真剣で京に恋しなさい! (やさぐれパパ)
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プロローグ

 

 

夢を見ていた。

 

 

 

 

断片的な映像がノイズと共に脳内を暴れまわる。

 

 

 

 

刻まれた傷がじくじくと疼いて体を這いまわる。

 

 

 

 

この世のあらゆる憎悪を言葉として浴びせるように。

 

 

 

 

この世のあらゆる憤怒を暴力として振るうように。

 

 

 

 

彼等は傷つけた。

 

 

 

 

何故と言う疑問に意味が無い事を知ったのは意外なほど早い段階であった。

 

 

 

 

何故ならば意味なんてものは存在しなかったのだから。

 

 

 

 

ただ、たまたまそこに生まれただけ。

 

 

 

ただ、たまたまそこで生きていただけ。

 

 

 

ただ、たまたまそこで憎まれていただけ。

 

 

 

ただ、たまたまそこで愛されなかっただけ。

 

 

 

 

それでも彼等が自らの手で終わりを迎えた時に涙が流れた。

 

 

 

 

自分を連れで逝かなかった事を最初で最後の愛情だと信じて。

 

 

 

 

家族を失った。

 

 

 

 

そして新しい家族ができた。

 

 

 

 

新しい家族は自分の知っている家族ではなかっ た。

 

 

 

 

風の様な少年は自分の事を好きだと言ってくれた。

 

 

 

 

天災の様な少女は自分の打たれ強さを褒めてくれた。

 

 

 

 

元気溢れる少女は自分を頼ってくれた。

 

 

 

 

知的な少年は自分に役割をくれた。

 

 

 

 

筋肉な少年は自分と殴り合ってくれた。

 

 

 

 

気弱な少年は自分の言葉に突っ込みをいれてくれた。

 

 

 

 

そして―――

 

 

 

 

「・・・・・ん」

 

 

 

目を覚ますと教室は無人になっており、夕日の茜色が射し込んでいた。

 

 

 

最後の授業からずっと寝ていたのだと気づく。

 

 

 

夢を見ていた様な気がするが良く覚えていない。

 

 

 

「くあ~~~あ」

 

 

 

大きく伸びをして再び机に顔を預ける。

 

 

 

隣の席を見ると射し込んでいた光が半分だけあたっている。

 

 

 

しかし、その目には別の景色が写し出されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あ……あの…」

 

 

 

か細い声が微睡みから意識を引き戻す。

 

 

 

「…お、起きて……」

 

 

 

「…ん?」

 

 

 

顔を上げると、其処には天使がいた。

 

 

 

食い入るように見つめていたら、怯えた様な顔をして俯いてしまった。

 

 

 

「えっと…な、何か用?」

 

 

 

「……下校時間……だから」

 

 

 

俯いたまま今にも消え去りそうな声で呟く彼女の声に顔が熱くなっていくのを感じる。

 

 

 

「あ、そ、そっか」

 

 

真っ赤になったままの顔で、机の横にかけてあったランドセルを取って慌てて席を立つ。

 

 

 

「ありがとう」

 

 

 

「……え?…」

 

 

 

不思議そうに呟いて天使が顔をあげる

 

 

 

「……ありがとう?…」

 

 

 

他に誰かいないか確認するかのように、天使はキョロキョロと辺りを見回した。

 

 

 

「あ、ああ、起こしてくれてありがとう」

 

 

 

「…あ、う……」

 

 

 

急に頬を赤く染める天使に、心臓が飛び出しそうなほど鼓動が高鳴るのを感じて、慌てて教室を飛び出してしまった。

 

 

 

「ま、また明日な!」

 

 

 

その言葉を残して。

 

 

 

一人教室に残された天使が呟く。

 

 

 

「……ま、また…明日ね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・しょうもない」

 

 

 

不意に教室の扉が開いて声がした。

 

 

 

その声だけで鼓動が速くなるのが分かる。

 

 

 

再び目を閉じてその時を待つ。

 

 

 

最初に出会ったあの時の様に。

 

 

 

足音が自分の横で止まる。

 

 

 

触れてくる手から鼓動が高鳴っているのがばれてしまったかもしれない。

 

 

 

柔らかな手の感触と心地よい揺れで目が覚めるふりをする。

 

 

 

「武、おはよう」

 

 

 

「おはよう、京」

 

 

 

あの日から始まった恋の物語。

 

 

 

 




はじめましてやさぐれパパです。
ほぼ勢いだけで書いてます。
物語の時系列は「真剣で私に恋しなさい!」の百代ルートをベースにやっていこうかと思ってますが、ちょいちょいオリジナル展開入れたりしますんで細かいところは目を瞑ってください。私は瞑ります。
誤字脱字についても以下同文でお願いします。
今後ともひとつよろしくお願いします。
更新遅いです。


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第一話 「愛する俺の名前を呼んだかい?」

 

 

襖越しに射し込む光が朝を告げていた。

意識が覚醒し始めた大和は、自分以外の二つの温もりを感じる。

ひとつは柔らかい感触。

 

 

「・・・おはよう大和、寝起きの顔も素敵 付き合って」

 

 

椎名京はその豊満な水蜜桃を大和に押し当てて微笑む。

 

 

「おはよう京、お友達で」

 

 

ひとつは硬い感触。

 

 

「おはよう京、大和の寝起きの顔にみとれる顔も素敵だ。付き合ってくれ」

 

 

二条武はその鍛えられた胸板を大和に押し当てて京に微笑む。

 

 

「おはよう武、お友達で」

 

 

椎名京は直江大和に惚れている。

幼少の頃に親が原因で苛められていた京を、大和の呼び掛けで風間ファミリーが助けたのがきっかけだった。

京への苛めを黙認していた大和は、その罪悪感から事あるごとに京の面倒を甲斐々しくみていた。

結果、今の大和100%ラブの京が形成される事となる。

 

 

二条武は椎名京に惚れている。

幼少の頃に親が原因で苛められていた京を、大和の呼び掛けで風間ファミリーが助けたのがきっかけだった。

一目惚れをして京100%ラブになっていた武は、裏で苛めを続行しようとしていた奴等を、事あるごとに体を張って食い止めていた。

その武の行為があったからこそ、最終的に京の苛めは無くなったのである。

しかし、完全に裏方に徹していた為、京はその事を知らないし武もその事を言うつもりは無かった。

 

 

「お前らなぁ…いい加減に…」

 

 

大和の体がプルプルと震え出す。

 

 

「しろやーーー!!!」

 

「きゃっ!?」

 

「おわっ!?」

 

 

怒鳴り声と共に武と京は勢いよく布団から転がり出される。

 

 

「毎朝毎朝人の安眠を妨害して…なんか俺に恨みでもあんのかっ!!」

 

 

「ああ~ん朝から怒る大和の顔も素敵ー!」

 

「怒る大和の顔に頬を染める京も素敵だっ!」

 

 

朝の恒例行事になりつつある現状を打破すべく、部屋への侵入を防ぐ為にあらゆる防御策を講ずる大和であったが、そのどれもがこの二人によって悉く突破されていた。

大和は頭を抱えて諦めにも似たため息を吐く。

もちろん本当に諦めているわけではない。諦めたらそこで試合終了と言うどっかの漫画で見た台詞が心に突き刺さる。

 

 

「はぁ…ったく、もう良いからさっさと自分の部屋に戻って着替えてこい…」

 

 

「「はーい」」

 

 

京と武がいそいそとその場で服を脱ぎ始めると、ぶちっと何かが切れる音がした。

 

 

「自分の部屋でって言ってんだろうがあぁああっ!!!!」

 

 

キレた大和の本気の怒鳴り声に脱ぎかけの服もそのままに、一目散に廊下へと逃げ出した武と京は壁に凭れ掛かりながら一息つく。

 

 

「ふぅ…まったく冗談のわからねぇ奴だな。あれくらいでキレやがって、京もそうおわっ!?」

 

 

武は顔を真赤にして慌てて視線を逸らす。

脱ぎかけで強調された京の際どい胸のラインが武の目に飛び込んできたからだ。

 

 

「・・・相変わらず無駄に純情だね」

 

 

京は大和の次にストレートに好意を向けてくる武が好きだった。

風間ファミリー内でも、岳人や卓也には見られたくないが、武にならこれくらい見られても気にはならない。

 

 

「む、無駄とか言うなよ…俺はモモ先輩やクリ吉、まゆ蔵の裸なら見ても微塵もなんとも思わない自信があるが、お、お前のは刺激が強すぎて駄目だ」

 

「ワン子が抜けてるよ」

 

「街中で散歩している犬を性的欲求の対象としてみれるのか?」

 

「それも含めて後でモモ先輩に報告しておく」

 

「い、嫌だなぁ京大先生…じょ、冗談に決まっているじゃないかごめんなさい」

 

「・・しょうもない」

 

 

初夏の日差しが射し込む島津寮から、何時もの日常が始まっていく。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

島津寮を出た武は改めて京に見惚れていた。

今日から制服が夏服になり、寮内でもその美しい肢体が露になっていたが、太陽の元で見るそれは室内とは比べ物にならないほどの輝きを放っているのだ。

 

 

「うーっす!今日から夏服で俺様の肉体美がよりいっそう輝くぜ!」

 

 

何時ものポーズを決めながら、制服を気崩した岳人が島津寮の隣にある実家から姿を見せる。

 

 

「ふあ~あ…相変わらず筋肉だなガクト」

 

「…おはようガクト」

 

「おはようガクト、制服はちゃんと着ろだらしないぞ」

 

「お、おはようございますガクトさん」

 

 

大和の横で言葉を発する京はまるで天使のようだ。

 

 

「うんうんやっぱ夏服は良いねぇ…って、あれ?キャップいねぇじゃん」

 

「キャップは土曜日から帰ってないぞ…くぁあ~~あ…」

 

「相変わらずだな。大和も相変わらず眠そうだが今朝もか?」

 

「ああ、京と武に絡まれた」

 

「…絡むだなんてそんな」

 

 

大和の横で頬を赤く染める京は女神よりも美しく奥床しい。

 

 

「難儀な奴だ。で?俺様に挨拶しねぇ二条さんちの武君はどういうつもりなんだ?」

 

 

京が動くたびにスカートが揺れて際どいラインが見え隠れして動揺を誘う。

 

 

「おい武、いくらガクトが相手だからって挨拶はちゃんとするべきだぞ」

 

 

それはまるで、別荘に吹き込んだ風がシルクのカーテンを揺らし、外に広がる新緑の美しい景色を写し出しているかのようだ。

 

 

『た、たけ坊の奴、京姉さん見たまま固まって、クリ吉の声も届いてねぇってどんだけだよ』

 

「ガクトさんだけにしている嫌がらせでは無いのですね」

 

 

クリスは呆れ由紀江は驚きを顔に浮かべている。

 

 

「おぉい武!俺様を無視するんじゃねぇ!!」

 

 

岳人が京を見ている武の視線上に割り込んだ。

瞬間、頬を染めて気の抜けまくった顔をしていた武の表情はみるみるうちに鬼の様な形相に変わり、周囲の空気が一気に張り詰める。

 

 

「うるせぇ脳筋ゴリラッ!!俺が京に見惚れているのに不快指数八十越えが前に立つな外を歩くな息をするな京と同じ世界に存在するな!」

 

「てめぇ朝から喧嘩売ってんのかっ!!」

 

「喧嘩売ってんのは京の美しさを汚すお前の存在だっ!!」

 

 

叫んで同時に繰り出された拳がお互いの顔をとらえる。

打たれ強さは武が上、力強さは岳人が上。

力負けした武は数歩後退し、岳人は膝を着きそうになるのを堪える。

 

 

「上等だガクト…その変な髪型さらに乱してやるからかかってこいや!」

 

「男の癖に花の髪留めなんか付けてる奴に言われる筋合いはねぇっ!」

 

「てめぇ京に貰った俺の家宝にけちつけやがったなコラッ!」

 

 

再び武と岳人の拳が交差する。

何時ものやり取りに慣れている大和と京は既に歩き始めていた。

しかし、まだ慣れていないクリスと由紀江は時々振り返りながら心配そうに見ている。

 

 

「お、おい、放って置いて良いのか?」

 

「良いんだ。毎朝付き合うだけ時間の無駄だ」

 

「・・・クリスもまゆっちも早く慣れた方が良いよ」

 

「が、頑張ります…と、ところで、あの武さんが付けている髪留めって…」

 

「ああ…京、あれってあの時のか?」

 

「うん、私が最初に武の髪を切った時の」

 

「何だその話は、自分達にも聞かせてくれ」

 

「・・・しょうもない話だけどね」

 

 

京はため息をついて武を見てから話し出す。

幼少の頃、武の髪を一番手先が器用だった京が切る事になった。(後に京との仲を深めるために百代と翔一が仕組んだ事だとばれたが)

いくら手先が器用といっても素人が上手く切れるほど散髪は甘いものではなく、百代と翔一の狙い通り京は失敗した。

現代生け花みたいな髪型になって爆笑されている武に責任を感じた京は、自分のしていた髪留めでなんとか見れるようにしようしたが、これが逆効果になりさらに爆笑を誘うことになる。

武は京が釣られて笑い出したのが嬉しくて、それ以来髪留めを必ず付けるようにしていた。

 

 

「・・・なんてお話」

 

「良い話じゃないか、律儀な奴なんだな武は」

 

「うううう、良い話ですぅ」

 

『ほらほらまゆっち、オラのハンカチで涙を拭けよ』

 

「・・・まぁ武らしいよね」

 

「愛する俺の名前を呼んだかい?」

 

 

岳人を置き去りにしていつの間にか武が横に並んでいた。

 

 

「愛してないし呼んでもいないよ」

 

「はっはっはー愛するのはこれからで良いさ。そして呼ばれなくても来るのが愛する者の勤めだ!だから付き合ってくれ」

 

「…お友達で」

 

 

何時もの返答にがっくりと武は肩を落とす。

 

 

「どう?この大和一筋な私…付き合って」

 

「はいはいお友達で」

 

「お″~の"~れ"~や"~ま"~ど~~」

 

 

武は呪詛を紡ぐ様な声と血の涙を流しそうな勢いで大和を睨むが、決して愛する京が愛する大和には手を出さない。

 

 

「おい!俺様を置いていくんじゃー」

 

「うるせぇ!!」

 

「ぐはあっ!?」

 

 

怒りの矛先を岳人に向けて、振り向きざまに一撃を放つ武。

ここから今朝の武vs岳人の第二ラウンドが始まるのであった。

 

 

 




どうもやさぐれパパです。
とりあえず最初は、風間ファミリー内での二条武の立ち位置がどんなもんかってことでやっていこうと思いますんで宜しくです。
ちなみに一番好きなキャラはゲンさんです。
絡ませたいけどうまくいかぬ歯痒さよ。

ではまた次回で。


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第二話 「俺に御裾分けをする事で償え!!」

 

 

 

「くああぁ~~~あ」

 

「ふあぁあ~~~あ」

 

 

何時も通り河原で百代、一子、卓也と合流してキャップ以外の風間ファミリー勢ぞろいしていた。

そして、朝から何度目かの欠伸を漏らす大和と、暇を持て余している百代の欠伸がハモル。

 

 

「まったく大和は朝からだらしないわねぇ」

 

「お前の姉も欠伸してんだろーがっ」

 

 

大和のでこぴんが一子の額を捉える

 

 

「いた~~いっ!お姉様は眠くてしているわけじゃないから良いのよ!」

 

「そうだぞ弟、私は挑戦者がいなくて退屈しているだけだ」

 

「何その理屈…だったら俺にだって欠伸する正当な理由があるぞ」

 

「理由って何よ?」

 

「ありとあらゆる防御策を夜中まで講じたにも拘らず、それをあっさりと突破され部屋に進入されて片方は色気片方は寒気を感じながら毎日毎日安眠を妨害されているんだ。それが正当な理由にならない訳がない」

 

「良くわからないが、それは欠伸をする理由になっていない気がするが?」

 

「マルギッテと言う名の番犬がいるクリスにはわからねぇよ」

 

『お子様なクリ吉はさっさと寝ちまって夜中に行われている愛の攻防戦に気付きもしねぇ』

 

「むぅ…何か凄く馬鹿にされた気がするぞ」

 

「…気のせいだよ」

 

「そうそう気のせいだってクリ吉」

 

気のせいで済まそうとする武と京の肩を百代が掴む。

 

「ま~た京と武か、まったくしょうがないなぁお前達は」

 

 

百代の声に二人はそっぽを向いて誤魔化す。

 

 

「いやぁなんの事かまったく記憶に御座いません」

 

「…そう言えば武が朝、モモ先輩の裸なんて大した事ないって言ってたよ」

 

「おぉいっ京!ここでチクるのかよ!!しかも色々と言葉が足りない上に捏造までして!!」

 

「はっはー朝から武は面白い事を言ってるんだな」

 

 

持っていた鞄を大和に投げ渡して不敵に笑う百代から赤い闘気が立ち上る。

 

 

「いやいやいやいや、誤解どころか六階くらいの誤解ですって!!」

 

「武、それ意味わかんないよ」

 

「人の命が危ない時に漫画読みながら冷静に突っ込み入れてんじゃねぇぞモロッ!」

 

「準備は良いか?最近退屈してたからな…今日はちょっと強めで行くぞっ!」

 

「最早ただの憂さ晴らしじゃないっす―」

 

 

武の言葉を遮って百代の拳が放たれる。

 

 

「どわわっ!?」

 

 

紙一重で頭を捻って百代の拳を回避した武の横を、ゴオォッと言う殺人的な音と風圧が通りすぎて、一気に武の額に冷たい汗が滲み出る。

 

 

「おお~良く避けた良く避けた。それじゃあどんどん強く速くしていくぞ」

 

「いや今の既に致死性をってぬおっ!?ちょっ、ひっぃ!!話をっ聞いてっのわわっ!?」

 

 

容赦の無い百代の連撃が武を襲う。

 

 

「そーらそらそらそらどこまで防げるかなっ!」

 

「いやっ!?ちょっと、本当にっぬがっ!?無理っっすっ!!」

 

 

徐々にその速度と威力が増していく中、百代の拳が武の体を捉え始める。

しかし、武はぎりぎりの所で急所に放たれた拳を防いでいる。

 

 

「こらー武!ちょっとは反撃してみなさいよ!」

 

「うるせぇっっと!ワン子っ!無茶っぐあっ!?ゲホッゲホッ!言うなっひぃ!?」

 

「ワン子の言う通りだぞ、もっと私を楽しませろ!」

 

「おことわりっすっ!ってぬがっ!?十分っ、楽しそうなっと!?笑顔じゃがはっ!!」

 

 

完全に百代のスピードについていけなくなった武は、その拳をすでに十数発も受けている。

しかし、普段百代に挑んでくる挑戦者が受けていればとっくに倒れているであろう連撃を受けてなお、武はダウンせずに居る。

その様子にクリスと由紀江は驚きの声を上げる。

 

 

「打たれ強いとは聞いていたがこれほどとは…」

 

「あのモモ先輩の拳をこれだけ受けて倒れないなんて凄いです」

 

『G並みのしぶとさだぜ』

 

「そこっ!!冷静にぐあっ!?感心してんな!ぬぐあっ!?」

 

 

一瞬気の逸れた武の視界から百代が消えた。

 

 

「ヤバっ!?」

 

 

下からの殺気に気づいた時には既に百代の拳は武の顎を正確に捉えていた。

 

 

「はぎゅらっ!!」

 

 

ふざけた悲鳴をあげながら綺麗な放物線を描いて飛んでいく武。

おお~飛んだ飛んだと皆が見守る中、地面に激突する寸前で体を捻りなんとか着地する。

 

 

「ほぉ…今のを食らって脳震盪すら起こさないとはやるなぁ武。また打たれ強くなったんじゃないのか?さっきの連撃もガクトくらいならとっくに気絶しているところだぞ」

 

 

百代が恐ろしい事を嬉々として語る姿に、当事者でないのに岳人は全身に寒気を感じてぶるりっと体を震わせる。

 

 

「そんな褒め言葉はいりませんごめんなさい!!」

 

「はっはっはっ最初からそうやって素直に謝れば許してやったものを」

 

 

その場に居た全員が謝っても絶対やったと思うが誰も声には出さない。

命は大事だからね。

 

 

「謝っても姉さんはやったでしょ」

 

 

命知らずが一名いた。

 

 

「なんだ弟 武にばかり構っていたからやきもちか?しょうがない奴め」

 

 

百代は大和の首をギチギチと絞めながらその豊満な胸を押し付ける。

それを見た京がすかさず腕をとって自分の胸を押し当てる。

 

 

「絞められてる大和も素敵!付き合って」

 

「いてててて!お友達で!」

 

「お゛~~~の゛~~~~れ゛~~~~」

 

 

武から地の底から響く様な呪詛が大和へと向けられる。

 

 

「ほ、ほら、武に殺されそうだから離れろ京、姉さんもそれ以上やるならもうお金は貸さないよ」

 

「「ちぇっ」」

 

 

舌打ちをして二人が離れた瞬間、武が京が触っていた大和の腕に飛びつく。

 

 

「ぐああっ!?てめぇ武離れろっ!!」

 

「うるせぇ!俺の愛する京の告白を無碍に断りやがって…その罪、京の温もりを俺に御裾分けをする事で償え!!」

 

 

その様子を見ていたクリスが、微かに頬を赤く染めたのに目敏く反応する京。

 

 

「・・・クリスもああいうのが好き?」

 

「いや、好きと言うかなぜだか二人がくっついているのを見るとキャーって感じになるのだが」

 

「クリス、それは正常な反応だよ…ククク」

 

「ああ、ついにクリスが京の影響を受け始めちゃったよ」

 

 

そんなやり取りの中、由紀江は先程からぼーっと武に視線を送っていた。

気付いた百代はすかさず由紀江の背後に回り込んでお尻を撫で回す。

 

 

「どうしたまゆまゆ、武をそんな熱い視線で見つめて」

 

「はわわわっ ち、違うんです…あ、あの武さんは何か武術をおやりになっているのですか?」

 

「そこが気になるとはさすが剣聖の娘だな。そうか、まゆまゆとクリはまだ武の事をよく知らないんだな」

 

 

百代の言葉にクリスも興味を示す。

 

 

「自分もそれは少し気になっていた。あの打たれ強さは普通では無い気がするのだが」

 

「ところがどっこい武は素人なのです」

 

「そうなんですか…」

 

「俄には信じ難いな」

 

 

京の答えに二人は驚きの声をあげる。

 

 

「打たれ強さは隔世遺伝らしいが親に聞いた話だから武も良くは知らないとさ。まぁ動きを見ればクリやまゆまゆなら素人だってわかるだろう?」

 

「確かにそうだが…」

 

「ただ、武はちょっと特殊でな。これも隔世遺伝によるものなのかはわからんが…」

 

「特殊?」

 

 

クリスと由紀江は揃って首をかしげる。

 

 

「そうそうあれは特殊過ぎよね。最初見たときは驚いたわ」

 

「なんだ犬、知っているならもったいぶらずに教えろ」

 

「・・・ワン子」

 

「な、何でもない何でもない…ぶるぶるぶる」

 

 

京の射る様な視線に、一子は慌てて誤魔化しながら小さくなって震える。

 

 

「そっか、クリスとまゆっちはまだ見た事ないよね」

 

「って言っても俺様達も見たのは今までで四回か?最後に見たのは何時だっけか」

 

「二年前の川神院の七夕祭りの時じゃなかったっけ?」

 

「おお~懐かしいな…あの時は初めて見たじじぃも驚いていたな」

 

 

依然じゃれあっている武と大和の方を見ながら懐かしむ風間ファミリーの面々。

当然話についていけないクリスは頬を膨らませて拗ね、松風が毒をはく。

 

 

「むぅ何だか自分達だけ仲間外れで感じ悪いぞ」

 

『そうだそうだ!たけ坊の秘密なんてどうせ大したもんじゃないんだし教えてくれたって良いじゃないかよYO』

 

「言い過ぎですよ松風…で、でも私も気になります」

 

「まぁそのうち見ることもあるだろう。なぁ京」

 

「・・・しょうもない」

 

 

百代の悪戯な笑みと京の呆れた顔に、クリスの由紀江の頭の上には?が浮かんでいた。

 

 

 




どうもやさぐれパパです。
今回と次回でくらいまで、紹介話って事でやっていこうと思ってます。
京分が少なくてすいません。
話が進めばもっと京だらけになるはず!なると良いななるように頑張ろう。

ではまた次回で。


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第三話 「京が俺を愛しているって?」

 

 

 

通称「変態橋」に差し掛かった所で、黒塗りの高級車が武達のすぐ横に止まった。

運転席から品の良い老執事が降りてきて、後部座席のドアを音も無く開ける。

そこから降りてきた、およそ高級車に似つかわしくない学生服に赤いバンダナをした男に風間ファミリーの一同は目を丸くした。

 

 

「いや~わざわざ送ってもらって悪いな。ありがとうよ!」

 

 

誰あろう風間ファミリーのリーダー、キャップこと風間翔一その人であった。

全員が唖然としているなか、同じ後部座席に乗っていた銀髪の少女が翔一の手をとる。

 

 

「風間様…」

 

「また困った事があったら何時でも呼べよな。俺が…いや、さっき話したここにいる俺の仲間と俺が必ず駆けつけてやるからよ!」

 

 

少女の手を握り返して翔一はニカッと笑う。

その笑顔に何か言いかけた少女は口を噤み、手を離すと老執事に目で合図を送る。

 

 

「風間様、この御恩は生涯忘れません」

 

「気にすんなっ!」

 

 

老執事は後部座席の扉を閉めると、翔一に深々と礼をして運転席へと戻る。

少女が前を向くと、静かに車が動き出して景色が流れていく。

 

 

「良かったのですか?お嬢様」

 

「ええ…最初からあの方の中に私の居場所はありませんでしたわ…それに」

 

 

車内からもう一度だけ振り返ると、翔一は既に仲間達と楽しそうにしている。

 

 

「私もあの方の様に前を向いていかなくては」

 

「ご立派です。お嬢様」

 

「さようなら……私の愛した風…」

 

 

 

 

 

 

などと言うやり取りが車内で行われているとは、翔一は夢にも思わないだろう。

 

「いや~ふらっと出掛けた先で追われていた女の子を助けたら、なんかすげぇ金持ちの家の娘で、遺産相続のお家騒動に巻き込まれて、黒スーツの追手に銃撃されたりカーチェイスで崖から落とされたり相手の根城を爆破したりで楽しかったぜ!!」

 

「休日にふらっと出掛けただけで小説が書けちゃうような体験してくるとかどんだけなのさキャップ」

 

「俺、そのモロの突っ込みを聞くと帰ってきたんだって感じがするから好きだぜ」

 

「突拍子もなく怖いこと言わないでよ!!」

 

 

予想の斜め上を常にいくキャップの行動に、慣れているはずの面々も驚かされるのが風間ファミリーの日常であった。

 

 

「つーかひでぇよキャップ…日曜日は俺と出掛ける約束してたろ?携帯も繋がんねぇしさ」

 

「わりぃわりぃ携帯壊れちまってさ、その代わりと言っちゃーなんだが、武が喜ぶ土産をもらってきたぜ!」

 

 

翔一は拗ねたように言う武を手で制して、持っていた大きめに袋をあさり始める。

 

 

「んだよ、俺が喜ぶ土産なんて京関連以外で在るわけがー」

 

「じゃじゃーん!幻の小豆「丹波黒さや大納言」だ!!」

 

「キャップ大好きだっ!」

 

 

武は迷うこと無く翔一の胸にダイブした。

同時に京が何時もの赤い10GOOD!!の札をあげる。

 

 

「素晴らしい友情だっ!!」

 

 

声こそあげなかったが、クリスも顔を赤くして食い入るように見ている。

 

 

「わーい♪また美味しい水羊羮が食べられるわ」

 

 

一子が喜びの声を上げているのを、意味がわからずに不思議そうに見る由紀江に、気付いた大和が解説する。

 

 

「武は夏に大好物の水羊羮を作るが趣味なんだよ」

 

「水羊羮ですか?」

 

「今水羊羮って単語が聞こえて」

 

 

刹那、轟音が響いて百代の拳が言いかけた武の頭を地面にめり込ませた。

 

 

「めんどくさいから寝ていろ。武が作る水羊羮は絶品だぞ。なにせ賞を取ったこともあるくらいだからな」

 

 

百代はピクピクと痙攣している武を無視して、食べた時の事を思い出しているのか、自然と喉が鳴っている。

 

 

「ほんと凄く美味しいよ…まぁ問題もあるけどね」

 

「問題、ですか?」

 

 

地面にめり込む武を苦笑いで見る卓也。

百代は痙攣している武を心配そうにツンツンとしている由紀江に説明する。

 

 

『たけ坊が沈むとかモモ先輩、万力込めて殴りすぎじゃね?つーか死んでるよこれ』

 

「すぐ起きるから心配するな。良いかまゆまゆ、武にとって水羊羮作りは趣味と言う枠に収まらず、生き甲斐というか最早夏に行う神聖な儀式になっていると言っても過言ではない。例えるなら弟のヤドカリだ」

 

「そ、そこまでですか…」

 

『こ、こいつは危険な香りがするぜぇ』

 

「ちょっ!?姉さん俺と武を一緒にしないでよ!まゆっちも若干引いてるし」

 

「いや、どう考えても同じだな。俺様に言わせれば水羊羮食わせてくれる分、武の方が大和のヤドカリよりマシだぜ」

 

「あ?ガクトお前ヤドカリ馬鹿にしてんの?」

 

「ヤドカリじゃなくてお前だっつーの!…ったく、そう言う所のタチの悪さはどっちもどっちだな」

 

「こんな感じで武も水羊羮を作っている最中に邪魔されるとキレちゃうんだよね」

 

「なにせ京にでさえ怒ったからな」

 

「ええっ!?そ、それはなんと言うか尋常じゃないというかなんと言うか」

 

『たけ坊が京姉さん怒るとかどんだけだよ』

 

「じ、自分も大和にヤドカリの件で相当怒られたからな…気を付けよう」

 

 

クリスは以前、大和のヤドカリを水槽から出してして一匹行方不明にしてしまい、泣くまで怒られたのを思い出して項垂れる。

 

 

「いててて…いや、あれは京が勝手に冷やしていた水羊羮に激辛ソースを注いだから…」

 

 

京と言う単語が聞こえた瞬間、地面からべりっと頭を上げて慌てて武は言い訳をする。

 

 

「私もまさかあそこまで武に怒られるとは思わなかった…よよよよ」

 

 

泣き真似をする京に武が大袈裟に慌てる。

しかしそれは何時もの感じとは違っていた。

決して大袈裟ではなく、本当に慌てていると言うか悲愴感すら漂っている。

 

 

「あ、いや、み、京、泣くなよ…あの、あ、お、俺…」

 

 

武は本気で泣きそうな顔をして、京の前でオタオタしている。

何時もと武の様子が違う事に、クリスと由紀江が不安そうにしているのを見かねて、百代が京にチョップした。

 

 

「こーら京、武の前で泣き真似は禁止だと言ったろ」

 

「あうう、痛いよモモ先輩。軽いジョークなのに」

 

「軽いで済んでないだろう。ほら」

 

「はーい…武、ごめんね」

 

 

優しく微笑む京に、武は一気に茹で蛸のように真っ赤になる。

 

 

「ぜ、全然きにしてないって!ほんと1ヨクトメートルも気にしてないから付き合ってくれ!」

 

「…それは良かったお友達で」

 

「ね、ねぇ大和…よ、よくとめーとる?って何?」

 

 

知っていなければいけないような常識的な知識を聞くと怒られる一子は、おっかなびっくり伏せ目がちに大和に質問する。

 

 

「そんな事も知らないなんてお仕置きだな」

 

「ひぃいっ!?」

 

 

大和のサドい目付きに一子は怯えて震える。

 

 

「なんて冗談だよ。まぁ日常生活ではまず使う事も聞く事もない単位で、0.000000000000000000000001メートルの事。つまり全然気にしてないって事だ 」

 

「おぉなるほど…つまり愛なのね」

 

「京が俺を愛しているって?嬉しい事言ってくれるじゃねぇか」

 

 

武は一子をひっつかまえて頭や首をわしゃわしゃと撫でてやる。

 

 

「はふ~ん」

 

「てめぇはどういう風に聞いたら今のがそう聞こえるんだよ?」

 

「無駄だってガクト。武には京関係の事は全てプラスに聞こえちゃうからね」

 

「ある意味幸せな奴だな」

 

「私と幸せな家庭を築きたいだなんて結婚して大和!」

 

「そんな事一言も言ってませんお友達で」

 

 

もじもじと照れる京にあきれる大和。

 

 

「おいモロ、もう一人耳のおかしい奴がいるぞ」

 

「無駄だってガクト。京には大和関係の事は全てプラスに聞こえちゃうからね」

 

「会話がループしてるからそろそろ行くぞ」

 

 

促す百代に翔一が勢いよく前に躍り出た。

 

 

「よーし!風間ファミリー全員集合って事で、これからどっか遊びに行くぞー!」

 

「おー!」

 

「おー!じゃないだろ犬!」

 

「あはははっ…つ、つい」

 

「はわわ、が、学校にはいかないといけないと思います…で、でもせっかくのキャップさんのお誘いに」

 

『遊びにいっちまえよまゆっち』

 

「まゆっち、そんなに真剣に悩まなくて良いからね」

 

「夏服の女子が俺様を待っているからパスだ」

 

「私は遊びに行っても全然構わないぞ」

 

「はいはい、姉さんも行くよ」

 

「俺は京が行くならどこへでも行く!」

 

「・・・しょうもない」

 

「なんだなんだ皆ノリわりぃぞ!!」

 

 

こうして風間ファミリーの学園生活が始まるのであった。

 

 

 

 




風間ファミリー全員集合って事で次からはちょっとずつ京分を増やしていこうと思います。
これを書きながら改めてゲームを最初からやっているのですが、結構忘れていることが多くて焦ります。
オリジナル展開って言っておいて良かった…。

ではまた次回で。



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第四話 「変わらねぇよ」

 

 

「京~愛する俺と昼飯に行かないか?」

 

 

昼休み開始と同時に何時もの声が響く。

その声を合図にクラスメイト達はそれぞれのお昼休みを開始する。

 

 

「愛してはいないけど食事には行く」

 

「いよっしゃーーーー!!!」

 

 

毎日誘って何時もお昼を共にしているのに、まるで初めてお昼を共にするかのように武は大袈裟に喜びの雄叫びをあげる。

 

 

「まったく毎日良くやるわ」

 

「でも、毎日嬉しそうにしている二条ちゃんを見るとお姉さん和んじゃいます」

 

「つーか椎名もまんざらじゃない系って言うか二条もほんと毎日飽きない系」

 

 

小笠原千花、甘粕真与、羽黒黒子の仲良し三人組が生温かい目で見守っている。

 

 

「…しょうもない、行くよ」

 

 

昼休み、大和は人脈構成のために色々な人とお昼を共にするため、この時間だけが唯一武が京と二人っきりになれる貴重な時間なのだ。

そしてその貴重な時間を過ごすのは校舎裏のベンチである。

京は人が多い場所が好きではないし、ファミリー以外の人間と交流を持とうとしない。

そんな京のために選びに選び抜いたのが、この校舎裏のベンチであった。

 

 

「さ~て今日のお弁当は何かな…おお~今日は唐揚げ弁当!」

 

 

武は由紀江が作ってくれたお弁当を開けながらガッツポーズをする。

そんな武に京は特製ソースを渡す。

 

 

「さんきゅーやっぱこれがないとな」

 

 

京が好きな武は京と同じ辛党になっていた。

最初の頃は、汗と涙をだらだら流しながら無理して食べていたのが、今ではすっかりと言うかむしろ京よりも辛党になっていた。

 

 

「よし!さらに美味そうになった♪」

 

 

真っ赤に染まったお弁当箱の中身を満足そうに見ると、二人はいただきますと食事を始めた。

京と武は食事中、特に会話をしない。

武は京が自分の隣でお弁当を一緒に食べてくれているだけで幸せいっぱいなのである。

 

 

「…ねぇ武」

 

「んお?ふぁんふぁ?」

 

 

珍しく食事中に京が話しかけてきたので、思わず口一杯に唐揚げを入れたまま返事をしてしまった。

 

 

「…最近、大和とモモ先輩仲良いよね」

 

「・・・・」

 

 

武は普通に驚いていた。

食事中に話しかけてくるのだけでも珍しいのに、京が大和の恋愛の事を武に話したのだ。

ただでさえ京は大和の恋愛関係には口を出さないし、ましてや武に大和のそう言う事を話す事はない。

初めての状況だったが、それでも驚いたのは一瞬の事ですぐに武は何時もと変わらない口調で京の質問に答える。

 

 

「そうだな…そろそろ告白しそうな勢いだよな」

 

「うん」

 

「京はどうなると思う?」

 

 

武の質問に京はから揚げに箸を伸ばしたままボーっと見つめて答える。

 

 

「大和には悪いけど…モモ先輩の様子からしてたぶん難しいと思う…」

 

「まぁ俺も同じ意見だ。今の大和じゃ無理だな」

 

「武がそう言うなら間違いないね」

 

 

京は知っていた。

武がファミリーの誰よりもファミリーの一人一人の事を理解し、誰よりもその心の機微に敏感だと言う事を。

だからこそ自問自答する。

武にそれを聞いてどうしたかったのかと。

自分の事を好きだと言ってくれる武に、自分が好きな大和の事を聞いて…。

心の奥底に僅か、ほんの僅かに何かがチクリと刺さって引っ掛かる。

 

 

「ふむ・・・うりゃー」

 

 

そんな思いを見透かしているのか武は京の頭をぐりぐりと撫でる。

 

 

「ちょ、ちょっと」

 

 

突然の事に思わず振り払ってから見た武の顔は笑顔であった。

照れたような、それでいてとても優しい笑顔。

 

 

「……あ…」

 

 

それは京の好きな顔だった。

その笑顔を最初に見たのは京が四年生の時―

 

 

 

 

 

 

 

 

無視されているのには慣れていた。

静かに本が読めるから平気だと。

教室の隅で静かにしていれば一日が過ぎていく。

そうして後二年もすればこの生活も終わるから。

 

 

「お、おは、おはよう!」

 

 

目立たない様に一番で学校に来ていた京は、突然の挨拶に本から顔を上げる。

そこに居たのは、放課後最後まで教室に残っていた男の子だった。

 

 

「…あ…」

 

 

長い事虐められてきた京には他人に挨拶される事は無かった。

だから、おはようと言われてなんと返して良いのかわからず言葉が出てこなかった。

しかし、男の子は返事をまたずに忙しなく座って机に突っ伏して寝てしまった。

だたそれだけの出来事だった。

しかし、それは次の日も続いた。

 

 

「おは、おはよう!」

 

「お、おは…」

 

 

京は精一杯挨拶をしようとしたが、言葉につまって上手く言えなかった。

相変わらず男の子はすぐに机に突っ伏して寝てしまう。

その日に放課後、日直だった京は出席簿を見て男の子の名前を知る。

 

 

「にじょう、たける…」

 

 

放課後、日誌を職員室に持って行った後に教室を覗くと、そこにはあの日の様に机に突っ伏して寝ている武の姿があった。

京は周りに誰も居ない事を確認してから近づく。

 

 

―椎名菌―

 

 

京は母親の淫行のせいでそう呼ばれていた。

男子も女子も京に触られるのを嫌がっていたのに、武は嫌がるそぶりさえ見せなかった。

恐る恐る武の体に触れ、優しく揺らす。

 

 

「…お、起きて」

 

 

瞬間、武はガバッと身を起こして京を見る。

その顔は夕日と同じ色になっていた。

 

 

「お!起こしてくれて―」

 

「あ、あのっ!」

 

 

当然の大声に武の言葉は遮られた。

次の言葉を待つ武に、服の裾をきゅっと握って目に涙を溜めた京が続ける。

 

 

「な、なんで?」

 

「なんで?」

 

「何で平気なのっ!?」

 

 

京の頬に瞳から溢れた涙が伝う。

 

 

「へ、へいき?ってなにが―」

 

「し、椎名菌って!…み、みんなが…だからっ!!」

 

 

その涙は、決して自分を苛めない人が居ることが嬉しくて流がしているわけではなかった。

むしろその逆、変な希望を持たせないで欲しいと言う悲痛な訴えであった。

だが京は知らない。

自分以外にも虐められている者が居ることを。

 

 

―サンドバッグ―

 

 

武はそう呼ばれていた。

学校内では無く学校外がいじめの現場だった。

生まれ持っていた打たれ強さは自分の身を守ってくれる盾と同時に、人から攻撃されやすい諸刃の剣でもあった。

小さい頃から受けていた虐待は、武に人に痛みを与えることへの抵抗感と言う優しさを与えてしまい、結果それが決して反撃してこないサンドバッグと言う存在を作り上げてしまった。

そんな武にだからこそ、京の気持ちが良くわかる。

だから武は―。

 

 

「起こしてくれてありがとう」

 

 

余計なことは言わない。

 

 

「…な、なんで…」

 

 

ただ、自分にできる精一杯の笑顔で。

 

 

「また、明日な」

 

 

そう言って手を差し出す。

武は真赤になりながら、手を差し出されたことが何を意味するか理解していない京の手をとって自分の手と握らせる。

夕日が射し込む教室で見たその笑顔と手の温もりを、京は生涯忘れることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・武?」

 

「お前、二人が付き合ったら何かが変わっちまうみたいで嫌なんだろう?」

 

「…うん」

 

「ファミリーの…いや、自分が変わってしまいそうって?」

 

「…うん」

 

「…くっくっく…あーはっはっはっは!」

 

 

当然笑いだした武に一瞬驚いてから京はムッとする。

 

 

「わ、私にとっては笑い事じゃ」

 

「変わらねぇよ」

 

 

真剣な表情が京に向けられて言葉を遮る。

でもそれは一瞬で、すぐに何時もの武に戻っていた。

 

 

「京は大和がモモ先輩と付き合ったら大和の事諦めるのか?」

 

「諦めない」

 

「京は大和と付き合ったら何か変わるのか?」

 

「変わらない」

 

「京は俺と付き合うか?」

 

「付き合わない」

 

「いや、そこはもうちょっと考えようぜ…ま、まぁそんなわけで誰が誰と付き合おうが、俺達風間ファミリーはな~んにも変わらねぇって」

 

「…武」

 

 

不思議と京の中に在ったモヤモヤは消えていた。

京の横では武が何事も無かったかの様に弁当を食べ始めている。

美味しい美味しいと言っているかの様にうんうんと頷きながら。

 

 

「…ありがとう」

 

 

小さな呟きが武に聞こえたかどうかはわからないが、京も再びお弁当を食べ始める。

その様子を武は目の端で捕らえて頬を緩める。

何時もの昼休みに戻っていた。

 

 

「…そうだ、さっき私の頭を撫でた手は私が見ている前で石鹸で洗ってね」

 

「い、嫌だ!せっかくどさくさに紛れて京に触れたって言うのに…俺はこの手にラップを巻いて生涯保存するんだ!!」

 

「嫌いになるって言ったら?」

 

「ううううう~洗いましゅ~」

 

「よろしい…ククク」

 

 

涙を流しながら項垂れる武をみて京は満足そうに笑った。

 

 

 




京分を増やしてみました。
って言うか話が進むのが遅いですね。
後一話くらい学園生活やったら、徐々に百代ルートに沿って加速していこうと思います。

ではまた次回で。



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第五話 「…許さねぇ……」

 

それは放課後に起こった。

三年の男子生徒が、帰ろうとしている京に声をかけたのが始まりだった。

 

 

「ねぇねぇ君2ーFの椎名京ちゃんでしょ?」

 

「・・・」

 

 

京は男の方を見ようともせず靴を履き替えようとするが、靴箱を男が強引に閉めた。

 

 

「ちょいちょい、無視しないで傷つくなぁ。あのさ、掲示板で見たんだけどお前って金出せば誰にでもヤラせてくれるって本当?」

 

 

京の表情が一瞬にして強張る。

そんな京を無視して男はさらに言葉を続ける。

 

 

「学校の裏サイトってやつ?あれにさ、お前の母親が淫売でお前も同じだって書いてあったんだけどさぁ、いくらでヤラしてくれんの?」

 

「…ウザイ」

 

 

京の殺気が籠った冷たく鋭い視線に射抜かれて、男は数歩後退する。

しかし、男は下卑た笑いを浮かべてなおも食い下がる。

 

 

「お、おいおいそんな怒るなって、お前って俺のすげぇ好みのタイプなんだよね。そのエロそうな体つきも含めてさ。五万くらいなら出しても良いぜ?」

 

 

いやらしく身体を見てくる男に睨みをきかせつつ、京はさっさと靴を履き替えて無視して行こうとした。

しかし、すれ違い様の男の一言が京の逆鱗にふれる。

 

 

「んだよ、仲間にしかヤラせないって噂の方が本当だったのかよ」

 

 

吐き捨てるように言う男の言葉に京は足を止める。

 

 

「…なん、だと?」

 

「ああん?毎日毎日違う仲間と取っ替え引っ替えヤリまくってんだろ?きたねぇ廃ビルでよ」

「っっ!?」

 

 

刹那、京の拳が男の顔を殴り飛ばそうとしたが、それは直前で別の手によって阻まれた。

 

 

「武っ!?」

 

「どうした京、揉め事か?」

 

「離して武っ!こ、こいつは仲間を侮辱したんだっ!!」

 

「落ち着けって、こんな頭悪そうな男を殴ってお前の手が傷付くのは我慢ならねぇよ」

 

「でもっ!ゆ、許せないよっ!!」

 

 

武は怒りに震える京の両肩に優しく手を置く。

そして、京の好きなあの笑顔で語りかける。

 

「落ち着け、な?…落とし前はおれがつけるから」

 

 

武はそう言うと自分のワッペンを男に投げた。

 

 

「つーわけで頭悪そうな先輩、俺と決闘しませんか?」

 

「はぁ?何言ってんだてめぇ。何で俺がそんな事しなくちゃいけねぇんだよ」

 

「確かに理由は先輩にはないかな?…だけどこのままで良いんですか?憂さ晴らししたくありませんか?」

 

「何言って…」

 

 

武は前に出て男に小声で呟く。

 

 

「ーサンドバッグで」

 

「…お前…へへっ、そうかそうかどっかで見たこと有るかと思ったら…良いぜ決闘しようぜ」

 

 

男は確認する様に武の顔を見ると、嫌な笑いを浮かべて自分のワッペンを武のワッペンに重ねた。

 

 

「それじゃあ決闘成立って事で、京は先生呼んできてくれ。出来れば面倒が無いヒゲ先生が良いな」

 

「……うん」

 

「場所は体育館で良いですか先輩」

 

「ああ、人の目は少ない方が良いからな」

 

「そう言う事で、先に行っているから頼んだぞ京」

 

「…わかった」

 

 

少しだけ落ち着きを取り戻した京の背中を押すと、武は体育館へと向かった。

京は移動しながらファミリー全員にメール送る。

受け取った全員が今している事を止めて向かう。

武が決闘を行う体育館へと。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「そんじゃまっこれから決闘を行う。武器は学校指定の物以外は無し、どちらかが戦闘不能になったら決着で良いな?」

 

 

巨人のダルそうな声に武と男は頷く。

相変わらず男は、武の事をニヤニヤと可笑しそうに見ている。

 

 

「そんじゃ始めっ!」

 

 

巨人の合図と同時に男が駆け出して武に拳を繰り出す。

普段から百代に鍛えられている武には難なく防げるはずの拳が武の腹を捉える。

さらに突き上げられた拳が顎に決まりそうになるのを、武は顔を捻ってかわす。

なおも男は休むこと無く、不規則に拳や蹴りを武に打ち込む。

その様子を、知らせを受けて集まった風間ファミリー全員が見ていた。

 

 

「あの変則的な動き…あれは骨法なのか?」

 

「さすがお姉様、確かあの人大会の常連者よ」

 

 

百代の疑問に一子が答える。

 

 

「あーもう!なぜ武は反撃しないんだっ!!しかもあの程度の攻撃なら全てかわせるだろ!」

 

 

クリスは苛立ったように声を荒げる。

 

 

「へっ!やっぱお前反撃しねぇんだな!!」

 

 

男は大きなモーションで飛び蹴りを入れる。

武は体を捻ってかわすが、すれ違い様に男が握っていた砂が武に浴びせられた。

 

 

「くっ!?」

 

 

室内で目潰しが来るとは思っていなかった武は、意表をつかれ視界を封じられる。

 

 

「これでもうかわせもしねぇだろっ!!」

 

 

男の肘が武の額を切り裂き血が流れ出す。

 

 

「卑劣な…武っ!見えなくても良いから手を出せ!!」

 

 

叫ぶクリスの肩に岳人が手を置く。

 

 

「無駄だぜ…あいつは決闘や喧嘩で手を出さねぇんだよ」

 

「何故だ!?」

 

「理由は…まぁ後で本人から聞きな。武はファミリーを守るとき以外で手をあげねぇ」

 

「だけど今朝お前を殴っていたじゃないか!」

 

「俺様って言うかファミリーは別なんだよ」

 

 

殴られ続ける武をクリスと由紀江以外は静かに見守っていた。

 

 

「武は決闘を挑まれても相手が疲れるまで耐えるのよ」

 

「だからサンドバッグなんてあだ名を付けられて、憂さ晴らししたい奴に決闘を申し込まれる時期も一時期あったな」

 

「そんな…それではこれは決闘ではないではないかっ!!」

 

 

無抵抗のまま殴られ続ける武を見ていられないのかクリスが飛び出そうとするのを百代が手で制した。

抗議の声を上げようとするクリス達の元に、男の暴言が飛び込んでくる。

 

 

「ったくよ!せっかくエロそうなビッチとヤレると思ったのによぉ!」

 

 

ミシっと言う音が小さくした。

 

 

「てめぇだってあのビッチとやってんだろ?一日くらいこっちにもまわせよなっ!」

 

 

バキンと何かが砕ける音がする。

 

 

「まぁどうせヤリまくって病気持ちだろうから助かったってか?ひはっはっはっはー!」

 

 

男の笑い声が響き、クリスと由紀江の怒りが頂点に達しようとしているなかー。

 

 

「あ~あ、やっちゃったね」

 

「ああ、救いようがねぇな」

 

 

卓也と岳人が冷静に言う。

 

 

「まぁ自業自得だな」

 

「微塵も同情は出来ないけどね」

 

 

それは翔一と大和も同じだった。

怒っているのは全員が同じではあるが、クリスと由紀江と他の風間ファミリーとでは違うことが一つだけあった。

二人以外は知っているのだ。

この後この男がどうなるかを。

 

 

「クリ、まゆっち…確かに武は普段絶対に手を出さない…だが、今奴は武にとって一番やってはいけない事をした」

 

「やってはいけない事?…」

 

「ああ、奴は京を傷付けた」

 

「し、しかし、いくら武さんが打たれ強いと言っても素人ですし…それに今武さんの視界は封じら…れ……え?」

 

 

由紀江は何か感じたかように武を見る。

 

 

「さすがだなまゆまゆ、感じたか?」

 

「はい…な、なんですかこれは…」

 

「なんだ?自分はなに…も……」

 

 

武を見たクリスの肌が一斉に泡立つ。

殴られ続ける武の姿に息を飲む。

武の体から溢れているのは威圧感などと言う生易しいものではない。

それは明確な殺意であった。

 

 

「見ておくと良いわクリにまゆっち…ファミリーを、特に京を傷付けた相手にだけ発揮する武の力を!」

 

 

視界を封じ反撃してこない余裕から、戦いの最中にも拘らず笑みを浮かべて一方的に殴っている男は、自分が優位であるがために気づかない。

触れてはいけない逆鱗に触れてしまった事に。

 

 

「そろそろ疲れたから、これで終いにしてやるよっ!」

 

 

男の回し蹴りが武の首に決まったが、その足を武が掴む。

 

 

「てめぇ…今何て言った?」

 

「なんだ?サンドバッグが口利いてんじゃねぇよ!」

 

 

捕まれた足をそのままに、男はもう片方の足で飛び上がり武の延髄に鉄板が仕込まれた靴先を叩き込む。

ぐらりと揺れて、捕まれていた足が武の手から離れると、男は自分の勝利を確信した。

 

 

「病気持ちのクソ淫売って言ったんだよ!ぎゃははははー!」

 

 

だが、武は倒れなかった。

 

 

「…許さねぇ……」

 

「なっ!?」

 

「許さねぇ許さねぇ許さねぇ許さねぇ許さねぇ許さねぇ許さねぇっっっ!!」

 

 

刹那、獣の様な咆哮が上がり、爆発的に膨れ上がる闘気の嵐が体育館の窓を震わせた。

 

 

 




続くになりました。
決して次回で凄い盛り上がるからとかではなく、更新頻度を落とさないためにケチりましたごめんなさい。
因みに、今後多々ゲームやってない人にわからないことが出てきますので、買ってやってください。
宣伝ではなく布教です。

ではまた次回で。



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第六話 「家族じゃないか」

 

 

「なっ!?これは武が放っているものなのか!?」

 

「こ、この力…信じられません」

 

 

クリスと由紀江が驚愕の声を上げる。

 

 

「ははっ凄い闘気だ。こんなにキレた武は久し振りだなぁ…あいつ死ぬぞ?」

 

「まぁ死んでもらって全然構わないんだけど、武を人殺しにするわけにはいかないから姉さん、京、準備しておいて」

 

 

大和の言葉に百代は渋々、京は黙って頷いた。

 

 

「な、なんなんだよちくしょう!…ひぃっ!?」

 

 

男は封じた筈の武の視線を感じて悲鳴をあげる。

それは人間に少しだけ残された動物的本能からくる警告だった。

生存本能を脅かす死への警鐘。

血で拭われた赤い瞳から向けられる、明確な殺意の前に男はミスを冒す。

これは殺し合いではなく、決闘だと言うことを忘れて背を向けてしまったのだ。

一言「まいった」と言えば、それで決着だったにも拘らず。

そしてもう一つ、これはミスではなく不幸と言うべきだろう。

今日から夏服だったと言うことは。

 

 

「ぎゃああ"あ"ああ"ああ"あ"あああっ!!!」

 

 

物凄い絶叫が体育館に響いた。

背後から武に襲われた男は、その肩口をシャツごと食い千切られていた。

武は血飛沫が上がる男の後頭部を掴んで、そのまま頭を床に叩きつける。

一度、二度、三度、四度、男が動かなくなるまで叩きつけた後、人形のようになった男を引き起こしてから後頭部から手を離し、倒れ行く男の脇腹を全力で蹴り上げる。

骨が砕ける音が響いて、まるでトラックにでもはねられたかの様に吹っ飛んだ男は、原型を留めていない口から血の泡を吹いて床に転がると、ピクピクと痙攣したまま動かなくなった。

 

 

「それまで、っておい二条!」

 

「があぁああっっ!!」

 

 

巨人の言葉を無視して、武はなおも倒れている男に飛び掛かる。

 

 

「そのへんにしておけよっ!!」

 

 

その瞬間、間に割って入った百代の全力の蹴りが武を真横に吹っ飛ばす。

轟音と共に館内の壁につけられている防御壁に背中から打ち付けられるが、武はまるで効いていないかのように瞬時に体勢を立て直すと、再び倒れている男に襲い掛かろうと地を蹴る。

 

 

「やはり駄目か、京!!」

 

「武大好きっ!!」

 

 

体育館内に京の場違いな声が響いた。

 

 

「「…え?」」

 

 

ぽかーんとしているクリスと由紀江の前を、急に方向転換してきた武が横切って京の元まで駆け寄るとその両手を握った。

武の顔は返り血よりも赤く染まっている。

 

 

「みみみみ、みやこ!?いいいいいいまいます好きってすすす好きって言ったかっ!?」

 

「あー…ごほんっ」

 

突然の状況についていけてないだろう二人に風間ファミリー解説が始まる。

 

 

「簡単に言うと、ああなった武は殆ど無意識で敵を徹底的に潰そうとするわけだ」

 

「しかも、力で止められるのがお姉様だけって言うのもたちが悪いわ」

 

「さらに言うと、京の刺激ある言葉じゃないと元に戻らないんだぜ!」

 

「昔それがわかる前に全治一年くらいの大怪我負わせちゃった事もあるよね」

 

「そうそう、しかも止めに入ったモモ先輩の方が楽しくなってきちまって二重に大変だったぜ」

 

「あれは楽しかったな…まぁ終わると武は全然覚えてないんだけどな」

 

「あ、呆れた奴だな…」

 

「ですけどあの力、一瞬でしたけど凄かったです」

 

『いや~まさかこんな近くに凶戦士が居るとは思わなかったぜマジパネェよ』

 

 

百代達はやれやれと肩を竦めて武を見る。

 

 

「す、すすす好きって俺に言ったんだよなっ!?そうだよなっ!?」

 

「あれ?間に私は大和がって入れたの聞こえなかった?」

 

「ぐぎぎぎぎ~や"~ま"~と"~!」

 

「おい!血の涙を流しながらこっちに来るんじゃねぇ!!」

 

「おーい、お取り込み中のところ悪いんだけど、とりあえずこの血だるま何とかしろよ。本当に死んじまうぞ」

 

「ああ、すっかり忘れていた」

 

呆れた様に言う巨人の言葉に、思い出したかのように百代が携帯で川神院に連絡を取る。

普段は保健室行きだが、怪我の程度から川神院に任せるのが良いと判断したためだ。

恐らく半年はまともに食事すら取ることは出来ないだろう。

それほどキレた武の攻撃力は高い。

 

 

「死んでないわよね?」

 

「まだ息はあるね」

 

「辛うじてって感じだがな」

 

「ほらほら、オジサンが応急措置しておくから蹴るのは一発にしといてさっさと帰れ」

 

「ヒゲ先生ありがとうね。止めるタイミングわざと遅らせてくれたでしょ?」

 

「これで何個か借りてた分チャラだぞ」

 

「何個と言わず全部チャラで良いよ」

 

