夢の果て いつかの約束 (サルスベリ)
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第一章 動乱と混乱と鎮守府強奪編
ハロー見知らぬ場所


 
 テラ・エーテルとホシノ・ルリの鎮守府生活第二弾です。

 設定は削ったもの、引き継いだもの、色々ありますが。

 とにかく読んでいただければ。

 皆さまの日常の小さな楽しみの一つになればと考えています。

 では、どうぞ。



 広い海、青い空、眩しい砂浜。

 

「じゃないな、これ」

 

 軽くため息をついて座り込んだ彼―テラ・エーテルは、一面の大パノラマを眺めながら、どうしようと考えていた。

 

 銀河の大航海時代に生まれたとはいえ、惑星暮らしをしたことがないわけでもなく、まして海などは日常的に見慣れていた。

 

 宇宙を進む軍艦が、惑星内の海上からの発進が大好きとか、そのほうがかっこいいとか訳が解らない理由を言って、誰もが固執するものだから。

 

「宇宙の海は俺の海とか言った人がいたなぁ」

 

 今は関係ない話だ。

 

「どちらかといえば、『宇宙の海は俺のもの』ですね」

 

「言わないでよ」

 

 背後からの声に振り返ると、ちょっと困った顔をした少女がいた。

 

 少女、いやもう女性か。十八歳ってどちらなのかテラは迷ったが、とりあえず彼女の名前を呼ぶ。

 

「で、ルリちゃん、どうしたのさ?」

 

「はい」

 

 名を呼ばれた彼女は、困った顔をしたまま、少しだけ体の位置を変えて右手で後ろを示した。

 

「あの瓦礫の山ですが」

 

 いかにも建造物が倒壊したというような山があって。

 

「バッタ達が泣きそうな顔で『修理していいですか』って言っています」

 

 黄色い物体の集団が、プラカードを抱えて四つのカメラからオイルを流していた。

 

 『修理させて』、『再建させて』、『壊れたまま放置は無理』、『私たちに仕事を』、『もういっそやっちゃっていいよね』、などと書かれたプラカードを持った集団は、悲しそうな音を出しながらも近寄ってこない。

 

「デモ?」

 

「ストライキに発展しそうですけど」

 

「いや、あれって俺達の領地でも関わりのある場所でもないよね?」

 

「バッタ達にそれが通じれば、ですけど」

 

 通じるわけがない、とテラは思った。

 

 彼らにとって瓦礫は除去するもの、壊れた者は修理するもの、だ。

 

 無関係なんて関係なく、そこにあるから実行する。まさに『山があるから昇る』という簡単な話だ。

 

 しかし、ここはまったくかかわりがない場所。その上で、この世界は単一惑星国家でもない。

 

 人類は未だ、宇宙にさえ言っていない世界。やっと空を飛ぶことができたといった科学レベルの世界だ。

 

 技術レベルを抑えての再建、なんてバッタ達が許すわけがない。

 

 ダメといったら彼らはそろって集団自殺、この場合は自壊かもしれないが、とにかく終わりを選択するだろう。

 

「許可」

 

「だそうですよ」

 

『ピ!!! ありがとうテラ様!!』

 

 そして一陣の風が通り抜けて行った。

 

『ピ! 資材出せ!!』

 

『ピ!! 設計図を引くぞ!!』

 

『ピ! 建造目的が先だ! どのような目的で作るつもりだ!?』

 

『ピ! 主計科総員集合! 会議だ!』

 

 騒がしいこと、この上ない。

 

「テラさん、私は『サイレント騎士団』を収納しておきますね。念のため、直属の第零艦隊のみ、近海に配置します」

 

「あ、うん、お願い」

 

「はい。後、イオナとアリアも直属の戦隊と共に展開させます」

 

 ちょっと過剰戦力ではありませんか。

 

 疑問を口にする前に、顔を上げたところでルリが画像を見せてきた。

 

「この世界にはちょっと厄介な敵がいるようですよ」

 

「何これ?」

 

 映像の映るのは、見知らぬ物体。けれど、人工物ではなくどちらかといえば怨霊の類のような印象を受ける。

 

「・・・・バトラーかジャンヌか、あるいはアインズあたりを呼ぶべきかな?」

 

「魔王クラスでもないでしょうし、私かテラさんで十分なのでは?」

 

 そうなのだろうか。

 

 画像からは印象のみで、実際の戦力は予想できない。

 

「ん、ちょっと行ってみるよ」

 

「解りました。お気をつけて」

 

 ルリに一言だけおいて、テラは海上に立つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海面を進んでいく主の姿を見送りながら、ルリはちょっとだけ考えていた。

 

 元々は気分転換のはずだった。

 

 『あの馬鹿夫、最近はちょっと疲れているみたいだから、連れ出してくれない?』。

 

 アイリス・クロームクラウン・エーテル。テラの妻の一人が言い出したことを誰も否定しなかった。

 

 確かに最近は、公務とか書類仕事とか頑張っていたから、部屋に缶詰が多かったが。

 

 元々、旅が好きで色々なところに行っていた人だ。

 

 帝国を作ったからで、その気質が変わるわけがない。

 

 けれど、責任感はある人だから、頑張ってやっていたのだろうが。

 

 時々、アイリスやその他の奥様方が呆れるような手段をとっていた、としてもだ。

 

 ルリも今回の件には同意があったから、『サイレント騎士団』の総合演習という理由で連れ出したのだが、まさかこんな結果になるとは。

 

 文句なしの最大戦力、艦艇も騎士も兵器もすべて揃った『サイレント騎士団』の最大編成状態。

 

 銀河戦争なら十二回くらいは殲滅勝利できる戦力が、単一惑星に入りこんでの戦争。

 

 うん、ない。

 

「さて、テラさんが自分で確かめている間に、こちらも確かめましょう」

 

『了解、ルリ』

 

 浮かび上がる影は、額からスパイラルホーンを生やした少年。

 

 『サイレント騎士団』総旗艦『アルカディア』のメイン、人工結晶構造生命体『スフィクス』のバビロン。

 

「こちらの装備が何処まで通用するかのデータは必要です」

 

『うん、バッタ師団の歩兵科と海兵隊に重火器を持たせて、海上に展開させるよ。追加で何かあるかな?』

 

「いえ、今は様子見も兼ねてやりましょう」

 

『了解、じゃやるよ』

 

 バビロンの言葉を消すように、轟音と共に一機の航空機が飛び去って行く。

 

 兵員輸送用の大型機は、後部ハッチを開いたまま海上を進んでいき、やがて敵の姿を捕らえた。

 

『ピ こちら歩兵科狙撃大隊、これより通常弾から特殊弾までの試験射撃に入ります』

 

『ピ 海兵隊同時展開。近接火力も含めた総合試験に入ります』

 

「ルリより歩兵科及び海兵隊へ。全兵装使用自由、特殊兵装も含めて使って構いません」

 

 言葉を途中で止めて、ルリはバッタ達とは別の海上を見つめた。

 

 轟音と衝撃、その上で立ち昇る空間の亀裂、眩い閃光の嵐。

 

「あちらは、手加減なしでやっているようなので」

 

『ピ! では開始します!』

 

 そして、通信越しに銃撃のオーケストラが響いた。

 

 結論として。

 

 届いたデータはすべて有効。怨霊ならば、通常弾くらいは弾きなさいとルリが嘆くくらいに、すべての攻撃が相手を沈めていた。

 

「これ、過剰戦力じゃなくて弱い者いじめっていいませんか?」

 

「・・・・・・ルリちゃん、俺はね、眷獣すべてぶつけて、乖離剣まで使って、次元回廊もやっちゃったんだよ」

 

 主のあまりのはっちゃけた内容に、ルリは絶句した。

 

「と、途中で気づきませんでしたか?」

 

「あ~~ナチュラル・ハイだった、と思う」

 

 ナチュラル・ハイで世界を壊せる攻撃を放つなんて、相当にストレスがたまっていたのか。

 

「ああ、そうですか」

 

 ルリがいえたのは、それだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界は巡り、時は流れ、やがて辿り着く場所へと、進む。

 

 暗闇の中、涙を流す少女が、彼らに会うのはこの後すぐ。

 

 そして、テラ・エーテルとホシノ・ルリはある人物と出会う。

 

「妖精?」

 

「はい、妖精です」

 

「なにこの物体?」

 

「ですから、妖精です」

 

 テラがつまむ存在は、必死に涙を流しながら手を合わせていた。

 




 
 沈む、世界の果ての最中で。

 夢を見ることも許されないなら、それで終わりかもしれない。

 弱いから、捨てられるのか。

 それとも弱さ故に助けられたのか。

 少女には解らない。





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理不尽って色々あるよね?

 
 唐突に出た先が異世界ってよくあります。

 いきなり戦闘って、いつものことです。

 けれど、未知の物体に会うことは滅多にありません。

 妖精って、もっと別のなら会ったことがあるのに




 

 話を聞く限り、彼らは妖精らしい。

 

 元々は過去の軍艦に乗っていた船員の残留思念が形となったもの、らしいのだが、今一つ確証が持てない。

 

「たぶん、そんなもの?」

 

 泣きそうな顔で土下座している相手に、テラは軽く唸る。

 

「はい。で、さっきまで戦っていたのが深海棲艦。怨霊が形となったものらしいです」

 

「はぁ」

 

 テラは曖昧に頷いて、続いてベッドに横になっている少女を指差す。

 

「で、艦娘?」

 

「はい。過去の軍艦が少女の形になったもの、らしいです」 

 

「何故、少女? いや、待った、軍艦は女性扱いだったっけ?」

 

 確かそんな知識を教えられたことがあった。

 

 乗組員はたいていが男性のため、船は母として包み込むために女性として扱うとか。

 

 だから、軍艦に女性が乗るのは縁起が悪いとか。

 

 女性は嫉妬深いから、反発して船が沈むとか。

 

 色々な逸話はあるのだが、本当のところはテラもあまり詳しくない。

 

「オラクルを呼び出すか」

 

 『サイレント騎士団』情報総省の統括スフィクスの名を出と、ルリはおおむねで同意しながらも意見を述べる。

 

「具体的な歴史を学びたいなら、そうでしょうね。でも、今はあまり関係ないのでは?」

 

「まあ、そうだろうけど」

 

 軍艦の歴史を学ぶよりは、現状に対しての考えや行動をしたほうが建設的か。

 

「で、ここが深海棲艦に攻め落とされた鎮守府だって?」

 

「ええ。妖精達の話ならばそうでしょうけど」 

 

「ん~~」

 

 過去に鎮守府としてあったのだが、深海棲艦が攻めてきた時に防衛しきれずに陥落。

 

 多くの艦娘が犠牲になり、提督や軍人達も全員が死亡したらしい。

 

 いや、逃げ出したが正しいようだが。

 

「指揮官を逃がすために部下が犠牲。いいことなのか、悪いことなのか」

 

「頭が消えれば作戦が破綻する、と考えたなら指揮官は最後まで生き残るべきですが」

 

 テラさんを逃がすためならば、『サイレント騎士団』すべて潰しますがとルリは小さく呟く。

 

 重いな、とテラは感じるが、それが当たり前なのだろうとも思う。

 

 彼女は元々、自分を補佐するために生まれ、自分が馬鹿をやらないため造られたのだから。

 

「とにかく・・・・・・バッタ達、設計図は引き直しですよ」

 

『ピ!』

 

 紙を持って止まっていた集団が、盛大に項垂れた。

 

 頑張ってやっていたことが否定されて、落ち込むのではないか。 

 

 テラはそんなことを考え、『いやないな』と思い至る。

 

『ピ! ではでは!』

 

『ピ!! お仕事が増えるんですね?!』

 

『ピ!! やったー!!!』

 

「あ、うん、ワーカーホリックね」

 

 拍手喝采、千客万来。増えた仕事に大喜びするのは、バッタ達くらいなものだろう。

 

『ピ! 設計図を引き直し! さあさあ、妖精さん、こちらへどうぞ』

 

『ピ 施設はどんな? 艦娘ってどのような?』

 

『ピ 通常設備でOK? それとも特殊な環境が必要で?』

 

 一匹の小さな妖精を取り囲むバッタ達と、それに怯える妖精。

 

 これでバッタ達に悪意があれば、テラもルリも即座に止めるのだが。

 

 完全に善意、むしろ仕事を持ってきてくれたから、敬ってすらいる。

 

「あっちは任せるか」

 

「はい、ではこちらの話を進めましょう」 

 

 どちらのとテラが顔を向けた先、ベッドの上で体を起こした少女と目線がぶつかった。

 

「あ、あの、司令官ですか?!」

 

「はい?」

 

「初めまして! 私は特型駆逐艦一番艦の吹雪です!」 

 

「・・・・おう」

 

 これが後に、『鬼神』とか、『終焉』とか呼ばれる吹雪との会合だった。

 

 

 

 

 

 

     

 

 

 

 

 

 

 壊滅した鎮守府の跡地に、新しい鎮守府を。

 

 妖精から話を聞きだしたバッタ達は、工事に入る前に深々と頭を下げた。

 

 四本足に二つの胴体のバッタ達が頭を下げると、傍からは土下座に見えるのだが、彼らは気にしない。

 

 仕事を持ってきてくれた、頼ってくれた、任せてくれた。

 

 その相手に対しての最大の敬意を示し、そして飛び出していく。

 

『ピ!! 主計科全員集合! 総力戦だぁぁぁぁぁ!!』

 

『ピ! イヤッホー!!!!』

 

 まるで祭り。

 

 ああ、そういえば最近は執務室にこもっていて、主計科はほとんどが休業状態だったな、とテラは呆れながら見つめていた。

 

 主計科が動く前にアイリスが、『テラがやらないと身につかないから』と止めていたから、彼らは見守るのみで仕事がなかった。

 

 自分以上にストレスがたまっていたのは、彼らかもしれない。

 

「通常営業ですよ、何時も通りです。バッタ達は仕事の量が、信頼の証みたいに思っていますから」

 

「あ、うん、そうね」

 

 余計なことを考えているテラの思考を読んだルリの発言に、曖昧に頷いて返してみる。

 

「で、吹雪だっけ?」

 

「はい! お願いします!」

 

 敬礼して緊張した顔をしている彼女に、司令官じゃないとは言えない。

 

 偶然にここにいるので、君を配下に加えたつもりはない、とは言えない。

 

 純粋な少女の眼差しを裏切れるほど、テラは冷たいつもりはない。

 

 ルリならば、『違います』と言い切れるかもしれないが。

 

「どうしよう」

 

 はっきり言って、テラには考えが浮かばなかった。

 

 難しく考えることは、すべてルリかアイリスか、それとも幼馴染のルルーシュあたりに放り投げていたから、今回も任せることにした。

 

「そうですね。まずは、鎮守府を作ってみましょう。私たちが何時までいるか解らない以上は、吹雪が自立できるような環境を整えるべきです」

 

「そっか。そうだよね」

 

「はい。バッタ達も頑張っていますから、とりあえずは鎮守府の建物を、その後に周辺に防衛陣地の構築を。後は、深海棲艦のデータを取りつつ、仲間を増やしていきましょう」

 

 次々に出てくる案に、テラはさすがだとルリを見る。

 

 彼女はそれに対して一礼で返した後、吹雪へと体を向けた。

 

「では、吹雪、まずは体を休めなさい。今は鎮守府の建物を作っているところです。貴方の武器、艤装ですか? それを作るのはもう少し後です」

 

「は、はい。でも、そんなにのんびりしていていいのですか?」

 

「大丈夫です」

 

 ルリは彼女から視線を外し、バッタ達が飛びまわっている場所を見た。

 

「どうせ、二日以内に終わりますから」

 

「えええ?! 二日で出来るんですか?!」

 

 驚く吹雪に対して、ルリとテラは大きく頷いた。

 

 あのバッタ達が、住む場所がないまま放置しているわけがない、と。

 

 そして、実際にバッタ達は二日で鎮守府関係すべての建物を生み出した、と。

 

「え、え、えええええええ?!」

 

「おお、見事」

 

「よくやりました」

 

 悲鳴を上げる吹雪を置き去りにして、テラとルリは建物の中へと入っていく。

 

「待ってください!」

 

「慌てないように付いてきなさい。貴方はテラさん配下になったのですから、貴方の行動一つ一つが主に品格に結びつきます。毅然として歩きなさい」

 

 慌てて追いかけてきた吹雪に対して、ルリは辛辣に言い放つ。

 

「はい、すみません」

 

「とはいえ、最初ですから大目にみます。ですが、次から注意しなさい」

 

 落ち込む吹雪に優しく声をかけて、ルリはテラの後を追う。

 

「はい!」

 

 元気よく返事をして、彼女も歩き出した。

 

 真新しい建物は、大抵がペンキとか、金属とかの気になる匂いがするものなのだが、この鎮守府は違っていた。

 

 一定間隔ごとに置かれた花々の香り、天井に埋め込まれた照明から何故か感じられるお日さまの温もり。

 

 木材が使われた廊下と、一枚ガラスの窓達。差し込む日差しは強くはなく、決して眩しくはないけれど、確かに室内を照らす。

 

「木材に似せたナノマテリアルかな?」

 

「はい。人は木の温もりに癒されますが、強度的に問題がありますから。吹雪達の時代に合わせての設計ですね」

 

「へぇ~~~」

 

 壁に触り、天井を見上げ、テラは一歩一歩と歩いていく。

 

 作りたての建物、出来たばかりの鎮守府を確かめるようにすべてを回った後、辿り着いたのは地下にある執務室。

 

「えっと、提督室?」

 

「はい、一応はテラさんの部屋ですね。私や秘書艦もここで執務しますが」

 

「何で地下?」

 

「指揮官の部屋を見晴らしのいい狙撃できる場所に作れ、なんてバッタ達が許しませんよ」

 

「あ、そうか」

 

 呆れながら部屋に入ったテラは、室内に僅かに流れる潮の香りに気が付き、天井から降りてくる太陽光に納得した。

 

「空間置換による直接照明か」

 

「はい。バッタ達が頑張りましたから。では、提督」

 

 改めてルリは海軍式の敬礼をする。

 

「ん」

 

「さっき、妖精から聞いた話をそのまま言いますね」

 

「どうぞ、ルリちゃん」

 

「はい、では。『提督が鎮守府に着任しました、これより艦隊の指揮に入ります』」

 

 ビシッとした敬礼をするルリと、慌てて行う吹雪。

 

 二人の他に、机の上に妖精数名、同じように敬礼していた。

 

 テラはそれらを見回した後に、自分の敬礼を行う。

 

 指揮、できるかなと不安になりながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルリもテラに指揮ができるなんて思ってはいない。

 

 ただ、提督として登録するならば、テラしかいないと考えているだけだ。

 

 自分がやってもいいが、その場合テラの立場はどうなるか。

 

 部下、それはあり得ない。

 

 彼こそが自分の主であり、上に立つ人だ。間違っても下に配置されるものではないし、もしそんなことがあったらルリは迷うことなく世界か自分を壊すだろう。

 

 では、他の役職をと考えてはみたものの、ここが鎮守府であり最高指揮官は提督だから、他の役職を作るのは難しい。

 

 特別顧問、何か提督より弱い気がするので却下だ。

 

 色々と考えてみたが、結局はテラが提督として、ルリが提督補佐か代行として配置するのが最もいいと結論が出た。

 

「ということで、吹雪」

 

「はい!」

 

「最初の任務です。鎮守府近海の哨戒任務及び、敵の撃破を」

 

「解りました!」

 

「提督と一緒に行ってください」

 

「はい?」

 

 疑問を浮かべる彼女の隣で、テラは『お~~~』と言って剣を持っていた。

 

「え? え?」

 

「行くぞ、吹雪」

 

「ええええ?! あの提督!? ルリさん!?」

 

 驚いて声を上げる吹雪を引っ張りながら、テラは軽く振り返って。

 

「じゃちょっと訓練がてら、倒してくるから」

 

「はい、お願いしますね」

 

「ちょっと待ってください!!」

 

 大騒ぎする吹雪は、そのまま執務室から消えていった。

 

「まあ、彼女もそのうちなれるでしょう」

 

 何事も経験ですから、とルリは口の中で言葉を回した。

 

 その後、鎮守府に戻ってきた吹雪は、真っ先にテラへと懇願したらしい。

 

「お願いします! 私を特訓してください!」

 

「解った」

 

「待ちなさい! 吹雪、貴方は死ぬ気ですか?!」 

 

「酷いよ、ルリちゃん」

 

 何故か必死に止めるルリがいたのだが、結局はテラが吹雪を訓練することになり。

 

 毎日、ボロボロになる彼女がいたという。

 




 
 最初に一緒に出撃した時のことを、今でも忘れない。

 敵の攻撃など物ともしない。

 相手が誰でも絶対に退かない。

 決して振り返らずに進む背中を。

 置き去りにされる自分が、悔しくて情けなくて。

 だから、強くなろうと思った。



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死線を越えろ、吹雪

 
 ある所に、一人の男がいました。
 
 彼は最愛の人を、世界を救うために失いました。

 彼は泣きました。世界のすべてが幸福だと言っている最中で。

 そして、彼は決意しました。

 世界すべてを敵に回しても、大切な人を護れる力を、と。

 それが、テラ達の一族の始まり。

 両親の力のすべてを子供に継承させ、あらゆる世界、時間・空間を無視して力を集めた、狂乱と恐怖の集団。

 吹雪、そんな男に訓練を頼む。



 

 音は不思議としなかった。

 

 物音もせずに、青い空が一面に広がって、やがて水面に叩きつけられる。

 

 そこでようやく、自分が空を飛んだことを自覚して、吹雪は気を失った。

 

「あ・・・・・」

 

「バッタ! 速やかに吹雪を回収! バケツとか応急修理女神とか何でも使っていいから助けなさい!!」

 

『ピ!! テラ様の手加減下手!!』

 

「ええええ?! ちょっと待って! まだ一撃目! 全力じゃない一撃目!」

 

「テラさん! 吹雪はまだ生まれたばかりなんですよ! その最初の訓練の一撃目が、どうして『乖離剣』なんですか?!」

 

「真名解放してないけど?!」

 

「してなくても対界宝具でしょうが! ああもう! このド馬鹿主!!」

 

 彼女の最初の訓練は、開始二秒で終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 吹雪、無事に生還す。

 

「生きているって素晴らしいですね!」

 

「はい、そうですね」

 

 笑顔で答える彼女は、軽く背筋を伸ばして、そのまま走りだした。

 

「え?」

 

「司令官! もう一度です! 今度は耐えて見せます!」 

 

「良し! よく言った!!」 

 

「は?」

 

 ルリ、固まる。

 

 え、もう一度なんて言えるの。見事に飛んで、死ぬところだったのに。

 

 もう一度なんて、どういう神経をしているのだろうか。

 

 艦娘は指揮官に似る。この時、ルリは明確なルールの一つを知った。

 

 そして、再び吹雪は宙を舞う。

 

「ふぎゃ?! でも今度は耐えました! 大破ですが、耐えました!」

 

 女の子が決してあげてはいけないような悲鳴の後、彼女は立ち上がる。

 

 艤装はボロボロ、服もボロボロ。けれど、真っ直ぐ前を向いて立ちあがる彼女は、笑顔のままで構えた。

 

「よぉぉぉぉし!! 見事だ、吹雪。ならば見せてやろう、我が一族がかの英雄王の技能に憧れ、生み出したスキルを!」

 

 テラが右手を振り上げる。

 

 彼の背後一面に銀色の円環が無数に浮かび、その中に七色の光芒が瞬く。

 

「行け! まずはDランクだ!!」

 

 槍、剣、刀、斧、様々な武器の合間に砲弾や銃弾、あるいは近代的な近接武装の数々が降り注ぐ。

 

「テラさん?! 吹雪は大破なんですよ! 大破の次は轟沈ですよ?!」

 

 思わずルリが止める声が響くのだが、テラはそちらを一瞬だけ見た後に、ニヤリと笑った。

 

 回避すれば良し、一撃もらって沈むならば、助ける。すべては吹雪の気持ち次第だ。

 

 口外に語られる意味を、ルリは正確に把握できた。

 

 昔からテラを見てきた彼女は、彼が一遍の迷いもなく吹雪を鍛えようとしていることを痛感した。

 

「この程度!!」

 

 一撃一撃を回避する吹雪。けれど、次々に降り注ぐ武器の数々に、彼女は叩き伏せられた。

 

「バッタぁぁぁ!!」

 

『ピ?! この似た者同士の馬鹿二人ぃぃ!!!』

 

 慌てて飛び出したバッタがバケツを振りかけると、吹雪はすぐに海面に浮かびあがって、笑う。

 

「戻ってきました! 次をお願いします!」

 

 何故にそこで次とか言えるのか。

 

 そもそも、バケツだって無限じゃないのに、ドカドカと使うものではないだろうに。

 

 いや待った、それよりも死にかけた後に『もっと』とか言える吹雪の精神状況が不味くはないか。

 

 色々とルリは考え、不安になりながら、呆れて溜息をついて、最後にはポンっと手を打った。

 

「バッタ師団、総員へ。海域をすべて調査して、バケツを確保しなさい」

 

『ピ? ルリ様?』

 

「そうです。これは消耗戦です、あの馬鹿二人が諦めるか、こちらの資材が尽きるのか」

 

 暗い顔で笑うルリに、バッタ達は全員が思った。

 

 『あ、これは駄目だ』と。

 

「行きなさい! 我々は『サイレント騎士団』!! 我が主の願いを叶えるために! 我が主の前を塞ぐあらゆるものを沈黙させる『血の十字架』の戦闘集団!」

 

 手を振り回し、盛大に宣言するルリに、バッタ達は一斉に敬礼をする。

 

 条件反射とは悲しいものだ、と誰かが言っていたが。

 

「狂喜と恐怖と狂乱と力の名の元に! 我らは決して退かない! ならば前に進むのみ!」

 

 ナチュラル・ハイは、テラだけではなかったらしい。

 

 ルリも結構なストレスを抱えていたことを、この時になってバッタ達は知ったのだった。

 

「行きなさい! すべてのバケツをこの鎮守府に収めよ!!」

 

『ピ!! 御意! 我らが巫女! 我らが団長!』

 

 もうヤケクソだ。バッタ達は冷静な理性を捨てることにした。

 

 止める理性は誰も持っていない中、こうして止まることのない暴走特急は突き進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 毎日、吹雪は空を舞う。

 

 剣で叩き落とされ、ドリルみたいな変な剣に打ち上げられ、雷を纏う獅子に弾き飛ばされる。

 

「まだまだです!」

 

 バケツを頭に引っかけた吹雪が立ち上がり、バッタ達が『ファイト!』と言って離れる。

 

「いいだろう! ならば受け取るがいい! 『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』!!」

 

「このくらいぃぃぃ!!!」

 

 光の一撃を左半身を犠牲にしながら回避した。そこへ、高周波を纏った獣の突進が。

 

「は!! 甘いんだよ!」

 

 八つ裂きのようになって吹き飛ばされた吹雪に、すぐさまバッタがバケツを放り投げて回復。

 

 空中にあった吹雪は、全身の力で着水地点を変更。

 

 飛んできた斧と槍を叩き落とす。

 

 段々とコツが解ってきた、と吹雪は目を見開く。

 

 飛んできた槍を右手の主砲で叩き落とし、続いてきた二つの剣を左手の艤装で叩き落としながら、一本を掴む。

 

 体の回避が遅れて脇腹を斬ったが、問題ない。そんなに深く斬ってないから、出血程度だ。

 

 左手の剣で、次に飛んできた刀を弾き飛ばす。

 

 右手の艤装をベルトで背中に回し、飛んできた槍の一本を掴む。

 

 斧、刀、剣を両手の武器で叩き落としながら、体を回転させていく。

 

 一か所に留まらず、一歩でも前に進みながら、次々に武器を交換する。

 

 弾き、反らし、回避し、蹴とばす。

 

「やるじゃないか、吹雪」

 

「はい、貴方の艦娘ですから」

 

 ニヤリとお互いに笑う。

 

 もう何度、太陽が落ちただろう。もう何度、月が昇っただろう。

 

 昼夜の関係なく、二人は戦い続ける。

 

 遠距離から宝具を振らせ、時に眷獣を突撃させるテラは、まだまだ手を抜いている。

 

 もし彼が本気なら、吹雪はとっくに塵も残さずに消されている。

 

 手を抜かれているのを彼女は知ってはいたが、彼に本気を出させるには自分はまだまだ未熟だ。

 

 いや、スタートラインに立ったまま。一番の底辺にいるのが自分だと吹雪は感じていた。

 

 だから後は、上り詰めるのみ。

 

 最強や絶対の存在は、遥かな上にある。幸いにも、今の自分は見本が目の前にいて、特訓してくれている。

 

 強くなるのに、これ以上の環境なんてない。

 

 吹雪は両足に力を込めて、飛びあがる。

 

 水面を走っていては届かない。ならば、空中をかけるのみ。

 

「甘い!」

 

 宝具が水平に放たれる。

 

 今まで打ち下ろしだけだったから、反応できない。

 

 そんなわけない。

 

 飛んできた武器を足場にして、次々に空中を踊る。

 

 生まれたばかり、経験が足りない。ならば、補えるもので補うのみ。

 

 自分にあるのは何か、解りきっている。

 

 自分にあるのは、前に進もうとする意思。

 

 『勇気』のみだ。

 

「はぁぁぁ!!」

 

 最後に飛んできた剣を捕まえて、吹雪は振りかぶる。

 

「貰ったぁぁぁ!!!」

 

「甘いんだよ!!」

 

 ゴンと、音が自分の脇腹から鳴った。

 

 えっと視線を向けると、自分の脇腹に船舶が突き刺さっていた。

 

 黄金の船は、そのまま吹雪を叩き落とし、空中に消えていく。

 

「剣とかだけかと思ったか? 俺の武器庫には、艦艇とかも入っているんだよ」

 

 海面に叩き落とされた吹雪に、バッタはすぐさまバケツを放り投げた。

 

「・・・・届きました。接近できましたよ、司令官」

 

 立ち上がり、笑う彼女がいた。

 

「ああ、届いた。けどな・・・・倒せないなら同じだろうが」

 

 彼の背中には、今度は一つの円環のみ。ただ、その大きさが尋常ではない。

 

「参式斬艦刀・・・・・今回の特訓はここまでだ」

 

「そうですね、次は倒します」 

 

 拳を握って宣言する吹雪に、巨大な刀は振り下ろされた。

 

「言ってろ。楽しみに待ってやる」

 

 何処か楽しそうに、テラは言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナチュラル・ハイって怖い。戦闘狂って、もっと怖い。

 

「俺って、もっと平和的な奴だと思っていたんだけどな」

 

 執務室の隅で膝を抱えるテラに、ルリは何とも言えずに溜息をついた。

 

「私だってそうです。どうも、お互いにストレスがかなり溜まっていたようですね」

 

 慰めになってない言葉に、テラは首を小さく動かして、溜息をついた。

 

「吹雪はゆっくりと入渠させます。いきなりのレベルアップに、体が付いてこないみたいなので」

 

「ああ、うん、そうだね。なんだか、戦い方がランスロット染みてたよ」

 

 湖の騎士、武芸百般の。

 

 まさかとルリは視線に乗せて疑問を流したが、テラは立ち上がって振り返った。

 

 本当だ。瞳の中の意思を受けて、ルリも考え込む。

 

 駆逐艦・吹雪の戦歴は、パッとしないものだった。艦長や乗員にも、武芸に秀でた英雄が乗っていた履歴はない。

 

 となると、可能性として最も高いものは、テラの影響が彼女に出たことか。

 

「艦娘は面白い存在ですね」

 

「見ていて楽しかったのは否定しないよ。で、ここは何処だったの?」

 

「はい。現在位置は日本、場所は静岡県浜松市といったところでしょうか」

 

 言われても、テラはピンとこない。

 

 地球のことなど歴史で習ったこともなく、せいぜいが人類が生まれた星程度の認識だ。

 

「元々は、中田島砂丘ってところがあった場所らしいのですが、深海棲艦の攻撃とかで地形が変わったらしく、そこに鎮守府を作ってみたら、あっさりと攻撃されて陥落」

 

「うわぁ」

 

 なんでそんなところに作るのか。それとも交通か、防衛の要所だったのか。

 

「なので、遠慮なく地形ごと変えます」

 

「怒られないかな?」

 

 誰にですか、とルリは視線で問いかけるが、テラは無視して顔を反らす。

 

「鎮守府の再構築計画は第六次まで計画済みです。今は鎮守府とその周りの防衛陣地の構築に入っています」

 

「うん、解った」

 

「後はそうですね。吹雪の仲間が見つかれば」

 

 チラリとモニターに視線を向けたルリは、ベッドで休んでいる少女に嫌な予感がしてきた。

 

 まさか、後に続く仲間もこんな訓練大好きの馬鹿ではないか、と。

 

「楽しみにしておこうよ」

 

「そうですね」

 

 気楽なテラの一言に、ルリの心配は霧散した。

 




 
 行きつくべき場所は、遥かに遠く。

 けれど、逃げる場所ももっと遠い。

 もっと先にもっと前に。

 進みたいところは逃げて行って、どんどん遠くなる。

 だから、もっと速く進んでいきたかった。


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本当に駆逐艦なのか疑問ですが

 
 強くなりたい。

 誰もが思い描くことは、決して簡単ではない。

 誰もが諦め、立ち止まる。

 だからこそ、その先に進んだ者は強くなっていく。

 しかし、何事にも限度というものがある。



 

 闇の中、声だけがした。

 

 進む先は見えなくて。

 

 何処に向かっているかも解らないまま。

 

 けれど、微かに見える姉の背中が見える限り。

 

 進むしかないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前六時丁度、特型駆逐艦一番艦の吹雪は、今日も元気よく大空を飛んでいた。

 

「ふぎゃ!!」

 

 決して女の子があげてはいいものではない声を出しながら、海面に勢いよく叩きつけられ、ゆっくりと沈んでいく。

 

『ピ はい、狙撃』

 

 空かさず、港に待機していたバッタ師団歩兵科狙撃班が、特注された弾丸を吹雪に当てる。

 

 バケツの成分で作られた弾丸が、吹雪に対して炸裂、同時に回復。

 

「復活しました!」

 

「おお」

 

 今までよりも素早い復活に、テラは称賛した。

 

「さすが、バッタ! 仕事は常に最速だな」

 

『ピ! もちろんです!!』

 

「私じゃないんですか?!」

 

 予想外の褒め言葉に、吹雪が驚いて叫ぶのだが、テラとバッタ達は一斉に首を振った。

 

「いや、吹雪は別の意味で凄い。だって今の宝具、全部Aクラスだし。八割以上は回避してるじゃない」

 

「え、そうなんですか?」

 

「その上、耐久度がもう・・・・・本当に駆逐艦?」

 

「はい、駆逐艦です」 

 

 真面目に答える彼女に、テラは少しだけ考え込む。

 

 いや、耐久度がおかしい。本当に本気で、円卓の騎士の聖剣すべてとか、乖離剣とか、施しの英雄の宝具とかぶつけてるのに、大破で止まるとかありえなくないか。

 

 しかも、一週間で。

 

 普通の艦娘がどう成長するのか知らないが、テラから見た吹雪の成長速度は尋常じゃない。

 

 回避能力、耐久値共に駆逐艦レベルを超えているのではないか。

 

「そろそろ真名解放してもいいかな?」

 

「はい」

 

『ピ?! いや、テラ様、本当に吹雪様を殺しますよ』

 

 バッタ達が止めるのだが、テラとしてはこれ以上の訓練というと、他には重力の渦の底での殺し合いしか思い浮かばない。

 

 いっそのこと、次元回廊で多次元重ねて、物理的以上の圧力をかけてみるか。

 

 空間崩壊した時は、バッタ達やルリが何とかするだろう。

 

「ん、やっぱりここは宝具だけではなく、多角的に訓練していくべきか」

 

『ピ テラ様が高度な考えをしている・・・・・明日で世界が終わりだ!!』

 

「こら、バッタども」

 

 半狂乱になって祈りを捧げだすバッタ達を睨みつけるのだが、バッタ達は一瞬だけ止まって、全員―通りがかったとか警備とかすべて含めて数千匹―が少しだけこちらを見た後に、深々と溜息をついた。

 

『ピ はいはい、なんですか、馬鹿君主』

 

「上等だ、おまえら全員、『光滅』で斬ってやる」

 

『ピ! いや~~~~!! なんで一族の最終兵器を持ち出しているんですか?!』

 

「叩きつけられたボケには最大の突っ込みだ!」

 

『ピ!! ありがとうございます!!』

 

 カキーンとか心地よい音がして、数十匹のバッタは青空に飛んで行った。

 

『ピ テラ様、『光滅』ですよね? 誰も消滅してないですけど』

 

「封印してあるから。いくらなんでも、突っ込みで欠落はないって」

 

『ピ 私達にはご褒美ですが』

 

 バッタが胸を張っていったことに、テラは何とも言えない顔を向けたという。

 

「というわけで、吹雪、朝飯の後の訓練は実地にしよう。艤装を纏って外洋な」

 

「はい。ところで、提督、『光滅』って危ないんですか?」

 

 言われて、彼は手に持った剣を振る。

 

 漆黒の鞘におさめられた剣は、全長が二メートルを超える巨剣。柄と鞘の間にダイヤ型の封印が施されたそれは、一族が辿り着いた究極の一。

 

「ま、耐性がないと持っただけで消される」

 

「・・・・・・はい?」

 

「斬ったものには耐性とか関係なく、『滅びた』事実を刻みこむ」

 

「え?」

 

「運命さえもそこで『消す』。まあ、つまり、そういうもの」

 

 俺もよく解らない、とテラは口の中で言葉を転がす。

 

 何がどうやって生み出されたものか、テラもよくは解らない。

 

 けれど、彼にとってそれは生まれたときから持っているものであり、彼の一部でもある。

 

「よし、吹雪、とりあえず朝飯」

 

「はい!」

 

 まあ、いいかと吹雪は思って大きな声で返事をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バッタ師団とは、あらゆるサポートを行う部隊である。

 

 頭部と胴体ユニットを基本として、足のパーツを交換することで、あらゆる状況に対応する。

 

 ニューロ・コンピュータとか量子コンピュータとか、量子通信とか、色々とぶっ飛んでいる技術をギュッと詰め込み、全機が一つとしたネットワークを構築し、全データを共有。

 

 その上で、各部隊ごとに特化させた。

 

 バッタは機械ではなく、機械生命体である、といわれる所以はそう言ったところ。

 

 五感を実装し、六感さえも装備させたバッタ師団は、歩兵科、航空科、機動科、清掃科、整備科、主計科、海兵隊、近衛兵からなる。

 

 それぞれの部門は相互的に助け合い、競い合い、戦争しあい、日々のデータを高めて自分達の存在を常に進化させていく。

 

 バッタ達に『妥協』の二文字はない。

 

 常に最高を、最大級が最低ライン、手を抜いた仕事に後悔しか残らない。

 

 彼らは常にそう言いながら、今日もボケにさえ手を抜かずに主に尽くす。

 

 即ち、『一杯のご飯のために時間操作します』。

 

『ピ! はい、吹雪様、塩鮭定食です。ご飯は選択されたとおりコシヒカリで対応させていただきました!』

 

「あ、はい」

 

 ちょっとだけ吹雪は引いてしまう。

 

 いくらこの鎮守府で生まれ、他の鎮守府を知らないとはいえ、かすかに軍艦時代の記憶が残る彼女にとって、ご飯の種類から選択できるメニューは完全に理解を超えていた。

 

『ピ すみません、まだまだ設備面で不備があって、お魚の種類とか味噌の種類の選択が不能でして』

 

 頭を下げてくる主計科料理大隊のバッタに、慌てて手を振る。

 

「大丈夫です! いつも美味しくて楽しいですよ!」

 

『ピ! そう言っていただけるとありがたいです。ですが、後三日。三日以内に整備の野郎どもを締め上げて、実施させますので』

 

 怒り心頭といった様子のバッタに、大丈夫ですと言い残して、吹雪はトレイを持って提督とルリの席へと進んだ。

 

 広い食堂には今は三人だけ。百人や二百人は座れるだろう室内に、三人というのは寂しく見える。

 

「お待たせしました」

 

「ん、じゃ食べようか」

 

「はい。それでは」

 

 三人はそれぞれに手を合わせて、同じ言葉を紡ぐ。

 

 いただきます、と。

 

 少しだけ静かな食事の時間、他にも妖精たちが思い思いの場所で食事をしているようだが、基本的にこちらには近寄ってこない。

 

 怖がっているのではなく、邪魔しないように配慮しているらしい。

 

「それで、テラさん、鎮守府の建物とかは出来上がったので、工事は周りの設備に入ります」

 

「工廠とかできたんじゃないの?」

 

「はい、一応は形になりました。ドックも、艦娘用と通常艦艇用で作り分けてあります。けれど、防御陣地がまだです。他にも土地があるので、都市機能とか作ってみたいので」

 

「何のために?」

 

 目玉焼きを箸で掴んで口に放り込むテラに、ルリは小さくパンを千切りながら、吹雪へと視線を向ける。

 

「今後、艦娘が増えた場合、鎮守府内の売店ではなく、街のほうでの買い物や食事、映画鑑賞といった娯楽を提供するためです」

 

「ん、娯楽は必要だね。で、バッタ達はなんて?」

 

 問題の解決手段にして、問題を加速させる連中の動向をテラは口外に心配していると告げる。

 

 一方、ルリは少しだけ虚空を見つめた後、小さく首を振った。

 

「やらないとデモじゃなくストライキしてやると」

 

「あいつら、何処まで本気だ」

 

 話が飛んだような。

 

 吹雪はそう思ったが、口には出さない。

 

 二人は時々、自分には解らない言葉で会話しているので。

 

 噛みあっているならば、自分が口を出す必要はないし、もし必要なことなら説明してくれるから。

 

「続いて整備科から、建造システム完成と報告が来ています」

 

「あ~~艦娘を生み出すシステムだっけ?」

 

「はい。資材も溜まっているので、二隻くらい作りますか?」

 

「任せるよ」

 

 何時の間に、と吹雪は思った。

 

 自分がずっと訓練していたので、資材は誰が集めたのだろうと疑問が浮かびかけて、スッと視界の隅を通り抜けたバッタ達がいた。

 

『ピ!! 今日も元気に資材集め!』

 

『ピ! 我らが主のために!』

 

『ピ!! 吹雪様のために!!』

 

『ピ!! 二十四時間なんて生ぬるいこと言いません! 三百六十五日戦えます!!』

 

 元気に飛び去って行く集団が、水平線の向こうへ消えていく。

 

「主計科じゃなくて、なんで海兵隊と航空科が基本装備で行くの?」

 

「装備を使ったら、周り中を殲滅してしまったそうです。せっかくの自然が消えたとお通夜状態でしたので」

 

 機械じゃないのだろうか、と吹雪は呆れてしまったが、口には出さない。

 

 隣の二人が深くため息をついたから。

 

「自然環境の保全に強い関心を持つ機械」

 

「バッタ達だけですから。では、テラさん、私は先に。吹雪、艤装の用意はしてありますので、後でレポートの提出を」

 

「はい、使用した感想ですよね?」

 

「色々です。項目を用意してあるので、チェックしなさい。気になったところは文章で回答を」

 

「解りました」

 

 よろしいとルリは告げて、テラへ一礼して食堂を後にした。

 

「じゃ、俺達も行くか、吹雪」

 

「はい、提督」

 

 そして、二人も席を立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 訓練しっぱなしの毎日だったので、時には実戦を経験させるのも、いい教訓を与えてくれるはずなのだが。

 

「やっぱり、威力が弱いですね。宝具に比べたら、なんていうか」

 

「あ、そうね」

 

 テラ、ちょっとやり過ぎたと激しく後悔中。

 

 外洋へと出るところまでは、順調だった。

 

 吹雪も新しくなった艤装に戸惑いながら、徐々に慣れて行って最終的には海面を蹴ってジャンプして、宙返りしながらの砲撃ができた。

 

 特訓の成果が出て、実にいいとテラは考えていた。

 

 この時までは。

 

「あ、戦艦ですね」

 

「えっと、ル級だっけ?」

 

 外洋に出てしばらく行ったところで、深海棲艦の一団と遭遇。

 

 相手、ル級四隻、イ級二隻、バランス悪いなとテラが呟いている間に、吹雪が突撃。

 

「一つ」

 

 ル級が沈んだ。もう見事に、砲身の中に魚雷を突っ込んでの誘爆。

 

「へぇ、さっすが吹雪」

 

「はい! 提督の一番弟子ですから!」

 

 笑顔で答える彼女に、『他に教えた奴がいるんだけど』なんて言えなくて口の中で言葉を転がす。

 

 『シンは元気かなぁ』と懐かしく思い出しながら、テラはイ級二隻を斬り捨てた。

 

 炎を纏う剣は、海面を蒸発させて水蒸気を立ち上らせる。

 

 一瞬、ル級からは二人の姿が消えたが、それで終わりだ。

 

「二隻でした!」

 

「ま♪ まだまだ負けるわけにいかないからな」

 

 悔しがる吹雪に微笑むテラは、剣を倉庫へと放り投げる。

 

 七色の粒子になって消えた剣は、僅かな光の残滓を海に落とす。

 

「さて、と」

 

『テラさん、ちょっといいですか?』

 

 ルリからの通信が入り、テラの目の前に空中展開型モニターが開く。

 

「どうしたの、ルリちゃん?」

 

『はい。そこの近くに深海棲艦が集団で行動している場所があります。同じ地点に艦娘の反応もあるので、ちょっと偵察をお願いできますか?』

 

「いいけど、俺と吹雪だけ?」

 

『他は世界各地の調査で出払っていますし、イオナとアリアも動かしているので』

 

 なるほど、だからか。

 

 それか、とテラはチラリと吹雪を見た。

 

 彼女のいい経験になるから、今回の一件はこちらに振ったか。

 

「解った、ちょっと行ってみるよ」

 

『お願いしますね。吹雪、提督の足を引っ張らないように』

 

「はい!」

 

 元気のいい返事をする子に、テラは片手を振って『気負わない』と伝える。

 

「よっし、座標点確認。行くよ、吹雪」

 

「はい。救出ですか?」

 

「さてね。もしかして、深海棲艦相手に戦っているかもよ」

 

 どのような状況になっているのか。

 

 ルリも意外と、面白い訓練をさせる。

 

 本来ならバッタ達の偵察、あるいは兵力の投入。

 

 もしくはイオナ達に攻撃させるはずなのに、今回は一つもやっていない。

 

 バッタ達の偵察さえないのだから、これは完全に艦娘達の戦い方を学習させ訓練させるためか。

 

 高高度偵察や衛星軌道上からの偵察とか、概念もない時代だからとテラは納得してしまう。

 

 偵察はあくまで、自分達が搭載する艦載機によるものだけ。

 

 基地航空隊はあるだろうが、広大な太平洋では空母や戦艦の艦載機のほうが広い範囲を偵察できる。

 

 たぶん、とテラは自分の考えに結論を出す。

 

 そもそも、テラは偵察といった行動をしたことがない。

 

 行ってみれば解る、とりあえず突撃。彼の行動原理は単純で、後先など考えていないように敵陣へ突撃。

 

 必要ならオラクルに質問すればいいと考えてもいるが。

 

 オラクルが纏めている情報総省は、世界各地、銀河中のすべて、あらゆる場所から情報を集めて保管しているので、質問しただけで相手の指揮官の癖から、兵力の総数まで、かなりの情報が出てくる。

 

 便利な反面で自分の能力が落ちるような錯覚を覚えるが。

 

「目標海域、このあたりですね」

 

 吹雪の声に無言で頷いたテラは、すぐに加速した。

 

「発見した、行くぞ」

 

「はい!」

 

 元気のいい声に背を押されるように、テラは両手に武器を構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 泣き声が聞こえる。

 

 誰のものかなんてわからないほどに、周り中が轟音を立てていた。

 

 水柱が立ち、砲弾が突き刺さる。

 

「いいから行って! 私が囮になるから!!」

 

「暁を残していけないわよ!」

 

 誰かの提案と誰かの否定。

 

 四人しかいない艦隊の周りを、多くの敵が囲んでいた。

 

 怖くて泣きたくて。でも、それでもと思ってしまう。

 

 命を救いたいと願ってしまう。敵だから、相手がこちらを攻撃しているから、沈める気がないように散発的な攻撃をしてくるのに。

 

 まるで虐めのようにしているのに。

 

 彼女達を沈めたくないと思っている自分を、電は自覚していた。

 

「いいから! 響、私はいいから!」

 

 泣き顔で振り返る暁に、響は首を振っていた。

 

 彼女も泣いている。

 

 電も雷も、誰もが泣いている。

 

 『誰か、助けて』。

 

 四人が思ったことは、虚しく海に溶けて、空に消えて逝って。

 

「よぉぉし、良く頑張った。偉いぞ、小さなお嬢さん(リトル・レディ)?」

 

 ポンっと先頭にいた暁の頭をなでた人がいた。

 

 二メートルを超えるような巨大な剣を持った、二十歳くらいの男の人。

 

 艦娘は女性しかいないはずなのに、彼は艤装を足につけて海面に立っていた。

 

「吹雪、その子たちを鎮守府へ連れて行け」

 

「解りました。提督は?」

 

「俺か? そうだな、ちょっとこいつらと遊んでもらうさ」

 

 ニヤリと笑い、彼は背中を向けて深海棲艦の群れに突撃した。

 

 これが最初の出会い、後に暁型が目指す背中と。

 

 後に、『堅牢なる四天王』と呼ばれる暁型四姉妹との出会いだった。

 

 

 

 





 人は信じられないかもしれない。

 命は救いたいと思ってしまう。

 自分が傷ついて沈んでしまうかもしれないのに。

 でも、彼は、あの人だけは何時も笑って背中を見せてくれる。

 だから、追いつきたいと願った。


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おもてなし

 
 理想と現実は決して相容れない。

 どれほどの努力をしようとも、必死に抗ったとしても。

 理想は、絶対に手の届かない夢物語。

 だから追いかけるな、自分が破滅する前に止めろ。

 かつて、そんなことを言った大人がいた。

 けれど、彼らはこう言う。

 『理想を追い求めてこその我らであり、それを叶えるからこそ我らは存在していられる』と。




 

 闇を探るように、彼女は手を伸ばして、気がついた。

 

 見たことのない綺麗な天井。

 

 体を包むような柔らかいベッドの感触。

 

 フワリとかけられた布団の温もりに、ここが何処だか思い出す。

 

 鎮守府。

 

 静かに体を起こし、周りを見回す。

 

 姉妹たちが仲良く眠っているこの場所は、鎮守府の居室。

 

 全員いる。誰一人かけることなくここにいることに、彼女は小さく泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暁達が吹雪に連れられて鎮守府について、最初にしたことは。

 

「脱げ」

 

「え?」

 

 ルリは挨拶もせずに一蹴。

 

 疑問を浮かべる四人を裸にした後に、バッタ達によってお風呂場に叩き込まれた。

 

「何するのよ?!」 

 

 代表して暁が怒鳴りつけるが、彼女は別の方向を向いていて。

 

「サイズはありましたね?」

 

『ピ もちろんです。四人とも服のサイズは測定済み。服装一式すべて作り上げて見せます』

 

 バッタの返答に満足そうに頷いて、ルリは浴槽の中の四人を見回す。

 

「貴方達が何処から来たのか、私は知りませんし関係ありません。しかし、この鎮守府にいるのならば、汚れたままではおけません」

 

「だからってこんなの」

 

「反論は聞きません。お風呂で体を綺麗に洗ったら、新しい服に着替えてきなさい」

 

 そう言い放ち、彼女は浴室から出て行ってしまった。

 

「何よ」

 

「姉さん、もしかして・・・」

 

 響が少しだけ硬い声で告げる。

 

 暁も、小さく頷いて解っていると示す。

 

 体を綺麗に洗って、新しい服を着せて、その後のことなんて嫌でも解る。

 

「油断しちゃダメだから」

 

「解っているよ。電、雷、離れないように」

 

「ええ」

 

「なのです」

 

 ジッと、ルリが出て行ったドアを見つめながら、四人は身を寄せ合う。

 

 人間は信用できない。

 

 彼らは自分たちを兵器か道具としか見ていない。変わりの効く、便利な消耗品。壊れたら捨てて、変わりを探せばいい。

 

 何度も見てきた、何度も苦痛を味わった。

 

 自分達を護るために他の艦娘が犠牲になる姿を。

 

 永遠に続くような悲鳴を上げ続ける仲間の姿を。

 

 何万回と見せられたから。 

 

 絶対に油断しないと誓った彼女達は、その後に目を回すことになる。

 

 お節介、それはバッタのスタンダード。

 

『ピ! はい暁様はこちらの服が!』

 

『ピ! 馬鹿もの! レディーに対してそんな服装があるか!』

 

『ピ! はい、響様の服はやはり白がお似合いです!』

 

『ピ! 愚か者が! 捻りのないコーディネートなどバッタ師団主計科の名折れだ!』

 

『ピ 雷様の服装はちょっと大人し目で動きやすく』

 

『ピ 違う、ここは大人っぽくフリル控え目が正解だ』

 

『ピ!! 電様最高です! フリルでレースにしましょう!』

 

『ピ!! 痴れ者が! 柔らかく控え目にするべきだ!!』

 

 浴槽から出た四人を待っていたのは、衣装ケースを大量に持ったバッタ達の群れ。

 

 もう、ライブ会場か、あるいはファッションショーでも開くのではといった数が用意されていて。

 

「や、やるわね。こういう衣装で攻めてくるなんて」

 

 暁がようやく絞り出した声に、バッタ達が過剰反応。

 

『ピ!! なるほど! 攻めたいと!』

 

『ピ! ロリでレディーで攻めるとは! 暁様の気概に我らバッタ師団感服しました!』

 

『ピ! 誰か! パーティドレスを作り直せ! 色は十二色が最低数だ!』

 

『ピ! 生地から作り直せ! 我らが世界中の色を表現できると示すのだ!』

 

「違うから!」

 

 お祭り騒ぎになるバッタ達に、思わず怒鳴り返す暁だった。

 

『ピ 総員、静粛に。暁様からのありがたいお言葉だ』

 

『ピ!!』

 

 瞬間、バッタ達は手にメモとペンを持ち、全機が暁へと頭部を向ける。

 

「え、あの、その」

 

『ピ 暁様、どうぞ。響様、雷様、電様、ご意見があればどうぞ。我らはバッタ師団、皆さまの願いを叶えるために存在する者達です』

 

 誇張も、言い過ぎもなし。

 

 バッタ達は、四人から要望が出るならば、時間を停止してでも叶えるつもりでいた。

 

 実際、術式展開済み。後はスイッチ一つで時間停止が可能なところまで、裏方は準備完了している。

 

「・・・・普通でいいから」

 

 あまりにジッと見られたため、暁は精神的に追い詰められ、緊張のあまりにそんなことを言った。

 

 いや、言ってしまった。

 

『ピ 普通?』

 

『ピ 普通ですと?』

 

『ピ 普通ってなんですか?』

 

『ピ 誰か辞書を持ってこい、普通ってなんだっけ?』

 

『ピ 普通・・・・・普通に可愛いものをってことですね?!』

 

『ピ! それだ!!』

 

 そして、バッタ達は一斉に時間停止した空間を飛び回り、四つのドレスを仕上げてきた。

 

 一人一人違ったものでもいいのだが、今回は全員に同じ衣装を。

 

 藍色から水色への変色カラー。上から下にかけて徐々に色合が変化する、バッタ師団渾身の特殊生地。

 

 フリルを右肩に備えて、左肩はレース編みで飾り付け。

 

 全員がそれなりに髪は長いので、リボンは朝焼けのように淡いオレンジ色。

 

 リボンの先は波をイメージした刺繍でレースで完璧。

 

『ピ フ、これが普通です』

 

 着替えが終わった後、鏡の前で最終確認したのだが、四人は何とも言えない表情をしていた。

 

 そして、呆けたままルリの前に連れて来られ、彼女の一言で現実に戻る。

 

「見事に普通にまとめましたね」

 

「これのどこが!?」

 

 四人の悲鳴に、ルリはきょとんとして首をかしげたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お風呂、着替え、と来たら勿論。

 

『ピ 本日のお食事ですが、前菜より』

 

 コック帽をかぶったバッタが、メニューを読み上げる。

 

 白いテーブルクロスの上、銀色の食器が並べられた席に座った四人と、無表情にメニューを聞いているルリ。

 

 室内の灯りは落とされ、テーブルの上のロウソクのみが光を称える。

 

「いいでしょう、それで頼みます」

 

『ピ 解りました。では、お飲物はいかがなさいますか?』

 

「私は、そうですね、オレンジ系で」

 

『ピ 五分ほど前に収穫したフレッシュなオレンジがあります。それでノンアルコールカクテルをお作りします』

 

「いいですね。それで、四人はどうしますか?」

 

 自分の分が決まって顔を向けたルリの視界に、蒼白な顔で座っている四人が映った。

 

「緊張しないことです。ただの食事会なので」

 

 そんなことを言われて緊張が解れることはない。

 

 いくら知識が乏しくとも、目の前に置かれた食器類が、高いものであることはすぐに解る。

 

 しかも、わざわざ会食のためだけに、ロウソク使うとか意味が解らない。

 

 窓も斜光カーテンや暗幕ではなく、ルリが指を鳴らしたら光が入らなくなった。

 

 かなり高度な科学技術を、無駄なことに使っているのがよく解る。

 

「何が目的なの?」

 

 意を決して、暁が話を切り出す。

 

「目的ですか?」

 

 バッタに、『四人にも同じものを』と伝えた後、ルリは暁の言葉を繰り返す。

 

「目的といわれても。テラさんが、この鎮守府の提督が貴方達を助けた。だからお客様として扱っているだけですが?」

 

「私達は艦娘よ」

 

「ええ、知っていますよ」 

 

 ルリはそう答え、四人を見回す。

 

「暁型駆逐艦の姉妹、と見受けますが、合っているでしょう?」

 

「だから!」

 

 思わず声を荒げる暁に対して、ルリは手を向ける。

 

 向けられた手のひらに彼女が怯んだ瞬間、四人のグラスにカクテルが注がれた。

 

「艦娘とはいえ、貴方達はまだ幼い。ですから、ノンアルコールです。うちのバッタ達は料理もカクテルも腕がいいですよ」

 

「何か入っているんじゃないの?」

 

 思わず疑うような暁に対して、ルリは少しだけ眉を上げた。

 

「私がテラさんが招いた客人に、『盛る』と? 貴方達の警戒は解りますが、それは侮辱と受け取ります」

 

 軽く怒りを向けるルリに、暁は言葉に詰まる。

 

 ロウソクの炎が揺れ、彼女の背後に巨大な影が浮かぶ。

 

「貴方達が艦娘で、他でどのような扱いを受けていたか。それを私は知りません。貴方達の警戒から、推察はできますが」

 

 ルリは言葉を止め、カクテルを喉に通す。

 

「けれど、それはここでは意味を持ちません。私が重く受け止める事実はたった一つ。『テラさんが貴方達を助けると決めた』、たったそれだけです」

 

 グラスをテーブルに置き、ルリは全員を見回す。

 

「ならば、私達『サイレント騎士団』は全力を持って貴方達を歓迎し、総力を持って貴方達を害する者から護ります。まあ、初対面の私が何を言っても信じられないでしょうから」 

 

 再びルリは言葉を止めて、右手を差し出す。

 

 今度はクルリと回し、手のひらを受けに向けて指先をそろえて示す。

 

「貴方達が信頼する者達に保証してもらいます」

 

 テーブルの上、料理の食器が並ぶ場所に、小さな席が設けられていた。

 

 そこに座っているのは妖精たち。

 

 一人に対して二匹の妖精が、彼女たちと相対するように小さな席に座って、料理を待っていた。

 

「なんで妖精たちが?」

 

 響の疑問に、ルリは微笑しながら答える。

 

「証明するためです。私が何か『盛る』ことはしないと。さあ、料理ができたみたいです、楽しみましょう」

 

『ピ お待たせいたしました』

 

 バッタ達が料理を運んでくる。

 

 それらは暁達の前だけではなく、妖精たちに前にも。

 

 小さな体の妖精たち専用の食器に、暁達と変わらない食事が載せられる。

 

 もちろん、妖精たちに合わせた大きさのものが。

 

「物体の縮小・拡大は、私たちには当たり前の技術です」

 

 疑問を浮かべている彼女たちに対して、ルリは当然のように語る。

 

 それが、今の世界にとって、どれほどの技術か解っていても。

 

 食事会は、その後も適度な緊張感の中で進んでいく。

 

 けれど、暁達は料理や出された飲み物を、残らず味わったのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    

 

 

 

 

 

 

「俺、肩こるんだよな、ああいう食事」

 

「そうなんですか」

 

「うん、だから吹雪さ、俺に求めないでね」

 

 場所は食堂。

 

 暁達とルリの会食の様子を見ながら、テラと吹雪は昼食を食べていた。

 

「ちょっと憧れますけど。提督が肩が凝るなら仕方ないですね」

 

 頬を僅かに染めた吹雪に、テラは『ああ、悪いけど』といい掛けて、言葉を止めた。

 

「憧れるね」

 

「はい、艦娘ですけど、女の子ですから」

 

 それはどっちに、とはテラは問いかけなかった。 

 

 食事か、ドレスか。もしかして、ルリに対しての憧れか。

 

 色々と考えさせられる言葉だったが、気にすることなく流すことにした。

 

『ピ 料理だけなら運べますよ。テラ様に対して、あんな堅苦しいマナーを強要しませんから』

 

「サンキュー、いつも助かっているよ」

 

『ピ それがバッタ師団ですから。御代りは?』

 

 もらうよと伝えると、嬉しそうな仕草でご飯茶わんを持っていくバッタ。

 

「今のさ、俺って馬鹿にされた?」

 

「苦手なことをさせないって、バッタ達の優しさじゃないですか?」

 

 そうなのだろうかとテラは思う。

 

 吹雪から見たら優しさなのだろうが、テラから見たらバッタ達が『諦めている』ように受け取れる。

 

 昔からテーブルマナーは、訓練して身にはつけたのだが、どうにも使ってみようという気が起きない。 

 

 日常的にそんなことが必要のない生活ならばいいが、国に戻れば外交で食事することはある。 

 

 『この馬鹿夫、なんでフォークとナイフを内側から使うのよ』。

 

「どっちでも同じだろうが」

 

「はい、何ですか、提督?」

 

 思い出したことに対しての独り言に返され、テラは何でもないと慌てて取り繕う。

 

「いや、何でもない。ところで吹雪、艤装のほうはどうだった?」

 

「良好ですよ。私の動きにも完璧についてきますから」

 

 嬉しそうにガッツポーズを決める彼女に、さすがバッタ達が妖精たちと全力で頑張った結果だ、と内心で称賛を贈る。

 

 吹雪の技量が上がっていくことに、バッタ達は懸命に考えた。

 

 今までの艤装では彼女自身の技量に追いつけない。かといって、新型機関や銀河帝国製の技術とか搭載では、妖精たちが操りきれない。

 

 ならば、妖精たちと協力して作り上げてしまえばいい。

 

 吹雪の訓練データを妖精たちと見直して、バッタ達が設計図を構築。

 

 妖精たちと討論に討論を重ねて、新規製造開始。

 

 既存の艤装でもなければ、銀河帝国の技術体系でもない。まったく新しい技術体系を確立させた。

 

「うちのバッタ達は変態・奇人ばかりだな」

 

『ピ それで皆様が全力で動けるならば、私達には褒め言葉です』

 

「ああ、そうね」

 

 空かさず悪意もなく善意すべてに皮肉さえなく答えられ、テラはこいつらは本当に機械なのか疑問を感じた。

 

『ピ というわけで、吹雪様、お願いがあります』

 

「はい?」

 

 いきなり話題を振られ、吹雪は食べ終わった食器を持ったまま、イスから浮かした腰をまた下ろした。

 

『ピ! お願いです! 吹雪様用のドレスと着物と浴衣と和服と私服を十着ずつ作らせてください!』 

 

「えええええ?!」

 

『ピ! 絶対にいいものに仕上げますから!』

 

「そ、それは嬉しいといいますか、ありがとうと言いますか」

 

『ピ! よっしゃぁぁぁ! 言質とった! バッタ師団主計科服飾班集合!』

 

『ピ! 我らを呼んだか?!』

 

 何処からともなく集まってくるバッタ達に、吹雪は乾いた笑みを浮かべた。

 

「ご愁傷様。こいつら全力で作ってきて、その後に写真撮影までやるぞ」

 

「ふえ・・・・・嘘ですよね」

 

「残念、俺もやられた」

 

 半眼で告げると、吹雪は項垂れて苦笑したという。

 

 その後、一時間ですべて仕上げてきたバッタ達による、吹雪のファッションショーが開催されたのでした。

 

『ピ 満足満足』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食事が終わった後、暁達は個室に案内されたが、『全員一緒がいい』と伝えると、速やかに大部屋が用意された。

 

 キングサイズを超えるようなベッドに、四人で寄り添って眠る。

 

 以前の生活からは考えられないような、暖かくて穏やかな夜。

 

 悲鳴もない、不意な襲撃もない。

 

 僅かに波の音がする室内に、徐々に不安が溶け出していく。

 

 人間は信用できない。けれど、命は助けたい。

 

 矛盾するような想いが胸にあり、時々は苦しくて悲しくて辛くて。

 

 でも今は、この幸せをかみしめて、ゆっくりと休もう。

 

 彼女はそうして、再び眠りについた。

 

 

 

 

 

 




 
 あの人を見つめる。

 初めて会ったとき、彼は穏やかに笑っていなかった。

 何処か悪ガキのように、ニヤリと笑って飛び出していった。

 だから、慌てて追いかけてみた。

 その先に何が待っているかなんて、考えもせずに。




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選ぶということ、あるいは


 時々、思い出すことがある。

 あの時、自分達がもし彼の手を取らなかったら。

 穏やかな日々も、痛いだけの時間も、あるいは戦うだけの毎日も。

 きっと永遠に来なかったのに。

 どうして、あの時、彼を信じてしまったのか。

 時々、自分達は思い出して、そして小さく笑ってしまう。



 

 今日も元気に海域侵攻。

 

 敵が続々、出てくるよ。

 

 やりたい―戦い方とか武装とかのテスト―ことがたくさんあるのに。

 

 時間がまったく足らなくて。

 

「提督、それってなんですか?」

 

「替え歌」

 

「ああ、あの『寝不足』的な歌ですよね。私も知っていますよ」

 

 そこまで有名なものなのか。

 

 やはり、世界や星が違っても、人がたどる歴史に変わりはないらしい。

 

「時間が足りないよな」

 

 水平線に落ちていく太陽を見つめながら、テラは小さくため息をつく。

 

「はい、もっと時間があれば。一日が三十六時間は欲しいです」

 

「同感。せっかく、艤装を作ってくれたのに」

 

 テラは右手の連装砲に目を向ける。

 

 妖精たちが『使ってください』と土下座して持ってきた砲なのだが、一撃で重巡クラスが沈んでいくのは何故だろうか。

 

 口径は何センチだ。駆逐艦しかいない今の鎮守府で、巡洋艦や戦艦の主砲なんて作っていないはずなのに。

 

「この主砲は凄いですね。駆逐艦の私でも、戦艦相手に戦えます」

 

 嬉しそうに主砲を構える吹雪に、『そうだな』と適当に返しながら、テラは思い出していた。

 

 妖精達の後ろに、『やり遂げました』と横断幕を持ったバッタ達がいたな、と。

 

『二人とも、そろそろ戻ってください。二隻で夜戦、敵海域のど真ん中はちょっと危ないですよ』 

 

 ルリからの通信に了解と返し、テラと吹雪は帰路についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鎮守府の運営は順調に回る。

 

 バッタ達は今日も元気に資源集めに飛び回り、その途中で深海棲艦の情報を持ち帰り、勢力図を更新中。

 

 妖精たちは、『好きに使ってください』と巨大倉庫から溢れた資材を押しつけられ、艤装の開発や修理に勤しむ。

 

 テラと吹雪は情報を元に海域に突入、艤装のテストをかねて戦闘し、戦い方を磨いて帰還。

 

 鎮守府近海は、イオナとアリアの二隻の絶戦艦級という建前の霧の艦艇が警戒警備。

 

 メンタルモデルの元が二人だが、船体は超超弩級戦艦土佐のものだから、船体左右の飛行甲板に色々なものが並べて便利。

 

 そして、すべての情報と兵力のすべてを束ねて、ルリが細かく周辺調査しつつテラと吹雪のバックアップを進める。

 

「陸地続きなのに、誰も来ないのが気になりますね」

 

『各地の状況も厳しいものがあるから、こっちに気づいてないとか?』

 

 ありえるな、とルリは頷いた。

 

 各地の戦況は一進一退を繰り返している。

 

 日本、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツは艦娘の出現により持ちこたえているが、他の国は海岸部分を切り捨てて内陸にこもっている。

 

「敵戦力が増加していましたか?」

 

『さあ? この艦娘の数と軍艦の数なら、押し返してもおかしくないんだろうけど』

 

 どうして一進一退の攻防なのか、バビロンも理解できないらしい。

 

 確かに深海棲艦相手だと軍艦では分が悪い。

 

 相手が人の大きさの的に正確に攻撃を当てるのは、イージス艦でも難しいらしい話を、ルリは昔に聞いたことがある。

 

 けれどそれは、二十一世紀あたりのイージス艦だったはずだ。

 

 今の時代の軍艦の性能は知らないが、当てるくらいならできるはずだ。あるいは、点ではなく面に対しての攻撃を行えば。

 

 気化燃料、散弾、炸裂弾、焼夷弾、やり方などいくらでもある。

 

 ミサイルでさえ弾頭の入れ替えや炸裂方式への変換で、イ級クラスならば纏まっていれば五匹くらいは轟沈させられる。

 

 実際、『サイレント騎士団』は手持ち火器の中でも最低レベルの攻撃でさえイ級を蜂の巣にしている。

 

 だというのに、この世界の軍隊が後手に回っていて、艦娘にすべて任せる形になっているのが理解できない。

 

 いや待った。もしかしてとルリは嫌な考えを浮かべてしまう。

 

 人間が、いる。可能性としては決して低くはない、むしろ人間がいるならば当然の考えだ。

 

「・・・・・国防や平和よりも、個人の利益を優先している?」

 

『まさか。この状況でそれを蔑にしたら、個人の利益が高くなるより先に世界が壊れる』

 

 バビロンが否定するが、ルリはむしろ納得してしまった。

 

 国とか世界より、自分のお金儲けを優先させるのが人間の側面。むかしから戦争が絶えないのは武器商人がいるため。

 

 ありえる。十分な理由だ。

 

「ここには他人のためよりも自分のためが多いようですね」

 

『はぁ? それは不幸だね』

 

「どうしてですか?」

 

『いやだって』

 

 彼は当然のように、戻ってきたテラの画像を表示させ指さす。

 

『テラがそんな連中、存在しておくと思う?』

 

「・・・・・・バッタ師団へ。誰か、『ヴァルハラ』へ行って倉庫すべての鍵を閉めてきなさい」

 

 一瞬で蒼白になったルリの指示に、バッタ達は全員が前足を上げた。

 

『ピ 無理です。壊されます、むしろ電子回路すべて焼かれます』

 

「くぅぅぅぅ! ロザリオの存在が恨めしい!」

 

『はははは、彼女は容赦ないからね』

 

 普段は優しいお姉さん風なのですが、とルリは胸中で付け足す。

 

 テラの専用機『スノーホワイト・エンパイア』の従属機集団、『護元神』が一体の『ロザリオ・ティヤーズ』は、電子戦略機。

 

 一割稼働で太陽系のすべての電子機器を破裂させることが可能。

 

 これに、『スノーホワイト』の強化ユニット『六柱神』の一体、『眼のアルペンド』及び『冠のファラス』が加わったら。

 

 銀河帝国でさえ、すべての電子機器が破壊されて全面降伏するしかない。

 

 そして、テラが使わない時は『ヴァルハラ』にいる。

 

 テラ達の一族が集めた技術や武器のすべてを収めた、浮遊大陸。

 

 最秘奥ともいえるそれらのために、異空間まで作ってガードを固めたそこに入るには、専用のゲートか、あるいはコマンドキーが必要になる。

 

 無闇に入れば、問答無用で焼かれる。

 

 『護元神』七体、『六柱神』六体。たったの十三体の存在が、実は『サイレント騎士団』や近衛騎士よりも凶悪な戦力を秘めているなんて、嘘だと信じたい。

 

 実際に、ルリはその全力戦闘を目にしたことがあっても、だ。

 

「祈りましょう。きっと、祈ればラネルス様が何とかしてくれます」

 

『いや、いくらなんでも無理じゃない』

 

「大丈夫です」

 

 どうにかしてください、とテラ達の一族が産み落とした始まりと終わりの元神の一体に、ルリは真剣に祈った。

 

 後日、ルリの執務室の机に小さな便箋が届いた。

 

 『我が主であるテラ様を止めろなどと。無茶を言うな、巫女よ』と書かれていたとかいなかったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テラと吹雪が戦う中、ルリがバビロン達と鎮守府を回す中。

 

 暁達はどうしているかというと。

 

「・・・・・・・」

 

『ピ』

 

 四人そろって、鎮守府の中にいた。

 

 出撃しろなんて言われず、働けとも強制されない。

 

 ただ、毎日を過ごしているだけ。

 

『ピ 今日のお昼ご飯はどういたしましょう?』

 

『ピ 中華ですか?』

 

『ピ 中華は昨日だったから、今日は和食にしてみますか』

 

『ピ 秋刀魚かアジか。あるいは塩、味噌か』

 

『ピ 誰か囲炉裏の用意を。目の前で塩焼きにしよう』

 

『ピ それだ!』

 

「待って」

 

 何故か盛大に盛り上がるバッタに対して、暁はやっと話の腰を折ることができた。

 

 初日はルリに振り回されて終わり、二日目はこうしてバッタ達に進められるままに日々を過ごした。

 

 三日目、ようやく話の腰を折ることができ、感じていた疑問を口にする。

 

「私達は戦わなくていいの?」

 

 恐る恐る告げるのは、姉妹全員が毎日に感じていたこと。

 

 自分達は艦娘だ。戦う存在だと、兵器だと言われ続けてきた。

 

 違うと言っていたし、それだけじゃないとも思ってきた。

 

 やっとそれが叶ったというのに、こうやって毎日を過ごしていると罪悪感だけが増してくる。

 

『ピ 皆さまはテラ様のお客様です。どうして戦うのですか?』

 

「私達は艦娘よ」

 

『ピ そうですね。だから戦うというのは違います』

 

 真っ向から否定され、暁は言葉に詰まってしまう。

 

「艦娘は兵器だと言われてきたよ」

 

 押し負けた暁に変わり、響が帽子に触れながら告げる。

 

 表情を隠すように引っ張りながら。

 

『ピ 兵器とは、誰が使っても同じ結果が出せるものを示します。貴方達は違いますよ』

 

「でも、私達はそのために生み出されたって」

 

 雷が悲しい顔で言ってくる。苦しいと全身で語るように。

 

『ピ 誰が言いました? 妖精ですか? 彼らはそう語りませんでしたよ』

 

「軍人さんが言っていたのです」

 

 泣きそうな顔で電が語ったことに、バッタは全身で怒りを示す。

 

『ピ! その痴れ者は後で細切れにして業火で焼いてやろう』

 

『ピ! いいや、死ぬことは許さない。全身を細切りにしてやる』

 

『ピ! 誰かルリ様へ報告を。バッタ師団海兵隊に協力を要請』

 

『ピ 強襲作戦を立案するように情報科へ提案する』

 

 次々に決まる報復攻撃に、四人のほうが引いてしまう。

 

『ピ 自らの意思で戦うことを選ばず、他人に任せるだけのバカものなど放っておいて大丈夫です』

 

『ピ 皆さまはテラ様の客人、もしそんな連中が来たならば我らバッタ師団が殲滅します』

 

『ピ むしろ、テラ様の客人に手を出したなら、『サイレント騎士団』全軍がお相手しましょう』

 

 安心してと書かれた旗を掲げるバッタ達に、暁は恐る恐ると問いかけた。

 

「どうして、そんなに優しいの?」

 

『ピ 皆さまは可愛いレディだからですよ。テラ様が母君から教えられた言葉にこんなものがあります』

 

『ピ 『女の子は生まれたときから幸せになる権利がある。それを邪魔するものは銀河ごと消して大丈夫』と』

 

 違うから、と後に多くの人物が言ったことだが、テラは忠実に守っているところがある。

 

 主が守ることは、従者も守る。

 

 バッタ師団が、『サイレント騎士団』が、そして銀河帝国全体が。

 

 誰だって幸せになる権利がある、ならばそれを邪魔する者は全力をもって排除しよう。

 

『ピ だから皆さまは好きに生きてください。そのために必要なものがあるならば、我らバッタ師団が揃えて御覧に入れましょう』

 

 優雅に一礼するバッタ達。

 

 機械の体で、人間のような構造をしていないのに、暁達には老齢な執事が一礼したように見えた。

 

 嬉しいと思えてしまった。

 

 優しいと感じてしまった。

 

 だから、ずっと何もしないのは嫌だから。

 

 彼らの暖かさに溺れたままでいたくないから。

 

 そして、暁達は決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いたいです。

 

 そう言ってきた女の子四人を前に、テラは少しだけ考え込んだ後、一人一人をしっかりと見つめた。

 

「いいんだな?」

 

「ええ、一人前のレディーが何時までも働かないのはね」

 

 胸を張ってそう答える暁に、テラは首を振る。

 

「レディーは働かない者が多いぞ」

 

「あら、そうなの? でも、私達は違うわ。お願い、ここで戦わせて」

 

 真っ直ぐに見詰めてくる彼女に、テラはちょっとだけ困って吹雪とルリへと顔を向けた。

 

「私は仲間が増えるのは嬉しいですよ」

 

「テラさんが決めたことには従います」

 

 二人の意見は肯定。ならば、後は自分だけの中で、テラはニヤリと笑った。

 

「解った。ならばようこそ、暁、響、雷、電。我が鎮守府へ」

 

 彼はそう告げて、背中を向けた。

 

「この背中についてこい。ただし、俺は立ち止まらない。前に前に進んでいく。後ろも振り返らない。おまえらはついてくると信じている」

 

 一気に語り、テラは少しだけ歩いてから振り返る。

 

 全員を視界に収める。艦娘、自分の巫女、バッタ達、妖精たち。

 

「提督として、最初の訓示を行う。俺の命令は絶対だ、俺の命令に逆らうことは許さない」

 

 全員を見回し、誰も反論しないことを確認して、命令を伝える。

 

「一つ、死ぬな。何があっても、生きて帰れ。一つ、仲間を裏切るな。信頼する仲間がなくては、前になんて進めない。一つ、おまえらの魂に背くな。この三つを持って、我が鎮守府の提督の絶対命令とする」

 

「はい!」

 

 全員の気合の入った返答を得て、テラは再び背中を向けて拳を突き上げる。

 

「行くぞ! まずは近海の大掃除だ!!」

 

「おー!!」

 

「その前に、暁達の艤装と新人さんの訓練が先です」

 

 動き出しかけた全員が、ルリの一言で転んだのでした。

 

 

 

 





 夢を見て、夢を語る。

 誰もが当たり前に願うことが、自分には遠いものに感じる。

 けれど、誰にでも夢を見る権利はある。

 人間であっても、艦娘であっても。

 ある軍人は、そんなものは必要ないと語る。

 けれど、彼は違った。

 『おおいに夢を見て、おおいに語れ。そして酒でも飲もうか』と。

  ーーーーーーー

 衝動が止まれないため、別作品を書きます。

 テラ・エーテルの一番弟子、シン・アスカの異世界旅行記。

 狂乱に出てきた、ロンド・ベルの別世界鎮守府物語。

 鋭意制作中だったりします?






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目指す場所 超えるべきもの

 
 テラ・エーテルも、ホシノ・ルリも、この世界の常識を知らない。

 他の世界から来たから、それが異常なことだと気付かない。

 暁達も建造の細かい話をされたことがないから、知らない。

 吹雪も、鎮守府はここが初めてだから知らない。

 妖精達も語らないから、それが異常だとは知らないまま、進む。





 

 鎮守府は今日も平常運転。問題は欠片もなし。

 

「となればいいんですけどね」

 

 何処までも高い空を見上げながら、ルリは現状に対しての問題点を考えていた。

 

 資材はある、戦力は十分。

 

 『サイレント騎士団』を動かせば、深海棲艦相手に負けることはない。

 

 蹂躙し破壊し、殲滅して塵も残さない。

 

 相手を『沈黙させる』のが、騎士団の理念だ。

 

 敵が何者であっても、どんな障害があっても、必ず沈黙させてきた騎士団の実力を、ルリは欠片も疑っていない。

 

 もちろん、妄信しているわけでもない。

 

 一つ一つのデータを集めて検証を重ねて、感情的な要素を排除して確実に現実的な結果を得てから、確信に至る。

 

 けれど、自分達は感情のある生物なので、完全に切り離すことはできない。

 

 その感情が今の状況は、不味いのではと叫んでいるのだが。

 

「避けてみろ!!!」

 

 テラの怒声と共に宝具の雨が訓練場を覆い尽くす。

 

「今度こそやるわよ!」

 

 気合十分な暁が、それらを掻い潜ってテラへと接近してく。

 

 響は大きく回避して別ルートから。

 

 雷、電の二人は砲撃で暁のルート上に落ちてくる宝具を撃ち落としている。

 

 適応能力は高いらしい。

 

 訓練を始めてすぐに、四人でのチームワークを確立させて、それぞれの役割を瞬時に把握している。

 

 大抵は暁が突撃、響が別ルートを辿っての奇襲・強襲。

 

 雷は後方からの援護射撃にて、ルート上の障害を排除。

 

 電は援護射撃を補佐しつつ、二人が失敗したときのための予備で待機。

 

 うん、四隻でのフォーメーションとしては見事だ。

 

 けれど、だ。

 

「行かせると思うの?」

 

「吹雪?!」

 

 宝具の雨を抜けた先、白い影が踊る。

 

 左手に砲を、右手に剣を持った吹雪は、真っ直ぐに暁の前を塞ぐ。

 

「どきなさいよ!」

 

「どかせて見せてよ」

 

 互いに砲を構えて撃ちあう。

 

 暁の射撃の腕は見事だ。確実に上がってはいるが、まだまだ届かない。

 

 砲弾は、お互いを捕らえることはなく逸れてはいるが、吹雪はわざと外している。

 

 彼女の技量ならば、暁を一発目で沈めている。それが外しているのは、訓練の時間を伸ばしているからか、それとも。

 

 ルリは考えようとして、頭を振った。

 

 今は考えるべきものじゃない。

 

 考えるべきは、この訓練の内容だ。

 

「バッタ、準備は?」

 

『ピ 狙撃班はすでに待機、バケツ効果の特殊弾の用意も二千発ほどです』

 

 素晴らしい返答だ。

 

 これで何があっても大丈夫だろう。

 

 ほっと安心したルリの視界に、吹雪が暁を斬り飛ばした景色が映る。

 

「はぁ・・・・・あの子はどうして砲じゃなくて剣を好んだのでしょうかね」

 

 吹雪は本来ならば右手に砲を持って戦っているはずなのに、今は左手に砲を持って右手には剣を持っている。

 

 左手で砲撃できるように訓練し、今では百発百中を出している。

 

 右手の剣は、バッタ達が作った特殊金属のもの。

 

「何を使ったんですか?」

 

『ピ 一応、頑丈なように『オリハルコン』で作ってみました』

 

「・・・・はい?」

 

『ピ 『オリハルコン』です』

 

 一瞬、意識が遠のく気がしたルリだった。

 

「ま、まあ、いいでしょう。今の吹雪の実力なら妥当なところです」

 

 無理やりにルリは飲み込むことにした。

 

 現状の問題に比べたら、瑣末なことでしかないから。

 

「テラさん! いいかげんに死線をくぐらせる訓練は止めませんか?!」

 

「死線をくぐってこその訓練じゃないの?!」

 

「貴方の幼少時じゃないんですから!」

 

「え?!」

 

 驚いて振り返る彼に対して、ルリは『本気だったんですね』と溜息をついたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最初の時、何も感じなかった。

 

 次の瞬間、体中に痛みを感じた。

 

 そして、世界が開けた。

 

「って、思ったんだけどね」

 

「はははははは」

 

 目の前の光景に、二人して目覚めたことを後悔している。

 

 なんだろう、あの武器の雨を抜けるって。

 

 一撃でも貰ったら轟沈するレベルの攻撃なのに、笑って通り抜けるってキチガイではないだろうか。

 

 そもそも、艦娘は砲撃や雷撃で戦うものではないのだろうか。

 

「いきなりさせませんから、大丈夫ですよ」

 

 穏やかに微笑むルリに対して、二人は何と言っていいのやら。

 

 微妙な顔で訓練場を指差す。

 

「あれは幻です」

 

「え、でも・・・」

 

「幻です、白昼夢です。いくら吹雪が最初からこうだったといっても、貴方達まで染まることはありません」

 

 微笑んだまま、ルリは大きく頷いた後に、片手を空中に踊らせる。

 

 まるで、何かを遮るように。

 

「暁達みたいに手遅れにならないでくださいね」

 

「・・・・一番! 川内! 行きます!」

 

 突然に走りだした巡洋艦は、そのまま訓練場に突入。

 

「提督! 夜戦じゃないけど来たよ!」

 

「よっし! それでこそ俺の艦娘だ! 容赦なく行くぞ!」

 

「はい!!」

 

 笑顔で嬉しそうに、彼女は殺人的な雨の中を突き進む。

 

 何度も傷だらけになり、沈みかけてはバケツの銃弾で回復して、また海上を突き進む。

 

 見事、とルリが小さく呟くのを聞いて、彼女は周り中を見回した後に、飛びだしていた。

 

「夕張です! 実験艦で速度が遅いけど!」

 

「だから何だ?!」

 

「勇気だけは誰にも負けないつもりです!!」

 

「よくぞ言った!!」

 

 豪海に笑うテラに、彼女も突撃開始。

 

 こうして、六隻対一隻プラス提督の戦闘は、二日を経過した後に提督と一隻側―つまりテラと吹雪の勝利で幕を下ろした。

 

「よっしゃぁぁぁ!! 見事だおまえら! 次は実地だ!」

 

「はい! 提督!」

 

 ビシッと敬礼をする吹雪の後ろで、傷だらけの艦娘全員がそろって敬礼している。

 

 あ、これは手遅れだ、仕方ないかとルリは諦めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 訓練が終われば、おいしい食事としっかりとした休息。

 

 これ、絶対。

 

『ピ』

 

 看板を掲げたバッタが見守る中、テラ達は一応の食事をしていた。

 

「二日・・・・かぁ」

 

「テラさん、いいかげんにナチュラル・ハイになって特訓を続けるの、止めませんか?」

 

「自覚がないんだよなぁ」

 

 強硬に強烈に、戦争狂みたいに戦っていたのか。

 

 テラには戦っていた時に自分がおかしくなったとは感じなかった。

 

 それに、だ。

 

 シン・アスカに行った訓練に比べたら、今の艦娘達の訓練は優しい方だ。

 

「・・・・あいつ、よく生きていたな」

 

「シンさんですか? エリクサーの在庫がなくなるくらいには、死にかけていましたよ」

 

 百万単位であった蘇生薬がなくなるなんて、思いもしなかったとバッタ達が言っていたのを、遠い昔のように思い出す。

 

「誰ですか?」

 

 吹雪が顔を上げて聞いてくるので、テラは素直に答えることにした。

 

「俺の一番弟子」

 

「え? そっか、いるんですね。どんな人なんですか?」

 

 ちょっと落胆したような吹雪だったが、すぐに笑顔で別の質問をする。

 

「そうだな・・・・・・『凍焔の鬼神』って呼ばれている騎士だな」

 

「彼に睨まれたものは凍りついたように動けなくなり、焔のような意思の元に砕いて消される。私達の世界では、有名な『エース』です」

 

 吹雪は、軽く眼を細めた。

 

 嫉妬ではなく、決意。絶対にその人に追いついてやる、という意志が瞳に現れている。

 

「そんなの私たちにかかれば、すぐに止めてあげるわ」

 

「問題ないね」

 

「私たちに任せなさい」

 

「大丈夫なのです」

 

 一斉に暁、響、雷、電が答える。

 

 全員は強い決意を宿した顔で、真っ直ぐにテラを見ていた。

 

「あいつを止める? いいぞ、止められるものならな。俺でも十回に一回は止められないぞ」

 

「ふぇ?! ま、任せないさ、レディーに二言はないのよ」

 

「それは、男じゃなかったかな?」

 

 震える声でさらに強気にいう暁に、響は首を傾げている。 

 

「レディーよ!」

 

「暁はなんでもレディーで通すのよね。ダメよそんなことじゃ」

 

「雷ちゃんも、母親気質でよく語るのです」

 

「電?!」

 

 何故だろう。先ほどまでの結束感が欠片もなくなってしまった。

 

 口論を始めた暁達を余所に、机に突っ伏して動けない二人にテラは顔を向けた。

 

「生きてるか?」

 

「夜戦なら何とかできるのに」

 

「生きてる。私達はまだ生きてる」

 

 壊れたテープレコーダーのように、同じ単語を繰り返す二人に、テラは本当にやり過ぎたと後悔した。

 

「テラさん、それは後で。現在の鎮守府の戦力は、艦娘が駆逐艦が五隻、巡洋艦・・・・軽巡ですね、それが二隻。編成上、これでは二個艦隊が組めません」

 

 ルリの話に、テラは違和感を持った。

 

 計七隻ならば、一戦隊分にも満たないのではないか。

 

 彼女はテラの視線から違和感を察して、さらに言葉を重ねる。

 

「通常、艦娘は六隻一艦隊編成だそうです。これは妖精たちから言われたことで、最も効率のいい運用だそうです。燃料や弾薬の消費、後は補充の面でも六隻編成が好ましいとのことです」

 

「六隻で一艦隊。で、幾つまで出せるのさ?」

 

「いくつでも、と妖精達は言っていましたが」

 

 そういうものなのかと、テラは言葉を口の中で回す。

 

「確かにな。じゃ、建造数を増やす?」

 

「はい。追加建造は妖精たちにお願いしておきます。後、ドロップって現象もあるらしいので」

 

 ドロップ、海域を進んでいるとたまに艦娘が漂っているらしい。

 

 以前、妖精たちがそんなことを言っていたのを、テラは少しだけ思い出した。

 

「あれ、俺と吹雪の時はなかったけど」

 

「確率的に二割を切ることが多いそうですよ」

 

 なんだ、その非効率的なものは。

 

 テラは出かかった文句を噛み砕いて消して、腕組みして考え込む。

 

「・・・・・・何度でも出撃し放題?」

 

 冗談交じりに言ってみると、ルリは真っ直ぐに見詰めてきた。

 

「テラさんがそうしたいならば、私はバックアップとして尽きることのない補給を約束します」

 

 一点の迷いも戸惑いもなく、彼女は言いきった。

 

 事実、今まで一度たりとも彼女が補給を滞らせたことはない。尽きるのではなく、なくなるのではなく、滞るだ。

 

 何時もスムーズにスマートに、的確に補給を確立させてきたのが、ルリの手腕。

 

 戦場を見通し、正確に戦力を配置して、こちらが戦い易いように動かす。

 

 それが、彼女の能力であり役目だから。

 

「なら、ルリちゃん、それで」

 

「はい、解りました」

 

 立ち上がり一礼したルリに、頼むよと声をかけて、テラは立ち上がる。

 

「吹雪、ちょっと耐久作戦とか行ってみるか?」

 

「はい、お供します」

 

 空かさず立ち上がる彼女に続いて、全艦娘が立ち上がった。

 

「七隻編成はちょっと無理じゃないか?」

 

「四隻と三隻の二つの艦隊で連合艦隊って編成もあるみたいですよ」

 

 ルリからの助け舟に、そういうのもあるのかとテラは内心で納得して、剣を持ち上げる。

 

「じゃ、行くぞ」

 

「了解しました、提督!」

 

 気合十分な返答に、テラは小さく笑う。

 

 

 




 

 突き進んだ先、何処までも続く水平線の果てには何があるのだろうか。

 考えても答えは出ないから、進んでみた。

 きっと素敵な出会いがあると信じて。

 信じてみたかっただけかもしれないが。



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艦隊、前へ

 
 進み続け、戦い続けて、その先に何があるのか。

 私たちにとって、戦いはすべてで、そのために存在して。

 誰もが戦えという中で、あの人だけは違っていた。

 『生きろ』と言ってくれたから。



 

 食事はとった、休憩もしっかりととった。

 

 ならば後は、進むのみ。

 

「敵撃破! 次!」

 

「左舷に敵影見ユ! 砲撃戦用意!」

 

 進め、ただ前に進め。後ろは振り返らずに、何処までも青い海原をひたすら前に。

 

「はい終了!」

 

 一刃二殺。吹雪が持っていた剣によって戦艦クラスが沈み、後ろに放り投げた魚雷が潜水艦を封殺する。

 

「次だ次!」

 

 テラが大きく手を振り、全艦がそれぞれの艦隊編成に戻り、他の海域へ突き進む。

 

「だぁぁぁ!! ドロップって何時になったら出るんだ?!」

 

『確率二割はかなり非効率的ですね。やはり、戻りますか?』

 

 ルリからの通信に後ろを振り返ると、誰もが疲れた顔をしてはいるが、目が死んでいない。

 

 ギラギラと感情を燃やして、『次は?』と無言で問いかけてくる。

 

「もうちょっと行ってみるか」

 

 ニヤリと笑った彼に、全艦娘が武器を掲げた。

 

「ルリちゃん、もう少し行くから遅くなる」

 

『解りました。こちらでは出迎えの準備を進めますね』

 

「全艦隊前へ! ハワイまで攻め込んでやる!」

 

「オー!!!!」

 

『いえ、それは燃料の問題で無理では?』

 

 気合十分な集団の目標に対して、ルリは冷静に突っ込みを入れたのでした。

 

 そして、戦闘狂になった艦隊は、二匹を連れ帰る、と。

 

「ドロップした」

 

 ルリ、絶句。

 

 全員が傷だらけになって戻ったので、慌てて出迎えたら、二人ほど増えていて。

 

「あの、テラさん、何があったんですか? どうして、この二人は黒焦げ何なんすか?」

 

 軽く煙とか上げている二人の艦娘を前にして、彼女は原因らしい人物に問いかける。

 

 川内と夕張が『あれはひどい』って顔をしていて、それ以外は『いい戦訓があった』という感想らしい。

 

「海中から来るって知らなかったから、レグルスをね」

 

「はぁ」

 

 第四真祖の雷の獅子の一撃を放ったと。

 

 電撃が海を走るのは知っていたが、まさか海中まで響き渡るほどとは。

 

 いや、待ったとルリは思いなおす。

 

「テラさん、ナチュラル・ハイで最大出力にしてませんよね?」

 

「まさかぁ!」

 

 彼は軽く笑いながら手を振って、その後に真顔で告げた。

 

「ブースト強化してやりました」

 

「・・・バッタぁぁ!! 今すぐ二人を入渠させて治療を!」

 

『ピ!! この大ボケ主君!!』

 

 原始の塵にできる出力を、強化して放たないでください。

 

 ルリはその後、テラに淡々と語ったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トンカントンカン、槌を鳴らす。

 

 今日もバッタ達は元気に鎮守府周辺施設の建造中。

 

「重巡?」

 

「はい。外見の特徴から、妖精達は『重巡』と判断しました」

 

 艦娘全員を入渠施設へ。戦闘の疲労を回復させつつ、艤装の修理を。

 

 夕張が、『私の役目ですね』と言っていたのを、テラとルリの睨みで止めたのは些細なことだろう。

 

「重巡洋艦ってこと?」

 

「はい。艦名まではまだですが」

 

「へぇ~~~重巡察艦じゃなくて?」

 

「はい、重巡洋艦です」

 

 そうか、とテラは言葉を転がす。

 

 残念なような、安心するような。

 

 反物質砲弾を打ち出す巡察艦が、艦娘として出現したらと思うと、ゾッとする。

 

 地上で撃ちまくる反物質砲弾。

 

 間違いなく地獄絵図の出来上がりだ。

 

「建造中の子は?」

 

「そっちは何とも。妖精たちが、『任せてください! 最高の艦娘を作って見せます』と張り切っていましたが」

 

 いや、なにそのフラグは。

 

 テラは目線で彼女に問いかけるが、ルリは軽く首を振るだけだった。

 

 彼らの頑張りは止められないらしい。

 

「一応、二艦隊分プラス補佐くらいは揃うはずです」

 

「ん、吹雪の訓練も後は実戦だけだからなぁ。暁達はもうちょっとかけないと」

 

「夕張と川内は、初期訓練が終わったくらいですから。新人二名の訓練も考えると、内と外に分けますか?」

 

「そうだね。新しい子には申し訳ないけど、下限に合わせても意味がないから上限に合わせよう」

 

「それって、吹雪を基準に考えてませんか?」

 

 ルリが告げながら、目線で咎めてくる。

 

 対してテラは、片手をヒラヒラと振って盛大に空を見上げた。

 

「高みを目指したいって意思は、俺には折れないよ」

 

「確かに、テラさんの一族はそこだけは譲りませんから」

 

 他にも譲れないものはあるよ、とテラは内心で思う。

 

 ちなみに、この話の基準点は確実に吹雪であり、上限は一番強い人物になるのだが。

 

「お願いですから、『自分と同じくらいに強くできそうだ』なんて思わないでくださいね」

 

 ルリは小さく釘をさし、テラは苦笑するだけにした。

 

 彼は、間違いなく自分と同じ強さに艦娘を鍛えようとしていたから。

 

「艤装の件で報告があります」

 

 ルリはデータボードをテラに渡す。

 

 内容は新型砲弾、新型の魚雷。あの意味不明な威力の砲弾と同じように、魚雷も高威力のものを用意したらしい。

 

 駆逐艦の主砲で、戦艦クラスを貫通させるなんて、世界の常識にケンカを売っているようなものだが。

 

 砲に魚雷、それと機銃。今回はいなかったが、前回には航空機に遭遇していたから、そろそろ対空火器も必要になってくる。

 

「レーザーとか?」

 

「光学兵装は、まだまだ艦娘には搭載できないようです。代わりに、対空兵装を教えておきます」

 

「三式弾ってやつ?」

 

「いえ、気化燃料による広範囲炸裂弾です」

 

 高純度の燃料を空中に散布、それに引火させて爆発。

 

 かなり広い範囲を瞬時に吹き飛ばす砲弾は、実は『サイレント騎士団』では未実装の武器でもある。

 

 そもそも、『サイレント騎士団』は重力兵器、あるいは空間兵器が標準装備。

 

 光学兵器も、ビームとレーザーと言っているだけで、プラズマ的なものではないことが多い。

 

 火薬を使ったことがないわけではないが、ほとんどの場合は使わない。

 

 なので、この機会に妖精たちと一緒にバッタが試行錯誤中。

 

 中々に楽しそうにしているのだが。

 

 瞬間、轟音が鎮守府を揺らした。

 

「・・・・・ルリちゃん?」

 

「タイム・スケジュール的に、新型砲弾の試作ですね。また、バッタ達が自身の耐久テストと同時進行で威力確認ですね」

 

 はぁと、二人して溜息をついた。

 

 何処の世界に、新兵器の実験を自分たちに向かって行う機械がいるというのか。

 

 そもそも、あいつらは今は地上で、艦娘や妖精がいると知っているのか。

 

「周辺被害はゼロ。さすがと褒めておきますか?」

 

「馬鹿と罵ってあげなさい」

 

「はい・・・・・・・見に行きますか?」

 

 仕方無いけど、とテラは肩をすくめてみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 爆発の凄さを知るためには、事故現場に行ってみるのが一番。

 

