その名は、榛か遠く (Falke)
しおりを挟む

序章 孤独からの出発
プロローグ


~大本営~

 

 

コンコン

 

 

元帥「ん? 入ってくれ」

 

 

ガチャ

 

 

優「失礼します」

 

 

室内からの声に促され、扉を開け執務室の中に入る。

豪華な執務机の奥に、椅子に座った若い男と、その隣に長身の女性が立っている。

 

 

元帥「ああ、君か。待っていたよ」

 

優「本日付で東方鎮守府に着任することになりました、雨宮———」

 

元帥「堅い挨拶はいいよ。君のことは既に知っているからね」

 

優「了解しました」

 

元帥「あっさり止めるんだね。まぁ構わないけど。雨宮 優くん……冷静な性格に反してその采配は実に攻撃的、特技は剣道で趣味はなし……うん、読んでいて実につまらないデータだね」

 

優「……」

 

陸奥「提督、言い過ぎよ」

 

元帥「ああ、ごめんごめん。気に障ったかい?」

 

優「いえ、別に」

 

元帥「淡白だねぇ。まぁいいや。陸奥」

 

陸奥「はーい」

 

 

元帥殿に促され、陸奥という女性が俺に書類を差し出す。

 

 

元帥「君が付く東方鎮守府所属の艦娘のリストだよ。迎えの車を呼んであるから、鎮守府につく前に目を通すといい」

 

優「ありがとうございます」

 

元帥「詳しい仕事とかは、ここで話すよりも慣れていった方が早いだろう。何か他に質問はあるかい?」

 

優「……いえ、特には」

 

元帥「そうかい。なら、早速行きたまえ。また何かあれば報告してね」

 

優「了解しました。失礼します」

 

 

ガチャ  バタン

 

 

陸奥「……提督?」

 

元帥「……ああ、すまない。……僕は大丈夫だよ」

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

~東方鎮守府~

 

 

榛名「……」

 

金剛「榛名ー? どうしたんデスカー?」

 

榛名「いえ……なんでもありません、お姉さま。榛名は大丈夫です」

 

金剛「……不安デスカ?」

 

榛名「……いえ、そんなこと……」

 

金剛「榛名。隠し事はなしネ。不安な時はワタシの胸を借りてもいいんデスヨ?」

 

榛名「お姉さま……」

 

金剛「大丈夫。きっと。榛名は大丈夫ネ」

 

榛名「……ふふっ」

 

金剛「What? なんで笑うデスカ?」

 

榛名「だって……お姉さまが榛名みたいなことを言うので、ちょっとおかしくて」

 

金剛「むー。そんなに変デスカー」

 

榛名「いいえ。……ありがとうございます、お姉さま」

 

金剛「Yes。榛名は笑顔が一番デース!」

 

 

笑い合う金剛と榛名の元へ、一台のタクシーが向かってくる。

 

 

金剛「来たみたいデスネー」

 

 

タクシーは二人の前で止まり、一人の男を下ろしてそのまま去って行った。

 

 

優「……」

 

榛名「あの……。新しい提督の方ですか……?」

 

優「ああ。君たちは」

 

金剛「ハーイ! 英国で生まれた帰国子女、金g———」

 

優「自己紹介はいい。榛名、金剛。君たちのことは既に書類で確認済みだ。早速だが執務室に案内してくれ」

 

榛名「あ、はい……。こっちです」

 

金剛「むー。つれないデスネー」

 

 

榛名の案内に優が従い、金剛も二人を追いかける。

 

 

金剛「……」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#1 その目が視るもの

夢を見る。

 

見たくもない夢を、何度も見せられる。

 

轟音、爆風、悲鳴、怒号。

 

不安、焦燥、焦り。

 

笑顔で涙を浮かべる少女。

 

そんな記憶の一つ一つがガラスの破片のように、俺の心に深く突き刺さる。

 

見たくない。しかし見なくてはいけない。

忘れたい。しかし忘れてはならない。

 

どれだけ俺の心を縛り続けるとしても、どれだけ他を失おうとも、だれだけ孤独であったとしても、

 

この気持ちを決して忘れないために。

 

今日も、夢を見る。

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

〜東方鎮守府・執務室〜

 

 

執務室。提督とその秘書艦が事務作業を行うための部屋で、大きな机と座り心地の良さそうな椅子、テーブルやソファもあり、棚には書類やファイル、書物が所狭しと纏められている。

 

その一室に集まる7人の艦娘は、着任する予定の新米提督を待っていた。

 

 

間宮「そろそろ新しい提督が着任する時間ね」

 

夕立「どんな提督さんかな? 遊んでくれる提督さんっぽい?」

 

響「どうだろう。今は余裕のない状況だし、難しいかも」

 

天龍「フン、すぐ撤退だとか言う腰抜け提督じゃねぇことを祈るぜ。俺を出撃させてくれりゃ、深海棲艦なんてバッサバッサ斬り倒してやんよ」

 

龍田「天龍ちゃんったら~。あんまりおイタが過ぎると沈んじゃうわよ~?」

 

加賀「……」

 

天龍「にしても、随分こじんまりしちまったよなぁ。この鎮守府にいる艦娘がたったの9人なんてよ」

 

鳥海「一度すべての鎮守府にいる艦娘を大本営に招集して、新たに派遣しなおしましたからね」

 

響「でも、司令k……じゃなかった、元帥は状況に応じて大本営から追加で艦娘を派遣するって言ってたよ」

 

夕立「とにかく、夕立たちが頑張ればいいっぽい?」

 

響「ああ。順調に深海棲艦から制海権を取り戻して、作戦規模が大きくなれば、自然と援軍を寄越してくれるだろう」

 

夕立「だったら、夕立すっごく頑張って、時雨と一緒に戦うっぽい!」

 

鳥海「時雨ちゃんは既に西方鎮守府に着任してますよ」

 

龍田「共闘は難しいんじゃないかしら~」

 

夕立「ぽい~……」

 

 

艦娘たちが談笑していると、執務室の扉が開き、優たちが入ってくる。

それまで和んでいた執務室に緊張が戻り、全員が提督服に身を包んだ男に注目する。

 

 

優「……この鎮守府に所属する艦娘は9人だと聞いている。全員揃っているようだな」

 

天龍「アンタがここの新しい提督か?」

 

優「ああ。本日付で東方鎮守府に着任した、雨宮 優だ。よろしく頼む」

 

天龍「おうよ。俺は天龍型一番艦———」

 

優「君たちの自己紹介は必要ない。」

 

天龍「……あん?」

 

優「金剛、榛名、天龍、龍田、鳥海、夕立、響、加賀、間宮。君たちのことは既に書類で確認済みだ。同じことに時間をかけている余裕はない」

 

龍田「いいのかしら~? 私たちと提督は初対面なんだし、コミュニケーションは大事じゃなーい~?」

 

優「既に知っていることをもう一度知る必要があるか? それに、コミュニケーションなら今後もとっていけるだろう」

 

龍田「ふーん、そう……」

 

優「さて、早速だが君たちには、鎮守府近海の威力偵察のために出撃してもらう」

 

鳥海「え……?」

 

天龍「着任早々出撃だぁ? いくらなんでも急すぎやしねぇか?」

 

優「天龍。お前も人類が立たされている状況は理解しているだろう?」

 

天龍「当然だよ」

 

優「次に深海棲艦の侵攻があれば、人類は今度こそ敗北する。それを阻止するために俺はここに来た。君も人類のためを思うのなら、やるべきことはわかるはずだ」

 

龍田「そうね~その通りだと思うわ~。さ、天龍ちゃん~」

 

天龍「おい、龍田!」

 

加賀「……」

 

優「艦隊は既に編成済みだ。金剛を旗艦とし、天龍、龍田、響、夕立、加賀。この6人で出撃してもらう」

 

金剛「ワオ、本当にいきなりネ」

 

優「さっきも言った通り、作戦目的は近海の状況偵察だ。実際に深海棲艦がどの程度の戦力を展開しているのかを知らなければ作戦の立てようがない。尚、偵察範囲に制限はない。できるだけ広い範囲の偵察を頼む」

 

 

優は一呼吸置き、一層語気を強めて言う。

 

 

優「そして、可能であれば一隻でも多くの深海棲艦を撃滅しろ」

 

 

艦娘たちは無言を貫く。

 

 

優「作戦概要は以上。出撃は10分後だ。榛名は俺と共に来てくれ」

 

榛名「あ……わかりました」

 

 

優が部屋を後にし、榛名もそれを追って部屋を去る。

 

 

天龍「なんだぁ? あいつ」

 

龍田「あんなのを提督に選ぶなんて、大本営も落ちたわね~」

 

金剛「迎えに行った時もあんな感じデシタネー」

 

鳥海「これから大丈夫なんでしょうか……」

 

夕立「かなり怖かったぽい……」

 

響「みんな、気持ちはわかるけど時間がない。早く出撃ゲートへ行こう」

 

加賀「そうね。あんな人でもここの提督。任務は遂行しなくてはいけないわ」

 

天龍「相変わらずサッパリしてんなぁ」

 

金剛「でも、響と加賀の言う通りネ。ワタシたちで頑張りマショー!」

 

間宮「みんな、気をつけてね。甘いものを準備して待ってるわ」

 

夕立「ぽーい! 夕立、頑張ってくるっぽい!」

 

天龍「しゃあねぇ。行くとするか」

 

鳥海「私は指令室でオペレーターをしますね」

 

 

艦娘たちがぞろぞろと去っていく。

 

 

間宮「……一人ぼっち、ね」

 

 

間宮は深呼吸して、気持ちを切り替える。

 

 

間宮「さて、準備しなくちゃ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#2 バンデッド

榛名「あの……提督」

 

優「なんだ?」

 

榛名「榛名に何か御用でしょうか……?」

 

優「ああ。君には鎮守府の案内を頼みたい」

 

榛名「案内……ですか?」

 

優「一応資料で確認はしたが、実際に自分の目で見た方が確実だからな」

 

榛名「……でも」

 

優「まだ何かあるのか?」

 

榛名「……いえ、榛名は大丈夫です」

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

~東方鎮守府近海・海上~

偵察部隊SIDE

 

 

天龍「チッ、思い出しても腹が立つな」

 

龍田「あらあら、天龍ちゃんってばあんなに出撃したがってたのにご機嫌ナナメなの~?」

 

天龍「いや、それとこれとは別で……物事には順序ってのがあんだろ」

 

響「いつも細かいことをすっ飛ばしたがる天龍さんのセリフとは思えないな」

 

天龍「やかましいわ」

 

金剛「でも確かに、ちょっとはテートクのこと知っておきたかったネ。テートクは気難しそうな人デスネ」

 

天龍「気難しいとか以前に、そもそも俺たちとあんまり話したくなさそうにも見えたぞ」

 

龍田「無駄なことはしたくないんじゃないかしら~?」

 

夕立「な、なんだか龍田さんも怖いっぽい……」

 

天龍「……お前、怒ってんのか?」

 

龍田「ふふふ~、どうかしら~」

 

加賀「……」

 

天龍「あー、加賀さん? もしかして機嫌悪い?」

 

加賀「……いいえ。少し……気に入らないだけよ」

 

天龍「気持ちはわからんでもねぇよ。ま、俺たちは与えられた任務を遂行してればいいみたいだしな」

 

金剛「Yes。それにしても、見た目は何も変わらないデスネ。beautifulな海デース」

 

響「ああ。まるで第一次深海大戦での敗北が悪い夢のようだね」

 

天龍「そのまま夢であってくれれば良かったんだけどなぁ……」

 

加賀「———!」

 

天龍「どうやらそうはいかねぇらしいな、加賀さん」

 

加賀「そのようね。索敵機より報告。10時の方向に敵艦隊を発見。駆逐2、軽巡1、軽空母1、戦艦2」

 

金剛「ワァオ、いきなり戦艦が二隻デスカー」

 

夕立「敵さん、結構ガチっぽい」

 

天龍「そもそもこんな近海に戦艦が湧くってのがなぁ……」

 

響「どうしても、現実は危機的状況から目を背けさせてくれないみたいだね」

 

龍田「焦る必要はないわよ~。私たちも伊達に戦闘経験積んでないじゃない~」

 

加賀「金剛、どうするの? 目的はあくまで偵察だから、無理に好戦する必要はないわ」

 

金剛「Yes。でもみんなもうやる気満々デスネー。だったら、このまま突っ込むデース!」

 

5人「「「了解!」」」

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

~東方鎮守府~

 

 

榛名「ここが工廠です」

 

優「ふむ……」

 

榛名「ここでは主に艦娘の改装、装備の開発や整備、補給を行っています。残念ですが建造はできません。以前はそうでもなかったのですが……大戦で敗北してからは資材に余裕がなくなってしまったので、建造は必要な場合のみ、大本営だけが執り行うことができます」

 

優「やはり資材の枯渇がネックか……。なぁ、榛名」

 

榛名「はい」

 

優「もし……資材があれば、人間用の装備を開発することは可能か?」

 

榛名「……? 工廠の妖精さんでは難しいかもしれません。大本営にいる明石さん、もしくは北方の夕張さんならもしかしたら……」

 

優「そうか」

 

榛名「あの……一応言っておきますけど、艤装は艦娘専用ですよ? 提督が装備することはできませんからね」

 

優「わかっている」

 

榛名「……」

 

 

 

 

 

優「ここは?」

 

榛名「甘味処"間宮"です。私たち艦娘の憩いの場でもあります。間宮さんはいつもここでお店を営業されてます」

 

 

と、店の暖簾ををくぐって奥から間宮が出てくる。

 

 

間宮「あら? 提督に榛名さん。何か御用ですか?」

 

優「いや、榛名に鎮守府の要所を案内してもらっただけだ。榛名、次だ」

 

 

優は素っ気なく次の場所へ向かう。

 

 

榛名「あ、提督……!」

 

間宮「あらあら、相変わらずね」

 

榛名「すみません、間宮さん」

 

間宮「気にしてないわよ。それより、榛名さん」

 

榛名「?」

 

間宮「提督のこと、よく見ておいてあげてね」

 

榛名「え?」

 

間宮「ふふ。さて、私はまだ準備が残ってるから。早く追いかけないと、提督が行っちゃうわよ?」

 

榛名「え、あの」

 

 

そう言って、間宮は店の奥へ入っていった。

 

榛名「……どういう意味なんでしょう……」

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

~東方鎮守府近海・海上~

偵察部隊SIDE

 

 

加賀「敵艦隊捕捉。航空戦を開始するわ」

 

 

加賀が艦載機を発艦させ、敵艦隊と交戦する。

敵の軽空母もほぼ同時に艦載機を放つ。

 

 

金剛「夕立と響は駆逐艦の相手をお願いしマース!」

 

響「了解」

 

夕立「任せるっぽい!」

 

金剛「天龍と龍田は片方の戦艦をお願いしマース! できれば軽巡の注意も引いておいてほしいネ!」

 

天龍「おう!」

 

龍田「了解~♪」

 

金剛「ワタシはもう片方の戦艦の相手ネ! 全砲門! ファイヤー!」

 

 

轟音と共に放たれた金剛の砲撃が艦隊戦の近くに着水する。

着水地点から立った大きな水柱が、砲撃戦が始まったことを告げる。

 

 

金剛「ンー、もうちょっと上デスネー。次は……」

 

 

金剛は落ち着いて照準を調整し、

 

 

金剛「外さないワ!」

 

 

次弾を発射する。放たれた砲撃は、今度は敵軽巡洋艦を見事に貫いた。

 

 

金剛「Yes! perfect!」

 

 

 

 

 

天龍「金剛のヤツ、結局自分で軽巡沈めてるじゃねぇか」

 

龍田「いいんじゃない~? 正直、軽巡と戦艦を同時に相手取るのは厳しかったし~」

 

天龍「ま、確かに感謝しねぇとな。俺たちは俺たちで、こいつの相手をしねぇとな!」

 

 

天龍と龍田は敵戦艦ル級と対峙する。天龍たちの接近を阻止するべく、ル級は天龍たちの射程外から砲撃を浴びせてきた。

 

 

天龍「おっと、いきなり激しいな」

 

龍田「突っ込みすぎて被弾したらダメよ~?」

 

天龍「ンなヘマしねぇよ。にしても近づきにくいな……」

 

龍田「私たちは近距離戦闘が得意だものね~」

 

天龍「しゃあねぇ。だったら!」

 

 

二人はル級めがけて牽制魚雷を発射する。魚雷を察知したル級は二人への砲撃を一旦中止し、回避行動に専念する。

 

 

天龍「攻撃を止めたのがお前の敗因だぜ。行くぞ龍田!」

 

龍田「は~い♪」

 

 

二人はル級との間合いを一気に詰める。それを防ぐため、回避を終えたル級はすぐさま砲弾を放つ。

 

 

天龍「龍田!」

 

龍田「甘いわよ~?」

 

 

向かってきた砲弾を、龍田は愛用の薙刀で真っ二つに斬り裂いた。

 

 

ル級「!?」

 

天龍「ナイス龍田!」

 

 

龍田の後ろから天龍が飛び出し、ル級の懐に潜り込む。

 

 

天龍「懐に入りさえすればこっちのモンだぜ!」

 

 

天龍はがら空きのル級の胴に鋭い斬撃を浴びせる。

 

 

ル級「!!」

 

龍田「こっちもいるわよ~?」

 

 

すかさず龍田が薙刀で追撃。

 

 

ル級「……ッァ!」

 

天龍「ッラァ!!」

 

龍田「ハァッ!!」

 

 

天龍の刀と龍田の薙刀が同時にル級を貫き、身体から力が抜ける。

天龍と龍田が自分の獲物を抜きはらうと同時にル級の身体が爆発しながら沈んでいく。

 

 

天龍「天龍様のお通りだぁ!」

 

龍田「死にたい船はどこかしら~?」

 

 

 

 

 

響「夕立、油断は禁物だ」

 

夕立「わかってるっぽい!」

 

 

夕立と響はそれぞれ、敵駆逐艦イ級、ロ級と交戦中。

 

 

夕立「さぁ、素敵なパーティー始めましょう!」

 

 

夕立は俊敏な動きで敵の砲撃を躱し、回避しては砲撃を繰り返す。

その青い瞳の奥には、どこか楽しそうな、狂気じみたものを感じなくもない。

 

 

夕立「隙ありっぽい!」

 

 

攪乱を続けられ照準が狂ったイ級の無防備な側面に、痛烈な一撃が叩き込まれる。

イ級はたまらず体勢を崩し、黒煙を上げて倒れこむ。

 

 

夕立「もう終わりっぽい? つまんないっぽーい」

 

 

夕立は響の方へ振り返る。

 

 

夕立「響ー、こっちは終わったっぽ———」

 

響「ああ、こっちも片付いた———」

 

 

と、倒したと思い込んでいたイ級とロ級が二人の背後から奇襲を仕掛けてくる。

それに素早く反応した二人は目にもとまらぬ速さで、お互いの背後に迫る敵艦を交差するように撃墜した。

 

 

響「夕立、油断は禁物だって言っただろう」

 

夕立「響も人のこと言えないっぽーい」

 

 

二人はお互いの戦いを讃え、ほほ笑む。

 

 

響「さあ、次だ」

 

夕立「夕立、もっと活躍するっぽい!」

 

 

 

 

 

金剛「ンー、このままだと埒が明かないネ」

 

 

一方、金剛ともう一隻のル級の戦闘は拮抗状態にあった。

 

 

ル級「ッ!」

 

 

ル級の主砲から一斉に砲弾が放たれ、金剛のすぐ隣の水面を捉える。

 

 

金剛「shit、このままじゃマズイネ。なんとかシナイと……」

 

 

怯む金剛に追い打ちを浴びせようと、ル級が照準を合わせようとしたその時。

ル級の身体を、空からの無数の銃弾が包み込んだ。

 

 

ル級「!?」

 

金剛「艦載機……! サンキューネ加賀!」

 

 

振り返ると、既に敵軽空母を倒していた加賀がクールな表情で佇んでいる。

ル級は金剛から注意を外し、対空射撃に専念している。

 

 

金剛「一気に決めマース! 戦艦ならやっぱり———」

 

ル級「!!」

 

金剛「———infightデショウ!」

 

 

金剛の重い拳がル級の頬を殴り抜ける。

同時に、豪快な破砕音と共にル級の艤装の一部が砕け散った。

 

 

金剛「これで! finish!」

 

 

すかさずル級の腹に渾身のボディーブローをお見舞いする。

ル級の艤装が崩壊し、激しい爆発を起こしながら沈んでいった。

 

 

金剛「フー、なんとかなったデース」

 

響「結局殴って倒すんだね」

 

天龍「相変わらず無茶しやがるぜ」

 

金剛「むー、天龍に言われたくないデース」

 

龍田「でも~、みんな無事だし、いいんじゃない~?」

 

加賀「慢心はダメよ。索敵を続行するわ」

 

夕立「加賀さんお堅いっぽい~……」

 

響「加賀さんの言う通りだよ。まだ作戦は続いてるんだから」

 

天龍「しっかし、偵察つってもどこまで行くんだ?」

 

金剛「テートクはできる限りって言ってたネー」

 

天龍「いっそのこと、艦隊3つ分ぐらい一気に来ねぇかなぁ。もっとこう、バッサバッサと蹴散らしてやりてぇぜ」

 

龍田「天龍ちゃんたら~、そういうのフラグっていうのよ~?」

 

天龍「ンだよ、その"フラグ"って?」

 

龍田「天龍ちゃんがなすすべなく負けるフラグかしら~」

 

天龍「ハッ、ンなことあるわけ———」

 

響「———!!」

 

 

談笑していた天龍の視界に、銀色の何かが高速で横切った。

天龍がその正体を認識するよりも先に、

 

 

ドオン!!!

