ハンターナイフ ―老いた狩人の回想― (はせがわ)
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プロローグ。

 

 

 ――――――餌だったと、おじいちゃんは言った。

 

 あの頃の人類は、竜にとっての餌。

 決して、その逆はなかったと。

 

 僕のおじいちゃんがハンターとして生きていた時代とは、まさにそういう時代だ。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「おれ、大きくなったらスラアク使いになるんだ!」

 

「わたしは操虫棍のハンターになる! ブレイブスタイルで竜なんてやっつけちゃうんだから!」

 

「ぼくは大剣使いになって、エリアルスタイルで戦う! かっこいい狩り技たくさんあるもん!」

 

 

 いつものようにぼくたちは、村の広場でハンターごっこをして遊んでいた。

 みんな思い思いに木の棒なんかを握り、それぞれの役になりきって遊ぶ。

 

 ぼくらの村は辺境にあって、ベルナやユクモ村にいるような有名な英雄なんかは居ない。それでもぼくらにとって“ハンター“という物は、まさに憧れの存在だった。

 どこどこのハンターがディノバルドを倒した、ライゼクスというモンスターを誰々が討伐した。そんな噂を伝え聞いては、みんなで憧れを募らせた。

 

 自分も将来、ハンターになりたい。かっこいい武器を操り、竜を倒す。

 いつか英雄となって、世界を救うんだと。

 

 そして今日も“訓練“と称して、みんなで木の棒を振り回して遊ぶ。

 伝え聞いただけの“狩り技”や、見た事もなく自分で想像しただけの“スタイル”で戦う真似をする。

 

 そんな中、いつも僕だけはミソッカス。

 身体も弱くてチビな僕は、ハンターごっこの仲間には入れてはもらえなかった。

 

「お前みたいなよわっちぃヤツ、ハンターにはなれっこねぇよ!」

 

「しゃーねぇ! じゃあお前イャンクックの役な! よぉ~しみんなぁ! かかれぇー!!」

 

 たまに運悪く見つかってしまえば、追いかけ回されて、棒で滅茶苦茶に叩かれる。

 狩り技だと言って滅多打ちにされたり、エリアルだと言って上にのしかかられたり、ペイントだと言って泥玉を投げつけられたりした。

 

 ――――ぼくらはハンター。悪い竜をやっつけているんだ。

 

 みんなはそう思い描きながら、いつも楽しそうに僕を叩いていた。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「おじいちゃんはハンターだったのよ。といっても若い頃だから、随分と昔の話だけどね」

 

 そうおかあさんが話してくれたのは、ある日の夕食の時。

 

「別に有名なハンターじゃなかったらしいけど……。

 おかあさんはよく知らないわ。もし話を聞きたいなら、一度お願いしてみたら?」 

 

 そう勧められるままに、僕はおじいちゃんの部屋へと足を運んだ。

 いつも優しいおじいちゃんが、実は昔ハンターだったなんて。それを聞いた僕は、すごく誇らしい気持ちで一杯だ。

 

 みんなの憧れ、モンスターハンター。そんなすごい人がこんなにも身近にいたなんてと。

 

 いつもみんなにいじめられている僕だけれど、僕のおじいちゃんは英雄だったんだ。

 本当のハンターに会った事もない、みんなとは違う。それだけで優越感が湧いてくる。

 みんなに自慢だって出来るし、おじいちゃんの英雄譚を聞かせてあげれば、僕も一緒に遊んでもらう事だって出来るかもしれない。

 

 そんな事を思いながら、おじいちゃんの部屋のドアを叩いた。

 いつものようにおじいちゃんは、僕を優しく中へと迎え入れてくれた。

 

「おぉ坊(ぼん)、どうした? なんぞワシに用事かぃ?」

 

 いつもニコニコ、でも少し気弱。そんなもうヨボヨボのおじいちゃん。

 この人が昔ハンターだったなんて、とてもじゃないけど信じられない気持ちだ。

 でももう僕は、この気持ちを抑える事なんて出来ない。だからおもいきって、お願いしてみたんだ。ワクワクしながらおじいちゃんの手を握って、僕は言ったんだ。

 

「おじいちゃんは、昔ハンターだったんでしょう?

 その時のお話を聞かせてよ!」

 

 

 ……………。

 …………………………。

 

 

 なぜその時、おじいちゃんが目を見開いたのか。そしてしばらく絶句し、固まってしまったのか。

 期待に胸を膨らませていた僕には、それを理解する事なんて出来なかった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「坊はハンターになりたいのかい?

 そうか……、かっこいいものなぁハンターは」

 

 

 やがて、少しだけ時間が経った後……、おじいちゃんは僕の頭を撫でてくれた。

 いつもしてくれるように優しく。でもその顔だけは、少し悲しそうに笑っているように思えた。

 

「でも爺が狩人をやっていた頃は、今とは全然違う時代でな。

 今みたいに強い武器も、かっこいい鎧なんかも無かったんじゃ。

 坊が喜ぶような話は、してやれんかもしれん」

 

 困ったように笑うおじいちゃん。でも僕は当然のように食い下がった。

 でもハンターだったんでしょ? どんなモンスターと戦ったの? どんな武器を使ってたの? きかせてよ!

 いつもはおとなしい僕の熱烈なお願いに、きっとおじいちゃんもビックリしていたハズだ。それでもかまわずお願いし続けた。こんなチャンスを逃がしてなる物かと。

 

「……そうじゃなぁ。旅先でどんな景色があったとか、どんな人と出会うたかとか。

 そういった話ならば、してやれるけどなぁ」

 

 そう言って話してくれたのは、僕にしてみれば、なんかつまらない物ばかり。

 こんな花を見たとか、海が綺麗だったとか、虫がすごく大きかったとか……そんな狩りとは関係のない話ばかりだ。

 僕はプリプリ怒りながら、竜やモンスターと戦った話をしてとお願いするのだけれど、おじいちゃんは困った顔をするばかり。

 

「いいかげんにしてよ、おじいちゃん!

 ぼくはハンターの話を聞きたいんだよ!

 竜と戦った話とか、どんなクエストをしたかとか、そういうのを教えてよ!」

 

 これは死活問題だったんだ。ずっと憧れてたハンターの話だし、明日からの僕の交友関係だってかかっていたんだ。

 だからおもわず、おじいちゃんに強く言ってしまう。それでもおじいちゃんは僕を見つめて、ただ優しく微笑むばかり。

 

「弱ったのぅ……。本当にワシらには、坊に聞かせるような話はなかったんじゃ。

 みんな命懸けじゃったし、とてもベルナやココットの英雄様のような、すごい狩りなんぞ出来なんだからなぁ」

 

 坊の夢を壊してしまうかもしれん。そんな風におじいちゃんは、いつまでも渋る。

 挙句の果てには「なんぞ英雄譚の本でも買うてやろうか?」と言い出す始末。

 僕が聞きたいのは、おじいちゃんのハンター話なんだ。そんな本なんているもんか。

 

 話してくれないおじいちゃんなんかキライだ!

 僕がついに、その伝家の宝刀を抜きそうになった頃……、ようやくおじいちゃんは、渋々といった風に頷いてくれた。

 

「爺の話、か。

 本当は、誰かに聞かせるような話でもないんじゃが……。

 でも坊も、将来ハンターになりたいんじゃもんな」

 

 そうおじいちゃんが、どこか遠くを見つめるような顔をする。ここではないどこかを。

 

「ならば、決して気分の良い話ではないが、お前に聞いておいてもらうのも、えぇかもしれん。

 今の時代とは違う、ワシらの頃の話を……」

 

 昔の自分に想いを馳せているのか、はたまた僕の根気に音を上げたのかは分からない。

 だけど僕は、そのおじいちゃんの表情が、妙に印象的だった。

 しみじみと呟く静かな声が、とても深い気持ちを表しているように感じたんだ。

 

 やがて、おじいちゃんが一度この場を離れ、どこかに仕舞ってあったんだろうひと振りの“剣”を取り出して来て、僕に見せてくれた。

 

「これって、おじいちゃんの剣!? おじいちゃんが使ってたヤツなの!?」

 

 それは、未だに鈍く光りを放つ、よく手入れのされた鉄の剣だった。

 初めて見る、本物のハンターの武器。僕はきっとキラキラ目を輝かせていたに違いない。自分では見えないけれど。

 

「あぁ、爺が昔使っていた剣じゃよ。

 これは“ハンターナイフ“というてな?、

 爺の時代のハンター達は、みんなこれを使って、狩りをしていたんだ」

 

 触ってみても良いかと訊いてから、おじいちゃんのハンターナイフを握らせてもらう。

 それはズッシリ重かったけれど、子供の僕でもなんとか両手を使えば持てるくらいの重量だった。

 大人の人であれば、右手だけでも軽快に振り回すことが出来るんだろう。想像してみると凄くカッコイイ。

 

「これは今でいう、“片手剣“という種類の物じゃが……。

 坊はハンターの武器の事は、どのくらい知っておるかの?」

 

「うん! スラッシュアックスとか、操虫棍とか! 大剣とか!

 僕はガンランスが一番かっこよくて好きだけど、みんな分かってくれないんだよ!」

 

「……そうか。でもワシらの時代には、操虫棍も大剣も無くてな?

 狩りの武器と言えば、コレ。

 ハンターナイフしかないような……時代じゃった」

 

 ナイフとは言いつつも、その重さと大きさは、軽いナタほどもある。

 僕にはとても振る事なんか出来ないけれど、なんとかよいしょとハンターナイフを持ち上げて、軽く動かしてみたりする。

 その光景を、おじいちゃんは微笑ましそうに見ていた。とても優しい顔で。

 

 

「たまに今でいうハンマーや、弓なんかを使ってとる者もおったがの?

 でもそれは……あくまで“人間“と戦う為に作られた武器じゃ。

 爺がハンターじゃった当時は、そんな雑多な得物を担いで、狩場へ行くしかなかった」

 

「そして、人間とは違う大きなモンスターと戦う為……、初めて考案されて作られたのが、このハンターナイフだったんじゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 “ランポス“

 

 鳥竜種に分類される、中型モンスター。

 主に群れで行動し、単独ではなく集団で獲物を狩る。

 全国各地、あらゆる場所に生息し、初めて狩り出たハンター達が、一番初めに対峙するであろう肉食獣。

 しかし、このランポスこそが、当時一番“人間を殺した”モンスターであった。

 

「今でこそ、大剣やランスなどの、強くて大きな武器が沢山あるがの?

 でもワシらの時代には、まだそんな物は無かった。

 みんなが、このハンターナイフ一本を握り、モンスターと戦うしかない時代じゃった」

 

 素材を集めて、武器を強化する。まだその発想も技術もない時代。

 ハンター達は皆、なけなしの鉄鉱石で作ったこの武器を使い、襲い来るモンスター達と対峙した。

 

 しかし、このハンターナイフという武器には。

 今の時代からすれば、とても武器と呼ぶ事の出来ない(・・・・・・・・・・・)程に、大きな欠陥があった。

 

「一発二発ならば、良いんじゃがな?

 でも何回か続けていくうち、すぐにもう斬れんようになる。

 モンスターの血や油が、刃に付いてしもうての? 刃が通らんようになるんじゃ」

 

 その一発二発で倒す事が出来れば、何の問題もない。しかしこのハンターナイフという貧弱な武器には、そんな殺傷力などありはしない。

 

「たとえ腕の立つ者でも、十数回は斬らねば、ランポスは殺せなんだ。

 頭を斬ろうと胴体を斬ろうと、所詮は人の力じゃ。なかなか死んではくれん。

 それほどまでに竜種の身体というのは、頑丈に出来ておるじゃよ」

 

「もう嫌になるほど、こちらの手が痛くなるほどに、滅多切りにせねば倒せんかった。

 しかし……、この脆弱な武器は、たった数発斬り付けだけで、切れ味が無ぅなっての?

 もうそこらの棒きれと、なんにも変わらんようになってしまう」

 

 それ以降はもう、脆弱な鈍器で殴っているのと、何も変わらない。

 せっかく繰り出した攻撃は、ランポスの固い鱗に弾かれ、そして態勢を崩してしまった所に、ランポスの群れが襲い掛かって来るのだ。

 

「もしランポスが一匹だけであったなら、数人がかりでやれば、なんとかなる。

 しかしランポスは群れで行動しよるヤツらじゃから、常に何匹もの数を、同時に相手取らねばならん」

 

 固い鱗に攻撃を弾かれ、グラリと態勢が崩してしまった所に、別のランポスが飛びかかって来る。そして身体を組み伏せられ、大勢のランポスたちが一斉に群がり、牙をむく。

 

 身体を食いちぎられて、絶叫を上げていられるのも、ほんの束の間だ。

 パンに群がる大量のハトのように、数秒と経たずに人の身体など、解体されてしまう。

 そんな光景を、おじいさんは何度も何度も、狩場で目にしてきた。

 

「8回ほど斬りつけては、背を向けて逃げる。

 少しでも安全な所まで走って、砥石で武器を研ぎ、また向かって行く。その繰り返しじゃった。

 腕に噛みつかれても、身体に組み付かれても、それを必死に振り切って走る。

 ただひたすら、遠くへ逃げる。出来ない時は死んだ」

 

「仲間の誰かが、ランポスに群がられたなら、皆いつも、それを合図に走った。

 一人が喰われているその隙を使って、何度も何度も、繰り返し逃げていったんじゃ」

 

 今でこそ、ハンター用の武器や防具などが、たくさん開発されている。

 ドラグライトや、エルトライト鉱石など、沢山の良質な素材を使った武具があり、その優秀な性能がハンター達の命を守ってくれている。

 しかしこの時代の武器という物は、あくまで“対人間”に作られた物、その延長線上でしかない。

 粗末な鎧を着た人間をなんとか殺す事が出来ても、固い鱗に覆われた強靭な生き物を相手するようには、出来ていなかった。

 

 竜種が持つ、神秘的な効果を持つ“素材”。それを使うという発想もなければ、作る技術も確立されていない。

 それどころか、まがりなりにも狩り用に考案されたというハンターナイフでさえ、複数のモンスターを相手取れるようには、とても作られていないというのが現状だった。

 

 もし仮に、すでに強力な素材がどこかにはあり、もうその技術が開発されていたとしても、それを手に取る機会など、おじいさんには来なかった。

 むしろ、狩場で共に戦ったどのハンターの手にも、その姿は見られなかった。

 

 少しでも鱗を切り裂けるように、肉に食い込むように。

 そう気休め程度に改良された、不純物だらけの低湿な鉄鉱石で作られた片手剣。

 それが裕福でもなく、貴族でもない自分達に許された、唯一の武器――――

 “ハンターナイフ“という名の、棒きれであった。

 

「やっとの思いで、その場のランポスを殲滅し終わった頃には……。

 毎回仲間の何割かは、おらんようになっていた。

 喰われて死んだ者もいれば、一人逃げた先で、別のモンスターにやられた者もいた」

 

 今でこそ狩りのパーティは、4人という決まり、いわゆる“ジンクス”がある。

 しかし武具にも知識にも乏しかった当時では、それこそ4人などという少人数では、どんな依頼も達成出来はしなかっただろう。

 むしろハンターたちは、この“人数”こそを唯一の頼りとして、毎日のように貧弱な武器を手に狩りへと出かけ、そして死んでいった。

 

「そんな風に狩りを繰り返し、何らかの目的を達成してから“クエスト”を終える。

 ランポス討伐が目的なら、あのトサカの部分を切り取って、報酬と交換する。

 一匹で、だいたい酒場の料理が一皿食える、その位の値段じゃったよ。

 そんなはした金(・・・・)さえ受け取る事も出来ずに、毎回何人もの仲間が死んだ」

 

 笑うでもなく、泣くでもなく、静かな表情で話をする。

 坊やにせがまれ、久しぶりに取り出してみた自身の武器、ハンターナイフ。

 愛剣と呼ぶには、あまりにも弱々しい、それを見つめながら。

 

「こんなハンターなんて割に合わない物、一体誰がやるんだって、そう思うかの?