『ピ 液体火薬を三種、混合比率を変えてみました。劣化ウラン弾など相手にもならない爆発力と貫通力を達成しました』

 

 誇らしげに語るバッタに対して、ルリは何と言っていいか解らずに、空を見上げていた。

 

『ピ 工廠では建物への被害がありますので、外の試験場を使いました。妖精たちが用意してくれた戦艦『大和』の艤装を、横から貫通しています』

 

 貫通というより、大破ではないだろうか。

 

 粉々に砕けた砲塔や、破裂した装甲などが散乱した地面を見つめ、盛大な溜息をつく。

 

『ピ! しかも! しかもですよ! 使った砲弾は十二センチ! つまりです! 駆逐艦の砲撃で、戦艦を沈められる! これは素晴らしい結果です!』

 

 興奮して語るバッタ達の向こう側、砲弾を発射したらしい主砲が粉砕しているのだが、気にしてはいけないのだろう。

 

『ピ! きっと研究を続ければ駆逐艦の主砲で要塞が落とせる日も!!』

 

 主砲の近場で、黒焦げになったバッタ数匹が山になっているのだが、指摘したらダメだろうか。

 

「・・・・・イオナ、侵食弾頭、一斉発射」

 

『了解』

 

『ピ?』

 

 そして、漆黒の閃光がバッタを吹き飛ばしたという。

 

『ピ!! 我が人生に一片の悔いなし!!』

 

「あの有名なセリフを、こんなことに使うのはバッタくらいだよな」

 

「周辺被害はなし、貴重なデータは手に入りました。しかし、使われた資材が膨大すぎますね」

 

「建造、やれないかな?」

 

「まさか、そんな程度で揺らぐような集め方はしてません。建造で三人、ドロップで二つ。現在、艦娘は十二人。ちょうど、二艦隊分ですね」

 

 戦力は整ったとみるべきか、それともまだまだ少数精鋭というべきか。

 

「二個艦隊での大平洋制覇。ロマンかな?」

 

「無謀というべきかもしれませんよ。深海棲艦のデータも十分に集まっていないのに、十二人で領海の奪還なんて」

 

 珍しく、ルリが否定の意見を出してきた。

 

 何時もならやりましょうとか賛成してくれるのに、だ。

 

 戦力が違うから慎重になっているのか、それとも単純にこの世界の戦争に首を突っ込むのを止めようとしているのか。

 

 後者はないか。もし深海棲艦への攻撃に否定的なら、最初の段階で意見を言っているはずだ。

 

 テラは少しだけ彼女の顔を見たが、ルリはこちらを見つめながらも、口を開かずにいた。

 

 だから、テラ・エーテルは気づいた。

 

「俺に関係して、何かある?」

 

「テラさん相手に隠し事は無理ですね。私も、貴方の嘘が見抜けますから、お互い様ってところですか?」

 

 話を遠まわしに変えようとしている時点で、察することができた。

 

 つまり、だ。このまま戦い続けると、最終的にか過程的にか解らないが、全力戦闘をするしかない状況になる、ということか。

 

「星一つじゃ足りないな」

 

「『神帝』が全力で動くならば、我ら『サイレント騎士団』も全軍稼働です。星一つではなく、この星系が消えます」

 

 言いきる彼女に、確かにそうだとテラは思った。

 

 自分達の戦力の異常性は、自分達が最も良く知っている。

 

 広い銀河の中に、五つの太陽系を支配下におく帝国を、わずか一年で建国して見せたのだから。

 

 『血の十字架』を掲げる、狂喜と狂乱の集団。

 

 常識も道徳も倫理も関係ない、ただ自分の前を塞ぐ相手を叩き伏せ、身内が悲しまなければ誰が死のうが苦しもうと知ったことではない。

 

 正義からは最も遠い、愚者の騎士団。

 

 それが『サイレント騎士団』であり、自分―『神帝』テラ・エーテル。

 

「ちょっと休もうか」

 

「それがいいですね」

 

 ストレスがかなり発散された途端、二人して冷静になってしまった。

 

 このまま突き進んで、感情のままに戦力を振るっていいのだろうかと、理性が立ちふさがって疑問を投げてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 重巡洋艦、鈴谷はドロップした艦娘だ。

 

 同じくドロップした重巡洋艦高雄とは、仲良くしたいと願っている。

 

 特にあの雷を纏った獅子の一撃を受けて、生き残った喜びは分かち合いたい。

 

 同じように、執務室に並んでいる同期らしい艦娘には、絆のようなものも感じ始めていた。

 

 軽空母瑞鳳、戦艦扶桑、駆逐艦陽炎の三人に。

 

「ようこそ、我が鎮守府へ」

 

 提督らしい男が、重々しく告げる。

 

「諸君達の着任を心から歓迎する。現在の状況は、かなり厳しいものではるが、諸君達ならば見事に達成してくれると信じている」

 

 緊張感が執務室を漂う。わずかでも動けば睨まれるような、そんな気配が流れている。

 

「では・・・・・・ルリちゃん、これって続けなきゃダメ?」

 

「なんで最後の最後で落ちるんですか?」

 

 机に突っ伏して、今までの雰囲気が欠片もなく消えた彼は、隣にいる少女に顔を向けていた。

 

 少女は、呆れたように溜息をついて、顔をこちらに向けてきた。

 

「はい、皆さん。こちらが皆さんの提督、テラ・エーテルさんです。私は提督代行のホシノ・ルリです。最初なので厳しくしてみたのですが、柄ではないので忘れてください」

 

「あの、提督代行・・・・・」

 

「ルリでいいですよ」

 

 言い難そうに告げると、彼女は気楽な顔で手を振ってきた。

 

 最初の緊張感は、何処へ逃げたのだろうと鈴谷は思いながらも、気になっていることを質問した。

 

「その後ろの黄色い物体達は?」

 

「バッタです」

 

「その『ようこそ我らが娯楽とユーモアにあふれた鎮守府へ』は?」

 

 言われてルリは振り返り、バッタ達がかかげる看板を見つめた後、何もなかったかのように顔を戻した。

 

「最初に皆さんにしてほしいことは・・・・・」

 

「いやいやいや! 説明してよ!!」

 

「してほしいことは!」

 

 無理やりに、ルリは持っていく。

 

「自室の確認! 衣類の選択及び受取! 鎮守府内施設の把握! です!」

 

 大声でいい切った後、大股で窓まで近づいてから、窓を豪快に開けた。

 

 轟音と怒声と、色々なものが飛び交う訓練場が見えた気がしたが、気のせいだろうと鈴谷は思いこむ。

 

「だから! そうやって毎日のように死線をくぐらないように! 無理せずゆっくり確実にです! いいですかぁ?!」

 

 精一杯に叫ぶルリの背中に、哀愁が漂っていた気がするが、見てみないふりを全員がした。

 

「第一! テラさんは休むって言ったじゃないですか?! 何で今日も訓練しているんですかぁ?!」

 

「海域制覇と侵攻を休むだけで訓練は別腹!」

 

「なんですかその女子的理論のすり替えはぁ?! 誰が言い出したんですか?! 吹雪ですか?! 暁ですか?!」

 

「私なのです!」

 

「まさかの電オチ?!」

 

 盛大に言い争いをしている代行と、苦笑している提督。

 

 交互に見た後に、鈴谷は代表して言った。

 

「楽しそうな鎮守府だね」

 

 誰もが微妙に顔を引きつらせていたのが、とても印象的だった。

 

 バッタの案内の元、自室に通された鈴谷は、まず最初にベッドに飛び込んだ。

 

 ふんわりとした感触が体を包み、心地よく眠れそうだ。

 

 室内には家具はなく、すべてが壁に内蔵済み。

 

 唯一の窓からは外の景色が見えて、ベランダ付き。

 

 室内には念のためにバスルームもあり、冷蔵庫もある。

 

 しかも、三か所。ベッドの脇の壁が開いて冷蔵庫とか、意味不明なところもあるが。

 

「いいところだね」

 

 ベッドに横になりながら、彼女は小さく天井に向かっていった。

 

 十六畳もある室内って、普通なのかなと思いながら。

 

 

 

 

 




 

 さてさて、役者はそろいつつある。

 次なるは新しい海域、あるいは通り慣れて落とし穴がある海域。

 しかし、悩みは尽きず、足をからめて進ませない。

 先行き不安なれど、どうにかするのが、指揮官としての資質。

 テラにあるかどうかは、解らないが。

 ちなみに次は番外編。





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番外編・1 ある日のバッタ達

 

 全面ギャグです。

 本編に関係あるような、ないような的な。

 裏方の方々の活躍です。



 

 バッタ師団。

 

 『サイレント騎士団』のサポート部隊、あるいは主兵力になりそうで、なろうとしない連中。

 

 五感を実装し第六感を獲得しながらも、機械らしくデータをネットワークで共有して日々を進化していく。

 

 今日も何処かで助けてと言われたならば、全身をかけてやり遂げる。

 

 それがバッタ師団。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 早朝五時、誰もが寝ている鎮守府で動く影がある。

 

『ピ では皆、よろしくお願いします』

 

『ピ!! よろしくお願いします!』

 

 バッタ達による定例ミーティングである。

 

 ネットワークを通じて全員が同じデータを共有しているとしても、彼は言葉を重んじていた。

 

 即ち、最初は『対話』から。

 

『ピ 夜間帯業務バッタよりの報告は問題なし。今日の予定は?』

 

 バッタ師団の師団長バッタから話は始まり、次々に議題が上がっていく。

 

『ピ 主計科開発大隊より、新型砲弾の試験の予定です』

 

『ピ ついでに海兵隊の耐久テストもやりたいです』

 

『ピ 許可する』

 

『ピ!!』

 

 一つの議題が終わると、全員が『ピ』と電子音を鳴らすのは、何時も通りのこと。

 

『ピ 警戒態勢はどうだ?』

 

『ピ 航空科です、問題報告はありません。第二種警戒ラインにて、警戒続行中です』

 

『ピ 歩兵科です、沿岸部及び海中に敵影なしです』

 

『ピ!!』

 

 本日の警戒任務の書類に、問題なしと師団長バッタがサインする。

 

 彼らは機械だが、報告書は紙を好む。

 

 理由は、『やはり、肌触りが違うから』だそうだ。

 

『ピ 備蓄については?』

 

『ピ 主計科です、現在特殊編成にて大隊活動中です』

 

『ピ 航空科より心よりの感謝を』

 

『ピ 主計科は航空科からの感謝を、形あるもので望む』

 

『ピ では次の機会に航空機による空撮を行いましょう』

 

『ピ?! 本当ですか?! ならば次の機会には夕張さんと川内さんを説得しておきます』

 

 ジッと真剣に見つめ合い、どちらともなく二匹のバッタは頷き合った。

 

『ピ!!』

 

 同じ時、夕張と川内は自室にて奇妙な悪寒がして飛び起き、周辺を見回していたという。

 

『ピ 機動科からです。艦艇の試験起動のため、『ヴァルハラ』の港を十分間閉鎖します』

 

『ピ? 十分もかかるのか? 五分で終われないか?』

 

『ピ 師団長、それは無理です。フィールド・システムも含めてのテストをやりますので』

 

『ピ やってやります、バッタ師団ではないか?』

 

『ピ~~』

 

 いや、無理だから。と全員が見つめてくるので、師団長はこれが最速かと納得して見せた。

 

『ピ!!』

 

 表面だけは。内心で、『いや、何とかできるだろ。次の時にやらせてみるか』と考えていたが。

 

『ピ 清掃科から報告します。テラ様達の戦闘の痕跡及び、移動航路の偽装完了しました。続いて、訓練場の偽装に入ります』

 

『ピ 整備科からです。訓練場が大破しているため、修理まで十五分ください』

 

『ピ そこも縮めてくれ』

 

『ピ 師団長、最速ですよ』

 

『ピ 仕方無いか』

 

 絶対に何とかできるはずだ、と師団長が考え始めた。

 

『ピ!!』

 

 この時、周囲の科長バッタ達も、『あ、あいつまた無謀なこと考えているな。短縮手段を考えておくか』とメモを取っていた。

 

『ピ 近衛兵からです。今日も皆様の寝顔は可愛かったです』

 

『ピ?』

 

 最後の発言に、誰もが首を傾げていた。

 

『ピ おい、まさかおまえら、近衛兵なのをいいことに、寝室に侵入したのか?』

 

『ピ まさか、まさかそんな不埒なことしてませんよね?』

 

『ピ いやいや、まさかでしょう。我らはバッタ師団、誇り高きサポート集団ですよ。そんなことしませんよ』

 

『ピ そうでしょう。我らは皆様が快適に過ごしていただけるように、毎日を全力で頑張っているのですから』

 

 全員が一斉に否定する中、近衛兵長バッタは前足を素早く天に向ける。

 

『ピ 寝室とリビングを隔てる壁はなし』

 

『ピ!! やりやがったこいつら!!』

 

 戦闘システム起動、対物・対艦戦闘用意、殲滅戦準備。

 

 近衛兵以外のバッタがライフルやらバズーカやらを用意する中、問題の彼は小さく首を振った。

 

『ピ しかし、我らは護るための存在。心も護るため、悲鳴でも響かないかぎりは寝室に侵入しません』

 

『ピ おいこら、どういうことだ? あぁ?』

 

 全員の銃口が向けられている中、近衛兵は『哀愁です』というシールを頭部にはって、項垂れた。

 

『ピ だってだって、訓練場から戻る途中の地面に寝てるんだもの』

 

『ピ え・・・・・えええええ?! ちょ?! おまえそれ何時の話だよ?!』

 

『ピ?! 何時の話なんですか?!』

 

『ピ! 警戒ラインの内側で問題発生!?』

 

『ピ! 事案?! 事案じゃないですか?!』

 

 緊張感と殺気から一転、バッタ達は大騒ぎで大混乱。

 

 普段から全員をよく見てよく観察し、体調に気を使っていたはずなのに。

 

 身落としていた、現在の警戒システムでは問題があった。

 

 色々と考えまわるバッタ達の中に、爆弾が落とされる。

 

『ピ 訓練で体力を使い果たして、我々も巻き込まれて吹き飛ばされていましたから』

 

『ピ! ああ! あの時か!』

 

 瞬間、誰もが納得し原因を思い浮かべ、そして泣いた。

 

『ピ この話はこれで終わりだ。では、諸君、今日もよろしく』

 

『ピ~~~』

 

 こうして、バッタ達の朝のミーティングは終わるのでした。

 

 ちなみに、情報科は議事録係のため、必死にまとめていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鎮守府の中で、最もバッタ達が過酷に働く場所は何処か。

 

 航空科、まったく違う。

 

 歩兵科、攻めてこないし攻めて行かないから暇。

 

 情報科、毎日がデータとにらめっこ。割と楽しそう。

 

 清掃科、戦闘とか訓練がない時は縁側に並んで日向ぼっこしてます。

 

 機動科、テストでもしてないと、一日が長いこと。

 

 整備科、色々とやってはいるが、艦娘の数が多くないので。

 

 海兵隊、特にやることなし、この前は全員のボディに草が生えていた。

 

 近衛兵、変態とレッテルが貼られないように隠密中で暇。

 

 答え、主計科。

 

『ピ! 吹雪様の朝食は朝からがっつり! 生姜焼き定食!』

 

『ピ! 所要時間五分設定! 豚肉はおまかせ! 味噌汁もおまかせ!』

 

『ピ! 次! 暁様がモーニングセットを注文!』

 

 厨房にバッタ達が飛び交う。

 

 時に止まってフライパンを振るい、時に空中から鍋をかきまぜる。

 

 さらに、術式展開で時間操作。進めたり、遅くしたり、最悪は止めたり。

 

『ピ! おら野郎ども! ルリ様から『いつもの』注文だ!』

 

『ピ! ご褒美にありがとう! 全員、加速装置起動!』

 

 パン、オムレツ、サラダ、コーンスープ。すべて材料の生産地から細かく決めているルリのため、バッタ達は光速を超える。

 

『ピ! 電様が甘めのココアを御所望!』

 

『ピ! 川内様が冷奴を注文された! 誰か取りに行け!』

 

 まさに戦場。

 

 数十匹のバッタが飛び交いながら、一人としてぶつかることはない。

 

『ピ! はい吹雪様!』

 

「ありがとうございます」

 

『ピ! はい暁様!』

 

「ありがとう」

 

 宣言通り五分以内に料理を作り上げ、待っている方々に渡していく。

 

 何故、そこまでをするのかを、以前に艦娘の一人がバッタに質問したことがあった。

 

 確かに忙しい、毎日が戦場だ。

 

 しかし、バッタ師団主計科料理大隊は、材料の選択を相手にさせることを、止めようとはしない。

 

 選べる自由から味わってほしいから、とバッタ達は答える。

 

 自分で選んだものを、きちんと調理して、おいしいと言って笑顔を見せてくれるならば、我らは例え地獄の底であろうとも向かってみせる。

 

 彼らは今日も折れずに、おいしい料理のために全力を尽くす。

 

 だが、彼らでも『否』という時がある。

 

『ピ』

 

「なんだよ?」

 

『ピ そんなの無理ですよ』

 

 苦渋ですと書かれたシールを張ったバッタの言葉に、テラはそうかとだけ答えた。

 

『ピ 確かに答えたいです。我らはバッタ師団の誇りにかけて、希望をかなえたく思います』

 

「そっか。でも、無理なんだろ?」

 

『ピ はい・・・・・だって! アイリス様の手料理ってなんですか?! 本人を連れて来いってことですか?!』

 

「いや、食べたくなったから言ってみただけなんだけどな」

 

『ピ!! テラ様は毎回毎回、私達の心をえぐるのがそんなに好きなんですか?!』

 

「そんなことない」

 

『ピ! じゃ今回は?』

 

「あ、うん、そこの飯と味噌汁を混ぜて」

 

『ピ そういうと思ったよ! コンチクショウ!!』

 

『ピ! はい目玉焼き定食です!!』

 

 半ばヤケクソのように料理を突き出すのは、バッタ達にとって何時ものことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 整備科は修理・補修専門に行う部署。

 

 しかし、時には開発もする。

 

 けれど、主計科にも開発部門があるため、共同作業を行うこともある。

 

 同じ目標に向かって進むべき仲間。

 

 けれど、時にそれは同じ目標を掲げる敵でも有る。

 

『ピ? あ、なんて言ったてめぇ』

 

『ピ 何度でも言ってやるぞ、コラ』

 

 室内に火花が散った。

 

 当初、二つの科のバッタ達は和気あいあいと設計をしていた。

 

 どうすれば喜んでくれるか、どうすれば楽しんでもらえるか。

 

 色々と意見を出し、意見に対して反対意見を述べて、さらに自分の意見を伝えて説明する。

 

 誰かのために何かができる喜びを、お互いにかみしめていたバッタ達は、唐突に殺気に目覚めた。

 

『ピ おっと、汚い言葉を使ってしまった、許してくれ』

 

『ピ いえいえ、こちらこそ』

 

 ケンカ腰の雰囲気を消して、彼らは笑い合う。

 

『ピ おまえら三流には、そっちのほうがいいだろうがな』 

 

『ピ 低俗な馬鹿にはお似合いの言葉でしたよ』

 

『ピ あぁ?』

 

『ピ フン』

 

 そしてすぐに一触即発な空気になった。

 

 お互いに十匹ずつの参加。火力ではどちらも後方支援のため、重火器などは搭載していない。

 

 しかし、バッタはバッタ。基本装備に差はない。

 

『ピ 解ってないな。いいか、大切なのは色彩だ。見て楽しい、やって楽しいがいいに決まっている』

 

『ピ こりないバッタだな、貴方も。大切なのは、内容です。解いて悩んで、悩んだ後に溶けた喜びが解らないのですか?』

 

『ピ 話にならねぇな』

 

『ピ まったくです』

 

 どちらかともなくため息をついて、次の瞬間には全機がアサルト・ライフルとマシンガンを構えた。

 

『ピ!! 次のゲームはアクションRPGだって言ってんだろうが!!』

 

『ピ!! 何を言っている! 次のゲームはアドベンチャーでしょうが!!』

 

『ピ! やるかてめぇ!!』

 

『ピ! 上等だこの野郎!』

 

 そして、盛大な銃撃戦が室内で行われた。

 

 どちらが優れているか、あるいはどちらが最初に艦娘達に楽しんでもらうか。

 

 たかが、その程度の話で銃撃戦を行うのはバッタ達くらいなもの。

 

 後日、清掃科による隠ぺい工作を行った報告を受け取ったルリは、かなり盛大な溜息をついて、師団長バッタを呼び出した。

 

「騒ぐなとは言いません」

 

『ピ 申し訳ない、ルリ様。私からきつく言っておきます』

 

 一礼して退出した師団長は、主計科と清掃科の担当達を呼びつけて、最初にこう言ったという。

 

『ピ 馬鹿なことを言っているな、次のゲームはシミュレーションだ』

 

『ピ あ? なんて言ったタコ』

 

『ピ 低俗な馬鹿が何を言った?』

 

『ピ おい、おまえらやるってのか?』

 

『ピ! ケンカ売ってるんだな?』

 

『ピ いい値で買ってあげますよ』

 

『ピ!!!』

 

 こうして、再び銃撃戦は行われ、ルリは本当に盛大に溜息をついて、頭を抱えたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 水平線に日が沈む、19時。

 

 バッタ達は再び集まって、ミーティングを行っていた。

 

『ピ 今日も色々あったがお疲れ様』

 

『ピ!』

 

 ボディが傷だらけな師団長バッタに対して、誰もが見て見ぬふりをしながらミーティングを進めていく。

 

 これがバッタ達の一日。

 

 何事にも全力で、誰かのためなら世界さえ敵に回す。

 

 馬鹿もの達の中でも特に馬鹿なサポート集団の、ある一日。

 

 

 

 

 




 
 というわけで、番外編でした。

 バッタ達は今日も何処かで、銃撃戦や砲撃戦しながら、誰かの笑顔のために頑張っています。




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焦がれるほどに、強く求めて

 
 強さを求めていた時があった。

 誰にも負けない自信が欲しかった。

 性質だから、一族の願望だから、呪いだから。

 言い訳はいくらでも。

 本当はただ、前に進むことを怖がっていただけじゃないのか。

 最近はそう思う。




 

 毎日が騒がしい、まるでお祭りのようだった。

 

 誰もが死にそうになりながらも、何故か嬉しそうな顔で前を向いていたのをよく覚えている。

 

 決して死にたがりでも、自殺を望んでいたわけでもなくて。

 

 ただ、強くなれる自分が嬉しくて楽しくて。

 

 強さの果てにいるあの人に追いつきたかった。

 

 たった、それだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日々の訓練は継続で話し合いは決着した。

 

 かなり、いや本気で嫌そうな提督代行を説得し、『無理しないように』といった提督に頷き。

 

 最初に無理した人が何を言っているのか、バッタ達から盛大なツッコミが入ったのだが、聞き流しておこう。

 

 ともかく、今日も訓練は続いていく。

 

 外洋に出ない、鎮守府近海のみ。それも五キロ圏内に限定。海里で言わないところに、提督代行の葛藤が見え隠れしていたが。

 

 彼女も訓練の重要性は承知している。訓練を休んだ軍人の技量が、かなり低下するのも知っている。

 

 月月火水木金金。昔の帝国海軍に休みはなった、毎日が訓練づけで休みなんて作戦前のみ。

 

 訓練で死人が出たなんて話もあるくらいに、猛特訓の日々だったらしい。

 

 流石に言い過ぎだろうか。

 

「次! 右舷砲雷撃戦!」

 

 先頭を走る吹雪の右手が上がる。後ろについていた暁、響、雷、電は素早く砲と魚雷を向けるのだが、最後尾の陽炎がもたついた。

 

「陽炎!」

 

「ごめん! 後二秒!」

 

「高速戦闘中の二秒は反撃されるから!」

 

 吹雪からの叱咤が飛ぶ。彼女の感覚からすれば、一秒以内で補足、敵予想進路把握、照準合わせ、撃つが出来て当たり前らしい。

 

「出来たよ!」

 

「一斉射撃!」

 

 全員の砲と魚雷が放たれ、目標へと向かっていく。

 

 砲弾は近距離のため水平に、魚雷は航跡を見えずに水中を真っ直ぐに。

 

 着弾、目標への命中率は速やかにバッタ達が計測、各艦へと通信される。

 

『ピ 吹雪様、98。暁様、96。響様、95。雷様、97。電様、96。陽炎様、88』

 

 出てきた結果に、吹雪は足を止めて振り返る。

 

「あせらせちゃいましたね、ごめんなさい」

 

 肩を落として陽炎に謝罪する吹雪に、陽炎は慌てて頭を下げた。

 

「ごめん! 私が遅いから全体的に命中率が下がっちゃった」

 

「いえ、今のは艦隊旗艦の私の発見が遅かったので。もう少し早ければ余裕ができましたから」

 

 丁寧に敬語で話す吹雪は、訓練中とはまったく違っていた。

 

 何処にでもいる純朴そうな少女。これが戦場や訓練では怒声と殺気を纏った、まるで『鬼神』のようになるなんて。

 

 陽炎は最初の訓練の時の変貌に、思わず『二重人格』と叫んでしまった。

 

「もう一度やりましょう。今度は、的の位置を変えてもらって」

 

 穏やかに微笑む暁に、誰もが頷いて動き出す。

 

「ふふ、レディーらしいでしょう?」

 

「そう言わなければ完璧だったのに」

 

 嬉しそうにしている暁に、響は残念そうに溜息をついた。

 

 レディーを目指して色々と訓練の合間に頑張っている暁なのだが、どうしても余計なひと言で自分の頑張りを崩してしまう。

 

 『そうなの?』とちょっと涙目の暁に、誰もが無意識に頷いていた。

 

『ピ ターゲットの位置変更完了です』

 

「解りました。では、次は最大戦速、敵艦隊正面からの突撃、回避して側面からの攻撃にします」

 

「了解!」

 

「艦隊前に!!」

 

 のんびりと進んでいた吹雪が、体を傾けてその場でターン。続くように暁達も同じ動作で進路を変更するが、陽炎だけが遅れる。

 

 まだまだ練度不足、ちょっとした動作でそれを痛感させられ、彼女は唇を噛む。

 

「陽炎!」

 

「はい!」

 

 叱責が飛ぶ中、彼女は前を見据えた。

 

 絶対に追いつく。決意を瞳に込めながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テラ達の考えでいえば、戦艦とは最後の楯であり、最強の剣。

 

 相手が何隻だろうと、性能が勝っていようと、絶対に退かない。味方の前に立ち楯となりながらも、敵艦隊を撃沈し続ける味方の精神的支柱。

 

 戦艦が一歩も退かないならば、その戦場に負けはない。

 

 言い過ぎかもしれないが、テラ達『サイレント騎士団』の戦艦とはそういった希望の象徴でもあった。

 

 鎮守府の中で戦艦は、一隻のみ。

 

「着弾、今!」

 

 水柱が盛大に上がり、轟音が周辺を揺らす。

 

『ピ 近、近、遠、遠です』

 

「そう」

 

 穏やかにゆっくりと、深窓の令嬢を思わせる雰囲気の彼女は、結果を受けて少しだけ首をかしげた。

 

「あの、本当に三十六センチ砲なの?」

 

「うん、装備換装してない」

 

 隣に立つ夕張も、驚いた顔で目を見開いている。

 

『ピ 弾頭の生成物質はもちろん、火薬にも手を加えていますので。通常の四十六センチ砲弾と変わりない威力を発揮します』

 

「へぇ~~~凄い、艤装の改良って言っていたから、砲身を変えると思っていたんだけど」

 

『ピ 既存の砲身であっても砲弾の種類によって、威力は変わってきますから。同じ徹甲弾でも、材質や火薬で威力は上下します』

 

「なるほどなるほど」

 

 夕張は持っていたデータボードに目を落とす。

 

 一発目から順々に砲弾の種類、使われている材質などが映されたそれらを眺め、頷いていく。

 

『ピ 同じように装甲も配列から材質まで、色々と試しています』

 

「重量が軽いから不安なのだけれど」

 

 扶桑がちょっと怖がった様子を見せるため、バッタは空中にモニターを展開。

 

 彼女の今の装備の耐久テストの映像を流す。

 

『ピ 砲戦距離設定は五十二センチ砲。目視可能距離から近接距離五メートルまでの耐久テストで損傷小破です』

 

 映像の中で装甲板は砲弾を弾く、あるいは受け流すことでまったく損傷していない。

 

「凄?! これ、この間のテスト映像?」

 

『ピ はい。現在、重量軽減の試作中です。妖精たちにも頼んで、各艦種の艦娘すべてに装備できるように、試行しています』

 

「これが装備されると、相手の戦艦の砲弾で駆逐艦が沈まないけど」

 

『ピ 敵の攻撃を無力化し、こちらの攻撃を増大させるのが戦術では?』

 

 当たり前のように告げるバッタに、『理想はそうだろうけど』と夕張は口の中で言葉を転がす。

 

「重量が軽くなった分、私達の速力が上がったのね?」

 

「うん、そう言うこと。機関換装しなくても、積載量が軽くなれば速度は出るからね」

 

「驚いたわ」

 

 はぁと溜息をつく扶桑の脳裏に、今の少し前に行った速度テストが蘇る。

 

 最大戦速、全力で行ってくださいの合図と同時に出した速度に、疑問を置き去りにして駆け抜けてしまった。

 

 計測上、三十六ノット。

 

『ピ 新型機関も開発中なので、プラス五ノットは堅いものと』

 

「あ、うん、そっか。戦艦で四十ノット越えって」

 

 乾いた笑みを浮かべる夕張と、溜息をつく扶桑。

 

「そんな速くて、私に操れるかしら?」 

 

「大丈夫じゃないの? 扶桑って、なんだかできそうな気がするから」

 

「不幸ね。私達は扶桑型なのよ?」

 

 過去のことを、思い出す。

 

 欠陥戦艦、出来そこない。記憶にはなくても、妖精達の噂話で他の鎮守府では、使えない戦艦として弾かれることもあるらしい。

 

『ピ それは鎮守府の提督が無能なのでは? どのような戦艦にも弱点があるように、使い方次第です』

 

 慰めるように、あるいは怒りをあらわにするように、バッタは両足を持ち上げて体を反らす。

 

『ピ この鎮守府に所属された以上、装備面での不備など絶対に起こさせません。ですので、皆さまは技量を磨いていただければと』

 

「そうなの?」

 

『ピ そうです。扶桑様は、この鎮守府初の戦艦、この後に噂の大和型や長門型が着任しようと、弱気にならないような装備をお届けします』

 

 自信を持って告げるバッタに、扶桑はどういう顔をすればいいか解らなかった。

 

 頷けばいいのか、それとも嘘だと悲観すればいいのか。

 

「私もいるから、頑張ろう、扶桑」

 

「そうね。なら、頑張ってみようかしら」

 

「うん!」

 

 笑顔を向ける夕張に、自然と扶桑も笑みを浮かべて決意を固める。

 

『ピ まあ、いざとなれば扶桑様の適応力で、波動砲か超重力砲位は搭載できますし』

 

 何か、不吉なことをバッタが言ったが、二人は聞かないことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海上の戦艦にとって、海中に潜む敵は唯一のアキレス腱。

 

 攻撃手段を持たない相手から一方的な攻撃で、大破・轟沈した戦艦や空母もあるが。

 

「というわけで、これが新兵器らしいよ」

 

 川内が持ち出したのは、小型の爆雷投射機、らしきもの。

 

「なにこれ? 爆雷なら前からあるじゃん」

 

「珍しい形はしていますが」

 

 鈴谷と高雄が見つめる中、川内は指を振った。

 

「ところが、これって爆雷じゃなくて、『魚雷』なんだって」

 

 二人して言葉に詰まってしまった。

 

 確かに形は魚雷だ。爆雷投射機に、魚雷が搭載されている形をしているが、これがどうやって海中を進むのか想像できない。

 

『ピ 魚雷の先端に磁気探知装置を搭載して、海中を進みながら探知。探知した目標に対して直進して、攻撃します』

 

「で、近場で爆発するんだよね?」

 

『ピ 直接信管ではなく近接信管にしてありますので。反応に対しての設定距離で爆発、圧力を叩きつけます』

 

「ふぇ~~凄いね」

 

 鈴谷が物珍しそうに持ち上げる装備に、高雄も興味津々と言った様子で覗きこむ。

 

『ピ 現在、この装備の発展形を製造中です。艤装に上手く落とし込めれば、噴進弾形式でも行けるはずですが』

 

「いや、それって噂にきくミサイルじゃないの?」

 

「搭載できるならいいじゃん」

 

 鈴谷のあきれ顔に、川内は面白くなってきたといった顔で答える。

 

 ミサイルの搭載が艦娘に可能なのかどうかは、今も議論に挙げられる。

 

 昔の軍艦の装備、あるいは設計段階にあったものしか使用できないのは、妖精たちからの話で知れ渡っている。

 

 けれど、だ。例外というのは何にでも有る。

 

 特に吹雪が持っている剣は、明かに艤装ではない。材質もオリハルコンとこの世界のものではないのに、彼女は普通に使っている。

 

 例外のルールは何処に。

 

 バッタと妖精たちが議論を重ねた結果、そこにあるのは概念ではないか、と結論が出た。

 

 多くの人が『そうであった』と認識するか、あるいは人の想いが重なっていったか。どちらにしろ、人の概念が形となって『装備可、あるいは不可』が決まっているらしい。

 

 ならば、概念を増やせばいい。

 

 装備を少しずつ挙げていき、これが『装備できる』と大多数に思い込ませる、あるいは錯覚させることで近代兵器まで搭載可能にする。

 

『ピ 存在は違いますが、艦娘みたいな人たちが搭載しているものなので』

 

 バッタが告げる先、巨大な船体が突き進んでいく。

 

 イオナとアリアが外周警戒のため直卒の艦隊ごと移動開始していた。

 

 一瞬、艦橋の上に立つ彼女たちと目線が合う。どちらも、きょとんとした顔をしていたが。

 

「やれそうだね」

 

『ピ はい、なので瑞鳳さんは頑張ってもらっています』

 

 三人とバッタが見つめる先、弓を引いて固まっている少女がいた。

 

『ピ あ、飛びましたか。できましたか、流石ですね』

 

「何あれ?! ビュって行って! ドゴンって音がしたよ!」

 

『ピ まさか何の改装もせずに、F-14『トムキャット』が飛ばせるなんて』

 

 バッタが装甲を青く染め、『え、なんで』とシールを張って項垂れる。

 

 概念のルール、これは曖昧なものであり、あってないようなものかもしれない、と後に全員が認識した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 艦娘達は頑張って技量を磨いていた。訓練の風景は殺伐としたものではなく、死線を越えることもない。

 

「あれが普通の訓練ですよ、テラさん」

 

「うん、反省している」

 

「きっと、ああやって強くなるんですね」

 

「そうだね」

 

「で、どうしますか?」

 

 ルリの問いかけに、テラは微笑む。

 

「決まったよ。乗りかかった船を放り投げるのは好かないから、やろう」

 

「解りました。では、やりましょう」

 

 二人して頷き合い、そして壁にかけられた海図を見つめる。

 

「海域制覇を」

 

 静かに、開幕のベルが鳴った。

 

 




 

 では行こう。

 迷いは消えたか、決意は決まったか。

 決まったならば後はやり遂げるのみ。

 振り返ることなく、戸惑うことなく。

 ただ、その先の未来を目指して。




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回廊の先

 
 日々の暮らしはいかがでしょう。

 快適ですか、過ごし易いですか。

 毎日、大変でしょうか。

 では申し訳ありませんが、馬鹿のお世話をお願いします。

 本当に、お願いね。



 

 

 決めた以上はやり遂げる。

 

「情報は集まりました。海域には『ボス』が存在し、海域すべてに対して妨害をかけており、それが通常の船舶の航海を妨げているようです」

 

 ルリの報告を聞きながら、テラは海図を見つめていた。

 

「ちなみに、私たち―『サイレント騎士団』には通用しません。キャンセラーの有用性を書類に残しておきますね」

 

「ん、了解」

 

 赤い点と赤い領域、ボスの支配海域を示す印の一部は、青い領域へと変化していた。

 

 僅か、一パーセント未満。艤装のテストやドロップを探して暴れ回った部分は、全体で見ればまだ一割以下でしかない。

 

「さてさて、先は遠いなぁ」

 

「太平洋は広いですから」

 

「銀河よりは狭いのになぁ」

 

「亜光速での戦闘機動をするわけでもないので、これでも速い方ですよ」

 

 そういうものか、とテラは納得することにした。

 

「近場から徐々に、というのが一番でしょう。というわけで、テラさん、行きますか?」

 

「よっし、行こうか」

 

 軽く背伸びして、テラは歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鎮守府の最前線といえば、何処だろうか。

 

 味方と敵海域の境界線。たぶんそれであっているのだろうが、彼らにしてみればここになる。

 

 出撃用ドックと名付けられたここでは、バッタと妖精たちによる艦娘の出撃準備が進められていた。

 

『ピ 魚雷は通常魚雷のみです、主砲弾は新型砲弾が間に合ったので、装填しておきます』

 

「了解です」

 

 左手の主砲の砲身を動かし、別々の目標に向けて見る。動きは滑らかで自分の反応速度についてくる。

 

 魚雷発射管の動きが少しだけ鈍いが、これは五連装に変更してまだ馴染んでいないためだろう。

 

 推進機も問題なし、きちんと動くことを確認した後、最後に吹雪は全身を動かしていく。

 

 艤装だけではなく体のすべてがきちんと動くか。緊張感で硬くはなっていないか、痛みや鈍いところはないか。

 

 すべて確認した後、後ろ腰の何時もの位置に剣をさす。オリハルコン製の特別な剣は、淡く白い光を放っていた。

 

「全員、装備確認は大丈夫ですか?」

 

 室内にいる全員を見回すと、それぞれが艤装を持ち上げて確認していた。

 

 今回の出撃時には艤装が一新されている。普段の妖精やバッタ達の努力が実って、一段階上の装備へと改編されていた。

 

 全員が新しい装備に少しだけ戸惑いを見せてはいるが、不安を感じている様子はない。

 

 さすが、この鎮守府の艦娘達だ。

 

「瑞鳳さん、艦載機は大丈夫ですか?」

 

「何とかするよ」

 

 気楽に笑うのだが、この中で一番に大変なのは彼女だ。全員が自分が使っていた艤装の延長線上の艤装になっている中で、瑞鳳だけが別種の艤装に変化している。

 

 プロペラ機を飛ばしていた空母が、艦娘になった途端にジェット機とかできるわけがないはずなのに。

 

 彼女は見事に飛ばして見せた。

 

 『さすが、『鳳』の名を持つ者ですね』と、ルリは小さく語ったというが理由は知らされていない。

 

 他は、と吹雪が視線を見回すと、扶桑達が最後の砲弾を搭載していた。

 

『ピ 最後の一発は重力鉱石を使った砲弾です。着弾地点と効果範囲には注意してください』

 

「解りました」

 

 しっかりと頷きながら、彼女は慎重に艤装の中へ砲弾を装填した。

 

 噂の重力兵器。まだまだ艤装で使うには試作段階だが、作動確認はしているので、実戦での使用情報が欲しいのだろう。

 

「全員、準備はいいですか?」

 

 最終確認のために、吹雪は全員を見回す。

 

 誰もが真剣な顔で見つめてくる。準備は終わった、後は出撃するのみだが、その前にやることはある。

 

「全員、傾注」

 

 静かな音色に、全員が振り返る。一糸乱れぬ動きに、彼女は満足そうに頷いていた。

 

「準備は終わっていますか?」

 

「はい! 提督代行」

 

 第一艦隊旗艦の吹雪が代表して答える。

 

「よろしい。では、提督」

 

「うむ! 諸君。あ~~~」

 

 威厳をもったような顔で腕組みして答えたテラだが、言葉の途中で表情を変えて肩を落とした。

 

「訓示ってガラじゃないなぁ」

 

「テラさんにそれを望んでませんよ。さて、では編成は事前通知した通りです。二艦隊における侵攻戦。今の戦力で戦うならば、これが確実です」

 

 ルリが提示したのは、『サイレント騎士団』では基本中の基本となっている戦術に習った艦隊編成。

 

 第一艦隊が突撃して敵集団を混乱、そこへ第二艦隊が後方支援火力を叩きこむ。

 

 通常ならば、三艦隊分を前衛突撃、四艦隊が遊撃、三艦隊が後方支援と分けるのだが。

 

 今回の編成では、速力と艤装の攻撃力、それと本人達の根性を信頼して―ここでかなりルリは頭を悩ませて、否定したい気持ちで一杯だったが―駆逐艦のみで編成。

 

 即ち、吹雪を旗艦にして、暁、響、雷、電、陽炎。

 

 そして第二艦隊は軽巡洋艦の川内、夕張を対潜警戒配置、重巡洋艦の高雄と鈴谷を近接防御に、瑞鳳を防空あるいは警戒として配置、そして扶桑に遠距離支援砲撃任務を与えて編成。

 

「で、テラさんも行くんですか?」

 

「おうさ」

 

 妙な返事をしたテラは、親指を立てて突き出す。

 

「では、私はここで指揮を執ります」

 

 『できれば後方にいてください』、という言葉をルリは飲み込んだように、誰の目にも見えた。

 

「各員、というわけです。提督の目の前で無様なことをしないように」

 

 厳しい言葉と表情で告げるルリの顔には、『全員、無理しないように。できれば提督に無茶させないように』と書いてあった。

 

「では出撃!!」

 

 諦めた顔を隠しきれず、ルリは振り払うように宣言したという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 巡航速度にて侵攻開始。

 

 鎮守府を発進した艦隊は、大きく南へと進路を変えた後に、目標海域へと侵入していく。

 

 これは、鎮守府の位置を敵に察知されない欺瞞行動だが、気休め程度でしかないことを誰もが知っていた。

 

 予想進路確認、味方領海を突破。上空を舞っていたバッタ師団飛行科の航空機が、翼を振って引き返していく。同様に海中に展開していた水中部隊も引き返す。

 

「各員、警戒厳に。念のため、近距離の光学通信以外は封鎖」

 

 吹雪からの指示に各員から了解の返事が送られ、最後にテラから『あまり気負わずに』と入る。

 

 見通しのいい海原、まだ昼間では遠くの水平線まで見通せる。

 

 警戒には丁度いいのかもしれないが、こちらから見えるということは相手からも見えるということ。

 

 ここは敵の領海、何時、何処から敵が来てもおかしくはない状況は、徐々に艦娘達の精神を削る。

 

 吹雪は平然としている自分を自覚しながらも、後ろに注意を向ける。

 

 死線を越えたためか、あるいは最初の会合から影響を受けているのか。吹雪自身には解らないが、今は助かっていると思えた。

 

 後方に続いている暁達に揺らぎはない。外見上はいつもと変わらず、リラックスした様子で周囲をうかがっている。

 

 陽炎は少しだけ体が硬いか。無理もない、訓練はこれからというのに今は敵海域にいるのだから。

 

 第二艦隊はどうだろう。あちらは夕張と川内がいるから、任せて大丈夫だろう。

 

 それに、最後尾には提督がいる。もしもの時は、提督と提督代行が何とかしてくれるはずだ。

 

「そんなに緊張するものじゃないか」

 

 右手を握りながら、吹雪は呟く。

 

 まだ初戦の初戦。やっと艦隊機動ができたばかりなのに、緊張してしり込みしてはこの先に進めない。

 

 よしと気合を入れて前を見た吹雪の視界に、影が見えた。

 

「敵艦隊発見、前方です」

 

 振り返って告げると、すぐに瑞鳳が反応してくれた。

 

「偵察機行くよ」

 

「お願いします」

 

 弓を構える瑞鳳から視界を前に戻す。距離はまだある、敵艦隊がこちらに気づいた様子は見えないが油断しない。

 

 轟音が響いて、空に航空機が舞う。確か、F-14『トムキャット』と言っていたか。可変翼を持つジェット機が二機ほど、真っ直ぐに敵艦隊へ向かっていく。

 

「情報が来たよ。敵編成、駆逐艦3、重巡洋艦2、戦艦1。他には艦影なし」

 

「了解しました。第一艦隊増速、敵艦隊へ突撃します」

 

 言い始めた時には、すでに吹雪は増速していた。続くように第一艦隊全員が増速、敵艦隊へ突撃開始。

 

「第二艦隊は回り込んで援護射撃」

 

 旗艦の夕張からの指示に、第二艦隊が進路が進路を変更。

 

 当初、彼女が旗艦に決まった時は大騒ぎしたものだが、始まってみれば新型の電探を使いこなして艦隊指揮ができている。

 

 側面から援護射撃できるように、あるいは魚雷の射線を確保するように動いた第二艦隊を横目に、吹雪達は最大戦速で敵艦隊へ突っ込んだ。

 

「目標視認! 魚雷戦用意!」

 

 気合を入れて叫び、吹雪は最初の一発目を放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まさに電光石火か。

 

 敵艦隊の正面から殴り込みをかけた第一艦隊は、魚雷を放った後に進路変更。敵艦隊の注意を反らしながら、その場に足止めした。

 

「扶桑さん、目標上空に偵察機を置いたから」

 

「ありがとう、瑞鳳さん」

 

「瑞鳳でいいよ~~」

 

 気楽な笑顔で告げる彼女だが、少しだけ表情が強張っている。

 

 きっと自分もだろうか。訓練は積んでいるが、実戦となると緊張感が違う。

 

「はいはい、大丈夫だから撃って」

 

 そっと近づいてきた川内が軽く背中を叩いて離れていく。

 

「はい、まずは通常弾、撃ちます」

 

 背中の連装主砲を動かし、目標に照準を合わせ、発砲。四つの主砲から飛び出した砲弾八つが、敵艦隊へ飛翔開始。

 

 着弾する前に第一艦隊の魚雷が炸裂、重巡一隻と駆逐艦二隻が轟沈。

 

 混乱する敵艦隊に砲弾が降り注いだ。駆逐艦の一隻が命中、轟沈して海底に沈んでいく。戦艦のほうには二発命中、かすっただけなのか小破で止まった。

 

『こちら第一艦隊! 敵艦左舷側より最接近!』

 

「了解。扶桑、連続射撃。第一艦隊は気にしなくていいから」

 

 夕張からの指示に、扶桑は少しだけ戸惑う。今から射撃しては、第一艦隊への誤射の危険性が高い。撃つならば第一艦隊が突撃してからではないか。

 

「大丈夫、彼女達なら避けるから」

 

『扶桑! 気にせずに撃ちなさい!』

 

 夕張の言葉を肯定するように、吹雪から通信が入った。

 

 まさに鬼神か。二重人格を誰もが疑うほど、戦闘中の吹雪は苛烈な性格をしている。

 

 普段は丁寧で穏やかで、誰にでもさん付で呼ぶのに、戦闘が始まると飛び捨て怒声は当たり前。普段が提案ならば、戦闘中は常に命令。やれと口外に言われている気分になる。

 

「う、撃ちますけど、本当に?」

 

「吹雪さんなら避けるって。暁さん達も大丈夫だって」

 

 川内もうんうんと頷くので、扶桑は迷わずに撃つことにした。

 

 照準はあっているから連続射撃。次々に降り注ぐ砲弾の中を、第一艦隊は迷わずに突撃していく。

 

「ほら、当たらない」

 

「まあ、あのくらいの弾幕はね~」

 

 誇らしげな川内と、苦笑している夕張に対して、他の四人は色々と思うことがあった。

 

 あれ以上の弾幕があったのか、と。

 

 そのころ、遠くの海上で提督がくしゃみしたとか、しなかったとか。

 

『敵駆逐艦撃破!』

 

『戦艦は暁が貰ったわ!』

 

『敵艦隊撃破、第二艦隊はそのまま直進を。こちらで合わせて合流します』

 

「了解」

 

 通信を閉じた夕張が手を振る。

 

「全艦、直進。巡航速度へ戻して進路はそのまま」

 

「了解」

 

 全員からの返答を聞いた後、夕張は前を向いて進んでいく。

 

 その後、側面から合流した第一艦隊を前にして、艦隊は再編成。

 

「俺の出番ないなぁ」

 

 後ろで一人、提督が意味不明なことを言っているが、誰もが苦笑して答えない。

 

「全艦、残弾と燃料を確認。問題なければこのまま海域中央、ボスへ突撃します」

 

「羅針盤妖精さん、お願いします」

 

 小さくテラが告げると、羅針盤の上に座った妖精が、深々と土下座していた。

 

「いやいや、何で?」

 

「提督って、とことん妖精に慕われて怖がられていますよね」

 

「はぁ?」

 

 一人、彼は納得いかない顔で羅針盤を見つめたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宵闇はそこにある。

 

 誰もが黒い影を見つめながら、必死に前に進んでいた。

 

『私に反論するなら、貴様が何とかしたらどうだ?』

 

 冷たく告げる男に反論できず、かといって見捨てられることはできなかったから、どっちつかずの後に反論も何もかも飲み込んで。

 

 前に進むしかなかった。

 

「赤城さん、そろそろ燃料が」

 

「ええ、そうね、加賀さん。でも、見捨てられないから」

 

 振り返ると、そこには仲間達の顔と、小型船舶にぎゅうぎゅうに乗った人々の不安そうな顔が。

 

 食料に限りがあるから、救出した場合の損害が怖いから。そんな理由で、守るべき国民を見捨てていいはずがない。

 

 でも、行先なんて見えないから。

 

「誰か、助けて」

 

 小さく誰かが告げた言葉に、赤城が縋りそうになった。

 

 誰もが不安を抱えて、何処に行くか解らない中にいるのに、旗艦の自分が投げ出してどうするのか、と自分を叱咤する。

 

 けれど、不安は消えない。

 

 誰か助けてください、神様がもしこの世界にいるのならば。

 

「助けて」

 

 小さく絞り出した彼女の言葉は、風に乗って空に消える。

 

「いいぞ」

 

 はずだったものが、救いあげられた。

 

 えっと顔を上げる赤城の前、遥かな水平線の向こう側で男が手を振っていた。

 

「助けてほしいんだろ? なら、俺達が助けてやるよ」

 

 彼の背後には十二隻の艦娘の姿が。

 

 ゆっくりと近づいてくる彼は、大人ではあっても、何処か子供のように笑っていた。

 

「俺達のところに来いよ。行く場所がないなら、一時的な衣食住くらいは用意してやるぞ」

 

 訂正する、彼は悪戯小僧のように笑っていた。

 

 

 




 

 彼は何処か不満そうで。

 けれど、何処か楽しそうで。

 大人っぽいはずなのに、子供みたいに無邪気に笑って。

 理不尽に怒りを示して、けれど彼はそれ以上の理不尽をやってのける。

 テラ・エーテル提督は、そういった人でした。




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問いかけの答え

 
 夢を見ていた。

 誰もが見たことのある夢。

 苦しみも憎しみもない世界。

 争いのない平和な日々。

 けれど、そんなものは幻でしかない。

 生物の本質は、戦うことなのだから。



 

 さて、問題です。

 

 目の前に困っている人がいます。その人は、衣食住がありません。今にも死にそうではないですが、助けなければ死んでしまうかもしれません。

 

 あなたには助けるだけの力がありますか。

 

 そして、もしその人を助けることで国家を敵に回すことになるとしたら、貴方は助けようとしますか。

 

 答えは否です。

 

 誰だって自分が一番でしょう。大切なのでしょう。誰かのために危険に飛び込むことができるのは、勇気ではなく無謀です。

 

 生命は自己を護ることを優先します。誰かを助けて自分が危険になるのならば、助けない選択肢が最も生物らしい選択といえます。

 

 貴方は正しい、どうしょうもない。無理だった、手遅れだった。誰もがそう選ぶから大丈夫。

 

 多数決とは、そういった免罪符ですから。

 

 だから、貴方は悪くない。そう言われたなら、誰かを見捨てても悪い気はしませんよね。

 

 ほら、正しい選択をしましたね。

 ではこの話は終わりです。

 

 正解は『助けない』。

 

 理論的な、常識人は、そう答えを出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鎮守府は一時的に騒然となった。

 

『ルリちゃん、艦娘八名、民間人が七十名。受け入れよろしく』

 

 通信が伝えた内容に、彼女は黙った。背後に控えていたバビロンとイオナ、アリアは無言で立ち尽くす。

 

 バッタ達も動かずにジッと成り行きを見守っていた。

 

 誰も声を発しない中で、彼女は小さく首を傾げた。

 

「え? どういう経緯で?」

 

 疑問を返しながらも、左手を大げさに振った。

 

 合図を受けてバッタ達が飛び出し、バビロン達も動きだす中、ルリは脳裏で色々と考えだす。

 

 鎮守府施設内部では無理だ。人間も艦娘も変わりないことは理解しているが、施設内は軍事的要素が多すぎる。

 

 万が一の防衛戦になった場合、民間人に軍人と同じ行動をしろ、というのは無理を通り越して虐待に近い。

 

 となると、他の場所を探さないと。幸いというか、鎮守府以外の施設は着工を終えている。後はバッタ達の作業スピードを信じて。

 

『うん、海域を進んでいたら艦娘達と出会ってね。なんか、民間人を連れて脱出してきたらしい』

 

 テラの言葉が脳裏に届くと同時に、ルリの右手はモニターをなぞる。

 

 民間人は七十名、念のために百名単位での受け入れ態勢、同時に食糧と毛布などの防寒用具も用意、医療設備も同時進行で構築。

 

 バッタ達へ指示を出しながら、左手ではバビロン達に命令を伝える。

 

 全艦艇、ロック解除。鎮守府全体の防衛システムではなく、『サイレント騎士団』のよる防御陣地の構築を。

 

 『了解、すぐにやるよ』と相手からの返答を受け取りながら、通信に答える。

 

「解りました。こちらは受け入れ態勢を整えます。具体的には?」

 

『男性二十三名、女性四十七名、十二歳以下が二十二名、六十歳以上が十二名、成人男性が三名、他成人女性』

 

 情報に合わせて、ルリの思考が回り出す。

 

 衣服以外にも特定の物品が必要、特に成人女性がいるならば必要不可欠なものが出てくる。

 

 バッタ師団主計科へ追加指示、具体的なデータを回して必要と思われる品物を製造開始。

 

「艦娘の方は?」

 

『全員が中破以上、大破二名』

 

「狙撃させますか?」

 

 鎮守府まで持たないならば、回復弾による狙撃を行って回復させるが。

 

『大丈夫、持たせるよ。イオナ達は?』

 

「出港まで・・・・・はい、出ました」

 

 壁に備えつけられたモニターに、外部映像が流れる。港付近の俯瞰映像には、巨大な船が次々に出ていく姿が映っていた。

 

『こちらイオナ、医療品と食料を満載で出港完了』

 

『アリアです。念のため、衣服も詰めるだけ詰めました』

 

 報告を受取、ルリが次にしたのはバッタ達の状況確認。

 

『ピ 受け入れ態勢完了まで後五分。全部アパートメントですが、どうにかします』

 

 バッタ達からの報告に、ルリは小さく頷いて通信を送る。

 

「テラさん、こちらは受け入れ態勢が整いました」

 

『ありがと、ルリちゃん。それと、厄介事かもしれないよ』

 

 テラの言葉に、ルリは表情を変えることなく答える。

 

「我が主がそうと決めたなら、我らはその道を進むのみです。テラさん、昔から変わりませんよ。貴方の前を塞ぐあらゆるものを『沈黙』させる、それが我らの矜持、存在意義です」

 

 血の十字架を掲げる我らは、そのために存在するのだから。

 

 彼が選んだならば、例え相手が神様だろうと潰す。国家だろうと消してやる。そのための『サイレント騎士団』。

 

 ルリは誇りを持って、彼に応じる。

 

「どうぞ、我らの主、『神帝』テラ・エーテル様。ご命令を」

 

『この人たちを助ける』

 

「御意」

 

 短く、けれど溢れだす忠誠を込めて答え、通信は閉じた。

 

「・・・・・『サイレント騎士団』、全軍へ。我が主より勅命が下った、今後もし助けた人たちを害するものが出たならば、国家だろうと消す」

 

『御意! 我らが巫女! 我らが主!!』

 

 鎮守府を揺らすような轟音が、大地を揺らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

        

 

 

 

 

 

 

 海原を逝く獰猛なる黒鋼の舟。

 

 摩天楼のような艦橋を備えた船二隻を中心に、様々な軍艦が青い海を斬り進む。

 

 近づくものは何者も許さない。

 

 『サイレント騎士団』総旗艦『アルカディア』最終近接防御戦隊。即ち、近衛騎士以外での最後の防壁。それがイオナとアリアが持つ戦隊。

 

「・・・・・なんだか、久し振りに乗った気がする」

 

 絶戦艦級一番艦、『イオナ』の右舷側飛行甲板の上で、テラは小さく呟いてみた。

 

「それはそう。我が君が最後に乗艦したのは、二年ほど前」

 

 純白のドレスを纏った水色の髪の少女は、近場に控えながらも周囲を警戒していた。

 

「味方だけしかいないけど?」

 

「これは私の習性のようなもの。私とアリアは、最後の楯。必然的に警戒をしてしまうもの」

 

 あくまで譲ろうとしないイオナに、強情なとは言えない。

 

 設定をしたのは、自分ではないとはいえ、自分のためにしていることなのだから。

 

 恨むならば父と母か、あるいは昔に馬鹿やった小さい頃の自分だろうか。

 

「提督!」

 

 掛け声に振り返ると、そこには敬礼した吹雪と、先ほどに出会った艦娘がいた。

 

「航空母艦赤城です。このたびは救助に感謝いたします」

 

「そんなに大げさなものじゃないよ。俺が好きでやっただけだから」

 

「いえ、それでも感謝します。あのままだったなら・・・・」

 

 彼女が言葉に詰まる。チラリと目線が向いた先は、飛行甲板に並べられたシートの上、毛布をかぶりながらも暖かい食事をしている人たちに向けられていた。

 

「貴方は提督なのですか?」

 

 振り切るように目線が戻る。鋭い光をたたえる瞳に、隣にいたイオナが間に入るように動き、吹雪が後ろ腰の剣に手をかける。

 

「一応、提督やっているよ。まあ、お飾りみたいなものだよ。俺は指揮って苦手だからさ」

 

「けれど、これだけの大艦隊を持っているのは、見事な手腕だからなのでは?」

 

 褒め言葉、ではない。言葉の裏側に、黒い感情が隠されている。

 

 『こんな大艦隊を動かせるのに、どうして使ってくれなかったのか』と。

 

「自分達の危険な時に使ってくれなかったのに?」

 

 グッと、赤城の表情が歪む。

 

 図星か。彼女に何があったかは知らないが、これだけの民間人を連れて逃げるだけの理由があったのだろう。

 

 政治か、派閥争いか。あるいは深海棲艦の侵攻か。最後のだったらいいのだが、一瞬だけ瞳に見えた憎悪が人間を憎んでいるように見えた。

 

 違うか、提督を憎んでいるのか。

 

 テラはジッと赤城を見つめながら、彼女の言いたいことを予想していた。

 

「当然のこと」

 

 テラが言葉を続ける前に、イオナが口を開いてしまった。

 

「私たち『サイレント騎士団』は、テラ・エーテル様の所有物。弾丸の一発たりとも、他の存在に使われるものではない」

 

 言い過ぎじゃないだろうか、と場の雰囲気とか状況を考えずに、テラは思ってしまった。

 

「民間人のことなどどうでもいい、と?」

 

「論外」

 

「何を・・」

 

 ギリっと赤城の拳が鳴った気がした。あまりに怒りに表情を一変させた彼女に、場の雰囲気が冷たくなっていく。

 

 同時に、赤城の後ろにいる吹雪は剣を引き抜きかけていた。このままもし彼女が何かしたら、迷わずに吹雪は斬るだろう。

 

「そもそも、前提条件が違う。私達はこの星の存在ではない」

 

「え?」

 

 赤城、あまりの言葉に怒りを霧散させて呆けてしまう。

 

「ま、そう言うこと。つい最近になってここに来たんで。事情が解らないんだよ。助けるからさ、教えてくれると助かる」

 

「は、はぁ」

 

 あまりの事態の変化に、赤城は終始、呆けた顔をしたという。

 

 そして、艦隊は鎮守府に戻った。

 

 明らかに地方の鎮守府ではなく、ちょっとした都市のようになった場所へ。

 

『ピ 全力って素晴らしい』

 

「この馬鹿ども」

 

 嬉しそうな笑顔のバッタに、テラは大げさに項垂れたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 民間人の誘導は、順調に進む。

 

 最初は機械の誘導にびっくりして、少しだけ怯えてしまっていたのだが、プラカード持って『悪い機械じゃないよ』と漫才を繰り広げるバッタ達に、誰もが警戒心を抜かれてしまった。

 

「とりあえず、身内同士で住めるように住みわけを。一人暮らししたいなら申請書に書いてください。規則はきちんと理解して、お互いを尊重して住みましょう」

 

 何故か、鎮守府の代表挨拶をしているルリは、全員を集めてそんなことを最初に行った。

 

「部屋のドアなどは指紋と網膜登録による鍵の解錠となります。念のため、内部のシステムはすべて、ドア登録された方の認証が必要になりますので、そのつもりで」

 

「すみません、意味が解りません」

 

 一人の質問に、ルリは小さく首をかしげた後、ポンっと手を打った。

 

「説明は後ほどバッタが行います。機械文明には慣れてくださいとしか言えません」

 

「税金とかは?」

 

 別の人の質問に、ルリはしばらく固まった。

 

 まさか、考えていなかったとは答えられないので、別の回答を考えている間に違う質問が飛んできた。

 

「ここは日本なのか? また追い出されるのか?」

 

「え・・・えっと、日本ではありますが、日本じゃないといえます。皆さんはテラさんが・・・・ここの提督が保護しています。皆さんが何かしらの罪やルール違反をしないかぎりは、例え日本政府が来たとしても身柄を引き渡すことはありません」

 

 ざわめきが起きた。

 

 不安と焦燥、あるいは戸惑い。今まで押し込めていたものが、一気に吹き出しかけたところで、ルリは両手を打ちつけた。

 

「はい、お話は終わりです。まずはゆっくり休んで、おいしい食事を食べて、のんびりと過ごしてください。疑問や質問は後ほど。連絡手段はいくらでもあるので」

 

 では、解散。

 

 多くの人の疑問を置き去りにするように、ルリは背中を向けて歩きだす。

 

『ピ! ではでは皆さま! 移動します! まずは部屋でゆっくりと休んでください!』

 

『ピ! お食事は後ほど時間をお知らせします!』

 

『ピ けが人はいませんね? 今すぐに必要なものがある人はこちらに』

 

『ピ 持病がある人は最初に申し出てください。お薬があるならば、それらの提出も。こちらで調合しますので』

 

 バッタ達が変わるように前に出て、プラカードを掲げる。

 

 『困った時はバッタまで。貴方のお隣にいる助っ人です』と書かれているプラカードを持った彼らは、とても嬉しそうな顔をしていた。

 

 テラやルリにしか解らないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会場を後にしたルリは、次に執務室へと歩を進めた。

 

「本当に、日本とはかかわりがないのですか?」

 

「基本的に何か援助してもらったことないな」

 

 執務室には、赤城と加賀がいた。二人は袴姿ではなく、白いブラウスに黒いロングスカート姿だった。

 

 艤装が損傷していたから修復しているのだが、変わりがないと知ってバッタ達が狂喜乱舞。

 

 百着近い衣服の中から、二人は同じ服を選んだらしい。同時にバッタ達が大いに嘆いたが。

 

「私達は日本とはまったく無関係です。ですから、貴方達が必要ないと言わない限りは、私たちが保護します」

 

 突然に声をかけると、二人が驚いて振り返ってきた。

 

「初めまして、この鎮守府の提督代行をしているホシノ・ルリです」

 

 自己紹介しながら、イオナとアリアに小さく目くばせ。

 

 テラの背後に立っていた二人は、一礼して僅かに左右に広がるのだが、退出することはしない。

 

 吹雪も部屋にはいるが、テラの後ろに立っているわけではなく、右側のあたりにいる。

 

 赤城と加賀が何かした場合、テラとの間に壁になれるように、両者の間に割って入れる位置取りだ。

 

「私達はある鎮守府から追われています。民間人を命令無視して助けたためです」

 

 赤城が重い口を開き、事情を説明してくれた。

 

 鎮守府へ深海棲艦の部隊が接近、中央に姫級を備えた大艦隊。鎮守府最高指揮官の提督の命令は、敵部隊をけん制しつつ撤退。

 

 戦術としては妥当なところか。いたずらに戦力を消費するよりは、一時的にでも退いて立て直したほうがいい。

 

 しかし、撤退途中で民間人が巻き込まれてしまい、提督に救助の許可をもらおうとしたところ、相手からは『即座に撤退』を命令された。

 

 守るべき者を見捨てるなんてできないと、赤城達が再び許可を申請したところ、『勝手にするがいい』と反逆者とされてしまった。

 

 話を聞いて、テラは『ああ、そう』と呆れていた。守るべきものを見捨てた軍に、意味があるのだろうか。そもそも、軍人とは国家と国民を守るために存在するのではないか。

 

 色々と考えるテラとは別に、ルリは冷めた顔をしていた。彼女にとって、守るべきはテラのみであり、他はおまけでしかない。

 

 彼の妻達―皇妃は、それぞれの騎士団が護るから、最初から対象としていない。

 

 この場合、その指揮官が考えたのは、大を救うために少数を斬り捨てる考えであり、決して悪いものではない。

 

 一部の民間人を救うために戦力を消費して、その後の敵の攻勢を防ぎきれずに本部―国家が崩れてしまっては、無意味でしかない。

 

「私たちを受け入れることで、日本政府がこちらの鎮守府に対して不当な命令を下す可能性があります」

 

 赤城は真摯に、自分達が苦難に陥ろうとも、テラ達の不利にならなように事実のみを語ってくれた。

 

 テラとしては、そんなことどうでもいいことで、助けると決めた赤城達を助けるのみなのだが。

 

 ルリは別の考えを持っていた。

 

「お話はどうも、と答えておきます。では、休んでください」

 

「え、あの、話を聞いていましたか?」

 

 あまりに普通の対応に、赤城は驚いてルリを見つめる。

 

「はい」

 

「では、私たちを」

 

「助けます」

 

「どうしてですか?!」

 

「助けてほしいのではないのですか?」

 

「それは、そうですが」

 

 あまりに普通に、当然のように答えるルリに、赤城のほうが戸惑ってしまう。

 

 加賀などは声も出せずに、表情を固めている。

 

「一つだけ訂正をしましょう。赤城さん、相手が誰だろうと、国家だろうと関係ないんです。私たちが重要視するのは、たった一つ。『我らが主の命令』だけです。テラさんは貴方達を助けると決めました、ならば我らはそれを護るのみ」

 

 真っ直ぐにルリは赤城と加賀をみつめた後、微笑む。

 

 後に赤城と加賀は語る。

 

 『あの時、私達は救われました』と。

 

 テラとルリには、『そんなことあったっけ』と回想されるほど、小さくて些細なことだったのですが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 優等生や理性的な人達の回答はどうでしたか。

 

 では、馬鹿の回答を教えてあげましょう。

 

 答えは、『助ける』です。

 

 どんな理不尽なことでも、相手が誰であっても、助けてというならば助けるのが馬鹿の回答です。

 

 自分が危険になる、そんなものは跳ね除ける。

 

 国家が敵になる、ならばそんなもの叩き伏せる。

 

 それがテラ・エーテルの回答。

 

 幼馴染が国家間の理不尽で泣いたからと、帝国や連邦などを攻め滅ぼして広大な銀河帝国を築いてしまった馬鹿の、当たり前の答えです。

 

 

 




 
 彼女のことを思い出す時、どうしても最初の時のことが出てくる。

 本当に、笑ってしまうほど馬鹿馬鹿しいことのように。

 普通の人なら躊躇することを、彼女は『だからなんだ』と言って。

 彼が決めたことを護るために、他のあらゆるものを沈黙させる。

 そんな頼りになりそうでとても怖い人でした。




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選択肢は、常に貴方達に

 

 彼女達は常に死と隣り合わせ。

 何があっても沈ませないと誓ったところで、世の中に絶対はあり得ない。

 必ずといっても、すべてが理想どおりになることはない。

 だからこそ、せめて、あの子たちに知ってもらいたい。

 世の中には楽しいこと、嬉しいことがあるってことを。





 

 執務室には、静寂が満ちていた。

 

 続けての海域制覇と行きたいが、その前に確認することがあるので仕事中。

 

 艦娘は二十名。編成したとしたら、三艦隊分。あまり四名。

 

 遠征などはバッタ達に丸投げできるので、適度に組み分けての演習を行って練度の向上を目指していくのだが。

 

「早々に海域に放り出します」

 

 ルリは即座に決断した。

 

 赤城、加賀、由良、天龍、龍田、神通、荒潮、如月の八名は、元の鎮守府でも練度を上げていたようで、決して初心者や実戦未経験者ではない様子。

 

 ならば演習を行うよりは、最初に海域に投入したほうがいいのではとルリは考えており、そのための作戦と思っていたところで、ふと嫌な予感がした。

 

 提督―テラが執務室にいない。

 

 まさか、そんなことは、と考えているルリの視界に通信が入った。

 

 立体空中投影型モニター『ウィンドウ』に映ったのは、とても見慣れた光景だったので、穏やかに微笑みを浮かべて怒声を上げた。

 

「テラさん! だからなんでそんな訓練しているんですか?!」

 

 逃げ惑う艦娘を相手に、古今東西の様々な宝具を降り注がせるテラ。泣きながら回避行動をする赤城達。そして、大きく頷く吹雪と暁姉妹。

 

 ある意味、この鎮守府を簡単に説明しているような風景だったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最近の訓練が物足りない。物足りないけど、これ以上は戦場でしかあり得ない。いやちょっと待った、最近の訓練は提督が参加していないじゃないか。

 

 新人も増えたことだし、ここで一つ恒例の特訓してみませんか。 

 

 吹雪の提案で始まった特訓は、まさに赤城達に『あの時の逃避行は天国でした』と感想を抱かせるに相応しいものだった。

 

「どうでした、私達の鎮守府の最高の訓練は?」

 

 笑顔全開、悪意なしで聞いてくる吹雪に、誰も何も言えなかった。

 

 場所は食堂に移り、皆が食事をして忘れようとしているのに、忘れさせないのは、決して悪気があるわけじゃない。

 

 純粋に自分があれで強くなったので、皆にも強くなってもらおうとしているだけ。むしろ善意で提督に進言しているのだが。

 

 善意がすべて好ましいものではないと、この時に誰もが知ったのでした。

 

「あ、あの吹雪さん?」

 

 何故か、恐る恐る『さん付け』で彼女に顔を向ける赤城に対して、吹雪自身は慌てて手を振って。

 

「そんな敬語つけないでください。私なんて吹雪で十分です」

 

「いえ、私がつけたいのです。吹雪さん」

 

 いっそのこと様と呼んだほうがいいのかと、赤城は心の中で思案したのだが、様と呼んでしまったらもっと怖い訓練になりそうな予感がするので押し止めた。

 

「あの訓練って何時もなのでしょうか?」

 

「いいえ。今はしてませんよ」

 

「あ、そうですか」

 

 ホッと多くの艦娘達が安堵した次の瞬間、予想外のことが放り込まれた。

 

「私の時は毎日だったんですけど、残念ですが」

 

「毎日?!」

 

「私達の時もなんだけどね」

 

 暁の一言で姉妹たちが頷くので、赤城は空いた口が塞がらなかった。

 

「あ、私も参加していたよ。本当に勉強になるから」

 

「姉さん?! あれをやっていたんですか?!」

 

「どうしたのさ、神通? 楽しいじゃない」

 

 向こうで、川内型姉妹の意見の食い違いがあったり。

 

「私もやったなぁ。最初は怖かったけど、そのうちに『出来るじゃん』って思ったっけ」

 

「夕張だけだからね! 鈴谷と高雄を巻き込まないでよ!」

 

「そうそう!!」

 

 一方で、初期メンバーと他のメンバーの分かれ目がはっきりしたり。

 

「あ、私はやってみたいかな」

 

「戻ってきて瑞鳳! そっちに行ったらダメだから!」

 

「そっちってどっち?」

 

 新しい分野に目覚め始める卵焼き軽空母を、戦艦が止めようとしたり。

 

「でも、あれってかなり抑え気味でしたよね? 私の時は接近戦とかやったり、斬艦刀で海にとされたりしましたし」

 

「高速修復材が三桁は消費されましたね」

 

「嘘だと誰か言ってください!!」

 

 初期艦と提督代行の事実を述べた言葉に、ついに一航戦の赤い方が机に突っ伏したとか。

 

「そうだね~とはいえ、あまりむちゃな訓練を課すつもりはないから、のんびりやろうよ」

 

 元凶は誰もよりも気楽に笑って、手のひらをヒラヒラさせていたりするのだが。

 

「とにかくです」

 

 ルリは場を仕切り直すために、咳払いを一つ挟む。

 

「現在の艦娘の数で言えば、三個艦隊余り四人。四人のところにテラさんを押し入れて四個艦隊での海域制覇をしていくことになります」

 

 説明に、ルリが苦渋の顔を作る。

 

 未だにテラが出撃するのにいい顔はしないが、適度なストレスの発散になっているので止めるつもりはもうない。

 

「一個艦隊一海域で?」

 

「無茶なこと言うわね」

 

 テラの何気ない一言に、荒潮から否定が入るのだが、もっと無茶なことを提督代行は考えていた。

 

「え? 二海域ではなく?」

 

「誰かこの人たち止めて!」

 

 本気で泣きそうな荒潮がいたりする。

 

「というのは冗談ですが」

 

「本当に?」

 

「ええ、もちろんです、荒潮。私がそんな無茶な指揮をとる、と?」

 

 やりそうじゃない、と無言で訴える彼女に『しませんよ』と手を振って答える。

 

「まあ、艦娘の数も増えたし、艦隊機動や連携の訓練も挟みたいので、休憩入れつつ色々とやっていきましょう」

 

「色々ね」

 

「はい、色々です、テラさん。民間人のほうも住民として、都市部へと移ることもありますので。そういえば、ルールについて何か付け足しますか?」

 

「それはどっちへの?」

 

「住民たちへのルールは一応、あたりさわりのないものを配布しておきます。艦娘達へ提督から何か命令があれば。ちなみに、ですが」

 

 そこでテラを向いていたルリは、顔を艦娘達へと向け直す。

 

「我が鎮守府では提督の命令は絶対です。何があろうと守りなさい」

 

「そうやってみんなを縛りつけるのねぇ」

 

 龍田から鋭い視線が向くのだが、ルリは気にした様子もなく受け流す。

 

「では、提督」

 

「うむ。特にない、以上、食事しようぜ。腹が減った」

 

 尊大に頷いて立ち上がり、腕組みしたテラだったが、そのまま座ってしまう。

 

「ならば、最初の命令だけです。いいですか? 一つ、死ぬな、生きて戻れ、二つ、仲間を裏切るな、三つ、魂に背くな。以上ですのでしっかり守りなさい」

 

「え、それだけ?」

 

 如月の疑問に、吹雪、暁、響、雷、電の初期メンバーが頷く。

 

「他にはありません。しかし、私からは細かい注意点があります」

 

 ルリから語られたのは、テラが命令しない細かい部分。

 

 任務以外での艤装の着用を禁止する。これは制服も含まれるので、任務以外は私服を必ず着用すること。

 

 もし命の危険あるいは、身の危険を感じた場合は、提督あるいは提督代行の許可を待たずに艤装や火器の使用を許可する。

 

 任務に対しての拒否権はあり、任務内容は通知するので本人が必ず選択して受けること。

 

 月々の給料についてだが、任務の達成率、あるいは任務の数、書類の提出状況などを考慮して配給する。

 

 等など。

 

「え、それだけですか?」

 

「それだけといっても、赤城。大切なことです。この鎮守府には可愛い子には可愛い服を着せたいバッタがいます。常に艤装なんて話になったら、暴動が起きますよ」

 

「給料がもらえるの?」

 

「由良は何を言っているのですか? 普通、労働に対しては賃金が発生するものです。貴方達が働いているのだから、給料くらいはあげます」

 

「任務が選択制なんだ」

 

「当然のことでしょう、如月。全員の技量は私が把握していますが、体調まで管理しているわけじゃありません。体調不良や苦手だと思ったら拒否すればいいんです」

 

 けれど、強制任務はありますから、それは覚悟しなさい、とルリはつけたしてパンを千切りだす。

 

「さて、話は終わりですか? 細かい規則などはその都度、変更や付け加えを通達します。全員、携帯端末は持ちしたね? それにメール形式で通達しますので、目を通しなさい」

 

 話は終わりだと告げて、ルリは食事を再開した。

 

 困惑とかはすべて置き去りにするように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食事の後は自由時間。

 

 午後はルリとテラが書類と向き合うので―住民からの嘆願書などが出てきたので、書類が発生しています―艦娘達は自由時間とした。

 

「ああ、そうそう、吹雪」

 

「はい!」

 

「訓練したら私が直々に『焼きます』からね」

 

「・・・あれ、ですか?」

 

 蒼白になって敬礼する吹雪が尋ねるので、彼女はにっこりと笑いながら告げた。

 

「はい、あれです」

 

「はい! もちろんしません! 大人しくしています!!」

 

 背筋を伸ばして再敬礼した彼女に、誰もが思う。

 

 『あの鬼神のような吹雪さんに、ここまで言わせる何かを提督代行はやったのか』と。

 

「書類仕事なら手伝います」

 

 赤城が手を上げるので、ルリは小さく手を振り返す。

 

「それほど大量ではないので。貴方達は逃避行の後だから、少しのんびりしていなさい」

 

「しかし」

 

「では、提督代行命令です」

 

 そんなところで命令を使わなくても、と誰もが思ったのだが、ルリは真面目な顔で告げてからテラの後を追って食堂を去って行った。

 

 後に残された艦娘達の中で、最初に動いたのは吹雪だ。

 

「はい、では自由行動になったので、全員が私服に着替えてくださいね」

 

 胸の前で手を打った彼女の言葉に、『これもそうなのか』と誰もが思って腰を上げる中、重要なことに気づいた子がいた。

 

「私服ってなんですか?」

 

 由良からの質問に、動きが止まる艦娘が七名。

 

「え? あれ? 部屋にありませんでした? 確かバッタ達が作ってタンスの中に入れてくれているはず」

 

「吹雪、吹雪、タンスじゃなくて『クローゼット』よ」

 

 暁の指摘に、『そうでした』と吹雪は言いなおす。

 

「確か、オープンタイプクローゼットの中にありましたよ」

 

「そんなものがあるんですか?」

 

「はい、壁一面が動いてすべてクローゼットになります」

 

 笑顔で伝える吹雪の言葉に、半信半疑の赤城達。

 

 けれど、この鎮守府で生活をしている吹雪達からすれば、当たり前の技術でしかない。

 

「ちょうどいいので、各自は戻って確認してください。知っている人たちは、自由行動を。私は、どうしましょう?」

 

 はっきりいって、吹雪は訓練の虫なところがある。

 

 空いた時間があれば訓練、あるいは勉強。提督であるテラにくっついて、執務室とか、そんなことで時間を使ったりしているので、露見した時はルリがひどく怒ったものだ。

 

 『いい仕事はいい休暇から。休暇を自分らしく楽しめない者に、いい仕事なんてできません』というのが、彼女の言い分。

 

 けれど、吹雪から言わせてもらえば、これが自分の休暇の自分らしい過ごし方なのだから、見逃してほしい。

 

 はっきりと反論したのだが、ルリは頑として聞いてくれず、今日の休暇をどうするか悩んでいたりする。

 

「街に行ってみたら、どうでしょう?」

 

 電の提案に、吹雪は少しだけ考える仕草をとってから、フッと気づいた。

 

「一度も行ったことないです」

 

「ええ?! 初期艦なのでもう何度も行っているのかと」

 

「いやいや、この鎮守府の中だけで大抵のことが終わるじゃないですか」

 

「確かに」

 

 響の頷きに、誰もが同意を示してしまう。

 

 なんなんだここは、と誰もが思うほどに鎮守府の中は充実していた。

 

 売店があるのはいい。しかし、だ。軍事施設の司令部の中に各階に一つずつあるのはどう考えてもおかしいだろう。

 

 自動販売機はないのだが、飲み物を満載したカートをバッタが押して回っているのはどうだろうか。警戒のためと言っているが、どちらかといえば常に作りたてのコーヒーや紅茶を配ることに重点を置いてないだろうか。

 

 パン屋ははたして必要か。食堂があるのだから、その中にあればいいのではないだろうか。

 

 しかも、艦娘寮の各所に配置されているのは、どういう意味なのか。おにぎり屋とかお弁当屋があるのも変だ。

 

 総合デパートは必要な施設なのかも疑問が浮かぶ。服から小物、化粧品まで売っているデパートが、鎮守府の敷地内に三か所は多くないか。

 

 『お金さえ出せば、電池からミサイル、軍艦まで』ははっきりいってやり過ぎだ。傭兵でも雇っているなら話は別だが、ここにそんなものはいない。

 

 色々と規格外な鎮守府のことを思い出しながら、艦娘達はそれぞれに分かれて自由時間を満喫するのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鎮守府から内陸に行ったところに、街がある。

 

 街といっても、民間人を受け入れたアパートメントがある区画ではなく、純粋な商業都市といったような作りであり、娯楽のための施設で統一されている。

 

 デパートはもちろん、本屋や雑貨店、映画館、カラオケなど。よく探せば専門店はもちろん、何故にある銃器店といったものまで。

 

 買えないものはここにはない、とバッタ達が作った場所に、彼女は生まれて初めて足を踏み入れた。

 

 踏み入れたのだが、入ってすぐに洋服屋で捕まった、と。

 

「これ可愛い!」

 

「あ、そうだね」

 

 嬉しそうに服を抱きしめる荒潮を見ながら、吹雪も店内を見回す。

 

 街へ行こうかと歩いていると、『私も一緒にいいですか』と荒潮が後からついてきて、その後にもう二人が合流。

 

 四人組となって街に入ってみて、その凄さに圧倒される前に服屋に圧倒されてしまった。

 

 なんだろう、この洋服のために作られた店は。

 

「色もカラフルなのね」

 

「ど・れ・にしようかな」

 

 驚きながらも一着一着と手にとる如月と、一つ一つと選んで行く陽炎。

 

 何故にこのメンツになったのか、吹雪は疑問を感じるのだが、三人が楽しそうにしているので、自分も洋服を見ることにした。

 

 訓練の虫とはいっても、吹雪も女の子。可愛い服に興味はある、あるのだがどうしてもバッタ達が作ったものと比べてしまう。

 

 いや、ここのもバッタ達が作ったものなのだが。一般的なデザインをされているので、どうしてもオーダーメイドに比べると見劣りしているような。

 

 そこでハッと気づいた。自分は知らないうちに贅沢になっていないか。普通にオーダーメイドがいいと考えている時点で、バッタ達の罠にはまっていないか。

 

 『ようこそ、美と娯楽と楽しみの世界へ』と吹雪の脳裏にバッタ達が横断幕を掲げて迫ってくる。

 

「吹雪さん、選ばないんですか?」

 

「え?! あ、あ、そうですね」

 

 陽炎に言われて、慌てて頭の中を振り払う吹雪だった。

 

 買い物は楽しく続く、というわけにもいかず。

 

「予算が」

 

「高いわね」

 

 ジッと値札と睨めっこする荒潮と如月。まだまだ配属された二人の資金は、少ないものでしかなく、一度に五着なんて買えるわけもない。

 

 陽炎はそれなりに貰っているので、五着くらいは余裕なのだが。

 

「次の時まで残っていればいいけど」

 

「残念」

 

 二人は諦めたらしいので、帰るのかなと思っていたら、次の場所へと歩きだしていた。

 

「あっちにクレープ屋さんがあるみたい」

 

「行ってみましょう!」

 

 荒潮が地図を確認、賛同した如月が飛びついていき、そのまま流れるようにクレープ屋さんへ。

 

 陽炎も慌ててついていき、吹雪は仕方ないなと思いながらも後を追う。

 

 その途中で、ふと別の店が目に入った。

 

「ほら神通! このフリルが可愛いって」

 

「姉さん、それはその」

 

 フリルで作られたような服を進める姉と、それに困惑して顔を真赤にした妹が見えた気がしたが、気のせいだろう。

 

「吹雪さ~~ん」

 

「はーい!」

 

 名を呼ばれて、吹雪は返事をしながら三人に合流した。

 

 クレープ屋さんは、先輩ということで彼女が奢ったのでした。

 

 その後も街中を散策しながら、荒潮と如月の気の赴くままに歩き回り、夕方にはきちんと鎮守府へと戻った。

 

「あ、荷物はバッタ達が届けてくれるんだった」

 

 戻ってすぐ、吹雪はそのことに気づき、三人から非難じみた視線を受けることになったのだが、いい経験でしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 書類仕事はあまり好きではない。これはテラだけじゃなくルリも同じ。

 

 けれど、人が増えた以上はやらないと。

 

「あ、まただ。『設備が整い過ぎていて怖い』」

 

「そちらもですか? こっちも、『科学技術が高い』ですよ」

 

「ええ~~何でかな?」

 

「私たち―銀河帝国の標準で作ったからでしょうか?」

 

「でもさ、この世界の科学技術水準だと、バッタ達が納得しないんでしょ?」

 

「そうですね。諦めてもらいますか」 

 

「よし、俺が言って話をしてくるよ。代表の相沢さんって、かなりの高齢なんだけど、眼光が鋭くて好きなんだ」

 

「へ~男の人ですよね?」

 

「うん、なんだかバトラーに似ているからさ」

 

 あの人に、とルリが内心で思っている間に、テラは執務室を後にした。

 

「まさか、生活水準が高くなって『ダメ』と言われる日が来るなんて。世の中は何があるか解りませんね」

 

 山のようになった嘆願書を見て、ルリは小さくため息をついた。

 

 

 

 





 新しい場所はどうでしょうか。楽しいところですか、嬉しいところですか、生きがいを感じますか。

 毎日が辛くはないですか、毎日が悲しくはないですか。

 もし、そうでないならばどうか毎日を自分らしく生きてください。

 貴方達が何者であっても、それは生きているならば許されることなのですから。



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願いをかけるもの

 
 
 今日も何処かで誰かが泣いている。

 悲劇は終わることなく続いていくのだろう。

 けれど、同じように喜劇も世界にあり、終わりなんてない。

 ならばすべて喜劇にしてやろう。

 彼はそう言いながら笑っていた。




 

 日当たりのいい縁側で美味しいお茶と茶請けを貰ったとしたら、人は難しい話などせずにのんびりとお茶を楽しむのだろう。

 

 日本人だけかもしれないが。

 

「おまえさん達には感謝しているんだがな。どうにもな」

 

 白髪に作務衣を纏った老人は、縁側に座布団を引いてお茶を飲んでいたのだが、唐突に口を開いて頭をかきだす。

 

「俺達は日本に見捨てられた人間だ。それを助けてくれたことは、本当に感謝している。けどな」

 

 苦渋というか、言い方が思い浮かばないというか、男は言葉に詰まったかのように口を開きかけては止めている。

 

「ああ、クッソ。昔はもっと簡単に言えたんだがな」

 

「年を取ると保守的になるんですか?」

 

「ぬかせ、餓鬼が。そうじゃねぇな。助けてくれたことは感謝しているんだが、どうにも科学技術がなぁ」

 

 男―相沢・宗吾は、片手を上に向けて視線を天井へと上げる。

 

「みんな、困惑してんだよ。ここが西暦何年か理解してるか? それが、SF小説って世界に放り込まれて、困惑しないと思ってんのか?」

 

 理解してくれ、という口外の意味を知りながら、テラは親指を立てて突き出してみた。

 

「がんばって慣れてください」

 

「おいこら」

 

 いい笑顔で告げるテラに対して、宗吾は駄目だなと諦めるしかない。

 

 最初にここに住む時の条件と我慢して飲み込むしかないのだろう。実際、慣れてしまえば随分と便利な場所ともいえる。

 

「それで、そっちはどうだ? 日本が何か言ってきたか?」

 

「いいえ、接触さえなかったので。まあ、接触してきたらしてきたで、俺達が対処しますよ」

 

「いいのか?」

 

 もしかしたら、戦争になるぞ。国家と戦えるのか、と宗吾が目線で語るのでテラは小さく首を振った。

 

「なんとかなりますし、何とかします。それも含めて、皆さんを助けるって決めましたので」

 

「そうかい。なら厄介になる」

 

「はい、どうぞ」

 

 難しい話はそこで終わり。後はのんびりと縁側でお茶を飲んで、他愛のない話を続けていった。

 

 しばらくして鎮守府へ戻るテラは、ふと思い出す。

 

「あ、俺が銀河帝国の皇帝やっているって話、しなかった」

 

「・・・・テラさんって、権力とか軍事力を集めたりしても、それを忘れますよね」

 

 迎えに来た車の中、ルリに呆れた顔で見られたテラは、大げさに両手を広げて見た。

 

「うむ、仕方がない。俺は、俺だから」

 

「はいはい。立場や権力に固執しないテラさんは、とても素敵ですよ。でも、それを忘れて動いてアイリスさんやセラムさんに怒られても知りませんよ」

 

「うん、それは愛情だから仕方がない」

 

 気楽に笑うテラに、ルリは思う。

 

 この人は、まだ奥さんを増やしそうだな、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 よし、海域制覇だ。

 

 普通は軍事行動の前の提督といえば、尊大な態度で相応しい言葉を並べて、うんたらかんたらと言うのではないか。

 

 艦娘全員が色々と思うことはあるのだが、テラとしてはそんなことしたことがないので、以下省略したい。

 

 したいのだが、何故かルリが『しないと締まらない』と言ってくるので、言葉を選んで考えて、どうにか絞り出したのは上の言葉。

 

「シンプルイズベストって言葉があってね」

 

 とてもいい笑顔で語る提督に対して、全員が思ったことは一つ。

 

 『あ、この提督は上に立つ人じゃない、現場主義の人だ』。

 

「全員、出撃。バッタ達の偵察である程度の敵位置は把握していますが、あくまで前情報です。後は現場の判断に委ねます」

 

 何事もなかったかのような提督代行の言葉に、全員が改めて気を引き締める。

 

 未知の海域への第一歩、それは誰もが入ったことのない場所に入る前の怖さに似ている。

 

「念のためイオナとアリアは即応体制で待機、バッタ達もフル装備で待機させておきます。ですが、あくまで補助です。主役は貴方達なので、各員奮起なさい」

 

「艦隊出撃!」

 

 提督代行の訓示の後、吹雪の号令で艦娘達が海原へと入る。

 

「全員全力で! 提督を追いかけましょう!」

 

 彼女達の前にさっさと進んでいく馬鹿が一人。

 

「なんで指揮官が先頭で進んでるのかな?!」

 

「鈴谷! 叫んでないで全速力!」

 

「こんなことでいいかよ?!」

 

「天龍ちゃん! しゃべってると置いて行かれるわ!」

 

「ああもう! 艦隊って組まなくてもいいわよね!」

 

「夕張! そこまで投げやりにならないで!」

 

 ワラワラと慌てて海面へと飛び降りて、そのまま艤装展開し進んでい艦娘達を見ながら、ルリはふと思う。

 

 昔から、あの人は人の後ろではなく前に行く人だったなぁ、と。

 

「・・・・妖精たちの尊い犠牲に」

 

 ルリは敬礼し、テラの艤装に安全装置の意味を込めて、乗り込んだ勇敢な妖精たちに敬意を示した。

 

 一方、その妖精達は全員が同じ思いでいた。

 

 『止めておけばよかった、助けて』と。

 

 中に誰がいても関係なし。自分の動きをつきつめて、できないことを虱潰しで消していくのがテラだ。

 

 全速、急停止は当たり前のこと。その場で回転は縦横斜めまで行うテラの機動を後ろから見た艦娘達は、一部を抜かして蒼白になっていた。

 

 同時に、妖精達も『あんな変態機動は止めて』とそれぞれの艦娘に嘆願していた。

 

「追いつきますよ!」

 

 しかしながら、常識的な艦娘ばかりではないのがこの鎮守府の特色であり、中でも初期からいる吹雪は、テラにどっぷりと染まっているので。

 

 一気に加速する吹雪、それに当り前のように従うのは暁達姉妹。

 

「え、ええ?! 同じ推進機ですよね?!」

 

 神通が驚いた声を出す中で、川内も夕張も加速。

 

 全員が同じ推進機を搭載し、機関出力もそれぞれの艦種通りなのだが、何故か吹雪達の速力は他の艦娘を引き離す。

 

 先行するテラ、それに追いつく勢いの吹雪、暁、響、雷、電。遅れるようにして付いていこうとするのは夕張と川内。さらに距離が少し開きながらも、陽炎、鈴谷、高雄が追従する。

 

 チラリとテラは背後を振り返り、全員の位置を確認した後に前を向いてさらに増速。

 

『無理ですぅ』

 

 妖精達の悲鳴に、限界がここかと口の中で呟いて、力を抜く。

 

「ん~~ちょっとまだ全力は無理かな」

 

 右手を握りこみ、テラは後ろへと体を向けた。

 

「遅いぞ、全員!」

 

 大げさに悪戯っ子のように笑うテラは、小さな憤りを外に見せないように振舞っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 波が撃つように、怒号が鳴り響く。

 

 横あいから突きつけられた砲身が放った砲弾が、海面から顔を出して砲撃しようとしていたイ級を吹き飛ばす。

 

「一匹目!」

 

 左手を突き出した姿勢のまま、吹雪が駆け抜ける。続いての目標は敵ル級二隻。左手の砲身をそのままに、右手で後ろ腰の剣を引き抜いて一閃。

 

 二隻を瞬く間に沈め、そのまま走り抜けて後方部隊へ。

 

「ヲ級空母、その首貰った」

 

 砲撃二発。連装砲から放たれた砲弾は、発艦しようとしていた艦載機の中へ飛び込み、爆発。航空機の燃料と爆弾に火をつけて、ヲ級を吹き飛ばす。

 

「吹雪! そっちから向かって!」

 

 直進する吹雪の左舷側から暁が飛び出す、反対側には雷が補佐に入りながら周辺警戒。

 

「私が真っ直ぐ行くから!」

 

「注意を反らすってことね! 了解よ!」

 

 三隻の駆逐艦が、敵艦隊を食い破る。周り中が敵となっても、三隻は止まらないし、止まることはない。砲撃、魚雷、足を止めずに突き進む三隻に、敵集団が翻弄されていく。

 

「ほら神通! 遅れない!」

 

「はい! 姉さん!」

 

 さらに外側から、川内、神通の二隻が突撃し、吹雪達に注意を向けられた艦隊をかき乱す。

 

「速いな、おい!」

 

「天龍と龍田が遅いだけ!」

 

「言ったな!」

 

 二隻に遅れるように、さらに二隻の軽巡が電撃戦を仕掛け、敵重巡部隊に突撃開始。

 

「提督の攻撃に比べたら止まって見えるぜ!」

 

 砲弾も魚雷も、怖いとは思えない。要するに直撃しなければいいだけで、軽く身をひねって回避し、速度を落とさないまま突き進む。

 

「うわぁ~~~凄いね」

 

 主戦場から距離をとったところで、瑞鳳は偵察機から送られてきた映像を見ながら感心していた。

 

 僅か七隻で、三個艦隊分の敵を撃破し続けているのは、見ていて怖いというよりは見事と褒めたくなる。

 

「これ、私達の出番ないわね」

 

 扶桑も画像を見せてもらいながら、主砲を細かく動かしている。

 

 念のため援護射撃でもと考えていたのだが、必要ないかもしれない。

 

「如月と荒潮も、あれをやる時が来るからね」

 

 夕張が話を振った先、同じ駆逐艦と思えない動きをする吹雪達を見ていた彼女達は、『無理です』と小さく呟いていたという。

 

「吹雪達で終わりかな? 後は?」

 

 テラの問いかけに、周辺に偵察機を送っていた赤城と加賀は首を振った。

 

「他の敵艦隊は見えません」

 

「あれだけなのでしょう」

 

「そっか。由良、敵潜水艦は?」

 

「反応ありません」

 

 念のためにソナー搭載した由良の報告に、テラはよしっと呟いた。

 

 潜水艦のために爆雷を搭載した響と電を待機させ、陽炎と鈴谷、高雄で対空戦闘用意をしていたが、あの様子ではこちらまで来ないだろう。

 

「俺も行っていいかな?」

 

「ダメです」

 

 一言だけ断ってみたのだが、全員から否定意見が入ってテラは動かしかけた足を止めた。

 

 いや、そんなに全力で否定しなくてもと口の中で言葉を転がしながら、手に持った砲塔を動かす。

 

「扶桑、砲狙撃戦でいってみる?」

 

「まだ無理です」

 

「いやいや、やってみよう。物は試しって言うし」

 

 気楽に笑顔なテラを見ていて、扶桑は『出来るかな』と思い始めてしまう。

 

「や、やってみようかしら?」

 

「扶桑、乗せられないで」

 

 乗り気になった彼女を止めたのは、呆れた顔で見つめる高雄。

 

「鈴谷もやってみれば出来るかも」

 

「なんで貴方まで?!」

 

 予想外な伏兵の出現に、高雄はその場に崩れ落ちた。

 

「お、終わった」

 

 妙な話をしている間に、吹雪達は艦隊を沈めていた。

 

 その後、二度、三度と会敵するのだが、すべて同じように吹雪達の突撃で終わり、艦隊は損傷らしい損傷もなく鎮守府へと帰還した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 艦隊の帰還がすれば、後は妖精やバッタ達の仕事。

 

 艤装の修復、弾薬の補充。燃料の補填。

 

 続々と消費される資材の報告書を眺めながら、ルリはポツリと呟く。

 

「少ない」

 

「はい?」

 

 執務室で書類を手伝っていた赤城は、提督代行の一言に『資材が足りないのか』と思ったらしい。

 

 一方、テラと吹雪は、『あ、またか』と口にした。

 

「この資材量は何ですか? 数百? 数千? エコがついにこんなところまできたと? なんて少ない資材消費なんですか?」

 

 書類を手に持ったままプルプルと震える彼女は、やがて書類を机に置いた後に立ちあがる。

 

「これだけ艦娘が増えたのに、一万にも満たないなんて。私を資材で殺したいんですか? もっとグッと消費しましょう。弾丸なんて一万発は撃ってから戻ってきなさい」

 

 淡々と呟く彼女の後ろには、何故か般若の影がチラついていたが、誰もが話を振ろうとしない。

 

「・・・・・開発してきます。すべて一万とかつぎ込んで、やってきます」

 

「待とうか、ルリちゃん」

 

「いいえ、やります。こうなったら、噂の大和型くらいいないと、作戦の度に資材の残量で私が死にます」

 

 無表情に告げた彼女は、そのまま執務室を出て行った。

 

「提督、止めないんですか?」

 

「本当に資材を大量消費しますよ?」

 

 赤城と吹雪に言われ、テラは小さく首を振って両手を上げた。

 

「無理、あの状態のルリちゃんは何を言っても聞かないから」

 

「はぁ」

 

 放っておくのが一番だ、と全身で語るテラ。

 

 嫌な予感がしてくる赤城と吹雪。

 

 そして、その後に鎮守府を揺るがす事態となるとは、誰もが予想していなかった。

 

「・・・・・・誰か私を埋めてください」

 

「おう」

 

 執務室で頭を抱える提督代行。

 

 半眼で呆れている提督。

 

 そして、鎮守府に着任した戦艦達。

 

「大和型一番艦の大和です」

 

「長門だ。ビックセブンの力、見せてやろう」

 

 二人を前にして、全員が絶句していたという。

 

 まさか、本当に当てるとは。

 

 その後、鎮守府でルリのことを『招き猫』と呼ぶようになっとか、ならなかったとか。

 

 

 

 




 

 色々と規格外なことが多い毎日ですが、日々は楽しく過ごせています。

 戦争の最中なので、辛いこともあるのですが。

 それ以上にあの人達は楽しいことを色々と突っ込んで来て。

 毎日、笑顔で溢れているのがうちの鎮守府です。




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クリスマス・プレゼント

 

 楽しいこと大好きです。

 悲しいこと少ないほうがいいです。

 ですが、こんな日々ならば拒否します。





 

 小さく針が動いて、時間を刻む。まるで心臓の音のように小さな音色は、薄暗い執務室に響きながら、消えることなくしっかりと室内に木霊する。

 

「そういえば、もうすぐですね」

 

「そうだね」

 

 ルリの言葉を聞きながら、テラは書類を二度、三度と流し読みする。

 

 よし、見事にできた。これならばと提出した書類は、ルリの前で一瞬で改変されて『処理済み』の箱に納められた。

 

「無常だなぁ」

 

「ええ、テラさん、どうして真剣にやったほうが誤字脱字が増えるんですか?」

 

「無常だなぁ」

 

 質問されても答えられないことは多い。世界を見通す眼など持っていなくても、世界中の情報を集める図書館や情報局のようなものは持っているから、答えを探せば見つかるのだが。

 

 自分自身のことは、そんな場所にも載っていないのだから、答えられないで正解なのだろう。

 

「で、もうすぐだねって話だよね?」

 

「はい。もうすぐクリスマスですね。あっち―帝国はアイリスさん達に任せるとして、ここはどうしますか?」

 

 誠に申し訳ないが、帝国は丸投げにしよう。不本意なのだが、今はここの鎮守府が最優先だ。

 

 帝国のほうで、『ヤッタ』、『あの馬鹿が不在で楽勝ね!』とか言ってそうだが。

 

「飾るか」

 

「はい」

 

「全部を」

 

「解りました」

 

 天井を見上げて呟いたテラに、ルリは頷いたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クリスマスと聞いて、吹雪は軽く首をかしげた。

 

「えっと、キリスト教のお祭りでしたよね?」

 

 自信がなくなって周りを見回すと、誰もが顔を反らしてしまう。

 

 元軍艦、今は人間のような艦娘とはいえ、知っている知識に差がある。乗員達が騒いでいるのを見ていた記憶はあるが、具体的な情報までそろっているかというと、『否』といえる。

 

「そうですよね、陽炎!」

 

「私?! いや吹雪さんが知らないのに、私って・・・・・どうなの、荒潮」

 

「なんで私に振るの? 私じゃなくて鈴谷が詳しいとか?」

 

「ええ~~? 鈴谷、知らないよ~」

 

 なんで間延びした返答なのだろうか、と誰もが視線を向けた先にいた彼女は、ソファーに寝転んだまま雑誌を見ていた。

 

 題名が、『砲撃における蹂躙戦の仕方』とか書いてあったが、見なかったことにしよう。

 

「赤城さんとかが詳しいんじゃないの? さすが一航戦」

 

「いきなり話を振られても、私も知っていることしか知りませんよ。ね、加賀さん」

 

「はい。赤城さんは食欲に関しては情報無双ですが、一般知識となると」

 

「加賀さん?!」

 

 いきなりの相方の裏切りに、赤城は真っ赤な顔で詰め寄るのだが、相手はどこ吹く風でモニターを見ていた。

 

 何を、と赤城と、偶然に近くにいた夕張が覗きこむと、『世界のお城シリーズ』とタイトルが流れていた。

 

「やはり、船は海に浮かぶ城でなければ」

 

 普段から冷静で落ち着いているとはいえ、加賀も感情があるらしい。何処か高揚とした表情で見つめる彼女は放っておくことにした一同だった。

 

「だ、誰か詳しい話を知りませんか?!」

 

 最早、誰も頼れないのではないか。吹雪は焦燥感にかられて叫んでしまった。

 

 それが最大の原因かもしれない。

 

『ピ!! 呼ばれて飛び出てバッタ師団です! 詳しい話をさせていただきます!』

 

「あ」

 

 吹雪、その時点で自分の失態を悟る。同時に室内にいた全員が、一斉に立ち上がって逃げ出す。

 

 バッタ達は頼りになる。普段から色々と助けられ、あらゆることでサポートしてくれる万能集団だが、困ったことがいくつかある。

 

 事あるごとに『綺麗な服』を着せて撮影しようとするのは、その中でも最大級の困ったことではないだろうか。

 

 瞬間的に誰もが思い浮かんだ、『着替えと撮影』に怖くなって逃げ出そうとしたのだが、世界はそんなに優しくはないらしい。

 

『ルリより総員へ。これよりクリスマスのために飾ることになりました。提督であるテラさんの命令です、全員、『大人しく飾られなさい』。後、大和は別命あるので執務室へ』

 

 無情。動き出しかけた誰もが足をとめ、涙を流しながら立ち尽くす。

 

『ピ~ さすがテラ様、解っておられる。では、皆さま、どうぞそのまま。ご安心ください、すぐに終わります』

 

『ピ! すぐですから!』

 

『ピ! 最速で終わらせますから!』

 

 何処から現れたのか、バッタ数十匹それぞれが銀色のスーツケースを持って迫ってきている。

 

 いや、周りを見ればその後ろに化粧箱や鏡などを持ったバッタ達が控えていた。

 

「できれば、大人し目でお願いします」

 

 せめてもの抵抗で、吹雪はそう告げたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大和は自分の幸運を感謝していた。

 

 最後の出撃は苦い思い出として自分の中にあって、国や人々に何もできなかったことを後悔していた。

 

 自分は運がないのではないか、そんなことを思いながら艦娘としてこの地に生まれ落ちて、そして知った苦行の数々。

 

 綺麗な服を着ることは苦痛ではない。艦娘とはいえ女の子、綺麗とか可愛い服を着ることは嫌ではなく、むしろ嬉しいといえる。

 

 けれど、だ。艦娘として生まれてからわずか三日しか経っていないのに、数百着も私服が用意されているのはどうかと思う。

 

 オープンクローゼットに収まりきらず、衣装部屋が別室として用意されているのを知ったとき、さすがの大和も顔を引きつらせて身を引いてしまった。

 

 世界最大の戦艦、圧倒的な火力と装甲を持つ偉大な戦艦とはいえ、今は女の子。身の危険というのか、あるいは本能的な恐怖というべきか、そういったものが自分の体を勝手に動かしたのは、記憶に新しい。

 

 今回もそれかと身構えていたら、執務室へ呼び出し。

 

 助かったと軽くスキップしそうなほど軽い足取りで執務室に辿り着き、ノックを軽く二度、間をおいて二度する。

 

「はい、どうぞ」

 

「失礼します」

 

 気のせいか、口調も軽いようだ。まるで音符でも乱舞していそうな声を出して、ゆっくりと執務室のドアを開いて中を見た瞬間、大和は反射的にドアを閉めた。

 

「大和、どうしました?」

 

「提督代行! 私は呼ばれてきただけですから!」

 

「はい、私が呼びましたよ。どうしました?」

 

「何かの手違いですか?!」

 

 半ば悲鳴に近い声を出しながら、しっかりと執務室のドアを握り締める。絶対にこの扉を開けてはいけない。開けてしまったら、開いてしまったならば自分は飲み込まれる。

 

「手違い? いいえ、違いますよ。これは必然であり、当然です。大和、いいから入ってきなさい」

 

「お断りします! 任務は拒否できましたよね?! 大和はその権利を行使します!」

 

「なるほど。貴方は実に好ましい成長をしているようです。私としてはきちんと自分の意見を言えるのは、とてもいいことだと思いますよ」

 

 慈愛が含まれているような穏やかな提督代行の声に、大和は安堵よりも全身に震えを感じてしまう。

 

 本能的恐怖だ、と無意識に思いながらも両手に力を入れてドアを固定した。

 

「ありがとうございます! なら!!」

 

「ですが、今回は拒否は許しません。開けなさい」

 

 冷たい声ではなく、穏やかなまるでお日さまのような声だったと、後に大和は語ったという。

 

「はい」

 

 観念してドアを開けて中に入った大和が目にしたのは、カラフルに装飾された自分の艤装と、赤と白の衣裳だった。

 

 そして、諦めたように壁際に立っている『すでに手遅れ』の扶桑に目線を向けると、彼女は清々しいまでの笑顔を浮かべた後にブイサインを出した。

 

「貴方もそのうちに慣れるわ、大和」

 

「扶桑さん、私は・・・・・・・あ、長門さんはどうしたんですか?!」

 

「彼女なら率先して着替えて試射に行きましたよ」

 

 裏切り者。

 

 扶桑と大和の内心の言葉は、ぴったりと一致したのでした。

 

「では着替えて艤装を纏って、行きましょうか。そろそろ全員の着替えが終わるころですから」

 

「あの、提督代行、理由を説明してください」

 

 最後の抵抗として大和が質問する。扶桑も同様に頷いて目線で説明を求めてくる。

 

「言ってませんでしたか? クリスマスなので、プレゼントを配ります」

 

 当然のように、ミニスカサンタの衣裳をまとったルリは、プレゼントの入った袋をかついで告げたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 保護した民家人の中には、子供もいた。国に見捨てられ、見知らぬ土地―といっても日本だが―に来た子供達は、不安を隠しきれずにいた。

 

 大人たちが頑張って色々と試行錯誤している姿を見て、困らせてはいけないと子供なりに考えて不安を押し込めていた彼らは、その日に『あ、人生って頑張ればどうにかなる』と思ったらしい。

 

「メリークリスマスだ! プレゼントをやろう!」

 

 サンタの格好をした鎮守府の提督テラ・エーテルの姿に、子供たち全員が自然と笑顔になった。

 

 トナカイが立派な角をしていたり、うっすらと白いオーラを放っていたり、ソリが金色に輝いていて船に見えたりしたが、些細な話だろう。

 

 トナカイがいないから霊獣を使ったとか、某英雄王が使っている飛行宝具を改造したとか、そんな話はまったくないので安心してほしい。

 

「その前にだ。ホワイトクリスマスにしてやろう! ルリちゃん!」

 

『はい。では、扶桑、長門、大和、撃て』

 

 瞬間、轟音が周辺を揺らし、青空で爆発が起きた。

 

 何事と集まってくる大人たち、どうしたのと不安そうな子供達の上に、白い粉雪が舞い落ちてきた。

 

「さあ、パーティの始まりだ。バッタ!」

 

『ピ!』

 

 そして街は一瞬でクリスマス装飾に彩られ、何時ものメロディが流れ始める。

 

「飲んで騒いで歌って踊って、食べて楽しんで語りあかそう。大丈夫、俺がいる限り、この鎮守府があるかぎり、不安なんてさせない」

 

 サンタクロース衣装のテラは盛大に両手を広げ、静かに語り始めた。

 

「俺の艦娘がいるかぎり、怖いことなんて来させない。だから皆は、真っ直ぐ自分が行きたい道を歩け。これが俺からのプレゼントだ!」

 

『ピ! メリークリスマス!』

 

 クラッカーが鳴り響き、雪と一緒に蛍日ような光が踊り出す。

 

「さあ! 楽しもうぜ!!」

 

 片手を空に突き上げたテラに釣られるように、誰もが盛大に声を出したのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日、テラ・エーテルは相沢・宗吾にお説教を貰うことになる。

 

『いきなり相談もせずに始めんな』との言葉にテラは正坐したまま、得意げに答えた。

 

 『サプライズは大切です』と。

 

 馬鹿ものと、相沢は何処か楽しそうに叱りつけたという。

 

 

 

 

 

 

 




 
 ちょっと短めながら、クリスマス話でした。

 唐突に思いついたことです。テラならそうするかな、という話です。

 馬鹿な彼は不安を感じる子どもたちを見て、笑わせるためにどうすればいいかを考えて、艦娘巻き込んでのパーティに発展しました。

 ちなみに、全艦娘にミニスカサンタ衣装を着せたのは、『え、女性のサンタ衣装ってこうじゃないの?』とテラとルリが思い込んでいたためです。

 さて、それでは。

 また馬鹿騒ぎのような鎮守府の生活でお会いしましょう。



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初めてのお正月、着物姿は危険な香り

 

 一年が終わり、新しい一年が始まる。

 日々の繰り返しに飽きてはいませんか。何故かやる気が起きないとか、そんなことはありませんか。

 こちらですか?