「そいつは助かるな。おい川神百代お前は蹴るなよ」

 

「ちぇっ」

 

「ほらいったいった」

 

 

巨人の声に無事落とし前をつけた武達は解散して帰ろうとする。

 

 

「…武はこっち」

 

 

京はそのまま行こうとする武の襟を引っ張る。

 

 

「な、ななな、まさか教会に!」

 

「…しょうもない…額から血が出ているし、あちこち傷だらけだから保健室に行くよ」

 

 

武は京に言われて初めて自分の額から血が出ていることに気付いた。

 

 

「ばっ!こんなの舐めときゃ治るって!」

 

「自分の額を舐められる人間が何処に居るか」

 

「そ、それだったらなんだ、その、み、みみ」

 

「ロードランナーの真似?」

 

「ちげぇよっ!!」

 

「私が治療してあげるって言ってるんだから大人しく来なさい」

 

「わんっ!」

 

 

武は大人しく京に引きずられながら保健室に向かった。

しかし、保健室に着くと入り口には先生が不在である事を告げる看板が掛けられていた。

 

 

「…チッ」

 

「なにその舌打ち!さてはお前先生に任せて帰る気だったな!?」

 

「ソンナコトナイヨ」

 

「ひでぇっ!!」

 

 

京の反応に、半泣き状態で抗議の声を上げる武を無視して保健室に入っていく。

京は納得のいかない様子の武を椅子に座らせると、慣れた手つきで治療セットを用意する。

 

 

「随分詳しいんだな」

 

「ん?…ああ、ワン子にキャップとうちのファミリーは怪我する人が多いからね」

 

「そう言えばそうだな。まったく京に迷惑かけやがって」

 

「…一番怪我が多い人が言う台詞じゃないと思うよ?」

 

「スイマセン」

 

 

京が額の傷を見ようと武の髪に触れようとした瞬間、武はおもいっきり体を引いてその手を避けた。

 

 

「…?」

 

「あっ!いやちがうっ!ほら、俺今汗かいているし血で汚れて汚いから、手袋しろ、なっ!」

 

 

武の反応に京は呆れた様にため息を一つ吐くと、構わず素手で髪を掻き上げて傷を見る。

 

 

「こんな時にしょうもない照れ方しないの」

 

「だ、だってよぉ」

 

 

既に武の顔は赤くなっている。

 

 

「…うん、そんなに深くないね。少し沁みるよ」

 

 

消毒液を含ませた綿で丁寧に傷を綺麗にしていく。

消毒液の匂いに混じってする、近づいた京の優しい匂いに武はさらに顔を赤くする。

 

 

「…ねぇ武」

 

「な、なんだよ」

 

「…ありがとうね」

 

「止せや、別に礼を言われる事をしたつもりはねぇよ」

 

 

武は惚けたようにそっぽを向く。

 

 

「動かない」

 

 

その頭を強引に戻される。

ふと目が合うと、京の瞳には悲しみの色が浮かんでいた。

悔しそうに唇を噛んで、搾り出すように言葉を吐き出す。

 

 

「今さら、何を言われても、平気だって思っていたのに……」

 

 

武の額に触れている京の手が震えていた。

 

 

「…もう、平気だって……」

 

「京…」

 

 

武はその手にそっと自分の手を重ねる。

 

 

「平気じゃなくたって良いさ」

 

「…で、でも」

 

「無理して平気でいる必要なんてない…お前には俺が、俺達が居る。辛い時は頼ってくれよ…家族じゃないか」

 

「……うん…」

 

 

京は小さく頷いて治療を続ける。

武は自分の手が京に触れているのを思い出して慌てて引っ込めるた。

 

 

「あ~いやそのなんだ、ところで京さん?もしかしてこの治療って」

 

 

武は照れているのを誤魔化そうとおどける武に、京の優しく冷たい声が届く。

 

 

「保健の適用外です」

 

「えっと、あまり高い医療費には控除が」

 

「椎名国にそんな制度はないんだ」

 

「いやいや京大統領、ここは日本で学園の保健室の中なんですけど!!」

 

「…私が一歩踏み入ればそこは椎名国となる」

 

「とんでもねぇチートの侵略者がいる!」

 

「それに、さっき私の匂い嗅いだでしょ?」

 

「ばっ!?そりゃ不可抗力だろ!!」

 

「…モモ先輩に武に保健室で襲われたって報告しておく」

 

「捏造なうえに脅迫罪だ!おまわりさ~ん!」

 

「…ククク」

 

 

夕陽が射し込む保健室で京が笑う。

その瞳には先ほどまでの悲しみの色は無くなっていた。

 

 

「はい終わり。噛み締めて砕いた歯は歯医者で診てもらってね」

 

「さんきゅう京」

 

「…武…あり」

 

「さてとっ!!疲れたから帰ろうぜ」

 

 

武は京の言葉を遮るように勢いよく立ち上がる。

 

 

「…うん」

 

 

その日、夕日に照らされて伸びる影は珍しく武一人のものではなかった。

武より短い影が、隣と言うにはほんの少しだけあいた距離で伸びていた。

 

 

 




特に強さについては触れませんでした。
まぁ獣みたいな奴と思ってください。
噛みついてますし…キョウリュウジャー見ながら書いてたわけじゃないですよ?
次回は金曜集会とかちょいちょい説明回になりそうです。

ではまた次回で。




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第七話 「愛の板挟みってやつですよ」

 

 

「なるほどな」

 

 

縁側で涼みながら虫の声に耳を傾ける。

と言うのは建前で、武は京の声しか聞いていない。

 

 

「私には計算外だったけど、武にはそうでもなかったみたいだね」

 

「まぁな」

 

 

先日、大和は京に百代に告白する事を告げた。

大和なりに京に筋を通したつもりなのだろうが、京からすればそれは何時もの大和らしからぬ行動であった。

大方、恋に色めき立つクラスの熱にやられたのだろうと。

そして大和は百代に告白し、結果は二人が以前昼休みに予想してた通り見事に散った。

しかしここからの武と京、二人の予想は違う。

京は大和が自信が砕けて落ち込むと予想していたので、その傷付いた大和の心をネッチリと癒して自分のものにしようと企んでいたのだが、帰ってきた大和は告白が駄目だったにも拘らず、何故か逆に闘志を燃やしていたのだ。

その日から大和は以前よりも生き生きとしていた。

 

 

「…ままならぬ」

 

 

あの昼休み以来、京は少しずつ大和事や恋愛の事を武に話すようになっていた。

 

 

「だから、この間の昼休みに俺が言ったろ?「今の」大和じゃ無理だって」

 

「どう言う事?」

 

「モモ先輩が大和に男として何を求めているか、それに大和が答えようとしたって事だよ」

 

「…むぅ、武はそう言うの全部わかってるみたいでなんかずるい」

 

「だがな、そんな俺にだってわからないことがあるだぜ?」

 

「お友達で」

 

「はえぇよっ!せめて言わせてくれよ!!」

 

「…ククク」

 

「しかし、これからが正念場だぞ京」

 

「…うん、わかってる」

 

 

こう言う時の武の態度に、京は何時も少しだけ戸惑う。

自分を好きだと言う武と大和と恋仲になるのを応援してくれる武。

どちらも本心で何時も矛盾の中に居る。

実は本当の武はここには居ないのではないかと錯覚しそうになるくらいだ。

 

 

「どっちも本物の俺だけどな」

 

「…エスパー?」

 

「愛だよ」

 

「…しょうもない…でも、武は大和がモモ先輩と付き合った方が良いって思わないの?」

 

「そりゃそうなれば良いと思うぜ?大和とモモ先輩には幸せになって欲しいしな」

 

「…そう言う事じゃなくて……」

 

「わかってるよ…ただ、俺は大和も好きだし大和が好きな京も好きなんだよ」

 

「大和が好き・・・ゴクリ」

 

 

頬に手を当てていやんとクネクネする京。

 

 

「あんまクリスに悪影響与えるなよ?」

 

「…言い掛かり、クリスは元からだよ」

 

「あと京が好きって言うのにも反応してくれ」

 

「男達はなにか気付いたみたいだね」

 

「スルーっすか」

 

「キャップに大和の最近の変化について聞かれた…心境の変化じゃないって答えておいたけど」

 

「あー…さっき大和の部屋にゲンさん含めて集まっていたろ?あれな、大和の恋を応援する会が発足したんだよ」

 

「今もまだわいわいやっているみたいだけど、武は参加しないの?」

 

「なんか気ぃ使われちまってな。俺は見守るだけで良いんだと」

 

 

武はつまらなそうに足元に生えている雑草を引き抜いてポイッと投げる。

 

 

「たぶん明日の金曜集会で何かしら話があるんじゃないか?」

 

「…そうだね」

 

 

そんな二人を隠れて見守る影が二つ。

 

 

「こうして見ると、二人はとてもお似合いに見えます」

 

『あれで付き合ってねぇって言うか、京姉さんは別の男が好きって言うのが不思議だぜ』

 

「確かにな…恋愛と言うのは解らないものだ」

 

「ですね…」

 

 

島津寮の夜は更けていく。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「と言うわけで俺はSクラスを目指すぜ」

 

 

次の日の金曜集会。

冒頭での大和の発表に事情を知らない一子、クリス、由紀江は驚きの声をあげた。

 

「どう言う心境の変化だ?」

 

「忘れてた夢を思い出して、それに向けて頑張ってみようと思ったってところかな」

 

「おお~…その夢とはなんだ?」

 

「取り敢えずは、この市を良くしたい」

 

「市ですか?」

 

『なんか壮大な話になってきたな』

 

 

由紀江の疑問に大和よりも先に京が答える。

 

 

「直江式・川神再生フロンティアプランだっけ?」

 

「そう、今の市長が打ち出している再生計画に、独自の案を加えたものなんだけど、まずは身近な市から…何れは国をってね」

 

「素晴らしい夢じゃないか…自分は応援するぞ」

 

「わ、私も応援させていただきます!」

 

『未来の市長に乾杯だぜ』

 

「でもでも、そうなると私達と遊ぶ時間へっちゃうんじゃ…」

 

「安心しろワン子。集会にはちゃんと顔出すし、勉強もただ詰め込むだけじゃなくてメリハリつけてやらんとな。お前の修行と同じだ」

 

「じゃあ安心ね♪そう言うことなら応援するわ!いや、むしろ私の川神院師範代就任とどっちが先に夢を叶えられるか勝負よ!!」

 

「ああ、その勝負受けてたつ!」

 

 

一子と大和がガッチリと握手を交わす。

 

 

「よーし!話がまとまったところで遊ぶぜ!!とりあえず順番に何したいか意見をだせ!」

 

 

翔一がビシッと武を指す。

しかし反応が無い。

 

 

「おい武!」

 

「んおっ!?わりぃ全然聞いてなかった」

 

 

気付いて慌てる武に、岳人がやれやれと肩を竦め馬鹿にしたように笑う。

 

 

「おいおい、京にフラれ過ぎておかしくなったのか?」

 

 

イヤイヤと武は岳人の肩を叩く。

 

 

「そしたらお前なんてフラれすぎてとっくに廃人だろうが」

 

 

二人は立ち上がり向かい合って笑う。

 

 

「はんっ…なかなか面白い冗談だな武…」

 

「ふんっ…なかなか面白い顔だなガクト…」

 

 

二秒の沈黙。

 

 

「うらあぁっ!!」

 

「おらあぁっ!!」

 

 

武と岳人の拳が交差して顔にめり込む。

それが合図になった。

 

 

「おうし!今日はバトルロワイヤルだ!!武とガクト以外にはデコピンのみで!!」

 

「ははっ!たまにはそう言うのも良いな!!」

 

「「ぐはぁっ!?」」

 

 

翔一の提案と同時に、百代のデコピンが武と岳人を吹っ飛ばす。

岳人はおでこから煙を出して気絶し、武はおでこを押さえてのたうち回る。

 

 

「ちょっと!ここに殺傷能力のあるデコピン使う人がいるんですけど!!」

 

「安心しろモロロ…一瞬で意識を飛ばしてやる」

 

「全然安心できないっすけどねそれ!!」

 

「勝負なら負けるわけには ぎゃー痛い!」

 

 

言葉の途中で大和のデコピンが一子に飛ぶ。

 

 

「隙だらけだぞワン子」

 

「やったわね ぎゃー痛い痛い」

 

「大和に手を出そうと言うのか!!」

 

 

大和に攻撃しようとした一子を京が襲う。

二人の同時攻撃に一子はすかさず百代の影に隠れる。

 

 

「妹をいじめるとは許せんなぁ」

 

「…助けて武」

 

「任せろはぎゅらっ!?」

 

 

京の声に瞬間的に起き上がって百代の前に躍り出た武の壁は、百代の万力込めたデコピンであっさり破壊される。

 

 

「はっはー俺は風だ!そんな動きじゃ捕らえられないぜ!!」

 

「くっ!!素早い…いたっ!?」

 

 

器用に部屋の中を飛び回る翔一に、集中し過ぎたクリスに由紀江のデコピンがヒット。

 

 

『後ろががら空きだぜクリ吉』

 

「やるなまゆっちだがこれし、あいたっ!?」

 

「さらに後ろががら空きだぜ騎士様」

 

「大和貴様~!」

 

「ははっ!ほーら京にモロロもっと頑張れ!」

 

「速さなら負けないわよキャップ!!」

 

「ふはははー!私も混ぜてもらおうか!!」

 

 

第二形態に変身したクッキーも加わり、団欒の場は戦場と化していった。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

バトルが一段落した武は屋上に来ていた。

夏の夜風にしては少し冷たい風が吹き抜ける。

 

 

「ふ~」

 

 

手摺に凭れ掛かりながら夜空を見上げると、田舎ほどではないが星の瞬きがよく見える。

 

 

「ため息なんてついてどうした?」

 

 

手摺しかないはずの武の背後から声がした。

 

 

「モモ先輩、屋上には窓からじゃなくて階段で来てください」

 

「硬いこと言うなよっと」

 

 

百代は手摺に腰掛けて武と並ぶ。

 

 

「ん?そう言えば武は高所恐怖症じゃなかったか?」

 

「正確には飛行機とか地面に着いていないもの恐怖症です」

 

「なるほどな…で?ため息なんてついてどうした?さっきもボーッとしてみたいだが」

 

「いやぁ何て言うか愛の板挟みってやつですよ」

 

「大和と京か…」

 

「な~んて当事者に言うのもあれですけどね」

 

 

再び武は夜空を見上げた。

それにつられるように百代も空を見上げる。

 

「まぁそれについては私がどうこう言える立場では無いからな…」

 

 

少しの沈黙をやぶって「なぁ」と百代は視線を武に戻す。

百代の視線を感じながらも、武は空を見上げたままでいる。

 

 

「あの時なぜ私にあんな事を言わせたんだ?」

 

 

幼少の頃、京を助けた大和に言った言葉。

 

 

ーー「大和!助けたい人を助けると言うならこの後とか分かっているだろうな?」ーー

 

 

言われなくても大和そうしただろうが、その百代の言葉が京に対しての大和の責任感をより強くした結果、京は大和に惚れる事になる。

その間も、裏で体を張る武の存在に気づかず。

 

 

「本当はお前だって大和のように愛されていたかもしれないのに、何故あの時お前は…」

 

「…あいつ」

 

 

武は空を見上げたまま続ける。

 

 

「すげぇ罪悪感抱えてたんですよ…ガキのくせに父親の影響なのか解らないけど、無駄にそう言うところだけ大人みたいで…だからあいつにも救いが必要だったってね」

 

「武…お前大和のために…」

 

「んなカッコいいもんじゃないっすよ」

 

 

武は視線を戻してはにかむ。

 

 

「どっちも…いや、彼処に居た皆が好きだったから、家族だったから…皆幸せじゃなきゃ嫌だったんですよ」

 

「不器用な奴だな」

 

「否定できないのが悲しいところっすね」

 

「まったく、お前は自分の事は全然話してくれないからなぁ」

 

「あ、あれ?そうでしたっけ?」

 

 

武はジト目で睨まれて慌ててそっぽを向く。

 

 

「そうだ。誰よりも私達を家族だって大事にしているくせに、無駄に壁があるんだよなぁ」

 

 

そう言って百代は拳を握ってポキポキと骨を鳴らし始めた。

 

 

「いや、殴っても心の壁は壊れませんから」

 

「壁があることを認めたな?」

 

「モモ先輩が誘導尋問とか大和の悪影響だな」

 

「はははっ相変わらず一言多いな武は!」

 

 

百代の腕が武の頭を締め上げる。

 

 

「ぐあああああギブギブッ!!!!」

 

「ほ~ら弟以外で私の胸の感触を味わえるなんて武は幸せ者だな~♪」

 

「いやいやいや!俺は京の胸以外は興味ないてててててマジいてぇっ!!」

 

「…戻ってくるのが遅いから様子を見に来てみれば……しょうもない」

 

 

何時の間にか来ていた京はため息をつきながら屋上に背を向けて、ギイィっと錆びた音がする扉を閉めた。

 

 

「あああ京待ってこれは誤解いてててー!!」

 

「京に見捨てられて可哀想な奴だ。ほれほれ」

 

「おたすけーーーーーーー!!!」

 

 

武の絶叫と百代の笑い声が響く屋上の、錆びた扉の裏で京はもう一度呟く。

 

 

「・・・しょうもない」

 

 

 

 




だらだら長くなりなした。
こう、ちょっとづつ仲を進展させるのって難しいもんですね。
次回は何故かワン子分多めになりそうです。
ワン子も好きです。むしろどの娘も好きです。
一番はゲンさんだけど。

ではまた次回で。



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第八話 「お前は俺を殺す気かっ!?」

 

 

 

「おはよう武!」

 

「うーっすワン子、ほれそこに牛乳置いてあるぞ」

 

「わーいありがとう♪」

 

 

武は牛乳を飲む一子を横目に体を解していく。

毎週日曜日は自己鍛練のために、一子と走りにいくのが日課になっていた。

 

 

「今日は何処まで行く?」

 

「ま~何時も通りお任せコースで」

 

 

牛乳で髭が出来た一子の口元を指で拭う。

 

 

「わわっありがとう。それじゃあ七浜まで行って砂浜ダッシュなんてどう?」

 

「七浜ねぇ…」

 

「ん?違う方が良い?」

 

「いんや、んじゃ行くか」

 

 

二人は夜明け前の島津寮から走り出す。

明け方の神聖な静寂を、ズルズルとタイヤを引きずる音が台無しにするのを武は苦笑いを浮かべて見る。

 

 

「今日は六本か…相変わらずと言うか何と言うか良くやるよ」

 

「武も持久力あるんだからもっとスピードを身につけなさいよ」

 

「良いんだ俺は、川神院の師範代目指しているわけじゃねぇんだから」

 

「せっかくあれだけの力を秘めているのに、鍛えないなんて宝の持ち腐れよ…あたしに分けて欲しいわ」

 

「なんだ分けてやろうか?」

 

 

言って武は自分の服を捲る。

 

 

「ぎゃー!変態っ!変態がいるわっ!!」

 

「朝から変態変態騒ぐなっ!…ほれっ」

 

 

服の下に隠していたゼリー飲料を走りながら投げ渡す。

 

「キャッチ!わーいありがとう♪何時も用意が良いわね武は」

 

「まぁワン子と走るの楽しいからな。こんくらいは用意してやる」

 

「んぐんぐんぐ…その調子でどんどんあたしに貢ぐと良いわ」

 

「てめぇ調子のんなよ?」

 

「ブルブルブル…笑顔で怒る大和も怖いけど普通に怒る武はもっと怖いわ」

 

「ったく…そうだワン子、今日のモモ先輩どうだった?」

 

「お姉様?気持ち良さそうに寝てたわよ?」

 

「ああ~今日じゃねぇ、昨日の夜か」

 

「ん?普通だったけど?…あ、でもでもなんか嬉しそうにメール打ってたわ」

 

「そうかそうか、ワン子のくせに良く見ているじゃないか」

 

 

ワン子の頭をなでなでと撫でてやる。

 

 

「えへへ 褒められた♪でも、それがどうしたの?」

 

「いや別になんでもねぇ」

 

「何よ気になるじゃない」

 

「大人のいやらしい話を聞きたいのか?」

 

「アダルトなのね!?アダルトな事情なのね!?」

 

「ま、朝からする話じゃないから聞くな」

 

「はーい!」

 

 

素直に返事したところで、そう言えばと一子は思い出す。

 

 

「武は川神院の七夕祭りに今年は行くの?」

 

「今年はって去年いかなかったっけ?」

 

「去年は親戚の引っ越し手伝うからって行かなかったじゃない」

 

「あ~あれな…あれは嘘だ」

 

「嘘っ!?わっとっ!?ふぅ…どう言う事よ」

 

 

武は驚いて転びそうになった一子の腕を支えて助ける。

 

 

「まぁもう一年経つし時効だから言うけど、七夕の前の日に風邪引いちまってさ…一人体調悪いの居たら盛り上がりに欠けるだろ?だから七浜のビジネスホテルで寝てたってわけよ」

 

「武って本当に辛い時は何時もそうやって一人でかっこつけるよね…」

 

 

一子は少しのムッとした顔をする。

 

 

「なんだよ怒んなよ」

 

「なんかそう言う気の遣われ方やだなぁ」

 

 

捨てられた子犬のような目をして訴える一子に、やれやれと武はため息ををつく。

 

 

「悪かった…もうしない」

 

「絶対?」

 

「絶対」

 

「本当に本当?」

 

「本当に本当」

 

「嘘ついたら?」

 

「モモ先輩の拳千発もーらう」

 

「よしっ!じゃあ許してあげるわ!その代わり、今日は罰として砂浜ダッシュが終わったらあたしと組手よ!その後はたっぷり朝御飯奢って貰うんだからねっ!!」

 

「はいはい、なんでも付き合うよ」

 

 

笑顔で加速していく一子を必死で追いかけながら、武の日課は過ぎていく。

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「…お帰りそしておはよう」

 

 

玄関で靴を脱いで転がっている武の上に、ひょっこり京が現れた。

 

「ぜぇぜぇぜぇお、おは、よう…はぁはぁはぁ俺と、付き合って、くれ、はぁはぁはぁ」

 

「そんなに息が上がっているところを見ると、随分ワン子に絞られたみたいだねお友達で」

 

「はぁはぁふぅ~…ワン子の奴、俺にまで、タイヤつけやがって、あ、ほれっ」

 

 

寝転がったまま、武は持っていた紙袋を京に投げ渡す。

 

 

「朝飯まだだろう?七浜の朝市で美味そうなパン屋があったから買っといたぞ」

 

「ん、ありがと」

 

「良いってことよっと」

 

 

息が整ってきた武は足の反動でひょいっと跳ね起きる。

 

 

「…武は?」

 

「俺はワン子と向こうで済ませてきたから、取り合えず風呂ってくる」

 

「…了解」

 

「の、覗きに来ても良いんだぜ?」

 

「本当に行ったら照れて慌てるくせに」

 

「ちげーねぇ」

 

 

京がキッチンに行くのを見送ってから、風呂場に入ると、そこには大和の姿が。

世話しなく色々な角度から自分をチェックしている。

 

 

「なんだその変な格好」

 

 

何時もの大和の普段着とは全然違う格好に、武は思わず変と言ってしまった。

 

 

「今日は姉さんと遊びに行くんだよって言うかこの格好変か!?クッキーとゲンさんは似合ってるって」

 

「はいはい落ち着けって、何時もの感じと違ったから変ってつけたが、全然おかしくねぇよ」

 

「本当か!?ほんとうだよな!?」

 

 

掴みかかってくる大和をどうどうと落ち着かせる。

 

「本当だからそんなテンパるなって、それに良い情報を一つ。モモ先輩、昨日の夜のお前とのメールのやりとり凄く楽しそうだったってよ」

 

「マジかっ!?そりゃすげぇ勇気づけられたぜ」

 

「良いってことよ…気負わず頑張ってこいよ」

 

「おう!」

 

「って、ちょっと待て大和」

 

 

行こうとする大和の体をクンクンと嗅ぎ回る。

 

 

「お、おいおいなんだよ?シャワーならちゃんと浴びたぞ?」

 

「いや…今日は愛する京の匂いがしねぇなと思って、因みにシャワーくらいじゃ俺の鼻は誤魔化せねぇ」

 

「ああ、今日は珍しく侵入されなかったぞ?」

 

「そりゃ珍しいな…」

 

「まったくだ。んじゃ行ってくるぜ」

 

 

出ていく大和を片手をヒラヒラと上げながら見送ってから、武は洗面台の鏡の前でため息をつく。

 

 

「京の愛する大和の別の恋愛を応援するって言うのは何とも複雑な気分だねぇ…」

 

 

鏡には冴えない顔の男が一人。

その両頬をピシャリと叩いて気合いを入れる。

 

 

「しっかりしろよ二条さんちの武君!」

 

 

自分に言い聞かせると武は勢い良く服を脱ぐ。

そこに、翔一が眠そうな目を擦りながら入ってきた。

 

 

「うーっすキャップ」

 

「おお~武か…おはようさん~」

 

「相変わらず朝は弱いねぇ…んじゃまっ共に風呂に入って目覚ませよ」

 

「おっ!その意見乗らせてもらうぜ!!大和とゲンさんは気持ち悪いって一緒に入ってくれねぇんだよな」

 

 

武の誘いに、風呂に入る前にテンションが上がってすっかり目覚める翔一。

 

 

「風呂には一緒に入った方が楽しいのにな。あいつら子供だなぁ」

 

「だよな!武のそう言うところ大好きだぜ!!」

 

「はいはい俺も好きだよ」

 

 

そんな武と翔一のやり取りに聞き耳を立てている者が一名。

 

 

「おぉ~う…武をからかおうとおもってきてみれば…なんと美味しそうな会話を…」

 

 

脱衣所の扉の前でモジモジと京が頬を染める。

 

 

「武とキャップ…凄くありなんだ!!」

 

 

休日の島津寮も平常運転であった。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「あ~さっぱりさっぱり」

 

 

風呂からでた武がキッチンに行くと、京が一人でパンを食べていた。

 

 

「…なんかキャップが凄い勢いで出ていったんだけど心当たりは?」

 

「風呂の話で盛り上がっていたら、我慢できなくなったから秘湯巡りの旅に出掛けるってさ」

 

「…明日までに帰ってこなさそうだね…あ、冷蔵庫に水羊羹あるよ」

 

「お!そりゃ最高だな」

 

 

冷蔵庫から水羊羹を取り出して京の横に座る。

冷えた水羊羹を幸せそうに頬張る武を、京は黙って見ていた。

 

 

「…ん?どした?」

 

「…武…デートしようか」

 

「ぶーーーーーーーーーーーー!!?!」

 

 

武は噴水のように盛大に水羊羹を吐き出した。

それを予想していたかの様に京は布巾で防御している。

 

 

「ごはっ!?げほっげほっ!!ぐあ鼻の奥が甘いっ!?」

 

「はいお茶」

 

 

京から差し出されたお茶を一気に飲み干して、ようやく武は一息つく。

 

 

「はぁはぁはぁ…お前は俺を殺す気かっ!?」

 

「…私とデートするの嫌なの?」

 

「んなわけあるかっ!脈絡が無さ過ぎると言っているんだ!!」

 

 

京が防御に使っていた布巾を奪い取ると、撒き散らした水羊羹を拭いていく。

 

 

「まったく…で?そ、その、なんで俺とデートよ」

 

「こちらを御覧ください」

 

 

京から一枚の紙を渡される。

そこには、今日一日の大和の行動が事細かに記されていた。

 

 

「…京、昨日大和の布団に忍び込まなかったのは、これをコピーしていたからだな?」

 

「それは乙女の秘密」

 

「乙女は好きな男の部屋に忍び込んで次の日の行動が書かれた紙をコピーしたりしない」

 

 

武は布巾を濯ぎながらやれやれとため息をつく。

 

 

「…で?デートする?」

 

「デートじゃない!尾行って言うんだこれは!」

 

「尾行とは言え、私と二人でお出掛けなんて美味しい話だと思うよ?」

 

「あのな、俺が何時嫌だと言った?今にも飛び上がりそうなほど喜んでいるのを押さえて、冷静に会話しているのを察してくれ付き合ってくれ」

 

「…知ってる。それじゃあ十五分後に出発するから用意しておいてねお友達で」

 

「まったく…」

 

 

武はため息をつくふりをして京が部屋から出ていくのを見送った。

 

 

「っっっっっっ!!!!!」

 

 

京が居なくなったのを確認すると、歓喜の声を飲み込んでガッツポーズをする。

武の顔はだらしなくにやけて赤くなっている。

 

 

「…そう言うのは良いから早く用意するように」

 

「おわっ!?」

 

「…あと、わかっていると思うけど「アレ」でね」

 

「ん?ああ「アレ」な 了解」

 

 

顔だけ覗いていた京はそれだけ言うと、さっさと二階に上がっていく。

武もにやけている頬を叩いてから、急いで自室に戻って準備を開始した。

 

 

 




当初の予定では十話くらいで終わる予定だったんですが、何故か長くなってます。
書きたいことが色々出てきて、追い付かないのが現状です。
しかも、仕事が忙しくなってきているので、この先更新頻度を保てるのか…。
無い頭絞って頑張ります。

ではまた次回で。



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第九話 「日頃の行いがわるいんじゃないか?」

 

 

 

「しっかし今朝も来たのにまた来ることになるとはねぇ」

 

 

ロックな帽子にサングラス、赤い長髪にジャラジャラと付けたピアスと指輪、腕には蛇の刺青を入れた男がラグナマークタワーを見上げてぼやく。

 

 

「…嬉しそうに言っても愚痴にならないよ?」

 

 

お揃いの帽子を目深にかぶって、お揃いの赤い長髪にこちらもピアスと指輪をジャラジャラと付け、腕に蝶の刺青を入れた女が呆れたように呟く。

二条武と椎名京である。

今の二人を見ても、風間ファミリーの人間ですら武と京であることを見抜けないほど、二人の変装は完璧であった。

 

 

「この変装セットが役に立つ日が来るとは…嬉しいやら悲しいやら」

 

 

その昔、京が大和を尾行するために武と買いに行った変装セット。

なんだかんだで使用する事は無かったが、ついに陽の目を見る時がきた。

 

 

「ところで京、モモ先輩が相手だとこの格好をしていても気でバレないか?」

 

「…近づき過ぎなければ大丈夫。モモ先輩は大和と楽しんでいるはずだから、警戒も薄いはずそれに」

 

「匂いも変えているからって?お前この匂い嫌いだろ?」

 

「…相変わらずワン子より鼻が利くね」

 

「愛する京の変化に俺が気づかないわけないだろ?付き合ってくれ」

 

「…そう言うのは良いから行くよお友達で」

 

「はいよ、まずは中華街か?」

 

「…うん」

 

 

二人は京が写した大和の計画書通りに行動を開始する。

結構目立つ格好をしている二人だが、中華街の方へ行くと街柄なのか特に注目されることもなく、むしろ似たような格好をしたカップルが移動中ちらほら確認出来たことに、武は内心安堵した。

 

 

「えっと店は、地図によるとこの道…いや、もう一本向こうかな?…うをっ?」

 

 

急に京が武を抱き寄せた。

壁に押し付けて両手を首に回し、吐息のかかる距離で武を見上げる。

嘗てここまで顔と顔が近付いた事はなく、一瞬で武の時間は止まった。

そのすぐ背後を

 

 

「このフカヒレまん美味いな。だが、シンプルな肉まんの方が私は好きかもしれない」

 

「姉さん、メインのお店にまだ着いてないんだから、それ一つにしておいてよ」

 

「安心しろ、奢りの時の私のお腹は無限だ」

 

「まったく…」

 

 

百代と大和が楽しそうに通り過ぎ、一本裏の路地へと入っていく。

 

 

「…危なかった……武?」

 

 

二人が行ったのを横目で確認してから腕を離すと、武はズルズルとそのまま座り込む。

 

 

「…おーい」

 

 

呼び掛けに反応しない武の口許に手を当てると、その呼吸は止まっていた。

呆れた顔をして京は、武の耳に優しくふぅっと息を吹き掛ける。

 

 

「ぶはぁっ!?違うんです違うんです!決して閻魔様に嘘をつこうとは!…あれ?ここ何処?」

 

「…目、覚めた?」

 

「俺は、いったい…突然目の前が幸せ一杯になったかと思ったら意識が…って!?京おまっ!!」

 

「真後ろを大和とモモ先輩が通って危なかったから」

 

「危なかったのは俺の命の方だ!!」

 

思い出したのか武の顔は真赤に染まっている。

その武の表情が、今している格好とあまりにも不釣合いで京は思わずふきだす。

 

 

「…どんな格好をしていても武は武だね」

 

「んだよそれ」

 

 

その京の顔が可愛過ぎて、照れた顔を隠すように帽子を目深に被り直して立ち上がる。

 

 

「ったく心臓に悪すぎだ…ただ、真後ろ通られてもばれなかったって言うのは収穫だな」

 

「そだね、これで心置きなく尾行が続けられる」

 

「それじゃあ気を取り直していきますか」

 

「うん、大和達はそこの路地を入っていった」

 

「OK」

 

 

武と京が路地裏に入ると、小さな中華料理店が一軒あった。

出入りしている客層は日本人は少なくほぼ地元の人達。

 

 

「まいったな…これだけ小さい店であの客層だと、いくらばれてないとは言え入るのは危険だな」

 

「むぅ…しょうがないから待機する」

 

「んじゃ俺なんか買ってくるよ、小腹減ったろ?」

 

「うん…あ、お金」

 

「おいおい、初デートは男が出すもんだろ?」

 

「はいお金」

 

 

京の殺気の篭った会心笑み。

 

 

「嘘ですデートじゃないです普通に奢ります」

 

「…しょうもない」

 

 

武が泣きながら走っていくのを見送って、京は外から店内をそっと覗いてみると、大和と百代の姿が見える。

何を話しているかは分からないけど、楽しそうに食事をする百代を見て笑っている大和。

京は思う。何故あそこに座っているのは自分ではないのかと。

何故、あの笑顔を向けられるているのは椎名京では無く川神百代なのだろうと。

ただ、そう思う心にまた微かな違和感を覚える。

不意に想像する食事風景、京の前に座っているのは…。

 

 

「お待たせ…京?」

 

 

武の声に京の反応は無い。

ボーッと店内を見つめているが、心此処に在らずと言った感じでいる京に、悪戯を思い付いた子供の様な顔をして、武は京の耳に優しくふぅっと息を吹き掛ける。

 

 

「くぅうふんっ」

 

 

武には予想外な京のエッチな声に、顔が一瞬で真っ赤になるが、振り返った京の表情に赤くなった顔は一瞬のうちに真っ青になる。

武は思う。ああ、鬼神ってこんな感じなのだろうと。

 

 

「いや、これは、その、なんと言うか軽い冗談と言いますか……あ、あの、京さん?」

 

「……」

 

 

無言で路地裏の細い道に武を引きずり込んだ京が囁く。

 

 

「…お前、死ねよ」

 

「ひいいぃぃっ!?」

 

 

数分後、武が買ってきた肉まんを不機嫌そうに頬張りながら、大和達がいる店を張り込む京の後ろに、先程まで武であったであろう残骸が転がっていた。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「…出てきたよ」

 

「ああ、計画書によれば次は港が丘公園だな」

 

「いくよ」

 

 

京は武と腕を組む。

 

 

「ちょっ!?み、みみみみ」

 

「…真面目にやれよ」

 

「ハイ…」

 

 

武は凄む京に萎縮して、引っ張られるがままに大和達の尾行を再開する。

中華街のメイン通りに戻った大和達は、占い師の前で足を止めた。

 

 

「モモ先輩占いとか意外と好きだからなぁ」

 

「大和も占ってもらってるね…楽しそうに笑ってる」

 

「いててててっ!爪が腕にくいこんでる!落ち着け京っ!」

 

「…はっ!?…つい力が入ってしまった」

 

「バレずに尾行出来るかより、五体満足で帰れるかの方が心配になってきた」

 

「…嬉しそうに言っても愚痴にはならないと」

 

「この状況で喜ぶなって方が無理だろ!」

 

「はいはい行くよ」

 

 

占いを終えた大和達の後を追う武と京が、占い師の前を通り掛かったときに、急にその占い師に声を掛けられた。

 

 

「ちょっとそこの二人待ちなさい」

 

「…急いでるのでまた今度」

 

「だ、そうです」

 

 

しかし、尾行中の大和達を見失うわけにはいかない京と武は、それだけ言ってその場を後にする。

その後ろ姿を見送りながら占い師は呟く。

 

 

「可哀想に…いや、それもあの子にとっては幸せなのか…」

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「あいつ、日頃の行いが悪いんじゃないか?」

 

「…私とデートしてない時点で悪い」

 

「んじゃ、これは京の涙だな」

 

 

港が丘公園のついて暫くして雨が降り始めた。

用意周到な武は、しっかり折り畳み傘を二本用意していたが、一本にしておけば良かったと、コンビニで買った傘で相合い傘をしている大和と百代を見て思う。

 

 

「…一本にしておけば良かったって思ってる?」

 

「エスパーか」

 

「顔に書いてあるよ…今日は、もう帰るみたいだね」

 

「まぁ雨で景色が売りの船に乗ってもしょうがないしな」

 

 

駅に向かう大和達の背中を見送る。

 

 

「で?満足したかいお嬢さん?」

 

「……」

 

 

京は黙ってしまう。

大和と百代が気になって尾行したのは良いが、得るものなんて何も無く、むしろ、二人の仲が進展しているのを見せつけられたようで少しへこんでいた。

それに付き合わせた武にも罪悪感が沸いてきて、何だか自分が凄く嫌な女に思えてくる。

 

 

「…ごめんね」

 

「ばーか」

 

 

そんな事を考えているのを見透かすように、武は笑っていた。

 

 

「俺はお前と二人でこうして出掛けられて幸せ一杯だっての」

 

「でも…」

 

 

急にしおらしくなる京に、武は帽子を脱いでだーっと頭を乱暴に掻きながら声をあげる。

 

 

「じゃあ今から一ヶ所だけ俺に付き合え!それで今日の事はチャラだ!!」

 

「?何処に…」

 

「良いからついてこい!」

 

 

珍しく強引に言う武に気圧された京は黙ってついて行く。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「で、これが武の来たかった場所なの?」

 

「お、おうよ」

 

 

武は観覧車の中で小さくなりながら、引きつった満面の笑顔という不思議な顔で答える。

 

 

「高所恐怖症なのに観覧車に乗りたいとか、武はMなの?」

 

「す、好きな人と一緒に観覧車に乗るって言うのが男にとってどれ程の夢かわかるまい!!付き合ってくれ」

 

「…わかりませんお友達で」

 

 

外は雨が打ち付けて、良い景色の欠片もない。

でも、そんな観覧車も何故か悪くないと思える。

 

 

「もうすぐ頂上だね」

 

「ひぃっ」

 

「…う~ん」

 

 

京はなにかを考えるように唸ってから、頭を抱えたまま下を向いている武の横に移動する。

急に視界に入ってきた、京のシミ一つ無い綺麗な太ももに武の視線は釘付けになる。

 

 

「み、みやこ?」

 

「はいはい私の太ももをそんなに凝視しないの…揺らしちゃうよ?」

 

「ごめんなさいごめんなさい!!」

 

「まったく………武、ありがとうね」

 

「な、なんだか最近、京に礼を言われてばかりだな」

 

「そうだっけ?」

 

「これはもう京は俺にぞっこんと言う解釈で良いのかな?」

 

 

京は無言で観覧車を揺らす。

 

 

「ひぃいっ!?調子乗ってましたすいませんすいません!」

 

「くくく…良い怯え方だ。そのまま震える小動物の様に縮こまっているが良い」

 

 

京が楽しそうに笑う。

それだけで武は本当に幸せだった。

乗り終えた二人も帰路につく。

変装していることを忘れて島津寮に帰った二人が、大和と玄関で鉢合わせして、二度とその変装セットが使えなくなったというオチつきで。

 

 




もっと長くなるかと思ったら、意外と短くなりました。
ゲームやり直してみても、意外とあっさり終わっていたのでまぁこんなもんで勘弁してください。
これを書いている時に、奥さんに行間があきすぎて読み辛いとダメ出しされました。
携帯で書いているので、自分としては行間開けた方が書くのも読むのも見やすくて良いんですけど、見辛い人には見辛いのか…。
まぁ一応このスタイルで継続します。

ではまた次回で。



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第十話 「屋上行こうぜ」

 

 

 

川神院七夕祭りの事。

 

 

「なんで浴衣じゃねぇんだよっ!!」

 

 

岳人の悲痛な声が川神院の前に響いた。

道行く人々が何事かとチラ見してくる視線が恥ずかしいので全員他人のふりをする。

 

 

「俺様を無視するんじゃねぇ!」

 

 

「うるさいわねぇ動きにくいから着ないわよ」

 

「…めんどい」

 

「自分は着てみたかったが学校から直行だしな」

 

「わ、私の浴衣なんかで宜しいのかと悩みました」

 

 

ぐああと頭を抱える岳人。

 

 

「せっかくの祭りになのに空気読 ぐはぁ!?」

 

「うるさい!」

 

 

ぎゃーぎゃー騒ぐ岳人を百代の拳が黙らせる。

倒れている岳人を踏み台に、すかさずキャップが前に躍りでる。

 

 

「よーしっ!こっからは別行動だ!モロにワン子!行くぜ!!」

 

「あっちにお菓子掬いってのがあるから行ってみようよ」

 

「なにその夢溢れる名前!?そんなのあるのね!!」

 

「うん、ネットに書いてあった。あっちの方だよ」

 

「よーし!しこたま掬うわよ!!」

 

 

三人は卓也の案内で人混みに消えていく。

 

 

「それじゃあクリスにまゆっちはまだこの辺良く知らないだろ?俺様が詳しくガイドしてやるぜ」

 

「それは助かる、自分は型抜きと言うのが気になるぞ」

 

「わ、私得意です!」

 

『まゆっちは一人でやるものは何でも上手いぜぇ。何せずっと一人で―』

 

「おっとそこまでだ。せっかくの祭りに涙はいらねぇよ。ついてきな」

 

 

岳人達が行く頃には百代と大和の姿もすでになく、武と京が残された。

 

 

(露骨な分断…でも、私は空気を読む女)

 

(って思ってんだろうな…)

 

 

「あ、あのさ!」

 

「…射的なら任せて」

 

 

武は満面の笑みでガッツポーズをする。

何だかんだで武にも気を使ってくれる翔一達に感謝して、武と京は矢場に向かう。

 

 

「しっかし、毎年すげぇ人だな」

 

「…川神はお祭り好きだしね」

 

「京、平気か?」

 

「…こう言う人混みは平気…人混みより変なのに絡まれないかの方が心配」

 

「まぁお前美人だからなぁ」

 

「そう言う心配じゃない。忘れたの?前に絡まれた私に手をあげた軟派君がどうなったのか」

 

 

武は腕を組んでう~んと考え込むが、さっぱり思いだせない。

 

 

「記憶にねぇな」

 

「軽く肩を押して突き飛ばした代償が、両腕骨折とは思わなかっただろうね」

 

「そうだっけ?…確か止めに入った学園長から俺が攻撃されたとかなんとかモモ先輩が言ってたな」

 

「うん、学園長の技で倒れないから、モモ先輩大喜びしてたよ」

 

「あ~それで川神院で修行しろってしつこく言ってきたのか」

 

「そ、なので今回は問題起こさないでね」

 

「はいよぉ」

 

 

矢場に着いてからは京の独壇場であった。

軽い矢に気をのせて次々に獲物を落としていき、その度に店主の悲鳴が聞こえる。

 

 

「いやぁ容赦無いっすね~」

 

「お金払っているから問題ない」

 

「フツブツ言いながら店主泣いてるぜ?」

 

「…お客様は神様です」

 

「とんだ神様に魅いられちまったなこの店」

 

 

矢を射る小気味良い音が響いて、また一つ景品が落とされる。

 

 

「ひえぇ~お客さんもう勘弁して下さいぃ」

 

「…くくく」

 

 

楽しそうに矢を射る京に、先程までの暗い感じはなく、純粋にお祭りを楽しんでいるようで武はほっとする。

 

 

「…このくらいで許してあげよう」

 

「このくらいって、景品全滅じゃねぇか」

 

「…そうとも言う」

 

 

京は何時の間にか出来た観客の子供達に、好きな景品をと配っていく。

そして配って尚余りある景品を武に渡す。

 

 

「…じゃあこれ持っていくの手伝って」

 

「持っていくって何処に?」

 

「秘密基地」

 

 

店主の抗議と言うか恨みの声を背中で聞き流して、武は戦利品を担いで京の後ろについて行く。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「良かったのかよ」

 

 

玩具や日保ちするお菓子を並べている京は、小さく頷いた。

 

 

「…武は良かったの?」

 

「聞くまでもないだろう?俺にとっちゃ祭りはおまけみたいなもんだ」

 

「武は私が一番だもんね…」

 

「…どうした?なんかお前変だぞ?」

 

「…そう?……でも、武が言うならそうだね」

 

「京…」

 

 

京は武の正面に座ると顔を伏せた。

武が声をかけようとした時、京は顔をあげて武を真っ直ぐ見る。

 

 

「武、私は大和が好き」

 

「あ、ああ、知ってるよ…どうした改まって」

 

「…確認」

 

「確認って、そんなの確認するまでも―」

 

「今日、モモ先輩が大和と一緒なのが羨ましかった」

 

 

京は武の言葉を遮って続ける。

 

 

「でも、残ってくれている武を見て安心している自分が居たの…」

 

 

その言葉で武は理解してしまう。

今現在、京を戸惑わせているものが何かを。

幼い頃、京は父親を捨てた母親に嫌悪を通り越して憎悪を感じていた。

だから、母親が死んだ時に涙は流れず、むしろ心の底から嬉しかったと京は語っていた。

 

 

「私は大和が好き…」

 

 

まるで、自分に言い聞かせるように呟いてる様に武は感じる。

母親と自分は違う、父親を捨てた母親の様にはならないなりたくない。

その葛藤が、京の心に生まれ始めている心の機微を、無意識に拒絶していた。

だから武は―

 

 

「あっちょんぶりけ」

 

 

突然、京の両頬を手で挟み込んだ。

ポカーンとしながら、変な顔になっている京を見て武は吹き出す。

 

 

「ぶはっ!くくく あはははは! ごはぁっ!?」

 

 

目の前で笑いまくる武の顎に、京の鋭い拳が突き刺さってソファーの後ろまで飛ばされる。

 

 

「私は真剣に―」

 

「屋上行こうぜ」

 

「え?」

 

 

武は後頭部を擦りながら起き上がると、京に背を向けて歩き出す。

 

 

「た、たける?」

 

「七夕だし、天之川、綺麗に見えんじゃねぇかな」

 

 

振り返らず言う武の後を、京も黙って着いていく。

少し埃と黴の匂いがする階段を昇って、錆びて鳴く扉を開けると、気持ちの良い風が二人の間を通り抜けた。

屋上に出ると夜空には一面の天之川が。

 

 

「…見えないね」

 

「流石にここじゃ無理だったか」

 

 

二人は夜空を見上げて呟く。

七夕にしては珍しく雲一つ無い夜空であったが、天之川は見ることが出来なかった。

 

 

「なぁ京……俺は京が好きだ」

 

「…うん」

 

「大和を好きな京が好きだ。モモ先輩に弄られてる京が好きだ。ワン子で遊ぶ京が好きだ。クリ吉をからかう京が好きだ。まゆ蔵と松風にツッコミを入れる京が好きだ。キャップに呆れる京が好きだ。ガクトとモロは…別に良いや」

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

「「はっくしょんっ」」

 

「二人して風邪か?」

 

「いや、これは俺様を噂する美女のせいだな」

 

「美女かどうかはともかく、誰かが僕達の事を噂しているのかもね」

 

「姿の見えない二人とか?」

 

「何処行っちゃったんだろうね」

 

「また、変なのに絡まれてないと良いけど…」

 

「さ、探してみるか」

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「俺はどんな京も好きなんだよ」

 

「私は…」

 

「親は関係ねぇよ。お前はお前だろ?」

 

「でも!」

 

「親がって言うなら、俺は自殺しなきゃならねぇな」

 

「…え?」

 

 

驚いたように見る京に、武は頭を掻きながらしょうもない話だけど、と続ける。

 

 

「親から虐待されてたってのは話したろ?」

 

「う、うん」

 

「その後な、俺の目の前で自殺したんだよ」

 

「…っ」

 

 

京は言葉を詰まらせる。

そんな京に武は優しく続ける。

 

 

「それ見て俺は泣いてたんだけど、悲しさより嬉しさの方が大きかったんだよ」

 

「…もう、虐待されない、から?」

 

「いんや、俺を連れて逝かなかったことが、俺には愛情に感じられたんだよ。最初で最後の愛情に」

 

「武…」

 

「馬鹿だよな、今考えりゃ向こうにまで俺を連れていきたくなかっただけだって分かるのにさ、その時はそう信じていたんだよ」

 

 

武はそう言って京に笑いかけた。

その笑顔に京は戸惑う。

どんな顔をして、どんな言葉をかければ良いのか思い付かない。

 

 

「どうだ?俺は子供が出来たら虐待して、自殺するような奴か?」

 

「違う!武は絶対そんな事しない!」

 

「ありがとよ。だったらさ、親がどうとか関係ねぇんじゃないか?京は二条武って言う俺そのものを見てくれている。俺は、俺達は椎名京って言うお前そのものを見てる。そこに親だとか血縁とかが入る余地なんてねぇよ」

 

「……」

 

「なんだよ、なんか言えよ」

 

「…武って凄いね」

 

「おいおい、今さら俺の魅力に気付くとか遅くないか?」

 

「前言撤回」

 

「はえぇよっ!!」

 

 

二人は何時のもやり取りに笑い出す。

なんだか全てがどうでもよくて、ちっぽけに思えて、それに悩む自分がさらにちっぽけに思えて声を出して笑いあう。

 

 

「なぁ京」

 

 

武の何時もの呼び掛けに、次に来る言葉はわかっているけど、京は待つ。

 

 

「七夕補正を狙ってって訳じゃないけど……俺と付き合ってくれ」

 

 

真っ直ぐな瞳を見つめ返して京は答える。

 

 

「私は大和が好き……だから、考えさせて」

 

 

真っ直ぐ京を見つめる瞳が大きく見開かれたと思うと、突然、武はその場にしゃがみこんでしまった。

 

 

「武?」

 

「い」

 

「い?」

 

「いぃぃやったぁあああああああーー!!!」

 

 

凄まじい声が響いて、突然跳ね起きた武は、夜空に向かって有らん限りの力を込めて拳を突き出す。

 

 

「ちょ、ちょっと、付き合うって言ってないよ?」

 

「わかってる!…だが!!お友達でじゃなかったって事は一歩でも進展したって事だろ?そうだろ?そうだと言ってくれ!!」

 

「…ま、まぁそう、かな?」

 

「うおおおおっ!!これが叫ばずにいられるか!?いや、いられるはずがない!!」

 

「大袈裟な」

 

「大袈裟じゃない!やべぇ嬉しすぎて今ならモモ先輩にも負ける気がしねぇ!」

 

「…そう言うのは本人が居ない時に言った方が良いよ?」

 

「あん?本人なんているはず……が…」

 

 

屋上の扉の前に立ち上る綺麗な赤いオーラ。

 

 

「携帯も繋がらないしたぶんここだろうと思って来てみれば、突然聞こえた武の絶叫にどれほど私が慌てたか…」

 

「あ、あの~…」

 

「武…私はお前の事を決して忘れない」

 

「ひぃいっ!!??」

 

 

百代の猛攻が始まる中、百代に振り切られた風間ファミリーの面々が集合する。

 

 

「どうやら何事もなく無事みたいだな!」

 

「いや全然無事じゃないでしょキャップ」

 

「武ってお姉様の拳好きよね」

 

「どうみたらあれが喜んでいる様に見えるんだよモンプチ」

 

「さっきの絶叫は一体何だったんだ?」

 

「はわわわ、と、止めた方がよろしいのではないですか?」

 

『これも青春ってやつだよまゆっち』

 

 

やれやれと呆れる大和の横に京が寄り添う。

 

 

「京、なんか良いことあったのか?」

 

「…何もないよ付き合って」

 

「それにしては何だか嬉しそうだけどなお友達で」

 

「…気のせい気のせい」

 

「そうか?」

 

「そうだよ」

 

 

そう言いながら、京の口許は少しだけ緩んでいた。

ばか騒ぎになってしまった屋上の、その中心にいる人を眺めながら。

 

 




少しだけ仲を進めてみました。
連休なので更新頻度をあげてやると意気込んでいたのですが、気づけば何時も通りでしたすいません。
次回は少しだけクリス分多目になりそうです。

ではまた次回で。



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第十一話 「京が来たら起こして…くれ……」

 

 

 

金曜集会が始まる前にクリスが秘密基地に着くと、そこには一人、ソファーで安らかな寝息をたてている武の姿があった。

 

 

「武一人か…」

 

 

クリスは自分の定位置に座って寝ている武を見る。

相変わらずボサボサの髪に花の髪留めをつけ、京と同じ本を読んでいたまま眠ったのか、お腹に上に本を載せたままでいる。

改めて見ると、ファミリー内では兄貴肌であるが結構童顔だ。

岳人の様に筋肉質ではないが、猫科の猛獣の様なしなやかさがある。

百代の拳を受ける打たれ強さと、決闘の時に見せた獣性などまるで感じさせない穏やかな雰囲気が漂う。

 

 

「随分と熱い視線で眺めているなクリス」

 

「大和!?何時からそこっ―」

 

 

クリスは慌てて荒げた声がこれ以上漏れないように、自分の口を手で塞ぐ。

 

 

「安心しろ、武はこれくらいじゃ起きねぇよ」

 

 

武の方を見ると、起きる気配すら見せずに寝息をたてている。

クリスはその様子にほっと胸を撫で下ろすと、再び大和を睨む。

 

 

「何時から見ていた」

 

「今来たばっかだよ。そんなに慌てると逆に怪しいぞ?」

 

「や、やましい事など一つもないぞ!」

 

「だからムキになるなって、分かってるよ」

 

 

やれやれと腰を下ろした大和は、おもむろに置いてある油性ペンを取り出して、武の顔に落書きを始める。

 

 

「お、おい!?」

 

「で?何か気になる事でもあるのか?」

 

「落書きしながら聞かれてもな……正直、武だけ良くわからないんだ…」

 

「あ~なるほどね」

 

「別に嫌いとか苦手と言う訳ではないのだが、掴み所が無いと言うか、踏み込めないと言うか」

 

「壁を感じる?」

 

「…ああ」

 

「だとしたら、それは武の方がお前に気を使ってるって事だな」

 

「どう言う事だ?」

 

「クリスの正義を愛する心に気を使っていると言うべきかな」

 

「ますます分からないぞ」

 

「つまり」

 

 

大和は最後に武の額に「岳人」と書いてペンを置いてクリスに向き直る。

 

 

「武の正義とお前の正義は相容れないんだよ」

 

「相容れない?」

 

「そっ、例えばファミリーの誰かが川で溺れていたら助けるか?」

 

「助けるに決まっているじゃないか」

 

「まぁ武を含めて全員がそうするだろうな…じゃあ質問、ファミリー以外の誰かが川で溺れていたら助けるか?」

 

「当然だろ」

 

「武を含めない全員がそうするだろうけど、武は違う…こいつはファミリー以外を助けない…むしろ助ける事によって危険が伴うなら助けるのを止めるだろうな」

 

「馬鹿なっ!!」

 

 

クリスは思わず怒声を上げて机を叩いてしまう。

 

 

「馬鹿だよな、本当に馬鹿だと思うよ…でも、それが武なんだよ。こいつのファミリー愛は俺達とは違う。俺もファミリーのために汚い手を使うが、武はファミリーのためなら悪そのものにだってなる」

 

「しかし、そうは言っても…」

 

「クリスが最初にここへ来た日、一番キレていたのは京じゃ無くて武だって知ってたか?」

 

 

大和の言葉にクリスは絶句する。

 

 

「で、でも武は京やモロを落ち着かせようとしていたじゃないか!」

 

「ああ、裏で姉さんがおさえていたからね」

 

 

クリスは今の今まで、あの時一番傷つけていた者を知らずにいた自分を恥じる。

 

 

「勘違いするなよ?武はもうその事を気にしちゃいないし、恐らく覚えてすらいない」

 

「…慰めを言うな」

 

「本当だよ。武にとってお前も大事な家族の一人だよ」

 

「自分にはそんな資格は…」

 

 

俯くクリスに、やれやれと大和はおもむろに立ち上がって、クリスの横に行くと無造作にその腕をつねった。

 

 

「な、なんだ?…いたっ!?」

 

「…どうしたクリ吉っ!!」

 

 

咄嗟に思わず大きな声で痛いと言ったクリスの声に反応するかの様に、武は勢い良く起き上がった。

 

 

「あん?なんだ大和とふざけてただけかよ……ふあ~あ、ねみぃ…皆集まったら、集まらなくても、京が来たら起こして…くれ……」

 

 

武はそれだけ言うと、十秒もしないうち再び寝息をたて始めた。

 

 

「な?言った通りだろ?」

 

「武…」

 

「自分の正しくないってわかっている正義をクリスに、家族に否定されたく無いってのもあるのかもな…とにかく武は不器用なんだよ」

 

「言ってくれれば良いものを」

 

「言ったらぶつかるだろ?」

 

「ぶつかり合うのもファミリーじゃないか」

 

「ぶつかっても変わらない所ではぶつかりたくないんだよ。武はこの事だけは恐らく死んでも曲げないからな」

 

「めんどくさい奴なんだな武は」

 

「クリスに言われるとか、きっと武も不本意だろうな」

 

「どういう意味だ!?」

 

 

クリスがお返しとばかりに大和の腕をつねる。

 

 

「いててててっ!」

 

 

大和の上げた声に武の反応を見るが、武が起きる気配は無い。

何か良い夢でも見ているのか、時々アホみたいな笑みを浮かべている。

 

