮面ライダーアクセルを記録する為の足掛かりでしかなく、そこに繋がらないのならあまり意味はない。人助けに熱意を燃やす大地や瑠美ならそれでも事件解決に奔走するのだろうが……。

 

「……気付いているか」

 

「あ?」

 

 刃野との会話を切り上げた荘吉が小声で、しかしはっきりとレイキバットに聞こえるように声を掛ける。

 小さいジェスチャーで彼が指し示す先には、捜査現場を物珍しそうに眺める野次馬の群れ。

 あれがなんなんだ、と再度荘吉を見上げれば、眉を潜めてしゃがみ込む。スーツの汚れを拭う仕草を装い、レイキバットに口を寄せた。

 

「最前列にいる野球帽を目深に被った男だ。さっきからずっと捜査員を観察している。それも一人一人じっくりと、丁寧に」

 

 テープに張り付くように、それでいて身を乗り出すまではせず、ただボーッとしているようにも見える野球帽の男。

 確かに言われてみれば、その視線は常に捜査員達に釘付けになっているとわかる。

 

「……確かに妙だが、わざわざ怪しむには理由が足りなくないか? 好奇心に駆られて眺めている、と言われたらそれまでだろう」

 

「理由なら足りてるさ。アイツの帽子は似合わねぇ」

 

「あぁん? 何言ってやがる」

 

「男の目元の冷たさと優しさを隠すのが帽子の役割だ。だが……奴が目元を隠しているのは違う。あのドロドロに濁った目と顔を隠す為のものだ。仕事柄、ああいう目の奴は嫌になるほど見てきたが、メモリに手を出すのはそんな輩ばかりでな。

 ────ま、端的に言えば探偵の勘だ」

 

「ここまで来ておいて勘任せか? だが……それがお前の流儀なら言うことはねぇ。名探偵のお手並み拝見といこうか」

 

 ひとしきり観察をした後、男は現場から去って行く。

 アイコンタクトを交わし、男を追う荘吉とレイキバット。

 男はこちらの尾行に気付く様子はなく、故に追いつくのは簡単であった。

 荘吉に声を掛けられた男は、ぼんやりとした雰囲気を纏って振り返り、こちらを警戒もしていない。

 

「ちょいと失礼。少し話を聞かせてもらいたい」

 

「え? ……あぁ、あなたはさっき現場にいましたね。刑事さん──には見えませんが」

 

「その通り、俺は探偵だ。そういうアンタは何故さっきの現場に? 野次馬にしちゃ、現場そのものにまるで興味を示さず、ひたすら捜査員だけを観ていたようだったが」

 

「へぇ、流石は探偵さん。よく人を観ているんですね……僕もね、人間観察はよくするんですけど、まだまだ勉強が足りないらしい。

 探偵……探偵かぁ。うん、いい勉強になりそうだ」

 

 こちら側の質問には答えず、うんうんと頷くばかりの男。

 その仕草に嫌なものを感じた荘吉が微かに身構えた途端、男は気味の悪い笑顔をニンマリと浮かべた。

 

「今のは僕にもわかりましたよ! 探偵さん、僕を警戒してますよね? いい、そういうのすごくいいですよ探偵さん! 僅かな動きで心情を演出するって、中々できることじゃない!」

 

 ついさっきまでとは別人のような変わりようである。

 それこそ、これまでの世界で見てきた怪人達にも引けを取らない狂気を曝け出してきたような。

 故に、男が徐ろに紫のメモリとドライバーを取り出すのも、殆ど驚きはなかった。

 

 隠れていた足元から飛び出し、メモリを狙って氷結弾を放つレイキバット。

 それとほぼ同時に荘吉も男のドライバーを叩き落とすべく、鋭い蹴りを放つが────。

 

「おっと危ない!」

 

「なっ……」

 

 男はレイキバットと荘吉、それぞれの攻撃をギリギリで回避して素早いバックステップで距離を取る。

 人は見かけによらないと言うが、それにしても並外れた反射神経である。この至近距離であれば自身か荘吉、どちらかの攻撃で男のメモリ使用を妨げられると踏んでいたが、読みが甘かったと言う他ない。せめて龍我と合流していれば、と己の判断の甘さを呪うレイキバット。

 

「今のはヒヤッとしましたね。ボクサーの人から勉強していて正解でした。それでは改めて、しっかり学ばさせてください!」

 

 SMOG

 

 気色悪い満面の笑みが黒一色に塗り潰されていく。

 そうして男が変じたのは全身真っ黒の人型怪人──スモッグ・ドーパント。

 これまでの言動やスモッグというワードからも、このドーパントこそが一連の事件の犯人であると見て違いあるまい。

 

「これでも喰らえってんだ!」

 

 SPIDER

 STAG

 

 レイキバットが氷結弾を連射する横で、荘吉の腕時計型ガジェットと携帯電話型ガジェットが敵へ突撃する。

 それぞれスパイダーショック、スタッグフォンと呼ばれるガジェット達はドーパントに対しても牽制にはなる道具であるのだが、果たして期待された効果は得られない。レイキバットの氷結弾、スタッグフォンの突撃、スパイダーショックの糸による拘束、いずれもスモッグ・ドーパントの身体をするりと透過してしまったのである。

 

「へぇ〜、まるで探偵七つ道具みたいですね。でもオレには効かないんですよ。ヘヘッ、不死身なんで」

 

「ならコイツはどうかな?」

 

 BAT

 

 続けて荘吉が放ったバットショットもスモッグ・ドーパントへ突撃────と見せかけて、眼前にて激しくフラッシュを焚いた。

 これには堪らんと慌てて腕を振るうドーパントであったが、視界を潰されてはまともに当てることも叶わない。 

 

 視線が交差し、頷き合って逃走を開始するレイキバットと荘吉。

 スモッグ・ドーパントもすぐに我を取り戻し、後を追いかけてくる。

 優れた身のこなしがあるとはいえ、荘吉は所詮ただの人間。土地勘を活かし、狭い裏路地や曲がり角を利用して撒こうとしたのだが、超人たるドーパントには早々に追いつかれてしまう。

 前方は行き止まり、背後にはドーパント。完全な袋小路に追い込まれてしまったのだ。

 

「油断も隙もないなぁ。ますます気に入ったよ探偵さん」

 

「……荘吉、ここを切り抜ける秘策はあるか? 変身できるメモリは?」

 

「これまで身一つでなんとかしてきたもんでな。怪物になる小箱なんざ必要としてこなかった」

 

「よく生きてたもんだ……」

 

 本当の本当に最後の手段があるにはある。

 荘吉をレイに変身させれば、この敵を退けることも可能ではあるだろう。

 しかし、魔皇力の制御が不安定な今のレイキバットでは良くて自壊、最悪荘吉ごと木っ端微塵。これで危機を切り抜けたなどと言えるものか。さらに言えば、例え自分が本調子であってもただの人間である荘吉がレイに変身すればやはり無事では済むはずもないが。

 

「……どうやらコイツの狙いは俺一人らしい。俺が惹きつけている内にお前さんはその翼で逃げな」

 

「何を言ってやがる! この俺だけおめおめ逃げ帰れって言うのか!? ただの人間に守られるほど落ちぶれちゃいねえぞ!」

 

「自分を頼ってきてくれた依頼人は命懸けで守り抜く。それが探偵ってもんさ。お前が何者であろうと、俺の依頼人だということに変わりはない」

 

「カッコつけやがって……!」

 

 嗚呼、またしても自分は役に立たぬのか。

 大地や万丈であれば、敵を撃退できた。

 ネガタロスであれば、荘吉に憑依して危機を切り抜けることもできたかもしれない。

 

 囮となるべく駆け出す荘吉の背中を呼び止める言葉を見つけられぬまま、歯噛みするレイキバット。

 華麗さも、激しさもない自身への苛立ちと鬱憤、積もりに積もった怒りが小さな身体を震わせる。

 屈辱に塗れたままに羽ばたこうとして────ふと、かつて見た光景が脳裏を過った。

 

 大地と初めて出会った場所、最初の戦いで大地の窮地に駆けつけた名護啓介。

 変身を封じられた絶望的状況下で、それでも喰らい付く彼の姿を。

 そして自身と出会う直前、ハンミョウ獣人に生身で立ち向かった大地の姿を。

 

(チッ、俺としたことがどうかしちまってたぜ。変身がさせられない? 関係ねぇ、いつだって俺はこの身体でやり合ってきた!)

 

 自らを奮起し、羽ばたきかけた身を翻す。

 レイキバットは荘吉を飛び越し、スモッグ・ドーパントへ氷結弾を連射する。

 何か呼びかけてきたような気がしたが、いちいち振り返る真似はしない。

 狙うは顔面一点。精度を絞った氷結弾はやはり貫通し、ダメージには至らない。それでもレイキバットは突撃を止めない。

 

「ウオオオオ!!」

 

 武器は氷結弾だけにあらず。

 絶対零度の息吹を吹きかけて、敵を凍結させる。それが叶わずとも、動きを阻害するぐらいはできるかもしれないという希望的観測の元に放たれた息吹。

 しかし意外や意外、レイキバットの息吹を吹きかけられたスモッグ・ドーパントは凍結こそしなかったが、明らかに悶えていた。

 

 まるで身体を掻き毟るかのような動きで苦しむスモッグ・ドーパント。

 予想外の効果に困惑しながら、絶えず冷気を吐き続けるレイキバット。

 何故効果があるのか、考察の余地はあるものの今は後回しにする他ない。

 

「ぐっ……邪魔しないでもらえるかな!」

 

「ヌァッ!?」

 

 だが、レイキバットの奮闘もドーパントが振るった腕一本に叩き払われて終わってしまう。

 吹っ飛ばされたレイキバットはあわや壁に激突、というところで荘吉にキャッチされて事なきを得た。

 それなりの痛手は負わせられたが、状況は変わらず。荘吉の手の中でレイキバットは自嘲気味に笑った。

 

「結局このザマか……目玉野郎に笑われても文句言えねぇ」

 

「笑わせやしないさ。誰にもな」

 

 荘吉の目はまだ死んでいない。打開の道を冷静に模索している。

 そんな彼を嘲笑うように身体を震わせ、歩み寄るスモッグ・ドーパント。

 

 万事休す────かに思われた、まさにその時。

 

 

「待ちな、小悪党。今時親父狩りなんて流行らねえっての」

 

 

 スモッグ・ドーパントの背後に一人の青年が立つ。

 芝居がかかった風にハネのある茶髪を撫で上げ、不敵に笑う青年にレイキバットのみならず、ドーパントでさえも首を傾げた。

 ただ荘吉だけはその人物を知っているらしく、その顔をさらに渋くして溜息をついていたが。

 

「なんなのキミ? サインなら後にしてもらいたいなぁ」

 

「バケモンのサインなんてこっちから願い下げだ。待ってな()()()()()()()! こんな奴すぐにとっちめてやっから!」

 

「あの馬鹿野郎……まだ懲りてねえのか」

 

 恐らく助けに来たであろう彼はやはり荘吉の知り合いらしい。喜ぶどころか、妙に呆れた様子なのが気がかりだが。

 そんな荘吉の溜息にも気付かず、あるいは気付いていてもスルーした青年は見せつけるように黒いドライバーとメモリを掲げる。

 まさかとは思ったが、この男もメモリを所持していた。

 

「へぇ、キミもドーパントなんだ! でもオレに何の用?」

 

「ドーパント? 違うな。俺はそんなバケモノ共と同じにすんじゃねえよ。その耳かっぽじって聞きな、この俺こそが風都を守る万人────」

 

 JOKER! 

 

 切札の記憶を起動させる音声が響き度り、青年の身体が漆黒のボディに包まれていく。

 全身を黒く染めたその異形はどこかスモッグ・ドーパントにも似ていたが、大きな違いとして真っ赤な複眼が燃えていた。

 

「人呼んで、ブラックマン!」

 

 ビシッとポーズをキメる黒い怪人────ブラックマン、又の名をジョーカー・ドーパント。

 当初から探していた都市伝説の一つが拳を固め、スモッグ・ドーパントへ向けて意気揚々と駆け出した。

 

 

 *

 

 

 そのすぐ付近にある屋根の上にて。

 

 レイキバット達を見下ろしていた一つのシルエット。風の街に相応しく、銀のマフラーが首元からはためき、右腕には緑の疾風を纏わせている。

 

「────」

 

 ボソボソと、誰かに語りかけるように呟く。

 眼下の異形達を順に見つめるは、その真っ赤な複眼。

 ジョーカー・ドーパントとスモッグ・ドーパント、最後にレイキバットを見つめると、右腕を軽く払って疾風を掻き消した。

 

「……」

 

 やがてその全身はより大きな疾風に抱かれ、遥か上空へ消えていった。

 






約1年ぶりの更新でした。読者の皆様には改めてお詫び申し上げます。

次回更新は未定ですが、なるべく早めにします!
感想、評価はいつでもお待ちしております。


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怪物……W/黒いオマエよ、どこへゆく?