 ええ、大丈夫です。飽きたとか退屈とか、そんなことを言っている暇があるならば、色々と大騒動を引き起こす人がいますので。




 

 年の瀬も終わる今日この頃、馬鹿騒ぎのような鎮守府の中にも一つの寂しさが漂い始めた。

 

「ん、もう今年も終わりかぁ」

 

「ええ、そうですね」

 

 執務室にはテラとルリの二人だけ。

 

 赤城は新型艦載機の様子を見に工廠へ、という建前のバッタ達の監視に。何やら『対消滅エンジンの軽量小型化』やら、『重力子機関のダウンサイジング』とか言っていたので、全員が不安に駆られたためだが。

 

 吹雪は新人二人―大和と長門の教導の立会に。駆逐艦が戦艦の教導とは、色々と不可思議な気もするが、現在の鎮守府で最強といえば吹雪なので。二人がトラウマを作らないことを祈るが。

 

「俺、ちょっと帝国に新年の挨拶に行ってくるね」

 

「はい。私はここで艦娘達に正月を体験させますね」

 

「お願い、終わったら戻ってくるけど」

 

「解りました」

 

 会話の合間に書類が行き交い、テラが作った書類はやはりルリが修正して収められていく。

 

「俺、今度、神様をちょっと殺して能力を奪ってくるね。書類作成能力の神様って誰がいたかな?」

 

 虚空を見上げてポツリと呟く主に対して、巫女は思う。

 

 『そんな理由で殺されるなんて、神様も死んでも死にきれないでしょうね。でも、テラさんなら本当にやりそうですから、放っておきますか』と思ったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 振袖とか着物とか、色々といい方はあるかもしれない。専門家に言わせれば細かい違いがあって、それぞれに着る場面が違ってくるのかもしれないが。

 

 着用する当人にとっては、『綺麗・可愛い』で終わってしまうかもしれない衣装の数々を前にして、荒潮は深々と溜息をついた。

 

「これ一着で三か月の基本給が飛ぶ」

 

「言わないで荒潮!」

 

 マネキンに着せて飾られたものを見つめながら、ポツリとこぼれてしまったものに、隣にいた陽炎が頭を抱えていた。

 

「慣れなさいよ。バッタ達は妥協を知らないんだから、当然のことじゃないの」

 

 苦言を呈するのは暁。彼女はすでにバッタ達によって着替えさせられ、優雅にイスに腰掛けて紅茶を飲んでいる。

 

 最初の頃の幼い印象を残しつつ、仕草が徐々にレディーになっているのは、彼女の日々の努力の賜物だろうか。

 

「姉さん、流石だね。その動じない精神を私に分けてくれないかな?」

 

 暁の正面に立っている響は、さっきから微動だにせずにいた。高価な着物を纏っている緊張感が、彼女の体を束縛しているらしい。

 

 

「響、いいことを教えてあげるわ」

 

 一口だけ紅茶を飲んだ暁が、優雅な仕草でカップをテーブルに置く。

 

「なんだい?」

 

 動かずに石のように固まりながら、瞳だけは細める響。 

 

「私達の基本給は、これ一着を一か月で買えるのよ」

 

 真顔で語る彼女は、よく見れば軽く震えていたようだったが、鉄の精神がそれを外に出ないようにする。

 

 ハッとした響は、ゆっくりとした動作で動きだした後に、椅子へと腰掛けた。

 

「悪くない金額だね、姉さん」

 

「ええ、その通りよ。姫級を三匹ほど狩れば、一発で終わりよ」

 

「なるほど。正月が終わったら、行ってみようか」

 

 二人してそこで笑うので、聞いていた他の艦娘は思った。

 

 『あ、この鎮守府の最古参って怖い』と。

 

「皆さん、着替えは終わりましたか?」

 

 更衣室のドアを開けて、吹雪が入ってくる。彼女はすでに着替えた後、正月からの日程の確認のために執務室まで行っていた。

 

 さすが、最古参の初期艦。あの豪華な着物を纏ったとしても、平然と動いているのかと周りが尊敬の眼差しを向ける。

 

「あの、どうして大和と長門は壁と同化しているんですか?」

 

 着替えたまま石像と化した二人を見つめる吹雪に、誰もが答えを口に出せずに曖昧に頷いただけにした。

 

 ちなみに、だが。当初は吹雪は、誰もを『さん付け』で呼んでいたのだが、あの訓練とその後の実戦が終わった後、『さん付けは止めてください』と全員から土下座されたため、仕方なくつけることを止めた経緯があるが。

 

 今は正月の着物の話なので、関係ない。

 

「二人とも動きましょうよ。せっかくの綺麗な服なのだから、色々な人に見てもらわないともったいないですよ」

 

 近づいて二人の手を持つと、蒼白になって汗を流し始めた。

 

「吹雪さん、私達はまだ新人ですから」

 

「はい、知っていますよ。大和」

 

「その私たちに、あの金額の着物は、精神的な圧力がだな」

 

「なにを言っているんですか、長門?」

 

 二人して交互に理解してくれと伝えるのだが、吹雪には中々に伝わらない。

 

「いくらなんでも高すぎないですか?」

 

「着物が高いのは知っていたが、金額がな」

 

 大和と長門の言い分に、ようやく吹雪は納得して両手を叩いた。

 

 ちょっと高価過ぎる衣装に、着たはいいが汚したり破いたりするのが怖くて動けないと。

 

 室内を見回せば、誰もがそんな雰囲気なので、これでは正月が楽しめないと吹雪は感じてリラックスさせるためにちょっといい話をすることにした。

 

 全員の緊張をほぐすための冗談。提督から聞いた時に、面白い話をするなと思って覚えていたのを、ここで披露するしかない。

 

 彼女はまったくの善意で語ろうとしているが、それは世間一般的ないい話ではないのが、テラ・エーテルという人物のセオリー。

 

 どっぷりと彼に染まっている吹雪も、それが世間からズレた話であると知らないまま、語ってしまった。

 

「大丈夫です。これらは私たちのために作られたものですから、皆が着て大いに楽しんでこそ、その価値が生きていきます」

 

 しっかりと全員の顔を見回しながら、彼女は微笑んで語る。

 

「提督も提督代行も、私たちに日々の楽しさを伝えるために、こういったものを作ってくれるのですから、楽しまなきゃ失礼ですから」

 

 二人は本当に、色々なものをくれた。毎日の食事の美味しさ、訓練を通して強くある自分の楽しさ、戦場に出ても一人じゃない嬉しさ、疲れて帰ってきた時に迎えてくれる温かさ。

 

 色々なものを貰ったのに、返せるものは極僅か。なら、こういった時に楽しんでいる様子を見せるのは、せめてもの恩返しだろう。

 

「だから、楽しみましょう」

 

 全員の顔から緊張が消えて、誰からともなく笑顔が広がっていく。

 

「はい、大丈夫そうですね。では、最後に。『え、そんなに金額かけてないよ、皆の軍艦時代の修理費より安いから』って提督が言っていましたよ」

 

「吹雪さん?!」

 

「はい?」

 

 国家の象徴と防衛の要の軍艦と、個人が着る着物の値段を比べるなんて。

 

 室内にいた艦娘全員が脱力する中、吹雪はきょとんとして首を傾げたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新年の挨拶は、一年を通してどのように過ごしていくかの訓示でもある、と誰かが言っていた。

 

「では、諸君、これより先も海域を制覇し、敵の領海を切り裂き、縦横無尽に活躍しようではないか」

 

 ある場所で、とある男がそんなことを言っていた。

 

 居並ぶのは軍服を纏った集団。男性、女性はもちろん、年齢もバラバラな一同を見下ろした男は、手に持った杯を傾ける。 

 

「乾杯」

 

 静かに告げた言葉の後、全員の復唱で宴会の幕は上がった。 

 

 酒を飲み、あるいはジュースで場を濁しながら、立食式の会食は豪華に進められていく。

 

 年間を通して苦しい一年を過ごした部下たちに、せめて正月くらいは楽しませようと豪華にしたのだが。

 

 民間人のことを考えると、今回の会食の内容は伝えられないか。

 

 我が国の、日本の市民生活は困窮寸前にまで追い込まれている。元々、外国の輸入で賄っていた生活用品は、深海棲艦のために滞り始めていた。

 

 日本各地でも必死に製造をしているが、沿岸部では深海棲艦の攻撃の危険が多いため製造作業に専念できず。かといって、内陸部では場所が限られてくる。

 

 設備や工場を整えようにも、機械自体が不足している。

 

 次々に押し寄せてくる深海棲艦、こちら側も艦娘によって抵抗を続けているが、正直に言って厳しいものがある。

 

 艦娘の絶対数が足りない。鎮守府の数も足りない、提督の数も足りない。その上で工作機械も足りないのでは、まともな防衛戦などできるわけがない。

 

 だというのに、政府からは領海の安全及び輸送路の確保を打診されてくる。まったく頭が痛い問題だ。

 

「なあ、知っているか?」

 

「ああ、不明な艦娘の集団がいるって話だろ?」

 

 不意に、そんな言葉が耳に入ってきた。

 

「何の話だ?」

 

「これは軍令部総長、実は鎮守府に所属していない艦娘の集団がいるようなのです」

 

「なんだと?」

 

「しかも、その集団の駆逐艦が、『敵の姫級を単独撃破』したようでして」

 

「何?!」

 

 まさか、そんなバカな。敵の姫級といえば、聯合艦隊を組んでやっと撃破できるほどの強敵だ。それを駆逐艦一隻が撃破したというのか。

 

「何処で見た?」

 

「噂程度ですが、色々な領域に出現しているようです」

 

「あくまで噂です。実際に見たものはいません」

 

 なんだと。よくある戦場の逸話か何かか。軍令部総長は、そんなことを思いつつも僅かな希望にすがるように、声を潜めた。

 

「探せるか?」

 

 背後に近寄った部下に告げると、彼は大きく頷いて離れていく。

 

 もし、本当にそんな連中がいるならば。

 

「この日本は助かるかもしれん」

 

 小さく男はそういって、目を細めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日本が苦難の中にあったとしても、テラ達は平常運転。周りのことなど知っているようで知らないように放置して。

 

 馬鹿騒ぎの真っ最中。

 

「よぉし! お年玉をやろう!」

 

「わぁぁい! 提督の馬鹿が来たぁぁ!!」

 

 馬鹿と云われて怒るよりは、楽しそうに笑うのがテラだ。彼の周囲では着物姿の艦娘達が子どもたちに『お年玉』と書かれた袋を配っている。

 

「おい、こら! テラ! だからやる前に相談しろって言っただろうが!」

 

「ヤベ!! 宗吾さんが来たぞ、撤収だ」

 

「なんだとこら! ヤベってなんだヤベって! おまえまたやる気だろう!」

 

「撤収! 各自逃亡ルートBで退避! 合流地点は『何時も通り』!」

 

「なんだその符号は! てめぇやっぱり今後もやるつもりだろう! 待てコラ!」

 

 止める声に止まることなどなく、全員が散り散りになって逃げ出すので宗吾は小さくため息をついてピースサインをしているルリを睨みつける。

 

「なんとかしろ、おまえの主」

 

「私に言われても。まあ、正月が終わったのでしばらくはありませんから」

 

「そうだといいがな。で、どうしたよ?」

 

「さすが、宗吾さん・・・・・・どうやら、日本がこっちに気づいたようです」

 

 言われたことに、彼はピクリと眉を動かし、頭をかきだした。

 

「短かったな」

 

「私からすれば長過ぎて欠伸が出ます。まあ、来たとしても蹴散らしますが」

 

「そりゃ、そっちからすれば簡単だろうが。いいのか?」

 

 確かめるように目線を向ける彼に、ルリは微笑んだ。

 

「ええ、最初の主の命令どおりに」

 

 暖かく優しい笑顔なのに、宗吾にはそれが『死神の笑み』に見えたという。

 

 

 

 

 




 
 ちょっと雲行きが怪しい正月が終わり、場面は巡る。

 今まで気づかなかったのが不思議なくらいに、穏やかな生活が終わりを迎えてしまう。

 人は、自らが知りたいことしか知ろうとしない、は誰の言葉だっただろうか。

 実際、彼らは知らなかったのだろう。

 彼がどんな人物か、を。





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デッド・ライン

 
 
 月日は巡るもの。

 日常は過ぎゆくもの

 誰の身にも平等に流れるものは、実は平等ではない。

 その人がどのような日々を送ったかは、後になってその人に戻ってくる。

 怠惰に過ごした人には、成果はなく。

 勤勉に学んだものには知識が与えられる。

 では、『決死の覚悟で進んだものには』。

 答えは。








 

 テラとルリが吹雪に出会ってから三か月が経った。

 

「え、もう?」

 

「はい、もう、ですね」

 

 執務室のカレンダーをめくると、テラは月日の重みを感じてしまう。

 

「ああ、そうかぁ。なるほどなるほど」

 

 深々と頷く彼は、書類を手にしようとして横から出された手に止められた。

 

 誰だと思って顔を向ければ、二週間ほど前に来た艦娘が困り顔で書類を取り上げていく。

 

「大淀~~」

 

「ダメです、提督が事務処理をしたら二度手間になりますから」

 

 冷たく言うメガネ美人に、『俺だって』とテラは項垂れるのだが。

 

 彼女は、妖精たちが勝手に建造した三艦娘のうちの一人だ。

 

 『鎮守府ならば造らねば』とか、意味不明なことを言いだした妖精たちに、ルリもテラも『いいよ』と簡単に許可を出してしまい、艦娘が増えた、と。

 

 事務処理能力の高い大淀に、開発は任せての明石、それに鎮守府はもちろん民間人の胃袋さえも握った間宮。

 

 この三人の着任に、艦娘達は全員が喜んだ。一方で、テラは書類に触れない日々が増えていき、ちょっとだけ不満。

 

「仕方ありません。テラさんは鎮守府のトップ、書類は私がしますから」

 

「いえ、そういう意味では」

 

 何故か嬉しそうに語るルリに、大淀は違うと否定したくなって提督の顔を見た後に、小さくため息をついて同意するしかなかった。

 

「三か月かぁ」

 

 テラは無理に話題を変える。何かしたくて顔を動かした先にカレンダーがあって、偶然に日付を見てしまったためだが。

 

「ええ、そうですね」

 

 ルリが再び相槌をうちながら、書類を確認していく。

 

「私はまだ二週間ですが、その提督、提督代行」 

 

 恐る恐ると声をかける彼女の視線は、壁に展開されたモニターと二人の間を行ったり来たりしている。

 

 大淀が何に怯えているのか理解している。彼女からしてみれば、艦娘としての常識が崩れていく思いだろう。

 

 まだまだ彼女は常識を持っている、他の二人とは違って常識的なのだ。理知的な人とは、時に現実が受け入れられずに困惑してしまうのだが、彼女はその典型的な例かもしれない。

 

 とっくに常識を投げ捨てて染まった明石や、『この鎮守府はこう』と達観した間宮とは別に。

 

「ここはこれが毎日なのですか?」

 

「たぶん」

 

「恐らくは」

 

 二人の返答を受けて、大淀は引きつった笑みを浮かべた。

 

 モニターの中には、毎分百発のクラスター爆弾の雨の中、海面を疾走する艦娘達が映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新人の長門と大和が合流して、すぐに海域へと艦隊は進んでいったのだが、そこで問題が発生した。

 

 燃料ではない、艤装面でもない、装備の不備は徹底的に排除した。

 

 では何か。答えは単純に、『艦娘の技量の差』。

 

 吹雪が突撃、暁型の四姉妹が続く。川内と夕張が側面から突撃して、さらに敵艦隊が混乱している中、乱戦へともつれこんでの各個撃破。

 

 遠距離からは扶桑の援護射撃、鈴谷と高雄が遊撃として立ち回る。

 

 一見では問題ないように見えるのだが、その後が続かないことが発覚した。

 

 赤城や加賀が制空権を確保しても、艦娘達の援護のために航空機が動かせない。瑞鳳は新型機の制御が手一杯で対艦・対潜・対空がおろそかになる。

 

 由良、天龍、龍田、神通が吹雪達についていけず、また川内達の補佐にも回れない。砲雷撃戦が陣形維持したまま行えず、砲弾も魚雷も狙いを反らしてしまう。

 

 陽炎は何とか食らいついているが、まだまだ反応が遅い。如月と荒潮は論外、甘いなんてものじゃないくらいに、統一された行動がとれず艦隊機動が乱れて遅れてしまう。

 

 その上で、長門と大和の射撃誤差がかなり問題になってしまう。撃てない、狙えない、狙ってもタイミングがズレて扶桑がそちらの砲弾を撃ち落とす始末まで出てきてしまった。

 

 結論として、全員で艦隊を組んでも敵よりも味方の攻撃で被害が出てしまう。

 

 誤射あるいはフレンドリーファイヤが頻繁に起きてしまっては、とてもじゃないが味方を信頼しての行動などできない。

 

 ではどうすればいいか。

 

 答えは簡単。

 

 『じゃ、吹雪と同じ訓練を全員に』と提督は笑顔で全員に語った。

 

 『なるほど。この鎮守府所属ならば、出来ないわけありませんね』と提督代行は神妙に頷いた。

 

 こうして、大勢の艦娘にとっては地獄の、一部の艦娘にとってはご褒美といえる大演習が行われた。

 

 海域制覇は棚上げ、そんな暇があるならば訓練あるのみ。

 

「いいですか? 弾薬も燃料もボーキも鋼材も、すべて出し惜しみなしです。倉庫も備蓄もこちらですべて賄います。全部です、あらゆるものを使って貴方達の訓練を支えてあげます。だから、一日で装備を使い潰すつもりで訓練しなさい」

 

 初日、提督代行は真顔でそう語っていたのを、遠い昔のように誰もが思い出していた。

 

「さあ!! 第六千回です!!」

 

 元気一杯に叫ぶ吹雪に、誰もが『オー』と答えられるくらいに全員の技量が上がってきている。

 

 二時間、三時間の連続戦闘は当たり前。砲弾が飛んできても魚雷が向かって来ても、微塵も揺るがない精神力で行動を行えるほどに、全員の精神は研ぎ澄まされていた。

 

「距離二千! 必中距離! 右舷砲雷撃戦用意!」

 

 先頭を爆走する吹雪に合わせるように、一列に並んだ駆逐艦達が砲と魚雷を向ける。

 

「左舷より接近! 駆逐艦達から狙いを反らすよ!」

 

 川内以下軽巡が目標へと砲撃しながら急接近、相手の視線をこちらに釘付けにしながら回避運動。

 

「ほらほら! 足を止めない! 動き続けろ!」

 

 艦隊軌道は右へ左へと流れながらも、艦隊の陣形に微塵も揺らぎがない。暴れる海面と打ち込まれる砲弾の中、目線は目標に固定されたまま。

 

「制空権とりました! 敵航空機殲滅完了!」

 

「前回より二秒ほどかかりました」

 

「空中管制機上げたよ、弾着観測開始!」

 

 赤城と加賀も砲弾の中にいながら、航空機へと指示を出し、発艦と着艦を行う。瑞鳳も小さい体を大きく使って、巨大な航空機を空へと上げる。

 

「了解、全員、砲撃用意」

 

 扶桑の号令で長門、大和、鈴谷、高雄が砲を向ける。

 

「弾種徹甲弾。装填開始」

 

 一秒、二秒と扶桑は内心で時間を計る。自動装填装置が動き出し重たい砲弾を主砲へと運ぶ。

 

 全主砲装填完了。妖精たちの通信に頷いた後、扶桑は全員に視線を向けた。誰も遅れることなく完了、見事に五秒で装填及び照準をつけた。

 

「撃て」

 

 砲弾が空を舞う。放たれた砲弾は放物線を描いて目標に命中。けれど、僅かに数発が逸れた。

 

「全砲弾の命中確認、三発外れ。目標に変化なし」

 

「了解、連続砲撃。回避運動開始」

 

 相手側の攻撃が来た。それを確認しながら、扶桑は体を動かす。他の皆も動いたことを確認し、砲撃続行を指示する。

 

 動きながらの砲撃戦、当てられない未熟者はいない。

 

「艦隊突撃!」

 

 吹雪が目標に近接、魚雷と砲を放った後、一時的に艦隊進路を変更。こちらの攻撃が当たったかどうかを確認。

 

 閃光と爆発を確認、目標に命中。砲弾に続いて魚雷も命中。目標はまだ健在。

 

「近接戦闘!」

 

 叫びながら吹雪は剣を引き抜く。後ろに続く艦娘達も、それぞれの獲物を取り出して目標へと突撃、その刃を突きつけた。

 

『演習終了、敵艦隊撃破。戦果、戦艦十二、空母八、巡洋艦二十二、駆逐艦六十六、殲滅完了。所要時間、五十六分』

 

 報告が通信で送られてくると、全員の顔が歪む。

 

「演習続行します! 昨日より三分も遅い! 扶桑! 主砲弾の外れが多すぎる! 照準から発砲まではそのままで!」

 

「はい! 吹雪さん!」

 

「赤城! 制空権の確保は後二分は縮めなさい!」

 

「はい! すみません!」

 

「瑞鳳! 空中管制機の発艦から情報把握までは遅すぎる! 五分以内でおさめなさい!」

 

「ごめんなさい!」

 

「川内! 突撃が大周り過ぎる! 鋭角的に切り込め!」

 

「解った!!」

 

「駆逐艦は移動速度が遅い! 私達の最大の武器は速力と小回りです! もっと素早く照準! さらに突撃しての近接戦闘まで後二分は縮められる!」

 

「了解!」

 

 全員へと訓示を行った後、吹雪は自分の顔面を一発と殴った。

 

 まだまだ自分も甘い。もっと鋭く、もっと速く切り込める。指示も遅い、周りがまだ見えていない。

 

 旗艦なのだから、自分の戦闘と並列に指示を出せて当たり前だ。少なくともあの提督代行ならばやる。

 

「続けて演習再開! 次は三個艦隊に対する防衛戦! 目標は鎮守府への侵攻で私たちが防衛! 全員! 頭の中を入れ替えなさい!」

 

「はい!!」

 

「では始め!」

 

 吹雪の怒声が、鎮守府の近海を揺らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうですかと質問され、テラとルリは返答に困った。

 

 徹底的な訓練と、地獄のような演習の果て。全員の技量は均一になると考えていたのだが。

 

 どうにも、吹雪だけが突出してないか。

 

「・・・・・・おまえ、しばらく訓練中止」

 

「えええ!?」

 

「元々の実力が違うんだから、おまえが参加したら他の艦娘の技量が伸びない」

 

「提督ぅ」

 

 泣いてすがりつく彼女に、テラは『そうは言ってもな』と口の中で言葉を転がした。

 

 辛うじて、暁達が四人一組ならば吹雪と同程度の実力を発揮できるか。いやそもそもだ、駆逐艦の攻撃のほうが大和よりも高い威力を誇っているのは、おかしくはないだろうか。

 

 扶桑と長門と大和。戦艦娘の攻撃力を比べたら、扶桑が他の二人の倍以上の攻撃力を発揮しているのは、数値の見間違いか。命中率も他の二人より五パーセントも高いのは何故か。

 

「テラさん、これは元々の実力の差がそのまま出ていますね。同じ訓練をしているのだから当たり前といえば当たり前ですが」

 

「ん~~となると、別メニューで艦隊戦だけ一日の終わりにやらせる?」

 

「それだと連携訓練が甘くなりませんか? 午前中は個人訓練、午後は艦隊訓練で分けて見ては?」

 

「じゃ、そうしようか」

 

 ルリの意見をテラが採用して、次の日からの訓練が組まれることになった。

 

 なったのだが、凝り性のルリと、それを十全に拡大発展するバッタ達に手によって、個別メニューはそのままの意味で組まれて全員に配信されることになった。

 

 一人一人のデータを基にした、個人の弱点を徹底的に鍛えながらも、長所を伸ばすようにメニューを考える。

 

 砲撃、雷撃、航空機、移動、あるいは体術。

 

『ピ』

 

 自信満々にバッタ達が持ってきた内容に、テラは一瞬だけ絶句してルリへとデータを流す。

 

「いいでしょう。これでやりなさい。資材はいくら使っても構いません。テラさんに相応しい一騎当千の艦娘を作り上げなさい」

 

『ピ 御意、我らが巫女』

 

「え、ちょっと待って」

 

 話が予想外なところに向かってないですか、とテラは止めようとしてあることを思いついて止めた。

 

「ルリちゃん、じゃ後はお願いしていい?」

 

「はい、どうぞ。大淀もそろそろ休憩から戻ってくるので、事務仕事はしますね」

 

「じゃ、俺は訓練を見てくるよ」

 

 気楽な笑顔で告げるテラに、ルリは何故か嫌な予感がした。何かこう、やらかしそうな気配がするのだが。

 

 しかし、だ。今の鎮守府で何が起きても対処できる。『サイレント騎士団』も全軍がいるから、ちょっとやそっとのことでは揺るがない。

 

 ならば大丈夫だろうとルリは考えて、テラを送り出した。一人ではなく吹雪を連れて行ったのは、散歩のお供のためだろうと考えて。

 

 間違いだったと気づくのは、後になってからだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悪だくみしないか。

 

 吹雪と、それと工廠でバッタ達に技術を教えられていた明石は、テラにそう言われて困惑した顔を向けた。

 

「何の話ですか、提督?」

 

 まだ二週間の付き合いだが、この提督がブッ飛んでいるのは明石もよく知っている。そんな彼が悪だくみというのだから、きっととんでもないことだろう。

 

 一方、吹雪は嬉しそうに何度も頷いている。訓練を中止されたのが、よほど堪えたらしい。

 

「いやな、俺も艤装が使えるじゃん。で、艤装が使える以上は、強いものって憧れるわけでな」

 

「はぁ」

 

「で、だ。艤装が何処まで強くなるか、あるいはどの程度のデータが使えるか試したいわけさ」

 

 明石はそこで『ピン』と来た。

 

 なるほど、これは悪だくみだ。他の誰にも話せない内容で、しかも他の誰にも渡したくない話だ。

 

「明石も技術を学んでいるけど、学んだだけじゃ嫌だろ? 『使ってみたい』と思わないか?」

 

「提督。はい、使いたいです」

 

「だから、機会をやるよ。どうだ?」

 

「乗ります」

 

 ニヤリと笑うテラに、明石も同じくニヤリと笑い、二人はがっしりと手を握り合った。

 

「私もです」

 

「もちろんだ、吹雪。というわけで、明石。俺と吹雪の艤装、作れるよな?」

 

「はい」

 

 三人がにやりと笑い、近場にいたバッタや妖精たちも、何故か同じ黒い笑みを浮かべ始める。

 

「いいぞ、皆、解ってきたな。で、だ。ここに『アルカディア』と『絶戦艦級』といった軍艦のデータがある」

 

 スッとテラが懐から取り出したデータ・ファイルには、『極秘』と文字が書いてあったが、誰もが気にしない。

 

 機密データ、なにそれ美味しいの。むしろ、その機密情報を扱っているトップがテラなので、彼がどう使おうが誰もが文句を言えない。

 

 あのルリでさえ。

 

「で、他にもあらゆる世界で作られている軍事関係のデータがある」

 

 『門外不出』と書いてあるデータ・ファイルが、再びテラの懐から出てくる。

 

 普通の国家だったら、『機密情報の漏えい』で極刑になってもおかしくはないのだが、残念ながら彼がトップだ。

 

「さらにだ。これが『とある帝国』のデータだ」

 

 『最重要機密・持ち出しには許可が必要』なデータ・ファイルだが、その銀河帝国の最高権力者は、残念なことにこの馬鹿だ。

 

「提督! 私は何処までも提督についていきます!」

 

「私もです!」

 

 感動したように両手を合わせる明石。崇高しているような目線を向ける吹雪。二人を見ながらテラは高笑いしていたりする。

 

「フハハハハハ! これが悪だくみだよ、諸君!」

 

『ピ! よ! テラ様最高!』

 

「我らが主様!」

 

 バッタと妖精達からも拍手喝采を受けて、テラは指を天に突き出した。

 

「よぉぉし諸君! 絶対無敵な艤装を作ろうではないか!」

 

『オーーー!!!』

 

 まるで決戦のような、そんな声が響いたのでした。

 

 後に誰もが語る。

 

 これがこの鎮守府が、デッド・ラインと呼ばれるきっかけとなった、と。

 

 敵対者に必ず死を与える、その超えてはいけない一線を示す者達と呼ばれるようになった最初の馬鹿騒ぎだった。

 

 

 

 

 

 




 
 強さを求め、最高を求め、常に上を目指した者達。

 誰にも負けない力を手に入れるため。

 誰にも倒されない技術を手に入れるため。

 悪魔に魂を売ろうとして、悪魔さえとりこんだ者達。

 さあ、死を受け入れろ。



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せめて相談してからにして

 
 常識、それは人それぞれに違うものかもしれない。

 自重せよ、きっと言われて気づくのは常識人のみ。

 落ち着いて行動すること。忠告が耳に入る状態ならば、きっとこんなことはしない。

 たぶん、そんな状況です。



 

 その日、ホシノ・ルリは久しぶりに『あ、そうですか』と思考が真っ白になるのを感じた。

 

 まさか、そんなバカな。どうしてそうなったのか。普段なら疑問が浮かんで考察が始まって、結論が出て次の行動に移れるのだが、今日はまったくといっていいほど、何も浮かんでこない。

 

 目の前でブイサインしている明石とか。

 

 ガッツポーズしている吹雪とか。

 

 何より、だ。二人の前で腕を組んで高笑いしている我が主の姿とか、すべてを見ていると、もう何もかもがどうでもいいように感じられるから、とても不思議だ。

 

「バッタ」

 

 どうにかこうにか絞り出した思考の末に、言葉はゆっくりと零れ落ちた。

 

『ピ』

 

 そっと差し出されたデータ・ボードに表示された内容は、間違いなく目の前の物体が『馬鹿の暴走の結果』だと示している。

 

「テラさん、何してんですか?」

 

 やっと思考が回り始めたルリは、あまりの内容に卒倒しかけた。

 

「がんばった」

 

「特級機密情報どころか、最重要機密まで使われているじゃないですか」

 

「おう、全部やった」

 

「ちょっと待ってください。帝国の機密じゃなくて、テラさんの一族の最秘奥を使っているじゃないですか」

 

「うん、頑張った。やっぱ、最強だよな」

 

 大きく頷く彼の姿に、ルリは大いにいいたいことがあったのだが、どれもが脳裏を過ぎ去っていく。

 

 『あばよ』とかかっこよく去って行ってくれるならば、納得して理解して見送れるのに、未練がましく追い掛けてしまうのは何も言ってくれないからかもしれないが。

 

 数秒ほど迷っていたルリだったが、何とか踏ん張って意識を戻す。

 

 

「ぎ、艤装はテラさんの分と吹雪の分だけですね?」

 

「最初はそっからかなって。で、だ。ルリちゃん」

 

 瞬間、ホシノ・ルリは嫌な予感が盛大に鳴り響くのを感じた。

 

「ちょっと試運転に」

 

「却下します!」

 

 笑顔全開で親指を立てる彼に対して、彼女は初めてと言っていいくらいに遮ったのでした。

 

 その日、鎮守府の工廠の最奥に別の部屋が増築された。厳重な扉で閉鎖された場所に、ルリは大きく文字を刻む。

 

 『使用不可。大陸ごと消したい時のみ使っていいですよ』と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鎮守府の艦娘は、基本的に一人部屋。暁達のみ四人部屋。

 

 居室の内装に関してはルリやテラは口出しするつもりはなく、誰がどう飾ろうと好きにさせている。

 

 最初は困惑していた艦娘達も、徐々に染まっていって自分なりの飾りや家具を置くようになっていく。

 

 元々、配置されていたクローゼットとかが邪魔な場合は、バッタ達に相談すれば速やかに変更してくれるため、誰もが自分の居室を模様替えしたりして楽しんでいた。

 

 艦娘とはいえ女の子、元軍艦とはいえ年頃の女性。

 

 色々と思うことは多い今日この頃、特に訓練は徹底的に地獄、油断していれば死ぬんじゃないかと圧迫されるほどの恐怖、といった日々の中。

 

 訓練以外の日といわれると、全員がちょっと止まってしまう。

 

「休み?」

 

 死ぬほど疲れた訓練の後、入居してすっきりした荒潮は、個人端末の予定表を見て、ポツリと呟いた。

 

「え、明日、荒潮は休み?」

 

 隣で着替えていた陽炎が、横から彼女の端末を覗きこむ。そこには確実に『休』の文字が書かれていた。

 

「いいなぁ。私は明日、夜間訓練で、その後に長距離遠征訓練」

 

 夜から次の日の夕方までの突貫訓練。戦場に置いて時間とかこちらの予定なんて関係ないから、そろそろやってみようかで始まった訓練だ。

 

「元々、時間なんて関係なしにやっていたからね」

 

 着替え終えて藍色の浴衣を纏った吹雪が、思い出したように告げる。

 

「懐かしいよね、吹雪さん。あの頃は提督が怖くて怖くて」

 

「今では懐かしい思い出なのです」

 

 腕を組んで頷く向こう側で、電が牛乳の入ったケースを見つめている。どれを飲むかで迷っているようだが、意を決したようにケースを開けて一本を手に取る。

 

 『貴方の疲労を一撃クリアー』と書かれた、フルーツ牛乳を。

 

「バッタ達のセンスって」

 

 誰もが牛乳に書かれたラベルに、大きくため息をついた。

 

「で、荒潮は明日はどうするの?」

 

 如月の問いかけに彼女は少しだけ考え込んだ後、思い出したように告げる。

 

「そうね、お部屋をいじろうかしら?」

 

「あ、そっか。まだ荒潮達は標準だったよね。私は三日前に直したよ」

 

 得意げに語る陽炎は、個人端末に部屋の様子を映し出す。

 

「意外にシックなのね」

 

「そうかな?」

 

 画像を見ながら、それぞれが色々といい合っている姿を見つめながら、吹雪は『こういうのも楽しくていいなぁ』と思っていたりするが。

 

「でも、家具とかって何処で買うの?」

 

「オンライン・ショップ」

 

「何それ?」

 

「後はバッタ達を捕まえてカタログを見せてもらうとか」

 

 そんなことがあるのかと荒潮は納得しかけて、あのバッタたちならもっと凄いことをしていそうだと思いなおした。

 

 良くも悪くも、この鎮守府で最も驚いたのはバッタ達の対応力の高さ。それに追従する妖精達の柔軟性だ。

 

「桜色のベッドが新発売していたわよ」

 

 暁からの情報に、『え、それってどんなの』と全員が集まってオンライン・ショップのページを大型モニターに表示。

 

 脱衣所に設置されたモニターに表示されたのは、『ピンク』というより日本の桜を連想させる色合いの普通のベッド。

 

 飾りなどはついていない、シンプルな作りのタイプから、昔の王族が使っているような天蓋付きまで、次々と表示されていく。

 

「白のガラス細工が出てる」

 

 ちょっと興味が引かれた響が、別のページを表示させる。次に出てきたのは雪をイメージした白一色のベッド。寝具一体式ではなく、ベッドの上に寝具を敷くタイプのようで、布団の敷き方も映像で流れてくる。

 

「ちょっと、響、これ高いわよ?」

 

 雷が驚いて金額を示すと、彼女はゴクリと喉を鳴らして、ゆっくりと自分の端末を持ち上げる。

 

「買えないことはない」

 

「誰かこの子を止めて!」

 

 気の迷いか、それとも何か理由があるのか、無謀なことをしようとする響を全員で止めたのだが。

 

「あ、二段ベッドでタンス一体型」

 

「どれ?!」

 

「こっちはベッドの下が机とタンスみたいね」

 

「あ、可愛い」

 

 止めた全員が別々の画像に夢中になって見入ってしまい。

 

「夕食の時間だよ~って何してるの?」

 

 何時までも来ない駆逐艦達を心配した鈴谷の声で、全員がやっと夕食の時間を過ぎていたのを知ったのでした。

 

 その後、荒潮はバッタ達と相談して自分の居室を模様替え。

 

「桜色?」

 

「桜並木みたいでしょう?」

 

 後日、彼女の部屋にお邪魔した艦娘は、彼女のこだわりの深さを知るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 艦隊は一路を進む。

 

 編成は、長門、扶桑、大和、赤城、加賀、夕張。なんだか、消費資材が怖い編成なのだが、今回はどうしてもこの編成をやるしかなかった。

 

「新型機関の調整は上々だね」

 

 艦隊の最後尾から全員の機動を見ながら、夕張は手に持ったデータボードを入力していく。

 

「電磁推進との調整がまだまだ甘いという話だったが、これはこれで十分じゃないのか?」

 

 長門が振り返って告げるのだが、夕張は首を振る。

 

「出力的にはまだまだ上がるから、速力よりも小回りが利くようになるって話だからね」

 

「回避率が上がる、というわけですね」 

 

 扶桑が小さく体を動かして様子を見る中、大和も見習おうとして僅かに姿勢が揺れた。

 

「微妙にバランスが取り辛いですね」

 

「うん、そこが調整が甘い部分なんだよね。ほら、大型艦になるほど艤装の重さが増すから、バランスが崩れるみたい」

 

「駆逐艦や巡洋艦は大丈夫と?」

 

 大和の質問に対して夕張は、データボードに視線を落としてから溜息交じりに告げる。

 

「吹雪さん仕込みだから」

 

 全員が、『ああ』と納得してしまう。同じ体格くらいならば、彼女の教導で意地でも慣れさせる。無理やりにでも、巡洋艦クラスならば『やれ』でやってしまう。

 

 怖くて恐ろしくて、でもこういった時にはとても頼りになる鎮守府の最古参だった。

 

「赤城と加賀の方は?」

 

 怖くなって夕張は話題を変えた。

 

「新型艦載機は順調ですよ」

 

「瑞鳳さんに遅れていますが」

 

 上空を『F-14』が舞い上がっていく。

 

 瑞鳳は初日に飛ばせたのだが、赤城と加賀は手こずった。元々、第二次世界大戦の空母が、初見で音速ジェット機を扱えるほうが異常なのだが。

 

 彼女が飛ばせるのだから、出来て当たり前の雰囲気があったので、赤城と加賀は悔しく思ってしまうらしい。

 

「瑞鳳は、特殊だから」

 

 苦笑しながら夕張は告げる。

 

 今頃、空中管制機や空中給油機とかを訓練している、小さな軽空母の皮をかぶった何かは、かなり特殊な存在なのだろう。

 

「二人がそれを扱えたら、次はカタパルトを新型に変えて、飛行甲板の装甲を見直すみたいだね」

 

「装甲空母ですか?」

 

「ううん、装甲じゃなくて提督代行曰く、『柔軟性の高い装甲を使うことで、爆発の威力を拡散させて、被害を少なくする』って言っていたけど」

 

 夕張もまだあまりよく解っていないようで、自信なさそうに言葉を思い出しながら伝える。

 

「うちの鎮守府は色々と規格外が多いな」

 

 溜息交じりに答える長門なのだが、その最もたるのが彼女の頭部飾りなのだが。

 

「電探の調子はどう?」

 

「良好だ。以前のようにノイズが混ざることはないが、使い慣れていないと違和感があるな」

 

 感覚的な問題かな、と夕張は小さく口の中で転がす。

 

 一方の長門は今までの電探の感触を思い出してしまい、広範囲かつ精密探査が出来る電探を少し使いづらそうだ。

 

「む、これは、現在の艦隊は私たちだけだったのではないか?」

 

「そうだけど。他のみんなは鎮守府のはずなんだけど」

 

「ではこの反応は?」

 

 怪訝な顔をする長門に、艦隊は足を止めた。

 

 夕張は速やかに鎮守府へ連絡を言える。もしかしたら、予定変更で誰かが外洋に出た可能性もある。

 

『いえ、だしてません』

 

「長門の電探に反応がありました。確かに艦娘、のようです」

 

 チラリと夕張は長門へ視線を向けると、彼女は確実だと頷く。

 

『・・・・・赤城、加賀、『F-14』に高高度偵察ユニットは搭載できますか?』

 

 少しの間があり、彼女は偵察任務を二人に伝達。

 

 鎮守府から出せないことはないが、長門の試作型電探に反応があったということは、かなりその『艦隊』は接近している。

 

 鎮守府から光速で向かったとしても、相手側に見つかる前に発見できる可能性は低い。

 

 転移とかで送れないことはないが、その場合も出現地点の『光』を見られる可能性がある。

 

 ならばここは、赤城と加賀の完熟も含めて、偵察機を送り出した方がいいと判断した。

 

「講習で習いました。できます」

 

「問題ありません」

 

『では、二人に偵察を命じます。相手側は確実に日本の艦娘でしょうから、迂闊に接触は禁止します』

 

「解りました」

 

 命令を受けて、赤城と加賀から特殊な偵察ユニットを搭載したF-14が舞い上がる。

 

 長門の電探が反応した先、その場所へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 考えてみれば、今回の任務は酷く曖昧なものだった。

 

 未確認の艦娘を発見せよ。未確認とはそもそも何だ。艦娘はすべて鎮守府に所属し、他にはドロップするか、建造するかしかない。

 

 海上をドロップ艦が進んでいるならば鎮守府を目指すはずだし、なにより妖精たちが鎮守府へ行くように艦娘に伝えるのに。

 

「敵レ級見ユ」

 

 小さな発見の知らせに、艦隊は緊張感に包まれる。

 

 見た目は駆逐艦クラスなのに、戦艦並の砲撃、空母のような艦載機を放つ、魚雷まで搭載した異常個体。

 

 前に何処かの艦隊が接触し、一隻相手に六隻が瞬時に轟沈させられたとの話を聞いたことがある。

 

「怯むな! この長門に続け!」

 

 威勢のいい声と共に駆けだす彼女。さすがビックセブンと背中を見つめた先、その長門に向けて砲弾が突き刺さった。

 

「まさかもう?! 全員警戒を・・・」

 

 回避運動を始めた霧島へ魚雷が命中、水しぶきの中に彼女の姿が消える。

 

「長門さん!? 霧島さん!?」

 

「私は大丈夫だ!」

 

 噴煙を破ってできた長門だが、決して無傷とは言えない。

 

 霧島も四つあるうちの二つの主砲が破損、速力も低下している。

 

「艦載機を!」

 

 振り返った先にいる味方空母―赤城へ視線を向けた矢先、彼女へ艦載機からの爆弾が降り注いだ。

 

「上空敵機!」

 

 遅い発見の知らせに、空母が二隻も損傷を受ける。赤城と加賀の飛行甲板破損、艦載機の発艦不可能。

 

 届いた報告に、彼女は唇をかみしめる。

 

 自分の今の艤装は対潜装備。とてもレ級相手に戦えるものではない、残る手段はと考える彼女の頭上、黒い物体がゆっくりと落ちてきた。

 

「五十鈴!!」

 

 ハッとして顔を上げた。落ちてくる砲弾は、ゆっくりとスローモーションのように、自分へと向かってくる。

 

 遠くで仲間が何か叫んでいる。自分の耳はそれを聞いているはずなのに、頭に入ってこない。

 

 『あ、私はここで沈むんだ』。漠然とそんなことを考えている視界の中、砲弾は空中で何かに破裂させられた。

 

「え?」

 

「助太刀御免!!」

 

 聞き覚えのある声と同時に、五十鈴の隣に見覚えのある顔が並ぶ。

 

「長門、さん?」

 

「無事だったか? 後は任せろ! そっちの長門もよく見ておけよ! これがビックセブンの力だ!」

 

 誇るように、見慣れぬ『三連装』の主砲を振りかざした彼女は、まるで雷鳴のような砲撃を行った。

 

 

 

 

 

 




 
 出会うことは、いいことなのかもしれない。

 悪いことじゃないと思いたい。

 でも、世の中ってものはいいことばかりじゃないから。

 吉兆だといいなと思う。





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責任の所在

 

 かつて、あの人は私たちに言いました。

 『生きて戻れ、仲間を裏切るな、自らの魂に背くな』と。

 いい人ですよ、とても。

 優しい人だともいえます。

 けれど、常識人だったかは、そうですね。

 まず間違いなく、違いますね。






 

 

 間違ってはいなかったのだろうか。

 

 静かに長門は自問していた。

 

「ごめんなさい、助かったわ」

 

「あ、ああ」

 

 声をかけられ、顔を上げる。真新しい病室にいるのは、六人の艦娘達。見たことある顔もいれば、見たことない顔もいる。

 

 長門、霧島、赤城、加賀、五十鈴、高雄。

 

 六隻中四隻は見たことあるのに、まったく同じ顔をしているのに、だ。『別人だ』と思える。

 

「この鎮守府の提督はどのような方だ?」

 

「こんなところに鎮守府があるなんて、データにありませんでした」

 

 長門と霧島の問いかけに、彼女は小さくそうなのかと問いかけそうになって、口を閉ざした。

 

「順調に回復したようですね」

 

 病室のドアを開けて、提督代行ホシノ・ルリが入ってきた。

 

「長門、お疲れ様です。後は任せて貴方も補給と休憩を」

 

「はい」

 

 呼びかけに、『あちらの長門』は反応しなかった。同じ名前でも、誰が呼んだか理解して反応しているのだろうか。

 

 どちらにしろ、『自分が呼ばれた』と認識できた長門は、ゆっくりと病室から廊下へと出て行った。

 

「初めまして、私はこの鎮守府の提督代行をしている、ホシノ・ルリです」

 

 背後で彼女の自己紹介を聞きながら、長門は思い出していた。

 

 足を動かしながら、別の場所へ向かいながら。

 

 あの時のことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの時、赤城と加賀から飛び立ったF-14の偵察部隊は、速やかに艦娘達を捕捉していた。

 

「長門、霧島、赤城、加賀、五十鈴、高雄の六隻編成ですね」

 

 偵察機から送られた画像は、赤城が空中に表示。

 

 艦娘の艤装ではなく、ブレスレット型の通信端末からの空中投影だ。鮮明な画像の中に映る艦娘達の姿に、一瞬の戸惑いが浮かぶ。

 

「同じ顔なのだが、違うと思えるが」

 

「そりゃそうでしょう。あっちの長門はこっちと違って二連装主砲だから」

 

 夕張が興味深そうに画像を見ていたが、すぐに視線を反らしてきた。

 

「旧式もいいとこね。連装砲っていっても、もう少し改造してもいいのに」

 

「バッタ達がいないからでは?」

 

 赤城からの苦笑交じりの言葉に、誰もが脳裏に『やりますよ~~』と飛び交うバッタ達を浮かべた。

 

「うちの鎮守府って本当に規格外が多いですよね」

 

 ちょっと呆れている大和に、誰もが頷いていたりするが。

 

「無駄話はそこまでにしましょう、相手側を確認しましたが」

 

 加賀が話を元に戻す。

 

 偵察は完了した、相手は確認できた。となると、残るは『どう対処するか』なのだが。

 

 ここで議論していても仕方がない、と長門が通信を入れようとしたときだった。

 

「別の反応が接近中?」

 

 レーダーに別の機影。反応したのは偵察機の長距離レーダー、ということはこちら側ではなく、あの艦隊の進行方向に別の艦隊がいるということか。

 

「複数の艦娘が動いているのか?」

 

 長門の懸念に対して、扶桑は小さく首を傾げた。

 

「何かを探しているのかしら? 赤城、加賀、詳細が解りますか?」

 

「少し待ってください」

 

「偵察機の一機を向かわせます」

 

 二人からの指示にF-14が二機、艦娘の艦隊から離れて別の反応へと偵察行動を行う。

 

 しばらくして画像が届いた。

 

「レ級ね。ノーマルというところかしら?」

 

「レ級かぁ。最初は苦労したんだよね」

 

 扶桑の言葉に対して、夕張は昔を懐かしむように頷く。

 

 あの頃、もう無茶苦茶な提督についていった頃の突撃話。相手がレ級だったのだが、見た目から『駆逐艦かな?』で突撃していって、弾幕と魚雷と航空機の襲撃で泣きながら退避した。

 

 そして、その後に吹雪と提督の突撃で沈められて、暁達に蹂躙されて海に消えていった。

 

 『え、嘘、なんで?』とか思ったのを覚えている。

 

「レ級とはまだ戦ったことはないが」

 

「姫級よりも強いのでしょうか?」

 

 長門と大和の疑問に対して、夕張は別のデータを空中に表示させる。

 

「鬼級よりも下だけど、フラッグシップやエリートよりも上だね」

 

「今更なのですが、こういった『評価表』はうちの鎮守府独特のものですよね」

 

 夕張達が普通に見ている『誰がいくら』の表示に対して、赤城はちょっと困ったような呆れたような顔をしていた。

 

「そういうものか。レ級と、この艦隊ならば問題ないだろう。引き続き偵察しながら提督代行の判断に任せよう」

 

「試験もやらないといけないからね」

 

 長門はそう結論を出し、夕張も自分達の役目を言いだしたので、誰からも反論は上がらなかった。

 

 では、続きを、というところで。画像が信じられないものを運んできた。

 

「少し待って。中破?」

 

「な?!」

 

 加賀の報告に、全員が再び画像を見入る。

 

 そこには長門と霧島が中破、赤城や加賀にも航空機が迫っている危機的状況が映っていた。

 

「馬鹿な、レ級の強さはそれほどなのか?」

 

「待って待って! そんなに強いことなかったような」

 

 疑問を投げる長門に対して、夕張は否定を浮かべる。

 

「ええ、確かにそんなに強かった記憶はないのだけれど。待って、この艦隊は、本気で戦っているの?」

 

 扶桑の指摘に、戦場なのだから本気ではないかと誰かがいいかけた矢先、明確な否定が叩きつけられた。

 

 砲弾は明らかに予想できる弾道だったのに、誰もが回避していない。

 

 魚雷が迫るが、回避行動をしていない。

 

 航空機に対しての警戒も疎かだ。

 

 なんだこの低レベルは。誰ともなく呟いた言葉に、全員が蒼白になった。

 

 これでは勝てない。全員、轟沈させられる。

 

「急いで向かえば、間に合います」

 

 赤城が動き出しかけたが、長門の足は止まったままだ。

 

「しかし、提督代行は『慎重に』と」

 

「そうだけど」

 

 彼女の言葉に、夕張はどちらもととれない言葉をこぼす。

 

 どうするべきか。どうしなければいけないか。六人の思考が延々と巡る。

 

「とにかく、報告を」

 

 長門が通信を入れる。状況を詳細に説明することなく、結論から伝えた後に相手は黙った。

 

「提督代行」

 

 呼びかけに、映像の中の彼女は無言を通す。

 

「指示を。私達はどうすればいいですか?」

 

『・・・・はぁ。貴方達は本当に純粋で真っ直ぐですね』

 

「え?」 

 

 予想もしていなかった返答に、誰もがとても間抜けな顔をしていた。

 

 後にルリは、この時のことをそう言って面白がったという。

 

『どうすれば? 貴方達はどうしたいですか?』

 

「私達は・・・・」

 

 言葉に詰まった。誰もが次を言えず、固まってしまう。

 

 助けたい、仲間が危機に落ちいっているならば、助けたい。しかし、だ。今の鎮守府の状況は、決して気楽に助れるものではない。

 

 民間人がいる、日本から追われているかもしれない。あの艦娘達を助けるということは、こちらの鎮守府の位置を日本に教えるようなもの。

 

 となると、相手側はこちらを取り込もうとするだろう。技術を吸い取るかもしれない。もしかして、提督や提督代行に無理やりな命令を。

 

『全員、傾注』

 

 静かな声色だったのに、有無を言わせない迫力があった。

 

『貴方達は提督の命令に背くと? 反逆するということですか?』

 

 何の話だ。そんなつもりはないと誰もが言い掛けたが、それは提督代行が遮った。

 

『提督の絶対命令は三つありました。死ぬな、それと他の二つは?』

 

「あ・・・仲間を裏切るな。自らの魂に背くな」

 

『解っているならば、『どうしたいか』と私に質問することはないはずです。長門、扶桑、大和、赤城、加賀、夕張。貴方達は『仲間を裏切って、やりたいと言っている魂の言葉を無視する』命令違反者ですか?』

 

 瞬間、弾かれたように六人は飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自己紹介を終えたルリは、全員の顔をゆっくりと見回した。

 

 見たことある顔が四つ、しかし『自分達の艦娘ではない』と認識できる。きっと妖精たちが何かしたか、それとも同じ艦娘でも微妙に魂や姿形が違うのだろうか。

 

「初めまして。私たちは横須賀鎮守府所属の艦隊だ。貴君は提督代行と名乗られたが、階級や所属はどちらか?」

 

 丁寧な返答に、ルリは長門へと顔を向けた。

 

 やはり、こちらの長門とは違う。凛とした雰囲気は同じだが、自信と揺るぎない信念を感じる。

 

 こちらの長門もこういう風に育ってくれたならば、とてもいい人材になるのだが。今のままでは、『最後には指示を仰がないと』と型にハマった考え方になってしまう。

 

 どうしたものか。

 

「すみませんが、階級はありません」

 

 マルチタスク万歳。余所事を考えていても、相手に合わせられるのは便利だ。

 

「階級がない? ではこの鎮守府はいったい?」

 

「ここは破棄された鎮守府なので。私と提督は、ここに流れ着いて偶然に艦娘と出会って、以後はここを仮拠点として活動しています」

 

 嘘はついていないが、真実を語っていない。

 

 ルリは所属を答えていないが、相手の長門は『階級がないならば所属もないだろう』と思いこんで話を進めている。

 

「そうなのか。なるほど。では、最近になって噂になっている艦娘達は貴君たちのところの?」

 

「噂を知らないので何とも答えられませんが。こちらの艦娘達が近海で動いていますが、何かご迷惑を?」

 

「いや、そうではない。むしろ、感謝したいくらいだ」

 

 小さく探りを入れたのだが、相手は無警戒に答えてくれる。

 

 本当に艦娘は純粋培養の箱入り娘しかいないのだろうか。

 

「感謝ですか?」

 

 知らぬ顔でルリは首を傾げた。

 

「ああ、貴君たちが動いてくれたおかげで、深海棲艦に打撃を与えられた。こちら側の補給路もどうにか再建出来るようになった」

 

「それはそれは。勝手に動いていたことが、いい方向に向いたようですね」

 

「ありがとうと言わせてもらおう」

 

 素直に礼を言ってくる長門に対して、ルリは『どういたしまして』と答えながらも、彼女達の純粋さに呆れていた。

 

 土地の無断借用、武器の無断使用、艦娘達の無断運用に艦隊行動、漁業権とか領海を無視した資材の無断取得、味方航路への妨害、等など。

 

 軽く考えただけでも三十くらいの犯罪をしているのだが、彼女達は解っていないのだろうか。

 

 もちろん、これはルリ達が知っている『銀河帝国法』に照らした結果なので、今の日本の法律とは異なる部分もあるだろうが。

 

 自国の領地や領海を無断で占有している時点で、確実に犯罪者になってくるのは間違いないはずなのに。

 

 彼女はお礼を言うと。

 

 軽くルリはめまいがしてきた。こんな艦娘達を相手に、謀略戦をしないといけないとは。罪深いことをしている自覚はあるので、さらに罪悪感が膨れ上がってしまう。

 

 せめて日本の軍人や政治家は、もっと『腹黒い』といいな、とルリは小さく祈った。腹黒くて卑しく動いてくれるならば、こちらも遠慮なく叩き潰せるのだから。

 

「助けてもらった上に申し訳ないが、帰りの燃料や弾薬ももらえないだろうか?」

 

「いいですよ。元々、そのつもりなので。その変わり、ここのことは黙っていていただけると嬉しいのですが」

 

 ダメ元でお願いしてみるが、長門は『申し訳ない』と首を振った。

 

「私達の任務は君たちの捜索だ。発見したことを報告しないわけにはいかない」

 

「解りました。ならば、そちらの代表との会談の約束をお願いします。私達も単独で動くのはそろそろ限界かなぁと思っていたところですので」

 

「それは勿論だ。こちらこそお願いしたい」

 

 笑顔で同意を示す長門に対して、ルリも微笑んで答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もうしばらく静養してくださいと伝えて退出したルリは、廊下の中ほどで立ち止まっている長門の背中を見つけた。

 

 彼女の先には、赤城、加賀、扶桑、大和、夕張がいて。

 

「何をしているんですか? 補給と整備は? 休息も大切な任務ですよ」

 

「いや、提督代行、私達は、その」

 

 振り返った長門は、とても泣きそうな顔をしていた。

 

 一瞬、ルリは何があったと思考を回して情報を脳裏に流す。最近にあったことで長門達が気にするようなことは。

 

 色々と考えながらも、ルリは足を止めることなく長門達に近づいていく。

 

「今回の件、本当に申し訳が」

 

「馬鹿」

 

 頭を下げてきた長門に対して、ルリは彼女の頭部にチョップを一発。

 

「な?! 提督代行!」

 

「馬鹿なことを言ってないで、補給と修復を。休息しながらレポートの提出をしなさい。夕張、データは後でバッタ達に渡しておきなさい。赤城と加賀は偵察ユニットの使用に関してのレポートも追加で出します」

 

「提督代行!」

 

 指示を出しながら、ルリは全員を置き去りにするように歩き続け、悲鳴のような叫び声に振り返った。

 

「なんですか?」

 

「その、私たちが彼女たちを助けたから、今回の一件は」

 

「はぁ? 言いたいことをきちんと纏めてから言いなさい。支離滅裂な言葉を聞いている暇は、私にはありませんよ」

 

「鎮守府に不利益になるようなことをした責任を、とりたいと思います」

 

 直立して真っ直ぐに言った夕張に習い、他の五人も姿勢を伸ばして真っ直ぐに見詰めてくる。

 

 ルリはそんな彼女たちを見つめ、小さく眼を細めた。

 

「提督の命令に背く、と?」

 

「いいえ。違います。しかし、だからと言って」

 

調子に乗るなよ、小娘ども

 

 冷たく鋭い声が、空気を切り裂いた。

 

「責任? 不利益? そんなことを考えろと、誰が言いました? 私ですか? 提督ですか? 誰も言っていないことを、貴方達がやろうとしていること事態が提督に対して不敬です」

 

「しかし!」

 

「そもそも、貴方達の行動に責任があると? いいえ、ありません。貴方達の行動の責任はすべて私と提督にあります。貴方達に追うべき責任など、一切ない」

 

 切り捨てるように言い放ち、ルリは背を向ける。

 

「知らない子もいるようなので、言っておきます。貴方達は、『私と提督の背を追ってくれば』いい。責任なんてものは背負う必要はない。不利益なんてもの考えなくていい」

 

 言葉を止めて、ルリは再び体を全員に向けた。

 

「貴方達は貴方達のしたいように生きなさい。そのために必要なものは私と提督がすべて揃えます。国家の介入? 世間の常識? そんなものを考えることは必要ありません。いいですね? もう一度だけ提督からの絶対命令を伝えます。『死ぬな、仲間を裏切るな、自らの魂に背くな』以上です。貴方達が気にすることは、この三つだけ。他の『あらゆること』は私と提督の役目です。貴方達には分けてあげませんので」

 

 小さく舌を出して、ルリは悪戯っぽく笑った。

 

「責任は私とテラさんの特権です。ねだっても絶対にあげませんからね。以上、解ったならばさっさと解散」

 

 事務処理がまだあるので、とルリは言い置いてその場を立ち去った。

 

 遠ざかっていく背中を見つめて、長門は小さく呟いた。

 

「責任は提督代行や提督の特権か。私たちにはくれないものか」

 

 それじゃ、仕方がないな。と誰ともなく呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 譲れないものがあるからこそ、絶対に退けない一線はある。

 

 艦隊が鎮守府を離れ、しばらくしてから海軍軍令部からの使者が来た。

 

「ようこそ、我が鎮守府へ」

 

「貴君たちが、奇跡の鎮守府の提督と提督代行か?」

 

 初老の男はテラとルリを見ながらそう言った。

 

「テラ・エーテルです。提督してます」

 

「ホシノ・ルリです。提督代行を務めています」

 

 自己紹介を受けて、男は敬礼をしながら答える。

 

「日本国海軍軍令部総長、『東堂・重蔵』だ」

 

 眼光の鋭い男は、そう告げた。

 

 

 

 

 




 

 提督代行は、怖い人だ。怖くて怖くて、甘えてしまうほどだ。

 提督は、とても厳しい人だ。自分達の生き方を、『生きる方法』は教えてくれるのに、『選ぶ方法』は教えてくれない。

 二人は、厳しくて怖い人達だった。

 傍にいたら確実に甘えて寄りかかってしまう。だからこそ、自分を律して追いかけないと置いて行かれる。

 あの背中が遠ざかったら、二度と会えない気がするからな。





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喜劇と悲劇、好きな方を選べ

 

 人生の転換期っていうのは、稀にあるものじゃない。

 どんなに頑張ってもそれに出会えない奴もいれば、何度も何度もそれに出会うやつもいる。

 理不尽だよな、運命ってやつは。

 けどな、こんな馬鹿げた転換期を持ってくる奴なら、俺は願い下げだね。

 何でだって?

 だってそうだろ、あいつはあの瞬間にな。





 

 

 執務室には静かな緊張感が漂っていた。

 

 軍令部からの来客を迎えて、応接室に通してお茶菓子を用意して。持ってきた吹雪が僅かに軍令部の軍人たちを睨みつけたように見えたが、気のせいとしておこう。

 

 廊下のところに、無許可で艤装を纏っている艦娘がいるようだが、見ないようにしよう。

 

 誰もが心配症で命令違反上等。いや、この場合、仲間を裏切らないや魂に背いてない時点で、命令をきちんと遂行していると判断するべきか。  

 

 色々と頭痛がしてくるルリだったが、表に出すことなく対面に座っている軍人たちを見つめた。

 

「まずは、鎮守府を再建してくれたこと。航路上の深海棲艦を討伐してくれたことに礼を言いたい」

 

「いえ、当然のことをしただけですので」

 

 緊張感など知らない顔で話しだした東堂総長に対して、テラはのんびりと答えていた。

 

「壊滅した鎮守府の再建は骨が折れただろう? 艦娘もあそこまで育て上げるとは。その手腕だが、マニュアル化して各地の鎮守府に配りたいものだ」

 

「自分は何もしていません。艦娘達が努力した結果です」

 

 褒め言葉を重ねた相手に対して、テラは事実を話すことはしない。話したとしても信じられない、といったほうが正しいかもしれないが。

 

「謙遜しなくてもよい。軍人の訓練を受けていない貴君らが、ここまで見事にやれたのだ。見事といってもいい」

 

「ではありがたく」

 

 東堂の言葉に、テラは素直に小さく頭を下げる。

 

 それに満足したのか、東堂の左右にいる参謀たちが頷いていた。

 

 茶番かな、とルリは思う。

 

 軍令部としては新興の鎮守府の業績を認めたくない、と感じる。認めてしまったら、今まで軍令部や他の鎮守府が行っていたことすべてが、否定されるに等しいから。

 

 面子もあるのだろう。軍人とは面子を重んじる種族らしいので。

 

 銀河帝国の軍人には当てはまらないだろうが。

 

「さて、本題に入らせてもらう」

 

 ほら来た、とルリは内心で溜息をつく。最初にこちらを認めて気分を良くしておいて、後の交渉の前に好印象を与えておけば、大抵の条件は飲むと思いこんでいる。

 

 馬鹿馬鹿しいにも程がある、そんな程度でこちら側がなびくと本気で考えているのか。

 

「貴君らの鎮守府だが、これから先どうするつもりだ?」

 

「どう、とは?」

 

「我が軍令部の配下に入るのか、それとも単独で動くのか?」

 

 やはり、そこに来たか。

 

 相手側の詳しい情報は、すでにオラクル経由で受けている。各地の鎮守府の練度は高いものがあるが、海域侵攻まで一歩及ばずといったところ。

 

 また資材に関しても軍部へ優先的に回しているため、一般市民への物資の供給が滞り始めている。

 

 島国である日本は外洋を封鎖されただけで、経済が停滞する危険性さえある。それなのに、今は深海棲艦によって外洋に出れずにいる。

 

 内陸部による生産だけで回せるほど、日本という国は軽くはない。

 

「貴君らのような心強い鎮守府が参加してくれるならば、こちらとしても大いに助かるのだが」

 

 また褒め言葉か。徹底的に褒めて煽てて、その上で参加にしてしまえば後は軍令部の好きに出来るか。

 

 艤装のデータは与えてないが、主砲については情報を得ているかもしれない。

 

 赤城達の航空機は高高度からの偵察で、相手側に見つかってはいないだろうが、三連装主砲は外見データや砲弾の威力から、口径を割り出しているかもしれない。

 

 いや航空機も見られていると考えるべきか。

 

 ルリが色々と思考を巡らせる中、テラはにこりとした笑顔のまま、別の話題を口にした。

 

「一ついいですか、東堂総長?」

 

「何かな?」

 

 不躾な質問に、左右の参謀たちの表情が変わるのだが、テラは無視したまま話を通す。

 

「軍とは、何ですか?」

 

「意味が解らないが」

 

「軍人があるのは国家を護り、人民を護るため。違いますか?」

 

「その通りだ。それがどうしたというのだ?」

 

「じゃ、『作戦に邪魔だから民間人を見捨てたこと』はどう説明しますか?」

 

 二コリとした笑顔のまま鋭く切り込んだテラの言葉に、東堂達の表情が固まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『貴様、何を言っている』

 

 参謀の一人が怒りをあらわにして立ち上がる。その姿に、思わず長門は拳を握ってしまう。

 

 もし、あいつらが提督と提督代行に何かしたら、どんな状況だろうと関係ない。艤装を振り回して叩き潰す。

 

 決意を秘めた彼女の背後には、鎮守府の全艦娘が揃っていた。

 

 明石や間宮までいるのだから、本当に全艦娘が揃っている廊下。その一番先、扉のところには鎮守府の最古参がいる。

 

 吹雪は、通信を聞いていながらも腰の剣に手をかけてはいない。

 

 ならばまだということか。長門は拳をそっと開きながらも、内心の怒りは静めてはいない。

 

『言葉の通りの意味です。貴方達の配下の鎮守府の一つが、民間人を見捨てました。救助に行きたいといった艦娘達の進言を退けて』

 

 ギュッと赤城と加賀が唇をかみしめる。当時の苦い思い出がよみがえり、動きそうになる体を必死に止めていた。

 

『馬鹿なことを。そんなことあるわけがない』

 

 参謀の一言に、天龍と龍田が動こうとして左右から止められる。

 

「離せよ、鈴谷」

 

「離して、高雄さん」

 

 睨みつける顔を向ける二人に対して、止めに入った二人は首を振って視線をドアのところへ向けた。

 

 まだ吹雪は剣に手をかけていない。その彼女の背後に控える暁達も、まだ武器を手にしていない。

 

 まだまだ、堪えるべきだ。無言で伝えた意味に、天龍と龍田は拳を握って体を下げる。

 

『馬鹿なこと? ならば、捨てられた艦娘については?』

 

『ふざけているのか。我が海軍にそんな存在はいない』

 

 ビクッと震えたのは、暁達。あの時のことを思い出し、冷静になろうとする意識が怒りにのまれそうになった瞬間、視線の先に背中が見えた。

 

 ドアの一番近くにいる吹雪は、身構えることなく直立不動のままだ。

 

 彼女が動かないのに、自分達が動くべきじゃない。暁達は深呼吸を一つして、体の力を抜いた。

 

『本当にいませんか? 報告を受けてないと?』

 

『くどいぞ! 総長、こいつらは増長しています。早々に接収するべきです』

 

『そうです。こいつらに任せておいては貴重な戦力が浪費されます』

 

 戦力といったか。全員の思考が一致して、怒りが渦巻く。

 

 確かに自分達は戦う存在だ。元軍艦だと自覚はしているが、だからといって戦力といわれて頷けない。

 

 テラやルリは、提督と提督代行は決して自分達を戦力とは言わない。一人の生命として敬意を持って接してくれる。

 

 なのにだ。日本国防を担う海軍の、トップと呼べる存在は自分達をただの戦力として扱うか。

 

 許せない。

 

 誰もが艤装に力を込め、武器を手に持ってドアを睨みつけるのだが、視線が向いた瞬間に力が抜けてしまう。

 

 まだ、彼女は動いていない。力を込めていない。直立不動のまま、動いていない。

 

「まだ、です」

 

 小さく呟いた言葉に、誰もが否定することなく従う。

 

『何か根拠があるのかね?』

 

 東堂の問いかけは、穏やかで憤りは混じっていない。

 

『お答えできません』

 

『そら見たことか!! 戯言で我らを謀るつもりであろう!!』

 

『総長! こんな輩に任せてはおけません! 今すぐに』

 

 もう限界だ。僅かに吹雪が右手を動かし、剣の柄に触れる。

 

 瞬間、全艦娘が艤装の出力を上げる。彼女が剣を抜いた瞬間、部屋に雪崩れ込んで相手側を圧倒する。

 

『そうか。ならば私の答えはこうだ。『解った、すまないと伝えておいてくれ』だ』

 

 流れた答えを聞いて、吹雪は動かした手を戻した。

 

『確かにそんな話は聞いたことある。捨て艦と呼ばれる戦法をとった鎮守府については、把握している。民間人を見捨てたこともな』

 

 東堂は静かに語りながらも、左右にいる参謀を睨みつける。

 

『報告は受けているはずだが? 私の聞き間違えだったかな?』

 

『いえ、それは』

 

『これはその』

 

『よかろう。今回の会談はここまでにしよう。助力に感謝する。後ほど、別の機会をもうけさせてもらいたい』

 

『そちらが誠意を持ってくれるならば、いくらでもです』

 

『もちろんだ』

 

 最後の言葉が流れると、吹雪は振り返って全員を見回す。

 

「撤収。艤装を戻して各員は通常業務に戻りましょう」

 

「了解」

 

 安堵したか、それとも残念なのか。様々な表情を浮かべた艦娘達が散っていく中、吹雪はチラリとドアを振り返る。

 

「本当、提督って怖い人ですよね」

 

 小さく微笑みながら。

 

 もし、あの時、軍令部が強硬な態度に出ていたならば、艦娘が突入するより先にテラがすべてを薙ぎ払っただろう。

 

 彼は、敵意を向けられて穏やかに話せるような、そんな平和主義者ではないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東堂達を乗せた車が遠ざかる。護衛の兵士もトラック二台分に乗って戻っていく様を見つめながら、テラは大きく背伸びした。

 

「ん~~~肩が凝るなぁ」

 

「そうですね。それにしてもテラさん、よく頑張って『座っていました』ね」

 

「いやたまにはさ。提督らしいところ見せないと。書類仕事できないし」

 

 ちょっと軽く落ち込む彼に対して、少しはやらせないと不味いかもしれないとルリは思ったのでした。

 

「今度、大淀を説得してみますか」

 

「よし頑張ろう。俺も少しは成長したところを見せないと」

 

 拳を握って戻るテラの背を、微笑みながら見つめたルリは、チラリと東堂達が去っていった方を見つめた。

 

「本当に、貴方達は、予想通りの行動しかしませんね」

 

 呆れたような溜息をそっと、吐きだして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 作戦内容を説明する。

 

 目標はとある鎮守府。そこにいる提督と提督代行の抹殺。

 

 両名は海軍、いや日本にとって有害な存在でしかない。

 

 あの鎮守府にいる艦娘達は、誰もが一騎当千の強さを持っている。あの鎮守府が海軍に加わることで、我らは深海棲艦に対して反攻作戦を行えるだろう。

 

 しかし、あの鎮守府の両名が我らの配下に入ることを拒んだ。

 

 その上だ、我らの中に戦力を捨てた、あるいは民間人を見捨てた者がいると嘘を総長に吹き込んだ。

 

 総長はそれを信じてしまったようで、各地の鎮守府についての査察も検討しているらしい。

 

 これは忌々しき事態。新参者のよって我らの誇りは汚されようとしている。海軍魂を汚す愚か者たちに思い知らせやれ。

 

 内容を伝えられた隊長は、部下たちと秘密裏に鎮守府へ接近している。

 

 好都合なことに、今日は新月。その上で雲が出ており、僅かな灯りもない暗闇の中。

 

 夜目になれた特殊隊員達は、僅かな物音さえ立てることなく闇夜を突き進む。

 

『目標視認』

 

 通信機越しに部下からの声が届く。警戒さえしていないのか、歩哨さえいないことに拍子ぬけしながらも、隊長は目標へと進んだ。

 

 灯りは何処にもない。灯火管制でもしているような闇の中、あっさりと鎮守府の敷地内に入り込める。

 

『艦娘達の施設には手を出すな。工廠や港にもだ』

 

『了解』

 

『この鎮守府の技術はかなり高いらしい。無傷で手に入れろと言われている』

 

 上官からの命令に追加された部分を伝えながら、隊長は警戒を強めながら鎮守府の建物へと近づいた。

 

 誰もいない、まるで人の気配さえない建物は、闇の中にそびえ立つ。

 

 いや、待て。

 

 隊長は足を止めた。

 

 あたりは闇のはずなのに、何故に建物の輪郭がはっきりと解るのか。どういうことだ。工廠や艦娘達の住居まではっきりと見える。

 

『全員、待て。様子がおかしい』

 

『こちら、変化なし』

 

『こちらも問題ありません』

 

 部下からの報告に異常はない。気のせいかと思って足を進めた隊長の耳に、聞きなれない声が響いた。

 

『ええ、変化はありません。全員、地獄に落ちました』

 

 誰だ。何の話だ。周りを見回すように首を振る。闇ばかりで何も見えない空間の中で、『自分一人が立っている』ことに気づく。

 

『はい、こちらも問題ありません。全員、いい音色を奏でています』

 

「誰だ?!」

 

 思わず大声で怒鳴ってしまい、隊長は慌てて口を抑えてその場を走りだす。

 

 作戦失敗、敵はこちらに気づいていた。だが、どうやって。警戒などされていなかった。歩哨もない、警報装置もなかった。

 

 なのにどうやって。

 

「貴方達を察知した方法ですか?」

 

「ひ?!」

 

 滑りと何かが足に絡みついた。

 

 何がと見下ろす先、半分ほど溶けた『人間だった者』が見つめてくる。

 

「科学側の方法ですか? それとも科学以外の? どちらにしても、貴方達は私達の敵としては不合格といったところでしょうか?」

 

 声は何処からか響いてくるが、隊長は気にしてはいられなかった。

 

 視界の中には様々な『もの』がいた。

 

 ゾンビ、スケルトン、スライム、鬼、首なしの騎士。青い炎を纏った騎兵。

 

 おおよそ妖怪や魔物といった存在すべてが、自分を見つめている。

 

「ようこそ、我らが地獄の沼へ。先に逝ったお仲間が待っていますよ」

 

「や、止め・・・・・」

 

「敵対した者には容赦しないことにしているので」

 

 隊長は、最後まで言い切ることなく闇に沈んでいった。

 

「ルリより総員へ。作戦終了、続いて第二作戦へ」

 

『了解、我らが巫女』

 

 闇に蠢く何かは、そう告げて消えていった。

 

 後には月の光と夜の外灯が照らす、穏やかな鎮守府の夜のみが残った。

 

 その日、何名かの軍人たちの眼前に手紙が届けられた。

 

 ご丁寧に執務机に短刀で縫いつけられた手紙には、小さな一文があった。

 

 『言葉には言葉で、暴力には暴力で対応しよう』と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 相沢・宗吾は、縁側でテラの話を聞いていた。

 

「ついに来たか。俺たちのこと言っても良かったんだぞ」

 

「ええ? いや必要ないですよ。宗吾さん達は俺が保護するって決めたんですから、それなのに交渉に使うなんて。どんだけ俺がヘタレなんだって話でしょう?」

 

 そういうものだろうかと宗吾は感じたのだが、違うだろうと自分に突っ込みを入れる。

 

「しかしなぁ。また来るんじゃないか?」

 

「その時はまた訊きますよ」

 

 にっこりと笑いながら、テラは軽やかに告げた。

 

「『悲劇と喜劇、どちらか好きな方を選べ』ってね」

 

「脅し文句じゃねぇか」

 

「え? 俺の世界じゃ日常の挨拶ですけど」

 

 きょとんとした顔で告げるテラに、絶対に違うだろうと思ったという。

 

 後日ルリに聞いた時、『日常的な挨拶ですね』と返されて、宗吾は確信したのだった。

 

 あの二人は絶対に別の世界から来た、と。

 

 

 

 




 

 あの瞬間にな、あいつは個人が国家を敗北させられるって思い知らせたんだよ。

 本当に情け容赦なくな。今でも襲撃に来た隊員達は、夜になるとうなされるらしいぜ。

 これだけやって死人を出さなかったなんてな。

 本当に、大した連中だったよ。

 冗談に命をかけるほど、馬鹿だったけどな。





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勘違いって素敵

 
 もしも、という話をするのなら、最初のもしもはあの時でしょう。

 もしも、私たちがあの人に会うことがなければ、世界が混乱することもなかったのでしょう。

 けれど、あの人達に会わなかった私たちがどうなったかは、よく知っているのではなくて?

 ええ、そうね。その通りよ。





 

 テラ・エーテルは、一枚の通知を前に腕組みしていた。

 

 正式に日本軍の一部として受け入れられたことを意味し、同時に軍令部の傘下に入ったことを示すものなのだが。

 

 どうにも内容がおかしい気がするのだが。

 

「む」

 

 何度か読み返す。もうすでに十回は読んでいるはずなのに、内容が『いいのかな?』と疑問を感じてしまうものだ。

 

「テラさん、どうしました?」

 

「ルリちゃん、命令書ってこういうものだっけ?」

 

「はぁ?」

 

 ちょっと所用で執務室から出ていたルリは、テラが見つめる命令書に視線を通し、軽く舌打ちした。

 

「何処のどいつが考えたのか、まったく」 

 

「あ、やっぱり変だった? だよねぇ~~」

 

 そっかそっかと納得したテラは、命令書を持ち上げて歩きだす。

 

「ちょっと軍令部に殴り込みしてくる」

 

「お供します」

 

「ちょっと待ってください御二人とも!!」

 

 傍にいた大淀が慌てて止める。いくらなんでもそれは不味い、相手は日本軍のトップ。海軍だけとはいえ、そこに一鎮守府が殴りこみをかけるなんて。

 

「止めるな、大淀」

 

「そうです、いくらなんでもこの命令書はあり得ません」

 

「どんな内容だったんですか?」

 

 極秘の文字が書かれていたため、大淀は内容を知らない。そっと覗きこもうなんて考えは、彼女には最初からなかったが、ここまで二人が怒っている様子から確認しておけばよかったと後悔している。

 

「あり得ない内容だった、俺は怒りたい」 

 

「当然の結論です」

 

「ですから、待ってください」

 

 執務室を出ようとする二人の前に立ち、大淀は携帯端末を持ち上げる。

 

「邪魔するな」

 

「そうです」

 

「邪魔します。せめて、『全員の艤装装着が終わってから、全員で怒鳴りこみましょう』」

 

 大きく頷いて止める意味を口にした大淀に、テラとルリは動きだしかけた足を止めた。

 

 なるほど、道理だ。二人はそう思い、自分の装備を取り出す。

 

「では私は『あの装備』を持ってきます。吹雪にも装備させますので」

 

「よっし、ルリちゃん。ついでに俺の艤装もお願い。見てろよ、軍令部。俺に『大佐』なんて階級を送ったことを後悔させてやる」

 

「はい、私に『中佐』とかなめてるんですかね?」

 

 怒り心頭の二人はニヤリと笑っていた。

 

「軍に入ったら、三等兵からだろうが」

 

「まったくです。様式美を理解していない軍人がいたなんて」

 

「はい?」

 

 大淀、二人が言っていることが理解できずに、凍りついた。

 

 その後、艤装を纏った艦娘全員に対してテラとルリは激怒した内容を話したのだが、誰もが『え、そこ?』と思って呆れたという。 

 

 『将官でもいいんじゃない』と不意に誰かが言って、『三等兵から始まらない軍人なんてありえない』とテラとルリとの大激論になったことは、蛇足かもしれないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東堂軍令部総長は、当時のことを振り返る時に『あの馬鹿どもの話か?』と前置きを必ずしたという。

 

『だから、なんで俺が大佐? 三等兵からでしょうが』

 

「貴様は何を考えているんだ?」

 

 電話口にて、東堂は頭痛がしてくる思いを必死に抑えていた。

 

『だって、軍人は三等兵からでしょ?』

 

「まず最初に、貴様は外部協力者という扱いだ。軍人ではなく軍属だ。かといって階級がなければ、周りの鎮守府に示しがつかない。故に、一部隊を率いるに相応しい階級を用意した、理解したか?」

 

『三等兵が率いる部隊があってもいい世の中でありたい』

 

 なんだ、その壮大な思想は。

 

 喉元まで出かかった言葉をグッと飲み込む。短いやり取りだが、相手が自分とはまったく違う常識を持って、その常識を投げ捨てる馬鹿なのは推察できた。

 

 ならば、怒鳴りつけるよりは理路整然とこちらの常識を語るべきだろう。

 

 大人であり、軍人であり、国防を担うトップならば当然の考えだ。

 

「馬鹿なことを言うな。三等兵では部下が持てん。艦娘を率いるからいいなどと考えているわけではないだろう?」

 

『あ、その考えがあった。艦娘を率いるから・・・・』

 

「人の冗談を真に受けて、話を続けるな」

 

 先ほどまであった考えを、思わず放り投げそうになった。

 

 いかんいかん、相手に乗せられては駄目だ。東堂は、少しだけ間を置くついでに息を大きく吸い込んだ。

 

 乗せられて感情的になったら、負けだ。何処からか届いた天啓に、深く頷いてしまう。

 

「そもそも、鎮守府は一部隊扱いだ。まあ、規模によっては多少は違ってくるが。軍という組織において、三等兵がいきなり部隊を任せられることはない。貴様は未経験者に『やれ』というつもりか?」

 

 どうだ、反論できないだろう。相手は馬鹿だが、決して冷血ではない。無理難題を押し通して、相手を潰すことはない。

 

 そうでなければ、あの鎮守府の艦娘達があんなにも提督や提督代行を慕うわけがない。艤装を纏い、軍令部や日本に逆らうほどに。

 

『え、言うけど?』

 

 心底、魂の奥底から東堂は先ほどまでの自分をぶん殴りたい気持ちになった。誰が優しい、誰が相手を潰すことがない、無理難題を言わないだ。

 

 こいつは確実に無理難題を押し通す、誰かにやらせる前に自分が無理難題にぶつかって粉砕していく、特殊な存在だ。

 

 きっとそうに違いない。

 

「貴様のやり方はどうでもいい。ならば、貴様が三等兵になった場合、提督代行はどうなる?」

 

 やり方を変えよう。彼自身に何を言っても無意味ならば、彼の部下らしき少女のほうから攻めよう。

 

 軍における三等兵は最下級、その下の階級はない。ならば、彼の部下の少女に与える階級がないならば、彼も折れるしかないだろう。

 

『世の中には四等兵もいるかもしれません』

 

 何処の異世界の話をされているのだろうか。

 

 東堂は耳に聞こえた少女の声に、世界とは広いなと一瞬だけ達観してしまった。そうか、四等兵もいるのか、素晴らしい階級制度だな。ならば次は五等兵や六等兵もできてくるのか。

 

 凄いな、かなりの兵力を持てる。新人はいずれ、十等兵とか言われて頑張って元帥まで上り詰めるのだろう。

 

 壮大な物語だ。軍人になって本望ですと、涙ながらに語ってくれるだろう。

 

 『そんなわけあるか、ボケナス』と、東堂は内心での色々な妄想を打ち切った。

 

「とにかく、だ。貴様たちの鎮守府の規模を考えると、大佐と中佐がもっとふさわしい階級だ」

 

『三等兵にしてくれないなら、ストライキだ』

 

「何処の世界に階級を下げることを条件にストライキを起こす軍人がいる?!」

 

 もう知るか。やってられるか、馬鹿の相手を理性的にすることが間違いだった。東堂は投げやりになって怒鳴りつける。

 

『ここにいる』

 

「よく解った! 貴様らの性格はよく解ったぞ! ようするに馬鹿騒ぎと様式美がしたいんだな?!」

 

『いや、そんなことはない』

 

「後な!! 一応、俺は軍令部総長だからな! 年上だからな! 敬語はどうした?!」

 

『ケイゴ? えっと、ルリちゃん、誰か手空きっていたっけ? なんか、軍令部総長が護衛が欲しいって』

 

「どあほう! 誰が警備といった?! 敬語だ! け・い・ご!! 敬えって意味だ!」

 

『崇拝はちょっと、こっちは色々と宗教的な絡みがあって』

 

「誰が宗教の話をした?! 俺だってそんなしがらみはいらんわ! そうじゃなくて尊敬語と丁寧語だ! 日本語を話しておいて知らんとは言わさんぞ!!」

 

 どうだ、今度こそ反論できまい。フッと東堂は笑って、受話器を持った姿勢のまま晴れやかに笑った。

 

『え、俺は習ったことないけど、何それ?』

 

「義務教育ぅぅぅぅぅ!」

 

 ゆっくりと東堂は机に突っ伏した。何故に知らない、日本語を話しているならば日本の学校を卒業しているのではないか。学校に通っていたならば、義務教育の中で必ず習うはずなのに。

 

『ギム今日行く? ああ! あの!!』

 

「そうだ、思い出したか」

 

 光明が見えた。東堂はやっとかと、体を起こして喜んだ。

 

『サワーが美味しいって『ギム・スナック』!!』

 

「誰が居酒屋の話をした! この唐変朴がぁぁぁぁ!!」

 

 思わず、叫んだ勢いのまま受話器を電話に叩きつけたのでした。

 

 後日、軍令部からは三等兵と四等兵の階級が送られ、今までの功績により昇進し大佐と中佐に任命すると、『二分後の通達』がされたとか。

 

 僅か二分の三等兵と四等兵気分、その後に粉砕してくるとか細かい仕返しにテラとルリは『あいつ、やりおる』と東堂を見直したのでした。

 

 当の本人は、『誰か、よく効く胃薬を知らないか』と周りに言っていたが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 曰く、軍令部総長にダメージを与えた、初めての鎮守府。

 

 各地に鎮守府が作られたため、提督の苗字で呼ばれる鎮守府の中で、そこだけは『大馬鹿鎮守府』と呼ばれることになった原因は、この会話からだった。

 

 そして、同時に『越えてはいけない一線』を示す、『デッド・ライン』鎮守府とも呼ばれるようになるのだが。

 

 理由はもちろん。

 

「はい、じゃ何時もの行きます。どうぞ、提督」

 

「うむ」

 

 降り注ぐ宝具の雨。合間に思い出したように突撃していく、十二の眷獣達。おまけという名で降り注ぐ侵食魚雷。

 

 さらに空間を歪ませ、亜空間さえ出現させる演習場を前にして、多くの艦娘が立ちつくした。

 

 全艦娘、全鎮守府の中で唯一の鬼や姫級の撃破。艦隊で挑むでもなく単体で挑んでの撃破を行った鎮守府の艦娘達に、全国の鎮守府から見学あるいは演習の申し込みが殺到した。

 

 誰だって強くなりたい。もっと偉くなりたい。打算の含んだ連絡を受けたテラは、とてもいい笑顔で語った。

 

「ほら、皆もこの訓練が大好きだってさ。やっぱ、誰もが強くなりたいんだね」

 

 同時に吹雪も連絡を知って感動の涙を流した。

 

「やはり私たちと同じ考えを持っている艦娘が多いんですね」

 

 二人して『よし、やろうか』と楽しみにしている傍で、ルリと大淀は内容を一つ一つ確認しながら、ポツリと呟いていた。

 

「これ、現実を知らないだけですよね?」

 

「はい、確実に知らないはずです」

 

「じゃあ、最初は見学をさせてみましょう。で、『逃げなかった艦娘達』には訓練の『甘い部類』へ参加を」

 

 せめてもの妥協案としてルリが提案したのだが、大淀は小さく弱弱しく首を振ったのでした。

 

「提督代行、うちの鎮守府の甘い部分は、周りからしてみれば『地獄』ですよ」

 

「え?」

 

 ルリ、きょっとんとして固まり、可愛く首を傾げてみた。

 

「まっさかぁ」

 

 笑顔をつけて惚けたのだが、大淀は真面目な顔で首を振った。

 

 ここにきて、ようやくルリは現実を知る。今まで普通だと考えていた―全部じゃないし非常識だとは思っていたが―鎮守府の訓練が『地獄』レベルとは。

 

「で、では提督の『あの訓練』は?」

 

「・・・・・」

 

 無言。時に言葉はなくとも、目や表情が語る。彼女の顔面蒼白になって震えている様子に、ルリは『ああ、そうですか』と涙を振り払ったのでした。

 

 提督代行と秘書艦が色々な現実にぶつかっている間、提督と第一艦隊旗艦は色々な訓練を考えていた。

 

 そして、見学者が訪れた今日、訓練が始まったのが冒頭のこと。

 

「どうですか?!」

 

 笑顔一閃。吹雪が振り返ってみた先、燃え尽きたように灰になっている艦娘や提督たちがいた。

 

「あれ? ああ、そっか」

 

 なるほど、と吹雪は納得した。つまり、生ぬるくて退屈だ、と。きっと周りの鎮守府はもっと厳しい訓練をしているのに、功績を上げた鎮守府がこんなお遊び程度とは。

 

 沸々と吹雪のプライドが燃え始める。負けてはいられない。今までテラ・エーテル提督の元で必死に頑張ってきた、一歩も引かずに前に進んできた。

 

 ならば、もっと豪華絢爛な訓練を見せつけて、『流石だ』と言わせて見せる。

 

「エーテル鎮守府全艦娘は艤装装着! これより実戦訓練を行う!」

 

「え?」

 

 盛大に叫んだ吹雪に、見学者の中から疑問の声が上がったのだが、彼女は気にした様子もなく何時も通りの艤装を纏った。

 

 同時に、エーテル鎮守府所属の艦娘達は疑問を挟むことなく、艤装を纏って演習場の中へ。

 

「提督代行! よろしいですか?」

 

「はい、どうぞ」

 

 予想していたルリは、達観した表情で見送る。今回、大淀は不参加なのでルリの隣で悟りの表情で見送っている。

 

「ありがとうございます! 提督!」

 

「こっちはいつでもいいぞ」

 

「はい!」

 

 吹雪は振り返り、全員の顔を見つめる。誰もが真剣な表情で艤装の確認を行いながら、『訓練内容』を待っていた。

 

「今回、見学者の方々は退屈な様子です。きっと、私達の訓練が生ぬるいものに見えているのでしょう」

 

 話された内容に、ピクッと誰もが表情に変化を起こす。

 

 『まさか、弱いとみられたか』と。

 

「まさしくその通り。私達の実力を疑われています」

 

 はっきりと宣言した吹雪からは見えなかった。誰もが彼女を見ていたため、他を視界に入れてなかったから見えなかった。

 

 見学者達が『違うから』と顔の前で手を振っていたことも。

 

 ルリと大淀が、『あ、暴走した』と苦笑していたことも。

 

「私達は常に全力で訓練し技量を磨いてきました。その誇りは、決して弱くなどはありません」

 

 ギュッと胸の前で吹雪は拳を握る。絶対に負けないとはまだ言えないが、絶対に提督や提督代行の前に無様を晒すことはない。

 

 それだけは、違えるつもりはない。

 

「ならば! 私達は見学者の前で示すべきです! 我らが最強であると!!」

 

「はい!!」

 

 気合の入った返事を受け、吹雪は右手を掲げた。

 

「見せてやりましょう! 我がエーテル鎮守府こそが精鋭であることを!」

 

「了解しました! 『総旗艦』吹雪さん!」

 

「よろしい! では、提督!」

 

 その場で横回転。一歩も動くことなく体の向きを変えて、吹雪は真っ直ぐにテラを見つめた。

 

「お願いします! 訓練内容は『敵陣突破! 包囲殲滅戦』で!」

 

 話された内容に、見学者の中から、『何その凶悪な内容』と叫び声が上がったのだが、吹雪達の耳には何故か、『何それ、甘い』と聞こえたという。

 

「行きます!」

 

 そして、訓練場を一万発のミサイルと砲弾の雨。空間を削る圧倒的な攻撃が埋め尽くした。

 

 一撃大破どころではなく、かすっても轟沈するような攻撃の中を、薄く笑みを浮かべて突撃していく駆逐艦と軽巡洋艦

 

 空中のミサイルを次々に狙撃していく戦艦や重巡洋艦。

 

 圧倒的な攻撃を縫うように空を舞う艦載機と、回避行動しながら発艦を行う空母。

 

 後に見学者は語る。

 

 『まさに世紀末』と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、鎮守府の電話が鳴った。

 

『なあ、おまえら、俺を胃潰瘍で殺したいのか?』

 

「え、何で? 東堂さんに恨みは今のところないけど?」

 

『嘘だろ、なあ。三等兵を取り上げたの恨んでるんだろ?』

 

「いや、別に。どうしたのさ?」

 

『見学者が蒼白になって、『我々には無理ですから』って言ってきたんだよ』

 

 言われてテラは思う。

 

 あれでも甘い訓練に見えたのか、と。

 

「そっか。じゃ、次はもっときちんとやるよ」

 

 テラは告げる、もっときつく厳しくやる、と。

 

『頼むからな』

 

 東堂は告げる、もっと常識的なことをしろ、と。

 

 二人の会話はかみ合っている、けれどその考えはまったく正反対を向いていたのでした。

 

 

 

 

 




 
 あの人に会わなかったら、きっと私達は艦娘として戦場に立って轟沈していたのでしょう。

 そうね、今の私たちがあるのはあの人のおかげよ。

 脳筋? 失礼ね、貴方よりは学力があるつもりだけれど。

 知識で勝っているのも間違いないわね。

 訓練内容は、『あの程度、艦娘ならば鎧袖一触よ』

 違うかしら




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意見とは相違するものですよ

 
 提督の攻撃は怖いというけれど、身近にいると感じる本当に怖い人は提督代行よ。

 普段は優しいけれど、怖さで言えば提督よりも上ね。

 知っているのならいいけれど、知らずに触れたら後悔しかないわ。

 本当に知っているの?





