夏の延長戦! (むなく草)
しおりを挟む

夏の延長戦!

―― August 29th ――

 

何を言ったらいいか分からなかった。

俺が今感じてる不思議な思いを、言葉にする方法が分からない。

だけど、何か、何か、言わなければいけない。

 

羽依里「俺――」

 

羽依里「チャーハン、美味しかった」

 

女の子「う、うん」

 

羽依里「だから――」

 

羽依里「やっぱり作りかた……おしえて」

 

女の子「……へ」

 

羽依里「……」

 

女の子「……」

 

女の子「ぷ」

 

女の子「あの」

 

女の子「いい、よ」

 

すとんと、胸に落ちた気がした。

喉に引っかかった小骨が取れたような、清々しい感覚。

 

多分、誰かに背中を押してもらったんだと思う。

誰かは分からないけれど、それはとても暖かくて。

だからかは分からないけれど、涙が頬を伝った。

 

羽依里「い、いてぇぇぇ……」

 

女の子「!? だ、大丈夫……?」

 

羽依里「あ、足首……挫いたかも……」

 

違った。単に痛くて涙が出ただけっぽい。

 

女の子「無茶するから……」

 

我ながらメチャクチャだと思う。

あんな高さから飛び降りるのは初めてだった。

船の縁から地面まで優に2mはあっただろう。

 

係員「おーい、君、大丈夫か!?」

 

すぐに港の職員が駆け付けてくる。

 

羽依里「あ……大丈夫です。すみません」

 

係員「まぁ大事ないなら良かったけど……」

 

係員「危ないからあんなことしちゃダメだよ」

 

羽依里「はい……」

 

 

それから俺は、係員の人にこっぴどく叱られた。

こうして大人にしっかり怒られるのは、いつ以来だろう。

何だか懐かしい気持ちになって、口角が緩みそうになる。

 

しかし、二人の企みだと思われたのだろうか。

隣で一緒になって叱られている女の子に、申し訳ないなと思った。

ただ、彼女は何故か弁明する訳でもなくうなだれているだけで。

そんな彼女を横目に見ていると、やっぱり訳もなく笑えてしまうのだった。

 

 

――――

 

 

羽依里「何かごめんな」

 

女の子「別に、いいよ」

 

俺達は食堂までの道を歩いていた。

当然、チャーハンの作り方を教えてもらうためだ。

 

女の子「足は大丈夫なの?」

 

羽依里「うん、さっきテーピング巻いたから」

 

部活でいつも使っているテープがバッグに入ったままで良かった。

 

それから特に何か話す訳でもなく黙々と歩く。

 

羽依里「……あの、名前聞いてもいいか?」

 

女の子「……しろは」

 

初めて聞いたのに、何となく苗字じゃなくて名前だと分かった。

 

羽依里「えっと、しろは……さん?」

 

しろは「……さん付けは変だから、『しろは』でいい」

 

羽依里「じゃあ、しろは」

 

しろは「うん」

 

女の子の名前を呼び捨てにすることなんてなかったし、ちょっと緊張する。

 

考えてみれば、おかしな話だ。

俺は名前も知らない子に急にチャーハンの作り方を聞いたのだから。

 

しろは「……そっちは?」

 

羽依里「え?」

 

しろは「名前」

 

羽依里「あぁ。鷹原羽依里……です」

 

何故か敬語が出る。

 

しろは「……タカ?」

 

羽依里「鳥の鷹に原っぱの原に鳥の羽に、よりと書いて、故郷の里」

 

しろは「……?」

 

分かりづらい説明に戸惑っているようだった。

ただ、文句は俺の親に言ってほしい。

 

羽依里「羽依里でいいよ」

 

しろは「わかった……はいり」

 

何だか恥ずかしい。

女の子を呼び捨てで呼ぶのも恥ずかしいが、自分が呼び捨てにされるのは、もっとプレミア感があって恥ずかしかった。

 

それからはまた、お互い沈黙したまま歩を進める。

もう少し気の利いた会話ができたらなぁと男子校育ちの自分の境遇が恨めしくなった。

 

そうこうしているうちに、先導していたしろはの足が止まる。

 

しろは「着いたよ」

 

先日来た食堂の戸には「本日営業終了」の札がかけられていた。

中に入るしろはに続いて戸をくぐる。

 

羽依里「お邪魔しまーす」

 

前に来た時と同じく、カウンターには年代を感じさせられる小物が所狭しと並べられている。

 

羽依里「しろはって、一人でこの食堂をやっているのか?」

 

しろは「うん、たまに友達が手伝いに来てくれるけど……」

 

羽依里「へぇ……それは偉いな」

 

素直に感心する。

毎日部活に明け暮れていた俺には想像のつかない世界だった。

 

しろは「い、いいから……こっちきて」

 

照れて少し顔を赤くしたしろはがキッチンに手招きする。

エプロンをつけた彼女は数割増しで家庭的に見えた。

 

しろは「基本的なチャーハンの作り方は分かる?」

 

羽依里「よく知らないけど、とにかくご飯を炒めればいいんだろ?」

 

しろは「……味付けは?」

 

羽依里「えっと、胡椒とか……塩、とか?」

 

途端にしろはの目が冷たくなる。

あれ、何か変なこと言ったか?

