防御は最大の攻撃 (bear大総統)
しおりを挟む

1話

 世界人口の約8割──約60億もの人間が何らかの超常能力《個性》を保有する社会。

 そもそもの始まりは中国にて全身が発光する子供が生まれたというニュースだった。そして次々とそんな超常的な能力を持つ子供が生まれ、いつしかそんな超常的な力は日常へと溶け込み、架空は現実へと変化した。

 

 しかしそんな力が正しい方向にのみ使われるはずがない。《個性》が発現した際に、それを用いた犯罪の数が飛躍的に上昇。社会は世界恐慌を思わせるような混乱期に陥った。

 多少は落ち着いたものの未だに《個性》を用いた犯罪はなくなってはいない。そんな社会のなかで、誰しもが一度は思い描いたことがあるであろう職業が現実のものとなって、社会で脚光を浴びていた。

 

 それがヒーローである。

 

◼️ ◼️ ◼️

 

「はぁ…………でっけぇなぁ……」

 

 雄英高校本校舎を見て、彼──統返楯介(とがえしじゅんすけ)の口から感嘆の声が漏れる。

 雄英高校校舎は真正面から見ると、英語の『H』のような形になっていた。恐らくだが、上空から見てもそのような形になっているのではないだろうか。

 今日は彼が目指してきた雄英高校の一般入試、実技入試の試験日だ。今日という日を祝福してくれているかのように、空は雲ひとつない姿を見せてくれている。

 

 ──そもそも雄英高校とは、偏差値79、倍率は300倍という高校としては馬鹿げた数値を年々叩き出す高校である。そのなかでもヒーロー科は、現在平和に象徴と謳われるナンバーワンヒーローである『オールマイト』や、解決数史上最多の燃焼系最強の個性を保有するナンバーツーヒーロー『エンデヴァー』などを卒業させてきた超名門であり、偉大なヒーローになるためには雄英高校卒業は必須条件とまで言われる。

 

「あぁ……胃が痛い」

 

 彼が在籍する中学では、雄英高校を受験する生徒は彼一人だけ。自分の友人どころか、知り合いすらいない環境での受験というのは心に来るものがある。

 一応担任の教師からは文句なしのA判定をもらい、個性に関しては現役ヒーローである父親から太鼓判を押してもらっている。しかしそれでも予期しないトラブルがあったらどうしようと懸念はいくらでも沸いてくる。

 

「……行くか」

 

 こうやってうじうじやっていても仕方がない。とりあえず努力の成果が如実に出る筆記試験を頑張るとしよう。

 彼は学校の定期テストでぶっちぎりで一位をかっさらっていく程度には熱心に勉学に取り組んでいたため、数学以外は苦戦することなく終了。

 最大の懸念である実技試験を受けるべく説明会場に移動する。

 

 ──そこはホールのような構造の場所だった。

 舞台劇でも行えそうな広いステージに置かれているのは、中学校にもあった校長が話すときに使うマイクを置く用の台。そこから扇状に客席が広がり、そこには1000人を超えるほどの大人数が着席していた。流石は倍率300倍、わかっていたつもりではあったが受験生が一ヶ所に集まっていることによって楯介は戦慄すると同時に、人に酔いそうになる。

 彼は人混みが大の苦手なのであった。

 

「人多いな……」

 

「だな。さすが雄英って感じだよな!」

 

「──ッッ!?」

 

 突然隣の人物から話しかけられたことによって、彼の肩がびくんっと大袈裟な挙動で震える。先程のはただの独り言で、誰かに拾われるなど思っていなかったからこその反応だった。

 

「わ、悪い。大丈夫か?」

 

「あ、あぁ。まさか反応されるなんて思ってなかったからビビって。……悪かった、話しかけてくれたのに」

 

 そう言って、話しかけてきた人物の方に向けばそこには赤い髪を逆立てた男子生徒が座っていた。

 そんな彼は快活に笑って、

 

「気にすんなよ。俺だってガッチガチに緊張してるから、立場が逆転してたらそうなっちまうし。俺は切島鋭児郎だ。お前は?」

 

「統返楯介。統一の『統』に返すで統返。よろしく」

 

「統返だな、覚えた。お互い頑張ろうぜ!」

 

「あぁ」

 

 彼は笑みを浮かべたまま拳を軽く突き出してくるため、楯介も微笑を浮かべ拳をそこに合わせる。

 自分の周りに知り合いがいなかったため非常に不安だったが、切島のお陰で幾分か楽になった。自分と同じように彼もまた合格してほしい。そうなればもっと話す機会が増えて、ちゃんとした友人になれるはずだ。

