二度目の高校生活はIS学園で (Tokaz)
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プロローグ



初めて投稿しました。好きな作品の世界でオリ主と他作品のヒロインを絡めたくて書いた自己満足ものです。
駄文ではありますが、読んで貰えたら幸いです


 

 

 ───桜の花びらが舞っている。

 

 春、入学式ともなれば桜が舞い散る景色はこの国ではある意味当然かもしれないが、世界最先端の科学の結晶たるISの事を学ぶここ「IS学園」でも同じ景色が見れる事に俺は妙に感心していた。

 

 俺、結城志狼(ゆうきしろう)は18歳という成人かつ、ほんの1ヶ月前に高校を卒業したばかりであるにも関わらず、今日からここIS学園で二度目の高校生活を送る事になる。

 

 

 何故こうなったかというと・・・・

 

 

 

 

 

<><><><><>

 

 

 

 

 今から約1ヶ月半前、志望大学であった東大医学部に合格を果たした俺は、当時通っていた高校に報告をしに行った。担任の先生に報告を済ませ帰ろうとすると、何やら校内が騒がしい。理由を聞いてみると、男向けのIS適性検査が行われているとの事だった。

 

 

 

 ───IS (アイエス)

 

 正式名称インフィニット・ストラトスは今から9年前、日本人の天才科学者篠ノ之束(しのののたばね)博士(当時15歳)が発表した宇宙開発を目的とした所謂パワードスーツだ。

 ミサイルの直撃すら効かない絶対防御と呼ばれる強固なエネルギーシールド、戦闘機を遥かに上回るスピードと機動性、特殊な武装による絶大な攻撃力など、現行兵器を遥かに凌駕する性能を持つISは発表当初、机上の空論として見向きもされなかった。しかし、「白騎士事件」においてその力を世界中に見せつける事で、ISはその存在を世に知らしめた。本来の目的である宇宙開発用ではなく兵器として、であるが。

 ISの前ではあらゆる現行兵器は意味を成さず、たった一機で小国の総戦力に匹敵する戦闘力を持つISに勝てるのは同じISだけ、と世界各国はこぞってISの開発に着手した。しかし、ISの最重要パーツであるコアと呼ばれるパーツがブラックボックス化しており、篠ノ之博士にしか作れず、また、博士は世界中に467個のコアを提供すると姿をくらませてしまった為、ISの数は事実上、頭打ちとなった。

 このままでは数少ないコアの奪い合いで戦争が起きると畏れた世界各国はIS運用協定───通称「アラスカ条約」によってコアの国家間取り引き及び、ISの軍事利用を禁止した。それ以降、ISは表立って兵器として開発される事はなくなり、現在ではIS同士を戦わせる「ISバトル」というスポーツ競技用として開発が進められている。

 そんなISの最大の欠点、それは女にしか動かせないという事だった。開発者の篠ノ之博士にも不明だと言うこの欠点によって各国はこぞってISを動かせる女を優遇する政策を立て始め、それはやがて女尊男卑という悪しき流れを世界中にもたらした。

 

 

 ───閑話休題(それはさておき)

 

 

 その女にしか動かせないはずのISを動かした男が現れた。彼の名は織斑一夏(おりむらいちか)。元日本国家代表にして世界女王(ブリュンヒルデ)の称号を持つ第1回IS競技世界大会(モンド・グロッソ)総合優勝者、織斑千冬(おりむらちふゆ)の弟でまだ15歳の少年であった。

 彼の出現により、ISを動かせる男が他にもいる可能性を考えた各国首脳は、彼と同年代の15歳から20歳までの全ての男に適性検査を実施する事にした。

 

 その適性検査が今日、この高校で行われているとの事。俺は先生の薦めもあり、適性検査を受けていく事にした。

 

 今思えば、この時の俺は子供の頃からの夢であった医者になる為の一歩を踏み出せた事で正直浮かれていた。浮かれて、何も考えず検査を受け、その結果、

 

 

 

 

「きっ、起動しました! 2人目の適合者が出たぞ!!」

 

 

 

 

 

 そう、俺はISを起動してしまったのだ。

 

 

 

 

 

 ISを起動してしまった俺は、あっという間に黒塗りの車に押し込められ、走り出す事約30分、何処かの建物に入ると車を下ろされ、その中の広い応接室に通された。

 この頃には冷静さを取り戻していた俺は、自分の置かれている状況を分析していた。いきなり連れ出されはしたが、身柄を拘束もせず、携帯も取り上げられていない事から、問答無用で研究材料にされるという最悪の展開はなさそうだ。扉は施錠されてるし、外には見張りもいるだろう。当然隠しカメラで覗いてるだろうから下手な事は出来ない。結果、相手の出方を待つしかないと思い至った俺は高級そうなソファーに深く腰を下ろし、目を閉じた。

 

 

 それから2時間程経過した。その間、合格した事をメールで知らせただけだった妹達に連絡しようとしたが、電波が届いておらず出来なかった。携帯取り上げられない訳だ。

 待たされる間、俺は今後の状況をいくつもシミュレートしていた。正直、ISを動かしてしまった俺に望んだ未来を勝ち取るのは難しいだろう。だからといって諦める訳にもいかず、頭の中で色々な事を考えていたら、ノックも無く応接室の扉が開き、2人の人物が入って来た。

 

 

「やあ、待たせて済まなかったね、結城志狼君」

 

 入って来た1人目、中年男が尊大な態度で言った。大方政府の役人で今回の適性検査の担当、といった所だろう。まあ、こいつはどうでもいい。所詮決まった事を伝えるメッセンジャーにすぎない。

 

 問題はもう1人の女、やや癖のある長い黒髪をした20代半ばの美女。目つきがややキツイが黒のスーツからこぼれんばかりのバストや引き締まった脚、腰のくびれからヒップのラインが堪らなくセクシーだ。

 俺は彼女が誰か知っている。彼女こそ世界最強の女、世界女王(ブリュンヒルデ)の称号を持つIS乗り、織斑千冬その人だ。

 

 

 思いもよらない大物の登場に面食らっているうちに、2人は俺の対面に腰を下ろした。

 

 

「さて、君に来て貰ったのは他でもない。君の将来について話しをしたいのだよ」

 

「・・・・俺の将来? 医者になる為の勉強を大学でするつもりですが?」

 

「ああ、誠に残念ながら君の合格は取消しとなった」

 

「・・・・・・」

 

 悪い予想が一つ当たった。

 

「勝手に合格を取り消すなど実に腹立たしい事だろう。だが、これは世界規模の問題でね。所謂超法規的措置が執られ、君はその対象となる。君の意思に関係なく、世界の利益の為に貢献して貰いたい」

 

 俺が何も答えないのを見て、ショックを受けてるとでも思ったのか、中年男は得意気に話を続ける。

 

「ああ、分かっているよ。君は医者を目指していたんだったね。だが、世界中に医者が何万人いると思う?対してISの男性操縦者はたった2人しかいないのだよ。どちらに希少価値があるかは比べるべくもないだろう?」

 

 その顔は弱った人間に鞭打つのが楽しくて仕方ない、と醜く歪んでいた。

 

 

 

 野郎・・・・どうしてくれようか。

 

 

「・・・・それで世界に貢献とは具体的にどうしろと? まさか実験体になって体中切り刻まれろ、何て言わないでしょうね?」

 

 俺が内心の腹立たしさを隠し、何事もなかったかのように話し出したのを見て、男はつまらなそうな、女は面白そうな正反対な顔をした。

 

「まさか、法治国家である我が国でそんな事ある訳なかろう」

 

「おや? 俺に対しては超法規的措置が執られるのでは?」

 

「・・・・・・」

 

 俺が芝居掛かった口調で切り返すと、中年男は苦虫を噛んだような顔をする。

 

「超法規的措置の対象、という事は法に守られない代わりに法を守る必要もない、という事の筈。と言う事は仮に俺が絶望のあまり逆上して、この場で貴方を殺してしまったとしても罪には問われない、という事ですよねえ?」  

 

 俺は殺気を込めた視線を中年男に向けて、嗤った。

 

「な、何を言ってるんだ君は! そんな拡大解釈が認められるか!」

 

「超法規的措置というのは文字通り法を超えた措置。俺がその対象だと言ったのは貴方だ。次に出来るかどうかだが、まあ、確実に隣りの彼女が邪魔するでしょう。さて、ここで問題なのがお2人の関係性です」

 

「か、関係性?」

 

「ええ、簡単に言えば貴方が彼女に嫌われてないか、という事です。もし、嫌われていたら俺が一撃入れるくらいは見逃してくれるかもしれない。因みに俺の経歴は知ってますよね。俺なら一撃で頭蓋を割るくらい出来ると思いますけど。どうです? 過去の言動や態度を振り返って自分は彼女に嫌われてないと断言出来ますか?」

 

「・・・・・・」

 

 中年男は心当たりがあるのか慌ててる。チラリと織斑千冬を見ると、実に楽しそうな顔をしており、ふと目が合うと小さく頷いてくれた。

 

「そ、そんな事をして許さ「貴方のような役人が何万人いるか知りませんが、2人しかいない男性操縦者とどちらが希少価値があるか比べるべくもないのでしょう?」

 

「!? ・・・・・・ギリッ」

 

 俺がニヤリと嘲笑(わら)って先程言われた事をそのまま返してやると、中年男は汗をダラダラ流して悔しそうに口唇を噛んだ。すると、

 

「プッ、クククク・・・・」

 

 突如聞こえた笑い声に目を向けると、今まで一言も発しなかった織斑千冬が声を抑えて笑っていた。

 

「貴方の負けですよ理事。超法規的措置なんて切り札を最初から曝してしまったんですからもう脅しになりませんよ」

 

 声に笑みを含ませながら千冬が言う。

 

「し、しかし千冬君!」

 

「これ以上は時間の無駄です。後は私が」

 

 千冬が強い口調で言うと中年男は苦々しい顔をして、応接室を出て行った。

 

 

 

 

「ククク、いや、面白いものを見せて貰った」

 

「あ、やっぱり嫌ってたんですか?」

 

「まあな。あの男はIS委員会日本支部の理事でな。高圧的な態度とセクハラで男女共に嫌われている奴なんだ」

 

「・・・・今時、よくそんなのが理事になれましたね」

 

「生憎金だけは持ってる奴なのでな。まあ、あいつも終わりだろう。お使いも満足に出来ないと証明してしまったから上がさっさと切り捨てるさ。

・・・・さて、選手交代だ。自己紹介は必要かな?」

 

「いえ、貴女を知らない人なんていないでしょう。お会い出来て光栄ですよ、織斑千冬さん。後でサイン貰えますか?妹達の分も合わせて3枚程」

 

「・・・・まあ、サインはともかく本題に入ろう」

 

「あれ、駄目ですか?」

 

 俺が食い下がるとキッと睨まれた。そんな顔してるから目つきが悪くなるというのに、折角の美人が台無しだ。とは言え本題に入るのはこちらも望む所だ。

 

 

「ゴホン、まず先程言った大学の合格取り消しは本当だ。これは政府の要望だけでなく、大学側の決定でもある」

 

「俺という存在に周りが巻き込まるのを恐れての事ですか・・・・」

 

「そうだ。君は既に様々な国家、企業、組織から狙われている。中には一般市民を巻き込む事など歯牙にもかけない連中もいるだろう」

 

「成る程。そういう奴等から狙われている俺が大学に入学するのは迷惑だ、と」

 

「その通りだ」

 

「はっきり言いますね、流石にへこみますよ?」

 

「いくらへこんでも事実は変わらんさ。それより自分の置かれている状況は解っているようだな」

 

「ええ、政府としては警護の為に俺を隔離したいと、いや、監視の為かな?」

 

「・・・・まあ、そういう事だ」 

 

 俺は会話しながら自分の落ち着き先がどうなるか候補をしぼる。・・・・うん、嫌な予感しかしないな。

 

「落ち着き先は? まさか本当に研究所で実験材料コースじゃないでしょうね?」

 

「流石にそれはない。その提案をした馬鹿も中にはいたがな。少なくとも研究所よりはマシな所だ。そこに入ればあらゆる団体も簡単に手を出せない。唯一の欠点は女の園だと言う事だが、幸い今年から共学になる。まあ、男は今の所2人だけだがな」

 

 

 ああ、嫌な予感的中だ。

 

 

 そして織斑千冬は、その後の俺の人生を決定付ける言葉を口にした。

 

 

 

 

「結城志狼、君には2人目の男性操縦者としてIS学園に入学して貰う」

 

 

 

 

<><><><><>

 

 

 

 

 

 と、いうやり取りを経て、その後いくつかの条件を飲んで貰い、俺はIS学園への入学を承諾した。因みにサインは後で貰った。

 

 それからは家にマスコミやら企業やらが連日押し掛けては、やれ取材させろ、やれ研究させろだのとほざくので、俺も家族も対応に大わらわだった。そのせいで迷惑になるからと高校の卒業式に出られなかった。

 

 

 

 そして、今日はいよいよIS学園の入学式だ。

 

 

 

 人生を懸けた夢を奪われ、二度目の高校生活を送る事になった俺の心は、晴れ渡った4月の空とは反対にどんよりと沈んでいた。

 

 

 




読んで頂きありがとうございました。


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第1話 入学式



読んでくれた方達、ありがとうございました。

本編始まります。


 

 

 ───IS学園

 

 

 正式名称、日本国立インフィニットストラトス操縦者養成専門学園高等学校。世界唯一のIS関係者養成校。

 設立当初は操縦者だけだったが、現在では操縦者だけではなく開発者、整備士などのIS関係者の育成を目的とした教育機関だ。その為世界中から入学希望者が後を立たず、今年の倍率はとうとう3000倍を越えたそうだ。

 

 基本1クラス30人×4クラスで1学年120人だが、現在の全校生徒数は288人。計算が合わないのは学年が上がるにつれ、退学者が出るからだそうだ。特に2年から3年の進級試験では規定の水準に達していなければ容赦無く退学になるらしい。(因みにこの学園には留年制度はないそうだ)

 

 四方を海に囲まれた陸の孤島で、出入りは直通のモノレールとその路線上の橋道一本のみ。出入りは厳しく管理され、敷地内はあらゆる国家や企業も簡単には手が出せない治外法権とされている。

 

 男はごく一部の教職員しかいない女の園に、今日から俺は通う事になる。

 

 

 

 

 

「結城志狼です」

 

「に、入学おめでとうございます。結城さんは1組です」

 

 校舎前に設置された受付で名前を言うと、所属するクラスを教えて貰う。パンフレットと本日のタイムスケジュールを受け取ると、胸に花を付けて貰った。

 

「ありがとう」

 

 俺は軽く礼を言うと受付から離れる。入学式は9時から講堂で行うらしい。早目に行って座ってる事にしよう。

 

 

 

 

 講堂に足を踏み入れた途端、ザワめきがピタッと止まり、代わりにヒソヒソと囁く声と無遠慮な視線が俺を迎える。正直嫌な気分だが仕方がないのだろう。彼女らにとって俺は異物、あるいは動物園の珍獣のようなものなのだろうから。

 

 俺は新入生用と表示されている区画に移動すると、まだ周りに誰もいない一番後ろの端に腰を下ろした。

 周りを見渡すと半分以上は日本人だが、その他にも白人や黒人、東洋人などがいて実に国際色豊かだ。加えて皆が皆、美少女と呼ぶに相応しい容姿の持ち主で、合格基準に容姿の項目があるというのは案外本当なのかもしれない。

 

 

「あの、隣に座ってもいいですか?」

 

 その声に目を向けると、3人の美少女がいた。声をかけて来た活発そうな娘、物静かそうな娘、のほほんとした娘の3人だ。

 

「どうぞ」

 

 俺は席を薦める。彼女らが座ると互いに自己紹介をした。

 彼女らは相川清香(あいかわきよか)鷹月静寐(たかつきしずね)布仏本音(のほとけほんね)といい、俺と同じ1組の生徒だそうだ。俺も1組だと言うと彼女らは大層喜んでくれて、式が始まる頃にはお互いに名前で呼び合うまで打ち解ける事が出来た。

 

 

 

「これより、入学式を始めます」

 

 

 司会進行役のメガネ美少女の先輩の声を皮切りに、入学式が始まった。

 

 

 入学式なんてのはどこも対して変わらないらしく、校長や理事長、来賓の挨拶など無駄に長い話が続く。来賓の中に官房長官がいたのは流石IS学園だなあと驚いたが、長話のおかげで本音が寝てしまった。

 

 次は生徒会長の祝辞。生徒会長更識楯無(さらしきたてなし)はパンフレットによると学生の身でありながら、既にロシアの国家代表なのだそうだ。・・・・しかし、楯無って女の子につける名前じゃないよなあ。俺も将来子供が出来た時には気を付けよう。

 そんな事を考えている内に会長の祝辞は終わってしまった。ほとんど聞いてなかったな・・・・

 

 次は新入生代表の挨拶。新入生代表は毎年入試首席の者がなるそうで、今年の首席はイギリス人のセシリア・オルコット。絵に描いたような金髪碧眼の美少女なのだが、実は俺、彼女とは知り合いなのだ。

 3年前イギリスに行った時、トラブルに巻き込まれた彼女を助けたのが切っ掛けで知り合い、以来、電話やメールでのやり取りを続けていたので彼女が代表として挨拶する事も知っていたのだ。

 それにしても、以前から可愛らしい娘だったが、ここ最近でまた一段と美しくなった。同姓ながら見蕩れている娘も大勢いるようだ。

 彼女の挨拶が終わると拍手が鳴り響いた。はにかみながら壇上を去る彼女は俺に一瞬、目を向けるとウインクを飛ばす。どうやら俺に気付いていたらしい。

 

 式はこれで終わりかと思いきや、上級生によるデモンストレーションが行われるようだ。

 講堂の屋根が開き、青空が見えると、その中を白と黒の2機のISが翔んで来る。2機はダンスを踊るようにクルクルと旋回すると、空に複雑な軌道を描く。まるで青空に絵を描くようなその動きから、素人目に見てもこの2人が卓越した技量の持ち主であり、かつ息がピッタリと合っている事が良く解る。

 アナウンスによると2人は2年生の高町(たかまち)なのはとフェイト・T・ハラオウン。それぞれ日本とイタリアの代表候補生なのだそうだ。

 2人が去ると、今度は12機のISが編隊を組んで翔んで来た。ISはコアの数が限られている為、1ヶ所に配備されるのは多くて3機程度。10機以上のISが編隊を組んで飛行する光景なぞ教育機関の為、実機を多数確保しているここIS学園以外では滅多に見れないのだ。

 先の2機とは違い複雑ではないが、12機のISが息を合わせ揃って翔ぶ光景は何だか神々しくもあり、俺を含む新入生や来賓の目を釘付けにしていた。

 

 

 

 ───これがインフィニットストラトス、

    これがISか!

 

 

 

 

 望んで入った学園ではないが、その事すら忘れて今の俺はISの飛翔する姿に魅せられていた。

 

 

 




なのはとフェイトがちょっとだけ登場。
オリ主と絡むのはまだ先になります。


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第2話 1年1組 

 

 

 入学式が終わった。この後は各クラスに移動してHRの後、昼食、午後からはもう授業になるそうだ。

 

「いや~凄かったなあ」

 

 1年1組の教室へ清香達と移動中、話題になるのは先程のデモンストレーション。初めて生で見たISの飛翔する姿に柄にもなく興奮気味に俺が言うと、

 

「ふふ、志狼さん目をキラキラさせてましたもんね」

 

「ええ、ちょっと意外でした」

 

「しろりん、か~わいい~♪」

 

 清香、静寐、本音の3人にからかわれてしまった。年上をからかうもんじゃないよ君達。と言うかしろりんって俺の事かな、本音君?

 

「いや、俺も男だからな。ああいうメカが実際に動いているのにはやはり心惹かれるというか・・・・」

 

 

 4人で雑談していると1年1組の教室に着いた。席は出席番号順なので一旦、皆と別れたが、

 

「わ~い、しろりん、お隣だ~」

 

 俺の隣りの席は本音だった。

 

「そのようだな。改めてよろしくな、本音」

 

「うん! よろしくね~。・・・・ねえしろりん、お菓子持ってない?」

 

「お菓子? お腹空いたのか?」

 

「・・・・うん」

 

「ちょっと待て、・・・・あったぞ。ほら、持ってけ」

 

「わ~い、ありがと~」

 

 俺は丁度鞄に入れておいた果汁グミを本音に渡すと、彼女は喜んで清香達の所へ持って行った。

 

 

 

 席に着き、教室内を見渡すと大半が日本人のようだ。外国人は5人くらいしかいない。それと、

 

「織斑一夏か・・・・・」

 

 俺がこの学園に通う事になった元凶、織斑一夏がいた。

 

 織斑は席に突っ伏したまま固まっていた。まあ無理もない。この不躾な視線にさらされて平気な奴はまずいないだろう。

 何と言っても教室内のクラスメイトだけでなく、廊下にも珍しい男性操縦者を見に来たのかビッシリと人が集まっており、そっちからも視線が飛んで来るのだ。中にはリボンタイの色が違うから上級生も混ざっているらしい。因みにこの視線は俺にも向けられているが、もう気にしない事にした。

 1ヶ月前なら余計な事をして俺の夢を台無しにした織斑を一発ぶん殴ってやる所だったが、時間の経過と共に怒りも薄まり、奴も被害者なのだという同情心も少し湧いていたので、手を出すのは止めておこう。て言うか、本当に手を出したら普通に暴行・傷害事件だしな。

 

「皆さーん、席に着いて下さーい。HRを始めますよー」

 

 眼鏡を掛けた可愛らしい娘がセシリアと一緒に教室へ入って来た。セシリアもこのクラスだったのか。

 

「このクラスの副担任の山田真耶(やまだまや)です。1年間よろしくお願いしますね」

 

 おや、先生だったのか。まあ、私服だもんな。童顔で大きめの眼鏡が良く似合うとても可愛らしい人だ。制服を着ていたらクラスメイトと絶対間違える事だろう。

 しかし、あの胸は凄い。ゆったりしたワンピースを着てるのにそこだけがパンパンに張っている。日本人であの大きさは滅多にいないだろう。因みに俺は巨乳派なので喜ばしい限りだ。

 

 それにしても折角先生が挨拶したのにクラスの連中は無反応だな。あまりの無反応振りに先生もオロオロしてる。丁度、目が合ったので俺がよろしく、と軽く礼をしたら、それだけで山田先生は嬉しそうに微笑んだ。

 

「コホン、それではまず最初に自己紹介をして貰いますね。出席番号順に進めますので、出席番号1番の相川清香さんから、お願いします」

 

「あ、はい!」

 

 こうして自己紹介がスタートした。

 

 

 

 

 

「はい、ありがとうございます。次、織斑君お願いします」

 

「・・・・・・」

 

「織斑君? 織斑一夏君!?」

 

「あ、はい!」

 

「ごめんね。自己紹介織斑君の番なんだけど、大丈夫?」 

 

「あ、はい、すいません!」

 

 織斑は勢い良く立ったはいいが、かなりテンパッているようで何も出て来ないらしい。たっぷり30秒過ぎた頃、ようやく口を開き、

 

「えー、織斑一夏です。よろしくお願いします」

 

「「「「・・・・・・」」」」

 

「以上です」 ガタンッ!

 

 クラス全員が注目する中、名前を言うだけの自己紹介をする織斑に、期待を外されコケる娘が大勢いた。散々時間を使ってあれじゃ・・・・すると、

 

───バシンッ!

 

  とても痛そうな音が教室内に響いた。

 

「全く、自己紹介もまともに出来ないのかお前は」

 

「げっ、ち、千冬姉!」

 

「ここでは織斑先生だ、バカ者」

 

 再びバシンッとおよそ出席簿が出してはいけない音を出して織斑を沈めると、織斑千冬が教壇に立つ。

 

「諸君、私がこのクラスの担任の織斑千冬だ。私の役目は諸君らを1年間で使えるように鍛え上げる事だ。私の指導についてくれば、1年後には一端のIS乗りにしてやる。授業を良く聞いてしっかりついて来るように。以上だ」

 

 もの凄い上から目線の挨拶が終わった途端、

 

「「「「きゃああああああっ!!」」」」

 

 女生徒達の絶叫が響き渡った。

 

 彼女達は我先にと千冬にアピールするが、去年もあった事なのか呆れ気味の千冬。辛辣な言葉をかけるも、それさえイイらしく、更にテンションを上げる彼女達。

 最期には、調子に乗った彼女達を殺気で黙らせる千冬。これを浴びては流石に彼女達も静まって、織斑の自己紹介から始まった一連のコントはようやく終わったようだ。いや、端から見てると本当にコントに見えたんだよ、コレ。

 

 

「お疲れ様です、織斑先生。会議は終わったんですね」

 

「ああ、任せっきりですまないな山田先生。どこまで進んだかな?」

 

「自己紹介の途中なのですが・・・・」

 

 山田先生がチラリと備え付けの丸時計を見る。

 

「ああ、もう時間か。仕方ない、後は午後に回そう。その前に、結城!」

 

 いきなりご指名が来た。

 

「はい?」

 

「皆、気になっているだろうからな、お前だけ先に自己紹介しろ」

 

「はい」

 

 俺は席を立つと、周りを軽く見る。大半が受け入れてくれてるのか興味深そうに見ているが、数名睨みつけている娘もいる。彼女らは女尊男卑主義者のようだから気を付けよう。それと織斑が驚いた顔をしていた。どうやら俺がいる事に初めて気付いたようだ。どれだけテンパッていたのか・・・・さて、自己紹介を始めよう。

 

「皆さん、初めまして。俺は結城志狼。巷では2人目の男性操縦者と呼ばれています。年は18で、本来は高校を卒業して大学生になるはずだったんだが、適性検査でISを動かした為、この学園に入学して皆と机を並べる事になりました。年上の男だからと言って、構えず、気軽に接して下さい。1年間よろしくお願いします」

 

 俺が自己紹介を終えると、皆が拍手をしてくれた。

 

「全く、これが自己紹介というものだ。少しは見習え」

 

「うう、面目ない」

 

 織斑の情けない声と共にチャイムが鳴る。

 

「それでは各自昼食を摂れ。午後からは授業がある。IS学園は時間厳守だ、遅れるなよ」

 

 そう言うと先生達は教室を出る。

 さて、昼食だ。俺は、

 

「しろり~ん、お昼行こ~」

 

「ああ、行こうか」

 

 本音達に誘われて食堂へ行こうとすると、

 

(わたくし)もご一緒してよろしいですか?」

 

 可憐な声が俺の足を止めた。その声の持ち主を思い浮かべ、振り向くと、

 

「ああ勿論。久し振り、綺麗になったねセシリア」

 

「はい! お久し振りです、志狼さま!」

 

 そこには金髪碧眼の美しい少女、セシリア・オルコットが輝くような笑顔を浮かべていた。

 

 

 




自分では志狼のCVは中村悠一さんをイメージして書いています。


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第3話 セシリア・オルコット 



遅くなりました。第3話投稿します。

今回はオリ主志狼と原作ヒロインセシリアの出会いを描いてます。
当然オリ展開で原作とは全く違うものです。
原作至上の方は読まない事をお薦めします。

前回まではオリ主志狼の一人称で進めてきましたが、今回からキャラ毎の一人称で視点を切り替えていこうとおもいます。

それでは過去最長の第3話、ご覧下さい。




 

 

~セシリアside

 

 3年振りに志狼さまにお会いする事が出来ました。電話やメールで話はしていたものの、やはり実際に会うのは違います。

 特にこの1年は(わたくし)は代表候補生としての活動が、志狼さまも受験があったので、お互い忙しくてメールでしか話せず、お姿を見るのは本当に久しぶりです。

 久しぶりに見た志狼さまは背が伸びて、顔つきも精悍さが増して少年というより男性、といった感じがします。でも、その優しい笑顔と温かな声は変わらずに私を包んでくれるようでした。

 

「あの~、志狼さん、オルコットさんと知り合いなの?」

 

 志狼さまとお昼に行こうとしていた方──確か相川さん、から声を掛けられました。そう言えばずいぶん長く見つめ合っていたようで、少し恥ずかしいです。

 

「ああ、3年前にイギリスで知り合ってね。お昼、セシリアも一緒でいいかな?」

 

「勿論!」

「私も構いません」

「おっけ~♪」

 

「よし、じゃあ行こうか」

 

 (わたくし)達は5人で食堂へ向かいました。

 

 

 

 

 

 IS学園の食堂は国際色豊かな校風からか、様々な国の料理を提供しています。食べたい料理の食券を買い、指定されたブースに並んで料理を受け取るセルフサービス方式で、かなり広い食堂は大勢の生徒で賑わっていました。

 

 (わたくし)達は食べる料理を決めましたが、皆違うブースの料理だったので、後で合流する事にして、それぞれのブースに向かいました。

 (わたくし)はサンドイッチにしたのでそのブースに並び、料理を受け取ると、皆を捜します。先にテーブルに着いていた鷹月さんが手を振っているのが見えました。

 

「席を取っておいてくれたのですね、ありがとうございます」

 

「うん、私が一番先だったから」

 

 (わたくし)は鷹月さんの対面に座ります。彼女のメニューはカルボナーラでした。

 

「おっ待たせー」

「席ありがとー、シズシズ、セッシー」

 

 続けて相川さんと布仏さんが戻って来ました。2人は(わたくし)達の座る位置を確認すると、揃って鷹月さんの隣りに座りました。

 

「オルコットさん、志狼さんの隣りの方がいいでしょ♪」

 

 相川さんの言葉に思わず顔を赤くしてしまい、

 

「セッシー、赤くなってる。か~わい~♪」

 

 布仏さんにからかわれてしまいました。というか、セッシーって私の事ですの?

 

 

 

 

「所でオルコットさん。志狼さんとはどんな風に知り合ったの?」

 

「そうですわね・・・・まず(わたくし)の事はセシリアと呼んで下さいませんか? それでその、(わたくし)も皆さんを名前で呼ばせて欲しいのですが・・・・」

 

「OK、私は清香ね、セシリア」

 

「静寐と呼んで下さい、セシリア」

 

「私、本音~、よろしくね、セッシー」

 

「はい!清香さん、静寐さん、本音さん、改めてよろしくお願いします」

 

 (わたくし)がお願いすると、皆さんは顔を見合わせそう言ってくれました。

 日本に来てすぐに3人もお友達が出来ました。志狼さまとも早々に再会出来ましたし、幸先がいいようです。

 

「さて、(わたくし)と志狼さまの出会いは───」

 

「すまない、遅くなった」

 

 そこで志狼さまが大量の料理と共に戻って来ました。

 

 

 

 

「え、志狼さんそんなに食べるの?」

 

 清香さんが驚くのも無理もありません。志狼さまが持って来たのはカツ丼、牛丼、親子丼、カレーライスにラーメン。それも全て大盛りなのです。

 

「体育会系の男ならこれくらい普通だろ?」

 

 そんな事ない、と思ったのは(わたくし)達だけではなく、首を左右に振っている周りの人達も同意見のようですが、

 

「ほら、冷めない内に食べようぜ」

 

 志狼さまは全く気にせず、(わたくし)の隣りに座ると、

 

「それじゃ、いただきます」

 

 と言って、食べ始めました。(わたくし)達もいただきますをしてから食べ始めましたが、折角志狼さまの隣りに座ったのに衝撃が大きすぎて、喜びとか恥じらいとか全部吹き飛んでしまいました。もう!

 

 

 

 

 その光景は圧巻の一言でした。カツ丼が、カレーライスがどんどん消えて行きます。決して早食いしている訳ではなく、普通に食べているように見えるのですが、私がサンドイッチを一切れ食べきる前に料理が一品消えて、気付けば志狼さまが一番早く食べ終えていました。

 周りの人達は志狼さまの食べっ振りに唖然としていました。

 

「うわぁ~、ホントに食べちゃった」

 

「・・・・凄いですねぇ」

 

「ほえ~」

 

「そう言えば志狼さまは健啖家でいらしたわ」

 

 イギリスの我が家に逗留中、かなりの量を用意した食事をペロリと平らげ、おかわりまでしていました。あれにはお母様やお父様も驚いていましたっけ。

 

「いや、さっきも言ったが体育会系の男なら普通だって」

 

「いや~、それはないと思うけど。そう言えば体育会系って志狼さん何やってたの?」

 

「ボクシング」

 

「え、でもボクサーって減量とかあるんじゃ? そんなに食べて大丈夫なの?」

 

「減量があるのは試合前だけだよ。ボクサーの練習量って凄くカロリーを消費するからむしろしっかり食べないと筋力が付かないんだ」

 

「へ~、そーなんだ~」

 

「・・・・それでも食べ過ぎなのでは?」

 

 (わたくし)達も思わずその通り、と思いました。すると、

 

「お前達いつまで食べている。もうすぐ午後の授業が始まる、遅刻は厳禁だぞ」

 

 織斑先生の声が食堂内に響きます。時計を見ると確かにお昼休みの終了10分前でした。

 

「もうそんな時間か。ほら、早く食べないと遅れるぞ」

 

 志狼さまの言う通り、まだ食べ終えてない(わたくし)と清香さんは大急ぎで平らげます。しかし、思いの外ボリュームのあったサンドイッチに途中で満腹になり、最後の一切れを一口食べて止まってしまいました。すると、

 

「時間切れ、没収な」

 

 志狼さまが(わたくし)の食べかけのサンドイッチを食べてしまいました。

 

 こ、ここここれって、か、間接キス、というものでは!?

 

 それに気付き再び顔を赤らめる(わたくし)ですが、

 

「皆食べ終わったな。じゃあ行こうか」

 

 志狼さまは気付いてないのか、平気な顔で器を返しに行きます。(わたくし)も後を追って席を立ち、志狼さまの後ろに並ぶとその背中を見つめました。

 

 あの時と変わらない大きな背中を見ていると、出会った時の記憶が不意に浮かんで来ました。

 

 

 

 

<><><><><>

 

 

 

 

 (わたくし)はイギリス貴族の名門、オルコット家の一人娘として生まれました。まだ女尊男卑の風潮のない世の中で、母アリシアは当主としての手腕を発揮、いくつもの会社を経営し、成功を収めて来た尊敬すべき人でした。

 そんな母が伴侶として選んだ父クロードは、娘の目から見てもうだつの上がらない、ただ優しいだけの人に見えました。

 結婚前はやり手だったそうですが、結婚後は名門貴族の婿というプレッシャーに負け、母の顔色を伺うだけの人になってしまったそうで、周りの人達からの嘲笑や侮蔑を向けられてもヘラヘラ笑っている父は(わたくし)にとって嫌悪の対象であり、その後の男性観を決定付ける要因となりました。

 そんな風に母を尊敬しつつ、父を嫌っていた(わたくし)からすれば、普段顔を合わせても会話もない2人が未だに離婚していないのが不思議でした。

 

 そんな2人が一緒に旅行に出かけると聞いた時には驚きましたが、旅行先でパーティーなどに呼ばれる事もあるだろうから、その為だろうと納得しました。

 (わたくし)は留守を言い付けられたので、出発当日、出かける2人を見送る為に空港へ同行しました。そして、事件は起こりました。

 

 

 

 

 両親を搭乗ゲートまで見送った(わたくし)は、専属メイドのチェルシーと2名のボディーガードと共に屋敷に帰ろうとしました。

 人気の無いVIP専用の通路を抜けて駐車場へ向かう途中、背後で鈍い音がしたので何事かと振り返ると、ボディーガードの1人がもう1人とチェルシーを殴り倒していたのです。頭から血を流して倒れるチェルシーを見て呆然とする(わたくし)に、

 

「悪いがお嬢さん、一緒に来て貰うぞ」

 

 男が(わたくし)の腕を掴み、連れて行こうとします。(わたくし)は必死に抵抗しました。

 

「あ、貴方一体どういうつもり!? クッ、痛い!離しなさいこの無礼者!」

 

「!!」 

 

 

 ───バシンッ!

 

 

 大きな音と共に左頬に衝撃を感じると、ジワジワと痛み出しました。そう、(わたくし)は殴られたのです。親にも殴られた事のない(わたくし)は初めて受けた衝撃に戸惑い、男を見ると、

 

「騒ぐな。抵抗すれば殺す。連れて来さえすれば死体でも構わんと俺は言われてるんだ。どうする?」

 

 その殺気の籠った目に、(わたくし)は初めて感じる死の恐怖から動けなくなりました。

 

 (わたくし)が大人しくなると、男は私を抱えて走り出しました。どんどんチェルシー達から離れ、これから自分がどうなるのかを考えると、怖くて涙が溢れて来ました。

 

「おい、そこをどけ!」

 

 走りながら男が怒鳴ります。前にはVIP専用の通路に相応しくないTシャツにジーンズという格好の男性が携帯を片手に立ち止まっていました。その人はこちらに気付くと道を開け、すれ違った瞬間、

 

「「!!!?」」

 

 

 

 ───(わたくし)は宙に浮いていました。

 

 

 

 体が宙に浮く不安定な感覚。その後に来る衝撃に備え目を瞑ると、

 

「おっと、ナイスキャッチ」

 

 という声と共に、(わたくし)思ったのと全然違う柔らかく優しい感触に包まれていました。

 思わず顔を上げると、見えたのは先程すれ違った男性。思ったより若く、まだ少年といった年頃の(わたくし)の周りではあまり見かけない黒い髪と瞳。その瞳は優しい色をして、(わたくし)を見つめていました。

 

「怪我はない? お嬢さん」 

 

「あ、はい、大丈夫です」

 

 彼をまじまじと見つめていた事に気付いた(わたくし)は、反射的に答えました。

 

「それは良かった。所であの男はお嬢さんの知り合いかい? 要は敵か味方かって意味なんだけど」

 

「え、?」

 

 彼が指差す方を見ると、(わたくし)を拐った男が鼻血を出しながらも、もの凄い目でこちらを睨んでいました。どうやら顔面から床にダイブしたようで、ザマーミロ、です。

 

「! 敵です、裏切り者です!!」

 

「あ、やっぱり。見た目悪人だからつい足を引っ掛けたけど、実はいい人だったとかじゃなくて良かった」

 

 どうやらさっき(わたくし)が宙に浮いたのはこの人の仕業のようです。まあ、助かったからいいんですけど・・・・

 

 

「このガキふざけやがって、その娘を返せ!」

 

 男が怒りのままに襲って来ました。

 

「返せ、て言われてもねえ。・・・うん? 君、その頬」

 

 (わたくし)はハッとして先程張られた左頬を押さえました。

 

「・・・・アイツにやられたのか?」

 

 途端に彼の口調が変わりました。そして、抱き抱えていた(わたくし)をそっと降ろして、左頬に優しく触れました。

 

「ちょっと待っててくれ」

 

 そう言うと、彼は男に目を向けました。

 

 その頃にはもうお互いの手が届く距離まで迫っていました。憎むべき裏切り者とはいえ元は我がオルコット家のボディーガード。腕は確かです。

 そんな男に彼のような少年が敵う訳がない、そう思って目を瞑った次の瞬間、

 

 

 

 ───男が呻き声を上げて倒れたのです。

 

 

 

 男は完全に失神していました。

 私には何が起きたのか解りませんでしたが、唯一(わたくし)に解るのは、目の前の彼に救われたという事。その事を(わたくし)は深く胸に刻み、(わたくし)を守るように立ち塞がる大きな背中を見つめていました。

 

 心臓がいつになく激しく高鳴っているのを感じながら・・・・・

 

 

 

 

 

 その後、ようやく駆けつけた警備員と追いかけて来たチェルシー達に事情を説明して、男を拘束、警察に引き渡しました。

 事件が起きた事を黙っている訳にもいかず、お母様に連絡すると、離陸前の飛行機から2人が慌てて戻って来ました。

 

「「セシリア!!」」

 

 お母様は(わたくし)の姿を見ると、抱き着いて来ました。

 

「セシリア大丈夫? 怪我はない? ああ、頬が腫れてるじゃないの!」

 

「お、お母様!? 大丈夫、大した事ありませんから」

 

「本当? 良かった。連絡を聞いて気が気でなかったのよ。可哀想に、怖かったよね」

 

 お母様が(わたくし)を抱きしめて泣いています。お母様の涙を見るのは初めてで、強いお母様が泣くなんて思いもしなかった(わたくし)は困惑していました。

 

「アリシア、少し落ち着いて。セシリアが困っているよ」

 

「クロード、だって・・・・」

 

 チェルシーから事情を聞いていたお父様が話しかけると、お母様はお父様にそっと寄りかかり、お父様はその肩を優しく抱き寄せました。

 それはまるで信頼し合う夫婦の姿そのものでした。2人の仲は冷えきっているとばかり思っていた(わたくし)が更に困惑を深めていると、

 

「オルコットさん、そろそろ彼女に本当の事を教えてあげたらどうですか?」

 

 (わたくし)を助けてくれた彼が2人に話しかけたのです。

 

「・・・・貴方は?」

 

「アリシア、彼は結城志狼君。セシリアを助けてくれた人だよ」

 

 結城志狼。この時になって(わたくし)は彼の名を聞く事も自分が名乗る事もしていなかった事に気付きました。貴族にあるまじき不作法、恥ずかしいです・・・・

 

「そう、貴方が・・・・娘を助けてくれた事には礼を言います。ですが本当の事、とはどういう意味ですか?」

 

「言葉通りの意味ですよ、ミセス。貴女方夫婦が普段仲が悪い振りをしている理由。恐らく今回の事件にも関わっていると思えますが?」

 

「・・・・・・」

 

 (わたくし)には志狼さまが何を言っているのか分かりませんでした。本当の事? 仲が悪い振り? どういう意味なのでしょう?

 

「本来無関係な俺が口出しすべきじゃないのでしょうが、このままでは彼女は両親の本当の姿も本当の想いも知らないまま生きて行く事になる。それはあまりにも不憫です。誰もが今日と同じ明日を迎えられるとは限らない。いつまた今日のような事が起こって、下手したらもう二度と会えなくなる、なんて事もあるんです。貴女は時機を見て話すつもりだったのかもしれませんが、今がその時機に相応しいと思いますよ?」

 

「・・・・・・」

 

 志狼さまの言葉には妙に実感が籠っていて否定出来ない迫力がありました。

 その言葉に考える素振りを見せるお母様。いえ、考えるというより迷っているように見えます。何事も即断即決のお母様のそんな姿を初めて見た気がします。

 

「それにね、親の本当の姿を知らないっていうのは子供からすると結構辛いものなんですよ」

 

「・・・・・・」

 

「アリシア、僕も志狼君に賛成だよ」

 

「! クロード、貴方・・・・」

 

「最近は上手くいってたから油断していた。今回の件で思い知ったよ。敵はいついかなる時も魔の手を伸ばして来ると。言い方は悪いが良い機会だと僕は思うよ?」

 

「・・・・そうね。セシリア、良く聞いて頂戴」

 

 お母様は(わたくし)と目を合わせると静かに語り始めました。

 

 

 お母様とお父様の仲が悪いのは振りであり、本当は愛し合っている事。オルコット家の財産や利権を狙う敵が大勢いる事。その敵を調査しやすくする為にお父様は無能の振りをして、かつ夫婦仲も悪く見せている事。後一歩で敵を一網打尽に出来る証拠が掴めそうだという事。今回の旅行もその為だという事等々。

 

 

 (わたくし)が知らなかった本当の事を教えて貰って最初に感じたのは罪悪感でした。

 両親がどんな想いを抱えていたか、そんな事考えもせず、表面だけで判断してお父様を嫌っていた。そんな自分が情けなくて、お父様に申し訳なくって、ただただ罪悪感で一杯になっていました。

 

「ごめんなさいお父様。知らなかったとはいえ(わたくし)は・・・・」

 

「気にしないでおくれ、セシリア。そうなるように仕向けたのは僕達なのだから」

 

「そうよ。だから自分を責めては駄目よ、セシリア」

 

「お父様、お母様ぁ~」

 

 涙を流しながら2人に抱き着くと、2人は優しく抱きしめてくれました。

 

 

 

 ───こうして(わたくし)達は本当の家族になれたのです。 

 

 

 

「フフ、こうした仲直り出来たのは志狼さんのおかげね。・・・あら、そういえば彼は?」

 

 お母様のつぶやきに周りを見ると、志狼さまもチェルシーもいません。さっきまでいたはずなのに・・・・

 

 お父様がドアを開けたら2人がいたらしく、入って貰いました。

 

「あら、いつの間に外へ出たの?」

 

「お2人の話が始まる前にチェルシーさ「チェルシーですわ」・・・チェルシーと2人でこっそりと抜け出しました。家族の事ですし、部外者がいない方がいいと思いまして」

 

「気を使わせてすまないね。クスッ しかし随分とチェルシーに気に入られたようだね」

 

「はあ、そうでしょうか」

 

「志狼様はお嬢様の命の恩人。誠心誠意お世話するのはオルコット家のメイドとして当然の事ですわ、旦那様」

 

 何でしょうか? 今のチェルシーには得もいわれぬ迫力があって、逆らい難いです。 

 

「ああ、うん、そうだね」

 

 その迫力を感じたのかお父様もやや引き気味でした。

 

「所で志狼さん、この後のご予定は?」

 

 お母様が尋ねると志狼さまはご自分の事情を話してくれました。

 

 医者を目指している事(そういえばチェルシーの手当てをしたのは志狼さまでした)、現場の医療を学ぶ為医療NGOに参加している事、この国にはその仲間達と合流する為に来た事、仲間の到着が遅れていて2日程宿をとらねばならない事等々。

 

 話を聞いたお母様はそれならばと我が家へ泊まっていく事を薦め、最初は遠慮していた志狼さまも再三の申し出に了承して、我が家へ逗留する事になりました。

 

 

 

 

 この後、おもてなしの準備があるからとチェルシーが、空港の職員に呼ばれてお父様が、今回の件を処理すると言ってお母様が部屋を出て行きました。

 気付けば志狼さまと2人きり。(わたくし)が緊張していると、

 

「しかし、いいのか? 大事な娘を得体の知れない外国人と2人きりにして」

 

「フフ、お母様はいくつもの会社を経営するやり手で人を見る目は確かです。それにチェルシーが自分から(わたくし)の側を離れたくらいですから」

 

「? チェルシーが何だって?」

 

「チェルシーは(わたくし)の専属メイドというだけでなく、護衛も兼ねているんです。今回は不覚を取りましたが本当はとても強いんですよ。その彼女が自分から(わたくし)の側を離れた、という事は(わたくし)の側には今、信頼出来る方がいるという証しなんです」

 

「ああ、そういう事・・・・」

 

 志狼さまは頭を掻いて目をそらします。もしかして照れてるのでしょうか? 何だかカワイイです。

 いけない、こんな事考えてる場合ではありません。

 

 (わたくし)は意を決して志狼さまの前に立ちました。

 

「結城志狼さま。改めてご挨拶を申し上げます。(わたくし)はセシリア・オルコット。オルコット伯爵アリシアの娘にして、イギリス貴族の末席に名を連ねる者です。この度のご助力、本当にありがとうございました」

 

 スカートの両端を摘まみ、貴族として正式に礼をする私を驚いた顔で見ていた志狼さまでしたが、おもむろに席を立つと(わたくし)の前で跪き、

 

「ご丁寧な挨拶痛み入りますレディ。私は結城志狼。ここより遠く東の国、日本から参りました。未だ学生の身なれど、貴女のお力になれた事を嬉しく思います」

 

 そう言うと志狼さまは(わたくし)の右手を取り、そっと手の甲に唇を触れさせました。その様はまるで物語の騎士のようで思わず顔が熱くなるのを感じました。

 

「プッ、フフフ」

「プッ、ハハハ!」

 

 ふと目が合った一瞬の後、(わたくし)達は同時に吹き出していました。この笑いの衝動は皆が戻って来るまで続きました。

 

 

 

 

 

 こうして(わたくし)と志狼さまは出会いました。

 

 この後、我が家での逗留中に色々な話をしました。日本の事、家族の事、そして夢の事。たくさんの話を聞き、そして語りました。

 志狼さまには妹が2人いて上の娘は(わたくし)と同い年だそうです。(わたくし)にも兄がいたらこんな感じなのかな、と羨ましく思いました。

 

 (わたくし)を拐ったあの男はやはりお母様の政敵に雇われたようです。ただ、はっきりした証拠は出ず、敵を一網打尽にする事は出来ませんでした。 

 (わたくし)はお母様達の足を引っ張ってしまった事を悔やみましたが、お母様達は「またチャンスは来る。その時は容赦しない」と迫力のある笑顔を浮かべていました。ちょっとだけ怖かったです・・・・

 

 

 2日間の逗留後、お友達が迎えに来ると志狼さまは旅立たれました。別れ際、連絡先を交換し、また会えるかと尋ねる(わたくし)に「素敵なレディになったらまた会おう」と言って頭を撫でてくれました。

 お友達の車に乗り、去って行く姿を見送りながら、(わたくし)はこれが初恋だったのだとその時になって気付きました。

 

 

 

 

<><><><><>

 

 

 

 

「セシリア、どうしたの?」

 

 清香さんの呼びかけでトリップしていた過去から(わたくし)は戻って来ました。

 

「いえ、何でもありませんわ」

 

 気付けば列の先頭に立っていたので器を返却し、皆の元へ戻ります。

 

 

 あれから3年、(わたくし)は素敵なレディになる為に色々な事を学びました。勉強や礼儀作法は勿論、もう二度と拐われるような無様を曝さない為に護身術も学び始めました。特に射撃に適性があったらしく(わたくし)はぐんぐん腕を上げて行きました。

 そんな中でIS適性が高い事が判明、いつの間にやら代表候補生入りし、IS学園に入学しました。

 IS学園の受験は国から薦められた事もありますが、本音は日本へ行けば志狼さまに会えるかもしれないと思ったからです。まさか、志狼さま自身が入学して来るとは思いませんでしたが・・・・

 

 

「セシリア、どうした?」

 

「! いえ、何でもありません」

 

 いけない、またトリップしていました。気を付けなくては。

 ・・・・それにしても志狼さまのあの態度、先程の間接キスを何とも思っていないようです。むう、全く意識して貰えないのは悔しいです。

 いつか必ず(わたくし)を一人前のレディとして意識させてみせます!

 

 決意を新たにすると、私は志狼さまの後を追いました。 

 

 

 

 

 ───覚悟して下さいね、(わたくし)騎士(ナイト)さま。

 

 

~side end

 

 




読んでいただきありがとうございました。

セシリアの両親ですが、名前は筆者が勝手に名付けました。爵位も適当です。
筆者は原作をワールドパージまでしか読んでないので、それ以降で出ていたらすいません。

セシリアの両親は原作の列車事故に合う前に戻って来たので2人共無事生きています。
母親は当主のまま、父親とは和解して家族仲は良好という事にしています。


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第4話 放課後の事件



未だに1日目が終わりません。
こんな亀展開ですが、お付き合い下さい。


 

 

~志狼side

 

 

 昼休みが終わり、午後の授業が始まった。最初の15分を残りの自己紹介に当て、全員の自己紹介が無事終わると、いよいよ授業が始まる。

 

 最初らしく内容は軽め。ISの成り立ちから現在への流れ、機体各部の説明など。ISに興味を持って新聞や雑誌を読んでいれば分かる基本的な内容だった。

 入学前に渡された参考書にも同じ内容が載っていた。「必読」と赤で大きく書かれた600ページを越えるあのブ厚い参考書は、読破するのが大変だった。まだ完全に理解しきれない所も多く、こういう授業は復習になるので俺としてはありがたい。

 それにしても山田先生の説明は分かりやすい。先生自身ISに関する理解が深いのだろう、自分1人で参考書片手に勉強してた時より理解出来るのでとても助かる。

 

「はい、それではここまでで分からない所のある人はいますか?」

 

 ここら辺は初歩の初歩。一般人でも知っている事なのでそんな奴はいないと思ったが、教室内で明らかに様子のおかしい奴が1人、そう、織斑一夏だ。

 織斑は両手で頭を抱え、項垂れている。俺の席は織斑の左斜め後ろなので顔までは見えないが、重苦しい雰囲気はひしひしと伝わってくる

 

「えーと、織斑君。何か分からない所はありますか?」

 

 流石に織斑の雰囲気を察したのだろう。山田先生が織斑に尋ねると、

 

「・・・・先生」

 

「はい、何ですか?」

 

「ほとんど全部分かりません」

 

 ガタンッと音を立てて皆が机に突っ伏した。山田先生はそう宣言した織斑に驚愕の視線を向けると、

 

「ほとんど・・・・え?全部ですか!?」

 

「・・・・はい」

 

「えー、この時点で分からない所のある人は他にいますか? ──結城君は大丈夫ですか?」

 

 ほぼ全員が首を横に振る。俺は、

 

「大丈夫です。先生の説明は分かりやすくて助かります」

 

 俺の答えにホッとして微笑む山田先生。反対に織斑は裏切り者を見るような目を俺に向けていた。知るか!

 

「織斑、入学前に渡された参考書は読んだのか? 必読と書いてあったはずだぞ?」

 

「古い電話帳と間違えて捨てました」

 

 バシンッと音を立てて織斑先生の出席簿が唸る。

 

「すぐ再発行させる。1週間以内に全部覚えろ」

 

「え、流石にあのブ厚さを1週間じゃあ」

 

「覚えろ、いいな」

 

「はい・・・・」

 

 一連のコントのオチが着くと丁度チャイムが鳴り、授業が終わった。

 

 それにしても捨てた、ねえ・・・・

 

「今日はここまで。放課後は寮で自習するなり、校内を見学するなり好きにしろ。但し、許可がなければ外出は出来ないからそのつもりで、以上だ」

 

 織斑先生はそう言うと山田先生と共に教室を出た。さて、俺は校内の見学に行くかな。

 

「志狼さま、放課後はどうなさるんですの?」

 

「ああ、校内の施設を見学したいんだが」

 

「それなら私達も一緒に行っていい?」

 

「構わないよ。皆はどこから見たい?」

 

「ん~、やっぱりアリーナからでしょうか」

 

「私、整備室が見た~い」

 

 セシリア、清香、静寐、本音の4人と放課後の予定を話し合う。校内の見取り図を見ながらどこに行くかを話し合ってると、

 

「なあ志狼、ちょっといいか?」

 

 俺に話しかけて来る奴がいた。志狼?

 

「なあ、無視すんなってば」

 

「・・・・織斑、それは俺に言っているのか?」

 

「? 当たり前だろ。あれ、名前って結城志狼でいいんだよな?」

 

 どうやらこいつは礼儀というものを知らないらしい。俺は不快な顔をして、

 

「確かに俺は結城志狼だが、お前に下の名前で呼ぶ事を許した覚えは無いぞ。第一お前と言葉を交わすのは初めてだ。まず、するべき事があるんじゃないのか?」

 

 俺は暗に初対面の挨拶も交わしてない事を指摘したが、織斑は全く意に介さず、

 

「? 何だよ、別にいいじゃん、細かい事を気にする奴だな。2人しかいない男なんだからさ、俺の事も一夏でいいから仲良くやろうぜ」

 

 と来た。俺は思わずセシリア達の顔を見るが皆も呆れ、不快そうな顔をしている。良かった、俺がおかしい訳じゃないようだ。こいつは「親しき仲にも礼儀あり」という言葉を知らんのか? 親しくもない奴から名前で呼ばれたって不快なだけなんだが・・・・

 

「・・・・最初はそうしようかと思ったが、その気も失せた。俺に用があるなら礼儀を勉強してから出直して来い」

 

「? 何怒ってるんだよ。それより頼みがあるんだ」

 

 ・・・・どうやらこいつは人の話を聞かない上に厚かましいという俺の嫌いな人種のようだ。駄目だこいつ。

 

「皆、行こう」

 

「あ、おい」

 

 呼び止める織斑を無視して行こうとすると、

 

「貴様! 一夏が話しかけてるというのにその態度は何だ!」

 

 今度は織斑以外の女子から呼び止められた。

 

「・・・・確か篠ノ之箒(しのののほうき)さんだったかな。察するに篠ノ之束博士の血縁? 妹といった所か」

 

「! 私とあの人は関係ない! それより何故一夏を無視するんだ!」

 

「俺は出直せと言ったぞ。聞こえてたよな織斑」

 

「え、ああ、聞こえたけどさ、そんな風に孤立しようとしなくてもいいだろ?」

 

 ・・・・こいつは何なんだろう? 宇宙人を相手にした方がまだ会話が成立しそうな気がする。

 

「ハア、俺は孤立したい訳じゃなくてお前と関わりたくないんだよ。いい加減理解しろ」

 

「貴様! 一夏に対するその態度、もう許さんぞ!」

 

 激昂した篠ノ之がどこからともなく取り出した竹刀を俺に向けて振り放つ。こいつ、こんな物で人を打てばどうなるか理解してるんだろうか? 丁度いい、こいつを利用させて貰おうか。

 

 

~side end

 

 

 

 

~箒side

 

 

 パァン、と乾いた音を立てて私の放った竹刀は結城の額に命中した。

 その瞬間、私は頭が真っ白になった。いくら冷静さを欠いていたとしても防具も着けていない人を竹刀で打ってしまうとは、何の言い訳も出来ない。

 誰もが皆、動きを止めていた。まるで時が止まったような中で、額を打たれ、下を向いていた結城がゆっくりと頭を上げた。その額からは一筋の赤い線、

 

 

 ───血が流れていた。

 

 

「篠ノ之、そんな物で人を打てばこうなると分かってたよな」

 

「わ、私は・・・・」

 

 冷めた目で私を見る結城に、何も言えなかった。

 

「お前が何で腹を立てたかは何となく分かるが、物には限度がある。ましてやお前は剣道の有段者だ、違うか?」

 

「・・・・・・」

 

「ハア、これは立派な暴行・傷害事件だ。残念だが先生に報告させて貰うぞ」

 

「!」

 

「おいおい、それは大事(おおごと)にしすぎじゃ──!」

 

 結城の言葉に一夏が口をはさもうとするが、結城に視線を向けられただけで黙ってしまう。それも当然かもしれない。結城の冷たい視線の奥にあるモノ、

 

 

 ───殺気を向けられているのだから。

 

 

 ずっと剣道をやっていた私には分かるが、剣道から遠ざかっていた一夏には分からないのだろう。分からないながらも体が硬直し、息が出来なくなるような圧迫感を感じて動けなくなっているようだ。そんな時、

 

「あ、良かった。結城君、織斑君、まだ帰ってなかったんですね。実は2人に連絡が──って、結城君! どうしたんです。血が出てるじゃないですか!」

 

 教室に入って来た山田先生が結城の様子を見て驚いた。

 

「簡単に説明しますと篠ノ之に竹刀で打たれました。とっさの事で避けられず、このザマです。ああ、証人なら周りの皆がなってくれるでしょう」

 

 額をハンカチで押さえながら結城が言うと、一夏を除く皆がうなずく。山田先生は結城と私を交互に見て、悲しそうな目をして言う。

 

「篠ノ之さん、理由を説明して貰えますか?」

 

 私は何て説明したらいいか分からなくて、言葉が出なかった。すると、

 

「先生、先に治療したいので、一旦席を外してもいいですか?」

 

「あ、そうですね。えーと」

 

「先生、私が付き添います」

 

「布仏さん・・・・では、お願いします」

 

 結城が布仏という娘に付き添われて教室を出て行く。それを見送った山田先生は携帯を取り出すと誰かと話し出し、

 

「織斑先生、山田です。実は問題が発生しまして。はい、はい、教室までお願いします」

 

 

 ───私の死刑宣告がされた。

 

 

~side end

 

 

 

 

 




読んで下さってありがとうございました。


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第5話 長い1日目の終わり


感想をくれた人達ありがとうございます。
皆さんの意見は今後の話作りの参考にさせて貰います。

それでは第5話をお楽しみ下さい。


 

 

~志狼side

 

 

 本音に付き添われて医務室に来たが、生憎先生は留守だった。自分で手当てをしようとしたが、本音がやってくれるというのでお願いする。

 

「・・・・ねえ、しろりん」

 

「うん?」

 

「・・・・しののんの竹刀、わざと当たったでしょ?」

 

 血の止まった傷口に消毒用のアルコールを塗りながら本音が言う。正直気付かれるとは思わなかった。

 

「正解。よく分かったな」

 

「分かるよ。しろりんならしののんの竹刀くらい余裕でかわせるって」

 

「随分高評価だな。という事はその理由も分かってる?」

 

「今後の牽制の為、でしょ?」

 

「またまた正解。血を流すっていうのは加害者の罪悪感にダイレクトに訴えるものだからな。その経験が次から行動する前にブレーキをかけるんだ、普通はね」

 

「普通は?」

 

「そう、普通は。しかし、今回の篠ノ之の行動は明らかに異常だ。いくら惚れてる男が無視されたとしても、それくらいで武器を持ち出して暴行を加えるというのはどう考てもやりすぎだ。彼女は篠ノ之博士の妹らしいから昔から織斑とは親交がある所謂幼なじみなんだろう。だが、今の篠ノ之は織斑に惚れてるという以外にも・・・・そう、依存しているように見えるんだ」

 

「う~ん、分かる気がする」

 

「あれはまるで主君に忠誠を誓う武士だよ。15の女の子がする思考じゃない」

 

 彼女が何故ああなったのかは分からないが、まともな育ち方をしたとは思えない。興味がない訳じゃないが、深入りするのもお門違いだろう。だが、

 

「彼女はあのままなら同じ過ちを繰り返すかも知れないな」

 

「う~ん、そこまでするかなあ。・・・・って、はい終わり」

 

 会話をしながらも意外と慣れた手つきで手当てを終える本音。

 

「ん、ありがとう。まあ今日会ったばかりだし何とも言えないんだけどな。だからわざと打たれて牽制しとこうと思った訳だ」

 

「うん、分かった。・・・・でもね、しろりん」

 

「うん?」

 

「こう言う事はもうしないで」

 

「・・・・・・」

 

 俺と向かい合って座った本音が俺の目を真っ直ぐ見つめながら言った。

 

「しろりんの考え方は分かるよ。でもね、心配した。すごく心配したんだからね」

 

「本音・・・・」

 

「しろりんがボクシングをやってたのは聞いてたし、多少傷付いたり、血を流すのも慣れてるかも知れないけど、それでもやっぱり嫌だよ・・・・」

 

 俺の袖口をキュッとつまんで本音は言う。

 何という事だろう。この心優しい少女はただ、俺を心配して心を痛めているのだ。今日会ったばかりの俺に対して。

 不意に本音に対して愛しさが湧き上がる。

 

「・・・・ごめん。今後は出来るだけしないようにする」

 

「むう~、絶対!」

 

「クスッ 絶対は無理かなあ。でも、出来るだけ自分を大切にする、約束する」

 

「むう~~、はあ、仕方ないなあ。でも、出来るだけ、ね」

 

「ああ、出来るだけ。・・・・さて、教室に戻ろうか」

 

「うん」

 

 本音を先頭に医務室を出る。先を行くその小さな背中に、

 

「本音」

 

「ん~?」

 

「ありがとう」

 

 俺は万感の想いを込めて言う。

 

「うん!」

 

 振り返った彼女の見せた笑顔を、俺は一生忘れないだろう。

 

 

~side end

 

 

 

 

~千冬side

 

 

 問題発生と聞いて急いで教室へ来た私は早速真耶に尋ねる。

 

「山田先生、何があった?」

 

「織斑先生、実は・・・・」

 

 真耶の報告を聞き、私は頭を抱えた。入学初日で暴行・傷害事件の発生。加害者の箒は束の妹。被害者の結城は2人目の男性操縦者ととても公には出来ない組み合わせだ。

 こいつら初日から一体何をやってるんだ!

 

「・・・・それで篠ノ之、何故こんな事をした」

 

「待ってくれ千冬姉! 箒は決して──」

 

「お前には聞いとらん! それと織斑先生だ!!」

 

 バシンッ

 

 余計な横槍を入れようとする一夏を出席簿の一撃で黙らせると、私は再度箒に尋ねる。

 

「篠ノ之、さっさと答えろ」

 

「・・・・結城の一夏への態度があまりにも無礼だったので、つい」

 

 はあ、予想はしてたがやっぱり一夏絡みか。しかし、無礼って結城は何をしたんだ?

 

「結城──はまだ戻らんか。誰か最初から説明出来る者はいないか!」

 

 周りに残っていた生徒達に声をかけるとその中の1人が手を挙げた。

 

「先生、でしたら(わたくし)が」

 

「オルコットか。よし説明しろ」

 

「はい。きっかけは織斑さんが志狼さまに話しかけた事です。ただ、その時の織斑さんの態度があまりにも馴れ馴れしかった事に気分を害した志狼さまが礼儀を勉強して出直せ、と」

 

「馴れ馴れしい? 織斑は何をやった?」

 

「まず、初めて言葉を交わすのに挨拶もなく、いきなり下の名前で呼び出して、それを咎めると細かい奴だな、と」

 

 は? 何だそれは。確かに馴れ馴れしい。私がやられたら殴ってるぞ。

 

「いや、ちょっと待ってくれ! 俺は別にそんなつもりじゃ──」

 

「お前は黙ってろ」

 

 口を挟もうとする一夏を黙らせ、オルコットに続きを促す。

 

「それに呆れた志狼さまが無視して教室を出ようとしたら篠ノ之さんに糾弾されて、逆上した篠ノ之さんがパァン、と」

 

 成る程。つまり元凶は一夏だ、と。

 

「織斑、篠ノ之、今のオルコットの証言に間違いはあるか?」

 

「いや、さっきも言ったけど、俺はそんなつもりなかったんだよ」

 

「・・・・ほう。ではどんなつもりだったか言ってみろ」

 

「2人しかいない男だから早く親しくなろうとしたんだよ。大体男同士なんだから名前で呼び合うなんて普通だろ! それに結城だって自己紹介で気軽に話しかけろって言ってたじゃないか! お前らが良くて俺が駄目ってのはおかしいだろ!?」

 

「───まず(わたくし)達は志狼さまから名前で呼ぶ許可をいただいてます。次に同性同士だからと言って、友達でもない人と名前で呼び合うなんてあり得ません。あの方は礼を持って接すれば礼を持って返して下さいます。最後に気軽に話しかける事と馴れ馴れしい事は違いますわよ、織斑さん」

 

 確かにオルコットの言う通り、結城は礼には礼で、無礼には無礼で返す奴だ。初めて会った時のあいつが正にそんな感じだったな。

 ほん1ヶ月前の事を思い出していると、

 

「遅くなりました。おや、織斑先生、お疲れ様です」

 

 手当てを終えた結城が布仏と共に戻って来た。

 

 

~side end

 

 

 

 

~志狼side

 

 

「で、事情聴取は終わりましたか?」

 

 俺は教室にいる面々を見ながら言う。

 

「一応な。お前の状況はオルコットに説明して貰った」

 

 俺はセシリアに近付き、どんな事を話したか聞く。うん、大体合ってる。

 

「ありがとな、セシリア」

 

「いえ、どう致しまして」

 

 俺はセシリアに礼を言うと織斑先生に向き直った。

 

「俺の方はセシリアが代弁してくれましたが、どうなります?」

 

「ちょっと待ってくれ! 箒だけが悪いように言うけど、それはおかしいだろう!?」

 

「おかしいのはお前だ。何があろうと無抵抗な人に怪我をさせた時点で篠ノ之が一番悪いに決まってるだろう」

 

「で、でも元はといえばお前が俺の話を聞こうとしないのが悪いんだろ!」

 

「・・・・そういうのを責任転嫁と言うんだ。お前の話を聞くも聞かぬも俺の自由、お前につべこべ言われる筋合いはない。そもそも俺は出直せと言ったし、お前があそこで引いていれば何の問題もなかったんだが?」

 

「くっ・・・・千冬姉!」

 

 おいおい、口では敵わないからって姉を頼るのか。こいつは今の自分がどれだけみっともない事をしてるか分かっているのだろうか?

 クラスメイト達の織斑を見る目がどんどん冷たくなっているぞ。さて、姉である織斑先生はどう出るかな。

 

「・・・・はあ。所で織斑、お前結城に何を頼もうとした?」

 

「え、ああ、勉強を教えてくれって頼もうとしたんだけど」

 

「勉強? ふむ・・・・結城、どうだ?」

 

「当然断ります。俺は自ら努力しようとしない嘘つき野郎に貸す手はありません」

 

「ちょっと待て! 俺がいつ嘘をついたっていうんだよ!」

 

「お前参考書を電話帳と間違えて捨てたと言ったな」

 

「ああ、あんなブ厚い本間違えたって仕方ないだろう?」

 

「日本の電話帳はタウンページと言ってな、50年以上前から変わらず黄色い表紙が目印なんだ。比べて参考書の表紙は白で赤字で大きく必読、と印刷されている。更にタウンページのサイズはB4だが参考書はA4だ。いくらお前が間抜けだとしても色もサイズも違う物を間違って捨てるなんてあり得ない。それがお前を嘘つき呼ばわりする根拠、つまり俺はお前がわざと参考書を捨てたと疑っている、という訳だ」

 

 俺の証言を聞いた皆が一斉に織斑を見る。織斑はうろたえながら、

 

「ち、違う! 俺はわざと捨てたんじゃなくて、そ、そもそも証拠がないだろう!?」

 

「そうだな。確かに証拠なんてない。だが、お前は参考書をわざと捨てた。いや、もしくはどこかに仕舞ったまま開いてもいない、とか?」

 

「!! な、何で・・・・」

 

 どうやら当たりみたいだ。こいつ捨てた事も嘘で本当は仕舞ったまま開いてもいないのか。

 織斑の反応に皆も真相が分かったようで、織斑を見る目が更に冷たくなった。ただ、怒りに燃えてるのが1人、

 

「一夏、貴様ァーーー!」

 

「ひい!」

 

 織斑先生のアイアンクローが決まって織斑の体が宙吊りにされる。スゲエな、あの細腕のどこにあれほどのパワーがあるのか。

 

「本当の事を言え! 参考書をどうした!?」

 

「アアーーーーッ ごめんなさいごめんなさい、家にあります!」

 

「ちゃんと読んだのか!」

 

「イデデデデ! 読んでません、ビニールも開けてません!」

 

「この大バカ者がァーーー!!」

 

「アアーー! 割れる割れる、ご、ごめんなさーーい!」

 

 何というか、教室内の誰もが呆れていた。織斑の味方であるはずの篠ノ之ですら呆けたように口を開けて固まっていた。

 

 

 

 

 織斑への制裁を終え、肩で息する織斑先生の背中は初めて見た時より小さく見えた。まあ無理もない。身内の馬鹿さ加減を目の当たりにしたんだからな。

 

「・・・・・・結城」

 

「はい?」

 

「・・・・愚弟が迷惑をかけた。すまない」

 

「ああ、いえ、先生もどうか気を落とさずに・・・・」

 

 流石に何も言えん。と、山田先生が空気を変えるように、

 

「コホン、それで篠ノ之さんの処分はどうしましょうか?」

 

 そう言えば、織斑の馬鹿さ加減に忘れていたが、本来は篠ノ之が主犯だった。

 

「・・・・結城、お前はどうしたい?」

 

 織斑先生が俺に尋ねる。

 

「・・・・少し篠ノ之と話をしてもいいですか?」

 

 織斑先生の許可を貰うと、俺は篠ノ之を連れて皆から離れた教室の隅へ移動する。

 

「さて篠ノ之。お前が織斑に惚れているのは分かるが、惚れた男の前で暴力を振るうのは逆効果だぞ」

 

「──な、何を言ってるんだ、お前は!」

 

「落ち着け、顔が真っ赤だぞ。いいか、逆に考えて見ろ。織斑がいきなり暴力を振るうような奴だったらお前、好きになったか?」

 

「そ、それは・・・・」

 

「俺だったら恐ろしいから距離を置くぞ。つまり、織斑先生のようにすぐ殴る人より山田先生のような優しい人の方が好かれやすいって事だ」

 

「! 成る程。とても分かりやすいぞ!」

 

 ブルッ 何だ? 急に悪寒が・・・・

 

「解ったか。応援してやるからお前は優しくする事を心がけて織斑を落とせ。何、あいつは今弱ってる。そんな時、お前みたいな美人で胸の大きい娘に優しくされたら織斑だってコロッと落ちるさ」

 

「! バ、バカ者! い、いきなり何を言うんだ!?」

 

「? もしかして自覚がないのか? 自信を持て。お前は間違いなく美人だ。保証してやる」

 

「~~もういい! コホン、それで、お前が応援してくれるのはありがたいが、お前に何のメリットがある?」

 

「何、俺は織斑と関わりたくないからお前には防波堤になって欲しいんだ」

 

「防波堤?」

 

「そう。あいつは妙に馴れ馴れしいから今日の事をコロッと忘れて明日にはまた話しかけて来るかも知れない。そんな時お前が織斑を誘導してこちらに来ないようにして欲しいんだ。お前は織斑と一緒にいられる。俺は織斑が来なくて平穏が得られる。win-winな関係という訳だ。どうだ?」

 

「・・・・分かった。お前の申し出を受けよう」

 

「よし、話は決まったな。それじゃ──」

 

「結城」

 

「うん?」

 

「ありがとう。それと、怪我をさせてすまなかった」

 

 篠ノ之は深く頭を下げる。俺は皆に聞こえるように、

 

「謝罪を受け入れるよ、篠ノ之」

 

「箒、と呼んでくれ。篠ノ之という名字はあまり好きではないんだ」

 

「そうか・・・・分かった箒。俺の事も志狼でいいぞ」

 

「分かった志狼。改めてよろしく頼む」

 

 そう言って浮かべた彼女の笑顔は、とても美しかった。

 

 

 

 

「結城、さっき変な事を言ってなかったか?」

 

 さっきの例え話が聞こえたのか。何という地獄耳! 俺は何食わぬ顔で、

 

「いえ、何も」

 

「・・・・そうか。まあいい、そっちは話がついたようだな」

 

「はい、謝罪を受け入れ、箒とは和解しました」

 

「フ、箒か。・・・・まあいい、和解したなら篠ノ之、お前は反省文10枚で許してやる。明日までに提出しろ」

 

「はい」

 

「織斑、お前は反省文20枚だ。それと参考書を読んでレポートを提出しろ。来週の月曜までだ」

 

「! そんな、来週の月曜ってあと5日しかないじゃないか!」

 

 あまりの理不尽な課題にダウンしていた織斑が跳び起きた。

 

「死ぬ気でやれ。それが嘘をついて皆に迷惑をかけた罰だ」

 

「ううううぅ~~」

 

 織斑がチラチラと助けて欲しそうにこっちを見てるが助ける訳ないだろうが。自分でやれ。

 

「ああ、反省文は明日中だぞ」

 

 織斑先生の止めの一撃に織斑は再び倒れ伏した。

 

「よし、ではこれにて解散!」

 

 織斑先生の号令に教室の空気が弛緩する。クラスの皆にも迷惑をかけたな。一声かけておくか。

 

「皆、初日から迷惑かけたね。騒がせてすまない」

 

「いいえ、結城さんが悪い訳ではありませんから」

 

「そうですよー、カッコよかったし」

 

「面白かったから無問題」

 

 クラスメイトからは概ね悪い印象を感じなかった。これなら大丈夫かな。

 遅くなってしまったから見学は明日だな。帰り支度をしていると、山田先生が駆け込んで来た。

 

「ハア、ハア、よかった。2人共まだいてくれました」

 

「山田先生、どうしました?」

 

「本来の用事を忘れる所でした。急ですが結城君と織斑君の2人には今日から寮に入って貰う事になりました」

 

 本当に急だな。当初は部屋割りの調整に時間がかかるらしく、しばらくは自宅から通う事になっていた筈なんだが。

 

「何かありましたか?」

 

「・・・・はい。実は政府から警備上の観点から、2人を早急に寮に入れるよう指示が出まして」

 

「成る程、それじゃあ仕方ないか。では先生、荷物を取りに一旦帰宅したいんですが」

 

「いや、その必要はない」

 

 織斑先生がバッグを二つ持って入って来た。一つは見覚えがある。俺のだ。

 

「荷物は用意しておいた。着替えと洗面道具、携帯の充電器があれば充分だろう。結城のは妹さんが用意してくれたぞ」

 

 いや、年頃の男がそれだけって、流石に織斑が哀れだ。俺の方は雪菜が用意してくれたみたいだが大丈夫だろうか?

 

「ム、いつまで寝ている。とっとと起きんか!」

 

 未だに倒れたままだった織斑を足でグリグリして起こそうとしている織斑先生。その角度は危険だぞ。

 

「これが結城君の部屋の鍵になっています。失くさないよう気をつけて下さいね」

 

「はい、では失礼します。行こうか皆」

 

 山田先生からカードキーを受け取り、待っててくれたセシリア達と教室を出る。

 その間際に「黒・・・」という織斑のつぶやきの後、打撃音と断末魔の叫びが聞こえて来た。そうか、黒か・・・・

 

 

 

 

「しろりん、部屋は何号室?」

 

 校舎を出る玄関口で本音が尋ねる。俺達は校舎から徒歩5分の1年生寮へ向かっている所だ。寮は各学年に一棟割り当てられていて、皆は昨日までに入寮を済ませているので案内して貰っているのだ。

 本音の問いにカードキーの番号を答える。

 

「1210号室だ」

 

「え、私1209号室、またお隣りだ~!」

 

 何と部屋は本音の隣りだそうだ。席も隣りだしこの娘とは何かと縁があるようだ。

 

「そうか、またお隣りさんか。よろしくな本音」

 

「うん、よろしく~。しろりんなら大歓迎だよ~」

 

 彼女が本音で言ってくれてるのが素直に嬉しい。

 

「ありがとう。同室の娘は1組の娘かい?」

 

「ううん、かんちゃんは4組だよ。しろりんは?」

 

「俺は今の所1人だな」

 

 本音の同室の娘は俺の知らない娘らしい。その内挨拶に行くとしよう。

 

 

 

 

 校舎を出るとすっかり暗くなっていた。随分と濃い1日だった今日を思い返し、苦笑する。

 本音達との出会いから初めて見たISの生飛翔。セシリアとの再会や箒の事件と和解。織斑のバカさと盛り沢山な1日だった。

 

「志狼さま、どうかしまして?」

 

 セシリアに声をかけられ、初めて足を止めていた事に気付く。

 

「いや、何でもない。行こうか」

 

「はい」

 

 俺は明日が今日ほど濃い1日じゃないよう祈りつつ、歩き出した。

 

 

~side end

 

 

 

~雪菜side

 

 

 時刻は午後9時。ようやく兄さまから電話が来ました。今日は帰って来たら入学のお祝いをしようと思ってたのに学園の職員が来て、今日から寮に入るので荷物をまとめて欲しいといわれて予定がメチャクチャです。さて、どう弁明してくれるのでしょう。

 

『すまないな雪菜。いきなり予定が変わってしまって。あと荷物ありがとな』

 

「全くです。折角2人の入学祝いをするつもりだったのに2人共いないなんて」

 

『明日奈はまだ戻ってないのか? 随分遅いな』

 

「専用機の調整が難航しているらしくて今日は研究所にお泊まりだそうです」

 

『予定では入学までには完成する筈だったのにな。って事は今日雪菜1人かよ。大丈夫か?』

 

「大丈夫ですよ。元々2人が寮に入れば1人暮らしになる予定だったんです。少し早くなっただけですから」

 

『・・・・分かった。でも何かあったらすぐ知らせろよ』

 

「はい、分かりました、兄さま」

 

 それから兄さまは今日学園であった事を話してくれました。ISの生飛翔やもう一人の男性が馬鹿だというのはいいんですが、クラスの女子と仲良くなった事は仕方がないとはいえ少し嫉妬してしまいました。

 気付けばもう30分以上話しています。兄さまも今日は初日で疲れているでしょうからそろそろ切り上げなくては。

 

「次に会えるのはいつになるでしょうか?」

 

『周りが落ち着いてからだろうし、ゴールデンウィーク辺りになると思う。寂しい思いをさせてごめんな』

 

「クスッ いいえ、わがまま言ってごめんなさい。大丈夫ですよ、私は」

 

『そうか。・・・それじゃ明日もまた電話するから。お休み、雪菜』

 

「はい。お休みなさい、兄さま」

 

 

 

 兄さまとの電話を終えると私は決意を新たに勉強する事にします。目標は八月の代表候補生試験。兄さまのお力になる為にも、必ず合格してみせます!

 

 

~side end

 

 




他作品ヒロインより「ストライク・ザ・ブラッド」の姫柊雪菜が志狼の妹として登場。
ただ、本格的な出番は当分先になります。

名前だけ出たもう1人の妹は10話位で登場予定。

因みに2人共義妹です。


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第6話 クラス代表



今回は少し短いです。


 

 

~志狼side

 

 

 いつもの習慣で午前5時に目を覚ました俺は、洗面と着替えをすませ部屋を出る。

 外に出てストレッチをしていると、ジャージ姿の織斑先生が近づいて来た。

 

「おはよう。早いな、結城」

 

「おはようございます織斑先生。先生も朝のトレーニングですか?」

 

「ああ、毎日の日課でな」

 

「流石ですね、ロードワークならご一緒してもいいですか? まだコースが分からないので」

 

「構わんよ。もう行けるか?」

 

「はい、お願いします」

 

 俺は織斑先生と並んで走り出した。

 

 

 

 

 IS学園の外周は約10㎞。俺には手頃なランニングコースだが、結構アップダウンがあるので女子にはきつそうだ。そんなコースをものともせず織斑先生はかなりのスピードで走る。流石ブリュンヒルデの称号は伊達じゃないな。

 

 

 コースを1周して寮の前まで戻って来ると、呼吸を整えながら織斑先生が言う。

 

「ふふ、流石だな結城。引き離してやろうといつもよりスピードを上げたんだがな」

 

「ふう、変な所で生徒と張り合おうとしないで下さい」

 

「ふむ。さて、この後はどうする?」

 

「俺は軽くシャドーをして上がるつもりですが」

 

「ふむ、折角だ。どうせなら軽く模擬戦をしよう・・・・いくぞ?」

 

 ちょっ! この教師いきなり襲いかかって来やがった! 仕方なく俺も迎撃する為に拳を握った。

 

 

 

 

「ふう、久しぶりに有意義なトレーニングになった。礼を言うぞ、結城」

 

「・・・・それは良かったですね」

 

 織斑先生に打ち負かされ、地面に大の字になったまま俺は答える。

 

「ふむ。結城、これから毎朝トレーニングに付き合え。手頃なパートナーがいなくて物足りなかったんだ。お前にもメリットがある事だし構わんだろう?」

 

「・・・・ちくしょう、今に見てろよ」

 

「ハハハ、楽しみにしてるよ。それじゃあ遅れるなよ」

 

 織斑先生は明日からの約束を勝手に取り付けると、実にイイ笑顔で去って行った。

 時刻は午前6時30分、丁度いい時間だな。取り敢えず部屋に戻ってシャワーを浴びてから朝食にしようか。俺は立ち上がり、寮に向かった。

 

 

 

 部屋に戻るとシャワーで汗を流して制服に着替える。訳あって同居人の入居が遅れている為、今は1人で部屋を使えるのがありがたい。

 IS学園入学の条件の一つとして1人部屋を要求したのだが、入学直後で混乱している為、調整に時間がかかるらしく、しばらく我慢して欲しいと山田先生に涙目で懇願されてしまった(因みに1年生寮の寮長が織斑先生、副寮長が山田先生で部屋割りは副寮長の仕事だそうだ)。

 テレビを点けてニュースを見ると昨日の入学式が取り上げられていた。俺と織斑もアップで抜かれていて、男性操縦者の注目度が未だ高い事を思い知った。

 

 

 

 7時30分になり食堂へ向かう。

 

「おはようございます志狼さま。よろしければ朝食をご一緒しませんか?」

 

「おはようセシリア。勿論、喜んで」

 

 途中でセシリアに声をかけられたので一緒に食堂へ。朝食はバイキング方式になっていて、各々好きな物を取り席を探すと、清香達3人が手招いてくれたのでありがたく同席させて貰う。

 俺の食事量に驚かれるも皆で朝食を摂り、時間になったので登校する。

 

 朝のSHRではISの貸し出しについての質問が生徒から出た。残念ながら今の時期は上級生が優先されるらしく、俺達新入生が借りるのは難しいらしい。山田先生が申し訳なさそうに説明していたが、困ったな。後で先生に相談してみるか。

 それを最後にSHRが終わり、授業が始まる。

 

 

 

 

 昨日のようなトラブルもなく、授業が終わり、昨日のメンバーで昼食を摂ると、俺は用事があると皆に断り席を立つ。

 

 向かったのは職員室。俺はノックをして入室する。

 

「失礼します。1年1組、結城入ります。山田先生はいらっしゃいますか?」

 

「結城君? どうしました?」

 

「昼休み中にすいません。先生にご相談したい事がありまして。今、平気ですか?」

 

「いいですよ。それで何でしょうか?」

 

 俺は今は授業についていけてるが将来的に不安な事。自分の立場上、戦闘技術を磨かねばならないが、現状ISの貸出しが受けられない事を相談した。

 

「成る程。・・・・結城君、良ければ放課後、私の補習を受けてみませんか?」

 

「俺としては助かりますが、いいんですか?」

 

「ええ、流石に毎日という訳にはいきませんが、私と一緒なら教員用のアリーナとISが使えますし。それに私は貴方の先生ですから」

 

 朗らかに笑う先生。やばい、この人天使だ。

 

「ありがとうございます。喜んで先生の補習を受けさせて貰います」

 

「はい。でも、なぜ私に相談を? 担任の織斑先生の方が良かったのでは?」

 

「ここだけの話にして欲しいんですが、人にものを教えるのは織斑先生より山田先生の方が上手いと思ったので。それに誰だって鞭より飴の方が好きでしょう?」

 

「クスッ あら、私の指導が飴とは限りませんよ?」

 

「フ、覚悟しておきます」

 

 山田先生と顔を見合せ笑った後、早速今日の放課後から補習をして貰う約束をして、職員室を後にした。

 

 

 

 

「この時間を利用してクラス代表を決めたいと思う」

 

 帰りのSHRで織斑先生が言った。

 クラス代表とは所謂学級委員長のようなもので、クラスの代表として生徒会との会議に出席したり、クラスマッチに出場してISで戦ったりと文字通りクラスの代表として色々と活動するらしい。だがこれはマズイ。

 

「自薦、他薦は問わない。誰でもいい。正・副1名ずつ選出しろ」

 

「はい、私は織斑君を推薦します!」

 

「ええっ!」

 

「先生、私は結城さんを推薦します!」

 

「・・・・・・」

 

 案の定、男の俺達に白羽の矢が立つ。大事な事なんだからちゃんと考えようよ君達。

 

「ちふっ、織斑先生! 代表なんて俺は嫌です!」

 

「他薦の拒否は受け付けん。推薦した者はお前が代表に相応しいと思って推薦したんだ。その者の思いを無下にするつもりか?」

 

「ううううぅ~~」

 

 いや、彼女らはそんなに深く考えてない。絶対ノリで推薦しただけだろう。とは言え俺もやりたくないしなあ。・・・・仕方がない。

 

「先生、俺も拒否したいんですが受け付けて貰えないなら仕方ありません。ですが俺達ではクラスマッチなどで勝てる確率は限りなく低い。そんな俺達にクラス代表は務まらないでしょう。俺は入試首席でイギリス代表候補生でもあるセシリア・オルコットを推薦します」

 

「まあ、光栄ですわ」

 

 俺は真に相応しいであろうセシリアを推薦する。決して自分がやりたくないからではない。

 

「ふむ、推薦されたのは織斑、結城、オルコットの3名か・・・・。よし、それでは三つ巴の模擬戦で決着をつけよう。次にアリーナ使えるのは・・・・1週間後、第3アリーナで代表決定戦を行う。巴戦で一番勝率の高い者が代表を決める権利を得るものとする。いいな」

 

 織斑先生の鶴の一声で、否応なしにクラス代表決定戦への参加が決まった。

 

 

 

 

 

「なあ、しろ、じゃない、結城! どうするんだよ!」

 

 懲りずに俺を志狼と呼び捨てにしようとする織斑を睨み付けて訂正させる。しかし、こいつは昨日の今日だというのに案の定話しかけて来やがった・・・・頼むぞ、防波堤()

 

「どうする、とは?」

 

「だから1週間後の代表戦だよ!」

 

「さあな。でも自分の近くにいる、ISについて詳しい人に教えて貰えばいいんじゃないか?」

 

 俺はそう言いながらチラッと箒を見る。箒はそれに気付いたようで、

 

「い、いいいい一夏! ISの事ならわ、私が教えてやるぞ!」

 

「箒? お前ISについて詳しいのか?」

 

「う、うむ?」

 

 ・・・・箒の奴、嘘でもいいから自信満々に答えればいいものを。妙な所で素直な奴だ。仕方ない、少しフォローしておくか。

 

「彼女の姉が誰か忘れたのか? ISの生みの親だぞ」

 

「あ、そうか!」

 

「し、志狼!?」

 

 本当はISについて詳しくないだろう箒が慌てて俺に食ってかかる。俺はそんな彼女の肩を抱き寄せ、織斑に背を向けると小声で、

 

「大丈夫だ。少なくとも俺や織斑よりは詳しいだろ?」

 

「だからって姉さんの名を使うなんて」

 

「使えるものは何でも使え。それとも何か? 織斑が他の誰かに教わって、その娘と仲良くなってもいいっていうのか?」

 

「そ、それは嫌だ!」

 

「だろう? 今お前がすべきなのはハッタリでいいから自分に任せろと言い切る事だ。何、不安なら最初は竹刀でも握らせて今の実力を確めてやれ。ISは所謂パワードスーツだ。本人の体を鍛えて無駄な事はないだろうからな」

 

「そうか。よし、分かった!」

 

 箒を解放する。解き放たれた箒は自信満々に織斑に向かって言う。

 

「私に任せろ一夏、しっかりと鍛え直してやる!」

 

「あ、ああ、よろしく頼む?」

 

 ISの事を教えて欲しかったのに、自分を鍛え直すという箒に違和感を感じながらも何も言わない織斑は、やる気になった箒に引っ張られて教室を出て行く。

 よし、これで織斑はしばらく寄って来れまい。

 

 

 

「もう、厄介払いの為とはいえ少し可哀想では?」

 

 セシリアが苦笑しつつ近付いて来た。

 

「構わないさ。箒は幸せだし、何も言わず流されるだけの織斑が悪い」

 

「クスッ 悪い人ですわね。所で志狼さまはどうしますの? よろしければ(わたくし)と訓練致しませんか?」

 

「魅力的なお誘いだが今は断るよ。少なくとも代表決定戦が終わるまでは敵同士だからね」

 

「成る程。では楽しみにしてますわね」

 

 優雅に一礼するとセシリアは教室を出て行った。さて、俺も山田先生の所へ行くか。

 

 

~side end

 

 

 

 




読んでくれてありがとうございました。


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第7話 真耶先生のはちみつ授業



今回ISに関する独自解釈があります。
原作で制式な設定があるのかもしれませんが、本作品内ではこうだと思って下さい。

それでは遅くなりましたが、第7話をお楽しみ下さい。


 

 

~真耶side

 

 

 教員用アリーナでISスーツに着替えた私は結城君を待っていました。今日から結城君の補習を始めます。自分から言い出した事ですが少し緊張しています。

 自分の価値を示さねばならない彼の立場上、実力を付けるのは必須。今回の代表決定戦は最初の試金石となるでしょう。そんな彼の人生を左右する立場に自分がいる事に今更緊張していました。

 先生なのに情けないです・・・・

 

 

 ISスーツに着替えた結城君がアリーナに出て来ました。・・・・何というか、は、恥ずかしくてまともに見れません!

 ボクシングで鍛えた身体は均整がとれていて、所謂細マッチョといった感じです。学園が用意した男性用のISスーツは上は半袖(なぜかおなかから下が丸出しです)、下は膝までのハーフパンツになっていて、腕や脚のしなやかな筋肉が丸見えです。しかもスーツ自体薄手の素材で作られているので、割れた腹筋や、その、えっと、こ、股間の盛り上がりが強調されているのです!(後から聞いたのですが、結城君はファウルカップという保護具を入れていたそうで、決してお、大きくなっていた訳ではないそうです)

 こ、これはまずいです。ISスーツってこんなにエッチなものでしたっけ?恥ずかしくてまともに見られません!

 

「──っい、──っん生、───山田先生!」

 

「! は、はい!」

 

 耳元の声にびっくりしてそちらを向くと、結城君の顔が間近にありました。

 

「ふ、ふえええぇぇっ!!」

 

 びっくりして変な声を上げてしまいました。結城君は何だか真剣な顔をして間近から私の顔を覗き込んでいます。

 思えば男性とおつき合いした事のない私は、こんな間近で男性と見つめ合うなんて初めての事です。真剣な顔をした結城君は何だかカッコよくて、だんだん顔が熱くなるのを感じます。端から見れば私の顔は真っ赤になっている事でしょう。

 

「ど、どうしました、結城君!?」

 

 赤くなった顔をごまかすように結城君に尋ねます。

 

「どうした、じゃないですよ。俺をじっと見ていたかと思えば動かなくなって、何度呼んでも返事がないから心配したんですよ?」

 

 何という事でしょう。まともに見れないなんて思いながら、実際にはガン見していたなんて!

 結城君は心配して様子を見ていてくれたというのに、いつの間にか彼の肉体に見蕩れてトリップしていたなんて・・・・

 うう、自分にこんな性癖があるなんて初めて知りましたよ・・・・

 

「す、すみません。少しボーっとしていまして」

 

「そうですか。てっきり俺の格好に変な所でもあるのかと思いましたよ」

 

「いえいえ、むしろ良く似合っていますよ・・・ゴクリッ ええ、本当に・・・・」

 

「・・・・山田先生?」

 

 はっ、いけない。また見蕩れていました。以前男性誌のグラビアで水着よりISスーツの方が人気があるという話を聞いた事があります。その時は何がいいのか分からなかったのですが、今ならその気持ちがとても良く分かります。男性のISスーツ姿がこんなにクルものだとは!

 こんなの生徒達に見せてもいいのでしょうか?

 

「す、すみません、私ったらまた・・・・」

 

「本当に大丈夫ですか? もし疲れているようなら今日は止めましょうか?」

 

「い、いえ大丈夫です。代表決定戦まで時間がないのですから無駄には出来ません」

 

「・・・・そうですね。分かりました、よろしくお願いします。でも無理はしないで下さいね」

 

 ・・・・ううぅ、結城君の優しさが胸に痛いです。でも、時間を無駄に出来ないのは本当です。気持ちを切り替えて、始めるとしましょう。

 

 

~side end

 

 

 

 

~志狼side

 

 

「今日は実際にISを動かして感覚を掴んで貰います。学園にある量産機は日本製の打鉄とフランス製のラファールの二つがありますが、今回は汎用性の高いラファールを使います」

 

 ラファール・リヴァイヴ。フランスのISメーカーデュノア社製の第2世代機。第2世代機としては後発で、拡張領域(バススロット)の大きさによる武装の拡充や扱い易さで世界第3位のシェアを誇る人気機種だ。当然のように学園にも配備されており、俺も実技試験で使った機体だ。

 

「結城君、ISを操縦するのに一番重要な事って何だと思いますか?」

 

 ? 何だろう。技術? 判断力? 色々と考えられるけど・・・・俺はこれだと思うものを一つ挙げてみた。

 

「コアとの同調率、でしょうか?」

 

「・・・・なぜそう思いましたか?」

 

「ISはコアが機体の制御を行っているからです。そのコアとの同調率が高ければより機体を上手く操れるのではないかと考えました」

 

「成る程。考え方は間違ってませんが、この場合は不正解です。正解はイメージです」

 

「イメージ?」

 

「ここで一つ質問です。結城君はISをどう動かしていると思いますか?」

 

「どうって、そりゃあ・・・・」

 

 そう考えて、はたと気付いた。ISは所謂パワードスーツだ。手足を動かすようにすればパワーアシストが働いて動いてくれる。だが入学式で見たような複雑な機動をするにはどうしたらいい? 実技試験の時は地上戦だったから身体を動かすように動かしただけだし・・・・

 先程も言ったがISはパワードスーツ。ロボットじゃないんだから操縦悍やスイッチ、レバーなんかはないのだ。そこまで思い至って、先程の会話を思い出す。

 

「そうか、だからイメージが大事なのか・・・・」

 

 俺のつぶやきを聞いて山田先生がニッコリと笑い、

 

「どうやら正解にたどり着いたようですね。そうです。ただ単に歩く、走るだけなら自分の手足と同じ感覚で動かせます。ですが、空を飛び、より複雑な機動をするには操縦者のイメージをコアが読み取る事で初めて可能となるんです」

 

「ですが、それだと操縦者からコアへの意思伝達にタイムラグが生じませんか?」

 

「普通はそうです。ですが、ISに使われているイメージフィードバックシステムは特別製で、そのタイムラグをほとんど感じないんです。そのシステムもコアにより制御されているので、どうして可能なのかは不明なんですけどね」

 

 ブラックボックス化したISコアを解析出来なければ分からない、それが出来るのは篠ノ之束博士だけって事か。

 

「ISは操縦者がイメージした事をコアが読み取って機体を動かす。ISがパワードスーツでありながらそれを動かす者が装着者ではなく操縦者と呼ばれるのはそういう訳ですか・・・・」

 

「そう言う事です。・・・・さて、イメージの大切さが分かった所で、実際に動かしてみましょう」

 

「はい」

 

 俺はラファールを装着すべく、待機状態の機体に触れる。初めてISに触れた時と同様に頭の中に色々な情報が流れて来て、一瞬の後、俺はラファールをその身に纏っていた。

 マニュアルに従い、各部のチェックに入る。

 

 

 ───シールドエネルギー OK

 ───ハイパーセンサー OK

 ───パワーアシスト OK

 ───武装チェック OK

 ───ISコア同調 OK

    ・・・・・・・・

    ・・・・・・

    ・・・・

 

 

 ───システムオールグリーン

    ラファール・リヴァイヴ起動完了

 

 

 

「どうです、異常はありましたか?」

 

「いえ、問題ありません。正常に起動しました」

 

「では始めに真っ直ぐ歩いて下さい」

 

 先生の指示に従い、真っ直ぐ歩く事をイメージして、俺はラファールを動かした。

 

「はいストップ。結城君、後ろを見て下さい」

 

 20m程歩いてから言われた通り後ろを見て、俺は愕然とした。真っ直ぐ歩いたはずの足跡がフラフラと蛇行しているのだ。

 

「え、何で・・・・ちゃんとイメージしたのに」

 

「種明かしをしますと、真っ直ぐ歩く事を意識し過ぎたせいなんです。結城君は普段歩く時、真っ直ぐ歩こうなんて一々考えないでしょう? ISを使う時も同じなんです」

 

「・・・・意識せずに本能のまま動かせ、という事ですか?」

 

「ん~、少し違います。ISを纏っている事を意識し過ぎずに、あくまで自分の身体の一部として動かすのが理想的です。ですが、これは慣れの問題で、ISの操縦は稼働時間がものを言うと言われる所以でもあります」  

 

「・・・・習うより慣れろ、考えるな感じろ、という事ですか?」

 

「クスッ そうですね。慣れる以外では操縦者のセンスやコアとの同調率、後はIS適性などによっても変わりますね。・・・・では話しながらもう一度歩いてみましょう」

 

 俺はラファールを動かしながら質問する。

 

「操縦者のセンスは個人の資質だから仕方がないとして、コアとの同調率や適性はどう関係してくるんですか?」

 

「そうですね。まずISコアとは所謂人工知能、AIであり、それぞれ意思を持ち、性格も違います。当然操縦者との相性があり、その良し悪しと同調率は比例します」

 

「でもコアとの相性なんて最初は分からないんですよね。相性の悪いコアと当たったらそれまで、という事ですか?」

 

「いいえ、ここでいう相性とは所謂第一印象の事で、その後の接し方で良くも悪くもなるんです。第一印象は悪かったけど付き合ってみたらいい人だった、もしくはその逆という事もあります。要は人付き合いと同じですね」

 

 成る程、そう考えると分かる分かりやすい。

 

「そして適性に関してですが、いくらISを身体の一部として扱うのか理想的だといっても結局は機械ですから中々難しいでしょう。その受け入れ易さの目安がIS適性なんです。つまり適性が高ければISを身体の一部として受け入れ易い、イコールISを動かし易い、という事になるんです。・・・・所で結城君、気付いてますか?」

 

 先生の解説を聞きながら何の事かと先生の視線を追うと、いままで歪だった足跡が真っ直ぐになっていた。

 

「! これは・・・・」

 

「ふふ、私と話す事に意識が向いて、歩く事が自然に出来た結果ですね」 

 

 先生の指導力を目の当たりにして正直驚いた。彼女、真耶先生に指導をお願いしたのは間違いじゃなかった。自分の目が正しかった事、彼女に出会えた事が素直に嬉しかった。

 

「さて、次に行きましょうか」

 

「はい!」

 

 

 

 この後みっちり3時間かけてISの基本動作を教わった。終わるとヘトヘトになったが、この3時間でISに関する知識も深まり、操縦もかなり上達したと思う。

 明日の放課後も補習をして貰う約束をして、真耶先生と別れた。

 

 

~side end

 

 

 

 

~真耶side

 

 

 結城君の最初の補習が終わりました。つい夢中になって、3時間ぶっ通しで休憩も入れなかったのは猛省しなければいけませんね・・・・・

 

「お疲れさん真耶、ほら!」

 

「きゃっ、織斑先生。ありがとうございます」

 

 アリーナの廊下で待っていた織斑先生が放ったペットボトルをお手玉しながら受け取り、礼を言う。

 

「今は2人だけだ。普段通りでいいぞ。それにしても初日から随分飛ばしてたな」

 

「あはは、結城君が頑張ってくれるので、つい」

 

「ふっ、それで? お前から見て結城はどうなんだ?」

 

「ゴク、ゴク、プハー、あ、はい。そうですね・・・・彼は私と同じ理論派です。頭で理解し、訓練を重ねる事で力を発揮するタイプです。それに物覚えも早く、教えた事を次々と吸収していくので教えるのが楽しくって、ついやり過ぎてしまいました」

 

「・・・・成る程、つくづく一夏とは真逆だな」

 

「クスッ そうなんですか?」

 

「ああ、あいつは口で説明するより体に教え込んだ方が早いからな・・・・では、予定通りで構わないな?」

 

「はい。私はこのまま結城君の指導を担当します」

 

 そう、これは始めから千冬先輩と話し合って決めていた事。2人の男性操縦者はデータ取りの必要性から操縦者として実力を付けて貰わねばならない。

 そこで私達は千冬先輩が織斑君を、私が結城君をマンツーマンで指導をする事にしました。本当は1年生の実技実習が始まった頃にこちらから提案する予定だったのですが・・・・

 

「でも、2日目からとは随分と早かったですね。やっぱり代表決定戦の影響でしょうか?」

 

「そうだろうな。そのせいか2人共予想より早く動き出した」

 

「織斑君もですか? 彼は何を?」

 

「それがな・・・篠ノ之に連れられて剣道やってた」

 

「・・・・えーと剣道ですか? 確かに無駄にはならないとは思いますが、今は先にやるべき事があるのでは?」

 

「だよなあ! まず真っ先にISに触れて慣れるべきなのに、あいつは何で剣道なんかやってるんだ!」

 

 千冬先輩が憤るのも分かる。織斑君は今すぐやるべき事をやらずに別の事をやってるのだ。先輩じゃなくても「何で!」と言いたくもなるだろう。

 

 そう言えば今朝のSHRでされた質問。あれを聞いてたからこうなったのかな? あれ? もしかして私のせい?

 

「どうした真耶?」

 

 私の様子が変わったのを察した千冬先輩が聞いてくる。

 

「えーとですね。先輩は会議で来なかったから知らないでしょうけど、今朝のSHRでISの貸し出しについて質問されまして」

 

「うん、それで?」

 

「事前の申請が必要な事を説明したんですが、その時に今の時期は上級生が優先されるので、新入生の皆には中々許可が下りないだろう、と」

 

「それでか! それを真に受けて・・・・あのバカは何で教師である私達に相談せんのだ!」

 

 ですよね~、私悪くないですよね! 現に結城君は相談して来たんだし。

 

「どうしますか、織斑君は」

 

「どうもこうも現状維持だ! 自分から言い出さない限り特別扱いは出来ん!」

 

「はあ、今度の代表決定戦、駄目かもしれないですね」

 

「う、こうなると初日に結城と揉めたのは痛いな」

 

 確かに。結城君は織斑君より年上で、その経歴から解る通り色々な事を経験しています。そんな彼が味方についてくれたら織斑君の今後に不安を覚える事はなかったでしょう。

 つくづく人間関係って上手くいかないものです。

 

 私達は顔を見合わせると、ため息を吐きました。

 

 

~side end

 

 

 




読んで頂きありがとうございます。
 
真耶先生もお年頃。
真耶フラグ1がたちました。
彼女はヒロイン化する予定ですが、どうなる事やら。ご期待下さい。


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第8話 専用機



遅くなりました。

最近仕事が忙しくて、投稿ペースが落ちてます。
出来る限り週1回くらいは投稿したいと思ってます。

それでは第8話ご覧下さい。



 

 

~志狼side

 

 

「織斑、結城、お前達にはデータ取りの為、専用機が用意される。少し時間は掛かるが代表決定戦までには届く予定だ」

 

 朝のSHRでの織斑先生の発言でクラスは一気にヒートアップした。

 

 

 

 ───IS専用機

 

 それは文字通り操縦者個人の専用IS。本来は国家や企業の代表、又は代表候補生にしか与えられないワンオフの機体で、量産機とは一線を画す性能を持つ。IS操縦者達にとって専用機を与えられるという事は、国家や企業から認められた証であり、憧れの象徴でもある。

 

 

 

 そんな専用機が与えられる。織斑先生の言った通りデータ取りが目的なのだろうが、ありがたい事だ。そんな中で、

 

「専用機って何? そんなに凄いのか?」

 

 全く分かってない織斑一夏(バカ)がいた。

 

 

 

 今の一言で沸いていた教室が一気に凍りついた。ふと教壇の先生達を見ると、2人共信じられないものを見たような目をしていた。まあ、当然だよな。

 

「一夏・・・・お前本気で言ってるのか?」

 

「え、何かまずかった?」

 

 どうやら本気のようだ。織斑先生も驚きのあまり織斑を一夏と名前で呼んでるし。しかし、これって一般常識の範疇だぞ。物を知らないにも程がある。

 

 呆れながらも織斑に理解させないと話が進まないと判断したのか簡単に説明をする織斑先生。

 

 

 

「という訳だ。分かったか?」

 

「・・・・ああ、分かったよ千冬姉。俺、期待に答えて皆を守ってみせるよ!」

 

「「「「?????」」」」

 

 ・・・・・・何で?

 

 

~side end

 

 

 

 

~千冬side

 

 

 何がどうしてこうなった? 私は今、絶賛混乱中だ。私の説明が悪かったのだろうか。一夏の奴は訳の分からない理解をしてしまった。

 困った私は思わず真耶を見たが、泣きそうな顔をしていた。駄目か。

 生徒の方を見ると皆何を言ってるんだという顔をしていた。そんな中で1人の生徒と目が合った。よし、こいつに何とかして貰おう。

 

「オルコット、織斑を何とかしてやれ」

 

「は、はい!? (わたくし)がですか?」

 

「うむ。私では説明が至らなかったようだが、入試首席のお前なら大丈夫だろう」

 

「で、ですが先生で無理なら(わたくし)が「大丈夫! お前なら出来る、てゆーかやれ!」・・・は、はいいぃぃ~」

 

 すまんオルコット、私も精神を建て直す時間が欲しいんだ! 少しでいい、時間を稼いでくれ。

 

 

「えーと織斑さん? いくつかお聞きしたいのですが、まず皆を守るとはどういう意味です?」

 

 オルコットは諦めたのか一夏の方を見ると質問を始めた。

 

「どういう意味ってISは力だからな。専用機っていう力を手に入れれば俺はもっと強くなって皆を守れるって事だ!」

 

「・・・・貴方に寄せられる期待とは何です?」

 

「だって国や企業の代表しか貰えないんだろ? 特別にそれを貰えるって事はその専用機でバトルに勝ち、男の強さを見せつけてやれって期待してるって事だろ?」

 

「! 貴方どこまでバカですの! 自分の置かれている状況が何一つ分かってないじゃないですか!」

 

 ああ、流石に爆発したか。無理もない。一夏の自分に都合の良い解釈は聞いていて私でも腹が立つ。あいつの置かれた状況は何度も説明したんだが、全く理解してなかったようだ。

 

「な、何だよ、何が分かってないってんだよ!」

 

「何もかもですわよ! 専用機があれば強くなれる? 男の強さを見せるのを期待されてる? どこをどうしたらそんな都合の良い解釈が出来るんですか!」

 

「俺が自分に都合良く解釈してるだと!? 専用機をくれるって事はそういう事だろうが!」

 

「何でそうなるんです! 専用機を与えるのはデータ取りの為だと言ってたでしょう!?」

 

「あーもう、お前に何が分かるんだよ! 不味い料理しかない国の奴は黙ってろよ!」

 

「!!」

 

 あ、いかん。一夏の奴言うに事欠いてイギリスを馬鹿にし出した。いい加減止めなければ。

 

「・・・・貴方、(わたくし)の国をバカにしますの?」

 

「じ、事実だろうが。世界一不味い料理で何連覇だよ!」

 

「! 黙って聞いてれば極東のサル──」 バンッ!

 

 突如響いた音に発生源を見れば、結城が机を叩いて立ち上がっていた。

 

 

~side end

 

 

 

 

~志狼side

 

 

 セシリアと織斑の口論がマズい域に達したのを見た俺は、やむを得ず介入する事にし、セシリアの台詞を邪魔するように机を叩いた。

 

「そこまでだセシリア。それ以上は言うな」

 

「志狼さま!? ですが」

 

「冷静になれ。君は代表候補生だ。その意味は分かるな?」

 

「!! 申し訳ありません・・・・」

 

 セシリアは国家代表候補生。彼女らには守らねばならない規律がある。その一つに他国を貶める発言をしてはならないと言うのがある。候補生とはいえ、彼女らは国の名を背負ってるのだ。そんな彼女らが他国を貶めるような発言をすれば、それはたちまち国家間の問題に発展する。そして問題を起こした候補生はその資格を失い、場合によっては犯罪者の烙印を押される事になるのだ。

 彼女は今、冷静さを失い、明らかにヤバい事を言おうとしていた。こんなつまらない事で彼女のキャリアに傷を付ける訳にはいかない。ここは選手交替といこうか。

 

「織斑先生、彼女は今、冷静さを欠いています。俺が交替しても構いませんね?」

 

 俺は非難の視線を織斑先生に向ける。全く、この人がきちんと織斑を教育していればこんな手間は掛からなかったというのに・・・・

 

「うっ、ああ、構わないぞ」

 

 微妙に視線をそらしながら織斑先生は言う。これで言質は取った。俺は織斑に視線を向けて、

 

「・・・・織斑、お前ローストビーフは好きか?」

 

「? いきなり何だよ? まあ、好きだけどさ」

 

「ローストビーフはイギリスの伝統的な肉料理だぞ」

 

「えっ!?」

 

「やはり知らなかったか。ではカレーはどうだ?」

 

「カレーはインド料理だろう!?」

 

「確かに発祥はインドだが、日本には明治時代にイギリス料理として伝わっている」

 

「嘘だろ!?」

 

「興味があったら後で自分で調べろ。一々説明してやる義理はない。さて、お前は自分の好物がどこの国の料理かも知らずに馬鹿にしていた訳だが、今どんな気分だ?」

 

「うっ・・・・・・」

 

「料理を馬鹿にするという事は、その国の歴史や文化を馬鹿にするも同じだ。仮にもこれから専用機持ちになろうという奴のしていい発言じゃない。反省しろ」

 

「くっ・・・・・・」

 

「それと、先程のお前のご都合解釈。子供の妄想にしても酷すぎる。それを堂々と披露する時点でイタい奴にしか見えなかったぞ」

 

「何だよそれは! 俺がバカだって言いたいのかよ!」 

 

「その通りだ。加えて重度の世間知らず付きでな」

 

「なっ、俺のどこが世間知らずだってんだよ!」

 

「・・・・まず専用機を知らない時点でおかしい。お前織斑先生の『暮桜』を知らないのか?」

 

「知ってるに決まってんだろ! 千冬姉のISでモンド・グロッソを征した機体だ」

 

「その暮桜が専用機だ」

 

「え? あ、そうか・・・・」

 

「それと、お前は自分が期待されてると言ってたが、少なくともお前の望むような期待のされ方はしてないぞ」

 

「どういう事だよ?」

 

「織斑先生もセシリアも言ってただろう。俺達に専用機が与えられるのはデータ取りの為だ。政府が俺達に期待する事があるとすれば、良いデータを提供するサンプルとして、だ」

 

「! そんな言い方「事実だ。連中は俺達が提供したデータを解析して、男がISを動かせる理由を突き止めたいんだろう。それが叶えば巨万の富を生むからな。大人の世界ってのは汚いものだぞ」

 

「・・・・まるで見て来たように言うんだな」

 

「実際見て来たからな。俺が本来なら大学生だというのは自己紹介の時に言ったが、その俺が今ここにいる事自体が汚い大人の事情という訳だ」

 

「・・・・・・」

 

「そういう事が分からないから世間知らずだというんだ。お前ももう高校生なんだから世の中綺麗事ばかりじゃないといい加減理解しろ。それとこの際だから言っておくが、お前は一般常識に疎すぎる。普段新聞やテレビのニュースは見ないのか?」

 

「・・・・あんまり」

 

「はあ、せめてテレビのニュースくらい見ろ。じゃないと恥をかくのはお前だけじゃないんだぞ」

 

「? どういう事だよ」

 

「お前の恥はお前だけのものじゃない。織斑先生の恥でもあるって事だ」

 

「! 何でっ「お前の保護者は誰だ? お前がバカをやった始末は保護者である織斑先生がつける事になるんだ、自覚しろ」

 

「!?」

 

 織斑の顔が真っ青になった。自分が織斑先生の迷惑になるのがこいつには一番堪えるようだ。ここまで言ってやればいいだろう。俺は織斑先生を一瞥して席に着いた。

 

 

~side end

 

 

 

 

~千冬side

 

 

 言うべき事を言って結城は席に着いた。その時私に向けた視線は「もう充分だろ?後は自分で何とかしろ」と、言っているようだった。

 確かにこれ以上は私がするべきだろう。私は一夏の担任である前に姉なのだから。

 

「一夏、確かにここ数ヵ月仕事が忙しくてお前の事を見てやれなかった。だが、そうだとしても今のお前は酷すぎる。嘘は吐く、物は知らない、礼儀はなってないでは結城の言う通りになっているぞ」

 

「・・・・俺、千冬姉の迷惑になってるのか?」

 

「今のお前はな。一夏、お前はこの学園に望んで入った訳じゃないと思っているだろう? だが、望むと望まざるとに関わらず、この学園に入学したからにはある種の責任が生徒には生じる。何だか分かるか?・・・・オルコット!」

 

「はい、ISを動かす責任です」

 

「そうだ。ISという『兵器』を動かす責任だ。ISは宇宙開発を目的に作られたが、残念な事に現行兵器の全てを凌駕する『超兵器』と見なされてるのが現状だ。それをアラスカ条約で抑え込み、ISバトルというスポーツとして転用しているとはいえ、兵器は兵器。簡単に人を殺せるモノだ。故にそれを扱う者には責任と覚悟が求められる」

 

「責任と覚悟・・・・」

 

「そうだ。一夏、お前は守るという事に妙に拘っているようだが、今のお前には誰一人として守れないぞ。何故ならお前には全てが足りないからだ。知識も、実力も、そして覚悟もだ。そんなお前に命を預ける奴はいないだろう。だから一夏、強くなれ。強くなっていつかお前の望みを叶えてみせろ。その為の助力なら私がいくらでもしてやる。覚えておいてくれ」

 

「・・・・・・はい」

 

 

 私の言葉は一夏に、そして生徒達に届いただろうか、正直どこまで理解してくれたか分からない。だが、私は教師として、そして姉として自分の出来る精一杯の事をしてやろうと、固く心に誓った。

 

 

~side end

 

 

 

 

~志狼side

 

 

 昼休み。もはやいつものメンバーと言って差し支えない面々との食事中、話題になるのは専用機の事。俺の機体は詳細が不明なので、必然的にセシリアの専用機「ブルー・ティアーズ」の話になる。

 

「ほえ~、これがセッシーの機体かあ~、綺麗だね~」

 

「ふふ、ありがとうございます、本音さん」

 

 携帯端末の画面にはセシリアの機体の基本スペックや訓練中の動画が映し出されている。

 こんなの公開していいのかセシリアに尋ねると、学園に提出した資料映像なので、秘密にしておきたい所は映してないから問題はないそうだ。

 

「遠距離型の第3世代機。第3世代兵装は機体名と同じ『ブルー・ティアーズ』通称BT兵器かあ~」

 

「操作が難しそうね」

 

「ええ、BT兵器を操るには適性が必要で、代表候補生の中で最も適性の高かった(わたくし)が操縦者に選ばれたんです。この娘を得てから序列も3位まで上がり『冒頭の六人(ページワン)』になれましたの」

 

 

 

 ───冒頭の六人(ページワン)

 

 

 代表候補生は毎年8月に試験を行い、合格した人がなれる(年に多くて3人、1人の合格者も出ない年もある)。

 翌年明けには代表候補生全員でリーグ戦を行い、序列を決める。決定した序列の1位から6位は公式冊子の冒頭に名前が乗り、専用機が与えられる事から大変名誉な事だとされている。これら代表候補生の1位から6位を総じて“冒頭の六人(ページワン)”と呼び、操縦者を目指す少女達の憧れの的だという(因みに日本の序列1位は高町なのは)。

 今ではすっかりアイドル扱いされており、中には6人でユニットを組んでCDデビューさせてる国もある(因みに売上げは他国のファンも買っている為、世界的にもトップクラスだそうだ)。

 

 

 

「下手すりゃ近付く事も出来ず、遠くからチクチクSEを削られて、はい終わりって事になりかねないな」

 

「何か対策を思いつきまして?」

 

「うーん、まあ俺は俺に出来る事をするだけだよ。・・・・さて、俺は用事があるから先に失礼するよ」

 

「あら、どちらへ?」  

 

「職員室。例の専用機についてちょっと、ね」

 

 俺は皆に断りを入れ、食堂を出た。すると、

 

 

「志狼さま!」

 

 呼ばれて振り向くと、セシリアが追いかけて来た。

 

「どうしたセシリア?」

 

「あの、先程はありがとうございました」

 

「先程?」

 

「織斑さんとの口論を止めて下さった事ですわ」

 

「ああ、その事か。別にいいよ。ただ、今後は気を付けるようにな」

 

「はい・・・・いくら織斑さんが許せなかったとはいえ、志狼さまに止めて貰わなかったらどうなっていた事か。本当に感謝してますわ」

 

「だから、もういいって。俺だってこんなつまらない事でセシリアがいなくなるなんて嫌だしな」

 

 俺は落ち込むセシリアの頭を優しく撫でると、彼女は頬を赤らめながら、嬉しそうに目を閉じる。うん、可愛い。

 

「さて、それじゃあまた後でな」

 

 これ以上続けるとヤバい雰囲気になりそうだったので、さっさと職員室に行く事にした。

 

「・・・・はい」

 

 背中で聞いたセシリアの声は、妙に艶っぽく感じた。

 

 

 

 

「失礼します。1年1組結城入ります。織斑先生はいらっしゃいますか?」

 

「結城? こっちだ」

 

 職員室に入ると織斑先生が手招いてくれた。良かった、昼食は終わってるようだ。

 

「休憩中すいません。聞きたい事があるんですが」

 

「構わんよ。で、何だ?」

 

「俺が貰える専用機、どこのメーカーが作るんですか?」

 

「お前達の専用機はそれぞれ違うメーカーが作る。織斑は倉持技研、結城は・・・・絃神コーポレーションだ」

 

 成る程。倉持技研は国内トップクラスのISメーカー、学園でも使っている「打鉄」を作った実績のある企業だ。

しかし、絃神コーポレーションとは聞いた事がない。どうやらこんな所で俺は織斑と差別されてるようだ。

 

「絃神って聞いた事がないんですが?」

 

「IS開発には昨年から参入した企業だからな。未だ何の実績もないから知らなくても無理はない」

 

「・・・・良くそれで選ばれましたね」

 

「資本はそれなりにある企業でな。・・・・それに言い方は悪いがお前の機体だから、というのもある」

 

 ああ、つまりはデータ取りが目的だから、どんなヘボい機体でもいいって事か。まあいい。

 

「では、その絃神の開発担当者と会いたいので、紹介してくれませんか?」

 

「それは構わんが、何をする気だ?」

 

「折角貰える専用機です。なら色々と自分好みに注文をつけてもいいでしょう?」

 

「ふむ、成る程な。ちょっと待て・・・・あったぞ。こいつに連絡してみろ」

 

 織斑先生から1枚の名刺を手渡された。

 

「───絃神コーポレーションIS開発室開発主任、藍羽浅葱(あいばあさぎ)?」

 

「昨年の卒業生で丁度絃神に勤めてる。優秀な奴だからな。お前の専用機にも間違いなく噛んでるはずだ」

 

「卒業したばかりで開発主任とは確かに優秀ですね・・・・ありがとうございます。早速連絡してみますよ」

 

 俺は織斑先生に礼を言うと職員室を後にする。さて、藍羽浅葱か、あの織斑先生が優秀と認めるなんてどんな人物なんだろうか。

 

 

 

 その日の放課後、早速藍羽浅葱に連絡すると、俺の外出許可がまだ下りない為、明日学園で打ち合わせをする事になった。

 明日は土曜日。入学してから初めての休日だが、どうやら忙しくなりそうだ。

 

 

~side end

 

 

 

 

 




今回設定としてアスタリスクのページワンを使わせて貰いました。
本家の12人を6人にしたのは、今後出てくる日本の代表候補生が5人いるので、切りよく半分の6人にしました。
因みになのは、簪、明日奈、雪菜、綺凛の5人ですが、全員そろうのはかなり先になります。

次回、STBより電子の女帝が登場します。


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第9話 藍羽浅葱


いつの間にかUAが1万を越えていました。
趣味の自己満小説をこんなに沢山の人に読んで貰えて驚いています。

それでは第9話お楽しみ下さい。



 

~志狼side

 

 

 土曜日。IS学園も週休2日制を採用しているので、今日は学園に入って初めての休日だ。

 友達と遊びに行くも良し、訓練するも良し、1日中寝るも良しと、どう過ごすのも個人の自由だ。

 本来なら俺も代表決定戦に向けた訓練をしたい所だが、その為の専用機をどんな機体にするのかを今日これから話し合うのだ。 

 そもそも俺の事を何も知らない企業が用意したものがそのまま使える訳がない。俺の戦い方やそれに合った武装、それらを考慮した機体でなければ専用機の意味がないのだから。

 

 

 そろそろ時間なので駅まで迎えに出る。

 IS学園は部外者の出入りに非常に厳しい。部外者が学園内に入るには前日までに来訪の目的を説明し、警備部から許可を取らねばならない。許可を取ったとしても、当日色々な手続きが必要で、手間も時間も掛かる為、非常に面倒くさい。

 だが、学園内の人間から招かれた場合は、いくつかの手順をショートカット出来るので、比較的容易に学園内に入れるのだ。

 無用な時間を取られたくない俺は、藍羽浅葱を駅で出迎える事にした。手続きの面倒さは学園OGの彼女も分かっていたので、駅での待ち合わせと相成った。

 

 

 

 学園の玄関口「IS学園前」駅。学園のある人口島と本州を結ぶモノレールの駅で、一般人や生徒が唯一利用出来る交通手段。 

 他にもモノレール路線上に敷設された橋道やヘリポートもあるが、それらは物資搬入やVIP専用なので、余程の事がない限り一般人は利用出来ないのだ。

 

 休日らしく街に遊びに行くのか、私服姿の生徒達が何人かいる。俺の方をチラチラ見てる娘もいるが、近寄って来ない限り放置しておこう。

 

 やがてモノレールが到着して皆が乗り込んで行く。反対に下りて来るのはまだ早い時間のせいか1人だけだった。

 シュシュでまとめた長い金髪と深いブラウンの瞳。真新しい女物のスーツに身を包んだ美少女だ。彼女は俺を見ると近付いて来た。写真で見たのと同じ顔。彼女に間違いない。

 

「こんにちは、貴方が結城志狼君よね?」

 

「ええ、俺が結城です。貴女が藍羽浅葱さん?」

 

「ええ。初めまして2人目の男性操縦者(2ndドライバー)

 

「2ndドライバー? 初めて聞いたけどそんな呼び名が流行ってるんですか?」

 

「ええ、だって2人目の男性操縦者って長くて言い難いでしょう?」

 

「それは確かに・・・・では、ご案内します。尤も入ったばかりの俺より3年間通った藍羽さんの方が詳しいでしょうが」

 

「あはは、そうですね」

 

 挨拶を終えた俺達は、並んで学園に向かった。

 

 

~side end

 

 

 

 

~浅葱side

 

 

 結城志狼。この名前を初めて聞いたのは卒業間近の頃だったと思う。

 

 世界初の男性操縦者の出現により起こった熱狂は凄まじいものだった。男からすれば虐げられた自分達を解放する希望であり、女尊男卑主義者からすれば女にしか動かせないはずのISを動かした男など絶対に許せない存在であっただろう。

 本来主義者達の粛正対称である彼──織斑一夏が見逃されたのは彼がブリュンヒルデ織斑千冬の弟であったからだ。さしもの主義者達も自分達の崇拝する織斑千冬の弟に手は出せなかった。世の男達は第2の織斑一夏を探せ、とばかりに世界中で適性検査を行い、その結果彼、結城志狼が見つかった。

 

 適性検査が始まって3ヶ月、世界の約8割で検査が終わったが、適合者は今の所彼1人だけ。恐らく以後も現れないと私は思う。

 そんな稀有な存在である彼と接触する機会など私にはないと思っていたが、社長がどう交渉したのか彼の専用機をうちが作る事になった。こう言っては何だが絃神コーポレーション(うち)は昨年IS業界に参入したばかりの新参企業であり、本来の主力製品は「I-0」なのだ。

 

 

 

 ───I-0(アイゼロ)

 

 

 ISの登場により世界の科学は100年進んだと言われている。

 ハイパーセンサーの高感度視認装置、パワーアシストの高出力モーター、PICの慣性制御、量子変換技術等々。

 ISコアという規格外があってこそ可能なものもあるが、コアがなくても他に流用出来る技術も多く、それらを応用する事で開花した分野がいくつもある。その中の1つにパワードスーツがある。

 ISに比べて出力は低く、バッテリーの問題で稼働時間は短い。絶対防御もなく、空も飛べないがその利便性と何より誰でも、そう男でも動かせる事から災害現場での救助活動や犯罪現場の制圧、危険な場所での作業などに力を発揮して、その地位を確固たるものとした。

 女尊男卑主義者からすればISを使えぬ者の玩具、IS技術者からすればISの模造品などと言われるものの、誰にでも扱え、かつ数を揃える事が出来るパワードスーツは警察や消防、軍事関係を中心に広く普及した。

 いつの頃からかISに至らぬモノ、ISの無世代機などの揶揄を込めてパワードスーツの総称を「I-0(アイゼロ)」と呼ばれるようになった。

 

 

 

 そのI-0を主力としている我が社にISでの実績など当然ない。そんな企業に貴重な男性操縦者の専用機を任せる理由は2つある。

 一つ目は勿論データ取りの為。織斑一夏は国内最大手のISメーカー倉持技研が担当する。「打鉄」という充分な実績を持ち、開発者の篝火ヒカルノ博士も優秀な技術者だ。それに比べてうちは実績もなく、開発者は学園を卒業したばかりの小娘だ。つまり政府は織斑一夏を優遇し、結城志狼を冷遇する事で両極端のデータを取ろうとしているのだ。

 二つ目は時間短縮の為。うちの開発したI-0は自慢じゃないが高性能だ。それこそISコアを搭載しさえすればすぐにでもISとして転用出来る程にだ。どうやらうちの社長はそう言って政府に売り込んだらしく、織斑一夏と違い、主義者達の標的になるだろう結城志狼に早急な自衛手段を与えたかった政府はその話に乗ったのだ。

 

 絃神コーポレーション(うち)結城志狼()の専用機を担当出来た理由がコレだ。私は全てを正直に話した。すると、

 

 

 

「・・・・で? それがどうしたんですか?」

 

 政府の思惑や彼の置かれている状況を説明すると、最初にこう言われた。

 

 

「・・・・どうしたって、貴方本当に分かってるの?」

 

「ええ、自分の置かれている状況くらい把握してますよ」

 

「なら何でそんな涼しい顔していられるのよ!」

 

 咄嗟に感じたのは怒り。理不尽な状況に置かれ、明らかに冷遇されているというのに何故そんな顔をしていられるだろう。

 

「まず言っておくが、全ての人間が平等だと思っているなら大間違いだぞ。もし真に平等な世界があるなら同じ場所で生まれ、同じ教育を受け、同じ能力を持った人間しかいないディストピアになるだろうな。この世界がそうじゃないのは違う場所で生まれ、違う教育を受け、違う能力を持った人間で溢れているからだ。平等な世界なんて破綻している。この世界は不平等だからこそ発展して来たんだ。そうは思わないか、電子の女帝?」

 

「・・・・私の通り名、知ってたんだ」

 

「勿論。今後パートナーになるかもしれない人だからな。調べるのは当然だし、お互い様だろう?」

 

 確かに彼の事は調べている。私にとっては朝飯前の事だし、彼の言う通りお互い様だ。でも、

 

「確かに貴方の言う事も一理あるわ。でも、悔しくないの?」

 

「決まってる。悔しいさ」

 

「だったら何でっ!?」

 

「何、要は政府の思惑をひっくり返してやればいい。取り合えず代表決定戦で織斑一夏を倒す」

 

 ・・・・成る程。政府一推しの織斑一夏が彼に倒されれば現時点での格付けが決まる。そうすれば政府でも織斑推しが間違いではないかと考える輩も出て来るだろう。少なくとも織斑推しをしていた連中に一泡噴かせてやれる。しかし、

 

「・・・・勝てるの?」

 

 そう、それが問題だ。あの織斑千冬の弟が倉持技研の最新鋭機を駆って来るのだ。それだけじゃない。イギリスの代表候補生もいるのにだ。

 

「フ、おいおい。貴女も織斑千冬の幻影に惑わされてる口か? あれは弟であって千冬本人じゃないんだぞ。倉持だってそうだ。現時点で国内トップクラスのISメーカーというだけだ」

 

「だけって、貴方・・・・」

 

「それとも貴女達絃神はトップを目指す気概がないのか?」

 

 その一言に私は無意識に負けを認めていたと気付かされた。その途端に悔しさと恥ずかしさで一杯になった。

 

「そんな事ない! うちの技術は倉持にだって決して負けてないわ」

 

「うん、俺もそう思う」

 

 !? ・・・・・・あれ?

 

「絃神が俺の専用機を担当すると聞いてから出来る限り調べたよ。確かに絃神のI-0は高性能だ。あの技術があれば安心して機体を任せられると思ってるよ」

 

 ・・・・何だろう、この人何かズルい! 操縦者にそこまで言われてその気にならない技術者はいないわよ。

 

「いいわ、やってやろうじゃないの! 貴方の機体を完璧に作り上げて政府や倉持の鼻をあかしてやるわよ!」

 

「OK、意志が共有出来て結構だ。よろしく頼むよ藍羽さん。所で」

 

「・・・・何よ?」

 

「それが君の素かい?」

 

「!! ~~~」

 

 しまった。途中から失念してたけど、いつの間にか普段の態度で接してたわ! 思わず顔が熱くなる。社会人になったんだから毅然とした態度を取ろうと思ってたのに!