アクセルの世界

風都警察署の照井警視がアクセル・ドーパントとなって戦う世界。
鳴海荘吉がスカルになっておらず、左翔太郎も弟子入りしていない。
この世界のドーパントはそれぞれのメモリ専用のドライバーを用いて変身しており、それはアクセルも同じである。




 

 

 黒vs黒、勃発したドーパント同士の対決。

 先手と打ったのは、ジョーカー・ドーパントであった。

 切札の記憶によって著しく強化された身体能力、それを発揮した拳がスモッグ・ドーパントの顔面を捉える。

 

「ゥオラァ! ……あれっ?」

 

 スカッと。

 ジョーカー・ドーパントのパンチは顔面を貫通し、その手応えの無さに拍子抜けしたような声を上げる。

 スモッグ・ドーパントは欠伸のジェスチャーなんてする始末で、これはどう見ても無傷だろう。

 

「な、なんだコイツの身体!? 空気殴ってるみてぇだ」

 

「無駄だって〜。遊びたいならどっか他所行ってな、しっしっ」

 

「んだとぉ!」

 

 頭に血を上がらせたジョーカー・ドーパントが激しい拳のラッシュを繰り出すも、スモッグ・ドーパントは慌てる素振りさえ見せない。

 時折ハイキックなど織り交ぜたりしてはいるが、案の定効果無し。あれでは無駄に体力を消耗し続ける一方だ。

 

 あんな自信満々に登場しておいて、まるで攻撃が通じていないブラックマンにはレイキバットも盛大に溜息を吐いた。隣の荘吉も苦々しい表情を隠そうともしていない。

 

「知り合いらしいが、どういう関係だ? 探偵の用心棒か、それとも子分? あまり良い関係には見えんが」

 

「……奴は左翔太郎。街の番人を気取る、ただの未熟な小僧だ。メモリは危険だと言うこっちの忠告も聞く耳持たずで、いつも無鉄砲に飛び込んできやがる。若さ故の、って言葉にも限度があるのをアイツは知らんのさ」

 

 荘吉の探偵としての能力はレイキバットも認めるところであり、そんな彼の人間評もまた信頼に値する。

 ジョーカー・ドーパントの動きは実に無駄が多く、すぐに冷静さを失う精神面などを垣間見れば未熟な小僧という呼び方は実にピッタリであった。彼がスモッグ・ドーパントを撃退できるとも考え難い。

 

「もういいかなぁ〜? オレが用があるのは探偵さんなんだけど」

 

「いいわけねえだろ! 鳴海のおっさんはめっっっっちゃムカつくけど! テメェみてえなバケモノよか百倍マシなんだよ!」

 

 声を張り上げて放たれるアッパーも、言うまでもなく効いていない。

 このままではいけないとようやく理解したのか、ジョーカー・ドーパントは一旦距離を取る。

 手早くドライバーを操作し、電子音声が高らかに鳴り響いた。

 

 JOKER! MAXIMUM DRIVE! 

 

 爆発的に高まったエネルギーが集中した右足から、紫電が弾ける。

 跳躍から突き出されるのは、オーソドックスなフォームの飛び蹴り。

 扱う者が者なら"ライダーキック"と呼称されるであろう必殺技が、のんびり見上げていたスモッグ・ドーパントの胸部に到達する。

 

「だから効かな────ぐあああああッッ!?」

 

 一瞬の沈黙を経てから派手に吹っ飛ぶスモッグ・ドーパント。

 着地したジョーカー・ドーパントはその様を見届け、此方に向き直る。

 腰に手を当ててやや気怠げに構えているのは、まさか決めポーズのつもりなのだろうか。

 

「決まったな……さぁて、後は警察に突き出してっと」

 

「何も決まっちゃいねぇ! 相手をよく見てみろ!」

 

「あぁん?」

 

 荘吉にドヤされに不機嫌そうな反応を返しているが、ムクリと起き上がったスモッグ・ドーパントを認めた途端に驚愕に染まる。

 

「折角だしヤラレ役の練習もしてみたよ〜。どう? ビックリしたかな?」

 

「お、俺のマキシマムを喰らってるのにピンピンしてやがる……!? 手加減し過ぎたか!?」

 

「いや、そもそも喰らってないよ。お芝居だよお芝居。あ、もしかしてドラマとかあんまり見ないタイプ?」

 

「"風の左平次"なら……って、だー! んなことどうだっていいだろ!」

 

 吹っ飛ぶ姿が少し不自然に見えたのでもしやとは思ったが、真相は敵におちょくられていた、と。

 威力だけはそれなりにありそうだったが、言ってしまえばただの強いキック如きが効くならこれまでの攻撃にも多少はダメージがあってもおかしくない。故にレイキバットと荘吉にはこの結果に驚きなど殆ど無かった。

 

 されど収穫がゼロということでもない。

 

 ジョーカー・ドーパントが奮闘している間、冷静に敵を観察することができた。

 これまでの情報と照らし合わせれば、スモッグ・ドーパントの特性は簡単に見破れる。

 

「奴は毒ガスを出すドーパントではない。奴自身が毒ガスになれるんだ」

 

「なるほど納得だな、ガスならそりゃあ殴りようがない。翔太郎とやらも格闘主体、他に隠している切札でもない限りは詰みだな。

 ……チッ、ぬか喜びするところだったぜ」

 

 もう出来ることは無いと本人もわかっている筈。にも関わらず、ジョーカー・ドーパントは再度突撃、空を切るだけの拳を振るっている。

 スモッグ・ドーパントの方も多少鬱陶しくは感じていそうだが、無視して最初の標的である荘吉へ近づいていく。

 

 翔太郎が駆け付ける直前とまるで同じ状況。

 違いは、もう助けなど来ないこと。

 

 と、思われたのだが。

 

「待たせたなレイキバァッ!!」

 

 蒼炎が凄まじい勢いでスモッグ・ドーパントの目前に落ちる。

 飛び散る破片と砂塵に視界を塞がれれば、例えダメージはなくとも足を止めはする。

 そうして降臨した蒼き龍戦士は、レイキバットの予想に違わぬ姿形の仮面ライダーであった。

 

「クローズ、万丈か……!? なんでこんなところにいやがる。瑠美はどうした!」

 

「瑠美なら置いて来ちまった。 俺は見覚えある野郎を追いかけてたら見失って、そんで今度は近くにレイキバがいたんだよ。なぁ、ところで()()()()()見てねえか?」

 

「歯車ァ?」

 

「そうそう、赤いヤツだ。俺が知ってるのは青い方なんだけどよ」

 

「いや、見ても聞いてもいないが……」

 

「ならいい!」

 

 なにやら事情がありそうだが、とにかく今度こそ待ち望んだ助けが来た。

 頭の出来はさておき、クローズの実力と能力の豊富さであればスモッグ・ドーパントの撃退も可能かもしれない。

 

 怯んでいたスモッグ・ドーパントに殴りかかるジョーカー・ドーパントを見据え、クローズがビートクローザーを構える。

 先手必勝。一撃必殺。同時撃破。

 ドラゴンボトルと最も相性が良いキーボトルを装填しようとしていたクローズは、まさにそんな考えであるのだろう。

 なので、レイキバットは素早く寄ってクローズの顔面に冷気を吹き掛けた。

 

「待て待て待て! 敵は片方だけだからな。眼が赤くて馬鹿っぽい方は味方だからな? いいな?」

 

「いやいやいや! それ言う為だけに雪かけたのかよ!? 霜焼けになるだろ! ったく!」

 

 気を取り直して、今度こそぶちかます。

 などと考えていそうだったので、キーボトルをはたき落とすレイキバットであった。

 

「そのボトルじゃ無理だ。奴はガス状の……気体の身体、ただ強い攻撃を放っても当たりゃあしねえ。

 そこでだ……お前、吸い込めるボトルを持っているな?」

 

「お前なぁ……あぁ、コレか。よくわかんねーけど、やってやるよ!」

 

 二度も出鼻を挫かれて勢いは多少削がれていたものの。

 キーボトルに代わってクローズが装填するは、掃除機ボトル。

 以前、オーディンの羽を吸い込んだような吸引力がビートクローザーの周囲に発生した。

 普通の人間なら少しふらつく程度の吸引力でも、ガスの身体ならばどうか。

 

「なんですこれ……!?」

 

「ウオオオオッ!! スイコミ斬りィ!」

 

 まるで綿飴のように巻き取られる、ガス状の身体。

 剣の周囲を回転するガスは徐々に速さを増していき、暴風と呼ぶに等しい勢いにまで膨れ上がった。

 吸い込まれる前に洩らした困惑の呟きは、やがて悲鳴に変わり。

 思い切り振り下ろされた剣からガスの塊が放り投げられた。存分にかけられた遠心力に脳を揺さぶられ、地面にぐったりと倒れるスモッグ・ドーパント。

 

 殴ろうとしていた相手が突然吸い込まれる、なんて現象に驚くのはジョーカー・ドーパントである。

 

「な、なんだお前? ドラゴンのドーパントか?」

 

「俺はドーパントなんかじゃねえ。仮面ライダークローズだ!」

 

「仮面……ライダー? なんだそりゃ、暴走族かなんかか?」

 

 なんじゃそりゃ、と言わんばかりのジョーカー・ドーパントを見るに、この世界では「仮面ライダー」の呼び名は無いのだろうとレイキバットは確信する。

 多くのライダーを見て、戦ってきた大地は照井竜を、アクセル・ドーパントを仮面ライダーではないと判断していた。

 

 仮面ライダーと呼ばれる者、呼ばれない者。

 

 その基準は未だ不明。仮に大地がこの場にいたとして、あのジョーカー・ドーパントを「仮面ライダージョーカー」と呼ぶのかどうかも。

 それがわかった時、アクセル・ドーパントと仮面ライダーアクセルを繋ぐものもはっきりするのか否か────まあ、これは後でいい。

 

「万丈! さっさとトドメをくれてやれッ!」

 

「おうよ! ……ってなんでレイキバが指図するんだ!」

 

 言い争いはしても、反目まではしない。

 オレンジのフルボトルをシャカシャカ振って、内部に眠るタカの成分を活性化させる。

 ボトルをビートクローザーへ装填、グリップエンドを三度引き最高潮に高まるエネルギー。

 

 メガスラッシュ! 

 

 スモッグ・ドーパントは未だ立ち上がれず、まず回避はできない。

 巨大なオレンジの翼を幻視させる斬撃を今まさに放たん、としたところでクローズを遮るジョーカー・ドーパント。

 クローズが剣を振り切る寸前で腕ごと剣を押さえられた結果、メガスラッシュは不発となる。

 

「何すんだよ! アイツに逃げられちまうだろ!?」

 

「だからって、()()()()()()()()()() ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()() ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「は……?」

 

 クローズの剣先が落ちる。

 "ドーパントを撃破すれば、変身していた人間も命を落とす"──言われた事実を脳内で処理するのに、クローズはしばし時間を要した。

 

 彼の世界におけるドーパント、つまり怪人であるスマッシュは主体的にせよ受動的にせよネビュラガスを投与された人間である。

 とある例外を除いて、スマッシュは倒されれば人間に戻っていた。

 同じようにドーパントもまた倒せば人間に戻るものだと、思い込むのも無理はない。

 

(不味いな……こうなると大地と万丈は戦いにくくなる)

 

 "恐れていたことが起こったか"と顔を顰めるのはレイキバット。

 ドーパントを撃破すれば、変身していた人間も死ぬ可能性は前々から考慮していた。

 正直な話、大地達ほど人間を守る気がないレイキバットにとっては、怪人に変貌して牙を剥いてきた人間を殺めることにそこまで抵抗はない。

 しかし、今まで自らの意志で人間を殺そうとはしてこなかった彼らのスタンスは理解している。面倒な、と思いはしても逆らいはしない。

 

(こうなったら死なないギリギリまで痛め付けてやってから、無理矢理メモリを奪って無力化するしかねえ……一難去ってまた一難とはこのことか)

 

「ッ! 気を付けろ!」

 

 しばらく静観していた荘吉が警告を飛ばす。

 スモッグ・ドーパントが立ち直り、クローズをじっと見つめているのだ。

 剣を押さえていたジョーカー・ドーパントと共に慌てて向き直るクローズであったが、スモッグ・ドーパントは構え一つ取らない。ひたすらに、ただ見つめるだけ。

 