 

「…起きないな」

 

「この野郎…もう少し落書きしておくか」

 

「起きた後でやり返されても知らんぞ」

 

 

大和によって落書きだらけにされた武の顔を見て、クリスは優しく微笑む。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「お、おわったわ…」

 

 

試験前に行われる特別集会、勉強会が終わって精魂尽きた一子が机に突っ伏する。

 

 

「もっと集中してやれば早く終わったものを」

 

「そうだぞワン子。勉強でお前から集中力をとったら何も残らねぇんだぞ」

 

 

大和と武が一子の両サイドから責める。

 

 

「誰の…ぶはっ…せいだと思っているのよ!!」

 

「全くだ…そんな顔で……ふふ」

 

「く、クリスさん…ふふ…笑ったら駄目で…うふふ」

 

『その顔見ながら勉強とか拷問だぜ』

 

「…しょうもない」

 

 

女性陣が半笑いで呆れるのも無理はない。

武の顔は大和が落書きしたままで、額に「岳人」と書いてあり、鼻は黒く塗りつぶされて

頬には髭、目の下には隈が書かれまるで狸のようになっていた。

大和は起きた武に復讐され、額に「京LOVE京」と書かれ、太眉毛にされ口の横に縦に二本線を入れられてまるで腹話術の人形の様になっている。

どちらも油性なので、落とすのを諦めてそのまま勉強を教えていたのだ。

因みに、二人をバカにした岳人の額には「童貞」と書かれそれを笑った卓也の額には「女装」と書かれ、仲間に入れろとキャップが自分の額に「風」と書いたのを百代が普通過ぎて気に入らないと、風の横に「俗」と書き足して男性陣の顔はカオスになっていた。

 

 

「ところで沖縄に旅行に行かないか」

 

 

落書きの話をぶった切って百代が提案する。

 

 

「また突然だな」

 

「突然は風間ファミリーの十八番だな」

 

『慣れないと置いていかれるぜクリ吉、まゆっちなんてもう慣れまくりだぜ?』

 

「いえいえ私も驚いてますよ松風」

 

「川神院で修行していた男が実家の沖縄で民宿を継ぐことになってな、この男がやたらとじじぃに恩義を感じていて、ぜひ遊びに来てくれと言うんだよ」

 

「質問!それはロハか?」

 

「交通費と雑費は自腹だが、宿泊費と食費は只で良いそうだ」

 

 

全員からおお~と言う歓声と共に拍手が巻き起こる。

 

 

「八月の十~十三で行こうと思うが都合の悪いやつはいるか?」

 

「お盆前だし僕は大丈夫かな」

 

「俺様もその日なら平気だ」

 

「お盆前だし皆大丈夫そうだな。今から予約すれば飛行機も少し安く済むかな」

 

 

大和が卓也の方を見ると、すでにノートパソコンで検索を開始していた。

 

 

「お盆の時期も外れているし、早割もあるからっと…出た、これくらいだね」

 

 

パソコンの画面を見せると、翔一がニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

「この値段なら、俺達の積み立て貯金で行けるぜ!」

 

「あれ?そんなに貯金あったっけ?」

 

「おうよ!この間行った旅先で泊めてくれた老夫婦が、倉の整理をしてくれたお礼にってくれた掛け軸が高く売れてな、その金全部貯金に突っ込んでおいたぜ!」

 

「さすがと言うか相変わらず無茶苦茶だな」

 

「…キャップの無茶苦茶は何時もの事」

 

「沖縄か…自分は行った事ないがどんな所なんだ?」

 

「えっとね、ほらこれ」

 

 

再び卓也がパソコンで、沖縄の観光サイトを開いてクリスに見せる。

その後ろから、翔一、一子、岳人、由紀江が覗き込んでいる。

 

 

「で?一人浮かない顔をしている二条さんちの武君はどうしたのかな?」

 

 

隅っこで小さくなっていた武が、びくっと肩を震わせる。

 

 

「…大和忘れたの?武が高所恐怖症…中でも飛行機が最大の弱点だって」

 

「あれ?そうだっけ?すっかり忘れてたな~」

 

 

どSな笑みを浮かべて、わざとらしく言いながら大和は武の肩に手をおく。

 

 

「まさかファミリー全員で行く旅行を断ったりしないよなぁ武」

 

「お、沖縄には現地集合なんて―」

 

「まさか皆で楽しく飛行機で行こうって言うのに、一人だけ違う道で行くなんて空気の読めない事しないよなぁ!」

 

 

ここぞとばかりに大和は普段の憂さ晴らしをし始める。

 

 

「あ、いや、その…しかし、なにも空路だけが全てではないと言うか」

 

「なに?そんなに行きたくないの?あれあれ?京も行くのに?」

 

「い、行かないとは一言も…」

 

「え?そんな小さい声じゃ聞こえないんですけど?」

 

 

ニヤニヤと笑いながら、武を追い詰めていく大和の後頭部に百代のチョップが炸裂する。

 

 

「その辺にしておけよ弟、京も若干引いてるぞ」

 

 

頭を押さえながら悶絶する大和を、京はじと目で見ている。

 

 

「で?武も行くんだろ?」

 

「あ、えっと」

 

「…機内で手、握ってあげようか?」

 

「行きます行きます行くにきまってるじゃないっすか!!!」

 

 

急に元気になった武は、卓也達が見ているパソコンに割り込んでいく。

 

 

「良いのか京」

 

「…誰のとは言ってないし、武は二週間以上先の事は覚えてられない」

 

「悪い女だな」

 

「モモ先輩ほどではないと思う」

 

 

京と百代はそれぞれ悶絶している大和と、パソコンの前で騒ぐ武を見てやれやれとため息をつくのであった。

 

 

 




クリスも好きです。ワン子と違ったおバカさがあっていいですよね。
今回もですけど、沖縄旅行までは京との絡みがちょっと少なくなるかもです。
ずれ過ぎず何とか話をくどくなく進められていけるほど文才があればなぁ…。

ではまた次回で。



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第十二話 「やっぱお前はわかってねぇな…」

 

 

 

無事に期末テストを終えた、一部無事ではないが赤点は何とか回避したので無事としておく、そんなある日。

事件は、隣のS組から聞こえてきたドアに何かがぶつかる轟音と共に始まった。

 

 

「予想通り交渉は決裂したみたいだぞ軍師」

 

「予想通りとか言うよ武、最善の人選だったんだから」

 

 

大和は頭を抱えている。

 

 

「ま、いくら九鬼英雄対策でワン子付けても、所詮FとSは相容れねぇよ」

 

「これからS組に行こうとしてる俺への当て付けかよ」

 

「そりゃ深読みしすぎだ、心から応援してるぜ大和ちゃん」

 

「言ってろ」

 

 

二人がそんなやり取りをしていると、和平使節団の面子が戻ってきた。

一子の顔は明らかに不機嫌で、真与の顔は悲しげであった。

 

 

「ほんっっっっとあったまくるわねっ!!」

 

 

一子は唸り声を上げて今にも噛み付きそうなほど荒れている。

 

 

「おうおう荒れてんなぁどうしたワン子」

 

「S組みの奴らに委員長をバカにされたのよ!!」

 

「しっかりケジメとったんだろ?」

 

「ドアの外まで蹴り飛ばしてやったわ!」

 

「よ~し良くやったワン子」

 

 

武はワン子を撫でくりまわす。

 

 

「わふ~~ん♪」

 

「良くやったじゃねぇよまったく…で?途中から学園長の声が聞こえたけど?」

 

「なんかじーちゃんがF組とS組は勝負する必要があるから、明後日の水曜日に全員が喜ぶ発表するって言ってたわ」

 

「勝負なのに全員が喜ぶって…大和」

 

「みなまで言うな武、嫌な予感しかしない」

 

 

武と大和の嫌な予感は、当然と言うか順当と言うかとにかく当たる事になる。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「川神大戦、開戦じゃっ!!」

 

 

指定された水曜日に大和たちが体育館に集まると、待ち構えていた鉄心が宣言した。

川神大戦とは言葉のとおり、F軍とS軍が丹沢山中で大将首を狙って戦をする、川神学園最大最高の勝負方法である。

川神大戦におけるルールは五つ。

 

一、尖った武器は禁止、武具はレプリカまたは峰打ちで戦う事。

 

二、拳銃と爆弾の使用を禁止。矢は先端に指定の処理を施せば使用可。

 

三、相手捕虜への尋問、拷問はご法度。

 

四、学校内の人間であれば何人でも助っ人可能

 

五、学校外の助っ人枠は50人まで。

 

 

「最終的には学園を二つに割っての大戦争になる、八月三十一日に実施するのでそれまでに各々準備を進めるがよい、その間、F組とS組の一切の喧嘩を禁ずる、以上じゃ」

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「だそうです」

 

「川神大戦ねぇ…この上なくめんどくせぇ」

 

「そう言うと思ったよ」

 

 

武はため息を吐いてはいるが、そんなに憂鬱そうでない大和に疑問を持つ。

 

 

「なんだよ随分と余裕そうだな大和、ビラ配って人員募集してはいるが恐らくS軍に付く奴の方が多くなるぞ?」

 

「まぁそうなんだが…ほら、うちには無敵な人がいるでしょ?そのせいで気持ちに余裕があるって言うかなんと言うか」

 

「ああ、なるほどね…」

 

 

武はそう言って、暫く考え込む様に黙る。

そんな武の様子に大和は首を傾げる。

 

 

「なんだよ?」

 

「やっぱお前はわかってねぇな…便所いってくる」

 

 

武は大和にそう言うと立ち上がった。

 

 

「わかってないって何がだよ?」

 

「モモ先輩には早く声かけておいた方が良いと思うぞ?」

 

「あん?なんでだよ?」

 

「さぁな」

 

 

含みのある言葉を残して武は教室を後にする。

残された大和は、武の言葉が妙に引っかかっていた。

 

 

「う~ん………考えても仕方ない」

 

 

誰に言うわけでもなくぼやいて、百代を探す為に教室を出たタイミングで、廊下の先に百代の姿を見つける。

百代も大和を探していたのか、大和に気づいて、なんだか嬉しそうにスキップでもしそうな勢いで歩み寄ってくる。

 

 

「姉さんちょうど良かった。川神大戦、協力お願いね?うちのエースとして」

 

「ああ、その事なんだがな…断る」

 

「…は?」

 

 

大和は一瞬で固まって全ての思考が停止する。

 

 

「いやぁ昨日葵冬馬が川神院を訪ねて来てな、ぜひS軍に入ってくれと頼まれたんだ」

 

「も、もちろん断ったんでしょ?」

 

「いや、許可したぞ」

 

「はぁ!?意味がわからないんだけど?なんで?どうしてだよ!?」

 

 

掴みかかってきそうな勢いで混乱している大和に、百代は大袈裟にため息を付いてみせる。

 

 

「…私は退屈なんだ、そこにこんな面白そうな誘いがあれば断るわけがない」

 

「面白いって何が!?」

 

「ワン子にクリ、京にまゆまゆと戦う事に決まっているじゃないか、仲間同士で戦うなんて滅多にできることじゃないからな…今からわくわくしているぞ」

 

「そんな理由で敵に…」

 

「私にとっては重要な理由だぞ弟」

 

 

(やっぱお前はわかってねぇな)

 

 

武の言葉が頭の中で繰り返される。

一瞬混乱していた大和は百代の視線に気づいて、自分の頬を叩いて気合いを入れ直す。

そしてこれは逆にチャンスだと考える。

期末テストで三位と言う高順位につけたが、大和は今ひとつ百代に男らしいところを見せられないで居た。

ならばS軍に入った百代を倒す事でそれが成し遂げられるのではないかと、自分が考えた作戦で百代に勝ちF軍を勝利させる。

そう考えると、大和は自分の心が熱く燃え上がってくるのを感じた。

 

 

「わかったよ…S軍も姉さんも俺が、俺達F軍が倒す!」

 

「ほぉ良く言ったな大和、楽しみにしているぞ?」

 

「ああっ!」

 

 

言って大和は走り出す。

まずは百代がS軍に付いた事でF軍の勧誘がふりな状況にならないための材料集めに。

トイレから出てきた武は、目の前を走り去っていく大和の背中を見送る。

 

 

「おお~青春しちゃってるねぇ」

 

「何せ私がS軍についたからな」

 

 

背後からの声に武はやっぱりねと振り返る。

 

 

「んな事だろうと思いましたよ」

 

「私としては全力のお前とも戦いたいんだがな」

 

「ちょっ、勘弁してくださいよ…」

 

「戦争とは言えルールのある勝負なんだから硬い事言うなよ」

 

「無理っす、せいぜい五秒足止めするのが精一杯ですよ」

 

「京を人質にとってもか?」

 

「うわ~最低な人がここにいるよ、もうお金かさないっすよ?」

 

「それは困るな…ま、せいぜい大和の力になってやる事だ」

 

 

手をひらひらと去っていく百代を見送る。

百代を止めるための切り札を大和が何枚用意できるかでこの大戦の勝敗は決まる。

少なくとも切り札なしの現状では間違いなくS軍が勝つだろうと武は予想していた。

 

 

「鬼札を一枚…いや、最低二枚だな」

 

 

そう呟いて武は教室に戻っていく。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「しっかしモモ先輩が敵にまわるとはねぇ」

 

「あたしは全然OKよ!むしろ俄然やる気が出てきたわ!」

 

 

気合いが入った一子は、スクワットをしながら溢れる闘争心に油を注いでいる。

 

 

「川神院の精鋭二十人がF軍に味方する事実は、モモ先輩がS軍に付いたってマイナスをしっかり打ち消してるみたいだね大和」

 

「ああ、これで少しは人集めが楽になると良いんだけど」

 

 

百代がS軍に付くと知った大和は、すぐに川神院を訪れていた。

事情を話し、百代と戦えると意気込む精鋭を引き抜くことに成功したのだ。

 

 

「…弓道部は私以外は皆S軍に、幽霊部員である私には止める事はできず」

 

「き、気にするなよ京…しょうがねぇよな大和、京一人いるだけでも十分だよな」

 

 

申し訳なさそうに言う京を武は慌ててフォローする。

 

 

「ああ、数より質だ。弓道部全員より京の方が俺には必要だ」

 

「大和…好き!付き合って!!」

 

「お友達で、ってフォローした武も睨むんじゃねぇよ」

 

 

そこに岳人が戻ってくる。

 

 

「水泳部は俺様の肉体美をもってしても駄目だったぞ」

 

「そっか、川があるから良い奇襲部隊になると思ったんだが」

 

 

さらに翔一も風のように戻ってくる。

 

 

「骨法部は全員味方してくれるってよ!この間の件で部員が迷惑かけたからってさ」

 

「いい事だ。俺も勧誘に動くぞ、皆もなるべく味方を増やしてくれ」

 

「おう!」

 

 

皆が教室を出て行く中、武は一人携帯をいじっていた。

それが気になったのか京も残る。

 

 

「…武が携帯いじるなんて珍しいね」

 

「ん?ああ、ちょっとな」

 

「何か企んでる?」

 

「まぁな」

 

「…あやしい」

 

「な、なんだよ?俺は何時だって京一筋だぞ付き合ってくれ」

 

「そう言う意味じゃないから考えておく」

 

 

京の言葉に武は上を向いて歓喜に身を震わせる。

一瞬きょとんっとする京は思い出してため息を付く。

 

 

「…まだ夢じゃないかって疑ってるの?」

 

「いや、そうじゃねぇけど、やっぱりお友達でから進んだんだなぁって改めて感動してた」

 

「…しょうもない…で?なに企んでるの?」

 

「ああ、大和のために保険と言うか切り札をな」

 

「切り札?」

 

「ああ、大和が一人で何とか出来たら無駄になるかもしれないから、その時がきたら話すよ」

 

「…わかった」

 

「さ、俺達も勧誘しに行きますか」

 

 

武は携帯を閉じて伸びをする。

そして気付く。

 

 

「…俺達って勧誘できるほど人脈ないよな?」

 

 

一瞬気まずい空気が流れたが、京が大量の人員募集のビラを机の中から取り出す。

 

 

「そこは否定できないけど、ビラ配るのなら協力できるから」

 

「だな、とりあえずそれを全力でやるか!」

 

「うん」

 

 

その日、遅くまでビラを配っていた二人だが、その手応えの薄さに焦りを覚えると同時に期待する。

恐らく戦力差は倍くらいの差が開くであろうこの状況で、風間ファミリーの軍師たる大和がどこまでやれるのかと。

そして、できればそんな大和の力になりたいと思う二人の心を、落ち始めた夕日が赤く染めていた。

 

 

 




本編書くより、後書きを書くのに一番時間かかってます。
勢いだけで書いてると、前に何書いたかすぐ忘れてしまうので、確認するために私が一番この小説を読んでると思います。
読み返す度に、ここはこうすれば良かったとか、こっちの方が良かったとか、悶々しています。
いや、もう本当に私の文にお付き合いしてくだださってる皆さんありがとうございます。
次回、もう一話くらいはさんでから、沖縄旅行かなぁ…そこではもっと京とキャッキャウフフさせてあげたいなぁ…。

ではまた次回で。



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第十三話 「本当に綺麗」

 

 

終業式の日、勧誘合戦は終わり、夏休み前にすべての学園生はどちらに付くか決まっていた。

そして校庭ではS軍の体育館ではF軍の決起集会が行われている。

 

 

「よぉミヤコン」

 

「おうロリコン」

 

 

校庭で行われているS軍の決起集会を近くで見ていた武に準が声をかける。

ちなみにミヤコンとは京コンプレックスの略である。

 

 

「なんだよ堂々と偵察か?」

 

「ああ、どうも俺は協調性に欠けるみたいでな、向こうに参加するよりこっちに偵察に来てた方が落ち着くんだ」

 

「素直に認めるなよ。まぁそれは良いとして…平気なのかよ?」

 

 

準は何人かの生徒が、武の方を殺気だった目で見ているのに気づく。

当然、武も気づいているが、良いの良いのと手をふり背中を見せる。

そこには大きくF軍と書かれた紙が貼られていた。

 

 

「戦争前の敵軍への攻撃は禁止だからな」

 

「抜け目ない奴だ」

 

「おや?武君じゃないですか」

 

 

何時もの穏やかな笑みを向けてくるのはS軍軍師にして、学年トップの成績を誇る葵冬馬だ。

両刀使いで有名は冬馬は事あるごとに大和や武にちょっかいをかけてくる。

 

 

「よぉ葵冬馬、モモ先輩を引き入れるとはさすがと言うべきか?」

 

「いや~まさかOKをもらえるとは思ってませんでしたから驚きましたよ。ところでこんな所に居るところを見ると、武君もS軍に入ってくれるんですか?」

 

「俺を調略したければ京を引き入れる事だな」

 

「それは不可能ですね。いやぁ残念です…今度それとは別にデートでも如何ですか?」

 

「それは大和に譲る事にする」

 

「それはそれで嬉しいですねぇ」

 

「しっかし、九鬼英雄の演説力は対したもんだ」

 

 

壇上に立つ英雄が演説を始めると、群集の視線が釘付けになっていた。

絶対的自信とそれを裏付ける実力、全てがかね備わって初めて出る王たる風格。

それに誰もが同年代と言う事を忘れて聞き入っている。

 

 

「ええ、あれは英雄の才能ですから」

 

「人の上に立つ為に生まれた人間か…故に弱点にもなり得ると」

 

「痛いところを突きますね」

 

「ま、そう言うのを考えるのは軍師の役目だからな…俺も一人くらいF軍に引き入れられたら京に褒めてもらえるんだけどな」

 

「おいおい、さすがに今になって寝返る奴なんてそうそう居ないだろう」

 

「おいロリコン、うちの委員長とお風呂に入れる券でこっちの味方にならないか?」

 

「武、俺は昔からお前とは上手くやっていけると どぎゃすっ!?」

 

 

寝返ろうとする準の後頭部に小雪の蹴りが決まる。

 

 

「あっはっはー♪裏切り者は処刑だぞハゲェ」

 

「まったく準には困ったものですね」

 

「相変わらず三人、仲の良い事で」

 

「はい、仲良しですよ」

 

「ねぇ♪」

 

 

嬉しそうに言う小雪が、武を見て首を傾げる。

 

 

「う~ん…君は僕と似ているのに何故だろう?全然違うね」

 

「ははっ、そりゃ俺は君ほど繊細じゃないし、壊れてる部分の違いだよ」

 

「ふ~ん…良くわかんないや」

 

「さてと、何時までもここにいたら怖い人達に囲まれちゃいそうだから退散するかな」

 

「もう行ってしまうのですか?残念です…何か収穫はありましたか?武君」

 

「いやぁこんな所で得られるものなんて本番ではなんの役にも立たないだろうし、そこのロリコンが比較的調略しやすそうだなって事くらいかな?」

 

「それは痛いところを見抜かれてしまいましたね」

 

 

武と冬馬はお互いを見合いながら笑い合う。

実際は、こんな所で得られるものなんて何もないのだが、F軍の軍師直江大和に近しい武が顔を出す事によって、冬馬に少しでも何かを匂わせられれば良い程度の行動だった。

しかし、そこはさすがのS軍の軍師葵冬馬、それを見抜いた上で積極的に武に話しかけてきたのだ。

 

 

「後は、そうだな…やっぱS軍の軍師様は優秀だって事がわかって良かったよ」

 

「そう言って頂けると光栄です。大和君にも宜しくお伝えください」

 

「あいよ~」

 

 

武は適当に答えてその場を後にする。

ちょうどその頃、体育館内から割れんばかりの歓声が響いた。

体育館を見れば、外側にはS軍に見える様にスパイをしていたであろう生徒が吊るされている。

大和による演出が効果をあげているようだ。

 

 

「すげぇ盛り上がりだな…頑張れよ大和」

 

 

それぞれの思惑を胸に、学園は夏休みを迎える。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

「あの~京さん?もうこれくらいで十分じゃないでしょうか?」

 

 

荷物が喋る。

 

 

「…う~ん足りないように気もするけど…」

 

「いや、もう十分過ぎるって」

 

 

沖縄旅行を前に、京の買い物に付き合っている武は荷物持ちをしていたのだが、あまりの量に最早武の姿は見えず、荷物が喋っているようにしか見えない。

 

 

「…せっかくの沖縄旅行、大和を魅了する為にはこのくらいでは足りない」

 

「わ、わかった、せめてお茶休憩をさせて下さい」

 

「…喜んで荷物持ちを買って出たのにだらしないなぁ」

 

「俺は脳筋ガクトと違って筋肉だけが取り柄じゃないんです!」

 

「はいはい、じゃあ適当にお茶にしますか」

 

 

喫茶店に入るなり、武は荷物を丁寧に降ろしてテーブルに突っ伏する。

 

 

「はぁ~ワン子の特訓よりきついなこれ」

 

「別に無理に頼んでないよ?」

 

「きついけど嫌だとは一言も言ってないだろ?」

 

「だよね」

 

 

店員にドリンクバーを頼むと武は二人分のドリンクを持ってくる。

京の好みを把握している武はそれらを京が何か言う前にこなす。

 

 

「…自然だよね」

 

「あ?何が?」

 

「こうして飲み物用意してくれたり、何時も武は私が何か言う前にしてくれるよね」

 

「んなもん当たり前だろ?」

 

「…慣れすぎて当たり前だったけど、改めて考えるとね」

 

「まぁ俺の体は京優先にカスタマイズされているからな付き合ってくれ」

 

「そんな改造した覚えはありません考えておく」

 

「で?あとは何を買うんだ?」

 

「後は水着かな、せっかくの沖縄だし」

 

 

その答えだけで武の顔は赤くなる。

 

 

「武だと試着しても見てもらえないのがね…」

 

「が、学校の水着ですら俺には刺激が強いのに、旅行用、しかも大和を誘惑する用の水着なんて俺が耐えられるわけないだろ!」

 

「わかってる、お店で鼻血出されても困るしね…でも、また買いに来るのめんどいなぁ」

 

「あ、いや、決して見たくないってわけじゃないんだぞ!?それにほらっ!俺が見ても参考にならないだろ?」

 

「せっかく私の水着を一番に見れるチャンスなのに」

 

 

悪戯っぽく笑う京に、武は素で焦っている。

顔はより一層赤くなり、額には変な汗をかいている。

完全に京は武で遊んでいた。

 

 

「そ、そりゃ一番に見たい…って!違う違う!あの、そのなんだ、ほら」

 

「…見たくないの?」

 

「あう………ミタイデス」

 

「よろしい」

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

試着室の前でそわそわする不審者が一名。

店員に京と居るところを見られていなければ通報されるレベルである。

 

 

「武?」

 

「うひゃいっ!?」

 

 

中から声がして、武は何処から出したのか変な声で返事をする。

試着室のカーテンが開くのと同時に思わず武は後ろを向く。

 

 

「…どうかな?って、武は後ろに目があるの?」

 

「こ、心の準備が!まだ…」

 

「早くしないと他の人に見られちゃうよ?」

 

「それはダメだ!!!」

 

 

反射的に振り向いた武の目に飛び込んできたのは天使だった。

オレンジと白のストライプが爽やかさを演出しているが、形状はビキニで京の豊かに育った胸、細くくびれたウエスト、無駄な部分が何一つない引き締まった下半身があらわになっている。

 

 

「どうかな?」

 

「……」

 

「武?」

 

「…綺麗だ」

 

「…え?あ、あの」

 

 

今までにない澄んだ瞳の武に、ほんの少しだけ京の頬が赤くなる。

 

 

「本当に綺麗だ」

 

 

そしてもう一度そう告げると、武は糸の切れた操り人形の様に崩れ去った。

安らかに眠る武からは、鼻血が綺麗な川を作って流れていく。

 

 

「…しょうもない」

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

土曜日の任意登校日。

普段なら参加しない風間ファミリーの面々は川神大戦を控えて全員が登校していた。

 

 

「ハッピーバースディ俺様!!なぁに朝からやる気なさそうにしてんだ武」

 

 

岳人は教室でぐったりと机に突っ伏している武の背中をばしばし叩く。

 

 

 

「悪いなガクト。昨日も言ったけど今汚いものを目に入れたくないんだよ」

 

「てめぇは俺の聖誕祭だって言うのなめてんのかよ!!」

 

「はいはいおめでとう。って昨日の金曜集会で祝ってやったろ?」

 

「当日に祝うのが親友の務めだろうが」

 

「あ、じゃあ俺祝わなくて良かったのか。前言撤回、俺の目の前から昇華しろ」

 

「しょうか?どっか燃えてるのか?」

 

「お前の脳みそがな」

 

「どういう意味だコラッ!」

 

 

毎度の如く殴り合いになる前に大和が間に入る。

 

 

「はいはいその辺にしとけよお前等、で?黒の隊はどうよ?」

 

「それなら今キャップが」

 

 

岳人が言いかけた時、タイミングよく教室に翔一が入ってきた。

 

 

「大和!黑の隊だ!こいつをどう思う?」

 

 

翔一の後ろには屈強な男達が控えていた。

 

 

「すげぇよキャップ、良くこれだけの人間を集めたな」

 

「おう!一緒にでけぇことしようって言ったまでだぜ!」

 

「さすがキャップ、これなら期待できそうだ」

 

「ああ、大戦までにはしっかり仕上げるさ!これから独自訓練に入って腕を磨くぜ」

 

「ああ、頼んだぜ」

 

 

翔一と岳人と男達は颯爽と教室を出て行った。

 

 

「さすがキャップだな。良い感じになりそうだ」

 

「ああ、ところで武お前には」

 

「わかってる、俺は京の護衛だろ?って言うかそれしかやらねぇし」

 

「頼むぞ、京の狙撃はF軍の切り札になるからな。しっかり守ってやってくれ」

 

「誰に向かって言ってんだよ」

 

「ははっそうだな愚問だったよ、すまん」

 

 

大和と武は拳を合わせる。

 

 

「ところで大和、切り札は用意できそうか?」

 

「今のところなんとか一枚は目処が付きそうだ…でも」

 

「最低もう一枚は必要だな」

 

「ああ」

 

 

大和の表情は暗い。

今、大和が交渉をして用意できる手札はこれ以上にないほど最高のカードだ。

しかし、それを持ってしても百代対策としては不十分だ。

 

 

「んな暗い顔を他の奴には見せんなよ?お前はF軍の軍師なんだからな」

 

「すまない、わかってはいても」

 

「心配すんな、もう一枚は俺が用意する」

 

 

武の言葉に明るい表情を浮かべたのも束の間、すぐに大和の表情は曇る。

 

 

「気持ちは嬉しいが…」

 

「中途半端じゃ使えねぇって?わかってるよ。大和、俺を信じろ」

 

「武、お前」

 

「その代わり、他の事に全てを注ぎ込めよ?お前にしかできないんだからな」

 

「…ああ、わかったよ…やってやるさ!」

 

「そうそうその顔だよ、やっぱ頼れる軍師様はそうでなきゃ」

 

 

そう言って笑いながら武は大和の背中を叩く。

そこにクリスが教室に入ってきた。

 

 

「大和、これから自分の白の隊と源忠勝殿のF軍本隊が合同訓練をおこなうのだが、屋上にきてくれないか?」

 

 

クリスの言葉に大和は立ち上がる。

 

 

「武、頼んだぜ」

 

「任せとけ」

 

 

もう一度二人は拳を合わせる。

川神大戦まで後一ヶ月。

それぞれがそれぞれの役割をこなして時は過ぎていく。

 

 

 




準好きです。
と言うか、冬馬と小雪三人合わせて好きです。
次回は予定通り沖縄旅行が書けそうです。
何とかここまで更新頻度を落とさずに来れましたが、だんだん年末進行で忙しくなってきたので、この先はわかりません。
先に謝りますごめんなさい。

ではまた次回で。




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第十四話 「お前らには少しお仕置きが必要だな」

 

 

 

川神大戦の準備が進められるなか、沖縄旅行の日がやって来た。

 

 

「もう駄目だ…」

 

 

武はまだ発進すらしていない機内で、毛布を被ったまま震えながら頭を抱えていた。

なんとか京に誘導されて機内まではこれたが、武の高所恐怖症、と言うか飛行機嫌いは限界を迎えようとしていた。

行き交うCAに声をかけられるが、答える余裕すらない。

 

 

「ねぇねぇキャップ、この座席に横に付いているボタンはなに?」

 

「それはな、緊急脱出用のボタンで押すと座席ごと外に放り出される」

 

「いやー!絶対触らないようにしよう…ぶるぶる」

 

 

初めて飛行機に乗る一子を、キャップが騙して遊んでいるのだが、その声は武にも丸聞こえで、絶対に触れないようにさらに縮こまる。

そして出発のアナウンスが流れ、機体がゆっくりと動き、滑走路に着くと一気に加速して大きく機体を震わせる。

 

 

「ひっ!?」

 

「おおおお~なになに?凄い揺れてる!!」

 

 

毛布を被っている武は外の状況が分からず怯え、一子も機体の揺れにあたふたしている。

 

 

「離陸するために加速しているだけだから、大人しくすわってろ」

 

「はーい♪」

 

「もう駄目だもう駄目だもう駄目だ」

 

 

素直に言う事を聞いて大人しくする一子と、まったく言う事を聞かないでうわ言のようにもう駄目だと呟く武。

飛行機は当たり前だが無事に離陸して、シートベルトマークが解除される。

 

 

「もういいぞワン子、平気か?」

 

「むぅ耳がキーンとして変な感じがする」

 

「それは飛行機病と言ってな、その後、耳から水が出て最悪死に至る」

 

「あわわわわ」

 

「死にたくない死にたくない死にたくない」

 

「だー!でたらめ教えんなキャップ、ワン子はともかくこれ以上武を追い詰めると危険だ!」

 

「はいはいわかったよ、って、京も少し調子悪そうだけど大丈夫か?」

 

 

翔一の言葉に慌てて武は毛布を剥ぎ取る。

見れば、少しだけ京の顔色が悪い。

 

 

「だ、だだ大丈夫か京っ!?」

 

「…平気、少し気分が悪いだけ」

 

「あう、あ、ど、どうしよう」

 

 

武が慌てる中、百代が優しく京の背中を擦る。

 

 

「どうだ?」

 

「…あ、少しだけ楽になった」

 

「体を巡る気を調整しているんだ」

 

「じゃあ俺は頭を撫でてやる」

 

「ほら、薬もらってきてやったぞ」

 

「自分の毛布を使うと良い」

 

「アイマスクです。お休みになられるなら必要ですよね」

 

「京がんばー!」

 

「…皆…ありがとう」

 

 

皆が京の為に色々しているなか、武は一人なにも出来ない自分が情けないやら恥ずかしいやらで再び毛布を被る。

 

 

「しかし京がこんな状態なのに、ガクトとモロはナンパしているのか?」

 

「良いよクリス、せっかくの旅行なんだから好きな事していて、皆も私はもう平気だから楽しんで」

 

「わかった、また辛くなったら言うんだぞ」

 

「…うん」

 

 

百代達は京の気遣いにそれぞれが席に戻っていく。

それを見送ってから、京は隣で小さくなって震えている武の毛布越しの頭に手をおいた。

その瞬間、毛布が取り払われて武が京を見るが、自分の情けなさに目を反らしてしまう。

 

 

「あ…お、おれ…」

 

「…そこに手を置くと楽になるなぁ」

 

「え?」

 

「置けなくなったから気分が悪くなってきた」

 

「っ!?」

 

 

武が慌てて毛布を被ると、京の手がそっと置かれた。

 

 

「…少し楽になったなぁ」

 

「京…」

 

 

先程より若干震えが小さくなったのと、毛布越しに徐々に上がっていく武の体温を感じて、京はアイマスクをして眠りにつく。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「沖縄いえーーーーーい!!」

 

「海いえーーーーーーい!!」

 

 

海を前に一子と武は大声で叫んだ。

クスクスと小さく笑い声が聞こえ、周りの観光客や地元の人が微笑ましく見ている。

 

 

「…まったく、地上に着くなり元気な事で」

 

 

京が呆れたように武を見るのも無理はない。

武は飛行機が乱気流で揺れる度に死ぬーっと騒いだり、着陸の時に機体が揺れ始めれば墜落するーと騒いでCAを困らせていたのだ。

その度に京は隣で恥ずかしい思いをしていた。

 

 

「…はぁ…気分が悪くなる暇もなくて大和に介抱される作戦が台無しだよ」

 

「何か言ったか?京」

 

「…沖縄で愛を叫ぼうかと、付き合って」

 

「沖縄でもお友達で」

 

「じゃあ俺と付き合ってくれ!!」

 

「…沖縄でも考えておく」

 

 

割り込んできた武と京のやり取りに大和は驚く。

あの京がお友達でと言わないで考えておくと言ったのが、大和にとっては信じられなかったのだ。

 

 

「京、お前―」

 

「よーしお前ら!さっさと着替えてここに集合だ!」

 

 

大和の言葉を遮って翔一の掛け声が響く。

更衣室に移動していくその背中を見つめ、大和は少しだけ微笑む。

 

 

「なに一人でニヤニヤしてんだよ気持ち悪りぃな」

 

「機内でナンパしている時のお前の顔ほど気持ち悪くない……何て言うか娘を嫁に出すときってこんな感じなのかなってな」

 

「どう言う事だよ?」

 

「良いんだよ、ほら行こうぜ」

 

 

訝しげな表情の岳人の肩を叩きながら、大和は楽しそうにじゃれている武達の後を追う。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「お気の毒に…」

 

「青い空に青い海、そう言う事したくなる気持ちもわからなくはないがな」

 

「そうか?俺は早く海で遊びたいぜ!」

 

「キャップは何時になったら異性に目覚めるのかな」

 

「とりあえずここは俺が行くべきか?軍師」

 

「いや、遠目からでも姉さんの嬉しそうな顔が見えるから良いんじゃないか?」

 

「そうなんだが…やっぱ一応行って来る」

 

「俺様はやめた方が良いに一票だ」

 

「僕もそっちに一票かな」

 

「まぁモモ先輩の邪魔はしない方が良いからな、俺もガクトの意見に一票だ」

 

「まぁ一度は止めたから後は自己責任って事で俺も一票」

 

 

全員が止める声を背に武は砂浜を駆けて行く。

目指すは女性陣の前に立ちはだかる男達の前。

 

 

「すとーーーーっぷ!!!!」

 

 

武はズザーと滑り込むようにして両手を挙げて立ちふさがる。

 

 

「んだてめぇ!」

 

「野郎に用はねぇんだよ!!」

 

 

突然現れた武に男達から罵声が浴びせられる。

後ろからは明らかに不機嫌そうな百代のため息が聞こえてきて、武は夏の砂浜で冷たい汗が流れるのを感じてゴクリッと喉を鳴らす。

だが、それでも武は最低限確認しなければならないことがあった。

 

 

「一つだけ!一つだけ質問させてください!」

 

 

武は男達に向かって言ってはいるが、その敬語は後方の百代に向けたものであった。

背後からの威圧感は増して行くが、まだ手が出ていないので武は願いが了承されたと解釈する。

 

 

「お、お兄さん達は観光の方ですか?それとも地元の方ですか?」

 

「ああん?俺達は地元じゃちったぁ名の知れたもんよ」

 

「痛い目にあいたくなかったらさっさとケツまくって消えちまいな!」

 

 

男達の下品な笑い声に武は安堵のため息を吐く。

 

 

「それを聞いて安心したよ…いくら軟派野郎でも観光にきて病院送りじゃ気の毒だなぁって、こんな良い場所に来るとそう言う慈悲の心がわくわけよ」

 

「なにいってんのお前?」

 

「一応無駄だとは思うけど、何も無かったことにして帰った方が良いよって忠告聞く気はあるか?」

 

「はぁっ!?」

 

「やっぱないよ―」

 

武の言葉を切るように肩に優しくポンッと手が置かれた。

びくっとして振り向こうにも嫌な予感しかしないので振り向けない。

 

 

「武…」

 

「…いや、あの~一応観光にきてるわけでその~」

 

「そうかそうか、武は優しいなぁ……邪魔だ」

 

 

いきなり首根っこを掴まれたかと思うと、百代の剛力がまるでボールを投げたかのように武を宙に舞わせた。

綺麗な放物線を描いて、武は大和たちが待つ砂浜に頭から突き刺さる。

 

 

「だから俺様がやめておけと言ったろ」

 

「こうなる事は目に見えていたのにね」

 

「昔、映画かなんかでこう言うの見たことあるぜ俺」

 

「ああ、八つ墓村でしょ?俺もみたみた」

 

 

武をそのままにして和やかに会話をしている大和達の元に、海に遊びに来ている地元の子供達が集まってくる。

 

 

「見るだけにしろよ、触ると動いて危ねぇからな」

 

「砂は良いけど石は投げないでね、一応生きているから」

 

「あーそこそこ撮影は禁止だぜ」

 

「はい皆注目、あそこに居るお姉ちゃんの所にも同じオブジェがいっぱいあるからそっちで遊ぼうね」

 

 

大和が指差した方を子供達が見ると、先ほどまで百代たちを軟派していた男達が全員一列に逆様になって埋められていた。

わーいと喜んで子供達はそちらに向かって走り出す。

 

 

「大和、これ息できてんのか?」

 

「ん?、まぁ武なら平気じゃないかな?」

 

 

突き刺さってる武がもぞもぞと動き出す。

足をばたつかせているが、上手く抜けないようだ。

 

 

「しょうがねぇな」

 

 

岳人は武の両足を持って一気に砂浜から引っこ抜いて放り投げる。

 

 

「ゲホッ!?ゴホッ!!ぺっぺっぺっ、いやぁマジ死ぬかと思ったぜ」

 

「俺様が助けてやったんだ感謝しろよ」

 

「ああ、助かったよ」

 

 

武が妙に素直にそう言って手を差し出す。

その手を握ろうとした瞬間、武の拳が岳人を顔を捉える。

 

 

「なんて言うと思ったかこの脳筋ゴリラ!!助けるのがおせぇんだよ!!」

 

「上等だこの野郎、もっかい砂浜に埋めて今度こそ息の根止めてやるぜ!!」

 

 

武と岳人の取っ組み合いの喧嘩が始まる。

 

 

「また喧嘩してるのこの二人」

 

「沖縄に来てまで良くやる」

 

 

何時の間にか合流した女性陣が呆れて見ている後ろで、大和と卓也が顔を赤くしている。

 

 

「ワン子はともかく、やっぱりうちの女性陣は凄いな…」

 

「そ、そうだね」

 

 

一子はオレンジの動きやすさを重視した競泳用タンキニ、クリスは白地に青いラインの入った綺麗と可愛いの中間型ビキニ、由紀江は白の大胆ワンピース、京は布地少な目のセクシービキニ、百代は暴力的な黒の紐ビキニ。

大和と卓也はそれぞれ見ているところは違うが、鼻の下を伸ばして同じ様な顔をしている。

 

 

「なんだ弟、そんなに私の水着姿が気に入ったか?」

 

「いや、純粋に綺麗だなって思って」

 

「それにしては、随分モロロと鼻の下を伸ばして見ていたじゃないか」

 

「俺はむっつりじゃないよ」

 

「それじゃあまるで僕がむっつりみたいな言い方なんですけどねぇ!!」

 

「もういいから早く海で遊ぼうぜ~」

 

「こうまったく関心を持たれないのも腹立たしいな」

 

「キャップだからね」

 

「まぁいいか、ワン子、クリ、武と岳人を止めろ」

 

「はーい♪」

 

「任せろ!」

 

 

言って同時に駆け出した一子とクリスの飛び蹴りが、何故か武にだけ直撃する。

 

 

「ぐはぁっ!?」

 

 

武は延髄に二人の飛び蹴りを受けて、前のめり倒れそうになるのをなんとか堪える。

 

 

「なんでクリまで武を狙うのよ!」

 

「それは自分の台詞だ!」

 

「むしろ俺の台詞だろ!!なんで俺だけなんだよっ!!」

 

「そんなの倒しがいがある方を狙うのは当然じゃない」

 

「自分もまったく同意見だな」

 

「ほほぉ…まぁお前らのへなちょこキックじゃ俺はびくともしねぇけどな」

 

「へなちょこぉ!?言ってくれるじゃない」

 

「あれが自分の本気だと思われたのなら心外だな」

 

 

武と一子、クリスが対峙する。

 

 

「ワン子、クリ吉、お前らには少しお仕置きが必要だな」

 

「やれるもんなら!」

 

「やってみるがいい!」

 

「上等だっ!!」

 

 

吠えた武が一歩を踏み出そうとしたその刹那。

 

 

「…武」

 

 

京の声に咄嗟にそちらを向いた武が固まる。

それは、試着室で見た水着ではあったが、太陽の下、白い砂浜で見ると、室内とは比べ物にならないほどの輝きを放っていた。

 

 

「俺の天使…」

 

 

その言葉と共に、武は鼻血を出しながら砂浜にゆっくりと倒れていった。

 

 

「勝者!京っ!!」

 

「ぶいっ♪」

 

 

 




と言うわけで、海まで辿り着けませんでした。
予定ではきゃっきゃうふふする予定だったのにな…。
次回も引き続き沖縄旅行の話になると思います。
って言うかこれで終わったら沖縄旅行の話いらないじゃんになってしまうので。

ではまた次回で。



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第十五話 「泣いてねぇよ!!」

 

 

 

武は慌てていた。

それはもう尋常じゃないほど。

宿のオーナーに借り物をすると、急いで外に出ていく。

時刻はまもなく日付が変わろうとしていた。

 

 

「…武?」

 

 

寝付けずにいた京は、外の空気を吸いに出ようとした所で、宿を出ていく武の姿を確認する。

普段なら、近くにいる京の存在を見過ごすなどありえない武が、まったく気づかないほどに慌てている様子に、何か普通ではないものを感じて京は後を追う事にした。

外は月明かりに照らされて、昼間よりは少し優しくなった暑さに、海風が心地良く吹き付けている。

 

 

「…確かこっちの方に」

 

 

武が走って行ったのは昼間、京達が遊んでいたビーチの方向であった。

時間も時間だけに、辺りは人の気配はなく、日中の賑わいが嘘のように静まりかえっていた。

そこに、小さな光が世話しなく動いているのが見える。

 

 

「ない!ない!ないぃ!あ~もう何処だよ!」

 

 

武が懐中電灯で砂浜を照らしながら、這いつくばるように動き回っていた。

 

 

「…何してるの?」

 

「ぬおわっ!?」

 

 

突然かけられた声に、驚きのあまり飛び退いて振り向いた武が、懐中電灯で京の顔を照らす。

 

 

「ま、眩しいよ」

 

「あわわわわわすまん!!」

 

 

慌てて懐中電灯を消しながら立ち上がると、これまた慌てて懐中電灯を後ろに隠す。

誰がどう見ても何かを探していた様に見えるが、京は念のためもう一度聞いてみる。

 

 

「…何してるの?」

 

「いや、その……あっ!ほらあれだっ!散歩だよ散歩っ!!」

 

「…………」

 

「月も綺麗だし、ちょっと夜風に…あたろうかなぁって……」

 

「…………」

 

「夜の…砂浜は………嘘つきましたごめんなさい」

 

 

砂浜の上で土下座する武を見下ろしながら京はため息をつく。

 

 

「…それで?何を探してるの?」

 

「それはその~…」

 

「…………」

 

「……京に貰った髪留め」

 

 

見れば、武は何時も着けている髪留めを着けていない。

 

 

「…たぶん、ここに来た時に無くしたんだと思うんだけど…俺、浮かれてて、さっき温泉からあがって鏡みるまで気づかなくて…」

 

「…それでわざわざ皆が寝るのを待って探しに来たの?」

 

 

武は力無く頷く。

 

 

「…しょうもない」

 

「…ごめん」

 

 

武はあれほど大事にしていた髪留めを無くした情けなさと、それを京に知られてしまったショックで項垂れる。

 

 

「あんな髪留めを何時までも大事にしちゃって…バカみたい」

 

 

京はそう言って携帯を取り出すと、カメラのライト機能を常時ONにして、砂浜に這いつくばって髪留めを探し始める。

 

 

「お、おい、いいよもう遅いから、お前は宿に戻れって」

 

「…無駄口聞いてる暇があったら探しなさい」

 

「京…」

 

 

二人は月明かりが照らす砂浜で、懐中電灯と携帯の光を頼りに黙々と探していく。

 

 

「…一つ聞いて良い?」

 

「駄目なんて言わないの知ってるだろ」

 

「…あの髪留め、なんでそんなに大事にしてくれてるの?」

 

 

「知ってるだろ?あれは初めて京から貰った物で、お前が笑ったのが嬉しくてさ」

 

「本当にそれだけ?」

 

「…あの時、初めてお前が笑ったんだよ皆の前で、俺はあの時の、お前のあの笑顔を一生忘れない、その記念でもあるんだ」

 

「…初めて…覚えてないよ」

 

「良いんだ、俺が覚えているから」

 

 

再び武と京は黙って髪留めを探し始める。

しかし無情にも時間だけが過ぎていき、髪留めは一向に見つからなかった。

 

 

「京、ありがとうな…もう良いよ」

 

 

探し始めて二時間以上経った所で、武はどっかりと砂浜に腰を下ろす。

 

 

「流石にこれだけ探して見つからないって事は、誰かが拾って持っていったのか、捨てられちまったか…とにかく、もう良いよ」

 

「武…」

 

 

京は武の横に腰を下ろす。

 

 

「あ~あ…馬鹿だなぁ俺」

 

 

武は自嘲するように笑って夜空を見上げる。

京は気付いていた。

その目に少しだけ涙が浮かんでいるのを。

武はその涙に気づかれたくなくて、夜空を見上げているのだと。

 

 

「…ほんと…しょうもないんだから」

 

 

京は自分のしている髪留めを外すと、武の髪を優しくかきあげる。

 

 

「っ!?みやこっ!?」

 

「…動かない」

 

 

そのまま、何時も武が止めている様に髪留め着けると、京は武の顔を色々な方向に動かして見え方を確認して「よしっ」と頷く。

 

 

「…それ、あげるから泣かないの」

 

「ばっ!?な、泣いてねぇよ!!」

 

 

言われて乱暴に腕で目を擦る。

 

 

「泣いてたくせに」

 

「泣いてねぇって!!」

 

「…はいはい……ねぇ武」

 

「な、なんだよ?」

 

「海、入ろっか」

 

「なに言って―」

 

 

返事を待たずに立ち上がった京は、着ていた薄手のパーカーを脱いで一気にTシャツを捲る。

 

 

「ななななななななっ!?」

 

 

武は真っ赤になって後ろを向く。

 

 

「何を期待しているのか知らないけど、水着、着てるから」

 

「…なんだ…って!そう言う事じゃねぇ!」

 

「武はそのままで良いでしょ、ほら行くよ」

 

「いや、ちょっと待てよ」

 

「待ちません」

 

 

そう言って京は武を置いて、さっさと海に入ると、水面に体を預けて波に揺られ始める。

武はその様子を呆然と見つめていた。

 

 

「きゃっ!?」

 

 

突然、小さい悲鳴あげて波間から京の姿が暗い海に消える。

その時にはもう武は走り出していた。

 

 

「京っ!?」

 

 

波を蹴って慌てて京の元にいくと、突然、海中から足を引っ張られて見事に転倒する。

 

 

「…修行が足りないなぁ」

 

 

呆気にとられて京を見上げる武に、京は容赦無く海水をかけていく。

 

 

「ぶわっ!?うわっぷ、み、みやこ!?」

 

「ククク、良い的だ」

 

「ちょっ!?ま、待てうっぷ、だーー!!」

 

 

武は立ち上がり様に両手でおもいっきり京に海水をかける。

 

 

「わっぷ!?……挑戦と受け取った!」

 

「受けとるなっ!ぬわっ!?」

 

 

砂浜には波の音と二人の楽しそうな声が響き、月の光に照らされた髪留めが優しく輝いていた。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「あ~さっぱりしたぜ」

 

「湯上がりに見る俺様の肉体も美しいなぁ」

 

「見たくもないものが見えるからパンツくらい履きなよガクト」

 

「しっかし、まさか台風が来るとはねぇ」

 

 

帰る予定の日に台風が直撃したため、大和達は沖縄で足止めを食っていた。

 

 

「俺はここが気に入ったから、何日いたって良いぜ!」

 

「さすがキャップ、まぁどうせ武も京と居れれば何処に何日いても良いんだろう?」

 

 

鏡の前で髪留めを着けながらニヤニヤしている武に、岳人の声は届かない。

 

 

「気持ちわりぃな…って、お前その髪留めって何時も京がつけてた奴だろ?」

 

 

その言葉に勢い良く振り返った武は、誇らしげに髪留めを見せびらかすように、岳人の目の前に頭を出す。

 

 

「ガクトの癖に良いところに気づいたなぁ…わかる?やっぱわかっちゃうか~うんうん」

 

「うわ!なんだこいつ何時にも増してうぜぇ」

 

「いやもうどうでも良いから二人ともパンツ履きなよ!」

 

「どうでも良いだとっ!?」

 

 

武は岳人を押し退けて卓也に迫る…フル○ンで。

 

 

「師岡さんちの卓也くんよぉ、馬鹿なガクトならいざ知らず、風間ファミリー突っ込み担当のお前が俺と京の間に何かあったんじゃないかって話をふらないでどうする!!」

 

「おいてめぇ今俺様の事を馬鹿と言いやがったか!?」

 

 

岳人は詰め寄られる卓也を突き飛ばして、武に迫る…フル○ンで。

 

 

「…地獄絵図だなありゃ」

 

 

大和は尻餅をついた卓也の頭上で行われる、武と岳人のフル○ンでの喧嘩に目を覆う。

卓也の助けを求める声を聞こえないふりして。

 

 

「上等だ武、そんな粗末なモノぶら下げて俺様に挑んだ事を後悔させてやるぜ!」

 

「はっ!無駄にでかいだけで生涯使い道のないモノよりはマシだぜ!」

 

「俺様の未来の可能性を勝手に否定するんじゃねぇ!お前だってねぇだろうがよ!」

 

「ばっ!?俺の京との幸せな未来の家庭図を否定しやがったな!!ちなみに子供は三人が理想だ!」

 

「聞いてねぇしそれこそ生涯ありえねぇな!」

 

「良し殺す今殺す絶対殺す!」

 

「殺ってみろ!」

 

 

何時ものやり取りに、大和は既に携帯を取り出して台風情報を確認していた。

 

 

「な~んかさ、最近仲良いよな」

 

「キャップ、フル○ンで殴りあってるあの状況の何処をどう見たら」

 

「あの二人じゃなくて武と京だよ」

 

「ああ…そうだな」

 

「俺には良くわからないけど、大和としてはどうなんだ?」

 

「どうって、俺は別に京の保護者じゃないからなぁ…ただ、武なら京を幸せに出来るんじゃないか?」

 

「京の幸せがお前と付き合うことでもか?」

 

「それは…」

 

「やっぱ俺には良く分からねぇや、俺も何時か誰かを好きになったりするのかな」

 

「そんな時が来たら、ぜひその女性を見てみたいもんだ…案外ファミリーの誰かだったりして」

 

「それはねぇよ」

 

 

大和の冗談が当たる事になるとは、この時の二人は知る由もなかった。

 

 

「あ、そうだ武」

 

「今忙しいから後にしてくれ!」

 

「良いのか?これ拾ったんだけど」

 

 

そう言ってキャップが見せたのは、武が何時も大事に着けていた髪留めだった。

その髪留めを一瞬呆けたように見つめる武の顔に、岳人の拳が入るがびくともしない。

 

 

「あ、あああ…」

 

「武がモモ先輩に投げられた日の帰りにさ、落ちてたから拾ったのをすっかり忘れてたぜ」

 

「キャップ~!!」

 

 

武はフルチンのままキャップに抱きつく。

そして、その頬にキスをしようとする。

 

 

「ありがとうキャップ愛してる!!も~チュウしたる」

 

「うわっ馬鹿やめろっ!全裸で抱きつくなっ!俺は男にキスされる趣味はねぇよ!!」

 

「京の次に愛してるよキャップ~~♪」

 

 

中から聞こえるその状況に、お約束と言うか必然というか、男湯の前で頬を染めてくねくねしている者が一名。

 

 

「どうしたんだ京、男湯の前でそんなに顔を赤らめて」

 

「…クリスも聞いてみると良い…武とキャップ、凄くありなんだ!!」

 

 

こうして沖縄旅行は無事?終了した。

 

 

 

 

 

ちなみに

 

 

 

 

 

「もう駄目だ…」

 

 

帰りの飛行機の中でも、一人毛布にくるまって怯えるものが一名居たそうな。

 

 

 




キャッキャウフフ成分よりキャッキャウホッ成分が多くなりました。
次回はちょっと強鱚な人達を出して遊ぼうかとおもいます。
二話くらいを予定しているので、特にタグ追加はしません。

ではまた次回で。



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第十六話 「無茶言うなって」

 

 

 

夜の島津寮での事。

 

 

「ふんふふ~んふふふ~~ん♪」

 

 

武のご機嫌な鼻歌が響き、キッチンには甘い匂いが充満していた。

クンクンと鼻を鳴らしながら、その甘い香りに引き寄せられる金髪の蝶が一翅。

 

 

「なんだこの良い匂い、わっ!?」

 

 

武のもとに行こうとしたクリスの腕を掴んで、京は自分の隣の席に座らせる。

 

 

「…今、武に近寄っちゃ駄目」

 

「ん?何故だ京」

 

「…忘れたの?武の水羊羹の話」

 

「では今作っているのは」

 

「そ、近寄らなければ害は無いから」

 

「そ、そうかすまない」

 

 

以前、大和のヤドカリの件で痛い目にあっているクリスは、京に礼を言うと冷や汗を拭った。

二人の存在にまったく気付いていない武は、なおも上機嫌に鼻歌を歌いながら、手際よく作業をしている。

 

 

「しかしなんと言うか意外だな」

 

「…何が?」

 

「いや、料理ができたり勉強ができたりと」

 

「ああそう言う事…武は弱点である高所恐怖症を除けば、勉強はファミリー内では大和の次にできるし、運動、特に持久力ならワン子と互角に近いものがあるし、打たれ強さはモモ先輩の折り紙つきで、家事もまゆっちの次に出来るから、考えてみれば結構万能だね」

 

「普段の様子からはとてもそう見えないんだけどな」

 

「自称、影で努力する人らしいよ」

 

「学園で結構モテたりするんじゃないか?」

 

「…一部にマニアックなファンがいるみたい、時々嫉妬の視線を感じる事があるから」

 

「京も大変だな」

 

「…別に、もう慣れた」

 

 

不意に武が手を叩く小気味良い音が響く。

 

 

「よし完成♪後は~冷蔵庫で冷やして~♪美味しくな~れ美味し~くな~れ~♪」

 

 

武は変な歌を歌いながら冷蔵庫に頬ずりする。

 

 

「…み、みやこ?」

 

「…分かってる…慣れている私でも若干引いてるから安心して」

 

「お?なんだ京にクリ吉、何時からいたんだ?」

 

 

冷蔵庫に水羊羹をしまい終えた時点で、まるで二人に気づいていなかった武は目をパチクリしている。

 

 

「…今来たところ、今回の出来はどう?」

 

「いや~キャップから貰った幻の小豆は実に美人だったから、きっと美味しくできるぞ」

 

「は、ははっ…そ、それは自分も楽しみだな」

 

「おう!明日持って行く分以外は好きに食べて良いからな」

 

「…何処か行くの?」

 

「ああ、えっと、そのな…」

 

 

武はクリスをちらりと見る。

クリスはその視線に気づいたが、何の事かわからずに聞こうとした瞬間、理解する。

 

 

「さて、自分はそろそろ部屋に戻って寝る支度でもするかな」

 

「おお~クリ吉のくせに空気読んだよ」

 

「貴様~せっかく自分が気を利かせているのにその言い草はなんだ!!」

 

 

クリスのパンチが顎に決まるが、武は気にせずクリスの頭を撫でる。

 

 

「悪かった悪かった、ほれよしよし」

 

「犬と一緒にするな!…まったく」

 

 

クリスは武の態度に納得はいかなかったものの、空気を読んだのを褒められたのが少しだけ嬉しくて、機嫌良く部屋に戻っていった。

 

