Dies irae(別世界) (機械龍)
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ロートス・ライヒハート=ツァラトゥストラ・ユーヴァーメンシュ

 俺の名前はロートス・ライヒハート。とある超人集団で活動している、元死刑執行人だ。

 今日も元気に仲間たちの変人行動で頭を抱えています。

「ツァラトゥストラ。少しいいか?」

 俺の部屋に黄金の髪と眼をした、人類の黄金比と言うべき人間が入ってきた。

「なんだ、ラインハルト」

「カールが…記憶喪失を起こした」

「…は?」

「だから、カールが記憶を失ったと言ったのだ」

「で、なんで俺のところに来る。アンナとかが適任なんじゃないか?」

 すると、ラインハルトは困ったような顔を見せ、俺にこう言った。

「頼むよ、藤井蓮くん(・・・・・)

「はぁぁぁぁ……。チッ。わかったよ。どこにメルクリウスはいる」

「いつもの副首領室(ところ)だ」

 

 副首領室に着いた。

「メルクリウス、大丈夫か」

 ノックをし、ドアを開けると椅子に座り、ウザったいポーズをした、青い長髪の影のような男がいた。

 記憶失っても、滲み出るウザったさは消えないんだな。

「君は…誰だ」

 本当に記憶を失ったようだな…。

「分からないのか。ツァラトゥストラだ。ロートス・ライヒハート=ツァラトゥストラ・ユーヴァーメンシュ」

「ツァラトゥストラ…?……いや、すまない。思い出せない」

「そうか」

 俺はラインハルトを呼び、小声で言った。

「こいつこのままの方がいいんじゃないのか?そっちの方が俺らにとって良いような気がするぞ」

「まあそうだが、見ろ。どちらにせよウザさは消えないらしい。だから、記憶があった方がこっちにとって、なにかと有益なんだよ」

『緊急、緊急。前線に聖遺物の使徒が現れた模様。至急応援求む』

 城内に緊急警報が鳴り響いた。

「はあ、仕方がない。聖槍十三騎士団黒円卓の団員に告ぐ。レオンハルト、ザミエル、バビロン、ツァラトゥストラの各人は至急、前線に向かえ。その場の指揮権はツァラトゥストラが有する」

 その場でラインハルトが言うと、城中に響き渡った。

「「「Jawohl mein Herr!」」」

 ツァラトゥストラ以外の各々がその場で言った。

「私はカールの件に関して、精進するよ。頼んだぞ、ツァラトゥストラ」

 そうラインハルトが言ったその刹那、窓からロートスは飛び出して行った。

 

 

