The Tale of Viper (まつたけ)
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序章 蛇の始まり
※以前のお話とは若干変化が見られますが、収束点は変わりません。
※それでも良い方はゆっくりしていって下さい。
□黒河朱音
私がそのゲームをやることになったきっかけは友人の一言だった。
その友人---
小さい頃から紗羅といる影響か私自身もゲームにハマってしまい、今では負けず劣らずのゲームオタクになってしまっている。
家が近いということもあり毎日一緒に登校しているのだが、その日の彼女はいつまで経っても玄関から顔を出さなかった。
このままでは遅刻してしまいそうだったので呼び鈴を押して紗羅のお母さんを呼び、紗羅を引っ張り出してもらうことにした。
程無くして紗羅は出てきたのだが、その時の彼女の顔は今世紀一酷かったと記憶している。
髪はボサボサ、余程こっぴどく叱られたのか半泣きで叩き起こされるほど爆睡していたのかと思いきや目の下には隈を作っており、学校でも指折りの可愛い顔がその時ばかりは目を覆いたくなるほどの醜態を晒していた。
「<Infinite Dendrogram>?」
「ほうほう(そうそう)」
どうせまた徹夜でゲームでもしていたんだろうと思いながらも、何をしていたのかと聞いたところ返ってきた答えがこれだった。
<Infinite Dendrogaram>、通称デンドロは一週間前に発売されたフルダイブ型のVRゲームだ。
一つ、完全なるリアリティを保障。
五感を完璧に再現する。ただし痛覚はONOFF可能なので安心してプレイしていただける。
二つ、単一サーバー。
仮に億人単位でも全プレイヤーが同じ世界で遊戯可能。
三つ、個別選択可能なグラフィックス。
現実視、3DCG、2Dアニメーションの中からどうやって世界を見るかを選択できる。
四つ、現実世界とゲーム時間の乖離。
ゲーム内では現実世界の三倍の速度で時が進む。
以前見たCMには確かこんな感じのことが書いてあった気がする。
正直な話、当初私はこのCMを見たとき何を言っているのか理解できなかった。
書いてある言葉の意味は分かる。だが、内容はどうしても頭に入って来なかった。
どう考えても不可能であるからだ。
四つある項目のうち全てがオーバーテクノロジー。
だというのに専用ゲーム機の値段は一万円前後という狂気の価格設定。
私がそのCMを見た時はどうやら発売直後だったらしく、掲示板などの書き込みを見ても皆懐疑的で購入にも難色を示していた。
当然の心理だ。ましてや私はまだ中学生、酔狂な大人たちのように「一万円なら」と買うという金銭的余裕もない。
ここは一度待って本物かどうか吟味した上で購入を検討しようと思い---気付けば一週間も経っていた。
聞けば、発売の翌日にはメーカー側からゲームの内容についての発表があったという。…時間帯的にはちょうど私がオンラインで銃をぶっ放いていた時だろうか。
頃合いを同じくして掲示板の方にも購入者からの書き込みがあったらしい。…この時は確かモンスターを育成していた気がする。
それは兎も角、私が他のゲームにうつつを抜かしている間に情報は出揃い、さらに開発責任者の発破もあってデンドロは一大ムーブメントとなった。
‐---なってしまった。
「みぶふぉって」
「え?」
「みぶふぉって!」
「ああ…はい」
完全に乗り遅れたことが発覚して絶望に打ちひしがれていた私を正気に戻したのは紗羅のくぐもった声だった。
どうやらこのゲームオタクは夕飯と風呂以外はずっとデンドロをしていたらしい。
今現在も出かける間際に口に押し込まれた母親手製のおにぎりを頬張って何とか栄養を補給している状態である。
ちなみに彼女が先ほど言語未満の鳴き声で私に伝えてきていたのは「水取って」だ。