 

しろは「……とりあえず、私が作るのをよく見ておいて」

 

しろはの行動は素早かった。

何だかよく分からない具材をみじん切りにし。

中華鍋に油とラードを敷き強火で煽ると米を投入。

調味料を振りかけて最後に一混ぜ。

 

羽依里「……」

 

手際が良すぎて、最後に醤油らしきものを入れたことしか分からなかった。

 

しろは「はい、どうぞ」

 

味見用のれんげを渡され、出来立てのチャーハンを掬って口に入れる。

 

羽依里「……うまい!!」

 

まさに数日前に食べた懐かしい味だった。

しろはの顔も綻ぶ。

 

しろは「それじゃ、さっき見せた通りにやってみて」

 

「できるでしょ?」と言わんばかりの顔で、おたまを差し出してくる。

 

羽依里「……」

 

緊張した面持ちでそれを受け取る。

大丈夫だ、たかがチャーハンじゃないか。

美味しくは出来ないかもしれない。

が、流石に食べられないような代物にはならないだろう。

俺は悲壮な決意を固めて、中華鍋に向き合った――

 

 

 

羽依里「できた」

 

俺が告げると、しろはが早速れんげを取って俺のチャーハンに一口つける。

悲しそうな顔だった。そのまま黙って首を横に振る。

俺も食べてみる。

 

羽依里「うーん……」

 

しろはと同じ材料を使ったからだろうか。

食べられないというわけではない。

ただ、水っぽい食感でチャーハンのパラパラ感が全くない。

それに、しろはの作ったものと比べ、味付けにもムラがあった。

 

しろは「……まず基本的なこととして」

 

ややあって、しろはが徐に切り出す。

 

しろは「鍋の扱い方が見ていて怖い」

 

そうだろう。

自慢じゃないが、料理なんて殆どしたことない。

 

羽依里「正直3年ぶりくらいに触りました……」

 

しろはが溜息をつく。

 

しろは「本当にチャーハン、作る気あるの?」

 

自分より一回り背丈の低いしろはにジト目で見られている。

やばい、やばいぞ。

この調子だと、すぐに帰られてしまうと、そんな気がした。

何度も見た光景が脳裏によぎったような、不思議な感覚だった。

 

羽依里「い、いや! 実はチャーハンの作り方を教えてもらいたいというのは、……ほ、方便というか」

 

しろは「方便?」

 

羽依里「えーと、チャーハンを作りたいと思ったのは、嘘ではないんだけれど、その前に何とか理由をつけて、しろはのチャーハンを食べたかったというか……あー、言いたいことがまとまらないな」

 

しろは「?」

 

とにかく、自分の気持ちを素直に打ち明けよう。

 

羽依里「……これから毎日、俺のためにチャーハンを作ってくれ!!」

 

……あれ? 何かおかしくないか?

目の前のしろはは直立不動で目を白黒させたかと思えば、今度は顔を赤らめている。

 

しろは「……さ、さよなら!! お気をつけて!!」

 

え。

それだけ言うと、しろはは頭を抱えながら、食堂の外へ駆け出していく。

引き留める間もないスピードだった。

ついでに帰り道の心配もされてしまった。

 

羽依里「……ってぼんやりしてる場合じゃない!」

 

追いかけないと。

俺はまだあの子に用があるんだ。

弾かれたように食堂を出ようとして。

 

俺は店の外に人が立っていたのにも気づかず、ぶつかってしまった。

 

???「きゃっ」

 

女の子だった。

何というか、露出度の高い恰好をしている。

よく見れば、以前しろはと駄菓子屋の前ですれ違ったときに、一緒にいた子だと分かった。

髪をトンボ玉の飾りでまとめているのが目につく。

 

羽依里「あっ……、ご、ごめん」

 

???「ちょっと。誰だか知りませんが、蒼ちゃんに怪我をさせたら私が許しませんよ」

 

倒れた女の子とは別の、威嚇するような声が俺を呼び止める。

一瞬、熱中症か何かに頭をやられたのかと思った。

それほどまでに、話しかけてきた女の子と、ぶつかった女の子は似ていたのだ。

よく見れば蒼と呼ばれた女の子の髪飾りと似たものを手首につけていた。

 

蒼「藍、そんなのと喋るとバッチいのが感染るわよ」

 

倒れた方の女の子がお尻を払いながら立ち上がる。

いつの間にか汚い物扱いされていた。

 

羽依里「ええっと、俺、しろは……さっき出て行った女の子を追いかけないといけなくて」

 

蒼「……あんた、しろはと知り合いなの?」

 

蒼の方が、いぶかしげに俺を見る。

 

羽依里「知り合いというか、さっき知り合ったというか……」

 