 街の上を飛んでいると、すぐに先程の3人と合流出来た。…いや、バビロン――リザ・ブレンナーの攻撃手段であるトバルカインも一緒にいた。

「藤井君、命令をお願い」

 レオンハルト――櫻井螢がすぐにそう言った。

「そうだな…。櫻井は俺について来い。シスターとカイン、ザミエルは俺らと別の方に行ってください」

「了解したわ、藤井君」

「了解だよ、ツァラトゥストラ」

「ここから見て、ちょうど右斜めと左斜めに件の聖遺物の使徒がいるようだから、俺らは右に、シスターたちは左に行ってください。では」

 ロートスの指示に従い、櫻井はロートスについて右に、リザとカイン、ザミエル――エレオノーレは左に行った。



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創造

「アレか。一般兵が苦戦してるな…」

 近くの木にとまったロートスたちは、様子を伺っていた。

 目線の先には、聖遺物の使徒と思われる人物がドイツ兵を次々に斃していた。

「創造の能力はなんだろう」

「まず創造まで行ってるかが分からないと。シュピーネやシスターみたいに形成で止まってる可能性もある」

「それは無いんじゃないかな。あんなに戦い慣れしてるし、多分、聖遺物も扱い慣れてるよ」

 たしかに、聖遺物と思われる機関砲を器用に使い、一般兵を殺し続けていた。

「どうする?私が先に行こうか?」

「お前を駒にするようでなんか嫌だけど、…頼む。創造はあまり使うなよ」

「わかった」

 木から飛び出した櫻井は、奇襲をしようとしているらしい。

 音もなく、その首を狙いに行く。

 すると突然、敵の聖遺物の使徒が動きを止め、櫻井が飛んでいる方向に拳を振ってきた。

「ッ!?」

 間一髪、避けることが出来たが、気づいていたとは…。

「奇襲だなんて汚い手は使うなよ、嬢ちゃん」

 顔を合わせた。

 その人は紫色の長髪に同色の眼。高身長の男性だった。

(…ザミエルみたいだな)

「相手が気づいていないと思ってるんだから、奇襲するのは当然でしょう?それとも、わざと発狂しながら突っ込んでこいとでも言うの?」

「ははは、面白いこと言うね。ま、当然のことか」

 一般兵をあしらいながら質問に答える。

「…こいつぁ強そうだな。櫻井、無茶しなきゃいいけど」

「ドイツ軍の兵士諸君、攻撃をやめたまえ。これはラインハルト・ハイドリヒ大将閣下の言葉である」

「ほう。賢明な判断だ。ここで無駄死にさせるより、あとに温存した方が良いという考えか。…良いだろう、私も見逃してやろう」

 ドイツ軍の一般兵が早急に去っていく。

「さて、ここには私と嬢ちゃんしかいない訳だが、…名乗ろう。私はヴィクトル。本来は空軍なのだが、聖遺物と契約してからは陸軍に編成されたんだ」

「私も名乗らなきゃいけない雰囲気になってきたか…。仕方ない。私は…レオンハルト。軍の特別部隊に所属しています」

「レオンハルト?日本人じゃないのか?」

「こっちに来て改名したんです。…そんなことはいいんですよ。あなたの聖遺物はそれですか」

 機関砲を指さして問うた。

「そうだよ。これだけじゃないけどね」

「それだけじゃない?聖遺物は基本1つのはずです。それ以上だと身体が持たない」

「それは戦いながら紐解いていけばいいよ」

 そう言うと、ヴィクトルは櫻井に向けて銃撃を始めた。

「ッ!!」

 完全な不意打ちだったため、太もも部分を銃弾がかすめた。

「形成!」

 赤い刀が形成された。

「ハアアアァァッッ!!」

 大きく振りかぶり、ヴィクトルに斬りかかった。

(相手の武器は銃だ。白兵戦ならこちらが有利のはず!)

 ヴィクトルは機関砲を振り上げ、櫻井の攻撃を受け止めた。

 かなり重いはずの機関砲を振り上げるとは、なんて怪力なんだ…。

「おそらく、白兵戦なら有利だという考えだろう。…ふふ、そりゃそうでしょう。コレなんだから」

 笑いながらそう言う。

「では、私の聖遺物の真価を見せるとするか」

 そう言うと、機関砲が消え、剣が出てきた。

「私の聖遺物は形が存在しない。故に私が形作らなければならない。そう、私の聖遺物の形成は、『私の思ったものが形成される』というものだ!」

「喋ってばっかりで、手が止まってますよ!」

 櫻井が激しく攻撃を始めた。

 それをヴィクトルが受け流す。

「やはり、面倒だ。おそらくあなたは強いだろう。だから私は卑怯な手を使うよ」

「なに?!」

 ヴィクトルの周りをそよ風が吹く。

Briah(創造)――Absolyutnaya monarkhiya(絶対王政・強制遂行)

 詠唱すると、櫻井の身体が動かなくなった。

「…!?これは…!」

「私はね、ずっと虐げられていたんだよ。村に住んでいた子供時代、学校に行けばクラスの馬鹿どもから理不尽な暴力を振るわれ、家でもそうだった。だから軍人になった。だが、それでも上の人間からはゴミのように扱われた。だから私の渇望は『絶対的な権力が欲しい』というものになった。そして具現した能力は『命令を相手に強制的に実行させる』というものだ」

「なんてチート能力…」

「君…レオンハルトって言ったか、君に命ずる。『その刀をお前の首のところに持ち上げろ』」

 !!!!????