 その行動の真意を確かめる前に、誰かが駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。

 

 明らかにこちらに近付いてくるその足音に、全員の視線が集まる。

 

 それは剣を片手に構え、疾走する黒い装甲の戦士。

 思わず二度見して、その姿が見間違いでないことを確認してしまう。

 ここ数日音信不通だった男が、突然現れればそんな反応をしてしまうのも当然のこと。

 

「大地ッ!?」

 

 彼はレイキバットとクローズがよく知る人物────仮面ライダーダークディケイドなのだから。

 

 

 

 *

 

 

 

 同時刻、龍我に置いて行かれてしまった瑠美はというと──。

 

「はぁ……そろそろ私にもバイクが欲しいです……免許ないですけど……」

 

 地道な調査をしていた彼女らの前に、唐突に現れた"赤い歯車の怪人"。

 誘うような仕草をして、何処へと消えたその怪人に見覚えがあるらしい龍我は変身してすぐさま追いかけてしまった。

 

 大地も、レイキバットも、龍我もいなくなり。

 

 途方にくれた瑠美はひとりぼっちでとぼとぼ歩く羽目になっていた。

 

「こうやって置いてけぼりにされるのも! 慣れてますし! 気にしてませんけど!」

 

 近くに誰もいないのをいいことに、叫んでみたりする瑠美。

 本当は滅茶苦茶気にしているんだぞ! せめて移動手段ぐらい用意して欲しい! ──そんな感じの叫びである。

 

 自転車を用意するのは真面目にアリかもしれませんね、と考え始めた瑠美は、ちょうど曲がり角から出てきた少年とぶつかってしまった。

 尻餅付いて倒れる、パーカーを着た少年。

 慌てて謝りながら手を差し伸べるも、彼は瑠美の背後をじいっと見つめるばかりである。

 

「それ、君の?」

 

「それ?」

 

 "それ"が何を指すかわからず、少年がおずおずと指差す背後を振り返ると、そこには青いカブトムシが浮遊しているではないか。

 しかもよく見れば、カブトムシは機械でできており、どことなくレイキバットを彷彿とさせるフォルムをしている。

 

 この世界の虫って全部こんな感じなのかな? なんて一瞬考えてしまって、それは違うなと自分で否定した。これまで見てきた限りでも虫は普通であったし、そもそも季節的にカブトムシはいないはずである。

 

 瑠美が恐る恐る覗き込むと、どこかへ飛び去っていくカブトムシ。ポカンと呆気に取られている背後で、少年が早口で呟いていた。

 

「母さんの作ったメモリガジェットかな? でもビートルのギジメモリは無い筈……興味深いな」

 

「あの〜……? カブトムシさんのこと知ってるんですか?」

 

「さっぱりわからない。僕がこんなところを歩いている理由もね。

 でも、わからないから面白い……そうは思わない?」

 

「私はあんまりかも、です。好奇心が強いんですね!」

 

「そうだね。姉さん達にもよく言われる……というか、怒られるの方が正しいかな。でも気になることは気になるから、しょうがないんだ」

 

 少年はそこまで語って、またブツブツ呟きながら歩き去ってしまう。

 あのカブトムシを"メモリガジェット"と呼称したあの少年はどの程度かは不明にせよ、事情通に見えた。

 詳しく話を聞いてみれば、有力な手がかりを得られるかもしれない。

 

 今、瑠美が追い掛けるべきは少年か、それともクローズか。

 

(もしこの機会を逃したらあの男の子と会うことはないかもしれません。あの青いカブトムシも気になりますし……。

 でも、ここで万丈さんと別れたら私達はみんなバラバラ。連絡を取り合う手段もないのに、それはとっても不味いですよね……)

 

 瞬きの合間に迷って、また迷って。

 結局、瑠美が選んだのはクローズを追う道。

 未だ"仮面ライダーアクセル"と出会っていない自分達が全員離れ離れになってしまうことを危惧したが故の選択である。

 そうと決まれば、と気合を入れ直し、さっきまで走っていた道を瑠美は駆け出した。

 

 やがて少年が歩き去り、見えなくなった方角にある屋根の上。

 そこに佇む緑の人影が見つめてきていることに、瑠美は最後まで気付かなかった。

 

 

 

 *

 

 

 

 レイキバット達の前に姿を見せたダークディケイドこと大地。

 時間にしてみれば数日ぶりの再会。だが、去来した感覚はその実時間以上の重みがあった。

 言ってやりたいこと、聞き出したいことは山ほどあれど、何から言えばいいのかわからない。

 言葉に詰まったレイキバットがまるで助けを求めるように見た荘吉は、乱入者であるダークディケイドに怪訝な顔をしている。

 クローズをその態度からこちらの味方と判別できたのだから、「大地」と呼んで警戒を促さなかった時点で同じく味方であると彼なら考察できそうなものだが……。

 

 そしてレイキバットは、荘吉にダークディケイドのことを説明しようとして、我が眼を疑う羽目となる。

 

 

 乱入してきたダークディケイドがスモッグ・ドーパントを守るように立ちはだかっているのだから。

 

 

「何の真似だよ、大地」

 

 いの一番に口を開いたのは、クローズ。

 そんな彼にダークディケイドはライドブッカーを突き付ける。

 

「このドーパントは殺させない」

 

 きっぱりと。そしてはっきりとそう告げた。

 

 状況が全く飲み込めないジョーカー・ドーパントは、狼狽えているレイキバットやクローズ達を交互に見て不思議がる。

 ダークディケイドに守られているスモッグ・ドーパントは、参上した護衛に疑問符一つ浮かべておらず、どこか安心した様子を見せた。

 

「その訳を聞かせろって言ってんだよ大地ィ!」

 

 今この場にいる者達の中で最も大地との関係が長く、しかし最も会話しづらいと思い込んでいるレイキバットが吼える。

 全速力で飛翔してダークディケイドに激しく突っ込んでいく。

 かけるべき言葉が見つからないと思った矢先に、まさかの行動に出られてしまい、実質ヤケクソ状態での突撃であった。

 猛烈な勢いで飛ぶレイキバットの瞳に、カードを装填するダークディケイドが映る。

 

 KAMEN RIDE LEANGLE

 

 そしてダークディケイドの前方に投影される紫の壁、スピリチア・エレメント。そこへ突っ込む体勢となったレイキバットは無様にも弾かれてしまった。

 接近してくる壁を抵抗なく潜り抜けたダークディケイドはDDレンゲルとなり、錫杖型の武器・レンゲルラウザーの刃を展開させる。

 ラウザーを手の中で軽く回し、クローズへと駆け出した。

 ────弾かれたレイキバットには一瞥もくれることなく、素通りして。

 

「だ、大地……」

 

 その一連の行動が"大地からの拒絶"のようで。

「お前なんかもう要らない」と語っているようで。

 かつて自ら「もうお前には自分など必要ない」と言ったのに。

 

 それからしばらく、レイキバットはただ戦場の経過を眺めるだけの機械となった。

 

 ATTACK RIDE SCREW RUSH

 

 高速回転して刺し穿とうとするレンゲルラウザーを、ビートクローザーが弾く。

 だが勢いを殺しきれず、胸部装甲を抉られてしまうクローズ。

 彼が激痛に呻こうとも、DDレンゲルの執拗な攻めは休まるところを知らない。

 

 クローズとしても反撃したいのは山々であるが、どうにも相手が悪い。

 親しみを感じ始めていた相手から一方的に襲いかかられて、剣を振るう腕が鈍る。それは人間として当然のことと言えよう。

 

「クソッ、いい加減あったまきた! 

 やられっぱなしでいられるかよ!」

 

 とはいえ、大地と龍我の付き合いはまだまだ浅い。

 よって、クローズの我慢が限界を迎えるのにもあまり時間はかからずに済んだ。

 

 紙一重でレンゲルラウザーの一突きを躱し、捩じ込むように放った怒りのアッパー。

 吹っ飛んだDDレンゲルを取り押さえる為に、クローズは走り始めた。

 見守っていたジョーカー・ドーパントもとりあえずその後に続く。それが素性の知れない者同士であろうがなかろうが、傍観に徹していられる性格でもない彼は、荘吉を守ろうとしていたクローズこそが味方と判断したのだろう。

 

 ATTACK RIDE BRIZZARD

 

 だが、DDレンゲルは拘束されるまで待ってはくれない。

 力が解放されたカテゴリー6のカード、ブリザードポーラーがDDレンゲルの装甲を通して宿る。

 翳した手から吹き荒ぶ、超局地的な暴風雪が向かってくる二人に襲いかかった。

 

「うおおっ!?」

 

 たちまちの内に氷漬けとなりかけるクローズ。

 我武者羅に振るった剣の風圧が吹雪をある程度防ぎ、全身が凍り付くまでには至らなかったものの、決して小さくないダメージを負った。

 

「足が……動かねえ!?」

 

 ジョーカー・ドーパントへの吹雪はクローズと比べると、勢いそのものがかなり抑えられていた。

 凍結させたのは脚部だけで、それ以外の箇所には一切当てていない。ジョーカー・ドーパントの身動きを封じることのみに焦点を絞った、そんな攻撃。

 

 そして、仮面ライダーレイにも匹敵する凍結能力を見せたDDレンゲルの姿に、レイキバットの奥底で声が木霊した。

 

『お前はもう要らねえんだよ。戦力外、お荷物、要するにクビだ』

 

 大地に憑依したネガタロスに言われたことが、まるで大地本人に言われたように聞こえてくる。

 

「────」

 

 KAMEN RIDE SKULL

 

 ダークディケイドがレンゲルから仮面ライダースカルを象った姿に変わる。

 傷の有無を除けば荘吉と瓜二つの帽子を被った黒いライダー、DDスカル。クローズにスカルマグナムの銃口が向き、躊躇なく引き金が引かれた。

 微かに震えていた膝を撃ち抜いて足を折らせ、握りが甘くなっていた指を撃って剣を落とす。

 猛吹雪に曝され、弱っている仲間を無言で容赦なく狙うその姿に優しき男の面影は見えない。

 

「大地……どうしちまったんだよ、お前……」

 

 

 

 *

 

 

 

 荘吉が、レイキバットをそっと拾う。

 

 一方的に撃たれるばかりのクローズは倒れ、動かなくなったところでようやくDDスカルは銃撃を止めた。

 その成り行きを眺めながら、スモッグ・ドーパントはまたしても荘吉を狙おうとしていたが、DDスカルの腕がそれを制す。彼の無言の圧力に、スモッグ・ドーパントは察したように頷いた。

 

「そうですかぁ……アレがクローズですかあ。

 はいはい、そういう契約ですもんねぇ」

 

 渋々近寄って、クローズに触れるスモッグ・ドーパント。

 この間、クローズはまだ動けない。

 そして、人型だったスモッグ・ドーパントの身体が揺らぎ、完全なガス状となってクローズに纏わりつき、どんどん浸透していく。

 装甲を難なく透過し、その下の龍我の皮膚から、鼻から、口から染み渡る。

 

 繰り返される痙攣、濁った咳き込み。

 そしてふっと静かになったかと思えば──にわかに起き上がったクローズは、笑い出す。

 それはもう別人が変身しているかの如く。

 

「探偵さんの演技練習をするつもりだったのに、変身ヒーローになっちゃいましたか。でもこれも経験経験……フフフ」

 

 万丈龍我を知らずともわかる、この異様な変わりよう。

 ガスになれるドーパント。

 意識不明の被害者達が異常をきたしているのは主に呼吸器系統。

 そして、このクローズ。

 ここまでピースが出揃えば、荘吉にはスモッグ・ドーパントの能力の全貌が見えた。

 

「奴はガスになることで相手の身体を乗っ取れる。これまでの被害者達は全員奴に乗っ取られ、用済みとなったら捨てられた……。

 後は奴が人を乗っ取る目的と、そんな野郎を庇う大地という人物の思惑……。それに照井警視、か」

 

 ウォーミングアップのつもりか、シャドーボクシングをしているクローズの動きにぎこちなさはない。

 乗っ取られたクローズにはもう身体の支配権はないと見ていいだろう。

 隣のDDスカルも満足そうに頷いていた。仲間が乗っ取られた心配をしている素振りは見せていない。

 荘吉の手の中のレイキバットはそんな彼を怒鳴ることもなく、虚ろな目でぐったりするだけである。

 

 さて、後はどうやって逃げるかだが。

 荘吉は大地とは面識なし、クローズを正気に戻す手立ても持たない。

 ともすればレイキバットと翔太郎を連れて逃げる他ないのだが、スモッグ・ドーパントが見逃してくれるとは楽観的に過ぎるだろう。

 