付き合いが長いと、どうやら人間は言語でなくとも意思疎通が可能であるらしい。ハハハハ…はぁ。
…いや参った。いくらこの辺が田舎町と言えど、全店舗売り切れという最悪の可能性が出て来た。
「これ…学校行ってる場合じゃなくない?」
「ちょい待ち」
回れ右をして家に引き返そうとする私の腕を掴んで引き留める白い手。
言わずもがな紗羅である。
先ほどまでは私がゲームのしたい紗羅を家から連れ出し学校に行かせようとしていたはずなのだが、今では完全にゲームを買いに戻る私を引き留める紗羅へと立場が逆転してしまっている。
「おいその手を離せ」
「行かせるわけにはいかぬ。あたしだってゲームしたいんだぞ!」
「あんたは既に買えてるでしょうが!こっちはそれすら怪しいの!!」
「大丈夫だから!ヨッシーに頼んで確保してもらってるから!遅刻するからぁぁぁぁぁ!!!!」
「嗚呼、何故日本には義務教育なんてものがあるのでしょうか…」
お互いの力が拮抗し一時的な膠着状態へと陥ったが、その均衡も紗羅の放った言葉一つで崩壊する。
一度崩れた均衡を再び取り戻すことは難しく、私は情けない声とともに学校へと拉致された。
---学校には何とか間に合った。
◇
「君たちは朝っぱらから何をやっているんだい」
昼食時の昼休み、私たちはヨッシーこと
車椅子に座る彼はとある大きな会社の社長さんの一人息子であり、私たちのゲーム仲間である。
小学校四年生の頃に大事故に遭い、その時の後遺症で下半身がうまく動かせなくなってしまったため現在は車椅子での生活を強いられている。
あの時のヨッシーの意気消沈した様は見ている側も辛かったが、今となっては多少は吹っ切れたのか事故前のように笑ってくれるようになった。
そして、近くの椅子を失敬して懺悔の如く彼に話し終えた一言目がこれだ。
大きな嘆息とともに漏れ出たこの言葉には、同学年の女子たちが彼に抱くような優しく穏やかな成分が欠片も含まれていない。
訳すとしたら「何みっともないことしてんねん、ちゃんと余裕もって学校来いや」だろうか。
何故エセ関西弁なのかは分からない。
「ほんと疲れたんだよ!朱音もうちょっとダイエットしたら!」
「はあ!?」
私の体重全国平均より遥かに下ですけど!?
学校の身体測定でも「ちゃんと食べてる?」って毎回心配されるレベルだぞ。
これは明らかに紗羅の非力さに問題があると見た。
まあ私たち二人とも体力テストで長座体前屈以外で二点以上取ったことないんだけど。
シャトルランとかいうテストは人間がやる種目じゃないと思う。
「相変わらず仲が良いね」
『どこが!?』
「そういところが、だよ」
いやもう全くどこが仲が良いのかわからない。
「そう言えば、ヨッシーがデンドロ確保してくれてるって聞いたんだけどほんと?」
ようやく本題を思い出したよ。
もしこれがあの場をやり過ごすための紗羅の嘘ならすぐにでも帰って電気屋さん回らないと。
おい紗羅、お前何明後日の方角向いて汗かいてるんだ。
まさかさっきのダイエット云々の話はこの話題に持って行かせないための…。
「い、いやぁ朱音…実は---」
「そうだよ」
『マジで!?』
「うん。僕も発売初日からプレイしていてね、とてもゲームとは思えないクオリティだったから君たちの分も買っておいたんだ」
まさか一万円を惜しまないチャレンジャーがこんな身近に二人もいたとは。
ヨッシーの家はお金持ちだからまだ分かるけど、紗羅は出るゲームを逐一買うほどお金に余裕無いでしょ。
それにしてもヨッシーには感謝だね。紗羅はどうやら本当にその場しのぎの嘘だったみたいだから。
‐---取りあえず紗羅は後でシメとくか。
「じゃあ今日取りに行っていい?お金もその時に払うから」
「了解。でもお金は良いよ」
「いやそれは流石に悪いよ」
「そうだよ!あたしもお父さんからお金せびってまでして買ったのに!」
出所不明の金だと思ってたらそんなことしてたのか!?