 

 パチンパチンと音が鳴る。

 

 木製の盤上に踊るのは、同じく木製の駒。

 

 差し向かい合った二人の間にある戦場の中で、お互いの配下といえる駒は相手を仕留めるために動きまわる。

 

「将棋っていうのはな、相手の駒を自分の配下に出来る。だから面白いって言うんだけどな」

 

「ええ、そうですね。捕虜、というべきでしょうか」

 

 相沢・宗吾の声に、ホシノ・ルリは小さく答えつつ駒を動かす。

 

「日本が何か言ってきたのか?」

 

「特には。先日の演習がいい意味で効いているようです。『独自に作戦を遂行し日本の領海の安全と確保を行え』、だそうです」

 

「そりゃまた」

 

 小さく宗吾は笑う。あの権謀術策渦巻くような伏魔殿が、よくそこまで譲歩したものだ、と。

 

「海軍だけだろう?」

 

 だが、しかしだ。抑えつけられたのは海軍だけだろう。陸軍や政府は、もっと狡猾な連中ばかりだから、恐らくはこの後に何か言って来るのではないか。

 

 宗吾はそう思って駒を弄りながら告げたのだが。

 

「他のところも特には」

 

「へぇ」

 

 少しだけ彼は意外そうにつぶやいた。

 

 まさか、あの利権にうるさい連中が黙るとは。

 

「何かしたのか?」

 

「特別なことは何も。ただ、武装した兵士に侵入させようとしていたので、『銃弾をお返しした』だけです」

 

「おい、嬢ちゃん」

 

 初めて聞くような話に、宗吾は鋭くルリを見た。

 

 日本海軍が接触してきたこと、会談を持ったことは知っていたが、まさか襲撃があったとは。警報さえ聞いていない、避難しろとも言われていないのに。

 

「大丈夫ですよ。鎮守府の敷地内で終わりです。居住区画には入られませんし」

 

 宗吾の一手に対して、ルリは別の一手を持って封殺した。

 

「私たちが、『サイレント騎士団』が主が護ると決めた人たちに手を出される、なんてことを許すとでも?」

 

 下げていた視線を上げた彼女の顔は、冷たく笑っていた。

 

 瞬間、宗吾は背筋を何か冷たいものが流れ落ちるのを感じた。相当に修羅場を潜ってきた自分なのに、これだけの『恐怖』を感じさせるとは。

 

「そうかよ。信じてるぜ、嬢ちゃん」

 

 平静を装いながら宗吾は答え、再び盤上に視線を落とす。

 

「ええ、どうぞ。皆さまは何も心配せず、平穏を過ごしてください」

 

 ルリも顔を盤上に戻し、表情を戻す。

 

「で、だ。鎮守府のこれからを聞いてもいいかい?」

 

「ええ。それを話そうと思ってきました。次ですが、ちょっと大胆に行こうかなっと」

 

「大胆にかい?」

 

「はい、そうですね、例えば・・・・・」

 

 ルリは小さく口を動かし、続いて駒を動かした。

 

「『王手』とか」

 

 王将にて、王将を取る一手を示しながら、ルリは微笑した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 作戦は簡単です。

 

 説明を始めた提督代行に対して、誰もが異論を挟まなかった。

 

 チマチマと近海を攻めていたのでは、一進一退を繰り返すだけ。広大な海域を保持できるほど、今の日本海軍の戦力は優秀ではありません。

 

 艦娘達の技量も疑問が残ります。

 

 言葉を区切ってルリは会議室にいる全員を見回した。

 

 相手側、深海棲艦の戦略目標も不透明。ただ海域を封鎖して人類を閉じ込めたいのならば、今までの戦術や軍事行動には不可解な点が多い。

 

 海上を封鎖すればいい、というわけではない。大陸内部での物資の生産もあるのだから、海上だけを封じていれば人類が追い詰められることはない。

 

 また海上を封鎖しているはずなのに、輸送船が見逃された場面も僅かであるが報告されている。

 

「なので、ちょっとつついてみることにしました」

 

 地図の一点をルリは示す。

 

 目標地点は『北方海域』。数ある海域の中でも、特に大きい反応を示した場所。

 

「海軍によればここにいるのは、北方棲姫と港湾棲姫の二種。他の海域がだいたいボスだけなのに対して、ここには二つの反応が常に一緒にいます。何かしら重要な拠点がある、と推察できます」

 

 ルリは説明を続けながら、全員の顔を見回す。誰もが『無理』なんて顔はしていなくて、『目標はそれか』と納得した顔をしている。

 

「我が鎮守府が日本海軍に所属して、初めての作戦行動です。他の鎮守府に『示す』ためにも、丁度いい標的でしょうね」

 

 ルリ自身も気負いことなく、ただ『ちょっと散歩でも行きましょうか』という雰囲気で話をしている。

 

「全員の完熟訓練も大詰めなので、ここで実戦を挟みましょう。吹雪」

 

「はい!」

 

 名を呼ばれてすぐに彼女は立ち上がり、直立不動になる。

 

「今回は提督が留守番となります。貴方が『支柱』になりなさい」

 

「解りました」

 

 全員の不安や怯えをすべて拭うために全力を尽くせ。口外の意味を受け取りながら重圧につぶされることなく、彼女は真っ直ぐにルリを見つめた。

 

「よろしい。各員、吹雪に甘えることなく、私と提督に頼ることなく海域を突破、二つの姫を打ち取ってきなさい」

 

「了解しました!」

 

「装備の選択は自由。周りの鎮守府への情報漏洩とか、周囲がどうのこうのなんて余計なことは考えないように」

 

「はい!」

 

 全員の真っ直ぐな返答にルリは大きく頷き、続いて『サイレント騎士団』流の号令を下す。

 

「我ら血の十字架を掲げる者なれば、主の前を塞ぐすべてを『沈黙』させる。解散、準備に入れ」

 

「御意!」

 

 バッと会議室からドックへ向かう艦娘達を見送り、ルリは小さく呟く。

 

「テラさん、出撃したいんじゃないですか?」

 

 会議室にいながら、一言も口にしなかった彼に目線を向け、彼女は意外ですと口外に告げる。

 

「ん、出撃したいことはしたいけど、何時までも俺がいたんじゃね」

 

「彼女達が成長しない、ですか?」

 

「まあ、それもあるけど。そろそろ、吹雪達の試練の時かなぁってね」

 

 確かに、とルリは口の中で言葉を転がす。

 

 吹雪、暁、響、雷、電の五人は鎮守府での最古参。技量もかなりのレベルを誇っているし、大抵の深海棲艦ならば単艦であっても負けることはない。

 

 相手が艦隊であっても、一人で軽く撃破できるだろう。

 

 しかし、だ。技量はあっても、精神的な強さはというと、まだまだ未知数な部分が多い。

 

 特に今までの艦隊行動は後ろに常にテラがいたから、もし万が一の時は何とかしてくれると目線で訴えていた。

 

 本人達は無意識だろうが。

 

 頼りにするのはいい、だが依存は許さない。テラがいるから大丈夫、後ろを気にせずに前に行ける、そんな甘い考えでこれから先に戦えるわけがない。

 

 何より、だ。テラ・エーテルの配下にいながら、そんな甘い考えでいるのはルリが許せない。

 

 『神帝』テラ・エーテルの配下にいる以上は、例え百隻の艦隊に囲まれたとしても、一人だけであったとしても、薄く笑みを浮かべて殲滅できるくらいの気概がなければ。

 

「あの子たちの精神的な弱さが鍛えられるといいですね」

 

「ん、やってみないとね。で?」

 

 テラは小さく背伸びしながら、ルリに作戦の『裏側』を訪ねた。

 

「はい。念のため吹雪達の頭上、衛星軌道上に『第一打撃艦隊』を配置してあります。もし万が一の場合は砲撃殲滅、あるいは『マクロス』級十五隻による大気圏外からの強襲揚陸可能です」

 

「解った。俺は鎮守府から動かないからね」

 

「その方がいいですね。出撃して迎えに行くと、『ピンチの時は提督が駆け付ける』なんて、思い違いをしそうなので」

 

「本末転倒だなぁ」

 

「そうならないように、吹雪達を鍛えているのに、テラさんが出て行ったら余計に依存しますからね」

 

 じゃ、動かないように頑張るよ。テラはそう笑って席を立った。

 

 ルリはその背中を追いながら、大丈夫じゃないですかと頭の中で思う。

 

 きっと吹雪達は、立派にやり遂げるだろうから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 作戦に不測の事態は付きもの。入念に準備して情報を洗い出して、徹底的に考え抜いたとしても、予想外の事態はあるもの。

 

 だから油断しない。

 

 吹雪は装備を再度、確認する。魚雷よし、主砲よし、推進機問題なし。燃料も満タン。探査機器も不調なし。最後に、と彼女は後ろ腰の剣を撫でる。

 

 もう使い慣れた、握り慣れた柄を掴んでゆっくりと深呼吸した。

 

 今回の目標海域は遠い。途中での遭遇戦をいかに効率よく、かつ迅速に行えるかが作戦の成功率を上げる。

 

 大丈夫、訓練は何度も行った。何度も地獄は味わった、強くなるためにどんなことでもやれた。

 

 苦しかったことは多かった。でも、同時に『強くなった自分』が嬉しかった。提督と提督代行に近づいてようで、あの背中を追い掛けている充実感が日々にあった。

 

 知らず知らずの内に柄を強く握っていた。

 

 ダメだ。こんなのじゃまだまだ届かない。あの二人が何を狙ったのか、表面的な言葉に惑わされることはない。

 

 今回の作戦は、提督代行が語ったこと以外の意味がある。

 

 ドック内には艦娘全員がいる。明石も間宮も、大淀もいる。三人は鎮守府に残るから出撃メンバーに含まれてはいないが。

 

「吹雪、全員揃っているわよ」

 

「ん、解った、暁」

 

 小さく息を吐きながら、右手を離す。

 

「全員、傾注。提督代行の話は、『作戦目標以外は忘れなさい』」

 

 いきなりの暴言に、誰からも否定は上がらなかった。きっと、全員が気づいている。たぶん、全員が思い知ってしまった。

 

 あの二人が考えていることは、全員が痛いほど理解できた。

 

「今回の作戦は、私達の普段の行動の結果です。確かに強くなりました。訓練もこなしてきました。でも、私達は何処かで『提督と提督代行』に依然していました」

 

 きっと、あの二人が今回の作戦を選んだのは、自分達の精神面を鍛えるため。

 

 話の出だしから、おかしかった。あの提督代行が、今更『深海戦艦の戦略目的』程度が不透明とか言いだすなんて。

 

 相手が何を考え、何を目標にしているかなんて、関係ない。相手が何処を攻撃してくるか、どの程度の戦力を持って向かってくるか。

 

 鎮守府が出来てから、僅か二週間で深海棲艦の勢力マップを作成してみせたバッタ達と、それを使って自分達の訓練海域や侵攻海域を決めてきた提督代行が、今更『不透明』とか言うわけがない。

 

 きっと戦略目的も把握済み、相手がどう向かってくるかも正確に理解しているだろう。

 

 ならば今回の作戦目的は、相手じゃない自分達だ。

 

「今回の作戦、提督代行の目標は『私たち』です。私達の依存する心、誰かに任せようとする弱い心の撃破、それが今回の作戦目標」

 

 ギュッと、誰もが拳を握った。誰もが薄々と感じていたのだろう。あの提督代行の話が、何処か歪だったことに。

 

 短い付き合いなのかもしれないが、薄い付き合いではなかったから。とても濃い密度の付き合い。血の繋がりのように明確なものを感じる期間を、共に過ごしてきたから。

 

 あの人が考えることが、何となく解る。

 

「私達はまだ『個体』じゃありません。艦娘という『物体』です。人でも生物でもなければ、兵器でもない。未熟で弱くて、どうしょうもないくらい依存している存在でしかない」

 

 徐々に吹雪の意識が、戦闘時のそれに近づいていく。

 

「提督と提督代行に心配されて、手を引いてもらわなければ歩けない、赤ん坊でしかない。毎日、技量を磨いていながら、こんな程度のこともできない痴れ者。そんなこと、私は許せない」

 

 吹雪は真っ直ぐに全員を見つめる。誰もが顔を反らすことなく見つめ返す。

 

 気配が立ち上がる。誰もが気合を漲らせ、全身に決心を叩きこむ。

 

「私たちは今から示す。提督と提督代行に相応しい、絶対に引かない、絶対に沈まない、絶対に仲間を見捨てない、その魂に決意を灯す艦娘であると」

 

 あの背中を見失いたくないから。あの背中を追い掛けるために。

 

「全員、提督命令を刻み直せ。我らの魂の一遍にさえ消えないように、徹底的に刻んでおけ。そのための一歩だ」

 

 あの背中に相応しい存在であるために、示してみせるしかない。

 

 吹雪は拳を前に突き出す。

 

「では、全員。『我ら血の十字架を掲げる者なれば』」

 

「『主の前を塞ぐすべてを『沈黙』させる』」

 

 合言葉はそろい、全員の意思は固まった。

 

 作戦は何時も不備や不測はある。けれど、それがどうしたといえるようになる。万が一でも億が一でも、どのような危機的状況であっても覆す。

 

 そのための艦娘でなければ、あの提督と提督代行の元にいあるべきではない。

 

 誰もが決意を胸に、海域に出撃していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後にホシノ・ルリとテラ・エーテルは、当時のことを吹雪から聞いて大笑いしたという。

 

 『いや、そこまで悲壮な決意で出撃しなくても』と。

 

 提督と提督代行の考えを、艦娘達は正確に理解はしていた。理解していたのだが、その方向性はまったく別方向を向いていた。

 

 何処でどういう風に相違したのか、誰もが解らないが。

 

 強くなって良かったと今は喜ぶべきなのかもしれない。

 

 

 




 本当に怖い人よ。だって、作戦目標に『心』まで含むのだから。

 何処の世界に仲間の精神的鍛練のために、敵側の陣地への強襲と敵の大将首を考える人がいるって言うの。

 提督代行はね、それを平然とやれという人よ。

 本当に、怖くて冷たくて。

 とても私たちに甘い人なんだから。





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灯火に揺れて

 

 当時の自分を思い返すと、少し恥ずかしいといいますか。

 いえ、恥ずべきことはないのですが。

 そうですね。簡単に言うと。

 当時の私は、『支柱』の意味を知っていても理解はしていなかった、ということです。





 深い迷宮のように、目の前すべてが暗く感じる。

 

 何処までも言っても、何処にも辿り着けない、果てのない海に一人だけ取り残された、ではなく霧の中を進んでいるように足元さえ見えなくて。

 

 でも進むしかないから。後戻りなんてできない、もし戻っても迎えてくれるだろうけど。

 

 自分が、そんな自分を許せそうにないから。

 

 

 

 

   

 

 

 

 

 

 

 

 最後の一隻が海に沈む。周りを見回し、被害の程度を確認した吹雪は、全員に号令を下す。

 

「残量確認! 残弾と兵装のチェックを!」

 

 各自、周辺警戒しつつ武装の確認に入る。燃料の残り、推進機の損傷、砲塔の破損、電子機器の不具合。すでに三回戦はこなした、残りは後三回戦。丁度、半分は来たわけだが。

 

「吹雪、どう調子は?」 

 

 そっと横に来た暁に、小さく首を振る。

 

「不調なし。通常兵装だったら、もう故障とかしていると思うけど」

 

「さすがバッタ達ね。私達も問題はないわ。けど」

 

 暁が言葉を閉ざす。彼女が何を言いたいか、吹雪は察したように視線を動かす。

 

 古参組は戦い慣れているから、実戦経験が多いから上手く立ち回って艤装の損耗を最小限に抑えてはいる。正確に操れば無理なく艤装が動いてくれて、小さな損耗に繋がらず、積もり積もったものが艤装の不具合になることはない、のだが。

 

「如月と荒潮の艤装は?」

 

「推進機に違和感があるみたいね。魚雷も半分を切っているし」

 

 動きまわるのが駆逐艦の役目。足を止めなければ燃料の消費と、動かし続けた推進機が損耗してくるのは当然のこと。

 

 久しぶりの実戦での緊張から、最初の海戦で魚雷を多く使ったのが、今になって響いてきたか。

 

「天龍も前に出過ぎて装甲が危ないわね」

 

「龍田が付き合って、損耗度が上がっているかな?」

 

「ええ。由良も知らず知らずのうちに引っ張られて、かなり弾薬を消費しているわよ」

 

「神通は?」

 

「そっちは川内の後についているし、夕張も気にかけているから大丈夫。瑞鳳がちょっと厳しいかしら?」

 

 作戦開始時より広域索敵・警戒、上空での空中戦の監視、航空管制。色々な役割を行っている彼女の表情は、少しだけ暗い。体力も燃料も余裕があるのに、本人の精神力が限界に近いか。

 

「赤城と加賀にしばらく任せて休ませよう。二人なら空中管制なくても大丈夫だから」

 

「それがいいわね。こう言うとき、空母の数が少ないと大変ね」

 

 確かに、と吹雪は思う。

 

 我が鎮守府で空母は三隻のみ。一隻が空での監視と管制、二隻が攻撃に振り分けているわけだが。

 

 瑞鳳の対応能力があまりに高くて、任せっきりにしていた弊害が出てきたか。彼女自身の体力はかなりあるのだが、精神的疲労は体力を無関係に削っていってしまう。

 

「高雄と鈴谷は、大丈夫そうだね」

 

「あの二人はいい意味でも悪い意味でも生まれた時に地獄を体験しているから、この程度は散歩にしかならないわね」

 

 あの時のことを思い出して吹雪と暁は苦笑してしまう。

 

 まったく提督も酷いことを、と。

 

「それで?」

 

「大和と長門の主砲は、あと一回戦が限界でしょうね」

 

 戦艦三隻のうちの二隻が作戦不可。

 

 仕方がない、と割り切るしかない。いくら経験を積んで技量が上がったとしても、『砲身命数』は上がるわけがない。

 

 バッタ達の努力でかなり強度が上がったとはいえ、使っていればそのうちに破損して使用できず、無理して使ったら破裂する。

 

 その点、扶桑はさすがに温存を心得ているか。一斉射ではなく、砲身一つ一つでの射撃で加熱や破損を抑えながら、長門や大和を超える命中精度と撃破率を誇る。

 

「それで、貴方は大丈夫?」

 

 チラリと目線を向けられ、吹雪は晴れやかに笑う。

 

「大丈夫。まだまだできるから、暁は心配しないで」

 

「心配はしてないわ。ただ、『提督の初期艦』が、この程度で膝を折るなんて、情けないこと言わないでと言いたいだけ」

 

 辛辣か。けれど、暁の瞳に揺れる『不安と優しさ』はよく解った。

 

「もちろん、私は、『吹雪』は最後の最後まで見事に吹き荒れて見せるよ」

 

「それならいいけど」

 

「うん、ありがと・・・・・全員! 確認作業終了! 問題は?!」

 

 吹雪の大声に、誰からも声は上がらなかった。

 

 問題があるのを見落としているわけではない。まだまだやれる、もう少し頑張れると彼女達の顔が語っていた。

 

「では進撃します!」

 

 不安はある、けれど吹雪は振り払うように進路を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 轟音が周辺海域を照らす。

 

「この」

 

 叫びそうになる声を噛みしめたが、こぼれてしまった音が僅かに耳を打った。

 

「大和、三連装すべてを使わずに一門ずつの砲撃を。貴方の命中精度と威力ならばやれるわ」

 

「はい!」

 

 扶桑の声かけに元気に答えるのだが、彼女の顔には僅かな影が見える。まだまだ半分を超えた程度なのに、自慢の主砲の威力が落ちたのが許せないのか。

 

 それとも自分の技量の低さに苛立ちがあるのか。

 

「長門、肩の力を抜きなさい。大丈夫よ、貴方ならやれるから」

 

「解ってはいるが」

 

 振り返る彼女の表情は決して晴れない。今の自分の状態は、自分自身がよく知っているとはこのことか。

 

「大丈夫よ。貴方達二人に任せたりしないから」

 

 主砲一門につき、一目標。細かく動かし、一斉射ではなく単発。それで命中を叩きだすのは扶桑の技量の高さ故。

 

 そういえば、と彼女は場違いな過去を思い出す。

 

 エーテル鎮守府の提督以外が決めたルール、艦娘同士で話し合ったものに、追加ができた。

 

 艦娘は着任順に従う。艦種ではなく、着任した順番にて先輩後輩を決めようなんて、言いだしたのは確か長門だった。

 

 自分の未熟を知り、駆逐艦の吹雪の強さを知った後に、彼女からの提案は誰もが受け入れた。

 

 本当は『長門さん』『大和さん』と呼ぶべきかもしれないが、彼女達は呼び捨てでの対応を求めた。

 

 敵航空機が来るのが、扶桑の視界の隅に映る。無視しよう、あれは脅威ではない。味方の航空機はまだ上空にある。瑞鳳の管制機は上がってはいないが、赤城と加賀の航空機はいまだ健在。

 

 ならば空ではなく海上を見据える。

 

 駆逐艦達が相手艦隊に接近、魚雷や砲ではなく接近戦を仕掛けに行ったか。

 

 巡洋艦は砲撃にて注意を反らしている。その砲弾が散発的になったのは、残弾を気にしてしまったからか。

 

 いや、と扶桑は考えを振り払う。散発的になってはいるが、効果的な攻撃にはなってきた。

 

 一人一人の砲弾は少ないが、時間差をつけて放つことで密度的には多くなっている。

 

 一定範囲の砲弾数ではなく、一定時間内での砲弾数へ変更したことで、深海棲艦が接近してくる駆逐艦達から注意を外された。

 

 少ない弾薬でいかに効果的な結果を得られるか。巡洋艦も考えているようだ。

 

 手本があるならば、参考にさせてもらおう。

 

「長門、大和、全艦での交互射撃を行います。いいわね?」

 

「心得た!」

 

「はい!」

 

「では、私から」

 

 一発、相手艦隊に突き刺さる。敵重巡が轟沈、続いて長門が放った後、大和が砲撃、そして扶桑へと戻る。

 

 放たれた砲弾は確かに少なくなったが、降り注ぐ砲弾に切れ間がなくなった。これで駆逐艦達が接近して。

 

「敵艦隊撃破! 進撃続行!」

 

 吹雪の号令に従い、艦隊は再び陣形を組み直し敵本拠地へと突入していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 航空戦はまさに混戦。敵味方入り乱れる空中に、巨大な鳳が舞う。

 

 空中管制機が三機。広がり過ぎた空のすべてを支配しようと飛び上がるのだが、情報を受け取る瑞鳳の表情はとても暗い。

 

「瑞鳳さん」

 

 赤城が心配そうに見つめる中、彼女は空元気を総動員して笑ってみせる。

 

「大丈夫、私はまだまだやれるから。だから、お願い」

 

 言われて赤城は大きく頷いて弓を構える。

 

 瑞鳳が空の情報を操り、全員に伝えるから。敵の航空機の位置、敵艦隊の進路、魚雷の有無。全員が海上に集中できるように彼女が頑張っているならば、赤城と加賀の役目は味方の上に脅威を発生させないこと。

 

「加賀さん」

 

「ええ、赤城さん」

 

 言葉は少なく、相手の名を読んだだけだが、それで十分だ。昔から、船だった頃から組んでいた相方。何度も同じ作戦に参加した仲だから、相手の考えは手に取るように理解できる。

 

 航空機、発艦。昔とは違う零戦ではなく、プロペラ機でもない。ジェットエンジンを高鳴らせて飛び上がるのは、昔の敵国が作った航空機。

 

 最初に違和感はあった。敵の装備を、と思ったことは何度でも。けれど、だ。赤城と加賀はそれを飲み込んだ。

 

 自分達より小さな軽空母の瑞鳳が、もっと大型の敵国の製品を扱って頑張っているのに、自分達が昔の因縁を理由に使えませんなんて言えない。必死に頑張っている瑞鳳を見ているのに、敵の兵器だからと拒否なんてできるわけがない。

 

 深海棲艦側の航空機が迫る。相手の速度はお世辞にも速いとはいえないが、小回りは相手のほうが上だ。

 

 速度のために小回りが利かないF-14の集団は、遠距離から複数の目標へミサイルを放つ。

 

 次々に空を裂くように飛ぶミサイル群は、チャフもフレアも持たない深海棲艦の航空機を撃墜していく。

 

 一方的な虐殺。相手に反撃させない、とは言い切れない。ミサイルは確かに万能だが数は限りがある。一機の航空機に搭載できる数は限られているため、相手の航空機の数が多くなれば必然的に格闘戦をやるしかない。

 

 戻って補給してもやれなくはないが、引き揚げた隙間に相手の航空機が味方艦隊の上空に到達したらと思うと、迂闊に引き上げられない。

 

「航空管制、行くよ」

 

 だから、瑞鳳がいる。今にも倒れそうな彼女に頼るのは、赤城にとって申し訳ない気持ちにさせるものだが。

 

 振り返った赤城に対して、瑞鳳は親指を立てて合図を送る。

 

 大丈夫、まだ倒れない。まだやれる。

 

「私はエーテル鎮守府の瑞鳳だよ」

 

 顔面蒼白一歩手前の表情で、彼女は笑っていた。体力は限界、とっくに使い果たした。でも、気力で立ち続ける。味方の空を護るのは、我ら空母の役目。味方艦隊が海上の敵に集中できるように、味方の空には一機の敵も許さない。

 

「お願いします」

 

 赤城が何か言う前に、加賀が振り返らずに答える。

 

 瑞鳳を見ない彼女は冷たいと見えるだろうか。いや、彼女は心配しているし、悔しい思いも感じているだろうが。

 

 加賀は、内心の感情を表に出さずに。振り返らないことで瑞鳳に対して全幅の信頼を向けている。彼女の背中が声高く叫んでいる。『任せた、そして任された』と。

 

「よぉぉぉ! 後一踏ん張り!」

 

 元気を絞り出すように瑞鳳が叫び、赤城は再び空を睨みつける。

 

 指示を受けた航空機が戻り、速やかに補充を受けて再び空へ。僅かな隙間を縫うように味方航空機を撤退させ、空いた穴は他の航空機に埋めさせる。

 

 パズルのピースを探して合わせて、刻一刻と変化する空に網を張り続ける。

 

「我が空母機動部隊、ここにあり」

 

 小さく赤城は呟き、弓を構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 味方の援護の元で突撃していく艦隊の中、焦り過ぎて前に出てしまう者は必ずいる。

 

 特に味方のことが心配な、優しい子ほど前に出てしまう。

 

「天龍!」

 

「瑞鳳さんが危ないんだろうが!」

 

 背後から由良の叫びに、彼女は叫び返して前に突き進む。

 

 装甲の破損大、主砲も片方が脱落している。状況的に見て大破に近い中破、普通ならば下がるのだろうが彼女は前に出た。

 

 後ろで必死に支えている空母のために、一秒でも速く終わらせる。

 

「どけよ!」

 

 魚雷も撃ち尽くした、砲弾も残ってない。けれど、この刀がある。右手に持った刀で敵を斬り、前を塞ぐ深海棲艦を薙ぎ払う。

 

「天龍ちゃん!」

 

「うるせぇ! 龍田も続けよ!」

 

「ああもう!」

 

 妹が不満を口にしているが、それが口先だけなのを天龍はよく知っている。何時だって自分の背後にいて、自分が見落とした敵をけん制してくれていたから。

 

 だから、天龍は前だけ見ていられた。前の鎮守府では『無駄な資源の浪費』など言われたが、この鎮守府に来てからは『無鉄砲な仲間思い』なんて言われている。

 

 それが自分だ、と天龍は叫ぶ。無鉄砲でいい、無謀で構わない。仲間が救えるならば、いくらでも前に出てやる。

 

 砲弾を斬る、海面を裂く、敵を破る。向かってくる奴は、すべて倒して敵の総大将に。

 

「いたな!」

 

 白い影とそれを隠すような大きな影。親玉の姿を見つけた天龍は、刃を振り上げようとして、気がついた。

 

 刀が、根元から折れている。

 

「ち!」

 

 気づいてすぐに進路変更、相手の攻撃を全力で回避しながら、大きく迂回する。天龍は失敗したことを悔しく感じた。もっと周りを見ていればよかったのかもしれない。武器のことを確認しておけばよかったのかもしれない。

 

 だから、叫ぶ。

 

「吹雪さん! 後でお説教と訓練受けます!」

 

「よく言った!」

 

 大きく回り込んだ天龍の航跡を裂くように、右手に剣を抜いた吹雪が突撃していく。

 

 深海棲艦が、港湾棲姫の視線が吹雪を捕らえる。砲身が向けられるが、砲弾は発射されることはなかった。

 

「はい! 終わり!」

 

 砲身の中に魚雷が詰め込まれる。逆方向から急激に接近してきた川内が、寸分の狂いもなく二つの魚雷を相手の砲身に突き刺す。

 

 爆発が二人の姫を弾き飛ばす。

 

 扶桑と長門、大和の全力砲撃。主砲一個だけ残して、後は壊れてもいいと考えているほどの密度の砲撃の中、吹雪はただ真っ直ぐに突っ込む。

 

 相手の目線が見えた。吹雪を見ていた目線が、左右に揺れる。突撃していく吹雪に合わせるように暁、響、雷、電がそれぞれ別方向から迫る。

 

 全員が近接武器を構え、誰が本命か悟らせないまま、五人の刃は目標を貫いた。囮なんていない、全員が本命の攻撃の前に、北方海域を支配していた姫は倒れた。

 

「目標撃破! これより鎮守府へ戻ります!」

 

 吹雪の高らかな宣言を受け、全員が歓声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 北方海域の制覇。そのニュースは日本を揺さぶる。今まで侵入さえできなかった海域の解放。喜ぶべき報告のはずなのだが。

 

 苦い顔をした軍人たちが、そこにいる。

 

「噂の鎮守府、その実力は疑うべきものではなかったか」

 

「こうも早く北方を落とすとは」

 

「忌々しき事態だ。このままでは」

 

 誰かの発言の後、一人の男は苦々しく答える。

 

「ああ、我らの―海軍の存在が無意味になってしまう」

 

 放たれた言葉は、室内にいた全員の表情を暗いものにした。

 

 どうにかしなければ、誰ともなく呟いた言葉は、誰にも答えられずに室内に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 




 
 精神的支柱って、大変なんですよね。

 今ですか?

 今は何とかやれていますよ。

 どうしました、皆?

 私はまだまだ未熟ですよ。

 え、嫌だなぁ。姫級くらい一分で狩りましょう。

 え? 出来ない?

 誰ですか、そんなふざけたこと言った子は?




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努力の結果の恨み事

 

 強くなる秘訣ね。

 装備をしっかり確認して、日頃の訓練をまじめにやる。

 え、てっとり早く?

 う~~うちの鎮守府じゃ、それって禁句だから言わない方がいいよ。

 何で?

 だって、そんなこと言ったら、『初期艦』様がねぇ






 

 

 仕事の合間の休憩には、まずは一杯のお茶。さすが日本人。

 

「俺、名前的には外国人なのかな?」

 

「そうですね」

 

 緑茶を飲みながら、テラはポツリと呟いてみた。

 

 緑茶は好きだ。紅茶も好きだ。毎日に飲んでもいいみたいな気持になるのだが、どうしても味が解らない。

 

「外国人。日本人になろうとしてみるかな?」

 

「止めませんけど、そうなると帝国はどうするんですか?」

 

「ああ」

 

 早速と腰を上げかけたテラは、ルリの言葉に腰を下ろした。

 

 さすがに、自分が作った国家を放り投げて他の国に亡命しましたなんて言ったら、絶対に追いかけてくるだろう。

 

 アイリスあたりが、激怒して。

 

「三日」

 

「一時間」

 

 テラが唐突に言ったことに、間髪入れずにルリが否定してきた。

 

「ええ、そうかなぁ?」

 

「ほぼ間違いなく帝国軍の中央四軍が勢ぞろいしての降下作戦でしょうね。一時間で日本占領ですよ」

 

 確かにとテラは思いつつ、お茶を口に入れる。

 

「・・・・・・・蹂躙戦にならないといいなぁ」

 

「蹂躙戦で、その時間でしょう。民間人に手を出さないこと前提でやるとしたら、恐らく一時間以内に首都陥落ですから」

 

「わぁお、帝国って強いなぁ」

 

 冗談で口にしたら、ルリが半眼で睨んできた。

 

 『いったい、誰の責任で強くなったと思っているんですか』と。

 

 何かある度に逃亡して、その度に帝国軍が挑んでくるから容赦の欠片もなく撃退していった結果、精強なる帝国軍と呼ばれるようになったのだが。

 

「ん、良し。戻ってきたかな?」

 

「はい、では」

 

 お茶を飲みきり、二人は執務室から出ていくのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 反省点が色々とありそうな今回の作戦内容に対して、テラは『いいじゃない』と言ってあげたいのだが。

 

 ルリ的には苦言を口にするしかない。

 

「総員、お見事でした。と、言いたいところですが」 

 

 鎮守府に戻った全員を見回し、ルリは小さくため息を『わざと』ついた。

 

「なんですか、その体たらくは? 情けないにもほどがある。あれだけの訓練を積み、提督まで引っ張っての特訓を受けて、こんな無様を晒すなんて。貴方達は誰の配下の艦娘ですか?」

 

 全員がボロボロ、まだ入渠も終えていない状態の彼女たちを見下ろしながら、ルリは盛大に溜息を吐きだす。

 

「艤装はボロボロ。残弾がない子もいますね。燃料も使い切りとは。どういうことですか?」

 

 睨みつけるように全員を見回すと、何人かが視線をそらせた。いい傾向だろうか、自分達の不始末を、未熟さをよく実感できているらしい。

 

「たかが一海域、総員で挑んでのこの結果では、とても『我が提督の艦娘達』とは言えません。赤ん坊でももっとマシな働きをしますよ」

 

 誰からも反論はない。異論もないか。ちょっと貴方達は真面目に育ち過ぎじゃないですか、とルリは内心で別の意味の『呆れ』を感じていたが、表に出すことはしない。

 

「未熟、不首尾、不徹底。そんな呆れた結果しか出せない貴方達に、提督ではなく私から一言だけ伝えます」

 

 もう一度と、ルリは全員を見回した後、小さく告げる。

 

「よくぞ戻りました、我が艦娘達よ。見事でした。ですが、貴方達はようやくスタートラインに立ったのみ。振り返るな、前だけ見て進め。以上」

 

 柔らかく頬笑みを浮かべて告げたルリに続いて、テラは両手を振り上げた。

 

「よぉぉぉし! 全員、入渠後に飯にしようぜ! 俺は腹が減った」

 

「はい!」

 

 全員から元気のいい返事が戻ってきたので、これで心地よく解散と行きたいのだが、ルリとしてはそうはできない理由があった。

 

「長門」

 

「は!」

 

 小さく名を呼ばれ、彼女は緊張した面持ちのまま答えた。

 

「捨ててきなさい」

 

「しかし提督代行!」

 

「いいから、捨ててきなさい」

 

「ど、どうかご配慮を!」

 

 強硬に食い下がる彼女に対して、ルリは『自分の意見も言えるようになって偉い。育ちましたね』と内心で少しだけ喜んでいたのだが、どうしても今回ばかりは彼女の意見を優先するわけにいかない。

 

 何しろ、長門は。

 

「いいから捨ててきなさい!」

 

「私がきっちりと面倒をみますから!」

 

「ダメです! 何処の世界に『深海棲艦の姫』を面倒見る鎮守府があるというんですか?!」

 

 怒号に近い声に、周囲の艦娘達は首を傾げたり、頷いたりしていない。全員が真っ直ぐにルリを見て『どうか』と小さく呟いている。

 

 自分らしく素敵に育っていて偉いとかテラは思っていて、ルリもその意見には大いに同意を示したいのだが。

 

「ここにあってもいいと考えます!」

 

「い、言うようになりましたね、長門」

 

 一瞬の迷いもなく言い返す彼女に、『立派に育ったなぁ』とテラが楽しそうに笑っているが、ルリとしては同意はしても『認める』わけにいかない。

 

 自分達は深海棲艦と戦っている。敵のボスクラスがいるなんて知れたら、今の日本が何かしてくるか解らない。最悪、敵と通じているとして排斥されるかもしれないが。

 

 それはそれで面白いのではないか。ルリは一瞬だけ妙な考えを浮かべたが、慌てて首を振って忘れることにした。

 

 面白いで一国と戦争を起こすなんてこと、前はよくやっていたなぁと懐かしい気持ちが溢れてくるが、今は関係ないので打ち消す。

 

「貴方が立派に育っているのは嬉しく思います。しかし! ダメなものは駄目です」

 

「何故でしょう、提督代行。我が鎮守府ならば『敵であっても受け入れる』度量位はあります」

 

「言い切りますね。本当にもう」

 

 小さくため息をついて、ルリはテラへと視線を向けた。

 

 彼は『いいんじゃないの』といった顔をしているから、否定なんてしてくれないだろう。

 

 では、大淀は。彼女は意見がないらしく、話に加わってこない。というよりは、だ。全艦娘の意見は同一なのではないかとルリは考え始めた。

 

 まず最初に、連れ帰れた時点でおかしい。長門の意見に反対ならば途中で捨ててきているはず。あるいは撃破して終わりだろうが。

 

「吹雪」

 

「はい! 私もいいと思います」

 

 初期艦が同意を示したから、誰もが反対意見を口にしなかったか。あるいは吹雪は反対を示したが、周りがお願いしたので首を縦に振ったか。

 

「では全員の総意として『許す』と?」

 

「お願いします!」

 

「解りました。では、百歩ほど譲って認めますが、二人は駄目です」 

 

「何故ですか!?」

 

「姫級を二人もかくまったなんて知れたら、全面戦争ですよ。解っているんですか?」

 

「がんばります」

 

 吹雪の一言に、ルリは軽いめまいを覚えた。がんばりますとは、何を示すのか、見つからないようにか。それとも二人が反乱しないようにか、暴れないようにか。そもそも、深海棲艦という恨みとかの塊が、こんなに大人しくしているのは罠があると考えないのか。

 

 待った、吹雪の頑張りますは、『日本と戦争になったら叩き潰します』の頑張りますではないだろうか。だとすると、全艦娘が日本と戦争してでも姫級二人をかくまうと決めたのか。

 

 頭が痛くなってきたルリは、もういいかと投げることにした。

 

 事はなるようにしかならない。ならば、このままでもいいのだろう。何よりだ、とチラリとルリは隣に視線を向けた。

 

 相変わらず微笑んでいる我が主を見て、『それもそうか』と納得してしまう。敵であっても取り込んでしまう馬鹿ならば、見慣れているではないか、と。

 

「許可します。しかし、何かあったら、特に提督に何かしたら」

 

「もちろん潰します」

 

 言葉の途中で、全員から返されてしまった。もう見事に、全員が殺気をうかべているので大丈夫だろう。

 

「では解散、補給と休息しなさい」

 

「はい!」

 

 敬礼して散っていく艦娘達を見送りながら、ルリは小さく呟いた。

 

「テラさん、どうやら育て方を間違えたようです」

 

「うん、あれはなんて言うか。ヤバい宗教集団に見えた」

 

「はぁ」

 

 小さくどちらかともなく溜息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 改めて戦闘をしてみれば、鎮守府の弱点が浮き彫りになってくる。

 

 現在の鎮守府は、戦艦三、空母三、重巡二、軽巡六、駆逐艦八、これに大淀や明石を入れたら結構な戦力になる、と予想していたのだが。

 

「空母ですか」

 

「はい、瑞鳳の負担が大きく、休ませながらの戦闘でした」

 

 吹雪の感想に、ルリは小さく頷く。

 

 盲点だったといえる。元々、化け物じみた体力を持つテラを筆頭に、疲れ知らずなバッタ師団が補佐した『サイレント騎士団』において、体力が続かないといったマイナス要素はなかった。

 

 単体で一つの役割をこなす、ということがなかったこともある。補助としても予備としても常に四つ以上の配置をしていたルリにしては、珍しいほどの初歩的なミスだった。

 

 空中管制を行いながら索敵ラインを形成、周辺警戒も一人で行うとしたら確かに続かないか。

 

「戦艦も三隻ですが、そちらは?」

 

「扶桑が上手くまとめてくれました。主砲については、やはり長門と大和の精神的な未熟さが出てしまって」

 

「最終局面前で戦艦なしの場面があった、と?」

 

「はい」

 

 なるほど、とルリは小さく呟く。報告は受けた、データとしては吹雪達はもちろん、大気圏外の艦隊から受け取った戦闘報告もあるが。

 

 実際に現場にいた人間の感想のほうが、ルリとしてはスッと頭に入ってくるのでこうして報告してもらっているのだが。

 

「駆逐艦や巡洋艦は?」

 

「そちらは大丈夫です」

 

 笑顔で答える吹雪に、一切の迷いはない。

 

 『言わせない』ではないだろうか、とルリはちょっと変な考えが浮かんだのだが、ここは吹雪を信頼しようと結論を出す。

 

「解りました。建造を指示しておきます。とりあえず、三隻くらいを目安に資材は目いっぱい」 

 

 近場にいた妖精が、『キラッ』とウィンクして工廠へと向かっていく。

 

「なんだか嫌な予感がしますね」

 

「あ、私もです」

 

「止めたら妖精たちが泣き崩れるのでそのままで。で、吹雪、後は?」

 

「はい。近接武器がもう少しあればと思いました」 

 

 艤装ではなく、近接武器か。

 

 これもルリとしては意外とは感じなかった。他の鎮守府で言えば、『何を考えている』と言われそうだが、ここはトップが近接武器を使っているので、その配下の艦娘ならば使えて当然という考えが蔓延している。

 

 ルリは止めないし、吹雪は染まっている。初期艦からしてそうなのだから、配属された艦娘達は次々に近接武器を使えるように頑張っているが。

 

 今のところ、駆逐艦達は全員。軽巡達がもう一歩、重巡の二人は慣れさせ始めたばかりで、戦艦は選んでいる途中、空母はまだ訓練していない段階。

 

「天龍がやらかしたと聞きましたよ?」

 

「突撃途中で武器を壊す間抜けは、今は特訓中です」

 

「はぁ」

 

 貴方がいて、誰がとルリは考える途中で天井を見上げた。

 

「提督ですか?」

 

「いえ、暁がやっています」

 

「はぁ」

 

 意外な名前ができたものだが、彼女はそんなに近接武器を使えただろうか。

 

「剣が使えなかったので、刀を使ったらこれが意外にはまったみたいです」

 

「なるほど」 

 

 そういえば、日本刀を使っていたなとルリは思い出す。刀みたいな艤装を扱う天龍にとっては、とても勉強になる相手か。

 

「解りました。後は何かありますか?」

 

「はい。『ホッポ』と『コーキ』に決まりました」

 

「ああ、姫級二人の名前ですか? 二人は何と?」

 

 敵の元にいるならば、逃げ出したいと言っていないか。それとも、苦しいと言っているか。

 

「鎮守府の食事を食べたら、『もう戻りたいくない』と」

 

 小さく眼を反らす吹雪に対して、ルリは思う。

 

 『いや、それはどんな食事をしていたんですか』と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 港を歩く、砂浜の一部が足元を流れ、ざらざらとした感触がとても懐かしく思える。

 

 『コーキ』、元港湾棲姫は小さく顔を上げて太陽を見上げた。世界を憎んではいなかったが、艦娘は憎かった。なのに、今は鎮守府でこうして艦娘達を過ごしているのは、どんな笑い話よりも喜劇だろうか。

 

 あるいは悲劇なのかもしれない。

 

「コーキ、あっち」

 

 ホッポ、元北方棲姫が指をさす先では二人の艦娘が向かい合っていた。 

 

 方や駆逐艦、最も小さい艦種にして最も脆弱な艦種のはずなのに。

 

「天龍、もう終わりかしら?」

 

 穏やかに微笑む姿は小さい子供なのに、何処か深窓の令嬢を思わせる。優雅に動く体の、一つ一つに気品が満ちているような錯覚を覚え、相手が子供だと解っているのに、一人前のレディがドレスを纏ってダンスをしているように感じてしまう。

 

 実際には彼女はとても無粋で物騒な刀を持っているが。

 

「まだまだ」

 

 一方で汗だくになって息切れを起こしているのは、軽巡。普通、駆逐艦と軽巡が一騎打ちをしたら軽巡に軍配が上がるはずなのに。

 

 駆逐艦は息一つ乱れず、汗一つもかいていないのに、軽巡は汗だくで立ち上がれずにいる。

 

「貴方は力任せ過ぎるのよ。刀は力で振るうのではなく、流れで振るうもの。がむしゃらにやっていたら、優秀な武器でも折れるわよ」

 

「解ってるんだけど、どうにもな」

 

 息を整えながら天龍はどうにか立ち上がる。手に持った刀は艤装と同じ形をしている。何もかもそっくりな刀が、あの時の光景を思い出させる。

 

 最後の一撃を入れ損ねた。自分の刀がどんな状態であるのか、視界に入れるまで気づかなかった。

 

「頭で解らないならば、体に覚え込ませる。何度もでも付き合ってあげるわよ、天龍?」

 

 小さくウィンクした暁は、右手だけで刀を回す。わざと隙を作っているような動作の中、天龍は一歩で突っ込んでいき、叩き落とされた。

 

「読み合いがまだまだね。わざわざ刀を回す理由が何処にあるの?」

 

「ク、ちっくしょう」

 

「はいはい、威勢のいい貴方はとても素晴らしいわ。けれど威勢だけで上達するわけがないのよ。ほら、次、きなさい」 

 

 右手だけで刀を持った暁は、自然体で立っていた。構えるわけでもなく、力を込めるでもない姿に、コーキは『怖い』と思ってしまう。

 

 何処から来ても迎え撃てる、それだけの実力が彼女からは感じられる。艤装も纏っていない駆逐艦に恐れを抱くとは。

 

「暁、怖い」

 

「ええ、そうね」

 

 ホッポの言葉に頷いていると、暁がこちらを見て小さく頭を下げた。

 

「天龍、今日はお客様がいるからここまでにしましょう。ゲストを怖がらせるのは、レディらしくないわ」

 

「あ、そうだよな。ありがとうございます、暁さん」

 

「いいえ、私もいい訓練になったわ。また後日」

 

「是非、お願いします」

 

 一礼して去っていく天龍を目で追いかけていた暁だったが、やがてこちらへと顔を向けて歩いてくる。

 

 温和な笑みに、先ほどの凄味は何処にもなかった。

 

「二人とも、鎮守府はどうかしら? 何か困ったことがあれば、私か吹雪を頼りなさい」

 

「大丈夫」

 

「ありがとうござます。どうして、敵である私たちにそこまで優しくしてくれるのですか?」

 

 前々から感じていた疑問を口にすると、暁はきょとんとした顔の後、小さく微笑した。

 

「貴方達を助けると仲間が決めて、全員が認めたからよ。それ以外に理由はないわ」

 

「でも、それで貴方達が危機に陥るのでは?」

 

 彼女の懸念に、暁は『そうかもしれないわね』と口にしてから、別の言葉を紡いだ。

 

「その時は私たちが全力で守るわ。仲間も貴方達も、全員が全員を」

 

 誇らしげに語る彼女にコーキは何故か、とても安堵している自分を感じていた。

 

「私達も貴方達と同じだったのよ。裏切られて捨てられそうになって。でも、提督と提督代行に救ってもらった。だから今度は、恩返しのためにも誰かを助けたいのよ。『貴方達が救ってくれた私たちは、こんなにも強くなって多くの人を救えるようになった』といえるようにね」 

 

 誇らしげに胸に手を当てて語る暁の姿は、とても少女のものではなくて。コーキには、肖像画に描かれているような貴婦人のように見えたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 焦燥感は何処にでも有る。自分に自信が持てない人ほど、他人が優秀に見えて、彼らが自分に対して何かしてくるのではと怯えてしまう。

 

 怖さや怯えが内心に留まっているならば、他に影響されることなく押し込められるのだが、それが表に出てきてしまうと人は簡単に壊れていく。

 

 倫理は道徳など無視して、『おまえが悪いと』責任を押し付けて。

 

「あの鎮守府は危険だ」

 

「彼らは圧倒的な武力を持っている」

 

「彼らは日本を無視している」

 

 怖さが渦を巻き、伝染し、多くの人の価値観を狂わせていく。

 

 やがて大きな流れとなったものは、小さな意見など飲み込んで、大きな悪意へと姿を変えていく。

 

「あの鎮守府は、日本を征服しようとしている」 

 

 誰かが小さく言ったことは、それがまるで真実のように広まっていく。誰も否定しない、誰も嘘だと告げない。

 

 ただ、妬みと恨みと怖さが混ざり合った意見のみが、周辺へと流れて行ってしまう。

 

「潰そう、それが日本のためだ」

 

 短絡的な意見が、それが正解であるように多数決として決まっていく。

 

 相手が誰かも知らないで、一個人だと、一つの鎮守府だと思いこんで。

 

 

 

 

 

 





 一朝一夕で強さなんて身につかないから、私達は毎日を訓練する。何度も繰り返して、何度も体に覚え込ませてね。

 泥臭いのは嫌? なら簡単な話じゃん。

 強くならなければいい。

 なら痛いことも泥臭いこともないから、簡単でしょ?

 はい、この話は終わり。私は訓練しに行くからね。

 なんでって、そんなの決まってるじゃん。

 私はまだまだ強くなりたいからね。






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愚者は道化のように舞台の上で踊り


 
 後悔ってやつは何時だって後からくる。

 前にあったら、後悔じゃないからな。

 けどな、やる前から痛感することはあるんだよ。

 『ああ、こいつは絶対に悔しいな』って思えることはな。






 

 町はずれの寂れた喫茶店、誰も来ないような場所に男が二人、テーブル席に座りながら、コーヒーを楽しんでいた。

 

「本当なのか?」

 

 片方の言葉に、もう一人は小さく頷く。

 

「はい、確証はありませんし、証拠もありませんが。確実に、そうです」

 

 丁寧に報告された内容に、男は渋い顔で腕組みした。

 

「出鱈目だとしても、言っていいことと悪いことがあるぞ」

 

「私も虚言を弄しているわけではありません、確実に動き出しています」

 

「おいおい」

 

 呆れて溜息をつく。ようやく、平穏への道を見つけたのに、今度はそれを壊そうというのか。

 

「海軍か?」

 

「陸軍も一部、賛同している様子です」

 

 どういうことだ。昔から陸軍と海軍の仲は悪い。同じ国家の軍人とは思えないほど反発しあい、まるで『水と油』のようだと笑われたこともある。

 

 犬猿の仲同士が手を組んだとは、話半分でも信じられない。

 

「他にも政治家や企業なども参加している様子もあります」

 

「おいおい、本気か?」

 

「はい、それと諸外国も、という話も」

 

 話が膨れすぎていないか。目線で相手に問いかけるが、彼は小さく首を振った。ほぼ、間違いない話ではあるが、証拠は何一つ出てこない。

 

 あくまで噂だ。人の流れ、物資の流れに不審な点があって、探っていたら妙な集まりが、不定期に各所で行われていることが解った。

 

「今の御時世、外国人が国内にいたら目立つだろう?」

 

「情報関係も何人か、それもかなり上の役職を抱き込んでいるようです。後は地下とか」

 

 冗談じゃない、と男は言いたくなった。

 

 この法治国家の日本で、そんなバカなことをやっている連中がいるのか。黒幕は誰だ、そもそも目的は本当に『あの鎮守府』なのか。

 

「詳しい話だな」

 

「危ない橋を渡っていますから。ですが、軍令部では話ができません、東堂総長」

 

 名を呼ばれて男は鋭く相手を見つめる。

 

「おい、まさか」

 

「そのまさか、です。軍令部の中にも『同士』がいるようです」

 

 自分の足元に獅子身中の虫。せっかくの平穏を棒に振ってまで、『自分達が主役でいたい』と考える奴がいるなんて。

 

 嘆くべきか、反骨精神があって大いに結構と笑うべきか。

 

「例の『警告』は知らないのか?」

 

「恐らく偶然か誇張だと思っているのでしょう」

 

「愚か者の集団なのか?」

 

「人は自らが思ったことしか見ない。そう言うことです」

 

 苦虫をかみつぶしたような表情で、東堂は瞳を閉じる。

 

 テーブルに突き刺した短刀。意味を察することは容易のはずが、誰もが眼を向けようとしない。

 

 誰にも知られず、誰にも悟られず、妖精や艦娘の警戒網をすり抜けて鎮守府の最重要区画、提督の執務室に短刀を突き刺すことが出来るならば。

 

「止めろ。何としても止めろ、下手したら『あいつら』に日本が滅ぼされるぞ」

 

「はい」

 

 短く答え、男は喫茶店から出ていく。その顔に薄く笑みを浮かべて。

 

 一人、残された東堂は窓から外を見つめ、小さくため息をつく。

 

「止められないだろうが、俺達はその方がいいか」

 

 呟いた言葉に、東堂は唇の端を歪めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テラ・エーテルとホシノ・ルリは、吹雪を伴って建造ドックに来ていた。

 

「よ」

 

『はうわぁぁぁ! 提督!』

 

「おい、待て」

 

 何故か、ドックにいた妖精たちが一斉に動き出して土下座。見ていて気持ちいいほど整列して土下座する妖精たちに、テラは頬を引くつかせる。

 

「あ、提督、どうしました?」

 

「明石、建造だ。空母三隻」

 

 ひょっこりと顔を出した彼女に、テラは指を突き付ける。

 

「狙って出せるものじゃないですよ」

 

「そうなのか?」

 

 チラリとテラが妖精たちを見つめると、全員が一斉に起立し敬礼した。

 

『いえ! 空母つくります!』

 

 決意に燃える瞳を向けてくる彼らに、テラは『ここにも洗脳された者達が』と内心で嘆いていた。

 

「じゃ、頼む」

 

『オーダー!!! 提督からのご命令だ!!』

 

『おうさ!!』

 

 妙な掛け声とともに一斉に走り出す妖精たちを見送り、テラはポツリと呟いた。

 

「独裁者になったみたいだ」

 

「そうですね、新鮮な気持ちになります」

 

「うむ・・・・・俺、いい人達に恵まれたなぁ」

 

 自分の本来の立場を思い出し、『あの国の国民は、あんなに心酔したような態度じゃなかったなぁ』とテラは胸中で呟いた。

 

「やっぱり、空母が不足って話になりましたか?」

 

 明石が何故か、ほんわかした気持ちでいる提督と提督代行を余所に、吹雪にそっと話しかける。

 

「はい。瑞鳳に負担がかかりすぎますから。それに、瑞鳳一人に任せっきりだと艦隊を分けた時に、色々と困りますので」

 

「へぇ~~~吹雪さん、お願いですから敬語は止めてください」

 

「え?」

 

 納得していた明石が、何故か項垂れてしまい、吹雪はきょとんとした顔を向けた。

 

「なんだか、自分がとても悪いことをしている気になります」

 

「え、でも、私は駆逐艦ですから」

 

 偉くないですよと語る吹雪に対して、明石は思う。

 

 何処の世界に、戦艦を素手で沈め、艦隊を単艦で壊滅させる駆逐艦がいるのか、と。貴方の中の駆逐艦は、『魚雷を駆逐すための艦』ではなく、『すべてを殲滅させ駆逐する艦』ですか、と思った。

 

「鎮守府の初期艦ですから、皆の誰よりも偉いんですよ」

 

「はぁ、そうですか。なら、これから気をつけます・・・気をつける」

 

「それがいいですよ。私達は皆、吹雪さんの背中を見て育っているんですから」

 

 明石が誇らしげに告げるのだが、彼女自身としては他の背中を真っ直ぐ見詰めて進んでいるのみだ。

 

 提督と提督代行の、テラ・エーテルとホシノ・ルリの背中だけを見て、強くなろうとしているだけなのに。

 

「よっし、建造指示だしたから戻るか。明石、俺の艤装、ちょっと調整しておいてくれ」

 

 背伸びしながらテラは真っ直ぐ水平線を見つめていた。

 

「はい、完璧に仕上げておきますよ。丁度、新しい技術も教えてもらっていますから。電磁推進、搭載しておきますね」

 

「お、いいね。ついでに、全員分できるか?」

 

「お任せください」

 

 スパナを持ち上げ、にやりと笑う明石。マッド・サイエンティストの片鱗が見えた気がしたが、誰も気にした様子はない。

 

「夕張のほうの手が空けば、手伝うように伝えます」

 

「ありがとうございます」

 

 ルリの提案に明石はお礼を言って、すぐに自分の工廠へと向かっていく。

 

「テラさん、ちょっとおかしい話になっているようですよ」

 

「ん、そっか。まあ、人の性だからな」

 

「ええ、そうですね」

 

 テラとルリが何か話をしているが、吹雪は口を挟まない。二人が見つめる先を見つめ、二人が目指す道をしっかりと歩くのみ。

 

 もし、その道の途中で邪魔する者がいれば、排除すればいい。彼女はニコニコと笑いながら、かなり物騒なことを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「確かなのか?」

 

「ああ、あの鎮守府の空母が扱っている艦載機は、『F-14トムキャット』だ」

 

「馬鹿な。艦娘の艤装で扱えるのは第二次世界大戦までのはずだ」

 

「一部、架空の、計画されていた艤装に発展する可能性はあったが、そこまでとは」

 

 暗い室内に集まった男たちは、一つのスライドを見ていた。

 

 赤城と加賀、とみえる艦娘が放った矢が分裂して、航空機の形になる。ここまでは普通の空母艦娘達と同じなのだが。

 

 次の瞬間に映し出された艦載機は、とてもプロペラ機に見えず、また日本軍が開発していたジェット機とも違う。

 

 音速飛行可能、ミサイル搭載可能、遠距離から射程距離の長いミサイルで一方的に敵を葬る。加速性能の違いから、深海棲艦側の航空機は付いていけない。一気に置き去りにされて、次の瞬間には撃墜されていく。

 

 ミサイルが実用化されているなんて話は、今まで一度も聞いたことはない。

 

「旋回性能は、やはり深海棲艦側が有利か」

 

「プロペラ機のほうが狭い旋回半径で回れるからな。だが、巴戦にならなければ無意味だ」

 

 航空機の格闘戦である巴戦に持ち込もうとするも、相手側は一気に速度を上げて引きあがす。距離があけば、後はミサイルを搭載した側が完全に有利だ。 

 

「空中管制機まであるのか?」

 

 スライドの中、上空を大型の航空機が舞う。見たことがない形だが、あれが爆撃機の類でないことは、一目で解った。

 

「航空機だけじゃない。見てみろ、あの駆逐艦」

 

「なんだ、あの武器は? 吹雪に近接艤装はなかったはずじゃないのか?」

 

 

 スッと、光の線が残るほどに速い一撃で戦艦だろうと空母だろうと、一撃で沈めていく駆逐艦。他の駆逐艦達も手に持った近接武装で、相手に対して接近戦を仕掛けている。 

 

 だというのに、大破の艦が見当たらない。どういう訓練を積ませれば、あれだけの砲弾の中を無傷で、しかも恐れずに突撃していけるのか。

 

「戦艦は、扶桑。まさか、長門、それに大和だと?!」

 

「馬鹿な! まだ大和型は未発見のはずだ!」

 

 驚愕に室内が揺れる。砲撃している戦艦は三隻、だというのに敵艦隊に対してかなり優位に進めているように見える。

 

「驚異的な命中率だ。あの距離で初弾命中が狙える戦艦など、聞いたことがない」

 

「空中管制機に弾着観測をさせているのだろうか。となると、かなり性能のいい無線機を搭載しているのか」

 

「まて、あの長門型、レーダーの形が違うぞ。あんな形のレーダーが第二次世界大戦時にあったか?」

 

「見たことない形だが、確実にイージス艦と同じシステムではないか?」

 

「馬鹿な、戦艦にイージス・システムを搭載など、あり得ない話だ」

 

 次々に出てくるスライドに、室内の誰もが驚愕しかなかった。

 

 今まで近代戦の装備を搭載する話はあった。何度も艦娘と試し、時に妖精や明石達とも試みてはいたのだが、一度も成功したことはない。

 

「あのノウハウがあれば、我らも」

 

「だが、あの鎮守府は技術公開をしていない」

 

「馬鹿な。あれだけの技術を公開しないなんて話があるか。軍令部から命令を出していないのか?」

 

「拒否したのではないか?」

 

 誰かの言葉が、波紋のように全員に広がる。

 

 嫉妬、妬み、次々に生まれてくる感情は、多くの人の精神を支配するように『あの鎮守府だけが独占している』という考えを植え付けていく。

 

「あの話は本当だったな」

 

 誰ともなく呟いた言葉に、室内にいた全員の目が血走る。

 

 かつて、無念に散った友がいた。かつて、慟哭を上げて敵に向かっていった軍人がいた。軍艦も航空機も、敵を退けるために散って行った。

 

 護りたい者が護れずに、自暴自棄になった同期がいた。民間人を守り切れずに自害した者たちがいた。

 

 あの鎮守府は、そんな彼らのことを足蹴にして自分達だけ栄光を掴もうとしている。周りのことなど一切、気にすることはなく。

 

「許せない」

 

 小さく呟かれた言葉は、次々に伝わっていき、やがて室内にいた全員の心の中に刻まれていく。深く、狭く、とてもドロドロとした感情と共に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 執務室にて、テラはテーブルに腰かけたまま床を見つめていた。

 

 その隣で、ルリは自分の机においてあるチェスボードを見ている。

 

『本当にいいの?』

 

「ん、いいさ。オラクル、放っておいて」

 

 彼はテラの返答を聞いた後、ルリに目線を向けた。

 

 彼女は答えることなく、チェスボードの黒のナイトを動かす。

 

『二つ、三つ、放っておくってことでいいのかな?』

 

 オラクルの念押しに対して、テラはニコニコ笑ったまま、ルリは別のコマを動かす。今度は黒のビショップと、黒のルーク。

 

『艦隊も動かさずにってこと?』

 

 声は部屋の隅から、不機嫌そうな顔のバビロンは、腕組みして歩き出す。

 

「本気?」

 

「本気なのでしょう」

 

 イオナとアリアも不満を顔に出してはいたが、同時に呆れたように告げる。

 

『ルリ、本気で現状維持のまま?』

 

 バビロンがチェスボードに手を伸ばし、白のルークを動かす。

 

「ええ、テラさんがそう言っていますから」

 

『相手は明らかにこっちを敵視しているのに?』

 

「はい」

 

『本当にまったく、君まで』

 

 呆れて顔を覆って机に突っ伏すバビロンに、ルリは小さく微笑む。

 

「らしくないですね。帝国創立の時、二千隻の艦隊に単艦突撃した時は、もっと切迫した状況でした。でも、貴方は『楽勝』といっていましたよ」

 

 昔の話を持ち出され、バビロンは小さく呻いて顔を上げた。

 

『あの時は事前準備があったから。今は何もしていないのに、さ』

 

「だから、らしくないと言いました。バビロン、相手の総戦力評価、思い出してください」

 

 言われて彼はデータを読みだして流し読みして、『ああ』と納得した。

 

『そっか、そっか。なるほどね』

 

『バビロン、そこで籠絡されないで』

 

 オラクルが呆れたような顔で告げるが、彼は妙にすっきりした顔で両手を広げる。

 

『僕たちは、ちょっとナーバスになっていただけだよ。オラクル、君なら解るんじゃないの?』

 

『それはそうだけど。僕は小心者って設定だからね』

 

 不安要素はできるだけ消したい、というものらしい。

 

「私達は最後の楯、敵意があって向かってくる敵がいて、所在地が解っているのに手を打たないのはストレスになる」

 

「相手がどのような力を持ち、それがどのような結果になるかわかってはいても、姉様と私には負担になりますから」

 

 イオナがちょっと首をかしげて溜息をつきながら告げ、隣にいるアリアは真っ直ぐにテラを見つめて言う。 

 

「だとしても、です。私達は『サイレント騎士団』、テラ・エーテル様の剣なのですから、剣が主に無断で動くなんてありえません」

 

 チェスボードから視線を外し、ルリは全員を見回す。『ちょっと全員、ナーバスになり過ぎてませんか』と呆れを目線の乗せながら。

 

「今はこっちが優先だろ? 深海棲艦が何を目的にしているか知らないけど、艦娘達に協力するって決めた以上は、向かってくる敵は潰すだけだ」

 

 テラは視線を上げて、室内の全員を視界に収める。

 

 昔から変わらない人たち。『サイレント騎士団』として、常に自分の傍にいた存在達は、今も変わらずここにいる。

 

「だから、『サイレント騎士団』は使わない。艦娘達の力で平穏を勝ち取ってもらおう」

 

 方針に変更なし。テラは口外にそう告げているが、同時にこうも言っているように聞こえた。

 

 向かってくる敵は潰す、それは『相手が深海棲艦でない場合でもこちら側を襲ってくるなら潰す』と。

 

 

 

 

 






 善人じゃない、ヒーローには憧れるけど、自分がそういった存在じゃないのは痛いほどよく解っている。 

 悪鬼羅刹? 暴君? 悪魔? 邪神? 

 好きに呼べばいい。俺は、何処までいっても俺だから。

 破壊神って呼ばれてでも、護りたいものを護る。そのために世界を消す必要があるなら、俺は迷わずに世界を消してやる。






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耳に心地のいい虚言を弄する

 真実がいいなんて、餓鬼の戯言だ。

 誰だって痛いものに触れたいなんて考えない。

 真実を伝えられて苦しくなるくらいなら、優しい嘘を求めるものだ。

 そうだろう、違うのか?














 話は、唐突に広がりを見せる。

 

「新型機、ですか?」

 

 変わらない執務室。書類を確認していたルリは、唐突なテラの呟きにこう返した。

 

「そう新型機」

 

 テラは何処か悪戯っ子のような笑顔で告げながら、右手を真っ直ぐに上げる。 

 

「明石が電磁推進に取り掛かったから、そろそろ新型機が欲しいなって」

 

 唐突に何を言っているんだろうと大淀が見ているが、テラは気にした様子もなくさらに言葉を重ねる。

 

「ほら、世間じゃ零戦だけじゃないじゃん。なら、こっちもF-14以外にも何かってね」

 

「はぁ」

 

 右手を下ろしてグッと親指を突き出すテラに、ルリは『確かに』と思ってしまった。

 

 最初は瑞鳳が使っていたもの、やがて赤城や加賀が使えるようになってきたのだから、そろそろ機種転換の時期かもしれない。

 

 深海棲艦もF-14に対応してくるだろうから、ここでまったく違った機種を搭載することで、相手側に混乱を与えつつ味方の損害を減らす手段を講じるのは指揮官の勤めだ。

 

 指揮官が『じゃ、新型創ろうぜ』なんていうかどうかは知らないが、ルリの中ではテラの意見は、『妥当』と判断できる。

 

「とすると、どうしましょう? 妥当なところで、F-18『ホーネット』ですか?」

 

「それでもいいんだけど、空中管制機もあることだから、いっそのこと」

 

 テラは言葉を止めて、今度は人差し指を上に伸ばす。

 

「F-22行こうぜ」

 

 とても気楽な笑顔で告げる我が主に、巫女であるホシノ・ルリはちょっと呆れてしまう。

 

 レーダーがやっと出来上がったかな、というレベルの戦争にステルス機を投入するとは。我が君ながら情け容赦ない、そこまで戦力差を広げたいのか。

 

「後さ、レールガンって主砲に使えないかな?」

 

 追加で出された内容に、ルリが引きつった笑みを浮かべる。

 

 そこまで上げますか。深海棲艦が根こそぎ消えませんか、そもそも第二次世界大戦レベルの戦争の中に、レールガンとかぶっ飛んでませんか。

 

 色々な考えがグルグルと脳裏を回った後、ルリはポンっと手を打った。

 

「あ、テラさん、まさか、あの艤装を使いたいとか?」

 

「・・・・・・」

 

 露骨に顔を背ける彼に、『どうしてそんな危険な考えに』とルリは目線で問いかける。

 

「あの艤装って何のお話ですか?」

 

 横から口を挟む大淀に対して、ルリはため息交じりに答える。

 

「提督と吹雪と明石が悪だくみして作った、とっても凶悪かつ暴力の塊のような艤装です」

 

 あれは大変だ。もうジェット戦闘機が赤ん坊に見えるくらいの艦載機と、四十六センチ砲が豆鉄砲に見えるくらいの主砲を搭載した、凶悪な暴力の化身でしかなかった。

 

「それほど何ですか?」

 

「それほどなんです。そもそも、前提となる動力炉が違っていますから。対空火器も光学兵器と空間兵器でしたし」

 

 思い返して見ても頭痛がしてくる。何処をどうしてあんな艤装を作ったのか、そもそもあの当時の明石の技量で組み上げることができたのは、どうしてなのだろうか。バッタ達と妖精たちが手伝ったにしても、あんな艤装になることはないはずなのに。

 

「そ、そこまでですか?」

 

 ちょっと顔色が悪くなった提督代行に対して、大淀はかなり腰が引けてしまった。

 

「使ったら、戦闘の余波で二十キロ圏内が消滅しますね」

 

「絶対に使わないでください」

 

 鋭く顔を向けて釘をさす大淀に対して、テラは『解ったよ』と両手を上げたのでした。

 

「でもさ、新型機は欲しいよね」

 

「まあ、それは」

 

 ルリもその点だけは同意している。他は、ちょっと頷けないが。

 

「それで、本当にF―22を?」

 

「ん~~~VFって言ったら、怒るでしょ?」

 

「そもそも、妖精たちや艦娘達が扱えるんですか?」

 

 新型機として開発はできるだろう。バッタならば、艦娘の艤装として『バルキリー』あたりは作ってしまえる。そもそも、F―14の原型を作ったのバッタ達であり、その後の量産は妖精たちが行ったものだ。

 

 普通、開発で当てるしかないって話は、ルリは聞き流していて、テラには伝えていない。

 

「『ワイバーン』は許せる方?」

 

「いや、テラさん、どういう基準で言っているんですか? 許せるって何に対しての話ですか?」

 

 頭痛がしてきたルリは、彼がどういった考えの元で話を進めているのか解らなくなってきた。

 

 Fシリーズならば史実通りの人類が開発している戦闘機だから、妖精達もすんなりと製造できるかもしれない。

 

 しかし、だ。VFシリーズはそもそも戦闘機というカテゴリーの中のものではなく、どちらかといえば機動兵器扱いになる。

 

 翼あって胴体あって空飛べる、これが戦闘機。翼あって胴体あって空飛べて、変形しますは戦闘機ではないはずだ。

 

 『あれは戦闘機だ』と昔にパイロットが暴動を起こしたことがあったが、ルリの中では機動兵器扱いで譲るつもりはない。

 

「ストームソーダーとかは?」

 

 どうしてそっちに行った、とルリは内心で叫びたくなった。今まで機械だけだったのに、機械生命体を入れてくるなんて。ゾイドは、ゾイドというカテゴリーなので戦闘機や機動兵器とは別系統になるのに。

 

「メイヴも捨てがたい」 

 

「もう、好きに作って艦娘達に選ばせればいいんじゃないですか? これから空母が六隻になるんですから」

 

「おお、そっか」

 

 盛大にルリが放り投げた結果に、テラは嬉しそうに笑ったのでした。

 

 そして、結論として、空母艦娘の大混乱が始まった、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結論として、開発できた。製造できました。

 

 テラが工廠に突撃して、図面とイラストを見せて妖精たちに解説。テラのことを崇拝しているような妖精達は、直々の命令に敬礼してすぐさま開発開始。

 

 バッタ達も喜々として参加した大開発闘争は、熾烈を極めた。 

 

 飛び交う図面、殴り合う怒声、次々に開発されては『没』と貼られて放り投げられる部品達。

 

 寝る間も惜しんで、食事を忘れて、けれど譲れないプライドのぶつかり合いは明石と夕張の二人に『しばらく工廠に入りたくない』といわせるほど、かなり強烈なものだった。

 

 後に報告書を受け取ったルリは語る。

 

 『馬鹿ばっか』と。 

 

 飛び散る血とオイル。妖精同士だけではなく、妖精対バッタとか、バッタ対バッタとかって戦争の果て、新型航空機は開発終了となった。

 

 なったのだが、出来あがったものは当初の予想の遥か斜め上を行くものばかりだったという。

 

 一つ目、『真・ゲッター』。

 

「え、世界を滅ぼすんですか? いや、戦闘機なのは解ります。確かに変形前は戦闘機ですね。確かに。え? ゲッター線ってこの世界にあるの?」

 

 提督代行、一つ目の書類を握り潰してしまう。

 

 二つ目、『デルタカイ』。

 

「・・・・・ナイトロ搭載して、妖精たちに何させたいんですか?」

 

 提督代行、二つ目の書類をシュレッダーに放り込む。

 

 三つ目、『ADF-01フォルケン』。

 

「レーザーですか? 大型気化爆弾で薙ぎ払いたいと? 両方搭載可能って誰にケンカ売りに行くんですか?」

 

 提督代行、三つ目の書類を燃やす。

 

 四つ目、『デスザウラー』。

 

「そもそも戦闘機じゃない!」

 

 提督代行、迷わずに四つ目の書類を丸めて原始分解。

 

 五つ目、というところでルリは思いっきり工廠の扉をたたき壊した。

 

「テラさん! いったいどういうつもりで開発しているんですか?!」

 

「あれ、ルリちゃん」

 

 彼が振り返り、妖精やバッタ達も振り返る。とても禍禍しい瞳をした集団が、一斉に。

 

「何を・・・・・」

 

 嫌な予感がして立ち止まり、彼らの前にあるものを見た瞬間、ルリは思いっきり叫んでいたという。

 

「見て、イデオンが」

 

「そもそも戦闘機じゃないって言いましたよ!!」

 

 怒声が工廠を揺らしたのでした。

 

 今日の注意事項、ナチュラル・ハイには気をつけよう。

 

「ごめん」

 

 執務室に連行されたテラは、机に突っ伏して謝罪を口にする。

 

「まあ、最悪の状況は回避できましたので」

 

 変わりに『触れるな危険』という倉庫が増えたのだが、ルリとしては気にしない。決戦兵器は多ければ多いほど、戦術を立てやすいものだ。

 

 と、思いこむことで自分を保とうとするルリだった。

 

「それで何が開発できたんですか?」

 

「無難なところで纏めた結果」

 

「纏めた結果?」 

 

「F-22に落ち着いた」

 

 自信満々に告げるテラに対して、ルリは思う。我が主に対しての敬愛や忠誠は微塵も揺らぐことはないのだが、どうしてこう常識や自重をしないで突っ走ることがあるのだろうか。

 

 しかし、だ。他の開発した危険物よりはマシだろう。これで納得しようとルリがデータを見始めた時だった。

 

 気づいてしまった。これは、確実に不味い、と。

 

「テラさん、普通、F-22のミサイルって十二発くらいじゃなかったですか?」

 

「え? そうなの?」

 

「・・・百二十七発ってどっから搭載しました?」

 

「うちの奴ってそうだよね?」

 

 純粋に、悪気がなく、テラはそう答えた。 

 

 確かに『アルカディア』に搭載してあるバッタ師団航空科のF-22は百三十発くらいはミサイルを搭載しているが、あれは元々外見だけがF-22で中身は別者の技術で製造されているためであって、単一惑星にいたころのF―22はそんなにミサイルを搭載していない。

 

 最高速度がマッハ12ってそんなに加速しないはずだ。しかも、可変ノズルを使っているので離着陸距離がめちゃくちゃ短い。未改造で第二次世界大戦の空母から飛び立てるし、降りられる。

 

 機銃が、レーザー。これもどうかしていないか。

 

 装甲材質がチタン(仮)ってなんだろう。配列パターンが完全にガンダニュウムのそれなのだが。チタンってつけておけば、納得すると考えているのか。

 

「・・・・・・上手くまとめましたね、テラさん」

 

「いぇーい!」

 

 ノリノリと親指を突き出す提督に、提督代行は思う。『どうしょうもないので、後は赤城に丸投てしましょう』と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 丸投げされた赤城は、その報告書を受け取った後、普段の彼女を知っている艦娘からしたら、『え、赤城さんですか』というような態度で提督代行に泣きついた。

 

「私のことが嫌いなんですかぁぁ?!」

 

「離しなさい赤城、貴方達のためです。いいですね、加賀?」

 

 問いかける青い方は、直立不動のままだったが、すぐに泣き崩れるように座り込み、袖口で顔を隠した。

 

「赤城さん、これは提督代行の試練よ。私たちなら乗り越えると信じて、地獄に落とすつもりです」

 

「提督代行ぅぅぅ!!」

 

 煽るような加賀の言葉に、赤城がさらに号泣。

 

「そんなわけありません。貴方達なら扱えると信じて」

 

「信じて?」

 

 二人して泣きやんで、真剣な顔で見つめてくる。二人が座り込んでいるから、見上げる形になってしまっているので、まるで『捨てられた子供のように』ルリには思えてきた。

 

 しかし、そこで同情してはテラの従者などやってられない。きっぱりと切り捨てるように告げる。

 

「いいから搭載して完熟訓練してきなさい」

 

「鬼! 悪魔!!」

 

「悪鬼羅刹でいいですよ、それで敵が倒せるなら」

 

 特に気にした様子もなく答えるルリに対して、栄光の一航戦の二人は涙を袖口で拭って立ち上がる。

 

「せめて、そっちに」

 

 『ダメ』と書かれたリストを指差す二人に、『正気ですか』とルリは叫びたくなって何とか留まる。

 

「こっちは駄目です。貴方達の技量ではあまりますので、もっと練度を上げてから出直しなさい」

 

「練度を上げれば、搭載してくださるということですね?」

 

 念を押すように赤城が告げる。いくら上げてもダメと答えるつもりだったルリだが、ふと気がついたことがあって意見を曲げた。

 

「ええ、いいですよ」

 

 飴は必要だろう。目標があったほうが二人の練度が上がりやすいのではないか。そうルリは短絡的に考えた。

 

「なんなら、もっと『凶悪な』艦載機も視野に入れてあげますよ。開発してあげますから」

 

「二言は?」

 

 加賀も食い付いたように真剣な顔になった。

 

「ええ、約束してあげます」

 

「では一航戦、赤城、完熟訓練に向かいます」

 

「同じ加賀、演習に向かいます」

 

 素早く退出していく二人を見送った後、ルリは深く息を吐いた。

 

「何とかなりました。だからといって、テラさん」

 

「ん?」

 

「次を開発なんてしないでくださいね」 

 

 釘を刺しておこう。そうルリが思って告げるのだが、彼はさわやかな笑顔を答えた。

 

「ごめん、事後」

 

「何したんですか?」

 

 呆れて固まるルリの前に、テラは一つのデータを表示させる。

 

 そして執務室にルリの悲鳴が響き渡った、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 軍令部からの通達に従い、F-14を譲渡せよ。そんな電文が来たのは、赤城と加賀がF-22の完熟を始めてすぐにこと。

 

「まあ、いいでしょう」

 

 すでに艦載機はF-22で固めるつもりでいたルリは、すぐさま全機を軍令部へと提出。

 

 命令を出した軍人たちは、『したり顔』で艦載機を受け取ると、その分配について多いのもめた。

 

 軍人とは言え人間、人間ならば派閥があって当然の話。高性能な艦載機が手に入ったならば、自分の派閥の『鎮守府』へ多く配りたくなるのが、支配欲を持つ人間ならば当たり前の結論。

 

 冷静な話し合いを行いながら、その内容は殴り合いのケンカにも劣るものだったらしい。

 

 『アホらし』と何処かの鎮守府の提督は呟いた会議が終わり、艦載機は多くの鎮守府に配られたのだが、すぐに問題が発生し艦載機は軍令部へと戻されることになる。

 

 曰く、艦娘が搭載できない。曰く、妖精たちが整備できない。等といった意見が吹きあがり、ついには『偽物では』という意見まで出るようになった段階になってようやく、軍令部はテラとルリに呼び出しをかけた。

 

 通信を受けた二人は、そんなことはないと反論したものの、軍令部は取り合わず。ついには、実際に使って見せろとまで言わる始末。

 

 そして、赤城が見事に扱い、その場で艦載機を他の空母艦娘へと渡すまでしたのだが、結局は使えないという結論になっただけだった。

 

「どういうことだ?」

 

 報告を受けた東堂はテラ達に直接に通信を入れるのだが、テラ達にも意味が解らずに困惑を浮かべる。

 

「俺達は使えたけど?」

 

「確かに使っているが、他の鎮守府の空母では使えん。どういうことなのか、解らないのか?」

 

「そんなこと言われてもなぁ」

 

 理解不能、とテラは答えるしかない。

 

 一方のルリは、ちょっとだけ予想がつく。妖精たちが悪いのでもなければ、艦娘が悪いのでもない。恐らくは提督の気質のため。

 

 『できない』、『不可能だ』とトップである提督が無意識に思い込んでしまったことが、そのまま艦娘の能力を縛りつけて上限を設定してしまい、それが艦載機の搭載不可に繋がっているのではないか。 

 

 確証はない、証明するものもないが、これが確実なものであるとルリは確信している。

 

 他の鎮守府の妖精と、自分達の鎮守府の妖精、それがF―14を前にした時の反応が、見事に分かれているから。

 

 危険だと身を引くものと、これは味方だと近寄るものの二つに。

 

 結局、軍令部はF-14の接収は諦めるしかなく、多くの鎮守府から不満がわき上がることとなった。

 

 思い返せば、それが始まりの亀裂だったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 




 

 あいつが悪いから、あいつらが何かしたから。

 都合の悪いことは他人に放り投げるのに、自分の失敗は知らぬ顔で通り過ぎる。

 原因を探らないことの意味はないのに、どうしても人は厳しいものから眼を反らしてしまう。

 探って改善すれば、すぐにでも立ち直れるというのに。








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姉のように、姉らしく

 

 自慢の姉って言われると、私に思いつくのは一人だけ。

 もちろん、他の姉達もかっこいいし頼りになるけど。

 本当に凄くて優しいのは、あの人だけだから。






 

 

 建造指示を出して三日後。ついに、鎮守府に新しい艦娘が着任した。周りが色々と不穏な空気を流していたり、裏側で色々な人達が動いている中での新人の加入。

 

 付け入る隙がとか思って油断して襲ってくるなら撃退するが、絡め手でこられたらそれはそれで楽しい謀略戦ができそうだな、とルリはちょっとだけ楽しみにしていたりする。

 

「鳳翔と申します」

 

「大鳳です」

 

 二人はよどみなく挨拶をするのだが、最後の一人は顔をそむけたままで、言葉を口にしない。

 

「艦名を名乗りなさい」

 

 催促するように告げるルリだったが、内心で憤りを浮かべている、わけではない。彼女の背後で吹雪が、『とってもいい笑顔で』剣を抜きかけているのが見えたから、ちょっと焦っているだけ。

 

「・・・瑞鶴」

 

 短く答える少女は、両手をギュッと握りしめ、視線はそらしたまま立っていた。一礼もなく、目線も合わせずに。

 

 あ、これは一波乱あるな、とルリとテラは不意に思ったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戸惑いなんて言葉は、浮かぶ前に消えた。自分が何者なのか強制的に刻みこまれ、当たり前のように体を動かして歩くことに違和感しかない。

 

 自分は沈んだはずだ。消えたはずなのに、今はここにいる。どうしてと疑問を感じる前に、疑問自体が消えていくような虚無感だけが心に沈んでいく。

 

 自分は空母、鋼鉄の船。なのに、この体はなんだ。柔らかない、人間のように、まるで自分に乗っていた人たちのように。

 

 けれど、確実に違う。あの人達のように、心の中に一本の筋が通ったのようなものがない。支えになるべきものが見当たらない、自分が何者か解っているのに、それはまるで『そうだと言われ続けているように』違和感だからで。

 

 気持ちが悪い、自分は航空母艦だ。船だったのに、今は人間みたいな動きしかできなくて、弱々しくて惨めで、とても小さな存在で。

 

 何万トンもの船体はどうしてしまったのか、海に浮かぶことができても軟弱な体しかないのは何故なのか。

 

 疑問が浮かんでは消えていく。まるで『考えるな』といわれるような、脅迫感だけが脳裏を揺さぶる。絶対に忘れない、絶対になくさないと思っていたものが、泡沫の夢のように消えて零れ落ちる。

 

 自分は誰だ、自分は艦娘で。繰り返すように言い聞かせても、違和感ばかりが大きくなって、次第に自分の首を絞めつける。

 

 気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。こんな自分が存在していいはずがない、消してしまいたい壊してしまいたい、でも自分で自分を壊すことができないから。

 

 だから、誰か『ワタシヲコロシテ』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「訓練中に大破、ですか?」

 

「はい」

 

 報告書を受け取ったルリは、かなり渋い顔をしていた。

 

 新人空母艦娘三名を入れた六隻編成の機動部隊。とりあえず最初なのだから軽く始めた艦載機の発艦訓練において、彼女は立ち上がれなくなってそのまま沈みかけた、という話だ。

 

「演習弾しかなかったはずですが?」

 

「全員の艤装を確認しました、確かに演習弾です」

 

 報告書を持ってきた赤城の言葉に、ルリは軽く首を傾げる。

 

 演習での大破、ではなく実戦的な大破判定が下されている。妖精たちとバッタ達の判断のより、演習は強制終了。彼女には速やかにバケツ効果の狙撃弾が使用され、何とか轟沈は回避できた。

 

 原因は妖精たち曰く『不明』。建造に関わったすべての妖精たちが調査しても不明なままで、どうして彼女が轟沈寸前までいったのか解らないらしい。

 

 妖精たちが『気合を入れて建造した』三隻のうち、他の二隻は大変に素晴らしい能力を発揮している。

 

 鳳翔も大鳳もさすが『鳳』の名を持つ空母艦娘だ。初期動作ですでにF-22を扱えている。これには赤城や加賀、瑞鳳が『負けてられない』と気合を入れているのだが。

 

 最後の一人、瑞鶴が躓いた。艦載機を飛ばせない、艦載機を扱えない、といったレベルの話ではない。艤装が扱えていない。確かに浮くことはできるが、進むことができない。

 

 艤装の調査で異常の発見はなし、すべて正常。艤装の妖精たちも不具合はなかったと話をしている。

 

「問題はないようはずなのですが」

 

「ふむ・・・・・」

 

 報告書を読み、妖精たちからの話も聞いたルリは、続いてバッタ達に視線を向けた。彼らから報告書が上がっていない。口頭での説明もないのは、不自然を通り越して怪しい。

 

「バッタ、原因を把握していますね?」

 

『ピ』

 

 彼らの代表として来ている一匹のバッタは、電子音を出したまま小さく頭を下げたままで答えない。

 

「言えないことですか?」

 

『ピ これは私たちではどうにもできない問題です』

 

「原因を知りながら、解決できない問題、ですか」

 

 意味不明な言葉を投げかけられたルリは、小さく考え込む。

 

 外的要因、ではないということか。機械関係でバッタ達が解決できない原因は、ほぼないと信じている。技術面での問題も、これだけ多くの艦娘の艤装を妖精たちと扱っているから、知識量や技術力が原因での問題解決不可能ではないのだろう。

 

 となると、だ。ルリは思考を巡らせる。機械関係でバッタ達がどうにもできないと答えを出した、のではなく。

 

「問題は、『内面的な要因によるもの』だと?」

 

『ピ はい、ルリ様』

 

 バッタ達の答えを受けて、ルリはなるほどと思った。彼女の艤装は完璧、機械的な不具合はなく、明石と夕張の仕事は完璧。妖精たちにも問題はなく、艤装は見事に動いている。

 

 残る要因は、彼女自身。

 

「時間がかかりそうな話になってきましたね」

 

 機械関係ならばすぐに調整できる。けれど、精神的な問題となってくると時間がかかるだろう。原因の調査、それに対しての精神的ケア、昔から人の心理ほど厄介で複雑な問題はない。外的な負傷のように特効薬があるわけではなく、目に見えないから手探りにやっていくしかない。

 

「解りました。瑞鶴のことはしばらく訓練から外して、鳳翔、大鳳の訓練を優先しましょう。赤城達もF-22の完熟訓練もありますから」

 

「はい、解りました」

 

 少し赤城が顔をしかめている。瑞鶴のことが放置になるのが、彼女にとって許せないらしいが、だからといって瑞鶴ばかり構っていて全体の練度が上がらないのも困る問題だ。

 

 ルリとしても、放置はしたくないのだが、瑞鶴の内面を見通せない以上は原因の確認から始めないといけないので、訓練と同時進行はしたくはない。

 

 もしかしたら、訓練事態が原因の精神的な問題かもしれないので。

 

 ルリが赤城にその話をしようと口を開きかけた時、扉をノックする音がした。

 

「はい。どうぞ」

 

「失礼します、提督代行」

 

 一礼して入ってきたのは、加賀だった。

 

「どうしました?」

 

「私に教えてください」

 

 いつになく真剣な眼差しの加賀に、ルリは『何をですか』と問いかけた。

 

 そして、彼女は願いを話し出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 与えられた一室で、瑞鶴は窓を見ていた。小さな部屋の中、自分だけしかいない場所。誰もいない、船員もいない、指揮官もいない、小さな部屋でしかない住処。

 

 こんな場所があるわけない、自分が入れる部屋なんてない。違う、自分は艦娘だから部屋は必要だ、普通に生活する場所があるのは当たり前のことで。

 

 軍艦が陸に上がって部屋暮らしはおかしい、艦娘ならば当然のことだ。

 

 乱れる思考の中、瑞鶴はギュッと唇をかみしめる。

 

 違う、そうじゃない、当たり前で、間違っている意見。

 

 頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだ。

 

「入らせてもらったわ」

 

 自分じゃない声。ハッとして振り返った先には、憎らしいほどの相手がいた。

 

「何の用? 天下の一航戦が、私を笑いに来たの?」

 

 つい反発してしまう。元々の軍艦だった頃の記憶か、それとも他の瑞鶴の記憶なのか、加賀には反発したくなる気持ちがわき上がる。

 

 加賀は無言のまま歩いてくる。思わず下がりそうになって、机に背中を押しつけた。

 

「な、なによ、何か言ったら・・・」

 

 いいじゃない、と言いかけた彼女をそっと加賀が抱きしめた。

 

「な?!」

 

「大丈夫、ここにいるのは貴方だから、大丈夫よ」

 

 ゆっくりと語る声は、加賀のものだ。何故か知っている、誇り高くて冷たい加賀のものであったはずなのに。背中に触れる温もりが、ゆっくりと動く彼女の手だと、数秒後に気づく。

 

 大丈夫、大丈夫と声をかけながら上下する手の暖かさと、全身を包んでくれる優しさが身に染みる。

 

「わ、私は、航空母艦瑞鶴だから」

 

「ええ。貴方は瑞鶴よ」

 

「私は鋼鉄の船で、なんで人間の体なんて持っていて」

 

「そうね」

 

「誰もいないのは、もう嫌だ。なのに、誰も、『瑞鶴に乗っていた人たち』がいないのは」

 

「皆がいるから、大丈夫。私がいるわ」

 

「怖いから、怖くて、もう暗闇は嫌だよぉ」

 

「そうね」

 

 ギュッと加賀にしがみ付く。怖いもの全部、悲しいもの全部、違和感さえも吐き出すように泣きながら、次々に口から言葉を吐き出す。

 

 その度に、彼女は優しく背中をさすってくれた。泣きじゃくる子供をあやすように。

 

 叫んで、泣きわめいて、ボロボロ喚いたのに、彼女は一度も離すことなくずっと抱きしめてくれていた。

 

「私が傍にいるから、大丈夫よ」

 

 そっと囁く言葉に顔を上げれば、そこにいた彼女はとても穏やかに優しく笑っていてくれた。

 

「もう大丈夫そうね」

 

「うん、ごめん」

 

「いいのよ。私が傍にいてあげるから、貴方は立ちなさい。支えが必要ならばここにあるから」

 

 泣きやんで冷静になって、瑞鶴は思った。誰だ、この人は。外見は加賀なのに、どうしてこう『与えられた知識』と違う様相なのか。

 

 無口で無表情が彼女ではなかったか。この穏やかに微笑み、優しく語りかける彼女は本当に加賀なのだろうか。

 

「訓練をしましょうか」

 

「え、でも・・・・」 

 

 またできないのではないか。そう不安を感じていると、加賀がそっと手を重ねてきた。

 

「私がついているから、行きましょう」

 

「はい」

 

 思わず返事をしてしまったが、本当に彼女は加賀なのかと再び思ってしまう。

 

 その後も、彼女は自分の隣にいてくれた。訓練の時はお手本を見せてから、自分なりの解釈をちゃんとつけて教えてくれて。

 

 日常的なことも、色々と教えてくれた。困った時は嫌な顔一つせず、きちんと丁寧に教えてくれる。

 

 出来なかったことが、まだまだ沢山ある。でも、出来ない時はできるまで傍にいてくれた。原因を一緒に考えて、対策を考えてくれて、一緒に訓練してくれる。

 

 出来たことが、増えてきた。出来なかったことができたときは、本当に大げさなくらいに喜んでくれて、褒めてくれた。

 

 毎日、顔を合わせる。朝におはよう、昼にこんにちは、夜はこんばんは、寝る前はおやすみなさい。挨拶は何度も、日常的な会話はもう数えきれないくらいにしていた。

 

 最初は警戒していたけど、次第に自分から話しかけるようになっていた。日常的なこと、ちょっとした会話。訓練のこと以外でも、天気のこと、ご飯のこと、鎮守府の小さな草花のこととか。

 

 色々な、本当に小さな話もよく聞いてくれるあの人のことが、いつしかとても大切な存在になっていて。

 

 そして、今では。

 

「あ、加賀姉!」

 

「・・・・瑞鶴、それは駄目よ。私と貴方は姉妹ではないのだから」

 

「何で? 私にとって加賀さんは『姉』だよ。翔鶴姉は翔鶴姉だけど、私にとってはもう一人の姉でいいじゃん」

 

「はぁ、まったくもう」

 

 困った顔で溜息をつきながら、あの人は拒むことなく小さく微笑んでくれた。

 

「しょうがない子ね」

 

「へへへへ」

 

 小さくそう告げて頭を撫でてくれて、瑞鶴は笑うのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人の様子を見ながら、赤城とルリはホッとしていた。

 

「あの加賀さんが、『姉としての振る舞いを教えてください』といった時はどうなるかと思いましたけど」

 

「一人っ子であっても、近所に小さな子がいれば『兄や姉』として振る舞えることがある、というわけですね」

 

「ええ、本当にあの加賀さんが、『お姉さん』しているなんて」

 

 ちょっと泣いている赤城に対して、ルリは思う。『案外、加賀は面倒見がいい性格をしているのでは』と。

 

「確かにそうですが、加賀さんは『愛情表現が表に出ない人』なので」

 

 ルリの内心を言い当てるように、赤城は今までの彼女が周りにどう思われていたかを語る。

 

 冷たい、冷血漢、怖い人。表情筋が滅多に動かないからと、言い方が冷たいことがあるため、周囲にはそう認識されていたらしい。

 

「はぁ、そうですか。面倒見がいいのは知らなかったですが、愛情表現が表に出ないってことはないでしょう」

 

 ルリの意外な言葉に、赤城は『どうしてですか』と問い返した。

 

「あの子くらい、愛情表現が表に出る子はいませんよ」

 

 自信満々に告げるルリに対して、赤城は小さく頭を下げた。

 

「負けました、提督代行。私以上に加賀さんをよくご存じで」

 

「当たり前じゃないですか。私は貴方達の提督代行ですよ。艦娘のことをよく知らずに指揮などできません」

 

「恐れ入ります」

 

 完全に負けたと赤城がさらに深く頭を下げると、ルリは小さく手を振った。

 

「止してください。当たり前のことですから。瑞鶴の訓練は問題ないようですね。他の二人は?」

 

「大鳳はもう一歩といったところです。鳳翔『さん』は凄いの一言で」

 

「艦娘は着任順に習うのではなかったのですか?」

 

 赤城が鳳翔をさん付けで呼んだことに、ルリは『やっぱりか』と思った。

 

「許してください、提督代行。鳳翔さんを呼び捨てなんてできません」

 

「まあ、空母達の『母』なら当たり前ですね」

 

 建造されたばかりなのに、空母の誰よりも貫禄を持っている人物。練度は低くても、航空機の扱いは誰よりも『猛者』に見えるのは流石といえる。

 

「それで、鳳翔はどのくらいまで言っていますか?」

 

「空中給油機と管制機を六機ずつ扱えます」

 

 報告を受けて、ルリは固まった。まさか、そんな嘘でしょうと言葉が浮かんでは消えていき、ようやく彼女は再起動を果たす。

 

「さすが、ですね」

 

「はい、負けそうになりました」

 

 まさか赤城が敗北まで追い込まれるとは。さすが空母達の母は強いか。それとも彼女自身の並々ならぬ努力の賜物か。

 

「なら、次の作戦には空母艦娘六隻で行けますね」

 

「はい。それと提督代行」

 

 赤城が窓の外を見ながら、話を変える。それに対してルリは『ええ、そうですね』と軽く相槌を討った。

 

 この鎮守府には近々、『加賀型姉妹』ができそうだ、と。

 

「ねえねえ!! 加賀姉!」

 

「はいはい、瑞鶴、そんなに慌てないの」

 

 窓の外を元気に走り抜ける空母艦娘と、それを困りながらも何処か嬉しそうに歩いてく空母艦娘がいた。

 

 

 

 

 

 




 

 私に『私をくれた』人だから、加賀姉が一番。翔鶴姉や蒼龍姉もかっこいいし、赤城姉も頼りになるけど。

 やっぱり、私にとって一番の姉は『加賀』姉だよ!