 確かにこんな仕事、ワシの周りでも好き好んでやっとるヤツは、居なかったよ。

 でもそれは、もし他に選択肢があれば……の話じゃったな」

 

「あの時代……、ワシらにはハンターとなるしか、道は無かった。

 村々を鳥竜種達が襲い、人と作物が無残に食い荒らされとるような状況。

 ならば、動ける若者達は皆ハンターとなり、戦いに出るしか道は無かったんじゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 詳しい原因は、おじいさんも知らない。未だはっきりとした事は、何も分かっていないのだ。

 

 しかし自分が若者として、人生を謳歌しようとしていたその頃……、突然各地の村々に、示し合わせたようにモンスターが大挙した。

 

 太古の昔から今に至るまで、ずっと共存関係にあった、人とモンスター。

 その均衡は一瞬にして、なんの前触れもなく、唐突に崩れた。

 

 

 人類の平穏な時代は、そこで終わる――――

 

 そして、これまでは伝承でのみ語られていた、巨大な“竜”の存在。

 それが世界中の国々で、一斉に確認されていったのだ。

 

 

 

 



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意味すらなく。

 

 

 例えば、一振りの大きな剣を華麗に操り、竜を討伐する英雄。

 炎の出る剣や、氷の槍や、神秘的な輝きの防具を纏う英雄。

 

 今でこそ、ありふれた存在であるそれら。村の子供達が憧れるありふれた英雄譚。

 

 しかし、自分達の時代には誰一人として、そんな物を胸に思い描く者は、居なかった。

 竜を討伐してみせよう、英雄になりたいなどと、それはもはや夢物語ですらない。

 

 何故なら、神話のように“人が竜を倒す“。そんな事が出来ると想像する人間が、そもそも存在していなかったのだから。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 おじいさんが生まれたのは、辺境の小さな村だった。

 しかし今、その村は存在しない。ある日突然モンスターの大群に襲撃を受け、おじいさんの故郷は一夜の内に壊滅した。

 

 これは特に珍しい話でもなく、同じ時期に、世界中のほぼ全ての小さな村々は壊滅した。

 巨大な竜種の姿が、世界中で一斉に観測されるようになる、少し前。

 突如として狂暴化したモンスター達により、人とモンスターの共存という理想的な関係は、唐突に終わりを告げた。

 

 力の無い村人たちは、その悉くが、抗いようもなく死んでいった。

 現在でいうポッケやココットのように、村に専属ハンターを抱えて守ってもらうという形は、確立していなかった時代だ。

 そもそも狩人を3人4人と抱えていたとしても、モンスターの襲撃から村を守る事など、出来ようはずもない。

 一対一でランポスに立ち向かい、勝てるかどうか――――

 それがこの時代のハンターという存在であり、モンスターとの力関係であった。

 

 幸運にも生き延びる事が出来た者達が、城壁に囲まれた大きな国へと移り住んでいった。若き日のおじいさんもその一人だ。

 だが、そうやって逃げてきた者達に、職と市民権などはあろうハズもなく、国内は移民と浮浪者で溢れかえった。

 

 移民達が日々の糧を得る為には、老若男女を問わず、ハンターとなるしか無かった。

 命を危険に晒す、誰もやりたがらない、そんな職につく以外ない。

 国の発注する数多の“クエスト“を受注し、命を削りながら、生きていく為のはした金を得るのだ。

 

「そうする事でしか、生きられなんだ時代じゃ。

 家族共々飢えて死ぬか、ハンターとなってモンスに食い殺されるか。

 その二つしか、道はなかったのじゃから」

 

 当時のクエストという物は、今のように四人一組ではなく、主に何十人という単位でこなす、大規模な物ばかりだった。

 その内容も「どこどこの地域にいるモンスター共を殲滅せよ」といった、軍隊における“作戦”に近い。当然ながら依頼主も個人ではなく、そのほとんどが国によって依頼された物。

 ご丁寧なことに、クエストを統括する指揮官までいる場合もあるのだから、その在り方は狩人というよりも、傭兵に近い物だった。

 

「国はモンスターの脅威から身を守る為、そして増えすぎた人口の間引き(・・・)の為に、次々とクエストを出していった。

 依頼をこなし続け、もし生き残り手柄を立てる事が出来れば、優秀なハンターだとして市民権を得る事も出来る。……そんな餌もぶら下げての」

 

 兵士とは違い、ハンターが得るのは僅かな金銭だけ。何の保証もない。

 怪我をしようと遭難をしようと、救援は来ない。死亡しても死体は回収されないし、ご丁寧に遺品を家族へ渡してくれるなんて事も、ありはしない。

 たとえ、その大規模なパーティが全滅の目に合おうと、あるのはただ“クエスト未達成“という結果のみ。

 なにかしらの書類に、そう文字が刻まれるだけだ。

 

 

「身分に拘束されておらん分、責任という物がないのは気が楽じゃったがの。

 国の命令で動いとる兵士とは違い、こちとら金銭で繋がっただけの雇われじゃ。

 敵わんと思ったら最悪そこから逃げる事も出来る。ただ金が貰えんというだけじゃ」

 

「ただ、周りの仲間を見捨てて逃げ出し、モンスターがウジャウジャいる見ず知らずの土地で、ひとり生きて帰る事が出来れば、の話じゃがの」

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 若い頃のおじいさんは、数多くのクエストに参加した。

 それはもう、数えきれない程なのだが、全てに記録が残っているワケじゃないし、とてもじゃないが全部は憶えてはいない。

 

 怪我を作っては治し、クエストに出掛ける。

 また怪我をして帰っては、治してまたクエストに出掛ける。

 ベッドと戦場を往復する日々。それはおじいさんが最後の狩場で片腕を無くしてしまう日まで、何年も続いた。

 

「片腕を失うたとはいえ、こうして生きておれたというのは……いったい何が違ったんかの?

 狩場で死んだ連中と、こうして生き永らえておるワシ。

 どこがどう違ったのかは、どれだけ考えようとも、未だにわからんよ」

 

 少なくとも、運だけは強かったんじゃろうけどな。今こうしてひ孫の顔まで見れておるんじゃから。

 このお話をし始めてから、初めておじいさんが、屈託なく笑った。

 

「ただ……運が悪いというだけでは、とてもじゃないが言い表せん程に、バタバタと死んでいった。

 狩り場で死んだ者もいたが、それ以外で死んでいった者達も、沢山いたんじゃよ?」

 

 男の子は、どこか理解しきれていない顔で、キョトンと首を傾げる。

 モンスターと戦う以外の事で死ぬ。

 それは、ハンターになる事を夢見る少年にとって、想像すらしていない事だった。

 

 

「意外かもしれんが、そういう者達も多かった。

 人類を、国を、家族を、モンスターの脅威から守る為に、戦って死ぬ。

 剣を突き立て、仲間をかばい、勇猛果敢に華々しく死ぬ。

 そういった連中も、おるにはおったんじゃろうが……あまり記憶にない」

 

「ワシが憶えておるのは、ランポスのようなありふれた鳥竜種に喰われて死ぬか、

 もしくは戦う事なく死んでいく、そんなハンター達じゃよ」

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 クエストを受注し、戦場へ向かう時。

 まず一番最初に危惧すべき事は、【無事に狩場へたどり着けるかどうか】であった。

 

 

 人類がモンスターの驚異にさらされ、否が応なく戦いの道へと進んでいった当初。

 狩人たちを狩場へと運ぶという、その行為そのものが、非常に危険を伴う物だった。

 

 目的地が近場であれば、馬車を使って隊列を組み、比較的安全に狩場へと届ける事が出来よう。

 まぁ自分達のような身分の者に、馬車なんて大層な物を用意してもらえるなら……の話ではあるが。

 大抵の場合、おじいさん達は鳥竜種や肉食獣たちの襲撃に怯えながら、身を寄せ合うようにしてビクビクと、狩場まで歩いたものだ。

 その道中で、何人もの仲間を食われながら進んだ。

 

 そして、目指すべきモンスターの生息地や、向かうべき狩場までの道のりは、なにも陸路ばかりではない。時には船に乗り、海を越えて行かねばならなかった。

 

 何十という狩人をすし詰めに乗せ、何隻もの船が隊列を組んで、海を渡る。

 それでも無事に狩場へとたどり着ける確率は、決して高い物では無かった。

 海竜に代表される、巨大な海のモンスターたち――――

 海を行く船団は、頻繁にその襲撃に見舞われた。

 

 大きいばかりで、ろくに当たりもしない大砲を使い、必死に応戦する船員たち。まるでそれをあざ笑うかのように、ガノトトスが船底に穴を開ける。

 体当たりで、噛みつきで、時には水のブレスで船を真っ二つに割って。

 そして乗っていた何十という狩人と船員達は、海に投げ出され、全滅した。

 

 敵から襲撃を受けている状況下では、海に落ちた者達の救助など、望むべくもない。

 ただひたすらに帆を広げ、モンスターを振り切る事しか出来ない。

 次々とガノトトス、そしてサメの餌食となっていく狩人たち。それを見ない様にしながら、あるいはそれが自分でなかった幸運に感謝をしながら、生き残った船団はただひたすらに目的地へと進んでいく。

 

 ある時は、6隻あった船の内、その半分しか目的地へとたどり着けなかった。

 クエストを終えた帰りに襲撃を受け、そのまま全滅してしまった船団もあった。

 

 例えば、今の時代に狩場に赴けば、ひとつのエリアでみかける鳥竜種の数は、多くて数匹ほどだろう。

 しかし、人類と竜種の戦いが始まった当初である、この時代には、それこそ“無限湧き“と称されるエリアの存在すらも、数多く確認された。

 今とは比較にならない程、狩場で遭遇する個体数が多かったのだ。

 それは陸地だけの話ではなく、海に生息するモンスター達も、またしかり。

 

 狩人を無事に狩場へと送り届ける事、それ自体が困難とされる時代。

 ゆえに数をこそ頼りにし、大量の人員を雇ったとしても、依頼主にとっては大した問題とはならなかった。

 結局の所、クエストを達成して無事に生きて戻ってくる者の数など、たかが知れている。

 ゆえに、依頼さえ達成さえしてくれるのならば、支払う報酬に大差などないのだ。

 

 そもそもの話、依頼したクエストが無事に達成される確率など、元々がそう高いとは言えない物だったのだから。

 

 

「海に投げ出され、必死にこちらの船へとしがみついている者達。

 そこにサメの魚群が近づいてきて、一斉に食い散らかしていった」

 

「たとえサメが来ずとも、船に乗れる人員には、限度という物がある。

 船が沈む事もあれば、速度が落ちて敵に追いつかれる危険性もある。

 何より、人間が沢山へばりついとる事で、『トトスがこちらに向かってくるんじゃないか』と、みな心配をした」

 

「そして船に乗っとる者達は、必死に船体にへばり付いとる連中を武器や棒で殴り、船から引き剥がそうとしだすんじゃ。

 顔が血まみれになるまでしがみついていた連中も、やがて皆、海へと叩き返されて、水底に沈んでいった」

 

「果たして連中を殺したのは、モンスターだったのか、ワシらだったのか。

 しかし……ワシらの胸にあったのは、ただただ『あの巨大なモンスターから、逃げのびる事が出来た』という、安堵の想いだけ。

 あの圧倒的な存在を前にしては、ワシらが思うのは、ただそれだけじゃった」 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 無事に狩場へと辿り着いた、その後。

 もちろんモンスターと戦って死んでいくハンター達の数は、とても多かった。

 しかしおじいさんが思う、同じくらい多かった死因――――それは“自害”であったという。

 

「狩場では、様々な理由で、自害に追い込まれる者達がいた。

 皆たいていは、このハンターナイフで首を搔き切って死んだ。

 しかし、自害したヤツが思う事など、みな同じじゃよ。

 ようは『モンスターに喰われるよりは』と、自らの手で死んでいきよった」

 

 一番多いのは、狩りの途中で仲間とはぐれてしまった者。

 モンスター達の住処であるこの地で、仲間とはぐれるという事は、すなわち死を意味する。

 人間が存在する事を、決して許さない――――ここはそういう世界なのだ。

 

 ある者は、モンスターから逃げまどう内に仲間とはぐれ、キャンプ地へ帰る事も出来なくなり、人知れず自ら命を絶った。

 岩の陰や、木の陰に隠れ、匂いを嗅ぎつけたモンスターがやってくる前に、己の首を切り裂くのだ。

 

 またある者は、怪我をして歩けなくなり、仲間に置いて行かれた後、自害をした。

 狩場にあって、自分の足で歩けなくなる。それはそのまま死を意味する。

 モンスターの住処。鳥竜種で溢れ返る土地・そんないつ戦闘になるかわからない状況では、怪我人を救助する余裕などない。

 たとえ運よく救助されたとしても、そこをモンスターに出くわした時点で終わりだ。戦う為にと地面に放置され、そこを敵に群がられて、喰われて死ぬ。

 

 ゆえに歩けなくなった者は、皆そうなる前に自ら首を搔き切って、死んでいった。

 

 

 ハンターは皆、モンスターに【生きたまま喰われる】というのがどんな事かを、熟知している。

 言葉も分からぬモンスターに対して、必死に許しを請い、恐怖で股から尿を垂れ流し、そして断末魔の声を上げながら、ジワジワと身体を喰われて死んでいく。

 運よく首を狙って貰えたら、幸運だ。しかしランポスなどのモンスターは食欲旺盛で、まずは美味しそうな()や、肉のたくさん付いている脚などに食らい付く。獲物の息の根を止めてやる慈悲など、彼らには無いのだから。

 そんな光景を、自分達は嫌というほど、狩場で見てきた。

 

 おじいさんは一度、仲間のハンターが重症を負った所をモンスターに組み付かれ、そのまま巣へと連れ去られていったのを見た事がある。

 後にモンスターの巣へ一行がたどり着いた時、そこにあったのは無残な状態となった仲間の姿だった。

 身体は至る所が欠損し、四肢も大半が無くなり、それでも殺してもらえずに、生かされた状態のまま胸から下までを地面に埋められていた。

 

 後で喰うつもりだったのか、それとも幼い子供達の為の餌だったのか。敵の生態など自分達にはわからない。

 弔ってやる余裕もなく、焼いてやる事も出来ず、ただ機械的に息の根だけを刃で止めてやってから、その場を後にした。

 

 

 その他で自害の原因としてかなり多いのが、一行が時間内にクエストを達成する事が出来ず、そのままタイムアップしてしまった時だ。

 予定されていた時刻までにキャンプ地へと帰る事が出来ず、帰りの足が無くなってしまった場合にも、全員死ぬ事となる。

 

 クエストの制限時間と定められた時刻は、絶対だ。

 その10分後には、ハンター達は何が何でも、自分達が乗って来た船なり馬車なりの元へと、たどり着いていなければならない。

 船や馬車は、決してハンター達を待つ事なく、時間通りに出発する。例え遠くにハンターの姿が確認出来ていようとも、時間となったら問答無用で出発する。

 

 死んだものとみなされる、救出や連絡をする術などが無い事が、まずひとつ。

 だが一番の理由は、【動かず留まっている】という事自体が、大変な危険を伴う事だからだ。

 

 無事にクエストを達成してきたとしても、乗って来た馬車や船が、既にモンスターの襲撃によって破壊されおり、帰る事が出来なくなった者達は、泣き喚きながら全員自害する羽目となった。

 そんな事例は、枚挙にいとまが無い。

 

 

「当時は今みたいに、正式なギルドも無かったからの。

 国や依頼主が、それぞれ自分の裁量にとって、護衛や人員輸送の手配をしていたのさ」

 

「依頼主が金をケチれば、狩場に辿り着く事も、ハンター達を家に帰す事も出来なくなった。

 サポート体制の確立など、まだ望むべくも無い時代だったのさ」

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 人間の命は軽く、瞬く間に人の命が消えていく。

 そんな塵芥のような存在だった事を、証明するかのように、おじいさんのお話は途切れる事なく、続いていく。

 

「次に多かったのは、モンスターのもとに“たどり着く前に”死んでいった者達じゃ。

 決して、巨大な竜や猛獣達に殺されていったワケではない。

 人を寄せ付けぬ自然。命という物を許さぬ大地。

 そういう物に、次々とワシらは殺されていった」

 

 未開の森。ジャングル。孤島。断崖の絶壁。

 そこは人が住む事どころか、生きる事すらも許さない。

 

「当時は、飛竜観測所などは無かったからの。

 ただ『その地域に居たらしい』という情報だけを頼りに、ろくなアテもないまま、狩場を彷徨い歩いた。

 山を登り、川を渡り、時に木々の中を泳ぐようにして進んだ。

 そうして、標的となるモンスターの所にたどり着く頃には、元々の人数の半分ほどが脱落、というのも珍しくない事じゃった」

 

 川を渡ろうとし、激流に流されて溺死した者。

 足を滑らせ、断崖絶壁を落下していく者。

 沼に足を取られ、這い上がる事が出来ずに、そのまま沈んでいった者。

 立ち寄った先で湧き水を飲み、それが原因で死んだ者。

 水辺に近づいた途端、一瞬にしてモンスターに水中へ引きずり込まれていった者。

 ジャングルの巨大な虫に刺され、発熱し、うわ言を言いながら死んでいった者。

 

 溺死、落下死、病死、毒死、出血死、獣害、遭難――――

 ありとあらゆる“死の影”が、狩場にはあった。

 