 

「──今日は俺のライヴにようこそ! エヴィバディセイヘイ!!」

 

「………………」

 

 切島との会話をしているうちに壇上に、金髪の鶏冠頭にサングラスという特徴的な格好をした男性が壇上にいた。彼は見た目通りの陽気さで受験生に話しかける──話しかけるというよりは吼えると形容した方が適切だが──が、それに対して受験生は皆沈黙で答えた。

 楯介は彼のノリに合わせて『いえーい!!』と言おうとしたのだが、切島が微塵も反応する様子がなかったのでやめておいた。ヒーローは目立ってなんの職業であるが、こういう目立ち方は遠慮願った。

 

「コイツは最ッッッッ高にシヴィーだぜ!! 一応自己紹介しとくか! 俺は本日のMCを務めるボイスヒーロー、プレゼント・マイクだ! 今日はよろしくな!」

 

「──俺、毎週ラジオ聴いてんだよな」

 

「マジで?」

 

「あぁ。大体が滑ってるんだが、たまにツボに入るんだ。それを期待して聴いてる」

 

 やはりと言うべきか彼の期待するようなノリの良いリアクションは受験生達からは出ない。そんな静寂に満ちた空間だからか、ぼそりと呟いた楯介の言葉は切島の耳に入った。

 短い間だが話してみた感じ、冷静沈着という言葉が似合いそうな性格だったがどうもそういうわけではないらしい。

 

「ハッハー!! やっぱリスナー全員緊張してんなぁ!! そんじゃ、さくっと受験内容を説明しちまうか! つっても入試要項通りだ! これからリスナー達には10分間の模擬市街地演習を行ってもらう! 受験要項にも書いてあったが、武器なんかの持ち込みは自由! 各自、指定された会場に向かってくれ!!」

 

「……統返、お前何だった?」

 

「D。お前は?」

 

「Cだ。連番だから同じかと思ったがそうじゃねぇみたいだな」

 

「演習場には仮想敵を3種、多数配置してる。そしてそれぞれの攻略難易度によってポイントが設けられている! それらを各々の個性で行動不能にすりゃポイントゲット! そのポイントをなるべく多く獲得することが君達の目的だ! わかってると思うが、他人の妨害などのアンチヒーロー的な行為はご法度だぜ!?」

 

 鶏冠頭──プレゼント・マイクの説明を聞き、楯介は切島と別の会場で良かったと思い直す。

 仮想敵なる存在──プリントに書かれているシルエット的にロボットだ──は無限に湧いてくるわけではない。ならば獲得できるポイントは有限であり、自分達はその争奪戦をしなければならないということ。

 そんな試験において切島と争うことはなるべくしたくなかった。勿論同じ会場であっても、手を抜くことはしなかったが。

 

「──質問よろしいでしょうか!」

 

 プレゼント・マイクの説明が一区切り吐いたところで、一人の男の声が決して狭くはない行動に響き渡る。そこに視線を向ければきっちりと制服を着込んだ、眼鏡をかけた生徒がそこにはいた。ハキハキとした声にぴんと真っ直ぐ伸ばされた手を見るにかなり真面目な生徒なのだろう。

 

「プリントには計4種の敵が記載されております! これは誤載なのでしょうか!?」

 

「オッケーオッケー。ナイスなお便りサンキューな、受験番号7111君! 君、スーパーマリオブラザーズやったことあるか? それでいうドッスンみてぇなもんよ! 各試験会場で1体だけ暴れまくってるギミック! 倒したところでポイントは得られねぇっつークソ厄介なお邪魔虫だ!!」

 

「ドッスンか……会場にスターでも落ちてないかな」

 

「そりゃねぇだろ」

 

「……冗談だぞ?」

 

「そんな真面目な顔してたら冗談なのかわからねぇよ……」

 

 なかなか面白い性格をしていると切島は思った。

 

「これでよかったか!?」

 

「はい、進行を妨げてしまい申し訳ありませんでした!!」

 

「オッケー! では最後にこの雄英高校の校訓をリスナー達にプレゼントしよう。かの英雄ナポレオン・ボナパルトは言った! 『真の英雄とは人生の不幸を乗り越えていく者』と! ──《さらに向こうへ(Plus Ultra)》!! ではリスナー諸君、良き受難を!」

 

 そう言ってプレゼント・マイクは壇上から去っていく。

 説明が終わったことでいくつかある扉に近い者達からこの講堂を出ていくなかで、楯介はさんざん世話になった切島に話しかけた。

 

