迂闊な拾い物 (猫茶屋)
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自由な独身ライフ

自分が好きな深海棲艦側も艦娘みたいにほのぼのしててもいいじゃないか。と思い、始めて小説とも言えない駄文を羅列してます。
やっぱり小説を書くのは難しいですね。小説を投稿されてる方たち凄いですね、尊敬です。

今回深海棲艦は出てきません。次回には出る予定です。

初めてハーメルン利用するから慣れない・・・書き手にも慣れない・・・!

慣れない尽くしで書いてますが生暖かい目で見ていただけたら嬉しいです。はい。


――青い空が澄み渡り、白い雲とのコントラストが映える夏。

 

早朝。蝉たちが思い思いの木に登り、己の伴侶となってくれる雌に向け求愛行動をする。

一匹の雄が鳴き始めると、他の雄も負けじと己の存在を雌に知らせる為、引き寄せる為に力強く鳴く。他の雄も負けじと鳴き、何の負けるものかと別の雄も鳴く。仕舞いの果てには、この島の木で蝉が鳴いていないものは無い。と断言できるほどの大合唱になった蝉時雨。

 

その蝉時雨を横目に麦わら帽子を被り半袖短パンを着た男がアスファルトの上を歩く。

 

「夏は好きだが、俺が好きなのは夏の開放的になれる雰囲気であって、虫と暑さは嫌いだ」

 

未だ朝も早いのに働き盛りな太陽から送られる熱を辟易しつつ、男がぼやきながら歩く。

 

首に巻いているタオルで数回頬から流れる汗を拭いた所で漸く目的地である畑に辿り着いた。

 

「おっ!ナスとキュウリにピーマンの色合いがいいな。ナスとピーマンとひき肉で肉みそ炒めにでもして。キュウリは適当にポテトサラダにでもやるかな?」

 

今日の料理の献立を呟きながら、たわわに実った野菜を丁寧に収穫していく。一通り本日に使う分だけ収穫を終えた後に水を撒き、野菜をかごに入れ来た道を戻る。

 

「おう!今朝も早いな健坊!おはようさん!また立派なもん収穫してきたなぁ。今夜おめぇん所で・・・一杯やるか?」

 

気さくに笑いながら野菜を持った男に話しかける島民。島民に健坊と呼ばれた男は頬を掻く。

 

「おじさんおはようございます。こないだおばさんに酒飲むなって厳しく言われてませんでしったけ?」

 

「いいんだよ、母ちゃんは健康の為だ何だって言ってるがな。一番の健康は酒は飲みたいときに飲むんだよ!我慢する方が体に毒ってもんだ」

 

腕を組み納得がいかないのか己の持論を男にとくとくと説明する。男はふと、おじさんの背後に立つ彼の家内に気づいた。

 

 

おばさんは彼に向けて人差し指を己の唇にあて黙ってるようにジェスチャーした。彼も目のみを上下に動かし了解した。

 

「大体よ、あいつは俺に注文をつけすぎなんだよ。肉は多く食うなだの、靴下は脱ぎっぱなしにするなだの、うるせえったらありゃしねえ。そんなに言うならお前の肉が引き締まってから言えってんだ。なあ、お前もそう思うだろ?」

 

「そうだ、今度本州に行って若い女の子がいる店にでも行かねえか?健坊も若いし背格好も顔もいいときた。引く手あまただろうよ。真面目なのはいいがお前は思いつめてるのかぁ?まぁ偶にはハメでも外して遊ばねえとと上手くいくもんも上手くいかなくなるぜ。あ、ハメ外したらハメハメできねえか!!」

 

がっはっはっは!!と豪快に笑うおじさん。健坊はこの後間違いなく彼の笑い声が悲鳴に変るのは間違いなかったので彼を憐憫の眼差しで見た。

 

「ん?どうしたんだよ健坊。まさかいいこと言った俺にでも惚れちまったか!?俺は若い女にしか興味ねえぞ」

 

彼の眼差しはおじさんのフィルターにかけたら色目に映ったらしい。是非ともフィルターの交換を依頼した方がいい。そして遂に我慢出来なくなったおばさんが動く。

 

「ほうほう、人が折角愛しい旦那の体を思ったのに当の本人はこれかい。挙句の果てには何?健坊つれて本州に行くって?」

 

おじさんの陽気な笑い声が背後からの声を聞き、即座に止まる。彼は後ろを向けずに健坊に向け必死に助太刀のアイコンタクトを送る。

 

「・・・いつからいたんですか?」

 

「やだねえ、何でアンタ敬語なんて使ってんのさ。長年付き添った仲じゃあないか」

 

おばさんは恥ずかしそうにおじさんの背中にスナップの効いたビンタをする。溜まらずに両手両膝を突き背中の痛みに悶える。

 

健坊は聞こえてしまった。ビンタをする際に彼女の腕から風切り音がした。これ以上ここに居たら自身も危ないと思い逃げの一手を打つ。

 

「おばさん、そろそろ戻らないと朝飯を食いそびれてしまうので帰りますね」

 

「あら、ごめんねウチのがまた馬鹿言って。・・・けどね馬鹿が言ったのも本当よ。健坊真面目なのはいいけど、ずっとだと駄目よ偶には肩の力を抜きなさい。貴方はみんなの息子なんだから」

 

だからといって、ハメ外しすぎるのも駄目だかんね!と注意するのも忘れない。もちろんおじさんの背中にビンタを上げるのも忘れない。

 

おばさんはおじさんを引きずり家の中に入っていく。おじさんは健坊に向け両腕を出し助けてくれと頼む。しかし頼みの綱は合掌し立ち去ってしまった。

 

「健坊―――――――――――!!!!!」

 

自身の名を叫んだおじさんが家の中に消えた後すぐに本日三回目のビンタの音が聞こえた。健坊はおじさんの裂帛を背後にしつつ帰路に向かった。

 

 

まさかの犠牲者一名を出した野菜の収穫、水やりの任務を終え帰宅した。

 

時計を見ると針はもう10時を示していた。この時間に本格的な朝飯をとると昼飯に支障をきたすので簡単で手っ取り早く食事がとれる卵かけごはんで済ました。

 

昼飯は先程収穫したナスとピーマンとひき肉で肉みそ炒めを作り、次回も作ろうと心に決め少しの昼休憩をとり、我が家の掃除に取り掛かる。

 

日ごろから掃除をしていたので案の定掃除は直ぐに終わってしまった。

 

「いかんな、やることがない。暇だ、暇すぎるぞ」

 

家事も終わり、晩飯の下ごしらえも終わり本格的に暇になり居間の畳で大の字になる。

 

「・・・魚でも釣って食材調達でもするかな。そうと決まれば動くか。えーと、釣り竿に針に糸、重り・・・」

 

居間からでて物置小屋へと向かい釣り道具セットを手に取り、秘密の穴場スポットへと向かう。

 

「いつになったらこの暑さは無くなるのか、ええい!虫がうっとおしい!」

 

スポットに向かうついでに近くの森で魚の餌となるバッタ、トンボを捕まえる。太陽の暑さが本格的になるこの時間。

 

必然的に汗の量も多くなる。すると汗の匂いに引き付けられた蚊が彼の付近を飛び纏う。さっさと慣れた手つきで餌を捕獲しそそくさと秘密のスポットへ向かった。

 

「到着!相変わらずここは静かで景色もいい上に、魚も釣れる。いいことづくめだが・・・漂流物がなぁ・・・」

 

彼は両腕を伸ばし伸びをし、辺りを見渡す。

 

そこは綺麗な三日月形の砂浜になり、海を背後に島を見るとそこには高さ10mほどの崖になっている。

 

更にその上には木々や雑草などの緑が生い茂っている。この雑草が曲者で雑草とはいえ大人の腰までの高さがあり、冒険好きな少年少女もこの雑草に視界が阻まれて敢え無く敗退している。島民もこのスポットがあるのを認知しているのはいない。

 

彼が言った通りここには漂流物が多く流れ着く。大体は食品の入ったプラスチック容器だったり、極稀にメッセージボトルが砂浜に打ち上げられたこともあった。

 

案の定砂浜に何かが打ち上げられていた。遠目には何か白と赤い物体が見える。

 

恐る恐る近づいてみる。どうやら彼が見えているのは裏面だのようだ。ご丁寧にその物体にうっすらと子供の字で”うら”と書かれていた。そしてどことなく見たことのあるシルエット。裏返すとそれは

 

「・・・・招き猫」

 

目が二次元のように描かれた招き猫だった。目と招き猫のバランスが絶望的に合わない。やたらとこの招き猫、目に星でも入っているかのようにキラキラしている。と思っていたら本当に目に星が描かれていた、すごいきれいだなわーい

 

少し固まった後招き猫を崖の近くに置き、釣りを始める。

 

「・・・・・・」

 

釣り糸を海に垂らし、今朝のおじさん、おばさんの会話を思い出す。

 

「思いつめているか・・・赤城、加賀、翔鶴、瑞鶴、金剛、榛名、漣、曙・・・みんな」

 

頭に思い返すのは共に戦ってきた仲間たち。いや、彼には仲間の範疇を超え家族とさえ思っていた。

 

彼は提督であったがとある事情で辞めざるを得なくなってしまった。彼が仲間たちに辞めることを伝えると嫌だと号泣する者、詰問する者、辞める必要はないと、様々な反応があったが最終的には納得してくれた。・・・当然中にはわだかまりを残す者もいたが。

 

彼にはもう一つの懸念があった。それは敵であるとある姫級の深海棲艦だった。いつからか彼の前に度々とある姫級が立ちはだかり、新たな海域の解放の妨げになった。

 

彼が指揮していた時は何度も撃退していたがあと一息というところで逃げられていた。更に彼の後を継ぐ後任の指揮官の情報が入ってこず、彼は後任の指揮官が誠実な人であってほしいとしか願うことしか出来なかった。

 

「・・・・もう夕方か」

 

気づくと夕方になり彼はいそいそと身じまいをした。

 

「この場所で初めての坊主だったな」

 

一人ごちて帰路につく。

 

我が家の前に着くと今朝のおじさん、おばさん夫婦を始め、他の島民がそれぞれ料理やら、日本酒など。思い思いの物を持ち彼の玄関の前にたむろしていた。

 

「こんばんは、皆さんどうされたんですか?」

 

疑問に思った彼が皆に問う。

 

「おぉ、帰ったか健坊。いやさ、ウチの愚女どもが最近、健兄ぃが元気無いって話しててよ。最近おめえも元気ないのは皆が心配してたからな。話聞くには酒がないと積もった話も出来ねえだろ。だから飲むぞ健坊!」

 

おじさんがにかっと笑って日本酒の一升瓶を彼につきだす。その後ろにはハイライトが消えたおばさんがいる。

 

「・・・どこにそんなお酒を保管していたのか聞いてもいいかいアンタ」

 

「ひいっ!!堪忍してくれよ!」

 

「まーた、夫婦漫才が始まったぞ!」

 

辺りがどっと笑いで包まれる。彼は唖然としていたが、皆が自分を心配し目に掛けてくれていることに気づき、じんわりと涙がこみ上げてきた。皆に諭されまいとしたを向いたがおじさん夫婦の姉妹に見られた。

 

「健兄ぃ!何で泣いてるの~?」

 

「本当だ!男の子は泣いちゃメッ!なんだよー?」

 

「おんやー?健ちゃん泣いてるのー?大丈夫かい、お兄さんがあやそうか?」

 

ヒューと周りに囃し立てられる。彼は囃し立てられながら先程煽った輩を軽く小突き姉妹を見る。

 

姉妹は共に小首を右に傾げる。同じタイミングで小首を傾げたので、やはり姉妹だなと見当はずれなことを思う。

 

「いや、これはおじさんのやられっぷりが面白くて!!それを言ったら君のお父さんもいまお母さんに泣かされてるよ?」

 

涙を見られたことが恥ずかしくて苦し紛れに姉妹に聞く。

 

「お父さんは何時もだからいいのー!!」

「いいのー!!」

 

これには堪らず皆が笑ってしまった。

 

「皆さん、ありがとうございます。狭い我が家ですがどうぞ、お入りください。」

 

大人組は飲むぞー!!待ってましたー!!私健兄ぃにお酒つぐのー!!あー!!私も私もー!!大人も子供も盛り上がり夜中までどんちゃん騒ぎし、皆が床に就き、彼は火元の確認を終えた後、床に就く前に皆に心の中で感謝を告げ目を閉じて一日を終えた。




あれ、覚悟してたけど予想以上に執筆大変・・・
しかも大事な所が上手く書けない。大事な所をあやふやに書くのむずかしいですね。精進します。
それではまた。


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過去と今と漂流物と

頑張って書いていきます。お気に入り登録や、感想、栞など拙作を読んでくれている方々に感謝を。師匠のBGMを聴きながら作業すると捗りますね。


窓の外から雀のさえずりが聞こえる。しかし、体がまだ完全に覚醒しておらず瞼を閉じたまま鳥の声を聞きながら昨夜のことを思い出す。

 

 

――あの後我が家に招待した島民の皆と酒盛りをした。そこまではいい。うん。そこまではいいのだ。事の発端は、おじさん夫婦の姉妹の一言から始まった。

 

「ところで健兄ぃは、てーとく?ってのをやってたんだよね?」

 

胡坐を掻く自身の足に二人左右にお行儀よく座り、こちらに顔を向け疑問を問いかける。・・・その姉妹の後ろには鬼の形相のおじさんに気付くが、彼は気づかなかった振りをして彼女の疑問に答える。

 

「あぁ、そうだよ。ところで何で俺が提督をやってるのを知ってるんだい?」

 

「えっとね~?前に家族みんなでテレビを見てたら、海軍さんのお話をやってて白いお服を着たおじさんとかが並んでたの。そしたらお父さんが健兄ぃもこのおじさんと同じお仕事をやってるって!言ってたの!」

 

姉妹の姉の方は、話していくうちに興奮してきたのか足の上で軽く跳ねる。それを見たおじさんは彼女が一つ跳ねるごとにどんどん形相が険しくなる。怖い。

 

どうやら彼女が見た白い服のおじさんとは恐らく少将、中将、大将の将官から成る会議のことだろう。

 

「それでね!それでね!お父さんが健兄ぃは提督だからかわいい子と一緒に海を守ってくれてるんだって!」

 

「ははは、そうだなぁ。まず、メイちゃんがテレビで見たのは、俺のもっと偉い人たちさ。それでお父さんが言ったのは」

 

少し離れたところから”お義父さんじゃねぇ!”と声が聞こえ”アンタは黙ってな!!”とビンタをしたのだろう。おじさんの裂帛が聞こえた。南無。

 

「・・・えーとだねぇ」

 

負傷者がでたにも関わらず、周りは特に気にした様子も微塵も見られない。

 

これがこの島のいつも通りの風景なのだろう。皆仲良く談笑している。負傷者を除けばだが。

 

現に目の前にいる彼女らも別段気にした様子も無く、目を輝かせ早く!早く!とせがむようにパタパタと跳ねを繰り返す。

 

彼も分かった分かった。と苦笑しつつ姉妹の頭を優しく撫でる。すると彼女らはニパッととても嬉しそうに笑い、後頭部を彼の背中にぐりぐりと押し付ける。

 

「話を戻すよ?お父さんが言ったかわいい子は艦娘の子たちなんだよ。彼女らは俺にとって部下であり、仲間でもあり、戦友でもあり・・・家族なんだよ」

 

彼は姉妹を撫でながら自身がまだ提督であった思い出が蘇る。

 

 

 

――夕立は海から戻って来るたびに、よく頭を撫でるのを催促していた。時雨は最初こそ遠慮をしていたが、MVPをとって来たときに頭を撫でて以来、夕立と一緒に催促をしていた。

 

軽巡組は神通と木曾が大金星を上げた際に、思わず駆逐艦組にやるように頭を撫でたら二人とも顔を真っ赤にして俯いてたな。そしてそれを見た川内、那珂ちゃん、球磨型の姉たちが囃し立てて怒った神通、木曾に追いかけられていた。・・・少しして廊下から木曾の悲鳴が聞こえたのもご愛嬌だろうか。球磨曰く「姉より優れた妹なんていないクマ!」と言っていた。・・・重雷装巡洋艦になっても姉の壁は超えられないようだ。強く生きろ木曾。

 

重巡組は一番喜んでいたのは意外にも摩耶だったな。あの子は普段の口調が男勝りだが、どこぞの連合艦隊旗艦を務めた戦艦と同じように、実は可愛い物が大好きななのだ。

 

あの子も頭を撫でると恥ずかしいからヤメロ!と言うが、頭をグリグリと押し付けて顔を下に向きニヨニヨと笑っているのは知っている。

 

近くにあった鏡が反射して彼女の表情が鏡越しに映る。そんな素直じゃない彼女に一度犬のようにわしゃわしゃと少し乱雑に撫でたら怒られた。まあ当たり前だが。

 

少し話は変わり、何故俺が彼女らが可愛い物好きを知っているのかというと、摩耶と同じ重巡洋艦の青葉が発行している鎮守府新聞の一面にでかでかと載っていたのだ。

 

朝から某連合艦隊旗艦と摩耶が青葉を追いかけっこをしていた。勿論上に立つものとしての責務がある俺は何故かパンチパーマをした青葉を執務室に呼び、たっぷりと楽しいオハナシを彼女に叩き込んだ。

 

後日やり過ぎたかと自省した俺は青葉を呼び、こっそりと甘味処間宮で俺のおごりで一緒に間宮パフェを食べた。これで反省し皆のプライバシーを守った鎮守府新聞を作ってくれれば、と思ったが翌日華の二水戦の顔をした神通に追いかけられていた。

 

事の発端である今日付けの鎮守府新聞を摩耶から渡され読む。”神通が派手なオトナ下着を購入!提督を酒に酔わせ夜戦に持ち込み!決戦は今夜か!?”勿論すぐさま青葉を呼びオハナシをしたのは言うまでもない。

 

戦艦組は陸奥がお気に入りらしい。大人の女性の魅力に富んだ彼女が秘書官の時、俺が常日頃から頑張ってる陸奥に何か欲しいものはあるかと聞いた事がある。

 

正直言った後にしまったと思った。何しろセクシーという文字が歩いたり、戦場に出る彼女である。一体陸奥はどんな高級ブランドのバッグを要求するかと身構えていた。

 

すると彼女の要求は駆逐艦組と同じ様に頭を撫でてほしいことだった。思わず唖然とした俺に陸奥は端麗な顔を赤く染め上げ、早口でまくしあげた。

 

どうやら彼女は普段から頭を撫でられている駆逐艦組が羨ましかったらしい。しかし、私は戦艦として皆のお姉さんだから我慢しなければ!と思っていた矢先自身の姉である長門が俺に頭を撫でられているのを見て、色々と吹っ切れたという。

 

密かに高級な物の催促ではなくて良かった。と安堵のため息が出るのを咄嗟に殺す。はい、そこ。ヘタレとか甲斐性無しとか言わない。特に後者は俺に対しての殺傷力が高い。俺だってそこそこ貰っているが、ちっこいのとか一航戦の赤青に間宮で奢るから毎月厳しいんだよ。一航戦の誇りは飯の前には灰塵と消えるのが良く分かった。普段はかっこ可愛いのに、まぁそれも彼女らの個性ということで良しとしよう。

 

話を戻すが、普段の落ち着いた雰囲気のある陸奥だが、今目の前にいる彼女は普段の彼女と乖離して此方をチラチラと上目遣いで見る。しおらしい新たな彼女の一面に内心ドキドキしながら優しく彼女の丁寧にキューティクルされた髪の上を撫でる。

 

「~~~~っつ!!」

 

フルフルと体を小刻みに震わせ此方を見る。何か言いたいのに声の出し方を忘れたかの様に口をパクパクと動かすばかり。

 

そんな彼女が親鳥から餌を貰う雛のようで吹き出してしまった。彼が唐突に噴き出したのが気に入らなかったのか、陸奥は口を膨らまし拗ねてしまった。

 

「・・・何で笑ったのよ、こっちは勇気を出して貴方にお願いを頼んでるのに」

 

「すまんすまん、お前の平生の様子から離れた表情が見れて嬉しかったんだ。」

 

「それに、お前の口をパクパクしてる様子が雛みたいでな」

 

彼の一言が彼女の羞恥心のキャパシティが限界を超える。

 

「バカ!!」

 

そのまま彼女は執務室を飛び出した。その後も彼は陸奥のご機嫌取りに苦心した。

 

 

因みに一航戦、五航戦が的場で訓練してる時に赤青にかっこ可愛いのにと言ったら如実に狼狽えた。あのクールな加賀が真っ赤になったのには俺も驚き恥ずかしくなった。

 

真っ赤になった加賀を見た瑞鶴が煽る。

 

「おやおや~先輩?どうしたんですか~?先輩のお顔真っ赤っかですけど~?確かに提督さんの発言には驚きましたけど、こんなに狼狽えてる先輩初めて見ましたね~。真っ赤なお顔の先輩か・わ・い・いですね!」

 

瑞鶴が不思議な踊りをしながら煽る。これが俗にいうズイズイダンスだと後から聞いた。初めて見た。普段の瑞鶴も可愛いがこれは酷い。姉を見ろ。涙目になってあわあわと狼狽えている。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・頭にきました」

 

ぼそりと低い凍みた声が加賀の方から聞こえ、瑞鶴と何故か俺の方に艦載機が飛んできた。

 

「待て!加賀!!瑞鶴は分かるが何故俺にも艦載機が!?」

 

横から”提督さん酷くない!?”と一緒に逃げてる鶴の声が聞こえる。お前は加賀に追いかけられるのに慣れてるだろう!俺はお前と違ってそれどころじゃないんだよ!!

 

「そもそも貴方が、迂闊に発言をしなければこんな事にはなりませんでした。後、瑞鶴?貴女には積もる話が沢山あります。じっくりと赤城さんとお話しましょう?」

 

「「あっ(察し)」」死んだわこれ。

 

あの後涙目の翔鶴に救助され包帯でぐるぐる巻きにされ、鼻と口を塞がれ死にかけた。

 

潜水艦組は全員で押し掛けてきて揉みくちゃにされて撫でるどころではなかった。しかも換装。所謂スクール水着を着たまま此方に突撃してくる。彼女らの柔らかな肉感に素数を数えながら只、耐えるしかなかった。

 

 

 

 

「・・・ぃ!・・・・んぃ!・・・健兄ぃ!!」

 

体を揺さぶられはっとする。

 

「おっとっと、ごめんねどうしたの?」

 

「む~っ。健兄ぃが艦娘の話をしてからぼーっとしてたんだよ!」

 

「あれ?そうだっけ、ごめんね?」

 

頭を掻きながら姉妹に謝るが、姉妹は彼に構ってくれない事にむくれ彼の両膝で跳ねる。

 

「もっとお話するのー!」

 

「するのー!!」

 

どうしたもんかと、彼が困り果ててしまう。そんな彼に見かねたのかおばさんが助け舟を出してくれた。

 

「ほら、健坊が困ってるでしょ?それにもうそろそろ、夜も遅くなるから家に帰るわよ」

 

未だに彼の両膝で跳ねる姉妹の額をペチンと、デコピンを放つ。姉妹は”あ”--””だーーー”と呻き声をあげ撃沈。おじさんの遺伝子は確実に受け継いでるのを確信した島民一同。

 

「ほら、帰るわよ。それじゃあ健坊。お邪魔しました。何か困ったことがあれば直ぐに相談すること。いいね?」

 

おじさんは姉妹を俵持ちで担ぎながら確認する。

 

「わかりました。その時はよろしくお願いします」

 

よし。とおばさんは頷き、おじさん一家はそのまま自宅へ向かった。姉妹が涙目で此方に腕を伸ばしながら。ドナドナのように次第に遠くなる彼女らを見て”絶対におじさんの遺伝子を受け継いだな”心密かに確信する島民一同。

 

 

――日もまたぎ丑三つ時に差し掛かり、誰が言ったわけでも無く自ずと酒盛りはお開きになった。島民から食材や労いの言葉を貰い。彼一人になり、こんなに広かったかと。見慣れた部屋なのに誰も居なくなった部屋を見渡し、少しの寂寥感を覚え、軽く部屋を片し就寝した。

 

 

 

「あ”--そうだ、野菜の収穫と水やりをしないと」

 

二日酔い特有の頭痛に苛まれつつ、無理矢理体を起こし水を一杯飲み畑へと向かう。

 

「でかいスイカが成ったか。こいつはスポット近くの小川で冷やすか」

 

いそいそと手早くスイカを回収し、水やりを終え例の何時もの秘密のスポットへと向かう。

 

「あ、健兄ぃ!おはよう!」

 

「健兄ぃだ!おはよう!」

 

スポットへ向かう途中で姉妹に会う。手に虫取り、虫かごを持っている。

 

「おはよう、虫取りかな?あまり森深くに行ったらダメだよ」

 

「「はーい!じゃあまたね健兄ぃ!」」

 

姉妹は手を振り彼が今来た道を辿る。

 

「・・・後でおじさんとこにスイカ差し入れ持っていこう」

 

元気な姉妹に癒されスイカに傷が付かないように歩く。

 

「これでよ・・・しと」

 

小川に着き予め持ってきた籠にスイカを入れ、取っ手と木にロープを巻き付ける。これで午後また来ればキンキンに冷えたスイカに様変わりだ。

 

家に戻り朝食、後片付け、洗濯、昼飯をとる。いつもと何ら変わらない日常を送っていた。

 

昼休憩をとった後、秘密のスポットに向かい到着する。しかし彼は眉を顰める昨日の今日だというのに、大きな漂流物が砂浜に打ち上げられていた。

 

「何だあれ?布か?布にしては面積があるな」

 

遠目だと何か黒と白の二色の物体としか確認できない。彼は燃やせるゴミなら直ぐに燃やしてしまうか、燃えないゴミなら分解して小さくして持ち帰ろうと考え漂流物に近づく。

 

漂流物に近づくたびに分かってくる。見覚えのある黒の換装。梳けばさらさらと流れるような白いサイドテール。出るところはでて、引っ込むところは引っ込んでいる、世の女性が羨望するシルエット。

 

「・・・・・・・・・まさか」

 

そうだ、俺はこいつを知っている。何故なら俺は過去こいつにさんざん頭を抱えさせられたのだから。こいつの首に下げているペンダントは俺が提督になった際に当時の初期艦から貰った物なのだから。