 

 

響「ぅぐっ……!?」

 

 

天龍を庇った響が爆風に包まれた。

 

 

天龍「何っ!?」

 

金剛「響!!」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#3 戦慄の右腕

響「ぅぐっ……!?」

 

天龍「何っ!?」

 

金剛「響!!」

 

夕立「響! 大丈夫!?」

 

響「ああ……問題ない……。だが、艤装が……」

 

龍田「魚雷……ふぅん、そういうこと」

 

加賀「潜水艦の雷撃ね。やられたわ」

 

天龍「クソッ! 俺が呑気してたから……!」

 

金剛「艦隊、単横陣! 対潜警戒!」

 

 

金剛の指示で、艦隊は陣形を変える。

 

 

加賀「……鳥海、聞こえるかしら」

 

鳥海『はい、聞こえてます』

 

加賀「敵潜水艦と接触、雷撃により響が大破。このまま撤退を具申するけれど……提督の指示を」

 

鳥海『そ、それが……』

 

加賀「?」

 

鳥海『提督、まだこちらにいらっしゃってないんです』

 

加賀「……なんですって?」

 

鳥海『そろそろ来ると思いますけど……』

 

加賀「……いいわ。だったら現場判断に任せてもらいます。このまま響の安全を確保しつつ帰投するわ」

 

鳥海『わかりました』

 

加賀「というわけよ、金剛。勝手な判断をしてしまったけど」

 

金剛「ナイス判断ネ。みんなー! これ以上は危険デース! このまま響を守りつつ撤退しマース!」

 

夕立「響のことは夕立に任せるっぽい!」

 

龍田「対潜警戒は私たちが引き受けるわ~」

 

天龍「あんまし得意じゃねぇけどな!」

 

加賀「———! 金剛! 9時の方向に敵艦隊!」

 

金剛「what!? マジデスカ!?」

 

加賀「戦艦1、空母2、重巡1、駆逐2。……まさか、さっきの艦隊は囮……?」

 

金剛「敵のtrap……? 挟み撃ちというわけデスカ……」

 

加賀「金剛、撤退を急いで。今なら本格的に交戦する前に逃げ切れる距離よ」

 

金剛「Yes。天龍、龍田! 潜水艦は攪乱だけでいいデス! 急いで戻りマース!」

 

天龍「おうよ!」

 

 

金剛が的確な指示を出し、艦隊が鎮守府へ向けて進路を変更した、その時。

加賀の意識に、索敵機からの新たな情報が飛び込んできた。

 

 

加賀「———ッ。これは……? 金剛!」

 

金剛「今度は何デス!?」

 

加賀「9時の方向、高速で深海棲艦が単身で接近してくるわ!」

 

金剛「単身で……? いいデショウ、突っ込んでくるというのなら相手してあげるネ! 加賀は敵本隊の足止めをお願いシマス!」

 

加賀「了解」

 

 

加賀が艦載機を放ち、金剛も同じ方角を向いて敵が来るのを待つ。

しかし、金剛の視界に映ったのは、自分のよく見知った深海棲艦のそれとは少し違和感を覚えるものだった。

 

 

金剛「what……? 何デス、あれは」

 

 

金剛たち偵察艦隊の座標へ高速で迫る重巡洋艦リ級が一隻。

その眼は隻眼、身体中には無数に張り巡らされた亀裂、そして右腕にはいくつもの紫色の血管のようなものが荒々しく脈打っている。

その姿は一言で、奇異と評するのに過不足ない姿であった。

 

 

金剛「何デショウ。何か、すごくヤバい。そんな気がしマス」

 

 

本能的にヤツが危険であると悟った金剛は主砲を構える。

自分がこれほど何かを脅威に感じたのはいつぶりだろうか。

全力で止める。全弾打ち尽くしてでも。

 

 

———でないと、最悪の場合死人が出マス。

 

 

金剛「全砲門! ファイヤーー!!」

 

 

金剛が渾身の一撃を放ち、加賀もそれに合わせて艦載機を放ち援護する。

主砲と艦載機による空襲。重巡洋艦一隻ではひとたまりもない。それが多くの戦火をくぐってきた歴戦の艦娘によるものならば尚更。

 

だが、金剛と加賀は共に信じがたい光景を見せつけられた。

回避したのだ。砲弾と機銃の雨を全弾回避したリ級は、無傷で金剛の眼前にまで距離を詰めた。

 

 

金剛「ッ!?」

 

 

肉弾戦に持ち込まれた金剛はまたも驚愕する。

自分もそれなりに殴り合いは得意であったのだが、ここでもリ級は獰猛な笑みを浮かべながら圧倒してきた。

 

 

金剛「ッ……! あり得ないネ……、あの攻撃で無傷なはずが……!」

 

リ級「ヴあ”あ”あ”ア”ア”あ”!!!!」

 

金剛「!? しまっ———」

 

 

体勢を崩され無防備になった金剛を、リ級は右手で掴もうとする。

勝利を確信したかのように、凶悪な顔の口角が一層吊り上げられる。

 

 

天龍「金剛ッ!!」

 

リ級「!!」

 

 

いつの間にか戻ってきていた天龍がリ級に一太刀浴びせ、金剛の窮地を救った。

 

 

天龍「チッ、浅いか」

 

金剛「天龍……助かりマシタ」

 

天龍「礼を言うのは早ぇぜ。ったく……随分とまたヤバそうなのがいるもんだな」

 

リ級「グゥゥゥゥ……」

 

加賀「天龍、イレギュラーは起こったけど、今は撤退が最優先。深追いは禁物よ」

 

天龍「わかってるよ。ま、はいそうですかと見逃してくれそうにもねぇよなぁ」

 

リ級「ア”ア”ア”ッ!!!」

 

 

リ級の猛攻と互角に渡り合う天龍。

強敵と対峙することに喜びを感じる天龍だが、その笑みには余裕がないようにも見える。

 

 

———こいつ、異常だぞ。素手で刀を持った俺と互角かよ。

いや、違う。気を抜けばすぐ崩される。……認めたくねぇけど、こいつの方が実力は上だ。

 

 

天龍も剣戟を的確にいなしながら、何度も異様な右手で天龍を掴みにかかる。

それを間一髪のところでの回避を繰り返し、精神と体力が徐々に消耗されていく。

 

 

———マズいな。ジリ貧じゃねぇか。このままじゃ———

 

 

と、ここで天龍の動きにミスが現れた。

突き出されたリ級の右手への反応が一瞬遅れたのだ。

回避という選択肢をかき消すには、その一瞬で充分だった。

 

 

天龍「チッ!」

 

 

回避を諦めた天龍は、逆にその怪しい右手を迎え撃つことにした。

あれだけ忌避していた右腕を斬り落とすべく、真っ向から刀を振り下ろす。

 

———が、ここでもリ級は天龍の想像を遥かに超える事象を引き起こした。

 

 

天龍「!? 受け止めやがった!?」

 

リ級「ギヒッ」

 

 

直後、ぶぅん、と鈍く不快な音が鳴り響き、リ級の右腕に張り巡らされた血管が眩しく発光した。

同時に天龍の刀に細やかな振動が走り、

 

 

バキィッ!!

 

 

天龍「ッ……!? 俺の刀が……!?」

 

 

天龍の刀が粉々に砕け散った。

 

 

龍田「天龍ちゃん!!」

 

金剛「これ以上は無理デス! 撤退シマス!」

 

 

遠方に敵本隊を確認した金剛は、本格的に交戦する前に撤退の指示を出す。

一瞬思考が停止した天龍を龍田が引っ張り、偵察艦隊は鎮守府に向け撤退する。

 

 

龍田「天龍ちゃん、大丈夫?」

 

天龍「……ああ、悪い」

 

金剛「加賀! 艦載機ありったけぶち込んでクダサイ! 全力で足止めシテ!」

 

加賀「ええ」

 

 

加賀が向き直り艦載機を射出するより先に、弱弱しく響く声が聞こえた。

 

 

夕立「ねぇ、あれ……何する気っぽい……?」

 

 

全員が振り返ると、意外にもリ級は追ってきてはいなかった。

代わりにそこには、リ級が駆逐イ級の頭部を掴んでいる姿があった。

 

直後、ぶぅん、と鈍い音が再び響き、駆逐イ級が木っ端微塵に砕け散った。

その残骸が、まるでエスパーが超能力で浮かせているかのように、リ級の右腕を渦巻くように漂っている。

 

 

天龍「あいつ、仲間を……?」

 

 

天龍が呟くのと同時に。

リ級が右腕をこちらに振り向け、渦巻く残骸を夕立へ向けて飛ばしてきた。

 

正確には、大破して動けない響を狙って。

 

 

天龍「ッ!? まずい!!」

 

夕立「ッ……! 響……!」

 

 

夕立が響を身を挺して庇おうとしたその時。

飛来する残骸の軌道上に立ち塞がった龍田が薙刀を高速回転させ、残骸をすべて弾き飛ばした。

 

 

龍田「……勝手がすぎるわよ……?」

 

夕立「龍田さん……!」

 

金剛「加賀!!」

 

 

金剛が叫ぶと同時に、加賀がありったけの弓を放つ。

空へ放った弓はたちまちい艦載機に変換され、敵深海棲艦の本隊を足止めする。

 

 

金剛「このまま響と天龍を守りつつ帰投しシマス!」

 

 

金剛たちは急いで戦線を離脱する。

まるでわざと見逃すかのように、奇妙なリ級はそれ以上金剛たちを追ってこようとはしなかった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#4 影

~東方鎮守府~

 

 

鳥海「提督、艦隊が帰投しました!」

 

 

鳥海からの報告を受け埠頭で艦隊の帰りを待っていると、水平線にそれらしき姿が見えてきた。

6人全員、かなり消耗しているように見える。

 

 

金剛「テートクー、艦隊が帰投したヨー」

 

優「被害状況は」

 

金剛「響が大破、天龍が中破、ワタシが小破ってところデース」

 

優「修復にはどれくらいかかる?」

 

金剛「ンー、響が一番重症デスし、補給もプラスで三時間ぐらいですかネー」

 

優「そうか。では、三時間後に偵察部隊には再出撃を命じる」

 

 

艦娘たちは戸惑いの声を漏らした。

 

 

榛名「提督……!?」

 

鳥海「提督、それは……! 損傷の修復が完了しても、すぐに出撃させては負担が大きすぎます!」

 

優「言ったはずだぞ鳥海。人類には一時の猶予も残されていない。一刻も早く深海棲艦共を根絶やしにしなければならないんだ」

 

鳥海「でも! 響ちゃんの負担も考えてあげてください!」

 

優「なぜだ?」

 

鳥海「なぜ、って……そんなの!」

 

天龍「いい加減にしろよテメェ!!」

 

 

我慢の限界に達した天龍が、激しい剣幕で優の胸ぐらを掴んだ

 

 

優「なんだこの手は。はなせ天龍。上官反逆罪だぞ」

 

天龍「知るかよそんなモン! テメェ、俺たちを何だと思ってやがんだ! 着任早々出撃させて、傷ついて帰って来たこいつらに労いの言葉の一つも掛けないで、ろくに休息もとらせねぇでまた出撃しろだぁ? 俺たちはテメェの使い捨ての駒なんかじゃねぇ!!」

 

優「駒だなどと最初から思っていない。俺は最も効率のいい手段を選択しているだけだ」

 

天龍「そこに俺たちの意思は汲まれねぇのかよ!!」

 

響「天龍さん……私は、大丈夫。修復さえ、できれば……また出撃できるさ……」

 

天龍「ンなわけねぇだろ! 疲れたまんまじゃかえって危険だって!」

 

加賀「……提督。一つ聞きたいのだけれど」

 

優「なんだ、加賀」

 

加賀「あなたは私たちが出撃している間、指令室に居なかったそうね。出撃中に提督が指令室を離れるなんて、一体どういう了見かしら」

 

優「効率のいい手段を選択していると言っただろう。俺は俺でやることがあった。それだけだ」

 

加賀「それは艦隊指揮よりも重要なことなのかしら?」

 

優「大本営から派遣された、歴戦の君たちを信用してのことだ」

 

加賀「……そう」

 

 

少しの間、沈黙が訪れる。

 

 

金剛「……とりあえず、みんなドッグに行かなきゃダメデス。テートク、悪いけど再出撃はナシにしてほしいネ」

 

鳥海「私も行きます」

 

 

7人はドッグへ向かう。

 

 

榛名「提督……」

 

優「……」

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

~金剛型の部屋~

 

 

金剛「フー、いい湯だったネー」

 

榛名「お姉さま。お怪我は大丈夫なんですか?」

 

金剛「No problem。問題ないネ。私より響の方がよっぽど重症デスしネー。響ももうすっかり元気デース」

 

榛名「ならいいのですが……」

 

金剛「それにしても、テートクの考えてることがわからないネ。どうしてすぐに再出撃させようとしたんデショウ?」

 

榛名「さあ……。榛名にもわかりません……」

 

金剛「ワタシたち、テートク運には恵まれてないのかもしれマセンネー」

 

榛名「……」

 

金剛「……変なこと言ったデース。もう寝マショウ。榛名、おやすみナサイ」

 

榛名「……はい。おやすみなさいませ、お姉さま」

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

優「……」

 

加賀「……」

 

 

執務室へ向かう途中、優は廊下で加賀とすれ違った。

お互い何も言わずに去ろうとした時。

 

 

加賀「……提督」

 

優「どうした」

 

加賀「一つ、わかったことがあるわ」

 

優「何がだ?」

 

加賀「あなたのことが気に入らない理由が」

 

 

加賀の落ち着いた声が空気を張り詰めさせる。

 

 

加賀「あなたには、私たちが見えていないのね」

 

優「見えてるぞ。現にそこに加賀、お前がいるだろう」

 

加賀「そうね、訂正するわ。あなたは私たちを見ようとしていないのね」

 

 

吐こうとした言葉が、のどの奥で詰まるのを感じた。

 

 

優「何……?」

 

加賀「あなたの目は真っすぐね。真っすぐに、何かを見据え続けている。まるでそれ以外のことは眼中にないように」

 

優「知ったような口を効くな。お前に何がわかる」

 

加賀「何かはわからないわ。私にわかるのは、あなたが私たちと向き合おうとしていないことぐらいだもの」

 

優「……それは」

 

加賀「あなたは艦娘を道具だとでも思っているのかしら」

 

優「……」

 

加賀「……」

 

 

加賀は、それ以上何も言わずに去って行った。

 

 

優「……」

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

真っ暗な部屋で目が覚める。

外はまだ暗い。寝ぼけ眼を擦りながら、目覚めたばかりの自分の胸に、なんだかモヤモヤしたものがあるのを榛名は感じた。

 

 

———なんだろう。提督のことが気になる。

 

 

鎮守府に元々常設されてある二段ベッドの上段では、金剛が気持ちよさそうに眠っている。

金剛を起こさないように部屋を出て、月明かりに照らされて少し幻想的になった廊下をゆっくり歩きながら考える。

 

 

———榛名はどこへ行こうとしているの? 提督のところ? もう提督も寝ていらっしゃるかもしれないのに?

 

 

寝ぼけ半分で榛名はゆっくりと廊下を進む。

 

 

———提督はどうしてあんなに出撃を急いだのだろう。一刻も早く戦況を把握したかったから? 一隻でも多くの深海棲艦を減らしたかったから? それとも別の何かが———

 

 

そこまで考えた榛名は、ふと窓の外を見た。先刻、偵察艦隊が帰投した埠頭。そこに佇む人影が一つ。

 

 

榛名「提督……?」

 

 

 

 

 

『提督のこと、よく見ておいてあげてね』

 

 

 

 

 

榛名「……」

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

皆が寝静まった夜、月明かりに照らされて輝く海を一人で眺める。

公共の場以外では肌身離さず携行している刀を隣に置き、優はその場に座り込んだ。

 

 

 

 

 

『あなたは艦娘を道具だとでも思っているのかしら』

 

 

 

 

 

優「道具、か……」

 

 

優は胸のペンダントに手を当て、半分は自部に言い聞かせるように呟く。

 

 

優「……深海棲艦はこの世にいてはならない存在。一刻も早く殲滅しなければならない。そのためなら、多少の無理も仕方がない。どれだけ俺のやり方が非難されても、必ずやり遂げてみせる。どんな犠牲を払ってでも……!」

 

 

いつしか縋るように強く握りしめていた手を緩め、ペンダントを見つめる。

 

 

優「……これでいいんだよな、瑠奈……」

 

???「いいんじゃない? 立派な野望を持っていて」

 

優「ッ!?」

 

 

優が全く気付かないうちに隣に立っていた女はそう言った。

反射的に距離をとった優は、刀を抜いて切っ先を謎の女に向ける。

 

 

???「あらあら、こわいこわい。そんな物騒なものをいつも持ち歩いているの?」

 

優「……誰だ、お前は」

 

???「フフッ、いいわ。教えてあげる。私は親切だから」

 

 

女はそう言いながら優に微笑む。

髪は黒く長く、不気味なほど鮮やかな黄色の瞳を持ち、身体はすこしやせ気味。実に美しい女であった。

同時に、女が人間でないことは、見れば誰もが察するだろう。

 

 

???「はじめまして、東方の提督さん。私の名は幻影棲姫」

 

優「幻影棲姫……。聞いたことがないな」

 

幻影棲姫「今後のために知っておいてちょうだい。あなたたちはいずれ私たちに飲み込まれる運命ですもの」

 

 

優の返事は、言葉ではなく刀だった。

女の意識外からの完璧な不意打ち。しかし、必殺であったはずのその一刀を、女は余裕の表情で、片手の指二本で受け止めてみせた。

 

 

優「ッ……!?」

 

幻影棲姫「あらあら、血気盛んすぎるのも良くないわよ? ただでさえニンゲンは脆いのだから……ね!」

 

優「ぅぐっ!!」

 

 

幻影棲姫の人間離れした力に突き飛ばされ、大きく吹き飛ばされる。

勢いのまま後ろの石壁に背中を叩きつけられ、全身に激しい痛みが奔る。

 

 

優「ぅあっ……!」

 

幻影棲姫「深海棲艦に生身のニンゲンが歯向かうだなんて、ずいぶん無謀なことをするのね。ニンゲンはみんなこうも死に急ぎたがっているものなの?」

 