 しかし、荘吉が手を打つ前に、異変が起こる。

 クローズが前触れもなしに蹲ったのだ。

 

「な、な、な、なにこ、れ、れ」

 

 身体の主導権を握るスモッグ・ドーパントにも予想外の事態が起こっているらしい。

 マスクの口に該当する部分を押さえて、乾嘔まで。

 飲み屋街で稀に見る度が過ぎた酔っ払いか、はたまた胃腸を悪くした重病人を思い出す姿にはDDスカルも困惑していた。

 

「こ、こ、こ、この身体……気持ち、わ、わる…………

 ────うおぇぇぇぇ!!」

 

 吐瀉物の代わりに吐き出された、大量の黒いガス。

 即座に人型になり、それから生身の人間の姿に戻ってのたうち回っている。

 顔を真っ青にして身体中を掻き毟る、スモッグメモリのユーザーらしい青年。

 その隣で寝惚けた様子で起き上がったクローズはどうにもシュールな光景であった。

 

「んぁ……?」

 

 何が何やら、と後頭部を掻いているクローズからは特に異常は見受けられない。

 乗っ取った側の方がダメージが大きいとは奇妙な話である。

 

「……エボルトの遺伝子が邪魔したか」

 

 この不可思議な現象に何故か検討がついているらしいのがDDスカル。

 もしもエボルトの遺伝子、この言葉の意味を知っている者が他にいればまた違った展開を見せたかもしれないが、そうはならなかった。

 

 もがきっぱなしの男を担ぎ上げたDDスカルが足元に発砲する。

 派手に巻き上げる火花と煙。それがこちらを害す攻撃ではなく、目眩しを目的とした発砲であることに疑う余地はない。

 

 となれば、煙が晴れた頃にはDDスカルとスモッグメモリのユーザーである男が姿を消していることに、何を驚くことがあろうか。

 

「大地……」

 

 それからしばらく経っても、DDスカルがいた場所をレイキバットは見つめ続けていた。

 

 

 

 *

 

 

 ほどなくして。

 

 ジョーカー・ドーパントを包んでいた氷は溶けた。

 変身後に引きずる凍傷なども翔太郎には無く。

 極短時間とはいえ乗っ取られていたクローズが変身を解いても、他の被害者達のような外見からわかる症状はなさそうである。

 

 物理的な被害はほぼ皆無と言って等しい。

 今ここで憂慮すべきは、精神面に負った傷。

 それを理解しながら、荘吉は敢えて消沈しているレイキバットにこれからの方針を問うた。

 

 辛いだろうが、それでも問わねばならない。

 彼は自身の依頼人なのだから。

 

「あのドーパントを追えば、また仲間と戦うことになるやもしれん。照井警視を調査するなら、また別の切り口を探した方が賢明……とまでは言えんが。お前さんには選ぶ権利がある」

 

 レイキバットがここまでショックを受ける事情を、荘吉は知らない。

 依頼人である彼が戦うと言えば、その手助けを。

 戦わないと言えば、他の手段を示す。

 レイキバットに求めるのは、彼自身の決断。

 

「……決まってるだろうが。奴を、大地を追う。

 こんなふざけた真似をした理由を、凍らせてでも吐かせてやるよ。

 最初のの依頼から遠回りになるが、嫌とは言わせんぞ、探偵」

 

 虚ろだったレイキバットの目に、微かだが光が戻る。

 完全復活にはまだ程遠いにせよ、闘志は確実に滾っている。

 身体は小さくとも、ハートは中々タフらしい。

 荘吉はその答えを気に入って、しかしわざわざ口に出すもせず、口元を微かに緩める。

 

「承った。なら早速動くとしよう。まずは華麗に、それから激しく……だったな?」

 

「ッ! ────フッ、なら先に言っておいてやる。その流儀は俺の専売特許だとな!」

 

 






スモッグ・ドーパント

とある男性がスモッグメモリとスモッグドライバーで変身した怪人。
身体は常にガスの形状であり、通常攻撃はまず通用しない。
また、相手に取り付いて乗っ取ることも可能である。



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怪物……W/アクタートラップ

 

 

 園崎家の晩餐会。

 華やかで慎みのある食卓を、気品のある家族が囲んでいた。

 家長、園崎硫兵衞が腕によりをかけて作った料理の数々に舌鼓を打ちながら、彼の妻も娘も談笑に花を咲かせている。

 

 あはは、うふふ、にゃー。

 

 自らの膝上で呑気に欠伸をするミックを撫でながら、上機嫌に笑う琉兵衞。

 名家だけあって家族の皆が忙しいこの園崎家でも、定期的に開く晩餐会にはほぼ必ず全員が集まっている。

 ただし、ここ最近の長男は例外なのだが。

 

「今夜も来人は欠席か……最近なにやらフラフラしてるみたいだが、面白いことでも見つけたのかな、文音?」

 

「ふふ、来人はなんにでも好奇心を抱いてしまうものね。

 この前までは私のガジェット開発に興味津々だったくらいだから。

 護身用にいくつか試作品も持たせてはいるけど……ちょっと心配ではあるわね」

 

「ちょっとどころじゃないわ。普通の街ならともかく、怪物が徘徊していますのよ?

 それなのに夜遅くまで外出させるなんて……お父様もお母様もちょっと甘いのではなくて?」

 

「貴女は貴女で心配し過ぎよ、若菜。この街が物騒なのは同意だけれど。

 ────それもこれも、ガイアメモリなんて危ないモノを売り捌く組織が来てからね」

 

 互いの近況報告や軽い世間話から、ここにいない家族の話へシフトする。

 その流れでガイアメモリの単語が出ると、家族全員が顔を曇らせた。

 

「ビルが溶け、人が死ぬ……ここがそんな街になったのも、確かにあの白服の彼等が来てからだったね。

 街の風は乱れていく一方。まったく、悩ましい限りだね。そうは思わないかい、文音?」

 

「あら、それはガイアメモリの応用研究をしている私への皮肉かしら。

 あなたったら、来人がいないだけで随分拗ねてるのね」

 

「はっはっはっ、拗ね具合ならミックの方が酷いとも。なぁ〜ミック〜?」

 

 ぬぁーご。

 不機嫌そうな鳴き声に、家族の間でまた笑いが広がった。

 

 

 

 *

 

 

 

 その男は役者である。

 

 幼い頃に観た、後年に名作と評価されるような映画に魅了され、何度も見返す内にいつしか自分も映画の登場人物となることを夢見て──。

 

 どこにでもあるような、そんな成り立ちを経てから憧れの役者になった男。

 そんな彼を待ち受けていたのは、名もなき脇役を演じ続けるだけの日々。

 

 脇役の必要性も、下積みと経験の重要性も理解はしていた。

 しかし、何年経っても主演は愚か、名前のある役すらもらえない。カメラに映った時間の最長記録が刑事ドラマの死体役で6秒という有様。

 こんな話はこの業界じゃ大して珍しくもない。

 

 しかし、それでも。

 

 それでも夢想せずにはいられなかった────もっと早く、自分もあのカメラの主役として映りたいと。

 

 故に、彼は手を出してしまったのだ。

 

「是非ともお買い求めいただきたい品がございます。

 あなたの人生を豊かに彩ってくれる魔法の小箱に、興味はありますか?」

 

 白服の販売員が開けたトランクケース。

 敷き詰められたメモリの内の一本に、吸い寄せられるように手を伸ばしてしまった────スモッグメモリに。

 

 SMOG! 

 

 それから男の生活は一変する。

 スモッグの力でどんな人物も乗っ取れたし、あらゆる人生と職業を追体験できた。それは彼にとって、何よりも優れた演技の勉強となった。

 

 プロボクサーの壮絶な減量体験や、興奮と熱狂の試合。

 一流ホテルマンの誠実な接客態度、宿泊客への観察眼。

 人気洋菓子店に勤めるパティシエの料理技術、豊富な知識。

 その一つ一つが彼の演技力を高めてくれた。

 

 次第にちょっとした所作一つとっても素晴らしい演技をできるようになり、脇役から名脇役、名脇役から準主役と露出が増えていく快感。

 薔薇色の人生、だなんて演技以外で真面目に思う日々の始まり。

 主演に抜擢されるのも時間の問題だろう、という段階にまでやってこれた。

 

 自身を狙う赤い鬼の刑事も、妙な白い蝙蝠を連れた探偵も、彼の演技力を高める為に目を付けた、ステキなステキな標的。

 幸い顔を見られたのは探偵だけで、それもほぼ一瞬の出来事。不意を突く機会はまだまだあるに違いない。

 今後は刑事ドラマでも、探偵ドラマでも主演を狙えるようになるだろう。

 

(うふふ……でも、まだ少し気分が悪いな。あの青いヒーローを乗っ取るのはもうやめた方がいいですかね)

 

 メモリを売買した組織から直々に乗っ取って欲しいと依頼された時は驚いたものであったが、今では後悔している。

 万丈と呼ばれていた男──組織曰く「仮面ライダークローズ」──を乗っ取った際の感触は形容し難い気持ち悪さだった。

 思い出すだけでも、()()()()()()()()()寒気が走る

 あれ以上彼の中にいたら、自分の方が乗っ取られていたかもしれない……とは流石に考え過ぎか。

 ともかく、さっさと身体を休めなければ、と男は帰路を行く。

 

「ん?」

 

 自宅のすぐそばまで帰って来て、玄関の戸の前に若い女性が佇んでいることに気付く。

 念の為にポケットのメモリとドライバーを握りながら近付くと、女性は華やかに笑って駆け寄ってきた。

 

「あの……夜分遅くにすいません。私、実は貴方の大ファンなんです! よろしければ、サインいただけませんか?」

 

 差し出される白い色紙とペン。

 一瞬拍子抜けして、次の瞬間にはすっかり上機嫌になった男はそれらを受け取った。

 日が暮れた時間に非常識だと思う者もいるかもしれないが、サインはいつでもウェルカム、綺麗な女性が相手なら尚更のことである。

 毎晩練習を重ねていた自身のサインを"如何にも描き慣れていますよ"と言わんばかりにサラリと書き上げて渡すと、女性は大事そうに両手で抱えてお辞儀してきた。

 

「ありがとうございます!! これは家宝にさせていただきますね!!」

 

「ハハハ、そんな大袈裟な。いつも応援していただいているほんのお礼ですよ」

 

 人気の売れっ子役者を目指すなら、謙虚さも忘れてはならない。本当はもっと褒め称えてもらいたいが、そこはグッと堪えておく。

 

「それとこれも受け取っていただけますか……? 私からの、ほんの気持ちなんです」

 

 そう言って、今度はミニサイズの花束を差し出してくる女性。

 黄色とオレンジの中間色の花はこの夜でも実に美しく目立っている。

 花束を持つ彼女の可憐な笑顔も、その彩りをよりチャーミングに仕立てていた。

 一つ残念なのは、この花の名前を自分は知らないということ。今後に備えて、近日中に花屋を乗っ取って勉強せねばなるまい。またいつ花束を持ったファンに出会うとも限らないのだから。

 

 花束を受け取り、恭しく頭を下げて見せる。これもホテルマンから学んだ仕草の一つだ。

 

「どうもありがとう、お嬢さん。貴方のお気持ちは決して忘れません。今後とも、応援をよろし────」

 

「喜んでもらえて良かったです! それじゃ最後に……」

 

 折角のお礼を言ってやっているのに、女性は食い気味に遮ってきた。

 湧き上がった不快感はおくびにも出さず、紳士的な笑顔を張り付けて男は応じようとする。

 

「──騙してごめんなさい」

 

「オラァ!!」

 

 彼女が申し訳なさそうに頭を下げる意味を理解する前に、花束が突然ひとりでに揺れ動く。

 ドスの効いた声が花束の奥から響く怪現象に驚くのも束の間、飛び出してきた白い蝙蝠に男は見覚えがあった。

 

 慌てて飛び退き、ポケットからメモリとドライバーを取り出すも、この白い蝙蝠、レイキバットを前にした行動としてはあまりに遅過ぎた。

 

「この俺が同じ手を食うかよ!」

 

「くっ!」

 

 構えた手に強烈な体当たりをかまされ、奪取されてしまうスモッグメモリ。

 さらにどこからともなく飛来した、これまた見覚えがある黒いクワガタメカにも襲いかかられ、スモッグメモリをセットするドライバーすら奪われてしまった。

 これでもう、男はスモッグ・ドーパントになることはできない。

 

「油断は大敵だぜ、役者さん」

 

「! ……探偵さん」

 