 

「何故、お前がここにいる・・・空母棲姫・・・!」

 

漂流物は彼と因縁のある空母棲姫だった。




甲子園見ながら執筆してたら野球に夢中になって進まねえ。
という訳で空母棲姫さん登場です。敵なのにめっちゃ好きなキャラクターです。


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いつから私が弱っていると錯覚していた?ん?錯覚?(ry

お待たせしました。今回から視点を変更した書き方をしてみます。サブタイトル何つければいいのやら・・・


俺は迷っていた。今目の前で倒れている彼女を倒すべきか、ここで救助すべきか。

 

・・・以前の俺ならここで迷うことはなかった。俺がまだ提督だった時、彼女には散々と苦戦を強いられた。とある海域を解放しようと進軍し、あと少しで敵の本拠地にたどり着く前に彼女を旗艦とした敵戦隊と遭遇し、戦闘になった。

 

敵の空母は彼女一人だけだというのに、赤城、加賀が押されていた。その戦闘では彼女を取り逃がしてしまったが、なんとか勝利を掴むことができた。しかし、加賀、時雨、大井が大破。赤城、夕立、川内が中破となってしまいあえなく撤退となった。

 

それにしても彼女とはよく遭遇した。 俺が聞いている姫級や、鬼級は決まったポイントにいるという話だったが、彼女はその例外だった。

 

神出鬼没な彼女をどうにかして倒そうとしたが、彼女を撃沈させるまでには至らなかった。彼女が私の一番の悩みの種であるのが艦娘たちに知られていたのであろう。 空母棲姫との戦い方の勉強会を開いている様子が見られた。

 

 

「う・・・・・」

 

彼女が苦しそうに呻く。彼女が仰向けからうつ伏せに体勢を変えた際に見えた目元から流れる一筋の雫。

 

彼女の涙を見て、気付くと俺の体は彼女を背負い自宅に向かっていた。

「あー!クッソ!何で俺はこいつを助けてんだ!?」

 

自分でもなぜ彼女を助けようとしているのかわからない。だが、彼女を背負ってわかる彼女の軽さ、ほのかに香る甘い匂い、背中から感じる 胸部の柔らかさ。

 

「・・・おい、聞こえてるか!おい!」

 

そんな感覚をごまかすように、後ろの彼女に問いかける。

 

「 ・・・・ぁ」

 

返ってくるのは かすかに聞こえる彼女の呻き声。 思ったよりも彼女の容態が芳しくないことがわかり、帰路へと進める足を速める。

 

「うぅ・・・・」

 

 

「おっと、すまない。後少しの辛抱だから踏ん張れよ!!」

 

どうやら俺の歩きの振動が彼女には苦しかったようだ。俺は速度を変えず、極力彼女に振動がいかないように注意しながら急いだ。

 

「おーい、健坊!そんな急いでどうし・・・・」

 

 

「ごめん、おじさん至急医者を俺の家に呼んでくれ!」

 

 

おじさんが俺の慌ただしい様子を見て問いかけてくれたのだが、彼と会話する余裕がなく一方的に頼みごとを押し付けてしまった。

 

 

「おい!着いたぞ!しっかりしろ!!」

 

ようやく俺の家に着き、彼女を布団の上にゆっくりと寝かせ軽く頬を叩き気付かせる。

 

「ぁ・・・・・ここは?」

 

「気づいたか!ここは俺の家だ。お前砂浜に打ち上げられていたんだぞ?何があったか知らねえが、ここで体を休めてろ。」

 

「ぐっ・・人間の・・世話になん・・かになるつもりはない・・・わ」

 

 

「息も絶え絶えな女が何言ってんだ。なんもしねえから、ほら。医者が来るまで休んでろ。」

 

 

「・・・・っく」

 

彼女の両肩を布団に押し付ける。然程も力を入れていないのに、彼女にはそれに抗う力を持っていなかった。

 

「はぁ~。まったく何で空母棲姫を助けたのかねえ・・」

 

思わず呟いてしまった独り言。こんな弱弱しいナリをした彼女が、あの俺の頭を悩ましていた空母棲姫だとは。提督の頃の俺に見せても絶対に信じてくれねえよな。現に俺だって眉唾ものだもん。

 

「貴方・今、空母・・・棲姫って言った?」

 

気付くと目を瞑りっきりだった彼女が俺を見た。そしてはっきりと彼女の眼に俺の姿がハッキリと捉えたのだろう驚愕している。

 

「あ・・あぁ、それがどうかしたか?何で一般人であろう俺が姫級の固有名詞を知ってるのか?てのは無しだぜ?」

 

ちょ、こえぇ!?何?何であんなに驚いてんの?漸く奴さんのめんたま開いたと思ったら、詰問じみてるんですけど!咄嗟に何時ものポーカーフェイスで答えたけどどうなんの俺!?やっぱり助けなきゃよかったか!?

 

「・・・・貴方もしかして、数年前に行った作戦の指揮をとっていた・・・秋田健吾という名前ではなくて?」

 

・・・どうやら深海棲艦側にも情報網があるらしい。まさか俺の名前を当ててくるとは思わなかった。

 

「・・・だとしたら何だ?」

 

俺は床に臥せている彼女に警戒する。見ろ、俺が返答したっきり俯いてプルプル震えてる。用心に越した事はねえ。

 

「・・・っと」

 

 

「ん?なんだ?」

 

何かを呟く彼女の呟きを聞こうとして彼女に近づいた。いや、近づいてしまった。

 

「やっと・・・やっと貴方に会えた!!」

 

 

「な!ちょ、おわあ!!」

 

寝ていた彼女がいきなり俺に抱き着いてきた。

 

「漸く!漸く貴方に会えた!今までどこにいたの!?貴方の居た近海に行っても、貴方の姿は見えないばかりか、知らない男をずっと見かけるようになったし!」

 

何かこいつが言ってるが、それどころじゃねえ!こいつ俺の顔を胸に押し付けてきやがる!ええい!さっきまでの弱弱しいお前はどこに行った!良い匂い!柔らかい!良い匂い!すべすべ!

 

 

「ほら、早く答えなさいよ!ほら!ほら!ほら~」

 

こ、こいつテンション上がりすぎて自分が何してんのか分かってねえ!第一、喋ろうにも口が胸にあてがわれて喋れねえ!あっ、待て待て待てこいつの胸が口だけに飽き足らず、鼻にも当てて来やがった!

 

まずい!全然呼吸できねえぞ!このおさせ!?分かってやってんのか?それとも天然か?天然おさせなのか!?んな馬鹿なこと考えてたら意識が朦朧としてきやがった。も、もうだめだ振りほどけねえし。無、南無三。

 

「待たせたな!健坊!遅くなった!それでおめえの彼女さんはどこだ!」

 

薄れゆく景色の中で見えたのはここまで走ってきたのだろう。ぜひぜひと両手を両膝について呼吸を整える医者と。彼女呼ばわりされたのが嬉しかったのか両手を両頬に当て、いやんいやんと身悶えるアホ。

 

俺の酸欠中だった体は、彼女が身悶えたことにより両腕、あるいは胸の呪縛から解き放たれて、そのまま床に頭から叩き付けられた。俺は空母棲姫を助けたことに後悔しつつ意識を失った。

 




甲子園決勝凄かったですね。大阪桐蔭×金足農。生憎とテレビを見れる環境では無く、車のラジオで聞いてました。私が東北出身なので100回の記念に優勝旗を持ってきてくれたらとおもったんですが、流石は大阪桐蔭強かったです。史上初の春夏連覇おめでとうございます。お気に入り登録、栞等ありがとうございます。感想等もいただけたら励みになりますんで、よろしくおねがいします!


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雨のち晴れ

お待たせしました。早く秋よ来いと切に願う筆者です。実際に秋が来たら夏の独特の喧騒が聞こえなくなったら寂しくなるんでしょうね。今のうちにAir見ないと・・・(使命感)


「う・・うぅん」

 

夏の強すぎる日差しが、横になっている俺に容赦なく照り付ける。何時の間にか自室で寝ていたようだ。

 

・・・まて。俺は何故横になっている?俺はいつも通りに野菜に水やりをして、でかいスイカが成っていたから回収した。・・・ここまではオーケー。それからスイカを冷やそうと思って、何時ものスポット付近に流れてる小川で冷やした。んで、いつものルーティーンをやった後にスイカの回収の為また向かった。

 

そうしたら、砂浜に空母棲姫が打ち上げられていた。よしよし。ここまではいつも通りだ。・・・ん?砂浜に空母棲姫が打ち上げられていた?全然いつも通りじゃねえ!

 

ま、まぁいい。落ち着け、落ち着け俺。その後俺はあいつの涙を見て何故か助けたんだっけか。何やってんの俺。・・・背負ったときのアイツの胸が当たってたな、思い出すのはやめておこう。

 

んで、アイツと会話の際俺の名前を知ってていきなり抱き着いてきてアイツの胸が俺の呼吸器を遮断。で医者がやってくるとほぼ同時に頭を打って気絶・・・・・何でアイツ助けたんだ俺。敵だぞ?俺だけならまだしも、ここには一般人しかいないんだぞ?しっかりしろ秋田健吾。皆を守れるのはお前しかいないんだ。まて、俺が最後に見たのは医者とアイツだったな・・・ということは、医者とアイツが二人きりだ!!まずい!!医者が危ねえ!!

 

すぐさま、自室を出る。居間から声が幽かに聞こえる。まだ健在だ!!だが、時間の問題だろう。待ってくれ医者!!

 

「医者!!大丈夫か!!」

 

居間の襖を開ける。俺が見た光景は・・

 

「健吾!!!」

 

目前に突如広がる白い何か。

 

「ごはぁ!!」

 

いきなり白い何かに襲い掛かられ背中から倒れる。再び後頭部を強打。襲い掛かる鈍痛。今ならこの痛みを糧にして世界を滅ぼす事ができる。

 

「~~っつ!!ぬおぉぉぉぉ!!」

 

そんな馬鹿な事も消し去ってしまう程の鈍痛に耐える。い、一体なんだってんだ!!

 

「あ!またやっちゃった。ご、ごめんね?健吾」

 

少しづつ鈍痛が引いていき、視界に俺をこんなんにした元凶がいた。しかもご丁寧に、両手を合わせながら小首まで少し、曲げてやがる。狙ってこんなことやってんのか?

 

「かっかっか。そんだけ叫んだり、動くことが出来るなら大丈夫だな」

 

「真面目に見てくださいよ。医者だろアンタ」

 

「なーにを言ってるんだ。もう見たから大丈夫だって言ってんだ。それともあれか?お医者様の言うことを聞かないってのか?ん?」

 

「見たのはこの馬鹿の一発目だけだろ」

 

言うとこの医者は目を逸らした。おい。こっち見ろ藪医者。

 

「あー!健吾わたしのこと馬鹿って言ったー!!」

 

「やかましいわ!第一誰のせいで怪我したと思ってんだ!!」

 

横で文句を言う馬鹿にいらついて怒鳴った。

 

「・・・あ。そ、そうだよね。ご、ごめんなさい・・・」

 

空母棲姫が怒鳴られ俯きふるふると小刻みに震える。正座をする彼女の手に一滴の雫が落ちた。

 

しん。と居間が鎮まる。え、なにこの空気。医者からは冷たい視線食らうし。そもそもこいつ敵よ?それに気づいてんの?ねえ。

 

「・・・おい、この馬鹿。てめえの頭に巻かれてる包帯誰が巻いたと思ってんだ」

 

「・・・・は?あ、本当だ、気づかなかった。これは藪医者あんたがやったんじゃないのか?」

 

「おめえの処方箋に毒もって殺すぞこの野郎。それ巻いたのはそこの彼女さんだよ。おめえが気絶されてる間ずっと横で甲斐甲斐しく看病してたんだよ」

 

「今どきの女でこんなに心配してくれるのはいねえぞ。まぁ、確かに自分の落ち度で怪我させてしまったのもあるが。俺が説得しなきゃずっとおめえの横でつきっきりでいたろうがよ」

 

俺は空母棲姫を見る。彼女の顔は伺えないが、手を見ると濡れていた。

 

「あー、ごめんな空母棲姫。怒りに任せてつい怒鳴ってしまった。」

 

「い、いいえ。私が悪いもの健吾が謝るのは違うわ。ごめんなさい。貴方を傷つけるつもりなんて無かった。本当よ。信じて健吾。」

空母棲姫が目を拭いながら、こちらに顔を向ける。その瞳には懇願の意が籠っていた。

 

「・・・これで信じねえって言う訳ねえだろ。信じるよお前の言うこと。看病ありがとうな」

 

 

「あ、ありがとう!ありがとう健吾!!」

 

先程まで泣いていたのが嘘だったかのように、破顔する。

 

あぁ、こいつ。こんないい顔で笑うんだな。俺と然程変わらない年だろうに、子供みたいな笑顔しやがって。・・・不覚にも見とれてしまった。

 

思わず俺の手が空母棲姫の頭を撫でる。エンゼルリングが出来ている。普段から髪の手入れを丁寧に行っているのだろう。深海なのにどうやって髪の手入れをしているのだろうか?

 

「ふわっ!け、健吾!?ふへ・・ふへへ・・・」

 

せめてそこはお前えへへ。だろうがよ。

 

「いい雰囲気の所申し訳ないが、健坊の彼女さんは空母棲姫って艦娘なのか?」

 

え?藪医者、ずっとこいつの事艦娘だと思ってたの?

 




話が進まねえ・・・執筆時間二時間でこれか。10000文字超えるとか夢のまた夢ですね。書いてる方尊敬します。


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藪医者からどぶ医者

頑張って連続投稿するぞい。・・・而今飲んでみたいなー。最近イカの薫先はまってます。飽きないですね。


おかしいと思った。なんで藪医者が人類の敵と評される深海棲艦のボスクラスの一角である空母棲姫と出会っているにも関わらず、落ち着いていられるのか。

 

「おい、健坊。この子はおめえんとこに配属されてた艦娘なんだろ?わざわざ会いに来てくれるなんて愛されてんなぁ。ええ?おい」

 

俺の横ではいつ近くに来たのか藪医者が肘で俺の脇腹をグリグリと押し付けてくる。止めろ、鬱陶しい。

 

「おい。藪医者アンタは勘違いをしているぞ。こいつの名前はな深海棲艦のボス級で空母棲姫と俺らは呼んでいる。つまり人類の敵だ」

 

俺がため息をつきながら答えると横からの鬱陶しい攻撃がピタリと止み、顔をフルフルと震えながらこちらを見る。

 

「・・・嘘だろ?この子が深海棲艦?こんな綺麗な子が?」

 

その言葉に俺は頷くことしかできなかった。藪医者は悲痛の表情を浮かべ黙ってしまった。無理もない。勘違いしていたとはいえ、ずっと自分が人類の敵、しかもボスの目の前に己が体を晒しだしていたというのだ。

 

今も撫でられている空母棲姫を見ると沈痛な面持ちで床に目を落としている。先程まで会話をしていた人に恐れられたことがショックなのだろうか。俺は変らずコイツの頭を愛撫し続ける。ハッとした様子で俺を見上げてくるが構わず撫で続ける。空母棲姫は頬を薄い朱に染め上げ俺の腕に自身の顔を押し付ける。

 

「健坊・・・」

 

ゆらりと力無く立ち上がる藪医者。普段の赫然たる様子とはかけ離れている。

 

「どうした藪医者」

 

「羨ましい」

 

「は?」

 

「え?」

 

聞き間違いだろうか、目の前の藪医者は何て言ったのだろうか。あれか、なまじ頭が良すぎると一般人には理解し難い行動をするのと一緒であるのだろうか。馬鹿と天才は紙一重のあれか?

 

「横に綺麗なねーちゃん侍らしやがって羨ましいと言ったんだ」

 

おい。現実逃避させてくれよ聞き間違いにさせてくれよ頼むから。

 

「お前何なんだ!提督だとあれか!?妖精とか非科学的なモンと仲良くなるに飽き足らず、そんなボインで綺麗なねーちゃん横に立たせやがって!」

 

いい歳こいたおっさんが地団駄を踏む。見苦しいからやめてくれ。空母棲姫が恐怖の視線で藪医者を見る。おぉすごいな藪医者、空母棲姫が艦娘に対して恐怖の視線を送るのではなく人に対して送る恐怖の視線は人類初ではないか。

 

「くっそ、何回もアイツと本島のキャバクラに行ったのにねーちゃんクラスの子には出会えなかったってぇのに」

 

何やってんだこの藪医者とおっさん。ふと、空母棲姫を見ると冷めた視線を藪医者に送っている。その視線に気づいた藪医者が身悶え始めた。すると空母棲姫が怯え俺の腕に先程より強くしがみ付いてきた。痛いから止めろ。

 

「・・・・なぁどぶ医者。もう一回言うがこいつ深海棲艦なんだが」

 

「藪医者な。もう一回言ったらわざと誤診してやるからな。それがどうした?」

 

「・・・イエ、ナンデモナイデス」

 

もういいや。

 

ふと気づくと玄関先が騒がしい、ドアがノックされたので空母棲姫を連れて出る。

 

「おーー!健坊が彼女連れて来たって本当か!?どこにいるんだ・・・って本当だー!本当に彼女連れてきたぞ!!」

 

おっさんとおばさん筆頭に前回の宅飲みメンバーがやってきた。おっさんが俺の横にいる空母棲姫を見るや否や他の島民に教え始めた。おっさんの後ろから俺と空母棲姫を囃し立てる声が聞こえる。小学生じゃねえんだから、そのノリは一体何なんだ。

 

「あ、おばさん。おっさんが藪医者と何回か本島に行って若い姉ちゃんと酒呑んでたらしいですよ」

 

仕入れたてほやほやの情報をおばさんに流す。おばさんは、おっさんと藪医者の首根っこを掴み屋内までひきずり何処かに消えた。瞬く間に裂帛が二つ分聞こえたのは言うまでもない。決して先程の腹いせではありませんとも。ええ。

 

「健吾悪い笑みしてるよ」

 

「見間違いじゃないか?」

 

そう言うと空母棲姫は呆れた表情を浮かべ、ため息をついた。失礼な。

 

「とりあえず、中に入ってください。」

 

島民を居間に迎え入れる。島民全員が空母棲姫の端麗な容姿に驚愕し、俺が男の島民から一発ずつ怨嗟の籠った拳と声を浴びせられた。酷くないか?皆が居間に入ったことを確認し,庭の裏方に空母棲姫と移動する。

 

「空母棲姫。ちょうどいい機会だ。島民皆にお前の正体を伝えたい」

 

空母棲姫が動揺した様子で俺を見る。

 

「・・・私ここの皆に受け入れてくれるかな?」

 

「それは分からない。」

 

「なら!なんで!!」

 

「逆に聞くが、皆を騙したままこの島で過ごすつもりか?」

 

その言葉に空母棲姫が息をのむ。

 

「仮に艦娘と称したとしても、勘のいい奴ならすぐさまお前が深海棲艦という事に気付くだろうさ。すると話は広まり島民が猜疑心で満ち溢れお前も俺も居られなくなるだろうな」

 

「なら、今一番に島民にお前の正体を明かした方がいいだろうよ」

 

胸ポケットから煙草を一本取り出し、煙草を吸いながらライターに火を着け紫煙を燻らす。

 

「・・・怖い。私の正体を明かすのが怖い。皆に嫌われるのが怖い。貴方に会えなくなるのが怖い・・・。ねぇ健吾知ってる?私ここの人たちに貴方の事をよろしくねって頼まれたのよ?嬉しかった。あぁ、私ここの人たちに信頼されてるんだなってとても嬉しかったの。」

 

空母棲姫は健吾の胸に自身の顔を押し付け、抱き着く。自身の鼻に煙草の独特の匂いが入ってくるのを厭わずに、彼に救いを求めるかの様に幼子のように抱き着く。彼女の体が小刻みに震え、やがて彼の着ているシャツの胸元が彼女の涙でほんのりと変色する。

 

「けどね、それと同時に私が嫌になった。なんで私は深海棲艦なんだろう。なんで私は空母棲姫なんだろう。笑って私を迎え入れてくれた皆を裏切ってる、そんな私がどうしようも無いほど嫌になった。さっきのお医者さんだってそう。健吾が私の正体を明かした時の彼の表情が今も目に焼き付いている!もうあんな表情を向けられたくないのよ!」

 

それは彼女の悲痛な思いだった。彼女が深海棲艦でなければ敵対することはなかった。彼女が空母棲姫でなければ健吾とであうことは叶わなかった。皮肉なものだ。彼女が深海棲艦で空母棲姫であったから健吾と出会えたのだから。

 

「・・・俺が助けるよ」

 

「え?」

 

「お前がここの皆に頑張って正体を明かして、お前が苦しくなったら俺が助けるよ」

 

「健吾・・・」

 

「・・・どうして?」

 

「あん?」

 

「どうして私を助けてくれるの・・・?健吾まだ私のこと疑ってるんじゃないの?」

 

「・・・まぁ、最初はな。だがなお前がこんなにぴーぴー泣いたり、泣いたかと思ったら今度は子供みたいに笑う。敵さんがこんな表情豊かに表すのはお前ぐらいだよ」

 

「う、うるさいっ!」

 

彼女は照れ隠しから健吾を軽く小突く。

 

「それにな。お前の首元にぶら下がってるペンダント、それは俺の初期艦から貰った大事なペンダントなんだ。そのペンダントが綺麗に磨かれてるんだ。疑ったのも馬鹿らしくなったさ」

 

「健吾・・・」

 

「あ、後でお前に聞きたいことがたんまりあるからな。覚悟しとけよ!」

 

「ええ!!」

 

彼女の体の震えは止み、さらに彼に抱き着く力を強める。彼女は空母棲姫。空母並みの力が出せるわけであり、人間の力を遥かに凌駕するのは言うまでもないことである。そんな彼女が力一杯彼を抱きしめてるという事から導く答えはいうまでもない。

 




なんだかんだ言ってちゃんと健吾を診てくれる藪医者(矛盾)閲覧とお気に入り登録等ありがとうございます!


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男の社会勉強

今回は初のシリアスになり切れなかったシリアヌが前半です。どこかに空母棲姫落ちてねえかな・・・


———辺りが雀色時になり、まもなく辺りは次第に暗くなる。

 

島民が前回と同じように居間で寛いでいる。島民が各々持ってきた酒やら、料理やらで乱雑しているがいつものことだ。

 

「はい、皆さんお集りのようで。こちらに視線を下さいな」

 

柏手を打ち、皆の視線を集める健吾。その傍らには空母棲姫。彼女の手は健吾の腕を掴んだまま離さない。

 

「おっ、早速みせつけてんなこの野郎!!」

 

「健吾引っ込め!!彼女さんだけ見せろ!」

 

「もげろ!」

 

熱い健吾に集まるラブコール。健吾はラブコールの中に藪医者とおっさんが混ざっていることに気づき彼らにアイアンクローを浴びせる。

 

「ちょ、健坊!痛い!謝るから!!謝るから!!健坊!お、お前この島から唯一のお医者様が消えるんだぞ!それでもいいんだな!!ああ!?」

 

「何だよその脅迫は。大丈夫だよ藪医者。代わりのお医者様は俺の伝手でなんとかなるさ」

 

「本当にすまんって頭がミシミシ軋む音が鳴ってるから!健坊!!」

 

「あの、健吾それ以上は・・・」

 

見かねた空母棲姫が健吾を諫める。

 

「けどな、藪医者とおっさんがこんなザマなのにも関わらず今もチラチラとお前の胸を見てるぞ」

 

事実、藪医者とおっさんは確実に空母棲姫を見ている。現に彼らの口元は緩み、鼻の下が伸びている。

 

「殺っちゃって」

 

「イエスマム」

 

「健坊。慈悲は無いんですか?」

 

「無いな。仕方ないね」

 

そのまま藪医者らを何処かに曳きづり、健吾だけ戻ってきた。手が赤く染まっている事に気付いた空母棲姫がハンカチを渡し健吾がサンキューと言って拭う。

 

このようなことは島民の間ではよくあることだが、普段穏やかな健吾が誰かを傷つけるのは滅多にないことなので心底驚き誓った。健吾を揶揄うのはほどほどにしようと。

 

普通ならば、止めようと思うのだがほどほどと言ってる当たりは流石といえばいいか、何といえばいいか言葉に困るものである。

 

「えー、話を戻しますが。彼女からとても大事なお話です」

 

これ以上なにかを喋っても話が進まないことに気付いた健吾が、無理矢理に彼女に話を振る。

 

「あのっ、その初めまして・・・空母棲姫・・・です」

 

彼女の自己紹介が始まるやいなや、黄色い声が喝采になるが空母棲姫と名乗った時点で空気が変わる。

 

「お、お気づきの方や知ってる方はご存知の通り、私は・・私は深海棲艦なんです」

 

「ですが、私は決して決して皆さんに危害を加える魂胆などありません!本当です!信じてください!!」

 

彼女は正座をし三つ指を着き頭を下げる。島民に誠意を見せるために、自分はあなた方の敵ではないと信じてもらうために頭をずっと下げ続ける。

 

「皆、俺からもお願いします。今すぐにとは言いませんが、彼女をこの島の一員として迎え入れて頂けないでしょうか。お願いします!」

 

健吾は彼女の横に座り土下座をする。空母棲姫は改めて彼と出会えて良かったと心底思った。出会って間もないのに深海棲艦の私なんかの為に信じてくれて、私の為に皆に頭を下げて私は果報者だと思った。そして同時に、何としてでもこの身と心を彼に捧げ彼の力になることを誓った。

 

 

 

島民は困惑した。まさかあの健吾が深海棲艦と共に頭を、挙句の果てには深海棲艦の為に頭を下げられているこの現状に狼狽した。

 

 

 

——話は遡り十数年前。

 

健吾の両親が海で深海棲艦に遭遇し殺害された後、身寄りの無くなった彼と妹を島民全員で話し合い、結果島民全員で育て上げる事を決めた。

 