蒼はいっそう険しい表情をして、食堂の中を見やる。

 

蒼「今、食堂の中って、あんた以外いないのよね?」

 

羽依里「え、ああ、多分」

 

蒼「知り合ったばかりのしろはと食堂で2人きりでいた所、何があったのか、しろはが泣きそうな顔をして逃げて行ったと……」

 

あれ、これ結構まずい状況なんじゃないか。

 

藍「事件の匂いがしますね」

 

藍の方に至っては、隙あらば公衆電話まで駆け付け110番といった姿勢だ。

 

蒼「詳しく聞かせてもらおうかしら……」

 

今逃げたら完全に性犯罪者扱いである。

俺に選択権など無かった。

 

 

――――

 

 

事情を説明していくうちに俺は自然と食堂の床に正座していた。

なんで俺はあんなよく分からないことを口走ってしまったのだろう……。

 

蒼「それで、謎のタイミングでプロポーズをしたら当然のごとくフラれたと」

 

羽依里「いや、そんなつもりは無かったはずなんだけど……」

 

食堂の床には玉石が散りばめられていて、それが膝に食い込んで痛い。

まさに針のむしろだった。

 

藍「この人、全く反省の色が見えません。しろはちゃんのためにも、やっぱり通報した方がいいんじゃ」

 

羽依里「それだけは勘弁してください……」

 

蒼「まぁ突然そんなこと言われたら、しろはじゃなくても逃げるわよねぇ」

羽依里「ほんとどうかしてたと思います……」

 

彼女達は双子だった。

さっきからチクチク脅しをかけてくる藍の方が姉で。

元気な方の蒼が妹だとか。

どちらも鳥白島育ちで、しろはとは幼馴染らしい。

 

二人は、しろはが食堂から突然飛び出したのを遠目に見て、何事かと駆け付けてきたとのことだった。

 

蒼「お、おっほん!」

 

羽依里「?」

 

お互いの素性も分かったところで、蒼が突然咳払いをする。

どこか視線も宙をさまよっていた。

 

蒼「ところであんた、都会から来たのよね?」

 

羽依里「都会って言うほどじゃないけど、一応海の向こうから。さっきも言ったけど、死んだばーさんの遺品整理に」

 

蒼「へぇ~、や、やっぱり都会じゃそういうのが流行ってるんだ、ふ~ん」

 

羽依里「? ごめん、そういうのって、何の事?」

 

蒼「その、ナ、ナナンパとか……」

 

羽依里「え、ヤマンバ? もう古いと思うけど……」

 

蒼「違うわよ! ナンパよナンパ!! ナ・ン・パ!!」

 

羽依里「あぁナンパね……ナンパ……」

 

駅前でたまに見かけるが自分には縁のないことだった。

というか、俺のしたことは暴走であって、ナンパの要素は全くない。

蒼は少し世間知らずなのかもしれないと思った。

 

羽依里「まぁ都会だとコレくらいはナンパの内にも入らないかな」

 

蒼「!」

 

蒼の顔色が変わる。

これほど素直だと、つい、からかいたくなってしまう。

 

羽依里「都会だと……そうだな。ナンパするために裸になる」

 

蒼「は、裸に!?」

 

羽依里「あぁ……都会の人間はみんな裸なんだ。裸になって常日頃からお互いの身体の相性を確かめあうのがナンパなんだ」

 

羽依里「日々是ナンパ、みたいな……」

 

蒼「……」

 

流石に無理があるか?

 

蒼「……へ、へぇ~~。ま、まぁ? 知ってたけどね」

 

あっさり騙されてしまった。

そんな場所があったら、それはもう都会とは呼べないだろう。

未開の地とか、動物園とか、きっとそんな感じだ。

 

藍「……」

 

……蒼の隣で黙ってお茶を啜っている藍が、少し怖かった。

 

 

羽依里「それで、二人はしろはが行きそうな場所を知らない?」

 

蒼「えー……あんたまだ諦めてないの」

 

藍「……しつこい男は嫌われますよ」

 

二人揃って容赦なく俺の心を折りにくる。

 

羽依里「それはそうかもしれないけど」

 

羽依里「このままお別れってのも後味が悪いからさ」

 

何とか前向きな姿勢を見せた。

 

蒼「うーん、そうは言ってもねぇ」

 

藍「しろはちゃんは見ての通り内気な性格なので、一人でいることも多くて、私達にもどこにいるか分からないんです」

 

羽依里「そうなんだ……」

 

確かに蒼とかと比べれば、友達が沢山いそうな性格には見えない。

 

 

藍「そういえば羽依里さん、今日帰る予定だったのではないですか?」

 

羽依里「うん、そのつもりだったけど」

 

藍「もう本土に帰る船の最終便が出る時間ですよ」

 

羽依里「え! マジ!?」

 

外を見たが、まだ太陽は高い所に昇っている。

しかし時計を見ると既に時刻は17時を回ろうとしていた。

日が長いせいか、時間感覚がおかしくなっているのかもしれない。

 