 

「…で?」

 

「あ、あのさ京…明日、で、でで」

 

「さて、私も部屋に戻ろうかな」

 

「鬼かお前は!俺とデートしてくれっ!!」

 

「…ごめんなさい」

 

「ガーーン」

 

 

口で言うほどショックを受けた武は、その場で膝を付いて涙する。

無常にもその横を通って行こうとする京の服の裾を小指と親指でほんのり申し訳なさい程度に摘む。

 

 

「…嘘ですデートじゃないです交渉です」

 

 

ピタリと足を止めて京は武を見る。

 

 

「しかも交渉場所である、俺が知る中で一番美味くて辛いカレーがある店で奢ります」

 

「…それだけ?」

 

「しかも、大和の為に用意する切り札となる相手との交渉です」

 

「…続けて」

 

「成功したらその手柄は半分京のものです」

 

「…おやすみ武」

 

 

武の指を振り解いて行こうとする京。

 

 

「待って!待ってぇ~…手柄は全て京のものですぅ…」

 

「しょうがないなぁ付き合ってあげよう」

 

「ありがとうございます…うう」

 

「…泣くほど嬉しいんだね武、で?何処に行くの?」

 

 

武は涙を拭いながら立ち上がって告げる。

 

 

「松笠です」

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

 

そこは川神から電車で数十分程の場所にある街。

昔使われた、街の名前の由来になっている戦艦が固定保存されている珍しい所だ。

米軍基地と自衛隊の基地が混在する異国情緒溢れる街として発展している。

 

 

「…そんなに遠くないわりには初めて来た」

 

「ああ、そう言えば風間ファミリーでは来た事なかったな」

 

「武は何度か来た事あるの?」

 

「ああ、昔ちょっとな…さ、遅れるといけないから早く行こうぜ」

 

「…うん」

 

 

駅前は夏休みだと言うのに、結構な数の制服を着た学生で賑わっていた。

 

 

「…学生が多いね」

 

「ここは竜鳴館って言う色々な活動に活発な学園があって、ある意味川神学園に似ているかもな」

 

「へぇ…後、気のせいかカレー屋が多い気がする」

 

 

京が駅の周辺を見渡すと、視界に入るだけで六軒のカレー屋がある。

 

 

「ああ、それはこの街の名物だからな、これから行く店も期待して良いぞ」

 

「…武がそこまで言うなら間違いなさそうだね」

 

「おうよ」

 

 

メイン通りを抜けて戦艦のある公園を横切り、武達は目的の場所であるカレー店「オアシス」にたどり着く。

扉を開けるとベルが鳴り、店の奥からエスニック風の制服に、変なインド人の顔が描かれたエプロンをした小さな店員がやってきた。

 

 

「いらっしゃいませーっ」

 

「ちわっす、まだここでバイトしてたんですねきぬ先輩」

 

「ああ?……おおー!!おめぇ武じゃねぇか久しぶりだなっ!!って!下の名前で呼ぶなって言ったの忘れたのかよ!!」

 

 

蟹沢きぬは怒り笑いながらお盆でバシバシと武を叩く。

 

 

「そうでしたそうでした、すいませんカニ先輩」

 

「それにしても…んだよ彼女連れかよ、おめぇも偉くなったもんだな」

 

 

値踏みするような視線に、京は少しムッとした顔をする。

 

 

「…彼女じゃないです…武、誰この失礼な小さい人」

 

「ぼ、ボクが小さいだと~!?てめぇ目上の人間に対しての口の利き方がなってねぇな!」

 

「まぁまぁ落ち着いて下さいカニ先輩、京、この人はこう見えて大学生なんだよ」

 

「…びっくり」

 

「こう見えてってどう言う意味だゴラァッ!!しかも驚く意味がわかんねぇよ!!ったく…あ~こいつ見てたら何故だかあの単子葉植物思い出してムカムカしてきた」

 

「冗談ですって、それより席に案内してくださいよカニ先輩」

 

「ちっ、まぁボクは年上だから今日の所は大目にみてやるよ」

 

 

渋々案内された席に座ると京が武を睨む。

 

 

「京も怒るなって、口は悪いけど結構良い人なんだよあれで」

 

「…何故だかあの人とは相容れない気がする」

 

「ま、まぁ穏便にな」

 

「ほれ水だよ、ご注文はお決まりですか?なんなら可愛いウェイトレスの気まぐれオススメコースなんていかがでしょうか?」

 

 

ぶっきらぼうにテーブルに水を置くと、一回転して満面の営業スマイルを浮かべる。

 

 

「そのコース、確か福神漬けの大盛りとかでしたよね?」

 

「覚えてやがったか…」

 

「注文はもう決まってます、超辛スペシャルカレー二つで」

 

「もう完食しても只にならねぇぞ?」

 

「知ってますよ、あとセイロンティーを二つ…もちろんアイスで」

 

「わかってるよ、ちっとまってな」

 

 

奥に姿を消すきぬを見て京はため息をつく。

 

 

「…やっぱりあの人とは無理」

 

「安心しろ、ここにこなければ恐らく生涯会うことは無いから」

 

「待ち合わせしていたのってあの人?」

 

「そんな嫌そうな顔しないでも違うから安心しろ」

 

「…それは良かった。これ以上絡んできたら頬を抓りたくなる衝動を抑えられそうも無い」

 

「カニ先輩は涙腺緩くて泣いちゃうから勘弁してやってくれ」

 

「それを聞いたらますます…ククク」

 

 

武は京の邪悪な笑いに頭を抱える。

 

 

「はぁ…やっぱ一人で来るべきだったか…」

 

「何か言った?」

 

「京とここにこれた事が幸せすぎるって言ったんだよ付き合ってくれ」

 

「次からは一人で来れば良いと思うよ考えておく」

 

「聞こえてんじゃねぇかっ!」

 

 

何時も通りの会話を楽しみながら、武と京は運ばれてきたカレーに舌鼓を打つ。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「…凄く美味しかった」

 

 

全て完食して京が感嘆の声をあげる。

オアシスのカレーは、京の今までの人生で食べたカレーの中で、文句無しで一位の座を獲得していた。

 

 

「だろ?ここは店長は胡散臭いけど、カレーなら松笠で一番だと思うよ」

 

「ナンカ言ったカこのクソジャリガッ!」

 

 

奥から店員がしているエプロンに描かれた、変なインド人と瓜二つのインド人らしき男が武に向かって怒鳴り声を上げる。

 

 

「…この店は変なのしかいないの?」

 

「ま、まぁマイナスがあってもカレーの味で十分プラスだろ?」

 

「…うん、それだけにもうこれないのが残念…武、あの小さい人にバイトやめるように言っておいて」

 

「無茶言うなって」

 

「…じゃあ食べたくなったら買ってきて」

 

「京さんには一緒に食べに行くと言う選択肢は出てこないんですかね?」

 

「…皆でなら良いよ」

 

「そうだな、今度は風間ファミリー全員でこような」

 

「そこは、二人っきりじゃないのかよっ!って突っ込むところだよ?」

 

「ああそっか」

 

「…武らしいね」

 

 

その時、店の扉が開く音がして一組の男女が入ってきた。

まず目に付くのは女性の方だった。

短く切りまとめられた髪に凛とした眼差し、威風堂々とした佇まいの中に内に秘めたる強さを感じさせる。

次に男の方だが、女性に比べるといたって平凡ではあるが、その真直ぐな瞳に意志の強さを感じさせる。

 

 

「武、あの人達?」

 

「さすがだな京、わかるか?」

 

「…うん、あの女の人…只者じゃない」

 

 

来店した二人のうち、男の方が店内を見回して武の姿を見つけると笑顔で手を軽く挙げた。

武も笑顔を向けて席を立つと、二人に深々とお辞儀をする。

 

 

「お久しぶりです。対馬先輩、鉄先輩」

 

 

 




本当は対馬ファミリー全員出したかったんですけど無理でした。
夜なら駅前にフカヒレ出せたのに…。
次回久しぶりの戦闘になりそうです。
上手く書けると良いな。
前回も後書きで言いましたけど、オマケみたいなものなので、タグは追加しません。

ではまた次回で。



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第十七話 「負けちゃった」

 

 

 

「青嵐脚っ!!」

 

 

乙女の風を纏った凄まじい蹴りが武を吹き飛ばす。

一回、二回と地面を転がりながら何とか体勢を立て直すが、その目の前には既に追撃を加えようとする乙女の拳が迫っていた。

百代に鍛えられていなければ、どれ一つとして見える事の無い拳の弾幕を最低限の、と言ってもそれが精一杯なのだが、急所に来る拳だけを防御しようとする。

しかし、その防御を縫う様に掻い潜って、数発の拳が武の体を捉えた。

 

 

「かはぁっ!?」

 

 

血の混じった唾液を吐き出しながら、武はその場に膝をつく。

武の打たれ強さでなければ、秒殺されてもおかしくないほど乙女の攻撃力は高い。

さらに、普段受けている百代の拳と比べて一切の手加減がない上に、技の一つ一つの鋭さが格段に高い事もあり、打たれ強さに自信のあった武の体が限界を迎えようとしていた。

 

 

「どうした?もう終わりか?」

 

 

数度拳を交えただけで、乙女は武が内包する力を感じていた。

しかしそれは、子供が積み上げた積み木の様なバランスの悪さと、見ているものを不安にさせる危うさがあった。

 

 

「い、いやぁまだまだ…ゴホッゴホッ…げ、元気一杯ですよ」

 

 

ボロボロになりながらも、決して諦める事の無い武の姿に、京は唇を噛み締め耐える。

何故なら、武は元々勝ち目の無い戦いだと分かっていながら、交渉が決裂しそうになった場合、決闘になるように事前に対馬レオに頼んでいたのだ。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「申し訳ないがお断りさせてもらう」

 

 

武は最悪の予想通りになり、内心落胆するが決してそれを表に出さない。

何故なら、最悪ではあったがそれも予想の一つで、既に手はうってあったからだ。

 

 

「理由を聞かせてもらえませんか?」

 

「私は既に現役から引退した身だ。それに話を聞くとその川神百代とやらを止めるのは今の私では難しいだろう…出来るか出来ないかも分からない状況で、無責任にお前達の真剣な頼みを受けるわけにはいかない」

 

「でも、鍛練は続けているんですよね?」

 

「もちろんだ…しかし、実践から離れればそれだけ戦いの勘も鈍る。現役で武の総本山である川神院で戦いに身を置く川神百代と私ではその差は歴然だ」

 

「それでも俺達には鉄先輩の力が必要なんです…どうしても首を縦に振って貰えるまでは帰るわけにはいかないんです!お願いしますどうか考え直してくださいお願いします!」

 

 

武は席から立ち上がると床に頭をつけて土下座する。

 

 

「お、おい、こんな所でやめないか、そんな事をされても―」

 

「…私からも」

 

 

乙女の言葉を遮って京も立ち上がると、武の横で同じ様に土下座する。

 

 

「どうか、考え直してください…お願いします」

 

 

困った表情を浮かべて乙女がレオを見ると、レオは二人のもとに行き優しく立たせる。

 

 

「乙女さん、このままだと二人は納得しないよ」

 

「しかしだな…」

 

「武達の学園にはさ、譲れないもの同士がぶつかる時「決闘」ってシステムがあるんだよな?」

 

 

レオの問いに武と京は黙って頷く。

 

 

「ならさ、その「決闘」で決めたらどうかな?」

 

「決闘だと?レオ、お前何を考えているんだ?」

 

「武の総本山、川神院が誇る川神学園の生徒である武達もそれなら納得できるんじゃないかな?」

 

 

レオは乙女に気づかれないように、武に視線を送っていた。

武も気づいてその目に感謝の色を浮かべて答えたる。

 

 

「それならば俺達も納得出来ます。それだけの覚悟があってここに来ている事を分かってください」

 

「乙女さん、ここまで本気の気持ちに答えないなんて、乙女さんらしくないよ」

 

「レオ……」

 

 

乙女は武達を見る。

その目はこの勝負を受けない限り、決して諦める事が無い事を如実に語っていた。

ため息を一つ吐き出してから、戒めるように自分の頬を叩いて真直ぐな瞳を向ける。

 

 

「…分かった。その決闘受けよう」

 

「ありがとうございますっ!」

 

 

感謝の言葉と共に深く頭を下げた武は、少しだけ緩んだ口元を引き締める。

望む形になったが、ここから武にとって地獄のような試練が始まるのだ。

相手は四天王の一人、万に一つの勝ち目もないが、武は少しも後悔していない。

何故なら、それは大和の為であり、F軍に所属するファミリーの為であり、S軍に所属する百代の為であり、何よりも京の為であるのだから。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「ほほぉ…あの二条武と言う男、なかなかやりおるわい」

 

 

顔に傷のある豪傑を体で表した様な漢。竜鳴館館長、橘平蔵が感嘆の声を漏らす。

 

 

「無理言って校庭を貸していただいてありがとうございます館長」

 

「なぁに気にするな、お前達が卒業してからここも随分と静かになってな、退屈しておったところだ…時に椎名京とやら、本当に止めなくて良いのだな?もう限界はとっくに見えているぞ?」

 

「……」

 

 

京は小さく頷く。

この勝負、武は一つだけ嘘のルールを付けた。

それは、勝敗はどちらかが参ったと言うまで行うと言う事。

このルールであれば、気絶させられようが骨を折られようが、参ったと言うまで負けになら無い。

そして武は、本当に殺されても参ったと言わない事を京は知っていた。

家族のために何かをする時の武の覚悟は、普通の人からすればある意味、狂気に近いものがあり、それは自身の死すらも問題にしない。

 

 

「…武」

 

 

しかし、京の内心は違っていた。

始めから勝つ気の無い、相手が参ったと言うまで耐えるだけの拷問のような勝負。

何時もファミリーの為に傷付く武を見てきた京は、本当はすぐにでもこの勝負を止めたかったし、戦いになら無い事を願っていた。

 

 

「がぁっ!?」

 

 

武が腕の関節を極められて、乙女に組み敷かれる。

 

 

「参ったと言わなければ肩を外す。それでも言わなければ逆の肩を外す。お前はもう十分に戦った…大人しく負けを認めろ」

 

「へへっ…ま、負けを認めたら俺達の頼み、聞いてくれますか?」

 

「何故だ?お前が傷つけばお前が大切にしている者達も傷付くんだぞ?それが分からないのか!」

 

「あるいはそうなのかもしれません…それでも、俺にはこのやり方しか思い付かないんですよ」

 

「お前…」

 

「さぁ参ったと言ってくれるんですか?言わないなら俺に言わせるしかないっすよ!」

 

「っ!!」

 

 

乙女が力を込めると、鈍い音がして武の肩の関節が外され、声も無く武はもがき苦しむ。

武のその姿に、我慢の限界を迎えた京は走り出していた。

 

 

「はああっ!!」

 

 

武を見下ろす乙女に繰り出された京の拳は、呆気なく受け流されてカウンターを腹に受ける。

 

 

「ぐぅっ!?」

 

「一対一の決闘のはずだ。見ているのが辛いならお前が負けを宣言しろ!」

 

「京っ!?っっ!!」

 

 

刹那、起き上がり様の武の蹴りが乙女を防御ごと吹き飛ばした。

 

 

「た、ケホッ…武…」

 

 

踞る京を一瞬見てから乙女に向き直る武の目には、明確な殺意が込められていた。

 

 

「許さねぇ…許さねぇえええええっ!!!」

 

 

吠えて地を蹴る武は、これかと納得するように呟く乙女に迫る。

咄嗟に放たれた拳の弾幕を掻い潜りながら乙女の懐に入ると、左の掌打を突き出す。

しかしその掌打を掴まれ、合わせるようなカウンターの蹴りで武は校舎まで吹き飛ばされ、破壊された瓦礫に埋まる。

 

 

「大丈夫か椎名さん、武はどうしちまったんだ?」

 

「…わ、私が攻撃されたから…」

 

「キレちまったのか…前に武が話してたのはこの事だったのか」

 

「…すぐ止めます、私が声をかければ―」

 

「止めてはならん」

 

 

平蔵が京の前に立つ。

 

 

「何故ですか!?このままだと武も鉄先輩だって」

 

「あやつは学ばねばならん」

 

「学ぶって…」

 

「人は誰しも大きな力を持っている。だが、その力も正しく使えなければ己を不幸にし、己のまわりをも不幸にする」

 

「…大きな、力?」

 

「そうだ、純粋な力だけではない心の強さも含めてな…二条は何故そうなってしまったのかは分からんが、力と心のバランスが崩れておる、だから守ると言う気持ちより、相手を攻撃すると言う力の衝動に、我を忘れて獣のようになってしまうのだ」

 

「力と心のバランス」

 

「この戦いで鉄が教えてくれるはずだ…人を守るとはどういう事かを」

 

 

校舎の崩れた壁を撥ね飛ばして、武は立ち上がる。

壁に激突したのを利用して、外された肩を入れたのを確認する様に腕を回すと、再び乙女に向かって地を蹴る。

それを迎え撃つように小さく呼吸を溜めて、乙女が丹田に力を込めて構えた。

殺意すら飲み込むほどの乙女から発せられる威圧感に、一瞬足を止めた武を刃のような鋭い眼光が射抜く。

 

 

「二条武、全力でかかってこいっ!」

 

「お"お"っっ!!!」

 

 

威圧感を振り払うように声を張り上げて駆ける武と乙女が交差する。

弾幕のように放つ武の拳は、一つとして乙女の体を捉えることはななかった。

逆にそれに合わせるように放つ乙女の拳が的確に武の体を捉えていく。

打たれ強さが故に我を忘れた武は、防御をする事はなく、肉を切らせて骨を断つを体現するかのようにやられ様に手を出すが、やはり乙女には何一つ届かない。

 

 

「がはぁっ!?」

 

 

何度向かっていっても武の攻撃はかすりもせず、乙女の攻撃だけが武に刻まれていく。

何もかもが黒く塗りつぶされた世界で武は戸惑っていた。

京を傷つけられた怒りが溢れて京を守りたい想いを消していく。

ただ、目の前の敵を破壊する為だけの衝動に身を委ね、今まで幾人もそうしてきた様に向かっていく。

しかし、武の拳は乙女に届かない。

何故?戸惑いが怒りと動きを鈍らせる。

 

 

「何度来ようが同じ事だっ!」

 

 

乙女の綺麗な蹴りが武を地面に沈める。

武はすぐに立ち上がろうとするが、蓄積されたダメージがそれを許さない。

 

 

「はぁはぁはぁ…ぐっ!?はぁはぁはぁ…」

 

 

既に武の体は心に追い付いていなかった。

立ち上がろうとする意思に体が反応しない。

 

 

「いい加減に目を覚まさないかっ!!!」

 

 

ビリビリとまわりの空間が震動するほど、乙女の凛とした声が響き、その声が迷う武の意識を呼び戻す。

我に返った武は込み上げてくる吐き気に耐えきれず、その場で血の塊のようなものを吐き出して踞る。

 

「大丈夫っ!?」

 

 

慌てて駆け寄った京が武の背中を擦る。

 

 

「み、みやこ?…」

 

 

辺りを見回すと、一部が壊れた校舎に飛散している瓦礫、クレーターのようにへこんだ校庭に、心配そうに寄り添う京と見下ろす乙女。

その現状に、武は自分がキレてしまっていた事を悟る。

 

 

「なんだその様は、己を見失ってどうする」

 

「あ…お、俺は…」

 

「今までお前が怒りに身を任せて暴れた結果がどうなっていたか、見なくても察しがつくな」

 

 

乙女の言葉が武に突き刺さる。

 

 

「誰かを守る為に獣になってどうする愚か者がっ!人を守れるのは人だけだと言うことも分からないのか!」

 

「……人を守れるのは…人だけ?」

 

「そんな簡単な事も分からないから、側に居る人を悲しませて居ることにすら気づかないのだ」

 

 

武は咄嗟に京を見る。

その悲しそうな瞳に武の心は、乙女の言葉より深く抉られる。

 

 

「京…」

 

 

武の言葉に京は首を横に振る。

 

 

「…もう良いよ武、もう十分だよ…」

 

「京…ごめんな……負けちゃった………」

 

 

それだけ言うと、武は眠るように意識を失った。

 

 

「…お疲れ様、ありがとう武」

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

武が目を覚ますと、そこは昔に一度だけ来たことのある部屋だった。

壁には本棚があり、本の他に精巧なボトルシップが並べられている。

 

 

「…対馬先輩の部屋か」

 

 

その昔、このボトルシップがきっかけで、武はレオと知り合いになった。

なんだかそれも、ずいぶん昔の事のように思えて懐かしさが込み上げる。

ふと、下からする声に武はベッドから起き上がって階段を降りる。

 

 

「…おはよう武、体は大丈夫?」

 

「いや、全然大丈夫じゃないです」

 

 

軋む体を引きずって、武は京の横に座る。

 

 

「あれだけ乙女さんにやられて、自力で立ち上がれるとかどんだけ打たれ強いんだよ武は」

 

「なんだか私ばかりが悪者みたいじゃないか、さっきから椎名には目の端で睨まれているし」

 

 

見れば乙女達は武がお土産で持ってきた水羊羹を食べていた。

 

 

「しかし、これは本当に手作りなのか?美味しすぎて手が止まらんぞ…ぐまぐま」

 

「確かに、伊達に賞をとってないな」

 

「ああ、まったくこんな美味い手土産まで用意されて食べてしまったら、もう断れないじゃないか…」

 

「「えっ!?」」

 

 

武と京の声がハモる。

 

 

「乙女さんも素直じゃないなぁ」

 

「うるさいぞレオ」

 

「あ、あの、それじゃあ…」

 

「勘違いするなよ?私はあくまでも決闘の結果を受けて引き受けるんだ。私にはあれ以上お前を攻撃できないし、お前も参ったとは言っていないのだからな」

 

 

武と京は顔を見合わせてから、勢いよく立ち上がる。

 

 

「「ありがとうございます!」」

 

 

深々と頭を下げる武と京に、乙女は照れたのを誤魔化すように水羊羹を口に運ぶ。

 

 

「あ、あのそれじゃあこれ、俺達の軍師のアドレスです。細かい連絡は携帯でするので、乙女先輩のアドレスも教えてもらって良いですか?」

 

「うっ…私は携帯を持っていない」

 

「ははっ、乙女さんは機械に弱くてね、連絡は俺の携帯を通してやる事にするよ」

 

「ありがとうございます対馬先輩」

 

「気にするなって、さて、それじゃあ話もまとまったし夕飯でも食べていくかい?と言っても家の夕飯はおにぎりがメインだけど」

 

「お気持ちは嬉しいですけど、すぐに戻って直接この事を伝えたいので今日は帰ります」

 

「そっか、それじゃあ外まで見送るよ」

 

 

武達が外に出ると日が少し沈みかけていた。

 

 

「今日は本当にありがとうございました」

 

「…ありがとうございました」

 

 

武と京はもう一度深々と頭を下げる。

 

 

「良いって良いって、ね、乙女さん」

 

「ああ…二条、今日私が言った事」

 

「はい、決して忘れません」

 

「よし、そうすればきっとお前はまだまだ強くなれる…大切な人を守れる位にはな」

 

「はい」

 

 

一礼してから去って行く武と京の背中を見送りながらレオは伸びをする。

 

 

「あ~なんだか大変な一日だったね」

 

「お前、最初から私を戦わせるつもりだったな?」

 

「あれ?ばれてた?」

 

「まったくしょうがない奴め、それにしても」

 

 

乙女の視線の先には武の姿がある。

 

 

「何か気になる事でもあるの?」

 

「いや、二条が一瞬見せた力、誰かに似ていたような…」

 

「ん?」

 

「まぁ気のせいだろう…さぁ!今日はなんだか熱いトレーニングがしたい気分だな!」

 

「げぇ!?」

 

「覚悟しろよ?私を騙した罰だ」

 

「お、お手柔らかにお願いします」

 

「だらしが無いぞレオ、この根性無しが」

 

 

 




もっとこう乙女さんはカッコ良く書いて、レオにも活躍させてとか色々考えて居たのに、なんだかグダグダになってしまった。
しかも、また途中で切りましたごめんなさい。
次回は京と武の仲を進めます…たぶん。

ではまた次回で。




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第十八話 「死なねぇよ!」

 

 

 

「これが対馬先輩のアドレスだ…良いか京、しっかり鉄先輩を味方に引き入れた事を大和にアピールするんだぞ?」

 

 

島津寮の前で、武は約束通り今回の手柄を京に譲る為に、アドレスが書かれた紙を京に握らせる。

 

 

「……」

 

「んな顔すんな、元々そう言う約束で無理に付き合ってもらったんだから、それに、これなら大和に何かお願い事の一つくらい叶えてもらえる効力はあるんだからチャンスだぞ」

 

 

複雑な表情を浮かべる京の肩に手を置いて、強引に振り向かせて背中を押す。

 

 

「ち、ちょっと」

 

「余計な事は考えないでお前は自分の事だけ考えてれば良いんだよ、ほれっ行った行った」

 

 

武はそう言って京をさらに門の中まで押し込むと、門を閉めて笑う。

 

 

「…武は」

 

「俺はもう一つだけやる事があるから、ちっと行ってくるよ」

 

「…こんな時間に行くって何処に?」

 

「だからそんな顔すんなって、お前が気にする必要も無いくらいのちいせぇ用事だからよ」

 

「…本当に?」

 

「本当だ、大体こんなボロボロの体じゃ大したこと出来ないだろ?」

 

「うん、そうだね」

 

「んじゃしっかりやれよ~」

 

 

武は京の礼の言葉を背中で聞き流して、ヒラヒラと手を振って島津寮を後にする。

軋む体を引きずって歩くのはきついが、言い様の無い充実感に満ちている武の足取りは軽い。

こんなに思い通りに行くものかと笑ってしまうほど、全ては武の望む通りになった。

乙女を味方に引き入れた事により、大和の力になると同時にF軍に居るファミリーの力になれ、強い相手との戦いを望む百代の力にもなれ、京が大和の力になる事もできたのだから。

家族を最優先に考える武にはこれ以上に無いほどの成果である。

 

 

「あ~疲れた疲れた」

 

 

武が辿り着いた場所は秘密基地であった。

誰か居れば他の場所に行こうと思っていたのだが、幸い誰も居らず、武は蝋燭に火を点ける事なくソファに寝転がる。

京に言った小さい用事とは、大和に京がアタックしやすいようにする為に、自分が寮から居なくなる事だった。

月明かりだけが差し込む部屋は、何時もの喧騒とは打って変わって静寂に包まれている。

 

 

「自分の事だけ考えてれば良い、か…」

 

 

自嘲気味に笑う武は、ふと自分の事を考える。

笑顔で京を送り出した武の心は、微妙に揺れていた。

自分が矛盾を抱えているのを、ちゃんと自覚しているからこそどうしようもない事もある。

 

 

「京と家族、天秤になんて掛けられねぇよ」

 

 

だが、武は気づいていなかった。

昔ならその事にすら疑問を持たず、どちらかを比べる事も無かった事に。

剥き出しのコンクリートの天井を見つめながら思考を巡らせるが、意識が睡魔の誘惑によって夢へと誘われていく。

 

 

「…ま…いっか……」

 

 

その呟きを最後に、武の意識は完全に眠りへと落ちていった。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

夢を見ていた。

頭に当たる柔らかい感触と優しい匂い。

髪を撫でる細く繊細な指先。

重い瞼を持ち上げると、そこには天使の微笑み。

 

 

「…おはよう武」

 

 

透き通るような声が意識に染み込む。

 

 

「京…」

 

 

膝枕されたまま微睡む幸せを感じる。

 

 

「夢を…見ていたよ」

 

「夢?」

 

「ああ…俺と、京がさ……」

 

「…武?」

 

「…それでも……幸せ…」

 

 

再び武の重い瞼は睡魔によって閉じられいく。

武は幸せそうな笑みを浮かべたまま眠る。

 

 

「…おやすみ…武」

 

 

薄れ行く意識の中で微かに京の声を聞きながら。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「…しょうもない」

 

 

京の予想通り武は秘密基地に居た。

灯りも点けずにソファで眠る武の姿に、京はため息をつきながら近付く。

 

 

「こんな傷だらけになってまで恋敵の味方して…武はピエロになりたかったの?」

 

 

京は起こさない様にそっと武の頭を持ち上げて、自分の膝の上に置く。

ふと見ると、武の顔は傷だらけなのに、髪留めには傷一つ無い。

無意識のうちに庇っていたのか、京は呆れてしまう。

 

 

「そんな事されても嬉しくないんだぞ」

 

 

武が少し身を捩るようにして、微かに瞼があく。

 

 

「…おはよう武」

 

 

まだ意識が覚醒していないのか、少し驚いたような表情は直ぐに優しい笑みに変わる。

 

 

「京…」

 

 

温もりを確認するように動く武の髪がこそばゆい。

 

 

「夢を…見ていたよ」

 

「夢?」

 

「ああ…俺と、京がさ…」

 

「…武?」

 

「それでも……幸せ…」

 

 

疲れのためか、完全に開ききらない瞼は再び閉じられていく。

その寝顔はとても幸せそうであった。

 

 

「…おやすみ…武」

 

 

武の寝息を聞きながら、京も自分の意識が眠りに落ちていくにを感じた。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

フニュッ♪

 

 

手に握られた柔らかい感触に、武の意識が覚醒していくが、眩しさに目が開けられない。

少しだけ眠ってから寮に戻るつもりで居たが、部屋に射し込む光が朝を告げていた。

 

 

フニュフニュッ♪

 

 

「…んっ」

 

 

武が手を動かすと、良く分からない柔らかいものは武の指を弾き返すように反発して声をあげる。

徐々に光に慣れてくる目と、それと同時に覚醒していく意識が、武に有り得ない光景を見せる。

 

 

「…………」

 

 

目の前には寝息をたてている京の顔があり、自分の頭の下には京の太股の感触がある。

そして

 

 

フニュフニュフニュッ♪

 

 

「はぁんっ、…くふっ……あ…」

 

 

自分の手には京の豊満な水蜜桃。

そして目を覚ました京と目が合う。

 

 

「あ、ああ…」

 

 

京は武の喉から漏れる動揺の声を聞きながら、自分の胸におかれた武の手と顔を交互に見る。

一呼吸の後。

 

 

「きゃあああああああっ!!」

 

「それは私の台詞だっ!!」

 

 

乙女みたいな悲鳴をあげる武の両眼に、京の目潰しが極る。

 

 

「ぐあっ!?目が、目がぁ!!」

 

 

どっかで聞いたことあるような台詞を吐きながら、武は京の膝から転げ落ちながらのたうち回る。

 

 

「…しょうもない…もう朝か」

 

 

京は少し痺れる太股を擦りながら、窓を開けて朝日を浴びながら伸びをする。

 

 

「おはよう武」

 

「おはよう京…じゃなくてっ!なんでお前がここに居るんだよ!?」

 

 

突かれた赤い目をぱちくりさせる武に、京は大袈裟にため息をつく。

 

 

「どうせここに来ているだろうと思ってね…武はちょっと私を甘く見過ぎ」

 

「いや、別にそう言うわけじゃ…あっ!?じゃあお前大和にアピールしなかったのかよ!?」

 

「…迷ったけど、武の行為を無にするのも気が引けるから、報酬はちゃんともらった」

 

「ちなみに報酬って?」

 

「きのこ狩り、場所は私が指定できる」

 

「お前…それ絶対意味わかってないだろ大和」

 

「そんなんで良いのかって拍子抜けした様な顔してたから間違いないね」

 

「まったく、良くそう言うのが思い付くよ」

 

 

武も京と並んで朝日を浴びながら伸びをする。

的確な治療と打たれ強さのおかげで、武の体はさほど支障無く動いてくれる。

 

 

「…ねぇ武」

 

「体は平気だぞ?」

 

「はずれ」

 

「馬鹿なっ!?俺が京の思考を読み間違えるなんてあってはなら、んがっ!?」

 

「うるさい」

 

 

京のチョップが武の人中を捉える。

 

 

「それも思っていたからはずれでは無いけど…真面目な話」

 

「なんだよ改まって」

 

 

京は武に向き直ると、小さく息を一つ吐いて真っ直ぐその目を見る。

答えを出さなければいけない時が近い事を感じて。

 

 

「…武は私の事、好き?」

 

「今さら聞くまでも―」

 

「ファミリーと私、どっちが好き?」

 

 

京は武が選べるわけがない質問を投げ掛ける。

 

 

「どっちって…そんなの選べる―」

 

「じゃあ、大和と私が付き合っても良い?」

 

「それは…俺はお前が幸せなら…」

 

「武はさ、自分だけの事を考えた事ある?」

 

「…自分、だけ?」

 

 

京は自分が武にとって酷なことを言っているのを理解した上であえて問う、問わなくてはならない。

自分の気持ちに整理をつけるためにも。

 

 

「何時も家族家族って…でも武が言うその家族に武自身が含まれて無いよね」

 

「そ、そんなこと…」

 

「本当に違うって言える?武は私の事を好きって言ってくれるけど、家族のためなら自分の気持ちに嘘ついても諦めようとしているよね?それが自分を家族に含んでいない何よりの証拠じゃない」

 

「っ!?」

 

 

武は絶句する。

考えたことも無い事であったが、京に言われて自覚していなかった自分に気づく。

 

 

「それで好きって言われても、私はどうすれば良いの?私は誰を好きになれば良いの?」

 

「お、俺は…ち、ちがう…そうじゃ、そうじゃ無いんだ」

 

 

武の狼狽ぶりに京の心が痛む。

それでも言わなければいけないと覚悟を決めていた。

家族のためにすべてを犠牲にしてきた武を、今度は京が家族として、そして一人の女として、何にも縛られないまっさらな武自身の本心を解放してあげるためにも。

 

 

「…ねぇ武、自分の事だけを考えても良いんだよ?何時も、何時も武が私達に言ってくれているよね?家族じゃないかって…でも、一人の武だけの気持ちを出して良いんだよ?」

 

「京…」

 

「それでも私達が家族なのは変わらない…それは武が誰よりもわかっているはずだよ?…だからもう一度聞くよ?」

 

 

武は泣いていた。

自分で気づいていないのか、溢れ出す涙をそのままに京を見る。

 

 

「武は私の事、好き?」

 

「お、俺は…俺は……」

 

「…武は泣き虫だね」

 

 

京はそっと武の頭を自分の胸に抱き寄せる。

何時もなら真っ赤になって飛び退く武は、京の胸に抱かれたまま咽び泣く。

子供が母親にすがるように、子供の頃に与えられる事の無かった温もりを取り戻すように。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

武は両手で顔を覆って下を向いている。

その様子を京がニヤニヤと悪戯な笑みを浮かべて見ていた。

 

 

「恥ずかしい」

 

「…ククク」

 

「あの~」

 

「…私はもう一生武を奴隷にする権利を得たね」

 

「うぐっ…あれはその…」

 

「胸も揉まれたしね」

 

 

その言葉に武は耳まで赤く染まって、下を向くと言うよりソファから転げ落ちて小さく丸まる。

 

 

「ねぇ武…さっきの事だけど」

 

「それは…」

 

 

武はその場に正座する。

 

 

「ごめん、もう少しだけ待ってくれ」

 

「…うん」

 

「川神大戦が終わったら、きちんと自分の、自分だけの気持ちと向き合えると思うから」

 

「待ってる……何て言うと思ったら大間違いだ!」

 

「ええっ!?そこは「私、何時までも待ってるから」じゃないのっ!?」

 

「そんな事言わないって知ってるでしょ?それに、何だかこの会話男女が逆な気がする」

 

「た、確かに」

 

「そんなのんびりしてて、私が大和を落としちゃっても知らないからね」

 

「それは!…あう」

 

「…ま、お情けで大戦が終わるまでくらいは待っていてあげるかもしれない」

 

「感謝します京大明神様」

 

 

土下座する武を見下ろす京の表情が少し曇る。

 

 

「…武、ごめんね」

 

 

武は小さく首をふる。

京の優しさは武の心に十分伝わっていた。

 

 

「ありがとう京」

 

「…うん」

 

「よーしっ!俺、この戦争が終わったら京と結婚するぞ!!」

 

「それ、死亡フラグだからね」

 

「死なねぇよ!」

 

 

笑い合う二人に運命の時が迫っていた。

 

 

 




最後に意味深なことを書きましたが、まだ何にも考えてないですごめんなさい。
一日の時間が三十時間くらいあれば、もっと余裕をもって書けるのに…。
次回は川神大戦、一話で終わるかわかりませんがポツポツ書いていきたいと思います。

ではまた次回で。



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第十九話 「必ず守ってやるからな」

 

 

川神大戦当日がやってきた。

皆が朝の始発で決戦の地、丹沢に向か為に川神駅に集合している。

 

 

「一人でどうしたんだ?」

 

「あ、おはよっすモモ先輩」

 

 

一人離れた所でファミリーを見ていた武に百代が気付く。

 

 

「いやぁなんだか皆やる気満々って感じで良いなぁって見てました」

 

「それはそうだろ、皆私を倒そうと意気込んでいるからな…ところで、お前少し変わったな」

 

 

百代は武の体を舐める様に確認する。

 

 

「朝から視姦プレイとかエッチ♪」

 

「なんだ?川神大戦の前に戦闘不能になりたいんだったらそう言えば良いじゃないか」

 

 

拳を鳴らす百代から武は慌てて距離をとる。

 

 

「冗談ですって…まぁあれですよ、士別れて三日なれば刮目して相待すべしってね」

 

「ほほぉ、あれだけ嫌がっていたのにどこで鍛えてきたんだ?」

 

「そんな面倒な事するように見えます?ちょっと荒療治と言いますか心境の変化と言いますか、色々ありまして」

 

「ふーん…まぁ私としては楽しませてくれるなら何でも良いんだがな、で?お前はどちらが勝つと思う?」

 

「うーん、戦力差が二倍ですからね」

 

「それは違うぞ、クリにも言ったが私一人で百万だ」

 

「そんな自信満々に…まぁ実際そうだから流石モモ先輩って感じですけど、まぁそれでもF軍が負ける事は無いですね」

 

 

何時もと変わらない口調だが、確信めいたものを感じさせる口ぶりの武に百代が笑って答える。

 

 

「はははっ!頼もしいなぁ、さっき大和にも言われたよ勝つのは俺達だって、時代は武力から知力だって」

 

「大和らしいな…でも、モモ先輩なら圧倒的な力で全てを粉砕しそうですよね」

 

「武は分かっているじゃないか、それなのにF軍が勝つと?」

 

「そうですよ、モモ先輩が圧倒的な力ならS軍が勝っていたでしょうがね」

 

 

武の言葉に百代は訝しげな表情を浮かべる。

 

 

「どう言う意味だ?」

 

「ふっふっふ、さぁどう言う意味っすかねぇ」

 

「武の癖にな・ま・い・き・だ・ぞ~」

 

 

惚ける武の頭を百代のヘッドロックがギリギリと締め上げる。

 

 

「ぐあぁっ!?ギブギブ!今敵軍に攻撃するのは反則っす!学園長にチクっちゃいますよ!」

 

「おっと、忘れていたすまんすまん」

 

「絶対確信犯だ!」

 

 

武は頭を摩りながら不敵な笑みを浮かべる百代に抗議するが、馬の耳に念仏だと諦める

 

 

「馬の耳に念仏だな」

 

「声に出てるぞ…よぉし決めた、お前は大和の次に狙ってやろう」

 

「あーあー聞こえない聞こえない」

 

 

武は両耳を塞いで百代から逃げる様に大和たちの元に向かう。

大和には負けられない理由がある。

武には果たさなければならない約束がある。

それぞれの想いを胸に、決戦の時は近付く。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

丹沢には多くの参加者が終結しつつあった。

マスコミも多数来ているようで、学園長が受け答えをしている。

各部隊がそれぞれの配置を終え、大和は各部隊長を集めて軍営会議を始めていた。

 

 

「布陣図を確認してくれ」

 

 

スグルがスパイから集めた情報をまとめ作成した布陣図を広げ、それを各部隊長が確認しながら、大和の作戦に耳を傾けている。

多少の意見の衝突も有りつつ、細かい配分、動き、一朝一夕では用意できない完璧な作戦を伝え、滞りなく時間に余裕をもって会議を終わらせるあたり、大和の軍師としての手腕は確かなものだった。

 

 

「以上だ、皆自分を信じて仲間を信じて、S軍に勝利しようぜ!」

 

 

大和の激は各部隊長から隊全体に伝わり、開戦を目前にF軍の士気は最高潮に達していた。

 

 

「川神大戦開始十五分前っ!!」

 

 

鉄心の声に、丹沢の穏やかな自然の空気が、張り詰めた戦場の空気に変わっていく。

そんな中、大和は風間ファミリーと忠勝を集めていた。

 

 

「皆、これまでの協力、本当にありがとう」

 

 

大和は深々と頭を下げた。

ファミリーにこんなに改まって礼を言うのは初めてであり、言われた方も当然初めてであった。

 

 

「なによ改まっちゃって」

 

「いや、結果がどうなろうが、やっぱりきちんと礼が言いたくて、皆の協力がなければここまでの準備もできたかどうか…」

 

「結果がどうなろうがなんてらしくねぇぞ大和!俺達は絶対勝つ!大将首はこの黒の隊率いる風間翔一があげてやるぜっ!」

 

「キャップ…」

 

「待て待て!大将首を上げるのは白の隊率いる自分だ!!」

 

「い~や黒の隊だな、何せ黒の隊にはこの俺様がいるからな」

 

 

何時ものポーズを決める岳人の頭を武が叩く。

 

 

「んな事言って、お前だけ真っ先にやられるなよ」

 

「っだとてめぇ武!お前こそ何したのか知らねぇけど、ついこの間までボロボロだったくせに、使い物になるのかよ」

 

「おいおい、脳筋ゴリラが人類の心配とか二億年はえぇよ」

 

 

武と岳人は笑い合う。

そして、何時も通りお互いの拳が顔を捉える。

 

 

「けっ!ガクトの癖に気合い十分じゃねぇか」

 

「へっ!お互い様だコラッ」

 

 

言って拳と拳を合わせる。

 

 

「まゆっちは平気?緊張してない?」

 

「ははははい!だ、大丈夫です!!」

 

『安心しなモロBOY、こう見えてまゆっちは気合い十分余裕たっぷりなんだぜ』

 

「うん、本当に余裕そうだね」

 

 

松風の絶好調な喋りに卓也は苦笑いしつつも、何時ものペースを崩していない由紀江に安心する。

 

 

「ゲンさん、一番きつい所だけどワン子の事よろしくね」

 

「一子は俺に助けられるほど柔じゃねぇよ…ま、後で文句言われてもウゼェから、そのくらいの頼みは聞いといてやるよ」

 

「私が一番手柄を上げるから見ていなさいよ!」

 

「ありがとうゲンさん、頼むぞワン子」

 

「…私もサポートするから」

 

「ああ、京、F軍唯一の弓使いであるお前だけが頼りだ」

 

「…大和…この戦争が終わったら付き合って!」

 

「死亡フラグを立てるな縁起でもないお友達で」

 

「お"~の"~れ"~や"~ま"~と"~!」

 

「極限まで近づいてくるんじゃねぇっ!…はぁ、武、京を頼むぞ」

 

「お前に言われるまでもねぇよ」

 

「そうだったな…それじゃあ!」

 

 

大和は手を伸ばす。

その手に全員の手が重なる。

 

「やってやろうぜ!」

 

「「おーっ!!」」

 

 

気合いと共に全員の拳が突き上げられる。

川神大戦開始まで後五分と迫っていた。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「始まるね」

 

「ああ」

 

 

武と京は指定の配置についていた。

 

 

「必ず守ってやるからな」

 

「…弓を持った私を守るとか、面白い冗談」

 

「いやまぁそこは言い返せない部分もあるが、少しは俺をたててくれよ」

 

「…じゃあ守られる、だから…武もちゃんと戦ってね」

 

「わかってる、これはあくまで競技、スポーツって名目だからな…受け身で耐えてお前の手を煩わせるなんて事はしねぇよ」

 

「…良い子だ」

 

 

京は10Good!!の札をあげる。

 

 

「それにしても…」

 

 

武は京を見ると頬を赤くする。

その様子に、何事かと京は自分を見るが、服装に乱れもなく何時もと特に変わりないので首を傾げる。

 

 

「…なに?」

 

「い、いや…弓道着姿の京も凛々しくて素敵だなぁって感動して、あぶおっ!?」

 

 

咄嗟に首を倒して避けた場所を通過して、矢が武の後ろの木に刺さる。

 

 

「…チッ」

 

「なんだその舌打ちはっ!!って言うかお前今俺が避け無かったら絶対脳天に刺さってたろ!!さらに言うならちゃんと大戦用に加工しとけよ!!」

 

「…大丈夫、その一本だけだから」

 

「さも試し撃ちしましたみたいな涼しい顔で言うな!軽く殺人未遂だぞ!!」

 

「打たれ強い武なら大丈夫かと」

 

「打たれ強さ関係ねぇよ!」

 

「はいはい、そんな大声出さないの」

 

「っっ……ったくよ」

 

 

武はまだまだ出てくる恨み言を飲み込んで、やれやれとその場に座る。

 

 

「…こんな時まで下らない事を言う武が悪いと思う」

 

「俺にとってはくだらなくないんだけどな…お?大和から最終確認のメールだ」

 

 

見れば京も携帯をしっかりとチェックしていた。

 

 

「開戦一分前!!!」

 

 

学園長の怒号が戦場全てに響き渡る。

その声を合図に武は立ち上がると、体を解し始めた。

京も精神を集中し気を練っている。

その時、上空をヘリが一機通過するのと同時に空から山を覆い尽くすほどの威圧感が降ってきた。

素人の武だが一つはこの間、自らの体で味わった事のあるものなのですぐにわかった。

 

 

「頼みますよ…鉄先輩」

 

 

もう一つは大和が用意した切り札で、その正体は聞いていないが乙女と互角の威圧感を感じた。

しかし、それは一瞬の出来事ですぐにその威圧感は戦場の空気に紛れて消え、何事も無かったかのように静まり返える。

 

 

「川神大戦、開・戦っっ!!!!」

 

 

そして学園長の開戦の合図が戦場にこだました。

 

 

「はぁああああああっ!!」

 

 

吼えた一子が、敵本隊その数三百に真正面から突撃する。

敵の先手と交差する刹那、一子の薙刀が豪快に敵を捻じ伏せた。

 

 

「一番手柄!川神院、川神一子っ!!!」

 

 

戦場に一子の声が響き、戦いの火蓋は切って落とされた。

 

 

 




思ったより話が進まなかったです。
予定では川神大戦の中盤くらいまでいく予定だったのに…まぁ良いか。

話は変わりますが、最近私の拙い文を評価して下さる方が増えているみたいで、正直驚いて居るのと同時に、凄く感謝しております。
なにぶん小説を書くのは初めてなもので、期待に答えられるか分かりませんが、楽しんで下さる方の為にも必死で書かせていただきます。
好き勝手書いてる自分が一番楽しんでますけど…。
この場を借りてお礼申し上げます。

ではまた次回で。



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第二十話 「推して参る!!」

 

 

「狙えそうか?」

 

「…さすがにそこまで甘くは無いみたい」

 

 

数から来る自信かS組であると言う満身からか、総大将である英雄率いるS軍本体は、最前線で一子と忠勝が率いるF軍と交戦していた。

 

 

「混乱はしているみたいだけど、親衛隊がきっちりガードしてる」

 

「やっぱ楽にはいかないか…しかしあのロリコン、やっぱ優秀だよなロリコンのくせに」

 

「…うん、全体に指示を出しながら周囲の警戒も怠ってない、出来れば早めに退場してもらいたいところ」

 

「だな…あ、なんて言ってたらそのチャンスが早速来そうだぜ?」

 

 

大和の作戦通り、一子達は派手に暴れたあとに退却し、それを追ってきた英雄の軍に多数に分けた伏兵をぶつけている。

一部隊の数は多くないものの、何隊出てくるか分からない伏兵に敵の士気が落ち始めていた。

そこに、後退を止めて転進した一子と忠勝がぶつかり、一気に形勢が逆転する。

さらに、その伏兵の中にクリス率いる白の隊と翔一、岳人率いる黒の隊が加わり、その勢いは総大将の英雄に届きそうなほどだった。

 

 

「これ決まっちゃうんじゃね?」

 

「…駄目、クリスが気負いすぎて孤立した」

 

 

京は弓を構える。

出来れば英雄か準を仕留めるまでは、居場所を知られたく無かったが、そうも言っていられない。

 

 

「まて京、やっぱうちの可愛いワン子は優秀だ」

 

 

見れば一子が敵を薙ぎ倒してクリスと合流している。

この二人が揃えば、囲んだ親衛隊とて物の数ではない。

さらに、英雄を一時撤退させるために立ち塞がった準に、岳人が迫っていた。

その絶好のチャンスを見逃す京ではない。

構えた弓に矢を番え気を乗せる。

全てが止まる静から一瞬にして動に移り、矢は準の後頭部目掛けて寸分の狂いもなく飛んでいく。

殺気を感じ取ったのか、準は直前で矢を回避するが、同時に迫っていた岳人の全力を込めたラリアットをもろにくらい撃沈する。

 

 

「…あれが避けられるとは」

 

「やっぱ只のロリコンじゃ無かったか…けど、ガクトのブサイクラリアットで無事退場してもらったし、結果オーライだな」

 

「…うん」

 

「さて、次はっと」

 

 

武は携帯で大和に現状報告と次の指示を仰ぐ。

一分もしないうちに返信が来て、武と京の次の行動が決まる。

 

 

「俺達はワン子達とは別に、S軍総大将英雄の首を狙ってくれってさ」

 

「…了解」

 

「しっかし、なんだか俺すげぇ楽してるよな、最後まで出番が無いのが一番なんだけど…」

 

「そうやってすぐフラグ立つ様な事いうから」

 

 

背後に人の気配を感じて、武が京の前に出る。

 

 

「いたぞっ!葵君の言う通り狙撃者は男と一緒だ」

 

「良いか、仕留める順番を間違えるな!絶対に男を仕留めてから女を仕留めろと、葵君にきつく言われているからな!」

 

「おう!」

 

 

数は四人。

其々が棍棒を持っているがその構えは素人で、武は嬉々として前に出て囲まれる。

 

 

「葵冬馬め、中々気の利いた命令出すじゃねぇか」

 

「…武に暴れさせないためでしょ」

 

 

武と京の言葉を無視して

 

 

「覚悟っ!!」

 

 

叫んで同時に飛び掛かってくる男の一人に狙いを定めて、武はカウンター気味に拳を放って沈める。

それと同時に残りの者から殴られるが、武の涼しい顔は崩れない。

 

 

「こいつ!?手を出さないんじゃ無かったのか!?」

 

「あ~そりゃ情報不足の葵冬馬を恨んでくれ、最近ちょっとした心境の変化があってな、家族が傷つく優しさは優しさじゃなくて逃げだってなっ!!」

 

 

素早く相手の懐に入り、服を掴んでもう一人に目掛けて投げ飛ばすと、お互いの頭を激しく打ち付けて気絶する。

 

 

「ちくしょうっ!!」

 

「ふんっ!」

 

 

武は頭に振り下ろされた棍棒を頭突きでへし折る。

 

 

「俺を倒したかったらな、モモ先輩の拳より固い武器をもってきなっ!!」

 

 

武の拳が鳩尾に極り、最後の一人も呆気なく崩れ落ちた。

 

 

「おっしゃ絶好ちょばらっ!?」

 

 

武は後頭部に矢を受けて地面に口付けする。

 

 

「…いちいち避けられる攻撃を食らうんじゃないの」

 

「だからって矢で射る事ないだろ!!目の前がお星様でいっぱいどころの騒ぎじゃねぇぞ!」

 

「……」

 

「…ごめんなさい」

 

 

睨まれた武はシュンする。

 

 

「…しょうもない…ほら行くよ、私の事守ってくれるんでしょ?」

 

「おうよ!」

 

 

追撃を開始するF軍本隊に平行するように、距離を保ちながら武と京も森の中を進んでいく。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

現在の戦況は数で劣るF軍が、大和の作戦で何とか食い下がっている状態であった。

東山山頂にあるF軍参謀本部は満を含めた圧殺部隊で、襲い来るS軍一年部隊を壊滅し死守に成功。

その代償に圧殺部隊は葵冬馬の毒入り食べ物の罠であっさり壊滅してしまった。

しかし、死守に成功した東山に腕自慢の川神院僧兵を配置する事で山そのものを制圧し、これ以上攻め込まれないための抑止力とした。

 

 

「伝令、友軍の一年部隊がこちらに向かってるって大和」

 

「もう裏切ったのか、まぁ表情と態度で予想はしていたけど…それより俺は圧殺部隊がやられたのがショックだよ」

 

「どうするの?」

 

「ああ、それは」

 

 

既に大和は伝令を飛ばしていた。

 

 

「クリスティアーネ・フリードリヒ推参っ!!」

 

 

裏切り者であるF軍一年部隊の横を穿つ様に、白の隊率いるクリスが戦場を駆ける。

雑魚には目もくれず隊長に一直線に向かっていく。

 

 

「はあああああっ!!」

 

 

閃光の様なクリスのレイピアは、悲鳴を上げさせる間も与えず相手を討ち取る。

 

 

「敵将討ち取ったり!!残党も逃がすな、四隊に分かれて殲滅しろ!!」

 

 

まるでクリスの手足のように動く白の隊は、瞬く間に友軍であった裏切り者五十名を壊滅させた。

そして休む間もなく、北の戦線へと進軍を開始する。

 

 

「白の隊から伝言、裏切り者は全て討ち取ったってさ、やったね大和」

 

「ああ、さすがクリスだぜ」

 

「わわっ一難去ってまた一難だ」

 

 

喜んだのも束の間、再び緊急を知らせる伝令が飛び込んでくる。

 

 

「どうしたモロ?」

 

「源本隊が敵弓矢部隊に阻まれて進軍できないって!」

 

 

大和のその伝令を聞くと、即座に携帯を手にした。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

京の携帯が鳴った。

武は周囲を警戒しつつ、京からの言葉を待つ。

 

 

「…武、ワン子達が相手の弓部隊に足止め食って動けないから、活路を開いてくれって」

 

「おうし、ようやく京の表舞台デビューだな。派手に決めようぜ」

 

「相手の全弓部隊と私一人だよ?」

 

「問題ねぇ!だから大和もお前に命令をだしたんだろ?」

 

「…うん」

 

 

武と京は素早く行動を開始する。

森を抜けて川沿いに出ると、F軍本隊の姿があり、その先頭で一子が声を荒げて忠勝の前に躍り出ていた。

 

 

「危ないたっちゃん!!」

 

 

雨の様に振りかかる矢を、驚異的な身体能力と熟練した薙刀の技で打ち落としていく。

 

 

「すまねぇ一子、後退だ!全員弓の射程外まで下がれ!!」

 

 

相手の徒弓にS軍本隊を目前にして、F軍は後退を余儀なくされる。

 

 

「体制が整ってない今がチャンスなのに…」

 

「じゃあこっからは俺らに任せろよ」

 

「武!?それに京!」

 

「…私が相手の射程外から狙撃する」

 

「相手が届かねぇのにこっちが届くわけねぇだろボケが!」

 

「狙撃用に強化した弓だから平気」

 

「しかし、そんな不確定な要素で―」

 

「京なら出来る、そう信じて大和は命令をだしたんだ。だからゲンさんも信じてくてよ」

 

「……わかったやってみろ、ただし、しくじったら承知しねぇからな」

 

 

口調は厳しいが、武の言葉と京の自信に満ちた表情に、忠勝は二人を信じる事にした。

 

 

「ワン子、お前の薙刀借りっぞ」

 

「えっ!?使えるの?」

 

「使えねぇ!矢だけ落とせりゃ良い!」

 

「だったら私が」

 

「お前はこっちだ」

 

 

武は服の中から、冷却スプレーとテーピングを取り出して一子に投げ渡す。

 

 

「さっきので足挫いたろ?応急処置しとけ」

 

「あ、あははっバレてた?」

 

「ったりめぇだ、俺を誰だと思ってんだ…ほれ、下がってろ」

 

 

武は薙刀を受けとると京と前に歩みでる。

相手の矢はまだ届かない位置だが、徐々にその距離は詰められている。

 

 

「京、あれやって良いか?」

 

「…しょうもない…けど、やるなら派手にね」

 

「了解」

 

 

武はニヤリと笑って薙刀の柄を地面に叩きつけ、まるで武蔵坊弁慶の様に仁王立ちすると、胸が張り裂けそうな程思いっきり息を吸い込み。

 

 

「オオオオオオオオオオオオッッ!!!!!」

 

 

戦場全てに響き渡る程の咆哮をあげた。

突然上がった獣の様な声と全身が泡立つような空気の振動に敵の動きが止まる。

 

 

「っ!!」

 

 

その隙をついて間髪いれずに放った京の矢は、相手の射程外から弓道部主将の額を捉えて沈める。

 

 

「二条武!」

 

「椎名京」

 

「「推して参る!!」」

 

 

味方の歓声と敵のどよめきが飛び交う中、予め主将が倒された時の命令系統を決めていたのか、すぐ弓部隊は木盾を構えながら反撃を開始する。

無数に飛来してくる矢を、武はひとつ残らず叩き落としていく。

 

 

「すげぇな、武は素人じゃないのか」

 

「素人よ、でも毎日の様にお姉様の連打を受けていれば、あれくらいの矢なら落とせて当然よ…でも」

 

「何か問題があるのか?」

 

「うん…あれじゃあ矢は落とせても、武が邪魔になって京が射てないわ」

 

 

一子の心配を他所に、京は狙いを定める。

そして、躊躇いなく矢を放つ。

 

 

「あぶなっ!?」

 

 

一子が思わず声を上げたのも無理はない。

矢は武の後頭部に直撃コースだった。

しかし、当たると思われたその刹那、武は軽く頭を傾けて振り向きもせずその矢を避ける。

あまりにもギリギリ過ぎて、武の矢羽がかすって出来た頬の傷から薄く血が滲む。

 