 チラっと彼を見ると実にイイ笑顔で私を見つめていた。

 

「・・・・貴方、性格が悪いって言われるでしょ?」

 

「いや、イイ性格だとは言われるけどね」

 

「ふん、ばれちゃったんならもういいわよ。そうよ、これが素よ、文句ある?」

 

「いいや、さっきまでの取り繕った態度よりこっちの方が魅力的だよ」

 

 ~~~こいつ、やっぱりズルい! ここで素の私を肯定するなんて。それでちょっと嬉しくなってる私も何なのよ、もう!

 

「はあ、いいやもう。貴方の前ではこれで通すから。それと私の事は浅葱でいいわ」

 

「分かった。俺の事も志狼でいい。改めてよろしく、浅葱」

 

「ええ、よろしく志狼」

 

 私達は握手を交わす。これでもう後には退けない。このまま彼と共に進むだけだ。私達を見下してた奴らに必ず一泡噴かせてやるわ!

 

 

 

 この後、打ち合わせは白熱し、専用機の設計図が完成したのは次の日の朝方だった。

 

 

~side end

 

 

 

 

~?side

 

 

 新品の制服に袖を通す。IS学園は制服の改造が許されているが、私はノーマルでも充分可愛いと思うので、スカートを少しミニにする程度にしている。

 鏡を見ておかしな所がないか確認して更衣室を出る。外には私の良く知る男性が待っていた。

 

「お待たせ、お父さん」

 

「ああ。・・・・うん、良く似合っているよ」

 

「えへへ、ありがとう。でも本当は一番に兄さんに見て欲しかったなあ」

 

「やれやれ、仕方がないさ。こんなに遅れるとは誰も思わなかったろうしな」

 

 そう、私の専用機は特殊なシステムを搭載している為、調整が難航していた。出力の微調整などで操縦者である私も付いていなければならず、本来出られるはずだった入学式にも出られず、今に至ってしまった。

 話を聞き付けたお父さんが力を貸してくれなければ、未だに完成しなかっただろう。本当に感謝してます。ありがとうお父さん。

 

「だが無事に完成したんだし、これで安心して学園にも通えるさ」

 

「そうだね。ありがとうお父さん」

 

 私はお父さんが差し出した赤いネックレスを受け取り、身に着ける。これが私のISの待機形態なのだ。

 

「でも、私も兄さんも寮生活になると、雪ちゃんが一人になるから心配だよ」

 

「私もしばらくは家にいる事にしたし、雪菜はしっかりしてるから大丈夫だよ。学園に着いたら志狼によろしくな」

 

「うん。それじゃ行って来ます、お父さん」

 

「ああ、行っておいで、明日奈」

 

 

 今日から、遅れていた私の学園生活がようやくスタートする。

 

 

~side end

 

 

 




読んで下さってありがとうございます。

次回、ついに正ヒロインが本格的に登場します。


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第10話 明日奈登場!



今回正ヒロインがやっと登場します。

書いているうちに随分長くなってしまいましたが、第10話、お付き合い下さい。


 

 

~志狼side

 

 

 週明けの月曜日。いつもの通り朝のトレーニングを織斑先生とこなす(因みに連敗記録更新中)。

 先日の浅葱との打ち合わせの影響か、やや体のキレが悪い。今までと全く違う環境に放り込まれ、そろそろ疲れが溜まって来たのかもしれない。気を付けよう。

 

 あの後の浅葱との打ち合わせは長きに渡った。

 ベースは絃神の主力I-0「ゲシュペンスト」を改造したものとして、戦い方も俺に合わせた格闘戦仕様にして貰った。

 次に絃神のカタログから武装を選んだのだが、何と言うか絃神の技術者って頭がおかしい(笑)。全長5m超のバスターランチャーや巨大十字手裏剣、鎖付きトゲトゲ鉄球(ガン〇ムハンマー)や超硬スチール合金製の金属バットなどが真面目にカタログに載っていて、しかも、詳細な使用データまで記してあるのだ(つまり実物を作ってあると言う事)。

 はっきり言ってこう言うロマン武器は大好きなので、カタログを見てるだけで楽しかった。詳細を聞きたくて絃神本社の技術者に通信を繋いで貰い直接話をした結果、彼らとは大変仲良くなった(反対に浅葱の視線が冷たくなっていたが)。

 色々と話に熱中している内にすっかり遅くなり、結局その日は徹夜になってしまった。翌日、浅葱は代表決定戦がある木曜日までに必ず専用機を完成させると約束して帰った。

 

 という事があって日曜日もあまり休めず、週明けを迎えてしまった。まあ、代表決定戦が終わるまでの辛抱だ。もう一頑張りしよう。

 

 

 

 

 

 登校し、教室で雑談をしていると先生達が入って来た。皆が席に着いたのを確認して真耶先生が、

 

「皆さん、おはようございます。今日は皆さんに新しいお友達を紹介したいと思います」

 

 

 真耶先生の話に教室内がザワめく。入学式から1週間と過ぎてないのにもう転校生か、と不思議に思っているのだろう。

 だが、俺には心当たりがある。多分あいつがやっと来たんだろう。連絡して来なかったのはサプライズでも狙ったかな?

 

 

「ああ、転校生ではありませんよ。元々皆さんと一緒に入学するはずだったのですが、事情があって今日まで入学が遅れてたんです。・・・・それでは結城さん、入って下さい」

 

「はい」

 

 教室の扉が開いて、1人の少女が入って来た。

 

 両サイドを編んだ亜麻色の長い髪、神秘的なヘイゼルの瞳、雪のように白い肌をしたもの凄い美少女だ。彼女は皆の方を向いて柔らかく微笑み、

 

「おはようございます皆さん。結城明日奈(ゆうきあすな)と言います。事情があって入学が遅れましたが、今日から皆さんと一緒に勉強して行きたいと思います。1年間よろしくお願いします」

 

 挨拶が終わったというのに誰も反応しない。彼女に見蕩れているのだろう。彼女も反応がない事に困り顔だ。仕方がないので俺が拍手をすると、皆も気が付いたのか釣られて拍手をし出した。

すると、

 

「あ、あの、日本代表候補生の結城明日奈さんですよね!?」

 

「え? ええ、そうです。私の事知ってるんだ」

 

「はい! 大ファンです!」

 

「え? じゃあ彼女があの“閃光のアスナ”!?」

 

「え? 本物!?」

 

「ウソ? マジ!?」

 

 彼女が何者か分かると、あっと言う間に教室内が沸いた。まあ、無理もない。セシリアも代表候補生だが、あくまで他国のだ。だが、彼女は自国の代表候補生。より身近な存在なのだ。当然テレビや雑誌でも特集が組まれ、目にする機会も多い。ましてやあの美貌だ。見蕩れもするだろう。

 そんな彼女がすぐ側にいるのだからこうなるのは仕方がない。だが皆、誰かの存在を忘れてないか?

 

 ───パァン、パァン、パァァァン!!

 

「やかましい! 鎮まらんか馬鹿者共があ!!」

 

 怒れる千冬(魔神)が降臨し、騒ぐ生徒(暴徒)に怒りの出席簿(鉄槌)を下す。それによってようやく静かになった。

 

「全くお前達と来たら・・・・まあいい、結城! 少し事情を説明してやれ」

 

「はい。それでは改めまして、日本代表候補生序列4位、結城明日奈です。入学が遅れたのは、専用機の調整に時間がかかったからです。昨日やっと完成したので今日から登校する事になりました」

 

 そこまで言うと、彼女は俺をチラりと見ると、

 

「兄共々よろしくお願いします」

 

 と言ってまた教室を沸かせた。再び魔神が降臨する。

 

 

 

 

 

「全くお前は・・・・」

 

「あはは、ごめんね、兄さん」

 

 午前中の授業が終わり、今は昼休み。俺はいつもの皆に明日奈を加えたメンバーで昼食を摂り終え、雑談をしていた。

 

「俺達が兄妹だと知られるのはいいが、騒ぎが収まったすぐ後にやる事はないだろう?」

 

 俺がやや乱暴に頭を撫でると、

 

「キャー、ごめーん、兄さん」

 

 明日奈は嬉しそうに悲鳴を上げた。

 

「兄妹仲がい~ね~」

 

「本当にね」

 

「うわあ~、本物だよ、本物!」

 

 本音、静寐が食後のお茶を飲みながら言い、清香がIS雑誌を広げ、興奮している。明日奈の特集が組まれている号らしく、食堂の本棚にあったものだ。

 

「ねえ、兄さん。そろそろ皆を紹介してくれない?」

 

「ああ、そうだな。明日奈、彼女達は入学以来仲良くしている娘達で、まず俺の右隣の娘がセシリア」

 

「初めまして。セシリア・オルコットです。以前電話でお話して以来ですわね?」

 

「貴女がセシリアさん!? ずっと会いたかったんだあ。うわあ~、兄さんの言ってた通り、凄い美人!」

 

「あ、ありがとうございます。でも明日奈さんの方がお綺麗ですわよ」

 

「そんな事ないよ~、でも会えて嬉しい。よろしくねセシリアさん。私の事は明日奈でいいよ」

 

「よろしくお願いします。(わたくし)もセシリアと呼んで下さい」

 

 俺の両隣にいる2人は、立ち上がって俺の頭の上で握手をした。いや、別にいいんだが・・・・

 

「それと、向かって左からスポーツ好きの清香、しっかり者の静寐、癒し系の本音だ」

 

「あ、相川清香です! 清香でいいです!」

 

「鷹月静寐です。静寐と呼んで下さい」

 

「私、布仏本音~、よろしくねあすにゃん♪」

 

「3人共よろしく! 私も明日奈でいいから。ていうか、いきなりアダ名付けて貰っちゃった兄さん!」

 

「良かったな。因みに本音は基本アダ名呼びで、俺なんてしろりんだぞ?」

 

「プッ、し、しろりんって・・・・よし、それじゃ私は本音ちゃんの事を本ちゃんと呼ぼう! OK?」

 

「オッケ~、えへへ、アダ名を付けて貰ったのは初めてだよ~」

 

 喜んでくれたようで何よりだ。俺はお茶のおかわりをしようと席を立ち、給湯器へ向かう。お茶を淹れようとしたら、

 

「あ、あの結城さん!」

 

 明日奈に声をかける奴がいた。

 

 

~side end

 

 

 

 

~一夏side

 

 

 彼女を一目見て心臓が止まった気がした。歩く度に亜麻色の髪がサラサラと揺れる。こちらを向いた時の柔らかな微笑みを見て、今度は心臓が激しく鳴った。

 

 ──何だコレ? 今まで感じた事のない感覚だ。

 

 彼女の名は結城明日奈。日本の代表候補生。そして、アイツの妹。

 2人目の男性操縦者、結城志狼。たった2人しかいない同じ立場の男なのだから仲良くしてやろうと思っていたのに、年上だからってやたらと俺をバカにしたり、ダメ出しをして来る嫌な奴だ。千冬姉も何だかアイツを頼りにしているように見えるし、初日に俺が吐いたウソをアイツに暴露されてから、クラスメイトの態度が冷たくなった。

 こんな風に学園生活が上手く行かないのは全部アイツのせいだ。初対面の時から嫌われていたようだが、何故あんなに嫌われてるのかが分からない。いや、考えてみれば中学の頃も弾や数馬以外の男はこんな感じだったかも・・・・

 

 そんなアイツの妹である彼女──明日奈から何故か目が離せない。彼女の声を聞きたい。彼女に俺を見て欲しい。そんな欲求が湧き上がる。俺は意を決して彼女に話しかける事にした。だが、どう話しかければいい? 彼女の側には結城がいる。俺が妹に近付くのをアイツが黙っている訳がない。それに、話しかけたとして、どう会話に繋げればいいんだろう?

 そんな風に悶々としていると、結城が席を立った。これは神が与えた千載一遇のチャンス! どう会話するかは話してから考える! 俺は彼女に近付いた。

 

「あ、あの結城さん!」

 

「・・・・何かしら?」

 

「俺、織斑一夏って言うんだけど」

 

「・・・・ええ、知ってるわ」

 

「本当に? 光栄だなあ」

 

「・・・・いや、兄さん以外の男子生徒なんて貴方しかいないでしょう」

 

 あれ? さっきまで笑顔を振り撒いていたのに、急に態度が冷たくなったぞ?

 

「ア、アハハ、そ、その通りだよね」

 

「・・・・で、何かご用?」

 

 ただ話がしたかったなんて言えないし、どうしよう? 俺は咄嗟に、 

 

「新しいクラスメイトに挨拶を、と。それとお願いがあるんだけど・・・・」

 

「・・・・・・お願い?」

 

「そう。俺にISの事を教えて欲しいんだ」

 

 咄嗟に出たにしては中々の理由。これならば!

 

「ISの事が知りたいなら先生に聞けばいいでしょう? 私に聞くのは筋違いよ」

 

「い、いや、先生はちょっと・・・・」

 

「はあ、どの道私は忙しいので貴方の相手をしている暇はないわ。用がそれだけならお引き取りを」

 

「・・・・そっか、仕方ないよな。んじゃ、まあこれからよろしく。俺の事は一夏って呼んでくれ」

 

 俺はそう言って、右手を差し出す。が、

 

「・・・・貴方に言っておく事が二つあります。一つ目は私は親しくもない異性を名前で呼ぶ気はないという事。二つ目は私は貴方が嫌い、いえ、恨んでいます。だから今後話しかけたりしないで頂戴」

 

 !? 嫌い? 恨んでる? 何で? 彼女とは今日初めて会ったんだぞ! それなのにどうして!?

 

「な、何で? 君とは今日初めて会ったのに、どうして恨まれてるんだよ!?」

 

「・・・・私が貴方を恨んでるのは、貴方が兄さんの夢を台無しにしたからよ!」

 

「・・・・アイツの夢? 俺が?」

 

「そうよ! 兄さんは子供の頃から医者になるのが夢だった。その為に勉強して、身体を鍛えて、ずっと、ずうっと頑張って来たのに、貴方が不用意にISを動かしたせいで、折角合格した大学に入れず、ここに来る羽目になったんだから!」

 

「いや、望まずに入ったって言うなら俺だって同じだよ!」

 

「じゃあ、あの時何でISに触ったの!? どうせ何も考えてなかったんでしょ!」

 

「そ、それは・・・・」

 

 確かに彼女の言う通り、間近で見たISが珍しくて、つい、触ってしまったんだけど・・・・

 

「貴方は自分のした事がどれだけ多くの人に迷惑をかけたかなんて知らないでしょう? いや、その顔は考えた事もなかったようね。貴方は自分が被害者だと思っているようだけど、私達からすれば間違いなく加害者よ。その自覚もなく、私に話しかけて来るなんて正気を疑ったわ」

 

「お、俺は・・・・」

 

「大体貴方は──「そこまでだ、明日奈」っ兄さん!?」

 

 いつの間にか彼女の背後に結城が立っていた。

 

 

~side end

 

 

 

 

~志狼side

 

 

 俺が席を外した途端、明日奈に声をかける奴がいた。誰であろう織斑だ。全く、防波堤()は何をしてるんだ?

 少し様子を見てると、明らかに織斑の挙動が怪しい。何と言うかそわそわ? もじもじ? と言った挙動をして、よく見ると顔がうっすらと赤くなってる。ああ、これはいつものアレだ。

 兄である俺が言うのも何だが、明日奈はもの凄い美少女だ。初めて会った時は、泣きベソをかいてばかりの庇護欲を駆り立てる幼女だったが、成長するにつれ、泣き顔より笑顔が増え、性格は明るく社交的になり、身体は女らしい曲線を描くようになった。そんな明日奈は中学生になる頃には無敵のモテ女になっていた。

 告白される事ン百回(中には大学生や社会人もいたので全員通報した)、下駄箱からラブレターが雪崩れ落ちるという漫画のような光景も何度もあったそうだ。そんな状況に辟易した明日奈がした“ある宣言”にて、これらは鎮静化して行くのだが、それを知らない初対面の男などは明日奈を見ると、今の織斑と同じような態度をしていた。

 つまり、織斑一夏は結城明日奈に恋をした、らしい。

 

 

 正直、今の織斑に明日奈を任せる気は全くないので、明日奈が上手く断れないなら介入しようと思ったんだが、そんな心配はなかったようで、話しかけて来る織斑を冷たくあしらっていた。

 これなら大丈夫だろうと淹れて来たお茶をすすりながら見物してると、事態が急変した。織斑の何が明日奈の逆鱗に触れたのか、明日奈は滅多に見せない怒りを露にしていた。話を聞いていると、どうやら俺の事で怒ったらしい。全く、明日奈らしいと言うべきか。あの娘は自分の事よりも俺や雪菜の事で怒るのだ。

 とは言え、こんな公の場で人の夢がどうのと恥ずかしい事を言い出したので、これ以上変な事を言う前に止めるとしよう。俺は遠巻きに見ていた生徒達の間をすり抜け、明日奈の背後に付くと、明日奈の頭にポンッと手を置いた。

 

「そこまでだ、明日奈」「っ兄さん!?」

 

 

 

 いきなり現れた俺に当事者2人は驚いていた。

 

「そこまでにしておけ、明日奈。今、織斑を責めた所で何も変わらないぞ?」

 

「───っでも!」

 

「お前が俺を思って言ってくれるのは嬉しいが、全ては過去の事だ。あの時ああすれば良かった、こうすれば良かったなんて言い出したらキリがない。それはお前だって分かってるだろう?」

 

 俺は明日奈の頭に置いた手で優しく撫でながら続ける。

 

「・・・・・・うん」

 

「だったらこの話はここまでだ。いいな」

 

「・・・・はい。ごめんなさい、兄さん」

 

「ん・・・・、さて織斑、妹がすまんな」

 

 いきなり話かけられて、織斑が驚いた。

 

「え!? ああ、いや・・・・」

 

「まあ、図らずも俺がお前に関わりたくない理由が露見した訳だが、今にして思えば逆恨みのようなものだ。忘れてくれ」

 

「・・・・いいのかよ、それで」

 

「いいも悪いも俺は今ここにいる。それが全てだ。それに」

 

「それに?」

 

「こうなってからまだ1カ月しか経ってないんだ。夢を諦めたくはないが、かと言ってどうすればいいのかも分からないんだよ。考え中って事だ。まあ、ここでの生活も悪くないと思えて来た所だしな。ここに来たからこそ本音達と出会えたし、セシリアとも再会出来た。それに、明日奈とクラスメイトになれるなんて思いもしなかったからな」

 

「兄さん・・・・・」

 

 俺が明日奈を見つめると、明日奈はようやく微笑んでくれた。と、そこで、

 

「お前達、そろそろ午後の授業が始まるぞ! 早く教室に戻れ!」

 

 織斑先生が現れ、生徒達は蜘蛛の子を散らすように去って行った。俺達も顔を見合わせると、急いで片付けて、食堂を出る。出入口に陣取った織斑先生にすれ違い様、

 

「気を使わせたようで、すいません」

 

「ふん、早く行け」

 

 やっぱり。話の切りがいい所まで待たせていたようだ。いつもなら10分前に来るのに既に5分前だからな。中の様子を伺いながら出るタイミングを計っていた織斑先生を想像すると、思わずニヤけてしまう。

 こんな事を考えていると、恐ろしくカンの鋭い人だから察知されかねないな。さっさと教室に戻るとしよう。

 

 

 

 

 

 午後の授業が終わり、放課後。真耶先生の都合で本日の補習は休み。放課後の予定が空いたので何をするかと話し合った所、明日奈も来た事だし、今まで伸び伸びになっていた学園施設見学ツアーをしようと言う事になった。だが、出発前に俺にはする事があり、皆には少し待って貰う。

 

「箒」

 

「志狼、どうした?」

 

「話がある。ちょっと付き合ってくれ」

 

「? 解った」

 

 俺は人気のない方がいいと思い、箒を連れて屋上へ向かい、昼休みの顛末を話す。

 

 

「い、一夏が結城明日奈に惚れたあ!?」

 

「ああ、恐らく間違いないと思う」

 

 箒が愕然としている。無理もない。以前箒から聞いた話では織斑一夏という男はカンは決して悪くないくせに、事が恋愛に及ぶと途端に鈍くなるそうで、「キング・オブ・唐変木」、「朴念神」などの異名を持ち、数々の女の子を泣かせて来た奴らしい。

 その織斑が恋をした。箒にとっては一大事だろう。俺にとっても相手が妹でなければ問題なかったが、当事者とあってはそうはいかない。早急に対策を立てねば。

 

「そもそもここ数日、お前は何をやってたんだ。確か織斑とは同室だったよな? 当然織斑との仲を進展させる行動は起こしたんだよな?」

 

「うっ、それがその・・・・」

 

 気まずそうに目を反らす箒。こいつ、まさかと思うが、

 

「お前、さては何もやってないな」

 

 ビクッと大きく反応する箒。やっぱりか!

 

「お・ま・え・は・な・に・を・やってたんだ。同室なんてこれ以上ないアドバンテージを無駄にするな」

 

 箒の脳天に軽くチョップを繰り返しながら俺が言うと、

 

「し、仕方なかったんだ。放課後はずっと剣の稽古をして、その後は例のレポートを書かなくちゃいけなくて、その、とてもそんな雰囲気に持って行けなくて」

 

 ああ、あれか。そう言えばあれの〆切って今日じゃないか?

 

「そう言えばあのレポートって出来たのか?」

 

「いや、流石に無理だった。でも一夏は織斑先生が催促して来るまでごまかす、と」

 

 あの馬鹿。こう言う事はこちらから間に合わなかった理由を説明して、待って貰うようにお願いするべきなのに。元々は参考書を全く読んでない織斑に基礎知識を理解させる為のレポートなのだから、熟読する時間が足りないとか、代表決定戦に集中したいとか言って猶予を貰えば良かったのに。まあ、今までやった成果は見せる必要はあるが、まさか1ページも書いてない事はないだろうしな。

 俺はその旨箒に教えると、織斑に伝えて来ると駆け出そうとするので、ポニーテールを摘まんで止める。

 

「何をする!? 痛いじゃないか!!」

 

「まだこっちの話が何も終わってねーよ」

 

「あ、そうか」

 

「話を戻すぞ。それで、お前は何のアプローチもしてないんだな?」

 

「いや、それが・・・・初日にシャワーを出てバスタオル1枚の所を見られてしまって」

 

 何だ。やる事はやってたんじゃないか。こう言っては何だが、箒のスタイルは抜群だ。高校生離れした爆乳と剣道で鍛えた足腰は引き締まり、長い脚も相俟って実に魅力的だ。箒のそんな姿を見たのならいくら織斑でも・・・・

 

「ほう。で、どうなった?」

 

「・・・・恥ずかしさのあまり、ぶちのめしてしまった」

 

 エ?ハズカシサノアマリブチノメシタ?

 

「お・ま・え・は・ほ・ん・と・に・お・り・む・ら・を落とす気があるのか!?」

 

 さっきより強めに脳天チョップを繰り返す。こいつはもお!

 

「何やってんだお前は! あれ程暴力は駄目だって、優しくしろって言っただろうが!」

 

「ううう~、だってえ~~」

 

 で、聞いた所、結局まともなアプローチはかけられず、現状維持が精一杯だそうな。何と言うか、

 

「織斑もそうだがお前も恋愛事にはポンコツだな、箒」

 

「ポ、ポンコツ・・・・」

 

 orzのポーズで地に伏せる箒。こいつどうするかなあ。だんだん面倒臭くなって来た。すると、屋上の扉が開いて明日奈達がやって来た。

 

「あ、兄さん見つけた。もう、遅いから捜しに来ちゃったよ」

 

「あ、すまん。もうそんな時間だったか」

 

 屋上に来てから既に20分経っていた。待たせすぎたな。

 

「・・・・で? この娘は誰で、何で伏せってるの?」

 

「えーと、何と説明すればいいのか」

 

「ほら、貴女も立って。で? 説明して兄さん」

 

「んー、詳細は彼女のプライベートだから言えないが、簡単に言うと恋愛相談を受けて、駄目出ししたらこうなった」

 

「・・・・って言う事だけど間違いない?」

 

「・・・・ああ、概ねその通りだ」

 

「そう、良かった。てっきり兄さんがドS全開で貴女を落とそうとしてるのかと思っちゃった」

 

「おいコラ」

 

「え、志狼さんってやっぱりS?」

 

「コラ清香、やっぱりって何だ」

 

「そうだよ~、それもドS。皆も気を付けてね」

 

「成る程。らしいですね」

 

「Sと言う事は志狼さまにいじめられてしまうのでしょうか? そ、そんな事になったら、わ、ワタクシ──」

 

「静寐さん!? らしいって何!? あとセシリアは少し落ち着け」

 

「あはは、セッシー、エロ~い」

 

 何だろう。収拾が付かない。

 

「大体、何で俺が箒を落とそうとするんだ」

 

「え? だってこの娘兄さんの好みにどストライクじゃない」

 

「「えっ?」」

 

 図らずも俺と箒がハモった。

 

「長い黒髪のポニーテール、顔立ちはカワイイ系よりキレイ系、スタイルが良くって、何よりこの大きな胸! ね、どストライクでしょ?」

 

 箒をじっと見つめる。コラコラ、胸を隠すように抱えるな。胸がつぶされて形を変えるから逆にエロいぞ。しかし、言われて初めて気付いたが、明日奈の言う通りどストライクだ。

 やはり出会いがああだったからか、そう言う目で見てなかったし、何より彼女には想い人がいるしなあ。

 

「ああ、確かにな。良く見ればどストライクだ。だけど彼女には好きな人がいるから、俺が落とそうなんて気はないよ」

 

「本当に?」

 

「ああ」

 

「ふーん、そっか。ねえ、この娘もクラスメイトだよね?」

 

「ああ。・・・・えーと、篠ノ之箒さんだ」

 

 見ると、箒は真っ赤になって固まっていて、とても自己紹介出来る状態ではなかったので、俺が紹介する。

 

「篠ノ之? そう、この娘が・・・・」

 

「知ってるのか?」

 

「うん。代表候補生は入学前に学園内の重要人物についてレクチャーを受けるの。今年の最重要人物は兄さんと織斑一夏君の2人。次いで彼女の名前もあったから」

 

 成る程。篠ノ之束の妹ならそれも当然か。

 

「篠ノ之さん、私、結城明日奈。これから皆で学園施設見学ツアーに行くんだけど、良かったら一緒に行かない?」

 

「え? だ、だが私は・・・・」

 

「たまにはいいんじゃないか? そもそもお前、クラスにまだ女の友達いないだろう?」

 

「うっ、それは・・・・」

 

「もしかして、初日の俺との一件か?」

 

「うん。あれですぐに暴力をふるう女だと怖がられてしまって・・・・」

 

「ああ・・・・でもまあいい機会だ。この娘達なら大丈夫、一緒に行こうぜ」

 

「い、いいんだろうか?」

 

 清香達を見ると、皆微笑んで頷いてくれた。

 

「だってさ。ほら、行くぞ」

 

 俺は促すように箒の手を引く。

 

「あ、う、うん!」

 

 皆の輪の中に1人加えて、俺達は屋上を後にした。

 

 

 

 学園施設見学ツアーは皆が楽しんで、幕を閉じた。

 アリーナでは先輩達の模擬戦を見て、清香が興奮し、整備室では設備の充実ぶりに本音がはしゃいでいた。

 格納庫ではズラリと並んだ数十機のISに静寐が目を輝かせ、資料室ではIS雑誌に自分の水着グラビアを見つけたセシリアが恥ずかしがっていた。

 講堂では入学式に出られなかった事を明日奈が悔しがり、武道場では剣の腕を披露した箒が皆から拍手をされて照れていた。

 色々と回るうちに箒も皆と打ち解けたのか笑顔が増え、いつの間にか名前で呼び合うようになっていた。

 1日では回りきれなかったので、近いうちに第2回ツアーをやろうと言って、この日は解散した。

 

 

 

 織斑が明日奈に惚れた事について、何の対策もしてなかったのに気付いたのは、部屋に帰った後だった。

 

 

~side end

 

 

 

 




読んで下さってありがとうございます。


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第11話 クラス代表決定戦へ向けて



10話以前の文体を統一し、文章も若干修正しました。
筆者のこだわりにすぎないので内容に変化はありません。

今回他作品ヒロインが2人出て来ます。
設定上、性格が少し?変わってしまいましたが、ファンの方はご寛如下さい。

それでは第11話、お楽しみ下さい。



 

 

~志狼side

 

 

 携帯のアラームが鳴って目を覚ます。いつものように顔を洗い着替えるが、いつもより静かに、隣りのベッドで寝ている明日奈を起こさないように部屋を出る。

 

 昨夜から明日奈がルームメイトになった。元々2人部屋を1人で使っていたので、遅れて来た明日奈の部屋は当然ベッドの空いている部屋、つまりはここになるのだ。

 昨夜部屋に帰ると明日奈の荷物が届いていて、荷ほどきと整理を手伝ったら0時を回ってしまい、2人共ベッドに入ると疲れてたのかすぐに眠ってしまった。

 専用機の完成が長引いて、相当ストレスが溜まっていたのだろうが、昨日久し振りに同年代の女の子と遊んでいくらか発散出来たのか、明日奈の寝顔は穏やかだった。

 

 

 いつも通り織斑先生とトレーニング中、頭をよぎるのは織斑の件。あいつが明日奈に惚れた事を姉である織斑先生に伝えるべきだろうか? それとも姉弟とは言え、プライベートを無闇に伝えるべきではないのだろうか? そんな事を考えてると、織斑先生の中段蹴りが綺麗に腹に入った。

 

「グフッ!」

 

「結城! 模擬戦中に何を考えてる! 全然集中出来てないぞ!」

 

 いかん、集中してなかったから腹筋を締めるのが間に合わずモロに入ってしまった。

 

「す、すいません・・・・」

 

「ふう、全く、今朝はどうしたんだ。何か悩みでもあるのか?」

 

 いや、悩みのタネは貴女の弟なんですが・・・・

 

「悩みがあるなら相談に乗るぞ。話してみろ」

 

 本人がこう言ってるし、1人で悩むのも馬鹿らしい。俺は昨日の顛末を話す事にした。

 

 

 

 

「いっ、一夏が結城明日奈に惚れたあ!?」

 

 昨日の箒と全く同じ台詞とリアクションをする織斑先生。あいつの身近な人にとってはそれ程の一大事らしい。

 

「・・・・あの一夏が恋ねえ。とても信じられん!」

 

「確証はありません。ですが、今まで明日奈に惚れて告白して来た連中と同じ反応してるんです。それと今の所、織斑自身に自覚はないようですが」

 

「そうか・・・・うーん、どうするべきか」

 

「まず、明日奈はあいつを嫌ってるから脈はないと思います。俺としても今の織斑に大事な妹を任せる気はありません。ただ、このままだとあいつが自覚もなしに明日奈に付きまといそうで・・・・」

 

「そうだな・・・自覚がない内に消滅してくれればいいんだがなあ」

 

 結局、2人で話し合っても有効な対策は思い浮かばなかった。本当にどうするべきか・・・・

 

 

 

 

 

 昼休み。総勢6人になった俺達は、大きめのテーブル席を確保して昼食を摂っていた。間もなく食べ終わるという頃、明日奈が声をかけられた。

 

「あれ? 明日奈ちゃん、やっと学園に来たんだ」

 

「え? あ、なのはさん、フェイトさんもお久し振りです!」

 

「うん、お久し振り~」

 

「久し振りだね、明日奈」

 

 声をかけて来たのは2人の2年生。超有名人だ。

 

「お2人共紹介しますね。私のクラスメイトと、兄です」

 

「ふーん、君が・・・・」

 

「・・・・・・」

 

「初めまして。入学式での演技は実に見事でした、高町さん、ハラオウンさん」

 

「にゃはは、そう言って貰えるのは嬉しいなあ。それじゃ改めまして、日本代表候補生序列1位高町なのはです」

 

「同じくイタリア代表候補生序列1位フェイト・T ・ハラオウン。よろしく」

 

「結城志狼です」

「鷹月静寐です」

「あ、相川清香です!」

「布仏本音で~す♪」

「イギリス代表候補生序列3位セシリア・オルコットです。お2人の噂は聞き及んでおりますわ」

 

「うん、皆よろしく~」

 

 

 高町なのはとフェイト・T(テスタロッサ)・ハラオウン。この2人が世界にその名を轟かせたのは今から2年前の事だった。

 日本の湾岸地区に建造されたベイタワーシティホテルで火災が発生した。出火原因は不明。何者かのテロとの噂もある。突然の出火に地上50階の高層ホテルはあっと言う間に火の海に包まれた。

 あまりの火の勢いに警察や消防も手をこまねく中、偶然旅行で来ていたなのはとフェイトが自らの専用機を駆り、ホテル内に取り残された人達を全員救出したのだ。

 建物こそ全壊したものの、宿泊客と従業員に被害者はなし。身元不明の4人の焼死体が焼け跡から見つかったが、恐らく火を点けたテロリストと思われている。

 これだけの規模の火災で人的被害なしのこの結果はの奇跡と称賛され、かつISの有用性を再び世に知らしめる事となった。

 後に「湾岸大火災」「星と雷の奇跡」などと呼ばれるこの事件で2人の名は世界中に知れ渡った。

 

 

 

「そっか~、明日奈ちゃんの専用機もやっと完成したんだ~」

 

「はい、散々でしたよ、もう」

 

 こうして話をしている姿を見るとそんなに凄い活躍をした人には見えないが、あの事件の後も数々の逸話を残して来たスゴ腕の操縦者なのだ。

 

「そう言えば聞いたよ~・・・えーと、志狼くんでいいかな?」

 

「いいですよ。高町先輩」

 

「にゃはは、なのはでいいよ。それより明後日バトルするんだって?」

 

「ええ、クラス代表決定戦ですね。俺とセシリアと織斑の総当たり戦です」

 

「ふーん、で? 勝てそう?」

 

「さて? 取り敢えず負けるつもりはないですよ」

 

「そっか・・・・ねえ志狼くん。私と戦ってみない?」

 

 なのはさんの一言に皆が驚く。

 

「ち、ちょっとなのはさん!? いきなり何を!?」

 

「明日奈ちゃんはちょっと黙ってようね。私は志狼くんと話してるんだから」

 

「は、はい!」 

 

 一瞥しただけで明日奈を黙らせてしまった。成る程これが高町なのはか。

 

「で? どうする?」

 

「ふむ、止めときます。少なくとも今は、ね」

 

「えー、何で?」

 

「うーん、そうだなあ、強いて言うなら勿体ないから、かな?」

 

「? 勿体ない?」

 

「ああ、折角戦うなら万全の状態で戦いたい。貴女のような強者となら特にね」

 

「・・・・プッ、アハハハハ!」

 

「な、なのはさん!?」

 

 いきなり笑い出したなのはさんに明日奈が驚いて声をかける。

 

「あ~ゴメンゴメン。・・・フフ、そっかそっか。うん、面白い。気に入ったよ、しろくん♪」

 

「・・・・はあ、それは光栄です?」

 

「明後日のバトル、私達も見に行くからね。頑張ってね、しろくん。セシリアちゃんもね」

 

「あ、はい」

 

「ありがとうございます」

 

「それじゃ、またね。行こ、フェイトちゃん」

 

「うん。じゃあね」

 

 そう言うと2人は去って行った。

 

「なあ、明日奈。結局何だったんだあの2人」

 

「ゴメン、私にも良く分かんない。なのはさんって普段は優しくて、面倒見のいい人なんだけど・・・・」

 

 気に入ったと言っていたし、認めて貰ったと言う事だろうか? 何と言うか掴み処のない人だったな・・・・

 

 

~side end

 

 

 

 

~フェイトside

 

 

 2年1組の教室へ向かう途中、隣りを歩くなのははいつものように朗らかな笑顔を浮かべ、一見楽しそうに見える。でも、長い付き合いの私には分かる。なのはは今、闘志を燃えたぎらせている。

 高町なのはは明るく優しく面倒見のいい、いつも朗らかに笑っているような娘だ。でもそれは表向きに過ぎず、彼女の内面はかなり複雑だ。幼い頃事情があり、1人で過ごす日々が多かった彼女の心の深奥には孤独が巣食っていた。その孤独を払拭する方法として、彼女は戦いを求めた。

 実家の道場で剣術や体術を学び、やがてISが発表されるとそれにのめり込んだ。ISについて学び、当然のように13才で代表候補生、それも『冒頭の6人(ページワン)』入りし、専用機を得た。それからはずっとバトルの日々。気付けば序列1位になっていた。それでも彼女のバトルへの渇望は一向に衰えず、今も強者との戦いを求めている。

 

「ん? なーにフェイトちゃん。どうかした?」

 

 いつの間にかなのはをじっと見つめていたらしい。

 

「楽しそうだね」

 

「ん? そう見える?」

 

「うん。彼は強い?」

 

 そう聞いた途端、なのはの浮かべていた笑みの質が変わった。

 

「うん、強いね。精神(こころ)身体(からだ)も。彼の言う通り今戦うのは勿体ないよ。しろくんがISに慣れてからでも遅くない。楽しみは後に取っておくよ、ふふっ」

 

 そう言ってなのはは笑みを深める。私だけではなのはの孤独を埋める事は出来なかった。願わくば彼、結城志狼がなのはの求める強者であるよう、私の親友の渇きを満たしてくれるように祈るのみだった。

 

 

~side end

 

 

 

 

~志狼side

 

 

 次の日。通常通りの授業を終えて放課後。俺は真耶先生の補習を受ける為、教員用アリーナにいた。

 用意したISは「打鉄」。「ラファール」より防御力が高く、近接戦闘向きの機体だ。俺の専用機が格闘戦仕様に決まったのでよりそちらに近い機体を先日より使っている。ISスーツ姿でストレッチをしていると、

 

「お待たせしました、結城君!」

 

 ISスーツに着替えた真耶先生が駆けて来る。この人は本当にもう・・・・無防備にも程がある。

 

「・・・・先生、お願いですからその格好で走るのは止めて下さい」

 

「はい? ですが遅れては悪いですし」

 

「いや、この際だから言っておきますが、先生は無防備すぎます。男の前なんですから、ただでさえ薄いISスーツで走ったりしたら胸がブルンブルンと揺れてエライ事になるんですよ?」

 

「ぶ、ブルンブルンって・・・・」

 

「先生は男から見たらもの凄く魅力的なんですから、もう少し考えて行動して下さい」

 

「わ、私がですか? 私なんてそんな・・・・」

 

「顔は年齢不相応に可愛らしく、性格は優しくて面倒見が良く、抱き心地のよさそうな肉付きのいい身体をしてる女性なんて男からしたら絶対に手に入れたい存在なんですよ? もうちょっと自覚して下さい」

 

 俺は先生と目を合わせて言うと、先生は見る見る内に顔を赤くして、

 

「えっと、その、ゆ、結城君もですか?」

 

「そりゃ、勿論っ──」

 

 と、言いかけて、ふと我に帰る。

 あれ? これじゃまるで口説いてるみたいって言うか口説いてるよな、俺!? こ、これはマズイ!

 気付けばすぐ側にいた真耶先生は顔を真っ赤にして、目をウルウルさせて、少し開いた口からは甘い吐息を感じる。うわあ、この人凄くいい匂いがするよ!

 思わず見つめ合うと、真耶先生はそっと目を閉じる。え? これっていいのか? 正直言えば俺もしたいけど仮にも教師と生徒、立場上マズイだろう。すると真耶先生が催促するかのように俺の手をそっと握って来た。ああ、もうダメだ。俺は引き寄せられるように真耶先生に顔を近付け───

 

 

「ウオッッッホンッ!!」

 

 

 突如聞こえた咳払いに俺達は体を離し、その人を見た。

 

「「お、織斑先生!!」」

 

 織斑先生は少し顔を赤らめながら、

 

「あ~、その、お前達のプライベートに口出しする気はないんだが、流石に時と場所は選んで欲しいのだが・・・・」

 

「「いや、これは違うんです!!」」

 

「いや、私は男女交際には寛容なつもりだから、節度さえ守ってくれれば・・・・それにしても、あの真耶が、ねえ?」

 

「「だから、違いますって、誤解なんです!!」」

 

「いや、お前達さっきから息ピッタリなんだが」

 

「「!! ~~~~」」

 

 この後、織斑先生の誤解を解くのにえらく苦労した。

 

 

 

 

 

「で、では気を取り直して始めましょうか!」

 

「はい! お願いします」

 

 あの後、真耶先生に連絡事項を伝えてから織斑先生は戻って行った。あの雰囲気の後で少々気まずいが、明日は代表決定戦当日だ。少しでも対策を立てたいので、そのまま補習を続ける事でお互い合意した。

 

「今日は射撃武器への対策法を教えます」

 

「はい」

 

「射撃の利点、それは言うまでもなく遠くから攻撃出来る事で、欠点は命中させ難い事です。ですがISにはハイパーセンサーがありますし、優れたスナイパーは一撃で急所を撃ち抜いて来ます。他にもエネルギーのチャージに時間はかかるけどレールガンや荷電粒子砲のように威力の高い武器もあるし、年々射撃武器の性能は上がっています。では結城君、それらを踏まえて貴方が射撃を得意とする相手と戦うなら、どう戦いますか?」

 

「・・・・それは、やはり回避と防御を繰り返して近付くしかないと思います」

 

「成る程。では、防御はともかく回避は出来ると思いますか?」

 

「・・・・難しいでしょうか?」

 

「結城君は銃弾の速度がどのくらいか知ってますか? 一般的な9mm弾で秒速350m前後、これは時速に換算すると約1250kmになります」

 

「! それって音速を超えてるじゃないですか!」

 

「そうです。まあ、これらはあくまで初速なんですが、それでも100mくらいの距離ならばほとんど速度は落ちません。

結城君、音速近い速度で迫る銃弾を貴方は回避出来ますか?」

 

「・・・・とても無理です。これじゃ本当に何も出来ずに蜂の巣にされて終わってしまう」

 

「確かに、生身ならそうでしょう。ですが、ISバトルでなら話は別です」

 

「! 何か方法があるんですか!?」  

 

「はい。先程も言いましたがISにはハイパーセンサーがあります。数km先の引き金を引く指の動きや銃口の向き、操縦者の視線すら感知出来るこの“目”があれば着弾点を予測し、回避する事も不可能ではありません」

 

「・・・・成る程。ですがこちらは近寄らなければ反撃出来ません。ただ回避し続けてもジリ貧なのでは?」

 

「はい。ですからその対策としてこれからある技を覚えて貰います。そう瞬時加速(イグニッション・ブースト)を」

 

 

 

 

 

 この後、ハイパーセンサーを使った射撃の回避と瞬時加速の修得を目的とした訓練は苛酷を極めた。そのお陰かハイパーセンサーの扱いにはかなり慣れたが、肝心の瞬時加速の成功率は良くて3割といった所だ。後は実戦でどこまで出来るか賭けるしかない。

 

 

 その日の夜、1通のメールが届いた。差出人は藍羽浅葱。内容は「専用機が完成。明日の放課後搬入する」との事だった。

 

 戦う準備は整った。後は全力で戦うのみ!

 

 

~side end

 

 




読んでいただきありがとうございます。

読んで貰った通り、ウチのなのはさんはバトルジャンキーになってしまいました。彼女の黒い所を出しつつ、志狼に興味を持たせようとしたら、何故かこうなってしまいました。ファンの人ホントすいません。

次はいよいよクラス代表決定戦。初めてのバトル回ですが、書けるかどうか不安です。
場合によって投稿が遅れるかもしれませんが、ご容赦下さい。


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第12話 クラス代表決定戦開始!


誤字報告して下さった方、ありがとうございます。

今回戦闘シーンに入るはずが、思ったより長くなってしまい、2回に分ける事にしました。今回は戦闘前までとなります。

それでは第12話をお楽しみ下さい。




 

~志狼side

 

 

 木曜日。クラス代表決定戦の日だ。

 今日の放課後、第3アリーナにて2人の男性操縦者とイギリス代表候補生がクラス代表の地位を賭け戦う事は既に学園中に知れ渡り、今期最初のイベントとして注目されていた。

 俺と織斑にとっては初の本格的なISバトルであり、自らの価値を示さねばならない試練の場でもある。

 下馬評ではやはり代表候補生であるセシリアがトップで、次いで織斑。最後が俺の順になっている。これは順当な評価で、普通に考えれば代表候補生であるセシリアにズブの素人である俺達2人が勝てると思う方がおかしいのだ。そして織斑には何と言っても織斑千冬(ブリュンヒルデ)の弟と言う肩書きがある。よって、俺が最下位と言う評価になっていた。

 まあ、俺はこれらをひっくり返そうとしてるんだけどな。

 

 

 

 そして放課後、俺は第3アリーナのEピットに来ていた。そこでは白衣を着た浅葱が絃神のスタッフらしいツナギ姿の青年と話をしていた。

 

「浅葱、お疲れ様。良く間に合わせてくれたな」

 

「ああ志狼、お疲れ様。約束したからね。それと紹介しとくわ。ほら、挨拶」

 

「へいへい。やあ初めまして。矢瀬基樹(やぜもとき)、絃神の整備士だ。よろしくな」

 

「結城志狼です。この度はありがとうございました」

 

「いいって、こっちも仕事だし楽しませて貰ったからな。あと同い年だからタメ口でいいぜ」

 

「そうなのか。分かった、それじゃよろしく、矢瀬」

 

「おう」

 

 そう言って俺達は握手を交わした。

 

「それで、これが?」

 

 俺はシートを掛けたままの機体を指差して聞く。

 

「そうよ。貴方の専用機『孤狼(ころう)』よ!」

 

 ニンマリと笑った浅葱がシートを外して言った。

 I-0をベースにしてる為、ISとしては珍しい全身装甲(フルスキン)型。ただ、この白い機体には見覚えがある。

 

「・・・・なあ浅葱、俺にはただの『ゲシュペンスト』に見えるんだが?」

 

「ん? ああ! そっか、志狼貴方知らなかったのね。この状態はあくまで“素体”なの。これから『初期化(フォーマット)』と『最適化(フィッティング)』をして操縦者のデータを取り込む事によって、この娘は貴方の専用機になるのよ」

 

「へえ、そうだったのか」

 

「そうよ。だからここからは操縦者が必要なの。分かったらさっさと着替えてらっしゃい。はい、これが専用のISスーツよ」

 

「ん、分かった」

 

 俺は浅葱から新しいISスーツを受け取ると、更衣室へ向かった。

 

 

 

 

「・・・・へえ、な、中々似合うじゃないのよ」 

 

 着替えた俺を見て、浅葱が何故か頬を赤らめながら言う。新しいISスーツはダイビングスーツのような上下一体型。上はノースリーブで何故か男心をくすぐる指抜きグローブ付き。下はシューズ一体型でご丁寧にファウルカップも付いていた。色は赤をベースに左右に黒いラインが入ったデザインだが、どことなくウル〇ラマンのようなフォルムと、ちゃっかり自社のロゴが入っているのが絃神製らしい(笑)。かなり趣味的ではあるが、学園が用意した腹出しスーツよりよっぽど良い。

 

「そうか? 確かに着心地はいいし動きやすいな。気に入ったよ。・・・所でこのグローブは必要なのか?」

 

「ああそれ? 貴方の拳の動きをより反映しやすくする為のものだから外しちゃ駄目よ」

 

 なんと、ただの趣味ではなかったのか。

 

「ん、分かった」

 

「よし、それじゃ始めましょうか! 志狼、この娘に乗って頂戴」

 

 俺が“素体”に乗り込むと何本もコードがついた輪っかを頭に被せられた。コードを機体とノートパソコンに繋いで浅葱がノートパソコンの前に座ると、彼女の雰囲気が一変した。その姿はまるで女帝が玉座に着いたが如く、気高く、そして美しかった。その変化とデータを打ち込む速さに驚いていると、矢瀬が話かけて来た。

 

「もしかして初めて見たのか? スゲエだろ?」

 

「ああ、一瞬で雰囲気が変わった。正に『電子の女帝』だな。いつもこうなのか?」

 

「いつもって訳じゃない。あいつが本気になった時だけだ。最近じゃ滅多に見れないぞ」

 

「最近って、彼女とは付き合い長いのか?」

 

「お!? 気になる?」

 

「いや、そう言う意味じゃないからな」

 

「ハハハ、まあ、親同士が知り合いの所謂幼なじみって奴でな、中学までは一緒の学校だったんだよ」

 

「成る程。で? 同じ会社に入ったのは流石に偶然じゃないよな?」

 

「ああ、まあその辺は追々な。あ、言っとくがお互い恋愛感情はないからな!」

 

「そうなのか? 俺はてっきり・・・・」

 

「いやいや、俺好きな人いるから! 浅葱みたいなガサツなのはタイプじゃないから!っ痛ててて──!!」

 

 いきなり矢瀬が悲鳴を上げたので、驚いてそっちを見ると、浅葱が矢瀬の耳を引っ張っていた。

 

「コラ基樹! 誰がガサツだって? 志狼に変な事吹き込むな! 緋稲(ひいな)さんに言いつけるわよ!」

 

「痛ててて! 悪かった、それだけは勘弁!」

 

 どうやら緋稲さんとやらは矢瀬にとって頭の上がらない存在らしい。

 

「志狼も! 私別にガサツじゃないから! ただちょっと細かい所まで気が回らないだけなんだから!分かった!?」

 

「ああ、うん、分かった分かった」

 

 俺は内心それがガサツって事じゃないかなあ、と思いながら何も言わなかった。俺は空気が読める男なのだ。

 

「それで? どこまで進んだんだ?」

 

「え? ああ、『初期化』は終わったわ。今は『最適化』を進めてる所だから、もうそれ外してもいいわ。ただ、機体から降りちゃ駄目よ」

 

「その『最適化』はどのくらいで終わるんだ?」

 

 俺は頭から輪っかを外しながら聞いた。

 

「ディスプレイに出てない?」

 

 脇にあるディスプレイを見ると、18:42とあり、以後41、40とカウントを減らしていた。後18分程掛かるらしい。俺は黙って待つ事にした。

 後で知ったのだが、これはとんでもなく早い事で、浅葱のプログラマーとしての実力が突出しているからこそ出来る事なのだそうだ。

 

 しばらくすると、ピットに来客を報せるベルが鳴った。浅葱が入室許可を出すと、入口が開き織斑先生が入って来た。

 

「結城、こちらの状況はどうだ?」

 

「浅葱、説明よろしく」

 

「解ったわ。お久し振りです、織斑先生。現在『初期化』が完了し『最適化』中です。後18分程かかります」

 

「久しいな、藍羽。ふむ、状況は解った。後18分・・・・やはり難しいか」

 

「? 何かあったんですか?」

 

「・・・・ああ、それがな、織斑の機体がまだ来ないんだ」

 

「え? 連絡はしたんですか?」

 

「したんだがな、「今向かってる。もう少し待て」の一点張りで埒が明かん」

 

 蕎麦屋の出前か。しかし、酷いな。

 

「呆れた。倉持技研は時間も守れないんですか? 企業の人間として考えられないわ!」

 

 浅葱の言う通りだ。1分1秒を争う企業人が時間を守れないのでは信用もされないだろう。とは言え実際遅れているのだから言っても仕方がない。

 

「ああ、察するに俺とセシリアの試合を1試合目に繰り上げたいと言う所ですか?」

 

「はっきり言えばそうだ。アリーナの使用時間も限られているからな」

 

「ふむ、浅葱どうだ?」

 

「『最適化』を完了して一次移行(ファーストシフト)しないとこの娘は力を発揮出来ないわよ? それでも行くなら後は貴方次第。どうする?」

 

「つまり後18分、セシリア相手に逃げ切らないといけないって事か・・・・・ふむ、面白くなって来たな。分かりました織斑先生、すぐに準備します」

 

「・・・・すまん。よろしく頼む。準備が出来たら管制室に連絡してくれ」

 

 そう言うと織斑先生は足早にピットを出て行く。

 

「浅葱! 矢瀬! すぐに出る、準備よろしく!」

 

「はいはい。基樹! 1分で準備するわよ!」

 

「うお! マジかよ!」

 

 そう言うと急ぎ出撃準備を始める2人。浅葱は元より矢瀬もなかなか手際が良い。本当に1分で出撃準備を整えてくれた。

 

「管制室、こちらEピット結城です。出撃準備が整いました。指示を願います」

 

『こちら管制室、山田です。大丈夫ですか結城君?』

 

「まあ突然ですが仕方がありません。何とかします」

 

『すみません、こちらの不手際で』

 

「真耶先生が悪い訳じゃないんですから、お気になさらず」

 

『ありがとう。それと一応朗報です。たった今、織斑君の専用機が届きました。準備に30分程かかるそうです』

 

「30分か・・・・了解。なるべく時間を稼ぎます」

 

『お願いします。ではカタパルトへ移動して下さい』

 

 俺は機体を動かしカタパルトへ。機体をセットして指示を待つ。

 

『結城君』

 

「はい」

 

『私の立場でこんな事言ってはいけないのかもしれませんが・・・・頑張って、勝って下さい志狼君!』

 

「真耶先生・・・・ありがとう、必ず勝ちます」

 

『はい! では、進路クリアー、発進どうぞ!』

 

「了解! 結城志狼、『孤狼』出撃する!」

 

 カタパルトに射出され、俺はアリーナへ飛び出した。

 

 

~side end

 

 

 

  

 




読んでいただきありがとうございました。

次の話はなるべく速く投稿したいと思います。


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第13話 VSブルー・ティアーズ~赤い狼の咆哮



誤字報告をして下さった方ありがとうございました。
筆者も投稿前には推敲しているのですが、何度も書いて、見直しを繰り返すと自分では解らなくなってくるので大変助かりました。

今回は初のバトル回。今の自分にはこれが精一杯なので、筆者が伝えたかった光景が読者の皆さんに上手く伝わればいいな、と思います。

今回更にキャラ目線の1人称から全体目線の3人称で書いています。これは、バトルの為に目線が絶えず切り替わり、今まで通りでは上手く伝えれないと思ったからです。

尤も伝えきれてないかをも知れませんが、バトルがある回はこの書き方で行こうと思います。

それでは第13話、対セシリア戦をご覧下さい。



 

 

~all side

 

 

 第3アリーナ観客席。そこは既に大勢の生徒で埋め尽くされていた。今期初のISバトルイベントである1年1組クラス代表決定戦。出場するのはイギリス代表候補生と2人の男性操縦者、いずれも注目度の高いメンバーだ。

 このバトルは公式戦に認定され、個人の戦績に加味される為、ただの模擬戦ではない本気のバトルが予想される。よって、当事者である1年1組の生徒だけでなく、他のクラスの1年生や上級生である2、3年生、教職員までもが第3アリーナに詰め掛けていた。

 

 その観客席の最前列に1年1組の生徒達が陣取っていた。

 

「う~、早く始まんないかなあ~♪」

 

「・・・・楽しそうねえ、貴女は。明日奈はやっぱり心配?」

 

「ううん、私は兄さんが勝つって信じてるから!」

 

「とは言え、下馬評通りセシリア有利は否めないだろうが・・・・そう言えば本音はどうしたんだ?」

 

 試合を待ちきれない様子の清香、それを揶揄する静寐、志狼の勝利を信じる明日奈、戦況を予想する箒と四者四様の中で箒が1人足りない事に気付いた。そんな時、

 

「お~い、皆、お待たせ~♪」

 

 相変わらずのほほんとした声で皆を呼ぶのは噂の本音。彼女は見知らぬ少女の手を引いていた。セミロングの水色の髪に赤い瞳、視力矯正が容易な今時珍しい眼鏡を掛けた大人しそうな美少女だ。

 

「皆、紹介するね~、ルームメイトのかんちゃんだよ~」

 

「・・・・どうも、4組の更識簪(さらしきかんざし)です」

 

「あ! 更識さん久し振り! 元気だった?」

 

「・・・・どうも結城さん、ご無沙汰してます」

 

「明日奈、彼女とは知り合いなのか?」

 

「うん、私と同期の代表候補生だよ」

 

「・・・・はい、一応序列3位をいただいてます」

 

「え、3位!?」

 

「明日奈より序列が上なのか!?」

 

 驚いて簪を見る箒達。この大人しそうな少女が、明日奈より上の序列持ちとは思えなかったのだ。

 明日奈と簪。操縦技術では明日奈の方が上だが、情報分析力や整備力では簪が上であった為、総合的に簪が上と判断され、今の序列となっている。

 

「そうだよ。更識さんは凄いんだから!」

 

「あ、いえ、私なんて・・・結城さんの方がずっと凄いです・・・・」

 

 簪の手を握り何故か自慢気に語る明日奈。反対に簪は恐縮して、恥ずかしそうにしている。

 

「私もっと更識さんと仲良くなりたかったの。いい機会だから私の事は明日奈って呼んで?」

 

「え、いや、その・・・・」

 

「ねっ!」

 

「う、うん。あ、明日奈・・・・」

 

「うん! じゃあ私は・・・・うん、私もかんちゃんって呼ばせて貰おう!」

 

「え、それはちょっと」

 

「駄目?」

 

「うっ・・・・いえ、かんちゃんでいいです」

 

「やったー! ありがと、かんちゃん!」

 

 思わず簪を抱き締める明日奈。簪も恥ずかしそうにしながらもどこか嬉しそうに見える。ともあれ美少女同士が抱き合っている光景は実に絵になり、中には鼻血を流している娘達もいた。

 

 

「ほら、仲良くなったのはいい事だけどそろそろ座ったら明日奈。周りの迷惑になるわよ」

 

 周りの視線が気になり出したのか、パンパンと手を叩いて明日奈を嗜める静寐。それを感じ取った明日奈は「ゴメン、ゴメン」と口にしながら簪と一緒に席に着く。すると、彼女らの副担任である山田真耶の声がアリーナに響いた。

 

『お待たせしました。間もなく第1試合を始めます。尚、予定を変更して第1試合はセシリア・オルコット対結城志狼になります』

 

 突然のカードの変更に一瞬観客席がザワめくも、山田先生のアナウンスがそれを掻き消す。

 

『それではNピットより、セシリア・オルコット選手の入場です!』

 

 アナウンスが終わるなり、アリーナに飛び出す一閃の青───

 

 イギリス代表候補生セシリア・オルコットの駆る第3世代型IS『ブルー・ティアーズ』が姿を現した。

 その名の通り青く美しい装甲をした優美な機体だ。操縦者のセシリアも友人達の声援に手を振る余裕もあり、人機共に万全の様子だ。

 

 

『続いてEピットより、結城志狼選手の入場です!』

 

 アナウンスに続き、アリーナに姿を現したのは異形の機体。 

 

全身装甲(フルスキン)型!?」

 

 観客の誰かがこぼしたように、全身装甲型とは最初のIS『白騎士』やその他のごく一部の第1世代型のみに使われていたもので、ISバトルで操縦者の顔が見えるタイプが主流となった現在では凡そ使われないタイプなのだ。尤も詳しい者が見れば絃神製のI-0『ゲシュペンスト』そのままであると気付いただろう。

 白い機体はそのまま空を飛び、ブルー・ティアーズと同程度の高さまで上がると30m程離れて停止した。

 

 

「・・・・志狼さま、ですの?」

 

「ん? ああ、これでいいかな?」

 

 そう言うと機体のマスクを開いて素顔を見せる志狼。彼の顔を見てホッとしたのか、セシリアが話し掛ける。 

 

「驚きました。まさか全身装甲型とは・・・・それが志狼さまのISですか」

 

「ああ、まあ今は事情があって完全じゃないんだけどな」

 

 志狼はディスプレイの残り時間を見ると、14:35と表示されていた。後15分───

 

「? それはどう言う──」

 

「いや、こっちの事情だから気にしないでくれ。それより時間が押してるようだし、そろそろ始めようか」

 

「ええ。あの時のように、ただ守られているだけの(わたくし)じゃないと言う事をご覧に入れますわ!」

 

 会話の終わりを待っていたかのようにブザーが鳴り響き、

 

『第1試合、セシリア・オルコット“ブルー・ティアーズ”対結城志狼“孤狼”試合開始!!』

 

 バトルが始まった!

 

 

 

 

 

 バトル開始から5分、試合は一方的な展開になっていた。下馬評通りセシリアの『ブルー・ティアーズ』が志狼の『孤狼』を追い詰めているのだ。

 開始直後、一気に距離を詰めた孤狼がオープニングヒットとなる右ストレートを決めるもブルー・ティアーズのシールドバリアに阻まれ、自身のSEも減じる結果となった。

 

 

 ISバトルは相手のSEを0にするか、操縦者を戦闘不能状態にする事で勝敗が決まる。

 ISの全身はシールドバリアによって守られている。これは機体のSE(シールドエネルギー)で形成されており、相手の攻撃がヒットすると減少する。また、大出力の攻撃によりシールドバリアを抜かれると絶対防御が発動する。絶対防御は操縦者の命を守る為の最重要安全装置であり、これが発動するとSEが大幅に減少する事になる。つまりISは手足にもシールドバリアを纏っており、パンチやキックを繰り出しヒットしたとしてもお互いのバリア同士が相殺し合う為、自傷行為になってしまう。だからこそ剣や槍などの武器が必要となるのだ。

 

 

 その結果、格闘戦仕様の孤狼は離れればブルー・ティアーズの射撃で、近付いては攻撃がヒットしたとしても自身のSEも削る事になり、打つ手がなく、後はただ逃げ回る事しか出来なくなってしまった。

 

 

 

 

 

「何だよアイツ、さっきから逃げてばかりじゃないか!」

 

 第3アリーナWピット。織斑一夏は試合をモニターで見ながら憤っていた。一夏の専用機『白式』は現在最適化作業中。その時間を稼ぐ為にも志狼が逃げ回っている事を知らない彼は、ただただ志狼の戦い方に不満を洩らしていた。

 

 弟のそんな声を聞きながら、千冬は志狼の機動に感心していた。第3アリーナは300m×300mの広さしかないアリーナとしては小規模のもので、セシリアのブルー・ティアーズからすれば端から端まで全て射程内なのだ。そんな中を逃げに徹しているとは言え、ISに乗り1週間の人間が未だに仕止められていないのだ。

 上下左右絶えず動き回る事で照準から外れ、相手の攻撃位置を推測して回避し続けるこの機動は、ハイパーセンサーを駆使して相手の視線や指先の動きを読み、回避すると言う現役時代の山田真耶が得意とした戦法『遥かなる瞳(ディスタンスアイズ)』であった。

 

 ──真耶の奴、あの僅かな期間で結城にここまで仕込んだのか!

 

 操縦者としては現在の真耶と戦ったとて決して負けないと自負する千冬だが、果たして教師として人を教え、導く力は真耶の方が上かも知れないと、可愛がっていた後輩の隠れた実力に驚愕していた。

 

 

 ───最適化完了まで後、7:35

 

 

 

 

 

 

「このままじゃ駄目ね、彼」

 

「う~ん、そうだね」

 

 第3アリーナの観客席の中段辺りに高町なのはとフェイト・T・ハラオウンの姿はあった。

 

「回避技術は中々のものだけど、このままじゃ捕まるのは時間の問題だね」

 

「・・・・うん」

 

「どうしたの? 彼が思った程じゃなくてがっかりした?」 

 

「・・・ううん、しろくんは間違いなく強いよ。でも今の彼には違和感があって・・・・まるで枷を着けて戦ってるみたい。あれ、ホントに専用機なのかなぁ?」

 

「・・・・そう言う話だったけど?」

 

「最初はセシリアちゃんと織斑君が戦うはずだったよね? でも、急遽しろくんに代わった。・・・・織斑君の準備が出来てないから、出ざるを得なくて、時間稼ぎの為に逃げ回っているとしたら?」

 

「!? それって・・・・」

 

「でも、あの違和感はそれだけじゃないような・・・・ううん、分かんないや」

 

 なのはは考えるのを止めた。考ても分からない事は考えない。いたってシンプルに割り切ったなのはは、ただ志狼の戦いを見守る事にした。

 

 

 ───最適化完了まで後、5:12 

 

 

 

 

 

「ああ、危ない!」

 

「どうしたのだ志狼は、逃げてばかりではないか!」

 

 最前列に陣取る1年1組の様子は4つに分かれていた。1つは志狼と仲が良い者を中心とした親志狼派。志狼が被弾する度に悲鳴が上がっている。2つ目は親セシリア派。彼女に憧れる者を中心とした所謂ファン達。3つ目は中立派。志狼に対する悪感情はなかったものの、逃げ回っている志狼の戦い振りに不満を感じている模様。最後が最も少数の女尊男卑主義者。積極的にセシリアを応援し、志狼が被弾する度に昏い嘲笑いを浮かべている。

そんな親志狼派にて、

 

「・・・・明日奈、どう思う?」

 

「うん、明らかに兄さんらしくない戦い方をしてる。兄さんなら例え不利でも積極的に攻めるはずだよ」

 

「・・・・機体がおかしい」

 

「うん、専用機って事だけど、ホントかなあ~」

 

 静寐の問いに明日奈が答えると、簪と本音が機体の様子がおかしい事を疑問視する。

 

「それはどう言う事だ?」

 

「・・・・私はその志狼さん?の事を知らないから見たままを言うけど、機体が操縦者に追いついてない」

 

「うん、しろりんの反応速度に機体がついて来てない。専用機ではあり得ないよ~」

 

「そんな! じゃああれは何だって言うの!?」

 

「落ち着いて、明日奈。貴女も専用機持ちなんだから分かる筈。専用機が操縦者の反応速度に遅れるなんてあり得ないって。でも、あの機体は明らかに操縦者と合ってない。と言う事は?」

 

「! まさか・・・・かんちゃん貴女は兄さんが最適化されてない初期状態で戦ってると言うの!?」

 

 明日奈の一言に話を聞いていた周りの娘達がザワついた。

 

「多分間違いない。恐らく最適化が現在進行中なんだと思う。だから志狼さんは逃げて時間を稼いで、その時が来るのを待ってるんじゃないかな?」

 

「兄さん・・・・・」

 

 簪の見解は聞けば聞く程、納得出来るものだった。兄らしくない消極的な戦い方、挙動の怪しい機体、時間稼ぎをする理由など全てに納得が行く。

 

「その最適化とはどのくらい時間がかかるんだ?」

 

「・・・・分からない。プログラマーの腕によって短縮出来るけど、それでも30分から1時間以上かかる事もあるから・・・・」

 

「そんな・・・・」

 

 箒の問いに簪が答えるも、その答えは絶望しかもたらさなかった。『蒼穹の狙撃手』の異名を持つセシリアから1時間も逃げ切る事など出来る訳がない。

 明日奈はただ、一刻も早く最適化が完了する事を祈るしか出来なかった。

 

 

 ───最適化完了まで、後2:56

 

 

 

 

 

「くっ!」

 

 右肩に衝撃を受けて、弾き飛ばされる。最初はセシリアがスナイパーライフル『スターライトMk-Ⅲ』しか使わなかったので、真耶から伝授された方法で回避出来たが、業を煮やしたのか、4機のBT兵器『ブルー・ティアーズ』を使い出すと徐々に被弾数が増えて来た。

 試合時間が13分を過ぎた頃には、遂に囲まれてしまった。

 

「お見事でした志狼さま。この(わたくし)と『ブルー・ティアーズ』から10分以上逃げ切ったのは貴方が初めてですわ」

 

「・・・もう勝ったような言い方だな」

 

「ええ、チェックメイトです」

 

 確かに孤狼はもうボロボロだ。もう後1、2発食らえばSE切れを起こし敗北するだろう。

 

「代表候補生である(わたくし)とここまで戦えれば充分でしょう? 特に最初に見せた回避技術は見事でしたわ。どうか潔く降伏を」

 

「あいにく往生際が悪くてね。遠慮させて貰うよ」

 

「貴方はそう言う方ですわね・・・・では、これで最後です。行きなさい『ブルー・ティアーズ』!!」

 

 セシリアの号令と共に4機のBT兵器が一斉に襲いかかった。

 四方からレーザーを撃ちながら孤狼に迫る。志狼はPICを切り、自由落下する事で回避すると直上に向けて何かを発射した。セシリアは2機のBT兵器を操り撃ち落とすと、大量の煙が広がった。

 

「煙幕!?」

 

 周囲に広がった煙幕によって孤狼の姿を見失ったセシリアはハイパーセンサーを駆使して孤狼を捜す。エネルギー反応を真下に感じ、4機共そこに向けてレーザーを発射する。

 

 

 ───次の瞬間、衝撃と轟音そして閃光がアリーナを揺るがした。

 

 

 

 

 

 第3アリーナEピット。モニターに表示されたデータを見て、浅葱は豊満な胸を撫で下ろした。

 

「間に合ったあ・・・・さあ、反撃開始よ、志狼!」

 

 

 

 

 

「何だよ、これで終わりかよ」

 

 第3アリーナWピット。自機の最適化が完了する前に試合が終わってしまい、結局逃げるだけで何も出来なかった志狼に呆れた声を洩らす一夏。だが、

 

「いや、まだだ!」

 

 共にモニターを見ていた千冬が声を上げる。そのモニターに映ったのは──

 

 

 

 

 

 

「これは・・・・なのは!?」

 

「フフ、アハハハ! そうか、そう言う事かしろくん! 成る程道理で時間稼ぎをする訳だ。さあ、見せて貰うよ、君の本当の力を!!」

 

 悦びに声を上げるなのはの目に映ったのは──

 

 

 

 

 

「兄さん!!」

 

 セシリアの攻撃で起きた衝撃と轟音、そして閃光。最適化が完了してない機体では到底耐えられないだろう攻撃を受け、明日奈はただ、志狼の無事を祈るしかなかった。しかし、

 

「大丈夫。明日奈、あれを見て!」

 

 簪の声に彼女が指差す方向を見ると、アリーナの電光掲示板がある。そこには対戦中の機体の状況が表示されている。機体名、操縦者、残りSE、ダメージレベルなどが表示される中、孤狼のSEやダメージレベルが回復しているのだ。

 

「! こ、これは・・・・」

 

「ふう~、間に合ったみたいだよ、あすにゃん」

 

 そう呟いた本音の視線の先に映ったのは──

 

 

 

 

 

 最初に感じたのは空気を震わせる低い震動。そこから高く、アリーナ中に響き渡る音。それはまるで───

 

 

「・・・・狼の、咆哮───!?」

 

 セシリアにはそう聞こえた。次の瞬間、猛スピードで自機の目の前を通り過ぎ、直上に位置する1機のIS。だが、さっきまで戦っていた機体とは姿がまるで違う。

 セシリアが感じたのは重厚さ。全身装甲型なのは同じだが、両肩のパーツが大型化し、各部の装甲が厚くなっている。背中には4枚のフィン・スタビライザーがあり、頭部には大きな1本の角。そして、機体の色が白から鮮やかな赤に変わっていた。

 

 

「これは・・・・志狼さま、ですの?」

 

 そう言いながらもコア・ネットワークから得た情報は目の前の機体が孤狼であると示している。

 

「待たせたな、セシリア」

 

 孤狼のマスクが開き、先程のように志狼が顔を見せる。

 

「ようやく最適化が終わったよ。これでやっと勝負出来る」

 

「! 一次移行(ファーストシフト)・・・・それでは志狼さま、貴方はさっきまで初期状態で戦っていたと言うのですか!?」

 

「そう言う事だ。ああ、言っておくが決してセシリアを舐めていた訳じゃないぞ。止むを得ない事情って奴でな。取り敢えず全部倉持技研が悪い」

 

「は、はあ・・・・・・?」

 

「さて、それじゃ仕切り直しと行こうか。勝負はこれからだぞ、セシリア!」

 

 志狼はマスクを閉じ、孤狼の出力を上げる。途端に響き渡る高音、それはやはり咆哮の如く───

 

「赤い、狼───!?」

 

 セシリアの呟きと共に、赤い狼が青き狙撃手に襲いかかる。

 

 

 

 

「な、何だよあれ! あんなの反則だろ!?」

 

 Wピットでモニターを見ながら一夏が憤る。一次移行が完了し、姿が変わってから先程とは攻守が逆転していた。

 ブ厚い装甲をした鈍重そうな外見ながら孤狼の動きは速かった。そして、先程と違うのは孤狼の拳撃が相手のSEを削るだけで自機のSEは一切損なわないのだ。

 孤狼の拳撃がヒットする前に拳が光を放つ。この光がSEが減らない秘密のようだが、今の所正体は不明だ。

 

「ったく、オルコットの奴やられっ放しじゃねーか!」

 

「黙れ! そして良く見ておけ! お前はこの後、あの2人と戦うんだぞ。何の対策もなしに勝てる相手だと思ってるのか!?」

 

 千冬に怒鳴られ縮こまる一夏。だが、千冬の目はモニターから動かず、画面の中の赤と青の輪舞曲(ロンド)に集中していた。

 

 

 

 

「凄い・・・・・あの踏み込みの速さといい、あの光る拳といい、セシリアが一方的にやられてるなんて信じられない」

 

「フフフ、それだけじゃないよ。あの機体、孤狼のコンセプトが何となく分かったよ。いや~流石しろくん、頭おかし~!」

 

 一次移行した孤狼の戦い振りに感心するフェイトに何かが分かったのか笑みを浮かべるなのは。

 

「どう言う事?」

 

「うん? あの機体の加速力と重装甲、そしてしろくんの戦闘スタイルを考慮すると、要するに孤狼は一発の銃弾、いやこの場合は砲弾かな?」

 

「・・・・重装甲で身を守り、加速力で近付きインファイトに持ち込むと言う事じゃないの?」

 

「クスッ 違う違う。その戦い方は副次的なものだよ。言ったでしょ? 1発の砲弾だって。あの機体、孤狼は格闘型なんかじゃなく一点突破の特攻型。自機を一発の砲弾に見立てて機体ごとぶつけて相手を粉砕する、その戦い方こそがあの機体の真骨頂なんだよ」

 

「! まさか・・・・そんな事」

 

「ねっ、頭おかしいでしょ♪ いくら自分がISの素人だからってこんな一か八かの機体なんて考えたって作らない、まして自分が乗るなんてしないよ~」

 

 結論から言えばなのはの読みは大正解であった。確かに孤狼のコンセプトを考えた志狼は頭がおかしいと言われても仕方がない。だが、それを読み切ったなのはにも同じ事が言えるのではないだろうか、フェイトは漠然とした不安を感じるのだった。

 

 

 

 

 第3アリーナの観客は大いに沸いていた。志狼の圧倒的不利な状況からの大逆転。それは観客席の少女達の目にはまるで物語のヒーローのように映っていた。

 

「行けー、志狼さん!」

 

「兄さん、頑張れー!」

 

「セシリアも負けるなー!」

 

「セシリアさん、ファイト!」

 

 目の前で激戦を繰り広げる2人に声援が飛ぶ。操縦者を目指す少女達はいつか自分もこんな凄いバトルをしてみたいと、その瞳に憧れと情熱を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 管制室で1人、真耶は志狼の勝利を祈っていた。己が価値を示さねばならない志狼。その為には善戦ではなく勝利と言う結果が欲しい。

 真耶は僅か1週間ではあるが、己が愛弟子であった青年が自らが望む未来を勝ち取れるよう、祈り続けた。

 

「頑張って、志狼くん」

 

 

 

 

 

「くっ! 速い!」

 

 脅威的な加速力で孤狼にピッタリと貼り付かれ、引き剥がせない。ジャブを主体とした速く細かい連打で徐々にSEが削られて行くが、先程までと違い、こちらが一方的にSEを削られ、孤狼は全くの無傷なのだ。一応こちらにも『インターセプター』と言う近接戦用ショートブレードがあるが、セシリア自身接近戦は苦手で、今までの相手にはこれ程の接近を許した事はなかったので、使える自信が全くなかった。

 となれば、何とかして距離を取らねば勝ち目はないと考え、セシリアは賭けに出る事にした。

 

「流石です、志狼さま。ですが、(わたくし)もこのまま終わる訳には参りません! 行きなさい、『ブルー・ティアーズ』!!」

 

 セシリアが4機のBTを動かし孤狼の背後を狙う。これを見た志狼はブルー・ティアーズにピッタリ追従して撃てばセシリア自身に当たるように位置を取る。

 しかし、これはセシリアの罠だった。ピッタリと貼り付いた孤狼に向けて、残った2機のBTを発射する。

 

「残念ですが志狼さま、BTは実は6機ありましてよ!!」

 

「なに!?」

 

「とっておきのBTミサイル、食らいなさい!!」

 

 至近距離でミサイルが孤狼に命中し、孤狼のSEが一気に半分近くまで減る。しかし、至近距離での爆発はブルー・ティアーズをも巻き込んで両機を弾き飛ばした。

 ブルー・ティアーズは今の衝撃でSEが残り2割になってしまったが、待望の距離を稼ぐ事に成功した。孤狼との距離は凡そ50m。孤狼の加速力を持ってしても一気に近付けない距離だ。

 先程の爆発から盾にしたせいか、銃身の曲がってしまった『スターライトMk-Ⅲ』を拡張領域にしまい、スペアのライフルを取り出す。しっかりと孤狼に照準を合わせ、すうっと息を吸う。

 

 

 図らずも次の一撃が最後だと、お互い決意したのが解るかのように、志狼とセシリアは同時に言い放った。

 

 

「「これで最後(だ)(ですわ)!!」」

 

 

 セシリアは4機のBTを孤狼の進路上に配置し、レーザーをかわした所を狙撃出来るようにライフルを構える。

 孤狼は再度、狼の咆哮のようなブースト音を上げながら加速する。

 ここでセシリアに誤算が生じた。孤狼が全く回避せずに真っ直ぐ突っ込んで来るのだ。だが、回避しないならこのまま集中砲火を浴びせれば良いと考え直し、引き金を引こうとした瞬間───孤狼の姿が消えた。

 

 ハイパーセンサーで孤狼を捜そうとするも、その必要はなかった。何故なら孤狼は既に目の前にいたのだから。

 

「───瞬時加速(イグニッション・ブースト)!?」

 

 BTの射撃直前、志狼は未完成の瞬時加速を発動。一気に距離を詰める事に成功した。そして、

 

「これで最後だセシリア! 食らえ、リボルビング・ステーク!!」

 

 孤狼の右腕にコールと共に長大な杭打ち機がセットされる。

 

 

 ───6連装パイルバンカー

    「リボルビング・ステーク」

 

 孤狼の主要武装の一つであるこの武装は男なら一度は憧れるロマン武器。絃神のカタログでこれを見つけた志狼は真っ先にこれの使用を熱望。操縦者が望むならと取り付けられたこの武装は、孤狼の加速力と武装自身の攻撃力が相俟って凄まじい破壊力を生んだ。

 

 

 凄まじい衝撃が3度生じると、ブルー・ティアーズの残りSEが一気に枯渇した。そして、

 

 

 

 

 

『“ブルー・ティアーズ”SE残量0、及び操縦者セシリア・オルコットの戦闘不能を確認。よって、第1試合は24分12秒で結城志狼“孤狼”の勝利です!』

 

 

 

 真耶のアナウンスが終わると、歓声が沸き上がった。

 

 

 

~side end

 

  

 




読んでいただきありがとうございました。

次回は解る方もいるでしょうが、対一夏戦です。

今回程長くならない予定ですが、筆が乗るとその限りではないかも。


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第14話 VS白式~愚者の主張



いつの間にかUAが25000を越えて、評価バーがオレンジ色になっていました。
こんなに沢山の人達に読んで貰えるとは思ってなかったので、驚いています。
本当にありがとうございました。

今回は対一夏戦です。思ったより筆が乗って書き上がってしまったので、投稿します。 

それでは、第14話ご覧下さい。




 

 

~all side

 

 

 第3アリーナに歓声が沸き上がる。

 見事な逆転勝利を飾った志狼と最後まで戦い抜いたセシリアの2人へ惜しみない拍手と称賛の声が送られていた。そして次の瞬間、悲鳴が上がった。

 

 セシリアのブルー・ティアーズが落下し始めたのだ。

 

 彼女は孤狼の最後の一撃を受け、戦闘不能、即ち失神していた。ISの飛行を司るPICが一定時間操縦者からのアクセスがなかった為切れたらしく、重力に引かれて落下する。

 ISには絶対防御があるとは言え、今のブルー・ティアーズはSEが枯渇しているので、どこまで働くかは分からない。落下するブルー・ティアーズを見て最悪の状況を想像し、悲鳴を上げた観客達の、

 

 ───想像通りにはならなかった。

 

 地上に落下する直前、孤狼が持ち前の加速力を発揮し、ブルー・ティアーズを受け止めたのだ。その拍子にSE切れしていたブルー・ティアーズが待機状態になり、孤狼の腕の中には気を失ったセシリアが残された。

 

 

 

「う、ううん・・・・」

 

「セシリア、大丈夫か?」

 

 志狼の声にセシリアがうっすらと目を開く。

 

「・・・・志狼さま?」

 

「ああ、俺だよ。状況は分かるか?」

 

 孤狼のマスクを開き、志狼が素顔を見せて問いかける。数秒の間を置いて、

 

「・・・・(わたくし)、負けてしまいましたのね」

 

「ああ、今回は俺の勝ちだ」

 

「・・・・もう、乙女をあんな太いもので三度も突くなんて、酷い方ですわね」

 

「ちょっと待てセシリア。その言い方は止めなさい」

 

「? 何がですの?」

 

 天然かよ! ったくこの天然エロ娘は!

 

「あのな、その言い方だと、~~~~っと聞こえる訳だ。解ったか?」

 

 志狼がセシリアに説明すると、彼女の顔が瞬時に真っ赤になった。

 

「わ、(わたくし)、決してそんなつもりは・・・・」

 

「ああ、うん、分かってる。それより体の具合は? 気分は悪くないか?」

 

「あ、はい、大丈夫です。痛みもありませんし、気分も・・・・どちらかと言えば、ふふ、心地いいですわ」

 

「? そうか。それじゃこのままピットに行くぞ?」

 

 セシリアを抱えたまま、孤狼がホバー走行で移動を始める。

 

「はい。・・・・所で志狼さま、覚えていらっしゃいますか?」

 

「うん?」

 

「初めて会った時もこんな風に抱き抱えられましたわ」

 

「・・・・そうだな」

 

 今のセシリアはISスーツ姿で 孤狼にお姫様抱っこされている状態だ。確かに2人が初めて会った時と似たような状態だなあ、と志狼は感慨深げに思った。

 

「あの頃の(わたくし)はただ、守られているだけでした。今の(わたくし)は少しは強くなれたのでしょうか・・・・」

 

「そうだな・・・・うん。君は強く、そして美しい、素敵なレディになったよ、セシリア」

 

「!! ・・・・・もう、本当にズルい人」

 

 赤くなった顔を見せないように横を向くセシリアに、志狼は苦笑を浮かべつつ、Nピットに入っていった。

 

 

 

 

 第3アリーナWピット。一夏の専用機『白式(びゃくしき)』はようやく最適化を完了し、一次移行を終えた所だった。滑らかな曲線とシャープなラインが特徴的な、どこか中世の鎧を思わせる純白の機体だった。

 

「一夏、次はお前の番だ。相手は結城だが、やれるな?」

 

「ああ、あんな卑怯者、俺がブッた斬ってやる!」 

 

 一夏の目に宿るのは怒りの炎。卑怯な真似をして勝利を収めた志狼を許すものかと、燃えていた。

 

「一夏!? お前何を──」

 

 だが、一夏はもう千冬の方を見ず、目を閉じていた。選手のコンセントレーションを乱す訳にもいかず、一旦引いたが、千冬は漠然とした不安を感じずにはいられなかった。

 

 

 

 

「やったわね、志狼!」

 

「やるじゃねえか、この野郎!」

 

「ありがとう。2人のおかげだ!」

 

 第3アリーナEピット。浅葱と矢瀬に迎えられた志狼は2人とハイタッチを交わしていた。

 

「しっかし、イギリスの代表候補生を撃破とはなあ。こりゃ次も楽勝か?」

 

「おバカ! 相手のデータは何もないんだから、油断なんかしてらんないわよ! 志狼も分かってる!?」

 

「勿論だ。油断も慢心もしないよ。セシリア並の相手と想定して戦うさ」

 

 言葉通り、グローブをしっかりはめ直し、真剣な表情を浮かべる志狼。

 

「そ、そう。ならいいのよ。基樹! エネルギーの補給と点検やっといて! 私はデータのチェックをするから!それと志狼! 貴方は今の内に体を休めときなさい!」

 

 そそくさと志狼に背を向け指示を出す浅葱。それを見て面白そうな笑みを浮かべる矢瀬。

 

「いや~、春だねえ」

 

「? そうだな。今は春だな」

 

「クク、いや、そう言う意味じゃねえんだがな」

 

 意地の悪そうな笑みを浮かべて、志狼の肩を叩くと矢瀬が作業に戻る。志狼は言われた通り体を休めようと、ソファーに腰を下ろそうとすると、ピットに備え付けの電話が鳴った。2人が作業中の為、志狼が出ると管制室の真耶からであった。

 

『志狼君、まずは初勝利おめでとうございます』

 

「ありがとうございます。これも真耶先生の指導のおかげです。これからもよろしくお願いします」

 

『はい! こちらこそ。所で孤狼は今、どんな状況ですか?』

 

「はい。今、エネルギーの補給とダメージの点検をしていまして、ちょっと待って下さい・・・矢瀬! どのくらいで終わる? ・・・分かった。お待たせしました。後10分で出撃出来ます」

 

『分かりました。ではWピットにも伝えておきます。また後程』

 

「はい。ではまた」

 

 電話を切り、浅葱と矢瀬に向かい、

 

「2人共! 10分後に再出撃する。準備よろしく!」

 

「「了解!!」」

 

 そんな2人を見て、自分はスタッフに恵まれたと志狼は思った。

 例えどんな思惑があったとしても、絃神を自分の担当にした政府の誰かに心の中で感謝した。

 

 

 

 

 第3アリーナ観客席。先程の試合の熱も冷めやらぬままに、あちこちで会話に花が咲いていた。中でも最前列に陣取る1年1組は大いに盛り上がっていた。

 

「いや~凄かったね、流石志狼さん!」

 

「セシリアも最後には一矢報いていたものね」

 

「どうだったかんちゃん? うちの兄さんは」

 

「・・・・うん。カッコ良かった」

 

 一部の女尊男卑主義者を除いて、皆が志狼とセシリアを称賛していた。そして、話題は自然と次の試合へと移って行った。

 

「そう言えば箒、織斑君って強いの?」

 

「・・・・正直に言えば決して強いとは言えない。剣道で言えば県大会のベスト8くらいのレベルだろう」

 

「そこそこって事?」

 

「そうだな。ただ、ISに関しては全く分からん。この1週間触ってもいないからな」

 

「「「「えっ!?」」」」

 

 箒の言葉を聞いていた全員が自分の耳を疑った。周りのその反応に箒が逆に驚いた。

 

「な、何だ、その反応は!?」

 

「いやいや、ISに触ってないの? ISバトルなのに?」

 

「あ、ああ」

 

「どうして? 特別に借りる事くらい出来たでしょうに」

 

「いや、いつぞやのSHRで1年生は今の時期、貸出し出来ないと言われて、そのまま・・・・」

 

 1組の皆は、ああ、そう言えば、と数日前の事を思い出した。しかし、

 

「だからっておりむーは何も言わなかったの?」

 

「ああ、使えないなら仕方がない、と」

 

「・・・・馬鹿すぎる。IS舐めてるとしか思えない」

 

「ねえ箒、兄さんが放課後、真耶先生に訓練を受けてたのは知ってる?」

 

「えっ!?」

 

「知らなかったんだ・・・・でも、同じ立場なんだから言えば対処してくれたはずだよ。先生には相談しなかったの?」

 

「私はしてない。恐らく一夏も・・・・」

 

「「「「・・・・・・」」」」

 

 今の話を聞いて、次の試合はダメかもしれない、と1年1組の一同は思った。

 

 

 

 

 

『皆さん、お待たせしました。これより第2試合を開始します』 

 

 真耶のアナウンスが再びアリーナに響く。会話を弾ませていた観客達は席に着き、アリーナに注目する。

 

『それではEピットより、結城志狼選手の入場です!』

 

 アナウンスの終了後、アリーナに飛び出す赤い疾風───孤狼が姿を現した。

 

 赤い全身装甲の機体は先程の試合のダメージを感じさせず、日の光を受けて輝いていた。

 

 

 

『続いてWピットより、織斑一夏選手の入場です!』

 

 アナウンスが終わるのが待てないとばかりに終了と同時に飛び出す白い影。

 どこか西洋鎧を思わせる純白の機体。織斑一夏の専用機『白式』であった。

 

 

 2機のISは30m程の距離を空けて対峙した。そして、

 

「結城! 俺はお前みたいな卑怯者には絶対負けない!」

 

 いきなり一夏が、よりにもよってオープンチャネルで言い放った。

 

 

 

 

 

 

 先程まで歓声が聞こえていたアリーナが嘘のように静まり返った。まさかそんな事を言われるとは思ってなかった志狼は、また一夏独自の勘違いだろうと踏んで、こちらもオープンチャネルで話しかける。

 

「真耶先生。審判でもある先生に質問しますが、先程の試合で俺は卑怯と罵られるような事をしましたか?」

 

 すると、管制室からこちらもオープンチャネルで真耶が答える。

 

『いいえ。そんな事はありません。両者共実にクリーンな戦い振りでした』

 

「ありがとうございます、と言う事なんだが織斑、お前は俺のナニを持って卑怯だと言うんだ?」

 

「だってあれは反則だろ! 試合中にエネルギーやダメージが回復するなんてあんなのアリかよ!」

 

 成る程。試合中に一次移行して、エネルギーやダメージが回復した事がこいつには卑怯に見えたのか。

 

「織斑、あれは1回こっきりの事だ。お前との試合では出来ないから心配いらないぞ?」

 

「そ、そんな事心配してねーよ! 俺が言ってるのは試合中に回復する事自体が反則だって言ってるんだ!」

 

「と、言う事ですが、試合中のエネルギーの回復について何かルールがあるんですか、真耶先生」

 

『いいえ。チーム戦で回復ポイントを設け、回復したと言う例はありますが、1対1のバトルの最中にエネルギーが回復した例はありません。よって、前例がないと言う事はそれに関するルールも存在しません』

 

「ありがとうございます。つまり反則にはならないそうだぞ、織斑。そもそも俺が最適化の完了してない状態で出る羽目になったのは、お前の専用機が時間通りに届かなかったせいなんだが?」

 

「で、でも実際回復したんだから──「ならばお前は何を求めてるんだ。俺の反則負けか? セシリアと再試合しろと言うのか? 言ってみろ」・・・そ、それは・・・!」

 

 志狼の問いかけに言葉を詰まらせる一夏。どうやら試合中にエネルギーが回復した、と言う事実を元に志狼を糾弾したかっただけなのか、一夏からは何の要求も出て来なかった。

 

「もういいか?」

 

 何も出て来ないようなので、志狼がこう尋ねると、一夏はキッと志狼を睨みつけ、言った。

 

「まだある! 女をあんな風に殴り付けるなんて、あれが男のやる事かよ! 女は守るものだぞ! それをあんな一方的に殴るなんて、男として恥ずかしいと思わないのかよ!」 

 

「・・・・なら、どうすれば良かったと?」

 

「あ!? そんなの適当に手加減してやりゃ良かったじゃねーか! 男の癖に女相手に本気出してんじゃねーよ、みっともない!」

 

 志狼は呆れ果てていた。一夏は自分の主張がどんな意味を持つのか分かっていないようだ。志狼は周りに自分も同意見だと思われないように反論した。

 

「織斑、お前自分の言ってる事の意味が分かっているのか?」

 

「あん?」

 

「・・・・お前は今、全ての女性操縦者を敵に回す発言をしたんだぞ?」

 

「ハア!? 何でだよ!」

 

「お前の主張は男は女を守るものだから、戦うなら手加減をしろ、と言う事で間違いないか?」

 

「あ、ああ・・・・」

 

「それって、要は女は男より弱いから本気で戦う価値はない、と言ってるのと同じだぞ」

 

「え? あ・・・・・・!」

 

「先の試合、俺はセシリアと本気で戦ったぞ。そもそも真剣勝負の場では男も女も関係ない。それを女だから手加減しろだなんて、女を、そしてバトル自体を馬鹿にする行為だ。お前は自分の姉がして来た事を否定する気か?」

 

「!!」

 

「それをよりにもよってオープンチャネルで言うとはな。お前の考え方は20年以上前の考え方、所謂男尊女卑と言う奴だ。今の世の中では通用しない考え方だよ。観客席を見てみろ。皆お前に反発してるのが分かるだろう」

 

 志狼にそう言われ観客席を見ると、そこで見たのは少女達の怒りの表情。ハイパーセンサーの高感度はこういう時無情だ。1人1人の表情がはっきりと見えるのだから。

 

「うぅっ!」

 

 己が失言を悟り、流石にマズいと思った一夏だったが、時すでに遅し。もはや一夏の味方をしてくれる者は誰もいなかった。

 特に一夏を打ちのめしたのは、幼なじみの箒と、そして近頃何故か気になっていた明日奈が揃って侮蔑の表情で自分を見ていた事だった。

 

 

 

 

 

 第3アリーナWピット。モニターから一部始終を見ていた千冬は頭を抱えて蹲っていた。

 

「あの、大馬鹿者がぁぁぁーーーっ!!」

 

 

 

 

 

 第3アリーナ管制室。一夏の発言を聞いて流石に真耶も驚いていた。そんな時通信が入った。相手は志狼、今度は双方向通信だ。

 

「はい、こちら管制室、山田です」

 

『結城です。単刀直入に聞きますが、試合はどうなります?』

 

「そうですねえ。正直織斑君のメンタルはボロボロでしょうし・・・・一応本人に確認してみましょうか」

 

『お願いします。分かったら連絡下さい』

 

 通信を終えると真耶は一夏に連絡を取った。

 

 

 

 

 どこからか通信が入っている。ノロノロとした動作で通信機をオンにすると、山田先生であった。

 

『こちら管制室、山田です。織斑君、大丈夫ですか?』

 

「や、山田先生・・・・」

 

『織斑君、単刀直入に聞きますが試合はどうします? 棄権しますか?』

 

 真耶の目から見ても、一夏の精神状態はとても試合が出来るようには見えなかった。だか、

 

「───やります」

 

 小さく、か細い声ではあるが、一夏はやる、と言ったのだ。選手がその気ならば止める事は出来ない。

 

『分かりました。では、間もなく試合を開始します』

 

 そう言って真耶は通信を切った。そして、

 

「そうだ試合だ試合で勝って俺が正しい事を証明すればいいんだ大体結城の奴が反則しなきゃこんな事にはならなかったのにあんな奴ブッた斬って2度と俺に逆らえなくしてやるそうすれば皆も俺が正しいって分かる筈だそうだ俺が皆を守るんだそうすれば箒も明日奈も目を覚ますはずだそうだ勝った者が正しいんだだから俺が勝つんだ───!」

 

 一夏のこの様子を知るのは白式だけだった。

 

 

 

 

 第3アリーナは異様な雰囲気に包まれていた。試合前に暴論、暴言を吐き、全生徒を敵に回した織斑一夏がそれでも試合をやると言ったのだ。本人がやる気ならばと結城志狼も承諾し、ここに改めて第2試合が行われた。

 

 

『それでは第2試合、結城志狼“孤狼”対織斑一夏“白式”、試合開始!』

 

 バトルが始まった。

 

 

 

 開始早々、いきなり白式が突っ込む。

 

「うおおおおーーーっ!!」

 

 雄叫びを上げて突っ込んで来る白式に、志狼は冷静に対処する。武器も持たず、ただ突っ込んで来るだけと判断し、交差する瞬間、光を纏った右拳が白式のボディにカウンターで命中する。

 

「ガハッ!!」

 

 苦悶の声を上げて吹き飛ぶ白式。シールドバリアは攻撃を防いでくれるが、その衝撃までは完全に消す事は出来ない。カウンターの一撃は白式より、むしろ一夏にダメージを与えていた。

 一撃を喰らって頭が冷えたのか、今度は少し距離を取って様子を見る一夏。だが、ここで志狼は拡張領域から1つの武器を左腕にコールする。

 

 

 ───3連装マシンキャノン

    「グランディネ」

 

 格闘戦仕様の為、近接戦用の武装ばかりになった孤狼に不安を感じた浅葱が、中距離戦用の武装も取り付ける事を進言し、採用された武装。

 射撃が苦手な志狼でも当たるように、点ではなく面で制圧する事を目的とした速射性と連射性に優れた射撃武器である。

 因みにグランディネとはイタリア語で雹の意味。

 

 

 左腕の3つの砲口が火を吹く。全く予想していなかった孤狼からの砲撃を白式はまともに喰らってしまう。

 

「うわあああーーーっ!」

 

 たまらず距離を空ける白式。既にSEは4割程しか残ってない。一夏は自分にも武器があるはずと拡張領域を探す。そこにあったのは一振りの剣。

 

 

 

 ───日本刀型近接ブレード「雪片弐型(ゆきひらにがた)

 

 かつて日本代表として戦っていた姉、千冬の専用機『暮桜』の専用武器であった『雪片』。その名と力を継承したこの『雪片弍型』に、一夏は千冬の想いを感じずにはいられなかった。

 

「俺は世界で最高の姉さんを持ったよ」

 

 拡張領域から雪片弍型をコールし、構える。この剣を持っただけで体の奥底から力が湧いて来るのを一夏は感じていた。

 

 

 ようやく武器を抜いた白式を警戒する志狼。コア・ネットワークから白式の剣を検索し、その正体を掴む。

 

「なかなか厄介な武器を持っているようだな。だが!」

 

 志狼は左腕のグランディネを拡張領域に戻し、代わりに右腕にリボルビング・ステークをコールし、構えた。

 

 

 30m程の距離を空け、対峙する赤と白。

 両拳に光を纏わせ構える孤狼、対峙する白式も青眼に構えた雪片弍型が変形、エネルギーの刃を形成する。

 互いに次の一撃を必殺とする気概で集中力を高める2人。そして───

 

 

 

 

 

 

 試合終了のブザーが鳴った。

 

 

 

『“白式”SE残量0、よって、第2試合は8分21秒で“孤狼”結城志狼の勝利です!』

 

 

 真耶のアナウンスが試合の終了を告げる。だが、先程と違い歓声も罵声も起きなかった。あるのは、ただ白けきった空気と一夏の叫びだけだった。

 

「何でだああああっーーーー!?」

 

 

~side end

 

 

 

 

~志狼side

 

 

 深夜0時。俺は何となく眠れずにベッドの上で今日の出来事を思い返していた。

 

 クラス代表決定戦はかなり問題があったが取り敢えず終わった。

 セシリアとの第1試合は互いに全力を尽くした良い試合だった。初めてのバトルを勝利で飾る事が出来たのは素直に嬉しかった。

 続く織斑との第2試合。これは蓋を開ければ呆気ない幕切れだった。この試合は試合よりも試合前の織斑の暴言の方が注目され、バトルは見向きもされないお粗末な内容だった。

 バトルの結果は織斑のSE切れによる負け。どうやら白式が最後に出したエネルギー刃がえらくエネルギーを消費するらしく、睨み合ってる内にエネルギー切れを起こしたのだそうだ。何ともお粗末な結果に皆もただ呆れていた。

 

 最後の第3試合。第2試合後に織斑先生から相当搾られたであろう織斑は心身共に疲弊した状態でセシリアと対峙したが、そんな状態で勝てる訳がなく、結果としてセシリアの圧勝だった。以前俺が危惧したような遠距離からチクチクとSEを削られ、何もさせて貰えないと言う遠距離戦用機のお手本のような試合運びであった。

 

 試合の結果、俺が2戦全勝。セシリアが1勝1敗。織斑が2戦全敗とクラス代表を決める権利は俺が獲得した。

 明日のHRで決める事になるが、俺はやりたくないのでセシリアに押し付け、もとい、やって貰おう。

 

 

 そう決めた途端に眠気が来た。クラス代表が決まればしばらくはゆっくり出来るだろう。俺はそのまま眠りに落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 ───白、白、白。

 

 辺り一面が真っ白な世界に俺は立っていた。

 

 何だここは? 俺はどこに来てしまったんだ?

 俺は部屋で寝ていたはずなのに、いつの間にか学園の制服を着て、この真っ白な世界に来ていた。

 白い地面は固くも柔らかくもなく、熱くも冷たくもない。でも踏んだ感覚からするとどうやら砂らしい。

 

 白い砂の上をしばらく歩き続けると、俺が砂を踏む以外の音が聞こえて来た。

 聞こえて来たのは寄せては返す波の音。その音に向かって歩き出すと、見えて来たのは黒い海だった。白一色の世界で初めて見た別の色。それを見て俺はここが砂浜だと知った。

 

 しばらくこの景色を見ていると、いつの間にか波打ち際に1人の少女の姿があった。俺は彼女に近付いた。

 近付いて彼女を見ると、白いワンピースを着た腰まである長い黒髪の少女と言うより幼女と言う年頃の女の子だった。残念ながら後ろ姿である事と、大きな白い帽子を被っていた為に顔までは分からなかった。

 

「こんにちは、お嬢さん」

 

 俺が彼女に話しかけると、彼女はゆっくりとこちらを振り向いた。目深に被った帽子で口元しか見えなかったが、彼女は微笑んでいるようだった。

 

「1人かい? こんな所で何をしてるの?」

 

 俺が彼女と目線を合わせようと、片膝をついて尋ねると、彼女は子供らしいやや舌足らずな口調で、

 

「まってた」

 

「待ってた? 誰を?」

 

 俺がそう尋ねると、彼女は小さな指を俺に向けた。

 

「俺?」

 

 彼女はコクンと頷いて、

 

「ずっと、まってた」

 

 はっきりとそう呟いた。

 

「君は・・・・」

 

「あいにきて」 

 

「・・・・・・」

 

「まってるから」

 

 

 彼女がそう言うと、突然彼女と俺の間に突風が吹いた。その強さに一瞬、目を瞑り、再び目を開けた時には、

 

 ───彼女はもういなかった。

 

 

 彼女の消えた白と黒の世界で、俺は1人佇み、やがて意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 目が覚めた。

 

 俺は自分のベッドの上で寝ていた。格好は寝る前に着ていたTシャツとジャージ下で、学園の制服ではなかった。

 

「夢、か・・・・・」

 

 俺は体を起こして呟いた。夢だとすればおかしな夢だった。夢診断されたら何と言われる事か。

 白と黒の世界に1人佇む幼女。何故だろう、俺にとって彼女はとても大切な存在である気がしてならなかった。

 

「待ってる、か・・・・・」

 

 そう言われてもどうすれば会いに行けるのだろうか?考えても分からない。俺は考えるのを止めて横になった。

 明日、クラス代表が決まればしばらく何もない筈だ。ようやくゆっくりと出来る事だろう。俺は目を閉じて、眠りに着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 結果から言うと俺がゆっくり出来るのは当分先だった。次の火種はすぐそこまで来ていたのだ。

 

 

~side end

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございました。

ここで筆者のISバトルに対する見解をひとつ。
原作では一夏がセシリア相手に30分近く逃げ回ったとありますが、高速で飛び回るISが狭いアリーナで戦うならば、短期決戦になるのが必然で、むしろ30分以上かかるなんてあり得ないのでは、と以前から疑問に思っていました。

よって、本作では試合時間は短く、短期決戦で決着がつくように書いています。

次にアリーナのピットですが、原作ではAピットと書いてあるのを筆者は見落としてました。

自分設定でピットはE・S・W・Nの4つあり、それぞれ東南西北に対応しているとして13話を書いたので、本作ではこのままの設定で行きます。

次回はクラス代表決定から新ヒロイン登場まで書きたいのですが、また筆が乗って文字数が多くなりすぎたら2回に分けると思います。


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第15話 パーティー・ナイト 前編~代表就任



第15話を投稿します。
今回は初の前後編になりました。

今回は新たなクラスメイトのサブキャラが出ています。
彼女らは名前は原作にある名前を使わせて貰いましたが、性格などは良く解らない為、こちらで設定しています。
彼女らのファンの方がいたら、すいません。

それでは、第15話をご覧下さい。





 

 

~志狼side

 

 

 クラス代表決定戦の次の日、朝のSHRの時間。教壇には真耶先生と、その横には織斑先生が腕を組んで立っている。

 いつもの朝の光景だが、いつもと違い織斑先生の目の下にクマがあり、かなり疲れているようだった。今朝はトレーニングにも来なかったので、昨日の事後処理が忙しかったのだろう。

 そして、教室に織斑の姿がなかった。

 

「皆さん、おはようございます。昨日はお疲れ様でした。特に志狼君、セシリアさん、お2人の戦い振りは素晴らしいものでした。これからも頑張って下さいね」

 

「「ありがとうございます」」

 

 真耶先生の挨拶が終わったのを見計らい、1人の生徒が手を挙げて、皆が気になっている事を聞いた。

 

「山田先生。質問いいですか?」

 

「鏡さん? 何ですか?」

 

 彼女──(かがみ)ナギさんが尋ねる。

 

「織斑君がいませんけど、どうしたんですか?」

 

 そう言われた真耶先生は、気まずそうな視線を織斑先生に向けた。

 

「皆も昨日の織斑の暴言は聞いただろう。その罰として織斑は1週間の懲罰房行きとなった」

 

 織斑先生の言葉に皆がザワついた。懲罰房とは学園の地下にある座敷牢のような所らしい。食事は1日1食しか与えられず、薄暗い室内で延々と反省文を書かされると言う学園で執行される罰の中でも最大級の罰なのだそうだ。

 事実上の停学であり、これ以上の罰は不名誉退学しかないらしい。

 そんな懲罰房行きに今年最初に処された者が、自分のクラスから出るとは思わなかったのか、皆の表情には驚きと呆れ、中には当然と言う顔をしている者もいた。

 

「皆も織斑の暴言、暴論はさぞ不快に思った事だろう。姉として、保護者として謝罪する。本当にすまなかった」

 

 そう言うと織斑先生は姿勢を正し、皆に向かって頭を下げた。

 これには俺を含む皆が驚き、慌てて止めに入った。だが、これで織斑の株が更に下がった事だろう。

 この学園には織斑先生目当てで入学して来た熱心なファンが大勢いるのだ。彼女達が弟のせいで先生が頭を下げた、なんて知ったらどうなるか。

 俺は織斑が懲罰房から出て来ても居場所がなくなっているんじゃないかと思ったが、奴の自業自得なので気の毒とは思わなかった。

 

 

「さて、気を取り直してクラス代表を決めたいと思います。代表決定戦の結果、代表を決める権利は志狼君が得ました。志狼君、誰を指名しますか?」

 

 俺は昨夜決めた事を口にした。

 

「はい。まず織斑は不適格ですし、俺もやる気はありません。よって、最初に推した通り、セシリアを代表「異議あり!」──?」

 

 俺の発言を遮った声の方を向くと、1人の生徒が手を挙げていた。

 

「山田先生、発言してもよろしいでしょうか?」

 

「四十院さん? ええ、どうぞ」

 

 彼女──四十院神楽(しじゅういんかぐら)さんは席を立ち、俺を見ながら言った。

 

「私はクラス代表には結城志狼さんに就任して欲しいと思います」

 

「ちょっと待ってくれ。前にも言ったが俺は代表に相応しくない。だからセシリアを推薦したんだが?」

 

「その相応しくない理由は素人の自分ではクラスマッチなどで勝てないから、でしたよね。ですが、昨日の試合で貴方はセシリアさんに勝ちました。初陣で代表候補生を破った方がクラス代表に勝てないとは言えないのでは?」

 

「うっ」

 

「私はこの1週間貴方の事を見ていました。貴方は授業態度も真面目だし、訓練も積極的に受けています。朝は早くから織斑先生とトレーニングしてますし、相川さんや布仏さんのような知り合ったばかりの娘達からも慕われています。そんな貴方がクラス代表に相応しくないとは私には思えません」

 

 この娘本当に良く見てるなあ。思わず感心と呆れが半々のおかしな顔をしてしまった。すると、

 

「私も賛成! 志狼さんって最初一悶着あった篠ノ之さんともいつの間にか仲良くなってるし、織斑君とは・・・・まあ、そっちは昨日の件でアウトだけど。とにかく、明日奈さんやセシリアさんみたいに昔から知ってる娘や清香や本音みたいに学園で知り合った娘からも同じくらい慕われてるって事はそれだけ人望があるって事じゃないかな? だから私も志狼さんにクラス代表になって欲しいです!」

 

 今度は鏡ナギさんが四十院さんの意見に乗って来た。更に、 

 

「私もさんせー。志狼さんってお兄ちゃんって感じがするし、私1人っ娘だからずっとお兄ちゃんが欲しかったんだあ。だから、クラスのお兄ちゃん、じゃなくて代表になって欲しいでーす」

 

 谷本癒子(たにもとゆこ)さんまで。今まで話をした事のない娘達から次々と代表就任を要請されて、気が付けば大半の生徒が賛成していた。ああ、コレは駄目だ。

 

 

 

「えーと、それでは志狼君の代表就任に賛成の人、手を挙げて下さい!」

 

 真耶先生が言うとクラスのほぼ全員が手を挙げた。挙げてないのは、女尊男卑主義者の3人だけだった。

 

「と言う結果なんですが、どうします志狼君?」

 

 真耶先生が苦笑しながら言う。こんなの断れる訳ないじゃないか!

 

「・・・・分かりました。クラス代表、お引き受けします」

 

 俺がそう言うと、教室内は拍手と歓声に包まれた。

 

 

 

 

 こうして俺は1年1組のクラス代表に就任した。

 副代表にはセシリアに就いて貰い、他のクラスに遅れる事1週間、我が1年1組はようやく正・副代表が揃ったのだった。

 ただ、代表の就任に付随して、クラスの皆から俺に「クラスのお兄ちゃん」と言う称号が贈られた。何だコレ?

 

 

~side end

 

 

 

 

~箒side

 

 

 私は今、学園の地下にある懲罰房に向かっている。昨夜からここに入っている一夏に食事を持って来たのだ。

 最初、織斑先生に一夏に面会したいと言うと、渋い顔で拒否された。それでもしつこく懇願すると、食事を持って行く時に同行を許して貰えた。

 

「織斑先生、聞いてもいいですか?」

 

 私は地下への長い階段を降りながら、先を行く織斑先生の背中に声をかける。

 

「何だ?」

 

「一夏への罰ですが、暴言を吐いただけで懲罰房行きは流石に厳しすぎませんか?」

 

 私はちょうどいい機会なので、朝から疑問に思っていた事を聞いてみた。

 

「だろうな。普通なら暴言くらいでこうはならん。織斑の懲罰房行きは私の独断だ」

 

「な!? いくら何でもあんまりです!」

 

 私が思わず食ってかかると、

 

「落ち着け。織斑を守る為には必要だったんだ」

 

「え!?」

 

「織斑は例の暴言で学園中の生徒を敵に回した。中には危険な思想を持つ主義者もいるんだ。あのまま寮に置いておいたら襲撃されかねん。だから監視が行き届いた懲罰房に入れたんだ。これなら厳罰を与えたように見えるし、織斑の身も守れる。一石二鳥だろ?」

 

「な、成る程。でも1週間は長すぎませんか?」

 

「いや、(ほとぼ)りが冷めるにはそれくらい必要だ。と、着いたぞ」

 

 織斑先生の話を聞いてる内に私達は懲罰房に到着した。

 懲罰房は2つの部屋が連なった構造で、手前の監視室と奥の懲罰室の2つで構成されている。私は織斑先生と監視室に入り、室内にいた教員と交代した。

 

「織斑、食事の時間だ」

 

 織斑先生がマイクに向かって話す。監視室は懲罰室側の壁が一面マジックミラーになっていて、こちらからは室内が見えるが、向こうからは壁にしか見えないそうだ。

 織斑先生の声に反応して、机に伏していた一夏が動いた。

 

『千冬姉? やっと飯かよ』

 

 立ち上がり、ノロノロと小さな取入口からトレーを受け取る。

 

『何だよ。たったこれだけかよ』

 

 一夏が食事に悪態を吐く。無理もない。食べ盛りの男子高校生の食事としては量も少なく、質素な献立は健康志向の一夏でも物足りないのであろう。

 

「我慢しろ。お前は罰を受けている身だぞ」

 

『あー、はいはい。分かってるよ』

 

 悪態を吐きながらも、ほぼ1日振りの食事だ。一夏は机にトレーを置いて食べ始める。

 その様子は、何と言うか荒んでいた。大人しく食べてはいるのだが、その態度の端々から今の状況が不服だと発しているように感じた。

 チラリと織斑先生を見ると、苦い顔をして一夏を見ていた。私が感じるくらいなのだから織斑先生、いや千冬さんも当然感じているのだろう。一夏が全く反省していない事を。

 

 

 やがて食事を終えた一夏がトレーを返すと、畳の上で寝転んだ。

 改めて見ると何もない部屋だ。監視室から見た側にはトイレと洗面台があり、部屋の中央から奥が一段高く、畳張りになっている。そこには畳まれた布団と古めかしい木製の机があるだけの殺風景な部屋だ。

 こんな所で1週間も過ごすのかと思うと、正直ゾッとする。一夏はよく悪態を吐いてられると思ったが、それもまだ初日だからかも知れない。

 

 

「どうする箒。一夏に話があったんだろう?」

 

 千冬さんが声をかけて来た。確かに、私は一夏に話があってここに来たのだ。だが、一夏の様子を見て私は怖じ気付いていた。

 今の一夏は心が荒んでいる。そんな状態でまともに会話が出来るだろうか? 誰だって心が荒んだ時は攻撃的になり、心にもない言葉が出る事もあるだろう。

 だが、そんな言葉こそ本人も意図しない、偽りない真実の言葉であるのかも知れない。

 

 

 私は迷った末に千冬さんに頷いて、席を代わって貰った。

 

「一夏、聞こえるか?」

 

 緊張に声が少し震えている。マイク越しで良かったと心から思った。

 

『ん? この声は箒か?』

 

「ああ、私だ。調子はどうだ?」

 

『いい訳ないだろう。こんな所に入れられて』

 

「そ、そうだな、すまん。・・・・一夏、聞きたい事があるのだが、いいか?」

 

『・・・・何だよ?』

 

 私は息を吸い、意を決して話し始める。

 

「一夏、昨日言ったのはお前の本心なのか?」

 

『・・・・・・』

 

「男は女を守るもの、これはいい。お前らしいと思う。だが、女と戦う時は手加減しろとはどう言う事だ? お前は昔からそんな風に思っていたのか? 私はお前にとって真剣に相手をする価値もない存在だったのか!? 答えてくれ、一夏!!」

 

『うるせええええーーーっ!!』

 

 私の問いかけに怒鳴り返す一夏。一夏が私を怒鳴るなんて初めてで、思わず硬直してしまう。

 

『さっきから聞いてればゴチャゴチャうるさいんだよお前は! ああ、そうだよ。女なんか真剣に相手出来る訳ないだろ! 男と女じゃ体の作りからして違うんだ。そもそも何の為にあらゆる競技が男女別になってると思ってんだ、当たり前の事だろうが!!』

 

 何だろう? 急に視界がぼやける。

 

「い、一夏──」

 

『そもそもお前だって昨日俺を蔑んだ目で見てたじゃないか! 忘れてねーぞ!』

 

 ああ、もう駄目だ。何にも見えないや。

 

『今更理解者ヅラして反省しろってか!? 知るかよ! だいたい──』

 

 一夏の声が聞こえなくなり、不意に体の左側に温もりを感じた。

 

 そちらを見ると、千冬さんがマイクを切って、私を抱きしめてくれていた。もう、認めてしまおう。私は泣いていた。

 

「千冬さん・・・・」

 

「すまん箒、本当にすまない・・・・」

 

 もしかしたら千冬さんも泣いているのかも知れない。何の涙だろう? 悲しみ? 悔しさ? 何かは解らない。ただ、涙が溢れて止まらなかった。

 

 

 

 

 

 

 ───この日、私の初恋は終わった。

 

 

~side end

 

 

 

 

~志狼side

 

 

「え、パーティー?」

 

 昼休み。いつものメンバーで昼食を摂り終えた所、彼女──鏡ナギがやって来て、今夜パーティーをしようと提案して来た。

 

「パーティーなんて出来るの?」

 

「うん。夕食の時間が6時から7時半まででしょ。その後で、自分達で準備と片付けをするならOKだって」

 

「で? 何のパーティーなのさ」

 

「ん~、表向きは志狼さんのクラス代表就任パーティーなんだけど、要はクラスの親睦会。それに、織斑君の件で暗くなった気分を盛り上げよう、的な?」

 

「ふむ。いいんじゃないか?」

 

「ホント!?」

 

「ああ、表も裏も理由は理解出来るし、でも、今夜いきなりって大丈夫なのか?」

 

「それは大丈夫。ちゃんと食堂のオバちゃんにも山田先生にも許可は取ったから」

 

「織斑先生は?」

 

「それが、織斑先生どこにもいないんだよね~」

 

「そうか、なら仕方がないか。皆はどうだ?」

 

 皆に聞くと、全員がOKとの事だ。

 

「良かった。それじゃパーティーの件で相談があるんだけど、この中で料理が得意な人っている?」

 

 鏡さんの質問に皆を見ると、清香、静寐、本音、セシリアが顔を背けた。

 

「清香や本音、セシリアは分かるけど静寐は意外だな」

 

「私、出来はするんですけど、得意かと言われると、ちょっと・・・・」

 

「成る程、そう言う事か」

 

 静寐は何でもそつなくこなすように見えたからちょっと意外だった。

 

「分かるって言われた私達って・・・・」

 

「えへへへー」

 

「くっ、何と言う事でしょう。こんな事ならチェルシーに教わっておけば・・・・」

 

 出来ない組が何か言ってるな。

 

「じゃあ、志狼さんと明日奈さんは料理が得意なんだ?」

 

「ああ、明日奈は料理が趣味で、家でも料理は明日奈に任せていたくらいだしな。かなり上手いぞ」

 

「もう、良く言うよね。兄さんの方がずっと上手いのに」

 

「え、そうなの?」

 

「そうなの。確かに家では私が料理を任されていたんだけど、特別な日、例えば私の誕生日とかには兄さんが作ってくれたりするの。そうすると、そっちの方がずっと美味しいの」

 

「へえ、そうなんだ。楽しみだなー」

 

「因みに鏡さん。君は?」

 

「えーと、食べ専って事で・・・・」

 

「それで? 他に料理が出来るのは何人いるんだ? 後、予算はどれくらい?」

 

「・・・・えーと、」

 

 この反応、まさかとは思うが何も決まってないんじゃ・・・・

 

「参加する人数は? どういう方式のパーティーにするの? 食べ物や飲み物の種類は? それと幹事は君だけ?」

 

「・・・・・・」

 

 うわあ~、この娘思い付きで突っ走る娘だわ。こりゃあ参った。

 

「・・・・鏡さん、話し合おうか」

 

「ふえっ!」

 

 鏡さんが俺をじっと見つめながら、

 

「・・・・怒らないの?」

 

「怒りはしないよ。ただちょっと呆れてるけどね」

 

「うっ」

 

「でもね、クラスの親睦を深めようとか、暗くなった気分を盛り上げようとか、パーティーを開きたいって君の気持ちはとても尊いものだから反対はしないよ。ただ、こういう事は計画的に進める事。折角パーティーを開いても皆が楽しんでくれなきゃ意味がないだろう?」

 

「志狼さん・・・・うん!」

 

「よし、それじゃ詳細を詰めようか。皆、協力してくれるかい?」

 

「「「「はい!!」」」」

 

 俺達はパーティーについての話し合いを始めた。時間が限られている為、どこまで出来るか分からないが、彼女──ナギの気持ちは無駄にしたくはない。俺達は時間の許す限り、意見を出し合い、準備を進めた。

 

 

~side end

 

 

 

 

~明日奈side

 

 

「それでは、結城志狼さん、クラス代表就任おめでとうございまーーーーすっ!!」

 

「「「「おめでとーーーーっ!!」」」」

 

 

 午後8時。1年生寮の食堂の一画を借りて、パーティーが始まった。

 ナギがクラス全員に声をかけた所、30人中25人が参加している。参加してないのは3人の女尊男卑主義者と織斑君、それと箒。

 箒は午後の授業から姿が見えないので織斑先生に聞くと、体調を崩したというので少し心配だ。パーティーが終わったらお菓子を持ってお見舞に行こうかな、と思ってる。

 

 話し合いの結果、夕食後の事なので、セシリアの提案で夜のティーパーティーと相成った。ティーパーティーなので食事ではなくお菓子をたくさん作って、紅茶とおしゃべりを共に楽しんで貰おうと決まり、いざ、お菓子を作ろうとした所、作れる人が私達兄妹と四十院さんの3人しかいなかった。

 流石に3人で30人近い人数分のお菓子を作るに手が足りないので、出来るけれど得意ではないと言っていた静寐に手伝って貰い、4人でクッキーやマドレーヌなどの焼菓子をメインに作った。

 紅茶はセシリアが持っていたものを快く分けてくれたので、それをいただく事になった。(兄さんが言うにはもの凄く高価(たか)い紅茶らしい)

 

 それぞれがお菓子を食べてはあちこちでおしゃべりの花を咲かす。私達が作ったお菓子を皆が美味しいと言って食べてくれる。そんな些細な事がとても嬉かった。

 

 隣に座る兄さんはさっきからナギ、神楽、ゆっこの3人と話をしている。彼女ら3人共、パーティーの準備をしている内に仲良くなり、名前で呼び合うようになった。因みにゆっことは癒子の愛称の事。

 

「そうか、初日の件が解決した後で俺から話しかけてたのか」

 

「はい。思い出していただけました?」

 

「ああ、完全に」

 

「でも、あの時の志狼さん、カッコ良かったよ! まるで犯人を追いつめる名探偵みたいだった!」

 

「うん。面白かったよね~」

 

 話の内容は入学初日の事件の事らしい。後から話を聞き、箒からも謝罪されたけど、いきなり濃い1日だったと聞いて、生で見れなかったのが残念だった。

 

 そんな風に皆で楽しくおしゃべりをしていると、不意に兄さんが席を立った。

 

「どうしたの兄さん?」

 

「ああ、用意してたものが丁度冷えた頃だから取って来る」

 

 どうやら兄さんはまだ何か用意してたらしい。

 

「そう。手伝いはいる?」

 

「そうだな、1人か2人、神楽、ナギ、少し歩くけど手伝ってくれるか?」

 

「「はいっ!」」

 

「えー、私はー?」

 

「ゆっこは危なっかしいからお留守番」

 

「ぶうー」

 

 むくれるゆっこを置いて、2人を連れて兄さんは食堂を出て行った。

 

 

 

 連れて行くのに私を選んでくれなかった事が少しだけ寂しく思えた。

 

 

~side end

 

 

 

~?side

 

 

 お腹が空いた。

 久し振りの日本が懐かしくて、ついあちこち回った結果、銀行もATMも閉まっちゃって、今、私の財布の中には元しかない。逸る気持ちを抑えきれず、空港で両替しなかったのは失敗だった。

 幸い、先に送られてた学生証でモノレールには乗れたから、何とか学園には到着したけど、学園内に入るのでもう一悶着あって、ようやく学園の敷地内に入れた時には私は空腹と疲労でヘトヘトだった。

 

「うう、学園本校舎って、一体どれなのよ~」

 

 周りは既に真っ暗で、似たような建物がいくつもあるからどれがどれなのかサッパリ分からない。

 

「大体何で案内してくれないのよ~! もう!」

 

 そう、学園に入るのでモメた時、学園の職員らしき人が来て私の身元を照会してようやく入れたんだけど、その人は学園本校舎の1階にある総合受付に行くように言って案内図を渡すとどこかへ行ってしまった。

 

「何て不親切なのよ! 全くこれだから日本人は!」

 

 外国人に冷たいのは日本人の悪い所だ。単一民族で構成されてるからっていつまで排他的なんだか! そんな時、

 

 グウウウ~~~~ッ

 

 私のお腹が大きく鳴った。うう、お腹空いたよ~~。

お腹を押さえてへたり込む私。そんな時、微かに人の声が聞こえた。私は立ち上がるとその声に向かって走り出した。

 

 

~side end

 

 

 

~志狼side

 

 

「そうか、神楽にも分かったのか」

 

「はい。これでも私、昨年の全中で3位に入賞してるんですよ」

 

 俺と神楽、ナギの3人は本校舎の食堂の冷蔵庫を借りて冷やしていたデザートを持って、1年生寮に戻っている所だ。作ったのは自家製ホールプディング。大き目のボウルに入れたプリンの素を冷やして固めるだけの割と簡単なものだ。カスタードとミルクの2種類をふたつずつ作ったので、俺がふたつ、神楽とナギにはひとつずつ運んで貰ってる。本当は寮の冷蔵庫で冷やしてたかったのだが、あいにくそちらには今日の夕食のデザートのフルーツゼリーが冷やしてあり、入らなかったのだ。

 寮への道すがら、俺達に接点のある初日の事件について話していたら、神楽がかつての本音のようにわざと打たれたのだろう、と聞いて来た。俺が肯定したらちょっとドヤ顔をした神楽は何だか可愛かった。

 

「あれ? 昨年の全中って言うと、もしかして箒と当たったのか?」

 

「はい。準決勝で彼女に敗れました」

 

「そうか、それじゃ2人は以前から知り合いだったのか」

 

「いえ、それが・・・・」

 

 そう言う神楽は、悔しそうな、悲しそうな複雑な顔をしていた。何だろう?

 

「違うのか?」

 

「私から見ればそうなのですが、篠ノ之さんは、その、私の事を覚えてなかったんです」

 

「「!?」」

 

「試合の後、面を取って言葉を交わした事も彼女は覚えてませんでした。入学2日目の放課後、剣道部に入部した時に彼女も一緒だったんですが、その時こう言われました。“初めまして”と。彼女に何の印象も与えられなかったのかと思うと悔しいやら悲しいやら・・・・」

 

「神楽・・・・」

 

 話していたら、落ち込んでしまった神楽の背中をナギが優しく叩く。しかし、おかしな話だな。

 

「言葉を交わしたそうだが、何て言ったんだ? その時の箒におかしな所はなかったか?」

 

「そうですね・・・・まず、彼女の剣は酷く荒れていました。だからこう聞いたんです。どうしてそんなに荒れているの、と」

 

「箒は何て答えた?」

 

「何も。ただ驚いた顔をして去って行きました。まるで自分の剣が荒れてる事を初めて指摘されたかのようでした。それともうひとつ、名前が違ったんです」

 

「名前が違う?」

 

「ええ、あの時彼女はこう名乗っていました。篠田法季(しのだほうき)、と」

 

「・・・・・・」

 

 篠ノ之箒が彼女の本名のはずだ。ならば大会に偽名で出ていた、いや、中学に通っていた事になる。そんな事が出来るのは・・・・とその時、

 

「ちょっと、あなた達!!」

 

 暗がりから何かが飛び出した。

 

「「きゃああああーーーっ!!」」

 

 飛び出した何かに驚いて、神楽とナギが悲鳴を上げる。俺は2人を庇うように何かの前に立ち塞がる。

 果たして暗がりから飛び出した何かは、街灯の灯りの下で見ると、黒髪をツインテールにした小柄な少女だった。 

 

「あなた達! 本校舎ってどこにあるか教えて!!」

 

 彼女は切羽詰まった顔で言うと、

 

 

 グウウウ~~~ッ

 

 大きな音が鳴り響いた。

 

 

 

~side end

 

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございました。

今まで出たサブキャラ達のイメージキャラクターを紹介します。
これは、あくまで筆者のイメージですので、原作並びに皆さんのイメージとは違うかもしれませんが、ご了承下さい。

相川清香  「ラブライブ」の星空 凜
鷹月静寐  「ラブライブ」の園田海未
谷本癒子  「ラブライブ」の小泉花陽
鏡 ナギ  「ラブライブ」の矢澤にこ
      (髪を下ろした状態)
四十院神楽 「ガールズ&パンツァー」
      の五十鈴 華

1人だけ作品が違いますが、以上になります。
尚、本音はメインヒロイン枠です。

次回、後編の予告を少々。

志狼達の前に現れた謎の少女の正体は!?(笑)
まだ出てない新聞部副部長の出番はあるのか!?(笑)
第16話「パーティー・ナイト 後編」
次回、志狼が箒の過去に迫る!

ご期待下さい。



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第16話 パーティー・ナイト 中編~凰鈴音



遅くなりました。
パーティー・ナイト中編をお送りします。

はい。案の定全部書いたら一万字を越えてしまった為、二つに分けました。

よって、箒の過去編の手前までを中編として先に投稿します。
鈴を書いていたら思いの外筆が乗ってしまい、こうなりました。
楽しみにしていた人がいたら、ごめんなさい。

それでは第16話、お楽しみ下さい。



 

 

~志狼side

 

 

 グウウウウ~~~~ッ!

 

 

 夜の静寂を破るように響く奇音。それを聞いた俺達──俺、神楽、ナギの3人は思わず顔を見合わせた後、ゆっくりと音のした方を見つめた。

 

 そこには黒髪ツインテールの少女が、決して明るいとは言えない街灯の下でも分かるくらい顔を赤く染めて、プルプルと震えていた。

 

 

「・・・・えーと、腹が減ってるのか?」

 

 俺の声にビクッと反応した彼女は、

 

「な、何の事かしら!?」

 

 と、大声でごまかそうとしていた。

 

「いや、さっき君の腹の虫が──「アーアーアー、聞こえない聞こえない私には何にも聞こえなかったわ!貴方達もそうでしょ?そうよね!お願いそうだと言って!!」・・・・」

 

 魂の絶叫だった。よっぽど恥ずかしかったのか、全力でごまかそうとする彼女の姿があまりにも憐れで、聞かなかった事にしようとしたその時、

 

 

 グウウウウ~~~ッ、キュルッ、

 

 

 無情にも更なる破滅の音が鳴り響いた。

 

 

「「「・・・・・・」」」

 

 黒髪ツインテの少女はついに諦めたのか、orzのポーズでその場に突っ伏してしまった。

 

「うう~、何で~? 何でこんな時にお腹が鳴るのよ~~」

 

 彼女は既に涙目、いや半泣きだった。

 

「・・・・まあ何だ。取り敢えず何か食べさせてあげるから、一緒においで。な?」

 

「・・・・・・うん」

 

 俺が優しく肩を叩くと、彼女は今度こそ素直に頷いた。

 

 

 

 

 これが俺と「中華の麒麟児」凰鈴音との出会いであった。

 

 

~side end

 

 

 

 

 

~明日奈side

 

 

 パーティーも終盤、兄さんが作った自家製ホールプディングは大好評だった。ちょっと苦めのカラメルシロップをかけたカスタード味も、牛乳の優しい風味と練乳の甘さが際立つミルク味も、皆が一口食べると目を輝かせ、我先にと争うように食べた結果、あっと言う間になくなってしまった。兄さんが初めて家でこれを作ってくれた時、雪ちゃんと2人大喜びしたっけ。何だか懐かしい気分だ。

 そんな風に喜ぶクラスメイトを眺めていると、残っていたお菓子を貪る、と言う表現がぴったりの食べ方をしている娘が視界に入った。

 

 

 神楽とナギを連れて出て行った兄さんが20分程して戻って来ると、同行者が1人増えていた。 

 テーブルの片隅に座った彼女は神楽とナギが持って来たお菓子に目を輝かすと、余程お腹が空いていたのか、もの凄い勢いで食べ始めた。兄さんにあの娘はどうしたのか聞くと、「拾って来た」とだけ言って、厨房で料理を始めてしまった。

 

 実を言うと、目の前でお菓子を貪る娘には見覚えがあった。代表候補生の教育の一環として、他国の代表及び代表候補生の顔と名前を教えられた事がある。その時に彼女の顔を見たのだ。中国代表候補生の中でも要注意人物として教えられた彼女。

 ふと、隣を見るとセシリアも訝しげな顔をして彼女を見ていた。

 

「セシリア、彼女ってやっぱり・・・・」

 

「明日奈さんも気付きまして? ええ、間違いないですわね」

 

 私達2人の見解が一致した。その時、兄さんが大皿一杯の炒飯を持って来た。彼女は大喜びで食べ始め、あっと言う間に平らげてしまった。

 

「ごちそうさま!!」

 

「お粗末さま。しかし、良く食べたな。少しは残すかと思ったんだが」

 

「お腹が空いてたのもあるけど、すっごく美味しかったから全部食べちゃったわ」

 

「そりゃどうも。本場中国の人に出すのは心配だったけど喜んで貰えたようで何よりだ」

 

「謙遜する事ないわよ。本場でも通用する味だったわ。この私が保証するんだから間違いないわよ!」

 

 胸を張って偉そうに言う彼女。本来ならカチンと来そうな態度なのに、小柄な彼女がすると何だか微笑ましくて憎めない。兄さんも苦笑していた。

 すると、彼女がおもむろに席を立ち、兄さんに向けて左手で右拳を包む所謂包拳礼をした。

 

「美味しい食事をありがとう、お陰で助かったわ。貴方に最大限の感謝を、2ndドライバー結城志狼。私は中国代表候補生序列3位、凰鈴音(ファン・リンイン)(リン)と呼んで頂戴」

 

 凰鈴音。この業界ではかなりの有名人だ。

 幼少期を日本で過ごした彼女は14才で帰国すると、帰国時に受けた適性検査でA+と言う高さを示し、政府の薦めで代表候補生入り。翌年明けの序列決定戦において唯1人、現中国代表李紅蘭を倒して一躍勇名を上げた。

 代表候補生になって僅か4ヶ月での快挙に天才の出現、次代の申し子と持て囃され、付いた二つ名が「中華の麒麟児」。ただ他の候補生に敗れた為、代表にはなれずその年は序列6位に終わっている。

 気分屋な性格なのか強制される事を嫌い、気分が乗った時は無類の強さを発揮する反面、時に大ポカをやらかすなど問題もあるが、小柄な愛らしい容姿とその裏表のない性格が国民に受けて、「鈴にゃん」の愛称で親しまれているそうだ。

 

「代表候補生だったのか、よろしく鈴。俺の事も志狼でいい」

 

「うん、よろしくね志狼」

 

 2人が挨拶を終えると兄さんが私達を見て、手招きする。私達は顔を見合わせると、意を決して歩き出した。

 

「鈴、紹介するよ。俺の妹の明日奈と友人のセシリア。2人共君と同じ代表候補生だ」

 

「日本代表候補生序列4位、結城明日奈です。よろしく凰さん」

 

「同じくイギリス代表候補生序列3位、セシリア・オルコットです。よろしくお願いしますわ、凰さん」

 

「あ、そうなの。私、他国の候補生って興味ないから知らなかったわ。ゴメンね。私の事は鈴って呼んで」

 

 彼女があっけらかんと言い放つ。そして、

 

「ねえ! 織斑一夏ってどこのクラスか知ってる?」

 

 と、聞いて来た。その一言で皆が一斉におしゃべりを止めた。一瞬で雰囲気が変わった事に凰さん──鈴が不思議そうに周りを見る。すると突然、

 

「こんばんわー、新聞部でーす! 話題の男性操縦者2人を取材に来ましたー!」

 

 1人の女生徒が押し入って来た。しかし、

 

「お断りします。お帰りはあちら」

 

 兄さんがやんわりと彼女を出口へ押しやった。

 

「え! あの、ちょっと!? 私は取材を──「今取り込み中なんで、取材はお断り、分かった?」っいや、だから、ねえ話聞いてよ───!」

 

 新聞部員らしい彼女の声がどんどん遠ざかって、やがて消えた。

 私達は顔を見合わせ、誰が説明するかを押し付け、もとい決めようとしたんだけど、何故か皆の視線が私に向いている事に気付いた。え? 私が説明するの!? 兄さんがいないんだからここは副代表のセシリアの出番じゃないの!?

 隣にいたはずのセシリアを見ると、いつの間にか私より一歩下がって「どうぞ」と言わんばかりに手を鈴に向けていた。ズルい!! 私は仕方なく鈴に声をかける。

 

「えーと、鈴? 織斑君とは知り合いなの?」

 

「そう、幼なじみなの! 全く人が国に帰ってる間にあいつったらISを動かしたりしてるじゃない? 聞いた時は思わず食べてた拉麺吹いちゃったわよ!」

 

「そうなんだ。・・・・あのね鈴。織斑君は一応このクラスなんだけど、今はいないの」

 

「何で? さっきナギから聞いたけどクラスの懇親会も兼ねてるんでしょ? ・・・・それとも何? まさか仲間外れにでもしてるって言うの?」

 

 そう言うと不思議そうにしていた鈴の目に剣呑な光が宿る。

 

「・・・・違うわ。彼、織斑君はね、問題を起こして今、懲罰房に入れられてるの」

 

「───え? 何それ?」

 

「昨日、このクラスの代表を決めるバトルがあったの。その試合でちょっと問題を起こしてね」

 

「そんな・・・・だからって懲罰房なんて酷いじゃない!」

 

「入れたのは織斑先生よ」

 

「うっ!」

 

 幼なじみと言う事は、当然織斑先生の事も知っているのだろう。先生の名前を出すと流石の鈴も一瞬怯んだ。

 

「・・・・問題起こしたって、アイツ一体何したの?」

 

「それは・・・・」

 

「それは君自身が見て確かめるべきじゃないか、鈴」

 

 返答に困った私を助けるように、兄さんが戻って来た。

 

 

~side end

 

 

 

 

 

~鈴音side

 

 

 全く日本に帰って来てからトラブル続きだ。まあ、半分くらいは自分のせいな気もするけど、とにかくそんな私を助けてくれたのが2ndドライバー結城志狼だった。

 本国からは2人の男性操縦者と接触してデータを集めろ、なんて言われてたけどそんな気は始めっからないし、正直一夏以外の男なんてどうでも良かったんだけど、志狼本人に会って少しだけ興味が沸いた。

 困っていたアタシを助けてくれるくらいだから悪い人ではないのだろう。お菓子を食べながらも周りの話をそれとなく聞いていたけど、クラスメイトの評判も良いようだ。

 顔も一夏程ではないが、充分イケメンと言えるし、背も高く、意外と筋肉の付いた身体をしてる。素の戦闘力も高そうだ。料理も上手く面倒見がいいので、兄がいたらこんな感じかな、なんて思う。

 この短い時間接した感じでは彼は信頼出来そうだとアタシの直感が言ってる。その彼が自分で確かめろなんて言うとは、余程口では説明しにくいって事なのかな?

 

「志狼・・・・どう言う意味?」

 

「そのままの意味だよ。試合の映像記録を見て、織斑が何をしたかその目で確かめた方がいいって事さ。それと鈴、ひとつ聞きたいんだが、君は転校して来たのか? それとも織斑に会いに来たお客さんか?」

 

「勿論転校して来たのよ。それがどうかした?」

 

「いや、それなら手続きをしないといけないんじゃないか?」

 

 ! いけない、志狼に言われるまで手続きの事をすっかり忘れてた。

 

「そうだった! すぐに本校舎の総合受付って所に行かなくちゃ! 場所教えて、志狼!」

 

「・・・・残念だが総合受付は午後9時で閉まってる。もう週末だから受付出来るのは月曜の朝になるぞ?」

 

「ええ!?」

 

「因みに俺達が会った時にはもう9時過ぎてたからいずれにしても間に合わなかったけどな」

 

「えええ!? そんな~、どうすればいいのよ~」

 

 ほとほと困り果てたアタシに志狼が言った。

 

「大丈夫、こんな事もあろうかと既に呼んである」

 

 ? 一体何を呼んだと言うのか。若干不安に思っていると、2人の女性が食堂に入って来た。その内の1人は知ってる人だ。

 

「結城、どう言う事だ!?」

 

「織斑先生、真耶先生、お疲れ様です。実は・・・・」

 

 志狼が2人の先生にアタシの事を説明する。それを聞き終えると千冬さんがアタシを見る。

 

「凰か、久し振りだな。よりによってこんな時に来るとはタイミングの悪い奴め」

 

「お、お久し振りです、千冬さん・・・・」

 

 そう、一夏のお姉さんである千冬さんだった。実を言うとアタシはこの人が超苦手なのだ。志狼ったらなんでこの人を呼んで来たのよー!

 

「鈴。お2人はこの寮の寮長と副寮長なんだ。転入手続きが出来ないにしても寮に入るなら話を通しておく必要があるだろう?」

 

「アハハ・・・・・・そうね」

 

 アタシは力なく答えた。

 

「成る程、確かに迷子の子猫だな。では、凰の身柄はこちらで預かろう。お前達もいい時間だからそろそろお開きにしておけ。では着いて来い、凰」

 

「あ、ハイ」

 

 アタシは慌てて千冬さんの後を追おうとした。すると、

 

「あ、ちょっと待って下さい」

 

 志狼が呼び止めて、2人に小さな包みを渡した。

 

「パーティー用に作ったお菓子です。召し上がって下さい」

 

「そうか、ではありがたくいただこう」

 

「わあ! ありがとうございます志狼君」

 

 そう言って千冬さんはちょっと嬉しそうに、もう1人の先生は素直に喜んで包みを受け取った。千冬さんのあんな顔は初めて見たかも。

 

「鈴の事、よろしくお願いします。鈴、詳しい事は織斑先生に教えて貰え」

 

 別れ際、志狼がそう言って来た。

 

「う、うん! 分かったわ」

 

「何の事だ? まあいい、では行くぞ」

 

 

 そう言う千冬さんに続いてアタシは食堂を後にした。千冬さんの後に付いて廊下を歩きながら、ふと気になった事を尋ねた。

 

「そう言えば千冬さん、さっき迷子の子猫とか言ってましたけど、何の事です?」

 

「ん? ああ、お前の事だよ凰。結城の奴私に連絡して来た時に“迷子の子猫を拾った。引き取りに来てくれ”とこう言ったんだよ」

 

 ・・・・あんにゃろ、後で覚えてなさいよ。でも、お陰で千冬さんの機嫌は悪くなさそうだ。聞くなら今しかない!

 

「それで千冬さん、一夏って今──」

 

「凰、歩きながら出来る話でもないんでな。着いたら教えてやるから、もう少し待て」

 

「・・・・・・はい」

 

 機嫌良さげだった千冬さん顔が一瞬で険しくなった。アタシは不安気に返事をするしかなかった。

 

 

 全く、一夏の奴、ホントに何をしたのよ!

 

 

~side end

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。

中国代表は某帝国華撃団のあの人です。
中国人のキャラが他に思い浮かばなくて、彼女の登場となりました。
今後、出番があるかは未定です。

鈴の二つ名は適当に付けましたが、原作にありましたっけ?見落としてたかもしれませんが、本作品ではこのままでいきます。