 背後を振り向くまでもなく、その低い声の持ち主が誰なのかはわかる。

 黒いクワガタメカと、その顎に挟まれていたドライバーを掌に収めたのはまさしく標的と定めていた探偵──鳴海荘吉。

 さらには先程見た男達──万丈龍我や左翔太郎までが男を逃さじと取り囲む。

 苦々しく顔を歪めた男に、荘吉は不敵に笑った。

 

「……どうして、僕の居場所がわかったんです?」

 

 荘吉は何も言わず、男の踵を、それから自身の腕時計を示した。

 男が注視した自身の靴の踵には、いつの間にやら発信機らしきものが付いているではないか。

 記憶を掘り起こしてみると、心当たりがある瞬間が一つ。

 まさか、クローズの身体に取り憑いた苦しみから変身を解いた瞬間、あの一瞬でこの探偵は発信機を取り付けていたというのか。

 

「抜け目ないですねぇ、探偵さん。それにしたって、こんな可愛い娘にファンのフリをさせるなんて、ひっどいですね〜。これが探偵のすることですか?」

 

 焦りを隠すポーカーフェイス。

 だが、自然と早口になってしまう男の本心を見透かして荘吉は笑みを溢す。

 

「いやなに、お前の趣向に合わせてこっちも一芝居打たせてもらっただけだ。そして彼女は見事に演じてくれた。

 恨むなら、聞いてすらいない自分の素性をベラベラ喋る自己顕示欲の強さを恨め」

 

 主演女優もとい花崎瑠美は、本当に申し訳なさそうな顔で男に頭を下げる。

 危険なシロモノを回収する大義名分があるとはいえ、男を騙したことに変わりはない故に。

 しかし、そんな瑠美の清らかな善良性も男には皮肉か何かとしか受け取られなかった。

 

「芝居は芝居でも、これじゃあバラエティのドッキリですよね。そんな低俗な企画に僕を巻き込まないで欲しいんですがね?」

 

「知ったことか。その続きは留置場ででもやるんだな」

 

「そんなのごめん被りますよぉ!」

 

 一見すると男が追い詰められたようだが、ドーパントになりさえすれば逃げおおせることは可能である。

 ここさえ切り抜ければ適当な他人でも乗っ取って過ごし、ほとぼりが冷めるのを待てばいい。

 その為にも、まず必要になるドライバーを探偵から奪うべく襲いかかる。

 

 しかし、男には知るよしもないことだが、相手は風都きっての名探偵。

 荒事は日常茶飯事、相手が逆上して襲ってくる程度で荘吉が怯むわけがなかった。

 

「手荒にしますけど、我慢してくださいねぇ!」

 

 とある格闘家から学んだストレートは、有名なアクション監督に絶賛されるほどの一撃。素人相手ならまず避けられないと断言できるスピード。

 そんな自慢の一撃が迫っているのに、荘吉は顔色一つ変えない。

 そして、被っていた帽子で包むようにあっさり受け止めてしまった。

 

「は?」

 

 動揺した瞬間、男の世界が激しく揺れる。

 荘吉が放った強烈な回し蹴り。

 そのあまりの華麗さにレイキバットは感嘆の息を吐き、瑠美はあんな風に楽器を蹴る歌手がいたなあと場違いなことを思い出した。

 

 男がぶっ倒れたところへ、すかさず押さえに行く探偵の助手……ではなく龍我と翔太郎。

 じたばたと悪足掻きを続けるが、そんなことではびくともしない二人である。

 

「どいて、どいてくださいよぉ! もうすぐ僕の主演作品が来る、来るはずなんですよぉぉ!!」

 

「刑務所で演技を精々磨いておくんだな。今度は真っ当に役者を目指せ」

 

「ぅうううぅう……」

 

 これにて一件落着。

 なんて、言い出す者はいない。

 この後に乱入してくるかもしれない者がいるのは、先の戦闘を経験していれば想像は容易である。

 

 すっかり消沈した男を横目に、レイキバット達が注意を払う中で、火花が暗闇に瞬いた。

 

「避けろ!」「我慢しろよ瑠美!」

 

 殺到する弾丸。咄嗟に動けたのはレイキバットと荘吉のみ。

 その射線上に立っていた龍我を蹴り飛ばし、反動を利用して転がり自身も弾丸から身を躱す荘吉。

 レイキバットも速射の氷結弾で飛来する弾を相殺しつつ、瑠美の襟首を咥えて退避させたものの、その拍子にスモッグメモリを落としてしまった。

 

 この突然の射撃において、一人だけ射線から外れていた翔太郎は回避行動の必要がなく、故に迎撃の余裕が生まれた。

 ジョーカーメモリを取り出そうとするその姿に、レイキバットが感じた違和感は、闇からの襲撃者が明るみに出たことで霧散する。

 

 飽きるほどに見慣れた黒い装甲のライダー、ダークディケイドその人であったのだから。

 

「メモリ、返してもらいますから」

 

「おいでなすったか……!」

 

 いくら警戒をしていようが、生身の人間がライダーの身体能力に敵うべくもなく。

 荘吉が保持していたドライバーはダークディケイドに苦もなく奪われ、レイキバットが落としたスモッグメモリも拾われてしまう。

 そして、ドーパントへの変身を可能とするアイテム二種はあっさり男の手に戻されてしまった。

 

「────うふふふフふフふふ……! やっぱり! やっぱり! 僕の華道はこれからなんだ! さぁ、今度こそ探偵さんを学ばせてもらいますよぉぉ!!」

 

 SMOG! 

 

 ダークディケイドに並び立つスモッグ・ドーパント。

 己の欲望を暴走させたドーパントは当初の標的である荘吉へと、歩みを進めていく。

 そんな怪人を一瞥したダークディケイドもまた無感動に──実に彼らしからぬ動きで、龍我へ剣を向けるのであった。

 

 

 

 *

 

 

「変身!」

 

 Wake up burning! Get CROSS-Z DRAGON! Yeah! 

 

 変身の完了を待たぬまま駆け出し、ダークディケイドと剣をぶつけ合うクローズ。

 横に立っていたスモッグ・ドーパントはというと、彼らの戦闘には興味は示さず。

 ゆらりゆらりと淀みのある足取りで、荘吉を目指し始めた。

 

「だぁッ、クソ! なんでメモリがないんだよ!?」

 

 身勝手な願望で愛すべき街の住人を苦しめるドーパントが眼前に迫っている。ブラックマンとして、決して見過ごせない悪党が。

 仮面ライダーだの、ダークディケイドだのの事情は今でもよくわかっていないが、悪党をぶっ潰せるのならと荘吉に同行してやって来たのだ。

 なのに、翔太郎は未だジョーカー・ドーパントにその身を変じてすらいない。

 肌身離さず持ち歩いていた筈のジョーカーメモリがどこにも見当たらないのだ。

 

 まさか、知らぬ間に落としてしまったのか。

 

「探し物はコイツか?」

 

「そうそうそれだよ。マジで焦ったぜ……って、なんで鳴海のおっさんが俺のメモリ持ってんだ! 返せよ!」

 

 なんと、荘吉がこれ見よがしにジョーカーメモリを持っているではないか。

 一体いつ奪ったのか、いやそもそも何故奪ったし。

 唖然としている翔太郎の額にデコピンが炸裂し、目の前に火花が散った。

 

「あだぁ!?」

 

「お前はガイアメモリの危険性がわかってねえ。コイツは俺が預かっておく」

 

「んなこと言ってる場合かよ!? 俺がメモリ使わないでどうやってあの野郎を捕まえるんだよ!」

 

 ジョーカー・ドーパントを除外すると、こちら側で唯一対抗できるクローズはレイキバットと共にダークディケイドにかかりきり。

 とてもじゃないが、スモッグ・ドーパントまで相手取る余裕はないだろう。

 

「喚くな。策はある」

 

 迫るは全身毒ガスの怪人。

 対する探偵が取り出したるは、殺虫スプレー。

 

 もう一度言おう。殺虫スプレーであると。

 

「……鳴海のおっさん、ドーパントは殺虫剤で追っ払えねえぞ」

 

「さて、どうかな」

 

 ゴキブリを瞬間凍結! ──そんな売り文句に劣らぬ凍結スプレーが猛烈噴射される。

 スモッグ・ドーパントの全身に満遍なく吹きかけられる光景を、まるでコントを見るように眺める翔太郎。

 

「ぐぅぅううッ!?」

 

 しかし意外や意外。

 そこら辺に売っている殺虫スプレーなのに、ドーパントは明らかに苦しんでいる。

 以前と同じく、こちらを揶揄う演技なのではと思うものの、そんな様子でもない。

 

「き、効いてる! 効いてるぜ鳴海のおっさん! 

 ドーパントにも効くなんて……流石だなぁ、フ◯キラー」

 

「効き目があるのはこのドーパントぐらいだろうがな。奴の身体は殆どがガスで組成されているから、攻撃が通り難い……が。

 こうやって急激に純度を下げてやれば……」

 

 先の戦闘時、スモッグ・ドーパントはレイキバットの冷気に異様に怯んでいた。クローズの必殺技以外はまるで意に介していなかったというのに。

 

「ダメージになる! そうとわかりゃ俺も手伝うぜ、鳴海のおっさん!」

 

「……好きにするんだな」

 

 ポイ、と雑に渡された新品のスプレーで翔太郎もスプレー噴射に参加する。

 より一層苦しみ悶えるスモッグ・ドーパント。

 この苦痛から逃れたければ、変身を解く他ない。

 そうして元の人間の姿を晒したその時こそ、確実に捕らえるチャンス。

 

「さあ観念しやがれ!」

 

 しかし、この戦法には大きな穴がある。

 このスモッグ・ドーパントの実質的な完封は、他の誰にも邪魔をされないことが大前提。

 無論そんなことを失念している荘吉でもなく、ダークディケイドからの妨害は最大の懸念事項として考えてはいた。

 しかし、クローズとレイキバットなら知己の間柄なのも加味して十分抑えておけると判断し、実行に臨んだのだが。

 ダークディケイドの能力をより良く知っていれば、その判断は誤りであったと気付いていただろう。

 

 KAMEN RIDE KNIGHT

 

 荘吉はスプレーを絶え間なく噴射している間にも、クローズと戦闘中のダークディケイドには常に注意を払っていた。

 故に紺色の騎士、DDナイトへとその姿を変えた際にこちらに敵意が向いたことに気付くことができた。

 

「離れろ翔太郎」

 

「ぁあ? なんでだよ、あと少しで──」

 

「さっさと下がれ!」

 

 有無を言わさず、半ば放り投げる形で翔太郎を後ろに下げる。

 また自らも背後に跳躍する荘吉。

 

 ATTACK RIDE TRICK VENT

 

 次の瞬間放たれる、増殖した鏡像による風を切るような斬撃。

 荘吉のスプレー缶がまるで紙のようにスッパリ切断されて、小規模の爆発を起こす。撒き散らされる殺虫剤独特の強い香り。

 あと一歩遅ければ、ここに血煙も混じっていたことだろう。

 煙を腕で払った先では、荘吉ですら眼を疑う光景が広がっていた。

 

 クローズと斬り結ぶDDナイト。

 レイキバットの氷結弾を斬り払うDDナイト。

 そして、荘吉に斬りかかったDDナイト。

 計三人の分身が荘吉達の眼前にて剣を振るっていたのだ。

 

「分身能力まであるとは……ドーパントが可愛く見えてくるな」

 

「 メモリを寄越せ鳴海のおっさん!」

 

 翔太郎の怒号が響き渡る。

 これはいよいよジョーカーメモリを返すしかないか──。

 荘吉が決断を下す前に、動いたのはスモッグ・ドーパント。

 DDナイトの手助けこそあれ、またスプレーを吹き付けられては堪らんと思ったか、変身を解いて逃走を開始してしまった。

 

「待ちやがれ!? ────ックソ!」

 

 追いかけようとした翔太郎を遮るダークバイザーの刃。

 DDナイトの仮面の奥から覗く青い瞳が、荘吉と翔太郎を睨んでいるかのように妖しく輝いた。

 

 

 

 *

 

 

 

 大地がドーパントを庇い、クローズに攻撃を仕掛けた────そう聞かされても、瑠美は信じられなかった。

 勿論、レイキバットや龍我が嘘を言っていると思ったわけではない。

 しかし、いつだって、みんなを守る為に必死で戦ってきた彼の姿を瑠美は間近で見続けてきたのだ。

 

 何か事情があって、ドーパントを庇う。それだけならまだ納得はいく。

 その事情も話さず、一方的に攻撃してくるダークディケイドと、これまでの大地の姿がどうしても瑠美の中では重ならなかった。

 

「大地くん……?」

 

 だから、目を疑ってしまう。

 今まさに目の前で繰り広げられている戦闘、ダークディケイドとクローズの衝突を見ても、これが現実なのだと受け入れられない。

 

「大地ィ! いつまでダンマリ決め込む気だよ! 守りたい人の為に戦うって、こういうことなのか!? なんとか言ってみろ!」

 

「……」

 

 無言を貫き通し、淡々と剣を交えるダークディケイド。

 仮面ライダーナイトと瓜二つの姿、DDナイトへカメンライドした彼は三人に分身してレイキバットや荘吉達にも剣を向けている。

 見れば見るほど、彼らしからぬその姿に、瑠美の中である疑惑が生じた。

 

「ヘッ、分身如きで俺を倒せるかよ!」

 

 レイキバットも果敢に飛び回って分身の一人と戦っているものの、有効打は与えられていない。

 氷結弾の悉くを弾くDDナイトの太刀筋は素人の瑠美をして、レイキバットがいつ切り捨てられてもおかしくないと思えるほどのもの。

 

 あの大地が、レイキバットを本気で傷付けようとしている? 