 

「見もせず避けやがった…」

 

「無茶苦茶よ…」

 

 

二人の驚きを他所に矢は木盾を砕いて、副主将を仕留める。

武が京の呼吸、気、射るまでの時間、背後から向けられている視線を読み間違う筈がなかった。

そして、それを誰よりも理解しているからこそ、京は何の躊躇いも無く矢を放つ事が出来るのだ。

 

 

「京!鉄の盾だ!」

 

「…後一メートル近づいて」

 

「任せろ!!」

 

 

武はさらに敵との距離を詰める。

距離が縮まった分、矢の軌道は放物線からほぼ直線に変わり飛来してくる。

 

 

「うらあっ!!」

 

 

薙刀を片手で振り回しながら反対の素手でも矢を落としていくが、一本の矢が武の横を通過しようとする。

ガギッと嫌な音がして、武はその矢を口で受け止めていた。

 

 

「ペッ美味くもねぇ、ジャスト一メートルだ京!!」

 

「っっ!!」

 

 

武の声と同時に京は一本目の矢を放つと続け様に第二射を放つ。

京が渾身の気を乗せて放った矢は、一本目が鉄の盾に刺さると同時に後から放った矢が重なるように刺さり、鉄の盾もろとも最後の命令系統である二年のまとめ役を打ち倒した。

敵の矢が止まったのを見て忠勝が叫ぶ。

 

 

「今だ突っ込め!!!」

 

 

合図と同時に駆け出したF軍本隊が、弓部隊の残党を排除するのに然程の時間は掛からなかった。

 

 

「ふぅ任務完了だな」

 

「…うん」

 

 

京は返事をしながらその場にへたりこむ。

呼吸は荒く額にはびっしょりと汗をかいている。

その姿が消耗の大きさを物語っている。

 

 

「平気か?」

 

「…平気と言いたいけど、暫くは動けない」

 

「ああ、今はゆっくり休め」

 

「やったわね!武、京!!」

 

 

嬉しそうに駆け寄ってきた一子に、武は携帯食料を渡す。

 

 

「俺達は暫く休んでいくから、これ食って暴れてこいよ、足に負担が掛からない程度にな」

 

「わーい♪でも、テーピングのお陰で全然平気よ!もっともっと暴れてやるわ!!」

 

「…無理しないようにね」

 

「うん!…ねぇ京」

 

「?」

 

「やっぱり京は凄いわ!!」

 

 

一子の会心の笑みに京は照れたように笑う。

 

 

「…ありがとう」

 

「おいワン子!俺も凄いだろ!?」

 

「あはははっもちろん!!」

 

「良い子だ…やられんなよっ!」

 

「そっちこそっ!!」

 

 

一子は武と拳を合わせると、再び元気に走って忠勝達と合流する。

 

 

「さてとっ」

 

 

武は徐に京をお姫様抱っこした。

 

 

「ち、ちょっと!」

 

「ここじゃ目立ち過ぎだ。森の中に一旦避難するぜ」

 

 

言って走り出す武の顔は何時も通り真っ赤に染まっていた。

 

 

「…しょうもない」

 

 

川神大戦は最終局面を迎えようとしていた。

 

 

 




川神大戦はあっさり終わらせようと思ってたのに、なんか書きたいものが増えてきて、次回も続きます。
ちなみに矢を噛んで止めたのはキョウリュウジャーを見ながら書いてたわけでは、って前もこの話したような…。

ではまた次回で。



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第二十一話 「すまねぇガクト」

 

 

 

「ここまで来れば一安心だな」

 

 

武は京を大きな木の根本に下ろして地面にタオルを敷き、その上に座らせた。

 

 

「京、少しでも良いから寝とけ、これからまだまだ出番はあるからな」

 

「…うん」

 

 

消耗が激しい京の額に浮かぶ汗を拭き取り、首に飲料水で濡らしたハンカチを巻きつけて、残りの水を飲ませる。

 

 

「ほんと、武は準備が良いよね…」

 

「良いから寝とけ」

 

「…何かあったら…起こして…」

 

「ああ、わかっ―」

 

 

言葉を切った武は、多数の人の気配と音に、振り返って辺りの様子を窺う。

 

 

「あれは…キャップか」

 

 

見れば少し離れたところを走る一団が居た。

先頭には何時もの赤いバンダナを靡かせた翔一が、部下を従えて疾走している。

しかし、武はすぐに違和感を感じた。

 

 

「あの馬鹿がいねぇ…」

 

 

本来、翔一の横に居るはずの岳人の姿がないのだ。

武は素早く携帯を取り出して戦況の履歴を見ると、黒の隊はS軍不死川隊と一時交戦の後、撤退とあるが、岳人が居ないのに翔一達だけ引いているのは有り得ない。

武が考えられる事は一つだけだった。

 

 

「馬鹿の癖に格好つけやがって…みや」

 

 

武は慌てて口をつぐむ。

見ると、既に京は寝息をたてていた。

無防備となった京を置いて行くわけにはいかないが、何らかの理由、恐らくは負傷したために足手まといになるのをよしとせず、一人戦っているだろう岳人の事が頭を過る。

 

 

「見捨てるしかねぇのかよ……すまねぇガクト」

 

 

武は奥歯を噛み締めて、爪がくいこみ血が出るほど拳を強く握る。

 

 

「十五分だけだぞ」

 

「っ!?」

 

 

声を殺して驚く武の背後、京が凭れて眠る木の裏から突然声がした。

 

 

「驚いている時間もないのだろう?」

 

「ぁぁ…」

 

 

思わず武の喉から小さく歓喜の声が漏れる。

 

 

「それ以上は私も一ヶ所に留まる事は出来ない。川神百代の気の探知に引っ掛かりかねないからな」

 

 

姿は見えないが、気配を消して尚感じる包み込むような大きさと、聞き間違うはずがない凛々しい声に、武は涙が出そうになった。

 

 

「急げよ」

 

「っ!!」

 

 

無言で頭を下げると、武は黒の隊が最後に不死川軍と交戦した場所を目指して全力で駆ける。

 

 

「ふっ、随分と見違える様になって…良い心境の変化でもあったのか」

 

 

声の主は笑みを浮かべて、武の背中をサッカーボールくらいありそうなおにぎりを頬張りながら見送った。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「ぐっ!?おらぁっ!!」

 

 

岳人は痛みで思うように動かない片足を引きずり、相手の攻撃を避ける事も出来ぬまま戦っていた。

辺りには岳人に倒された不死川軍の兵士が幾人も倒れている。

 

 

「囲めっ!!前後左右同時に攻撃して沈めろ、こいつはもう限界だ!」

 

 

敵の言う通りであった。

足さえやられていなければ、幾らでも戦い方はあったが、防御もろくに出来ないままの岳人のダメージは相当なものだ。

加えて数の暴力もあり、このままやられるのを待つだけであった。

 

 

「すまねぇキャップ…どうやら俺様はここまでみたいだ」

 

「これで終わりだっ!!」

 

「ぐぎゃっ!?」

 

 

敵の威勢の良い声と同時に、鈍い音と情けない声が重なった。

岳人を囲むようにしていた敵の背後から、突然現れた男は飛び蹴りと共にその囲いを突破して岳人と背中合わせになる。

 

 

「ちょっと見ねぇ間に随分と良い男になってんじゃねぇかよガクト」

 

 

岳人は背中合わせになった男に大袈裟に溜め息を吐いてみせる。

 

 

「おいおい、どっかの馬鹿のせいでこれから始まる俺様の武勇伝が台無しだぜ」

 

「そりゃ悪い事したな、俺はてっきり馬鹿が一人で泣いてんじゃねぇかと思ってよ」

 

「言ってろよ」

 

 

先程まで立つことも儘ならなかった岳人は、急に力が湧いてくるのを感じる。

それは、あの日に似ていた。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「ぐはぁっ!?」

 

 

小学生だった岳人は、上級生に囲まれていた。

人数も多くその中には中学生も居り、力自慢の岳人でもどうすることも出来なかった。

 

 

「ここは俺達の縄張りなんだよ!」

 

 

急に現れたそいつらは、遊んでいた卓也を突き飛ばして吐き捨てるように言ってきたのが喧嘩の発端。

遊ぶ場所なんてどうでも良かったが、卓也に手をあげられたのが岳人には許せなかった。

 

 

「お前ら風間ファミリーとか言って最近幅きかせてる奴等だろ?生意気なんだよっ!!」

 

 

片膝を着く岳人に蹴りの集中砲火が浴びせられる。

 

「ち、ちくしょう…」

 

 

唇を噛み締めて悔しがる岳人の耳に、聞き覚えのある声が響いて、蹴っていた一人が吹っ飛ばされる。

 

 

「なっさけねぇな岳人!!」

 

「武!?」

 

「ブサイクな顔がさらにブサイクたぞ」

 

「う、うるせぇ!」

 

 

岳人は立ち上がって武と背中合わせになる。

武にだけは情けない姿を晒すのが嫌だった岳人は、精一杯の強がりをみせる。

 

 

「なんだお前!お前も風間ファミリーか!?」

 

「うるさい!俺が誰かなんてどうでも良い!家族に手をあげて只ですむと思うなよ!」

 

「生意気だぞ!こいつもやっちまえ!!」

 

「やられるかっ!岳人!!」

 

「俺様に指図するんじゃねぇ!武!!」

 

 

半分キレた武と岳人のコンビは、先程まで優位に立っていた上級生相手に、少しも臆すること無く向かっていった。

三十分後、卓也が百代を連れて戻って来たときには上級生との喧嘩は既に終わっていた。

 

 

「お前が弱いせいでいっぱい殴られたじゃないかよっ!!」

 

「自分が弱いのを俺様のせいにするんじゃねぇっ!!」

 

 

その代わり、何時も通りの武と岳人の喧嘩が繰り広げられていた。

 

 

「おいモロロ、これはどういう事だ?」

 

「ぼ、僕にも分からないよ」

 

「まっ、せっかく来たんだし武と岳人でもいじめていくか!」

 

 

横から乱入した百代の蹴りが、二人を仲良く沈める。

 

 

「「ぬがぁっ!?」」

 

 

それは、武と岳と人が初めて共闘した日であった。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

「ふっ」

 

「なに笑ってんだ岳人、不気味わりぃぞ」

 

「いちいちムカつく奴だなてめぇは!…ったく、なんでもねぇよ」

 

 

だが、偶然か武も岳人と全く同じことを思い出していた。

 

 

「手伝えるのは十分だ!あの時みたいに足引っ張るんじゃねぇぞっ!!」

 

「へへっ、その台詞そっくりそのままてめぇに返すぜっ!!」

 

 

突然の乱入者に慌てる敵に向かって、武は岳人の背中を全力で蹴り押した。

 

 

「ハンサムラリアーーットッッ!!!」

 

 

正面に居た三人の敵は、武によって加速した岳人の剛腕によって無惨にも吹き飛ばされる。

 

 

「ブサイクラリアットに改名してやっただろうがっ!!」

 

 

武は相手の懐に飛び込むと、二人の襟元を掴んで岳人の方に投げ飛ばし、それを岳人が殴り倒す。

 

 

「それはてめぇが自分で使えっ!」

 

 

二人の連携は、付け焼き刃の部隊が敵う程甘いものではなかった。

距離を保って戦える得物を持った者を武が優先的に倒し、それ以外を岳人の射程に投げ飛ばしたり誘導したりして殴り倒させる。

 

 

「うらぁっ!!」

 

「おらぁっ!!」

 

 

岳人と武がお互いの顔に放った拳をギリギリで避けて後ろに居た敵を殴り飛ばす。

 

 

「武てめぇ今俺様を狙ったろ!」

 

「そう言うお前も俺を狙ったろうがガクト!」

 

 

連携に必要な指示など無く、何時も通りの喧嘩口調と目線だけで連携できる武と岳人の前に、敵の数は瞬く間に三分の一にまで減っていた。

しかし、全ての敵を倒しきるには至らず、武に残された時間は無情にも無くなってしまった。

 

 

「はぁはぁはぁ、脳筋ゴリラ、はぁはぁはぁタイム、アップだ、はぁはぁはぁ」

 

「はぁはぁはぁ、最初から、はぁはぁはぁ頼んで、ねぇよ、はぁはぁはぁ」

 

 

背中合わせの二人は、荒い呼吸のまま笑みを浮かべている。

こんなに暴れたのは久しぶりの事で、まるで子供時代に戻ったみたいで不思議な爽快感があった。

呼吸を整えて、武は決意したように切り出す。

 

 

「すまねぇガクト」

 

「助かったぜ武、いけっ!!」

 

 

全て分かっていると言わんばかりに、岳人は武の背中を思いっきり押して走らせる。

最後に目の前の敵を蹴り倒して、振り返らずに駆け抜けていった武を追おうとする敵に、岳人の怒号が響く。

 

 

「てめぇらの相手はこの俺様だろうが!!」

 

 

再び戦闘を開始する岳人と不死川軍の元に、大将の不死川心がお尻を叩かれながら負けを宣言する様子が流れるのはまもなくの事であった。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

武が京の元に戻ると、既に先程の声の主は居なくなっていた。

 

 

「ありがとうございました」

 

 

武はその場で深く頭を下げた。

その武の携帯が鳴る。

メールが全F軍に宛てて送られており、文面は簡潔であった。

 

ー最終通知、動ける者は決戦の地へー

 

場所は一番開けたS軍本部に程近い川原。

そこまで忠勝と一子が前線を押し上げていた。

 

 

「京」

 

 

このまま寝かせておきたい気持ちを押さえ、肩を揺すると京は直ぐに目を覚ます。

 

 

「…んっ……どれくらい寝てた?」

 

「ほんの十五分だ、大和から最終通知が来た…行けるか?」

 

「…もちろん」

 

 

京は起き上がって体を伸ばすと、弓と矢の手入れを始める。

そして、ある事に気付く。

 

 

「…武、なんか怪我増えてない?」

 

「ひょっ!?ソ、ソンナコトハナイデスヨ?」

 

「…しかもあちこち汚れている」

 

「い、いや、キノセイダヨ」

 

「ふーん…後できっちり説明してもらうから」

 

「さ、さぁ準備が出来たなら行こうぜ!」

 

 

武は京のジト目から逃げる様に言うと、手で促しながら二人で駆け出す。

大和達が待つ最後の戦場へ。

 

 

 




前回の終わりに最終局面と書いておきながら、川神大戦終わりませんでした。
岳人との共闘が書きたくて、と言うかむしろこれを書きたいから川神大戦を書いてたようなもので、岳人の良さが出てれば良いのですけど。
次回は川神大戦終了で、ついに恋の進展が…すいませんなにも考えてないです。

ではまた次回で。



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第二十二話 「お前は大和だけ見てろ!」

 

 

最終決戦の場では、文字通り激戦が繰り広げられていた。

S軍から裏切った吉川、小早川部隊が合流し、S軍本隊を叩くが、英雄が投入した三体の戦闘用に改造されたクッキー、マガツクッキーと不死川軍の残党によりほぼ壊滅する。

忠勝、一子もマガツクッキーをそれぞれ一体倒すが、残り一体により窮地に追い詰められていた。

 

 

「体力値が低下していくぞ?生身と機械では差が出て当然だがな」

 

「そんなもの、根性で何とかするわ!覚悟おおおおおっ!!!」

 

 

一子の渾身の力が込められた薙刀の軌道はマガツクッキーに読まれていた。

しかし、ふいに側面から鋭い矢がマガツクッキーに突き刺さる。

その方向を見なくても、一子には何が起きたか分かっていた。

 

 

「さんきゅうね京!はぁあああああっ!!!」

 

 

全力で振り下ろされた一子の薙刀が、マガツクッキーを真っ二つに切り裂く。

言葉も無く爆発するのを見届けて、一子も膝を突く。

その遥か後方に武と京はいた。

 

 

「さすがだな京、ナイスフォロー」

 

「言ってる場合?ワン子達はもう限界だよ」

 

 

体力を使い果たした一子と忠勝に敵が迫るのを見て京が弓を構える。

 

 

「安心しろ、あのクリ吉が最初に作った借りを返 さないわけないだろ?」

 

 

まるで、その光景が見えていたかのように言う武の言葉通りに、クリス率いる白の隊が敵本隊の真横から突っ込んできた。

 

 

「犬!借り一つ、今返すぞ!!」

 

「クリッ!!」

 

 

しかし、それも相手には想定の範囲内だったの か、すぐ数を集めて壁を作り対応してくる。

だが、そこに駆けつける一陣の風がた。

言うまでも無い、翔一率いる黒の隊だ。

 

 

「黒の隊、風間翔一来たぜぇえええっ!!!」

 

 

その黒の隊に対しても防御策は出来ており、不死川の残党により英雄には届かない。

キャップは部隊を二つに分けて一部隊で一子と忠勝を守るように陣を取った。

 

 

「よぉ、二人とも無事か?」

 

「キャップ…動きたいけどあたし」

 

「ああ、俺も…」

 

「心配すんな!後は俺に任せて休んでな!!」

 

「だったらこの二人の護衛は俺等に任せて、ここに居る部隊も全部連れて大将首取ってくれよ キャップ」

 

 

武と京が一子と忠勝の前に立つ。

 

 

「武に京!」

 

「ようやく到着ってね」

 

「…後は任せて」

 

「お前ら…へへっ頼んだぜ二人とも、よっしゃ!!黒の隊、最後の突撃だぁあああ!!」

 

 

掛け声と共に黒の隊は白の隊と合流して敵本隊へと突撃をかけていく。

しかし、いくら精鋭部隊とは言え流石に疲弊しており数でも負けている。

敵総大将九鬼英雄までのあと一歩が遠かった。

だが、もう一隊声を張り上げながら戦場に参戦する部隊がいた。

 

 

「直江隊、突撃ぃぃいいいいいっ!!!」

 

 

軍師である大和自らが隊の先頭を走り、戦列に参加してくる。

 

 

「京、お前は大和の援護を!!」

 

「…武、でも」

 

「良いからお前は大和だけ見てろ!お前らは俺が守ってやっからよ!!ワン子!」

 

 

呼んで手を出すと、一子が薙刀を武に投げ渡す。

それを豪快に振り回して、こちらに気付いて襲い来る敵を睨む。

 

 

「ここに居る全員の首をとりたきゃ、この俺を倒してみな!!」

 

 

気迫と共に、薙刀が唸りをあげて敵を薙ぎ倒していく。

武は疲労などまるで無い様に動く体で、嬉々として戦場を駆けていく。

だが、武は自分で気付いていなかった。

普段の状態にもかかわらずキレている時に近い 程の力が出ている事に。

心の中に在る守ると言う気持ちが敵を倒すと言う心を覆い、獣になること無く力を発揮していた。

 

 

「…そっか、変わったんだね」

 

 

その武の様子に京は口元を緩める。

乙女から受けた教えと、京が教えた自分自身を出す事、それらが武に良い変化をもたらしているのが嬉しくて。

その時、ふいに花火が上がった。

それは大和が川神院の僧兵に出した合図であった。

 

 

「やっべ、これがあがったって事は…」

 

 

武の嫌な予感通り、空から楽しそうな笑い声を響かせて恐怖の大王、もとい百代が振ってきた。

その瞬間、全軍の動きが止まる。

 

 

「大和…あーそーぼー」

 

 

歪んだ笑みを浮かべて百代は大和をみる。

しかし、大和は余裕の笑みを崩さない。

この時の為に用意した策に、大和は絶対の自信があった。

 

 

「やーだーよー」

 

「なに?」

 

「僧兵隊の皆さん、お願いします!」

 

「川神流極技・天陣!!」

 

 

大和の合図と共に僧兵二十名が一斉に技を発動させた。

百代を弾き出す様にして、敵味方問わず円形に広がる見えない壁が包んでいく。

 

 

「結界か、防御のみに特化させた故に暫し無敵…これで私を止めたつもりか?」

 

「この間に英雄を倒せば俺達の勝ちだからね」

 

「ははっ、私なら気で探し出して、お前達の大将を倒すのに十秒あれば十分だぞ?」

 

「ならやってみれば?姉さんには無理だろうけどね…もう一度言うよ?姉さんは負けるんだよ」

 

「…大和、私を怒らせたな?いいだろう、お前の口車に乗って大将の元に行ってやる」

 

 

そう言って百代は空高く跳躍すると、一瞬で大将である真与を見つけだして飛んでいく。

 

 

「さぁ!姉さんは居なくなった!この隙に全てをかけて九鬼を討ち取れ!!!」

 

 

大和の言葉に全軍が突撃を開始する。

 

 

「はっはー!モタモタしてっと大将がやられて、てめぇらの負けだぞっ!!」

 

 

武は言葉で揺さぶるが、武達に向かってくる敵は、百代が総大将を討ち取ってくれると信じている為に引かない。

二十名ほどを京達を守りながらに相手にしている武は、相当数被弾し体力も底を尽きかけていた。

それでも、体が言うことを聞いてくれる。

仲間を、家族を守る為に動いてくれている。

 

 

「一騎討ちを申し込む!!」

 

「受けてたつぜっ!」

 

 

名乗りをあげて鉄パイプを振りかぶってきた男を武が薙ぎ払おうとした時、その後方に居た敵が一斉に持っていた 武器を武の後ろめがけて投げつけてきた。

 

 

「っ!?きたねぇ真似しやがってっ!!」

 

 

後ろに打ち漏らす訳にはいかない武は、薙刀で落とせない分を素手と体で受けてとめる。

その隙をついて振り下ろされた鉄パイプが、武の頭を直撃した。

鈍い音に咄嗟に京が振り替える。

 

 

「武っ!?」

 

「大和だけ見てろって言ったろ!!」

 

 

頭から流れる血をそのままに、武は殴ってきた男を打ち倒して声を荒げる。

 

 

「あいつは今一人で突っ込んでんだ!お前が守ってやらなくて誰が守るんだよ!!」

 

「武…っっ!!」

 

 

京はすぐに武から視線はずして、大和に襲い掛かろうとしている者達に矢の雨を降らせる。

 

 

「それで良いんだよ…おらぁっ!どんどんかかっ てこい!!」

 

 

ふらつく武の声に一斉に敵が襲い掛かかってくるが、武と交差する瞬間、横から現れた二つの影が敵を吹き飛ばす。

 

 

「てめぇばかりにかっこつけさせねぇよ!」

 

「そうよ、あたしにだってもう少し見せ場をよこしなさいよ!」

 

 

言葉とは裏腹に、震える膝を手で押さえて、必死に倒れるのを堪えながら一子と忠勝は笑う。

 

 

「無茶しやがって…」

 

「それはお互い様よ、京だってとっくに限界超えているのに私達だけ休んでなんていられないわ!」

 

「ああ、そうだな!んじゃ最後にもう一暴れすっか!!」

 

 

武は一子に薙刀を投げ返すと拳を鳴らす。

 

 

「オオオオッ!!」

 

 

三人は吼えて敵に突っ込む。

背後では指から血を流しながらも、京が最後の援護射撃をしている。

誰もが体力の限界を超えているのに、その顔に悲壮感は無く、むしろ笑みが浮かんでいた。

戦う仲間を信じて、信じ合う仲間と戦える喜びを噛み締めるように。

 

そしてその時は来る。

 

一際大きな花火が、まだ青い空に大輪の花を咲かせた。

 

 

「川神大戦終了!!勝者、F軍!!!!」

 

 

同時に学園長の怒号が戦場全てに響き渡り、戦争の終わりとF軍の勝利が告げられた。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「…また一人で居るの?」

 

「またって、いつ俺が一人で居たよ?」

 

 

武は川神大戦に勝利し、褒美として与えられたバーベキューを楽しむF軍と、風間ファミリーの様子を少しは離れた場所から見ていた。

 

 

「今朝も駅で一人でそうして見てたよね」

 

「そうだっけか?」

 

「…そうだよ」

 

 

京は武の横に静かに腰を下ろす。

武の視線と同じ方を見れば、大和は卓也や参謀本部の皆に揉みくちゃにされ、翔一とクリスは隊の者達笑い合っている。

忠勝が部下に囲まれて鬱陶しがっているのを、一子が一緒になって囃し立て、岳人は自分の功績が認められないのが悔しいのか、一人で肉を自棄食いしている所を翔一に引っ張られていく。

 

 

「京、指大丈夫か?」

 

「…大袈裟に包帯巻きすぎ…武こそ頭大丈夫?」

 

「なんか若干引っ掛かる言い方だが問題ねぇ」

 

「…で?さっきの質問だけど」

 

「ああ、こうして家族を離れて見ていると、なんだか何時もと違って見えてくるんだよ」

 

「武は何時も一番近くで皆を見てきたからね」

 

「近づき過ぎて見えなくなってた事もあるのかなぁなんて思ったりしてさ…」

 

「…随分と感傷的だね」

 

「似合わねぇか」

 

「似合わないよ」

 

 

その時、大和が然り気無く輪から離れて行くのが見えた。

それを黙って見守る京。

 

 

「良いのか?」

 

「…邪魔はしないよ」

 

「そっか」

 

「どうなるかな…なんて聞くまでもないよね」

 

「あいつはモモ先輩に男を見せることが出来たからな…」

 

「だよね」

 

「京……飲むか?」

 

 

武は懐から川神水大吟醸と、ぐい呑みを二つ取り出した。

 

 

「この日のために用意したとっておきたぜ?」

 

「年寄りくさいよ…でも、貰おうかな」

 

 

京が受け取ったぐい呑みに、零れる程の川神水を注ぐ。

 

 

「この場合、何に乾杯だ?」

 

「…F軍の勝利に?」

 

「だな、F軍の勝利に」

 

 

キンッとぐい呑みを合わせる澄んだ音がして、二人は一気に飲み干す。

疲れた体に染み渡る様に、心地の良い火照りが体を包む。

 

 

「…ふぅ」

 

 

艶やかな吐息をもらす京に武は見惚れる。

武の目には、少し赤くなった京の肌が、照明のせいか光反射してきらきらと光って見えた。

 

 

「京の肌、綺麗だな」

 

「…大和の為に綺麗にしていたからね」

 

「じゃあ京が綺麗なのは大和のおかげだな…って、え?…今、過去形…」

 

「…さぁ?」

 

 

惚ける京に、武は急激に高鳴る鼓動を抑えるように胸に手を当てて深呼吸する。

そして真剣な眼差しで京と向き合う。

 

 

「京、明日俺に少しだけ時間をくれないか?大切な話しがあるんだ」

 

「…うん」

 

 

それ以上言葉を交わさなくても、二人の心は一つの結論を導き出そうとしていた。

 

 

 




前回気合い入れすぎて、今回相当はしょりましたごめんなさい。
四天王対決は元々省く予定でしたけど、その他はこうもっと盛り上げて書きたかった…。
次回から話は一気に終わりに向かいます。
たぶん年内には終わるかと思いますけど、毎回思い付きで書いているので予定は未定と言う事で。
最後と言うか次回の話ですらまだなにも考えていませんから。

ではまた次回で。




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第二十三話 「何を言って…」

 

 

 

川神大戦の次の日から新学期が始まった。

だが、川神大戦で負傷した者も多く、学園は一週間、二時限だけの短縮授業を決定した。

風間ファミリーは大和を除いて全員が負傷した傷は完治、大和も一週間もあれば治る程度の怪我で済み、平穏な日常が戻ってきたかに見えたが。

 

 

「俺はモモ先輩にアタックするっ!!」

 

 

翔一の宣言に大和は頭を抱えた。

事の起こりは川神大戦が終了した後、抜け出した大和が百代に誕生日プレゼントとして指輪を送った際に見せた、百代の普段とは違う可愛らしい表情に翔一が一目惚れをしてしまった事だった。

岳人と卓也がはらはらしながら大和と翔一のやり取りを見守る。

 

 

「だが!俺もこればかりは譲る気はねぇ!!」

 

「それで良い!俺は俺の好きなようにするからお前もそうしろ!!」

 

「俺は昔からキャップ…風間翔一に憧れてた。だけど、憧れているだけじゃ男として越えられない。だから、姉さんをものにして今こそ俺は風間翔一を越える!」

 

「おもしれぇ…だが、勝つのは俺だ!」

 

「いいや俺だ!!」

 

 

そんな中、武は心此処に在らずの状態で、二人の声などまるで耳に入っていなかった。

だから、散々言い争った後にキャップが飛び出していった事も、百代の電話を受けた大和が直後に翔一を追って飛び出していった事にも気付かなかった。

 

 

「おい、俺様達も追うぞ!」

 

「だね、武も行こうよ…武?」

 

「……」

 

「おい武!!」

 

 

岳人に殴られてようやく武は岳人と卓也、居なくなった二人の存在に気付く。

 

 

「あ?なに?…あれ?大和とキャップは?」

 

「こいつ、今までの話し聞いてなかったのかよ」

 

「なんか武も様子が変だけど、大丈夫?」

 

「ああ、大丈夫大丈夫…で?なんだっけ?」

 

「キャップと大和が出て行ったから俺達も追う ぞって言ってんだよ」

 

「わかった」

 

 

岳人と卓也は、今ひとつ反応の悪い武を不思議そうに見ながらも大和達の後を追った。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

武達が大和と翔一を追って多馬川に突くと、既に勝負はついていた。

 

 

「なんかお姉様と大和が抱き合ってる!?」

 

「なんか最近こういう驚き役が多いです!」

 

『まゆっちもリアクションの数増やしていかない と、すぐに飽きられちまうぜ』

 

「と、とととにかく、お、おおお落ち着け」

 

「…クリスがね…大和、おめでとう」

 

 

抱き合う大和と百代、それを見守る翔一と学園帰りに合流した女性陣。

 

 

「俺が負けるとはな…やっぱ恋愛ってのはわかんねぇや」

 

「いや、あれだけ応援してたのにいきなり奪いにいくキャップもどうかと思うけどね!」

 

「まったくだ、自由人過ぎるぜキャップ」

 

 

そんな三人のやり取りから離れて、武は京の横に並ぶ。

 

 

「京…」

 

「武、昨日の約束…少しだけ待ってくれないかな」

 

「ああ、駄目なんて言わないの知ってるだろ」

 

「…うん、大和に私の気持ち、話しておきたいから」

 

「別に理由なんて言わなくても良いのに、京みも結構不器用だよな」

 

「武に言われるとは……基地で待ってて、必ず行くから」

 

「ああ」

 

 

百代と口付けを交わして、腕を高く突き上げる大和を見守りながら、京もまた一つのケジメをつけようとしていた。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

京はシャワーを浴びながら一つ一つ思い返していた。

風間ファミリーに出会った日の事、学校での苛めを大和に助けて貰った日の事、武の髪を初めて切った日の事、良い事も悪い事も今までの様々な思い出は、まるで昨日の事の様に簡単に思い出せる。

そして改めて気付く、京の思い出の中にはいつも武が居たことを。

 

 

「…しょうもない」

 

 

こうして武の事を考えて居ると、何時の間にか口許が緩んでいる自分に呟く。

それと同時にお湯を止めてタオルを纏って脱衣所に出る。

 

 

「……」

 

 

日課の様に鏡の前でタオルを取ると、鏡に映る自分の体を確認する。

 

 

―京の肌は綺麗だな―

 

 

京は武に言われた言葉を思い出してから、今まで大和には、一度も体の事を褒められた事が無かったと言うことに気付く。

照れているのを隠して言わない大和と、照れているのを隠さず言う武。

 

 

「武は大和に褒められたい私の事を気遣って…」

 

 

しかし、すぐに京は小さく首を振る。

思い返せば幾度と無くそう言う事があったのを思い出すが、武は気遣いなどでは無く本心からそう言ってくれていると分かるから。

それを考えると、小さい頃からいかに武が矛盾の中を生きていたのかが分かって、少し切ない気持ちになる。

自分よりも仲間、家族を優先して、それでもあんなに嬉しそうに笑って。

だからこそ、京は武に魅かれたのだと理解する。

自分が心の底から望んでいたものを武がくれたのだと。

 

 

「…私は大和が好き」

 

 

あれほど何度も何度も心を込めて口にした言葉が、まるで自分の言葉ではないように聞こえる。

 

 

「…私は武が好き」

 

 

初めて口にした言葉が、まるで昔から自分の言葉だったように聞こえる。

ただ、大和に対する感謝の気持ちは今も昔も変わらない。

今の京があるのは大和のおかげだと言う事は変わらない事実であり、それこそが今までの京を支えてきた根幹なのだから。

 

 

「…ふぅ…よしっ」

 

 

深呼吸して京は覚悟を決めて服を着る。

そこで携帯の着信ランプが点滅しているのに気付いた。

それは秘密基地で待たせている武からのメールであった。

 

 

―平気か?―

 

 

武のメールは何時も簡潔で的確でタイミング良く、京は自分の緊張が緩むのを感じる。

返信しようと脱衣所を出た所で、大和の部屋から会話する声が聞こえて手が止まる。

 

 

「…モモ先輩?」

 

 

先ほど別れたはずの百代が大和の部屋に来ているのだ。

京は百代が居る理由が直ぐに分かった。

付き合いたてで時間があるのなら、別れてもすぐに会いたくなる。

百代の性格なら会いたくなったら我慢せず、好きな男の所に行くのは必然的だ。

大和だけに話す筈であったが、ファミリーの皆にも話す事になるので丁度良い機会と、大和の部屋に行こうとした京の足が、部屋からの会話の中に自分の名前が出た事で止まる。

 

 

「なんだか京に悪い気がするな」

 

「そこは姉さんが気にする必要は無いと思うよ?京もそう言う所で気を使って欲しくないと思うし」

 

「それはそうなんだが…」

 

「それに、京には武が居るから」

 

「おい大和、そんな無責任なこと―」

 

「京も武の事が好きみたいだし、これで俺も肩の荷が下りたって感じかな」

 

 

京は大和の言葉に息をのむ。

 

 

「俺も小さい頃から京には負い目があったし、武と上手くいってくれたらって思ってたんだ」

 

「大和、それじゃあまるで武が居なかったら自分が付き合ってたみたいな言い方じゃないか、彼女を前にさすがにそれはどうかと思うぞ?そもそも京が可哀想だろ」

 

「でも、もし姉さんと付き合ってなくて武も居なかったら、俺はたぶん京と付き合ってたと思うよ」

 

 

それは、聞いてはいけない言葉、聞きたくなかった言葉であった。

京は目の前が真っ白になるのを感じて廊下の壁に凭れ掛かると、力が抜けた手から携帯が落ちた。

その音に気付いた大和と百代が勢い良く廊下に出てくる。

 

 

「み、みやこ…」

 

 

京は下を向いたまま震えていた。

今まで自分を支えてくれていたものが音を立てて崩れていくのを感じて。

 

 

「…わ、わたしは…大和にとっては負い目だったの?」

 

「ち、違うんだ、聞いてくれ京」

 

 

パンッと乾いた音が響いて、大和が伸ばした手を京が払いのける。

 

 

「…私に優しくしてくれたのは…あの言葉は…嘘だったの?」

 

 

廊下に一滴、また一滴と京の涙が零れる。

 

 

「た、頼む京、話を聞いてくれ」

 

「聞きたくないっ!!」

 

 

京は大和を押しのけると、走って寮を出て行く。

背後で大和が何か言っているのが聞こえるが、まるで耳に入ってこない。

 

 

「京?」

 

「っ!?」

 

 

寮の門を出たところで、ふいにかけられた声に京は顔を上げる。

それは、メールの返事が無い事を心配して、京の事を寮まで迎えにきていた武だった。

 

 

「ど、どうしたんだ京…泣いてるのか?」

 

「……せ…だ」

 

「え?」

 

「私が……いだ」

 

「お、おい…何を言って…」

 

「私が大和と結ばれなかったのは武のせいだっ!!!」

 

 

様々な感情が京を混乱させていた。

初めて見る京の尋常じゃない表情に、困惑する武を押し退けて京はその場を走り去る。

 

 

「京っ!!」

 

 

武が追いかけようとした時、大和と百代が寮から血相を変えて出てきた。

 

 

「大和、モモ先輩も…いったい何が」

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

京は自分が何処をどう走ってきたのかまるで覚えていなかった。

靴を履いていない事に気づいたのは、足からの痛みでだった。

 

 

 

「…………」

 

 

走り疲れた足を引き摺りながら、当てもなく街をさまよう。

思考が回らず、なにも考えられない。

激しく高鳴る鼓動と、足の痛みだけが頭に響いてくる。

まるで、世界に見捨てられたように感じていたあの時のように、言い知れない不安が京の心に暗い影を落とす。

 

 

―お前、なんで生きてんの?―

 

「ひっ!?」

 

 

不意に誰かの声が聞こえて、京の喉から小さな悲鳴が漏れる。

 

 

―椎名菌、近寄るな―

 

「…あ、ああ…」

 

 

辺りをキョロキョロと見回しながら、祈る様な手の形のまま震えて縮こまる。

 

 

―お前に存在価値なんてないんだよ―

 

「…い、いや……」

 

 

京は道行く人々が、自分を蔑んだ目で見ているような錯覚にとらわれる。

 

 

―汚らわしい淫売―

 

「…やだぁ…いやだよぉ…」

 

 

まるで怯えた子供のように、震えながら両手で耳を閉じて、何度も何度も繰り返し首を振る。

 

 

「…助けて……助けて…………武…」

 

 

京は「武」と名前を口に出して、初めて自分が武に対して辛辣な言葉を浴びせてしまった事に気づいて絶望する。

 

 

「…うう…う」

 

 

嗚咽が口から漏れる。

なぜあんな事を言ってしまったのか、あの時の武の顔が脳裏に焼き付いて離れない。

京の好きな武の優しい笑顔も思い出せない。

ただ、ただ、深い悲しみと絶望が心に降り積もっていく。

 

 

「…助けて……」

 

 

呟いた言葉と共に涙が地面に零れる。

その涙はすぐに乾いて地面には何も残らない。

まるで京の存在すら否定するように。

 

 

 




急展開ですけどついてきてますか?頑張ってついてきてくださいお願いします。
大和に悪者になってもらいましたが、大和好きな人ごめんなさい。
大和好きな自分としても書いてて辛かったです。
あと京が可哀想でしょんぼり。
次回は…どうしよう。
武に頑張ってもらおうかな。

ではまた次回で。



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第二十四話 「なぁ京」

 

「馬鹿野郎っ!!!」

 

 

怒号と共に武の全力の拳が大和を顔を捉える。

鈍重い音が響いて、吹っ飛ぶ大和を百代が庇わなかったら、寮の門は破壊されていただろう。

あまりの剣幕に、殴られた大和は呆然と武を見つめ百代も言葉が出てこない。

 

 

「お前!自分が何を言ったのかわかってんのか!?」

 

 

武は百代の肩を借りなければ立ち上がることの出来ない大和の襟を掴んで詰め寄る。

 

 

「お、落ち着けた武」

 

「モモ先輩は黙ってて下さい!」

 

 

一喝して大和を睨む。

 

 

「お前があの時京を助けるって言ったのは何でだ!?」

 

「それは…」

 

「罪滅ぼしかっ!?ちげぇだろ!!あの時のお前は純粋に京を助けたかったんじゃないのかよっ!!」

 

 

あの日、皆の前で京を助けると宣言して風間ファミリーに迎えた時、純粋に京を助けると決意した大和は、苛めを黙認していた罪の意識など考えもしていなかった。

だからこそ、大和自身も自覚していない心の奥底にある罪悪感は武が救いたかった。

 

 

「助けたい人を助けられる男にしてくれって言ったじゃねぇかよっ!?だから俺はお前をっ!!」

 

 

武が拳を振り上げる。

大和は咄嗟に歯を食い縛って目を閉じるが、いくら待っても武の拳がくることはなかった。

目を開ける大和の胸に、武の拳が優しく触れる。

 

 

「お前も…救ってやりたかった……それが、こんな結果になるとは…思わなくて…」

 

 

大和に縋り付くように武は泣いていた。

自分がした事の結果が、今になって京だけではなく大和や百代を傷付ける事になったのが許せなくて。

 

 

「すまねぇ…大和…モモ先輩…すまねぇ」

 

「なん、で…お前が謝るんだよ…お前は何も悪くないだろ?」

 

 

大和の瞳からも自然と涙が零れる。

 

 

「武、お前あの時の―」

 

 

武は百代の言葉を切るように、大和を百代の方に突き飛ばすと二人に背を向けた。

 

 

「京は俺が探しだす」

 

「待てよ!俺もっ」

 

 

踏み出そうとした大和が膝から崩れ落ちるのを百代が支える。

 

 

「俺が本気で殴ったんだ。暫くまともに動けねぇよ…モモ先輩、大和をお願いします」

 

「分かった…私がついていながらすまない…」

 

 

悔しそうに唇を噛む百代に武は小さく首を振る。

 

 

「モモ先輩のせいじゃないっすよ……大和、殴って悪かったな、後で一発やり返させてやるからよ」

 

「武…」

 

 

言って武は走り出す。

 

 

「今行くからな京、待ってろよ!!」

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

人目を避ける様に歩き続けている京は、あまり来た事の無い工業地帯に来ていた。

まだお昼を回った所だと言うのに、辺りは工場からの排ガスで霧が掛かったように白く霞んでいる。

 

 

「……」

 

 

虚ろな目で京は彷徨う。

足の感覚は無く、白く霞んでいるせいもあり自分の意識があるのかどうかもはっきりしない。

白昼夢の中を何を探して、何を求めて歩いているのか、歩いている意味すらもわからない。

それでも歩くのを止める事ができない。

足を止めると聞こえてくるから。

 

 

―お前、何で生きているの?―

 

「…うあぁ……」

 

 

亡霊の様に付きまとう言葉から逃げる為に歩き続ける。

ふと、目の前に人影が現れる。

 

 

「お嬢ちゃん、靴も履かないでどうしたんだい?足から血が出ているじゃないか可哀想に」

 

「ひぃうっ!?」

 

 

かけられた優しい言葉がまるで聞こえず何を言っているのかわからない。

京にはその人の目が自分を蔑み笑っている様に見える。

 

 

 

「うぅ…ぁ…」

 

「ど、どうしたんだい?」

 

 

心配されて伸ばされた手は、今の京には大きな悪意の塊でしかない。

 

 

「っっ!?」

 

 

京はその手から逃げる様に駆け出す。

過去の心的外傷が現実を侵食していくのを止める事も出来ずに。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

武は工業地帯に向かって走っていた。

恐らく京はファミリーはもちろん、自分の知る人間が居る場所を避けるはずだと。

ただの憶測と勘ではあるが、迷っている時間など無かった。

そんな武の携帯が震える。

走りながら画面を見ると、クリ吉の文字が浮かんでいる。

 

 

「クリ吉、今お前の相手を」

 

「話は大和に聞いた、自分は念のため秘密基地を、犬とまゆっちと学園の方を、キャップ達が多馬川の方を探している、お前はそれ以外を頼む」

 

「軍師の采配か?さすが良い勘してるぜ大和、俺は工業地帯に向かってる」

 

「わかった、自分も基地を見たらそちらへ行こう」

 

「工業地帯は広いし治安もわりぃからワン子達と合流してこい、んじゃな」

 

「まて!…武、京を頼むぞ」

 

「ったりめぇだ!!」

 

 

携帯を切った武はこんな状況の中で、ほんの少しだけ口元を緩める。

家族が居る事の心強さを感じて。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「よしっ…ぐっ!?」

 

 

大和は携帯でファミリー全員に指示を出した後、立ち上がろうとするが膝が震えて力が入らない。

 

 

「お、おい、無茶するな大和」

 

 

肩を貸そうとする百代を大和は手で制する。

 

 

「武の言うとおり俺は馬鹿野郎だ…浮かれて京を傷つけて武を傷つけて、今無茶しないとあの二人に顔向けできないよ」

 

「大和…」

 

「だから、俺の事は良いから姉さんも行ってくれ、俺も今自分が出来る事を精一杯の事をするから」

 

「分かった…大和、私は良い彼氏を持ったぞ」

 

「姉さん…ありがとう」

 

 

その言葉を背に駆け出す百代は一瞬で大和の視界から消えた。

大和も言う事を聞かない足を引きずりながら、携帯で今まで築き上げてきた人脈を生かして、京探索のネットワークを構築し始める。

 

 

「京、武…っ!!」

 

 

大和は自分の足に拳を叩き込んで歩き始める。

大事なものを取り戻すために。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「はぁはぁはぁはぁ」

 

 

京は自分の心臓が悲鳴を上げているの走るのを止めない。

それは既に走っているとは言えない速度だが、京は見えない何かから逃げ続ける。

気付けば工業地帯の入り口にある娯楽施設「チャイルドパレス」が見える位置まで戻ってきていた。

 

 

「はぁはぁはぁはぁ、はぁはぁはぁ、はぁはぁ…」

 

 

自分の意思とは関係なく、悲鳴を上げていた体が京の足を徐々に遅らせる。

しかし、そこは横断歩道の真ん中、信号は青から黄色の点滅に変わっていた。

だが、それに気付けるほど京の心に余裕は無く、信号は黄色の点滅から赤に変わる。

信号待ちをしていた一台の車がクラクションを鳴らす。

 

 

「っ!?」

 

 

京は弾かれる様に体を震わせ、その車を避けようと足を速める。

京の直ぐ後ろを車が通過して、京も横断歩道を渡りきろうとしたその時、反対車線から大型トラックが速度を落とさず京に真直ぐ向かってきていた。

不運にも、そのトラックのドリンクホルダーには本来在ってはならないアルコールが置いてあり、運転手の目は手元の携帯電話に向けられていて、京などまるで視界に入っていなかった。

普段の京であれば難無く避けられた危険は、今の京に避けられる事は出来ない。

 

 

「…ぁ…」

 

 

小さく呟く事しか出来ない京が、無残にもトラックに撥ねられようとした刹那。

 

 

「京ーーーーー!!!!!」

 

 

叫んだ武は既に駆け出していた。

京は大声に驚いて武の方を見る。

瞬間、走った勢いのままで武が京を抱き締めた。

京の視界が暗転して、武に抱き締められたのとは別の衝撃を感じる。

何か大きな物がぶつかる音と、地面を擦る嫌な摩擦音が響く。

転がっているのか、二回、三回と小さな衝撃を受けてから、辺りは静寂に包まれる。

 

 

「京、無事か?」

 

 

武の優しい声が聞こえた。

抱き締められた京に武の温もりが伝わる。

 

 

「…武?……何が…」

 

「お前…車に、轢かれそうだったんだよ」

 

 

武の声が途切れ途切れに聞こえてくる。

 

 

「京…痛いところ、ないか?」

 

 

武に抱き締められたままの京は、モゾモゾと動いて自分の体を確認するが、幸い何処も痛む所はない。

 

 

「まったく…心配かけやがって」

 

「武…私…」

 

「今は、何も言うな…お前が無事で良かった」

 

「…武」

 

 

武の温もりを感じるだけで、今までの不安や悲しみが嘘のように消えていく。

京はきっと浮かべてくれているであろう、武の優しい微笑が見たくて顔を上げようとするが、如何せん抱き締められたままで身動きがとれない。

 

 

「…武、ちょっと苦しいよ」

 

「ああ、すまない…」

 

 

武は京の言葉に謝るだけで動こうとしない。

 

 

「…武?」

 

 

抱き締められたまま地面に触れている京の手に、何か生暖かい液体が触れた。

それは徐々に量を増していく。

 

 

「なぁ京…」

 

「た、たけ…る?」

 

 

京は抱き締められた腕から抜け出そうと、覆い被さる武の体を軽く押すと、意外なほど簡単に武の体は転がって京から離れた。

急に視界に飛び込んでくる青一色の空。

京が体を起こすと、地面には空とは対照的な赤一色の世界が広がっていた。

 

 

「なぁ京…」

 

 

何が起きているのか理解できずに、放心している京の耳に武の声が届く。

 

 

「…たけ…る?武?武っ!?」

 

「なぁ京…あの時も…こんな、綺麗な青空…だったよな」

 

 

武の口から真っ赤な血が吐き出される。

 

 

「武!?そんな、私を庇って…」

 

 

どうして良いか分からず、ただ縋る様に武に寄り添う京の足元が真赤に染まっていく。

 

 

「ひどい…台風の後でさ…」

 

 

「だ、だめ、喋らないで武…い、いま、救急車呼ぶから」

 

 

京は思い出した様に震える手で携帯を探すが、あの時、寮に落としてきてしまった事を思い出す。

 

 

「…竜舌蘭の…前で……写真、撮った時も…」

 

「お願い武、お願いだからもう喋らないで!」

 

「なぁ京…」

 

 

武の力無く上げられた手が京の涙を拭う。

その手を京はしっかりと握る。

 

 

「泣くなよ…俺、お前に、泣かれるのが…何より、辛い…」

 

「うん、うん…泣かない、泣かないよ?だからしっかりして武!!」

 

 

京の瞳からは涙が溢れていた。

 

 

「なぁ京…ごめん、な…俺の、せいで…」

 

「…違うの…違うの武……私…」

 

 

溢れた涙が武の頬を濡らす。

 

 

「なぁ京…そこに、居るのか?」

 

 

瞳から光が失われていく武の手を京は力いっぱい握る。

 

 

「いるよ!私はここに居るよ!!しっかり私を見てよ!!」

 

 

武の瞳には、初めて見た京の笑顔が写っていた。

 

 

「なぁ京…やっぱり俺…お前のその、笑顔が…一番、すき…だ……」

 

 

京が握っていた武の手から急に力が抜けた。

 

 

「…武?…ね、ねぇ武?」

 

 

京の声に武はもう答えない。

 

 

「い、や…いや…いやああぁぁぁあああああぁぁぁあああああ!!!!」

 

 

京の悲痛な叫び声が青一色に染まる空へと消えていった。

 

 

 




この後、二通りの話がぼんやり見えてますが、まだどちらにするか決めてません。
そして、本格的に年末進行が始まって更新頻度を保てるかもわかりません。
頑張ります。

ではまた次回で。



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第二十五話 「……武がね」

 

 

 

武が交通事故に遭い、葵紋病院に運ばれてから既に三時間が経過していた。

依然、手術中と書かれた表示盤には赤いランプが点灯したままである。

手術室前の廊下には、風間ファミリー全員が揃っていた。

 

 

「大丈夫だ京、武は大丈夫だ」

 

 

震えて座る京を優しく抱きながら、百代は何度も繰り返し語りかける。

一子、クリス、由紀江も京に寄り添うように座り、お互いの手を握りあう。

翔一と大和は押し黙ったまま座り、廊下を何度も行ったり来たりして落ち着かない岳人を、卓也が宥めて座らせるが、じっとしていられない岳人はすぐに立ち上がって同じ様に廊下を行ったり来たりしている。

 

「京、武は大丈夫だ…だから、一度戻って着替えだけでもするか?」

 

 

何度目かの百代の言葉に京は首を横に振る。

武が病院に運ばれた時に、京は手当てと検査を受ける事を拒否してそのままこの場にきていた。

京の服と体にはまだあちこちに武の血がついたままになっていて、事故の凄惨さを物語っている。

 

 

「あ、あの、私寮に戻って京さんの服持ってきますね」

 

「まゆまゆ…すまないが行ってきてもらえるか?」

 

「はい…あの、京さんのお部屋に入ってもよろしいですか?」

 

 

由紀江の言葉に京の反応は無い代わりに、百代が頷くと由紀江は静かにその場を後にした。

重苦しい空気と時間だけが流れていく中、葵紋病院の跡取りである葵冬馬が姿を見せた。

傍らには小雪が心配そうな顔で寄り添っている。

 

 

「武は、武はどうなんだ葵冬馬!」

 

「ガクト落ち着いて!」

 

 

胸倉を掴んで詰め寄る岳人を卓也が制すると、岳人は冬馬の苦しそうな表情に気付いて慌てて手を離す。

 

 

「す、すまねぇ…」

 

「心配なのは分かりますが落ち着いてください。まずは私からでは無く執刀医から説明させて貰います」

 

 

冬馬の言葉に手術室の扉が開いて、一人の医師が姿を表す。

その医者に京がふらつきながら詰め寄る。

 

 

「武は、武は無事ですか!?手術はどうなったの!?」

 

 

その様子に医者は優しく京の両肩に手を置いた。

 

 

「落ち着いて聞いてください。現在も手術は継続中です。我々も全力を尽くしていますが、状況はあまり良いとは言えません」

 

「そん…な…」

 

 

その言葉に京が力なく床にへたり込む。

 

 

「あまり良い状態じゃないってなんだよ?なんとかならねぇのかよ!あんた医者だろ!?武を助けてやってくれよ!!」

 

 

今度は医者に掴みかかろうとする岳人を卓也が必死に止める。

 

 

「落ち着いてガクト!今騒いでもしょうがないじゃないか!」

 

「ちくしょう!!…ちくしょう!…ちくしょう……」

 

 

岳人は力なく膝を付いて床に拳を突き立てる。

 

 

「今は患者さんの体力でなんとかもっている状況ですが…ここ二、三時間が山場になると思います。ご家族の方はいらっしゃいますか?」

 

 

医者が見回すと、翔一が立ち上がって前に出る。

 

 

「俺達が…俺達があいつの家族だ」

 

「そうですか、では引き続きこちらでお待ち下さい」

 

 

医者はそれだけ言うと深々と頭を下げて、再び手術室の中へと戻っていった。

 

 

「うう…ううう…武…」

 

 

京の嗚咽が漏れる。

そんな京に一子とクリスが駆け寄る。

 

 

「大丈夫だ京、な?お前が武を信じてやらなくてどうする」

 

「あたしも武を信じるわ、だから京も武を信じて」

 

 

気丈に振舞う二人の目にも涙が浮かんでいた。

 

 

「そうだ、武は私に殴られても平気な奴だぞ?こんな怪我なんかに負けるものか」

 

 

その三人を百代が優しく抱き絞める。

それを見守る大和は、ふと違和感に気付いた。

 

 

「葵冬馬…今の執刀医の白衣は」

 

「気付きましたか」

 

 

冬馬に風間ファミリーの視線が集中する。

 

 

「現在、武君の治療には九鬼財閥が有する最高レベルの医者と医療設備を持ってあたっています」

 

「九鬼財閥が?…どう言う事なんだ葵冬馬」

 

 

大和の質問に冬馬は百代を一度見てから、念を押すように落ち着いて聞いて下さいと言葉を続ける。

 

 

「武君を撥ねた車は末端ではありますが、九鬼財閥関連の物だったと先程英雄から連絡がありました」

 

 

次の言葉を出すべきか冬馬は一瞬迷うが、隠した所で何れ分かる事だと意を決する。

 

 

「しかもその車を運転していた者は飲酒を―」

 

 

刹那、ビキッとプラスチックの割れる音がして自動販売機の表面に皹が入った。

あまりの殺気に咄嗟に小雪が冬馬の前に出る。

 

 

「葵冬馬…私に今そいつがどこに居るか絶対に教えるんじゃないぞ」

 

 

鋭い殺気、いや、殺意を放つ百代の声が静かに響く。

冬馬は小雪の肩にそっと手を置いて下がらせる。

 

 

「トーマ…」

 

「大丈夫ですよユキ…英雄からその者の身柄は既に法の元にあり、然るべき処罰が下されると聞いてます。それと、今回の手術や入院、その他一切の費用は全て九鬼がもつとも言ってました」

 

「そうか」

 

「後は、直接謝罪にこれなくて申し訳ないと」

 

 

もしこの場に英雄が居れば「部下の失態は九鬼の、王たる我の責任」と言って止めるあずみを制して頭を下げていただろう事は、色々な意味で英雄と深く接している風間ファミリーの面々には容易に想像が出来た。

だからこそ、この場にこれない英雄を責める者は一人も居なかった。

それがわかったのか、冬馬はありがとうと友を想い頭を下げる。

そこに息を切らせながら紙袋を抱いて由紀江が戻ってきた。

 

 

「はぁはぁはぁ遅く、なりました」

 

「全然遅くないぞまゆまゆ、ありがとうな」

 

「いえ、私にはこれくらいしかできませんから…」

 

「葵冬馬、悪いがシャワーを貸して貰えないか?」

 

「もちろん良いですよ。私も京さんの姿は気になっていたものですから。あちらの空き個室の中にありますからそこを使ってください」

 

「すまない。京、私も一緒にいくからシャワーを浴びよう」

 

 

百代の言葉にやはり京は小さく首を横に振る。

京がこの場を離れたくない気持ちは、ファミリーの全員が痛いほど理解できた。

 

 

「京さん、ここは病院です。衛生上に問題があれば病院の息子として見過ごすわけにはいきませんし、ここに居ていただく事もできなくなりますよ?」

 

「……」

 

 

冬馬の言葉にも京は無言だが、明らかに少し動揺していた。

百代は悪役を買って出た冬馬に感謝の視線を送る。

 

 

「大和、ワン子達を頼む。何かあったらすぐに知らせてくれ」

 

「わかった」

 

 

百代は拒否の姿勢を見せない京をお姫様抱っこすると、個室へと入っていく。

脱衣所で京の服を脱がそうとするたびに、血で固まった布がばりばりと嫌な音を立て、その音が響く度に京がびくびくと震える。

 

 

「京、動くなよ」

 

 

見かねた百代は京から一歩離れて手刀を構える。

 

 

「百代アレンジ黛流十二斬」

 

 

気を乗せた百代の手刀が京の服を細切れにする。

百代も服を脱いで、京を中へと促す。

きゅっと捻ってシャワーを出すと、湯気が室内を覆っていく。

 

 

「洗うぞ、何処か痛い所があったら言うんだぞ?」

 

 

百代の言葉に京は力なく頷く。

ゆっくりと温かいシャワーをかけてから、百代はシャンプーを手で泡立て優しく京の頭を洗う。

凝固した血はお湯では落ちにくいが、百代の気を通わせている手がその全てを綺麗に洗い流していった。

そして、今度はボディーソープを掌で泡立ててから同じ様に京の体を優しく洗っていく。

少し紅潮している京に、百代は静かに語りかける。

 

 

「京の肌はシミ一つ無い綺麗な肌だな」

 

 

その言葉に少しだけ反応した京が小さな声で話し出す。

 