ページワン入りすると二つ名が付くという設定なので、他の候補生にも付ける予定です。

後編もなるべく早く投稿したいと思いますのでお待ち下さい。


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第17話 パーティー・ナイト 後編~箒の告白



誤字報告、並びに感想ありがとうございました。

第18話を投稿します。ご覧下さい。




 

 

~志狼side

 

「それじゃ、名残惜しいけどそろそろお開きにしよう。まだ話し足りない人は各々部屋でするように。明日が休日だからって夜更かしするなよ」

 

「「「「ハーーーイ!!」」」」 

 

 

 

 時刻は午後10時過ぎ。タイミング的に先生達が来たのは丁度良かったので、俺はパーティーの閉会を宣言して、後片付けを始めた。事前に誰が何をするかを決めておいたのでスムーズに事が運ぶ。それにしても皆良く食べたものだ。用意したお菓子がほとんどなくなっている。

 

「志狼さん、残ったお菓子貰ってもいい?」

 

 テーブルを元に戻していた俺にナギが聞いて来た。

 

「いいけど、まだ食べるのか? 太るぞ」

 

「もう! 女の子にそんな事言っちゃ駄目だよ。私1人で食べるんじゃなくて、二次会のお茶受けにしたいの!」

 

「アハハ、ごめんごめん。いいよ、持ってお行き」

 

「うん! それじゃ貰ってくね」

 

 ナギはそう言うとひとまとめにしておいた余り物をビニール袋に入れ始めた。

 

「志狼さん、洗い物終わりました」

 

 洗い物を任せていた神楽が声をかけて来た。

 

「お疲れ様。こっちも終わった所だし、解散しようか」

 

 俺は周りで片付けをしていた皆に言って、解散となった。

 

 

「兄さんお疲れ様。あれ、それは?」

 

 明日奈が俺の持っている包みを見て聞いて来た。

 

「ああ、箒の分だよ。様子見がてら置いて来ようと思ってな」

 

「そっか。私も行っていい?」

 

「いいよ。行こうか」

 

 明日奈と共に箒の部屋へ行こうとすると、ナギが声をかけて来た。

 

「あ、明日奈! これから私の部屋で二次会するんだけど、明日奈も来ない?」 

 

「え、でも・・・・」

 

「行っておいで。皆お前ともっと話をしたいんだよ」

 

「兄さん・・・・うん、それじゃあ行って来るね。箒によろしく」

 

「ああ」

 

 明日奈はそう言うと、ナギと共に出て行った。俺も灯りを消して食堂を後にする。

 

 

 

 

 

 1201号室。箒と織斑の部屋だ。現在織斑が懲罰房に入っているので、今この部屋には箒しかいない。俺は部屋の呼び鈴を押して、箒が出て来るのを待つ。しばらく待っても出て来ないので、ドアノブを回すとドアが開いた。どうやら鍵を掛けてなかったらしい。

 

「箒? いるのか?」

 

 部屋は灯りが点いておらず真っ暗で、眠っているのかと思い、中を見てギョッとした。ドアのすぐ側で箒が膝を抱えて座っていたのだ。

 

「ほ、箒?」

 

「・・・・・・え? ああ、志狼か」

 

 暗い部屋の中、箒は随分と憔悴しているように見えた。これは具合が悪いとかではなく、明らかに何かあったな。俺は取り敢えずドアを閉めて灯りを点けた。明るくなった室内に一瞬顔をしかめるも、箒は全く動かなかった。

 彼女は目を開けてはいるが、その瞳は何も映してはおらず、まだ乾いてない涙の跡が見えた。

 

「箒、何があった?」

 

「・・・・・・」 

 

「俺には話せない事か?」

 

「・・・・・・」 

 

「箒、俺はお前のそんな顔は見たくない。何があったのか教えてくれないか?」

 

「うるさい!」

 

 何度も事情を聞こうとする俺に対して、箒が怒鳴り声を上げた。

 

「お前は私の何だ! 赤の他人だろう!? だったら私の事情に首を突っ込むな! もうほっといてくれ!!」

 

 そう言うと箒は膝に顔を埋め、声を殺して泣き出した。

 

 

 

 俺はそっと箒の側を離れた。

 

 今の俺にはそんな事しか出来なかった。

 

 

~side end

 

 

 

 

~箒side

 

 

 ポンッ、ポンッ

 

 温もりを感じる。

 

 温かく、優しい感触が私の背中を叩いている。

 

 規則正しいリズムを刻む音がする度に温もりが私の体を、そして心を満たしてくれる。

 

 何だろう? 温かな感触が私の冷えて固まった心を優しく解してくれるような、どこか懐かしい不思議な感触だ。

 

 私はその温もりに誘われるように目を開けて、隣を見た。

 

 

 そこには自分の上着を私に掛けて、優しく私の背中を叩いている志狼の姿があった。

 

 

「・・・・・・しろお?」

 

 自分の声とは思えないような妙に幼い声で志狼に呼びかける。志狼は手を止めて私の顔を見ると、微笑みを浮かべた。

 

「起きたか。ちょっと待ってろ」

 

 そう言うと志狼はキッチンに行って、少しすると湯気をたてたカップと皿に盛ったお菓子を持って来た。

 

「ほら、熱いから気を付けてな」

 

 私は状況が良く分からないまま、カップを受け取り一口飲んだ。中身はホットミルクで、蜂蜜を入れてるのかほんのり甘く、温かくてとても美味しかった。

 

「次はこれ。今日のパーティー用に皆で作ったんだ」

 

 そう言って皿に盛ったお菓子を勧めるので、クッキーを1枚口に入れた。途端にバターの香りとほのかな甘味が口一杯に広がった。

 

「・・・・・・美味しい」

 

 私がそう言うと、志狼は嬉しそうに笑った。

 

「そうか。ほら、これもあるぞ」

 

 そう言ってまた別のお菓子を勧めて来た。この時、私は始めて自分が空腹である事に気付いた。そして、気付いたからにはもう手が止まらなかった。

 

 

 

「ごちそうさま・・・・・・」

 

 一心不乱にお菓子を食べて空腹を満たすと、ようやく落ち着いた。それと同時に志狼に対する申し訳なさ、罪悪感が生じていた。

 私は彼に何をした!? 心配して声をかけてくれた友人に何と言った!? 朧気ながら覚えている。

 ・・・・私は最低だ。一夏から受けた仕打ちに傷付いていながら、志狼に同じ事をしてしまった! どうして? どうして私はいつもこうなんだ!!

 

 私が果てしなく自己嫌悪に陥っていると、ペチンッと間の抜けた音と頭に何かが当たった感触がした。そっと頭を上げると、そこには苦笑を浮かべた志狼がいた。

 

「・・・・・・しろお?」

 

「クスッ なーに辛気くさい顔してんだよ、箒。折角の美人が台無しだぞ?」

 

 どうやら以前のように軽くチョップされたらしい。しばらくそのまま見つめ合っていると、急に志狼が私の頭をワシャワシャと乱暴に撫で回した。

 

「わ、ぷっ、な、何をするんだ!?」

 

「ん? 何となく、だ」

 

 志狼は笑いながら、今度は優しく私の頭を撫でる。最初は何だか分からなかったが、だんだん心地好くなって来て、終いにはされるがままになっていた。

 

「全く、お前と言う奴は──「やっと笑ったな」・・・?」

 

「気付いてないか。お前は今、笑ってるんだよ、箒」 

 

 言われて初めて気付いた。ほんの少し前まで二度と笑う事なんて出来ないくらい落ち込んでいたと言うのに、今は苦笑とは言え笑っているのだ。

 

 何故? いや、答えなんて分かっている。

 それはきっと志狼が、この人が私の側にいてくれるから───

 

 

 

 

「志狼、先程はすまない。心配してくれたお前にとんでもない事を口走ってしまった」

 

 私は深く頭を下げる。しかし、志狼は、

 

「気にするな。こう言う時は誰にでもあるさ。それよりまだ事情は話したくないか?」

 

 そう言われると、別に隠すような事でもない。でも、私は今、志狼に別の話を聞いて欲しかった。今まで誰にも話した事のない私自身の話。私がどんな想いを抱えて生きて来たのかを他ならぬ志狼に知って欲しかった。

 

 

「なあ志狼。少し長くなるが私の話を聞いてくれないか? 1人の女の子の話なんだが・・・・」

 

 そう言って、私は志狼の顔を真っ直ぐに見つめる。

 

「いいよ。聞かせてくれ」

 

 志狼も私を見つめ返して言った。

 

 

 私の自分語りが始まった。

 

 

 

 

 

 

 ある所に1人の女の子がいました。彼女は両親と姉に囲まれて、普通の日々を過ごしていました。ただひとつ人と違う所があるとすれば、女の子の姉は所謂天才と呼ばれる存在だったのです。父や母にも、誰にも姉の語る事が理解出来ませんでした。やがて姉は周りの人達を見限り、無視するようになりました。

 しかし、姉は妹である女の子の事は唯一可愛がっていました。女の子も姉の語る事は良く分かりませんでしたが、姉の楽しそうな顔を見るのは大好きでした。

 

 ある日、父の経営する剣術道場に1人の少女がやって来ました。姉の友人だと言う彼女は道場に入門すると、メキメキと強くなっていきました。

 しばらくして、少女は自分の弟を連れて来ました。女の子と同い年のこの男の子も道場に入門して、剣術を学び始めました。最初の頃は女の子の方が強かったのですが、姉と同様、男の子もメキメキと強くなり、半年も過ぎた頃には女の子より強くなっていました。

 女の子は短期間で自分より強くなり、父に誉められている男の子が嫌いでした。

 

 そんなある日、女の子は学校で男子にいじめられました。掃除をサボって遊んでいる男子達を注意した女の子に、女の子が女だてらに剣道をやっている事を「男女」と言い、着けているリボンも似合わないとからかって来たのです。

 女の子は悲しくなりました。その時着けていたリボンは、可愛くて店先で見ていたものを母が特別に買ってくれたお気に入りだったのです。思わず涙が滲んで来たその時、男の子が男子達に殴りかかったのです。剣術を学んでいた男の子は数人の男子を相手にしても負けず、男子達をボコボコにしてしまいました。

 何の警告もせず暴力を振るい、先生や姉から怒られてはいたが、自分の為に戦い、助けてくれた男の子に女の子は好意を抱くようになりました。そして、その好意はやがて恋心に変わったのです。

 

 それから数年、女の子は男の子と共に剣道を続け、2人揃って大会では負けないくらいに強くなりました。このまま男の子と共にいつまでも一緒にいたいと女の子は思いました。しかし、女の子の思いは自らの姉によって絶たれる事になるのです。

 ある日、姉がとんでもない兵器を開発しました。現行兵器の全てを凌駕する性能を持つその兵器は、世界のパワーバランスを崩す程のもので、世界各国はこぞってその兵器を欲しました。所が姉は姉にしか作れないパーツを一定数作ると、姿を消してしまいました。妹である女の子にも何も言わずに・・・・・

 

 それからが大変でした。政府は残された女の子達に要人保護プログラムを適用し、身辺警護を理由に無理矢理引っ越しをさせたのです。更に執拗な監視と事情聴取を繰り返され、自由などない日々が続きました。

 引っ越しの間隔は長くて半年、短い時は1週間しかいない時もありました。更に何度目かの引っ越しの後、女の子は両親とも引き離され、偽名を名乗るように強制され、たった1人で見知らぬ土地へ放り出されたのです。世話役は付いていましたが、当然政府の人間で決して気を許す事は出来ませんでした。

 

 見知らぬ、それもいつまでいられるか分からない土地で、偽りの経歴、偽りの名前を使わされている身では友達を作る事もままならず、家に帰っても監視を兼ねた世話役がいるだけの、誰にも心を開く事が出来ない孤独な生活の中で、いつしか女の子はこの状況をもたらした姉を恨み、憎むようになりました。そして、好きだった男の子といつしか再会出来ると信じる事で、心の均衡を保つようになったのです。

 

 そんな中で、女の子は剣道だけは続けていました。剣道を続けて大会に出れば、いつしかあの男の子が自分を見つけて、捜しに来てくれるかもしれない。そんな夢のような事を信じる程に女の子の心は疲弊していたのです。

 しかし、数年が経ち、女の子が少女に成長した頃、少女の初恋の男の子との再会を願い続けていた剣は、いつしか自分の置かれた状況に対する恨み辛みを吐き出す為の憂さ晴らしに変わってしまったのです。 

 その事に気付いたのは中学3年の全国大会。準決勝で対戦した娘から何故そんなに荒れてるのか、と問われてから。そう言われて初めて自分の剣がただの暴力に成り下がっていた事に少女は気付いたのです。

 結局、少女はそんな荒れた剣で優勝してしまいました。しかし、自分の剣の姿に気付いた少女はただ、恥ずかしくて、情けなくて誇る事などとても出来ませんでした。

 

 やがて少女も進路を考える時期になりました。しかし、少女の進路は政府によって、姉の作った兵器の事を学ぶ特殊な学園への入学が既に決まっていたのです。少女は反発しましたが、全寮制の為、監視役が側にいなくなる事と、本名で通ってもいいと言われた事から入学を了承しました。

 そんな時、あの男の子が自分と同じ学園に通う事が判ったのです。テレビで見た少年はあの男の子が成長した姿に間違いありませんでした。少女はこれぞ運命と感じ、少年との再会に心躍らせました。

 

 季節が巡り、少女は学園に入学し、待ち望んだ少年との再会を果たしました。

 少年が自分の事を覚えていてくれて嬉しかった。お互い成長したのに、すぐ自分だと判ってくれたのが嬉しかった。自分が全国大会で優勝した事を知っていたのが嬉しかった。

 少女は少年と再会出来た事が何より嬉しかった。今まで偽りの名前、偽りの自分で人と接してきたが、もうそんな必要はない。何よりここには昔の自分を知っている彼がいてくれる。彼の為ならば何でも出来る、とまで思ってしまった。

 

 今思えば、少年と再会した事と自分を偽らなくていい事の二重の喜びに、少女は所謂ハイになっていたのでしょう。だからこそ少年を無視した青年、彼に対して本来あり得ない暴力を振るってしまったのです。

 そんな少女を青年は許し、少年との恋を応援するとまで言ってくれました。それは少女にとって久方振りの友達が出来た瞬間でした。

 

 そして、学園で生活する内に色々な事がありました。

 青年とより親しくなれた事、青年を介してクラスメイトと友達になれた事、皆でした学園見学ツアーがとても楽しかった事、青年の戦う姿がカッコよくて皆ではしゃいだ事など。それは少女にとって久し振りの本当に心から楽しい時間でした。

 

 しかし、そんな楽しい学園生活に水を差す存在がありました。それは他ならぬ少年でした。

 少年は学園に入学して以来、悪目立ちしていました。元々男が2人しかいなかったので、周りの注目を浴びていたのですが、嘘を吐いたり、一般常識を知らなかったり、自分に都合のいい解釈をしてクラスメイトと口論になったりと、周りの評価を下げるような事ばかりしていたのです。

 少女から見ても、中学3年間帰宅部だったらしく、剣の腕がガタ落ちしていたり、同室である少女に愚痴や青年の悪口を吐いたりする、そんな以前とは変わってしまった少年の姿に少女は胸を痛めていました。

 

 そんなある日、青年との試合前に全ての女性を貶めるような発言を少年はしてしまったのです。

 その結果、少年は反省するようにと懲罰房に入れられてしまいました。少女は少年の本心を確かめたくて会いに行きました。そして、少年と話をしたのですが、結果は散々なものでした。罵詈雑言を喚き散らし、口汚く罵るその姿に少女の好きだった少年の面影は、もうどこにもありませんでした。

 

 

 こうして、少女の初恋は終わりを迎えました。

 

 

 傷心の少女を青年は心配してくれました。しかし少女は青年の好意を無下にして、喚き散らし、自分が少年にされた事をそのまま返してしまったのです。

 しかし、それでも青年は少女の側にいてくれました。泣き疲れて眠ってしまった少女に寄り添い、背中を優しく叩いて、側にいる事、1人じゃない事を少女に示し続けてくれました。

 

 

 

 ───少女()はこうして、本当の意味で目覚

    める事が出来た。

 

 ───少年(一夏)の仕打ちによって渇いた私の心

    を

 

 ───青年(志狼)が優しさで満たしてくれた。

 

 

 

 思えば学園に入学してから貴方には助けて貰ってばかりだった。

 今は感謝の気持ちを伝える事しか出来ないけれど、いつか、私にも貴方の為に出来る事が見つかればいいなって思う。

 

 

 ありがとう。心配してくれて、

 

 ありがとう。話を聞いてくれて、

 

 ありがとう。側にいてくれて、

 

 

 今、心から思う。貴方に出会えてよかった、と。

 

 だから今、全ての想いを乗せて伝えたい、貴方へ───

 

 

 

 

「ありがとう、志狼」

  

 

~side end

 

 

 

~志狼side

 

 

「ありがとう、志狼」 

 

 

 長かった話の終わりに、そう言って笑顔を見せる箒。その笑顔は今まで見た事のない、何かから解放されたような、透き通った、無垢な笑顔だった。

 そんな笑顔を見せる箒を、俺は思わず抱きしめていた。

 

 

「し、志狼?」

 

 戸惑い、声を上げる箒。でも、いつものように慌てたりはしなかった。

 

「うるさい。いいから黙って抱きしめさせろ」

 

「クスッ はい♪」

 

 ぶっきら棒に言う俺に、どこか面白そうに箒が答え、手を背中に回して抱き着いて来る。

 端から見れば抱きしめ合う恋人同士に見えるだろう。だが、当事者である俺達にやましい気持ちはなく、ただ、お互いの存在を確かめ合うように、温もりを分け合うように抱き合っていた。

 

 

 以前から箒はまともな育ち方をしてないと思ってはいたが、まさかこれ程とは思わなかった。つくづくこの国の政府はクソだな。

 年端もいかない女の子を孤立させ、見かねた姉が出て来るのでも待っていたのか、いずれにしても人の所業じゃない。一体どれ程の痛みを抱えて来たのか、箒に感じていた歪みの正体を知り、俺は憤っていた。

 

 長い間、孤独の中にあった箒はどうやらスキンシップに飢えていたようで、今、俺の腕の中にいる彼女は心地よさそうな笑みを浮かべていた。

 

 

「・・・・しろお」

 

「・・・・ん?」

 

「・・・・何だか眠くなって来た。このまま眠ってもいいかな?」

 

「・・・・このままか?」

 

「・・・・うん、このままがいい」

 

「・・・・いいよ。お休み」

 

 俺はそう言うと、箒の腰に回していた左手で、彼女の背中をゆっくりと優しく叩き始めた。

 

「ふふっ」

 

「どうした?」

 

「ん、これ好き」

 

「そうか」

 

「うん・・・・」

 

 しばらくすると、微かな寝息が聞こえて来た。

 

「・・・・箒?」

 

「・・・・・・」

 

「お休み箒、良い夢を」

 

 俺は近くにあったタオルケットを取ると箒に掛けて、目を閉じた。

 

 

~side end

 

 

 

 

~箒side

 

 

 温かい。

 

 志狼に抱きしめられ、彼の温もりを感じている。

 まるで丁度良い湯加減のお風呂に入っているかのように、心地良く、幸せな気分だ。

 いつもの私なら男に抱きしめられたりしたら、パニックを起こして相手を殴ってるだろう。

 でも、その相手が志狼だと言うだけで、私はこんなにも安らぎを感じている。それはきっと私の心に変化があったから。その変化によって生まれた想いを名付けるなら───

 

 

 

 本音を言えば、このまま自分の全てを志狼に捧げてしまいたい。でも、志狼はきっと受け入れてはくれないと思う。

 一夏との恋に終わりを迎えた私が自棄を起こしていると考えて、決して本気で向き合ってはくれないだろう。

 だから今は何も言わない。少し時間を置いてから改めて私の想いを伝えよう。

 

 

 だから今は、今だけは甘えさせて?

貴方を独り占め出来る機会なんて滅多にないんだから。

 志狼の温もりを感じながら、私は眠りに就いた。

 

 

~side end

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。

次回は鈴と一夏の再会の前にワンクッション置いて日常回をお送りしたいと思います。


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第18話 クラス代表会議



前話「パーティー・ナイト後編」投稿後、沢山の感想及び評価をいただきありがとうございました。
概ね好評で、特に箒が可愛かったと言って貰えて嬉しく思います。
志狼には箒を幸せにするべく頑張って貰おうと思っています。

今回は一夏と鈴の再会前にワンクッション置いて、クラス代表となった志狼と他のクラスの代表との出会いと、来るべきクラス対抗戦についての話です。

他クラスの代表・副代表として新キャラが4人登場しています。
どの作品のどのキャラが出ているか、予想しながらご覧下さい。


ヒント アーキタイプ・ブレイカーから
    1名
    アスタリスクから1名
    なのはストライカーズから2名
  
    です。


 

 

~志狼side

 

 

 4月の朝、まだ冷たい空気の中、俺はゆっくりと目を覚ました。いつもは肌寒く感じるのに今朝は妙に温かくて心地いい。昨夜はどうしたんだっけ? 思い出そうとしたその時、腕の中で何かが動いた。驚いた俺がそちらを見ると、腕の中の箒が身じろぎした所だった。その瞬間、俺は全て思い出した。

 

「ん・・・・」

 

 そうだった。昨夜は箒の過去の話を聞いた後、彼女を抱きしめて、そのまま眠ってしまったんだ。うわあ~、マズい。女の子の部屋に一晩泊まってしまった。いくら何もなかったとは言え、他の誰かに知られたら俺は死ぬ! 主に社会的な意味で。

 時計を見ると間もなく5時。習慣でいつもの時間に目を覚ました自分を褒めてやりたい。今なら起きている人は少ないだろう。急いで箒を起こして自分の部屋に戻らなくては!

 

「箒、起きろ」

 

 俺は彼女の身体を軽く揺すって声をかける。

 

「ん? ん~~~」

 

 箒はまだ目が覚めないのか、更に強く抱き着いて来た。うっ、身体に柔らかくて巨大なモノが押し付けられて、気持ちがいい、ではなく、ヤバい。

 

「ほ、箒!?」

 

 箒に声をかけてもまだ目を覚まさない。間近で見る箒はやっぱり綺麗だ。以前明日奈にも言われたが、つくづく俺の好みにどストライクだと思う。正直このまま美味しくいただいてしまいたい所だが、傷心の彼女につけ込むような真似はしたくない。とにかく早く起こさねば。

 

「箒、頼むから起きてくれ」

 

「すうすう」

 

「おーい、箒ってばー」 

 

「クスッ くうくう」

 

「・・・・箒サン。お前実は起きてるだろ?」

 

「・・・・・・」

 

「・・・・起きないと実力行使するぞ? 色んな所を触られてもいいのか?」

 

「・・・・・・うん」

 

 返事があって驚いて箒を見ると、顔を赤く染めて、寝たふりを続けてる。そうか、そっちがその気なら仕方がない。俺は背中に回していた手をゆっくりと下げる。

 

「ん・・・・・・あっ!」

 

 背中をなぞる手の感触に声を上げる箒。そして俺は、

 

 

 

 ───箒の耳に息を吹き掛けた。

 

 

「! ひゃんっ!!」

 

 箒は飛び上がって、俺から離れた。

 

「し、志狼! 何をするんだ!!」

 

 箒は顔を真っ赤にして、息の掛かった耳を押さえて涙目になっている。正直、無茶苦茶可愛い。

 

「おはよう。言ったろ、実力行使するって。そもそも寝たふりしてるのが悪い」

 

「ううう~~~、」

 

 呻き声を上げる箒に苦笑して立ち上がる。この時俺は失念していた。俺の両脚は箒を一晩中乗せていて痺れていたのだ。よって、立ち上がった瞬間俺の両脚は力を失い、結果、目の前の箒を押し倒した。

 

「うわあ!」

「きゃっ!」 

 

 ドシンッ!

 

 

 音を立てて箒を押し倒す俺。何をやってるんだ俺は!

 

「痛てて・・・・すまん箒、大丈夫か?」

 

「もう・・・・うん、私は大丈、ぶ・・・」

 

 箒の返答が途中で止まったので何かあったのかと急ぎ目を開けると、目の前に彼女の顔があった。

 顔を赤くしながら俺をじっと見つめる箒。甘い吐息さえ感じる距離で彼女の目が潤んでいる。ああ、やっぱり綺麗だな。こんな綺麗な娘に好かれていながら織斑は何をしてるんだか。やがて彼女は意を決したように目を閉じた。ああ、もう駄目だ。彼女に引き寄せられる。

 

「・・・・箒」

 

「・・・・うん」

 

 2人の唇がゆっくりと近付き、距離がゼロになる瞬間、

 

 

 

 

 

 ピピッ、ピピッ、ピピッ、

 

 

 

 俺の携帯のアラームが鳴った。毎朝起きている時間、5時になったのだ。俺達は反射的に身体を離し、まるで夢から醒めたかのような顔をして見つめ合う。そして、

 

 

「プッ、ククク───」

「プッ、アハハ───」

 

 2人同時に吹き出してしまった。

 

 

「ふふっ、しかし絶妙なタイミングだったな」

 

「ああ、全くだ。・・・・さて、そろそろ俺は行くよ」

 

「うん。・・・・ありがとう志狼。その、色々と」

 

「ああ、それじゃ、な」

 

 俺は立ち上がりドアの前に立つ。駄目だ、俺が出て行くと言った時の寂しそうな顔が忘れられない。

 

「箒」

 

「! は、はい!?」

 

「朝食は一緒に食べよう。また後でな」

 

「あ・・・・・・うん!」

 

 そう返事をした箒は輝くような笑顔を見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 こうして俺はこっそりと箒の部屋を出て、誰にも見られずに自分の部屋に戻る事に成功した。しかし、

 

 

 

 

「・・・・お帰りなさい兄さん。随分遅かったのね?」

 

 部屋の中には明日奈が仁王立ちで待ち構えていた。

 

「全く、朝帰りだなんて、どこで何をしてたのか全部話して貰わなくっちゃ、ね♪」

 

 明日奈は満面の笑顔をしていたが、目は全く笑っていなかった。

 

 

 

 

 

 結局、この日は朝のトレーニングに行けなかった。

 

 

~side end

 

 

 

 

~セシリアside

 

 

 月曜日。朝のSHRでの出来事でした。

 

「最後に連絡事項ですが、今日の放課後第3会議室で1年生のクラス代表会議が行われます。代表、副代表の2人は必ず出席して下さい」

 

 クラス代表会議? クラス代表の仕事として生徒会との会議に出席すると言うのは聞いていましたが、これは初耳です。(わたくし)は手を挙げて山田先生に聞いてみた。

 

「山田先生。クラス代表会議と言うのは初めて聞いたのですが、何をするんですか?」

 

「あ、はい。クラス代表会議は今年から始まる制度で、毎月15日に開催されます。これは3ヵ月に一度行われる生徒会との全体会議の予備会議として、学年毎の意見を統一しておく事を目的としています。実は昨年までの全体会議は学年やクラス、科が違う事で意見が食い違い、毎回紛糾していまして、かなり時間がかかっていたんです。それらの無駄をなくし、会議をスムーズに進める為に今年から行われる事になりました」

 

 山田先生がそう説明してくれました。成る程、会議の為の会議と言う事ですか。一見二度手間にも思えますが、会議と言うのは参加する人数が多い程纏まらないものです。ですから先に学年毎に意見を統一して、全体会議をスムーズに進めようと言うのは理に適っています。

 

「本来はもっと早く開かれるはずが、うちのクラスだけ代表の決定が遅れたので今日行う事になったんだ。代表の2人はその事を肝に銘じておけ」

 

 そう織斑先生は言いましたが、そもそもクラス代表をバトルで決めようとしたのは貴女なのでは? 多数決でもジャンケンでもいいからさっさと決めてしまえばこんな事にはならなかったでしょうに、と考えていると、

 

「オルコット、何か言いたい事でもあるのか?」

 

「! いえ、何でもありませんわ」

 

 いきなり織斑先生に聞かれてしまいました。何と言う野生の勘。正に恐るべし、ですわね。(わたくし)も痛い目に合いたくありませんから余計な事は考えないようにしましょう。

 それにこれで放課後は志狼さまと2人きりです。志狼さまの周りにはいつも誰かしらいるので、2人きりなんて贅沢な時間は久し振りです。今から楽しみで思わず笑みが零れてしまいます。

 

 

 パァン!

 

 

「何をニヤニヤしてるんだお前は」

 

 優雅に微笑んでいたはずが、先生にはニヤニヤしているように見えたらしく、織斑先生名物出席簿アタックを受けてしまいました。これ、本当に痛いです。何故出席簿でこんな威力が出せるのでしょうか?

 チラリと後ろを見ると、志狼さまが苦笑していました。うう、恥ずかしい所を見られてしまいました。しばらく顔を合わせ辛いです・・・・

 

 

~side end

 

 

 

 

 

~志狼side

 

 

 放課後。俺はセシリアと共に第3会議室に来ていた。この会議室は収容人数20人以下の小規模なもので、中央にコの字形に机が並べてあり、組別に座る位置が決められていた。

 

「俺達が一番乗りのようだな。座って待ってようか、セシリア」

 

「はい」

 

 俺はセシリアの席を引いて座るように促す。

 

「ありがとうございます、志狼さま」

 

 セシリアは嬉しそうに微笑んで、席に着く。俺も彼女の隣りに座ると、ドアが開いて2人の美少女が入って来た。その内の1人は見知った顔だ。

 

「あれ、 鈴?」

 

「志狼・・・・やっほ」

 

 鈴は力なく挨拶して来た。この様子だと織斑の事を先生から聞いたらしい。元気一杯だった彼女が見る影もない。鈴ともう1人の濃緑色の髪と薄褐色の肌をした美少女は俺達の隣りに座った。

 

「志狼、この間はありがとね」

 

「ああ、大丈夫か?」

 

「ん、まあね」

 

 あまり大丈夫そうじゃないな。まあ、俺が手を貸す筋合いもないか。すると、また2人の美少女が入って来た。

 オレンジ色の髪をツインテールにした娘と濃い青色の髪をショートにした娘の2人だ。

 

「・・・・・・」

 

「こんにちは~、3組で~す」

 

 オレンジツインテの方は無愛想にこちらを見ただけだが、青髪ショートの方はにこやかに挨拶して来た。

 

「やあ、こんにちは。3組の席はそこだから座って待っててくれ。まだ全員揃ってないんだ」

 

 俺がそう言うと、

 

「あ、そうなの? じゃあそうさせてもらいまーす、行こうティア」

 

「ええ、スバル」 

 

 3組の2人も席に着く。後は4組だけなんだが、遅いな。それに全員揃ったとしてどうするんだ? 少なくとも俺は何も聞いてないんだが・・・・

 すると、ドアが開いて3人の美少女が入って来た。1人は栗色の長い髪を三つ編みにしたメガネをかけた娘。彼女は確か入学式で司会進行役をしていた娘だ。リボンタイの色が赤だからどうやら3年生の先輩らしい。

 他の2人は良く似た雰囲気をしている。水色の髪と言い小柄な身体と言いパッと見良く似ている。違うのはメガネを掛けた方は気が弱いのか不安そうな顔をしており、もう1人は無表情でポヤ~っとしていた。

 

「すいません。遅くなりました」

 

 三つ編みメガネの先輩がそう言って司会席に着いた。どうやら彼女が司会進行役を務めてくれるらしい。ともあれ各クラスの代表がようやく揃ったようだ。

 

 

「それでは1年生のクラス代表会議を始めます。私は今回の司会進行役を務めます生徒会会計、3年3組の布仏虚(のほとけうつほ)です。よろしくお願いします」

 

 そう言うと布仏先輩は綺麗に一礼した。俺達も各々返礼する。珍しい名字に俺は身近にいる同じ名字の娘を思い浮かべた。姉妹かな?

 

「それではまず最初に自己紹介をして貰います。では1組からお願いします」

 

 いきなり俺からか。俺は返事をして席を立つ。

 

「はい。1組代表、結城志狼です。まずこの場を借りて皆さんに謝罪したい事があります」

 

 俺がそう言うと、セシリアも席を立った。

 

「我が1組の代表決定が遅れた為、この会議の開催が遅れた事、並びに当クラスの織斑一夏が全校生徒に対して暴言を吐いた事をここにお詫びします。申し訳ありませんでした」

 

 俺とセシリアは同時に頭を下げる。すると、

 

「い、いいんですよ。その件はお2人のせいではないんですから、頭を上げて下さい!」

 

 布仏先輩が慌てて言う。他の娘達の様子を見ると皆も驚いていた。

 

「ありがとう。そう言って貰えると助かります。ともあれよろしくお願いします」

 

 俺はセシリアに目配せして席に着く。

 

「改めまして、1組副代表セシリア・オルコットです。イギリス代表候補生の序列3位をいただいています。よろしくお願い致します」

 

 優雅に一礼してセシリアが席に着くと、続いて鈴が席を立った。

 

「2組代表、凰鈴音よ。今日転校して来たばかりだけど、私が中国代表候補生だと知った元の代表が辞退したから新しく代表に選ばれたの。よろしくね!」

 

 鈴が席に着き、隣りの薄褐色の肌の娘が席を立つ。

 

「2組副代表、ヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーです。タイ代表候補生、序列7位です。よろしくお願いします」

 

 ギャラクシーさんが席に着き、向かい側のオレンジツインテが席を立った。

 

「3組代表、ティアナ・ランスター。アメリカ代表候補生、序列8位です。よろしくお願いします」

 

 ランスターさんが席に着き、隣りの青髪ショートが席を立つ。

 

「こんにちは! 3組副代表、中嶋昴(なかじますばる)です。皆さんよろしくお願いします!」

 

 中嶋さんが元気良く挨拶する。彼女が席に着くと、隣りの水色ツインズのメガネの方が席を立つ。

 

「どうも、4組代表、更識簪です。一応日本代表候補生の序列3位をいただいています。よ、よろしくお願いします」

 

 更識さんが席に着き、隣りの水色ツインズの無表情の方が席を立──たずにボーッとしていた。

 更識さんが慌てて彼女の肩を揺すると、無表情っ娘はようやく反応した。

 

「あ、私の番?・・・・4組副代表、沙々宮紗夜(ささみやさや)。よろしく」

 

 彼女──沙々宮さんは座ったままペコリとお辞儀すると、またボーッとし出した。

 

「す、すいません。彼女はいつもこんな感じでして・・・・」

 

 更識さんが立ち上がって周りにペコペコし出す。苦労してそうだなあ、彼女。

 

「い、いえ、いいんですよ。お嬢、いえ更識さんが悪い訳ではありませんから。

コホン それでは会議を始めたいと思います。まず来週末に行われるクラス対抗戦についてです」

 

 

 

 ───クラス対抗戦(リーグマッチ)

 

 

 4月末に開催される各クラス代表同士のISバトルマッチ。今現在の各クラス代表の実力を図る為に毎年行われている、本来新学期最初のISバトルイベント。

 

 

 

 

 そう言えば、俺が最初にクラス代表になるのを渋ったのは、すぐにこのイベントがあったからなんだよなあ。あの頃は入学して1ヵ月も経ってないのにバトルなんて出来る訳ない、と思っていたが、何とかなるもんだ。真耶先生や浅葱に感謝しなくちゃな。 

 そんな事を考えている内にも布仏先輩の説明は続く。基本的に俺達がイベントでやる事はない。何故なら学園で開催されるバトルイベントは全世界にテレビ中継されるので、専門のイベントスタッフが取り仕切るからだそうだ。こう言う所は流石国立と言うべきか。

 また、試合に先立ち、専用機のない者には優先的に機体が貸し出され、クラス対抗戦が終わるまでは専用機として使って良いそうだ。

 

「クラス代表の中で専用機がないのは3組のランスターさんだけですね? では会議の後で──「あ、あの、う、布仏先輩! 私も、その、」

 

 4組の更識さんが手を挙げて何かを言おうとしてる。布仏先輩は察したようで、

 

「あ! そうでした、更識さんも専用機が使えないんでしたね。すいません。では、更識さんとランスターさんは会議の後、格納庫へ行って機体を選んで下さい」

 

 専用機が使えない? どう言う事だろうと疑問に思っていたら、隣りの鈴が手を挙げた。

 

「布仏先輩、質問!」

 

「凰さん? 何でしょうか?」

 

「専用機がないなら分かるんだけど、使えないってどう言う事ですか? 彼女はページワンなんだから専用機を貰ってるはずでしょ?」

 

 鈴の質問に布仏先輩と更識さんが顔を見合わせる。

 

「その・・・・私の専用機、未完成なので」

 

「未完成? 何で? 政府に要請はしてないの?」

 

「え、いや、あの、その・・・・」

 

 矢継ぎ早に鈴が聞くが、更識さんはあわあわして答えられない。

 

「鈴。あまり他国の事情を根掘り葉掘り聞く物じゃないぞ。お前だって言えない事もあるだろう?」

 

「うっ、確かにそうね。ごめん更識さん、ちょっと気になったもんだから」

 

「あ、いえ、大丈夫です」

 

 俺が諌めると鈴は思いの外言う事を聞いてくれた。更識さんは俺に向かって軽く会釈して感謝の視線を向けて来る。

 

「ここまでで何か質問はありますか? なければ組合わせを決めたいと思います」

 

 質問はないようで、布仏先輩の問いには誰も答えず、クラス対抗戦の組合わせを決める事になった。組合わせは先輩が事前に作っておいたくじで決めた。その結果、

 

 

  第1試合  1組対3組

 

  第2試合  2組対4組  

 

 

 と、なった。

 

 

 初戦は3組、ランスターさんが相手だ。彼女を見ると俺を睨み付けていた。俺は彼女に嫌われるような事をしただろうか? それとも主義者なのか?

 いや、どうやらどちらでもないようだ。彼女の瞳には絶対負けないと言う強い意思が込められていた。いいだろう。相手に取って不足はない。

 

 

「はい。クラス対抗戦の組合わせはこの通りになりました。皆さんがんばって下さいね。では、最後にこのクラス代表会議の議長を決めたいのですが、立候補又は推薦はありませんか?」

 

 布仏先輩に言われるも、誰も反応しない。まあ大半が今日会ったばかりだから誰が適しているかなんて分からないしな。そんな中、

 

「別に今決めなくてもいいんじゃない? クラス対抗戦で優勝した人が議長って事にしちゃえば。一番強い人がトップって事で、どう?」

 

 唐突に鈴が言った。成る程、シンプルでいい。

 

「いいんじゃないか。俺は賛成だ」

 

 俺が鈴の意見を支持すると、他の娘達もこぞって賛成の意を示した。

 

「分かりました。では、議長はクラス対抗戦の優勝者に就いて貰います。お疲れ様でした。これで1年生クラス代表会議を終了します。更識さんとランスターさんはこの後格納庫に行きますので、付いてきて下さい」

 

 

 会議が終わり、解散となった。セシリアを伴い会議室を出ようとした俺に、鈴が声をかけて来た。

 

「当たるのは決勝ね。貴方と戦ってみたいんだから、初戦で負けるんじゃないわよ」

 

「負けるつもりで戦った事なんて一度もないよ。お前こそ油断して初戦を落とすなよ」

 

「ふふん、誰にもの言ってんのよ」

 

 鈴は好戦的な笑みを浮かべる。

 

「対抗戦、楽しみだな」

 

 俺はそう言うと、今度こそ会議室を出た。

 

 

~side end

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。

皆さんの予想は当たりましたか?
今回登場した新キャラについて解説したいと思います。

2組副代表のヴィシュヌ。
実は筆者、アーキタイプ・ブレイカー(以後AB)は未プレイです。
興味はあったのに手をこまねいていたら、いつの間にか終わってたという体たらく。よって、設定に書いてある事しか知りません。
彼女がどんな話し方をするのか、一人称は私でいいのかすら分からないので、どなたか知っている方がいたら教えて下さい。
因みに、何故彼女を使ったかというと、単純にビジュアルが気に入ったからです。
本作ではABからヴィシュヌ以外に乱とグリフィンの2人が登場の予定で、乱はヒロイン枠に決定しています。いつ出るかは気長にお待ち下さい。


3組代表・副代表のティアナと昴。
ティアナはアメリカ代表候補生ですが、専用機を持っていません。よって、専用機持ちにコンプレックスを持っています。作中で志狼を睨んでいたのはその為です。
話の展開次第でヒロイン昇格もありえるキャラです。

中嶋昴はスバル・ナカジマをIS世界風に漢字にしたものです。字は当て字です。
彼女は一般人でティアナとは学園で知り合いました。部屋が同室ですっかり懐いて現在に至っています。
例の火災でなのはに助けられ、彼女に憧れて操縦者を目指しているという設定です。


4組副代表の紗夜。
タグにしっかりアスタリスクと表示しておきながら、20話近くになってやっと1人登場するという体たらく。
水色の髪が簪とお揃いでいいかな、と思い、登場させました。
因みアスタリスクのキャラはシルヴィア、綺凛、クローディアが登場する予定です。


次回はいよいよ一夏と鈴の再会となります。
果たしてどうなるのか、乞う御期待!












ホントどうしようかなあ・・・







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第19話 再会と再開発


第19話を投稿します。

皆さんお待ちかねの一夏と鈴の再会ですが、今回はさわりだけとなっております。
楽しみにしていた方がいたら、申し訳ありません。
前半の簪パートで文字数を使いすぎた為、こうなってしまいました。

それでは期待外れかもしれませんが、第19話、ご覧下さい。



 

 

~志狼side

 

 

 孤狼が帰って来た。

 

 いきなり何を言ってるのかと思うだろうが、事実なんだから仕方がない。詳しく言うと、織斑との試合後、データ解析の為、浅葱に預けていた孤狼が帰って来たのだ。

 

 

 それは昨日の夕方、クラス代表会議を終えた寮への帰り道、俺の携帯に浅葱から電話が入った。一緒に帰っていたセシリアに断りを入れて俺は電話に出た。

 

 

『ハイ志狼。今、大丈夫?』

 

「ああ、構わないよ」

 

『実は今、駅まで来てるんだけど、ちょっとだけ出て来れない?』

 

「駅にいるのか? 分かった、少しだけ待っててくれ」

 

『悪いわね。それじゃあまた後で』

 

「ああ、後でな」

 

 

 俺は電話を切ると、再びセシリアに断りを入れて、駅に向かった。

 

 

 

 

 「IS学園前」駅に着くと、初めて会った時と同じ青いスーツを着た浅葱がいた。

 

「浅葱」

 

「ハイ志狼。悪いわね、来て貰って」

 

「構わないさ。それで、どうしたんだ?」

 

「うん。立ち話もなんだから入らない?」

 

 そう言って浅葱が指さしたのは駅に併設されている全世界規模のファーストフード店だった。

 

 

 

 注文した品を持って席に着くと、ドリンクを一口飲んでから浅葱が話し始めた。

 

「まず、今日来て貰ったのはこれを渡す為よ」

 

 浅葱はハンドバッグから小さな箱を取り出した。

 

「浅葱からプレゼントを貰えるなんて嬉しいな。大切にするよ」

 

 俺が真面目な顔で言うと、浅葱は飲んでいたドリンクを吹き出した。

 

「ゲホッ、ゴホッ、な、何言ってんのよアンタは! な、何で私がアンタにプ、プレゼントなんかするのよ!!」

 

「落ち着け、冗談だ」

 

 その一言に揶揄われていた事に気付いた浅葱は、口元を拭いていたハンカチを握りしめ、プルプルと震えていた。

 

「・・・・アンタってホンットにイイ性格してるわね!」

 

「お誉めに預かり恐悦至極」

 

「誉めとらんわ、馬鹿!!」

 

「まあまあ、話を戻そう。察するにこれは『孤狼』なんだろう?」

 

「そうよ! データ解析と機体の改修が終わったから持って来たの!!」

 

「そうか、わざわざありがとう。休日返上で頑張ってくれたんだな。浅葱は勿論だけど絃神の皆さんにも礼を言っておいてくれ」

 

 俺が頭を下げると、浅葱が面食らったような顔をした。

 

「へ? ああ、うん、分かった・・・・(うう、コイツやっぱりズルい。何で急に真面目になるかなあ。自分達の頑張りを素直に認められたら嬉しくなっちゃうじゃないのよ、もう!)」

 

「ん? どうかしたのか?」

 

「な、何でもないわよ! それより開けて見なさいよ!」

 

 そう言われて俺は箱を開ける。中に入っていたのは腕時計だった。一見普通のデジタル時計。時計本体は孤狼の装甲と同じ赤。バンドは黒で、普通に時計としても使えるのか数字が動いている。そして絃神のロゴが刻んであるのが実にらしい。

 

「これが孤狼の待機形態・・・・」

 

「どう? 気に入った?」

 

「ああ、これなら身に着けるのに邪魔にならないし、デザインも気に入った。ありがとう浅葱」

 

「そう、なら良かった。それで、改修した点なんだけど・・・・」

 

 そう言って浅葱は孤狼の改修点を説明する。織斑が聞いたらまた反則だと叫びそうな能力だが、これで孤狼の防御力は格段に上がる。正直ありがたい。

 

「しかし、凄いなこれは」

 

「ふふん、言ったでしょ。絃神の技術力は凄いんだから。ああそうだ志狼、ひとつだけ忠告」

 

「何だ?」

 

「志狼、学園の整備科に話を付けときなさい。孤狼は格闘戦型。パーツの損耗は他の機体より激しく、交換する機会も多くなるわ。学園の事情で私達企業はすぐに力になれない事もあるでしょう? いざと言う時の為に整備科の協力を得られるようにしておくべきよ」

 

 成る程、浅葱の言う通りだ。整備と言うのは本来1年生の2学期になってから学ぶ項目であり、未だ授業ではやっていないので、俺にとって未知のものだ。学園の性質上、浅葱や矢瀬のような外部の人間の手を借りられないなら、内部に協力者を作り、頼むしかない。

 

「そうだな。分かった、明日にでも早速整備科に行って見るよ」

 

「その方がいいわ。それじゃあいい人を紹介してあげる」

 

  そう言って浅葱が名前を出したのは意外にも知っている人だった。

 

 布仏虚。ついさっきまで一緒にいた人だった。

 

 何でも浅葱が昨年卒業した開発科は整備科と密接な関係にあり、昨年整備科のエースとして腕を振るったのが布仏先輩なのだそうだ。その為、開発科のトップであった浅葱とは接する機会も多く、仲も良かったらしい。

 今期はまず間違いなく、整備科のトップになっているはずなので、自分の紹介だと言えば色々と便宜を図ってくれるだろうとの事だ。 

 

 俺は浅葱に礼を言って、寮へ戻った。

 

 

 

 

 

 火曜日の放課後、俺は整備室の前にいた。

 昨日の浅葱の忠告に従い、整備科長の布仏先輩に会いに来たのだ。昨日少し調べた所、浅葱の言った通り布仏先輩が今期の整備科長になっていた。彼女とは面識もあるし、話の分かりそうな人に見えたので、こちらの要請を受けてくれると思う。

 

 整備科の事務所は整備室の奥にある為、一度整備室内に入る必要があった。整備室への入室は厳重に管理されている。それも当然、ここには貴重なISパーツが多数置いてあり、時には整備中の無防備なISさえあるのだ。その為入口にあるリーダーで学生証を読み込み、入退室を厳しく管理しているのだ。

 整備室に入った俺は事務所に向かおうとしたが、途中で見知った娘がいたので声をかけた。

 

「あれ、本音?」

 

「ふえ? あ、しろりんだ~♪」

 

 桜色のツナギを着た本音はいつもののほほんとした笑みを浮かべて近寄って来た。

 

「本音、何やってるんだ? そんな格好で」

 

「ん~、お手伝いしてたの」

 

 そう言うので彼女がいた所を見ると、整備台に置かれた1機のISがあった。そして、そのISに隠れるようにしながらこちらを伺っている娘がいた。

 

「あれ、君は・・・・更識さん?」

 

「ど、どうも。昨日振りです、結城さん」

 

 そこにいたのは昨日の会議で会った4組代表、更識簪さんだった。俺は腕に引っ付いている本音に尋ねた。

 

「友達なのか?」

 

「ふっふっふ、私とかんちゃんは幼なじみの親友で、今はルームメイトでもあるのだ~♪」

 

「ルームメイト・・・・・あ!」

 

 俺は本音が初日に言ってた事を思い出した。そうだ、本音はあの時、ルームメイトは4組のかんちゃんと言っていた。そのかんちゃんが更識さんだったのか。そう言えば近い内に挨拶しようと思っていたのに色々あってすっかり忘れていた。

 

「いや~、すっかり挨拶が遅れてしまって申し訳ない。改めて、1組クラス代表兼1210号室の結城志狼です。よろしく、お隣さん」

 

「あ、その、4組クラス代表兼1209号室の更識簪です。こちらこそよろしくお願いしますです」

 

 そう言って俺と更識さんは握手を交わした。

 

 

 

「そうか、手伝いって更識さんのか。クラス対抗戦の機体を・・・・ん?」

 

 俺は更識さんがクラス対抗戦で使う機体の整備を本音が手伝っているのだろうと思い、整備台のISを見たが、それが打鉄でもラファールでもない事に気付き言葉を止める。

 確か彼女の専用機は未完成だと言ってたな。ではこれが───!?

 

「えーと、更識さん? これってもしかして・・・・」

 

「あ、はい。私の専用機『打鉄弐式(うちがねにしき)』です。未完成ですけど・・・・」

 

 ひょっとして俺は機密を見てしまったんだろうか。だとしたらとてもマズい事になるのでは?

 

「更識さん、俺、機密を見ちゃったのかな?」

 

「ああ、構いませんよ。どうせ誰も気にしませんから・・・・」

 

 今まで見た彼女とは違い、どこか捨て鉢な態度の更識さんに、俺は訝しげな視線を向ける。

 

「どう言う事か聞いてもいいかな?」

 

「・・・・・・」

 

 更識さんは悔しそうに口唇を噛み、俯いていた。

 

「かんちゃんの『打鉄弐式』は倉持技研が担当していたの」

 

 訳を話し始めたのは更識さんではなく、本音だった。本人の許可なく話すのはマズいのではと思ったが、更識さんは俯いたまま何も言わなかった。

 

「本音・・・・倉持技研って確か織斑の」

 

「正にそう。織斑君の『白式』を倉持技研が担当する事になって、技術者が全てそっちに掛かりっきりになっちゃったの。その煽りを受けてかんちゃんの『打鉄弐式』は開発を中断して放置されちゃって・・・・」

 

 何とも浅葱が聞いたら激怒しそうだな。それにしても倉持技研ってのは何なんだ。いくら稀少な男性操縦者の機体を担当するにしても、代表候補生の専用機をほっぽり出す事はないだろうに。

 倉持程の企業なら技術者も大勢いるはずなのに、何故こんな事になったのだろうか?

 

「でも白式が完成した今なら──」

 

 だが、本音は首を横に振った。

 

「ううん。そう思ってこちらから連絡したけど駄目だったの。データ取りやら何やらで忙しくて、こちらに割ける手はないって」

 

 つくづく酷い話だ。これでは更識さんをわざと冷遇してるとしか思えない。

 ふと、彼女の境遇に俺の境遇が重なった。俺も政府からは冷遇されている身だが、担当した企業のスタッフが政府の思惑を越えて優秀だった為、あまり冷遇された気はしなかった。だが、彼女は政府からも企業からも冷遇され、今の所、どこにも救いがない状態なのだ。

 彼女はまるでもう1人の俺のようだ。どこからも助けて貰えなかったら俺も彼女のようになっていただろう。何とか力になってあげたい。彼女の為と言うのも勿論あるが、このままでは自分も救われない気分になって酷く嫌なのだ。

 

 

「それで機体を引き取って、ここで開発を続けてたのか。政府や企業が駄目なら学園はどうなんだ? 整備科や開発科の力を借りたら──」

 

「駄目!!」

 

 今まで黙っていた更識さんがいきなり声を上げた。

 

「・・・・更識さん、何故駄目なんだ?」

 

「だって、あの人は1人で自分の専用機を作ったんだもの! 私だってそれくらい出来なきゃ駄目なの! じゃなきゃいつまで経っても認めて貰えない!!」

 

「・・・・・・」

 

「かんちゃん・・・・」

 

 更識さんの叫びはどこか切羽詰まった悲痛さを感じさせた。

 察するに彼女はあの人とやらに認めて貰いたいと願っていて、その手段として専用機を自分1人で作ろうと拘っているらしい。だがそれは、

 

 

 

「更識さん、君は馬鹿か!?」

 

 

「「────!!」」

 

 俺のその一言で空気が凍りついた。

 

 

~side end

 

 

 

 

~簪side

 

 

 始めは何を言われたのか分からなかった。

 

 結城志狼。1組のクラス代表で2人目の男性操縦者。この間の試合では圧倒的不利な状況からの大逆転でイギリス代表候補生を撃破した。

 その戦い振りを見てまるでヒーローのようだと少し憧れていたのに、いきなり馬鹿呼ばわりされて、流石の私も怒りが込み上げて来た。

 

 

「どう言う意味ですか?」

 

「そのままの意味だよ」

 

 一瞬、私と彼の視線が交錯する。

 

「だから何で私が馬鹿呼ばわりされなくちゃいけないんですか!!」

 

「全く持って状況が見えてないから馬鹿だって言ってるんだ! 少しは冷静になって考えろ!!」

 

「あの、2人共落ち着いて・・・・」

 

「「本音は黙って(ろ)(て)!!」」

 

「はうううう~~~」

 

 口を挟もうとした本音が涙目になって引き下がる。だけどそのお陰で少し間が出来た。

 

 

「すまん本音。・・・・更識さん、俺の話を冷静に聞く気があるか?」

 

 彼がそう言って来た。私も何故いきなり馬鹿呼ばわりされたのか知りたかったので、大人しく話を聞く事にした。

 

「・・・・いいでしょう。聞かせて下さい」

 

「まず君の言うあの人がどれだけ優秀なのか俺は知らない。だか、どんなに優秀な人でもたった1人でISを作る事なんて出来やしない。それが出来るのは篠ノ之束博士だけだ。君はあの人とやらが自分1人で専用機を作ったと直接聞いたのか?」

 

「・・・・いえ、人伝てで聞きました」

 

「次に聞きたいんだが、君にとって最優先事項は何だ?」

 

「・・・・最優先事項?」

 

「そうだ。あの人に認められる事か? 専用機を完成させる事か? どっちだ?」

 

 そう言われて考える。あの人──お姉ちゃんに認められる事は私の願い、願望だ。だけどこれが最優先事項かと言われると違うと思う。むしろ最終目標と言った方がしっくり来る。

 来るべきクラス対抗戦に私はクラス代表として出場する。私は日本の国家代表候補生。それもページワンの一員である序列3位をいただいてる身だ。その私が全世界にテレビ中継される試合に専用機で出場出来ないのは国家の、そして私自身の恥だ。

 正直ろくな支援もしない国家なんていくらでも恥を掻けばいいと思う。でも、私自身が侮られるのはやっぱり悔しい。

 

 そこでふと気が付いた。ああ、そうか。私は考え違いをしていたんだ。

 お姉ちゃんに認められる手段として私は専用機を1人で作ろうとした。だけど、今私がしなくちゃいけないのは専用機を完成させて試合に出る事だったんだ。なんて矛盾だろう。なのに私は先輩達の協力を断り、1人でやるんだと意固地になっていたんだ。これでは彼に馬鹿呼ばわりされても仕方がない。

 私は今までの自分を振り返り、恥ずかしい気持ちで一杯になった。

 

 

 

 

「・・・・・そうだったんだ。結城さん、ありがとうございます。確かに私は馬鹿呼ばわりされても仕方がないですね」

 

 彼──結城さんは一瞬訝しげな視線を向けたけど、私が理解した事を察したのか、顔付きが元の優しい表情に戻りました。そして、

 

「分かってくれたのならいいんだ。こっちもキツい事を言って悪かった、ごめん」

 

 そう言って頭を下げてくれました。貴方は悪くないのに、私の目を覚ましてくれた事に感謝しなくちゃいけないのに、随分と律儀な人です。そう思ったら思わず笑みが零れてしまいました。

 

「どうした? 更識さん」

 

 突然笑い出した私に結城さんが尋ねる。

 

「簪、と呼んでくれませんか? その、更識と言う名字は今の私には少し重いので」

 

「・・・・分かった。なら俺の事も志狼でいいよ、簪」

 

 私が思い切って言うと、何か感じる事があったのか一瞬真剣な顔をした後に彼──志狼さんは笑顔でそう呼んでくれました。

 

「はい、志狼さん!」

 

 私は久し振りに心からの笑顔で答えました。

 

 

~side end

 

 

 

 

 

~志狼side

 

 

 今までのどこか陰りのある雰囲気を払拭するかのような笑顔を見せる簪。先程言った名字の重さや、あの人に認められたいと焦る気持ちが彼女が本来持っていた明るさを曇らせていたようだ。でも今の彼女なら大丈夫。そう思わせる何かが簪の笑顔にはあった。

 

 

「さて、これからどうする?」

 

「・・・・ま、まず、整備科の事務所へ行って協力を仰ぎます。でも、私、前にやらかしちゃったから・・・・」

 

 俺が何をしたのかと不思議そうな顔をすると、本音が、

 

「あのね、前に協力を申し出てくれた整備科の先輩達に向かって、さっきみたいにガオ~って」

 

 成る程、さっきみたいに「自分一人でやるから手を出すな!」的な事を言ったのか。それは確かに気不味いだろうな。でも、

 

「でも、やらなくちゃ。こ、こっちが悪いんだから例え土下座をしてでも整備科の協力を取り付けてみせる!」

 

「その意気だ。いざと言う時は俺も一緒に土下座してやるよ」

 

「私も~~!」

 

「! 志狼さん、本音・・・・・・ありがとう」 

 

 簪は目を潤ませながらそう言った。そこに、

 

「話は聞かせて貰いました、お嬢様」

 

 

 声のした方を見ると、そこには数人の生徒を引き連れた現整備科長、布仏虚がいた。

 

 

~side end

 

 

 

 

 

~虚side

 

 

 整備室内で言い争いが起きている。そう報告を受けた私は事務所にいた整備科の現エース、2年の黛薫子(まゆずみかおるこ)さんと報告して来た娘達を連れて現場に向かいました。

 整備室は私の管轄下にあると言うのに、そんな所で諍いを起こすとはいい度胸です。たっぷりお灸を据えてやりましょう。

 

「それで、こんな所で諍いを起こすのはどこの誰です?」

 

「それが、例の更識さんと、男の人、結城志狼さんです」

 

「!!」

 

 それを聞いて私は驚いた。結城さんは昨日会議で会ったばかりだけど、礼儀正しく、自ら諍いを起こすような人には見えなかった。簪お嬢様は尚更だ。生まれた時から知っているあの大人しい娘が言い争いをするなんてとても思えない。一体何があったのか? 私達は現場に急いだ。

 

 

 

「───君にとっての最優先事項は何だ?」

 

「・・・・最優先事項?」

 

「そうだ。あの人に認められる事か? 専用機を完成させる事か? どっちだ?」

 

 

 現場に到着した私達はまず様子を伺いました。

 そこには結城さんの詰問に考えを巡らす簪お嬢様の姿がありました。どうやら結城さんから専用機を1人で作ろうとする愚かしさを咎められているようです。

 それも当然。簪お嬢様は御当主──楯無お嬢様が1人で専用機『霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)』を作ったと思い込んでいるのだ。確かに設計は楯無お嬢様がお1人でしたが、機体の製造には私達整備科や開発科が力を借しているのだ。ISと言うものは決して1人で作れるものではない。それが出来るのは世界で唯1人だけなのだ。

 その事を何度説明しようとしても聞く耳持たなかった簪お嬢様が今回、結城さんの言葉に耳を傾けている。これは良い兆候だ。そして、今2人は笑顔で語り合っている。更に私達整備科の協力を取り付ける為に土下座まで辞さないと言っているのだ。流石にそんな事させられない。私はここぞとばかりに姿を見せた。

 

 

 

「話は聞かせて貰いました。お嬢様」

 

 私が姿を見せるとそこにいた人達は全員違う様子を見せた。簪お嬢様は素直に驚いていた。そんな顔もとても可愛いです。逆に結城さんは「やっと出て来たか」と言わんばかりの態度。私達がいる事に気付いていたようで、この人本当に何者なんでしょうか? そして、妹の本音は両手を振って、「お姉ちゃんだ~♪」と笑顔を振り撒いていた。全くこの娘は自分の妹ながら良く分からない。

 

「う、虚さん。どうしてここに?」

 

「あら、整備科長である私がここにいるのに理由が必要ですか? それより、私達整備科の力を借りたいのですか?」

 

 簪お嬢様はハッとすると、意を決したように私を見る。

 

「はい。今まで皆さんが散々協力を申し出てくれても私は意地を張って断ってばかりでした。でも、ようやく自分1人では専用機を完成させられない事に気付きました。今更虫の良い話ですが、どうか私の専用機を完成させる為に力を貸して下さい。お願いします!」

 

「「お願いします!!」」

 

 簪お嬢様が私達に頭を下げると同時に結城さんと本音も同じく、頭を下げました。私は後ろにいる薫子さんと目を合わせると、互いに頷いて、

 

「3人共頭を上げて下さい。簪お嬢様、良く決心なさいましたね。私達は貴女がそう言ってくれるのをずっと待っていたんですよ」

 

「虚さん・・・・」

 

「貴女が意固地になっているのは分かっていました。ですから私達は貴女が冷静さを取り戻した時には、すぐにも協力出来るように体制を整えていたんです」

 

「虚さん、ありがとうございます!」

 

 簪お嬢様は再び深く頭を下げました。目の端が光っていたのは見なかった事にしましょう。

 

「結城さんもお嬢様を説得してくれてありがとうございます」

 

「いや、俺は自分のしたい事をしただけで・・・・」

 

「あ~、しろりん照れてる~♪」

 

 本音がそう揶揄うと、結城さんは本音の頭を持ってシェイクしましたが、本音は楽しそうに悲鳴を上げていました。仲がいいんですね、この2人。あ、お嬢様が羨ましそうにしています。あらあらこれはちょっと面白くなりそうですね。

 

 

 

 

 こうして簪お嬢様の専用機「打鉄弍式再開発計画」が発足しました。政府や企業が当てにならぬ中、学園の力だけで成し遂げねばならない一大計画です。

 さあ、お嬢様を蔑ろにした者達に目にもの見せてやりましょう!

 

 

~side end

 

 

 

 

 

~志狼side

 

 

 打鉄弍式再開発計画。簪の専用機『打鉄弍式』を企業の手を借りず、学園生の力で再開発しよう、と言う計画だ。

 メンバーは簪や本音は勿論、整備科からは科長である虚さん、現エース黛先輩を始め、2、3年生の有志一同。開発科からも何人かが協力を申し出てくれた。1年生では同じ日本代表候補生である明日奈が機体データの提供やテスト飛行の随伴を買って出てくれた。また、武装について専門知識を持っていた4組副代表の沙々宮さんも参加を表明。そして何より、『電子の女帝』藍羽浅葱がアドバイザーに就任したのだった。

 

 計画が発足した日の夜、浅葱と電話で話した時、自分のサポートを頼むのをすっかり忘れていた俺は浅葱から怒られていた。何故そうなったか理由を説明すると、案の定浅葱は大激怒。自分も参加すると言い出した。流石にそれはマズいと説得し、何とかアドバイザーで納得して貰った。

 メンバーの皆は伝説の卒業生たる浅葱がアドバイザーに就いた事で大いに盛り上がっていた。

 そんな中で、俺に与えられた任務は雑用係だった。

 

 これは仕方がない事で、何と言っても俺にはISに対する知識が圧倒的に足りない上、整備の経験もないのだ。そんな奴がウロウロしてても邪魔なだけなので、俺は工具を持って来たり片付けたり、力仕事をしたりとやれそうな仕事を見付けては整備室内を行ったり来たりしていた。 

 

 

 

 

 

 

 

 木曜日の朝、1年1組の教室内は異様な雰囲気に包まれていた。何故かと言うと今日で丁度1週間だからだ。そう、懲罰房に入っていた織斑が出て来るのだ。

 クラスの皆も織斑をどう扱ったらいいのか分からないようで、その困惑が今の異様な雰囲気を作り出していた。

 

 俺は固い表情をして席に着いていた箒の肩をそっと叩いた。

 

「箒、大丈夫か?」

 

「志狼・・・・うん、大丈夫」

 

 肩に置いた俺の手に、自分の手をそっと重ねて微かに微笑む箒。明らかに無理してるのが分かったが、ずっと着いている訳にもいかない。俺は歯痒さを感じながらも、

 

「そうか、昼食は一緒に摂ろう。何かあったら言えよ?」

 

「うん・・・・ありがとう志狼」

 

 そう言葉を交わし、俺は自席に戻った。

 

「兄さん、箒の様子はどう?」

 

 明日奈が心配そうに声をかけて来る。先日、朝帰りが見つかった時、明日奈には箒に何があったかかい摘まんで話してある。それにより、明日奈の織斑嫌いにますます拍車が掛かったが仕方がないだろう。

 

「明らかに無理してる。まだ1週間しか経ってないんだし、当然だよな・・・・」

 

「うん、心配だね」

 

 

 

 そしてチャイムが鳴り、真耶先生と織斑先生が入って来た。いつもは副担任の真耶先生にSHRは任せているのに、今日は最初から織斑先生が教壇に立った。

 

「皆おはよう。・・・・さて、この雰囲気は皆もう分かっているのだろう。本日より懲罰房に入っていた織斑が懲罰期間を終え、再びクラスに合流する。皆思う所もあるだろうが、出来ればクラスメイトとして温かく迎えてやって欲しい」

 

 

((((いや、どう考えても無理だろ!!))))

 

 

 まるで、クラス中の無言のツッコミが聞こえるようだ。だが、そんな圧力にめげず話を続ける織斑先生は流石ブリュンヒルデと言うべきか。

 

 

「では、織斑、入って来い」

 

 扉が開いて織斑が入って来た。そして、

 

「皆、久し振り! 織斑一夏、恥ずかしながら帰って来ました!!」

 

 久し振りに見た織斑がイケメンスマイル全開で挨拶して来た。

 

 

 

 

 

 その後、一悶着あったが織斑は自分の席に着くと例のイケメンスマイル全開で周りの娘に話しかけた。その結果、何人かの態度が軟化して、今では談笑までしているのだ。

 奴のやらかした事を知っていながらこれなのだ。正にイケメン恐るべし、である。

 とは言え、そんな手に引っ掛かるのは意志が弱く流され易い娘だけで、大半の娘達は織斑に対して不信感を募らせていた。そんな時、大きな音を立てて扉が開き、1人の少女が駆け込んで来た。

 

 

「───一夏!」

 

 少女ーー鈴は織斑を見て息を詰まらせ、

 

「えっ・・・・・・鈴?」

 

 織斑は彼女を見ると、立ち上がり息を止めた。

 

 

 そして、次の瞬間、

 

 

「鈴!!」

 

 

 

 織斑は鈴を抱きしめていた。

 

 

~side end

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。

作中で打鉄弍式の再開発が始まりました。

これは原作を読んでいて、仮にも代表候補生の専用機を半年近くも放っておくなんてあり得ないだろうと思っていた所、他の作者さんが書いたSSで簪が1学期から登場していたのがいくつもあったので、じゃあうちもそうしようと思い、簪の早期登場となりました。

原作では今一印象が薄く感じていた簪ですが、本作中では活躍して貰おうと思います。

次回の予告なんですが、一夏と鈴の再会をもう少し掘り下げて、さらには志狼対一夏、再びとしたいと考えてます。
但し、最近守れない事が多いので、あまり当てにしないで下さい。


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第20話 志狼の怒り



遅くなりました。
第20話を投稿します。

言い訳になりますが、5千字程書いた原稿がバックアップ諸共飛びました。

流石にしばらく何も手につかず、少しずつ思い出しながら書き直したので、こんなに時間が掛かってしまいました。

遅くなった上、過去最長となった第20話、ご覧下さい。
 


 

 

~志狼side

 

 

 1限目と2限目の間の休み時間。1年1組の教室は静まり返っていた。

 織斑一夏が凰鈴音を抱きしめると言うショッキングな状況に誰もが驚き、声を上げられないでいた。

 織斑は幼なじみと久し振りに会えた喜びを表すかのように、彼女を力一杯抱きしめ、一方の鈴はいきなりの状況について行けないのか、顔を真っ赤にして固まっていた。

 

「い、いいいい一夏────!?」

 

「え? 本物だよな。何でこんな所にいるんだよ!」

 

「え? あ、あの、その、アタシだ、代表候補生──」

 

「代表候補生になったのか!? 凄いじゃないか、鈴!」

 

「ひゃあああああーーーー!!」

 

 感極まったのか、鈴を更に強く抱きしめる織斑。鈴は耳まで真っ赤に染め、頭から湯気を出し始めると、やがてカクンと首が落ちた。いかん、そろそろ止めなければ! 俺が席を立ったその時、

 

 

 パァンッ!!

 

 

 教室に入って来た織斑先生の出席簿が唸りを上げた。

 

 

「復帰早々何をしている、馬鹿者!」

 

「痛!! ち、千冬姉・・・・」

 

 織斑先生の出席簿を食らい、織斑が手を離してしまった為、鈴がゆっくりと倒れて来る。俺は素早く近寄って、鈴を抱き止めた。

 

「大丈夫か鈴、しっかりしろ」

 

 軽く頬を叩いて見たが、鈴は実に幸せそうな顔をして気絶していた。鼻血が出てたのは見なかった事にしておこう。

 

「先生、鈴を医務室へ連れて行ってもいいですか?」

 

 俺は鈴の鼻にティッシュを詰めながら聞いた。

 

「許可する。他の者は席に着け、授業を始めるぞ!」 

 

 皆が席に着く中、織斑が声を上げた。

 

「鈴は俺が運ぶ! お前は触るな!!」

 

 俺を睨み付ける織斑を一瞥して、織斑先生に視線を向ける。先生は額に手を当てながら、

 

「織斑、お前はただでさえ授業が遅れているんだ。ここは結城に任せておけ」

 

「でも、千冬姉!」

 

「ここでは織斑先生だ! はあ、全く何が気に入らないんだ?」

 

「だって、結城の奴が鈴に手を出したりしたら・・・・」

 

「「「・・・・・・」」」

 

 また、織斑の考えなし発言が飛び出した。こいつ何も変わってない、流石に呆れたぞ。

 

「はあ、分かった。俺じゃなければいいんだな? 明日奈、セシリア、すまないが頼む」

 

「あ、うん、分かった」

 

「はい、志狼さま」

 

 2人は席を立つと、鈴の左右から肩を抱えて教室を出て行った。出る時に織斑を睨み付けながら。

 

「これで文句はないな」

 

「・・・・ああ、これでいい」

 

 織斑は俺を一睨みしてから席に戻る。俺は織斑先生に「全然変わってないじゃないか!」と非難を込めた視線を向けたが、先生は苦い顔をするだけだった。

 はあ、先が思いやられる・・・・

 

 

~side end

 

 

 

 

 

~明日奈side

 

 

 昼休み。私達はここ数日、同じメンバーで昼食を摂っている。私、兄さん、セシリア、箒、清香、静寐、本ちゃん、神楽、ナギ、ゆっこと総勢10人に増えたから席を確保するのも一苦労。でもその分、大勢で食べる食事は賑やかでとても楽しい。

 しかし、いつもなら率先して話を振って来るナギや清香も今日は黙々と食べるだけ。けどそれは私達だけではなく、食堂全体が重苦しい沈黙の中にあった。

 

 

 その原因は食堂の中央辺り、私達のテーブルから少し離れた所にいた。

 

「それでさ、その時弾の奴が・・・・」

 

「う、うん・・・・」

 

 そう、織斑君と鈴が2人で食事をしているのだ。

 

 

 あの暴言で全ての女性操縦者を敵に回した彼が、楽しそうに談笑してるんだから、事情を知らない他のクラスの娘や上級生にしてみれば腹立たしい事だろう。

 かんちゃんから聞いたのだけど、どうやら彼が懲罰房に入っていた事は他のクラスでは聞かされてないらしい。あくまで噂が流れているだけで、正式に教師の口からは説明されてないそうだ。

 兄さんは「男性操縦者の醜聞を広めたくないのだろうけど、逆効果だ」と言ってたけど私もそう思う。この辺り学園上層部も混乱してるのかもしれない。

 

 ともあれ事情を知らない人達からすれば、あんな暴言を吐いた男が反省する様子もなくヘラヘラ笑っていれば、こんな異様な雰囲気になるのも仕方がないのかもしれない。

 

 

 

「・・・・何とかならないのかしら、この空気」

 

「あの2人が出て行かなくては無理でしょうね」

 

「何か、鈴までおかしくなっちゃったね」

 

 沈黙に耐えきれなくなったかのような静寐の発言に神楽が答える。そして、ナギが言ってるように確かに鈴は様子がおかしかった。私達の知ってる鈴は裏表のない、はっきりとものを言う娘だったけど、今の鈴は話しかけて来る織斑君にただ頷いているだけで、普段の自己主張の欠片もない。

 

「それは仕方がないんじゃないか。誰だって人によって見せる顔は違うからな」

 

 と兄さんが言う。意味が良く分からなかったのか、清香が聞き返した。

 

「ん? どゆ事?」

 

「例えば、清香だって親に見せる顔と友達に見せる顔は違わないか? 接する人によって態度が変わるなんて誰にでもある事だろう?」

 

「ああ、成る程ね」

 

「今の鈴もそれと同じだよ。俺達に見せる顔と織斑に見せる顔は違うって事。しかし鈴もあの試合の映像は見ただろうに、好きな男に抱きしめられて疑問とか不信感が全部吹っ飛んじまったみたいだな。あれはもう、普通の恋する乙女だぞ」 

 

 確かに。今の鈴は頬を赤く染め、瞳を潤ませて、楽しそうに微笑んでる。正直とても可愛らしいんだけど、相手がアレでは・・・・

 

「恋は盲目、ですわね」

 

 セシリアの呟きに皆で顔を見合わせ、苦笑してしまった。

 

 

 それにしても、鈴と一緒に笑っている織斑君を見てると正直腹が立って来る。

 後から聞いた話だけど、今回の件で織斑先生は学園上層部やIS委員会から相当叩かれたそうだ。彼の保護者でもある先生は「今までどんな教育をして来た」とか「親のいない家庭で育った者はこれだから」とか聞くに耐えない罵声を浴びせられたと言う。

 それに黙って耐えていた織斑先生の苦悩を思うと、私ですら腹が立つのだから、織斑先生の熱心なファンからすればどれ程だろうか。

 彼に対する隔意がどれだけあっても、手を出せば織斑先生自身が黙っていないからどうする事も出来ない。そう言う行き場のない感情が食堂内の異様な雰囲気を作ってるんだけど、あの2人はそれを感じていないようで、すっかり2人の世界に浸っている。

 

「明日奈、殺気が洩れてるぞ。抑えろ」

 

「! ごめん、兄さん」

 

 いけない! つい殺気を洩らしてしまった。気を付けなくっちゃ。

 

「まあ、気持ちは分かるよ。あの呑気な顔を見てると俺も顔面に右ストレートをぶち込んでやりたくなるしな」

 

「だよねえ!」

 

 兄さんも同じ気持ちだと知って、嬉しくなって言ってしまったが、

 

「結城兄妹は過激だな・・・・」

 

 箒の呆れたような呟きに、私達は明後日の方向を向いてごまかした。

 向いた先でたまたま談笑する2人が視界に入る。そしてふと、私は今朝のSHRでの事を思い出した。

 

 

 

 

<><><><><><>

 

 

 

 

「皆、久し振り! 織斑一夏、恥ずかしながら帰って来ました!!」

 

 

 久し振りに見た織斑君は、1週間も懲罰房に入っていた割に妙に元気だった。一昔前のアイドルのような無駄にキラキラしたイケメンスマイルを教室中に撒き散らしている。中にはポーッとしている娘も何人かいたが、私や大半の娘は反省した様子のない彼の態度に、不快感を示していた。案の定、

 

 パァンッ!!

 

「何をやっている、真面目にやらんか馬鹿者!」

 

 織斑先生の出席簿が唸りを上げた。

 

「痛っ! わ、分かってるよ千冬姉・・・・ゴホン えー、皆さん、先日は初めての試合でテンパッていたとは言え色々と変な事を言ってしまいすいませんでした。だけどあれは俺の本意ではありませんので分かって下さい。とにかく、この1週間で心を入れ換えて来たので、改めてよろしくお願いします!」

 

 そう言って織斑君は頭を下げたけど、私には用意した台詞を丸暗記して棒読みしてるように聞こえ、心から反省しているようには全く思えなかった。

 皆もそうなのか、どうすればいいのか解らず戸惑っていたけど、織斑先生が拍手をしたので、釣られて拍手をする娘が半分程いた。兄さんや私を始め、拍手をしない人も何人かいたけど、その事に織斑先生はムッとしてはいても特に何も言わなかった。

 

 

 復帰の挨拶をした織斑君は、自分の席に着く前に、笑顔を浮かべて兄さんの元へ近付いた。

     

「・・・・結城、色々と迷惑を掛けたな」

 

「ああ、本当にな」

 

 兄さんの返答に一瞬ムッとした顔をしたものの、すぐに笑顔に戻ると、

 

「そう言えばクラス代表になったんだってな。一応おめでとうと言っておくよ。まあ、よろしく頼むぜ、代表さん」

 

「・・・・・・」

 

 そう言って織斑君は今度こそ自分の席に戻った。

 

 

 

 

<><><><><><>

 

 

 

 

「て言うか、テンパッてたでごまかせると思ってるのかな~」

 

「何?・・・・ああ、今朝のSHRの事?」 

 

 回想を終えた私の呟きに、隣りの神楽が答えた。

 

「取り敢えず、織斑君は役者には向いてませんね」

 

「脚本家にもね。あんなので誰が納得するのよ」

 

「あの脚本を書いたのは織斑先生じゃないかしら。まあ向いてないのは一緒だけれど・・・・でも一部の娘は納得しちゃったみたいですけどね、あのイケメンスマイルで。まあ面と向かって志狼さんに謝罪したのは──「してないぞ」・・・志狼さん?」

 

 いきなり兄さんが口を挟んで来た。

 

「兄さん、どう言う事?」

 

「どうも何も、あの時の織斑の台詞を良く思い出して見ろよ。あの時織斑は「迷惑を掛けた」とは言ったが、「ごめん」とか「すまん」とか「悪かった」なんて謝罪に類する事は一言も口にしてないぞ」

 

「「────あっ!?」」

 

 そうだ。確かに謝罪らしい事は言っていない! と言う事は───

 

「・・・・つまり織斑は自分が悪いとは思ってないと言う事だ。何が心を入れ換えただよ、全く」

 

 兄さんの呟きに私と神楽は顔を見合わせ、揃ってため息を吐いた。

 

 

~side end

 

 

 

 

~志狼side

 

 

 放課後。今日は第3アリーナで打鉄弐式の起動テストがある。俺と明日奈も手伝う予定だ(因みに本音は授業が終わると同時に整備室に直行した)。

 席を立とうとしたら、簪からメールが届いた。内容は「不具合が見つかったので修理中。1時間程遅れます」との事。

 いきなり時間が空いたのでどうしようかと何気なく教室内を見渡すと、織斑が箒に話しかけていた。しまった、メールに気を取られて対応出来なかった。仕方がない。俺は何かあったらすぐに介入出来るよう2人の会話に耳をそばだてた。

 

 

「おーい箒、放課後まで声もかけて来ないなんて、水臭いんじゃないか?」

 

「!・・・・ああ、すまない」

 

「まあいいけどさ。所でさ、お前一度面会に来たよな?」

 

「・・・・ああ、それが何か?」

 

「実はさ、あん時何言ったのかテンパッてて覚えてないんだよ。俺何かマズい事言ってたか?」

 

 テンパッテテオボエテナイ?

 

「!!───そ、そうか・・・・いや、特に何も言ってない、ぞ・・・・」

 

「そうか! いや良かったよ。箒とは同室だし、これからも仲良くしたいからな!」

 

 コレカラモナカヨクシタイ?

 

「そ、そうか、そうだな、あはは・・・・」

 

 

 ブチッ!!

 

 

 箒の作り笑いを見て、自分の中で何かが切れた音がした。

 彼女の笑顔はあんなのじゃない! 彼女の本当の笑顔はもっと───

 

 

 次の瞬間、俺は素早く織斑に近付き、

 

「織斑、ちょっと付き合え」

 

 そう言うと奴の首根っこを掴んで、引き摺るように教室を出て行った。

 

 

~side end

 

 

 

 

~箒side

 

 

 一夏が消えた。

 

 今まで顔を合わせたくないから近寄らなかったと言うのに、自分から話かけて来た。そして案の定、また私を傷付けて行った。

 私の心を抉った言葉の数々を覚えていないと言う人にこれからも仲良くしたいなんて言われても、私にはどうすればいいのか解らなかった。怒ればいいのだろうか?泣けばいいのだろうか? 私はただ、笑ってごまかす事しか出来なかった。でも次の瞬間、

 

 

「織斑、ちょっと付き合え」

 

 

 志狼の声が聞こえたと思ったら、一夏が消えていた。

 

 

 何が起きたか分からなくて呆然としていると、

 

「箒、大丈夫?」

 

 明日奈が声をかけてくれた。彼女の神秘的なヘイゼルの瞳が心配そうに揺れている。こんな時に心配してくれる友達がいてくれるのが、素直に有り難かった。

 

「あ、明日奈。今、志狼の声が聞こえたと思ったら一夏がいなくなって、それで、あの──」

 

「落ち着いて箒。大丈夫、織斑君は兄さんが連れて行ったから。でも織斑君は駄目かも。何たって兄さんマジ切れしてたもん。いや~、久し振りに見たわ」

 

「マジ切れって───マズいじゃないか! 一夏はともかく、このままじゃ志狼が罰を受ける事に!」

 

 そうだ、この状況で志狼が切れるなんて、理由は私の事でしかない。正直好きな人が自分の為に怒ってくれて嬉しいとは思う。けど、その為に志狼が罰せられたりしたら、私は!

 

「ああ、大丈夫大丈夫。兄さんって切れると冷静になるタイプだから、決して自分が罰せられないやり方で織斑君をボコボコにするわよ」

 

「そうか、なら安心──って出来るか!早く止めなくては! でも一体どこに? 校舎裏とかかな?」

 

「・・・・どこの不良よ。多分あそこだと思うけど、行くの?」

 

「どこだ? 教えてくれ!」

 

「第3アリーナ。兄さんは多分そこに向かっているわ」

 

 

~side end

 

 

 

 

~志狼side

 

 

 第3アリーナの扉を開けて、俺は織斑を引き摺るようにして中に入る。ここに来る途中までは散々喚いていた織斑だが、ようやく静かになった。尤もずっと首根っこを掴まれていたせいか、若干グッタリとしているが。

 長い通路を抜けると、土で整地されたアリーナ場内に出たので、俺は織斑を放り投げた。 

 

「ゲフッ!! あ痛ててて~~~っ、 クソ、結城! いきなり何しやがるんだよ!!」

 

「柔らかい土の上に投げたんだ。そんなに痛くはないだろう? それより準備しろ。模擬戦をやるぞ」

 

「ハア!? 何で? 理由がねえよ!」

 

「理由がない? 本当に?」

 

「な、何だよ・・・・」 

 

「俺を自分の手でぶちのめすチャンスをやると言ってるんだぞ?」

 

「!」

 

「俺が目障りなんだろう? 俺をぶちのめしたくて仕方がないんだろう? お前の考えてる事なんて分かってる。だからそのチャンスをやるって言ってるんだ。さあ、白式を纏え。望み通り戦ってやる」

 

「お、俺は・・・・」

 

「懲罰房で過ごす間、あの試合でお前が勝って俺をひれ伏させるのを妄想してたんじゃないか?そんな風に俺をぶちのめすのを何度妄想した?十回?百回?もっとか? 時には拳で、時には竹刀で、時にはISで、何度も何度も俺をぶちのめして楽しかったんだろう?気分が良かったんだろう?」

 

「・・・・・・」

 

 織斑の表情に昏い愉悦が浮かぶ。だが、

 

「だが所詮は妄想、現実の俺には何の影響もない。残念だったな」

 

 俺の言葉に織斑の顔が強張る。

 

「だからチャンスをやると言ってるんだ。お前の妄想を現実にするチャンスだ。本当に要らないのか?」

 

「くっ!・・・・・・」

 

「・・・・そうか、ならいい。所詮はお姉ちゃんがいないと何も出来ない腰抜けだったか」

 

「!! 千冬姉は関係ない! いいぜ、望み通りぶちのめしてやる。来い、白式!!」

 

 織斑の叫びに呼応して右腕の白い腕輪が光を放つ。光が消えると、そこには西洋の騎士のような外見をした白いIS、白式が現れた。

 

「・・・・試合成立だ」

 

 俺はそう呟いて携帯端末を操作すると、アリーナの鍵がロックされて、観客席にシールドバリアーが張られる。そして、電光掲示板には孤狼と白式のデータが表示された。

 

「これは・・・・」

 

「模擬戦用の機能を立ち上げた。模擬戦中に人が誤って入って来たら危険だから場内に通じる扉は全てロックした。それと、あの電光掲示板には簡易的な審判機能も付いている。お前にまた卑怯とか文句を言われるのも面倒臭いんでな・・・・よし、準備完了だ」

 

 俺はそう言うと、左手首にはめた腕時計に手を当ててそっと呟いた。

 

「行くぞ、孤狼」

 

 俺の声に呼応し、腕時計が赤い光を放つ。光が消えると、そこには全身装甲型の赤いIS、孤狼が現れた。

 

 そして、電光掲示板がカウントダウンを始める。

 

 5、

 

「用意はいいな?」

 

 4、

 

「見てろ。ぶった斬ってやる」

 

 3、

 

 静かにファイティングポーズをとる孤狼。

 

 2、  

 

 雪片弐型を抜き放つ白式。

 

 1、

 

 両者の視線が交差し、そして、

 

 0、

 

 バトルが始まった!

 

 

 

~side end

 

 

 

 

~明日奈side

 

 

 その頃、私と箒は第3アリーナの通用口前に来ていた。だけど、

 

「くっ、駄目だ、開かない」

 

 扉がロックされて中に入れず、立ち往生していた。

 

「遅かったかあ、もう始まってるみたいね。どうする?」

 

「ど、どうしよう・・・・」

 

 私に聞かれても、箒は何も思いつかないようで、ドアノブを掴んだまま途方に暮れていた。そんな時、

 

「明日奈さん、箒さん、こちらへ!」

 

 セシリアが階段の前から声をかけて来た。

 

「そうか、管制室!」

 

 私はそう叫んで階段を駆け上がる。分からないながら箒も後を追って来た。

 

「明日奈! どこに行くんだ!?」

 

「管制室よ! あそこなら模擬戦の様子が良く分かるし、いざと言う時には介入も出来るわ!」

 

 管制室のある最上階に到着すると、セシリアや神楽を始めとした1組の面々が管制室の扉の前に集まっていたんだけど、

 

「どうしたの皆、入らないの?」

 

「明日奈さん、それが・・・・」

 

 中に入らない事を不思議に思い、聞いてみるとセシリアが困った顔をしていた。そこに到着した箒が、

 

「何をしてるんだ、どいてくれ!」

 

 と、割って入ると、中には先客がいた。

 

「千冬さん!? 山田先生も、どうして?」

 

「ここでは織斑先生だ、篠ノ之」 

 

 そう、中にはモニターから視線を外さないまま答える織斑先生とコンソール席に座り何か作業をしている真耶先生がいた。

 まさかの担任、副担任の登場に私達は動揺し立ちすくむ。だけど織斑先生は、

 

「どうした、入らないのか?」

 

 と、暗に入室を許可してくれた。先生の言に私達は顔を見合わせるも、意を決して入室する。入室し真っ先に目に入る正面モニターには孤狼と白式の戦う姿が映っていた。

 

「志狼! 先生、止めて下さい!」

 

 箒の悲痛な声に織斑先生が答える。

 

「何故止める必要がある? 結城が申し出て、織斑が受けた。その時点でこの模擬戦は成立しているんだ。私達教師が止める言われはないぞ?」

 

「では模擬戦をする事に関しては兄さん、いえ、2人が罰を受ける事はないんですね?」

 

「確かに自主訓練中に流れでそのまま模擬戦に入る事もあるからな。生徒間で同意が得られ、安全に考慮さえしていれば、学園側から罰を与える事はない。今回は結城がきちんと配慮してるから問題はないだろう」 

 

 織斑先生の返答に私と箒は取り敢えずホッとする。

 ようやくモニターに集中すると、孤狼に斬りかかる白式の姿が。しかし、孤狼は当たる直前で半身を引いて回避すると、ガラ空きのボディに光る拳を叩き込み、距離を取る。さっきからこの繰り返しで、白式のSEだけが一方的に減っていた。

 

「大したものだな。一夏の斬撃は決して鋭いとは言えないが、それでも剣と拳。リーチの差は歴然なのにそれを全く苦にしないとは」

 

「恐らく目がいいのでしょうね。ああ、この場合は動体視力や視野の広さの事を言ってますのよ?」

 

「ねえ明日奈、志狼さんっていつからボクシング始めたの?」

 

 箒とセシリアが戦況を分析していると、ナギに聞かれたので私は素直に答えた。

 

「ボクシングは高校からよ。でも、その前からお父さんとかに格闘技を教わってたから」

 

「へー、じゃあかなり強かったんじゃない?」

 

「そりゃあ、日本一だもの」

 

「は?」

 

「あれ? 知らなかった? 兄さんは昨年のインターハイで優勝してるのよ?」

 

「「「「ええええーーーーっ!!」」」

 

 私の言に皆が驚いた。驚かないのは先生達とセシリアの3人だけだった。そっか、兄さん話してなかったんだ。

 

「なんだ、結城の奴話してなかったのか」

 

「みたいですね。まあ、積極的に自慢するような人じゃないですから」

 

「──あったわ。えーと・・・「今年のIH男子ボクシング・ウェルター級は波乱が起きた。千葉県代表の結城志狼(18)が全試合1RKOの快挙を成し遂げたのだ。今まで無名だった期待の新星は早くも再来年のオリンピック代表の最有力候補と目され、各ボクシングジムが水面下で争奪戦を繰り広げている」──ですって」

 

 携帯端末からネット検索をしていた静寐が検索した記事を読み上げる。

 

「すごーい! じゃあプロ入りの話とかあったの?」

 

「オリンピック代表の話は?」

 

「あったわよ。全部断ったけど」

 

「嘘! もったいない、何で!?」

 

「・・・・兄さんには夢があったから」

 

「それってお医者さんになりたいって言うアレ?」

 

「そうよ」

 

「そっかー、でももったいないなあ。お医者さんは沢山いるけどボクシングのチャンピオンなんて選ばれた人にしかなれないのに」

 

「そう言う問題じゃないのよ。兄さんにとって医者になるのは、亡きお母様との約束だから・・・・」

 

「「「「───えっ!?」」」」

 

 またも皆が驚く。驚かなかったのはセシリアだけだった。

 

「セシリアは驚かないんだ。兄さんから聞いてた?」

 

「ええ、3年前に教えて下さいました」

 

「そっか。まあそう言う事だから兄さんにとって医者になる以外の選択肢はなかったの・・・・」

 

 皆が複雑そうな顔をして俯く。あの織斑先生でさえモニターから視線を外し、考える込むような表情をしていた。そんな中で、

 

「あの~、通信傍受の準備が出来ましたけど、どうしますか?」

 

 と、真耶先生が報告して来た。管制室には試合中の選手が双方向通信で話している内容を聞き取る機能がある。これは所謂八百長を防ぐ為の審判機能のひとつだ。

 IS黎明期の頃、プライベートチャネルを使って試合中に共謀して、試合結果を操作すると言う不正が行われた事があった。そう言った不正をさせない為に試合中の通信を傍受する機能が管制室には備わっているのだ。

 

「ああ、聞かせてくれ」

 

 織斑先生がそう言うと、真耶先生がスイッチを入れる。途端に、織斑君の怒鳴り声が響いた。

 

 

『ちくしょう! 何で、何で当たらないんだ! 当たりさえすればお前なんか一撃なのに!!』

 

『さっきからチョコマカと逃げ回りやがって、動くんじゃねーよ!』

 

『動くなって言ってんだろ! お前は黙って俺に斬られりゃいいんだ!!』

 

 

 ・・・・何とも勝手な言動のオンパレードだった。

 

「・・・・何て、見苦しい」

 

 セシリアが嫌悪感丸出しで呟く。皆も同じ気持ちなのか、うんざりした表情を浮かべていた。織斑先生も額に手を当てて俯いている。そんな時、

 

「あ、いた! ちょっと何してんのよこんな所で!?」

 

「り、鈴!? 何でここに・・・・」 

 

 鈴が管制室に入って来た。

 

「1組に行ったら誰もいなくて、周りの人に聞いたら皆こっちに行ったって。それでこれは何の騒ぎなの──って一夏!? それにあっちは・・・志狼なの?」

 

 小柄な彼女にはモニターが見えなかったようで、前まで来てようやく2人が模擬戦をしてるのが解ったらしく、モニターの映像を見て驚いていた。

 

「え? 何? 何がどうなってんの? 誰か説明しなさいよ!?」

 

 パァンッ!!

 

「やかましい! 静かにしろ、凰!」

 

 混乱して騒ぎたてる鈴に出席簿を食らわせる織斑先生。

 

「生徒同士で模擬戦をしているだけだ。黙って見ていろ、凰」

 

「ち、千冬さん・・・・ハイ」

 

 先生の一撃を受けて鈴が大人しくなった。すると、モニター内の白式の動きが止まった。

 

 

『ハアハア、ちくしょう、何で当たらないんだ? もう少しなのに、あと少し速く動ければ当たるのに・・・・』

 

『無駄だ。今のお前じゃ何度やっても俺は斬れんよ』

 

『な、何でだよ! 現にあと少しで当たりそうじゃねーか!』

 

『お前が速度を増して斬りかかれば、俺も同じだけ速度を増して回避する。さっきからこれを繰り返してたのに気付いてなかったのか?』

 

『な、何だと!?』

 

 兄さんの言う通り、織斑君が速度を増した分だけ兄さんも同じだけ速度を増している。だからこそ紙一重で回避し続ける事が出来るのだ。

 管制室で数値として表示されてるから私達には良く分かる。ほとんど誤差なく速度を増しているのだ。

 

「すごい、完全に見切ってる・・・・」

    

 そう、誰かが呟いたようにこれは『見切り』と呼ばれる高等技術の1つなのだ。

 この時点で分かる事が3つある。1つは兄さんが完全に孤狼を掌握してると言う事。これは脅威的な事で、いくら専用機と言っても2回目のバトルで出来る事じゃない。よっぽどISと操縦者の相性が良いのだろう。 

 2つ目は織斑君の剣は完全に兄さんに見切られていると言う事。技術、剣速、あらゆるものが見切られている。こうなっては一太刀当てる事も難しいだろう。

 3つ目は現時点で織斑君は兄さんに勝てないと言う事。何せ剣一本しか武器のない機体でその剣が見切られているのだ。これで勝てると思う方がおかしい。

 

 

『お前の剣は拙すぎる。小学生の頃は箒より強かったなんて信じられんな。中学でも剣道を続けてれば少しはマシだったろうに一体何をやってたんだ?』

 

『中学ではバイトを・・・・』

 

『・・・・・・は?』

 

『だから、家計を助ける為にバイトしてたんだよ!』

 

『はああ!?』

 

 聞いていた私達もポカンとしていた。家計を助ける為にバイト? だって織斑先生が当時いくら稼いでいたと思ってるんだろう?

 

『何だよ、何か文句があるってのかよ!?』

 

『お前・・・・その当時織斑先生がいくら稼いでたか知らないのか?』

 

『え? だってハタチそこそこの高卒の女だぞ。そんなに稼げる訳ないじゃないか?』

 

『!!・・・・・・はあ。お前なあ、あの人は当時日本代表だぞ? それだけでもかなりの稼ぎなのにテレビや雑誌の取材や出演、おまけにモンド・グロッソの優勝賞金もあるんだ。軽く億単位の金額を稼いでた筈だぞ!?』

 

『────えっ?』

 

『それなのに家計を助ける為にバイトって・・・・何でそんな勘違いしてるんだお前は!?』

 

『そ、そんな・・・・』

 

『そもそも中学生がバイトするのは原則的に禁止の筈だぞ。何でそんな事が出来たんだ?』

 

『それは・・・・情報誌を見ても中学生を雇ってくれる所がなかったから、近所の酒屋の親父さんに頼み込んで雇って貰ったんたけど・・・・』

 

『お前・・・・その様子からすると学校から許可を貰ってないな?』

 

『(ギクッ)!!』

 

『そりゃそうか。学校に話していればそんな必要ないって止められるよな───織斑先生! そこにいますよね! 貴女こいつに生活費を渡してなかったんですか?』

 

 兄さんにそう言われて、織斑先生が返答した。

 

「いや、月に10万渡しておいて、足りなくなったら言えと言っておいたんだが・・・・そう言えば一度も催促された事がないな」

 

『でもバイトしてた事は知ってましたよね?』

 

「ああ。だが、社会勉強になるからと黙認していた。まさか家計を助ける為にしていたとは・・・・」

 

『え! 千冬姉知ってたのか!?』

 

「当たり前だろう。私はお前の保護者だぞ。当然親父さんから話は聞いてる。強引に頼み込まれてやむを得ず雇ったと」

 

『そんな・・・・・・』

 

 自分の知らなかった事実を知り、織斑君は絶句していた。まさか織斑先生の年収も知らず、3年間しなくてもいいバイトをしていたとは・・・・家計を助ける為という動機は立派だが、これでは世間知らず呼ばわりされても仕方がない。周りの皆も呆れているし、鈴ですら口を開けてポカンとしている。

 

『全く、お前の悪い所はいくつもあるが、思い込みが激しく、周りの大人に相談しないで勝手に行動すると言うのもその中の1つ、いや2つか。せめて3年間剣道を続けてればまだマシだったろうに・・・・正直白けた。どうする、まだやるか?』

 

 無理もないけど兄さんはすっかりやる気を失くしてしまったみたい。こちらでも織斑先生が項垂れているし、鈴もポカンとしたままだ。織斑君も戦意を失っているようだし、これで終わりかなと思ったら、

 

『・・・・いや、まだだ! 例え3年間無駄に過ごしたとしても、今の俺には一発逆転の切り札がある! この“零落白夜(れいらくびゃくや)”が俺にはあるんだあ!!』

 

 織斑君の絶叫と共に雪片弍型が変形してエネルギーの刃を形成する。

 

『ほう、まだやるのか?』

 

『俺の白式の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)“零落白夜”の能力はエネルギーの無効化だ! 一発当たればシールドバリアーなんか紙切れ同然に切り裂くぜ!』

 

 

 

 

 ───単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)

 

 

 ISと操縦者が最高の相性になった時に発現すると言われているその機体固有の特殊能力。本来は操縦者と機体とコアが経験を積んだ末に発現すると言われており、二次移行(セカンドシフト)する事が発現の最低条件と思われていた。

 その能力は千差万別で、どの能力も強力な切り札になり得る力を持つ。

 

 

 

 

 何と、白式は一次移行機でありながら単一仕様能力を発現しているらしい。

 でも、零落白夜は織斑先生の『暮桜』の単一仕様能力のはず。その能力は固有であり、同じものは2つとないはずなのにどう言う事なんだろう?

 

『これでお前を斬る! 食らええーーーっ!!』

 

 白式が零落白夜で孤狼に斬りかかる。けど、私は全く心配してなかった。何故なら、

 

『わざわざ自分の特殊能力を教えてくれるとは親切だな。それにお前自分でも言ってたろう?当たれば、と。それが出来ないのにどうしようって言うんだ?』

 

『ち、ちくしょーーーっ!!』

 

 やっぱり。太刀筋が全く変わってないのだから、兄さんの見切りの前には空しく空振りを続けるだけだった。

 

『お前に付き合うのもいい加減白けた。そろそろ時間なんで終わらせて貰うぞ』

 

 時間と言われて私は時計を見る。かんちゃんにメールを貰ってから40分が過ぎていた。成る程、テストまでにきっちり終わらせる気なんだ。

 

『ほざけーーーーっ!!』

 

『・・・・・・最後にひとつだけ言っておく事がある。二度と箒にあんな顔させるんじゃねえっ!!』

 

 正面から上段で斬りかかる白式の手首に孤狼の光る左拳が命中し、雪片弍型が地に落ちる。孤狼はその隙を逃さず右腕に杭打ち機をコールし、そのまま白式に打ち突けた。

 衝撃は二度。そして白式は崩れ落ちる。だけど、

 

『ちっ、削り切れなかったか。案外しぶといな』

 

『う、うああ』

 

 どうやら完全にSEを削り切れなかったらしい。止めを刺そうと白式に近付く孤狼。そして再び杭打ち機を打ち込もうとした、その時、

 

 

「やめろーーーーーっ!!」

 

 

 突如そう叫んだ鈴が自らのISを纏い、管制室の強化ガラスを割って、アリーナ内に飛び出した。

 

 

~side end  

 

 

 

 

~志狼side

 

 

 俺が倒れる白式に止めを刺そうとしたその時、パリンッと何かが割れる音がしたと思ったら、背中に衝撃を受けた。攻撃されたと認識した俺はその位置から素早く飛び退いて、背後を見る。

 そこには初めて見る赤み掛かった黒い色をしたISがいた。その操縦者は、

 

「鈴・・・・どう言うつもりだ?」

 

「そこまでよ、志狼。一夏はもう戦えない。模擬戦はここで終わり、いいでしょう?」

 

「それはお前が決める事じゃないんだがな・・・・で?織斑、どうするんだ?」

 

 俺は倒れたままの織斑に問いかけるが、返事がない。意識はあるようだがどうしたんだ?

 

「まだ暴れ足りないって言うなら、ここからはアタシが相手になるわよ!」

 

「人を暴れん坊みたいに言わんでくれ。いいよ。ここは鈴に免じて引くとしよう」

 

 俺はそう言って構えを解いた。そこに、

 

『お前ら! 全員そこを動くな!!』

 

 司令室から織斑先生の怒号が響き渡った。

 

 

~side end

 

 

 

 

 




読んで頂きありがとうございます。


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第21話 忍び寄る魔の手?



遅くなりましたが、第21話を投稿します。


この場を借りて修正箇所の報告をさせて下さい。

今回より、アリーナの司令室と言うのを管制室に変更します。遡って第12話まで同様に修正しました。

また、第14話「VS 白式」において、今後の重要キャラが登場する場面を加筆、修正しました。

連載当初から読んでくれてる方には申し訳ありませんが、1度読み返して下さると幸いです。


それでは鈴が乱入した後はどうなったのか、第21話をごらん下さい。



 

 

~千冬side

 

 

 第3アリーナ管制室は酷い有り様だった。正面のガラスが割れ、割れたガラス片が内外に飛び散り、いくつもの機材が倒れてる。

 あの模擬戦の後、このアリーナでは4組の更識が専用機のテストをするはずだったのだが、管制室がこの有り様では使わせる訳にはいかず、特別に教員用アリーナの使用許可を出して、そちらに行って貰った。

 そして、人気のなくなった管制室に私は件の3人を呼び出していた。

 

 

 まず結城は堂々としていた。こいつはまあ、特に問題を起こした訳ではないから、この態度も納得出来る。

 次に一夏だが、こいつは見るからに落ち込んでいた。気付かなかった私も悪いが、せめて一言相談してくれればバイトなんかさせなかったのに、こいつの1人よがりはどうするべきだろうか・・・・

 最後に凰。こいつはずっと俯いている。良く見ると汗をダラダラと流していた。突発的とは言え自分のやった事が非常にマズいと理解しているのだろう。私はこいつのこう言う短絡的な所が昔から気に食わなかったのだが、案の定、やってくれたものだ。

 

 

「さて、お前達には聞くべき事と言うべき事がいくつかある」

 

 そう言うと、結城以外の2人がビクッと反応した。

 

「まず結城。何故織斑と模擬戦をした?」

 

「はい。理由は3つありますが、1つは前回のバトルでの決着が曖昧だったのできちんと決着を着けたかったと言う事。2つ目と3つ目は──失礼」

 

 結城はそう言うと私に近付き耳元でそっと囁いた。

 

「2つ目は織斑のストレスを発散させる事です。あいつ相当溜まってたみたいですから、ストレスの元である俺にぶつければ多少は晴れるかと思ったんですが、それ処じゃなくなりましたね・・・・」

 

「そ、そうか。気を使わせたな」

 

「いえ、それと3つ目は、あいつまた箒を傷付けたんで、ちょっと制裁を加えとこうかと思いまして・・・・」

 

「・・・・一夏は何を言ったんだ?」

 

「箒に言った罵詈雑言をテンパッていて覚えてないそうですよ」

 

「あの馬鹿!・・・・解った、本当に色々すまんな」

 

 私がそう言うと、結城は小さく頷き元の場所に戻った。

 

 

「次に織斑。お前はまあ表面的には問題はない。結城に模擬戦を挑まれて、受けただけだからな」

 

「ち、千冬姉・・・・」

 

「だがな一夏、教師としてはともかく、姉として保護者として言っておかねばならない事がある。お前は何故私に相談せず、勝手に行動するんだ。生活費が足りなくなったら言えと私は言ったよな。それを家に金がないと勝手に思い込みバイトをするなんて、一言相談してくれさえすればお前だって中学で部活とか出来ただろう。金の事ではお前を困らせる事はないと思っていた自分が情けないよ」

 

「千冬姉、ごめん・・・・」

 

「そもそもな、酒屋の親父さんだって本当は迷惑してたんだぞ?」

 

「ええっ!!」

 

「当たり前だ! 条例で中学生は雇っちゃいけないのに、お前親父さんに土下座して頼み込んだそうじゃないか。店先でそんな事をしたら迷惑に決まってるだろう。それじゃあ一種の脅迫だぞ!」

 

「ううう・・・・」

 

「お前は何故か私に頼る事を恥と思ってるな? だが私はお前の姉で、たった1人の家族なんだぞ。家族を頼るのは決して悪い事でも恥ずかしい事でもないんだ。良く覚えておけ!」

 

「・・・・・・はい」

 

 一夏は俯きながらも返事をした。これで分かってくれるといいんだがな・・・・

 

 

「さて、待たせたな凰。お前には色々と言いたい事がある。何故かは解ってるな?」

 

「ううっ、はい・・・・」

 

 凰は後退りながらも、自分が悪い事は理解しているようで逃げようとはしなかった。

 

「専用機持ちでありながら許可なくISを展開、あまつさえ学園の施設や機材を破損させ、同じ室内にいた者達を危険に晒した。何か申し開きはあるか?」

 

「・・・・いえ、ありません」

 

「お前は中国の代表候補生だ。この事は中国政府に正式に報告と抗議をする事になるが構わないな?」

 

「ぐっ・・・・はい、構いません」

 

「待ってくれ千冬姉! 鈴は俺の為に──」

 

「そんな事は関係ない! お前は黙ってろ!!」

 

 一夏が凰を庇おうとしたが、私が怒鳴りつけると、黙り込んだ。

 

「では凰鈴音。お前にはISの無断展開及び危険操縦と器物破損の罰として反省文30枚と5日間の自室謹慎を申し渡す。反省文は明日中に提出しろ」

 

「・・・・・・はい」

 

 そう言い渡し、解散させようとしたその時、

 

「先生、発言よろしいですか?」

 

 結城が発言を求めて来た。

 

「結城? いいだろう、何だ?」

 

「鈴の処分なんですが、反省文はともかく謹慎はクラス対抗戦が終わってからにして貰えませんか?」

 

「・・・・何故だ?」

 

「来週末にはクラス対抗戦が開催されます。それまでの期間は出場選手にとって貴重な訓練期間です。今回の鈴の処罰は彼女個人に関するもの。この期間訓練出来なければ2組の皆に迷惑が掛かる事になりますし、俺としても出場するなら万全の状態であって欲しいんです。お願い出来ませんか?」

 

「ふむ・・・・結城はこう言ってるがどうする、凰?」

 

「わ、私としてはとても助かります。お願いします織斑先生!」

 

「いいだろう。では反省文は明日まで、謹慎はクラス対抗戦が終わってからとする。いいな?」

 

「「「はいっ!!」」」

 

 この後、解散を言い渡し、3人が管制室を出るのを見送ると、私は後片付けの手配を始めた。

 

 

~side end

 

 

 

 

~箒side

 

 

 志狼達3人が管制室から出て来た。私やセシリアのように志狼を心配して待っていた娘達が志狼の元に集まる。

 

「志狼! 何か処分とかあったのか!?」

 

 何かあったのではと焦る私が聞くと、

 

「いや、俺と織斑は特に何も。ただ、鈴がな・・・・」

 

 皆はああ、と納得した顔をしていた。

 

「皆、危険な目に合わせてごめん!」

 

 と、鈴が謝ると、皆からは「大丈夫」「心配ないよ」などと鈴のした事については比較的寛容であるようだ。

 

「志狼、織斑先生に取りなしてくれて、ありがとう」

 

「何、俺は訓練不足で負けたなんて言い訳が聞きたくなかっただけさ」

 

「ふふん、そんなに言うならクラス対抗戦は全力で叩いてあげるわ!」

 

 鈴が彼女らしい不適な笑みを浮かべた。何だか久し振りに鈴らしい表情を見た気がする。

 志狼も嬉しそうに好戦的な笑みを浮かべ、見つめ合う2人の間には火花が散っているようだった。すると、 

 

「鈴、行くぞ! それと箒、今日は先にシャワーを使わせて貰うからな!!」

 

 こちらと距離を取っていた一夏が焦れたように大声を上げた。

 

「ああ、好きにしろ」

 

「あ、待って一夏! じゃね、皆!」

 

 私がそう言うと、鈴は一瞬、不思議そうな顔で私を見てから一夏を追いかけて行った。

 

 

 

「さて、俺は簪のテストの手伝いに行くけど皆はどうする?」

 

 志狼は皆にこの後の予定を聞くと、各々部活ややる事があるそうなので、ここで解散となった。私も剣道部に行かなければならないが、その前にやる事があった。

 

「皆、待っててくれてありがとうな。部活頑張ってくれ」

 

 志狼はそう言うと、皆とは別方向にある教員用アリーナに向かおうとしたが、私はそんな志狼を呼び止めた。

 

「志狼!」

 

「箒? どうした?」

 

「志狼・・・その、今回の件は私の為にしたのか?」

 

「・・・・何故そう思った?」

 

「だって! あのタイミングで志狼が怒るなんて私の事くらいだし、それに、バトル中に箒にあんな顔をさせるなって言ってたから・・・・」

 

「そうか・・・・管制室には通信傍受機能があるんだっけな」

 

 どうやらごまかそうとしていたようだけど、こっちは一夏との会話を全て聞いていたのだ。志狼は私に言い訳出来ないと悟ると、

 

「そうだよ。確かに俺は箒にあんな作り笑いをさせた織斑が許せなくて、ぶん殴ってやるつもりだった。ただ殴ったら俺が罰せられるから、模擬戦と言う事にして、合法的にボコるつもりだったんだが、織斑の馬鹿さ加減にやる気を削がれてあまりボコれなかった。すまん」

 

 志狼は私を真っ直ぐに見つめて言うと、軽く頭を下げた。違う! そうじゃないんだ!!

 

「違うんだ、志狼。私は謝って欲しい訳じゃなくて、私なんかの為に危険な真似をしないで欲しいんだ。志狼は優しいから私なんかの為に平気で自分が傷付くような事をしかねないから、もっと自分を大切にして欲しいんだ。私なんかのせいで志狼が怪我をしたり、罰せられたりするのが、嫌なんだ・・・・」

 

「・・・・・・」

 

 私はいつの間にか志狼にすがり付くように身を寄せていた。彼の厚い胸板に手を置いて、顔を見上げると、志狼の表情には微かな怒りがあった。何か怒らせるような事を言ってしまったのだろうか?

 

「・・・・箒」

 

「! は、はい!?」

 

「私なんか、なんて言うな」

 

「え?」

 

 私は一瞬、何を言われたのか分からなかった。そのまま両肩をつかまれて、背後の壁まで押しやられる。

 

「私なんかって自分を卑下するような言い方はやめろ!」

 

 志狼が何故怒ってるかが分かった。でも、私には実際価値なんて・・・・いや、ある。「篠ノ之束の妹」と言う価値が。自分を長年苦しめて来たそれを思い出し、私は自嘲気味に呟いた。

 

「でも私の価値なんて、「篠ノ之束の妹」と言うくらいだし・・・・」

 

 私が俯いて言うと、耳元でバンッ大きな音がした。驚いて顔を上げると、志狼の顔が目の前あった。狼狽えて顔を背けようとすると、志狼の両手で正面に固定されて背けられない。こ、これって所謂壁ドンと言う奴では!?

 

「し、ししし志狼!?」

 

「箒、そんな悲しい事言わないでくれ。それじゃあ目の前にいる女の子を大切に思ってる俺の気持ちはどうなるんだ?」

 

「え? 私が大切・・・・・・? 志狼が?」

 

 心臓が激しく高鳴る。志狼に大切と言って貰えて正直凄く嬉しい。でも・・・・

 

「箒、お前とは入学初日から色々あったよな・・・・俺にとってお前はもう身内同然なんだよ。俺はきっとお前をもう見捨てられない。お前に何かあったら力になりたいし、お前を傷付けるものから守りたいと思ってる」

 

「志狼・・・・・・」

 

「それに、お前のあの笑顔を見てしまったからな。あんな風に人の笑顔に心奪われたのは初めてだ。だからこそお前にあんな作り笑いをさせた織斑を許せなかった。箒、お前は自分を大切にしろと言うけど、アイツがまたお前を傷付けるようなら、俺は何度でも戦うぞ」

 

 志狼の左手が私の頬をそっと撫でる。優しく、壊れ物を扱うように。志狼が触れているだけで私はこんなにも幸せを感じてる。

 好きな人が自分のせいで傷付くのは恐い。でも、自分の為に戦ってくれるのは嬉しい。相反する想いが私の中で渦巻いている。なんて矛盾してるんだろう?

 志狼の意志を覆すのは難しいだろう。ならば、彼に迷惑を掛けないようにする為に私は──!

 

「志狼、今後一夏がどんなに私を傷付けようと、意趣返しのような事は一切しないで欲しい」

 

「しかし、箒──「私は!」!?」

 

 反対しようとする志狼の口唇に人差し指を添えて、口を封じる。

 

「私は強くなる! 一夏が何を言って来ても傷付かないように、貴方の隣りに並び立てるように強くなる。なって見せる!!」 

 

 私は真っ直ぐに志狼を見つめて、そう宣言する。志狼は一瞬、驚いた顔をすると、やがて肩を震わせ笑い出した。

 

「志狼・・・・?」

 

「いや、すまん。箒の決意を笑った訳じゃないんだ。ただ、お前はやっぱり守られてるだけじゃない、戦うヒロインなんだなあって思ったら、つい」

 

 志狼はまだ笑っている。

 

「ふん、今に見てろよ。志狼を守れるくらい強くなってビックリさせてやるから!」

 

 笑い続ける志狼にそう言ってやると、

 

「ああ、見てるよ」

 

 いつの間にか笑いが止んで、志狼がそう言った。

 

「志狼・・・・?」

 

 不思議に思って志狼の方を向くと、志狼は真っ直ぐに私を見つめていた。いつもの優しくて温かい、その眼差しで。

 

「ずっと見てる。だから頑張れ、箒」

 

「志狼・・・・・・うん!!」

 

 私は志狼に飛びっ切りの笑顔を向けた。

 

 

~side end

 

 

 

 

~鈴音side

 

 

「ねえ一夏。さっきのってどういう事?」

 

「さっきのって何だよ?」 

 

 寮が見えて来た頃、隣を歩く一夏にそう訊ねると、一夏は訝しげに聞き返す。

 

「ほら、箒にシャワーを先に使うって・・・・」

 

 意味深な台詞が引っ掛かる。まさか箒とつき合ってる? でもどう見ても箒が好きなのって志狼なのよねえ・・・・?  

 

「ああ、箒とは同室だからな。いつもはあいつが先にシャワーを使うから、今日は先に使わせて貰うって断っただけだよ」

 

 箒と同室!? 聞いてないわよ私は!?

 

「何でアンタが箒と同室になってるのよ!?」

 

「何でって・・・・部屋が足りないから仕方ないだろ? まあ箒とは幼馴染みだし、見ず知らずの女子と同室になるよりましだからな」

 

 箒と幼馴染み!?・・・・ああ、そう言えば私と知り合う前にも女の幼馴染みがいたって言ってたわね。私がセカンドでその娘がファースト幼馴染みだって・・・・なら!

 

「幼馴染みだからって同室になったの? なら私にもその資格はあるわよね!?」

 

「お、おう。同意が得られればいいんじゃないか?」

 

「そう・・・・・・一夏、アタシやる事があるから、また後でね!」

 

 一夏の返事も聞かずにアタシは来た道を引き返して駆け出した。

 

 

~side end

 

 

 

 

~志狼side

 

 

 箒と別れ、教員用アリーナに来た俺は、まず状況を確認しようと管制室に入った。

 

「遅くなりました虚さん。テストはどうなってますか?」

 

 メインコンソールに座っていた虚さんがこちらを向く。

 

「お疲れ様です志狼さん。丁度良かった。アリーナに入ってお嬢様の随伴をして貰えますか?」

 

「随伴? 構いませんが明日奈はどうしたんです?」

 

「それが、電話があって席を外してからまだ戻って来ないんです」

 

 何だろう? 少し心配だが、そう言う事なら仕方がない。

 

「分かりました。すぐに着替えます」

 

「お願いします」

 

 俺は管制室を出て、ISスーツに着替えるべく、更衣室に向かった。

 

 

 

 

 

 ISスーツに着替えた俺は、アリーナ場内で打鉄弍式を纏った簪と、最終調整をしている黛先輩に声をかけた。

 

「簪、黛先輩、お待たせ」

 

「あ、志狼さ、ん・・・・」

 

「おー、志狼君ご苦労おおおーーーっ!!❤」

 

 何だ? 2人の様子がおかしい。簪はうっすらと頬を染めて、チラチラとこちらを伺っており、黛先輩は目を爛々と輝かせ、どこから取り出したのか、デジカメをこちらに向けて、いろんな角度からシャッターを切りまくっている。正直動きが気持ち悪い。

 

「・・・・何やってるんです貴女は」

 

 流石にローアングルから人の尻や股関を撮り出したのでカメラを没収して尋ねる。

 

「だって! 志狼君の貴重なISスーツ姿の生写真だよ!? 一体いくらで売れると思ってるの! プレミア物だよ!!」

 

「そんな事知りません」

 

 俺はそう言うとデジカメのデータを消去した。

 

「あああああーーーーっ!!」

 

 データを消去したデジカメを黛先輩に返すと、先輩はさめざめと泣き出した。

 

「うう、酷いよう~~~」

 

 許可も得ず撮った写真で商売しようなど言語道断。しばらく泣かせておこう。

 

 

 

 今でこそこんな風に接している黛先輩だが、打鉄弍式再開発計画がスタートした時には結構刺々しい態度で、計画にも虚さんに言われて仕方なく参加したと言う体であった。

 これは完全に俺のせいである。まあ、パーティーの時、取材に来た先輩を俺が問答無用で追い返したから、その時の事を根に持っていたらしい。

 結局、打鉄弍式が完成した暁には独占インタビューを受ける事とその時に先輩が用意した衣装を着て写真を撮らせる事を約束すると、ようやく機嫌が直ったのだった。

 それからの黛先輩は整備科のエースと呼ばれるに相応しい活躍をしてくれるようになった。時々先程のような奇行に走る事もあるが、概ね頼りになる存在である、はず?

 

 

 黛先輩は放っといて、簪に目をやると、頬を赤らめて恥ずかし気にこっちをチラチラと盗み見ている。別段恥ずかしい格好をしているつもりはないんだが、簪のように清純そうな娘からそんな風に見られては悪戯心がムクムクと湧いて来る。こんな事だから明日奈からドSだなんて言われるんだよなあ。

 ともあれ、簪をイジリたいと言う気持ちとそんな場合じゃないと言う気持ちを人知れず葛藤させていると、

 

「かんちゃんお待たせ~。あー、しろりんだ~♪」

 

 いつもマイペースの本音が機材の載ったカートを押してトテトテ駆けて来た。

 

「よっ、本音。ご苦労様」

 

 いつものように俺の隣りにやって来た本音に声をかけて、頭を撫でる。

 

「えへへへー♪ しろりんもお疲れ様。聞いたよ?大変だったね」

 

 織斑を連れ出す前に教室からいなくなっていた本音は何があったのか結果だけ聞いたらしい。

 気にならないはずはないのに、詳しい経緯を聞きもせず、ただ隣りでニコニコ微笑んでる姿に癒しを感じて、更に頭を撫でる。そうすると本音は更に笑みを深くして、癒しのパワーが増したので、俺も更に頭を撫でる。こうして癒しの永久機関が完成した。

 

「何をしてるんですか、2人共!」

 

 ふと気が付くと、簪がジト目をしてこちらを見ていた。

 

「ちょっと癒されてた」

 

「癒してたー♪」

 

 俺と本音の返答を聞くと、簪は深くため息を吐いた。

 

「あの、そろそろテストを始めたいんですけど?」

 

「俺の方はいいけど、黛先輩はどうするんだ?」

 

 黛先輩は泣き止んではいたが、その場に体育座りをして、完全に拗ねていた。

 

「もう! 黛先輩!! 完成したら志狼さんに好きな衣装を着せて写真撮れるんでしょう!? だったらその時にISスーツでもフンドシ一丁でも好きにすればいいじゃないですか! いい加減仕事して下さい!! 」

 

 簪がそう言うと、黛先輩の目に光が戻った。

 

「そうだったーーーっ!! そう、完成した暁には写真撮り放題!何でもありのヴァーリ・トゥードなのよーーー!!

よし、仕事しよ! ほら、かんちゃんと志狼君はIS纏って! 本音ちゃん機材の準備して!」

 

 雄叫びを上げて復活した黛先輩は人が変わったようにテキパキと指示してテストの準備を整えて行く。

 

「おい簪、どうするんだ。流石にフンドシ一丁は嫌だぞ!?」

 

 俺は簪に抗議するも、簪はニッコリとイイ笑顔をして、

 

「協力、してくれるんですよね? お願いしますね志狼さん♪」

 

 と言うと、展開してあった打鉄弍式を纏い始めた。

 出会った頃の弱々しさはなりを潜め、彼女本来の明るさが現れるようになったからか、最近の簪は自分の意見をはっきり口にするようになった。いい徴候だとは思うが、急激な変わり様に若干戸惑ってしまう。

 

「しろり~ん、準備して~」

 

 本音に言われて急いで孤狼を纏う。いかん、今はテストに集中しよう。

 

 

~side end

 

 

 

 

~簪side

 

 

 打鉄弍式のテストが始まった。起動テストから飛行、武装のテストと次々とメニューをこなして行く中、そのテストの全てに志狼さんが孤狼で付き添ってくれる。

 飛行テストでは万が一に備えて僚機として飛んで貰い、武装テストでは模擬戦の相手をして貰い、貴重なアドバイスをしてくれた。献身的に力を貸してくれる志狼さんに、先程は悪い事をしたなあ、と私は反省していた。

 自分でも分かってる。これがただの嫉妬であると。頭を撫でられて仲良さげに微笑みを交わす2人に本音が羨ましいなあとか、私もして欲しいなあとか思ってただけで、志狼さんは決して悪くないのだ。それなのにフンドシ一丁とか結構酷い事を言ってしまった。でも咄嗟に出て来たのは何でフンドシだったんだろう? そりゃあそう言う姿を見たくないと言えば嘘になるけど、ちょっと特殊過ぎないだろうか? 自分の隠れていた趣味に戦慄を覚えていると、バチが当たったのか突如右脚部のバーニアが火を吹いた!

 突然の事に、バランスを崩してコントロール出来なくなる。

 

「きゃあああーーーーっ!!」

 

 失速し、落下する中、今度は左脚部のバーニアが爆発した!その衝撃で私はかなりのスピードで落下する。ISには絶対防御があるのだから死ぬ事はないだろうが、衝撃を完全に殺す事は出来ない。何より高速で落下するのは本能的な恐怖を呼び起こす。私は落下の衝撃に備えて歯を食い縛り、目を閉じた!

 

 

 

 感じた衝撃は思ったより軽く、絶対防御って凄いなあ、と一瞬思ったが、そんな訳ない。恐る恐る目を開くと、私は孤狼に抱き抱えられ、空に浮いていた。

 

「簪! 大丈夫か!?」

 

「し、志狼さん・・・・」

 

 孤狼のマスクが開き、志狼さんが顔を見せる。

 

「だ、大丈夫です、助かりました」

 

「良かった。このまま地上に降りるぞ。いいな?」

 

「あ、はい。お願いします・・・」

 

 着地すると、待機していたスタッフが両脚に消火剤を撒いて火を消した。私はISから降りると足に力が入らなくて倒れそうになったけど、

 

「おっと、大丈夫か?」

 

 ISを解除した志狼さんが支えてくれた。志狼さんはそのまま私を抱き上げると、

 

「本音! 後は任せたぞ!」

 

「オッケ~、任されたー♪」

 

 そう言って医務室に連れて行かれた。って言うかこれってお姫様抱っこじゃ───!?

 

 

 

 

 

 

「先生! 急患です!」

 

 医務室の扉をノックして、志狼さんが医務室に入る。無論、私をお姫様抱っこしたままで。

 

「あら、大変」

 

 養護教諭の御門涼子先生が台詞とは反対に落ち着いた様子で近付くと、私をじっと見つめて、フッと微笑む。

 IS学園の教師は織斑先生を始め、美人が多いのだけど、この御門先生は学園でも1、2を争う美女として知られている。とにかく色っぽいと言うか艶っぽいと言うか、他の先生達とは違う妖艶な魅力のある女性なのだ。

 

「それじゃ、そのベッドに寝かせて頂戴」

 

 先生に言われて、志狼さんは私をベッドに寝かせると、

 

「先生、俺は外に出てるので診察お願いします」

 

 そう言って医務室を出て行った。

 

「あら、別にいても良かったのに。ねえ?」

 

「え? いや、駄目ですよ!?」

 

「そうなの? ふふ、それじゃ始めましょうか。スーツを脱いで頂戴」

 

 そう言って先生は診察を始めた。

 

 

 

 

「大丈夫。特に怪我はないわ。落下のショックで精神的に参っているだけだから、少し休んで行きなさい」

 

「はい。ありがとうございます」 

 

「それじゃ私は用があるから。ここはお願いね、彼氏クン?」

 

「彼氏じゃありませんが、分かりました」

 

 

 御門先生の診断後、私はそのままベッドで横になっていた。付き添いには連れて来た志狼さんがそのまま付いてくれたんだけど、は、恥ずかしくて顔を見れないよ~!

 

「それじゃ、頑張って。ね?」

 

 御門先生が私の耳元でそっと囁いてから医務室を出て行く。何か誤解されてるよ~! 私が顔を赤らめていると、志狼さんが私の額に手を当てて、

 

「少し熱っぽいな。冷やしとくか」

 

 そう言って濡れタオルを額に乗せてくれた。決して熱っぽい訳ではないんだけど、ひんやり冷たいタオルは心地良かった。

 

「あ、ありがとうございます・・・・」

 

「・・・なあ簪、もしかして昨夜あんまり寝てないんじゃないか?」

 

「あう・・・・」

 

 実はその通りで、今日のテストが上手く行けば完成まで後一息だと思うと気が逸ってしまい眠れなくて、好きなアニメでも見て気を落ち着けようとして、気が付くと朝になっていたと言う体たらくだったのだ。

 

「やっぱり。操縦者は体が資本なんだから、きちんと睡眠は取らないと駄目だろ」

 

「はい、すいません・・・・」

 

「クスッ 全く、しっかりしてるようで案外抜けてるんだな、簪は」

 

「あう・・・・」

 

 志狼さんは苦笑を浮かべて、私の頭を優しく撫でてくれた。

 

「それじゃ、俺は行くから、このまま少し眠るといい」

 

 そう言うと、頭を撫でていた掌が離れる感覚がして、私は思わず大声を上げてしまった。

 

「! ま、待って!!」

 

 立ち上がりかけた志狼さんは一瞬驚いた顔をすると、優しく微笑んで聞いてくれた。

 

「どうした、簪?」

 

「えと、あの、その・・・・」

 

「何かして欲しい事があるなら言ってごらん」 

 

 志狼さんがそう言ってくれたので、私は思い切って言って見る。

 

「あの、ね、眠るまででいいですから、手を握っててくれませんか?」

 

 私がそう言うと、志狼さんはちょっと意地悪そうに笑うと、

 

「なんだ、今日は随分と甘えん坊だな、簪は」

 

「だ、駄目なら別にいいですよう・・・・」

 

「クスッ 揶揄ってごめん。俺でいいなら喜んで」

 

 そう言うと志狼さんは私の左手を両手で包み込む。

 

「今はゆっくりお休み、簪」

 

 私は志狼さんの温もりを感じながら、目を閉じると、やがて眠りに落ちて行った。

 

 

~side end

 

 

 

 

~?side

 

 

 う、う、羨ましい~~~!!

 

 簪ちゃんが、私の簪ちゃんが他の、しかも男に甘えてる。これは由々しき事態だわ!

 

 簪ちゃんはお嬢様育ちで、同年代の男と接した事なんて滅多にないからちょっとイイ男に優しくされただけでコロッと参っちゃうかも!? イヤイヤ何を言ってるの私。うちの簪ちゃんに限ってそんなチョロインな訳ないわ! ああ! でも顔を赤らめて恥ずかしがってる姿が無茶苦茶可愛いいいいーーー!! ヤバいわ!あれはもう落ちかけてるって言うかもう落ちてるように見えるーーーっ!!

 

 はあ、はあ、くっ、まさか女だらけのIS学園で簪ちゃんに男の魔の手が迫ろうとは。織斑一夏と結城志狼。今期入学した2人の男性操縦者のプロフィールは職務上目を通してあるけど、これだけではその人の人となりまでは解らない。仕方がない、直接接触するのはもうしばらく様子を見てからにしようと思っていたけど、こうなったら私が直に見極めてやるわ! そして、簪ちゃんに相応しくないと判断したら私の持つあらゆる権力を使ってでも2度と近付けないようにしてやるわ!!

 

 まずは結城志狼! 簪ちゃんに相応しいか試させて貰うわ! 覚悟してらっしゃい!!

 

 

~side end

 

 

 

 

 




読んで頂きありがとうございます。

学園の養護教諭として、「To Loveる」シリーズから御門涼子先生に出演して貰いました。
保健医と言うとこの人しか思い浮かばなかったんですが、原作で設定されてましたっけ?
仮にいたとしても本作ではこのままで涼子先生にやって貰おうと思います。

さて次回は、志狼に迫る謎の人物(笑)との対決や如何に!?

と言う感じで行きたいと思います。


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第22話 花と散る



今回は生徒会長が酷い目にあいます
今回は微エロ展開があります。

上記が嫌な人は読まない事をお薦めします。


それでは第22話、ご覧下さい。


 

 

~一夏side

 

 

 箒が変だ。

 

 あの模擬戦の後、鈴と一緒に寮に帰った俺は何やら用があるらしい鈴と別れて、自室でシャワーを浴びた。

 シャワーから上がってしばらくすると箒が戻って来たんだが、その時から様子がおかしかった。声をかけても返事をせず、足が地に着いてないかのようなふわふわした足取りで部屋に入って来ると、自分のベッドに腰掛けてボーッとし出した。

 すると突然「くふふふっ」と笑い声を上げたり、枕に顔を埋めて足をバタバタしたり、シーツにくるまってベッドの上をゴロゴロと行ったり来たりと、奇怪な行動を取り出した。

 流石に気味が悪くて何度も声をかけたが、箒は自分の世界に入ったまま出て来なかった。どうするべきか悩んでいると部屋のチャイムが鳴った。誰か来たらしい。俺は藁にもすがる思いで扉を開けると、

 

「やっほー、一夏♪」

 

 何故かボストンバッグを抱えた鈴が立っていた。

 

「鈴? どうしたんだ?」

 

「ちょっと箒に用があってね。いる?」

 

「いるにはいるんだが・・・・」

 

「?何よ、はっきりしないわね。まあいいわ、お邪魔するわよ」

 

 鈴は中に入ると、箒を見て固まった。箒は先程と変わらず、端から見ると不気味な奇行を繰り返していた。

 

「さっきからあの調子でいくら声をかけても聞こえてないみたいなんだよ。いい加減気味が悪くて」

 

「気味が悪いって・・・・アンタも結構酷い事言うわね。まあいいわ」

 

 そう言うと鈴はポーッと座っている箒の耳元で一言何か呟くと、

 

「な!なななな何を言ってるんだ!!って、あれ、鈴?」

 

 耳まで真っ赤に染めて、箒が復活した。

 

 

~side end

 

 

 

 

~箒side

 

 

 私は幸せの真っ只中にいた。

 志狼が言ってくれた言葉やそれに込められた気持ちを思い出すだけでISを纏ってないのに空を飛べそうな気分だ。

 しかし、あれが壁ドンかあ。成る程、確かにいいものだった。半ば視線が固定されるからお互いしか瞳に映らず、吐息すら感じる距離で見つめ合う。も、もしあのまま志狼がキスして来たら、私はきっと拒めなかったろう。

 ううう~、わ、我ながら流され易いと思わなくもないが、私とて年頃の女なのだ。そう言う事には人並みに興味がある。いや、抑圧された生活を送っていた反動からか人並み以上かもしれない。

 中学の頃、クラスメイトの話に興味のないふりをしながら聞き耳を立てていた時に出て来た壁ドンや顎クイ、お姫様抱っこなどの行為。憧れていたその1つを体験して私は浮かれていた。さっき志狼からして貰った事のその先を妄想していた、そんな時、

 

「志狼にキスでもして貰ったの? 箒」

 

 突然聞こえたその一言で、私は幸せな妄想の中から現実に帰って来た。

 

「な!なななな何を言ってるんだ!!って、あれ、鈴?」

 

 反射的に否定してからその一言を言ったのが鈴である事に気付いた。

 

「ふうーん、流石にキスはまだだったか」

 

「り、鈴? ひょっとして私が志狼を好きな事・・・・」

 

「え? バレてないとでも思ってたの? もう皆知ってるわよ?」

 

「えええええーーーーっ!!」

 

 え? 皆知ってる? 皆ってどこまで? 私極力抑えてたつもりなんだが・・・・

 

「え? あれで? アンタ隠し事下手ね。クラス中だだ洩れだったわよ?」

 

 つまりはクラス中知れ渡っていると言う・・・・うう~、は、恥ずかしくて明日皆の顔が見れない!

 

「まあ、今更なんだから諦めなさい」

 

 ううう~、ってあれ? さっきから心の声に鈴が返事してるような?

 

「・・・・しっかりしなさい! アンタさっきから全部口に出してるわよ!」

 

「えええ!!」

 

 驚いて隣りの鈴を見ると、呆れたような半目で私を見ていた。

 

「アンタ少し落ち着きなさい! ほら深呼吸!」

 

「あ、ああ」

 

 言われるままに深呼吸を何度かすると、ようやく落ち着く事が出来た。

 

「すまない鈴。もう大丈夫だ」

 

「そう? それじゃあ本題に入るけど、部屋を替わって欲しいのよ」

 

「?・・・・つまりは今鈴のいる部屋に私が移って、鈴がこの部屋で一夏の同居人になると言う事か?」

 

「そうよ! さっき一夏から聞いたんだけど、元々幼馴染みって事で同室にされてたんでしょ? なら私にも資格があるわ! だから替わって?」

 

「ふむ・・・・いいだろう。但し、条件が2つある」

 

「条件? 何よ?」

 

「何、難しい事じゃないさ。1つは引っ越す時に荷物の整理を手伝う事。バッグに詰めたり、運ぶのに手を借りたいんだ」

 

「そのくらいならお安い御用よ! それでもう1つは?」

 

「もう1つは同居人と寮長の織斑先生にきちんと許可を貰って来る事。勝手に部屋を替えて後で怒られたくないからな」

 

 私がそう言うと、鈴は顔を青くした。

 

「う、そっか。許可取らないとマズイよね?」

 

「そりゃあマズイだろう。・・・・ああ、そうか」

 

 そう言えば鈴はつい先程問題を起こしたばかり。そんな身で部屋替えなんて言い出しても上手くいくとは思えない。

 

「はあ、分かった。先生の所には私も同行しよう。お前は先に同居人の許可を貰って来い」

 

「! ありがとう箒! それじゃ、ちょっと行って来るわ!」

 

 そう言うと鈴は風のように去って行った。さて、私は荷物を纏めるとするか。クローゼットの中からバッグを取り出すと、一夏が声をかけて来た。

 

「なあ箒、部屋を替わってもいいのか?」

 

「別に構わないよ。元々部屋替えの申請はしていたしな」

 

「え!?」

 

「そもそも恋人同士でもない男女で同室なんて最初から無理があったんだ。幼馴染みだから他の知らない娘と一緒にするよりましだろうって理由で同室にされてたんだし、鈴が替わってくれるなら正直大歓迎だよ」

 

「そ、そうか・・・・」

 

 それっきり静かになったのを怪訝に思い、視線を向けると、一夏は何やら呆然と立ちつくしていた。

 

「一夏? どうかしたのか?」

 

「え!? あ、いや、何でもない。あ、俺も手伝おうか?」

 

「気持ちだけ貰っておく。だが、女の持ち物に触ろうなんてデリカシーに欠けてるぞ。それとそろそろ下着の整理をしたいんで向こうを向いてくれないか?」

 

「!ああ、すまない」

 

 一夏は慌てて向こうを向くも、その場に立ちつくしたままで、私には何か言いたそうに見えた。

 

「何だ。何か言いたい事でもあるのか?」

 

 私が手を止めずに聞くと、躊躇いながらも一夏はこちらを向いて、

 

「箒は本当に─「お待たせー! 行きましょ箒!!」・・・」

 

 発しようとした言葉は鈴によって防がれてしまった。

 

「ああ、分かった。一夏、話があるなら後でいいか?」

 

「ああ、いや、何でもないんだ、忘れてくれ・・・・」

 

「そうか? それじゃ、行って来る」

 

 一夏にそう言って私は鈴と共に部屋を出た。一夏がこの時、何を言いたかったのかは結局分からないままだった。

 

 

 

 結果として、私と鈴の部屋替えは千冬さんに認めて貰えた。部屋替えを申し出ると、千冬さんは大きなため息をひとつ吐いて、了承してくれた。別れ際にそっと耳元で「色々すまなかった」と言われたのが妙に印象的だった。

 

 許可を得た私達は早速私の荷物を纏め、引っ越しをした。途中、私の下着を整理しようとした鈴が私のブラのカップ数を知って逆ギレしたりもしたが、元々荷物が少なかったのもあり、1時間程で引っ越しは完了した。

 私の新しい同居人は同じクラスの神楽だった。彼女となら同じ部活でもある事だし、上手くやって行けそうだ。

 

 

~side end

 

 

 

 

 

~志狼side

 

 

「ただいま~っ」

 

 時刻は午後8時。随分と遅くなってから明日奈が疲れた顔をして帰って来た。

 

「お帰り。随分遅かったな」

 

「うん、もう参ったよー。いきなり新装備が完成したから来てくれって言われてもねえ」

 

 そう、明日奈に掛かって来た1本の電話。それは明日奈の専用機の新装備が完成したと言う連絡だったそうだ。この新装備の完成により、彼女の専用機は設計当初の性能をようやく発揮出来るようになると言う。

 明日奈が今まで専用機を持ちながら中々展開しようとしなかったのはそのせいらしい。

 

「それでね。新装備のインストールと性能テストをするから明日行く事になっちゃって、織斑先生に事情を説明して欠席届とか書いてたら遅くなっちゃって・・・・あーもう! かんちゃんに悪い事しちゃったよ~」

 

「心配するな。お前の代わりは俺が務めたし、簪は根に持つような娘じゃないよ」

 

「うん、ありがとう兄さん。それでね、明日は朝から研究所に行って、そのままお泊まりになると思うの。そうしたら次の日は家に帰って雪ちゃんの様子を見て来ようかなって」

 

「うん、それがいい。雪菜と、いたら父さんにもよろしく伝えてくれ」

 

「うん、分かった」

 

「さて、腹が減ったな。夕飯にしようか」

 

 俺がキッチンへ向かいながら言うと、

 

「え!? もしかして待っててくれたの?」

 

 明日奈が驚いていた。俺は冷蔵庫の中を見ながら何が出来るか考えていると、不意に明日奈が背中に抱き着いて来た。

 

「どうした?」

 

「ん~、何となく♪・・・・ねえ! 久し振りに一緒に作らない?」

 

 さっきまで疲れた顔をしていた明日奈が満面の笑顔で提案して来た。

 

「ふむ・・・そうだな、やるか?」

 

「うん!!」

 

 こうして俺達は久し振りに2人で夕食を作った。大した材料がなかったのでメニューはオムライスだったが、不思議といつもより美味しく感じた。

 

 

~side end

 

 

 

 

 

~?side

 

 

 ふっふっふ、いい事を聞いたわ。

 

 明日の夜には彼は1人きり。計画決行の大チャ~ンス!

 私の罠に掛かって、簪ちゃんから引き離されて無様に泣くがいいわ! 

 そうと決まれば今ある盗聴機だけじゃなく高解像度の監視カメラも設置しなくっちゃ! 明日の授業中にでも早速忍び込んで設置するとしましょう。でも最近授業をサボり気味だからバレたら虚ちゃんに何をされるか、ううん、大丈夫、バレなきゃいいの!

 