「切島」

 

「ん? どうした」

 

「──4月に、また雄英(ここ)で」

 

「……おう!!」

 

 彼らは初めて会ったときと同じように拳を合わせ、それぞれ違う扉から退室した。

 

◼️ ◼️ ◼️

 

 受験要項に記載されていた地図に従って歩いていくと──そこには街があった。

 高層ビル群が建ち並ぶ広大な都会の情景が、丸々高校内の敷地に収まっていると言う事実に戦慄する。それに公平を期すのであればこれがあと5つある──受験会場はAからEのアルファベット順に分けられている──というのだから、この学校の資金力などが伺えようものだ。

 

「──よし」

 

 楯介は全身を伸ばしたりして、自分に現在の調子などを確認する。実技試験があったため、試験を受ける一週間前から食事習慣や睡眠時間などを調整。この日に最高のコンディションで動けるようには整えてきた。

 しかし、長時間座っての筆記試験の後となれば多少影響が出ていてもおかしくないが幸いなことに影響はない。これならば実力を充分に発揮することができるだろう。

 

 彼は腰のウエストポーチのを確認し、中身が紛失していないかを確かめる。

 

 これで準備は万端だ。来る号令に備え、いつでも個性を発動できるように身構える。

 

「はい、スタートぉぉ!!」

 

 カウントダウンでもあるのかと思っていた彼にとっては不足の事態だったが、だからと言って反応できないことはない。何故か固まったままの他の受験生を無視し、彼は走り幅跳びをするようにして前方に跳躍。

 そして個性を発動し、空中を跳んでいく。

 

「なぁ──ッッ!?」

 

 誰かの驚愕する声が耳に入ってきたが、そんなものを気にしている暇はない。

 空中に足場でもあるように彼は飛び跳ね、あっという間に市街のビル群のなかでも最も高いビルを飛び越えると下にある市街に目を向けた。

 

「……あれか」

 

 そこにいたのは──無数のロボットだ。一輪型の物や大型車に匹敵する大きさまでいるが、その種類は3種しかない。おそらくプレゼント・マイクが言っていた仮想敵だろう。

 彼は近場のビルの屋上に着地した後、転がることによって衝撃を逃がす。そして屋上の端──丁度仮想敵の1体が見下ろせる場所に行くと、ウエストポーチの中身を取り出す。

 

 それはなんの変哲もない野球ボールだ。それを彼は持ち、思いっきり振りかぶり投げる直前の体勢で3秒ほど停止。そして、

 

「しぃ──ッッ!!」

 

 風を切り裂いて野球ボールが射出される。それは周囲に衝撃波を撒き散らす速度で空中を疾駆し、ロボットの身体を粉砕する。ただの野球ボールがロボットの装甲を軽々と粉砕したのだ。その威力は推して知るべきだろう。

 彼はここまで移動してきたときにしてきた跳躍を、横方向にすることによって少しずつ高度を下げそして特に受け身をとることなく着地。人間大砲の砲弾になってくれた野球ボールを回収する。

 

「さてと、次は──」

 

 発見した敵はどちらだったかの検討をつけてそちらに向かおうとしたときだ。ビルを見事に粉砕して現れたのは、先程撃破した敵と比べれば装甲が薄いものの早さには軍配が上がるだろう仮想敵だ。

 

『侵入者発見! 殺す!!』

 

「へぇ……やってみろよ」

 

 敵は真っ直ぐに楯介の方に前進し、左アームを振り上げる。それに応えるように彼は右腕を振りかぶり──交錯。

 しかし結果は一方的なものだった。仮想敵のアームにヒビが入り、そしてそれは全身に走る。1秒経たずして仮想敵は破壊された。

 

「よし、2体目──!」

 

 彼はまた走り幅跳びのように跳躍すると、地面すれすれで空中を踏み締めることによって高速で移動。眼前の大通りにいた仮想敵の群れに向かって突貫する。

 初撃は朝に放送されている特撮のひとつを彷彿とさせる蹴り。ただしそれはただ敵を蹴るだけに終わらず、それによって吹き飛ばされた仮想敵が別の仮想敵に突っ込むことによって二次災害を生み、その直線上にいた仮想敵が数体破壊される。

 着地すると自分の近距離にいた仮想敵に裏拳を叩き込む。ほとんどノーモーションで放ったが、2体目に破壊した仮想敵だったためか容易に破壊できた。

 

「装甲が薄目の奴にはそこまで本気にならなくても充分か」

 