 

「……武がね」

 

「ん?」

 

「…武がモモ先輩と、同じ事いったの…私を見て綺麗な肌だって」

 

「京…」

 

「…私は…大和の為に…綺麗にしていたのって」

 

 

京の瞳から涙が零れる。

 

 

「…そし、たら…武が、京が綺麗なのは、大和のおかげだなって…」

 

「もういい京」

 

「…武は、何時も私を…それなのに、私は…」

 

「もういい……もうやめろ」

 

「大和と結ばれないのは武のせいだって!私っ!私っ!!」

 

「もういい!!」

 

 

百代が京を抱き絞めた。

 

 

「うう…うわああああ、あああああ、あああああああ」

 

「大丈夫だ…武は大丈夫だから」

 

 

胸の中で小さくなって涙を流す京を百代はしっかりと抱き絞める。

 

 

「絶対…大丈夫だから」

 

 

まるで百代は自分自身に言い聞かせるように、何度も何度も呟いていた。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

 

百代と京が個室から出てると、大和が百代に静かに首を横に振る。

状況は何も変わらないと。

まるで時が止まったかのような静寂の空間の中で、時計の針が進む音だけが鳴り響いている。

一時間が経ち、二時間が経ち、三時間が経っても何も変化はない。

時折そわそわと歩き出す岳人を卓也が宥めていたり、大和が全員に飲み物を買ったりしているだけで何も変わらない。

しかし、まもなく四時間が経過しようとした時に、ふいに手術中の赤いランプが消灯した。

気付いた京が勢い良く立ち上がると、手術室の中からさきほどの医師が再び出てきた。

 

 

「武は!?」

 

 

そう言って詰め寄る京に医者は優しく告げた。

 

 

「手術は、成功しました」

 

 

一瞬の沈黙の後に、へたりこもうとする京を百代が支えた。

緊張した空気が緩んで、一同から安堵の息が漏れる。

 

 

「しかし―」

 

 

言葉を続ける医者に京の表情が強張る。

 

 

「依然予断は許されない状況です。脳にかなりのダメージがあったためか判断はできませんが、現在、麻酔は切れているのに目を覚まさない状況です」

 

「なんでだよ!!成功したんじゃねぇのかよ!」

 

 

今度は卓也が止める間もなく岳人が医師の胸倉を掴み声を荒げる。

 

 

「落ち着けガクト!!」

 

「ちくしょう!!」

 

 

翔一の声にはっと我に返った岳人はすぐに手を離して壁を殴る。

 

 

「我々も命を繋ぎ止めるだけで精一杯でした。申し訳ない」

 

「いや、ご尽力ありがとうございました」

 

 

京を抱えたまま百代が深々と頭を下げる。

 

 

「先生、武に会う事はできますか?」

 

 

大和の言葉に医師が奥に合図をおくると、ベッドに横たわった武が姿を現す。

その瞬間、全員が武に駆け寄る。

 

 

「武っ!!武っ!!!」

 

「てめぇこのまま目覚まさなかったらただじゃおかねぇぞ!!」

 

「皆武を信じているからね!」

 

「武、戻ってこい!」

 

「武さん、どうか、どうか目を覚ましてください!」

 

「お前は京を泣かせるようなそんな奴ではないだろう!!」

 

「またあたしと走りに行くんでしょ!?さぼったら絶対許さないんだから!!」

 

「私の拳を受けて平気な奴がこれくらいで負けてどうする!」

 

「家族を泣かせるような真似はしないんだろ!目を覚ませ武!!」

 

 

家族の声に武の反応はない。

 

 

「…武……」

 

 

京が握った武の手は、あの時の温かさのなままなのに、ただ、普通に眠っているようにしか見えないのに、武は目を覚まさない。

 

 

「暫くは集中治療室で様子を見ますので」

 

 

医師の言葉で運ばれていく武を見送ることしかできない風間ファミリーは、自分達の無力さに打ちひしがれていた。

 

 

 




前回の話で感動しましたって感想を頂けて、嬉しくて家で喜んでいたら階段踏み外して、危うく武のように運ばれるところだった。
幸い無傷でしたが。
そろそろ京が泣いているのを書くのが辛くなってきました。
この先どうしよう…。
なんとか頑張ります。

ではまた次回で。



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第二十六話 「ごめんね武」

 

 

 

残暑も落ち着いて季節は夏から秋へと変わっていく。

あの日、武の手術が成功してから早二ヶ月が経とうとしていた。

未だに教室に空席が在る事に慣れない。

ふと、授業中の教室の扉が突然開き

 

 

「いやぁ良く寝たぜ」

 

 

そう言いながら武が何時もの笑みを浮かべて教室に入ってくるような、そんな錯覚にさえ捕らわれる。

しかしそれは幻で、現実の武は今こうして皆が授業を受けている間も病院のベッドで眠り続けていた。

授業の終わりを告げるチャイムが響いて、学校は放課後へと変わる。

京は荷物を纏めるとすぐに立ち上がった。

 

 

「京、俺も生徒会の仕事が終わってから行くから」

 

「…うん、先に行ってるね」

 

 

足早に出ていく京を心配そうに見つめる大和。

それでも、二ヶ月前よりはだいぶマシな方だと納得するしかない。

最初の一週間、京は学校にも行かず寮にも帰らず食事も摂らずで武に付きっきりだった。

その顔に精気はなく、武が目覚めるより早く京が倒れる方が確実であった。

誰の説得にも耳を貸さない京に、葵冬馬が見舞いをする条件を出した。

それは普段の生活を崩さない事と、ファミリーの誰かを一人連れて来る事と言うシンプルなものであったが、これ以上無いほどその時の京には必要なことであった。

当然、京が納得するはずもなかったが、冬馬はそれが出来ないなら病院にすら入れないと言い放ち悪役を買って出てくれた。

大和が教室を出ると、ちょうどその冬馬と一緒になった。

 

 

「やぁ大和くん、これから一緒にお茶でもどうですか?」

 

「それ以上近寄ると姉さんを呼ぶぞ」

 

「三人でですか?私はそれでも構いませんけど」

 

「ちげぇよ!……葵冬馬、お前には感謝しているよ」

 

「大和くんに感謝されるとは嬉しいですね」

 

 

何時もと変わらない態度で接してくれる冬馬に、大和は少なからず救われていた。

 

 

「こちらとしましては武君が目覚めた時のために、今のうちに風間ファミリーに恩を売っておくのも悪くないですから、それでは」

 

 

大和は黙ってその後ろ姿を見送る。

二ヶ月前の冬馬の制約以降、京は少しずつだが日常を取り戻していった。

それでも京は寝ているとあの事故の事を思い出してしまうのか、悲鳴と共に起きる事が幾度となくある。

その為、今でも夜はクリスか由紀江、たまに泊まりに来る百代、一子と一緒に寝るようにしていた。

献身的な家族のフォローもあって、京はファミリーとなら普通に会話も出来るようになるまでに回復していたが、大和達は気付いていた。

あの日以来、京の笑顔が失われてしまったことを。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「…来たよ武」

 

 

病室に入ると京は何時ものように武に声をかける。

何時か返事が返ってくると信じているから、信じていたいから。

 

 

「少し寒いけど、部屋の空気を入れ換えるね」

 

 

窓を開けると十一月に相応しい乾いた冷たい風が病室内に吹き込む。

ベッドで眠る武の、二ヶ月前より少しだけ延びた髪が風に揺れる。

あの事故で、武が大切にしていた髪留めは無くなってしまっていた。

今は京が新しく持ってきた髪留めをしている。

 

 

「…髪、少し伸びたね…今度切ってあげるよ」

 

 

そっと髪に触れながら武を見つめる。

何時もの様に顔を赤く染めながら慌てる武の姿が浮かぶ。

 

 

「…っ」

 

 

不意に込み上げてくる涙を必死に堪える。

武の前では泣かないと、武との約束だからと強く自分に言い聞かせて。

 

 

「少し…冷えすぎちゃったかな」

 

 

京は武の布団をしっかりと肩までかけてから窓を閉める。

そして武の横に座ると、その手を握って今日一日あったことを話し始める。

通学途中、百代が対戦者を秒殺した事、岳人と卓也がエッチな漫画を読んでいてクリスに怒られた事、ワン子が宿題を忘れて委員長に泣きついていた事、昼休みに翔一が旅の土産に貰った地鶏で満が作った鍋を食べた事、武の相槌を待つようにゆっくりと、ゆっくりと語り掛けていく。

 

 

「…今日はそれくらいかな」

 

 

丁度京が話し終わった頃、病室の扉をノックする音がして大和が入ってきた。

 

 

「お待たせ京、来たぜ武」

 

「…今日は早かったね」

 

「ああ、生徒会長って言っても周りが優秀だとお飾りみたいなもんだよ」

 

「そうなんだ」

 

 

しかし京は知っている。

出来るだけ時間を作る為に、大和は自分が動かなくても良い様なシステムを作り上げた事を。

そして大和もそれが京にばれているのは百も承知だった。

 

 

「しっかし、寝起きが悪いのは知っていたけど、ここまで寝坊助だとは知らなかったぞ?」

 

 

大和は水性ペンを取り出して武の顔に落書きをしていく。

最初にやった時には京に怒られたが、これが大和なりの武とのスキンシップだと京は納得する。

大和もスキンシップではあるが、なんとか場を和ませようと考えた末に、何時も通りを貫き通す事にしたのだ。

 

 

「…帰る前にちゃんと消してあげてね」

 

「分かってるよ、また看護婦に怒られるのは御免だからな」

 

 

以前、落書きをそのままにして帰ったら、朝一番で来た看護婦が何事かとちょっとした騒ぎになって大和はこっぴどく怒られたのである。

ふと、大和は武の額に「山」と書いた文字で一つ思い出す。

 

 

「そう言えば京がさ、山梨に引っ越した時の武の話、した事あったっけ?」

 

「…ううん」

 

 

大和は一通り落書きを終えると、備え付けられたミニキッチンでお茶を入れながら話し始める。

 

 

「あれは中学にあがって間もない頃だったな…」

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「なんだとおおおおおっっっ!!??」

 

 

武の絶叫が秘密基地内に響き渡る。

翔一、大和、岳人、卓也、百代、一子は予想していたのか既に耳を塞いでいた。

 

 

「み、みみみみみみ京がひひひひ引越しっっ!!??」

 

「ああ、両親が離婚する事になって引っ越す事になったと言うかもう引っ越した」

 

「引っ越した!?はっ!?俺の愛する京はもう居ないの!?」

 

「ああ、もう居ない」

 

「なんで俺だけ知らねぇんだよ!!」

 

「京に武が大袈裟に騒ぐだろうから引っ越すまでは教えるなって言われたんだよ」

 

「そんな…」

 

 

武は膝から崩れ落ちる。

 

 

「ただ、引っ越したって言っても同じ関東の山梨で―」

 

「っっ!!」

 

 

大和が言い終わる前に、弾かれたように起き上がって武は駆け出していたが、それも予想通りで百代の拳で撃沈される。

 

 

「落ち着け武」

 

「い、いや、モモ先輩、何も床にめり込ませなくても」

 

 

だが、武は直ぐに立ち上がる。

 

 

「いててて、ってこうしてる場合じゃない!」

 

「良いから話を聞け!」

 

 

百代が武の首根っこを掴んで無理やりソファに座らせる。

その両サイドを翔一と岳人がしっかりガードして動けないようにする。

そして正面に大和が立ち、話を続ける。

 

 

「言いたい事もしようとしている事もわかるがまずは話を聞け、京は山梨の学校に通う事になったが、金曜日の学校が終わってからここに来るって言っている」

 

「山梨から…ここに?」

 

「ああ、それも毎週来ると言ってる」

 

「それだけ京は大和が好き、いたっ!?」

 

 

言いかけた一子の額に武のデコピンが決まる。

 

 

「何するのよ!?」

 

「うるせぇ!ワン子のくせに生意気な事言うからだ!」

 

「なんですって~~がるるるる」

 

 

威嚇しあう武と一子に大和は頭を抱える。

 

 

「話しが進まない…ワン子、お座り!」

 

「きゃう~ん」

 

 

大和の指示で一子は大人しく座る。

 

 

「やれやれ…で、理由はともかく、それほどまでに俺達の事を思ってくれている京の気持ちに答えるにはどうすれば良いかって考えたんだよ」

 

「答えは簡単だぜ!」

 

 

武の横から翔一が立ち上がって机の上に載る。

 

 

「俺達も必ず金曜にここに集まれば良い!!」

 

「出来る限りここで集まって皆で過ごす。これが一番かなって」

 

「俺様も彼女が出来るまでは協力してやるぜ」

 

「それじゃあガクトは一生ここに居る事になるぞ?」

 

「どう言う意味っすかねぇモモ先輩」

 

「いや、聞かなくても分かるでしょガクト」

 

「皆で集まるなんて楽しそう!」

 

 

盛り上がる面子をよそに武は大きくため息を吐く。

 

 

「わかってねぇな…」

 

「何がだよ?」

 

「いや、金曜日に集まる、さしずめ金曜集会か?それには俺も賛成だ…ただ」

 

「ただ?」

 

「中学での思い出はどうする?体育祭とか音楽会、修学旅行だって…俺はその思い出に京が居ないのが耐えられない」

 

「それはしかたないだろう?…それに京だって向こうで友達と思い出くらい…」

 

 

言いかけて大和は口ごもる。

 

 

「京の性格からして作らんだろうな」

 

「ああ、モモ先輩の言う通りだ。俺様でも簡単に想像がつくぜ」

 

「でも、こればかりは僕達にはどうする事もできないよ」

 

全員が沈黙する中、武は意を決して立ち上がる。

 

 

「俺は決めた!中学校の全イベントは京の学校のに参加する!!」

 

「「はぁ!?」」

 

 

武以外の声がハモった。

 

 

「うひょ~!それ面白そうだな!!」

 

 

否、一名賛同する者もいた。

言わずもがな翔一である。

 

 

「お、おい本気で言ってんのか?無理に決まってるだろ?他校の生徒が参加するなんて」

 

「いいや!俺はやると言ったらやるんだ!!」

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「何て言ってさ、俺に京の学校の全行事を調べさせやがって」

 

 

大和の言葉に、京は忘れていた記憶が甦る。

 

 

「フレー!フレー!み・や・こ!!」

 

「ちょ、ちょっと止めてよ!」

 

 

体育祭の時、武とキャップが横断幕を持って応援に来たのを、周りから変な目で見られてとても恥ずかしかったけど、本当は嬉しかった事。

 

 

「ブラボーー!!ブラボーー!!」

 

「…泣くほどの事?」

 

 

音楽祭の時、歌が上手かった京がソロパートを歌い終えると、武が感極まって一人で泣きながらスタンディングオベーションしてくれた事。

 

 

「よ、よぉ、修学旅行先で会うなんてこれも運命だな付き合ってくれ」

 

「平日にわざわざ私の修学旅行先に先回りしているのを運命とは言わないお友達で…武、学校は?」

 

「えっ!?あー…えっと、あ!インフルエンザで休校になったんだよ!いやぁ皆寝込んじまってまいったよあははは…」

 

「…しょうもない」

 

 

結局その後、何故かたまたま京の修学旅行先に翔一も来ていて、自由行動を一緒に過ごした事。

一つの思い出が引き金になって次々に思い出していく。

朝の清掃週間で何故か箒を持った武が居たり、授業参観を覗きに来て教師に追いかけ回されていたり、水泳大会では警察まで呼ばれていた。

中学生の京には、金曜集会があって大和が居れば、それだけで全ての事に耐えられると思っていたし、耐えていたと思っていた。

しかし、そうでは無かったことに気付かされる。

 

 

「…馬鹿だなぁ…私、武との思い出なら全て思い出せるって思ってたのに」

 

「京…」

 

「ありがとうね大和」

 

 

京は立ち上がってそっと武の頬に触れる。

 

 

「ごめんね武」

 

 

それは大和の錯覚だったのかもしれないが、本当に、本当に微かだけど、京が微笑んだ気がした。

 

 

 




二ヶ月飛びました。
実は武が入院してからの一週間、京がどん底まで落ちていくにを書き上げたんですが、なんか書いてるときも、読み返して見ても凄く気分が落ち込んだので慌てて書き直しました。
もう何話か京の忘れた、京の知らない武を題材にやっていこうと思います。

ではまた次回で。


あ、風邪引きました。


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第二十七話 「…信じる勇気」

 

 

 

「美味しいわ、ぐまぐま」

 

 

一子は鉄心に持たされたお見舞いのフルーツを幸せそうに頬張る。

 

 

「…林檎も食べる?」

 

「わーい♪食べる食べる、武、何時までも起きないとお見舞い品は全部あたしが食べちゃうからね」

 

 

京は林檎を一つ取ると、器用に剥き始めた。

ふと、一子が何かをメモしているのが目につく。

 

 

「…ワン子、何書いてるの?」

 

「これ?これは武が走りに行くのをさぼった日数と、あたしが考えたリハビリ用のトレーニングメニューよ」

 

「…リハビリ用?」

 

「そう、これだけ寝てたら衰えるのは当然だからね。でも、衰えていくのに合わせてその時のベストメニューを考えておきたいから、こうして少しずつ書き換えているの」

 

 

一子の迷いの無い心が京は羨ましかった。

京は武が起きると信じているが、不安が無いわけではない。

 

 

「…ワン子は…どうしてそんなに迷い無く信じられるの?」

 

 

京の質問に少し考えてから、何時ものようにあははと笑って一子は答える。

 

 

「あたし馬鹿だし、言われた事は何でも信じちゃうからかな?」

 

「…言われた事?」

 

「あ、そんな大したことじゃないんだけど、武にね」

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「せやあぁっ!!」

 

 

一子の鋭い蹴りを武は片腕でガードする。

しかし、腕に当たる直前で急に軌道が変わり、振り上げられた足を見た時には、既に武の頭に踵落としが入っていた。

 

 

「にぎゃっ!?」

 

 

潰れたような変な悲鳴をあげて、頭を押さえながらしゃがみこむ武。

 

 

「まだまだね!!」

 

「てめぇワン子!寸止めって言ったじゃねぇか!!」

 

「あれ?そうだっけ?」

 

「そうだっけ?じゃねぇよ!!」

 

「良いじゃない、どうせ大して効いて無いんでしょ?」

 

「ワン子、ちょっとこっちおいで」

 

「何々?ギャー!!痛い痛いいたーい!!」

 

 

武はワン子のこめかみを拳で挟んでぐりぐりする。

 

 

「打たれ強いからって痛くないわけじゃねぇんだよ!!」

 

「分かったわよ!謝る、謝るから離して!」

 

 

武の手から解放された一子は、謝るどころか一足飛びに武に蹴りを見舞う。

 

 

「甘いっ!!」

 

 

それを予想してた武は、一子の足を取って逆さまに吊るした状態にする。

 

 

「悪い子にはお仕置きが必要だな…」

 

 

言って武は一子の靴を脱がす。

 

 

「な、何よ…まさかくすぐり程度でこのあたしにお仕置きが出きると思ったら」

 

「ワン子の足の臭いを嗅いで、それをレポートにまとめてこの靴と共に九鬼英雄に売り渡す」

 

「ぎゃー!変態なうえに鬼畜だわ!!離せこの人でなしー!!」

 

 

武の顔が一子の足に近寄ったその時、暴れる一子の手が偶然にも武の金的をとらえる。

 

 

「っ!?」

 

 

声も上げられず、一子から手を離して倒れ込む武の顎に、一子は綺麗な回し蹴りを食らわせて、武の意識を彼方に吹き飛ばした。

 

 

「自業自得よ」

 

 

武が目を覚ましたのは、それから十分後だった。

 

朝の日課も終わった帰り道、タイヤを引いて走る一子と並んで、武は若干内股になりながら走る。

 

 

「…ぷっ」

 

「お前、もう宿題見せてやらねぇからな」

 

「さっきの変態行為、京に言うわよ?」

 

「可愛くねぇワン子だな…ごめんなさい内緒にしてください」

 

「あっはは♪…ねぇ」

 

「なんだよ」

 

「強さって何かな?」

 

「随分と突然だな、真面目な話しか?」

 

「いや、そこまでじゃないんだけど…うちの家族って皆強いじゃない?」

 

「疑う余地がねぇ」

 

「うん…でも、あたしはそんなに強くないから…このまま鍛えていくだけで強くなれるのかなって、正直、無意識でもお姉様に近い力が出せる武が羨ましいって思った事もあるの」

 

 

一子の足が止まる。

 

 

「ばーか」

 

 

武は少しショボくれて下を向く一子の頭をグリグリと撫で回す。

 

 

「そう言うところがお前の強さじゃねぇか」

 

「え?」

 

「自分は強くない、羨ましい、弱い奴はそんな事人に言えねぇんだよ。自分のマイナスな所、ありのままの自分としっかり向き合えるのは強い奴だけだ」

 

「ありのままの自分と向き合う…」

 

「そう言うのひっくるめてお前が持っている強さ「勇気」ってやつじゃねぇのかよ」

 

「勇気…あたしの強さが勇気」

 

「だから勇気をもって信じろよ自分を、お前は絶対に川神院の師範代になれるって…竜舌蘭がもう一度咲くくらいにはな」

 

「えーーーっ!?あたしその頃にはお婆ちゃんじゃない!!」

 

「はははっそれくらい険しい道程ってことだよ!」

 

 

言って武は走り出す。

 

 

「あ、こら待ちなさいよ!」

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

 

「…勇気」

 

「うん…だから、あたしは不安とか全部ひっくるめて今の武と向き合って、勇気をもって武を信じようって思ったの」

 

「…ワン子」

 

「って!京に内緒にしておくって言ったのに喋っちゃった!…ごめんなさい武、え?許してくれるって?わーい♪」

 

 

一子は笑顔で武に語りかける。

その様子を見つめながら、京は一子の言葉を繰り返して、自分に言い聞かせる。

 

 

「…勇気…信じる勇気」

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「入るぞー」

 

 

ノックの後に間をおかずに百代が入ってきた。

後ろにはクリスと由紀江が続く。

 

 

「…珍しい組み合わせだね」

 

「ああ、ワン子は朝からトレーニングに出ていてな、クリ達とは下で一緒になったんだ」

 

 

百代は武に歩みより、優しくでこぴんを額に見舞う。

 

 

「武、さっさと起きないと徐々に強くしていくからな……さて、ちょっと京を借りていくぞ」

 

「…どこかいくの?」

 

 

京の言葉にクリスは呆れた様にため息をつく。

 

 

「もう昼過ぎだぞ?その様子だと昼食はまだだろう?」

 

「…ぁ」

 

「食事はしっかり摂らないと体に障りますから」

 

『まゆっちの家の家訓に、食事を疎かにしちゃいけねぇってのがあるんだぜ』

 

「…食欲、なくて…」

 

「駄目だ!」

 

 

言ってクリスは強引に京の腕をとる。

それに合わせるように、由紀江も反対の腕を遠慮がちにとる。

 

 

『京姉さんがちゃんと食事をしてくれないと、まゆっちは安心して寝ることもできないんだぜ?』

 

「まゆっちの言う通りだ。それに自分は武に京の事を頼むと言われているからな」

 

「…武に?」

 

「よーし、その話は食事をしながらゆっくり聞くことにするか」

 

 

百代は三人を後ろから抱き締めて、部屋から押し出す。

葵紋病院には様々なレストランが入っており、食事時には病院関係者以外も多く足を運んでいた。

その一つで、京達はテーブルを囲む。

 

 

「あ…」

 

 

京がオムライスを頼むと、由紀江が小さく声をあげた。

 

 

「どうしたまゆっち」

 

「い、いえ…以前、武さんから京さんが洋食のレストランに入ったら、九割の確率でオムライスを頼むからって教えてもらったのを思い出しまして」

 

「あ、自分もその話は聞いたぞ、しかもオムライスを端っこからじゃなくて真ん中から食べるんだろ?」

 

「…自分では意識した事ないよ」

 

「武は京に関してはへたすると京自信より詳しいからな…一種のストーカーだな」

 

 

からかう様に言う百代を見て、由紀江はもう一つ思い出した。

 

 

「そう言えば、モモ先輩の事も言ってましたよ、奢りの時はメニューの中で一番高いものを頼むって」

 

「なに~?」

 

「もしくは肉だって自分も聞いたな」

 

「武めぇ…私がたかるとすぐ大和に押し付けて逃げるくせに、起きたら絶対奢らせてやる!」

 

 

笑い合う三人に、京も少しだけ優しげな表情を見せるが、笑顔と言うには程遠いものであった。

それに百代達も気付いてはいるが、無理はさせずに出来るだけ普段通りに接することだけを心掛けている。

 

 

「で?さっきの話だが、クリが武に京を頼まれたって?」

 

「ああ、あれは私が基地があるビルを壊すべきだと言った時に、武が一番怒っていたと大和に聞かされた後の事だ―」

 

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「そんな改まって話って何だよクリ吉」

 

「その……すまなかった」

 

 

クリスは深々と頭を下げる。

 

 

「意味がわかんねぇからわかるように話してくれ」

 

「私が初めてここに来た時、このビルを壊すべきだと言ったのに一番怒っていたのは武だと大和から聞いたんだ」

 

「…大和が?…う~ん……悪いが覚えてねぇ」

 

「ああ、大和も武は覚えていないだろうと言っていた。それでも、自分はそれを知らずに居た事を恥ずかしく思う…だから、この通り正式に謝罪させてくれ」

 

「わかった、許さん」

 

「っ!?……そう言われるても仕方がないと覚悟はしていた…どうすれ、いたっ!?」

 

 

許さないの言葉に顔を伏せた後、勢い良く武を見ようとしたクリスの頭を武のチョップがとらえる。

 

 

「許さないのはお前がそうやって謝ることだよ」

 

「え?…どう言う事だ?」

 

「言ったろ?覚えてねぇって、それなのに何時までも気にされると迷惑なんだよ」

 

「しかし!」

 

「しかしもかかしもねぇんだよ!覚えてねぇんだから良いんだよ」

 

「それでは自分の気がすまないと言っているんだ!」

 

「はいはい、じゃあ正式に謝罪を受け入れますよぷっぷくぷー!」

 

「自分が真面目に話しているのにその態度はなんだ!」

 

「俺だって大真面目だぷー」

 

「語尾にぷーをつけて何が真面目だ!」

 

「あーあークリ吉はうるさいぷー、少し冷静になれぷー」

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「完全に武に遊ばれているなクリ」

 

「ええ、武さんらしいというかなんと言うか」

 

「ごほん…で、そんなやり取りが暫く続いた後だ」

 

 

クリスはグラスの水を一口啜って話を続ける。

 

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「じゃあ許してやるから一つだけ頼まれろ」

 

「なんだ?自分に出来ることなら」

 

 

クリスは武の目が真面目になった事に気付いてきちんと座りなおす。

 

 

「俺が京の側に居れない時、京の事を頼む」

 

「京を…自分が?」

 

「ああ」

 

「それは構わないが、自分より適任者が居ると思うが」

 

 

クリスは大和の顔を思い浮かべる。

 

 

「大和じゃ駄目だ。これはお前にしか頼めないんだ」

 

「何故自分なんだ?」

 

「お前が全てにおいて京と正反対だからだよ」

 

「…」

 

 

訝しげな表情を浮かべるクリスに武は言葉を続ける。

 

 

「他の奴はどこかしら京と似ている部分があるけどお前にはそれがない。それはつまり、いかなる状況でも京を客観視して京が何か間違いをおかしてもそれを指摘できるって事だ」

 

「しかし、正反対では指摘しても受け入れられないのではないか?」

 

「すぐにはな、それでも最後には絶対お前の声に耳を傾けてくれる。磁石と同じでさ、同じだと反発するけど違うとくっつくんだよ…だからクリ吉、お前に京を頼む」

 

「磁石か…なんだか強引な説明だが、お前の頼みはこのクリスティアーネ・フリードリヒが承った!」

 

「ああ、頼むぜ」

 

 

真剣だった武の表情が穏やかなものに戻る。

 

 

「でも、武が京の側に居ない事なんてあるのか?」

 

「あん?んなことあるわけねぇだろばーか」

 

「…では何故頼んだんだ?」

 

「保険だよ保険、クリ吉でもちょっとは俺の役に立てるかなって、なんでレイピア構えてんだよ?」

 

「…お前とは一度決着をつけておくべきだな!!」

 

「どわあっ!?本気で怒んなって冗談だぷー」

 

「むっか~~!許さんっ!!」

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「と、まぁそんな事があったんだ」

 

「…武がそんな事を」

 

「磁石ねぇ、武が言うとなんだか本当にそうだと思えてくるから不思議だな」

 

「うう、良い話です」

 

『ほらまゆっち、おらのハンカチで涙を拭けよ』

 

「だから、自分は京が間違っている時は容赦なく指摘していくからな!っと、まずはご飯をしっかり食べる事だ」

 

 

クリスの言葉と同時にそれぞれの料理が運ばれてきた。

 

 

「それじゃあ、いただきます!」

 

 

百代の声を合図に食べ始めた京が、オムライスの真ん中にスプーンを入れるのを見て百代、クリス、由紀江は顔を見合わせて笑った。

気付いた京も困ったような顔を浮かべて微かに口元を緩める。

 

 

「…しょうもない」

 

 

 




更新が遅くなってすいません。
熱も下がり、なんとか復活しました。
次回で話は急展開します。たぶん。
恐らくあと三話か四話で終わります。
最後まで見放されないように精一杯頑張って書かせていただきます。

ではまた次回で。



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第二十八話 「…雪」

 

 

 

「…今日は黄色い水仙だよ」

 

 

京は花瓶の花を取り替えながら、武に話しかける。

 

 

「…花言葉がね、今の武に…違うね。…今の私にぴったりだったんだ」

 

 

病室に置かれたカレンダーは十二月。

今日で、武が眠りについてから三ヶ月が経っていた。

 

 

「…ねぇ武、今年のクリスマスは何をしてくれるの?去年は特大の水羊羹でケーキ作ってくれたよね」

 

 

京は携帯に保存してある写真を見せる。

 

 

「結局、自重に耐えられなくてなって崩れて大変だったよね」

 

 

写真の中には笑顔の武とファミリーがいる。

何でもない日常が、こんなにも幸せだったのかと、失って初めて気が付く。

 

 

「…少し冷えるからカーテン閉めるね」

 

 

ふと、窓際で空を見上げると、白い妖精が舞い降りてきていた。

 

 

「…雪」

 

 

窓を少しだけ開けて手を差し出すと、掌に落ちた雪は小さな冷たさを残してそっと消える。

川神の街に冬が訪れていた。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

大和と翔一は並んで廊下を歩いていた。

放課後の学園は、冬休み前と言うこともあり、多数の生徒たちで賑わっている。

しかし、二人は無言だ。

あの自由人、風間ファミリーのキャップである風間翔一ですら一言も発しない。

それだけ、今向かっている先に待ち構えているであろう話は、重いものだと感じていた。

 

 

「五分前行動とは良い心掛けだな」

 

 

屋上に続く階段の前では、九鬼従者部隊序列一位にして英雄の専属従者である忍足あずみが待っていた。

 

 

「英雄様がお待ちだ」

 

 

言って空けられたあずみの脇を通って二人は階段を上る。

屋上に出る扉を開けると、冬の冷たい空気が吹き込んで体を針で刺されたような気分になる。

 

 

「来たか…」

 

「お前から呼び出しとは珍しいじゃねぇか…って言っても、内容はわからねぇけど話って言うのは武の事だろ?」

 

「察しが良いな風間、話とは二条武の事だ」

 

「九鬼英雄、お前には感謝しているよ…武の命が助かったのはお前のおかげだ」

 

「その事は良いのだ直江、非は全て此方にあるのだから」

 

 

大和はその言葉を聞いて、自分が予想していた最悪の話、つまりは財力による九鬼の後ろ楯が無くなるかもしれないと言う話ではないことがわかり内心安堵する。

 

 

「で?話って言うのは?」

 

「うむ…」

 

 

珍しく英雄が言葉を出すことを躊躇う。

それが、大和と翔一に言い様のない不安を感じさせる。

 

 

「質問だ、直江、風間。お前達は今後どうする気だ?」

 

 

質問の意味は二人にはわかっている。

しかし、その意図が分からない。

 

 

「どうするもこうするもねぇ!武が目覚めるまで俺達が面倒を見るだけだ!」

 

「それは、風間ファミリー全員で話し合って決めたことなのか?」

 

「ちゃんと話したわけじゃない、だけど全員キャップと同じ気持ちだ」

 

「そうか…それが例え何年でもか?」

 

「当たり前だ!!」

 

「直江も同じ答えか?」

 

 

英雄の質問に大和は出かかった言葉を飲み込む。

幾度となく大和はその事を考え続けてきた。

 

 

「どうした大和!なんでそこで黙るんだよ!」

 

「それはな、直江が誰よりも現実的に考えているからだ」

 

「現実的、だと?」

 

「そうだ、人一人の命を背負う重さを貴様は理解しているのか風間」

 

「そんなの理解するまでもねぇ!武は俺達の家族だ!家族の命ならどんなに重くったって背負ってやるぜ!!」

 

「では、今から九鬼はこの件から手を引くと言ったらどうする?お前達に二条の医療費が払えるのか?」

 

「それは!…」

 

 

翔一は唇を噛み締める。

想いだけではどうすることも出来ない現実が有ることを、翔一達は身をもって知っていた。

 

 

「これから先何十年と二条が目覚めなければどうする?」

 

「…何が言いたいんだ?」

 

 

九鬼は一呼吸置いて覚悟を決める。

 

 

「諦める事も選択肢の一つでは無いのか?」

 

 

瞬間、大和が止める暇もなく翔一は英雄を殴り飛ばしていた。

尚も殴り掛かろうとする翔一を大和が羽交い締めで止める。

 

 

「落ち着けキャップ!!」

 

「離せ大和!!」

 

「落ち着けって!英雄がわざと殴られたのが分からないのか!!」

 

「なっ!?」

 

 

英雄は切れた唇から流れる血を拭いながらゆっくりと立ち上がる。

 

 

「やはり直江も呼んでおいて正解だったな…勘違いするなよ風間、諦めろと言ったわけではないぞ?それも選択肢に入れるべきだと我は言ったのだ」

 

「同じことだろうが!!」

 

「違う!…先程言った事を言い方を変えて言おう、もし九鬼が事業に失敗し無くなる事になったらどうする?」

 

「そんな事」

 

「あるわけないか?残念ながら今の世の中に絶対と言うものはない、それが先程直江が即答しなかった理由だ」

 

 

翔一が大和を見ると、大和は伏せ目がちに英雄の指摘を肯定した。

 

 

「それにお前は冒険家になる夢を諦めるのか?お前だけではない、風間ファミリーは全ての夢を諦めて二条の為に人生を捧げるのか?それで良いのか?」

 

「家族の為なら夢くらい」

 

「我が聞いているのはそう言うことではない!二条武がそれを良しとするのかと聞いているんだ!」

 

 

そんな事を武が望むはずがない。

それは風間ファミリーの誰もが分かっていた事であり、翔一は英雄の言葉に一言の反論もできないまま膝をつく。

見かねた大和が口を挟む。

 

 

「何故だ?何故今そんな事を言うんだ…まるで武の意思を代弁するかのように」

 

「…これは我が友、葵冬馬より預かった物だ。冬馬はこれをお前達に見せるべきか悩んだ末、我に託したのだ」

 

 

そう言って英雄が取り出したのは一枚のカードだった。

 

 

「な、なんで…」

 

 

大和はそのカードを見て愕然とする。

そして、恐る恐るそのカードを英雄から受けとると、大和は震える手でカードの裏を確認した。

 

 

「なんだよ大和…それは何なんだよ?」

 

「これは…臓器提供意思表示カード……武の残された、意思だ」

 

「…残された、意思?」

 

「二条武が…いや、何も言うまい。我からの話は終わりだ。そのカードはお前達がどうするか決めるべきもの、確かに渡したぞ」

 

 

英雄は二人の返事を待たずに屋上を後にした。

 

 

「英雄様っ!?」

 

 

少し腫れた英雄の顔を見てあずみは驚きの声をあげる。

 

 

「良いのだあずみよ…これしきの怪我、あやつらの心の痛みを思えばどうと言う程の事ではない」

 

「英雄様…」

 

「我もまた、無力だな」

 

 

英雄は自分の想い人の顔を浮かべて、拳を固く握りしめる。

 

 

「我は教室に戻る。暫しの間、屋上には誰も入れぬようにいたせ」

 

「英雄様…かしこまりました」

 

 

英雄の背中を見送りながら、あずみは深々と頭を下げた。

 

屋上では翔一が大和に詰め寄っていた。

 

 

「な、なんだよ武の意思って…臓器提供?なんだよそれは…なぁ大和!」

 

「これは…脳死、または心臓停止した後、臓器を提供するかどうかの意思を示すもの」

 

「じゃあ武は…」

 

「違うよキャップ…あいつは、たぶん自分が事故に遭うなんて考えてもいなかったと思う…家族のために何か出来ることを考えていた時の、沢山の選択肢の中の一つにたまたまこれがあっただけで」

 

「なんだよそれ、じゃあ武のちゃんとした意思ってわけじゃないないんだろ?冗談半分で書いただけだろ?」

 

 

大和は静かに首を横に振って、翔一にカードの裏面を見せる。

そこには、しっかりとした字で武の名前と日付、必要事項が全て書き込まれていた。

 

 

「選択肢の一つだけど、武が本気で書いたのは、わかりたくないけどわかる…キャップだって本当はわかっているんだろ?」

 

 

大和の言葉に翔一は目を反らす。

 

 

「なんでだよ…なんでこんなもの残してんだよ武…なんでだよぉ」

 

 

何時も嬉しかった武の家族を思う気持ちが、今は全然嬉しく無いのが悔しくて、翔一の目から涙が溢れる。

 

 

「ほんと…あいつの家族想いは異常だよ…こんな、こんなものまで……なんで……なんでだよっ!?武!!俺らにはお前を助ける事すらさせてくれないのかよ!!なんでお前はっ!!」

 

「こんな事されたって嬉しくねぇぞ武!!馬鹿野郎!!馬鹿野郎!!!」

 

 

大和と翔一は何度も何度も地面を殴る。

拳から血が出ているのにも構わず、自分達の無力さを嘆くように、何度も何度も。

 

 

「武っ!!!!」

 

 

屋上に二人の声だけが虚しく響いて、冬の冷たい空に消えていく。

 

 

 




これ本当に真剣恋かってくらい暗くなってきなした。
色々細かいところは現実と変えてますのでご了承ください。
残り三話予定…ちゃんと終わるかな?

ではまた次回で。



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第二十九話 「…さようなら」

重苦しい雰囲気の中、全員の視線はテーブルに置かれた一枚のカードに向けられていた。

ここには居ない京以外には、既に大和が経緯は話終えている。

 

 

「っだよ…」

 

 

沈黙を破ったのは岳人だった。

 

 

「これが武の意思?…認めねぇよ、本人から直接聞くまでは認めねぇぞ俺様は!」

 

 

気持ちは全員が同じだった。

しかし、それが不可能なのは言うまでもない。

 

 

「ガクト…九鬼英雄も言っていたけど、これはあくまでも選択肢の一つだ」

 

「んな選択肢はねぇ!あいつは絶対目を覚ます!…それを俺様達が信じなくてどうすんだよ」

 

「何年も、武の為だけに何年も僕達が過ごして…武が目覚めたらそれを喜んでくれるかな?」

 

「なんだと!?モロ、じゃあてめぇは武の為にさっさと諦めた方が良いって言うのかよ!」

 

「そうは言ってないじゃないか!!」

 

「二人とも落ち着け、今は言い争うために集まった訳じゃないだろ?」

 

 

百代の予想外に優しい声に二人は口を閉じる。

 

 

「ありがとう姉さん。まずは意思確認をしたい、全員の意見を聞かせてくれ…自分の事、武の事、良く考えてから頼む」

 

「俺様は考えるまでもねぇ!こんなものは認めねぇ!」

 

 

岳人の言葉の後に続く者は無く、全員が押し黙って考える。

家族の為にここまでの覚悟がある武を見捨てる事はできない。

しかし、その覚悟は裏を返せばこう言う時に悩ませない為の武の優しさであった。

その優しさを無視してまで武を助ける事が正しい事なのか、考えて答えが出るものでもない。

 

 

「あたしは武が居なくなるのは嫌だ…それでも、自分の夢を犠牲にしてまで武が喜ぶはずが無いって言うのはわかるの…だから武の事だけを考えたら嫌だけど…しょうが、ないって…」

 

 

一子は目に涙をいっぱいに溜めて、何時も武が座っていた場所を見つめて答える。

 

 

「僕は、もちろん武が居なくなるなんて考えられない…それでも、武の意思を無駄にしたくない。だから選択肢の一つとしては考えるべきだと思う」

 

 

卓也は伏せ目がちだが、はっきりとした口調で答える。

 

 

「自分は来年の四月でここを離れる身だから、正直ここで何か言うべきでは無いと思う。それでも自分だったらと考えた時、武の意思を尊重するべきだと思う」

 

 

クリスは、ここには居ない京が座る場所を見て答える。

 

 

「わ、私は、どんな事があっても諦めるべきではないと思っていました…けど、それが武さんの意思である以上、目を背ける事は出来ないと思います」

 

 

由紀江は申し訳なさそうに、それでも率直な自分の考えを答える。

 

 

「俺は家族である武を諦めるなんて嫌だ…でも、武が望む事に答えてやれないのはもっと嫌だ…」

 

 

翔一に何時もの勢いは無く、悔しそうに唇をかみ締めながら答える。

 

 

「私は、武の望む様にしてやりたい。それが私達が家族として武に出来る唯一の事だと思うから」

 

 

百代は手に残る武との日々を思い出して答える。

 

 

「俺は、今まで誰よりも家族を想ってくれていた武の最後の意思を尊重してやりたい。色々な想いや現実を全て排除して、純粋に武の事を考えて武を想うならそうする事が一番だと思う」

 

 

大和はカードに触れ、そっと手で撫でながら答える。

 

 

「なんだよ?何言ってんだよお前等…尊重してやりたいってなんだよ?そんな簡単に諦めるのかよ大和!!」

 

 

岳人が大和に掴みかかる。

 

 

「なんで簡単にそんな事が言えるんだよ!?」

 

「簡単に言ってる?…そんなわけねぇだろガクト!!あいつが、武が誰よりも今の俺達の状況を望んでないってなんでわかってやれねぇんだよ!」

 

「わかってんだよ!そんな事くらい馬鹿な俺様だってわかってんだよ!!それでも諦めるなんてできねぇんだよ!」

 

「じゃあ武の意思をこのまま無駄にするのか!?あいつが残した最後の優しさを俺達が受け取ってやらないで誰が受け取るんだよ!?答えろよ!答えろよガクト!!」

 

 

大和と岳人は泣いていた。

二人を見守るその場に居る全員が泣いていた。

殴りあっているわけでもないのに、その何倍もの痛みが心に刻まれる。

 

 

「俺だってこんなものが無ければ何年でも何十年でも武が目覚めるまで待ちたいさ!英雄にこれを渡された時だって何でだよって何百回も思ったよ!!でも、できねぇよ…武の意思を無駄にするなんて…俺にはできねぇよ…誰よりも、誰よりも俺達の事をわかってる武が残したんだぞ?こうなる事だってきっとわかってたはずなのに、それでもこれを残したんだよ……それを無駄にするなんて…できねぇよ…」

 

 

大和は岳人の襟を掴んだまま縋り付いて泣いていた。

押し殺していた感情が堰を切ったように溢れ出す。

当たり前に触れていた武の優しさが、こんなにも辛く感じなくてはならないことが悲しくて。

 

 

「京は、京はどうすんだよ?今のあいつの支えは、武が目覚めるって言う希望なんだぞ?今、あいつがそれを失ったらどうなるかくらいわかるだろ?」

 

「それは…」

 

 

大和は、いや、ここにいる誰もがそれを一番に案じていた。

武の望みを叶えると言うことは、京の望みを叶わなくすると言うこと。

 

 

「それでも、京には武の最後の意思を知ってもらいたい。…いや、京は知らなくちゃいけないんだ」

 

「しかし、何も今すぐに言わなくても良いのではないか?自分は、今の京がそれを受け止めきれるとは思えない」

 

「あたしも、クリの言う通りだと思う。せめてもう少し、もう少しだけ待ってあげた方が良いと思うの」

 

「わ、私もそう思います。京さんには心の整理をする時間が必要だと思います」

 

 

クリスの意見に一子と由紀江が同調する。

それは無意識にだが、時間がもう少し経てば、武が起きるかもしれないと言う僅かな希望でもあった。

 

 

「俺が、時期を見て話す。それが風間ファミリーのキャップである俺の役目だ」

 

「キャップ…」

 

「いや、私が話す。今回武がこんな事になったのは私にも責任がある」

 

「姉さん!?」

 

 

百代は大和を手で制して言葉を続ける。

 

 

「それに、この中では私が一番年上だ。今まで何一つ年長者として振る舞えなかったせめてもの償いだ…私に話をさせてくれ、頼む」

 

「…モモ先輩」

 

 

頭を下げる百代に翔一は戸惑うが、ここまでされては断ることはできない。

翔一が言葉を発しようとしたその時。

 

 

「…その必要はないよ」

 

 

全員の視線が扉の方へ向く。

 

 

「…京…お前今の話」

 

「…うん、聞いてた」

 

 

京は静かに部屋の中にはいると、テーブルに置かれたカードを手に取る。

そして、書かれている文字を懐かしそうに眺める。

 

 

「…武の…迷いの無い字だ」

 

「京…」

 

「…安心して大和。皆の気持ち、ちゃんと聞いたから」

 

 

京の、今までに無いくらい穏やかな声が響く。

 

 

「このカード、私が預かって良い?」

 

 

一人一人を見回して尋ねる京に、反対する者など居るはずがない。

 

 

「…それじゃあ、武の所に戻るね」

 

「京っ!」

 

 

出て行こうとする京に、クリスは言うべき言葉もないのに、反射的に声をかけた。

その声にゆっくりと振り向いた京は、少し寂しそうに、あの時に失われてしまった笑みを浮かべる。

 

 

「…ありがとうクリス…私は大丈夫だから」

 

 

そう言って部屋を出ていく京の背中を、大和達はただ見送ることしか出来ずにいた。

だが、追いかけるべきであった。

もし、この場に武が居れば、今の京を一人にすると言う愚行をおかすことはなかっただろう。

しかし、武は居ない。

京に待ち受ける運命を、止めることが出来る者は誰も居ないのだ。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

この三ヶ月間、毎日してきたように受付けに後から人が来ることを伝えて、武の病室へと向かう。

個室と言う理由と葵冬馬の計らいで、一般の面会時間が終わった後でも、面会出来るようにしてもらえた。

 

 

「…武…来たよ」

 

 

冬の日中は短く、既に辺りは暗闇に包まれているが、電気を点けなくても月明かりが病室内を照らしていた。

 

 

「これ…見たよ」

 

 

武の枕元にそっとカードを置く。

 

 

「…武は、何処まで…何処まで私達に過保護なの?」

 

 

そっと握った武の手に雫が零れる。

 

 

「……無理だよ…」

 

 

京の心は、もう現実に耐えられないほど崩れていた。

武の前では泣かないと決めていたのに、その約束すら今の京には果たす事ができない。

 

 

「…武の居ない、世界で生きて行くなんて…私には…無理だよぉ」

 

 

今まで必死に堪えていた涙が止めどなく溢れる。

 

 

「…武…たけ、る……」

 

 

京は武の胸に顔を埋めて咽び泣く。

こんなにも温かい体温を感じるのに、こんなにも優しい鼓動を感じるのに、武は目を覚まさない。

京がどんなに泣いても、その頭を優しく撫でてくれる事はない。

京がどんなに泣いても、困った顔で慰めてくれる事もない。

京がこんなにも側に居るのに、武はここには居ない。

深い悲しみと絶望が京を襲う。

 

 

「……」

 

 

どれくらい泣いていただろうか、枯れ果てた涙は京にくらい影を落とす。

月光に照らされて、置かれていた果物ナイフが綺麗な光を放っていた。

その光に誘われるままに手を伸ばしてナイフを握ると、月光に照らされた光は失われて鈍い闇を写す。

 

 

「…武…私も一緒に連れて行ってくれる?」

 

 

武の返事は無い。

 

 

「…ごめんね……ごめんね武…」

 

 

京はそっと武に唇を寄せる。

初めてのくちづけは、悲しい涙の味がした。

 

 

「…武」

 

 

目を閉じると大好きな武の笑顔が浮かぶ。

 

 

「…さようなら」

 

 

月光が煌めく冷たい刃が、京の喉元に静かに突き立てられた。

 

 

 




これ本当に後二話でおわるんだろうか…。
そしていまだにどう終わるか、ぼんやりとしか浮かんでいません。
不思議と携帯で書き始めると、どんどん書けてしまうんですけど、何度も書いて消してを繰り返すので何時もギリギリです。

ではまた次回で。



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第三十話 「…ただいま」

 

 

 

夢を見ていた。

 

新しい家族ができる夢。

 

風の様な少年は自分の事を好きだと言ってくれた。

 

天災の様な少女は自分の打たれ強さを褒めてくれた。

 

元気溢れる少女は自分を頼ってくれた。

 

知的な少年は自分に役割をくれた。

 

筋肉な少年は自分と殴り合ってくれた。

 

気弱な少年は自分の言葉に突っ込みをいれてくれた。

 

そして、好きになった少女は泣いていた。

 

 

「どうして泣いているの?」

 

「……」

 

 

少女は泣くばかりで何も答えない。

手を伸ばそうとした時、少女の後ろから声がかかる。

 

 

「泣くなよ…な?」

 

 

少年は困った顔で少女に語りかける。

それは、夕暮れ時の教室でみた、忘れてしまった夢の続き。

武が忘れてしまった京との約束。

 

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

六年生の夏休み。

武は学校に来ていた。

目的は教室にいるであろう女の子に会う為だ。

走ってきたせいで汗ばんだ体に乱れた息。

自分の教室の前で、武はゆっくりと深呼吸して息を整え髪留めを着け直す。

 

 

「…うぅ…ごめんね…」

 

 

いざ教室に入ろうとした時、中から少女の泣き声が聞こえてきたのとほぼ同時に、武は勢い良く扉を開けていた。

 

 

「どうした京!!」

 

「ひぅっ!?」

 

 

突然の大声に京は一瞬驚いて小さく悲鳴をあげるが、武だとわかると両手にそっと乗せていたものを見せる。

 

 

「…武…たけるが…死んじゃった…」

 

「えっ!?」

 

 

慌てて武が駆け寄ると、教室で飼っていたハムスターの「たける」が、京の手の上で冷たくなっていた。

そのハムスターは、前の六年生から引き継いで教室で育てており、京が飼育委員に立候補した時に、自分の名前を京に呼んで貰いたいと言う浅はかな下心から、強引に武がハムスターを「たける」に改名したのだ。

 

 

「…私が…来た時には…もう…ひっく…」

 

「京…」

 

 

武はハムスターが死んでしまった事よりも、京が泣いている姿に衝撃を受けていた。

初めて見る好きな人が悲しんで泣く姿が、こんなにも辛く悲しいものだと知らなくて。

 

 

「…やっぱり…私がお世話、したから」

 

「違う!」

 

「…でも」

 

「絶対違う!これはたけるの寿命だ。ハムスターは二年くらいしか生きられないって大和が言ってた」

 

「…大和が?」

 

「ああ、大和が言ってたんだ。あいつに間違いがあるわけない、だから絶対京のせいじゃない!」

 

「……うん」

 

 

大和に惚れていた京は、武の口から語られた大和の言葉に安心したのか、少しだけ泣き止む。

 

 

「先生に事情を話して埋めてやろう」

 

「…うん」

 

 

武は京を連れて職員室に行くと、夏休みの当番でいる先生に許可をもらい、校舎の裏手にお墓を作ることにした。

途中、美術室で余った木材をもらって墓標がわりにする。

 

 

「深く掘ってやらないと烏とか猫が掘り返しちゃうらしいから、ちょっと待ってろよ京」

 

 

言うなり武は素手で穴を堀り始める。

 

 

「…私も、手伝う」

 

「汚れっから良いよ、京はたけるを大事に持っててくれ」

 

「…ありがとう」

 

「こ、こんくらい何でもねぇよ!」

 

 

赤くなった顔を見られないように、武は全力で土を掻き出していく。

顔が地面につき、自分の腕が届かなくなるまで掘ると、顔をあげて京を促す。

 

 

「…ごめんね」

 

 

最後にもう一度ハムスターに謝ると、京は膝をついてそっと穴のそこへ置いてやる。

掘り返した土を戻し「たける」と書いた板をたてて、二人で静かに手を合わせる。

 

 

「…ひっく…うぅ」

 

 

再び京の瞳から涙が零れる。

 

 

「泣くなよ、な?」

 

「…だって」

 

「ハムスターのたけるは死んじゃったけど、俺は死んだりしないから!」

 

 

武の突拍子もない言葉に京はえ?っと顔を上げる。

 

 

「俺はずっと側にいてやるから、ずっと死なないから元気だせ京!」

 

「…武」

 

 

京は、武が精一杯元気付けようとしてくれていることが、ただ嬉しかった。

 

 

「…死なないって…そんなの無理でしょ?」

 

「いいや出来る!俺はお前がいる限りぜっっったい死なない!」

 

「…寿命でも?」

 

「延ばす!」

 

「病気でも?」

 

「治す!」

 

「事故でも?」

 

「跳ね返す!」

 

「大和と結婚しても?」

 

「うっ!?…か、陰から見守る!」

 

 

根拠も無く出来るわけがないのに、武の自信満々な顔を見ていたら不思議と、武なら出来るような気がしてくる。

 

 

「…じゃあ…約束ね?」

 

「ああ、約束だ!」

 

 

京から差し出された小指に、武は何度も何度も手を服で拭いてから自分の小指を絡める。

 

 

「ゆーびきりげんまんうそついたらはりせんぼんのーます」

 

 

初めて京の悲しい涙を見た日の出来事。

初めてした京との約束。

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

目を覚ますと教室は無人になっており、夕日の茜色が射し込んでいた。

あの日見たはずの夢を思い出す。

 

 

「…思い出した?」

 

 

好きになった少女はもう泣いていなかった。

 

 

「うん、思い出した」

 

 

好きになった少女が笑う。

 

 

「…約束…守ってね」

 

 

初めて出会った時みたいに頬を赤く染めて。

 

 

「ああ、絶対守るよ」

 

 

その答えに満足したように優しい声で囁く。

 

 

「…武…起きて」

 

 

言葉と同時に光が辺りを包んだ。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

京はそっと武に唇を寄せる。

初めてのくちづけは、悲しい涙の味がした。

 

 

「…武」

 

 

目を閉じると大好きな武の笑顔が浮かぶ。

 

「…さようなら」

 

 

京の喉元に静かに突き立てられたかにみえた刃は、京に届く寸前で止まっていた。

微かな力しか込められていないのに、その優しい手の温もりが京の動きを止める。

 

 

「なぁ京…」

 

 

甲高い金属音が響いて、京の手から果物ナイフが床に落ちる。

何が起きたか思考は追い付いていないのに、涙が溢れて京が見たい人の顔が歪んで見えない。

 

 

「…ひぅ…うっく……」

 

 

声をかけたいのに、嗚咽が邪魔をして言葉が出てこない。

武の温かい手が京の涙を優しく拭う。

京はその手を頬に当てたまま強く握り締める。

 

 

「お前を、そんなに泣かせる奴は…何処のどいつだ?」

 

 

握り締めた手から、武が握り返して来るのが伝わる。

 

 

「……ば、か……ばかぁ…」

 

 

必死に声を出す京に、武の、京が大好きな優しい笑顔が向けられる。

 

 

「泣くなよ…あの時、言ったろ?ずっと傍に居てやるって」

 

「…た…たけ、る…武…武っ!武っ!!」

 

 

京は横になったままの武に抱き付いて声を上げて泣く。

驚いて照れている武は、優しく京の頭を撫でてやる。

 

 

「な、泣くなよ、な?俺、お前に泣かれると、どうして良いのかわかんねぇんだよ」

 

 

武の声を無視して、京は赤子のよ様に泣きじゃくる。

それは風間ファミリーが、何よりも京が望んでいた目覚めであった。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「いや~まさか三ヶ月も寝てたとは…どうりで体が思うように動かないわけだ」

 

 

武は医者から、意識が回復し身体的機能は正常に働いている、しかも術後の治りも良好なので早ければリハビリも含めて一ヶ月程度で退院できると言う診断を受けた。

 

 

「ふえぇ~~んたけるぅ良かったよ~~」

 

「おいこらワン子!鼻水付けんなよ…まったく」

 

 

言葉ではそう言うが、泣きつく一子の頭を優しく撫でてやる。

 

 

「ま、俺様は全然心配なんかしてなかったがな」

 

「医者に掴みかかった奴が言う台詞じゃないな」

 

「てめぇ大和、俺様が何時そんな事したよ!!何時何分何秒だよ!」

 

「ははは、でも本当に良かったよ武が目を覚まして」

 

「ありがとうなモロ、大和も、あと…え~とお前誰だっけ?」

 

 

卓也、大和と拳を合わせてから岳人を見ながら武は首を傾げる。

 

 

「俺様だけ忘れるとかどんだけ都合の良い記憶喪失なんだよ!」

 

「嘘だよ、ありがとうな脳筋ゴリラ」

 

「病人が良い度胸だぜ!」

 

 

岳人の拳が武の頬を優しく殴る。

 

 

「ちっ、今日のところはこれくらいで許してやる俺様の広い心に感謝しろよ武」

 

「ふっ、ありがとよガクト」

 

 

言って岳人と武は拳を合わせる。

 

 

「まぁ自分もこうなると思っていたから全然心配してはいなかったがな」

 

「クリスさん、武さんが無事に目が覚めるまで願掛けとして甘いもの断ちしてたんですよ?」

 

『クリ吉にしては思い切った事したもんだよなぁ』

 