優「くっ……!」

 

幻影棲姫「まぁ、怖い目。私は宣戦布告だけのつもりだったけど……」

 

 

幻影棲姫が右手を開くと、何もなかった空間から艤装が展開される。

右手に展開された砲塔を掴み、動けない優に砲身を向ける。

 

 

幻影棲姫「あなたがその気なら、その気持ちを無下にするのはいけないわよねぇ。私は親切だから」

 

 

そう言う女の顔は、弱者を弄ぶ優越感に満ちた凶悪な笑みを浮かべていた。

 

 

優「……いい気に……なるなよ……」

 

幻影棲姫「?」

 

優「このままで……済むとは思っていないだろうな……? お前は敵本拠地の中にいるんだぞ……。今にあいつらが駆けつけて……」

 

幻影棲姫「———ふぅん、誰が来るっていうのかしら?」

 

優「何……?」

 

幻影棲姫「艦娘たちを自分の私怨に利用して、彼女たちの気持ちなんて考えもせず道具のようにこき使ったくせに、自分の都合が悪くなったら助けを求めるの? そんな勝手な上官を助けに来るほど、艦娘は都合のいい存在なのかしら?」

 

優「ッ———」

 

 

 

 

 

『あなたは私たちを見ようとしていないのね』

 

『私は……大丈夫』

 

『なぜって……!? そんなの!』

 

『ふ~ん、そう……』

 

『俺たちはテメェの使い捨ての駒なんかじゃねぇ!!』

 

 

 

 

 

————そうだ。俺があいつらにしたことは、とても褒められたものじゃない。

天龍。龍田。響。鳥海。加賀。あいつらにとって俺は憎しみの対象でしかないだろう。そんなの、深海棲艦と立場は変わらない。

 

なら、俺もここで消えるべきなのだろうか。

 

誰にも理解されず、誰からも信頼されず、守るべきものも、もうない。無力で孤独な俺を、ここは必要としていなかったのか。

 

 

幻影棲姫「さようなら。出会ったばかりだけど……あなた、嫌いじゃなかったわよ?」

 

 

———ああ、これで。

 

すべてが終わる。何もできずに終わる。

 

———こんなところで。

 

 

???「伏せてください!!」

 

幻影棲姫「!!」

 

 

何かを叫ぶ声が聞こえた直後、幻影棲姫が大きく後ろに飛びのき、視界が爆風で染まる。

凛としていて、透き通り、優しさも感じるその声に、優は聞き覚えがあった。

 

 

榛名「提督、お怪我はありませんか!?」

 

優「……榛名……」

 

 

彼女の華奢な背中が、とても大きく見えた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#5 孤独からの出発

榛名「提督、お怪我はありませんか!?」

 

優「……榛名……」

 

幻影棲姫「……まさか、本当に来るとは思っていなかったわ。しかもその艤装……私と同じ、戦艦クラスね」

 

榛名「……なぜここに深海棲艦がいるのかはわかりませんが、退いてください。提督が無事なら、今ここであなたと争う理由はありません」

 

幻影棲姫「フフッ、おかしなことを言うのね。艦娘と深海棲艦が出会ってしまえば、戦いが起きるのは当然でしょう? 私たちはそのために存在しているのだから……」

 

榛名「……そうですか。提督は安全な場所へ避難してください。ここにいては巻き込まれてしまいます」

 

優「しかし……」

 

榛名「大丈夫です。榛名が必ず提督をお守り致しますから」

 

 

優は振り返り微笑んだ榛名に言葉を返せず、見送ることしかできなかった。

向き直ると、榛名は幻影棲姫の方へ数歩歩いて行った。

 

 

———大丈夫。近接戦闘はお姉さまほど得意ではないけど……榛名だって。

 

 

幻影棲姫「吹き飛びなさい!!」

 

榛名「ッ!」

 

 

幻影棲姫の砲撃で戦闘が始まる。

 

通常、艦娘は艤装を展開して戦うが、すべての艤装をフル展開すると、艤装が重すぎて陸上ではろくに動けなくなる。

故に、彼女たちは艤装を自由に展開・収納でき、艤装を一部だけ展開することで陸上での戦闘を可能にしている。

艦娘へのダメージは艤装が肩代わりしてくれるのだが、陸戦時のように一部だけ展開している程度では艤装による加護がほとんどなく、ダメージは艦娘の肉体へと直接侵食してしまう。重傷を負えば命に関わることもあるだろう。

スピードを保つために片手にだけ主砲を展開している榛名は、まさにそんな状況に立たされているのだ。

 

 

幻影棲姫「あらあら、艦娘が陸上でこんなにも戦えるなんて知らなかったわ。陸では私たちに地の利があると思っていたのだけど……」

 

榛名「榛名を甘く見ないでください。伊達に戦火はくぐっていません!」

 

 

まだ余裕だと言わんばかりの幻影棲姫の肩を、榛名の砲撃が掠める。

爆発はするものの、致命傷にはほど遠い。

 

 

幻影棲姫「チッ」

 

榛名「あまり余計なことを考えていると、足元を救われますよ」

 

幻影棲姫「……その通りね。でも、集中しすぎも良くないと思うわよ?」

 

榛名「……?」

 

幻影棲姫「平和ボケしたあなたたちに教えてあげるわ。この世は結果がすべて。弱者は喰われ、強者が吠える。この世は弱肉強食という体制に基づいた単純な世界。だから今の海には、深海棲艦が我が物顔で横行しているのよ」

 

榛名「私たち艦娘が、深海棲艦より劣ると言いたいんですか」

 

幻影棲姫「いいえ。基本的な性能は大差ないわ。むしろ技術的な発展ではあなたたちの方が進んでいると思う。でも、多すぎるのよ。あなたたちは、多くのものを背負いすぎている」

 

榛名「……何が言いたいんですか」

 

幻影棲姫「背負うものが多くなるほど、それは弱さに繋がるのよ。誇り、仲間……そして何より、心がね」

 

 

そう言いながら幻影棲姫は、榛名とは別の方向に砲身を向ける。

砲身が示す先は、避難することを忘れ、激しい戦闘に見入って動けなくなっていた優。

 

 

榛名「ッ!! 提督ッ!!」

 

 

何かを叫ぶ声と、目の前の砲口が光ったのは同時だった。

砲弾が優めがけて一直線に飛んでくる。いくら動こうとしても、身体は言うことをきかない。

 

 

———ああ、死ぬのか。

 

 

そう悟った優は静かに瞼を閉じ、その時が来るのを待った。

 

 

 

 

 

 

激しい爆発音が響く。耳が痛くなるほどの激しい轟音が。

爆風が熱い。まともに浴びれば、生身の人間ならひとたまりもないだろう。

そう言っている間にも、意識は遠のいて———

 

 

———意識。

 

意識がある。感覚も残っている。ましてや痛みを感じない。

何故だ? 俺はあいつの砲撃を受けたはずじゃ———

 

 

榛名「……ッ……ぅあっ……」

 

優「え……」

 

 

ゆっくりと瞼を上げたその先には、艤装を全展開して俺をかばうように立ちはだかる、ボロボロの榛名の姿があった。

 

 

榛名「て……とく……」

 

優「……は、はる……」

 

榛名「……よかった……無事で………………」

 

 

傷だらけの彼女はそう言って優に微笑み、艤装が砕け、力なく倒れた。

 

 

幻影棲姫「アハハハハ! 良かったわねぇ、身を挺してあなたを庇ってくれる子がまだいて。こんなニンゲンを助けて何になるのかしら!」

 

 

———なんで。

なんで俺なんか。なんのために。

なんでこんな目に遭わなくてはならないんだ。

なんで……榛名が傷つかなくてはならないんだ。

 

 

幻影棲姫「……フン。つまらないわね」

 

 

幻影棲姫が再び砲塔を構える。

 

 

幻影棲姫「消えなさい。愚かなニンゲン」

 

 

その時、突如幻影棲姫が爆発に飲み込まれた。

光と熱風が収まると、そこには既に幻影棲姫の姿はなく、煙の奥から人影が見えてきた。

 

 

金剛「……」

 

優「金剛……」

 

金剛「……榛名。立派に戦ったみたいデスネ」

 

 

金剛が榛名を抱きかかえて去ろうとする。

 

 

優「金剛!」

 

金剛「?」

 

優「俺に……何か俺にできることはないか? 榛名のために、何か……!」

 

金剛「……」

 

優「……助けたいんだ。榛名を……」

 

金剛「……知りマセン。そういうことは自分で考えてクダサイ」

 

優「……」

 

金剛「……テートク。ワタシは、別にテートクを嫌っていたりはしてマセン」

 

優「え……」

 

金剛「でももし、榛名を傷つけるようなことがあれば……ワタシは、例えテートクであっても容赦しマセン」

 

 

全身が凍り付くほど怒りに満ちた眼差しを向け、金剛は去って行った。

 

 

優「……」

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

幻影棲姫「あらあら。不意打ちなんてご挨拶ね」

 

???「どうした」

 

幻影棲姫「あら、いらしてたの? 少し挨拶をしてきただけよ」

 

???「挨拶?」

 

幻影棲姫「ええ。東方のニンゲンに」

 

???「……ああ、幻影か」

 

幻影棲姫「そういうこと」

 

???「あまり過ぎたことはするなよ」

 

幻影棲姫「わかっているわ。私はいつでも、アナタのために……」

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

榛名「……んぅ……」

 

 

小鳥のさえずりが聞こえる。真っ白な天井が見える。

まだ少し痛む身体を起こし、榛名は辺りを見回した。

清潔に保たれた医務室。花瓶に刺された花。ベッドに伏せて眠っている提督。

 

 

榛名「……提督?」

 

優「ん……榛名……?」

 

榛名「はい、榛名です」

 

優「……榛名!? 目が覚めたのか!? 身体は大丈夫か!?」

 

榛名「少し痛みますけど、問題ありませんよ」

 

優「そ、そうか。あ、何か欲しいものとかないか? 果物とか雑誌とか……食べたいものでもいいぞ! こう見えても料理は得意だからな! それとも何か———」

 

榛名「ふふっ」

 

優「……榛名……?」

 

榛名「……優しいんですね、提督は」

 

優「え……?」

 

榛名「心配だったんです。みなさん、あまり提督のことをよく思っていないみたいで……。でも、本当の提督は優しい人みたいで、榛名は安心しました」

 

優「———!」

 

 

 

 

 

『もう、兄さんったらまた怪我して』

 

『テテッ……ありがとうな』

 

『もう慣れたわ。いつも勝てないくせに喧嘩なんかして』

 

『それは……』

 

『どうせまた、見ず知らずの誰かを庇ったりしたんでしょ』

 

『……仕方ないだろ。見過ごせなかったんだから』

 

『ふふっ』

 

『なんだよ、悪いかよ!』

 

『ううん。本当に優しいのね、兄さんは』

 

 

 

 

 

榛名「———提督……?どうして泣いているんですか……?」

 

優「え……。あれ……なんで……。おかしいな……涙が……止まらない……」

 

榛名「提督……」

 

 

涙を必死にこらえる優の頭を、榛名はそっと撫でた。

 

 

優「……!」

 

榛名「……大丈夫。榛名は、大丈夫ですから……」

 

優「……くっ……うぅっ、うっ……!」

 

 

優しく囁く榛名に、俺はこらえることを止め、思うままに泣いた。

 

 

誰にでも優しくあれる人になりますように。いつしか忘れてしまっていた、俺の名の由来。

俺が彼女たちにしたことは、とても許されることではない。俺の私怨に彼女たちを利用してしまったのだから。

今更許してもらおうとは思わない。代わりに、どれだけ時間がかかろうと、彼女たちに償おう。

これからは復讐のためじゃない。海を、彼女たちを、手の届くものすべてを守るために戦う。

 

 

誰かに笑顔を向けられるのは、久しぶりのことだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二章 冷たい炎
#6 ”破砕”


元帥「やあ、元気かい?」

 

「……何?」

 

元帥「転属だよ。君の新しい職場へ」

 

 

———ああ、またか。

 

 

元帥「転属先は東方鎮守府。比較的、戦況は厳しくない海域で———」

 

 

———誰かが私を必要とする。必要とされたくもないのに。

 

 

元帥「といっても、この状況で楽な戦場なんてないんだけどね。ここの提督は———」

 

 

———この力を振るえと期待する。こんな力、望んだことなんてないのに。

 

 

元帥「……まぁ、気が進まないだろうけどやってくれ。君にしかできないことがあるんだ」

 

 

———きっとそこにも、私の居場所はないのだろう。

 

 

「……フン。やればいいんでしょ」

 

 

———どうせまた、そいつもクソ提督なんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

優「すまなかった」

 

 

執務室の真ん中で土下座をしている若い男が一人。

それを目の前にした艦娘たちは目を丸くしている。

 

 

優「俺の勝手な命令のせいで、みんなの命が危険に晒された。もっとお前たちの心を気遣うべきだった。本当に申し訳ない」

 

天龍「……昨日とは随分、態度が違うんだな」

 

優「この程度で許されるとは思っていない。それでもお前たちに一言謝っておかないと気が済まなかった。これからは俺自身の行動で、お前たちに認めてもらうよう努力するつもりだ」

 

金剛「テートク……」

 

優「虫のいい話だとはわかってる。だがそれでも、もう一度だけチャンスをくれるなら、俺についてきてほしい。俺を……信じてほしい」

 

艦娘たち「……」

 

優「……朝から呼び出して悪かった。今日の出撃はなしだ。各自、ゆっくりしてくれ」

 

 

優は執務室から去る。

 

 

天龍「あいつ、いきなりどうしたんだ?」

 

龍田「どういう風の吹き回しかしら~?」

 

榛名「提督、あれからすごく反省したみたいです。それと、これをみなさんに渡してくれと……」

 

鳥海「これは……?」

 

夕立「間宮券っぽい!」

 

金剛「しかもspecial versionデスネー」

 

榛名「せめてものお詫びだそうです。特に、響ちゃんには悪かった、と……」

 

響「私は大丈夫だ。ピンピンしてるよ」

 

榛名「元気になって良かったです。では、みなさんにこれを渡しておきますね。私は用事があるので、失礼します」

 

 

榛名は執務室から去る。

 

 

金剛「榛名? どこに行ったんデショウカ……」

 

夕立「まっみやっけんー♪ まっみやっけんー♪ 早く食べに行くっぽい!」

 

響「そうだね。せっかく貰ったんだし行こうか」

 

天龍「せっかくだし、デケェのがいいな」

 

龍田「天龍ちゃんったら~、太るわよ~?」

 

加賀「……」

 

天龍「か、加賀さん……? 顔が怖ぇぞ……?」

 

加賀「……まったく。物で謝罪するなんてどうかと思うわ」

 

夕立「加賀さん、よだれよだれ」

 

加賀「あら」

 

 

 

 

 

榛名「提督!」

 

優「榛名……?」

 

榛名「これからどこに行かれるのですか?」

 

優「……大本営だ。破損した艤装の修復と、元帥殿に昨日の戦果報告をしてくる」

 

榛名「私もご一緒しますっ」

 

優「え……どうして?」

 

榛名「どうしてって……提督が仰ったんじゃないですか」

 

優「え?」

 

榛名「榛名が提督について行きたいからです」

 

 

そう言って微笑む榛名は、眩しいほどに輝いて見えた。

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

~大本営~

 

 

コンコン

 

 

元帥「ん? 入ってくれ」

 

 

ガチャッ

 

 

優「失礼します」

 

元帥「あれ、雨宮くんじゃないか。どうしたんだい?」

 

優「先日の鎮守府近海の偵察結果と、被害報告を届けに来ました。報告書です」

 

元帥「ご苦労様。でもわざわざここまで来なくても、報告なら鎮守府からの電文で充分なのに」

 

優「いえ、直接お聞きしたいことがあったので」

 

元帥「と、言うと?」

 

優「報告書にも記載しましたが……偵察部隊より、奇妙な深海棲艦と交戦したという報告がありました」

 

元帥「奇妙?」

 

優「はい。リ級型重巡洋艦とのことですが、全身に亀裂が奔り、他の艦とは一線を画する戦闘力、そして異常に発達した右腕……。明らかに従来のリ級とは異なる個体です。何かご存じありませんか?」

 

陸奥「ねぇ、それって……!」

 

元帥「……そいつとはどこで遭遇した?」

 

優「報告によると、この座標です」

 

 

優は机に広げられている海図の、ある地点を指さす。

 

 

元帥「……陸奥、どう思う?」

 

陸奥「今までと座標が大きくズレてるわね。移動したのかしら……」

 

元帥「この海域に何か目的があったわけではないのか……?」

 

榛名「あの……」

 

元帥「ああ、ごめんごめん。置いてけぼりにしてしまったね」

 

優「やはり、何かご存じなんですね」

 

 

元帥は少し前のめりに体勢を変え、続ける。

 

 

元帥「ここ最近、同じような特徴を持つ、謎の深海棲艦が中部海域で何度か目撃されてね。私たちはそいつを追っていたんだが……どうやら、今まで出没していた中部海域から、東方へ移動しているみたいだ」

 

優「やつは何者なんですか?」

 

元帥「私が知りたいぐらいだよ。こっちとしても情報不足だ。わかっているのは、他の深海棲艦と明らかに違うこと、とても好戦的で、目につくものすべてを破壊しようとすること、そして……奴に、艦娘と深海棲艦という区別はおそらく存在しないこと。何度か交戦したことはあるけど、奴は自分と同じ深海棲艦であろうと容赦なく破壊していた」

 

優「同族殺し……」

 

元帥「というより、同族だという認識がないんだ。まるで、自分には仲間が存在しないと物語っているように」

 

優「ッ———」

 

榛名「……」

 

元帥「私たちは正体不明の敵を"バンデッド"と呼称し、特にそのリ級のことを"破砕"と呼んでいる。……急な話ではあるが、破砕が東方へ移動した以上、こちらからは手が出しにくくなった。そこで、君たちにこの破砕の調査を引き継いでもらいたい」

 

優「……現在の戦力では正直、調査といえど犠牲が出る可能性があります。彼女たちを危険に晒すことは、私の本意ではありません」

 

榛名「提督……」

 

陸奥「へぇ……」

 

元帥「そのことなら大丈夫。今回の作戦では、大本営から歴戦の艦娘を派遣しよう。戦力の問題はそれで片付くだろう。それに調査と言っても、決して深追いはしなくていい。危険だと判断したらすぐに撤退してくれ」

 

優「……」

 

元帥「やってくれるかい?」

 

優「……わかりました」

 

元帥「ありがとう。あ、艤装の損害報告なら工廠にいる明石に伝えるといい。彼女はその道のプロだからね」

 

優「わかりました。失礼します」

 

 

優は執務室から去る。

 

 

元帥「榛名」

 

榛名「はい? なんでしょうか?」

 

 

元帥は何も語らず、じっと榛名の目を見る。

 

 

榛名「あ、あの……」

 

元帥「なんでもないよ。呼び止めて悪かったね」

 

榛名「は、はぁ……」

 

元帥「早く行ってあげるといい。君の提督のもとへ」

 

榛名「はい、失礼します」

 

 

榛名も元帥室から去る。

 

 

陸奥「……変わったわね、二人とも」

 

元帥「君にもわかるかい?」

 

陸奥「それ、バカにしてるの? 伊達に何年もあなたの隣にいないわよ」

 

元帥「ははっ、それもそうだね」

 

 

元帥「……本当に、何があったんだか」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#7 再会

~大本営・工廠~

 

 

元帥への報告を終えた後、優と榛名は大本営の工廠へと向かった。

さすが人類勢力の中枢と言うべきか、そこは自身の鎮守府の工廠とは規模も設備も全く違っていた。

 

 

優「ここが……工廠なのか?」

 

榛名「はい。大本営の工廠です」

 

優「さすがと言うべきか……ウチと比べると、まるで月とスッポンだな」

 

榛名「さすがにそこまではないと思いますけど……人類の戦力の要ですからね」

 