それからというもの、島民はそれはそれは二人を我が子のようにかわいがった。しかし心配ごとがあった。健吾は深海棲艦に激しい憎悪を抱き鬼気迫る雰囲気が見受けられた。それは決まって彼が海を見ているとき、テレビやラジオなどのニュースで深海棲艦の話になると、普段の優しい雰囲気から一変した。妹は両親を亡くした後、一人になるのを極端に恐れた。深海棲艦に殺される両親の夢をよく見るという。彼女はどこに行くにも必ず健吾と一緒でなければならなかった。

 

少しの月日が経ち、島に海軍がやってきた。提督の適正検査と艦娘の適性検査だ。それは国民皆が受けることが義務付けられていた。戦況があまり芳しくないのだろう、軍人だけではなく一般市民にも適性検査を受けるというのだ。島に来た軍人に聞いても彼らは苦い顔をするばかりで、”大丈夫だ”の一点張りだ。結果幸い島民は適正する者は出てこなかった、二人を除いて。

 

彼はどうやら”妖精さん”なるものが見えていることが分かり、海軍士官学校を経た後に提督になる。妹は軽巡洋艦の龍田の適性があった。

 

その日のうちに軍人は二人を連れて行った。その後の進境は手紙でしか知ることが出来なかったが、いろいろと苦労はあったが心配しないでほしい。と彼、彼女たちからの手紙は二人で申し合わせでもしたのかのように内容が酷似していた。

 

更に月日が経った。彼は海軍士官学校を卒業し、晴れて提督になり新たな鎮守府に配属。妹も訓練が終了し実戦に投入された。

 

直ぐに彼らの華やかしい戦果は本島から離れたこの島へと流れ込んできた。本島や軍関係の人たちは喜んだであろうが、私たちは違った。もちろん我が子らが戦場で活躍していることは喜ばしいことだ誇りに思う。しかし私たちは彼らの身を案じていた。小耳に挟んだ程度だが、どうやら深海棲艦は人に化けて提督を殺害するケースもあるらしい。私たちは彼らの安全と安寧を切に願った。

 

やがてひょっこりと健吾が島に顔を見せた。私たちは総出で喜んだ。あの小さい頃に見せた顔からは想像もつかない程の精悍な顔つきになり、鬼気迫る雰囲気は無くなったかの見えたが、嫌悪感を日常の生活で覗かせる事が垣間見れた。

 

何故提督を辞めたのか、何があったのか等質問したいことだらけであったが、彼が話してくれるまで待つ。私たちはそう決めた。ある日彼が私たちに妹の近況を話してくれた。妹は今は新人の艦娘に教官として指導しているとのことだ。

 

あいつ新人の艦娘たちに鬼教官って恐れられてるの凄い気にしてるんだ。直接出向いてアイツを慰めるの大変だった。

 

そう言って笑う彼は彼らの両親が健在していた頃の小さな少年の面影が残っていた。彼は何も変わってなどいない、昔からあの優しい少年のままだ。私たちは彼に内緒で決めた。彼が連れてくる好い人を迎え入れようと。だが目前のこの光景は何だというのだ。今もなお、土下座をし続ける健吾と深海棲艦。私たちはどうすればいいというのだ。

 

島民が決めあぐねていると声が聞こえてきた。

 

「おいおい、一人の男が覚悟を決めて女の為に頭を下げてんだ。お前らもいい加減認めてやったらどうなんだい?」

 

「実際に彼女と話をしてみたが、彼女はそんじょそこらの敵とは根本的に違うぜ。彼女は俺らのいや、健坊の味方だ。絶対に健坊、俺らの事を裏切らねえ。断言する」

 

おっさんと藪医者だ。

 

健吾と空母棲姫は思わぬ容認の案が出たことに二人は頭を上げる。

 

「お、お前ら。だがな・・」

 

「だがなんだってんだい?好い人を迎え入れるが、まさかその好い人が深海棲艦ってのが気に入らねえのかい?」

 

おっさんの言った気に入らない。この言葉に空母棲姫は肩を震わす。健吾は彼女の背中をさすり安心させる。空母棲姫はありがとうと彼に微笑んだ。

 

その光景を見た藪医者はとても愛おしいものを見るかの様に目を細め莞爾する。

 

「俺らを本当に殺す気だったら、わざわざこんなまどろっこしいことはしないだろうに。健坊の頭の包帯見えるか?あれは彼女が巻いたんだぜ?健坊の頭を膝枕して泣いて謝りながら包帯を巻く姿なんざ痛ましかったぜ」

 

「そもそもお前らも気づいてんだろ?敵であるにも関わらず彼女が本当に健坊を好いてるってことはよ」

 

おっさんと藪医者が島民全員の顔を見回す。返ってくるのはくぐもった声ばかり。そんな中から明るい声が響く。

 

「おとーさん!あのね健兄のとなりのお姉ちゃんが私たちのこと頭撫でてくれたんだよ!!あとね、おじちゃんたち健兄たちに酷いことしたらダメなんだよ!!」

 

「かわいいねって褒められたー!!そうだよー!メッだよ!!」

 

おっさんの愛娘の姉妹だ。姉妹は健吾達が庭の裏方から出てきた際、健吾の横にいた空母棲姫から頭を撫でられたことが嬉しくて父に抱き着いた。彼女らの可愛らしい注意に空気は弛緩する。

 

「そうかそうか!ねーちゃん、チビどもの相手してくれてありがとうな」

 

「い、いえそれ程でも」

 

健吾以外から感謝の言葉を受けたことが無かった為か恥ずかしげに返答する。そのいじらしさに健吾が笑うと涙目で彼の太ももを抓る。

 

「まあ、アンタの言う通りそこのお嬢ちゃんは悪い奴じゃないんかい」

 

「おばさん・・・」

 

「健坊、彼女さんを守ってあげな。それとお嬢ちゃん」

 

「は、はい!」

 

「さっきはごめんね。あんまりにも白い肌だから健坊んとこの艦娘の子なのかと思ってた矢先に深海棲艦だなんて言うからあたしびっくりしちゃったよ」

 

おばさんが姉妹を抱きかかえているオッサンの横に立ち空母棲姫に話しかける。

 

「嘘つけ」

 

「あんたは黙ってな!」

 

「イエスマム」

 

健吾はどこかで聞いた事のある返答におっさんに憐憫の眼差しを向けた。おっさんからはお前もいずれこうなるさとアイコンタクトで帰ってきた。健吾はおっさんを反面教師にしようと決めた。ああはなるまい。

 

「ウチの娘たちが世話になったね。良かったらまたウチの娘どもの相手してやってくんないかい?」

 

「おお!それはいいな!俺からも頼むわ!!」

 

「え?あの・・・その私なんかでいいんですか?」

 

思わぬ夫婦からの頼みごとに空母棲姫が困惑する。

 

「こーら」

 

「キャッ」

 

おばさんが空母棲姫にデコピンをする。

 

「女の子が私”なんか”って卑下するんじゃないよ。そんなことを言ってると本当に自分の価値が下がっちゃうよ。女はいかにして自分の価値を高めるかなんだからね。いいかい?もう二度とそんな言葉を使うんじゃないよ」

 

「は、はい。ありがとうございます」

 

デコピンを受けた個所をさすって呆然とする空母棲姫。

 

「いい加減あんたがたもこの子を認めてやんな!!いつまでもウダウダグジグジやって、あんたら本当に男かい!!」

 

「は、はいいいいいいいいいい!!!!!」

 

おばさんの怒髪天を衝くかの如くの猛烈な勢いに居間にいた男たちは彼女に帰順する術しか持ちあわせていなかった。

 

「でた。おばさんのスキル。肝っ玉母ちゃん」

 

「す、すごい勢いね。ところで何?肝っ玉・・・?」

 

「おばさんがブチぎれるとああなるのさ。黒もああなったおばさんが白といえば白になる。逆もまた然り」

 

「何者なの?」

 

「主婦だろ」

 

そのまま考え込んだ空母棲姫。主婦とは一体?他の国だとどうなのかしら?等呟いてるが、まじめに考えたらだめだと思うんだ。

 

「わーい、撤退作戦せいこう!」

 

「せいこーう!」

 

健吾と空母棲姫に小さなお客さんが二人来た。おっさんに抱きかかえられていた姉妹だ。

 

「健兄てーとく!作戦せーこーです!」

 

「せーこーしたよ!!」

 

そのまま姉は健吾に、妹は空母棲姫に飛び込んだ。

 

「おっとっと、うむ。無事帰還を果たしたかいお疲れ様」

 

「キャッ、こーら元気なのはいいけどおいたはメッよー。こちょこちょこちょ~」

 

健吾は冗談めかして小さな軍人さんに返礼する。空母棲姫は胸に飛び込んだ妹に注意しつつ脇腹を擽り姉妹はキャッキャと笑う。

 

「そうだ。さっきはありがとうね。助かったよ!」

 

「ええ!私にもお礼を言わせてありがとう!」

 

姉妹のそれぞれの頭を優しく撫でる。今、姉妹の母であるおばさんが、自身のスキルを如何なく発揮して阿鼻叫喚の絵図となっているが、彼女がでるきっかけになったのはこの姉妹だ。

 

「えー?なにがー?健兄と白いお姉ちゃんがおじさんたちにいじめられてたからメッしにきたんだよー?」

 

「お姉ちゃんとメッできた!!」

 

幼い彼女たちは知らないだろうが、彼女たちの勇気ある行動で健吾と空母棲姫は救われたのである。二人は小さな恩人にもう一度礼を述べた。しかし健吾が姉妹と共に居たオッサンの姿が無いことに気付く。

 

「お父さんなら、お母さんを止めに行ったよ?」

 

「え、どこにもいないけど・・・いた。床でのびてる。ついでに藪医者も」

 

多くの島民が倒れ臥している。その中にはおっさんと藪医者が転がっている。心無しか藪医者が他の人と比べてズタボロにされているのが気になるところである。

 

二人に何が起こったのか蛇足であるが彼らのハイライトである。

 

哀れ、止めに行ったおっさんが一蓮托生の精神で藪医者と共におばさんを止めに行ったはいいものの、スキル絶賛発動中の彼女には焼け石に水だった。強烈な一撃をくらい床に臥すことになったおっさんの名を叫び、藪医者がおばさんに対峙し向かう。

 

藪医者は今までおっさんと過ごし一緒に行った様々なキャバクラの記憶が一気に蘇る。色んな女の子がいた。

 

羽振りのいいバイトと割り切りながらも楽しく飲もうと言った茜ちゃん。生活が苦しい家族のために。その言葉に感激した二人は彼女の為に、彼女の家族の為に無理してドンペリを頼んだ。会計時名刺交換をした際ポーチから取り出した財布はロ〇ベ。そんなロエ〇な彼女の名前は朱里ちゃん。あの後飯食う金も宿代も無くなって大変だったな。この年になって二月の寒空の下の都会は冷たかったな。へへっいけねえや涙が出てきやがった。年をとると涙もろくなるというが、いつの間にかこんな年になってたんだな。健坊も大きくなって彼女さんを連れてくるわけだ。・・・健坊よ、男なら彼女さんをしっかりと守り抜くんだぜ!いくz「遅いわよ藪医者。人の亭主連れて遊び歩いて」あ。駄目だわ。

 

――ハイライト終了

 

その後死屍累々となっていた男たちが復活した。

 

おばさんの活躍もあり、ほぼ力業で空母棲姫を迎え入れることができた。しかし如何せん力業であるがゆえに島民の人たちが納得していないのかもしれない。危惧した健吾は島民に伺って回ったが、みな一様に納得したようだ。

 

「おじさんたちは何故納得してくれたんですか?」

 

「ん?まあね、確かに深海棲艦と言われて驚いたけど君が選んだ人なんだ。間違いないだろう。それに彼女を認めるきっかけが欲しかった。そんな時におばさんが出てきてくれたんだ・・・まぁ力技であったけどね。だから皆納得してるさ。」

 

「あ、ありがとうございます!!」

 

「ははは、仲良くやるんだよ?特にあのオッサンみたいにはならないように」

 

決めるときには決めるかっこいいオッサンなんだけどな。普段があれだからなぁ・・・俺は今一度ああはなるまいと誓った。

 




最近セミ先輩の鳴き声からコオロギ先輩の鳴き声になりましたね。相変わらず暑いのに虫たちは秋に移り変わってます。早く秋よこい。

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夜空の下で

お待たせしました。リアルが忙しくて中々書く暇がなく、せっせと書いてたらノートパソコンのキーボードが反応しなくなり、ひたすら焦りました。幸いノートパソコンの裏側の蓋を開けて放電させたら復活しました。・・・データ飛んで無くてよかった


おばさん乱舞事件から数刻経ち、夜の帳が下ろされる。

 

 島民は健吾の家から庭へと場所を移し、地面にブルーシートを敷き酒盛りをしている。既に酒をたらふく飲み、皆が顔を朱に染め上げそれぞれの話題に大げさに相槌を打ち、話のオチには呵々大笑が起こりいたって普段通りである。ただし今回の飲み会の当初の目的は空母棲姫ちゃんを迎える会という名目だったが、空母棲姫が島民に一通り挨拶に回り終わるとなし崩し的に今の状態になった。

 

 空母棲姫はゲストである己をそっちのけで酒盛りを始める島民たちに嫌悪感は感じてなどいなかった。むしろ好感を持った。深海棲艦側である自身がいてもいつも通りの光景が行われている。その事実こそが島民が彼女を迎え入れてくれた証明であるのだから。

 

 尊いものを見るように島民の酒盛りを見つつ、おばさんから渡されたぐい吞み。その中に入った日本酒をちびりちびりと大事そうに飲む。初めて人間から酌をしてくれたお酒だ。このお酒を一息で飲むのはとても勿体ないことだと感じ、先程から少量のお酒を飲んでいる。

 

 そんな感傷的な気分に浸っている彼女のもとに男が歩み寄る。

 

 「よ。お隣いいかいお嬢さん」

 

 「あら、健吾じゃない。貴方なら何時でもいいわよ。さ、どうぞ」

 

 空母棲姫は声を掛けたのが健吾と知ると彼が座る場所の用意をし、手で軽く砂をほろう。そんな彼女の何気ない優しさにほっこりする。

 

 「ありがとう空母棲姫。どうだい飲んでるか?あまりお酒が進んでいないように見えたがもしかして日本酒が苦手だったか?苦手ならジュースもあるが」

 

 「どういたしまして。お酒は大好きよ、ただ人間から酌をされる時が来るとは思ってなくて。皆から受け入れてもらえた証拠でもあるこのお酒を飲むのが勿体なくてゆっくりとのんでいたの」

 

 空母棲姫はぐい吞みをとても愛おしそうに彼女の黒い指でなでる。

 

 「そうか。皆もお前の酒があまり進んでいないようだったから心配してたんだ」

 

 「そうなの?・・・ふふっ。本当にここの人たちは優しいのね」

 

 「まあな。身寄りの無くなった俺と妹を育て上げてくれた方達だ。時に厳しいがそれ以上の優しさで俺たちを育て上げてくれた方達さ。冷たい人はいないさ」

 

 「それもそうね。ね、ねえ健吾?」

 

 空母棲姫が躊躇いがちに健吾を見る。身長差で健吾の方が背が高いため、必然的に彼女は上目遣いになる。

 

 空母棲姫を月明かりが優しく照らす。月光で優しく照らされる彼女の美しい白い髪。眦に雫を溜め、両頬が日本酒で仄かに朱に染まる。元の肌が白いため淡い朱色は尚更彼女の魅力を十二分に引き出していた。

 

 艶めかしい彼女にドキリとしつつも彼女に悟られないように平静を保ち、彼女に続きを促す。

 

 「いつかでいいから、健吾のお話聞いてもいい?」

 

 「聞いてもつまらんぞ?」

 

 「つまらないなんてことはないわ。貴方を知りたいのよ」

 

 「・・・わかったよ。お前の話を聞くのに俺の話はしません。なんてのは筋が通らないというかフェアじゃないよな」

 

 頭をポリポリと掻き、両腕を上げ降参のポーズをとる。

 

 「本当に!?話してくれるのね!!ありがとう健吾!!」

 

 嬉しさのあまり健吾に強く抱き着く空母棲姫。すぐさま周りから怨嗟の声や二人を揶揄う声が広がる。

 

 じつは島民は二人の様子を肴にして酒を飲んでいた。健吾ならあの綺麗なねーちゃんの寂しそうな笑顔を何とかしてくれる。そう信じて密かに固唾を飲み見守っていたが、綺麗なねーちゃんが明るい笑顔になって健吾に抱き着いたのを見て、やんややんやと騒ぎ立てたのである。

 

 美人が嬉しそうに笑う。センチな表情もいいけど俺らはその笑顔を見たかったんだ!けど、やっぱ美人が抱き着いてる健吾に嫉妬ファイヤーも少なからずある訳で。それが怨嗟の声になってしまう、彼には申し訳ないがそれは税金としてもらおう。なに、そんだけ綺麗なねーちゃんに好かれてるんだ。文句はないだろう。

 

 「またこのパターンか!おま、お前自分の力量と容姿考えろ!当たってるし苦しいから!!」

 

 羞恥もあり、空母棲姫から逃れようともがく。なんの拍子か彼の手が空母棲姫の横胸に触れてしまう。

 

 「ぁん!!」

 

 思わず嬌声を上げる空母棲姫。その嬌声を聞き思わず前かがみになる男の島民たち。

 

 「あ!えと、そ、そのですね空母棲姫さん?」

 

 両腕で自身の豊満に育った胸を隠し健吾をジロリと涙目で睨む。横では男たちが女たちに睨まれている。

 

 「け、健吾の馬鹿!エッチ!スケベ!おたんこなす!!」

 

 羞恥と怒りの思いを込めて放ったビンタは空気を切り裂く音を発し、的確に健吾の右頬に当たり振りぬいた。健吾の裂帛が夜空に響く。そのビンタはおばさんに酌をして貰ったときに教えてもらったおばさん直伝のビンタであった。

 

 

 

 「酷い目にあった・・・」

 

 右頬にくっきりと紅葉が付いた健吾が冷えたビール缶で未だにじんじんと熱を持った頬に当てて冷やす。

 

 「酷い目にあったのは私のほうよ!」

 

 健吾が自身の胸に触れた事を思い出したのか、再び顔を真っ赤に染めて健吾を糾弾する。

 

 「確かにお前の胸に触ってしまったのは申し訳ないが、このビンタはどうかと思うんだ」

 

 「うっ。し、仕方ないでしょ咄嗟に手が出ちゃったんだから」

 

 「元提督だった俺じゃなかったら死んでたぞ」

 

 半眼の眼差しで空母棲姫をジトっと見る健吾。形勢逆転である。

 

 「ううっ。ご・・」

 

 「ご?」

 

 「ごめんなさい」

 

 「いいよ。こっちもごめんな」

 

 空母棲姫が初めに頭を下げ、健吾も空母棲姫に頭を下げる。そして二人同時に頭を上げたのが面白く二人で笑いあった。

 

 「あ、あのビンタ禁止だから」

 

 「そんな!?」

 

 「当たり前だ!」

 

 空母棲姫はふらふらとおばさんの元に寄り、おばさんからの講座を受けていた。お願いしますから彼女に変な入れ知恵をしないでください。ふと横から視線を感じたのでそちらを振り向くとおっさんが尊敬の目で健吾を見ていた。

 

 「あのビンタをすぐさま封じ込めるなんてたいしたもんだな健吾」

 

 「あれは二度と食らいたくない。なまじ空母棲姫の力があるから洒落にならん」

 

 健吾は食らった痛みを思い出し悲痛な顔になり、おっさんは普段食らってるビンタの数倍の痛みを想像しカタカタと震えるのみだった。

 




話が進まねえよー。進ませたいけど、もう少し空母棲姫とイチャついていたい。
感想、閲覧、お気に入り登録ありがとうございます。マジで執筆の励みになります。


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犬のち猫

お待たせしました。今回短いですが話が進みます。


 痛烈な空母棲姫からのビンタによって頬を腫らした健吾は、冷えたビール缶のプルタブを開け、ぐびぐびとビールを呷る。夜風が皆の間を爽やかに通り抜ける。

 

 健吾の鼻腔にふと懐かしい匂いを嗅いだ。夏の夜の匂いがした。

 

 夏の夜。健吾は島民の語らいを、草むらから聞こえてくる鈴虫やコオロギの語らいに耳を澄ましビールを飲む。健吾は我が家の付近に自生していた月下美人の白い花弁を目で愛でながらビールを飲む。そして健吾は空を仰ぐ。彼の目前には燦然と輝く星々が煌めき、すこし距離を置いた所に月の剣がある。残念ながら彼女の周りには雲が漂っている。彼は彼女の美貌を健吾たち、地上の者たちに隠すかの如く漂う。

 

「・・・月に叢雲花に風か」

 

 これ以上の酒の肴を求めるのは無粋だろうなと一人ごちる。横にいたおっさんにどうした?と聞かれたが喋ると笑われるのは目に見えていたので誤魔化した。

 

 先程プルタブを開けたばかりなのに気づくともう軽くなっている。健吾はビール缶を振り缶から伝わる振動で残りの量を確認する。思ってたよりも軽いことに軽く顔を顰め、残りを一気に煽ぐ。

 

「どれ、空母棲姫に質問でもしなきゃね」

 

 よっこらせと立ち上がり空母棲姫の名を呼び彼女を招く。

 

「なになに、どうしたの?」

 

 健吾が彼女を呼ぶと、先程まで喋っていたおばさんたちに軽く一礼をした後直ぐに彼の元に向かった。それはもう凄いスピードで。

 

「・・・・・」

 

「うん?」

 

 中々話を進めない健吾に空母棲姫はおかしいなと首を傾げる。健吾は己が提督であった頃に鎮守府内で飼っていた犬と猫二匹の内の犬を思い出していた。とてもお利口さんな犬であった。朝には猫と共に健吾の顔を嘗め回し起こすのが恒例だった。何気なしに健吾は犬とジッと見つめていると犬はくぅん?と鳴き首を傾げ彼を見る。その首を傾げる仕草が目前の彼女とそっくりなのだ。

 

「空母棲姫?」

 

「んー?どうしたの?」

 

「犬みたいだな」

 

「にゃにおうっ!?」

 

 

 辺りが静かになる。健吾のまさかの犬発言に驚いた空母棲姫は怒りたかったが酒の力と驚きが相まった。相まってしまった。結果が空母棲姫の猫化である。更に締まらないのが思ったよりも大きい声が出てしまったことだ。当然大声をだされれば静まってしまう。

 

 虫たちの会話が響く。幽かに海の音も聞こえる。ついでに虫の音色が聞こえる。夜風ですすきや植物たちの葉擦れの音が聞こえる。もっと虫の声が聞こえる。近くにいたおっさんの尻から炸裂音が聞こえる。屁に触発されたのか何故か更に虫の声色が強くなった。こうもうるさくあっては風情もなにもあったもんじゃ無い。

 

「——っ!!!」

 

 噛んだことに恥ずかしくなり、顔を背ける。

 

「まぁ、落ち着けよにゃんこ。いや、にゃんこ棲姫よ」

 

「うるさい!」

 

「まぁ、冗談は置いといてだ」

 

「・・・何よ」

 

 頬を膨らまし半眼で健吾を睨むにゃんこ棲姫。

 

「いやいや真面目な話さ。だからいじけるのを止めてもらっていいかなそこのお姉さん」

 

「むう・・・じゃあ、質問に答えたら何でもお願い聞いてくれる?」

 

「叶えられる範囲でならな」

 

「ほんと!?約束よ!!」

 

 今まで拗ねていたのに願いを聞いてくれると知ったら表情が一転しほくほく顔になった。

 

「あいよ。それじゃあ質問するぞ?」

 

「ふふーん。いいわよ」

 

 両腕を腰に当て胸を張る空母棲姫。張った際に彼女の胸がぷるんと揺れた。声に成らない歓声がそこにあった。男はそのロマンに歓喜し、女は彼女のスペック、格の差をこれでもかと見せつけられ絶叫が幻聴として聞こえたと健吾は後に語る。

 

「おほん、えーでは始めます。空母棲姫、お前は砂浜に打ち上げられていたがその原因は何だ?」

 

「うぐっ、いきなり私が答えづらいところを突くとは。流石はかの秋田健吾ね・・・うー、これ答えなきゃダメ?」

 

「だめ」

 

「はーい・・・えっとね、確かに傷は負ってたのよ?それも原因の一つだけど一番の原因は・・・」

 

「原因は?」

 

 健吾が前のめりになる。

 

「・・・くよ」

 

「なんだって?」

 

 空母棲姫はぼそぼそと呟く。当然健吾の耳には聞こえるはずもないので更に空母棲姫に近づく。

 

「だから空腹が一番の原因って言ったのよ!!」

 

 観念した空母棲姫が叫ぶ。

 

 




・・・深海棲艦は補給するから空腹はおかしいという方いらっしゃるかもしれません。そこはご都合主義という事で・・・すみません。

感想、閲覧、お気に入り登録ありがとうございます。今回短くてすみませぬ、もっと執筆時間あれば・・・


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Joint Operation

またキーボード固まった…取り敢えずここ迄。


 目前の空母棲姫が羞恥のせいで顔を赤らめる。余程言いたくなかったのだろう、それっきり空母棲姫は下を向きう~う~と唸るばかりである。ならば答えなければいいのではないかと思うが、空母棲姫は質問をする前の健吾との約束を守る為に答えるのであった。

 

「・・・空腹が原因でここに打ち上げられたのか」

 

 流石の健吾もこんな理由だったとは思ってもいなかった。それもそうだろう、あの空母棲姫が、提督時代に健吾や、ほかの提督たちが散々苦渋を舐めさせられた空母棲姫が倒れていた理由が腹減ったからだ。あんまりにもあんまりである。事実ここで健吾はこれからの質問を行うのが馬鹿らしくなり、やけ酒でもしようかと本気で考えた。

 

「怪我と空腹と大時化のせいよ!たまたま一番の原因が空腹だっただけよ!!怪我も痛かったし、時化も酷かったんだからね!?」

 

 今まで唸っていた空母棲姫が己の名誉の回復のために弁護が始まる。空母棲姫が健吾を見るがジト目でこちらを見るばかり。ならば他の島民はどうなのかと辺りを見渡すが、皆一様に孫を見るかのような優しい笑顔を携え此方を見る。違うそうじゃない、その優しい笑顔を止めてくれと叫びたいが必死に堪える。

 

「怪我というのは艦娘からの攻撃でうけた傷か?」

 