私は心に浮かんだ小さな不安を捨て去って決意する。

 

 覚悟なさい、結城志狼! 私の可愛い簪ちゃんを毒牙に掛けようとする、貴方の化けの皮をはがしてあげるわ!!

 

 

~side end

 

 

 

 

~志狼side

 

 

 金曜日。この日の午前中は初のIS実技授業だった。

 今まで座学ばかりでISに触れる事が出来なかった一般生徒は、いよいよ実機に触れると今朝からワクワクしていた。ただ、初回となる今回は真耶先生の模範操縦を見学するだけらしい。

 見学だけだが体操服に着替えるように指示されたので、俺と織斑も数少ない男子更衣室で着替えてからアリーナに入ると、そこには楽園が広がっていた。

 

 IS学園の女子用体操服はブルマだった。

 あの前世紀の遺物と言われ、現在はそう言うお店でしか見る事が出来ないはずのあのブルマを見目麗しい美少女達が履いているのだ。これを楽園と言わず何と言おうか!?

 

「あ、志狼さま」

 

 俺が来た事に気付いたセシリアが近寄って来た。白い太股が実に眩しい。眼福ではあるのだが、

 

「・・・・なあセシリア、その、恥ずかしくないのか?」

 

 俺がそう聞くと、セシリアはキョトンとした顔をした後、頬を赤らめて言う。

 

「え? ああ、この格好ですか? 確かに少々恥ずかしくはありますが、ISスーツに比べれば・・・・」

 

 成る程。露出度と言う点では然程変わらないと言う事か。俺はISスーツをあんな風にデザインにした篠ノ之束博士に密かに感謝した。

 

「集合!!」 

 

 そうこうしている内に先生達がやって来て、授業が始まった。

 

 

 真耶先生の模範演技が始まった。基本から応用、果ては瞬時加速のような特殊技まで。高い操縦技術を見せる真耶先生に皆の先生を見る目が変わっていた。

 この後、俺達専用機持ちも飛ぶように織斑先生に言われ、俺とセシリア、織斑の3人はそれぞれ機体を展開し、指示通りに飛ぶ事になった。

 流石にセシリアの急加速、急上昇はスムーズで、俺も何とか付いて行けたが、織斑はまだ上手く飛べないようで、フラフラしながら上昇して来た。試合の時はそれなりに飛べてたのにおかしな事だ。

 今度は地上200mの高さから急降下して地上10㎝で停止しろとかなり無茶な事を指示された。それでもセシリアは見事に成功。続く俺は果敢に挑戦するも、地上50㎝で停止してしまい、失敗。「ISに触れて1ヶ月足らずとしてはまあまあ。精進するように」とお言葉をいただいた。

 最後の織斑は大失敗。急停止出来ずにアリーナに墜落し、大穴を空けてしまった。織斑先生からは大目玉を食らい、クラスメイトからは失笑されていた。

 授業はそこで終ったが、織斑は自分で空けた穴を塞いでおくよう命じられ、助けて欲しそうにこっちを見ていたが、誰も手を貸そうとはしなかった。

 

 

 

 

 昼休み。昼食を摂った後、本音と共に整備室へ。簪と合流して昨日の事故の調査結果を虚さんに聞きに行った。

 結果として、バーニアに使った部品の一部に古い物が混ざっていて、耐久性が劣化していた為に起きたらしい。結果的に耐久性のデータが録れて良かったとも言えるが、簪を危険な目に合わせた事に虚さんは気落ちしていた。

 今回の件は整備科長である自分の責任だと謝罪する虚さんに簪は謝罪を受け入れ、改めて専用機を完成する為に協力を依頼した。虚さんはクラス対抗戦までに必ず専用機を完成させる事を約束した。

 早速今日から破損した部分の修理をするので、俺達にも協力して欲しいと言われたので放課後は整備室に集合する事となった。

 

 

 

 

 放課後。本音と共に整備室へ向かい、打鉄弐式の修理を手伝う。打鉄弐式は打鉄の後継機の為、使ってない打鉄の脚部パーツをそのまま流用させて貰い、改造を施す事になった。

 今日は虚さんと黛先輩が用事で来れないので、本音が中心になって作業を進める事となった。最初は心配していたのだが、作業が進むにつれ、その心配は無用だと分かった。本音の整備技術は黛先輩に勝るとも劣らない程高かったのだ。

 後から聞いた話だが、本音は1年生にして既に整備科の次期エースと目されていて、本来1年生の今の時期に入り浸る事が許されない整備室に自由に出入りする権利を有していると言う。

 普段ののほほんとした様子は鳴りを潜め、真剣かつ楽しそうに作業する本音の姿に俺はつい見蕩れてしまった。

 

 この日は俺と本音、簪の3人しかいなかったので夜9時までかかったが、修理は完了した。肝心のプログラム修正は浅葱に頼んだら、わすか5分足らずで修正したものを送ってくれた。改めて『電子の女帝』の凄さを思い知った気がした。

 

 

 

 

 

 作業を終えた後、本音と簪にお呼ばれして彼女らの部屋で一緒に夕食を摂る事になった。本音は食べる専門なので、簪と2人でキッチンに立つ。

 簪は料理は一応出来ると言うレベルで、本来はお菓子作りの方が得意で、中でもカップケーキには自信があるそうだ。今度ご馳走してくれと言うと、はにかみながらも頷いてくれた。

 今夜のメニューはがっつりと豚の生姜焼きにした。焼肉のタレとチューブの生姜で味付けしただけの簡単なものだが、2人共美味しいと言って、残さず綺麗に食べてくれた。

 

 

 

 

 

 簪の淹れたお茶を食後にいただいてから部屋を辞する。彼女らはこれから大浴場に行くと言う。こう言う疲れた時には足の伸ばせる大浴場が羨ましい。今夜は明日奈がいないのでゆっくりとシャワーを浴びて寝ようと部屋の扉を開けると、

 

 

「お帰りなさい。ご飯にする?お風呂にする?それともわ・た・し?」

 

 

 裸エプロンの美少女がそこに立っていた。

 

 

 

 

 

 人は予想もしてない事態に遭遇すると、思考が停止するらしい。目の前の衝撃的な光景に意識を奪われ、俺は何も考えられなくなっていた。

 外側にはねた水色の髪と赤い瞳の整った美貌はどこかで見た気がしたが、どこで見たのか思い出せない。エプロンで隠していても、隠しきれない豊満な胸とくびれた腰。見えそうで見えないヒップラインと抜群のプロポーションをした美少女だった。

 俺は1度扉を閉めて、目の周りを軽くマッサージする。よもや溜まった性欲が幻を見せたのかとも思い、深呼吸してからもう1度扉を開ける。すると、

 

 

「お帰りなさい。私にする?私にする?それともわ・た・し?」

 

 

 今度は一択だった。

 幻ではない、魅力的な美少女からのお誘いに、断れば彼女に恥をかかせる事になると思い、俺はそのまま誘いに乗る事にした。

 

「一択ならば仕方ない。君にしよう」

 

 俺は彼女を素早くお姫様抱っこで抱え上げると室内に入り、ベッドを目指す。

 

「え?あれ?あの、ちょっと待って!って、ひゃん!!」

 

 彼女をベッドに放り投げると短い悲鳴を上げた。そのまま覆い被さり彼女の唇を奪う。

 

「ちょっと待っ、んんん!むふうぁ!ちゅっ、ん、んんん───!!」

 

 彼女の両手を押さえつけ、口腔内に舌を入れて荒々しく蹂躙する。

 

「んっ、ちゅっ・・・んむっ、ちゅっ、あふっ、ずずっ、あん❤ ふぁ、んちゅっ、ん・・・ずずず──っ!!」

 

 どのくらい時間が経ったろうか。彼女の口内に舌を這わせ、唾液を交換し、唇を蹂躙し尽くしてゆっくりと唇を離す。彼女と俺の間に架かった銀色の橋がプツンと切れた。

 

「あふう❤ はあ、ふう・・・・」

 

 彼女は息も絶え絶えで、酸欠なのか意識も朦朧としていた。口の周りは唾液でびちゃびちゃで、心なしか彼女の美貌が蕩けているように見えた。

 

 

~side end

 

 

 

 

~楯無side

 

 

 何が何だか分からなかった。

 

 計画では結城志狼を誘惑し、襲って来た所を返り討ちにして、その瞬間を録った映像を基に簪ちゃんから手を引かせるはずだった。

 でも実際にはあっと言う間に抱き上げられベッドに連れて行かれると、唇を奪われ、なすがままになってしまった。

 こんな事まで許すつもりはなかったので、何とか離れようとした途端に口内に何かが入って来た。ヌルヌルと這いずり回るものが彼の舌だと分かると最初は気持ち悪くて首を振って外へ出そうとしたけど、ずっと口を塞がれている為に息が苦しくなって意識が朦朧として来る。すると、口内を這い回る舌の今まで感じた事のない感触が心地好く感じるようになって来た。

 散々口内をかき回されると今度は唾液を啜られた。自分の唾液を他人に啜られるなんて想像した事もない事態に私が更に混乱してると、今度は彼の唾液を流し込まれてそのまま飲み込んでしまった。唾液を飲み、飲まれる内に彼に対する抵抗感が薄れて行く。後はただ、彼から与えられる快楽に溺れるだけだった。 

 

「あふう❤ はあ、ふう・・・・」

 

 何も考えられない。ただ苦しいのと気持ちいいので一杯だった。

 

 彼の手が私からエプロンを剥ぎ取る。

 

「? 何だ、裸じゃないのか。中途半端だな」

 

 そう、流石に裸は恥ずかしかったので、私は下に肩紐のない白いビキニを着ていた。

 更にビキニのブラを剥ぎ取られると、これ以上は本当にマズいと感じ、残る気力を総動員して彼に交渉を持ち掛ける。

 

「待って! これ以上は駄目よ! 私の負けを認めるからもうやめて!!」

 

 そう言うと、彼は不思議そうな顔をして、

 

「? 負けも何も別に勝負してる訳じゃないだろう。君が誘って俺が受けた、それだけの話だ」

 

 そうだった。彼を罠に掛けようとしていた私にとって勝ち負けはあっても、彼からすればどうでもいい事なのだ。

 別の手を考えないといけないのに、思考が全く働かない。そんな時、以前女性誌で読んだ処女は面倒がられる、と言うのを不意に思い出した。

 

「わ、私! その、は、初めてなの!!」

 

 言った途端に恥ずかしさに顔が熱くなる。何カミングアウトしてるんだ私は!でも、これで彼が止めてくれれば───

 

「そうか・・・・分かった、ちゃんと優しくしてやるからな。大丈夫、すぐに気持ち良くなるから」

 

 彼は微笑みながらそう言って、軽く頭を撫でてくれたけど、違うのよ!

 

「いや、それは嬉しいんだけど、そうじゃなくて、んむっ、ちゅっ、んんん───!!」

 

 彼に唇を塞がれ、再び快楽の海に投げ出される。後はただ、嵐のようなその海に翻弄され、溺れるだけだった。

 

 

~side end

 

 

 

 




読んで頂きありがとうございます。

次回は簪の専用機がお目見えする予定です。


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第23話 華鋼誕生



誤字報告並びに感想を送ってくれた方達ありがとうございます。


第23話を投稿します。ご覧下さい。




 

 

~志狼side

 

 

 午前5時。携帯のアラームが鳴って俺は目を覚ました。

 腰の辺りが重たい気もするが、久々にスッキリしたいい気分だ。何はともあれ体中の汚れをシャワーで洗い流さないと何も出来ないな。俺は隣りで眠っている彼女を起こそうと肩を揺すった。

 

刀奈(・・)、もう朝だぞ。起きろ」

 

 肩を揺すられて彼女──IS学園生徒会長、更識楯無こと刀奈(かたな)はうっすらと目を開けた。

 

「う~~ん、今何時?」

 

「朝の5時だ」

 

「5時~!? いつもならまだ寝てる時間よ?」

 

「俺はいつもこの時間なんだよ。いいから起きろ。お前だってシャワーを浴びなきゃ何も出来んだろうが」

 

「・・・・シャワー?」

 

 そう言うと、彼女はようやく体を起こし、寝惚け眼で俺を見る。

 

「・・・・・・」

 

 昨夜の情交の跡もそのままに、お互い一糸纏わぬ姿で見つめ合う事数10秒。彼女はいきなり飛び上がると、そのままベッドの下に落ちた。

 

「きゃん!!」

 

 大きな音を立ててベッドの下に落下した刀奈はどこかぶつけたのか、苦悶の声を上げた。

 

「いったーーーいっ! うう、お尻打っちゃった」

 

 ベッドの下、四つん這いで高く上げたお尻を手でさすっている刀奈の姿は、朝から実に扇情的だ。昨夜あれだけシタと言うのに、朝で大きくなっていた自身のモノが更に大きくなってしまった。

 

「大丈夫か?」

 

 俺は彼女を立たせようと手を差し伸べたが、彼女はこちらを向くと固まって、次の瞬間、

 

「きゃああああーーーーっ!! それ早くしまって!!」

 

 真っ赤になった顔を手で覆い、そう言って来た。

 確かに、床に座り込んだ刀奈の目線は丁度俺の股間の高さなので、この反応もある意味当然かも知れない。

 仕方なしにクローゼットからバスタオルを出して、腰に巻いた。

 

「ほら、もういいぞ」

 

 俺がそう言うと、顔を覆っていた手を下ろしたが、指の間からしっかり見てたのは分かってる。後で揶揄うネタにしてやろう。

 俺がバスタオルを巻いている内に刀奈はシーツを手繰り寄せ、胸から下を隠していた。俺達は改めて見つめ合った。

 

「さて、状況説明は必要か?」

 

「こ、こんなの許されないわよ!分かってるの!?これはレイプよ、強姦は犯罪なんだからね!!」

 

「何を言ってるんだ? お前が裸、じゃなかった水着エプロンで誘って来たから乗っただけで、これはれっきとした和姦だぞ。嘘だと思うなら部屋に取り付けた盗聴機から録音してるんだろ? 聞いてみるといい」

 

「ちょっ──! 何で貴方が盗聴機の事を知ってるのよ!?」

 

「・・・・お前、何も覚えてないのか? 自分から暴露したんじゃないか。最中に」

 

 そう言うと、刀奈は顔を赤らめる。

 

「最中って・・・・・その、私、他に何か言ってた?」

 

「そうだなあ・・・・例えば、俺を罠に掛けようとしてたとか」

 

「うっ!」

 

「お前が政府直轄の対暗部用暗部『更識家』の現当主だとか」

 

「ううっ!」

 

「最近2キロ太ったとか、仕事をさぼると虚さんが怖いとか、ロシア政府が男性操縦者のデータを横流ししろと言って来たとか」

 

「ちょっ! ストップストップ!! 待って! 私そんな事まで話したの!?」

 

「ああ、後は・・・・お前の本当の名前が刀奈だって事ぐらいかな?」

 

「!!───そう、そんな事まで話しちゃったんだ」

 

「録音してるんだろ? 信じられないなら後で聞いてみるんだな。しかしまあ、生徒会長としても当主としてもロシア代表としても、随分とストレスを溜めてたようだな。最中でも休憩中でも箍が外れたように良く喋ってたぞ」

 

 俺が苦笑混じりに言いうと、刀奈はポロポロと涙を流し始めた。

 

 

~side end

 

 

 

 

 

~刀奈side

 

 

 涙が雫になって零れ落ちる。自分のあり得ないミスに悔しいやら情けないやらで、後から後から涙が零れて来る。

 

 彼を罠に掛けるのに失敗したのは私個人のミスであり、彼を甘く見た私の自業自得と言える。だけど、ロシア政府の要請とか、更識家の事を話してしまったのは代表として、当主としてのミスだ。これは私だけの問題でなく、政府或いは組織に影響を与え兼ねない大失態だ。

 それをよりにもよって、セ、セックスの快楽に負けて話してしまうなんて、対暗部用暗部『更識家』の17代当主として失格と言わざるを得ない。暗部の尋問の手段として、性的な行為も知識として分かってるつもりだったけど、実際にヤラレるのとは大違いだった。

 昨日までは仮に敵に捕まってレイプされたとしても、自分は耐えられると思っていた。乱暴にされたのなら耐えられたかも知れないが、彼は優しく、そして言葉通りに気持ち良くされてしまった。そんな圧倒的快楽の前に私のような小娘が立ち打ち出来る訳なかった。

 

 敵を甘く見た結果、純潔を失い、快楽に負けて情報を洩らすなど諜報組織の長としてあるまじき失態。この上は彼を殺して私も死を選ぶしかないと決意しかけた時、突然彼に抱きしめられた。

 

「ちょっ!! いきなり何を──!」 

 

「ん、お前今良からぬ事を考えてたろう? よしよし、大丈夫、心配ないよ」

 

 そう言って彼は抱きしめながら、頭を撫でる。

 

「やめて! 子供扱いしないでよ!!」

 

 私は彼をはね除けようとしたけど、思いの外強く抱きしめられ身動きが出来ず、彼の胸に顔を埋めてされるがままになってしまった。

 彼の胸に顔を埋めていると、彼の鼓動と体温、そして体臭を感じる。規則正しい鼓動と熱い程の体温を感じると、不思議と心地好くて力が自然と抜けていく。文字通り一晩中嗅いでいた彼の体臭は、昨夜あれだけシタのだから当然の如く結構汗臭い。でも不思議と嫌な気はしない。むしろ昨夜された色々な事が浮かんで来て、お腹の奥が疼いてしまう。

 私が完全に力を抜いたのを見て、彼がそっと耳元で呟いた。

 

「刀奈。俺は謝りはしないぞ。お前みたいないい女にあんな色っぽい格好で迫られたんだ。男として抱きたいと思うのは当然の事だ。あれで堕ちない奴はホモだな、うん」

 

「クスッ 何よ、それ・・・・」

 

「罠に掛けようとした俺に返り討ちに合って、処女を散らされて、後悔して泣いてたのか?」

 

 彼の言葉に少し考えて、首を横に振った。確かに最初はそんな思いもあったけど、彼は本当優しかった。それに──

 

「違う、と思う。確かに悔しくもあるけど私の自業自得だし、それに、その、貴方との行為はき、気持ち良かったし・・・・」

 

 思わず顔が熱くなる。とうとう口に出して認めてしまった。恥ずかしくて彼の顔が見れない。

 

「そうか。じゃあ何で泣いてたんだ?」

 

「自分が情けなくって・・・・快楽に負けて情報を洩らしてしまうなんて、ロシア代表としても、更識家当主としても、失格だもの」

 

「ふむ・・・・なあ、ちょっと教えて欲しいんだが、俺の事で政府から更識家に何か指示されてるのか?」

 

「貴方の? そうね・・・・例えば政府が貴方を冷遇してたのは理解してる?」

 

「ああ」

 

「あの代表決定戦以降、貴方の方が織斑一夏より上だと言う意見が増えているわ。貴方は結果を残してるし、織斑君の評価はあの暴言ではガタ落ちしてる。だから今後は貴方と友好的なパイプを作りたいと考えてるの」

 

「ふむ、でも俺が政府を良く思ってないのは向こうも分かってるよな?」

 

「ええ。だから私には機を見て貴方と接触して、他国へ行ったりしないよう説得して欲しい、と言われてるわ」

 

「ふう~ん、機を見て、ねえ?」

 

「うっ、わ、分かってるわよ! 今回は完全に私の先走りだって」

 

「クスッ はいはい。要するに、お前が気に病んでるのは寝物語に俺に情報を洩らしてしまった事なんだよな?」

 

「うう、まあ、そう言う事ね」

 

「俺が誰にも話さないって言っても信用出来ないか?」

 

「それは・・・・・ううん、悪いけど無理。私が得するだけで貴方にメリットがないもの。それではいつ裏切られるか分かったものじゃないわ」

 

「ふむ・・・・じゃあ刀奈、俺と契約しないか?」

 

「契約?」

 

「俺は今回知った事を誰にも話さないと約束する。代わりにお前は俺に力を貸してくれ」

 

「・・・・具体的にどうすればいいの?」

 

「そうだな・・・・例えば身辺警護。学園外に出る時だけでいいからガードを付けてくれるとか、後はこっちが頼んだ時に情報を提供してくれるとか・・・・いや、いっその事更識家に後ろ楯なって貰った方が早いのか? そうすれば間接的にだが政府ともパイプが繋がるし、お前への評価も上がるんじゃないか?」

 

 確かに。こちらとしては彼をこの国に繋ぎ止めたいという政府の要望を叶える事になるし、彼としては更識家の後ろ楯を得られる。双方にとってメリットがあるのだから契約として充分成立する。しかもこの契約によって更識家が彼の窓口になるのだから、政府は更識家を無視する事が出来なくなる。

 更識家としてはいい事ずくめだ。けど、

 

「どうして?」

 

「うん?」

 

「どうして私を助けようとするの? 言ったでしょ、私は貴方を罠に掛けようとしてたのよ? なのにどうして?」

 

 そう、それが分からない。彼にしてみれば私は敵の筈なのに、どうして契約を持ち出してまで私に手を差し伸べようとするのだろう

 

「ん~、理由は2つだな。1つは簪の、妹の為に行動するお前に自分を重ねたから。俺にも妹がいるから分かるんだよ。妹の為なら何でもするって言うお前の行動原理が。心配だったんだろ? 突然妹の周りに男がいたら、俺だって心配で何者か調べるぞ」

 

 そう言って彼は笑った。そうか、彼は「お兄ちゃん」なのよね。

 

「・・・・このシスコン」

 

「うるせー、シスコン」

 

 そう言って顔を見合わせると、2人して笑ってしまった。

 

「それで、もう1つは?」

 

 ひとしきり笑ってから、私はもう1つの理由を聞いた。

 

「もう1つ? それは、な!」

 

「きゃっ!?」 

 

 突然抱え上げられると、ベッドの上に寝かされてしまった。私の上に覆い被さった彼が、真っ直ぐ見つめながら言う。

 

「もう1つは簡単だ。お前が気に入った。ただそれだけだよ」 

 

「気に入ったって・・・・それは恋人になりたいって事?」

 

「ん~、ちょっと違うな」

 

「違う? どう言う事?」

 

「う~ん、我ながらしょーもないとは思うんだが、要するにお前を抱き足りない」

 

「は?」

 

「昨夜だけじゃ物足りない。久し振りと言うのもあるが、お前とのセックスは最高に気持ち良かった。だからお前をもっと抱きたい」

 

「はあっ!?」

 

 突然そんな事を言われて顔が熱くなる。でも、そっか、私だけじゃなくて彼も気持ち良かったんだ。不思議と嬉しいと言う気持ちと、どこか誇らしい気持ちが湧いて来る。ってそんな場合じゃない!しっかりしろ刀奈!

 

「・・・・貴方ねぇ、自分の言ってる事が分かってるの? それって私の身体が目当てだって言う結構最低な発言だと思うんだけど?」

 

「うん、自覚はしてる。でも、これが隠しようのない俺の本心だ」

 

 そう言って彼は顔を近付ける。

 

「うう、無駄に男らしい事を・・・・」

 

「とにかく、それがお前に手を差し伸べた理由だ。返答を聞かせてくれ。契約するか否か?」

 

 そう言って彼は更に顔を近付ける。もう吐息を感じる距離だ。

 

 時間にして数10秒、意を決した私は彼に唇を重ねた。舌を入れない触れるだけのキス。たっぷり10数えてから私は唇を離した。

 

「・・・・契約成立よ。貴方は私が寝物語に話した事を口外しない。代わりに更識家は貴方の後ろ楯になり今後、便宜を図るわ。これでいい?」

 

 私がそう言うと、彼はニヤリと笑った。それはまるで獲物を前にした狼のようで───

 

「了解した。それじゃあ早速──」

 

「え!? ちょっと、いきなり、んん、むちゅ、あん❤ちゅ、んんん───!!」

 

 

 

 

 

 その日は朝からベッドで2回、シャワーを浴びながら1回、シテしまった。

 私、身体持つのかしら?

 

 

 

~side end

 

 

 

 

~志狼side

 

 

 その日の午後、俺は整備室で作業の手伝いをしていた。脚部の修理は昨日で完了したので、機体はほぼ完成したと言える。後の問題は武装だけだ。

 打鉄弍式は第3世代機。この機体特有の第3世代兵装が6機×8門のミサイルポッドに用いるマルチロックオンシステムなんだが、このシステムがどうにも上手く働かないらしい。

 プログラム上の問題らしく、開発科の先輩達が原因を究明する為に頑張っているが、上手く行ってないようだ。このシステムは打鉄弍式の最大武装「山嵐」に不可欠なもので、このままでは打鉄弍式は決め手に欠けたちょっと機動性がいいだけの第3世代機にしかならない。

 最大48発のミサイルによる飽和攻撃「山嵐」が今のままではミサイルポッド1機分8発しかロックオン出来ないらしく、プログラムのバグ取りだけで相当時間がかかっていて、正直お手上げの状態だ。

 午後6時を過ぎた頃、とうとう開発科の先輩達が音を上げた。5時間以上プログラムと格闘してほとんど進展がないのだから無理もない。

 ついには切り札に頼む事となった。ちなみに交渉役は俺だ。俺は携帯から電話を掛けるとコール5回で相手が出た。

 

 

『志狼? どうかした?』

 

「やあ浅葱。今大丈夫か?」

 

『ええ、何かあったの?』

 

「ああ、実は───」

 

 俺は状況を説明した。すると、

 

『ふうん、まだ完成してなかったんだ』

 

「まだって・・・・普通は簡単には出来ないんだよ。ましてやこっちは学生だぞ? その辺は考慮してくれ」

 

『ああ、ゴメン。それじゃあちょっと見てみるからデータを送ってくれる?』

 

「分かった。目途が立ったら連絡してくれ」

 

『OK、それじゃね』

 

 

 電話を切って皆に説明する。いくら浅葱と言っても解析だけでも数時間は掛かるはず。ましてやプログラムの修正までするとなると、丸1日は掛かるだろう。

 そう判断した虚さんが今日の作業は終わりにして、片付けをするよう指示を出したその時、俺の携帯が鳴った。相手は浅葱。もしかしてもう解析が終わったんだろうか? まだ15分くらいしか経ってないぞ。

 俺は皆に浅葱からの電話だと知らせて、電話に出た。

 

『あ、志狼? 終わったわよ』

 

「流石に早いな。どんな感じだ?」

 

『ん? もうデータはそっちに送ったわよ』

 

「ん? データの解析が終わったんじゃないのか?」

 

『何言ってんのよ。私が終わったって言うなら全部終わったに決まってるでしょ!』

 

「!? ちょっと待ってくれ!」

 

 俺は皆にデータ解析はおろかプログラムの修正まで終わってる事を伝えると、全員パソコンの前に集まって、送られたデータをチェックし出した。

 

「・・・・嘘みたい。本当に直ってる」

 

「え!? それじゃあ」

   

「ええ、このデータをインストールすればマルチロックオンシステムは作動するわ。つまり、打鉄弍式の完成よ!!」

 

 虚さんのその言葉にその場にいた皆が歓声を上げた。抱き合って喜びを交わす者、握手をしてお互いを讃え合う者、ハイタッチを交わす者など、皆が喜びを爆発させていた。

 その中心には本音に抱き付かれて、涙を流す簪の姿があった。

 

 

「もしもし、聞こえるか浅葱、この歓声」

 

『ええ、凄い歓声ね』

 

「それだけ苦労してたんだよ。改めて礼を言うよ。本当にありがとう。浅葱には何かお礼をしなくちゃな」

 

『い、いいわよ別に。あ、でもお礼って事なら、ホテルのスイーツバイキングのチケットを貰ったんだけど、今度付き合ってくれない?』

 

「俺でいいなら喜んで。ただ、俺はまだ外出出来ないから行けるとしてらGW(ゴールデンウィーク)辺りになると思うが大丈夫か?」

 

『うん、大丈夫。約束したんだから忘れちゃ駄目よ。それじゃあ、更識さんにおめでとうって伝えといて』

 

「自分で言えばいいじゃないか。簪もきっとお礼を言いたいと思うぞ?」

 

『嫌よ照れくさい。それじゃまたね』

 

 

 そう言って浅葱は電話を切った。その頃には皆もようやく落ち着いたようで、浅葱が修正したデータをインストールしている所だった。そんな中、簪が近寄って来た。

 

「志狼さん。あの、藍羽先輩は?」

 

「ああ、照れくさいって切っちまった」

 

「そっか、直接お礼を言いたかったんだけど・・・・」

 

「その内会えるさ。それより完成おめでとう」

 

「ありがとう。あの時ここで志狼さんと出会わなければ未だに機体は未完成で、私は意固地なままだったと思うの。だから、きっかけをくれて本当にありがとう」

 

 簪はそう言って深く礼をした。

 

「俺は頑張ってる簪の力になりたかっただけだよ。それより1つ提案があるんだ」

 

「提案? 何ですか?」

 

「機体名を変えないか? 『打鉄弍式』って言うのは倉持技研が付けた名前だろ? なら、新生したこの機体に相応しい名前を付けてやるべきじゃないか?」

 

 俺達の会話を聞いていた先輩の1人が「それ賛成!」と言い出して、あっと言う間に皆が口々に名前を挙げ出した。簪が了承してないのにいいのかと思い隣りを見ると、簪も真剣に名前を考えていた。

 

 いつの間にか黛先輩がホワイトボードに挙げられた名前を書き出した。ふざけた名前からちょっとかっこいい名前までいくつもの名前が挙げられたが、イマイチ決め手に欠けている気がした。

 

「埒が明かないな。簪の意見は?」

 

「・・・・うん。私にはこれしか思い付かなかった。打鉄()を鍛えて、沢山の()の力を借りて生まれた機体──だからこの娘の名前は華鋼(はがね)!!」

 

 

 華鋼(はがね)

 

 成る程、いい名前じゃないか。少なくとも俺は気に入った。周りを見ると、皆も同じらしく、反対意見は出なかった。

 

 

「では決まりですね。明日の午後2時から第4アリーナで打鉄弍式改め華鋼の最終テストを行います。最後まで気を引き締めて頑張りましょう!」

 

「「「「おおおーーーーっ!!」」」」 

 

 虚さんの号令に皆が力強く応える。

 

 

 

 

 

 次の日、最終テストを無事クリアし、華鋼は完成した。

 簪はこの新たな機体で、クラス対抗戦に挑む事となった。

 

 

~side end

 

 

 

 




読んで下さってありがとうございます。

ご覧の通り、志狼と楯無は契約を結び、めでたく愛人(もしくはセフレ)関係?になりました。
楯無好きの方からは批難を浴びそうですが、開き直ってこのまま行こうと思います。

打鉄弍式改め華鋼が誕生しました。
原作を読んだ時からこの打鉄弍式って名前は縁起が悪いと思っていたので、本作では改名させて貰いました。
この機体で簪には活躍して貰おうと思います。

次回はいよいよクラス対抗戦開始です。お楽しみに。


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第24話 雪融けの時



遅くなりました。第24話を投稿します。

今回も毎度同じく予告編詐欺で、更識姉妹の仲直り編をお送りします。

何故投稿が遅れたかと言うと、更識姉妹の仲直りをクラス対抗戦の前にするか中にするかで、最初は対抗戦中にしようとしていたのですが、展開が原作と変わらない事に気付き、対抗戦前に仲直りさせる事にして書き直していたので遅くなりました。

遅れた分、長くなり、過去最長となってしまいましたが、第24話をご覧下さい。





 

 

~志狼side

 

 

 華鋼が完成した翌日の放課後。俺は食堂の厨房の一角を借りて、お菓子を作っていた。

 

 昨日、華鋼の最終テストが無事終わると、「打ち上げをしよー!」と黛先輩が言い出した。皆もそれに賛成して、今日の夕食後に行われる事になった。

 その時、本音にこの間のパーティーで作ったホールプディングが食べたいとおねだりされると皆も興味を持ってしまい、作らざるを得なくなり、今作っている所なのだ。

 前回は時間がなく、数を揃えられなくて1人2、3口しか食べられなかった事が不評だったので、今回はミルクとカスタードの2種類を5個ずつ用意した。これなら前回より参加人数は少ないので充分行き渡るはずだ。

 

「兄さん、これでどうかな?」

 

 カラメルソースを作っていた明日奈が味見の為にスプーンを差し出した。

 

「ん? どれどれ・・・・うん、バッチリだ」

 

 明日奈の差し出すまま、スプーンを口に入れて味見すると、やや苦目で丁度いい塩梅だった。

 

「ホント!? やったっ!」 

 

「それじゃあ、そのままラップして棚に入れといてくれ」

 

「冷蔵庫に入れなくていいの?」

 

「冷蔵庫に入れると固まってしまうからな」

 

「は~い」

 

 明日奈はボウルにラップを掛けるとマジックで大きく「整備科」と書いて棚に入れる。これで作業完了だ。

 

「でも、いいのかな。結局、私何も手伝えなかったのに打ち上げに参加して」

 

「いいんじゃないか? 簪が直々に声かけてくれたんだろ? 第一これを作るのを手伝ったんだから堂々としてればいいんだよ」

 

「兄さん・・・うん、ありがとう」

 

 俺達は微笑みを交わし合うと、後片付けを始めた。

 

 

~side end

 

 

 

 

~楯無side

 

 

 誰もいない生徒会室。私は自分の席に着いて、ノートパソコンに繋いだヘッドホンからとある音声データを聴いていた。

 

 

『ああ、そこダメ! あん❤ あ、い、いいの、ん~~~!!』

 

『んちゅ、んあ、お願い。私を名前で呼んで? ん、ああ、違うわ、ちゅ、刀奈。私の本当の名前はね、刀奈っていうの、ちゅ、ああ、しろお!』

 

『ああん、ごめんなさい! 貴方を罠に掛けようとした悪い娘の刀奈にお、おしおきして下さいっっっ!!』

 

『はあん! いいの、しろお、も、もっと、もっとして! ああ、もう、い、イク、またイク!んああ───っっっ!!!❤』

 

 

 この音声データは先日、志狼の部屋に仕掛けた盗聴機から録音したものだ。

 彼に言われた通り、録音したデータを聴いてみたのだけど、な、何と言うか、これって精神にクルわ!

 確かに私、色々と言ってはいけない事を喋っているのだけど、私を最も打ちのめしたのはそんな事ではなく、

 

「って、私堕ちるの早すぎない!?」

 

 そう。聴いてると抵抗していたのは最初だけで、後はただ、男女の、と言うか自分の睦み合う声が延々と続いているのだ。

 仮にこのデータを提出して、強姦されたと訴えたとしても、誰も信じないだろう。自分で聴いても和姦、それも女(つまり私だ!)が男に甘えてイチャイチャしてるようにしか聴こえないのだから。

 

 聴いているとあの夜、自分がどんな風に彼に可愛がられたか、朦朧としていた記憶がはっきりと甦って来る。

 今の私はきっと真っ赤に蕩けた顔をしているだろう。段々変な気分になって、右手がそっとスカートの中に伸びて──

 

 

「何を聴いてるんだ、刀奈?」

 

 いきなり肩を叩かれて、私はその場で飛び上がった。

 

「し、しししし志狼!? な、何でここにいるのよ!!」

 

 そこには志狼が不思議そうな顔をして立っていた。

 

「い、いつからいたのよ、もう! 声くらいかけなさいよ!!」

 

「いや、ノックもしたし、声もかけたんだぞ? 何を夢中になって聴いてたんだ?」

 

 そう言うと志狼は私のヘッドホンを外して聴き始める。しばらくすると、意地の悪い顔をして、

 

「成る程な。こりゃあ夢中になる訳だ。なあ?」

 

「う、ううう~~」

 

 志狼は扉に近付くと内側から鍵を掛けて戻って来た。

 

「ち、ちょっと、何をする気!?」

 

「ん? そりゃ勿論───」

 

「! あんっ❤」

 

 志狼の指に股間をまさぐられ、クチュッと湿った音が響いた。嘘、私もうこんなに───!?

 

「・・・・用事があったから来たんだがな。でもそんなになった刀奈を放っておく訳にもいかないし、な」

 

「ちょっ! んもう、また!? ダメ、んああっ❤」

 

 

 

 30分程、私達は2人きりで過ごした。

 

 

~side end

 

 

 

 

~虚side

 

 

 生徒会室の扉を3回ノックする。返事がないので開けようとしたら、鍵が掛かっていて開きませんでした。

 

「会長、いらっしゃいます?」

 

 声をかけると、中からはバタバタと音が聞こえて来た。

 

『う、虚ちゃん!? ちょ、ちょっと待って!!』

 

 何だか慌てている会長の声が聞こえて来ました。

 

「会長、どうしました? 大丈夫ですか?」

 

『だ、大丈夫! 大丈夫だから5分程してからまた来てくれない!?』

 

「はい? 本当にどうしたんですか、お嬢様? 開けますよ!?」

 

 要領を得ない楯無お嬢様に業を煮やし、私は持っていた合鍵で扉を開けました。

 

 

 扉を開けた途端、風を感じました。更にいつもと違う甘い香りがします。室内を見ると窓が開いていて、この甘い香りは香水の匂いでしょうか? そして、楯無お嬢様以外にもう1人──

 

「どうしたんです、お嬢様!? と、志狼さん?」

 

「あ、あははは、やっほー、う、虚ちゃ~ん。元気?」 

 

「どうも虚さん、お疲れ様です」

 

 生徒会室内には楯無お嬢様だけではなく、志狼さんもいました。2人は会長席の前に並んで立っていました。

 

「・・・・2人共鍵まで掛けて、一体何をしていたんですか?」

 

「ええ!?ナ、ナニをしてたって、何で知って、ひゃんっっ!!」

 

 お嬢様が何故か飛び上がりました。ひゃん?

 

「実は会長に話がありまして、多分虚さんと同じ用件じゃないかと」

 

「私と? では簪お嬢様の──」

 

「ええ、内密の話なんで鍵を掛けたんですが、俺が運動して来たばかりで汗臭いと言われて、香水をかけられてしまって」

 

 ふむ、辻褄は合っているようですね。疑って悪い事をしました。

 

「そうでしたか。それにしてもかけすぎでは? 逆に香水臭くなってますよ」

 

「そ、そうよね。だから今、換気してる所なのよ!」

 

「成る程。では私はお茶を用意しますね」

 

 私は生徒会室に併設してある給湯室で紅茶を淹れる準備をしながら2人の会話に耳を傾けた。

 

「バ・・・動揺・・・・・自分から・・・・・んだ!」

 

「だから・・・お尻をつね・・・・・・ない!」

 

「そうで・・・・ないと・・・・・うだろうが!」

 

「う、悪かっ・・・にして・・・・わよね、この大嘘・・・・・ひゃん!!いきなり胸・・・よ!・・・ッチ!!」

 

 

 何でしょう? 離れている上に小声で話しているせいか、断片的にしか聞こえません。でも、あの2人っていつの間にあんなに親しくなったのでしょうか?

 そうこうしている間にお湯が沸いたので、私は紅茶を人数分淹れて持って行きました。

 

「お待たせしました。お2人で何の話をしてたんですか?」

 

「いや、ただの雑談ですよ。いただきます。・・・・っ、美味い」

 

 紅茶を一口飲んだ志狼さんが思わず、と言った風に声を上げました。

 

「でしょう? 虚ちゃんの淹れた紅茶は世界一よ」

 

「いや、驚いた。こんなに美味い紅茶はセシリアの実家で飲んで以来だ」

 

「ふふ、ありがとうございます」

 

 素直にそう言われると、やっぱり嬉しいものです。少し照れくさくなった私は強引に話題を転換をしました。

 

「さて、そろそろ本題に入りましょう。志狼さん、お願い出来ますか?」

 

「俺から話してしまっていいんですか?」

 

「はい。私では結局身内からの言葉になってしまいますから。ここは第3者である志狼さんからお願いします」

 

「分かりました・・・・会長。先日簪さんの専用機『華鋼』が完成しました。彼女自ら整備科に協力を仰ぎ、学園生徒の力で組み上げた機体です」

 

「華鋼・・・・そう、改名したのね」

 

「はい。倉持技研の付けた『打鉄弍式』と言うのは縁起が悪いので、学園で作られたあの娘には相応しくないとして簪さん自らが名付けました」

 

「そう・・・・いい名前ね」

 

「俺もそう思います。さて、ここからが本題ですが、今日の夕食後、整備室で打ち上げが催されます。会長も参加してくれませんか?」

 

「私が?・・・・どうして? 私には関係ないじゃない」

 

「貴女に参加を求める理由は2つあります。1つは自分達の力で専用機を完成させた皆を生徒会長として労って欲しいんです。貴女は2、3年生から人望があります。その貴女から労われれば、彼女達にとって今後のモチベーションに繋がると思うんです」

 

「成る程・・・・もう1つは?」 

 

「もう1つは・・・・簪さんと仲直り出来るチャンスだって事です」

 

「!・・・多分、そんな事だと思ったわ。でも・・・・」

 

「この期に及んで何ビビってるんです?」

 

「! べ、別にビビってなんか・・・・」

 

「ビビってるでしょうが。言っときますけど簪の貴女に対する好感度はゼロなんです。グラフの底辺を這いずり回ってる状態なんですよ?」

 

「うっ! そ、そんなに?」

 

「そんなにです。マイナスじゃないだけまだましだと思って下さい」

 

「うううう~~~」

 

 

 お2人のやり取りを見て驚きました。志狼さんが簪お嬢様の事だけでなく、今回参加した皆の事を考えてくれていたのもそうですが、私が思っていた以上にお2人が親しい間柄であるのが、今の忌憚のないやり取りで分かったからです。本当にいつの間にこんなに親しくなったのでしょうか?

 落ち込む楯無お嬢様をしばらく見つめていた志狼さんは、ふと表情を柔らかくして言いました。

 

「クスッ すいません、今のは嘘です。簪は本当は貴女の事が大好きですよ」

 

「ふぇっ!・・・・本当?」

 

 あ、涙目になってるお嬢様、ちょっと可愛いです。

 

「本当です。貴女だってそうでしょう? 大好きな人とすれ違ったままなんて辛いだけじゃないですか。いい機会ですよ」

 

「でも・・・・」

 

 そこまで志狼さんに言われてもお嬢様は踏ん切りがつかないようです。無理もありません。それ程までに楯無お嬢様にとって簪お嬢様は大切な存在なのです。

 お2人をずっと側で見守って来た私には、その気持ちが痛いくらいに分かります。ですが───

 

 

「・・・・昔々、ある所に1人の少年がいました」

 

 そんな時、志狼さんが突然関係ない話をし始めました。私もお嬢様も何事かと思いましたが、今の志狼さんには何故か口を挟んではいけないと感じて、黙って聞く事にしました。

 

「少年はお母さんと2人暮らしで父親の事は何も知りません。少年はお母さんが大好きでした。ある日の事、お母さんが体を壊して入院してしまいました。少年はお母さんに会う為に毎日病院に通います。何日、何十日と過ぎてもお母さんの具合は良くなりません。やがて少年はお母さんに言いました。大人になったら自分が医者になって、お母さんや病気に苦しむ人達を助けてみせる、と」

 

 

 ここまで聞いて、私達は理解しました。この話は志狼さん自身の───

 

 

「それを聞いたお母さんはとても喜んでくれました。この時から少年にとって医者になる事は大好きなお母さんとの約束になったのです。そんなある日、些細な事でお母さんに注意された少年は、お母さんの事を「嫌いだ」と言って病室を出て行ってしまい、毎日通っていた病院に行かなくなりました。3日が過ぎて反省した少年は今日の放課後お母さんに謝ろうと決めて、その日学校に行きました。そして、少年は学校でお母さんの訃報を聞いたのです」

 

 

 淡々と語る志狼さんに、私達は息を飲みました。

 

 

「少年は冷たくなったお母さんと病院で再会しました。いくら話しかけてもお母さんは答えてくれません。あんなに温かく包んでくれた手も冷たくなって、少年は2度とお母さんに会えない事を理解しました。少年は激しく後悔して泣きました。泣いて、泣いて、涙が渇れ果てても哭き続けました。大好きなお母さんに嫌いと言ったまま別れてしまった事、お母さんを傷付けてしまった事、素直に謝れずにお母さんの死に目に会えなかった事。全てが少年の心をズタズタに切り裂いたとしても、大事な時に素直になれなかった少年が悪いのです。こうして少年はいつまでも後悔し続けるのでした。おしまい」

 

 

 志狼さんの話が終わりました。私も、楯無お嬢様も何も言えません。

 

「楯無」

 

 下を向いていたお嬢様がビクッと反応しました。

 

「お前が何を迷ってるのか俺は知らない。でも、大切な人とすれ違ったまま2度と会えなくなる辛さはよく知っている。お前にはそんな思いはして欲しくない」

 

「志狼・・・・」

 

「俺にはもう出来ないけど、お前は会う事も話す事も出来るだろう? ならばどうか後悔のないようにして欲しい。俺の言いたい事はそれだけだ。後はよく考えて自分で決めてくれ。・・・・それじゃ虚さん、紅茶ご馳走様でした」

 

 そう言って志狼さんは生徒会室を出て行きました。

 

 

 

「楯無お嬢様・・・・」

 

「・・・・虚ちゃん。ごめん、しばらく1人にしてくれる?」

 

「・・・・はい」

 

 志狼さんが出て行った時のまま動かない楯無お嬢様に一礼して私も生徒会室を出る。

 願わくばお嬢様が勇気を出して、最良の選択をしてくれん事を祈るばかりでした。

 

 

~side end

 

 

 

 

~志狼side

 

 

「みんなー、飲み物は行き渡ったかな? それでは更識簪ちゃんの専用機『華鋼』の完成を祝して、カンパーーーイ!!」

 

「「「「カンパーーーイ!!」」」」

 

 

 午後8時の整備室。華鋼完成の打ち上げが始まった。整備台に置いた華鋼の前にテーブルを2つ並べてシートを被せ、その上にお菓子や飲み物が置いてある。自由に飲み食い出来るようにしてあるので、皆好きな物をつまんで談笑していた。

 

「簪、改めて完成おめでとう」

 

「おめでとうかんちゃん。全然手伝えなくてごめんね」

 

「ありがとう志狼さん。明日奈もありがとう。大丈夫、気にしないで」

 

 俺と明日奈は今日の主賓である簪に声をかけた。今の簪は妙に出来のいい王冠を頭に乗せ、「私が主役!」と書かれたタスキを掛けていた。誰が用意したのか何となく分かるが、やらされてる感満載である。

 

「所でかんちゃん、その格好は?」

 

「あう、黛先輩が主役なんだからそれなりの格好をしなきゃって言って半ば無理矢理・・・・」

 

「まあ、可愛いいからいいんじゃないか? 取り敢えず1枚」

 

「そうだね。あ、私も1枚」

 

 俺と明日奈は簪を携帯のカメラで撮影する。

 

「何でいきなり撮るのーーっ!?」

 

 簪に怒られた。簪をなだめつつ、再び写真を撮る。恥ずかしいのか顔を赤らめてはにかむ姿が実に可愛いらしかった。刀奈が見たら悶死する事であろう。そんな時、

 

「しっろう君!ちょっとい~い♪」

 

 ご機嫌な黛先輩に声をかけられた。非常に嫌な予感がする。

 

「・・・・何でしょうか」

 

「やだな~もう! 忘れちゃった? 約束したよね? 華鋼完成の暁にはインタビュー&撮・り・ほ・う・だ・い♪」

 

 チッ、覚えてやがった。右斜め45゚でテンプルに打ち込めば記憶を失わないかな?

 

「ん!? 何だか不穏な気配を感じたわよ! 約束したもん! 今更なかった事にはしないからね! ほら、かんちゃんも覚えてるよね。ね!!」

 

「は!? はいっ!?」

 

 こいつ、簪まで巻き込みやがった。とは言え、約束したのは事実だし、しっかり働いてくれたしなあ。仕方ないか。

 

「分かってます、ほんの冗談ですよ」

 

「・・・・冗談にしては殺気を感じたんだけど」

 

「それも冗談ですよ」

 

「冗談で殺気を込めないでよ、怖いから!」

 

「はいはい。ですが条件が2つあります。これを飲んでくれたら取材を受けますよ」

 

「え~!? 一応聞くけど、何?」

 

「1つはクラス対抗戦が終わってからにする事。もう1つはあまり奇抜な格好はしないと言う事。この2つです」

 

「1つ目は当然よね。私も忙しくなるからむしろありがたいわ。2つ目も大丈夫よ。着て貰うのは普通の衣装だから。間違ってもフンドシ一丁なんてしないから」

 

 黛先輩はそう言った。視界の端で簪が残念そうにしてるのは何故だ? ともあれ、新聞部の取材を受ける事が正式に決まってしまった。

 

 

 

 

「おーい、更識さん」

 

 飲み物片手にいつもと同じ無表情で沙々宮さんがやって来た。

 

「あっ、沙々宮さん」

 

 彼女は簪をジッと見て聞いた。

 

「何その格好。イケてる」

 

「い、言わないで!」

 

「ん、華鋼完成おめでとう。それとお父さんと連絡が着いたよ」

 

「本当!? じゃあ」

 

「うん。クラス対抗戦までには間に合わせるって」

 

「助かる。お父さんによろしく伝えて」

 

「うん。分かった」

 

 そう言うと沙々宮さんは踵を返してテーブルのお菓子を頬張り出した。俺はそっと簪に聞いた。

 

「ひょっとして『春雷』の件か?」

 

「うん。どうやら目処が付きそう」

 

 簪は嬉しそうに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 打ち上げが始まって30分が過ぎた頃、虚さんが華鋼の前に立ち、皆に声をかけた。

 

「皆さん、ちょっと聞いて下さーーい!」

 

 虚さんの声に皆が注目する。

 

「皆さんの協力で華鋼は無事完成しました。色々と大変な事もありましたが、皆さんにとっても貴重な経験になったと思います。本当にお疲れ様でした。今日は皆さんの頑張りに一声かけたいと特別ゲストが来てくれました。それでは、どうぞ!」

 

 虚さんがそう言うと、華鋼の後ろから刀奈が現れた。

 

「「「きゃあああーーーっ、会長ぉーーーっ!!」」」

 

 未だに接点の少ない1年生はともかく、2、3年生からの人気は抜群で、姿を現した途端に歓声が上がる。刀奈はその歓声に笑顔で手を振って応えた。

 

「整備科、開発科並びに有志の皆さん。私は皆さんを誇りに思います。企業が放置した機体を学園の生徒の力で完成させたと言うこの実績は、学園の実力の高さを世界中に知らしめる事となるでしょう。また、今回の事で皆さんも自信が付いたと思います。その自信を過信とせぬようこれからも精進して、皆さんが望む未来を勝ち取らん事を期待しています。最後にもう1度、私はIS学園生徒会長として、この場にいる全ての人を誇りに思います。ご静聴ありがとうございました」

 

 刀奈が演説を終え、一礼すると、大きな拍手と歓声が沸き上がる。刀奈が手にした扇を広げると「拍手喝采」と書かれていた。流石は生徒会長と言うべきか、この場にいる者達の心をしっかりと掴んでしまったようだ。

 

「この人がロシア代表、更識楯無・・・・」

 

 右隣りの明日奈は彼女の持つカリスマ性に圧倒されていた。反対に左隣りの本音は何だか自慢気だ。本音にとって彼女は身内なのだから誇らしいのだろう。そして、本音の隣りにいる簪は突然の姉の登場に動揺を隠せないでいた。

 演説を終え、皆に囲まれていた刀奈がこちらにやって来て、簪の前で止まった。簪を見つめる刀奈。だが、簪は俯いて目を合わせようとしない。

 

「簪ちゃん。話があるの。少し付き合ってくれる?」

 

「・・・・・・う、うん」

 

 物凄く小さな声で簪が答えた。刀奈に促されて、簪が歩き出そうとした時、俺は声をかけた。

 

「簪」

 

「志狼さん! 何?」

 

 すがるような目で簪が見つめて来る。だが俺が一緒に行く訳にはいかない。これは彼女達姉妹の問題なのだから。

 俺は簪の頭にそっと手を置いて、軽く撫でる。

 

「簪、ビビるな。お前が思っている事を全部ぶつけてやればいいんだ」

 

「志狼さん・・・・」

 

 簪の瞳に火が灯る。姉を前にして萎縮していた心が再び熱を取り戻したようだ。

 簪は目を閉じて深呼吸をすると、すっかり元に戻っていた。

 

「うん、行ってきます」

 

 簪はそう言うと、しっかりした足取りで刀奈に付いて行った。

 刀奈は簪が付いて来るのを見て、俺と視線を合わせる。俺には彼女が礼を言ってるように見えた。

 

 

~side end

 

 

 

 

~楯無side

 

 

 打ち上げ会場である整備室の隣りにあるIS格納庫。ここは整備上の関係から、整備室と自由に行き来出来るようになっている。ここなら無人だし、多少大きな声を出しても大丈夫だろう。

 私は簪ちゃんと2m程離れて向かい合う。

 簪ちゃんは先程とは違い、真っ直ぐ私を見つめている。先程のような萎縮した状態では話にならなかったろうから、彼女に火を灯した志狼には感謝してる。同じくらい嫉妬もしてるけど。

 

 

「まずは専用機の完成おめでとう。華鋼か・・・・簪ちゃんが付けたんですって? いい名前ね」

 

「ありがとう。私が馬鹿だったせいで随分遠回りしちゃったけど、ようやくね」

 

「? どう言う事?」

 

 私が尋ねると簪ちゃんは事の次第を教えてくれた。私に認められたいが為、1人で作り上げようと整備科の協力を断り続けた事。志狼に諭され、自分が優先すべき事を思い出せた事。整備科に協力を要請した時、何度も拒絶した自分を温かく迎えて貰えた事。テスト中の事故で墜落しかけた事。本当に沢山の人達の力を借りて、ようやく完成した事。志狼の提案で改名し、華鋼と命名した事等々。

 

「今思うと本当に馬鹿な意地を張ってたと思うよ。あの時お姉ちゃんに言われた言葉を撤回させたくて、意固地になった挙げ句、視野狭窄に陥って、大切な人の助言にすら耳を貸さずに、これだけが唯一の方法だと思い込んでた。本当に何をしてたんだろうね、私って・・・・」

 

「簪ちゃん・・・・」

 

 あの時の言葉。これが何を差すのか私達は良く分かっている。私が洩らしたあの言葉で私達の間には決定的な溝が出来てしまったのだから。

 

 

 

 あの日、私は任務で初めて人を殺した。

 更識家は対暗部用暗部。この国に暗躍する影を始末する為の闇の存在。その次期当主たる私の手が綺麗なままでいられる筈がないのだ。

 あの日、当主である父の命により、日本でスパイ活動をしていた諸外国の人間を人知れず始末した。訓練通りに上手くやれたと思う。人を殺した事による嫌悪感や忌避感も感じなかったし、何の問題もない、その時はそう思っていた。ただ、この仕事は簪ちゃんには絶対にさせられないと強く思った。

 今思えば問題がない訳なかったのだ。あの時の私は妹を家の仕事に関わらせてはいけないと言う強迫観念に駆られていた。そして、私は言ってしまった。

 

 

「貴女はもう、何もしなくていい」

 

 

 と。だけど私が妹を心配して零したはずの言葉は、彼女からすれば自分が役立たずだと言われる以外の何物でもなかった。

 つくづく言葉が足りなかったと思う。きちんと言葉を尽くして説明さえしていれば、つまらないすれ違いも起きなかっただろう。でも、当時の私にはその事に気付く余裕なんて無かった。

 

 

 

 程なくして私は父から当主の座を譲り受けた。本名である「刀奈」を隠し名として、第17代目更識楯無となったのだ。

 その襲名の場で私は1つの方針を発した。それは妹に家の仕事をさせない、と言う事だった。しかし、襲名の条件として父にも確約させたこの方針が、妹を更なる苦境へ追いやるとは夢にも思わなかった。

 

 結果として、妹は一族から爪弾きにされるようになった。本来なら現当主の妹として高い発言力を持つはずの彼女に、当主自らが家の仕事から外した。それは彼女が役立たずであると決定付ける事となり、その結果、彼女は周りから爪弾きされるようになってしまった。

 襲名したばかりの私には当主の言葉の重みと言うものが分かってなかった。その為に善かれと思ってした事が彼女をより辛い立場に追い込んでしまうも撤回する訳にも行かず、結果放置するしかなかった。

 私達の間の溝は更に深まり、最早自分ではどうする事も出来なかった。

 

 今更訳を話したとしても何も変わらないかもしれない。でも、私も簪ちゃんも生きている。同じ学園に通い、会う事も話す事も出来るのだ。ならばせめて誤解だけでも解いておきたい。そして、私が貴女を愛してる事を知って欲しい。

 その結果、例え蛇蝎の如く嫌われ拒絶されたとしても、志狼から貰った勇気を胸に、私は自分の想いを言葉にした。

 

 

~side end

 

 

 

 

~簪side

 

 

「貴女はもう、何もしなくていい」

 

 

 そうお姉ちゃんに言われた時、目の前が真っ暗になったのを覚えている。

 

 

 

 昔からお姉ちゃんは優秀だった。

 文武両道をそつなくこなし、明瞭快活な性格は人を惹き付け、その美貌と抜群のプロポーションは見る者を虜にした。そんな優秀すぎる姉と物心付いた頃から私は比較され続けて来た。

 大抵の人は私がお姉ちゃんの妹だと知ると、じっと顔を見て、お姉ちゃんの明るい美貌と私の暗い顔を見比べて、本当に姉妹なのかと首を傾げるのだ。それを知ってから私は顔を隠す為に目も悪くないのに眼鏡を掛けるようになった。 

 中にはお姉ちゃんに比べて平凡な私に対して、出涸らしとか絞りカスなどと酷い言葉をぶつける人もいたけど、私はあまり気にしなかった。

 他の誰かの言う事など関係なく、私にとってお姉ちゃんは憧れであり、目標でもある大切な人だった。

 普段は完璧なお姉ちゃんが私や布仏姉妹の前では気を抜いて、素の表情を見せてくれる。それはお姉ちゃんにとって私が特別だと言われてるようで、とても嬉しかった。

 最近は次期当主としての仕事で忙しいらしく、側近である虚さんはともかく、私や本音は一緒にいる時間が少なくなっていた。周りの期待に答えようとお姉ちゃんが無理してないか、体を壊してないか私はいつも心配していた。だから私はいずれ父に代わって更識家の当主となるお姉ちゃんを支え、力になりたいと思っていた。

 お姉ちゃんから、あの言葉を聞くまでは──

 

 

 

 あの日、お姉ちゃんは初めて部隊長として、隊を率いて任務に出掛けた。それまでは部隊の一員として任務に就いていたけど、今日からは指揮官として、次期当主として相応しい所を示さねばならないと、緊張しつつも張り切っていた。

 更識家は対暗部用暗部。その仕事がどんなものなのかは中学生になった私にも何となく分かっていた。私も来年には任務に就く事になるけど、今は初めて部隊長を務めるお姉ちゃんが無事に帰って来る事を祈っていた。

 

 

 

 お姉ちゃんが任務を終えて帰って来た。

 私の心配が杞憂に終わってほっとした。私はお姉ちゃんの無事を確認したくて、丁度父に報告を終えたらしいお姉ちゃんを見つけて声をかけた。お姉ちゃんは任務の後だからか、何だか疲れているようにも見えた。

 

「お姉ちゃん、お帰りなさい!」

 

「簪ちゃん?・・・・ただいま。まだ起きてたのね」

 

「うん、お姉ちゃんの無事な顔を見たくて。任務どうだった?」

 

「任務?・・・・どうしてそんな事を聞くの?」

 

「だって私、将来はお姉ちゃんの補佐が出来るようになりたいの! だから今の内に色々と勉強しときたくって」

 

「駄目よ」

 

「え? お姉ちゃん・・・・?」

 

「これから先、貴女が任務に就く必要はないわ」

 

「え? それって・・・・」

 

「貴女はもう、何もしなくていい」

 

「!!」

 

 そう言うとお姉ちゃんは私の前から去って行った。私はその場にへたり込み、突然お姉ちゃんから見離された事に混乱していた。

 

 次の日、当主である父から家の仕事から私を除外すると伝えられた。当主の直系でありながら除外されると言う事は私が家の仕事に耐えれないと判断されたと言う事。すなわち役立たず、お荷物と言うレッテルを貼られた事になる。私は当然抗議したけど取り合って貰えなかった。

 やがて、一族の者から私は爪弾きにされるようになった。蔑視され、嘲笑される日々の中で私は何故こんな風になったのか考える。全てはあの日、お姉ちゃんに言われた言葉が始まりだった。

 「どうしてあんな事を言ったの?」 たった一言尋ねれば良かったのに、私はそれが怖くて出来なかった。もし尋ねて、「貴女が嫌いだから」とか「貴女が憎いから」なんて返って来たら私は立ち直れなかっただろう。

 

 でも、そんな弱かった自分とはもうお別れしよう。

 志狼さんと出会い、沢山の人と関わって学んだ。願いを叶える為には自分から動かなきゃいけないんだと。

 ただ流されるままに生きて来た弱虫な私ではなく、自らの意志で行動する新しい私でお姉ちゃんと対峙しよう。自分の想いをぶつけてどうなるかなんて分からない。でも私はこのままじゃ嫌なんだ。だから私は───

 

 

~side end

 

 

 

 

~楯無side

 

 

 

「それで、話って何?」

 

 簪ちゃんに先に切り出された。簪ちゃんは先程から変わらずに真っ直ぐ私を見つめている。

 思えばこの娘とこんな風に見つめ合ったのはいつ以来だろう。2年前、私達の間に溝が出来てからは私を前にすると俯き、決して目を合わせようとしなかったのに、今は目をそらす事なく、真っ直ぐに私を見つめている。

 その瞳の真摯さに後ろめたさのある私は、思わず目を背けたくなる。でも、それはしちゃいけない。私はなけなしの勇気を振り絞って簪ちゃんを見つめ返した。

 

「そうね・・・・ねえ簪ちゃん、私達どうしてこうなっちゃったんだろうね?」

 

「・・・・どうして? そんな事分かってるはずだよ。2年前のあの日、お姉ちゃんが私に言った言葉が始まりだって。・・・・逆に聞くけど、どうしてあんな事言ったの?」

 

「それは・・・・貴女の事を守りたかったから」

 

「私を守る? 意味が分からないんだけど」

 

「更識家の仕事は裏稼業。時に人に言えない事や世の醜い部分を見る事になるわ。そんな惨い世界に貴女を関わらせたくなかったの。だから私は・・・・」

 

「私を突き放して、家の仕事から一切手を退かせたって言うの?」

 

「そうよ! 全て貴女の為に──「勝手な事言わないで!!」・・・か、簪ちゃん?」

 

 驚いて簪ちゃんを見る。彼女の顔には紛れもない怒りがあった。

 

「全て私の為? ふざけないで! あの後私が一族からどんな風に扱われてるか知ってるでしょう!? ちっとも守れてなんかないじゃない! 笑わせないでよ!!」

 

「か、簪ちゃん・・・・」

 

「大体お姉ちゃんは勝手だよ! 私に断りもなく全部1人で決めるなんて。私がいつ家の仕事が嫌だなんて言ったのよ!?どうしてお姉ちゃんが勝手に決めるの!?」

 

「! 貴女は仕事の過酷さがまるで分かってないのよ!現実は貴女の好きなアニメとは違うのよ!!」

 

「! そんなの解ってるよ! 分かってて私はお姉ちゃんの力になりたかったの!!」

 

「だから、私は貴女をそんな世界に引き込みたくないのよ!どうして分かってくれないの!!」

 

「分かってないのはお姉ちゃんの方だよ!そんな事百も承知で私はお姉ちゃんといたいのに、どうして分かってくれないのよ!!」

 

 売り言葉に買い言葉。際限なくヒートアップする私達は最早何を言い合っているのかすら分からなくなっていた。この場に私達しかいないのだからもう止めようがない。このままでは決定的な何かを言ってしまいそうだ!お願い、誰でもいい、誰か止めて!!

 

「簪ちゃんが!!」

 

「お姉ちゃんが!!」

 

「結局、2人共お互いの事が大好きなんだね~♪」

 

 場の空気を読まない、聞くと脱力してしまいそうなのほほんとした声に私達は思わず口論を止めてしまう。

 

「・・・・本音?」

 

「・・・・本音ちゃん?」

 

 そう、私達の幼なじみにして、簪ちゃんの側近でもある布仏本音ちゃんがこの場に現れた。

 

 

~side end

 

 

 

 

~本音side

 

 

 全くもう、(かんちゃん)にも刀奈(かっちゃん)にも困ったもんだよ。中々帰って来ないと思ったら、こんな所でケンカしてるんだもん。

 

「2人共、遅いから迎えに来たよ。帰ろ?」

 

「止めないで本音。この分からず屋に教えてやらなきゃならないの」

 

「! それはこっちの台詞よ! いくら言っても聞かないんだから、この分からず屋!」

 

「んー、さっきから2人の話を聞いてたんだけど、私にはお互いが大好きだって言ってるようにしか聞こえなかったんだけどなー?」

 

「「なっっ!!」」

 

「かっちゃんはかんちゃんが大切だから、危険な家の仕事をさせたくないんだよね?」

 

「え? ええ、そうよ」

 

「でもかんちゃんはその危険を覚悟の上で、それでもかっちゃんといたいんだよね?」

  

「う、うん・・・・」

 

「ほら。2人共お互いが大好きって事じゃない♪」

 

 私がそう指摘しても素直じゃない2人はああだこうだと言い訳して認めようとしない。もう!しょーがないなあ。

 

「ねえかっちゃん、かっちゃんは何をしに来たの?」

 

「え? それは皆を労う為に・・・・」

 

「もう!違うでしょ? かんちゃんと仲直りしたくて来たんじゃないの!?」

 

「それは・・・・」

 

「かんちゃんが今の状況になっちゃったのは自分のせいだって分かってるんでしょ? なのに謝りもしないで自分の意見をゴリ押ししたって何も伝わらないよ?」

 

「う、はい・・・・」

 

 私は次いでかんちゃんを見る。

 

「かんちゃんはかっちゃんと仲直りしたくないの?」

 

「それは、そんな事はないけど・・・・」

 

「けど、何?」

 

「その、私はお姉ちゃんがどう言う意味であの言葉を言ったのか知りたかっただけで・・・・」

 

「それならもう解ったよね。かんちゃんの事を思いすぎて勝手に暴走しただけ。いつものシスコンをこじらせただけだって」

 

「え? いや、あの、ちょっと、本音ちゃん?」

 

「違うの?」

 

「あ、いえ、はい、そうです」

 

 私がジロッと視線を向けるとかっちゃんは慌てて肯定する。

 

「かんちゃんは本当にそれだけでいいの? 今まで散々理不尽な目に合って来たのに、理由さえ分かってしまえば全て許せるものなの?」

 

「そ、それは・・・・」

 

「そんなんでしろりんに胸を張って報告出来るの?全てぶつけて来たって言えるの!?」

 

「!!」

 

 私にしては珍しく大きな声でかんちゃんを詰問する。そんな私を見て2人はやっと理解したらしい。

 

「本音ちゃん・・・・?」

 

「本音、貴女ひょっとして・・・・」

 

 

 

 そう、私は怒っているのだ。

 

 

~side end

 

 

 

 

~簪side

 

 

 驚き?困惑?そう言った感情が私達の顔に出ていた。

 本音が、いつも朗らかな笑顔とのほほんとした雰囲気で場の空気を穏やかにしてくれたあの本音が、怒っているのだ。

 私も、恐らくお姉ちゃんでさえ初めて見た怒った本音にどうすればいいのか分からなかった。

 

 

「大体ね! 2人共いつまでこの状態でいれば気が済むの!? 今まで姉妹(2人)の問題だからって敢えて何も言わなかったけど、ここまでお膳立てされて何でまたケンカしてるの!?」

 

「ほ、本音・・・・」

 

「本音ちゃん、落ち着いて、ね?」

 

 分からないながらも、とにかく本音を宥めようと声をかけたけど、効果はなかった。

 

「私は! かんちゃんもかっちゃんも大好きなの! なのにどうしていつまでたっても仲直り出来ないの!? 前みたいに4人でおしゃべりしたり、ご飯食べたりしたいよ・・・・」

 

 本音はそう言うとポロポロと涙を零した。

 

 

 

 本音の涙を見て私は自分の至らなさを思い知った。

 2年前のあの日が来るまで私達4人はいつも一緒だった。でも、あの日から私がお姉ちゃんを避けるようになって、4人で行動する事はなくなった。私は1人でいる事が多くなり、そんな私をほっとけないのか本音が側にいるようになった。

 今まで辛いのは自分だけだと思っていたけど、そんな訳なかった。そんな私を見てあの優しい本音が何とも思わない訳がないのに、今に至るまで思いも寄らなかった。

 私は思わず本音に抱き付いた。

 

「ごめん、ごめんね本音。私は本当に馬鹿だ。ずっと一緒にいたのに、こんな風になって辛いのは私だけじゃなかったって今になって思い知った。本当にごめん!」

 

 すると、反対側からお姉ちゃんが抱き付いて来た。

 

「私もごめん。本音ちゃんの、虚ちゃんの気持ちを考えてなかったわ。そして何より、簪ちゃんの気持ちを・・・・」

 

「お姉ちゃん・・・・」

 

 お姉ちゃんは本音を抱きしめたまま、あの日何があったのか訥々と話し始めた。

 

 

 任務で初めて人を殺した事。人を殺したと言うのに、特に何も感じなかった事。だけど私には絶対にやらせてはならないと思った事等々。

 だからこそ、私を家の仕事から遠ざけようと突き放した。私が一族から白眼視されるようになったのは完全に誤算であり、そんな気は毛頭なかったのだそうだ。

 

「・・・・それじゃあ」

 

「ええ、今更信じて貰えないかもしれないけど、私は今でも貴女を愛しているわ、簪ちゃん」

 

「! お姉ちゃん!!」

 

 本音を抱きしめたまま、反対側の手でお姉ちゃんに抱き付く。すると、お姉ちゃんも同じように私を抱きしめてくれた。

 

「私も! 私もお姉ちゃんの事大好きだよ!」

 

「!・・・・・・ありがとう、簪ちゃん」

 

 思わず涙が溢れて来る。お姉ちゃんを見ると、お姉ちゃんも涙を流していた。

 私達はお互い想い合いながらも、すれ違い、傷付け合っていた。誰が悪いと言う訳ではなく、強いて言うならタイミングが悪かったのだろう。

 あの時任務から帰ったお姉ちゃんに声をかけずにいたら、一晩置いて冷静になってあんな事言わなかったかもしれない。お姉ちゃんに突き放された時、絶望していないですぐさま本音や虚さんに相談していれば、話し合い意見を変える事が出来たかもしれない。

 たらればになってしまうけど、ほんの些細なボタンの掛け違いで私達は2年もの間、寄り添う事が出来なかった。

 私達3人は抱き合いながら、涙を流していた。まるで流した涙で今までの疑いやわだかまりを洗い流すかのように・・・・・・

 

 

~side end

 

 

 

 

~虚side

 

 

 時刻は間もなく午後10時になろうとしています。

 打ち上げは30分程前に終わり、今ここに残っているのは私だけです。

 2人っきりで話をする為にお嬢様達がここを離れ、本音に様子を見に行かせてからそろそろ1時間になります。これだけ遅いと言う事は話がこじれて、本音が間に入っているのかもしれません。

 簪お嬢様は勿論の事、楯無お嬢様や本音も本当に言いたい事を言えずにいる傾向があるので、この際だから言いたい事を全部ぶつけ合ってくればいいんです。

 少し心配ではありますが、本音がいれば大丈夫でしょう。あの娘はいるだけで場の雰囲気を穏やかにしてくれるので、仲裁役にはぴったりの筈。きっともうすぐ笑顔で戻って来るでしょう。

 そんな事を考えていると、格納庫の方から楽しそうな話し声が聞こえてきました。どうやら上手くいったようですね。

 

「あ、お姉ちゃーん、お待たせー」

 

 私に気付いた本音が笑顔で手を振って駆けて来ると、私に抱き付きました。

 

「お疲れ様、本音」

 

「えへへへーー♪」

 

 本音の頭を撫でると嬉しそうに微笑みました。

 

「虚ちゃん・・・・」

 

「楯無お嬢様。ちゃんとお話出来たようですね」 

 

 楯無お嬢様と簪お嬢様が手を繋いでいます。それだけで上手く仲直りが出来たのが分かります。

 

「ええ、今更だけど、心配かけてごめんなさい。そしてありがとう。いつも見守ってくれて」

 

「お嬢様──ううん。刀奈ちゃん、簪ちゃんと仲直り出来て良かったね」

 

「!───うん」

 

 私は2人にあえて昔の呼び方をした。刀奈ちゃんが家の仕事をするようになると、私もサポートに付くようになった。任務は私達だけではなく、他の大人達と一緒なので、公私混同しないように幼馴染みではなく、側近として接する為に「お嬢様」と呼ぶようになった。でも、今くらいはいいでしょう? 今だけは幼馴染みの4人に戻って、あの頃のように───

 

 

 

「今、紅茶を淹れますね」

 

 私はお湯を沸かしている間に志狼さんから預かったものをテーブルに出しました。

 

「うわあ~~、プリンだ~~♪」

 

「虚ちゃん、これは?」

 

「ホールプディング。志狼さんのお手製ですって」

 

「・・・・おっきい」

 

 打ち上げが終わり、解散した時に志狼さんが私に仲直りのお祝いに、と渡してくれたのです。流石に2個は多いと言ったのですが、本音がいれば食べきると言われ受け取ってしまいました。

 ミルクとカスタードの2つを適当な大きさに切って4人で分け合います。紅茶を淹れて、準備完了です。

 

「さあ、それじゃあいただきましょうか」

 

「「「「いただきます!!」」」」

 

 皆、それぞれが食べ始めます。すると、

 

「ん~~~!美味し~~~い!!」

 

「本当、上品な甘さねえ」

 

「カスタードのカラメルソースのほろ苦さがいいわね」

 

「お姉ちゃん、ミルクの方は練乳が入ってるみたい、すごく優しい甘さがする」

 

 私達はプリンを食べながら久し振りに何のわだかまりもなくおしゃべりをしました。昔の事。学園生活の事。友達の事。仕事の事。本当に沢山の事を話しました。

 気付けば多いと思っていたホールプディングは完食していました。和やかな雰囲気のまま、詳しい話は後日改めてする事にしてこの日はお開きになりました。

 この雰囲気を作ってくれた志狼さんには本当に感謝しなくてはいけませんね。

 

 

~side end

 

 

 

 




読んで下さってありがとうございます。

ご覧の通り、更識姉妹は仲直り出来ました。全てのわだかまりが無くなったとは言えませんが、お互い歩み寄る事は出来るようになるでしょう。

次回こそはクラス対抗戦に入ります。








おまけ


〇生徒会室での志狼と刀奈の会話(完全版)


「バカ! 何動揺して自分からバラそうとしてるんだ!」

「だからってお尻をつねる事ないじゃない!」

「そうでもしないとお前はポロッとバラしちまうだろうが!」

「う、悪かったわよ。それにしても上手くかわしたわよね、この大嘘つき。ひゃん!!いきなり胸を揉まないでよ、このエッチ!!」







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第25話 クラス対抗戦前夜



切れがいいので投稿します。

沢山の感想を頂き、ありがとうございます。
感想の返信ですが、頂いた感想は全て読んでいるのですが、返信は時間のある時にまとめてしています。従って、かなり遅れて返信が行く事があるのでご了承下さい。
基本的には出来るだけ返信するつもりなんですが、何と答えていいのか分からないものなどには出来ませんのでご理解下さい。

前置きが長くなりましたが、第25話をご覧下さい。



 

 

~志狼side

 

 

 次の日の火曜日。いつも通り織斑先生と朝のトレーニングを終え、明日奈を起こして朝食に行こうとしたらドアのチャイムが鳴った。朝早くから誰か来たらしい。俺がドアを開けると本音と簪の2人が立っていた。

 

「しろりん、おっはよーーーっ!!」

 

 いきなり本音が抱き付いて来た。

 

「本音!?」「本ちゃん!?」

 

 簪と明日奈が驚いて声を上げるも、本音はギュッと抱き付いたまま俺の胸に頬ズリをする。

 

「ありがとう、本当にありがとう!!」

 

 その台詞を聞いて、俺はやっと刀奈と簪が仲直り出来て、本音は感激して抱き付いてるんだと理解した。

 

「そうか、良かったな本音」

 

 俺が本音の背中をポンポンと叩きながら言うと、

 

「うん!!」

 

 本音は満面の笑顔で答えた。だが、

 

「本音?」「兄さん?」

 

 俺と本音は朝っぱら何をやってるんだと明日奈と簪に怒られた。理不尽だ。

 

 

 

 

 

 そのまま4人で朝食を摂る。簪と本音は仲直り出来た事を一刻も早く報告したくて訪ねて来たそうだ。ただ、本音が感激の余り抱き付いてしまい、朝の騒動になった訳だ。

 

「まあ、取り敢えず一件落着か。良かったな簪」

 

「うん、色々ありがとう志狼さん」

 

 稼業の件とかは改めて話し合う事にして、取り敢えず簪はクラス対抗戦に集中するそうだ。

 

「俺と簪が戦うとすれば決勝戦だな。お互い頑張ろう」

 

「志狼さん・・・・うん、決勝で待ってて」

 

 俺と簪は拳をコツンと合わせた。

 

 

~side end

 

 

 

 

~鈴音side

 

 

 ガツンッとガードした両腕に衝撃が疾る。ヴィシュヌの操る打鉄の重い蹴りを受け、後ろに飛ばされるも何とか体勢を崩さず双天牙月を構える。

 

「大分良くなりましたね。始めの頃は体勢を崩して追撃を受けていたのに」

 

「そりゃあ、アンタに散々蹴り飛ばされたからね」

 

 クラス対抗戦までの訓練相手を2組の副代表であるヴィシュヌに頼んで、いざ訓練を始めると操縦技術はともかく、近接格闘では彼女の方が数段上だった。

 彼女は幼い頃から「肉体凶器」と呼ばれた元ムエタイチャンプの母からムエタイを習っていて、特に蹴り技の威力は凄まじかった。代表候補生になってから格闘技を習い始めたアタシとは格闘能力に雲泥の差があって、訓練開始当初は面白いようにポンポン蹴り飛ばされたものだ。全く、これでページワン入りしてないなんてタイって怖い国よね。

 それはともかく、お陰で近接格闘能力は短期間で随分上がったと思う。決勝で当たる志狼の孤狼は格闘戦型。彼とのバトルは接近戦になるだろうからアタシの格闘能力向上は必須のはずだ。

 

「でも鈴。貴女が決勝で結城志狼さんと戦う事を想定するのもいいですけど、初戦で当たる4組の更識簪さんの対策はいいのですか?」

 

「ああ、あの娘? あの娘は問題ないんじゃない? 専用機もないし、オドオドしててバトルに向いてるとは思えないのよねえ」

 

「いいんですか? 噂では専用機が完成したそうですし、油断してると足元をすくわれますよ?」

 

「ええ!そうなの!?」

 

「はい。何でも結城志狼さんが完成に力を貸したとか」

 

「あいつは~~、ライバル強くしてどうすんのよ!?」

 

「フッ そう言いながら笑ってますよ、鈴」

 

 そう、弱い相手と戦ってもつまらない。相手が手強いからこそバトルは面白いのだ。これでクラス対抗戦が益々面白くなって来たわ!

 

「さ~て、休憩終わり。とことん付き合って貰うわよ、ヴィシュヌ!」

 

「ええ、存分に」

 

 さあ、一番強いのは誰か決めましょうか!!

 

 

~side end

 

 

 

 

~ティアナside

 

 

「はあ、はあ、」

 

「ティア~、もうやめよう? いくら何でもやり過ぎだよ。試合前に体壊しちゃうよ?」

 

「まだよ! まだやれるわ!!」

 

 この程度で音を上げる訳にはいかない。私は凡人なんだから人の何倍も努力しなくちゃ駄目なんだ。

 

 クラス対抗戦の前評判は一番人気は2組、次いで1組、4組と来て私の3組は最下位だった。それも当然、2組と4組の代表はページワンの一員だし、1組代表の結城志狼は初めてのバトルでそのページワンであるイギリス代表候補生を倒しているのだ。同じ代表候補生でもページワン入りしておらず専用機もない私が勝ち抜くとは誰も思わないだろう。でも、だからこそ私は勝たなくちゃならない。

 

 今年の序列決定戦で私は8位に終わった。2人の候補生、序列1位のダリル・ケイシーと序列4位のシノン・朝田。この2人に立て続けに負けたショックで立ち直れず、後一歩と言う所でページワン入りを逃してしまった。

 あの2人は候補生の中では別格だった。あの2人を倒せるくらい強くならないと私は上に行けない。もっと強くならないといけないんだ、私は!

 

「スバル、もう一本お願い!」

 

「はあ~、もう!仕方ないなあ、行くよティア!!」

 

 スバルの打鉄が急接近してパンチを打つ。私はラファールを回避させて手にした2丁拳銃を撃つ。初戦で当たる結城志狼の孤狼は格闘戦型。同じタイプのスバルは仮想結城志狼に申し分ない。

 私は必ず勝つ。勝ってみせる。男だからって理由で専用機を貰った奴になんて負けるものか!!

 

 

~side end

 

 

 

 

~なのはside

 

 

「ふう。よし、これでラストォ!」

 

 最後の標的を撃ち落として訓練を終える。

 

「お疲れ様なのは。どうする?まだやるの?」

 

 訓練に付き合ってくれたフェイトちゃんが声をかけて来る。

 

「ううん、試合前だからね。オーバーワークは禁物だよ」

 

「そうだね。それがいい」

 

 私達は地上に降りてISを解除して用意してあったタオルで汗を拭う。

 

「なのは、はい」

 

「ありがとうフェイトちゃん」

 

 フェイトちゃんが手渡してくれたドリンクで喉を潤すとようやく一息吐いた。

 

「いよいよ明日だね。勝算は?」

 

「う~ん、対戦相手のフォルテちゃんがやる気になってくれれば面白いんだけどねえ?」

 

 2組代表のギリシャ代表候補生序列2位フォルテ・サファイアちゃんは実力はあるのだけどやる気がないので有名だ。やる気になってくれれば面白いバトルになると思うんだけど、こればかりは何とも。

 

「まあ、なるようになるんじゃない?」

 

「そう」

 

 まあ、自分のよりも今回は1年生の方が気になるんだよねえ。しろくんや簪ちゃんは元より中国代表候補生の鈴音ちゃん、それにアメリカ代表候補生のティアナちゃん。あの娘は凄く鍛え甲斐がありそう。是非とも私の手で育てたい所だけど、立場上難しいよねえ。

 とにかく全ては明日。果たしてどうなるのか楽しみだよね。

 

 

~side end

 

 

 

 

~ダリルside

 

 

 ベッドに横たわり、乱れた息を整える。事後の火照った身体が暑くて、掛けていたシーツをベッドの下に蹴落とすと、隣りのフォルテが文句を言って来た。

 

「ちょっと~、何するんすかダリル、寒いでしょ~が」

 

「いいじゃねえか、終わったばっかでアチイんだよ」

 

「む~、じゃあこうするっす!」

 

「あ、コラ」

 

 フォルテが抱き付いて来た。汗や何かの事後の臭いが冷めたばかりの興奮を再び呼び起こして、そのままフォルテを抱き寄せ身体を撫で回す。

 

「んん、ちょっと、ダリルぅ~、」

 

「いいじゃねえか。抱き付いて来たお前が悪い」

 

 そのままフォルテの身体を撫でてるとフォルテが話しかけて来た。

 

「ねえダリル。明日はクラス対抗戦だってのにこんな事してていいんすかね?」

 

「ん~? 何、お前特訓とかしたかったの?」

 

「いや、そう言う訳じゃないっすけど・・・・」

 

「そもそもお前、あの怪獣に勝てんの?」

 

「いや!無理無理無理!!あんなのに勝てる訳ないじゃないっすか!!」

 

 フォルテの対戦相手である2年1組代表の日本代表候補生序列1位高町なのは。ありゃあ化け物だ。正直アタシだって勝てる気がしない。フォルテと組んで2対1なら何とかなるかもしれないが、1対1ならまず無理だ。あの怪獣を倒すなら速攻、試合開始と同時に速攻からの一撃必殺で墜とすしかない。

 アタシにもフォルテにもそんな攻撃力はない。現状このやり方を実現出来そうなのは学園では織斑一夏の白式か結城志狼の孤狼。後はかの有名な「紅蓮の皇女」くらいだろう。

 アタシもフォルテも勝てない勝負をする気はないからクラスメイトには悪いがクラス対抗戦には興味はないんだよなあ。ただ、今後の事を考えて、学園生徒がどの程度戦えるのかは見ておきたいんだけどな。

 

「ダリル・・・・?」

 

 考え事をしていて黙っていると、フォルテが不思議そうな顔をしてこっちを見ていた。アタシは唇を重ねてごまかす。

 

「んん!ん、ちゅ、もう、何すかいきなり、ちゅ、んむう・・・・」

 

 

 

 それから間もなく室内にはアタシ達の喘ぎ声が響き渡った。

 

 

~side end

 

 

 

 

~?side

 

 

「ほいほいほいのほーい、と。よーし、これで準備完了! ふふふ、いよいよ明日かあ。楽しみだなあ~♪」 

 

 クラス対抗戦に向けて色々準備して来たけど、想定してたのと随分状況が変わっちゃったなあ。まさかいっくんがあんなに使えないとは思わなかったし、箒ちゃんへの対応が・・・・・

 おっと、いけない。思わず殺意が溢れてしまった。こんなのくーちゃんには見せられないよね。反省反省。

 

 ふふ、それに今はしーくんがいるしね。まさかしーくんがISを動かして学園に来ちゃうとは思わなかったけど、彼がいるなら益々面白くなりそうだよ。いっくんがあの調子ならしーくんに代わりを務めて貰えそうだし、大丈夫かな。

 さて、果たしてIS学園が来たるべき脅威に立ち向かう力があるのか、見せて貰うよ、ちーちゃん!

 

 

~side end

 

 

 

 

 

 

 4月の最終週の金曜日。様々な想いを乗せて、クラス対抗戦が今、始まる。

 

 

 

 

 

 

 




読んで下さってありがとうございます。

今回今後出て来るヒロインが名前だけ登場しています。
誰の事だか解りましたか?
彼女達の出番は2学期以降になりますので、気長にお待ち下さい。

暗躍する謎の人物(笑)も登場し、何やらきな臭くなって来たクラス対抗戦は果たしてどうなるのか?

次回からバトル突入です。


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第26話 クラス対抗戦①~開会式


少し短いですが、書き上がったので投稿します。


この場を借りて修正部分の説明をさせて下さい。

今まで整備「課」と書いていましたが、原作では整備「科」になっていた事に今更気付きました。

従って、原作に合わせて整備「科」に修正をしました。
読者の皆さんを混乱させてしまい申し訳ありません。


今回から何回かに分けてクラス対抗戦の模様をお送りします。

それでは第26話をご覧下さい。



 

~all side

 

 

 4月の最終週の金曜日。この日は晴天に恵まれ、まだ4月だと言うのに気温が28度にも昇る、まるでアリーナに集まった観衆の熱気に当てられたかのように暑い日であった。

 

 

 

 ここIS学園では毎年恒例のイベントであるクラス対抗戦(リーグマッチ)が開催されようとしていた。

 

 

 学園で最も大きい中央(メイン)アリーナには学園の生徒だけではなく、各国のテレビクルーが入場し、世界各国に試合の模様を伝えようと、数えきれない程のカメラで間もなく入場する選手達を映そうとしていた。

 

 総勢8名の出場選手は例年通り全員が女ではなく、今年は1人男がいる。この初めての事態に、テレビの前の観衆の表情には驚きと興味が浮かんでいたと言う。

 

 

 

 

 渦中の人である2人目の男性操縦者(2ndドライバー)結城志狼はこの大舞台にもさして緊張した様子を見せず、選手入場口であるピットで待機していた。

 

 

「しかし、凄いなあ」

 

 下手すれば学園の生徒達より多いように見える取材陣を見て志狼は呆れたような声を出した。

 

「クラス対抗戦が注目されるのはいつもの事だけど」

 

「今年は客寄せパンダがいるからねえ?」

 

 簪の言葉に鈴が志狼に揶揄うような視線を向ける。

 

「お前の事だな、鈴にゃん」

 

「鈴にゃんゆーな! アンタの事に決まってるでしょ!!」

 

「あははは、何だか余裕だね、しろくん」

 

 志狼と鈴のじゃれ合いを見て、なのはが笑う。

 

「そう見えますか?」

 

「うん♪ ねえ、所でいつ私と戦ってくれるの?」

 

 笑みを含ませたなのはが腕を絡めて尋ねて来る。

 

「そうですねえ・・・・じゃあGWが明けてから、と言うのはどうです?」

 

「ホント!? じゃあ約束だからね。忘れちゃやだよ?」

 

 小首を傾げて不安そうに呟くなのは。なのは級の美少女にそんな態度を取られて思わずクラッと来る志狼だったが、これはなのはの悪ふざけだと心に言い聞かせ、あえて素っ気ない態度で答える。

 

「はいはい、分かりましたよ」

 

「むう、何だか素っ気ないなあ。でも、まあいいや」

 

 そう言って先程のしおらしさなど欠片もない様子で離れるなのは。

 “あの人は悪魔だ”と志狼は改めて用心するよう心に言い聞かせた。

 

 

 

 

『ご来場の皆様、お待たせしました!ただ今より第6回IS学園クラス対抗戦を開催いたします!!』

 

 

 そうこうしている内に開会式が始まった。

 まずは選手入場からなので、選手達は皆ISを纏う。係員に入場を促されると、1年1組の為、最初に入場する志狼がカタパルトに乗り待機する。その時ハイパーセンサーが外のアナウンスを聴き取った。

 

 

『さあ、お待たせしました! 選手入場です!

まず最初に入場するのは皆さんお待ちかね2人目の男性操縦者。つい先日初めてのISバトルでイギリス代表候補生のページワンともう1人の男性操縦者を見事に撃破した、鋼鉄の赤き狼。1年1組代表、結城ぃぃ志狼ぉぉーーーっ!!』

 

 恥ずかしいアナウンスに志狼は出る気をなくしたが、係員に促され、渋々カタパルトから射出される。

 アリーナ上空に飛び出した孤狼を見て、歓声が沸き起こる。志狼は上空から観客席を眺めてクラスメイトを捜すと、彼女達はしっかりとアリーナの最前列に陣取っていた。明日奈が、箒が、セシリアが、皆が声援を送っている。「志狼、勝利を掴め!」と書かれたお手製の横断幕を見て、志狼は笑みを深くした。

 

 

『操るISは絃神コーポレーション製の専用機“孤狼”。近年珍しい全身装甲型。それもそのはず、元は絃神製のI-0ゲシュペンストを改造した機体で、急造であるにも関わらず高い戦闘力を発揮したのは皆さんも知る所でしょう。赤き狼の牙が獲物を狙うぅっ!!』

 

 

 相変わらずの恥ずかしいアナウンスだが、志狼はもう気にしない事にした。

 

 

 

 

『続いての入場は突如やって来た謎の転校生。その正体は中国4千年からの刺客、中国代表候補生序列3位、中華の麒麟児、鈴にゃんこと1年2組代表、凰、鈴音んんんーーーっ!!』

 

「鈴にゃんゆーなぁっ!!」

 

 そう叫びながら鈴が入場する。

 

『操るISは中国製の第3世代機“甲龍(シェンロン)”。中・近距離戦で力を発揮する強力な機体です。今宵龍の逆鱗に触れ、無惨な屍を晒すのは誰だ!?』

 

 

 

 

『続いての入場はアメリカ代表候補生序列8位、射撃の名手、1年3組代表、ティアナ・ランスタァァーーーッ!!』

 

 ティアナがラファールを駆り入場して来る。その表情は固く、無表情を保っている。

 

『操るISはフランスが誇る名機“ラファール・リヴァイヴ“。1年生で唯一専用機ではない量産機での参戦となりますが、果たしてどのような試合になるか、楽しみな所です』

 

 そのアナウンスにティアナが無表情を崩し、苛立ちをあらわにして唇を噛む。その様子が志狼には妙に印象に残った。

 

 

 

 

『1年生最後の入場です。数々の不運に見舞われるも、新たなる力を手にして不死鳥の如く甦り、今、我々の前にその姿を現すぅ! 日本代表候補生序列3位、1年4組代表、更識ぃ、簪ぃぃーーーっ!!』

 

 入場して来た簪は顔を真っ赤にして、恥ずかしそうにしていた。因みにこの様子をテレビで視ていた多くの男性視聴者が萌え狂ったと言う。

 

『操るISは何とIS学園製の第3世代機“華鋼”。とある企業が作りかけで放置していたものを学園生徒の力で再生したと言う未知数の機体です。果たしてどんな戦い振りを見せてくれるのかっ!!』

 

 

 盛大な歓声が沸き起こる中、当の志狼達はと言うと、

 

「この場合手でも振った方がいいのか?」

 

「さあ? まあ、やったら喜ばれるんじゃない?」

 

「じゃあ皆で手を繋いで、ダーッでもやるか?」

 

「私は嫌よ。やるなら貴方達だけでやって」

 

 志狼と鈴の会話にティアナが口出しする。

 

「ランスターさん。君はいつもそんな顔してるな。折角の美人が勿体ないぞ?」

 

「お生憎様。そんなので靡くと思ったら大間違いよ」

 

 取り付く島もないティアナを見て、鈴が揶揄うように言った。

 

「あらあら。志狼が口説き落とせないなんて、中々やるわねえ」

 

「いや、そんなつもりはないぞ? 誰だって仏頂面より笑顔の方がいいだろう? 鈴、お前だって織斑が笑顔でいてくれた方が嬉しいだろうが、ん?」

 

 揶揄われた仕返しと言わんばかりに鈴に言い返す志狼。

 

「べ、別に一夏の事は関係ないでしょ!?・・・・そりゃまあ笑顔の方がいいけどさ」

 

「ほお~、ふう~ん」

 

「な、何よお・・・・」

 

 頬を赤く染めた鈴を揶揄う志狼。そんな鈴を見てティアナが言い放った。

 

「ふん、下らない。あんな男に熱を上げてるなんて凰鈴音も噂程じゃないわね!」

 

 途端に剣呑な表情でティアナを睨む鈴。

 

「ああ!? 何アンタ、ケンカ売ってんなら買うわよ?」

 

「別に、ただ事実を言ったまでよ」

 

「よし買った! ボコボコにしてやるわ!!」

 

 いきなりティアナに襲い掛かろうとする鈴を志狼が、迎え撃とうとするティアナを簪が止める。 

 

「止めろ鈴、世界中にテレビ中継されてるんだぞ。また問題を起こす気か!?」

 

「ランスターさん、貴女もです。試合前に挑発するような真似は控えて下さい」

 

 ティアナを睨み付けるも志狼の言い分が正しいと理解しているのか、矛先を収める鈴。だが、やはり気が治まらないのか一言言い返した。

 

「残念ね。試合で当たれば直接ぶちのめしてやるのに、アンタ初戦で消えるもんね」

 

 これにはティアナが過剰に反応した。

 

「何ですって!? 私がこの男に負けるとでも言うの!!」

 

「あら、アンタ志狼に勝てるつもりだったの? 身の程知らずねえ? 志狼はページワンに勝ってるのよ。8位のアンタじゃ話にならないわよ!」

 

「くっ!アンタよくも!!」

 

 激昂して鈴に襲い掛かろうとするティアナ。だがその前に鈴の頭に志狼の拳骨が落ちる。

 

「いっったーーーいっ! 何すんのよ志狼!!」

 

「いい加減にしろ!テレビ中継されてるって言ってるだろうが! お前ら全世界に恥を晒す気か!?」

 

「あっ」「うっ」

 

 鈴とティアナが息を洩らす。しかし、

 

「・・・・志狼さん、もう遅いみたいです」

 

 簪の言葉に彼女の視線が向いている方を見ると、オーロラビジョンに志狼達が揉めている様子がはっきりと映し出されていた。

 

 

『お~~~っとぉ?試合開始が待ちきれないのか、何やら1年生が早くもヒートアップしている模様。意気軒昂なのはいいが、場外乱闘はいただけないぞ~~!?』

 

 アナウンスの声にばつが悪くなったのか、鈴とティアナはそっぽを向きながら離れる。志狼と簪は顔を見合わせると、揃ってため息を吐いた。

 

 

『志狼君!? 何かトラブルですか!?』

 

 真耶からプライベートチャネルで連絡が入る。

 

『真耶先生? 今どちらに?』

 

『管制室です。それより何があったんですか?』

 

『いえ、心配ないです。ただ子猫が2匹じゃれていただけですから』

 

『子猫って・・・・はあ、では問題はないんですね?』

 

『はい、お騒がせしました。そのまま式を進めて下さい』

 

『分かりました。それじゃあ試合頑張って下さいね』

 

 

 真耶からの通信が切れると、再び選手入場が始まる。

 

 

『それでは続いて2年生の選手入場です。尚、2年生からは3組が整備科、4組が開発科に別れている為、操縦士科の1組2組からのみ参戦となります。それでは選手入場です! 最早この人に説明は不要でしょう。「不沈要塞」、「エース・オブ・エース」「白き魔王」など数々の異名を持つ学園最高の操縦者。日本代表候補生序列1位、2年1組代表、高町ぃぃーーっなのはぁぁーーーっ!!』

 

「ええーーっ! 魔王って何よーー!?」

 

 なのはが憤りながら入場する。

 

『操るISは八神重工製第2世代機“レイジング・ハート”。砲撃戦特化の強力な機体で、世界で10機しかない二次移行(セカンドシフト)機でもあります! 星の光が敵を撃つっっ!!』

 

 

 

『続いての入場はいつもマイペースながら高い実力を誇ります。ギリシャ代表候補生序列2位、2年2組代表、フォルテ・サファイアァァッ!!』

 

「何だか私の紹介薄くないっすか?」 

 

 呟きながらフォルテが入場する。

 

『操るISはギリシャ製第2世代機“コールド・ブラッド”。冷気を操る力を持つ特殊な機体です。氷の刃が敵を切り裂くぅっ!!』

 

 

 

 

 

『さあ、ここからは3年生の入場になります。長身と抜群のプロポーションを誇る学園の姉御。アメリカ代表候補生序列1位、3年1組代表、ダリルゥ・ケイシィーーーッ!!』

 

「おいおい、姉御って何だよ、ったく」

 

 苦笑しつつ、ダリルが入場する。

  

『操るISはアメリカ製第2世代機“ヘルハウンドver.2.5”。炎を操る能力を持つ強力な機体です。地獄の業火が敵を焼き尽くすっ!!』

 

 

 

 

 

『さあ、最後の選手の入場です。小さな身体に大きなバイタリティー。学園の騒動の影にはこの人あり。学園のお祭り娘、IS学園祭事実行委員会会長、3年2組代表、角谷ぃぃ杏ぅぅーーーっ!!』

 

「やあ、どーも、どーも」

 

 観衆に手を振って、鈴よりも小柄なツインテールの少女が入場する。 

 

『操るISは日本の倉持技研製の量産機“打鉄”。近接戦闘と防御力に定評がある傑作機です。果たして専用機相手にどこまで戦えるでしょうかーーーっ!!』

 

 

 

 

『以上8名のクラス代表達が、No.1は誰かを競い合います。皆さん、素晴らしいバトルを見せてくれるであろう彼女達に盛大な拍手をーーー!!』

 

 

 アナウンスに導かれ、拍手と歓声が鳴り響く。

 この後は学園長の挨拶、来賓の挨拶の後は生徒会長の挨拶となり、楯無が壇上に上がる。最近更に美しさを増したと言われる美貌を惜し気もなく晒し、それを見た観衆からため息が洩れる。

 

 

『クラス代表の皆さん。時候の挨拶なんかは先に挨拶した方々が散々したから省きますね。私からはひとつだけ。このクラス対抗戦での勝者には私への挑戦権を与えます。どう使おうとその人の自由ですが、この学園最強に挑まんとする者はかかってらっしゃい』

 

 そう言うと楯無はニコリと笑って、手にした扇を広げる。そこには「我、最強也」と書いてあった。覇気を纏ったその姿は正しく学園最強の名に相応しいと誰もが納得させられた。

 

『それでは良いバトルを期待しています』

 

 見蕩れる程美しく一礼をして、楯無は壇上を降りる。一拍遅れて拍手と歓声が鳴り響いた。

 

 

 アリーナ上空からそれを見ていた選手達。ある者(なのは)は戦意を昂らせ、ある者()は憧れを抱き、ある者(ダリル)は好色そうに舌舐めずりをした。

 志狼は己が契約者の自分の知らない真剣な表情と普段のギャップに苦笑を浮かべつつ、やはり強者との戦いに心を昂らせるのだった。

 

 

 

 続いて試合上の諸注意を審判長である織斑千冬教諭が説明をする。千冬が壇上に上がると途端に歓声が沸き上がる。そのあまりの騒々しさにいつものように怒鳴りつけたくなる千冬であったが、流石に全世界にテレビ中継されている前では自粛せざるを得ず、「静粛に!」と繰り返す事しか出来なかった。

 5分後、静かになり、ようやく説明を始められた千冬のこめかみに青スジが浮かんでいたのを志狼はハイパーセンサーではっきりと目撃した。

 

 

 

『以上を持ちまして開会式を終わります。この後は第1試合1年1組対1年3組の試合を行いますので、出場選手の2人はこの場に残って下さい』

 

 

 アナウンスに従い、志狼とティアナを除いた選手達がピットに戻って行く。去り際に鈴が、簪が、なのはが声をかけて行った。

 

「ギッタギタにしてやんなさい!」

「が、頑張って下さい!」

「楽しみにしてるからね♪」

 

 彼女らの励ましに志狼は親指を立てて答えた。

 

 

 

 アリーナ上空には志狼とティアナだけが残った。

 

 

「今更挨拶は不要だろうが、結城志狼だ」

 

「ティアナ・ランスターよ」

 

 

 やがて観客席にシールドバリアーが張られ、オーロラビジョンには志狼の孤狼とティアナのラファールのデータが表示され、試合の準備が整った。

 

 

 志狼とティアナは上空で30mの距離を空けて対峙する。

 

『それでは第1試合、1年1組代表結城志狼“孤狼”対1年3組代表ティアナ・ランスター“ラファール・リヴァイヴ”、試合開始!!』

 

 

 試合開始のブザーがアリーナに鳴り響いた!

 

 

 

~side end

 

 




読んで頂き、ありがとうございます。

今回3年2組の代表として「ガルパン」より角谷杏会長に出演して貰いました。
3年2組の代表を誰にするか考えて、代表候補生ではない一般生徒にしたいと思い、彼女になって貰いました。

補足として、彼女の所属する祭事実行委員会とは学園内のイベントを取り仕切る委員会で、体育祭や文化祭などのバトルのないイベントでは生徒会に次ぐ権力を持っています。
 
因みにこの委員会では会長と呼ばれていて、胸の大きな娘と片眼鏡を掛けた娘が補佐をしています。

今回限りの出番かもしれませんが、よろしくお願いします。


次回は対ティアナ戦です。




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第27話 クラス対抗戦②~志狼VSティアナ



第27話を投稿します。

感想で散々指摘を受けていた一夏アンチをタグに追加しました。

今までも一夏の扱いをどうするか散々悩みましたが、今後の一夏の先行きが決定したので、改めて追加する事にしました。

それではバトル回の第27話、ご覧下さい。




 

 

~all side

 

 

 

 ブザーと同時に孤狼がラファールに襲い掛かる。

 ティアナは牽制に銃弾をバラ撒き、後ろに距離を取ろうとするが、孤狼の予想以上の速度に接近を許し、一撃を受けてしまう。

 

「くっ! 厄介な!!」

 

 孤狼の光る拳がヒットして、ラファールのSEが削られる。

 

「何なのよ、その光る拳は!?」

 

「ヴァリアブル・ナックル。孤狼の特殊兵装のひとつだ」

 

 意外な事に志狼が答えた。

 

 

 

 

 ───エネルギーコーティング式特殊兵装

    「ヴァリアブル・ナックル」

 

 

 エネルギーを拳にコーティングする事により、孤狼の拳を剣や槍と同様、衝突しても自機のSEが損なわれないようにする特殊な処理を施した孤狼の特殊兵装。

 拳が光るのはエネルギーが拳に満ちている為に起こる現象で、エネルギーが減るにつれて光が弱くなる。

 内蔵バッテリーよりエネルギーを供給している為、長時間の使用は出来ず、両拳にしかコーティング出来ないという欠点もあるが、志狼のボクシング主体の戦い方に適した兵装である。

 一応、第3世代兵装を目指して開発されたものだが、諸々の問題から第3世代兵装には至ってはいない。

 

 

 

 

「つまり、孤狼の拳は剣や槍、銃弾と同じと言う事だ。当たればどんどんSEが削られるぞ」

 

「・・・・これだから専用機は」

 

 ティアナの声が一段低くなる。

 

「随分と専用機にご執心のようだな?」

 

「貴方には分からないわよ! 男と言うだけで何の苦労もなく、専用機を手に入れた貴方なんかに!!」

 

 ティアナは2丁拳銃を撃ちながら距離を取ろうとするが、孤狼は銃弾をダッキングやウィービングを駆使しながら回避し、近付いて来る。そして拳が届く距離まで来るとヴァリアブル・ナックルの一撃でまたもSEが削られていく。

 

 

 

 

 

「ヴァリアブル・ナックル──それが光る拳の正体ですか」

 

 アリーナ最前列。1年1組が陣取った席でセシリアが呟いた。実際に試合で食らった事のある彼女にはその威力が良く分かっていた。

 

「兄さんにピッタリの武装よね」

 

「3組の代表は対応出来てないな」

 

 明日奈と箒が試合から目を離さずに言う。

 

 試合は一方的な展開になっていた。

 

 

 

 

 

 

 試合開始から5分が経過すると、ラファールのSEは半分近くまで減っているが、孤狼のSEは1割も減っていなかった。

 いま、2機は20m程距離を置いて対峙している。孤狼なら一瞬で詰められる距離だ。

 

「くっ、ここまで手も足も出ないなんて・・・・」

 

 ティアナが悔しそうに唇を噛む。

 

「諦めて、降参するか?」

 

 志狼がそう尋ねると、ティアナが吠えた。

 

「! ふざけないで! アンタなんかその機体の性能で強いだけじゃない!? 私のこの機体が専用機だったらアンタなんかに決して負けたりしないわ!!」

 

「確かに。俺が仮にも代表候補生である君と互角以上に渡り合えるのは孤狼の性能のお陰だ。本当に絃神のスタッフには頭が上がらないよ。だがな、例え君が専用機を持っていたとしても、今の君には負ける気がしない」

 

「何ですって!? どう言う意味よ!?」

 

「君はそのラファールをどう思ってるんだ?」

 

「何を言って・・・・?」

 

「答えろ、ティアナ・ランスター!」

 

「!?」

 

 ティアナは志狼の真意を量ろうと孤狼を見た。全身装甲型故に直接顔が見えた訳ではないが、志狼からは怒りと、そして哀しみをティアナは感じた気がした。

 

(何?どうして貴方から怒りだけじゃなく哀しみまで感じるの?)

 

 自分の感覚を不思議に思いながらも、何か答えなくてはとティアナは己の答えを探した。やがて、

 

「・・・・ど、どうも何も、ただの量産機じゃない。それがどうしたって言うのよ!?」

 

「そうか・・・・。俺はISと言うのは操縦者と機体とコアの3つがひとつになった時、真価を発揮すると師である人に教わった。だが、今の君はどうだ? 機体をただの量産機だと断じてまるで価値がないかのように扱っている。そんな君には専用機を持つ資格なんてないよ」

 

「! アンタなんかに何が分かるって言うのよーーーっ!!」

 

 志狼の言葉に激昂したティアナが2丁拳銃を撃ちながら突進する。だが、志狼は冷静に回避すると右腕にリボルビング・ステークをコールする。そしてすれ違い様にステークを一閃させると、確かな手応えを志狼は感じた。

 

「くあああっ!!」

 

 ステークの衝撃に吹っ飛ぶラファール。吹っ飛びながらも何とか体勢を整えると、ラファールのSEは4割を切っていた。

 

「くそっ! 負けるもんか!!」

 

 ティアナは距離が開いたのをいい事に、拡張領域から大口径レーザーライフルをコールし、孤狼に狙いを定めた。

 

「食らええええーーーっ!!」

 

 照準が合うと同時にティアナは引き金を引く。

 孤狼目掛けて直進するレーザーを孤狼は避けもせず、真正面から受けた。すると本来ならダメージを与える筈のレーザーは孤狼の装甲に当たり霧散してしまった。

 

「なっ! 何よそれは!?」

 

「ABフィールド。孤狼の特殊兵装のひとつだ。」

 

 

 

 ───AB(アンチビーム)フィールド

 

 

 孤狼の特殊兵装のひとつ。ビームやレーザーなどの光学兵器をある程度無効化するフィールド。

 特殊な塗装を装甲に施す事により、ある程度の威力までの光学兵器を無効化出来る。しかし、一定以上の威力を受けると塗装が蒸発してしまう為、大ダメージを受けてしまう諸刃の剣ならぬ楯でもある。

 絃神コーポレーションが開発し、クラス代表決定戦後に試験的に孤狼に採用された。

 

 

 

 

 

「何だよあれ・・・・あんなの反則じゃないか!」

 

 アリーナの最後列。周りに人が少ない区画で試合を見ていた一夏は一方的な試合展開に憤っていた。一夏の目には志狼が一方的にティアナを痛め付けているようにしか見えず、更にはABフィールドの存在が卑怯な反則にしか思えなかった。

 

「やっぱりあいつは卑怯者だ。あんな奴許しておいちゃいけないんだ!」

 

 一夏は口唇を噛み、志狼を誅する決意を新たにした。

 

 

 

 

 

 

「つまり孤狼には下手なレーザーは効かないんだ。悪いな」

 

「何よそれ、そんなのあり・・・・?」

 

 決め手にと用意していた大口径レーザーライフルが通用しないと知ったティアナは絶望感に支配された。

 

(やっぱり凡人が何をやっても無理なんだ・・・・)

 

「諦めるのか?」

 

 項垂れたティアナに向かって、孤狼がゆっくりと近付いて来る。

 

「・・・・・・」

 

「君の相棒は諦めていないと言うのに、君は早々と諦めてしまうのか?」

 

「私の、相棒・・・・・?」

 

 志狼のその言葉を聞いて、ティアナは首を傾げた。相棒と言われて誰の事を指しているのか分からなかったのだ。だがその時、ティアナは誰かに呼ばれたような気がして顔を上げた。

 

「え、誰?」

 

 思わず周りを見渡すと、観客席でスバルが自分を心配そうに見つめていた。だが、先程聞こえた声は聞き慣れたスバルの声ではない。では誰が、と考えた時、不意に頭に浮かんだのは───

 

「・・・・貴女なの、ラファール?」

 

 そう呟くと、指先に熱を感じた。まるで誰かに手を握られたかのように。

 

「あっ、あああ───」

 

 目の奥が熱い。その熱さが雫となって溢れて来る。ああ、私は何て馬鹿なんだろう?相棒と言われて何故貴女だと解らなかったんだろう?結城志狼の言う通りだ。私に専用機を持つ資格はない!それ所かISを扱う資格すらも。でも貴女はこんな私を見捨てないでいてくれた。勝利を諦めた私と違い、貴女は諦めていなかった!相棒である貴女が諦めないなら、私だって───!!

 

 

 

 不意にティアナが顔を上げる。涙で滲んだその瞳には、戦う意志と諦めない決意が見て取れた。志狼は満足そうに微笑むと、ファイティングポーズを取る。

 

「第2ラウンドだ。ティアナ・ランスター」

 

「ええ、望む所よ。結城志狼!!」

 

 

 

 

 

 

「全く、志狼君らしいなあ」 

 

 中央アリーナ管制室。メインコンソール席に座った真耶は志狼とティアナの会話を聴いて、苦笑を浮かべていた。

 ティアナ・ランスターは代表候補生として突出した能力こそないが、全てに於いて高レベルの成績を修める良く言えば万能、悪く言えば器用貧乏と呼ばれるタイプであった。

 彼女の過去を紐解いてみれば、力を求め、専用機を欲するのは当然の帰結と言える。だが、真耶や千冬と言った教師陣はその力だけを求める傾向を不安に思っていた。

 志狼にもそれが分かったのだろう。ティアナを単なる力の信奉者ではなく、真のIS操縦者として目覚めさせてくれたのだ。そう言う心の闇を抱えた人を放っておけないのが志狼らしいと、思わず笑ってしまった。

 志狼と接する事によって、箒や簪などは驚く程変わった。無論良い方にだ。ティアナも同様に変わってくれればいいと真耶は思った。

 それに真耶にしてみれば、志狼がティアナを諭す時に言ったISの真価のくだりは自分が教えた事であり、それがしっかり志狼に根付いている事や自分を師だと言って貰えた事が素直に嬉しかった。

 

「あいつは案外、教師に向いてるのかも知れないな」

 

 メインモニターを見ていた千冬の呟きに真耶は微笑を浮かべ頷いていた。

 

 

 

 

 

 

 ティアナは選択を迫られていた。主武装の2丁拳銃では遠距離で当たっても大したダメージは与えられない。切り札にと考えていたレーザーライフルは無効化されてしまう。SE残量は既に3割程しかない。この状況で自分達に出来る手段はもうひとつしかなかった。すなわち、

 

(接近戦!!)

 

 そう、相手の懐に飛び込んで、近接ブレードかゼロ距離からの銃弾によりダメージを与えるしかない。無論、1度では駄目だ。何度も繰り返さねば効果はない。しかも、孤狼の攻撃が1度でも当たればこちらはSE切れを起こして敗北する事だろう。

 そんな綱渡りの状況で、ティアナの集中力はかつてない程高まっていた。

 

「行くよラファール。力を貸して!」

 

 そう叫んでティアナはラファールを突撃させる。ラファールはティアナに応えて素晴らしい加速を見せた。その今まで以上の加速力に孤狼の反応が一瞬遅れ、回避は間に合わないと判断した志狼は銃撃に対するガードを固めた。

 

(ここだ!!)

 

 孤狼のガードの下をすり抜けて懐に入ったラファールは両手に近接ブレードをコールして、当たるを幸いに斬り付けた。

 

「ぐっ!」

 

 少しでもSEを削り取ろうと言う意志の元に行われたティアナの行動は、孤狼から1割のSEを削り取る事に成功した。

 

「これだけやって1割か・・・・割に合わないわよね」

 

 孤狼の残りSEは8割。今の攻撃を最低あと8回、それも被弾なしで成功させねば勝てないのだ。だが、

 

「それでも、やるしかない!!」

 

 ティアナは再度ラファールを突撃させた。

 

 

 

 

 

 

 ティアナが接近戦に戦法を変えてから3度目の突撃が終わった。1度目は近接ブレードで斬られた為、2度目もそう来ると思ったら、至近距離で銃撃に切り替えられ、モロに銃撃を浴びてしまった。3度目はどちらで来るか警戒していたら、銃撃で来たのでガードしたらすれ違い様に斬撃を受けた。

 3度の突撃を受け、既に孤狼のSEは半分近くまで減っていた。最初は見ているだけだった観客も、不利な状況でも決して諦めず、戦い続けるティアナの姿にいつしか声援を送るようになっていた。

 

「こりゃあ眠れる獅子を起こしちまったかな?」

 

 ティアナは世界一の大国アメリカの代表候補生。序列8位とページワン入りこそしてないものの、大国故に保有するコアの数も、IS操縦者の人数も、それに至る代表候補生の人数も世界一だ。

 そんな模擬戦の相手に事欠かない環境でティアナは8位にまで登りつめている。バトルに対する即応性が志狼とは段違いなのだ。

 しかも、ティアナは先程から剣と銃の切り替えを一瞬で行っている。これは以前真耶から教わったが、高速切替(ラピッドスイッチ)と言う高等技術であった筈だ。

 志狼は今、ティアナの底力を感じて歓喜に奮えていた。

 

「そうだ、戦う相手は強い方がいい。そうじゃなくちゃ面白くない。お前もそう思うだろう、孤狼?」

 

 志狼の問いかけに孤狼が応えるように出力を上げる。

 

「とは言え、このままではジリ貧だな・・・・こうなりゃ、肉を斬らせて骨を断つ。決着を付けるぞ、孤狼!」

 

 次の攻防で決着を付けるべく、志狼は決意を固めた。

 

 

 

 

 

「行けるかも知れない」 

 

 3度の突撃を成功させ、ティアナはこの試合で初めて勝機を見出していた。高速切替を駆使した突撃に孤狼は対応仕切れていない。あと5回突撃を成功させなければならないが、今の自分なら出来る、そう思えた。

 加えて観客席から送られる声援が背中を押してくれる。こんなにも試合で声援を受けたのは初めてだった。観客の声援が自分の力になる事をティアナは初めて実感していた。そして改めて思った、勝ちたいと。

 

 

 

 

 

 4度目の突撃を仕掛けようと孤狼を見据えた時、孤狼がガードを固めた。銃撃が来るとヤマを張ったのかと訝しんだが、3度目と同じ銃で牽制してから剣で斬る方法で行く事にする。志狼も2度続けて同じパターンが来るとは思わないだろうと考え、ラファールを加速させる。

 

 10mまで近付いて銃撃を浴びせる。ガードの上からなので大したダメージは与えられないが、本命はこの次、ティアナは屈み込んで孤狼の懐に入り、高速切替で銃から剣に武器を替える。そのまま斬りかかろうとした時、

 

「かはっ!!」

 

 腹と背中に同時に衝撃が来た。その衝撃に動きが止まり、武器を取り落とす。

 

(マズい!早く動かないと!!)

 

 ティアナが動きを止めたのはほんの一瞬、しかし、志狼にはそれで充分だった。

 

「見事だ、ティアナ・ランスター。君と戦えた事を誇りに思う」

 

 志狼の声が聞こえた次の瞬間、腹部に更なる衝撃が3度。そうしてティアナは意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 ラファールの銃撃をガードする。次に来るのは懐に入っての斬撃か、銃から剣に武器を切り替えたのが見える。その剣が当たる直前、志狼はラファールの横に回り込み、肘と膝を同時に叩き込む。所謂空手で言う交差法だ。

 ヴァリアブル・ナックルは拳にしか展開出来ない。当然肘と膝を直接ぶつければ孤狼のSEは減る事になるが、ティアナの攻撃を受けるのも、自分が攻撃を当てるのもSEが減るのは同じと割り切った、正に肉を斬らせて骨を断つ戦法であった。

 

「かはっ!!」

 

 ラファールがほんの一瞬、動きを止めた。

 

(ここだ!!)

 

「見事だ、ティアナ・ランスター。君と戦えた事を誇りに思う」

 

 惜しみない称賛をティアナに送り、決着のリボルビング・ステークを撃ち込む。

 

 

 鋼鉄がぶつかり合うような衝撃音が3度、アリーナに響く。そして───

 

 

 

 

 

『“ラファール・リヴァイヴ”SE残量0、及び操縦者ティアナ・ランスターの戦闘不能を確認。よって、第1試合は12分37秒で結城志狼“孤狼”の勝利です!』

 

 

 アリーナにアナウンスが流れると、次の瞬間、歓声が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 試合が終わり、志狼はラファールに近付く。以前同じように意識を失ったセシリアが落下したので、今回は落ちる前に支えようとしたのだ。

 孤狼がラファールを支えるとラファールはそれを待っていたかのように待機状態に戻った。後には気を失ったティアナが孤狼の腕の中に残った。

 

「う、ううん・・・・」

 

「気がついたか?ランスターさん」

 

「・・・・結城、志狼?・・・私は・・・・・・」

 

 しばらく朦朧としていたティアナだったが、すぐ気がつくと、周りの状況を確認して、ため息を吐いた。

 

「──そっか、負けちゃったか・・・・」

 

 こんな風に負けた事をあっさり口に出せるのをティアナは不思議に思った。以前負けた時は悔しくて夜も眠れなかったのに、今は負けたと言うのに何だか清々しい気分だった。

 

(どうしたちゃったんだろう、私) 

 

 負けたショックで1周回っておかしくなってしまったんだろうか? そんな時、

 

「おーい、ランスターさん? 大丈夫か?」

 

 孤狼のマスクを開いて、素顔を見せた志狼が心配そうに声をかける。しばらく志狼の顔をじっと見つめていたティアナだったが、

 

「ねえ、最後の攻防で一体何があったの? 私はただ衝撃を何度か感じて意識を失ったから何をされたのか分からないのよ」

 

「ああ、それなら丁度いい。今からリプレイするみたいだ」

 

 志狼はそう言うと、ティアナにオーロラビジョンを見るように促した。丁度、最後の攻防をスローでリプレイしている所だった。

 志狼の解説付きでリプレイを見ていたティアナは、あの瞬間に何をされたのか理解し、再度ため息を吐いた。

 

「・・・・貴方には謝らなければいけないわね」

 

「? 謝られる覚えはないんだが?」

 

「さっき私はこう言ったわ。貴方が強いのは機体の性能のお陰だって。でも違った。確かに孤狼の性能は高いわ。でもそれだけじゃない。貴方自身が強いから孤狼も強いのね、侮辱するような事を言ってしまったわ。ごめんなさい」

 

「・・・・ああ、いや、俺も挑発しようと色々言ったからな。こちらこそごめん」

 

「いいわ。私に専用機を持つ資格がないのは事実だもの・・・・」

 

「ランスターさん、ひとつ勘違いしてるよ」

 

「え?」

 

「俺は試合前半の君には資格がないと確かに言ったよ? でもね、途中で立ち直った君は高い技術と諦めない心を持った専用機持ちに相応しい操縦者だったと思う。それは何よりもこの歓声が証明してるだろう?」

 

「!?」

 

 ティアナは志狼の言葉に改めて周りを見る。アリーナに響く歓声の中には確かにティアナを称賛する声も混ざっていたのだ。

 

「そっか・・・私、そう言うバトルが出来たんだ・・・・」

 

 ティアナは涙を滲ませて、呟いた。

 

「ランスターさん? 大丈夫か?」

 

「───ティアナ」

 

「ん? 何だって?」

 

「だから、ティアナでいいって言ってるの!か、勘違いしないでよ?ライバルと認めた人には名前で呼ばせる主義なだけなんだからね!?」

 

 顔を真っ赤にしながらティアナが捲し立てる。

 

「プッ、アハハハ───!」

 

 ティアナの様子を見て、志狼は思わず吹き出した。

 

「な、何よう・・・・?」

 

「いや、ごめん。分かったよティアナ。俺の事も志狼でいい」

 

「う、うん。志狼・・・・」

 

 そんなティアナをじっと見つめる志狼。

 

「な、何?」

 

「うん。ティアナは髪を下ろした方が大人っぽくなるな。どちらかと言えば可愛いと言うより綺麗って言う顔立ちだからその方が良く似合うぞ?」

 

「へ? な、なななな───!!」

 

 志狼の言葉に混乱しながら、頭に手をやるティアナ。ツインテールに結っていた髪は、バトルの衝撃でリボンが外れてしまったのか、太陽のようなオレンジ色の髪が背中まで下りていた。

 

「い、いきなり何を言ってるのよ、もう!」

 

「アハハ、さて、そろそろピットへ行こうか」

 

 顔を真っ赤にしてそっぽを向くティアナの様子に笑みを零しながら、志狼は孤狼をピットに向けて走らせた。

 

 

 

~side end

 

 

 

 




読んで頂きありがとうございます。

ご覧の通り、ティアナはめでたくヒロイン昇格しました。
貴重なツンデレ枠として頑張って貰おうと思います。

次回は鈴VS簪をお送りします。


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第28話 クラス対抗戦③~鈴VS簪


第28話を投稿します。

今回はタイトル通り鈴VS簪の模様をお送りします。

原作にはない2人のバトルをご覧下さい。


 

 

~all side

 

 

 ティアナを抱えた孤狼がEピットに入って来た。

 

 今回のクラス対抗戦では1年生がEピット、2、3年生がWピットを使うよう割り振られているので、志狼は鈴や簪に迎えられていた。

 

「おめでとうございます志狼さん!」

 

「やったわね、志狼!」

 

「ありがとう2人共」

 

 ティアナを降ろしながら志狼が答える。すると、

 

「しろり~ん、整備するからこっち来て~」

 

 本音に呼ばれて志狼は孤狼を整備台に駐機する。

 クラス対抗戦では、試合後の機体の整備は整備科や開発科である2、3年生の3、4組の生徒達が担当する事になる。これはクラス対抗戦があくまで学園行事であり、直接試合をする事のない整備科や開発科を参加させる為でもあるので、国や企業のスタッフは原則的に入場出来ないのだ。

 そんな中にあって、本音は1年生ながら特別に参加を認められていた。

 

 

 

 

 

 

 志狼が整備台へ行くと、残されたティアナに向けて、鈴がニヤニヤと笑いながら近付いた。

 

「いや~、結局アタシの言った通り、初戦で消える事になっちゃって、残念だったわねえ?」

 

「・・・・そうね。確かに残念だったけど、得るものの多い試合だったわ。私は全力を出し切ったし、それで負けたのだから悔いはないわ」

 

 そう切り返すティアナの表情はどこか晴々として、試合前の険がすっかり取れていた。

 

「「・・・・・・」」

 

 そんなティアナをポカンとした表情で見つめる鈴と簪。そんな2人からの視線に居心地が悪くなったのか、ティアナが尋ねる。

 

「な、何よ・・・・?」

 

「アンタホントにランスター? 試合前とはまるで別人じゃないの!」

 

「何だか可愛くなっちゃってますけど、試合中に何があったんですか?」

 

「な、何を言ってるのよ! 私は何も変わってないわよ!?」

 

「・・・・自覚なし、か」

 

「・・・・明らかに志狼さんに何かされましたね?」

 

「べ、別に志狼に何かされた訳じゃないわよ!」

 

「「志狼?」」

 

「あっ!」

 

「語るに落ちたわね、ランスター。さあ、キリキリ吐きなさい!」

 

「うう」

 

 ほんのりと頬を染めるティアナを壁際まで追い詰める鈴と簪。そこに志狼の救いの声が届く。

 

「おーい、ティアナ。お前もラファールを持って来てくれってさ」

 

「!分かった、すぐに行くわ!!」

 

 ティアナはそう言って鈴と簪の包囲網から脱け出した。

 

 

 

 

 

「何かあったのか?」

 

「別に何でもないわよ! はい、これ」

 

 そう言ってティアナはラファールの待機状態であるペンダントを整備科の先輩に手渡した。

 

「はい、確かに」

 

「1週間だけとは言え、私の相棒だった娘なんです。しっかり整備してあげて下さい」

 

 ティアナは深く頭を下げる。受け取った先輩は驚いた顔をしたものの、ニッコリと笑い、

 

「分かりました。任せて頂戴」

 

 と引き受けてくれた。

 

 ラファールを見送るティアナの目には僅かながら寂しさが浮かんでいた。そんなティアナの背中を志狼が優しく叩くと、2人は見つめ合い、笑みを交わした。

 

 

 

 

「ティア~~~! 大丈夫、怪我してない?」

 

 Eピットの扉が開いてスバルを始めとした各クラスの副代表達と明日奈が入って来た。

 

「惜しかったね。でも、凄くいいバトルだったよ。皆誉めてたし」

 

 ティアナに抱き付きつつ、捲し立てるスバルに辟易しながらもティアナが答える。  

 

「分かった。分かったから少し落ち着きなさい、スバル!」

 

「え~~ん、ティア~~~!!」

 

「あ~もう!落ち着けってば!」

 

 

 

「兄さん、やったね!」

 

「志狼さま、おめでとうございます」

 

「ありがとう、明日奈、セシリア。でも明日奈、ここは一応関係者以外立入禁止だぞ? 副代表のセシリアは大丈夫だが、織斑先生辺りにばれたら怒られるぞ?」

 

「問題ありませんわ、志狼さま。今回副代表には1人だけ随員が認められていますから、明日奈さんは(わたくし)の随員として来ているので大丈夫です」

 

「そうなの。この地位を勝ち取る為に苦労したわ」

 

「苦労って、何をしたんだ?」

 

「希望者全員参加のジャンケン大会。熾烈な戦いの末に私が勝利を収めました!」

 

「・・・・楽しそうだな、お前ら」

 

「そうですわね。皆さんすっかりお祭り気分です。ああ、それと皆さんからの伝言がありましたの」

 

「何だ?」

 

 

「「頑張って志狼さん、主に私達のデザートの為に!!との事ですわ(だって)」」

 

 クラス対抗戦の優勝賞品は食堂のデザートの「半年間フリーパス」。女の子なら誰もが飛びつく賞品だった。

 

「・・・・・嬉しくて涙が出そうだと伝えておいてくれ」

 

 志狼は深く、ため息を吐いた。

 

 

 

 

「鈴、もうすぐ出番ですよ。準備は出来てますか?」

 

「もう、ヴィシュヌは心配性ね。大丈夫だってば!」

 

「油断は禁物ですよ、鈴。相手のデータは何もないのですから」

 

 再三の忠告にも耳を貸さず、「大丈夫」を繰り返し、対戦相手である簪を舐めてるような鈴にヴィシュヌは不安を感じていた。

 

 

 

 

「更識さん、これ」

 

 紗夜は1枚のデータチップを簪に手渡した。

 

「これって・・・・?」

 

「頼まれてた例のブツ」

 

「!───じゃあ!!」

 

「うん。これをインストールすれば『春雷』が使える。これで華鋼はパーフェクトモード」

 

「ありがとう! でも、良くあの短期間で・・・・」

 

「ウチのお父さんの専門分野。ま~かせて」

 

 眠そうな目で気の抜けるVサインをする紗夜。紗夜の父はかつては国の研究機関に所属していた。専門は大型砲の研究という一風変わった現在フリーの研究者である。

 「打鉄弐式再開発計画」に参加した紗夜が荷電粒子砲「春雷」の出力調整が難航していた時、自分の父を引っ張り込み、調整作業をお願いしたのだ。事情を聴いた紗夜の父も、倉持技研には思う所があったようで、ふたつ返事でOKして、今日この日に間に合ったのだ。

 

「これで華鋼は完璧。後は更識さん次第だよ」

 

「うん、頑張る」

 

 チップを握りしめ気合を入れていた簪にはいつも無表情の紗夜が微かに笑っていた事に気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

『アリーナの準備が整いました。第2試合に出場する選手はカタパルトへ移動して下さい』

 

 

 アナウンスに従い、鈴と簪が自分のISを纏う。

 先に入場する鈴がカタパルトに乗り、射出される。次いで簪も同様にアリーナ上空に姿を現す。

 簪は上空からアリーナ外縁部に立つ楯無を見付けた。楯無は簪と目が合うと、手にした扇を広げ笑みを浮かべる。扇に書かれた「勝利!」の文字を見て、簪は頷いた。

 

 

 赤みがかった黒い機体。中国製第3世代機『甲龍』。操るのは中国代表候補生序列3位、凰鈴音。

 水色がかった銀の機体。学園製第3世代機『華鋼』。操るのは日本代表候補生序列3位、更識簪。

 奇しくも同じ代表候補生、同じ序列3位、同じ第3世代機同士の対戦となった。2機のISは30m程の距離を空けて対峙する。

   

 

『第2試合、1年2組代表凰鈴音“甲龍”VS1年4組代表更識簪“華鋼”、試合開始!!』

 

 

 アナウンスの後にブザーが鳴り、試合が始まった!

 

 

 

 

「さて! かかってらっしゃい!!」

 

 2本の青竜刀、双天牙月を構え、まるで京劇の役者のように見得を切る鈴。だが、そんな鈴を嘲笑うかのように簪はいきなり華鋼最大の攻撃を放つ。

 

「マルチロックオンシステム起動。ターゲット・・・・ロック! 『山嵐』全弾発射!!」

 

 華鋼の背後に現われた6機×8門の浮遊型ミサイルポッドから、48発の誘導ミサイルが一斉に発射される。最大48発のミサイルによる飽和攻撃、これが、華鋼の第3世代兵装、マルチロックオンシステムによる華鋼の最大攻撃『山嵐』!

 

「!!な───!?」

 

 自分目掛けて突き進む48発のミサイル。鈴からすれば視界一杯にミサイルの壁が迫って来るように見えるだろう。とにかく距離を取って回避しようと試みるも、マルチロックオンシステムによる追尾機能によって、どこまでも追って来る。

 

「くっ! こうなったら迎撃するしか!!」

 

 逃げ切れないと判断した鈴は双天牙月を振るい、甲龍の第3世代兵装「龍咆」を撃ちながら迎撃しようとするが、全方位から迫るミサイルを捌ききれず、遂には捕まってしまう。

 

「─────!!」

 

 アリーナを震わせる衝撃と轟音。その凄まじさに鈴の悲鳴すら掻き消される。

 

 

 

 

 

 中央アリーナEピット。

 

「よし、つかみはOK」

 

「いや、そう言う問題じゃないと思うぞ、沙々宮さん」

 

 紗夜のボケに思わずツッコむ志狼。

 

「うわあ~~、これは決まっちゃったかな?」

 

「鈴、あれ程油断するなと言ったのに・・・・」

 

「鈴さん、お亡くなりになってないといいんですが・・・・」

 

「いや、怖い事言わないでよ、オルコットさん!?」

 

「まあ、死んではいないでしょうけど、あれだけの衝撃に晒されたら、気を失っていてもおかしくないわね」

 

 

 モニターの前では1年生各クラスの代表、副代表と明日奈が試合を見ていた。予想外の展開に皆が驚き、大量の土煙りで見えなくなった鈴がどうなったか見極めようと、モニターから目を離さずにいた。

 やがて、土煙りが晴れると、そこには片膝を突き、1本に連結させた双天牙月を杖代わりに立ち上がろうとする甲龍の姿があった。

 

 

 

 

 

「くっ、アンタ大人しそうな顔してやってくれたわね・・・・」

 

 肩で息をしながら何とか立ち上がり、上空から自分を見下ろす簪を射殺すように見つめる鈴。

 一方の簪は鈴の激情などどこ吹く風と、冷静に鈴の状況を分析していた。

 

「・・・・甲龍の残りSEが3割ちょっと。試合用に威力を落としているとは言え、山嵐が半分も当たれば甲龍のSEは全損してるはず。なのにまだ3割も残っていると言う事は、迎撃したって言うの?・・・・成る程、凰鈴音は噂通りの天才って事か」

 

 荒れ狂うミサイルの嵐の中、3割ものSEを残して凌ぎきった鈴。恐らく鈴自身にもどうやって凌いだか分かってないだろう。ピンチに於いて身体が勝手に最適解を弾き出し、本能の命じるままに動いた結果、生き残れたのだろう。

 これが鈴が中国で天才と呼ばれる由縁なのか、理論派の自分とは真逆の鈴の本能に簪は改めて戦慄を覚えていた。

 とは言え、自分が圧倒的に優位に立てたのは紛れもない事実。後はこの優位を崩さない試合運びをすればいい。その為には常に先手を取り、主導権を与えない事!

 

 

 瞬時にそう判断した簪は背中に搭載された「春雷」を可動させ、発射体勢を取ると、甲龍に照準を合わせ、

 

「行くよ、沙々宮さん」

 

 そのまま発射した。

 

「!!」

 

 華鋼が背中の砲身をこちらに向けた瞬間、鈴は反射的に動いていた。そして、その判断が彼女を救った。

 先程まで甲龍がいた場所には大穴が空いていて、回避するのが少しでも遅ければ、この試合は終わっていた。そう思うとゾッとしたが、鈴は自分の窮地がまだ終わってない事を本能的に感じて、甲龍を疾らせた。

 

 「春雷」の最大の特徴は連射性にある。甲龍の回避する先に亜光速まで加速した重金属粒子が次々と着弾し、大穴を穿つ。グラウンドが高熱で溶解するさまは、いくら絶対防御を持つISと言えど、当たればただではすまない事を物語っている。

 鈴は最早何も考えず、己が本能のままに甲龍を操る。結果、ギリギリで回避が出来ているのだから鈴の野性の本能恐るべし、である。

 

 このままでは埒が明かないと、鈴は上空の華鋼を見る。腹が立つ事に華鋼は試合開始位置から全く動かず自分を翻弄しているのだ。

 

(アタシの馬鹿!ヴィシュヌの言う通りじゃないのよ!!)

 

 試合前ヴィシュヌから相手のデータは何もないのだから油断するなと再三忠告を受けたのに、初対面の気弱そうな簪の印象が強すぎて、正直舐めていた。

 だが、実際蓋を開けてみれば今の簪からは初対面の気弱な印象など欠片もなく、冷静に自分を追い詰めている。まるで獲物を狙う狩人のようだ。

 

「だからって、やられっぱなしって訳にはいかないのよ!!」

 

 鈴はそう叫ぶと甲龍を上空の華鋼に向かって疾らせた。簪は春雷を迫り来る甲龍に向けるも、何故か撃つのを止め、代わりに超振動薙刀「夢現」をコールして甲龍を迎え撃つ。

 

「はああああーーーーっ!!」

 

「ふっ!!」

 

 上空で激しく打ち合う2人。鈴は手数にものを言わせ、2本の青竜刀を振るう。その連続攻撃はまるで吹き荒れる嵐の如く、華鋼に襲いかかる。

 しかし、簪は鈴の一手一手を冷静かつ丁寧に凌いでいく。鈴の斬撃を受け、薙ぎ、払い、流す。その変幻自在さはまるで激流を制する静水の如く、甲龍の攻撃を受け流す。

 

 

 

 

 

「凄いねあの娘。あの凰鈴音の攻撃を悉く受け流している」

 

 中央アリーナWピット。2、3年生が待機するこのピットで、2年1組副代表フェイト・T・ハラオウンは隣りでモニターを見ているなのはに声をかける。

 

「・・・・・・」

 

「なのは?」

 

 一向に返事がないのを不審に思い、なのはを見たフェイトは愕然とした。

 

「────はあ❤」

 

 なのはは頬を染め、目を潤ませ、恍惚とした表情をしていた。その様はまるで愛しい人に巡り会えたかのような、或いは大好物を目の前に出されたかのような、そんな表情であった。

 

「凄いよ簪ちゃん! いつの間にこんなに強くなったの? これはもう今すぐにでも食べちゃい(戦い)たいくらいだよ! どうしよう、フェイトちゃん!?」

 

「ああ、うん、取り敢えず落ち着いて、なのは」

 

 どうやら簪の戦い振りは、なのはのバトルジャンキーに火を点けてしまったようだ。いや、そもそも先の志狼の試合で点いていた火が更に燃え上がったと言うべきか。最早、ちょっとやそっとで消えそうになかった。

 

「なのは。その思いは取り敢えずフォルテにぶつける事にして、後の楽しみに取って置くといいよ」

 

 フェイトはこの後の試合に集中させる為、対戦相手のフォルテに目を向けさせた。後ろで「ふあっ!?」と叫び声が聞こえた気がしたが、気にしない事にする。

 

「ああ、うん、そうだね・・・・はあ、でもいいなあ❤」

 

 フェイトの言葉に一応納得したのか、未練を残しつつもなのはは再びモニターに目を向けた。

 

 

 

 

 

 

 中央アリーナEピット。モニターを見ながら志狼達が話し合っていた。

 

「驚いた。彼女接近戦もいけるのね」

 

「えっへん! 実はかんちゃんは薙刀の名手なのだ~」

 

「でも何故春雷を撃たなかったのでしょうか?」

 

「恐らくだが、角度が問題だったんじゃないか?」

 

「兄さん、角度って?」

 

「あのままの角度で春雷を撃てば、観客席に当たっただろう。いくらシールドバリアがあるとは言え、春雷のあの威力だ。万が一と言う事もある。簪はその辺を考慮したんじゃないか?」

 

「・・・・ありえる」

 

「だねえ~、かんちゃんらしいなあ~」

 

「まあ、接近戦にも自信があるからこその選択なんだろうがな」

 

 志狼はモニターから目を離さず、2人の攻防を見届けていた。

 

 

 

 

 

 

(くっ、この娘こんなに強かったの!?)

 

 得意の接近戦に持ち込んだと言うのに、簪の防御を一向に崩せない鈴は、流石に焦りを感じ始めていた。

 連続攻撃とは無酸素運動。必ず息継ぎする瞬間がある。簪は固い防御を見せつつ、その瞬間を逃さず「夢現」を攻撃に転じて来るのだ。また、その「夢現」が曲者で、薙刀の刀身が微細な振動をしている為、切断力がアップしており、確実に甲龍のSEを削り取っていく。

 既に甲龍のSEは2割を切っている。それに比べて華鋼のSEは未だ9割もあるのだ。

 

(どうする? どうすればいい?)

 

 圧倒的不利な状況に、鈴は己が頭脳をフル回転させる。

 

(距離を置いての戦いは向こうが圧倒的有利。接近戦では互角に戦えるけど、互角じゃ駄目なんだ。接近戦を有利に進めるには・・・・あっ!!)

 

 ひとつ作戦を思い付いた鈴は、双天牙月を1本に連結し、構える。

 

「もうこれで───行くしかない!!」

 

 そう言って甲龍を突撃させる鈴。簪は夢現を構えつつ、甲龍を迎え撃とうとしたが、突然の衝撃に吹き飛ばされ、体勢を崩す。

 

「何!? きゃあああっ!!」

 

 態勢を崩した華鋼に甲龍の攻撃がこの試合で始めてクリーンヒットする。

 

「ここだああああーーーーっ!!」

 

 この機会を逃すものかと連続攻撃に転ずる鈴。双天牙月を振り回し次々に華鋼にダメージを与えていく。

 華鋼が態勢を立て直した時にはSEが3割も削られた後だった。

 

 

 

 

 

「何だ? 華鋼がいきなり吹き飛ばされたぞ」

 

「衝撃砲、ですわね。中国の第3世代兵装の」

 

「衝撃砲?」

 

「衝撃砲って言うのはね、兄さん。小学生の時に理科の実験でやった空気砲って覚えてる? あれの凄い版なの」

 

「より正確に言えば、空間を圧縮した見えない砲弾を撃ち出す兵装よ。砲弾だけじゃなく砲身も見えないから当たってからじゃないと分からないって言う厄介な代物なのよ」

 

 志狼の疑問にセシリア、明日奈、ティアナが答える。

 

「成る程なあ。でも何で今まで使わなかったんだ?」

 

「さあ? そこまでは」

 

「忘れてただけだと思う」

 

「いやいや沙々宮さん、それはないって」

 

 思わず否定したスバルの意見に皆も反対しなかった。誰であろう紗夜の意見が正しかったと知るのは後日の事である。

 

 

 

 

 

(ええい!アタシは馬鹿か!!何で龍咆の事忘れてんのよ!?)

 

 自身の切り札となりえる龍咆の存在をすっかり忘れていた鈴。それだけ簪に追い詰められていたと言う事だが、確かに迂闊ではあった。

 現に龍咆を戦術に組み込む事によって、接近戦での主導権は鈴が手にしていた。先程までは互角であった接近戦で、龍咆と言う見えない砲弾を駆使する事により優位に立ち、ジリジリと華鋼を追い詰めているのだ。

 

(取り敢えず反省は後でするとして、今はこのまま行く!!)

 

 鈴は勢いのままに華鋼に襲いかかる。

 

 

 

 

 

(衝撃砲───見えない砲弾がこれ程厄介だとは思わなかった)

 

 一方の簪も龍咆の攻略に頭を悩ませていた。見えない砲身と砲弾だけでも厄介だと言うのに、発射の予兆すら感じられない非常に静かな兵装なのだ。一応両肩から発射されてるようなので、ハイパーセンサーにより吸気音や可動音が聞こえないか探ってみたが無駄だった。

 幸い龍咆自体の攻撃力が然程高くないから持っているが、華鋼の残りSEは既に半分を切っている。いい加減勝負に出ないと苦しくなるばかりだ。となれば、

 

(目には目を、砲には砲で!!)

 