 貧弱な装備とはいえ、それなりの重さがある武具とポーチ。そんな物を持って未踏の自然を踏破していくのは、並大抵の事ではない。

 唯一の武器であるハンターナイフを手放す事の出来ぬまま、溺死していった者が沢山いる。

 また山や川で剣を手放してしまい、後になすすべなくモンスターに喰われていった者達も、沢山いる。

 

「ワシが一番恐ろしかったのは、あの虫じゃな。

 “ランゴスタ”と名付けられた、巨大な虫じゃったが、あれに刺された者は十中八九は死ぬ」

 

「毒針でショック死するか、はたまた動けなくなった所を、モンスターに食い散らかされるのか。それは分からんよ。

 じゃが、あれに刺されて無事でおれた者を、ワシは一人も知らん。

 特に、直接“頭“を刺されてしもうた者達はな」

 

「……そんな憎い虫でさえ、このハンターナイフでは、4度斬っても倒す事が出来ん。

 例え危険であろうとも、その場から逃げるか、放っておくかしかなかった。

 そんな物がブンブン羽音をたて、もうそこらじゅうに飛んでおるんじゃ」

 

 

 自然の全てが、自分達に牙を剥いた。

 そして死んでいった仲間の遺体は、全てランポスやブルファンゴといったモンスター達が、瞬く間に“処理”をしていった。

 死んでいようと、まだ息があろうと、一度地面に倒れた者は、その悉くを彼らが処理してくれた。

 

 この世界は人間が生きていける場所ではない。人が居るべき所ではないと、思い知らされた。

 今でも自分達古いハンター達の間で、あの通称森丘という狩場はこう呼ばれている。

 

 “命を吸い取る森”――――と。

 

 

 少し地面を掘るなり、探すなりすれば、当時自分の仲間だった者達の骨が、いくらでも見つかる事だろう。

 

 あの場所はまさに、そういう場所だった。

 人間が存在する事を、決して許さない。そんな世界であったのだ。

 

 

 

 

 自分達の大部分は、勇猛果敢に戦って死んでいったのではない。

 時に無知で。稚拙さで。そして湯水のごとく命を軽視する国や依頼主の意思(・・・・・・・・)によってこそ、自分達は殺されていったのだ。

 

 そこには何の意味もなく、なんの意義もない――――

 何を成す事もなく、ただただ大量の命が狩場へと送り込まれ、そして意味もなく死んでいった。

 

 

 そういう者達の名を“ハンター”という。

 

 まだ若者であった、自分達の時代――――

 ハンターとはまさに、塵芥と同義であったのだ。

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 そんな自分達が、初めて大型の竜種と対峙したのは、ハンターとなって数か月ほどした時だった。

 

 

「初めて大型のモンスターと対峙した時は、そりゃあ膝が震えたよ。

 でもちょっとの間でも動けなくなれば、たちまち自分達はミンチにされちまう。 

 大声を上げながら、しょんべんを漏らしながら……、それでも必死にかかっていった」

 

「とにかく生き延びたきゃあ、このデカいヤツを殺すしかない。

 家族の顔も、自分の家も、そんな事を想い浮かべる余裕なんてない。

 大の男も女も、みんな獣みたいに声をあげながら、一斉に飛びかかっていくんだ」

 

 

 自分達は、英雄などではない。

 自分より小さな鳥竜種にも、羽虫にすら勝つ事の出来ない、ただの人間だ。

 

 それでも竜という存在は、決して自分達を待ってはくれなかった。

 超人的な英雄も、神秘的な武具も、満足な回復薬すらまだなかった、自分達の時代。

 

 

 “ハンターナイフ”

 

 自分達はこのなまくらを、いつだって必死に握りしめていた。

 

 このか弱く、脆弱な武器。

 まるでこれが、自分達の存在そのものに思えた。

 

 

 

 



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イャンクック。

 

 

 ふとしたきっかけで、話が“狩場で食べていた物”の話題になった。

 

 

「そうじゃなぁ。今であれば支給品の携帯食料や、あらかじめドリンクや肉などを用意して、持って行くんじゃろうけどな?

 まぁワシらの時代には無かった物も多いし、なにより金が無かったしの……」

 

「じゃから基本的には、現地で調達した草食竜じゃな。

 そいつらを皆で必死に狩って、焼いて食っておったよ」

 

 味は個体によって様々だが、何故“必死に”かと言えば、それは自分達が狩っていたのが家畜ではなく、あくまでモンスターだからだ。

 豚や鳥ではなく、あくまで“草食竜”。当然その強靭さは、家畜とは比べ物にならない。

 

「アプトノスという大きな草食竜を、よく狩っておったのじゃが……。

 手負いとなって暴れるアイツに、踏み潰されて死ぬヤツが、後を絶たんかった。

 たとえ踏み潰されんでも、足の一本でも怪我させられりゃ、その時点で脱落じゃ。

 ゆえに出来るだけ危険の少ない、狩りやすい個体、ようは子供を狩るんじゃが……」

 

 例えば鹿や猪などを、一撃のもとにズドンと狩るのなら、何も思う事はなかったかもしれない。

 倒して、捌いて、解体して焼く。そうして生き物を食べる事に、大した感傷もないだろう。

 しかし自分達が使えるのは、ハンターナイフ。このなまくら(・・・・)だけだ。

 

「さっきも言うたが、ワシらが狩っとるのは家畜ではなく、あくまでモンスターなんじゃ。

 当然その身体は、牛や豚などとは比べ物にならん位に、頑丈じゃ。

 そんな草食竜を、寄ってたかって滅多切りにする。このなまくらでの」

 

 苦笑を浮かべながら、お爺さんがハンターナイフを、ゆっくりを前に掲げる。

 その刀身は頑強にして分厚い。しかしその刃には、鋭さなど全く感じられなかった。

 

「刃はろくに通らん。しかしこのような相手を殺すのに、いちいち砥石など使うとる余裕はない。

 じゃからそのまま、延々と小さな草食竜を斬りつけていく。皆で取り囲んでの」

 

「……何回くらいじゃろうな?

 30も40も斬り付けねば、死んではくれんかったと思う。

 地面に倒れ、苦しみもがいとるソイツを、息絶えるまで延々と斬り続けていく。

 その時間が、とても長く感じた」

 

 生き物を殺して、食う。これに関しては何も恥じる所などない。

 普段自分達がしている事、そしてされている事(・・・・・・)を想えば、これは至極真っ当な行為だと思えた。

 けれど「いただきます」の言葉にあるように、自らが奪ったこの命に感謝……などという気分には、どうしてもなれなかった。

 

 

「親はとうに逃げ去り、ひとりきりになってしもうたその子供を、延々と死ぬまで斬りつける。

 生き物が死ぬ間際にあげよる断末魔なんぞは、もう嫌というほど聞いてきたが。

 しかし、傷だらけになった子供が、必死で親を呼んどるような……。

 その悲しそうな鳴き声だけは、どうしても忘れられん」

 

 

 

 善悪はなく、ただそうある。

 

 死んだ。殺した。食った。喰われた。

 

 そして【生きている】と、【死んでいる】

 

 

 思う事ではなく、わかっている事。

 それのみがここでは、必要だと思えた。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 “イャンクック”

 

 これは当時の人類が初めて対峙した、大型の鳥竜種であった。

 一体で村を焼き、複数体いれば小国をも亡ぼす。

 その個体数の多さから、当時は人類の天敵とすら形容された、大型モンスター。

 

「イャンクックなどの大型モンスの狩猟には、それはもう沢山の人員が駆り出された。

 大砲などの兵器があれば、狩る事も出来ようが、そんな物を狩場に持ち込めるハズもなし。

 ただひたすらにハンター達を投入し、討伐なり、追っ払うなりをしておったよ」

 

 自分が大型クエストの時に感じていた事。それはこの手の依頼に参加するハンター達には、片腕なり目なりを欠損した者……、いわゆるハンターとして“使い物にならなくなった”連中の数が、とても多かったという事だ。

 

「ようは、ランポスだのファンゴだのの掃討クエストでは、使い物にならんという、狩りの仕事が取れんようになった連中じゃ。

 そういう者達は、誰もやりたがらんような、死亡率の高いクエストにしか出られんようになる」

 

「大型の狩猟は、その最たる物じゃった。

 片腕を無くし、盾を持っておらんハンターを、よぅ見かけたよ」

 

 そんな身体の不自由なハンター達を、イャンクックは容赦なく蹂躙していった。

 飛びかかり、薙ぎ払い、潰し、焼き尽くす。例え50~60という人数で周りを取り囲もうとも、傷つけるどころか押し止める事すら出来ない。

 

 人が密集している所を優先して狙い、嬉々としてイャンクックが飛びかかって行く。そしてこの場に動くモノが居なくなるまで、決して止まる事は無かった。

 

「あの馬鹿でかいクチバシが一度振り下ろされれば、必ずその場に赤い花が咲いた。

 まるで人間の身体など無かったかのように、クチバシは地面まで貫通していく。

 水の入った袋を、地面に叩きつけた時のように、そこらじゅうにバシャっと血が飛び散った」

 

「ヤツは火を噴くというより、火の玉を吐き出すという感じじゃった。

 理屈はわからんが、まるで火のついた油のような液体を、こちらに向かって吐き出してくるような……。

 レウスの炎をその身に喰らえば、その業火で一瞬の内に黒焦げじゃが。

 クックの炎を喰らった者は皆……、もがき苦しみながら焼け死んでいくんじゃ」

 

「ただ比較的、あやつが火の玉を吐き出す事は、少なかった気がする。

 あやつは炎よりも、自らのくちばしや爪で、人間を殺す事を好んでおった。

 踏み潰し、蹴散らし、引き裂き、そして喰らった。

 ワシにはいつもその様が、どこか楽しんでおるように(・・・・・・・・・)映っておったよ」

 

 竜種は、非常に好戦的だ。

 縄張りを守る為ではなく、腹が減って喰う為でもなく、彼らは人間を襲う。全ての理由など副次的な物に過ぎない。

 彼らの視界に入り、そして襲われずにすむ可能性という物は、限りなくゼロに近い。少なくともおじいさんは、それを見たことも聞いた事もなかった。

 

「一瞬にして潰されたり、切り裂かれたりして死ぬのは、もちろん悲惨じゃ。

 じゃが下手に金のあるやつが、中途半端な鎧を着ていたが為に、もがき苦しみながら死んでいく事も、よくあった」

 

「尻尾で腹を薙ぎ払われ、くの字に凹んだ鎧が、身体に食い込むんじゃ。

 背骨まで腹に食い込んだ鎧のせいで、声を上げる事も出来ずに、血の泡を吹いて死んでいく。

 なまじ倒れておるもんじゃから、クックに後回しにされて、なかなかトドメも刺してもらえん、とかな」

 

「あのクックの大きな口の中で、生きながらにして咀嚼されていく者も、毎回のようにいた。

 時には2人、3人も同時にヤツは喰ろうた。

 風呂の水がザパッと溢れるように、その口から人間の血が溢れ出した。

 中途半端に咥えられ、下半身だけを無残に噛み潰され、そのせいで死に損なっている者もいた」

 

 身体を斬ろうが叩こうが、この巨大な生物は、決して怯む事がなかった。

 身体に感じる僅かな痛みよりも、目の前にいる人間たちを食い散らかす方が、大切な事なのだ。

 まるでそう言わんばかりに、片時も止まる事無く、クックは人間たちを蹂躙していった。

 

「50人ほどいた人数の、半数が潰された時点で、もう逃げてしまえば良いんじゃが……。

 しかし大抵の狩場では、それが出来ん状況となっておった」

 

「……いるんじゃよ、ランポス共が(・・・・・・)

 遠くの方からこちらを伺い、逃げ道を塞いで、こちらを取り囲んどる大勢のランポス共が」

 

 人間たちが肉塊に変わっていく様を、いつもランポスたちが、じっと見守っていた。

 時に歓声を上げるようにオゥオゥと鳴き、手を出す事も無く、ただじっとその場で、こちらの惨状を窺う。

 この後、確実に喰う事の出来る、人間たちの残骸。それを心から喜ぶように、また待ちきれないとでも言うように、ランポス達がオゥオゥと鳴く声が聞こえる。

 

「やがて、討伐は出来んまでも、命からがら必死にクックを追っ払った後……。

 待っとるのは、そいつらとの戦いじゃ。

 すでに刃も鈍り、身体は傷つき、まともに戦う事など出来はせん。

 じゃからワシらは、疲労した身体に鞭打ち、もう縫うようにして、必死にその場から逃げ出した」

 

「なんとか逃げおおせた、その背後からは、生きたまま喰われていく仲間の叫び声。

 そして、それを喰っているランポス達の嬉しそうな鳴き声が、いつまでも聞こえてきた。

 オゥオゥ、オゥオゥ、とな」

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 その後も自分は、幾度も大型と対峙する事となるが、その度に必ず、幾人ものハンター達が死んでいった。

 

 人類がモンスター素材の神秘性を知り、それを加工して強力な武具を作り上げるのは、もう少し後の事。

 おじいさんが狩人として生きていた頃は、ついぞそれが、自分達にまで出回ってくる事は無かった。

 

 やがて人が竜種をポツポツと討伐し始める頃には、問題であった大国の人口問題は、ほぼ解消されるまでに至る。

 その数年の間で、一体どれだけのハンター達が、モンスターの腹に納まっていったのか。正確な人数など、自分には知る由もない。

 

 モンスターの生態を調べ、その勢力を命懸けで食い止め、環境を整える為の時間を稼いだ。

 その“時間稼ぎ”こそが、自分達ハンターが成した事の、全て。

 

 いま現在“ハンター”という職業が、数ある職業の中の、ひとつでしか無くなっている事。

 そして、ハンター達が狩りを行う為に必要な環境、キャンプ地、地図、技術、セオリーなどの全て。それは自分達のような者が礎となり、その上に成り立っている。

 確かにこれらは、自分達の功績と言えるのかもしれない。

 

 だが当時の自分達には、ひとかけらの栄光すらなく、安全な職も、市民権も、住む所すらありはしなかった。

 獣を狩る野蛮人と蔑まれ、施設の一部は使う事を禁止され、「早く死ね」と子供達に石を投げられた。

 

『我らこそ国民。自分達こそが正しい人間である』

 

 そう声高々に自称する人々によって。

 

 

 

 

「しかし結局その国も、モンスターに襲撃されて、滅んだがの」

 

 

 高い城壁を悠々と飛び越え、その赤い竜が国を襲撃したのは、ハンターとなって半年ほどが経った時だった。

 人々は逃げまどい、焼け死に、瓦礫に潰され、川に死体が溢れた。

 

 

『あんたハンターなんだろ!? 戦えよッ!!』

 

『そうだっ、早くなんとかしてこいよ!! お前ハンターだろ!?』

 

 

 そうヒステリックに叫ぶ、正しい国民の人々。おじいさんは追い立てられるようにして、赤い竜の元へ走り出した。

 

 その場から動いてすぐ、背後から建物が崩れるような轟音と、沢山の悲鳴が聞こえてきた。

 振り返えってみれば、先ほどまで自分に「戦え」と命じていた者達が、瓦礫に潰されて死んでいる光景が見えた。

 

 

「空の王者、火竜リオレウス――――襲撃してきたのは、その赤い竜じゃった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひと目見た途端、背を向けて逃げ出していた。

 

 あれに挑もうという気持ちなど、一片たりとも浮かんではこなかった。

 

 

 



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理由。

 

 

 あの頃、自分は何を思って生きていたのだろう? おじいさんはふと考える。

 

 

 あの狩場と寝床を往復していた若き日の自分。いったい何を考え、どのような意義があってそれをしていたのだろう? それを今になって思い返す。

 

 しかし、これといって何も思いつく物がない。

 あのクエスト報酬時に受け取る、僅かな小銭。はたしてそれ以外に、あの日々で何かひとつでも得た物があったのだろうか?

 何かひとつでも、自分に“得たかった物“があったのだろうか。

 

 ……何もない。自分には無かったように思う。

 ただ物を考える事なく、自分は狩場と寝床を往復する日々を、過ごしていた。

 

 

 国に、乞食は沢山いた。野垂れ死ぬ者も掃いて捨てる程にいた。

 ただ何故それを選ばずに、毎日飽きる事無く狩場へと赴いて行ったのか。その理由がわからない。

 

 戦わずにすむ道は、あった。

 たとえ飢えて死ぬとしても、あの豆や小麦のように人間がすり潰されていく、そんな場所に赴かずにいる事は出来た。

 なのに何故、自分は狩場へと行ったのだろう。その理由が、今でもおじいさんにはわからない。

 

 

 けれど、ただひとつだけ言える事。

 それは何一つとして“殊勝な理由”などは無かった、という事だ。

 

 

 まずこれは、いわゆる戦争のような“守る為”の戦いでは無かった。

 異民族の侵略から国を、民を、文化を守る。そんな類の物では決して無い。

 自分達ハンターは、主に外から逃げ込んできた移民であり、何一つこの国には、命を賭けて守りたい物などありはしなかったし、そもそもが自分達は「死んで来い」とばかりに使い捨てられる、そんな存在であったのだ。

 

 ならば金の為かというと、それも違うと思う。自分達が狩りで得られたのは、いつも僅かな日銭のみだ。

 乞食だの物乞いだのをしていれば、少なくとも生きていく事くらいは、出来たかもしれない。例え虐げられ、石を投げられようともだ。

 

 では生きる為か? 生きていく為に狩場へと赴いているのか?