 健吾がジト目を止め、空母棲姫の体を見やる。

 

「・・・まぁ、そうね。けどもう大丈夫だから安心して」

 

 空母棲姫が両腕を曲げ自身の健康をアピールする。

 

「そうか、それならいいや。もしなんか調子が悪かったらすぐに言うんだぞ」

 

「ええ!わかったわ」

 

 心配そうに健吾を安心させるため大きく頷く。

 

「じゃあ、次の質問。空母棲姫は俺の顔を視認した後俺の名前を言ったな?なぜ俺の顔と名前を知っていた?」

 

 今までの長閑な空気が変わり周囲に緊張感が漂う。

 

「それはね、前から私たちの間でも噂が広まっていたのよ」

 

「噂?」

 

 貴重な深海棲艦側の情報に眉が上がる。

 

「ええ。何でも今まで簡単に制圧していた海域が、新しい司令官に代わったら途端に手強くなったとか何とか。もともと私は噂なんかに興味が無かったから、聞き流していたけど司令官の名前を耳に入れてから不思議と気になっていたのよ。秋田健吾、あなたのことよ」

 

 空母棲姫が顔に掛かった髪をかき上げ熱の籠った目で健吾を見る。

 

「俺の名は君たち深海棲艦の間で有名だったのか。名誉なことなのかどうか分らんな」

 

「あら、誇ってもいいんじゃない?私たちはあまり人間の名前なんて覚えるどころか気にもしないもの」

 

「俺たちが駆逐イ級を個別に判別が出来ないような認識か?」

 

「そうね。私みたいに人型じゃない子たちは人間を見ても皆同じ顔に見えるでしょうね」

 

 ふむと。健吾は煙草に火を点け、考え込む。

 

「聞き流したと空母棲姫ちゃんは言ってたね?ならその時空母棲姫ちゃんは健坊の顔を知らなかったわけだ。ならば空母棲姫ちゃんはどこで健坊と会ったんだい?」

 

 おばさんが空母棲姫と健吾の会話のなかで気になった点を質問した。

 

「私が健吾と会ったのはそうね、いつだったかしら?確か三年前の大規模作戦だったかしらね」

 

 健吾が思考の海から三年前の大規模作戦というワードを聞き、顔を勢いよく上げた。

 

「三年前の大規模作戦・・・?捷号作戦か!?」

 

「ああ、確か人間たちがしきりにそんな言葉を言ってたわね」

 

「そうか・・・あの作戦の時か」

 

 健吾が不愉快そうに煙草を吸いこみ紫煙を空に吐き出す。煙草の灰がフィルター近くまで迫ったので灰皿に灰を落とし吸い終わった煙草の火を消す。そしてまた新たな煙草を取り出し火を点ける。

 

「健吾どうしたの?」

 

 健吾から剣呑な雰囲気を醸し出している。捷号作戦の名前が出てから彼の雰囲気が一変した。

 

「いんや、空母棲姫にイラついてる訳じゃないんだ。個人的にあの作戦には思うところがあってな。あの作戦は当時配属された海外からの艦娘の初めての共同作戦だったからな、海外とのつまらん国の誇りや力試し、政治的な理由もあったふざけた作戦だ」

 

「・・・そう。人間たちにはそんな思惑があってあんな大規模な作戦を決行したのね」

 

「ああ」

 

 辺りが重い沈黙に包まれる。それもそうだろう、国の闇の部分を今健吾の口から垣間見たのだから。何も日本が清廉潔白な国であると、そんな子供染みた考えは無かったがいざ実際に聞くと閉口せざるを得なかった。更に島民は今初めて健吾の過去の話を聞いた。なりたくてなった提督をやめて帰郷したのだ、なにか大きな理由があるとは思っていたがここまでだとは思っていなかった。

 

 空母棲姫はこの空気を払拭するために話をする。

 

「話を続けるわね。私が担当する海域では有名な奴だったから士気は高かったわ」

 

「有名な奴?」

 

「私たちにとってはね、もしかしたら貴方たちも知ってるんじゃないかしら?健吾は絶対に知ってる筈よ。それと健吾?私は遠いところで貴方の顔を見たわよ。普通の人間と違ってスペックは高いんだから!」

 

ふふーんとどや顔を決める空母棲姫。少しイラっとしたが耐える。

 

「俺が知ってる奴・・・あの七光り野郎か!!」

 

「あいつ七光りなの?道理でね。杜撰な指揮をしていつも撤退させてたから、今回は誰も傷つかずに勝てると思ったのよ」

 

 ため息をこぼし、艦娘の子たちには悪いけどねと言いつつ日本酒を飲む。

 

「勝てると思った。最初こそ、いつものアイツらしい杜撰な指揮だったからイケると思った。ところが一時間もした頃だったかしら。艦娘たちの動きが目に見えて違った。先程までの死んだ目をしていた艦娘たちの目が変わった。それから私の味方が一人、また一人と大破に追い込まれ戦闘不能になっていった。最初はこちらが数も士気も有利に立っていたのに気付けば戦闘続行ができるのは私だけになった」

 

空母棲姫が日本酒をぐいぐいと飲み、酒を胃に押しやる。

 

「あれだけ私に勝てる要素があったのに、あんなに味方がいたのに気付けば私だけだったもの。私は恐怖した。しかし同時に何があったのか知りたかった。何故こんなことになったのだろう、一体何が彼女を変えたのだろうってね。私は仲間を連れ撤退した。這々の体で逃げる私に司令部から届いたのは鬼神が来たから早く帰投しろってね。」

 

「鬼神?」

 

 今まで彼女の独白を聞いていたが誰かが聞き返す。

 




ちょいと無理矢理感あるので時間見つけて手直ししたいですね…
閲覧、感想ありがとうございます!また少し遅れるかもしれませんがしばしお待ちを!


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居場所

お待たせしました!!仕事とプライベートが忙しかったです遅れてすんません。
子供の頃から好きだったからくりサーカスのアニメ見て超幸せ


「ええ。次々と占領していた海域や、信頼していた仲間が倒され失ったりするんだもの。司令部も初めは海域を失うのは、私たちに慢心していたからだと言っていたわ。けど、立て続けに撤退することになると司令部も異様なことに気付いたのでしょうね」

 

「司令部は俺の噂の件について知っていたのか?」

 

「いいえ、知らなかったみたいよ。ただ、三か所目の海域から撤退せざるを得なくなった時には貴方の事を知ったみたい」

 

「そうか」

 

 一つ大きなため息をつく健吾。

 

「何か所目かの海域に司令部のお墨付きの部隊を送り込んでも、歯が立たなかった時の司令部どもの慌てようは見ていて痛快だったらしいわよ!私も見たかったな」

 

 司令部の慌て様を想像して面白かったのか空母棲姫がからからと笑う。

 

「空母棲姫は司令部の事が気に入らないのか?」

 

「気に入ってる奴なんていないわよ。前線に出てる現場の声も聞かないもの。あいつらが言うのは机上の理論だけ、その時の最善を尽くしても文句を言ってくるだけよ」

 

 空母棲姫が徳利をぐい吞みに移し勢いよくかきこむ。

 

「その頃からかしら司令部は貴方の事を鬼神と名付けた。癪だけどあいつ等にしてはいい名付けをしたものだと思ったわ。鬼神にあったら直ぐに司令部に連絡し、応援の要請を行い、応援が来るまで何としてでも海域を死守する事を厳とするなんて各海域に御触れが回ったわ」

 

「事実、私たちも出撃するたびに鬼神に出会いやしないか気が気でなかったわ。破竹の勢いで新たな海域を奪取する鬼神、鬼神を見た日が命日になるなんて噂も広まって恐慌状態に陥った部隊も多かったわ」

 

空母棲姫が月を見上げ過去を振り返る。

 

「そういえば防空棲姫ちゃんや戦艦棲姫ちゃんらも鬼神に会いたいって言ってたわよ?」

 

 思わぬビッグネームが飛び出し咽る健吾。

 

「防空棲姫や戦艦棲姫らだと!?いや待て・・・戦艦棲姫らだと?」

 

健吾が空母棲姫を凝視する、先程聞いたのが己の聞き間違い、幻聴であってくれと空母棲姫に視線で懇願する。

 

「そうよー。他の子も皆貴方に会いたいって言ってたわ」

 

「バカな・・・何故?」

 

四肢をブルーシートに落とす。彼から哀愁漂う雰囲気を醸し出され、見かねたおっさんから肩を優しく叩かれる。

 

「なんでも鬼神と言われる程の手腕を持つ貴方の指揮の下で働きたいって言ってたわ。あの子たち顔を赤くさせて恍惚な表情してたんだけど・・・健吾なんかした?」

 

 じとりと此方を見つめる空母棲姫。彼女の視線からは洗いざらい何をしたか早く吐けと視線が物語る。

 

 健吾は堪ったものではなかった。何故会いもしないボスクラスに追求されなければいかないのか、何故防空棲姫らが恍惚な表情をするのか知りもしない。

 

「知らんがな!」

 

「本当に?」

 

「本当だよ!防空棲姫らなんて会ったこともない!」

 

必死に身の潔白を訴える健吾。

 

「それもそうか」

 

 柏手一つポンと叩き納得する空母棲姫。健吾始め、島民皆が思ったこの子はアホな子だと。

 

「・・・おいそこの馬鹿」

 

「あ、あははーそう言われればそうよね。健吾会ったことないもんねー・・・あはは」

 

 バツが悪くなり笑いで誤魔化して頬を掻く空母棲姫。

 

「は、話を戻すわね?捷号作戦で艦娘の子たちの目が変わったと思ったら動きも変化した。その様を見てもしかしたら、この向こうに鬼神がいると思った。結果はさっき話した通りよ、鬼神・・・秋田健吾の姿を見れたのが一番の報酬よ。健吾・・・一つ聞きたいのだけれど私たちが戦った艦娘の子たちは貴方所属の子たちでは無いのよね?」

 

「ああ、あの子たちは七光りの奴の子たちさ。目が死んでいたんだろ?噂でアイツの鎮守府の艦娘たちの惨い扱いの様子が流れていた。誰であっても俺の艦娘たちには絶対にそんなことはしないしさせない。」

 

「そうよね、それを聞いて安心したわ」

 

ホッと胸を一撫でする。

 

「まあ、いい次の質問だ。単刀直入に聞く、今まで人を殺したか?」

 

 健吾が空母棲姫を凝視する。その視線は空母棲姫を見ながらも暗い目をしていた。

 

 健吾の質問の内容や初めて見る健吾の一面に島民からどよめきが起こる。

 

 空母棲姫は彼の視線を受け、島に来てから初めて見る健吾の憤懣の籠った目に、健吾に恐怖した。

 

「っ!」

 

 健吾の目が空母棲姫を射抜く。しかし、ここで答えないと健吾の隣に居られない。空母棲姫はその事の方が怖かった。彼をもう一度見る、変わらない視線だ。空母棲姫は彼がそんな表情をさせる何かに怒鳴りつけたかった。もしも深海棲艦ならすぐに殴り倒し、彼を守ってあげたい、そう強く思う。

 

「私は今までだれ一人として、人間を殺したことはないわ!」

 

 自分の身の潔白を主張する為立ち上がり健吾を見やる。

 

「艦娘の子たちは撃沈させたのか?」

 

 健吾の声が何時もより冷たい。

 

「いいえ、精々大破にして追い返したり酷い有様の艦娘を匿ったりしたくらいよ」

 

「・・・分からないな、何故誰も殺したり沈ませなかった?挙句の果てには匿う?お前は深海棲艦であろうに」

 

 健吾の言葉に空母棲姫の瞳が揺らぐ。

 

「私は空母棲姫として・・・いいえ、深海棲艦として出来損ないだった」

 

「・・・どういうことだ」

 

「深海棲艦は生まれた際に人間や艦娘に対する復讐や憎悪、怨恨を持って生まれ活動するの。だけど私にはそれが無かった。生まれたとき私は無知でそれが当たり前だと思った。だけど周りが憎悪や復讐の感情しか持ちあわせていないと知り、そこで私がイレギュラーだと知った。私はそこしか居場所を知らなかった。私が私で居たいのに周りがそれを許さないの」

 

 初めは毅然とした態度で話していたが言葉尻になるにつれ、空母棲姫の声が震えか細くなる。彼女の双眸が濡れている。

 

「私は必死に周りに合わせた。そうしないと私の居場所が無いもの。周りからは何故殺さないのか聞かれるたびにその場しのぎで答えてたわ。・・・ふふっ笑っちゃうわね、周りからは空母棲姫として煽てられ、人間からは恐れられた。誰も私を見てくれない、上っ面の私だけを見ていた。ある日鬼神の噂を聞き思った。彼に会えば変わるかもしれない。何故そう思ったのか私でも分からないけど、そう思ったの・・・多分私の限界がきてたからかもしれないわね・・・・あぁ・・私の居場所は辛かった・・・ほん・・とうに辛かった。」

 

 空母棲姫がとうとう立つことも儘ならなくなりブルーシートに座り込み嗚咽する。

 

 おばさんが空母棲姫に駆け寄り彼女にハンカチを渡し、空母棲姫を優しく抱きしめる。

 

「空母棲姫ちゃん。今まで頑張ったね。ここにはアンタを傷つける酷い奴なんていないからね。ここがアンタの居場所なんだよ」

 

「お・・・おばさん・・・!おばさーん!!」

 

 空母棲姫がおばさんにしがみ付き、島民は黙って静かに頷いていた。

 

 




書いてて思った。空母棲姫いつも泣いてんな。泣かせたいわけではないんですけど、彼女の過去はがっつり暗いんでしょうがないね。もうすこしだけシリアス続きます。それが終われば・・・

お気に入り登録等ありがとうございます!


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フデヤスメネ、フデヤスメ

本編筆のらないので筆休めという名の番外編。本編にはあまり関係ないです。登場人物たちの日常と取り扱ってください。


 ——或る夏の小夜のと或る一軒家のリビングにて、男女がソファーに座り映画に耽っている。女こと空母棲姫は初めて見るホラー映画を見て、男こと秋田健吾の左腕にずっとしがみ付いている。健吾は冗談で彼女に掴まれている左腕を離そうとしたが、空母棲姫の捨てられる子犬をするかの如く目をうるうると潤ませ此方を向いたので彼女の思うままにさせてあげようと決めた。

 

「うううう・・・!何で最後の最後にこんなものを見させるのよ、健吾の馬鹿ぁ!」

 

 空母棲姫が未だに彼の左腕にしがみ付きながら健吾に文句を放つ。

 

「それはお前の運が無かっただけだろうに。あみだくじの配置から線を足すのも全部お前がやっただろ」

 

 そう。彼らは今まで映画をずっと見続けていた。ジャンルは広くアニメや恋愛もの、アクション幅広く鑑賞していた。事の発端は空母棲姫が健吾に映画を見てみたいと言ったことから始まった。

 

 健吾がリビングに保管していたボックスからブルーレイディスクを取り出し、空母棲姫に何を見たいか尋ねると、選べないから全部見たいと言ってきた。健吾はボックスからブルーレイディスクを一つ一つ取り出し床に置いていく。横で空母棲姫が歓喜の声を上げていた。おそらく空母棲姫は何かの拍子に映画に関する情報を拾ったのだろう。彼女は人間に関する趣味等には興味津々といったきらいがあった。恐らく憧憬もあるだろうが。健吾はそんな彼女の喜んでる姿に綻びつつ床に並べていく。

 

 全部で五十枚程はあろうか、並び終えると今まで横から聞こえた声が無いことに気付いた健吾が空母棲姫に目を向ける。すると空母棲姫が呆気に取られた様子で健吾と床に並べられたブルーレイディスクを交互に顔を動かす。

 

「ん?どうしたんだ?」

 

 目まぐるしく頭を動かすので彼女のサイドテールが激しく動き回っている。健吾も動き回るサイドテールの様子の動向をチラチラと見守る。

 

 空母棲姫は最初こそ喜んだ。十枚目はこんなに沢山映画がある!凄い!まだあるのかな?

と喜んでいたが三十を過ぎたあたりから怪訝の様をした。こんなに沢山がこんなにも沢山になった。文字一つ付け加えるだけで心象が真逆になるね不思議だね!

 

 四十を超えハイライトさんが強制シャットダウンしかけたところで五十になり第一次健吾事変が終わった事により、空母棲姫のハイライトさんは間一髪で免れた。

 

 これは流石に持ちすぎではないかと、空母棲姫は健吾に問わねばなるまい。自身の声が震えていることを自覚しつつ聞く。

 

「健吾・・・人間はこんなに映画を持ってるものなの?」

 

「映画?・・・あぁ、ブルーレイディスクの事か。どうだろうな他の人と何枚持ってるかなんて話題にはならないし。うーん、多分多い方なんじゃないか?」

 

 そうでないと怖い。言葉に出したかったが空母棲姫は咄嗟に耐える。

 

「ですよねー。・・・だけどこれは持ちすぎだと思うわ。健吾ってそんなに映画が好きなの?」

 

「んーそんなに興味はないんだよな。面白そうなCMとか見たら行きたかったけど行く暇がなかったからなー・・・」

 

 提督時代を思い出す健吾。休憩時間や食事の時間に艦娘の子たちとテレビを見ることが多く、テレビの内容にきゃーきゃーと楽しく騒ぐ子たち。

 

 艦娘の子たちに人気があったのは映画だった。偶に恋愛映画のCMのキスシーンが流れたときは凄かった。駆逐艦組や初心な子たちは顔を真っ赤にしながらもテレビを見たり、そちら方面に余裕のある子たちは微笑ましくそんな彼女らを眺める。違う意味で余裕の無い子たちは健吾を熱い目でじっとりと見る。健吾はその視線に気づかないふりをしながらテレビを見るしか方法が無かった。

 

 健吾はカーアクションの映画が好きである。カーアクションのCMが流れると作業を一旦中止してテレビを見る。秘書官も本来は注意すべきだろうが、CMが流れる時間もたかが知れているので特段注意はしなかった。いや、むしろカーアクションのCMが流れたら一目散に健吾に教えているだろう。

 

 何故なら健吾がそのCMを見るときにはキラキラしてテレビを見るものである。普段落ち着いている提督が子供のように目を輝かせるようにテレビを見るのを見守ることが、艦娘の子たちに大人気なのであるから。因みに健吾はこのことについて一切知らない。

 

 ある一幕ではキラキラ健吾が青葉に盗撮もとい撮影に成功され、その写真は艦娘の子たちに密かに売買されている。因みに一番の高額はキラキラ健吾が満足げに微笑んでいる写真。一枚八万円也。

 

 購入した某一航戦空母曰く「これは譲れません。・・・これがバブみというものでしょうか」

 

 なお、たまたま近くにいた某鶴が某一航戦に抱腹絶倒した後気づいたら何故か入渠していたという事件があった。

 

「おーい健吾ー?」

 

 ふと気づくと空母棲姫が目の前で手を振っていた。

 

「いや、すまない。昔の提督の時を思い返していた」

 

 苦笑しながら頭を掻く健吾。そんな健吾を空母棲姫が心配そうに健吾を見る。

 

「そんなに提督って忙しかった?」

 

「ケースバイケースだな。何ら変わりない日は16時には終わるが、戦闘準備やら演習やらだと最悪日付は超える。それにウチは他のとこよりもいたずらっ子や酒飲みが多かったからな。そいつらのお説教やお酒に付き合ったりして、忙しくも楽しかったさ。」

 

 とても尊い大切だったものを思い返し空母棲姫に微笑む。空母棲姫はそんな彼の微笑みの裏にある寂寞を見逃さなかった。いつか彼が私の前から居なくなってしまうような気がして、空母棲姫は健吾のその微笑みが苦手だった。

 

「・・・そっか、ねえ健吾一緒に映画沢山見よっ!」

 

 ポンと柏手をし、適当に裏面にされているブルーレイディスクを手に取り健吾に見せる。

 

「あ”」

 

 健吾がしまったと声を出し空母棲姫が手に持つブルーレイディスクを取り上げようとする。

 

「ん?」

 

 しかし流石は空母棲姫。軽く身を躱し態度が変わった原因であろうブルーレイディスクを表面に翻す。彼女の目前に現れたのは”俺が拾ったイ級ちゃんが女に生まれ変わったので俺の女に仕立て上げた”・・・やたらとピンク色が使われているパッケージ。挙句の果てには何故かイ級が女の姿になり、あられもない痴態をさらしている。

 

「な・・・な・・」

 

 ワナワナと震える空母棲姫。

 

「アーオネエサン。ソレチガウ。ゴカイネゴカイ。ソレオッサンニ、ムリヤリモチカエラサレタモノ」

 

 棒読みをはるか遠くに通り越して外国人の片言になる健吾。

 

「ナラナンデカエサナカッタノ?ココニアルッテコトハソウユウコトダヨネ?ネエ?」

 

 悲報、空母棲姫のハイライトさんと言語さん死亡し空母棲姫さんに進化。

 

「いや、それはあのですね。海よりも高く、山よりも深いお話がありましてですねはい」

 

 空母棲姫のハイライトが消えた代わりに赤い光が彼女の目に宿る。それは空母棲姫がマジ切れした時に起こる現象だ。つまりどういうことかというと健吾の命の灯が風前の灯火である。頑張れ健吾ここを乗り越えれば今夜はドン勝だ。

 

「イイワケヲシナイ!!」

 

「イエスマム!」

 

 健吾が最早ここまでかと走馬燈を巡らす。

 

「もう!健吾も男の子だから仕方ないか」

 

 空母棲姫が大きいため息をつき顔を赤らめながらパッケージをしげしげと見つめる。

 

「・・・・え?」

 

 朗報、健吾今夜はドン勝確定。

 

「どうしたの健吾?」

 

 ぽかんとする健吾を面白そうに見やる空母棲姫。

 

「え、怒んないのかなと」

 

「オコッテホシイノ?」

 

 空母棲姫が空母棲姫さん化する。あかん、大人しくしとくべきやで健吾。

 

「そんな滅相もない。ふだんの貴女で居てください。何でもしますから」

 

 即座に頭を下げ、禁句を言う健吾。何も言わない空母棲姫に胡乱げに見ると空母棲姫がニマ~と笑っていらっしゃる。数秒前の己を殴り倒したくなる健吾であったが既にもう遅い、賽は投げられたのである。

 

「じゃあじゃあ!今度映画館デートしましょう!そこで映画館に行ってそれぞれ好きな映画見るの!男に二言は無しよ!」

 

 ぺかーっと笑う空母棲姫に毒を抜かれる健吾。健吾はもっと過酷なお願いをするものだと思っていた。それにしても空母棲姫は何ら人間のカップルと変わらないデートに憧れていたのか。そんな当たり前のことすらとても尊い出来事の様に捉えている節がある。

 

 健吾はそんな空母棲姫が考えている尊い出来事を当たり前にすると決めた。

 

「空母棲姫。その願いは勿体ないから別の願いにしておけ。映画館のデートは何回でも行くから」

 

 空母棲姫を優しく抱きしめ右手で彼女の頭を撫でる。すると空母棲姫も健吾に両腕を回し抱きしめる。

 

「えへへ、うん分かったわ。今すぐには思いつかないから後にとっておいていいかしら?・・・それともうしばらくこのままで居てほしいの」

 

「はいよお嬢さん」

 

 二人は暫く抱きしめあい、それぞれの体温と鼓動を確かめ合った。

 

「・・・ところで何でイ級が女性になったのかしら?敵をもそんな対象にするの?

 

「それはその作品の設定だろ。後者の質問は・・・結構こんな作品がある」

 

「・・・・・・人間は業が深いわね」

 

「・・・・・そうだな」

 

 改めて人間の欲望の闇を感じる二人であった。

 




一話で終わんなかっただと・・・正直艦娘の下り削ろうかと思ったけど、本編で全然艦娘出てきてないし、オリキャラばっかだから書いたけど、数人しか出れてねえ。/(^o^)\

なのにこんな拙作を読んでいただけて本当に感謝。感想評価、閲覧ありがとうございます。今後ともよろしくお願いします!