 そう言われた櫻井は、その手に持つ刀を首のところに持ち上げ、そこに刺す準備を完了させた。

「『自害しろ』!」

 櫻井は首にそれを刺し、自殺した…。

 と思ったが、よく見ると、先程の状態から変わっていない。

「それをする必要はねぇぞ。櫻井」

 男が立っていた。

 そいつは刀を素手で持ち、抑えている。

「あいつ…!」

「あなたは、遊佐君!?」

 オレンジ色の髪に赤い服。普段着で司狼は立っていた。

「お前は誰だ」

 ヴィクトルが質問する。

「あ?俺はケンカが好きな一般人だよ」

「だったら、『消え失せろ一般人』」

 ヴィクトルがそう言ったが、司狼には何も起こらない。

「効かねえ効かねえ。一般人っても、ただの一般人じゃないからな。形成」

 司狼がそう言うと、棘鎖を辺りに漂い始めた。

「それは…!」

「そ、聖遺物だ。そんで…」

 数秒ためると、

「―太・極― 無間身洋受苦処地獄(マリグナント チューマー アポトーシス)!!」

 太極の詠唱をした。

 司狼が太極を展開させると、空が幾何学模様に変化した。

「くそ!『これを終了させろ』!」

「やなこった。っつーか効かねえんだけどな」

 櫻井の腕も降りている。

「俺の太極はな、『あらゆる異能を無効化する』って能力なんだよ。だから、お前の創造も効かない」

「じゃ、じゃあ『レオンハルト、自害しろ』!」

 しかし何も起こらない。

「なに…!?」

「無効化するっつってんだろ。俺以外の人に対してもそれは適用される。こいつがもし創造を使おうとしても無効化されるわな」

「あなたが戦っても勝てる確率はほとんどゼロに等しい。さあ、どうする」

 櫻井がヴィクトルに強気で問うた。

「引くなら私たちも見逃してやろう。ここで自殺に等しい行為をするか、引くか。まあ、答えは決まってるだろうけど」

「……ッッ!」

 ヴィクトルはそのまま背を向け、去っていった。

「よえーなー。軍人ならお国のために命捧げろよ」

「軍人だって恐怖心くらいあるだろうよ、司狼」

 ロートスがそう言った。

「なんだよ、蓮、いたのかよ」

「いちゃ悪いかよ」

「別に悪くねえけどよ、この偏屈姉ちゃんに危険が迫ってるってのに傍観してたって思うと、な」

「まあ、こっちだって色々あんだよ。つーかなんでお前来たんだよ。前にも言ったよな自殺の手伝いは御免だって」

 日本にいた頃、司狼がまだ聖遺物と契約してない時に、聖遺物の使徒であるヴィルヘルムと戦おうとしたことがあった。その時にロートスを頼ってきたから、自殺の手伝いは御免だと言ってあしらった事がある。