 いつか、私も言ってみたいな、『鎧袖一触よ』って!






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善悪ではなく、人について語ろうか

 

 あの当時のことか、私にそれを話せと?

 酷なことを言うものだな、最近のジャーナリストは容赦がないらしい。

 まあ、いいか。こんな牢獄まで来たのだから、それなりのネタがないとそちらも大変だろうからな。

 本当に後悔しないな?

 ならば語ってやろう、あの海軍最大の『汚点』を。







 

 

 天気はいい、波は穏やか。こんないい日は、のんびりとお茶でも飲みながら、海を眺めていたいものだ。

 

「では、諸君、よろしく頼む」

 

 東堂軍令部総長の声を最後に、誰もが席を立ちあがった。

 

 本当に天気がいい日なのに、どうしてこう薄暗い室内に閉じこもって、馬鹿げた話を聞かなければならないのか。

 

「特にテラ、本当に頼むぞ」

 

「はいはい、了解」

 

 気楽な態度で応じると、室内にいた誰もが厳しい視線を向けてくるので、溜息が出てしまう。

 

 目上、敬語、あの後にオラクルに頼んで調べてもらったのだが、どうにも身につかない。元来、自分というのは礼儀知らずだったのかもしれない。礼儀を知っていたつもりでいたのだが、これは新しい発見だろう。

 

 『帝国に戻ったら』、お説教くらわないといいな、とテラは別のことを考えながら、きちんと敬礼を『して見せた』。

 

「了解しました、軍令部総長」

 

「やればできるじゃないか、おまえは」

 

 呆れたような東堂の言葉に対して、テラは『ま、頑張ったので』と気楽に笑う。これにも軍人たちが顔をしかめるので、『またか』と内心で嘆息する。

 

 実力主義といえばいいのか、あるいは実力しかない世界にいたからなのか、それとも両方か。テラ自身は昔から礼儀はできていたと思っていた。周りから注意されることは言動で言えば、『動』のほうだったので気にしていなかったのだが、どうやら本当に自分は礼儀知らずだったようだ。

 

 いい経験だな、とテラは思い直す。今までの自分を省みて、これからの人生に活かす。これは大人だ、とテラは自分自身に言い聞かせ、内心で大きく頷いていた。

 

 きっと、彼の妻たちはそんなテラを見たら、こう告げるだろう。『馬鹿の考え、休むに似たり』と。

 

「まあ、いい。結果さえ出してくれたらな」

 

 東堂が何時も通りの口調で、言葉を投げてきた。僅かに目線が細められたことに、テラは『気づいていても気づかないふりをして』答えた。

 

「やれることは全力でやるよ」

 

 軍令部総長は大きく『そうか』と頷いた。自分の心のうちなど見せず、ドロドロとしたものを隠すように。

 

 一方のテラも気楽に鼻歌など歌いながら軍令部の会議室を後にして、廊下を歩いていく。

 

 誰にも話しかけることなく、また誰にも話しかけずに軍令部を後にして、迎えの車に乗り込む。

 

「お疲れ様です、テラさん」

 

 車に乗っていたルリの声に、テラは手に持っていた資料を渡しながら、こう呟く。

 

「・・・・ホント、どうしょうもない」

 

「ええ、そうでしょうね」

 

 資料を受け取ったルリはページを流し読みしながら、最後に表紙の言葉を口にした。

 

「『天一号作戦』ですか」

 

「そ、中部海域の制圧だってさ」

 

「なるほど。本当にどうしょうもない話、ですね」

 

 ルリは短く嘆息しながら、指を走らせる。

 

 『計画実行、変更点なし』と。相手からはすぐに返答があった、『では万事、すべて滞りなく』。

 

 後は、とルリとテラは思う。

 

 『後は、彼らが常識的なことを祈ろう』と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 軍令部の会議室に残った東堂は、資料を読みなおしていた。誰もいない室内に人の気配はなく、僅かに窓から日差しが差し込むのみ。

 

「『天一号作戦』か。皮肉にしては効きすぎていないか?」

 

 語る声は独り言にしては大きく、室内に小さく木霊して床へと沈みこむ。

 

「彼らを沈めるには十分かと」

 

 人の気配などない場所に、小さな声が浮かび上がる。

 

 会議室の壁の一部が動き、男が入ってきた。あの時、密談を行った相手の登場に、東堂は驚くことなく顔を上げる。

 

「準備はできているな?」

 

「はい。今回の一件で国内の不穏分子は一層される手はずです。しかし、本当によろしいので?」

 

「ああ、致し方がない」

 

 東堂はそう答えながら、資料を持ち上げ、ライターで火をつける。

 

 燃える炎がゆっくりと資料を焦がし、灰へと誘っていく。

 

「あのテラの鎮守府の戦力は、かなり魅力的なものです。今後の総長の発言力を高めるためにも必要なのでは?」

 

「御せぬ力は毒と同じだ。あの鎮守府の艦娘達は、テラとルリ以外には従わないだろう。ならば、いらぬな」

 

 少しずつ消えていく資料を見つめていた東堂は、はっきりと言いきって視線を戻した。

 

「無礼者の命二つで、日本が生き延びるならば、それでいい」

 

「はい、総長の指導の元、日本は再び世界の頂点に立つのですから」

 

 少しだけ興奮している男の様子を眺め、東堂は瞳を細めた。

 

「そう、だな」

 

 冷静に小さく絞り出した言葉に、僅かな喜色が滲んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鎮守府の会議室には、静かに提督代行の声が響いていた。

 

 今回の作戦目的、それに付随する相手側の情報。各艦娘が今回の作戦で使用する装備品の説明。一人一人、今回の作戦で与えられた装備を説明していった提督代行は、最後に総旗艦『吹雪』に視線を向け口を開く。

 

「最後に吹雪」

 

「はい!」

 

「秘匿艤装を使用」

 

 出された名前に、場が騒がしくなる。

 

 開発をしていた明石は蒼白になって立ち上がりかけ、『それ』を知っている艦娘達は耳を疑い、あることは知っていても内容を知らない艦娘達は周囲を見回す。

 

「それと、提督も『秘匿艤装』を使用します。以上」

 

 周りを気にせずに続けた提督代行の言葉に、誰もが悲鳴を噛みしめた。

 

 あれを使う日がくるなんて、誰もが考えていなかった。提督の悪のりで建造された艤装であり、提督代行が封印した最悪の兵装。使用した場合、下手をすれば大陸が消えるとまで言われるものを、今回は最初から使うと言っている。そこまで厳しい戦いになるのか、と艦娘達の間に緊張が走る。

 

「・・・全員、よく聞いておきなさい」

 

 提督代行は、全員を見回した後に、そっと『裏側』を語る。

 

「人間は欲望の塊です。誰かより優れていたい、誰かより優秀でありたい、誰かより富んでいたい、誰かより幸福になりたい。そういった欲望の塊」

 

 彼女は静かに語る。人が欲望を持っていることを、その欲望があったからこそ、人はあらゆる苦難に打ち勝ってきた、欲望があったからこそ人類は発展してきた。

 

 悪いことじゃない、困難に打ち勝って、今より楽な生活がしたいと科学技術が発展した結果、いずれは星々の海を行くこともできるだろう、と。

 

 けれど、今回はその欲望が人の身を滅ぼすことになるかもしれない。他者より優れていた、他者よりも権力を持ちたい、他者よりも多くを従えたい。そういった願望が暴走した結果、今回の事態になった、と。

 

「欲望は決して、悪いものじゃありません。これは明言できます。けれど、強すぎる欲というのは、自分だけじゃなく周りも巻き込んで破滅していきます。貴方達はそうならないように。自分の心をどう染めるかは、貴方達次第です。もし、『何か』に負けそうになったら、貴方達の魂に問いかけなさい。『これでよかったのか』と」

 

 そっと、彼女は自分の胸に手を当てる。

 

 祈るように、確かめるように手を当てて瞳を閉じた提督代行は、最後に一言を艦娘達の前に置く。

 

「かつて、貴方達に『乗っていた人たち』が何を願っていたのか、それをよく聞いてあげなさい。その上で選んだならば、貴方達の道に間違えはないでしょうから」

 

 彼女はそう告げて立ち上がる。

 

「では、解散。各員、準備を怠らないように」

 

「あ、あの!」

 

 立ち去ろうとした提督代行に対して、瑞鶴が声をかける。珍しいこともあるものだ、と提督代行は視線を彼女に向けた。

 

「どうしました?」

 

「提督代行は、何時もそうやっているんですか?」

 

「私は違います。私の場合は・・・・・・」

 

 視線を巡らせながら、提督代行は最後に視線を止めて、小さく微笑んだ。

 

「私の魂は、ここじゃなくて」

 

 自分を指差した後、彼女は壁際で立っている人物を指差す。

 

「あそこにありますから」

 

 穏やかに魅力的なほどの笑顔を浮かべながら、ホシノ・ルリ提督代行はテラ・エーテル提督を指差していた。

 

 だから、迷うこともなく、疑うこともなく、付き従う。誰が相手でもどんな状況でも決して違えることなく彼のために戦う。

 

 口外に告げられた意味を、艦娘達は正確に理解した。

 

「私の魂と心はここにあります」

 

 間髪入れず、吹雪はそう告げていた。自分を指差してはっきりと答えた後、彼女は顔を提督へと向けた。

 

「でも、『魂の道しるべ』はそこにあると思います」

 

 自分達は自分達の意思と魂を持って、提督たちについていく。真っ直ぐに顔を向けてくる彼女たちを見回し、提督代行は体の向きを提督へと向けた。

 

「というわけです、提督。我らに命令を」

 

 深々と頭を下げる彼女を見つめ、続いて全艦娘を見回した後、提督は小さく苦笑した。

 

「そんなに大した奴じゃないんだけどな、俺って。まあ、でも、皆がそう言ってくれるなら俺らしく進むだけだ。だから、付いてこい」

 

「はい!!」

 

 元気よく答える艦娘達に提督は笑顔を向けた後に、爆弾を落とした。

 

「よっし、じゃルリちゃん。裏話しようか」

 

「ええ、そうですね」

 

 そして提督代行の口から語られたことに、全艦娘が怒りを浮かべたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 作戦開始まで後少し。準備に忙しい合間を縫って、テラは相沢・宗吾の家を訪ねていた。

 

「おう、来たのか。話、聞いたぜ」

 

「というわけになりましたので」

 

 気楽に語るテラに、宗吾は嘆息の後に小さく頭を下げた。

 

「悪いな、俺達の『身内のケンカ』に巻き込んだ」

 

 年上の男が頭を下げる意味を、テラは知っていたし理解していた。だからこそ、神妙な顔ではなく笑って手を振ってみせる。

 

「そんな大げさな。単なる意見の行き違いってやつですよ」

 

「けどな、相手はお前らを・・・・・」

 

「利用して潰すつもりでしょうね」

 

 真面目な顔で最悪の事態を告げようとした宗吾より先に、テラは何時もと変わらない表情で相手の裏話を伝えた。

 

「知っていたのか?」

 

「まあ、あんだけ盛大に話をすれば、嫌でも伝わりますから。傍聴、ザルもいいところですよ」

 

「そ、そうか。海軍の暗号は破られたことないんだがな」

 

「世の中に絶対はない。何時だって慎重に慎重を重ねてやらないと、実行前に潰されますから」

 

 気楽に重みもない言葉をテラは言っているはずなのに、宗吾は妙な寒気を感じていた。

 

 あいつらを知っている。昔からよく知っている連中だ。傍聴には人一倍、敏感になっていた。昔から情報の大切さは嫌というほど叩きこんだ。暗号通信を解読されて、敗戦寸前になったこともあったから。情報を握られて同士討ち寸前まで追い込まれたこともあったから。

 

 今も海軍はその気質は変わっていない。だから毎年のように暗号は変更されているはずなのに、だ。

 

 目の前の男は、傍聴はザルだと言った。慎重に慎重を重ねろとも。

 

「そうか」

 

「ええ。まあ、ルリちゃんに言わせれば、『この時代においては、中々いい線いっていますよ』ってところでしょうけど」

 

 時代、といった彼の表情は『純粋に褒めている』ように見えた。一方で宗吾は彼の秘密の一端が、ようやく見えた気がした。

 

「時代か、おまえさんがこの世界の人間じゃないのは知っていたけどな。ひょっとして未来人か?」

 

 毒を食らわば皿までだ。この際だと宗吾は何時もなら踏み込まない一歩を、思いきって踏み込んで見た。

 

 返答が何でも動じない。真っ直ぐ受け止めて見せると考えていた彼の前に、予想外の返答が落ちてきた。

 

「いえ、ただの宇宙人です」

 

「そうかそうか、宇宙人か。なんだって?」

 

「正確には異星人ってところですけど」

 

「おい」

 

 馬鹿にしているのか、と文句を言うとした宗吾は、言葉を思わず飲み込んだ。

 

「改めて、ジョーカー銀河帝国初代皇帝やっている、テラ・エーテルです」

 

「・・・・・・はぁ?!」

 

 何処か悪戯っ子のように告げるテラに、宗吾は『あ、冗談か』と思ったのでした。

 

 けれどその後、ルリを捕まえて聞いたところ、『ええ、事実ですよ』と答えられて、ついでに証明するように銀河帝国に連れて行かれて、嘘じゃないことを実感したのでした。

 

「なあ、テラ。おまえさん、何でここに来たんだよ?」

 

「気分転換のついで?」

 

「ほう・・・・・おまえんところの皇帝陛下は、気分転換のついでに『うちの戦争』に首を突っ込んだんだな?」

 

 怒りと呆れ半々でルリへと問いかけると、彼女はきょとんとした表情で答えた。

 

「え、テラさんって昔からそうですよ。ちょっと行って惑星制圧とか散歩感覚でやることあります」

 

「・・・・・もういい、解った」

 

 あまりにあまりな話に、宗吾は酷くやつれた顔で答えたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、作戦が始まった。

 

 予定時間ぴったりに始まった作戦は順調な滑り出しを見せ、多くの艦娘が海原を埋め尽くして進む姿は、まさに雄々しく猛々しく、これで深海棲艦を攻め落とせると思えた。

 

 けれど、艦娘達は純粋に平和を願っていても、その後ろにいる人たちは『それだけじゃなかった』。

 

「さて、やろうとするか」

 

 ある者たちはとある鎮守府へと兵力を進め。

 

「では、動くとしよう」

 

 ある者達は、敵対勢力を消すために動き出し。

 

「はぁ」

 

 ある者は、それを見つめながら小さくため息をついた。

 

 ここに史上初の人類対人類対深海棲艦の三つ巴の戦闘が開始されたのでした。

 

 

 

 

 

 




 
 出だしはそんなところだ。当時の私は、あいつらのことをまるで理解していなかった。

 ちょっと科学技術があるだけの、すぐに潰せる勢力。こちらが本気になればすぐに消せるだろうと思っていた。

 結果か? 知っているだろう?

 地上を進むだけの獣に、星々の輝きは遠すぎた。それだけだ。





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血の十字架

 

 ルールというのはとても大切なものです。

 法律や規律ではなく、ルール。人と人が過ごす上で重要な、とても大切な取り決めのことです。

 ルールを破りたい、破るためにルールはあるって人はよく言います。

 けれどね、ルールを守るのは、『貴方達をルールが護る』ためでもあるんですよ。ルールから外れた者は、その加護の一切を失います。

 解りますね?





 

 作戦は順調に滑り出す。

 

 さすが各鎮守府から集められた精鋭だ。動きに迷いはなく、また無駄も少ない。ああいった動きが出来る兵士は強いというが、傍から見ているとよく解る。

 

 使用する弾薬、移動時の燃料の消費、上げればキリがないほど周りの艦娘は優秀だ。

 

「へぇ」

 

 小さく眼を細めるテラの前を、一人の艦娘が横切った。

 

 特に動きにムラがない、真っ直ぐに軽やかに動き続ける彼女の視線が、こちらを見つめた。

 

 ジッと見ていたから不快に感じたのか、それとも違う理由があるのか。テラはそんなことを考えながら軽く頭を下げる。

 

「貴方は、男なんですか?」

 

「一応、男だね。初めまして、テラ・エーテル。そっちは?」

 

「不知火です」

 

 駆逐艦の子か。魚雷も主砲も的確に使って、敵戦艦をあっという間に撃沈していたから、もっと上の巡洋艦クラスかと思っていたが。

 

 世の中は広いな、とテラはちょっとだけ嬉しく感じた。まだまだ自分の知らない強さがある、まだまだ自分よりも上手い相手がいる。それは、『自分がまだまだ強くなれる』ということで。

 

 僅かに心の何処かで、『強くなれ、もっと上に、誰も寄せ付けないほどに』と囁く声がした。初代から脈々と受け継がれた、慟哭と絶望の塊。上を目指し最強を打破し、絶対を足蹴にできるくらいに強くなれと囁く声を振り払うように、テラは軽く手を振ってみた。

 

「見事な動きだって思ってね。ちょっと見惚れた」

 

 何気なく彼が告げた言葉に、不知火はどうもと答えた。

 

 しかし、だ。その言葉を聞いたテラ配下の艦娘が鋭く振り返る。間髪入れずに同じタイミングで振り返った彼女たちの目に、怪しい光が灯っていた。

 

「妹に負けるなんて」

 

 陽炎がとても解り易く項垂れているが、すぐに気を取り直したように真っ直ぐに不知火を見つめる。

 

「すぐに追いつくから、待っていろ」

 

「は、はい」

 

 思わず不知火が引くくらいの圧力を持って、とても『凄みのある笑顔』を向けた陽炎だった。

 

「前方、敵艦隊です」

 

 静かに吹雪が告げる。それは通信を経て全艦娘に伝わり、全員が顔を引き締めた。

 

「さすが、あの装備だと索敵範囲が違うな」

 

 テラはポツリと呟いて、空を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 特型駆逐艦一番艦『吹雪』。秘匿艤装の開発は、とても素晴らしいテンションのテラを筆頭に、技術を使ってみたかった明石の悪のりと、訓練しちゃダメと言われた吹雪のストレスの発散の結果、途轍もなく凶悪なものになっている。

 

 話は変わるが、『アーセナルシップ』という言葉を知っているだろうか。

 

 世界や作品によって内容は違うが、簡単に言えば多数の武装を使用し、圧倒的な火力で敵を制圧する軍艦、となる。

 

 とある架空戦記では、戦艦大和の後部甲板と三番主砲を撤去、さらに二番主砲も撤去して艦橋を前に出し、後ろの広大なスペースにVLSを並べて巨大なミサイル発射艦に改造したものもあったという。

 

 また、別世界においてはミサイルと巨大な主砲を備え、単艦にて海域を火の海に染め上げた軍艦もあったらしい。

 

 『サイレント騎士団』において、『アーセナルシップ』といえば『武器庫艦』と訳される艦種であり、多種多様な艦種と一種類につき、百隻は存在する艦隊の中でも、僅か十二隻しか存在しない艦種を示す。

 

 『リヴァイアサン』級と呼ばれるそれらは、特殊なミサイルを発射するために開発された。

 

 弾頭に『サイレント騎士団』の重装甲戦艦と同じ装甲を使い、内部に反物質を満載、その外部装甲もかなりの強度を持たせた、一発の値段が戦艦と同じという異常なミサイルを、これまた頭を疑いたくなるような数の十二万発を搭載。同時発射数は一万発という、話を聞いたまっとうな軍人が『え、おまえらは何と戦うつもりなんだ』と真顔で返すほどに、頭のイカレた艤装を持っている。

 

 実際の戦闘で、最初の一斉射を行っただけで惑星が『抉られるように消えた』こともあるそれを、『吹雪の艤装のコンセプトに持ってきた』。

 

 推進機は電磁推進と空間反発式推進機の併用。ついでに小型魚雷発射管を前方に配置、『潜水艦の構造で行けるさ』とか言ったテラに、『あ、出来ます』と答えた明石により、超音速魚雷十二本が足元の推進機部分だけで搭載されている。

 

 その代り、魚雷発射管があった場所には右足が六連装のICBM機構の発射管、左足は巡航ミサイル(気化爆弾搭載型)発射機。

 

 右手には口径の違う主砲が二つ、上が十二センチ『電磁投射砲』。つまりレールガン、弾丸はバッタ達のお祭り騒ぎにより開発が完了した『ヘッシュ弾』。

 

 二重構造の弾頭になっていて、前方が装甲をぶつかると同時に破裂、破砕させ穴を開けたところに、プラズマ徹甲弾をぶちこみ内部崩壊をさせる。

 

 下はプラズマ散弾。超高温のプラズマを散弾のように発射する、対近接用の武装。

 

 頭が痛いが、この武装は瞬時に回転。主砲が後ろへ向くことで主砲後部が前に出ていき、即席の『鈍器』に早変わり。

 

 左手は細長い楯を装備、表側に微細な振動するスケイルを装備させることで、攻撃を任意の方向へ受け流す機構を備え、裏側には小型の『光子魚雷』発射機能を搭載。

 

 背中に背負う主機は特殊規格。核融合炉とか、高温ボイラーとかを遥かに飛び越え、『重力子機関』を副としてメインに次元エンジンを搭載。重力系と空間系の最高峰の主動力のおかげで、両肩と脇の備えつけた対空火器はすべてレーザー機銃。

 

 頭部は耳の上あたりにレーダーアンテナを備え、さらに主機からぶら下げる形で大口径主砲を搭載。

 

 ギリギリ、『駆逐艦吹雪の排水量に入った』形の特殊装備の数々と、それらを十全に発揮させる弾薬庫の拡張までされた特殊艤装。

 

 そして、後ろ腰。『オリハルコン』製だった剣は、今は別の金属の剣へと変えられている。

 

 『ピ 頑張りました』とバッタが言っていたり、『もう何も出ません』と明石が倒れていたりした、いわくつきの剣。

 

 使用金属を聞いた時、『星の聖剣が』とか、『あんな貴重な円筒形の剣を』とか、ちょっと危なくて聞きたくない単語ばかりだったので、吹雪自身も深くは聞いていない。

 

 ただ、それに斬れなければ神様でも無理と全員が言っていたのを、よく覚えている。

 

 これが『吹雪が纏っている分の特殊艤装』。

 

 海原を進む彼女の左右に、四隻の小型船舶が付き従う。一見では小型のモーターボートを小さくした形。人が二人くらい乗れるかな、という形のそれらの上には三連装の主砲が二基、それから戦艦大和と同じ艦橋が乗り、後部は飛行甲板が敷き詰められている。

 

 特殊艤装の真骨頂、『従属艦』システム。どうイカサマやズルしても、艦娘が装備できる排水量は変えられない。ならば、彼女達自身につき従うような形のシステムを構築して、『それ以外の武装を乗せられないか』と考えた末に生み出されたもの。

 

 後に、テラ達の鎮守府において、『第零種艤装』と呼ばれるものの、第一成功例は、こうして白日の元に現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最初にそれを見たとき、彼らは誰もが同じ言葉を叫んでいた。

 

 『なんだ、それは』と。

 

 海原を駆逐艦が突き進む。光を放ったと思った瞬間には、敵艦を突き破る主砲と、航跡も見えずに瞬時に敵を食い破る魚雷。それに光の塊のような物体が敵艦に当たった瞬間、敵艦が弾け飛んだ。

 

 戦艦の砲弾が迫る。彼女は瞬間、映像の中から消えた。何処へと画像が動きまわる中、右手に持った剣で戦艦クラスを三隻も瞬殺した彼女が、何事もなく海原を進んでいく姿を捕らえる。

 

「なんだ、何なんだあれは」

 

 東堂は同じ言葉を繰り返す。嘘だと言いたい、間違いなのだと信じたかったが、これはリアルタイムの映像。心が拒否しようとも、冷静な部分の思考が現実だと認めてしまっている。

 

「そ、総長、あれは『どの艦種の艦娘』なのですか?」

 

 問いかけに答えられる言葉はない。外見は吹雪だ。特型駆逐艦一番艦、特色らしい特色などなかった駆逐艦のはずなのに。

 

「馬鹿な、なんだあの船は。彼女に従っている船体の情報は?」

 

「我々は知らないぞ。あいつめ、まだ隠していたのか」

 

 映像に映り込む、四隻の船。吹雪に従い、彼女が定めた目標に砲撃をする姿に、軽い戦慄を覚えた。

 

 妖精達の姿が見えた。では、あれも艤装というのか。あんな艤装があっていいのか、それに兵装はまるで『大和型』戦艦ではないか。主砲口径はいくつだ、馬力は、推力は。次々に頭を巡る疑問に埋め尽くされ、東堂は次第に冷静な思考ができなくなっていった。

 

 鋭く細く、まるで刃のように吹雪は止まることなく敵陣を食い破る。後に続く艦娘達も、動きが洗練されていくのが解る。

 

 テラ・エーテルの鎮守府の艦娘は、別格といえる実力を持っていたのは知っていたし理解はしていた。ただ、それらを正しく認識はしていなかった。

 

「総長、やはりあいつらは危険です」

 

 隣からこっそりと告げられた警告に、東堂はやっと意識を現実に戻せた。

 

「このままいけば、テラの鎮守府が日本を支配します。ここは潰すべきかと」

 

「あ、ああ」

 

 そうだ、何を呆けていた。この機会を待っていた、この瞬間は待っていたのではなかったか。

 

「あのような異邦人どもに、日本を好きにさせていいわけがありません」

 

「そ、そうか」

 

「ええ、日本を護るのは我々海軍軍人であるべきです」

 

 迷いなく告げてくる部下の一人の目には、怪しい光が灯っているように思えた。

 

 いや、『思い込もうとしていた』のかもしれない。東堂は、不意にそんなことを感じたのだが、時はすでに戻せない。

 

「やがて世界のトップに立つために」

 

 その言葉に東堂は答えずに、ただ前を向いた。

 

 男はそれを了承と受け取ったのか、通信機を取り上げる。

 

「予定通りだ。やれ」

 

『了解しました』

 

 通信相手はそう答え、動いた。

 

 同時刻、日本の各地から巡航ミサイルがテラ・エーテルの鎮守府へ向けて放たれた。以前から準備していたのだろう、連中の同士達はテラ達を日本に対しての害悪と判断し、艦娘すべてが出払ったこのタイミングで排除するために動いた。

 

 政府の承認もなく、首相の同意も得ずに軍を動かす。軍備を私的に使用した罪はとても重い。軍隊は管理されてこそ、軍隊でいられる。管理されず暴走した軍隊はテロリストと変わらない。

 

 責任はすべて、この男がとる。その後に犯行勢力をすべて消して、日本は今度こそ自分の主導の元で生まれ変わり、清廉潔白な国に生まれ変わる。

 

 売国奴のいない、国を憂う勇士たちのいる国家へ。

 

 東堂はそう確信し小さく笑みを浮かべた。

 

『本当に貴方達はどうしょうもないですね』

 

「な、なんだあれは?!」

 

 そして、その笑みは凍りつくことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この世界において、核兵器は深海棲艦に対しての最後の切り札だった。

 

 通常兵器では倒せない深海棲艦だったが、核兵器には無力でしかない。超高温の熱量による焼却、人類が手にした科学の焔は正しく、人類に敵対するすべてを焼き滅ぼしてきた。

 

 世界の各国は当然に核を保有しており、その数は国家の規模による。当然、世界最大の国家『アメリカ』の保有する核は、他の国家よりも多いものだが。

 

「・・・では、大統領」

 

「ああ、これでいいのだろう?」

 

「人類の平和のためです」

 

「そうか」

 

 男は、小さく呟いて鍵を差し込み、続いてパスワードを入力する。

 

 地獄の業火に焼かれて、綺麗に消えてくれるとありがたい。男は疲れた顔でそう告げながら、最後のボタンを押しこむ。

 

「悪く思うなよ、『トウドウ』」

 

 こうして、一つの悪夢は天へと昇った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は少しだけ戻る。

 

 東堂達が吹雪の活躍に凍り付いたように動きを止めた時、あるいは米国の大統領が苦渋の決断をした時。

 

 ホシノ・ルリ提督代行は、執務室で小さくため息をついた。

 

『覆らなかったね』

 

『やっぱり、無理だったのかな?』

 

「さあ? あの人達はそう感じて、必要だからと手を動かした。ならば、私は私の『矜持にかけて』相手をするまでです」

 

 嘆息するバビロンと、嘆くようなオラクルを前にして、ルリは軍服の上着を脱ぎ捨てて、『マント』を羽織る。

 

 背中に大きく血の十字架が描かれた全身を覆うほど大きなマント。右胸には剣持つ鳳、左胸には雪の結晶と鈴の紋章を描かれたそれを纏うことで、ルリの立場は『提督代行』から元へと戻る。

 

 ジョーカー銀河帝国皇帝『神帝』テラ・エーテルの私兵、『サイレント騎士団』団長へ。

 

「我が『サイレント騎士団』総員へ。状況は想定内。もうすぐ巡航ミサイルが到達するでしょう、米国からも『戦略核』が向かってきます」

 

 両方の手のひらを上に向けて、ルリは僅かに視線を上げる。

 

「多く語る暇はありませんし、語るほどでもないのでただ一つだけ。我らは我らの矜持を持って、何時もと変わらぬ行動をするのみです。では、諸君」

 

『御意! 我らが巫女! 我らが団長! 我らは『サイレント騎士団』!』

 

「ええ、そうです。我らの目的はただ一つ」

 

『我が主の前を塞ぐすべてを『沈黙』させる』

 

「結構。では諸君、『戦争の時間』です」

 

『武器を掲げろ!』

 

 瞬間、鎮守府が揺れたという。

 

 

 

 




 

 生物学的に最も弱い生き物を知っていますか?

 ええ、生き物です。

 赤ん坊、惜しいですね。

 アメンボ? いえ、もっと弱い存在がありますよ。

 微生物って、まあ生き物でしょうね。

 答えは、『人間』ですよ。





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好き勝手の意味

 
 では、社会学的に最も強い生物が何か知っていますか?

 そうです、『社会学的』です。

 言っている意味が解らない?

 なるほど、これは難しいですね。

 ちょっと考えればすぐに解る事なんですよ。

 答えは。






 

 

 

 

 戦い方なんて実は単純なもの。どれだけ策略をめぐらせて、体術を極めて、優秀な武器を得ようとも、昔から戦いとはとても単純でシンプルで。どうしょうもないくらいに、真っ直ぐなものでしかない。

 

 スッと、吹雪は体を引いた。その先を砲弾が通り過ぎていく。攻撃、回避は余裕だったのだが、今の砲弾は前方から来なかった。

 

 チラリと目線を向ければ蒼白になった顔をした艦娘が一人、確かあの姿は。

 

「どういうつもりですか?」

 

「ごめん、なさい」

 

 小さな謝罪を浮かべる少女の姿に、吹雪は疑問をさらに投げかけようとして急停止し全速後退した。

 

「ごめんなさい!」

 

 次々に突き刺さる砲弾と、海中を進んでくる魚雷。一つ一つは大した脅威ではないが、こうも数が多いと『鬱陶しい』。

 

 一人、二人じゃない、周囲の艦娘達がこちら側に『エーテル鎮守府』所属の艦娘へ攻撃を仕掛けてくる。目の前に深海棲艦がいるのに、まるで関係ないように。

 

「本当、提督代行の予想は当たりますね」

 

 狙撃して回避してでは面倒だ。いっそのこと、と吹雪が目を細めて後ろ腰の剣に手をかける。

 

 攻撃手段の元から断てばいい、と考えかけて右手は空を切らせた。回避続行、当たりそうなものは相殺していくしかない。

 

 攻撃元である艦娘の無力化を考えていた吹雪だったが、それはできなくなった。だって彼女達は泣いていたから、泣きながら攻撃をしてくる。彼女達だけじゃない妖精までも涙を流していた。

 

 提督による強制命令。艦娘の意思を無視して、妖精たちでさえ止められないほどの強制力を持つ命令権。行使できる提督はとても少ないと妖精たちが言っていたが。

 

『吹雪さん、こっちも始まったよ』

 

 瑞鳳からの報告が入る。周囲を素早く見回せば、エーテル鎮守府所属の艦娘は自分だけ。予定通り、戦術通り。提督代行が描いたプラン通りに、『こちらを目の敵にしている鎮守府所属の艦娘はここにいる』だけ。

 

「解りました。では、海域は任せます」

 

『了解、じゃまた後で』

 

 通信が閉じる。瑞鳳は、こちらが轟沈する可能性を微塵も疑っていなかった。また後でと言ってくれた、信頼してくれた。ならば後は答えるのみ。

 

 仲間が信じてくれた、提督代行が信頼してくれた、何より今まで提督の訓練に耐えた自分自身を信じて。

 

「来なさい」

 

 短く答え、穏やかに微笑む。大丈夫、何でもない。こんなことは些細なケンカ以下でしかない。貴方達が気にすることはない、すべては愛国心が暴走してしまった人たちの責任なのだから。

 

 無言で語りながら、吹雪は両手を広げる。全部、受け止める。あらゆる攻撃を受け止めて、誰一人傷つけない。

 

 『轟沈させなさい、これは命令です』と提督代行は言っていた。一対百隻以上の戦闘。想定通りなら二百隻にもなる、いくらなんでも無謀でしかないから、だから提督代行は、命令した。

 

 自分が仲間を殺したことを悔やまないように、後悔して自分自身を責めないように。

 

 でも、吹雪は答えた。『大丈夫です、やり遂げます』と。気負うことなく、悲壮な決意なんて持たずに、ただ穏やかに微笑みながら。

 

「来なさい!!」

 

 ビクッと周囲の艦娘達が震えて、攻撃が放たれた。砲弾、魚雷、爆弾、色々な攻撃を前にして、吹雪は動き続ける。

 

 砲弾の隙間を縫うように通り抜け、足元をすくう魚雷には飛び上がって回避し、空中から迫る航空機の攻撃は、主砲を使った反動で空中を飛び跳ねるように舞う。

 

 まだまだ余裕、もっと来ても大丈夫。苦しいなんて表に出さずに、にっこりと微笑みながら。

 

 二時間、三時間、時計の針が進んでいく中で、吹雪は一歩も引くことなく攻撃を避け続けた。

 

 やがて主砲が止まった、魚雷が来なくなった、航空機も空にはいなくなって、やがて艦娘達が海上で停止していく。

 

 無限機関と有限機関の差、燃料切れになったか。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい」

 

「何かありましたか?」

 

 謝ってくる彼女たちに、吹雪は小さく首を傾げる。

 

 えっと、誰もが顔を上げる先、彼女は笑顔で手を振っていた。汗まみれで少し顔色が悪いのは、ご愛敬にしてもらおう。

 

「何にもありませんでしたよ。ちょっと戦場が入り乱れただけですから。それじゃ後は救援が来るまで少し休みましょうか」

 

 穏やかにゆっくりと、何も怖いことはないと全身で語るように。

 

 吹雪自身、余裕なんてない。燃料・弾薬はまだ大丈夫でも、体力的にはもう限界で今すぐに倒れて眠りたい気持ちだ。

 

 けれど、それはできない。周りにいる全員を絶望に落としてしまうから、それじゃ『助けた』なんて言えない。無傷なのは当たり前、その押し潰れそうな心を救いあげてこそ、『助けた』といえるのだから。

 

「警戒は『吹雪』が承りました。皆さん、ゆっくりと休んで大丈夫ですからね」

 

 だから、彼女は立ち続ける。絶対に折れない、自分の魂に誓ったことを護るために、提督命令を護るために。

 

 絶対に生きて戻れ、仲間を裏切るな、自分の魂に背くな、でしたよね、提督。小さく吹雪は、心の中で呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 艦娘の一部が攻撃してくることなど、ルリにはお見通し。提督代行が予想したことは全員が否定したかったが、結果はご覧の通り。

 

『さすが、吹雪さん』

 

 小さく誰かの声が通信機から聞こえる、これは陽炎か。まったく、他のことを気にしている余裕があるなんて。

 

 けれど、それでいいのかもしれない。余裕のない戦闘など、余計な失敗をしてしまい、自分自身の首を絞めてしまう。

 

 魚雷が迫る中、暁は走り抜ける。

 

「暁ちゃん!」

 

 後ろからの声に進路変更、斜めにとび抜けるように走った後、刀を一閃。敵目標撃破、続けて砲塔旋回。

 

「響! 雷! 電!」

 

 叫んだ後に発砲、目標は戦艦ル級。たかが駆逐艦の砲弾、それを貫通できないと思ったのか、彼女は動くことなく立ち止まり装甲で受けた。

 

 一発目の暁の砲弾は弾いた、しかし、同じ個所に着弾した響の砲弾は少し装甲に亀裂を走らせた、その後の雷の砲弾で亀裂がさらに深く入り、電の砲弾が装甲を貫通、相手の内部で炸裂。

 

「戦艦撃破! 轟沈確実!」

 

「次なのです!」

 

 深海棲艦の艦隊は続々と来る。まだまだ終わりが見えないことに、暁は焦る気持ちがわかない自分に驚いていた。

 

 いくらあの訓練を繰り返したとしても、あんな数の深海棲艦を抑えるなんて無理を通り越して無謀ではないか。それに、自分達の任務は『通さない』こと、あの数の深海棲艦をこの先の海域へ進ませないこと。

 

 吹雪が頑張って無力化している彼女達の海域に、一隻でも進んでしまえば終わってしまう。燃料と弾薬のない艦娘なんて、ただの的でしかない。

 

「まあ、余裕ね」

 

 優雅に微笑む。決して慌てることなく、決して憤ることなく。できれば叫ぶことなく立ち回れれば、もっと素敵なレディーでいられるのだろうが。

 

 叫ぶ仕草も優雅さがあれば、それは野蛮とか下品とは取られない。優雅に軽やかに穏やかに、落ち着いてゆっくりと大きな声を紡ぐ。

 

「来なさい、ここを通りたいなら私たちを倒すしかない」

 

 暁は自分の背後に響たちが集まったことを、何となく理解していた。彼女達がそれぞれの武器を構え、悲壮な決意を浮かべた表情をしていることがないように、暁型の長女として常に優雅に余裕を持って、目の前の敵艦隊に語りかける。

 

「他の海域に行こうなんて、そんな無粋なことしないでもらいたいわ。ほら、ここには私たちがいるのよ? なら、一曲、踊ってくれないかしら?」

 

 右手に刀を抜く。その場で一歩も動かずに、抜刀術のように鋭く引き抜いた刀の切っ先を相手に向け、左手は胸元へ持っていく。

 

「まだまだ小さいけれど、これでも立派な『レディー』のつもりなのよ。淑女からのお誘いを断る無粋な輩はいないのでしょう?」

 

 軽くウィンクした後、左手で小さくスカートのすそを持ち上げた。

 

「どうぞ、一曲、お相手を。ワルツでもいいわよ」

 

 一礼した後、暁は顔を上げて微笑んで、動きだす。

 

「さすが、我が長女は『レディー』だね」

 

「本当、淑女になったみたいね」

 

「暁ちゃんは昔から、ご令嬢みたいでしたよ」

 

 その後に続く三人は、そのまま別れる。広く浅く、相手を通さないように。

 

 絶対に通さない、堅牢の楯のように。

 

 そして、暁型四隻は、三百以上の深海棲艦を相手にして一歩も引かず、また一隻も通さない戦闘をやり通した。

 

 これが『堅牢なる四天王』の名を知らしめた、最初の一戦だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 焦りはない、憤りもない、不思議と穏やかな気持ちで扶桑は周囲を見回していた。

 

 空母組は艦載機を見事に操っている。空の護りは完ぺきだ、新型艦載機も依然と変わらないくらいに操っている。敵攻撃機の侵攻はない、上空からの脅威がないのなら、気にするべきは水上艦隊のみだが。

 

「はい仕留めた!」

 

「姉さん! 右舷!」

 

「はいよ!」

 

 川内と神通が向かう。その後ろにいるのは天龍と龍田だ。二隻で一編成の敵艦隊突入組の片方。彼女たちが混乱した敵艦隊を次々に撃沈、あるいは損傷を与えていく役目を持っている。

 

 それでもう一方の突入組は、駆逐艦の三名。陽炎を先頭に荒潮と如月が続く。まるで以前の吹雪を見ているような鋭く切り込み、魚雷と砲を使いながら敵を確実に削り、削り切れなければ全員が即座に近接武装を持って撃破。

 

「潜水艦三隻確認」

 

「情報、受け取りました。対潜魚雷発射」

 

 海中の護りは夕張が索敵・補足しながら、その情報を由良に渡して攻撃を行っての撃破。地味な作業に見るだろうが、足元の脅威というのは無視できない。好調に敵艦隊を撃破している最中、魚雷をもらって轟沈なんて話はいくらでも聞いている。

 

 これで敵の脅威はほぼない。となると、扶桑達の役目は。砲撃支援組の役目は敵艦隊へ圧倒的な暴力を叩きこむこと。

 

「大和、長門、高雄、鈴谷、砲撃用意」

 

 声をかければ、全員から即座に『了解、完了』と答えが来た。

 

 練度は高い、以前に比べたら砲撃を開始するまでの時間は格段に短くなった。命中率も以前とは比べものにならないくらいに上がった。

 

「では、撃て」

 

 轟音が空気を震わせる。放たれた砲弾は放物線を描いて、敵艦隊に直撃。初段命中なんて、昔はおとぎ話くらいでしかなかったのに、今は簡単に決めてしまう。

 

 扶桑は指示を出しながら、周囲を見回す。

 

 最初の時、吹雪達が抜けた後の総旗艦を誰にするかでもめると考えていた。

 

 『では、扶桑で』。提督代行は、特に考える素振りもなく伝えた。扶桑自身が疑問に感じて無理だと反論しようとしたが、他の仲間たちは誰も反論しなかったし、否定もしなかった。

 

 むしろ、それが『当たり前』だと言わんばかりに『了解』と答えていた。

 

 どうして、何故と扶桑が問いかける先に提督代行は呆れたように告げた。貴方がこの鎮守府最初の戦艦であり、貴方以上に周囲を気にかける子はいませんよ、と。

 

 そんなことはないと反論した扶桑に、提督は『扶桑でいいよ。それが一番あっているから』と答えた。

 

 ここまで言われたら否定なんてできない。やるしかないと覚悟を決めて戦場に赴いてみれば、割とやれている自分に自分自身が驚いている。

 

「敵艦隊撃破!」

 

「全員、弾薬と燃料、艤装の確認を。作戦続行可能ね?」

 

 問いかけに誰もが否とは言わない。素早く自分の確認を終えて、もちろんですと答えが返ってくる。

 

「では行きましょう」

 

 静かに告げながら、扶桑は進む。全員の視線を集めながら、微塵も揺るぐことなく堂々と。

 

 かつて、扶桑型戦艦は欠陥品と言われていた。

 

 初の国産戦艦だからと色々と詰め込んだ結果、様々な不備が重なってドックに入ったままでいた。出撃できない日々、無駄な資材の浪費だと言われたこともあった。

 

 けれど、今は違う。艦娘として生まれ変わり、エーテル鎮守府で建造された彼女は少しの動揺も見せず、仲間達を鼓舞して戦場を進む。

 

 後にエーテル鎮守府の扶桑は、多くの艦娘達にこう呼ばれるようになる。

 

 仲間を見捨てず、仲間を不安にさせない。精神的な絶対の守護者。彼女のいる戦場において、撤退はありえない。

 

 『勝利の女神』と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 作戦は順調に遂行中、と。

 

『ピ 巡航ミサイルすべて消滅』

 

『ん、核ミサイルもブラックホールに吸い込ませたよ』

 

「結構」

 

 報告を受けて、ルリは顔を上げる。艦娘達は順調に作戦を行っている。吹雪は完了、暁達も完了、扶桑達はもう少しで敵中枢を撃破できるところまで進んでいる。

 

「さてと、それではどうしましょうか?」

 

 振り返った先、彼女の視界には二つの通信モニター。

 

 一方には日本人が、もう一方にはアメリカ人が映っている。

 

 通信をつなげたわけじゃない、相手の通信回線を乗っ取ったわけじゃない。できないことはないが、そんな簡単なことじゃわりに合わない。彼らがしたことは、明確な反逆だ。自らの主、テラ・エーテルにではない。

 

 この世界に生きる全ての『一般市民』への。

 

 巡航ミサイルがすべて炸裂したら、近場の街はどうなっていただろうか。海に着弾して津波とか起きていたら、近隣の街の被害はどのくらいになっていただろう。

 

 核ミサイルなんて論外だ。周辺被害だけで日本の半分は吹き飛ぶくらいに、容赦ない被害が起きただろう。

 

「予想していたわけですが、本当にやるとは思いませんでした」

 

『貴様は何をしているか解っているのか?!』

 

 東堂が喚く。その彼はモニターの先で『床に転がされたまま』だ。他にも数名が転がっているようだが、ルリは気にせずに別のモニターに顔を向ける。

 

「そちらは?」

 

『君たちの実力を、私達は見誤っていたということか?』

 

 静かに語りながら、男は汗をかいていた。モニターには映っていないが、彼を通信に出すために結構な手段を使ったから、それに怖くなったのだろう。

 

「さあ? ですが、貴方はまだ幸運な方です。我が主とその近衛騎士が向かって、『建物一つで済む』のですから」

 

 男の、アメリカ合衆国大統領の背後には空が広がっていた。話を聞きに行って止められて、通してくれないから話をしたら、拘束されかけたので反撃、最終的には軍まで出てきたらしいが。

 

 物の数ではなかったようだ。

 

『君たちはこれから、私たちアメリカに敵対するのかね?』

 

「答えはイエスでありノーです。貴方達が日本に、いえ日本の国民に何かしないならば、手だししません」

 

『それは信用していいのかね?』

 

 鋭く値ぶみするような男の視線に、ルリは笑顔を向ける。見ている者すべてが凍りつくような笑み、冷笑を。

 

「お好きにどうぞ。まだまだ私たちに『対等な立場でものを言える』ようなら、どうぞご勝手に」

 

『解った。以後、君たちに手は出さない、しかし深海棲艦はどうにかしてくれるのか?』

 

 一瞬、大統領は言葉に詰まって、何とか声を出した。今、退いてはどうにもならないと使命感に背中を押されたらしいが、それは見当違いな話だ。

 

「私達は日本の『鎮守府』です。どうしてアメリカまで護らないといけないのですか?」

 

『な!? そ、それは』

 

「お話は終わりのようなので。それではごきげんよう、合衆国大統領」

 

 ルリはそこで通信を閉じる。これで相手がまた同じことをしてきたなら、その時は全面戦争だ。星がどうなろうが、太陽系が消えようが関係ない。

 

『ピ テラ様達も撤退を開始。後五分で戻られます』

 

「解りました。さてと、東堂さん、今回の一件、貴方はどうしますか?」

 

 話を戻すために視線を彼に向けると、相手はこちらを見ていなかった。

 

『私は国を護るために、多くの人を護るために』

 

 何度も繰り返し、涙を流す男がいた。無念だろうか、後悔だろうか、どちらにしても遅すぎた。 

 

 原因は、こちらにもあるのかもしれない。技術を出し過ぎて警戒を煽ったといえるのだが、ルリはそれを『だからなんだ』と切り捨てる。

 

 努力してこなかったのは誰か、妖精たちともっと交流を持たなかったのは誰か、様々な意見を取り入れなかったのは誰か。

 

 戦争をしている、生存をかけての戦いをしているのに、自分勝手な理屈で大義名分を作りだして、自己の利益を追求していたのは誰だ。

 

「貴方達はもう少し真剣になったらいかがですか? この戦争で負けたら、その先の未来なんてないんですから」

 

 もう聞いていないか、声も出さずに泣き続けている男から視線を反らし、ルリはモニターを閉じた。

 

「案外、あっけなかったかな?」

 

 小さく呟き、マントを脱ぐ。

 

 こうして、海軍最大の『汚点』ともいえる事件は幕を閉じた。

 

 そしてエーテル鎮守府艦娘達により、中部海域の解放はなされたのでした。

 

 

 

 

 




 答えは、『人間』です。

 生物学的には最も弱くても、人は多くが集まり、社会という武器を手に入れた。一人で勝てなくても皆でなら勝てる。

 そうですね、例えば剣術の達人がいて、その人は一人では虎には勝てません。

 ですが、その人のために多くの人が集まって、鉄を集め、炉を築いて、鉄を鍛えて、刀を作って柄をこしらえて、そうしてできた刀を持った達人ならば虎に勝てるでしょう?

 ですから、人間は最も弱く、最も強い生き物なんですよ。





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譲れないこと、譲れないもの

 

 色々と考えさせられる海戦だったわ。

 自分のできることや、仲間のできることを再確認できたし。

 けどね、どういったらいいか解らないけど。

 私たちって、アイドルじゃないのよ。






 

 

 中部海域の解放は、日本にとってはとても嬉しいニュースとして国内を駆け巡った。

 

 誰もが耐え忍び、いつか平和な世界が戻ってくると信じていた中、次第に悪化していく状況や、困窮していく物資に不安と絶望が蔓延していた時に、状況を一変させる話が流れると、人は今までの絶望などなかったかのように喜び叫んだ。

 

 一方、国民の感情が上がっていく中、政府関係者の感情は低下していく。

 

 まだ知られていない話だが、海軍の暴走は政府関係者を震え上がらせた。こんな状況で、まさかそんなバカな話がと否定したくとも、否定しきれない情報の数々が舞い込んできた。

 

 しかも、その関係者は自分達の中にもいた。

 

 事態を重く見た総理大臣は速やかに動いた。このままでは国民の感情は、一気に硬化する。今は何とか政府を信じていてくれるが、海軍の暴走が知れ渡り、陸軍も賛同していると知ったら、その反乱に政府関係者までいたと知られたら。

 

 考えるだけで政府上層部は顔面が蒼白になった。昔ならば憲兵隊などあったのだろうが、今は完全に民主主義だ。いくら強硬な権利を発揮しようとも、最終的に主権は民国民にある。

 

 もし、政治不信となってしまったら、間違いなく日本という国は崩壊する。

 

 最悪の状況を察した政府上層部は、最早なりふり構っていられないというように、一切の容赦もなく今回の一件に関わった全員を更迭。立場や組織、あるいは派閥など無関係に一切すべてを『犯罪者』として投獄、あるいは極刑にした。

 

 あまりの凄さに、それを知ったとある提督代行は、『あ、私みたいですね』と何だか無意識に呟いていたという。

 

 そして、最大の反乱者を出した組織のトップ、海軍軍令部総長は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東堂は、窓から外を眺めていた。かつての自分が何を考えていたのか、あるいは何をなそうとしていたのか、今では解らなくなってしまった。

 

 だというのに、自分は今も『軍令部総長』の役職にいる。

 

 どうしてだ、と疑問を感じる。何故、自分は更迭されていないのか、あの時に近場にいた誰もが極刑になっているというのに。一部ではもう死刑となって刑が執行されたとも話を聞いているのに。

 

「呆けた顔してんな」

 

 声に顔を上げると、入口のところに男が立っていた。

 

 思わず、東堂は立ち上がった。顔面を蒼白にし、全身を震わせながら、それでも何とか口を開いて彼の名を呼ぶ。

 

「相沢、先輩」

 

 名を呼ばれた『相沢・宗吾』元帥は、ニヤリと笑ってゆっくりと歩いてくる。

 

 東堂は、それに対して僅かに腰を引いてしまった。

 

 相手が何者かを思い出す、まだ深海棲艦がいなかった世界で、世界を相手に戦える海軍を作り上げた張本人。権謀術策どころではなく、謀略上等、裏側の裏を読み切って叩き潰す、あるいは一度でも敵対したものには容赦なく鉄槌を下す。それが身内でも関係ない。勝つためならば手段を選ぶなを実践してきた男。

 

 矜持に背いたものは誰であっても叩きのめしてきた海軍の鬼、彼の矜持を踏みにじった相手は例え総理大臣でも潰される、と当時は誰からも恐れられた海軍の重鎮。

 

 東堂も何度もお世話になり、何度も教えられた相手が、今は目の前にいる。穏やかな笑みを浮かべ、瞳に鋭い気配を浮かべながら。

 

「どうした、自分がここにいるのがおかしいか?」

 

「あ、いえ、それは。先輩はすでに海軍を辞められたのですから」

 

 自然と敬語になってしまう。彼が纏う雰囲気は圧倒的で、とても初老を超えたとは思えないほど充実している。

 

「俺のことじゃねぇよ。お前のことだろ? 違うか、東堂」

 

 鋭く見てくる彼に、東堂は今度こそ腰を引いてしまい、イスに崩れ落ちるように座る。

 

「衰えたな、東堂。若造どもの諫言に乗せられて、迂闊に動いた結果がこのざまだ。なんだ、このふぬけた海軍は? 俺たちが作った海軍は、あんな戯言で動くような軟弱じゃなかったぞ」

 

「そ、それは」

 

 東堂は言葉に詰まる。

 

 確かにと思ってしまった。昔の自分ならば、乗せられなかったのではないか。裏側を調べ上げ、信頼できる者達を近場において、理想を求めず淡々と敵を倒して行けたのではないか。

 

 今更でしかない。自分は乗せられ、踊ってしまった。そんなものが海軍のトップでいいはずがない。

 

「先輩、戻ってきてください。どうか、また海軍に」

 

 思わず縋るように東堂は呟いていた。彼ならば弱り切った海軍を立て直せる、それができる男のはずだ、と。

 

「・・・・・・俺は国民を護れなくなった。軍人は国民を護るもんだ。他の何を捨てでもな。けどな、俺には他に護りたいものができた」

 

「解っています。家族を貴方はとった。それは解っています。しかし!」

 

 東堂は思いこんでしまった。彼以外にはできない、不可能だ。彼しかできないのだから、戻ってきてもらいもう一度と。

 

「甘えんなよ、小僧」

 

 スッと目が細められ、冷たく吐き捨てられる。思わず東堂は顔を反らしてしまった。真っ直ぐに見られない、昔ならば睨み返せたのが、今はできない。

 

「おまえが何とかしろ。おまえらが引き起こしたことだ、どうにかするのはお前らだろうが」

 

 何処までも冷たく突き放すような相沢・宗吾の態度に、東堂は無理かと諦めかけて、嫌と内心で自分を鼓舞する。彼の助力が得られなければ、海軍が廃れてしまう、今の時代にそれは日本を危なくするだけだ。

 

 何とかしないと、と思考を回す東堂の耳に信じられない言葉が投げられた。

 

「俺の護りたいものを投げ出した海軍に、俺が協力することはない」

 

「な?!」

 

「あの時だ。赤城達を見捨てた時の民間人、あれに俺達一家がいたんだよ」

 

「そ、それは」

 

 嘘だ、信じられない、頭から否定する思考は粉々に砕かれる。

 

 まるで敵を見ているような冷たい殺気を浮かべた、かつて色々と教えてくれた先輩だった男の顔で。

 

「理解したな、東堂。まあ、俺がここに来たのは、そいつを伝えるためじゃない。俺は伝言を届けに来ただけだ」

 

「伝言、ですか?」

 

「テラからだ。『トップだから死んで逃げるなんて許さないから、どうにかしろ』だそうだ」

 

 ギュッと東堂は拳を握りこむ。だから、か。だから自分はまだここにいる、まだまだ楽にさせない、まだまだ苦しんでいろというのか。

 

「それとな、ルリからだ。『責任の取り方は色々ありますが、責任とって辞職なんてのは、楽な道ですよ。本当のプロなら自分が起こした失態をすべて取り返して、倍の利益を出すくらいしなさい』だとさ。俺もそう思うぜ、東堂。俺の恨み事はだからとっておく」

 

 突きつけるように言い放ち、宗吾は背中を向けて立ち去っていく。

 

 東堂は答えられず、視線を落としたまま動けなかった。

 

「もし、おまえがこのまま海軍を放っておくなら、その時はきっちりと落とし前をつけるからな。解ったな、小僧」

 

 扉が閉まる瞬間、宗吾はそう告げていた。

 

 東堂はその言葉を受けて顔を上げる。

 

 これから先の苦難は目に見えている。いずれ国民は真実を知るだろう、その時に自分だけが助かったと言われて暴言を浴びることになる。部下達も、陰口をくらいはあるだろうし、命令に背く者も出てくる。

 

 裏切り者だと言われても仕方がない。けれど、だ。逃げた先に待っているのがあの相沢・宗吾ならばどちらでも同じかもしれない。

 

 行くも地獄、退くも地獄。ならばせめて自分が納得できる地獄を行こう。

 

「そうか、挽回の機会を得たのか、テラも案外、優しいところがあるな」

 

 小さく東堂は笑った。

 

 あの馬鹿も、そんな気遣いができたのかと、小さく笑った。

 

 数年後、その話を東堂が当人にした時、『え、東堂さんは残そうと思っただけだよ。ギャグ要員として!』といい笑顔で答えたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大海戦、お疲れ様でした。鎮守府に戻った一同に向けて、テラはとてもいい笑顔で告げていた。

 

「さて、総員、お見事でした。全員がよく働いたので、特別ボーナスを出そうと思います」

 

 ルリの言葉に誰もが歓声を上げたのだが、次の言葉で全員が表情を暗くすることになる。

 

「レポートの内容を加味して」

 

「て、提督代行! そ、それは今回の海戦のレポートということですか?」

 

 思わず長門が質問すると、相手は無情に頷いた。

 

「ええ、当たり前です。皆の技量はとても満足できるラインに到達しました、しかしです」

 

 小さくルリは首を振ってから、左手に数枚の紙束を持ち上げる。

 

「技量は、というしかない状況なわけです。いいですか? 私は提出書類の書式は統一したはずです。全員に報告書などを含めてマニュアルを渡してあります。ここまでいいですね?」

 

 質問の形をしているが、質問させない妙な圧力が彼女から流れてる。ふと横に顔を向ければ、大淀が『もう、どうしてなんですか』とちょっと黄昏ているので、この話はかなり前からあったようだ。

 

「それなのに、なんですか、このバラバラの報告書は? 今までは訓練が忙しそうだったので見逃してましたが、いい加減にイラついてきたので、今後は書式に不備があった場合は却下します」

 

 その言葉に、真っ先に膝を折って嘆いたのは誰だったか。書類仕事が最も苦手な子は誰だったのか、誰もが嘆きながら悲鳴を上げる一歩手前だった空間で、真っ先に膝を折って土下座したのは、意外な人物だった。

 

「提督代行!! どうかご容赦を!」

 

 必死に懇願する彼女を視界に入れたルリは、蔑むような目線でもなく、呆れたような目線でもなく、何故かとても慈愛に満ちた瞳を向けていた。

 

「ええ、そうですね。私もやれといって突き放すような冷たい人間ではない、つもりです」

 

 普段以上に優しく穏やかに語るルリに、全員が『光明だ』と祈りにも似た気持ちで見つめていた。

 

「だからこれから、『書類についての訓練』をしましょうね、吹雪」

 

「はぅあ?!」

 

 真っ先に土下座した総旗艦は、そんな悲鳴をあげて顔を再び床に下ろしたのでした。

 

「どうして、貴方は書類を『手伝う』ことはできても、自分で作成すると不備だらけになるんですか? 暁のほうが事務仕事がうまいって、どういうことですか? 貴方はこの鎮守府の最古参の自覚があるんですか? まさか艦娘だから戦闘力が高ければいいなんて思ってませんよね? 思ってるんですか? どういうつもりでそんなことを考えたのか、じっくりと聞いてあげますから、顔を上げてイスに座れ」

 

 慈愛に満ちた聖母のような笑みを浮かべながら、ルリの口からは辛辣を通り越したような言葉が淡々と流れていく。

 

 死刑執行を待つ囚人のように、吹雪は項垂れたまま立ち上がり、悲壮な覚悟を決めた顔つきでルリが示したイスに座った。

 

 何時からそこにイスがあったのか、艦娘全員が認識できなかったのだが、ここには人の認識をすり抜けて仕事をするバッタという、特殊を通り越して変態じゃないかって奇怪(誤字にあらず)がいるので、誰もがあまりに気にしなかった。

 

 椅子の前には机があって、一つ一つの机には名前が書かれていた。『吹雪』、『天龍』、『龍田』、『瑞鳳』、『長門』、『大和』と。

 

「落第点以下、もう書類仕事の『し』から学べといった痴れ者は以上です。後はレポートを制作して添削してあげます。八十点以下は再提出、三回の再提出者は減俸」

 

「鬼!!」

 

「悪魔!」

 

「人でなし!」

 

 もう我慢の限界だ、と艦娘達から抗議が上がる。他の鎮守府でならば提督に逆らうなんてと怒られるのだろうが、ここはエーテル鎮守府。大馬鹿鎮守府とも言われているこの場所は、拒否権や自分の考えをしっかり持ちましょうと教育しているので、こういった暴言は許されている。

 

 許されているが、怒られないとは言われていないが。

 

「三点、なんですか、そのいかにもといった暴言は? 知識が足りていない証拠ですね。この際ですから、学力も身につけてもらいましょう」

 

 ルリはとてつもなくいい笑顔で、右手に『書籍』を持ち上げた。分厚く大きく、まるで装甲板のような本を。

 

「今回から給料の査定に、『学力』も追加されます。通常任務以外にも定期的にテストを行いますから、そのつもりで」

 

「はい! 訓練以外のですか?!」

 

 咄嗟に由良が動いた。まさか、あの訓練以外に勉強の時間が作るのか、睡眠時間を削るつもりなのか、と不安を感じたためだ。

 

「いいえ、これからは演習、実技、座学と分けていきます。いくら私でも貴方隊の睡眠時間や自由時間を削ってでも勉強しろとは言いませんよ」

 

 その言葉に、全艦娘はホッと安堵した。まさか、あの高密度な訓練した後に机に座って勉強するなんて拷問に近い。限界まで体を行使して倒れる寸前まで動きまわるのだから。

 

「というわけで、スケジュールです」

 

 ルリは空中にモニターを展開して、今後のスケジュールを表示させる。しかし、それはほとんどが空白になっていた。

 

「せっかく、貴方達がこんなに自分の意見を言えるようになったので、一月のスケジュールは各自が組むようにしました。まあ、こちら側からの強制任務や指名任務がありますので、全員が自分が組んだスケジュール通りにいくとは言いませんが」

 

 スケジュールは一か月で編成、翌月の予定は前月の二十五日までに作成の上で提出。スケジュールの内容に不備がなければ、そのまま実行。不備がある場合は修正されて当人に戻すので、不満がなければ反論せずにその通りに予定をこなす。不満がある場合は書類にて理由を述べる。

 

 また月の途中での変更は、提督代行、あるいは大淀まで申告書にて報告。口頭での変更は認めない。

 

「こ、ここでも書類ですか?」

 

「もちろんです。楽させませんよ、吹雪」

 

 容赦なく告げるルリの顔は、冷たいものではなく『なんでそんなに書類が苦手なんですか』と呆れを含んでいた。

 

「全員、理解しましたね? では来月分のスケジュールを作成し、私まで提出しなさい。後、月末にテストを行います。演出と座学両方ですよ。その結果で給料の増減ありですからね」

 

「あ、あの通常の出撃とかはどうなるんですか?」

 

 赤城の質問に、誰もがそういえばと思い出したように見つめてくる。

 

「それも貴方達に丸投げします」

 

「提督代行!?」

 

「冗談ですよ。実技の部分がそれに当たります。なので、強制的に実技が入ることもある、と考えておいてください。とりあえず、まずは組んでみましょう」

 

 とりえずって。艦娘全員がそんなことを思った。いきなりそんなことを言われてもと誰もが顔を見合わせている中、ルリは大きく手を打った。

 

「はいはい、困惑するのも混乱するのも解ります。けれど、私は貴方達を『この程度で躓くような子』に育てた覚えはありません。戦闘訓練の合間とか、食事中とかに色々と教えています」

 

 そういえばと誰もが思い出す。書類仕事をしている間とか、訓練の合間の何気ない会話とか、そういったところで聞いた覚えはあったが、それを正確に思い出せるかどうかは自信がない。

 

「それに、私は一度も『質問を受け付けない』とは言っていません」

 

 誰もがその言葉に、呆けたように先ほどの会話を思い出していた。確かに彼女は質問するなとは言っていない。何時もこうしなさい、ああしなさいというような話し方だったから、質問することを忘れていたらしい。

 

「自分の意見を言えるようになった貴方達に、今度は『誰かに質問して自分の考えを補正する』ことを学んでもらいます。さあ、自室に戻って考えなさい。それで煮詰まったら私のところに来るように。何時でも待っていますよ」

 

 穏やかに微笑み全員を見回したルリは、もう一度と手を打った。

 

「では解散。で、落第以下はこっちに来なさい。貴方達はまずお説教から質問の意味を教えてあげます」

 

「は、はい」

 

 今までとは一変した鬼気迫る彼女の雰囲気に、逃れることができた艦娘達は一斉に自室へ退避した。 

 

 その後、大会議室から悲鳴が響いたとか、うめき声がしたとか噂になったらしいが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼は悩む、日本という国のトップである総理大臣は、盛大に悩んでいた。

 

 エーテル鎮守府、大馬鹿鎮守府と呼ばれる場所、あるいは超えてはいけない一線を越えた者達『デッド・ライン』鎮守府。

 

 強力で圧倒的、その所属艦娘の強さは駆逐艦でさえ、他の鎮守府の戦艦を一蹴する。

 

 扱いに困る、と思えてしまう。しかし、誠実に向き合うならば誠実を返すくらいの常識はあるらしい。

 

「しかし、な」

 

 総理は盛大に溜息をついた。

 

 彼の机の上には嘆願書の山。これは各地の提督からではない、その配下の艦娘達からの嘆願書だ。

 

「強さに憧れる気持ちは解るが、どうにも」

 

 深くため息をつく。

 

 意を決して総理は嘆願書の山から一つを選び、目を通す。

 

 『どうか吹雪さんの写真集を出してください』。

 

 クリティカル・ダメージが、総理の胃を直撃した。なんだこの嘆願書は、相手はただの艦娘だ。救国の英雄かもしれないが、それでも写真集を出してくださいなんて、そんなバカは話があってたまるものか。

 

 次はと手に取ったものには、『扶桑お姉様とお茶会がしたいです』と書いてあった。再び胃を直撃する極大魔法に似た衝撃に、総理は腹部を抑えてうめき声をあげる。

 

 他には、『瑞鳳さん、可愛いかっこいい』、『赤城様とお食事会したい』、『レディー暁のお茶会はいつですか?』、『川内さんと夜戦したい(通常)』、『陽炎様のお見足』等など。

 

 頭が痛い、本当に胃が痛い。これが艦娘だけからきたならば、即座に各地の提督たちに『なだめてください』といえるのだが、提督たちからも着ているものだから、対処の仕方が解らない。

 

 もういっそのこと、あの鎮守府に丸投げするか。いいや、その前に相談してみるか。

 

 待った、と総理は思いなす。あの鎮守府が、内地にあるのは問題じゃないか。ここまでファンが増えたならば無断侵入する連中は必ずいる、今は鎮守府関係者だけだが、いずれ国民にも知れ渡ったらどうなるか。

 

 膨大に膨れ上がったファンのために、鎮守府が機能不全を起こさないだろうか、いや間違いなくする。

 

 総理はこの時、自分の思考が妙な方向に流れていくことを自覚していなかった。思いついた考えは、『これが正しく他はない』と確信してしまい、他の意見など求める余裕はなくなっていた。

 

「・・・・何処か他の地に、内地より遠く、遠すぎない場所」

 

 地図を広げた総理は、日本の領海をぐるりと見回して、一つの場所を見つけた。深海棲艦に侵攻されて、今は誰も住んでいない場所。日本の玄関口から先にあって、敵の侵攻に対して真っ先に対処できる島。

 

「八丈島、ここでいいだろう」

 

 見つけた場所の名を呟き、総理は安堵の息を吐いたのでした。

 

 

 

 

 

 





 写真集って、必要なの。語録って誰が欲しがるの。

 え? 今、一万部が完売?

 そう、吹雪のよね?

 私の? 世の中には暇人が多いのね。

 いいわ、レディーらしく優雅に語って上げるから。






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栄転、左遷、人事移動、ようするにお引越し

 

 あの当時のことですか?

 そうですね、あの頃は色々なことがあって一口では言えませんけれど、一番に印象に残っている事としては、予想外でしたね。

 そうじゃないですか?

 誰に聞いても、『予想外』だって答えると思いますよ。







 

 

 その日、ホシノ・ルリ提督代行は東堂軍令部総長に呼び出され、土下座されていた。

 

「はぁ?」

 

「すまん、移動してくれ」

 

「はい?」

 

 意味が解らない彼女の前で彼が語った内容は、提督代行を納得させるに十分な内容ではなかったが、心情的には理解できたので同意した。

 

「総理も限界らしくてな。胃潰瘍で倒れたらしい」

 

 『祝、エーテル鎮守府大金星。政府のトップを撃沈す』、とルリの脳裏にそんな単語が躍ったのだが、表に出すことはしない。

 

 なるほどと提督代行が頷いていると、目の前で東堂も胃を抑えて蒼白な顔になった。

 

「俺もなぁ」

 

「・・・・・とりあえず、勝利宣言しておきますか」

 

 『大勝利、エーテル鎮守府。連戦連勝、軍令部総長も撃沈す』。妙な単語がまた流れるのだが、無視しておこう。

 

 蒼白になってそのまま床に蹲る軍令部総長を前にして、ルリは冷静に内線で軍医を呼んだという。

 

 この日、エーテル鎮守府は総理大臣だけではなく、軍令部総長も胃潰瘍で撃沈するという、大変に名誉な称号を得た。

 

 後日、ホシノ・ルリ提督代行がこの件をテラ・エーテル提督に報告すると、彼は嬉しそうな顔で告げた。

 

 『じゃ、次は陸軍のトップだ』と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いきなり決まったお引越し。住み慣れた場所を離れる寂しさはあっても、命令では仕方がないと割り切るのが軍人。言いたいことは多々ある、思うことも多々あるかもしれない。

 

 そんなことはないのが、規格外揃いのエーテル鎮守府の面々。いきなりのお引越しに誰もが『じゃ、準備ですね』と返すのだから、頭のネジが一つや二つは緩んでいるのだろう。

 

 さて、ここで問題です。この一件で最も狂喜乱舞したのは、誰でしょう。

 

 答え、バッタ師団。

 

『ピ! お仕事が来たぁぁ!』

 

『ピ! 図面持ってこい! 鎮守府再建だ!』

 

『ピ! 都市開発やり直し! 経験が生かせるぞ!』

 

『ピ! 資材持ってこい! 出し惜しみするな!』

 

『ピ! 全バッタ師団は即応体制実施! 八丈島の調査だ!』

 

『ピ! 急げ急げ! お仕事の時間だぁぁ!』

 

 ドタドタと駆け抜けていく一団と、すぐさま飛び立っていく大型輸送機の数々。ついでに資材を満載した資材艦の出港準備、護衛用の戦闘艦の出港準備、並行して行われる鎮守府の再設計及び新規建設計画。

 

 妖精たちも建設関係は片っ端から輸送されていく姿に、妙な哀愁が漂っているように見えるのは、気のせいとしておこう。

 

『ピ お仕事優先です』

 

『はうぁぁぁぁ!』

 

 妖精達の悲鳴が聞こえた気がしたが、誰もが空耳だと信じ込むくらいに、バッタ達は一心不乱に八丈島の鎮守府化計画を推し進める。

 

『ピ 浮沈要塞って憧れですよね』

 

『あ、それは私達もです』

 

 哀愁が漂っていたはずの妖精たちが、一斉に黒い笑顔を浮かべてバッタ達と笑っていたことは、誰もが見ないようにした。

 

 話を持って行って数分後、『思案です』と渡された図面を見た大淀は、軽く気絶しかけたという。

 

「て、提督代行、これは正気なんですか?」

 

「まあ、正気でしょうね」

 

「でもこれって、浮沈要塞っていうよりは、『殲滅体制万全です』じゃないですか?」

 

 顔面蒼白になって図面を握り締める大淀に対して、ルリはチラリと再び図面を見た後に、手に持っていた紅茶を飲んだ。

 

「大淀、いい機会なので言っておきます。私は『敵は残らず消す』主義です」

 

 真顔で告げる提督代行に対して、事務全般を受け持っている艦娘は、とても苦い顔で告げたのでした。

 

「こんな時に思い知りたくありませんでした」

 

「まあ、バッタ達も久しぶりの仕事でハイテンションなだけでしょうから。けれど」

 

 再び図面に視線を戻したルリは、細部まで改めて確認した後、ポツリと呟いた。

 

「でも、かなり抑え気味な設計ですね」

 

「何処がですか?!」

 

「重力兵器で固めたり、空間兵器を前面に押し立てない。通常兵器で周囲を固めているあたりとか?」

 

「六十八センチ四連装砲を三十二基も設置してですか?!」

 

「常識的ですよ」

 

「この四十六センチ電磁投射砲ってなんですか?!」

 

「レールガンじゃないですか」

 

「二十二センチ光学熱線砲ってどういうものですか?!」

 

「ビーム兵器ですよ。プラズマ形式なので、普通に科学技術だけです」

 

「重金属投擲砲は?!」

 

「炸裂弾形式のカノン砲ですね。こっちも金属粒子を使っているだけで、ごく普通な火器です」

 

「電磁防護幕は必要なんですか?!」

 

「自らの攻撃に対しての防御力を持つのは、当たり前の話です。大淀、何を動揺しているんですか?」

 

「普通はしますよ!」

 

 大声で言いきって大淀は、肩で息をしていた。精神的なストレスから叫んだらしいが、そこまで負担になる話だろうか。ルリはちょっと疑問を感じて図面を持ち上げて見たが、どう見ても抑え気味なごく普通の基地計画書だ。

 

「何処が・・・・・」

 

『ピ! 修正案です!』

 

 ドアを蹴とばすように入ってきたバッタは、ルリが持っていた図面を奪い去り、変わりの図面を置いていく。そして、入ってきた勢いのままに部屋を飛び出していった。

 

「・・・・・・大淀、これが非常識な基地設計書です」

 

 少しだけ見た後、頭痛を感じた提督代行は、そっと彼女に図面を差し出す。

 

 大淀は恐る恐ると受け取って眼を通して、その場に崩れ落ちた。

 

「ルリより、バッタ師団へ。鎮守府を作るのであって、『移動要塞』を作るのではないので」

 

 通信を繋げてそう伝えると、相手からは盛大な反論が返ってきた。

 

 移動できない基地は難攻不落ではない。移動してこそ基地は本領を発揮する。艦娘の戦闘を完全にバックアップするために、移動できたほうが都合がいい。敵の襲撃に対して、回避性能は必須。防御システムに頼り切った基地など軟弱。現在のバッタ師団の技術ならば、八丈島くらいならば一日で移動基地化できる等など。

 

 なるほど、と提督代行は彼らの意見に同意を示しながら、同時に諭すように告げる。

 

「鎮守府は基地ではないですよ」

 

『ピ?』

 

「鎮守府は、『その場にあって鎮める部署』です。鎮めるはずの存在が、動いてしまったら本末転倒では?」

 

『ピ!?』

 

 通信の向こうで盛大な悲鳴を上がり、ルリはそっと通信を閉じた。

 

 そんなわけあるか、と内心で盛大な突っ込みを入れつつ。鎮守府だろうと基地だろうと、移動は不可なんて話はない。補給拠点が移動式、何処にでも行ける機能があるならば、前線にて移動不可能になった部隊を速やかに回収して前線復帰可能、ついでに基地自体が資材の回収にも行ける。

 

 メリットはこんなもので、デメリットは動き続けるということは所属部隊が常に基地の位置を把握していないと帰還できなくなること。海を進む船と同じになれば、敵の攻撃で撃沈する危険性が高いこと。移動のために常に燃料の消費があること。

 

 メリットとデメリットはこんなところか。パっと思いつくかぎり、こんなにも理由があるのだから、進めていけば色々な問題が出てくるだろう。

 

「ロマンを求めて不都合なことにぶつかるよりは、堅実的な方を選ぶべきですよ」

 

 小さく諭すように付け足したルリだったが、彼女はすぐに意見を撤回するしかなくなる。

 

 彼女が頭が上がらない人が、妙にうれしそうな顔で語るために。

 

「移動要塞! 動き続ける基地! ロマンだね!」

 

「あ、そうですね、テラさん」

 

 半ば諦めたようにルリはバッタ達に『許可』を出し、『通常時は現地点に留まるように』と付け足すのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『鎮守府の移動及び作成に対しての意見書』。

 

 エーテル鎮守府の艦娘全員に送信された書類に、誰もが顔を見合わせてしまう。

 

「えええ~何これ?」

 

 空中に表示された文章を眺めていた鈴谷は、首を傾げる。意味が解らないのだが、どういうことなのか。そもそも、移動した先の鎮守府の設計はバッタ達が行っており、妖精たちが補佐して造り出しているので、そこに意見を挟む余地があるのか。

 

 艦娘が意見を出していいのかどうか、と鈴谷はちょっとだけ悩みながら文章を睨みつける。

 

「誰か詳しい話、聞いてないの?」

 

 周囲に問いかける彼女に、小さく手を上げた存在がいた。

 

「はい。どうせ、新しく造るなら私達の意見を入れてみようって話みたいですよ」

 

 答えたのは吹雪。やっと最近、事務仕事がまともにできるようになって、書類の作成能力も上がってきたので、何処かほっとした様子が見える。今では大淀以上に事務能力が高くなった、らしいが。

 

「でも、作っているんじゃないんですか?」

 

「基礎部分と街と住居エリアのみだそうです。鎮守府に関してはまだ予定地だけで、触っていないとのことですよ」

 

 丁寧に答えてくれる彼女は、とても穏やかな笑顔をしている。泣きそうな顔で補習的なものを受けていた彼女と、同一人物とはとても思えないが、鈴谷にとって吹雪とはこういった人だった。

 

 日常的なところでは丁寧で優しく、ゆっくりと穏やか。ポワポワしているとか、優しくて弱そうではない。一つの芯が通ったような凛とした雰囲気でありながら、周りに圧迫感を与えない、ごく普通の女の子。

 

 これで戦場では苛烈にして烈火の如く。鬼も泣きだして逃げそうな雰囲気に豹変するのだから、『二重人格』を疑われても仕方がないかもしれない。

 

「鈴谷?」

 

 お日様のような暖かい笑顔、なのに何故か寒気がした。

 

「いえ何でも有りません」

 

「そうですか。では、皆さん、意見を出しましょう」

 

 何事もなかったかのように告げる彼女に、鈴谷は『うん、初期組は怖い』なんて思っていたりする。

 

 素で心が読めるのではと疑うような言動があるから、ちょっと油断していると命の危険を感じてしまう。優しいし頼りになる人ばかりなのに、時々のこういった『怖さ』は、ちょっと勘弁してほしい。

 

 鈴谷はそんなことを考えているが、彼女より後に鎮守府に来た艦娘達にしてみれば、鈴谷も十分に『そういった怖さ』を持っているように見えているが気づいていない。

 

「・・・・エステサロンって必要?」

 

 不意に荒潮が告げたことに対して、全員が首を振ってしまう。鎮守府のことなのに、どうしてそんな単語が出てくるのか。軍務を何と心得るか。疑問と少しの叱責が飛ぶことはない、何しろそれは荒潮が考えたことではない。

 

 バッタ達が『最初の図面に入れたこと』だから。

 

「美容室ってなんであるの?」

 

 由良が示した場所に誰が苦笑してしまう。

 

「あ、これ居酒屋だ」

 

 川内の発見に、全員が深くため息をついた。

 

「誰か私に鎮守府内にゲームセンターが必要な理由を教えてくれ」

 

 長門が呆れた顔で告げることに、答えられる艦娘はいなかった。

 

「遊園地が敷地内にあるのだけれど」

 

 如月が示した部分は、鎮守府の敷地の三分の一を占めていた。

 

 全員が図面を改めてよく見てみると、呆れが最初に出てしまう。軍事基地にしたくないのか、それとも艦娘達に娯楽を与えなければならない使命に目覚めたのか、新しい鎮守府の図面は娯楽施設ばかりが目立つ作りになっていた。

 

 水族館とかバーとか、図書館はまだしも映画館はいらないだろう。さらにどうして必要と考えたのか、入渠施設とは別に温泉まである。岩盤浴は必須と振ってあるのは、何か意図があってのことか。

 

 その後、艦娘達全員は一つずつ図面から話し合って削除したり、付け加えたりして意見を出し合って、報告したのでした。

 

『ピ! 貴方達は戦争奴隷ですか!?』

 

「どうしてそうなるんですか?!」

 

 数時間後、憤慨して怒鳴りこんできたバッタ達に対して、吹雪をはじめとした全員で説得することになるのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 馬鹿騒ぎも終わってみれば懐かしい。そんな言葉が浮かぶ一週間だったと、後に誰もが回想する。

 

「はぁ、やっと終わった」

 

 真新しい机に突っ伏す大淀を見つめながら、ルリはまったくですと心の中で同意を示す。

 

 二日で終わることが、一週間もかかるなんて。鎮守府周辺の施設はすべて一日で建造終了し、宗吾達は三日後には移住完了していたのに。

 

 肝心の鎮守府が艦娘とバッタ達の意見の対立、提督と提督代行の駆け引き、さらには内部設備の『新規製造』か、『移設』かで、揉めに揉めて五日が経過してしまうとは。

 

 結局、前の鎮守府は新しい提督が使うことになって、そのままにしてある。さすがに『不味い』と判断された技術や艤装については持ってきたが、それ以外は残してある。

 

 他の鎮守府の提督が移っての使用ではなく、まったく新しい新人提督に任せるらしい、というのは東堂からの連絡で知った。

 

 従来の鎮守府とはまったく様式が異なるため、他の提督では先入観に左右されて十全に使えない可能性があるためだ。

 

 そのため、しばらく直接通信ラインを繋げて、疑問があれば質問が来るか、あるいは直接に出向いて教えることになった。

 

「まあ、いいでしょう。では、提督」

 

「うむ・・・・・・えっと、頑張っていこうか」

 

 新しい鎮守府、新しい場所、新しい任地に任務。新人艦娘や移動を希望した艦娘が来るのでと提督に挨拶を求めたが、結果はいつもと変わらなかった。

 

「各員、状況は変化なし」

 

 溜息交じりにルリは、そう館内放送に流して、締めくくるのでした。

 

 

 

 

 

 

 




 

 馬鹿騒ぎっていうのは、きっとああいうことを言うのでしょうね。

 本当に頭が痛くなるくらい、バッタ達は『娯楽優先』なのだから。

 でもね、呆れたり意味不明だったりしたけど、辛くはなかったから、笑い話にしておきましょう。




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憧憬

 

 今でも鮮明に思い出せます。

 凛と立つ姿も、穏やかな笑顔も、幾万の攻撃を避け切って、語りかけたくれた優しさも。

 私もあんな風になりたい。

 あんなような艦娘でありたいと願ったから。

 だから、私は今でもあの背中を追い掛けています。







 

 お引越しが終わった翌日、軍令部から一枚の通知が舞い込んできた。

 

 転属願。

 

「・・・・・・おお」

 

 受け取ったテラは中身を流し読みした後、大きく頷いて立ち上がる。

 

「何処へ行くんですか?」

 

 反射的に、隣にいたルリがテラに声をかける。同時に、大淀も腰を浮かせて通信端末を手に持つ。

 

「ん、新人さんの訓練にちょっと」

 

「それは吹雪がやりますから。長門も乗り気になっています。ここでテラさんが動いて彼女たちのやる気を削ぐのは、いかがなものかと」

 

 できるだけ丁寧に言葉を選び、できるだけ長い文章になるように注意しながら伝えつつ、ルリは右手でアリア、イオナ、バビロンの全武装のロックがかかっているかを確認。同時に、左手で艦載機の現在位置を確認。特にテラの専用機の所在地は最優先で確認。

 

「そうかな?」

 

「はい、そうです」

 

 平然と答えながらも、ルリの思考は別々のことを考える。武装のロック確認完了、専用機及び艦載機に動きはなし。

 

「そっか」

 

 テラは大きく頷いて納得したように机に腰を下ろす。

 

「ん、それなら・・・・・」

 

「提督! 訓練ってできますか?!」

 

 扉を開けて入ってきた吹雪に、ルリと大淀は崩れ落ちるように項垂れたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エーテル鎮守府が八丈島へと移った後、各地の鎮守府から『艦娘の移動願い』が政府に提出された。

 

 元々、鎮守府同士で艦娘の移籍や移動、あるいは転属などはあったのだが、一か所に集中する形は初めてだった。

 

 それに、前回の事件により関係があった提督達も更迭、あるいは反逆罪の適応により投獄。日本の防衛など後回しにして大粛清してしまったので、鎮守府はあって提督の数が足りていない。

 

 代理で初期艦や秘書艦が鎮守府を運営してはいるが、それも何処までできるか解らないのが現状だった。やり過ぎではなかったかと一部の政治家や軍人からの意見を、首相達は一蹴した。

 

 『もし国民に露見して、今も何の処罰もないと知られたら、どうなるか解っているのか』と。

 

 よくて海軍への不信感の増大、悪くすると政府の背信行為、デモに発展しかねない。最悪、クーデターの発生まで考慮に入れなければならなくなる。

 

 今回の処置は『致し方ない』と割り切るしかないという言葉に、誰もが反論できずに下がってしまう。誰もが言葉にせずとも解っている、今回の一件は『身内の不祥事』だと。

 

 そんな状況で各地の鎮守府は現在のままでの組織形態で続行できるかというと、誰もが『もちろん』と答えられないのは解っていた。

 

 悩みに悩んだ海軍上層部は、提督候補生の訓練期間の短縮、陸軍への協力の要請と同時に、鎮守府の統廃合を決定した。

 

 犬猿の仲の陸軍に頭を下げに行くのは、海軍としては屈辱であり、相手から何を要求されるか解らないという想いがあったのだが、話を通して見ると陸軍はすんなりと協力を受け入れた。

 

 陸軍も陸軍なりに今回の話を重く受け止めており、彼らも身内から処罰者を出していたため、他人ごとではなかった。

 

 同じ国を護る軍人として、海軍と陸軍の思いはここに重なった。同時に、テラ・エーテルとホシノ・ルリに対しての恐怖というか、一体感といったものか、とにかく二人を敵にした時に道連れが多い方がいい、と考えたのは内緒の話だが。

 

 こうして、提督の数の確保と鎮守府の数を少なくしての、一応の防衛力の保持はどうにかできた。

 

 ホッと安堵した両軍の上層部を、今度は艦娘側からの転属願が揺さぶることになった。

 

 他の鎮守府へ、あるいは昔の知り合いがいる鎮守府へ。そういった転属願ならば上層部は『よかろう』と頷けたのだが。

 

 一部の転属願については、誰もが渋い顔をすることになる。

 

 エーテル鎮守府への転属願。でてきた名前に、顔をゆがめて唸る。今の日本海軍陸軍関係者にとって、その名前は一種の『禁忌』扱いだ。

 

 駆逐艦であっても戦艦を撃破できる艦娘、最古参の艦娘ならば練度が高いのも当然と考えるのだろうが、あの鎮守府は新人であっても他の鎮守府の古参を超える練度を誇る。

 

 前の演習の時に見た訓練、あれを潜り抜けた艦娘が修羅になるのも頷けるのだが、あの艦娘達は『テラ・エーテル』にのみ従っている。日本ではなく、一提督に。他の鎮守府の艦娘が日本に対しての敬意を持っているのに対して、エーテル鎮守府の艦娘にはそれがない。

 

 もしテラが『攻め落とせ』といえば、日本を簡単に攻め滅ぼす。と、誰もが考えてしまうくらいに、エーテル鎮守府の悪名は日々を重ねるごとに膨れ上がっていた。

 

 テラやルリが実際にそんなことをしたわけでもないが、人というのは真実よりは知り合いや親しい人から与えられた情報によって印象をガラリと変えてしまう。

 

 悪名高き『デッド・ライン』、悪鬼羅刹がそのまま乗り移ったような艦娘がいる鎮守府に、さらに新しい戦力が与えられる。

 

 いいのか、それは日本にとって危機にならないか。様々な思惑が渦巻いていき、あの事件と同じような悪感情が軍人たちの中に渦巻く中で、東堂軍令部総長は『笑い飛ばした』。

 

 あのテラとルリが本気で日本を攻め滅ぼそうとしているならば、もうすでに大陸ごと消えていると。

 

 同時に、あの鎮守府には『相沢・宗吾』がいる。その情報が流れた瞬間、誰もが『口を閉ざした』。

 

 現在の海軍を生み出した男、敵対者には容赦の欠片もなく滅ぼす軍略家。噂程度、悪口一つでも見逃さない冷血。相沢元帥についての噂話は、彼を直接に知らない軍人でも知っているくらい有名だった。

 

 陸軍側も彼については多くの噂が流れていたため、相沢・宗吾がエーテル鎮守府にいるならば、『どんな悪口や悪意もこちらを滅ぼす』と思ってしまった。

 

 こうして、今回の転属願は紆余曲折を経たのに、すんなりと通ることとなったという。

 

「誰か俺の悪口を言ってる気がする」

 

「あ、俺もです」

 

「てめぇの場合、身に覚えがあり過ぎんだろ」

 

「もちろんです」

 

 某所にて、とある元帥と提督はそんなことを言って笑い合っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 憧れがあった。

 

「不知火です」

 

 名を簡潔に名乗る。僅かな緊張感に手の中に汗が流れ、それを忘れるようにギュッと握りしめた。

 

「ようこそ、エーテル鎮守府へ。私は初期艦の吹雪です」

 

 笑顔で挨拶を返す彼女を前に、『知っています』と心の中で呟く。

 

 あの戦場に自分はいた。あの時の彼女をよく見ていた。魚雷も砲弾も爆弾もすべてを回避して戦場を踊るように流れていた彼女の姿を、鮮烈な思いで思い出せる。

 

 彼女の前に、自分はエーテル提督に褒められた。男なのに、提督なのに艤装を扱う彼に褒められ、噂の提督でも人を褒めるのかと思ったものだ。

 

 その後に彼の所属の艦娘達に嫉妬のようなものを向けられたが、あの時は怖いと同時に少しだけ心地よかった。噂の提督の艦娘達が自分を妬むなんてと、少しだけ喜んでいた。

 

 戦闘が始まった後も、エーテル鎮守府の艦娘達の動きを見ていたが、自分との差はないと感じていた。戦ったとしても勝てないまでも、引き分けに持ち込めるだろうと。

 

 とんだ勘違いだと痛感したのは、あの時の吹雪の動きを見たとき。百倍以上の戦力差と相対しているのに、強張った顔も緊張感もなかった。ただ向かってくる攻撃を回避して、攻撃してくる艦娘に反撃もせずにやり過ごす。

 

 攻撃元を断たなければ攻撃は繰り返される。一対一でも徐々に自分の首を絞めるだけの無駄な行為。ただの自己満足で、いずれは攻撃してくる結果でしかないことを、彼女はやり遂げた。

 

「じゃ、少し軽くやってみますか?」

 

 挨拶が終わった後、転属願を出した艦娘達はあの訓練場に入った。

 

 前に見学の時、不知火は別任務中で見ることができなかったが、参加した同僚はこう言っていた。 

 

 まるで地獄だ、と。

 

 大げさなと当時は思ったのだが、本当に地獄だったらしいと不知火は内心で悲鳴を上げかけた。

 

 攻撃の密度、攻撃予想の的確さ。回避を自分でもランダムにしたというのに、万を超える砲弾のすべてが正確にこちらの進路を貫いてくる。 

 

 一つを避ければ十が降り注ぐ。行っても行っても終わらない、まるで霧を中を進むような密度の攻撃にさらされながらも、決して足を止めることなく突き進む。

 

 永遠とも感じる時間の攻撃の後、少しの休憩時間に吹雪が一人一人にアドバイスを口にしていた。あれだけの攻撃の中、同じように参加していて他の艦娘に気を配る余裕があるなんて、と不知火は呆れを通り越して畏怖を感じた。

 

 汗一つかいていない彼女は穏やかに微笑みながら、次の訓練の内容を通達してきた。

 

 こうして、演習という名の『ふるい落とし』が始まった。

 

 一人、一人と艦娘が戻っていく。自分から言い出さなくても相手から『貴方は戻りなさい』と伝えられ、元の鎮守府へと戻っていく。

 

 百人以上いただろうか、多くいた艦娘達はもう数える程度しか残っていない。判断基準は何なのか。撃沈されたことか、それとも攻撃を受けても立てていたことか。

 

 攻撃を見事に避け切った艦娘が、名を呼ばれ戻されると『どうしてですか』と食ってかかっていた。

 

 吹雪はちょっと困った顔をして、『貴方は見えてません』と答えた。理由の説明をしてくれないことに憤ったその子に、彼女はゆっくりと手で周りを示していた。

 

「私達は艦隊です。貴方一人で動いて、どうするんですか?」

 

 確かにそうだ。艦隊を組んでいるのに、一人だけ動けても意味がない。例え絶大な力を持っていても、単独で動くのは違うと不知火も感じた。

 

 その子はそれを聞いて小さく頭を下げて帰って行った。

 

 何度目かの演習、何度目かの豪雨のような攻撃を終えた後、終了が通達された。

 

 結果は、どうなのだろうと不知火が顔を向けようとして、空が見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふるい落としなんて誰も考えていなかった。ちょっと演習につきあってもらって、その後に面接しようかなって考えていたのが最初の吹雪の意見。

 

 今回の転属願について提督代行と提督は特に何も言ってこなかった。ただ、任せるとだけ。

 

 陽炎は隣に視線を向けた。

 

 訓練の最後、気丈に立とうとした妹はそのまま倒れて空を見つめていた。体力も限界、気力も限界で倒れて気絶したらしい。

 

「密度で言えば、凄かったけどさ」

 

 本当に提督は容赦ない。他の鎮守府から転属願で来た艦娘にしていい攻撃ではなかったし、それを何度も繰り返すなんて正気じゃない。

 

 正気じゃないが、正気で務まる鎮守府じゃないか、ここは。陽炎はそんなことを感じながら、水平線に顔を向けた。

 

 吹雪が、暁達と艦隊を組んで演習している。吹雪を先頭にして、響、電、雷、暁と続く艦隊編成は、見たことがない。

 

 演習中に吹雪が何かに気づいて、試しにやっているようだが。

 

「あ・・・」

 

「気がついた?」

 

 隣の声に陽炎は視線を反らすことなく声をかける。

 

「はい、ここは?」

 

「訓練場の隅。医務室や休憩室に行くまでもないから、ここに寝かせておいたの」

 

「そうですか。私は不合格ですか?」

 

 体を起こした不知火は、壁に背を預けてボーとしている。何か燃え尽きたような顔つきだが、不合格とは何の話だろうか。

 

「さあ? それを決めるのはあんたじゃないの?」

 

「私が決めていいことですか?」

 

 疑問を向けながら不知火は顔をこちらに向けていない。目線は先ほどから吹雪を見ていて、僅かな動きも見落とさないように注視している。

 

「そりゃそうでしょ。自分が何処でどうありたいか、それを決めるのは自分じゃないの」

 

「私達は艦娘です。提督の命令に従い、敵を討つのが艦娘では?」

 

 当たり前のようの告げる不知火に、陽炎は小さくため息をついた。

 

「あんた、本当にそんなこと考えているわけ? 馬鹿らしい、命令に従ってただ敵を討つだけなら、私達は機械と変わりない。そんな考えの奴は、この鎮守府にはいらないわよ」

 

「違うというのですか?」

 

「ええ、違う。私たちは仲間の背中を追って、仲間に背中を追われて、自分らしく真っ直ぐに進んでいく。ここにさ」

 

 トンっと陽炎は自分の胸を叩く。きっとそこにあるのは、心であると同時に魂といえるもの。

 

 あの時、提督に教えられたこと、毎日の生活で提督代行に教えられたこと、すべてが自分の心を育ててくれたから。

 

 だから、何も知らない馬鹿な妹に告げる。

 

「ここにあるものが叫ぶままに、私は生きている。この鎮守府の艦娘達はみんながそうだから、あんたは?」

 

 トンっと、陽炎は不知火の胸の前に拳を置く。

 

「あんたはどうしたい?」

 

「・・・・・・強くなりたいです。あの人のように、どんな状況でも笑顔を浮かべてくぐり抜けられるように」

 

 絞り出すように、憧れをすべて乗せた声を出して、不知火は顔を向けてくる。

 

「いい顔している。だったら、ここに来て鍛えなさいよ。安心していいよ、ここにいる限り『最強』くらいにはなれるから」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 ニヤリと笑う陽炎に対して、不知火は少しだけ微笑みながら答えた。

 

 じゃ、教えておくねと陽炎は伝える。この鎮守府の提督命令を。

 

 何が来ると身構える妹に対して、姉は誇らしげに語るのでした。

 

「一つ、絶対に生きて帰れ。一つ、仲間を裏切るな。一つ、自らの魂に背くな。この三つを持ってエーテル鎮守府の提督の絶対命令とする。ようこそ、不知火」

 

 その言葉に、僅かに身構えていた不知火は一瞬だけ呆けた後に、力強く頷いたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

   

 

 

 新しい仲間が増えた。顔見知りが来たことを喜ぶ子もいれば、妹が来たとはしゃぐ子もいる。

 

「さてと、次は?」

 

 執務室にてテラは資料を眺めながら声をかける。

 

「はい、そうですね。次は何処を攻め落としましょうか」

 

 ルリは地図を表示させながら、指を走らせる。

 

「提督、提督代行、書類のほうは私がやっておきますから、御二人はどうぞ戦略をお願いします」

 

 大淀が書類処理を行いながら告げる。

 

「よっし、じゃやろうか、ルリちゃん」

 

「そうですね、テラさん」

 

 二人はそう言って海図を見ながら笑い合った。

 

 

 

 

 

さあ、次の獲物を探そうか、と。

 

 

 

 

 

 

 




 

 あの時の憧れはまだ私の中にあります。

 強くなりたいと願い、強くありたいと思った私は今もここに。

 心の中にあって魂が叫ぶのですから、止まっている暇などありません。

 貴方は、どうありたいか思ったことはありますか?