書きながら口の中甘くなったのでタバコ吸いながらドクペ飲みながら書いてたら、何を間違えたのかドクペに煙草の灰を入れる奇跡のオウンゴール・・・ではまた今度・・・


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フデヤスメ続き

お待たせしました。寝れなくなったので、ちょびちょび書いてたのを書きたいまま書いたらまだ続く羽目に・・・

登場する料理の作り方ですが筆者の我流ですので、あまり参考にしないでください。旨いものを食いたければ店に行くのが一番。


 AV事件の後、二人に気まずい雰囲気が流れる。この空気を打破しようと健吾が動く。健吾がテーブルの引き出しからA4程度の白い紙とマジックペンを取り出し、ソファーの前に配置されたテーブルにそれぞれを置き健吾はソファーに座る。そして紙に適当にマジックペンで縦の線、横の線を適当に書いていく。

 

「健吾?何をしてるの?」

 

 空母棲姫が健吾の右後ろから覗き込み問いかける。知っていてわざとやっているのか、空母棲姫の長い髪が健吾のうなじをさわさわと触れる—むず痒い。

 

「今回は俺がおススメする作品をチョイスするからさ、見る順番をあみだくじで決めてしまおうとね」

 

 確かに如何せん健吾の所有する映画作品は多すぎた。仮にも全てを見ようとしても二日や三日では到底全てを見るのは叶わないだろう。ならばすべてを見終えた健吾におススメを決めてもらうのは実に合理的である。

 

「ふふーん!健吾のおススメとは大きく出たわね。私は結構映画にはうるさいわよ?」

 

 両腕を腰に当て胸を突き出しドヤ顔をする空母棲姫。健吾はうなじの搔痒感が無くなったことに密かに安堵したが彼女の発言に気になる点があるので問う。

 

「いや、君初めて映画を見るんだろ?」

 

 健吾の純粋な疑問にドヤ顔のまま固まる空母棲姫。再び沈黙が訪れるかと思ったが健吾があみだくじの作業を続行した。

 

「待ってよ!構いなさいよ!」

 

 再び空母棲姫が健吾の後ろから顔を出す。今回は健吾の首に空母棲姫の両腕を回されるオプションつきで。

 

「今さっさと決めないと見終わるのが遅くなっちゃうだろ」

 

 空母棲姫に答えながらも作業の手を休まない。そんな彼の態度が面白くなかった空母棲姫が口を窄め健吾の体を揺らしながら拗ね始めた。

 

「健吾がつめたいー」

 

「気のせいだ」

 

「健吾が構ってくれなーい」

 

「今もこうして答えてるだろー?」

 

「私はもっと健吾と楽しくいたーい」

 

「俺は空母棲姫と一緒にいる今のこの時間がとても好きだよ」

 

 空母棲姫からの揺さぶりが唐突に止まりその少し後に首筋に軽い衝撃が来る。おや?と思い健吾が振り返るが空母棲姫の白い髪が見えるばかり。彼女から仄かに漂う甘い匂いが香る。

 

「空母棲姫?」

 

「・・・・・いきなりは卑怯よ」

 

 未だ健吾の首筋に顔を埋め、決して健吾に顔を見せようとしない空母棲姫が小声で喋る。

 

「何がだ?」

 

「だからさっきの健吾の言葉よ・・・私といるこの時間が好きって・・・」

 

 好きのセリフだけ更に小声になり、自分で喋って恥ずかしさから逃げるようにグリグリと健吾の首筋に頭を動かす。

 

「いたたた、空母棲姫少し痛いから止まってくれ。よし、止まったな。お前と暮らし始めてまだ短いが、最近時の流れが早く感じてな。一人の時は矢鱈と遅く感じていたのに・・それでお前と一緒にいるのが楽しくて好きだと気が付いたんだ」

 

「・・・・・うん。私もこうして健吾と一緒に居られて楽しいし、好き」

 

 事実、空母棲姫は健吾に無理矢理押し掛ける形で彼の家で一緒に暮らすことになった。その件で彼は空母棲姫を迎えてくれたが実は傍迷惑ではなかっただろうか、その不安があった。しかし先程の健吾のセリフで彼女の不安は払拭された。

 

「ところで空母棲姫、貴方の腕が俺の首を締め付けられて苦しいんですが」

 

 空母棲姫が健吾を見ると確かに彼女の腕が健吾の首筋を締めていた。健吾の顔色も悪く暫く彼女のあすなろ抱きに耐えていたのが伺える。

 

「あわわ、ごめんね!」

 

 空母棲姫が慌てて両腕を健吾の首から離す。締め付けが無くなったことにより十分に呼吸が出来るようになった健吾はせき込みながら息を吸う。空母棲姫が健吾の背中を優しく擦り呼吸を促す。

 

「げほっげほ!お、お前なぁ・・・」

 

 苦し気に空母棲姫を見やるが彼女はゴメンと手を合わせて健吾に謝るばかり。このアホの娘をどうしてくれようかと思っていると昼時を示すサイレンが島中に鳴り響く。

 

「げっ!こんな事してる間にもう昼になっちまった!!」

 

「あ~どおりでおなか減るわけね」

 

「ほら、だらけてないでお前も飯の手伝いしろ」

 

「えー?もう少しだけゆっくりしたい~」

 

「このわがまま娘は・・・」

 

 健吾の居なくなったソファーの背もたれに空母棲姫が両腕を伸ばしてだらける。折角の健吾の残り香と体温を感じていたかったのに、当の本人に空母棲姫の背骨に指を沿わされてしまって泣く泣くソファーと別れることとなった。

 

「ひゃん!ちょっと何するのよ!」

 

「何時までも動かないからイタズラしただけさ」

 

 被害者が抗議しても加害者は飄々として昼食の準備をする始末。

 

「何でそんなセクハラ紛いのイタズラするのかしら?」

 

「俺が手伝えって言ってもどうせ、もうちょっと~とか言ってすぐに動かないだろ?」

 

 恨みがましく健吾をジトっと睨む空母棲姫だが、健吾に図星を言い当てられ黙るしかなくなる。しかもなまじ空母棲姫の言い方が似ているので尚更質が悪い。

 

「・・・よく私の事分かってるじゃない」

 

「んー?なんか言ったかー?」

 

 空母棲姫のつぶやきは健吾の耳に入ることはなかった。空母棲姫は面白くなかったので健吾の昼食作りを観察することにした。

 

 健吾が鍋に水を大量に入れて更に大量の塩を入れる。そして三口コンロの右下に置き火をかける。まな板を取り出しニンニク、近所の方からお裾分けでもらったベーコン、健吾の畑から採れたアスパラガス、トマト、ニンニクを素早くカットしていく。鉄のフライパンにたくさんのオリーブオイルを敷き、先程カットしたニンニクを投入し左下のコンロに置く。

 

「あれ?フライパンを温めてからオリーブオイル入れるんじゃないの?」

 

「持論になるがその方法だとオリーブオイルの折角の香りが飛ぶんだ。だから最初にオリーブオイルとニンニクを入れてから火をかけると香りも飛ばないし、ニンニクの火の通りを調節しやすくなる」

 

「ふーん・・・それにしても健吾のその調理スタイルって言うの?カッコよくて好きよ!」

 

「別に普通のデニムにYシャツだが・・・?」

 

 目の前で意気揚々と此方にサムズアップをする空母棲姫に戸惑う。改めて健吾は自身の格好を見るが、提督時代に買ったデニムに白無地のYシャツだ。一体何が彼女の琴線に触れたのだろうか?

 

「まだまだ女の子の事を知らないのね、いいわ教えてあげる!」

 

 言うやいなやソファーの背もたれに腕を組み顎をついていた空母棲姫がキッチンに来る。

 

「健吾は普通の格好だと言ってたけど、キッチンに立つ休日の男で白Yシャツ、更に腕捲りが男のアダルトさを醸し出してるのよ!」

 

 目を輝かせながら空母棲姫が語りだした。彼女は普段は要領のいい女性だが、偶に現在の様にスイッチが入ってしまうと気分が高揚しマシンガントークが始まってしまい、トークの収まりがつかなくなる。マシンガントークをいち早く察知した健吾が止めさせるがてらキッチンから追い出す。

 

「分かったから、倉庫から玉ねぎを一個取ってきてくれないか」

 

「あ、ちょっとこれからだっていうのに!もう!」

 

 健吾は改めて昼食作りを開始する。右下にセットした鍋が沸騰していたので4人分のパスタ麺を投入した。配分は健吾で1.5人前、空母棲姫で2.5人前だ。空母なだけあって一般女性と比べたら健啖家だが、一航戦の赤青コンビと比べたら可愛い物だ。

 

 左下にセットした鉄のフライパンに火をつけ、中火にセットする。ニンニクが焦げないように軽くフライパンを回しベーコンを投入するとリビングのドアが開き空母棲姫が頼んだ玉ねぎを持ってきた。

 

「はい、言われた通り持って来たわよ」

 

「サンキュー、ついでにその玉ねぎカットしたらこのフライパンに入れてくれないか?」

 

 ’分かったわ’と言って手を洗った後健吾の隣に立ち、慣れた手つきで玉ねぎをカットする。

 

 空母棲姫はおばさんに様々な特訓を受けたお蔭で洗濯、料理、裁縫など出来るようになった。最初の彼女の料理は大変なものだった。野菜炒めを作ろうとし、揚げ物をするかの如く大量の油をいれ危うく火事を起こしかけたのだ。健吾は当初、油通しをするのかと思ったが野菜を入れてフライパンを振ろうとしたところで違うことに気付き、火を止めようとしたが時すでに遅し、天井まで届かんとばかりの火柱が上がった。呆然とする空母棲姫をすぐに退避させ大きめの濡れた布で窒息消化にしたのは記憶に新しい。

 

「切ったからフライパンに入れるわよ」

 

「おお、頼む」

 

 玉ねぎがフライパンに投入されたと同時にアスパラガスも入れる。ベーコンの香ばしい匂いと野菜の仄かに甘い匂いがキッチンに充満する。健吾がフライパンを振っていると隣から”く~”と可愛らしい腹の音が聞こえたので隣を見る。

 

「・・・こっち見ないで」

 

 頑なに健吾と視線を合わそうとしない空母棲姫に健吾はフライパンの中から一切れのベーコンを菜箸で取り出し空母棲姫の口元に差し出した。

 

「ほれ、味見してくれ。あーん」

 

「あ、あーん・・・うん!美味しいわ!」

 

「よっしゃ。もう少しで出来るから、皿とか用意してくれると助かる」

 

「はーい」

 

 空母棲姫が食卓にフォーク、お茶を用意するのを見てから健吾は締めに取り掛かる。ゆでていたパスタの煮汁をフライパンに入れて乳化させ乳化を確認したら潰しておいたトマトを入れる。フライパンを軽く振った後シンクにざるを用意し、ざるに鍋を傾かせパスタを取り出す。軽く水気を切った後フライパンにパスタを投入する。ソマトソースと材料、パスタが混ざったら塩コショウをふるい完成。付け合わせのサラダも適当にキャベツ、キュウリ、トマトをボウルに入れて漸く昼食が完成した。

 

「サラダとドレッシング食卓に持っていくわね」

 

「あいよ。じゃあパスタの盛りつけ終わったら早速食べよう」

 

「早くしてね!もうお腹ペコペコなんだから!」

 

 最近のテレビで流れている流行り歌を鼻歌で奏で、食卓へ歩く空母棲姫。健吾も早く昼食を摂りたかったので、盛りつけを急ぎながらも丁寧に整え空母棲姫が待ってる食卓へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

「う~ん!良い匂いね!」

 

 食卓に並ぶトマトソースが主体のパスタに、サラダを見て空母棲姫がこれ以上待ちきれないといわんばかりの視線を健吾に向ける。自分も少しは手伝ったとはいえ昼食作りの殆どを健吾が作ってくれたのだ。苦労した健吾より先に食べてはいけないと自身で自制する。

 

「よし!早速食うか、いただきます!」

 

「いただきます!」

 

 二人最初に手を付けたのはパスタだった。健吾はフォークでたくさんのパスタを巻き大口を開けて食べ、空母棲姫は少量のパスタを巻き小さく口を開けて食べる。

 

「うん、即席で考えた分にしては上出来かな」

 

「~~~っつ!美味しいわ!」

 

「そうか、ありがとさん。まだあるからゆっくり食べな」

 

「ええ!」

 

 そのままパスタをもむもむと美味しそうに食べる空母棲姫。

 

 健吾は部屋に食事の匂いが着くかと考え、部屋の窓を開ける。すると海の漣の音や海猫の鳴き声が健吾の耳朶に入る。何ら変わらない夏の休日の昼間、食卓からは舌鼓を打ちご機嫌な同居人。健吾は呆れと安心が混じった声をごちる。

 

「・・・・・平和だなぁ」

 

 

 




閲覧ありがとうございました。終わり方がなんか打ち切りっぽいのは気のせいです。
エタりませんからね(笑)
感想等待ってます!


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筆休め続きの続き

お待たせしました!仕事とプライベートが忙しく遅くなったうえに、文字数も少なくて申し訳ない。

最近は映画のドンドンパッ!を見てきました。子供の頃から洋楽は好きで特にクィーンは大好きなのですぐさま行って感動してきました。いい気分転換にもなりますね。

今回微妙なR-15掛かるかな?一応前書きで注意喚起ということで。


 昼食を摂り終え健吾が皿洗いをしようとすると,空母棲姫から皿洗いをするから健吾はゆっくりして。と言われたので健吾は空母棲姫に甘えた。

 

「どれ、早速あみだくじと、今日見る映画のチョイスを決めるとするか」

 

 健吾は再びソファーに座り午前中にほぼ完成させたあみだくじを見て、無為に一本斜線を入れてあみだくじが完成した。縦線が四本あり、横線が不規則に並ぶ何の変哲もないあみだくじだ。しかし四本ある縦線の上の余白の部分がある。ここには映画のジャンルが組み込まれる。「恋愛」「アクション」「アニメ」「ホラー」それぞれ表記され切り取られた四枚の紙。この四枚の紙をそれぞれの縦線の上に置き、描かれた線を辿るだけだ。逆にゴールとなる最下部の縦線にはそれぞれ「1」「2」「3」「4」と数字が表記されている。果たして空母棲姫は映画のジャンルをどの順番に見るのだろうか?

 

(最後にホラーがきたら面白いが確率は四分の一。まあ、そんなことには期待しないで彼女に任せよう)

 

 後ろをちらりと見る。空母棲姫が慣れた手つきで素早く丁寧に皿を洗っている。こちらの視線に気づいたのか首を小さく傾げる。健吾はなんでもないと言い微笑すると、向こうは作業の手を休め笑みを返した。この一連に若干の気恥ずかしさを感じた健吾は元に戻り映画の精選を始めた。

 

(こっぱずかしくなって思わず元に戻ったが、この赤面アイツにばれてないか!?ここで振り返ってアイツがまた微笑んでみろ!?恥ずかしすぎて死んじまう!!)

 

 内心恥ずかしさに悶えている健吾に対して空母棲姫は。

 

(耳まで真っ赤になっちゃって、健吾ったら可愛い!あれ、今のって新婚さんみたい?私と健吾が——?新婚さんだと、朝は夫の朝ごはんを作り見送って、昼に家をお掃除して晩御飯の用意をして、夜に帰宅した夫を出迎えて一緒に晩御飯食べて、同じベットで————あわわわわわわわ!?)

 

 当初は恥ずかしがる健吾を見て余裕のあるお姉さんの様に微笑んでいたが、何を妄想もとい、想像したのか分からないが茹蛸に負けない程に赤面する余裕のあるお姉さん。

 

(だ、だめよ!ま、まだ心の準備ができてないから!・・・・もう!そんな美辞麗句言って!え?本当に綺麗だって?お前が欲しいって?えへへへ、私が欲しいんだ?嬉しいな。・・・・健吾にそんなに求められたら断れるわけないじゃない。・・・・・・あのね、その・・・・初めてだから・・・・・優しくしてね?・・・・・・・あれ?・・・・健吾?目が怖いわよ?・・・・あ、ちょっとそこは!・・・・あ~れ~!)

 

「ふへ、ふへへ。ふへへへへへへへへへ」

 

 決して想い人には見せられない程に弛緩しきった顔を想い人の後ろでトリップする余裕のあるお姉さんこと空母棲姫。おばさんの手ほどきのお蔭なのか、妄想世界に浸りきりながらも皿洗いの手は止まることはない。

 

 こうして方や恥ずかしくて空母棲姫を見れない健吾と、健吾に見せられない弛緩しきった顔の余裕のあるお姉さん。おかしな状況が皿洗いが終わるまで続いた。

 

 

 

 

 

 空母棲姫がトリップしながら皿洗いを終えたとき、その時には健吾は大量にあるブルーレイディスクの中から四つのジャンルをそれぞれどれにするか逡巡していた。

 

(恋愛ものは梅雨時期の設定の作品がいいか。主題歌もいいしアイツなら気に入るだろう。アクションものは当然カーアクションだろ!!カッコいいBGMに派手なカーアクション。アイツも車やバイクに興味深々だったから丁度いい。アニメは魔法少女かな?ただ可愛い絵に反して脚本がえぐいけど、綺麗な音楽で調和される)

 

 健吾に選ばれたブルーレイディスクが三枚、彼の手元に置かれる。

 

(さて・・・・残るはホラーか。アイツって怖がるか?そもそも深海棲艦なだけあって遥か深く暗い深海から生まれ出でた者。んー、以前藪医者に怖がってたから大丈夫かな。なら呪われた家のやつでいいか)

 

 こうして健吾の手元には四枚のブルーレイディスクが収まり空母棲姫の為の映画観賞会の準備ができた。あとは空母棲姫にあみだくじで見る順番を決めてもらうだけだ。

 

「健吾!あみだくじと私が見る映画決まったの!?」

 

 空母棲姫が冷たい緑茶とおはぎをお盆に入れて健吾のいるソファーに寄る。ソファーの前に置かれたローテーブルに健吾の分の緑茶、おはぎが置かれ、空母棲姫自身も彼の横に座りあみだくじを眺めていた。

 

「おっと、下の数字は見ちゃだめだぞ。どの順番で見るのかも楽しみの一つだからな」

 

 健吾は下部に表記されている数字の箇所を折り曲げて見えないようにした。

 

「分かってるわよ、そんな無粋なことはしないわ」

 

 心外だと言わんばかりに両頬を膨らます空母棲姫に、健吾はごめんごめんと謝りあみだくじの説明をした。

 

健吾からの説明を受けた後、空母棲姫はあみだくじを一瞥し無為に線を足し満足気に頷く。

 

「これでよしと。じゃあ一番左を・・・んー、そうねアニメにして。その隣は・・・恋愛もので。次はアクションにして、一番右がホラーにするわ!」

 

 空母棲姫がローテーブルに置かれたあみだくじの上部に四枚に切り分けられたジャンルが表記されている紙を並べていった。

 

「因みに空母棲姫はホラーは得意か?」

 

「んー?苦手よ。できれば見たくないわ」

 

 もむもむとおはぎを食べながら答える空母棲姫。

 

「・・・驚いたどうしてまた?」

 

「あのね健吾。私にだって怖いものはあるのよ?例えば・・・あのお医者さんの変態染みた視線とか」

 

 以前の件を思い出したのか自身を抱きしめる空母棲姫。

 

「変態染みたというか、藪医者は確実に変態なんだがな・・・・けどこれは幽霊だぞ?」

 

 ホラー映画のジャケットを空母棲姫に見せるが、空母棲姫は頑なにジャケットを見ようとしない。

 

「黒髪の長い女でしょ?・・・・苦手なのよね」

 

 ジャケットを見せるなというようにホラー映画のパッケージを健吾の胸に押し付け、呻くように答える。

 

「黒髪の長い女の幽霊が?」

 

「ええ。とある海域でりっちゃん・・・・えーと離島棲姫と共闘してる時。ある朝に彼女の顔が朝起きたばかりの私の顔の目の前にあったのよ。それで酷く驚いて以来ダメなのよ」

 

 あの時の恐怖を思い出したのか、うあぁぁあああ~と力なくローテーブルに突っ伏す空母棲姫。健吾は彼女の射線上にあった皿コップ類を避難させ、元気づけるために彼女の頭を愛撫した。

 

(仲間をこんなに怯えさせる離島棲姫が凄いのか、仲間なのにこんなに怯える空母棲姫が酷いのか分からんな)

 

 内心苦笑していた健吾であった。

 

「この配置には意味はあるのか?」

 

「無いわね。全部わたしの勘よ」

 

 何だ、勘か。と内心健吾が残念がる。

 

「じゃあ結果発表やるかー」

 

「ふふーん。私の勘だもの!ホラーは明るい内にさっさと消化したいわね」

 

 健吾がおはぎを食べて満悦に浸りながら下部の折り目を広げる。こうして彼女は賽に投げられた。

 




閲覧、感想、評価ありがとうございます。

因みに今回の話にでてる映画は筆者が見て印象が凄かった作品です。

また少し期間開いてしまいますが書けるときにちまちまと書いていきますのでお待ちをば


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筆休め終わり

明けました(新年の挨拶)

先月から今月にかけてプライベートが忙しくなり、更新できませんでした。

眠気を我慢しながら書いてたら、なんかホラー映画がグロ気味に。グロ注意です。耐性無い人は無理せずに読まないで下さい。


 空母棲姫が勢いよくあみだくじを引いた結果。

 

「・・・・・」

 

 空母棲姫は震えながら自身の手を見やる。いや、正確に言えば自身の手に握られている紙をだが。

 

「・・・・・」

 

 苦虫を百匹も噛み潰したかのような表情で、じっとつい先程自分が付けてしまったあみだの線を憎々しげに見る。これさえ無ければ、トリにホラーが来なかったのに。何故あの時線を付け足してしまったのだろうか。いや、正直に言うと確率は四分の一だと高を括っていた。まさかホラーがトリには来ることはない。まどろっこしくなったが、簡潔に言うと浮かれていた。これに尽きる。この長ったらしい自問自答も何度繰り返したのだろうか。しかし、隣にいる健吾の笑顔が酷く癇に障る。

 

「まさかこうなるとは、ホラーが最後に来たら面白いのになと思ってたのに。・・・空母棲姫やりますねえ」

 

 健吾がとても嬉しそうに空母棲姫の肩に手を置き、爽やかな笑顔でサムズアップした。

 

「うるさーい!!」

 

「どれ、改めて見る順番を確認するぞ」

 

 怒りと恥ずかしさが爆発し、顔を真っ赤にしてわぁわぁと喚く空母棲姫の手から、健吾は素早くお目当ての紙を取りあみだを見る。最初に見るのはアクション、二番目は恋愛もの、三番目はアニメ、最後の締めを飾ることになったのはホラーだ。

 

「これは、お前さん。完璧に自滅だね」

 

 そう。最後に空母棲姫が浮かれながら付けた線が彼女の運命を決定づけてしまった。それさえなければホラーが最後になる羽目などにならずに済んだのに。

 

「うぅ、なんでいらない線を付け足しちゃったのよぉ。過去の私のばかー・・・」

 

 そのままおよよ。と空母棲姫はふらつきながらソファーから床に座る。健吾がまた変なことを企んでいるなと、怪訝な表情をしながら彼女の行動を見守る。床に座った空母棲姫は正座の構えを解き、自身の艶めかしい足を横に崩し惜しみなく健吾に晒す。彼女の足の付け根や臀部はもう少し足を崩せば見えてしまう。官能的なポーズをとるに飽き足らず、更に左手は口に当て上目遣いで健吾を見る。

 

 世の男がこれを見ると大体の男は直ぐに堕ちて、彼女の虜になり何でも言うことを聞いてしまうだろう。魔性の女、或いは薄幸の佳人を思わせる雰囲気を空母棲姫は持っている。

 

「ねぇ、もう一回しよ?」

「却下」

 

 即答で健吾は空母棲姫の力の籠ったお願いを切り捨てる。

 

「んなっ!なんでよぅ!少しくらい考えてくれたっていいじゃないのよ!?」

 

 余程最後にホラーを見るのが嫌なんだなと、健吾は苦笑しながら涙目になり抗議の声を上げる空母棲姫を宥めつつ説得する。一つは時間が無いこと、二つはそんなに怖くない映画だから、三つはそれでも不安ならずっと手を握ってるから。これらの説得で空母棲姫は大人しくなるどころか、上機嫌になりいつの間に買ってきたのか、ポップコーン、コーラを意気揚々と用意した。

 

「あ、健吾ー。映画館の雰囲気を出すためにカーテン閉めましょう?」

 

 早く早くーと言うや否や、ソファーに座りポップコーンの袋を開け数個自身の口に放り込み、ポップコーンの触感に舌鼓を打つ。

 

「あ、待て。俺も食いたいから待ってくれ」

 

 急いで部屋中のカーテンを閉め、光源はテレビのみとなった為部屋全体が一気に暗くなり足元が疎かになる。しかし健吾が長く住み使っている部屋の為、おぼつかずに空母棲姫の隣に座る。

 

「はい、健吾口開けて。あーん」

 

「ん。あーん」

 

 健吾が隣に座ったのを見計らい、ポップコーンを数個手に取り慣れた手つきで健吾の口に入れる。

 

「えへへ、美味しいね」

 

「うん、美味しいな。それじゃあ映画見ますか」

 

「お~!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人は映画の世界に付け込んだ。アクション映画では、敵が侍らせている煽情的な格好をした女優が現れる度に反応する健吾の脇腹を空母棲姫が抓り。ど派手なカーアクションには空母棲姫は瞳を輝かせ。恋愛映画では主人公とヒロインの甘酸っぱい行動に黄色い声を沸かせ、思いも寄らぬ別離に瞳を濡らし。アニメ映画を見る前に二人は夕食を摂った。その後アニメ映画では、女の子が不思議生物と出会ったことがきっかけで魔法少女になるシーンではしきりに不思議生物を飼いたいと健吾にお願いしたり。戦闘シーンでは様々な色彩を放つ攻撃に目を奪われ、大いに映画を満喫した。ここまでは。

 

「お、思ったより時間かかったわね」

 

 空母棲姫は満足げな顔をしながらも口元をひくつかせるという、曖昧な表情を浮かべていた。

 

「そうだな、アニメが時間かかっちゃたなー・・・どうした?もしかして微妙だったか?」

 

「いえ、全部面白かったわ!どの作品も見ごたえがあったし感動したわ。ただ、時間がね・・・」

 

 空母棲姫は壁に掛けられている時計を指さした。時刻は既に今日の日付を通り越して一時を回っている。

 

「いつの間にこんな時間になってたんだ」

 

 健吾もこれには驚いた。感覚的にはまだ九時かそこらだろうと踏んでいたからだ。

 

「どうする?空母棲姫。明日に回すか?」

 

 本当はホラー映画も見たかったが時間も時間だ。これ以上は明日に響くだろう。健吾は空母棲姫から肯定の声が聞こえてくるだろうと思った。しかし意外にも空母棲姫は健吾の提案を受け入れなかった。

 

「いいえ、このまま見ましょう?」

 

「どうしてまた?無理しなくてもいいぞ」

 

「だってホラー映画見てる時はずっと健吾の手を握っていられるんでしょ?貴方が隣に居てくれるだけで十分よ」

 

 空母棲姫は健吾の左腕に寄り掛かる。健吾はそれ以上言えず空母棲姫の思うままにさせた。

 

「それじゃあ、始めるぞ」

 

「え、ええ」

 

 そして遂にホラー映画が始まり、空母棲姫が緊張した面持ちで頷く。

 

 

 他の作品の映画の予告が終わり、本編が始まる。

 

 テレビの画面は黒一色だが、テレビからは登場人物と思わしき男性の声と女性の声が響く。何かに追われているのだろうか、悲鳴や怒号が入り混じる。誰かが追われている者に捕まったのだろうか一際大きな劈くような悲鳴が響いたかと思った刹那——ばきん、ごきんと何かを折る音。捕まったのはどうやら女性らしい。折る音がするたびに女性の裂帛の声が木霊する。女性は気でも触れたかのように、ひたすら何者かに謝り続ける。折る音がする、絶叫しながら謝り続ける。未だにテレビは黒一色しか映さない。——音に変化があった。折る音から次第に啜る音が空母棲姫の耳朶に入った。とうとう本当に気が触れた女性はけたけたと笑う。折る音、笑い声。啜る音、更に強く笑う声。空母棲姫はふと、女性と一緒にいたであろう男性の声が聞こえないことに気付いた。女性を囮にして自身は這う這うの体で安全圏に逃げたのだろう。空母棲姫は男性に強い嫌悪感を抱く。

 

 女性の声が笑い声から、げーーーーーー!と一際大きい叫び声を上げたかと思うと。ばぎん!と今までの折る音の中で一番大きい音が聞こえたのを最後に、女性の笑い声が聞こえなくなった。聞こえてくるのは啜る音だけだ。この時点で空母棲姫は既に涙目であり、健吾に思いっきりしがみ付いていた。

 

 啜る音がしなくなり、耳が痛くなる程の静寂が訪れる。空母棲姫は健吾に話しかけようとすると、健吾はしー。と立てた人差し指を空母棲姫の唇に押し当てた。空母棲姫は納得しないながらもテレビに視線を向けようとした時。どん!!とテレビから大きな音が流れる。その音に驚いた空母棲姫はすぐさまテレビを見やるが、先程の大きな音はまるで無かったかのように静寂を貫いている。

 

「く・・・・くっくく」

 

 先程の空母棲姫の驚き様が面白かったのか必死に笑いを堪えようとするが、中々堪え切ることが出来ずにわずかな笑い声が漏れる。それに気づいた空母棲姫が健吾に注意しようと、健吾に顔を向けた刹那——どん!!!また大きな音が響き、思わず素っ頓狂な悲鳴を上げてしまう空母棲姫。

 

「ははははははは!すまん、ちょっとトイレに行ってくる!」

 

 とうとう笑いを堪え切れずに決壊してしまう健吾。このままだと空母棲姫が正しくホラー映画を楽しむのに邪魔になってしまうと判断した健吾はトイレに避難する。空母棲姫は笑われるのは勿論の事嫌だが、それ以上に今はこの真っ暗な空間に一人取り残されることの方が嫌だった。

 

(お願いだから健吾すぐに戻ってきて、笑われたことには怒ってないから・・・嘘だ。後で怒るから早く戻ってきて健吾!!願わくばずっとテレビに変化が起こりませんように。大きな音とか出さないでよね!)