羽依里「今から港に急いでも間に合わないよな……」

 

蒼「今日泊まる場所のアテはあるの?」

 

羽依里「鏡子さんに頼めば多分大丈夫だと思うけど……」

 

幸い、まだ夏休み自体は3日残っている。

何より、このまま帰るのは嫌だった。

こうなったら徹底抗戦の構えだ。

 

羽依里「とにかく俺、しろはを探してみる!」

 

それだけ言って食堂を後にしようとする。

 

蒼「ちょ、ちょっと? 探すってどこに?」

 

羽依里「分からないけど、とにかく探さないといけない気がするから!」

 

自分でも不思議だった。

とにかく、逸る気持ちを抑えきれない。

 

――胸が昂っている。

なんで、俺はこんなにもムキになっているのだろう。

なんで、あのとき船から飛び降りたんだろう。

なんで――しろはのチャーハンは、あんなにも懐かしい味がしたんだろう。

 

分からないことばかりだけど、ただ一つ確かなものがあった。

俺はしろはに会わなくちゃいけない、会いたいんだ。

 

俺は食堂を飛び出す。

しろはに、話したいことがあるから。

 

羽依里「あ」

 

一つだけ、言い忘れていたことを思い出した。

後ろを振り返ると、心配そうな顔をした双子が俺を見送ってくれている。

 

羽依里「蒼ー!! さっきのナンパの話、全部嘘だから!!」

 

蒼「……え?」

 

キョトンとした顔をしているのが、遠目にも分かる。

 

羽依里「蒼みたいな奴、都会に行ったらすぐに悪い奴に騙されそうだから気をつけた方がいいぞーー!!」

 

蒼「な、な、な……」

 

顔を真っ赤にしている。

 

蒼「早く帰れぇぇぇ!!!」

 

蒼の叫び声を背に受けて、俺は走る。

今年の夏は、まだ終わりそうになかった。

 

 

藍「行っちゃいましたね」

 

蒼「藍は知ってたの? ナンパの話が嘘だって」

 

藍「あれが青春……ですかね」

 

蒼「ちょっと藍!? 分かりやすく無視しないで!」

 

 

――――

 

さて、どこを探そう。

 

ニア 港

  役場通り

  島の外れ

 

――港

 

羽依里「うーん、いないなぁ」

 

しろはがいそうな所を探そうと思ったが、そもそも彼女を見かけたのは食堂の他に駄菓子屋と港くらいだった。

 

羽依里「よいしょっと」

 

一休みするために、船を止めるための鉄の塊に腰かける。

ふと、空を見上げる。

既に日は落ちかけていて、あと少しすれば綺麗な夕焼けが見られそうだった。

 

羽依里「はぁ……」

 

自然と溜息が出る。

 

島の少年A「お、何だアイツ。見かけない顔が空見て黄昏てるぞー!」

 

島の少年B「ああいうの何ていうか知ってるか? 中二病って言うんだぜ」

 

島のガキが現れた。

居たたまれなくなった俺は立ち上がる。

早くしろはを見つけないと……

 

羽依里「次は……」

 

  港

ニア 役場通り

  島の外れ

 

――役場通り

???「おーい、こんな時間に何をしている?」

 

急に呼び止められた俺は振り返る。

数刻前に会話した3人組の中にいた女の子だった。

よく見れば背中にかけている水鉄砲?は、ただの水鉄砲というにはあまりにもゴツゴツしていて凶悪そうに見える。

 

羽依里「あ、どうも。ついさっきぶり」

 

???「もう船の最終便は出てしまったぞ? 今日帰る予定だったんじゃないのか?」

 

羽依里「そうだったんだけど実は……」

 

都合の悪そうな部分は省いて、しろはを探している旨を伝える。

 

???「そんなことがあったのか。しろはは一人でいることも多いから私にもどこにいるかは分からないな、済まない」

 

羽依里「やっぱりか……」

 

島の同年代の子に聞いても分からないのだから、これ以上人に聞いても無駄かもしれないな。

 

???「緊急性のある用事なら島内放送で呼び出すこともできるが?」

 

そう言われて初めて、いざしろはに会えても何を話せばいいか分からないことに気づく。

 

羽依里「い、いや、もう少し自分で探してみるよ」

 

羽依里「そういや、さっき一緒にいた男2人はもう帰ったのか?」

 

???「ん、あぁ。良一……上裸パーカーの奴が急に脱ぎだしたから、コイツで撃ったら露骨にテンションが下がったので解散になったんだ」

 

頼もしそうな水鉄砲をコツンと叩く。

あのチャラそうな男は良一というらしい。

 

???「お前も、あまりしつこく女の尻ばかり追いかけてコイツのお世話にならないようにな」

 

女の子の目が細くなる。

撃たれたこともないのに、身がすくむような思いがした。

もしかすると、俺は潜在意識であの水鉄砲を恐れているのかもしれない。

 

???「あぁそういえば」

 