 双天牙月の連撃を夢現で凌ぎつつ、簪はわざと隙を作る。その隙から突き崩さんと龍咆を撃とうとしたその時、

 

「!!」

 

 鈴は咄嗟に甲龍をバックさせた。

 

 

(何? 今の嫌な感じ。アタシの気のせい?)

 

 龍咆を撃とうとしたその時、鈴の本能が「撃つな!」と命じた。今まで何度も助けられた自分の本能を信じ、攻撃を止めて後ろに下がった。

 しかし、咄嗟の事で本能的に動いてしまった為、果たしてこれで良かったのかイマイチ信じきれない鈴であった。

 

 

 

 

 

 

「・・・・本当に鈴の直感はとんでもないな。簪は決定的なチャンスを逃しちまったな」

 

「どう言う事? しろりん」

 

「多分だが、簪は今の展開で勝負を決める気だったと思う。その為にわざと隙を作ってたしな」

 

「ハーイ質問、隙を作るのがどうして勝負を決める事になるんですか?」

 

「ふむ。中嶋さん、簪が現在不利な状況に追い込まれているのは何故だい?」

 

「え? それは、えーと」

 

「接近戦中に衝撃砲で体勢を崩され、ダメージを受けるようになったから、だよね?」

 

「明日奈正解。では次に衝撃砲を攻略する必要はある?」

 

「ええ? だって、攻略しないと勝てないんじゃ・・・・」

 

「いえ、必ずしも攻略する必要はありません。現状SE残量では華鋼が有利なのだから、一気に勝負を決めてしまえばいい」

 

「ギャラクシーさん正解。では次に今までのパターンから考えて、次に何が来るか分かってる攻撃は?」

 

「えええ? えーと、んーと」

 

「衝撃砲。その後で必ず青竜刀で追撃してくる」

 

「沙々宮さん正解。では最後に鈴に衝撃砲を撃たせるにはどうしたらいい?」

 

「ああ、そっか。わざと隙を作って撃たせればいいんだ!」

 

「中嶋さん正解。それで最初に戻るけど、衝撃砲の後には青竜刀での追撃が必ず来る。ならばその追撃して来る所を狙い撃てばいい。だけど鈴は直感でヤバイと感じたのか衝撃砲を撃たなかった。わざと隙を作るなんて方法は怪しまれてしまうから何度も出来ない。初手で決めるのが一番効果的だったんだ。だから決定的チャンスを逃したと言ったんだ」

 

 説明し終えた志狼を見て、本音やスバルがポカンとしていた。

 

「凄いねえ、しろりん」

 

「ホント、何で分かるんですか?」

 

「いや、多分って言ったろ? 今のは俺の予測でしかないんだ。むしろ外してたら凄く恥ずかしい事になるぞ」

 

「ですが、そう大きく外れているとは思えません。現に私も結城さんと同意見です」

 

「・・・・・・」

 

 思わぬヴィシュヌの肯定に気恥ずかしそうに頭を掻く志狼。そんな志狼を見て、本音達はクスクスと笑っていた。

 

 

 

 

 

 一方、笑えないのが簪である。

 

(何なの?あの娘の野性の勘は! どんな育ち方したらああなるのよ!?)

 

 途中までは良かったのだ。こちらの思惑通りにわざと作った隙に衝撃砲を撃とうとしていた。なのに、咄嗟に何かに気付いたかのように鈴は退いた。あのまま衝撃砲を撃って追撃して来たら、春雷をカウンターで撃ち込んで試合を終わらせる筈だったのに、全ての思惑が外されてしまった。

 

(とは言え状況は何も変わってない。落ち着け私、ISバトルとなれば色んなタイプの操縦者がいるのは当然。むしろ今、彼女の様な操縦者と戦えて経験値を得たと思おう)

 

 

 突撃して来る甲龍の攻撃を凌ぎながら、簪は以前、鈴の様に自分の思惑を悉く外して勝利した相手を思い出していた。

 

(そう言えば何となく明日奈と似ているかも)

 

 今年の年明け、代表候補生序列決定戦にて簪と明日奈は戦った。結果は明日奈の勝利。彼女は格闘技の経験などないのに、勝負所をわきまえていて、こちらが嵌めようとする手の悉くをかわされた。その上、鈴のように直感に優れ、手痛い一手を撃ち込んで来るのだ。

 最後には彼女の必殺の突きを食らい、簪は敗北した。

 

 そう言えば、と簪はあの時食らった突きを思い出していた。

 あの突きは後の明日奈の二つ名「閃光」の代名詞となる技で、身体全体で猛スピードで突っ込むと言う危険ではあるが強力な技だ。あれなら衝撃砲を物ともせずに甲龍にダメージを与えられるかもしれない。

 

(やってみるか・・・・大切なのはスピードとタイミング。私と華鋼なら出来る!!)

 

 

 簪は覚悟を決めると鈴の一撃を大きくかわすと、そのまま距離を取った。

 

「行くよ、華鋼!」

 

 夢現を構えつつ、甲龍の周りを飛び回る華鋼。何かあると感じた鈴は華鋼の後を追い、飛行する。

 アリーナ上空で突如始まった空中戦(ドッグファイト)に歓声が沸く。追う甲龍と追われる華鋼。時に大きく離れ、時に刃を交わし、付かず離れず、2人は代表候補生に相応しい技の応酬を繰り返し、観客を魅了する。

 だが、数分間の空中戦の末、どちらが有利なのか誰の目にも明らかになった。空中戦を征したのは華鋼であった。

 

 

 ISの分類は多岐に渡るが、大別すると戦闘型、高機動型、支援型、万能型の4種類になると言われている。

 戦闘型は戦闘力に特化した(タイプ)。鈴の甲龍や打鉄がこれに当たる。高機動型はスピードに特化し、機動力を武器に戦う(タイプ)。一夏の白式がこれに当たる。支援型は支援や援護攻撃を得意とし、誰かと組む事で更に力を発揮する(タイプ)。セシリアのブルー・ティアーズがこれに当たる。万能型はそれら全てを兼ね備えた(タイプ)。バランスは良いが、得意分野では特化型に劣る。ラファール・リヴァイヴがこれに当たる。

 

 そして、高い火力故に戦闘型に思われがちだが、実は華鋼は高機動型なのだ。

 打鉄は量産機として高い評価を得ていたが、近接戦闘力と防御力に特化したが故に機動力が疎かになっていた。その為、いざバトルになると機動力のある機体に翻弄され、勝ち星を上げられないと言う問題が出た為、「機動力を持った打鉄」を目指して開発されたのが華鋼の前身である打鉄弐式なのであった。

 それが代表候補生となった簪の専用機に充てられるも、紆余曲折の末、開発が放置されたのは知っての通りである。

 

 つまりは高機動型である華鋼が空中戦で甲龍の上を行くのはある意味当然なのである。しかし、事前に公表されているデータすら見ていない鈴は、同じ戦闘型であろう華鋼に機動力で翻弄されている事に次第に苛立ちを募らせていた。

 

 

 

 そして、それすらも簪の策の内であった。

 

「そろそろかな?」

 

 華鋼に追い付けず、鈴が次第に苛ついていくのが手に取るように分かる。いかに鈴が野性の直感を持っているとしても、そんな精神状態では十全に発揮出来ないはず。仕掛け時が来たと感じた簪は上昇し、太陽を背にする。

 

「しまった───!!」

 

 華鋼を追っていた鈴は太陽の光に目が眩み、一瞬、華鋼の姿を見失う。すぐさまハイパーセンサーが太陽光をカットして視界が戻るも、華鋼の姿が見当たらない。

 

「くっ、どこに行った!?」

 

 その時、甲龍のセンサーが真下から猛スピードで迫る華鋼を捉える。

 

「真下!?」

 

 気付いた時にはすぐ側まで華鋼が迫っていた。

 

「行けええええーーーーっ!!」

 

 夢現の刃が甲龍のシールドバリアに突き刺さる。

 

「夢現! 最大出力!!」

 

 簪は夢現の超振動を最大にして貫通力を上げる。

 

「くうううーーーっ!!」

 

「貫けええええーーーーっ!!」

 

 

 

 

 

 

 観客の目には空中で一瞬、華鋼と甲龍が交差したようにしか見えなかっただろう。だが、その一瞬にどれだけのやり取りがあったのか、知るのは当の本人達だけであった。そして───

 

 

 

 

 

『“甲龍”SE残量0、よって第2試合は16分45秒で更識簪“華鋼”の勝利です!!』

 

 

 

 

 

 

 アナウンスの後、歓声がアリーナに鳴り響いた。

 

 

 

~side end

 

 

 

 




読んで頂きありがとうございます。

どちらを勝たせるか悩みましたが、ご覧の通り簪の勝利となりました。賛否両論あるとは思いますが、簪の勝利を祝して下されば幸いです。

次回はいよいよ乱入者がその姿を現します。


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第29話 クラス対抗戦④~乱入者



短いですが、切れがいいので投稿します。

今回は決戦前、と言う感じでお送りします。

それでは、第29話をご覧下さい。


 

 

~all side

 

 Eピットに戻って来た簪と鈴。素晴らしい戦いを見せた2人に拍手が沸き起こる。

 

「かんちゃんおめでとーーーっ!」

 

「凄かったよ、かんちゃん!」

 

 華鋼から降りた簪に本音と明日奈が抱き付く。

 

「わっ! ありがとう2人共!!」

 

 珍しく満面の笑顔で答える簪。ふと志狼と目が合うと志狼が大きく頷いた。簪も頷き答える。

 

 

 

 

 

「残念でしたね。ですがいい試合でしたよ、鈴」

 

 甲龍から降りた鈴をヴィシュヌが迎える。

 

「無様よね。アンタの忠告を聞かずにこのザマよ。情けないったらないわ・・・・」

 

 鈴は俯いたままピットを出る。廊下に出た鈴とピットに戻って来たティアナがすれ違った。

 

「・・・・お互い初戦で消える事になったわね。でも、私は諦めないわよ。次は勝つわ。貴女はどうするの、凰鈴音?」

 

「・・・・アタシを誰だと思ってんのよ。アタシは凰鈴音よ。こんな事くらいで挫けるもんか!」

 

 涙で顔をグシャグシャにしながら答える鈴。

 

「そう・・・・。お互いこれからよね」

 

 鈴の顔を見ずに答えるティアナ。

 

「ええ、これからよ」  

 

 そう呟くと鈴は再び、歩み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 ───クラス対抗戦第3試合 2年1組代表高町なのは対2年2組代表フォルテ・サファイア戦

 

 

 

「コラ~、逃げるな~~!」

 

「いや、無茶言うなっスよ~~~!」

 

 この試合は終始なのはが優勢のまま終わった。

 

 なのはの専用機「レイジング・ハート」は砲撃戦特化型。遠方から強力な砲撃を撃ち、相手を制圧するのが本来の戦い方だ。

 比べてフォルテの専用機「コールド・ブラッド」は中距離支援型で、冷気を操る特殊能力も精々直径20m程の範囲内でしか効果が無く、距離の取り合いで圧倒的不利にあった。

 

 試合結果は9分52秒でなのはの勝利。

 試合後のコメントでなのはは「フォルテちゃん全然本気じゃなかった。つまんない」と言い、フォルテは「いやいやいや、あんな怪獣相手に勝てる訳ないっスよ!」とコメントしていた。

 

 

 

 

 

 ───クラス対抗戦第4試合 3年1組代表ダリル・ケイシー対3年2組代表角谷杏(つのたにあんず)

 

 

「うわあ~、や~ら~れ~た~~~!!」

 

 この試合は下馬評通り、あっさりとダリルが5分07秒で勝利した。

 

 ダリルはアメリカ代表候補生序列1位。対する杏は一般生徒である。これで勝てると思う方がおかしい。

 そもそも杏は人望と人気で代表に選ばれたタイプで、操縦者としての実力は代表候補生に比べて大きく劣る。

 

 今までは代表候補生など1学年に3人いれば多いと言われ、専用機持ちなど1人いるかいないかであった。しかし、今年の1、2年生は例年にないくらい代表候補生と専用機持ちが増えている。2年生は代表候補生が4人と国家代表が1人、専用機持ちが4人で、1年生に至っては代表候補生が6人、専用機持ちが6人と異例の多さなのだ。

 これは今年入った2人の男性操縦者に関係してると思われ、今後も増える事が予想される。

 

 

 ともあれ、午前中に予定の4試合が終わり、昼食を挟んで1年生の決勝戦が行われる。今年のカードは1年1組代表結城志狼対1年4組代表更識簪となった。

 これから戦う2人はさぞかし火花を散らしてるだろうと思いきや、2人共ピットでのんびり仕出し弁当をパクついていた。

 

 

「うん。やっぱり〇〇亭の焼肉弁当は一味違うな」

 

「志狼さん志狼さん、○□屋のとんかつ弁当もイケるよ!」

 

「・・・・ちょっと、志狼、スバルも。貴方達いったい何個食べるのよ」

 

「「まだ3個目だ(よ)」」

 

「ああ、そう・・・・」

 

「あはは、気にしたら負けだよティアナ。はい、兄さんお茶」

 

「ああ、ありがとう明日奈」

 

 昼食の時間になるとピットにはかなりの量の弁当が届けられた。本来は作業している整備科や開発科の生徒用なのだが、食堂に食べに行ったり、自前で用意したりする娘が多く、かなりの数が余りそうだったので、志狼とスバルが持ち前の食欲を発揮し、片っ端から平らげていた。

 

 

「ん~~~! とんかつウマーーーッ!」

 

「こう言う時は験を担いでカツカレーが一番だね」

 

「ん、カツカレーは正義」

 

「ふむ、タイのカレーとは違いますが、日本のカレーは味わい深くて美味しいですね」

 

 

 隣りのテーブルでは本音、簪、沙夜、ヴィシュヌが揃ってカツカレー弁当を食べていた。

 

 因みにセシリアはクラスの様子を見に行って不在。鈴は出て行ったきり戻っていなかった。

 

 

 

 

「ふう、ごちそう様」

 

 結局志狼は弁当を5個平らげて、「試合前だし腹八分目にしておくか」と言い、ティアナに呆れられていた。因みにスバルはまだ食べている。

 

「兄さん、少し横になったら?」

 

 明日奈が自分の膝をポンポンと叩きながら言う。

 

「ん、いいのか?」

 

「うん!」

 

 明日奈がそう言うと志狼はそれじゃあとソファーで横になって、明日奈の太股に頭を乗せた。ごく自然に膝枕の状態になった2人にティアナとスバルは目を丸くする。

 

「・・・・ふふ、こうするのも久し振りだね」

 

「ん、そうだな。いつ以来だっけ?」

 

「えーと、確か兄さんの受験が終わって以来かな?」

 

「そっか、もうそんなになるか」

 

「そうだよー、ふふっ」

 

 嬉しそうに志狼の黒髪を撫でる明日奈。明日奈の制服は基本ノーマルのままで、スカートをミニにして、膝下までのソックスを履いている。つまり膝枕をすると素肌に触れる事になるのだ。明日奈の滑らかかつムッチリとした太股の感触に志狼は心地好さそうに目を閉じる。

 

「少し眠ったら?」

 

「んー、それじゃあ少しだけ」

 

「うん、お休みなさい」

 

 しばらくすると志狼は寝息を立て始めた。眠る志狼を見つめる明日奈の顔は兄を見る妹のものではなく、どう見ても愛しい男を見つめる女の顔であった。

 いきなり発生した桃色空間に同じテーブルにいたティアナとスバルは勿論、隣りの簪達まで顔を赤くしていた。

 

「あはは、何だか兄妹って言うより恋人同士みたいだねえ?」

 

 妙な雰囲気を変えようとスバルが言ったが、それに答えて明日奈が爆弾を落とす。

 

「そう? だったら嬉しいかな。私は兄さんをひとりの男性として愛してるから」

 

「「「「!!!」」」」

 

 その発言に皆が愕然とする。

 

「いや、ちょっと待って!? 明日奈、貴女達兄妹なのよね!?」

 

「そうよ?・・・・ああ、そっか。皆は知らなかったんだっけ。私達血は繋がってないのよ」

 

「「「「えええっ!!!?」」」」

 

「あれ? 本ちゃんも知らなかったっけ?」

 

「聞いてないよ~~~!」

 

「そっか・・・・あの時先に寝ちゃってたんだ」

 

 それは志狼の代表就任パーティーの夜。ナギに誘われて彼女の部屋で二次会をしていた時の事、こういう時の定番と言える恋愛話(恋バナ)になって、明日奈も自分の話をした。その時に志狼を愛している事、血の繋がってない義理の兄妹だと言う事をその場にいた友人達に話した。

 その場にいたのはナギ、癒子、神楽、清香、静寐、そして本音だった。ただ、その時本音と清香はお腹が一杯になって寝ていたので聞いてなかった。

 

 

「まあ、そう言う事だから問題なしって事で」

 

「まあ、そう言う事なら・・・・」

 

「倫理的には問題ないですね」

 

「やっぱ最大のライバルはあすにゃんだったかぁ・・・・」 

 

 皆やや釈然としないながらも取り敢えず納得したらしい。明日奈はそんな皆を見ながら、どこか嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

「兄さん、起きて。時間だよ」 

 

 明日奈の耳元で囁く声に志狼はゆっくりと目を開いた。

 

「ん、どのくらい寝てた?」

 

「15分くらいかな。良く眠れた?」

 

「ああ、ありがとう明日奈」

 

 志狼は身体を起こして、膝枕をしてくれた明日奈に礼を言って立ち上がる。身体を動かし、固まった身体を解していると、簪が近付いて来た。

 

「よう、こっちは休養充分、準備万端だ。そっちは?」

 

「うん、私も万全。よろしく志狼さん」

 

 そう言って簪は右手を差し出す。

 

「よろしく簪。お互い全力で戦おう」

 

 志狼も右手を差し出し、2人は握手を交わすと自分達の機体に向かう。

 

「整備は万全だよ。2人共頑張って!」

 

 2機の前に立つ本音は両手を上げて2人を迎える。志狼と簪は本音とハイタッチを交わして機体に乗り込んだ。

 

「行くぞ、孤狼」

 

「頑張ろうね、華鋼」

 

 始めに孤狼がカタパルトに乗り、待機する。

 

 

『さあ、いよいよクラス対抗戦も最終戦となります。今年の1年最強なのは果たしてどちらか? 最初に登場するのはご存知2人目の男性操縦者。イギリスに続きアメリカの代表候補生も撃破したその実力は最早誰もが認める事でしょう。1年1組代表、鋼鉄の赤き狼、結城ぃぃ志狼ぉぉぉーーーっ!!』

 

  アナウンスが終わると孤狼がカタパルトから射出されアリーナに姿を現すと、途端に歓声が沸き上がる。

 志狼はアリーナ最前列のクラスメイト達を見ると、箒や神楽、ナギ、静寐などお馴染みの面々が声援を送っている。そこにはセシリアも居り、どうやらピットには戻らなかったようだ。志狼が手を上げると、更に歓声が大きくなった。

 

 

『そして、最後に登場するのは今まで謎のヴェールに包まれていたが、その姿を現した途端に中国の代表候補生を撃破、その実力の高さをまざまざと見せつけてくれた日本の代表候補生!その戦い振りから『流水』『鋼の狩人』と言った二つ名が早くも付いた1年4組代表、更識ぃぃ簪ぃぃぃーーーっ!!』

 

 アナウンスが終わり、華鋼がカタパルトから射出される。簪の顔は既に真っ赤に染まっていた。

 

 

 

 アリーナ上空て30m程の距離で対峙する2人。

 

「あー、大丈夫か『鋼の狩人さん』?」

 

「お願いだから言わないで!」

 

 志狼が揶揄うように尋ねると、若干涙目になって簪が顔を真っ赤にして言う。その姿に大いに嗜虐心を刺激される志狼だったが、そんな場合ではないと自分に言い聞かせ、これ以上触れない事にする。

 

「すまん、もう触れないから。それより全力で戦おう」

 

「志狼さん・・・・うん、約束だもんね」

 

 2人が笑みを交わすと、試合開始を告げるアナウンスが響く。

 

 

『それでは、クラス対抗戦最終戦。1年1組代表、結城志狼“孤狼”対1年4組代表、更識簪“華鋼”試合開──『二人共避けろぉぉぉーーーーっ!!』!?』

 

 

 そのアナウンスの途中で突如響く千冬の絶叫。2人は反射的に機体を後退させた。

 その途端に空から一条の光の柱が降り注ぎ、地表を灼く。後退するのが一瞬でも遅ければ2人共巻き込まれていた事だろう。

 

 

「これって、まさかビーム兵器!?」

 

 簪が呟き、光の降りて来た空を見上げる。そこには3つの黒い影。

 

全身装甲(フルスキン)型だと!?」

 

 シールドバリアを破り、アリーナには黒い全身装甲型のISが3機、乱入して来た。

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、いよいよ試験開始だ。IS学園に来たるべき脅威と立ち向かう力があるのか、この束さんに見せて貰うよ、ちーちゃん?」

 

 いくつものモニターしか光源のない真っ暗な部屋で、天災が楽しそうに笑みを浮かべていた。

 

 

 

~side end

 

 

 

 




読んで頂きありがとうございます。

今回で年内最後の投稿とさせて頂きます。

8月半ばから趣味の自己満小説として書き続けて早4ヶ月。投稿を続ける内に気付けば思いもよらない程大勢の人達に読んで貰い、評価や感想など沢山頂きました。
本当にありがとうございました。

来年も頑張って投稿を続けたいと思うので、よろしくお願いします。


次回は全編バトル回の予定です。


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第30話 クラス対抗戦⑤~決戦(表)



明けましておめでとうございます。

2019年最初の投稿です。

今回はタイトル通り対ゴーレム戦、主人公サイドの話です。

明日奈の専用機もやっと登場する第30話、ご覧下さい。




 

 

~all side

 

 

 

 中央アリーナ管制室は慌ただしい空気に包まれていた。

 

「どうなっている!? 何故あんなモノが学園の警戒網をくぐり抜けて進入しているんだ!!」

 

「分かりません! 突如中央アリーナ上空に出現したとしか。レーダーには先程まで何の反応もなかったんです!」

 

「くっ、ステルス機能まで備えているのか!? 止むを得ん、アリーナ全域に避難警報を出せ! 生徒達の避難を最優先とする! それと、鎮圧の為に教師部隊に出動を要請しろ!!」

 

 極めて悪い状況の中、事態を解決しようと千冬の指示が飛ぶ。しかし、

 

「織斑先生、駄目です! 観客席の扉がロックされてる上に警報が鳴りません!!」

 

「何だと!? どう言う事だ!?」

 

「どうやら何者かのハッキングを受けたようです。現在こちらからのアクセスを全く受け付けません!」

 

「織斑先生! 教師陣から連絡です! 格納庫の隔壁が下りていて、ISが出動出来ないそうです!!」

 

「何だと!?」

 

「織斑先生、中央アリーナだけでなく、現在学園の至る所の隔壁が下りて、外部からの救援が困難となっています。どうしますか?」

 

(学園のファイヤーウォールをくぐり抜けハッキングするだと? そんな事が出来る奴は2人しかいない。藍羽とは思えない。だとすればお前なのか、束!?)

 

 千冬はこの事態を引き起こしたのが何者か、正解にたどり着くも、出来る事のなさに歯噛みをする。

 その時、管制室に通信が入った。

 

『管制室、こちらアリーナの結城です。侵入者についての情報は何かありませんか?』

 

「結城、織斑だ。侵入者の様子はどうだ?」

 

『はい、アリーナ上空のシールドバリアを破り、侵入した3機のISはアリーナ上空にとどまったまま、動きがありません。私見ですがまるでこちらの出方を伺っているように見えます。それと観客席に避難警報は出してないんですか?』

 

「・・・・結城、良く聞いてくれ。現在学園は何者かのハッキングを受けて、こちらからのアクセスを一切受け付けない状態だ。加えて各扉がロックされて避難も救援も出来ん。所謂最悪の状態だ」

 

『・・・・ハア、つまりこいつらが動き出したら俺と簪の2人で何とかするしかないと言う事ですか』

 

「そう言う事になる。現在コントロールを取り戻そうと開発科や整備科の3年生を中心に色々試しているが、今の所芳しくない」

 

『成る程。では──! 織斑先生、状況が動きました。3機中2機がこちらに向かって来ます。交戦許可を!』

 

「許可する! 出来るなら撃墜しても構わんが自分達の身を守る事を第一に心掛けろ!!」

 

『了解!』

 

 その声を最後に志狼からの通信が切れた。そして、

 

「織斑先生、侵入した2機が孤狼と華鋼に攻撃を仕掛けました! 戦闘状態に突入します!!」

 

「くっ、現時点を持って侵入した3機を敵性機体と判断し、撃墜の対象とする! コールサインはエネミー1、2、3と呼称する!」

 

「「「了解!!」」」

 

 アリーナ上空で始まった戦闘の様子を見ながら、千冬は事態を解決すべく、外部と連絡を取ろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「と、言う事だ」 

 

「随分と用意周到ですね。状況最悪じゃないですか」

 

 アリーナ上空。千冬との通信内容を志狼から聞いて簪は憤慨していた。

 

「確かにな。だが後手に回ってしまった事実は今更どうしようもない。俺達でやるぞ、簪」

 

「はい。取り敢えずは向かって来る奴を迎撃すればいいですよね?」

 

「ああ、但し先程のビームを観客席に撃たれないよう気を付けよう。下手すれば観客席のシールドバリアまで破られかねないからな」

 

「了解です」

 

 簪はそう言うと、夢現をコールして華鋼に向かって来るエネミー2と対峙する。それを確認して志狼も自分に向かって来るエネミー1に攻撃を仕掛ける。

 

「行くぞ!」

 

 エネミー1に対してヴァリアブル・ナックルを繰り出す孤狼。しかしエネミー1は孤狼の前で急停止すると、方向転換をして孤狼の横に回り込み、至近距離から手にした大剣を孤狼に振り降ろす。だが志狼は孤狼を瞬間的に加速させ、エネミー1の懐に張り付くと、その至近距離から腰の回転だけで拳撃を繰り出しエネミー1にダメージを与える。

 

「くっ、やっぱり空中じゃ踏み込みが効かないせいで威力が弱い!」

 

 本来なら今の一撃は腰の回転に加え、地面に踏み込む事で全身の力を余す所なくぶち込む必殺の一撃になる筈なのに、空中で踏み込みが出来ない事で牽制程度の威力しか出せず、思惑が外れてしまった。

 以前から空中戦で力が充分に伝わらない事に苦悩していた志狼だったが、ここに来て格闘戦型ISである孤狼の短所が浮き彫りになってしまった。

 

「地上戦に持ち込みたい所だが、空を飛べるISで地上戦って、無いよなあ」

 

 戦闘に於いて頭上を取る事がどれだけ有利かは自明の理だ。となれば、

 

「叩き落とすしかないか」

 

 志狼は方針を決めると、再びエネミー1に向かって行った。

 

 

 

 

 

「くっ、こいつやっぱり高機動型!?」

 

 エネミー2と対峙する簪はエネミー2のスピードに翻弄され、苦戦していた。華鋼と同じ高機動型のエネミー2相手では春雷や山嵐などの高火力兵装を使っても当てる事は難しい。更に自分より速い相手に簪は後手に回り、攻めあぐねていた。

 

(それにしても私には高機動型、志狼さんには近距離戦型、自分と同じタイプの相手が向かって来るなんて偶然? そうじゃないなら何が狙いなの?)

 

 自分と同じタイプの、自分より一枚上を行く相手との戦闘。それはまるで、

 

(まるでこちらの力を測ってるみたい。嫌な感じ)

 

 そんな時、志狼から通信が入る。

 

『簪、一旦合流しよう』

 

「了解です」

 

 簪はエネミー2が離れたのを見計らい、志狼と合流する。

 

 

 

 

「簪、奴らの動きをどう見る?」

 

「気持ち悪いです。まるで私達の力を測っているみたい」

 

「同感だ。どこかの国が偵察の為に送り込んだのか?」

 

「・・・・それは無いと思います。仮にどこかの国家が裏で糸を引いてるとしたら、バレた時のリスクが大きすぎます」

 

「だよなあ。ならこいつらはどこの手の者だ?」

 

「現時点では何とも。ただ、私達のデータを集めているのは間違いないかと」

 

「その根拠は?」

 

「私達の撃墜が目的ならすぐにでも攻撃して来るはずです。でも、こうして相談してる間は様子を見てるようで動きがありません」

 

「・・・・成る程。もうひとつ気になる事があるんだが、あれ人が乗ってると思うか?」

 

「どう言う事です?」

 

「俺の相手をしてた方の腹をぶん殴ったんだが、かなりの衝撃があった筈なのに何事も無かったように反撃して来たんだ」

 

「それが何か?」

 

「孤狼の拳撃を食らったら、普通は衝撃で操縦者の方にダメージがあって、動きを止めるものなんだが」

 

「それが無かったと・・・・そう言えば私が相手した方もかなり無茶な機動をしてました。相当腕の良い操縦者かと思ってましたが、あれに人が乗ってないと言うなら納得出来ます」

 

「自分で言っておいて何だが、無人機って可能なのか?」

 

「分かりません。どこかで研究しててもおかしくありませんけど・・・・」

 

「なら聞いてみるか」

 

 その言うと志狼は通信を開いた。

 

 

 

 

 

 中央アリーナ管制室。事態を解決する為にそこにいる者達は懸命に作業を進めていた。

 

「ああ、そうだ。後はお前次第だ。ああ、構わん。責任は私が取る、やってくれ」

 

 千冬はそう言うと携帯を切った。すると、

 

『織斑先生、オルコットです。観客席でパニックが起きています。早く扉を開けて下さい!』

 

「・・・・オルコット、良く聞け。現在学園は何者かのハッキングを受け、一切アクセス出来ない状態だ。事態の収拾にはもう少しかかる。何とか押さえられないか?」

 

『そんな!? 無理です! このままではパニックから怪我人が出かねません。最終手段として扉を破壊しても?』

 

「扉を破壊してもその先の隔壁も閉じられているから避難出来んのだ。狭い通路で万が一崩れでもしたら怪我人ではすまなくなる。許可は出来ん」

 

『・・・・了解しました。出来るだけ宥めてみますが、効果は期待しないで下さいね』

 

「・・・・すまん。よろしく頼む」

 

 セシリアとの通信を切ると、千冬は自分の無力さに歯噛みした。

 

(何が頼むだ! 生徒に無茶振りしておいてそれでもお前は教師か、千冬!!)

 

 そんな千冬にまたも通信が入る。

 

『織斑先生、こちらEピット、結城明日奈です。実はアリーナ側の通用口が何とか開きそうなんです』

 

「何!? そうか。だが、外は危険だ。そのまま待機していろ」

 

『いえ、先生にお願いしたいのは私に出撃許可をいただきたいんです』

 

「・・・・兄の加勢に行きたいのか」

 

『はい。私の専用機なら侵入者と互角以上に戦えます。今、機体のデータを送りますからそれを見て判断して下さい』

 

 千冬は送られたデータを見て、驚愕する。

 

「明日奈、このデータ本当なのか?」

 

『はい。嘘偽り無く』

 

「・・・・いいだろう。結城明日奈、お前に出撃許可を与える。兄を助けに行ってやれ」

 

『はい! ありがとうございます!!』

 

 明日奈からの通信が切れる。

 

(ほんの少しだけだが希望が見えて来た。後は───)

 

 そう思った千冬だったが、今度は管制室に志狼から通信が入る。

 

『管制室、こちらアリーナで戦闘中の結城です。ちょっと調べて欲しい事があります』

 

「どうした結城。何事だ?」

 

『侵入者は無人機の可能性があります。生体反応をそちらで探ってくれませんか?』

 

「無人機だと!? 一体何を根拠に?」

 

 志狼は先程簪と話した内容を説明する。それを聞いた千冬は、

 

「成る程。それなりに根拠はあると言う事か

・・・・真耶! エネミー各機をスキャンしろ!」

 

「今やってます・・・・・・出ました! エネミー各機に生体反応は・・・・ありません!!」

 

 真耶の声に管制室にいる全員が驚愕した。無人機が実在すると言う事実が信じられなかったのだ。だが、そんな中で千冬は、

 

(無人機なんてものを作れるのは1人しかいない。やはりお前か、束!!)

 

 疑惑が確信に変わった。とは言え束が犯人だと言うなら目的は何なのか? 思考の迷路に入り込もうとした時、

 

『無人機と言う事は、思いっ切りやっても問題は無いと言う事ですね』

 

 妙に嬉しそうな志狼の声が聞こえた。その事を聞いて千冬は思わず苦笑する。

 

「フッ、あまりやり過ぎるなよ。それと間もなく明日奈が増援として出る。3人で事に当たれ」

 

『明日奈が!?・・・・了解です』

 

 志狼が通信を切った。

 

「後はコントロールさえ取り戻せれば、頼むぞ藍羽・・・・」

 

 今の千冬には先程の電話相手、藍羽浅葱に期待するしかなかった。

 

 

 

 

 

 

「と言う事で間もなく明日奈が増援に来るそうだ。でもその前に1機落としてしまおう」

 

「何か作戦でも?」

 

「ああ・・・・・・・・と言う作戦だ」

 

「危険です! 一歩間違えば志狼さんまで・・・!」

 

「俺は大丈夫。だからいざと言う時、躊躇うなよ」

 

「志狼さん!」

 

「簪、俺を信じてくれ。俺もお前を信じる」

 

「志狼さん・・・・ハア、ズルいです。そんな事言われたら断れないじゃないですか。分かりましたよ、もう!」

 

「悪いな・・・・よし、行くぞ!」

 

 そう言うと志狼はエネミー1に向かって行く。自分に向かって来る孤狼を感知したエネミー1も大剣を構えて孤狼を迎え撃とうとする。

 空中で交差する2機。志狼は孤狼をエネミー1に張り付かせたまま、至近距離からの攻撃を繰り返し、エネミー1の大剣を思うように振れなくする。

 一方、エネミー1が孤狼に向かったのに合わせ、エネミー2も華鋼に攻撃を仕掛ける。孤狼らと違い、この2機の戦いは距離を置いての追いかけっことなった。逃げる華鋼をエネミー2が追う。しかし、スピードではエネミー2に分があるのか、徐々に追いつめられて行く華鋼。

 やがて戦いの構図は、アリーナ中央で戦う孤狼とエネミー1の周りを華鋼とエネミー2が飛び回ると言う展開になっていった。

 

 

 そんな中、戦いながらアイコンタクトでタイミングを量る志狼と簪。そして、

 

((───今だっ!!))

 

 華鋼が孤狼の真上に位置した時、孤狼はエネミー1の背後に回り込み、羽交い締めにして動きを封じる。

 

「簪、撃てええええーーーーっ!!」

 

「!!」

 

 志狼の叫びに応じて、華鋼が春雷で孤狼ごとエネミー1を撃つ。

 春雷の威力に大ダメージを受け落下する孤狼とエネミー1。

 味方を巻き込んだ華鋼の攻撃に観客席から悲鳴が上がる。

 しかし、ダメージを受けたかと思った孤狼は次の瞬間、体勢を整え、落下するエネミー1へ加速する。

 

「ステーク、行けえええーーーー!!」

 

 志狼はリボルビング・ステークを右腕にコールすると、孤狼の加速に落下速度を加えて威力を増した一撃を叩き込んだ。

 響いた衝撃音は6度。ステーク全弾をぶち込んだ攻撃はエネミー1のシールドバリアを貫通し、エネミー1を文字通り粉砕した。

 

 

 

 

 

 中央アリーナ管制室に歓声が響いた。

 エネミー1を撃破した孤狼に、作業をしていた生徒達がその手を止めて、歓声を上げているのだ。

 

 そんな中、千冬は華鋼の春雷をエネミー1ごとその身に受けたはずの孤狼が何故無事なのか考えていたが、

 

「良かった。孤狼のABフィールドは上手く機能したみたいですね」

 

 真耶のその言葉に千冬はようやく孤狼が無事だった理由を思い知った。

 

「そうか、ABフィールドがあるからこその戦法か。とは言え、随分と思い切ったものだな?」

 

「全くです。志狼君ったら危ない真似をして、後でお説教なんだから」

 

 志狼を心配するあまり、プリプリ怒っている真耶に千冬は苦笑する。

 

「程々にしてやれよ。しかし、分かっていたとは言え、本当に無人機とはな・・・・」

 

 胴体に穴を空け、完全に機能停止したエネミー1を見て、千冬は呟いた。

 

(束の奴、あんなものを作って一体どうする気だ?)

 

 千冬は束の思惑を考えようとして、やめた。昔から束の考える事など誰にも分からないのだから考えるだけ無駄と気付いたのだ。そして、そんな事を考えてる内に事態が動いた。エネミー2と戦闘中の華鋼が被弾したのだ。

 

 

 

 

 

「志狼さん、やった!」

 

 エネミー1を撃墜した志狼に簪は喜びの声を上げた。志狼から作戦を聞いた時には危険すぎると反対したが、上手くいったようでホッとした。

 しかし、簪はここでミスを犯す。戦闘中だと言うのに思わず動きを止めてしまったのだ。戦闘中に動きを止めれば的になるだけ。華鋼はエネミー2の砲撃を受け、被弾してしまう。

 

「! しまった!!」

 

 体勢を崩し、落下する華鋼にエネミー2はビーム砲の砲口を向ける。回避しようとした簪だが、避ければビームが観客席に当たる角度であった為、避けるのを止めて、春雷で相殺しようとする。

 

「!!」

 

 春雷とエネミー2のビームが真正面からぶつかる。威力を相殺し合う中、勝ったのはエネミー2であった。

 

「くああああっーーーっ!!」

 

 相殺し切れなかったビームが華鋼を掠める。ビームは華鋼のSEを削りながら、観客席のシールドバリアに直撃する。

 

「「「「きゃああああーーーーっ!!」」」」

 

「! しまった!!」 

 

 シールドバリアは明滅しながらも、辛うじて破れなかった。しかし、それが観客席の生徒達のパニックに拍車をかけた。彼女達は我先にと出入り口に殺到し、開かない扉を叩く。泣き声や喚き声、怒号が飛び交い、セシリアらが何とか宥めようとするも、然したる効き目は無かった。

 

 

 

 

 

 

 中央アリーナEピット。ロックされた出入り口を皆で協力して何とか人1人通り抜けられるだけの隙間を確保出来た。早速明日奈が通り抜けようとしたが、明日奈は途中で引っ掛かっていた。

 

「ん~~~! 何で引っ掛かるの~~!? 同じくらいの背丈のスバルは抜けられたのに~~!!」

 

「それは、まあ」

 

「あすにゃんの方が引っ掛かる所が多かったって事だよね~~」

 

「うう、どうせ私は・・・・」

 

 隙間が開いた時、明日奈とほぼ同じ背丈のスバルが通り抜けられる事を確認したのだが、いざ明日奈が通り抜けようとすると、つっかえてしまった。

 

「全く、無駄にスタイルが良いのも考え物です、ね!」

 

「本当よね、全くもう!」

 

 ヴィシュヌとティアナが明日奈を押しながら呟く。

 

「痛たたた! 2人には言われたくない~~~! んあっ!!──で、出られた」

 

 2人に押されて、ようやく抜け出せた明日奈。

 

「ハア、ほら、早く志狼を助けてらっしゃい!」

 

「相手は未知数の敵です。気を付けて」

 

「うん! ありがとう、行って来ます!」

 

 ティアナとヴィシュヌに激励されて、明日奈が駆け出す。

 アリーナに出た明日奈が見たのは危機に陥った華鋼の姿だった。

 

「かんちゃん!? 行くよ『閃光』!!」

 

 明日奈が首から下げた赤いネックレスを手に叫ぶ。

 眩い光に包まれて明日奈が自らのISを纏う。今、閃光が空を翔る。

 

 

 

 

 

「簪! くそっ、間に合わない!?」

 

 志狼は簪の危機に孤狼を疾らせるが、距離が離れすぎていて間に合わない。その時、華鋼に向かう光を志狼は見た。

 

「あれは・・・・!?」

 

 華鋼にとどめを刺そうと迫るエネミー2は、自らに高速で迫る機体を感知する。それはスピードに特化した自分以上のスピードで迫って来て、自分と華鋼の間に割り込んだ。

 全身が白く胸部を青に染められた機体は、各部の装甲を操縦者自身が装着している為、従来のISより一回り小さく見える。右手にライフル、左手にシールドを装備し、背面のバックパックには長大な6枚の翼があった。

 

「選手交代よ。アナタの相手は私がするわ!」

 

 明日奈は簪を守るようにシールドを構える。

 

「あ、明日奈?」

 

「かんちゃん、後は私に任せて休んでて」

 

 明日奈は簪にウインクを飛ばす。

 

「・・・・それが貴女の?」

 

「ええ、私の専用機『閃光(せんこう)』よ!」

 

 明日奈が手にしたライフルをエネミー2に向けて、撃つ。一条の光がエネミー2を掠めると、エネミー2は慌てたように距離を取る。しかし、明日奈はそれを逃さずエネミー2を追う。

 

 

「今のって、まさかビームライフル!? 実用化されてたなんて・・・・」

 

「簪! 大丈夫か?」

 

 明日奈に遅れる事数秒、志狼がやって来た。

 

「・・・・志狼さん、私は大丈夫。明日奈が助けてくれました」

 

「そうか・・・・あれが明日奈の」

 

「はい。明日奈の専用機『閃光』です」

 

 簪の視線の先には空中戦を繰り広げる2機の姿があった。高機動型であろう閃光のスピードはエネミー2を凌駕しており、段々と追いつめて行くのが分かる。

 閃光のスピードもさる事ながら、驚くべきは手にしたビームライフルだ。ビームとは所謂荷電粒子砲の事で、現在出回っているレーザー兵器とは一線を画す代物だ。閃光のビームライフルは武装として小型化され、速射性と連射性に優れ、扱い安さで言えば春雷以上の物となっている。

 技術的な問題で、研究されてはいるが実用化には程遠いと言われていたのだが、どうやら実用化に成功したようだ。

 

 

 

 

 

 明日奈は閃光を操り、エネミー2を追いつめながら地上を見る。観客席では相変わらずパニックが起きていて、所々怪我人も出ているようだ。

 

「あまり時間は掛けられないか。一気にけりを着ける! 閃光『V-MAX』発動!!」

 

『Ready』

 

 機械音声が聴こえると、閃光の機体各部のスリットから一条の光が疾る。その光が全身を覆いつくし、閃光の機体は光の繭に包まれた。

 光の繭に包まれた閃光は更にスピードを上げて、あっと言う間にエネミー2に追いついた。

 

 

 

 

 

 

「・・・・何と言うスピードだ。機体データは見たがこれ程とは」

 

 千冬の目の前ではあれ程のスピードを誇ったエネミー2が足を止め、閃光の突撃になす術なく翻弄されていた。

 閃光の突撃を受け、弾き飛ばされたエネミー2は、その先に回り込んだ閃光に再び弾き飛ばされる。圧倒的スピード差故に何度も繰り返されるその光景は、まるでアニメのようで現実感を感じなかった。

 

「あれが閃光の第3世代兵装『V-MAXシステム』ですか・・・・元は緊急脱出用のシステムだったものを見事に攻撃に転用してますね」

 

 真耶の言葉に千冬が頷いた。

 

「正に『閃光』。あいつに相応しい機体だな」

 

「はい。所で明日奈さんってあれが無人機だと知ってるんでしたっけ?」

 

「! いや、無人機だと判明したのはあいつに出撃許可を出した後だ! いかん、すぐ知らせなくては!!」

 

 千冬は慌てて明日奈に通信を入れた。

 

 

 

 

 

『明日奈、そいつらは無人機だ。完全に破壊してしまって構わん!』

 

「無人機!? 実在するんですか!?」

 

『信じられんだろうが本当だ。だから躊躇するな』

 

「了解です!」

 

 明日奈は拡張領域から細剣型近接ブレード「ランベントライト」をコールし、構える。

 

「行くよ、閃光!」

 

 光に包まれ、エネミー2に突撃する閃光。その猛スピードに反応する事も出来ず、エネミー2のボディにランベントライトの剣先が突き刺さり、

 

「はああああーーーーっ!!」

 

 そのまま突き抜けた。

 

 

 閃光を包んでいた光が消え、機体に篭った熱が音を発てて排出される。

 閃光が通り過ぎた後には真っ二つになったエネミー2が空に大輪の花を咲かせ、爆発音がアリーナに轟いた。

 

 

 

 

「よし!!」

 

「やったあ! あすにゃん凄~~い!」

 

 エネミー2を倒した閃光を見て、ティアナと本音が歓声を上げる。

 

「あれが明日奈の専用機・・・・見事なものですね」

 

「うん、びっくり」

 

 ヴィシュヌと紗夜も称賛を送る。

 

「これで残るは1機だけだね!」

 

 スバルの声にその場にいる者達は最早、勝利を疑わなかった。

 

 

 

 

 

「皆さん! 落ち着いて下さい! 既に2機が倒されました。残るは1機が倒されるのも時間の問題です! どうか落ち着いて、もう少しの間辛抱して下さい!!」

 

 観客席ではセシリアが声を上げて、パニックを起こした生徒達を宥めようと頑張っていた。

 先程までパニックを起こしていた生徒達も、2機目が倒された事で少しは落ち着いたのか、沈静化の兆しが見えて来た。

 

「セシリア! 取り敢えず怪我人は連れ出して、出来る範囲で手当てはしておいたぞ」

 

「箒さん、神楽さん、ご苦労様です。何人いました?」

 

「幸い骨折などの重傷者はいなかった。転んで打撲した者や擦り傷切り傷などの軽傷者が20人程だ」

 

「クラスの皆さんの様子は?」

 

「うちのクラスは大丈夫。他のクラスにもなるべく声をかけて落ち着かせるようにしています」

 

「ありがとう、助かります」

 

「私達の事よりお前は大丈夫なのか、セシリア?」

 

「ええ、正直参りましたわ。ですが、あそこで戦っている志狼さま達に比べれば」

 

「強いのね、セシリアは」

 

「いいえ、(わたくし)は信じているだけです。志狼さま達がこの状況を必ず何とかして下さると」

 

「セシリア・・・・そうだな、私も信じよう。志狼達を」

 

 箒はそう呟くと、アリーナ上空の志狼達を見上げた。

 

 

 

 

 

「明日奈、やったな!」

 

「凄かったよ、明日奈!」

 

「兄さん、かんちゃん、やったよ!」

 

 アリーナ上空で志狼達は明日奈の勝利を喜び合った。

 

「と、喜ぶのはここまでだ。まだ終わってないんだからな」

 

 志狼は未だ動かないエネミー3を見て言った。

 

「そうですね」

 

「うん。でも何で動かないんだろうね、アレ」

 

「恐らく情報収集用の指揮官機なんだと思う。このまま退いてくれたらいいんだけど」

 

 その時、エネミー3が動きを見せた。志狼達に向かって来たのだ。迫るエネミー3を迎え撃とうとその前に孤狼が立ち塞がる。

 

「2人共、散れ!」

 

 志狼の号令に明日奈と簪は左右に別れて距離を取る。

 

「明日奈、貴女もうエネルギーがないんじゃ!?」

 

「大丈夫! 今、換装するから! 換装、

『ソードシルエット』!!」

 

 明日奈の声に閃光のバックパックと装備が消え、一瞬の後、先程とは別の2本の長大な剣を装備したバックパックに換装される。すると、閃光の姿が全身の白はそのままに胸部が赤に変わった。

 すると、残りわずかだった閃光のエネルギーが回復したのだ。

 

 

 

 ───用途別兵装換装システム

    「シルエットシステム」

 

 

 閃光専用の特殊システム。用途別に作られた「シルエット」と呼ばれるバックパックを換装する事により、あらゆる戦場に対応する事を目的としたシステム。

 現在、高機動型の「フォース」、近接戦闘型の「ソード」、遠距離砲戦型の「ブラスト」の3つがあり、それぞれを用途によって使い分ける。

 また、SEが残りわずかになってもシルエットを換装するとSEが回復する為、継戦能力にも優れている。

 

 

 

 明日奈はシルエットを「フォース」から「ソード」に換装し、バックパックから2本の長大な剣「エクスカリバー」を抜き、連結させると孤狼の加勢をしようと前に出る。

 

「かんちゃんは援護をお願い!」

 

「了解!」

 

「兄さん、加勢するよ!」 

 

「明日奈! こいつ凄いパワーだ、気を付けろ!!」

 

 エネミー3は丸太のように長く太い腕を振り回しており、流石の孤狼も懐に入る事が出来ずにいた。

 明日奈はエネミー3の背後に回り込むとエクスカリバーで斬りかかる。その時、エネミー3の腰が180゚回転して、斬りかかろうと剣をかざしていた閃光のボディに振り回した腕が直撃して、閃光を吹き飛ばす。

 

「きゃあああーーーっ!!」

 

「明日奈! 貴様ああーーーっ!!」

 

 妹をやられて逆上したのか、志狼が珍しく、ただ孤狼を突っ込ませる。しかし、再び腰を180゚回転させたエネミー3は遠心力を加えた一撃を孤狼に叩き込む。

 

「ガハッ!!」

 

 その一撃で地表まで吹き飛ばされる孤狼。エネミー3は倒れた孤狼に追撃のビームを放つ。

 

「!!」

 

 咄嗟に孤狼のバーニアを吹かし、孤狼は迫り来るビームを間一髪で回避した。

 そして、その光景を見た観客席の生徒達は、再びパニックを起こした。 

 

 

 

 

 

 織斑一夏は目の光景に憤慨していた。

 

(何だこれは? この光景を見て一体誰が女は男より強いなんて言えるんだ?)

 

 一夏はパニックを起こし、我先にと開かない出入口に殺到する生徒達を見ていた。泣き喚き、争い罵り合う。先程より酷くなって、セシリアらが必死に宥めようとするも、誰も聞く耳を持たなかった。

 

(目の前にいるのは何の力も持たない哀れな女達だ。結局強いのはISと言う力を持つ者だけで、女が男より強くなった訳じゃないんだ。そうだ、やっぱり俺が正しかったんじゃないか!)

 

 一夏は改めて周りを見渡すと、決意する。

 

(結城ではアイツは倒せない。アイツを倒すには一撃必殺の強い力を持つ者じゃなければ駄目なんだ。そう、例えば零落白夜を持つ俺のような!)

 

 一夏は観客席の最前列まで歩いて行く。

 

(ここで俺がアイツを倒せばきっと皆俺の事を見直すに違いない。千冬姉も、箒も、クラスメイトも、そして明日奈も───!)

 

 最前列にたどり着いた一夏は右腕の腕輪をかざして己がISを喚ぶ。

 

「来い、白式!!」

 

 光に包まれ、白式を纏った一夏は、静かに雪片弍型を抜いた。

 

 

 

 

 

 その事に最初に気付いたのは箒だった。パニックを避ける為、出入口から離れた所にクラスメイト達といた彼女は、人の流れと違う方向に歩いて行く人を見つけた。

 

(一夏? 一体何を───?)

 

 訝しんで見ていると、最前列にたどり着いた一夏は突然白式を纏い、剣を抜いた。その時になって箒は一夏のしようとしている事が分かった。

 

「やめろ、一夏あああーーーっ!!」

 

 咄嗟に叫んだが既に遅く、零落白夜を発動させた白式が観客席のシールドバリアを斬り裂いた。一瞬の後、観客席のシールドバリアは消滅し、アリーナに吹く風が観客席に入り込む。

 それは戦場の風。すぐ側にある破壊された敵機から流れる油の匂い。ビームで焼け焦げた地表から発する熱気とイオン臭。今までシールドバリアに遮られて感じなかったものが風に乗って一挙に流れ込んで来た。

 そして、生徒達のパニックは頂点に達した。

 

 

 

 

 

 志狼が、千冬が、箒が、セシリアが、明日奈が、簪がこの時、同じ思いを抱いた。すなわち、

 

((((───あのバカ、何て事を!!!))))

 

 

 

 だが、そんな事に気付かない一夏は白式で空に舞い上がる。

 

「明日奈、今、俺が行くぞ!」

 

 

 

 

 

 

 中央アリーナ管制室。その場にいた者達は皆、唖然としていた。織斑一夏が避難する事が出来ない現状で、生徒達を守っていたシールドバリアを内側から斬り開くと言う自殺行為を仕出かしたのだ。しかも、当の本人は後の事は知らんとばかりに上空の明日奈達の元へ勝手に飛んでいってしまった。これで唖然とするなという方が無理な話だ。

 

「一夏・・・・お前という奴は何て事をしてくれたんだっ!!」

 

 一夏の姉であり、担任でもある千冬はその場で崩れ落ちた。志狼との模擬戦以降大人しくしていたから少しは落ち着いたのかと思いきや、何にも変わってなかった弟に流石にショックを受けていた。

 そんな時、千冬の携帯が鳴った。携帯を取り出し相手を見ると、千冬は飛び起きて携帯に出る。

 

「藍羽! 終わったのか!?」

 

『! は、はい! お待たせしました。思ったより時間がかかりましたが、今、終わりました。スイッチひとつでコントロールを取り戻せますが、どうします?』

 

「やってくれ! 大至急だ!!」

 

『了解です』

 

 浅葱が返事をすると、管制室の電源が消えて、次の瞬間、電源が点くと、メインコンソール席の真耶が直ぐ様状況をチェックする。

 

「・・・・織斑先生! 全て異常なし、完全にコントロールを取り戻しました!!」

 

 管制室に歓声が上がると、生徒達も次々と空いているコンソール席に座り、状況を確認し始める。

 

「藍羽、感謝する。報酬についてはまた後日に。観客席に継げ! 私が直接話をする。マイクを!」

 

 携帯を切ると、生徒から渡されたマイクを手に千冬が話し始める。

 

 

 

 

 

 

 中央アリーナ観客席で、セシリアはほとほと困り果てていた。パニックを起こしていた生徒達を何とか宥めて一時は沈静化したと言うのに、三たび起こったパニックは決定的で、もう手の施しようがなかった。

 特にシールドバリアが破られたのが痛かった。これが敵機の攻撃で破られたのならまだ諦めもついたが、破ったのが生徒、しかもクラスメイトであるのだから、セシリアが脱力するのも無理はないだろう。そんな時、観客席のスピーカーから千冬の声が聴こえて来た。

 

 

『観客席の生徒諸君並びにマスコミ各員に告げる。私は織斑千冬だ。今から出入口のロックを解除する。速やかに避難せよ。繰り返す───』

 

 

 その声を聴いたセシリアは慌てて千冬に通信を開いた。

 

 

「織斑先生、オルコットです! 全ての出入口を一度に開放するのはやめて下さい!」

 

『オルコット? 何故だ!? 皆を速く避難させねばならんと言うのに何故止める!?』

 

「お忘れですか!?出入口の先の通路は狭いんです! そんな所に一斉にこれだけの人が入れば身動きが取れなくなりますわよ!!」

 

『!! そ、そうか。では、どうするか──!?』

 

「開放する出入口は両端の2ヶ所だけにしてはいかがでしょう。そこからなら最寄りの階段も別々ですから途中で詰まる事もない筈です」

 

『成る程・・・・ではオルコット、お前に避難指揮を任せる。速やかに全員を避難させろ』

 

(わたくし)がですか!?」

 

『人手が足りんのだ、悪いがそちらは任せる。責任は私が取るからお前の好きなようにやれ。合図があり次第扉を開放する。頼んだぞ』

 

「くっ、了解!」

 

 なし崩しに避難指揮を執る事になったセシリアだったが、自分1人でこの難局を乗り切るのは無理だと判断した彼女は、素直に友人達の力を借りる事にした。

 

 

 

「皆さん、聞いて下さい! (わたくし)はイギリス代表候補生序列3位、セシリア・オルコットです! 織斑先生から避難指揮を執るよう命じられました。皆さんには今から(わたくし)の指示に従って避難していただきます!!」

 

 突然観客席に響いた声に訝し気な表情を見せながらも生徒達はセシリアに注目する。

 

「今から両端の出入口を開放します。そこにいる(わたくし)のクラスメイトの指示に従い避難して下さい。扉の前に2列に並んでお待ち下さい。尚、怪我人が優先です。怪我をしている方は列の前に移動して下さい!」

 

 マイクも使わずに観客席中に声を響かせるセシリア。彼女の言う通り、片方の出入口には神楽とナギ、癒子が、もう片方には箒と静寐、清香の姿があった。

 彼女らの指示に従って列を作る生徒達の中、それでも我先にと並んだ列を乱す輩はやっぱりいた。そんな輩に向かって、セシリアは部分展開したBTのレーザーを足下目掛けて撃つ。

 足下を掠めて疾るレーザーに全員が一瞬、声を失う。

 

「いい加減になさい! 先程からの自分勝手な振る舞い、見苦しい事この上ない! 貴女方はそれでも栄えあるIS学園の生徒ですか!? この学園に入学したのならこの程度の危険がある事は覚悟していた筈です。ならばこの学園の生徒らしく毅然とした態度をお見せなさい!!」

 

 その場にいる者の誰もがセシリアを見つめていた。セシリアの威風堂々とした態度、理路整然とした言動、そして輝くような美貌は見る者を魅了し、圧倒する。人の上に立つ者として生まれ持った資質を遺憾なく発揮し、セシリアはその場にいる者達を従わせた。

 周りが大人しくなったのを確認して、セシリアは合図を出す。両端の扉が開放され、生徒達が避難を始めた。最早列を乱し、我先にと避難しようとする者は誰もいなかった。

 

 

 

 

 

「明日奈、待たせたな!」

 

 いきなりやって来た一夏に呆れて声も出せない明日奈に代わり、簪が糾弾する。

 

「貴方何を考えてるの!? 観客席のシールドバリアを破って勝手に出撃して来るなんて、自分のした事が分かってるの!?」

 

「何怒ってるんだよ? そもそも君らがモタモタしてるから俺が来てやったんじゃないか!?」

 

「「なっ!?」」

 

 一夏の物言いに言葉を無くす2人。

 

「まあ、後は俺に任せろ。あんなデクの坊、俺の零落白夜で一撃だ!」

 

 そう言うと、一夏は白式をエネミー3に突撃させる。

 

「食らえ、零落白夜あああーーー!!」

 

 零落白夜を発動させ、上段から斬りかかる白式。しかし、エネミー3は急加速してガラ空きのボディにカウンターの一撃をぶち込む。

 

「グヘッ!」

 

 エネミー3の一撃を食らい、白式が吹っ飛ぶ。大口を叩いておいてあっさり吹っ飛んだ一夏に白い目を向ける明日奈と簪。

 エネミー3は追撃のビームを白式に向けて放つ。一夏は何も考えずに間一髪でビームをかわした。

 

「くっ、当たるかよ!」

 

 だが、白式がかわしたビームはまだ避難が完了していない観客席に真っ直ぐ伸びて行った。

 

 

 

 

 

「「ああ! ダメェェェーーーーッ!!」」

 

 明日奈と簪が叫んだ。

 

 

 

 

 

「い、いかん!!」

 

「!!」

 

 千冬が叫び、真耶が息を飲んだ。

 

 

 

 

 

「あ、やべ・・・・」

 

 一夏は自分のかわしたビームが観客席に向かっているのを見て、顔を青くした。

 

 

 

 

 

 

「あっ・・・・・・」

 

 セシリアは自分のいる観客席に向かって来るビームを見て、息を吐いた。

 

 

 

 

 

「くっ!」

 

 箒は迫り来るビームを見て唇を噛む。せめてもの反抗とばかりに迫るビームを睨みつけると、その視線を遮るように箒の目の前に立ち塞がる赤い影が。

 

 

 

 

 

「させるか! ABフィールド出力最大!!」

 

 観客席に迫るビームをその身に受け、防ごうとする孤狼。ABフィールドの出力を全開にするも装甲の塗装が剥離し始める。

 

「くっ、頼む、持ってくれ!!」

 

 ビームの高熱で装甲が溶け始め、そして、爆発が起こった。

 

 

 

 

 

 

「兄さん、そんな・・・・」

 

「志狼さん・・・・」

 

 アリーナ上空で明日奈と簪が息を飲んだ。

 

 

 

 

 

「くっ、何という事だ」

 

「志狼君!!」

 

 管制室で千冬が口唇を噛み、真耶が悲鳴をあげた。

 

 

 

 

 

「た、助かった!?」

 

 アリーナ上空で観客席が無事だった事に一夏が胸を撫で下ろした。

 

 

 

 

 

「志狼さま、どうか無事で・・・・」

 

 自分達を守ってくれた志狼の身を案じ、セシリアが祈った。

 

 

 

 

 

「あ、ああ、そんな、こんなの嫌だよ、志狼!!」

 

 箒は目の前の惨劇に絶叫する。膝を付き涙を流す彼女の耳に低い可動音が聞こえて来た。その音は徐々に高くなり、やがて、

 

「・・・・・・狼の、咆哮?」

 

 

 アリーナに響く狼の咆哮。その独特のブースト音を響かせて爆煙の中から孤狼が飛び出す。

 爆煙から飛び出した孤狼はあちこちの装甲が溶け落ちて、頭部の角が折れた無惨な姿だった。

 そんな姿のまま、孤狼は一直線にエネミー3に突っ込んで行く。

 エネミー3は孤狼に向けてビームを撃とうとすると、志狼はビームの砲口に向けてグランディネを撃つ。グランディネの砲弾が発射前のビームの砲口に入り、爆発を起こした。

 爆発で体勢を崩したエネミー3に孤狼は瞬時加速(イグニッション・ブースト)を駆使して近付き、リボルビング・ステークを全弾叩き込む。6度の衝撃音の後、動きを止めたエネミー3に向けて孤狼は両肩のカバーを開いた。

 

 

 

 ───近距離戦用指向性炸裂弾

    「スクエア・クレイモア」

 

 

 孤狼の特殊兵装のひとつ。両肩から4発×2基、計8発のクレイモア地雷を近距離で放出する。

 一発一発がチタン合金製の特注品である炸裂弾を、近距離から大量に発射して目標を粉砕する。特注品であるが故に、浅葱からはなるべく使わないで欲しいとお願いされている高価な武装。

 射程が短いと言う欠点もあるが、その威力は凄まじく、孤狼の最大火力を誇る正に必殺武器である。

 

 

 

 

 

  8発の炸裂弾が至近距離からエネミー3に放たれると、8発のクレイモア地雷それぞれが誘爆し、エネミー3が大爆発を巻き起こした。

 

 

 

 

 

 アリーナ内が静寂に包まれる。

 

 

 爆散したエネミー3の残骸が地表に落ちた次の瞬間、アリーナは爆発的な歓声が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

「「「きゃああああーーーーっ!!」」」

 

 管制室は喜びの声に包まれていた。

 

「・・・・・・勝った、のか」

 

 千冬は珍しく呆けた顔をして、呟いた。そんな中、

 

「こちら山田です。中央アリーナへ至急医療班を寄越して下さい!」

 

 真耶は負傷してるであろう志狼に医療班を手配していた。

 

「織斑先生、エネミー各機の残骸を回収しますが、よろしいですか?」

 

「あ、ああ、構わない。急ぎ手配してくれ。それと、結城兄妹と更識、それと織斑をここに呼び出してくれ。それと教師部隊のISに周辺の警戒に当たらせる。出動要請を」

 

「了解しました」

 

 そう言った真耶が志狼達に通信を開いた途端、

 

『兄さん!?』『志狼さん!!』

 

 切羽詰まった明日奈と簪の声が飛び込んで来た。

その声に慌ててアリーナ内を見ると、孤狼が落下していくのが見えた。

 

「! 志狼君───!?」

 

 幸い地表スレスレで閃光と華鋼が孤狼を受け止める事に成功した。しかし、

 

『管制室! 医療班の手配を! お願い、急いで!!』

 

 明日奈の悲痛な叫びが響いた。

 

 

 

 

 

 駆け付けた医療班が孤狼から意識のない志狼を降ろし、担架に乗せて運び出す。

 

「医務室、大至急医療ポッドの準備を!このままではマズイわ、急いで頂戴!!」

 

 いつもと違う真剣な表情で養護教諭御門涼子が指示を飛ばす。

 

「御門先生、私も付き添います!!」

 

「・・・・貴女は妹さんだったわね。残念だけど貴女に出来る事は今は無いわ。やるべき事をやってから後で医務室にいらっしゃい」

 

「でも!!」

 

「明日奈、今は先生に任せるしかないよ。私達はやる事をやってから志狼さんに会いに行こう?」

 

「かんちゃん・・・・うん。すみませんでした先生、兄さんをお願いします」

 

 明日奈はそう言うと涼子に頭を下げる。

 

「任せて。必ず助けるわ」

 

 涼子は明日奈の肩を叩くと、踵を返してアリーナを出て行った。

 悲痛な表情で見送る明日奈。その肩叩く人物がいた。

 

「大丈夫、アイツならきっと無事だよ」

 

 次の瞬間、その人物、一夏の顔面に明日奈の右ストレートが炸裂した。

 

「ぶへっ!!」

 

 吹っ飛ばされ、アリーナに倒れた一夏を冷たい表情で一瞥すると、明日奈はアリーナを出て行った。

 簪も無言で明日奈の後に続く。出て行く時に一夏を踏みつけて行った。

 

 

 

 アリーナには気を失い、鼻血を流した一夏だけが残される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今年度のクラス対抗戦は、こうして終わった。

 

 

 

~side end

 

 

 

 

 




読んで頂きありがとうございます。

苦節31話(プロローグ含む)にして、ようやくタグのひとつ「オリISはMS少女」を回収する事が出来ました。
基本的に他作品ヒロインの専用機はMS少女になりますので、誰の機体がどのMSになるのかお楽しみに。

明日奈の専用機閃光のモデルはご覧の通りインパルスガンダムでした。
第3世代兵装V-MAXシステムは某レイズナーのものを使わせて貰いました。理由は閃光というイメージに合っていた事と、単純に筆者が好きだからです。
今後もオリISには自分の好きなロボットの能力を使わせていきたいと思っています。

次回は決戦(裏)。今回の戦いで出て来なかった人達は何をしていたのか、お送りしたいと思います。

それでは、今年もよろしくお願いします。




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第31話 クラス対抗戦⑥~決戦(裏)



書き上がったので、第31話を投稿します。

今回は志狼達の戦いの裏であったもうひとつの戦いの様子をお送りします。

それでは、第31話をご覧下さい。



 

 

~all side

 

 

 3機の謎のISの乱入により、IS学園は混乱の只中にあった。何者かのハッキングを受け、コントロールを失い、避難も救援も出来なくなる中、コントロールを取り戻す為、整備科や開発科の3年生が頑張っていたが、結果は芳しく無かった。

 この緊急事態に警備責任者でもある織斑千冬は外部に救援を求める決意をする。謎のハッカーに奪われたコントロールを取り戻す為、千冬は自分が知る最高のハッカーである『電子の女帝』藍羽浅葱に協力を求めた。

 確かに浅葱は学園OGであり、千冬とは個人的に面識もあるが、現在では絃神コーポレーションという企業の人間だ。ただで協力を求める訳にもいかず、報酬を支払い、仕事の一環として依頼する事になった。

 また、一企業の人間に一時的にとは言え学園の全コントロールを預けた事が後々問題になった場合は千冬が全面的に責任を取る事で絃神の社長と話がついた。

 

 

 

 

 

 絃神コーポレーションIS開発室。開発室の面々とテレビを見ていた浅葱は、自分達の作った機体である孤狼が決勝戦を戦う姿を楽しみにしていたと言うのに、突然乱入して試合を潰した謎の機体に腹を立てていた。

 

「誰かあの機体見た事あります?」

 

「いや、無いなあ」

 

「今時全身装甲(フルスキン)型って流行らんよ」

 

「あんなの作るのはうちくらいじゃないか?」

 

「じゃあ犯人は俺らか。こりゃまずいな」

 

「「「わっはっはっは!!」」」

 

「笑い事じゃありませんよ!このままじゃ変に疑われかねないじゃないですか!!」

 

「何言ってんの、浅葱ちゃん」

 

「うちは志狼君をゲットしてから同業者連中に妬まれてるから、そんなの今更だって」

 

「それは!・・・・それもそうか。そもそも本当に関係無いんだから、難癖つけられたら名誉毀損で訴えてやればいいのよね」

 

「「「この女、怖えええ!」」」

 

「あん!?」

 

 そんなコントのような会話を絃神のスタッフと交わしていた浅葱の携帯から着メロが流れる。その着メロはかの有名な「ダース・ベ○ダーのテーマ」。浅葱がこの曲に設定している人物は1人しかいなかった。

 

「はい、藍羽です。どうしました織斑先生?」

 

『藍羽、緊急事態だ。力を貸してくれ』

 

「何があったんです?」

 

『他言無用で頼む。現在学園は何者かのハッキングを受け、全てのコントロールを失っている』

 

「! マジですか!?」

 

『マジだ。そこでお前の力を借りたい。何としても学園のコントロールを取り戻して欲しいんだ』

 

「力を貸したいのは山々ですが、今の私は一企業の人間です。その私が力を貸すとなると色々と問題があるのでは?」

 

『大丈夫だ。その辺の問題は絃神の社長と話し合って解決済みだ』

 

「そうなんですか?」

 

『ああ、後はお前次第だ』

 

「一時的に私が学園の全てを掌握する事になりますが、これって責任問題になりますよ?」

 

『ああ、構わん、責任は私が取る。やってくれ』

 

「分かりました。至急作業に入ります」

 

 浅葱は携帯を切ると、自分のデスクに座り、パソコンを起動する。ふとテレビを見ると、侵入者と戦う孤狼の姿が映る。相棒である彼が頑張っているのだ。ならば自分も出来る事をしよう、そう決意した浅葱は久々に女帝モードになると、自らの戦いを始めた。

 

 

 

 

 

 侵入者との戦いはエネミー1を孤狼と華鋼の連係で、エネミー2を加勢した閃光が撃破すると、残ったエネミー3が攻撃を仕掛けて来た。しかし、この状況にIS学園生徒会長である更識楯無は違和感を感じていた。

 

(3機目が動いた?あの機体は情報収集の為に動かないんだと思ってたけど、自分から攻撃を仕掛けるなんておかしいわよね・・・・もしかして、もう1機いる?)

 

 その結論に達した楯無は、独自の行動を取る事にした。

 

(となると、専用機持ちの協力者が欲しいわね・・・・フラストレーションが溜まってるだろうし、彼女にお願いしましょうか)

 

 楯無は友人であり、ライバルでもある1人の操縦者にプライベートチャネルで連絡を取る。

 

「ああ、なのはちゃん? ちょ~っと力を貸して欲しいんだけど・・・・」

 

 

 

 

 

 絃神コーポレーションIS開発室。浅葱がパソコン相手に格闘していた。パソコンも1台では足りず、2台目、3台目と増やして行き、最終的に5台のパソコンを接続して浅葱は事に当たっていた。

 

(全く、何なのこのプログラム。どれだけダミーを用意してるのよ! お陰でえらく遠回りさせられたけど、もう逃がさないわよ!)

 

 浅葱は学園にハッキングをした者がどんな人物か作業を進めながら想像していた。

 

(まず、間違いなく天才だわ。それもどっか壊れてる、ね。性格は悪戯好き、もしくは策士。いずれにしても絶対性格悪いわ。プログラムから滲み出てるわよ。そんな人物に心当たりは───)

 

 浅葱は知り合いのハッカー達を思い浮かべるが、どの人物も当てはまらない。消去法で考えると、後に残ったのは1人しかいなかった。その人物を思い浮かべた途端、浅葱に悪寒が走る!

 

(ヤバイ! もし、本当にあの人なら今してる事は命取りだ!!)

 

 浅葱はハッキングの解除プログラム作成と同時に、犯人の居場所を逆探知していた。もし、犯人が浅葱の思い浮かべた人なら報復されかねない。そう考えた浅葱は逆探知をやめて、自分が逆探知していた痕跡を消す作業に移った。

 

(危なかった・・・・やぶ蛇になる所だったわ。これで大丈夫だとは思うけど、相手があの『天災』となると分かんないわよねえ。一応こっちの意図を読み取ってくれるとは思うけど・・・・)

 

 浅葱がハッキングの解除プログラムを完成させると、テレビの中では一夏が観客席のシールドバリアを破ってアリーナに飛び出した所だった。

 

「はあ!? 何やってんの、こいつ!!」

 

「本当になあ。馬鹿なのか?」

 

「馬鹿なんだろう? それとも手柄を挙げて汚名返上したいのかねえ?」

 

「ああ、それはあるかも」

 

 絃神のスタッフの会話を聞きながら浅葱は急ぎ千冬に連絡を取る。

 

 

『藍羽! 終わったのか!?』

 

 電話に出た途端、食い気味に尋ねて来る千冬に若干引きながら浅葱は答える。

 

「! は、はい! お待たせしました。思ったより時間がかかりましたが、今、終わりました。スイッチひとつでコントロールを取り戻せますが、どうします?」

 

『やってくれ! 大至急だ!!』

 

「了解です」

 

 浅葱がキーボードを押すと、プログラムが作動してハッキングの爪痕をどんどん消して行く。ものの1分とかからず、学園はコントロールを取り戻した筈だ。実際、携帯の向こうからは歓声が聴こえる。

 

『藍羽、感謝する。報酬についてはまた後日に』

 

 そう言うと千冬は電話を切った。

 

 浅葱は携帯を充電器に戻すとテレビを見つめる。観客席の生徒達が避難を始めたその端で孤狼が立ち上がるのが見えた。

 

「頑張れ、志狼」

 

 一仕事終えた浅葱はテレビ画面を注視し、志狼に声援を送った。

 

 

 

 

 

 

 某国、某所。

 

「あれ? ハッキングが解除されちゃったよ。ウソ、マジ? あれって束さんの自信作なんだよ? 1時間で消えるプログラムだけど、その間は絶対解除されない自信があったのに!? 何、今の学園には束さん以上のハッカーがいるって言うの!?」

 

 しばし愕然としていた束であったが、次の瞬間、

 

「ウフ、ウフフフ、アハハハハーーーーッ!!」

 

 突如、狂ったように笑い出した。

 

「アハハハハーーーッ!! マジかよ!この万能の天才たる束さんを、一分野とは言え越える才能の持ち主がいるなんて。ああ、何て生意気で、何て愛しいんだろう! この感動はちーちゃんやしーくんと出会って以来だよ! 一体君は誰なんだい?

・・・・駄目だ。追跡してた痕跡が全て消されている。そもそも逆探知して束さんの居所を捜そうとしてたんだね。でも、途中で束さんを相手にしている事に気付いたのか。そして、痕跡を消したと言う事は、束さんと敵対する気は無いってアピールか。成る程優秀だ。でも、ダ~~メ! 束さんは君に興味津々だよ。必ず君の居場所を掴んで見せるからね?ウフフフフ・・・・・・」

 

 真っ暗な部屋に無気味な笑い声が木霊する。

 

 

 

 同じ頃、浅葱が悪寒を感じて、人知れず身体を震わせた。

 

 

 

 

 

 

 中央アリーナWピット。解錠された扉からからアリーナ場外に駆け出す1人の少女の姿があった。

 栗色のサイドテールを靡かせて、特注の白いISスーツを身に付けた高町なのはであった。

 なのははアリーナ場外に出ると、首から下げた赤い宝玉のようなネックレスを掲げて自分の専用機を喚ぶ。

 

 

「レイジング・ハート、セットアップ!」

 

『Yes,Master』

 

 

 ISコアの声に応えて現れた専用機『レイジング・ハート』をなのはが纏う。

 機体色が白と青で構成され、背中に鋼鉄の翼を持った美しい機体だった。その姿から味方からは「白き天使」、敵からは「白い悪魔」などと呼ばれる機体である。

 拡張領域からレイジング・ハート唯一にして最大の武装「可変型カートリッジ式砲撃戦機杖・スターライト」をコールすると、なのはは軽やかに空に舞い上がった。

 

 

(実はね、侵入して来た3機の仲間が学園近辺に潜んでいる筈なのよ。それを探すのを手伝って欲しいの) 

 

 

 楯無の要請により、隠れた敵機を探す為、地上1000mまで急上昇するレイジング・ハート。その位置から周辺のISコアの反応をサーチする。

 

(学園内の反応は無視して構わない。探すのは学園外、それもあまり遠くない所にいるはず───)

 

 そう考えてサーチすると、反応が3つ。ひとつは楯無のものだったが、他の2つは未確認のコアであった。

 

「たっちゃん、あったよ。それも2つ。アリーナ上空2000m。もうひとつは───」

 

『了解。そっちは私がやるわ。なのはちゃんは空をお願い』

 

「それで? 目標は確保? それとも撃墜?」

 

『墜としちゃって構わないわ。それじゃ、よろしく』

 

「了解」

 

 

 プライベートチャネルで楯無との通信を終えたなのはは、レイジング・ハートを更に上昇させた。

 

 

 

 

 

 アリーナ上空2000m。誰もいない空にその機体はいた。侵入して来た3機と同型の黒いIS。それは静かに上空からアリーナでの戦闘を見つめていた。

 

 アリーナでの戦闘に決着が着き、主から命じられた情報収集は完了したと判断した機体(以後エネミー4と呼称)は、速やかに帰還しようとした。その時、自分に向かって急上昇して来るISの反応をエネミー4は捕らえた。

 

「覗き魔はっけ~~ん!」

 

 現れたのはデータにある機体。日本代表候補生序列1位高町なのはの専用機、砲撃戦特化型第2世代機レイジング・ハート。主の目的の為に、是非ともデータが欲しい機体であった。

 エネミー4は帰還からデータ収集にモードを移行し、戦闘態勢を取った。

 

「うんうん。やる気があって大変結構。それじゃ、行っくよーーーっ!!」

 

 なのははレイジング・ハートを上昇させ、距離を取る。レイジング・ハートは砲撃戦特化型。近接戦闘は本職では無いのだ。自分の有利な距離を取ろうとエネミー4から離れようとする。しかし、そのくらいは知っているのか、距離を取ろうとするレイジング・ハートに向けてエネミー4が突撃する。

 近付くエネミー4に慌てる事無く、レイジング・ハートは手の平に6つのエネルギー球を浮かべると、それをエネミー4に向けて撃ち出した。

 

 

 

 ───エネルギー誘導弾

    「アクセルシューター」

 

 

 レイジング・ハートの基本技のひとつ。手の平から撃ち出したエネルギー球を自在に操り、敵にぶつける技。

 撃ち出されたエネルギー球はなのはの脳波により操られ、自由自在に飛び回り敵を撹乱し、撃ち落とす。なのはの人並み外れた空間把握能力があってこそ可能な技であり、なのはにしか出来ない技でもある。

 コントロール出来るエネルギー球は最大12個まで。出すだけなら36個まで出せる。

 余談ではあるが、なのはのBT適性を測定したら間違いなくセシリア以上の値が出ると思われる。

 

 

 

 自分に迫るエネルギー球を次々とかわすエネミー4。だが、6つ全てをかわしたと思った途端、戻って来たエネルギー球の直撃を背中に受け、態勢を崩す。

 そうなれば、後は飛び交うエネルギー球に翻弄され、身動きが出来なくなってしまった。

 

 飛び交うエネルギー球の檻に閉じ込められたエネミー4に向けて、レイジング・ハートが「スターライト」を構える。

 

「『スターライト』モードチェンジ、“カノンモード”!」

 

『Yes,Master.“Canon Mode”』

 

 なのはの命にISコアが応え、スターライトが変形する。長大な杖の状態から、引き金や銃把を備えた長大な銃、いや砲に変形した。

 レイジング・ハート唯一の武装「スターライト」は用途に応じていくつもの状態に変形する能力を持っている。

 そして、最も良く使われるのがこのカノンモード。今、なのはの代名詞たる技が放たれようとしていた。

 

 

 自分が危機に陥っている事に気付いていても、飛び回るエネルギー球の檻からエネミー4は脱出出来ずにいた。

 スターライトの砲口にエネルギーが充填されて行く。その光はまるで夜空に輝く星の光の如く、そして、

 

「ディバイン、バスターーーーッ!!」

 

 なのはの叫びと共に砲口に充填されたエネルギーが撃ち出される。それはエネミー4のシールドバリアをいとも容易く貫通し、機体を破壊した。

 

 ディバインバスターの一撃を受け、エネミー4は機能を完全に停止させ、そのまま海へ落下して行った。

 

「あ、たっちゃん?こっちは終わったよ。残骸はどうするの?」

 

『もう終わったの? 流石ね。回収はこっちで手配するからなのはちゃんは上がって頂戴。お疲れ様。あ、この事は他言無用でお願い』

 

「は~~い。それじゃ、お先に」

 

 楯無との通信を終え、なのはは学園に帰還する。

 志狼が重傷を負ったとなのはが知るのは、もう間もなくの事であった。

 

 

 

 

 

 

 アリーナに乱入した3機に加え、上空から情報収集をしていた1機も破壊されてしまった。IS学園の策敵能力はこちらの予想を上回るようだ。そう判断した最後の1機(以後エネミー5と呼称)は見つからぬように静かに移動を開始した。

 主の命により、1ヶ月前からこの場で情報収集に当たっていた自分が見付かる事はまず無いだろうが、主からは今回侵入した4機が全て破壊された時に限り、撤退するように命じられていた。その命に従い撤退しようとしたエネミー5であったが、突如周囲の状況が変化し始めた。

 自分の潜んでいた海中、その周りの海水が渦を巻いて上昇して行き、やがて自分の周りから海水が無くなり、ポツリと海底に立つ自分だけが残された。

 四方を水の壁で囲まれ、むき出しになった海底に取り残されたエネミー5の前に空から1機のISが降り立った。

 

「はい、見付けた。駄目よ。お姉さんからは逃げられないんだから」

 

 現れたのはデータにある機体。ロシア代表にしてIS学園生徒会長、更識楯無の専用機、万能型第3世代機ミステリアス・レイディ(霧纏の淑女)。主の目的の為に是非ともデータの欲しい機体であった。

 エネミー5は帰還からデータ収集にモードを移行し、戦闘態勢を取った。

 

「あら、()る気? それでは短い間だけどダンスのお相手を務めて貰いましょうか?」

 

 そう言いつつも、何の構えも見せない楯無をエネミー5は観察する。変わった機体であった。極端に装甲が少ない、と言うより無い。上半身などはISスーツの操縦者がほとんど丸出しで、左右一対のクリスタルのようなパーツが浮いているのが特徴的であった。

 データによると、この機体は昨年の12月に突如自由国籍権によりロシア国籍を取得した楯無が、翌1月の代表決定戦に於いて、当時のロシア代表及び代表候補生を全員撃破し、ロシア代表となった時に与えられた機体「モスクワの深い霧」を元に彼女自ら再設計し、組み上げた機体だと言う。元のISの形などほとんど残ってない程変貌した機体の戦闘データは無く、その名の通りミステリアスな機体であった。

 故にこの機体のデータは何としても持ち帰る必要があり、出来る限り多くの能力を使わせるのが、自らの役目だとエネミー5は理解していた。

 

 

 

(あらあら、かかって来ないわね) 

 

 海中に潜む事を前提としている為か、これまでの黒と違い青い装甲のエネミー5を見ながら楯無は考える。逃走しようとしていた敵機がそれをやめて自分に向かって来ると言う事は、自分を倒して脱出するか、自分との戦闘データを欲しているかのどちらかだろう。

 

(恐らくは後者。と言う事はなるべくレイディの能力を引き出したいと思ってるのでしょうね。ならば、私がするべき事は───速攻!)

 

 楯無は右手を掲げると、エネミー5に向けて降り下ろす。

 

「!?」

 

 途端に周りの水が槍のように伸びてエネミー5に襲いかかる。たかが水かと思いきや、水の槍が当たったエネミー5のSEが大きく削られる。

 襲い来る水の槍を回避しようと動き回るエネミー5だが、周り全てが水で囲まれたこの場所では到底回避しきれず、ダメージが溜まって行く。

 エネミー5はこの場の不利を悟り、空に逃れようとするも、

 

「!?」

 

 その両足に水が鎖のように絡み付き、逃げられなかった。

 

「フフ、駄目駄目。ここは既に私の結界の中。逃れる事なんて出来ないわよ」

  

 やがて絡み付いた水の鎖は全身に巻き付き、エネミー5を完全に拘束する。

 

「こんな所に潜んでいたのが仇になったわね。覚えておくといいわ。私のミステリアス・レイディは水のある所では無敵だと言う事を」

 

 楯無は水を操り巨大なランスを作り出す。その水のランスがドリルのように高速回転を始めた。

 

「アナタがどこの誰だか知らないけど、私の学園を土足で踏みにじった事を後悔なさい!───蒼流旋!!

 

 水のランス───蒼流旋がエネミー5を貫く。

 ほとんど何も出来ないまま、エネミー5は機能を停止した。

 

 

 

 

「ふう、取り敢えず終わったわね」

 

 楯無はそう呟くと機能停止したエネミー5を抱えて宙に舞う。途端にナノマシンを操り固定していた海面が元に戻って行く。

 ミステリアス・レイディはアクア・クリスタルと呼ばれる浮遊パーツから放出されるナノマシンにより、水を操る能力を持つ。それにより水のある所では周りの全てを武器にする事が出来る。水のある所では無敵と言った楯無の言葉もあながち間違いでは無いのだ。

 

『御当主様。高町様が倒した敵機の回収が完了しました』

 

「ご苦労様。こっちも終わったから合流して回収して下さい」

 

『了解しました。本当に学園には何も知らせずに良いのですか?』

 

「構いません。私は学園からの指示で動いてる訳じゃなく、あくまで更識家当主として動いたのですから」

 

『失礼しました。差し出口をお許し下さい』

 

「構いません。では合流します」

 

『はい。それと、ひとつご報告が』

 

「何かしら?」

 

『アリーナでの戦いが終わりました。敵機は全て撃破。簪様にお怪我はございません。ですが───』

 

「ですが何?」

 

『結城志狼が重傷を負いました。現在治療中だそうです』

 

「!!」

 

『御当主様?』

 

「・・・・・・いえ、何でもないわ。では、合流します」

 

 

 楯無は敵機の回収を命じていた更識家の部下と通信を終えると、逸る気持ちを抑えて合流地点に急ぐ。

 

(志狼に一体何があったの!? どうか無事でいて!!)

 

 

 

 

 

 

 某国、某所。

 

「ありゃりゃりゃ? 全部墜とされちゃったの!? 一体どうして・・・・」

 

 束は情報収集を終えて帰還する筈だった無人機──ゴーレムが全機撃墜された事に驚いていた。

 アリーナに乱入した3機は始めから帰還しない事を想定した使い捨てであるから構わないが、上空と海中に潜ませていたものまで撃墜されるとは思わなかった。 

 束は途中まで送られていた戦闘データを解析しながら呟いた。

 

「ふ~ん、こいつらが学園最高と学園最強か・・・・束さんのゴーレムを墜とすなんて、ムカつく~!でも、まあ今回は学園の力を確かめるのが目的なんだから、良しとするか。ふむ、試験は一応合格かな?皆まだまだ成長の余地がありそうだし、もうしばらく温かい目で見守ってあげるとしよう!」

 

 そう言うと束は途端にシュンとした。

 

「はあ、とは言え今回は失敗しちゃったよ。しーくんに怪我させちゃうなんて。まさかゴーレムが箒ちゃんのいる所にビームを撃ち込んじゃうなんて・・・・しーくんが守ってくれなかったら危ない所だったよ。むう、それと言うのも全部いっくんが悪いんだ! もう、どうしてくれようか!!」

 

 そんな風に束が息巻いていると、ノックの後にスライド式の扉が開いた。

 

「束様?お食事の用意が出来ました」

 

 入って来たのは長い銀髪をツインテールにして、ゴスロリ風の衣装を着た美少女だった。

 

「うわああぁぁんっ!くーちゃああぁぁんっ!!」

 

「ふわっ!? 何事ですか、束様!?」

 

 いきなり束がくーちゃん──クロエに抱き着いた。

 

「どうしよう? しーくんに怪我させちゃったよう!」

 

「まあ、それは大変ですね」

 

「うん、どうしたらいいかな?」

 

「そうですね・・・・こう言う時はお見舞いに行ったらどうでしょう? 束様特製の医療用ナノマシンを持って行けばどんな怪我でもすぐ治せるでしょうし」

 

「!! くーちゃん天才! よし、そうと決まれば早速行って来るね!!」

 

「ああ、束様!? お食事を・・・・行ってしまいました。それにしても、しーくん様、どうかご無事で・・・・」

 

 クロエは閉じたままの目を束の消えた方向に向けて、そっと祈った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 このように志狼達の戦いの裏でも戦いがあり、誰にも知られる事無く終わりを告げた。

 

 

 だが、この戦いがよりにもよって、かの『天災』を学園に呼び込む事になるとは誰も思わなかった。

 

 

 

~side end

 

 




読んでいただきありがとうございます。

なのはの専用機レイジング・ハートのモデルは「アンジュルグ」です。ウイングゼロカスタムとどちらにするか悩んだのですが、天使のイメージはやはりこちらの方が強かったので、こちらにしました。

相方のフェイトの専用機は何になるか、予想してみて下さい。因みにこちらもスパロボからです。

次回でクラス対抗戦は完結。ようやく原作1巻分のエピソードが終わります。
ここまでに約4ヶ月もかかった亀進行ですが、今後もよろしくお願いします。



【変更点】
レイジング・ハートのモデルをウイングガンダムに変更。




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第32話 クラス対抗戦⑦~戦いの後、そして



第32話を投稿します。

今回はクラス対抗戦のエピローグと次の章のプロローグをお送りします。

あの戦いの後、志狼達がどうなったか。そして新たな騒動の影が迫る───!

新ヒロイン達(と言っても皆さんおなじみの彼女ら)も姿を現す第32話、いつもの2話分のボリュームでお送りします。ご覧下さい。



 

 

~千冬side

 

 

 クラス対抗戦の最中、突如乱入して来た3機の無人機。何者かのハッキングを受け、コントロールを失った学園で乱入者と戦い、学園を守ったのは3人の操縦者だった。

 結城明日奈、更識簪、そして、結城志狼。

 彼等の活躍で乱入者が無人機だと分かったし、強力なビーム兵器を持つ無人機の撃退にも成功した。だが、その代償として、結城志狼が重傷を負ってしまった。

 無人機との戦闘中、一夏がシールドバリアを斬り、無防備となった観客席にビームが撃ち込まれた。まだ避難中で生徒達が残された観客席を志狼がその身を呈して守り抜いた。

 その結果、彼は身体の正面に重度の火傷を負い、現在治療中であった。幸い一命はとりとめたが、火傷の痕は完全には消せず、身体に何らかの障害が残るだろうと言うのが学園の医療責任者、御門涼子教諭の所見であった。

 

 

 私は今、中央アリーナの管制室から事後処理の指揮を執っていた。セキュリティのチェックや生徒のメンタルケアなど色々と問題は残っているが、取り敢えず事態は沈静化に向かっていた。

 

 

 

 

 

「織斑先生、お呼びですか?」 

 

 管制室に呼び出していた生徒達が入室して来た。

 結城明日奈、更識簪、セシリア・オルコット、そして、織斑一夏の4人だ。

 

「ああ、皆良く来てくれた」

 

 戦いが終わったばかりでISスーツのまま着替えてもいない明日奈と更識、それとオルコットは沈痛な表情をしていた。一夏は、何故か左頬が腫れていて、鼻にはティッシュを詰めていた。

 

「織斑? その顔はどうした?」

 

「え~と、その」

 

 そう言って一夏は明日奈をチラ見するが、明日奈は見向きもしなかった。どうせ無神経な事を言って明日奈に殴られでもしたんだろう。

 

「ハア、まあいい。お前達を呼んだのは上に報告する為にお前達からも事情を聞く必要があるからだ。少し長くなるだろうから、取り敢えず座れ」

 

 私は用意してあったパイプ椅子に彼女らを座らせた。

 

「あの~、千冬姉? 俺の分の椅子がないんだけど?」

 

「お前は立ってろ」

 

「え? でも」

 

「立ってろ」

 

「・・・・・・はい」

 

 一夏が大人しくなったのを見て、私は話し始める。

 

「さて、話を聞く前にお前達が一番気になっているだろう結城の容態だが」

 

 それを聞いて3人の表情が変わる。

 

「取り敢えず一命はとりとめたそうだ。今は医療ポッドに入って治療中と連絡があった」

 

 3人は一様にホッとした表情を見せる。明日奈などは「良かった、兄さん」と涙ぐんでいて、そんな明日奈の肩を更識とオルコットが優しく叩いていた。

 そんな3人の様子にしばらくホッコリしていたが、私は話を進める事にする。

 

「さて、それでは話を聞かせて貰おう。まずは無人機が乱入した所からだ」

 

 私は事情聴取を始めた。

 

 

 

 

 

 

「よし、エネミー2を撃墜した所までは分かった。ではエネミー3との戦闘状況を教えて貰おう」

 

「はい。まず私がエネミー2を撃墜してから3人で一旦合流しました。どう対処するか相談していると、エネミー3が動き出し、こちらに向かって来ました」

 

「襲い来るエネミー3に志狼さんが立ち塞がりました。私達は援護に回ろうと左右に別れました」 

 

「私はここでシルエットを換装して、エネミー3の背後に回り、斬りつけたんですが、こう身体が180゚回転すると言う本来あり得ない動きに意表を突かれ、一撃を食らって吹き飛ばされてしまいました」

 

「それを見た志狼さんがエネミー3に襲いかかりましたが、同じく吹き飛ばされ、地表に落下しました」

 

「その後、エネミー3が放ったビームを志狼さまは何とか回避しました。そして観客席では3度目のパニックが起こりました。その後ですわね。織斑さんがシールドバリアを消滅させて乱入したのは」

 

 ここまで聞き終えて、私は気を引き締める。ここからは一夏に話を聞かねばならない。果たして何を言い出すか、内心嫌々ながら一夏に話を振った。

 

「ふむ。ここまでは分かった。それでは織斑、お前は何故あのような暴挙に及んだんだ?」

 

 私がそう聞くと、一夏は心外そうな顔で言った。

 

「暴挙? ちょっと待ってくれよ千冬姉。俺は皆を助ける為に戦闘に参加したんだぜ!?」

 

 寄りにも寄ってそう来たか。私は今にも怒鳴りつけたい衝動を抑えて、取り敢えず一夏が何を考えて行動したのか全て話させる事にした。

 

「ほう、お前が戦闘に参加してどうする? 3対1の状況だ。じきに決着は着いただろう?」

 

「それじゃ遅いよ。生徒達はパニックを起こしてたんだ。一刻も早く敵の恐怖から解放してやらなきゃ。あの敵を倒すには結城達じゃ力が足りない。一撃必殺の俺の零落白夜が必要だと思ったんだ」

 

「・・・・だからってシールドバリアを破るのはやり過ぎだとは思わないか?」

 

「それは!・・・・確かにやり過ぎだったとは思う。でも言ったろ? 一刻も早く皆を解放してやりたかったって。その為には仕方が無かったんだよ!」

 

「・・・・だが、戦闘に参加したお前はあっさり敵機に吹き飛ばされ、追撃に撃ち込まれたビームを何も考えずに避けた結果、生徒達を危険に晒した。これはどう説明する?」

 

「それは!・・・・結果的にそうなっただけで、わざとやった訳じゃない。そう、言わば不可抗力なんだよ!」

 

「・・・・成る程、不可抗力か」

 

「そう! 不可抗力。運が悪かったんだよ。それに生徒達は結城が守ったんだし、結果オーライだろ!?」

 

 一夏のその一言でその場にいた全員がキレた。

 

 まず、一番近くにいたオルコットが立ち上がり平手打ち。パァンッと大きな音が響いた。

 

「愚か者!」

 

 次に更識が思いきり向こう脛を蹴り突ける。

 

「恥知らず!」

 

 そして明日奈が右頬に左ストレートをぶちかました。

 

「下種が!」

 

 3人の攻撃を食らい、倒れる一夏。

 

「な!? いきなり何すんだよ、お前ら!!」

 

 一夏が抗議するも、3人は全く聞いておらず、

 

「織斑先生、手が汚れたので洗って来ます」

 

 と、明日奈が言った。

 

「・・・・ああ、行って来い」

 

 私が許可を出すと3人は呆気に取られる一夏を一瞥もせず、管制室から出て行った。

 

「な、何だよあいつら!? 人を殴り倒して詫びも無しかよ!?」

 

 そんな風に喚く一夏に私は近付く。

 

「一夏・・・・」

 

「千冬姉! 何なんだよ、あいつら!酷いと思わねえ!?」

 

 私は一夏の頭を掴むと、そのまま片手で持ち上げた。

 

「イデデデデーーーッ!!ち、千冬姉!?」

 

「黙れ。貴様、いつからこんな外道に成り下がった!?」

 

「アアアーーーッ!!な、何の事だよ!?」

 

「貴様、結城が守ったから結果オーライだといったな?」

 

「じ、実際そうじゃないか!!」

 

 私は一夏の頭を握る力を強くして、答える。

 

「もし、あの時観客席にビームが撃ち込まれたらどうなっていたと思う?あの場にいた者達は全員死んでいただろうな」

 

「!!」

 

「お前無人機のビームの威力を舐めてるな?アリーナのシールドバリアを破る程の威力だぞ?そんなモノがお前のせいで、バリアの無くなった観客席に撃ち込まれたら、観客席に残っていた者達はビームの高熱で焼け焦げた無惨な死体を晒す事になっただろうし、崩れた観客席の下敷きになって、避難中の者達も圧死していただろう。軽く見積もって100人近い被害者が出たはずだ。それだけの被害が出るのを結城は防いでくれたんだぞ?そのせいで結城は重傷を負ったと言うのに、それを結果オーライ?良く言えた物だな!?」

 

「うっ・・・・」

 

「そもそもお前が余計な事をしなければ、結城が負傷する事も無かったと言うのに、何故勝手な行動をした?言ってみろ!!」

 

「だ、だから俺は皆を守る為に・・・・」

 

「何が守るだ!守る所か逆に危険な目に合わせてるじゃないか!!」

 

「そ、それはだから不可抗力だって!」

 

「不可抗力?ふざけるな!お前の行動で皆が迷惑を被っているんだぞ!?いい加減自覚しろ!!」

 

「アアアーーーッ!!ご、ごめんなさーーーいっ!!」

 

「・・・・一夏、お前本当は手柄が欲しかったんだろう?」

 

 私の言葉に一夏はギクリと顔色を変えた。

 

「な、何の事だよ・・・・」

 

「惚けるな!お前敵機を撃墜すれば皆が自分の事を見直すとでも思ってたんだろう!?」

 

「ち、違う!俺は純粋に皆を助けようとして・・・・」

 

「嘘を吐け!汚名返上を狙っての行動だったんだろうが、逆に皆を危険に晒してしまうとは。こう言うのを恥の上塗りと言うんだ、この愚か者が!!」

 

「グアアアーーーッ!!割れる、割れるーーーっ!!」

 

 ゴキッと言う鈍い音が鳴り、私は一夏を離した。一夏は泡を吹いて気絶していた。

 その時、明日奈達が戻って来た。彼女らは倒れた一夏を一瞥もせず、パイプ椅子に座った。

 

「お待たせしました。続けましょう先生」

 

「ああ、そうだな。えーと、どこまで聞いたか・・・・そうだ、織斑が勝手に出撃した所までだな」

 

「織斑先生。その前に(わたくし)からひとつ報告すべき事があります」

 

「何だ、オルコット?」

 

 オルコットが手を挙げて報告した。

 

「はい。避難の指揮を執っている時の事です。列を乱し、我先にと避難しようとする輩がいましたので、やむを得ず実力行使に及んでしまいました」

 

「実力行使?何をした?」

 

「部分展開したBTのレーザーを撃ちました。足元を狙い、非殺傷設定にして出力を抑えていたとは言え、人に向けてレーザーを撃ったのは事実です。(わたくし)に何の処分も無ければ、撃たれた人達は納得しないでしょう」

 

「そうか・・・・」

 

 確かにオルコットのした事は問題ではある。だが、パニックを起こした群衆に言葉だけで言う事を聞かせるのは至難の業だ。彼女を責任者に指名したのは私だし、お咎め無しにしたい所だが、彼女の言い分も分かる。全く、一夏の奴にオルコットの責任感の百分の一でもあれば・・・・

 

「分かった。責任は私が取ると言った手前、お前に処分を下すのは忍びないが、お前の言い分も分かるからな・・・・では、セシリア・オルコット。お前にはISの武装を人に対して使用した件で5日間の奉仕活動を命じる。内容については後日決める。これでいいな?」

 

「承知しました」

 

 オルコットの件はこれでいいだろう。

 

「さて、この後の事だが、これは結城自身に聞かないと分からんだろうな」

 

「そうですね。私と明日奈はビームを受けたボロボロの状態で志狼さんがエネミー3を倒したとしか分かりませんから」

 

「ふむ、分かった。ではこれで事情聴取は終了とする。皆疲れているのにご苦労だった。ゆっくり休むといい」

 

「「「はい!」」」

 

 3人は席を立ち、管制室を出て行った。

 

「───さて」

 

 私は未だに倒れたままの一夏に近付き、耳元で怒鳴った。

 

「いつまで寝ている!とっとと起きんか!!」

 

「!うわっ!!」

 

 驚いて飛び起きた一夏の顔は随分と面白くなっていた。両方の頬が腫れていて、特に左頬にははっきり紅葉が浮いていた。こんな時だと言うのに思わず笑ってしまう。

 

「プッ、随分男前になったな、一夏」

 

「へっ?」

 

「さて、お前の処分を言い渡そう。ISの無断展開、無断の戦闘介入、シールドバリアなどの器物破損、一般生徒を危険に晒したISの取扱い違反など。以上の罪で織斑一夏、お前を2週間の懲罰房行き及び反省文1000枚を命じる」

 

「は?・・・・・・な、何でだよ!何で俺がまたあそこに入れられるんだよ!?」

 

「それだけの事をしたんだから当然だ。それと右手を出せ、一夏」

 

「?あ、ああ」

 

 一夏は困惑しているようで、あっさりと右手を出した。私は一夏の右手を取ると、白式の待機形態である白い腕輪を外した。

 

「!何すんだよ、千冬姉!?」

 

「見ての通り、白式は没収する。お前に専用機を持つ資格は無い」

 

「何だって!?」

 

「先程言ったお前の罪状。これは全て専用機持ちの規約違反だ。お前にも白式を得た時に規約を記したマニュアルを渡して読んでおくように言った筈だぞ?」

 

「うっ・・・・・・」

 

「ハア、そうか。また読んでないのか」

 

 どうやら入学時の参考書と同じく、これも読んで無かったようだ。

 

「とにかく、お前のやった事は専用機持ち、いやIS操縦者としてやってはいけない事のオンパレードだ。通常その規約を破った者は専用機持ちの資格を失い、没収される。よって、お前もその例に従わせたまでだ」

 

「そんな───!返してくれ!白式は俺のもの、俺の力なんだ!?」

 

「だから、お前にその資格は無いと言ってる」

 

 管制室の扉が開き、男の警備部員が2名入って来た。IS学園の警備部はこの学園には珍しく男女混合、男の職員も配属されているのだ。

 

「連れて行け。暴れるなら拘束しても構わん」

 

「千冬姉待ってくれ!俺の話を聞いてくれ!千冬姉!千冬姉───!!」

 

 一夏は抵抗しようとするも屈強な警備部員はビクともせず、そのまま連行された。一夏の叫び声が小さくなり、やがて聞こえなくなる。一夏が連行されるのをジッと見ていた私を、管制室で作業をしている生徒達が気の毒そうに見ていた。

 

「どうした! 手を休めてる暇は無いぞ!やる事はいくらでもあるんだからな!!」

 

「「「は、はい!!」」」

 

 パンパンと手を叩き一喝すると、皆は慌てて作業に戻った。それを確認し、私は何気なく一夏から没収した白式の腕輪を見つめた。

 

「俺の力か・・・・力に溺れ、大切な事を忘れたお前にはその資格は無いよ、一夏」

 

 今はやるべき事が山程ある。私は感傷を振り切るように白い腕輪をポケットに仕舞い、前を向いた。

 

 

~side end

 

 

 

 

~明日奈side

 

 

 織斑先生の事情聴取が終わり、私達は兄さんの様子を見に行く事で意見が一致し、医務室に向かった。

 医務室の前まで来ると、大勢の人達がいた。箒や静寐を始めとしたクラスメイト、鈴やティアナなどの他クラスの娘、虚さん、黛先輩などの上級生まで来ていて、その数は数十人に上っていた。

 

「皆・・・・一体どうしたの?」

 

「どうしたって、貴女達と同じよ明日奈」

 

「じゃあ、皆兄さんを心配して?」

 

「ああ、あの場面を見たら心配に決まってる」

 

「まだ先生からは何も教えて貰えないんだよ~」

 

 私の疑問にティアナや箒、本ちゃんが答えた。

 

「皆さん、まだ聞いてませんでしたのね。志狼さまは一命をとりとめて、今は医療ポッドに入って治療中だそうです」

 

「「「「ええええーーーっ!!」」」」

 

「何でセシリア達が先に知ってるの!?」

 

「織斑先生が教えてくれたんですわ」

 

「いや、まあ明日奈は肉親なんだから先に教えていてもおかしくは無いか」

 

 セシリアの一言に皆が驚く。ナギの問いにセシリアが答え、箒も納得していた。そんな時、医務室の扉が開き涼子先生が出て来て、

 

「貴女達、静かになさい! ここをどこだと思ってるの!?」

 

「「「「す、すいませ~~ん!!」」」」

 

 普通に怒られた。まあ当たり前だよね。そんな中でティアナが先生に詰め寄った。

 

「先生! 志狼の容態はどうなんですか?皆心配してるんです。教えて下さい!!」

 

 真っ直ぐに問うティアナに感じるものがあったのか、涼子先生が困った顔をする。

 

「とは言ってもねえ?一応守秘義務があって・・・・あら、貴女確か妹さんだったわね?」

 

 困った顔で周りを見た涼子先生と私の目が合った。

 

「は、はい!!」

 

「貴女なら肉親だから構わないか・・・・いいわ、入りなさい。他の娘は駄目よ。後で彼女から聞くようになさい」

 

 涼子先生はそう言うと私を中に入れてくれた。

 

 

 

 

 医務室に入ると所謂学園の保健室と言った室内の奥にある特別医療棟へ通された。

 そこは完全に病院だった。診察室や入院用の病室、手術室などがあるが、医師や看護師(当然、全員が女性だ)を数名見掛けただけで、生徒の姿は無かった。

 先生に連れられて廊下の一番奥、目的地である集中治療室に私は入った。そこには3m程の大きさの医療ポッドが鎮座しており、治療液で満たされたその中には酸素マスクをした兄さんが全裸で入っていた。

 

「兄さん!!」

 

 兄さんの姿は酷いものだった。両腕と胸から下の肌が重度の火傷により焼け爛れていて、見るも無惨な状態だった。

 

「・・・・・・酷い」

 

「一時は全身の4割に及ぶ火傷で危なかったけれど、何とか一命はとりとめたわ。今は再生液に漬けて皮膚の再生を行っている所よ」

 

「・・・・元には戻るんですか?」

 

「・・・・残念ながら完全に元に戻る事は無い、と思って頂戴」

 

「!?」

 

「現代医学の粋を集めた、ここIS学園集中治療室でも彼を完全に治すのは難しいの。ある程度の痕が残るのは覚悟しておいて」

 

「そんな───」

 

 明日奈は悲痛な表情で眠る志狼を見つめる。

 

「更に鞭打つようで悪いんだけど、何らかの障害、例えば麻痺とかが残る可能性もあるわ」

 

「!!それじゃIS操縦者としては」

 

「そうね。復帰はかなり難しいわ」

 

「そんな!・・・・先生、兄さんはいつ頃目覚めるんですか?」

 

「麻酔が効いてるから当分目を覚まさないわ。少なくとも丸1日は眠ってるでしょう」

 

「そう、ですか・・・・・・」

 

 本音を言えば、このまま兄さんの側にいたい。でも、側にいたとしても自分に出来る事は何も無いのが、私にも良く分かっていた。

 

「・・・・分かりました。また明日来ても?」

 

「ここに来ても辛いだろうし、あまりお薦め出来ないわね・・・・目を覚ましたら知らせるから、貴女も少し休みなさい」

 

「・・・・はい、失礼します」

 

 私は後ろ髪引かれる思いで、集中治療室を後にした。皆に何て説明すればいいんだろう・・・・

 

 

~side end

 

 

 

 

 

~志狼side

 

 

 ───白、白、白。

 

 辺り一面が真っ白な世界。いつか見た夢の世界に、俺はまた来ていた。

 

 相変わらずの白い砂浜。丘の向こう側からは波の音が聞こえるから、あの黒い海があるのだろう。ここにボーっと突っ立っていても仕方がない。俺は波の音がする方へ行ってみた。

 

 丘を登るにつれて、以前は感じなかった眩しさを俺は感じていた。そして、丘の上まで来てその正体を知った。

 以前は黒かった海。その水平線の向こうから真っ赤な太陽が昇っていた。

 燦然と輝く太陽を見つめていると、白と黒の2色しか無かった世界に色がついているのに気付いた。太陽の赤、空と海の青、白い砂浜の先には緑の木々が見える。

 以前の水墨画のような世界から、原色だけとはいえ色がついて鮮やかになった世界。その光景に俺はしばし目を奪われていた。

 

 そんな光景をどのくらい見ていたんだろう。不意に制服の袖を引っ張られる感覚がした。そちらに目をやると、以前会った白い少女がそこにはいた。

 

「君は・・・・?」

 

 俺の袖をつまんで太陽を見ていた少女は、俺の方を向いて呟いた。

 

「またあえた」

 

 相変わらず白い大きな帽子を被っている為、目許は見えないが、その口が嬉しそうに笑みを形作るのが分かった。以前会った時は3、4才くらいに見えた彼女だが、今はもう少し上5、6才くらいに見える。───この短期間で成長していると言うのだろうか?

 

 俺はしゃがんで彼女と目線を合わせると、気になる事を訊ねてみた。

 

「なあ、どうしてこの世界は前と違って色がついているんだ?」

 

「いろいろおぼえたから」 

 

「覚えた? 君が?」

 

 少女はコクンと頷く。

 

「まえにあったときはうまれたばかりだった。でも、いまはいろいろおぼえた。だからせかいがかわったの」

 

 その言葉に、俺は彼女が何者なのか分かった気がした。

 

「そうか。君が前より大きくなってるのは君が成長したと言う証なんだね」

 

 俺がそう言うと、彼女は嬉しそうに何度も頷いた。

 

「今、こうして会えたのは君が呼んでくれたからかい?」

 

「それもある。でも、マスターのからだがよわってるから。そういうときはこちらにきやすくなる」

 

 そう言われて驚く。自分が負傷した事を俺は今、思い出した。

 

「・・・・ひょっとして俺、死にかけてる?」

 

 そう聞くと、彼女はフルフルと首を横に振った。

 

「いのちはたすかる。でも、そーじゅーしゃとしてふっきするのはむずかしい」

 

「そうか・・・・」

 

 どうやら俺はかなりの重傷らしい。これは参ったな。

 

「でも、だいじょーぶ」

 

 彼女が何かを確信したかのように呟く。

 

「大丈夫? どうして?」

 

「もうすぐおかあさんがきてくれる」

 

「お母さん?君の?」

 

 彼女がコクンと頷く。

 

「おかあさんがきてくれれば、もうだいじょーぶ。マスターのケガもぜんぶなおしてくれるよ」

 

 彼女が嬉しそうに笑う。だがちょっと待て。彼女の正体が俺の思った通りであるなら、彼女のお母さんと言うのは、まさか───!

 

 その時、俺と彼女の間に風が吹いた。その風の強さに思わず目を瞑ると、

 

「もうじかんだ。またね、マスター」

 

 彼女の声が聞こえる。

 

「待ってくれ、■■■───!!」

 

 俺の声は風に消されて届かなかった。

 

 そして俺は風に巻かれて意識を失った。

 

 

~side end

 

 

 

 

~束side

 

 

「よし、これでもう大丈夫」

 

 私は自分が開発した医療用ナノマシンをしーくんに投与して、身体の再生を始めたのを見届けると、ホッと息を吐いた。

 

 学園に潜入してしーくんを見付けると、思ったより酷い傷だったので、すぐさまナノマシンを投与した。

 このナノマシンは私自身にも投与している優れ物で、肉体の新陳代謝を活性化させて、身体の傷をあっと言う間に治してくれる。ちょっとした擦り傷切り傷などはものの数秒で完治してしまうし、有害なウイルスなんかは侵入と同時に殺してくれるから病気にもかからなくなる。自動的に体調も整えてくれるから毎日健康、快食快便でいられるのだ。

 そんなナノマシンを投与したのだから、しーくんの身体も凄いスピードで再生している。この調子なら2時間もあれば完全に元に戻るだろう。

 ただ、このナノマシンにも欠点と言うか、人体の構造上仕方のない事がある。新陳代謝を活性化すると言う事は絶えず再生を繰り返すと言う事で、つまりは大量の垢が出る。まるで脱皮したみたいに。また、大量のエネルギーを必要とするので、後で無茶苦茶お腹が空く。こればかりはどうしようもないので、我慢して貰おう。

 

「怪我させちゃってごめんね。それと、箒ちゃんを守ってくれてありがとう、しーくん」 

 

 眠り続ける彼を見て、ふとサイドテーブルにボロボロのISスーツと腕時計があるのに気付いた。

 

「君は・・・・No.162か。君がしーくんのパートナーなんだね。どうだい?マスターは君を大切にしてくれるかい?・・・・・・そう、それは良かった。なら君もマスターの力になってあげなさい」

 

 端から見ると独り言を言ってるように見えるだろうけど、私は久し振りに会った娘との会話を楽しんでいるのだ。

 

「それじゃ、またね、しーくん」

 

 あまり長居すると怖ーい閻魔様に見つかってしまうかも知れない。私はしーくんに別れを告げて、病室を出た。

 

 

 

 

 外に出ると、もう月が昇っていた。今宵は満月、優しい月明かりが周りを照らしている。そんな中を私はのんびりと歩いていた。

 

「ここまで来ておいて私に挨拶も無しとは、随分と水臭いじゃないか、束」

 

「あちゃ~、やっぱり見付かっちゃったか。久し振り、直接会うのは2年振りだね、ちーちゃん」

 

 街路樹の影からちーちゃん──織斑千冬が現れた。

 ちーちゃんはゆっくり歩いて来ると、私と3m程距離を空けて止まった。この距離が今の私達の距離。かつてはすぐ側で触れ合う事すら出来たと言うのに、悲しい事だ。

 

「単刀直入に聞くぞ。あの無人機はお前の差し金だな?」

 

「うん、そうだよ。あんなの束さん以外には作れないよ」

 

「!・・・・やけにあっさりと認めたな。ならば一体何の為に?」

 

「それはどっちの意味かな?無人機を作った事?それとも学園を襲撃した事?」

 

「両方だ」

 

「無人機を作ったのは必要だったから。学園を襲撃したのは、まあ所謂テストって事かな?」

 

「テスト?無人機のか?」

 

「ノンノン。違うよちーちゃん。無人機はとっくに完成してる。遠隔操作(リモートコントロール)独立稼働(スタンドアローン)。それらは既に完成した技術だよ。今更テストなんてする必要は無いんだ」

 

「では何のテストだと言うんだ?」

 

「それはね、このIS学園が来たるべき脅威に立ち向かう力があるのか見極める為のテストだよ」

 

「来たるべき脅威だと?何だそれは?」

 

「それは近い将来必ずやって来る未曾有の危機。地球人類と言う種の存亡を賭けた生存競争。全ての有機生命体の天敵とも言うべきモノだよ」

 

「天敵? 宇宙人が攻めて来るとでも言うのか?」

 

「まあ、信じられないのも無理はないよね。でもねちーちゃん、3年以内にその時は来る。その事は覚えておいてよ」

 

 私の警告に怪訝な顔をしながらも彼女は頷いた。

 

「解った。その件は頭の片隅にでもとどめておこう。所で束、お前何しに来たんだ?」

 

「ん?しーくんのお見舞いだよ?」

 

「しーくんって・・・・まさか結城の事か!?お前ら知り合いだったのか!?」

 

「そうでーーす!束さんとしーくんはお知り合いなのでしたーー!」

 

「はあ、お前がそんな呼び方をするのが私達以外にもいるとはな・・・・ん?ちょっと待て。お見舞いってお前何をした?」

 

 私はしーくんに投与したナノマシンの効果を説明した。説明し終えるとちーちゃんは頭を抱えてしまった。

 

「束・・・・またとんでもない物を」

 

「でも、それを使わなきゃしーくんは操縦者として再起不能だったよ?それでも駄目だった?」

 

「・・・・いや、そんな事はない。むしろ礼を言うべきなのだろうな。所で副作用なんかは無いんだろうな?」

 

「無い無い。さっき話した不都合だけだよ・・・・・多分」

 

「おい!」

 

「いやあ~、実は男に投与したのは初めてだから、予想もしてない事が起こる、かも?」

 

「・・・・・・」

 

「だ、大丈夫だって。おかしな事にはならないから、うん」

 

 ちーちゃんはジト目で私を見ていたが、やがて諦めたようにため息を吐いた。

 

「ハア、お前のやる事に一々文句をいっても仕方がないか。分かった。結城の体調にはしばらく注意しておく」

 

「さっすがちーちゃん、分かってるぅ♪」

 

 私は話が終わったのを見計らい、胸の谷間から懐中時計を取り出して時間を確認する。

 

「あ、そろそろかな?」

 

 私がそう呟くと、私とちーちゃんの間に何かが落ちて来た。完全に慣性を制御したそれは落下の衝撃など全く無く、わずかに風を巻いただけで静かに着地した。

 私を認識したそれは光学迷彩を解いて姿を現した。それはニンジン型のロケット。私が移動の為に作った光学迷彩やステルス機能を備えたお気に入りの逸品だ。

 

「それじゃ、またね、ちーちゃん」

 

「妹に、箒には会って行かないのか?」

 

 全く、この親友は痛い所を突いてくる。

 

「・・・・会いたいけど、今は会えないよ。私は相当恨まれてるだろうからね。しーくんのお陰で精神的に大分安定したみたいだから、もう少し時を置いたら会いに来るよ」

 

「・・・・それは逃げではないのか?」

 

 本当に痛い所を突いてくる。そっちがその気なら!

 

「かもね。でもちーちゃん、私の事より自分の心配をしたら?これから大変だよ、いっくんは」

 

 私がそう言うと、ちーちゃんは辛そうに眉根を寄せた。

 

「ぐ、ああ、分かってる・・・・しかし意外だな。一夏の奴が箒にした事をお前が知らない筈無いのに、未だにそう呼んでるとは」

 

「ふふーんだ。束さんは仏のように広い心の持ち主だからね」

 

「嘘つけ。堪え性の無いお前のどこが仏だ」

 

「ねえちーちゃん。『仏の顔も3度まで』って諺があったよね。箒ちゃんを泣かせた事でひとつ。今回箒ちゃんを危険に晒した事で二つ。もうリーチだよ?本当に気をつけないと、どうなっても知らないよ?」

 

 私がそう言うと、ちーちゃんは顔を青くしながら言った。

 

「・・・・ああ、肝に命じておく」

 

「うん、そうして。それじゃ、今度こそバイバイ、ちーちゃん」

 

 私はロケットを発進させ、学園を後にした。 

 

 

~side end

 

 

 

 

~明日奈side

 

 

 サアアアアアア────

 

 汗ばんだ素肌に熱いお湯が流れていく。熱いお湯が身体を流れていく快感に、私はほっと息を吐いた。

 

 医務室の外で待っていた皆に兄さんの容態を説明すると、ある者は泣き出し、またある者は悔しげに壁を叩き、そしてある者は俯き、唇を噛んでいた。

 そんな皆に声をかけたのは、最年長の虚さんだった。虚さんは皆に「諦めるのはまだ早い。全ては志狼さんが目を覚ましてからだ」と言い、皆を励ましつつ、その場は解散させた。私にも声をかけてくれて、「シャワーでも浴びて気分を変えてらっしゃい」と言ってくれた。

 

 自室に帰った私は虚さんの言う通り、こうしてシャワーを浴びているんだから、我ながら単純なものだ。

 とは言え、シャワーを浴びる事で不安や後悔などが汗と共に流れてくれたのか、少しだけ気分が上向いた気がする。

 ボディソープを泡立て、全身に満遍なく塗布する。肩から腕、お腹から背中、首筋から胸へ。箒のような規格外には敵わないが、クラスでも上位に入る大きさの胸は密かな自慢のひとつ。兄さんが巨乳好きだと知った時から励んだバストアップは、フランス人の亡き母の血のお陰か、中学の頃から着実に成果を現し、今尚成長中だ。

 上半身の次は下半身。太股から足の爪先へ、くびれた腰から丸みをおびたお尻へ、最後に髪と同じ亜麻色の繁る股間へと。全身泡まみれになると、シャワーヘッドを壁から外して熱いお湯で洗い流す。

 身体の後は髪。シャンプーをつけて丁寧に櫛梳る。長い髪は洗うのが大変だけど、兄さんがロングの方が好きだと知ってから伸ばし始め、今では背中までの長さをキープしている。

 亡き母譲りの亜麻色の髪も私の自慢のひとつ。私は母方の血が濃く、姉妹でありながら妹の雪菜とは外見はほとんど似ていない。純日本人的な外見の彼女は、むしろ血の繋がらない兄さんと似ていると良く言われていた。

 

(そうだ──お父さんや雪ちゃんにも兄さんの事を知らせなくちゃ)

 

 2人に兄さんの現状を知らせるのは正直気が重い。だけどこれは私の役目だ。気が重い云々と言ってる場合じゃない。私はシャワーから上がったら実家に連絡する事を心に決めた。

 

 髪を洗い終えるとシャワーを止めて、鏡に映った自分をじっと見つめる。

 そして、自分自身に問いかけてみた。

 

 うん、私は今でも兄さんを愛している。それは兄さんのあの姿を見た後でも微塵も揺らいでない。兄さんに障害が残るというなら私が支える。今まで兄さんにはずっと助けて貰って来た。今度は私の番だ。辛い事もあるかもしれない。悲しい事もあるかもしれない。でもこれは私の役目。誰にも譲ってやるもんか!

 

 私は両手で顔を叩いて気合いを入れ直す。

 

(───よし、行こう!!)

 

 私は決意を新たにして、浴室を出た。

 

 

 

 バスタオルで身体を拭いていると、部屋に備え付けてある内線電話が鳴った。

 これが鳴るのは珍しい。友達ならば直接携帯にかけて来るし、寮長、副寮長の先生達も同様だ。ならばそれ以外の学園関係者からの連絡で、今最も連絡が来る可能性があるのは───!!

 私はバスタオルを放り出し、全裸のまま慌てて電話に出た。

 

「もしもし、結城です!」

 

『ああ、結城さん? 御門です』

 

 思った通り、相手は涼子先生だった。

 

「先生、ひょっとして兄さんが目を覚ましたんですか!?」

 

『ええ、その通りなんだけど』

 

「? けど何です?」

 

『・・・・うん。やっぱり直接見て貰った方が早いわね。今から医務室まで来てくれる?』

 

「すぐ行きます!」

 

 私は電話を切ると、直ぐ様部屋を飛び出そうとして、自分が全裸である事に気付いた。慌てて着替えて、濡れた髪も乾かさぬまま医務室のある学園本校舎を目指して走った。

 

 

 

「涼子先生!!」

 

 私は扉を破らんばかりの勢いで、医務室に飛び込んだ。

 

「! びっくりした。まだ3分くらいしか経ってないわよ」

 

 自室からこの医務室まで徒歩で約7、8分。それを3分で走破したのだから我ながら大したものだ。だが、そんな事はどうでもいい。

 

「先生!兄さんは!?」

 

「ちょっと、落ち着いて!今案内するから!」

 

 私の勢いに圧されつつも、涼子先生は席を立ち、私を奥へ誘う。

 特別医療棟に入ると、先程の集中治療室ではなく入院用の病室に通された。そこには───

 

「兄さん!?」

 

 兄さんがベッドに寝かされていた。私の声に兄さんがゆっくりと目を開けた。

 

「・・・・・・明日奈」

 

「ああ、あああ───っ兄さん!!」

 

 私は思わず兄さんに抱き付いた。信じられない事にあれだけ酷かった火傷の痕が綺麗さっぱり消えていた。まだ身体に力が入らないようだけど、抱き付いた私の頭に優しく手を置いてくれた。

 

「兄さん、良かった。兄さん!」

 

 後から後から涙が溢れて来る。

 

「・・・・心配、かけたな・・・ごめん、な、明日、奈」

 

 私は溢れる涙も拭わぬまま、兄さんを見つめて、声を出そうとした、その時、

 

 

 グウウウウゥゥゥーーーーッ!

 

 

 突然鳴り響いた音に私の涙が止まった。私は兄さんと顔を見合わせると、

 

 

 グウウウウゥゥゥ~~~ッ、キュルルッ!

 

 

 再び音が鳴り響いた。

 

「兄さん・・・・・・」

 

「明日奈、俺・・・・腹が、減った・・・」

 

 その、あまりの情けない顔に私は思わず笑ってしまった。

 

「プッ、クスクス、うん。ちょっと待って。先生、兄さんに何か食べさせても?」

 

「そうねえ、重症患者なんだから本来なら重湯くらいしか胃に入れちゃ駄目なんだけど、検査の結果、全くの異常無し。懸念してた後遺症も無く、完全に健康体なのよねえ、彼」

 

「え? それじゃあ兄さんが弱ってるのは、お腹が空いて力が入らないだけなんですか!?」

 

「まあ、そうなるわね。本当、信じられないわ」

 

 私はベッドでお腹を鳴らしてる兄さんを見て、泣き笑いの顔で絶叫した。

 

「もう、散々心配させといて、何よそれーーーーっ!!」

 

 

~side end

 

 

 

 

~志狼side

 

 

 一夜明けて、次の日。俺は特別医療棟の病室に入院していた。

 

 御門先生に写真を見せて貰い自分がかなりの重傷だったと知った。あれだけの火傷が今は見る影も無い。ピンク色の新しい皮膚が再生されて傷ひとつ見当たらないのだ。但し、身体がちっとも動かせない。手を上げるのも一苦労で、身体を起こす事も出来ないのだ。

 御門先生の所見では身体のエネルギーが足りていないのだと言う。俺の身体は再生に全てのエネルギーを使い、今尚再生中の為、カロリーの摂取量と消費量では圧倒的に消費する量が多くなっている。その為に身体を動かす力が足りないのだろうと言われた。いずれ摂取量が消費量を上回れば、安定して身体も動かせるようになるらしい。

 昨夜もとにかくカロリーの高い物をと、甘い物を食べまくったが、全く足りていない。今日もこれから明日奈が色々作って来てくれると言うので待っているのだ。

 

 

 

 

 ノックの音がして誰かが入って来る。明日奈かと思いきや、先生達であった。織斑先生、真耶先生、御門先生の3人だ。

 

「志狼君! もう、あれだけ無茶しちゃ駄目って言ったでしょう!!」

 

 寝たきりで動けない俺を見て、真耶先生は泣きながら抱き付いて来た。余程心配をかけたのだろう、泣きながら抱きしめられつつ、お説教されると言う珍しい体験をしてしまった。

 抱きしめられると言う事は当然あの巨大な胸に顔を埋める事になり、お説教されてる間、俺は天国にいた。

 お説教が終わると素に戻って、抱きしめてる事に気付いて真っ赤になって恥ずかしがる真耶先生。相変わらず我が師は天使であった。

 

 真耶先生のお説教を苦笑しながら見ていた織斑先生達だったが、俺の身体のあり得ない回復について何か心当たりが無いか御門先生に尋ねられた。

 俺は正直に夢の中で会った白い少女との会話の内容を話し、彼女のお母さんとやらが何かしたのではないかと報告した。

 俺の話に御門先生は怪訝な顔を見せ、真耶先生は夢の世界に心当たりがあるのか、少女の正体については言明を避け、それでもその娘を大切にするようにと言われた。そして織斑先生はじっと何かを考えているようだったが、話を終えて病室を出る時に変な事を聞いて来た。

 

「結城、お前は篠ノ之束と会った事があるのか?」

 

「いいえ? ありませんけど」

 

「本当か?」

 

「本当です。そもそも博士の顔は公開されてないじゃありませんか。仮に会ったとしても分かりませんよ」

 

「そうか。そうだったな」

 

 篠ノ之束博士は国際指名手配されている。にも拘わらず顔が公開されていない。これでは指名手配の意味が無いとは思うが、博士の危険性を鑑みて、一般人が無暗に手を出さないようにする為の措置だと言う。結局彼女への対処は政府筋にしか出来ない訳だ。

 だから仮に街中で会った人が博士だったとしても、俺には分からない。よく考えたらこっちの方が危なくないか?やはり顔は公開すべきだよなあ。

 

「おかしな事を聞いたな。忘れてくれ」

 

 そう言って先生達は出て行った。

 

 

 

 

 

 しばらくすると、再びノックの音が。今度は明日奈であった。

 

「兄さんお待たせ。お腹空いたでしょ?」

 

 そう言って入って来たのは明日奈だけではなかった。箒にセシリア、神楽や静寐、ナギ、清香、ゆっこといつも昼食を共にするメンバーが一緒だった。

 

 明日奈は大量のおにぎりやおかずの定番、鶏の唐揚げやハンバーグ、豚のしょうが焼きと言ったとにかくカロリーを大量に摂取出来るものを作って来てくれた。

 1人でこれだけの量を作るのは大変だったと思ったら、箒や神楽、静寐も手伝ってくれたのだそうだ。俺は皆に礼を言って、食べ始めた所で問題が起こった。

 

「はい兄さん、あーん」

 

 先程も言ったが俺は身体を動かせない。手を上げるだけでも一苦労の今の状態では食べさせて貰うのも仕方がない事なのだが、さも当然とばかりに食べさせる明日奈を見た皆が自分もやりたいと言い出したのだ。

 

 箒には自分が作ったと言う唐揚げをあーんして貰う。「これは、いいものだな」と彼女はご満悦だった。因みに唐揚げはとても美味かった。

 セシリアにはハンバーグを一口大にしてあーんして貰う。「うふふ、これって楽しいですわ」と彼女はとても楽しそうだった。

 神楽は箸の使い方がとても美しく、一番食べやすかった。彼女にそう言うと頬を赤く染め、恥じらっていた。可愛い。

 静寐は何だか手慣れている感じがしたので聞いてみると、お母さんが病気になった時にやった事があるのだそうだ。ただ、俺にあーんした後、「でも男の人にやるのは初めてです」と照れていた。とても可愛い。

 清香とナギは2人して張り合うように食べ物を口に入れるので忙しなかった。清香はハンドボール部、ナギは陸上部とお互い運動部に所属し、何かと張り合うライバル同士なので、2人で何かやると必ず競争になってしまうのだ。ただ、今回はやめて欲しかったな。

 最後にゆっこだが、彼女は食べさせるよりも、大量にあるおにぎりを食べたそうにしていたので奨めると嬉しそうにおにぎりを頬張っていた。彼女は大食いと言う訳ではないが、お米が大好きなのでおにぎりには目がないのだ。

 それぞれタイプの違う美少女達に入れ替わり立ち替わりあーんして貰ったのだから、世の男達からしたら羨ましがられるようなシチュエーションの筈なんだが、却って疲れた気がした。

 

 

 食べ終わると学園の現状を教えて貰った。

 まずクラス対抗戦の結果は、俺と簪の同時優勝と言う事になり、副賞の「食堂のデザート半年間フリーパス」は1組と4組に配られるそうだ。

 乱入して来た3機のISについては現在調査中であり、恐らくはどこかのテロリストによる犯行として片付けられるだろうとの事。実際便乗して犯行声明を出しているテロ組織がいくつもあるらしい。実際に戦った明日奈や簪、俺にも箝口令が出されているそうで、誰にも話さないようにと念を押された。

 最後に織斑の処分だが、2週間の懲罰房行きと反省文1000枚、更に白式の没収となったそうだ。ある意味当然だと言えるし、人によっては甘いと言うかもしれない。これだけの罰を受けて変われなければ、織斑一夏は本当に終わりだ。俺としてはどうでもいいが、織斑先生の気持ちを考えれば善い方に変わってくれたらいいと思う。

 

 

 色々と教えて貰い、皆に改めて礼を言うと皆は帰って行った。明日もまた来てくれるそうだが、あーん合戦はもう勘弁して欲しい。

 

 

 

 

 

 しばらくすると、またもノックの音がして誰かが入って来た。

 誰かと思いきや簪達クラス代表団であった。

 

「志狼さん、良かった」

 

 言葉少なげに呟く簪。相当心配させてしまったようで申し訳ない事をした。

 

「心配かけたな簪。皆もすまない。身体は動かせないが怪我はもう治ってるんだ」

 

 俺のその言葉にそんな筈はないと訝しむティアナに、ならば脱がして見てみろと言って上だけ脱がせる。顔を赤くしながらパジャマを脱がすティアナには妙に嗜虐心をくすぐられた。

 

 脱いで見せると皆も納得したようだ。パジャマを着直すのにギャラクシーさんが手を貸してくれた。彼女はやけに熱の籠った視線を俺に向け、

 

「結城さん、昨日の戦いはお見事でした。強力な敵機に敢然と立ち向かい、皆を守り抜いた貴方を私は同じ操縦者として尊敬します」

 

「あ、ありがとう。でも戦ったのは俺だけじゃないよ」

 

「勿論明日奈も簪も素晴らしかった。ですが私が最も感銘を受けたのは貴方なんです!」

 

「そうか。そう言って貰えるのは素直に嬉しいよ、ギャラクシーさん」

 

「私の事はどうかヴィシュヌとお呼び下さい」

 

「分かった。俺の事も志狼と呼んでくれ。改めてよろしく、ヴィシュヌ」

 

 俺はゆっくりではあるが、右手を上げると俺の意図を察したヴィシュヌはその手を両手で握って、

 

「はい、志狼!」

 

 そう言って眩しい笑顔を見せた。

 

 

 そんなヴィシュヌの後ろでは鈴が「ヴィシュヌが笑った」「ヴィシュヌがデレた」「さすがだわ志狼、いっそジゴ狼に名前を変えるべきね」などと喚いていた。こいつ、身体が動くようになったら覚えてろよ。

 

 

「そう言えば、よく大人しくしてたな鈴」

 

 俺がそう言うと鈴はビクッと反応した。

 

「な、何の事かしら?」

 

「いや、敵機が乱入して来た時、お前の性格上、乱入して来てもおかしくなかったと思ってな」

 

「・・・・・・」

 

 何だか凄く気まずそうな鈴の様子を不思議に思った俺にティアナがそっと耳打ちする。

 

(クスクス あの娘ったら簪に負けたのが悔しくてあまり人の来ないトイレで泣いてたらしいの。そうしたら隔壁が降りて来て、閉じ込められちゃったんですって)

 

(ISは?鈴なら甲龍で隔壁破壊して出て来そうだけど?)

 

(ISは整備の為にピットに置いたままだったの)

 

(じゃあ隔壁が開くまでそのままか。あれ?と言う事は鈴の奴織斑の失態を見てないのか?)

 

(そうなのよ。だから未だに織斑一夏への処罰に納得行かないみたい)

 

 何ともタイミングが悪いと言うか、またしても織斑の失態を生で見る事が出来なかった鈴。果たしてこれが彼女にとって吉と出るか、凶と出るか。

 

 そう言えば鈴の奴、今日から自室謹慎の筈じゃなかったか? その事を指摘したら「あ、明日からちゃんとするわよ!」と慌ててたので、ヴィシュヌにお目付け役を頼んでおいた。

 

 

 病室に長居するのも悪いから、と20分程で皆は帰って行った。

 

 

 

 

 

 しばらくすると、またもノックの音がして誰かが入って来た。

 誰かと思いきや刀奈であった。

 

 

「は~い、志狼。調子はどう?」

 

「ぼちぼちだ。身体さえ動くようになればいいんだが」

 

「無理しちゃ駄目よ。貴方重症だったんだから」

 

 刀奈はそう言ってベッドに腰を下ろす。

 

「今日はお見舞いがてら報告に来たのよ」

 

 刀奈が言うには政府との交渉がまとまったそうだ。政府と話し合い、更識家が俺のバックに着く事を了承させたと言う。以後政府が直接俺に交渉する事は出来ず、更識家を通じてのみ交渉に応じる形になる。

 更識家は政府に対して強味を持った事になり、政府は間接的にだが俺とのパイプを繋げる事が出来た。これにより俺と更識家双方に利点が生まれ、契約は成された事になる。

 

「でも本当に良かったの? 政府の連中貴方が私のハニートラップに引っかかったと思ってるわよ?」

 

「構わないさ。ある意味事実だしな」

 

「そ、そう。ならいいんだけど」

 

 そう言いつつ顔を赤くする刀奈。照れたその表情が可愛かった。

 

「それと、護衛の件はどうなった?」

 

「そっちは問題ないわ。更識家の下部組織にうってつけの人達がいたから手配済みよ。貴方が外出するのに併せて動かすから外出する時は前日までに私に教えて頂戴」

 

「ありがとう。助かるよ」

 

「気にしないで。これも契約の内よ」

 

 刀奈が顔を寄せて呟く。何度も嗅いだ彼女の甘い匂いが鼻腔をくすぐる。

 

「あら?」

 

 彼女の匂いに触発されたのか、俺の下半身が目を覚ましてしまった。

 

「・・・・そう言えば、命の危険に晒された動物は本能的に子孫を残そうとするって聞いた事があるけど、本当みたいね?」

 

 刀奈が悪戯っぽく笑う。

 

「お、おい、刀奈?」

 

「そう言えば志狼、貴方今、動けないのよねえ?」 

 

 舌舐めずりして俺を見つめる刀奈。その様はまるで獲物をいたぶる猫のようだ。

 

「落ち着け、今はやめろって」

 

「あら?私がそう言った時、貴方はやめてくれた事あったかしら?」

 

「・・・・・・ないな」

 

「なら、諦めなさい。いつも責められてばかりなんだから、今日は私の番よ♪」

 

「おい、だから、やめ───!!」

 

 

 この日、俺は刀奈に初めて1本取られた。

 

 

 

 

 

 

 俺はベッドの上で気だるさと心地好さがない交ぜになった独特の気分を感じていた。

 

(ちくしょう、刀奈の奴、身体が動くようになったら絶対啼かせてやる)

 

 刀奈は妙にツヤツヤした顔をして帰って行った。因みに最後まではしてない。手と口だけだ。

 しかし、あいつはどんどんエロくなるな。その内太刀打ち出来なくなるかもしれん。

 

 そんな事を考えてるとまたもノックの音がして誰かが入って来た。

 誰かと思いきや虚さんと本音の布仏姉妹だった。

 

「志狼さん、お加減はいかがですか?」

 

「しろりん、大丈夫?」

 

「虚さん、本音も、わざわざありがとう。身体は動かせないけど、怪我の方はもう治ってるんだ」

 

 俺は現状を報告して、心配ないと告げた。用意してあったパイプ椅子を奨めると、本音が鼻をヒクヒクさせて「何か変な匂いがする~?」と言い出した。虚さんまで「そう言えば・・・」とか言い出したので、俺は薬品の匂いだと言ってごまかした。納得した?のか2人が椅子に座り、本題に入る。

 

「志狼さん、今日はお見舞いもありますが、整備科長としてお話があって参りました。先日から頼まれていました整備科への協力要請ですが、この度正式に受理されました」

 

「と言う事は?」

 

「はい。今後企業から直接バックアップを受けられない場合は企業に代わり、私達整備科が全面的にバックアップします」

 

「ありがとうございます」

 

 これで懸念材料がひとつ減る事になる。外部の人間が入るのが難しいこのIS学園で、整備科の協力が得られるのは大きな強味だ。俺は素直に喜んだ。

 

「・・・・つきましては志狼さんの専属整備士なんですが、本来3年生が専属に就き、1、2年生を部下にしたチームで行動するのですが、今回強く立候補した者がいまして・・・・」

 

 虚さんがそう言うと、本音が立ち上がり、言った。

 

「しろりん、ううん、志狼さん。私を貴方の専属整備士にして下さい!」

 

 と言って頭を下げた。

 

「本来なら1年生の本音に専属になる資格はないのですが、この娘には私自らが整備のイロハを教えてあります。お恥ずかしい話ですが、この娘以上の整備士は現在整備科には私と薫子さんしかいないんです。下手な上級生を専属にするより余程良いと思うのですが、如何でしょう?」

 

 俺はしばし考えて、本音に質問する。

 

「本音。専属整備士になると言う事をちゃんと理解してるか?」

 

「うん。私の整備した機体で志狼さんは実戦に出る事もある。機体に不備があれば操縦者の命が危険に晒される。専属になると言う事は操縦者に命を預けられると言う事。互いの信頼関係がなければ成立しないって事」

 

 一瞬、俺と本音の視線が交錯する。

 

「うん。俺もそう思う。それを踏まえて、俺が最も信頼出来る整備士は誰かと考えたら───君しかいなかったよ、本音」

 

「志狼さん!!」

 

「クス やっぱりしろりんの方がいいな。本音に呼ばれるのは」

 

「ありがとう!しろりんだーい好き!!」

 

 そう言って本音は俺に抱き付いた。意外と豊満な本音の胸に顔が埋まる。本音、隠れ巨乳だったのか───!

 

 埋まった顔を出して至近距離から本音と見つめ合う。

 

「布仏本音さん。俺の専属整備士になって力を貸してくれますか?」

 

「はい。結城志狼さん。私は貴方の専属整備士として貴方を守ります!」

 

 俺達は額をくっ付け合い、微笑み合った。

 

「これからもよろしく、本音」

 

「うん!しろりん♪」

 

 これってまるでプロポーズのようだと後から気付いて俺と本音は互いに赤面した。しかし、それ以上に赤面し、固まってしまったのはそんな場面を間近で見せつけられた虚さんだった。

 

 

 布仏姉妹が帰って行った。固まってしまった虚さんは「本音が私より先に大人になってしまった」などと呟きながら、本音に背中を押されて出て行った。

 帰り際、本音から絃神のスタッフに紹介して欲しいと言われたので、身体が動くようになったらと約束した。

 

 

 

 

 

 そうこうしている間に日が暮れて夜になった。

 用意された夕食を食べて(因みに突然現れたなのはさんとフェイトさんが食べさせてくれた。食べさせた後、少し話をして帰って行った。

 

 少しずつではあるが、身体が動かせるようになって来た。回復するには食って寝るのが一番だ。俺はそのまま眠りに就く。

 明日には完全復活するように祈りながら・・・・

 

 

~side end

 

 

 

 

~?side

 

 

 正面のスクリーンに色々な映像が写し出される。

 

 割れたガラス片が散らばる管制室、ドミノのように倒れ壊れた機材、グラウンドに空いた大穴等々。

 

「次はこれだ」

 

 そう言って映し出されたのはISバトルの動画。水色がかった銀の機体に終始圧倒される赤みがかった黒い機体。途中わずかに盛り返すも、結局黒い機体は銀の機体に敗れてしまった。

 