明石「あら? お客さんですか?」

 

 

優と榛名が話していると、溶接マスクを額まで上げた桃色の髪の艦娘が工廠の奥からやってきた。

 

 

榛名「明石さん、お久しぶりです」

 

明石「榛名さんじゃないですか! お久しぶりです。えっと、そちらの方は……?」

 

優「君が明石か? 俺は雨宮 優。東方鎮守府の提督だ」

 

明石「ああ、東方の提督さんでしたか。いかにも、私が明石です。艤装の修復に破損点検、建造、改修、ちょっとアブナイ魔改造から日曜家具の製造まで! なんでもござれの明石の工房へようこそ!」

 

優「艤装の破損状況を伝えにきたんだが」

 

明石「む。この接客モード全開の明石さんをスルーですか」

 

榛名「あはは……」

 

優「不愛想で悪かったな。これが、先日の威力偵察後の艤装の状態だ」

 

明石「何も言ってないじゃないですか。まぁそれはさておき、お預かりしますね」

 

 

明石は優に渡された書類に目を通す。

 

 

明石「ふむふむ……。ただの威力偵察、それも近海でこの被害……やはり、お世辞にもいい状況とは言えませんね……。ん? これは……天龍さんの刀が……粉々?」

 

優「ああ。奇妙な深海棲艦と遭遇して、そいつに粉々に破壊されたそうだ」

 

明石「ああ、"破砕"と遭遇したんですね」

 

優「知っていたのか」

 

明石「そりゃもちろん、私も大本営の艦娘ですからね。んー、でもよりにもよって破砕されたのが刀ですか……作るの大変なんですよね……」

 

優「刀を作れるのか!?」

 

明石「え、ええ。でも、私は刀鍛冶の知識は乏しいので、北方の夕張の力を借りないとまず無理ですね」

 

優「その夕張に会えば刀を鍛えてもらえるのか?」

 

明石「さっきからどうしたんですか。まるで自分の刀でも作ってほしいように見えますよ。刀なら今まさに持っているじゃないですか」

 

優「これじゃダメなんだ。この刀じゃ……奴らに勝てない。奴らを斬れる新しい刀が必要なんだ……!」

 

榛名「提督……もしかして、それで……」

 

明石「と言われましても、さすがに———」

 

???「あら? 聞き覚えのある声だと思ったら、雨宮くんじゃない」

 

 

声のする方を見ると、優と同じく白い提督服に身を包んだ女性と、水兵服を着た眼帯の少女が優たちの方へやってきた。

 

 

優「奈緒。どうしてここに?」

 

奈緒「私も艤装関連の報告よ。明石のところにデータを持っていけって言われたから」

 

木曾「お、榛名の姐さんじゃねぇか。久しぶりだな」

 

榛名「木曾さん、お久しぶりです。えっと、こちらの方は……?」

 

奈緒「あ、そっか。初めまして。北方鎮守府提督の姫宮 奈緒です。こっちは私の秘書官の」

 

木曾「木曾だ。よろしく頼む」

 

優「ああ。こちらこそ」

 

奈緒「そうだ。せっかくだし、一緒にお昼食べない? 会うのって訓練学校以来だし、色々情報交換とかもしておきたいし」

 

優「え、いや……俺はこの後任務が……」

 

奈緒「ご飯食べるくらいいいでしょ。明石、確か大本営にも食堂があったわよね?」

 

明石「鳳翔さんが経営する酒保ならありますよ」

 

奈緒「鳳翔さんって、確かすっごく料理が上手なのよね? ウチの子たちの間でも評判だったわよ」

 

明石「はい。それはもう、すべてを包み込むかのような優しいお味です……!」

 

奈緒「決まりね。ほら、雨宮くん。行くわよ」

 

優「おい、引っ張るな!」

 

榛名「あ、待ってください!」

 

 

四人は酒保へと向かっていった。

 

 

明石「まだ話の途中だったんだけど……まぁ、問題ないですかね」

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

空が青い。今日は一日中快晴だって言ってたっけ。

潮風が気持ちいい。海が目の前にあるのだから当然か。

 

これほど心地いい環境なのに———

 

 

曙「……」

 

 

———私の心は荒みきっていた。

 

 

赤城「あら? もしかして曙さん?」

 

 

見たくもない鎮守府を目にしてため息をつこうとした時、凛とした声が背後から私の名前を呼んだ。

 

 

赤城「やっぱり、曙さんですね」

 

曙「……なんでアンタがここにいんの」

 

赤城「提督が東方に私を派遣なさったんです。今回の作戦は、東方の戦力だけでは厳しいようなので」

 

曙「作戦?」

 

赤城「"破砕"の調査・偵察作戦です」

 

曙「……初耳なんだけど」

 

赤城「曙さんもそのために派遣されたとばかり思っていましたが……」

 

曙「転属よ」

 

赤城「ということは、正式に東方鎮守府の艦娘として着任するんですね」

 

曙「そうよ。まっっったく気が進まないけど」

 

赤城「どうしてですか?」

 

曙「どうせ———」

 

 

自然な流れと赤城の優しい雰囲気に乗せられ、思わず口が滑りそうになる。

……この人の人望と信頼は、こういうところが起因しているのだろうか。

 

 

曙「……別に、ただの気分よ」

 

赤城「そうですか……。でも、いいじゃないですか」

 

曙「何がよ?」

 

赤城「あなたはきっと、本当にここに必要とされているんだと思いますよ」

 

曙「はぁ?」

 

赤城「私とは違って、ね」

 

 

そう言って微笑む赤城の顔が、私にはとても腹立たしく思えた。

 

 

曙「———チッ」

 

赤城「曙さん?」

 

曙「話は終わりよ。先に行くわ」

 

赤城「あっ……」

 

 

早く赤城の傍を立ち去りたかった私は、足早に鎮守府内へと進んでいく。

 

私がここに必要とされてる? 何をバカなことを。

着任早々無責任ではないだろうか。ここのことも、ここのクソ提督のことも。

 

私のことも。何も知らないくせに。

 

 

 

 

 

赤城「気に障ることを言ってしまったでしょうか……」

 

加賀「赤城さん!」

 

赤城「あら。おはよう、加賀さん」

 

加賀「赤城さん……急にこっちに来るなんて言われても困ります」

 

赤城「ごめんなさい。提督から指令を受けた後、すぐに向かうように言われたから。迷惑だった?」

 

加賀「いいえ、全然迷惑なんかしてません。むしろ気分が高揚します」

 

赤城「よかった。でも、私はあくまで大本営の艦娘としてここに来たの。ずっといられるわけじゃないのが残念だけど……」

 

加賀「それでも、私は嬉しいわ。また赤城さんと一緒に戦えるから」

 

赤城「そうね。一航戦の誇りにかけて、暁の水平線に勝利を刻みましょう!」

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

奈緒「こんにちは。鳳翔さん、いますか?」

 

 

四人はお腹を空かせながら、大本営の敷地内に建つ酒保"鳳翔"の中へ入る。

内装は決して豪華絢爛ではないが、その質素さが客としてとても居心地よく感じる。

 

 

鳳翔「はい。何か御用ですか?」

 

 

奈緒に呼ばれて、厨房の奥から割烹着を着た女性がやってくる。

 

 

奈緒「あなたが鳳翔さんですか?」

 

鳳翔「はい。大本営所属の艦娘、鳳翔です」

 

奈緒「私は姫宮 奈緒。北方鎮守府の提督です。それでこっちが東方の提督の」

 

優「雨宮 優です」

 

鳳翔「まぁ……提督さんでしたか。何か聞きたいことでもありましたか?」

 

奈緒「いえ、普通にお客さんとして来ました。ウチの子たちから鳳翔さんの料理が美味しいっていつも聞かされていたので、楽しみにしていたんです」

 

鳳翔「ありがとうございます。ご注文はどういたしましょうか?」

 

 

四人はメニューを吟味し、それぞれ鳳翔に料理を注文する。

 

 

鳳翔「かしこまりました。少々お待ちくださいね」

 

奈緒「楽しみね。どんな料理が出てくるのかしら」

 

木曾「美味いぞぉ鳳翔さんの料理は。何より、心の底から安心する優しい味付けだ」

 

奈緒「さすが、艦娘のお母さんと呼ばれてるだけあるわね……」

 

 

優は水を飲んで料理を待つ。

 

 

奈緒「雨宮くんはどう? 東方でうまくやってる?」

 

優「ああ。これといったことは何もないな」

 

奈緒「そう。安心したわ」

 

優「何がだ?」

 

奈緒「訓練学校時代の雨宮くんなら、着任先の艦娘たちに怖がられてたでしょうから」

 

優「耳が痛いな」

 

榛名「提督、そんなに怖がられていたのですか……?」

 

奈緒「いいえ。でも、いつ見ても、誰ともなれ合う気はないって雰囲気だったわね」

 

優「奈緒……」

 

奈緒「あら、事実しか話してないわよ?」

 

木曾「ふーん。それにしては、随分と丸くなってるように見えるけどな」

 

奈緒「私も驚いたのよ。卒業してからのこの数日で何があったのかしら」

 

榛名「……ふふっ」

 

優「……榛名」

 

榛名「ええ、わかってます」

 

奈緒「その子は雨宮くんの秘書艦?」

 

優「榛名か? いや、別にそういうわけでは———」

 

榛名「はい。榛名が提督の秘書艦です」

 

優「え?」

 

奈緒「そう。おしとやかでかわいらしい子じゃない」

 

榛名「そんな……榛名にはもったいないです……」

 

 

奈緒に褒められた榛名は恥ずかしそうに下を向く。

 

 

優「……北方の様子はどうなんだ?」

 

奈緒「大本営の指令通り、近海の哨戒任務を終わらせたところよ。北方も比較的、敵の侵攻が易しい海域らしいけど……とてもそうとは思えないわ」

 

優「収穫は?」

 

奈緒「残念だけど、そっちにも利益のありそうな情報はないわ。わかったのは、近海の敵勢力の目安と、ウチの子たちの性質ぐらいかしら」

 

優「性質?」

 

奈緒「例えば、隣にいる木曾はニンジンが嫌い」

 

木曾「おーい、さらっと人の弱点晒すなー」

 

優「なんだ……艦娘の性質って言うから何かと思えば、そんなことか」

 

奈緒「あら、そうでもないと思うけど?」

 

優「え?」

 

奈緒「あなたが何を期待していたかは知らないけど、これから私たちの大切な家族になる子たちなのよ。家族ならお互いのことを知っていて当然だと思うわ」

 

優「家族……か」

 

奈緒「彼女たちは道具でも兵器でもない。艦娘と人間という枠組みより以前に、私にとっては、あの子たち一人一人が、かけがえのない大切な家族なのよ」

 

優「……」

 

木曾「……お前、よく俺たちの前でそんな恥ずかしいこと言えるよな」

 

奈緒「木曾にだけは言われたくないわね」

 

木曾「フッ、そうか」

 

鳳翔「みなさん、お待たせいたしました。お料理ができましたよ」

 

 

四人が話し込んでいるうちに鳳翔が料理を終え、見事に彩られた皿を四人の前に出す。

 

 

榛名「さすが鳳翔さんですね……すごく美味しそうです」

 

奈緒「それじゃ、冷めないうちにいただきましょうか」

 

木曾「ああ。鳳翔さんの料理、久しぶりだな」

 

 

いただきます、と言って四人は鳳翔の料理を食べる。

その絶品っぷりに箸が止まらなかったが、優の頭の中では、ずっと奈緒の言葉が離れなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#8 夕日の射す丘

~東方鎮守府~

 

 

大本営にて奈緒との食事を終えた後。

"破砕"調査任務の作戦思案のため、優と榛名は東方へと帰還した。

 

 

金剛「テートク、榛名ー。お帰りなさいデース」

 

 

帰還した二人を、金剛が出迎えてくれた。

 

 

榛名「ただいま戻りました、お姉さま」

 

優「何か変わったことはあったか?」

 

金剛「Yes。New faceが到着してるヨー」

 

優「ニューフェイス?」

 

榛名「もしかして、大本営から派遣された方でしょうか……?」

 

優「ああ、もう送ってくれたのか……ありがたい限りだな」

 

金剛「別の部屋に待機させてあるネ。今から執務室に向かうよう言っておきマース」

 

優「ああ。よろしく頼む」

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

曙「……」

 

 

東方に着任して数十分。

ここで待機しておけと言われた部屋で、私の機嫌は相変わらず悪いままだった。

 

そもそもなんでここのクソ提督が不在なのよ。ちゃんと着任する時間に合わせて計画的に行動しろっての。

考えてみれば、クソ提督についてはあいつから何も聞かされてないっけ。ま、どうせ自分の都合しか考えてないやつなんだろうけど。

 

 

曙「……結局、ここもすぐ離れることになりそうね」

 

 

そんなことを考えていると、部屋の扉が突然勢いよく開く。

 

 

金剛「ヘーイアケボーノ! テートクが帰ってきたネー!」

 

曙「ノックぐらいしなさいよ。あと変な名前で呼ぶな」

 

金剛「Oh、sorry。でもここ、ワタシの部屋デス」

 

曙「あっそ。さっさと案内してくれる?」

 

金剛「OK! こっちデース!」

 

 

さて、一体どんなクソ提督なのかしらね。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

コンコン

 

 

金剛「テートクー、二人を連れてきたデース」

 

優「ああ、入ってくれ」

 

 

金剛の声とノックの音が響き、俺はそれに応じる。

大本営から派遣された艦娘がどんな人なのか、気にならないと言えば嘘になる。

 

ん……? 二人……?

 

 

ガチャッ

 

 

扉が開き、入ってきたのは三人の艦娘だった。

一人は金剛。付き合いはまだまだ浅いが、知っている顔だ。

 

次に入ってきたのは、赤いスカートを履いた袴姿の女性。とても真っすぐで透き通った目をしている。

 

もう一人は、長い藤色の髪を大きな花の髪飾りでくくった少女。まだ幼さは残っているのだが、その顔や瞳からは感情というものが読み取れない。

 

 

優「……確かに、元帥殿は一人だけだとは言ってなかったな……」

 

榛名「提督?」

 

優「ああ、すまない。よく来てくれた。俺は東方鎮守府提督の雨宮 優という。悪いが、一人ずつ自己紹介をしてくれないか」

 

赤城「はい。航空母艦、赤城です。今回の作戦のために大本営から派遣されてきました。東方の艦娘として着任するわけではありませんが、お役に立ってみせます」

 

優「ああ。よろしく頼む、赤城」

 

曙「……」

 

 

赤城の自己紹介が終わっても、藤色の髪の少女はそっぽを向いたままだった。

 

 

優「それで、君は?」

 

曙「……曙」

 

優「曙か。よろしく頼む」

 

曙「嫌よ」

 

優「え?」

 

曙「私、アンタとなれ合うつもりはないから」

 

 

曙と名乗る藤髪の少女は、汚物を見るかのような凍り付いた目線で俺に言い放った。

 

 

優「……そうか。何か気に障ることをしてしまっただろうか? それなら———」

 

曙「私はアンタとなれ合うつもりもないし、アンタの質問に答える気もない。出撃命令には従ってあげるから、それ以外は私に話しかけてこないで」

 

 

刺々しい言葉を吐き捨て、曙は部屋から出て行ってしまった。

 

 

榛名「提督……」

 

優「……いいんだ。因果応報というやつだろう」

 

赤城「雨宮提督。こちらを」

 

優「これは?」

 

赤城「彼女の、曙さんの資料です。提督に対してのあの無礼、大変申し訳ございません」

 

優「赤城が謝ることはない。……ありがとう。下がってくれ」

 

赤城「はい。失礼します」

 

 

赤城は頭を下げ、執務室を後にする。

俺は赤城から渡された書類に目を通す。

 

特型駆逐艦、曙。大本営から東方鎮守府に転属。

性格に少し難はあるが、戦闘経験・実績共に豊富。

姉妹艦である朧、漣、潮とは———

 

書類を読んでいるうちに、ふと気づく。

これを読んでどうなるというのだ。確かに、作戦を立てる上で彼女らのデータは必須だが、それだけなら俺はまた、彼女らを道具としか認識していないことになる。

曙という少女を知るのに、この書類はただの表層的な紙切れにすぎない。

 

 

優「……俺の悪い癖だな……」

 

榛名「提督?」

 

優「榛名。悪いが、執務は少し後回しにさせてくれ。大事な用事ができた」

 

榛名「……ええ。提督、榛名は大丈夫ですっ」

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

アイツの目が、私は気に入らなかった。

私を不純な目で見ているわけでも、私欲のために利用しようとしているわけでもない。

 

光がない。恐れと不安にまみれた、暗い瞳。

 

 

『化け物め……! 近寄るな!!』

 

 

曙「……チッ」

 

 

あの目のせいで、思い出したくもない記憶が呼び起こされる。

思った通りだ。どいつもこいつも、クソ提督ばっかり。

 

 

響「曙?」

 

 

最高潮に機嫌が悪いところに、後ろから懐かしい声が響いてきた。

煌びやかな銀髪に、静かで落ち着いた瞳をした少女がそこに立っていた。

 

 

曙「響……」

 

響「久しぶりだね。どうしてここに?」

 

 

曙は答えるより先に、響にそっともたれかかる。

 

 

響「曙?」

 

曙「……ごめん。ちょっと、安心したっていうか……アンタがここにいて良かった」

 

響「……何か食べに行こうか」

 

曙「……甘いものがいい」

 

響「わかった」

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

榛名にはああ言って一人にさせてもらったが、どうするべきか。

曙を探そうにも、彼女が行きそうな場所の検討もつかない。まだ曙のことを何も知らないのだから当然だが。

あれこれ考えて歩いているうちに、俺の足は間宮へと向いていた。

 

優「……少し、糖分でも補給するか」

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

響「なるほど。曙は正式にここの艦娘になるんだね」

 

 

豊潤な果物に彩られたパフェを前にしながら、私と響は久々に会話を弾ませる。

 

 

響「ひへいはんひはほうっはっはほはい?」

 

曙「リスみたいな顔して喋るな」

 

響「(ゴクン)司令官にはもう会ったのかい?」

 

曙「会ったわよ。ここのもクソ提督みたいね」

 

響「何か言われたのかい?」

 

曙「……何も」

 

響「なら、どうして?」

 

曙「……響は、私より長くアイツを見ていて、なんとも思わないの?」

 

響「信頼できる人だと思うな」

 

曙「なんでよ?」

 

響「司令官は悪い人じゃない。司令官の優しさが、それを証明している」

 

曙「優しさ……?」

 

響「曙?」

 

曙「……響、まさか、忘れたとか言わないわよね。あのクズのことを」

 

響「……忘れるわけないだろう。あんなことを……」

 

曙「ならどうして!? どうしてアイツを信じられるのよ! その優しさとかいうものを信じたせいで、私たちはあんな目に遭ったのよ!」

 

響「わかっている。あれは全て、あの人の本質を見破れなかった私たちのせいだ。でも司令官は、私のことを心配してくれたみたいだし……!」

 

曙「みたい? なんで確証がないのよ」

 

響「……榛名が、そう言っていたから……」

 

曙「ハッ、ほら見なさい。アンタを本気で心配してるなら、直接アンタに言うはずよ」

 

響「でも……!」

 

曙「響! いつまで現実から逃げるつもり!? あんなことがあったのに、自分がちょっとよくされたらすぐ信用するの!? アンタがいつまでもそんなだから、暁は!!」

 

響「やめろ!!」

 

 

普段の響からはとても想像できない怒声に、感情が昂っていた私も思わず気圧され我に返る。

 

 

曙「あっ……」

 

響「……」

 

曙「……ごめん、言いすぎたわ……」

 

響「……私こそ、曙の気持ちを考えれていなかった。すまない」

 

 

少しの間、気まずい沈黙が訪れる。響を傷つけてしまった気がして、申し訳なさで胸が苦しい。

 

 

響「……すまない。先に部屋に戻るよ」

 