 

 空母棲姫の願い空しくテレビに動きがあった。しかしそれは大きな音ではなく、小さな明かりだった。空母棲姫はこれから自身に起こる恐怖に抵抗するために、半べそになりながらソファーの上で体育座りをし対ショック姿勢をとった。小さな明かりが近づいてきているのか、或いはこちらが明かりに近づいているのか次第に少しずつ大きくなる。どうやら明かりは火のようだ。徐々に徐々に明かりが大きくなる。明かりは向こうからこちらに近づいているようだ。明かり——松明を持った何者かが、徐に地面に松明を近づけた。そこには何かが横たわっていた。まだ距離が遠くて分からない。こちらは酷く怯えているのか呼吸音が乱れている。空母棲姫は体育座りのままチラチラとテレビを見る。怖さもあるが好奇心もある。ここまできたのだ、あれが一体何なのか気にもなる。まさかあの笑い続けた女性だろうか。やはり殺されたのだろう。声が一切聞こえなくなったのだから。

 

 今度はこちらが松明を持った何者かの所に向かっている。まだ距離があるがこちらはカメラのズームを使った。地面に横たわる何かが分かった。——男性だった。恐らく最初に怒号を飛ばしていたであろう男性だ。空母棲姫は女性だと思っていたばかりにこれには呆然とした。しかも男性の体がおかしい。酷く歪なのだ。仰向けに倒れ死に顔をこちらに向けられているおかげで男性と分かったが、左右非対称なのだ。五体はバラバラにされた挙句、片腕片足が上下逆に配置されている。左腕がある箇所には右足が置かれ。右足の箇所には左腕が配置されている。こちらが叫び声を上げ、脱兎のごとく逃げているのだろう。画面が大きく揺さぶられる。がん!!こちらが何者かに倒されたのだろう。こちらが持っていたカメラは地面に落とされ、幸か不幸かカメラはこちらの様子が映された。

 

 こちらは若い二十代の男だった。空母棲姫は何者かの正体がこれで分かるかもしれないと思ったが、何者かはたまたまだろうかカメラが顔の映る手前で止まり、暴れる男を引きずりながらカメラの映る範囲外に消える。ぐちゃり。音がするや否や突如カメラに変りはてた男の顔のアップが映される。

 

「ひゃぁぁぁあ!!」

 

 恐怖を堪え切れずに空母棲姫が叫ぶ。すぐさまカメラが反転し再び黒に戻りエンディングロールが流れる。

 

「お待たせー。待ったー?」

 

「きゃあぁぁあああぁあ!!」

 

 恐怖が怒涛の様に押し寄せてきて空母棲姫はもう限界だった。怖すぎて音に対する疑心暗鬼がいい例だろう。

 

「バカ!バカ!健吾!遅いわよー!バカー!」

 

 迷子になった小さな子供の様に泣きわめく空母棲姫。まさかここまで怖がるとは、健吾も空母棲姫を抱きしめ、あやしながら自省する。ホラー映画は大体が最後の最後に観客を怖がらせて終わるが、勿論この映画も例に漏れず最後の締めが残っている。何回も見ている健吾だが、空母棲姫をあやしているせいでその事をすっかり忘れてしまっていた。二人は抱き合っているが健吾は部屋の奥を、空母棲姫はテレビの方を向いている。空母棲姫はエンディングまで見切った安堵感に包まれていた。エンディングロールが終わり、初期画面に戻ると思ったが暗い画面が続くことに疑問に思った空母棲姫はテレビを注視してしまった。ばん!!と大きな音と共に女性の変わり果てた生首が画面に張り付き、何者かの下卑た笑い声で映画は終わった。そして空母棲姫の恐怖のキャパも超えてしまい気絶してしまった。

 

「なぁ、空母棲姫すまなかった。あそこまでお前が怖がるとは」

 

「べっつに~、どっかの薄情な誰かさんが中々戻って来ないせいで、私は心細かったな」-!」

 

「あのままだったら俺の笑い声で怖くなくなっちゃうだろ?」

 

「私はそれがよかったの!!・・・・ところで最後の最後であれは卑怯よ」

 

「なにが?」

 

「なにって、女性の生首投げられた後、下卑た笑い声してたじゃない」

 

「え?」

 

「え?じょ、冗談はよしてよ?」

 

「冗談もなにも、首は投げられるとしても、下卑た笑い声なんて入ってないぞ。あれは顔も声も一切出さない化け物がモチーフだから、声は無い筈だ・・・・」

 

「・・・・・・・う~ん」

 

「また空母棲姫が気絶した!?」

 

 

 

 




漸く筆休め終わった・・・次回から本編です。
アズレンのベルファストと間桐桜が可愛すぎてやばい。改めて可愛すぎて可愛い(語彙力)
閲覧、お気に入り登録ありがとうございます!いまだにハーメルンの機能使いこなせない・・


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ケンカと服装と

お待たせしました。ようやくの本編です。


 健吾はおばさんにしがみ付いて泣きじゃくる空母棲姫を黙って見るしかできなかった。彼女は、空母棲姫として(人類)から恐れられ味方(深海棲艦)からは信頼されていると思っていた。

 

 事実、確かに味方からは信頼されたであろう。しかし、それは空母棲姫としての力しか見られていなかった。幸いにも彼女には防空棲姫、戦艦棲姫らの知己がいるらしいが、もっと彼女に親身になる味方が居れば、彼女の疎外感は無くなることは無いだろうが、幾分かは和らげることは出来たのかもしれない。

 

 彼女の味方は深海棲艦、憎悪を糧に生まれ活動する。味方からしたらイレギュラー、バグなのはむしろ彼女の方である。深海棲艦にそんなたらればを用いても無意味なことだ。

 

 未だに空母棲姫に何と声を掛ければいいのか分からずに健吾が狼狽していると、それを見かねたおばさんが空母棲姫の頭を撫でながら健吾を呼ぶ。

 

「健坊。あんたね意地の悪い質問をするもんじゃないよ。空母棲姫ちゃんが救いを求めて遠路遥々やってきたんだよ、私たちは困ってる子を放っているような冷たい子に育てた覚えはないよ。それに、この子がそんな非道なことをすると思うかい?」

 

 心底呆れたようにおばさんがため息を吐く。

 

「・・・するとは思っていないが念のためだ」

 

 味方からは尊敬、畏怖の目で見られ、敵からは恐怖の対象でしかなかった鬼神もおばさん始め、島民の人たち相手には鬼神の名も形無しに頭が上がらないようで、おばさんの説教を受ける。

 

「もしかして空母棲姫ちゃんが深海棲艦だからかい?この子の人となりを見たら分かるじゃないか。そんな事は私よりも健坊の方が知ってるだろう?」

 

「まぁ、空母棲姫は他の奴らと違うのは知ってるよ」

 

「ならいいさ。ほら健坊さっさと仲直りしなさい。悪いことしたらどうするんだっけ?」

 

 あまりにも子供扱いをするおばさんに、健吾は苦虫を噛みつぶしたような顔で苦言をする。

 

「おばさん、子供じゃ無いんだからそれはやめてくれないか」

 

「あんたがいくら年を取ろうが、いつまでもアンタたち兄妹は私たちの子供だよ」

 

 そう言っておばさんは右手を健吾の頭に置き撫でる。あの余り手の掛からなかった健吾が説教されてるのも珍しいというのに、挙句の果てには頭を撫でられる始末。それを見た男性陣が早速揶揄いに走る。自身を揶揄う声を聞いた健吾は始め、恥ずかしそうにもがいていたが、それでもなお続く愛撫に諦めされるがままになる。それと同時に感謝の念とこの人たちには敵わないと思った。

 

 いつまでも続く大きな子供たち(男性陣)相手におばさんが二人の愛撫をやめて始動する。それを見た大きな子供たちが一目散に逃げていく。おじさんが酒を飲みすぎたのか千鳥足でおばさんから逃げようとするが小石に躓き転び逃げ遅れる。おじさんが助けてくれと仲間に手を伸ばすが誰も助けに行かずおばさんの餌食になる。

 

 おじさんを筆頭に大きな子供たちの絶叫のコーラスを背後に健吾がしどろもどろに空母棲姫に話しかける。

 

「く、空母棲姫。その、なんだすまんかった。お前はそんな奴じゃないと知ってるのに、もし他の深海棲艦同様に人を殺していたかと思うと冷静になれなかった」

 

「・・・そうよ。私の事信頼してくれてたんじゃないの?」

 

 半眼にふくれっ面で健吾を睨む空母棲姫。健吾もこれには尻ごみになるしかない。

 

「すまん、言い訳にもならんが深海棲艦を見ると怯えよりも先に怒りが先行してしまって・・・」

 

「まぁ、私深海棲艦ですしー。その中でも強い強い空母棲姫ですしー」

 

 完全に臍を曲げてしまった空母棲姫。気づけば空母棲姫のサイドテールもピンと逆立っている。このサイドテールは空母棲姫の機嫌と連動しているのかと一人驚愕する健吾。

 

「すまなかった空母棲姫。お前がそんな苦しみを抱えていたとは気づきもしなかった」

 

「・・・・因みに健吾から見て私はどう見えてたの」

 

「え・・・」

 

「怒らないから答えなさい」

 

 どもった健吾の様子を見て空母棲姫は絶対に碌な印象じゃないと勘づく。にっこりと優しい笑顔で健吾を問い詰める。

 

「いや、それ絶対怒る奴のセリフ」

 

「怒らないから、早く・・・ね?」

 

 これ以上の時間稼ぎは危険と判断した健吾は正直に答える。

 

「・・・とんでもないアホなおさせが来たなと」

 

「おさせって何?」

 

「・・・・痴女」

 

「私のこの格好のどこが痴女なのよ!!」

 

 案の定というべきかやっぱりというか。案の定、空母棲姫が怒る訳であって。怒ったのもおさせというキーワードが怒りのスイッチだった。彼女が怒るのも無理はない、どの女の子も自身の事を痴女と言われれば誰だって怒るむしろ訴えられてもおかしくはない。

 

「お前の格好だろうが!!肌色成分強いんだよ!ほぼ半裸じゃないか!」

 

 健吾も怒り返す。空母棲姫と出会ってこの服装でほぼずっと健吾の近くにいるのだ。空母棲姫の健康的なハリのある肌が常に健吾の視界に入る。元提督といっても提督以前に男なのである。健吾の理性は日々摩耗されていくばかり。

 

「な・・・!?この格好がおかしいっていうの!?」

 

「ああ」

 

「そんなまさか・・・おばさーん!!」

 

 あまりにもキッパリと答える健吾に私の美的感覚がおかしいのかと慄く空母棲姫。ならば同姓であり、師匠でもあるおばさんに白黒はっきり付けてもらうべくおばさんの元へむかう。

 

「おや、どうしたの空母棲姫ちゃん。健坊と仲直りできた?」

 

 死屍累々の光景にただ一人立つおばさんが苦笑しながら空母棲姫を迎える。

 

「い、いやあそれはもうちょっとなんですけど、私のこの格好っておかしいですか!?健吾におかしいって言われたんですけど!」

 

 異様な光景に怯える空母棲姫だったが、健吾のおさせ発言で怒りが再燃しおばさんに同意を求める。

 

「んー、空母棲姫ちゃんのお肌が沢山見えちゃってるから、新しい洋服買いましょう」

 

 間接的にお前の格好はおかしいと言われ、空母棲姫敢え無く撃沈。

 

「えー、俺らは今の格好がいいんだけどなー」

 

 おじさん、藪医者を筆頭にそうだそうだーと空母棲姫に男性陣からの同意の声が多数上がる。

 

 その声を聞き再び復活する空母棲姫。彼女の顔からは嬉々に満ちた表情を浮かべておばさんを見る。

 

「空母棲姫、気をつけろあのおっさんどもはお前のえろい格好を見たいだけに言ってるんだ」

 

健吾は空母棲姫の背中に今まで羽織っていた上着を着せ、肌色の露出を隠す。

 

「わ、あ、ありがとう」

 

「どういたしまして、さておっさんども。さっきは揶揄ってくれたり空母棲姫の格好みたりよくも俺らで遊んでくれたな」

 

 健吾は空母棲姫の頭をぽんぽんと撫で、おっさんたちと対峙した。

 

「おいおい健坊、ウチの母ちゃんならまだしもお前がこの人数に挑むのか?」

 

 健吾の目前には八人のおっさん達。それを見ても健吾は何ら憶することなく、掛かって来いとジェスチャーを送った。

 

「おうよ」

 

「っか~、言ってくれるねぇ。お前ら敵は健坊だが手加減はいらねえ!いくぞ!」

 

 おじさんの声を皮切りに一斉に健吾に迫る。対する健吾は慌てることなく、先頭のおっさんを正拳突きで迎え入れる。健吾の拳がおっさんの腹部に命中しおっさんが悲痛な声を上げて後方に飛ばされた。おっさんの後ろにいた二人は、突如こちらに飛んできたおっさんに対処することが出来ずにおっさん諸共倒れる。

 

「・・・・え?」

 

 誰が漏らした言葉だろうか、一斉に襲い掛かろうとしたおっさん達を除く五人は健吾とおっさん達を交互に見やる。健吾は腕の筋を伸ばしたり、屈伸したりと余裕そうだ。

 

「おー健吾ったら強いのね」

 

 あまりの出来事にフリーズしている五人を横目に、空母棲姫と女性陣がパチパチと拍手を健吾に送っている。更にその横ではおばさんがうんうんと納得したようにしきりに頷いている。健吾も健吾でどうもどうもーと会釈する。

 

「あー・・・健坊一つ言いか?」

 

「なんだ藪医者」

 

 おずおずと健吾に腕を上げ質問する藪医者。他の五人が顔を青ざめている事から、もう乱痴気騒ぎは起こらないだろう。

 

「お前さんそんなに強かったか?軍に行く前は、そんじょそこらの子供と変わらなかったと思ってたんだが」

 

 藪医者の至極真っ当な質問に空母棲姫、おばさんを除く島民が一斉にうんうんとしきりに頷く。

 

「海軍入って体鍛えただけだが?」

 

(嘘つけー!!!)

 

 不思議そうに首を傾げる健吾におばさん除く島民たちは心の中で叫ぶ。

 

 唖然としたままの男性陣を後にして健吾は空母棲姫と向かい合う。

 

「空母棲姫、今度服買いに行こう」

 

 健吾からのデートの誘いに島民の女性陣は黄色い声を上げてざわめき立つ。

 

「空母棲姫ちゃん行ってきなさい!」

 

「そうよ、健坊なら元提督だから甲斐性あるわよ!沢山お洋服買ってもらいなさい!」

 

「あたしいいお店知ってるから!今メモ書いて渡すから待っててね!」

 

 空母棲姫が女性陣にあっという間に囲まれて姿が見えなくなる。健吾は何時になっても女の人たちは買い物が好きなんだなと再確認して苦笑する。

 

「空母棲姫ちゃん、お店に行くのならその恰好だとまずいから取り敢えずはこの服で我慢して頂戴な」

 

 おばさんが手に持っていた紙袋から黒いティアードワンピースとつば広女優帽、ローヒールをとりだし、空母棲姫に渡す。

 

「え、こんないい服を頂いても良いんですか?」

 

「ええ、いいわよ。昔、若い頃に買ったのはいいんだけどあの人の前で着るのが恥ずかしくなっちゃって結局着れなかったのよ。押し入れにしまいっぱなしにするよりかは、空母棲姫ちゃんに着てもらった方がその服も嬉しいでしょうよ」

 

 この二つはどこかの高いブランド品なのだろう。ワンピースは手触りがとてもよく、デザインもフリルがあるものの落ち着いたもので、膝丈まである。帽子は頭に白いリボンが巻き付かれてあり、そのリボンが帽子の思い黒色との調和がとれている。ローヒールも帽子と同じ様なリボンが足の甲の所にちょこんと付いていた。歩きなれないハイヒールよりも歩きやすいローヒールを選んだのもおばさんの優しさだろう。

 

「さ、早速空母棲姫ちゃん着てごらんなさい。ほら健坊がエスコートしなきゃ」

 

 さあさあさあと、健吾と空母棲姫を健吾の家に押しやり、女性陣、男性陣仲良く酒盛りを再開すること十分後。漸く健吾と空母棲姫が現れる。

 

 女性陣は黄色い悲鳴と、男性陣は感嘆の声が上がる。

 

 おばさんから貰った三品を着た空母棲姫は貴族の令嬢のような気高く、気品のある佇まいだ。元々彼女の肌は白い。そこに黒と白で合わさったワンピース、帽子、ローヒールが更に彼女に映える。

 

 皆から注目されている恥ずかしさから、もじもじと両方の人差し指をつんつんと合わせる。いたたまれなくなったのか空母棲姫が健吾に助けを求めるために横にいた健吾を見るが、健吾も恥ずかしそうに顔を赤くし似合ってるよと言われ更に赤くなる。

 

「うん、空母棲姫ちゃん似合ってるよ。あたしの目に狂いは無かったね」

 

「母ちゃん、ナイスだ」

 

 おじさん夫妻が満足げに頷く。

 

「おばさん、こんなにいい服ありがとうございます!」

 

「いいよ、こっちもいいもん見れたんだからお相子様だよ」

 

 空母棲姫がおばさんに頭を下げる。本当にうれしいのだろう海風で帽子が飛ばされないように大事そうに胸に抱えている。

 

「おばさん、空母棲姫に服ありがとうね」

 

「ふふ、どういたしまして」

 

「ね、ねえ健吾。あのさ・・・」

 

 もじもじと恥ずかしそうに、健吾を見る空母棲姫。

 

「ん?どうした空母棲姫」

 

「そ、その私に名前を付けてくれないかしら」

 

「な、名前を付けてくれたら、今回の件は許してあげる!

 

 言い切ってしまったと、顔を真っ赤に染めて健吾を見るが帽子で自身の顔を覆い隠してしまう。またそっと帽子を下ろし、健吾がまだ此方を見ていることに気付くとまた帽子で顔を隠す。

 

「なあ、健坊やい」

 

 その一連を見たおじさんが健吾の肩を腕で組む。

 

「なんだおっさん」

 

「空母棲姫ちゃん、尊いなぁ」

 

「全くだ」

 

「あの子に似合う名前考えてあげな」

 

 そう言うとおじさんはおばさんの元へ向かった。

 

 




お気に入り登録、閲覧、栞ありがとうございます!
なかなか書く時間が見つからず亀更新ですが頑張ります。感想など頂くと励みになります。


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名は体を表す

ぽちぽち書いてたら出来ました。久しぶりにすんなり書けて進んだかな。短いけど。この筆の進みは常にこうでありたい


「名前かぁ・・・」

 

 つぶやき、今も帽子で顔を隠す空母棲姫を見る。白い肌、首、腕の黒く赤い線が入った肌。出るどころは出て、締まるところは締まっている。間違いなくその女性達が羨む体型だ。性格は天真爛漫でアホで泣き虫、泣いたかと思うとすぐに笑う。山の天気でもこんなにコロコロと変わりはしないだろう。これで深海棲艦の頭を張っていたというのだから頭が痛いが、今ここに居る彼女が素なのである。

 

 彼女は空母棲姫として生まれ、今まで自身を殺して空母棲姫として生きてきた—健吾と会うまでは。彼女は今まで頑張ってきた。

 

 空母棲姫であれと、どれだけ自分を追い詰め傷つけてきたのであろうか。ここに来てから、彼女は楽しそうに心から笑っている。

 

 願わくば彼女の幸せがいつまでも続くように。いつまでも彼女に笑顔の花が咲いていますように、両親を失ってから神様とやらに忌避し祈らなくなった健吾は、この時ばかりは天に顔を上げ神拝する。———空母棲姫の名前が決まった。

 

「空母棲姫、決まったよ」

 

 健吾が未だに帽子で自身の顔を隠したままの空母棲姫を呼ぶ。

 

「え、も、もう決まったの?」

 

 驚嘆の表情を浮かべ、健吾をまじまじと見る空母棲姫。無理もない、彼女が健吾に名前のお願いを依頼してから数十分と経っていないのだ。しかし、空母棲姫は健吾のことだから真剣に考えてくれたのだろうと信じることにする・・・流石にペット染みた名前は拒否させてもらうが。

 

 その様子を見た健吾は苦笑しながら手を軽く振る。

 

「いやさ、正直に言うと前からお前の名前をどうしようかと考えてたんだ」

 

「え?」

 

「いつまでも自分のことを空母棲姫って呼ばれるの嫌だろ?それは種族名であるだけだ。それはお前も嫌だし、俺も嫌だから勝手に何個か名前を考えさせてもらった・・・って何故泣く!?」

 

「え?あ、あれ、本当だ」

 

 空母棲姫の目から地面に流れ落ちる紅涙。空母棲姫自身も気づかなかったのだろう健吾に指摘されて初めて自身が泣いていることに気付いた。

 

「ど、どうした空母棲姫。また俺やっちゃったか?」

 

「う、ううん、違うの。違うの。ただやっぱり健吾は私の事を考えてくれてたんだって思ったら身体の奥がぽかぽかして、凄く胸が温かくなって。な、なんだろうこれ、健吾を見てる時と似てる?だけどこんなに温かいのは初めて。健吾、私、どうしたのかな。どこか欠損でもしちゃったのかな」

 

 とめどなく溢れる涙を拭くこともせずに、空母棲姫は健吾を見る。彼女は自身に起こっている出来事に戸惑いを隠せない。

 

「空母棲姫、おいで」

 

 腕を広げて泣き虫を自身の胸に抱きこむ。彼女の疑問に自身が答えるのは流石に憚られた。背中に空母棲姫の腕が回った感触がある。下を見るとすっぽりと健吾の懐に空母棲姫の華奢な身体が収まっていた。——温かい。これが空母棲姫の体温なのか。とくん、とくんと彼女の鼓動が伝わる。これが空母棲姫の鼓動音なのか。間違いなく彼女は今生きている。生きて自身の胸に収まっている。

 

 そんな普通で当たり前な事がどれだけ難しいことであるか、どれほどの薄氷の上を歩いて得た奇跡なのだろうか。健吾は唐突に両親を失くした時に普通が如何に困難であるのかを突き付けられた。もし空母棲姫が他の者と接触し倒されていたら?いまここにある普通は無かった。——兎にも角にも、空母棲姫は彼女は今自身の胸で生きている。その事実だけでよかった。

 

 空母棲姫は健吾の胸元に自身の頭を預ける。逞しい胸板と腕で自身を抱きしめられ彼の匂いと鼓動が感じられる。それだけでなんて多幸感なのだろうか。

 

 健吾は先程の問いには答えない、それは自身で探せという事なのだろう。それにしたって少しくらいはヒントくらい教えてもらえないのだろうか。そんな少し意地悪な鬼神さんには私の涙で彼のシャツを汚してしまおうと彼の胸板で顔を動かし涙を拭く。私の涙で彼のシャツの色が変わる。それだけで彼は私のものだという証拠をつけたみたいで興奮する。・・・はっ!いけないこれでは犬と変わらない。

 

 そういえば前に私が少し噛んでしまっただけで、にゃんこ棲姫なんて言われる始末。やっぱり鬼神さんは意地悪だ。だけど、そんな意地悪をもっとして欲しいと思う私は姫失格だ。いや、元からか。ここではみんなは空母棲姫ではない、私を見てくれる。とてもありがたいことだ。更に今から健吾から私だけの名前を教えてくれる。早く教えてほしいというつもりで彼の背中に回している両腕に少し力を入れる。ねぇ、健吾。私の名前を教えて。

 

 

「空母棲姫」

 

 健吾が空母棲姫を抱きしめたまま彼女の耳元で彼女の今の名前を呼ぶ。彼女を種族名で呼ぶのはこれが最後だ。

 

「はい」

 

 空母棲姫も待ち焦がれた様子で、健吾から出る言葉を一言一句聞き逃さないように更に耳を健吾の口元に近づける。

 

「君の名前は」

 

「はい」

 

「雀躍だ」

 

 名前を言われた瞬間、空母棲姫——雀躍の目が見開く。

 

「じゃ、じゃくやく」

 

 健吾は雀躍を引きはがし両手を雀躍の両肩に乗せる。

 

「ああ、お前の名前は雀躍だ」

 

「じゃく、雀躍」

 

 雀躍はふるふると静かに震えながら俯く。雀躍という名前が自身の身体に吸い込まれ温かな熱になるのを感じた。顔を上げると優しい顔で莞爾とした表情で雀躍を見つめていた。

 