 だが生きたいのならば、そもそも狩場などという場所へは、行かないだろう。

 いったい自分が、何人の仲間の死を見てきたと思っているのだ。

 

 それならば、死ぬ為に狩場へと赴いているのか? 絶望し、人生を終わらせる為にこそ、ハンターを続けていたのか?

 自害や飢え死にを選ばず、少なくとも戦って死ぬというのだから、多少はましな死に方に思えてしまうし、あの頃は誰しもが一度はそう考えたのだろうが……。

 

 けれど、そう考えていられるのは、きっと“初めてクエストを受ける前まで”。

 一度でも狩場に赴き、鳥竜種たちに次々と仲間が食い散らかされる場面に遭遇したならば。あの圧倒的な竜種という存在と、一度でも対峙してみたならば。

 そのような考えなど、一瞬にして消し飛ぶハズだ。

 

 この戦いには、戦争における兵士の戦いのような、名誉も栄光も無い。勲章など貰えない。

 ここは、ただただ人間が喰われ、そして死んでいくだけの場所だ。“勇敢な死に様“など、どこにもありはしない。

 ゆえに、自ら進んで『喰われに行こう』などと考える者は、非常に稀だった。戦場で自害をする羽目になった連中ならば、腐る程いたけれど。

 

 最後に考えられるのは、“恨み”の感情だ。

 村を焼かれ、家族を喰われ、過去未来現在という自分の全てを奪われたのだから、これは人として真っ当な理由のように思える。

 ……でもどうしてだろう? 自分にそのような感情は、もう無かったように思える。

 

 モンスターを殺してやろう。この恨みをぶつけてやろう――――

 そんな事を考えていられたのは、いったい何度目のクエストまでだったのだろう?

 ゴミのように人が死んでいく。家畜が草を食べるのと同じように、仲間達が竜に喰われていく。

 そんな光景を何度も見ているうちに、恨みや敵討ちなどという殊勝な感情は、次第に持てなくなっていった。

 

 

 ……結局の所、あの頃の自分はきっと、何も考えてはいなかった(・・・・・・・・・・・)のだと思う。

 そんな空虚な日々を、ただ過ごしていたのではないか、と思う。

 

 ハンターとして狩場へと経ち続ける日々……。それに理由があるとしたら、ただひとつ望んでいた事があるとすれば……。

 それはきっと、『なにも考えずにすむから』

 

 国に言われるがままにハンターとなり、出されるがままにクエストを受け、運ばれるがままに狩場へと行く。

 あの頃の自分には、なぜかそれが、とても“楽な事”のように感じていたのだ。

 

 

 意義も無く、理由も無く、家族も無い。戦って得るも、守るべき物も無い。

 そして、なんの栄誉もない戦いに赴いていく、自分のただひとつの理由……。それは狩場にいる時は、何も考えずにいられるからだ。

 これは自分だけだったのかもしれないし、そうでは無かったかもしれない。ただあの時代、狩場で生きた目をしている人間を、自分はあまり見た記憶がない。

 

 

 ハンターとなった誰しもが、だんだん人として壊れていった。

 

 ある者は身体を欠損し、それでも欠けた身体のまま、狩場へと赴いていった。

 いつかモンスターに喰われ、無残に死ぬその時まで。わずかばかりの日銭を稼ぐために戦った。

 

 ある者は心を壊し、日常生活をおくる事が出来なくなった。

 仲間の死に様を夢に見るようになり、悲鳴を上げて跳ね起きる日々。眠る事すらも出来なくなった。

 

 起きている時も、助けを呼ぶ仲間の声や、生きたまま喰われていく断末魔の幻聴を聞く。

 大きな音や声に極端に怯えた。身体中から汗が吹き出し、その場から一歩も動けなくなった。

 そして、ふとした瞬間に突然叫び声を上げて暴れ出し、家族や大切な人を傷つけた。

 

 そんな風になってしまった自分自身を恐れて、いつしか自分から人を遠ざけていく。もう人と関わって生きる事が、出来なくなっていく。

 

 

 しかし、そんな誰もが、死ぬ時は叫び声を上げながら死んでいく。

 嫌だ、やめろ、喰わないで――――

 言葉は違えど、誰もが『生きたい』と叫びながら、無惨に死んでいった。

 

 そんな仲間達の姿を横目で見ながら、ただクエストに参加し続けるだけの日々。

 なぜ空虚であった自分ではなく、あれだけ『生きたい』と願った仲間達の方が、死んでいったのか。

 当時も今も、自分にはそれが不思議でならない。

 

 狩場にいた誰しもがそうであったように、もし自分も死んでいたならば『生きたい』と願って死んだのだろうか?

 そんな事を考えてみるも、ついぞ自分には、その機会が巡って来ることは無かった。

 空虚だった自分は、ただただ生き残り、そして今に至るまで、こうして生き続けている。

 

 

 あれからいくつかの国を転々とし、またいくつかの出会いがあり、そして狩場で片腕を無くし、ただただ時が流れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「英雄さまは、おらなんだ。わしらの時代にはな」

 

 

 いま目の前で押し黙る、ちいさな少年。その姿を見ながら、おじいさんが苦笑する。

 モンスターハンターに憧れ、この部屋にやって来たこの子は、きっとかっこいい英雄譚が聞けるのだとワクワクしていた事だろう。

 それを想うと、少し申し訳ない気持ちになってくる。

 

「わしはソロで竜を討伐した事も無いし、強い武具も持ってはおらなんだ。

 持っていたのは、皆と同じ、この“ハンターナイフ”だけ。

 坊(ぼん)の思う、英雄などではなかったよ」

 

 出来るだけ優しい笑みを浮かべながら、少年の頭を撫でてやる。

 傷だらけで、老いさらばえてしまった自分の手。それでも出来うる限りの愛情を込めて。

 

「でも今は違う。

 今の時代には、ポッケの英雄さまやベルナの英雄さまのような、強いハンターが沢山おる。

 竜を討つ為の強い武具も、すごい回復薬や狩りの道具も、沢山開発されておるでな。

 ワシらの時代とは違うよ。坊もそんなかっこえぇハンターになればええ」

 

 

 

 今の時代の強い武器や防具を見て、おじいさんが特に何かを思う事は無い。

 自分達の時代に、これさえあればとか……、今の今までおじいさんは、不思議な程に考える事がなかった。

 ただなんとなしに「そうか」とだけ。

 どんな武具を見ても、凄い英雄譚を聞いても。不思議とおじいさんの心が波風を立てる事は、今までなかったのだ。

 

 ……しかし今、未だブスッと押し黙るひ孫の頭を撫でてやりながら、おじいさんは考える。

 この少年は将来、いったいどんなハンターになるのだろうかと。

 

 英雄譚に出てくるような、清く正しく、真っすぐなハンター。勇敢で情熱に溢れた、人々に愛される狩人。

 それも、決して夢物語などではない――――

 この優しく真面目で、キラキラした目の少年であれば、人々を守る英雄となる事だって、きっと不可能ではないはずだ。おじいさんは心からそう思う。

 

 そして、ふと考える。

 この子が目指すようなハンターが、誰もが思い描くような英雄さまが、もし自分達の時代にいたならば、いったいどうなっていただろうか?

 人々を守り、希望を与え、竜を穿つ。そんな存在がいてくれたのなら、それを見て自分はいったい何を思ったのだろう?

 

 

 あの頃の自分は、英雄さまを見て嫉妬をするだろうか。それとも悔しがるのだろうか。

 なぜもっと早く現れてくれなかったのかと、殴りかかって彼を責めるだろうか?

 でも多分……、どれも違うような気がする。

 

 

 なんとなしに、だが。

 自分はきっと、その英雄さまに“憧れた”んじゃないかと思うのだ――――

 

 

 空虚だった若者。

 耐えるでも、希望を持つでもなく、ただただあの日々を生きていた青年。

 きっと自分は、そんな眩い存在を見て……、憧れを持ったんじゃないかと思うのだ。

 

 あの15の時の……、ひたすら狩りに明け暮れていただけの自分。けどもしかしたら、自分はその英雄さまが来てくれるのを、ずっと“待っていた”のかもしれない。

 勇気も、意地も、反骨心も、その全てを狩場で叩き折られていたけれど……。それでも自分は、ただ待つ事だけは止めなかったのかもしれない。

 たとえ自分達が、ここで死のうとも、いつかきっと竜を討つ英雄さまが現れる。そんな時が来るのを、心のどこかでずっと待ち続けていたのかもしれない。

 

 

 無意味に死んでいった、自分達の想い。

 餌として喰われるだけだった、非力な者達の願い。

 それを全部果たしてくれる、すくい上げてくれる存在を。

 

 あそこに神様は居なかった。何者にも縋る事は出来なかった。だから自分の背骨には芯がなく、いつも心は空虚なまま。

 

 でもきっと、望んでいた。

 手足を食いちぎられ、泥にまみれながら、それでも皆、心から願っていた。

 クックも、レウスも、ディアにだって負けない。そんな夢物語のような、竜を討つ英雄の姿を。

 

 

 この絶望を覆す“モンスターハンター”という存在を――――

 

 自分達はきっと、待ち続けていたのかもしれない。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 そんな事をふと想い、なにやらストンと永年のつかえが取れたような気がした。

 

 あの頃から、ずっと引っかかっていた事。何故だと自問自答し続けた答えが出て、なにやらスッキリしたような心地だ。

 

 今、ひ孫の少年の顔を見ながら、おじいさんは考える。

 この小さな英雄さまが、この世に生まれて来た。その為にここまで頑張って来たというのなら、自分の人生もそう捨てた物では無かったのではないか? と。

 

 我ながら単純だと思うし、どうかと思わない事もない。しかし、ワシがそう感じたのなら、もうそれでいいのやもしれん。

 そんな事を考えながら、ひとりでニヤニヤしていたおじいさんだったのだが……。ここにきて突然、これまでムググ……と俯いていた少年が、ガバッと顔を上げる。

 まるで、唐突に何かを思いついた、とでも言うかのように。

 

「あっ! でもおじいちゃん、さっき『ソロでは倒せなかった』って言ったよね?!

 じゃあ一人じゃなくても、おじいちゃん竜を倒した事があるんでしょ!? そうなんでしょ!?」

 

 勝手に自分の中で良い話風に決着をつけ、もうここらへんで切り上げようとしていたおじいちゃん。その身体に今、勢いよく少年が掴みかかる。

 

「その時の話を聞かせてよっ!!

 おじいちゃん倒したんでしょ? レウス倒したんでしょ?!

 きっと腕の怪我も、その時にしたんじゃないの?! どうなのさおじいちゃんっ!!」

 

 ガクガク身体を揺さぶられ、おじいちゃんは「う~あ~!」とうめき声をあげる。視界が上下にグアングアンと揺れ、永年患っている腰痛もピンチだ。

 

「……お、落ち着いておくれ、坊。

 確かに、倒すには倒した事があるんじゃがな?

 でもせっかくさっき、えぇ雰囲気だったんじゃし。

 もうここら辺で、きれいに終わっておいた方が……」

 

「そうはさせるもんかおじいちゃんッ!

 ぼくはおじいちゃんの、こう……とにかくなんか良い感じの話を聞くまで、ここを動かないよっ!

 なんだよ! ランポスとかランゴスタとかって! 需要ないよそんなの!!

 レウスの話をしてよおじいちゃんっ! レウス討伐のお話をっ!!」

 

「う~あ~」

 

 引き続き身体をガックンガックンされるおじいちゃん。少年の燃え盛るパッションのせいで、首の骨がえらい事になりそう。

 

「……わかった! ワシの負けじゃ坊! 話すっ! 話すでの!」

 

 なんとか拘束を解いてもらい、とりあえず一息だけ入れさせてもらう。

 無印MHの時代には、拘束攻撃など無かったというに。

 ボタン連打&アナログパッドグルグルをすれば、なんとかなったのだろうか? おじいちゃんはよく知らないけれど。

 

 

「とりあえず、話す事とするが……。でも坊よ、決してかっこいい話ではないぞ?

 これはワシらの時代で、唯一リオレウスを討つ事の出来た時の、話なんじゃが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうおじいさんが、改めて断ったように、それは決してかっこいい竜退治の話などではなかった。

 落としどころを逃したおじいさんが、やがて自身最後の狩りとなる、“火竜リオレウス”の話をポツポツと語っていく。

 

 そして、この部屋にやってきて以来、ずっとそうであったように、これも決して少年の望むような夢のある話ではなかった。

 

 

 英雄などいない――――

 

 始めからおじいさんは、ハッキリとそう言っていたのだから。

 

 

 

 

 



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死。

 

 

 “リオレウス討伐作戦”

 

 それが自分の参加した、生涯最後のクエストの名前。

 これは当時の某国が、国の存亡を賭けて決行した一大作戦であった。

 

「いくつもの国を単独で滅ぼしていた、一匹の火竜。

 こやつが当時わしの暮らしておった国の、近隣まで迫っておっての」

 

 今であれば竜たちは、そのほとんどが辺境へと追いやられており、人の住む国まで赴いてくるような事は、極めて稀。

 しかし当時の人類は、抗う術を持たず、それこそ竜たちはこぞって“人の住む場所”をこそ狙い、次々に滅亡させていったのだ。

 国は総力をあげ、出来うる限りの人員を、このクエストに投入した。その有様は今における“大討伐クエスト”に近い物であった。

 

「十や二十ではない。それこそ千を超すような数のハンター達を投入し、たった一頭のリオレウスを討伐しようと、しておったんじゃ」

 

 たかが一頭のリオレウス。だがそれを倒さなければ、自分達に未来はない。

 後先を考えるという余裕すらなく、まさにこの一戦には、国の存亡がかかっていた。

 当時の国王は、兵士、農民、乞食、そんなハンターですら無かったあらゆる“動ける者達”をも投入し、狩場へと送り込んだ。

 そして、その先陣に立つのが、市民権を持たない自分達であった。

 

「長い長い行列が、狩場へと進んでいった。

 国の兵士や市民達のように、馬車で輸送されていく者達もあったが、とてもすべての人間達を運びきる事は、出来なんだでな」

 

「……まぁ、たとえ出来たとしても、ハンターであるワシらには、そんな権利もなかったじゃろう。

 ろくな食料も持たされぬまま、いくつもの山や川を越え、途方もない距離を歩かされていく。

 当然、途中で力尽き、倒れていく者達も多くいた」

 

「わしらが進む道のあちこちには、それはもう沢山の死体が転がっていた。

 それらは皆、靴を履いておらず、服を着ておらず、荷物を持っておらんかった。

 誰かが地面に倒れれば、そこに他の人間たちが群がり、次々と荷物を奪っていくからの」

 

「じゃから、死んだ者は皆、丸裸にされて地面に転がっておるんじゃ。

 中には、荷物を奪う為じゃったのか……、頭が割られておる死体もあった」

 

 自分達は捕虜でも罪人でもない。だがその様はまさに“死の行軍”であったと、おじいさんは語る。

 

「ろくに眠らず、ろくに食わず、ただひたすらに狩場を目指して歩いた。

 途中で行き倒れたり、ランポスに喰われたりしながら、目的地である“森丘”のキャンプ地にたどり着いた時には……。

 あれだけおったハンター達の何割かは、もうおらんようになっていたよ」

 

 よしんばこの狩りを生き残る事が出来たとして、そもそも自分達ハンターは、帰る時には一体どうするのか。

 そんな事すらもう、考えるのが億劫だった。

 

「あぁ、そうそう。このクエストではひとつ、当時としてはとても珍しい事があっての?