 私は常に思っています。






――――――――――――――

 

 なんか、これで最終回って感じてもいいかなって思う今日この頃。

 とりあえず『第一章、完』ってところです。







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第二章 鎮守府騒乱編
うん、絶好調。よっし、がんばろう




 とりあえず、第二章です。

 色々と考えて、試行錯誤をしてみたのですが、変わりあるものがあったような、なかったかのような。

 そんな第二章です。






 

 

 空は何処までも高くて、海は何処までも広がっていた。

 

 かつて、人は海を奪われた。遥か彼方まで広がっていた海は、深海棲艦の支配する場所となって、人類は大陸の内部に追いやられた。

 

 誰もが苦労をして誰もが絶望した中で、一筋の光明が持たさされたのは、やはり海からだった。

 

 『艦娘』。かつての船の魂を持つ少女たちのおかげで、今では一部の海域を人類は安全に航行できるようになった。

 

 すべては艦娘のおかげで。今も脅威はあるが、艦娘達が日夜の努力で徐々にその領域は取り戻されつつある。

 

 今日も何処かで艦娘達は、深海棲艦の脅威から人類を護り、彼らの支配領域を奪還しているのだろう。

 

「そんな話、でしたっけ?」

 

「え、馬鹿が馬鹿やってじゃないの?」

 

 とある場所で、そんな会話があったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 力の限りに努力して、死ぬ気で頑張って練習を重ねて、練度を決死の覚悟で上げていった先にあるのは、最強ではなかった。

 

 息が上がる、もう辛くて苦しいのに、届かない。一歩も動けないほどに頑張ってみても、遥かな高みには届かないと知ってしまう。

 

 ダメだ、もう少しやれるはずだ。心は叫んでいても体は裏切る。動けずに立ちつくし、やがて海面に膝をついた。

 

「もう終わりですか?」

 

 声がしてきた。

 

 上手く動かない体を何とか持ち上げて、どうにか顔を上げて見上げると、彼女は最初に会った時と変わらない顔のまま、こちらを見下ろしていた。

 

 汗一つかいていない、息一つ乱していない。体が強張っているわけでもなくて、強がりを見せているわけでもない。

 

 彼女にとっては、今の演習はとるに足らないこと。散歩程度でしかなかったというわけだ。

 

「終わりならば、私はこれで」

 

「ま、待ってください!」

 

 思わず声を出して呼びとめてしまった。何か言いたいことがあったのに、彼女が振り返った瞬間に、言葉が消えてしまった。

 

「何か?」

 

 凛と立つ姿勢、気負いことなく、それでいて隙がない姿に、思わず息が零れてしまう。

 

「貴方は、どうしてそんなに強いんですか?」

 

 やっと絞り出した言葉は、どうにもしまりがなく、ありふれた内容のもの。

 

 昔から強い相手に向けられた言葉を受けて、彼女は小さく微笑んだ。

 

「貴方にそう言われると、少しおかしく感じますね」

 

「え?」

 

「『吹雪』である貴方にそう言われると、とても」

 

 そう告げて、彼女は頬笑みを浮かべたまま背を向ける。

 

「私が強いのは、背中を追い掛けたからです。とても強くて優しい、大きな背中を」

 

 彼女は答えながら遠ざかる。誰のことを言っているかは、すぐに解った。彼女ほどの強さを持っている人が、追いかけるほどに強い人なんて一人しか思い浮かばない。

 

 八丈島鎮守府所属の不知火が、艦隊相手に単艦で圧勝するほどの強さを誇る彼女が追いかける相手。

 

 八丈島鎮守府所属、『鬼神』、あるいは『終焉の女帝』と呼ばれる艦娘。

 

 全艦娘の頂点、『吹雪』。

 

 自分もいつかあのようになりたい。誰が相手でも、気負うことなく戦いすべてを護れるような存在に。

 

「クッシュン!」

 

「どうしたの、吹雪?」

 

「風邪かなぁ」

 

 同じ頃、憧れられる存在は盛大にくしゃみをしていたという。

 

「あの吹雪さんが風邪!?」

 

「提督の耐久訓練レースでも傷一つしかなったのに!?」

 

「嘘でしょう!?」

 

「この世の終わりだぁぁぁぁ?!」

 

 そして、とある鎮守府の艦娘達を恐慌に追い込んだ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 通常、鎮守府は提督の名前で呼ばれる。しかし、その鎮守府は例外的に場所の名前で呼ばれている。

 

 理由は、二つ。その場所にある唯一の鎮守府であること。もう一つは提督の他に提督代行がいる、というわけではない。

 

 誰もが彼の名前を口にして拒否反応を示すから、苦肉の策として場所の名前をつけた、という話。

 

「不知火、戻りました」

 

 鎮守府の執務室にて、彼女は見事な敬礼をしていた。

 

「はい、お帰りなさい」

 

 受けるのは提督代行、ホシノ・ルリ。見慣れた軍服姿が、最近は妙に板についてきた、と見えるのは不知火が他の服装を見たことがないためか、それとも軍服以外の姿を見たいと思ってしまっているからか。

 

 どちらでもいいか、と不知火は考えを忘れることにした。

 

「他の鎮守府への教導任務、本当に私たちをなんだと思っているのか」

 

「強くなりたいと願いうことは悪いことではないかと」

 

 自然と口に出した言葉に対して、提督代行は小さく頷いて書類を差し出す。

 

「いいですね、不知火。貴方もここに染まったようです」

 

「朱に交われば赤くなるです」

 

「なるほど、いい傾向ですね。では、不知火は休暇に入ってください。スケジュール調整はこちらでやりましょうか?」

 

「自分でできます」

 

「では休暇を楽しみなさい」

 

 提督代行の言葉に、不知火は敬礼で答え退出した。

 

 住みなれた廊下を歩き、見慣れた階段を通り抜けた先、一階の大部分を占領する場所へと不知火は足を向けた。

 

 景色がよく見える場所に建設されたそこは、海が一面に見渡せて日差しが心地よく、懐かしい潮の香りが室内に入り込んでくる。

 

 五階建ての鎮守府の一階にありながら、建物の中に完全に入っているわけでもなく半分は外に出ており、透明なガラスで覆われている。太陽の光と自然の光と同じ照明の光、眩しくなく暗く感じない程度の柔らかい光が、室内を満たしている。

 

 心地のいい場所で楽しい食事を。そんなコンセプトで作られた場所に来た不知火は、ゆっくりと周囲を見渡す。

 

「あっれ~~不知火じゃん。どうしたの?」

 

「陽炎」

 

 彼女は大げさに手を振って、にやりと笑っていた。

 

「教導、お疲れ様、どうだった?」

 

「まあまあです」

 

 ニヤニヤと笑う陽炎の隣に腰をかけると、彼女はさらに顔を近づけてきた。

 

「それで、どうだった? 『吹雪』さんに勝った感想は?」

 

 内緒話のように告げられた言葉に、不知火は小さく眉を潜めた。まったくこの姉は、そんなことをここで言うなんて。

 

「陽炎?」

 

「ヒ?!」

 

 ユラリと気配が昇る。顔面蒼白になった姉が振り返った先で、とてもいい笑顔の響が立っていた。

 

「誰に勝った感想なのか、詳しく聞かせてくれないかな?」

 

「は、はい」

 

 そしてそのまま、襟首を掴まれて引きずられていく。

 

「ご愁傷様です、陽炎」

 

 小さく合掌して見送る不知火。彼女の視線の先、他に三人の艦娘がいることから、きっと一対四の演習が待っているのだろう。

 

 滅多にない貴重な体験だ。これなら陽炎はきっと、いい経験を積めるだろう。そう思い込むことにして、不知火は外へと視線を向けた。

 

 いい日でありいい潮風だ。こんな日は、ゆっくりと海を眺めていよう。休日の過ごし方の一つを決めて、不知火は立ち上がる。まずは美味しい食事から、楽しい休日を始めるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうそう、瑞鶴、私は明日は休暇だから」

 

「・・・・・ええ?!」

 

 瞬間、艦載機が訓練場の天井を貫いた。

 

 見事に天井に穴を開けて、破片が床に散乱しているのだが、やらかした本人はまったく気にせずに、話題を振ってきた当人に詰め寄っていた。

 

「なんで?! 明日、私は出撃なんだけど!」

 

「そう、頑張ってきなさい」

 

「加賀姉!!」

 

「貴方もそろそろ一人で動けるようになりなさい」

 

「ふぇぇぇ~~~」

 

 がっつりと抱きついて泣きだす瑞鶴に、加賀はもうどうしていいか解らなくなってしまっていた。

 

 最初の頃、過保護にし過ぎたか。けれど、最初の対応はあれであっていたはずだ。ではその次からの対応が間違っていたのか、それとも日々の積み重ねがこんな甘えた艦娘に育った原因か。

 

「大丈夫ですよ、瑞鶴。私が一緒ですから」

 

「え?! 赤城姉は明日一緒なの!?」 

 

 泣いていたカラスがなんとやら。凄い笑顔で隣に飛びついて行く瑞鶴に、呆れ顔を向けてしまう。

 

「はいはい、明日は一緒に頑張りましょうね」

 

「うん!」

 

 がっしりと抱き合っている二人に、加賀は何とも言えない顔を向けながら、拳をしっかりと握りこむ。

 

 止めた方がいいのだろう、こんな場面を見つかったら、色々と怖いことにならないだろうか。なる、間違いなく怖いことになってしまう。

 

 止めよう、しっかりと拳を握った加賀は決意する。決して瑞鶴が赤城に甘えている姿に嫉妬したわけではない、彼女が他の空母艦娘を『姉』と呼んでいることが妬ましいわけじゃない。

 

 よし、止めよう。

 

「どうしました、三人とも」

 

 立ち上がりかけた加賀は、体が凍りついた気がした。同時に、今まで笑っていた赤城と瑞鶴も凍りついたように固まる。

 

「そんなところで、どうしたんですか?」

 

「鳳翔、さん?」

 

 ゆっくりと加賀が顔を向けた先、困った顔で首を傾げる女性がいて。その後ろにいる大鳳が、すっごい勢いで首を振っていたりする。

 

「訓練場でふざけるのは、ちょっと困ったことになりますよ」

 

「は、はい」

 

 ガクガクと震える。隣の赤城も震えていて、瑞鶴はもう気を失いそうだ。

 

 順序で言えば鳳翔は下の方。この鎮守府のルールに従うなら、鳳翔と呼び捨てにするべきなのだが。練度的にもこちら側が上なのに、どうしても勝てるとは思えない。

 

 何より、体の芯から震えが来るほど、怖い。無意識に理解しているのだろう、彼女が空母艦娘の母であることを。

 

「はい、何をしていたか話してくださいますか?」

 

 妙に丁寧に語りかける鳳翔に、加賀は覚悟を決めて頭を下げた。同時に赤城と瑞鶴も土下座に入った。

 

「ごめんなさい」

 

「まったく貴方達は。八丈島鎮守府の空母艦娘としての自覚が足りていないようですね。これはそうですね、私も提督に習うべきでしょうか?」

 

 ポンっと手を打って微笑む鳳翔に、誰もがいいようのない寒気に襲われていた。

 

「艦載機による航空戦、二十四時間とかしてみませんか?」

 

 名案が浮かんだと鳳翔が嬉しそうに笑っている中、赤城、加賀、瑞鶴、大鳳はもうこの世の終わりのような顔をして、さらに深々と頭を下げるのでした。

 

「申し訳ありません、ご容赦ください」

 

「あら、まあ。そうですか。では、吹雪さんにお話しして」

 

「もっと止めてください!!」

 

 何処の地獄だろうか。あの頂点相手に訓練なんてしたら、艦載機すべて喪失してボロボロにされるに決まっている。

 

 ここは絶対に退かないと。

 

 全員の心は一つに纏まり、決死の覚悟で顔を上げた時だった。

 

「鳳翔、私を探していると聞きましたけど?」

 

「あ、吹雪さん」

 

 終わった。誰もがそんなことを思って、彼女を笑顔で迎えるのでした。

 

 話題の中心である彼女は、そんな艦娘達を見回した後に、可愛く首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 半年、それが八丈島鎮守府が出来てからの期間。

 

 色々あった、様々な出会いがあった。十人十色ではないが、とても濃い内容の時間が過ぎた。

 

「っつってもなぁ。最近、何かあったか?」

 

「吹雪が鎮守府の全戦力と戦って勝ったとか?」

 

「横須賀のだろ? ありゃ、痛快だったな」

 

 日本家屋の縁側に座りながら、宗吾とテラは空を見上げながらお茶を楽しんでいた。

 

「横須賀、呉、舞浜、佐世保。これで日本の四大鎮守府は制覇しましたよ」

 

「おうおう、すげぇな。これで文句なく、『艦娘の頂点』になったわけだ」

 

「狙ったわけじゃないんですけどね」

 

 偶然だった。単純に教導相手に吹雪が指名され、行ってみたら連戦連勝。次々に艦隊を撃破していって、気がついたら誰も勝てない高みにいた。

 

「で、次はどうするんだ? 獲物、見つかったんだろ?」

 

「ええ、まあ」

 

 テラは小さく苦笑し、海へと視線を向けた。

 

「とりあえず、中部海域の先ですね」

 

 まるで散歩に行くみたいに、テラは告げて眼を細めた。

 

 

 

 

 

 

 






 思い返すと、随分と遠くに来たものです。

 ちょっとの寄り道、気分転換の旅路みたいなものだったのに。

 今ではこの手の中に、結構な宝物が増えていました。

 重荷じゃないですよ。

 ただ、少しだけ寂しく感じます。

 あの子たちはもう一人で考えて、前に進んで行けますから。



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日々、これ平穏とか言っておきますか?

 

 考えてみれば、容赦ない人達と一緒にいるわけなんだが、それを感じさせない馬鹿さっていうのかな、そんな雰囲気をあの人達は出している。

 本当に、どうしてこう馬鹿ばっかりなんだろうな。

 めちゃくちゃ強いのによ。

 あ、今の、吹雪さんには内緒な。

「私はいいのね?」

 暁さんはもっとだめだ!!







 

 

 昔のことを思い出しているのだろうか、現実を見ながら彼は遠い昔を夢想してしまう。

 

 あの時は、梅やウグイス、季節を感じさせるものを眺めながら、軽くため息を吐いてしまっていた。

 

 なんでだろう、とても風流なものを見せられているはずなのに、どうしてこう全身の力が抜けてしまうくらいに、『呆れてしまう』のは。

 

『ピ! ウグイスの位置がおかしい!』

 

『ピ! 梅はもっと軽やかに華やかに!』

 

『ピ! 締切まで後十分! 後十分!』

 

 大騒ぎの機械生命体らしい連中の隙間を縫うように、妖精たちも走り回っている会場を見つめながら、相沢・宗吾は再び、今度は盛大に溜息を吐いた。 

 

「あのな、おまえら。俺は『庭があればなぁ』って言っただけなんだよ」

 

『ピ?』

 

 全員、あるいは全機と数えるべきなのだろうか。バッタ達が一斉に振り返ったことに、さすがの宗吾もちょっとだけ顔が引きつってしまう。

 

 和の暴力ってこう言うことか。

 

「だから、庭だ。庭。なんで庭って言っただけなのに、日本庭園にしてんだよ?」 

 

『ピ? え、それが庭なのでは?』

 

「んなことあるか、馬鹿野郎」

 

 呆れた顔を片手で隠して、宗吾は全身を脱力した。

 

「ホントに呆れた奴らだよな」

 

 そして現在、相沢・宗吾は自宅の縁側に座りながら、溜息をつく。

 

 半年、その間にどっかの国立の庭園みたいに広くなった庭を眺めながら。

 

「ほんとうにマジで、一か月ごとに広げていくとは思わなかったよ、クソバッタども。なんだこれ、兼六園か、それとも後楽園か、偕楽園じゃないだろうな」

 

 どこも行ったことないが、そう口の中で言葉を転がす宗吾の足元で、一匹のバッタがピッと起立する。 

 

『ピ! 合わせてみました!』

 

「いい度胸だ、てめぇら日本の風流を叩きこんでやろうか」

 

『ピ!! いいんですか?! 是非! 是非!!』

 

 喜んで体を近づけてくるバッタに対して、宗吾はにこやかに笑いながら蹴とばしたのでした。

 

『ピ! 我が人生は庭園のために!!!』

 

「今日もうちの鎮守府は平穏だなぁ」

 

 溜息交じりに宗吾はそう告げて、現実から目を反らすのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明石は考える。最近、自分の仕事とは何なのか。 

 

「次、魚雷発射管の点検」

 

「・・・・夕張さん、私って工作艦だよね?」

 

「そうじゃないの? 何、どうしたの?」

 

 隣で魚雷発射管をいじっていた夕張が顔を上げてきたので、明石は思いっきり手の中の道具を机に置いて立ち上がる。

 

「書類しかしてない!」

 

「いや、それ申請書類でしょうが。スケジュールを調整して研究に入りたいから書くっていいだして、まだ十分しか経ってないんだけど」

 

「書類は私の仕事じゃない!」

 

「いやいや、仕事でしょうが。なんであんたは書類ができるくせに、時々はそうやって暴走するわけ?」

 

 半眼で見てくる夕張に、明石は手の中の書類を盛大に放り投げて、歩きだす。

 

「提督と悪だくみしてくる!」

 

「・・・・あ、行ってらっしゃい。提督代行に見つからないようにね」

 

 ヒラヒラと手を振る夕張の言葉に、明石の足が止まった。

 

 提督代行の、こういった書類を投げ出した時の怖さを思い出す。

 

 『できないならできないでいいですけど』。浮かんだ顔はちょっと呆れた顔だった。怒りが浮かんでいるとか、冷笑をうかべているとかじゃない。

 

 一般的な怖さはまったくない顔なのに、明石は動かした足を止めて、再び机に向った。

 

 何故だろう、呆れた顔が一番怖い気がしてきた。激怒より呆れ顔が怖いなんて、世界中を探しても提督代行くらいだ。詐欺じゃないか、あんなに穏やかな雰囲気なのに、もう殺されるって覚悟するしかないってどうしてだろう。

 

「明石、ようやく気がついたってわけ?」

 

「私は気づきました。提督代行は、ちょっと呆れた方が怖い」

 

「まあ、あの人に『期待してませんよ』なんて言われたら、私は轟沈する自信がある」

 

 何処か哀愁を漂わせる夕張に、明石は首を大きく動かして頷いたのでした。

 

「あ、明石! 私の艤装って・・・・・」

 

「ひぃ?! 吹雪さん! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」

 

「はい?」

 

 いきなりのトップ艦娘登場に、明石は錯乱。壊れたレコーダーのように同じ言葉を繰り返す。最近は聞かないがレコーダーはまだ現存すると信じている、関係ない話だが。

 

「いえ、あの私の艤装の話なんですけど、出直した方がいいですか?」

 

 まったく話を聞いてくれない明石ではなく、困った顔している夕張に顔を向ける吹雪。

 

「いえ、大丈夫ですよ、吹雪さん、それで艤装をどうしますか?」

 

「はい、もっと装備を削ってください」

 

「え?」

 

 夕張、言われた内容に固まる。

 

「できれは魚雷と主砲だけとか。あ、随伴艦艇はそのままで」

 

「ええ? 吹雪さん、あれを改造しちゃうんですか?」

 

 明石、内容が内容のため復活。飛びつくように近づいてくるので、咄嗟に吹雪は回避。明石はそのまま通り抜けて、資材が置いてある棚に激突。

 

 盛大な音と共に資材に埋もれて行った明石を放置して、吹雪は夕張へと再び顔を向けた。

 

「あの、吹雪さん、明石のことは?」

 

「ごめんなさい、私もいきなり飛び付かれたら、避ける権利くらいあります」

 

 ちょっと苦笑している吹雪。きっと条件反射で避けてしまうのだろう、原因は提督だから、この場合は提督を恨むべきか。

 

 いやと夕張は自分の思考を停止させた。提督を恨んだなんて『少しでも感じ取られたら』、自分は間違いなく消される。

 

「はい?」

 

 目の前で可愛く小首を傾げている、現在の艦娘のトップに。

 

 その日、夕張はこの話は提督と提督代行に持っていくべきです、と吹雪を何とか説得した。

 

 そして、明石は考える。自分の仕事って、ひょっとして資材に埋もれることで始まるのか、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え? あの艤装の改造ですか?」

 

 話を貰った時、提督代行ホシノ・ルリはとてもすっごい笑顔で受けたという。

 

「今度は大陸を消したいと?」

 

「いえ、そんなことは」

 

「何処の鎮守府に殴り込みですか、吹雪。今度は暁も連れていきますか?」 

 

 もう半眼。何言ってんだ、おまえって言葉が背後に浮かんでいるように感じてしまう。

 

「もうちょっと武装の数を減らしたいなぁって思いました」

 

「ああ、そっちですか。作ってみて放置だったので、実際に使った感触の結果の改造というわけですね」

 

「はい、鎮守府ができて半年が過ぎたので、そろそろいいかなって」

 

 テヘって笑う吹雪に、ルリはちょっとだけ呆れた顔を向けた。

 

「鎮守府制覇のご褒美ですか?」 

 

「え、そんなことないですよ。だってまだ、『半分くらい残ってます』よね」 

 

 とても眩しい笑顔で告げる吹雪に、ルリのほうが引いてしまう。

 

 この子は何処を目指しているのか、時々ルリのほうが解らなくなってしまう。強さを求めているのは知っている。ただ上を目指していることも解る。しかしだ、頂点に君臨しようと考えているとは思っていなかった。

 

「やはり、提督と提督代行の初期艦としてはすべての鎮守府を制覇しないと」

 

 拳を握って宣言する吹雪の背中に、巨大な鬼が見えたとか、炎が踊っていたとか。それは幻想だと思いたいルリは、小さく息を吐いて話題を戻す。

 

「改造は任せます。貴方の艤装なのだから、私の許可を求めなくてもいいですよ」

 

「ありがとうございます」

 

「ただし、です」

 

 素直にお礼を言う吹雪に、ルリは嫌な予感がして釘を刺しておくことにした。

 

「バッタや妖精たちを巻き込んでも構いませんが、明石を巻き込んだ時はあまり無茶はしないように」

 

「はい!」

 

 元気よく答えて退出していく吹雪を見送り、ルリは通信を繋げる。

 

「明石、吹雪に許可を出したので艤装の改造をしていいですよ」

 

『解りました!』

 

「ですが、また無茶したら今度は『私の艤装』の的になってもらいますよ」 

 

『え?! 提督代行って艤装あったんですか?!』

 

 慌てて画面に食らいつく明石に、ルリは小さく微笑む。

 

「ええ、提督と吹雪が『赤子に見えるくらい』の奴ですから、楽しみにしていてくださいね。もう魂さえ残らないので」

 

『サーイエッサー!!』

 

 見事な敬礼を決めた明石と通信と閉じて、ルリはポツリと一言。

 

「あるわけないじゃないですか。貴方が艤装を管理しているんだから、気づきなさい」

 

「提督代行、それはあまりにひどい気がします」

 

 思わずとった感じで大淀が突っ込みを入れるため、ルリは小さく舌を出してみた。

 

「可愛いですか?」

 

「ちょっとトキメキました」

 

「次は猫耳とか付けてあげましょうか?」

 

「お供します」

 

 何故か、決意を秘めた顔で言ってくる大淀に、『貴方もこの鎮守府に染まり切りましたね』とルリは小さく呟いたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 威力を求めた結果、威力を損ねることもある、みたいな。

 

「つまり、口径こそが大切! ですよね!!」

 

「そうかしら?」

 

「いや命中率だろう、そこは」

 

「そうね」

 

 両方からの話を聞きながら、扶桑はどうしてこの二人は主砲のことになると、両極端に分かれるのか。

 

 大和の口径こそ大切という話は解る。現在の鎮守府で最大口径は、六十二センチ三連装砲。バッタ達が自信を持って作り出した主砲の威力は、それ以上の口径に勝るものがあり、扶桑も使ったことはあるがかなりの威力があった。

 

 続いて長門のほうも命中率も納得できる。どれほどの大口径であっても、威力が高くても、相手に命中しなければ意味がない。攻撃力は、即ち敵に当たってこそだ。

 

「扶桑さんは大口径ですよね」

 

「扶桑さんの考えは命中率でしょう?」

 

「はぁ」

 

 二人から迫られるように告げられながらも、扶桑はまったく別のことを考えてしまう。

 

 大口径で威力を上げるのも、命中率を気にするのも、どちらでもいいのではないか。そんなものは個人の戦い方であって、他に意見を求めるものではない。

 

 要するに、どっちも正しく自分に話を振るものではない。

 

「戦艦といえば大口径ですよ!」

 

「戦艦は命中率こそ命だ!!」

 

「はぁ」

 

 何故か立ち上がって言い争いを始める二人に対して、扶桑はため息をついてしまう。

 

 昔は不幸だと嘆いていたのだが、今は不幸だとは言わないが、幸福とも言えない状況だろうか。大切な後輩二人に、まったく違う意見を言われて同意を求められるなんて、あの頃の自分が聞いたらどう思うか。

 

「長門さんは解ってないんですよ!」

 

「大和こそ解ってない!!」

 

 いがみ合う二人、挟まれる自分。本当にまったく、この二人は何時の間にお酒なんて飲んだのか。

 

 チラリと横目を向けた扶桑の視界に、転がっている一升瓶が映る。

 

 五本、六本ならまだいいが、十本は転がっているのではないだろうか。何時の間にそんなに飲んだのか、まだ始まって一時間ではないだろうか。

 

 お酒に酔って自分を失って、自分の主張を通そうなんて。

 

 仕方ないか、と扶桑は小さくため息をついた。

 

「大和」

 

「はい!」

 

 嬉しそうに顔を向けてきた彼女に、扶桑も笑顔で伝える。

 

「せめて、それを搭載して『移動しながら砲撃』できるようになってから、言いなさい」

 

「はい、すみません」

 

 大和撃沈。床に倒れるように崩れ落ちた。

 

「長門」

 

「はい」

 

 冷静ながらも勝ち誇った顔の彼女に、扶桑は穏やかに伝える。

 

「せめて私以上の命中率を出してから言いなさい」

 

「はい、ごめんなさい」

 

 長門轟沈、彼女は床に転がってしまった。

 

「二人とも少し悪のりし過ぎでは?」

 

 床に寝ている二人を交互に見た後、扶桑はゆっくりと枡を傾けた。

 

「それで?」

 

 翌朝、暁の前で顔面蒼白な二日酔いをさらす戦艦三人娘がいたとか、いなかったとか。

 

「吹雪が今、夢中でよかったわよ。提督代行には私から伝えておくから」

 

「はい、すみません」

 

 たまにはいいけど、毎回は止めて。そう告げて暁は、提督代行に話を通し、三人の出撃を自分たちに振り分けたのでした。

 

「戦艦三人分の攻撃力を、駆逐艦四隻で賄えるって。いいことなのか、悪いことなのか」

 

 ポツリと、提督代行は執務室で呟いたのでした。

 

 

 

 

 

 





 本当に、吹雪さんは強いって思うよ。

 あの人こそ最強で絶対だ。けどな、暁さんだって負けてない。一人でも強いけど、姉妹が揃った時の強さって言ったらな。

 え? 今度は五人相手?

 おまえ! 俺に死ねって言うのか?!






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愚者の選択・1



 あの時の話ですか?

 すみません、当時の私は最初はまったく関わっていなかったので、具体的な話はできません。

 でも言えることはあります。

 善意は何時も正しいことではない、を実感させてくれた貴重な体験でした。






 

 

 小さく誰かの声が聞こえた。

 

 誰のと疑問を感じることはなく、ただ暗い闇のような海を見下ろし続ける。

 

 体中が震えているのが解る。

 

 もう後戻りなんてできない。

 

 進むことなんてできない。

 

 どうしてこうなってしまったのかを、誰もが口にしかけて止めている。

 

 納得したはずだった。安全なはずだった。何の保証もないまま、決めつけて海を進んだ結果が、これだ。

 

 あの人達は辿りつけただろうか。

 

 最後に、『すまない』と言っていた軍人の顔を浮かべて、彼女は小さく笑った。正しいことができた、人を護ることができた、艦娘に生まれてきっと立派なことができた。

 

 そう、彼女は『思い込むことで』周囲に浮かんでいる『亡骸』から目を背けて、必死に自分を護っていた。

 

「私は、立派に、正しいことができたよ」

 

「ミィーツケタ」

 

 そんな彼女の呟きは、轟音にかき消された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八丈島鎮守府には時刻を知らせる鐘がある。周辺が海のため大音響で、鳴り響く鐘の音色は、水平線の向こう側まで届くような気がするほど、大きな音で叫ぶ。

 

 まるで砲撃の音のように、鎮守府内を歩いていると思わずビクッと震えるくらいに、盛大に鐘が響き渡る。

 

 しかし、この音色は居住区には届かない。バッタ達の細かい配慮の結果、防御用のフィールド作用に遮断シールドも備えているため、一般人には『あ、鳴っているな』程度にしか聞こえない。 

 

 艦娘達の寮でも、鎮守府の建物の中でも、『あ、鳴っている』程度の音しか聞こえないそれは、海の周辺に『八丈島鎮守府の位置』を知らせる重要な役割を持っている。

 

 味方にも、敵にも知らせるような音に、テラやルリに恨みがある人物たちからは『深海棲艦に襲われて死んでしまえ』と、音を聞くたびに願われているようだが、当人たちは至って平然とその音色を続けさせている。

 

 『敵が来るなら迎撃しやすい』、『咄嗟の轟音に冷静に対処できるようになる』、『殲滅できるなら続けようぜ』とか、二人がそんなことを言っているのを知っているのは、秘書艦の大淀だけだが。 

 

 その日も無謀にも、音を聞いた深海棲艦が向かってきた。

 

「敵確認、戦艦が・・」

 

 偵察機を上げていた瑞鳳は、報告の途中で言葉を止めた。

 

「あ~~速いよね、本当にあれってまだ調整中なのかな?」

 

「調整中なんでしょうか?」

 

 隣で同じように偵察機を動かしていた大鳳は、送られてきた画像を見つめながら呆れてしまう。

 

「調整中ですね。体の動きに艤装の推力があっていません」

 

 二人の前、赤城も画像を見ながら、そっと弓を下ろす。

 

 敵艦隊は、戦艦六、空母二、巡洋艦と駆逐艦多数の少なくとも三十隻以上の艦隊だったはずなのに。

 

 運悪くか、あるいは当人が狙っていたのか解らないが、敵艦隊はよりにもよってある艤装を調整中の艦娘の演習場に突っ込んでしまった。

 

「あ、長門と大和が戻ってきたよ」

 

 瑞鳳が操作した偵察機は、肩を落として戻ってくる戦艦二人を捕らえる。完全に『よしやるか』で出撃、砲撃開始寸前で敵艦隊壊滅を知って、背中がすすけるほどに落ち込んでいる。

 

「最近、二人は命中率と威力を競っているから、これは落ち込むね」

 

「長門さんのほうが高い、と聞いていますけど」

 

 うろ覚えを思い出すように大鳳が告げると、赤城がちょっとおかしそうに笑った。

 

「ええ、二割ほど高くなったので、大和が焦っていると聞いています。移動中の命中率が九割を超えてから焦ってほしいのですけど」

 

「あ~~~まだ二人は七割から六割で低迷していたんだよね?」

 

 新型砲と機関に交換してから、二人が命中率が上がらないと嘆いていたことを、瑞鳳は思い出す。

 

「ええ、本当に何をしているのやら」

 

 呆れる赤城の脳裏に、『砲塔』ごとに主砲身が違っていても、一斉射撃で98パーセント以上を叩きだす戦艦がよぎる。

 

「誰もが扶桑さんのようには行きませんね」

 

 微塵も揺るぐことなく海上に立つ、八丈島鎮守府の『勝利の女神』の名を、赤城は無意識に口に出した。

 

 彼女はどんな状況でも、艤装を新しくしたとしても、命中率を落としたことがない。知っている限り、最低の命中率は89パーセント。最大戦速での旋回中に、撃った時に波に足を取られたため、とのことだ。

 

 あの時の結果を聞いた扶桑の表情を、赤城は忘れられそうにない。

 

 普段の穏やかな扶桑ではない、鬼のような形相でひたすら訓練する彼女に、『あ、系譜かな』と思ったのは内緒のことだ。

 

 赤城達のような合流組ではなく、テラ提督とルリ提督代行が建造した艦娘達は、『鬼の系譜』とか陰で呼ばれているとか、いないとか。

 

「鬼神とは、言い得て妙でしょうね」

 

 ふと思い出した赤城は、無意識にそんなことを呟いた。

 

 その瞬間、彼女と目が合ってしまって、閃光のような勢いで土下座した一航戦の赤い方がいたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幾多の武装を、多量の光学兵器を、それらを十分に動かすことができる電力を、推進機にすべて回るとどうなるか。

 

 答え、水上航行にて音速突破可能。

 

 波の抵抗が、水があるから無理なんて言葉はバッタ達には通用しない。妖精達も染まってきた技術班は、彼女の艤装を見事に仕上げた。

 

 艤装は、主砲が二つ。四連装魚雷発射管二つ、対空機銃と爆雷を備えた、どちらかといえば彼女の初期装備に似ているものになっているが、威力は段違い。

 

 両手に持った主砲は十二センチ連装砲。砲弾を研究に研究を重ねた主砲は、口径のサイズに威力が比例せず、一撃で戦艦の装甲を貫通。

 

 魚雷も推進機から見直され、音速魚雷の名に相応しい速度と、一撃必殺が甘く見えるほどの威力を持ちながら、酸素魚雷以上に視認し難くなっている。

 

 背中の艤装に備えつけた魚雷は、ソナー付きの追尾爆雷。爆雷となっているが魚雷のように潜水艦を狙う。

 

 そして、以前と同じ弾薬庫には主砲、魚雷、爆雷と対空機銃の弾薬しか入っていないため、残弾数は以前とは桁が違ってきた。

 

 継戦能力を増大させた彼女の艤装は、彼女自身の技量と、何よりも鋭く強くなった彼女の『剣』の威力も合わさって、その総合戦力を格上げしていく。

 

「うん、まだまだかなぁ」

 

 自分が描いた航跡を眺め、小さくため息をついた。

 

 見事な艤装なのに、扱いきれない自分の未熟さを憂う。もっと強く、もっと速く動けるはずなのに、体がついていかないのは努力が足りないから。 

 

 せっかく、両手の主砲は瞬時に回転して楯としても使えるようになっているのに、まだ主砲を使うか、剣を使っての接近戦かで悩んでしまう。

 

 後一秒、もう半秒。反応速度を上げられるのに、迷うことで敵の撃破が遅くなっている。

 

 これでは提督の初期艦として、周囲に申し訳がない。まだまだ強くなれるのに、辿り着くための努力を怠っては、自分の背中を追い掛けてくる艦娘達に、いつか追い抜かれてしまうのではないか。

 

 小さな恐怖に、彼女は自然と右手を握りしめ、唇をかみしめる。 

 

 まだ届かない、まだ届かせない。誰にも自分の前を進ませないし、追い抜かせるなんてことはさせない。

 

 だって、自分の前にいていいのは、『自分より強いと認めているのは』、あの人だけだから。

 

 ギュッと握った拳を開き、彼女は顔をあげて水平線を睨んだ。

 

 残りが来るか。鐘の音に引き寄せられるように、水平線に影が見えた。

 

『あの、吹雪さん』

 

 通信に、動きだしかけた彼女は足を止めた。

 

「なに、赤城?」

 

 思わず冷たく返してしまう。戦闘の余韻を引きずったままで、戦闘の思考のままでいたなんて、と吹雪は自分の精神の甘さを痛感した。

 

『あの敵はこちらに任せていただけませんか? 長門と大和も、経験値を積ませたいので』

 

「うん、そうだね」

 

 ちょっとずつ、意識を戻す。普段と同じように、穏やかに優しく後輩を育てる先輩に。

 

 無理だよね、と戦闘ではなく日常的な意識に戻った吹雪は、そこで思わず膝を抱えて座り込みそうになった。 

 

 初期艦の誇りはある、自分が誰よりも強くなりたい、誰よりも強いという自覚はあるのだが、どうしても日常的なところだと重圧を感じて落ち込みそうになる。

 

 駆逐艦なのに、戦艦や空母の艦娘から『さん付け』で呼ばれるなんて。初期艦で、提督たちにとって最も頼りになる艦娘であろうとしても、吹雪の性格だと『ついてこい』なんて言えない。

 

 誰か私の前に出ないかな、とか思ってしまうのだが、いざ戦闘になると『私についてこい、いいから私の前に出るな』なんて平然と思えてしまう。

 

 二重人格ではないが、どうしてこんな性格になったのだろうと、吹雪自身が悩んでしまうこともあるくらいだ。

 

『それと、私たちも艦載機の訓練がしたいので、お願いできますか?』

 

「はい、解りました。じゃ、吹雪は戻りますね」

 

『ありがとうございます』

 

 赤城の声が、少しだけ柔らかくなった。 

 

 戦闘時の吹雪の性格を知っている赤城としては、初期艦の行動を阻害するのは、ちょっとどころではなく怖いものである、らしい。

 

 そんなことないよ、と吹雪は否定したいのだが、『いや、あり得る』と思ってしまう自分も自覚していた。

 

「優しい近所のお姉さんとか、頑張ってみようかな」

 

『え?』

 

「はい、吹雪、頑張ります!」

 

『あの! 吹雪さん! 私はそんなに怖いとか思ってないので!!』

 

「解ってますよ、赤城」

 

 笑顔でにっこり、音符がつきそうな返答をしたというのに。その後、吹雪が戻って赤城の前に立つまで、彼女は必死に謝罪と信頼の言葉を重ねたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 軍令部にその話が回ってきたのは、事件が起きてから数週間も経ってからだった。

 

「なんだと?!」

 

 東堂は思わず報告を持ってきた部下を怒鳴りつけてしまった。

 

「申し訳ありません」

 

「申し訳ないで済むと思っているのか?! すでに百隻以上の艦娘が行方不明などと!」

 

 怒気ではなく殺気さえ浮かんでそうな目線で部下を睨みつけた後、東堂は渡された資料に目線を落とす。

 

 事件の始まりは、とある鎮守府の艦隊が未帰還だったこと。目的海域は比較的、深海棲艦の脅威が低く、練度を上げるために艦隊を出した。

 

 練度の低い二隻と、ある程度の練度がある四隻で固めた、東堂から見ても堅実な編成をした艦隊だった。

 

 出撃した艦隊は五日で戻る予定が、一週間たっても戻らず、二週間たっても戻らなかったため、その鎮守府の提督は不安になって軍令部へ報告を出しながら、自分の艦隊からも捜索隊を出した。

 

 結果は、艦隊を発見できず、残骸もなかった。もしかして、他の鎮守府にお世話になっているのでは、と考えた提督は他の鎮守府へ連絡を行った。

 

 軍令部もその可能性を考慮に入れて、通信を行って確認したのだが、何処からも来ていると報告はなく。

 

 そして、『こっちの艦隊がお邪魔していないか』と各地の鎮守府から通信を受けたという。

 

 不審に感じた提督たちは、速やかに自分達の第一艦隊を揃えて、各地の海域の調査へと差し向けた。

 

 調査は提督たちの間で情報をやり取りして、精密かつ慎重に進められていった。何処の海域を調査したとか、何処で深海棲艦と戦闘になった。

 

 何処の鎮守府の提督も、情報の出し惜しみなく、普段は派閥やら主義主張で対立する提督達も、この時は珍しく情報に虚偽や出し惜しみなどは混ぜず、正確な情報のみを共有していった。

 

 しかし、だ。提督たちはただ一つ、正確には二つの場所に情報を送らなかった。

 

 一つは当たり前のように八丈島。あんなところに情報を送れるかと、あそこならこちらよりも正確に情報を掴んでいるから、といった悪意と善意の両極端の理由から、送られなかった。

 

 もしも、知っているなら調査を開始しているだろう、という妙な信頼感は全提督が思ったことらしい。

 

 もう一つは、軍令部。何人かの提督から報告を上げたので、動いているだろうと指示が出るまで報告を上げなかった。

 

 これは軍人としての弊害が招いたミスだ。軍人とは縦社会であり、命令は常に上から下りてくる。提督たちの上には軍令部があるため、報告を上げたからあっちから何か命令が来るだろうと、勝手に思い込んで指示を仰ぐことがなかった。

 

 また軍令部で報告を受けた軍人も、追加で各鎮守府が動いていることを聞き、報告が上がってきて纏めてから総長へ報告したほうがいいだろう、と考えてしまい、報告を止めていた。

 

 結果、軍令部のトップ、総長の東堂がこの一件を知るまで数週間のタイムラグが空いてしまって、最悪の状況へと陥ってしまっていた。

 

 善意や悪意ではなく、組織としての固定観念、あるいは『こうだろう』といった思考が、事態を重くさせてしまっていた。

 

「被害は鎮守府ごとに違っている、また行方不明の海域も日本の領海に点在している」

 

「日時もバラバラでして。各地を調査した艦隊も、戻ってきた艦隊もあれば、戻らなかった艦隊もあるようです」

 

 言葉をとぎれとぎれに報告する参謀に、東堂は今度は立ち上がって怒鳴りつけた。

 

「馬鹿ものが! 二次被害が出ているではないか?! 報告は正確なものを、といえど緊急時は一報を入れるべきではないか!」

 

「も、申し訳ありません。今回の一件においては、未知の深海棲艦の可能性も捨てきれず、悪戯に騒いで各地の鎮守府に緊張を強いては、と考えてしまいまして」

 

「それこそ馬鹿な話ではないか!! 緊張をなどと言っている場合ではないだろう! 艦娘を一人育てるのにどれだけの労力と資材が必要か?! 百隻の艦娘が行方不明となったら日本の国防にどれだけの穴ができるか! 貴様らは参謀のくせに考えなかったのか!?」

 

 烈火のごとく怒り狂う東堂を前に、参謀はただ頭を下げるだけで打開策や次善策は口にしない。

 

 普段であるならば、次々に策を口にする男の、あまりにも不甲斐ない態度に東堂は次に口にする言葉を飲み込んだ。

 

 彼も、予想外だったのだろう。次善策を考えていなかったわけではないが、それが通じるような状況でもないと判断して、ただ謝罪を口にしているのではないか。

 

「もう、いい。それで追加の・・・・」

 

 東堂が意識を切り替え、情報を求めようとした時、部屋のドアが乱暴に開かれた。

 

「馬鹿もの!」

 

 一括の怒声は参謀のもの、しかし彼も怒鳴った顔と口のまま固まってしまう。

 

「お願いがあります!」

 

 入ってきた男は、とある鎮守府の提督。普段ならば涼やかな顔で、丁寧な口調で語る男は、張りつめた表情のまま髪を乱して叫んでいた。

 

 身だしなみには人一倍、気を使う男だった。海軍軍人たるもの、紳士であれと自身を律していた男だったのに。

 

 今は破れかけた軍服と、赤く染まった『右腕のない袖』が、事態の深刻さを物語る。

 

「どうか! どうか私の艦娘達を助けてください!」

 

「な、何があった?!」

 

「新型です! 新種の深海棲艦がいます!」

 

 提督の必死な叫びは、軍令部中に木霊して、誰もが今回の一件の原因を知ることになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テラ・エーテルは、港に腰掛けて海を見ていた。

 

「ん~~~・・・・へぇ、そっか」

 

 彼は海を見つめながら、小さく呟いて立ち上がる。

 

「ルリちゃん」

 

『はい、何ですか?』

 

 呼びかけに応え、通信に彼女が顔を見えた。

 

「ちょっと厄介事みたいだよ」

 

『なるほど。では、全員に艤装の準備をさせますね』

 

「お願い」

 

 通信が閉じて、再びテラは海を見つめる。

 

 何時も変わらぬ穏やかな海の先、黒い雲が立ち込めていた。

 

「・・・・・本当、おまえらは厄介なことをしてくれるよな。神様転生だかなんだか知らないけど、そうやって誰かで遊ぼうなんて考える奴はさ」

 

 テラは小さく口にして、薄く笑った。

 

「おまえらも誰かに遊ばれるって考えないんだろうな。いいぜ、俺がおまえら全員、滅ぼしてやるよ

 

 見るものを震え上がらせるような、そんな冷笑をうかべて彼は右手を握り締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 







 当時のことは、私もよく知りません。

 ただ、提督から珍しく全員に出撃待機の連絡が来たくらいです。

 提督代行からでしたけど、私達はあの人の艦娘ですから。

 誰からの命令かは、すぐに解りましたよ。

 ですから、全員がね、『殲滅してやる』って思ったんです。



 当然でしょう。



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愚者の選択・2

 

 難しいことは聞かないでよね。

 あの頃の私は加賀姉と赤城姉の背中を見ていただけだし、命令が来たから戦っただけだから。

 そりゃ、少しは思うところもあったけど。

 基本的に『うち』は、上についていけば間違いなかったからさ。

 だから、あの時もすぐに動いたよ。






 

 

 ポツリポツリと、雨が降り始めたのは午後になってから。

 

 それまで快晴だったのが嘘のように振り出した雨は、次第に雨脚を速めて一面の水世界を作り出した。

 

 視界を遮る水の波は、海面によく似ていると思う。手を伸ばせば触れるのに、その中に何を隠しているか解らない、見通しできない不安がそこにあって、足を下げてしまうこともある。

 

 でも今回は、やらないと。決意を持って横を見れば、彼女がいた。

 

 土砂降りの雨の中、彼女は空を見上げていた。光さえ遮る曇天の中から、たくさんの水滴が降ってくるのに、彼女はただ空を見つめていた。

 

「ん、そろそろだね」

 

 小さく呟いた声に導かれるように、大きな音が周辺に鳴り響き、巨大な鋼鉄の鳥が下りてきた。

 

「全員、艤装最終確認! 今回はいきなり敵地の可能性が高いですよ!」

 

 吹雪の声に全員から『了解』の返答を入る。

 

 敵地か、と瑞鶴は口の中で言葉を転がす。

 

「準備はいい、瑞鶴?」

 

「うん、加賀姉。大丈夫」

 

 心配した言葉ではあったが、相手は特に表情に変化はない。出撃前の何時もの声かけ、もう本人さえ自覚ないほどに、条件反射になってしまった声かけに瑞鶴も何時も通りに返答した。

 

「予定通りかな」

 

 先ほどと同じく小さく呟いた声が流れ、彼女は歩き出す。

 

 小さな背中、小さな手足。でも彼女が操るのは、空母艦娘の中でも特大の大きさを持った空の指揮者。

 

 空中管制機を操る彼女は、特に気負った様子もなく片手をあげて雨の中を進んでいく。

 

「がんばろ」

 

 小さく手を挙げた瑞鳳の背中を見つめながら、瑞鶴は少しだけ思い出す。

 

 あの時、珍しく提督代行が、『提督からの指示です』と告げた時のことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 話の出所が何処だったのかは、吹雪でさえ知らされていなかった。大淀あたりは知っていそうだが、誰も問いかけることなく会議室にて話を聞いている。

 

「作戦は簡単です。目標海域における新型深海棲艦の撃破。それと、生存者の確認」

 

 提督代行の背後に浮かぶ海域図は、初めて見る場所のものだ。これまで多くの海域を進み、幾多の深海棲艦と交戦してきたのだが、一度も見たことない海域にちょっとだけ不安がこみ上げる。

 

「敵の性能は不明、艦隊数も把握しきれていません。敵は巧妙なようですよ」

 

 画像は別のもの、海域の一部を拡大した中に黒い影がいくつか。それと周囲に温度差のある反応が複数。生物でもなければ、機械でもない反応から煙か炎かと察することができた。

 

「これまで尻尾も掴ませずに暴れ回り、多くの艦娘を沈めてきたようです。それも練度が高い者から低い者まで。まるでハイエナですね」

 

 小さく提督代行が苦笑する。馬鹿にしているような声ではなく、見事な作戦だと褒めているように感じられた。

 

「味方の損害を少なくし、敵の損害を多くする。戦術の基本を抑えています、今まで行き当たりばったり、あるいは敵がいるからと襲ってきた深海棲艦の戦い方から考えると、『新種』と判断したのはまさに正しいということでしょうね」

 

 拡大された影の一つが解析され、予想画像へと切り替わる。

 

 姿形は、レ級そのもの。姫や鬼級ではないのだが、彼女の手が動き、指示に従うように周辺の鬼や姫が動き出していた。

 

「上位種ともいえるかもしれません。この僅か十二秒の映像の後は」

 

 提督代行が言葉を切り、画像が切り替わると影も形も映っていなかった。

 

「速やかに海中に姿を消して、こちらに情報を与えていません。外見の特徴から恐らく姫が二、鬼が三はいると推察できますが」

 

 振り返って、映像を戻して見つめる提督代行は少しだけ眼を細めた。何かに気づいた様子だったが、こちらを見た時には表情に変化はなかった。

 

「正確な敵戦力は把握できず、と言ったところです」

 

 話が終わり、映像が消えると、提督代行は小さく手を叩いた。

 

「はい、質問どうぞ」

 

「はい!」

 

 真っ先に手を上げたのは、長門だ。彼女は手を挙げて許可をもらうと、手元の端末を操作して映像を戻した。

 

 最初から最後まで映像を流しながら、口を開く。

 

「この画像の撮影日時を教えてください」

 

「今から三日前、衛星軌道上からの天候監視用カメラに映っていたものです。時刻は午前十一時三十二分」

 

「この後の進路は予想あるいは把握していますか?」

 

「いいえ。以後、全衛星にて調査していますが、姿をとらえていません」

 

 目標の現在位置不明。ではどうやって目標の位置を特定するのか、疑問を誰もが感じていると、答えは提督代行自身から出された。

 

「ただし、衛星がとらえていないだけです」

 

「他の方法で察知していると?」

 

「はい。現在、イオナ、アリアが監視体制に入っています」

 

 どうりで最近は鎮守府内で見かけないはずだ。しかし、だ。あの二隻が監視していて、撃破していないのは何故なのだろうか。

 

 疑問が浮かびかけて、馬鹿なことをと振り払う。彼女達に任せて、自分達が動かないなんてありえない。敵は深海棲艦、それを打倒するのは艦娘の役目だ。彼女達のような存在に任せっきりにしていいはずがない。

 

「では、撃破を?」

 

「軍令部からはそのように話が来ています。しかし」

 

 提督代行は、そこで不自然に言葉を切った。

 

 長門も先を促すことなく、相手が話し出すのを待つ。

 

「捕捉した目標に違和感があります。具体的に言えないのですが、何か違っているような」

 

「提督代行がそう考えるのならば、私達はそれを信じます」

 

 迷いなく答える長門に、彼女はちょっとだけ眉を潜めた。

 

「時に上官を疑うことも必要ですよ」

 

「私達は提督と代行と艦娘ですから。貴方達を全面的に信頼しなければ、海にて十全に戦えません」

 

「はぁ、まったく貴方達は。この話はまた今度にしましょう、それに貴方達の最近の行動を見ていると、盲信しているわけではなさそうなので」

 

「自分で考える頭はあります」

 

「結構。では全員、提督からの指示です。艤装を確認、済み次第出撃します」

 

「解りました」

 

「今回の敵は行動範囲がかなり広く、速度もあります。海から接近したのでは取り逃がすこともありえるので」

 

 提督代行の手が端末を動かし、一つの画像が浮かび上がった。

 

「大型輸送機による空中からの強襲を行います。全員、『自由落下』の訓練はしてありますね?」

 

「もちろんです」

 

「では準備を」

 

 提督代行はそう会議を締めくくり、誰もが立ち上がりかけた中、手を上げた艦娘が一人。

 

「吹雪、どうしました?」

 

「一つだけ確認させてください。提督はどちらですか?」

 

 真っ直ぐに見詰める彼女に、艦娘の多くは動きを止めた。何時も会議室にいる彼の姿がない。どんな時も出撃には同行するか、見送るかをしてくれた彼がいないことを、誰もが『疑問を感じなかった』。

 

 何故だ、と長門は固まってしまう。あれほど信頼していた提督の姿がないことを、疑問に感じずにいたなどとは。

 

 軽くショックを受けて顔色を変えた長門を、提督代行はチラリと見てから小さくため息をついた。

 

「貴方はもう、『そこまで』ですか?」

 

「すみません。精神系の魔法なら弾く自信があります」

 

 きっぱりと答える吹雪に、頼もしいやら、対応が難しくなったやらで、提督代行は余計な手間暇が増えたように感じた。

 

 同時に、彼女の成長を嬉しく思う自分もいるので、複雑な気持ちだ。

 

「提督はちょっと原因を『滅ぼし』に」

 

「十分です、ありがとうございます」

 

 軽やかに吹雪は立ち上がり、一礼した後に振り返る。

 

「じゃあ、みんな、がんばろ!」

 

 軽やかに涼やかに、可愛く微笑んで片手をあげてみた。

 

「え~~~~」

 

「え、え? なんで?」

 

 落胆のような返答を前に、吹雪は困惑して周りをきょろきょろと見てしまう。

 

「あのね、吹雪、こういうときって、そうじゃないでしょうが」

 

 思わず暁が言葉を挟む。何時もの気合いの入った掛け声は何処にいったのか、なんでそんな見た目相応な可愛い女の子の掛け声なのか、色々と疑問を感じた彼女は片手で額を抑えた。

 

 その仕草が、凄く絵になって深窓の令嬢と誰もが思ってしまうほどだ。

 

「そ、そうかな。でも、私はね、思ったの」

 

「何をよ?」

 

「周りを怖がらせないように、ちょっと可愛く行こうかなぁって」

 

 はにかんで笑う彼女に、暁を始めとした姉妹たちは『ああ、もう馬鹿な初期艦は』と呆れた顔で。

 

「吹雪さんが壊れたぁぁぁぁぁ?!」

 

 他の艦娘達は一斉に恐慌状態になったのでした。

 

「え、あれ?」

 

「吹雪、貴方の可愛さはよく解りました。でも、戦闘の前にやるとこうなりますよ。いい教訓ですね」

 

 提督代行は、特大の溜息交じりに初期艦に訓示をしたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昔は剣一本あれば、何処にでも行けた。

 

 南極、北極、南国、ジャングルの奥地、敵陣の真っ只中。宇宙の深淵の中でも、剣の一本を片手に突撃したものだ。

 

 強くなりたいから。強さを求めたから、誰にも負けない自信が欲しいから。そんな言葉で語れるほどのものじゃなく。なんでと質問されても、上手く答えられずに困ったこともあった。

 

 幼馴染であり、妻となった彼女には、呆れられたことは毎回のこと。なんでそこまで馬鹿なのかと一日中、問い詰められたこともあった。

 

 結局、どうしてなのか今も彼は答えを出せずにいる。敵を滅ぼす、味方を助ける、誰かを救いたい、誰かに勝ちたい。

 

 言葉にしてみれば、それだけのこと。でも、言葉にしてしまうと違うと思える自分がいるから。

 

 つまり何なのかと問いかけて、答えは一つしかない。

 

 テラ・エーテルにとって、それは『テラ・エーテルであるから』としか答えられない。強くありたい、家族を守りたい、妻達に幸せでいてほしい、国民が困らない国でありたい。

 

 色々なものを含めて、すべて合わせてようやく自分であり、テラ・エーテルなのだから。

 

 だから、これは感情のままに動いた結果。

 

 許せないから。絶対に見逃せないから。相手が何者でも変わりない、勝ち目があるとか勝てる自信があるからじゃない。

 

 衝撃が体を突き抜ける。思わず後ろに跳んでしまった先、地面だと思っていたものが崩れる感覚に、再び飛び上がった。

 

「無様だよなぁ。本当にバカなんじゃないの?」

 

 ケラケラと笑う少年の姿を見据え、右手に持った剣を振り抜く。

 

 剣身だけで二メートル以上の巨剣―『光滅』が分割、連結刃となって周辺を埋め尽くす。刃に触れたものは、光が消えるように滅ぼすと言われた剣は、迫ってきた光弾や『天使』を消していった。

 

「その武器は見事だよ、人間が作ったにしては見事すぎて笑えてくる」

 

「どうも」

 

「けどな、俺に、『神である俺』に楯つくなんだ、人間として終わってんだよ、おまえは!」

 

 地面が揺れた。視界が定まらない、上か下かもわからない空間に放り出され、テラは剣に戻した『光滅』を振るう。刃に触れた術式が崩壊し、空間が正常に戻る。

 

 同時に重力の渦が襲ってきた。

 

「ほらほら、どうした? 俺を殺すんだろ、やってみろよ、人間風情が」 

 

 なぶるように遊ぶように力を使ってくる神を視界に収め、見えないはずの重力の渦を避けながら、テラはふと思う。

 

 そういえば、最初に聞いておかなかったな、と。

 

 激情のままに突撃し、片っぱしから斬って消して来たから、質問するのを忘れていた。これは失敗だ、相手に対しての礼儀が鳴っていない。

 

 礼儀、必要なのか疑問だが、『礼儀は通すこと』と教えられたから、やらないわけにいかない。

 

「そう言えばさ」

 

「なんだ、人間?」

 

「なんで転生者なんて出したのさ?」

 

「おまえら下等な人間に、神の崇高な意思を語れと? 馬鹿げているな」

 

「まあ、俺は確かにバカだけどさ」

 

 周りからそう呼ばれているのを、テラは知っている。馬鹿なことをしている自覚はあるし、それを止めないことも馬鹿と呼ばれる原因なのも理解はしているのだが。

 

 それがなくなったら、自分じゃないから辞めないし、止めないけど。

 

「ふはははは!! 自分で馬鹿だと自覚しているのか?! 本当に愚かだよおまえら人間は!」

 

「愚かねぇ。まあ、いいや。それで?」

 

「決まっているだろう」

 

 テラは足を止めて、神と名乗る少年を見つめた。

 

「面白いからだ。死んで選ばれたと勘違いして、転生した時の特典に目がくらんで有頂天になった人間を、遊んでいると面白いだろう?」

 

「・・・あ、うん、解った」

 

 小さくため息をついた。やっぱり、神は人間と同じだ。多種多様で自分の感情を優先する、他者を見下して自分の楽しみのために一人の人生を歪ませてしまっても、罪悪感もない。

 

「遊びは十分だろう、死ね。人間!」

 

 迫るは神の力、逃げ場のない力場の中で、小さくテラは呟いた。

 

「ごめん、ルリちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホシノ・ルリは輸送機が飛び立っていくのを見送った後、提督代行のイスに座り直す。

 

 打つ手は打った、そのつもりなのだが胸騒ぎが収まらない。見落としがあったような、そんな不安がまだ残っている。

 

「テラさん?」

 

 不意に、彼女は彼の名を呼ぶ。生まれた時から一緒にいる、自らの主の名を呼んだ後、ハッと気づいた。

 

「敵は、『一つ』じゃない。私はそんな単純なことにも気づいていなかった?」

 

 映像を確認、確かに指示を出しているのはレ級だけ。しかし、だ。この集団を指示を出しているのがこのレ級でも、『全体の指示を出しているのは』別にいるとしたら。

 

 罠。いや、それはない。イオナとアリアは直属の戦隊ではなく、『直轄艦隊』で動いている。いくら深海棲艦とはいえ、あの大艦隊の探査網を潜り抜けて指示や情報共有ができるはずがない。

 

 もし、こちらが掴んでいない、あるいは認識できない方法で情報のやり取りをしていたら。いや、ないだろう。

 

 敵はこちらに気づいた様子もなし、動きに乱れもない。どれほど統制を完璧にしても、敵の監視の前を動くことはかなりのストレスになる。部下や末端まで知らされていなくとも、それらが気づけば動きに多少の乱れは出てくる。

 

 今のところ、それは確認されていない。

 

 では、何が。

 

「敵は共闘していない? 共同戦線ではなく、独立戦線?」

 

 目標は一緒でも、行動選択は別の集団が二つ。

 

 ストンとルリの中で何かが落ち着いた。

 

 迂闊と自分を罵りながら、バッタへの指示を出す。

 

「バッタ師団航空科は強襲偵察発進! 目標地点は日本海周辺及び資材地!」

 

『ピ! 了解しました』

 

 ただちに航空機がスクランブルに入る中、ルリは別の指示を出す。

 

「バビロン、『アルカディア』を動かします」

 

『敵は他の海域じゃないの?』

 

 相手からの返答を受けながら、ルリは海図をなぞる。

 

「はい、そこへ」

 

『ルリ!』

 

 鋭い叫び声に、彼女の言葉を止まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、鎮守府を紅蓮の炎が包んだ。

 

 

 





 誰にでも失敗はある。生まれた時の私もそうだったからな。

 迷い、戸惑い、何が正しいのか解らないことだってあるものだ。

 そうだな。あの時の話だったか?

 私たちでさえそうなのだが、提督代行は絶対に間違えないと思っていた。

 事実は、あの通りだ。






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愚者の選択・3

 

 私は当時は新参でしたから、提督の怖さを知りませんでした。

 確かに訓練は怖いものがありましたよ。

 でも、何時も笑顔と子供っぽいところしか見たことなかったので。

 そうですね、私は吹雪さん達がどうして提督や提督代行を、あんなにも信頼しているのか、よく理解していなかったんだと思います。






 

 

 事態は悪いときほど、より悪い方へ転がってしまう。誰もがどうにかしようと足掻くのを笑うように、坂道を転がり続けるように、悪い方へ悪い方へと傾いてしまい、やがて墜ちる。

 

 話が来た時、東堂は相手が何を言っているか解らなかった。

 

 馬鹿なありえない、そんなことは絶対にない。思考がから回る中、口はまったく別のことを告げていた。

 

「もう一度、頼む」

 

 ゆっくりと、何とか絞り出した言葉に対して、報告を持ってきた軍人は直立不動で答える。

 

「八丈島鎮守府襲撃、炎上中です」

 

「そう、か」

 

 何がそうか、なのか。どうしてそれ以外の言葉が出なかったのか、東堂は理由を探して、自分が混乱しているのに気づいた。

 

「確実な情報です。複数の鎮守府の艦娘が、八丈島が燃えていること、複数の深海棲艦の艦隊に襲われていることを確認しています」

 

 報告が頭に入ってこない、室内にいる誰もが自分を見ているのは解るのに、次の言葉が出てこない。

 

 思考がカラ回る、何か考え指示を下さなければならないのに、考えがまとまらない。

 

 そうか、と東堂はやっと気づく。自分は拒絶したいのだ、と。そんなはずがないと、嘘であると信じたくないだけだ。

 

 あの八丈島が、あのテラとルリが、敵の襲撃を許すなんて。相沢・宗吾が、敵に見事に出し抜かれるなんて、そんなこと。

 

 信じたくないだけだったのか。

 

 どうにかしないと、と何とか振り払うように室内を見渡すと、誰もが驚愕に顔を染めて固まっていた。

 

 そうか、と再び東堂は内心で呟く。誰もが表に出さないだけで、あの鎮守府の強さを信じていたのか。誰が来ても、敵がどれだけ襲撃しようとも、絶対に落ちない、難攻不落の要塞。

 

 普段は悪態をつく、妬みの視線を向ける、文句を口にして落そうとする。それらはすべて、あの鎮守府への信頼の裏返しだったのか。

 

 ようやく気付くか。こんな土壇場に近い状況で、自分達は誰を最も頼りにしていたのか、やっと知った。

 

 遅いかもしれないが。

 

「救援は送れるか?」

 

 どうにか絞り出した言葉に、誰もが顔を背けた。

 

 彼らが落ちればいいじゃない、彼らを救う手段がないから。

 

「恐らく、不可能です。あれだけの艦隊の深海棲艦を追い払うことは、現在の日本のどの鎮守府でも不可能です」

 

 ギュッと、誰かの拳が鳴る。

 

 言いたくないことも、認めたくないことも、現実として受け止めて判断を下すのが参謀だ。自分の内心など、余所事のように考えて動かなければならないが、人間だから処理できない感情はある。

 

 特に自分が理解していなかった、自分の中の感情を突きつけられた時は、特に抑えきれない。

 

「八丈島鎮守府は、墜ちるか」

 

「は・・・・い」

 

 唇をかみしめるように、絞り出された言葉を受けて、東堂は天井を見上げた。

 

 敵になったこともあった、追い落とそうとしたこともあった、取り込もうと画策したこともあった。

 

 しかし、すべて払いのけてきたのがテラ・エーテルとホシノ・ルリだった。どのような手段を持っても一蹴して、反対に教訓を叩きつけてきた二人だったのに、こうもあっさりと消えるか。

 

「彼の艦娘達は?」

 

「現在、大型輸送機にて作戦地点へ向かっています」

 

 進んでいるのか、まさか知らないのか、自分達の鎮守府が落ちたことを知らずに作戦を行おうとしているのか。

 

 冷静に考えれば、作戦は続行だ。一鎮守府と、日本全体の国防。どちらが重要かなどは、子供でも解る理屈だ。

 

 しかし、だ。

 

 東堂はそれでも、通信を入れることにした。これで艦娘達が引き返し、目標を逃すことになっても、再び各地の鎮守府の戦力が削られて、日本の国防が危うくなったとしても。

 

 通すべきスジが、そこにあるのだから。

 

「総長、我らは総長の判断を支持します」

 

「どうぞ、総長、連絡をしてやってください」

 

「艦娘達は知る権利があります」

 

 次々に起きる賛同の声に、東堂は深々と腰を折った。

 

「ありがとう、諸君」

 

 彼は迷うことなく通信機を手にした。

 

 それは間違いなく愚かな選択であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 通信を受けたのは、吹雪だった。

 

 軍令部からの直通の通信に、誰もが疑問を浮かべている中、彼女は素早く応じた。

 

『諸君に残念な知らせがある。八丈島鎮守府が襲撃を受け、炎上中だ』

 

「はい、それで?」

 

『は?』

 

「だから、何ですか?」

 

 普段と変わらない、変化のない声色に相手が戸惑ってしまう。

 

『君たちの鎮守府が襲撃を受けたんだぞ?!』

 

「はい、それは聞きました。わざわざ、ご連絡ありがとうございます。では作戦がありますので」

 

『戻るべきじゃないのか?!』

 

「え?」

 

 吹雪、間抜けな声で返答してしまう。まさか軍令部のトップが、作戦中止して戻れというなんて。今までの彼の態度から、『続行せよ』といわれるのを覚悟していたのに。

 

 案外、彼も優しいところがあるのだと、吹雪は場違いにも笑ってしまった。

 

『何がおかしい?』

 

「いえ、東堂総長は意外に優しいんだなぁって」

 

『からかっている場合か、速やかに引き返し君たちの鎮守府を奪還せよ』

 

「命令ですか?」

 

 強い口調で言われた言葉に、吹雪は微笑したまま聞き返す。

 

『命令だ。軍令部総長の名で命令する』

 

「では拒否します」

 

 間髪入れずに答える吹雪に、相手側は黙った。恐らく、何を言われたか理解できずに言葉に詰まったのだろう。

 

 案外ではなく、本当に優しい人だった。きっと今までは何かあって、彼らしさを失っていたのだろう。

 

 うん、彼ならば従ってもいいかな、なんて吹雪はコロコロと笑っていた。

 

『君たちの鎮守府なんだぞ?!』

 

「ですが、私たちが戻った場合、作戦が失敗します。それは日本にとって、危険なことですよ?」

 

『確かにそうだが。だが、だからといって君たちの『家』が燃えてる中、作戦を行えと言えるほど、私達は外道ではない』

 

 本当に優しい人達だな。今までのことは何があったのか、達とつけるくらいだから軍令部の中は全員一致しているのかもしれない。

 

 少なくとも、総長の傍にいる参謀たちは反対意見を出していないか。

 

「日本の国防より重要なことですか?」

 

『もちろんだ』

 

 間髪入れずに答える東堂に、吹雪は今度こそ声を出して笑った。

 

『何がおかしい?』

 

「すみません。私達は作戦を行います。今、戻ったら提督代行に怒られますから」

 

『だから! その提督代行達の命が・・・・』

 

「東堂総長、私達の鎮守府を甘く見ないでください」

 

 ピシャリと吹雪は彼の言葉を遮った。

 

「あの提督代行が、襲撃を許すはずありません。提督が不在であっても、その名を汚すことをあの人が認めるわけがないし、許すはずもない。だから、大丈夫です」

 

『しかし』

 

「大丈夫ですよ、東堂総長。きっと何もかも終わってみれば、笑い話になるくらいにあっさりしたものになります」

 

『・・・・・解った』

 

 苦渋の決断を下したような声に、吹雪は念のためにと付け足す。

 

「くれぐれも、八丈島鎮守府に救援など送らないように。後で提督代行に呆れられますよ」

 

『解った、解った! 作戦の成功と鎮守府健在以外の報告は受け付けんからな!』

 

「解りました」

 

 通信を閉じて、吹雪は振り返る。誰もが自分を見つめる中、世間話でもするように彼女は口を開く。

 

「八丈島鎮守府が襲撃、炎上中。深海棲艦の艦隊に囲まれているようです」

 

 話を聞いた艦娘達は、誰もが眼を見開き、周囲と目線を合わせた後、全員で盛大に溜息をついた。

 

「今度は何のテストですか?」

 

 高雄の呆れた声が、全員の内心を語っていた。

 

「あれじゃない? ほら、鎮守府全体に展開した防御フィールドの耐久テスト」

 

 鈴谷が軽く答える内容に、夕張が否定を示す。

 

「もうやったから他じゃないの。ほら、襲撃して炎上した中でバッタ達が耐久テストとか」

 

「案外、撃たせて調子に乗らせたのではないか?」

 

 長門が深く頷いて答えると、隣にいた扶桑が小さく手を上げた。

 

「耐火テストではないかしら? ほら、実弾を使った場合の主砲の摩耗が気になると言っていたから」

 

「ええ~~夜戦したくないから一日中、明るくしたいだけじゃないの?」

 

 川内が頭の後ろで腕を組んで答える。

 

「深海棲艦じゃなくて、自分達で火をつけたとか?」

 

「如月、貴方ね」

 

「何よ荒潮、やりそうじゃないの?」

 

 確かに、と誰もが頷いてしまう。きっと防災訓練をやろうとして、真剣にやるなら火事にしないと、とバッタ達が張りきったのではないか。

 

「吹雪さんの考えは?」

 

 瑞鳳に問いかけられ、彼女は少しだけ考えた後、笑顔で告げる。

 

「襲撃してやった、成功だ、やったぜと喜んでいる深海棲艦に対して、全包囲の空間兵器使用で絶望に叩き落として、『楽しめましたか、楽しんだならさっさと沈め』とか言いそうですね」

 

「あ~~~~」

 

 全員が納得し、続いて頷いて顔を引き締めた。

 

「作戦地点までもう少しです。軍令部総長は、戻ってもいいなんて優しいところを見せました。なので、私達は確実に『目標撃破』して返礼とします」

 

「了解!」

 

「では、全員、『我ら血の十字架を掲げる者なれば』」

 

「『主の前を塞ぐすべてを沈黙させる』」 

 

 合言葉に合言葉が返り、全員が艤装を纏って立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 足元を見つめる。

 

 もう二度と戻らないものを見つめ、自分の失敗を知る。何度も繰り返して考え、何度もどうにかできないかと思考しても、過ぎ去った時は戻らない。

 

 ルリは小さく蹲って、小さくため息をついた。

 

 もう無理だろう。不可能だ、こんなに暑いからもう逃げられない。

 

 失敗したな、と痛感する。もっと確実に準備しておけばよかった。

 

 何度も頭の中で繰り返し、次があればなと思いつつも、二度とないだろうと考えてしまう。

 

 だってもう、遅いのだから。

 

「はぁ」

 

『あ~~ぁ、やっちゃった。それ、最後の奴だよ』

 

「解ってます。まったくもう、どうして私は落とすんでしょう?」

 

『本当にルリって、肝心なところで失敗するよね』

 

 解りきったことを、言われたくないことを言われて、ルリは軽くバビロンを睨みつける。

 

 彼はそれを見て肩を竦めて、『鎮守府周辺を移すモニター』を展開させた。どれも炎に燃えていて、どれも赤い世界が広がっていた。

 

『まったくさ。いいところだったにね』

 

「ええ、まったくです。もう少しだったのに、これで終わりですね」

 

『仕方ないよ。脆くて弱いのがいけないんだから』

 

 確かに。もっと強ければよかったのか、もっと緻密だったから長持ちしたのか、それとも狡猾だったなら。

 

「転生者といえども、この程度ですか?」

 

 彼女が見つめるモニターには、崩れ落ちる深海棲艦が映っていた。

 

 大艦隊で包囲したのは見事だ。直前まで海中に潜んでいたのも素晴らしい。だが、襲撃時に見事に躓いた。

 

 砲撃するために浮上して、その後に全員の準備が終わるまで待つなんて、襲撃しますので準備してくださいと、相手に言っているようなものじゃないか。個別でいい、奇襲をするなら単艦ごとの砲撃で十分に効果があるのに。

 

 まったく馬鹿らしい。

 

『第二陣、やっていい?』

 

「どうぞ」

 

 彼女の返答が終わる前に、『空から光が降り注ぐ』。

 

 次々に降り注いだ光は周囲の深海棲艦を飲み込み、鋼鉄を溶かし、弾薬に引火して爆発して、周辺の海を紅蓮の炎で染め上げていく。

 

「私たちが衛星軌道上に艦隊を配備してないなんて、そんなバカなことしませんよ。まったくもう」

 

『銀河帝国じゃ禁止されるかどうかって話の戦術だからね。ここじゃ攻撃前のレーザー照準での警告がないから、やりやすいね』

 

 何処か嬉しそうなバビロンに、ルリは小さく嘆息。

 

 銀河帝国や銀河連邦の地域ならば、『非人道的』とか、『非効率的』とか言われている攻撃方法だ。一世紀も前に衛星軌道上から海上、あるいは地上の敵軍への攻撃方法は確立されている。実弾、光学共にだ。百発百中、外れなし。どれだけの乱戦であっても、的確に狙える技術がある。

 

 しかし、だ。一世紀も前に確立された技術だから、それに対抗する技術は当然のように確立されている。 

 

 フィールド防御、あるいは欺瞞映像を流す。周辺の景色と同化させるといった視覚的なステルスとか、色々な方法がある。近年では攻撃を行う費用に対して、敵軍に与える損害が少ないことから、費用対効果が取れないとして無意味に近い扱いをされているのに。

 

「はぁ、それにしても。私の紅茶」

 

 足元に転がったティーカップに目を落とし、ルリは嘆いた。

 

 最後の、本当に貴重な茶葉だったのに。これを生産していた地域が、地球連邦の作戦のために焦土となってしまって、もう二度と茶葉は手に入らない。

 

 あの時は帝国上層部が『おまえら殲滅してやる!!』と、全軍プラス全騎士団を上げて突撃、開始一時間で地球連邦側が降伏して、帝国の領土が太陽系一個分ほど増えたものだ。

 

 あの後、銀河連邦から『おまえら、やり過ぎ』と宣戦布告寸前まで話が膨れたのだが、テラの『え、やるの? やるなら俺が全力』宣言で講和となって話は止まったのだが。

 

「テラさん、どうしているかな?」

 

 小さく彼女は呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人間如きが調子に乗るな。

 

 神はそう告げる。

 

 人間程度が逆らうな。

 

 神はそう笑う。

 

 けれど、相手が普通の人間じゃなかったら、どうなるのか。

 

「は、はははは」

 

 彼は虚ろに笑う。目の前の相手は何者だ、先ほどまで虫けらのように感じていたのに。 

 

「あ~~~ぁ、失敗した」

 

 彼は嘆いて頭をかいた。もっと上手くできる予定だったのに、これでは普段と変わらないじゃないか、と。

 

 テラ・エーテルは小さくため息をつく。これでは『普段の神を狩ること』と変わりない。剣一本で立ち向かい、颯爽と倒してお話して終わり、と行きたかったのに。

 

「なのはちゃんは偉大だなぁ」

 

 幼馴染の妹の小さな背中を思い出し、彼女がお話を聞いてもらうためにがんばる姿に敬意を示す。

 

「貴様は、貴様は何者だ?! なんだその獣は?!」

 

 恐怖に歪んだ神と名乗っていた存在に、テラは小さく首をかしげた。

 

「何って、『第四真祖の眷獣』達だけど?」

 

「嘘をつくな! そんな眷獣があるわけがない! それではまるで! まるで『神殺しの獣』ではないか?!」

 

 恐ろしく認めたくなくて、そう叫ぶ神のような存在に対して、テラはごく当然と答える。

 

「え? そうだけど?」

 

「な、な、何を言っている?! 人間が操れるわけがない! それは神々でも扱えない、破壊の化身だぞ!」

 

「へぇ、そう?」

 

 テラが左手を上げると、猫がすり寄るように『雷光を纏う獅子』が身を寄せる。圧倒的な稲妻は触れただけで天使はもちろん、神自身さえ消すというのに、テラ・エーテルは平然とその稲妻を身に流していた。

 

「貴様、貴様は何者だ?」

 

「ん、俺? 初めまして、『神帝』テラ・エーテルだ」

 

「・・・・・は?」

 

 神は呆け、そして逃げ出した。

 

 知っている、神々の間で噂になっている、人間の身で超常の存在を狩る者達の話を。理不尽な運命を嘆き、世界中を敵に回しても勝てるような、そんな力をため込んだ一族の最高傑作。

 

 創造神を狩り続け、その『世界』を手に入れた狂乱の化け物。

 

 『終焉の獣』以上の力を秘めた眷獣を従え、次元の違う元神と呼ばれる存在を四つも従者にして、瞳だけで九人の圧倒的な異能の王の力を宿し、滅びを纏う女神たちを手にいた、愚者の中の狂気の存在。

 

「何処行くのさ?」

 

「ヒィ?!」

 

「もう終わりか。じゃ何時も通り。『さあ、おまえの運命を決めろ』」

 

「止め・・・・」

 

「つまんない奴」

 

 そして、剣はそれを切り裂いた。

 

「誰かをおもちゃにして遊んでるのに、自分が弱い立場になると逃げるなんて、本当におまえはつまんないな」

 

 剣の先、消えていく残滓を眺めながら、テラはポツリと呟いた。

 

「よっし撤収!」

 

 彼の宣言に獣たちが不平不満を口にする。

 

「ああもううるさい! 今回はレッド・ミラージュ達を説得して出てきたんだから、さっさと戻る。『マリア』達だって今回は我慢してもらったんだぞ!」

 

 再びの不満に、はあとテラは深くため息をついた。

 

「じゃ俺と戦うか?」

 

 速やかに眷獣達は姿を消し、後には静寂が残る。

 

「まったくさぁ。さてと、俺も戻るか」

 

 テラは右手に握った光の球を見つめ、軽く背伸びした。

 

 『これで、手に入れた世界は『六十七』だなぁ』と内心で呟きながら。 

 

 

 

 

 

 

 

 






 絶対の信頼なんて、あの人達に向けてないわよ。

 でもね、何があってもどうにかするってことは、知っていたから。

 それに普段のあの人達のことと、周りのことがあったから。

 私達はそれを見ているから、あの程度で騒がなかっただけよ。



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愚者の選択・4




 正直な話、あの時は凄い怒っていたよ。

 本当にもう全部、消してやろうって思っていたけど。

 冷静になれたのはね、もっと怒っている人がいたからだよ。

 気づいたとき、生きた心地しなかったからね。







 

 

 目標地点にて、彼女は周囲を見ていた。

 

 忌々しいことに、彼女達には『あいつら』を排除することは不可能だった。砲撃も魚雷も、航空機による強襲もすべてが『壁』に阻まれて届かず、損傷を与えられない。

 

 何度か駆逐艦、巡洋艦クラスが突撃していったが、壁に阻まれて戻ってきた。

 

 こちらからの攻撃手段はすべて封じられたが、相手側からの攻撃は一切ない。遠巻きに見ながらじっと静観しているのみ。

 

「目的はなんだ?」

 

 小さく呟き、親指を噛む。人間らしい仕草をしながらも、彼女の姿は人間とは決定的に異なっていた。

 

 白い肌、しっぽのような漆黒の武装。

 

 レ級と呼称される個体に『転生した』彼女は、忌々しそうにそいつらを見ていた。

 

 知識としては記憶にない船体。巨大な五百メートル以上の船の左右には飛行甲板、通常なら飛行甲板は貧弱で爆弾の一つで穴があけば無力化できるのに、あの壁が邪魔して攻撃が届かない。

 

 あれは知っている、『クライン・フィールド』だ。霧の艦艇が装備している防御システムを搭載しているのだから、あれも霧の艦艇だろう。

 

 しかし、あんな船体を持つ船を知らない。戦艦の船体の左右に飛行甲板、さらに艦舷には主砲が見えている。

 

 はっきり言って意味不明だ。飛行甲板の下は格納庫だろうに、そこを削ってまで主砲塔を搭載する意味はないはずなのに、あの軍艦は搭載している。

 

 霧の艦艇だから配置は意味がないのだろうが。

 

 それに、だ。艦橋の上、対空監視所のところにいる『メンタル・モデル』は見たことがある。

 

 片方は、『イオナ』。伊401のメンタル・モデルのはずの少女は、見覚えのある白いドレスを纏っていた。確か映画に出ていたヤマトを吸収した後の衣裳が、あれだったはずだ。

 

 もう一隻は、意味が解らない。見た目は完全に『ムサシ』なのに、纏っている衣裳はイオナと同じもの。

 

 解らない、巨大な二隻以外に様々な艦艇が周り一帯を封鎖するように囲み、配下の艦艇を一隻も逃すことなく監視していた。

 

「ク、忌々しい」

 

 ギュッと拳を握ると同時に、尻尾の艤装からうめき声が聞こえてきた。

 

 そういえば、まだ生きていたのか。最後の最後まであきらめなかった、いや『見逃しておいた』馬鹿な艦娘。

 

 

 人間を逃がすなんて愚かなことをして、仲間を犠牲にした愚か者。本当に馬鹿馬鹿しい、あんな人間なんて救う価値ないのに。

 

 もう一匹はもう沈んだか。散々に魚雷の的にしてやった戦艦は、波間に浮かんで虚空を見上げていた。

 

 本当におかしい、こんな力しかないのに人間を救いたいなんて、おかしくて笑い転げて腹が裂けそうだ。

 

「おまえらも同じだ」

 

 ニヤリと笑うレ級の視界に、イオナと『ムサシらしい少女』が小さくため息をついた。

 

 なんだ、何がそんなに『哀れ』だというのか。

 

 ギリっと奥歯を噛みしめた彼女の視界の中、二人は同時に指を向けてきた。銃のような形にした指の先は、自分ではない。

 

 左右に控えている姫を狙っているようだが、ついに攻撃してくるのか。いいだろう、お手並み拝見と行こうか。

 

 レ級がにやりと笑った瞬間、左右の姫級二人が『上空からの砲弾によって弾け飛んだ』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「命中確認」

 

「やっぱ扶桑さん! ハンパない!!」

 

 自由落下中、いくら敵の真上を降下中で狙いは打ちおろせばいいとしても、風圧や艤装の展開で体が揺れる中を、狙ってすぐに撃って命中を出せるのは扶桑しかいない。

 

 大和と長門は体を固定して艤装を出す段階で、上手くできなくてもがいているのに、扶桑だけは涼しい顔で狙って撃破していた。

 

「轟沈確認!」

 

 瑞鳳が艤装から空中管制機を出す。同時に鳳翔も管制機と空中給油機を出す。

 

「航空機発艦!」

 

 赤城の合図で、加賀と大鳳が航空機を展開、速やかに海上の敵空母を殲滅にかかる。

 

「瑞鶴?」

 

「加賀姉も赤城姉も速すぎ!」

 

 ジタバタと慌てている妹分に、誰もが小さくため息をついた。

 

「空中自由落下時に攻撃するなんて!」

 

「え? 訓練しませんでしたっけ?」

 

 きょとんとした顔で問いかけるのは吹雪。あれ、やりましたよねと周りを見回せば誰もが顔を反らした。

 

 やったような、やらなかったようなが正しいかもしれない。

 

 高高度からの自由落下訓練はした。非常時には輸送機での移動もありえるから、敵地に呑気に着陸あるいは着水して艤装を展開、水上に進出しての軍事行動など、敵に狙ってくださいと言っているようなものだ。

 

 淡々と語る提督代行は、その時だけ『え、本気』と誰もが思うほどに、冷たく二コリと笑っていた。

 

 八丈島鎮守府で自由落下から艤装展開、水上に着水しての戦闘行動は誰もがしている。後から参加した不知火でさえ、出来ると自信を持って言えるほどに訓練を積んだ。

 

 しかし、だ。自由落下中に戦闘態勢へ移行して、戦闘行動開始はやったことがない。誰もが自由落下中は着水か着地のみに意識を振っていて、攻撃が来るとか攻撃するなんて考えることはしなかった。

 

 例外、吹雪とか、暁とか、響とか、扶桑とか。

 

 『あれ、これって落下中に先制攻撃したら、後の展開が楽にならないかな』なんて考えたのが、八丈島筆頭、つまり初期艦様。

 

 考えたが最後、実行しなければ気が済まないのが同じく初期艦様。

 

 提督代行に頭を下げ、渋る提督代行に土下座までして、さあやろうかと考えていた時に合流したのが暁と響と扶桑。

 

 同じ考えですか、同じこと考えますよね、ならやってみましょうよ。と、気軽にランチに誘うようにして四人は、ひたすらに空を飛んで空中で攻撃して移動している的に攻撃を当てるを繰り返した。

 

 毎日のように上空から落下してくる吹雪達を見た赤城と加賀は、ふと思ってしまった。

 

 あ、これは次は空中で航空機を発艦させられる、と。思ってしまった二人の行動は速かった。

 

 後になって鬼のような吹雪の顔と一緒の訓練するくらいなら、まだまだ自分の制御で未熟な吹雪に付き合って、訓練してしまおうかと。

 

 赤城と加賀が参加したことにより、一個艦隊分の人員が揃ってしまった結果、この訓練は他の艦娘も誘おうという話になったのだが、これに待ったをかけたのは提督代行。

 

 そんな状況を作るほど、甘い作戦を考えると思いますか、と。

 

 もっと言えば『私がそんな戦況を作るほど、低能だと』と。

 

 凄みではなく、背後に鬼か魔王が浮かぶほどの気配を持った提督代行に対して、流石の吹雪も土下座して謝ったという。

 

 こうして自由落下しての訓練は続行したのだが、落下中の攻撃は行わないという方向で話をまとめていこうとして、ここに鎮守府最大の馬鹿が口を挟んだ。

 

 彼曰く、『俺はできるよ』と。

 こうして目出度く、あるいは多くの艦娘にとっては苦々しく、そして一部の艦娘にとってはご褒美な訓練は続行されたのでした。

 

「あれ、してなかったかな?」

 

 ふっと吹雪は首を傾げながら、左手の砲を真下へ向けて一撃。動き出しかけたホ級を一撃轟沈。続いて魚雷を降らせて、イ級の何隻かを轟沈させていく。

 

「ね、下に向けて撃てば何かに当たりますから!」

 

 グッと手を握って笑顔で語る吹雪に、誰もが苦笑するしかなかった。

 

「あ、そろそろ着水ですね。では」

 

 笑顔が消え、吹雪は冷たい顔を浮かべて笑う。

 

「戦闘開始」

 

 そして、空から死神達が降ってきたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何がと、レ級は周りを見回した。爆音と硝煙、戦場にいたなら何時でも見慣れているものが、今日は色濃く見えていた。

 

 一撃一撃が違う、今までの艦娘とはまったく違う。一撃が重い、狙いは正確で外すことが少ない。というよりも、外した砲弾と魚雷がない、航空機の爆撃や雷撃は必ず外すことが多いのに、一発の無駄もないほどに攻撃を突き刺してくる。

 

 なんだこれは、何なんだ。今までの艦娘とは全く違う、攻撃の重さも密度も格段に違う。

 

「何者だ?」

 

「貴方こそ、何者ですか?」

 

 レ級はハッとして顔を向けた。炎と煙が流れる、今まで水面も見えないほど流れていたものが消えて、ゆっくりと彼女が姿を見せた。

 

「駆逐艦・吹雪が、一隻で来たなんてね。本当にバカじゃないの」

 

 嘲笑うようにレ級は笑う。

 

 弱い駆逐艦一隻が何の用だと、たかが一隻でレ級に勝てるものか、と。

 

「その人、離してください」

 

「はぁ? 何言ってんの? あんた頭がおかしいんじゃないの?」

 

 腹を抱えるように笑う。もうおかしくておかしくて、頭が痛くなって腹がよじれるほどに笑う。

 

 たかが駆逐艦、そんな奴がいたところで自分が負けることはない。レ級は心の底からそう確信し、そして海に浮かんだ。

 

「は?」

 

「ごめんなさい。遅くなりました」

 

 声が聞こえる。誰のと顔を向けた先、尻尾の艤装が確保していた艦娘を抱きしめた駆逐艦が、そこにいた。

 

 何をした、あの小さな体で自分を飛ばしたのか。

 

「ふ・・・・・・ははははははは!!」

 

 レ級は大声で笑う。ふざけた奴だと思っていたら、大物だったか。大した実力者だ、あんなに小さい体で自分を飛ばすなんて。

 

 しかし、すべてが遅すぎた。

 

「おまえらは敗北した! 遅すぎたんだよ! こいつら皆、死んだ! 沈んだ!」 

 

 立ち上がり周りを見回す。沈んで行った艦娘の残骸が、そこら中に転がっている。沈んでいるものも含めれば、艦娘はかなりの数が消えて行ったことになる。だから、こいつらはいくら強くても救えない。

 

 消えた命を救えるような存在は、この世界にはいないのだから。

 

「遅いんだよ! 遅れたんだ! おまえらは敗北したんだよ!!」

 

 ゲラゲラと笑うレ級の視界で、吹雪は周りを見回して、小さく頭を下げた。

 

「ごめんなさい、私達は貴方達を救えなかった。助けられなかった」

 

「そうだ! おまえらは出来なかったんだよ!」

 

「だからせめて」

 

 馬鹿だと蔑み、遅れたと笑うレ級の前で、吹雪は腰の剣を抜いた。

 

「せめて仇くらいとります」

 

「は?」

 

 そして閃光がレ級を切り裂いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 笑顔のまま凍りついたレ級が、波間に消える。

 

 多くの艤装が漂う海に立ち、吹雪は片手で抱えた艦娘を両手で抱え直し、周囲を見回す。

 

 すでに敵艦隊の姿はなく、味方のみがいる海域の中、吹雪は空を見上げた。

 

 強くなったつもりでいた。誰にも負けないくらいに、技量を上げて行ったのに、今回のこれは敗北だ。

 

 八丈島鎮守府が出来て、多くの鎮守府と戦って勝利してきた中、初めての敗北。

 

「もっと強くなりたいなぁ」

 

 小さく呟き、吹雪は体の向きを変えて仲間達のところへと戻る。

 

「作戦終了、撤収しましょう」

 

「はい」

 

 仲間達の返事に笑顔を向けつつ、吹雪はチラリと背後を振り返る。

 

 こんなことしても無意味だ。

 

 戦いは続く、何時だって何処だって。理由なんて何でもいい、相手が憎いから、相手が自分より優位だから、相手が自分より豊かだから、妬ましい、羨ましい、だから奪おう。

 

 何度でも何回でも、同じように繰り返される。

 

「それでも、私達は戦います」

 

 愚か者だ、馬鹿な連中だ。

 

 沈んでいくレ級の瞳が、そう語っている。

 

「それでもいいですよ。愚者なら愚者なりに、戦って戦い続けて最後には笑ってやる」

 

 吹雪はそう告げて、撤収していく仲間達の後に続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、お帰りなさい」

 

 鎮守府について、提督代行が迎えてくれたのだが、その姿はあまりにも普通であまりにも何時も通りで、そしてあまりにも室内が散らかっていた。

 

「えっと、何があったか聞いてもいいですか?」

 

「はい。ちょっと油断して紅茶をこぼしてしまって。本当に希少な、最後の一杯だったのに」

 

「え? あの、それで?」

 

 返答に意味が解らない吹雪に対して、提督代行は小さく首を振った。

 

「八つ当たりしました」

 

 あまりに、一般的な、それでいてどうしょうもない理由に、誰もが盛大に溜息をついたのでした。

 

 その後、連絡を受けた東堂総長はというと。

 

「あいつらは」

 

 笑顔でそう呟き、胃を抑えて倒れたのでした。

 

「総長!」

 

「誰か軍務を呼べ!」

 

「まったくあの馬鹿どもは!!」

 

 大混乱になった軍令部と、何故か誰もが嬉しそうな顔で大混乱していく軍人たちがいたという。

 

 

 

 

 

 

 

 






 本当にまったく、どうしょうもないくらいに呆れるほど馬鹿な人たち。

 一大作戦の後も戦い続けて。

 愚かだとか馬鹿だって言われても、どんなに無謀でも絶対に諦めない人たちばかりだったから。

 私もその一員だからね、解るの。

 私達はどうしょうもないほど馬鹿だけど、絶対に譲れない一線だけは護っている人たちだって。

 だから、今も笑顔でいられるんでしょうね。






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曇天の空に光を求めるように

 

 私はきっと、あの時にすべてを諦めていた。

 だから今の私があるんだと思う。







 

 

 

「ごめんなさい」

 

 小さく呟いた言葉は、相手に向けたものというよりは、自分自身に向けていたように聞こえた。

 

 白一色の病室のような場所、本来なら艦娘には必要のない場所にいる彼女は、相手のことを見ずにそう呟いていた。

 

 相手は、それに答えず深々と一礼して去っていく。

 

 本来なら風になびくことない軍服の袖が、去っていく彼の後悔のように病室の中を流れ、やがて扉と共に見えなくなった。

 

 二人のやり取りを見送り、ルリは小さくため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 作戦後の報告書が軍令部に届けられた時、すでに東堂は何とか回復して自分の席に座っていた。

 

 胃潰瘍とはストレスの果てになるものらしいが、本当にストレスで胃に穴が開くとは思わなかった、とは彼が退院時にこぼした言葉だった。

 

 誰もがそこに行くまでに病院に行くのだが、彼は軍令部総長としての立場と責任、なにより海軍の暴走の果ての懲罰、それに伴う人員の大規模削減による威信の揺らぎ、そして先人たちが築いたものへ泥を塗ったことを悔やみながら職務にまい進していたから、自分の体のことを労わっていなかった。

 

 結果、彼はテラとルリがやらかしたストレスが直撃し病院に運び込まれたのだが、まだ病室にいたほうがいいと思えるほどの報告書が彼に届けられた。

 

 艦娘喪失、最終確認数百六十隻。

 

 後頭部を殴られたような衝撃に、東堂はしばらく口を開けなかった。

 

 うち、練度七十以上五十八隻。練度九十九に到達した艦娘十二隻。グッと胃が痛くなった。かなりの艦娘が失われたと予想していたが、まさかここまでとは予想以上の大損害だ。

 

 艦娘の喪失は、即ち国防に穴が開くのと同義。今まで深海棲艦を抑え込んでいた壁に穴があけば、後はなだれこまれる様に侵攻されて、日本本土が再び火の海に沈む。

 

 通常兵器はまったく効かないわけではないが、大半が無効化に近い威力しか出せない。

 

 深海棲艦に対しての唯一にして絶対なる効果を発揮するのが、艦娘による攻撃だというのに。

 

 昔、艦娘達が生まれた当初は資材があれば建造できた彼女達を、『捨てる』戦法も取られたというが、現在においてそれは『自殺』に等しいと結論が出ている。

 

 練度の低い生まれた艦娘と、高練度の艦娘。その戦い方や戦果は、比べるでもない。一人の艦娘を育て上げるのに、どれだけの手間と時間がかかるか、ちょっと戦術をかじったことがある、もっと言えば軍人であるならすぐに分かるような話だ。

 

 ちょっと道理を知っている小学生さえ解る問題が、未だに理解していない軍人もいるが。

 

 資材があればいくらでも建造できる艦娘、逆に言えば資材がなければ建造できない。海に沈んだ艦娘の分の資材が戻れば、あるいは誰もがそれを実行したかもしれないが。

 

 損失は損失だ。二度と戻ることがない資材を、たった一つの勝利のために捨てるなど軍人として間違っている。もっと言えば、そいつは『日本を殺しにかかっている』。

 

 資材を集めるのに、どれだけの手間がかかるのか。外洋に迂闊に出れない人類のために、資材を取ってくるのは誰か。答えなど、ちょっと考えれば解ることなのに、それを理解していない連中が多い。

 

 艦娘がいなければ資材を集めることなど不可能なのに、その艦娘を捨てるなどと。

 

 東堂は昔を思い出し、今の腐敗をかみしめて、再び報告書に目を落とす。

 

 最初から最後まで、細かく読み込んだ後に、深くため息をついた。

 

 立て直せない。

 

 正直にそう思ってしまった。これだけの艦娘の喪失、そして高練度の艦娘の轟沈は、日本海軍の最後と言っていいかもしれない。

 

 幸いというか、何と言うか。生き残りはいた。あれだけの攻撃の中、諦めずに残った二隻は高練度の艦娘。

 

 駆逐艦『叢雲』、戦艦『金剛』。どちらも練度は八十を超えている。艤装に損傷があるためすぐに現場復帰は無理だが、時間をかければ戻れるはずだ。

 

 そうであって欲しいと東堂は、縋りつくように思ってしまう。

 

 『両名は鎮守府への復帰を拒否』。

 

 最後に付け加えられた言葉に、自分が座っているイスではなく、床そのものが崩れ落ちたような気がした。

 

 所属していた鎮守府の提督が迎えにいったが、艦娘は両名とも『戻れない』と伝えたらしい。

 

 報告は、面会の場を整えた八丈島鎮守府提督代行ホシノ・ルリと、両名が所属していた鎮守府の提督、二つから出ている。偽造した、あるいは艦娘の発言を封じ込めた可能性は低い。

 

 あのルリとテラが、そんなことをするわけがない、と東堂は確信しているが、嘘ではないかと疑いたくなる。

 

 高練度の生き残りが現場復帰不可能。あれだけの数の艦娘が沈んだのだから、二隻くらい復帰できなくてもと考えるだろうが、それは多いに間違いだ。ゼロと二では、天地ほども開きがある。

 

 特にあれだけの苛烈な戦闘と、それに伴う轟沈の数、そんな中で生き残った艦娘だ。技量や練度ではない、相手の攻撃に対しての何かしらの経験とスキルがあったと考えるべきだ。

 