「そう、欣喜雀躍の雀躍だ。お前には笑っていてほしいんだ」

 

 言ってしまった後に恥ずかしいセリフを言ってしまったと、健吾が顔を赤らめ気恥ずかしそうに雀躍から顔を逸らした。

 

 そんな恥ずかしがり屋で少し意地悪な鬼神さんに、雀躍は考えるより先に行動に移した。

 

「けーんご!」

 

「ん、なんっ!?」

 

 健吾の視界一杯に広がる雀躍の顔。と同時に唇に当たる柔らかな感触と、雀躍から香る仄かに甘い匂い。

 

「っぷはぁ。えへへ、ありがとうね!健吾!!んふふ、雀躍。雀躍か~。私は雀躍!うん、素敵な名前をありがとうね健吾!!」

 

 健吾との口づけを終える雀躍は腕を後ろに回して組み、鼻歌を歌いクルクルとワンピースの裾が舞い上がるのも厭わずに回る。回り終えると小刻みにスキップをしながら健吾に向かって破顔する。

 

「ははは、名は体を表すとは言うが本当だな」

 

 まさに今の彼女は雀躍そのものであった。

 




閲覧、お気に入り登録、栞、誤字報告ありがとうございます。やっとこさハーメルンの多機能フォームになれたと思います。思いたい。

正直書く前までは別の名前でした。しかし、個人的にも空母棲姫大好きなので幸せになって欲しいとの思いで急遽この名前にしました。前回のあとがきに読者さんに空母棲姫の名前当てゲームでもやろうかなと思いましたが、誰からも来なかったら空しいやんと思って止めました。

・・・今度名前当てゲームやれたらやりましょうか(笑)

改めてここまでの閲覧ありがとうございました。感想などマジでお願いしますー

因みにパソコンで雀躍と打つと寂用が出てきて軽くうっとうしいです(笑)



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門出

長らくお待たせしました。先日別の作品がこの作品に間違って投稿してしまうというミスをやっちまいました。報告してくれた方々ありがとうございます、それとすいません。


 

 

 健吾と空母棲姫改め—雀躍は自身の名前が決まり、改めて自己紹介を行う為に島民の元へと向かった。

 

「おばさん、おじさん、皆さんに聞いていただきたいことがあります。私の名前がきまりました!」

 

 雀躍が島民に向かって大声で呼びかける、最後は震え声だった事が島民達は気付いていた。しかし先程の健吾に詰問をされた時の悲しみに満ちた声では無い事が彼女の嬉々とした表情から用意に伺えた。余りにも嬉しそうな雀躍を見て島民は柔和な笑顔で彼女を迎える。

 

「空母棲姫ちゃん。もう決まったのかい?思ったよりも早く決まったねえ。」

 

「健坊、ちょっといいかい?」

 

おばさんが健吾を連れ出す。一体何事だろうかと考えつつもおばさんに着いていく。

 

「あれ?健吾?ごめんなさい、ちょっと待っててください!」

 

 おばさんに連れ出される健吾を見た雀躍が、首を傾げつつおばさんと健吾の元へと向かう。

 

「どうしたんだ?おばさん」

 

「健坊。まさかとは思うけど空母棲姫ちゃんの名前を適当につけた訳じゃないだろうねぇ。名前を着けるという事はその人の人柄を表し、一生その人に付き添う事になる大事な大事な儀式だよ?」

 

 おばさんは健吾に向かい含み笑いをするが、目は真剣に健吾の目をしかと見る。健吾も己の誠実さを示す為に真剣におばさんの目と向き合う。そのおばさんの少し奥の小さな茂みに良く見慣れた白いサイドテールがぴょこっと突き出ているのを見つけた。

 

本人は上手く隠れているつもりなのだろうか。健吾の視線が自身を向いていないことに気付いたおばさんが健吾の視線を辿り、後ろをちらりと見やってサイドテールを視認する。おばさんの口から失笑が漏れる。

 

「・・・オホンッ。あぁ、分かってるよおばさん。さっきこの子にも言ったが、前々から名前を考えていたんだ。いつまでも空母棲姫なんて呼び、呼ばれているこの子が寂しそうな表情を浮かべたらと考えたら我慢ならなかったからな」

 

「この子にばれない様に毎夜毎夜、辞典を開いて考えに考え抜いた末の名前をつけたんだ。それに適当に名前でもつけてたら此処まで喜んでる事なんざ無いと思う」

 

 な?と健吾が茂みに隠れていた雀躍に同意を得ようとする。すると雀躍は勢いよく健吾の左腕に抱き着きそのまま頬ずりをする。

 

「ぷっあははは、それもそうだね。ごめんね健坊、悪戯で言ってみただけよ。それにしても空母棲姫ちゃんはよっぽどいい名前を健坊に着けてもらったのね。見てるこっちまで嬉しくなるね」

 

「ええ、健吾にとても素敵な名前を着けてもらったもの。私、今とても幸せよ!」

 

 雀躍が先程より更に強く健吾の左腕に抱き着く。健吾は羞恥を我慢して悦に入る雀躍の頭を空いている右手で優しくそっと撫でる。

 

「おーい二人ともーイチャイチャするのは良いが、早く空母棲姫ちゃんの名前を教えてくれー!」

 

 おじさんがお酒を飲み、二人を揶揄うかのように急かす。揶揄われた健吾と雀躍は慌ててそれぞれ左腕を、頭を放した。

 

「・・・本当にあの人ったら昔っから空気が読めないねえ。折角健坊と空母棲姫ちゃんの幸せそうな顔拝んでたっていうのに・・後で折檻しなきゃあねえ」

 

 奥の底から低い声を出し、二人の仲睦まじい様子を楽しんでいたおばさんが立腹する。

 

「あはは、ま、まあ私たちも夢中になったのがいけないし。おじさんを怒らないで下さい」

 

「そ、そうだな。これは俺たちが悪いからおばさん怒っちゃだめだ」

 

 おばさんの立腹を宥める為に二人が干渉する。

 

「ふふっ、冗談だよ。空母棲姫ちゃんの新しい名前が決まったっていうのに、そんな無粋な事はしないから安心しな」

 

 あーはっはっは!!と健吾の背中を勢いよくバシン!と叩きそのままおじさんの所へと合流するおばさん。背中を強く叩かれ咽る健吾の背中をさする雀躍。

 

「相変わらずおばさんは凄いわねぇ・・・」

 

「そうだな、今回の事で一番喜んでるのはおばさんだろうな」

 

「え、そうなの?」

 

「ああ。あの人はお前の事を実の娘の様に可愛がってたからな。そんな大事にしてた娘のお祝い事だ、そりゃぁ喜ぶだろう」

 

「そ、そっか・・・えへへ。なんか恥ずかしいというか、嬉しいのがごちゃごちゃで良く分からないわ健吾」

 

「雀躍。その感情は照れると言うんだ。さあ皆の所に行こう。これ以上遅くなるとおばさんが暴れて手が付けられなくなっちまうぞ」

 

 おどけておばさんの暴れる真似をする健吾を見て、雀躍がケラケラと笑う。そして二人は漸く何時の間にか集まっている島民のもとへと歩を進める。

 

 

 

 

「お、来たか健坊。俺らだって早く空母棲姫ちゃんの新しい名前を呼びてえのに・・・焦らすじゃねえか」

 

 こちらに向かってくる健吾と雀躍を見たおじさんが早速揶揄いに走る。

 

「あはは、ごめんなおじさん。今この子が皆に教えるから」

 

 健吾が雀躍の背中を軽く押す。振り返り健吾を見て頷く雀躍、頷き返す健吾。

 

「皆さんお待たせしてごめんね。健吾にこの名前を付けてもらえた時本当に本当に嬉しかった」

 

 雀躍の一声で辺りは口笛や手笛、歓声で溢れる。

 

「そ、それじゃあ私の名前を言います」

 

 雀躍が恥ずかしそうに身を縮こませながら喋ると、島民たちの歓声がピタリと止む。ついさっき迄の歓声が嘘かのようだ。

 

「私の名前は、雀が躍ると書いて雀躍と言います。改めて皆さんよろしくお願いします」

 

 途端に先程以上の歓声が沸き上がる。

 

「雀が躍るで雀躍か!健坊!いい名前をつけたね!!雀躍ちゃん此方こそ改めてよろしくね!!あははは!めでたいねえ!」

 

「雀躍・・・健坊あの子にぴったりだな。あの子の支えになってやれ。雀躍ちゃんはお前を必要としているんだ。お前を頼りにしてる雀躍ちゃんの、女の子の期待に応えてやんないとな。なあお前ら!!」

 

「おーう!!!」

 

 島民の男衆に揉みくちゃにされる健吾。だが彼の表情はとても嬉しそうだ。

 

 

 

 顔を真っ赤にしながらも羞恥に耐え漸く、島民たちに新しい自分の名前を告げることが出来た雀躍。彼女は既に空母棲姫—悲しい寂しがりな一人の深海棲艦—ではなく雀躍—喜び笑顔に満ち溢れた女性—として新たな門出に立つ。

 

 

「あ、雀躍ー」

 

 健吾が男衆からのお祝い兼、雀躍ちゃん侍らせて羨ましいぞの嫉妬兼、ネーミングセンスもいいとかふざけんなの嫉妬という名の揉みくちゃ祭りからやっとのことで抜け出せた。死闘を演じたのだろう彼の服装は乱れに乱れているだけでなく、髪もぼさぼさになり普段の彼の格好からは乖離している。

 

「わ!健吾どうしたのその格好!?」

 

 急いで健吾の元へと駆け寄る雀躍。健吾に傷が無いかペタペタと健吾の胸元、腹、背中などを触る。健吾は彼女の小さな手が自身の身体の各所を弄られ、恥ずかしさとむず痒しさを感じるが、彼女の為すがままに成る。

 

「うん、怪我が無さそうで安心したわ。それにしてもこっちの男の人って元気な人が多いのね関心するわ」

 

 雀躍はしばらく健吾の身体の弄りという名の触診を終え、健吾の後ろに立ち、彼の髪をおばさんから貰った櫛で梳き整えていく。整えるといっても健吾は短髪なので然程時間は掛からないだろう。

 

「昔、漁とかで鍛えられた体力が有り余ってるからな」

 

「昔?今は違うの?」

 

「昔はここは深海棲艦が出る前は漁が盛んだったけど、深海棲艦が出てからは漁に行く回数が減ったよ。何故かは分からないが最近この島近海に現れる深海棲艦が減ったとか何とか。まあ食うに困らない分だけの漁獲量はあるさ」

 

「ふーんそっか・・・・あ”」

 

「ん?どうした?」

 

 今まで健吾の髪を梳いていた手がピタリと止まる。

 

「い、いやーそのーね?」

 

 しどろもどろになる雀躍に、絶対ろくでも無い事だと気付きため息を吐く。振り返り彼女と正対する。

 

「ね?と可愛い声で言っても誤魔化されんぞ。怒らないから答えなさい」

 

 ニ”ッ”コ”リ”と雀躍に健吾は今自分に出来る精一杯の爽やかな笑顔を雀躍に向ける。

 

「あ、あれ?何かデジャヴ」

 

「怒らないから、早く・・・な?」

 

 ずずいっと雀躍の顔面に己の顔を近づける。勿論彼女の頭の両脇には健吾の強く硬く握られた手が既にセットされている。

 

「ひいっ!!・・・・あのね、ここに流れ着いた翌日にね?イ級ちゃん達に健吾との時間を邪魔されたくなかったから、この島近海の子たちに大人しくしててって号令出しっぱなしだったの忘れてた・・・・」

 

「・・・・・・・・・」

 

「えーと・・・・テヘペロッ?」

 

 ボスクラスになるとイ級を始めとした姫、鬼級では無い深海棲艦に号令出す事出来るのかよと思ったり、雀躍の嬉し恥ずかしい理由に怒ろうか怒るまいか葛藤していた健吾だったが、雀躍の一言が余計だった。

 

「なんでそんな大事な事教えてくれなかったんだ!!このばか雀————————!!!!」

 

「に”ゃ”—————————————————!!!!ごめんなさいいいいいいいいいいいいい!!!」

 

 雀が鬼にアイアンクローで堕とされた。

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございました。感想、お気に入り登録などよろしくお願いします。

・・・一応今回の話で出てきたネーミングセンスに関しては自画自賛じゃないのであしからず。それではまた。


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出発

明けましておめでとうございます。


・・・気づいたら年を越していました。昨年は救急車で運ばれるわ、友人の結婚式ラッシュでおつつみクライシスでやばかったり色々とありましたが、めっちゃ機関空いてしまいましたね、申し訳!

短いってレベルじゃないですが取り敢えずどうぞ。


「雀躍ーそろそろ行かないと、本州に出る船に間に合わないぞー」

 

 健吾は今も着替えに勤しむ雀躍を急かしていた。

 

「今終わるからもう少し待ってー!」

 

 家の奥から雀躍の焦った声が聞こえる。健吾は彼女の何回目になるか分からない、もう少しを聞くと、またか、と独り言をこっそりとこぼした。

 

「あと15分で船出ちゃうぞ」

 

 健吾の家から本州まで出る船場までは歩いて20分強掛かる場所にある。走ればまだ間に合うが、今日の予定が始まる前に走って汗をかきたくない。とすれば早歩きで行くしかない。早歩きだと今この時間はギリギリなのである。痺れを切らした健吾が雀躍の様子を伺おうと靴を脱ごうとしたその時。

 

「ごめん!お待たせ!」

 

 以前おばさんから貰った衣装に身を包んだ雀躍がいた。焦りながら靴を履く雀躍から香水だろうか、淡く甘い花の匂いが彼女から漂う。今ここで彼女を誉めたら、調子に乗った雀躍がもっと誉めてと犬の様にしつこくせがみ、船に間に合わなくなると考えた健吾は彼女を誉めるのを後回しにして、船場へと促した。

 

 

 

 

 

 

 道中早歩きをしながら、彼女の服装を誉める。矢張りというべきか、このわんこはもっと誉めろと言わんばかりに健吾にしがみ付く。暑いから少し離れてくれと言っても、えへへ~と惚けた顔で腕にしがみ付く始末。我ながら彼女に甘いな、と思いつつ船場へと向かった。

 

 そんなこんなで船場に辿り着き、乗船手続き——といっても現代の様にQRコードを用いたデジタルな仕様ではなく、大人二名分の運賃を船頭さんに直接手渡しするだけだ。手続きをしながら船頭さんに冷やかされ、その冷やかしに未だ慣れない雀躍が赤くなった顔を見られない様に帽子で隠す。そんな見慣れた光景を見て、健吾は苦笑していた。

 

「おぉー・・・これが船なのね・・・」

 

 などと艦が言っております。

 

「意外だな、乗船したことがないのか?」

 

 甲板に立ち、波に従い上下に揺れる船に一喜一憂する雀躍。彼女は海から生まれた深海棲艦であるから、船など仲間などに協力して貰うなどして、とうに乗っているものではないか?と健吾は訊く。

 

「んー・・・頼めばしてくれたんだろうけど、相手の子に萎縮させちゃ申し訳ないじゃない?だから今日が初めての乗船経験なのです!」

 

 こちらに笑顔でピースサインを送る雀躍。そこには微塵も悲哀の相は無かった。

 

「そっか。なら今日はお前にとって初めてだらけの連続になるからな。初めてのデートなんだ一緒にもっと楽しもう」

 

 健吾が雀躍の頭を帽子越しに撫でる。

 

「えへへ。うん!今日はきっと楽しくなるよ!とことん楽しもうね!!」

 

 雀躍が健吾の胸に抱き着き綻んだ顔を覗かせる。

 

 

 

 

 

 

ボ———————————ッと船がどこか間延びした音色で乗客たちに本州が近い事を知らせる。その音を聞いた客たちが友人や家族、子どもと会話をしながら荷物を片し、いそいそと下船する準備を始める。

 

「この子の音は、どこかのんびりしてて可愛いわね」

 

 そんな客たちを尻目に、雀躍が笑いながら先程の汽笛の音を感慨深そうに転落防止用の柵を一撫でする。

 

「そうだな。子供の頃はもっとカッコいい音がいいのにと思っていたが、今ではこの音の方が好きだな」

 

 健吾は昔を思い馳せる。あの時は家族みんなで久しぶりに本州に出かけるといって、妹と喜んでいた。それで毎回汽笛の音で妹とケンカしていた。カッコいい方がいいと言ってきかない俺と、のんびりしたのが可愛いと言ってた妹。汽笛の音で必ずと言って良いほどケンカした。今思うと我ながらよくもまあ、小さなことでケンカして親父、お袋を困らせていた。

 

「健吾が子供の頃からこの子は仕事してたのね」

 

「ああ。俺が産まれる前からあったって聞いたな。この船ももうお爺ちゃんだろうなー」

 

「ふーん・・・愛されてよかったね」

 

 雀躍が愛おし気に柵を撫でる。眦を僅かに下げ柵を撫でる彼女は何を考えているのだろうか。今もなお健気に人間を乗せ仕事に勤しむ船を、我が子の様に撫でる雀躍を見て健吾は写真を撮った。

 

「あ、ちょっと何勝手に撮ってるのよ」

 

「あ、ごめん思わず撮ってしまった」

 

 先程の慈母めいた表情から一転し、子供の様に頬を膨らませた雀躍に笑ってしまう健吾。人の顔を見て笑うなんて失礼よ、とぷりぷり怒る雀躍の背を押しながら、ごめんごめんと笑いながら下船を促す。デートはまだ始まったばかりだ。

 




はい。最近この小説のリニューアルしてえなあと思いまして、筆者の気に入らないまま執筆してたら、うん・・・まあね・・

取り敢えずちらっと考えてるくらいです。もしやるとしたらこの小説はこのままにして、改。とかそんな分かりやすい感じでリニューアルした迂闊な拾い物でもかこうかと思ったり思わなかったり。取り敢えず暇な時間欲しい。


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初めてに失敗はつきもの

クッソ久しぶりの同日に二話ぶち込み。


「ふふふ・・・遂に来たわよ・・・本州に!!私は上陸した!!」

 

 下船し本州の土地に降り立ち、雀躍が諸手を上げそのまま伸びをする。身体を大きく反らすことにより、彼女の豊満なワガママボディが周囲の男たちは暴力的に見せつけられる。

 

「こないだ放送してたテレビの影響受けすぎだろ」

 

「テレビは良い文明よ?」

 

 元が付くこの悪の親玉の内の一人は、健吾と過ごすうちに確実に現代に適応しきっていた。いや、それどころか、現代日本に染まりきった。下手をすればネット界隈のネタなどは健吾よりも雀躍の方が詳しいだろう。

 

「課金はちゃんと自分のお小遣いで賄ってるんだろうな?」

 

「当たり前よ!!それよりほら、漸く夢にまで見た、本州なのよ?エスコートよろしくね鬼神さん?」

 

「はいよ、おまかせあれ」

 

 健吾に腕を伸ばし、これから始まるデートに心躍らせている雀躍を見て健吾はその腕を取り、町へと足を向ける。

 

 

 

 

 

 

 

「ねえねえ、最初はどこに行くのかしら?」

 

「最初は映画館に行こうか、今なら午前中だからそんなに人もいないだろ」

 

 あれから主要な駅まで直行するバスに乗り、駅に辿り着いた。道中のバスでは景色が良く見える窓側の席を雀躍に譲る。雀躍は田舎から都心へと向かう景色に頻りに目を輝かせていた。彼女からの何気ない質問から、時には調べないと分からないような質問に健吾は一答一答答えていった。今日は何て言ったって彼女との初デートなのだ、思う存分彼女は勿論の事、健吾も楽しもうと考えていた。

 

「はい!私買い物したい!」

 

「買い物したら荷物が嵩張って、映画を見るのに邪魔なるだろ。我慢しなさい」

 

「はーい・・」

 

 渋々といった雀躍に、健吾は仕方ないなと笑いながらチケットを二枚見せる。

 

「あ、それ前から私が見たかった映画のチケット!!」

 

「お前、CMで見るたびに散々見たいって言ってただろ?」

 

「うん、そうだけど良くチケット取れたわね!ネットでは直ぐ売り切れて見れないって言ってたのに」

 

「今日は平日だし、この映画館は穴場で余り人も入らないからな。予約してて正解だったよ」

 

「流石健吾!なら善は急げよ、早く行きましょ!」

 

 言うや否や雀躍は健吾の了承も得ずに健吾の腕を掴み、そのまま映画館へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 —————映画の上映が終わり、シアタールームから雀躍と健吾が現れる。片方は落胆し、片方は神妙な面持ちをしている。

 

「あんなに、席が動くものだったのね」

 

「だから言ったじゃないか、始まる前に或る程度食べておけって」

 

「だって勿体なかったもの!あぁ、ポップコーンが・・・」

 

 彼らはアクション映画——4DXを体験した。4DXとは簡単に言えば身体全体で映画を楽しむものである。映画のシーンで主人公が水に掛かれば、此方も前方から水しぶきを受けたり、風を感じたりする。更に大きな特徴が椅子が上下に揺れるという点だ。

 

 雀躍と健吾が指定した席に座り、本編が始まる前の注意事項等を伝えるシーンが流れている。健吾が買ったポップコーンと飲み物に一向に手を付けない雀躍。それを見た健吾が不審に思い尋ねると本編が始まる前に手を付けたくないと雀躍がごね、健吾が説得して不承不承とした感じで少しずつ口へと運ぶ。普段の健啖家ぶりはどこに行ったのかと見紛う程だった。健吾が手伝おうとするが時すでに遅し。本編が始まり、アクション映画なだけあっていきなり席が大きく上下に動いてしまった。

 

 いきなり席が上下に動いたことに驚く雀躍。宙を舞うキャラメル味の大量のポップコーン。哀れ、ポップコーン達は雀躍の胃に収まることなく冷たい床に落ちていった。三分の二をロストした雀躍は意気消沈したまま楽しみにしていた映画を見ることになった。

 

「映画終わった後床に落ちたポップコーン拾ったのはいいが、いつまで恨めし気に見てるんだよ」

 

「むうううう」

 

「今すぐとはいかないが、また映画見に行こう。その時は始まる前に予め食っておけばいいだろ」

 

「・・・約束よ」

 

「おう」

 

「所でずっと元気無かったけど、ちゃんと映画の内容頭に入ったか?」

 

「・・・入らなかった・・・」

 

「・・・リベンジだな」

 

「うん・・・」

 

 そういうことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、では気を取り直して」

 

「お昼ご飯ね!?」

 

 すっかり元気に元通りになった雀躍。お腹を空かせたのだろうか、先程から頻りにお腹をさすっている。

 

「昼飯食いたいか?」

 

「ええ。もうお昼よ?」

 

「そっかあ」

 

 確かに腕時計を確認すれば時計の針は0の数字を指すところだった。本当は服でも見に行きたかったが、今日の主役が昼飯を所望しているのならそれに従うまでだった。

 

「私ラーメンが食べてみたいわ!」

 

「イタリアンとかじゃなくていいのか?」

 

「んー、正直悩んだのだけれどイタリアンなら健吾が作ってくれるし。美味しいし。それなら食べたことのないラーメンを食べたいの」

 

「・・・中々嬉しいことを言ってくれる。雀躍に対する好感度が10上がりました」

 

「おお!中々上がったわね。上限はいくらで今の私のポイントは?」

 

「上限は1万点で今のお前は、さっきのポイントが加点されて50点だ」

 

「あんまりだ!!」

 

「さ、ラーメン屋に行くぞー」

 

「え、健吾。私が50点って冗談よね?ねえ健吾?」

 

「・・・行くぞー」

 

「ねえってばあぁあああ!!」

 

 逃げる健吾に、涙目で追う雀躍。この後二人は仲良くラーメンを堪能した。あ、雀躍が噴き出してラーメンが鼻に入って涙目になったのは秘密である。

 




感想、お気に入りなど待ってます。


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七時ころに猫は鳴く

大変お待たせいたしました。外出自粛で見たかった映画もイベントも無くなり不貞腐れ状態の作者です。相変わらず短いですがどうぞ。


 空母棲姫のてんやわんやな昼食の後、健吾達は腹ごなしついでに雑貨屋をめぐっていた。

 空母棲姫が唯一、健吾に―いや正確には、健吾の家なのだが。それは家の中の飾り気が無いという事だった。空母棲姫は昼頃に流れるトーク番組の可愛らしい雑貨特集を見て ふと思った。

 

(あれ、私の周りにハート柄の物ってあったっけ?)