 “支給品“があったんじゃよ。

 狩場へ到着したワシらは、キャンプ地にある馬車の前に並ばされ、それぞれが一つつづ“支給品”を渡されたんじゃ」

 

 水や食料さえもロクに渡さなかった国が、たったひとつとはいえ、自分達に支給品を用意した。

 それを手渡された時、この国はよほど切羽詰まっており、このクエストに賭けているのだなぁ、と思った物だ。

 

「じゃがひとつ言えるのは、これは決して、今の回復薬や砥石のような、有難い物ではなかったよ。

 この“支給品”の用途を知った時、あぁこの国は本当に駄目なんじゃなぁと……、しみじみ思ぅたわ」

 

 

 

……………………

……………………………………………

 

 

 

 その品物の事については、後でまた話すとして……。

 そう言っておじいさんは、当日の思い出などを、ポツポツと語っていった。

 

 その日の夜、おじいさん達は巨大なキャンプ場を形成して集まり、そこで一夜を明かしたのだという。

 後からたどり着く者達を待つ為、という事だったが、狩場で夜を明かすという経験は、おじいちゃんにも初めての経験だった。

 

 何人かのグループに分かれ、共に火を囲み、星空を眺めながら慎ましい食事を摂る。

 今までの狩りも厳しい物ばかりではあったが、今回のクエストはこれまでとは違い、もうここから生きて帰る事は、とても望めないのだろう。

 そんな共通の認識が、ハンター達の間にあった。

 

 怪我をしても、倒れても、救助がないのは当然だ、しかし今回に限っては、帰路さえも保証されていない。

 そして相手は、あのリオレウス。その存在の強大さは、自分達が一番よく知っているつもりだ。

 

 正直な話、このクエストは“勝てる戦”ではないだろう。

 それはこの場のハンター達の、誰もが感じていた事だった。

 

『刃は通らないよ。あのリオレウスには――――』

 

 たとえ何千人ハンターがいようとも、かの竜を倒す事は出来ないよ。そんな事を誰かが口にした。

 攻撃が通らないのなら、それが何人いても同じ事。明日はただただ、多くの死体がこの森丘に積み重なるだけ。

 そんなもう“わかりきった事”を、誰かがわざわざ口にした。

 

 それでも自分達の心は、何故かとても落ち着いていたように思う。

 誰もが暖かな火を囲み、僅かに振る舞われた酒を飲み、そしてにこやかに笑っていた。

 

『あの兵士たち、明日はキャンプ地の防衛任務だ~とか言って、全員ここに残るらしいぜ?』

 

『マジかよ。そりゃあご苦労なこったなぁ』

 

 そんな事を、ゲラゲラ笑いながら話す声が聞こえる。

 あの空虚な日々を生きてきた自分が、今は仲間達と共に同じ火にあたり、穏やかな空気の中にいる。

 思えばこのような経験は、いままでの自分には無かった物かもしれない。それをどこか嬉しく思う自分がいた。

 

 明日、死ぬ。

 みんな揃って、死ぬ――――

 

 それをこの場の達達は、痛い程に理解している。

 実際に竜と対峙した事のある、自分達ハンターだけは。

 

 いま遠くの方で、偉そうに叫ぶ兵士たちの声がする。どこかで喧嘩でも起こったのか、それを諫めるために駆け出していった。

 そんな光景すら、どこか微笑ましく感じていた。

 

『おぉケンカかぁ! やれやれぇー!』

 

『あの勤勉な兵士諸君に、乾杯っ!!』

 

 馬鹿みたいに笑いながら、次々に杯を掲げるハンター達。

 そんな優しい時間の中で、ぼんやりとまどろんでいた自分の所に、ふと一人の仲間が歩み寄ってきたのだ。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「とても若い、女のハンターじゃったよ。

 その子はワシと年頃も近かったし、きっと話しかけやすかったんじゃろうて。

 輪から少し離れた所に居た、ワシの隣に来ての」

 

 

 その頃の自分は、周りから見て「どこか達観したような雰囲気があった」のだと言う。

 正直な所を言ってしまえば、物を考える事が面倒になり、いつも一人で静かにしていただけだったのだが……。その姿になにやら感じる所でもあったのか、彼女は静かにやって来て、自分の隣に腰を下ろした。

 

『……みんな、バカみたい。明日死ぬかもしれないのに』

 

 その子は杯をもったまま俯き、膝を抱えて座っていた。

 気休めにしかならない、粗末な防具。短く切った髪。そして腰には同じ“ハンターナイフ”。

 この女の子も、何かしらの事情を背負い、ハンターとして戦い続けた末に、この帰路の無い狩場へとやってきたのだろう。

 

『とても私は、そんな気になれない。みんなもう、諦めてしまっているように見える。

 お酒を飲んで笑っているなんて、私には出来ない』

 

『ここに来るまでの間、もう何人も死んだ。

 死体を踏み越えて歩いて、歩けなくなった人達を見捨てて、死人から持ち物を漁って。

 そうしてやっとここまで歩いてきたのに……明日になったら、みんな揃って死ぬの?』

 

 

 ――――生きたい。生きていたい。

 

 こんな所で死ぬなんて耐えられないと、女の子が呟く。

 それは、自分が久しく感じてこなかった、生への慟哭だった。

 

 やがて女の子は顔を伏せたまま、静かにさめざめと泣き始めた。そのあいだ自分は、ただじっと隣で寄り添っていただけ。

 気の利いた事など、とてもじゃないが言えない。何を言ったらいいのかすら、自分にはわからなかった。

 

『貴方も、そうじゃないの……?』

 

 そんな事を訊かれた気がするが、きっと何も答えられはしなかったのだろう。

 ただただ、その女の子の隣で、じっと寄り添ってやるばかりだった。

 

 

 女の子と同じであったのか、そうでなかったのか。それすら自分にはもうわからない。

 この数年の生活で、自分の心はすっかり摩耗してしまっている。

 人の生き死に。自分の生死。そんな事はもう、随分と長い間、考える事はなかった。

 死んだ。殺した。生きていると、目の前にある“事実”だけを、ただ淡々と確認するばかりの日々。

 

 けれど、いま隣で泣いている女の子の姿に……、擦り切れてしまったハズの自分の心が、静かに波打つのを感じる。

 

 

 もう泣けなくなった自分の代わりに、女の子が泣いてくれている――――

 もう死んでしまった連中の代わりに、泣いてくれている――――

 

 

 悔しいと。嫌だと。間違っていると(・・・・・・・)、はっきり言ってくれている。

 

 その事をどこか、嬉しく感じている自分がいた。

 

 

 

 ……………。

 …………………………。

 

 

 

『……ねぇ、あなた支給品は受け取った? それ今も持ってる?』

 

 

 やがて、優しい時間はいつしか終わり、女の子が涙を止めて自分の方に向き直った。

 

『うん、そのタルみたいな小さなヤツ。……というか、まだ持ってたんだソレ……。

 いい? それ明日になったら、真っ先にどこかへ捨てて。

 兵士たちに見つからないように、コッソリと』

 

 さっきまでの弱弱しい姿は、もうない。女の子は真剣な瞳で、語り掛ける。

 

 

『知ってるの。以前街で商人が売ってたのを、見た事がある。

 爆弾よソレ(・・・・・)。ぜったいに使っちゃダメだから――――』

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「“小タル爆弾”。あれは今で言うソレの……雛型だったんじゃろうな」

 

 

 女の子が言った事の意味は、次の日になればすぐに分かった。

 リオレウスに踏み潰された者、喰われた者。その誰もが轟音を上げ、次々に爆散していったのだ。

 

「これを渡された時は、ただ『持っていろ』と言われたんじゃが……。

 まさか、人間ごと竜を吹き飛ばそうなどと考えよるとは……さすがに思いもせなんだ」

 

 次々と仲間が吹き飛んでいく様を見て、ハンター達は自分の持っている物の意味を知る。当然のように辺りはパニックに陥った。

 思わず持っていた“支給品”を投げ捨て、それを地面で爆発させてしまう者。その爆発に巻き込まれて、何人も死んだ。

 被害はそれだけに留まらず、吹き飛ばされた者が持っていた“支給品”に次々と誘爆し、そこらじゅうに轟音と悲鳴が響いた。

 レウスと戦うまでもなく、それだけでハンター達の士気は乱れ、次々に数を減らしていった。

 

「竜には刃が通らぬ、ならば火薬で攻撃しよう。……確かに理にはかなっておる。

 レウスと接触した者、喰われた者は、その悉くが爆発して死んでいったよ」

 

 だがそれでも、火竜であるリオレウスには、少しも堪えた様子など無かった。

 

 現代における正規の小タル爆弾であっても、たとえ100発当てたとしても、竜は倒せない。

 そこいらの鳥竜種ならいざ知らず、火竜リオレウスとは、それほどに強靭な肉体を持つ。

 

 そして、家ほどの大きさがあるにもかかわらす、鷹の如くの速度で飛ぶリオレウスだ。かの存在に対しては、たとえボールのように投げつけたとて、当てる事は困難を極める。

 それどころか、ブレスを喰らった一人の爆発と誘爆して、その場の何人ものハンター達が、まとめて爆散していく。

 まるで連続した花火のように、ハンターたちの身体が跡形も無く消し飛び、雨のように赤い血が地面に降り注いだ。

 

「……あぁ、死んだのぅ。どこもかしこも、見渡す限り赤く染まっておった。

 あの広大な丘を、原型を留めない人間の死体が、埋め尽くした。

 地面が見えん、という程にな。死体を踏まずに歩く事は、出来んかった」

 

 戦闘が開始して、しばしの時間が経った頃。

 辺りに動く者の姿が少なくなったからか、悠々とリオレウスが、その場から飛び去っていった。

 後に残ったのは、辺り一面に広がるおびただしいまでの人間の残骸。そして燃え残った炎の揺らめきのみ。

 

 ほぼ全ての戦力を投入し、最初から総力戦で挑んだ、自分達。

 だがそのほとんどが、わずか十分足らずの時間で瞬く間に壊滅し、後に残ったのはわずか十数人ばかりのハンター達と、すでにその場から逃げ出していた者達だけ。

 

 

 そして余談ではあるが、その後おじいさんが身体を引きずりながらも必死でキャンプ地へと辿り着いた時……。

 そこにあったのは、レウスの襲撃により壊滅した施設と、破壊された馬車の残骸。

 そしてすでに炭のように黒焦げた、何百という数の兵士の死体だった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 わずかに残った仲間達は、散り散りとなって逃げ出し、帰る足はすでに無い。

 こうなるともう、竜が出る幕はない。

 残りの人間たちは自害をするか、もしくはこの“森”が始末をつけていった。

 

 

 人間の残骸で埋め尽くされた、広大な赤い丘は、今頃それを狙ったランポスやファンゴ達で、溢れかえっている事だろう。

 それを避けて森の中を進んでいた自分は、迷い込んだ先で、ある“オブジェ”を見つけた。

 

 森の少しだけひらけた場所。そこでおもむろに地面に立てられている、2メートル程の木の棒。

 その頂点には、先ほどまで生きていたであろう人間の、生々しい生首が刺されており、下にはまるで花や太陽を模すかのように、沢山の人間の手足が、装飾として飾り付けられていた。

 

 ギクリと足を止め、ふと辺り一帯を見回してみれば、これと同じように人間の身体を使った“オブジェ”が、いたる所に設置されているのが分かった。

 それを見て、ようやく自分は気が付いたのだ。

 

 ――ここは“集落”だ。

 ――――自分はチャチャ族の集落へと、迷い込んでしまったのだと。

 

 未だ血の滴る、この真新しいオブジェは、先ほどレウスとの戦いから逃げ出し、森へと迷い込んでしまった者達の末路なのだろう。

 チャチャ族は人間を食べない。だが縄張りと、自分達の力を誇示する為に、自らが殺した人間の身体でこれを作る。

 5、10、15、20――――もう数えるのも億劫になる程のオブジェが、この小さな広場に設置されていた。

 

 その時、ふいに遠くの方で叫び声のようなものが聞こえ、思わず身構えた。

 自分はじっと耳をすませ、懸命に目を凝らし、辺りを警戒する。

 

 その叫び声は、いつまで経っても止む事が無く、延々と続いた。

 まるで、人間が拷問を受けているような、……いや「生きたまま四肢を切断されている」かのような、そんな情景が脳裏に浮かんだ。

 

「やめて」「やめて」「助けて」「切らないで」

 

 風にまぎれ、かすかにそんな言葉が、耳に届く。

 極力音を立てないように気を付けつつ、一刻も早くと、その場から離れた。

 

 

 

 ……それからも自分は、長い間森を彷徨った。

 時に川を渡り、険しい岸壁を登り、少しでも安全な場所を求め歩いた。

 その道中にも、いつくもの死体が地面に転がっていた。

 

 いつもであれば、このように死体が転がっている事は珍しい。みんなランポスやファンゴがすぐに“処理”してしまうから、骨や残骸くらいしか残らないのだ。

 さすがの森丘のモンスター達も、今日一日で出た夥しい死体を喰いあぐねているのか。それほどまでに膨大な人数が、この森丘で死んでいったのか。

 そんな事を考えながら、延々と歩いた。

 

 おかしな物で、行く先々で【寄り添い合って死んでいる死体】を見つけた。

 3人4人と身を寄せ合い、一緒に横たわっている死体が、散見されるのだ。

 

 別にこの者達は、共に自害をしたワケでも、同じ狩りで死んだ仲間でもないのだろう。

 ただただ、どこかで致命傷なり四肢の負傷なりを負ってしまった者が、その死に場所を、偶然みつけたこの死体の傍にしただけ。

 すなわち、独りきりではなく“誰かの傍”に居たくて、偶然この場にあった死体の傍を、自分の最後の場所とした為なのだろう。

 

 一人で死ぬのではなく、誰かと一緒にいたい。

 死体であったとしても、最後は誰かの傍にいたい。

 そんな悲しいまでの、人間性――――

 

 いたる所で、そんな者達の姿を見かけた。

 

 

 

 

 そうこうしている内に、やがて自分は偶然にも、アイルーやメラルー達が住む集落を発見するに至った。

 

 こちらの姿が見つかった途端、もうありとあらゆるポーチの中身を、メラルー達に盗まれてしまったが……、しかしこちらから危害を加えない限り、彼らが襲い掛かってくる事はない事を、自分は知っていた。

 

 やがて盗む物が無くなると、こちらに興味を無くしたように、メラルー達は離れていく。

 別に奪われてしまった道具の、お代がわりではないけれど……、そこでようやく自分は、一息つく事が出来たのだった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 飯を食おうと火を焚いてみれば、そこにメラルー達が「自分も!」とばかりに、勝手に魚をくべて焼いていく。

 池の水を飲もうとすれば、その隣でアイルー達がシャコシャコと歯を磨きだす。その姿は愛らしくはあったのだが、せっかくの水が泡だらけになってしまった。

 

 そんな事をしながら過ごす内に、やがて森丘に、夜の帳が下りた。

 アイルー達はみな、ソソクサと自分のねぐらへと入っていき、自分は焚火の番をしながらも、木に背中を預けるように座り、ウトウトと船を漕いでいた。

 

 本当は、もう大の字になって眠ってしまいたくはあったのだが、一応はあたりを警戒する意味で、起きていようと思っていた。

 しかしながら、今日という日の疲れ、そして精神の疲労がそれを許さない。ゆえに自分は、いつしかウトウトと眠りに落ちていったのだ。

 

 本音を言ってしまえば、もし寝込みを何かに襲われた所で、何がどうという事もなかった。

 朝になれば、自分はまた狩場へ立つのだ。孤立無援となった今の状況下では、それは避けられない明確な“死”を意味しているのだから。

 

 そんな思いも、心のどこかにあってか、中途半端な浅い眠りの中で、まどろんでいた時。

 ふと近くに何かの気配を感じた自分は、慌ててパッと目を開け、じっと辺りを見回す事となった。

 

 

「月明りの差す、あの幻想的な風景の中……。

 わしの目の前に、あの女の子の姿が現れたんじゃよ」

 

 

 木に背中を預け、未だ寝ぼけ眼のまま、その女の子の姿を見つめる。

 よく見てみると、女の子の身体は血にまみれており、その肩から腹までの右半身が、まるで竜にでも喰いちぎられたかのように存在していなかった。

 

「それでもその女の子は、何事も無いかのように向こう側へと歩いていき、そして消えていった。

 一度もこちらを見ようとせず、煙のようにスッと消えていった。

 あの子の残っていた左手には、これと同じハンターナイフが、握られておったよ」

 

 そして、よく目を凝らしてみれば、辺りには彼女だけでなく、同じような姿となった沢山のハンター達の姿があった。

 

 ある者は頭を無くし、またある者は両足を無くしていた。

 

 破れた腹から臓物を垂れ流し、それでも今も必死に戦い続けているのか、手にしたハンターナイフを懸命に振り回している者。

 

 黒焦げになった者や、川で溺れ死にぶくぶくに身体が膨れている者。

 

 中にはもう、自分の身体が“左腕だけ”になってしまった者もいた。

 しかしその誰もが、一振りのハンターナイフを、その手に握っている。

 