羽依里「ん?」

 

???「しろはは、よく一人で釣りをしていたな。丁度夕まづめの時間だし海沿いにいるかもしれない」

 

羽依里「ほ、本当か!?」

 

初めて知る情報だ。

 

???「ま、まぁ可能性としてありえる話というか……」

 

羽依里「ありがとう! 助かるよ、えーと、名前は……」

 

???「私は野村美希だ。みんなからは『のみき』と呼ばれている」

 

羽依里「ありがとう、のみき! 早速探してみる!」

 

俺は走り出す。

 

のみき「あ、おい! もう暗くなってきたし海沿いは足元も悪いから走ると危ないぞ!」

 

羽依里「あぁ分かってる、それじゃ!」

 

のみきの制止も聞くや否や、俺は全速力で走った。

 

のみき「って、全く聞いてないじゃないか……」

 

 

のみき「……あれが青春か…」

 

 

――――

 

羽依里「つ、次は……」

 

  港

  役場通り

ニア 島の外れ

 

羽依里「ぜぇ、ぜぇ……」

 

これが迂闊って奴なんだろう。

こんな小さな島なんだし、一周するくらい訳ないと思っていたが、そんなことはなかった。

 

部活の練習のおかげで体力にはそれなりに自信がある。

でも、海沿いに回るだけでも、島の地形はそれなりに起伏があり、思ったよりも体力を奪われた。

 

羽依里「全然見つからないし……」

 

おまけに、のみきの言っていた通り浜辺は岩がむき出しになっている所も多く、何度か足を取られかけた。

 

羽依里「今日はもう帰ろうかな……」

 

既にしろはも家に帰っているのかもしれない。

そうなればお手上げだ。

休憩しようかと思い、近くの岩場に腰かける。

 

羽依里「俺、何してるんだろうなぁ」

 

何かに追われるようにして、この島に来た。

本来なら部活もシーズン真っ最中で、丸々一ヶ月も練習を休むなんて考えられないことだった。

 

この島に来てからも、別に何か特別なことをした訳じゃない。

予定通り、蔵の整理をして、それで――

 

羽依里「……まぁ、今やれることを頑張らなくちゃな」

 

こんな風に外を駆け回る夏休みは子供の頃以来だった。

折角なんだから、あと3日くらい我儘を押し通してやろう。

 

もうひと頑張りしようと重い腰を上げる。

空は既に立派な夕暮れ模様だった。

赤々とした太陽の眩しさに目を細めようとして――

 

羽依里「あ」

 

見つけた。

堤防の先に立つ彼女の、錦糸のような長髪が潮風を受けてはためいているのが、遠くからでも分かった。

しばらく呆けたように見とれてしまう。

まるで彼女は、古代ギリシャの彫刻のような――

 

羽依里「ってポエムってる場合じゃないよな」

 

気づかれないように慎重に彼女に近づいていく。

……俺は話しかけるつもりでいるのに、なんでコソコソしているんだろう。

所在無さげに佇むしろはは、船の上から初めて彼女を見たたときのような仏頂面をしていた。

そんなしろはを見ていると、俺は何だか恥ずかしくなってしまう。

彼女の秘密を勝手に暴いてしまったような。

後ろ暗さと楽しさの入り混じった思いだった。

 

どうやら、しろはは、のみきの予想通り釣りをしているようだ。

海面の浮きをじっと見ている。

 

どう声をかけたものか、迷った。

 

羽依里「釣れますか?」

 

しろは「ぼちぼちです……って、うわぁ!」

 

しろははこっちを振り向くなり悲鳴をあげて飛びずさった。

 

羽依里「足元見ないと危ないぞ」

 

しろは「慣れてるから平気だし……というか、あなたのせい」

 

軽く睨まれる。

呼び方も「あなた」に変わっているし、大分警戒されているようだった。

 

どう会話を切りだすべきか分からない。

ただ黙ってるだけでは始まらないことは分かる。

ならばと居直って、自分の素直な気持ちを伝えることにした。

 

羽依里「あ、あの……さっきはゴメン!」

 

取りあえず潔く謝る。

これまで人生でしたことの無いような角度で深々と頭を下げた。

 

しろは「……別に、もう気にしてないからいい、よ」

 

頭を下げながら上目にしろはの方を見る。

既に険のある表情はなくなっていた。

あまり怒ってはいないらしい、一安心する。

 

しろは「都会風の冗談だったんでしょ?」

 

羽依里「う、うん? まぁそんな感じかな」

 

鳥白島の住民、みんな都会を意識し過ぎじゃないか?