 

  ありません。ある訳が無いのである。考えてみてほしい。秋田健吾は元提督であり、現役の頃は鬼神だ、何だと味方からは尊敬やら自分が所属する艦娘からだけでなく、他の鎮守府の艦娘からも大いに慕われていた。敵からは、畏怖や恐慌。会ったが最後、彼が腕を一振りするだけで死ぬ。といったあからさまに嘘だと思う噂でも深海棲艦側は事実と認識され一部からは死神と散々な評価を受けた健吾。

 

 そんな彼は今は故郷の実家に帰り、男一人で暮らしている。大事な事なので二回言うが男で一人暮らしである。そんな輩の家にハートの雑貨等置いている訳がない。仮にだが以前同棲していた前の彼女だとしたらまだ話は分かるが、生憎とその様なことは無い。故に無機質な彼の家が女の子受けしにくいのは当然の帰結である。

 

(よし、今度のデートで私好みの雑貨を買うのよ私!勿論健吾も気に入るような調理器具も買って二人仲良く料理もして・・・これが共同作業ってこと!?そうよね!そうに違いないわ!それで精力が付くご飯を食べて夜になって、私の艶やかな魅力に我慢できなくなった健吾が・・・うふふふふ)

 

 

 随分と雑な皮算用で幸か不幸か、そんな雀躍の思惑に気付かない健吾は彼女の行きたい雑貨屋へと一緒に歩く。

 

(確かに俺の家は女の子には随分無機質に見えてただろうな。だけど瑞雲とか烈風とかのプラモデルもいいと思うんだがなぁ、空母棲姫でもあまりそういうのは興味ないのかねぇ・・)

 

別の娘だったら沢山喜んでもらうという事を健吾は知る由もない。

 

「あ、健吾この豚さんの蚊取り線香可愛くない?健吾もこのキャラすきでしょ?」

 

 雀躍がおもむろに立ち寄った雑貨屋でジブ〇とコラボしていたのか、戦闘機乗りの主人公が蚊取り線香様に可愛らしくデフォルメ化されていた。

 

「ん?おぉ!よく見つけたな!買うぞ!ちょうど蚊取り線香が欲しかったところだったんだ。」

 

 

 自分が好きな映画のキャラであり、更にそのキャラがちょうど欲しかった蚊取り線香になっていて正に一石二鳥で健吾の気分が上がった。

 

 

「本当に健吾はその人・・人?好きよねぇ。私はこっちも可愛くて好きなんだけどなぁ。」

 

 

 そう言って雀躍が差し出したのは白トト〇だった。口をあんぐりと口を開けたトト〇の上には、トト〇と同じく口を開けたカエルがちょこんと乗っていて可愛らしい。

 

「それも可愛らしくていいな、雀躍二つとも買うか」

 

 

 言うや否や健吾がそっと丁寧に買い物かごに入れた。

 

「本当に?ありがとう健吾!!」

 

 

 雀躍が健吾の腕に抱き着く。健吾から蚊取り線香が割れちゃうだろ!と怒っているが彼も薄く笑っている。なんだかんだ言って健吾は雀躍に甘いのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから雑貨屋を巡った後に、雀躍念願のアパレルショップで買い物をした。途中試着室で着替え途中の雀躍が、わざと健吾に試着室のカーテンを開けさせて半裸の雀躍とご対面した健吾が雀躍を説教したトラブルなどあったが。

 

 二人は帰りの船を待っている。空は既に赤みがかっている。海上をひらひらと飛ぶ海猫が鳴いている。地平線に沈もうとしている太陽が、夢のような一日が終わってしまうという事を諭されているかのようで雀躍は太陽から目を背けた。

 

 

「雀躍」

 

 両手に沢山の紙袋を持つ健吾が雀躍の異変を感じ取り、彼女の名前を呼ぶ。

 

「んー?またお説教?本当に懲りたから人前ではもうしないわよ」

 こんな自分の些細な感傷に健吾まで付き合わせる気は無いと、おちゃらけて返す。

 

 

「人前じゃなかったらするのかよ・・・。雀躍また来ような」

 

 雀躍の頭を撫でようとしたが手荷物が多すぎて上手に彼女の頭を撫でることが出来なかった。

 

「・・・ぷっ!あはははは健吾ったらカッコ悪ーい!」

 

 

 手を叩きながら涙すらも浮かべて大笑いする雀躍。恥ずかしさから赤くなった顔を雀躍に決して見せまいとそっぽを向く健吾。

 

「けーんご!ありがとうね!」

 

 雀躍がそっぽを向く健吾の頬にキスをし、きつく健吾の身体を真正面から抱きしめる。

 

「おま・・!人前ではしないって!それに蚊取り線香がわれちゃうだろ!」

 

 別の意味で更に顔を赤くして胸元に見える髪の上に自身の顎を乗せる。相変わらず良い匂いがする彼女の幽香にドキリと胸騒ぎする。

 

「私が言ったのは無暗にはしたないことをしないって事だもん。健吾は何を考えてたの?健吾ってばムッツリさんなんだね~」

 

 

 健吾の胸元で隠れて見えないがきっとしたり顔をしているのだろう。その証拠に健吾の胸をうりうりと突いている。

 

「ふふふ、また感傷に浸ったお前を心配したのに・・・お仕置きだ!」

 

 

 雀躍の頭の上に載っている顎をグリグリと動かす、下からきゃーと楽し気な声が聞こえているから嫌がっている様子は無さそうだ。二人のじゃれあいは帰りの船が到着するまで続いた。

 

 

「着いたーーー!!」

 

 

「はい、無事に到着っと・・・ん?手紙?」

 

 

 自宅に着くころには既に空は暗くなり、満点の星空が現わしていた。先に雀躍がカギを開け、健吾が雀躍がカギを開けている間に郵便受けの確認をする。いつものルーティンだった。

 

「健吾ー開いたよー荷物頂。ん?どうしたの?」

 

 雀躍は神妙な顔持ちをしている健吾の異変を嗅ぎ取った。

 

「誰からの手紙?」

 

 

「呉安広さん・・・俺が入隊して直ぐ面倒を見てくれた人だ」

 

 

 荷物を雀躍に渡し、健吾も玄関へと入る。

 

「ふーん、健吾の上司か。で?そのくれやす・・さん?の手紙で健吾はおかしいの?いじめられたとか?」

 

 

「くれやすじゃなくて、やすひろな。いじめられるなんてとんでもない、あの人は俺に何でも教えてくれた人だよ」

 

 

「じゃあ、何で?」

 

 

 健吾を心配した雀躍が健吾のそばに近寄る。

 

「えーと・・・・その・・・」

 

 

「ん?言ってみなさい?」

 

 

 雀躍は健吾が言い淀む事は、今までの経験的に絶対ろくでも無い事だと分かった。なので今、この状況もろくでも無い事なので健吾に笑顔で詰め寄る。

 

「ぃました・・・・」

 

 

「ん?健吾、ハッキリと言いなさい怒らないから。ね?」

 

 

 嘘である。絶対に怒る、雀躍は決めている。何があろうと、絶対に驚かずに怒る。

 

話は変わるが、彼女は驚いたり感極まると猫語が出る癖があり、そのせいで健吾に限らず色んな人に揶揄われたのだ。一体誰だ。にゃんこ棲姫なんて言ったのは。こちとら誰もが恐れおののく空母棲姫だというのに。あのおじさんの娘さんたちに猫じゃらしを貰ったのはただのプレゼント。そうだ。そうに違いない。じゃないと泣く。

 

話を戻す。今までのも大したことは無かったんだ。今回もきっとそう、怒って風呂上がりのアイスは健吾の分も貰う。これはもうどうしたって覆せない決定事項である。さぁ、来てみなさい秋田健吾。私のこの広くて大きい度量で待ち構えてあげるんだから。心構え完了である。だが悲しきかな、真実は残酷である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・俺、お見合いする事になった」

 

「にゃにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」

 

 

 夜の初め頃。夜空に一匹の猫の鳴き声が響いた。

 




閲覧ありがとうございました。デート編は長引かせたくなかったのでサクッと終わらせてしまいました。書くと何故か長くなる・・・

雀躍えっちいの苦手じゃ無かったん?て思った方が居るかとは思うのですが彼女は自分から攻めるのはまだ平気。恥ずかしいには恥ずかしいんです。自分からと、他人から+不慮のえっちいのに弱いだけ。今回は初めてのショッピングデートだから浮ついてたんです。

次回から新しい章になります。また見てくれるとありがたいです。誤字指摘してくださる方ありがとうございます。助かります。感想、評価してくださると頑張れます。

それでは。


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タダより怖いものは無い

珍しく時間が空いたので、好機!とばかりに執筆。


―チクタク、チクタク。

 

 健吾のリビングに飾られている時計が正確に現時刻を一秒ずつ刻んでいく。リビングには、健吾と雀躍の両名が対面でソファーに座っている。

「むー……」

 

 雀躍が頬を膨らませ健吾を睨む。心なしか雀躍の目に涙が溜まっている。

「いや、だからな…呉さんの顔に泥塗る訳にはいかないんだよ」

 

 目の前で未だに機嫌が収まらない雀躍にどうしたものかと、後頭部に手を当て戸惑いを隠さず密かにため息を吐く。幸い、気付かれなかったようだ。

現在の様な喧嘩が勃発した理由は、先程健吾が言った呉さんの手紙が事の発端である。

――一時間ほど前――

「けけけけけ、健吾!?お、お見合いってどういう事なの!?」

場所をリビングへと変え、健吾の両肩を強く握る雀躍。健吾は雀躍の握る力が強すぎて思わず顔を顰めてしまう。その表情を見て、冷静さを取り戻した雀躍はごめん。と言って手の力を抜くが表情はキッと健吾を睨む。

「待て。手紙を斜め読みしただけだから、もう一度しっかり読む。」

 

 健吾は茶封筒に包まれた手紙をもう一度開ける。…茶封筒を留めるために張られた赤いハートのシールについては、二人とも突っ込みたくなかったのかスルーを決め込んだ。

『―残暑お見舞い申し上げます。立秋とは名ばかりの暑さが続いておりますが、お変わりありませんでしょうか。』

 

「待ってくれ!」

 

 手紙の読み上げを中断する健吾に怪訝な表情を浮かべる雀躍。

「ちょっと、どうしたのよ健吾」

 

「いやいや、これは違う。こんな丁寧な手紙を、ましてや俺に送って来る訳がない!」

 

「自分がお世話になった恩人に対してなんてこと言うのかしらね…」

 

 健吾らしからぬ混迷っぷりに呆れた眼差しを向ける雀躍。

「雀躍この手紙を書いてる人は呉さんじゃないんだ。そうだ。きっとそうに違いない…けど、字面が呉さんのだ!?嘘だろ!?まさか、年には勝てず丸くなったのか…」

 

 もし今呉が居たら迷うことなく、健吾の頭を容赦なく引っ叩いていたであろう。雀躍は今も尚混乱する健吾を横目に読み上げを健吾に変り続ける。

 

 

『お陰様で私たちの鎮守府は私、艦娘皆一同元気に過ごしております。少し困ったことに最近の艦娘は皆、貴方に会いたがっています。駆逐艦の娘に限っては何時会えるのかと、毎回毎回催促しております。ハーレム野郎がもげろ。…こほん。暫くは酷暑が続くと思われたのでどうぞご自愛ください。 PS・どうしてもお前とお見合いしたいっていう知り合いの親父さんに別嬪な娘さんがいて、その娘が希望してるから絶対に空けとけよ。本当にもげろ。かしこ』

 

「あぁ、懐かしい呉さんだなぁ」

 

「………………」

 

 健吾は恩人であり恩師の呉の所々混ざる罵倒に懐かしさを感じ昔を思い返す。雀躍は手紙を読んだだけで一癖も二癖もありそうな呉の性格を読み取った。しかし、雀躍が押し黙っているのはそれが理由ではない。

「なんで健吾は呉さんの艦娘に慕われているのかしらねえ」

 

「”え。それはあれだよ。よく呉さんの鎮守府に合同演習とかしてたからじゃないか」

 

「ふ~ん。それにしては駆逐艦の娘にはやたらと慕われているらしいじゃない。もしかして健吾って小さい子が好きな変態さんなの?」

 

 雀躍の瞳が怪訝な瞳から養豚場の豚を見る目に変っていく。

「断じて違う!!」

 

「本当かしら?まぁロリコンの変態さんだとしても、私が矯正してあげればいいだけだしね」

 

「話を聞いてくれ………ん?まだ茶封筒に手紙が残ってる?」

 

 健吾はぼやきつつ、茶封筒を捨てようとしたらまだ中に手紙が残っていることに気付いた」

「あら、本当ね。何かしら」

 

 健吾が手紙を取り出そうとした瞬間。

 ――ピンポーン

 

 玄関の呼び鈴がリビングに鳴り響く。

「すいませーん。秋田さんはいらっしゃいますかー?」

 

「はい、今出ます!」

 

 健吾と雀躍は何事かと玄関へと向かう。

「呉安広さんからお荷物届いてますー。」  

「え……」

 

 二人の話の中心人物からの宅配物に思わず健吾は身構えてしまう。

「ど、どうしましたか?」

 

「い、いえ、失礼しました」

 

「はぁ、でしたらこちらにサインお願いします」

 

 健吾は指定された箇所にサインをする。

「はい、ありがとうございましたー」

 

 次の家へと配送する為そそくさと足早に去る配達業者。最初から最後まで彼の視線は雀躍へと向いていたのが気掛かりであったが。雀躍が美人とはいえ、失礼な輩だったなと心呆れる健吾。

「ねえねえ、中開けてもいい?」

 

 待ちきれないのか宅配物である段ボールの前に座り、嬉々として健吾に許可を貰うのを待っている。因みに中身は海産物と書いている。

「海産物ならキッチンの方がいいだろ」

 

 二人はキッチンへと場所を移した。

「じゃあ、僭越ながら私が開けさせていただくわ!」

 

「待て、今カッターを持ってくるから」

 

「ん?いらないわよ?ほらスパーって簡単ね」

 雀躍はガムテープを自身の爪にあてがうといとも簡単に両断してみせた。

「おぉ、便利だな」

 

「ふっふーん。ではではご開帳~。おぉー!」

 

 中には冷凍されたマグロ、エビ、ホタテ、ウニなど中にはノドグロ、金目鯛など高価な魚介類も入っていた。健吾一人だけでは到底食べきれない程の量が入っていたが、ここには健啖家の雀躍が居る。大半は彼女の胃袋に収まるだろうな。と健吾は考えた。

「じゃあ、これらは近所にお裾分けするから余ったのは解凍して刺身なり、鍋にして食うか。手紙はその後だな」

 

 手際よく袋に海産物を分けていく健吾。雀躍も手伝い、二人で近所にお裾分けを上げに周った。

――お裾分けを上げに周り二人で海産物を堪能し、まったりと過ごしていた。

「それじゃあ、手紙の続きと行きますか」

 

 雀躍は言うや否や手紙を読み上げていく。

『よう、久しぶりだな健吾。お前の事だ一枚目の手紙を読んで俺の文じゃなくて混乱してたんじゃあねえのか。図星って顔してやがんのが目に浮かぶぜ。お前がまだ軍に居た時にはこうして散々お前を揶揄ってたのが懐かしいぜ。』

 

『話を戻す。少し前にちぃっと可笑しなことがあってな。鬼神と謂われたお前の知識を貸してくれ。正直、俺もまだ混乱しているのが本音だ。先日、資源獲得の為に遠征に出した暁、雷、電、響、天龍で編成させた五人が任務中の海域にて、戦艦棲姫、防空棲姫、駆逐棲姫、北方棲姫、港湾棲姫、離島棲姫らとばったり出くわしたらしい。…信じられるか?未開放の海域ならまだしも、解放済みの海域に荒唐無稽な隊列。しかも姫級のオンパレードだ。あいつらも轟沈を覚悟で戦い、返り討ちにあった。』

 

『ズタボロになって、腕一つ上げられないウチの艦娘どもを向こうは何を考えたか、近くの無人島に匿い治療を続けたそうだ。健吾。お前の言いたいのは分かる。嘘をつくならもっとましな嘘でもついてるさ。だがこれは事実だ。その証拠としてお前に届いた海産物があるだろ?それは姫級の奴らが、任務の邪魔と資源を捨てさせてしまったお詫びとしてウチの娘どもに渡したんだと。余りにも量が多くてウチでは食いきれないのと、話を聞いて貰いたかったからお前にやる。…こんな話どうやって報告すればいい事やら』

 

『もしお前が食ったんなら話が早い。手伝え。お見合いの件も、今回の前代未聞な件も。ウチの艦娘どもが何時になったら会えるのかうるせえんだ。……健吾。あの時お前を助けてやれなくて申し訳なかった。あの時俺にもっと力があれば、お前はまだ軍に居ただろうに。今でも軍にはお前の復帰を熱望している奴らは軍人限らず、艦娘たちがいる。……指揮官としてでなくてもいい。いつでも俺んところに遊びに来い。あ、お見合いの日は絶対に空けろよ!いいか!絶対だぞ!!その日に話でもしようや。じゃあな」

 

 リビングが静寂に包まれる。

「すごい、話の内容が凄すぎて頭に入ってこなかった」

 

 頭を振り、再び手紙を読み必死に内容を理解しようとする健吾。

雀躍は心ここに非ずといった様子で虚空をボケーっと見つめる。

「姫級だと…果たして本当にそんなことが。暁ちゃんたちは大丈夫なのか?いや、だがここにその証拠の海産物がある。……ん?おい?雀躍、どうした」

 

 顎に手を当てリビングの部屋をうろつき思考する健吾が雀躍の異変を感じ取った。

「健吾。もしかしたらその娘たち、私の知り合いかも…」

 

「な、なんですとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!??????」

 

 夜遅くに鬼神の絶叫が鳴り響いた。

 




投稿フォームで書かずにワードで書いたものをコピーして貼り付けると、行間がおかしくなる…投稿フォームだと書きづらいしどうしたものか。

以前書き直す云々言ってましたが、一通り簡潔させてからリメイクとします。
二転三転して申し訳ない…

ここまで読んでくださりありがとうございました。誤字、感想、お気に入り待ってます。

ご指摘、感想ありがとうございました。


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表面と裏面

お待たせしました。難産過ぎてモチベが下がってしまい時間が掛かってしまいした。完結目指して頑張りますので長い目で見てやって下さい。


雀躍の唐突なカミングアウトに驚く健吾。健吾に大きな爆弾を投下した当の本人は、羞恥と困惑が入れ混ざった様な複雑な表情を浮かべ、両手の人差し指をちょんちょんとつつき健吾を上目に見やる。よく見ると羞恥の方が強いのだろう。僅かに頬の赤らみが分かる。

 

 

「いや~・・・うん。その~・・・ね?」

 

 

――可愛い。話の途中だが、雀躍は狙ってやっているわけではない事を予め前述させて頂く。

 

 

今、雀躍は両腕を縦に構え人差し指を互いにつつきあっている。という事は必然的に雀躍が持つ脅威な胸囲装甲は胸部の上で人差し指をつつくのが行われているお陰で、胸部が両腕で挟まれている状態になる。そればかりか雀躍の立派な胸部が逃げ場を見失い、人差し指をつつく度に上下に動いている。

 

 

健吾は無意識のうちに雀躍の胸部に目が行き――離せなくなった。雀躍がつつくと胸部が上に。離すと下に。その繰り返し。健吾の視線も上下に動く。

 

 

平均、或いはそれ以上の胸囲がある女性ならばこんな事は起こらないだろう。しかし雀躍のそれは、男性は勿論の事。女性すらもマジマジと見て思わず驚嘆し、呆れる程の胸囲を持つ。

 

 

健吾も巷では鬼神だなんだと謳われ、畏怖の対象とされているが、それ以前に歴とした人間であり男である。故に欲を持っている。当然目前で男を駆り立てる仕草をすれば、情欲が生まれてくるのは致し方ない。むしろ情欲のままに雀躍に求めることを賞賛すべきである。ただでさえ、圧倒的な胸囲が目前で艶めかしく動いている。それに加えて、雀躍の上目遣いが非常にこちらの庇護欲を駆り立てている。

 

 

このまま情欲に身を任せ、雀躍の豊かな肢体を堪能したい。だがそれは自身を信頼している彼女を裏切る行為。健吾は情欲に負けそうになった己を猛省し、拳で己自身の右頬を強く打ち付ける。

 

 

「健吾!?」

 

 

いきなり自分の頬を容赦なく殴りつけた想い人に驚く雀躍。すぐにティッシュで健吾の口元から滲む血を優しくふき取る。

 

 

「ありがとう、そしてすまない」

 

「本当よ!なんで貴方って人は突拍子も無しにこんな馬鹿な事するのよ!!」

 

 

「・・・・・・すまん」

 

 

目を伏して、しょんぼりと大人しく雀躍の手当を受ける健吾。普段から常にしゃんとした姿からは掛け離れた姿に雀躍は表面上は自傷した健吾を諌め、心密かに喜んでいた。

 

 

(~~~~っハア!!ダメダメダメダメダメ!!!我慢よ!!我慢よ私!!普段は俺様でツンツンデレな健吾が!あの健吾が!!捨てられた子犬みたいにしょぼくれてる!!!可愛い!!すぐに家に持ち帰ってシャワー一緒に入って思い切り抱き締めたい!!嫌がって抵抗するけど結局適わなくて不貞腐れて諦める姿を見てみたい!!!・・・だけど、しょぼくれる度に健吾が傷付くのは見たくないわね。今回は自分自身でやった事だから怒るしか出来ないけど、もし私の健吾を傷つける奴がいたら徹底的に徹頭徹尾、悉くを私の持てる力を全てでオ・イ・タしてあげなきゃねぇ。)

 

今も尚、軽く眉を顰めている表情をキープし健吾に説教を続けながら治療をする雀躍。健吾は自省の念から大人しく正座し雀躍からの説教を聞き、治療を受けている。よもや、雀躍がフィーバーしているとは夢にも思わないだろう。健吾が雀躍はどのくらい怒っているのだろうかとチラリと視線を上げ見やる。未だに眉を顰めている。・・・大分怒っているなぁ。大人しくなすがままにされよう。視線を下に向ける。

 

 

(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はっ!私生きてる?何あれ?今の何?ちょっと、不意打ちとか狡くない?それは卑怯よ。いくら大好きな健吾でもいきなりのそれは戴けない。戴けないわ。上目遣いやるなら前もって言ってくれないと、私にも心構え?気構え?なんかそんなサムシングがあるのよ。お母さん、お姉さんにも言われなかった?そんな乙女のガード無効化攻撃とかチートよ、狡っこいわ。だから何でもするからもう一回やって下さいコノヤロー!!あ、やる時はちゃんと教えてね、カメラ回して録画して永久保存して私とせっちゃん、くぅちゃん、ちーちゃん、こうちゃん、りっちゃんのオカズ(意味深)になるから、だからもっかいこっち向いて。向きなさい。向きやがれ健吾ーーーーー!!」

 

 

いつの間に装備したのか、雀躍の手にはビデオカメラがある。尚、彼女から勢い良く溢れ出す鼻血のお陰で乙女とは掛け離れた様相なのは言うまでもない。

 

 

(・・・・・・俺が自省の念でいたっていうのに。当の本人は訳の分からない言葉をピーチクパーチク喚いてんのかぁ・・・・・・業が深いな・・・)

 

 

ゆらりゆらりと酷く緩慢な動きで立ち上がる。思いの外時間が経っていたのだろう、足に微かな痺れを感じる。しかし、正座に慣れている健吾はこの痺れをものともせずに雀躍に歩み寄る。視線を床に向けたまま。雀躍の足元に赤い点が連なっている。

 

 

のそり・・・のそり・・・と雀躍に歩み寄る。その姿はさながら幽鬼の如く。余りにも普段の、先程の萎れた姿とは掛け離れた健吾にさしもの雀躍も恐れを抱く。

 

 

「け、健吾ー・・・まだ私のお話終わってないんだけどなー・・・。あ、あと、怖いからそれやめて戴けるとありがたいかなー?」

 

 

「んー?」

 

 

勢い良く顔をバッと上げる。口は緩やかな弧を描くが目は描いておらず。光もない。口元に乾いた血が付いているのが更に恐怖を増している。

 

 

「ピッ!!」

 

 

自身の恐怖のキャパシティを超えたのか、後ずさりして尻もちを着いてしまう。

 

 

「こっちを向けって言ったのに、その反応は酷いんじゃないか?んー?」

 

 

「な、何でそのセリフを・・・」

 

 

「いきなり、ブツブツ独り言喋ったかと思ったらいきなり叫ばれたらな。」

 

 

「・・・・・・はっ!!」

 

 

咄嗟に雀躍は自身の口を両手で塞ぐ。すぐさま目の前の阿呆の頭をとっ捕まえ、何時ものアイアンクローをキメる。

 

 

「ピャッ!!・・・・・・あいたたたたたた!!!痛い!痛いわ健吾!!」

 

 

「痛くしてるんだから当たり前だろう?」

 

 

何当たり前の事を言ってるんだ?そう言わんばかりに首を傾げる。

 

 

「最低だこの人!!」

 

 

ギニャ~~~~!!と猫の叫び声をあげながら、今も尚キリキリと自身の頭を締め付ける腕を振り払おうとしても、何故か振り払えない。何とか抜け出そうと四苦八苦している。

 

 

「ところで、せっちゃん、くぅちゃん、ちーちゃん、こうちゃん、りっちゃんとは誰だ?」

 

 

先程の抵抗が嘘かのようにピタッと止まる。

 

 

「・・・私そこまで喋ってたの?」

 

 

「俺が聞いたのは『私生きてる?』から。」

 

 

「最初からじゃないのよ!!」

 

 

思わず、頭を抱え床にうずくまろうとする。が、健吾のアイアンクローのせいで途中で低頭した状態で止まる。

 

 

「ここまでやる!?うずくまらせなさいよ!」

 

 

「その前に、情報。はよ。はよ。」

 

 

「鬼!悪魔!健吾!・・・・・・その四人は前に言った戦艦棲姫、防空棲姫達のことよ。」

 

 

更に雀躍は説明を続ける。一応真面目な話になる為アイアンクローは外した。

 

 

「戦艦棲姫のせっちゃん。防空棲姫のくぅちゃん。駆逐棲姫のちーちゃん。港湾棲姫のこうちゃん。離島棲鬼のりっちゃん。この五人ね。」

 

 

「それはまた随分なメンバーだな。・・・・・・ん?それは俺に会いたいとか言ってた娘か?」

 

 

「そうよー。あの娘達ったら私達の集会に会う度に、早く鬼神に会いたい!早く私を使ってほしい!とか言うのよ。・・・・・・いや、あの娘達なら健吾に会わせてもいいかしら・・・・・・」

 

 

「最後呟いてて聞こえなかったけど、その娘達は雀躍の友人なんだな?」

 

 

「ええ。私と同じ周りに馴染めなかったイレギュラー。更に北方棲姫のぽっちゃんも加えて六人よ。」

 

 

「そうか、雀躍がお世話になったのなら挨拶に行かなきゃな。」

 

 

「ええ。健吾、忘れてると思うけど呉さんの艦娘達に会ったのは十中八九その娘達だと思うわ。」

 

 

 

「やっぱり?深海棲艦側でわざわざ敵である艦娘を助けるなんて事はしないだろうしな。ふむ。顔見知りの艦娘助けてくれてありがとうだな。」

 

 

「ふふふ。そのセリフはあの娘達に会って伝えてあげなさい。泣いて喜ぶわよ」

 

 

それは流石に冗談だろう?と思った健吾だったが雀躍は自分が褒められたのかの様に、嬉しそうに微笑むばかり。あながち冗談ではないのだろうな。健吾は雀躍の頭を撫でる。雀躍も健吾の腕に頬を擦り寄せ言外にもっと撫でろと強請り、健吾もそれに応える。

 

「・・・・・・・・・問題は呉さんがセッティングしたお見合いと、この件をどうやって説明するかだなー・・・・・・」

 

 

――まだまだ健吾の苦悩は続く。




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