 

「────そういう、ことなんですね」

 

 そんな光景を見たお陰で、瑠美の疑惑は確信に変わった。

 迷いなき動作で懐に忍ばせていたカメラを取り出す。

 それは、護身用として荘吉から持たされていたバットショット。

 

 BAT

 

 一緒に渡されていたギジメモリも装填し、起動したガジェットが宙を舞う。

 DDナイトの分身全員に体当たりと、目潰しとなるフラッシュを浴びせ彼の攻撃を阻害した。

 ダメージと呼べるほどではないとはいえ、不意打ちを食らったDDナイトの視線が瑠美に集中する。

 自身に向けられる敵意に流れる冷や汗を自覚しながら、しかし瑠美は気丈にも一歩ずつ踏み出していった。

 

「瑠美!? 危ねえから下がってろ!」

 

「下がりません。危ないのもわかってます。

 だけど、あなたの悪巧みをこれ以上見過ごせません」

 

 あなた、と指されたDDナイトは仮面の奥から睨み続けている。

 どんどん強まる敵意。しかし、怯むよりも憤りの方が瑠美の中では大きかった。

 

「大地くんは見ず知らずの誰かを守る為に戦える人です。

 決して、親しい人をこんな風に傷付けるやり方を選ぶ人なんかじゃありません」

 

「──そのドーパントは殺させない。前にそう言ったんですが」

 

「それなら、その人を連れて逃げるだけですみましたよね。少なくともダークディケイドに変身した大地くんなら、そうするに決まってます」

 

 ついに口を開いたDDナイトの一言にも、にべもなく言い返す。

 

「それにさっきレイキバさん達と戦った時から今まで、ダークディケイドにまた変身できるまでの時間が経っていません。もしネガさんが憑依していたんだとしても、レイキバさんならすぐにわかったはずですし……。

 ダークディケイドの不調もいつの間に直ったんです?」

 

「……」

 

「姿形はそっくりでも、私にはあなたが大地くんには思えません。

 

 

 ────これ以上大地くんのふりをするのは、やめてください。私、すっごく怒ってます」

 

 

 きっぱりと言い放って、DDナイトを否定する。

 姿形が、声が同じだろうと、内側は全く違う誰かなのだろうと看破して。

 そして、瑠美への注目が自然とDDナイトに移り行く。

 そんな彼の答えはというと────。

 

 

「……まさかこうして見破られるとは、甚だ予想していなかったが」

 

 

 遠回しな肯定を述べる声は、もはや大地のものではない。

 ダークディケイドの変身が解けて、出てきたのは大地────否、大地によく似た何者か。

 しかし、姿こそ瓜二つでもその素顔は、本来の彼とはかけ離れた邪悪そのもの。

 もう、瑠美でなくても理解できる。彼が大地の皮を被った別人なのだと。

 

「お初にお目にかかる。私は財団Xのイズマ」

 

 グニャリと歪む大地の顔が、一瞬で別人のそれへ変わる。

 現れたその正体は白服の男性、イズマと名乗る人物。

 彼が放った言葉の中で"財団X"という組織名に荘吉が目を細めた。

 

「諸君らを騙そうとしたのは謝罪しよう。こちらとしては、より効率良く万丈龍我を始末する手段を取ったまでのことであったが。こうして正体を明かした以上、こちらも正面から潰せるというもの。

 なにより、これで諸君らも何の憂いもなく戦えるだろう?」

 

 変身に使っていたであろうメモリを手の中で弄びつつ、無感動に語るイズマ。

 謝罪するなどと宣っておきながら、まるで謝意を感じさせないその態度にレイキバットの歯がギシリと軋む。

 大地の姿を騙っていた怒りなら瑠美にもあるが、レイキバットが感じている激情と比べれば些細なものかもしれない。

 

「貴様ァ……! この俺を欺くとはいい度胸してやがるじゃねえか! 大地じゃねえなら手加減は無用! 貴様が大地に化けていた理由も万丈を狙う理由も凍り付けにした後にたっぷり吐かせてやるよ!!」

 

 わなわなと震えるレイキバットの顔が鬼の形相を剥き出しにして唸る。

 欺かれた怒りも相当のとのだが、それ以上に。

 他の誰でもない、大地に化けて卑劣な真似をしようとしたことが、堪え難い怒りとなっていた。

 沸き立つ激情をそのまま出力したような、凄まじい吹雪をレイキバットは放つ。

 

「できるものなら、やってみることだ」

 

 DUMMY! 

 

 そんな怒りなど素知らぬ顔で、イズマはメモリのスイッチを押す。

 内包された地球の記憶を叫ぶガイアウィスパー。

 メモリが装填されたドライバーから始まった変化が、イズマを全身銀色のドーパントに変貌させる。

 

 偽物の記憶を持つ怪人、ダミー・ドーパント。

 

 大地の擬態を解いた時と同じように輪郭が歪み、銀色の肉体が黒い装甲を身に纏う。

 そうして仮面ライダーダークディケイドへ"変身"したダミー・ドーパントは、降りかかる吹雪をものともせずに駆け出した。

 

 ATTACK RIDE BLAST

 

 外観のみならず、能力もまたダミー・ドーパントの擬態の対象となる。

 これまでの事実からわかりきっていたことだが、改めて突き付けられるその脅威性。

 本物と寸分の違いもない威力と密度の弾丸、放たれたディケイドブラストへの対応に各々が動き出した直後。

 

 

 

 ──柔らかな風が瑠美の頬をふんわりと撫でた。

 

 眼前に巻き起こる、鮮緑色の竜巻。

 多重の弾幕を一発残らず弾き飛ばしながら、レイキバットや瑠美達にはどんなに小さな傷でも付けない。

 事実として彼らを守っている疾風の奔流、その中心部に佇む影から赤い複眼が輝いている。

 

「また何か来やがったか……!?」

 

 自身の変身した姿、ジョーカー・ドーパントを彷彿とさせる真っ赤な眼(と思わしきもの)に翔太郎が呆れ半分で呟く。

 

 何者をも寄せ付けない強風は徐々に勢いを緩めていき、中心に立っていた影はその全貌を明らかにし始めた。

 どこかジョーカー・ドーパントに似た、それでいて明確に異なる緑のボディと、はためく銀色のマフラー。

 Wとも見える銀の角を構える緑の仮面。Cのメモリが装填された赤いベルトを腰に巻いた戦士。

 

「仮面ライダーサイクロン……!」

 

 驚愕の色を多分に含ませた、擬態ダークディケイドの呟きが木霊する。

 呟きの内容に瑠美やレイキバット達もまた目を見開いた。

 ドーパントではない、正真正銘この世界のライダーとの初遭遇なのだから。

 言われてみれば確かに、これまで見てきたライダー達と雰囲気が似通っている。

 

「────フッ」

 

 緑の仮面から漏れる、嘲笑うかのような低い声。

 漆黒の戦士を見据え、瑠美達には見向きもしない赤い複眼。

 

 その眼と背中を見つめて。

 風を置き去りにした疾走が黒い戦士に肉薄していくその様を見て。

 

 瑠美はどうしてか、目を離せなくなった。

 

 



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怪物……W/サイクロン・ザ・ミステリー

 

 

 

 

 瑠美は仮面ライダーサイクロン、と改めて噛み締めるようにその名を口に出す。

 謎の敵が知っているらしき、これまた謎の存在であり、この世界で初めて出会う仮面ライダー。

 

「────ッ!」

 

「ヌゥッ!?」

 

 一陣の風を置き去りにして、鮮緑の影が跳ぶ。

 そしてその次の瞬間には、擬態ダークディケイドが弾かれたように微かに吹っ飛んだ。

 常人の目ではとても追い切れない瞬発力を発揮したサイクロンが、疾風を纏わせた手刀で殴打したのだと遅れて理解する面々。

 機械であるが故にマトモに認識できていたレイキバットでさえ驚愕してしまうスピードであった。

 

 サイクロンがまた跳び、擬態ダークディケイドに神速の勢いで攻め続ける。

 相手方もまた標的がサイクロンに移ってしまったようで、瑠美達は蚊帳の外になりかけていた。

 

「……なんなんだ。アイツがこの世界のライダーだとして、いきなりダークディケイドの偽者と対峙する? 第三者から見て、一方的に襲われてるように見えた俺らを守った……いや、ならドーパントと誤認されるクローズまで守る理由が無いはずだが?」

 

 ポカンとしているクローズを一瞥しながら、思考を組み立てるレイキバット。

 サイクロンの生み出す突風が、沸騰していた頭を冷やしたようだった。

 怒りは収まりきらないものの、幾分かは冷静に考えられている。

 瑠美も疾風に撫でられた頬を摩りながら、レイキバットの言葉に相槌を打った。

 

「……悪いが、俺は役者の方を追う。あの男も野放しにはしておけん」

 

 忘れてはならないのが、スモッグメモリのユーザーである男の逃走。

 邪魔をしていた擬態ダークディケイドがサイクロンにかかりきりとなった今なら、追跡も可能となる。その役割を荘吉が買って出た。

 

 何故か翔太郎も一緒になって、ぶつかり合う二人の脇を難なくすり抜けて行く荘吉。

 敵ドーパントへの対抗策がある彼等なら、そこまで心配する必要もないだろう。

 すり抜けて行く荘吉達を擬態ダークディケイドも気付いてはいたようだが、それでもサイクロンと向き合うことを止めはしなかった。

 

「流石はサイクロン、と言うべき速さだ。

 だが、そのメモリは我々財団が然るべき人物に渡す予定でね。返却させてもらうとしよう」

 

 擬態ダークディケイドがこれ見よがしに取り出したカードは、仮面ライダードレイクのもの。

 どれだけ速かろうが、クロックアップには追いつけまい。

 そんな考えで選んだカードをドライバーに装填しようとして。

 鋭い衝撃が彼の手を弾き、ドレイクのカードを落とさせた。

 

「チッ──!」

 

 擬態ダークディケイドが落としたカードを拾おうとして、今度は彼の腕を弾く衝撃。

 その正体とは、サイクロンが放っている鮮緑の衝撃波──風の手裏剣、とでも呼ぶべきであろう技であった。

 威力こそ弱いが、その欠点を補って余りある速度と連射性は擬態ダークディケイドの行動を確実に妨害できている。

 

「誰だか知らねえが、これ以上良い格好させて堪るかよ!」

 

 ここまでの動きから、とりあえずは味方であると判断したクローズが傍観を辞めて戦闘に突入していく。

 擬態ダークディケイドはサイクロンの手裏剣に手を焼いている状態。そこへ容赦なく斬りかかれば、黒い装甲から火花を散らす結果となった。

 

 そんなクローズの乱入にサイクロンは一瞬硬直したが、間を置かずに再度手裏剣を放つ。

 

 ビートクローザーの更なる振り下ろしを掲げたライドブッカーで防ごうとも、その隙間を縫うように細かく削ってくる風の衝撃。

 カードの使用をサイクロンが妨害し、その対処をしようとすればクローズに邪魔される、相手からすれば実に嫌らしい攻め方であろう。擬態ダークディケイドがクローズを盾にするように立ち回ろうとしても、サイクロンは即座にポジションを変えて誤射を防いでいる。

 

 それは、今日初めて共闘したとは思えない見事な連携。

 しかし、そんな光景に瑠美が何度目かもわからない違和感を抱いたが、上手く形容することができなかった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 逃げるスモッグメモリのユーザーである男。

 追いかける荘吉と翔太郎。

 

 両者の間に開いていた距離はあれよあれよという間に縮まっていく。

 荘吉と翔太郎の身体能力が男より高いこと、直前の戦闘における体力消耗度合いの差異といった要因を見れば、男が追い付かれることに不思議はない。

 がしかし、それで諦められるほど往生際が良ければそもそもメモリに手を出してはいないだろう。

 

 男は唐突に踵を返し、これまでとは真逆の方向に駆けた。

 逃げる方から、向かう方へ。

 無我夢中で、ドライバーにメモリを挿しながら荘吉に向かってくる姿は、さながら追い詰められた手負いの獣のようだった。

 

 SMOG! 