「別に、俺は簡単に死ぬわけじゃなし?いいだろ。この状況だってデジャヴなんだからよ」

「…そうか。だが、一般人のお前を向こうの戦場に連れていくことは出来ないな」

「そうかよ。俺も軍に入りたいんだがなぁ」

 露骨にガッカリしてみせる司狼。

「…だが、聖遺物の使徒としてなら連れていくことが出来る。ラインハルトとは顔見知りだろ?」

「ん?ああ、何度か会ってる」

「なら話はつけておく。狼を司る者(ゲオルギウス)を連れて行くってね」

 すると、おもちゃを見つけた子どものように目を輝かせ、

「これで強いヤツと戦える!ありがとな」

 とロートスに感謝をした。

「櫻井は?さっきの攻撃で精神的には大丈夫か?」

「ええ、大丈夫。それより、さっさと行った方がいいんじゃない?もし、さっきの…ヴィクトル?があっちに行ってたら苦戦を強いられるのは目に見えてるよ」

「そうだな。じゃあ行くか。念の為、俺は序曲で先に行っておく。お前らは追いつき次第、交戦を始めてくれ」

「「了解」」

 ロートスは歩きながら詠唱を始める。

Die Sonne toent nach alter(日は古より) Weise In Brudersphaeren Wettgesang.(変わらず星と競い)Und ihre vorgeschriebne Reise Vollendet sie(定められた道を雷鳴の如く) mit Donnergang.(疾走する)Und schnell und begreiflich schnell(そして速くㅤ何より速く)In ewig schnellem Sphaerenlauf.(永劫の円環を駆け抜けよう)Da flammt ein blitzendes Verheeren(光となって破壊しろ)Dem Pfade vor des Donnerschlags;(その一撃で燃やし尽くせ)Da keiner dich ergruenden mag, (そは誰も知らずㅤ届かぬ)Und alle deinen hohen Werke(至高の創造)Sind herrlich wie am ersten Tag.(我が渇望こそが原初の荘厳)

Briah(創造)――Eine Faust Ouvertüre(美麗刹那・序曲)

 詠唱を終えると、ロートスが青い光に包まれた。

「じゃあまた後で!」

 そう言うと、時速300キロは軽く超えているだろうスピードで駆けて行った。

「俺らも行くか」

 そう言って櫻井と司狼はロートスを追いかけるように駆けて行った。



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焦熱した世界

「せやーーー!」

 華奢な女子がエレオノーレに斬りかかった。

「ふん」

 それをエレオノーレが避ける。

「くッ」

「その程度か?拍子抜けだな。聖遺物を使っていると聞いて、さぞ強いんだろうと思ったが…。私が出るまでもなかったな。ブレンナー、あとは任せた。私は帰る」

「に、逃げる気か!」

「逃げる?ハッ!貴様のような相手如きに、私が怖気付くはずもない。戦力の温存といったところだ」

 少女に背を向け、立ち去るエレオノーレ。

「う、うおおおぉぉ!!」

 尚も斬りかかってくる少女。

「目障りだ。パンツァー」

 エレオノーレは、無数の擲弾発射器(パンツァーファウスト)を空中に出現させた。

「foyer」

 全ての擲弾発射器が一斉に少女に向かって発射されていく。

「う、ああああぁぁ!!」

「そのまま死ね。哀れな少女よ。まだ生きているとなれば、ブレンナー。貴様が殺せ」

「…了解よ」

「…つッ…」

 少女はまだ生きている。聖遺物の使徒なのだ。これくらいで死ぬことはない。尤も、相手が黒円卓の赤騎士(ザミエル)なのだからかなりの重傷を負ってはいるが。

「くッ…創造!」

 辺りに流れている川が波を立てる。

「ほう」

「消熱・水冷清浄!」

 川から水柱が立ち、雨雲が雷鳴を轟かせる。

「序盤で心が折れて創造か。とんだ腑抜けだな。見るところがありそうな創造だが、私の心は変わらんぞ」

「こ、怖いのか…!私に負けるのが…!」

「ハッ!どうとでも言え。あとはブレンナーがやってくれるさ。私が手を出す程じゃない」

「ふふっ。それはどうかな」

 エレオノーレがリザの方を見ると、リザが動きを止めていた。

「おい、ブレンナー。早くやれ。私は引くからな」

「エレオノーレ。あなた何を言っているの?自分でやればいいじゃない」

「なに?」

「なによ。権力を振るって他人にやらせるなんて怖気付いてるだけじゃない」

 少し様子がおかしい。

(さっきまで命令には従う姿勢を見せていた…)