実際はパニクってただけなんだけど。

 

しろは「私の方こそ、驚いて…急に逃げ出したりして……その、ごめん」

 

羽依里「いやいやこっちこそ……」

 

何故かこちらが謝られてしまう。

なんだか、おかしな雰囲気だった。

 

羽依里「……」

 

しろは「……ぷっ」

 

突然しろはが吹き出す。

 

羽依里「な、何かおかしかったか?」

 

しろは「なんか、漫画みたいだなって思って」

 

羽依里「漫画とか読むんだ?」

 

しろは「うん、島は娯楽が少ないから」

 

羽依里「こんな時間まで釣りしているくらいだもんな」

 

拙い言葉のキャッチボールだったが、楽しかった。

相手がしろはだからだろうか。

意識して、急に恥ずかしくなった。

 

羽依里「あ! 竿、引いてるぞ」

 

しろは「え? ほんとだ」

 

急に釣り人の顔つきになったしろはが、浮きが深く沈んだ所で大きく竿を引いて、獲物の食いつきに合わせる。

ラインを巻き取るにつれて魚影が浮かび上がってきた。

 

しろは「あ、タイだ」

 

羽依里「え、鯛?」

 

しろはは器用に獲物を網で掬ってバケツに入れる。

小ぶりながらも俺もよく知っている鯛の形をしていた。

ただ、俺の知っている鯛と比べて体色が黒みがかっている。

 

羽依里「鯛ってもっと赤くなかったっけ?」

 

しろは「それは真鯛だよ。こっちはクロダイ」

 

しろは「真鯛を岸辺から釣るのは少し難しいかな」

 

羽依里「へぇー、詳しいんだな」

 

ふふんと、誇らしそうな顔をする。

伊達に釣りをしている訳ではないようだ。

 

しろは「お腹減ってる?」

 

羽依里「え? うん。しろはを探すときに結構歩いたから」

 

しろは「そ、そう」

 

少し照れた様子のしろはは、自分の髪をまとめてポニーテールにする。

そして、手提げ袋からカセットコンロとエプロンを取り出し、てきぱきと調理の準備を始めた。

 

しろは「釣りたてが一番おいしいし、折角だから食べていって」

 

羽依里「いいのか? ありがとう」

 

やばい、内心かなり舞い上がっている。

しろはは、釣り上げたクロダイを絞めると、器用にさばきだした。

 

羽依里「やっぱり魚の扱いも手慣れているんだな」

 

しろは「食堂でも出しているから」

 

それから頭の部分を落として半身にすると、串に通して焼き始めた。

 

しろは「……あの、ずっと見られていると落ち着かない」

 

羽依里「え? あぁ、ごめん。こういうの珍しくてさ」

 

実際、いつまででも眺めていられそうだった。

 

しろは「暇なら、あなたも釣り、してみる?」

 

羽依里「いいのか?」

 

しろは「もうこっちも火が通るのを待つだけだから」

 

そう言ってしろはは釣り竿の針に虫の餌を取り付ける。

足が沢山生えていて少し目を逸らしたくなった。

 

羽依里「よくそれ触れるな」

 

しろは「そう? 慣れてるし」

 

釣り竿を受け取った俺はヒョイっと仕掛けを海に投げ入れた。

しばらく待つ。

 

羽依里「……しろはは、よくここで釣りをしているのか?」

 

しろは「潮によって場所を変えるけど、結構来てるかな」

 

羽依里「ふーん」

 

こんな物寂しい場所で、年頃の女の子が一人で釣りをしているのは珍しいことのように思えた。

学校の同級生達は暇さえあれば友達と集ってカラオケやらボーリングやらに行っていたし、これも街と島の差なんだろうか。

 

羽依里「あ、そういえばさっき蒼や藍と会ったよ」

 

しろは「え、どうして?」

 

俺はしろはに逃げられてからの経緯を手短に説明した。

 

しろは「そんなことがあったんだ」

 

羽依里「たしか前に駄菓子屋ですれ違ったときも蒼と一緒にいたよな」

 

しろは「島じゃ同年代の子も少ないし、蒼達とは結構頻繁に遊んでるよ」

 

しろはは口数は少ないが、ぼっちという訳ではなさそうだった。

こうして一人で釣りをしているのも、元々の性格に因るものなんだろう。

 

しろは「あ、竿、引いてる」

 

羽依里「え? ほ、ほんとだ」

 

確かに竿を持つ手先に僅かな振動を感じる。

言われなければ気づかなかっただろうし、結構難しいものだ。

 

羽依里「よっと」

 

浮きが大きく沈むのを慎重に見計らって竿を振り上げる。

獲物がかかる確かな感覚があった。

 

羽依里「ヒット!」

 

リールを巻いて取り込むと、針にはよく見知った魚が引っかかっていた。

 

羽依里「これ……」

 

釣り上げられた魚は赤い胴体をピチピチ震わせている。

 

しろは「…真鯛だね」

 

さっき、ここで真鯛を釣るのは難しいかもって言ってたよな。

 

羽依里「ひょっとして俺、釣りの才能があるんじゃ……」

 

しろは「た、ただのビギナーズラックに決まってるし!」

 

少し調子に乗ろうとして怒られる。

 

しろは「とにかく、これも今捌いちゃおう」

 

羽依里「だな」

 

俺の釣った真鯛の方は刺身にするようだった。

ただの焼き魚と比べ手間のかかりそうな調理だったが、しろはは見事に切り身に分けていく。

 