 もし現場に復帰できれば、あるいは教導として他の艦娘に技量を教えることができたら、全体的に下がった戦力を持ち直すことができるかもしれない。

 

「まったくままならんな」

 

 小さく呟き、東堂は続いての報告書を持ち上げた。

 

 彼は軍令部総長、作戦の後も前も、あるいは作戦を決める時でも、仕事が終わることはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スッと引き抜く。衝撃を真っ正面から受けることなく流し、そのままの勢いで刃を振りかぶり。

 

「はい、ダメ」

 

「あいた?!」

 

 頭部に衝撃を受けて蹲った。

 

「大和、どうして受け流して下がった後に、下の剣を振り上げるんですか?」

 

「打ち上げって苦手なんですよ」

 

 涙目で顔を上げると、困った顔の吹雪がそこにいて。

 

「苦手って貴方は、それで反撃を貰っていたら笑い話ですよ」

 

「苦手は克服してこそですか?」

 

 頭部をさすりながら立ち上がった大和に、吹雪は小さく首を傾げる。

 

「そうではなく、苦手『意識』を持つな、ってことです。そもそも、大和の筋力なら剣だろうと刀だろうと、振りまわすことは可能ですよね?」

 

「それは、まあ」

 

「なら後は力の流し方と入れ方です」

 

 剣を片手に持った吹雪が、片手だけで剣を回転させる。縦回転、横回転、円運動、よく片手でできるなと見ている大和は感じた。

 

「これは腕の延長、これは自分の体の一部。艤装と同じですよ」

 

「解りました」

 

 気合を入れて再び剣を持った大和に向かい合い、吹雪は小さく微笑んだ。良い根性を持っていると思いながら、先ほどより少しだけ速度を上げる。

 

 大和は気づいていない、訓練を始めてから徐々に吹雪は速度を上げていることに。その速度に食らいつき、何とか受け流している時点で、大和の技量は相当なものなのだが。

 

 彼女は少し真面目すぎて、『同じ速度だ』と信じて疑わない。

 

 だからこそ、横で見ていた艦娘からは『え、マジで』という目線で見られてしまう。

 

「大和、吹雪さんに追いついてない?」 

 

「何を言っているの、鈴谷?」 

 

 剣を構えている鈴谷の呟きに、高雄は嘆息してしまう。

 

 あれは、追いつかせているだけで、追いついているわけではない。

 

「吹雪さん、上手く合わせてくれているから、大和が受け流しているんじゃないの?」

 

「あ、そっか。そっか。うわぁ~~」

 

 ということは、だ。気づいたことに鈴谷は頭を抱えたくなった。

 

 つまり、相手に合わせてちょっとずつ引っ張れるほど、二人の技量は開きがある、と。

 

「最大最強の戦艦か」

 

「比べる相手が史上最大の艦娘では、比べようがないわよ」

 

 鈴谷の呟きを、高雄は真っ正面から切り捨てる。

 

 吹雪の技量を、今更に語るほどではない。何時も誰よりも訓練していたとか、キチガイ・レベルの特訓したとか、彼女の怖さはそんなものではない。

 

 常に前に、常に先頭で。そうではなく、常に『あの提督の背中を追っている』ことだ。誰もが諦めて途中で止めてしまうことを、途中で止めることなく突き詰めて極める。

 

 一つの動作でも、自分が思い描く理想に届かなければ、何度でも繰り返し行う。コンマ以下、条件反射とか、そういったものでの気に入らなければやり直す。そういったことを積み重ねて、何度も体にしみこませて、吹雪は技量を上げていく。

 

 艦娘としての練度も、艦娘という生命としての強さも。

 

「鈴谷には無理だなあ」

 

 気楽に笑う彼女を見つめながら、高雄は視線を反らす。鈴谷が握る剣は吹雪と変わらない形をしている。重さも握りの感触も、すべて吹雪と同じように調整してもらった剣を、彼女は十全に扱える。

 

 高雄は、知っている。彼女は、そういったことができることを。誰もがこれはというものを持っている中で、鈴谷はこれはがない。

 

 一点特化、長所がある、誰にも負けない『技術』がある。鈴谷にはそれがない、その上で彼女は『すべてを平均値以上で使える』強みがあった。

 

 万能型。

 

 努力を惜しまないほどに集中しながら、何処か飽きっぽい鈴谷は、その二つが奇妙なバランスを持って、万能平均タイプのような能力を構築していた。

 

 遊撃に最も最適な艦娘。撃ってよし、護ってよし。遠距離攻撃、中距離、近距離、どれでも鈴谷は一定以上の強さを発揮する。

 

 高雄は知っている。同期だからこそ、彼女が気楽に笑って、無理とか言っている姿の裏で、『絶対に退けない場面において、絶対に敵を通さない』ことを。

 

「そうね」

 

 でも語らない、鈴谷がそういったことを苦手だと思って、自慢するようなことを恥ずかしいと思っているから。

 

「鈴谷、私とやりませんか?」

 

「ん~~~いいよ、吹雪さん」

 

 そして、吹雪が訓練に誘うと絶対に断らないことも、高雄は知っているから。

 

 剣が踊る、鋭く切っ先が振られる戦いを見つめながら、大和は二人の姿を追いきれない自分を恥じた。

 

 片方は、言わずと知れた鎮守府の初期艦にして、艦娘の頂点『吹雪』。

 

 もう一方はと言われて、大和は眼をこすってしまう。本当に彼女がそうなのかと、疑問を感じてしまい、目の前の光景が夢のように思ってしまった。

 

「どうですか、大和? あれが鈴谷ですよ」

 

「嘘ですよね?」

 

「彼女は普段から、そういったことを誇りませんから」

 

 穏やかに笑う高雄に言われ、大和は再び目を凝らす。

 

 自分の時とは違う吹雪の動き、追いついたとは思わなかったが、ちょっとは本気にさせたと思っていたのに、まだまだ足元さえ届いていなかった。

 

 撃ちあうこと十分弱。一度も攻撃を通さず、一度も攻撃が通すこともできず、最後は鈴谷が足を滑らせて終わった。

 

「吹雪さん、強すぎ」

 

「鈴谷も鍛錬、お見事でした。前よりも強くなってますね」

 

「ああもう! 今日も勝てなかったぁぁ!」

 

 両手を振り回して悔しがる鈴谷は、そこで体を起こして剣を真っ直ぐに向けた。

 

「次、追いつくから」

 

「ええ、でも私も止まらないので、追いついてみなさい」

 

「オッケー!」

 

 ニヤリと笑う鈴谷に、大和は体が震えるのが解った。

 

「本当に、うちの鎮守府って強い人ほど、普段が穏やかですよね」

 

「ええ」

 

 にっこりと笑う高雄に、大和は内心で溜息をついた。

 

 この人も強さで言えば上位。特に、乱撃に関しては怖くて近寄れないほどの凄味がある人だった、と。

 

 重巡・高雄。その近接武器は『レイピア』。鋭く細く、まるで閃光のような一撃と、多数の手数による乱撃は、蜂の一刺しと、雷雲に例えられるという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 潮風が昔は気持ち良かった。

 

 初めて海に出た時、周り一面の青さに何故か涙が出た。

 

 どんな戦闘でも絶対に負けないって気持ちで進んで、どんな時でも絶望なんてしなかった。

 

 常に前に常に先頭に。

 

 提督と出会い、仲間達と共に手を取り合って、前に進んでいたはずなのに、今は何も見えない。まるで闇の中、海に一人で取り残されたように。

 

「もう、どうしょうもない」

 

 小さく呟く言葉は、昔と違う。昔は英語が混じった言葉が、素直な日本語で出てくるのは思い出してしまったからか。

 

 転生者なんて言葉で片付けたくはない。でも前世に、平和な日本にいた『ような』記憶はある。だから、言葉はもう昔のように話せない。

 

「怖い、から、かな」

 

 絞り出すように呟き、顔を下げる。昼間の海、何処までも青い海は前と変わらないのに、見降ろした海の『蒼さ』に、飲みこまれそうなほど暗い気持になってくる。

 

「貴方も怖いの?」

 

 声に、振り返らずに頷く。

 

 同時に救われた艦娘、彼女は最後まであきらめなかったのだろうか。仲間達が沈んで、周りに誰もいなくなって、敵のただ中にあったのに、最後まで抵抗したのだろうか。

 

「私も怖いのよ。もう二度と戦えない」

 

 語りかけるような言葉に、返事を期待する音色はなかった。独白のように自分の心を語り、何かから逃げるように声を出す。

 

 彼女も同じか。自分と同じように、仲間の死を前にして最後まで抵抗しようとして、できなくて逃げ出すしかなくて。

 

 でも逃げられなかった。何処までも冷たいあいつに捕まって、後は。

 

「戦いたくない」

 

 思わず口から出た言葉に、相手は頷くような気配がした。

 

 戦いたくない、二度と仲間を失いたくない、もうあんな怖い思いはしたくない。逃げて、避けて、忘れて、それで。

 

 それで最後まで終わってしまうのだろうか。

 

 ギュッと唇を噛む。逃げていいと言われた、戦いたくないなら戦わなくていいとも。誰も強要しない、誰も無理強いしない。貴方達は立派に戦ったから、もう休んでいいと。

 

 でも、と思う。怖いから逃げたいから、そうやって避けて最後になった時に果たして自分は笑えるのだろうか。死んでいった、沈んで行った仲間たちに笑って会えるのか、と。

 

 気配が、そっと近づいてきた。隣に腰かけた彼女は、同じように海を見下ろしていた。

 

「私も戦いたくないわよ。でも」

 

「そう、でも、です」

 

 彼女の言葉が途中で止まり、誘われるように残りを繋げた。

 

 でも、心の何処かで『ダメ』と言っている何かがいる。逃げてもいいから、避けてもいいから、それでも迷わないで、と。

 

「戦えないです」

 

「もう無理だって知っているけど」

 

「戦いたくないです」

 

「解ってるわよ。でも」

 

「でも、仲間達の顔が泣いているから」

 

「あいつらが、今も不安そうにしているから」

 

 お互いに、お互いの心がよく解る。怖くて逃げたいのに、どうしても逃げるって選択肢が選べない。

 

 薄く闇の落ちるような蒼い海と、何処までも澄み渡る暗がりのような空の下で、二人は小さく呟きかけて、言葉を飲み込んだ。

 

 もう無理だ、その言葉を言ってしまったら、すべてを裏切るような気がして。

 

「逃げてもいいだろ、そんなのはさ」

 

 声にハッとして二人が振り返ると、一人の男が歩いてくる。

 

「べっつに、二人がいなくても何とかなるって。そんなに気負って、死んだ仲間の影を背負ってまで頑張らなくてもどうにかするって」

 

「何をあんた?」

 

 思わず、彼女が鋭く返す。それに対して男は特に気にした様子もなく、軽く背伸びした。

 

「怖いんだろ? ならしなくていいって。あんだけの仲間が目の前で死んだら、無理だって思うのは当たり前だ。逃げていいぞ」

 

「だからなんなのよあんたは?! 解ったような口で、何を!」

 

「解ったようなじゃなく、解ったから言ってるんだろ?」

 

「ふざけないでよ!」

 

「ふざけてないさ。海を『暗い』って感じてる時点で、無理してるんだよ」

 

 図星だった。内心を言い当てられて、どちらも言葉に詰まって顔を反らしてしまう。

 

「だからもう止めろって。二人がいなくても、艦娘は他にいるんだからさ。まあ、この戦争はどうにかするから、安心して穏やかに暮らしていれば?」

 

「そんなわけいかないわよ。私達は艦娘で、戦わないと」

 

「誰が決めた、そんなこと?」

 

「誰って」

 

 返せない。艦娘は戦いものだと、生まれた時から思っていた。深海棲艦から世界を取り戻すために、戦って戦い続けて。

 

 その後は。

 

「誰も決めてない。生まれた時の宿命だとか、周りがそう言うからって自分もそうだなんて思い込むなよ。なんとかなるって」

 

「気楽に言わないでよ。今までだって、出来なかったことじゃない」

 

「今までは、な。これからは違う」

 

 はっきりと自信を持って答える彼は、真っ直ぐに腕を伸ばし、ゆっくりと手を握っていく。

 

「今は俺の艦娘がいる。あいつらがどうにかするさ」

 

「馬鹿じゃないの。艦娘なら私たちだってそうじゃない」

 

「そうだな。でも、俺の艦娘は一味、違うぜ?」

 

 不敵に笑う彼は、そのまま背中を向けた。

 

「無理してる奴に頑張ってもらうほど、この国はがけっぷちじゃなさい。まだまだ頑張ってるやつもいる。だから、無理しないで休め。逃げていいんだよ、負けていいんだ。そいつらは、重荷にするものじゃない」

 

 そいつらが何を示すのか、鋭く響くように解る。

 

 泣きそうな顔で見ている戦友、沈んで行った仲間たち。轟沈したことを、消えてしまったことを悔やんでいると感じていた、もう戦えないからと嘆いていたと思っていた彼女たちが、そう思っていた理由をはっきりと自覚する。

 

 自分達が苦しんでいたからだ。

 

 だから泣いていた。悲しそうに見ていた。そんなことも気づけないほど、自分達は自分自身を追い詰めていたのか。

 

「解ったなら、止めておけ。後は俺たちが何とかするさ」

 

「勝手に言ってんじゃないわよ」

 

 震える体を動かす。もう動けないと思っていた体は、思ったより素直に動き出した。

 

「戦います」

 

「無理すんな」

 

「戦えるわよ」

 

 二人して言葉を投げつけると、男は小さく振り返り、フッと笑う。

 

「いいんだな?」

 

「はい」

 

「当然じゃない」

 

 決意なんてまだできない。体は震えているし、怖くて悲しくて辛いのはまだ心の中にある。

 

 でも、少しだけ明るくなった気がした。

 

 目の前の彼の背中のほうだけ、光がさしているように。

 

「なら、ついてこいよ。『生き方を教えてやる』」

 

 彼はそう告げて、歩きだした。

 

「やってやろうじゃないの!」

 

「貴方に見せてやりますよ!」

 

 精一杯の勇気を込めて、二人はそう叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様です、テラさん」

 

「ん、ルリちゃん、追加二人ね」

 

「はい」

 

 短くやり取りしながら、鎮守府の廊下を歩く。

 

 叢雲と金剛は、元の鎮守府に戻ることなく八丈島鎮守府へ編成されることとなった。

 

 戦えるようになったら戻すと決めていたのに、二人からと、何より元の所属の提督から頼まれた。

 

 『自分ではあの二人を元気づけられなかった』といわれて、テラとルリは疑問を感じてしまったが。

 

「元気づけてないけどさ」

 

「まあ、煽ったといったほうが正しいですね」

 

「詐欺師になれるかな?」

 

「どちらかといえば、熱血反面教師ですね」

 

「辛辣だねぇ~~」

 

「その方がいいのでは?」

 

 そこでテラとルリは笑った。まあ、どちらでもいいか、と。

 

「東堂さんはなんて?」

 

「任せる、と言われました。念のため、『本当にいいんですか』と念を押しておきましたよ」

 

「よ~~し、ならやるか。日本がなくなると、俺としても寂しいし」

 

「はい、私もです」

 

 やりますか、そう二人は告げて楽しそうに笑ったのでした。

 

 

 

 

 

 

 






 馬鹿じゃないの。あいつが英雄?

 まったくありえない、あいつはね、何処までもまっすぐで馬鹿でアホみたいに笑って。

 そうやって、人を焚きつけて煽って、真っ直ぐに進ませるようなやつよ。

 え? 簡単に言えば?

 道しるべ、かしら、ね。





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甘くて深く、そして罪よりも暗いもの

 


 嬉しかったわぁ。

 本当に、とても嬉しかったの。だって初めてなのよ、初めて吹雪さんに選んでもらったから。

 え? 普段の吹雪さんは怖いに決まっているじゃない。でもね、怖いから遠ざけるとか嫌うなんて思わないの。

 だって、吹雪さんは何があっても私たちを見捨てないし、置き去りになんてしないから。

 だから、皆は吹雪さんが好きなのよ。

 これ八丈島鎮守府じゃ、全艦娘が思っていることだからね。









 

 

 

 戦場において、絶対といえるものは少ない。どんな強者であっても、死ぬ時は死ぬし、帰れない人は戻ってこないのだから。

 

 絶対なんてない、そう言えるほどに戦場はとても無慈悲に、そこにいるすべての存在を飲み込んで消してしまう。

 

 でも、時々はいる。絶対といえるような、死と戦場に嫌われた、そういったものから解き放たれた存在が。

 

 彼は、そういうものらしい。

 

 彼女もあるいは、そうかもしれない。

 

 叢雲は思う、あの時の自分が彼女くらい強かったら、誰も失わずに済んだのかと。

 

 金剛は彼女を見つめながら、拳を握る。彼女と同じくらい、冷静であったなら別の道を選べたのではないか、と。

 

「もう終わりですか?」

 

「戦艦が情けない」

 

 目の前に立つそれぞれの頂点を前に、叢雲と金剛は強く願った。

 

 あの人達みたいに、強くなりたい、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦艦、空母、巡洋艦、駆逐艦、潜水艦と艦娘の艦種は色々とある。 

 

 ホシノ・ルリ提督代行は報告書を見つめながら、少しだけ考えていた。

 

 苦手なもの、得意なもの、それぞれ艦種ごとに違っているから、艦隊を組み任務を遂行するのだから、万能的な性能なんて必要はない。六隻で一個、そういった強みがあればいいし、強みを出せるように考えるのが指揮官の役目だ。

 

 しかし、だ。今の鎮守府の戦力でいうと、悩むことは少ない。戦艦が対潜行動ができない、そんなことはない。駆逐艦が航空戦力を扱えない、いやそんなものはなくても対応可能だ。

 

 苦手意識を持つな、とか初期艦が言ったことは、その日の夕方には皆が知っていた。

 

 随分と無茶な言葉だなと呆れていたのに、誰もが当たり前と感じて訓練をしているのは、初期艦の人徳故か、あるいは初期艦の怖さからか。

 

 とにかくだ。

 

 今の鎮守府の戦力で考えると、艦隊編成で悩むことはとても少ない。一般的な鎮守府の提督が駆逐艦を二隻入れて、戦艦が足りないから、空母もいないととか悩んでいることを考えると、とても恵まれた環境に自分達はいるのだと実感できる。

 

 日々の訓練を見て頭痛がしてくる時もあったりするが、必要なことを割り切るしかない。割り切れたらいいな、と気楽に考えることでストレスを回避するのは、この鎮守府では当たり前のスキル。

 

 話を戻して、上位十名あたりは編成をどう組んだとしても、例え新人を入れたり単艦で向かわせたとしても、そこら辺の姫級が率いる艦隊くらいは簡単に殲滅してくる。

 

 ピンチはないだろう。大艦隊に放り込まれても、危機として殲滅してくるのが上位十名だ。

 

 扶桑、鈴谷、高雄、川内、夕張、電、雷、響、暁、そして吹雪。

 

 この十名はどんな状況でも、どのような戦場でも生き抜くことができる。陽炎はもう一歩、足りない。実力で言えば、他の鎮守府ならトップになれるくらいはあるのだが、どうしても一歩が届かない。

 

 瑞鳳は、どちらかといえば単艦ではなく周りを『上げる』能力に特化しているから、単艦だとどうしても攻撃力が落ちてしまう。これは普段の訓練で空中管制機を重点的にしていたから、仕方ないことだ。

 

 とはいえ、だ。

 

 すべての艦娘での上位者はこの十名だが、艦種ごとに分けるとそれぞれのトップは違ってくる。

 

 空母は間違いなく赤城だ。鳳翔に頭が上がらないだろうと、空母すべてで総当たりすれば、赤城の勝率だけが頭一つ分、飛び抜ける。

 

 巡洋艦は川内は間違いない、これで夜戦まで含めると、他の勝率と桁が違ってくるのは、彼女の性質だろうか。

 

 戦艦ならば扶桑が間違いなくトップだ。

 

 駆逐艦は当然、吹雪。

 

 だから、金剛と叢雲の最初の訓練は二人に頼んだのだが、どうにも壁が高すぎて自信を失ってしまったかもしれない。

 

 最初の訓練だから、金剛と叢雲がどれくらいできるか。新型の艤装を与えて、体の動かし方や戦い方の確認、二人がどのような反応を示すか、順応性はどのくらいか、適応性は高いかを確認したかっただけなのに。

 

「まさか、まさかでしたね」

 

 深くため息をついてしまう。

 

 まさか、十段階評価で一をつけられるとは。

 

 金剛の場合、『適応性も順応性も低い、状況判断能力に問題あり。現在の自分の周囲の状況の把握、状況に応じた戦術の選択は要再教育必要。艤装の扱いは新人以下、体の動かし方は問題にならないほど』。

 

 辛辣だとルリは思わず顔をしかめた。扶桑は厳しくもなく優しくもない、普通の教導をする子ではなかっただろうか。冷たいことは言うが、フォローも忘れない優しい艦娘だったはずなのに。

 

 続いて叢雲の場合、『問題外』。一言、まさかの一言で終わり。あの吹雪が、辛辣以上の冷酷な形で纏めてくるとは。

 

 『補足として、どうしてこの鎮守府に来たのか解らない。元の鎮守府で頑張るべきではないだろうか』とか書いてある。

 

 つまり、吹雪としては復帰するなら自分が選んだ提督の元に戻り、頑張って強くなるのが当たり前では、ということか。冷たいのではなく、他の鎮守府に移ってまで戦う理由が解らないということだろう。

 

 提督に絶対服従な彼女らしいといえるか、それとも吹雪の忠誠心が高すぎるから、移動する艦娘の気持ちが解らないのか。いやそれにしては不知火の時は嬉しそうに訓練していたではないか。

 

 殺す一歩手前だったような気がするが、そんなことはないと思いたい。

 

「・・・・・・扶桑のほうはこのまま金剛の教導をお願いしましょう」

 

「それがいいですね」

 

 同じように報告書を読んでいた大淀が、ちょっと困った顔をしていた。

 

「言いたいことは言った方がいいですよ?」

 

「それでは。扶桑さんは金剛に会って何かあったんですか?」

 

「あ、やっぱりそう思いますか? 扶桑がこんなに辛辣に書くってことは、何かあったんでしょうね」

 

「味方を護れなかったことに対しての怒りでしょうか?」

 

「まさか、扶桑はそこまで『冷酷』ではないですよ。あの状況で、金剛の技量を見た後に、『できなかったお前が悪い』とは言いません。もっと根本的な原因がありそうですね」

 

「根本的な原因ですか? 彼女の決意とか?」

 

 決意は十分に思えたが、扶桑からしたら不十分に見えたのかもしれない。

 

「あるいは、提督が説得したことが気に入らないとか?」

 

「え?」

 

 大淀が小さく声を落とした。

 

 知らなかったのかと目線で問いかける間に、彼女の表情が少し歪む。

 

「原因、そこですね」

 

「ああ嫉妬ですか? まさか扶桑も大淀も、そんなに提督のことが好きだとは思いませんでしたよ?」

 

「この鎮守府で、提督と提督代行のことを敬愛していない艦娘がいると、お考えだったのですか?」

 

 心外だと大淀は態度で示していた。

 

 まさか、まさかのそのまさか。艦娘達の忠誠心が高いのは知っていたが、まさか『提督に励まされたことが羨ましい』なんて思うほど、敬愛していたなんて。

 

「考えていませんよ。でも、そんなに提督が好きなんですか?」

 

「閨に呼ばれたら即答できるくらいには」

 

 決め顔で答えた大淀に、『え、なにいってんのこの子』とかルリは思った。一瞬、提督代行としての責務よりも、テラ・エーテルの巫女としての感情が上回りかけたが、グッと堪える。

 

「解りました。その話は終わりにします」

 

 一瞬だけこぼれた気配に、大淀は冷や汗を流した。

 

 『おまえ、それを私に言うってことは、殺されても文句はないな』なんて、言われたわけでもないのに思えるほどに、怖い気持ちにさせられた。

 

「叢雲の教導ですが、不知火に任せてみましょう」

 

「解りました」

 

 短く大淀は答え、自分の席へと戻る。

 

「大淀」

 

 その背中に、冷たい声が叩きつけられた。

 

「提督が、いいえテラさんが選んだなら私は何も言いませんよ? ですが、自分から押しかけたら、解っていますね?

 

「はいもちろんです!」

 

「よろしい。まあ、自分を磨いて夜這いをかける気持ちや、それを抑えられない気概も理解をしてあげますよ。でも」

 

 無意識に大淀は振り返ってしまった。そして彼女を見てしまい、激しく後悔した。

 

 とても冷たく美しい微笑みを浮かべた提督代行が、そこにいたから。

 

 理解と納得は別ですからね(許すとは言ってない)と、ホシノ・ルリは無言で語っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 注意一秒、けが一生。あるいは失言に死の気配。

 

 叢雲は自分の教導艦娘の決定に、意を唱えた。

 

「どうして吹雪じゃないのよ?!」

 

 彼女にしてみれば、最初の訓練が彼女だったから、ずっとそうだと思っていた。あの背中に追いつきたいと決めて、絶対に諦めないと誓った後に教導艦の変更に苛立ちが募っていたのだろう。

 

 金剛の教導艦に変更がなかったことも、彼女の苛立ちを加速させた。あちらは見込みがあったと思われたのか、それとも戦艦の数が少ないからそのままになったのか。

 

 自分は見込みがないと思われたのではないか、新人だからその上の先輩が着いて訓練していればいいと考えられたのか。

 

 色々とグルグルと考えた結果、彼女は禁断の一言を言ってしまった。

 

 八丈島鎮守府のルールを破る一言を。

 

「来なさい」

 

 不知火は有無を言わさない迫力で叢雲の襟首を掴み、そのまま引きずっていく。

 

 通達を受け取ったのは廊下だった。鎮守府の一階の食堂に行く途中にある廊下、まだ通信機器を上手く扱えない叢雲に、連絡を受け取った不知火が話をしに来て、通達が来ていること、通達を開く方法を教えた後に、彼女はあの一言を言ってしまった。

 

 丁度、昼も終わった頃で、誰もが自室へと戻っていて良かった。

 

 不知火はそう思っていたが、『一人もいない』わけじゃない。

 

「ねぇ、不知火」

 

 背後から声をかけられた。思わず、足を止めてしまったことを不知火は後悔したが、時はすでに遅すぎた。

 

「今ね、『そいつ』なんて言ったの?」

 

 声の主は、荒潮だった。硬く冷たい声だった、とても普段の愛想がよくてよく笑う魅力的な少女が出すようなものではなく、地獄で出会う鬼のように。

 

「私も聞きたいわね。『そいつ』がなんて言ったのか?」

 

 別の声は、如月のもの。彼女の声も冷たい。とても不味い、完全に状況的に最悪だ。これが陽炎なら『気をつけないと』とか、気楽に笑いつつ殺気を向けられて終わりなのに。

 

 他の艦種ならお説教で終わったか、あるいは砲撃訓練を付き合って終わりになるはずなのに。

 

 よりによって、崇拝している二人に見つかるなんて。

 

「注意しておきます」

 

「違うわよ、不知火。『そいつがなんて言ったか聞いているの』よ?」

 

「注意してと言っているわけじゃないの」

 

 ニッコリ笑う二人は、幼いながらも魅力的なのだが、そこに隠しきれない殺気が滲んでいた。

 

「教導艦は不知火なので。御二人とも、ここはどうか」

 

 深々と頭を下げると、気配が消え去った。

 

「解ったわ。でも、私たちでよかったわね?」

 

「これが川内さんとかだったら、間違いなく、ね」

 

「解っています」

 

 どうにか納めてくれた二人にお礼を告げて、不知火は首根っこを掴んだ叢雲を引きずって、そもまま廊下を歩く。

 

「不用意な発言は自分を殺しますよ」

 

「ごめんなさい」

 

「ここの鎮守府は大抵のことには寛容です、吹雪さんのことを馬鹿にしても『笑ってくれる』ことが多い。しかし、『初期艦を呼び捨て』は絶対に許してくれません」

 

「解ったわよ」

 

本当に?

 

 声は不意に、だった。

 

 不知火ではない声に、廊下を進んでいた二人が固まったように止まる。

 

「ねぇ、本当に解っているの? ねぇ、答えてよ?」

 

 ニッコリと笑っている『川内』がそこにいた。

 

「い、以後、気を付け、ます」

 

「よろしい」

 

 暖かい笑顔になった川内は、そのまま叢雲の頭を撫でた。

 

「吹雪さんを呼び捨ては、二度は許さないから」

 

 瞬間、叢雲は自分の首が落ちたような錯覚を感じた。実際に首が落ちているわけではない、ただ殺気を与えられてそう錯覚しただけ。

 

「じゃ、訓練は頑張ってねぇ~~」

 

 ヒラヒラと手を動かして食堂へと向かう川内に、二人は無意識に頭を下げていた。

 

「次あったら、見捨てます」

 

「ごめんなさい」

 

 頭を下げたまま、不知火はそう忠告して、叢雲は絶対に次は間違えないと誓ったのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鼻唄が聞こえてくる。とても嬉しそうに流れてくる音楽に、軽く耳を傾けてみる。

 

「ご機嫌ですね、由良」

 

「もちろんです!」

 

 華が乱れ飛ぶような笑顔の彼女は振り返り、長い髪がフワリと風に揺れるように踊る。

 

「給料日で休日ですから」

 

 右手に持った服を合わせ、左手に持った服を合わせ。嬉しそうに鏡を見つめる彼女に、そうですかと吹雪は答えた。

 

「耐久訓練の後だからなぁ。吹雪さん、この後、メシどうですか?」

 

「いいですよ、天龍。龍田は、何処ですか?」

 

「あいつなら向こうでジャケットを探していますよ」

 

 天龍が指さす先、上着の上に羽織るジャケットを睨んでいる彼女がいた。

 

「ジーンズ柄?」

 

「最近、あいつはジーパンがお気に入りなんですよ」

 

「似合いますね」

 

 ポツリと吹雪がこぼした声に、龍田が凄い勢いで振り返った。そのまま笑顔で早歩きで近寄ってくる。

 

「吹雪さん、こっちとこっち、私にはどっちが似合いますか?」

 

「え? 私にはセンスがありませんから」

 

「どっちですか?」

 

 ぐいぐいと来るので吹雪は二つを交互に見た後、右側を指差す。

 

「こちらで。でも、本当にセンスがないので」

 

「買ってきます!」

 

 嬉しそうにレジに向かう龍田に、吹雪は止めた方がと天龍に顔を向けると、彼女は『いいなぁ』と口にしていて。

 

「吹雪さん、私の上着なんですけど!」

 

「由良、落ち着いて」

 

「よっし! 吹雪さん、俺も見てくれよ!」

 

「天龍」

 

 何故か、由良と天龍まで服を持って迫ってくるので、吹雪は『センスがないですから』と何度も断ることになった。

 

 その後、鎮守府にて龍田、由良、天龍が『吹雪に服を選んでもらった』と話が流れ、金剛と叢雲を除いた全艦娘が自分の休日と吹雪の休日が合う日を探してスケジュールをにらめっこする日々が続いたという。

 

「提督代行、私にファッション・センスを教えてください」

 

「・・・・・本当に貴方は、私に聞けば何でも叶うって思ってませんか?」

 

「お願いしますから!」

 

 その後、提督代行に泣きつく初期艦がいたとか、いなかったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 







 本当にね、未だに覚えているよ。

 聞き間違えかなって思ったけど、どう思い返してもそう言っているからさ。

 まさかって思うよね?

 だって、吹雪さんのこと呼び捨てなんて。

 あ、ごめん、ちょっと夜戦してくるね。

 この感情をどうにかしないと、吹雪さんにまた『仕方ないですね』なんて言われちゃうからさ。






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決意だけで覆ることはなく、また意思がなければ成し遂げられない

 



 無謀って言葉、何度も味わったわよ。

 そりゃ誰だってできないって思うじゃない。でも、それをできないって言い訳なんてしないで、やりとげたからこその『我らの総旗艦』でしょ?

 あの背中を見たら、言えるわけないのよ。

 できないから、やりませんでした、なんてね。










 

 

 

 

 

 

 昔、とても理不尽なことを言われたことがある。

 

 貴方には二つの腕がある、相手にも二つの腕がある。貴方には二つの足がある、相手にも二つの足がある。指も十本あるし、頭だって同じく一つだ。

 

 なら、どうしてあの子に出来て貴方にできないの、と。

 

 理由を教えて欲しいと問いかけてくるあの人に、当時はかなり理不尽なことを言われているなと思いながらも、反論できない自分が情けなかった。

 

 要するにあの人は、『相手も人間なら貴方も人間、やればできるからやりなさい』と言いたかったのだろう。

 

 けれど、だ。その理屈が通るならば誰だってアインシュタインになれるし、誰だって戦国無双ができるってことにならないだろうか。

 

 本当に、どうしょうもなく明らかに理不尽で、言われた時は不条理を噛みしめたものだが。

 

「確かに、その通りですね」

 

 不知火は小さくため息をついた。

 

 海面に倒れている叢雲は、先ほどまで威勢良く叫んでいたのだが、たった数分の訓練で体力が尽きてしまうなんて。

 

 あの優しい、時に仲間のためなら心を鬼にして、的確にアドバイスをくれる初期艦殿が『問題外』と一蹴したらしいが、本当にその通りだ。

 

 動きが拙い、体の使い方が全くなってない。練度は確かに高いのだろうが、砲撃と魚雷を『使える』だけで、人の形をしている意味をまったく生かしていない。

 

 右手で真っ直ぐに砲を構える、あるいは艤装で支えて砲撃するにしても、ただ構えて撃てばいいというものではない。アームで支えたり、腕で支えたりする違いはあるが、左右と上にだけ砲を向けていた艦とは違い、下であったり斜めであったりと、様々な角度で砲撃できるはずなのに、馬鹿の一つ覚えのように真っ直ぐと撃つなんて。

 

 魚雷もそうだ。吹雪型なのに叢雲は、魚雷発射管が足に固定されていない。左腕に固定されているのだから、魚雷もただ真っ直ぐに放たなくてもいいのに、どうして真っ直ぐ前にのみ撃とうとするのか。

 

 航行しながら左手を下に向けて少しだけ傾けて発射すれば、相手からは見えなように狙えるのに。

 

 そこで不知火は考えるのを止めた。ひょっとして昔の自分は、今の叢雲のように無様な戦い方をしていたのか、それを周りは『仕方ないな』と笑いながら教えてくれていたのか。

 

 良かった、本当に良かったと心から安堵してしまう。もしそうだとしたら、『問題外』なんて放り出されなくて、本当に良かったと感じる。

 

「終わりですか?」

 

 昔の幸運よりも、今は教導だ。まだ海面から動けずにいる叢雲に声をかけると、彼女は顔を少しだけ挙げて睨むように見てくる。

 

「結構、気合は十分ですね。けれど、それだけでは『何もしてない』のと同じです」

 

 反論はない、声を出せないくらいに消耗しているのか、まさかあんな程度の艦隊軌道で疲れ果てるなんて。

 

 本当にどうしよう、これを八丈島鎮守府レベルまで鍛える。それも、一度は問題外と言い放った初期艦殿が納得できるレベルまで。

 

 無理ではないだろうか。

 

 半ば不可能なだと思いながらも、不知火は空を見上げた。

 

 何処までも青い空、高い天の向こう側は穏やかであるはずだ。穏やかであってほしい、心の底から願う。

 

『無様ですね』

 

 時々、無線にとても冷たい声が入るから、本当に穏やかな世界であって欲しいと願ってしまう。

 

『貴方の主砲は飾りですか? 当てられて当然、撃てて当たり前。戦艦である誇りがあるなら、やりなさい』

 

 轟音が海面を揺らしたり、爆風に飛ばされた艦娘らしい影が飛んで行ったり、そんな風景が横目に入ってくることがあるから、せめて穏やかな世界があればいいなと現実逃避してしまう。

 

 普段は優しいのに、どうしてあんな凄味のある笑みを浮かべて、容赦なく砲撃を叩きこんでいるのか。ひょっとして、あの扶桑とは元々が鬼のように容赦ない砲撃をする艦娘なのか。

 

 不知火はそんなことを考え、無意識に座り込んだ。その瞬間、先ほどまで不知火の頭があった場所を、何かが通り抜けた。

 

『あ、ごめんなさい、不知火。ちょっと殺気を感じてしまって、条件反射よ』

 

「いいえ」

 

 危なかった、さすが戦艦のトップ、鎮守府の上位十名に入る実力者だ。あんな遠距離の内心の小さな呟きを、殺気として捕らえるなんて。

 

『本当にごめんなさいね。そうだ、後で間宮で何か御馳走させて。ね』 

 

 映像つきの通信が入り、穏やかに微笑む何時も通りの扶桑が映っていて。

 

「訓練中なら仕方ないことです。おかげで、いい訓練になりましたので」

 

『遠慮しないで。私も久しぶりに不知火とお茶をしたいから。ダメかしら?』

 

「そんなことありません、是非と答えます」

 

 ポワポワイメージの近所のお姉さん、そんな雰囲気がぴったりと当てはまる扶桑の姿に、不知火は自然と頬が緩んでしまう。

 

 だが、その背後、炎と衝撃が踊る場所を見てしまい、頬が引きつってしまった。

 

『それじゃ、訓練後にまた。金剛、貴方は本当に戦艦なの?

 

 通信が閉じる寸前、とても冷たい横顔をした彼女に、先ほどまでと同一人物とはとても思えなかったが。

 

「叢雲、そろそろ追撃しましょうか?」

 

 不知火はそう告げながら、確信してしまう。きっと、あのように『死線を潜らせなければ強くなれない』のだろう、と。

 

 ならば、ここは轟沈寸前まで追い込んで、追い詰めて、死ぬと思わせるほどの訓練をするのが定石か。

 

「ま、待って」

 

「それで敵が待ってくれるといいですね。では」

 

 魚雷、ゼロ距離起爆。

 

 海面を走らせるでもなく、放出するのでもなく、引き抜いた魚雷を真っ直ぐに叩きつけ、不知火は叢雲に轟沈判定を下したのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 デッド・ラインを越えてこそ、うちの鎮守府の艦娘ではないですか。

 

 そんなバカな話をした不知火に、提督代行は頭痛がしてきた。

 

 叢雲、轟沈判定。入渠中。

 

 金剛、大破判定。現在、大破状態で訓練続行、砲撃訓練ではなく航行訓練を『科した』。

 

 こっちも異常じゃないか。いや、あの初期の頃の訓練を思えばまだ常識的な訓練だろうか。吹雪がやっていた訓練と比べたら、まだまだ叢雲と金剛の訓練は常識の範囲内。

 

 まだ取り返せる、まだ引き返せる。そう、常識的だ。

 

「なんて、言うと思いますか?」

 

「思いません」

 

 直立不動で立つ不知火と扶桑に、小さくため息をついた。

 

 まったく考えなしではないか、技量と練度は高いのに体の使い方や艤装の使い方が、根本的に艦のままだから、それを矯正したいと考えて、あえてきつい訓練をしていたのだろう。

 

 きっと、そうなんだと思いたい。八当たりとか、そんなことする二人じゃないと信じているから、きっとそうだ。

 

「二人の教導艦は私と不知火です、訓練内容は一任してもらえると考えていました」

 

「確かに、二人の教導は任せました。でも、それは常識の範囲内で、です」

 

「常識の範囲内です」

 

 間髪入れずに答える扶桑に、何処がといい掛けて、提督代行は言葉を飲み込んだ。

 

 確かに、常識の範囲内だ。あの吹雪が受けた訓練を考えれば、まだ一対一の訓練、お互いの艤装の数は同じだけ。別の艤装があったり、ミサイルが降り注いだり、空間を埋め尽くす砲弾が降ってきたりしないだけ、常識的な訓練ではないだろうか。

 

 眷獣が暴れ回ったわけでもなく、宝具の雨を進ませたわけでもないのだから、まだ艦娘として常識的な訓練だろう。

 

「た、確かに」

 

 誠に遺憾ではあるが、提督代行はそう答えるしかなかった。考えてみれば、最初の頃に吹雪に対してしてしまった訓練が、それを標準にしないように最高レベルとして何とか言いくるめた、それが今になって自分の発言を縛るようになるなんて。

 

 当時の自分がいたら、真っ先に言って説得して辞めさせる。絶対に、と提督代行が意味のないことを考えている間も、二人は立ったまま待っていた。

 

「と、とにかくです。叢雲と金剛の訓練ですが、やり過ぎて二人を潰さないように。あの二人は、提督自らが誘ったようなものですから」

 

 だから潰すな、そう考えて伝えたのだが、何故か不知火と扶桑から漂う気配が鋭く冷たくなってしまった。

 

「提督、自らが、ですか?」

 

 不知火の口調がとても冷たい、まるで刃のように鋭い。

 

「まあ、それはそれは」

 

 扶桑は笑っているのだが、何処か冷たく氷のようだ。

 

 これは地雷を踏み抜いたか、と提督代行は自分の迂闊な発言を後悔したのだが、言ってしまったことは取り消せない。

 

「二人の教導訓練は内容の報告を義務付けます、いいですね?」

 

 せめて、内容を把握して問題があれば修正しよう、提督代行はそう結論をつけて、不知火と扶桑に告げる。

 

「解りました」

 

 返答は二人揃って同時に。まったく乱れない動作に、見事と褒めたくなるのだが、ここで褒めたらまた別方向に飛んで行きそうで怖いので、褒めることなく退出を許可した。

 

「大淀、訓練用艤装は入念のチェックするように妖精とバッタ達に通達しましょう」

 

「はい、後は回復弾の増産も明石に命じておきますね」

 

「お願いします。さて、これでどうにか」

 

 なってほしいと切実に願う提督代行は、そのまま他の書類の処理へと入って行ったのだが。

 

 二時間後、訓練場から響いた轟音で『あ、やっぱり無理でしたね』と諦めるしかない現実を知ったのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 広い海に、青い空。何処までも続く世界の中、真っ直ぐに見詰めて竿を振る幸せ。

 

「ん~~~しっかし、いいのかなぁ?」

 

 釣り糸を垂らしながら、テラ・エーテル提督は休暇を満喫していた。

 

「いいんじゃないの」

 

 彼の隣では、白いワンピース、しかもミニスカなんて世間の色々な人たちを魅了するような、そんな服装を纏った瑞鳳がいて、頭には麦わら帽子をかぶっている。

 

 そして、同じように釣り糸を垂らしていた。

 

「提督、休んでないって提督代行と大淀が怒っていたよ」

 

「休暇って言われてもなぁ。俺って元々、休暇って考えたことなかったし」

 

 皇帝になったら、色々な所に行ったり来たりして、休むなんて考えはなかったからな、とテラは口の中で言葉を転がす。

 

「休みは大切だよ」

 

 口をちょっと尖らせて、瑞鳳はそう告げた。

 

「休みねぇ、そんなことより動いていた方が好きなんだけどな」

 

「大切です!」

 

 まったく聞いてくれない提督に、瑞鳳は口調を荒く告げた。

 

 この人は自分が偉いとか、この鎮守府のトップである自覚がない。そもそも敬語が『何それおいしいの』って、どういうことだろうか。敬語で話しかけていたら、『堅苦しい、ダメ、許さない』とか言いだすなんて。

 

 あのまま敬語を使っていたら、ひょっとしたら提督命令とか言いそう。瑞鳳はそんなことを考えて、まさかぁと否定しておく。

 

「そんなもんかな」

 

「そんなもんだよ。提督、釣り糸、引いてない?」

 

「引いてるな。でも、釣りって釣竿を持っていかれてからが勝負じゃないの?」

 

「何処の世界の釣りの話?」

 

 時々、この提督は意味不明なことを言うな、と思う。常識がまったくないんじゃないかって行動を、当然のように行うことがあるのは、本当に常識を知らないからかもしれない。

 

 人のことを、瑞鳳は言えないのだが、自分のことは棚に上げて提督のことを考えていた。

 

「だってさ、ほら簡単」

 

 片腕で釣竿を持ち上げると、いとの先、釣り針にかかった魚が宙を舞って、そのまま後ろにあるクーラーボックスに入った。

 

 しかも、だ。落下の瞬間に釣り針を外し、勢いを殺しているから、魚に傷一つない。

 

「え、提督、嘘、本当にそんなことできるの」

 

「簡単だって、こうグッて引いて振って引いてな」

 

「擬音じゃ解らないって」

 

 まったくこの人は。自分が出来ることは他人もできる、そんな考えで生きているのではないだろうか。

 

 出来ることとできないことがある、努力しても無理なものは無理だと瑞鳳は思うのだが、提督はまったく違うらしい。

 

「簡単だって。ほら」

 

「て、提督」

 

 後ろから抱えるように抱きすくめられ、瑞鳳の頬が一気に温度を上げた。

 

「釣れた、これで挙げて」

 

「うん」

 

「ほら、出来た」

 

「うん」

 

「瑞鳳、聞いている?」

 

「・・・・・提督、私は艦娘だけど、女の子だからね?」

 

 ちょっと恨みを込めて見上げるように、赤い顔で睨む瑞鳳。

 

 一方テラは、ちょっとだけきょとんとした顔の後、フッと笑った。

 

「知っている」

 

「お、女の子を後ろから抱き締めるのって、ずるいと思う」

 

「まあ、そうだな。でも、吹雪なら喜々として顔真っ赤にして喜ぶけど」

 

「あ~~~」

 

 瑞鳳は、その光景が容易に想像できた。

 

 鬼とか修羅とか、そんなことを言われる吹雪だが、私生活では凄い純情な乙女なのは誰もが知っていること。

 

 もし彼女が提督に抱きしめられたら、ご褒美を貰った犬のように有頂天になって喜ぶだろう。

 

「それとな、瑞鳳」

 

「何?」

 

「女の子だって言うなら、ワンピースのミニスカで海辺に寄るなよ」

 

「何で?」

 

「いや、スカートめくれてる」

 

 瞬間、彼女は盛大な叫び声をあげて提督を突き飛ばしたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 潮騒が耳を打つ、波が寄せては返す防波堤を二人が歩く。

 

「提督の意地悪」

 

「あんな恰好で来る瑞鳳が悪い。第一、男の前で無防備なんて、世間知らずと言われても文句が言えないぞ」

 

 釣りが終わって戻る途中、瑞鳳は提督の後ろを歩いていた。スカートの裾を握っているのは、決して今更になって恥ずかしくなったとか、防衛本能が刺激されたからではない。

 

「提督なら、いいかなぁって」

 

 小さく呟く声は、波の音で言った本人さえ聞こえないほどだったのに、提督は振り返って微笑した。

 

「光栄だね、姫様」 

 

 小さくウィンク一つして、提督は再び前を向いた。

 

 瑞鳳は、また体温が上がるのを感じた。まったく本当にずるい人だ、ああやって煽っておくのに、手を出してくれることなんてない。

 

 八丈島鎮守府の艦娘達は、誰もが提督のことを好きなのに、誰かが手を出されたなんて話は聞かない。あの初期艦の吹雪でさえ、もだ。

 

 この人にとって、艦娘はひょっとして人間ではないのだろうか。

 

 他の鎮守府では提督の立場を利用して、艦娘と無理やりにって話はよくあるらしい。艦娘は全員が美人で、そんな艦娘を指揮下に置いている提督は、命令を聞いてくれる艦娘に少しずつ邪な想いを抱いていくらしい。 

 

 けど、この鎮守府ではそれがない。

 

 手を握ったり、抱きしめてくれたりしても、提督は何処か異性としてではなく『娘』として接しているような雰囲気がある。

 

「お~~やってるなぁ」

 

 提督が横を向いていた。その目線を追っていくと、爆風に吹き飛ばされる金剛と、不知火に沈められている叢雲の姿があった。

 

「まだまだ荒いね、あんなんで艦隊機動が出来るのかな?」

 

「さてな。でも二人の決意は本物だからさ、まあしばらくは様子見かな」

 

「提督が二人を説得したんだよね?」

 

「そうなるかな」

 

 あっさりと認める提督に、瑞鳳の中で嫌な気持ちが膨れ上がる。

 

「ひょっとして、好みとか?」

 

 思わず口をついて出た言葉に、提督は立ち止まり振り返った。 

 

「さあ、どうだろうな」

 

 ニヤリと笑う彼は、大人っていうよりは悪戯っ子のように見えた。

 

 それっきり、その話題はどちらからも出ずに、二人は鎮守府へと戻ったのでした。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「吹雪さん、聞いてもいい?」

 

「なんですか?」

 

「提督に抱きしめられたことってあるの?」

 

「ふぇ?! ず、瑞鳳、それはトップ・シークレットです。誰かに話したら」

 

「話したら?」

 

沈めます

 

「了解」

 

 その時の吹雪は、どんな状況で見た彼女よりも怖かったと、瑞鳳は思ったという。

 

 

 

 

 

 

 

 




 




 本当だよ、提督って艦娘のこと、娘みたいに扱うんだから。

 私達は当時から、提督にならって思っていたのに。

 誰もが本気だったよ、提督になら何されてもいいって思っていたのに。

 まったく酷いよね、提督って本当に男なのか、ちょっと疑問だよ。








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君であり、君でないから、答えられない


 最初に会ったとき、とても奇妙だったっぽい?

 あの人は私を知っているのに、私はあの人を知らない。

 そんな人だったっぽいよ?










 

 

 

 

 

 

 

 浮かぶ、沈む、体は何処までも浮かんで行くのに、心は何処までも沈んでいくような曖昧な海の底。

 

 ゆっくりと瞳を開けば、遠くに光が見えて。

 

 手を伸ばそうにも、自分の手が自分のものだって理解できなくて。

 

 理解して、答えてと伸ばした手は、ゆっくりと泡沫に溶けて行って。

 

 そして不意に、空が見えた。

 

 

 

 

 

 駆逐艦『夕立』ドロップ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時、珍しく大淀とルリが執務室を留守にしていた。

 

 不意になった通信機を手に取ったテラは、何気なく答えた。

 

「は~い、こちら八丈島鎮守府」

 

『あ、すみません、ちょっとお願いがあるんですけど』

 

 相手は近隣に艦隊を出したものの、ちょっと強敵がいて退避できない鎮守府の提督だった。

 

『どうか救助をお願いできませんか?』

 

 普通ならこんな通信は軍令部を通すのに。鎮守府同士の連携が取れていないわけではなく、こういった横の繋がりを増やしてしまうと、いざ軍令部からの命令を出した時、各鎮守府の艦娘が出撃できないって事態にならないよう、各鎮守府の戦力を正確に軍令部が把握したいから、こういったことは基本的に禁止としている。

 

 ただ、どうしても危ない時には事後報告でもいいと暗黙の了解にはなっているが。

 

「うん、いいよ。誰が出ても恨まないなら」 

 

『ありがとうございます。お礼に資源はこちらで』

 

「いいっていいって。俺も久しぶりに暴れたいし」

 

 気楽に答えたテラ提督に、相手の提督は『へ?』と返したのだが、時はすでに遅かった。

 

 テラの個人端末で吹雪に連絡。相手は数秒で出た。

 

「吹雪、暇?」

 

『はい!』

 

 元気に答える吹雪の後ろが海だったような気がするが、テラは暇ならいいかなと思いつつスケジュールを確認。

 

「実地訓練中なら、他の誰かとか」

 

『ふぇ?』

 

 泣きそうな顔の吹雪が全面に映し出され、テラは言葉を止めた。

 

 うん、これは他の誰かを選んだら、しばらくは吹雪が落ち込むだろう。彼女が落ち込んだら、他の艦娘への教導や訓練が地獄にならないか。

 

 待った、いい考えがある。彼は閃いた。

 

「吹雪、今さ、誰と一緒に訓練中?」

 

 つまり吹雪の訓練相手を巻き込んで、出撃してしまえばいい、と。

 

『はい! 暁と荒潮、それに川内と艦隊突撃についての考察しています』

 

「ナイスタイミング。他には?」

 

『遠くで不知火が叢雲の教導していますね』

 

 これで五隻。念のためにもう少し欲しいなとテラは頭の中で考え、スケジュールを次々に表示させていく。

 

『空母ですか? 戦艦ですか?』

 

「火力かなぁ。いや、赤城や加賀がいればいいんだけど」

 

『瑞鶴と大鳳が航空機訓練していますね』 

 

 そっか、その二人がいるか。なかなか、面白い編成になりそうだ。

 

『後、扶桑が金剛の教導訓練を始めるところです』

 

 これで九隻。中々、いい数字ではないか。

 

「よっし、じゃあ全員、『実弾装備』で待機。ちょっと救助要請に出撃」

 

『解りました』 

 

 何故か、吹雪の声が少し落ちた。気分でも悪いのかとテラは思ったが、確認することなく通信を閉じる。

 

 続いて明石へ連絡を、と工廠へと通信を入れると、何故か出たのは夕張だった。 

 

『提督、どうしました?』

 

「ちょっと出撃するから俺の艤装、準備よろしく」 

 

『解りました』

 

 何故とかどうしてって疑問を返すことなく、夕張は答えて作業に入ってくれた。さすがに反論や拒否はないか。あまりにすんなりいきすぎて、ちょっとつまらないが。 

 

 テラはそんなことを思いながらも、通信機へと声を向けた。

 

「で、座標は?」

 

 楽しくなってきた、そんなことを思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 通信を閉じた吹雪が振り返る。

 

「暁! 荒潮! 川内! 不知火! 叢雲! 瑞鶴! 大鳳! 扶桑! 金剛! 全員へ提督より出撃命令を受けた! 速やかに艤装を実弾装備にして待機!」

 

 瞬間、空気が変わった。叢雲と金剛が僅かに遅れたが、それでも訓練では見たことないほどの顔つきになる。 

 

 よし、と吹雪は全員を見回した後、とても重要な内容を付け加える。

 

「今回の出撃、私達は『提督の随伴艦』です。いいですね?」

 

 その意味を理解していない艦娘は、この場にはいなかった。

 

 普段は出撃しない提督の、随伴艦を承った。昔はよく出撃していたが、八丈島になってからは、一度も動いていない提督の艦隊への編成。

 

 

 それはつまり、提督直轄艦隊。名実ともに第一艦隊、実力がどうとか、艤装の性能や経験値が、なんてことが『言い訳』に聞こえるくらいの勅書をもらったような栄誉だ。

 

「無様な動きをしたら、私が『沈め』ます。いいですね?」

 

「はい!」

 

「では各員、準備に怠りがないように。何度もいいますが、提督との出撃です。普段の私たちの訓練は、この為にあるようなものです。ここで実力以上のものが出せないなら」

 

 吹雪はそこで言葉を止めて、フッと微笑んだ。

 

 無言の圧力、言葉など出さなくても誰の心にも届いた一言。

 

 『そんな無様な艦娘は、存在を許さない』と。

 

 ゴクリと誰かが唾を飲み込み、生み出された何かを無理やりに飲み込む。心の中を侵食してくるような何か、それが『恐怖』であったのかどうかは解らないが、なんであれ無理に飲み込んで忘れる。

 

「では準備に入れ」

 

 動きだしたのは誰が速かったか。一斉にその場で旋回、速やかに発進ドックへと戻って行く。

 

「・・・・・・・吹雪、ちょっと気負い過ぎじゃない?」

 

 その途中、最後尾を進んでいた暁は、隣を進む吹雪に声をかけた。

 

「ごめんなさい」

 

「あのね、久し振りの提督と出撃(お出かけ)だからって緊張してるんでしょ?」

 

「うん、うん、そうなんだよね。久しぶりに提督と出撃(お出かけ)だって思ったら、つい」

 

 青い顔で項垂れている吹雪に、暁は小さく首を振った。

 

「だから、『鬼神』とか、『恐怖の初期艦』とか言われるのよ」

 

「ええ?! 待って待って! そんなに怖いかな私?!」

 

 半ば涙目になって叫ぶ吹雪を見た暁は、そのまま視線を空へと向けた。

 

「まあ、そうね」

 

 事実を言うべきか、あるいは真実を伝えた方が彼女のためか。訓練の時の怖さが皆に生き残ってほしいから、そんな不器用な優しさなのは誰もが知っているけど、理解と納得は別物だから。

 

 怖いものは怖い、だから吹雪は怖い。そんな結論が出ているが、誰もが表だって言わないのは訓練以外は何処にでもいる、普通の女の子。ちょっと頼りになる年下に見えるけど、確実に年上の女の子だからだろうか。

 

「試しにちょっと可愛く言ってみたら?」

 

 暁は答えを伝えることを止めた。

 

 自分達は吹雪が怖いと思っていないし、川内達もそうだ。ただ、不知火あたりが微妙なので答えを出せなかったかもしれない。

 

「そっか。じゃあ皆、頑張ろうね!」

 

 笑顔一閃。元気よく可愛く、普通の女の子って顔で片手をあげて伝えると、前を進んでいた艦娘達が一斉に振り返り。

 

必死にやります!

 

 と、蒼白な顔で告げたのでした。

 

「結論は?」  

 

 呆れた顔の暁の質問に、吹雪は泣きそうな顔をしたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、テラを出迎えた艦娘達は全員が悲壮な決意をしていたりする。

 

「え? いや普通に戦って普通に戻るだけだからさ」

 

 なんだろう、とテラは思う。この重苦しい雰囲気は。誰が決死隊を願ったのか、それとも決死隊になるような海域だったのか。

 

「提督」

 

「あ、うん、解った」

 

 泣きそうな吹雪の顔で、全てを察した。

 

 これは気合を入れた吹雪の気合に、全員が緊張感に包まれてしまい、止められなくなって決死隊の雰囲気になったのか。 

 

「で、さ、夕張、何をしてんの?」

 

「え? 私も」

 

 一方で、全員の艤装を実弾装備に変更した明石と夕張だったが、最後の吹雪の艤装が完了した直後、夕張も艤装を用意し始めたので、テラは思わずツッコミを入れた。

 

「いや、夕張は残って明石と艤装の開発とかあるんじゃないか?」

 

「そんなの何時でもできますから!」

 

 必死に言い張る彼女に、何があったのかとテラは疑問に思う。

 

 いったい、何が夕張にあったのか。ここまで必死な彼女も珍しい、いや最初の訓練の時もこんな感じだったか。それとも最近は出撃から外されているから、ストレスがたまっていたとか、あるいは技量が落ちていないか不安になってきたか。

 

「提督!」

 

 グッと迫る夕張に、テラは頭をなでながら思う。

 

 まあ、いいか、と。

 

「よっし、行くか」

 

 笑顔で離れていく夕張を見送った後、テラは艤装に話しかける。

 

 ビシっと敬礼をしてくる妖精たちは、とても凄味のある顔をしていた。あれ、他の艤装の妖精と風貌が明らかに違う、これは某世紀末に出てきても違和感ないほどの表情をしているのだが、どうしたことだろう。

 

 鍛え過ぎたか。いや鍛えないと自分の艤装では、『鈍く過ぎて扱い辛い』から、これは仕方ないことか。 

 

 艤装は仕方がない、航空機はどうだ。主砲は。次々に出てくる妖精たちの風貌が、某人斬り集団みたいだったり、あるいは戦国時代の首おいてけだったりしたが、テラは気にしないことにした。 

 

「明石さ、この艤装って誰か使っていた?」

 

「いえ、提督以外ですと」

 

「そっか」 

 

「提督代行が、時々は持ち出していたくらいです」

 

「あ、うん」

 

 納得。そっか、それでか。

 

「提督だって、三日間耐久訓練とか、単艦敵海域突破とかやったじゃないですか」

 

 もっと納得、いや若気の至りとはこう言うことか。中学生がなる病気が、大人になって精神的ダメージを与えるなんて、嘘だと思っていたが本当のことらしい。

 

 そんな気分に、笑顔を無理やりに浮かべたテラは、片手を上げた。 

 

「艦隊前へ!」

 

「オー!!!」

 

 鬱陶しい気分は戦場に突撃して晴らすに限る。テラ・エーテル提督は、そんな無茶な理屈で出撃していった。

 

 一方、執務室では。

 

 『ちょっと出撃してきます。夕飯までには帰ります』なんて書かれた、起き手紙を見つけた提督代行がいた。

 

「大淀、解っていますね?」

 

「はい提督代行」

 

 二人は起き手紙をゆっくりと提督の執務机に置き、それぞれの席に戻ってイスに座った。 

 

「今のうちに処理できる書類はすべてやりなさい!」

 

「はい! 私の全力を持って頑張ります!」

 

「提督がいない今こそ! 今なら書類が無事に終わります!」

 

「不意に奪われることないってサイコー!」

 

「ああもう! 私の両手はどうして二つしかないんですか!?」 

 

「もっともっと書類を! もっと処理を速く!」

 

 半狂乱になった二人は、鬼気迫るほどの気配で、書類処理を行ったのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全員がレベル90とか言っている艦隊が、初期海域に突撃したらどうなるでしょう。 

 

 レベルって概念を壊している化け物が、三匹ほど混じっていたりするが、気にしてはいけません。

 

 魚雷を叩きつけるなんて甘いことは言わず、魚雷を突き刺したり、主砲を突き刺した後に砲撃して砕くとか、亜音速で海上を突き進むとかしている集団ですが、いたって普通の艦娘ですので。

 

 答え、苦戦していた艦隊の救助に、五分もかからず。

 

「おっし、終わりか? 終わりだなぁ」

 

「提督、あっちに敵がいそうですよ。もっと先に行きませんか?」

 

「いいね、吹雪。でもな、全員が動けるかどうか」

 

「問題ありません!」

 

「ほら大丈夫ですから!」 

 

 嬉しそうに全員からの返答にのっかる初期艦に、テラはどうするかと悩んだ。すでに救助した艦隊は退避済み、安全海域に入ったことは偵察機が確認した。

 

 一方でこちらは、と言うと。

 

 金剛、海面に突っ伏しています。 

 

 叢雲、漂って流されそうなところを不知火が捕まえています。

 

「いや戻ろうか」

 

「・・・・」

 

 吹雪、無言で無表情に顔を向ける。

 

 目的はあの二人、まったく情けない姿をさらしている二人を見つめた後、ゆっくりと動き出す。

 

 お説教か、あるいは苦言か。見守るテラの視界の中、吹雪は深呼吸して二人の前に立ち、小さく二人の頭を撫でた。

 

「不本意で怒っています。でも、あんな短期間の訓練でよく付いてきました。よくできましたね」

 

 ニッコリほほ笑む吹雪に、叢雲と金剛が顔を上げ、小さく頬を染めた。 

 

 その瞬間、誰もが思った。

 

 あ、またやった、と。

 

 このギャップがあるから、吹雪は怖がられながらも嫌われないのか。あるいは崇拝されたり、敬愛されたりするのかもしれない。

 

「じゃあ提督」

 

「ああ」

 

 戻るか、そうテラが告げようとした瞬間、海面から何かが浮かんできた。

 

 瞬間的に誰もが艤装を構え、狙いをつけようとして、それが何かを知った。

 

「ぽい?」

 

 艤装をつけて艦娘がそこにいた。

 

「貴方は」

 

 小さく呟いた言葉は、叢雲のもの。

 

 彼女は信じられないものを見たように、その子を見たまま固まっていた。

 

「夕、立」

 

「ぽい?」

 

 恐る恐ると名を呼ぶ叢雲に対して、彼女は小さく首を傾げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









 艦娘は同じ顔、同じ姿で生まれることがあるから。

 誰だって覚悟はしていたし、思い知ることもある。同じ鎮守府の所属じゃなければ、別人だって思えるけど。

 例えばそれが、同じ鎮守府で同じ艦娘だったら?

 そうね、そうなった時は覚悟を決めて向き合うか、別人だって思いこむしかないのよ。

 私たち艦娘は、ね。








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貴方の過去と私がそこにいるから







 困った問題なんて、生きていればいくらでもある。

 小さなことでも、大きなことでもいくらでも。

 考えて色々と対策を練ったとしても、回避も防御も不可能なこともあります。

 ですが、それでも立ち向かうことは大切です。

 私たちは艦娘でも、生きているのですから。










 

 

 

 

 

 

 

 報告に、ホシノ・ルリ提督代行は小さくため息をついた。

 

 駆逐艦のドロップは正直に言って嬉しい。小型で立ちまわれる艦種は、いくらいても足りるなんてことはない。

 

 戦艦や空母より小回りが利き、少数でも敵陣地への強襲が可能、資材を極度に使うことはなく、最速を持ってあらゆる脅威の排除が可能。

 

 ルリはそこで、自分の考えを打ち切った。

 

 駆逐艦に夢を見ているのかもしれない。最初の駆逐艦が、吹雪があれだけの活躍を見せて、その後に続いた駆逐艦達も戦歴を重ねているから、『駆逐艦なら』と幻想を抱いているかもしれない。

 

 指揮官にとって幻想は大敵だ。大丈夫なんて信じるのは指揮官として当たり前、艦娘がやってくれると信頼して送り出すのは指揮官には当然のこと。

 

 しかし、幻想を抱いて心の底から『絶対に』なんて考えていたら、どれほど優秀な存在でも、あっさりと零れ落ちる。

 

 敵に倒されるのではなく、自分が殺してしまう。指揮官の慢心と、過度な期待によって殺されるなんて、当人たちにとっては悪夢だろう。

 

 だから信頼はしているし、信用もある。けれど、絶対なんて言葉を持って接することはない。

 

 ホシノ・ルリにとって、艦娘への信頼はそこまで。他のあらゆることに対して、過度な期待や絶対なる信頼を向けることはない。

 

 ただ唯一、主であるテラ・エーテルだけは例外だが。

 

「夕立ですか?」

 

「はい、夕立です」

 

 ドロップした駆逐艦の戦歴は、かなり優秀なもの。ソロモンの悪夢なんて呼ばれているほどに、苛烈な戦場を潜り抜けてきた。

 

 他の鎮守府の夕立の戦歴を確認しても、鎮守府の駆逐艦達に比べて頭一つ分くらいは高い。

 

 基本的な能力は十分。鍛えれば鍛えただけ、能力値が上がっていく。これなら吹雪クラスになることもあるかもしれない。

 

「そんなことない、かな」

 

 自分が馬鹿げた考えをしているのを自覚して、ルリは苦笑した。

 

 吹雪は、本当に奇跡的な育ち方をして、あれだけの強さを手に入れた。本当に絶妙なバランスで鍛えたから、あれだけの強さを誇った艦娘になれたのだが、他の艦娘に試そうなんて考えない。

 

 最初にテラに会い、その後を追いかけて、そして『鬼神』になった存在は二度と誕生しないだろうから。

 

「それで?」

 

 先を促すルリに対して、報告を持ってきた不知火は直立不動のまま答えた。

 

「叢雲が落ちました」

 

 こちらのほうが、頭が痛いな、とルリは提督代行として思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かつての光景が、目の前に降り注ぐ。

 

『大丈夫っぽい、なんとかするから』

 

 笑っている彼女は、すでに主砲を失っていて、魚雷もなかった。それなのに気楽に笑いながら、ゆっくりと進んで行った。

 

「夕立」

 

 小さく呟き手を伸ばす。そこには誰もいないのに、まるで底にいる誰かを救いあげるように。

 

『なんとかするよ、だから叢雲は生きて』

 

「夕立!!」

 

 霧が晴れるように、彼女の姿は光の中に消えて行った。

 

 叢雲は叫んで手を伸ばして、そして手は何もないところで止まった。

 

 無かった、すべて消えてしまった。

 

「ごめんなさい」

 

 あの時、自分は立ちすくんで、彼女は前に進んだ。

 

 勇気のある行動だ。皆を護るために誰よりも前に出て、誰よりも先に駆けて行った。誰からも称賛されるべき行動の果ては。

 

 彼女の喪失と、全員の轟沈。

 

「ごめんなさい」

 

 光さす中、彼女は泣きながら闇を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 強くなりたい気持ちは誰にでもある。誰よりも強く高く、誰にも負けたくないって気持ちは、戦士には必要なことだから。彼女がそう思うことを誰も止められないし、止められるわけがない。

 

 特に初期艦は、その気持ちで進んだ結果、あの強さになったのだから。

 

「ぽい!!」

 

「ああもう!」

 

 だからといって、強くなるためなら何をしていいなんて話は、絶対にない。

 

 陽炎は思わず足を止めて、振り返る。

 

「夕立! 回避軌道って言ったわよ?!」

 

「このほうが速いっぽい!」

 

 またか、と陽炎は舌打ちしたくなった。何度か艦隊を組んでみて解ったことは、夕立は基本的に命令を聞かない。

 

 指示を出しても聞かない。艦隊機動を指示しても、敵艦隊を見つけるとすぐに突撃して行ってしまう。

 

 味方はその度に、夕立の位置と速度を確認、速やかにフォローに入れるように動くので、まともな艦隊機動は出来ずに個別に動くことになってしまう。

 

 いっそのこと、夕立を先頭にして艦隊を組めばと試したのだが、彼女は後ろに合わせることはせずに、単独で何処までも突っ込んでしまう。回避とか防御なんてせずに、ただ真っ直ぐに敵に。

 

「戦争狂なんて部下にしたら最悪じゃない」

 

 訓練でよかったと思いつつ、陽炎は悪態をついた。

 

「詰めます!」

 

 荒潮が夕立のすぐ傍により、反対側からは如月が敵艦隊へけん制と圧力をかけて、夕立と荒潮から注意を反らす。

 

 陽炎は後ろにいる不知火に一瞬だけ視線を向けた後、大きく外周りで敵艦隊へと向かった。

 

 一方、不知火はその場に立ち止まり、小さくため息をついた。

 

「叢雲」

 

「ごめんなさい」

 

 彼女の背後、一歩も動けずにいる少女は小さく呟くだけで、推進機が動くことはない。

 

 荒療治ですが、と提督代行が提案した『いっそ同じ艦隊にしてみたら』は失敗に終わったらしい。

 

 まるで逃げるように立ちつくす叢雲。

 

 まるで逃げるように突撃していく夕立。

 

 まったく方向性が違うだけで、二人の内心は同じものを抱えていた。

 

 夕立はドロップ前の記憶はないというが、体のどこか、あるいは魂の何処かで覚えているのかもしれない。

 

 前の自分がどうやって戦い、どうやって沈んで、仲間のところに後悔を残して逝ったのかを。

 

「夕立!!」

 

 遠くでの叫び声に不知火が顔を向けると、轟音が訓練海域を駆け抜けた。

 

『ピ 夕立様、轟沈。荒潮様、轟沈。作戦続行不可能と判断して失敗です』

 

「はぁ」

 

 これで何度目だろうか。

 

 夕立が入った艦隊訓練は必ず失敗してしまう。

 

 叢雲が入った艦隊訓練は、必ず停滞して強制終了になる。

 

「本当にまったく」

 

 不知火がそう溜息をついたころ、陽炎も同じように溜息をついていた。

 

「なんでそう突撃したいわけ?」

 

「敵を倒すのが一番だから」

 

 まったく悪く思っていない様子の夕立は、はっきりと言い放つ。それが最善、それが正しい。彼女はそう信じて疑わない。

 

「だから」

 

「だから、逃げてもいいって?」

 

 グッと夕立が言葉に詰まった。

 

「あんたのそれは逃避。逃げてるだけで、解決してないじゃない。それでよく」

 

 陽炎は言葉の途中で、一歩だけ後ろに下がった。

 

「言うな!」

 

 夕立の右の拳が宙を切って、怒りを浮かべた彼女が陽炎を睨みつける。

 

「私は」

 

少し頭、冷やしなさいよ

 

 まだ前に出る夕立の横から、手が伸びた。

 

 夕立は邪魔するなと手を振り払おうとして、その体は盛大に海面に叩きつけられた。

 

 まったく見えないほどの早業で、荒潮が夕立を海面に叩きつけていた。

 

「陽炎さんに、何を楯ついているのか知らないけれど、貴方のそれは単なる八つ当たりじゃない。付き合わされるこちらは迷惑よ」

 

「おまえ!」

 

 怒りの形相で荒潮に飛びかかった夕立は、先ほどと同じように海面に投げ飛ばされる。

 

「本当、そんなんで何がしたいの?」

 

 溜息をついて髪をかき上げる荒潮は、明かに侮蔑を夕立に投げていた。

 

「おまえに何が解るっぽい!!」

 

 素早く立ち上がった夕立が主砲を構えた。

 

「いいの?」

 

 砲を向けられても荒潮は慌てず、むしろ夕立から視線を外していた。

 

 まるで、おまえの攻撃なんて当たらないと言っているように。それが夕立の何かを『追い込んだ』。

 

「それをしたら、私は容赦なく潰すわよ?

 

 夕立の全身を寒気が襲った。細切れになったような錯覚に、全身の力が抜けていく。

 

「どうするの? ねえ、その砲をどうするって言うの?」

 

「荒潮、もうそのあたりでいいから」

 

 顔面蒼白になって倒れかける夕立に、さらに追い打ちをかける荒潮を、陽炎は止めに入った。

 

「でも、陽炎さん、この子は」

 

「誰にだって『やんちゃ』したい頃はあるから。今日の訓練はここまで、後は休んで。提督代行には私から謝っておくから」

 

 軽くウィンクして港へ戻っていく陽炎に、荒潮は深く頭を下げた。

 

「ごめんなさい」

 

「いいっていいって、たまには怒られたり始末書とか書いておかないと、必要になってできませんじゃ」

 

 気楽に笑っていた陽炎だが、昔の書類勉強風景を思い出して蒼白になった。

 

「あれは味わいたくない」

 

「私もです」

 

「じゃ、撤収で」

 

 怒られてきますか、と陽炎は気楽に呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いれたての紅茶の匂いが、僅かに俯いた気持ちを引き上げてくれる。

 

「それで?」

 

 声をかけられ、叢雲は顔を上げた。

 

 場所は食堂の外に設置されたカフェ・テラス。訓練後に入渠を終えた叢雲は、どうすればいいか解らずに迷って悩んで、最後にはこの人の前に座っていた。

 

 鎮守府のナンバー2。優雅な淑女、あるいは鉄壁の女王、皆のお姉様なんて呼ばれている方。

 

 鬼神と呼ばれる吹雪とは対照的な雰囲気をもちながらも、確かな実力で鎮守府の双璧をなす艦娘。

 

 駆逐艦『暁』の前に。

 

 顔をあげて、そこで気づく。自分の前に紅茶のティーカップが置かれており、クッキーまで添えられている。

 

「それで?」

 

 たしなめるでもなく、詰問するようでもない。ただ穏やかに、ゆっくりと心にしみこむような口調で、暁は同じ言葉を繰り返した。

 

「わ、私、夕立に、彼女じゃなくて前の仲間の」

 

「落ち着いて」

 

 内容がまとまらず、混乱してた叢雲の心に、そっと言葉がしみ込む。

 

 強くないのに、聞き逃さないほどの声量で。あっと知らずに下げていた顔を上げると、目の前の彼女は微笑んでいた。

 

 優しく温かい笑みが自分を見ていることで、叢雲は乱れていた心が次第に落ち着いていくのを感じた。

 

「それで?」

 

 促すように告げられた言葉に引っ張られるように、叢雲はあの作戦の最中のことを話し出す。

 

 彼女に助けられたこと、彼女が囮になったこと、助けられなかったこと、自分は動けなかったこと。

 

「私は最低だから」

 

「それは違うわ」

 

 ピシャリと言葉を否定され、叢雲は暁を見つめた。

 

「夕立は、貴方に生きていて欲しかった、最後まで生きてほしかったのよ。だから彼女は敵に向かっていった」

 

「だから私も!」

 

「そこで貴方が追いかけたら、夕立の気持ちを裏切ることになった。違うかしら?」

 

 グッと言葉が詰まった。そうかもしれない、あの時の夕立は確かにそう言っていた。でも、彼女を犠牲にして生き残った自分は、とても最低で卑屈で。

 

「死ぬことは簡単なのよ。本当にあっさりと終わる。でもね、生きることはその逆に大変なことよ。特に、仲間の命を背負った時はね」

 

「私は、皆を助けられなかった」

 

「それは事実、でも真実じゃないわ」

 

 暁はゆっくりと立ち上がり、自分の胸を指差した。

 

「皆の命は、貴方のここにある。皆は貴方に託して、そして散ったのよ。だから貴方がそれを否定したら、本当に皆が死んでしまうことになる」

 

「そんなの!!」

 

 思わず叫んでしまった。詭弁だ、綺麗事だ、そんなことない。

 

「命が終わるのは、その人を忘れてしまった時。私はそう思うわ。だから私達はここにいるの。艦娘として、あの『第二次世界大戦』で死んでいった人達の想いを背負って、ここに生きているのよ」

 

 暁は穏やかに微笑んだまま。怒鳴られても否定されても、不快感を示すことなくゆっくりと語り続けていた。

 

「あの人達が願ったこと、祈ったこと、やり遂げたかったこと。大切な人たちを護りたいって気持ちを、あの人達の命を忘れないように、私達はここにいるの。だから、叢雲。辛くても立ちなさい、どんな辛い言葉を投げられても、真っ直ぐに立ち続けなさい」

 

 きついことかもしれない、辛いことかもしれない。それでも、仲間達の命と想いを背負っているのならば、胸を張って生き続けなさい。

 

 それが艦娘だから、と暁は最後に語った。

 

「きついことよね?」

 

「ええ、とてもきついわ」

 

「悲しいし苦しいことじゃないの」

 

「それはそうね。でも、私たちがいるわ。貴方が立てなくなったり、迷って歩けなくなったら、遠慮なく頼りなさい」

 

 暁が、小さくウィンクした。

 

「大丈夫よ、私たちは貴方よりも前にこの鎮守府にいるの。先達っていうのは、後輩に頼られて潰れるほど軟じゃないわ。特に、この鎮守府の提督の艦娘ならばね」

 

「何よ、カッコつけちゃって。でも、そうね、ありがとう」

 

「どういたしまして。それとね、叢雲」

 

 最後に、暁は蛇足だけれどと付け足して提督の命令を伝えた。

 

「仲間を裏切るなっていう提督命令があるのだから、私達は貴方を裏切ることはないわ。それは、貴方の中にある想いも裏切らないってことなのよ」

 

「なによそれ、むちゃくちゃじゃない」

 

「無茶苦茶でも理不尽でも、私達はテラ提督の艦娘であり、ルリ提督代行の艦娘よ。だから、絶対に護るわ」

 

 暁はそこで紅茶を口へと運んだ。優雅な仕草に気品が宿る、そんな彼女の動作の一つ一つがまるで『淑女』のように見えた。

 

「貴方も仲間達の想い、裏切らないこと。これはこの鎮守府の艦娘にとって絶対命令だからね」

 

「・・・・・そっか、私はもうあいつの艦娘なんだ」

 

 ストンと色々なものが落ち着いてしまった。

 

 自分の提督が誰か、自分が何処に所属していたかを、叢雲はきちんと理解していなかった。

 

 提督の命令は絶対。それを裏切ることはない。それが、自分が心の底から信じた提督の命令ならば、尚更だ。

 

「ええ、そうね。でも、他の場所では『あいつ』って呼ぶのは止めておくことね」

 

 暁の忠告に、思わず叢雲は周囲を見回した。他の誰もいないことに、ちょっとだけ安堵して席に座り直す。

 

「紅茶、風味が飛んでしまったわね。入れ直してあげましょうか?」

 

「いいわよ。私はこれから訓練に戻るから、また後でごちそうしてください」

 

 一礼して立ち去る叢雲の背を見送り、暁は空を見上げた。

 

「・・・・・・はぁ、隠し通せたかしら」

 

 ポツリと呟いた暁の手の中、ティーカップが砕けてしまった。

 

「提督の呼び方だけで、こんなに怒りを感じるなんて、まだまだ私はレディーとして未熟ね」

 

 どうしょうもないわね、と暁は口の中で呟いて、砕けたティーカップの掃除に入るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕立は焦っていた。訓練では思ったように動けない、敵を倒したいのに倒せない。自分の実力の低さを痛感して、何度も必死に頑張ったというのに。周りの艦娘は『違う』と言っているだけで、教えてくれない。

 

 敵を倒せばいい。敵艦隊を撃沈すれば、後は平和な海域で。

 

 残らず敵を倒せば、味方は沈まないのに。

 

 『そうだよ、沈めようよ』。足元に自分の影が映る、赤い目をして笑っている自分が何度も何度でも言ってくる。

 

 敵を殲滅しろ、敵に容赦するな、仲間が傷つくことないように、すべてを沈めてしまえ。

 

「だから」

 

 何度目かの突撃を開始。禁止されても、止められても、絶対に退かない。たった一人でもやり遂げる。

 

「何をしている?」

 

 視界が暗転した。何がと考える前に背中から海面に叩きつけられた。

 

 また荒潮か、訓練が解散になってから一人で訓練場に来たから、後から付けられたのか。

 

 体を起こし、顔を上げた時。

 

 夕立は自分の命が消えたように錯覚した。

 

「何をしている、と聞いているんですよ?」

 

「あ、あ、あ」

 

「答えなさい。貴方はスケジュールだと陽炎達と訓練のはずでは?」

 

 言葉が上手く出てこない。色々とうるさかった自分の影が、細切れになって消えて行った、今が何処で何を前にしているか意識が拒否して解らない。

 

「質問に答えなさい」

 

 再び視界が転がった。蹴られたと知る前に、肺の空気が一気に吐き出された。

 

「何をしている?」

 

 声は耳元からした。腹部を殴られたのか痛みがある、揺れる視界の中どうにか顔を巡らせると、自分の頭を掴んでいる艦娘が見えた。

 

「何を、しているのか、答えなさい」

 

「くん、れん、を」

 

「ふざけている?」

 

 顔面に衝撃が走った。気づいた時には頭が海の中にあって、慌てて体を起こした。

 

「一人で艦隊機動の訓練ができるんですか?」

 

 上げた顔を蹴られた。ただの一蹴りで夕立は海面を飛ぶように転がっていく。

 

「艦隊は六隻編成。二隻でも組めないことはないけど、基本的に六隻のはずです。一人で艦隊機動なんて、馬鹿にしてますか?」

 

「馬鹿になんて!」

 

 無理やりに海面に手を付きたてて勢いを殺して、一気に立ち上がる。

 

「してないっぽい!!」

 

「馬鹿にしてないなら」

 

 気づいた時には、目の前に拳を振り上げた彼女がいた。

 

「一人で訓練している理由を話しなさい」

 

「吹雪!!!」

 

 反射的に彼女の名を叫んだ後、夕立は盛大に空を舞った。

 

「私達は常に艦隊で動いています。単独で動くことは滅多にないことです。なのに、貴方は一人で訓練を? その程度の技量で?」

 

「吹雪ぃぃぃ!!」

 

 海面に叩きつけられた。痛みで全身が叫んでいても、夕立は立ち上がる。

 

 彼女だ、彼女の強さがあれば。この強さがあれば、誰が相手でも負けない、何が来ても仲間を危険に晒さない。

 

 この強さを手に入れたら、もう誰も失わない。

 

 だから。

 

「吹雪ぃぃぃぃ!!!」

 

 真っ直ぐに、回避も防御も考えずに、夕立は突撃した。

 

「まったく」

 

 彼女は小さくため息をついた後、右足を振り抜いた。

 

「悲しいなら悲しいって言えばいいのに、何を八当たりしているんですか?」

 

「あ」

 

 距離はあったはずなのに、当たるはずなんてないのに。

 

 夕立は横からの衝撃で、ゆっくりと海面に倒れた。

 

「聞きなさい、夕立。これは我が鎮守府の提督の命令です、これは絶対です、何があっても護るべき命令です」

 

 一つ、死ぬな。

 

 一つ、仲間を裏切るな。

 

 一つ、己の魂に背くな。

 

 指折り数える吹雪を、夕立は海面に倒れたまま見つめた。

 

「今の貴方はすべてに背いています。今の貴方は死んでいます、今の自分を見ないで何ができるって言うんですか?」

 

 そんなことない、と否定したくても夕立は声が出せない。過去の自分が、いつかの自分が今の自分を縛っているから。

 

「今の貴方は仲間を裏切っています。陽炎達に心配をかけて迷惑をかけて、過去の自分の仲間の気持ちを踏みにじっています」

 

 仲間なんて関係ない、護り切れればいい。そう思っている自分が、ゆっくりと心の中で膝をついた。

 

「貴方は自分の魂を裏切っています。それは本当に貴方がしたいことですか?」

 

 したいことなんてもうない、自分は皆のために。

 

 夕立はそう思いながら立ち上がる。もう皆を失いたくない、誰も助けられないのは嫌だから。

 

「だから!! みんなを助けたいから!!」

 

 気合を込めて叫ぶ夕立に、吹雪はフッと笑った。

 

「そうですか。なら」

 

 そして夕立の正面に立った吹雪は、剣を真っ正面に構え、振り下ろした。

 

 彼女の刃は海面を切って、そこにいた昔の誰かを打ち払った。

 

「もっと素直になりましょう、大丈夫、ここにいるのは貴方よりも強い子ばかりですから」

 

「ぽい」

 

「夕立、一緒に強くなりましょうね」

 

 剣を後ろ腰に戻し、吹雪は手を差し伸べた。

 

 さっきまでとは違う穏やかに笑う少女に、夕立は戸惑いながらその手を掴んだのでした。

 

「でも、訓練を中止させるような、危険な考えは駄目かな」

 

「ぽい?」

 

「うん、やっぱりお仕置きだね、夕立」

 

「ぽい~~~~?!」

 

 その後、海面を転がったり空を飛んだりした夕立が発見されたとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

おまえ、吹雪さんを呼び捨てにしてなかったか?

 

「してないっぽい!!!」

 

 後日、複数の艦娘からにらまれている夕立がいたとか、いなかったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 過去は消えないから。

 

 あの時の自分達はそこにいて、消えることはないから。

 

 だから、夕立と叢雲は前に向いて歩きだすことを決めた。

 

 消えない自分達に、今の自分達を示すために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









 あの時、怒られたに決まってるじゃない。

 スケジュール通りに動けってことじゃなくてね。

 困ったなら通信しろって、提督代行に言われちゃって。

 本当、夕立には困ったもんよ。

 今? 夕立は何処まで育っても夕立。でしょ?









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引き金を引いたのは誰?

 




 ええ、あの時の話がしたいって?