 そんな沢山の、ハンター達を見た。

 月明りに照らされた青白い光景の中、この森丘で死んでいった沢山の狩人たちの姿が、まるでホタルのように浮かんでは消えていった。

 その光景を前に、自分はただ、見つめる事しか出来ずにいた。

 

 

「何をするワケでもなかった。連中はただそこにあり、ただ現れては消えていった。

 こちらに恨み事も言わん。助けも求めたりせん。

 ただじっと、そこにいる。この森丘におるんじゃ」

 

「恐らく今も、ずっとそこにおるんじゃろう……。

 あの森丘に、死んでいった連中の魂が、ずっと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 弔ってやる事も出来ない。

 そして元より、明日は我が身なのだ。

 

 それでも、目の前に現れた連中、そして『生きたい』と願っていた、あの女の子の姿を見て。

 自分は今、ひとつ決めた事がある。

 

「あの竜はどこにいる?」

 

 自然に、そう目の前の者達に問いかけていた。

 するとどうだろう、今まで自分になど目もくれなかった虚ろな連中が、一斉にこちらへと向き直り、じっと見つめ返してきたのだ。

 

 

 

「――――あの竜は今、どこにいる?」

 

 

 

 通称“竜の巣”と呼ばれる、山頂の巨大な洞穴。

 連中はゆっくりと首を動かし、その方角を示した。 

 

 

 

 



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最終話、“狩り“

 

 

――――リオレウスの目に、根本までハンターナイフを突き刺す。

――――――それが、開戦の合図だった。

 

 

 今の今まで寝息を立てて横たわっていた赤い竜は、その行為により悲鳴をあげて跳ね起きた。

 

 その咆哮の衝撃波を一身に受けながらも、自分にはさしたる影響はない。あらかじめ、この耳は泥だの粘土だので塞いである。

 まるで、もうこの耳が使えなくなっても構わないとでもいうように、ここに来るまでの間に完膚なきまでに自ら耳を潰した。よって、自分が竜の咆哮を受けて立ちすくむ事はない。

 そしてこの竜が暴れ出す事を見越し、剣から手を放して、余裕をもって安全圏へと回避する。

 

 人間のように“手“という物を持たないレウスには、自らの目に深く突き刺さったその剣を引き抜く事は出来ない。ただ痛みにのたうち回り、轟音を上げて地面を転がるばかり。

 そんなレウスの身体に向かって、冷静に次々と“支給品“を投げつける自分。次々と辺りに爆発音が響く。

 狙うのは、常に頭部。あのハンターナイフが突き刺さっている顔面めがけ、ありったけの爆弾を投げ続ける。

 

 竜の巣と呼ばれる巨大な洞穴。

 そこで今、この“リオレウス討伐作戦“、最後の戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

………………………………………………

 

 

 あの集落での、仲間達との邂逅。その直後に自分は行動を開始した。

 

 向かうべきは、あの竜の巣。

 時にランポス達から身を隠し、地面を這いずり、洞穴を目指す。

 

 途中、いくつもの仲間達の死体と遭遇した。そのどれもが身体を欠損し、食い荒らされ、原型を留めてはいなかった。

 その姿を見て、今更思う事などない。自分は死体を見つける度にその身体を漁り、機械的に武器や道具などの目ぼしい物を貰っていく。

 

 特に欲しかったのは、未使用の“支給品“だ。これは数えきれない程いくつもの死体を漁っていくうち、なんとか数個程は手に入れる事が出来た。

 

 そして次に、武器であるハンターナイフ。これは比較的綺麗な物を厳選して選んだ。

 死体は探すまでもない程に沢山転がっている。使用に耐えうる十本ほどを選び厳選していくのに、さしたる苦労はなかった。

 

 食料などは最初から持たされていないし、この時代には回復薬などという便利な物は存在していない。ゆえに見つける事が出来たのは、この二つだけ。

 手に入れたいくつかの爆弾をポーチに入れ、そして沢山のハンターナイフを腰に装着する。これが自分に出来た戦支度の全てだ。

 

 

 夜の森を泳ぐように歩き、無心でただひたすらに竜の巣を目指した。

 

 自分は何故、あの竜の元へ赴こうとしているのか。

 そのような理由、考える事もない。

 

 あの仲間達の亡霊を見た事によって、敵討ちをしようなどと考えたワケではない。

 そんな殊勝な感情、とうに自分にはありはしなかったのだから。

 

 ならば自暴自棄か? どうせ死ぬのならば戦って死のうというのか?

 あの竜に対して最後に一発かましてやろうというのは、とても良いアイディアだと思える。どのような形であれ自ら決着をつけるならば、意外とスカッとするかもしれない。

 だが重ねて言うが、自分にはそんな殊勝な感情はない。“勇敢な死“など狩場にはないのだから。

 

 

 何も、考えずに向かった。

 

 自分は何も考えず、ただあの竜の元へと向かったのだ。

 

 

 そうしようと心に決めた後は、それを成す事だけ。

 意義も、理由も、自分には要らない。もうそんな上等な感情は持てない。

 

 ただ、“成すべき事を成す“。

 今まで自分は、ずっとそうしてきたから。

 

 

 一歩あるく度に、ジャラジャラとやかましく腰のハンターナイフが音を立てる。この一本一本に、それぞれ持ち主のハンターがいたのだ。

 みんな大した意味もなく、無残に死んでいった。

 この軽く、非力で、か弱いハンターナイフは、まるで自分達の存在そのもののように思える。

 

――ならばいつも通り、ヤツらに喰わせに行こう。

――――この身体を、この鉄塊を、俺達“ハンター“を喰わせに行こう。

 

 

 ずっとそうしてきた。今日もそうする。

 

 あるとしたら、ただそれだけの理由だ。

 

 

 

………………………………………………

 

 

 

 リオレウスが身体を回転させ、尻尾で薙ぎ払う。

 でもそんな物は、自分には当たらない。

 

 レウスが咆哮をあげて、こちら目掛けて突進してくる。

 でも自分には、そんな物は当たりはしない。

 

 時に身体を屈め、数歩後に下がり、逆に距離を詰め。ただひたすらにレウスの攻撃を捌いていった。

 

 

 こいつは“ノロマだ“。 何の脅威もない。

 

 いつしか心の片隅で、そんな事を思うようになっていた。

 

 

 自分達の周りを、いつものようにランポス達が取り囲んでいる。

 洞穴の入り口を塞ぎ、オゥオゥと歓声をあげてこちらを見守っている。早くあの人間が喰いたいとランポス達が鳴いているのが見える。

 しかし数十分がたっても、その時が訪れる事はなかった。

 

 レウスの吐く炎をすり抜け、頭部に一撃を入れる。

 回転する尻尾をやり過ごし、頭部に一撃を入れる。

 そしてこちらに噛みつこうとする顎を横に交わし、即座に頭部に一撃を入れる。

 そんな事を、もう長いこと自分は繰り返していた。

 

 その姿にじれたランポスが、少しちょっかいをかけようと自分に寄って来るが、即座にレウスの放った流れ弾を喰らい、消し炭になる。

 自分に飛びかかろうとしたランポスが、次の瞬間にはレウスに跳ね飛ばされてバラバラになる。

 そんな事を繰り返しているうち、次第にランポスはその数を減らしていった。

 だが自分は、それを振り返る事もない。

 

 

 避けては、斬る。避けては、斬る。ただそれの繰り返し。

 その姿は、どこかとても単調な物に思えた。

 

 時折、切れ味がなくなってしまったハンターナイフを地面に放り投げ、腰から新たな獲物と交換する。それがこの単純作業にも見えるレウスとの戦闘の、唯一のアクセントとなっている。

 

 竜種の知能は、とても高い。

 しかしどれだけ知能が高くとも、その動きには“癖“がある。無意識に決められたパターンがある。死角がある。

 そしてレウスが戦闘中、それを修正する事はない。

 当然だ。今までそんな事をする必要がなかったのだから。ただ思うがままに動き、炎を吐いているだけで、敵を一掃出来たのだから。

 

 幾千もの仲間を目の前で殺され、幾度もこの竜と立ち合ってきた。

 自分には、この竜がどう動くのかが解る。どのように動けば良いのかが解る。

 

 ゆえに、自分にはコイツの攻撃は“当たらない“。 身体にかすらせもしない。

 

 もう自分はすでに、右手に盾すら持っていなかった。

 そもそもこれは、持っていても仕方ない物だ。仮にレウスの攻撃を防御したならば、その時点で自分の身体はバラバラだ。

 今思えば前衛的な考えだったかもしれないが……、ならばもうとばかりに、最初から持たない事にした。

 役に立たない割に、いっちょ前に重さだけはあるのだから。この盾は。

 

 

 やがてこの洞穴には、自分とリオレウスしか居なくなる。

 

 ランポスはすでに死に絶え、見ているのは天上に光るお月様だけ。そんな薄暗い洞穴の中、いつまでも自分達の戦いは続いた。

 

 躱して、斬る。

 躱して、斬る。

 

 いつまでもいつまでも、その繰り返し――

 

 現代における“片手剣“というのは、その手数と華麗な剣捌きが魅力の武器なのだろうが……、当時の自分には、それは望むべくもない事だ。

 

 そもそもこのハンターナイフは、レウスに刃が通らない。

 足にも、背中にも、尻尾にすら。攻撃をすれば必ずその強靭な肉体に攻撃は跳ね返される。そんな仲間の姿を、自分は幾度も狩場で見てきた。

 

 比較的攻撃が通るのは、レウスの頭部だった。

 あと何故だかは知らないが……、レウスの“ケツ“だ。理由はおじいさんにもわからない。斬ってみたら通ったんだから、斬るしかない。

 そしてそこを重点的に……というより、その部位だけを目掛け、ひたすら斬りつけていった。

 

 しかし悲しきかな、自分の持っているのはこの“ハンターナイフ“。たとえ弱点部位を狙おうとも、レウスの身体にはろくに攻撃が通らない。

 

 “2発“。 一度に2発だけだ。

 

 このハンターナイフで出来る連撃は、レウスに対して2発。

 それ以降の連撃は、必ずその鱗に跳ね返された。

 

 助走をつけて渾身の力で斬りかかる、片手剣の最初の斬撃。そして返す刀で行う斬り上げ。

 その二つの攻撃だけが唯一、レウスの弱点部位に通す事の出来る威力を持つ。

 その後に続く、ろくに力の籠らない斬撃はやるだけ無駄。むしろ“絶対にやってはいけない“という行動だった。

 

 ゆえに、一度のチャンスで出来る攻撃は、常に2発だけ。

 いつくものレウスの攻撃を避け、ただひたすら機会を伺い、そしてやっと来た攻撃チャンスに出来るのは、か弱いハンターナイフで繰り出す2発の斬撃だけ。

 

 これが、“ハンターナイフで竜に挑む“という事。

 それが自分に出来る、レウスに対する最大火力。それをひたすら、ただただ延々と繰り返した。

 

 

………………………………………………

 

 

「とても不思議な感じがしたよ……。

 あの薄暗い洞穴で、ワシとレウスだけ。

 ひとりと一匹が……、月明りの下、ただひたすらに舞い続ける……」

 

「……とても静かじゃった。

 ワシら以外、動いている物が何一つない世界。音の無い世界――

 お互いが、お互いだけを見て、お互いの存在だけを感じる」

 

「無心で戦いながらも、その静けさだけを感じていたよ。

 ここは本当に、静かな世界だと――」

 

 

 どれくらいの時間がたったのか。その感覚すら解らなくなる程の時間を、自分達は戦った。

 ここには自分達、二人だけ。

 自分達だけがいるこの世界で。自分達二人が、いつまでもクルクルと舞っている。

 

「そんな事をずっとしておるとな……、いつの間にか戦いながら、

 色々な事を考えるようになる」

 

「戦いに集中しておるハズなのに……、

 ワシはその時……、心の片隅で色々な事を考えておったよ」

 

 

 考えるのはただ、レウスの事。

 

 死んでいった仲間達の事や、自分の事などは考えなかった。

 今はただ、目の前のコイツの事。リオレウスの事だけ。

 

 

――なぁ、お前はいったい何だ? どこから来た?

 

――――どうして、ここに来た?

 

 

「動物と違い、喰う為でもない。縄張りの為でもない。

 ただ竜は人間を求め、見つけ、殺していく」

 

「食料として動物を狩る事はあろう。しかしそれ以外では決して動物は狩らん。

 奴らは人間だけを殺す。殺す為に、殺していく」

 

「そんな竜種の事を……、コイツの事を、ずっと考えておったよ」

 

 

――どうして殺す? どうして人間を殺そうとする?

 

――――憎いのか? お前たち竜は。

 

――――――俺達が……、憎いのか?

 

 

「やがてワシの一撃を喰らい、初めてレウスが大きくバランスを崩した。

 それと同時にへし折れてしもぅたハンターナイフを地面に投げ捨てながら、

 新しい物を腰から取り出す」

 

「そんな動作をしながらも、わしはひしひしと感じておったよ」

 

「――あぁ。たとえどれだけ時間をかけようが……、自分にコイツを倒す事は出来んのだと」

 

 

 狩場となったのは、大きな洞穴の中。ゆえにレウスの動きは、大幅に制限されていた。

 もしレウスが大空を飛び、ただそこから炎を振りまいていたならば……。それだけで自分は成す術もなく倒されていたハズだ。

 

 そしてふと横を向いてみれば、そこにはレウスの子供なのであろう、いくつかの大きな卵の姿も確認出来た。

 

「コイツは、この卵を守らんが為に……、決してここを離れんかったんじゃ」

 

 竜の存在意義。竜の意志。それは自分などには、到底解らない。

 ただ、ついに最後の一本になってしまったこのハンターナイフを見つめながら、自分は思う。

 

「わしにこいつは倒せない。自分はこの竜を、倒し切る事は出来ない。

 ……そう、ひしひしと実感したよ」

 

 多少の傷を負いながらも、それが何でもないと言うように、レウスが咆哮を上げる。憎らしい程に雄々しく構えをとった。

 それに対して自分は全身打撲、血まみれ、おまけにいつの間にやら右腕もへし折れていた。

 

 

「――勝てん。わしは竜には勝てん。

 そう痛感しながらも……、仕方がないから、また剣を構えたよ」

 

 

 思わず苦笑いなんぞをしてしもぅたが、そんな事は久しくなかったなぁと、おじいさんは語る。

 

 とても命の獲り合いになんて、ならなかった。自分と竜との間には、それ程の差があった。

 それでもこの長い時間を共に過ごしてきたコイツに、自分は報いてやらねばならん。

 

 この命が尽きる時まで、この目の前にいる“友“に報いてやりたい。

 柄にもなく、自分はそんな事を考えていたのだという。

 

 

 薄暗い洞穴の中……、また二人の織りなす、ダンスが始まった。

 

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

 

 ただ、その二人の時間は、長くは続かなかった。

 

 その気配に気づく事もなく、二人の時間はあまりにも唐突に終わりを告げた。

 

 

「やがて戦いの中で、レウスが再び、大きく態勢を崩したんじゃ」

 

 それを見て、すかさず追撃にかかるべく、自分はレウスへと駆け寄っていった。

 

「そしたらの? いきなりわしの身体が、空中に吹き飛ばされておったんじゃ」

 

 

 ……何が起こったのかは、わからなかった。

 ただ自分の身体は唐突に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。

 そうして自分の意識は、闇の中へと、沈んでいってしまった。

 

 気を失ってしまうその瞬間……、火薬の爆発音、そして人間たちの歓声が聞こえたような気がした。

 

 

………………………………………………

 

 

「気が付いた時、わしは地面に寝かされておった。

 腕を失ってしまった右肩には、すでに包帯が巻かれておったよ」

 

 

 起きた時には、隅の方へと寝かされていた。

 虚ろな頭で確認してみると、現在この竜の巣と呼ばれる洞穴の中には、沢山の人間たちの姿がひしめいていた。

 

「さっきのは、爆発だったんじゃな。

 その正体は、人間たちの撃った大砲の爆発じゃった」

 

 

 後で聞いた話をまとめてみると、この人間たちは、自分達と同じく“リオレウス討伐作戦“に派遣されてきた某国の兵士たちだという。

 そして“先遣隊“としてここに送り込まれてきた自分達に続き、今日になってようやくこの狩場へとたどり着いたのだという。

 

 そして先ほどの爆発は、その兵士たちがレウスに対して撃った、砲撃の物。

 自分はまったく気が付かなかったが、彼らは自分達が戦いに集中している隙を見計らい、数門の大砲を洞穴の入り口へと設置していったのという。

 

――――そしてレウスが大きく態勢を崩したあの瞬間、一斉に砲撃を慣行した。

――――――その場にいた自分ごと、砲撃はレウスの身体を吹き飛ばした。

 