「創造、か…」

「カイン!」

 トバルカインを使い、攻撃してきた。

「ブレンナー、上司(わたし)の命令を聞け!」

「上下関係なんてどうでもいいわ。私は…私のためにこの身体を使う!」

 再びカインが攻撃しようとしたその時、

「あ〜あ~。こっちも大変なことになってんなあ。めんどくせぇけど、太極使うかー」

 どこからか聞いたことのある声が聞こえてきた。

「この声は…」

 すると、空から雨雲が消え、その空に幾何学模様が刻まれた。

「はっ…!私は…なにを…?」

「助かったよ。ゲオルギウス」

「どういたしまして」

「私の創造が…?なんで…!!」

 少女は叫喚していた。

「つーか、シスターさんがおかしかったの、お前のせいじゃねえだろ」

「なにを…。私の創造よ!」

「あいつ…なんつったか。…ああ、ヴィクトルだ。あいつだろ。いんだろ!出て来やがれ!」

 すると、一般ソ連兵の1人が首のあたりでゴソゴソし始めた。

「聖遺物を変装道具にしていたのか。わざわざそんなことする必要あったか?」

「またあなたなの!?私の邪魔はしないでっていつも言ってるじゃない!これは私が受け持った戦いなの!!」

「お前は…戦いに向いてない。渇望も、おそらく『他人を引きずり落として自分が強く』ってところだろう。だから『炎(情熱)を消す』なんて創造になったんだろう。だが、戦場ではそういったセコイ手は通用しない。私のもそうだ。先程、そこの彼に切り崩された。彼がいないところならばと思ったんだが…。まあいい。そういう事だ」

 それでも少女の熱は収まらない。

「あなたには関係ない!大将閣下に任されたのは私!人の管轄に…手を出さないで!」

「『口を噤め!瑞騎(みずき)!』」

 少女――瑞騎が口を閉じた。

「お前は自分自身に創造を使えないのか!敵がいるところで弱みを見せるんじゃない!」

 瑞騎がゆっくりと口を開ける。

「わかったよ。私が悪いんだろ!もう知らない!」

 そのまま瑞騎は駆けていく。

「瑞騎!」

「あらら。仲間同士で…」

「…司狼。少し黙れ」

「はいはい。了解しましたよ。副首領代行殿」

 嫌味ったらしく言う。

「ちっ。反吐が出る。敵を前にして、仲間割れか…」

 そう言うとエレオノーレは詠唱を始めた。

Echter als er schwur keiner Eide;(彼ほど真実に誓いを守った者はなく)treuer als er hielt keiner Verträge; (彼ほど誠実に契約を守った者もなく)lautrer als er liebte kein andrer:(彼ほど純粋に人を愛した者はいない)und doch, alle Eide, alle Verträge, (だが彼ほど総ての誓いと総ての契約)die treueste Liebe trog keiner wie er(総ての愛を裏切った者もまたいない)Wißt inr, wie das ward?(汝ら それが理解できるか)Das Feuer, das mich verbrennt, (我を焦がすこの炎が)rein'ge vom Fluche den Ring!(総ての穢れと総ての不浄を祓い清める)Ihr in der Flut löset auf, (祓いを及ぼし穢れを流し)und lauter bewahrt das lichte Gold,(熔かし解放して尊きものへ)das euch zum Unheil geraubt.(至高の黄金として輝かせよう)Denn der Götter Ende dämmert nun auf.(すでに神々の黄昏は始まったゆえに)So - werf' ich den Brand(我はこの荘厳なるヴァルハラを) in Walhalls prangende(燃やし尽くす者と) Burg.(なる)

Briah(創造)――

Muspellzheimr Lævateinn(焦熱世界―激痛の剣)

 すると、その場にいる全員が砲身状の結界に閉じ込められた。

「貴様ら敵兵に情など湧かん。軍人が、戦場にいる時に仲間同士で喧嘩をするなど空前絶後、言語道断。すなわち、論外だ。貴様らの軍の大将閣下殿も要らぬと思っているだろうよ。故に私が燃やし尽くしてやる」