曙「響……」

 

響「……少し一人にさせてほしい。部屋は一緒なんだ。あとでまた話そう」

 

 

そう言って、響は店を出た。

入れ替わりに、今最も見たくない顔が私の方へ近寄ってくる。

 

 

優「曙、ここにいたのか」

 

曙「……何?」

 

優「いや、特に何かあるわけでもないが」

 

曙「だったら話しかけんな」

 

優「……甘いものが好きなのか?」

 

曙「話しかけんなって言ってるのよ。耳が聞こえないの?」

 

優「俺も甘いものは好きな方だぞ」

 

 

こいつ、話聞かないタイプか。あれだけ失礼な態度を取ったというのに、どうして私に構ってくるのか。

 

 

曙「……何勝手に私の前に座ってんのよ」

 

優「座っていいか、と聞いても断るだろう?」

 

曙「……チッ」

 

 

本当、なんなんだこいつは。相も変わらず、癇に障る目をして私を見てくる。

なぜそんな目で私を見る? なぜそんな目で私に構ってくる? なぜ———

 

 

曙「……帰るわ」

 

優「……そうか」

 

 

くだらない。こいつのことなんて私には関係ないし、興味もない。

何より、こいつを見てると形容しがたい気分になる。それが私にはとてもじゃないが耐えられない。

とにかく、一刻も早くこいつから離れたかった。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

赤城「残念でしたね」

 

優「赤城……」

 

 

曙と話す機会を逃した俺が落胆していると、すべて見ていたかのような口ぶりで赤城が店に入ってきた。

 

 

優「全部見ていたのか」

 

赤城「ええ。あ、パフェ貰いますね」

 

 

赤城は自分のものであるかのように俺のパフェをあっという間にたいらげてしまった。

 

 

赤城「ほほほへ、ほうふふふほひはっはんへふは?」

 

優「リスみたいな顔をして喋るな」

 

赤城「(ゴクン)ところで、どうするつもりだったんですか?」

 

優「え?」

 

赤城「あれだけ突き放された後で曙さんに関わりに行ったのはどうしてですか?」

 

優「……曙のことが知りたかったからだ」

 

赤城「彼女のことなら、私がお渡しした資料を読めばわかると思うのですが」

 

優「それは違う」

 

赤城「え?」

 

優「資料は読んだ。曙の経歴、経験、装備などは把握した。……でも、それだけだ。曙の好きな食べ物は? 趣味は? 好きな色は? お気に入りの場所は? どうしてあんな態度を取られるのか? あんな数枚の紙きれでわかることなんてたかが知れている。俺は曙という少女のことを何一つ知らないんだ」

 

赤城「……」

 

優「でも、何も得られないわけじゃなかった。君がかなりの大食いだということを知れたしな。そのパフェは俺の奢りにするが、そういう行動は控えた方がいいぞ」

 

 

出会ったばかりの赤城に少し説教をして、俺は間宮の店を後にした。

 

 

赤城「……もう、加賀さんったら」

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

日が沈んでいき、空はもう夕暮れ。

鮮やかすぎる橙色の空に腹立たしさを覚えつつも、私は輝く夕焼け空に目を奪われていた。

 

 

曙「……」

 

 

これからどうすればいいんだろう。私は何をすればいいんだろう。

どこにも居場所なんてない。誰にも頼れない。唯一の存在である響も、私のせいで傷つけてしまった。

広大な空の下、小高い丘の上で一人ぼっち。そんな私を笑うように、空は変わらず紅く澄み渡ったまま。

 

 

曙「……最悪の気分ね……」

 

優「最悪、か……」

 

曙「!」

 

 

本当、最悪な気分だ。なんでここにくるのよ。なんで私を一人にさせてくれないのよ。

 

 

曙「……何」

 

優「何も。俺のお気に入りの場所に来ただけだ」

 

曙「そ。邪魔したわね」

 

 

私は体を起こし、この場を離れようとする。いちいち癇に障る男だ。こいつからは一刻も早く離れるに限る。

 

 

優「……綺麗だろ。この時間が一番美しく見えるんだ」

 

曙「別に」

 

優「夕焼けは嫌いだったか?」

 

曙「……アンタには関係ない」

 

優「俺は夕焼けが好きだ」

 

曙「……」

 

優「……」

 

曙「……アンタのその眼には、何が映っているの?」

 

優「……炎」

 

曙「ッ———」

 

 

興味本位で質問したことをすぐに後悔する。こいつのことを知って何になるというのだ。

 

……炎、か。

 

私はそれ以上何も聞かず、夕日が射す丘を去った。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

響「司令官」

 

 

曙が去ってからしばらく夕日を眺めていると、響がやってきた。

 

 

優「どうしてここが?」

 

響「ここを気に入っているのは、司令官だけじゃないってことだよ」

 

優「そうか」

 

響「……曙と話していたんだろう?」

 

優「……話したうちに入らないかもしれんがな」

 

響「そうか」

 

 

響は俺の隣に座り込む。

 

 

優「……響は夕焼けが好きか?」

 

響「ああ。とても綺麗だと思う」

 

優「そうか」

 

響「曙も、夕焼けは好きだと言っていた」

 

優「……曙は、響には心を開いているんだな」

 

響「……やっぱり、気にしているのかい? 曙が司令官を避けていることを」

 

優「……そりゃ、な」

 

響「すまない。でも……誤解しないであげてほしい。曙は、本当は優しいやつなんだ」

 

優「……何か、理由があるのか?」

 

響「そうだね……」

 

 

響は、彼方に輝く夕日を見つめながら呟いた。

 

 

響「……この空は、少し残酷なんだ……」

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#9 煉獄の夢

朧「艦隊が帰投しました」

 

漣「いやー、此度も良き遠征でありましたなー」

 

提督「おかえり、みんな。遠征お疲れ様」

 

潮「提督。みんなでたくさん資材を集めてきました」

 

提督「ありがとう。とても助かるよ」

 

暁「当然よ。これもレディの嗜みなんだから!」

 

響「司令官、資材はまた工廠へ持って行けばいいかい?」

 

提督「ああ。そのままみんなは補給もしてくるといい」

 

朧「やった! 朧、お腹が空きました」

 

潮「何食べようかな~。楽しみだね」

 

漣「漣はやっぱり、遠征の疲れを癒すためにガツンと糖分補給したいですな~」

 

暁「ダメよ! レディは体重も気にしなくちゃ!」

 

漣「漣は太らない体質なんですー」

 

 

 

曙「……」

 

提督「曙。遠征お疲れ様。ゆっくり休んでくれ」

 

曙「うっさい。アンタに言われなくても休むわよ」

 

提督「ははっ……相変わらずだなぁ」

 

響「ほら、曙。行こう」

 

曙「……フン」

 

 

 

 

 

響『大戦前……私と曙は、同じ鎮守府に所属していた。そこの司令官は優しい人だったし、そこでは曙の姉妹艦の朧、漣、潮に、私の姉の暁も一緒だった。私たちは大きな作戦にはあまり参加させてもらえなかったが、遠征で資材を集めて、それがみんなの役に立ってると思うと、自分たちの役割がとても誇らしかった』

 

 

 

 

 

朧「ほほほへ、はへほほはは」

 

曙「リスみたいな顔して喋るな」

 

朧「(ゴクン)ところで、曙は提督のことが嫌いなの?」

 

曙「何よ、急に」

 

朧「いやー、いっつも提督に冷たいし、「クソ提督ー!」って言うぐらいだから、何かあったのかなーって」

 

曙「別に。なんとなくよ」

 

潮「で、でも曙ちゃん……あんまり提督にそういうこと言わない方が……」

 

暁「そうよ。そもそも、一人前のレディはクソなんて言葉を使っちゃダメなのよ!」

 

曙「私は一人前のレディになりたいわけじゃないし。アンタ一人で勝手にやってなさいな」

 

暁「む……! そうやって失礼なことばっかりしてると、いつか自分に悪いことが起きるわよ!」

 

曙「私の心配してるの? 人のことより、まず自分のことを心配したら? いつまでも子供みたいなこと言ってると、そのうち深海棲艦に足もとすくわれるわよ?」

 

暁「なんですって~~~!!」

 

響「暁、ケンカはダメだ」

 

潮「曙ちゃんも。ちょっと言いすぎだよ」

 

曙「フン」

 

朧「ごめんね。曙、ホントはそんなこと思ってないから」

 

曙「本心よ」

 

漣「そうですぜぃ。いつもの、ぼのやん特有のあまのじゃくですからなぁ」

 

曙「アンタは黙っとけ」

 

漣「ご主人様にあんな態度をとっているのも、実はご主人様がだーいすき♡ という気持ちのうらがぼぼぼぼぼ」

 

曙「あーなんか急に漣にパフェをお腹いっぱい食べさせてあげたくなったわー。よかったわねー漣ー」

 

漣「いや、これ食べさせるっていうか流し込んで、ちょ、ぼのやん、グラスは死ぬもがががが」

 

潮「それにしても、最近大きな出撃がないね」

 

朧「最近、深海棲艦の動きが穏やかだからね。今のうちに資材をできるだけ溜め込んでおいて、大規模作戦に備えてるんだって」

 

響「ということは、近々仕掛けるつもりなのかな」

 

暁「き、緊張してきたわ……!」

 

響「早いよ暁」

 

曙「無駄な心配よ。どうせ私たちの役割は変わらない。いつもと同じ場所へ遠征に行って、いつもと同じ資材を取って来て、いつもと変わらないメンバーで帰ってくる。それだけでしょ」

 

4人「「「「……」」」」

 

曙「な、なによ」

 

朧「曙……アンタ、急にそういうこと言うの反則……」

 

潮「曙ちゃん……かっこいい……」

 

暁「べっ……べつに泣いてなんかないんだから!」

 

響「素直じゃないな、曙は」

 

曙「なによ! 4人ともむず痒い反応をするな!」

 

漣「いやー、さっすがぼのやn」

 

曙「追加」

 

漣「やめて! 漣のライフはもうゼロよぼぼぼぼ」

 

 

 

 

 

響『楽しかったよ。私たちの小隊はみんな、本当に楽しそうに毎日を過ごしていた。もちろん、曙も。ケンカはするし、よく誤解されるし、素直じゃないけど……私たち6人は、お互いのことを心から信頼していた。絆で繋がった、かけがえのない仲間だった』

 

 

 

 

 

朧「新天地……ですか?」

 

提督「ああ。新たに資材が豊富な海域が見つかったと、上から通達があってね。君たちには早速、この海域で新たな資材を調達してきてほしい」

 

潮「あの……新しく拓かれたばかりの海域ですよね? だ、大丈夫なんでしょうか……」

 

提督「心配ないよ。既に近隣海域の偵察は済んでるらしい。戦艦クラスなどの大型の深海棲艦は確認されていないから、君たちの実力なら充分さ」

 

漣「新天地……くぅ~~~、心が躍りますなぁ!」

 

暁「任せて! 一人前のレディとして、きっちり任務を果たすわ!」

 

提督「ありがとう。武運を祈ってるよ」

 

 

 

 

 

響『ある日、司令官から告げられた新天地への遠征。小隊の中には少なからず不安の色が漏れていたが、私たちは命令に従って遠征海域へと出発した』

 

 

 

 

 

漣「ね~朧~、まだつかないの~?」

 

朧「しょうがないでしょ。結構遠いんだから」

 

潮「漣ちゃん、ふぁいとっ」

 

漣「可愛い。元気100倍サザパンマン!」

 

暁「まったく。だらしないんだから……」

 

曙「……」

 

響「曙? どうしたんだい?」

 

曙「……響、静かすぎると思わない?」

 

響「……ああ、確かに」

 

曙「いくら開拓されたばかりの海域だからって、この静けさは不気味よ。まるで仕組まれてるかのような……」

 

 

曙がそう呟いたのと、ほぼ同時に。

6人全員の電探に、深海棲艦の影が浮かんだ。

方向は———全方位。

 

 

潮「朧ちゃん! 囲まれてる!」

 

朧「待ち伏せ……!? こいつら、私たちを誘い出して……!?」

 

漣「どうするの、朧?」

 

朧「決まってるよ。迎え撃つ。全方位から来るなら、全方位に対応してやる。そうして開いた突破口から、6人全員で離脱する」

 

曙「朧、アンタ正気? 自分が頭の悪いこと言ってるのわかってんの?」

 

朧「別に頭がイかれたわけでもないよ。それとも、曙はこのまま何もしないでボコボコにされる方が好き?」

 

曙「嫌に決まってんでしょ。誰も反対だなんて言ってないし」

 

響「仕方ない。やりますか」

 

暁「こ、怖くなんかないわ! みんながいるもの、怖くない!」

 

曙「……みんな」

 

朧「?」

 

曙「……帰るわよ。私たちの鎮守府に」

 

朧「もちろん!」

 

潮「うん!」

 

漣「ほいさっさー!」

 

響「ああ」

 

暁「ええ!」

 

 

6人全員が覚悟を決め、それぞれの背中を合わせ、全方位が見渡せる隊形をとる。

絶望的な無数の黒い軍勢、その第一波の姿が視認できる位置まで敵が近づいてくる。

 

 

朧「朧、敵艦多数確認。駆逐、軽巡クラス確認」

 

漣「漣、同じく」

 

潮「潮、同じく」

 

曙「曙、同じく」

 

暁「暁、同じく」

 

響「響、同じく」

 

朧「……なんとかなる、かな……。すごく順調にいけば」

 

潮「敵艦、砲撃開始! 来るよ!」

 

朧「各艦、散開! すぐに隣の艦のフォローに入れるよう、一定以上の距離を空けないで! 沈めるよ!!」

 

 

朧の号令と共に、それぞれ分散して深海棲艦との攻防が始まる。

敵は軽巡、駆逐艦からなる水雷戦隊。曙たちも同じ駆逐艦故、個々の戦力差は大したものではない。

6人それぞれ的確に相手の動きを読み、着実に敵艦を沈黙させていく。駆逐艦は一撃の火力に乏しいが、その分機動力においては他の追随を許さない。

 

 

朧「はぁっ!!」

 

漣「ほいさっ!!」

 

潮「やぁっ!!」

 

響「沈め」

 

暁「てやあーーー!!」

 

曙「くらいなさいっ!!」

 

 

敵駆逐艦が悲鳴を上げ、次々に沈んでいく。

敵の砲撃も激しさを増すが、6人は尚も避け続け、突破口を開いていく。

絶望的な戦力差であったが、誰一人として諦めている者はいない。

自分たちの力を、6人の絆を信じている。

 

 

朧「よし、これなら———」

 

 

朧が叫ぼうとした瞬間、突然意識外から砲弾が飛来し、朧のすぐ隣に大きな水柱が立った。

艦娘や深海棲艦は艦種によって主砲のサイズが異なり、それに応じて一撃の火力も変わってくる。

朧は首筋に嫌な汗をかくのを感じた。この水柱の高さは、駆逐艦や軽巡、重巡の威力でもあり得ない。

 

 

朧「戦艦……!!」

 

 

朧の目の前には、いまだ相当数いる水雷戦隊の群れ。その奥に浮かぶ大きな影を、朧は見逃さなかった。

 

 

朧「みんな!! 第二波が来てる!! 既に敵戦艦の射程内だよ!!」

 

 

朧の叫びと同時に、またも戦艦の主砲が着水し、何本もの大きな水柱があがる。

かすかな希望に縋る駆逐隊の顔が、青ざめて引きつるのを朧は感じた。

 

 

漣「マ!? 戦艦!?」

 

潮「そんな……提督は、戦艦は確認できなかったって……!」

 

暁「ど、どうしよう……このままじゃ……」

 

 

怯んだ暁を目にし、敵駆逐艦の目が妖しく光る。

そのまま恐ろしい金切り声と共に、暁へと主砲が向けられる。

 

 

曙「ボサッとするな!!」

 

 

動けない暁の襟を曙が強引に引き込み、窮地を逃れる。

その隙に響が敵駆逐艦を仕留めた。

 

 

暁「あ、あけぼの……」

 

曙「諦めんな!! 帰るんでしょ!! 私たち6人で!!」

 

暁「う、うん……!」

 

潮「きゃあっ!?」

 

 

叫び声が聞こえて振り返ると、いつの間にか第一波と合流していた敵重巡洋艦に潮が首を掴まれていた。

 

 

曙「潮ッ!!」

 

朧「はぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

全速力で駆けてきた朧の砲撃が重巡を怯ませ、潮が解放される。

しかし、全速を急停止したことで一時とはいえそこに朧は硬直し———

 

朧の身体を、敵の砲弾が直撃した。

 

 

曙「朧ーーーーッ!!!」

 

 

朧の被弾に目を奪われていた曙は、背後からやってくる重巡に気づくのが遅れ、

 

 

曙「!!」

 

 

握りしめられた拳を腹に喰らい、曙の視界が一瞬真っ白になった。

 

 

曙「かっ……はっ……!!」

 

暁「あ、ああっ……!」

 

響「暁!!」

 

 

目の前の仲間たちの惨事に震える暁を狙った敵の一撃を、響が身を挺して庇う。

その一撃で響の艤装は半壊し、主砲や魚雷艦といった兵装がダメになった。響自身の肉体にもダメージは侵食し、頭から血が流れ、ボロボロの状態でなんとか膝で立ち、倒れまいとする。

 

 

暁「響ーーーーッ!!!」

 

 

響の決死の行動をあざ笑うかのように、暁の背後から容赦なく魚雷が発射され。

暁を寸分の狂いなく撃ちぬいた。

 

 

響「……あか……つ……き…………」

 

 

動くだけでも精一杯なはずの響は、見えない力で動いていると言われても信じてしまうほどのダメージを背負いつつ、艤装が完全に破壊されて浮力を失った暁を必死に抱える。

 

 

曙「……クソッ……!」

 

 

曙は一人倒れている自分が情けなくなった。

漣と潮はいまだ奮戦中。朧の安否は不明。響は致命傷を負い、暁は轟沈寸前。

 

何をやっているんだ私は。みんなで帰ろうと一番最初に言い出したのに。当人がこのザマか。

いつまで戦えないフリをしている。いつまで動けないフリをしている。

アイツらは今も、かすかな望みに懸けているというのに。

 

 

漣「……あのさ、ぼのやん。聞こえてる?」

 

曙「っ……?」

 

漣「漣、思うんだ。これ、無理だよ」

 

曙「……!? なに……言ってんの……よ……アンタ……帰るって……」

 

漣「漣、帰れなくてもいいや」

 

曙「漣……何、勝手に、諦めてんのよ……ッ!!」

 

漣「漣は帰れなくてもいい。みんなが帰ってくれれば」

 

潮「曙ちゃん……ごめんね。みんなで帰るって約束、守れそうにないや」

 

曙「潮っ……アンタ……!」

 

潮「心配しないで、曙ちゃん」

 

漣「ただでメシウマさせてやるつもりなんてねぇっすよ。漣たちには、「絆」って名前の意地があるからね」

 

潮「これからも、ずうっと一緒だよ。どんな時も、一人じゃないから」

 

曙「……!!」

 

 

曙に笑顔を向け、漣と潮は前へと向き直る。

その先には、全身に亀裂が奔り、異常なまでに発達した右腕を持つ、異形の深海棲艦。

 

 

漣「うわっ、キモッ……」

 

潮「漣ちゃん、覚悟はいい?」

 

漣「ほいな。とっくにね」

 

漣&潮「「っしゃおらぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」」

 

 

二人は異形の深海棲艦へと突進していく。

異形の深海棲艦は獰猛な笑みを浮かべながら、二人の砲撃を素早く回避し、その右腕で漣を掴む。

 

 

朧「させるかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 

砲撃を浴び轟沈したと思われた朧が、黒煙の中から突撃する。

朧の主砲は折れ曲がり、先ほどの全速で艤装がはかなく砕け散る。片目は既に潰れているが、それでも、彼女の目には闘志と希望が宿っていた。

 

 

朧「曙ッ!! アタシたちは、アンタに懸ける!!」

 