「こらまゆっち余計な事を言うな!」

 

「クリスが甘いもの断ちだと?…どうせ代わりに稲荷を甘くして食ってたんだろう?」

 

「武、お前もう一度眠った方が良いんじゃ無いか?」

 

 

何処からとも無くレイピアを取り出して構えようとするクリス。

 

 

「よせよせ!!ここは病院で俺は病人だぞ!」

 

「まったく…しょうがない奴だなお前は」

 

「ありがとよ」

 

 

クリスと拳を合わせ、遠慮がちな由紀江と松風とも拳を合わせる。

 

 

「武、これからはトラック如きに轢かれても平気なくらいみっちり鍛えてやるからな」

 

「いやモモ先輩、それ確実に轢かれて大丈夫になる前に俺の命が尽きますって」

 

「問答無用だ」

 

「横暴すぎる…あとで彼氏に文句言っとかなきゃ」

 

 

百代から差し出された拳に武も拳を合わせる。

 

 

「ったく、大勢に心配かけやがって」

 

 

同じ寮に住む忠勝も、大和からの連絡を受けて病院に来ていた。

 

 

「ゲンさんも心配してくれてありがとう」

 

「勘違いすんじゃねぇ…俺はただ、このままてめぇに死なれて寮が辛気臭くなるのが嫌だっただけだ」

 

 

そっぽを向いたまま突きつけられた拳と、武は拳を合わせる。

 

 

「よし決めたぞ!武が退院したら皆で旅行に行こう!!」

 

 

翔一のいきなりの提案が病室に響いた。

 

 

「いや気持ちは嬉しいがキャップ、俺、この病院とかの支払いが…」

 

「ああ、それなら心配ないぞ。全額九鬼が持つ事になっているからな!」

 

「九鬼が?どう言う事だキャップ」

 

「お前を轢いた運転手な、末端だが九鬼関連の会社の奴で、しかも相手は飲酒運転だったんだ」

 

「なるほどな、どうやら借金地獄にならずに済みそうだな」

 

「おう!」

 

 

勢い良く出されたキャップの拳と拳を合わせる。

 

 

「でも、あの時のお姉様凄く怖かったわ…ぶるぶるぶるぶる」

 

「確かに、飲酒って聞いた瞬間に自販機のケースに殺気で皹入ったからなぁ」

 

「う、運転手は無事なんだよな?」

 

 

恐る恐る聞く武に、百代は安心しろと答える。

 

 

「私に絶対居所がわからないようにしろと念を押して置いたからな」

 

「そ、それを聞いて安心したよ…あれ?ところで俺の愛する京は?」

 

「ああ、それなんだが…」

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

京は一人、病院の屋上に来ていた。

金網越しに見る川神は、何時もと変わらない平穏そのものであった。

 

 

「さすが天下の葵紋病院、車椅子まで電動式とは恐れ入るぜ」

 

 

武は車椅子を進めて京の横に並ぶ。

 

 

「こんなところでどうしたんだ京」

 

「……」

 

 

何も言わない京にやれやれと頭を掻いてため息を吐く。

 

 

「お前まさか自分のせいでとか思ってんじゃないだろうな?」

 

 

武の言葉に京は小さく肩を震わす。

 

 

「…だって…私の、せいで…」

 

「京…」

 

 

何かに耐えるような表情の京を、武は一呼吸おいてから鋭い目線で睨む。

 

 

「お前、ふざけんなよ?」

 

「えっ?」

 

 

京は突然の言葉に怯えるより驚きで武を見る。

それは京が初めて見る、本当に怒っている武の顔であった。

 

「…武?」

 

「京はあれか?俺に助けられたくなかったと、そうかそうかそりゃわりぃ事したわ」

 

「違う!そうじゃないよ」

 

「やっぱ助けて貰うなら大和の方が良かったよな」

 

「違うよ!?そんな事思ってないよ!!」

 

「じゃあ俺が助けても良かったのか?」

 

「もちろんだよ!」

 

「本当に俺で良かったのか?」

 

「武で良かったに決まってるよ!」

 

 

声を荒げる京の言葉に、武は表情を緩めて優しく微笑む。

 

 

「じゃあ、やっぱりお前を助けて良かったぜ」

 

「…え?…武?」

 

「京、俺はお前が無傷だった事が何より嬉しかった。それこそ自分で自分を褒めてやりたいくらいにな」

 

「武…」

 

「だからさ、そんな俺を褒めてやってくれよ…好きな人を守れて偉い!ってさ」

 

「…武…うぅ…」

 

「もう、泣くのは無しだ」

 

 

京は車椅子の武の胸に体を寄せる。

 

 

「…うん…うん……ありがとう……お帰りなさい武」

 

「京…ただいま」

 

 




悩みに悩んだ末、ありきたりにしてみました。
でも、そんなありきたりの奇跡が好きです。
本当はもっとシンプルに書ければ良かったのですが、今の私にはこれが精一杯でした。
次回で一応最終回の予定です。
この話を書き始めてまもなく二ヶ月。
長いようであっという間でした。
最後まで皆様に楽しんで頂けるように、頑張らせていただきます。

ではまた次回で。



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最終話 「好きだ」

 

 

襖越しに射し込む光が朝を告げていた。

意識が覚醒し始めた大和は、自分以外の気配を感じる。

 

 

「…おはよう大和、朝だよ」

 

 

京はその寝顔を見守るように座っていた。

 

 

「おはよう京」

 

 

眠い目を擦りながら、大和はゆっくりと体を起こす。

 

 

「今日は大事な日でしょ?制服出しておいたから、早く仕度してね」

 

「ああ、ありがとう…ところであいつは?」

 

「…何時もどおりで」

 

「そっか、まだ続いてんだな」

 

「うん、そろそろだと思うから私は行くね」

 

「ああ、俺も着替えたらすぐに行くよ」

 

 

大和は部屋を出て行く京を見送って大きく伸びをする。

季節は春、部屋には暖かな日が射し込み、膝に掛かったままの布団が二度寝へと誘惑してくる。

 

 

「駄目だ駄目だ!」

 

 

大和は両手で頬をぴしゃりと叩き、気合を入れて布団から抜け出して支度を始める。

先に大和の部屋を出た京が向かった先は玄関。

何時も通りの時間に玄関の扉が開き、全身汗だくになってよろよろと倒れこむように男が入ってくる。

荒い息のまま倒れこんでいる男を京は覗き込む。

 

 

「おはよう武」

 

「ぜぇぜぇぜぇ、お、ぜぇぜぇぜぇ、おは、はぁはぁはぁ、よう、み、京、はぁはぁはぁ」

 

「今日もたっぷり絞られたみたいだね」

 

「はぁはぁはぁ…ワン子の、奴、はぁはぁはぁ、手加減ってゲホッゲホッ、はぁ、ものを、しらねぇ、はぁはぁ」

 

 

武が目覚めてから三ヶ月、最初の一ヶ月は病院でのリハビリをこなし、退院すると一子が考えていた川神院特性スペシャルリハビリメニューが待ち構えていた。

 

 

「私が事故に遭う前よりも丈夫な体にしてあげるわ!!」

 

 

と、気合入りまくっている一子に、迷惑をかけた分はしょうがないと思ったのが武の過ちで、川神院で毎日の様に一子がこなしているメニューに近いものを強制させられていた。

おかげで、実際一子の宣言通りに事故に遭う前よりも体は絶好調にはなっているが、武に平穏な朝が訪れるのは随分と先の事となる。

 

 

「…今日は遅刻出来ないから、早くシャワー浴びてきたら」

 

「はぁはぁはぁ…ふぅ~、お?そうかそうか、今日はモモ先輩の卒業式だったな」

 

 

武は足の反動で勢い良く起き上がる

 

 

「…タオル、洗面所に用意しておいたから」

 

「さんきゅ~…の、覗きに来ても良いんだぞ?」

 

「…はいはい、先にご飯食べてるからね」

 

「あいよ~」

 

 

お風呂場に入っていく武を見送って、京は少しだけため息をつく。

あの日から、色々な事が有耶無耶になってしまって既に半年が経つ。

武がリハビリや休んでいた分の補習などで忙しかったのもあるが、その事について一切触れてこないことに京は不安を感じていた。

しかし、自分から切り出すことが怖くて出来ないでいる。

 

 

「あ、そうそう京、モモ先輩の卒業式が終わった後に話があるんだけど…良いか?」

 

 

そんな京の不安を見透かしたように、武は顔だけ覗かせて照れた笑顔を向けてくる。

 

 

「…ぁ……うん」

 

「…おっと、急がねぇとな!」

 

 

少しだけ驚いて照れた京に、武は一瞬見惚れて慌てて顔を引っ込める。

そんなやり取りの後、京はもう一度ため息をついて自分に呟く。

 

 

「…しょうもない」

 

 

京はあの事故から、もしかして武は武では無くなってしまったのかと、不安にかられてそんな馬鹿な事を考えていた。

しかし、武は何時もの武であった。

そんな当たり前の事が嬉しくて、自然と口許が緩む。

 

 

「…しょうもない」

 

 

京はもう一度、嬉しそうに呟いた。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「うーっす!珍しく全員揃ってるじゃねぇか」

 

 

島津寮を出ると、何時ものポーズで岳人が現れた。

 

 

「うっす、珍しくって言ったってキャップがいるだけだろ?」

 

「おはようガクト…キャップが朝から居るなんて、十分珍しいと思う」

 

「おはよう。確かにな、自分も今まで数回しかみたことないぞ」

 

「おはようございますガクトさん。正確にはこの一年で二十六回です」

 

『おっとまゆっち、その発言はストーカーチックだからオイラが撤回してお詫びしておくぜ』

 

「ありがとうございます松風」

 

「相変わらずだなまゆっちは…で?寝ぼけて大和に引きずられているキャップは良いとして、俺様に挨拶しない二条さんちに武君はどう言うつもりなんだ?」

 

 

岳人の言葉に気づいて、武は優しい眼差しを向ける。

 

 

「な、なんだよ気持ちわりぃな」

 

「いやなに、改めて日常って良いもんだなぁって思ってさ」

 

「武…」

 

「だからさ……京の前に立つなって何時も言ってんだろうが脳筋ゴリラッ!!」

 

 

武の拳と同時に岳人も反射的に拳を出していて、お互いの顔をとらえる。

 

 

「上等だ武!少しでも心配した俺様が馬鹿だったぜ!今日と言う今日は泣くまで許さねぇ!!」

 

「上等だ岳人!お前が馬鹿なのは認めてやる!泣いて謝ってから十発は蹴るから覚悟しろ!!」

 

 

今朝も始まる武と岳人の喧嘩。

その様子を呆れたように見守るクリスと由紀江。

 

 

「まったく、毎朝毎朝良く飽きないな」

 

「でも、何だかこれを見ると一日が始まるって感じるようになりました」

 

『ありふれた日常って奴だな』

 

「ふふっ、それもそうだな」

 

 

二人は笑いあって歩き出す。

武が帰ってきて戻ってきた、何時もの朝を満喫するように。

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

「おっはよー!」

 

 

何時も通り河原で一子、百代、卓也と合流する。

 

 

「あれ?珍しくキャップがいる…寝ているみたいだけど」

 

「ああ、今日は姉さんの晴れ舞台だからって、明け方に帰ってきたみたいだ。って言うかモロも肩貸してくれ」

 

「まったくしょうがないリーダーだね」

 

 

卓也は苦笑いしながら、寝ているキャップを担ぐのを手伝う。

そんな大和達をよそに、百代は体を解し始める。

 

 

「さ~て武、今日が最後だ」

 

 

百代はそう言うと、岳人の後ろにこっそり隠れている武に声を掛ける。

 

 

「えっ!?…い、いやぁ今日はモモ先輩の卒業式ですし、今日くらいは…」

 

「却下だ!」

 

 

武は百代が病院で宣言した通り、毎朝通学途中で鍛えるために組み手を、と言っても一方的に武がやられているのだが、行っていた。

しかし、百代は今日川神学園を卒業する。

一緒に通学出来るのは今日が最後なのだ。

 

 

「安心しろ、今日は一撃だけだ」

 

 

百代は一子に鞄を渡すと静かに構えた。

それは、全員が何度も見たことのある構えで、百代のシンプルにして最強の技。

 

 

「受け取ってくれるか?」

 

 

百代の問いに、武はやれやれと頭を掻いて鞄を京に預ける。

百代なりの好意を武が無碍にするはずが無い。

 

 

「喜んで受け取らせてもらいますよ」

 

 

言って武は百代の正面に立って腰を落とす。

 

 

「感謝するぞ武」

 

 

百代の体から立ち込める赤い闘気に全員が息を飲む。

百代は一度目を閉じてから、万感の思いを胸に全力で放つ。

 

 

「川神流奥義!無双正拳突きっ!!!」

 

 

稲妻の如き百代の正拳突きに、今まで何百回と見て受けてきた武の体が反応した。

腕をクロスさせて踏ん張る足の力を抜いて、その拳を受けると、武の体は十数メートル地面を足で削りながら吹き飛んでから砂埃を上げて止まる。

 

 

「お、お姉様…今のって」

 

「ああ、本気で打った…ははっ、大したもんだよ武は、こっちの世界に来ないのが勿体無いないくらいだ」

 

 

砂煙が晴れると、武が腕をクロスさせて立ったまま動かなくなっていた。

京が武に歩み寄って、掌を顔の前で振る。

 

 

「…おーい武?…うん、気絶しているね」

 

「前言撤回だな、根性無しめ」

 

「いや、モモ先輩の全力の拳を受けて気絶だけで済んでるんだから根性あるでしょ!」

 

「ナイス突っ込みだモロ~むにゃむにゃ」

 

「寝言で誉められても嬉しくないんですけど!」

 

「まったくしょうがない奴だな」

 

 

そう言いながら百代は武の襟首を掴んで、肩に鞄でも下げるように持ち上げて学校へ向かう。

武が帰ってきて戻ってきた何時もの登校時間を楽しむように。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「卒業生挨拶!卒業生代表、川神百代!」

 

 

鉄心の声が響いて百代が壇上に上がる。

その姿を見ただけで、多くの生徒から嗚咽が漏れる。

そして百代はあの言葉を紡ぐ。

 

 

「光る灯る街に背を向け、我が歩むは果て無き荒野。奇跡も無く、標も無く、ただ闇が続くのみ。揺るぎない意思を糧として、闇のたびを進んでいく。 選別だ受け取れ!!川神流、星殺し!!!」

 

 

突き上げられた百代の掌から放たれた光が、体育館の天井を突き破って空へと伸びていく。

瞬間、体育館を震わせるほどの拍手と歓声が沸き起こる。

後にこの卒業式は、これから永く続く川神学園の歴史の中で伝説の一つとなった。

 

 

「…終わったね」

 

「だな」

 

 

卒業式は天井に穴が開いた事を除いて滞りなく終わり、卒業生と在校生が校庭で記念撮影を行っている。

もちろん、その中心にいるのは百代であった。

その様子を武と京は少し離れた場所で見ている。

 

 

「…寂しくなるね」

 

「平穏になるって言う方が正しいんじゃないか?天井に穴開けられる人なんてそうそういねぇからな」

 

「それ、モモ先輩に後で言っておくね」

 

「俺の体にも穴開けられそうなんで勘弁してください」

 

「…しょうもない」

 

 

桜の花びらが風に舞っている。

 

 

「なぁ京」

 

「…良いよ」

 

「お見通しですか?」

 

「…武の考えている事ならね」

 

「そりゃ嬉しいねぇ」

 

 

そして、二人はそっと学園を抜け出して、あの日、待ち合わせをした場所に向かった。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

京は川神の街を眺めながら大きく伸びをする。

春の暖かい風が、心地良く京の髪を優しく揺らす。

 

 

「良い天気だな」

 

 

隣には当たり前のように武が居る。

 

 

「…うん、すっかり春だね」

 

「ああ、春だな」

 

 

二人の間に風が吹き抜けていく。

 

 

「あの日」

 

 

武の言葉に京は鼓動が高鳴るのを感じる。

 

 

「お前に伝えたかった事があるんだ」

 

「……」

 

 

京は、あの日に置き忘れてきた想いが胸に溢れて言葉が出てこない。

 

 

「俺は―」

 

 

武が言いかけた瞬間、突然屋上の扉が開いて風間ファミリーの面々が雪崩れてくる。

 

 

「何やってんだガクトっ!」

 

「モモ先輩が押し過ぎなんですよ!」

 

「いや~ん重い~どいてぇ~」

 

「だ、だから自分は反対したんだ!」

 

「それ、しっかり付いて来て言う台詞じゃないぞ?」

 

「はわわわわっ、わ、私達は決して怪しい者じゃ」

 

『落ち着けまゆっち、どう聞いてもそれは不審者の台詞だ』

 

「だから俺は堂々と覗きに行こうって言ったんだ!」

 

「いや、堂々としてるのは覗きじゃないからねキャップ」

 

「……お前等なぁ」

 

 

倒れこんでいる全員の前に武が鬼の様な形相で仁王立ちしている。

全員が、武の怒鳴り声が聞こえてくると覚悟した時。

 

 

「…しょうもない」

 

 

京はため息混じりにそう言って、背中を向けてしまった。

 

 

「あう…京…」

 

 

情けない顔をして慌てる武に、風間ファミリーの面々はゆっくりと立ち上がって声を掛ける。

 

 

「お前なら平気だよ」

 

「大和…」

 

 

大和は笑って肩を竦める。

 

 

「あたって砕けよ」

 

「モモ先輩…」

 

 

百代は笑って拳を突き出す。

 

 

「武なら大丈夫!」

 

「ワン子…」

 

 

一子は笑ってガッツポーズをする。

 

 

「びびってんなよ」

 

「ガクト…」

 

 

岳人は笑って何時ものポーズを見せる。

 

 

「武ならたぶん上手くいくよ」

 

「モロ…」

 

 

卓也は笑って頷く。

 

 

「自信をもて、男だろ?」

 

「クリ吉…」

 

 

クリスは笑って胸に拳を当てる。

 

 

「想いは絶対伝わります」

 

「まゆ蔵…」

 

 

由紀江は笑って祈る様に手を合わせる。

 

 

「自分を信じろ!!」

 

「キャップ…」

 

 

翔一は笑って親指を立てる。

武は全員を見回して力強く頷いてから京に向き直ると、一歩前に出て小さく深呼吸する。

そして、あの日に置き忘れてきた言葉を紡ぐ。

 

 

「京…好きだ。俺と付き合ってくれ」

 

 

今まで幾度も聞いてきた言葉が、新しく生まれ変わって命を宿したかの様に、京の心にとけていく。

静かに振り返った京は、優しい笑顔のままで答える。

 

 

「―――――」

 

 

京の言葉を春の暖かな風が運んで、あの日から始まった恋の物語が終わる。

 

 

そして――

 

 

ここから始まる新しい恋の物語。

 

 

 




初めて書いた小説を投稿してからちょうど二ヶ月が経ちました。
改めて最初から読み返すと、本当に未熟な文章で書き直したい衝動に駆られます。
それでも、最後まで書き上げられたのは私の小説を読んでくださった皆様のおかげです。
最終話も、もっとシンプルに普通の日常を表現したかったのですが、自分の腕の無さに嘆くばかりでなかなか納得のいくものが書けませんでした。
今はこれが私の精一杯です。
ひとまず、京と武の話は終わりますが、アフターやもう一つ書きたかった事故に遭った後の話しとか色々あるので、ちょこちょこ更新は続けようと思います。
それに何かリクエストなどがあれば、時間に余裕がある時には答えていきたいです。

最後までお付き合いくださり本当にありがとうございました。


ではまた次回で。



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真剣で京に恋しなさい~if~

注意書です。
これは第二十四話の後のもしもの話です。
正直、マジ恋の世界観には合わないかも知れないのと、私の個人的に好きな展開なので、そう言うのが苦手な方はそっとページを閉じてください。
ここまで来たらお前の妄想の一つや二つくらい付き合ってやるよと言う方のみでお願いします。





 

 

「……ん…」

 

 

京は瞼の裏にあたる光で、意識が覚醒していくのを感じる。

眩しさに薄目を開けると、そこには白い綺麗な天井が見えた。

 

 

「京っ!?おい!分かるか京!!」

 

「京!」

 

「京!返事をしろ!」

 

「京さん!わかりますか!?」

 

 

次々にかけられる声に、重い首を動かして回りを見ると、そこには見慣れた顔ぶれがある。

 

 

「…モモ先輩?…ワン子…クリス…まゆっちも…」

 

「ああ、わかるんだな?」

 

「…うん…私…いったい…」

 

「覚えてないのか?お前、事故に遭ったんだぞ?」

 

「…事故?…私が?」

 

「ああ、葵冬馬から連絡があった時は生きた心地がしなかったぞ…本当に無事で良かった」

 

「まったく心配かけやがって」

 

「ガクトなんて慌てて、危うく病院の自動ドアを突き破る所だったんだから」

 

「…ガクト…モロ…」

 

「俺と大和もニケツして、危うく捕まるところだったぜ!」

 

「まぁ川神のOBで、事情を話したら見逃してくれただけだけど…あんまり心配させんなよ」

 

「…キャップ…大和…心配かけてごめんね」

 

「気にするな、京が無事で本当に良かった」

 

「…そっか…私、事故に……事故……っ!?」

 

 

京は一瞬考え込むように黙ったと思うと、急に目を見開いて起き上がり百代に掴み掛かる。

 

 

「た、武は!?武はどうなったの!?」

 

「お、落ち着け京」

 

「教えてモモ先輩!武は、武は無事なの!?」

 

 

百代は戸惑った表情を浮かべるだけで京の問いに答えない。

京は嫌な予感と共に、大和、翔一、一子、岳人、卓也、クリス、由紀江の顔を見回すが、全員が百代と同じ様に戸惑った表情を浮かべている。

 

 

「…なんで?何で教えてくれないの!?ねぇ!モモ先輩!!」

 

「落ち着けっ!!!」

 

 

百代の厳しい声に、はっとして力一杯掴んでいた百代の肩から手を離す。

そんな京に、百代は優しく微笑み掛ける。

 

 

「落ち着け京、落ち着くんだ…お前は事故に遭って少し混乱しているんだ。だから、まずは深呼吸するんだ」

 

「……うん」

 

 

諭すように言う百代の言葉に、京は深く息をすって吐き出す。

それを何度か繰り返していると、意識が完全に覚醒して冷静な思考が戻ってくる。

 

 

「私の話を落ち着いて聞ける様になったか?」

 

「…うん…取り乱してごめんなさい…」

 

「気にするな。順番に話すぞ?まず、お前は事故に遭って病院に運び込まれたが、医者の話では無傷だそうだ。ここまでは良いか?」

 

「……」

 

 

京は静かに頷くが、違和感を感じていた。

百代が一番最初に武の事に触れないことに。

 

 

「体で何処か痛む所、違和感がある所はあるか?」

 

 

百代の言葉に自分の体を確認するが、痛む所も違和感がある所もない。

しかし、それにも違和感を感じる。

 

 

「…大丈夫」

 

「そうか…」

 

 

百代を始め、風間ファミリー一同は安堵の息を漏らす。

 

 

「次に京の質問だが…」

 

 

百代が少し躊躇った事で、京の不安は一気に膨れ上がる。

しかし、次に百代が発した言葉は、その不安すら忘れる程、理解の出来ないものであった。

 

 

「教えてくれ、武とは…誰だ?」

 

「……え?……な、何を言っているの?」

 

「いや、京の知り合いか?私はその武とやらを知らないのだが…」

 

 

京を気遣う様に言う百代が、冗談を言っているようには見えないが、京は百代が何を言っているのか理解ができない。

 

 

「…私、事故に遭って…武が助けてくれたから無傷で…ね、ねぇ、武だよ?」

 

 

呟くように言いながら全員の顔を見回すが、その顔は何と答えたら良いのか分からずに戸惑っている様で、よりいっそう京を混乱させる。

 

 

「ね、ねぇ大和、水羊羹とヤドカリの話しで良く喧嘩したよね?」

 

「京…」

 

「ねぇワン子、休みの朝は何時も一緒に走りに行ってたよね?」

 

「み、京…あたし…」

 

「ねぇガクト!毎朝の様に寮の前で喧嘩してたよね!?」

 

「京、落ち着け、な?」

 

「…どうして?…どうして誰も覚えて無いの!?ねぇキャップ!?モロ!?クリス!?まゆっち!?」

 

 

京の悲痛な訴えに、翔一達はただ、ただ困惑の表情を浮かべる事しか出来ない。

 

 

「どうして?…大事な家族なのに…忘れるなんて………っ!?」

 

 

京は気が付いたかのようにベッドから起き上がって病室を出て行こうとするが、百代たちが慌てて止めに入る。

 

 

「落ち着け京!無茶するな!!」

 

「離してっ!!写真!竜舌蘭の前で撮った写真を見れば…お願い行かせて!!」

 

「わかった!写真だな?私が行って取って来るから、だから落ち着いてくれ京」

 

 

心配そうな表情を浮かべる百代の、懇願にも似た言葉に京はその場に力無くへたり込む。

 

 

「大和、ニ分で戻る。京を頼む」

 

 

百代はそれだけ言うと、病室の窓を開け放って平然と飛び降りるように基地へと向かった。

 

 

「京、ほら自分の肩に摑まれ」

 

「あ、あたしの腕にも摑まって」

 

 

一子とクリスは心配そうに京を両方から支えてベッドに座らせる。

 

 

「…写真……写真を見れば…」

 

 

うわ言の様に呟く京を心配そうに見守る大和に、翔一が耳打ちをする。

 

 

「大和…武って名前に聞き覚えはあるか?」

 

「人脈の中に居ない事はないけど、京が知っているとは思えない」

 

「そっか…」

 

「キャップは?」

 

「俺もさっぱりだ…ただ、さっきの尋常じゃない様子から京の大切な人なのは間違いないとは思うが」

 

「ああ、しかも俺達も知っているような口ぶりだった」

 

 

大和は岳人、卓也にも視線を送るが、二人とも首を横に振る。

 

 

「…武…いったい誰だ?」

 

「戻ったぞ!」

 

 

出て行った窓から百代が病室内にはいってくると、京が縋る様に百代に詰め寄る。

 

 

「写真、写真は?」

 

「あ、ああ…これで良いのか?」

 

 

百代は子供の頃に竜舌蘭の前で撮った写真を京に渡す。

 

 

「……そ…んな…」

 

 

京は写真を持ったままその場にへたり込む。

その写真には、子供の頃の京達が写っていた。

大和も百代も翔一も岳人も卓也も写っているのに、写っていて欲しい人が写っていない。

 

 

「…どうして…うぅ…どうして?…たけるぅ……」

 

 

京の涙が一滴、また一滴と病院の床を濡らす。

 

 

「京…」

 

 

百代達が慰めるように京の側に行く。

その時、病室の扉をノックして一人の男が入ってきた。

 

 

「葵冬馬…」

 

「失礼します。おや?京さんは目覚めたようですが、何か問題でもありましたか?」

 

「いや、問題は…」

 

「少し宜しいですか大和君」

 

 

大和は百代を見て、視線で京を頼んで冬馬と廊下に出た。

 

 

「先程の話、聞かせてもらいました」

 

「聞いてたのか」

 

「あれだけの大声ですから、聞こえてしまったんですよ」

 

「…葵冬馬、京は」

 

「検査では何も以上はありませんでしたよ」

 

 

冬馬の言葉に大和は胸を撫で下ろす。

 

 

「可能性として、事故のショックから、夢と現実を混同してしまっている状態になっているのかもしれませんが…」

 

 

珍しく言葉を濁す冬馬に、大和は怪訝な顔を向ける。

 

 

「な、なんだよ?何かあるのか?」

 

「先程、英雄から事故の詳細について連絡がありました」

 

「九鬼から?…どういう事だ?」

 

「事故を起こしたのは九鬼財閥の末端の会社のトラックで、運転していた者は飲酒をし携帯電話を使用していたと」

 

「……」

 

 

大和は絶句する。

事故の状況は最悪で、一歩間違えれば間違いなく京は命を落としていたのだから。

 

 

「ただ、ありえないんですよ」

 

「な、何がありえないんだ?」

 

「それだけの事故に巻き込まれて、無傷で済むと思いますか?モモ先輩じゃあるまいし」

 

「それは…う、運良くぶつからなかったとか?」

 

「車には人を跳ねた跡があったそうです」

 

「な、何が言いたいんだ?」

 

 

冬馬は一呼吸おいて、真剣な眼差しで大和を見る。

 

 

「あまり非科学的な事は医者の息子として言いたくないのですが、誰かに守られていたと言う京さんの説明が一番しっくり来るんですよ」

 

「そんな馬鹿な…じゃ、じゃあその京を庇った武って言うのは何処に行ったんだ?そもそも、それだけの事故なら血痕だって残るだろ?」

 

「はい、だからありえないんですよ。ありきたりではありますが、奇跡と言ってもおかしくない程です」

 

「…奇跡」

 

「仮に、京さんが言っている事が正しくて、私達の方が忘れている。そんな風にも考えられるほどにね」

 

「そんな事が、あり得るのか?」

 

「わかりません。ただ、あり得ないような事が起こるのは、川神では良くあることじゃないですか」

 

「…そうだな…全てを否定しても何も始まらない、か」

 

「京さんは何時でも退院出来ますので、あ、後、支払いは英雄が全額持つそうです」

 

「そうか、九鬼に礼を、葵冬馬…お前にも」

 

「伝えておきます。私へのお礼ならデートが嬉しいのですけど」

 

「却下だ」

 

「それは残念です。では」

 

 

大和は冬馬の背中を見送り、病室に戻る。

そこでは、まだ立つことも出来ずに泣いている京の姿があった。

 

 

「皆、聞いてくれ」

 

 

京以外の全員の視線が大和に集まる。

 

 

「俺は、京の話を信じようと思う」

 

「……え?…」

 

 

驚いて顔を上げる京に、大和は優しく微笑む。

そして、今、冬馬に聞いた話を全員にきかせる。

 

 

「正直、そんな事があるはずが無いと思っている自分がいるけど、京の事は百%信じられる。だから、疑う自分を信じず京を信じようと思う」

 

「大和…」

 

「おもしれぇ!その話、俺も乗るぜ!!俺達が忘れちまった家族を探すなんて、その辺の遺跡何かよりよっぽど面白そうだぜ!」

 

「キャップ…」

 

「私も当然乗るぞ。京をこんなに泣かせた武って奴…いや、武を一発殴らないと気がすまないな」

 

「モモ先輩…」

 

「難しい事はわからねぇが、俺様と喧嘩してたって言うなら興味あるぜ」

 

「岳人…」

 

「僕は元々そう言う話し、結構信じる方なんだよね」

 

「モロ…」

 

「あたしは最初から京を信じていたわ!京が居るって言うんだから絶対に武はいるわ!」

 

「ワン子…」

 

「現実的ではないな…と、昔の自分なら言っただろうが、京、信じるぞ!」

 

「クリス…」

 

「わ、わたしも信じます!」

 

『九十九神がここに居るんだぜ?忘れた人間くらい居るんじゃね?』

 

「まゆっち…」

 

 

全員が京に手を差し出す。

 

 

「…私…」

 

 

京は涙を手で拭って一人で立ち上がる。

その顔に先程までの悲壮感は無い。

 

 

「…皆…私に力を貸して」

 

 

全員が力強く頷く。

 

 

「…武…必ず、もう一度……」

 

 




予定では二話で終わらせるようにしようと思っていたのに、何故か話が大きくなってしまいました。
それでも、なるべく短くしようと思いますので、お付き合いよろしくお願いいたします。
これが終わったらアフターを書こうかと考えていますがまだ未定です。
そして、癖で同じ更新頻度で更新してしまった…。

ではまた次回で。



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第二話 ~髪留め~

 

 

 

京は寮の武の部屋に来ていた。

正確には武の部屋だった場所、そこはただの空き部屋で何一つとして置かれていない。

 

 

―なぁ京―

 

 

机があった場所に残る、武の笑顔の残像。

病室で聞いた全員の話しは一致して、武の記憶と思い出は一切無いと言う事だった。

京の話を元に、翔一が描いた似顔絵にも見覚えは無く、川神学園関係の人間にも大和が連絡をいれて確認したが、武を覚えている者は一人も居なかった。

 

 

「ここに居たのか京」

 

「…クリス」

 

 

クリスは部屋に入ると辺りを見回す。

 

 

「武の部屋か…」

 

「…うん」

 

「京、自分は武になんて呼ばれていたんだ?」

 

「クリ吉って」

 

 

京は少しだけ微笑む。

 

 

「クリ吉!?…武と言うのは結構ふざけた奴だったんだな」

 

「うん、良くクリスの事をからかってたよ」

 

「そうか、覚えてはいないがからかわれたと言う京の証言がある以上、自分も武に説教せねばな」

 

「…うん……クリス、本当は」

 

 

言いかけた京にクリスは首を振る。

 

 

「武は居る…今の京を見て確信したぞ自分は」

 

「…今の、私?」

 

「ああ、京が武と言った時の顔、そんな表情を見せて居たのは大和にだけだった」

 

 

京は自分の顔にそっと触れる。

 

 

「それだけ京が想っている男が居ないはずが無いだろう?」

 

「クリス…」

 

「必ず居る、お前が誰よりもそれを信じているのだろ?だったら自信をもて、自分達はお前を、お前が信じている武を信じる」

 

「…うん……うん」

 

 

京はそっとクリスの胸で涙をこぼす。

クリスは母の様に、優しく京を抱き締めた。

 

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「俺はこれから沖縄に行ってくる!」

 

 

川神大戦の影響で出席生徒が少ないため、川神学園は短縮授業を行うことを決定した週末、翔一は突然の宣言をする。

 

 

「沖縄ってもしかして」

 

 

大和の予想は、翔一の不敵な笑みが当たっていると物語っていた。

 

 

「おう!その帰りに箱根にも寄ってくる」

 

「…キャップ…それって」

 

「色々考えたがどんなに考えても思い出す方法が分からねぇ、だったら考えるのは止めて武と行った場所に全部行って見る事にしたぜ!」

 

「さすが、キャップらしいと言うかなんと言うか」

 

「暫く戻らねぇから大和、俺が居ない間は任せるぞ」

 

「わかった。あ、携帯は常に出れるようにしておいてくれよ?」

 

「おう!京、何かあったらすぐ連絡するからな」

 

「…うん…ありがとうキャップ」

 

「礼を言うのはまだ早いぜ、んじゃな!!」

 

 

翔一は文字通り風のように教室を後にした。

 

 

「それじゃあ俺も行くかな」

 

「…大和は何処に行くの?」

 

「ああ、俺はモロとガクトと図書館だ」

 

「…図書館?」

 

「ああ、京から聞いた話に武の両親の事があったろ?もしかしてその事が新聞に載っているんじゃないかと思って、近い年代から確認してるんだよ」

 

「…確認って、どれだけの量が―」

 

「キャップはさ」

 

 

大和は京の言葉を遮る。

 

 

「キャップらしく行動第一だろ?行動派の姉さんとワン子も聞き込みをしている。だから俺は軍師らしく頭を使って手懸かりをしらみ潰しにしていくだけさ」

 

「…大和」

 

「俺も、思い出したいんだよ…京にそんな表情させる武をさ…だから、京も自分に出来ることをしろよ」

 

「…自分に…出来る事?」

 

「ああ、何せ武を覚えているのはお前だけだからな、あいつが居そうな場所とかあるだろ?」

 

「…うん」

 

「何か分かったら連絡するから、京も何かあったら連絡しろよ。あと、無理だけはするなよ?」

 

「分かった」

 

「じゃあ集会でな」

 

「…うん」

 

 

大和が教室を出ていくのを見送って、京も行動を開始する。

向かう先はチャイルドパレス、京が事故に遭った場所であり、武と最後に会った場所。

 

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

京は横断歩道から少し離れた場所で、足が竦んで歩みを止めた。

あの時の映像がフラッシュバックして、地面に広がる鮮烈な赤色が吐き気を誘う。

 

 

「…武」

 

 

京は自分を奮い立たせるように、目を閉じて武の名を呼び、目覚めた時に残っていた涙を拭う武の手の温もりを思い出す。

そして、ゆっくりと京は歩き出す。

事故現場である横断歩道には何の痕跡もなく、事故に遭った本人にしかここで事故が起こったことは分からない。

 

 

「……」

 

 

京は無理矢理自分の記憶を呼び戻し、現在に繋がる何かがないかを探る。

響く武の声、暗転する視界、青一色の空と赤一色の地面。

横たわる武、吐き出される血、京の涙を拭う手、武の穏やかな顔。

 

 

「……」

 

 

京は違和感に気づきかける。

それは霞を掴むようあやふやで見えてこない。

しかし、違和感を感じるのは間違いない。

京は込み上げる吐き気と涙を堪えながら、もう一度事故に遭った時の事を思い出す。

響く武の声、暗転する視界、青一色の空と赤一色の地面。

横たわる武、吐き出される血、京の涙を拭う手、武の穏やかな顔。

頭のすみに引っ掛かる違和感を感じる。

 

 

「…なに?…なにが…」

 

 

京は違和感の正体がわからず、自分の額に強く手を当てて考え込む。

 

 

「……っ!?」

 

 

京はそこで手に触れた物で違和感に気づく。

 

 

「…髪留め」

 

 

京が最後に見た武は髪留めをしていなかった。

武の声が聞こえて視界が暗転する前に、微かに見えた武は髪留めをしていたのにそれがない。

京は弾かれるように辺りを探し始める。

車が来た方向と最後に武が横たわっていた場所から、髪留めがとんだ方向を予想して、道路脇の茂みから探し始める。

 

 

「武……何処?…」

 

 

京はまるで武本人を探すように、地面に這いつくばりながら目を凝らす。

手や膝は土にまみれ、枝で擦り傷が出来るが、今の京はそんな事、気にもとめない。

髪留めがある確証は何処にもないが、藁にもすがる想いで必死に探す。

 

 

「京っ!?」

 

 

探し始めて一時間が経とうとしている時に、ふいに声をかけられた。

 

 

「…ワン子、モモ先輩」

 

「そんな汚れてどうしたのっ!?大丈夫!?」

 

 

一子に言われて始めて自分の姿の酷さに気づく。

手足は土まみれ、体のあちらこちらに擦り傷、服も枝で何ヵ所か破けている。

 

 

「傷だらけじゃないか」

 

 

百代は持っていた水でタオルを濡らし、優しく京の顔についた土を落とす。

 

 

「何があった?平気か?」

 

「…髪留め」

 

「髪留め?」

 

「…事故に遭った時に、武がしていた髪留めが無くなっていたの…だから、もしかしてまだここにあるんじゃないかって…」

 

「京…それで、こんなに傷だらけになるまで…馬鹿だな」

 

「…自分でも馬鹿だと思う…でも、一つでも武の物があれば…信じられるって…」

 

 

泣きそうな京の頭を百代は優しく撫でる。

 

 

「違うぞ京、私が馬鹿だと言ったのは、一人で探している事にだ。何故私達を呼ばない」

 

「…えっ?」

 

「京~髪留めって京が何時もしてたやつ?」

 

 

見れば、既に一子が茂みに入って探し始めて居る。

 

 

「言ったろ?私達はお前を信じると…で?ワン子の質問だが?」

 

 

にっこり笑う一子と百代に京は涙を拭う。

 

 

「うん、私が何時もしていたやつ。車の方向から考えても、横断歩道よりそっちの茂み側だと思う」

 

「了解!探し物ならあたし得意何だから!」

 

「この鬱陶しい雑草どもは焼き払うか?」

 

「…髪留めも消し炭になると思う」

 

「そんな恐い顔するなよ京」

 

「ぶるぶるぶる」

 

 

三人は微笑みあって髪留めを探し始める。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「さっすが九鬼家専用ジェット機、沖縄まであっという間だな」

 

 

翔一は大きく伸びをして、ジェット機の持ち主に向き直る。

 

 

「感謝するぜ九鬼英雄!」

 

「椎名の件で迷惑をかけたからな、それに偶然行く方向が同じだっただけの事、感謝される程のことではないわ」

 

「ワン子に助けて貰ったこと伝えておくぜ!」

 

「一子殿に!?…いや、それは遠慮しておこう。先程も言ったが、椎名の件で迷惑をかけたのはこちらの方だからな」

 

「わかった」

 

「ではさらばだ!!」

 

 

翔一が離れると、轟音と共に再びジェット機は加速を始め、大空に飛び立っていった。

 

 

「おしっ!」

 

 

気合いをいれて、翔一は九鬼専用飛行場から程近い場所にある、夏に遊んだ砂浜を目指して駆けていく。

九月とは言え、沖縄はまだ夏真っ盛りで観光客の姿も結構見える。

流れる汗をそのままに、走っていく翔一はある人物を見つけて足を止めた。

向こうも翔一に気付いたのか、穏やかな笑顔で歩み寄ってくる。

 

 

「爺さん…確か箱根のバス停で占ってくれた」

 

「ほっほっほ、珍しいところでお会いしますな」

 

 

そう言って占い師の老人は翔一の顔を食い入るように見る。

 

 

「お友達のお嬢ちゃん達は息災ですかな?」

 

「ああ、一人ちょっと事故に遭ったが無傷で全員元気にしてるぜ」

 

 

老人は翔一の言葉にほっとしたような表情を浮かべた。

 

 

「どうやら運命の矢は外れ、占いはこの老いぼれの戯言に終わったようですな」

 

「占い……っ!?そうだ爺さん!あの時なんて言ってたんだ!?」

 

 

翔一は慌てたように老人に詰め寄る。

 

 

「九人から一人欠けると、決して一人にしてはいけないと」

 

「九人…確かに九人だったか!?十人じゃなかったか!?」

 

「…どうやら何かあったようですな」

 

 

老人は翔一をなだめると、腰を下ろして何があったかを真剣な眼差しで聞き入る。

 

 

「…なるほど」

 

「事故のショックと言われればそれまでかもしれねぇ…でも、あいつの目は真剣だった」

 

「…死の運命から逃れると言うのは、並大抵の事ではない、ある種の奇跡が必要です」

 

「奇跡?」

 

「そう、ただ、それは小さなものから大きなものまで様々な形をしておる…例えば、そなた達が今まで離れずに来たのもまた奇跡と言えよう」

 

 

占い師はそう言うとカードをめくる。

 

 

「運命は別の道に進み、戻ることはない」

 

「じゃあ…やっぱり俺達は」

 

「ただ、もし人の運命から既に外れていた者が居たとしたら、わしには見ることは出来ん」

 

「運命から外れる?…あ~俺には何の事だかさっぱりだ!」

 

 

翔一は頭を掻きむしって項垂れる。

 

 

「お若いの、その者を見付けたいのであれば、運命から外れる前に遡ってお探しなさい」

 

「遡るって……やっぱあいつとの思い出を辿るしかねぇか!さんきゅう爺さん!」

 

 

翔一は飛び上がるように立ち上がると、老人に礼を言って再び駆け出した。

 

 

「…挫けんようにな」

 

 

翔一の背中に老人は悲しそうに呟いた。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「ちっ、もうすぐ日が暮れるな」

 

 

百代は額に流れる汗を拭いながら太陽を見る。

辺りは既に茜色に染まっていた。

 

 

「この茂みは探し尽くしたけど、排水溝とかに落ちちゃったのかな?」

 

「あるいは飛んだ方向が違うのか、何れにしろ今日はタイムアップだな京」

 

「…うん、ありがとうね百代先輩、ワン子」

 

「ほら、水分補給しろ」

 

 

百代はペットボトルを京と一子に投げる。

 

 

「わーい♪もう喉カラカラ」

 

「…ありがとう」

 

 

それは本当に偶然だったのか、それとも誰かに導かれていたのか、京は飲もうとしたペットボトルを落とす。

 

 

「京?」

 

 

百代が声をかけると、京は震える手で街路樹を指差した。

 

 

「…ぁ…ぅ」

 

 

絶句している京が指差した場所を百代が見ると、沈みかけた太陽の光に照らされて、何かがキラキラと光を放っていた。

 

 

「っ!?」

 

 

百代は一瞬で気づいて、軽々と飛び上がるとその枝を切り落とした。

それを、下で構えていた一子が受けとる。

 

 

「京っ!!」

 

 

一子がそれを確認すると、京は震える手で枝に引っ掛かっていた髪留めを手にする。

それは、あれだけの事故に遭ったにも関わらず、傷一つ無く武の笑顔と共にあった時の輝きを放っていた。

 

 

「…ぅ……ぅ……」

 

 

京の瞳から涙がこぼれる。

今までの悲しみの涙ではなく、それは歓喜の涙であった。

 

 

「京…」

 

 

百代と一子は優しく見守る。

 

 

「…うぅ…たけ、る……たける……」

 

 

髪留めを胸に抱いて咽び泣く京の姿を。

 

 




ご無沙汰しております。
更新に一週間以上かかってしまいました。
年内もう一話更新できれば良いのですが、年末は忙しくて血を吐きそうなので、予定は未定でお願いします。
あと三話くらいで終わるはずなので、終わりましたらアフターを書かせていただこうかと思っております。

ではまた次回で。



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第三話~新聞記事~

 

 

「とりあえず、キャップからの連絡は以上だ」

 

 

大和の携帯に、翔一からの沖縄での情報が送られてきていた。

泊まった宿に武を覚えている者は居らず、遊んだ場所にも特に痕跡は無い。

箱根であった占い師の話しが、沖縄での成果であった事。

 

 

「運命を遡って探す…」

 

 

京は翔一が占い師に言われた言葉を繰り返す。

 

 

「俺らの今日の成果だけど、モロ」

 

「うん」

 

 

モロはノートパソコンを取り出して、昼間図書館で集めた資料を見せる。

 

 

「京に教えてもらった武の両親の記事はまだ見つけられないんだけど、昔の川神の住宅地図に二条って苗字の家を見つけたんだよね」

 

 

それは島津寮から少し離れた場所ではあったが、京達が幼い頃に遊んでいてもおかしくは無い距離にあった。

 

 

「この二条って武の家の事かな?」

 

 

卓也の問いに京は顔を曇らせる。

 

 

「ごめんね…私、と言うかたぶん誰も武の家に行った事がないの…武は自分の家庭環境が好きじゃなかったみたいだから、私達もそこには触れないようにしていた」

 

「そっか…」

 

「せっかく調べてくれたのにごめんね」

 

「良いよ良いよ、京が知らないって事はここが武の家だった可能性があるわけだし、モモ先輩やワン子にこの周辺で聞き込みをしてもらえば何かわかるかもしれないし」

 

「だな、あとは姉さんとワン子は何か成果はあった?」

 

「ああ、私達は無かったが…京」

 

 

百代に促されて、京は見つけた髪留めを皆に見せる。

 

 

「これは、私が武にあげた髪留めで、事故現場にあったの…ただ」

 

 

京はこの髪留めを見つけたときに涙を流して喜んだが、それと同時に不安も感じていた。

 

 

「私も事故から目を覚ました時に髪留めをしていなかった…私はこの髪留めを沖縄で武にあげたのだけど、皆の記憶では事故前の私はこの髪留めをつけていた?」

 

 

全員がその髪留めを見ながら自分の記憶を探る。

 

 

「京の顔とセットでその髪留めが浮かぶが、絶対その日につけていたかと言われると正直覚えていないな」

 

「自分も大和と同じだ。日常の光景過ぎて記憶に残らないと言った方が良いのか」

 

「確かにな。キャップのバンダナみたいに無いと違和感があるようなでかいものならともかく、小さい物だと俺様も覚えてねぇ」

 

 

他の面子も大和達と似たようなものだった。

何故か何時も見た居たはずの髪留めの事を考えると、記憶が曖昧になって思い出せない。

だが、それは逆に髪留めが武の物である可能性を示すもので京には救いになっていた。

 

 

「今のところそれが武の存在を唯一示すものか」

 

「…うん」

 

 

京は再び髪留めを胸に抱く。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「ここに居たのか大和」

 

 

金曜日集会が早々にお開きになった後、大和は屋上に来ていた。

 

 

「姉さん…」

 

「考え事か?…って、今考える事は一つしかないか」

 

「うん…なんで京だけが覚えているのに俺達は覚えていないのかを考えてた」

 

「忘れた理由か、私達と京では何が違う?同じ武の家族として」

 

「京の話しから、家族としては同じだったと思う…唯一違う所は武が京を家族としてでは無く好きになった事」

 

「そして、京も武を家族としてでは無く好きになった事、か」

 

「でも、それだと俺は違和感を感じるだよね」

 

「違和感?」

 

 

大和は夜に染まる川神の街を見下ろす。

車の行き交いが夜の闇を照らしている。

そして、大和は仮定の話しだけどと言葉を続ける。

 

 

「もし、あの事故が武が京の前から消えなくてはならない理由だったとして、消えた理由はいくつか考えられるけど、最も可能性の高いものとして俺が考えられるのは、武の身に京には耐えられない不幸が起きたって事」

 

「それは…」

 

「あくまで仮定の話しだよ?でも、武が誰よりも京を思うならこう言う場合は京の記憶が消える方が普通、まぁ起きてる事自体が普通じゃないからあれだけど、そうなるのが京のためじゃないかなって思うんだよね」

 

「確かにな…京の記憶だけ残っているのは、武が京を思ってしたことなら不自然だな」

 

「武が人の記憶を消せたり出来るって全てが仮定の話しでしか成り立たないけど…京の記憶だけが残った適当な理由が思いつかないんだよね」

 

 

大和は考えれば考えるほど、何時もと同じ結論に辿り着いてしまう。

しかし、それは大事な家族を疑う事になる。

 

 

「それに…」

 

 

大和は考え込むように呟く。

 

 

「まだ何かあるのか?」

 

「あの占い師の言葉が妙に引っ掛かるんだよね」

 

「運命を遡って探す、か…どういう意味だ?」

 

「色々な解釈出来るけど、運命を人生の岐路だと考えるとどうかな?」

 

「京と武の岐路は小学四年の出会いの時か」

 

「そこが京にとっては最初だろうね」

 

「京にとっては?」

 

「うん…占い師の言葉が武に向けられたものだと考えるなら、武には京に出会う前に大きな岐路があった」

 

 

大和は京から聞いた武の生い立ちを思い出す。

 

 

「大和…」

 

「明日も俺は図書館にこもるよ。武の人生で最初の運命に何か答えがある気がするんだ」

 

 

勘だけどねと自嘲する大和はこの後、予想もしなかった答えと対面することになる。

 

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「おはよー!」

 

 

朝日が昇り始めた島津寮前に、タイヤを引き摺る音を従えて一子が姿を見せる。

 

 

「…おはようワン子、相変わらず朝から元気だね」

 

「だってせっかく京が朝の鍛錬に付き合ってくれるって言うんだもん」

 

「愛い奴め」

 

 

京は一子の喉下を優しく撫でる。

 

 

「にゃふ~ん♪」

 

 

気持ち良さそうに目を細める一子。

そんな日常のやり取りの中で、ふと京は気になる。

 

 

「ワン子、何時もよりタイヤ多くない?」

 

「え?そうかな?」

 

 

一子が今朝引き摺ってきたタイヤは六つ、タイヤを引いていること自体は何時もの事で見慣れてはいるが、一度に六つのタイヤを引いているのは見た事が無い。

 

 

「…あ」

 

 

京は少し前に武が言ってた言葉を思い出す。

 

 

「どうしたの?」

 

「…武がね…ワン子と走りに行くと何時も帰りにタイヤを引かされてたの」

 

「そうなの?」

 

「…うん、その時に武が言っていたんだけど、ワン子は俺にタイヤを引かせる為に、何時もの鍛錬より必ず多くタイヤを引いて来やがるんだよって良くぼやいてた」

 

 

少しだけ微笑む京に一子も嬉しそうに笑う。

 

 

「無意識でそうしたって事は、あたしの体が武の事を覚えているって事じゃない!?凄いぞあたし!」

 

「…ワン子」

 

「よーし!京も帰りに一緒にタイヤ引いて帰ろう!」

 

「…お断り」

 

「えー!?ノリ悪い~」

 

「帰りはワン子が引くタイヤに乗って帰るからよろしく」

 

「ぎゃーー!ノリが悪い上にスパルタだわ!」

 

「…さ、ここで騒いでてもしょうがないからいこっか」

 

「おー!それじゃあ何処に行く?」

 

「ワン子にお任せコースで」

 

「それじゃあ七浜まで走って砂浜でダッシュなんて言うのはどう?」

 

「…良いよ、お手柔らかにね」

 

「京なら平気平気♪」

 

 

二人は朝日を背にして走りだす。

奇しくも、それが武と一子が好んで走っていたコースだとは知る由も無く。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「いたいた、まゆっちからの昼飯の差し入れ持ってきたぜ」

 

 

岳人の姿に時計を見ると、既にお昼を回っていた。

大和とモロは大きく伸びをして、目頭を押さえる。

 

 

「進み具合はどうだ?」

 

「ようやく京が武と初めて会った年代まで来たよ」

 

「と言っても、それがどれだけ進んでいることになるのか分からないけどな」

 

 

苦笑いする大和とモロに、岳人は弁当を渡す。

 

 

「俺様は家で食ってきたから交代だ」

 

「ああ、ラウンジで食べているから何かあったら呼んでくれ」

 

「任せとけ、こう言う細々したのは性に合わねぇが、そうも言ってられねぇからな」

 

 

指を鳴らしてパソコンに向き合う岳人に礼を言いながら、大和と卓也はラウンジに向かう。

 

 

「流石にちょっと疲れたね」

 

「六時間もずっとモニターとにらめっこだからな」

 

「でも、本屋の店長さんには感謝しないと」

 

「まさか図書館の館長と知り合いとは」

 

「おかげで、本来の開館時間よりはやく入れているから作業がだいぶ捗るね」

 

「ああ、ただ、何か結果が出てくれないと…」

 

「大和…根を詰めすぎるのも良くないから、今はまゆっちのお弁当を食べながらゆっくりしようよ」

 

「だな」

 

 

二人はラウンジで由紀江が作った弁当を広げる。

栄養のバランスがよく考えられ、好みにもあったおかずに大和と卓也は感謝をこめて手を合わせた。

 

 

「モロはさ、今回の件をどう思ってる?」

 

 

大和は唐揚げを頬張りながら卓也を見る。

 

 

「僕は、不謹慎かもしれないけど、こう言う不思議な事に皆より興味があるから、遣り甲斐があるし、武が居たって言うのも信じられるよ」

 

「そう言えば、この手の話を良くネットで見てたよな」

 

「うん、でも…実際に自分のファミリーに起こるとは想像も出来なかったけどね」

 

「それは全員がそうだろ?」

 

「まぁね…事故での無傷、髪留め、十数年前に存在していた二条家、不確かなものばかりだけど、それが少しでも武に繋がっていると良いね」

 

「そう願うよ」

 

 

考え込みながら二人が再びお弁当のおかずに箸を伸ばした時だった。

突然、大きな音と共に、ラウンジのドアが壊れそうな程の勢いで開いた。

 

 

「大和っ!!モロっ!!」

 

 

血相を変えて入ってきた岳人は、司書に注意されているのにも気づかず、二人のもとに駆け寄ると、強引に腕を掴んで立たせる。

 

 

「お、おいどうしたガクト!」

 

「わわっ!?いきなりどうしたの!?」

 

「ありえねぇ!ありえねぇんだよ!!」

 

 

二人の抗議の声も聞かずに、岳人は無理矢理引きずるように、大和と卓也をパソコンのある部屋まで引っ張っていく。

その尋常じゃない様子に、大和と卓也は声もかけられない。

 

 

「これだよ!なんだよこれ!?説明してくれよ大和!」

 

 

パソコンの前まで来ると、岳人は大和を椅子に座らせて、モニターにうつるある記事を震える指先で指し示す。

 

 

「お、落ち着けよガクト、いったい何が」

 

「良いからこれっ!!」

 

 

大和は問答無用の岳人が指差す記事に目を向ける。

記事を読み進めていく大和の表情は、後ろから見ていた卓也にもはっきりと分かるほど狼狽していった。

 

 

「なに?大和、何が書いてあるの!?」

 

「…なん、だよこれ」

 

 

卓也の問いかけに、大和は体をずらして卓也にモニターを見せる。

そこには、大和達が探し求めていた記事が小さく載っていた。

しかし、その内容に卓也も絶句する。

 

 

 

川神市の住宅街で起きた死亡事件。

着衣に乱れはなく部屋に荒らされた形跡もない。

また、家の内側から鍵が掛かっていた事から、警察は無理心中と見て捜査を進めている。

死亡したのはこの家に住む二条夫妻とその一人息子である二条武君(九)と見られる。

 

 




気が付けば年が明けてました。
今更ですが、皆様明けましておめでとうございます。
年末からの忙しさが続いており、こんなに更新が遅くなって申し訳ないです。
二月になれば落ち着くと思うので、それまではご勘弁ください。
さて、この話もあと一話か二話で終わります。
そしたら、お待たせしていたアフターでラブラブな話を書きたいと思います。
…と言うか更新遅くて読んでくれる人がいなくなってたり。

ではまた次回で。



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第四話 真剣で京に恋しなさいif~END~

 

 

京はマンションを静かに見上げる。

周りにも同じ様な建物が建ち並び、時間の経過が残酷な現実を突き付ける。

武の家が在った場所は宅地開発が進み、昔の住宅地図と照らし合わせても、その面影すら残してはいなかった。

 

 

「…武」

 

 

武は京の記憶の中だけではなく、確かにそこに存在していた。

京が聞いた武の両親の話も事実であることが証明されたのに、その事実は京が信じられない、信じたくない事も明らかにした。

 

 

武は既に亡くなっている。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「…そんな」

 

 

京は力無く床にへたりこむ。

風間ファミリーの全員が、その事実をどう受け止めて良いのか分からず俯く。

 

 

「…がいよ…こんなの何かの間違いよ!」

 

 

一子が声を張り上げる。

 

 

「今朝だって京と走っている時に、あたし、いっぱい武の話を聞いたもの!京が嬉しそうに色々な話をしてくれるのを聞いて、絶対武は居るって!絶対…絶対居るって…だからこんなの何かの間違いよ!!」