「――――!」

 ソ連軍の兵たちは絶句している。その場に立ち尽くす者、結界を壊せないかと試みる者。聖遺物の彼らは絶句する者だ。

「私の炎は相手が死ぬまで焼き続ける。貴様の創造は役に立たんぞ」

「そんなの――」

「俺がいりゃ創造は使えねえな」

 司狼がいつの間にかあちら側にいた。

「もしかしたら、少佐殿の創造も消してしまうかも知んねえが…。まあそん時ゃそん時だ」

「分かってるじゃないか、ゲオルギウス。では、Drei(3) Zwei(2) Eins(1)――」

 カウントダウンを始め――

「――Foyer(撃て)

 ――炎を敵兵に向け、撃った。

無間身洋受苦処地獄(マリグナントチューマー・アポトーシス)

 遠くの方で司狼の詠唱が聞こえたかと思ったら、結界の中に幾何学模様が浮かび上がった。

 

 

「さあ、帰るぞ」

 エレオノーレがそう言った。

「結果を見なくていいのか?」

「見なくてもわかるさ。君の友人がヘマをやらかさない限りな」

「そうか…」



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聖剣七兵団

「ふぅ…。砲撃は…終わったか。さて、俺も帰るとすっかなぁ」

 もぞ…もぞもぞ…

「うわ!まだ生きてやがんのか。まあ、もう面影もないがな」

 司狼は拳銃で、動いていた元は人間だったであろう灰を撃った。

 

「やはりドイツ軍の聖槍十三騎士団は強いな。まだ素人の聖遺物使いとはいえ、二人同時に倒すとは…」

 1人の老翁が言う。

 老翁の名はマクベス・スヴォール=ゼウス・オリュンポス。ソ連陸軍中将。

「でも、アタシ達がやれば大丈夫でしょ。さっきやられた彼ら、本当に雑魚じゃない」

 若い女がそれに答える。

 女の名はオフィーリア・ナクラル=ミカエル・タルムード。ソ連陸軍少将。

「油断は禁物です。彼らはボクらよりも前にそれらを手にし、使ってきています。扱い慣れているのは目に見えている」

 少年がそれに反論する。

 少年はシーシアス・ナクラル=アイギス・アマルテイア。ソ連陸軍大将。オフィーリアの弟である。

「しかし、勝つのはボクら聖剣七兵団(C∵S∵S)だ。なぜならば、我々の方が人数が少ないゆえに結託が強い。連携が上手い。そして、コレ(・・)の質が高いからだ」

 腰にある刀を掲げ、シーシアスが宣言する。

「ボクらは彼らのように力がおしくはない。だから、創造は使って構いません。本当に隠すべきは――」

「――流出だ」

 マクベスが青年の言葉を次ぐ。

「儂らの2人が流出に至っておる。正しくはオフィーリア嬢の軍勢変生であるが。それでも途中で中断できるというのは優秀すぎる。乱用はできん」

「そういう事です。さて、既にアトランティア兄妹は向かわせているのですが、どうしましょうか」

 カムイ・アトランティア=ルシフェル・エザキエル、カノン・アトランティア=アイリス・エレクトーラー兄妹。ソ連陸軍の大佐と中佐であり、聖遺物の使徒である。

「根城を襲わせればいいんじゃない?ルシファーもイリスもそっちの方が手っ取り早いと言ってたし」

「いや、彼らの意見は飲めない。彼らならば敵軍兵を大量に倒せるだろうけど、L∴D∴Oの団員が出てきたらいくら彼らでも負ける可能性がある。ここでの消耗はいただけないよ。姉さん」