曙「朧ッ……!?」

 

朧「みんなで帰ることはできない!! でも、誰かが生きてる限り、アタシたちが消えることはない!! 曙の中から、アタシたちが消えることは絶対にない!!!」

 

漣「漣たちとは会えなくなっても!!」

 

潮「私たちの絆は決してなくならない!!」

 

朧「アタシたちの分まで、アンタは生きろ!!!」

 

 

漣、潮、朧の必死の足止めを、異形の深海棲艦は赤子の手をひねるように蹂躙した。

獰猛な笑みはより一層深みを増し、身体中に奔る亀裂は赤色に染め上げられた。

 

 

曙「———」

 

 

曙の中で、ブツッ、と何かが切れるような音がした。

次に曙を染め上げたのは、燃え盛る煉獄のような感情。怒り。恨み。悲しみ。

次第に曙の視界までもが赤く染まっていき、完全に紅く塗りつぶされた時から先は、何をしていたのかまったく思い出せなかった。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

ガチャッ

 

 

響「……帰投……した……」

 

提督「!?」

 

響「……遠征艦隊……深海棲艦の奇襲に遭遇し、崩壊……。朧、漣、潮、轟沈……暁、意識不明……。至急、衛生兵を……」

 

提督「……何をした?」

 

響「え……?」

 

提督「戻ってこれるはずがない。駆逐艦風情が、あの戦力差を覆せるはずがないんだ。教えろ、何をした!!」

 

響「し、司令官……?」

 

 

提督は響に迫ろうとするが、曙がそれを制する。

 

 

曙「……アンタ、なんで知ってんのよ」

 

提督「あっ……」

 

曙「……まるで、自分の思い通りにならなくてイライラしてるみたいだけど」

 

提督「……」

 

曙「……」

 

提督「……ああ、そうだよ。お前たちは帰ってくるべきじゃなかった。6人仲良く、私のために死んでもらうつもりだったからな」

 

響「え……?」

 

提督「近々、深海棲艦が大規模な反抗作戦を起こす。こんな弱小鎮守府じゃ真っ先に奴らのエサになるのは目に見えている。当然私も殺される。だが、艦娘を献上すれば、私の命はとらないでくれると奴らは言ってきた! だからこうして、お前たちを生贄にするつもりだったのに……!」

 

響「そんな……嘘だろ……? 司令官は、優しい人なのに……」

 

提督「優しい? そうした方がお前たちを動かしやすいだろう? すべては私が生きるため。お前たちは私を生かすためだけの道具でしかないんだよ!!」

 

曙「———ッ!!」

 

 

その瞬間、目を疑った。

曙も我慢の限界だったのだろう。感情が爆発し、曙の周りに、紅蓮の炎が広がった。

その炎は瞬く間に執務室のあらゆるものを燃やし、一瞬にして辺りが灼熱の火の海に変わる。

 

 

提督「!? な、なんだ、何をした!」

 

 

———何のために。

何のためにあいつらは戦ったんだ。何のためにあいつらは散ったんだ。

こんなゴミのような人間を信じて、どれだけのものを失った。

 

 

提督「ま、まさか、この炎であの状況を……!? す、素晴らしい! こんなことができるようになったのか! この力があれば、もう深海棲艦なんて敵じゃないぞ!」

 

 

———なんでもっと早く気が付かなかったんだ。

いや、とっくにおかしかったんだ。ずっと気づかないフリをしていた。あいつらが信じるものを傷つけないために。

そんな私の甘えのせいで、他でもないあいつらを失うことになったのか。

 

 

提督「や、やめろ! こっちに来るんじゃない! 近寄るな、この化け物め!!」

 

 

———信じてしまったあいつらが悪い。

甘えてしまった私が悪い。

ただ生きているだけの、こいつが悪い。

 

 

提督「ひいっ! やめろ!! やめろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

 

曙の右手から生み出された炎が提督を包み、その身体を容赦なく燃やし尽くした。

 

 

響「曙……」

 

 

その瞬間から、彼女の瞳は輝きを失った。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

優「……」

 

響「……似ているんだ、この夕焼けは。何かを守りたかったはずなのにすべてを失った、あの日の煉獄に」

 

優「……そうだったのか」

 

響「そのあと、提督を失ったことで鎮守府は当然大騒ぎになった。当事者である私たちに真っ先に容疑がかけられたが……曙はすべてを背負った。あの司令官を殺したことも、あの炎の海のことも……朧たちを失ったことも。全部自分一人のせいだと言って、私と暁を守ってくれた」

 

優「暁は……助かったのか?」

 

響「命はとりとめたよ。今はもう復帰して北方に配属されている。元通りさ」

 

 

響は悲しい目をして続けた。

 

 

響「……私のことを思い出せないこと以外は」

 

優「え……」

 

響「……人間は耐えられないほどの出来事に直面したとき、自分の中にある何かを犠牲にして身を護ることがあるそうだ。……暁にとって、耐え難い惨状だったんだろう。目を覚ました暁は、あの日のことと私のことをすべて忘れていた」

 

優「……すまない。無神経だった」

 

響「いいさ。司令官は悪くない」

 

優「……」

 

響「……でも、それがまた曙を苦しめた。何も救うことができず、誰にも頼ることもできず……信じることをやめた曙に残ったのは、「絆」という名の鎖だけ」

 

優「……一つ、聞いていいか?」

 

響「?」

 

優「どうして俺に話してくれたんだ……? 響にとっても辛いことだろうし、曙はもっと……」

 

響「……そういうところだよ」

 

優「え?」

 

響「ここには、司令官のことをよく思ってない人もいるけど……私は司令官のことを、信頼できる人だと思っている。……あんなことがあったから、尚更実感するんだ。今の司令官は、とても優しくて綺麗な目をしている。偽りのない澄んだ瞳だ」

 

優「目って……それだけで……?」

 

響「ああ。それだけだ。そして、それ以上のものもない」

 

優「……」

 

響「……確かに、勝手に話したことを曙が知ったら嫌がるだろう。あの日のことを知っているのは、今はもう曙と私だけだ。今の曙を理解してやれるのは私しかいない。だからこそ、私は願い続けている。曙が、みんなを信じれるようになるのを」

 

優「……」

 

響「さて、そろそろ戻りますか。じゃあな、司令官」

 

 

そう言って、夕日に照らされ微笑んだ響は去って行った。

 

 

優「……」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#10 絆という名の鎖

お待たせしました。お待たせしすぎたかもしれません。
お待たせしていた人はきっともういません。二年間も失踪してたら当然です。

ところがなんと、二年ぶりに続きが投稿されたSSがあるらしいですよ!

というわけで、ふら~っと帰ってきました。

もしずっと待ってくださっていた方がいらっしゃるなら本当に申し訳ありません。そして、本当にありがとうございます。

小説の書き方も表現力も一新して生まれ変わりました。

またふっといなくなるかもしれませんが、気軽に、気ままに、完結を目指していこうと思います。

よろしければぜひ、彼女たちの旅路にお供してくださると幸いです。


「ん……」

 

 

気がつけば、辺りは薄く明るんでいた。

あの後、部屋に戻ったところまでは覚えている。

知らぬ間に眠ってしまっていたらしい。

そのおかげで、見たくもないものを見てしまった。

 

 

「ちっ……」

 

 

本当、最悪の気分だ。

あいつも。響も。私も。

あの日のせいで。あの男のせいで。私のせいで。

何もかもが、最悪だ。

 

なんで私なんだろう。

なんで私じゃなかったんだろう。

 

煉獄のような激情が、ずっと燃え続けている。

いっそのこと、このまま私を燃やし尽くしてくれればいいのに。

 

 

 

 

 

《※※※》

 

 

 

 

 

「みんな、おはよう。これより本日の作戦、《破砕》調査任務のミーティングを始める」

 

 

0800。朝礼代わりに全員を執務室に招集し、俺は今回の作戦内容を皆に伝える。

大本営からの指令は、東方海域に移動してきた異形の深海棲艦《破砕》の調査。

未だ謎な部分が多く、本格的な迎撃作戦を立てるためにも、その戦闘能力の詳しいデータが欲しいのだろう。

 

 

「が、今回の作戦には、できれば鹵獲も視野に入れている」

 

「調査って話じゃなかったのか?」

 

「あくまで目的は調査だ。だが、前回の出撃の消耗を考慮すると、悠長にヤツを野放しにしておきたくないのが本音だ。《破砕》のような未曽有の戦力が他にいないとも限らないしな。無論、最優先事項は艦隊の全員生還だ。それを忘れないでくれ」

 

 

天龍が「ほぉ……」と小さく息を漏らすのが聞こえる。ほんの少しだけ見直されたような感覚を受け、俺は説明を続けた。

 

《破砕》の出現座標についての予測はできない。

ヤツの動きには計画性や縄張りといったものがなく、各地の海域を転々としている。

随伴艦は確認されているものの、こちらの艦隊を見つけると、艦隊行動を無視して単身で突っ込んでくるらしい。

つまりヤツと遭遇するには、なるべく広範囲を航行し、艦隊自らを囮にしてヤツのレーダーに引っかかるしかない。

 

 

「さて、今回の出撃メンバーだが。前回《破砕》との交戦経験があることから、旗艦を金剛に任せたい」

 

「任せるネー!」

 

「また、索敵範囲を広げ《破砕》の襲撃に備えるために、赤城、加賀」

 

「了解しました」

 

「……」

 

「機動力の確保、および雷撃戦に備えて、響、龍田」

 

「了解した」

 

「あらあら~、私でいいの~?」

 

「そして、鳥海。刀が破砕されて戦力が不十分な天龍に代わって、単純なパワーの差を少しでも埋める」

 

「……わかりました」

 

「チッ、まぁしゃあねぇか」

 

「間宮は艦隊帰投後の補給・修復準備。榛名は提督補佐として俺の隣についてくれ」

 

「わかりました」

 

「榛名にお任せください!」

 

 

よし、これで今回の作戦は全部——————。

 

 

「提督さーん! 夕立! 夕立は何すればいいっぽいー?」

 

 

一息つこうとしたタイミングで、夕立がぴょんぴょん飛び跳ねる。

 

 

「夕立、曙、天龍は今回は留守番だ」

 

「えー、夕立つまんないっぽいー」

 

「我慢してくれ。以上、今回のそれぞれの役割だ。何か質問はあるか?」

 

 

ふくれっ面の夕立の頭をなでながら、俺は全員の顔を見渡す。

彼女らの口は開かれない。

夕立はまだ不満気だが、俺への評価は別にして、作戦自体に異論はなさそうだ。

少し緊張が和らぎ、今度こそ聞こえない程度に一息つく。

 

 

「ちょっと」

 

 

それを、目を吊り上げた藤髪の少女が引き戻した。

 

 

「なんであたしを外したのよ。そんなにあたしが嫌い?」

 

「君への個人的感情と作戦に関係はない。今回の標的は正体不明の《破砕》だ。リスクが高すぎる分、なるべくヤツと交戦経験がある者を中心に編成しただけだ」

 

「交戦経験ならあたしにもあるけど? このメンバーで出撃しても、全員あいつのエサになるだけよ」

 

「あら~、随分言ってくれるわね~」

 

 

曙の物言いが癪に障ったのか、龍田が展開した薙刀を曙の喉元に突きつけた。

 

 

「駆逐艦風情が一隻加わっただけで何ができるのかしら~?」

 

「あんたたちよりはマシに戦えるけど? 役不足だって言われてるのがわからないの?」

 

「あらあら~、そんなに殺してほしいならそう言ってくれればいいのに~♪」

 

「やめろ!」

 

 

笑顔で薙刀を振りかぶった龍田を慌てて呼び止める。

龍田は少しだけ目を見開いた後、意外にも素直に獲物を下ろしてくれた。

 

 

「……龍田の言う通りだ、曙。今回の出撃メンバーは既に決定済みだ。索敵範囲と火力を両立させた編成にしている。駆逐艦の君を新たに編成しなおす余地はない」

 

「……なにそれ。あんた、あたしをナメてんの?」

 

 

曙の目の温度が一層下がるのを感じた。だが、彼女のためにも、こんなことで一々怯んではいられない。

 

 

「断じてそんなつもりはない」

 

「だったら! いいからあたしを出せって言ってんのよ!!」

 

 

机に手を叩きつけ、俺の胸倉をつかみ上げる曙に、俺は冷静に、あるいは冷徹に告げた。

 

 

「駆逐艦 曙は鎮守府内にて待機。これは命令だ」

 

「ッ……!」

 

 

烈火のような剣幕で迫る曙をそう制すと、彼女は納得いかない様子でそのまま執務室を出て行ってしまった。

 

 

「……他になければ、このまま決行しようと思う。作戦開始は12:00から。各自、出撃準備にあたってくれ」

 

 

最後に開始時刻だけ伝えて、作戦会議を締める。

榛名、響以外の全員が去ったのを確認してから、椅子に深々と腰を落とし、深めの息を吐く。

 

 

「すまない、司令官。私のわがままを聞いてくれたばっかりに」

 

 

響がしゅんとした顔で謝る。

思ったより食い下がってきたが、嫌われ役にはもう慣れた。短く「気にするな」とだけ声をかける。

 

 

「……曙の気持ちは、誰よりもわかる。私だって、みんなの仇である《破砕》が憎いさ。けど……今の曙をヤツと会わせたくはない。きっと刺し違えてでもヤツを沈める気だろうから」

 

 

響は憂い気な瞳をより曇らせながら呟く。

《破砕》が憎くて仕方ないのは曙だけじゃない。それでも響は、なんとか平静を保とうとしている。

ただの駆逐艦では歯が立たないことを理解しているからか。

それとも、もう二度と仲間を失いたくないからか。

 

 

「復讐、か……」

 

 

刺し違えてでも仇を討とうとする怒りも。

もう二度と繰り返したくないという願いも。

 

どちらの気持ちも、俺にはよくわかる。

 

 

 

 

 

《※※※》

 

 

 

 

 

12;00。作戦開始時刻。

今頃、出撃ドックには偵察艦隊の面々が揃っているはずだ。

 

 

「チッ、本当なら俺が出撃して、この前の刀のお礼をしてやりたいところなのによ」

 

「仕方ないわよ~、刀のない天龍ちゃんなんて、前歯をもがれたウサギみたいなものなんだから~」

 

「そこは牙をもがれた獅子じゃねぇのかよ」

 

「獅子にするには可愛すぎるかしら~?」

 

「龍田ぁ!!」

 

「きゃ~、こわ~い♡」

 

「ったく……気ぃつけろよ。認めたくねぇけど、白兵戦じゃ俺よりヤツの方が上手だった」

 

「あらあら~、心配してくれるの~? 天龍ちゃんったら優しい~♡ 今日は機銃の雨でも降るのかしら~?」

 

「龍田」

 

「っ……」

 

「……」

 

「……大丈夫よ、一人でも。危なくなったらちゃんと逃げるから」

 

「……頼むぜ」

 

 

『みんな、揃ってるみたいだな』

 

 

「ハーイテートクゥ! 準備OK、いつでもいけマース!」

 

 

司令室からマイクに向かって呼びかけると、金剛から元気よく返事が返って来た。

彼女たちは通信用の装備も常設しているので、こうして離れた場所でも連絡を取ることができる。

そして、偵察艦隊のレーダーである赤城と加賀。彼女らが操る艦載機の一部に、大本営から支給された《眼》の役割を果たす妖精を装備させた。これで《破砕》の動向などの海上での様子が、この司令室に中継される仕組みらしい。

 

 

「よし。それではこれより、《破砕》偵察作戦を——————」

 

 

準備は整った。

俺が作戦決行の号令を出そうとしたその時。

 

 

「提督! 大変です!」

 

 

司令室の扉が、血相を変えた間宮によって勢いよく開かれた。

 

 

「間宮? どうした、慌てて」

 

「曙ちゃんの姿が……鎮守府内のどこを探しても見当たらないんです!」

 

「——————!」

 

 

嫌な予感がした。いや、確信に近かった。

曙はたった一人で仇を討ちに行ったのだ。

単艦出撃の無謀さは、彼女も艦娘ならよく知っているはずだ。

今の深海棲艦との勢力差を考えれば尚のこと。

その行為がどんな結果を生むのかは、火を見るより明らかだ。

 

曙は、もうここに帰ってこないつもりでいる。

 

 

 

 

 

《※※※》

 

 

 

 

 

天気は快晴。雲一つない、腹が立つほど澄みきった綺麗な青空。

その下で、あたしは砲弾の嵐にさらされていた。

 

 

「ちっ……!」

 

 

間髪入れず襲い掛かる砲撃が、こちらに反撃の隙を与えてくれない。

敵艦隊六隻にこちらはたった一隻。しかもたかだか駆逐艦では、まず助からないだろう。

 

だからどうした。助かるつもりなんて毛頭ない。

必ずあたしの手で、ヤツを地獄に送ってやる。

そのあとで、あたしも地獄へ落ちて、それでようやくすべてが終わる。

 

だから、それまでは——————。

 

 

「あたしを沈められると思うなぁ!!」

 

 

猛りと共に主砲が唸り、敵駆逐艦の横腹を捉える。まず一隻。

動きを止めずにもう一撃。夾叉。あたしの周囲にもいくつもの水柱が上がる中、いたって冷静に狙いを修正。放った砲弾が敵軽巡の顔を抉る。二隻目。

崩れた陣形の隙をつき、酸素魚雷を投下。爆炎に包まれる敵重巡に主砲で追い撃ち。三隻目。

 

このまま押し切れる——————なんてのは甘い考えだった。

回避運動の軌道を読まれた偏差射撃。避けきれないと悟り、逆に突っ切ってやろうと速度を上げるが、砲弾をかすめてしまう。大丈夫、損害は小破程度。これくらいならなんとも——————。

 

更に速度を上げようとしたその時、身体に大きな振動が伝わった。脚に装備された駆動系がギギギッと嫌な音を立て、黒煙を噴き上げる。さっきのダメージと、ずっと限界速度で航行し続け、駆動系に無理をさせすぎたツケがここで返ってきた。

 

 

「しまっ——————」

 

 

深海棲艦共の眼が妖しく光り、好機とばかりに口角を吊り上げながら砲身を向ける。

致命的なミスだ。ここでもろに攻撃を受ければ、間違いなくあたしは沈む。

 

突破する方法はある。でもあの力は諸刃の剣、最後の手段だ。

こんなところで使ってしまっては、ヤツと交戦するまであたしの身体が保たない。

 

つまり、どのみちあたしは助からない。

 

……いや、むしろこれでいいのか。あたしだけが生きていることがそもそもの間違いだったんだ。

 

あたしよりも、人を導ける朧が生きるべきだった。

あたしよりも、人を和ませられる漣が生きるべきだった。

あたしよりも、人を癒せる潮が生きるべきだった。

 

何もできなかったあたしへの罰というのなら、地獄の業火に焼かれる最期にも、文句はない。

 

すべてを手放そうと、瞼を下ろす直前。

 

眼前を、機銃の雨が覆いつくした。

 

一瞬思考が固まる。敵艦隊に空母はいない。ましてや、機銃の雨は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「どうやら、間に合ったみたいだ」

 

 

その耳触りのいいクリアボイスには覚えがあった。

振り返ると、先刻のミーティングで編成された偵察艦隊の姿が奥に、そして目の前に、あの地獄を共に生き残った銀髪の無表情少女が立っていた。

 

 

「……なんで助けたのよ」

 

「友を救うのは当然だろう。駆動系はまだ生きているか? 撤退するよ」

 

「なんでよ。あんたらの目的は《破砕》でしょ。あたしを助けたこととはなんの関係も——————」

 

「私たちの目的は曙の救出だ。もちろん、司令官の指示でもある」

 

 

耳を疑った。あたしの単艦出撃に気づいたあいつが、本来の作戦を放棄してまであたしを助ける?