「以上だ。何か質問はあるかね?」

 

「はい。何故これらの映像を私に?他国の代表候補生同士の試合ですし、私には関係ないのですが?」

 

「本当にそう思うかね?あの黒い機体『甲龍』に誰が乗ってるか知らない君ではあるまい」

 

「ぐっ」

 

 痛い所を突いて来る。確かに、あれに乗ってるのは私の───

 

「・・・・政府は私に何を求めているので?」

 

 どう考えても分が悪い。これは素直に話を聞いた方が良さそうだ。

 

「ふむ。やはり君は優秀だ。では単刀直入に言おう。君には日本へ行って貰う。IS学園に編入するのだ」

 

「! ちょっと待って下さい! 私が学園に入学するのは来年の筈では!?」

 

「事情があってね。まあ、今見て貰った映像のせいなんだが」

 

「・・・・あの映像は何なんです?」

 

「最初に見て貰ったのは学園に転校して3日と経たずに彼女──凰鈴音が壊した物だよ」

 

「────はぁ?」

 

「管制室で模擬戦を見学していた彼女は、贔屓にしている男が負けそうになるやISを展開し、アリーナに乱入した。あの映像はそうやって彼女が壊した物を証拠として残した物だよ」

 

 私は頭を抱えていた。何をやってるのよ、あの人は───!!

 

「そして試合の動画はつい先日IS学園で行われたクラス対抗戦の試合の模様だよ」

 

 それは知ってる。あの試合は私もテレビで見ていた。

 

「彼女の試合を見てどう思うかね?」

 

「どう、と言われても・・・・」

 

 まあ、言ってやりたい事は色々あるけど。

 

「不様だと思わないかね。あれは相手を完全に舐めきってるよ。だから初撃をいきなり食らってSEを半分以上持ってかれてる。結局後半でもこの時やられた分を取り返せず負けた。これを不様と言わずして何と言おうか」

 

「・・・・お言葉ですが言いすぎでは? 仮にも他国の代表候補生に対してその発言は禁止事項に抵触しますよ」

 

「構わんよ。これは中国支部の支部長が言ってた事だ」

 

「───なっ!」

 

 それが本当ならあの人かなりやばい立場にいるんじゃ・・・・

 

「凰鈴音は次代の中国代表の最有力候補。このような不祥事や不様な試合をするようでは困るのだよ。そこで君の出番だ。君にはIS学園に編入して、彼女──凰鈴音のお目付け役になって欲しいのだよ」

 

「・・・・何故私なんですか?お目付け役なら彼女より序列の高い候補生がいるではありませんか。他国の候補生である私の出る幕はないでしょう?」

 

「本気でそう言ってるのかね?だとすれば我々は君を買い被っていた事になるが?」

 

「! 失言でした。私が彼女の従妹であり、多少なりとも言う事を聞かせられると踏んでの事ですね?」

 

「うむ。その通りだ。実は既に中国との間に密約が交わされているのだよ。中国は凰鈴音のお目付け役として君を借り受ける。我が台湾は中国から第3世代機の設計図を譲渡される。お互いに利がある話なのだよ。後は君次第と言う訳だ」

 

 そう言われて私はこの話が断れない事を理解した。但し、保身の為にも確認しておかねばならない事が幾つかある。

 

「幾つか確認しておきたいのですが?」

 

「何かね?」

 

「私は彼女とはもう3年も会っていません。そんな私に従妹と言うだけで拘束力があると期待されても困ります。場合によってはお目付け役として充分に機能しない事もあり得ます。それでもよろしいので?」

 

「構わんよ。君を派遣したと言うだけで我が国の面子は立つ」

 

「もうひとつ。彼女は専用機持ちです。場合によっては力で押さえ込む必要があると思うのですが」

 

「ああ、分かってる。だから君にはIS学園編入に当たり専用機を用意した。中国から譲渡された設計図を元にして作られた量産型甲龍の専行試作機『甲龍・紫煙(シェンロン・スィーエ)』だ」

 

 モニターに1機のISが映し出される。緑がかった青(後で知ったけどピーコックブルーと言うらしい)の機体。三叉の尻尾が付いているのが特徴的だ。これが私の専用機!

 

「ページワンでありながら長らく待たせたが最新鋭機だ。これなら君も納得してくれるだろう。どうかね?」

 

「はい!ありがとうございます支部長。このお話、お引き受けします!」

 

「結構。よろしく頼むよ、凰乱音くん」

 

 

 

 こうして私の日本行きが決まった。かの地で運命的な出会いが待っているとは、今の私には知るよしもなかった。

 

 

~side end

 

 

 

 

~?side

 

 

 部屋の扉をノックする。

 

「入れ」

 

 扉を開き中に入ると、この部屋の主である基地司令の前に立ち、敬礼する。

 

「お呼びですか、司令」

 

「良く来たな少佐。楽にしろ」

 

「ハッ!」

 

 私が休めの姿勢を取ると、司令が話し始める。

 

「まず、君の専用機が完成したと連絡があった。隊の指揮を副官のハルフォーフ大尉に引き継いで、工場に赴き機体を受領せよ」

 

「ハッ!了解しました!」

 

「少佐。君が専用機を使いこなせるようになるのにどのくらいかかる?」

 

「今の自分なら1週間もあれば完全に使いこなしてみせます」

 

「結構。では2週間後、君は日本へ行って貰う。IS学園へ転校だ」

 

「学園へですか?」

 

「そうだ。元々君は4月に入学する筈だったのだ。専用機の完成が遅れた為に今の時期に転校と言う形になったが、当初の予定は変わらんよ。我が国の力を存分に見せ付けてやれ」

 

「ハッ!了解しました」

 

 私は司令に敬礼し、部屋を辞する。

 

 

 日本。織斑教官がいる国。久し振りにあの方に会えるのは素直に嬉しいと思う。だが、

 

「・・・・織斑一夏、か」

 

 教官の輝かしい経歴に唯一の汚点をつけた許されざる者。そうかと思えば学園に入学してからも問題を起こして、周りに迷惑をかけ続けていると言う、最早教官にとって害悪でしかない愚物。

 

(貴様のような奴が教官の側にいるなど、私は許さない───!)

 

 

 私は怒りに燃える片方だけの瞳を、遠く東の空へ向けた。

 

 

~side end

 

 

 

 

~?side

 

 

 社長室の扉をノックする。

 

「入れ」

 

 扉を開けて部屋に入ると社長が私をジッと見つめていた。私はこの人が苦手だ。初めて会った時から私を見つめる、この無機質な瞳がとても嫌だった。

 

「来たか。これを見ろ」

 

 社長は一冊の冊子と履歴書を渡して来た。私は冊子を手に取る。

 

「───IS学園入学案内?」

 

「お前には2週間後にIS学園へ転校して貰う。経歴も用意してある」

 

 私は社長の言葉に驚く。IS学園へ転校?どう言う事!? 混乱しながらも用意したと言う履歴書を手に取る。そして私は更に混乱した。

 

「社長、この経歴は───?」

 

「見ての通りだ」

 

 そう言われてもう一度履歴書を見る。見間違いじゃない。

 

 

 ───シャルル・デュノア。性別、男。

 

 

 そこにはそう書かれていた。

 

「どう言う事です!? これが私の経歴だと言うんですか!?」

 

「その通りだ」

 

「でも、私は女です!経歴だって全部出鱈目、これって経歴詐称になります!こんなんでIS学園に転校なんて出来る訳無いじゃないですか!!」

 

 そう。学園のチェックはとても厳しい。軍事機密や最新技術が集まるIS学園は各国のスパイが狙っている。中には生徒として送り込まれたスパイもいるらしく、それらを排除する為に入学する生徒は徹底的に経歴を調べられる。こんな穴だらけの経歴なんてすぐにバレるに決まってる!

 

「その点は問題無い。既に対応済みだ」

 

「・・・・・・買収ですか」

 

「お前が知る必要は無い」

 

 やっぱり。でも何でこんな危険な真似をする必要があるの? バレたらただでは済まないと言うのに。

 

「私を男として学園に転校させて、何をさせようと言うんですか?」

 

「いいだろう。説明してやる」

 

 そう言って社長は説明を始める。

 現在フランスは第3世代機の開発で欧州各国から遅れを取っている。その遅れを取り戻す為、フランスはとんでもない事を計画した。IS学園にいる2人の男性操縦者のどちらか、あるいは両方に接触して機体データを盗み出そうと言うのだ。

 その為に必要なのは学園に入り込める人材。十代半ばで、IS操縦者としてそれなりの腕前を持ち、そして万が一失敗した時、使い捨てにしても構わない者。

 そして、私に白羽の矢が立った。

 

 その話を聞いて、私はこの人に親としての愛情を期待していたのは間違いだったと思い知った。

 

(私の選択は間違ってたのかな?)

 

 この人に引き取られてから、いい事なんて無かった。継母からは邪魔者扱いされて、IS適性が高いと分かると学校にも通わせて貰えずテストパイロットとして働かされ、親としての温もりなんて与えて貰えなかった。それでもこの人はお母さんが愛した人だから、そう思ってたけどその結果が使い捨ててもいいだなんて、あんまりだよ・・・・

 

「お前はまだ知らなかったな。これがターゲットの2人だ」

 

 そう言って渡されたのは写真付きの調査書。ノロノロとそれを手に取る。1枚目をざっと流し読み、2枚目を見て私は息を飲んだ。

 

(嘘───、志狼!?)

 

 私はその人を知っていた。2年前に知り合った日本人。お母さんを亡くしたばかりの私を支え、助けてくれた人。もう会う事は無いと思っていた彼と学園で再会出来ると知って、私の胸が高鳴った。

 

「どうかしたのか?」

 

「! いえ、何でもありません!!」

 

 今は私と志狼が知り合いだと知られない方がいい。知られたら絶対に厄介な事になる。

 

「お前にはラファールのカスタム機を専用機として与える。開発部に行き改造案を提出しろ。それと同時に男として振る舞う訓練も行うのでそのつもりでな」

 

「はい、分かりました」

 

「では行け」

 

 社長は手を振って退室を促す。でも私にはまだ話があった。

 

「社長、ひとつだけお願いがあります。日本に発つ前に半日だけでいいので休暇を貰えませんか?」

 

「何故だ?」

 

「・・・・母のお墓参りに行きたいんです。しばらく会えなくなりますから」

 

 私がそう言うと、社長は珍しく殊勝な顔をした。

 

「そうか・・・・いいだろう、出発前日に1日休暇をやる。シモーヌに会って来るといい」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 頼んでおいて何だけど本当に休暇を、それも1日貰えるとは思わなかった。

 

「それでは失礼します」

 

 私は社長に一礼して退室する。

 

 社長室を出ると、壁にもたれて、ホッと息を吐く。緊張してたのか今になって体が震えていた。

 社長──お父さんに引き取られてから、あの人とこんなに長く話をしたのは初めてだった。

 

 ポケットから携帯を取り出してひとつの番号を探す。

 

 ───あった。

 

 2年前、彼から別れ際に「何か困った事があったら連絡しろ」って教えて貰った番号だ。迷惑をかけると思い、結局、1度もかけた事は無かったけど、今、無性に彼の声が聞きたい──そう思った。

 

 彼の番号を押そうとして───やめた。

 

(慌てる事はないよね。2週間後には会えるんだから───)

 

 そう考え直して、携帯をポケットにしまう。

 

(もう一度会えたなら、貴方はまた、私を助けてくれるかな?───早く会いたいよ、志狼)

 

 どこまでも青く晴れたパリの空を見上げて、私は遠い東の国にいる彼を想った。

 

 

~side end

 

 

 




読んで頂きありがとうございます。

皆さんが注目していた一夏への罰はこうなりました。甘すぎると思う人もいるかと思いますが、話の都合上、彼はまだ退場させる訳にはいかないのでご了承下さい。

束、来訪。流石に正面からは来ず、こっそりと潜入しました。千冬とは決して敵対してる訳ではないが千冬の立場上、警戒しない訳にはいかなくてこんな感じになっています。2人が再び並び立てる日が来るのでしょうか?

作中初の入浴シーンは流石のメインヒロイン明日奈になりました。サービスのつもりで書いたのですが、他にも明日奈の志狼への想いの強さを感じて貰えたらと思っています。

ヒロイン達のお見舞い。作中鈴が「ヴィシュヌがデレた」と言ってますがまだデレてません。フラグが立っただけです。今後もフラグが立つかどうかはまだ決めてません。

本音が志狼の専属整備士になりました。これで彼女も正式にヒロイン枠に入ります。

そして、新たなヒロイン3人。金と銀はともかくもう1人がここで登場するのは予想外だったのでは?これからの活躍にご期待下さい。

次回はGWの日常回。志狼のもうひとりの妹が登場します。



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第33話 結城家の兄妹



遅くなりましたが、第33話を投稿します。

この場を借りて修正箇所を報告させて頂きます。
誤字報告により第30話において文章が欠けていた事に気付きました。
一夏がシールドバリアを破った後のセシリアの場面です。
加筆して修正しましたのでよろしければご覧下さい。

誤字報告して下さった方、名前を出していいのか分からなかったので控えさせて頂きましたが、報告して下さり、ありがとうございました。

それでは新キャラ多数登場の第33話、ご覧下さい。




 

 

~志狼side

 

 

 クラス対抗戦が終わり、世はゴールデンウィークに突入した。

 幸い俺の身体もあれからすぐに回復して動かせるようになったので、鈴と刀奈にはたっぷりオシオキをしておいた。(勿論、刀奈には性的にだ)

 そして5月になると、ようやく俺の外出許可が降りたので、これから実家へ帰る所だ。

 

 

 

 

 寮に残る皆にしばしの別れを告げて、俺と明日奈はモノレールに乗り込んだ。

 モノレールに揺られる事約10分。「IS学園駅」に到着した。学園側にあるのが「IS学園前駅」、本州側にあるのがここ「IS学園駅」。間違えやすいので何とかして欲しいものだ。

 

 駅を出ると、駅前に停めていた黒いセダンの前にいた一組の男女が歩いて来た。30代後半の痩身の男性と20代半ばの明るい雰囲気のショートカットの女性だった。

 

「やあ、初めまして結城志狼君。御当主の命で今日から君の護衛を務める衛宮切嗣(えみやきりつぐ)です」

 

「同じく、藤村大河(ふじむらたいが)でーす」

 

「初めまして、結城志狼です。これからよろしくお願いします」

 

 俺は衛宮さんと握手を交わした。

 

「ああ、こちらこそ」

 

「それと、妹の明日奈です。今日は実家へ帰るので同行させて貰います」

 

「結城明日奈です。よろしくお願いします」

 

「よろしくねー♪ うわあ、明日奈ちゃんって本当に美少女ねえ。お姉さん感動!」

 

「はい? あ、ありがとうございます」

 

「うんうん。あ、2人共私の事は親愛を込めて『藤姉』って呼んでね?」

 

「「は、はあ・・・・・・」」

 

「大河君。いきなり飛ばしすぎだよ。ほら、2人共戸惑ってる」

 

「あははー、ゴメンね。お姉さんちょっとハシャギすぎちゃった」

 

「「い、いえ」」

 

「ハア、それじゃ2人共車に乗って。出発しよう」

 

 衛宮さんに促され荷物をトランクに入れて車に乗る。助手席には1人の少女が座っていた。艶かな長い黒髪の黒いゴスロリドレスを着た、まるで人形のように整った容姿の美少女だった。彼女は俺を一瞥すると興味無さげに目を閉じた。

 衛宮さんが運転席に、俺と明日奈、藤村さんが後部座席に乗り込む。その時、視線を感じて振り向くと赤い大型バイクに乗った少女が俺をジッと見ていた。フルフェイスのヘルメットを被っていたので顔までは解らないが、ピッチリとしたライダースーツを着ているので抜群のスタイルが窺える。しばし俺と彼女の視線が交錯する。すると、

 

「志狼君、どうしたの?」

 

「いえ、何でもありません」

 

 藤村さんに言われて、車に乗る。俺がシートベルトを着けたのを確認して、衛宮さんが車を出した。

 

 

 皆、無言のまま車は走り続ける。しばらく走っていると、衛宮さんが、

 

「どうだい、那月君?」

 

 と聞くと、助手席の少女が答えた。

 

「大丈夫。追手は無いわ」

 

「切嗣さん、紗矢華ちゃんからも異常なしですって」

 

「了解。そのまま警戒を頼む」

 

「「了解」」

 

 どうやら無言でいたのは周囲の確認をしていたからのようで、助手席の彼女が何らかの方法で警戒をしていたらしい。

 

「志狼君、明日奈ちゃん、紹介するわね。助手席の彼女が南宮那月(みなみやなつき)ちゃん」

 

「藤村、先輩をちゃん付けで呼ぶなと何度言ったら解るんだ」

 

「え、先輩?」

 

「んふふ、那月ちゃんてあのナリで実は私より年上なのよん」 

 

「「ええ!」」

 

 見た目明日奈より年下に見える彼女が藤村さんより年上!?

 

「あの、もしかして藤村さんもまだ十代とか?」

 

「あら、嬉しい!お姉さんってそんなに若く見える?」

 

「ひゃあっ!」

 

 藤姉が明日奈に抱き付いた。

 

「ふん、お前の場合は若いんじゃなくて幼稚って言うんだ」

 

「ふ~んだ、見た目が幼い誰かさんよりマシです~」

 

「・・・・ほう、お前も言うようになったな?」

 

 南宮さんが殺気を放ち出す。だが、

 

「2人共、じゃれ合うのもいい加減にしないと、流石の僕も怒るよ?」 

 

 衛宮さんが更に強い殺気を放ち、車内にいる全員を圧倒する。

 

「うあ!」

「うっ!」

「や、やだな~、私達仲良しよ、仲良し」

「・・・・ふ、ふん」

 

 やべえ、織斑先生以上の殺気だ。この人ただ者じゃないぞ。俺はこの件から衛宮さんは絶対怒らせてはいけない人だと心に刻み込んだ。

 

 

 

 衛宮さんの殺気を皆で仲良く浴びて大人しくしていた俺達であったが、しばらくすると藤村さんがまた話しかけるようになって、車内の雰囲気が柔らかくなった。

 おしゃべりをするのは主に明日奈と藤村さんで、俺は2人の会話を聞くとはなしに聞いていた。

 

「私達は政府直轄の志狼君の専属護衛チームでね、チーム『ウルフ』って言うのよ~。そんで織斑一夏君にも専属護衛チームがあって、あっちはチーム『サマー』って言うんだって。誰が名付けたか知らないけど随分安直よねえ」

 

 これは嘘だ。とは言っても明日奈は更識家の事を知らないから詳しく話せない為だろう。事前に刀奈から教えて貰ったが、正式には更識家の下部組織のひとつ「獅子王機関」とやらに所属しているそうだ。ただ、チーム名に関しては本当らしい。確かに安直だ。

 

「あはは、それは確かに安直ですね」

 

「でしょ?4人1組のチームでうちのリーダーが切嗣さんでウルフ1、那月ちゃんがサブリーダーでウルフ2、私がウルフ3、最後にウルフ4がいるんだけど今は先行して前を走ってるわ」

 

「その人ってさっき言ってた紗矢華さんって人ですか?」

 

「あら、良く聞いてたわね。そうよ、煌坂紗矢華(きらさかさやか)ちゃん。彼女は3月にIS学園を卒業したばかりなの。言わば貴女達の先輩になるのよね」

 

 その話を聞いて、俺は駅前で俺を見ていたバイクに乗った少女を思い浮かべた。

 

「藤村さん、その娘って赤い大型バイクに乗ってませんでした?」

 

「あら志狼君、何で知ってるの?」

 

「車に乗る時、こっちを見ていたので、もしかしたらと思って」

 

「そう。その娘が紗矢華ちゃん。ちょ~っと気難しい所はあるけど、とっても可愛い娘よ」

 

 気難しいと言うのが気になるが、まあ、接する時には気を付けるとしよう。

 

 

 

 

 やがて車は都心部を離れ、郊外へ。

 1時間程走ると見覚えのある景色が見えて来た。やがて山の麓の周りに何もない所にポツンと建つ一軒家が見えて来た。高い塀に囲まれた中々広い庭を持った屋敷と言う程ではないが、それなりに大きな家。これが俺達の実家「結城家」だ。 

 

 車から降りて家を眺める。離れてからわずか1ヶ月なのに、無性に懐かしく感じるのは、それだけIS学園での日々が濃厚だったからだろうか。それに10歳でこの家に引き取られてから8年間暮らして来た場所だ。俺にとって家とはここなのだからある意味そう感じるのも当然かもしれない。

 

「帰って来たね」

 

「ああ」 

 

 いつの間にか隣りに立っていた明日奈が感慨深げに呟く。 

  

「志狼君、荷物を下ろしてもいいかい?」

 

「あ、すいません!」

 

 衛宮さんに言われて、荷物を取りに行く。明日奈の分も受け取り、衛宮さんに礼を言う。

 

「今日はありがとうございました。では予定通り、また3日後にお願いします」

 

「解りました。よい休暇を」

 

 そう言うと衛宮さんは車に乗り、走り出した。藤村さんが手を振っていたので俺達も手を振り見送った。

 

 

 

 

「さて、行こうか」

 

「うん」

 

 衛宮さん達を見送り、家に入ろうかと振り向いた時、門が開いて1人の少女が出て来た。

 肩にかかるセミロングの黒髪と同色の瞳。それに比して雪のように白い肌。体付きは細く華奢ながら病的な要素はなく、健康的な活力に満ちている。その可憐かつどこか神秘的な顔立ちは俺達を見て喜びを浮かべた。

 

「兄さま!!」

 

 彼女は弾かれたように走り出すと、真っ直ぐ俺の胸に飛び込んで来た。

 

「おっと! 全く、危ないからそれは止めろと言っただろう?」

 

「兄さま、兄さま、兄さま!!」

 

 俺の注意を聞こうともせず、彼女は俺の胸に顔を埋める。その目の端に光るものを見てしまうと、俺は何も言えず、自分の荷物を地面に下ろすと空いた右手で彼女の頭をそっと撫でた。

 

「心配かけたな。ただいま、雪菜」

 

「はい。お帰りなさい、兄さま」

 

 俺がそう言うと、彼女──結城雪菜(ゆうきゆきな)は目を潤ませながらも笑顔を見せてくれた。

 

 

 コホンッ

 

 隣りから聞こえた咳払いに俺と雪菜はそちらに顔を向ける。

 

「んんっ、え~、いい雰囲気の所申し訳ないんだけど、私がいる事も忘れないで欲しいなって・・・・」

 

 そこには若干拗ねた表情をした明日奈がいた。

 

「! ご、ごめんなさい姉さま! いや、あの、決して忘れてた訳じゃなくて、たまたま目に入らなかったと言うか、その・・・・」

 

「そっか~、雪ちゃんは兄さんしか目に入らなかったんだ。私はすぐ隣りにいたのに、お姉ちゃん寂しいな、くすん」

 

 明日奈はそう言うと泣き真似をして俯く。それを見た雪菜は更に慌てて、

 

「いや、違うんです姉さま!確かに兄さましか見えなくて思わず飛び込じゃったんですけど、決して姉さまの事を忘れてた?忘れてたのかな?えっと、!と、とにかく兄さまも好きだけど姉さまの事も好きだから、だから、その、あの!」

 

 わたわたとプチパニックを起こして訳の分からない事を言い出す雪菜。それを見て明日奈は俯きながら肩を震わせていたが、次の瞬間、明日奈は雪菜に抱き付いていた。

 

「うん、ありがとう。私も雪ちゃんが大好きだよ!」

 

「はい!? いや、あの・・・・はい?」

 

 顔中に?を浮かべる雪菜を抱きしめる明日奈。

 

(───全く、仕方のない奴だなあ)

 

 雪菜は普段から生真面目で、凛とした雰囲気を持つ美少女だ。そんな彼女から慌てたり、焦ったりと普段はしない表情を引き出すのが明日奈の悪癖であった。やり過ぎると本当に怒るので、適度な所でやめると言う絶妙な匙加減で雪菜を揶揄う様は最早名人芸だ。

 俺としても姉妹のスキンシップのひとつだと思っているし、幼少時の雪菜を知る者としてはそうやって雪菜の色んな表情を明日奈が引き出そうとするのも分かる気がするので、黙認している。

 

 日本人の父親とフランス人の母親の間に生まれたハーフであり、どちらも飛び切りの美少女であると言う点を除けば、2人の容姿は全く似ていない。

 母方の血を色濃く受け継いだ亜麻色の髪とヘイゼルの瞳の姉、明日奈。

 父方の血を色濃く受け継いだ黒髪黒瞳の妹、雪菜。

 そんな一見姉妹には見えない2人ではあったが、実際にはとても仲の良い姉妹だった。

 

 

「お~い、いい加減中に入らないか?」

 

 俺は未だにスキンシップを続けている姉妹に声をかけた。

 

「あ、は~い、兄さん」

 

「ううう、あ、はい」

 

 帰宅早々雪菜分を充填したのかホクホク顔の明日奈に対して、帰宅早々振り回されてヘロヘロの雪菜。

 2人を引き連れて、俺は約1ヶ月ぶりの我が家に帰宅した。

 

 

 

 

 家の中に入ると、荷物を置く為に俺と明日奈は一旦自分の部屋に向かった。

 荷物を置いてからリビングに降りると、雪菜がお茶の用意をしていたで手伝おうとしたら、「私がやりますから座ってて下さい」と言われてしまった。仕方なくリビングのソファーに座り、何気なくテレビを点けると放送中の番組を見て唖然としてしまった。

 

 

『特集! 結城志狼のすべて』

『IS学園の危機を救った英雄の素顔』

『結城志狼、その軌跡』 

 

 

 何故かどのチャンネルでも俺の特集をしている!?

 

「な、何だこりゃあーーーっ!?」

 

 俺の叫び声を聞いて、明日奈と雪菜が慌ててリビングに駆け込んで来た。

 

「どうしたの、兄さん!?」

「何事です、兄さま!?」

 

 2人は固まっている俺を見て、次にテレビの内容を見て、「ああ・・・・」と納得した。

 

「な、何でこんな事に・・・・」

 

「ええっと、それはね・・・・」

 

 理由を知っているらしい明日奈が説明を始めた。

 

 

 

 クラス対抗戦の模様は全世界にテレビ中継されている。当然無人機が乱入したのも、俺達がそれを撃破したのもしっかり中継されていた。

 特に織斑が破ったシールドバリアの近くにいたカメラマンがビームが撃ち込まれた瞬間をバッチリ撮っており、俺が身体を張って皆を守った所から無人機を撃破した所、更には傷付き倒れた所まで余す所無く中継されてたそうだ。

 その結果、俺は学園の生徒達を守り、傷付きながらも侵入者を倒した男として英雄に祭り上げられた。

 普段ならここまで持ち上げられる事はないのだが、織斑の大ポカを世間の目からごまかす為にもヒーローが必要であり、丁度入院中で何も文句が言えない俺に白羽の矢が立った。

 俺が入院している間、学園では取材の電話が鳴り止まず、業務に支障を来すとして、後日正式に記者会見するまで取材の全面禁止を各国のマスコミに申し渡した。これを破ったマスコミは今後一切取材を受けないと言われて、各国のマスコミも従わざるを得なかったと言う。

 

 

「───何てこった・・・・」

 

 まさか自分を取り巻く状況がこんな事になっているとは。これでは落ち着く所か入学前より更に酷くなってるじゃないか!!

 俺や学園に取材出来ないからか、かつて俺が通っていた高校の先生や友人までもインタビューを受けていた。俺はもう見る気が失せてテレビを消した。 

 

 雪菜の淹れてくれたお茶を飲んでようやく落ち着いた俺はこれからの事を相談をする。夕食は明日奈が久々に腕を振るうと張り切っていた。雪菜は明日奈に相談したい事があるそうなので、俺は自分がいない方がいいと思い自室に戻った。

 

 

~side end

 

 

 

 

~雪菜side

 

 

 姉さまに相談があると言うと、兄さまは自分の部屋に戻りました。まだ兄さまには聞かれたく無い話なので、正直助かります。

 

「それで、相談って何?」

 

「まずはこれを見てください」

 

 私は一通の封筒を姉さまの前に差し出します。姉さまは封筒を手に取り、私の方を見ます。私が頷くと、姉さまは封筒を開けて中身を取り出しました。

 

「──『結城雪菜様。貴女はこの度、代表候補生採用試験第1次審査に合格した事をここにお知らせ致します』・・・・雪ちゃん、これって」

 

「はい。見ての通り、代表候補生採用試験の1次審査に合格しました。私は代表候補生になって来年からIS学園に通いたいと思ってます」

 

 私は自分の進路について初めて家族に相談しました。本来なら父さまに相談すべきなのでしょうが、仕事で留守がちな父さまより、現役の代表候補生である姉さまに直接相談した方が早いと思ったのです。

 

「───そっか、雪ちゃんIS学園が第1志望なんだ

・・・・うん、私は反対しないよ。お父さんが留守がちなこの家に1人でいるより、IS学園に入れば3人一緒にいられるしね。でもね、代表候補生になる必要は無いんじゃないかな?」

 

「!? ですが、それでは兄さまの力になれません!」

 

「やっぱり。兄さんの側にいたいから、その力を求めて代表候補生になろうとしてるんだ。でもね、それは本当に雪ちゃんがやりたい事なのかな?」

 

「勿論です! 私は兄さまをお守りしたくて──「そんな事しても兄さんは喜んでくれないよ」!?」

 

「雪ちゃんが自分の為に進路を選んだのだとしたら、兄さんはきっと喜んではくれないと思う」

 

「! でも、姉さまだって!?」

 

「雪ちゃん、順番が違うよ? 私が代表候補生になったのは兄さんがISを動かせる事が発覚する前だよ」

 

「! あっ・・・・・・」

 

 そうでした。姉さまは最初からIS操縦者を目指して代表候補生になったのでした。その後、兄さまがISを動かしてしまい、IS学園に通う事になったので、今2人が同じ学園に通っているのは偶然。本来ならあり得ない事なのです。

 

「それにね、代表候補生って、いざと言う時軍属として動かなくちゃならないんだよ? 上の命令に従って戦う事が貴女に出来る?」

 

「そ、それは・・・・」

 

 姉さまの言葉には現役の代表候補生として、そして実戦を経験した者としての重みがありました。私は何も言い返せませんでした。

 

「さっきも言ったけど、IS学園を志望校にするのはいいと思う。でも、代表候補生を目指すのはもう少し考えた方がいいんじゃないかな?」

 

「・・・・・・はい」

 

 私は何も言い返せず、ただ俯くだけでした。

 

 

~side end

 

 

 

 

~志狼side

 

 

 その日の夕方、俺は携帯で浅葱と話をしていた。無人機との戦いでかなりのダメージを負った孤狼はメーカーでの修理が必要となり、今は絃神の本社に送られている。その状況を聞いているのだ。

 

 

「それで、孤狼はどんな具合だ?」

 

『順調よ。フレームは無事だったから装甲を全部取り換えて調整するだけだから、思ったより早く済みそうよ』

 

「そうか。折角のGWだってのに悪いな」

 

『いいわよ別に。どうせやる事も無いんだから』

 

「・・・・若い娘が折角の連休だってのに、それはどうかと思うが」

 

『うっさい! 余計なお世話よ!! それより約束は忘れてないでしょうね!?』

 

「ああ、連休の最終日でいいんだよな?」

 

 以前、ホテルのスウィーツバイキングに付き合うと約束したので、GWの最終日に行く事にしたのだ。

 

『そうよ! 楽しみにしてるんだからすっぽかしたら承知しないんだからね!?』

 

「分かってるよ。所で本音はどうしてる?」

 

『本音ちゃん? 元気にやってるわよ。基樹も筋がいいって誉めてたわ』

 

 先日、正式に俺の専属整備士になった本音は孤狼が修理の為に絃神本社に送られる事を知ると、自分も一緒に行って勉強したいと言い出した。

 本音の心意気に感銘を受けた浅葱が二つ返事でOKを出して、研修の名目で本音は今、絃神に行ってるのだ。

 

「そうか。よろしく頼むよ」

 

『任せなさい。それじゃ、約束忘れないでよ!』

 

「ああ、またな」

 

 

 電話を切ると丁度夕食が出来たようで、明日奈が呼びに来た。久々の明日奈の力作だ。冷めない内に頂くとしよう。

 

 

~side end

 

 

 

 

~明日奈side

 

 

 夕食の後片付けが終わった。久々に腕によりをかけた料理は我ながら上出来で、兄さんも喜んでくれた。ただ、雪ちゃんは今イチ元気がなかった。代表候補生になる事を私に反対されたのが原因だろうが、私の意見は変わらない。

 あの娘は代表候補生になるという事を甘く見ている。確かに代表候補生、それもページワンともなれば様々な恩恵を受けられる。だがそれと同時に果たさねばならない義務も生じるのだ。それを考えるとやはりあの娘には荷が重い。だからあの時ああ言ったのは決して間違いではないと思うのに、何かが引っ掛かってスッキリしない。

 そんな事を考えていると、兄さんがキッチンにやって来た。

 

「どうしたの、兄さん?」

 

「ああ、ちょっとコーヒーでも飲もうかと思ってね」

 

 兄さんはそう言うとお湯を沸かして、コーヒーメーカーの準備をし始めた。

 

「明日奈も飲むか?」

 

「うん。ブラックで頂戴」

 

「ブラック? 珍しいな」

 

「ちょっとね。そんな気分なんだ」

 

「ふ~ん・・・・」

 

 しばらくして兄さんがコーヒーの入ったマグカップを持って来てくれた。

 

「ほら。本当にブラックでいいんだな?」

 

「うん。ありがとう」

 

 そう言ってコーヒーを一口飲む。あう、やっぱり苦い。でも私がブラックと言ったからか、かなり薄めに淹れてくれたみたい。こう言う心遣いが素直に嬉しい。

 

「・・・・ありがとう、兄さん」

 

「ん。それで?雪菜とケンカでもしたのか?」

 

 やっぱり兄さんにはバレバレみたい。こうなったら素直に相談した方がいいのかな?

 

「ん~、ケンカって訳じゃないんだけど、ちょっと意見の食い違いがあってね」

 

 私はポツポツと雪ちゃんに相談された内容を話し始めた。

 

 

 

 

「───と言う訳なんだけど」

 

 話を終えて、冷めてしまったコーヒーを飲む。話を聞き終えた兄さんは何かを考えるように顎に手を当てている。

 

「・・・・つまり明日奈は何に引っ掛かってるか分からなくてスッキリしない、と」

 

「うん。何なんだろう、これって」

 

「これは俺の意見として聞いて欲しいんだが、要は明日奈が本当に雪菜に伝えたい事が伝わってないからじゃないか?」

 

「本当に伝えたい事?」

 

「ああ。話を聞くと雪菜が代表候補生を目指してるのは俺の力になりたいかららしいが、これに反対するのに俺が喜ばないからと言ってるよな?」

 

「うん。それとも兄さんは嬉しいの?」

 

「そうだなあ・・・・確かに雪菜が本当にやりたい事があって、それを断念してでも俺の為に代表候補生なろうって言うのは反対だよ。でも、もし雪菜自身が目指す将来の為に代表候補生になる必要があるなら応援したいと思う」

 

「それは、私もだけど・・・・」

 

「なあ明日奈、雪菜が代表候補生になるのに反対する一番の理由はなんだ?」

 

「それは、雪ちゃんが心配だから・・・・あっ!」

 

「それがお前が一番伝えたい事じゃないのか? 雪菜からすれば、自分の目指す立場にいる姉に相談したら、理詰めで反対されたんだ。簡単に納得出来ないだろう。代表候補生である明日奈の言葉は雪菜からすれば経験者の言葉だ。動機が俺って事もあるが、真面目な娘だから気にしすぎてるんだろう。だからこそ理詰めで納得させるんじゃなく、自分の、ありのままの気持ちを伝えた方がいいと俺は思うよ」

 

 ・・・・そうか。言われてみれば、私は反対する理由に兄さんの気持ちや代表候補生のデメリットを挙げただけで、私自身の気持ちを伝えてなかった。だからスッキリしなかったんだ。何だか目の前の霧が晴れた気分だ。

 

「ありがとう兄さん、もう一度雪ちゃんと話をしてみるよ!」

 

「ああ。それがいい」

 

 私は立ち上がり、雪ちゃんの部屋に向かう。でもその前に、

 

「明日奈?」

 

 私は兄さんに背中から抱き付いた。

 

「ありがとう兄さん、大好き!」

 

 頬を合わせると兄さんの温もりや匂いを感じる。自分の頬が熱くなるのを感じながら、私ふと、初めてこの温もりを感じた日の事を思い出していた。

 

 

 

 

<><><><><><>

 

 

 

 

 お母さんが亡くなった。流行り病だった。体調を崩して入院したと思ったら数日と経たない内に亡くなってしまった。当時6歳だった私はただ悲しくて泣いて過ごす日々が続いた。

 そんな悲しみも時が癒してくれるのか、私が泣き止み、お母さんの思い出を少しずつ話せるようになった頃、私は小学校に入学した。

 

 

 私の容姿は日本人とはかけ離れている。亡き母譲りの亜麻色の髪とヘイゼルの瞳は黒髪黒瞳の子供達の中でかなり目立っていた。だからだろうか、いつからか私はクラスの男子達から嫌がらせを受けるようになっていた。

 

 物を隠される事に始まり、髪を引っ張られたり、時にはスカートをめくられたりもした。クラスの女子は遠巻きに見ているだけで助けてはくれず、先生に至っては学級会でおざなりに注意をするだけで、何の助けにもならなかった。

 次第に私は学校へ行かなくなり、夏休み前には立派な登校拒否児童になっていた。心配したお父さんが学校に抗議をしたみたいだけど、学校側は言い訳するばかりで結局何も変わらなかった。

 

 

 夏休みになったある日の事だった。近所に買い物に出掛けた私は、私に嫌がらせをしていたクラスの男子グループと偶然出くわしてしまった。

 私が逃げると彼らは追って来た。捕まったら何をされるか分からなくて、怖くて必死に逃げたけど人数も多く、次第に私は追いつめられ、とうとう捕まってしまった。

 私を捕まえた彼らは学校に来ない事をなじり、罰を与えると言い出した。私は抵抗したけど、数人がかりで身体を拘束されて身動きが出来なかった。私は怖くて泣きそうだった。そんな時、パシャパシャとカメラのシャッター音が聞こえた。音のした方を見ると私よりいくつか年上の見た事ない少年が携帯を掲げていた。

 

「そこまでだ。お前らの悪さの証拠はここに収めた。これ以上やるなら親は勿論、学校や警察に報告するぞ」

 

 その少年はそう言うと、ゆっくり近付いて来た。明らかに自分達より年上の少年の登場に、気後れしていた男子グループのリーダーは食って掛かったけど、少年に耳元で何かを囁かれると、顔を真っ赤にした後、皆に引き上げるように言って、他の子達と共に引き上げて行きました。

 

 私は拘束から解放されて、膝を着いたまま、しばし呆然としていました。そんな私に少年は目線を合わせてこう言いました。

 

「怖かったろう? もう大丈夫、良く頑張ったな。偉いぞ」

 

 そう言って少年は私の頭を優しく撫でてくれました。私の目から涙がポロポロと零れて来ました。今まで誰も助けてくれなかった。どうして自分がこんな目に合うのか分からないまま、怖くて、辛くて、悲しかった。でも、初めて助けてくれる人が現れた。その人の言葉が、触れる手がただ優しくて、暖かくて、安心したら涙が止まらなかった。少年は私が泣き止むまで、ずっとそうしてくれました。

 

 

 しばらくして私が泣き止むと、少年は家まで送ると言ってくれました。私は恥ずかしい事に極度の緊張から解放されたせいか腰が抜けて立てなくなってしまった(少し漏らしてしまったのは絶対秘密だ!)ので、少年におんぶして家まで連れてって貰った。

 

 道すがら少年が元々は孤児で、新しいお父さんに引き取られて今日この街にやって来た事、新しい家族と上手くやっていけるか不安で、気持ちを落ち着けようと散歩してたら私が襲われているのを発見して助けてくれたのだと教えてくれました。

 そんな少年に私は今まで誰にも聞けなかった事を、そっと聞いてみました。

 

「私の髪と瞳って、そんなに変なのかな? 皆と同じ黒かったら皆と仲良く出来たのかな?」

 

 少年は私を降ろすと、再び目線を合わせてこう言ってくれました。

 

「俺のいた施設にはね、親のいない子供達が何人もいるんだ。皆俺より年下で黒髪だけじゃなく、金色や銀色、紫色なんて髪の子や、青や翠なんて瞳の子もいたんだ。広い世界には沢山の髪や瞳の色があるんだよ。それに比べれば君の髪も瞳もちっとも変じゃない。とっても綺麗だよ」

 

 そう言ってくれた少年に私は思わず抱き付いた。この色はお母さんの色。誰かに変じゃないって、ずっとそう言って欲しかった。例えこの髪と瞳のせいでいじめられたとしても、決して否定したくなかった。

 家族じゃない、他人である少年に肯定して貰って、初めて私は心が軽くなったのを感じていた。

 

「ありがとう、お兄さん」

 

 そんな私の背中を少年──お兄さんは優しく叩いてくれました。

 

 

 歩けるようになった私はお兄さんと手を繋いで家路に着きました。家の場所をお兄さんに教えると、お兄さんは何故か驚いていました。

 やがて家が見えて来ると、家の前にはお父さんと妹の雪菜がいました。私は2人に駆け寄ります。

 

「お父さん、ただいま!」

 

 近頃見せなかった笑顔でお父さんに駆け寄ると、お父さんは驚いていました。

 

「お帰り明日奈。どうしたんだい?何かいい事でもあったのかな?」

 

 私の頭を優しく撫でて聞いて来ました。

 

「うん! あのね、あのお兄さんに危ない所を助けて貰ったの!!」

 

 私の言葉に一瞬顔をしかめるも、助けて貰ったと言うその人を見て、お父さんは更に驚いていました。

 

「志狼君!?」

 

「えっと、どうも、お義父さん」

 

 お父さんはお兄さんを知ってるみたい。2人の会話を聞きながらそう思っていると、お父さんが私と雪菜の肩に手を置いてこう言いました。

 

「明日奈、雪菜、紹介するね。彼は志狼君。今日からお前達のお兄さんになる人だよ」

 

 そう言われて私は目を丸くしました。お兄さん──志狼さんは私達に目線を合わせて、

 

「初めまして、今日から君達のお兄さんになる風見、じゃない──結城志狼です。これからよろしくね、明日奈ちゃん、雪菜ちゃん」

 

 

 

 

 これが私と兄さんの出会い。その後、私と同じ小学校に転校した兄さんはどういう手を使ったのか、私の周りを変えていった。男子は私に手を出さなくなり、女子は話しかけて来るようになり、友達も出来た。先生は極力気を使うようになり、困った時にはすぐに対応してくれるようになった。

 一体何をしたのか聞いてみても、兄さんは曖昧に微笑むだけで教えてはくれなかった。ただ、クラスの子達が私に嫌がらせをした理由は教えてくれた。

 男子はどうやら私の気を引きたかったらしい。私と仲良くなりたくて、気を引く為に始めたそうだが、段々エスカレートしてしまい、歯止めが利かなくなっていたそうだ。

 それを聞いて私は呆れた。どこの誰が嫌がらせをする人と仲良くなりたいと思うのだろうか。そして、兄さんのこの予想は中学に上がると真実だった事が分かった。かつて嫌がらせをして来た男子達がこぞって告白して来たのだ。私は当然の如く全員斬って捨てたけど、この事から私には同年代の男子と言うものが馬鹿にしか思えなくなった。

 女子は私があんまり綺麗だったから気後れしていたのだそうだ。仲良くなりたかったけど、躊躇している内に男子の嫌がらせが始まり、巻き込まれるのを怖れて声をかけられなかったと言う。後に友達になった娘がそう言って謝ってくれた。

 

 こうして私の学校生活は一変した。登下校は元より校内でも常に兄さんが目を光らせていたので、男子達の嫌がらせはなくなった。そうすると女子が寄って来て、友達が出来るようになると、今度は女子が男子からガードしてくれるようになった。次第に学校が楽しくなり、性格も明るくなったと思う。

 

 その頃には私を支え、助けてくれた兄さんを1人の男の子として好きなのだと自覚していた。思えばいつからだろうと思い返すと、多分初めて会った時にはもう好きになっていたんだと思う。その事をお父さんに話すと、「いい女になって志狼を振り向かせてやりなさい」と笑っていた。それから自分を研くようになって現在に至っている。

 

 

 

<><><><><><>

 

 

 

 私の想いは色褪せないまま、初恋の男性を想い続けている。

 IS学園に入ってから兄さんの周りには魅力的な娘が増えた。箒やセシリア、本ちゃんやかんちゃん、最近ではティアナとかも怪しくなって来た。

 兄さんはああ言う人だからこれからも沢山の女性を惹き付けるだろう。でも兄さんの一番の座は誰にも渡さない。私が一番になってみせる。

 兄さんの温もりを愛しく感じながら、私は決意を新たにした。

 

 

~side end

 

 

 

 

~雪菜side

 

 

 突如襲来した姉さまに連れられて、何故か一緒にお風呂に入る事になってしまいました。

 あっと言う間に服を脱がされ、浴室に放り込まれた私は仕方なしに身体を洗い始めました。

 

 満遍なく身体を洗っていると、やはり発展途上の胸に目が行き、思わずため息が出ます。昨年からほんの僅かしか成長していない自分の胸。兄さまが大きい方が好きだと知ってから姉さまと共にバストアップに励んで来たけど、ぐんぐん成長していった姉さまと比べて私の方は未だ発展途上のまま。まさかもう成長が止まってしまったのではと最近危惧している。

 そんな事を考えていると、姉さまが入って来た。妹の私から見ても姉はとても綺麗だ。

 亜麻色の長い髪と神秘的なヘイゼルの瞳。それだけでは冷たそうに見える美貌も柔らかな表情のせいか、そうとは感じさせず、むしろ人を惹き付ける魅力を放っている。スタイルも抜群で、同年代と比べ確実に大きな胸は大きいだけじゃなく形も綺麗で、細い腰はキュッと引き締まり、腰のくびれから丸みを帯びたお尻のラインなどは同性の私から見てもドキドキしてしまう。

 そんな姉と比べると、自分の華奢な身体付きが貧相に思えて来る。全く、同じ姉妹でありながら何故にこうも違うのだろうか。私は再度ため息を吐いた。

 

 

~side end

 

 

 

 

~明日奈side

 

 

 仲直りする為、少し強引に雪ちゃんをお風呂に引っ張り込んだ。

 服を脱がせて雪ちゃんを浴室に入れると、着替えやバスタオルを用意してから私も服を脱いで、浴室に足を踏み入れた。

 

 身体を洗っていた雪ちゃんが振り向いた。姉の私から見ても妹はとても可憐だ。

 鴉の濡れ羽色とでも言うべき黒髪はしっとりと艶を含ませ、頭頂には天使の輪が光り、黒曜の大きな瞳はその可憐さを更に引き立てている。華奢ながら弱々しさを全く感じさせず、鍛えているせいか無駄な肉が付いていない引き締まった身体付きは見ていてため息が出そう。私はちょっと油断すると余計なお肉が付いてしまうので、羨ましいと感じてしまう。

 

 

「背中流すよ、貸して」

 

「あ、はい」 

 

 私は身体を洗っていたスポンジを受け取ると、雪ちゃんの背中を洗い始めた。雪ちゃんが終わると交代して私の背中を流して貰った。

 私は素早く身体を洗うと、雪ちゃんの入っている浴槽へ身体を滑り込ませた。

 

「はあ~~、気持ちいい~~♪」

 

 温かいお湯に身体が浸かる快感。この瞬間は日本に生まれて本当に良かったと感じてしまう。

 

「クスッ やだ姉さま、おばさんみたい」

 

「ムッ、言ったなこいつめ!」

 

 私は雪ちゃんの脇腹をくすぐる。彼女は笑い声を上げて逃げようとするけど、そうはさせじと追いかける。その内、反撃されたりしてしばらく2人してじゃれ合っていた。

 

 

「ハア、ハア、お、お風呂でふざけるのは危ないから、や、止めようね」

 

「ハア、ハア、さ、賛成です」

 

 お湯に浸かったままじゃれ合ったせいか、息が苦しくて、頭がクラクラする。私達は浴槽の縁に腰かけてのぼせた頭と身体を冷ましていた。呼吸が整ってから、私は雪ちゃんに話しかけた。

 

「ねえ雪ちゃん、さっきの件なんだけどね」

 

「・・・・はい」

 

「雪ちゃんは本当に代表候補生になりたいの?」

 

「・・・・はい。あれから色々考えました。でもやっぱり私は代表候補生になりたいと思います」

 

「それは兄さんの側にいたいから?」

 

「それもあります。でも、もう見てるだけなのは嫌なんです」

 

「え? それってどう言う・・・・」

 

「この間のクラス対抗戦、兄さまと姉さまが戦っていると言うのに私はただ見てる事しか出来ませんでした。この先IS学園に入れたとして、仮に同じような事が起きた時、2人が戦っているのに私だけ何も出来ないなんて絶対に嫌です!」

 

 ああ、そうか。私はこの時自分が思い違いをしていた事に気付いた。この娘も私と同じで、家族が心配だっただけなんだ。私がこの娘の将来を心配していたように、この娘は私や兄さんが学園で危険な目に合わないかと心配していたんだ。そこまで考えて仮に自分がこの娘の立場にいたとしたら・・・・うん、じっとなんかしていられないだろう。何だか雪ちゃんの気持ちがようやく分かった気がした。

 

「そっか、ようやく分かったよ。雪ちゃん、私はもう反対しないよ。学園に入る事も代表候補生になる事も。但し、両方共大変だから覚悟しておいてね」

 

「! 姉さま、ありがとう!!」

 

 雪ちゃんが私に抱き付く。私は彼女の柔らかな身体を抱き返しながら、出来る限り彼女の力になろうと改めて決意した。

 

 

~side end

 

 

 

 

~志狼side

 

 

 もうすぐ日付が変わるかと言う時刻、俺の部屋にノックの音がした。

 

「兄さま、雪菜です。少しいいですか?」

 

「いいよ、お入り」

 

 そう言うとと雪菜が入って来た。寝間着代わりのTシャツと短パンを着ている為、華奢な手足が剥き出しで、風呂から上がったばかりの少し上気した肌と相俟って妙に艶っぽく感じる。しばらく見ない内にまた少し綺麗になった妹にしばし見蕩れといると、雪菜が声をかけた。

 

「こんな時間にすいません。その、お話したい事があるのですが・・・・」

 

「構わないよ、そこにお座り」

 

 雪菜がベッドに腰かける。明日奈と再度話をして決意が固まったのか、夕食時には随分と落ち込んでいたが、今は真っ直ぐに俺を見つめている。少し緊張しているようだが、雪菜の出した答えを聞かせて貰うとしよう。

 

「もう姉さまから聞いてるかもしれませんが、私は来年IS学園を受験します。ですがその前に今年の8月の代表候補生試験を受けたいと思っています」

 

「・・・・代表候補生になりたいのか?」

 

「はい」

 

「何の為に?」

 

「大切なものを守りたい。その為の力を得る為に」

 

 俺を真っ直ぐに見つめる雪菜。俺も視線を外さず見つめ返す。しばし俺達の視線が交差する中、雪菜は一度も目を反らさなかった。

 

「そうか。そこまで決意が固いなら俺も出来る限り協力するよ。8月まであまり時間はないけど頑張れよ」

 

 俺がそう言うと雪菜は意外そうな顔をした。

 

「どうした?」

 

「いえ、てっきり反対されるとばかり思っていたので」

 

「代表候補生になる事が雪菜の本当にやりたい事なら反対しないよ。メリットもデメリットも明日奈から聞いてるだろうしね」

 

「はい!ありがとう兄さま!!」

 

「俺は何もしてないよ。ただ認めただけさ。さて、もう遅いからそろそろ寝なさい」

 

 俺はそう言って退出を促したが、雪菜はベッドから動かず、俯いてもじもじし始めた。

 

「雪菜?」

 

 俺が声をかけると、雪菜は意を決したように顔を上げて、

 

「あの!・・・・・・今日だけでいいですから、一緒に寝てもいいですか?」

 

「・・・・・・」

 

 とんでもない事を言い出した。

 

「雪菜、それは流石に──「今日だけ!今日だけでいいんです。お願い、兄さま!」・・・・」

 

 たしかに昔は一緒に寝た事もある。だがあれは雪菜がまだ小学生の頃の話だ。今の美しく成長した雪菜と寝るなんて俺には苦行でしかない。だが、

 

「やっぱり、駄目・・・・ですか?」

 

 俺は昔から雪菜のこの「お願い」に勝てた試しがない。雪菜のような愛らしい美少女が目をウルウルさせて、頬を上気させながらする「お願い」の破壊力に、俺は今回も白旗を揚げた。

 

「・・・・今日だけだぞ」

 

「はい!ありがとう兄さま!!」

 

 俺がそう言うと、雪菜はパッと顔を明るくした。

 俺はその満面の笑顔を見つめて、今夜は眠れない事を覚悟した。

 

 

 

 

 翌朝、雪菜と2人で寝ている所を明日奈に見つかった俺は、その日の夜、明日奈と一緒に寝る事を約束させられた。

 俺は2日続けて眠れない夜を過ごす羽目に陥った。

 

 

~side end

 

 

 

 

~雪菜side

 

 

 兄さまのベッドに2人並んで眠る。それだけで心臓の鼓動が早くなるのを感じる。兄さまはベッドに入ると端の方で身動きひとつしない。距離を置かれてるようで少し寂しくなった私は、近寄って兄さまの腕にそっと触れた。

 

「兄さま、もう寝ちゃいましたか?」

 

 声をかけたけど返事がありません。もう寝てしまったようなので、私は兄さまにそっと抱き付きました。兄さまの体温と匂いを感じて私は笑みを零します。

 この温もりを知ったあの日から、ここは私が世界で一番安心出来る場所。兄さまの温もりに包まれながら、私は兄さまと初めて会ったあの日の事を思い出していました。

 

 

 

 

<><><><><><>

 

 

 

 

「初めまして、今日から君達のお兄さんになる風見、じゃない──結城志狼です。これからよろしくね、明日奈ちゃん、雪菜ちゃん」

 

 その人は私と目を合わせて、そう言いました。

 母さまが亡くなって、3人になった私達家族に新しく加わると言うこの人。今はにこやかに笑っているこの人は果たして私の能力(ちから)を知っても、まだ笑ってくれるでしょうか?

 

 

 

 

 私には生まれつき普通の人にはない、不思議な能力(ちから)がありました。

 物心付いた頃から何もない所をじっと見つめていたり、虚空に向けて話しかけたり、転んで泣いたりすると窓ガラスが割れたりする事が何度もあって、不安に思った両親が専門家に相談した所、私には強い霊力と言うものがあると言われたそうです。

 私が何故こんな霊力(ちから)を持って生まれたのかは分かりませんが、その専門家が言うには先祖返りのようなものらしいです。

 感情の爆発により物を壊してしまうと知ってから、私はなるべく感情を抑えて過ごすようになりました。楽しくても笑わず、悲しくても泣かずにいる内に私は感情の表し方が分からなくなって、いつも無表情で過ごすようになりました。

 それは母さまが亡くなった時も同じでした。隣りで姉さまが泣いているのに、悲しいはずなのに私は涙も出ませんでした。

 周りの人はそんな私を感情を持たない人形のような娘として扱うようになり、私に話しかけるのは父さまと姉さまの2人だけになりました。

 

 

 

 

 新しく出来たお兄さんは優しい人のようで、あっと言う間に姉さまと仲良くなりました。お料理も父さまが作るより美味しくて、お兄さんの料理を食べた父さまは次の日から料理を任せるようになりました。

 そんな風に、来て1週間も過ぎた頃にはお兄さんは家で確固たる地位を築いていました。

 

 そんなお兄さんは私にも積極的に話しかけてくれました。私の事情は聞いているでしょうに、気味悪がらずに話しかけ、笑顔を向けてくれるお兄さんに私も段々と懐いて、感情を表さないまでもちょこちょことお兄さんの後を付いて歩くようになりました。

 

 

 

 そんなある日、庭で遊んでいた私は何か変なモノを見付けました。黒い靄のようなそれは私に自分が見えている事に気付くと近寄って来ました。

 近寄るにつれて、それが悪いモノだと感じた私は逃げ出しました。しかし、それはもの凄いスピードで襲いかかって来ました。

 

「来ないでーーーっ!!」

 

 恐怖を感じた私は、感情と共に自らに宿る霊力(ちから)を爆発させました。その霊力(ちから)は黒い靄を吹き飛ばしましたが、長い間封じ込めていた感情の爆発は周りの庭や建物を傷付けていきます。

 この状況を止めたいと思ってはいても、自分の霊力(ちから)を、感情を制御出来ない私にはどうする事も出来ませんでした。そんな時、

 

「───雪菜ちゃん!?」

 

 お兄さんの声が聞こえました。お兄さんはこの状況に絶句していましたが、意を決した表情をすると、私に向かって駆け出しました。

 

「!こ、来ないで!来ちゃダメーーーっ!!」

 

 私がそう叫ぶもお兄さんは近付いて来ます。その間にも私の霊力(ちから)がお兄さんを傷付けていきます。何度吹き飛ばされ、血を流しても諦めず近付こうとするお兄さんに私は叫びました。

 

「もうやめて!お兄さんが死んじゃうよ!!」

 

「うるせえーーーっ!!」

 

 こんな時にも関わらず、お兄さんに初めて怒鳴られて私は口をつぐみました。

 

「俺はお前の兄貴だ!兄貴が妹を見捨てられる訳ないだろうが!!」

 

 ついこの間兄妹になったばかりの私にそう言い放つお兄さん。

 

「今行く! 待ってろ雪菜あああーーー!!」

 

 そう言って駆け出すお兄さんは、霊力(ちから)の奔流に晒されながらもとうとう私に辿り着き、抱きしめてくれました。

 

「もう大丈夫!俺が側にいるから。だから落ち着け、雪菜───!」

 

 お兄さんは私を抱きしめて、そう言ってくれました。お兄さん──兄さまの温もりを、鼓動を感じていると、荒れ狂っていた心が鎮まって行き、それと共に霊力(ちから)の暴走も収まって行きました。

 完全に暴走が収まると、私を抱きしめたまま兄さまは倒れ込みました。

 

「兄さま!?」

 

 私は慌てて兄さまの顔を覗き込むと、兄さまは

 

「あ~~疲れた。よく頑張ったな、雪菜」

 

 そう言って私の頭を撫でながら笑ってくれました。

 こんな目に合ってもまだ私に笑いかけてくれる兄さまに私は涙を零しながら抱き付きました。

 

「ごめんなさい。ありがとう、兄さま」

 

 そうして私達は意識を失いました。

 

 

 

 

 あの後私達は駆けつけた父さまに手当てを受けて、私の霊力(ちから)について相談しました。

 とは言っても私は勿論、父さまや姉さまにも解決策はありません。すると兄さまが携帯を取り出し「あまりあいつに頼りたくないんだけど」と言いつつ、電話をかけました。

 

 電話をしている兄さまは何だか相手に対してムキになっていて、年相応の子供に見えました。話をしつつ、メモを録った兄さまは電話を切ると、大きく息を吐きました。

 心配した父さまが声をかけると、兄さまはメモを渡して明日ここに連れて行って欲しいと頼みました。

 

 

 

 次の日、父さまの運転する車に乗って私達はメモの場所に出掛けました。

 到着した場所は神社でした。古いけど綺麗に掃き清められた境内に入ると1人の巫女さんが出迎えてくれました。

 

「こんにちは。貴方が結城志狼君?」

 

「はい。それとこの娘が妹の雪菜です」

 

「ゆ、雪菜です・・・・」

 

 いきなり紹介されて私は取り敢えず挨拶をしました。巫女さんは私をじっと見つめると、ニヤリと微笑みました。

 

「成る程。聞いてた通り強い霊力(ちから)を持っているね。こんにちは雪菜さん、私は縁堂縁(えんどうゆかり)。この神社を任されている者さ」

 

「は、はい・・・・・・」

 

「それじゃ、話を聞こうか。中にお入り」

 

 巫女さん──縁堂さんはそう言うと中へ案内してくれました。

 

 

 話は縁堂さんと父さまの間で交わされましたが、父さまは途中で怒られていました。その話し合いが終わると縁堂さんは私に言いました。

 

「さて、雪菜さん。お前さんの持ってる霊力(ちから)はかなり強い。コントロール出来なければ日常生活に支障があるレベルだよ。お前さんも今のままじゃいけないと思ってるんだろう? 望むなら私がここで修行をつけてやるよ。どうする?」

 

 私は悩みましたが、結局は縁堂さんに修行をつけて貰う事にしました。

 それから私は約半年間、神社に住み込みで修行を受けました。縁堂さん──お師さまの修行は厳しいものでしたが、毎週土曜日になると兄さまが来て、神社に泊まってくれるのを楽しみにして耐え続けました。

 幸い小学校入学前にお師さまからのお許しを貰えて、今後は通いで修行を受ける事になりました。そして、それは今も続いています。

 

 小学校に入学した頃はまだ不安定でしたが、学年が上がるにつれて霊力が安定して、小学校高学年になる頃には完全にコントロール出来るようになりました。

 

 自らの霊力をコントロール出来るようになったのはお師さまのお陰ですが、その切っ掛けをくれて、修行中も励ましてくれた兄さまの事を私はいつからか1人の男性として好きなのだと自覚していました。

 思えばいつからだろうと思い返すと、多分初めて抱きしめられたあの時にはもう好きになっていたんだと思います。その事を父さまに話すと、「お前もか・・・まあ、頑張っていい女になって志狼を振り向かせてやりなさい」と笑ってました。

 その父さまの台詞の意味を私は後日知る事になりました。まさか姉さまもだったとは・・・・

 

 

 

 

<><><><><><>

 

 

 

 

 私の想いは色褪せぬまま、初恋の男性を想い続けています。

 IS学園には魅力的な女性が大勢いると聞きます。正直兄さまがそんな所にいるのは不本意だけど、こればかりは仕方がありません。

 兄さまはああ言う人だからこれからも沢山の女性を惹き付けるでしょう。でも兄さまの一番の座は誰にも渡しません。私が一番になって見せます。

 兄さまの温もりを愛おしく感じながら、私は決意を新たにして、眠りに就きました。

 

 

~side end

 

 

 

 

~束side

 

 

「ウフッ、ウフフフ、アハハハハーーーッ!! 見付けた!見付けたよ~~~!!」

 

 暗い部屋の中、哄笑を上げる束。その瞳にはモニターに映った淡い金髪の美少女の姿が。

 

「いやあ~~、まさか学園の外にいたとはねえ。外部の人間を使うとはちーちゃんにしては随分と思い切ったもんだわ。でも、もうダ~~メ、ロックオン完了しました!ウフフフッ、早く会いたいよ藍羽浅葱ちゃん。色々とお話を聞かせて欲しいなあ~~♪」

 

 暗い部屋の中、束の楽し気な笑い声がいつまでも響いていた。

 

 

 

~side end

 

 

 

 

 




読んで頂きありがとうございます。

ご覧の通りの展開となりましたので、順番に解説させて頂きます。

チームウルフ(笑)登場。名前は酷いですが実力者揃いのチームです。
リーダーの切嗣。魔術は使えませんが、それ以外の戦闘力は原作並み。美人の奥さんと娘を持つパパでもあります。
サブリーダーの那月ちゃん。とある特殊能力を持っていますが今は秘密。この世界には監獄結界が存在しないので容姿の問題はただの発育不良の合法ロリです(笑)
ウルフ3の藤姉。剣の達人。愛刀虎徹を手に戦うチームの潤滑剤。彼女がいなければかなり殺伐としたチームになるでしょう。24才独身。彼氏ナシ。
ウルフ4の紗矢華。IS学園OG。昨年度の操縦士科次席卒業。獅子王機関から専用機を与えられたスゴ腕の操縦者です。彼女の専用機は何がモデルでしょうか?次回をお楽しみに。
一応チームサマー(笑)のメンバーも考えていますが、出て来るかは未定です。

雪菜、ついに登場。元々この作品は明日奈と雪菜をヒロインにしてIS学園を舞台にしたオリ主モノのつもりでした。そのメインヒロインの一角がやっと顔を見せました。彼女の戦闘シーンは来年度までおあずけです。

明日奈と志狼の出会い。明日奈への嫌がらせは好きな娘の気を引こうとするアレです。かつて自分も通った道ですが、今思うと何であんな事したんでしょう?嫌がらせされた娘がした方を好きになるなんて無いのに、やっぱり男は馬鹿なんでしょうね。

志狼が明日奈のクラスの男子や担任にやったのは弱みを握っての脅迫です。決して誉められたやり方じゃありませんが、1度大切な者を亡くした志狼は、大切な者を守る為ならどんな手段でも使う箍が外れた奴になっています。決して真似しないで下さい。

雪菜の霊力の暴走。雪菜を襲った黒い靄は悪霊の類いです。初めて襲われた恐怖から暴走しましたが、現在の雪菜ならば片手で葬れるレベルの雑魚です。

志狼が頼りたくなかった電話相手。果たして何者なのか、次回登場予定です。


次回は浅葱とのデート回。だが、そこに天災の魔の手が迫る。と言う感じでお送りします。お楽しみに。




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第34話 電子の女帝誘拐事件



遅くなりましたが、第34話を投稿します。

今回はタイトル通りの事件が起こります。
果たしてどうなるか、ご覧下さい



 

 

~箒side

 

 

 GW最終日。私は神楽と2人、剣道場へ向かっていた。本来部活は休みなのだが、どうにもじっとしていられなくて同室の神楽に付き合って貰い、自主練しようと思ったのだ。

 

「すまないな神楽、付き合わせて」

 

「構いませんよ。箒との稽古は私の為にもなりますから」

 

 そう言って朗らかに笑う神楽。

 

「但し、今日のお昼は箒の奢りですからね♪」

 

「うっ、わ、分かってる」

 

 志狼程ではないが神楽もかなりの大食いだ。運動後の彼女がどれだけ食べるかを考えると、ちょっと怖い。

 

 

 

 剣道場へ向かう途中、見慣れた金髪の少女が掃除をしていた。

 

「お~いセシリア!」

 

 声をかけると彼女はこちらを見て笑顔を浮かべた。

 

「あら、箒さん、神楽さん。これから部活ですか?」

 

「いや、部活は休みなんだが自主練を、と思ってな」 

 

「あらあら、精が出ますわね」

 

 私達はそのまま立ち話を始めた。

 セシリアはクラス対抗戦で避難指揮を執った時、ISの武装を一般生徒に対して使った件で5日間の奉仕活動を命じられた。だがそれは事故を防ぐ為、止むを得ず行った行為であり、彼女に責任はないと私達は織斑先生に抗議したが、セシリア自身が望んだ事で本人が聞き入れなかった。よって先日から学園のあちこちを彼女は掃除して回っているのだ。 

 

「しかし、随分と増えたものだな」

 

「そうねえ」

 

 周りを見ると大勢の人が掃除をしており、その人数は日々増え続けている。何故こんなに人が集まっているのか───その原因はセシリア自身にあった。

 

 クラス対抗戦において避難指揮を任されたセシリアは、突然の抜擢であるにも関わらず、全員を無事避難させて立派に役目を果たした。

 その時に見せた彼女の勇姿に大勢のファンが出来た。確かにあの時のセシリアは貴族として持って生まれた人の上に立つ者としての資質を遺憾なく発揮し、その毅然とした態度と輝かんばかりの美貌は見る者全てを惹き付けていた。

 あのセシリアを目にしたのならファンになってもおかしくはないだろう。かく言う私もあの時の彼女に目を奪われた者の1人だ。私と同じように彼女に魅せられた者達がセシリアが罰として奉仕活動をしている事を知ると、自然と集まって手伝うようになったのだ。

 その中には私達1年1組のクラスメイトは勿論、上級生やあの時セシリアに撃たれた者までもが集まっていた。

 

「私達も手伝おうか?」

 

 私がそう申し出ると、セシリアは苦笑して首を横に振った。

 

「そのお気持ちは嬉しいんですけど、掃除道具がもう無いんです。ですから構わず自主練に行って下さい」

 

「そうか。それじゃすまないがそうさせて貰おう。行こうか、神楽」

 

「ええ。それじゃセシリア、今日で最終日なんですから頑張って下さいね」

 

「ありがとう。お2人も頑張って下さい」

 

 そう言葉を交わして、私達はセシリアと別れた。

 

 

 

 

 剣道場に着いた私達は着替えて防具を着けると、軽く竹刀で打ち合う。30分程打ち合った後、休憩していると神楽が話しかけて来た。

 

「ねえ箒。最近やたらと気合いが入っているのは、この間のクラス対抗戦の影響かしら?」

 

「・・・・まあ、そんな所だ」

 

 先日のクラス対抗戦。乱入して来た3機の正体不明ISと戦った志狼達の姿はこの目に焼き付いている。特に私達を守る為に敵のビームをその身に受け、敵を撃墜した後、傷付き倒れた志狼の姿が頭から離れなかった。

 あの瞬間、心臓が止まるかと思った。あんな思いは2度とご免だ。私は志狼に救われた。彼の力になりたい。強くなると彼に約束したのだ。でも私には専用機がない。それでも何かしなくちゃと逸る気持ちが私を剣へと駆り立てていた。

 

「ねえ、箒」

 

 再び神楽が話しかける。私は彼女を見ずに返事をした。

 

「何だ?」

 

「焦っては駄目よ」

 

「!?」 

 

 正直驚いた。神楽は私の心中を察して忠告をして来たのだ。

 神楽は旧華族出身のお嬢様で、長い黒髪が麗しい大和撫子然とした美少女だ。彼女とは同じ部屋、同じクラス、同じ部活に所属しているので、今ではほとんど毎日一緒に過ごしている。また、同じ悩み(胸が大きすぎて合うブラが少ない)を持つ同志であり、昨年の全中で私の剣が荒れている事を指摘した娘でもあった(同室になった時教えて貰い、私も事情を話して和解した)。

 また、彼女は優れた洞察力の持ち主でもあり、私のように単純な者の心中などあっさり看破してしまうのだ。

 

「貴女の気持ちも分からなくは無いけど、私達はまだ1年。ようやくスタートしたばかりなのよ。先はまだまだ長いわ。今は焦らず、地力を付けるべきだと思うのだけど」

 

「うん、神楽の言う事は正しい。分かってはいるんだ。でも、こうしてる間にも志狼はどんどん先へ行ってしまう。そう思うと私は!」

 

 神楽はしばらく私を見つめていたが、やがて苦笑を浮かべた。

 

「はあ、全く恋する乙女は仕方がないわね」

 

「なっ!?」

 

 そう言われて途端に顔が赤くなる。

 

「クスクス、では恋する乙女の箒が少しでも強くなれるように私も相手を努めましょうか。さあ、練習再開よ、箒」

 

 神楽はそう言うと面を着けて立ち上がった。私も後を追うように面を着ける。彼女の言う通り、今は焦らず地力を付ける事を目指すとしよう。

 そう気持ちを切り替えて、私は大切な友人の待つ場内へ足を踏み入れた。

 

 

~side end

 

 

 

 

~志狼side

 

 

 GW最終日の午前中、俺は迎えに来た衛宮さんに車を出して貰い、とある場所を目指していた。

 因みに明日奈は地元の友達と会うと言うので別行動。雪菜ともしばしの別れを済ませて来たので、俺の用事が終わったら浅葱との会食に行く予定だ。

 

「ここでいいのかい?」

 

 車を運転していた衛宮さんが聞いて来た。

 

「はい、ありがとうございます」

 

 俺は礼を言って車を降りた。そこは古びた教会だった。

 

「それじゃあ30分程で戻りますから、ここで待ってて下さい」

 

「ちょっと待って。流石に1人では行かせられないよ。大河君、同行して」

 

「了解です」

 

 衛宮さんの指示で藤村さんが同行する事になった。俺は彼女と共に教会の裏手に向かった。

 

 

 

 教会の裏手は墓地になっている。通い慣れた小路を歩いて行くと、迷う事なく目的の場所に到着した。

 そこには簡素な墓石がポツンと置かれていた。

 

 

『Yukiko Kazami』

 

 

 その墓石にはそう刻まれていた。

 

「志狼君・・・・」

 

「ええ、俺の母の墓です」

 

 病気で母が亡くなってもう10年になる。母の事を思い出すと今でも胸が痛む。この痛みは多分一生消えないだろう。後悔と言うこの痛みは───

 

 持っていた花束を墓前に供えて手を合わせると、俺は心の中で母さんに色々と報告した。

 大学に合格したけど、ISを動かしてしまい、IS学園で2度目の高校生活を送っている事。沢山の新しい出会いがあった事。セシリアと再会した事。明日奈とクラスメイトになった事。専用機を貰った事。いくつものバトル、そして実戦を経験した事。そして、約束した医者にはなれないかもしれない事等々。

 医者になるには大学の医学部を卒業して、医師免許を取得しなければならない。仮にIS学園を無事卒業して受験しようとしても、ISを動かせる男など厄介者でしかないのだから大学側から拒否される可能性が高い。

 結局、ISを動かせる男が2人しかいないのが問題なのだから、その状況が変わらない限り医者になる道は閉ざされたままだ。そんな事を考えていると、聞き覚えのある低い声がした。

 

「おや、誰かと思えばISを動かしてしまったせいで、人生を棒に振った憐れな男ではないか」

 

 俺は声がした方を向いて顔をしかめる。

 

「アンタか・・・・しばらくだな、言峰神父」

 

「全くだ。久し振りだな、結城志狼」

 

 慇懃無礼な態度で話しかけるこの男、名前を言峰綺礼(ことみねきれい)と言い、ここ言峰教会を任されている神父だ。

 この言峰教会には児童養護施設──所謂孤児院が併設されている。母さんを亡くし、身寄りの無かった俺はその施設に入り、1年半程暮らしていた。

 施設は元々前任者である綺礼の父が開いたのだが、引退に伴い、息子の綺礼に引き継がれた。

 この男、慇懃無礼な態度といい、人を煙に巻く言動といい、どうにも好きになれない男なのだが、子供達に食事と衣服を与え、教育を施してくれた事には感謝している。

 

 

「───志狼君!?」

 

 藤村さんが緊張した面持ちで聞いて来る。

 

「大丈夫、知り合いです」

 

 俺がそう言うと藤村さんは緊張を解いた。そんな藤村さんを見て綺礼が言う。

 

「護衛付きか。偉くなったものだな、英雄殿」

 

「・・・・やめてくれ。ただでさえ嫌なのにアンタに言われると余計に嫌になる」

 

「ふっ、謙遜する事はあるまい。私も見ていたが中々面白い見世物だったぞ」

 

「そうかい。喜んで貰えたようで何よりだよ」

 

「嫌味ではないぞ。現に子供達はテレビにかぶり付いて応援していたしな」

 

「そうか・・・・そう言えば子供達は?」 

 

「GWも終わりなのでな。近所にピクニックに出掛けているよ」

 

「そうか、皆元気なら良かった」

 

 俺は母さんの墓参りがてら年に数回色々と差し入れをしているので、今の子供達も知っている。皆お兄ちゃんと呼んで慕ってくれる俺にとって可愛い弟妹達だ。

 

「そろそろ行くよ。皆によろしく伝えてくれ」

 

「よかろう・・・・志狼、道は歩みを止めた時に閉ざされる。先が見えぬからと歩みを止めれば、願う場所には辿り着けぬよ。良く覚えておくのだな」

 

 俺はいきなりの綺礼の言葉に苦笑する。

 

「信者の前でも説法しないアンタからそんな言葉を聞けるとはな。どう言う風の吹き回しだい?」

 

「何、迷える子羊を導くのも神父たる私の務めだからな。単なる気紛れと思えばいい」

 

「そうかい。それじゃあ」

 

「ああ」

 

 そう言って、今度こそ俺達は別れた。

 

 

 

「何か志狼君とあの人、仲がいいのか悪いのか良く分からないわね?」

 

「そうですか? 仲は良くないですよ、決して」

 

 あの男は神父のくせにミサはさぼるは、やたらと腕っぷしは強いわ、変な事を色々知ってるわ、言動は嫌味ったらしいわ、と人として信用出来るかと言われたら出来ないと答えるだろう。だけど決して無視は出来ない。その場にいるとどうしても気になってしまう。言峰綺礼とは俺にとってそう言う人物だった。

 

 藤村さんと2人で歩きながら、俺は少しだけ気が楽になったような気がしていた。

 

 

~side end

 

 

 

 

 

~ティアナside

 

 

 IS学園資料室。ここには世界各国のISバトルの映像が保存されていて、持ち出せはしないが資料室内で観る事は出来る。私はさっきから同じ試合の映像を繰り返し見続けていた。

 

「失礼しま~す。あ、いたティア・・・・もう、またその試合見てたんだ」

 

 スバルの声に振り向く事なく映像を見続ける。私が見ているのは先日のクラス対抗戦での私と志狼の試合。敗れはしたが私としては今までで一番いい動きが出来た試合だ。私は自分がもっと強くなる為に、そしてもう1度志狼に挑む時の為に客観的な視点で試合を見直そうと、何度も同じ試合を見返していた。

 

「ね~、ティア~、もうお昼過ぎたよ。ご飯食べに行こうよ~」

 

「ん~、私はいいからアンタだけで行って来なさい」

 

 私は一時停止やスロー再生で映像を見ながら生返事をスバルに返す。

 

「駄目だよ~、操縦者なんだから食事はきちんと摂らなきゃ。いざと言う時戦えないよ?」

 

「ん~、じゃあ、もう少し待って」

 

 映像は最後の攻防に差し掛かっていた。高速切替(ラピッドスイッチ)を駆使して孤狼に4度目の突撃をする場面だ。

 

「あ~、ここで油断しちゃったのが敗因だね」

 

突然聞こえたスバル以外の声に驚き、振り向くと、

 

「こんにちは。確か1年3組代表のティアナ・ランスターちゃんだったよね?」

 

「! 高町なのはさん───!?」

 

 そこには学園最高と呼ばれる操縦者、日本代表候補生序列1位、高町なのはさんの姿があった。

 

 

~side end

 

 

 

 

~なのはside

 

 

 観たい試合の映像を探しに資料室へ行くと、特徴的なオレンジ色のツインテールが目に入った。1度お話してみたいと思っていた娘だったので、何を観てるのか後ろから覗いて見ると、彼女としろくんの試合だった。

 

「あ~、ここで油断しちゃったのが敗因だね」

 

 と、思わず口を出してしまった。驚いて振り向いた彼女──ティアナちゃんに挨拶した。

 

「高町先輩・・・・どう言う事でしょうか?」

 

「ん? 私の事はなのはでいいよ。どうって言われても自分が一番分かってるでしょ?」

 

「! な、何を・・・・」

 

「劣勢に追い込まれてから3度も突撃が成功して、勝てるかもしれないと思い始めた。だから4度目も安易に飛び込んで、拳でしか攻撃して来ないと思い込んでた相手から肘と膝で攻撃され、結果敗けた。これを油断と言わずに何て言うの?」

 

「うっ・・・・!」

 

 彼女は悔しそうに俯く。自分でも分かっているんだろう、反論は出なかった。でも、だからこそ彼女は見込みがある。

 

「悔しい?」

 

「・・・・悔しいです」

 

「強くなりたい?」

 

「強く、強くなりたい! 誰よりも!志狼よりも!貴女よりも!!」

 

 彼女はそう言って私を真っ直ぐ見つめる。私は嬉しくて思わず笑みが零れる。

 

「そう。なら私の訓練を受けてみる? この訓練に耐えれたら貴女は今よりもっと強くなれる。但し、相当厳しいよ?」

 

「・・・・ゴクッ やります! 私を鍛えて下さい、なのはさん!!」

 

「いいよ。それじゃよろしくね、ティアナ」

 

「はい、よろしくお願いします、なのはさん!」

 

 私とティアナはガッチリ握手を交わした。その時、

 

「あ、あの!」

 

 ティアナの後ろにいた青髪の娘が声をかけて来た。この娘どこかで見たような・・・・?

 

「あの! 私の事、覚えてますか、なのはさん?」

 

 そう言われて彼女の顔を良く見る。確かに見覚えがある気がする。彼女の不安そうな顔が、面影が重なる。

 

「君・・・・もしかして昴?」

 

 私がそう言うと彼女は嬉しそうに笑った。

 

「はい! 私、中嶋昴です! 2年前貴女に助けられて、貴女のようになりたくてここに来ました!」

 

「そっか、あの時の娘が・・・・また会えて嬉しいよ、昴」

 

「はい、なのはさん!」

 

 彼女は全身で喜びを表していた。こんな風に慕ってくれるのは素直に嬉しく思う。

 

「なのはさん、私もティアと一緒に鍛えてくれませんか?私も強くなりたいんです!」

 

 昴は真っ直ぐに私を見て言う。その瞳には強い意志が宿っていた。

 

「覚悟は出来てるみたいだね。いいよ、昴」

 

「はい!よろしくお願いします!!」 

 

 

 こうして私には2人の教え子が出来た。彼女達がどんな風に成長するか今から楽しみだよ。ふふっ、何だか面白くなって来た。取り敢えず彼女達の今の実力を見せて貰うとしようか。

 

 

~side end

 

 

 

 

~志狼side

 

 

 都内の某高級ホテル。俺は待ち合わせ場所であるロビーで浅葱を待っていた。待ち合わせの時間に5分程遅れて浅葱が姿を現した。

 今日の彼女は春物の白いワンピースを着ている。ギャルっぽい見た目なのに、お嬢様然としたそんな格好も不思議と良く似合っていた。彼女は周りを見渡して俺を見付けると、手を振って駆け寄って来た。

 

「ごめん志狼、遅れちゃったわ」

 

「大丈夫だよ浅葱。このくらいは許容範囲さ」

 

 彼女は走って来たのか息を切らしてうっすらと汗をかいていた。

 

「走って来る事はなかったろうに。ほら」

 

 俺はハンカチを手渡した。

 

「ありがと。でも誘っておいて遅れるなんて、そんな失礼な真似出来ないわよ」

 

 浅葱はハンカチで汗を拭って言った。何とも律儀な奴だ。でも彼女のそんな所が俺は気に入っている。

 

「ありがと。これ、洗って返すから」

 

「俺は別に気にしないぞ?」

 

「私が気にするの!察しなさいよ、もう!」

 

 浅葱が可愛らしく頬を染める。そんな彼女に俺は先程感じた服装の感想を伝えると、彼女は顔を更に赤くした。

 

「あ、ありがと。志狼もその、か、格好いいわよ」

 

「そうか? ありがとう」

 

 俺の今日の服装はバッチリとスーツで決めている。父さんが大学の合格祝いにと用意してくれたものだ。結局大学には通えず、着る機会を逃していたのだが、今日はホテルでの会食の為、ドレスコードに引っ掛かる事もあり得たので着て来たのだ。明日奈や雪菜は絶賛してくれたのだが、浅葱からもそう言われてようやく安心した。

 

 

「さ、そろそろ行きましょう!」

 

 そう言って俺の左腕に浅葱はそっと腕を絡める。俺が驚いて彼女を見ると、浅葱は俯いたまま耳まで赤くしていた。

 

「ちゃんとエスコートしてよね。私、こう言うの初めてなんだから」

 

 そんな彼女の初々しさに思わず笑みが零れる。

 

「クスッ 了解しました。それでは参りましょうか、お嬢さん」

 

 俺達は腕を組んだまま歩き出した。

 

 

~side end

 

 

 

 

~浅葱side

 

 

 ホテルの2階にあるスイーツバイキングの会場であるレストランに着いた。私はバックからチケットを取り出してウェイターに見せると、席に案内された。

 流石高級ホテルだけあって、色とりどりのケーキやマカロンなど作り置きされたものを始め、クレープなどの直接料理人が作ってくれるものや和菓子まである。スイーツだけではなくてローストビーフやパスタのような食事も用意されていて、至れり尽くせりだ。

 

「凄いな。どれから食べようか迷うな」

 

「本当ね。さ、行きましょう!」

 

 私達は席を立って、料理の海に飛び込んだ。さあ、戦闘開始よ!

 

 

 

 

 それから私達は豪華な料理を堪能した。私も志狼もお腹を空かせていたので、カレーやビーフシチューなどの食事から手を付け、ある程度お腹を満たしてからスイーツに手を出した。様々な種類のケーキやアイスクリーム、中にはたい焼きなんかもあり、目の前で職人さんが焼いた焼きたてを貰った。様々な趣向で私達の目と舌を楽しませて、至福の時間を過ごせた。

 料理は勿論の事、志狼と一緒な事も楽しかった。私はこう見えて良く食べる。だからこう言う所に友達と来ると先に友達がダウンしてしまい、思う存分楽しめない事が多かった。だけど志狼は私と同じかそれ以上に食べる人だったので、最後まで2人して料理の感想を話したり、新しい料理を取りに行って2人でワイワイと選んだりするのがとても楽しかった。だけど、流石に限界が来て、今は食後のコーヒーをゆっくりと飲んでいた。

 

「あ~~、美味しかった」

 

「本当にな。ありがとう浅葱、誘ってくれて」

 

「いいわよ別に。私も久々に楽しかったし」

 

 友達と来ても皆私程に食べないから引かれちゃうのよね。でも今日は最後まで楽しめた。これは相手が志狼だからと言うのが大きいだろう。

 

「・・・・ねえ。また誘ってもいい?」

 

「勿論。本当は俺から誘いたい所だけど、立場的に難しいからな。すまない」

 

「貴方のせいじゃないでしょ。じゃあ、また誘うから断らないでよ?」

 

「ああ、分かった」

 

 次の約束を取り付けて、私は笑みを零した。

 

 

 

  

 会計(と言っても無料チケットを渡しただけだが)を済ませて、私はちょっとおトイレへ。用を済ませてトイレから出ると、入った時には無かったはずの壁があった。

 

「・・・・・・は?」

 

 何だろうと見上げると、そこには壁では無く2~3mくらいの人型の機械。赤い単眼の漆黒の機体。これってクラス対抗戦で乱入したIS───!?

 

「ちょっ、何よ! きゃあああーーーっ!!」

 

 そのISは私を掴み上げると、レーザーで壁に円形の穴を開け、そのまま宙に身を踊らせた。

 

「浅葱!!」

 

 私の悲鳴を聞いた志狼が駆け付けたけど、私の身体は既に宙にあった。

 

「志狼!!」

 

 伸ばした手は届く筈もなく、むなしく空を切った。

 

 

~side end

 

 

 

 

~志狼side

 

 

 浅葱が拐われた。しかも拐った相手はIS。しかもクラス対抗戦で乱入して来たのと同型の機体に見えた。なら相手は無人機? 目的は何だ? 何にしてもこのまま手をこまねいている訳にはいかない。俺は周りを見て追跡手段を探す。あった! 俺は誘拐犯が空けた穴から街路樹に飛び移り、そのまま歩道に転がり出た。通行人が驚いていたが気にしてる場合じゃない。俺はそのままの勢いで路肩に停めてある赤い大型バイクに乗った少女に声をかけた。

 

「君! 確か煌坂さんだったよな。緊急事態だ。すぐ出してくれ!」

 

 俺は護衛チームのひとりである、彼女──煌坂紗矢華に言った。

 

「はあ!? ちょっと、貴方いきなり何を──「一緒にいた友人が拐われた。今飛んで行ったのがそうだ。追いかけるから力を貸してくれ!」!?」

 

 いきなりの事に困惑する彼女。だが、そんな暇はないのだ!

 

「拐われたのは藍羽浅葱。俺の専用機の開発者だ。頼む!力をを貸してくれ!!」

 

「! 藍羽さん!?」 

 

 果たして俺が浅葱の名を出すと、煌坂さんは劇的な変化を見せた。

 

「それを早く言いなさい! 乗って、結城志狼!」

 

 彼女の変化の理由は分からないが、正直ありがたい。俺がバイクの後部シートに飛び乗ると同時に彼女はバイクを発進させた。

 

「言っとくけど、変な所に触ったら殺すわよ!」

 

「いきなり物騒だな。いいから走れ!」

 

 バイクの走るその先に──いた!

 

「いたぞ!あれだ!!」

 

「分かってる!」

 

 標的を見付けてスピードを上げる中、俺は携帯を取り出し電話をかける。

 

『どうした結城?』

 

「織斑先生、緊急事態です。浅葱が拐われました。犯人はこの間の無人機です」

 

『何い!本当か!?』

 

「はい。今追跡中です」

 

『くっ・・・・分かった。自衛隊のIS部隊の出動を要請する。そのまま追跡出来るか?』

 

「はい!」

 

『お前のGPS情報を元に応援を向かわせる。頼むぞ!?』

 

「了解です」

 

 電話を切り、応援が来る事を煌坂さんに伝えると彼女はコクリと頷いた。

 

「そう言えば君は浅葱と友達なのか?」

 

「まさか!・・・・元同級生ってだけよ。彼女は有名人だから私は知ってるけど、彼女は私の事なんて覚えてないと思うわ」

 

 浅葱の名前を出した途端、やる気になったから、てっきり友達なのかと思ったが違ったらしい。そのくせ彼女からは浅葱に対する思い入れのようなものを感じる。

 

「藍羽浅葱と言う人は私達の世代のスターなのよ。私がIS学園のOGなのは聞いてるのよね? 私が3年の頃、1年に更識楯無や高町なのはのようなスター選手が入って来たけど、私達の学年にはこれといって突出した能力のある操縦者がいなかったの。そんな中で藍羽さんの存在は私達にとって誇りであり、憧れでもあったわ」

 

 IS操縦者と言うのは花形だ。本来最も注目を浴びる存在であるのに、自分達の世代にはそう言った選手がいない事が引け目になっていたらしい。だから開発科のトップであり、既に数々の実績を上げていた浅葱は同世代の誇りであったのだろう。

 

「成る程、そう言う事か」

 

「そうよ。──て言うか、結城志狼!貴方が何で藍羽さんとデデデ、デートなんてしてるのよ!?」

 

「いきなり何を・・・・友人と食事をするって衛宮さんには伝えたけど、聞いてないのか?」

 

「それは聞いてるけど、相手が藍羽さんだなんて聞いてないわよ!!」

 

「別に誰が相手かなんて言う必要はないだろう?」

 

「あるわよ!男なんかが藍羽さんに気安く近付くな!」

 

「・・・・君、もしかして主義者なのか?」

 

「あんなのと一緒にしないで!私は単に男が嫌いなだけよ!!」 

 

「どう違うんだよ!?」

 

「女尊男卑主義者ってのはISを使えるのが女だけだからって、自分達が偉くなったと勘違いしてる馬鹿共でしょ!? 私は単に男と言う生き物が嫌いなだけよ! 男なんて馬鹿だし臭いし汚いし、人の身体をジロジロ見て来るスケベばっかりだし。あんな生き物この世から抹殺した方が人類の為よ!」

 

 いや、男がいなくなったら人類滅ぶぞ。だがこれで分かった。彼女が極端な男嫌いだと言うのが、先日藤村さんが言っていた彼女が気難しいと言う理由だと。

 俺が考えを巡らせてる間にも、延々と男の悪口を垂れ流す彼女がいい加減ウザくなって来た。もうこいつ呼び捨てでいいわ。

 

「おい、煌坂」

 

「! な、何よ、いきなり呼び捨てにして」

 

「お前は呼び捨てで充分だ。お前の主義主張なぞどうでもいい。それより目標を見失うな」

 

「! わ、分かってるわよ!」

 

 目標はどうやら海を目指しているらしい。やがて山ひとつ越えたら海、という山頂辺りで目標が停止した。

 

「何だ?」

 

「あ、結城志狼、あれ!」

 

 停止した目標を怪訝に思っていると、煌坂が声を上げた。彼女が示した方からは2機のISが飛んで来た。あれは自衛隊のIS! どうやら応援が間に合ったようだ。

 

「自衛隊の制式採用機、神武(ジム)だわ」

 

 神武(ジム)は多国籍企業アナハイムエレクトロニクスの開発した第2世代機。操縦者に合わせた豊富な武装や操縦性の良さで人気を博し、多くの国で制式採用された機体。

 ラファールという上位互換機の登場によりシェアは縮小したが、今でも根強い人気を誇り、主に軍用機として活躍している。

 豊富なパーツと武装により、操縦者の好みに合わせたバリエーションが幾つも存在し、量産機でありながら、専用機のように扱えるのが操縦者達に人気の理由らしい。

 

 

 目標は2機の神武を敵と認め、迎撃するべく迫る2機に対してビームを撃った。神武はクラス対抗戦のデータがあったのか、ビームを回避して挟み撃ちにしようとする。戦場は徐々に山の向こう側に移り行き、俺達もそれを追いトンネルに入った。

 間もなく出口と言う所でそれは起きた。10数m先に光が疾ると、トンネルが崩落したのだ!

 

「いかん!?」

 

 このまま進めば崩落に巻き込まれると判断した俺は、煌坂を抱えてバイクから飛び降りた。そのまま道路に落下してゴロゴロと転がる。煌坂を抱えたままで受け身を取る事が出来ず、痛みで一瞬息が出来なくなる。しかし、そんな事を気にする間もなく、道路までもが崩落し、俺達は更に落下して行った。

 

「うわあああっ!!」

 

「きゃああああーーーっ!!」

 

 俺達は闇の中へ落ちて行き、そこで意識を失った。

 

 

~side end

 

 

 

 

~紗矢華side

 

 

 私は暗闇の中、意識を取り戻した。暗くて周りが良く見えない中で何があったかを思い出す。

 もうすぐトンネルを抜けるという時、目の前で光が疾ると、トンネルが崩落した。そのまま走っていたら間違いなく巻き込まれて、生き埋めになった事だろう。だけど、結城志狼が私を抱えてバイクから飛び降りて助かった。けど今度は道路の崩落に巻き込まれ、私達はしばらく意識を失っていたらしい。

 

「結城志狼、どこにいるの!?」 

 

 私は自分の護衛対象を呼ぶも返事がない。捜さなきゃと身体を起こそうとしたけど、何かが乗ってるようで上手く動かせない。それでも無理矢理身体を起こすと、上に乗っかってる物がズルリと滑り落ちる。

 

「!!」

 

 その時ようやく闇に目が慣れた私は、自分の上に乗っていたのが結城志狼その人だと初めて気付いた。

 

「ちょっ! 結城志狼!?しっかりしなさい!!」

 

 私は彼の身体を揺するも返事はない。身体を仰向けにして手持ちのペンライトで彼を照らした。

 

「!!」

 

 彼は傷を負っていた。額と左上腕から瓦礫で切ったのか出血しており、着ていた真新しいスーツがボロボロなのを見ると打撲もしているだろう。幸い骨折はしてないようだが、頭を打ってるかもしれないので迂闊には動かせない。

 彼がこれだけの怪我をしているのに対して、私の方はちょっとした打ち身程度。これはひょっとして───

 

(私を守ってくれたというの!?)

 

 そうとしか思えなかった。何という事だ。護衛対象、それも嫌いな男に守られるだなんて。でも彼が助けてくれなければ私は今頃生き埋めになっていたかもしれない。彼は危機的状況に対応したというのに私には出来なかった。こんな護衛がどこにいるというのか。私は自分の無力さに打ちひしがれていた。

 

「うっ、ここは・・・・?」

 

 そんな時、結城志狼が目を覚ました。

 

「結城志狼、大丈夫?」

 

 私か顔を覗き込んで尋ねると、彼は私を見て驚いていた。

 

「君は・・・・・・煌坂か?」

 

「何を言ってるのよ?私以外の───あっ!」

 

 この時私はヘルメットを被っていない事に気付いた。落下した衝撃で外れてしまったのか、彼に素顔を晒していたのだ。まじまじと見つめる彼の視線を感じて顔が熱くなる。

 

「な、何よ・・・・」

 

「いや、思ったより美人なんで驚いただけだ。それよりここは?」

 

「び!・・・・・・恐らく崩落した道路の下が排水路になっていたみたいね。お陰で生き埋めにならずにすんだわ」

 

「そうか・・・・俺達どのくらい意識を失ってたと思う?」

 

「そんなに長くはないと思うわ。精々2、3分って所かしら?」

 

「そうか。なら急がないと」

 

 彼は立ち上がろうとして、よろめいた。

 

「ちょっと、まだ無理よ! 頭を打ってるかもしれないんだし、もう少し寝てなさい!」

 

 私は咄嗟に彼を支えようとしたけど、支えきれずそのまま倒れてしまう。

 

「うおっ!?」

「きゃっ!?」

 

 倒れた時、彼の顔が私の胸の間に埋もれてしまう。

 

「ちょっと!?どさくさに紛れて何してんのよ!」

 

「すまん! だが不可抗力だ!」

 

 彼はすぐに顔を上げて私から離れる。

 

「ほら、すぐには無理よ。焦るのは分かるけど、せめて傷の手当てくらいさせなさい」

 

「すまん。頼むよ」

 

 彼はそう言って上着を脱ぐ。私は左腕のハンカチを巻こうと傷の具合を確かめると、 

 

(え? 傷がもう塞がってる!?)

 

 シャツは切れて血痕は残っているのに、既に出血は止まり、傷痕も塞がっているのだ。シャツの切れ目からかなり深い傷だと推察されるのに、こんな事あり得ない。

 

(何なの、この異常な回復力?)

 

 私が彼の身体に疑問を抱いていると、

 

「どうした?」

 

 彼が不思議そうな顔をして聞いて来た。

 

「ううん、何でもない。出血は止まってるみたいだけど念の為巻いておくわね」

 

 私はそう言ってハンカチを傷痕に巻いた。彼は自分の身体の異常な回復力の事を知っているのだろうか? 私はこの事を上に報告すべきか頭を悩ませていた。

 

 

 

 

「ありがとう煌坂。それじゃあ行こうか」

 

 手当てを終えるとそう言って結城志狼が立ち上がる。今度はふらつかないようだ。

 

「行くって、どうやってよ?」

 

「さっきここが排水路だって言ったろ? 水の流れる方向に沿って行けば海に出られるんじゃないか?」

 

 良く見るとチョロチョロとだけど水が流れてる。私達は海に出ようとしていたんだから確かに理に叶ってるんだけど、何か悔しい。

 

「どうした、煌坂?」

 

「何でもない。行くわよ!」

 

 私はせめて先頭に立とうと先を急いだ。

 

 

 

 

 暗闇の中、ペンライトのみを光源にして、私達はしばし無言で歩く。そんな沈黙の中、私は謝罪の言葉を口にした。

 

「ごめんなさい。役立たずな護衛で」

 

「・・・・いきなり何だ?」

 

「本来なら貴方に怪我なんてさせちゃいけないのに、貴方が庇ってくれたから私は軽傷で済んでるわ。トンネルが崩落した時も私は何も出来なかった。本来守るべき立場の私が逆に守られてるなんて、ホント護衛失格よ。全く、情けないったら無いわ・・・・」

 

 話している内に私はどんどん自己嫌悪に陥っていった。

 

「煌坂、もしかして今回が初任務か?」

 

「・・・・うん」

 

 そう、私は3月にIS学園を卒業したばかり。約1ヶ月の訓練期間を経て、今回が初の任務なのだ。それがこうも失態続きとは目も当てられない。

 

「そうか。良かったな」

 

「───は?」

 

 この男は何を言ってるの?失敗して落ち込んでる女に向かって良かったなって、馬鹿にしてるのか!?

 

「貴方、馬鹿にしてるの!?」

 

「何でそうなる。確かにお前は今回失敗したかもしれない。でも失敗したという経験を得る事が出来た。ならば次はもっと上手くやれるだろう?」

 

「! な、何を・・・・」

 

「それに失敗したと言うが今回の任務はまだ終わってないだろ? 今回の任務は俺が生きていて、浅葱を無事取り戻せれば成功なんだ。落ち込むのはまだ早いぞ、煌坂」

 

 結城志狼はそう言って私の頭を軽く撫でる。私は子供の頃から女にしては背が高く、こんな風に頭を撫でられた経験が無かった。しかも嫌いな男に触られている筈なのに、普段の私なら手を振り払っている筈なのに何故だろう、不思議と心地好くて私はされるがままになっていた。

 

「! すまん煌坂! 大丈夫か・・・・?」

 

 彼が不意に手を退けた。私が男嫌いというのを思い出したようだ。触れられた手の温もりが無くなったのを何故が残念に思う私がいた。

 

「べ、別にいいわよ。それより急ぐわよ結城志狼!」

 

「クスッ ああ、了解だ」

 

 私は先頭に立ってに歩き出す。周りが暗くて本当に良かった。今の私は顔を真っ赤にしているだろうから───

 

 

~side end

 

 

 

 

~all side

 

 

「結城志狼、見て!!」

 

 紗矢華に言われるまでもなく、進む先に光が見えた。それと同時に戦闘音も遠くに聞こえて来る。

 

「ああ、急ごう!」

 

 2人は光に向かって走る。幸い排水路の出口はトンネル崩落の影響かフェンスがひしゃげていて、人1人が通れるくらいの隙間が空いていた。

 2人はそこを通り抜け、土砂で塞がれたトンネルの先の道路に出る事が出来た。

 

「あーーっ! 私の煌華麟!」

 

 突然声を上げた紗矢華の視線の先には彼女のバイクがあった。すぐさま駆け寄り倒れたバイクを起こすと、紗矢華は笑顔を浮かべて言う。

 

「この娘がいれば百人力よ! 乗りなさい結城志狼!」

 

 そう言ってバイクに跨がる紗矢華。志狼も続いて後部シートに座ると、紗矢華はバイクを急発進させた。

 

 

 

 戦場はトンネルから離れた海上に移っていた。自衛隊機がトンネルの崩落を見て、上手く海上へ誘導したようだ。だが、2機いたはずの神武は1機しか見えない。どうやら1機は撃墜されたようだ。それもその筈、敵機は何時の間にか2機に増えていたのだ。

 

「ちくしょう、向こうも応援が来たのか」

 

 志狼が悔し気に呟く。その時、紗矢華が言った。

 

「行くわよ結城志狼。しっかり掴まってなさい。『煌華麟』、ファイターモード!」

 

 紗矢華の声に応えて、バイクの車体に様々なパーツが量子変換されて合体していく。

 

「こ、これは!?」

 

 パーツが合体し、変型が完了したその姿は小型の戦闘機になっていた。

 

「煌坂、これってまさか?」

 

「ふふん、驚いたでしょ?この娘が私の専用機『煌華麟』よ!」

 

 自慢気な笑みを浮かべて紗矢華が言う。

 

「さあ行くわよ、煌華麟!」

 

 煌華麟が飛翔する。その加速は凄まじいが志狼はGを感じなかった。PICが機能している証拠だ。

 

(こんなISがあるのか───!?)

 

 志狼は初めて接する可変型ISに驚愕していた。

 

 

 

 飛翔する煌華麟は凄まじい加速を見せて、戦場に到着する。その時既に浅葱を連れた敵機は飛び去っていて、後からきた敵機が神武の足止めをしていた。

 

「煌坂追え!」

 

「言われなくても!」

 

 その場で戦う2機を無視して浅葱を連れた敵機を追う煌華麟。飛行形態のスピードは通常のISより速く、ぐんぐん敵機に迫る。しかし、

 

「追いついたのはいいけど、この後どうしよう?」

 

「ノープランなのかよ!」

 

「だって、仕方ないじゃない! 藍羽さんがいるのに撃つ訳にはいかないでしょ!?」

 

 敵機が撃つビームを回避しながら口論する2人。

 

「余計なお荷物を乗せていなけりゃ取り押さえる事も出来るんだけどね!」

 

 紗矢華の言葉通りなのだろう。自分さえいなければと歯噛みする志狼の目に浅葱が手を振ってるのが見える。彼女は手に何かを持っていて──!

 

「煌坂、今から俺の指示通り動いてくれ」

 

「結城志狼!? 貴方何を言って──「頼む」!!」

 

 真剣な表情で紗矢華を見つめる志狼。

 

「わ、分かったわよ。どうすればいいの?」

 

「ありがとう───奴にぶつかれ」

 

「は?」

 

「奴に体当たりをしろ。浅葱を落とすんだ。そうしたら落ちた浅葱は俺が何とかする。お前は敵機を押さえてくれ」

 

「貴方、何言ってるのか分かってるの? 控え目に言っても自殺行為よ、それ!?」

 

「分かってる。大丈夫、自殺する気はないよ。勝算はある」

 

 2人の視線が交錯する。折れたのは紗矢華の方だった。

 

「あー、もう! どうなっても知らないからね!」

 

 そう怒鳴り、紗矢華は煌華麟を加速させる。近寄らせまいと敵機が撃つビームを回避しながら煌華麟が敵機に迫る!

 

「行くわよ、結城志狼!」

 

「応!」

 

 そして、煌華麟は敵機の背中にぶつかった。

 凄まじい衝撃の中、敵機が浅葱を落とした。

 

「開けろ煌坂!!」

 

 未だ体当たりの衝撃が治まらぬ内に、紗矢華が煌華麟の風防(キャノピー)を開けると、志狼は迷う事なく浅葱に向かって飛び降りた!

 

「浅葱ぃぃぃーーーーっ!!」

 

 志狼は先に落ちた浅葱を追い着く為、身体を真っ直ぐ気を付けの姿勢にして、空気抵抗を減らして加速する。落下速度を増した志狼はやがて浅葱に追い着き、

 

「浅葱、手を!!」

 

「志狼っ!!」

 

 浅葱の伸ばした手を志狼が掴み、そのまま抱き寄せる。

 

「浅葱、無事か!?」

 

「うん!」

 

 そのまま空中でしばし抱き合う2人。気丈に振る舞っていてもやはり怖かったのか、浅葱の身体は震えていた。志狼は浅葱を励ますように抱きしめた両腕に力を込める。

 

「・・・・きっと、来てくれると思ってた」

 

「当たり前だろ? 大事なパートナーだからな」

 

「うん。・・・・志狼、これを」

 

 浅葱はそう言って手に持っていたものを志狼に渡す。それは1本の腕時計───

 

「ありがとう。それじゃ、もう少しだけ辛抱してくれ」

 

 志狼はそう言うと、浅葱を上へ放り投げた!

 

「へ? っきゃああああーーー!!」

 

 浅葱の悲鳴を聞きつつ、志狼は腕時計を嵌めて叫ぶ!

 

「行くぞ、孤狼!!」

 

 志狼の叫びに応じて腕時計が赤い光を放つ。次の瞬間、志狼はその身に孤狼を纏っていた。孤狼は未だ落下する浅葱に翔け寄ると、彼女を優しくキャッチした。

 

「大丈夫か浅葱?」

 

 孤狼のマスクを開いて志狼が素顔を見せると、途端に浅葱が抗議した。

 

「この馬鹿!分かってはいても怖かったんだからね!?大体アンタはデリカシーってもんが欠けてんのよ!聞いてんの志狼!?」

 

「ああ、すまん。だが、そう言うのは後でな」

 

 志狼は上空で戦う紗矢華を見つめていた。

 

 

 

 

 志狼が飛び降りた後、紗矢華は煌華麟を変型させる。

 

「『煌華麟』、コンバットモード!」

 

 紗矢華の声に応え、煌華麟が変型する。紗矢華の身体に変型したパーツが合わさって行く。一瞬の後、紗矢華は鮮やかな緋色のISを纏っていた。

 

 

 

 ───煌華麟(こうかりん)

 

 

 獅子王機関が紗矢華に与えた高機動型第3世代機。

 志狼の護衛チームに配属が決まった紗矢華に、志狼が連れ去られた時、単独で追跡、奪還が出来るように機動性を追究した結果、恐らく世界初の可変型ISが誕生した。

 ライダーモードのバイク、ファイターモードの小型戦闘機、コンバットモードのISと3段階に変型出来る。但し、変型パーツに拡張領域の容量をほとんど持って行かれた為、機体名と同じ六式可変重装弓「煌華麟」とバルカン砲しか武装が無い。操縦者の腕に頼った扱い難い機体となっている。

 

 

 

 変型した煌華麟は唯一の武装たる六式可変重装弓「煌華麟」をコール。双剣を手にして浅葱を追おうとする敵機に斬りかかる。

 

「アンタの相手は私よ!」

 

 そう叫び鋭い斬撃を繰り出す紗矢華に、浅葱を追う事を一旦諦め対峙する敵機。丸太のように太い2本の腕を振り回し、肉薄する。剣と腕の激しい打ち合いに勝ったのは紗矢華。その武器たる2本の腕を斬り飛ばすと一気に勝負を決めようと上段から斬りかかる。

 敵機は後退して辛うじて斬撃をかわすと至近距離からビームを撃つ。当たれば大ダメージ必至の攻撃にも紗矢華は冷静に対処する。煌華麟の剣身に光を纏わせ、迫るビームを横薙ぎにすると、目の前の空間が裂け、ビームが吸い込まれ消えた。

 あり得ない状況に困惑したかのように動きを止める敵機に紗矢華は煌華麟を一閃する。

 

 煌華麟の第3世代兵装「空間切断」。空間を切断する事により、敵の攻撃を別次元へ送り無効化する事が出来る。攻撃にも使えるが紗矢華は主に防御に多用している。

 

「破っ!!」

 

 敵機は縦に真っ二つにされ海に落下、爆発した。

 

 

 

 

 

 その少し前、2機目の神武を撃墜した敵機は、目標を連れた僚機と合流すべく後を追った。しかし、合流しようとした僚機はデータの無いISに撃墜され、目標の藍羽浅葱は結城志狼の孤狼に保護されていた。

 作戦が失敗したと判断した敵機は撤退を始めた。しかし、

 

「逃がすもんですか」

 

 紗矢華はそう呟くと煌華麟を弓に変型させ、1本の矢をつがえた。

 

 

《獅子の舞女(ぶじょ)たる、高神(たかがみ)真射姫(まいひめ)が讃え奉る──》

 

 紗矢華の口から呪文のような言葉が紡がれる。それは「祝詞(のりと)」と呼ばれる真言。

 紗矢華の所属する獅子王機関は今でこそ更識家の下部組織だが、元は陰陽寮を始祖とした国の霊的災害を取り締まる特務機関であった。その為機関に属する者は霊能力や超能力といった特殊な力を持つ者達が多数在籍している。

 紗矢華はその中でも「舞威姫(まいひめ)」と呼ばれる能力者の1人で、幼い頃から機関の施設で育てられ、IS学園にも機関の命令で入学していた。

 舞威姫の祝詞には精神を研ぎ澄まし、神の力をその身に宿す力があると言われており、紗矢華は精神集中する為の自己暗示として使用している。

 

 

《───極光の炎駒、煌華の麒麟、其は天樂と轟雷を統べ、憤炎を纏いて妖霊冥鬼を射貫く者なり!!》

 

 祝詞を唱えると同時に紗矢華は矢を射る。放たれた矢は不可思議な旋律を奏でながら真っ直ぐに敵機に向かって行く。

 遠方から放たれた矢など当たったとしても多少SEを削られるだけと避ける様子を見せなかった敵機だが、矢が奏でる旋律を感知した途端、全ての機器に異常が発生した。ISコアが狂い、自分が何者なのか、何の為に作られたのか分からなくなり、コアはやがてシールドバリアを解除してしまう。そこに煌華麟から射られた矢が的確にコアの位置を貫いた。

 自分に何が起きたのか分からないまま、コアは活動を停止した。

 

 

 

 煌華麟の特殊兵装「鏑矢」。煌華麟の矢には特殊な紋様が刻まれていて、矢を射ると、この紋様と空気との摩擦によってある特殊な音波が発生する。

 人間の耳には不可思議な旋律に聞こえるこの音波を感知すると、電子機器は狂い、まともに動けなくなる。正に現代兵器の天敵であり、街中での使用が固く禁じられている兵装である。

 

 

 

 

「・・・・・凄え」

 

 自分達があれだけ苦戦した無人機を僅か数分で2機も撃墜した紗矢華の実力に志狼は戦慄を覚えた。

 

(あれがIS学園卒業生の実力か!?)

 

「ねえ、彼女何者なの?」

 

 そんな志狼に浅葱が話しかける。

 

「あ?ああ、俺の護衛を務めてくれてる奴で名前は煌坂紗矢華。昨年のIS学園の卒業生だそうだ」

 

「! あれ、煌坂さんだったの!?」

 

「知ってるのか?」

 

「勿論。昨年度操縦士科を次席で卒業した私の同期よ。何故か目立つのが嫌みたいで実力を発揮しなかったけど、本来なら彼女が首席だったはずよ」

 

 どうも紗矢華から聞いてたのと話が違うようだ。だが、あの紗矢華の戦い振りを見ると、浅葱の方が正しいと思える志狼だった。

 

 

~side end

 

 

 

 

~志狼side

 

 

 こうして後に「電子の女帝誘拐事件」と呼ばれる事件は終わった。

 

 浅葱は幸い怪我も無く、無事に助け出す事が出来た。

 撃墜された神武は操縦者も機体も無事回収された。

 敵機のビームで崩落したトンネルは、幸い車通りの少ない時間帯だった為、被害に合ったのは俺達だけだった。但し、修復にはかなりの時間と費用が掛かるらしい。

 そして俺と煌坂は衛宮さんからきついお叱りを受けた。煌坂から連絡を受けた衛宮さん達も俺達の後を追ったそうだが、トンネルの崩落で足止めを食らっていたと言う。今後、緊急で動く時は必ず衛宮さんに連絡する事を固く約束させられた。

 衛宮さんのお説教が終わり、正座しながら言い合いをする俺と煌坂を見て皆が、それこそ南宮さんまで目を丸くして驚いていたのが、妙に印象的だった。

 

 その煌坂だが、あの後浅葱とは友達になった。そして浅葱は・・・・

 

 俺はあの戦闘の後の事を思い出していた。

 

 

 

 

<><><><><><>

 

 

 

 

 戦闘を終えた俺達は近場の砂浜に降り立ち、ISを解除した。

 

「やれやれ、折角直ったのに出番がなかったな」

 

「ホントにね。お~~い煌坂さん、久し振り!」

 

 浅葱から声をかけられた煌坂は驚いていた。

 

「え・・・・藍羽さん私の事覚えてるの?」

 

「当たり前でしょう。卒業してまだ2ヶ月よ。貴女みたいに印象深い娘を簡単に忘れないわよ」

 

「え? 印象深い!? 私なるべく目立たないようにしてたんだけど・・・・」

 

「ああ、やっぱりわざとなんだ。逆にそれで目立ってたわよ貴女」

 

「えええっ!?」

 

 

 と、こんなやり取りの後でお互いの認識の齟齬を話し合っていた。

 どうやら煌坂は自分が目立っていないと思っていたらしいが、実際には操縦者としての高い実力とその容姿から、かなりの人気があったらしい。特に年下からは隠れて「お姉様」と呼ばれ、慕われていたそうだ。その事実を知って煌坂は愕然としていた。

 確かに煌坂は濃い栗色のポニーテールと翠の瞳をした浅葱に優るとも劣らない美少女だ。長身で抜群のスタイルをしてる所や、案外面倒見の良い所からお姉様と呼ばれるのも分かる気がする。俺がそう言ったら2人から真っ赤になって怒られた。何故だ。

 そんなやり取りの結果、浅葱と煌坂は改めて友達になり、連絡先の交換をした。ついでとばかりに煌坂は俺とも連絡先を交換した。「あくまで仕事で必要だから」とやたらと強調していたが何なんだか・・・・

 

 

 そんな風に3人で話しをしていると、絃神コーポレーションが用意した迎えの車がやって来た。

 

「それじゃ志狼、紗矢華、またね」

 

「う、うん。あ、浅葱・・・・」

 

 名前で呼び合う事になった浅葱と煌坂だが、煌坂がまだ恥ずかしそうに名前を呼ぶのが微笑ましい。

 

「ああ、気を付けてな」

 

 俺もそう挨拶を交わした。だが、車に乗り込もうとした浅葱は動きを止めると、振り向いて俺の元まで歩いて来た。

 

「どうした浅葱?」

 

「志狼ちょっと」

 

 俺と浅葱では20㎝近い身長差があるので、内緒話でもあるのかと少し背中を屈めると、浅葱は俺の顔を両手で挟み、

 

 

 ───そのまま唇を押し付けた。

 

 

 たっぷり10数えるくらいしてから浅葱が唇を離す。

 

「あ、浅葱?」

 

「えっと、あの、そう言う事だから。じゃあね!」

 

 そう言って逃げるように車に飛び込んだ浅葱の顔は、暮れ行く夕陽よりも更に赤く染まっていた。

 

 

 

 浅葱を乗せて走り去る車を見送ると、顔を真っ赤にして固まっていた煌坂が喚き出した。

 

「───ゆ、ゆゆゆ結城志狼ぉーーー!!ア、アンタ浅葱と、キキキ、キスするなんてどういう事よーーーっ!?」

 

「いや、俺に言われても」

 

「何なのよ、もおーーーーっ!?」

 

 

 煌坂の叫びは、暮れ行く皐月の空に吸い込まれていった。

 

 

~side end

 

 

 

 

~束side

 

 

「あーー、もう!分かった、分かりました。もうあの娘に手は出さないよ!約束する。絶対!」

 

『本当だな!?そう言ってまた無人機なんぞ寄越すなよ!?』

 

「分かったってば!ゴーレムも出さない何もしないってば!束さんだってしーくんに嫌われたくないもん!」

 

『その言葉信じるぞ。じゃあな』

 

「は~い、じゃあね、バハハ~~イ」

 

 

 長い電話でのお説教がようやく終わった。深く息を吐いていると、私の前にティーカップが置かれる。

 

「お疲れ様でした束さま」

 

「ありがとう、くーちゃん♪」

 

 くーちゃんの淹れてくれた紅茶をゴクゴクと喉を鳴らして飲む。これは私の好きなリ〇トンのティーバック。流石くーちゃん、分かってるう♪

 あっという間に飲干し、おかわりを頼む。

 

「でも、ちーちゃん様も随分と長いお話でしたね」

 

 紅茶のおかわりを淹れながらくーちゃんが言う。

 

「うん。まあ今回は束さんも悪かったかなって。あの娘を見つけた喜びのあまり、録に調査もしないで行動しちゃったしね。反省反省」

 

「そこら辺は束さまらしいと思いますが。確かに下手をしたらちーちゃん様はおろか、しーくん様にまで嫌われてたかもしれませんしね」

 

 紅茶のおかわりを差し出しながらくーちゃんが言う。

 

「そうだね。まあ、どこの誰かはもう分かってるんだし、ほとぼりが冷めたら改めてご招待するよ」

 

「そうですね。それがよろしいかと思います」

 

「うん。当分は大人しくしてるよ。この娘の開発も佳境だからね」

 

 私はそう言って後ろを見る。そこには開発中のISがあった。

 

「でも、いっくんがあれだから展開装甲のデータが不十分なんだよね。でもまあ、何とかするか」

 

 Xデーまで後2ヶ月。それまでにこの娘を完璧に仕上げなければ。私はその日を思い浮かべ、静かに微笑んだ。

 

 

~side end

 

 

 




読んで頂きありがとうございます。

箒に紅椿獲得フラグ1が付きました。力を求め、足掻く箒とそれを見守る神楽。モデルを華さんにしたせいか自分でも最近お気に入りで、それとなく出番が増えている神楽でした。

志狼の墓参り。ご覧の通り志狼の旧姓は風見です。これにも設定はあるのですが、本筋と関係ないので発表するかは未定です。
志狼の育ての親、言峰綺礼。父親を知らない志狼にとって初めて接する大人の男で、どこか父親の幻想を重ねて反発しながらも意識してしまう存在です。
前話で雪菜の事を相談され、縁堂縁を紹介したのはこの男です。

ティアナとスバルがなのはの教え子になりました。なのはの魔改造ぶりをご期待下さい。

浅葱との初デート。初デートがスイーツバイキングなのがこの2人らしい(笑)

煌坂紗矢華登場。彼女の専用機のモデルはセイバーガンダムです。弓を使うのでライジングガンダムにしようかと思ったのですが、紗矢華の専用機は可変型にしたかったのでセイバーになりました。セイバーにした理由は単純に好きだからです。原作では不遇の最後を遂げた機体ですが、本作では活躍して貰いたいと思います。

自衛隊の神武。モデルは勿論GMです。本作ではやられ役でこれからも出る予定です。

箒の紅椿獲得フラグ2が付きました。束さんは次のエピソードでは出番が無いので、大人しく紅椿を開発して貰おうと思います。


次回は転校生3連発です。お楽しみに。



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第35話 3人の転校生



第35話を投稿します。ご覧下さい


 

 

~志狼side

 

 

 GWが終わると、IS学園にも学生が頭を悩ますイベントがやって来る。

 中間試験だ。中間試験は筆記だけで実技の試験は無い。試験1週間前には部活動が全面禁止となり、放課後の訓練も自粛ムードになる。静かな1週間になるかと思いきや、我が1年1組の面々は今日も元気であった。

 何と言ってもこのクラスには入試首席のセシリアがいる。自らの成績に自信が無い者は早速セシリアに泣きついた。

 

「「「お願いセシリア、勉強教えて!」」」

 

「え?ええ、(わたくし)は構いませんけど・・・・」

 

 セシリアに勢い良く頭を下げ、お願いしてるのは清香、ナギ、ゆっこの3人。仲間内では比較的成績が良くないメンバーだ。

 因みにいつものメンバーの成績順がセシリア、明日奈、神楽、静寐、俺、本音、箒、ゆっこ、ナギ、清香となっている。俺は一般科目は問題無いが、IS専門科目が足を引っ張り、真ん中辺りに位置している。

 とにかく、勉強会を開き、皆で赤点を回避しようと言う事になった。因みに赤点は45点以下。ボーダーラインが高いと思うが、IS学園は国立なので厳しいのだ。

 赤点を取ると地獄の補習と再試験が待っている。再試験で50点以上採らない限りそれがいつまでも繰り返されると言う、最早生徒にも教師にも苦行としか思えない日々が待っているそうだ。あの織斑先生が「頼むから赤点だけは取るなよ」と念を押す程なのだから押して知るべし、である。

 その恐ろしさを知った俺達は早速、今日の放課後から自由参加で勉強会をやる事になった。

 

 

 

 

 1週間が過ぎて今日から中間試験が始まった。

 中間試験は1、2日目が一般科目、3、4日目がIS専門科目、5日目が答案の返却となっている。因みに今日から織斑が懲罰期間を終え、クラスに合流したが、皆試験に手一杯で表面上気にしてる風には見えなかった。

 

 

 

  

 特に問題無く、中間試験は終わった。

 答案を返却され、友達同士で点数を比べ合う試験後によくある風景があちこちで見られる。

 試験の結果、学年1位はセシリア、2位簪、3位ティアナであった。因みにこの順位は入試と同じ順位だそうだ。

 俺の順位は108人中14位。取り敢えずクラス代表の面目は保てただろう。問題の清香達3人も辛うじて赤点は回避した。勉強を見てくれたセシリアに3人は抱き付いてお礼を言っていた。

 1組で赤点を採ったのは織斑1人だった。試験期間中ずっと懲罰房で反省文を書いていて、試験勉強してないのだから仕方がないとは思うが、織斑先生はその結果に深くため息を吐いていた。

 

 

~side end

 

 

 

 

~鈴side

 

 

 5月も下旬になり、暑さが日々増しつつある今日この頃。中間試験が終わって、学園に日常が戻って来た。

 試験の結果、私は108人中16位。僅かな差で志狼に敗けてしまった。因みにヴィシュヌは8位とアタシより上だった。

 クラス対抗戦までは121人いた1年生は今では108人まで減っていた。クラス対抗戦で閉じ込められ、ビームに晒された恐怖は多くの生徒の心に傷痕を残し、その恐怖から立ち直れなかった者達は学園を去る事になった。1組から3人、2組から4人、3組から5人、4組から1人と1年生の合計で13人もの退学者が出た。因みに2年生から5人、3年生から2人の退学者が出て、学園全体で20人もの退学者が出ると言う前例に無い事態に陥っていた。

 そのせいだろうか、今日うちの2組と隣の1組に転校生が来ると言う。クラスは今朝からその話題で持ちきりだ。

 元転校生であったアタシが言うのも何だけど、転校試験は入試よりも難しく設定されている。その試験をパスしたと言う事はかなり優秀な娘達なんだろう。

 

「元転校生として、やはり鈴も気になりますか?」

 

 ヴィシュヌが聞いて来た。

 

「さあね。まあ、それなりに出来る娘なんでしょうけどね」

 

「そうですね。もしかしたらどこかの国の代表候補生かも知れません」

 

「あ~~、ありそう」

 

 何たって今の学園には世界各国が注目する男がいる。彼と接触して、出来れば自国に引き込みたいと思ってる国など幾らでもいるのだ。そう言った命令を受けたハニトラ要員なんかが送り込まれて来るかも。

 まあ、志狼は本人がしっかりしてるし、周りの娘達も目を光らせてるだろうから問題無いと思う。

 問題は一夏だ。一夏は今、孤立している。確かにアイツがやった事を考えれば仕方がないのかもしれないけど、今の学園でアイツに自分から話しかけるのは先生かアタシくらいだ。そんな中で可愛くて、胸の大きい娘なんかに優しくされたら、今のアイツならコロッと落ちかねないわ。それだけは何としても阻止しなくちゃ!

 

「どうしました鈴? 変な顔して」

 

「別に──ってか変な顔って何よ!?」

 

 ヴィシュヌとそんなやり取りをしていると、教室の扉が開いて先生が入って来た。

 

「おーーし、皆、席に着けーーっ!」

 

 1年2組担任、桐島(きりしま)カンナ先生。1組副担任山田先生の同期で空手の達人。主に生身での格闘技の指導を担当している。その実力はあのヴィシュヌが歯が立たない程で、彼女曰く「母さんと同じくらい強い」との事。190Cmを越えるガッチリした体格の女丈夫。豪快かつ親しみ安い性格で私達生徒から慕われている。

 

 

「おはよう皆!・・・・この浮わついた雰囲気、皆もう聞いてるみたいだな。そう、今日からこのクラスに新しい仲間が増える!皆、驚くなよ?──それじゃ、入れ!」

 

 カンナ先生が転校生を呼ぶ。その時アタシと一瞬目が合ったのは何だろう?

 その理由は入って来た娘を見て分かった。て言うか何であの娘が!?

 

「え?」

「鈴ちゃんが2人!?」

「うわ~、そっくり!」

 

 クラスメイトが転校生を見て騒ぎ出す。無理もない。それ程までに彼女はアタシとよく似ている。まあ、血が繋がってるからある意味当然なんだけど・・・・

 

「あ、でも良く見ると別人だよ!?」

「そうね。髪型も違うし。それに──」

 

「「「何てったって、胸がある!!」」」

 

「アンタらしまいにゃブッとばすわよ!?」

 

 そう叫びつつチラッとあの娘を見る。くっ!ホントにある!あの娘いつの間に!?

 

 

「はいはい。お前ら、いい加減にしろ~? 転校生が困ってるぞ~」

 

 カンナ先生がパンパンと手を叩いて注意を引く。確かにあの娘の頬が若干引き攣ってる。2組のノリについて行けないみたいだ。

 

「おし、転校生。自己紹介だ」

 

 皆が静まったのを見計らい先生が言った。

 

「はい。初めまして皆さん。台湾代表候補生序列4位、凰乱音(ファン・ランイン)です。飛び級したので皆さんよりひとつ年下です。ですから気軽に(ラン)と呼んで下さい。因みに・・・・そこにいる凰鈴音は従姉になります。今日からよろしくお願いします!」

 

 一瞬の静寂の後、教室内に割れんばかりの拍手が鳴り響いた。

 

「年下なんだ。可愛い~~」

「従姉か。成る程似てる訳だ」

「飛び級したって。優秀なのね」

「代表候補生!それも冒頭の六人(ページワン)だよ!」

「え?って事は専用機持ち!?凄~~い!」

 

 皆がワイワイと騒ぎ出す。矢継ぎ早にされる質問に乱はそつ無く答えている。あの娘はこう言う所は如才ないのよね。しかし、

 

「転校の事、知らなかったのですか鈴?」

 

「聞いてないわよ。アタシあの娘がページワンだってのも初めて知ったわ」

 

「・・・・流石にそれはどうかと思いますよ、鈴」

 

「うっ、悪かったわね!」

 

 代表候補生の序列決定戦は毎年明けに行われる。その時点であの娘がページワンと言うのは分かっているのだ。いくら他国の事情に興味が無いとは言え、確かに不勉強だったかも知れない。

 

 

「でも乱ちゃん。何でこんな時期に転校してきたの?時期的に半端だし、転校しなきゃいけない理由でもあったの?」

 

 クラスメイトの1人が乱にそう質問した。言われてみれば確かに気になる。まさかさっき考えてたハニトラ要員!? 乱はこっちを見ながら(睨んでるように見えるけど、アタシの気のせいよね?)質問に答える。

 

「ええ。それはですね・・・・あの馬鹿姉のお目付け役として転校して来たんです!」

 

「「「な、何ですってーーーっ!?」」」

 

 周りのクラスメイトが驚きの声を上げる。しかしアンタ達ノリがいいわね───ともあれ、

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい乱!お目付け役ってどう言う事よ!?」

 

「・・・・鈴、貴女転校早々学園の機材を壊しまくったんですってね」

 

「うっ」

 

「その機材の弁償は中国政府がしたんだけど、総額いくらになったか知りたい?」

 

「ううっ」

 

「例え問題を起こしたとしても、結果さえ出せば良かったんだけど、何なのクラス対抗戦の不様なバトルは?」

 

「うううっ」

 

「全力で戦った結果の敗北ならまだしも、相手をナメてかかって敗北しただなんて、自分でも不様だと思わない?」

 

「それは!・・・・確かに油断したアタシが悪いんだけど、でも他国の代表候補生であるアンタにそこまで言われる筋合いは無いわよ!!」

 

 アタシがそう文句を言うと、乱はわざとらしく大きくため息を吐いた。

 

「ハア・・・・鈴、今の発言はね。IS委員会中国支部長が言ってたそうよ」

 

「!!」

 

 IS委員会の中国支部長!?そんな上の人間がそんな事を!?それはマズイ!中国支部長がアタシをそう評価したのなら下手したらアタシは代表候補生資格を取り上げられ、国家反逆罪で逮捕なんて事もあり得るかも!?

 最悪の想像をしてアタシは血の気が引いてくのを感じていた。そんなアタシの様子を見て、乱が言った。

 

「・・・・最悪の場合どうなるか想像出来たみたいね。でも安心しなさい。今の所そこまでの処分は考えてないみたいだから」

 

「ホント!?」

 

「あくまで今の所は、よ。中国政府も貴女をこんな事で失うのは惜しいと判断して、これ以上馬鹿な事をしないようお目付け役を付ける事になったの。で、私に白羽の矢が立ったって訳」

 

「乱。質問いいですか?」

 

 ホッとして椅子に座り込むアタシに代わり、ヴィシュヌが乱に質問する。

 

「どうぞ、ヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーさん」

 

「私の事を知っているのですか?」

 

「勿論です。タイの代表候補生。今年は不運が重なってページワン入りを逃したとは言え、実質タイでもトップクラスの実力を誇る貴女を軽んじられる訳ありません」

 

 乱の言葉を聞いて、アタシは驚いていた。道理で強い訳だ。でも、アタシはそんな事も知らなかったのか・・・・

 

「それは光栄です。中国の動向は分かりましたが、従妹とは言え他国の代表候補生である貴女が何故その役目を引き受けたのですか?」

 

「それは・・・・まあ、色々とありまして。察して貰えると有り難いのですが・・・・」

 

「・・・・成る程。言い難い事を聞いてしまったようですね。すみません」

 

「いえ、こちらこそ」

 

 話が一段落付いたと見たカンナ先生が再びパンパンと手を叩いて注意を引く。

 

「よーーし、話は大体分かったな?そう言う訳で乱は今日からあたいらの仲間だ!皆、よろしく頼むぞ!」

 

「「「「はいっ!!」」」」

 

「よーーし、それじゃあ午前中はお前らお待ちかねの実技講習だ。全員ISスーツに着替えて第2アリーナに集合しろ! 1組との合同授業だから遅れるなよ。遅れたら千冬先輩に何されるかわかんねえぞ!!」

 

「「「「はいっ!!」」」」

 

 私達は返事をして、着替え始める。アリーナの更衣室にはロッカーが1クラス分しか無いので、合同授業の時は教室で着替えるのが通例となっている。乱も自分の席に案内され、周りのクラスメイトと談笑しながら着替えていた。あの娘は問題なさそうね。

 さて、アタシも早いとこ着替えなくっちゃ!千冬さんの出席簿は食らいたくないもんね!

 

 

~side end

 

 

 

 

~志狼side

 

 

 あのクラス対抗戦の後、1組からも退学者が出た。女尊男卑主義者のあの3人だ。

 3人のリーダー格の娘がISに対して恐怖心を持ってしまい、逃げるように退学すると残る2人もあっさり退学してしまった。結局、言葉を交わす事も無かった奴らだが、女尊男卑主義の源であるISに恐怖心を持ってもその主義を貫けるものだろうか?

 

 何はともあれ中間試験も終わり、日常が戻って来た。しばらくは何も起きないだろうと思っていた俺が甘かった事を、朝のSHRで思い知らされた。

 

 

 

 朝、明日奈と教室に入ると何やら騒がしい。見ると清香やナギを中心に何人かで固まって、ああだこうだと意見を交わしているようだ。

 

「おはよう。何してるの?」

 

「あ、明日奈、志狼さんおはよう! 皆でこれ見てたんだ」

 

 そう言って清香は読んでいたものを持ち上げ、表紙を見せた。それはISスーツのカタログだった。

 

「志狼さんや明日奈のISスーツってどこ製なの?」

 

「俺のは企業が用意した特注品だ」

 

「私のもそうよ。でも、ISスーツって色々あるのねえ」

 

 明日奈がカタログを見ながら感心しているが、明日奈自身のISスーツも珍しいタイプだ。白を基調としたノースリーブのスーツに赤のミニスカートと膝下までの白いブーツという、一見騎士団の制服のようにもチアに衣装のようにも見える変わったデザインをしている。中々派手なスーツだが、明日奈には良く似合っていた。

 

 清香達はカタログを見ながらあそこのがいい、こっちのも可愛いなどと話をしている。こんな会話が教室のあちこちでされているのは、今日の午前中に実技の授業が2組と合同で行われるからだろう。

 今まで実技の授業は先生の模範操縦を見るか、実機に触れたりするだけで、自分で動かせなかったが、今日からは自分で操縦出来るのだ。やはり操縦者を目指す彼女達からすれば嬉しくて仕方がないのだろう。

 ISスーツは学園指定のものもあるが、自分の選んだスーツを学園で申し込み、それを着用する事が認められている。IS操縦者は早い内に自分のスタイルを確立する事が大事だと言われているので、ほとんどの者がスーツを申し込むと言う。因みに1着数万から数10万するというISスーツだが、学園から申し込むと3~5割引きで購入出来るそうだ。

 皆どんなのにするか頭を悩ませているのだろう。俺としても学園が用意した紺一色のスーツより、色とりどりのスーツの方が見ていて楽しいから大歓迎だ。

 

 

 

「おはようございます、皆さん」

 

 朗らかな笑顔を浮かべて真耶先生が教室に入って来た。

 真耶先生を見るとどの生徒も笑顔で挨拶を交わす。ただ皆、山ちゃんとか山ピー、マヤマヤなど勝手なアダ名で呼んでいる。慕われている証拠だとは思うが、流石にしんぶんしは駄目だろう。

 困り顔で皆を注意する真耶先生だったが、この人のこう言う顔もまた可愛いから困ったものだ。思わずいじりたくなってしまったが、明日奈がジト目で見ていたので自重した。

 

 

 

「おはよう諸君」

 

 真耶先生に遅れて、織斑先生が颯爽と教室に入って来た。その途端に全員速やかに席に着き、さっきまでの緩んだ空気が嘘のように引き締まった。全員が注目したのを見計らい、織斑先生が話し始める。

 

「まず連絡事項だ。来月下旬から全員参加の学年別トーナメントが開催される。それに伴い、今日から本格的な実機訓練が開始されるが、その為に必要なISスーツの注文申し込みを今日から開始する。注文してもモノによっては届くのに時間が掛かる事もあるので、なるべく早く注文するように。届くまでは学園指定のスーツを使うので忘れるなよ。忘れたら学園指定の水着で授業を受けて貰うからそのつもりで。それも忘れたら・・・・まあ下着で構わんだろう」

 

((((いや、構うだろ!!))))

 

 恐らく俺を含めた大半の娘が心の中でツッコんだだろう。このクラスには俺や織斑と言った男もいるのだ。そんな中で下着姿って・・・・

 

(流石に冗談だよな・・・・?)

 

 俺は下手したらセクハラでパワハラなこの発言が、織斑先生なりのジョークである事を切に祈った。

 

 

 

「私からは以上だ。では山田先生、後は頼む」

 

 織斑先生は連絡事項を伝えると、真耶先生と交代した。

 

「はい。ええとですね、今日は何と転校生を紹介します!しかも一挙に2人です!」

 

「「「「えええええっ!?」」」」

 

 転校生?クラス対抗戦の後、学園全体で20名もの退学者が出て、欠員を埋める為に転校生を迎えるのは分からなくもないが、何故このクラスに?普通は最も人数が少なくなった3組から欠員を埋めていくと思うのだが・・・・

 

「それでは、2人共入って下さい」

 

 真耶先生がそう言うと、扉が開き、噂の転校生が入って来た。

 

 「失礼します」

 

 「・・・・・・」

 

 入って来たのは対照的な2人だった。明るい笑顔を浮かべる金髪とムスッとした表情の銀髪。

 IS学園の制服は改造が自由なのだか、2人共女子用のスカートではなく、ズボンを履いていた。

 

「え? 男・・・・?」

 

 その時、そんな呟きが聞こえた。男?

 

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。僕と同じ境遇の方がいると聞いて転校して来た──」

 

「「「「きゃああああーーーっ!」」」」

 

 教室中に響く喚声と言う名の超音波。不意を突かれてガード出来ずまともに食らってしまった。

 

「男子!3人目の男子!!」

「しかも美形!守ってあげたくなる系の!」

「このクラスで良かったあ~~!」

 

 自己紹介を途中で遮られたデュノアがこの状況に笑顔のまま固まっている。

 紫の瞳の中性的な美しい顔立ち。濃い金髪は後ろで丁寧に束ねている。男にしては華奢だが女であれば平均的な体格。男と言われてそう見えなくもないが、俺にはやはり男装した女にしか見えない。それに、

 

(───シャルロット!?)

 

 そう、デュノアには2年前知り合った1人の少女の面影がある。成長した彼女が男装したらこんな感じだろうか?

 

「あー、騒ぐな。静かにしろ」

 

 自分の思考に沈んでいた俺に織斑先生の呆れたような声が聞こえた。

 

「そうですよ、皆さんお静かに。それにまだ自己紹介が終わってませんよ~」

 

 真耶先生にそう言われて、皆はもう1人の銀髪の少女に目を向ける。忘れようにも忘れられない個性的な少女だ。

 腰まである輝くような長い銀髪は綺麗ではあるんだが手入れなどせず、無造作に伸ばしっ放しにした印象がする。整った顔立ちは不機嫌そうに歪み、左目の黒眼帯は威圧感を、右の紅い瞳は冷たい光を放っている。体格は小柄。恐らく150㎝ないだろう。だがそんな風に見えない程の存在感を全身から放っていた。

 

「挨拶しろ、ラウラ」 

 

「はい、教官」

 

 織斑先生にそう言われた彼女は織斑先生に対して敬礼する。

 

「・・・・ここで敬礼はよせ。ここは軍ではないし、私ももう教官ではない。私の事は織斑先生と呼べ」

 

「はい、了解しました」

 

 そう言ってまた敬礼する彼女に思わず目を覆う織斑先生。

 

「・・・・もういい。自己紹介しろ」

 

「はい」

 

 彼女はこちらを向いて休めの姿勢をする。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

 どこかの誰かを連想させる挨拶をすると、彼女は口を閉ざした。

 

「あの・・・・以上、ですか?」

 

「以上だ。ムッ!?」

 

 いたたまれず話かける真耶先生をバッサリ斬り捨てると、彼女──ラウラはとある1点に視線を止める。

 

「貴様が───!」

 

 そう言って真っ直ぐ歩いて行くと、

 

 バチンッ!!

 

 教室中に響かせる大きな音を発てて、織斑をひっぱたいた。一瞬呆然としていた織斑だが、我に帰ると、

 

「いきなり何しやがる!?」

 

 と怒鳴りつけた。だが、ラウラはそれ以上の激しい怒りをその紅い右目に宿し、

 

「私は貴様など認めない!貴様があの人の弟など絶対にだ!!」

 

 そう言うとラウラは踵を返す。彼女が見せた激情に虚を突かれたのか、被害者であるはずの織斑はポカンとして見送っていた。

 

「あー、それでは朝のSHRを終わる。この後は2組と合同での実技授業だ。全員ISスーツに着替えて速やかに第2アリーナに集合しろ」

 

 織斑先生は織斑が殴られた事をさらっと流して号令を出す。合同授業の場合、女子はこの教室で着替える事になるから俺達男はアリーナの更衣室まで移動しなくてはならない。

 

「結城、織斑、同じ男子としてデュノアの面倒を見てやれ」

 

 織斑先生はそう言うと、真耶先生と共に教室を出た。同じ男子、ねえ・・・・・

 

「結城君、織斑君、初めまして。僕は──」

 

「デュノア。悪いが挨拶は後だ。織斑、デュノアを案内して先に行け。俺もすぐ行く」

 

「お、おう。デュノアこっちだ」

 

「う、うん」

 

 織斑に連れられてデュノアが出て行った。俺も早く行かなくてはならないが、その前に、

 

「セシリア、明日奈。ボーデヴィッヒを頼む。かなり厄介そうだから気を付けてな」

 

「分かりましたわ」

「うん。任せて」

 

 2人にボーデヴィッヒの事を頼み、俺も教室を出る。廊下を走る訳にはいかないので早足で移動して第2アリーナに到着した。途中、息を切らして蹲った女子の群れがいたが、何だったんだろう?

 

 

 一応ノックをしてから更衣室に入る。中には織斑しか見えなかった。

 

「デュノアはどうした?」

 

「ああ、シャルルならあっちで着替えてる」

 

 反対側で着替えてるようだ。ならいいだろう。俺も着替えようと服を脱ぎ始める。

 

「こっちで一緒に着替えようって言ったのに、何だかんだと理由を付けてあっちに行っちまったんだ」

 

 デュノアが一緒に着替えない事が不満なのか、織斑が溢す。

 

「あのな、織斑。何でも自分を基準に考えるのはよせ。裸の付き合いなんて習慣の無い国だってあるし、もしかして身体に傷があって見られたく無いのかもしれないだろう?」

 

「それは!・・・・そうか」

 

 少しは他人の事を考えられるようになったか?以前なら食ってかかる所だが、少しだけ変わったようだ。考えてみれば織斑と話をするのはあいつが懲罰房を出てから初めてだ。そんな時、

 

「お待たせ一夏──って、ひゃああっ!?」

 

 デュノアの悲鳴が響いた。

 

「何だよシャルル!?」

 

「だ、だって志狼が!!」

 

 俺はISスーツを着る為に全裸になった所なので丸出しだった。

 

「おいおい、男の裸なんて見慣れてるだろ?」

 

「た、だって、そんなに大きいなんて!!」

 

「・・・・本当だ。デカイな」

 

「・・・・何を言ってるんだ、お前らは」

 

 俺は呆れながらもISスーツに着替え終える。しかし、志狼か・・・・

 

「さて、デュノア。改めて結城志狼だ。クラス代表でもあるので、何か困った事があったら遠慮なく相談してくれ」

 

「あ、うん。シャルル・デュノアです。よろしくね」

 

 顔を真っ赤にして握手をするデュノアは、やはり可愛い女の子にしか見えなかった。

 