「まあ彼らに任せてみようじゃないか、シーシアス殿」

 マクベスが意見する。

「そうですね。少し様子をうかがってみましょう。なにか動きがあれば、僕が出ます」

「えぇ…。なんで大将殿が出るとか言うかな…。アタシかマクベスにやらせりゃいいじゃん」

「姉さん、僕はね、早く蓮と戦いたいんだ。きっと呼び出せば出てきてくれるはずだし、僕も待っている。お互い、軍の良い役割についているから、実現できるかはアレだけど、僕は戦いたいという意思を見せてるから…ね?」

「旧友に会いたいというのなら、儂は止めんよ」

 マクベスは納得してくれたようだ。

「ちょっ。ジジイ!」

「これはシーシアス殿が郡の将校としてではなく、一人の人間として願っていることだろう?だったら、叶えてやろうではないか。君も姉として応援してやるといい」

「…。そこまで言われちゃあしょうがないね」

 マクベスの説得が効いたのか、すぐに折れてくれた。

「ありがとう。でも、今はアトランティア兄妹のことについて集中しましょう」

 

 

 ヴェヴェルスブルグ城の付近にあるカフェのテラス席に、2人の若者が優雅にお茶を飲んでいた。

「お兄ちゃん、ヴィクトルと瑞騎が殺されたんでしょ?で、私たちがここに飛ばされた。こんなとこで見てていいのかしら?」

 銀の髪と紅い瞳を持つ少女が、同じく銀の髪と紅い瞳を持つ隣にいる少年に問う。

「うーん…。でも待機命令が出てるからなあ…。 俺としてはさっさと特攻したいんだけど…」

「私もよ。そんな命令、無視しちゃおうよ」

「ダメだよ、カノン。無視したら何をされるか分かったもんじゃない」

 と、少年がそういったところで、少年の携帯電話が震えた。

「シーシアス君からだ。『アトランティア兄妹へ』…?命令の伝達かな。『先程の会議で、君たちの待機命令を解除することにしました。次の命令があるまでは自由に行動して構いません。しかし、一つだけ命令をします。特攻するなら二人同時には避けなさい。それをやった場合には強制的に帰還、あるいは殺させていただきます。ボクとしては、なるべく後者はしたくないので、この命令には従ってください。シーシアス=アイギスより』。自由行動だって。どうする?」

 少年が少女に問う。

「えー…。2人で行きたかったんだけど…。敵の情報を探る為にも、私、行こうか?」

「カノンを死なせる訳にはいかない。俺が行く」

「私だってお兄ちゃんを殺すわけにいかないわ」

「…じゃあ待機だな…」

 全く話が進まないので、振り出しに戻った。

 2人が再び談笑し始めると、彼らの横を黄金の髪の男性と青い髪を持つ影のような男性が通った。

「カール。なにか思い出しそうか?」

「いや、なにも。すまないね、ラインハルト。付き合わせてしまって」

「このくらい良い。親友が記憶喪失なのに動かないというのもなんだろう」

 彼らはこのような会話をしていた。

「ねえ、お兄ちゃん。黄金の髪に、ラインハルトって名前。あの人聖槍十三騎士団の第一位かも知れないよ」

「ここでやれれば苦労はないけど…。ちょっとカノン、行ってみてよ。お前の創造なら、殺せなくとも、なにか出来ると思う」

「分かった。創造(Briah)――」

 青空が、さらに濃い蒼に変色した。

La divina commedia(神が奏でる至上の曲) ――purgatorium ed(煉獄)

「おや?なにかが変わったようna――」

 メルクリウスが気づく。

 が、その直後、時が引き伸ばされ、ずっとaの音を言い続けている。首も細かく動いている。

 周りの人間も皆、最後に発した言葉の母音を言い続けていたり、最後にした行動を繰り返している。

 まるでバグったゲームのように。

「私の創造は3つある。一つはこの「周りの時間を引き伸ばす」という『煉獄』。一つは「お兄ちゃんが死ぬまで私も死ねない」という『地獄』。私にとっては天国だけどね。一つは「今までに見た事のある創造を(オリジナルには劣るが)使うことが出来る」という『天国』。今のこの空間は、私とお兄ちゃん以外誰も動けない!」