 いいけど、気持ちのいい話でもないよ。

 本当にさ、あの戦争はただの侵略戦争じゃなくて、生存戦争だったって実感させられたから。










 

 

 

 

 

 

 故人曰く、『弾は撃ったら飛んで行くものだ』。

 

 しかし我らが総旗艦曰く、『砲弾は当たって当り前のもの』、らしい。

 

「無茶ぶりだと思うのよね」

 

 珍しく、本当に珍しく彼女は吹雪の考えを否定していた。多くの意見を言われて、理不尽なようなことを言われても『解りました』と答えていたはずの彼女が、こうまで愚痴のように言うのは珍しいを通り越して新鮮に聞こえる。

 

「当たって当たり前って、ちょっと信じられないわ」

 

 如月は、そう呟いてため息をついた。

 

「あ、うん、そうね」

 

 視線を反らしつつ、陽炎は答えた。

 

「そうでしょう? 確かに電磁投射砲とか使えば、ほぼ直線で飛んで行くけれど、撃った時の揺れとか相手の動きとかで、当たらない方が多いじゃない」

 

「まあ、それはそうだろうけど」

 

「ですよね! だから陽炎さん、私は思ったの」

 

 ズッと近づいてきた如月に、陽炎は思わず身を引いた。

 

 今の彼女からは、普段の吹雪と同じような『不条理な何か』が出ているよう気がしたから。

 

「うっかり撃った砲弾が兆弾することで、味方に当たることもあるって」

 

「あ、うん」

 

「決して! わざとじゃないのよ!」

 

 力説する彼女の背後で、真っ黒になった夕立が波間に漂っていた。

 

「本当に真っ直ぐに飛ばずに歪曲するなんて、考えていなかったのよ」

 

「そう」

 

「当たり前じゃない、私の眼は嘘は言ってないですよね?」

 

 にっこり笑顔で告げる彼女の瞳には、嘘は浮かんでいないようだった。

 

 ただ、『吹雪さんを呼び捨てにした、吹雪さんを侮辱した、許せない』なんて言葉が浮かんでいた気がする。

 

「・・・・・・如月、味方への攻撃により罰則」

 

「そんな響さん!」

 

 思わず振り返った彼女の視線の先で、響は笑顔で杖を握っていた。

 

「当たり前じゃないか」

 

「私はわざとじゃありません!」

 

「うん、わざとじゃなくて『狙った』んだよね?」

 

 ニッコリ笑顔の響に、如月はニッコリ笑顔を浮かべた後に、回れ右した。

 

「如月、罰則を受けてきます」

 

「よろしい。あっちで、扶桑が的を探しているから行って来て」

 

「・・・・・はぃ」

 

 瞬間、この世の終わりを告げられたように、全身に闇を纏った如月がいたという。

 

「さて、陽炎。続けようか」

 

「響さん、あれはいいの?」

 

 真っ黒で波間を漂う夕立を指差した陽炎に、彼女は笑顔のまま告げた。

 

「私『も』怒ってないって思ったのかな?」

 

「はい」

 

 笑顔ではあっても、目は語る。『少し反省させた方がいい』と。ついでに、吹雪によって個人的な訓練をしてもらったことへの嫉妬らしいものまで見えたが、気のせいだと陽炎は自分に言い聞かせた。

 

 今日もエーテル鎮守府は、平和でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思いついたことを形にするのは難しい。言葉にするのが難しいように、それを体現できる存在は数少ない。

 

「・・・・・・・落下中に艤装が纏えるなら、航空機を足場にできないかな」

 

 思わず、そんなことを呟いた妹分のような空母艦娘に対して、加賀は目を見開いてしまった。

 

「加賀姉、私は思ったんだ」

 

「ええ、瑞鶴、話して」

 

 聞き間違えだ、そうに違いない。普段から摩訶不思議な発言と行動が多い鎮守府において、この妹は可愛いくらいに普通の艦娘だ。

 

 よく笑い、よく怒り、よくがんばるいい子だ。素直に自分の言うことをよく聞き、真面目に訓練する素直な子だ。

 

 間違っても、キテレツな行動をとる子ではない。

 

 つまり、うちの瑞鶴はとても可愛い。加賀は脳裏で結論を出して、改めて彼女の話に耳を傾けた。

 

「航空機を足場にして空中を飛べないかな?」

 

 訂正、うちの瑞鶴はやはりこの鎮守府に染まっているようだ。

 

「待ちなさい。それは、つまり」

 

 加賀は頭痛がしてくる頭を抑えながら、ゆっくりと訓練場の空中を指差した。

 

「あの降下訓練が無駄だということ?」

 

「そう! 私には無理だから!」

 

 今も赤城と鳳翔と瑞鳳が落下中に航空機を発艦させ、慌てている大鳳が出せずに着水姿勢がとれず、顔面から落ちてしまった、そんな訓練が無駄になるのかと、加賀は深く頷いた。

 

「無理? 貴方はできないというの?」

 

「加賀姉! 冷静になってよ! あれは無理だから! そもそも人体は空中で動けるほどの力はないから!」

 

「私たちは艦娘よ。艤装の力と妖精さんの力があれば、出来ないことはないわ」

 

「無理だって!!」

 

 絶対に引き下がらない瑞鶴に、加賀はどうしたものかと言葉を探して。

 

「ではそれができたら考えます」

 

 他からの意見によって、遮られてしまった。

 

「赤城姉!」

 

「瑞鶴、貴方が何を考え、何を思っているかは私にもわかりません」

 

「赤城さん、貴方は先ほど落下したばかりでは?」

 

「瑣末なことです、加賀さん」

 

 さっきまで訓練場の真ん中にいたはずなのに、絶対に五秒で接近できない距離にいたのに。

 

 この人も鎮守府に染まってきたか、加賀は思わず遠くの空を見つめてしまった。

 

「瑞鶴、自分の考えを言うだけなら、普通の艦娘です」

 

「そうね」

 

 加賀もそれは同意。普通の鎮守府の艦娘なら、それで済むだろうが、この鎮守府の艦娘はそこで終わらない。

 

「テラ提督とルリ提督代行の艦娘なら、この鎮守府の艦娘であるならば!」

 

 バッと赤城は手を天高く上げた。

 

「自らの考えは自らの行動で示しなさい!」

 

「はい!! じゃやってくるね!!」

 

 笑顔で勢いよく走って行く瑞鶴を、笑顔で手を振りながら見送る赤城は、ポツリと呟いた。

 

「昔、砲弾でやった艦娘がいましたね」

 

「・・・・・・・・・・」

 

 遠くを見つめる赤城の言葉に、加賀は赤面して顔を覆ったのでした。

 

 言えない、回避した時に空中にいたから、足場がないからと探していたら、敵の砲弾が通りかかったから、思わず足場にしたとか。

 

「それを見て、嬉しそうな顔をして真似した人がいましたね」

 

 赤城はフッと笑った。

 

 加賀は顔を覆ったまま、忘れたいように首を振った。

 

「吹雪さんならともかく。まさか、電さんがあんなことするなんて」

 

 遠い日の懐かしい思い出を赤城は、思い出していた。

 

 『なのです!』とか言って、敵味方の砲弾や航空機を足場にして、空中をかけて行った駆逐艦の姿を。

 

「よしやろう!!」

 

 気合十分の瑞鶴。

 

「え、出来るよ」

 

「え?」

 

 その眼前を、当然のように航空機を足場にして、空中を飛び跳ねる小さな軽空母艦娘がいたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、夕張」

 

「どうしたの、川内?」

 

「お酒が手に入ったから、飲まない?」

 

「いいよ」

 

 そんな気楽な会話から始まったのが、十二時からの飲み会。

 

 昼間の十二時から始まる飲み会。酒を飲んだら艤装禁止、運転するな飲まれるな、というのは陸上だけのルールらしい。

 

 酒が入った程度で、動けない馬鹿はいない。何処かの提督代行は、そんなことを言ったらしいが川内も夕張も聞いたことはない。

 

「ねえ、夕立のこと怒っている?」

 

「そりゃね。吹雪さんをあんだけ盛大に呼び捨てにしたら、大抵の艦娘が怒るんじゃないの? 夕張は違う?」

 

「私はどちらかといえば」

 

 酒が入ったコップを手の中で回しながら、彼女はその時のことを脳裏に流してコップを砕いてしまった。

 

「怒る」

 

「ほらね! うちの鎮守府の艦娘ってなんだかんだいって、吹雪さん大好きが多いからね」

 

 ケラケラと笑う川内はすでに顔が赤くて。とても陽気に酒気を飛ばしてくる。酒に弱いわけじゃないが、顔にすぐに出るのが川内だ。だから誰もが『飲んでいる』ことが解るわけで。

 

「一番手! 鈴谷! 手料理です!」

 

「お~~~」

 

「二番手に扶桑、自家製燻製をお持ちしました」

 

「・・・・・え?」

 

 こうして、食堂で飲んでいれば大勢が集まってくるのは、何時ものこと。

 

「皆で飲むのもいいけど、明日が休みな人は?!」

 

 夕張の発言に答えたのは、言った本人だけ。

「え? まって、待った、川内?」

 

 言い出した本人が、まさか休みではないとか。そんなことあるわけがないと夕張は信じたかったが、現実はとても非常だった。

 

「明日は吹雪さんと一緒に海域突入!」

 

「まさかの作戦日程!?」

 

 思わず、揃っていた艦娘全員が川内に突っ込みを入れるが、当人はケラケラと笑っているだけで。

 

「いいんだって、飲んだ方がいいの。じゃないと、ちょっとね」

 

 笑顔をとめてコップを持ち上げる彼女に、何かあったと思えた。普段なら任務に対して、こんなに不真面目な態度になることはない。特に吹雪が一緒の任務なら、体調管理を万全にして一部の隙もなくすくらいやるのに。

 

「あ、夕立が一緒?」

 

「正解!」

 

 気がついた夕張の言葉に、川内は盛大にカップを突き出した。それに無言で夕張はお酒を追加する。

 

「しかもね!!」

 

「まさか、叢雲も一緒とか?」

 

「さすが鈴谷!!」

 

 マジですか、と誰もが嘆いた。やらかした二人が一緒なら、多少は気を抜かないと思わず『誤射』くらいやりそう、ということか。

 

「だからね、今日の私は飲みたいの、飲んで飲まれて沈んで眠りたいからさ」

 

 夜戦とか叫んで夜通し起きていて、次の日に作戦なんてことになって、寝不足で動けないなんてこと、この川内に限ってはない。

 

 初期メンバーの一人、三日三晩の徹夜での海域制覇は当たり前にやっていたし、訓練で徹夜続きなんてこともあった。

 

 必死になって背中を追い掛けて、決死の覚悟で突き進んだ初期メンバーにとって、一度の徹夜なんて疲労のうちに入らない。

 

 だから酒を飲む、浴びるように飲んでグダグダになったほうが、夕立や叢雲のことが気にならないくらいに、戦場に集中しなければ任務遂行できないくらいに注意力が落ちない。

 

「あ、私もよ」

 

 まさかの扶桑も参加の任務だったとは。夕張は呆れつつも、そっと差し出されたカップにお酒を注いだ。

 

「この不良娘ども」

 

 小さく悪態をつくと、二人は赤い顔で笑っているだけで、反論してこない。

 

「まあ、いいわ。その気持ちは解るから、飲もう」 

 

「お~~」

 

「はい!」

 

 呆れながらも夕張は、飲み会を止めなかった。

 

 笑顔でカップを持ち上げる川内も。

 

 元気に返事する扶桑も、誰も止めなかった。

 

「・・・・・・」

 

 だから、鈴谷は気づいた。三人が陽気に笑って酒を飲んでいて、注意力が散漫になっている中で、一人だけまだ酒が入りきっていない彼女だけが気づいた。

 

 食堂の入口のところ、穏やかに笑っている初期艦と。その肩に手を置いて首を振っている初期艦と双璧をなす駆逐艦娘がいることに。

 

「明日の作戦は、二人が抜きかぁ」

 

 小さく呟いた彼女は、そこで気づいた。

 

 あ、明日の教導立会はあの肩に手を置いている人だって。

 

 忘れよう、鈴谷は思いっきり酒を飲み干した。

 

「いい飲みっぷりだね!」

 

「はい、次はこちらにしましょうね」

 

「こっちも美味しそうね」

 

 川内、扶桑、夕張が楽しそうにお酒を楽しむ中、鈴谷はもう一杯と手を伸ばして。

 

「楽しそうですね、私も一緒していいですか?」

 

「私も混ぜてもらおうかしら?」

 

「え?」

 

 いきなりの乱入者二人を見て、飲み会は終わりかなと感じたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スッと引き抜く刀に、刃こぼれはない。前に無茶な使い方をしたにしては、よく戻ってきたなと感心してしまう。

 

「由良さん、もう無理しないでくださいね」

 

「はい、善処します」

 

「善処じゃなくて」

 

 明石の愚痴に、彼女は小さく頭を下げるだけ。

 

 無茶な駄目、無理もダメ、そんなことをしなければ戦えないなら、それは技量が劣っている証拠。

 

 剣に比べて刀は脆い、押しつぶす刀に比べたら、引いて斬る刀は鋭さ優先で強度はそれほど高くない。

 

 刀を持った時に教えられたはずなのに、前の戦闘では思わず押し込むように斬ってしまったから、刃がかけたり、ちょっと曲がったりしていたのに。

 

「ありがとうございます」

 

「まあ、私は工作艦ですから、整備しろと言われるなら、どんなものでも完璧に仕上げますけど」

 

 手元の連装砲を撫でながら、明石はちょっと怒った顔をしていた。

 

 完璧に整備はする。でも、整備できるからと言って無茶してほしくない。直せるものは直せるけど、直せないものは直せないのが工作艦だから。

 

 艤装はいくらでも直せるし、何度でも作り出せる。でも、それを使う艦娘は失われたら、二度と戻ってこない。

 

 明石は思う。叢雲達の話を聞いてから、何度も思うことがある。今までこの鎮守府は一度も艦娘を失ったことはない。どんな場面においても、中破までいくような損傷はなかった。

 

 でも、それはこれからも続くだろうか。深海棲艦の侵攻は続いているし、敵の強さは上がってきている。

 

 敵の情報は逐次更新されているし、偵察部隊は常に飛び回っている。敵の内情を知っているコーキとホッポから、知りうる限りの情報は得ているけれど、絶対なんてこの世界にはないから。

 

 だから不安になってしまう。自分は艤装はあっても、戦場に同行はしないしできないから。自分が整備した艤装で、もし不備があって仲間が沈んでしまったら。

 

 二度と帰ってこなかったら。

 

「大丈夫ですよ」

 

 まるで明石の内心を見透かしたように、由良はそう答えながら刀を鞘に納めていた。

 

「私達は『提督の絶対命令』を護ります。今までも、これからも」

 

 笑顔で自信に満ちた声に、明石はそうでしたねと答えた。

 

 護り続ける、何があっても。絶対に破らない。この鎮守府の艦娘達は、常にそう思って鍛え続けているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 でも、それは決して絶対じゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドクドクと心臓がうるさい。

 

 これが裏切りだって知っている。

 

 でも、他に道なんてない。

 

 自分達が助かりたいわけじゃない、命が惜しいわけじゃない。

 

 世界が滅びる前に。

 

 人類が消える前に。

 

 この戦争を終わらせるべきだ。

 

「デハ、ソノヨウニナ」

 

「解りました」

 

 白い軍服に身を包んだ青年は、ゆっくりと消えていく影に深々と頭を下げた。

 

「提督!」

 

「言うな大淀!」

 

 相手が消えた執務室に、秘書艦が駆け込んできた。

 

「ですが!!」

 

「これは俺の決定だ! 反論は許さん! もう無理なんだ」

 

 強い口調で告げていた提督が、最後に震える声でそう告げた。

 

「この戦争は、我々『人類の敗北』で終わる。生存権はあちらが握った」

 

「提督」

 

「だから後は、全滅だけは。すべて消える前に、誰もがいなくなる前に」

 

 提督はギュッと拳を握り、執務机の上にある写真立てを見つめた。

 

「もう誰も失くたいない。そのために、皆が生きるための汚名なら、いくらでもかぶろう」

 

 悲痛な言葉を吐く提督の視界の中で、仲良さそうに笑う艦娘達の写真が、小さく光を反射していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









 生存戦争だと、誰かが言っていたな。

 確かに、あの戦争は後から考えたらそう言ったものかもしれない。

 生き残ることは大切だ、生命ならば当たり前かもしれない。

 しかしな、誇りを失ってまで生きて、その先に何があるか、私には解らない。










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鎮守府動乱・1

 





 決めたんだ。もう誰もなくさないって。

 誓ったんだ。もう悲しまないって。

 だから、あの時はこれが正しいって。









 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何時もと変わらない青空だった。

 

 雲一つない青空と、何処までも続く水平線の向こう。今日も平和な一日で、何処かで戦争しているなんて信じられなくて。

 

 前なら怖さだけの海だったのに、今ではとても穏やかな波と潮騒が、心を躍らせるように遠くから呼んでくる。

 

 ここにおいで、ここなら楽しいよ。

 

 誘うように歌うように、奏でるような音に促されるように足を進めていく、立ち止まったらもったいない、まだまだ先に進めると促されるように前へと。

 

 一人じゃない、仲間達と共に進んでいく航路には、何処までも広がる世界があって。

 

「あれ?」

 

 足が止まった。まだ前に進みたいのに。もっと先に行きたいのに。

 

 転んでしまったのか、笑われるかなと見た先に、仲間達の姿がなかった。

 

 ただ青い世界に似合わない、赤い色と黒い雲が広がって行って。

 

「シズメ」

 

 暖かい海とは全く違う、冷たく震えるほどの暗い海がそこにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東堂がその報告を受け取ったのは、すでに正午を過ぎた頃。

 

 最近は深海棲艦も大人しく、その上に問題の『あの鎮守府』のおかげもあって勢力図がかなり塗り替えられた。

 

 同時に東堂の胃も、かなりきつく締めつけられているが。

 

「明らかにおかしいです」

 

 部下が持ってきた報告書に、東堂は最初は嫌な顔を隠そうともせずに、溜息交じりに受け取った。

 

 どうせ、あいつらだろう。まったく遠慮がない、もっと静かに活動できないのか。言いたいことは多々あるが、文句以上の戦果を叩きだしているのも、あの鎮守府だから、言いたいことも言えない。

 

 間違いなく最大戦力。鬼神と呼ばれる駆逐艦を筆頭にして、誰もが一騎当千の艦娘ばかり。その上にだ、提督個人が持つ戦力も、本当に遺憾ながら、認めたくないが、地球上において最大最強。

 

 個人なのに国家くらいは転覆できる戦力を持った提督が、キテレツな考えで鍛え上げた艦娘達の場所。

 

 エーテル鎮守府がまたやらかした、と思っていた東堂は受け取った報告書を読み進めていくうちに、別の意味で顔色を悪化させた。

 

「輸送艦隊に損害? 未帰還?」

 

「はい、当初は迷ったと思っていたようですが、二週間以上も連絡なし。寄港予定地にも到着していないようです」

 

「馬鹿な、何だこれは。明らかに『内海』ではないか」

 

 顔を片手で押えて、東堂は呻く。内海とは、軍令部で使われている隠語で、敵対勢力と接する場所ではなく、味方の勢力圏の内部、安全圏に使われる単語だ。

 

 そこをまだ未熟な艦娘が航行して、訓練を積んでいたり。あるいは物資の輸送を行っていたりする場所で、今の日本の生命線にも等しい航路だ。ここが途切れてしまうと、日本の各地に物資がいきわたらず、経済が回らずに、徐々に日本という生物の命が消えるように、多くの死傷者を出すことになる。

 

 ようやく、どうにか深海棲艦が出現する前に戻したというのに。

 

「政府からも、至急と連絡を受けています」

 

「解っている。しかし、この場所では」

 

 行方不明の艦娘が、恐らく進んだであろう航路は報告が上がっている。調べることはすぐにできるが、問題は原因がもしも深海棲艦であったなら。

 

 明らかに日本の近海、それも絶対防衛圏の内側に入られたとなると、問題は艦娘被害だけでは留まらない。

 

 今は艦娘以外にも民間の漁船や小型タンカーが動いている。

 

 もちろん艦娘は大切だ。今の日本の防衛のすべては艦娘が担っていると言っても過言じゃない。

 

 前の大戦時において、かなりの艦娘を喪失。その後の戦力の立て直しでどうにかやりくりして、今は喪失前の八割まで戻ったかどうかだ。

 

 全盛期に遠く及ばない戦力で日本の海域を奪還できたのは、間違いなくあの問題児どものおかげだが、東堂は絶対に認めたくない。軍令部の誰もが事実として知ってはいても、認めたくないと思っている。

 

 妬みは恨みではなく、あの連中がやらかしたことを思うと、心の底から喜べない、胃の痛みが全員にあるから。

 

「総長、どうしましょう?」

 

 部下からの問いかけに、東堂は意識を戻す。あの連中より今は、こちらの問題だ。

 

「民間船に命じますか?」

 

 動くなと、航路を進むなと伝えるべきかどうか、部下の言葉に東堂は呻くように声を出し、小さく首を振った。

 

 無理だ、ようやく経済が回ってきたところに、物資が運べないなんてことになったら、今度こそ日本は大打撃だ。 

 

 人がいて、生存者がいて、多くの人が住んでいたとしても。死人が出なかったとしても、経済が回らなければ真綿で首を絞められるように、日本は滅びに向かってしまう。

 

「調査を行おう。まずはそれからだ」

 

「はい、ではどの鎮守府に命じますか?」

 

 候補は複数ある。しかし万が一の場合、それらが抱える艦娘の練度だと不安がある。

 

 行方不明の艦娘の平均レベルは四十。最大は六十を超えている。となると、中堅クラスの鎮守府では調査に出して、本当に深海棲艦だった場合に対応できずに二次被害となってしまう。

 

 かといって、それ以上となると。

 

 日本の四大鎮守府は、無理だ。どこも海域内部にて練度向上中。近々に予定している大作戦に向けて、この鎮守府を動かすとなると作戦に不安を落としてしまう。あるいは、作戦自体を延期か変更することになる。

 

「・・・・・・仕方がないな」

 

「総長」

 

「心配するな、あいつらもまさか内海で暴れないだろう」

 

「総長、本当にそうですか?」

 

 部下の不安そうな顔に、東堂は努めて気楽に笑った。

 

「大丈夫だ」

 

 まるで自分自身に言い聞かせるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄暗い室内に、一つの画像が映し出されていた。

 

 遠距離から撮られたのか、画像には一つの点が白い航跡を引いて動いていた。

 

「これが」

 

 男が室内を見回し、震えそうになる体を必死に抑えていた。

 

「あの艦娘です」

 

 画像が揺れる。空中から撮ったのだろうか、常に揺れ続ける画像は次第にズームしていき。

 

 やがて画像が消えた。

 

「距離ハ?」

 

 質問に、男は全身が震えてしまった。不味いと思ったのだが、相手は気にした様子もなく、何も映さなくなった白い壁を見つめている。

 

「おおよそ五キロ」

 

「彼女ノ限界攻撃距離ハ、五キロ」

 

 忌々しげに告げる女性は、睨むようにあの姿を思い出す。

 

 小柄で素朴で、何処にでもいるような少女。

 

「彼女ヲ仕留メレバイイ? 簡単」

 

 別の方向からの声に、女性が顔を向けた。そこにいるのは小柄な少女で、黒いレインコートを着ていた。

 

「オマエデハ無理ダ」

 

「馬鹿ニシテイルノ?」

 

「事実ダ」

 

 少女が殺気を隠そうとせず、女性は侮蔑を投げる。

 

 男は思う、どうして自分はここにいるのか、何故こんなことを引き受けてしまったのか、と。

 

「ソレニダ」

 

 女性の仕草に、男はハッとして次の画像を映した。

 

 一人の男性と一人の女性が、のんびりと港に立っている画像だった。

 

 偶然に手に入ったものだ。これがどういった意味かは、男は知らない。けれど、それを見た少女は顔を強張らせた。

 

「嘘デショウ? ナンデ?」

 

「最大ノ障害ハコチラダ」

 

 女性は一層、表情を歪めて憎しみを向けた。

 

「オマエガココニイルノハ、必然カ?」

 

 ゆっくりと立ち上がり、女性は手を上げる。その手は男の首へと向かい、斬るように動かして。

 

 そして、女性の右手が吹き飛んだ。

 

「グ! ヤハリ、オマエハホンモノダナ」

 

 砕け散った右腕を左手で抑えつけながら、深海棲艦の姫は小さく告げる。

 

 『ジョーカー銀河帝国皇帝、いいや『神帝』』と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん?」

 

「どうしました、テラさん?」

 

「いや、何でもないよ」

 

 気楽に笑う主に対して、ホシノ・ルリは小さく首を傾げた。

 

「攻性防御に何か触れましたか?」

 

「らしいね。まいったな、これってオフにしてあったのに。そんなに危ない存在がいたのかな?」

 

「でも、テラさんの防御系ってどれも凶悪でしたよね。画像とか写真とかに触れたら、接触対象を中心に半径二キロを消滅とか」

 

「あ~~~あれは封印してあるから大丈夫。母上から受け継いだもんだからさ、俺じゃ抹消できないんだよね」

 

「静華さんも凶悪でしたね」  

 

 気楽に言い合いながら笑う二人に、宗吾は半眼を向けた。 

 

「おまえら、そんな危ない奴らだったのか?」

 

「昔はやんちゃしてましたから」

 

「ええ、昔はやんちゃでしたので」

 

 ケラケラと笑う二人を前にして、宗吾はそうかよと悪態をついた。

 

 もう規格外とか常識を投げ捨てたとか多くて、最近は放置する癖がついてしまったようだ。悪癖だと思いつつも、こんな馬鹿げた鎮守府に厄介になっている以上は必須なスキルだと思ってしまう。

 

 これも悪癖だなと宗吾は思いつつ、手元の資料に目を落とした。 

 

「で、東堂の馬鹿がよこしたのはこの情報か?」

 

「ええ。なんでも内海での行方不明らしいのですが、どうにも」

 

 ルリはちょっと苦笑しつつ、その情報に再び視線を落とした。

 

 宗吾もそうかと告げながら読み返して、小さくため息をついた。

 

「内通者いるな」

 

「やっぱりそう思いますか?」

 

「当たり前だろうが。いくら内海って言っても、こんだけ広い海域で艦娘の輸送部隊と遭遇する確率なんて、そんなに高くない。となるとだ」

 

「味方からの情報のリーク、ですか。まったくこんなことして、誰が得をするって言うのか」

 

 ルリは信じられない様子で首を振り、落胆した顔を浮かべる。

 

「色々あるんだろ?」

 

 宗吾は苦笑を向けながらも、内心では憤りを感じていた。自分が現役だった頃の海軍なら、こんな裏切りは速やかに探し出して、それ相応の報いは受けさせたのだが。

 

 ふぬけた海軍は、やはりふぬけた海軍だったということか。

 

「それともう一つ」

 

 流暢な日本語が横から差し込まれた。

 

 三人がそちらへ顔を向けると、白い肌に角を持った女性が小さく頭を下げていた。

 

「コーキ、何か?」

 

「私達の元身内に接触した鎮守府があるらしい」

 

 深海棲艦が艦娘の鎮守府と、何かを画策していると。

 

「・・・・・・こりゃひょっとすると」

 

「まずいですね」

 

 宗吾とルリの呟きに、コーキも頷いた。元港湾棲姫、すでに深海棲艦から外れたとはいえ、姫クラスの影響力は残っているため情報が、時々こうして流れてくる。

 

 誰が何処で何かを撃破したなんて小さいものは流れてこないが、誰と誰が同盟を結んだという大きなものは流れてくる。

 

 今までは一度もなかったことが、今回に限ってきたということは。

 

「人類を裏切りかぁ。やってくれるぜ」

 

「もしかして、それでも護りたいものがあったとか?」

 

「深海棲艦相手にか? コーキやホッポを見てたら忘れそうだけどな、深海棲艦は恨みの塊だろうが。それを頼らないと護れないものって」

 

 宗吾の言葉が止まる。

 

 あった、深海棲艦と敵対しない、戦争に加担せずに終われば護れるもの。

 

 一般人ではない、日本でもない。たった一つ、護れるものが。しかしだ、この話は限りなくゼロに近い可能性だ。

 

「艦娘か」

 

「そう考える提督もいるでしょうね」

 

「馬鹿野郎が。深海棲艦が見逃すなんて、本当に思っているのか?」

 

 呆れや憎悪ではなく、何処か悲しそうに告げる宗吾に、誰もが反論も賛成も告げなかった。

 

 深海棲艦は恨みの塊、それは人類すべてに向けられてはいるが、もっと向けられる存在がいる。

 

 それが艦娘、同じような存在でありながら、深海棲艦ができなかったことをやっている艦娘達を、深海棲艦が許すわけがない。

 

「艦娘を想い、艦娘を信じ、艦娘を家族のように接する提督ならば、そう考えるのでしょうね」

 

 ルリはポツリと呟いた。

 

 大切だと思い、家族のように慕うならば、艦娘が沈むことに抵抗したり回避したりすることもある。

 

 世界のホワイト提督たち、それが現状に耐えられなくなって。

 

「こりゃ荒れるな」

 

 宗吾の結論が、これからの未来を暗示しているように思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会議が終わった後、ルリはそっと抜け出して。

 

『終わらせる?』

 

「いいえ、まだです。もう少し見守りましょう」

 

『ですがそろそろ』

 

「時間がないのは解ります。でも、まだテラさんの命令はまだです」

 

『本当にいいの?』

 

 念を押されて、ルリは迷いなく頷いた。

 

「ええ、当たり前じゃないですか。私達は『神帝』テラ・エーテルの剣、『サイレント騎士団』は弾丸の一発たりとも、他の使うことはありませんから」

 

『ならいい』

 

 イオナがそう告げてルリの背後に従い。

 

『異論はありません』

 

 アリアがその隣に立つ。

 

『仕方ないか』

 

 バビロンがルリの右側に立ち。

 

『決定かな』

 

 オラクルがルリの左側に立つ。

 

「そろそろ皆も退屈でしょうから。私達は他に使うことはない。でも、テラさんの敵対者にまで容赦してあげるほど、優しくはありませんよ」

 

 ルリが右手を動かすと、空中に何枚かの写真が浮かび上がる。

 

「ねえ、『内通者』さん達」

 

 クスクスと笑うルリの瞳は、決して笑っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 






 この世界は艦娘達と、この世界の棲む人たちが、どうにかするべきです。

 もちろん、我が君が命令すれば問答無用で動きますけど。

 そうじゃないなら、私達は裏方に徹して表に出ることはない。

 けれど、私達の『関係者』なら、話は別ですよ。

 今度は復活しないように、念入りに潰してあげます。







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鎮守府動乱・2







 昔の話ですか?

 あまりしたくありません、私が未熟だったことを思い出すのは、ちょっと苦しいので。

 え? 私ですか?

 金剛らしくない? 

 当たり前ですよ、私は金剛の外見を持った偽者か抜け殻なんですから。









 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 内海における被害は、日に日に大きくなっていく。

 

 一艦隊、二艦隊と消えていく中で、誰もがここに敵がいると考え始めたころ、予想外の情報が出回るようになった。

 

 被害を受けずに帰還した艦娘がいる。

 

 通常の倍以上の物資を運んでも、目的地にすんなりと辿り着いた。

 

 誰もが被害に頭を悩ませ、どうやって艦娘を無事に送り出して戻すかを考えている最中の、予想外の情報は各地の鎮守府を揺さぶった。

 

 どうしてうちの鎮守府だけが。何故、うちの艦娘は戻ってこないのか。

 

 こちらの鎮守府は被害がない。そちらの落ち度で物資が出回らないのではないか、それとも虚言で物資をため込んでいるのではないか。

 

 お互いがお互いに、疑心暗鬼に陥り始めた。今までは、派閥争いはあってもそれなりの連携をとれていた鎮守府同士が、今では敵を見るような目で睨み合っている状況に、まっさきに危機感を覚えたのは軍令部。

 

 これは不味い。このままでは各地の鎮守府が反目し合って、日本の防衛に穴が開いてしまう。

 

 時間が経つごとに関係が悪化していく鎮守府と、被害の有無がどうやって生まれているのかが解らないまま、時間だけが経過していき。

 

 軍令部は、苦渋の決断を下した。

 

 全鎮守府を回線でつないでの、電子上での大会議を決定。

 

 これでお互いに話をして、状況の打開策が見つかれば。あるいは、打開策に繋がるような何かが出てくれば。

 

 なんて甘いことを、軍令部は誰もが縋るように思っていました。

 

『そちらの落ち度だろうが』

 

『なんだと貴様、ケンカを売っているのか』

 

『綿密な計画を立て、事前によく偵察を行うべきなのでは?』

 

『している。行っていても、被害が出ているんだ。解らないのか?』

 

『ご自分の怠慢を棚に上げて』

 

『なんだと貴様』

 

 会議とは、何だったのだろう。東堂は不意にそんなことを思いながら、目の前の比較的静かな口論を見つめていた。

 

 最初はお互いに、現在の鎮守府の状況とか、被害にあった艦娘が通った航路、被害が出なかった艦娘の航路などを話、それに対しての質問などが出てきて、行って良かったと感じていたのだが。

 

 次第に雲行きが怪しくなってきた。

 

 苛立ち、焦り、喪失感。彼らが抱えてきたものが次第に相手の言葉でわきあがり、冷静になろうとする思考を揺さぶられて、結果的に感情的になりつつある。

 

 不味いと東堂が考え、どうにか方向を戻そうとするも。

 

『軍令部は何もしてくれない』

 

『黙ってろ、頭脳だけの頭でっかち』

 

 瞬間、東堂の中で何かが切れそうになった。

 

「貴様ら」

 

「よせ」

 

 背後の参謀が拳を握りしめ、何かを言おうとするのを慌てて止める。

 

 不味いという話ではない、本格的に各地の鎮守府の提督の軍令部に向ける感情が悪化し過ぎていた。

 

 当初は、鎮守府同士と見ていたが、そこに軍令部も入っているとは、東堂も気づけなかった。

 

「・・・・諸君、少し冷静になろう。今回の会議の目的は、内海で起きている事件の詳細な」

 

『だったら、軍令部がさっさと解決すればいいだろうが。こっちは懸命に、艦娘と共に頑張っているんだからな』

 

『艦娘と頑張るだと? 家族ごっこがしたいなら、余所に行け。ここは、海軍なんだからな』

 

『貴様、その物言い。艦娘が兵器だというのか?』

 

『艦娘は人間とでもいうのか? 我々、海軍の軍人が?』

 

『兵器としか扱わない奴が、艦娘を指揮するな。彼女達の理想が汚れる』

 

『言うな、浅慮な指揮官が。おまえが艦娘を大切に扱っている間、本土の民間人がどんな目に合っているか解らないのか?』

 

『民間人のために艦娘が犠牲になればいいって言うのか?』

 

『見解の相違だな』

 

 次々に言葉が走る。誰かの意見を誰かが否定して、さらに否定が入って。誰がどう発言したかが、次第に解らなくなってきた。

 

 艦娘が大切か。それは当たり前だ。高練度の艦娘は、今の状況では喉から手が出るほど欲しい。大切に育て上げ、きちんと役割を与えてやり、決して消耗させてはならない。

 

 しかし、それが民間人に優先されるかというならば、東堂は迷いなく否と答える。艦娘も軍人も、民間人を、国家を護る存在だ。護るべき存在を護らずにいるならば、それはただの暴力であり害悪でしかない。

 

 軍人であり上官ならば、部下に『死ね』と命じることもある。それが艦娘であっても例外ではない。

 

 だからこそ各地の鎮守府には最優先で物資が送られているし、高い給料も出ているのだから。

 

「我々軍人に、そして艦娘に『カルネアデスの板』はない」

 

 静かに東堂は言葉を紡ぎ、同時にモニター全員を睨みつけた。

 

「理解してないならば即刻、提督の職を辞せよ」

 

 護るべきものを護るために、楯になる覚悟がないなら、その軍服を脱げ。

 

 東堂は口外に告げながら、全員を見回す。

 

 何人かは頷き、真っ直ぐに見つめ返したが、一部の者達は憎悪の瞳を向けてきていた。

 

「今回の一件、解決策として『八丈島鎮守府』に託すことにした」

 

 モニターの提督たちの顔色が一変した。ようやくかと安堵する提督たち、それとは別に『蒼白になった提督たち』。それらを見回した後、東堂は念を押すように告げる。

 

「くれぐれも浅慮などするな。もし行った場合は、同じ軍人とはいえ」

 

 東堂はそこで言葉を区切り、軍刀の柄に手をかける。

 

 同じ軍人とはいえ、容赦なく殺す。

 

 無言の宣言と同時に、会議は後味の悪いまま終了となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 裏切り者がいると知っていても、命令が来たならやるのが軍人。不確定要素があるのは戦場の常、万全の準備をしても予想外なことは起きるもの。

 

「まあ、それをどうにかするのが指揮官の腕の見せ所ですね」

 

 気楽な顔で提督代行は、艦娘達に作戦を伝えるのでした。

 

「とりあえず」

 

 モニターを見つめ、被害地域を確認しながら、提督代行は小さく頷いた。

 

「砲弾と爆弾ってどっちがいいですか?」

 

 予想外よりも斜め上の言葉に、八丈島鎮守府の艦娘達は固まる、とかそういうのはなかった。

 

「超長距離射出式カタパルトと、空挺落下のどちらかですよね?」

 

 代表して吹雪が質問すると、彼女は小さく首を傾げて。

 

「そう言いませんでしたか?」

 

「言われてません」

 

「なるほど。なるほど」

 

 頷いて指先でモニターを触る彼女に、誰もが思った。何があったんだろう、この人は。以前はもっと冷静で穏やかに話していなかったか、こんなに過激なことを言う人ではなかったはずだ。

 

 大多数が困惑している中で、吹雪は妙に懐かしい気持ちになった。

 

 何処かでこんなむちゃなことを言われた気がする。何処でだかは覚えていないが、こんな話が日常茶飯事だった頃があったような。

 

 身に覚えがあるような、ないような曖昧な感覚を吹雪が思い出している一方で、提督代行は小さく手を打った。

 

「現在、内海において深海棲艦が入りこんだ可能性があり、内海の輸送を担当している艦娘に被害が出ています」

 

 何もなかったかのように作戦内容を話し出す提督代行に、困惑を向けながらも耳を傾け、あるいはメモを取り出す艦娘達。

 

 さすが奇奇怪怪とか、びっくり箱をひっくりかえす、魑魅魍魎で出来ているとか言われている八丈島鎮守府の艦娘達だ。提督代行の奇行に驚きながらも、それに引きづられることなく、自分のするべきことを行おうとしている。

 

 触らぬ神に祟りなし、なんて思っているだけかもしれないが。

 

「敵の襲撃地点はすべてランダム、相手側の影を確認できないので」

 

 ウソだろう、と艦娘達は全員が確信した。

 

「全員が二隻単位にて内海をパトロールすることにします」

 

 これは本気だ。相手が姫や鬼級であっても、二隻単位を崩すことなんてない。味方の被害、あるいは轟沈がでるなんて予想もしていない。

 

「ああ、念のために言っておきますけど」

 

 思い出したように提督代行は、全員を見つめた。うっすらと、冷たいような笑みを浮かべて。

 

「たかが、この程度の敵に対して、倒されるなんて情けないことはないでしょうね?」

 

「もちろんです」

 

 間髪入れずに答えたのは吹雪。

 

「当然ですよね?」

 

 振り返って微笑む彼女の背中に、鬼神が見えたような気がしたが、誰も否定せずに頷いている。誰もが当然と表情で語り、この程度の敵に対して負けることなどないと自信を持って答えられた。

 

 叢雲や金剛、夕立も厳しい訓練を潜り抜けてきたのだから、どのような状況においても轟沈せずに切り抜けられる技量がある。

 

「よろしい。では、全員、どちらがいいですか?」

 

 提督代行が指を鳴らすと、彼女の背後に二つのモニターが浮かんだ。

 

 『それいけ! カっ飛びカタパルト。バッタがハッチャケたモード』。

 

 『蒼穹の果てよりこんにちは! 妖精たちが酔って考えたモード』。

 

「どちらがいいですか?」

 

 笑顔でにっこり告げる提督代行。

 

「え、あれって何?」

 

 叢雲、震える指でモニターを指差すのだが、答えなど戻ってこなくて。

 

「嘘ですよね」

 

 金剛、迷わずに扶桑の肩を掴むのだが反応がない。

 

「ぽい!」

 

 夕立、思わず立ち上がって、周りを見回して何かを察したように座った。

 

「提督代行!」

 

 勇ましく長門が立ち上がった。この時、誰もが吹雪や暁以外で総旗艦をするなら、長門になるだろうな、なんて考えていたり。

 

「なんですか?」

 

「具体的な説明をお願いします!」

 

「え? 具体的も何も」

 

 提督代行は振り返り、モニターの内容を見た後に、顔を戻して。

 

「書いてある通りですよ」

 

「・・・・・・胸が熱いな! 私はバッタ達を信じるぞ!」

 

 まさかの裏切り、長門はいの一番に選択した。

 

「では、長門と組ませるつもりだった不知火はそちらで」

 

「・・・・・・・・不知火に何か落ち度でも?」

 

「いいじゃないか、さあ行こう!」

 

「不知火に何か落ち度でも?!」

 

 首を掴まれて担がれて、悲鳴を上げるように彼女は、豪快に笑う長門に連れて行かれた。

 

「では、この二人の担当は」

 

 提督代行が何事もなかったかのように、二人の担当海域を決めた。

 

 この時、残された全員が察した。これは早い者勝ちだと。

 

 どちらがいい、どちらが安全か、いやどちらも安全なのだろうが。この場合は、どちらがネタにされないかと考えるべきだ。

 

 残された艦娘達は、早い者勝ちだと解っていながらも、迂闊に手をあげられなく思考を繰り返し。

 

「・・・・・・・では後は私が決めておきますので」

 

「鬼!!」

 

「悪魔!」

 

「酷いです!!」

 

 一斉に上がった反論や悪態を受けて、提督代行は可愛く首を傾げて。

 

「提督のあの訓練よりは、優しい出撃ですよ」

 

 彼女の言葉に、誰もが納得したのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒンヤリと手が体温を失っていく。

 

 こんなこと許されないと解っていても。

 

「ソウカ、ツイニ出タカ」

 

「あ、ああ。八丈島鎮守府が来る。本当にできるのか?」

 

 問いかけに彼女は、にやりと笑っていた。

 

「可能ダト伝エタハズダガ?」

 

「それはそうだが」

 

「マア、任セテオケ」

 

 クスクスを笑う姿は、報告書にあった戦艦棲姫のもの。けれど、その瞳は報告書に会ったものではなくて。

 

「ソレニ・・・・話しづらいな。戻してもいいだろう」

 

「貴様は?!」

 

 一瞬で雰囲気が変わる。今まで幽霊のような怖さが消えて、人間らしい温かみが体に宿っていく。

 

「私は深海棲艦だ。ただし、この地球の船ではないがな」

 

「貴様は何者だ?」

 

「何者でもいいだろう? 私は、あの鎮守府に提督に『恨み』があるからな」

 

 彼女は両手を広げ、艤装を呼び出した。

 

 戦艦棲姫の報告書にあったものではなく、どちらかといえば『大和型』に似ているような艤装を。

 

「名前を聞いてもいいか?」

 

「ふむ、深海棲艦としては名前はないが、そうだな。昔の名前でいいなら名乗ろう」

 

 彼女は大げさに両手を上げ、高らかに名乗った。

 

「元地球連邦軍第七艦隊所属、改良型アンドロメダ級戦艦空母、『アンドロメダ』だ」

 

 名乗った名前は、提督には聞き覚えのないもので。見慣れたはずの艤装が変質していき、やがて巨大な砲門と無骨な飛行甲板まで備えた艤装が、ゆっくりと蠢いていく。

 

「かつて、ジョーカー銀河帝国が・・・・・いや、『サイレント騎士団』によって轟沈させられた、敗北者だ」

 

 彼女は薄く笑う。とても楽しそうに、とても悔しそうに。護れなかった者達の姿を瞳に映しながら、彼女は笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頼むと提督が頭を下げた。

 

 すまない、と彼は謝っていた。

 

「これを使えば、あいつを倒せるらしい」

 

 誰もいないドックの中、提督はそっと銃を差し出した。

 

「本当に倒せるんですね?」

 

「ああ、間違いない」

 

 片腕が風に揺れる提督の言葉に、彼女はしっかりと頷いてそれを受け取った。

 

「解りました。これは私が必ず」

 

「すまない、おまえにこんなことさせたくないんだが」

 

「いいんです。私にはこれしかできませんから」

 

 ギュッと握りしめる銃は、冷たくて小さくて。でもとても怖い力が宿っているのが解った。

 

「あの人達は、何もしてくれなかった。助けてくれなかったから」

 

「それは俺も同じだ。だから今度こそ、護りたい」

 

「はい、提督。今度こそ『家族』を護りましょう」

 

「俺達の家族を今度こそ失わないために」

 

 二人はそう告げて、固く誓いあった。

 

 

 

 

 

 

 

 因果は廻る。

 

 この星の問題が、そこに入れられたイレギュラーのために。

 

 宿命は紡がれる。

 

 かつての戦争に置いて。

 

 テラ・エーテルが、個人の我儘で滅ぼした地球連邦の残滓が、この星において深海棲艦となって襲いかかる。

 

 相対するのは深海棲艦、元地球連邦軍の艦艇達。

 

 迎え撃つのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 












 あいつが悪いわけじゃないのは知っていたさ。

 元々の原因は、こちら側。地球連邦が引き金だ。

 個人的な我儘なんて言っているのは、あいつくらいだ。

 誰もが知っている、あの事件の真相だからな。

 でもな、軍艦としては納得なんてできない。

 あいつは、私たち軍艦の誇りをけがしたのだから。







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鎮守府動乱・3








 物語には結末があります。

 始まったお話は、必ず何処かで終わります。

 でも、人生においての問題には明確な答えなんてなく、ただ問題に対しての疑問と不満、後は否定と肯定が付きまとうだけで、明確に『これで終わり』なんてことはない。

 そういう話です。







 

 

 

 

 

 ある男の話をしよう。

 

 彼は何処にでもいる普通の少年だった。

 

 藤井優人。何処にでもいる、誰もが認めるような平凡な少年だった彼。祖父と父、母が軍人だった以外、何処にでもいる家庭の一般的な少年。

 

 凄い能力を持っていたわけでもない。特別な血筋だったわけでもない、平均よりも少し上の学力で、決して一番になれなくても努力できる体力を持った、そんな普通の少年。

 

 誰よりも優しい人であって欲しい、そう両親が名付けたように、彼は誰よりも優しかった。

 

 人の話をよく聞き、自分のことをよく話し、悪態をつくこともあれば、かっこわるい姿を見せることもあった。誰もが想像するような、とても普通で平凡で、悪いところもいいところも持ち合わせた、そんな人物だった。

 

 彼の家族も家では普通の家族としてふるまっていた。軍人としての職務につけば冷静で冷徹な顔をしていても、家族といる時はよく笑ってよく泣いて、感情を素直に表現する人たちだった。

 

 そんな彼が提督になったのは、両親の勧めではなくて、妖精たちに見出されたからでもない。

 

 ただ深海棲艦が出現して、苦しんでいる人たちを見て、両親や祖父が頑張っている姿を見て、自分も何かしたいと思った。

 

 泣いている人たちを、嘆いている人たちを救いたいとか。正義の味方になって活躍したいなんて思わずに、ただ誰かのために力になりたい、そんな風に思うこともなく、両親の背中を見て、祖父の姿を見て、軍人になると漠然と思って進んだ。

 

 彼が軍人となって適性検査の結果、提督となった。

 

 優秀ではなかった。特筆すべきものがあったわけではない。ただ職務に忠実でありながら、自分のことじゃなく他者のために怒れる、誰かのために意見を言える、そういった優しい心根を持ち続けて軍人となった。

 

 なってしまった。

 

 彼は軍人となって提督となった後も、人の話をよく聞いて、人に自分のことをよく話す人物のままだった。

 

 艦娘の話をよく聞いて、軍令部の参謀たちの話をよく聞いて理解して、疑問はすぐに誰かに相談した。

 

 納得できない、理解できないことは、何度でも繰り返して質問して。

 

 一人で決めないで、作戦は艦娘と話し合い、何度も議論をぶつけて、時には口論になってでも、相手と自分が納得できるように配慮した、そういった甘いだけではない優しい心を持った提督になった。

 

 艦娘のために、誰かのために、軍人のために、国民のために。模範となる軍人であるように、けれど決して自分に無理をさせずに弱音も吐いて、サボる時はサボるような、普通の人間だった。

 

 『軍人としては失格』。彼の教育を任されたある軍人は、彼のことを最終的にそう評価した。

 

 彼は優しい、他人に対して甘い言葉だけを告げることなく、相手に恨まれようとも相手のためになる苦言を言える人物だった。

 

 艦娘のために考えて、国民を守るためにどうすればいいか考えて、誰もが納得できることなんてないかもしれないけれど、話し合いをすることを、相手に自分の考えを伝えて、相手の考えを知ることが大切だと、成長する中で彼は重要なことだと知るくらいに、誰にでも優しい人となっていた。

 

 提督しての彼は決して高い戦果を上げることなんてなかった。

 

 艦娘に無理させず、中破撤退を厳命して、誰かが傷ついたら無理せずに後退を選びながらも、退けない時には歯を食いしばって『追撃だ』といえるような、そういう誰かに優しい人だった。

 

 彼自身も、よく解っていた。自分が率いている艦娘達が、戦い続けることがどういったことか。笑っている彼女たちが、穏やかに過ごしている女性たちが、いつか消えることになることも、理解はしていた。

 

『提督、ごめんなさい』

 

「・・・・・・すまない」

 

 最初の轟沈者が出た時、誰もが提督は悪くないと言った。軍令部が悪いと言ってくれた。

 

 彼自身も、頭では理解して自分のふがいなさを呪った。もっと力があればと嘆いて、何もかも投げ出して逃げたくなった。

 

 でも、彼は踏みとどまった。自分が逃げ出したら、誰がこの鎮守府を支えるのかと。

 

 沈んだ艦娘のためにも、死んでいった人達のためにも、必死に拳を握りながら前に進もうと顔をあげて、涙を流しながら一歩一歩と進んできた。

 

 誰かが泣かない世界のために、誰もが笑顔で自分の夢を語れるように。そう考え始めた彼は、何処までも優しくて、何処までも自分にも優しい。

 

 そんな普通の男だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レッドアラートとか、緊急警報とか、そういったものが流れる時は大抵が緊急事態と思えるのだが。

 

『ピ!』

 

「降下します」

 

「あ、はい」

 

 世間話を始めるように、穏やかに言われた後に金剛は空中に落とされていた。

 

 くるりと体が回転して、遥か上空に見えるようになってしまった輸送機の、中央部のハッチが閉じていく。

 

 普通、あの手の輸送機なら後部から降りるべきではないのだろうか。それか、側面からとか。パラシュートとかを開く必要があるから、自分のタイミングで降りるべきではないか。

 

 色々と頭の中を廻る言葉に、金剛は思った。ああ、自分は冷静になろうとしているのか、と。

 

「着水まで残り」

 

 ふと顔を向けると、とても冷静な顔をした駆逐艦が、下を向いたまま数を告げてきた。

 

 この編成、ひょっとして何かの罰則なのだろうか。確かに戦艦と駆逐艦を組ませるのは、良くあることかもしれない。装甲と火力を持つ戦艦は、鈍重で細かい動きができないから、普通に小回りが利いて速度だ出せる駆逐艦と組ませるのだが。

 

 はたして彼女は駆逐艦のカテゴリーに入れてもいいものかどうか。

 

 駆逐艦『吹雪』。

 

 八丈島鎮守府の初期艦、デッド・ラインの要、終焉の鬼神、鬼軍曹、化け物を駆逐するから駆逐艦じゃね、とか色々なことを言われる彼女は、とても穏やかで冷静に海面を見ていた。

 

「金剛、そのままだと」

 

「はい?」

 

「背中から着水になりますよ」

 

 慌てて体の姿勢を直した。海面までもうすぐ、考え事をしていたら自由落下が終わりかけていたなんて、訓練の時にしていたらどうなっていたか。

 

 両足に力を入れて、艤装に力を流して、気合いを入れて着水。周辺に水柱が上がる中、衝撃を器用に流してすぐに臨戦態勢。

 

 初期艦殿は、と水柱が収まった後に隣を見ると。

 

 瞬間、金剛は全身に寒気を感じた。

 

「ご、ごめんなさい」

 

 震える声で告げると、水浸しになった初期艦殿はにっこりと微笑んで。

 

「戻ったら、追加訓練でしましょうね」

 

 とてもいい笑顔で笑っていました。

 

「あ、はい」

 

 反論も言い訳もできずに金剛は肩を落とした。まったくこの編成は理不尽ではないだろうか。

 

 確かに自分は全艦娘の中でも新人、前の鎮守府での練度はあるが、八丈島鎮守府では新人部類。

 

 ビーム兵器を回避したり、聖剣の砲撃を弾いたり、多弾頭ミサイルの雨を潜り抜けたり、恐ろしい魔力を持った獣の一撃に耐えたり、そんなことまだまだ出来ないのでいるけれど。

 

 それなりに練度は上がったつもりでいるのに、何故に初期艦殿と組むことになったのか。

 

 金剛は今までの訓練を思い出して、自分は頑張ったと思った。頑張ったと確信した、頑張ったと胸を張って言える。

 

 とても泣きたくなったのは、今は関係ない。

 

「それじゃ」

 

 言葉の途中で、吹雪が左手を払った。

 

 轟音と爆炎が、吹雪の遥か後方で上がる。

 

「まずは、ここの掃討からしましょうか」

 

「・・・・・・・」

 

 笑顔で告げる吹雪に、金剛はもう何も言えなかった。

 

 今の砲弾は、戦艦のものだった。しかも十発以上だったはずなのに、左手の一振りの風圧だけで、砲弾を弾き飛ばすなんて。

 

「金剛、呆けていると戻ってからの訓練が倍になりますよ?」

 

「がんばらせていただきます!」

 

 もう無理やりに納得しよう。目の前の彼女は、鬼神だ、鬼だ、悪魔だ、魔王だ、もしかしたら破壊神かもしれない。

 

 そういった艦娘とは別の存在であり、現在の艦娘達の頂点だから。

 

「・・・・・今の提督だったら一睨みで終わるかな」

 

 ポツリと呟かれた言葉に、金剛は全力砲撃を始めた。轟音で何も聞こえない、音が酷くて誰かのことなんて知らない。

 

 あの人外提督は、そこまでなのかと内心で叫びながら、金剛は砲撃したまま敵艦隊へ突撃していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 各地での敵艦隊の撃滅は順調。

 

 上がってくる報告に、提督代行は満足そうに頷いた。

 

「まあ、順調になってないなら、鍛え直すだけなので」

 

 優雅に紅茶を飲む提督代行に、大淀は同意を示そうとして、無理だなと諦めた。

 

 いくらなんでも、現在の戦力配置は無謀ではないか。二隻編成で広大な日本の内海に、飛ばすように配置していたら、万が一の状況になった場合のフォローが入れられない。

 

 もし敵がこちらを上回ったら。

 

 もし敵が、こちらの倍以上に戦力をぶつけてきたら。

 

 大淀の頭の中に、もっとも最悪な状況が浮かんでは消えていく。

 

「本当に終わると思いますか?」

 

 思わず口から出た質問に、提督代行はカップをソーサーに置いて首を振った。

 

「終わらないでしょうね」

 

「では、無駄足になりませんか? 現在の戦力配置は、一時的な攻撃のみで長期間の展開は不可能です」

 

「ええ、短期間でしか行えないのは解っています。一か月、そのくらいが限界でしょうね」

 

 解っていて尚、今回の作戦を採用したのか。いや待ったと大淀は口から出かけた言葉を飲み込む。あの提督代行が、その程度の予想をしていないわけがない。

 

 予想外なことを、突発的に行うような人だが、戦略家や戦術家として見てもそれほど劣っている思考をしていない。

 

 では、何故。視線に込めた疑問に、提督代行は小さく口を開いた。

 

「どちらにしても、私たちより先に、『相手側が根を上げる』でしょうから」

 

 その言葉に、大淀は確信した。提督代行の目的は、内海に入りこんだ敵艦隊の殲滅ではなく。

 

『ピ! 提督代行、お客様がお見えです』

 

 バッタからの通信に、知っていたように提督代行は席を立ちあがった。

 

「大淀、しばらく執務室を預けます。艦隊の指揮及び、『補充戦力』の指揮、頼みましたよ」

 

「は、はい!」

 

 慌てて返事をする大淀に、提督代行は微笑んで執務室を退出した。

 

 彼女の狙い、それは敵の黒幕を引きずり出すこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 来客者は他の鎮守府の提督だった。

 

「すみません、このような状況下でお邪魔してしまって」

 

「いえ大丈夫ですよ」

 

 立ち上がり敬礼する青年に対して、ルリは片手を振って答えた。

 

「我が艦隊もお邪魔する形になってしまいました。申し訳ない」

 

「このような状況です、仕方ありません。でも、このような状況で、提督自らが艦娘を率いて外洋に出るなんて、無謀ですよ」

 

 苦言に男は少しだけ苦笑して、もう一度と頭を下げた。

 

「どうしても現場を見ておきたかったのです。艦娘達から報告を受けていますけれど、自分の目で見た方が気づくことも多いと考えました」

 

「現場任せにせずに、自分で観察するのはいいことです。でも、提督がいることで艦娘達が余計な神経を使うことになりますから」

 

「秘書艦にも言われました」

 

 苦笑いする提督に、ルリはまったくと心の中で悪態をついた。まったく、そんなことを考える人が、どうしてこんなことを、と思いながら。

 

「それで、藤井提督、どうして今なんですか?」

 

「いえ、これは普段から」

 

「今、どうして『あんなこと』を?」

 

 名を呼ばれて、さらに追撃された彼は笑顔を止めて、真顔でルリを見つめた。

 

「あんなこと、ですか? さすがに、貴方は俺が深海棲艦と手を組んだことを知っているようですね?」

 

「ええ、もちろん。だから聞きます。貴方は艦娘達に優しい軍人です、それなのになぜ?」

 

 藤井提督は、その言葉に顔をしかめて、俯いて。

 

「何故か、それは俺が聞きたい。貴方達こそ何故ですか?」

 

「質問の意味が解りません」

 

「何故、その力を使わないんですか? どうして艦娘に押し付けるんですか?」

 

 絞り出すように、堪えるように言葉がゆっくりと流れ出す。ドロドロと濁ったような感情が乗った言葉に、ルリは少しだけ眼を細めた。

 

「どうして貴方達は力を隠して、俺達に全部を丸投げにしたんですか?」

 

「言っている意味が解りません」

 

「じゃあ言ってやる!!」

 

 バッと藤井提督は立ち上がり、真っ直ぐにルリを指差した。

 

「おまえらが隠している戦力があれば! あれがあれば深海棲艦なんて排除できるだろうが! いいや深海棲艦との和睦だってできたはずだ! 誰もが傷つかず、誰もが納得できるはずだろうが!」

 

 激情の前にさらされても、ルリは感情を動かすことなく真っ直ぐに藤井提督を見つめた。

 

「戦力といわれても。私達の鎮守府は全力で動いていますよ」

 

「嘘をつくな!!」

 

「嘘じゃありませんよ」

 

「いいやおまえらは全力じゃない! そうだろ! だっておまえらは!」

 

 藤井提督がそれを知ったのは偶然だった。深海棲艦に近づいて、そのうちのトップに近い深海棲艦の一隻が、『それ』を知っていたから。

 

 まるで嘘みたいな話に聞こえた。

 

 現状を打破しようと頑張っている人たちを、必死に戦線を立て直そうとしていた人たちを、悲しみに嘆いていた人たちを。

 

 あざ笑うかのように、それらは今も動かずにいるのだから。

 

「おまえらは今も動かずにいるんだろうが!」

 

 藤井優人提督は、優しい人だった。誰かの嘆きを自分のことのように考える、誰かの不幸を一緒になって泣いてくれる、そういう優しい人だったから。

 

「なんで隠している? なんで戦力を動かさない?」

 

 多くの人が望んでいることを深く理解していたから。

 

 世界中の人たちが願っていることを痛いほど理解していたから。

 

「どうして戦ってくれないんだ? なんでなんだよ?」

 

 誰かのために、自分が嫌われても誰かのために苦言を言える人だったから。

 

「なんでなんだよ」

 

 次第に小さくなっていく声と、力なく座り込む藤井提督に、ルリは何の話か解らなかった。

 

 彼が言っている戦力が、もしかして艦娘のことなら、今の八丈島鎮守府は全力で動いている。艦娘で残っているのは、大淀、間宮、明石だけで他は一人も鎮守府にいない。

 

 他の戦力となると、ルリは考え込む。彼女は解っていなかった、それが当たり前にあるから、それが誰のためのものか知っているから、最初から分けて考えていたから。

 

 だから藤井提督がそれのことを言っていることを、把握していなかった。

 

「なんで、なんでなんだよ。だってそうだろ? 銀河戦争だって簡単に勝てる戦力なんだろ?」

 

 深く考えていたルリの思考が止まった。

 

「地球連邦って、組織だって下せたんだろ? 太陽系を支配下においていた帝国にだって勝てたんだろ?」

 

 泣くように、嘆くような藤井提督とは正反対に、ルリの表情が冷たくなってく。

 

「なんで『サイレント騎士団』を使ってくれない?!」

 

 藤井提督はそう叫び、ルリの顔を見て。

 

 そして固まった。

 

いい度胸だ、貴様

 

 冷たく鋭く、氷のように、刃のように。

 

貴様が何を言っているか、私は理解していなかった

 

 まるで人間とは思えないほどに。

 

理解などしなくてもいい。おまえが言っていることなど、私は理解したくはない

 

 何処までも冷たく鋭い、そんな人間のような物体がそこにいた。

 

『サイレント騎士団』を使う? 貴様程度の存在が、我が主の剣を使えと?

 

 彼女は冷たいまま、笑顔を見えた。それは見る者を凍りつかせるほどの冷たい笑顔だった。

 

いい度胸だ、そうか、貴様はこう言いたいんだな?

 

 ゆっくりとルリは手を伸ばす。その指先が何処を向いているか、藤井提督は瞬間的に理解した。

 

『殺してください』か、随分と遠回りな自殺願望だな。いいだろう、おまえの望みどおりに魂さえ残らないほど細かく殺してやろう

 

 自らの首だ。

 

 何も言えない、圧力で何も答えられない。口が震えて、言葉も出ないような状況の中、藤井提督は必死に力を振り絞って。

 

「だから・・・・・」

 

「遺言か?」

 

「だから、お前たちが戦うしかないように、した」

 

「・・・・・・・テラさん!?」

 

 反射的にルリは振り返り、そして鎮守府の一角で爆音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゆっくりと歩くように、ゆっくりと腕を動かして。

 

 見つかると思わなかった。最初にどうやって探そうか考えていた。

 

 でも、話の通りだった。困った顔で立っていれば、問題があるって思って動いていれば、相手から姿を見せるから、と。

 

「私は、友達を失いました」

 

「ん、そうなんだ」

 

「どうして助けてくれなかったんですか?」

 

 咎めるように告げる潮に、彼は笑顔のまま答えない。

 

「どうして、どうして助けてくれなかったんですか?」

 

 再度の声にも答えなんてなくて、彼は笑顔のまま一歩一歩を歩いてきた。

 

 騙すなんて無理、隠し通すなんて不可能。相手の話を聞けば、『神帝』テラ・エーテルの話を聞けば、彼がどれだけ規格外の存在かは理解できた。

 

 通常攻撃でも、特殊な攻撃でも、倒すことは不可能。

 

 一万の艦隊が挑んでも、百万の軍勢で囲んでも、彼は傷一つつけられなかった、そんな常勝不敗の化け物。

 

 でも、倒す方法はあるから。

 

「貴方に恨みなんて、本当はないんです」

 

 ゆっくりと潮は銃を構えた。

 

「本当は筋違いなんでしょうけど、私みたいな気持ちをもう誰にも味わってほしくないから」

 

 銃口はテラへと向けた後、迷わずに自分の頭部へ。

 

「ごめんなさい」

 

 瞬間、テラは弾かれたように動いた。

 

 迷わずに潮に向けて、その銃を奪うように。

 

「貴方に何かあれば、『サイレント騎士団』が動くんですよね?」

 

 飛びかかるテラの耳に、そんな言葉が流れて。

 

 銃口は、潮の頭部に向けられたまま、引き金が引かれた。

 

 そして、反物質を内蔵した弾丸が、周辺を轟音と閃光に染め上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 





 何度も考えた、何度も試行した。

 あの化け物を倒すには、傷をつけるにはどうしたらいいかをな。

 どんな戦術も、どんな技術も無意味だった。

 最終的に考えられた手段はな、あいつらの善意や良心を利用する。あるいは矜持を信じることだったのさ。

 そうだ、あいつらを殺すために、『あいつら自身を利用する』これが一番の方法だったわけだ。








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鎮守府動乱・4






 考えたんだ。
 
 どうすれば彼らが動くようになるか。

 どうすれば深海棲艦に対して、動いてくれるか。

 考えて考えて悩んで予想して。

 答えは意外に簡単だった。昔からある、駆け引きでもなんでもない、単純な話でしかなかったから。











 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前の爆発、種類は反物質。一ミリグラム以下で山を吹き飛ばすことも可能な、三次元においては反則級の破壊力を持つ危険物。

 

 通常、厳重な管理の元で使用されるそれは、今は小さな弾丸の中に込められていた。特殊な術式で封印されているわけでもなく、特殊な金属で覆われているわけでもない。

 

 銃口から放たれた弾丸に、ただ特殊ガラスケースに密閉されただけ。これでよく今まで破裂しなかったと感心してしまう。

 

 今は関係ないか。

 

 テラは弾丸を見据え、それが向かう先を確認しながら、右手で『それ』を引き抜く。

 

 泣きそうな艦娘、潮とかいったか、彼女と弾丸の距離はほぼない。何時、破裂して中身が吹き飛び、彼女が吹き飛ぶか解らない。その前に、安全に対処しないと彼女は助からない。

 

 魔法防壁、近すぎる。

 

 科学的なフィールド作用、今から展開したとしても間に合わない。

 

 圧倒的なエネルギーで吹き飛ばす。隣にいる潮ごとでいいなら可能だが、それでは意味がない。

 

 残る手段を冷静に考える一方で、体は動き続ける。

 

 思考分離、最善と最悪を考える思考が意見を出し合い、妥協案が別の思考によって提示される。

 

 自分のことなのに、自分じゃないみたいな感覚。生まれたときから持っていた精神の在り様に、今更の違和感などない。

 

 手段を選んでいる余裕はあるが、意見を出し合って思考を繰り返して、そんなことをしている暇があるなら、もっとも確実な方法を選択するべきだ。

 

 テラは右手で剣を引き抜く。

 

 銘は『光滅』。

 

 一族が辿り着いた究極の一。世界を、運命を、法則を、事象を、未来を呪った初代が願った通りの効果を発揮する剣。

 

 光で滅ぼすもの、ある惑星ではこれだけで信仰を集める、神のように扱われる剣にして、『神帝』テラ・エーテルの名を知らしめた元凶。

 

 その刃に触れたもの、例外なく滅ぶ。持ち主が望んだ通りに刃を当てて、望むままに滅ぼすための道具。

 

 例えそれが反物質だろうと、神だろうと滅ぼせる神器。

 

 振り抜く刃は、正確に弾丸を捕らえて、今まで通りに触れたものを消し去った。

 

 これでと安堵することなく、切り上げる刃で潮の持つ拳銃を消す。彼女が自殺する手段を消して、後はゆっくりと話を聞いて。

 

 斬られた弾丸の欠片、消える寸前の何かが弾け、爆音が周辺を揺らし。

 

「そうするだろうと思ったよ、さすが『神帝』だ」

 

 テラの目の前に、艤装を纏った女性が出現した。

 

 振り切った刃に、彼女は自然に艤装を叩きつけ。跳ね上がった刃は、抵抗なくテラの右肩から斜め側に斬り込み、心臓を両断した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルリは冷たい顔で外を睨みつけていた。

 

 やられた、まさかそんな手段で来るなんて。ワープやジャンプといった転移系の中でも、もっとも扱い難い、もっとも手間がかかる手段で、この鎮守府の内部に入り込むなんて。

 

 空間隔離系のフィールド作用や、封鎖結界ではあの方法で来る転移系は防ぐことができない。

 

 次元隔離か、あるいは空間断層を起こさない限りは、出現することが可能なのだが、目標地点に大エネルギーを発生させつつ、ビーコンとなるものが存在しないと、亜空間に吸い込まれて次元の挟間を漂うことになる。

 

 目標地点の条件をクリアーしたとしても、転移前のエネルギーが膨大な量になるため、波動エンジンと重力子エンジンを崩壊寸前まで回しても足りないくらいだ。

 

「スライド転移技術、随分と懐かしい」

 

 それでも、『サイレント騎士団』が使っている『領域機関』ならば、三割の出力で行えるため、奇襲によく使っていたものだが。

 

 実際に自分たちがやられると、『馬鹿な』と言いたくなる。

 

 空間を曲げて出現地点と発生地点を繋げるワープや、二つの地点を同一地点として移動するスキップ、別次元を通って移動するダイブ、あるいは粒子に変換してのジャンプとはまったく違う方式。

 

 自分の現在地点と、出現地点を重ねた後に、現在地点と出現地点を反転させることで出現地点へ転移するスライドは、空間を曲げているわけでも圧縮しているのでもないため、フィールドやバリアーでの妨害が不可能に近い。

 

 高出力のディストーション・フィールドやクライン・フィールドでは防御や妨害は不可能、ミラーリング・システムを使っても出現地点をズラすことはできるが、完全には防ぐことができない。

 

 二重に展開したフィールドの間に、別空間を形成して挟むことで防げるので、今では『サイレント騎士団』で使用していないのだが。

 

「何処でこの技術を?」

 

 外を見たまま、目線だけを隣へと向ける。

 

 彼は答えない。顔を向けたまま、何も答えずにグッと唇を噛んでいた。

 

「・・・・何処で?」

 

「がぁ?!」

 

 ルリの声と同時に、藤井提督の右手が吹き飛んだ。血が飛び散り、執務室の床を赤く染めていく。

 

「もう一度、聞きましょうか? 何処で見つけたんですか?」

 

 彼は答えず、痛みに耐えながら顔をあげて睨んでくる。

 

 その態度に、スッとルリは目を細めて。

 

 金属の何かが藤井提督の左足首を切断した。

 

 悲鳴は声にならず、音として執務室に響き渡る。

 

 倒れかける藤井提督を、影が無理やりに立たせて四肢を縛りつける。何がと藤井提督が顔を向けた先、暗い闇の中から異形が顔を見せた。

 

 全身を粘液が多い、人間には見えない骨格と体表を持つ異形のモンスター。口から管のようなものが飛び出し、その先端についた何かが藤井提督の眼前を通り過ぎて、再び口の中へと戻って行った。

 

 それは、知っている者が見たらこう言うだろう。

 

 『エイリアン』と。

 

「紹介しておきましょうか? 私の、『サイレント騎士団』団長、ホシノ・ルリの近衛、散刃衆です」

 

 影が広がり、次々の同じ異形が顔を出しては、藤井提督の周りで鳴く。

 

「ああ、その子たちだけじゃないですよ」

 

 クスリと笑ったルリの周囲が歪み、全身を奇妙な鎧で覆った人型が出現した。その人型は、ゆっくりとマスクを外し、四つの牙をむき出しにして吼える。

 

 彼らを知る者は、恐怖を持ってその名を呟くだろう。

 

 『プレデター』と。

 

「紹介したい近衛(子たち)はまだまだいますけど」

 

 ルリは楽しそうに、笑っていない目で告げる。

 

 電子の輝きを灯す獣、砂のように流れるナノマシンの合金、触手のようなものを伸ばす怪物。彼女の周囲を覆うように、光学迷彩を説いたモンスターがそれぞれの刃を振り上げて叫ぶ。

 

「今は止めておきますね。藤井提督、この技術を何処で手に入れました?」

 

 エイリアンとプレデター以外の影が消え、静かになった執務室の中で、ゆっくりと床に赤い液体が広がっていく。

 

「致命傷になりますよ? 話してくれないなら」

 

 ルリはゆっくりと右手を藤井提督の頭へと向けて。

 

「じっくりと脳細胞からデータを取り出すだけです。安心してください、決して気絶させませんし、麻酔なんてしてあげませんから。ゆっくりとジワリジワリと」

 

 クスクスと彼女は笑う。子どもの姿で、無邪気に楽しそうに。

 

「じっくりと長い時間をかけて苦しませてあげますからね」

 

 楽しい遊びを話すように。

 

「その後に、そうですね。我が主に逆らった者がどうなるか、じっくりと思い知らせてあげますよ」

 

「あ、ああ、そうだな」

 

 初めて彼は返答を口にした。

 

 彼はそこで初めて、ルリをしっかりと見て、笑った。

 

 最後の苦し紛れ、必死な抵抗ではなく。まるで望んだ結果が、願いがかなったようなすっきりした顔で。

 

「これでようやく、終わるんだ。もう誰も悲しまない世界が」

 

「何を?」

 

「今の俺は、なんだか忘れたか、ホシノ提督代行?」

 

 真っ青な顔で笑顔で告げる藤井提督に、ルリは考える必要はないと結論を出そうとして、顔を背けた。

 

 再び、あの爆発があった場所へ顔を向けて、少しだけ呆れたような表情を見せた。

 

「鎮守府の提督、日本海軍の軍人。ええ、そうですね」

 

 溜息を一つだけついて、ルリは改めて藤井提督を見つめた。

 

「元、とつきますね」

 

「ああ、そうだ。俺は元だ。今は深海棲艦の手先、日本海軍の裏切り者だ。だから、俺があんたの主に何かしたとしたら?」

 

「報復は深海棲艦に、ですか?」

 

 答えを口にしたルリに対して、藤井提督は笑った。声を上げずに、心の底から嬉しそうに、笑顔を浮かべた。

 

「軍人となったなら、死ねと命じることが必要だ。戦うと決めたなら、俺達は護るべき国民のために死ぬことも、それを認めることも必要なんだ」

 

「それは、指揮官の」

 

「俺達も、軍人なんだよ、ホシノ・ルリ提督代行。俺たち提督は確かに指揮官だ、必要なら艦娘に死ねというしかない。でも、その中に、俺達が入ってないなんて、『絶対にあり得ない』だろう?」

 

 晴れやかな顔の藤井提督に、ルリは何も言わなかった。

 

 軍人なら部下に死ねと言える。指揮官ならば、私情を捨てて、護るべき者の壁になって死ねといえる、そういった意思が必要だと教えられた。

 

 我が身が可愛いなら、命が惜しいならば軍人となるな。軍人が護るべき者を見捨てて、真っ先に逃げ出したならそれは、軍人ではなく詐欺師である。

 

 しかしそれは最前線の兵士だけの話だろうか。指揮官ならば最後まで生き残り、護るべき者を護るように最善を尽くすべきだろう。考えるべき者が消えたら、後に残ったのは消耗戦の後の敗北。

 

 軍人としての敗北は、護るべき国民が死んでしまったことを意味する。

 

 国民を困難から護るために、どんな汚名を被ったとしても、最後の最後まで抵抗して脅威を反らすのが軍人だから。

 

 けれど、その最後の最後に、指揮官が入らない。そんな考えは、あるわけがない。最後の一兵まで戦え、そんなの非現実的であり、そういった考えで動く指揮官こそ無能で、最初に死んだ方が全軍の損耗率を抑えられる、という考えもある。

 

 だからこそ、優秀な指揮官は最後まで生き汚く足掻いて生き残って、最後の最後まで抵抗するべきだ。

 

 そういった考えをルリは何度か教えられたことがある。しかし、その最後の最後になったとき、その指揮官はどうするべきか。

 

「だから俺は、俺自身に『死ね』と命じた。俺の命で、君たちが動いてくれるなら、俺は笑って死ねる」

 

 晴れやかに語る彼に、ルリは侮蔑も怒りも向けられなかった。

 

 その考えは、その思考は、間違いなく自分と同じものだったから。テラを護るためなら、サイレント騎士団全軍すり潰しても構わない。自分の命さえ、捨て駒にできる覚悟と決意がある。

 

 だから自分の近衛は異形で固めた。最後の最後には、すべてを巻き込んで盛大に白兵戦、その後に自滅出来るように。一人でも多くの敵を道連れにして消滅できるように。

 

「貴方は、貴方はそれだけの考えが出来てどうして?」

 

「間違っているかもしれない。日本を護るには、こうするしか・・・・・」

 

「どうして最初に『助けてくれ』といえなかったんですか?」

 

 笑っていた藤井提督の顔が、固まった。何を言っている、意味が解らないと目線が泳ぐ中で、ルリは少しだけ悲しそうな顔を向けた。

 

「貴方の評価は聞きました。周りの人の評価もです。軍人として失格、その意味がようやく解りました」

 

「何を、何を言っているんだ。俺は、俺は軍人として」

 

「貴方は優しい人です、本当に優しい、人のために、自分のために厳しい言葉が言える優しい人です」

 

「なんだ、何が言いたいんだ?」

 

「だからこそ、貴方は優しい人で終わってしまった。貴方は軍人ではなく、ただの人だったんです」

 

「何を言っている?! 俺は、俺は軍人だ!」

 

「軍人とは、護るべき国民を守るために」

 

「ああ! だからこそ!」

 

 間違っていない、と藤井提督は心の底から叫ぶ。人の話を聞いて、人と相談して、自分で考えて、艦娘達とも意見を交わしあって。

 

 もうこれしかないと結論が出たことなのに、彼女は否定してくる。軍人として、議論をつくし、戦術を練り直し、これだと決めた意思を。

 

「あらゆる手段を行える人達のことを言うんですよ」

 

 一瞬で砕かれた。

 

「え、は? 何を」

 

「他者を利用し、汚名を被ろうとも、護るべき者のために。頭を下げることも、土下座だって行える。プライドがない、おまえは軍人として恥ずかしくないのか、そんなことをいう人たちなんて、本当の軍人じゃない。軍人としての矜持とは、護るべき者達が今日も平穏であること。その一点なんです」

 

 言葉が続かない藤井提督に、ルリはずっと悲しい瞳を向けていた。

 

 日蔭者、冷や飯食らい、税金泥棒、存在する価値がない、そう言われても笑って過ごせる、そう言われることを誇りにしてきた人たち。

 

 いつか、自分達が廃業になればいい、そういった偽善のような言葉を、心の底から信じて言える人たち。

 

 ルリが知っている、軍人とはそういった人たちだから。武人であった、自らの勲章に誇りを持っていた、自分を律することを責務として、何があっても決して感情を荒げない冷静な人たちであった。

 

 そして、必要となれば往来でも土下座できる、自分のプライドなんて簡単に捨てて、護るべき者達を護るために最善の手段をとれる人達だったから。

 

「だから藤井提督。貴方がしたことは、軍人として最も失格なんです」

 

「違う、違う、俺は」

 

「『命を奪う武器を持つ者は、命を護る、その一点においてのみ存在を許される』。貴方は、軍人として、命を奪う武器を持つ者として、自らの命を奪ってまで命を守ろうとした。でも、それは命を無意味に捨てさせるだけで、命を護ることにはなりません」

 

「違う俺は!!!」

 

「テラさんに何かしたら、サイレント騎士団は・・・・いいえジョーカー銀河帝国軍は『この星系ごと』深海棲艦を消します」

 

 激情のまま反論していた藤井提督は、言葉に詰まってゆっくりと顔を下ろした。

 

「貴方は、『サイレント騎士団』のことを聞いていても、その戦力までは知らなかったんです。情報収集と情報の精査を怠った」

 

 ゆっくりと藤井提督は、力なく床に膝をつき。

 

「その結果、貴方は軍人として最も取ってはいけない手段を、とってしまい」

 

 再生した右手と左足首も、力なく彼の体を支えることなく。

 

「護るべき国民の命を消す、そのための手助けをしてしまった」

 

 彼はゆっくりと床に倒れ、そのまま頭を抱えて。

 

「『サイレント騎士団』のことを知ったなら、私やテラさんのことを知ったなら、貴方が最初にするべきは、私達の性格の情報を集めて、評価を聞いて」

 

 耳を覆って心を体の奥底に沈めて。

 

「どうすれば助力を得られるか、それを正確に考えて結論を出して」

 

 もう聞きたくないと藤井提督は体を丸めて。

 

「私たちに対話を求めることだったんです」

 

「あ、ああああああああ!!!!」

 

 魂の底から叫び声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 叫び声しかあげない元軍人がいる執務室を後にして、ルリはゆっくりと廊下を歩く。

 

「・・・・・・・私達も選択を間違えたかもしれません、テラさん」

 

 ポツリと呟き、彼女は廊下から外を見つめた。

 

 武力に対して武力を、言葉に対しては言葉を。昔からしていたことだから、この地でもそうやってきたが、考えてみれば知らない人からしてみたら会話などしない、残虐非道な集団に見られていたかもしれない。

 

 けん制になるから、周り中が警戒してくるからと、それでいいと放置していたことだが、今回の一件で見直すべきかもしれない。

 

 否、とルリは気を引き締めた。自分達は力と狂気と、恐怖と狂乱の集団でいい。対話をしてくるなら、それに答えることはあっても、暴力こそがすべての『サイレント騎士団』だ。

 

 残虐非道だからこそ、護れるものもある。手を出したらどうなるか、それを刻みつけてこと存在する価値があるのだから。

 

 後悔はここまで。ルリは気を引き締めて、窓の外を睨みつけ。

 

「思い知らせてあげなさい、何処の庭で好き勝手したかを」

 

 攻め込んできた勇敢な深海棲艦に向けての、最後の称賛のために。深海棲艦に対して、明確な駆逐宣言のために。

 

「いいですね、『吹雪』」

 

 最大戦力をぶつけることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ざっくりと斬られたテラが、ゆっくりと崩れ落ちる。

 

 やった、とアンドロメダは内心で喝采を上げていた。対魔力や対抗力、抵抗力といったチートを通り越したバグな防御能力を持つテラに対して、確実な一撃を与えるのは何か。

 

 最強の楯に対して、何が有効か。そんなのは決まっている、最強の矛だ。では最強の矛とは何か。

 

 『神帝』の防御を貫通できる武器、それは彼が持っている。『光滅』ならば、テラの防御を貫通して、彼自身を抹消できる。

 

 刃は確実にテラを斬った。これで倒せる、これでようやく過去の恨みを。

 

「・・・・・・それで満足?」

 

「な?!」

 

 すべてが幻だったように、テラは無傷のまま目の前に立っていた。

 

「馬鹿な!? 『光滅』だぞ! あの刃に斬られたら、お前といえど!」

 

「うん、まあ、えっとごめん」

 

「謝るな!!」

 

「あ~~耐性がついたから。『光滅』を持っていたら、斬られたくらいじゃ死ねなくてね」

 

 アンドロメダは、言葉が出てこなかった。

 

 気楽に笑う彼に、そんな人外の体質を持つ化け物に。今までの計画が、何度も議論をした必勝の方法が。

 

 通じなかったなんてありえない、そんなことあっていいはずがない。

 

「さてと、じゃあ」

 

 軽く手を振り、『光滅』を持ったテラの姿に、アンドロメダはハッとして艤装を切り替える。

 

 先ほどまでは鬼級の艤装を無理やり繋いでいたが、今からは自分本来の艤装だ。『光滅』の刃に触れたら、艤装が消えると知っていたから、自分のものではないものを使っていたが、万全の『神帝』を相手にするなら、自分専用の艤装でなければ勝てない。

 

 勝てるのか、と心の何処かで震えている自分がいるが、アンドロメダは気合を入れ直して身構える。

 

「後は任せたよ」

 

 テラは笑いながら、『光滅』を消して。

 

「何を?!」

 

 そしてアンドロメダは、全身を吹き飛ばされた。

 

 何がと飛ばされながら向けた視線の先。

 

 テラと自分の間に一つの影が存在していた。

 

「遅れてすみません」

 

 殴りつけたのか、戦艦の中でも最大重量を誇る艤装を持つ自分を。

 

「最速でかけつけたんですけど、間に合いませんでした」

 

 振り抜いた左手を、ゆっくりと戻した姿に、アンドロメダは驚愕を浮かべていた。知ってはいた、規格外で、艦種の括りに入らない能力を持っていたことは調べていた。

 

「すみません、この失敗は二度と繰り返しませんから」

 

 飛ばされた体が海面に叩きつけられた。どのくらい、どの程度とアンドロメダが顔を向けた先、小さくなった八丈島が映った。

 

 馬鹿なと口の中で言葉が回った。

 

「ですから」

 

 言葉は至近距離から。何処からと顔を向けた先、後頭部に衝撃が走った。続いて全身に痛み、海面に叩きつけられたと気づいた時には、背中に再びの衝撃が走る。

 

「ここから先は私に任せてください」

 

 アンドロメダは、自分に降りてくる言葉に、海面に叩きつけられたまま、顔だけ後ろと向けた。

 

「改めまして、侵入者さん」

 

 そこにいたのはやはり、あの駆逐艦。

 

 けれど、その顔は見たことがなかった。

 

「八丈島鎮守府初期艦」

 

 アンドロメダの全身を殺気が包む、怒気が四肢を吹き飛ばしたような錯覚を感じて、体中が震えだす。

 

「テラ・エーテル提督とホシノ・ルリ提督代行が率いる艦隊の、総旗艦を任されている」

 

 叫び声が喉まで出かかって、逃げるように体の奥底へと引っ込んでしまう。

 

駆逐艦吹雪です。こんにちは

 

 逃げだそうと体に力を込めて、抵抗しようとして艤装を動かしたアンドロメダの上から。

 

そして、さよなら

 

 圧倒的な絶望(鬼神の一撃)が降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

 








 気づいた時には消えていたんです。

 本当なんです。

 『あ、ちょっと行ってきます』って、凄く怖い顔をしていたんですよ、止めようがなかったじゃないですか。

 私一人が残されて。

 え? 追いかけろ?

 新人みたいな私になんて無茶を言うんですか?!
 
 











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鎮守府動乱・5




 君の敗因を教えてあげよう。

 なに、そんなに難しいことじゃない。とても簡単なことだ。

 戦力の選定を間違えた? いいや合っているよ。実に合理的だ、理想通りともいえる。

 相手の戦力を過小評価した? 適格だったじゃないか。間違いなく、あの方法でしかあいつは倒せないだろう。

 違う違う、君の敗因は、『神帝』って化け物の成長度合いを読み違えたことだよ。

 あいつの成長はな、近場の部下に伝達するんだよ。それを知らなかったのが、敗因だ。








 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その一撃は、地上から天上への反撃の一撃のように、高く上がった。轟音と立ち上る水柱の中を、彼女は必死に走り抜けた。

 

「・・・・・なるほど」

 

 声がした、背後から聞こえてきた声に振り返ると、そこには拳を握ったまま首を傾げる少女がいる。

 

 純朴そうな見た目、何処にでもいるような女の子。

 

 特に特徴なんてない、と言われたら思わず頷いてしまうような外見の存在は、ゆっくりと拳を開いていき、再び握る占める。

 

「幻、いえホログラムですか?」

 

 グッと言葉に詰まる。元々は惑星強襲用に備えてあった艤装の機能だ。周りの景色を反射することで、隠密に敵惑星へ進撃するための装備が、深海棲艦になったことで進化したもの。

 

 相手の視界に自分の姿を、少しだけズラすことで相手の目標を反らす。僅か数秒ほどで消えてしまう機能だが、格闘戦や砲撃戦を行う上ではとても有効だ。

 

 相手の攻撃の瞬間、砲撃の一瞬の隙間に幻を見せることで、攻撃を簡単に反らすことができるのだが。

 

「・・・・・・」

 

 二度、三度と彼女は拳を振る。何かを測るように、何かを見据えるように。

 

「解りました」

 

 理解した、というのか。いや解っていても、目で捕えて攻撃する艦娘には有効なはずだ。レーダーで捕らえたとしても、電波さえも反射できるのだから、こちらを補足することなんて不可能だ。

 

「このあたり」

 

 くる、とアンドロメダが艤装の機能を動かしかけた瞬間、艤装の半分が消えていた。

 

 悲鳴をかみ殺す。相手の攻撃の速さは理解していた、攻撃範囲の広さも知っていたはずなのに。

 

 なんだこれは。

 

 疑問が体中を駆け巡り、答えを求めるように視界が動きまわる。

 

 なんだというのだ。

 

 解らない、理解できない。彼女はあの位置から一歩も動いていないのに、何が起きたというのか。

 

「つまり、薙ぎ払えばいいんですよね?」

 

 ニッコリ笑顔を浮かべた吹雪が、右手にいつの間にか持っていた剣を振り抜いた。

 

 衝撃は来なかった。痛みもなかった。ただ、目の前に広がる青空があって、体の力が抜けていくのを感じだけで。

 

 後にはもう、青い空ではなく、青い海が視界を埋めていくだけだった。

 

 沈んでいく敵艦を見送り、吹雪は軽く背伸びした。

 

 幻を使う相手は初めてだったが、あんなにもやりにくいものか。そこにいると知覚しているのに、実際は少しだけズレた場所にいる。感覚と視界の違いに、思わず攻撃を外してしまうなんて。

 

 初期艦失格かなぁ、と彼女は心の中で呟いて、海面を蹴とばした。

 

「金剛、お待たせしました」

 

「ふぇ?! ふ、吹雪さん!? え、ええ?! 何処から来たんですか?」

 

「鎮守府に襲撃があったので、ごめんなさい」

 

 できるだけ穏やかに、優しく語りかけたつもりだったのに、何故か彼女は半分ほど涙目で答えた。

 

「戻らないと・・・・・・大丈夫ですよね。もう終わったんですよね?」

 

「はい、どうしまいた、金剛?」

 

 何故か、少し影を背負ったような彼女を心配しながら、敵弾を切り裂く。

 

 空中に咲く爆炎の花を少しだけ見た後、吹雪は剣を振り抜いた。

 

「ええ~~」

 

 金剛、何故か力が抜けたように海面に座り込む。

 

「まだまだ敵艦がいますよ」

 

「なんで、あんなに苦労したのに。砲撃しても当てられなかったのに。なんで、どうして?」

 

「ほらほら、まだまだ戦場なんですから。行きますよ」

 

「・・・・・もう吹雪さんがいればいいんじゃないの?」

 

「私ができることなんて、小さいものですよ」

 

 まだまだ修行不足を実感したところなのに、金剛は酷いことを言うなと吹雪は思ったのでした。

 

 一方、金剛は思う。『あれで小さいものだと、自分は何なんだろう』と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女は小さく、遥かな方の水平線を見つめた。

 

「さすがに吹雪さんの速力には追いつけないわね」

 

「ヨソミスルナ!!」

 

 轟音と衝撃、怒声と共に叩きつけられた砲弾は、空中で撃ち落とされる。

 

 何度目だとレ級は唇を噛みしめた。

 

 先ほどから同じだ。砲撃は通じない、魚雷は通らない、艦載機は残らず撃ち落とされる。何度も攻撃しても、何度も攻撃手段を変えても、相手は自分を見ずにすべて相殺して見せた。

 

 これはなんだ。あの鎮守府の強敵は、吹雪だけではなかったのか。どうしてこうなった。自分は強いはずだ。深海棲艦の中でも、特別な存在であり、かつての地球の軍艦の性能を超えているはずだ。

 

 自分は元、宇宙戦艦。相手はただの水上艦。技術的な差から、攻撃方法まで、その実力差は天と地ほどもあるはずなのに。

 

「オマエ・・・・・」

 

「そろそろ終わりにしましょう」

 

 相手が初めて視線を向けてきた。

 

 思わずレ級は身構えた。相手はこちらを見ただけなのに、砲塔が向いたわけではないのに。思わず、防御を考えさせられた。

 

 グッとレ級の表情が歪む。相手は第二次世界大戦時代の骨董品、その中でも欠陥戦艦と呼ばれていた扶桑型。

 

 自分は、地球連邦軍の最新鋭艦だ。もし竣工したら、『ブルーノア』と名付けられたかもしれない軍艦なのに。

 

「オマエェェェェ!!」

 

 前武装を一斉発射。塵も残らずに消し去ってやる。

 

 気合と怒声を込めたレ級の一撃に対して、扶桑が行ったことはたった一つ。

 

 左手を払ったのみ。

 

「エ?」

 

 魚雷も砲弾も艦載機も、何もそこにはなかった。レーザーもビームも、青い空に痕跡さえ残すことなく、消えてしまった。

 

「エ?」

 

「無駄な攻撃が多い艦ね。軍艦なら、いいえ戦艦なら一撃で終わらせなさい」

 

 何をと思ったレ級の顔面を、一発の砲弾が吹き飛ばした。

 

 痛みと衝撃に仰向けに倒れる彼女の視界に、扶桑の砲塔が一つだけ、向けられているのが見えた。

 

「何発、何機、そんなものは無意味よ。たった一発、たった一機、相手の防御を貫通して撃破できればいい。貴方の攻撃すべて、それが出来なかった」

 

 倒れる、そんなバカな。レ級が驚愕に顔を染める中、扶桑は背中を向けて進み始めた。

 

「次に会うときは、きちんと命中させなさい」

 

 ふざけるな、レ級が手を伸ばす。相手は無防備に背中を向けている、そこに砲撃を叩きこめば。相手はたんなる骨董品、欠陥品で防御も薄い。一撃だけでいい、それが命中すれば。

 

 ニヤリと笑い、砲塔を動かしたレ級に対して。

 

「遅い」

 

 後ろを向いた扶桑の砲身が、次々に砲弾を叩きこんだ。

 

「本当に、遅い敵だったわね」

 

 笑顔を浮かべたまま沈んでいくレ級に、扶桑はため息をついた。あれだけの武装があるのに、攻撃が来るまでに五秒も時間があった。自分なら五秒もあれば十発は砲弾を撃ち込めるのに、あの敵は笑顔を浮かべて構えているのみで、攻撃してこない。

 

 なんだったのだろう。ひょっとして馬鹿にされていたのか、それとも何かの策略かと勘繰ってみたのだが、終わってみれば意味が解らない疑問のみが残った。

 

「荒潮、どう思うかしら?」

 

「つまり、『おまえには速さが足りない』ってことですね、扶桑さん!」

 

 何故か頬を染めた彼女に、扶桑は思う。

 

 最近の子は、何を考えているか解らない、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 広い海に、ただ一人、遠い世界に自分だけだったら、孤独に押しつぶされてしまうかもしれない。

 

 仲間がいれば嬉しい、頼れる戦友ならばもっと頼もしい。

 

「ハッハッハッハ!! 楽しいな! 不知火!」

 

 けれど、こんな戦友ならば断わった方がいいだろう。いいや、絶対に断るべきだ。

 

 不知火は固く心に誓う。次の機会には、きちんと自分の意見を押し通そうと。受け身ではだめだ。絶対に自分の不利になる。きちんと自分の意見を口にして、それを曲げずに押し通すことが大切だ。

 

「なかなかやるな! では次は私の番だ!」

 

 挫けたら駄目だ、挫折は自分の命を縮める。諦めは終わりではなく、苦痛の始まりでしかない。前を向いて歯をくいしばって、絶対に諦めずに口にするべきだ。それこそが正解だ。

 

「ほう! 狙いは正確だな!」

 

 前に前に、絶対に後ろを振り返るな。絶対に後退するな。相手が誰であっても、決して道を譲ることなく突き進め。

 

 固く決意する不知火は、拳を握って誓う。必ず、次の時には否定して自分の道を突き進む。その先に待っているのが誰でも倒してやる。

 

 例え、吹雪でも。

 

 『へぇ』、なんて笑顔を浮かべた初期艦を思い浮かべてしまい、慌てて不知火は首を振った。

 

「んん!! いいぞいいぞ! 胸が熱いじゃないか!」

 

 待った、ちょっと待とう。いくらなんでもいきなり吹雪は駄目だ。あの艦に勝てる自信がない。いきなり前言を撤回してしまうかもしれないが、この場合は逃げではなく戦略的撤退であり、被害を拡大しないための手段を実行しただけだ。

 

 大損害より小破の方がいい。まだ被害が少ないうちに戦略を見直し、戦術を練り直すのは当たり前の話だ。

 

「フハハハハハ!! 次はどいつだぁ?!」

 

 暁が相手でも。いやダメだ。あの艦も駆逐艦じゃない。響、雷、電でも無理だ。模擬戦で戦っても勝てたことなんてない。同じ駆逐艦じゃない、あんなのは駆逐艦とは言えない。

 

 あ、敵を駆逐する艦で駆逐艦か。なるほど、不知火は一つ、またお利口になった。これで次の時には戦い方の幅が広がるだろう。

 

 蹂躙艦、なんて艦種ができるかもしれない。そっちのほうがあっていないだろうか。きっとそうだ。駆逐艦ではなく、蹂躙艦。うん、ぴったりとはまり過ぎて返って怖い。

 

「不知火、次に行くぞ」

 

「・・・・・・不知火に落ち度でも」

 

「そうかそうか、おまえもまだまだ戦い足りないか」

 

「不知火に落ち度でも?!」

 

 もう泣いてやる。不知火は、早々に自分が決めたことを忘れることにした。

 

「吹雪さんが見せてくれたからな、私も頑張らねば」

 

 胸を張って敵艦隊へ突撃していく長門の背中を見つめ、不知火は諦めた目で追従するのでした。

 

 無謀な突撃をする戦艦、それについていける段階で、不知火も駆逐艦の分類に入らないのでは、なんてことは思ってはいけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 問、『空母ってなんですか』。

 

 答え、艦載機を扱う艦種です。

 

「え、嘘」

 

 叢雲は思わず、自分の中で出した答えが瓦解していくのを感じた。

 

「・・・・・・・・なるほど」

 

 ゆっくりと彼女は拳を引いていく。

 

「こう、ですね」

 

 再び突き出した拳が、戦艦らしい深海棲艦の艤装を貫通した。

 

「浸透系ならば、貫通させられる。吹雪さんの言っていることは、こう言うことだったんですね」

 

 うんうんと頷く彼女は、弓を背中に背負ったまま、拳を握って突き進む。

 

「あ、赤城さん?」

 

「はい?」

 

 呼びかけに振り返る彼女は、イ級を蹴とばし、空中に上げた後に、踵落としで海面に叩きつけ、粉砕していた。

 

「どうしました?」

 

「え、その、えっと。艦載機は?」

 

「ああ、そうでした」

 

 思い出したように、赤城は弓を構える。

 

 良かったと叢雲が安堵した次の瞬間、赤城は弓を持ってイ級を切断していた。

 

「これ、新作なんですよ。なんでも、レーザーブレードの技術を応用して、艦載機を飛ばす形体と切断機能を持たせた形態に出来るとか。忘れていました」

 

 嬉しそうに笑う彼女は、とても魅力的な女性なのだが、叢雲はそんなこと知ったことかと内心で叫ぶ。

 

 違う、そうじゃない。艦載機で攻撃をするのが空母じゃないか、と。

 

『ねえ、加賀姉。通背拳って踏み込みだったっけ?』

 

『踏み込んだ力を体を通して相手に叩きこむのよ。瑞鶴、大切なのは踏み込み』

 

『は~い、よし』

 

『鳳翔さん! それ突き刺すものじゃない気がします!』

 

『あら、つい矢を突き刺してしまいました』

 

『瑞鳳さん! 待って! 本当に待って!!』

 

『空母が接近戦できないなんて、そんなことない』

 

『だから足技で沈めるの止めてぇ!』

 

 通信が、色々と意味不明なことを伝えている。ああ、もう、この鎮守府の空母は艦載機で戦わない艦種らしい。

 

 空母、航空機母艦じゃなくて、空を裂くどっかの戦士のことかもしれない。

 

「さあ、次は艦載機を」

 

 やっと弓と矢を取り出した赤城に、叢雲は安堵したのですが。

 

「・・・・・・いいえ、ここはこの赤城、拳でやりましょう」

 

「赤城さん!?」

 

「一航戦、赤城、拳で推して参ります」

 

 何故か、再び弓を背中に背負って彼女は走り出したのでした。

 

 後に叢雲は知る。空母組がこんな妙な戦い方を始めた理由が、『武器がない時は拳で行ける』なんていった、提督の馬鹿な発言だったことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 順調に、海域を掃除中。

 

「さて、次はこちらでしょうね」

 

 提督代行は、イスに座り直して前を向いた。

 

「俺に何をさせるつもりだ?」

 

 正面のイスに座った藤井提督に、彼女は静かに微笑んだ。

 

「貴方の願いの通りに」

 

「何を言っている? 俺は裏切り者だ。何も出来なかった、裏切り者なんだ」

 

「ええ、そうでしょうね。でも、だからこそできることがあります」

 

「何を」

 

 言っていると、藤井提督は言いかけて、言葉を飲み込んだ。

 

 何処までも鋭い光をたたえた、ホシノ・ルリ提督代行の瞳によって。

 

「貴方には、裏切り者として探ってもらいます」

 

 優雅な仕草で彼女は、自分の頭を指差した。

 

「深海棲艦、その親玉の場所を、ね」

 

 クスリと笑う彼女に、藤井提督は思い知った。

 

 自分が利用しようとしていた相手の、本質というものを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








 素敵なパーティを始めましょう。

 誰もが心躍るような、そんなお祭りを。

 本当にそんなことができるか、そんなこと考える暇なんてないよ。

 だから、ぽいぽいってパーティをしましょう。






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鎮守府動乱・6




 遅くなりました。



 
 





 

 

 

 

 

 

 東堂はその報告を受けて、深く息を吐いた。

 

 八丈島鎮守府を投入しての内海の掃除は、順調に進んでいる。今のところ、人的被害は発生していない、多少のタンカーや輸送船が被害が出ているが、人的被害が発生していないのは朗報だろう。

 

 残る問題は、それを護るために動いている艦娘の被害だが。

 

 これは出ている。

 

 いくら八丈島鎮守府が優秀で飛び抜けていても、広大な内海のすべてを掃除できるほどではなく、どうしても空いてしまう海域は出てくる。少数精鋭といえば聞こえがいいが、広大な海域、巨大な戦線を維持できるほどの人員はいない。

 

「ままならないな」

 

 艦娘の被害は轟沈はいないが、中破はいくらか。上手く、八丈島鎮守府の戦域展開の隙間を突かれたか、あるいは偶然にすれ違ってしまったのか。

 

 そう考えた東堂は、違和感を覚えた。

 

 あのルリが、見落とすなど、あるものか。

 

 本拠地が攻撃された時さえ、接近には気づいていた。以前の作戦にも、敵艦隊の取りこぼしなんてなかった彼女が、今回に限って見落とした、あるいは索敵を怠ったなどあるものか。

 

 いや、待て、と東堂は嫌な予感が脳裏を通り過ぎた。

 

 これはまさか、そんなバカな。自分が思いついた考えを否定しようと首を振ったが、嫌な予感は徐々に膨れ上がってくる。あれほど釘を差したはずだ、はっきりといったはずなのに。

 

 外れてほしい、そう願った東堂は速やかに立ち上がり。

 

「総長!! クーデターです!!」

 

 駆け込んできた報告に膝を折ることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『我々はここに、日本からの独立及び深海棲艦への和睦を伝える』

 

 ルリは思わず、深くため息をついた。

 

 テレビに映っているのは、何処かの鎮守府の提督、そんな部類の男ではなく。もっと上の立場の軍人でもない。

 

「呉の反乱ですか」

 

 日本の四大鎮守府の一つ、呉の鎮守府の提督の宣言に軽く首を振ってしまう。まさかまさかのそのまさかなんて事態、想定していても実際に発生するなんて考えていなかった。

 

「どうしますか?」

 

 演説を続ける男を見ながら、大淀は命令を待っている。呉の味方するのか、あるいはこのまま日本海軍として戦うのか、戦うとしたらどちらを敵として戦うのか。

 

「どうとは?」

 

 一方のルリはとても自然に、混乱も動揺もせずに言葉を返した。

 

 意図は伝わっているはずなのに答えのない言葉に、大淀は言葉を続けることなく提督代行を見つめる。

 

「大淀、一つだけいいことを教えてあげましょうか」

 

「なんですか?」

 

「歴史上、クーデターによって発生した政権は、長続きしないんですよ」

 

「それは」

 

 確かにそう、なのだろうか。大淀の脳裏に、かつての歴史が何度も蘇る。過去、人類が国というものを持ってから、国王や皇帝を倒して、あるいは国の代表を殺害して国を乗っ取った人々は確かにいた。

 

 その多くが長続きしなかったか、というと。そういうわけではない。長く続き、繁栄した国家も確かにあった。なのに、彼女はまるで絶対に失敗することが解っているように、はっきりと断言してきた。

 

 ならば、歴史ではなく彼女の意図を読むべきか。大淀は素早く思考を切り替える。提督代行の補佐として、ずっとやってきたのだから、今更になって彼女の考えが読めない、なんてことはない。

 

 今までのこと、ふざけたこと、真面目なこと、色々な記憶を思い出していきながら、やがて彼女は口を開く。

 

「軍人が表に出ているから、ですか?」

 

「半分正解。軍人が現政権を打倒して長続きした政権はありますよ。でも、そのどれもが、途中で倒される。どうしてだと思いますか?」

 

 再度の問いかけに、思考を再び動かす。

 

 軍人とは、戦う人たちだ。兵站を担う人たちもいるだろうが、基本的には戦闘に特化しており、内政を疎かにしてしまい、気づいた時には資源や資金が枯渇して国民に負担を強いてしまう。

 

 かつて、第二次世界大戦時の日本がいい例だろう。

 

 しかし彼女は半分正解と言った。それは何故か、どうして半分なのだろう。軍人と役人の違いは、政治家と軍人の違いは何か。民主主義と軍国主義の違いだろうか。

 

「簡単な話です」

 

 ルリは小さく指を立てて、微笑む。

 

「彼らは軍人だからですよ」

 

「え、はい、それはそうですけど」

 

「軍人とは命令に従う、それを徹底的に教え込まれます。例え、どのような短縮教育を行われようとも、命令には従うは徹底的に教え込みます」

 

 それはそうだろう、と大淀は頷く。

 

 軍人一人一人が命令に従わなければ、軍という巨大な武力組織は破綻する。個人の勝手な判断で動いた結果、作戦が遂行できず、あるいは作戦目標以外のものを攻撃してしまえば、武器や弾薬が徐々に枯渇していき、最後には自分の首を絞めるように敵の攻撃を受けて自滅してしまう。

 

 そして、護るべき者を犠牲にして消えて行ってしまう。

 

「だから、軍人が政権を握ると、上の命令に疑問を挟まずにしたがってしまう。多角的な視点が欠如するんですよ」

 

「あ」

 

「国家の運営は個人が行えるほど小さくはなく、様々な知識と経験、あるいは技術や意見が必要になっています。だから、民主主義は出来上がったんですよ。最終判断を行う人物がいたとしても、多くの意見を集めて、多くの議論を重ねて最善を目指せるようにね」

 

「確かに、そうですね」

 

「だから、上の命令に機械的に従う軍人では、国家の運営は不可能なんです。思想的にも、性質的にもね」

 

 大淀は頷き、そうなのだろうか、と疑問を感じてしまった。

 

「でも、危機的状況下せ即応性が求められる場面では、軍人のほうが素早くできるのでは?」

 

 思わず口から出た言葉に、大淀はしまったと思ってしまった。今の完全に提督代行の意見を否定するものだ。

 

 お叱りを受けるか、いやそんなことはないだろう。大淀はそう思って相手を見ると、彼女は軽やかに笑っていた。

 

「ええ、そうですね。大淀も、そうやって意見が言えるようになりましたね。良かったと喜ぶべきでしょうけど、なんだか少しさびしい気がします」

 

「いえ、提督代行、そんなことは」

 

「娘が成長するとは、こう言うものなんですね」

 

 しみじみと感動している提督代行に、大淀は何と言っていいか解らなかった。今は非常時ですからと戒めるのには、自分の中の嬉しい気持ちが大きくて。ありがとうございますと伝えるには、あまりにも小さい出来事だったから。

 

「まあ、この話は」

 

 小さくハンカチで涙をぬぐったルリは、鋭くテレビを見つめた。

 

『我が考えに賛同する者たちは、我が元へ来たれ! 我らは決して艦娘を無碍にするものではない。すべての者を平等に扱う! そのための!!』

 

「この馬鹿者達をどうにかしてから、ですね」

 

『そのために我らとともに戦おう! 誰よりも平等と平穏のために!』

 

 馬鹿らしい、とルリは口の中で小さく呟いた。

 

 世界で最も平穏と平等とは程遠い、理不尽と不平等を知っているはずの軍人がこれでは。先も見通せない暗愚の意見としては、口に出していえるほど小さい理想ではない。

 

 まったくとルリが続けて何か言おうとしたとき、通信機が盛大に存在を主張した。

 

「はい、こちら八丈島鎮守府」

 

『東堂だ。すまない、ホシノ提督代行、頼みがある』

 

「ええ、どうぞ」

 

 まるで彼の頼みが予想できたかのように、ルリは自然と先を促した。

 

『君たちの『戦力』を借りたい』

 

 震えるように告げる東堂の言葉に、ルリは眉も動かすことなく相手の次の言葉を待った。

 

『報酬はいくらでも用意しよう。私に出来る範囲なら、すべて叶える』

 

「いいんですか?」

 

 自分達に、『血の十字架』に願うことがどういうことか、解って言っているのか、とルリは口外に告げる。

 

『ああ、これは軍人が行うことではないからな』

 

 東堂は震えるような声で、はっきりと告げてきた。

 

『これは私個人が、彼らを殺すことを決めて動いた。そういうことだ』

 

「解りました。テラさんに話を通します」

 

『頼む』

 

 通信を閉じて、ルリは立ち上がった。

 

「大淀、しばらく鎮守府をお願いしますね」

 

「提督代行」

 

 少しだけ顔色の悪い大淀は、思わず彼女を呼び止めた。

 

 何を言うべきか、何を伝えるつもりだったのか、大淀は呼び止めた姿勢のまま、口を開いたまま固まってしまう。

 

 上手く言葉が出てこない大淀に対して、ルリは大丈夫と微笑んだ。

 

「すぐに戻りますから」

 

 まるで散歩に行くように、彼女は執務室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「テラさん、というわけです」

 

「ん、そっか。東堂さんがね」

 

「はい」

 

 鎮守府の屋上で、テラは海を見ていた。

 

「艦娘でも、海軍でもなく、日本としてもでない、か」

 

「責任の所在を明確にして、他に追及が出ないように、でしょうね。東堂さんが個人的に行ったことなら、責任所在は明確です。国民にも言い訳ができるでしょう」

 

「政治かぁ、俺はあんまり好きじゃないなぁ」

 

「テラさんはそういった細かいことは苦手ですからね。だからアイリスさんが宰相として頑張っているんですよ」

 

「頭が上がらないなぁ。それで、ルリちゃん」

 

「私は受けてもいいかと」

 

 即答した彼女をテラは振り返って見つめ、再び海へと視線を投げた。

 

「東堂さんの頼みは断れないなぁ。解った、いいよ」

 

「では、そのように」

 

 一礼してルリは戻っていく。

 

 テラは海を見つめながら、小さく息を吐いた。考えは解る、大切なものを大切だというのは、誰もがしていることで誰もが否定できないことだけれど、それを言うことと行動に移すことは別物だろう。

 

「『命を奪う武器を持つ者は、命を護る、その一点において存在を許される』か。君たちの選択は間違いじゃない。でも、正解でもないかもしれないよ」

 

 彼はそう告げて、歩きだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鎮守府内部を歩くルリは、次第に表情を険しくしていく。

 

 呉の提督の言い分は理解できる。自分にだって、他のすべてより大切なものはある。最後の最後に護るべきものは、決して譲れない一線もある。

 

 何があっても、どうあっても、絶対に護り通すものが、彼らにとっては艦娘だったのだろう。

 

「でも貴方達は決して、その選択は許されませんよ」

 

 軍人であるならば。

 

 軍人として生きるのならば。

 

 国民を守るために武器を持ち、国民を守るために技量を磨き、国民を守るために最優先で物資を与えられた軍人ならば。

 

 コツコツと廊下を歩いていくと、その途中である軍人が立っていた。

 

「藤井提督」

 

「ホシノ提督代行、私は」

 

「貴方には貴方のやるべきことがあります。それだけを考えなさい」

 

 顔色の悪い彼に対して、ルリははっきりと突きつけた。

 

「深海棲艦の本拠地を探して教えなさい。それだけです」

 

「しかし、このクーデターは、私が原因ではないか。ならば、私が」

 

「貴方が動いても変わりませんよ」

 

 懇願するように告げる彼に対して、ルリは冷たい顔で斬り捨てた。

 

「彼らは貴方がいなくても動いた。それだけです」

 

「しかし」

 

「黙れ、今すぐ自分のやるべきことを始めろ。貴方が一秒、迷うごとに貴方が護りたい艦娘が一日以上、戦場にいることを忘れるな」

 

 グッと言葉に詰まった藤井提督を睨むように見つめ、ルリは最後に強く伝えた。

 

「解りましたね?」

 

 彼は何かを振り払うように、ルリとは別方向に歩きだした。

 

 

 

 

 

 

 これがのちの歴史において、『鎮守府動乱』と名付けられた事件の、終わりの一幕だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 









 死を前にして怯むのは戦士ではなく。

 生を望んで駆け抜けるならば、軍人ではない。

 武器を持って笑うならば狂人でしかない。

 命令のままに、護りたいものを胸に抱き、矜持を失わずに進む。

 それが、軍人ってもんだろ。

 違うか、坊主?







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