しろは「できたよ、クロダイの方も良さそう」

 

辺り一帯には香ばしい匂いが漂っていた。

簡単に皿に盛りつけると豪華な夕食の完成だ。

 

あまりに美味そうに見えたためか、腹の音が鳴ってしまう。

 

しろは「ふふ、食べよっか」

 

羽依里「あ、あぁ」

 

少し恥ずかしい。

 

「いただきまーす」

 

 

しろはの作ってくれた料理はどちらも大変美味だった。

彼女は謙遜して「素材が新鮮だったからだよ」なんて言ったけど、実際こんなに美味しくて温かい料理は久しぶりに食べた気がする。

 

俺だって家に帰れば母親が(多分愛情をこめて)料理くらいしてくれる。

でも、こうして野外で自分達の用意したものを頂くというのは、何か特別な意味を感じずにはいられない。

それは、島を散々歩き回った後でメチャクチャ空腹だったからとか。

焼き魚の匂いに混じって鼻をかすめる潮の匂いに、どこか懐かしさを覚えたからとか。

色々理由づけはできるかもしれないけど。

やっぱり一番特別なのは、隣にこの子がいることなのかもしれない、なんてことを想った。

 

 

羽依里「なんか、こういうのっていいな」

 

しろは「? そんなに美味しかった?」

 

羽依里「料理は勿論そうだし、もっと全体的に、こういう生活が、さ」

 

しろは「?」

 

しろははピンと来てないようだった。

 

羽依里「すごい、『夏休み』って感じがする」

 

しろは「それは……私もそうかも」

 

羽依里「本当か?」

 

しろは「普段、島の子と遊ぶのは、やっぱり『日常』だから……」

 

しろは「今日は……あなたがいたから、『夏休み』だったかもしれない」

 

そう言ってしろはは優しく微笑んだ。

ドキリと、大げさではなく胸が高鳴る。

これは、結構いいムードなんじゃないか?

 

羽依里「そ、それは……俺が、と、特別、的な意味で言ってる?」

 

少し心の距離を詰めようとして、噛みまくった。

俺が婉曲的に言おうとしたことに気づいたのか、しろはは顔を真っ赤にして手を振る。

 

しろは「そそ、そういうことじゃなくて。あなたみたいな島の外から来た人と関わると、い、一種の緊張感が生まれるというか」

 

しろは「例えるなら、島に指名手配中の犯罪者が紛れ込んで大変だー!みたいな、ひ、非日常感というか」

 

しろは「とにかく、そんな感じの意味の特別であって、あなたの言うような意味では全然ない……と、思う……」

 

最後の方は尻すぼみだったが、激しく否定された。

例えが例えになっているか微妙だし、俺は犯罪者扱いか。

 

羽依里「でもまぁ、何でもいいや」

 

今はこうして二人で話せるだけで満足だった。

本当はもっとこんな毎日を送りたかったけれど、俺の事情なんてお構いなしに時間は過ぎていく。

 

羽依里「こんなことなら、鏡子さんに無理を言って、島で遊ぶ時間を増やすべきだったかなぁ」

 

しろは「そんな、悪いよ」

 

羽依里「でも、夏休みを丸々ばーちゃん家で遺品整理に費やしましたってのも何だかな」

 

しろは「そっちの学校はいつから始まるの?」

 

羽依里「明々後日。だからどんなに遅くても明後日には帰らないとな」

 

しろは「そっか」

 

ちらりと、しろはの横顔を伺う。

少しは寂しそうな顔をしてくれないかなと期待していたが、いつもの何を考えているのか読めない顔だった。

 

羽依里「あぁそうだ、紙飛行機」

 

しろは「え?」

 

俺は唐突に、あの虹色の紙飛行機のことを思い出していた。

 

羽依里「俺が船縁から飛ぶ直前、港で紙飛行機を飛ばしていただろ?」

 

しろは「そういえば……うん」

 

羽依里「あれ、俺が加藤の家の蔵で見つけたものなんだ」

 

しろは「そうなんだ」

 

羽依里「俺が蔵から飛ばした紙飛行機がさ、偶然しろはの所まで飛んで行って、それをしろはがまた飛ばしているのを見てさ」

 

羽依里「何か……うまく言葉にできないけど、運命みたいなものを感じたというか……それで、しろはに声をかけなくちゃって思ったんだ」

 

俺が熱を吹いていると、しろはは何故か引いていた。

あれ、おかしいな。心なしか俺を見る目も白くなっている気がする。

 

しろは「……それ、都会の口説き文句?」

 

羽依里「え?」

 

しろは「蒼が前に言ってた。街の方だと持っているものとかに因縁をつけてペラペラと誘ってくるケーハクな人が多いから気をつけろって」

 

あいつ、何を吹き込んでいるんだ。

 

羽依里「ち、違うって! 本当なんだ。俺もよく分からないけど、あの紙飛行機を見つけたとき……何だか、とても懐かしい気持ちになって!」

 