「おい、もう時間がないぞ!」

 

 俺が訝しんでいると、織斑が声をかけた。

 

「いかん、急ごうデュノア」

 

「う、うん」

 

 俺達は更衣室を出て、アリーナに向かった。

 

 

~side end

 

 

 

 

~明日奈side

 

 

 兄さんが教室を出たのを見届けてから私達は転校生の彼女に声をかけた。

 

「ボーデヴィッヒさん。(わたくし)はクラスの副代表を務めるイギリス代表候補生序列3位、セシリア・オルコットと申します。よろしくお願いしますね」

 

「私は日本代表候補生序列4位、結城明日奈です。分からない事があったら遠慮なく聞いてね。ボーデヴィッヒさん」

 

「ああ」

 

 それだけ言うと、ボーデヴィッヒさんは黙々と着替えを始める。私とセシリアは顔を見合わせると色々と話かけた。

 

「ボーデヴィッヒさんはドイツの代表候補生なんだよね?」

「ボーデヴィッヒさんは軍の関係者なんですの?」

「ボーデヴィッヒさん、織斑先生と知り合いなのかな?」

「ボーデヴィッヒさんの専用機ってどんな機体ですの?」

 

「・・・・・・」

 

 私達を全く無視して着替え終えた彼女はさっさと教室を出て行こうとする。

 

「あ、ボーデヴィッヒさん、アリーナの場所は分かるの?」

 

「問題無い。学園内の地理は把握済みだ」

 

 そう言って彼女は立ち止まり、振り返らずにこう言った。

 

「ひとつだけ言っておく。私に構うな。お前らと馴れ合う気は無い」

 

 そう言い捨てて、ボーデヴィッヒさんは今度こそ教室を出て行った。 

 その言を受け、教室が静まり返る。

 

「な、何よあの態度!」

 

 1人が声を上げると、それは一気に広まって、彼女への不満が爆発した。これでは彼女が孤立してしまう。こうならないように兄さんは私達に頼んで行ったと言うのに、大失敗だ!

 皆が不満を洩らす中、パンパンと手を叩いてセシリアが注意を引く。

 

「皆さんお静かに。彼女への不満は一先ず置いておいて、今は授業に遅れないようにしましょう」

 

 セシリアに言われて、着替えの途中だった娘達は慌てて着替えを続けた。

 

「明日奈さん。(わたくし)達も急ぎましょう」

 

「あ、うん!」

 

 私達は専用機の拡張領域(バススロット)に入れてあるISスーツをコールすると、一瞬で着替えを終える。本来ならIS本体のエネルギーを消耗するのでなるべく使わないように言われてる機能だが、今回だけは大目に見て貰おう。

 

「わ、ずるい!」

 

 まだ着替えていたナギにそう言われたが、専用機持ちの特権と諦めて貰おう。

 

 全員教室を出たのを確認して、私とセシリアも扉を施錠してアリーナへ向かった。

 

 

~side end

 

 

 

 




読んで頂きありがとうございます。

乱、シャル、ラウラの3人が本格的に登場しました。
今後の活躍にご期待下さい。

2組担任のカンナ先生。某華撃団のあの人です。

次回は実技授業の風景をお送りしたいと思います。


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第36話 転校生の秘密



第36話を投稿します。


今回はシャルロットの微エロ展開があります。
こんなのシャルロットじゃない、という方は読まない事をお奨めします。


この場を借りてお詫びしたい事があります。

感想を頂いた中にIS学園に期末はあっても中間試験は無いとの指摘を受けました。
読み返すとたしかに3巻にその一文がありました。

言い訳になりますが、本作では今、原作2巻の部分をやっています。筆者は書く前に2巻を読み返してから書いているので、3巻に書いてある事まで把握していませんでした。

私の落ち度でありますが、本作の中では中間試験も有りという事にしたいと思います。
読者の皆さんには混乱させてしまい申し訳ありません。
また、感想で指摘して下さった読者の方、ありがとうございました。

ただ、本作は「インフィニット・ストラトス」という作品を原作者様のご厚意で貸して頂いてますが、細部まで同じであるとは限らないという事をご了承下さい。

原作でおかしいと思った事は独自の解釈で変えてますし、今回のように見落としてる事もあります。
そういう点もまた、SSの味だと思って読んで頂けると幸いです。


前置きが長くなりましたが、第36話をご覧下さい。




 

 

~志狼side

 

 

 俺達がアリーナに出ると、既にほとんどの女子は集まっているようで、いくつものグループに別れて談笑していた。

 やはり彼女らの注目はデュノアに集中しており、自らに突き刺さる好奇の視線にデュノアは戸惑いと怯えを見せ、俺の後ろにその身を隠した。

 

「デュノア。この学園では俺達男は常にこの視線に晒される事になる。早い内に慣れるか気にしないようにした方がいいぞ」

 

「う、うん。ありがとう。なるべくそうするよ」 

 

 不安そうに胸に手を当てて、目を潤ませているデュノアはどう見ても可憐な少女にしか見えない。

 

「心配するな。いざと言う時は俺がシャルルを守ってやるさ!」

 

 織斑・・・・、またこいつは出来もしない事を。だがデュノアは、

 

「ありがとう。心強いよ、一夏」

 

 そう言って可憐に微笑んだ。織斑は思わず頬を赤らめていた。

 

「お、おう」

 

 気持ちは分からなくもないが、その反応が周りに与える影響を考えた方がいいぞ。

 

「シャルル×一夏?それとも一夏×シャルルかしら!?」

「イケメン同士!これだけでご飯3杯はいけるわ!!」

「何言ってんの!?志狼×シャルルで志狼さんのドS責めこそが王道よ!!」

 

 ほら。何か変な事言ってる娘達がいるよ。しかし、ああいう腐った趣味の娘ってどこにでもいるんだなあ。

 

「えっと、結城君。あれってどう言う意味?」

 

 デュノアが首を傾げて質問して来る。その様子もまた可愛い。

 

「ああ、デュノアは知らなくていい事だ。所で俺の事は志狼でもいいぞ」

 

「え、いいの?」

 

「いいも何も、さっきそう呼んでただろう?」

 

「さっきって・・・・・・あっ!」

 

 そう言うと何を思ったのかデュノアは顔を真っ赤に染める。

 

「どうしたデュノア?」

 

「う、ううん!何も思い出したりしてないよ!?大きさとか形なんか別に!」

 

「大きさ?形?」

 

「いや!だから!その・・・・あ、僕の事もシャルルでいいよ?」

 

 強引に話題を反らしたな。まあいいか。

 

「そうか。善処しよう」

 

 こんなやり取りをしていると、

 

「ほら!やっぱり王道でしょう!?」

 

「「うん、納得」」

 

 納得するな。何でだろう?いつの間にか俺がドSだと言うのが定着している気がする。そんな時、

 

「何してんのよ、アンタ達は」

 

 呆れを含んだ鈴の声が聞こえた。その声に振り返り俺は一瞬、自分の目を疑った。鈴が2人いたのだ。

 

「え?鈴が2人!?」

 

 織斑が驚いて声を上げた。確かに双子かと思うくらいに似ているが、良く見ると別人だ。

 鈴は翠の瞳と茶髪のツインテール。体格は小柄で、胸は極めてフラットだ。

 もう1人の方は鈴よりも明るい翠の瞳と茶髪のサイドテール。体格は平均をやや下回る程度で、大きいとはいえないが、その胸はしっかりと自己主張している。

 いずれにせよ、良く似た姉妹のような2人からは血の繋がりを感じる。

 

「鈴、彼女は?」

 

「アタシの従妹よ。ほら乱、自己紹介なさい」 

 

「分かってるわよ! 初めまして。台湾代表候補生序列4位、凰乱音です。乱と呼んで下さい」

 

 成る程、従妹か。それなら納得だ。彼女の自己紹介に対して挨拶を返そうとしたその時、

 

「あはは、成る程、鈴2号機って訳か。よろしくな。俺は──」

 

 織斑がそんな事を言った。その途端、

 

 パァンッ!

 

 彼女──乱の平手打ちが高らかに鳴り響いた。

 

 

 

 ボーデヴィッヒに続いて本日2発目の平手打ちを食らった織斑は呆然とするも、我に返ると乱に食ってかかった。

 

「何すんだよ、お前まで!?」

 

 そんな織斑を乱は気丈に睨み返し、口を開こうとしたその時、

 

 ゴツンッ!

 

 鈍い音がして俺の拳骨が織斑にヒットし、織斑がその場にしゃがみ込んだ。

 

「!~~~、何すんだよ結城!お前まで─「やかましい、この織斑2号機!」!?」

 

 俺の剣幕に周りの皆が驚いていた

 

 

~side end

 

 

 

 

~乱音side

 

 

 織斑一夏。お姉ちゃん、いや、鈴がおかしくなった元凶。鈴は昔から強く、そして、かっこいい人だった。

 自分より大きな男にもそいつが間違っていると思ったら、真正面から立ち向かい打ち破る。鈴は子供の頃の私にとって、まさしくヒーローだった。強くて優しい私の憧れだった。

 そんな男勝りだった鈴が恋をした。相手は同級生の男で名を織斑一夏。あの織斑千冬(ブリュンヒルデ)の弟だと言う。初めは仲が悪かったが、引っ越したばかりで日本語に不慣れな鈴をフォローしたり、その事を揶揄った男子を一緒にブッ飛ばしたりして仲を深めて行き、気が付けば好きになっていたそうだ。

 3年前の夏休みに台湾に遊びに来た時、嬉しそうに惚気ていたその姿に、私の憧れたお姉ちゃんの面影は無かった。私はそんな風にお姉ちゃんを堕落させた織斑一夏に憎しみを抱くようになった。

 やがて、両親の離婚により中国に帰国した鈴は高いIS適性を示し、政府の薦めにより代表候補生になった。そして、代表候補生になりわずか4ヶ月で国家代表を倒すと言う快挙を成し遂げた。

 その時私は強くてかっこいい鈴が戻って来たと思い嬉しかった。鈴のようになりたいと代表候補生を目指し、1年後、自分もその地位に就く事が出来た。そして、現在に至っている。

 転校前、IS委員会台湾支部長に聞いた所、鈴は元々IS学園に入る気は無かったそうだ。それが急に意見を変えて学園に行くと言い出したのは、織斑一夏がIS学園へ入学する事が報道された直後の事で、どう考えても彼目当てで学園に来たとしか思えない。

 鈴はあれで乙女チックな所があるから感動の再会からそのまま交際、なんて甘っちょろい事を妄想してたのだろうけど、その恋心を暴走させた結果、鈴の評価はだだ下がりしている。

 

 

 鈴がこんな風になった元凶である織斑一夏はやはり気にくわない男だった。

 私と鈴は昔から良く似ていた。そして天才肌で何でも出来る鈴と比べられる事は私にとって耐え難い事だった。特に「鈴の代用品」や「鈴2号」などと揶揄される事は私にとって最大の禁忌(タブー)なのだ。

 それをあの男はあっさりと、しかも笑いながら言い放った。私にとって殴るのは当然。むしろグーじゃないだけ有り難く思って欲しいくらいだ。

 殴られて食ってかかる織斑一夏に言い返してやろうと思ったその時、もう1人の男、結城志狼が織斑一夏に拳骨を食らわした。

 

 

 

「やかましい、この織斑2号機!」

 

「な!?」

 

 いきなりそう言われて織斑一夏は固まった。結城志狼はそのまま彼に捲し立てる。

 

「その間抜け面は何だ織斑2号機!言いたい事があるなら言ってみろ織斑2号機!そもそも自分が何をしたのか分かってるのか織斑2号機!」

 

「うるせえーー!何だよさっきから織斑2号機って!俺には織斑一夏って名前があるんだよ!!」

 

「そうだな。彼女にも凰乱音と言う名前がある」

 

「あ?・・・・あっ!?」

 

 結城志狼の指摘に自分が何をしたのか、織斑一夏は理解したみたいだ。

 

「理解したか? お前だって織斑2号機なんて呼ばれるのは嫌だったろう? ならば彼女にした事がどれだけ失礼な事か分かるよな?」

 

「あ、ああ・・・・」

 

「ならどうする、織斑?」 

 

 結城志狼にそう言われ、織斑一夏が私を見つめる。

 

「その、すまない。悪気があった訳じゃないんだが、つい口に出ちゃって、その、とにかく俺が悪かった。ごめん!」

 

 織斑一夏が謝って来た。こうなっては私も退かざるを得ない。

 

「いえ、分かってくれればいいです。ですが二度とそう呼ばないで下さい」

 

「ああ、分かった。約束する」

 

 そう言って織斑一夏は再び頭を下げる。すると、

 

「乱さん。転校早々不愉快な思いをさせてしまったね。クラス代表として俺からも謝罪するよ。すまなかった」

 

 これには私も驚いて、慌てて止めに入る。

 

「いえ、貴方が悪い訳じゃないですから、頭を上げて下さい!」

 

「そうか? ありがとう。それと挨拶が遅れたが俺は結城志狼。1組のクラス代表をしている。よろしく凰乱音さん。ようこそ、IS学園へ」

 

 結城志狼はそう言って右手を差し出した。

 私はこの時初めて彼の事をきちんと見た。顔立ちは中々のイケメン。背が高くて意外と筋肉質。だけど鈍重な印象は無く、まるで野性の獣のようにしなやかだった。日本人に多い黒い髪と瞳。そして、その黒い瞳は優しい光を宿して私を見つめていた。

  

「あの、乱さん?」

 

 そう声をかけられて、自分が握手に応えずに彼の瞳をじっと見つめていた事に気付いた。

 

「! す、すいません!こ、こちらこそよろしくお願いします!!」

 

 慌てて彼の手を握る。何やってんのよ私は!不意に顔が熱くなるのが自分でも分かる。

 

「それと、私の方が年下なんですから乱と呼び捨てにして下さい。敬語も無用です」

 

「分かった。俺の事も好きに呼んでくれ。因みに鈴は志狼と呼び捨てにしてる」

 

「じゃあ私は志狼さんと呼ばせて貰いますね」

 

 そんな風に志狼さんと言葉を交わしていると、先生達がやって来た。

 

「・・・・で、乱。アンタいつまで志狼の手を握ってんのよ?」

 

「ふえ?・・・・ひゃああああっ!!」

 

 ずっと志狼さんの手を握っていた事に始めて気付いた。こ、これは恥ずかしい・・・・

 

「す、すいません!」

 

 私がそう言うと、志狼さんは優しく笑って、そっと頭を撫でると先生達の所へ行ってしまった。

 

「・・・・・・」

 

 あれ?何だろう。頭を撫でられるなんて、子供扱いされてるみたいで好きじゃなかった筈なのに・・・・

 

「乱、整列するわよ!」

 

「あ、うん!」

 

 鈴に言われて、私も急いでクラスの列に並ぶ。その中にあって私は、

 

(温かかったな・・・・)

 

 不思議と早くなる胸の鼓動を感じながら、私は志狼さんの大きな手の温もりを思い出していた。

 

 

~side end

 

 

 

 

~志狼side

 

 

 織斑と乱の間で一悶着あったが取り敢えず解決すると、先生達が来て授業が開始された。ただ、ここにいるのは織斑先生と2組担任の桐島カンナ先生だけで、真耶先生の姿が無い。

 

「さて諸君、来月下旬に学年別トーナメントが開催される。これは諸君の今現在の実力を見る為のもので、余程の理由が無い限り全員参加だ。よって本日から実技の授業は実戦を想定した戦闘訓練を行う。訓練機とはいえ、ISを諸君自らが操縦する事になるので、今までの授業で教わった事を思い出し、事故を起こさぬよう気を付けろ!」

 

「「「「はいっ!!」」」」

 

 織斑先生の訓示を聞いて皆気を引き締めたようだ。織斑先生はその様子を見て、小さく頷いた。

 

「よし。ではまず最初に模擬戦を見学して貰う。その前に織斑!」

 

「は、はい!」

 

 呼ばれるとは思ってなかったのだろう、慌てたように織斑が返事をする。

 

「まずはお前にこれを返そう」

 

 そう言って織斑先生が懐から取り出したのは白い腕輪。それを見た織斑の顔色が変わった。

 

「俺の白式!!」

 

「そうだ。白式をお前に返す」

 

 織斑は織斑先生に走り寄ると、震える手で腕輪を受け取り、強く握り締めた。

 俺は一抹の不安を覚えていた。織斑には皆を危険に晒した前科がある。20名もの退学者が出た原因のひとつである織斑に懲罰を受けたとは言え、白式を返してしまっても大丈夫なのだろうか?

 

「織斑。言っておくが零落白夜は使えないぞ」

 

 その言葉に驚き、織斑は織斑先生を凝視する。

 

「零落白夜にはプロテクトを掛けておいた。私の許可が無い限り使用不能だ」

 

「!な・・・・何で!?」

 

「決まってるだろう。お前がまた馬鹿な事をしないようにだ。本来ならお前に白式を返すのはまだ危険だと思うが、お前は世界で2人しかいない男性操縦者。データ取りと自衛の為にも専用機は必要だ。だが、今から新しい機体を用意するよりも、これまでのデータの蓄積を考えて白式を使わせた方が良いと判断した。そして前回のような事を仕出かさぬように零落白夜にプロテクトを掛けた、と言う訳だ」

 

「そ、そんな・・・・」

 

 織斑は話を聞いて、愕然としていた。無理もない。零落白夜が使えなければ、白式はちょっと機動力が高いだけで切り札を欠いたブレオンの機体でしかない。しかも、零落白夜を消した訳でもないから拡張領域は相変わらず満杯のまま他に武装出来ない。メリットが自由に使えずデメリットはそのままと言うとんでも無く扱い難い機体になってしまった。

 だが、考えようによっては今の織斑には最適なのかもしれない。織斑は零落白夜の一撃必殺の力に依存するきらいがあったが、それと同時にその大きすぎる力に振回され使いこなせなかった。だが、その力が使えないとなると、ただひたすらに剣の腕を研くしかない。剣を研くと言う事は己が精神を研く事に通じると前に箒から聞いた。ならばそれを為し遂げた時こそ、織斑一夏は変われるのかもしれない。

 全ては織斑次第。織斑先生の想いに気付き、精進してくればいいんだが、

 

(難しそうだな・・・・)

 

 織斑は零落白夜が使えない事に落ち込むだけで気付いた様子は無い。俺が教えても素直に聞くとは思えないし、どうするべきか・・・・

 

 

 

 白式が織斑の手に戻り、これで1年生の専用機持ちは俺、明日奈、セシリア、織斑、鈴、乱、簪の7人と、

 

「デュノア、君も専用機を持っているのか?」

 

 俺は隣に立つデュノアに聞いてみた。

 

「うん。僕はデュノア社でテストパイロットをしていたから、会社からラファールのカスタム機を専用機として借り受けてるんだ」

 

 これで8人。ボーデヴィッヒは・・・・

 

「因みにボーデヴィッヒさんはドイツの代表候補生。しかも序列1位だから当然持ってるよ」

 

 俺の考えてる事が分かるのか、デュノアが説明する。9人か、一国を制圧出来そうな戦力だな。

 

「良く俺の考えてる事が分かったな?」

 

「ふふ、何となく、ね」

 

 そう言って笑顔を浮かべるデュノアはやはり可愛い女の子にしか見えなかった。

 

 

 

「さて、模擬戦だが・・・・凰鈴音とオルコット、前に出ろ」

 

 織斑に言われて鈴とセシリアが前に出る。

 

「織斑先生、(わたくし)達で戦えばいいんですの?」

 

「慌てるな。対戦相手は───来たぞ」

 

 織斑先生の視線の先には高速でこちらに向かって来るISの姿が。グングン大きくなるその姿は明らかにオーバースピードで、このままではここに墜ちて来る!?

 

「ふわわわっ!ど、どいて下さーーーい!!」

 

 真耶先生の悲鳴が聞こえた瞬間、俺は孤狼を展開し、突っ込んで来る機体を受け止めると上空でクルクルと回って勢いを殺し、最終的にお姫様抱っこの状態で停止した。

 

「ふう、大丈夫ですか、真耶先生?」

 

 孤狼のマスクを開いて、墜ちて来た機体の操縦者、真耶先生に尋ねると、真耶先生は涙目で答えた。

 

「た、助かりました~~。ありがとう志狼君。ちょっとミスしちゃって」

 

「らしくありませんね。俺と2人の時にはそんなミスしないじゃないですか」

 

「・・・・実は私あがり症で、大勢の生徒に見られると思ったら緊張しちゃって、つい」

 

 余程驚いたのか真耶先生の胸が大きく上下している。その度にスイカのように大きな胸がユサユサと揺れる。つい視線を向けそうになるが、意志力を総動員して耐えた。

 

「大丈夫ですよ。落ち着いていつも通りやればいいんです。俺の師匠は凄いんだって自慢させて下さい」

 

 俺は落ち込む真耶先生に笑いかける。真耶先生は目を丸くすると、

 

「志狼君・・・・はい、任せて下さい!」

 

 そう言って、柔らかい笑顔を見せてくれた。

 

 

「「ウオッホンッッ!!」」

 

 

 上空で笑顔を交わす俺達に、わざとらしい咳払いが聞こえた。下を見ると織斑先生と桐島先生が咳払いしている。

 

「あー、いい雰囲気の所悪いが、そろそろ降りて来い」

 

 いかん。授業中だと言うのに話し込んでしまった。俺はゆっくりと地上へ向かい、抱えていた真耶先生を降ろしてから孤狼を解除した。

 

「ありがとう志狼君」

 

「いえ。織斑先生、緊急事態の為、無断でISを展開してしまい申し訳ありません」

 

「ああ、いや、それは構わん。構わんが・・・お前らはその、いつもあんな感じなのか?」

 

「「はい?」」

 

 織斑先生の質問の意味が分からず、真耶先生と2人して首を傾げる。

 

「・・・・いや、何でもない。忘れてくれ」

 

 織斑先生の頬が若干赤くなっているように見えるけど、まさかな。

 

「それでは改めて模擬戦を始める。凰、オルコット、お前達の相手は山田先生だ」

 

「分かりました。どちらが先にやりますか?」

 

「ああ、勘違いするな。お前達と山田先生の2対1の模擬戦だ」

 

 織斑先生にそう言われて、鈴とセシリアは不満そうな顔をする。

 

「え~~、それはちょっと・・・・」

 

「先生、いくら何でも2対1では・・・・」

 

 現役の代表候補生、しかもページワンたる自分達が教師とは言え、現役を退いた者と2対1で戦う事に抵抗があるのか2人は不満そうだ。だが、

 

「安心しろ。今のお前達ならすぐに負ける」

 

 織斑先生にそう断言されて2人がピクッと反応する。その言葉にプライドを刺激されたようだ。

 

「ふう~ん、そんな風に言われちゃあ」

 

「ええ、引き下がる訳には行きませんわ」

 

 そう言って2人は甲龍とブルー・ティアーズを展開する。それを見て真耶先生も俺の側を離れる。

 

「志狼君。行ってきますね」

 

「はい。いってらっしゃい」

 

 そう送り出す俺に笑顔を向ける真耶先生は完全に落ち着き払っていた。可哀想だが、鈴とセシリアに勝ち目は無いな。アリーナ上空に上がった3機のISは適当に距離を空けて待機する。そして織斑先生の合図で模擬戦が始まった。

 

 

 

 

 模擬戦の結果は思った通り、真耶先生の圧勝だった。

 2対1の数的有利を生かして連携すればいいのに、鈴もセシリアも自分が倒すとばかりに攻めた結果、互いの邪魔をし合う低レベルな展開になった。

 結局、邪魔し合って出来た隙を真耶先生の正確な射撃に撃ち抜かれ、2人共撃破されてしまった。

 模擬戦開始から織斑先生はデュノアに真耶先生が使っているラファールの解説をさせていたが、解説が終わるより先に決着が着いてしまった。

 模擬戦後も言い争う2人に、俺は2人の株価がグングン下がって行くのを感じた。乱が頭を抱え、ヴィシュヌに慰められてるのが妙に印象的だった。

 そして、勝った真耶先生は俺に向けてはにかみながら小さくVサインをした。そのあまりの可愛らしさに思わずVサインを返した俺を明日奈と箒がジト目で見つめていた。

 

 

 

「今見た通り、量産機であってもやり方次第で専用機を倒せる。逆に専用機であっても腕が未熟だったり連携が不味ければ量産機に負ける事もある。専用機持ちは専用機があるからと言って慢心せず、他の皆は量産機だと言って腐らず己が腕を研くように」

 

「「「「はいっ!!」」」」

 

「これで皆もIS学園教師の実力が分かっただろう。以後は敬意を持って接するように。では実習を始めるに当たりまず最初に班を作る。専用機持ちは全員前に出ろ」

 

 織斑先生に言われ、俺、明日奈、セシリア、織斑、デュノア、ボーデヴィッヒ、鈴、乱の8人が前に出た。

 

「よし、今後実習ではお前達が班のリーダーになる。7人の班を作るので、出席番号順にリーダーの前に並べ」

 

 織斑先生の指示に従い、皆がリーダーの前に列を作り、班が出来上がった。俺の班には清香、箒、本音の3人がいた。幸い俺の班になった娘は喜んでくれたので上手くやっていけそうだ。

 他の班ではデュノアの班になった娘は大喜びしていたが、鈴とセシリア、織斑の班になった娘は微妙な模様。鈴とセシリアは先程の模擬戦の醜態が記憶に新しく、織斑は今、腫れ物のような扱いを受けているので、どう接したらいいのか分からぬようで微妙な空気が流れていた。そして、重苦しい雰囲気を撒き散らていたのがボーデヴィッヒの班。班員が話しかけても丸っきり無視していてどうにもならなかった。

 

 この後、各班に1機ISが支給され、それを使って起動から歩行、停止までの一連の動きを1人ずつやって貰った。俺の班では問題無かったが、他の班ではISを停止させる時、立ったまま停止させるミスがあったり、ボーデヴィッヒの班が動かないので真耶先生がフォローしたりしたが、織斑先生の「時間内に終わらねば放課後居残り」とのお達しもあり、皆真面目に授業を受けていた。

 

 こうして午前中の授業が終わり、使用したISを格納庫に返却して解散となった。このように授業で使ったISは格納庫に返却すれば放課後、整備科の生徒が実習として整備してくれる事になっている。

 俺と織斑は着替える為、更衣室に向かったが、デュノアだけは色々と理由を付けて付いて来なかった。

 

「織斑、デュノアの事は任せていいか?」

 

 俺は着替えながら織斑に話しかけた。

 

「え!? どう言う事だよ結城?」

 

「さっき真耶先生から聞いたんだが、デュノアはお前と同室になるそうだ」

 

「ええ!? そうなのか?」

 

「ああ。学園では勿論俺も手を貸すが、私生活ではお前が面倒を見てやってくれ」

 

「そうか。分かった、シャルルの事は俺に任せろ!」

 

「ああ、頼むぞ」

 

 俺はそう言って更衣室を後にする。本来は食堂で皆と昼食を摂る所だが、確かめたい事がある。俺は刀奈に会う為に生徒会室へ向かった。

 

 

~side end

 

 

 

 

~シャルルside

 

 

 授業が終わってから15分経過したので、そろそろ良いかと思いそっと更衣室に入る。良かった、誰もいない。

 志狼や一夏には悪いんだけど、一緒に着替える訳にはいかないんだ。僕はISスーツを脱いで、胸部に巻き付けている矯正器具(コルセット)を外す。ポロリと2つの膨らみが零れ落ち、僕は長時間の締め付けから解放されてホッと息を吐いた。

 

(また大きくなったみたい・・・・)

 

 デュノア社で渡された男に変装する為の矯正器具(コルセット)を身に着けるようになってから、変に刺激を受けているのか、胸が大きくなった。具体的にはCだったカップが1つ上がったみたい。まるで男装する事を身体が嫌がって、女である事を主張してるみたいで何だか皮肉に感じる。

 本音を言えば僕だって志狼を、一夏を、学園の皆を騙すような真似はしたくない。でも、そうしなければ僕は生きる場所を失ってしまう。ろくでもない場所だけど、僕にはもう行く宛てなんて無いんだ。

 失敗すれば、フランス政府もデュノア社も僕をあっさりと切り捨てるだろう。そうなったら僕は・・・・

 

(やるしかない。やるしかないんだ!)

 

 そう心に言い聞かせるも、頭には2年振りに再会した志狼の事が浮かんで来る。あの時より背が伸びてより大人っぽく、かっこ良くなっていた。それに──

 

(───って何を思い出してるの僕は!?)

 

 気を抜くと頭に浮かんでしまうのは志狼の着替えで見てしまったあれの事。男装する為に男の生理現象や男性器についても学んだけど、生で見たのは初めてで、何より、

 

(あ、あれでまだ大きくなるんだよね!?)

 

 性的興奮を覚えると、更に大きく固くなる。自分の学んだ知識からその様を想像してしまい、思わず顔が熱くなる。ロッカーに備え付けられた鏡を見ると、僕の顔は耳まで赤くなっていた。

 

(あれが更に大きくなったとして、そんなの僕の中に入るのかな?)

 

 そんな事を考えた途端、不意に自分が志狼のものを受け入れている光景を妄想してしまい、恥ずかしさのあまりしゃがみ込むと、クチュと言う水音が聞こえた。

 ハッとして自らの股間に手を当てると、

 

(───濡れてる)

 

 男の生理現象を学ぶ以前に女の生理現象については良く知ってる。先程からの妄想に反応して濡れてしまい、僕は自己嫌悪に陥りかけた。

 

(何をやってるんだろう、僕は)

 

 周りに味方はおらず、常にストレスを感じる職場にいたせいか、自分を慰める行為を覚えるのは早かった。母の生前はした事なかったのに、父に引き取られ、デュノア社でテストパイロットを務める内に回数は徐々に増えて行き、今ではほぼ毎日するようになってしまった。

 

(そう言えば、転校云々で2、3日してないな。一夏と同室になると言う事は、夜にはそんな時間は無いよね?だったら──)

 

 そう判断すると、僕は股間に当てていた右手を前後に動かし始めた。

 

「───ん、はあ・・・んん!」

 

 更衣室にはしばらくの間、湿ったような水音と、僕の熱い吐息だけが響いていた。

 

 

~side end

 

 

 

 

~一夏side

 

 

(遅いな。昼メシ食う時間が無くなるぞ?)

 

 俺は転校して来たばかりのシャルルを食堂へ案内しようと更衣室の扉の前で待っていた。

 シャルルは理由を付けて俺や結城と一緒に着替えなかったが、ここで着替えたのだから必ず戻る筈なんだが・・・・

 

(いくら何でも遅すぎる。もう昼休みは半分過ぎたぞ?)

 

 まさか体調を崩して中で倒れているなんて事は・・・・そう想像してしまうともうダメだ。俺は扉を開けようと手を伸ばしたその時、中から扉が開いた。

 

「うお!?」

「え?きゃっ!」

 

 中から出て来たシャルルと鉢合わせして、お互いに驚いて声を上げてしまった。

 

「い、一夏?どうしたの?」

 

「いや、ずっと待ってたんだけど、お前があんまり遅いから何かあったんじゃないかと思って、中に入ろうとしたんだ」

 

「!───ずっと、待ってた!?・・・・いつから?」

 

「そりゃあ先に着替えてからずっとだけど?」

 

「───!!」

 

 シャルルが急に顔面蒼白になる。やっぱり具合が悪いのか?

 

「い、一夏?・・・・ずっとそこにいたって事は、中の音は聞こえてた、の?」

 

 シャルルが急に油の切れたロボットみたいな動きをして俺を見た。大丈夫か、こいつ。

 

「え?いや。この扉分厚くて防音がしっかりしてるから、何も聞こえなかったけど?」

 

「ホ、ホント!?」

 

「ああ」

 

 シャルルはしばらく俺の顔を見つめていたが、大きく息を吐くと、ようやく元のシャルルに戻った。

 

はあ、良かった・・・・・・そう、待たせてごめんね一夏。でも僕を待たなくてもいいのに」

 

「そうは行くかよ。転校したてで右も左も分からないお前を1人にしておけるか!」

 

「いや、分からなかったら誰かに聞くよ?」

 

「おっと、それより急げシャルル!昼休み終わっちまうぞ!」

 

 俺はシャルルの手を引いて走り出した。シャルルは付いて行きながら、

 

「一夏!?どこに行くの?」

 

「食堂に決まってんだろ!早くしないと昼メシ食いっぱぐれるぞ!」

 

「いや、僕お昼は食べないつもりで・・・・ちょっと一夏、話を聞いて!」

 

 シャルルが何か言ってたようだが、良く聞こえない。俺は更に走るスピードを上げた。

 

 

 

 そして、食堂前で千冬姉に「廊下を走るな!」と捕まってしまい、次の授業中、ずっと正座させられた。

 シャルルは俺に無理矢理引っ張られただけだと無罪放免されたが、結局昼メシ抜きになってしまった。理不尽だ。

 

 

~side end

 

 

 

 

~刀奈side

 

 

 お昼休みの生徒会室で私は自作のお弁当を食べながら、書類に目を通していた。

 IS学園生徒会長の最大の役目は学園の生徒を守る事。その為、学園最強の者に代々この役目が受け継がれている。

 私もその例に倣い、皆を守る為にこうしてお昼休みでありながら仕事を続けている。ああ、何て立派なのかしら私って。正に生徒会長の鑑だわ。

 

「何を言ってるんです。それってとっくに決済されてる筈の書類なんですよ。昨日仕事をサボってさえいなければ、お昼休みに仕事する必要無いんですけど?」

 

「あん、虚ちゃん怖い!でも私だって忙しかったんだから、多少は大目にみてくれてもいいじゃない?」

 

「・・・・そうですね。簪お嬢様のストーキングでいつも忙しそうですものね。全く、仲直りしたんだから普通に会いに行けばいいじゃないですか」

 

「いや、でもね。私に見せる顔とお友達に見せる顔って違うのよ。分かるかしら?お友達にだけ見せる笑顔とか、クラス代表として頼られてる所とか、レアな簪ちゃんが一杯見れるのよ!」

 

「・・・・やはり簪お嬢様にストーカーが狙ってると警告しておきましょう」

 

 虚ちゃんはそう言って携帯を取り出した。

 

「待って待って!お願いそれだけは見逃して!私の唯一の癒しなのよ~~!」

 

 そう虚ちゃんに食い下がっていたその時、扉をノックする音が聞こえた。チャンス!!

 

「ほら来客よ。対応して頂戴、布仏会計」

 

 私が途端に生徒会長としての態度を取ると、虚ちゃんはため息を吐き、

 

「ハア、分かりました、会長」

 

 そう言って扉を開けた。

 

「お待たせしました。あら、志狼さん」

 

「こんにちは虚さん。会長はいますか?」

 

「はい。どうぞ中へ。──会長、志狼さんです」

 

「志狼? どうしたのこんな時間に」

 

 志狼が生徒会室に来るのは珍しくないけど、大抵放課後だ。何か緊急の用事かしら?

 

「ああ。情報が欲しくてな」

 

「情報?」

 

「ああ。うちのクラスの転校生についてって言えば分かるか?」

 

 彼のその一言で私の意識が切り替わる。虚ちゃんに手を振ると彼女は私の意を汲み取って生徒会室から退出した。

 

「そう。因みにどっちの情報? 金髪?それとも銀髪?」

 

「両方。でも最優先は金髪の方だな」

 

 やっぱり。何の前触れも無く突然現れた3人目の男性操縦者。怪しいと思わない方がおかしいわよね。

 

「金髪か銀髪か・・・・。この場合、男か女かって聞く方が分かりやすいと思うんだが──やはりそうなのか?」

 

 相変わらず察しがいい。私は机の引き出しから数枚の書類を取り出すと志狼に渡す。彼はその書類を熟読している。私はその書類の内容を声に出して説明する。

 

「シャルル・デュノア。フランスのISメーカーデュノア社のテストパイロットを務める3人目の男性操縦者。織斑一夏より先に見つかっていたが、デュノア社社長アルベール・デュノアの息子であった為、今まで秘匿され続けていた。自分以外の男性操縦者が現れた為、表に出る決意をし、IS学園に転校する」

 

「・・・・・・」

 

「これが表向きのプロフィール。でも彼女の本名はシャルロット・ブラン。間違いなく女よ」

 

 志狼の顔が険しくなった。ちょっと気になったけど、私は話を続ける。

 

「2年前に母親を亡くした彼女は実の父親であるアルベールに引き取られる。だけど母親は愛人だったみたいね。アルベールの正妻から疎まれ、デュノアの姓を名乗る事を許されなかった。後にIS適性が高い事が判明してテストパイロットとしてデュノア社で働くようになったけど、孤立してたみたい。何せ社長夫人に疎まれてる娘だもの。下手に仲良くなったりしたら自分まで疎まれかねないものね」

 

「・・・・酷いものだな。所で肝心の本当の(・・・)転校の理由が書いてないんだが?」

 

 志狼が書類を返しながら言う。

 

「そこはまだ調査中。更識家の力も海外までは及ばないのよ。結果が出るのに時間がかかるわ」

 

 私は肩を竦めて答えた。

 

「どのくらいかかる?」

 

「そうね・・・・早くても1週間は欲しいわね」

 

「・・・・分かった。調査結果が出たら教えてくれ」

 

「いいけど、随分ご執心ね」

 

「まあな。シャルル・デュノアはともかくシャルロット・ブランは友人なんだ」

 

「そうなの?」

 

「ああ。2年前、彼女が母親を亡くしたばかりの時に会った」

 

「そう・・・・分かった。調査を急がせるわ」

 

「すまん。よろしく頼む。この事を知ってるのはどのくらいいるんだ?」

 

「ある程度の教員は知ってる筈よ。勿論担任の織斑先生もね」

 

「成る程、承知の上か。もう1人の方は?」

 

「ああ、それはこっち」

 

 私はさっきとは別の書類を志狼に渡した。志狼はそれに目を通し始めた。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ。ドイツ代表候補生序列1位にして、特殊IS部隊シュヴァルツェ・ハーゼ(黒ウサギ)隊隊長。階級は少佐。2年前にドイツのIS教官に赴任した織斑千冬の教えを受けて実力を伸ばし、現在の地位に就いた。その為彼女の事を崇拝している」

 

「成る程。織斑にキツいのはそのせいか」

 

「キツいって何かあったの?」

 

「いきなり平手打ちかましてた」

 

「うわあ~~、それはまた強烈ね」

 

 流石に一夏君が可哀想に思えちゃったわ。

 

「まあ、俺には直接関係無いか。邪魔したな」

 

 そう言って志狼は私のお弁当の唐揚げをつまみ食いした。

 

「うん、美味い。俺好みの味付けだ」

 

「え? 本当?」

 

「ああ・・・・もしかして刀奈のお手製か?」

 

「う、うん」

 

「へえ~、驚いた。料理も上手いんだな。今度俺にも作ってくれよ」

 

「ふえ!? べ、別にいいわよ・・・・」

 

「よし、約束な。それじゃ」

 

 そう言って志狼は出て行った。入れ違いに戻って来た虚ちゃんに、

 

「会長? 顔が真っ赤ですけど、どうしたんですか?」

 

「ふえ!? な、何でもないわよ!」

 

 私はお弁当の残りをパクついた。食べながら私は志狼に何を作ったら喜んでくれるかなって考えていた。

 

 

~side end

 

 

 




読んで頂きありがとうございました。

乱フラグ1が建ちました。
乱はヒロインに確定してますので、志狼がどう彼女を落とすか、今後の展開にご期待下さい。

白式、一夏に返却される。
一夏の扱いが酷い、いじめのようだと感想に多々頂いていますが、うちの一夏にはどん底まで落ちて、這い上がって貰おうと思ってます。
これはその一歩目。零落白夜を封印された白式で一夏がどこまで戦えるかご期待下さい。

うちのシャルロットは1人上手な娘になってしまいました。自由のない環境でストレスを解消する方法なんてこれくらいかと思って書きました。シャルロッ党の方には怒られるかもしれませんが、ご容赦下さい。因みに私もシャルロッ党です。

刀奈の情報からシャルルがかつての友人であるシャルロットだと知った志狼はどう動くのか?今後の展開をお楽しみに。


次回はシャルロットの正体を巡り、志狼と一夏が衝突します。





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第37話 ターニング・ポイント

  

遅くなりました。第37話を投稿します。

今回はISの独自解釈があります。
そんなの認めない、と言う方は読まない事をお薦めします。

それでは、相変わらずの予告編詐欺となりました第37話、ご覧下さい。


 

 

~志狼side

 

 

 デュノア達が転校して来て、1週間が過ぎた。

 

 その間にあった事と言えば、織斑とデュノアが同室になり、鈴が部屋替えをさせられた。鈴は相当渋ったが、男同士で同室になるのは当たり前だと言われては反論のしようもなく、泣く泣く部屋を出て行った。

 織斑は男同士で気兼ねなく過ごせるのが嬉しいらしくご機嫌だったが、デュノアの正体が知れたら血を見るかもしれない。

 

 今月のクラス代表会議では俺が議長に選出された。決勝に進んだのは俺と簪なのでどちらかと言う話になったのだが、簪に先に辞退されてしまったので、俺が引き受ける事になった。

 

 デュノアはすっかり人気者だ。整った容姿と柔らかな物腰はまるで物語の中の王子様が現実に現れたかのように思われて、どこに行くにも注目の的だった。

 テレビや新聞を見ても3人目の男性操縦者が現れたと言う件は報道されていなかった。まあ学園上層部はデュノアの正体を知ってるのだから、対外的に発表なぞ出来ないのだろう。 

 同室の織斑には未だに正体がバレてないらしく、上手くやっているようだ。最近は2人でいる事も多く、デュノアと一緒にいる事で織斑を見る目が上方修正されると言う織斑にとって嬉しい誤算があった。尤も、それ以上に喜んでいる腐女子も多かったが。

 

 一方ボーデヴィッヒは孤立していた。話しかけてもほとんど無視され、返事をしても「ああ」とか「そうか」くらいで全く会話にならず、コミュ力の高いセシリアや明日奈ですら寄せ付けなかった。

 学業成績は優秀で、特にISの操縦に関しては現在の1年生の中でもトップクラスの実力を誇っている為、織斑と違い孤立していても問題ないようで、ほとほと扱いに困っていた。

 

 あれから1週間が過ぎても刀奈から連絡は無い。どうやら調査が難航してるようだ。世界的な大企業の機密を探ろうと言うのだから、ある意味当然だろう。そちらに関しては待つしかない。

 既に正体がバレているのだから、デュノアに直接聞けばいいのかもしれないが、彼女がその気ならとっくに俺に正体を明かしている筈だ。それをしないと言う事は何らかの事情があるのだろう。不用意な真似をすれば彼女に危険が及ぶかもしれないので、今はただ静観するしかなかった。

 

 

 

 

 そんな風に時は流れ、暦は6月。衣替えの季節となった。

 IS学園は制服の改造が自由だ。右胸に臙脂色のワンポイントの付いた白いブラウスに臙脂色のスカートといった基本形から自分好みに改造をするのが流行っていて、必然的に様々なバリエーションが誕生した。

 

 

 朝のトレーニングから帰ると、珍しく起きていた明日奈が夏服を着ていた。

 

「どう、兄さん?」

 

 俺の前でくるりと回る明日奈に俺はしばらく見蕩れていた。既定よりスカートをミニにしたくらいでほとんどノーマルのままだったが、この制服は明日奈の為にデザインされたと言い切れるくらい、彼女に良く似合っていた。

 俺がそういうと、明日奈は嬉しそうに笑った。

 

 

 

 教室に入ると、皆も当然夏服になっていた。

 大幅な改造をしている娘はいないが、スカートをキュロットにしたり、ブラウスをノースリーブにしたり、ちょっとした小物を添えたりして、自分好みに彩っている。見目麗しい美少女達の色とりどりの夏服姿に満足して頷いていたら、明日奈からヒジ鉄を食らった。何故だ。

 

「おはよう、志狼」

 

 席に着くと、デュノアが挨拶して来た。当然彼女も俺と同じ男子用の夏服を着ているのに、「学園の王子様」と呼ばれているデュノアが着ると、妙な高級感を醸し出していた。

 それにしても・・・・無いな。上手く隠してるのか、元々無いのか分からないが、見事に真っ平らだ。これなら正体を知らなければ小柄な可愛い系の男子だと納得してしまいそうだ。

 

「何だろう・・・・物凄く失礼な事を思われてる気がする」

 

 妙に迫力のある笑顔で呟くデュノア。勘のいい奴め。

 そんな事をしていると、先生達が来て、授業が始まった。

 

 

 

 

 

 次の日、登校すると教室内が異様な緊張感に包まれていた。何があったのか事情通のナギに聞いてみると、昨日の放課後、織斑とボーデヴィッヒの間で諍いがあったらしい。

 アリーナでデュノアと訓練していた織斑にボーデヴィッヒが喧嘩を売ったが、織斑が買わないと見るや他にも大勢の生徒がいる中でいきなり実弾を発砲、織斑はデュノアに守られて無事だが、監督していた教師が注意するもボーデヴィッヒは無視して消えてしまい、遺恨が残る形になったそうだ。

 教室内を見渡すと、織斑もボーデヴィッヒも自分の席に着いたまま互いを見ようともしない。

 

(うちのクラスは問題児ばかりか)

 

 俺は思わず天を仰いだ。大勢の生徒がいる中、実弾を発砲したと言うボーデヴィッヒは安全規定違反で罰せられるべきだが、彼女に反省文や奉仕活動をさせようとしても、平気でサボりそうだし、問い詰めても無視されるのがオチだろう。

 いっその事、織斑先生に話しかけるの禁止とか5m以内に近付くの禁止とかにした方が彼女には堪えるのではないだろうか。 後で先生に相談してみよう。

 

 

 

 

「しろくん見~~つけた!」

 

 昼休み。皆と昼食を終え、ボーデヴィッヒの件で織斑先生を訪ねようとしていた俺の腕になのはさんが抱き付いて来た。

 

「こんにちは、なのはさん。フェイトさんも」

 

 なのはさんとその後ろにいるフェイトさんに挨拶する。

 

「うん。こんにちは」

 

「こんにちは~。ねえ、そんな事よりいつ私と戦ってくれるの?もうクラス対抗戦が終わって随分経つよ?」

 

 そう言えばクラス対抗戦の開会式の時、対抗戦が終わったら戦おうと約束していたんだった。無人機の襲撃や中間試験、更には転校生問題などが重なってすっかり忘れていた。

 

「すいません。色々あってすっかり後回しにしてました」

 

 俺の台詞になのはさんはため息を吐く。

 

「ハア、まあ今年のクラス対抗戦は色々あったしねえ。・・・・じゃあ今日やらない? 訓練用に第1アリーナを確保してあるんだけど?」

 

 なのはさんが上目遣いで俺を見る。急ではあるがなのはさん程の実力者と戦える機会なんて滅多にない。本人から申し出てくれてるのだから、乗らない手はない。

 

「分かりました。お相手願います」

 

 俺がそう言うと、なのはさんは満面の笑顔で大きく頷いた。

 

「うん! それじゃあ放課後、第1アリーナでね!!」

 

 なのはさんは嬉しそうに駆けて行った。そんななのはさんを見送ると、何故かフェイトさんがじっと俺を見つめていた。そう言えばこの人とは挨拶する程度でまともに会話した事なかったな。

 

「あの、何か?」

 

 改めて見ると、この人物凄い美人だ。腰まである長い金髪と紅い瞳。表情は変化に乏しいが、まるで人形のように整った美貌は笑えばもっと可愛いのにと残念に思える。真面目な性格なのか、ほとんどノーマルの夏服は胸元が大きく盛り上がり、更にキュッと締まったウエストや長い美脚が抜群のスタイルを想像させる。

 美人には妹達で耐性が出来ている筈の俺が、見つめられて緊張してしまう。

 

「結城志狼──シロウって呼んでもいいかな?」

 

「あ、はい。どうぞ」

 

「ありがとう・・・・シロウ、今日のなのはとのバトルの前に私と戦ってくれないかな?」

 

「? 何故ですか?」

 

 突然の申し出に戸惑いを隠せない。

 

「試してみたいの。貴方の力を」

 

 成る程。要するになのはさんと戦うのに俺が相応しいのか見極めようと言うのだろう。

 

「いいですよ。但しなのはさんの了承は貴女が取って下さいね」

 

「分かった。それじゃあ放課後に」 

 

 それだけ言うと、フェイトさんは踵を返して去って行った。

 いきなり大勝負をする事になった。正直ボーデヴィッヒどころではなくなった。取り敢えず本音に連絡して協力を仰ぐとしよう。

 

 

~side end

 

 

 

 

~all side

 

 

 放課後。第1アリーナではなのはとフェイトの2人がISスーツを着て、志狼を待っていた。

 

「もう。いい加減機嫌直して、なのは」

 

「ふーんだ。フェイトちゃんなんて知らないよーだ」

 

 なのはは見るからにむくれていた。楽しみにしていた志狼とのバトル。なのに自分より先にフェイトが戦うと言うのだから、なのはからすれば楽しみを奪われた気分なのだろう。さっきからずっとこの調子だ。

 ただ、それでもフェイトが先に戦うのを許す辺りが、なのはのフェイトに対する信頼を表している。

 

 

「来た」

 

 フェイトの声になのははチラリ視線を向けると、ISスーツに着替えた志狼が入って来た。

 

「お待たせしました。で? どちらが先です?」

 

「私」

 

 一歩前に出たフェイトと明後日の方向を向いてむくれているなのはを見て、志狼は苦笑した。

 

「それじゃあ始めましょうか。・・・・なのはさん?」

 

 志狼の声に促され、なのははアリーナから出てピットへ向かう。

 なのはがアリーナから出たのを確認すると、志狼は携帯端末を操作してアリーナの模擬戦機能を立ち上げた。出入り口がロックされ、観客席にシールドバリアが張られて、準備が完了した。

 

「準備完了。行くぞ、孤狼」

 

 志狼の喚ぶ声に腕時計が赤い光を放つ。光が収まると、そこには全身装甲型の赤いIS、孤狼の姿があった。

 

「行くよ、バルディッシュ」

 

『Yes,sir』

 

 フェイトの喚ぶ声にISコアが応えると、手にした金色のブローチが光を放った。光が収まると、そこには鋭角的なフォルムをした漆黒のISがあった。

 イタリア代表候補生序列1位、フェイト・T・ハラオウン専用機、中・近距離戦用第2世代機「バルディッシュ」。世界で10機しかない二次移行(セカンドシフト)機のひとつだ。

 

 

 フェイトはバルディッシュの手に専用武器「可変型カートリッジ式機動戦斧・ライトニング」をコールすると、演武をするように一回転させて構える。

 その戦斧捌きに歴戦の操縦者たる風格を感じ、志狼は気を引き締めた。

 

 双方の準備が整い、カウントがスタートする。

 

 Wピットでは次の対戦相手であるなのはが、Eピットでは志狼の専属整備士である本音が、観客席ではなのはの教え子であるティアナとスバルを始め、噂を聞き付けて見学に来た何人もの生徒達が、固唾を飲んで試合開始を待つ。

 そして──カウントがゼロになる。

 

 

 試合開始のブザーが鳴ると同時に、2機のISは互いの最高速度で突撃し、アリーナ中央で激突した。

 ヴァリアブル・ナックルとライトニングが激突し、凄まじい轟音と衝撃が観客席のシールドバリアを揺らす。

 

「きゃっ!?」

「なっ!?」

 

 衝撃を受けてシールドバリアが明滅する。その光景に見学していた生徒達が悲鳴を上げる。 

 

 

 

 

 

「いきなり激突とは・・・・少しは様子を見るべきじゃないのか?」

 

「ううん。正しい判断だよ箒。フェイトさん相手に先手を譲るような真似はしちゃ駄目」

 

「何故だ?」

 

「フェイトさんは速度重視の戦い方をする方なんです。その方相手に様子見なんてしていたら、あっと言う間に斬り刻まれて終わりですわ」

 

「! それ程なのか・・・・」

 

「ええ。(わたくし)達のひとつ上の代には日頃の活躍から学園より特別な称号を授かった方が3人います。1人は『学園最強』と呼ばれる更識楯無生徒会長。2人目は『学園最高』と呼ばれるなのはさん。そして3人目のフェイトさんは『学園最速』と呼ばれていますの」

 

「学園最速!?」

 

「そう。そしてその速さ故に付いた二つ名が『雷光』」

 

「雷光・・・・」

 

 箒の疑問に明日奈とセシリアが答える。バトルは互いの距離の奪い合いになっていた。

 

 

 

 

 ライトニングのような長柄の武器はある程度距離が離れてないと威力を発揮出来ない。志狼は懐に入り込もうと接近を試みるが、フェイトはそうはさせじと距離を取る。

 

(驚いた。彼、強い───!)

 

 装甲の厚い鈍重そうな見た目に対して孤狼の動きは速い。機体各部にある複数のバーニアがそれを可能にしているのだが、一歩操作を誤れば体勢を崩し吹っ飛び兼ねないと言うのに、志狼は見事に孤狼を操っている。ISを扱い始めてまだ2ヶ月とは思えない操縦技術だ。

 元日本代表候補生序列1位、「銃央矛塵(キリングシールド)」の二つ名を持つ山田真耶教諭の教えを受けているとは言え、それだけとは思えない。

 

(彼は決してなのはのような天才では無い。善い師に恵まれ、善きライバルと戦い、たゆまぬ努力を続けて来た───彼はきっと、そんな(ひと))

 

 バルディッシュを操り、志狼の攻撃を回避しながら、フェイトはそう志狼を分析する。

 

(彼は全力で戦うに価する。ならば───)

 

 ある意味、この時初めてフェイトは志狼を認めたと言える。

 フェイトは迫る孤狼の拳をライトニングで受けると、そのまま大きく距離を取った。嫌な予感がした志狼は追撃せず、一旦様子を見る。

 

(何だ? 何をする気だ?)

 

 漠然とした不安を志狼は感じていた。

 

 

 

「うん、いいね。君は強い」

 

「・・・・どうも。それは認めて貰えたって事でしょうか?」

 

「そうだね。私は君を認めるよ。・・・・だからここからは──全力で行くよ?」

 

「!!」

 

 志狼は嫌な予感が的中した事を悟った。

 

(──やはりまだ本気じゃなかったか。集中しろ!ここからが本番だ!!)

 

 志狼は気合を入れ直す。そして、フェイトは静かに命令を下した。

 

「バルディッシュ、二次移行開始(セカンドシフト)───『バルディッシュ・アサルト』!!

 

『Yes,sir. 2nd sift start』

 

 フェイトの命にバルディッシュが応え、金色の光を発した。そして、光が止むとそこには漆黒の翼を拡げ、更に攻撃的になったバルディッシュの姿があった。

 

 

 

 

 

「へえ。フェイトちゃんがしろくんを認めたか。しろくん、集中してないと一瞬で終わっちゃうよ?」

 

 ピットでモニターを見ながら、なのはは嬉しそうに微笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

「あれがバルディッシュの二次移行(セカンドシフト)形態、『バルディッシュ・アサルト』か」

 

「でもティア、二次移行って一回したらそこで固定されるんじゃ無いの?」

 

「あのねスバル、二次移行には二つの形態があるのよ。ひとつは今貴女が言った完全変形型。一度変形したらそのままの姿で固定されるタイプよ。もうひとつは任意変形型。操縦者の意志で一次移行形態から二次移行形態に変形出来るタイプよ。二次移行機はエネルギーの消費が激しいわ。でも任意変形型は操縦者が任意で二次移行形態へ変形出来るから、エネルギーの消費を抑えられると言う利点があって、その上変形すれば、エネルギーとダメージが5割くらい回復するのよ。更にISは二次移行すれば1世代上の性能を発揮すると言われているわ。つまりバルディッシュ・アサルトは第3世代機に匹敵する性能を持っているのよ。

現在世界中で確認されてる二次移行機は10機あるけど、その中でも任意変形型はわずか2機、なのはさんとフェイトさんの2人だけよ」

 

 スバルはティアナの説明を聞いて電光掲示板を見ると、確かに3割程減っていたバルディッシュのSEやダメージが回復していた。

 機体性能も、操縦技術も、戦闘経験も上。そんな相手にどうやって勝てばいいのか───

 

「・・・・志狼さん、勝ち目無いんじゃない?」

 

「普通ならね。でも志狼ならもしかして───」

 

 言ったティアナ自身でさえ、その台詞が自分の願望でしかないと分かっていた。

 

 

 

 

 

 試合は一方的な展開になっていた。バルディッシュは戦闘型でありながら、並の高機動型よりも速い。その速さを生かして、先程からヒット&アウェイを繰り返していた。

 バルディッシュ・アサルトのスピードに翻弄され、孤狼はガードを固めるしかなく攻撃を受け続けていた。装甲の厚さと急所に至る攻撃は避けている為に致命傷こそないが、このままでは敗北は時間の問題だった。だが、

 

(本当に驚いた。私が攻めきれないなんて)

 

 ここに来て、フェイトはもうひとつ志狼の評価を上げた。フェイントのつもりの攻撃は装甲の厚い所で受けられ、必殺のつもりの攻撃は察知されて回避される。一方的に攻めているように見えるかもしれないが、その実フェイトは攻めあぐねていたのだ。

 

(彼は相当目と勘がいい。そして何より冷静だ)

 

 フェイトはガードを固めた孤狼のマスクの奥に、決して諦めないという闘志を燃やしている志狼の目を幻視した。いつしかフェイトは楽しげな笑みを浮かべていた。

 

(不思議──私がバトルを楽しいと思うなんて)

 

 フェイトにとってISバトルは、なのはと共に在る為の手段でしかなかった。

 昏く、寂しい場所から救い出してくれたなのは。そんな彼女がISに魅せられ、操縦者の道を選んだ時から自分の道も決まった。養母の国籍のあるイタリアに渡り、試験を受けて代表候補生、それもページワンになった。才能があったのか、いつの間にか序列1位になっていたが、それら全てはなのはと共にいたいという強い願いの為。だからフェイトは正直バトルが楽しいと思った事はないし、本当は誰かを傷付ける行為自体が好きではなかった。

 そんな自分が今、ISバトルを楽しいと感じている。こんな事は初めてだった。

 

(それなら、貴方はこれをどう受ける!?)

 

 フェイトは一旦、志狼から離れて、自身の最大火力を撃つ準備を始めた。

 

「バルディッシュ、単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)『雷神』発動!」

 

『Ignition』

 

 次の瞬間、バルディッシュから金色の光が溢れ出し、バリバリバリッという凄まじい音が鳴り響いた。

 その轟音と閃光に志狼は目を眩ませる。視力が回復した時、そこには──雷神が顕現していた。

 

 

 

 

 

「これがフェイトさんの単一仕様能力───初めて見たわ」

 

「『雷神』・・・・確かその身に雷を纏い、機体性能を一時的に上昇させる能力、でしたわね」

 

「それだけじゃ無いよセシリア。攻撃や防御にも雷を纏わせられるはずだよ」

 

「・・・・攻撃は何となく分かるんだが、防御にどう使うんだ?」

 

「攻撃は箒の想像通り、威力の増加。それに追加してスタン効果もあるの。つまり今のバルディッシュの攻撃を受けると、機体が一時的に動けなくなるわ」

 

「!?」

 

「そして、防御では機体が帯電して高熱を発してる為、周りの大気が歪んでしまい、レーザーなどの光学兵装は直進出来なくて届かないの」

 

「!!」

 

「加えて、触れればやはりスタン効果が発動して機体が動けなくなります」

 

「そんな、それじゃあ無敵じゃないか!」

 

「ある意味そうよ。でも欠点がない訳じゃない。あれだけの電力、消費するエネルギーは相当の筈。恐らく持って3分。3分耐えればフェイトさんも雷神を解除せざるを得ない筈よ」

 

「だが明日奈、あのバルディッシュの攻撃に、志狼は3分も耐えられるのか?」

 

「・・・・・・」

 

 箒の問いに、明日奈も、そしてセシリアも答える事は出来なかった。

 

 

 

 

 

 フェイトは拡張領域から何か取り出した。それは何の変哲もない金属製の棒。30㎝程度の長さのその棒を握り締めると、金属棒が帯電する。金属棒を弾丸として、込められた電力が大きい程発射速度が増すその砲撃は所謂電磁投射砲(レールガン)と化す。その名は───

 

「フォトンランサー、発射(ファイア)!」

 

 バルディッシュの放った金属棒は強力な電気を纏い、雷神の槍(フォトンランサー)と化した。

 

「くっ!?」

 

 かろうじて回避出来た志狼だったが、その威力とスピードに戦慄する。

 その時既に第2射を用意したバルディッシュが再びフォトンランサーを放つ。今度もかろうじて回避する。3射目、4射目と撃たれ、5射目でフォトンランサーが孤狼の脚を掠めた。

 

「ぐあっ!!」

 

 フォトンランサーの電撃で一瞬、孤狼の動きが止まる。

 

「くっ、掠めただけでこの威力か!?」

 

 遅まきながらフォトンランサーの特殊効果を悟った志狼だったが、時既に遅く、バルディッシュの周囲には大量のフォトンランサーが滞空し、孤狼を狙っていた。その数約30!

 

「これが私の最大火力。フォトンランサー・ファランクスシフト、全弾発射(フルファイア)!!」

 

 孤狼に向け、大量のフォトンランサーが一斉に発射される。最早逃げ場はなく、絶体絶命の孤狼。だが、志狼は迫り来る敗北に立ち向かうように孤狼を前進させた。

 

「うおおおおーーーーっ!!」

 

 前進しつつ、両肩のカバーを開き、スクエア・クレイモアを発射。クレイモア地雷がフォトンランサーと接触し、道を切り開くべく8発それぞれが誘爆を起こす。

 凄まじい爆発が起こり、爆煙と轟音が周囲に巻き散らされる。

 

 眼下に広がる爆煙を見つめ、フェイトは気を引き締める。

 

(───来る!)

 

 フェイトがそう感じたのと同時に、狼の咆哮のような独特のブースト音を上げて、爆煙の中から孤狼が飛び出した。

 

 地を這うような低空飛行で自分の真下まで来て急上昇、その右腕には既にリボルビング・ステークが装備されている。 

 ここが勝負所とフェイトはライトニングを変形させる。

 

「バルディッシュ、ザンバーフォーム!」

 

『Yes,sir』

 

 フェイトの命にライトニングが変形する。戦斧だった部分が柄になり、そこから雷光の刃が形成され、ライトニングはバルディッシュの身の丈程もある大剣に姿を変えた。

 これがバルディッシュ・アサルトの最強形態『ザンバーフォーム』。フェイトは己が最強形態で孤狼を迎え撃つ。

 

「はああああーーーーっ!!」

 

「うおおおおーーーーっ!!」

 

 奇しくも試合開始時と同じく真っ正面からの激突と相成った。だが、やはり雷神を発動しているバルディッシュにスピードもパワーも分があり、このままでは孤狼の敗北は必至であった。しかし、

 

「───なっ!?」

 

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)を発動し、上昇していた孤狼が更に別のバーニアに瞬時加速(イグニッション・ブースト)を発動させて急加速したのだ。

 瞬時加速中に更に瞬時加速を連続発動するこの技は二連瞬時加速(ダブルイグニッション)と呼ばれる高等技術であり、代表候補生でも使い手の少ない難度の高い技だった。

 

上昇していた孤狼に合わせ剣を降り下ろしていたバルディッシュは、孤狼が急加速した為、目標を一瞬見失う。刹那の攻防ではこの一瞬が命取りになる。この試合でバルディッシュの懐に初めて潜り込む事に成功した孤狼は、ここぞとばかりにステークを叩き突けた。

 

 

 

 

 

 鋼を撃ち突ける衝撃音が3度、アリーナに響いた。しかし───

 

「そうか・・・・防御にもスタン効果があったのか。迂闊だった・・・・」

 

「そうだね。君は本当に強かったよシロウ。

・・・・でも今回は私の勝ちだ!!」

 

 

 雷神発動中のバルディッシュ・アサルトには雷撃防御と呼ばれる触れる者にスタン効果を与える防御壁が張られている。

 フォトンランサーを受けた時、その可能性に気付いていれば、時間切れで雷神が解除されていれば、ステークを全弾撃ち尽くせていれば、たらればを言い出したらきりがない。だが───

 

 

 スタン効果で動きを止めた孤狼に向け、バルディッシュは雷光の刃を降り下ろす。雷が落ちたかのような凄まじい轟音の後、孤狼が落下した。

 

 

 

 

 試合終了のブザーが鳴り響く。

 

 試合時間12分32秒、孤狼は敗北した。

 

 

 

 

 

 終わってみれば順当な結果だろう。相手は代表候補生、しかも序列1位、更に機体は二次移行機だ。操縦技術も、機体性能も、戦闘経験も上の相手に善戦したと言える。だが、それでも───

 

(───負けた)

 

 志狼の胸にあるのは、ただ悔しさだけだった。

 志狼とて今まで負けた事は何度もある。だがISバトルで負ける事がこんなに悔しいとは思わなかった。

 

「シロウ、大丈夫?」

 

 バルディッシュが降りて来て、手を差し伸べた。志狼は複雑な気持ちを隠してその手を取る。

 

「大丈夫・・・・完敗です。ありがとうございました」

 

 孤狼のマスクを開いて、フェイトに礼をする志狼。一方フェイトは、

 

「やめて、お礼を言うのは私の方。バトルがこんなに楽しいと思えたのは初めて。君はとても強かった、本当だよ?」

 

 フェイトの言葉に志狼は苦笑を浮かべる。

 

「楽しかったか・・・・ありがとう、力を付けてまた挑戦します。その時は受けて下さいね」

 

「あ、うん。喜んで」

 

 2人はISに乗ったまま、握手を交わした。

 

 

 

 

「それじゃあ一旦ピットに下がります。試合開始の目途が付いたら連絡しますから、なのはさんに伝えといて下さい」

 

「うん、分かった」

 

 志狼とフェイトは互いに反対側のピットに向かう。Eピットに入った志狼を本音と、何故か簪が出迎えた。

 

「志狼さん、お疲れさまです」

 

「簪? 何でここに」

 

「お手伝いに来てくれたの。それよりしろりん、孤狼を整備台へ」

 

「了解」

 

 孤狼を整備台へ駐機すると同時に本音が機体に取り付いてノートパソコンを繋げると、ダメージチェックを始める。孤狼を降りた志狼に簪がドリンクを差し出した。

 

「ありがとう」

 

 ドリンクを受け取ると、志狼はゴクゴクと喉を鳴らしてドリンクを飲み干した。中身は麦茶だった。

 

(簪の好みなのかな?)

 

 こう言う時は普通スポーツドリンクじゃないかとも思ったが、自分も麦茶は好きなので、まあいいかと納得する。

 

「どうだ本音?」

 

「ちょっと待って・・・・うん、大丈夫みたい。言い方は悪いかもだけど、巧くやられてるから、いくつかパーツを取り替えれば行けそうだよ?」 

 

 ノートパソコンを操作しながら本音が言った。

 

「よし!しろりん、すぐ修理するから20、いや15分待って」

 

「分かった、よろしく頼む」

 

「うん! かんちゃん手伝って~~」

 

「うん、解った」

 

 本音が簪に指示して孤狼の修理を始める。志狼はその間にプライベートチャネルでなのはに連絡を取った。

 

(なのはさん、志狼です。孤狼の修理と補給に15分かかるそうです。20分後に試合開始って事でいいですか?)

 

(了解でーす。・・・・ねえ、しろくんは大丈夫?)

 

 どうやら志狼を心配しているらしいなのはに、思わず苦笑が浮かんだ。

 

(正直へこんでます。でもこの悔しさはフェイトさんの親友の貴女にぶつけさせて貰いますから覚悟して下さい)

 

(あはは、その調子なら大丈夫そうだね。それじゃあ20分後に)

 

 通信を終えた志狼は何となく孤狼を見つめていた。そんな志狼に作業しながら簪が話しかける。

 

「でも最後の二連瞬時加速(ダブルイグニッション)には驚きました。志狼さん、いつの間にあんな高等技術出来るようになったんです?」

 

 しかし志狼は驚いた顔で聞き返す。

 

「二連瞬時加速?・・・・俺やってた?」 

 

「「えええっ!?」」

 

 これには本音も驚き、声を上げる。

 

「しろりん、無意識にやったの~?」

 

「・・・・ああ。最近真耶先生から孤狼のどのバーニアでも瞬時加速出来るようにしろと言われて、その練習ばかりしてたんだ。練習中は1度も成功しなかったんだが・・・・そうか、出来たのか」

 

「成る程、下地は出来てた訳ですか。でもこれは大きな武器になりますよ」

 

「ああ、そうだな・・・・」

 

 簪にはそう言われたが、志狼は自分に成功した感覚がない二連瞬時加速を当てにするのは危険な気がした。とてもなのは戦では使えないだろう。

 

「よし、しろりんお待たせ。準備完了だよ~」

 

「ああ、ありがとう」

 

 整備が完了した孤狼に近付き、乗り込む。

 

「志狼さん、ひとつだけアドバイスを。なのはさん相手に長期戦は愚策です。やるなら短期決戦で決めて下さい」

 

 出撃準備をする志狼に簪が話しかける。

 

「だがあの人は砲撃戦特化だ。懐に入るにも時間がかかるぞ?」

 

「それでもです。じゃないとなのはさんには絶対勝てません」

 

「・・・・・・」

 

「それとね、なのはさんが砲撃戦特化と言っても、不用意に近付くのも危険だよ~」

 

「本音?」

 

「本音の言う通りです。なのはさんを倒すなら接近戦でと考えた対戦相手は山程います。でもなのはさんはその悉くを逆に倒して来ました」

 

「なのはさんの異名はいくつもあるけど、その中にはこう言うのもあるの。『近接殺し』って」

 

「マジか・・・・」

 

「「マジです(だよ~)」」

 

 志狼は2人の話を聞き、しばし考え込む。モニターを見ると、既にレイジングハートを纏ったなのはがアリーナで待ち構えていた。

 

「2人共ありがとう、気を付けるよ。・・・・よし、行って来る!」

 

 ハッチが閉じて孤狼が起動する。簪と本音が孤狼から離れたのを確認して、志狼はカタパルトに乗った。

 

「結城志狼、『孤狼』出るぞ!」

 

 志狼の声に本音がスイッチを押す。2人に見送られ、孤狼はアリーナに飛び出した。

 

 

 

 

「あ、来た!」

 

「鈴、志狼が出て来ましたよ」

 

「ん~、やっと? 随分待たせたわね」

 

 アリーナの観客席の一画で乱、ヴィシュヌ、鈴の3人がピットから出て来た孤狼に注目する。

 

「あの『不沈要塞』相手に志狼さん、どう戦うつもりかしら」

 

「どうもこうも操縦技術も、機体性能も、戦闘経験も上の相手よ。さっきのハラオウン先輩の時と同じで志狼に勝ち目なんて無いわよ」

 

「あら? 確かISを本格的に扱って4ヶ月で国家代表に勝った人がいた筈ですけど?」

 

 ヴィシュヌは珍しく揶揄うような顔をして、鈴を見る。

 

「ぐっ、そ、それはアタシだからよ!アタシってほら、天才だし」

 

「あ~、はいはい。天才天才」

 

「ム、何よ乱、何か文句あるの?」

 

「別に~~」

 

「2人共その辺で。始まりますよ」

 

 ヴィシュヌに嗜められ、鈴と乱もアリーナに注目する。アリーナでは孤狼とレイジングハートのバトルが始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

「さて、いよいよだね。用意はいい?」

 

「ええ、胸を貸して貰いますよ」

 

「・・・・しろくんのエッチ」

 

「そう言う意味じゃねーよ」

 

 軽口を叩きながらも緊張感を高める2人。カウントがゼロになり、試合開始を告げるブザーが鳴った。

 

 

 

 大方の予想通り、開始早々孤狼が突っ込んだ。当然なのはも予想していたようで、冷静に対処しようとする。だが志狼はここで左腕にグランディネをコールし、発砲した。

 

「ええ!?」

 

 今までと違う行動に虚を突かれ、被弾するなのは。なのが一瞬、孤狼から目を離した隙に孤狼が姿を消した。なのははハイパーセンサーで孤狼を捜すと、頭上に反応があった。

 右腕にリボルビング・ステークをコールし、孤狼がレイジングハートに襲いかかる。

 

「くううっ!?」

 

 スターライトを頭上に構えて孤狼の突撃を防ごうとするなのは。しかし孤狼の勢いを止められず、ステークの一撃を食らって吹き飛ばされた。

 

「きゃあああっ!!」

 

 レイジングハートは今までの攻防で既に2割のSEを失っていた。

 孤狼は逃がすまいと追撃するが、なのはは咄嗟にアクセルシューターを発射して牽制する。だが、孤狼はガードを固めたまま突っ込み、当たるアクセルシューターを物ともせず、リボルビング・ステークを撃ち込んだ。

 

「きゃあああっ!!」

 

 更に2発ステークが撃ち込まれ、レイジングハートのSEが削られる。流石のなのはもこれ以上はマズイと判断して全速力で後退した。

 

 

 

 

「志狼、凄い・・・・」

 

 観客席で試合を見ていたシャルルは志狼の戦いに感嘆の声を上げた。試合前の予想を覆し、あの学園最高を相手に優勢に試合を進める志狼に素直に驚いていた。

 

「凄いや。ね、一夏!」

 

「・・・・ああ、そうだな」

 

 隣にいた一夏が不機嫌そうに答える。そんな一夏の態度を不思議に思いながら、シャルルはアリーナに目を向けた。

 

 

 

 

「驚きました。まさかあの高町なのはさん相手にここまで戦えるとは・・・・」

 

「うん! 凄い! 凄いよ志狼さん!」

 

「・・・・マジ?」

 

 志狼の思わぬ優勢にヴィシュヌは驚き、乱は目を輝かせ、そして鈴は呆然としていた。

 

 

 

 

「い、行けるんじゃないか? この試合」

 

「確かに志狼さまの動きは予想以上にいいです。ですが──」

 

「──うん。なのはさんはまだ本気じゃない。むしろ勝負はこれからだよ、箒」

 

 素直に志狼の優勢を喜ぶ箒。だが、セシリアと明日奈はこの先の展開を思い、顔を曇らせた。

 

 

 

 

「全く、やってくれるね、しろくん。いきなりここまでやるとは思わなかったよ」

 

「喜んで貰えましたか?」

 

「うん。だからここからは全力で相手するよ! レイジングハート、二次移行開始(セカンドシフト)──レイジングハート・エクセリオン!

 

『All light my master. 2nd sift start』

 

 なのはの声にISコアが応え、レイジングハートが桜色の光に包まれる。光が収まった時、純白の翼を拡げた白き天使が降臨した。

 

 レイジングハート・エクセリオン。

 日本代表候補生序列1位、高町なのはの専用機が今、その真の姿を顕した。

 

 

 

 

 

「変形しただと!?」

 

「綺麗・・・・・・」

 

 レイジングハート・エクセリオンを見て、一夏とシャルルは感嘆の声を上げた。

 

 

 

 

 

「ほう・・・・イタリアに続き日本の1位まで奥の手を見せてくれるとは。案外使えるかも知れんな、あの男」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒが観客席の片隅で眼帯をしてない紅い右眼を光らせた。

 

 

 

 

 

 レイジングハート・エクセリオンは変形を完了すると、純白の翼を羽撃かせ、一気にアリーナの限界高度の2000mに到達した。

 

「! 疾いっ!!」

 

 あっという間に置いて行かれ、追おうとした時にはなのはは既にスターライトを構えていた。

 

「ディバイン・バスターーーッ!!」

 

 スターライトを長距離砲撃用のバスターモードに変形させて、孤狼に得意の砲撃を撃ち込む。二次移行してパワーアップしたのはレイジングハートだけではない。専用武装であるスターライトもまたパワーアップしていた。

 このバスターモードは通常時のカノンモードと同様、最も使用頻度が高く、なのはにとっても扱い慣れた形態。そしてその威力はカノンモードを遥かに凌ぐ。

 

「くっ!!」 

 

 上空からの砲撃を孤狼が辛うじて避けると、グラウンドに直撃した砲撃はそのまま地面を灼き、大穴を空けた。

 

 

 

 

「・・・・・・何て威力よ」

 

「いつものなのはさんの砲撃と全然違うよ~!?」

 

 なのはの教え子であるティアナとスバルは、自分達との訓練時に見せるのとは比較にならない威力の砲撃に驚愕していた。

 なのはの課す訓練は2人にとってかなり厳しいものだったが、あれでもまだ手加減されてたのだと思い知って、2人は背筋を震わせた。

 

 

 

 

 

 試合は先程とは打って変わって、なのは優勢で進んでいた。

 バトルに於いて頭上を取られるのは明らかに不利。加えてなのはのレイジングハート・エクセリオンは砲撃戦特化型。自分には無い遠距離攻撃を主体に攻めて来る相手に対し、近付かねば何も出来ない自分に志狼は歯噛みする。

 

「くっ、近付けさえすれば!」

 

 志狼とて先程から必死に距離を詰めようとしているが、一定の距離まで近付くと、なのははまた離れてしまうのだ。自分が必死に追い付こうと飛んでるのに、なのははどこまでも軽やかに宙を舞っている。その姿は実に自然で美しく、志狼は試合中だと言うのに思わず見惚れていた。

 

 そんな風に見惚れてると砲撃が飛んで来て、志狼は慌てて回避する。なのはの砲撃は純エネルギー砲撃。エネルギーを消費はするが、レーザーやビームとは違いエネルギー自体を圧縮し、砲弾として撃っているのでABフィールドでは防げない。当たれば孤狼とて大ダメージを受けてしまうので、避けるしかない。

 しかしこれだけ砲撃を続ければエネルギーが尽きてもおかしくないのに一向にそんな気配が見えない。不審に思う志狼の目に、宙を漂っていた桜色の光がレイジングハート・エクセリオンに吸い込まれて行くのが見えた。

 

「何だあれは?」

 

 怪訝に思い、周りを良く見てみるとひとつだけではなく、無数の桜色の光がアリーナ中から集まって、レイジングハート・エクセリオンに吸い込まれていた。

 

「どうやら気付いたみたいだね。この桜色の光は私の単一仕様能力だよ」

 

「!?」

 

 

 

 ───単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)『暴食』

 

 

 常時発動型のこの能力は、ナノマシンで構成された桜色の光を周りに放出するだけの能力。ただ、この桜色の光は周囲に飛び散り、戦場に散ったエネルギーの残滓に付着すると、自機のエネルギーに変換して持ち帰る機能がある。

 自機が放出したエネルギーだけではなく、敵機の放出したエネルギーをも変換して自機のエネルギーとして吸収してしまう為、レイジングハートは事実上、エネルギー切れを起こさず戦い続ける事が出来る。

 強力な砲撃と尽きる事ないエネルギーで戦い続ける。なのはの二つ名「不沈要塞」はこの能力が由来である。

 

 

 

 

 なのはの説明を聞き、志狼は驚きを禁じ得なかった。確かになのはの「暴食」にフェイトの「雷神」や一夏の「零落白夜」のような派手さは無い。だがISバトルに於いてこれ程厄介な能力は無い。

 ISバトルは相手のSEを0にする事で勝敗が決まる。そのSE切れがなのはには無いと言うなら、彼女は事実上無敵だ。

 

(簪の言った意味がようやく分かった。こうなると俺に出来る事はひとつしかない!)

 

 志狼は意を決して、再びレイジングハート・エクセリオンを追う。なのはは孤狼が一定の距離まで近付いたので移動しようとした矢先、移動方向に向けて孤狼がグランディネを撃つ。グランディネの砲弾は広くばらまくように撃たれるので、なのはでも回避するのは難しく、方向転換を余儀なくされる。それを何度か繰り返す内になのはは志狼の狙いを理解した。

 

「そう言う事か・・・・本当にやってくれるね。しろくんは」

 

 気付けばなのははアリーナの外縁部に追い込まれていた。

 第1アリーナはアリーナの中でも広い方だが、アリーナ故に限界はある。志狼はボクシングで逃げる相手をコーナーに追い込むように、なのはをアリーナ外縁部まで追い詰めたのだ。ここまで来れば下に逃げるか、迎え撃つしかなのはには出来ない。だが志狼には確信があった。なのはは逃げない、と。

 果たして志狼の予想通り、なのははスターライトを構えて迎え撃たんとする。

 

「行くよレイジングハート。エクセリオンモード、発動(ドライブ)

 

『Yes,my master.excellon mode ignition』

 

 なのはの声に応え、スターライトが変形する。音叉のような形をしたバスターモードから先端が槍状の形をしたエクセリオンモードに変形した。

 

『A.C.S stand by』

 

 レイジングハート・エクセリオンのISコアがなのはの意を汲み、A .C .S (瞬間突撃システム)を起動し、砲身から光の翼が展開される。

 

「アクセルチャージャー起動。ストライクフレーム!」

 

『open』

 

 槍状の先端部から光の刃が伸び、変形が完了する。

 

 

 

 ───エクセリオンモードA.C.S。

 

 

 エクセリオンモードの突撃、至近及び零距離攻撃に特化した形態。この形態で突撃し、至近及び零距離からの砲撃でシールドバリアごと相手を貫き、粉砕するなのはの切り札的形態。

 

 

 

「エクセリオンバスターA.C.S、全力発動(フルドラーイブ)!!

 

 光の翼と刃を展開してレイジングハート・エクセリオンが孤狼に向けて突撃する。

 一方、孤狼もリボルビング・ステークを構えて突撃した

 

「やああああーーーーっ!!」

 

「うおおおおーーーーっ!!」

 

 アリーナ上空で激突する2機。光の刃とステークが衝突して互いのシールドバリアを貫かんとする。

 

「「貫けえええーーーーっ!!」」

 

 激突の結果は痛み分けだった。激突の衝撃で光の刃とステークが砕け散る。

 衝撃で体勢を崩した2機の内、先に体勢を立て直したのは孤狼だった。孤狼はここが勝負所とスクエア・クレイモアを撃とうとする。しかし、一瞬遅れて体勢を立て直したレイジングハート・エクセリオンは猛スピードで孤狼に接近して抱き付いた。

 

「くっ、何を!?」

 

「これだけくっつけば撃てないでしょ!?」

 

 抱き付かれ、両腕を封じられてる為、ヴァリアブル・ナックルもグランディネも撃てない。リボルビング・ステークは砕けた。スクエア・クレイモアは近すぎて爆発に自分まで巻き込まれる。

 孤狼の武装は全て封じられた、かに思えた。

 

「まだだあああーーーーっ!!」

 

 志狼の叫びに応え孤狼の頭部の角が赤熱する。

 

 

 

 ───頭角部エネルギー刃

    『ヒートホーン』

 

 

 クラス対抗戦で折れた孤狼の角を改修、強化したもの。エネルギーを纏わせた角は高熱を発し、鋭い切れ味を発揮する。切れ味は抜群だが、場所が場所だけに密着した状態でないと使えないのが欠点。

 

 

 

 密着した状態から孤狼がヘッドバットの要領でヒートホーンを降り下ろす。ヒートホーンがシールドバリアを灼き斬ろうとなのはに迫る。目の前に迫る赤熱の刃に流石のなのはも思わず手を離した。

 離れたのを機会にスクエア・クレイモアを発射しようとした孤狼の動きが急に止まる。

 

「何だ!?」

 

 急に動けなくなり焦る志狼。孤狼には光の鎖が幾重にも巻き付いて、動きを封じていたのだ。

 

 

 

 

 ───空間設置型トラップ

    『チェーンバインド』

 

 

 レイジングハートの特殊装備。青い迷彩塗装が施された20㎝程の立方体を任意の座標に設置し、敵機が近付くと光の鎖が飛び出して動きを封じるトラップ。

 主に体勢を立て直す時や、確実に砲撃を命中させる為の時間稼ぎに使われている。

 

 

 

 

『Star light bleaker, stand by』

 

 なのはは孤狼の直上に位置すると、スターライトを天に掲げた。スターライトの赤い宝玉の部分に周囲から桜色の光が集まって行く。光はやがて集束して、巨大な光の球となった。

 

 

 

 

 

「! ダメだよなのは! これは模擬戦なんだよ!?」

 

 Wピットでフェイトがモニターに向かって叫ぶ。しかし、時既に遅く、  

 

 

 

 

 

「!!?」

 

 その光景を見た志狼は自分が絶体絶命の危機に追い込まれているのを悟り、必死にバインドを外そうと暴れるが、無情にも時は過ぎ去り、そして

 

 

「行くよしろくん。これが私の全力全開、スターライト・ブレイカーーーーっ!!

 

 集束砲。「暴食」により集めたエネルギーをひとつに束ねて放出するなのは最大の切り札。その破壊力は凄まじく、本来模擬戦で使っていい代物ではない。

 

 

 

 動けない孤狼に向けてなのははスターライトを降り下ろす。

 スターライト・ブレイカーが発射され、孤狼は光の中に消えた。

 

 

 

 

 極太の光の柱が消えると、そこにはSEを切らしてアリーナに倒れた孤狼の姿があった。

 

 

 

 試合終了のブザーが鳴り響く。

 

 試合時間15分53秒、孤狼はこの日2度目の敗北を喫した。

 

 

~side end

 

 

 

 

~志狼side

 

 

 何だか周りが騒がしい。人の話し声が聞こえる。俺は何をしてたんだっけ? よく思い出せない。確か俺は・・・・・・

 

「志狼?」

 

 箒の声がすぐ側で聞こえる。俺はゆっくりと目を開いた。

 

「志狼? 私が分かるか?」

 

「志狼さま? お目覚めになりましたか?」

 

「箒? セシリア? 俺は・・・・・・!?」

 

 そうだ。俺はなのはさんと戦って・・・・負けたのだ。そう認識した途端にあの試合の光景がまざまざと浮かんで来た。バインドで動けない俺は為す術なく光の柱に飲み込まれ、意識を失ったのだ。

 今思い出しても身体が震える。良く生きてたな、俺。

 

「兄さん、目が覚めた?」

「シロウ、大丈夫?」

「しろりん平気~?」

「志狼さん、身体の具合はどうですか?」

 

 俺が目を覚ました事に気付いたのか、カーテンの向こう側で騒いでいた明日奈、フェイトさん、本音、簪が顔を見せる。

 

「ああ。頭がボーッとするくらいで、他に異常は無いみたいだ」

 

「そう、良かった・・・・」

 

 皆がホッと息を吐いた。その皆の後ろからまるで幽霊のような声が聞こえて来た。

 

「あの~、この度は誠に申し訳ありませんでした~」

 

 驚いて見てみると、なのはさんが憔悴しきった顔をして立っていた。

 

「なのはさん? 一体どうしたんです!?」

 

「ううう、しろくん。それがね」

 

「このバトル馬鹿にはきつくお灸をすえておいた」

 

 なのはさんの後ろから織斑先生が現れた。

 

「織斑先生? 一体何があったんです?」

 

「結城、試合で何があったか覚えているか?」

 

「はい・・・・確かなのはさんとの模擬戦中、馬鹿デカイ砲撃を食らって、気付いたらここに」

 

 織斑先生は俺の話を聞くと、額に手を当ててため息を吐いた。

 

「あの砲撃は集束砲と言うんだが、強力すぎて本来模擬戦での使用を禁止されてるものだ」

 

「はあ・・・・」

 

 良く分からない。まだ頭が上手く働いてないようだ。俺はなのはさんに目を向けると、彼女は酷く落ち込んでいるようだった。

 

「つまりだな。この馬鹿はやり過ぎた、と言う事だ」

 

「あうう、ご、ごめんなさ~~い」

 

 織斑先生に頭をシェイクされながらなのはさんが謝る。

 

「ごめんねシロウ。私も止めようとしたんだけど、間に合わなくて」

 

 フェイトさんが酷く悲しそうな顔で言う。何だかこの人にこんな顔をさせると、もの凄い罪悪感を感じるな。

 

「いや、フェイトさんは何も悪くないですし」

 

「ううん。なのはを止められなかった私にも責任はあるよ。せめてものお詫びに今夜は私が付きっきりで看病するから」

 

「「「「はああっ!?」」」」

 

 俺より先に周りの娘達から声が上がった。

 

「いや・・・・て言うか俺、そんなに重体なのか?」

 

「ううん。明日は土曜日だから一応大事を取って今夜は泊まってけって涼子先生が」

 

 俺の疑問に明日奈が答えてくれた。それを聞いて一応安心はしたんだが、

 

「あ~、フェイトさん? ただ寝てるだけですから看病の必要は・・・・」

 

「そうです! 看病なら妹の私が!」

 

「あすにゃんズル~い! なら専属整備士の私が~♪」

 

「本音は整備士なんだから先に孤狼の面倒を見なくちゃ駄目。ここは同じクラス代表のよしみで私が」

 

「あ~、それなら私も簪と同じって事で。べ、別にやりたい訳じゃないわよ。ただ志狼がどうしてもって言うならやってもいいかなって・・・・

 

「うわあ~、ティア、ツンデレ乙」

 

「うっさい、スバル!」

 

「あら、簪さんもティアナさんも他のクラスでしょう。ここはやはり同じクラスの副代表であり、パートナーでもあるこの(わたくし)が」

 

「ちょっと待て! いつからセシリアが志狼のパートナーになったんだ!」

 

「何をおっしゃるの箒さん。副代表と言えば代表の右腕。すなわちパートナーと言う事ですわ!」

 

「なんとまあ、無茶苦茶言ってるわね」

 

「あ、じゃあ一番年下の私が。なんちて」

 

「鈴、乱、どうやら無駄みたいです。誰も聞いてません」

 

「あ、それなら加害者である私が」

 

「お前はこれから反省文だ、高町」

 

「ふええええーーーっ! あ痛たた!耳引っ張らないで織斑先生!」

 

 何かもうカオスだった。皆の厚意は嬉しいんだが、これでは身体を休める事など出来やしない。そんな時、

 

 

「何をしてるんです皆さん! ここがどこだか分かってるんですか!?」

 

 

 誰であろう真耶先生が、普段上げた事のない怒鳴り声を上げ、皆を黙らせた。

 

 

「病室で騒ぐんじゃありません! 志狼君がちっとも休めないでしょう!?」

 

 

「「「「す、すいませ~~~ん!!」」」」

 

 普段怒らない人が怒ると怖いとは良く言われるが、真耶先生は正にその典型だった。

 

「先輩もこう言う時はすぐに止めて下さい!」

 

「う、すまん」

 

 現にあの織斑先生ですらタジタジになっている。真耶先生は一同にジッと睨みを効かせると、おもむろにため息を吐いた。

 

「皆さんは解散して下さい。志狼君は私が看てますから」

 

「「「「えええええーーーーっ!!」」」」

 

「い・い・で・す・ね」

 

「「「「は、はいいいい~~~」」」」

 

 真耶先生にそう言われ、皆は不満の声を上げたが、真耶先生の笑顔の前に納得せざるを得なかった。

 

 

 

 

 皆が出て行って真耶先生と2人きりになった。

 

「さて志狼君、お説教です」

 

 真耶先生がにこやかに宣言する。

 

「え!? な、何で?」

 

「何で? あんな無茶をしておいて私が何も言わないとでも?」

 

「あ、はい・・・・」

 

 そしてお説教が始まった。とは言っても俺の体調を考慮して軽いお小言だけで済ませてくれた。その後、どんな試合展開だったか聞かれたので、覚えてる範囲でその都度どんな事を考えたかを交えて説明した。

 俺の説明を聞き終えた真耶先生は考えをまとめるかのように目を閉じた。やがて目を開いた先生は真っ直ぐ俺を見つめ訊ねた。

 

「ねえ志狼君。さっき負けて悔しかったって、そう言いましたよね?」

 

「・・・・はい」

 

「それはどうして?」

 

「どうしてって・・・・負けたら悔しいに決まってるじゃないですか」

 

「そうですか? 以前の、それこそ入学して間もない頃の貴方ならここまで悔しがりはしなかったんじゃないですか?」

 

「! それは・・・・そうかも知れませんが」

 

「私と放課後の訓練を始めてからしばらく経った頃、休憩中に貴方はこう言いました。“IS操縦者になるのは仕方がない。でも医者になる夢も捨てきれない。だから自分は操縦者としては平均より少し上であればいい。サンプルとしてデータを提供するならそれで充分だし、最強の座になんて興味はない。教えてくれる私には悪いけど、将来までISにドップリ浸かる気はない”って」

 

 それはクラス対抗戦の少し前、対抗戦に向けて訓練が厳しくなって来た頃、休憩中にした雑談で真耶先生に将来の事を聞かれて言ったのだが、我ながら教えてくれる人の前でとんでもない事を言ったもんだ。

 

「志狼君。貴方の考えは今も変わってませんか?」

 

「それは・・・・」

 

 どうしてだろう。俺は即答出来なかった。

 

「私にはこう見えます。志狼君、貴方はISバトルが面白くなって来たんじゃありませんか?」

 

「!?」

 

 言われてみれば思い当たる事はいくつもある。セシリアやティアナとのバトル、無人機との実戦、目の当たりにした煌坂の戦闘、そして今日の

2人とのバトル。どれも俺の血を熱くする出来事

ばかりだ。だが俺は敢えて考えないようにして来た。だってそれは───

 

「・・・・もしかして、お母さまに対する裏切りだと思ってませんか?」

 

「!!」

 

 自分でも顔が強張っているのが分かる。真耶先生の一言は俺が目を背けて来た事を白日の元に晒す結果になった。

 

「貴方が亡きお母さまに対して負い目を背負っているのは理解しているつもりです。だからと言って自分の心を偽ってまで約束を叶えて欲しいとはお母さまも思ってないんじゃないでしょうか?」

 

「心を、偽る・・・・?」

 

「はい。確かに亡きお母さまとの約束を叶えようと貴方は今まで努力して来たのでしょう。でもそれに固執して自分の本当にやりたい事を我慢する必要はないと私は思いますよ」

 

 俺の本当にやりたい事──それは一体何だろう。思えば勉強は勿論、ボクシングを始めたのも医者に必要な体力作りの一環だし、医療NGOのボランティアに参加したのも将来医者になる為にして来た事だ。

 だが、これらは必要と思いやって来た事で、俺のやりたい事かと問われると分からなくなってしまう。俺は───

 

 色んな考えがグルグル回って分からなくなって来た。その時、不意に柔らかく温かな感触が俺の頭を包む。

 

「ごめんなさい。ちょっと急過ぎましたね。だって、嬉しかったんです、私」

 

「・・・・真耶先生?」

 

 真耶先生は俺の頭をその豊満過ぎる胸に抱いて話を続ける。

 

「だって志狼君が“悔しい”なんて言うとは思わなかったんですもの。悔しいって事は本気で取り組んでるからこそ出る言葉です。貴方がそれだけISバトルに本気になってくれた。私はそれがとても嬉しかったんです」

 

 そうかもしれない。少し前の俺だったらなのはさんとフェイトさんに負けてもやっぱりな、と納得してしまい、悔しがる事は無かっただろう。

 

「ねえ志狼君。時間はまだあります。貴方が将来どんな道を選ぶのか私には分かりませんが、どうか自分の心を偽らないで。貴方のやりたい事を貴方の心のままにやってみて下さい。その為の手助けなら私がいくらでもしますから」

 

 真耶先生の俺を抱く手に力が籠る。その温かさにかつての母の温もりを思い出してしまう。

 

「・・・・いいんでしょうか? 俺は母さんと喧嘩して、謝る事の出来ないまま永遠に逢えなくなってしまいました。そんな俺が母さんの為に出来るのは、生前約束した医者になる事だけだと思って今までやって来ました。なのに今更俺が自分のやりたい事を見付けて、やってもいいんでしょうか?」

 

 俺は今まで誰にも話した事のない自分の正直な気持ちを吐露した。

 

「いいんですよ。貴方は最初の高校生活をお母さまの為に頑張りました。だったらこの二度目の高校生活は自分の為に使ってもいいじゃないですか。それに志狼君はひとつ間違っています。貴方が亡きお母さまの為に出来る事は医者になる事だけじゃありませんよ」

 

「・・・・先生?」

 

「貴方が幸せになる事。それが一番お母さまの為になる事です」

 

「!!」

 

 真耶先生の言葉に不意に涙が滲んで来る。それを見られたくなくて先生の胸に顔を強く押し付ける。先生は何も言わず、そのまま俺を抱きしめてくれた。

 

「・・・・先生って凄いですね」

 

 俺がそう言うと、真耶先生はちょっぴり悪戯っぽい笑顔を浮かべて言った。

 

「そうですよ。だって私は貴方の先生ですから!」

 

 

 

 

 しばらくして病室に回診に来た涼子先生のニヤニヤ笑いに、俺を抱きしめてる事に気付いた真耶先生は真っ赤になって病室を出て行った。

 涼子先生に「お邪魔だったかしら?」と聞かれたが、苦笑するしかなかった。

 

 涼子先生が出て行き、1人になった病室で、俺は真耶先生に言われた事を考えてみる。

 俺は確かにISバトルが楽しいと思い始めている。ISに乗って強い相手と戦うのも、相手を倒す為にどう戦うかを考えるのも、訓練で新しい技を習得するのもどれも楽しくて仕方ない。

 

 もう認めてしまおう。俺はISが好きなんだと。

 

 真耶先生の言う通り、この二度目の高校生活は己が心のままにやってみてもいいのかもしれない。そんな風に思えた。

 

 早く狐狼に乗りたい、そんな事を思いながら俺は眠りに就いた。

 

 

~side end  

 

 

 




読んで頂きありがとうございます。

ご覧の通り今回は予定を変更してフェイトとなのはとの2連戦をメインにお送りしました。
構成的にここで2人の実力を示しておかないと活躍の場がなくなってしまうので急遽バトルメインの回となりました。

フェイトの専用機のモデルは「ヴァイサーガ」です。相棒のなのはの「アンジュルグ」と同じくラミア繋がりと言う事で、予想を当てた方、お見事でした。

二次移行の設定は独自解釈です。変身シーンを入れたくてこう言う設定になりました。因みに3巻のエピソードで出る志狼の二次移行も任意変形型です。

真耶先生のお説教。彼女にとって志狼はただの生徒ではなく、最早弟子と言える存在。その彼女の導きによって、志狼は医者になる夢を一旦置いて、IS操縦者として自分の道を進もうと決意する、正にターニング・ポイントとなりました。
今後の活躍にご期待下さい。


次回こそはシャルルの正体を巡り、一夏と志狼か衝突。そして、志狼とシャルロットの出会いを書きたいと思います。





【変更点】
レイジングハートのモデルをウイングガンダムに変更。
レイジングハート・エクセリオンのモデルをウイングガンダムゼロカスタムに変更。
バルディッシュのモデルをガンダムデスサイズに変更。
バルディッシュ・アサルトのモデルをガンダムデスサイズヘルカスタムに変更。






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第38話 発覚



第38話を投稿します。

毎度おなじみの予告編詐欺で、シャルロットの正体発覚までをお送りします。

前置きと言うか、前話の後始末が思ったより長くなり、シャルロットと志狼の過去話まで入りませんでした。
楽しみにして下さった方、申し訳ありません。
次話はなるべく早く投稿したいと思います。

今回は微エロ展開がありますので、嫌いな方は読み飛ばす事をお薦めします。


それでは第38話をご覧下さい。




 

 

~フェイトside

 

 

「はあ~~~、」

 

「もう、いい加減にして。今回はなのはが悪いんだからちゃんと謝らないと駄目だよ」

 

「解ってるよう。でもひと晩で30枚も反省文書いたんだよ! 少しは労ってよ~~」

 

「自業自得です! 昔からバトルに夢中になると周りが見えなくなるんだから。反省なさい!」

 

「ううう、すいません」

 

 私となのはは朝食を摂り終え、シロウの病室に向かっている所だ。

 

 昨日のシロウとの模擬戦でなのはは模擬戦で禁止されている「スターライト・ブレイカー」を使ってしまった。

 なのはの悪い癖で、バトルに夢中になると相手しか見えなくなってしまうのだ。でもこれは余程の強敵と戦う時だけに見せる徴候で、最近は見せなかったんだけど、それだけシロウとのバトルが楽しかったみたい。

 

 

 医務室に入り、御門先生に面会の許可を貰おうとしたら、シロウはもう退室したと言う。どこに行ったのか聞いてみると、整備室に行ったと言うので、私達は御門先生の元を辞して整備室に向かった。

 

 

~side end

 

 

 

 

~志狼side

 

 

 朝一で本音にメールを送り、朝食後整備室で会う約束をした。朝食を摂ると、着替えて整備室に向かい、本音と合流しつつ、狐狼の状況を確認した。

 

「どうだ、本音?」

 

「う~~ん、これは絃神本社に連絡して交換パーツを送って貰わなくちゃ駄目みたい」

 

「そうか・・・・」

 

 本音の診断によるとメインフレームには問題無いが、機体前面の装甲板剥離による交換と、右腕に深刻なダメージがあるので、右腕自体を交換した方が速いとの事だった。

 ああ、浅葱に連絡しなきゃいけないんだが気が重い。とは言え連絡しない訳にもいかず、俺は携帯を取り出し浅葱に電話を掛けた。

 

『も、もしもし。何か用かしら、志狼?』

 

 コール2回で浅葱が出て、こっちが驚いた。

 

「どうした浅葱、声が裏返ってるぞ?」

 

『そ、そんな事ないわよ! で、何の用!?』

 

「ああ。実は・・・・」

 

 俺は事情を説明した。浅葱の受け答えする声が段々低くなるのが怖かった。

 

「・・・・と言う事なんだが、交換用のパーツを送って貰えないか?」

 

『何やってんのよアンタは!! 序列1位と連戦なんて機体にガタが来るに決まってんでしょ!?』

 

「あ~、やっぱり怒られたか。すまない」

 

『すまないじゃないわよ、全くもう!・・・・志狼、本音ちゃんいる? いたら代わって』

 

 そう言われて本音に携帯を渡す。本音と浅葱が専門的な話を始めた。2人が話してる間、俺は整備台に置かれた傷だらけの狐狼を見上げた。装甲板が剥離し、砕けた右腕が痛々しい。

 

「ごめんな、俺が下手打ったせいで。痛かったよな・・・・」

 

 思わずそんな台詞を吐いて、狐狼の砕けた右腕をそっと撫でる。すると、

 

(大丈夫、次は負けない!)

 

 そんな声が頭の中に響いた。俺は驚いて辺りを見回すが側には電話中の本音しかいなかった。

 俺は狐狼をじっと見つめて、呟いた。

 

「・・・・お前なのか、狐狼?」

 

 だが、狐狼はもう答えてはくれなかった。

 

「しろり~ん、電話代わってって」

 

 俺は本音から携帯を受け取り、電話に出た。

 

「もしもし。代わったぞ」

 

『志狼? 取り敢えず交換用のパーツは手配して今日中にそっちに送る事にしたから。明日にでも本音ちゃんに組み立てて貰いなさい』

 

「ありがとう、助かるよ」

 

『いいわよ別に。こっちも日本とイタリアの序列1位との貴重な戦闘データが手に入ったし』

 

「それでもだよ。今度お礼をしなくちゃな」

 

『え!? あ、じゃあまた、一緒にご飯食べにいかない?』

 

「そんなんでいいのか?」

 

『いいの! 約束したからね。それじゃね♪』

 

 電話を終えて傍らの本音を見る。

 

「パーツは明日届くそうだから、今日はどうする?」

 

「ん~~、私は明日パーツが届いたらすぐ作業に入れるようにしておくよ~」

 

「俺も手伝うよ」

 

 俺がそう言うと、本音はフルフルと首を横に振った。

 

「ううん。これは私の仕事だもん。しろりんは操縦者なんだから、今の内に身体を休めて」

 

「本音?」 

 

「直ったら目一杯動かすんでしょ? だからしろりんは休める時に休んどいて。ね」

 

 本音には俺の考えてる事が分かるみたいだ。俺は苦笑を浮かべつつ、本音の頭を撫でる。

 

「分かった。狐狼の事は頼むぞ、相棒」

 

「うん! まっかせてーーー♪」

 

 本音は満面の笑顔で頷いた。

  

 

~side end

 

 

 

 

~シャルルside

 

 

 土曜日の午前中。アリーナが借りられたので、僕は一夏と一緒に訓練してる所なんだけど・・・・

 

「どうしたの一夏? 全然集中出来てないよ?」

 

「ハア、ハア、悪い、シャルル」

 

 一夏の様子がおかしい。正確に言うと昨日の志狼の模擬戦を見学してから終始不機嫌そうにしている。身体を動かせば少しは気が晴れるかと思って訓練に誘ったけど、効果無かったみたいだ。

 

「今日はもうやめよう、一夏」

 

「待てよ! 俺はまだやれるって!」

 

「駄目。全然集中出来てないもん。怪我してからじゃ遅いんだよ」

 

「う、分かったよ・・・・」

 

「僕は後片付けしてくから、一夏は先に部屋に戻ってて」

 

「分かった。すまないシャルル・・・・」

 

 一夏はそう言うと、白式を解除してアリーナを出て行った。僕はその後ろ姿を見送りながらそっとため息を吐いた。

 僕はずっとデュノア社内にいたから、一夏の置かれた状況を知らなかった。確かに彼は全校生徒を危険に晒すというミスを犯したけど、罰は受けたのだし許してあげてもいいんじゃないかと思う。

 一夏と一緒に暮らす内に彼の事が色々分かって来た。曲がった事が嫌いで正義感が強く、やや独善的な所はあるけど、決して悪意がある訳じゃない。やや考えが足りなくて短絡的ではあるけど、親切で優しい所もある。要はいい所も悪い所もある、彼はそんな普通の少年なんだ。

 彼が周りと上手く溶け込めるようにしてあげたいけど、僕本来の目的からすると、これはいい機会でもある。周りから孤立している彼ならばいくらでも付け入る隙はある。ならばこのままでいてくれた方が都合がいい。

 相反する思いを抱えながら、これからどうするべきか僕は頭を悩ませていた。

 

 

~side end

 

 

 

 

~一夏side

 

 

「くそっ!!」

 

 更衣室の壁を思いきり叩く。昨日からイライラが治まらない。何でこんなにイライラするのか自分でも分かってるんだ。結城が自分以外の相手に負けた事、そして結城が学園でもトップクラスの操縦者と渡り合った事が悔しくて仕方がない。

 結城は俺がいつか必ず倒す。アイツを倒せば周りの皆も俺を認める筈だ。それなのにアイツは俺以外の奴に負けた。だが、結城を負かした相手も凄い奴らだった。日本とイタリアの代表候補生、それも序列1位だ。模擬戦で見せたあの強大な力が忘れられない。だがその相手に短時間ながらアイツは互角に渡り合ったんだ。

 今の俺にはとても無理だ、それくらいは分かる。でもアイツは出来た。その事がアイツとの差としてハッキリと見せ付けられた事が悔しくて堪らない。

 

二次移行(セカンドシフト)・・・・それが出来れば俺はもっと強くなれる筈だ」

 

 二次移行──アイツより先にその域に達する。そうすれば今度こそ俺はアイツを倒せる。

 

「俺は強くなる。見てろよ、結城!」

 

 俺は拳を壁に叩き付け、固く心に誓った。

 

 

~side end

 

 

 

 

~志狼side

 

 

 土曜日の午後。本音にお昼の差し入れをして、整備室で一緒に食事した後、俺は資料室に向かった。早ければ昨日の模擬戦が映像化されてるかもしれない。IS学園では模擬戦の申請をすると、その模様を自動的に録画して記録映像として保管している。映像を編集するのに約1日かかるそうで、そろそろ出来る頃じゃないかと行ってみたのだ。

 ちょうど映像化されてたので早速借りて、ブースのひとつを占領し、映像を再生した。

 

 

 二度繰り返し見ると、流石に目が疲れたので少し休憩にする。喉の渇きを覚えて何か買ってこようとしたら、後ろから紙コップのコーヒーを差し出された。

 

「はい。コーヒーでいいかな?」

 

 見るとなのはさんとフェイトさんの2人がそこにいた。

 

「ありがとうございます」

 

 俺はフェイトさんの差し出したコーヒーを受け取り、一口飲んだ。

 

「どうしたんです、お2人共?」

 

 俺が尋ねるとなのはさんがいきなり頭を下げた。

 

「しろくん、本当にごめんなさい!」

 

「・・・・謝罪なら昨日受けましたけど?」

 

「それだけじゃ気が済まないの。だから何かお詫びをさせて欲しいなって」

 

「と言われても・・・・」

 

 俺はフェイトさんにチラリと視線を向ける。だが、

 

「シロウ。なのはもこう言ってる事だし、何か無いかな? もし必要なら私も手伝うから」

 

 貴女もかい。だが困ったな。何か言わないと絶対引き下がりそうも無いな、この人。その時ふと一時停止していた画像が目に入った。そうだ!

 

「それじゃあ昨日の模擬戦の映像を一緒に見て解説してくれませんか? その時々で何を考えて行動したのかも事細かに」

 

「そんなんでいいの?」

 

「何よりです」

 

「しろくんの事だからエッチな事言われるかと思ったのに」

 

「えええっ!?」

 

「・・・・アンタ俺を何だと思ってんだ」

 

「シロウ・・・・エッチなのは駄目だよ?」

 

「いや、しないから!」

 

 なのはさんの冗談を真に受けてフェイトさんが頬を赤らめる。何だこの可愛い生き物。思わずお持ち帰りしたくなるじゃないか。

 

「それじゃあ真面目にやりますか。まずフェイトちゃんから、かな?」

 

 それから3人で狭いブースに椅子を並べ、2人に解説して貰った。

 狭いブースで解説して貰っていると、なのはさんやフェイトさんから甘い匂いがして身体の一部が俺の身体に当たって来る。具体的には胸とか胸とか胸とか・・・・

 俺は2人の感触や匂いを感じながら解説に集中しなければならないという天国のような地獄を味わった。

 それでも慣れれば気にならなくなり、解説を聞いてる内に気付いたら夕方になっていた。なのはさんやフェイトさんが何を考えて行動したか解った事だし、実に有意義で幸せな時間だった。

 

~side end

 

 

 

 

~本音side

 

 

 日曜日。絃神コーポレーションから狐狼のパーツが届いた。早速整備室に運び込んで修理しよう。準備していると、しろりんとかんちゃん、あすにゃんが来て、修理を手伝ってくれた。

 皆で頑張って修理は午前中で完了。午後からは昨日の内にあすにゃんが使用申請してくれてたアリーナで、狐狼の起動テストをします。

 修理を終えた狐狼は輝きを取り戻し、何だかちょっと嬉しそう。順調にテストメニューを消化して、最後には華鋼と閃光を相手に模擬戦をした。勿論この間のなのはさん達の時のような実戦形式とは違い、先に一定のダメージを与えた方が勝つ簡易決着形式です。

 結果は狐狼の2連敗。でも今日のしろりんはいつもみたいに積極的に攻めず、まるで何かを確かめるような動きをしていた。かんちゃんもあすにゃんもいつもと違うしろりんを心配してたけど、しろりんは「大丈夫、心配ないよ」と笑ってた。

 しろりんは何だか少しだけ変わったみたい。何がって言われると分かんないけど、でも、きっと大丈夫。だってしろりんがいつも通り優しい笑顔をしているから♪

 

 

~side end

 

 

 

 

~志狼side

 

 

 明けて月曜日。朝のSHRの時間。今月末に行われる学年別トーナメントについて説明があった。何しろ1年生全員参加の一大イベント。他のイベントとは参加人数の桁が違うので、6月の最終週の1週間を丸々このイベントに充てると言う。

 このイベントも当然テレビ中継されるので、皆も気合いが入っている。また、このイベントは世界各国のお偉いさんを始め、企業や研究機関のお歴々が観戦に来るそうだ。もし、その人らの目に止まれば操縦者としての未来が拓けるかもしれない。その為3年生が一番気合いが入っていて、アリーナの予約は既に3年生で一杯だそうだ。

 1週間前になれば1、2年生にも公平に割り振られるそうなので、それまでは実技の授業が唯一の訓練時間になる。

 

 それらの事を流れるように説明していた真耶先生だったが、不意に俺と目が合った途端、顔を真っ赤にして固まってしまった。どうやら先日の医務室での事を気にしてるようで、昨夜寮の廊下でばったり会った時も同じ状態になっていた。気にしないでくれと言ったんだが無理なようだ。

 固まった真耶先生にため息を吐きつつ、織斑先生が後を引き継いで説明する。SHRが終わると真耶先生を引き摺って織斑先生は出て行った。

 

 

 

 

 放課後になるとアリーナが使えないせいか、部活に行く者が多かった。

 IS学園の生徒は全員何らかの部活に所属する事が校則で定められている。そのせいかISの訓練校でありながら部活動は盛んで、大小様々な部活がある。部員が5名いれば部としての活動が認められるが、全校生徒で300人に満たない学園では運動部などは定員割れして、大会に参加出来ない所もあると言う。

 仲間内では箒と神楽が剣道部。セシリアがテニス部。清香がハンドボール部。ナギが陸上部。静寐が弓道部。ゆっこが手芸部。本音が生徒会。そして明日奈がチア部である。以前ユニフォーム姿を見せて貰ったが素晴らしかった。元々運動神経が良く、スタイル抜群の明日奈にはピッタリで、以外と熱心に活動しているみたいだ。

 因みに俺は料理部に所属している。男で、しかも高校生活二度目の俺では運動部に入っても公式戦には出られない。ならば趣味の料理でレパートリーを増やせるかと思い、クラス対抗戦の後で入部した。部自体も週2回のみの活動なので、俺でも参加し易く重宝している。

 生憎今日は料理部の活動日ではないので、俺は寮に戻るとトレーニングウェアに着替えて、朝走っている外周を走り出した。何をするにも体力は必要だ。体力アップには走るのが一番。俺はダッシュとジョギングを交互に繰り返しながら走り続けた。

 

 

 

 

 走り込みを終えて寮に戻って来た。この蒸し暑い時期に外周を3周もしたので汗だくだ。さっさとシャワーを浴びてさっぱりしようと部屋の鍵を開けようとしたその時、ドドドと誰かが廊下を走って来る地響きを感じた。嫌な予感がしてそちらを向くと織斑が血相変えて走って来たので、俺は鍵を開けるとさっさと中に入りドアを閉めた。だが閉まる寸前、ドアに足を挟まれ閉めるのを防がれてしまった。

 

「何で閉めるんだよ!?」

 

「関わりたくないんだが」

 

「ふざけてる場合じゃない! 大変なんだよ!!」

 

「(いや、大真面目なんだが)・・・・何があった?」

 

「ここじゃちょっと・・・・とにかく一緒に来てくれ!」

 

 織斑はそう言うと俺の腕を掴んで、思いの外強い力で引っ張る。

 

「ちっ! 分かった、分かったから引っ張るな!行けばいいんだろう、全く」

 

「ああ。こっちだ!」

 

 俺は抵抗を諦め、織斑の後に続く。行き先は織斑の部屋だった。同室はデュノア、この時点で俺はオチが読めた気がした。

 

「シャルル俺だ、入るぞ」

 

 ドアをノックして織斑が部屋に入る。俺も続けて入ると、床にぺたんと座るデュノアの姿があった。

 シャワーを浴びたばかりなのか、金色の髪はまだ濡れていて頬は赤く上気している。学園指定のジャージの上は胸元までチャックが下ろされていて、そこには柔らかそうな谷間が出来ていた。

 

「「・・・・・・」」

 

 俺はデュノアとしばし見つめ合う。

 

「や、やあ、志狼・・・・」

 

 力無く微笑むデュノアに、俺は深くため息を吐いた。

 

 

~side end

 

 

 

 

~シャルルside

 

 

 時間は少しだけ遡る───

 

 学年別トーナメントに向けて訓練したかったけど、アリーナが予約で一杯な為、実機訓練はお休み。僕は放課後の自由な時間をもて余していた。

 最近行動を共にする事の多い一夏は織斑先生に連れてかれた。何でも白式の返却に伴う規約やら誓約書なんかにサインしなくちゃいけないらしい。「きちんと内容を叩き込む」と言って、連行されてしまった。

 1人で行動してるとすぐに女の子達に囲まれてしまうから、今日はもう寮へ戻る事にした。

 

(そう言えば、1人でゆっくり出来るのって久し振りだな)

 

 部屋に帰ってから何気にそんな事を思った。今なら気兼ねなく、ゆっくりシャワーを浴びれそう。そうと決まったら早速───、

 

 

 

 サアアアァァァ────

 

「はあ・・・・・・♪」 

 

 熱いお湯が身体を流れる心地好さに、熱い吐息が洩れる。ボディソープを身体中に塗って泡立てる。

 

「フン、フフン♪」

 

 心地好さに思わず鼻歌が洩れる。

 シャワーヘッドを外して身体中の泡を洗い流す。肩から腕。胸元からお腹。背中からお尻、脚へお湯を流して最後に髪と同じ金色の繁る股間へと───

 

「ふ・・・んん!」

 

 シャワーのお湯が股間に当たり、変な声が出てしまう。そのくすぐったいような快感に何度も同じ事を繰り返す。

 

「は・・・あ、ああん♪」

 

 そう言えば初日にシテ以来、ばれるとマズイから控えていたんだけど、今日くらいいいよね? 僕はもう我慢せずに左手でシャワーを当てながら、右手を股間へ伸ばした。

 

 

 

 

「はあ、はあ、あぁ・・・・・・」

 

 ヤっちゃった。僕って・・・・・・

 

(はあ。でも、まあいいか。気持ち良かったし・・・・)

 

 お湯とは違うもので濡れた股間をもう一度洗い直す。思いの外時間がかかったから急がなきゃと思いつつ、シャワールームを出る。

 バスタオルを取ろうと手を伸ばしたその時、ガチャ、と言う音がして洗面所兼脱衣所の扉が開いた。

 

「シャルル。ボディソープの、替え、を・・・・」

 

「い、一夏・・・・・・」

 

 有り体に言って、僕は全裸だ。横向きだから大事な所は辛うじて見えないとは思うけど、それでも───!

 

「きゃああっ!!」

 

 僕は悲鳴を上げると、シャワールームへ飛び込んで扉を閉めた。

 

「あの・・・・か、替えの、ボディソープ・・・ここに置いとくから・・・・」

 

「う、うん・・・・」

 

 しばし呆然としていた一夏だったが、替えのボディソープをその場に置くと、何も聞かずに出て行った。

 

 

 一夏が出て行くと、僕はその場にへたり込んだ。

 

(ど、どうしよう───!!)

 

 バレた。絶対バレた! いくら一夏が鈍くたって今のは決定的だ。

 

(終わった────) 

 

 こうなってはデュノア社もフランス政府も僕を守ってはくれないだろう。だって僕はいざと言う時、使い捨ててもいい駒として送り込まれたんたから。

 とにかく、いつまでもこのままでいる訳にはいかない。僕は立ち上がると、身体を拭いて、持って来たジャージに着替えて、脱衣所の扉を開けた。

 

 

~side end

 

 

 

 

~一夏side

 

 

(何で? 何で? 何で何で何で~~~!?)

 

 俺は今、大絶賛混乱中だ! 千冬姉から白式の返却に関する規定の説明や誓約書(要は勝手な事はするな、言う事を聞け、と言うのを難しい言葉で書いた書類)へサインさせられて部屋に戻った。

 思ったより早く帰れたので、シャルルを誘って夕食へ行こうと思ったけど、シャワールームから水音がするのでシャワーを浴びてるらしい。

 

(そういやボディソープが切れかけてたっけな)

 

 昨夜、残り少なかったのを思い出し、棚からストックしてある詰替用を取り出した。

 

(シャワールームの前に置いて声をかければ大丈夫だろう)

 

 シャルルは俺に着替えを見られるのを極端に嫌う。でもこれくらいならセーフだろう。そう思って俺は洗面所兼脱衣所の扉を開けた。

 

 

 

 そこには、どこかで見た事のあるような金髪の美少女が、全裸で立っていた。

 

 

 

「きゃああっ!!」

 

 たっぷり30秒は彼女の裸体を凝視すると、彼女も衝撃から覚めたのか、慌ててシャワールームへ飛び込んだ。

 俺は詰替用のボディソープをその場に置いて、脱衣所を出ると、その場に座り込んだ。

 今更ながら顔が熱くなり、心臓がバクバクいってる。俺だって年頃の男だから女の裸くらい見た事はある(主に弾が持って来た成年雑誌の写真でだが)。だが生で、しかも同年代の女の子の裸を見たのは初めてだった。

 

(綺麗だったな───)

 

 上気した白い肌、丸みを帯びた胸と尻、体勢的に一番大事な所は見えなかったが、それでもピンク色の頂と金色の繁みは確認してしまった。以前その手の雑誌で見た写真とは比べ物にならない程美しく、そして艶っぽかった。

 

 ガチャ、

 

 そんな事を考えていると、脱衣所の扉が開いた。今の俺にはその音が雷が落ちたかのように聞こえた。

 

「上がったよ・・・・」

 

「お、おう・・・・」

 

 学園指定のジャージを着て、金色の髪を拭きながら出て来たのは俺の友人シャルル・デュノアに間違いなかった。どうして今まで気付かなかったのか。シャルルは紛う事なく女の子だった。

 

 こんな時どうすればいいのか? 俺だけでは手に余る自体だ。千冬姉に相談するか? いや、ただでさえ忙しい千冬姉にこれ以上迷惑を掛ける訳にはいかない。ならば誰に・・・・

 箒、は駄目だ。最近すっかり疎遠になってる。ならば鈴、も駄目だ。直情傾向のアイツにシャルルが実は女だと言ったが最後、俺は殺されるかもしれない。こうなると自分の置かれてる状況がもどかしい。こんな時に相談出来る相手がいないなんて・・・・

 そんな時頭に浮かんだのはもう一人の男。そうだ、結城!結城(アイツ)ならクラス代表だし、これは俺達男にも関って来る問題の筈だ。それにシャルルに困った事があったら相談しろって言ってたじゃないか。今まさにシャルルは困ってるんだし、構わないだろう。よし、そうと決まれば───!

 

「シャルル。ちょっと待っててくれ。助っ人を呼んで来る!」

 

「え? ちょっと一夏? 助っ人って誰!?」

 

「戻ったら事情を聞くから、ちゃんと頭の中整理しとけよ!」

 

 俺は部屋を飛び出すと、結城の部屋目指して走り出した。幸い結城は部屋に入る所だったので、掴まえて部屋に連れて来た。

 

 

~side end

 

 

 

 

~志狼side

 

 

 ついにと言うか、やっとと言うか、織斑にデュノアが女だと言うのがバレたようだ。と言うか織斑は俺を連れて来てどうしようと言うのか。

 

「結城。驚くかもしれないが、シャルルは実は女だったんだ!」

 

「ああ、知ってる」

 

「「───えええっ!!」」

 

 俺がそう言うと、2人は大層驚いた。

 

「知ってるって、え? いつから・・・・?」

 

「初日からだ。そもそも騙す気があるのか? 俺には女の子が無理に男装してる風にしか見えなかったぞ?」

 

「ははは、そうなんだ・・・・」

 

「だったら何で教えてくれなかったんだよ!?」

 

「教えたらどうなっていた?」

 

「どうって、そりゃあ───」

 

「お前の事だ。『デュノアは実は女だ。でも秘密』だなんて知ったら変に意識して、かえって周りから怪しまれるのがオチだろう?」

 

「うっ!」

 

 自覚はあるようで、何よりだ。

 

「で? 何でバレたんだ?」

 

 この2人に任せると話がちっとも進みそうも無いので、俺は説明を促した。

 

 

 

 話を聞くと何て事は無い。織斑がいつものデリカシーの無さを発揮して、ラッキースケベを起こしたのが原因らしい。せめてノックしろよ、お前は。

 

「ハア・・・・それで? デュノアは何故男として転校してきたんだ?」

 

 俺は核心を突く質問をする。

 

「それは・・・・実家の、デュノア社社長からの命令なんだ」

 

「命令って、親だろう? 何でそんな──」

 

「僕はね、一夏。愛人の子なんだよ」

 

「!?」

 

 デュノアの返答に織斑が絶句する。俺は黙ってデュノアが話を続けるのを待った。

 

「2年前お母さんが亡くなって、父の部下だと言う人達がやって来たんだ」

 

 そう言うとデュノアは俺の方を見て、懐かしそうに微笑む。俺も2年前の事を思い出す。

 

「色々あったけどお父さんに会ってみたくて、結局お父さんの元へ行く事にしたんだ」

 

 俺が知ってるのはそこまでだ。彼女とはそこで別れたので、その先彼女に何があったか知らないのだ。

 

「パリのデュノア本社に連れてかれたら、いきなりIS適性の検査をされて、それから父と会ったんだ。でも、思い描いていたのとは全然違ったよ。初めて会ったお父さんからは『これからお前の面倒は私がみる。しっかり働くように』って言われたよ。『お母さんは残念だった』とか『会いたかった』とか言ってくれるかと期待してたんだけどね。あはは・・・・」

 

 

 すっかり諦観した笑顔で淡々と話すデュノア。彼女の置かれた境遇に強い憤りを感じる。それは織斑も同じようで、拳を強く握り締めていた。

 

「それから僕はテストパイロットとして働くようになったんだ。普段は社内の仮眠室を自室代わりに寝泊まりして、学校にも行かず、毎日毎日過酷なテストメニューをこなしてたんだ。一度だけデュノアの本邸に呼ばれた時は酷かったなあ。知らないおばさんにいきなり『泥棒猫の娘が!』って殴られたよ。その時その人が本妻で、お母さんが愛人だったって初めて知ったよ。お母さんも教えてくれれば良かったのに。知ってたらお父さんに会おうなんて思わなかったのにさ」

 

「「・・・・・・」」

 

 あの時彼女を行かせたのは間違いだった。正直痛々しくて見てられない。俺は話を変えるように言った。

 

「君の境遇は分かった。それがどうして男として転校した事に繋がるんだ?」

 

「簡単だよ。同じ男なら君達と接触しやすい。そうやって近付いて2人の機体データを盗め、そう命令されたんだ。つまりはスパイだよ」

 

「なっ!!」

 

「・・・・・・」

 

「フランスは他の欧州各国より第3世代機の開発で遅れを取っているから、2人の機体データを元に新たな機体を作り上げて失地を回復させようとしてるんだ。その為に僕は送り込まれた。けどそれも失敗、もう終わりだよ」

 

 何とまあ、デュノア社だけでは無くフランス政府まで関わっているとは話が大きすぎる。一介の学生にどうにか出来る域を越えている。

 

「終わりって、お前はどうなるんだよ?」

 

「どうだろうね。スパイ容疑で本国へ強制送還、その後は刑務所へ直行、かな?」

 

「何で!? 会社とか、政府とかが責任取るんじゃないのかよ!?」

 

「・・・・それは無いかな。会社も政府も僕を犠牲にして知らぬ存ぜぬで通すだろうね」

 

「なっ!? そんなの許せるかよ!」

 

「そう言う問題じゃない織斑。彼女は最初から失敗したら捨て駒にされると分かっていた筈だ。──『実の父親に振り向いて欲しくてやった少女の犯行』ってな事にされて、会社も政府も被害者を装って、全て彼女に泥を被せて終わらせる、そんな所だろうよ」

 

「あはは、確かに。あの人達ならやりそうだなぁ」

 

「! やりそうだなぁ、じゃないだろ!?」

 

 諦観のした笑顔を浮かべるデュノアに織斑が怒鳴り声を上げる。

 

「いくら親の命令だからって、こんな事が許されていい訳ない! 親なら子供に何をしてもいいなんてある筈ないんだ!!」

 

 突然激昂する織斑に、デュノアは怯え混じりの表情で尋ねる。

 

「突然どうしたの一夏。変だよ?」

 

「あ? ああ、すまない。つい熱くなっちまって・・・・」

 

「いいけど!・・・・大丈夫?」

 

「ああ・・・・なあシャルル。お前はこのままじゃあ強制送還されちまうんだよな。それでいいのかよ?」

 

「いいも悪いも僕には選ぶ権利なんてないんだ。仕方がないよ」

 

 デュノアがまた、あの諦観した空虚な笑顔を浮かべる。

 

「・・・・だったら、ここにいろよ」

 

「え?」

 

「『IS学園特記事項第21、本学園の生徒は在学中、あらゆる国家、組織、団体に帰属しない。本人の同意がない場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする』───つまり、この学園にいれば少なくとも3年間は大丈夫って事だろ? それだけ時間があればいい解決策が浮かぶかもしれない。別に急ぐ必要はないだろ?」

 

「一夏・・・・僕、ここにいていいの?」

 

「ああ、勿論だ!」

 

 2人は希望を見出だし盛り上がってるが、俺は水を差さねばならない。

 

「盛り上がってる所悪いが、それは無理だ」

 

 喜びに水を差されて固まる2人。そして、自分の意見を否定された織斑が当然の如く噛みついて来た。

 

「何でだよ! この学園にいれば卒業までは誰も介入できない、そう言う事だろ!?」

 

「原則としてはな。だが抜け道なんていくらでもある。例えば、デュノアはテストパイロットだ。機体の改修をするとか理由を作って呼び出されるかもしれない」

 

「そんなの無視すればいい!」

 

「一回二回ならいいさ。だが何度も無視すれば学園側が不審に思うぞ」

 

「なら学園に事情を話して──」

 

「それをした時点でデュノアはスパイ容疑で拘束されるだろう」

 

「なっ!?」

 

「それにデュノア社長が娘を返せと言って来たらどうする?」

 

「そ、そんなの──」

 

「また無視するか? 彼は法的にも血縁的にもデュノアの親権者だ。その彼に帰って来いと言われたら未成年者のデュノアは従わざるを得ないぞ」

 

「・・・・・・」

 

 織斑は悔しそうに唇を噛み、問うて来た。

 

「くっ! じゃあお前ならどうするんだよ!?」

 

「何も」

 

「え?」

 

「何もしない。正確には出来ない、だな。一国の政府と世界的な大企業が絡んでるんだぞ。一介の学生に出来る事なんて何も無いさ」

 

「! お前えええーーーーっ!!」

 

 織斑は拳を握り、殴りかかって来るが遅すぎる。俺の顔面目掛けて繰り出された拳を左手で受け止めた。

 

「ぐっ、離せ!」

 

「そもそも織斑。お前は何故俺を呼んだ。この件について相談するなら真っ先に織斑先生にするべきだろう?」

 

 

「くっ、千冬姉にこれ以上迷惑はかけられねえよ!」

 

「だからって俺に迷惑をかけられてもなぁ・・・・全く」

 

 織斑が織斑先生に迷惑をかけたくないと言うのはこいつのプライドの問題だ。つまり自分のプライドとデュノアの一大事を天秤にかけて、自分のプライドを取ったと言う事を今のこいつは分かってるんだろうか?

 

 俺が左手を振り払うと、バランスを崩した織斑は尻餅をついた。

 

「デュノア、俺から先生には話さないと約束しよう。自分がどうしたいのか、良く考えてみるんだな」

 

 デュノアを一瞥して、俺は部屋を出て行った。

 

 

~side end

 

 

 

 

~シャルロットside

 

 

「デュノア、俺から先生には話さないと約束しよう。自分がどうしたいのか、良く考えてみるんだな」

 

 そう言って僕を一瞥すると、志狼は部屋を出て行った。

 

 ドンッ!

 

 突然響いた大きな音に驚いて振り返ると、一夏が悔しそうに床を叩いていた。

 

「くそっ! あの野郎何が出来る事なんて無いだ! やりもしないで何が分るってんだ! 結局アイツは自分が大事なだけだ! くそっ! 一瞬でもアイツを頼ろうとした俺が馬鹿だった!」

 

 ドンッ、ドンッ、ドンッ!

 

 何度も床を叩く一夏に僕は薄ら寒いものを感じてしまった。

 

「一夏、もうやめて。手を怪我しちゃうよ?」

 

 僕は一夏に近付いて声をかける。すると一夏は突然跳ね起きると、僕の両手を握って言った。

 

「大丈夫だシャルル! 俺が必ずお前を助けてみせる。あんな薄情な奴はどうでもいい。俺が守ってやるからな、な?」

 

「う、うん、分かったよ。ありがとう一夏」

 

 って、近い近い近い! 何だか今の一夏は普通じゃない。目が血走ってて、何だか怖いよ──!?

 

 

 

 

 一旦落ち着いたのか、一夏はようやく離れてくれた。思わず安堵のため息が洩れたけど仕方がないよね。だって、ホントに怖かったし。

 

「取り敢えず、特記事項第21を盾にして時間を稼ごう。大丈夫、その内いい案が浮かぶさ」

 

「う、うん。ねえ、ホントに先生には話さなくていいのかな? 話を通しておくだけでも心証が違うと思うんだけど・・・・」

 

「う~ん、話すにしても今は学年別トーナメントの準備で忙しいだろうから、もう少ししてからの方がいいと思うぞ」

 

「そっか・・・・うん、分かったよ。色々ありがとう、一夏」

 

「へへ、いいって事さ。お? もうこんな時間だ。シャルル、夕飯に行こうぜ」

 

 時刻は午後7時を過ぎていた。

 

「うん。あっ! いけない。僕こんな格好じゃ・・・・」

 

 今の僕は学園指定のジャージ姿で、矯正器具(コルセット)を外してるから胸があるのが分かってしまう。今から着けるにしても時間がかかるから夕食の時間に間に合わない。

 

「どうしよう・・・・」

 

「取り敢えず、具合が悪くて寝てる事にして、何か貰って来るよ。何でもいいか?」

 

「うん。ありがとう一夏」

 

「いいって。じゃあ、ちょっと行って来る」

 

「うん。行ってらっしゃい」

 

 そう言って、一夏は部屋を出た。良かった。夕食抜きにはならずに済みそうだ。そんな時、プライベートチャネルで連絡が入った。相手は───志狼!?

 

 

「も、もしもし。どうしたの?」

 

『明日の放課後、屋上まで来てくれないか。出来れば1人で』

 

「・・・・うん。分かった」

 

『すまんな。それじゃあお休み、シャルロット』

 

 

 ───ドクン、

 

 突然、心臓が高鳴った。

 

 

 シャルロット。彼は今、僕をそう呼んだ。

 

(───覚えていてくれたんだ)

 

 シャルル=シャルロットだと悟られないよう初日以降彼とは距離を置いていた。志狼も僕の事は一夏に任せていたので、接する機会もなかった。

 僕の事を忘れちゃったのかなと思うと、正体を知られる訳にはいかないのに寂しいと感じてしまうのを否めなかった。2年も前のほんの数日間、一緒に過ごした女の子の事なんて忘れていても仕方がない、そう思っていた。

 さっきも出会った時の事を匂わせてみたけど、何の反応も無かったから、忘れちゃったんだと諦めかけていたのに───

 

「ズルいなあ、もう・・・・」

 

 覚えていてくれた。そして、名前を呼んでくれた。

 たったそれだけの事が僕にはとても嬉しかった。

  

 

~side end

  

 

 

 




読んで頂きありがとうございます。

クラスメイトの部活はご覧の通りになりました。
明日奈のチア部は「コードレジスタ」のチアリーダー姿が素晴らしかったのと、「アニマエール」の影響です。
 
一夏の志狼に対する感情は複雑です。
自分が倒すまで誰にも負けて欲しくないが、勝つ所も見たくない。なのはとフェイトに負けた事に憤りを感じてどうしたらいいのか解らなくなっています。

シャルルの正体発覚。そして志狼と一夏の衝突。屋上に呼び出されたシャルロットは志狼とどんな話をするのか。次回をお楽しみに。



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第39話 シャルロット・ブラン



遅くなりました。第39話を投稿します。

今回こそシャルロットの過去話をお送りします。
当然ながら本作のオリジナル展開であり、原作至上の方は読まない事をお薦めします。

それでは第39話をご覧下さい。



 

 

~志狼side

 

 

 翌日の放課後。俺は昨日の約束通り、屋上に向かっていた。

 IS学園の屋上は一般解放されているので、誰でも出入り自由だ。昼休みに昼食を摂る者もいれば、放課後はどこかの部の活動場所になってる事もある。

 今日はどの部も使わない事を刀奈から教えて貰い、生徒会権限で誰も来ないようにして貰った。権力って素晴らしい。

 

 ギイイ、 

 

 重苦しい音を立てて、屋上の鉄扉を開ける。

 薄曇りの空の下、1人の少女がこちらに背を向けていた。俺に気付くと、彼女は振り向いて儚げな笑顔を浮かべた。

 

 

「やあ。久し振り(・・・・)だね、志狼」

 

「ああ。久し振り(・・・・)だな、シャルロット」

 

 

 俺は彼女の側まで行って、シャルルじゃない、シャルロットと再会の挨拶をする。彼女は男装時の矯正器具(コルセット)を外しているようで、胸には確かなふくらみが見えた。

 

「全く。僕の事覚えていた癖に知らんぷりしてたの? 相変わらず酷い人だよね。君って」

 

「何言ってんだ。お前が話してくれるのを待ってたんじゃないか。何も話さないお前が悪い」

 

 そう言い合ってしばし睨み合う俺達。だが、

 

「プ、クフフ───」

「プ、クハハ───」

 

 睨み合いは長くは続かず、俺達は同時に吹き出していた。

 

「ふふ、ずっとこんな風に君と話をしたかったんだ、僕」

 

「これからいくらでも出来るさ。だが、その前に問題を片付けなきゃな」

 

「うん。そうだね」

 

 そう言ってシャルロットは表情を引き締めた。

 

「まず確認したいんだが、お前の事情は昨日聞いた通りで間違いないか?」

 

「うん。少なくとも僕の聞いてた事は全部話したよ」

 

「そうか・・・・それを踏まえて聞くぞ? シャルロット、お前はどうしたい?」

 

「僕は・・・・」

 

「それが分らなきゃ方針が定まらない。だから他ならぬお前が決めてくれ」

 

「・・・・・・」

 

「正直、お前だけを助けるなら割と簡単なんだ」

 

「えっ?」

 

「先生に話を通して、国際IS委員会へ訴えればいい。委員会のメスが入ればフランス政府は国際的に大恥を掻いて信用を失い、デュノア社も良くて他社に吸収合併、もしくは倒産って事になるだろう。お前は無理矢理スパイにされた上、デュノア社での扱いが酷かったのもあるから被害者として世間の同情を惹けるだろう。それからお前は他国に亡命すればいい。テストパイロットを務め、IS学園に転校出来るくらいの実力の持ち主ならどの国でも歓迎してくれるだろう」

 

「いい事ずくめに聞こえるんだけど?」

 

「言ったろ。今のはお前だけを助ける場合で、勿論デメリットはある。まずお前は二度とフランスには帰れない。事が露見すればフランスはこの先国際社会で冷遇される事になる。その引き金となったお前が入国するのをフランス政府が許すと思うか?」

 

「うっ」

 

「それに政府及びデュノア社で大勢の人が職を失う事になる。お前を酷い目に合わせて来た奴等だ。俺としてはいい気味だが、お前はそれを善しと出来るか?」

 

「ううっ」

 

「それに亡命するとしても、お前はIS操縦者として亡命するから訳だから、デュノア社にいた頃とあまり変わらない生活になるかもしれない。まあ、待遇は改善されるだろうがな」 

 

「うううっ、そうか・・・・」

 

「これが一番簡単なやり方だ。でもシャルロット、お前耐えられるか?」

 

「・・・・無理だと思う。大勢の人に恨まれながら生きてくなんて。それに」

 

「それに?」

 

「フランスにはお母さんが眠ってるから」

 

「ああ・・・・、そうだな」

 

「うん。ごめんね、折角考えてくれたのに」

 

「いいさ、多分承知しないだろうと思ってたし。お前は優しい娘だからな」

 

「志狼・・・・」

 

 シャルロットは嬉しそうにはにかんだ。

 

「となると、別の手を考えなきゃならないんだが・・・・専門的な知識もいる事だし、場所を変えるか」

 

 俺はそう言って携帯を取り出した。

 

「ああ、俺だ。封鎖は解除してくれていい。ありがとう助かったよ。ああ、これからそっちに行く。あの人達も呼んでおいてくれ。それじゃ」

 

 電話を切って振り向くと、シャルロットが不安そうな顔をしていた。

 

「・・・・志狼? 誰と話してたの?」

 

「生徒会長。これから生徒会室に行くぞ、シャルロット」

 

「えええーーーーっ!?」

 

 シャルロットの叫びは、薄曇りの空に吸い込まれて、消えていった。

 

 

~side end

 

 

 

 

~シャルロットside

 

 

 志狼の後に付いて廊下を歩く。普段来ない所を歩いているせいか、これから会う人のせいか、僕はさっきから緊張していた。

 前を歩いていた志狼が他の部屋とは違う、重厚そうな扉の前で止まった。

 その部屋には「生徒会室」と書かれた木製の看板が掛かっていた。後から聞いたけど生徒会長の直筆らしい。達筆だ。

 見るだけで普通の部屋ではありませんと主張してるような高級感漂う扉を志狼がノックすると、中から1人の女性が迎えてくれた。

 

「こんにちは、虚さん」

 

「お待ちしていました、志狼さん。デュノアさんも」

 

 そう言って彼女は僕を見た。知的な雰囲気の眼鏡美人。生徒会会計兼整備科科長、布仏虚先輩の第一印象を僕はこう感じた。

 

 

 

 

 布仏先輩に案内されて生徒会室に入る。普通なら入る事の無い部屋に僕の緊張感が増す。

 生徒会室は扉を開けると、3mくらいの短めの廊下があり、その横にはトイレと給湯室があり、扉を開けた位置からは室内が見渡せないように出来ている。僕は2人の後に付いて廊下を歩く。

 

「会長、お客様をお連れしました」

 

 廊下の先まで行くと室内が見渡せる。3人掛けの高級そうなソファーが2対、ガラステーブルを挟むように置かれている。その奥にはマホガニーの大きな執務机があり、1人の女性が座っていた。

 

「いらっしゃい志狼。それにデュノアさん」

 

 IS学園生徒会長、更識楯無。転校前に要注意人物として資料に書かれていた1人だ。もの凄い美人なんだけど、ニンマリという表現がピッタリの笑顔を浮かべてこちらを見ている。イタズラ好きの猫、会長の第一印象を僕はこう感じた。

 

「どうも、会長」

 

「こ、こんにちは」

 

 取り敢えず挨拶を返したけど、これからどうしたらいいの!? 志狼は会長の側に行くと、顔を近付けて内緒話をしている。2人共ちょっと近過ぎない!?

 