 

「レッドカーペットはもうすぐそこなのにぃぃッ!! ウァアアッ!!!」

 

「うぉっ!? コイツ、いよいよ破れかぶれか!」

 

 これまで追ってきた相手の急な方向転換に若干怯んでしまった翔太郎。

 それほどまでにスモッグ・ドーパントが鬼気迫るものを出していたのだ。

 それでも荘吉は一切合切臆せず、翔太郎が握っていたスプレーを引ったくって噴射する。

 まずは顔面、それからゆっくりと全身に浴びせてやれば案の定スモッグ・ドーパントは苦悶の声と共に止まるガスの足。

 やはり効果は覿面、このまま変身を解除させるつもりで、荘吉は噴射する手に力を込めた。

 

「ギャアアアアッ!? た、タンテ、タンテイィィ!!」

 

「……かなり呑まれてるな」

 

 スモッグ・ドーパントから洩れる声から、人間らしさがどんどん抜け落ちてしまっている。

 スプレーで身体を掻き混ぜられるに等しい激痛と、追い詰められた精神が互いに悪影響を与えてしまったせいか。

 かつて荘吉が見てきた、ガイアメモリを使い続けた人間の殆どがそうであったように、メモリの毒性に蝕まれた彼の精神は本物のバケモノになりかけているのだろう。

 

「おい! 早くメモリを捨てろ! それ以上は身体が保たねえぞ!」

 

 とても人間とは思えない唸り声を上げているスモッグ・ドーパントに、声を張り上げる翔太郎。

 

 ブラックマンなどとヒーロー気取りの自警活動に勤しんできた彼は、例えどんな犯罪者であっても死ぬことを良しとしなかった。

 敵ドーパントの撃破、すなわちメモリブレイクすれば変身者は例外なく命を落とす。だから翔太郎は襲われている市民の救護はできても、ドーパントは追っ払うのが精一杯であったのだ。

 毎回こんな風に説得してきたが、彼の言葉に耳を貸すドーパントは当然いない。それでも、彼は「命を奪わない、奪わせない」という信念を曲げることはしなかった。

 

(とんだ甘さだ。これで"ブラック"マンと名乗るとは、信じられん)

 

 荘吉としても救える命を見捨てるような真似はしないが。

 目の前で奇声を発しながらのたうち回る異形は、「救える命」の範囲には入っていない。

 だが、まあ。

 そんな存在でも手を差し伸べる翔太郎の甘さを好ましいと、荘吉は思う。

 故に、限界まで粘ってメモリを自ら棄てさせるまでは付き合ってやろうと思い、スプレー噴射の勢いを微かに弱めたその瞬間。

 

 音速の熱風が背後から迫り、荘吉達を追い抜く。

 果たしてその場に現れたのは、赤い大型バイク。しかも奇妙なことに、乗り手が不在のバイクである。

 

「────甘い。甘ったるくて……反吐が出る」

 

 青く輝くヘッドライトから、ではなく。

 ヘッドライトに見立てた顔から冷たい声が響いた。

 凄まじい排気熱を吐き出しながら、一瞬で変形していくマシン。

 だが、何も驚くことはない。

 荘吉も翔太郎も、このドーパントは知っているのだから。

 

「照井警視……」

 

「げっ、鬼刑事!」

 

 照井竜、アクセル・ドーパント。

 依頼の調査対象者との遭遇に、荘吉は自然と一歩下がる。

 ドーパントを狩るドーパント、それはブラックマンと似ているが、明確に違う存在。

 

「ご苦労。後は俺が代わろう」

 

 エンジンブレードを突き付けられたスモッグ・ドーパントから恐怖の声が上がる。

 ガスの身体ならば大抵の攻撃は無効化できるにも関わらず──あるいは、それを忘れてしまうほどに自我がメモリに食い潰されたのか。

 荘吉ですら死刑執行人のように見えるアクセル・ドーパントが、彼にどれほど恐ろしい存在に見えているのか、まるで理解が及ばない。

 

「やめろ! 何も殺す必要は──ッ!?」

 

 制止に駆け寄った翔太郎の顔面を頑強な裏拳が殴打する。

 生身の相手が吹っ飛んで気絶しようと見向きもせず、アクセル・ドーパントは目の前の敵だけを見据えて駆け出した。

 振りかざした大剣には既に銀のメモリが装填済み。

 

 ENGENE! STEAM! 

 

 離れていてもわかる超高温高圧の蒸気が大剣から溢れ出す。

 市販の殺虫スプレーであれだけ苦しんでしまう身体に、あんな剣で斬られればどうなるかなどとわざわざ口に出すまでもない。

 慌てふためいて逃げようとするスモッグ・ドーパント。

 だが、アクセル・ドーパントはその姿に憐れみを抱かなければ、見逃すつもりもなく。

 

「ハァアアアアッ!!」

 

 裂孔の気合が振り下ろす重い斬撃が、ガスの肉体を袈裟斬りにする。

 思わず耳を抑えたくなるほどの悲痛な叫びにも赤い鬼はまるで揺れない。

 地に伏せたスモッグ・ドーパント、その無防備に曝された背中に容赦無く大剣を突き立てた。

 

「────ッッ!?!?」

 

 声なき声が夜空に屹立する。

 執拗に、念入りに剣を捻り、剣から溢れる蒸気がガスの身体を掻き回す、あまりに残酷で凄惨な光景。

 ドーパントを殺すな、とまでは言わないにせよここまでやる必要はないはず。

 

「言え、そのメモリはどこで手に入れた」

 

「ざ、ざ、ざいだざいだんえっくすぅぅ」

 

「ならいい。お前はもう用済みだ」

 

 アクセルの意思に応じて、エンジンブレードの出力が最高潮に達する。

 己の頭上に振り上げた銀の刃を構え、一息に振り下ろす為に。

 それが自身を確実に屠れるのだと理解して、完全な恐慌状態に陥るスモッグ・ドーパント。

 その視線を激しく揺さぶって、一瞬だけ荘吉と目が合う。助けを乞うように、切実な視線と交差して、荘吉は小さく顔を伏せた。

 

(無理だな)

 

 そのまま、アクセル・ドーパントの強烈な斬撃が炸裂する寸前で。

 

 ────ピタリ、と停止する重装甲の赤い異形。

 

 荘吉が怪訝な目を向けると、振り上げていた大剣が力なく落ちてアスファルトを砕いた。

 しきりに周囲を見渡すアクセル・ドーパント。剣を拾う様子は窺えない。

 

「奴だ……奴がいる……!」

 

 もう彼の目には足元で這いつくばるスモッグ・ドーパントも、荘吉も映っていないだろう。

 アクセル・ドーパントは何かを探しており、それが彼の豹変原因となっている。そう推測した荘吉であったが、探している"奴"が誰を指すのかまでは流石にわからない。

 

 そこでふと、白い霧が立ち込め始めたことに気付いた。

 

「どこだ……どこにいる……!」

 

 どんどん濃度を増す霧に呑まれていくドーパント達の姿。

 アクセル・ドーパントのバイザーが灯す青い光さえ、真っ白な霧に消えていく。

 明らかにメモリ絡みの異常気象に、荘吉は翔太郎の姿を探しながらスタッグフォンを強く握った。

 

「────井坂ァァァッ!!」

 

 WHETHER! 

 

 霧の中に雷が落ちる。

 炸裂音の中に断末魔が一瞬混じって、死の臭いが漂った。

 役者の男の死を悟り、身構えた荘吉の前に白い怪物の手が────

 

 

 *

 

 

 

 擬態ダークディケイドの指からまた一枚、カードが弾き飛ばされる。

 クローズの参戦以後、サイクロンがひたすらにカード使用の妨害に徹しているお陰で、擬態ダークディケイドはその多彩過ぎる能力を使えていない。

 ここまでするあたり、サイクロンはダークディケイドの能力を知っていた──つまりは、以前交戦した経験があるのだろうか。

 

「これで終わりだ!」

 

 スペシャルチューン! ヒッパレー! ヒッパレー! ヒッパレー! 

 

 頃合いと見て、クローズがキーボトルを剣に装填する。

 彼の必殺技の中でも特に威力に優れるメガスラッシュ。

 いかにダークディケイドでもカメンライドもしていない通常形態で耐えられる道理はない。

 それを理解しているらしきサイクロンも援護の密度を増やし、クローズの邪魔も防御もさせまいとしている。

 

 これで決着が着く。

 レイキバットや瑠美までがそう確信しかけたが、イズマだけは違った。

 擬態ダークディケイドの輪郭が歪んで、頭身が倍近く縮む。

 それがなんだと、構わず斬撃を放とうとするクローズ。

 合わせて強烈な風の衝撃波を溜めるサイクロン。

 

「おにいちゃん」

 

 しかし、幼な子の一言が二人のライダーを止めた。

 はにかんで佇む男の子。それは見せかけの姿で、無邪気な笑顔の奥でイズマがほくそ笑んでいるのは全員わかっている。

 

 だとしても────「ナイトの世界」で出会ったこの男の子の姿で。

 大和昴の姿で笑いかけられては、振り上げた剣を下ろさざるを得なかった。

 直接の交流こそ殆どなかったものの、ただ子供の姿というだけでもクローズは斬ることを躊躇ってしまい、サイクロンもまた戸惑った様子で攻撃の手を止めてしまう。

 

「ふふっ…… ははっ、はははははははははは!! 実に滑稽だね諸君! 偽りの影と知りながら、なおも情を持ってしまう!」

 

 穢れを知らない幼き声が、老獪極まる声に変わる。

 擬態ダークディケイドとも全く異なる、黄金の鱗を持った人型の龍からの嘲弄に、瑠美が口元を押さえた。

 レイキバットが知る中でも、かつてないほどの怯えが彼女から見てとれる。

 

 それはレイキバットには見覚えがなく、瑠美には忘れたくても忘れられないファントム、ドレイク。

 

「さぁ、お楽しみはこれからだ!」

 

 炎と風。

 エレメントを一纏めにした魔力が擬態ドレイクを中心にして渦を巻く。

 放たれた炎の竜巻にクローズがまず呑まれ、龍の装甲が焦がされた。

 かつてダークディケイドとビーストを苦しめた強敵の肩書きに嘘偽り無し。炎に焼かれ、風に切り裂かれて、変身を保つのがやっとというほどの絶大なダメージにクローズは倒れる。

 次に狙われたサイクロンも先と同じ風のバリアを張るも、恰好はほんの一瞬しか敵わず。

 

「──ッ」

 

 バリアは敢えなく突破され、サイクロンもクローズの二の舞に────ならない。

 

「馬鹿な!?」

 

 ボディの各所に刻まれた白いラインに風が吸い込まれていく。

 擬態ドレイクが編み出した暴力的魔力の風が吸収されて、サイクロンのエネルギーに変換されているのだ。

 しかし、風はそうやって無効化できても炎は吸い込めない。鮮緑のボディに残る焦げ跡が良い証拠だ。

 

 だが、ドレイクの攻撃は炎と風が複雑に絡み合ったもの。

 完全な吸収はできていないが、それでも熱風として、部分的にはサイクロンに取り込まれていた。

 

 己を屠ろうとした魔力の渦を逆に突破して、途中で拾い上げたビートクローザーにエネルギーを集中させるサイクロン。

 猛烈な勢いで疾走する彼を止めるために水流を飛ばすドレイクは、水がサイクロンを貫くまで、それが残像とは気付けない。

 ドレイクの風に後押しされたサイクロンのスピードは、幹部級ファントムの知覚にさえ捉えられない域へと達していたのだ。

 

「──ハアッ!」

 

 メガスラッシュ! 

 

 鍵と龍のエレメントに、魔力の炎と風を上乗せした超絶威力の斬撃。

 背後から響いた声とハイテンションな音声に振り向いた擬態ドレイクが瞳孔をいっぱいに開く。

 これほどのエネルギー、いくらドレイクの装甲とて無事では済まない。

 頭部から足先まで一直線に駆け抜けるビートクローザーと、舞い散る鱗の破片。

 

「ガハァ……ッ!?」

 

 もしこれがファントムのドレイク本人なら、カウンターの反撃もあり得た。

 だが、彼はあくまでダミー・ドーパント。許容値を超えたダメージを食らってしまえば、その擬態は解ける。

 黄金の竜とは比ぶべくもなく、見劣りする銀色の怪人が斬られた跡を押さえてよろける。

 そこはすかさず踏み込むサイクロンがビートクローザーを放り捨て、手刀を固めた。

 

 CYCLONE! MAXIMUM DRIVE! 