 

「…ワン子」

 

 

一子を見上げる京を大和は優しくソファに座らせる。

 

 

「落ち着けワン子」

 

 

そして大和は重い口を開く。

 

 

「今日、この記事を書いた人に会うことができたんだ。その人は当時の事を良く覚えていて、詳細を教えてくれた…武は、学校には通っていなかったって」

 

「…ぇ」

 

 

混乱したような表情を見せる京に、大和は出来るだけ言葉を選びながら続ける。

 

 

「虐待を受けていた武は学校にも通わせてもらえず、家から出ることもなく、近所の人は二条夫妻に子供が居たことも知らなかったらしい…虐待が何時から始まったかは分からないけど、家の中には使われた形跡の無い新品のランドセルがあって、それが今でも脳裏に焼き付いているって」

 

「……」

 

 

全員が言葉を発する事が出来ない。

重い沈黙のなか、京が静かに立ち上がる。

 

 

「…少し…一人にさせて」

 

「京…」

 

 

心配そうに呟くクリスに、京は平気だよ小さく告げて、部屋を出ていった。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

京は武の記憶を追って歩き出す。

何時もの通学路に戻り、川神学園に向かう。

 

 

「上等だガクト!お前の筋肉で出来た脳みそでも理解できるくらいの敗北を刻んでやる!」

 

 

朝一番で必ず始まる武と岳人の喧嘩。

目を瞑らなくても京にはその光景は浮かんでくる。

 

 

「ちょっ!?モモ先輩ギブギブギブ!!死ぬ!真剣で死んじゃうから!!」

 

 

河原で合流する百代から受ける愛情に、武は何時も救いを求めるように京に視線を送っていた。

学園につくと、休みのためか校内は静まり返っていた。

当然、F組の教室には誰も居ない。

 

 

「京~愛する俺と昼飯に行かないか?」

 

 

不意に聞こえる声に振り替えるがそこには誰も居ない。

教室を出て屋上に向かう階段で、誰かが扉を閉める音が聞こえた気がした京は、足早に向かうと勢いよく扉を開けて屋上にに出た。

 

 

「どうした?そんなに慌てた顔して」

 

「たけっ……」

 

 

京は優しい笑顔で振り替える武の残視に、唇を噛み締め、折れそうになる心を奮い起たせて、武の思い出を辿るために再び歩き出す。

学園をでた帰り道にある川神院に続く仲見世通り。

 

 

「何時見てもクリスは甘いもんばっか食ってんなぁ」

 

 

武がクリスをからかって遊ぶ姿が浮かぶ。

駅の方に足を運べば、金柳街。

 

 

「やべぇキャップ、京が立ち読みしすぎて店長キレてるから宥めておいてくれ!」

 

 

京は自分の手を握って一緒になって逃げる、武の温もりを思い出す。

川神の街の何処に行っても武との思い出が溢れているのに、武の姿は何処にも存在しない。

駅から七浜にも行き、武と行った場所は全て行き尽くした。

川神に戻ってきた時には既に日も暮れて、歩き疲れた京は、多馬川沿いの土手で腰を下ろすと顔を伏せて踞る。

精神的にも追い詰められている京の心は、諦めという絶望にも似た感情が芽生え始めていた。

どれくらいそうしていただろうか、京は不意にまだ行っていない場所を思い出す。

それは、心的外傷にもなっていた為に無意識の内に排除してしまっていた場所。

武と初めて出会った小学校。

京は重い腰を上げて歩き出す。

最後に残された希望の場所に向かうために。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

夜の学校冷たく、まるで恐ろしい魔物が獲物を待ち構えて潜んでいるかのように静かだ。

卒業してから一度も来ることのなかった教室の扉に手をかけて、京はその動きを止める。

ここが武との最後の思い出の場所であり、もう京にはここ以外に行く所がなかった。

その不安と恐怖入り交じった感情が、扉を開ける手を躊躇わせる。

 

 

「……」

 

 

京は片方の胸を手に当てて、静かに呼吸を整える。

そして、意を決して教室の扉を開いた。

教室の中は夜の静寂に包まれており、窓から月の光が微かに射し込んでいるだけで誰も居ない。

 

 

「……馬鹿だな…私」

 

 

京は心の何処かで諦めていた。

もう武はこの世界に居ないのだと。

誰も居ない教室の冷たい空気を感じながら、京は武があの日座っていた席に歩み寄る。

 

 

「…たけ…る…」

 

 

そっと指先で撫でる机に、ひとつ、またひとつと京の瞳から涙が零れて染みをつくる。

 

 

「呼んだか?」

 

 

不意に背後からかけられた言葉に京が振り替えると、そこには京にとっては見慣れた何時もの笑顔を浮かべた男の姿が在った。

それは何十年ぶりかに聞くように懐かしく、また幻でも見ているかのようだった。

 

 

「…た……たけ…る?」

 

「なんだ?お前を愛する男の顔を忘れちまったのか?」

 

 

その言葉に呆気にとられる京の瞳からさらに大粒の涙が零れる。

嗚咽が邪魔をして、呼びたい人の名前も呼べない京は武に向かって駆け出す。

 

 

「っと、誰だ?お前をそんなに泣かせる奴は」

 

「…ばかぁ……」

 

 

武はおどけるように言って、胸に飛び込んできた京を抱いて頭を優しく撫でる。

 

 

「ごめんな京、俺のせいで」

 

 

武の言葉に、京は胸の中で首を振ってから顔をあげて真剣な眼差しを向ける。

 

 

「守ってくれたよ?武がちゃんと守ってくれたから―」

 

「違うんだ京…違うんだよ」

 

 

武は京の言葉を遮り、肩に手をかけて自分の胸から離すと悲しげな表情を浮かべる。

 

 

「俺のせいなんだ…だから、俺はお前を助けたかった」

 

「武のせいじゃないよ!」

 

 

京の言葉に武は小さく首を振る。

 

 

「でも、俺にはどうする事も出来なかったんだ…」

 

「…武?」

 

 

武が何を言っているのか理解できないでいる京の頬に、武の温かい手が触れる。

 

 

「京と初めて会ったあの日、俺は親の目を盗んで小学校に行ったんだ。そして、誰も居ない教室で冷たい机の気持ち良さに眠ってしまった俺はお前と出会った…出会ってしまった」

 

 

それは、京の記憶にある初めて会った時の武の姿だった。

 

 

「あの時に俺が言った何気ない感謝の言葉が、お前の張り詰めていた心の糸を切ってしまうことになるとは思わなかったんだ」

 

 

武の頬に涙がつたう。

 

 

「…何を…武?何を言っているの?」

 

「あの日、お前は……命を絶ったんだ」

 

 

京の耳には確かに武の声は届いているのに、まるで聞いたことがないような言葉を聞くように、頭に入ってこない。

 

 

「……ぇ…」

 

 

混乱する京に武は言葉を続ける。

 

 

「張り詰めていた心の糸が切れてしまったお前は、これから続く辛い現実より俺の優しい言葉を最後に、衝動的に川に身を投げたんだ」

 

「…私が…川に?」

 

 

武の言葉に、不意に京の脳裏にあの日の光景がフラッシュバックする。

 

武との出会い。

優しい言葉。

現実の辛さ。

夕暮れの帰り道。

静に流れる川。

汚れた橋の手摺。

誰かが叫ぶ声。

逆さまになる風景。

冷たい水の感触に。

遠のく意識。

 

 

「……ぁ…じゃあ…私は」

 

 

京は自分の震える両手を見つめながら呟く。

その手を武が力強く握りしめて、京に真っ直ぐ語りかける。

 

 

「死がお前の夢を侵食し始めている、でも、今ならまだ間に合う。お前はお前が居るべき場所に帰るんだ」

 

「…居るべき場所?」

 

「そうだ」

 

「……武は?武はどうなるの?」

 

「俺はここが居るべき場所なんだ。あの日、命を絶ったお前と命を絶たれた俺。お前の意識か俺の意識か、或いはその両方が呼び合って生まれた残視、夢みたいなものだから…」

 

 

武が困った時にする顔に、京は強く首を振る。

 

 

「いやっ!やっと会えたのに私だけ行くなんて嫌だっ!!」

 

「京…事故に遭ったお前を助けた時に、俺に対する記憶が世界から消えた。次はお前に対する記憶が世界から消えて、この世界は終わる…それはお前の完全な死を意味する」

 

「…良いよ…目が覚めても辛い現実しかない、風間ファミリーだって私が作った夢なんでしょ?…なら良いよ…私はこのまま武と一緒に居たい」

 

「夢なのかもしれない、それでも生きていれば必ず良い事はある。物語は何時だって最後に幸せな事が待っているんだ。始まってもいないのに終わらせてどうする?」

 

「嫌だ!私と武の物語はここにある!ここが私の」

 

 

言いかけた京の言葉は、乾いた音で遮られた。

次第に熱を帯びてくる頬に手を当て、ようやく京は自分が叩かれた事に気づいた。

 

 

「俺はっ!……俺はもう、生きたくても生きられない…どんなに!どんなに願っても生きられないんだ!…でも、お前はまだ生きているんだ…生きられるんだ…辛いことも悲しいことも生きていなくちゃ感じられないんだよ」

 

「…たけ…る」

 

「頼む…京…生きてくれ。俺の分までなんて言わねぇ、自分の分を…生きてくれよ」

 

 

武は京を力一杯抱き締める。

永遠に離さないと誓うように。

そして、二人は唇を重ねる。

初めての口付けは、暖かく濡れた涙の味がした。

 

 

「…京」

 

「…武」

 

 

京はそっと腕に力を入れて、武の腕から身を離して背中を向ける。

口付けを交わした京の心に武の心が流れ込んできた。

誰よりも武がこの世界を終わらせたくないと知ってしまったから、だから京は行かなくてはならない。

武が張り裂けそうな悲しみを胸に秘めて初めて見せる強がりに気付かないふりをするために。

 

 

「…武…私、行くね」

 

「ああ」

 

「…この記憶は消えてしまうの?」

 

「ああ」

 

「…そっか…それでも私は、私の分だけじゃなくて武の分も生きていくよ」

 

「…ああ」

 

 

京は教室の扉へと歩き始めた。

武はそれを黙って見送る。

 

 

「…ねぇ武…何時も言ってた言葉、聞かせてよ」

 

「ああ…」

 

 

京は扉の前で足を止めた。

 

 

「…京、俺と…付き合ってくれ」

 

「……おと………お友達………で…」

 

 

何時もと変わらない口調で答えたかったのに、流れ出る涙がそれを許してくれなかった。

 

 

「それで良い、お前は振り返らず真っ直ぐ前だけを向いてしっかり歩いていけよ」

 

 

京の足元に、尽きる事の無い大粒の滴が零れていく。

 

 

「…たけ、る……たける……たける…たける…たける」

 

「お前達の中に俺が残らないのは残念だけど…次生まれ変わったら、この世界の様な家族に出会えますように…」

 

「たけるっ!!」

 

「じゃあな…京」

 

 

京は扉を開けて教室を出ていく。

武の優しい笑顔を背中に感じながら。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「……」

 

 

まわりが騒がしく声を上げている。

眩しさで薄くしか開けられない目の端に、父親の姿が見える。

 

 

「京っ!分かるか京っ!!」

 

「……お父、さん?」

 

「そうだ!お父さんだ!わかるんだな京!?」

 

「…うん……わたし」

 

「良かった…本当に良かった…」

 

「…ここは?」

 

「ここは病院だ。お前は川に落ちて、心臓も止まりかけてて…本当に良かった」

 

 

父親に強く握られた手とは反対の手に、何か握られているのに気づいて見ると、それは何処かで見たことのある髪留めだった。

 

 

「……」

 

「どうした京?何処か痛いのか?」

 

 

父親の言葉で、自分が泣いている事に気づいた京は小さく首を振る。

 

 

「…ううん、何処も、痛くないよ」

 

 

その髪留めを胸に抱いた京は、小さく呟く。

 

 

「…ありがとう」

 

 

誰に向けて言ったのか京自身でもわからない言葉は、病室に静かに消えていった。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「…おはよう大和、付き合って」

 

「おはよう京、お友達で」

 

 

寝起きのキスを回避して、大和は布団から抜け出す。

 

 

「…今日から夏服だから間違えないようにね」

 

「わかったから、その大袈裟に開けられた胸元のボタンを閉じて部屋から出ていってくれ」

 

「…私の事は気にしないで着替えて良いよ?」

 

 

大和は京の肩に優しく両手をおいて真剣な眼差しを向ける。

 

 

「…ぇ…そんな、朝から大胆」

 

 

京が頬を赤く染めて目を閉じると、大和は全力で京を180度回転させて部屋から追い出す。

 

 

「あ~んいけずぅ」

 

 

障子の向こうであがる抗議の声を無視して、綺麗に畳まれて用意されていた制服に着替える。

何時もと変わらぬ島津寮の日常だ。

 

 

「ふあ~~あ」

 

 

着替え終わった大和は大きな欠伸をしながら、洗面所へと向かう途中、まだ、入居者の居ない無人の部屋の前で足を止める。

 

 

「……」

 

 

何が気になったわけでもないのに、大和はその部屋のドアに手をかける。

部屋の鍵は、寮母である麗子がいつ入居者が来ても良いようにと、掃除をするためにかけられていないことを大和は知っていた。

部屋の中は大和の部屋とほぼ同じ作りになっているが、物が何も無い分広く感じる。

 

 

「…っと」

 

 

大和は一瞬、既視感の様なものを感じたが、ま

だ自分が顔すら洗っていない事に気づいて、部屋を後にすると、洗面所に入って顔を洗おうと鏡を見て気付いた。

 

 

「あれ?」

 

 

確認するようにそっと自分の頬に手を触れると、悲しくもないのに涙がひとすじ流れている。

あまり時間に余裕の無い大和は、その涙を欠伸のせいにして、顔を洗って眠気を覚ます。

洗面所を出る頃には、涙が流れていたことなど頭の片隅にも残っていなかった。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「おっす!今日から夏服で俺様の肉体美がよりいっそう輝きを放つぜ!」

 

 

大和達が島津寮を出ると、制服を着崩した岳人が何時ものポーズで出迎える。

 

 

「相変わらず無駄に筋肉だなガクト」

 

「…おはようガクト」

 

「おはようガクト、制服くらいちゃんと着ろ」

 

「おはようございますガクトさん」

 

 

挨拶する女性陣を見回して、うんうんと頷きながら岳人はだらしなく鼻の下を伸ばす。

 

 

「やっぱ夏服は良いねぇ…」

 

 

岳人はそう言った後に急に真顔に戻る。

 

 

「どうしたガクト?トイレにでも行きたくなったのか?」

 

「ちげぇよ!…なんかわかんねぇけど足りない気がしてよ」

 

「足りない?お前の脳みそか?」

 

「てめぇ朝から喧嘩売ってんのかよたっ」

 

 

そこまで言って岳人は言葉に詰まる。

少しだけ何時もと違う様子の岳人を見て、大和と京は首をかしげるが、クリスと由紀江は何故か、岳人が感じているものがわかるような気がした。

 

 

「自分も何か足りない気がするのだが…」

 

「わ、私も…よ、良くはわからないんですけど」

 

「…キャップが居ないからじゃない?」

 

 

京に言われて岳人は翔一が居ないことに初めて気付く。

 

 

「あれ?そう言えばキャップいねぇじゃん」

 

「キャップは土曜日から帰ってないぞ」

 

「相変わらずだな。俺様、キャップが朝から居るのなんて一回も見たことねぇよ」

 

「それは言い過ぎだろうガクト、自分は三回くらいは見たことがあるぞ」

 

「正確にはクリスさんが寮に来てから十六回です」

 

『おっと、今のは若干ストーカーチックな発言だぜまゆっち』

 

「気を付けますね松風」

 

「若干なのか?」

 

「…何時も通りと言えば何時も通り」

 

「はうぅ」

 

 

そんなやり取りに、岳人、クリス、由紀江の疑問は溶けるように消え、何時も通りの通学路を歩き始める。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「おーーーっす!」

 

「おはよーー!!」

 

 

川原で合流する百代、一子、卓也に混ざって何故だか翔一が居る。

 

 

「あれ?なんでキャップ居るの?」

 

「なんか休み中に大冒険したらしく、川神院の門の前で力尽きていたのをあたしが朝錬の時に発見したのよ」

 

「いやぁ気付いたら道場で寝てたから焦ったぜ」

 

「どう考えてもワン子の方が焦ったでしょ!」

 

「俺、朝一にモロの突っ込みを受けると調子が上がるから好きだぜ」

 

「いきなり恐ろしい事さらっと言わないでよ!!」

 

 

そんなやり取りを百代が珍しく静かに見ている。

 

 

「どうしたの?姉さん」

 

「いや、なんかこう物足りない気がしてな」

 

「そう言えば最近挑戦者居ないもんね」

 

「それもあるんだが…とりあえずガクトでも撫でてすっきりするか」

 

「撫でるって絶対嘘じゃないっすか!!」

 

「はっはっはー嘘じゃないぞ?私にすれば撫でているようなものだ、そらっ!」

 

「ぐはっ!?」

 

 

本人曰く撫でていると言う拳の弾幕が岳人を瞬殺する。

 

 

「もう終わりか?だらしない奴だな、お前も―」

 

 

言葉に詰まって百代は頭を掻く。

 

 

「なんだかすっきりしないみたいだね姉さん」

 

「いや、そう言うわけではないんだがな、まぁいっか」

 

「こんだけやってすっきりしないとか、俺様ただの殴られ損じゃねぇか」

 

「なんだ?すっきりするまでやらせてくれるのか?」

 

「全力で遠慮します」

 

「ほら、そろそろ行かないと遅刻するよ」

 

 

大和が促すと、翔一が嬉しそうに声を上げた。

 

 

「朝から楽しそうにしてんな!昔の俺らみたいだな」

 

 

それは全方から来る子供達に向けられたものだった。

 

 

「女三人に男五人、数まで昔の俺らと同じだな」

 

「そうだね……って男は四人でしょキャップ」

 

「あん?俺と大和とガクトとモロと…そっかそっか四人だよな」

 

「なんか違和感無くてそのままスルーするとこだったよ」

 

「まぁ今も人数増えただけで変わってない気がするけど、ほんと朝から元気だなぁ」

 

 

風間ファミリー全員が見守る中、昔の自分達の様に仲良く少年少女達が前から駆け抜けていく。

京は一人、その子供達を見送るように足を止めると、それに気付いた一人の少年が同じ様に足を止めた。

ぼさぼさの髪にあちこち絆創膏だらけで、まだ朝の登校時間なのに既に洋服は土で汚れていて、いかにもやんちゃそうな少年だ。

そのやんちゃそうな外見とは不釣り合いなほど、可愛らしい髪留めを少年がしている事に京は気付いた。

しかし、不釣り合いの筈なのに、何故かとてもその少年に似合っているように感じる。

 

 

「…可愛い髪留めだね」

 

「うん!俺の宝物なんだ!!」

 

 

京の言葉に、少年は少し照れたように鼻を指で擦りながら元気に答えた。

そんな少年を友達が遠くから呼ぶ声がする。

 

 

「おいてくぞー!はやくこいよたけるー!!」

 

「おーー!!」

 

 

少年は振り向いて、空に拳を突き上げて答える。

 

 

「…たける…武君って言うんだ」

 

 

京はふと何かを思い出しそうになるが、それが何かは分からずに、すぐに心から消えていく。

 

 

「うん!お姉ちゃんは?」

 

「…私は…京、椎名京」

 

「京お姉ちゃん…良い名前だね!それじゃあね京お姉ちゃん!」

 

「…さようなら、武君」

 

 

少しだけ頬を赤らめて、元気良く仲間の所に駆けて行く少年の背中を見送る。

 

 

「おーい京、何してんだおいてくぞー?」

 

「京ー!遅刻するわよー!!」

 

 

自分を呼ぶ声に振り向くと、大和と一子、その後ろには風間ファミリーの全員が京を待っていた。

京が一歩を踏み出そうとした時、不意に温かい手に優しく背中を押された。

 

 

―行ってこい―

 

 

京は何故だか分からずに、込み上げてくる振り返りたい気持ちを抑え、瞳に滲んだ涙を拭ってそのまま前を向く。

 

 

「…行ってきます」

 

 

自分を待ってくれている家族のもとに向かうために。

ただ、真っ直ぐ前だけを向いて歩き出す。

 

 

 




一ヶ月もお待たせして申し訳ありません。
仕事は二月の前半で落ち着いたのですが、考えがまとまらなくて、全然書けずに今日まで来てしまいました。
本当は後二話くらいかけて、ゆっくりと分かりやすくやりたかったのですが、考えれば考えるほど終わりから遠のいてしまうので、お待たせするよりは良いだろうと終わらせました。
疑問点は多々あると思いますが、何となくこんな感じのお話をかきたかったんだな、くらいの軽い感じで受け取っていただけたら幸いです。
次回はアフターでラブラブなものを書けたら良いなと思ってます。
恐らく一話完結になるとおもいます。

ではまた次回で。




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真剣で京に恋しなさい!After~桜舞う~

 

 

島津寮一階「二条武の部屋(京以外の侵入禁止)」と書かれた木札が下げられた部屋の前で、息を殺して佇む影が一つ。

 

椎名京である。

 

京がドアノブに手を掛けると、鍵のかけられていないドアは、まるで誘っているかの様に簡単に開いた。

部屋に入る前に廊下の左右を見回して、誰も居ないことを確認すると、音を殺して京は部屋に侵入する。

オレンジの豆球だけ点いている部屋は、大した広さは無く、すぐに目的の人物の姿が確認できる。

 

 

「……」

 

 

安らかな寝息をたててアホ面で寝ている男は、当然、部屋の主である二条武である。

 

 

「…起きてる?」

 

 

京は返事が返ってこないことを知っていて、あえて声をかける。

武は一度眠りにつくと顔に落書きされたって起きないほど眠りが深い。

返事が無いことで完全に眠っている事を確認した京は、武の横に腰を下ろし、武の寝顔を見ながら掛け布団の裾をそっと持ち上げるが、直ぐに思い直すように持ち上げた布団の裾を下ろしてしまう。

 

 

「…はぁ」

 

 

その夜で何度目になるだろうか、京はため息をつく。

幾度と無く大和の布団に侵入した経験を持つ京であったが、武には出来ないでいた。

その理由は自分でも信じられないが、両手をあてた頬から伝わってくる熱でわかる顔の紅潮で確信する。

 

 

「……恥ずかしぃ」

 

 

今まで対大和しか想定してこなかった京とって、こう言う時、武にどう接して良いのか分からない、いや、分かっているが恥ずかしくて出来ないのだ。

 

 

「…しょうもない」

 

 

自嘲するように呟いて、京は寝ている武の頬にそっと唇を寄せる。

たったそれだけの事で、京の鼓動は激しく高鳴り紅潮した顔がさらに赤く熱くなっていくのを感じて、慌てて武の部屋から退散した。

京は、廊下の壁にもたれ掛かりながら、自分の火照った体を抱き締める。

 

季節は春。

京は新たな自分の一面に戸惑っていた。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「おはよう武」

 

「ぜぇぜぇぜぇ、お、ぜぇぜぇぜぇ、おは、はぁはぁはぁ、よう、み、京、はぁはぁはぁ」

 

 

息も絶え絶えで玄関に転がる武を覗き込んで、京は持ってきたペットボトルを差し出す。

 

 

「ぜぇぜぇ、その、まま、はぁはぁはぁ、ぶっかけて、くれっ」

 

「玄関を汚したら、麗子さんに怒られるよ?」

 

「はぁはぁはぁ、それも、はぁはぁはぁ、そうだな」

 

 

仕方なく、武はペットボトルを受けとると、体をなんとか起こして乾いた喉に水を流し込む。

 

 

「んっんっんっ、ぷはー!美味い!!」

 

「相変わらずワン子のリハビリと言う名のトレーニングはきつそうだね」

 

「はぁはぁはぁふぅ~…あいつ、リハビリと言いながら普段見せない悪意を俺にぶつけているに違いねぇ。さらに春休みだから体力有り余ってるってのも拍車をかけて地獄だ」

 

「…ワン子の悪意なんて見たこと無いよ」

 

「京は走ってるワン子に追いかけられた事がないからそう言えるんだ。ありゃ、普段の恨みを晴らそうと企む悪魔の顔だ」

 

「普段からワン子の恨みを買っているのが問題だと思うよ?…それより、早くシャワー浴びてしたくしてね。今日は、その…デートでしょ」

 

 

京のデートと言う言葉を噛み締めるように、武は感動を跳ね起きることで体現する。

 

 

「す、すぐ用意するから待って、ぐぁっ!?」

 

 

靴を脱ぎ捨てて向かう脱衣場の戸の角に、足の小指をぶつけて情けなくピョンピョン飛び上がりながら、それでも顔の満面の笑顔は崩れない。

 

 

「…しょうもない。慌てなくて良いから」

 

「お、おう!」

 

 

武を見送ってから京は自分の部屋に早足で戻る。

部屋の中は足の踏み場もないほど、数々の服が敷き詰められていた。

 

 

「…むぅ」

 

 

京はそれら全てを自分にあてがって鏡を見たが、今だにどれが良いのか決まっていなかった。

武と京が付き合いはじめて二週間。

初めてのデートである事と、今日が武の誕生日である事も相まって、京は、また新たな自分の一面を発見する。

 

 

「京、入るぞ~って、凄い事になっているな」

 

 

部屋の惨状にクリスは苦笑いを浮かべる。

 

 

「…クリス」

 

「決まったのか?」

 

「……」

 

 

京の無言の返事に、クリスは京が普段、出掛けるときに良く着ている服を拾い上げる。

 

 

「そんなに気負うこともないんじゃないか?」

 

「普通過ぎない?これなんて」

 

 

京は普段着ないようなフリルの着いた少し可愛い目の服を拾い上げる。

 

 

「自分は好きだが却下だ。京らしくない」

 

「むぅ…じゃあこれは?」

 

 

今度は胸元と背中が大きく空いた服を拾い上げる。

 

 

「京らしいと言えばらしいが却下だ。そんなの着て行ったら武がどうなるか容易に想像がつく」

 

「クリスが厳しいよぉ」

 

「愛情の裏返しだ、ほら」

 

 

時間もあまりなく、渋々クリスが選んだ着なれた服を着て、一回転して見せる。

 

 

「どう?おかしくない?」

 

「何時も通り似合っているから大丈夫だ。しかし…ふふっ…大和の時とは偉い違いだな」

 

 

クリスは然も可笑しそうに笑うと、京は頬を膨らませて抗議の顔を浮かべる。

 

 

「それは言わないで…自分でも正直戸惑っているんだから」

 

「繰り返すが、そんなに気負うこともないんじゃないか?自然体が二人には一番だと自分は思うぞ」

 

「…そうかなぁ」

 

「そうだとも。ほら、そろそろ時間だろ?服は片付けておくから行ってこい」

 

「クリス…ありがとう」

 

 

笑顔で答えるクリスに見送られて、京が一階に下りていくと、丁度、武が部屋から出てきた所だった。

その格好は普段どおりで、何時ものぼさぼさの髪だけは梳かしたのか若干整えられ、髪留めもしっかりと定位置に付けられている。

 

 

「お?良いタイミングだったか?」

 

「ばっちりだね」

 

「おし、それじゃあ行くか?」

 

「ね、ねぇ武…」

 

「ん?」

 

「この服…どうかな?」

 

 

京は聞いてから、自分で何を言っているんだと恥ずかしくなって下を向いてしまう。

その可愛い仕草に、武は一瞬で茹蛸の様に顔が赤く染まる。

 

 

「あ、ああ、凄く似合ってるぞ!」

 

「ありがとう」

 

「お、俺もおかしくないか?って言うか、めちゃくちゃ何時も通りできちまったんだけど」

 

「おかしくないよ。それに、何時も通りが私達らしいよね」

 

「だ、だよな、うんうん、何時も通りが一番だ」

 

 

部屋でのクリスとのやり取りを思い出して、京は自分の言葉に自分で可笑しくなって思わず笑ってしまう。

武にはその笑いの意味が分からなかったが、その笑顔は武にとって

 

 

「…俺の天使」

 

 

で、あった。

 

 

「何か言った?」

 

「えっ!?なんでもないなんでもない!さ、さぁ行こうぜ」

 

「…うん」

 

 

島津寮を出ると、気持ちの良い春の日差しが二人を出迎える。

 

 

「なぁ京、本当に任せちまって良いのか?」

 

「うん、今日は武の誕生日なんだから私に任せて」

 

「なんか、その、初デートなのに悪いな」

 

「私が好きでやっているんだから良いの、ほら、行こう」

 

 

京から差し出された手を、武は自分の手を服で全力で拭いてから遠慮がちに小指だけ掴む。

 

 

「…しょうもない」

 

 

小指に触れている武の手を振り払って、京はしっかりと繋ぎなおす。

当然、照れている武であったが、実はそれ以上に京の方が照れていた。

本当ならば武と腕を組みたいのに、手を繋ぐのが精一杯なのだ。

 

 

「えっと、ま、まずは何処から行くんだ?」

 

「まずは七浜から」

 

「了解!」

 

 

ぎこちなく繋いだ手から伝わるお互いの温もりを感じながら、駅へと歩き出す二人を、まるで祝福するかのように桜の花弁が風に舞っている。

 

 

「ねぇ武。何か欲しいものある?」

 

「欲しいもの?う~ん…俺が欲しいも―」

 

「欲しいものは全て持っている、って言うのは無しね」

 

「俺の格好良い台詞を先に言うなよ!」

 

「…お見通し。まぁ嘘では無いのだろうけどね」

 

「まぁな。なんか俺、物欲って言うか物に執着がないって言うか…それに、京から貰えるなら何でも嬉しいわけで」

 

「それが一番困るんだけどね」

 

「ですよねぇ…なんかネタになるものとか」

 

「それは、今日の夜にやる武の誕生日+クリスの卒業まで留学延長祝い集会の時に用意しているから」

 

「去年は確か、百体以上中に入ってる巨大なマトリョーシカ人形だったな…」

 

 

武は思い出して青い顔を浮かべる。

 

 

「一応貰った物だから部屋に全部だして並べたんだけど、なんかその夜から悪夢に魘されて大変だったんだぞ?」

 

「あれ、結構高かったんだよ?」

 

「無駄遣いを…まぁ有り難く押し入れの奥深くに封印させてもらったよ」

 

「そんなわけで、今日は欲しい物を上げるって言う恋人の優しさ」

 

 

京の言葉に武の足が止まる。

 

 

「京…もう一回言ってくれ」

 

「……」

 

 

照れ二割呆れ八割な表情を浮かべる京に、武はその場で土下座する。

 

 

「ち、ちょっと!?」

 

「お願いします京大先生!!」

 

「…はぁ……恋人」

 

 

武は感動と喜びに打ち震える。

 

 

「もう一回!」

 

「恋人」

 

「もう一」

 

「…死ねよ」

 

 

照れ隠しと言うには、少々本気の混じった殺気が京から発せられる。

 

 

「ひぃっすいませんすいません調子に乗りました!」

 

「まったく…しーらない」

 

 

京は武に背を向けて歩き出す。

怒らせてしまったと勘違いした武は、慌てて追おうと立ち上がったところで京が足を止める。

風に舞う桜と共に微笑みを浮かべて振り替える京が、優しくその手を差し出す。

 

 

「…行くよ…私の大切な恋人さん」

 

 




お世話になってますやさぐれパパです。
アフターは一話完結でやろうと思ったのですが、なんか一話だと長くなって更新をお待たせしてしまうので、一話~二、三話くらいずつやろうかと思います。
何時ものケチって話数を稼いでいるんだなと、優しく見守って下さい。

今回は京からエロエロ成分を抜いてみたので、京好きの方からは、こんなの京ではないとお叱りを受けそうですが、私は自分で書いていて何ですが、意外と乙女チック京も気に入っております。
クリスは空気読め過ぎて偽物っぽいですが…。

では、また次回で。




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真剣で京に恋しなさい!After~微笑み~

 

 

 

「なんか、こうして普通に七浜に来るの久しぶりだな」

 

 

ラグナタワーを見上げて、武は大きく伸びをする。

 

 

「普通じゃないことなんてあったっけ?」

 

「いや、京が普通と認識しているなら、俺は最早なにも言わない」

 

「…賢明な判断だね」

 

「ところで京」

 

 

そう言った、ワン子との激しいトレーニングと言う名のリハビリを終えてから、何も食べていない武のお腹がくぅと可愛らしく鳴った。

 

 

「と言うわけなんだが」

 

「うん、まずは朝食だね」

 

 

武は差し出された手を、今度は照れながらではあるがしっかりと握って歩き出す。

 

 

「最近、駅の近くにできたパンケーキの美味しい店がこっちに……」

 

「……いや、すげぇな」

 

 

店の近くで二人は言葉を無くす。

まだ、店が見える道を曲がる前に、店員らしき人が「最後尾 只今の待ち時間二時間」と書かれたプラカードを持って立っているのが見える。

 

 

「…こんなに人気があるとは予想外」

 

「なんてお店だ?」

 

「CSBCって言うNYで人気のお店」

 

「あ~それ熊ちゃんも美味しいって言ってたよ。ただ、一~二時間は並ぶって」

 

「そうなんだ…ごめんね」

 

 

最初から計画が狂ってしまった京は、申し訳なさそうにしゅんとしてしまう。

 

 

「よーし!じゃあ朝飯は俺に任せろ!」

 

 

落ち込む京の手を強引に引いて、武は満面の笑みを浮かべて歩き出す。

 

 

「た、武?」

 

「良いから良いから、確かこっちにだって言ってたよなぁ…おっ!?あったあった!」

 

 

そこは、駅から程近い場所にあり、店内もさほど混んでいなかった。

 

 

「…武…ここって」

 

「今朝ワン子と走ってる時に、たまたま会った釈迦堂さんから教えてもらった、三日前に開店したばかりの梅屋七浜店だ」

 

「…梅屋…初デートの最初に入るお店が?」

 

「おう!今なら開店記念で全品半額なんだぜ?」

 

「……」

 

「京?…あれ?俺なんか変なこと言ったか?」

 

 

黙り混む京に、武は自分が何か失敗したのかと焦るが、その不安はすぐに京の笑い声で解消される。

 

 

「…ぷっ…ふふっ……武らしいね。あーあ、何か私だけ慣れない事して馬鹿みたい」

 

「京?」

 

「何でもない。入ろう、お腹空いたでしょ?」

 

「おう!」

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「満足!」

 

 

梅屋からでると、武はお腹をポンッと叩いて満足そうに頷く。

 

 

「何気に初めて入ったけど中々」

 

「確かに、真っ赤になっていく豚丼を見ていた店員の顔は中々だったな」

 

「…いじわる。武だって真っ赤にしてたじゃない」

 

「きっと、激辛カップルって店員のあいだで話題になってるぜ?」

 

「良いよ、間違ってないし」

 

「ま、まぁそうだな」

 

 

お互いの顔を見つめあいながらはにかむ。

 

 

「さてお姫様、この後のご予定は?」

 

「まずは武のプレゼントを買いに、色々なお店が入ってるショッピングモールへ」

 

「了解。まぁ色々見ながら決めさせてもらうよ」

 

「…うん」

 

 

どちらかでもなく、二人は自然に手を繋いで歩き出す。

 

 

「そう言えば、武は将来の夢とかあるの?」

 

「あん?…夢か…そう言えば考えた事も無かったな。ちなみに京は?」

 

「私?…私は、今までの夢だった大和のお嫁さんが、武のお嫁さんに変わっただけだから」

 

 

少しだけそっぽを向いて言う京の言葉に、武の顔は真っ赤になっていた。

 

 

「そ、そそ、それは絶対に叶えてやらないとな!その為にも何か将来を考えないと…」

 

「何かやりたい事とかないの?」

 

「そうだなぁ…何せ今まで自分の事なんてあんまり考えてこなかったからなぁ」

 

「武は何時もファミリーが優先で自分は二の次だったもんね」

 

「うっ…否定できない痛いところ」

 

「…責めてないよ?そう言うところも好きなんだから」

 

 

武は自分の頬を全力でつねる。

 

 

「夢じゃないから、いちいち恥ずかしいことしないの」

 

「お、おう」

 

「で?」

 

「そうだな…今、漠然と浮かんでいるのは水羊羹だな」

 

「水羊羹?」

 

「ああ、せっかく賞も貰ったし何より好きだから、川神でお店が出来たら良いなぁなんて」

 

「どうせなら水羊羹だけじゃなくて和菓子屋なんて良いんじゃない?」

 

「和菓子屋…それ良いな。仲見世通りでお店出して、店の名前は「京」で決まりだな」

 

「それ本気?」

 

「よし!今決めた!和菓子屋に俺はなるっ!」

 

 

何か変な効果音が聞こえてきそうな宣言をする武に、京は少しの不安も感じることはなかった。

むしろ、二人で働く未来の姿が容易に想像が出来るほど、武の力強い言葉には不思議な魅力があった。

 

 

「ほんと武らしいね」

 

「ん?」

 

「何でもない」

 

 

京が一瞬思い描いた未来自画像は、ほんの少しだけ違う形で、遠くない未来に実現する事になる。

お店で働く二人に、寄り添う小さな影が二つ程増えて。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「おっ!?これなんて京の部屋に合いそうじゃないか?」

 

「…もう」

 

 

京は少し呆れたようにため息をつく。

先程から、入る店入る店で武は自分のものより京に合いそうなものばかりに目移りしていた。

 

 

「武…これでもう何回目か忘れたけど、今日は私のじゃなくて武のプレゼントを買いに来たんだけど」

 

「いやぁそれはわかってるんだけど、ついな、ってこれなんてどうだ?」

 

「言ってるそばから全然わかってない!」

 

「そう言ってもよぉ」

 

「まったく…本当に欲しいものが無いんだね」

 

「…すまん」

 

 

シュンとする武に京はやれやれと手を握る。

 

 

「もう、私が勝手に選んじゃうからね」

 

 

そう言って、京は武の手を引いて先程から少し気になっていたお店に連れ込む。

そこは、店内が全員女性の可愛らしい小物売り場であった。

 

 

「新しい髪留めで良い?」

 

「良いまくり!…あ、あのさ、折角だから、その…お、お揃いにしないか?」

 

 

京は照れながら嬉しそうに頷く。

 

 

「あいつらにからかわれる材料を渡すのは癪だけどな」

 

 

だね、と微笑み合いながら一緒に髪留めを選ぶ姿を、店の店員とお客に微笑ましく見られているのには気づきもしない二人であった。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「ど、どどど、どうしてこうなった?」

 

 

武はベッドに腰掛けながら混乱していた。

部屋には奥にある風呂場から流れてくるシャワーの音だけが響いていた。

 

 

「おおおおお落ち着け俺!冷静に、れ、冷静に」

 

 

自分に言い聞かせ、大きく深呼吸する。

 

 

「すぅううううはあぁああああぁぁ……よしよし落ち着いてきた」

 

 

ゆっくりと現状を把握するために思考を巡らせる。

 

 

「た、確か髪留めを買ったあと、昼飯を食べて京に行きたい場所があるから目を瞑っててと…それで手を引かれるまま今ここに…」

 

 

だが、その思考はきゅっというシャワーの止まる音で中断された。

今までに無い緊張感全身を駆け巡り、変な汗が背中伝う。

 

 

「…武」

 

「うひゃいっ!?」

 

 

変な声で返事をする武に、京はバスルームから顔だけ出して手招きをする。

 

 

「一緒に入ろ?」

 

 

武は一瞬京の発した言葉の意味が解らず呆然とするが、徐々に浸透していく言葉の意味に耳まで赤く染まっていく。

 

 

「な、なななな!?」

 

「……駄目かな」

 

 

付き合う前の武なら京の言葉に、まもなく鼻血

を出して気絶していただろう。

しかし、武はそれを見逃さなかった。

京の壁に触れている手が小さく震えているのを。

 

 

「…京」

 

 

呟いた武は勢いよく上着を脱ぎはじめた。

 

 

「っ!?」

 

 

突然のことに、誘った京が恥ずかしくて思わずバスルームに逃げてしまった。

妙な気合いと共に服を脱ぎすてた武が、バスルームに入ってくる。

思わず「それ」を見てしまった京が、今度は茹で蛸のようになるが、武は置いてあった椅子を蹴飛ばし、風呂のへりに躓きながら転ぶように湯船の中に頭から飛び込んだ。

 

 

「武っ!?」

 

 

ゴンッと言う鈍い音に京が駆け寄ると、武は頭を押さえながら静かに浮いてきた。

 

 

「……痛い」

 

「…しょうもない」

 

 

見れば、武の目は固く閉じられていた。

 

 

「怪我したらどうする気?」

 

「すまん…しかし、今目を開ければ恐らく俺は気絶する」

 

「相変わらずだね」

 

 

京はため息一つ、武の背後から湯船に入る。

 

 

「これで目を開けても平気でしょ?」

 

「ああ、なんと言うか死ぬほど恥ずかしいがな」

 

「武の背中、意外と大きいね」

 

「初めて言われた」

 

「…この傷…あの時の?」

 

 

胸から背中に続く武の傷痕に、そっと京の指が触れる。

 

 

「ワイルドだろぉ?」

 

「…馬鹿」

 

 

コツンと京は武の背中に額を当てる。

 

 

「一生消えないね」

 

「ああ、俺の生涯で今のところ最高の勲章だ」

 

「…馬鹿」

 

「自覚してる」

 

「しきれてない」

 

「しかし京さんは大胆ですね」

 

「話を逸らした」

 

「気のせいです」

 

「私と大和とのやり取り見てたでしょ?」

 

「そのわりには震えてますけど?」

 

「…気のせいです」

 

 

京が触れている部分から、火照った熱が伝わってくるのを感じる。

 

 

「…正直、どうして良いのかわからないの」

 

 

武の肩に置かれた京の手の震えが少しだけ大きくなる。

 

 

「…武に……嫌われたくない」

 

 

消え去りそうな声で俯く京に、武は振り向いてその手を包み込む。

 

 

「なぁ京、愛してる」

 

 

突然の言葉に顔をあげた京に、武は優しく口付けをする。

京は驚いて目を見開いたが、次第に力を抜いて目を閉じて武にその身を預ける。

 

 

「…武…愛して」

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「で?なんの連絡もなく五時間も私達を待たせた理由を聞こうか?」

 

 

武と京が秘密基地に着いたのは、まもなく日付が変わろうとする間際であった。

 

 

「えっと…つまりそのなんだ…な、なぁ京?」

 

「…私は皆が待っているから早く帰ろうと言ったのに武に聞き入れてもらえなかった」

 

「なにその容赦の無い誤報!?」

 

 

京の言葉にクリスが武の片腕に亡霊のようにしがみつく。

 

 

「つまり武が全て悪いと…自分の卒業まで延びた留学は祝いたくないと?」

 

「おいおい、誰だよクリ吉にこんなになるまで飲ませたのは!」

 

「せっかくあたしたちが武の誕生日を祝おうと色々用意したのにあんまりだわぁ」

 

「お前もかワン子!」

 

 

止めどなく涙を流しながら一子も反対の腕に亡霊のようにしがみつく。

 

 

「モモ先輩に任せると俺様たちの分がなくなっちまうからな」

 

「まぁ自業自得だよね」

 

「安心しろ武、命まではとらん!」

 

「あくまで俺たち「は」だけどな」

 

 

詰め寄る大和、翔一、岳人、卓也の手には様々な拷問道具が握られている。

 

 

「まてまてまて!は、話せばわかる!おい京!あなたの愛する人の命に危険が迫ってますよ!?」

 

 

「…武…貴方の事は忘れない」

 

「いやぁあああああああ」

 

 

武の悲鳴が上がるなか、百代が京の隣に並ぶ。

 

 

「京、どうだった?」

 

「…その質問はセクハラだと思う」

 

「今日くらい顔を出さなくても良かったんだぞ?」

 

「武だよ?」

 

「納得だ」

 

「…ねぇモモ先輩」

 

「なんだ?」

 

「私の顔、変じゃない?」

 

「緩みきっているぞ」

 

「それは困る」

 

「でも、幸せそうだ」

 

「…うん」

 

 

京は視線の先にいる愛しい人を見つめたまま、優しく微笑む。

この幸せが何時までも続く予感を胸一杯に感じながら。

 

 

 




お久しぶりやさぐれパパです。

色々ありまして三ヶ月も更新が滞りもうしわけないです。
これでアフターは終わりです。
もう一話だけ考えているものがありますので、暫くは連載中のままにさせていただきます。
更新は遅くなると思いますので気長にお待ちいただけたら幸いです。

ではまた次回で。




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真剣で京に恋しなさい!~15years after~

 

 

 

「とりあえずこんなもんか」

 

 

開店準備を整え店のシャッターを勢いよく開けると、眩しいほどの青さが目に飛び込んできた。

目を細めながら空を見上げて、あの日から十五回目の春を迎える。

 

 

「・・・武?」

 

「おう、来てみろよ京、気持ちよく晴れたぜ」

 

 

武は奥から姿を見せた最愛の妻に手招きをする。

 

 

「昨日の雨が嘘みたいだね」

 

「だな、これでモモ先輩に雨雲を吹き飛ばしてもらわなくてすむな」

 

「・・・しょうもない」

 

 

笑いながら空を見上げる武と京の背中に声が掛かる。

 

 

「お父さん!お母さん!開店準備しちゃったの!?」

 

「・・・僕達がやるって言ったのに」

 

 

外見は母親似で中身が父親似の娘と、外見は父親似で中身が母親似の息子は、同時に声を上げながら二階から降りてくる。

 

 

「んだよ、桜も護もさっきまでぐーすか寝てたじゃないか」

 

「・・・手伝う気があるなら自力で起きなさい」

 

「「うぐっ・・・」」

 

 

項垂れる二人の頭を武と京はクシャックシャッと撫でる。

言葉はきつく言うものの、まだ小学生ながら本当に良い子に育ってくれている二人を、武と京は溺愛していた。

 

 

「ほんじゃあ、後は任せたぜ?」

 

 

「・・・しっかりね」

 

 

父と母の信頼に二人は元気良く頷き笑顔で答えた。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

川神院に続く仲見世通りに店を構えて七年。

久寿餅と達磨に続いて、仲見世通りの有名店に仲間入りした和菓子屋「京」。

もちろん最大の売りは水羊羹で、休日になるとちょっとした行列が出来るのは、市長のお勧めと言うだけではなく、その丁寧な仕事ぶりと味に惚れ込む人が常連になってくれているからだ。

 

 

「取り敢えずワン子と川神院合流で良いんだっけか?」

 

「・・・うん、後の面子は其々向かうって」

 

「最後に全員で集まったのってどれくらい前だ?」

 

「・・・桜と護が生まれる前だから、七、八年前かな」

 

「もうそんなに経つか、それぞれには結構会っているからそんなに経っている感じしないな」

 

「・・・ね、ワン子なんて毎日会うし」

 

「だな、会ってはいないけど大和とモロはテレビで良く見るし、まゆ蔵は月一で買いに来てくれるし、クリ吉は京とスカイプで話しているしな」

 

「・・・滅多に会わないのはキャップくらいだね」

 

「まぁでも、キャップがつかまらないのは今に始まったことじゃないしな」

 

 

話しながら歩く二人が店の前を通る度に、威勢の良い挨拶が飛んでくる。

見慣れた顔ぶれに、京がにこやかに挨拶する姿を見て、武は嬉しそうにしていたが、挨拶を終えた京が突然じと目になる。

 

 

「・・・もしかして、突っ込み待ち?」

 

「へ?何が?」

 

 

京の急な問いかけに武は目を丸くする。

 

 

「・・・本気で忘れていたら、いくら岳人でも泣くと思うよ?」

 

「岳人・・・誰だっけ?」

 

「てめぇっ武!!俺様を忘れるとは良い度胸じゃねぇかっ!!」

 

 

その声と同時に武は振り向き様に右の拳を岳人の顔に叩き込むが、その攻撃を予想していたように武の顔にも岳人の拳が叩き込まれた。

打たれ強さは武が上、力強さは岳人が上。

力負けした武は数歩後退して、打たれ負けした岳人は膝を着きそうになるのを堪える。

 

 

「おうおう!そう言えばお前みたいなぶさいくな奴も居たっけなぁ!!今じゃ立派な九鬼の飼い犬様がよう!!!」

 

「飼い犬じゃねぇっ!!九鬼に無くてはならない有望な営業マンだっ!!」

 

「お前みたいな暑苦しい奴が営業とか客に同情するぜ!!」

 

「はんっ!俺様のお客様は殆どが紹介で増えてんだ!つまりっ!!お前が何と言おうが実績が俺様の魅力を証明してんだよっ!!!」

 

 

事実、実力重視の九鬼において岳人の営業成績はトップを誇る。

押しの強さと裏表のない人情に篤い人柄が、多くの客から信頼を集めていた。

 

 

「ふんっ!魅力だぁ!?童貞が何を言っても説得力ねぇんだよっ!!」

 

「てめぇ!童貞は関係ねぇだろうがっ!!」

 

 

再び始まった殴り合いを、立ち並ぶ店の人も客も面白がって見ている。

会えば必ずと言って良いほど喧嘩をしている武と岳人の姿は、本人達の知らないところで仲見世通りの名物の一つになっていた。

 

 

「・・・しょうもない」

 

 

そう言った京も、何時までも変わらない二人を微笑ましく眺めていた。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「「こんにちはーーー!!!」」

 

 

川神院に着くと、何時ものように子供達が出迎えるために群がってきた。

 

 

「おう!元気してっかガキども!!」

 

「ガキじゃないやい!」

 

「そうだそうだ!」

 

「武のくせになまいきだぞー!」

 

 

武が声をかけると、一斉に子供達がパンチやキックを繰り出す。

 

 

「おうおう、しっかり元気じゃねぇか、とりあえずこれ、朝練が終わったら食っとけ」

 

 

そう言って差し出した包みを子供達は嬉しそうに受け取る。

 

 

「わー♪水羊羹だぁ♪」

 

「わーい♪」

 

 

どれが良い、私これ、僕はこれ、ぼくもそれが良い、そんなやり取りを子供達がしていると道場の方から声が響く。

 

 

「こらーーっ!!」

 

 

その声の主へ子供達は目をキラキラさせながら駆け寄る。

 

 

「一子お母さん、武が水羊羹くれたよ♪」

 

「一子お母さんが一番に選んで良いよ」

 

「わたし一子お母さんとおなじのがいいなぁ」

 

「全員一回しーーーっ!!」

 

 

子供達の声を遮って一子が口に指を当てて注意すると、全員が気をつけの姿勢をとる。

 

 

「これを貰ったお礼はしたの?」

 

 

一子の言葉に全員がはっとしてから俯いて首を横に振る。

 

 

「親しい人からでも、ううん、親しい人からなら尚のこと何か貰ったら必ずお礼を言うこと」

 

「・・・はい」

 

「よしっ!返事をしたなら即実行よっ!!」

 

 

一子に促されて全員が武の前に一列に並ぶ。

 

 

「せーの、ありがとうございます!」

 

「おう、たくさんあるからいっぱい食えよ」

 

「うんっ!!」

 

 

元気良く返事をすると、子供達は一子の元に駆け戻っていく。

その子供達を両手いっぱい広げて迎え入れ、全員の頭を撫でまわし朝練に戻るように促す。

 

 

「・・・すっかりワン子もお母さんだね」

 

「えへへ♪」

 

 

一子は川神院の師範代になり、道場で孤児を引き取り育ての親となっていた。

一子の元気で常に前向きな性格と優しさは、心を閉ざした子供にも容易に伝わりやすく、川神院に引き取られた子供はどんな子でも一ヶ月もすれば一子をお母さんと慕うようになる。

毎日の充実した日のせいもあり、本人に浮いた話はまるでなく、祖父や姉から心配されているが本人はどこ吹く風である。

 

 

「はぁ、「あの」ワン子が今じゃすっかりお母さんか、俺も歳をとるわけだ」

 

「なに爺くさい事言ってるのよ武、大体「あの」ってどう言う意味よっ!」

 

「朝っぱらからタイヤをズルズル引きずって、って、今もそうか」

 

「ふふんっ♪川神院の師範代として日頃からの鍛練は当然でしょ!」

 

「あーあれな、隣の煎餅屋の爺さんから、朝っぱらからズルズル五月蝿くて眠れないから止めさせろって苦情がきてんだけど」

 

「ぎゃーーっ!嘘よ!嘘よねっ!?あたし毎日欠かさず迷惑かけていたのっ!?」

 

 

あわあわと涙目になる一子に、京がため息をつきながら耳打ちする。

 

 

「・・・ワン子、嘘だから」

 

「え?」

 

「・・・お隣さん、ワン子が通る時間にはとっくに起きているし、毎朝元気でこっちまで元気になるって言ってたから」

 

 

京の言葉に一子が武を睨み付ける。

 

 

「たーーけーーるーー!」

 

「いやぁ今日は良い天気だなワン子」

 

「成敗っ!!」

 

 

岳人に続いて一子との第二ラウンドが始まった。

 

 

「なんだなんだ?朝から随分と騒がしいな」

 

 

眠そうな目を擦り、大きな欠伸をしながら現れたのは川神院現当主である川神百代だ。

 

 

「・・・あれ?モモ先輩は大和と一緒じゃないの?」

 

「ああ、昨日出先で急に会議の予定が入ってな、今日は現場から直接くるとメールが入っていた」

 

「・・・相変わらず忙しそうだね大和」

 

「まぁあまり無理はさせないように注意はしているがな」

 

「川神流無双正拳突きーーっ!!」

 

「うぐぅふっ!?」

 

 

顔めがけて正確に繰り出される一子の拳を、武は腕を交差して受け止めようとするが、急に軌道が変わりがら空きの腹部を直撃する。

 

 

「・・・千代ちゃんは?」

 

「今朝、布団を見たらもぬけの殻になっていたから、恐らく大和の所にでも行ったんじゃないか?まったく、今日は大人しく留守番だと言っておいたのに」

 

「川神流晴嵐脚っ!!」

 

「おまっ!それ川神流じゃなひぃいっ!?」

 

 

高速の蹴りから産み出された真空波が、咄嗟に首を捻って躱した武の頬を浅く斬る。

 

 

「・・・行動派なのはモモ先輩似だね、まぁ千代ちゃんなら心配無いと思うけど」

 

「まぁな、あの子は私似だからって、いい加減五月蝿いぞ武」

 

「どわわっ!?」

 

 

背後からの殺気に咄嗟に伏せた武の頭があった位置を高エネルギー砲が通過した。

その隙を逃さず、一子が武の頭に馬乗りになる。

 

 

「勝利よっ!!」

 

「だーっ!わかったわかった俺が悪かった、今度岳人の奢りで何でも好きなもん食わせてやるからそれで許せ」

 

「わーい♪」

 

 

武はそのまま起き上がり、一子を肩車する格好になる。

 

 

「なんでそこで俺様が出てくんだよっ!」

 

「良いじゃないか岳人、どうせお金を使う相手なんて居ないんだろう?この私が奢られてやろう」

 

「モモ先輩ぃひどいっす・・・」

 

「って言うか、モモ先輩、本気で人の頭を吹き飛ばそうとするのやめてもらえます?」

 

「安心しろ武、ちゃんと吹き飛ば無いように手加減している」

 

「手加減ねぇ・・・」

 

 

武は呟きながら、自分が避けたエネルギー砲が当たった場所を見て額から冷たい汗が流れる。

コンクリートの壁には綺麗な円形の、直径十センチ程の穴が開いていた。

周りが崩れていないのは完全に力が一点に集約されているからで、今までの大雑把な力の使い方から無駄の無い洗練された力の使い方に変わった百代は、以前にも増して確実に強くなっていた。

 

 

「いったい何処まで強くなるんですかモモ先輩は」

 

「どんな状況でも家族を守れるくらいにだな、例えば」

 

 

嬉々として話そうとする百代を武は遮る。

 

 

「いや、そのモモ先輩が想定している「どんな状況」が恐ろしい予感しかしないので、もう聞きたくもないって感じなので遠慮します」

 

「はっはっはー♪相変わらず武は生意気だなっ!」

 

 

百代の動きを察知した一子が肩から飛び降りると、武の頭を百代の腕と豊かな水蜜桃が挟み込んだ。

 

 

「ほーらどうだ?久しぶりに私の胸の感触を味わえて嬉しいだろう?」

 

「いやいやいやっ!俺は京以外の胸に興味ないででででででっ!!ギブギブッ!京ヘルプッ!ヘールプッ!!」

 

「・・・しょうもない、そろそろ行かないと待ち合わせに遅れるよ?」

 

 

呆れながら言う京の目には、若干冷たい光が宿っている。

 

 

「そう怖い顔するな京、軽い冗談だ」

 

 

百代の腕から解放されよろける武を、今度は京が豊かな水蜜桃で受け止める。

ほんのり頬を紅潮させる京と顔は見えないが耳まで真っ赤になっている武。

何年経っても二人の初々しい恋心は変わらない。

 

 

「はぁ~これが愛ってものなのね」

 

「そうだぞワン子、お前もそろそろ結婚を考えたらどうだ?」

 

「うう、薮蛇だったわ…あ、あはは…あ~そのうちね」

 

「まったくしょうがない奴だ、岳人みたいになっても知らんぞ」

 

「それどう言う意味っすかねぇ」

 

「どう言う意味も何も無いだろう?童貞が」

 

「ひでぇ・・・」

 

 

ガックリと肩を落とす岳人をそのままに、一同は待ち合わせ場所である「変態橋」へと向かう。

 

 

 

 

 

 




お久しぶりですやさぐれパパです。

最後に投稿してからもう三年も経っているとは、時が経つのははやいですね。
リアルに多少余裕が出て来て、ふと、書きたくなったのでまた少しだけ投稿させていただきます。
しかし、一話で終わらせる予定だったのに、なんだか長くなってしまいました。
次の更新は何時になるかわからないですが、三年はかからないと思いますので、暫しお付き合いを再開していただけたら幸いです。


では、また次回で。


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