 

『貴方がひとりでレウスを引き付け、そして弱らせてくれたおかげで、倒す事が出来たんだ』

 

 自分の右腕を吹き飛ばし、その手当をした某国の兵士が、言う。

 

『貴方は私達の英雄だ』、と

 

 心からの笑みをし、そう言ってのけた。

 

 

 

 やがて痛みとけだるさをおして、身体を起こしてみれば、そこには沢山の人間たちが死んだレウスの身体に群がっている姿が見えた。

 

 巨大なレウスの身体が見えなくなる程に、大勢の人間がレウスの身体に張り付いていた。

 

 鱗を剥ぎ。

 爪を剥ぎ取り。

 次々に牙を叩き折り。

 大きなのこぎりを使い、レウスの首を斬り落とす。

 

「よくも俺達の仲間を殺しやがったな!」

「散々人間を喰らいやがって!!」

「この悪魔めが! ぶちのめしてやる!!」

 

 ある者はレウスの腹を裂き、その内臓を取り出す。

 ある者は、大きな刃物で目をえぐり出し、それを頭上で高く掲げる。

 またある者はゲラゲラと笑いながら、死んだレウスの肛門に、棒を突き刺す。

 

 踏みつけ、乗り、鈍器で殴りつける。

 レウスの亡骸に、沢山の人間たちがアリのように群がった。

 そのレウスの傍らには、彼が懸命に守っていた卵が、無残に叩き割られているのが見えた。

 

 やがてリオレウスという名の竜は、皮を剥がれた鹿肉のようになる。

 そして大勢の人間の手によって、ただの肉塊としてバラバラになっていくまでに、そう長い時間はかからなかった。

 

 

………………

…………………………………

 

 

 その後自分は某国の兵士たちに保護され、狩場を後にした。

 

 右腕を失ってまでリオレウス討伐に多大な貢献をしたとして、褒賞を与えられた。

 

 無事に褒賞のひとつとして国の市民権を与えられ、それからはハンターを引退し、普通の生活をおくるようになった。

 

 そしてあれから長い時が流れ、現在に至る。

 それで、おじいさんの話は終わりだ。

 

 

「英雄など、おらんよ。わしらの時代にはな」

 

「わしらはただの“餌“じゃった。それ以上でも、以下でもない」

 

 

 おじいさんは、未だにあのレウスの姿を夢にみる――――

 抉られて高く掲げられた目玉。ドロリと腹から零れ出した臓物。切断されていく首。

 そしてレウスの遺体の上に乗り、返り血で真っ赤になった姿でゲラゲラと笑い声を上げる、人間達の顔。

 

 おじいさんは少年の肩を抱き、静かな声で伝える。

 

 

『未来を拓き、希望を与え、そして命を尊ぶ』

 

「どうか坊は……、そんな英雄譚に出てくるような、立派なハンターになっておくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

――Fin――

 

 



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私とワルツを。

 

 

「優しいからだよ」

 

 

 私だけは知っている。貴方が狩場へと向かう理由。

 貴方は“優しいから“、いつも自ら狩場へと向かっていったんだよ。

 いつもいつも、いつも。

 

 

 貴方はその事を知らない。知らないまま、狩場へと赴いていく。

 何も言わず、ただ目の前のクエストをこなしていく。とても空虚な瞳をしたまま。

 

 私だけが、その事を知っている。

 

 

………………………………………………

 

 

 何か、わかりやすい理由があれば良かったね。

 

 私達が戦う理由。

 例えば戦争のように、何か大義名分でも、あれば良かったのに。

 

 故郷の為。家族の為。仲間の為。

 そんな分かりやすい理由さえあったなら……、私達は命を投げ出す事に、意味を見出せたのに。

 

 でも、私達には何もない。貴方には、なにもなかった。

 だからいつも、そんなにも空虚な瞳をしていたんでしょう?

 

 

 街を歩けば、石を投げられた。

 市民権を持たない、獣を狩る“野蛮人“は、人として扱っては貰えなかった。

 相手が“人“でさえなければ、人間はいくらでも残酷になれる。

 家畜や獣に慈悲をかける事が無いように。それに慈悲をかける事はむしろ、“おかしい事“だと言って。

 

 狩場にも、仲間なんていなかった。

 皆、自分の命がかかれば、平気で他人を見殺しにした。当たり前のように盾にしていった。

 自分が生き残る為には、なんでもやった。当たり前のように持ち物を奪い、命を奪った。

 狩場で警戒すべきは、決してモンスターなんかじゃない。人だ。

 依頼主の悪意、そして共に狩場に立つ人間をこそ、私達はもっとも警戒しなければならなかった。

 

 若い貴方が市民達に暴行されている所を、見た事がある。

 狩場で仲間に裏切られた貴方を、見た事がある。

 危険なクエストへの参加を強要されている貴方を、見た事がある。

 大人数にとり囲まれ、報酬金を奪われる貴方を、見た事がある。

 

 その後、何事もなかったような顔で立ち去っていく貴方を、何度も見た事がある。

 何の絶望も無く、何の期待もしていない顔の貴方を、いつも遠くから見ていた。

 

 

 それなのに何故、生きようとするの。

 何も信じられないくせに。何も持ってはいないくせに。

 

 希望も無く、期待もせず。何故いつも独りきりで狩場へと向かうの。

 

 そんな、寂しいだけの心で。

 

 

………………………………………………

 

 

 貴方はいつも、狩りの先陣に立った。

 いつも一番危険な場所に、貴方の姿はあった。 

 

 狩場では誰もが、貴方に縋った。誰もが貴方を頼り、貴方の後に続いた。

 もしかして貴方は、それに気付いてはいなかったのかもしれない。ただただ役目を押し付けられたからと、そこに立っていただけなのかもしれない。

 

 それでも私達は、貴方に救われた。

 何度も何度も、貴方のおかげで生き延びる事が出来た。

 

 

 貴方は負傷した者を、肩に担いで歩いた。

 そんな真似はやめろと、偽善だという声にも耳を貸さなかった。

 率先して囮役を買って出た。いつも逃げる時には殿を務めてくれた。誰に言われるまでもなくその位置に出た。

 自分を裏切った者に、自分の道具を与えた。自分を傷つけた者をかばい、自ら竜種と対峙した。

 

 片目を欠損した者の代わりに、大型の狩猟を引き受けた。

「お父さんを探して」という子供の願いを聞き、ひとり森丘を彷徨った。

 ろくに報酬金も払えない、そんな見知らぬ村の人々を救う為、ひとり鳥竜種を掃討しに向かった。

 死んだ者の小指を切り取り、遺品と共に家族のもとへ届けた。そして「お前が殺した。息子を返せ」という謂れのない罵倒を受けた。

 

 なにより貴方は、共に狩場で戦う者達を“仲間“と呼んだ。

 そんな人を、私は貴方の他には知らない。

 

 そんな貴方を、みんなが利用した。貴方は黙って、それを受け入れた。

 

 

 なぜそんな事をするの。何も期待していないくせに。

 なぜそんなに優しいの。誰にも好かれてなんかないくせに。

 

 なぜ助けてくれるの。いつもひとりきりでいるくせに。

 

 そんな貴方の姿を、いつも狩場で見ていた。

 

 

………………………………………………

 

 

 でも、それもついに年貢の納め時。

 貴方は明日死ぬ。火竜と戦って、それでおしまい。

 

 私達みんな、それですべておしまい。

 

 

 これで最後なんだという気持ちが、私の背中を押した。私は初めて貴方の隣に座り、貴方に話しかけた。

 一人集団の輪から少し離れ、楽しそうに笑う皆の姿を静かに見守る貴方。そんな貴方に、私一人だけが声を掛けた。

 キョトンとした顔を初めて見た。そんな顔をするなんて今まで知らなかった。女の子に肩を並べられた経験なんて、今まで一度も無いに違いなかった。

 

 貴方の傍にいるうちに、私の目から涙が出てきた。

 押さえつけていた気持ちが、貴方のせいで零れ出してしまった。

 

――――生きたい。生きていたい。

 

 貴方の静かな優しさにあてられ、私の心は溢れてしまった。

 

 また、貴方に縋ってしまった。

 優しく、そして悲しい貴方に、いつも私達は縋ってしまうから。

 私はいつも、貴方に縋ってしまうから。

 

 

 ……私の泣き顔を見て、泣き声を聴いて、いま貴方が何を考えているのかは大体予想がつく。

 

 この人はきっと、“何も考えていない“。

 何も考えず、何も言わず、ただただ私の隣に寄り添っていてくれる。

 

 そんなこの人にいつも助けられてきた私だけれど、今くらいは一発ブン殴ってやってもいいんじゃないかという気がしている。

 なんとか言ったらどうなんだこの朴念仁。優しい言葉のひとつもかけてみせないか、この野郎。

 

 ただ……、貴方が明日どんな風に戦っていくのかも、私は大体予想がつく。

 きっとこの人は誰よりも前へ、誰よりも危険な位置に自らを置くつもりだ。

 

 ……そして、なんだったらこんな私を守ろうとしてくれちゃって、自ら危険に飛び込んでいったりするかもしれない。

 

 ……これは自意識過剰なんかじゃないの。いつもそうだったのこの人は。

 だから私は貴方の事を憶えてるの。今まで見てきた何千人ものハンターの中で、貴方の事だけは憶えてるの。

 きっと貴方は、私の事なんて全然見てもいなかったのでしょうけれど……。

 

 

 でも私は、そんなのは願い下げ。

 今まで散々縋っておいてなんだけど、もう貴方に守ってもらうなんて事、願い下げだ。

 

――――だって、せっかく貴方の隣に座る事が出来た。

――――――ようやく貴方の隣に、並ぶ事が出来たのだから。

 

 離す事は出来ない。ここから離れる事なんて出来ない。

 だからどうか明日は、私の隣にいて欲しい。 

 

 

 貴方の事が、怖い。

 貴方のその優しさが、とても怖い。

 

 それはとても“悲しい“物だと、私は感じるから。

 

 誰も信じていないくせに、何も欲しくなんてないくせに。

 誰かが傷つかないようになんて理由で、一人で行ってしまわないで。

 そんな貴方を見て、私はいつもたまらなくなる。

 

 貴方の隣に立ちたい。明日は私といてほしい。

 頭上の星を見上げ、そして静かに微笑む貴方の顔を見て……、私はたまらなく悲しい気持ちになるの。

 

 どうか明日は、一人でいないで。

 どうか私も、一緒に連れて行って。

 

 もう充分なんて、優しい笑みをしないで。そんな満ち足りた顔で、私を見ないで。

 

 

 死ぬなんて、受け入れたりしないで――――

 

 どうか明日は、私と――――

 

 



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英雄の証。

蛇足になりますが、エピローグです。






 

 

 今日も集会場の受付カウンターには、沢山のクエスト依頼が張り出されている。

 

【彼女への贈り物を作る為、素材を取って来て欲しい】や、【研究用に、竜の卵を3つ納品】

【闘技場で子供達に狩りを観せてやって欲しい】などなど。

 中には【ペットにするので、リオレイアを一頭捕獲してきて】なんていう物もあり、その内容は実に様々。多岐にわたる。

 

 まだ顔に幼さを残す一人の青年がカウンターの前で腕を組み、その張り出されたチラシの内容をじっと吟味していた。

 

 青年の後ろでは、今この集会場に集まった沢山のハンター達が思い思いに歓談をしたり、またテーブル席に着いて自由に飲み食いをしている。

 やれ「今日は轟竜に行く」だの、「ブレイブスタイルが良い」だの、「逆鱗が出ない」だのと、ここからでも和気あいあいとした話し声が聞こえてくる。

 中には酒を酌み交わして唄い出す者達や、椅子の上に立ち上がり踊り出す者がいたりと、皆その表情には一様に充実している様子が見て取れる。

 

 そんな中青年は、一枚のチラシを掲示板から引きはがし、それをカウンターにいる受付嬢へと差し出す。

 受付嬢は笑顔でチラシを受け取り、依頼の内容と目の前の青年の実績を鑑みて「この方ならば何の問題もない」と太鼓判を押し、そして契約書にも大きなスタンプを押した。

 

 青年は笑顔で一礼してから引き返していく。クエスト前に軽く食事を摂っておこうと、一人テーブル席の方へと向かっていった。

 

 

………………………………………………

 

 

「……あのっ、下位レウス行くんですよねっ!?

 よかったらわたしも、ご一緒させてもらえませんか!?」

 

 

 狩りの計画を考えながらモシャモシャと食事を摂っていると、青年の元に一人の女の子が歩み寄り、声を掛けてきた。

 その女の子は脚腰腕にだけ中途半端にレウス装備を着ており、一式を製作途中であろう事が見て取れる。

 

 その後ろの方の席からは、恐らくは知り合いなのであろうハンター達がやいのやいのと女の子を冷やかす。

 ゲラゲラと笑いながら「でたよ! 寄生だよ!」「そんなんじゃ強くなれねぇぞ~?」とからかわれ、それに対して女の子は「うっ、うるさいっ!!」と真っ赤になりながら怒鳴り返している。

 

「わ、わたしどうしても紅玉が出なくって!

 一緒に連れて行って貰えたら嬉しいなって……!」

 

 それでも精一杯の勇気を出し、クエスト同行をお願いする女の子。

 この青年の事は以前から集会場で見かけていたし、彼の噂や情報はハンターであれば誰もが耳にしている。それ程までにこの青年は、この界隈で有名なハンターだったのだ。

 少女は「ハチミツくださ~い♪」と知り合い達に茶化され、もう腕を振り上げて飛びかかって行かんばかりの様子だ。

 そんな彼女に呆れながらも、ようやく青年が言葉を返していった。

 

「……えっと、俺依頼の他にも少しやる事があるから、

 クエスト達成まで、少しかかってしまうかもしれないけど……」

 

「えっ……! あっ、はい! 採取ですか?! そんなのぜんぜん良いですよ!!」

 

 もう連れてって貰えるなら何でもいい! そう言わんばかりに勢いよく女の子は頷く。

 わたしがんばってペイントします! 閃光玉投げます! 胸の前で両手をグーにし、フンスフンスと鼻息を荒くする女の子。

 

「……わかった。それじゃあよろしく。一緒に頑張ろう」

 

「はっ……、はい~っ!!」

 

 おもわず「やったー!」と飛び上がり、おもいっきりガッツポーズ。そしてこちらの手を掴みブンブン上下する女の子を見て、少しばかり苦笑する青年。

 

「おぉ……まさかアイツのナンパが成功するとは……! 有名な地雷娘だってのに……」

 

「つかあの人、めったに人と組まないって聞いたぜ?

 よく連れてって貰えたなオイ……。G級だぞあの人……」

 

「まぁあの人だったら下位なんて苦労しねぇさ。

 アイツにお情けでもくれたんじゃねぇの?」

 

「いいな~。俺にもディノ一式作ってくんねぇかな~」

 

 そんな知り合い達の声に顔を真っ赤にしながらも、なんとか気にしないようにしながら女の子は少年の隣の席に着く。軽い料理と酒を注文し、未だモクモクと料理をかっこむ青年に話しかけてみる。

 彼は下位ハンターである自分の遥か上をいく人。せっかく勇気を出して掴んだ機会だし、先輩である彼に色々と話を聞いてみたいと思った。

 

「あのっ! こないだ貴方がソロでバルファルクを討伐したってきいて!

 それでわたし……! そのっ……凄いなって思って……!