羽依里「それで、しろはが飛ばしているのを見て……あれは、み、未来に向かって飛んでいるんだって。どうしてか確信したんだよ!」

 

俺は必死に説明しようとするが、ど壺にはまっている気しかしない。

 

しろは「……ぷっ」

 

突然しろはが吹き出す。

 

羽依里「へ?」

 

しろは「じょ、冗談。あなたの言葉が、少しおかしくて」

 

それから、しろはは控えめに笑い続けた。

俺はといえば恥ずかしくてしょうがない。

しろはが冗談を言ったりするとは思ってもみなかった。

 

 

しろは「――でも、私も同じことを考えてた」

 

羽依里「え?」

 

しろはが俺に向き直る。

 

しろは「私も、港であの紙飛行機を見つけて、どうしてか気になって」

 

しろは「手に取った瞬間、『あぁそうなんだ』って納得して」

 

しろは「満たされた」

 

彼女は訥々と飾らない言葉で語る。

 

しろは「今も、眩しさだけは忘れていなかったけど」

 

しろは「私がどこかに置いてきた思い出の一欠片なんだって」

 

しろは「気が付いたら飛ばしてた。未来に向かって」

 

彼女の紡ぐ言葉の一つ一つが俺の胸をうつ。

 

しろは「一緒だね」

 

そう、笑いかける。

気が付けば、目頭が熱くなっていた。

 

しろは「あなたが船から飛び降りたとき」

 

しろは「きっと私と同じなんだって思えたから、だから」

 

しろは「『いいよ』って、そう言えたんだよ」

 

どうしてだろう。

しろはと過ごした時間はこんなにも短いのに。

長いときをかけた旅が報われたような。

切なさと感謝で、胸が詰まった。

 

羽依里「ありがとう……」

 

夜の闇は深く、お互いの顔も見えないほどだったけれど。

しばらくの間、俺は泣き顔を見せないようにするだけで精一杯だった。

 

 

――――

 

 

しろはと別れたあと、俺は加藤家に戻った。

鏡子さんは朝型だったので、起きているか心配だったけど。

どこかで噂を聞きつけたのか俺を待ってくれていた。

 

羽依里「あの、俺……船に乗り遅れちゃって」

 

実際には乗り遅れたとか、そういうレベルではない。

とても、長い一日だった気がする。

 

鏡子「そうなんだ。大変だったね」

 

でも、鏡子さんは俺に何も聞かず。

 

鏡子「おかえり」

 

それだけ言って俺を迎え入れてくれた。

 

シャワーを手早く浴びてすぐに床に就く。

島中を歩き回った身体はクタクタに疲れていた。

布団から見える天井は、この1ヶ月、何度も見たはずの景色だったけど。

でも何故か新鮮な気がして、そんな風に思いながら、まどろみに落ちる。

 

 

 

あの後、色々なことを話した。

お互いのことだったり、島の話だったり。

いつまでもこんな時間が続けばいいと思った。

 

しろは「もう遅いし、私家に帰らないと」

 

それでも、やっぱり別れの時間は来る。

 

羽依里「そっか、まぁしょうがないよな」

 

時計を見ると、もう21時を回っていた。

 

しろは「もう明日帰るの?」

 

羽依里「どうしようかな、折角だし鏡子さんが良ければ、明後日まで島に居させてもらおうかと思っていたんだけど」

 

もう少ししかないけれど、残された時間でこの島のことをもっと知りたいと思った。

もちろん、しろはのこともだけど。

 

しろは「……あの!」

 

しろはが意を決したように切り出す。

 

羽依里「な、何?」

 

しろは「明日……蒼達と海水浴に行くの。島の男の子達も来るから…」

 

しろは「…そ、その、もし良ければ……あなたも、来てほしい」

 

羽依里「え?」

 

唐突なお誘いに驚く。

一拍おいて、嬉しさがこみ上げてきた。

 

羽依里「で、でもいいのか? 俺みたいなよそ者が混じっても」

 

しろは「それは大丈夫だと思う。みんな同年代の新しい子との出会いに飢えてるし。きっと歓迎してくれるよ」

 

それは本当のことなんだろう。

蒼や藍、のみきも、島外から来た俺と気さくに話してくれたし。

観光客が多いからだろうか。

開放的な島民性が根付いているのかもしれないと思った。

 

羽依里「それなら、是非行かせてもらうよ。ありがとう」

 

しろは「……うん!」

 

屈託のない顔で笑うしろはを見て、改めて頑張って良かったと思えた。

それから釣り竿や調理器具を片付けてお互いの家路につく。

 

羽依里「それじゃあ…また明日な」

 

名残惜しかったが、明日会えるのだからいいやと思えた。

「さよなら」じゃなくて、「また明日」と言えることが嬉しかった。

 

しろは「うん、また明日……はいり」

 

通じたように、しろはもそう返してくれる。

きっと、明日も楽しい夏休みになると、そう思った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。