嗚呼、世のお父さんは毎月必死に稼いだ金を奥さんに小遣いとか言って減らされているというのにその上こんな出費まで。
哀れ紗羅のお父さん。強く生きてくれ。
多分彼女に金を返すという発想はないぞ。
「まあ紗羅のは置いといて、私としてもそれじゃゲームを楽しめないからね」
「うーん、別に良いんだけどね。まあ朱音がそれでいいならそれでいいよ」
◆
午前の授業同様に午後の授業も全く内容が入って来なかった。
当然原因はデンドロである。
ただし前者は焦燥と絶望、後者は期待と興奮という正反対の感情によって引き起こされているのだが。
さてと漸く六時間目の授業も終わり、下校または部活動の時刻となった。
私たちは部活動には一切所属していないため、そのまま下校となる。
校門前でメイドさんに車椅子を押してもらい迎えの高級車へと乗り込むヨッシーに右手で手を振り、左手で紗羅をヘッドロックして帰路に着く。
たまに呻き声が聞こえるが努めて無視する。
この程度、授業を六セットも耐え抜いた私の手にかかればどうということは無いのだ。
「あたしはどうということあるんですけど!?」
「心配するな。家まで送り届けてやる」
「この状態でとか嬉しくないぃぃぃ!悪かったよ!謝るからさ!」
「…仕方ないなぁ」
歩みを止めてヘッドロックを外す。
奇しくもそこは紗羅に拉致された地点であった。
紗羅をシメるという目的も果たしたので、そこからはデンドロでの初期設定について聞くことにした。
さっきまで固められていた人とは思えないほど自然に会話に入ってくる紗羅。
どうやら彼女にこの技は通用しないらしい。もっと他の技を磨かなくてはならないようだ。
「あ、そうそう。忘れるところだった」
「ん?何が?」
「<エンブリオ>だよ!デンドロの醍醐味と言っても過言じゃないオンリーワン!」
この時の紗羅の言葉は今でもよく覚えている。
彼女はうまく表現できる言葉をこれでもないと一頻り悩み、結論を出す。
「アイテム…じゃないな。武器とも限らないし…そうだ!これが一番ぴったりだ!---相棒!そう、相棒だよ!」
人差し指をこちらにビシと近付け満面の笑みで語る彼女。
オンリーワン、自分だけの相棒…か。うん、素敵だ。
後から聞いた話、この<エンブリオ>はプレイヤーの人となりやプレイ方針、思想によって本当に千差万別に変化するらしい。
頭の中を覗かれているようで少々気味が悪いが、それなら確かにそれはこれ以上ないほどの理解者になろう。
私の相棒は一体どんな姿をしていて、何を思うのだろうか。
住宅街のど真ん中だというのに周りの喧騒は聞こえず、ただただ歓喜に打ち震えていた私に紗羅の声もまた思考に呑まれ届かない。
「ちなみに、あたしの<エンブリオ>はねぇ---あれ?聞いてる?」
紗羅は後に、その時の私はこれ以上無いほどキラキラした目をしていたと語っていた。
幼い頃に初めて買ってもらったゲームのように、私は楽しみで堪らなかったのだ。
長い付き合いの紗羅には私の興奮が手に取るように分かったのだろう。
歩みを完全に止めた私の手を取り、駆け出していた。
向かう場所はもちろん自宅。
他所から見ると決して早いとは言えないスピードではあったが、私たちからすると風になったかのような爽快感があった。
紗羅の家の前で別れ、二軒隣の家の玄関を潜る。
靴を脱ぎ捨て自室のある二階へと駆け込み、乱暴にドアを開放し鞄を投げ捨てる。
さあログインだ!と思ったところでふと我に返った。
「あ、まだヨッシーから受け取ってなかったわ」
完全にアホである。
誰もいない自室で一人羞恥に悶えた。
一階にいる母の抗議の声がいつもより鮮明に聞こえ、先ほどまでの興奮が嘘のように私の心は凪いでいた。
「ヨッシーのとこ行こ…」
完全に物置と化す勉強机の上にある貯金箱から必要分の一万円を回収し、開けっ放しのドアを静かに閉めて階段を下りる。
脱ぎ散らかされた靴を履き、家の裏手にある自転車に跨りギアを上げる。
「はあぁぁぁぁ…」
夕暮れの街に溜息交じりに漕ぎ出す自転車のなんと空しいことか。
◇
自転車を飛ばすこと十分。
だだっ広い敷地に時代が時代ならば領主邸と呼ばれいていても不思議ではないほどに立派な屋敷。
これこそがヨッシーの住まう金持邸である。
初めて来た時はあまりの場違い感に思わず及び腰になってしまったほどだ。
巨大な門へと繋がる塀に設置されたチャイムを鳴らすと程なくして応答がある。
「かしこまりました。黒河様、ただちに案内の者を向かわせます」
毎度のことながらこのやり取りには妙な緊張感がある。
ヨッシーやヨッシーのお母さんとは普通に話せるのだが、どうもここのメイドさんや執事さんは堅苦しくて苦手意識を持ってしまう。
門扉が開き、一礼して出てきたメイドさんに付いてを屋敷の中に入るとそこには車椅子に座ったヨッシーが既に居た。
「やあ、いらっしゃい。とは言っても長居する気は無いだろうからね。手短に済ませようか」
「そうだねー。取りあえずログインしてから向こうで再会って感じかな」
「了解。じゃあこれが例のブツね」
「言い方よ」