 どうやったらあんなに大きなモンスターを、一人で狩れるんだろうって!」

 

 とりあえずのきっかけとばかりに、最近きいた彼の情報から切り出してみる。

 女の子はまだ大型をソロで狩った経験すら無く、バルファルクの単独狩猟など、とてもじゃないが想像もつかない程の事。

 その偉業を純粋に称えたかったし、どうやったらそんな事が出来るのかを一度きいてみたかったのだが……。

 

「狩りじゃないよ」

 

「…………えっ」

 

「“狩り“なんかじゃない。ただ殺してきただけだ」

 

 女の子と目を合わせる事もせず、ただただ料理をかっこむ青年。

 

「そんな安全な物じゃないよ、竜との戦いは。

 命の獲り合いをしてきたんだ。“狩り“なんかじゃない」

 

 

 ハンターが狩猟で得るモンスターの素材。当然の権利と言えるそのほとんどを自らギルドに寄付し、何故か妙にアロイなどの金属製武具ばかりを使用しているという、変わり者のソロハンター。

 

 彼が装備しているのは、無骨なフォルムの片手剣。

 決してそれは貴重な武器などではなく、鉱石と資金さえ調達出来るのならば、誰もが手に入れる事の出来るような無難な代物でしかない。

 その事が、彼という高ランクハンターの“異質さ“を物語っている。

 

 14の時にこの街でハンターを始め、16となった頃には異例とも言える速さでこのG級まで上り詰めた。

 

 彼の握る片手剣。

 その無骨なフォルムは、色こそ違えどあの“ハンターナイフ“と同じ形状をしていた。

 

 

………………………………………………

 

 

 馬車の荷台で揺られながら、狩場へと向かう。

 

 居眠りするも良し、のんびり荷物の整理をするも良し、景色を眺めるも良し。

 今回の狩場となる森丘。そこに到着するまでの数時間は、そんな非常にまったりとした時が流れた。

 

 狩場へと向かう途中で、ランポスの群れに襲撃されて死ぬ事も無い。

 何故なら人類はその生活圏を完全に取り戻し、ほとんどのモンスター達は、人の住まない森や辺境へと追いやられている。

 加えてこの馬車に並走し、護衛の人員を乗せた別の馬車も付き添っている。

 

 途方も無い距離を歩いて狩場へと向かう必要もない。現在は全てのクエストの管理をギルドが主導して行っており、行きにも帰路にも悩まされる事は無い。キャンプ地や支給品だって用意されている。 

 海で沈没して死ぬ事も、広大なエリアをモンスターの情報も無しに彷徨い歩く事も無い。

 

 莫大な人員を狩場に投入する必要も無い。

 現在ギルドで受注出来るクエストは、そのほとんどが1~4人のハンターがいれば十分に達成出来る物ばかり。

 狩場で人間が大量に食い散らかされるなんて事態は、そもそも起こりえない。

 

 そしてハンターはその実力毎にしっかりとクラス分けがされており、請け負う事の出来るクエストはその実力に適した物に限られる。

 必要以上に身を危険に晒す必要も無く、クエストリタイアも正当な権利としてギルドに認められている。

 

 何より現在は武具の進化や、訓練施設の充実、そして秘薬を始めとする優秀な回復薬の開発によりハンターが狩場で死ぬ事例というのは稀だ。

 月にほんの2~3件ほど、どこどこの国の誰々というハンターがやられた、または消息不明となったという話を聞く程度。

 狩場である以上は事故、不測の事態、または古龍や未知のモンスターに挑んだ結果である場合もある。しかし大概の原因はギルドの警告やルールを無視したハンター側の過失である事が多い。

 たとえ狩場で倒れるハンターが居ても、今は充分と言える程の救助体制が確立されている。

 

 ゆえにハンターは純粋な生活の糧として、また時に娯楽として(・・・・・)狩場へ出る事が可能である。

 本当の意味で緊急性のある狩猟依頼など、現在ギルドのクエストの中でも、ほんの一割にも満たないのだ。

 

 そしてハンター達は、まず一番最初に『生きろ』と教えられる。

 生きて帰ってくる事こそがハンターの役目。そう教えられて訓練を重ねる。

 ギルドに、受付嬢に、各自が所属する団体の全ての人々に『無事に帰ってね』と声援を受けて、華々しく出発していく。

 それがハンター達の心にとって、どれほどの支えとなっている事か。

 

 しかしながら現代のハンター達は、基本的には素材を得る為にこそ竜を討伐し、その“ついで“とばかりに、クエスト依頼を受注する。

 罠を駆使し、道具を用い、何度も何度も同じ竜を狩っていく。

 森で。孤島で。闘技場で。あらゆる所で人が竜を狩っていく。

 

 傷つき逃げ回る竜を、息絶えるまで追い回していく。そして爪を剥ぎ、鱗を剥ぎ、一山いくらの素材へと変えていく。

 

 

 今日もハンター達が狩場へと向かっていく――――

 優秀な武具を、金銭を。そして名誉と勲章を得る為に――――

 

 

 

「……あの、……えっと貴方は、何故このクエストを?

 よく考えたら下位のレウスなんて……あんまり用は無いんじゃないかな~って……」

 

 と、そんな事を考えてながらまったりしていると、なにやら沈黙の時間に耐えかねてしまったのか、女の子がこちらに話しかけてきた。

 

「あぁ、これは依頼主というよりも、ギルド本部からの依頼なんだよ。

 コイツは森丘の採取ツアーを実施しているエリアに出たんだって。

 だから安全に採取ツアーが出来るよう、早急に討伐して欲しいんだってさ」

 

「……あ、なるほど。それで貴方がこのクエストに」

 

 この青年は、以前から“意外とクエストをえり好みする“という噂があった。それを女の子自身も聞いた事がある。

 例えばあのワガママな第三王女なんかの、いわゆる“ふざけた依頼“などは極力受けず、それよりも緊急性が高かったり助けを求める人々がいるような、いわゆる“人道的“なクエストを率先して受ける傾向があるのだという。

 

 いつもソロでいるし、特に凄い武具を持っているワケでもない。故に彼は戦力の評価としては、そのランクの割に決して高い物では無い。

 しかしその無欲で献身的な姿勢と、ありふれた武具のみでG級まで駆け上がった狩人としての実力。それにより彼は、この国の他のハンター達とは一線を画す異彩を放っていた。

 

 実は、以前から女の子も隠れファンの一人だ。いつかお話ししてみたいと虎視眈々だったのだ。

 

「といっても、たまたま手が空いてただけだけどね。

 近々森丘にも行っておきたかったし、ちょうどよかったよ」

 

「も……森丘……ッ。特産キノコすか! 厳選キノコすか!?」

 

「ん? キノ?」

 

 わたしもよく採取してます! 狩りもせずキノコばっか採ってます!! そう鼻息を荒くして熱弁しようとしたが、どうやらこの様子ではハズレのようだ。ちょっとだけ凹む女の子。

 そうですよね、G級ハンターはキノコなんて取りませんよね……。お金持ちですもんね……。そう考えてもっと凹む。

 

「キノコも良いけど、俺のはちょっとした用事だよ。

 大して時間もかからない。早いとこレウスの方に向かうさ」

 

「あ……そ、そっすか。ハチミツ採取とかは……しませんよねハイ」

 

「取るなら俺も付き合うけど……。それでどうしよっか?

 取り合えず俺はその用事を済ませてからレウスの方に向かうけど。君は?」

 

「わ、わたしもお邪魔でなければ是非一緒にっ!!

 流石に一人でレウスと会っちゃったらヤバイので!

 ダメならどこかで大人しく待ってますっ! っす!!」

 

 女の子のコミカルな仕草は元より、青年はなにやら「ついていく」と言ったその答えに、少しだけ戸惑っているようだった。

 アレ? やっぱダメだったか?! トホホ……じゃあ大人しくキャンプで釣りを……と考えそうになった女の子だったが、ほんの少しだけ悩むような仕草をした後、青年が告げる。

 

 

「いや、別に着いて来て大丈夫だよ。

 特に秘密にしてるワケじゃないし、なんて事ない用事だから」

 

 

 

………………………………………………

 

 

 森丘のキャンプ地から十数分ほど歩いた先。アイルーメラルーの集落の片隅に、ひっそりとそれはあった。

 

 

 ここに来るまえに「はい、持ってて」とポーチから取り出した大量のマタタビを渡された時は心底ビックリしたが、ここに来てその理由がハッキリとわかった。

 これはアイルー達に荷物を取られないようにする為であり、また青年のアイルー達に対する“感謝の気持ち“であったのだ。

 

 

 平凡ながらも沢山の綺麗な花たちに囲まれた、ひとつの石。

 よく手入れがされているのであろうその場所は、一目見て、誰かのお墓だとわかった。

 

「爺ちゃんのなんだ、これ。

 別に爺ちゃんはここで死んだワケじゃないんだけどさ。でも墓はここにしてくれって」

 

 青年のおじいさんが亡くなってから、もう5年ほどになる。

 あの夜、部屋でお話を聞かせてもらった日からすぐ後におじいさんは病気にかかってしまい、そのまま亡くなった。聞けば90歳を超える大往生だったという。

 

「ここにはワシの仲間たちが沢山いるから~、とか言ってたけどさ。

 でも俺も、ここはほんとうに良い場所だと思う。アイルー達もいるし寂しくないさ」 

 

 この墓には、おじいさんの名前の他にも沢山のハンター達の名前が刻まれている。

 もちろん骨までは入れてやれなかったが、それでも出来る限り、わかっている限りに青年が名前を刻んでいった。

 あのおじいさんが床に臥せってしまった時、それを聞きつけた昔の仲間たちが次々におじいさんを見舞いに駆け付けてくれたのだ。その人たちにも協力してもらい、当時の仲間達の名前をここに刻んでいる。

 

 ちなみにおじいさんは知らなかった事だが、おじいさんが語っていたあの女の子は“ピュラ“という名前であったという。

 お前のおじいさんはえらい朴念仁でな……と、そう教えてくれたご友人の方からしみじみと語られた。それに加えて、「坊主、お前はああなるんじゃねぇぞ」とも。

 

 そしてその女の子“ピュラ“さんの名前も、しっかりとこの墓に刻まれている。

 さりげなくおじいさんの隣に名を刻んだのは、青年の心ばかりのサービスだ。

 少年は静かに手を合わせ、ここに眠る者達の安息を祈る。

 

「……ハンターだったの? 貴方のおじいさん」

 

「うん。といっても70年以上前の事だけどね」

 

「貴方のように……凄いハンターだった?」

 

「どうなんだろ? 爺ちゃんが言うには全然大したことないって話だけど。

 でももし爺ちゃん達が居なかったら、俺はここに居ないし、

 それは俺達みんながそうだったかもしれないんだ。

 だから俺は、凄いハンターだったんだと思う」

 

 俺なんかよりずっと。ここにいる人達には、俺は足元にも及ばない。そう心で付け加える。

 

「いつも来る度に、何をお供えしようかって迷うんだけどさ?

 でもなんとなくコレ、“回復薬“。これだけはいつも必ず供えてる」

 

 当時はこんな物はなかったらしいけどさと、青年は苦笑する。

 でも当時、これさえあれば助かったであろう人達が、一体どれほどいたのだろう。言っても詮無い事だけれど。

 

「爺ちゃんに聞いたんだけど、昔のハンター達は、結構酷い死に様をした人も多かったらしい。

 そりゃもう腕がねぇ、腹がねぇって。

 ならせめて怪我ぐらいさ? ビシッと治して、カッコつけて成仏してくれたらってさ」

 

 だから俺もアオキノコはよく採るよ。薬草と一緒にね。そんな事を言いながら少年が笑う。

 

「良い武具は、無かったらしい。だからみんな、粗末な武器を手に必死で戦ったって。

 時間稼ぎしか出来なかったけど、命懸けでやったって」

 

 少年は、なんとなしに腰から愛剣を取り出す。

 このG級の鉱石で作られた片手剣は、ほとんど砥石を必要とはしない。戦闘の合間、エリア間の移動の際にでも少し研いで置くだけで、十二分に切れ味を維持出来る。

 まさに、当時おじいさん達が使っていた武器とは雲泥の差だ。天と地ほどの性能の開きがある。

 ただ別に自慢をしに来たわけではないが、青年は墓参りの際には、必ずおじいさんにこの剣を見せる。

 

「爺ちゃんの剣、ここまで強化したぜ。いつも助けられてるよ」

 

 

 そうおじいさんへと、報告をするように。

 

 

 

………………………………………………

 

 

 自分には、未だにおじいさんに言われた事の意味が分からない。

 

『未来を拓き、希望を与え、そして命を尊ぶ。そんなハンターに……』

 

 それはいったいどうやったら成せるのか、どうすればそんなハンターになれるのかが、その答えが分からない。

 

 爺ちゃんの剣で戦えば、何か分かるかと思った。

 だが片手剣でありながら無属性という致命的とも言える欠陥を持つこの武器は、未だ何も自分に示してはくれない。

 

 鉱石系の武具を使用している事に、大した意味は無い。

 ただ、気分が乗らない。自分の殺した竜やモンスターの鱗や甲羅、それを身に纏って戦う事に気分が乗らないというだけの話。

 

「狩りは“命“を貰う営み。この武具は、かの竜を討伐した証。自らの誇り」

 自分にとって狩猟とは、決してそういう物では無い。どうしてもそんな気持ちにはなれなかった。

 

 だから自分のは“狩り“ではない。ただ己の意志を通し、相対する者の命を奪う戦い。

 自分にとって狩場とは、すなわちそういう場所であるのだから。

 

 このままハンターを続け、そして爺ちゃんの足元にでも届く事が出来るのか。それは自分にはわからない。

 でもきっとダメだろう。だってこれではまるで修羅道、下手したら外道だ。

 

 ただ、自分が尊ぶ“命“という物、それがもし生き物の事ではなく、仲間や家族の事であるならば……。

 それならば自分にでも、指の先くらいは届くかもしれない。

 

 ――――だって、俺達は“餌“なのだ。

 俺達は、お前らの餌でしかないのだ。

 

 ならば、お前を尊ぶなんてお門違い。

 むしろ俺達は、お前らに感謝されるべき存在だろう。

 

「食べられてくれてアリガトウ」「美味しかったよ」

 そう感謝され、しかるべき存在だ。

 

 自分が尊ぶべき命は、いつも仲間や家族の命。救い上げるべきは、仲間や先人達の想いのみ。

 今の所自分に出来そうな事は、それくらいしかない。それくらいしか、思いつかないでいる。

 

 あの、おじいさんの目の前でバラバラにされてしまったというリオレウス。その火竜の姿は、おじいさんの心に深い傷を残した。

 自分にもいつか、そういう日が来るのかもしれない。狩場で身体に、そして心に傷を負う日が来るのかもしれない。

 その時、自分がいったいどうなるのか、何を想うのかなど、今は想像がつかない。

 

 

『――――英雄さまはおらなんだ。ワシらの時代にはな』

 

 

 殺し、殺して、また殺す。

 それが“英雄さま“だと言うのならば、アイツらの方がよっぽどそれっぽい。

 

 ならば俺は、せめてみんなを守る“盾“であろう。危機に対して立ちはだかり、皆の前に立つ壁であろう。

 

 爺ちゃん達がそうしたように、俺もそうやって前に立とう。

 

 俺が出来るのは、それだけ。

 今はただそれだけを胸に、この爺ちゃんの剣を振るう――――

 

 

………………………………………………

 

 

「それにしても……その武器凄かったね……。

 盾でレウスの頭をポッカーンって! レウスが目を回してドッテーッて!!」

 

 

 そう女の子に声をかけられ、青年は考え事を中断する。

 実はこの集落へ来る前、二人は探すまでもなくあっさりとレウスと邂逅していた。

 そしてペイントをしておくがてら、先ほど少しだけレウスとの戦闘を行っていたのだが……。

 

「すごい! 剣じゃなく盾の方で殴ってダウンさせちゃうなんて!

 G級の武器ってこんなに強いんだって思ったっ!! 素敵ッ!!」

 

 ……いや、スタン値に武器性能はあんまり関係は無いのだが……。太刀使いの彼女にそれを言っても詮無いかと黙っておく青年。

 

「わたしもいつか、そんなすんごい強い武器をつくるんだっ!!

 そうすればレウスなんて一人でやっつけちゃうっ。尻尾も沢山切っちゃう!!」

 

 両手を頬に当て「は~ん♡」とばかりに想いにふける女の子。

 ならばまず強い竜を沢山倒さなきゃいけないのだが……。女の子の夢はまだまだ遠そうに思える。

 そして青年は、ただなんとなしに女の子に問いかけた。

 

 

 

「――――なぁ。ハンターナイフ片手にレウスに挑むヤツって、いると思うか?」

 

「……え、何その縛りプレイ……。

 貴方が強いのは分かるけど、そういう事してると、もっと変だと思われるヨ?」

 

 

 

 “もっと変“ってどういう事やねん。青年はおもわずツッコミたくなったが、この女の子にはなんだか勝てる気がしないのでグムム……と黙っておく事にする。

 

 きっと今の時代でそんなヤツがいるとしたら、そいつは余程の変人。それか余程のバカだろう。

 しかし、ウチの爺ちゃん達はそれやった。俺の中には、そんなハンターの血が流れてる。

 

 散々だったかもしれない。望んで歩んだ道ではなかったかもしれない。

 でも青年は思う。お見舞いにきた戦友たちも、きっとそう思っている。

 

 自分達にとって、あのおじいさんの姿こそが、真の英雄だったのではないかと――――

 

 絶望に立ち向かい、背中で皆を守る。おじいさんは確かに、それを成してきたじゃないか。

 自分が今握る片手剣は、そんな男が残した“英雄の証“

 

 

「そろそろ行こうか、あのレウスの所に」

 

「うん、いこう! 今度は私もがんばって戦うから!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女を伴い、少年が狩場へと駆け出していく。

 

 今はただ、あの赤い竜に向かい、このハンターナイフを振るおう――――

 

 



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