 ならば装甲が厚い仮想敵を吹き飛ばしたときに巻き込めば破壊できるだろうと判断し、彼はこの群れのなかでも一番多い装甲が薄目の仮想敵──1ポイント敵はスルーし、装甲が厚く大きい敵を積極的に狙っていく。

 拳が振るわれるごとに敵が破壊され、敵がアームを振るえば彼の身体と衝突し粉砕される。

 1ポイント敵が敵が吹き飛ばされるごとに破壊され、なかにはビルの屋上まで吹き飛んでいく個体もいた。

 

「──まずいッ!」

 

 そこで蹂躙を見せていた彼が初めて余裕のない表情を浮かべる。それは屋上まで吹き飛ばした敵の残骸が落下し、受験生に襲いかかろうとしていたのだ。

 受験生は上の残骸に気づいていない。このままいけば良くて大怪我、当たりどころが悪ければ死亡すらあり得る。

 彼は敵の攻撃を掻い潜り、全力で疾走する。そして受験生の頭上に跳躍し、そのままの勢いで回転し回し蹴りを叩き込んだ。そこで敵は完全にスクラップとなり、完全に粉砕される。

 

「──ッ!?」

 

 頭上でする轟音、そして完全粉砕されたスクラップに頭上でそれを蹴り飛ばした男──そこで自分を襲おうとしていた脅威に彼が助けた受験生──服だけが空中に浮遊しているように見える透明人間である葉隠透は気付いた。

 

「悪い、怪我ないか!?」

 

「大丈夫! 助けてくれてありがと」

 

 自分は敵と交戦していたわけでもなかった上に頭上の脅威は、彼の手によって払い除けられた。スクラップは完全に吹き飛ばされたため、残骸の残骸が落ちてくるようなこともない。

 

「敵、倒さなくていいの?」

 

「あ、そうだな。そんじゃ、また」

 

 葉隠が問えば彼はまた全力疾走し、目の前の敵の群れに突っ込んでいく。それはまさしく幾多の敵を粉砕するヒーローそのもの。

 

「私も頑張らないと──!」

 

 自分の個性は透明人間になる個性であり、個性そのものに攻撃力があるわけではない。そのため敵の撃破も彼に比べればちまちまとしたものであり、彼が戦っている場所にいけば巻き込まれることは必死だ。

 彼女は頬を叩き、彼とは別方向に走り出した。

 

 

 ──もう何十体倒したかわからなくなった頃。

 楯介は葉隠を助けた後また戦場を変え、羅刹のごとく敵を蹂躙していた。見敵必殺(サーチアンドデストロイ)という言葉がこれ以上似合う戦闘スタイルはおそらく例年でも一人見るか見ないかだろう。

 ──そこで彼の視界にとある存在が入る。

 ビルの高さを軽軽と超え、それを草でも掻き分けるように容易くへし折りながらそれ──ゼロポイントのギミックの役割を果たす敵はこちらに向けて進撃してきた。

 それはまさしく──圧倒的脅威。

 

「……流石にこれは分が悪いか」

 

 彼はその敵とは真逆の方向に走る。

 こんなものを相手にするのは時間の無駄だ。それならばこれを見て逃げ出した受験生の残していった仮想敵でも倒していた方がよっぽどポイントが稼げる。

 そう考え、逃走していたその時だ。

 

「…………痛ぅ」

 

 掠れるような小さい声。ゼロポイント敵の駆動音に掻き消されてもおかしくなかったほどに小さな声が彼の耳に入ってきたのはただの偶然か。それとも他者を助け、絶対に守ってみせると誓いヒーローを目指した彼だからなのか。

 そこで彼は瓦礫に足を挟まれた、耳にイヤホンのプラグのような器官がある少女を発見する。先程の声は彼女のものだろう。

 

 今から瓦礫をどけても自分と彼女は逃げ切れないだろう。特撮のロボットみたく、自分達人間とあのロボットには隔絶した一歩一歩で進める距離の差がある。流石にそれを何とかすることは難しいだろう。

 ならばやることはひとつだ。

 

「……ちょっとだけ待っててくれ。すぐ助けるから」

 

「あんた、ウチのことは良いから早く──!」

 

 自分が死にそうになったときはおそらくヒーローが助けてくれるだろう。そう思っていた彼女──耳郎響香は自分に寄ってくる彼を止める。

 これから瓦礫を撤去して逃げることはまず不可能。自分を巻き込んで彼も共倒れになってしまう、そんな懸念をした彼女だったが彼はそれを意に介さない。

 

「──俺が来た。なんつってな」

 

 それだけ言って笑うと、跳躍した。

 彼が何度も行っている空中での跳躍だ。それを何度も何度も繰り返し、その跳躍方法を変え──彼はゼロポイント敵に迫る。

 奴の背後におそらく受験生はいない。ならば自分はこの敵を妥当することだけ考えれば良い。

 

 彼は拳を握りしめ、敵の顔面に拳を叩き込まんとする。ただそれだけではただの非力な拳だ。故に彼は自身の拳で発生した衝撃を──反射させる。

 そうして自分の方に返ってきた衝撃をまた反射。

 それをまた反射。反射、反射、反射、反射、反射──!