だとしたらあいつは上官失格だ。作戦に私情は持ち込まないだとか啖呵を切っておきながらこの始末。和を乱すだけのあたしなんて、さっさと切り捨てるべきだろうに。

 

 

「あら~、大丈夫~? 調子が悪かったのよね~、私よりもマシな動きができる曙ちゃん~?」

 

 

いつの間にか残りの敵を沈めていた偵察艦隊たちから、龍田がこちらへ駆け寄ってくる。

いつもの間延びした話し方とニマニマとした笑みが、一層あたしを屈辱的な気分にさせた。やっぱり沈んだ方がマシだったか。

 

 

「敵艦隊捕捉。2時、8時の方向に六隻ずつ。挟撃されるわ」

 

 

加賀の簡潔な索敵報告が、静かな海上に響く。

まずい。今のあたしは完全に足手まといだ。艦隊があたしのペースに合わせて航行すれば、挟撃は避けられない。

歴戦の艦娘であるこいつらなら、一人や二人くらいは生き残れるだろうか。どちらにせよ。挟まれてしまえばあたしたちは確実に海の藻屑になる。

 

別に、自分の命に未練はない。

けど、使命を果たさずに力尽きることは、やはり許されない。

 

 

「——————! 敵影補足! 3時の方向、猛烈な速度で単身こちらに向かってきます!」

 

 

——————来た。

 

 

「あら~? どこに行くつもりなのかしら~? あなたを連れて帰るのが今回の任務なんだから~、あんまりおイタしちゃうと、うっかり首を跳ね飛ばしちゃうわよ~?」

 

 

ヤツの元へ向かおうとしたところを、龍田が薙刀をあたしの喉元に突きつけて静止する。脅しているつもりだろうか。

だとしたら笑い話だ。この命の価値など、とうの昔に捨てている。

 

 

「早まるな、曙。今無理して仇を討つ必要なんてない。こんな捨て身の特攻で刺し違えても、あの三人は浮かばれない」

 

 

うるさい。邪魔をするな。話し合う時間すら惜しい。

 

喉元でギラリと光る薙刀の刃先を左手で掴み、力づくで押しのける。血がしたたり落ち、鋭く細い痛みが奔る。それがどうした。

 

龍田の眼が見開かれ、驚愕と恐れの色に塗り変わる。薙刀の柄を握る手が震えた気がした。

本気で傷つけるつもりがなかったから、刃を引くことも押すこともできない。

それがこいつの限界で、あたしとおまえの覚悟の差だ。

 

 

「曙!!」

 

 

響がここまで声を荒げるのは、後にも先にもあたしにだけだろう。

響はずっと見てきた。あの地獄も、あの煉獄も。自分を忘れた姉のことも、自分の代わりにすべてを背負った生き残りのことも。

 

いつだって、響は取り残され続けてきた。

 

そんな彼女だからこその、絶対に譲れないもの。

 

だけど生憎、譲れないものならあたしにもある。

そのためだけに、あの地獄から生き延びたんだ。

 

駆動系を最低限労わりつつ、出せる最大の速度でヤツを迎え撃ちに行く。

 

龍田はもう止めようとしなかった。

 

それでもあたしを呼び止める声が響いた。

 

その声からかすれるほどの大きな音を、あたしは聞いたことがなかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#11 魂が燃える音

救援に来た偵察艦隊を背に進みだしてからすぐ。

 

あたしはついに、念願の宿敵との再会を果たした。

 

 

「久しぶりね、会いたかったわよ」

 

 

あたしの言葉を理解しているのか、《破砕》はギヒッと狂喜に満ちた笑みを浮かべる。

 

タイムリミットは、接近中の敵艦隊に挟撃されるまで。

 

それまでにこいつを——————焼き尽くす。

 

短く息を吐き、自分という存在の奥底にあるであろう本体、魂をイメージする。

輝き、ゆらめき、力強く脈打つそのイメージを、燃やす。

 

そうして、あたしの足元から火炎が迸った。

 

 

「燃えろ、クソ野郎が」

 

 

《破砕》は笑みを深くし、迫る火炎を器用に避ける。

海を這う炎で敵を誘導しながら、右手で作り出した火球を放り投げる。足元を悪くした上での波状攻撃でも捉えられないあたり、本能的な戦闘センスはさすがといったところか。

 

炎の合間を縫って、ヤツがあたしとの距離を詰めてくる。それも想定内だ。お前が接近できるように、わざと隙のできるように炎を巡らせたのだから。

 

禍々しく血管が隆起した右腕が振り上げられる。

その瞬間に、あたしは右手に集中させていた力を目の前の敵目掛けて一気に放つ。

あたしの右手から噴き出す火柱が、超至近距離でヤツを包み込んだ。

 

 

「グオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

内臓に響く雄叫びがこだまする。

 

艦娘と深海棲艦はどちらも艤装の加護に護られている。

砲弾や魚雷、機銃による損傷の大方を艤装が肩代わりすることによって、肉体へのダメージを軽減してくれている。

 

だが当然、あたしのこの炎は本来搭載された装備ではない。しかもこの不思議な力は、どういうわけか()()()()()()()()()()

 

つまりヤツは艤装に護られることなく、生身の肉体を焼かれているのだ。

耐え難い激痛だろうが、あいつらの無念を、その程度の苦しみで受け切れると思うな。苦しめ、苦しめ、もっと苦しみ続けろ!

 

 

「ッ!?」

 

 

炎の中から、あの右腕が出てきた。

 

そしてそのまま、あたしの首が締め上げられた。

 

 

「がっ……ぁっ……!」

 

 

——————効いていない!? そんなはず……!

 

意識が乱れ、火柱が霧散してしまう。

炎の渦から解放されたヤツの身体には、多少の焦げ跡しか残っていなかった。

 

加減したつもりなどない。さっきの一撃で沈める気だった。あたしの全力の奥の手……それでも、届かないというのか。

 

そして、あたしの命は今まさに、こいつの手に握られている。巨岩だろうと、鉄塊だろうと、()()()()()()()()()()()()()《破砕》の右腕。振りほどこうと必死に抵抗してもびくともしない。

 

酸欠で段々と意識が朦朧としてくる。こんな状態では炎も出せない。

 

結局、あたしは何も守れないのか。

 

この右腕に掴まれた時点で、あたしの負けは決まっている。艦娘としての死である「轟沈」ではなく、生物としての「死」が、すぐそこにある。

 

なのに、あたしにはまだそれが訪れない。ゆっくりと、力を込めて、首を締めあげられていく。

 

——————こいつ、あたしを弄んでいるのか。

 

ああ、最悪だ。結局あたしは何もできない。

 

一人で全部背負おうとして、全部取りこぼした。

 

こんなあたしでも見捨てずに救おうとしてくれた人の手を全部振りほどいてきて、そうやって独りであり続けた結果がこれだ。

復讐だけを望んで、いざ果たそうとした結果がこれだ。

 

惨めすぎる。哀れすぎる。消えてしまいたい。

 

もう——————殺してくれ。

 

大粒の涙があたしの眼から流れ落ち。

 

 

「ッ!!」

 

 

そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

《破砕》が意識外からの攻撃に警戒して距離をとったため、あたしは解放された。身体が酸素を求めて、内臓が飛び出しそうなほどむせ返る。

 

 

「あら~、威勢の割には随分苦戦してるのね~」

 

 

そう言って、天使の輪っかのような艤装が特徴的な悪魔は、何もない空間から新たな薙刀を出現させて、あたしの前に立った。

 

 

「曙! 大丈夫か!」

 

「ぁ……んたら……なんで、きたの……」

 

「本人が死にたいって言うなら私はそれでもよかったのだけど~、響ちゃんにどうしてもってお願いされちゃ、しょうがないわよね~」

 

「曙は素直じゃないからな。放っておくとすぐ無茶をする。……私にだって、あの三人と、暁の仇を討つ権利はあるだろう?」

 

 

——————なんで。

 

 

『龍田ー! 少しぐらいならワタシたちだけでも問題nothing! アケボーノのこと、頼みマース!』

 

「は~い。そっちもあんまり無理しないでね~?」

 

 

——————なんで、助けてくれるの。

 

 

「大丈夫だ。曙が回復するまでの時間稼ぎ、私たちに任せてくれ」

 

 

——————なんで、見捨てないの。

 

 

『——————曙』

 

 

響の無線から、あたしの名前を呼ぶ声が聞こえた。

 

 

『必ず無事に帰ってこい。ここが、そいつらが、お前の帰る場所だ』

 

 

その男の声は、どこまでも暖かく、柔らかく、優しかった。

 

——————ああ。

 

——————あたし、独りじゃなかったんだ。

 

いつの間にか、またつながりができていたんだ。

 

ほんと、うざいんだから。

 

 

「アアアアアアアアアア!!」

 

 

雄叫び。そして、ぶぅん、という鈍い振動音。

ヤツが破砕したのは、先刻突き刺された龍田の薙刀だった。

細かく粉々にされたその残骸は、黒い微粒子となってヤツの身体を渦巻く。

 

そのまま突撃してくる《破砕》の猛攻を、薙刀で応戦する龍田。

接近されすぎて、黒い微粒子が龍田の右手首をかすめる。すると、かすめた部位から霧のような鮮血が噴き出した。

 

 

「っ……、破片の鎧ってところかしら~? 面倒ね~」

 

 

至近距離はヤツの縄張りなので、なるべく密着する時間を少なくして距離をとる。

二人の距離が開くと、すかさず遠方から響の援護射撃。砲弾は破片の微粒子に傷つけられて直前で爆発してしまい、本体へのダメージはないが、粒子の密度は明らかに少なくなっている。

 

援護射撃に気を取られれば、今度は龍田の薙刀が羅刹のごとく襲い掛かる。普段の底知れぬ目つきとは一変、明確な殺意を宿した瞳。右腕を斬り落とす気迫を込めた一撃は、《破砕》の右腕を捉えはしたものの、直前で右腕の筋肉が隆起し、甲高い金属音と散る火花と共に弾かれる。

 

 

「硬化……!? ほんっと、厄介……!」

 

 

渾身の一撃が弾かれ隙を晒す龍田に死の手が迫るが、遠方からの援護射撃がまたも龍田をフォローする。

 

遠近それぞれの役割を全うした見事なコンビネーション。さっきまでの獰猛な笑みは消え去り、《破砕》から苛立ちの表情が読み取れる。

 

ふと、ヤツの方から数歩距離をとり、その先に敵潜水艦が浮上してくる。《破砕》は潜水艦の頭部を右腕で鷲掴むと、鈍い振動音を鳴らして仲間を瓦礫の渦に変える。

 

 

「危ないっ!」

 

 

龍田はあたしを抱えて退避し、さっきまであたしが(うずくま)っていた場所に瓦礫を纏った右腕が振り下ろされる。その威力は、海が割れるほど。

 

その瓦礫の渦を、《破砕》は突然後方に向けだした。追撃してこない……? いや、違う!

 

 

「響っ!!」

 

 

直後、瓦礫が凄まじい勢いで後方へと飛んでいく。

その先にいる響へ、彼女の身体をズタズタにしながら。

 

 

「ぐぁっ……!!」

 

 

防御しきれなかった響は、そのままその場に崩れ落ちた。

 

《破砕》の力は、あたしと同種のものだと直感していた。

普通の艦娘、深海棲艦にはあり得ない力。

艤装の加護を貫通する、この凶悪な力。

 

だから響の艤装は全損せず、中破程度の損傷で済んでいる。だがそれが逆にどれだけまずいことか。

()()()()()()()()()()()()()()()()()

生身の人間なら死んでいてもおかしくない傷を負っても尚、()()()()()()()()()()()

 

あたしの身体が海上に投げ出される。危機を察した龍田が、荷物を下ろして雄叫びお上げながら全速で駆けていく。だが無慈悲なことに、単純な速度でも《破砕》には敵わなかった。

 

響の右腕が、『死』に掴まれた。

 

 

 

 

 

あの日の地獄が、脳裏に蘇った。

 

あのクズに生贄に差し出された遠征艦隊。

 

巣にかかった獲物を嬲るような、一方的な蹂躙。

 

記憶にはない。でも身体が、魂が覚えている。すべてを焼き焦がす煉獄の海。

 

あいつらの死を、あたしはこの目で見てしまった。

 

それなのにおまえは、響さえもあたしの目の前で奪うのか。

 

あたしの中で、何かが切れるような音がした。

 

怒り。恨み。悲しみ。燃え盛る煉獄のような激情。

 

音すらも、あたしの世界から焼き尽くして。

 

あたしの視界が、紅く塗りつぶされていく——————。

 

 

 

 

 

《※※※》

 

 

 

 

 

——————ごめんね。

 

短く、心の中で呟きながら。

 

全力全速で、私は響ちゃんの右腕を切断した。

 

直後、ぶぅん、という忌々しい低音と共に、彼女の右腕だったものが細かい肉片となって粉々に破砕された。

 

本当に悪趣味な力だ。こいつがまだ呼吸をしていると思うだけではらわたが煮えくり返る。

でも、かなりまずい状況よね。一刻も早く響ちゃんを治療しないといけないし、目の前の怪物はまだピンピンしてる。さすがに二人を守りながらこいつと闘うなんて——————。

 

突如、私の刹那の思考は、凄まじい熱気によって遮られた。

 

何が起きているのかわからない。

信じがたい光景を目の当たりにして、それしか感想が出てこなかった。

 

海が、燃えている。

その上を歩く、火炎の化身。

 

なぜかそれは、曙ちゃんの姿をしていた。

 

火炎の化身から火柱が放たれ、《破砕》の左腕を捉える。

炎を浴びたヤツの左腕の関節から先の部分は、燃え上がる暇もなく蒸発した。

 

 

「グアアアアアアアアアア⁉」

 

 

その火力は、炎をかすめてすらいないのに、そばに居ただけの私の右肩をも赤黒く爛れさせるほどだった。

 

なんなの、この力。

 

敵か味方かわからない曙ちゃんらしきものを見やると、彼女自身の身体からも黒い煙が湧き出ているように見えた。

 

自分の炎で自分が焼かれている。

 

彼女自身、この力を使いこなせていないんだ。

 

思えば、あの大戦でもこんなことがあった。

 

艦娘も深海棲艦も関係なく、すべてを飲み込む殺戮の一撃が、味方側から放たれたことがある。

あんな装備、あんな兵器を私は知らなかった。正確には、()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()()()()()()()()

 

私たちの闘いは、今までの常識では測れない領域になっているのか。

 

私にこの状況をなんとかできるだろうか。

このままでは敵も味方も、本人さえも、この煉獄はすべてを飲み込んでしまう。

 

そう考えるこの場で一番無力な私は、きっと固い表情をしていたことだろう。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#12 冷たい炎

——————ああ、これだ。この感覚だ。

 

ここにあるのはただの煉獄。駆逐艦 曙という入れ物に用はない。

 

入れ物が耐え切れずに焼け焦げようとも、この激情には関係ない。

 

真っ赤に染まる視界。音すらも焼き尽くす紅蓮。燃やすべき薪が一つ。それ以外はどうでもいい。すべて飲み込む。すべて滅ぼす。すべて焼き焦がす。

 

魂が焼き切れていくのがわかる。

 

感情が燃える。記憶が焦げる。あたしがあたしでなくなる。

 

誰かがいた気がする。忘れたくない誰かが。守りたい誰かが。でももう、その誰かも焼けてしまった。

 

いずれにせよ、もうあたしの中には誰もいない。

 

あたしは独りだった。そういうことにしておこう。

 

その方が——————きっと、よく燃える。

 

 

 

 

「やめてくれ」

 

 

 

 

透き通る声が聞こえた。

音を失ったはずの世界に、その声だけが響いた。

 

 

 

 

「もう、一人で全部背負い込むのは、やめてくれ」

 

 

 

 

誰かに腰を抱かれたような気がした。

すべてを焼き尽くそうと、誰も近づけないはずのあたしの腰を抱くバカが、確かにいた。

 

 

 

 

「もう、自分を傷つけるのは、やめてくれ。誰よりも優しい、曙」

 

 

 

 

あたし自身をも焦がす業火の中で、その銀髪の少女は訴えかけていた。

 

——————ああ。

 

——————まだ、あんたがいたんだった。

 

 

 

 

「これで、わたしも……やっと……なにか、でき……」

 

 

 

 

 

儚く消え入る声が、あたしの中に澄み渡る。

 

——————ありがとう、響。

 

それは銀雪のように降り積もり、燃え盛る煉獄を冷やしていった。

 

 

 

 

 

信じてその身を燃やしてくれた友を抱いて、あたしはゆっくりと目を開ける。

 

さっきまでの煉獄の海が嘘のように、鮮やかにはじけて消え失せた。

 

あるいは、本当に悪い夢だったのかもしれない。

 

そんな甘い希望を望む自分に呆れながら、すぐそばまで来ていた龍田に響を預ける。

 

 

「悪いけど、ちょっと響をお願い」

 

 

龍田の身体もまた、痛々しい火傷に覆われていた。

あの時《破砕》に致命傷を負わされた響があたしの意識を呼び戻せたのも、なんとか意識を保っていたあいつに頼まれて、無理矢理響を運んだからだろう。

あの灼熱の中に突っ込むなんて我ながら自殺行為だと思うが、そんな二人のバカがあたしを救ってくれた。

 

 

「曙ちゃん……なの……?」

 

 

「ほかの誰に見えんのよ」

 

 

いつもの調子で返したつもりだったが、龍田は呆けた顔のままだった。

 

そのあとすぐ、自分の身体の変化に気づき、龍田の様子に納得する。

 

あの業火は、あたしの身体も例外なく焼き焦がしていた。それなのに、その痕跡がどこにもない。

 

そして、藤色だったあたしの髪が茜色に染まり、炎のようにゆらめき燃え盛っている。

 

地獄の業火は消え失せた。でも、あたしの身体に、魂に、まだ力は刻まれている。

 

この《煉獄》は、あたしの中で生き続けている。

 

 

「ギヒッ、ギヒャ、カカカッ」

 

 

新たな決意を宿して、醜く笑う仇敵の方へ向き直る。

その瞳からは嘲笑ではなく、どこか歓迎しているような、好意的な色が読み取れた気がした。

 

——————ようこそ、こちら側へ。

 

——————お前もワタシと同じ、バケモノだ。

 

あの時、あたしを化け物と罵ったあのクズの顔が浮かんだ。

 

確かに、あたしとお前は同類かもしれない。

 

この力は明らかに、今までの艦娘の常識を超えている。初めて煉獄を目にしたあの日から、あたしはずっと得体のしれないあたし自身に怯えていた。

 

あたしはただの艦娘じゃない。それこそ、化け物と恐れられても仕方ない。

 

それでも、あたしとお前は違う。

 

同じ化け物の道を歩むのなら、あたしは壊す側よりも護る側を選ぶ。

 

 

「ギヒャアアアアア‼」

 

 

裂けそうなぐらいの大口を開けながら、《破砕》が仲間の潜水艦を瓦礫に変え、あたし目掛けて飛ばしてくる。

 

あたしはいたって冷静に、右の掌に高密度の火球を生み出し、飛来する瓦礫——————その手前の水面目掛けて火球を放り投げる。

 

海面に着弾した瞬間、籠った爆発音と共に目の前が白煙に覆われた。ちょっとした爆弾といったところだが、その威力は馬鹿にできない。水蒸気爆発の防壁は、襲い来る瓦礫を残らず吹き飛ばした。

 

 

「グルォォォォォォォォォ‼」

 

 

白煙を突っ切り、《破砕》が真っ向から死の右腕を突き出してくる。

 

 

「曙ちゃん!」

 

 

心配そうな龍田の叫びを裏切り、あたしは真っ向からヤツの右腕を受け止めようと、左半身を引く。

 

大丈夫。今は完全に力を制御できている。

 

煉獄に呑まれるな。大切なことを、響が教えてくれた。

 

もう、一人で背負うのはやめだ。

 

振るう炎は熱く——————心は、どこまでも冷たく!