まるで密輸か薬物の密売か何かのような言い回しに思わずツッコミを入れる。
キレが悪いのはこの格式張った雰囲気のせいだろう。この空気には何度来ても慣れない。
車椅子を押すメイドさんとは別の隣で侍っていたメイドさんが抱えていたパッケージを受け取る。
すぐさま小脇に抱え直し、用意していた裸の一万円をヨッシーに手渡す。
「……」
「今度は賄賂みたい---」
「やめなさい」
ヨッシーが言うとあまり洒落にならない。
別に彼の両親が政治家だとかそういうわけでは無いのだが、彼の少し腹黒い部分を知っている身としては思わす本当に将来やらかしそうで事前に釘を刺しておきたくなる。
周りからは聖人君主か何かのように思われている彼だが、紗羅に負けず劣らず変な人間であると私は思っている。
「ふふ。ああそうだ朱音」
「ん?」
それから玄関先で少し話した後、帰ろうとしたところにヨッシーから声が掛かる。
「レジェンダリアだよ」
「え?」
あまりに突然投げかけられた言葉を私の耳は上手く拾うことが出来ず、聞き返す。
だが彼は二度と同じ言葉を発することはなかった。
またいつものような人当たりの良い笑みを浮かべる。
「それじゃあ気を付けて帰ってね。また向こうで会おう」
最後にそう言い残し車椅子を押すメイドさんとともに扉の奥に消えてしまった。
私はモヤモヤとした気持ちのまま再度自転車に跨った。
二度目の帰宅は逸る気持ちを抑えてごく自然に玄関扉を開く。
今度はただいまとしっかりと口にして靴も揃えて二階に上がる。
一度目の帰宅時にはいなかった兄に珍獣でも見るような目で見られたが努めて無視する。
自室に入ると高鳴る胸の鼓動を耳に貰ったパッケージを開封する。
中に入っていたのはヘルメット型のゲーム機と解説書のみだった。
解説書は最近のゲームに多い簡素な操作説明書ではなく、精緻な機械に付属しているような厚みのある本当の解説書で、ゲームの始め方から映像や時間についての説明やらと長々と書かれていた。
当然のことながら私は始め方だけ見て即座に閉じた。
こんなものは習うより慣れたほうが早い。
何やら推奨姿勢としてベットに仰向けに寝転がれみたいな図が描かれていたため、それに従い同じ姿勢を取る。
あとはスイッチを入れれば完了だ。
「心拍数の上がり過ぎで強制ログアウトとかあるのかな」
緊張と興奮、そこに新たに不安が追加された。
我ながら感情の起伏が激し過ぎやしないだろうかと自嘲する。
一つ大きく深呼吸をして頭をクリアにすると同時にスイッチを押す。
一種のルーティンみたいなものだ。
落ち着くと同時に間髪入れず次の行動を取る。無理やり思考を変えさせることにより次の選択を最適化する。
だがこの時ばかりは上手く噛み合わなかった。
スイッチを押した瞬間に視界が切り替わったのだ。
もっとゆっくり意識が沈んでいくと思っていたものだから軽くパニックになった。
「よく来たな新人。我々は君達を歓迎しよう」
そこは研究所染みた様相を呈した明りの少ない場所だった。
情報を少しでも得ようと混乱した頭で周囲を見回すと後方から男の声が掛かる。
慌てて距離を取り安全圏に移動する。
「良い反応だ。危険を感じ敵との間合いを空ける、実に野生的で危機管理に優れている」
私も紗羅も運動神経は壊滅的だが、運動センスだけは早々遅れを取らない自信がある。
ここは既にゲームの中。であれば、完全に私たちのフィールドであり、ある程度思うように身体を動かすことも可能である。
安全圏に移動した今、敵影を注意深く観察する。
この空間だけでもデンドロのクオリティが分かるが、残念ながら今はそんな事を考えている場合ではないようだ。
まさかログインした瞬間にいきなりイベントが始まるとは。
明りが少ないためはっきりとは視認できないが、男の背後にある水槽から漏れる光が辛うじてシルエットを象っていた。
眼鏡をかけた悪魔。得られた敵手の情報は極めて少ないが、何も仕掛けて来ないところを見ると攻撃の意思は無いと見るべきか。
「…これはチュートリアル?もしくは何かのテスト?」
「それでいて良い勘をしている。こちらに敵意無しと読み取っての質問か。では質問に答えよう」
男が眼鏡を指で押し上げた瞬間、薄暗かった研究所内の電気が一斉に点灯する。
「ここは言わば入口。この
悪魔染みた角に竜のような鱗に獣に似た革、悪魔というより生物を混ぜ合わせたキメラのような外見をした男は愉快そうに凶暴な笑みを浮かべて答える。
自由を謳い、行動の方針を立てるチュートリアルさえ用意しないと一種無責任な、しかし魅力的な宣言をする。
「私は管理AI四号ジャバウォック。ここが君の始まりだ」
初めましてまつたけと申します。
原作の<Infinite Dendrogram>を読んでいるとオリジナル設定が次から次へと出てきてしまい二次創作に踏み切った次第です。
改稿後になりますが、それでもまだ文章の稚拙さが目立つと思います。
日々精進して良いものを作りたいので、どうか生温かい目で見てやってください。
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