 重力を反射し続けることによって擬似的なホバリングをしながら彼は自身の拳の衝撃を数千倍にまで増幅させ、敵の顔面に叩き込んだ。

 

反射の重撃(リフレクト・インパクト)──!!」

 

 腹の底から吼えながら放った、彼の渾身の一撃はゼロポイント敵を破壊するのに充分すぎる一撃によってそれの顔面はへこむ。あまりの衝撃によってそれはバランスを崩し、背中から地面に倒れた。

 砂埃などを防御しながら、彼は近くの崩壊していない低めのビルの屋上に着地すると、そこからさらに跳躍。転がることで衝撃を逃がしながら耳郎の元に駆け寄る。

 

「……大丈夫か? こっちにまで気を使えなかったから、足以外で怪我してたら言ってくれ」

 

「それは大丈夫。足挟まれてるけどたぶん出血はしてないし。ただ痛いのは痛いかな。これ結構重いし」

 

「悪い、すぐ助ける」

 

 彼は自身の個性を利用して彼女の足にかかっているであろう圧力を反射して、瓦礫を撤去しそのままそれを蹴り飛ばす。それはビルの中に突っ込んでいったが、あの脅威から逃げ出していない輩などそうそういないだろう。

 

「肩貸そうか?」

 

「ごめん、ありがとう」

 

「あぁ、これも親父と母さんに感謝しなきゃな」

 

 使いこなすまではさんざん迷惑かけたけど、と苦笑すると目の前から歩いてくる高齢の女性が見えた。

 年齢を重ねていることを踏まえてもひどく小柄な老婆だ。注射器のようなかんざしを刺し、同じデザインの杖をついている。

 彼女はリカバリーガール。『治癒力の超活性化』という治癒系随一の個性を持つ、雄英高校の屋台骨だ。ここまで無茶な実技試験を敢行できるのも、彼女の存在あってこそと言われている。

 

「ほら、怪我してないかい?」

 

「ウチいいですか? あと……」

 

「統返だ。統返楯介。リカバリーガール、俺もいいですか? 右腕の骨が多分ほとんど逝ってます」

 

「確かに」

 

 リカバリーガールは彼の歩く度にぷらんぷらんと揺れている腕に注視する。

 

「にしても無茶したねぇ。あれに立ち向かう奴は前もいたけど、あんなに派手にやったのはそうそういないよ」

 

「あのロボットの硬さがわからなかったので、あれぐらいの威力を出さないと不安だったんですよ。一撃で沈めなきゃいけなかったし

 

「……ごめん、統返」

 

「お前が無事ならそれでいい。リカバリーガール、彼女を先にお願いできますか?」

 

「勿論だよ。それじゃ、失礼するね」

 

 ちゆーーーーーーーー、という独特の声を出しながらリカバリーガールは彼女の頬に口付けすると、彼女の足の痛みは消えてく。同じように彼にもすると、腕は怪我を負う前のように動いた。

 それじゃ私は失礼するよといって去っていくリカバリーガールを彼らは見送った。

 

「……助けてくれてありがとう、統返」

 

「別にいいって。ヒーロー志望なら当たり前のことをしただけだ」

 

「それでもウチがお礼を言いたいの。ウチは耳郎響香。これからよろしく、統返」

 

「……あぁ」

 

 自分は当たり前のことをしただけ。自分がやりたいことをやっているだけ。

 そう両親も言っていたが、誰かを助け礼を言われたときには今、自分が浮かべているだろうむず痒い笑顔を浮かべていた。その気持ちがやっとわかった。

 確かに誰かにありがとうと言われるのは悪くない。




統返楯介


個性《増幅反射》

光や音、物体に働く力などを増幅し反射することができる。
等倍には反射できるが減衰することはできない。
父親の反射する個性と、母親の一定時間触れた相手の個性の効果を増幅させる個性のハイブリッド。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。