 

 

「うらああああああああああ‼」

 

 

炎を纏った左拳が、標的を捉える。

 

だがその拳は、ヤツの右腕にしっかりと掴まれた。

 

 

「ギヒッ! ギヒャヒャヒャアアアアアアア‼」

 

 

勝利を確信した《破砕》の笑い声が、静かな海にこだまする。

 

高揚。狂喜。嘲笑。そんな感情が右腕を通して伝わってきても、あたしの心は凪いだままだった。

 

だからあたしは、いたって冷静に、左腕の炎で《破砕》の右腕を焼いた。

 

 

「ウガアアアアアアアアアアアア⁉」

 

 

炎はヤツの右腕を伝い、導火線のようにヤツの身体を駆け巡り、瞬く間に全身を包み込む。

 

最初は激しく悶えていた《破砕》の動きが徐々に小さくなり、やがてほとんど動かなくなった。

 

炎の勢いが弱まり、掠れた息を切らす《破砕》の姿があらわになる。火傷の跡が全身を惨たらしく彩り、四肢は凍えているように震えていた。

 

あたしが左腕に宿した炎は、どこまでも冷たい炎だった。

 

凍えながら焼かれる、という世にも珍しい体験を終えた肌は、空気に触れているだけでも激痛を伴うはずだ。

 

全身が低温火傷になるのは、どんな気分?

 

 

「ガ、ガガッ、ガ、アアアアアア」

 

 

それでも《破砕》は右腕を向けて進んでくる。あたしの顔まで数センチ。恨みと執念だけで動く者が、こんなにも哀れだったとは。過去の自分を思い出して、渇いた笑いが漏れた。

 

 

「ゴアアアアアアアアアアアア‼」

 

 

それが最期の咆哮だった。

ヤツの身体に残る炎の欠片に意識を集中させ、そこから更に燃え上がらせる。今度は鉄をも焦がすほどの灼熱で。それでも《破砕》は止まらなかった。

 

——————朧。漣。潮。

 

——————ごめんね。今まで、ありがとう。

 

宿敵の頭蓋を掴む寸前で四肢が溶け落ち、《破砕》の右腕だったものが、頬をかすめた。

 

 

 

 

 

「あんたにもいろいろ迷惑かけたわね、一応、その……謝っとく」

 

 

仇敵との因縁に決着がついた後。目を見開きっぱなしの龍田に、少しばかりの謝罪を表明した。

 

 

「曙ちゃん、ちゃんと謝れる子だったのね~、よしよし~」

 

 

いつものからかい口調に反射的に噛みつきそうになるが、さすがに今回は頭が上がらないくらいの非があたしの方にある。どれだけ神経を逆なでされても甘んじて受け入れるしかない。

 

 

「でも、いちばんあなたのために動けたのは、この子よ」

 

 

憂い気な目を、龍田は腕の中で安らかに眠る少女に送る。

響がいなければ、今頃あたしは救われない魂のまま、虚しく四散していただろう。本当にどんな言葉を返せばいいのかわからないし、どんな言葉を掛けても、もう帰ってこない。

 

この力は、響にもらったものだ。そして、まだ危機は去っていない。偵察艦隊は今も挟撃艦隊を足止めしてくれている。急いで救援に行かなくては——————。

 

直後、心臓を握り潰されたような痛みに襲われた。手足に力が入らない。視界が定まらない。口の中に胃酸の味が広がる。

 

——————無理、しすぎたかな。

 

 

「曙ちゃん⁉ 大丈夫⁉」

 

 

駆け寄ってきた龍田の声が、おそろしく遠く、反響して聞こえた。まずい、だんだん、何を言っているのかもわからなくなってきた。

 

 

「ごめん……もうちょっと……迷惑、かけ、るか……も……」

 

 

上手く話せたかわからない。なんとか言葉になっていたと信じて、あたしは意識を手放した。

 

 

 

《※※※》

 

 

 

気が付けば、真っ白な天井が広がっていた。

 

あの後、どうやらあたしは偵察艦隊に連れ戻され、無事に帰投できたらしい。

 

なんだがデジャヴを感じる。

 

だけど、あの時ほど気分は最悪ではなかった。

 

 

「ん……」

 

 

点滴用の針が刺さる身体を起こし、呼吸マスクを外す。

 

どれくらい眠っていたのだろうか。窓の外はまだ昼の明るさ。ということは少なくとも丸一日は経っている。

 

……まぁ、少しは慣れていたとはいえ、あれだけ無理して力を使ったのだ。今回初めて《煉獄》を制御できたが、その代償がこれだけで済んだのが不気味なくらいだ。

 

……いや、何を言っているんだあたしは。力の代償なら、かけがえのないものを払ってしまったじゃないか。

 

あたしを救うためにその身を焦がした友がいる。その友の分まで想いを背負って、あたしたち六人の仇を討つことができたんだ。

 

あたしは自分の頬をぴしゃりと叩く。まだ寝ぼけている頭に喝を入れろ。響の分まで、あたしはこの力を使って戦いを終わらせて——————。

 

 

 

 

「ダメじゃないか。怪我人が自分の頬を叩いちゃ」

 

 

 

 

それは幻聴か。あるいは幻覚か。真っ白な病室と色が似ていたからか。

 

今は亡き友が、あたしのベットの傍らに佇んでいた。

 

 

「……何よ。幽霊になってまであたしに言いたいことでもあるわけ?」

 

 

「いや、死んでないから」

 

 

銀髪の幽霊は懐かしい無表情で、あたしの頬をつねってきた。……え? つねって……?

 

 

「ひ、響⁉ あんた、無事なの⁉ 生きてるの⁉」

 

 

「ああ、無事だとも。問題ないけどまだあまり身体を揺らさないでくれれれれれ」

 

なんてことだ。ちゃんと触れる。幽霊じゃない。響が生きている。

 

《破砕》の瓦礫を受け、あたしの《煉獄》に焼かれて命を落としたと思っていた響は、そんな激闘の跡など感じさせないほどに全快していた。

 

 

「私は死ぬ気の覚悟だったんだが……どうやらギリギリ治療が間に合ったらしい。とはいえ、自分の回復力には自分が一番驚いてるよ。曙は一週間目を覚まさなかったのに」

 

 

響は垂れ下がった服の右袖をつまみながら言う。

いくら傷が癒えようと、失った右腕が再生することはない。

無論、響の腕を切断した当人は、《破砕》に掴まれて死の危機に瀕した響を救うための、やむを得ずの行動だったのだが。

 

 

「響、あのあとどうなったの? あたしより早く目が覚めたなら、先に報告を受けているはずでしょ?」

 

 

なんせ一週間も眠ってしまったらしいのだ。連続出撃は少しきついけど、情報の遅れぐらいはすぐにでも取り戻さなければならない。

 

それに、結果的に助けてもらった形になったんだ、偵察艦隊のみんなに一応お礼を言っておかなくては。

 

……あと、龍田。あいつには色々と迷惑をかけすぎた。癪だけど、かなり癪だけど、今回ばかりはあいつに何を言われても言い返せない。

 

 

「……曙、目覚めたばかりで悪いが……少し歩けるかい? 来てほしい場所がある」

 

 

来てほしい場所? 情報共有ならここでも充分だと思うのだが。

 

表情変化に乏しい響の顔がどこか沈んでいるように見えて、あたしはなぜか追及する気にはなれなかった。

 

 

 

 

 

そうして響に連れられて、あたしたちは鎮守府の中庭に来た。

 

西洋風のフェンス、切りそろえられた生垣、色とりどりの花壇。かなり景観にこだわりを感じる庭園だ。この鎮守府の庭師は中々にマメらしい。

 

そこに、白い軍服を纏った男が膝を立てて座っているのが見えた。

 

 

「あんた、こんなところで何してんの」

 

 

着任早々、なぜかよく絡んできた男だ。あまりにうざかったので顔と名前くらいは覚えている。確か名前は、雨宮優。

 

 

「目が覚めたか、曙」

 

 

雨宮はあたしの顔を見ると、少しだけ顔を綻ばせた。

 

そして、あたしの眼にはもう一つ、気になるものが映っていた。

 

 

「墓……? そんなのあったんだ。てか、誰の?」

 

あたしの質問に、雨宮は重い声で答えた。

 

 

 

 

「龍田と、赤城の墓だ」

 

 

 

 

何を言っているのかわからなかった。

 

もし冗談なら即刻燃やしている。あたしにその手の冗談は地雷なんて言葉も生ぬるい。

 

だけど、雨宮と響の顔が、無言でそれを肯定していた。雨宮はともかく、響がそんな嘘を吐くとは到底思えない。

 

 

「あのあとの報告では、《破砕》は曙の活躍によって討伐——————だが同時に、響、曙が意識不明、龍田は重症。そしてそれを狙っていたようなタイミングで、敵の大群が押し寄せてきた。全員轟沈という最悪の事態を防ぐために、手負いの龍田と、赤城が足止めを買って出て——————そのまま轟沈した。そう聞いている」

 

 

雨宮は暗い瞳のままそう告げた。

 

龍田と、赤城が、沈んだ。

 

単艦出撃したあたしのせいで。《煉獄》を制御できなかったあたしのせいで。

 

 

「俺の責任だ」

 

 

そんなあたしの自責を察したように、雨宮が口を開いた。

 

 

「すべての展開を見越していたように、あいつらは現れた。奴らの作戦を見抜けなかった俺の失態だ。俺が、あの二人を殺した」

 

「違う。全部、あたしのせいで……!」

 

「曙は、何も悪くない」

 

 

雨宮は、光のない瞳でそう言った。

 

 

「……ふざっけんな!」

 

 

気づけば、あたしは雨宮に掴みかかっていた。

 

 

「言えばいいじゃない! お前のせいだって! お前が勝手なことをしなければこんなことにはならなかったって! あたしの代わりに背負ったつもり? あんたが全部一人で背負った気になったって、あたしは……!」

 

 

そこまで言って、やっとわかった。

 

こいつの眼が気に入らない理由が。

 

こいつは——————()()()()()()()

 

光のない暗い瞳。こいつは、怯えているんだ。

 

絶対に成し遂げなければいけない使命があって、それに巻き込んで誰かを傷つけてしまった後悔に。

 

一人ですべてを背負おうとして、何が正解なのかわからなくなってしまっている迷いに。

 

そして、自分自身が何もできなかった責任に。

 

そんなあらゆる罪悪感に苛まれながら、それでもこいつは逃げずにあたしたちと向き合おうとしている。

 

逃げたくても逃げられないよう、自分で自分を縛っている。

 

 

「自己満足だとはわかっている。こんな形だけの墓を作ったところで、この下にあの二人はいない。だがたとえ形だけでも、決して忘れてはいけない。人類のために散っていった仲間がいたことを。彼女らを守れなかった自分の罪を。この墓は、俺の贖罪への戒めだ」

 

 

暗い瞳の奥に確かな決意を宿しながら、雨宮はそう言った。

 

艦娘は、深海棲艦に対抗するためだけに生まれた存在。この戦争を終わらせるための唯一の手段で、人間の代わりに戦場を駆ける消耗品だ。それが艦娘の、あたしたちの使命。

 

だから、少なくともあたしは、こんなことをするやつを見たことがなかった。轟沈報告を受けて嘆く提督はいても、彼女らを尊び墓まで立てるような提督を、あたしは見たことがなかった。

 

提督としての使命にではなく、仲間の死に何よりも責任を感じている。

 

 

「頼みがある、曙。俺に力を貸してくれ」

 

 

雨宮は両膝をつき、懇願するように頼み込む。

 

 

「君たちを守るために戦うと、俺はそう誓った。だがその結果がこれだ。俺には何の力もない。俺は君たちに助けられないと何もできない。だから頼む。復讐のためじゃない。大切な仲間を守るために、俺に力を貸してほしい」

 

 

強い風が吹いた。

 

風が、あたしの中に入り込んでくるような、そんな感覚がした。

 

 

「とりあえず、それやめたら? みっともないし」

 

 

無意識に、そんなことを言っていた。

 

雨宮が顔を上げ、立ち上がる。ああもう、だからその眼をやめろってば。

 

昔のあたしを思い出すでしょうが。

 

 

「あんたが感じてる責任とか、あたしには関係ないしどうでもいい」

 

 

こいつはつくづく、あたしと同じだ。

 

そしてあたしは、こういうやつが一人じゃ何もできないことを、知っている。

 

 

「あたしは、あたしのために戦う。あたしの守りたいもののために戦う。その邪魔をするなら、誰であろうと燃やしてやる」

 

 

散々迷惑をかけた龍田たちのために。あたしの帰るべき場所のために。

 

 

「だから、その邪魔にならない範囲でなら、好きにあたしを利用すればいいんじゃない?」

 

 

言いながら、あたしは踵を返した。

 

別に絆されたわけじゃない。かつて漣に『めんどくさいツンデレ』と揶揄されたことがあるけど、あたしは断固として認めていないし。

 

 

「そうか。ありがとう、曙」

 

 

庭園に吹くそよ風のように優しい声が、あたしの背中に届いた。

 

あ、そうだ。言い忘れていたことがあったんだ。

 

あたしは半身だけ振り返り、少しだけ緊張が和らいだ気のする顔で言った。

 

 

 

 

「ただいま、クソ提督」

 

 

 

 

あの男を信じてしまったせいで、あの悪夢は起きた。

 

因縁にけりをつけても、あたしの間違いはなかったことにはならない、

 

それでも、こいつなら信じてみてもいいかもと思った。

 

だってあたしはずっと、あたしを信じてきたのだから。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#Ex ある秘書艦の日記①

4月25日

 

 

榛名の新しい配属先が決まりました。

 

せっかくなので、日記も新しくしようと思います。

 

今日は同じく東方鎮守府に配属となるみなさんで、新しい提督さんが来る前に、鎮守府の大掃除と稼働準備をしました。

 

榛名は金剛お姉さまと一緒です。新しい環境に不安もあったので、とても安心です。

 

比叡姉さまと霧島とは離れてしまったけれど……戦力に余裕がない以上、これは榛名のわがままです。

 

 

 

新しい提督さんはどんな方なのでしょうか?

 

どんな方だとしても、金剛お姉さまと一緒なら、榛名は大丈夫です。

 

 

 

 

 

4月26日

 

 

お世話になったみなさんに挨拶をしに、一度大本営に戻りました。

 

今の戦況もあって、一度四方に散ってしまえばそう簡単には会えなくなってしまいます。

 

なので、今日は金剛型四姉妹でティータイムです。

 

比叡姉さまと霧島が変な気を遣っていたらしく、金剛お姉さまに叱られていました。

 

二人ともとてもぎこちなかったので、バレバレでしたね。

 

久しぶりに四人揃ったのに、明日からはまた離れ離れです。

 

でも、この戦いを終わらせたら、またいつでも仲良くお喋りできるわよね。

 

だから寂しくありません。榛名は大丈夫です。

 

 

 

 

 

4月27日

 

 

提督が鎮守府に着任しました。

 

提督の名前は、雨宮 優さんというみたいです。

 

一応みなさんを集めて挨拶はしていただけましたが、資料を見ればわかるから、と、榛名たちとあまり関りを持とうとしてくれません。

 

提督は着任したばかりなのに、艦隊を編成して近海哨戒任務を発令しました。

 

帰投したばかりの艦隊をもう一度出撃させようとして、天龍さんにひどく怒られてしまっていました。

 

 

 

榛名には……提督は、何か焦っているように見えました。

 

そういえば、榛名が工廠へ案内した時、提督は艦娘の艤装に興味があるみたいでした。

 

提督は何を考えて……いえ、見ているのでしょう。

 

 

 

榛名には、よくわかりません。

 

 

 

 

 

4月28日

 

 

医務室のベッドから、榛名は日記を書いています。

 

大掃除でピカピカにしたばかりの医務室を、榛名が一番最初に使うことになるなんて思いもしませんでした。

 

昨夜、提督が深海棲艦に襲われました。

 

榛名たちと会話が成立するほどの知能。おそらく姫級、それもかなり特殊な個体だと思われます。

 

榛名はなんだか胸騒ぎがして起きたおかげで、たまたま提督をお見掛けして、なんとかお守りすることができました。

 

榛名が目を覚ますと、提督がベッドに寄りかかって眠っていました。

 

榛名のことを、ずっと心配してくれていたみたいです。

 

 

 

やっぱり提督には、何か事情があるみたいでした。

 

ずっと、我慢してきたんですね。

 

ここには、今は提督のことをよく思っていない方もいらっしゃいますが、榛名は大丈夫です。

 

提督は、優しい人でしたから。

 

 

 

いつか、提督のお話も、たくさん聞かせてくださいね。

 

 

 

 

 

4月29日

 

 

今日はいろんなことがありました。

 

 

 

とりあえず、榛名は動けるようになりました。

 

提督も、これから時間をかけて榛名たち一人一人と向き合おうとしているみたいです。榛名は安心しました。

 

 

 

大本営に報告に行く提督について行くことにしました。

 

久々にお会いした元帥殿に、なんだかまじまじと見られちゃいました。

 

元帥殿は、とても安心したような目をしていました。

 

それは提督にも、榛名にも向けられたもののような気がして、榛名は嬉しかったです。

 

 

 

報告を終えた後、提督のご友人の方とお会いしました。

 

姫宮 奈緒さん。北方鎮守府の提督をされてるみたいです。

 

彼女の秘書艦をしている木曾さんとも再会しました。

 

そういえば、榛名が勝手に提督の秘書艦だと言ってしまいましたが、ご迷惑じゃなかったでしょうか?

 

 

 

鎮守府に戻ると、大本営から新しい方が派遣されていました。

 

赤城さんと、曙ちゃん。赤城さんとは面識がありますが、曙ちゃんとは初対面です。

 

彼女も何か事情を抱えているのでしょうか。曙ちゃんの態度に提督は頭を抱えていました。

 

ふふっ、大変そうですね。でも困ったら、榛名がいつでもお手伝いいたしますよ。

 

 

 

 

 

4月30日

 

 

この鎮守府には道場があります。

 

何やら盛り上がっていたので覗いてみると、天龍さんと龍田さんが手合わせをされていました。

 

いつもは龍田さんが天龍さんをからかう姿をよく見かけますが。

 

やっぱり仲がいいというか、お互いのことを誰よりも信頼しているんですね。

 

実力は互角で、中々勝負がつきませんでしたが。

 

二人がとてもいい顔をしていたので、榛名も思わず笑顔になりました。

 

 

 

 

 

5月1日

 

 

月は変わり、皐月が始まりました。

 

提督は相変らず頭を抱えています。

 

それは作戦立案に頓挫しているわけではなく、中々曙ちゃんが心を開いてくれないからでしょう。

 

でも、おそらくそれだけじゃありません。

 

提督はずっと気にされているのでしょう。みなさんにした仕打ちのことを。

 

明日はいよいよ作戦決行の日。今の提督はきっと、榛名たちを未知の戦いに赴かせるのが怖いのでしょう。

 

大丈夫ですよ。提督は優しい人です。

 

それをわかってくれる子も、少しずつ増えてきています。

 

提督は大丈夫です。不安なら榛名たちが、ちゃんと支えていますから。

 

 

 

 

 

5月2日

 

 

本日、東方鎮守府は《破砕》調査任務に乗り出しました。

 

その過程で、《破砕》を打倒するために一人で出撃してしまった曙ちゃんを、東方のみんなで迎えに行きました。

 

《破砕》は、曙ちゃんの奮戦で討伐したようです。

 

その代わりに、曙ちゃんと響ちゃんが意識不明。

 

龍田さんと赤城さんが、偵察艦隊を逃がして、轟沈しました。

 

金剛お姉さまのあんなに苦しそうな顔を、榛名は見ていられませんでした。

 

《破砕》の脅威はひとまず去りました。

 

その代わり、榛名たちはたくさんものを失いました。

 

 

 

こんな時、榛名にできることは何なのでしょうか?

 

提督に。金剛お姉さまに。天龍さんに。加賀さんに。

 

掛ける言葉が、榛名にはわかりません。

 

 

 

だって、もし沈んだのが金剛お姉さまだったなら、きっと榛名は壊れてしまいますから。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。