 

 手刀が暴風を纏い、覆い隠す。

 繰り出す一撃は先の斬撃には到底及ばないにせよ、これもまたサイクロンメモリの出力を振り絞った威力に変わりはない。

 荒れ狂う風を捩じ込むようにして、刻んだ裂傷をなぞる手刀──ライダーチョップ。

 その威力に、激痛に絶叫が上がった。

 ダミー・ドーパントの身体のあちこちからスパークが弾け、メモリとドライバーにまで波及していく。

 

「ぐ……申し訳、ありません……最上様……」

 

 最後にそう言い残して、ダミー・ドーパントの肉体は爆発した。

 

 

 

 *

 

 

 

 肉や服が焦げた、人間には嫌な臭いが漂っている。

 砕けたメモリとドライバーと共に倒れているイズマの近くまで飛び、その顔を覗き込むレイキバット。

 

「……死んでるな。完璧に」

 

 メモリブレイク、即ち死。

 今更疑うわけではないが、自分の目で確認して改めて思う。

 人間との戦いを避けたがる大地にとって、随分と嫌な世界に来てしまったと。

 ついさっき命を狙われておきながら、イズマの遺体を沈痛な面持ちで見つめる瑠美にも、それは同じことだろう。

 

「で、だ。結局お前は誰なんだ? コイツと顔見知りっぽかったが」

 

「……」

 

 屍となったイズマを見やってから立ち去ろうとするサイクロンに、疑問を投げかける。

 成り行きで共闘することとなった、この世界で出会う最初のライダー。

 戦闘時での会話から、財団Xなる組織と何らかの因縁があるのは確実だが、だからといって信用が置ける味方とも限らない。

 

 また、何故サイクロンだけがドーパントではなく、仮面ライダーと呼ばれていたのか。

 何故自分達を守り、クローズを援護したのか。

 

 疑問点を枚挙すればいとまがなく、故に黙りこくったままのサイクロンに苛立ちが募る。

 問いかけてきたレイキバットを数秒見つめはしたものの、返答は皆無で改めて立ち去ろうとするサイクロン。

 

 そして、逃がすまじとレイキバットが追いかけるより先に、起き上がったクローズが掴みかかっていた。

 

「待てよ」

 

 擬態ドレイクからのダメージは相当の筈。

 サイクロンがその気になればクローズを振り払うこともできそうだったが、結果として彼──或いは彼女──は黙って壁に叩きつけられた。

 サイクロンを押さえつけつつ、クローズはイズマの遺体を指し示す。

 

「あの財団なんちゃらの野郎がどんな奴だったのか、俺にはさっぱりだけどよ。悪人だってのはなんとなくわかってる。俺達の仲間に化けてた理由だって言わないまま死んじまった。

 でも────今は、そんなことどうだっていいんだよ! お前、アイツを殺したんだぞ!? なに平気な顔してどっか行こうとしてんだよ!」

 

 相手がドーパントである以上、イズマが死ぬのは仕方がなかったのかもしれない。

 絶対不殺を掲げているわけではない龍我としても、最終的には同じことをする可能性は高かった。

 だから、彼が許せなかったのはイズマの命を奪ったことではなく。

 殺害した遺体の横を素通りしようとする、「仮面ライダー」の姿だったのだ。

 

 具体的に何をどうしろと言えることは思いつかないのだが。

 

「だから……だから……! クソッ、どうすりゃいいのかわかんねえけど────って冷たっ!?」

 

「お前、かなり無茶苦茶なこと言ってるぞ。称号に拘るのは結構だが、それを毎回押し付けてちゃこっちが持たん」

 

 クローズの頭を強制的に冷まさせてやれば、サイクロンはその理不尽な抗議から解放された。

 彼の言わんとすることはわかるが、今話すべきことではない。

 さぁ今度こそ問い詰めてやろう、とレイキバットが近くまで羽ばたいて。

 

 

「青春劇をお楽しみのところに失礼しますよ」

 

 

 

 たちまちの内に広がった濃霧から、白い怪物が現れた。

 

 怪物から紡がれるのは、どこか紳士然とした声。

 それでいて聞くだけでも背筋に悪寒が走る、矛盾を内包した声。

 威圧感と嫌悪感を混ぜこぜにした怪物が、クツクツと笑う。

 

 何者かなどと一々問うまでもなく、敵だと本能で理解できる相手を前にして半ば反射的に動くクローズと、サイクロン。

 怪物の人差し指が天を向いて、暗雲が立ち込める。

 身構えるライダー達の頭上で獣のように唸る空。

 

 次の瞬間、眩い光が夜を照らし、二人のライダーを稲妻が貫いた。

 

「ぐあああああーッ!?」

 

「──ッ!?」

 

 おびただしい量の火花を装甲から吐き出して、クローズの変身が強制解除される。膝から崩れ落ちた龍我は完全に気絶。

 サイクロンも立っているのもやっとの状態になりながら、白い怪物への構えだけは解かない。

 

「次から次へと妙な野郎がやって来たと思いきや……またとんでもねぇのが出てきやがったか……!」

 

「霧を出して、雷を降らせた──もしかして、天気を操れるドーパントってことですか……!?」

 

 二人のライダーを一撃で戦闘不能、あるいはその寸前まで追いやる威力の攻撃を実質指一本で成し遂げた怪物。

 どちらもかなり消耗していたという前提があってなお、戦慄せずにはいられない。

 

「これはこれは、なんとも綺麗なメモリをお持ちのようで。

 ……まあ、その程度のそよ風ではもう私は満足できそうにない。

 ですが、このウェザーに相性の良いメモリには違いありません」

 

 白い怪物もとい、ウェザー・ドーパントの身の毛もよだつ視線がサイクロンを眺め回す。

 しかし一瞬の思案の後、軽く首を振って視線を外した。

 

「どうやら財団Xの思惑が絡んでいるようだ。

 あまり唆られませんし、サイクロンを味わうのはまたの機会にしておくとしましょう」

 

 鮮緑の腕から放たれた風の手裏剣が白い体表で弾けたが、怪物は何事もなかったように歩む。

 サイクロンを素通りして、背後からの手裏剣も無視して。

 

 そこで怪物の狙いが、ライダーではなくこちら側だとレイキバットは気付く。

 

「逃げろ瑠美ッ!」

 

 レイキバット渾身の突進が、埃でも払うような仕草で弾かれる。

 背後から飛び蹴りを直撃させようとしていたサイクロンでさえ、超局地的な豪雨が生み出した滝の檻に囚われた。

 瑠美を守る最後の砦であるバットショットが果敢に挑むも、一瞬ではたき落とされて沈黙する。

 

 これで、瑠美と白いドーパントの間に立ち塞がる者は全滅した。

 怪物の顔がまるで舌なめずりをしているようにも見えて、瑠美の喉奥がキュッと絞まる。逃げようとしても、身体が動いてくれない。

 ドレイクに狙われた時と同じ──いや、それ以上の恐怖が彼女の足から自由を奪っていた。

 

「フフフ……ご安心を。命を奪う真似はしませんとも。

 今のところは、ですが」

 

 OCEAN! 

 

 どこからともなく取り出した青いメモリに、瑠美の視線が吸い寄せられる。

 ガイアウィスパーが叫んだその一瞬だけ、彼女に巣食っていた恐怖さえ忘れて、食い入るようにメモリを見つめてしまった。

 そんな反応に満足したように頷きながら、ウェザー・ドーパントが彼女の腰に青いドライバーを巻き付ける。

 

「いいですねぇ、その表情! 人とメモリは惹かれ合う! 私の見立て通り、貴女の体質はこのメモリと大変に相性が良い。

 さあ、内に秘めた本当の姿を解放しなさい!」

 

 OCEAN! 

 

「瑠美ーッ!!」

 

 元より抗う術を持たぬ瑠美では、メモリを跳ね除けることもできず。

 オーシャンメモリがドライバー越しに、瑠美の中へ入っていく。

 身体に染み渡る地球の記憶が気持ち悪くて、心地良い。

 

「────あ、え、私」

 

 飛びかけた意識を引き戻した時、もう人間の肉体は残っていなかった。

 青く透き通った腕は滑らかですべすべしていて、爪や体毛も見当たらない。

 身体の全てが水になったオーシャン・ドーパントが戸惑いながら、ペタリと座り込んだ。

 湧き上がる謎の高揚感と、全能感。すぐにメモリを出さなきゃと思っているのに、身体が言うことを聞いてくれない。

 

「初めてメモリを使った者は破壊衝動を抑えきれず、手当たり次第に暴れるケースが多い。

 メモリの毒素にも犯されない、素晴らしい理性をお持ちのようだ。

 嗚呼、そんな理性を食い潰されて怪物となる瞬間が楽しみでならない!」

 

「貴様ァァァーッ!! 黙って瑠美から離れやがれぇぇ!!」

 

 レイキバットによる再度の突撃。

 しかし悲しいかな、レイキバットの全力は易々とウェザー・ドーパントに掴み取られてしまう。

 

「さて、試しにオーシャンの力を魅せてもらいましょうか。

 そうすれば、この小さなお友達は助かるかもしれませんよ?」

 

 レイキバットから上がる微かな軋みの音。

 それを聞くだけで、オーシャン・ドーパントの水の身体に広がる波紋。

 力を行使する前兆に、歓喜するウェザー・ドーパント。

 だが期待に反して、水の身体から放たれたのは勢いが強いだけの水流。

 直撃したウェザー・ドーパントを微かに揺らしはしたが、ダメージにはなっていない。

 人間基準なら確かに脅威なのだが、ドーパント基準では肩透かしもいいところだ。

 

「オーシャンのポテンシャルはこんなものではない筈ですが、まあいいでしょう。

 そろそろお暇する時間ですし、今日はここで失礼しますよ」

 

 掴んでいたレイキバットを宙に放り捨てたウェザー・ドーパントが、フッと消える。

 回転する世界に慌てて体勢を整えた時には、オーシャン・ドーパントからドライバーごとメモリを剥ぎ取られていた。

 自身を投げてから一秒と経っていないとは思えないスピード。

 間違いなくサイクロンを凌駕している速度に、レイキバットは目を剥いた。

 

(コイツ、高速移動まで……!?)

 

「次の機会までメモリとドライバーを預かっておきましょう。

 貴女の恐怖が、メモリとの適応を高めてくれる。その時を楽しみに待っていてください。フフ、フハハハハ!!」

 

 ウェザー・ドーパントが視界から消える。

 身体か透明になり、高笑いだけを響かせて。

 残されたのは呆然と座り込む瑠美と、彼女を気遣って寄り添うレイキバットと、気絶しっぱなしの龍我。

 サイクロンはというと、どうやら既に去っていたらしい。

 

「わたし……私が、わたしじゃなくなったみたいで、でも、レイキバさんを助けなきゃって」

 

「……ああ、きっとお前に助けられたんだろうよ。

 そいじゃ、そこの馬鹿をとっとと連れて帰るぞ。いや、病院が先か」

 

「──無駄だ。メモリ由来の傷や毒は、通常の医療では回復しない」

 

 無理矢理メモリを挿された瑠美の影響や、龍我の負った傷を考慮しての病院行きを提案したのだが。

 その案は息を荒げて走ってきた照井竜に否定される。

 探していた人物の登場に驚くレイキバットと瑠美。

 竜は瑠美を見下ろして、憤怒を滲ませた顔で舌打ちした。

 

「ウェザー、井坂深紅郎を見たんだろう! 

 奴はどこに消えた……! 奴は何を言っていた!!」

 

「井坂深紅郎……?」

 

「答えろ! 奴は必ず、俺のこの手で……殺す!!」

 

 

 

 

 復讐の炎を燃やす男、照井竜。

 欲望のままに動く狂気の男、井坂深紅郎。

 龍我を狙う組織、財団X。

 正体不明の仮面ライダーサイクロン。

 

 各々の思惑が複雑に絡み合い、各々を覆い隠す謎が巨大な謎を組み立てる。

 

 大地は姿を消し、龍我は重症を負い、瑠美は怪物の狂気に狙われた。

 

 そして、次に変身させれば自壊してしまうレイキバット。

 

 この世界での終着に向けて、事態は加速していく。

 






これにて「怪物……W」は終了です。
アクセル編完結まで、あと3〜4エピソードかな……?


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