 ラインハルトの元に走っていき、剣を形成しつつ、つつ、腰から肩にかけて、ラインハルトを斬る。

「せやあああぁ!」

 腰に当たったが、そこから先に斬り込めない。

「なんで!?」

「カノン!さがれ!」

 後ろからカムイの声が聞こえる。

 驚異の跳躍力で後ろに飛び上がり、200mはあるであろう距離を一回ジャンプしただけで詰めた。

「座れ。彼は魂の質、そして量が違いすぎた。あれは俺でも無理だ」

「そんな…じゃあ私たちはどうすればいいの?!」

 母音を奏でることしか出来ない人形どもが、奇妙な動きで母音を奏で続けている。

「…そうだな…。まずは、少し落ち着いたら、創造を止めてくれないか。…気分が悪くなってくる」

 蒼い空が薄くなっていく。それにつれて街の人たちも動き出す。

「さて、宿舎に戻ってシーシアスたちに報告をしようか。行こう、カノン」

「待ちたまえ」

 カフェのテラス席から立ち上がり、街に繰り出そうとしていた彼らを誰かが止めた。

「卿ら、先程、ここで起きたことについて何か知っているかな?」

 それは先程襲った黄金と影だった。

「起きたこと?何かありましたか?」

「私たち、ここでお茶して、話が盛り上がっていたので分かりませんわ」

 努めて平静を装った。カノンの口調が少しおかしいのは目を瞑っておこう。

「そうか。そこの彼女だと思ったのだがな(・・・・・・・・・・・・・・)。気のせいだったか な」

 気づかれていたのか!?いや、創造は展開されていたはず…。なら、こいつはなんなんだ!

「まあ良い。力及ばず。腰から斬ったのだろうが、ミリ単位でも斬ることができなかったのだから、相手にはならんだろう。貴重な時間を取ってしまってすまなかったな」

 そう言うと2人は去っていった。

「バレてたの…?私の…創造が…」

「分からない。ただ痛みがあったからってだけかもしれない。彼は狙われて当然の存在だからね」

「でも、そこの彼女だと思ったって言ってたじゃない」

「ハッタリだろ。俺らが動揺するか見てたんだろうな。まあ、事件の犯人に仕立て上げられたら誰でも動揺するだろうけどね」

 無駄な時間を過ごした…。報告する時間も少し削られてしまったな…。

「時間が惜しい。早く宿舎に戻ろう」

 

「やはり、敵国の兵が紛れ込んでいたか」

「彼らはいま、裏で戦争をしている国の兵だと言うのですか。ラインハルトよ」

 カムイたちに話しかけた後、黄金と水銀はそんな会話をしていた。

「ああ。だが、取るに足らない相手だった。卿の力を借りずとも、倒せるだろう。聖剣七兵団があの程度で終わるはずはないと、私は思うがな」

「私が記憶を失っていなければ、何か出来たと思うのだが。いやはや、申し訳ないね」

「なに、気にすることは無い。誰にでも起こりうることだ。気に病まなくても良かろう」

「おーい!ラインハルトー!」

 後ろから声をかけられた。

 そこにはドイツ軍の軍服に身を包んだ者が5人いた。

「ツァラトゥストラか。終わったのか?」

「ああ。弱すぎた。戦ったのはザミエルとレオンハルト、そして戒さんくらいだ」

「そうか…」

 明らかにおかしい。もう少し強かったと思うのだが…。

「まあ…良い。ああ、ゲオルギウスも戦ったのか」

「なんでわかった?!」

「なに、彼の聖遺物の反応があったからだよ。それに、少し前、空気が変わって形成が出来ない状態になっていた。太極を彼は使用したようだな」

「ああ。何度かな。ところで…」

 そこからはただの雑談になった。

 しかし、ラインハルトの頭の中はソ連軍のことについていっぱいだった。



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