「デュノアさん。こちらへどうぞ」

 

 その場に佇んでいた僕に布仏先輩がソファーに座るのを薦めてくれた。この人いい人だぁ。僕は有り難く座らせて貰った。このソファー本当に高級品みたい。適度な柔らかさで身体を包んでとても座り心地がいい。やがて内緒話を終えた志狼が僕の隣に腰掛けた。

 

「・・・・誰にも話さない約束じゃなかったの?」

 

 僕は批難めいた視線を志狼に向ける。

 

「先生には話さないと約束したが先輩に話さないとは言ってないぞ?」

 

 うー、確かにそうなんだけど、何かズルい。

 

「はーい、お邪魔するわよ」

 

 突然そう言って、会長が志狼の隣に腰掛けて密着する。だから近いってば、もう!

 僕が内心むくれていると、会長が僕の顔を覗き込む。

 

「な、何ですか・・・・?」

 

「うふ♪ 可愛いわね、貴女」

 

「なっ!?」

 

 たちまち顔が熱くなる。そんな僕を見て会長は増々笑みを深めた。すると、

 

「会長、その辺で」

 

 志狼が会長を止めてくれた。僕が感謝の視線を向けると、

 

「シャルロットを弄るなら話の後で。俺も喜んで参加しますから」

 

「オッケ~、分かったわ♪」

 

 何と言う事だ。敵が増えてしまった。一瞬でも感謝した僕が馬鹿だった。

 僕が反論しようとしたその時、ノックの音がした。布仏先輩が対応に行き、2人の女性を連れて来た。2人を見て僕は思わず立ち上がってしまった。

 

「! 織斑先生、山田先生───!?」

 

「お2人共良く来て下さいました。わざわざありがとうございます」

 

 志狼も席を立って一礼する。

 

「結城と・・・・デュノアか。私達は更識に呼ばれて来たんだが、黒幕はお前か。結城」

 

「黒幕とは人聞きが悪い。まあ、俺が会長に頼んだのは事実ですが」

 

「それ見ろ。・・・・で? 用件はそこのデュノアの件か?」

 

 織斑先生は目付きを鋭くして僕を見る。こ、怖い! 思わず一歩後ずさる。けど、志狼の手が背中を支えてくれて、何とか踏み留まる。

 

「はい。先生達の力を貸して欲しいんです」

 

「ふむ・・・・」

 

「まあまあ、織斑先生。ここは志狼君の話を聞いてみましょう。判断はそれからでも遅くはありませんよ」

 

「山田先生・・・・そうだな。いいだろう話してみろ」

 

 織斑先生は山田先生に言われると、ソファーの中央、志狼の対面に腰を下ろした。その隣の僕の対面に山田先生も座る。ちょうど布仏先輩が紅茶を淹れてくれた。全員に配り終えると先輩は会長の背後に控えた。

 

「シャルロット、自分で話すか? 無理そうなら約束を破る事にはなるけど、俺が話すが?」

 

「ううん、自分で話すよ。いや、話さなきゃいけないんだ」

 

「そうか」

 

 ここまで志狼にお膳立てして貰ったんだ。自分の未来を切り拓く為にもこれは僕がしなくちゃいけない。

 

「──織斑先生、山田先生、そして更識会長。これから僕の事情を全てお話します。話を聞いてどう思うかは皆さん次第ですが、僕はこの状況から脱け出したい。その為の力を貸して欲しいんです」

 

 僕はこの場にいる人達の顔を見渡した。幸い否定的な顔は無かったので、このまま話を進める。

 

「僕の、いえ私の本当の名前はシャルロット・ブラン。デュノア社社長アルベール・デュノアの庶子で、ご覧の通り女です」

 

 私はそう言って胸を張った。そりゃあこの面々の中じゃあ一番小さいんだけど。うう、自信失くすなあ。

 

「私はフランス政府とデュノア社の企みにより、スパイとしてこの学園に送り込まれました───」

 

 こうして私は全てを話しました。私の生い立ちからデュノア社での扱い、学園に送り込まれた経緯など洗いざらい全てを。

 

 

~side end

 

 

 

 

~千冬side

 

 

「───私の話は以上です」

 

 デュノアの話が終わった。成る程多分に同情の余地はあるが、それでもスパイ行為を行った事実は変わらない。可哀想ではあるが、身柄を拘束し、フランスへ強制送還する以外の選択は───

 

「ここで皆さんにご理解頂きたいのは、スパイとして送り込まれた彼女が、今までスパイらしき行為は何もしていないと言う事なんです」

 

 まるで私の心を読んだかのように、結城がその点を指摘した。

 

「彼女が転校して既に2週間が過ぎました。その間、俺はおろか同室である織斑にもスパイ行為に及んでません。だからどうした、そう言われればそれまでですが、情状酌量の余地はあると思うんです」

 

「・・・・それを認めろと?」

 

「はい。よろしくお願いします!」

 

 結城はそう言って立ち上がると、私達に向かって深く頭を下げた。その姿を見たデュノアも慌てて立ち上がり、「お願いします!」と、頭を下げた。

 私は暫し考えを巡らすと、真耶とそして更識と視線を交わす。2人は私に向かって頷いた。判断は私に任せるという事らしい。

 

「デュノア。結城が今言った事は事実か?」

 

 デュノアは弾かれたように顔を上げた。

 

「は、はい!」

 

「それは何故だ? 結城はともかくいち、ゴホン、織斑は同室なんだからデータを盗む機会などいくらでもあっただろう?」

 

「それは───正直な所確かにありました。でも出来なかった。何故って言われると上手く説明出来ないんですけど・・・・」

 

「ふ~ん、無意識下で罪の意識が働いたって所かしら。スパイには向かないタイプねぇ」

 

 更識がそんな事を呟いた。

 

「まあいい。取り敢えず信じよう。となれば確かに情状酌量の余地はある」

 

「! それじゃあ───」

 

「慌てるな。だからと言って何のお咎めも無いとは言ってないぞ?」

 

「あ、はい・・・・・」

 

 私の言葉にデュノアは意気消沈する。

 

「だがまあ、出来る限りの手は尽くすと約束しよう」

 

 私がそう言うと、結城とデュノアは顔を見合わせ、笑顔を浮かべ、

 

「「ありがとうございます!!」」

 

 と礼を言った。それを機に室内の空気が柔らかくなり、私はすっかり冷めてしまった紅茶を口に含んだ。

 

「そう言えばシャルロットちゃんは何で女だってバレたの?」

 

「えっと、一夏がシャワー中に入って来ちゃって・・・・」

 

 ブフーーーーッ!!

 

 更識とデュノアの会話に私は思わず紅茶を吹き出してしまった!

 

「ゲホッ、ゴホッ、す、すまん、結城!」

 

 私が吹き出した紅茶は私の対面に座る結城のズボンに掛かってしまった。

 

「ああ、大丈夫ですよ。虚さん、布巾を貸してくれませんか?」

 

「あ、はい。こちらへ」

 

 結城は布仏に給湯室へ連れて行かれた。

 

「先生どうぞ」

 

「すまん、更識」

 

 更識がティッシュを差し出したので、数枚取って口元とテーブルを拭う。

 

「デュノアその、さっきのはどう言う事だ!?」

 

「えっと、その───」

 

 多少言い淀みながら、デュノアが何があったかを話し始める。シャワーから出ようとしたらノックも無しに脱衣所に入って来て全部見られた事。いきなり結城を巻き込んだ事。その結城に自分の意見を否定されて殴りかかった事など。それを聞いて私は頭を抱えてしまった。

 

「あ~、つくづくデリカシーの無い弟ですまん」

 

「あ、いえ、事故ですし、その、恥ずかしかったけど、この場を設ける切っ掛けにもなりましたから、あはは・・・・」

 

 そう言ってデュノアは力無く笑う。無理も無い、年頃の少女にとって裸を見られると言うのは、この上無い恥辱だろう。いくら男だと思ってたとしても、ノックぐらいしろよあいつは!

 しかも、私に迷惑かけられないだぁ? それで結城に迷惑かけてどうするんだ! あいつはもう!

 

「でも学園特記事項第21ですか。確かに時間稼ぎにはなりますけど、根本的な解決にはなりませんよね。しかも結構穴がありますし」

 

 真耶の言う通りだ。特記事項を楯にした所で抜け道なんていくらでもある。むしろ、この手の約定はどうとでも取れるようにわざと曖昧にしてるんだが、大人はそこを突いて自分の要求を通してしまうと言うのをあいつは分かってない。要はまだまだ子供だと言う事だ。

 

「そう。しかもその期間ですが、織斑は3年あると思ってるようですが、実際には1ヶ月程度しか無いんですよね」

 

「志狼君?・・・・そうか、夏休みですね」

 

 結城が処置を終えて戻って来た。

 

「ええ、夏休みになればデュノア社のテストパイロットであるシャルロットは確実に呼び戻されるでしょう。でも、おかしいんですよね」

 

「何がですか?」

 

「この計画、最初から穴があると思いませんか?」

 

「それは・・・・確かにそうだな」

 

「正直リスクとリターンが吊り合ってないのよねぇ」

 

「会長の言う通り、本当に俺や織斑のデータが欲しいならシャルロットのような素人ではなく、専門の教育を受けた本物のスパイを送り込む筈です。でも、そうせずに使い捨ててもいい駒としてシャルロットを送り込んだ。シャルロットは心優しいお人好しな娘です。スパイが務まるかなんて少し接すれば分かる筈なんです」

 

「・・・・結城、つまりお前は何が言いたい?」

 

「これは俺と先に相談していた更識会長2人の見解なんですが、アルベール・デュノアはわざと失敗しようとしている。そう思われます」

 

「「「!!?」」」

 

 馬鹿な! 自国の政府と自分の会社を破滅に追い込むような行為だぞ? 何の為にそんな事を!?

 

「どうしてそんな事を?」

 

 真耶が聞くと、結城と更識は顔を見合わせた。そして、更識が後を続ける。

 

「シャルロットちゃんが転校した時からデュノア社の内調を進めていました。時間はかかりましたが、昨日ようやく報告が上がって来ました。その結果、デュノア社は今、経営難に陥り社長派と副社長派の二つに割れている事が分かりました。有利なのは副社長派。社長であるアルベール・デュノアは第3世代機を開発出来ず、フランスがイグニッションプランから外された責任を追求され、危地に陥っています。その危地を脱する為に今回の計画を企てたようです」

 

「───そんな!?」

 

 デュノアがショックを受けていた。彼女はずっとテストパイロットだけをさせられていて、社内の実状は全く知らなかったらしい。

 

「そして、副社長派ではとある計画が企てられました。───シャルロットちゃんの暗殺計画です」

 

「「「!!!?」」」

 

 暗殺とは流石に行き過ぎだ。デュノアはと言うと顔面蒼白になってさっき以上にショックを受けている。隣の結城が肩を抱いて支えていなければ倒れていたかもしれない。

 

「シャルロット、このまま聞くか? 辛いなら席を外してもいいぞ」

 

「ううん、聞くよ。僕は何も知らなかった。だから知りたい。いや、知らなくちゃいけないんだ」

 

 デュノアは気丈にも顔を上げた。大した娘だ。この年頃の娘が自分の暗殺計画があるなんて知れば怖くて仕方がないだろうに。この娘を助けてやりたい、同情ではなく切実にそう思った。

 

「では続けます。副社長派は社長の実子であるシャルロットちゃんを亡き者とし、自らの覇権を確実な物にしようとしたみたいです。庶子であり、公に認められていない彼女なら死んだとしてもテスト中の事故として大した騒ぎにもならない。でも実際には後継者を失った社長派は勢力を失う事になる。ローリスクハイリターンって奴ね。権力争いに巻き込まないように敢えてデュノア姓を名乗らせなかったのが裏目に出たみたい」

 

「え? 何ですか、それ」

 

 今の更識の説明にデュノアが不思議そうな顔をする。私にも良く分からなかったんだが、どう言う事だろうか。

 

「シャルロットちゃん。これは調査結果から導いた予測でしかないわ。それでも聞く?」

 

「聞きます、教えて下さい!」

 

「分かったわ──アルベール・デュノアには新入社員時代1人の恋人がいたわ。彼女の名はシモーヌ・ブラン。2人はそれは仲睦まじい恋人同士だったそうよ。でも、しばらくしてデュノア社は最初の経営難に陥ったわ。その危機を脱する為に当事のデュノア社社長であるアルベールの父親はアルベールに政略結婚をさせようとしたの。アルベールは当然反発したけど、会社と恋人の間で板挟みになって苦しんでいたわ。そして、それを見かねたシモーヌは自ら身を引いたの。お腹には既に貴女がいる事を隠してね」

 

「・・・・・・」

 

「シモーヌに去られたアルベールは政略結婚を受け入れ、現在の妻ロゼンダと結婚。デュノア社はロゼンダの実家の力を借りて経営難を乗り切ったわ。政略結婚でありながら夫婦仲は良好で幸せな日々が続いたようよ。でも、そんな中でアルベールはシモーヌの行方を捜していたわ。突然自分の元を去った恋人に未練があったかどうかは分からないけど、5年後シモーヌは見つかったわ。彼女の側にはアルベールの金髪とシモーヌの紫の瞳を受け継いだ小さな女の子がいたわ。それを知ったアルベールは自分の娘だと直感して2人を迎えようとしたんだけど、シモーヌはデュノア社に関わるつもりは無いと拒否したわ。ただ、自分に何かあった時には娘を頼むとお願いしてたみたい」

 

「・・・・それじゃあ、私は」

 

「恐らくだが本妻のロゼンダが本邸に招いたお前を殴ったのは不仲に見せる為の演技だと思う」

 

「志狼? 演技って・・・・」

 

「不仲に見せればお前に人質としての価値が無くなると踏んだんだろう。だが、それでも副社長派の魔の手はお前に伸びて来た」

 

「だからこそ最初から不完全な計画を画策して、その要員として自分の娘をここIS学園に送った。つまりは全て貴女を守る為にやった事だと私達は推察してるの」

 

「そんな・・・・お父さんは私の為に?」

 

「ああ。この計画は愛する娘を守る為にアルベール・デュノアが仕掛けた自滅覚悟の策だったと俺達は思う」

 

「────!!」

 

 とうとうデュノアはポロポロと涙を零し始めた。喜びなのか悲しみなのか、溢れる涙は止まらなかった。真耶は既に貰い泣きしている。親の愛情と言うものを知らない私ですら胸が熱くなってしまった。

 

「・・・・シャルロット。俺と会長の予測も踏まえて、お前に話せる事は全て話した。その上で聞くぞ。お前はどうしたい?」

 

「助けたい! お父さんと、お義母さんを、助けたい!」

 

「さっき屋上で話した一番簡単なやり方。恐らくはあれこそがアルベールの望んだシナリオの筈だ。それでも?」

 

「それでも!私は2人を助けたい!!・・・・お願い志狼、助けて・・・・」

 

「・・・・ああ、任せろ」

 

 涙ながらにすがり付くデュノアを抱きしめながら、結城は静かに、だが確かにそう言った。

 その結城の目を見た時、私に戦慄が走る。結城の目は青白い炎のような怒りに燃えていた。

 

 

~side end

 

 

 

 

 

~シャルロットside

 

 

「・・・・ああ、任せろ」

 

 志狼がそう言ってくれた。それだけで私の目にまた涙が零れた。それはさっきまで流していた喜びと悲しみの入り混じった涙じゃない。志狼なら、この人なら何とかしてくれる。そう思って零れた安堵の涙だった。

 そう言えば2年前のあの時もこうして私を抱きしめてくれたっけ。私は2年前と同じ温もりを感じながら、当時の事を思い出していた。

 

 

 

 

<><><><><><>

 

 

 

 

 私はフランスの山間部にある小さな村でお母さんと2人で暮らしていました。

 お母さんは村にある病院で看護師として働いていました。

 人口2000人程の小さなこの村は治安の良い、自然に囲まれたのどかな村でした。

 私が生まれたのはパリだったそうですが、生まれてすぐにこの村に引っ越して以来、ずっとこの村で暮らしています。

 私にはお父さんがいません。生きているのか、死んでいるのかすら分かりません。以前お母さんに聞いた所、「お父さんは立派な人よ」と言われただけで教えてくれませんでした。私は子供心に何か言えない事情があるのかなと思い、それ以上聞きませんでした。だって、私には大好きなお母さんがいてくれる、それだけで幸せだったから。

 

 

 

 

 ───でも、その幸せはある日突然、呆気なく終わりを迎えました。

 

 

 

 

 8月のある日。山間部にある為、夏でもあまり暑くならないこの村で、珍しく汗ばむ程に蒸し暑い日の夜でした。

 その日私はお母さんと些細な事で口論をしました。同僚の看護師が風邪をひいて、お母さんが急遽代わりに夜勤に出る事になった為、アップルパイの作り方を教えてくれる約束を破ったと言う、今思えば本当にくだらない事が原因でした。

 夜勤に出掛けるお母さんを見送りもせず、私はむくれていました。1人で夕食を摂り、もう寝てしまおうかと思っていた矢先、

 

 

 突然凄まじい爆発音が村中に響き渡り、何事かと外に出た村人達は絶望的な光景を見ました。

 

 ───山が落ちて来る。

 

 私にはそんな風に見えました。

 

 先程の爆発が原因で山崩れが起きたのです。

 山から大量の土砂がなだれ落ちて来て、村を飲み込んで行きます。

 とにかく逃げなくちゃ。私はそう思って動きました。その後で私が覚えているのは、村人達の怒号や喧騒。土砂が迫る不気味な震動。舞い散る土埃りで目の前は何も見えず、我先に逃げる人や避難誘導している人達の声すら轟音に掻き消され、誰もがただ逃げ惑う事しか出来ませんでした。

 

 

 

 

 どこをどうやって逃げたのか、私は何とか生き延びる事が出来ました。

 土砂は村の3分の1を飲み込んでようやく止まり、逃げ延びた人達は辛うじて無事だった公民館を避難所として集まり始めました。

 私はそこで見知った人を見付けました。

 

「セイラ先生!」

 

「シャルロット!? 良かった、無事だったのね」

 

 先生は私が側に行くと、抱きしめてくれました。セイラ・マス先生はお母さんと同じ病院に勤める女医さんです。お母さんとは同い年だからか仲が良くて、時々うちにも遊びに来るので私も良く知っている人です。

 でも良かった。先生が無事ならきっとお母さんも───

 

「先生。お母さんは? 一緒じゃないの?」

 

 私は周りをキョロキョロしながら先生に尋ねました。先生は急に辛そうな顔をすると、私を更に強く抱きしめました。

 

「先生?」

 

「・・・・ごめんねシャルロット。お母さん、シモーヌとは避難する途中ではぐれてしまって、だからここにはいないの。本当にごめんなさい!」

 

「!?」

 

 先生にそう言われた私はすぐに走り出そうとしたけど、先生に腕を掴まれて止められました。

 

「離して! お母さんが!!」

 

「駄目よ! 現場はまだ治まってないのよ!? 貴女にもしもの事があったらシモーヌに何て言ったらいいの!?」

 

 先生は後ろから私を抱きしめます。

 

「落ち着いてシャルロット。今、村中の人がここに集まって来てるわ。シモーヌも無事なら必ずここに来る筈。一緒にそれを待ちましょう?」

 

「・・・・・・はい」

 

 この時の私にはまだ冷静な所があったらしく、先生の言う事が正しいと理解して、大人しく従いました。

 

 

 

 

 だけど、1日が経ち、2日が過ぎてもお母さんは姿を見せてくれませんでした。

 

 

 しびれを切らした私は1人お母さんの捜索に出る事にしました。勿論止められるだろうから、セイラ先生には何も言ってません。

 災害発生から2日が経ち、山崩れはようやく沈静化したようで、視界を閉ざしていた土埃りも止んで、周りを見渡す事が出来るくらいにはなりました。

 村の警察や消防だけでなく、近隣の村からも応援が来て、現場に立ち入る事が出来ないようにロープを張っています。当然一般人、それも子供の私では立ち入る事は許されませんから、こっそり隙を見て入り込みました。

 

 

 村の中は酷い有り様でした。のどかで美しかった村の光景は大量の土砂に侵食され、倒れた木々や建物が被害の重さを物語るようでした。

 私は取り敢えず病院の方に向かいました。土砂に埋もれた建物は倒壊したものもあればそのまま形を保っているものもあり、そう言う建物には逃げ遅れた人が避難している可能性もあります。現に大勢の大人達が土砂を運び出し、そう言う建物から村人を救出していました。

 

(───もしかしたら、お母さんもあんな風に避難しているのかも)

 

 私の胸にほんの少し希望が生まれました。私は大人達が救出作業をしているのとは別の場所を捜す事にして、しばらくして土砂に半分埋もれながら倒壊していない建物を見付けました。私は入ってみようと扉を開けて中を覗いてみると、突然ミシミシッと言う音がしました。

 

「!?」

 

 その音に頭上を見ると、突然建材が崩れ落ちて来ました。私が何も出来ず、立ち尽くしていたその時、後ろから何かが覆い被さってそのまま屋内に滑り込みました。

 

「きゃああっ!!」

 

 思わず上げた悲鳴は大きな音に掻き消されて、さっきまで私がいた場所は崩れ落ちた建材で埋もれていました。もし、あのまま立ち尽くしていたら───そう思うとぞっとしました。

 

「危なかったあ・・・・おい、大丈夫か?」

 

 さっき私に覆い被さって来た人物が声かけて来て、思わず私は振り向きました。この村では見た事のない黒い髪と瞳の東洋系の顔立ちをした、私より少し年上の男の人でした。

 

「おい、本当に大丈夫か?」

 

「ふえっ!? あ、はい、大丈夫です!」

 

 私は反射的に答えました。

 

「そうか、良かった。・・・・それで?君はどうしてこんな所に?」

 

「え!? えーと、私は、その・・・・」

 

 まずい。何てごまかせばいいんだろう? 彼は焦る私をじっと見ていたけど、やがてため息を吐きました。

 

「まあいい。取り敢えずここから出るぞ。いつまた崩れるか分からないからな」

 

「あ、はい」

 

 私達は埋もれてしまった扉付近ではなく、窓から外へ出ました。外へ出た私達は建物から離れると向かい合いました。

 

「あの、助けてくれてありがとうございます」

 

 私は彼にお礼を言いました。

 

「ああ。君はこの村の娘だよな? こんな所で何してたんだ?・・・・まさか火事場泥棒じゃないよな?」

 

「ち、違います! 私、お母さんを捜してて・・・・」

 

 私はそう言って事情を話します。その間彼は黙って聞いていました。

 

「君の事情は分かったがやはりここには居させられない。さっきも危なかったし、お母さんが無事だったとして君に何かあったら元も子もないだろ?」

 

「・・・・はい」

 

 思った通り反対されてしまい、私は落ち込みました。彼はそんな私を見ると、大きくため息を吐きました。

 

「お母さんの写真は無い? 出来る限り捜してみるから」

 

「ホント!? あ、じゃあこれ」

 

 私は携帯の待ち受けにしているお母さんと写った写真を提示し、彼の携帯に転送しました。

 

「よし、受け取った。お母さんの名前は?」

 

「シモーヌ、シモーヌ・ブラン。あ、私は娘のシャルロットです!・・・・あの、貴方は?」

 

「ああ、俺は結城志狼。NGOのボランティアで来たんだ。よろしくシャルロット」

 

 彼──志狼はそう言って左腕に付けたボランティアスタッフを示す腕章を見せました。

 

 

 

 これが私、シャルロット・ブランと彼、結城志狼との出会いでした。

 

 

 

 

 

 この後志狼は私を避難所まで送ってくれました。セイラ先生には叱られたけど、その後私を抱きしめてくれて、私は心配をかけて悪い事をしたな、と反省しました。

 

 志狼はその後も積極的に捜索に加わり、戻る度に経過を教えてくれますが、中々お母さんは見付かりませんでした。

 

 

 

 そして、災害発生から4日、志狼と出会ってから2日後の朝──お母さんは物言わぬ変わり果てた姿で発見されました。

 

 

 

 その日、起きたばかりの私の前に志狼が現れると、「お母さんが見付かった」と言われました。私は一瞬喜んだけど、すぐに志狼の様子がおかしい事に気付きました。

 志狼に促されて彼の後を付いて行くと、着いた先でセイラ先生が涙を浮かべていました。

 

 ───そして、先生の足下にはお母さんが眠っていました。

 

 4日振りに会ったお母さんを見て私は全てを悟りました。お母さんが死んでしまった事、そして私が1人ぼっちになってしまった事を。

 セイラ先生は私を抱きしめて涙を流しています。だけど、私の目からは一滴の涙も流れませんでした。

 

 

 

 

 私はその日、何も出来ませんでした。食事も、睡眠も、トイレに行く事さえ。何もせずただお母さんの傍らに座り込み、何も言わないお母さんを見つめていました。

 心配したセイラ先生や友達に声をかけられたけど、私の心は何も感じませんでした。

 

 夜が明け、朝日が昇り始めた頃、志狼が私の元を訪れました。彼は他の人のように慰めたり、労ったりせず、ただ私の隣に座っていました。

 そうして、どれくらいの時間が過ぎたのか、不意に志狼が口を開きました。

 

「シャルロット・・・・お母さんに何を伝えたかったんだ?」

 

 その言葉に私は微かに反応しました。

 

「多分だけど、君は別れ際にお母さんと喧嘩でもしたんじゃないか?」

 

 その言葉に今度こそ私は顔を上げて、彼を見つめました。

 

「どうして・・・・・?」

 

 どうして彼には私が後悔してる事が分かったんだろう?

 

「当たりか・・・・似てるんだよ。今の君は」

 

 志狼は苦笑しながら私の頭をそっと撫でる。

 

「・・・・似ている?」

 

「ああ・・・・母さんを亡くしたばかりの頃の俺に、な」

 

「!?」

 

 志狼はそう言うと、自分のお母さんの事を話してくれました。

 長い間病気で入院していた事。その病気を治す為に医者になると約束した事。些細な事で喧嘩して「嫌いだ」と言ってしまった事。───そして、そのまま二度と会えなくなった事。

 

「・・・・・・」

 

 話を聞いて私は確かに似ていると思いました。

 

「・・・・なら志狼はどうやってこの傷みを克服したの?」

 

 私はすがるような気持ちで聞いてみます。けれど志狼は、

 

「克服? 出来てないよ、そんなの」

 

「・・・・え?」

 

 あっけらかんと言い放たれ、私は呆気に取られてしまいました。

 

「母さんを亡くしてもう8年になるけど、未だにこの胸の傷みは消えない。いや、多分一生消えないんだろうな」

 

「そんな!? それじゃあ私はどうすればいいの?」

 

「分からない。でもひとつだけ俺に言えるのは、君はこれからも生きなきゃならないって事だ。だって君が今生きてる事が亡くなったお母さんの生きた証になるんだから」

 

「私が、お母さんの生きた証・・・・」

 

 そんな風に考えた事なかった。

 

「お母さんに伝えたい事が沢山あっただろう。でも『ありがとう』も『ごめんなさい』も『大好き』も、もう伝えられない。これからも後悔し続けるだろう。でも俺達はこれからも精一杯生きて行かなきゃならないんだ。それが志半ばで逝った、俺達を産み、育て、愛してくれた母さんに対する恩返しになる。俺はそう教えて貰ったよ」

 

 あれ? 急に視界が滲んで来た。

 

「だから、その傷みを抱えたままでこれからも生きて行くんだ。お母さん、そして何よりシャルロット、君自身の為に」

 

 ああ、もう駄目だ。

 

「・・・・君は、本当に酷い人だね・・・ずっと、泣かないように、堪えてたのに・・・もう駄目だよ・・・・・・」

 

 今まで出なかった涙が堰を切ったかのように溢れて来る。志狼は私をそのまま抱きしめた。

 

「いいんだよ、泣いても。大切な人を失って涙を流すのは当然なんだ。今は心のままに思い切り泣けばいい」

 

「う、うわあ~~~んっ!、お母さん、お母さん、お母さーーーん!!」  

 

 私はお母さんを亡くしてから初めて泣いた。ただ心のままに、まるで子供のように思い切り泣いた。志狼にすがり付き、喚き散らし、心の底から泣いた。やがて泣き疲れた私はそのまま眠ってしまいました。志狼に抱きしめられ、彼の温もりに包まれたまま───

 

 

 

 

 

 あの後、泣き疲れた私は丸一日眠ってしまい、目を覚ますとセイラ先生が側にいてくれました。先生は私の顔を見ると安心したように微笑みました。どうやら私は相当危なそうに見えてたみたいで、先生が言うには今にもお母さんの後を追いそうな雰囲気だったそうです。心配をかけて悪い事をしました。

 お母さんを亡くした傷みはやっぱり消えないけど、大泣きしてすっきりしたのか、気持ちは落ち着いています。これも志狼のお陰かな。

 彼から貰った言葉が、温もりが私を支えてくれる。会ったらきちんとお礼を言わなくちゃ。そう思ってたのに、いざ志狼と顔を合わせたら何も言えなかった。昨日散々泣き喚いた事や抱きしめられたのを思い出して、真っ赤になって固まってる私に志狼は苦笑を浮かべると、頭をポンポンと軽く叩いて行ってしまいました。それがまた気恥ずかしくって、私は更に耳まで真っ赤になっていました。

 

 

 こうしてお母さんの死から少しずつ立ち直ろうとしていた私に、翌日更なる衝撃が降りかかりました。お父さんの使いと言う人が現れたのです。

 その人はお父さんの会社の顧問弁護士と名乗り、お父さんが私を引き取る為、迎えに来たのだと言いました。

 お父さんの会社、デュノア社は私でも知ってるくらいの大企業。その社長が私のお父さんだと言うのです。そもそもお父さんが生きてる事すら知らなかった私には衝撃が大きすぎます。困惑する私に代わり、同席してくれたセイラ先生が話を聞いてくれました。

 お父さんとお付き合いしていたお母さんは紆余曲折あってお父さんの元を去り、1人で私を産み、育ててくれました。お父さんは私の存在を数年後に知ったそうです。私の存在を知ったお父さんは引き取る事を申し出たそうですが、お母さんに拒否されました。その代わり自分に何かあった時には頼むと約束していたそうです。

 若い頃、2人で撮った写真や、互いに宛てた手紙を証拠として見せて貰って、本当に私のお父さんなのだと納得出来ました。

 弁護士さんは一晩、気持ちを整理する時間をくれると言って、一旦帰りました。

 

 

 一晩考えた結果、私はお父さんの元に行く事にしました。お母さん以外に身寄りの無かった私に実の父親が現れ、引き取ると言ってくれたのですから行かざるを得ないし、何よりお父さんがどんな人なのか興味がありました。

 セイラ先生や友達にそう告げると、皆別れを惜しんでくれました。村が大変な時に自分だけいなくなるのは気が退けたけど、お父さんに会ってみたいと言う気持ちは私の中で大きくなり、止められそうもありませんでした。志狼にもお別れを言いたかったのですが、今朝早くから作業に出ていて会えませんでした。

 迎えに来た弁護士さんにお父さんの元へ行くと言うと、彼は頷き、車に乗るよう言われました。皆とお別れしてると志狼が来てくれました。道具を取りに戻った所で私が行ってしまうのを聞いて、わざわざ来てくれたそうです。

 

「シャルロット、お父さんの元へ行くんだって?」

 

「うん。・・・・色々ありがとう、志狼」

 

「そうか。お母さんのご遺体は?」

 

「すぐに引き取りに来てくれるって。パリの方でお墓を用意してくれるんだって」

 

「そうか、良かったな。じゃあこれを」

 

 志狼は小さな布製の包みを差し出しました。

 

「志狼、これは?」

 

「日本の御守り。旅の安全を祈願して、日本を発つ時に妹が持たせてくれた物だ。お前にやるよ」

 

「いいの? 大事な物なんじゃ───」

 

「俺は大丈夫。むしろこれからのお前に必要だろうから持ってってくれ。・・・・元気でな、無事を祈ってるよ」

 

「志狼・・・・ありがとう。大切にするね」

 

 その時、弁護士さんに呼ばれました。出発するようです。

 

「もう行かなくちゃ。・・・・志狼、私頑張る。お母さんの生きた証として、精一杯生きてみせるよ」

 

「ああ。頑張れ」

 

 何だか涙が滲んで来た。やだな。これじゃあ彼には泣き顔しか見せてないみたい。せめてお別れくらい笑顔でいたい。そう思って私は笑顔を作りました。

 

「さよなら志狼」

 

「ああ。さよならシャルロット」

 

 私は車に乗り込み、故郷を後にしました。

 

 

 車の中で志狼から貰った御守りの中に何が入ってるのか気になって開けてみました。中には1枚のメモがあって、「何か困った事があったら連絡しろ」と、彼の携帯番号とメールアドレスが書いてありました。

 お別れして、もう会えないと思っていた彼とまだ繋がれると知って、私の胸に温かい何かが灯った気がしました。私は早速自分の携帯に登録しました。いつかまた、彼と会える日を祈って───

 

 

 

 

 

<><><><><><>

 

 

 

 

 

 そしてパリのデュノア社で私を待ってたのは、思っていたのとは全く違う展開でした。

 初めて会った父は冷たく、継母からは殴られた。テストパイロットとして働かされ、学校にも通わず、通信教育で中学の卒業資格を取った。その間、父と過ごしたのは最初に挨拶をした時とお母さんの葬儀の時だけだった。

 正直来なければ良かったと何度も思った。けれどその度に志狼の言葉に支えられて何とか頑張って来た。

 そして、私は志狼に再び会う事が出来た。お父さんの真意も知る事が出来た。志狼が任せろと言ってくれたんだ。ならば私は彼を信じて自分の出来る事を精一杯やろう。

 

 もう涙も乾いた。待ってて、お父さん。きっと助けてみせるから。

 

 

~side end

 

 

 

 

 




読んで頂きありがとうございます。

シャルロットの問題は数多のSSで沢山の方々が書いていますが、本作ではこのようにしました。
一応他の方々と被らないようにしたつもりなのですが、もし、どこかで読んだ事があるようでしたらごめんなさい。

次回はシャルロット編完結、の予定です。


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第40話 シャルロット・デュノア



第40話を投稿します。
色々とご都合主義な展開となっていますが、ご覧下さい。



 

 

~シャルロットside

 

 

 生徒会室で話し合った翌日。問題を解決するなら早い方がいいと今夜作戦を決行する筈だったんだけど、問題が生じてしまった。

 

「シャルル、行こうぜ」

「シャルル、どこに行くんだ」

「シャルル、トイレか? 付き合うぜ」

 

 とまあ、こんな風に昨夜から一夏がずっと付き纏って、1人になれない。

 

「あの一夏? 僕は1人でも大丈夫だよ」

 

「何言ってんだ! お前は俺が守るって言っただろ!?」

 

「「「きゃああああ~~~っ!!一夏×シャルル成立よ~~~❤」」」

 

「・・・・・・はあ」

 

 と言う問題発言を皆の前でするので、今朝からずっと好奇の視線に晒されている。最近ようやく落ち着いて来たと思ったのに、全くもう・・・・

 

 原因は分かってる。昨日の放課後から夜にかけて私の居場所が分からなくて心配していたらしい。生徒会室での話し合いが長引いて終わったのは7時を過ぎていて、部屋に帰ったらもの凄い勢いで責められた。心配かけたのは悪かったけど、正直鬱陶しいと感じてしまう。

 作戦の決行予定は午後9時。その時間までに志狼と合流しなくちゃいけないんだけど、部屋を抜け出そうにも、この分では一夏は私から目を離そうとしないだろう。どうしよう・・・・

 

 

~side end

 

 

 

 

~志狼side

 

 

 時刻は間もなく午後9時。作戦決行の時間だ。俺は学園の生徒会室で刀奈と共にシャルロットが来るのを待っていた。

 

「もうすぐね。織斑先生が上手くやってくれるといいんだけど」

 

「う~ん、確かに。あの人演技とか出来そうにないよな」

 

 今朝からシャルロットにピッタリ張り付いている織斑を引き剥がす為、織斑先生に適当な用事を作って呼び出して貰う事にした。

 本当なら織斑自身を仲間に引き入れれば楽なんだが、あいつは俺の発案だと言うだけで拒否しそうだ。

 そんな事を考えていると、刀奈が身体を寄せて来た。

 

「そう言えば2人っきりって久し振りね♪」

 

「そうだな。最近は大抵誰かいたしな」

 

「・・・・つまりはそれだけお見限りって事なんだけど、もしかして私、飽きられちゃったのかしら?」

 

 刀奈はそう言って俺にしなだれかかる。

 

「馬鹿を言うな。お前に飽きる? まだまだ抱き足りないさ」

 

 俺がそう言って刀奈の腰を抱き寄せると、彼女は嬉しそうにはにかんだ。

 

「そう? ならいいわ♪」

 

 そう言って更に身体を密着させる。彼女の体温や柔らかさ、甘い匂いを感じて思わずクラッと来そうだ。もしかして誘ってるんだろうか?

 

「そこまでだ。続きは全部片付いてからな」

 

 俺は彼女の身体を押しやる。

 

「あん♪ ふふっ、分かったわ。全部片付いたら、ね♪」

 

 そう言って舌舐めずりする刀奈は、たまらなく色っぽかった。

 そんな風に刀奈とじゃれていると扉がノックされて、シャルロットが息を切らして入って来た。

 

「はあ、はあ。失礼します。志狼、会長、遅くなってごめんなさい」

 

「遅かったわね、シャルロットちゃん。織斑先生は上手く一夏君を呼び出せなかったの?」

 

「いえ、そちらは上手くいったんですが、寮を出る所を女生徒に気付かれて、まくのに時間がかかっちゃって・・・・」

 

「それは災難だったな。大丈夫か?」

 

「うん。大丈夫だよ」

 

「よし。手筈は分かってるな? お前の演技力が鍵だぞ」

 

「分かってる。任せて」

 

 シャルロットの目は決意に満ちていた。俺は刀奈を見て、頷き合う。

 

「それじゃあ、始めよう」

 

 刀奈が手伝い、シャルロットを着替えさせる。着替えてる間、俺は給湯室に避難した。

 5分程して呼ばれて目の当たりにしたシャルロットは実に扇情的な格好だった。メイクをしてシャルロットの準備が整うと、俺はテレビ電話の前に座り、とある番号をコールした。数回のコール音の後、目当ての人物が画面に現れる。

 

『誰だ。何故この番号を知っている?』

 

 画面には40才くらいの短く刈り込んだ金髪の男が映っている。デュノア社社長アルベール・デュノアその人だ。

 この番号はシャルロットが報告の為に持たされた社長直通の番号だ。アルベール・デュノアと直接話が出来る。それが俺の計画の大前提だった。

 

「こんにちは、アルベール・デュノア社長。昼食は終えたかな?」

 

 日本とフランスの時差は8時間。フランスでは午後1時を回った所だ。

 

『くだらない質問だな。切るぞ』

 

「良いのかい? この番号を誰に与えたか分からない訳じゃあ無いだろう?」

 

 俺がそう言うと、アルベールは忌々しそうに俺を睨み付ける。カメラの角度を調節して、画面には嫌らしい笑みを浮かべた俺の口元しか映らないようにしている。上手く挑発に乗ってくれるといいが・・・・

 

『あいつはどうした?』

 

「あいつねえ・・・・素直に娘って言えば、まだ可愛気があるのになあ?」

 

 アルベールは額の皺を深くする。

 

『知られたか・・・・だがこの件は私の与り知らぬ事だ。好きにするがいい』

 

「ああ。そう言うと思って、好きにさせて貰ったよ。ほら」

 

 俺はカメラを回して控えていたシャルロットを映す。

 

『なっ!?』

 

 シャルロットを見て、アルベールは驚愕の声を上げる。シャルロットは扇情的なバニーガールの衣装に身を包み、息を荒げて倒れ伏している。衣装は所々破けていて、身体は汗にまみれている。見ようによっては事後のように見えるだろう。 

 

「うう、ああぁ・・・・」

 

 シャルロットは辛そうに声を上げる。その声を聞いた途端、

 

『シャルロット!? 貴様あ、娘に何をした!!』

 

 アルベールが激昂して声を荒げた。

 

「何って、ナニ?」

 

『ふざけるな! 貴様許さんぞ!!』

 

「怒るなよ。好きにしろと言ったのはアンタじゃないか。大体女スパイ、それも見目麗しい美少女の末路なんてこんなモンだ。アンタだってそれが分かっててコイツを送り込んだんだろう?」

 

『くっ!』

 

 アルベールは口惜しそうに唇を噛む。

 

「そもそも愛してもいない女が自分の知らない間に勝手に産んだ娘だ。アンタにとっちゃ精々政略結婚の道具くらいにしかならんだろ? なら今回のスパイ行為を公表しない代わりに俺が玩具(おもちゃ)にしても構わんだろ?」

 

 俺はそう言いながら、倒れたままのシャルロットの尻をゆっくりと撫でる。その度に尻がピクピクといやらしく蠢いた。

 

『・・・・貴様は何者だ?』

 

「ん? ああ、御挨拶が遅れたな。俺はこう言う者だ」

 

 俺はシャルロットに向けていたカメラを自分に向ける。

 

『2ndドライバー、結城志狼・・・・報告と違い随分とゲスのようだな』

 

「その報告をした奴は首にすべきだな。誰にだって隠してる顔はあるもんだ。アンタもそうだろう? アルベール・デュノア」

 

『・・・・・・・・』

 

「元々アンタは会社と恋人を天秤に掛けて、会社を取った男だ。今回も同じさ。会社と娘を天秤にかけて、会社を取ればいい」

 

『・・・・シャルロットをどうする』

 

「そうだな・・・・アンタの娘の顔と身体は気に入ったよ。実にイイ具合だった。しばらくは性処理用の道具として飼ってもいいな。ククク、女だとバレて俺に犯されてる時、何て言ったと思う?『お父さん、助けて』だってよ! 自分をこんな立場に追いやったのはそのお父さんだってのにな。ハハハッ!!」

 

 俺が哄笑を上げると、アルベールは悔しそうに机を叩いた。

 

『くそっ! ブリュンヒルデは何をしてたんだ!? 彼女の元に送れば保護して貰えると思ったのに・・・・』

 

「おいおい、アンタ『ブリュンヒルデ』の称号に夢を見すぎだ。確かに彼女は世界最強の女だが、今では大した権限も持たない一教師に過ぎないんだぜ? そんな彼女に密約を交わした訳でもないってのに、スパイを保護する云われはねえよ」

 

『くっ・・・・・・』

 

「と言う訳でアンタの計画は失敗。フランスとデュノア社がした馬鹿な事を公表しない代わりにシャルロット(こいつ)は俺が貰う。いいな?」

 

『ま、待て! 娘を、シャルロットを返してくれ!!』

 

「返してどうする? 返せばフランスとデュノア社のやった事を世界中に公表するぞ?」

 

『言い値で金を払う。いくら欲しい?』

 

「金に興味はない。娘か会社か、どちらかを選べ。それ以外は認めん」

 

『くっ・・・・・・分かった。ならば娘を返してくれ。私にはもう妻と娘以外に大切なものは無い』

 

「そんな事をしたら社長の地位を捨てる事になるぞ?」

 

『構わん』

 

フランス(祖国)に対する裏切りになるからフランスにもいられなくなるだろうし、下手すれば暗殺されるぞ?」

 

『覚悟の上だ』

 

「本気か?」

 

『本気だ。だから娘を、シャルロットを返してくれ、頼む!!』

 

「・・・・・・だってさ、シャルロット」 

 

『何?』

 

 アルベールの言葉に本心を感じた俺は、倒れたままのシャルロットに声をかけた。するとシャルロットは何事も無かったように立ち上がると、カメラの前に立った。

 

 

~side end

 

 

 

 

 

~シャルロットside

 

 

「今の言葉は本心なの?」

 

 私はお父さんに尋ねる。

 

『シャルロット!? お前・・・・・・何とも無いのか?』

 

「いいから答えて」

 

『あ、ああ、無論本心だ。私には会社よりお前やロゼンダの方が大事だ』

 

 そう言ったお父さんに思わずため息を吐く。全く、面倒くさい人だなあ。

 

「なら今回の計画の真相を全部話して」

 

『あ、ああ、それは───』

 

 お父さんは計画の全容を話し始めた。

 概ね志狼と会長の予測通り、全て私を守る為だった。改めてお父さんの口から聴かされると何とも切なくなる。どうして? どうしてこの人は───

 

「───どうして?」

 

『シャルロット?』

 

「どうしてそんな事したの?」

 

『───それは、話したろう。お前を守る為に──「そんな事私は頼んでない!」!?』

 

「私は、お母さんは死んじゃったけど、それでもお父さんに会えるのを、一緒に暮らせるのを楽しみにしてたのに、そんな事の為に私はずっと辛い目に合わされてたの!?」

 

『そんな事って・・・・お前を守る為なんだぞ!?』

 

「守れてないじゃない!」

 

『!!』

 

「それとも何? 守るって命だけ守れればそれでいいの? 私はお父さんに蔑ろにされて凄く辛かった。私の心は全然守ってくれなかったじゃない!!」

 

『そ、それは・・・・』

 

「今更そんな話を聴かされて、私はどうすればいいのよ・・・・」

 

 思わず涙が溢れて来た。 

 

『シャルロット・・・・・・すまない。私は怖かったんだ。今まで存在を知りながら放っておいた私が、お前にどう接すればいいのか分からなくて。それでもお前を守る為に考えて、わざと蔑ろにしていたと言うのに、結局お前を辛い目に合わせただけだった。私は最初からやり方を間違えてしまった。本当にすまない、シャルロット』

 

「・・・・・・」

 

 お父さんは辛そうな表情で頭を下げた。あんなに怖かったお父さんが今はとても小さく見える。無機質だった瞳は、同じ人とは思えない程感情に溢れて、私を真摯に見つめていた。

 

「そう言うわだかまりは、これからゆっくり話し合って解消していけばいい。今はその環境を作る話をしたいんだけど、いいかな?」

 

「志狼・・・・」

 

 私とお父さんの話が一段落したのを見計らって、志狼が私の肩にバスタオルを掛けてくれた。

 

「少し話を進めておく。今の内に着替えておいで」

 

「あ・・・・うん」

 

 そう言えば私、あちこち破れたバニースーツのままだった。そんな格好でお父さんと話してたんだと思うと流石に恥ずかしい。私は席を立って志狼と交代した。

 

 

~side end

 

 

 

 

 

~アルベールside

 

 

『さて、先ずは謝罪を。デュノア社長、貴方の真意を確かめる為とは言え、散々無礼な態度と発言をしてしまいました。申し訳ありません。ああ、勿論シャルロットには手を出してませんよ』

 

 2ndドライバー結城志狼が席を立ち、深々と頭を下げた。

 

「フウ・・・・・・大した演技力だ。私は見事に一杯食わされたという訳か。目的は私の本音を引き出す事か?」

 

『はい。貴方がシャルロットと会社のどちらを取るか。それを確かめないと計画が成立しませんから』

 

「計画とは?」

 

『勿論貴方達デュノア家を救出する計画ですよ』

 

「!?」

 

『単刀直入に言います。デュノア社長、奥様とシャルロットを連れて日本へ亡命しませんか?』

 

「!!」

 

 いきなりの提案に驚きを禁じ得ない。そんな私に対してに結城志狼は話を続ける。

 

『日本政府には既に話を通し許可を得ています。職は社長という訳にはいきませんが、ある企業のしかるべきポストを用意出来ます。どうです? 家族3人で新たな生活を始めませんか?』

 

 正直魅力的な提案だ。だが私には・・・・

 

『こう言っては何ですが、デュノア社は今、副社長派に乗っ取られようとしています。貴方を会社に縛り付けた前社長である父君も既に亡い。沈みかけた船の船長をわざわざ代わってくれると言うんです。無理に船長を続ける必要は無いんじゃありませんか?』

 

「はっきりと言ってくれるな・・・・」

 

 思わず苦笑が洩れる。だが確かにその通りだ。

 

『それに貴方は先程会社より家族を取ると言いました。その言葉は偽りですか?』

 

「偽りなものか! シャルロットとロゼンダより大切なものは無い!!」

 

 私は激昂して机を叩く。いかんな、先程から感情のコントロールが上手くいかない。揺さぶられてばかりだ。

 

『ならご決断を』

 

 そんな私に結城志狼は冷徹に決断を迫る。彼の瞳の奥には何故か怒りが伺える。私は彼を怒らせるような事をしたのだろうか。私の疑問に答えるかのように彼が口を開く。

 

『俺はね、怒ってるんです。あの日故郷の村を出た彼女は父親の元で幸せに暮らしてるんだと、つい最近までそう思ってました。それが実際には酷い扱いを受けて、ずっと辛い思いをしていたと言う。事情があるとは言え、そんな扱いをした貴方にも、今までそれを知らずにいた自分にも腹が立っているんですよ』

 

「・・・・君はシャルロットとどう言う関係なんだ?」

 

『友人です。2年前の事故の時に知り合いました』

 

「そう、なのか・・・・」

 

『それで、返答は如何に?』

 

 私はしばらく考え込んだが、結論は既に出ていた。

 

「分かった、君の計画に乗ろう。よろしく頼む、いや、頼みます」

 

『分かりました。勇気ある決断に感謝します。では詳細を詰めましょう』

 

 

 そうして私は彼と詳細を話し合った。全ては時間との勝負だ。

 その夜、妻のロゼンダに全てを話し、彼女の賛同を得ると、私達は副社長派に気付かれぬように身辺整理を進めた。

 

 そして───

 

 

~side end

 

 

 

 

 

~志狼side

 

 

 アルベール・デュノアとの密談から1週間が過ぎた。

 

 あれからIS業界ではちょっとした騒動が起こった。フランス最大手の企業デュノア社で社長交代が起きたのだ。

 社長であるアルベール・デュノアは第3世代機の開発が遅れた責任を取って辞職し、副社長に社長の座を譲った。新社長は第3世代機の早期開発を宣言し、社を新たに導くと公言しているが、各国は技術者として有能だったアルベールが抜けたデュノア社にその力があるのか疑問視している。

 アルベールは辞職後、妻ロゼンダと共に日本へ亡命。日本政府は2人を受け入れ、アルベール自身は絃神コーポレーションのIS開発部長として迎え入れられた。元々技術者であったアルベールは向いてなかった経営から離れて、のびのびと仕事をしていると言う。

 シャルロットをスパイとして送り込んだ件をフランス政府上層部は知らなかったらしい。一部の官僚が賄賂と手柄欲しさにデュノア社と組んで仕出かした事で、真相を知るとその件に係わった官僚の首を飛ばして全てを闇に葬った。デュノア社側ではアルベールは既に辞職、亡命してしまったので、対外的に何人かの役員が責任を取らされて辞職したそうだ。

 

 今回の俺の計画は、要するにデュノア親子を日本へ亡命させて、スパイ行為についてはフランス政府とデュノア社に責任を擦り付けてしまおうと言う無責任なものだ。

 

 今回のスパイ行為はデュノア社の副社長派とフランス政府の一部の官僚が画策した事が発端だった。当初は女生徒を転校させ、俺と織斑にハニートラップを仕掛ける予定であったが、そこでアルベールがシャルロットを男装させ、男として送り込む事を提案した(アルベールは始めはリスクが高すぎると反対しようとしたが、シャルロットを逃がすのに都合がいいと考え直し提案したそうだ)。その提案が通り、シャルロットはシャルルとしてIS学園へやって来た。

 正体が発覚した後で俺のした事は、刀奈を通しての日本政府との交渉(政府にはフランスへの貸しに出来るようスパイ行為があった事を報告して、尚且つ技術者として有能なアルベールを引き抜ける事を材料に亡命を認めさせた)と、アルベールの亡命後の仕事先を浅葱を通して絃神の社長と交渉(IS企業としては新参の絃神としては経験豊富な技術者でもあるアルベールは欲しい人材らしく、喜んで迎えてくれた)したくらいだ。

 先生達にはシャルロットがこのまま学園に居続けられるよう協力をお願いした。シャルロットの境遇に同情的だった2人は、積極的に協力してくれた。

 

 正直な所アルベールがこちらの提案に乗ってくれるかが一番の問題だったが、思いの外簡単に乗ってくれた。

 俺は当初、IS委員会に告発され、デュノア社ごと滅びるのがアルベールのシナリオかと思っていたが、こう上手く事が運ぶと不審に思える。例えばアルベールが俺とシャルロットが友人だと知っていたとすれば、俺が彼女の為に動く事も予想していたかもしれない。

 まあ、事が上手く運んだ今となってはどうでもいい事なんだが。

 

 シャルロットは先日からアルベールとロゼンダに会う為に学園外へ出ている。昨夜電話を貰った時、2人と仲直り出来たと喜んでいた。特にアルベールがシモーヌさんの遺骨を持って来た事をとても喜んでいて、近い内に日本で新しい墓を建てると息巻いていた。

 シャルロットはアルベールの辞職に伴い、デュノア社のテストパイロットを辞め、代わりに絃神のテストパイロットにならないかと誘われ、承知したそうだ。機体に関しては今まで蓄積したデータを消すのは勿体ないと、「ラファールリヴァイブ・カスタムⅡ」をそのまま専用機として供与される事になった。

 尚、デュノア社は返還求めるも、絃神から今回の裏事情を楯に突っ撥ねられ、泣く泣く退いたそうだ。そして───

 

 

 

 

 週明けの月曜日。学年別トーナメント開催まで1週間を切った。

 今日から俺達1、2年生にもアリーナが開放される。学園のアリーナは第1から第7、中央(メイン)、教員用の9つがあり、トーナメントに参加する8クラスに毎日違うアリーナが割り振られる事になっている。また、ISも各クラスに4機ずつ割り振られる。学園の量産機は教員用を除いて35機。ほぼ全てが使用されるので、整備科はこの時期フル活動を強いられ、大忙しだ。

 クラスの皆もこの1週間、実機訓練は授業だけだったので、フラストレーションが溜まっているらしく、心は早くも放課後に飛んでいる者が何人もいるようだ。俺もクラス代表として公平に時間を割り振らねばならず、頭を悩ませている。

 

 

「皆さ~ん、おはようございます~」

 

 いつになく疲れた表情で真耶先生が入って来た。

 

「え~と、今日は皆さんに転校生?でいいのかしら?をとにかく紹介します」

 

 真耶先生のこの発言で皆がザワついた。ついこの間2人も転校生を迎えたばかりなのに、またもこのクラスに転校生を迎えると言う。明らかに異常事態だ。動じてないのは事情を知っている俺と興味のないボーデヴィッヒの2人だけだった。

 

「それでは入って下さい」

 

 真耶先生に言われて入って来たのは皆も見覚えのある、けれどどこからどう見ても女の子であった。

 

「あれ? シャルル君?」

「けど、どう見ても女の子だよ?」

「え? じゃあひょっとして───」

 

「皆さん。シャルロット・デュノアです。改めてよろしくお願いします」

 

「「「「えええええーーーーっ!?」」」」

 

 シャルロットは困ったような、申し訳なさそうな笑顔を浮かべていた。

 

「と言う訳でデュノア君はデュノアさんでした。はあ~、また部屋割り考え直さなきゃ」

 

 シャルルと言う男はシャルロットの変装だった。この事実を聞かされて、納得出来ない者や騙されていた事に不満を持つ者が何人もいたが、

 

「全員黙れ。デュノア、事情を説明しろ」

 

 織斑先生の鶴の一声で、皆が静まった。

 

「はい。先ずは皆さんに謝罪します。嘘を吐いて、騙していてごめんなさい。私が男として転校したのには理由があります。私がデュノア社のテストパイロットをしていたのは話しましたが、その会社からの命令で男の振りをさせられてたんです。デュノア社は近年経営難に陥っています。その難局を乗り切る為、イメージアップの広告塔として男の振りをさせられて学園に転校しました。取り敢えず閉鎖的な学園での評判を見てから大々的に世界中にアピールする予定だったんですが、先日事情が変わりました。私の父アルベールが社長を退任したのです。それにより私がデュノア社に関わる必要も無くなり、私もテストパイロットを辞めて、女に戻る事が出来ました。

一企業の愚かな企みで皆さんを騙してしまい、本当にすいませんでした。でも、私はこれからもこの学園で、このクラスで学んでいきたいんです。難しいかもしれませんが、どうかこのクラスにいる事を許して下さい。お願いします!!」

 

 シャルロットはそう言うと、深く頭を下げた。

 教室内はしばし静まり返っていたが、最初に本音が拍手し出すと、1人、また1人と拍手の輪が広がり、やがて教室中に響き渡った。

 

「成る程。そんな事情だったんだ」

「美少年じゃなくて美少女だったのか。でも、それもいいかも。デュフフフ」

「でもデュノア社って酷いよね」

「バレた時のリスクが高すぎるでしょ。イメージアップどころかイメージダウンの可能性大だよねえ」

「とにかく大変だったね、シャルロットさん」

「頑張ったね。歓迎するよシャルロットさん」

「仲良くやってこうね、シャルロットちゃん」

 

 クラスの皆からの温かい拍手と言葉に迎えられ、シャルロットはクラス中をポカンとした表情で見渡していた。俺と目が合ったので頷いてやると、シャルロットは目の端に涙を浮かべながらも飛びっきりの笑顔を見せた。

 

「ありがとう。皆よろしくね!」

 

 

 

 

 こうしてシャルロット・デュノアは1年1組の正式な一員になった。

 

 

~side end

 

 

 




読んで頂きありがとうございます。

次回は学年別トーナメント開始前までをお送りしたいと思います。


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第41話 放課後の惨劇

 

第41話を投稿します。

第37話と40話を若干加筆・修正しました。
具体的には3人目の男性操縦者の件が報道されてない件の追加とアルベールが亡命した事に修正しています。
ご迷惑をおかけしますが読み返して貰えると幸いです。

それでは第41話をご覧下さい。




 

 

~志狼side

 

 

 シャルロットが女だと言う件は、瞬く間に学園中に知れ渡った。その反応は騙されたと憤る者。事情を知って同情する者。恋破れて愕然とする者。この際女でもいいとトチ狂う者など多岐に渡っていた。

 元々3人目の男性操縦者の件が大々的に報道されてなかった為、おかしいと思っていた者も多かったようだ。シャルロットにとってしばらくの間居心地が悪いとは思うが、時間が解決してくれる事を祈ろう。

 

 

 

 

 放課後。本日うちのクラスに割り振られた第3アリーナでの実機訓練に参加した。操縦訓練をしたい者や模擬戦をしたい者と意見が別れたので、操縦訓練をしたい者に3機を割り振り、模擬戦をしたい者は専用機持ちが相手をする事にした。

 

 

 

「はああああーーーーっ!!」

 

 打鉄を纏った箒の気合いの入った斬撃が迫る。しかし、

 

「甘いですわよ、箒さん!」

 

 セシリアがブルー・ティアーズを操り、軽やかに回避するとそのまま至近距離からの銃撃で箒の打鉄にダメージを与える。

 

「くっ、やったなセシリア!」

 

「ホホホ、鬼さんこちら、ですわ~~」

 

 と2人は空中で鬼ごっこを繰り広げる。箒は直線的な動きはまずまずだが、如何せん立体機動となると代表候補生のセシリアには及ばず、今もヒラリヒラリと余裕でかわされている。だが、

 

「ここですわ!」

 

 ブルー・ティアーズが近接ブレード「インターセプター」をここぞとばかりに突き立てるも、箒は打鉄の肩の装甲で受けてダメージを最小限に抑える。

 

「刃が立ってないぞ、セシリア。それでは私は墜とせんぞ!」

 

「くっ!」

 

 セシリアは接近戦が苦手だ。模擬戦での敗因は全て射撃をかい潜られてからの接近戦なので何とかしようと箒から剣の扱い方を教わっている。逆に箒はISの動かし方や射撃武器への対応などを教わっている。だが、2人共教え下手だ。箒は感覚派で擬音で説明するし、反対にセシリアは理論派で、専門用語を羅列して相手に理解させようとしない。その為に2人共中々上達しないようだ。

 この2人は箒が接近戦でクラス上位、セシリアが射撃でクラス一なので理想的な前衛、後衛になるだろう。コンビを組ませたら今のままでも学年上位に食い込めるかもしれない。

 

 

 ピイイイイーーーッ!!

 

 俺の隣りにいた静寐が模擬戦終了のホイッスルを吹いた。

 

「時間でーーす。戻って下さーーい!」

 

 静寐の声に従い箒とセシリアが戻って来た。

 

「2人共お疲れ様。一応セシリアの優勢勝ちだな」

 

「やりましたわ、志狼さま!」

 

 喜ぶセシリア。だが、箒には悪いが勝って当たり前なんだから喜んでどうする。

 

「とまあお互いに足りないものが良く解った模擬戦だったな。箒はまず三次元機動をマスターする事が第一だな」

 

「うん。分かった」

 

「直線的な動きはかなり良かったし、剣の扱いも元々上手いんだから、立体的な動きをマスター出来ればかなり強くなれると思うぞ」

 

「本当か。よし、頑張る!」

 

 ポニーテールを揺らして気合いを入れる箒。誉められてちょっと嬉しそうなのが可愛い。

 

「セシリアはやっぱり接近戦がなあ」

 

「そうですねえ。正直代表候補生とは思えないレベルです」

 

「ちょっと静寐さん! 流石に酷いですわよ!」

 

「だが事実だしなあ」 

 

「志狼さままで!? うう~、いいですわよ、別に剣なんて使えなくても。貴族たる私には銃で獲物を仕止めるのが一番性に合ってますわ!」

 

 強がりを言うセシリアだが、それは悪手だ。

 

「セシリア・・・・そう言ってお前が負けた試合は全て接近戦に持ち込まれて負けてるじゃないか」

 

「うっ」

 

「その内セシリア必勝法として確立したらどうするの? 必勝法のあるカモとして、今度は貴女が獲物になるのよ?」

 

「ううっ」

 

「そもそもイギリスは騎士の国だろう。その国の貴族が剣を使えないと言うのは不味いのではないか?」

 

「ううう~~~、だって仕方がないじゃないですか! 使えないものは使えないんですわよ!」

 

 とうとう開き直ったか。涙目になってて可愛いんだが、困るのは本人だからなあ。

 

「うう、偏向射撃さえ出来ればこんな事には・・・・」

 

 偏向射撃(フレキシブル)とはビームやレーザーなどの光学兵器を発射後に湾曲させる射撃技術らしい。どう言う理屈でそうなるのか分からないが、射撃の高等技術で、とても難しいらしい。セシリアはこの技術を習得しようと頑張っているが中々上手くいかないらしい。

 

「偏向射撃ねえ。一応出来そうな人に心当たりはあるが・・・・」

 

「本当ですか、志狼さま!?」

 

 セシリアが食い付いた。

 

「セシリアも知ってる人だぞ。なのはさんだよ」

 

「成る程。あの方ですか・・・・」

 

「ああ。恐らく出来ると思うぞ。案外教えたがりな人だし、頼めば教えてくれるんじゃないか?」

 

「そうですわね・・・・少し考えてみますわ」

 

 まあ、いずれにしても今度のトーナメントには間に合わないだろう。

 

「志狼さん。調整が終わりました。お相手願います」

 

 箒の乗っていた打鉄を自分用に調整し直していた神楽が声をかけて来た。次の模擬戦は俺と神楽の番なのだ。

 

「分かった。それじゃあ行って来る」

 

 セシリア達に一声をかけて、俺は狐狼を纏うと、神楽と共に空へと翔け出した。

 

 

~side end

 

 

 

 

~一夏side

 

 

 放課後、部屋に戻るとシャルル、いやシャルロットが荷物の整理をしていた。

 

「あれ? お帰り一夏。早かったね、アリーナには行かなかったの?」

 

「あ、ああ。何か気分が乗らなくてな」

 

「もう、駄目だよ。一夏はただでさえ稼働時間が短いんだから。時間があるなら白式に乗らなきゃ上手くならないよ」

 

 服を畳んでバッグに詰めながらシャルロットが言う。

 

「ああ、気を付けるよ。・・・・なあシャルロット。聞きたい事があるんだ」

 

「ん~~、な~に?」

 

 俺はずっと気になっていた事を聞いてみた。

 

「その、シャルロットの問題って全部片付いたのか?」

 

「え? うん。そうだね。片付いたって言えるかな」

 

 シャルロットが手を止めて、こちらを向いた。

 

「一夏にも色々迷惑かけちゃったね。でも私はもう大丈夫だよ」

 

 シャルロットは曇りのない明るい笑顔を見せる。本当に解決したみたいだ。本来喜ぶべき筈なのに、何故だか俺は心に引っ掛かるものを感じていた。

 

「そうか・・・・結局何をどうしたんだ?」

 

「ん~~、簡単に言うとね、志狼がお父さんを説得してくれたんだ」

 

 ズキンッ!

 

 結城の名を聞いて胸が痛んだ。何故ここでアイツの名前が出るんだ!? シャルロットは嬉しそうに結城がああしたこうしたと話しているが、俺の耳にはほとんど入って来なかった。

 

「ち、ちょっと待ってくれ。何で結城が出て来るんだよ? だってアイツは何もしないって言ってたじゃないか!?」

 

 シャルロットの話の途中で俺は口を挟んだ。

 

「うん・・・・あの時そう言ったのは私や一夏に軽はずみな事をしないよう釘を差す意味で言ったんだと思うよ。現にあの後すぐ私と話し合いの場を設けたもの」

  

 それを聞いて俺は、シャルルの帰りが遅かった日があったのを思い出した。

 

「あ、あの時か! でも、だったらどうして俺も呼んでくれなかったんだよ!?」

 

「・・・・一夏。あの段階で志狼から話し合いをすると言われて参加した? あの剣幕からすると自分は勿論、私が参加する事も許さなかったんじゃないの?」

 

「そ、それは・・・・」

 

 確かにそうかもしれない。あの時は結城の薄情さに腹を立ててたからな。

 

「それに一夏は先生方に話すのを反対してたでしょ?」

 

「あ、ああ」

 

「志狼は話し合いの場に織斑先生と山田先生も呼んでたんだよ。それと生徒会長も」

 

「!?」

 

 千冬姉を話し合いに呼んだ? アイツ、余計な事を。でも、それじゃあ結城がシャルロットの親父さんを説得するのを千冬姉は認めたって事かよ。そう考えた途端、俺が感じたのは、またアイツに持って行かれた、と言う虚しさだった。

 

「・・・・一夏? どうしたの?」

 

「ハハ、何だよ。何が何も出来ないだ。俺が相談した時は突っ撥ねたくせに。結局アイツは自分の手柄にしたかっただけじゃないか!!」

 

 俺は胸の内を吐き出した。そんな俺にシャルロットは諭すように言った。

 

「それは違うよ一夏。志狼だってあの場ではいい考えなんて浮かんで無かったんだよ。一晩じっくり考えて、先生方や会長とも話し合って、実現可能なように計画したんだ。あの時の志狼にはそんな自分本意な考えなんて無かった。ただ純粋に私を助けようと知恵を絞ってくれただけなんだよ」

 

 だが、シャルロットが結城を弁護すればする程、俺は益々意固地になって行った。

 

「分かるもんか! アイツの事だからどうせ下心でもあったんだろうさ!!」

 

 そして、つい言ってしまった。言った瞬間「しまった」と思って、思わずシャルロットを見ると、彼女は酷く悲しそうな顔をして、俺を見つめていた。

 

「・・・・一夏、どうしてそんな事を言うの? 確かに私を救い出してくれたのは志狼だよ。でもね一夏、私は『ここにいていい』と言ってくれた君にも同じように感謝してたのに・・・・残念だよ」

 

 シャルロットはそう言うと俺に背を向けて、残りの荷物を無理矢理バッグに詰め込んで立ち上がった。そして、

 

「・・・・さよなら」

 

 そう一言呟くと、部屋を出て行った。

 

「まっ───!」

 

 呼び止めようとした声は詰まり、伸ばした手は空しく空を切った。ただ、パタンと扉の閉まる音がやたらと大きく感じた。

 

「っっっ、ちくしょーーーーっ!!」

 

 俺の叫びは空しく部屋に響いた。

 

 

~side end

 

 

 

 

~志狼side

 

 

 翌日の朝のSHRで来週開催の学年別トーナメントに於ける大々的な変更点が発表された。即ち、

 

「今年の学年別トーナメントはより実戦的な模擬戦闘を行う為、2人1組の参加を必須とする。尚、ペアは誰と組もうと自由だ。前日までに誰ともペアが組めなかった者は抽選によりペアを決定するからそのつもりで。少しでも勝ち進みたいなら自分の適正を考えて、早目にパートナーを決める事だ。以上、何か質問は?」

 

 織斑先生がそう言うと、静寐が手を挙げた。

 

「より実戦的な模擬戦闘と言う事でしたが、別に1対1でも実戦的な模擬戦は出来るのではないですか?」

 

「そうかな? 例えば実戦では常に1対1で戦えるとは限らない。敵の増援がいきなり襲って来る事もあり得るだろう。そんな事態を想定して2人1組の方がより実戦的になりうると考え、今年は試験的に採用した訳だ」

 

 静寐が着席すると、続いて神楽が手を挙げた。

 

「本来、学年別トーナメントは私達個人個人の実力を量る為のものだった筈ですが、2人1組にしたらパートナー次第で勝ち進める事もあり得ます。それでは本末転倒になるのではありませんか?」

 

「一理ある。が、あまり学園の教師をなめるなよ。例え強力なパートナーと組んで勝ち進んだとしても、個人の実力を判断するくらいは出来る。その点は信頼してくれ」

 

 神楽は「失礼しました」と言って着席する。続いて明日奈が手を挙げた。

 

「より実戦的な模擬戦を、と言う事はやはり先日のクラス対抗戦のような事態に対応する為でしょうか?」

  

「その通りだ。あんな事は二度と無いと言いたい所だが、襲撃犯が何者かは未だ不明だ。よって、万が一の備えとして皆にも戦う心構えをして貰う為でもある」

 

 明日奈が着席すると、セシリアが手を挙げた。

 

「2人1組となると、単純に試合期間が半分になると思いますが、日程に変更はありますか?」

 

「日程に変更は無い。従来通りだと日程がかなり厳しいのでな。試合期間が半分になって、余裕を持って進行する予定だ」

 

 セシリアが着席すると、他には質問は無いようだった。

 

「ではなるべく早くパートナーを決めるように。ペアを組んだら職員室で申請書を書いて提出する事。これが提出されないと抽選になるから注意しろ」

 

「「「「はいっ!!」」」」

 

 ともあれ、パートナー決めが急務のようだ。さて、誰と組むべきだろうか?

 

 

~side end

 

 

 

 

~鈴音side

 

 

 切っ掛けはヴィシュヌの何気ない一言だった。

 

「それにしてもデュノアさんが女だったのは驚きましたね。確かに男にしては可愛らしいとは思いましたが」

 

 机に突っ伏して寝ていたアタシの耳がそんな一言を拾った瞬間、アタシは飛び起きた。

 

「ちょっと、それ本当!?」

 

 突然飛び起きたアタシにヴィシュヌ達はビックリしてたけど、それ所じゃない!

 

「え、ええ。昨日から女子の制服を着ていますよ」

 

 アタシはそれを聞いて教室を飛び出した。

 

 

 何と言う失態。興味の無い事にはとことん無頓着なアタシの性格が災いしてしまった。よもやそんな事になっていようとは思いもしなかった。

 昨日やたらとあちこちでデュノアがどうしたこうしたと騒いでいたが、アタシは興味が無かったので聞き流していた。男にしてはなよっちいと思っていたけど、まさか女だったとは───!

 

 

 1組の教室へ乗り込むと、突然やって来たアタシに皆が注目する。アタシはデュノアを見付けると、彼女の前にズカズカと歩みを進め、上から下までジロジロと視線を這わす。

 

「あの、何か用かな、凰さん・・・・?」

 

 彼女。そう、まさに彼女だ。彼女は不安そうに瞳を揺らす。こう言う仕草が男の庇護欲をそそるんだろう。

 アタシは胸のふくらみが本物かを確める為に(決して大きいのでもいでやろうと思った訳ではない)手を伸ばして揉んでみた。

 

「きゃっ!! ちょっと、何するの!?」

 

 彼女は慌てて胸を隠すように屈んだ。その柔らかさは本物だった。

 

「ちっ! 本物か。とすれば・・・・」

 

 アタシは舌打ちをすると、もう1人の標的を捜した。そいつはアタシの一連の行動を間抜け面して見ていた。アタシの胸に怒りの炎が燃え盛る。

 

「いぃぃちぃぃかああああーーーーっ!!」

 

「! うわあああーーーーっ!?」

 

 アタシが襲いかかると、一夏の奴は一目散に逃げ出した。逃がすモンか!

 

「待ちなさい! アタシを追い出しておいて、他の女と同居してたなんてどう言う事よ!?」

 

「こ、これには訳があるんだーーーっ!!」

 

「だったら説明してみなさい!!」

 

「なら追いかけるのを止めてくれ!」

 

「アンタが納得のいく説明が出来たら止めてやるわよ!」

 

「んな無茶な! 因みに出来なかったら?」

 

「───殺す!!」

 

「! うわあああーーーーっ!!」

 

 逃げる一夏と追う私。アタシ達の追いかけっこは、千冬さんが出席簿で物理的に介入するまで続いた。

 

 

~side end  

 

 

 

 

~志狼side

 

 

 昼休み。クラス代表の仕事で生徒会室を訪れた俺は、つい長居してしまい、午後の授業に遅れそうになった。近道をしようといつもは通らない狭い廊下に差し掛かった時、

 

「貴女程の人が何故こんな所で教師などをしてるんです!?」

 

「何度も言わせるな。私はここでやるべき事がある。それだけだ」

 

 曲がろうとした廊下の先で、誰かの言い争う声がした。流石にその中を突っ切る訳にはいかず、様子を伺うと、織斑先生にボーデヴィッヒが食ってかかっていた。

 

「このような極東の地に何があると言うのです。お願いです教官。我がドイツで再びご指導を。この学園は教官が教えるに相応しい場所ではありません!」

 

「ほう、何故だ?」

 

「この学園の生徒は皆、ISと言う兵器を扱っている意識が低く、危機感が足りません。それにISをファッションと勘違いをしている輩までいます。そのような者達に貴女の教えを受ける資格は─「そこまでにしておけよ、小娘」っ!?」

 

 織斑先生の声に殺気が混じる。流石のボーデヴィッヒもこれには黙らざるを得なかった。

 

「しばらく見ない内に随分と偉くなったものだな。15歳でもう選ばれた者気取りか」

 

「わ、私は・・・・」

 

 ボーデヴィッヒはそれ以上声を出せずにいる。虎の尾を踏んだらこんな気分だろうか。離れた所にいる俺にまで威圧感がのし掛かる。だが、

 

「さて、授業が始まるな。さっさと教室に戻れよ」

 

 さっきまでの威圧感を嘘のように消して、織斑先生が言う。ボーデヴィッヒは黙したまま、足早に去って行った。

 

 

 

 

「さて、盗み聞きとは趣味が悪い。お前にそんな趣味があるとは知らなかったぞ」

 

 やはりバレてたか。俺は物陰から姿を現す。

 

「そんな趣味ありませんよ。聞かれたくないなら公共の廊下で深刻そうな話をしないで下さい」

 

 俺がそう言うと、織斑先生は一瞬楽しげな笑みを浮かべた。

 

「フッ、そうか。・・・・なあ結城。お前はあいつをどう思う?」

 

 あいつとは勿論ボーデヴィッヒの事だろう。俺は思った事を口にした。

 

「正直、彼女とは会話が成立しないんで判断しかねます。ですが随分と狭い世界で生きて来たように感じました」

 

「ほう。その通りだ。・・・・あいつは軍以外の場所を知らずに生きて来たからな」

 

 軍か・・・・元々軍人っぽいとは思っていたが本当に軍しか知らない奴だったか。ならば今の学園生活を大層不満に思っているのだろうな。

 

「結城、あいつの事を見てやってくれないか? かつて私はあいつに力を与えた。だが、時間が足りずに心まで与えてやれなかった。むしろ、それこそが一番大切な事だと言うのにな・・・・」

 

「先生・・・・」

 

 織斑先生がさっきとは違う悔やむような自嘲の笑みを浮かべる。この人にこんな表情は似合わない。いつも堂々としていて欲しい。だから、

 

「任せて下さい、とは言えません。ですが、出来る限りの事はしてみます。それでいいですか?」

 

「ああ、それでいい。よろしく頼む」

 

 先生はそう言うと、さっきとは違う少し嬉しそうな笑みを浮かべた。いつかこの人が心から笑顔になれるといい、そんな風に思ったその時、

 

 

 キーンコーンカーンコーン。

 

 

 午後の授業の開始を告げるチャイムが鳴った、

 

「「あ・・・・・・」」

 

 俺達は顔を見合わせ、呟いた。

 

「・・・・織斑先生、この時間は?」

 

「あ~、私はその、空き時間でな・・・・」

 

「因みに遅刻を認めてくれたりは・・・・」

 

「見なかった事にしてやるから、急げ」

 

 そう言って先生は視線を逸らした。

 

「うおおおーーーっ!!」

 

 俺は慌てて駆け出した。次の時間は桐島先生の格闘技の授業。今から着替えて武道場に向かうとすると大遅刻決定である。あの先生の授業に遅刻すると容赦なく技の実験台にされるのだ。俺は暗鬱たる気分で先を急いだ。

 

 

~side end

 

 

 

 

~ラウラside

 

 

「くそっ!」

 

 授業の開始を告げるチャイムが鳴ったが、私の知った事ではない! 私は教官に拒絶された事で頭が一杯で、それ所ではなかった。

 何故だ。何故あの方は分かってくれないんだ!? この学園に来てからと言うもの、再三に渡ってドイツへの復帰をお願いしているにも関わらず、一度も良い返事を貰えない。いつも「私はここでやるべき事がある」と言って断られてしまう。今日なんてとうとう殺気を向けられてしまった。

 あの恐ろしいまでの威圧感。こんな所で教師をしていて鈍ったのではと危惧していたが、以前と変わらぬ野生の虎のような殺気だった。その事が恐ろしくも少し喜ばしい。

 

「どうすればいいのだ・・・・」

 

 やはり織斑一夏の存在がネックなのか。奴を排除する? だが、そんな事をすれば教官は私を絶対許さないだろう。ならば奴に近しい者を痛め付けて、その罪悪感から奴が自ら学園を去るように仕向ければ───!

 

「ククク、ああ、そう言えばうってつけの奴がいたなあ・・・・」

 

 確か中国の代表候補生だったか。今日も2人で走り回ってたし、さぞかし仲が良いんだろう。

 

「放課後が楽しみだな、ククク」

 

 私の昏い笑みは、誰もいない廊下に吸い込まれ、消えていった。

 

 

~side end

 

 

 

 

~鈴音side

 

 

 放課後。アタシは今日1年2組に割り振られた第3アリーナに来ていた。これから学年別トーナメントへの訓練をするので準備をしに来たのだ。

 これもクラス代表の仕事とは言え、アタシも良くやるわよねえ。でもアタシはクラス対抗戦でクラスの皆の期待を裏切ってしまった。だから今回は皆の力になりたい、とそう思っていたのに、

 

「ちょっと、ここはうちのクラスの貸し切りよ。出て行ってくれない?」

 

 突然、アリーナにクラスメイトではない小柄な人影が現れた。

 

「中国代表候補生序列3位、凰鈴音だったか。噂程出来るようには見えんな。まあいい、少し遊んでやろう」

 

 隣のクラスのもう1人の転校生。ドイツ代表候補生序列1位、ラウラ・ボーデヴィッヒ。その紅い右目が見下すようにアタシを見つめていた。

 

「あ? いきなり何言ってんのアンタ。大会前に問題起こそうって言うの?」

 

 アタシの顔が不機嫌に歪む。ボーデヴィッヒが口元に嘲笑を浮かべた。

 

「おや? そんな事を気にする奴だったか? ふむ、そう言えば猿にも反省くらいは出来るのだったな」

 

 コイツ、明らかにケンカを売ってる。

 

「何、やるの? わざわざドイツくんだりから来てボコられたいなんて大したマゾっぷりね。それともジャガイモ農場じゃそう言うのが流行ってんの?」

 

「ハッ、2人がかりで量産機に負ける程度の実力で代表候補生とは片腹痛い。やはり数しか能のない国だな。質より量、と言う事か」

 

 ブチッ!

 

 何かが切れたような音がした。コイツ、アタシ達中国代表候補生全員をバカにしやがった。

 皆が普段どれ程厳しい状況に身を置いてるかも知らずに、よくも───!

 

「ああ、ああ、分かったわよ。自慢の新型をスクラップにして欲しい訳ね。いいわ。やってやるわよ」

 

「ハッ、下らん種馬を追いかけてるようなメスに、この私が負ける訳なかろう?」

 

「───殺す!!」

 

 コイツはもう許さない。ボコボコにして土下座させてやる!

 

甲龍(シェンロン)!!」

 

 アタシの叫びに応えて、左手の黒いブレスレットが光を放つ。次の瞬間、アタシは『甲龍』を纏っていた。

 

「フ、出撃だ、レーゲン」

 

 ボーデヴィッヒが呟くと右腿のレッグバンドが光を放つ。ドイツ製第3世代機『シュヴァルツェア・レーゲン』。その黒い機体を纏い、ラウラ・ボーデヴィッヒが不敵に嘲笑(わら)う。

 

「ほら、さっさと掛かって来い」

 

「上等!!」

 

 

~side end

 

 

 

 

~志狼side

 

 

 放課後。俺は今日うちのクラスに割り振られている第4アリーナへ明日奈とシャルロットと共に向かっていた。途中、第3アリーナの前を通りかかると、何やら騒がしい。アリーナの入口で2組の面々が集まっているのだ。俺達は顔を見合わせると近寄ってみた。中には見知った相手がいたので声をかけてみる。

 

「ヴィシュヌ、何かあったのか?」

 

「志狼!それがアリーナの扉が開かないんです」

 

「開かない? 中に誰かいるのか?」

 

「鈴が先に来ている筈なんですが・・・・」

 

「ヴィシュヌ、管制室に行ってみたら?」

 

「ええ明日奈。そう思って今、乱に行って貰ってるんですが・・・・」

 

 ちょうどその時、横の階段から乱が駆け降りて来た。

 

「大変! 大変よ!!」

 

「どうした、乱?」

 

「え? あ、志狼さん。鈴が、鈴が戦ってるんです!」

 

「戦ってる!? 誰と?」

 

「1組の、あの眼帯の娘! ラウラ・ボーデヴィッヒです!!」

 

「「「!!?」」」

 

 ボーデヴィッヒが鈴と戦ってる? 何でそんな事になってるんだ?

 

「今、アリーナには模擬戦機能が働いてて、それで入口がロックされてたんです」

 

「そう言う事か。でも観客席か管制室には入れた筈だよな?」  

 

「あ、はい。それなら」

 

「行こう!」

 

 そこにいる皆で観客席へ駆け上がる。観客席に出た俺達が見たのは、あの鈴が手も足も出せず蹂躙されている姿だった。

 

 

~side end

 

 

 

 

~all side

 

 

「くっ、この!」 

 

「ふん、無駄だ」

 

 双天牙月を振りかざし突撃するも、シュヴァルツェア・レーゲンが右手を突き出すと動きが止まってしまう。

 

「くっ、また!?」

 

「無駄だと言ったぞ。この『シュヴァルツェア・レーゲン』の停止結界(AIC )の前にはな!」

 

 動きの止まった甲龍は最早的でしかなく、至近距離から大型レールカノンの砲撃をまともに食らってしまう。

 

「きゃあああーーーっ!!」

 

「ほら、最初の威勢はどうした!」

 

 シュヴァルツェア・レーゲンは両肩から2本のワイヤーブレードを射出すると、甲龍の足に絡めて振り回し、ちょうど志狼達が入って来た観客席にブン投げた。

 甲龍は観客席のシールドバリアに衝突するとバリバリと激しい音を発てて、シールドバリアが明滅する。

 

「きゃあああーーーっ!!」

 

 バリアの衝撃を受けて、甲龍はアリーナに落下する。アリーナに倒れた甲龍をシュヴァルツェア・レーゲンはワイヤーブレードを操り、アリーナ中央に投げ飛ばす。鈴は懸命に立ち上がろうとするが、そこにワイヤーブレードが鞭のように甲龍を打ちつける。

 

「そら、そら、どうした? もう終わりか!?」

 

「ぐっ! くあっ!」

 

 ワイヤーブレードが打ちつけられる度、鈴が苦悶の声を上げる。

 

 

 

「酷い・・・・」

 

 シャルロットがあまりの惨状に思わず呟いた。既に模擬戦の決着は付いている。であるのにラウラは攻撃の手を弛めない。いや、それ処か更に苛烈に甲龍を攻め立てている。

 

「いやあ、もうやめてよ・・・お姉ちゃんが死んじゃうよ・・・・」

 

 乱が涙を流してへたり込む。甲龍のダメージは既に機体維持警告域(レッドゾーン)を越えて、操縦者生命危険域(デッドゾーン)へ到達していた。これ以上ダメージを受け、ISが強制解除されれば、文字通り生命に係わりかねない。

 

「明日奈、シャルロット、ヴィシュヌ、来い!」

 

 3人に声をかけると、志狼は走り出す。

 

「兄さん!?」

「志狼!?」

「志狼、どうするのです!?」

 

 疑問の声を上げるも志狼の後を追う3人。3人が志狼に追い付くと、志狼は素早く指示を出す。

 

「ヴィシュヌ、織斑先生を捜して連れて来てくれ。ボーデヴィッヒはあの人じゃないと止まらん!」

 

「分かりました!」

 

 志狼の指示を受け、ヴィシュヌが走り出す。

 

「俺達は突入するぞ。俺と明日奈でボーデヴィッヒを挟撃する間にシャルロットは鈴を救出してくれ」

 

「「はいっ!!」」

 

「よし、行くぞ!」 

 

 志狼はそう言うと、孤狼の右腕を部分展開して入口を打ち抜いた。

 

「うわあ~~」

 

「志狼、流石にこれは・・・・」

 

 いきなりの事に唖然とする2人。だが志狼は顔色ひとつ変えず、「非常事態だ」と言い放つと、自ら打ち抜いた入口へ駆け出した。

 

「あ、兄さん!」

「待って、志狼!」

 

 明日奈とシャルロットは志狼の後を追った。3人はアリーナに飛び出すとISを展開、未だに甲龍を痛めつけるシュヴァルツェア・レーゲンへ襲いかかった。

 

「鈴を離せ、ボーデヴィッヒ!」

 

「結城志狼!? 邪魔をするな!!」

 

 孤狼がヴァリアブル・ナックルを振りかざし襲いかかるが、ラウラは停止結界(AIC )を発動し孤狼の動きを止める。

 

「くっ、こ、これは!」

 

「無駄だ! 私の停止結界の前ではどんな攻撃も無意味だ!」

 

 

 

 

 ───AIC (慣性停止結界)

 

 

 シュヴァルツェア・レーゲンの第3世代兵装。アクティブ・イナーシャル・キャンセラーの略。

 元々ISに搭載されているPICを発展させたもので、対象を任意に停止させる能力を持ち、1対1では反則的な効果を発揮する。

 但し、発動には多大な集中力が必要であり、複数相手やエネルギー兵器には効果が薄いと言う欠点を持つ。

 

 

 

 

 

「反対側がガラ空きだよ、ボーデヴィッヒさん!」

 

「くっ、結城明日奈か!? しまった!」

 

 孤狼が停止結界で抑えられている反対側から明日奈の閃光が攻撃を仕掛ける。閃光はビームサーベルで斬りかかると、シュヴァルツェア・レーゲンはプラズマ手刀を発動して受け止めた。

 

「はああああーーーーっ!!」

「ぬううううーーーーっ!!」

 

 ビームサーベルとプラズマ手刀が火花を散らす。この状態では流石のラウラも集中力を維持する事が出来ず、孤狼の停止結界が弛む。

 

「今だ、シャルロット!」

 

「了解!」

 

 志狼の声にシャルロットの『ラファール・リヴァイブ・カスタムⅡ』が飛び出すと、倒れたままの鈴の甲龍を救出する。

 

「凰さん、大丈夫!?」

 

「うう、何よ、デュノア・・・これから反撃なんだから、邪魔しないでよ・・・・」

 

 そう言うと、鈴は気を失った。

 

『シャルロット、鈴の様子は?』

 

「うん、大丈夫みたいだよ」

 

『そうか。ならばそのまま離脱して鈴を医務室へ連れて行ってくれ』

 

「いいの? 2人で大丈夫?」

 

『何とかする。急げ』

 

「了解。気をつけてね」

 

 シャルロットはそのままアリーナを出て行った。

 

 

 

 

「ち、よくも邪魔してくれたな、お前ら」 

 

「ボーデヴィッヒ。流石に今回はやり過ぎだぞ。過剰なまでに鈴を痛めつけてどう言うつもりだ」

 

「ハッ、痛めつける? それは奴が弱かっただけだ。弱い者は強い者に食い物にされる。この世の摂理に私は従っただけだ」

 

「なっ、貴女何を言って──「確かにお前の言ってるのは正しいかもしれない」──兄さん!?」

 

「ほう」

 

「だがな、俺にはお前が織斑先生に相手にされない憂さを晴らしをしているようにしか見えないよ、ボーデヴィッヒ」

 

「! 何だと!?」

 

「聞こえなかったか? 高尚な事を言ってるようで、その実、子供がキャンキャン喚いてるようにしか見えなかったって言ってるんだ」

 

「貴様アア、殺してやる!!」

 

「やれるものなら、やってみろ!!」

 

 その台詞を皮切りにシュヴァルツェア・レーゲンと孤狼が互いにバーニアを吹かし突っ込む。激突する瞬間、ガキンッと鈍い音が響いた。

 

「やれやれ、これだからガキの相手は疲れる」

 

 孤狼のステークとレーゲンのプラズマ手刀を両手に持ったIS用の近接ブレードで受け止める織斑千冬の姿がそこに在った。

 

「教官!?」

「織斑先生・・・・」

 

 ラウラと志狼を始め、この光景を見た者達は信じられない気持ちで一杯だった。千冬はISスーツすら身に着けてない、普段の黒い女性用のスーツ姿で、自分の身長程の長大なIS用近接ブレードを2本も振り回しているのだ。ISの補助のない生身でそれを成し遂げる姿に、見た者は驚きを禁じ得なかった。

 

「教師として模擬戦をやるのは構わんが、殺し合いは黙認出来んのでな。この決着は来週の学年別トーナメントで決着を付けろ」

 

「教官がそうおっしゃるなら」

 

「俺も異存はありません」

 

 ラウラと志狼はそう言うと、互いにISを解除した。その言葉を聞いた千冬はアリーナ中の生徒に向けて言い放った。

 

「それでは来週の学年別トーナメントまで一切の私闘を禁止する。以上、解散!!」

 

 千冬がパンッと手を叩く。その音はやけに大きく鳴り響いた。

 

 

~side end

 

 

 

 

~志狼side

 

 

 第3アリーナでの事件から1時間経過していた。俺と明日奈、ヴィシュヌの3人は織斑先生の事情聴取を受けて、ついさっき解放された所だった。

 鈴とボーデヴィッヒが戦いを始めた経緯は分からないが、ボーデヴィッヒの過剰攻撃とそれを止める為に乱入した事は説明しておいた。

 それを聞いた織斑先生は「そうか」と呟き沈痛な表情を浮かべていた。この人の事だから自分の責任だと胸を痛めてるのかもしれない。昼休みの廊下での一件のすぐ後の事だ。無理もないのかもしれない。

 かく言う俺も先生からボーデヴィッヒの事を頼まれた矢先の出来事に、先生に会わせる顔がないと思っていた。因みに今回、俺は扉を壊した件で反省文10枚を明日の朝までに提出する事になってしまった。

 

 

 

 

 事情聴取が終わると、鈴の容態が心配だったので、医務室へ直行した。

 医務室へ行くと全身包帯でグルグル巻きの鈴が目を覚ました所で、側には乱とシャルロットが付き添っていた。涼子先生の所見では全身打撲で全治2週間との事だった。あれだけやられておいてこの程度で済むとは鈴が丈夫なのか、ISの絶対防御が優れているのか、判断がつかなかった。

 

「志狼さん、明日奈さん、シャルロットさん、そしてヴィシュヌ。皆ありがとう。皆のお陰でお姉ちゃんは比較的軽傷ですみました。本当にありがとうございます」

 

 乱が深々と頭を下げる。その姿に彼女が普段厳しい態度を取っていても、心の中では鈴を慕っているのが分かる気がして何だかホッコリした。なのに、

 

「アンタは大袈裟なのよ、乱。アタシがこの程度の怪我でどうにかなる訳ないでしょ」

 

 などと鈴が言うものだから、乱がキレた。

 

「何言ってるのお姉ちゃんは! あれだけ一方的にやられてたら心配にもなるわよ! 大口叩くぐらいなら最初から心配させるようなバトルなんかすんな!!」

 

 乱は目の端にまた涙を浮かべて抗議する。その剣幕に鈴も気圧(けお)されていた。思えばクラス対抗戦での俺もこんな風に明日奈や皆に心配かけたのだろうか。そう思ったらつい口を出してしまった。

 

「鈴。今のはお前が悪い。お前だって大切な人が怪我したら心配するだろう? 散々心配かけておいてその態度は頂けないぞ」

 

「うっ」

 

「俺もクラス対抗戦で大怪我をして、明日奈や皆に心配かけたからな。心配かけた者は心配してくれた人に対して、それなりの態度を取るべきだと思うぞ」

 

「・・・・・・」

 

「兄さん・・・・」

 

 仏頂面する鈴に比して、嬉そうな笑顔を浮かべる明日奈。鈴はやがて深くため息を吐いた。

 

「ハア、志狼の言う通りかもね。志狼、明日奈、ヴィシュヌ、それにシャルロット。アンタ達のお陰でこの程度の怪我ですんだわ。ありがとう」

 

 鈴はそう言うと、俺達に向かって頭を下げる。

 

「それと乱」

 

「な、何よ?」

 

「心配ばかりかける駄目なお姉ちゃんでごめんね。でも心配してくれてありがとう」

 

 乱の頭に手を置き、そう言う鈴。鈴のその言葉に乱は再び涙を流した。

 

「グスッ お姉ちゃんのバカ。本当に心配したんだから、もう心配させないでよう・・・・」

 

 ポロポロと涙を流す乱の頭を優しく鈴が撫でる。

 

「うん。ごめんね、乱」

 

 そんな2人を夕焼けが優しく包んでいた。

 

 

 

 

 しばらくして、泣き顔を見られた乱が顔を真っ赤にして恥ずかしがっていたので空気を変えるように俺は別の話題を振った。

 

「でもこれで鈴はトーナメントに出場出来ないな」

 

 だが、これに鈴が反発する。

 

「何言ってんのよ。出るわよアタシは! ボーデヴィッヒの奴に雪辱するんだから!」

 

「何言ってんの!? 駄目に決まってるでしょ!!」

 

 途端に乱が反対する。当然だろう。

 

「お姉ちゃんは全治2週間。1週間後のトーナメントに出られる訳ないでしょ!?」

 

「いや、1週間くらい気合いで何とか・・・・」

 

「お・ね・え・ちゃん?」

 

「・・・・ハイ、スミマセン」

 

 などと言うやり取りの末、乱が鈴をやり込めた。そんな時、

 

「ハハハ、今日の所は乱の言う通りだぞ、鈴」

 

 そう言って医務室に入って来たのは2組担任の桐島カンナ先生と真耶先生の2人だった。

 

「カンナ先生。山田先生もどうしてここに?」

 

 乱が聞くと、桐島先生は乱の頭をやや乱暴に撫でながら、

 

「ん? 見舞いがてら報告にな。真耶、説明頼む」

 

「はいカンナさん。凰さんの『甲龍』の状態を先程確認しましたが、ダメージレベルがCを超えていました。残念ですが当分は修復に専念する必要があります。今の状態で無理をすれば、後々重大な欠陥が生じる事になりますよ。よってISを休ませる意味でもトーナメントの参加を許す訳にはいきません」

 

「ぐう・・・わ、分かりました・・・・」

 

 真耶先生の説明を聞いた鈴は、不本意そうではあるが了承した。

 

「それでいい。今無理をすれば、そのツケはいつか必ず自分に帰って来るからな。引く時は引く。それもまた勇気だぞ、鈴」

 

「はい・・・・・・」

 

 桐島先生にも言われ、鈴は悔しそうに返事をした。学年別トーナメントはクラス対抗戦と同様、全世界にテレビ中継される。その大舞台で代表候補生である鈴が出場出来ないのは国や国民、果ては同じ代表候補生達の期待を裏切る結果になる。彼女の心中を察するに悔しくない訳がないのだ。こんな時、何て言葉をかけたらいいか、俺には分からなかった。

 

 

 

 

 涼子先生の計らいで、鈴は今夜一晩医務室でお世話になる事になった。今の鈴には休息が必要なので俺達は揃って医務室を出た。

 

 

 寮への帰り道。皆が何となく無言で歩いていると、乱が突然俺の前に立ち塞がり、真っ直ぐ見つめて来た。

 

「どうした、乱?」

 

「・・・・私はあの人、ラウラ・ボーデヴィッヒを許せません。お姉ちゃんの仇を取って、無念を晴らしたいと思ってます。・・・・だから志狼さん、トーナメントで私と組んで貰えませんか?」

 

「「!!」」

 

 乱と組むか。彼女は代表候補生、それもページワンだ。操縦技術は確かな上、専用機は中・近距離用の戦闘型。完全前衛型の俺とペアの相性は悪くない。

 そんな風に考えていると、横から明日奈が声をかけて来た。

 

「ちょっと乱ちゃん! いきなり抜け駆けしないでよ! 兄さん、組むなら私と組もう? 私達ならコンビネーションバッチリだよ」

 

 明日奈とか。代表候補生でページワンなのは乱と同じ。専用機はシルエットの換装によりどの距離でも戦う事が出来る。長年一緒に暮らしているから勿論息も合うだろう。やり易さでは一番かもしれない。

 そんな風に考えてると、今度はシャルロットがシャツを軽く引っ張った。

 

「あの、志狼。私も志狼と組みたいなって・・・・」

 

 シャルロットはテストパイロット。機体の扱いについては代表候補生以上かもしれない。専用機はラファールのカスタム機で万能型。格闘一辺倒の俺の至らない所をしっかりとフォローしてくれるだろう。

 

 こうして見ると、どの娘も力強いパートナーになってくれる事だろう。そんな時、俺は誰と組むか考える時、自分のメリットばかり考えていた事に気付いた。

 今回の学年別トーナメント、当然出来るだけ勝ち抜きたい。だが今はそれ以外の目的が出来た。その事に思い至った時、俺がパートナーに選んだのは───

 

 

 

 

 

 

 パートナーが決まった翌日から、彼女との連携を主として訓練を開始した。他の皆も次々とペアを組んで、トーナメントの為の訓練をするようになった。

 

 

 そして、瞬く間に時は過ぎ、週明けの今日、いよいよの学年別トーナメント開催の朝が来た。

 

 

~side end

 

 

 

 

 

 

 




読んで頂きありがとうございます。

セシリアのなのは’Sブートキャンプ参加フラグが立ちました。彼女の運命や如何に!?

一夏の嫉妬からの失言でシャルロットが離れて行きました。志狼と一夏の間を取り持つ可能性のあった彼女が離れて行き、一夏はどうなるのでしょう。

うちのセシリアは最初から一夏に興味がないので、惨劇を免れました。一方、惨劇に合った鈴ですが、本エピソードではまだ活躍の場があります。ご期待下さい。

各キャラのパートナーは誰か次回発表します。(決して思い着いてない訳じゃ無いですから!)

次回から学年別トーナメントを数回に渡ってお送りします。お楽しみに。



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第42話 学年別トーナメント①~開幕



第42話を投稿します。

今回から学年別トーナメントを何回かに分けてお送りします。誰と誰がペアになったのか、原作とはちょっと違う展開を楽しんで貰えたら幸いです。

今回はトーナメントの1日目、2日目の模様を御覧下さい。



 

 

~all side

 

 

 6月の最終週、IS学園では毎年恒例の『学年別トーナメント』が開催される。このイベントには各国の政府関係者や研究所員、企業スカウトらが多数来賓として招かれており、彼らの目に止まれば自分の望む未来が得られる可能性もある。よって3年生は自らの進路を勝ち取る為。1、2年生は来年、再来年の為に自分を覚えて貰おうと奮起するのだ。

 

 今年の来賓者数は例年以上で、生徒会を始め各委員会やクラス代表、その他の有志が雑務や会場の整理、来賓の誘導などを行っていた。

 それらから解放された生徒達は着替える為、更衣室へと急ぐ。間もなく始まる開会式はISスーツで出るのが通例だからだ。

 仕事を終え、開会式の行われる中央アリーナに続々と生徒達が集まって来る。色とりどりのISスーツに身を包んだ美少女達の登場に観客席から歓声が上がる。生徒達は観客席の人の多さに意気を上げる者、緊張で顔を青くする者、にこやかに手を振りアピールする者などそれぞれであった。

 例年通りクラス毎に整列して開会式が始まるのを待つ。全員が整列し、最後に生徒会長更識楯無が入場すると歓声が上がった。それに手を振り笑顔で応える楯無。彼女が檀上に上がるとやがて歓声が止み、アリーナが静寂に包まれる。それを確認すると彼女は高らかに声を上げた。

 

「これより、第6回学年別トーナメントの開会を宣言します!」

 

 沢山の拍手と歓声に包まれ、学年別トーナメントが幕を開けた。

 

 

 

 

 

 その後は、学園長や来賓の挨拶、試合上の諸注意を経て、いよいよ組み合わせの発表となった。この時ばかりは皆息を殺して発表を待つ。

 最も人数の多い1年生の参加人数は総勢108人中、怪我による出場禁止が3名(鈴含む)、3組で長期欠席している者が1名の計4名が欠場し、計104名52組のペアが参加する。52組を4つのブロックに分けて、Aブロックのみ16組、B、C、Dブロックを12組に振り分けて行われる。

 そして今、アリーナの電光掲示板に組み合わせが発表された。

 

 

 

 

「Aブロック第1試合か・・・・」

 

 組み合わせを見て志狼は呟く。Aブロックは最も多い16組。唯一シードの無いブロックで、ブロック優勝するには4回勝たねばならない。いずれにしてもすぐ出番となるので、早目にパートナーと合流しなければ。

 

「志狼さん」

 

 そんな志狼にここ数日、いつも側にいた少女が声を掛けた。

 

「すぐに出番だ。緊張なんてしてないだろうな?───乱」

 

「勿論です」

 

 そこには志狼のパートナーである凰乱音が自信に満ちた笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 中央アリーナでは1年生の部Aブロックの第1試合が始まろうとしていた。

 観客の視線は結城志狼&凰乱音ペアに向けられていた。2人目の男性操縦者と台湾代表候補生序列4位のペア。2人は既に自らの専用機を纏い、試合開始の合図を待っていた。対戦相手は4組の一般生徒ペア。2人は可哀想にすっかり畏縮していた。

 

「分かってるな、乱?」

 

「はい。私達の標的、ラウラ・ボーデヴィッヒはBブロック。戦うにはまずAブロックで優勝しなくちゃなりません」

 

「そうだ。相手が誰だろうと倒す。いいな?」

 

「はい!」

 

 そう。俺達の目的はラウラ・ボーデヴィッヒを倒す事。理不尽に暴れ回るあいつをこれ以上野放しに出来ない。それにボーデヴィッヒと決着を付けたいと願うのは俺の我が儘だ。そんな私事に明日奈やシャルロットを巻き込む訳にはいかない。その点で鈴の仇を討ちたいと願う乱とは目的が合致したので、彼女をパートナーに選んだのだ。

 肝心のボーデヴィッヒは残念ながら別ブロック。彼女と戦う為にもひとつも取り零す訳にはいかない。相手には悪いが速攻で決めさせて貰う。

 

 

 そして試合開始のブザーが鳴る。それと同時に孤狼と甲龍・紫煙が対戦相手に襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 第3アリーナでは1年生の部Bブロックの試合が行われていた。試合を観客席から眺めていたラウラ・ボーデヴィッヒは、これ以上は時間の無駄と踵を返し、アリーナから去ろうとする。

 

「おい。どこへ行くんだ?」

 

 その小さな背中に声が掛けられる。ラウラは軽く舌打ちすると、自分のパートナーである彼に振り返らず答える。

 

「こんな試合観る価値は無い。私は休ませて貰うぞ」

 

「勝手な事言うなよ。この大会では俺達はペアなんだ。お前に勝手な事されると俺にも迷惑が掛かるんだよ!」

 

「ふん。所詮は抽選で決まったペアだ。そんな物私の知った事か!」

 

「おい、ボーデヴィッヒ!」

 

「黙れ、織斑一夏。言っておくが私は1人で戦う。大会のルール故、仕方なくお前の存在を許しているが、本来ならお前なぞ真っ先にぶちのめしているのを忘れるな」

 

「なっ!?」

 

 言うだけ言ってラウラは去って行った。その小さな背中を見送りながら、一夏は悪態を吐いた。

 

「くそっ、よりにもよってなんでアイツがパートナーなんだよ!」

 

 鈴がラウラによって出場禁止になる程の大怪我を負わされた事を知った一夏は、当然の如く激怒した。

 姉である千冬に何故ラウラが罰せられないのか食って掛かると、「どのような経緯であれ模擬戦上の出来事だから厳重注意しか出来ない」と言われてしまった。ならば試合で当たったら必ず自分が倒すと訓練に励んでいると、ペア申請の締め切りが過ぎた。

 元々ペアを組んでくれる程親しい相手が鈴くらいしかいない一夏は、最初から抽選で決まった者とペアを組めばいいと思っていた。だが、1年生でペア申請しなかったのは一夏とラウラだけで、自動的に2人でペアを組む事になってしまった。

 

「ちくしょう・・・・どうしてこうなるんだ」

 

 最も倒したい相手とペアを組まされて、怒りのぶつけ所を無くした一夏の心は千々に乱れていた。幸い専用機持ち故にシードされ、一夏達の出番は明日からだ。今日中に気持ちの整理をつけなければと、一夏は深くため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 代表候補生や専用機持ちなどの有力選手はシードされている為、ほとんどの者は明日からの出場となる。そんな中で一般生徒達が頑張っている。

 

 1組の生徒ではAブロック第3試合で四十院神楽&鷹月静寐組が出場。神楽が前衛、静寐が後衛となり安定した戦い振りで勝利し、明日の2回戦に駒を進めた。元々神楽は剣道では全中3位の実力者。静寐もまた射撃、格闘共に秀でた成績を誇る才女だ。その2人が組んだのだからある意味順当な結果だろう。

 因みにAブロックは第1試合で結城志狼&凰乱音組が。第8試合で篠ノ之箒&セシリア・オルコット組がそれぞれ2回戦に駒を進めていて、順当に勝ち進めば明後日の準決勝で志狼&乱組と神楽&静寐組が当たる事になる。

 

 Bブロック第2試合では布仏本音&谷本癒子組が出場。クラスではいつもぽややんとしたペアなだけに不安がられていたが、意外や意外、本音が見事な動きを見せた。普段ののほほんとした見かけに騙されがちだが、本音は実は運動神経が良く、IS適性は驚きのA。彼女が素早く1人を倒すと、残る1人を2人掛かりで攻撃して見事に勝利を収めた。

 順当に勝ち進めば明後日の準決勝で織斑一夏&ラウラ・ボーデヴィッヒ組と当たる事になる。

 

 Cブロック第1試合では相川清香&鏡ナギ組が出場。清香のハンドボール部で培ったコントロールとナギの陸上部で鍛えたダッシュ力を武器に勝利し、2回戦に駒を進めた。明日の2回戦ではシードの結城明日奈&シャルロット・デュノア組と当たる。1組同士の対決に2人は「勝てる訳ないじゃん!」と荒れていた。

 

 Dブロックでは第2試合と第3試合に1組のペアが出場したが、2組共惜敗している。

 

 

 2年生の部、3年生の部も順調に進み、初日は滞りなく終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 大会2日目。今日から各学年のシード選手が出場する。代表候補生や専用機持ち、それ以外の学園が認めた実力者達がこぞって出場するとあって、来賓の、特に企業スカウトの注目が否応にも増していた。

 

 とは言え、2、3年生に関しては試合内容はともかく、どのペアが優勝するかはほぼ確実視されていた。

 

 3年生では3年1組クラス代表兼アメリカ代表候補生序列1位ダリル・ケイシーと同クラスのイレーネ・ウルサイスのペアが本命であった。

 アメリカ代表候補生のダリルは勿論、イレーネは一般生徒でありながら近接戦闘に関してはダリルに匹敵する実力の持ち主で、お互いに性格が合ったのか、2年生で同じクラスになってから親しい間柄であった。

 

 2年生では2年1組クラス代表兼日本代表候補生序列1位高町なのはと、同クラス副代表兼イタリア代表候補生序列1位フェイト・T・ハラオウンのペアが大本命であった。

 IS学園入学前からの大親友同士に加え、2人共代表候補生の序列1位。更に機体は二次移行機なのだから負ける要素はひとつも無い。因みに模擬戦で2人が組んだ時の勝率は9割を超えると言う。

 生徒会長更識楯無が出場すればまだ分からなかったが、楯無は既にロシアの国家代表。大会ルールにより、参加出来ないのだ。今大会、楯無は生徒会長として来賓の相手を勤めていた。

 結果、なのは・フェイト組に勝てるペアはまず現れないと思われている。

 

 そうなると、必然として結果の予想がつかない1年生に注目が行き、1年生の部は大いに盛り上がっていた。

 

 

 

 

第1アリーナで行われている1年生の部Aブロック。2回戦第1試合で結城志狼&凰乱音組が出場。危なげ無い試合運びで勝利を収め、明日の準決勝に駒を進めた。

 続く第2試合では四十院神楽&鷹月静寐組が出場。2組のペアに苦戦するも、辛くも勝利を収め、明日の準決勝で志狼&乱組との対戦が決まった。試合後のコメントで「胸を借りるつもりで頑張ります」と2人は答えていた。

 第4試合では篠ノ之箒&セシリア・オルコット組が出場。セシリアの狙撃で弱った所を箒が突撃を決めて、こちらも準決勝へ駒を進めた。

 

 第4アリーナで行われた1年生の部Bブロック。2回戦第1試合、この試合を見た誰もが戦慄した。シードにより今日から出場したラウラ・ボーデヴィッヒ。その戦い振りは凄まじいの一言だった。

 相手の攻撃を悉く防ぐ停止結界と6本のワイヤーブレードを自在に操り、相手に何もさせずに勝利を収めた。その戦い振りは苛烈の一言。観る者に彼女に対する恐怖を刻み込んだ。パートナーの織斑一夏を温存し、明日の準決勝へ駒を進めた。 

 続く2回戦第2試合では布仏本音&谷本癒子組が出場。シードされていた4組のペアを相手に苦戦を強いられる。しかし、4組のペアが教科書通りの動きしかしない事に気付いた本音がトリッキーな動きで翻弄すると、形勢は逆転。癒子との連携で確実に1人ずつ墜として逆転勝利を収めた。明日の準決勝では織斑一夏&ラウラ・ボーデヴィッヒ組との対戦が決まり、「怖いけど頑張る」と試合後のコメントで語っていた。

 第3試合ではヴィシュヌ・イサ・ギャラクシー&ティナ・ハミルトン組が出場。2組のクラスメイトで入学以来同室の2人は息の合ったコンビネーションを見せて快勝。明日の準決勝へ駒を進めた。

 

 第5アリーナで行われた1年生の部Cブロック。2回戦第1試合では結城明日奈&シャルロット・デュノア組が出場し、同じクラスの相川清香&鏡ナギ組と対戦した。清香とナギも頑張ったが、明日奈の閃光のスピードに翻弄され、シャルロットのラファールカスタムの正確な射撃に撃ち抜かれて敗北した。試合後のコメントで「やっぱ無理だった」と残念そうに語っていた。ともあれ明日奈&シャルロット組は明日の準決勝へ駒を進めた。

 第4試合では更識簪&沙々宮紗夜組が出場。遠距離からの砲撃で相手を圧倒し、勝利を収めた。

 

 第6アリーナで行われた1年生の部Dブロック。2回戦第2試合でティアナ・ランスター&中嶋昴組が出場。抜群のコンビネーションを見せて快勝、準決勝へ駒を進めた。2人は最近あの高町なのはに師事しており、グングンと実力を伸ばしている。1対1ならともかく、2人1組の今大会ではかなりいい所まで行くのでは、と期待されている。

 

 

 2年生の部、3年生の部でも予想通りなのは&フェイト組やダリル&イレーネ組が勝ち進み、大会2日目が終了した。

 

 

 

 

 

 

「あ~ん、悔しいよう!」

 

「・・・・まだ言ってるの? いい加減諦めなって」

 

「だって悔しいものは悔しいんだもん!」

 

 1年生寮の食堂にナギの悔しそうな声が木霊する。いつものメンバーにシャルロットと乱を加えた12名で夕食を摂っていると、この中で唯一今日敗退したナギが思い出したかのように声を上げていた。パートナーの清香は既に敗北を受け入れたのかサッパリしたもので、ナギを嗜めている。

 

「今回は相手が悪かったと思いなさい。明日奈とシャルロット相手に負けても恥にはならないわよ」 

 

 夕食を食べながら静寐が言う。それでもナギが何か言おうとしたが、

 

「それに私達も明日は他人事ではありませんしね」

 

 神楽にそう言われ、組み合わせを思い出して口を閉ざした。明日の準決勝で神楽&静寐組は志狼&乱組と当たるのだ。

 

「・・・・それは私達も一緒だよ~~」

 

 本音が不安げに呟く。本音&癒子組は明日の準決勝でラウラ&一夏組と当たるのだ。ラウラの戦い振りを思い出し、意気消沈しているようだ。

 

「本音さん、ゆっこさん。明日の試合、ヤバいと思ったら迷わず降参して下さい。ボーデヴィッヒは危険な奴です。お姉ちゃんみたいに怪我をしてからじゃ遅いですから」

 

「うん・・・・らんらんの言う事も分かるんだけどね」

 

「最初から諦めるのも嫌かなあって・・・・」

 

 乱の意見に本音と癒子が諦め切れないように呟く。

 

「ここまで勝ち進んだんだから諦めたくないのも分かるけど、いざと言う時には変な意地を張らずに降参して欲しいって事だよ。乱の皆が鈴のようになって欲しくないって気持ちは解るだろ?」

 

「しろりん・・・・それは、うん、解るよ」

 

「そうだね。ありがとう乱ちゃん、心配してくれて」

 

「いえ、その、私は別に・・・・」

 

 癒子にお礼を言われて、照れてるのかどもる乱。そんな乱を微笑ましく思ったのか志狼がパートナーの頭を撫でる。顔を真っ赤にして縮こまる乱を皆が微笑ましそうに見つめていた。 

 

「あ~あ。何か兄さんと乱ちゃん、すっかりいいペアになっちゃったなあ」

 

「そうだね。私達もパートナーになりたいって言ったのに、妬けちゃうよねえ?」

 

 明日奈とシャルロットが揶揄うように言うと、

 

「うう、完全に出遅れてしまいましたわ・・・・」

 

「全くだ。くっ!」

 

 セシリアと箒が悔しそうに呟いた。あの日、訓練に来るだろうとアリーナで志狼を待っていた2人だったが、ラウラの件で志狼はアリーナには来なかった。ならばと部屋に押し掛け、自分と組んで欲しいと言うと、もう乱と組んだと言われてしまった。

 

「何だか最近、志狼とはすれ違ってばかりのような気がする・・・・」

 

「私もですわ。こうなったら明日のブロック決勝にはその悔しさを全てぶつけてやりましょう、箒さん!」

 

「うむ! 同感だ。明日はやるぞ、セシリア!」

 

 明日はブロックの準決勝と決勝が行われる。準決勝で勝てば箒&セシリア組はブロック決勝で志狼&乱組と当たる可能性が大きいのだ。最近構ってくれない志狼への憤りをぶつけるべく、動機が不純ではあるが箒とセシリアは燃えていた。

 

 

 

(何してんだ、あいつらは?)

 

 異様に盛り上がる箒とセシリアに若干呆れつつ、志狼は明日の試合に思いを馳せる。

 明日は準決勝で神楽&静寐組と。そして恐らく決勝では箒&セシリア組と戦う事になるだろう。両ペア共前衛と後衛を完全に分けている良く似たタイプだ。箒と神楽の剣の腕は全国区の上、オールラウンダーの静寐、特にセシリアの狙撃は学園でもトップクラスだ。油断しているとこちらがやられかねない。それでも───

 

「勝つのは俺達だ。そうだろう、乱?」

 

「はい!」

 

 志狼の問い掛けに乱は自信に満ちた笑顔で答えた。

 

 

 

 

 

 

『少佐。今日の試合は実に見事だった。会場の誰もが君の、延いては我がドイツの強さに度肝を抜かれた事だろう』

 

「ハッ!ありがとうございます、閣下」

 

 ラウラは自室でドイツの上官からの連絡を受けていた。2年前、隊の落ちこぼれであった自分を処分しようとしていたくせに、千冬の教えを受け、再び隊のトップに返り咲いた途端、手のひらを返したように接して来た嫌な奴ではあるが、軍内部では強い発言力を持ち、結果さえ出せば色々と便宜を図ってくれる扱い安い男だ。

 

『貴官の試合はテレビで見せて貰ったが、他の方々もご満足頂けたようだ。明日には私も日本へ行くから楽しみだよ』

 

「閣下自らですか?・・・・失礼ながら観戦の為にわざわざいらっしゃるとは思えませんが?」

 

『まあ、観戦はついでだ。イギリスやイタリアとイグニッションプランについて話があってな。後はドクターが行きたいと言うのでその付き添いと言った所だ』

 

「! ドクターが?」

 

『貴官にとっては親も同然の男だ。旧交を温めるとよかろう』

 

「は、はあ・・・・」

 

 確かに上官の言う通りなのだが、何年も会ってない男だ。そう言われても困惑が先に立ってしまう。

 

『では明日。迎えはいらんぞ。貴官は試合に勝つ事だけを考えろ。以上だ』

 

「ハッ! 失礼いたします!」

 

 ラウラはモニターに向かって敬礼をすると、画面が暗くなった。

 

 

 

(ドクターか・・・・)

 

 ラウラは眼帯の上からそっと左目に触れる。この目を自分に与え、使いこなせないと知ると途端に自分から興味を失ったあの男。あのいらないモノを見るような無機質な瞳がとても恐ろしかったのを今でも覚えている。

 

(今更私に何の用だ、ドクター、Dr.スカリエッティ・・・・)

 

 

 

 

 

 

 今、IS学園に新たなる暗雲が立ち込めようとしていた。

 

 

 

~side end

 

 

 




読んで頂きありがとうございます。

各ペアはご覧のようになりました。果たしてどのペアが勝ち残るでしょうか?(笑)

学年別トーナメントも2日目が終了して、あの男が姿を現します。彼には本作の悪役として活躍して貰おうと思っています。

次回はトーナメント3日目の模様をお送りしたいと思います。


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第43話 学年別トーナメント②~目覚める力



大変遅くなりました。第43話を投稿します。

今回乱並びに甲龍・紫煙について大幅な設定改変がされています。
原作至上の方は読まない事をお薦めします。

それでは、第43話をご覧下さい。



 

 

~all side

 

 

 大会3日目。第3アリーナでは1年生の部Aブロックの試合が行われようとしていた。本日予定されているのは準決勝の2試合。その勝者が午後から第1アリーナで行われるブロック決勝に進出出来る。

 

 準決勝第1試合は結城志狼&凰乱音組対四十院神楽&鷹月静寐組の対戦。4人の選手は既にISを纏い、試合開始の合図を静かに待っていた。

 

 東側の志狼・乱組。志狼が纏うのは赤い全身装甲型の第2世代機、孤狼。乱が纏うのはピーコックブルーの真新しい装甲が美しい台湾製第3世代機、甲龍・紫煙(シェンロン・スィーエ)。鈴の甲龍を基に作られた量産型甲龍の先行試作機である。

 甲龍・紫煙は元々中国が甲龍をベースに開発していた次代の主力量産機であったが、鈴のお目付け役に乱を借り受ける事になった中国が、見返りとして台湾へ設計図を譲渡したのだ。第3世代機の開発に遅れていた台湾は歓んでこれを受け取り、ページワンでありながら開発が遅れ、未だ専用機を持たなかった乱の専用機としたのだった。カテゴリーとしてはラファールや打鉄などと同じ量産機に当たる甲龍・紫煙ではあるが、乱の機体は先行試作機だけあって、元の量産機から試験的に色々と手を加えられており、量産型とは言え侮れないものとなっている。

 

 対する西側は前衛の神楽が打鉄、後衛の静寐がラファールを纏っている。防御力が高く、近接戦闘に定評がある打鉄が前衛、万能型で戦う距離を選ばないラファールが後衛と理に適った選択であった。

 

「いよいよね。緊張してない?」

 

「大丈夫です。むしろ楽しみで仕方がありません」

 

 静寐の問いに神楽が笑みを浮かべる。そんな神楽を見て、静寐もまたパートナーの頼もしさに笑みを浮かべた。

 

「それじゃあ作戦通りに。行きましょう神楽!」

 

「ええ、静寐!」

 

 

 

 そして、試合開始のブザーが鳴った。

 

 

 

 試合開始と共に乱の甲龍・紫煙と静寐のラファールが上空に上がり銃撃戦を始めた。それを尻目に孤狼がリングに入ったボクサーのように、小刻みに身体を揺らしながらゆっくりとアリーナ中央へ歩みを進める。一方、神楽の駆る打鉄も日本刀型の近接ブレードを手に、試合場に足を踏み入れる剣士のように静かにアリーナ中央へ歩みを進めた。

 2人はアリーナ中央で10m程の距離を空けて止まると、孤狼がヒットマンスタイルを、打鉄が剣を晴眼に構えた。神楽の剣は北辰一刀流。ゆらゆらと揺らしながら剣先を志狼に向ける。志狼と神楽、2人の視線が交錯し、次の瞬間、打鉄が孤狼に斬りかかった。

 

「はあああっ!!」

 

 気合一閃。10mの距離を一瞬でゼロにして、打鉄が上段から斬りかかった。しかし、孤狼は落ち着いて身体を半歩後ろに引いてかわした。神楽はそのまま逆袈裟に剣を斬り上げるも、その剣すらもう半歩身体を引く事で志狼はかわしてしまう。

 

 

 ───見切り。

 

 

 志狼は持ち前の動体視力を駆使して、絶妙な距離で回避し続ける。神楽の剣は振る度に鋭さを増して行く。だが、それでも当たらない。

 

「くっ!? 分かっていたつもりですけど、これ程とは───」

 

 神楽とて志狼と一夏のバトルは観ていたし、志狼自身と模擬戦をした事もある。だが、本気のバトルでの見切りは鋭さが段違いであった。いくら続けても当たらない徒労感はやがて絶望を生み、最後には戦う事を諦めてしまう───

 

(でも、それは1人で戦ってる時だけ。今の私には頼れるパートナーがいる!)

 

 そう思った時、突如孤狼の足下を銃弾が穿ち、反射的に孤狼が足を止めた。

 

(! ここです───!!)

 

 チャンスと見た神楽が一気に距離を詰め、横薙ぎに剣を振るう。孤狼は咄嗟にバックステップでかわそうとするが、神楽の剣が僅かに胸を掠め、SEを削っていた。

 

 

 オオオオーーーーッ!!?

 

 

 2人の攻防に観客から感嘆の声が上がる。前評判の高い志狼は勿論、神楽の剣の冴えは観客を惹き付けていた。 

 

(成る程。2人1組だからこその戦法だな。流石だよ、神楽、静寐)

 

 志狼は目の前の神楽に集中し過ぎていた事に反省し、気を引き締めた。

 

(だが、同じ手は通じないぞ? 俺にも頼りになるパートナーがいるんだからな)

 

 

 

 

(くっ、失態だわ)

 

 乱は目の前で神楽への援護射撃を許してしまった事を悔やんでいた。静寐への対応は自分の役目。相対する隙を突かれた事に、自分が静寐を甘く見ていたと気付かされた。

 

「でも二度目はない、行くよ紫煙!!」

 

 気合一閃、乱は甲龍・紫煙の身の丈程もある大刀型近接ブレード『角武』をコールして、静寐のラファールへ襲いかかる。

 

「はああああーーーーっ!!」

 

「! きゃあ!!」

 

 長大な角武が唸りを上げて、自機のすぐ横を掠める。何とか回避出来たが静寐は気が気でなかった。

 角武は大刀型近接ブレード。その巨大な質量が自分に向かって来るのは当たらなかったとは言え、恐怖心を呼び起こす。こう言う時、ISの敏感過ぎるハイパーセンサーが恨めしい。風切り音や大気の唸りすらもはっきりと感じるのだ。あんなモノが当たれば、いくらISにシールドバリアがあるとしても只ではすまない。下手すれば絶対防御が働いて、一発KOすらありえる。静寐は人知れず唾を飲んだ。

 

「まずいなあ。寝た子を起こしちゃったかな?」

 

 そう言いながら静寐の目には喜色が浮かんでいた。代表候補生が自分のような一般生徒に本気になってくれている。ならば勿体無くてビビってなんかいられない!

 

「ええい、女は度胸ーーーっ!!」

 

 静寐は果敢にも甲龍・紫煙に挑んで行った。

 

 

 

 

 一方の神楽は今の一撃で痛手を負わせられなかった事を悔やんでいた。

 パートナーの静寐が作ってくれた千載一遇のチャンスだったのに、自分はそれを生かす事が出来なかった。

 

(全く、静寐に会わせる顔がありません。とは言え、今のは志狼さんを誉めるべきでしょうか)

 

 先程のタイミングは完璧だった。意識を自分に集中させておいて、意識外からの銃撃で志狼の足を止める。その隙に斬撃を見舞えば最悪でも一太刀はクリーンヒットが奪える筈だった。だが結果は、志狼の胸を僅かに掠めただけ。志狼の反応速度を測り違えた痛恨のミスであった。

 

「ですがまだ終わった訳ではありません!」

 

 神楽は再び剣をかざして孤狼に斬りかかる。先程より更に速く、鋭い斬撃が孤狼を襲う。流石に志狼も全てを回避する事は出来ずに、孤狼の装甲に幾度も神楽の剣が掠めて行く。だが、それでもクリーンヒットは一発も許さない。志狼はウィービングやダッキング、パーリングといったボクシングの防御技術を駆使して神楽の剣を回避し続けた。

 

 

 

 

「だああああーーーーっ!!」

 

「くっ、きゃあああっ!!」

 

 一方の静寐は乱の猛攻に苦戦を強いられていた。長大な角武を振り回す乱の猛攻に神楽を援護する隙を見出だせず、今ではコールした大楯で防御するのが精一杯。それでも乱の剣は大楯毎砕かんとばかりに勢いを増し、静寐のラファールはあちこち悲鳴をあげている状態であった。

 

「まずい! これ以上持たない!!」

 

 幾度も角武の斬撃を受け続けた大楯に、とうとう亀裂が入った。

 

 

 従姉である鈴が2本の青竜刀による連続攻撃で相手を圧倒するスピードファイターであるのに対し、乱は一撃に全力を懸ける生粋のパワーファイターであった。

 代表候補生になったばかりの頃、従姉の鈴に憧れていた乱は同じ戦法を採ろうとしていた。だが、模擬戦で敗戦を続ける内に鈴の戦い方が自分には向いて無い事に気付かされた。

 憧れた姉のようにはなれないと知り、落ち込んでいた彼女に、ある日ひとつの出会いが訪れる。武者修行の旅をしていると言う初老の日本人。偶然出会ったこの老爺との出会いが乱に新たな道を指し示した。

 老爺の使う剣術は『示現流』。初太刀に全てを懸けた一撃必殺の剣。老爺の指導を受けた乱は己が適性に気付き、パワーファイターとして覚醒した。それから乱は模擬戦でも連勝を重ね、序列4位まで上り詰めた。

 

 

 立ち塞がるモノ全てを打ち砕く剛剣。それこそが姉とは違う自分の──凰乱音の剣。今もどこかを旅しているであろう師匠から教えを受け、覚醒した己が剣を力の限り乱は振るう。

 

「チェストォォォーーーーッ!!」

 

 その一撃はラファールの大楯は真っ二つに砕き、ラファールの絶対防御すら発動させた。そして───

 

 

『ラファール・リヴァイブのSE残量0。よって鷹月静寐選手、リタイヤです』

 

 

 アリーナにアナウンスが響く。それと同時にもう一方の戦いも動いた。

 静寐の敗北を知った神楽は決着を付けるべく、大上段から渾身の一撃を孤狼に叩き込んだ。しかし、

 

 パキィィィンッッ!!

 

 乾いた音を発てて、神楽の剣が折られた。

 

「なっ!?」

 

 神楽の放った渾身の一撃を、志狼は光る拳で白刃取りし、そのまま叩き折ったのだ。

 

 剣を振った体勢のまま、孤狼の元に落下する打鉄。2機は完全に密着していて、どちらも攻撃が出来ない距離だった。だが、

 

「強かったよ神楽。また戦ろう」

 

「───え?」

 

 神楽の耳元で志狼の声がした。次の瞬間、神楽は腹部に凄まじい衝撃を感じて、意識を失った。

 

 志狼がやったのは密着状態からでも打てる超至近弾。踏み込みと腰の回転により、僅か10㎝の距離があれば打てる志狼の必殺パンチであった。生身で打った時ですら『爆弾』と称された威力のパンチをヴァリアブル・ナックルを介して打ったのだ。その威力は一撃で神楽の意識を奪うに充分であった。

 

 

 試合時間11分22秒。結城志狼&凰乱音組はAブロック決勝に駒を進めた。

 

 

 

 続くAブロック準決勝第2試合では、早々と箒・セシリア組が勝利を収め、Aブロック決勝は志狼・乱組対箒・セシリア組の対戦となった。

 

 

 

 

 

 第4アリーナでは1年生の部Bブロックの試合が行われた。

 準決勝第1試合、織斑一夏&ラウラ・ボーデヴィッヒ組対布仏本音&谷本癒子組戦は昨日と同じ状態で火蓋を切った。昨日、観る者全てに恐怖を刻み込んだラウラ1人が前に出て、一夏は後ろで待機する例のスタイルだ。

 

 試合開始のブザーが鳴ると同時に本音と癒子はシュヴァルツェア・レーゲンへ集中砲火を浴びせるが、全ての銃弾はシュヴァルツェア・レーゲンの停止結界に悉く阻まれてしまう。

 

「終わりか? ではこちらの番だな」

 

 集中砲火が途切れたのを見計らい、ラウラが呟く。

 

 

 そして、蹂躙が始まった。

 

 

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒはドイツ代表候補生序列1位にして現役の軍人。戦闘に対する厳しさは、学園生徒とは比べるべくもない。2対1の数的不利を物ともせず、本音と癒子を次々と撃墜して行った。本音と癒子にとっては幸いな事に、次の決勝を意識したラウラが早目に決着を付けた為、必要以上に痛め付けられる事は無かった。

 ともあれ、ラウラは2試合連続ただ1人で勝利を収め、その実力を見せ付けたのだった。

 

 

 

 続く準決勝第2試合では前評判通りヴィシュヌ・イサ・ギャラクシー&ティナ・ハミルトン組が勝利し、Bブロック決勝は一夏・ラウラ組対ヴィシュヌ・ティナ組の対戦となった。

 

 

 

 

 

 第5アリーナでは1年生の部Cブロックの試合が行われた。

 準決勝第1試合では結城明日奈&シャルロット・デュノア組が、第2試合では更識簪&沙々宮紗夜組が順当に勝利して、決勝での対戦が決まった。

 

 

 第6アリーナで行われた1年生の部Dブロック。ティアナ・ランスター&中嶋昴組が順当に勝ち進み、決勝へ進出した。

 

 

 

 

 午前中で各ブロックの決勝進出ペアが決まり、午後からは第1アリーナでブロック決勝が行われる。

 昼食を終え、参加する16人の選手達が続々と第1アリーナに集まって来る。

 最初に行われるのはAブロック決勝。結城志狼&凰乱音組対篠ノ之箒&セシリア・オルコット組の対戦であった。

 東側に志狼・乱組が、西側には箒・セシリア組がそれぞれのISを纏い、試合が始まるのを待っていた。

 

 

「マッチアップはさっきと同じ。俺が箒を押さえるから乱はセシリアを頼む」

 

「はい。任せて下さい」

 

「どちらか先に倒した方がもう一方の援護に回る。基本方針はこれでいいよな?」

 

「はい。それで行きましょう・・・・後ひとつですね、志狼さん」

 

「・・・・そうだな。でも今は目の前の箒とセシリアに集中する事。いいね?」

 

「! は、はい!!」

 

 志狼には乱が些か逸っている気がしていた。目的だったラウラとの対決まで後ひとつ。ようやく現実味を帯びて来た対決の予感に目の前の相手ではなく、その向こうのラウラを視ているように感じたのだ。

 

(嗜めはしたが、セシリアを舐めてかからなきゃいいんだがな・・・・)

 

 乱の様子に若干の不安を感じている志狼だった。

 

 

 

 

 一方、西側の箒とセシリア。

 

「悔しいですが志狼さまはお任せしますわ、箒さん」

 

「ああ、任せろ。お前の分も志狼にぶつけてやる」

 

「ふふ、頼もしいですわね・・・・本来私が志狼さまの相手をしたい所でしたが、孤狼は以前とは違います」

 

「ABフィールドか・・・・レーザーを無効化するとは、つくづく厄介な物だな。時に乱の方はどうなんだ?」

 

「そちらは任せて下さい。同じ代表候補生同士、負けてなるものですか」

 

 不敵な笑顔を見せるセシリアに、箒もまた同じような笑顔を浮かべる。そして、2人はコツンと軽く拳を合わせた。

 

 

 

 

 試合開始のブザーが鳴った。それと同時に孤狼と箒の駈る打鉄が地を這うようにダッシュして、アリーナ中央で激突した。

 

「はああああーーーーっ!!」

 

「うおおおおーーーーっ!!」

 

 拳と剣がぶつかり合い、衝撃を散らす。

 一方、セシリアは乱が志狼の援護に入らぬように、スターライトMk-Ⅱを乱射し、乱を引き付けていた。

 迫る幾条ものレーザーをかわしながら、乱もまた、甲龍・紫煙の尾部に備えられたレーザー砲『甲尾』を撃ち、応戦する。

 

「そんな真似しなくても、最初から私のターゲットは貴女ですよ、セシリアさん!」

 

 手にしたアサルトライフルと甲尾を撃ちながらセシリアに迫る乱。だがセシリアは乱がある程度近付くと、後退して距離を取った。乱は逃がすものかと追い縋る。こうして徐々にアリーナ中央の志狼から引き離されて行った。

 スナイパーライフルであるスターライトMk-Ⅱと中距離戦用の甲尾では射程が違う。セシリアの射撃は届くのに、自分の射撃は届かず、近付けばまた距離を空けられる事の繰り返しに、乱は段々苛立って来た。

 

「この、逃げるな!」

 

 甲尾を連射するもセシリアには届かず、乱は次第に苛立ちを募らせ、冷静さを失って行く。そして、それはセシリアの思う壺だった。

 

 セシリアは高度を落として低空飛行に入った。乱もそれを追い、甲尾とアサルトライフルを連射する。セシリアが回避する度に銃弾が弾け、アリーナに土煙が舞う。やがてアリーナの端に追い詰められるセシリア。乱はここぞとばかりに角武をコールして斬り掛かる。

 

「貰ったあっっ!!」

 

「いいえ。それはこちらの台詞ですわ」

 

 美しく微笑むセシリアに言い知れぬ不安を感じる乱。次の瞬間、背中に衝撃を受けて、甲龍・紫煙は落下した。

 

「ガハッ! な、何?」

 

 突然の衝撃に訳が解らず顔を上げる乱。その目の前に何がかが浮かんでいた。どこかで見た事のあるそれは───

 

(───BT兵器!?)

 

 そう認識する前に、目の前の浮遊物体──BT兵器からレーザーが発射された。

 

「くっ、いつの間に!?」

 

 咄嗟に腕を上げてガードするも、レーザーによりSEが削られて行く。一旦逃げようと上昇するも、上空にはいつの間にかセシリアが陣取っていて迎撃された。

 

 土煙に紛れて4機のBT兵器を射出したセシリアは、わざと追い詰められ、勝負を焦っていた乱の進路を限定させた。その背後にレーザーを撃ち、体勢を崩せば、後はBT兵器の包囲網を完成させるだけ。今のセシリアには容易い事だった。

 

「くっ、しまった!」

 

 自分が罠に掛かった事を覚った乱だったが、前後左右にBTを配置され、どこにも逃げ場が無い。上空にはセシリア自身がスターライトMk-Ⅱを構えて乱が出て来るのを待ち構えている。甲尾でBTを撃ち落とそうにもセシリアの巧みな操作で絶えず動き回る為、狙いが定められない。乱は次第に追い詰められて行った。

 

 

 

 

「ちっ、流石だなセシリア、やってくれる!」

 

 アリーナ中央で箒と戦いながら志狼が悪態を吐く。

 

「ふっ、当てが外れたようだな志狼。セシリアが乱を倒せば2対1で私達が有利だ。後は私がそれまで耐えればいい」

 

「面白い、行くぞ箒!」

 

「おおっ!!」

 

 気炎を発し、ぶつかり合う拳と剣。薙ぎ、払い、突き、打つ。己が持つあらゆる技術を駆使してぶつかり合う2人。いつしか2人共笑みを浮かべていた。

 

(ははっ、凄いな。神楽以上だ!)

 

(ふふっ、何だこれは? 戦うのがこんなに楽しいなんて!)

 

 自分が身に付けた技を全力で振るう、それを受け止めてくれる相手と出会えた喜びに志狼と箒は歓喜した。

 

 

 

 

 

「ほう。中々やるじゃないか、2人共」

 

「織斑先生?」

 

 アリーナの管制室で千冬が洩らした声に真耶が反応する。

 

「互いが互いの力を引き出し合ってる。今まさに戦いながら強くなってるんだよ、あの2人は」

 

 そう言われて、真耶は打ち合う志狼と箒を見る。確かに一打、一太刀毎に速く、鋭く、強くなっている。真耶はゴクリと唾を飲み込んだ。

 

「凄いですね・・・・」

 

「ふっ、ああ言う相手と巡り合えるのは歓びだな。何だか血が騒いで来た。後で私達も戦るか、真耶?」

 

「勘弁して下さいよ、この忙しい時に!」

 

「むう、そうか」

 

 千冬は残念そうに呟いた。戦いは更に激しさを増して行く。

 

 

 

 

 志狼と打ち合いながら箒は自分の剣が研ぎ澄まされていくのを感じていた。

 

(───不思議だ。こんなにも穏やかな気持ちになれるだなんて)

 

 嘗て、ただの暴力と成り果てた自分の剣。その醜さを知り、絶望しつつも、最早自分の一部であった剣を箒は捨てられなかった。そんな昏く澱んでいた自分の剣が志狼と打ち合う度に澄んでいくように箒は感じていた。

 

(違う。剣だけではない。私の心までもが澄んでいくようだ───)

 

 実際には心が澄んだから剣もまた澄んだのだろう。剣は自分の心を映す鏡だと言う、嘗ての父の言葉を箒は思い出していた。

 今、箒の心は鏡のように澄み渡り、さざ波ひとつ立たない水面のように静かであった。

 

 明鏡止水。武の極意とも云われる境地に、箒は今、到達していた。

 

 

 

 

 それは今まで通り、軽く振っただけに見えた剣だった。だが志狼は、かわす事も受ける事も出来ず、まともにその斬撃を浴びてしまった。結果、

 

「ガハッ!?」

 

 その一太刀は孤狼のシールドバリアを斬り裂き、絶対防御を作動させるに至った。

 

「───えっ?」

 

 これには当の箒ですら驚いた。今までと同じように振った一太刀がまさかの大ダメージを叩き出したのだ。予想外の事に箒は困惑していた。

 

 

 

 

「な!? あれは篠ノ之流剣術一の秘剣・『桜花放伸』!?」

 

 今の一撃を見た千冬が思わず立ち上がった。

 篠ノ之流剣術は大別すると二つの型に別れる。攻めの剣『桜花』と守りの剣『梅花』である。その中でも今箒が放ったのは攻めの剣『桜花』の中でも奥義に属する技のひとつであった。

 だが、箒が親元から離されたのはまだ10歳頃。とても父から奥義を伝授されたとは思えない。確かに完全な桜花放伸とは言えない所謂モドキではある。だが、自力で篠ノ之流の奥義に辿り着いたと言うならば───

 

(箒の剣才が開花したと言う事か。これをみたら柳韻先生もさぞ喜ばれるだろう)

 

 千冬は妹弟子の成長に思わず笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 一方、笑えないのが志狼であった。今までと何が違うのか解らないが、全く違う剣を放たれ、たった一太刀でSE残量が3割以下に減ってしまい、いきなり大ピンチに陥っていた。

 

(全く、これだから剣術と言う奴は厄介なんだ)

 

 恐らく今箒が放ったのは篠ノ之流の奥義で、箒の驚いた顔からして偶発的に出たものなのだろうと志狼は推察する。

 

(だとすれば箒自身もどう放ったのか分からない筈。あんなのを連発されたら正直お手上げだ)

 

 いずれにせよ、決着を急がねばならないと志狼は決意した。自機のSEが残り少ないのもあるが、時間が経ち、箒が例の奥義の感覚を掴んでしまえばこの試合での勝ち目は失くなる。

 

「勝負だ、箒!」

 

 志狼は意を決して突撃した。

 

 

 

 

 狼の咆哮のような独特のブースト音を響かせて、孤狼が突撃して来る。箒は深呼吸して気を落ち着かせると、先程の感覚を思い出すように目を閉じた。

 

(落ち着け。あの時の感覚を思い出すんだ。あの時は、そう、こんな感じで───)

 

 箒は上段に構えた剣を振り降ろす。そのフォームは身体のどこにも力みの無い自然体で美しいフォームだった。その美しさに比例するように、放つ斬撃は凄まじい威力で地面を一直線に切り裂いた。

 今度は警戒していたからか、辛うじて避けられた志狼だったが、内心は焦りまくっていた。

 

(おいおい、もう感覚を掴んだのか? 嘘だろ!?)

 

 箒が奥義の感覚を掴むまで、まだ時間が掛かると思っていたが、あっさり成功させてしまった。しかも、先程より威力が上がっているのだ。

 

(撃てば撃つ程完成に近付くと言うのか。なら、これ以上撃たせる訳にはいかん!)

 

 志狼は体勢を整え、再び加速した。

 

 

 

 

(今のは!? いける! 今の感覚を覚えている内に、もう一度───!!)

 

 箒が迫る孤狼に向けて、三度目の斬撃を放つのと同時に、志狼はリボルビング・ステークを全弾地面に向けて撃つ。地面はステークの衝撃で爆発するかのように土砂を噴き上げ、箒へのスクリーンになった。

 

(どこだ? どこから来る!?)

 

 次の瞬間、孤狼が上から強襲する。右拳を掲げ、箒目掛けて打ち下ろした。

 箒も負けじと迎撃の斬撃を放つ。

 

「うおおおおーーーーっ!!」

 

「はああああーーーーっ!!」

 

 交差する拳と剣。そして───

 

 

 パキイィィンッ!!

 

 

 乾いた音を立てて、箒の剣が根元から折れた。

 

「なっ!?」

 

 箒が驚愕に声を上げる。奥義の連発に剣の方が耐えられなかったのだろう。その間に、孤狼は打鉄の懐に潜り込み、ヴァリアブル・ナックルを放った。

 

(ああ、やっぱり強いな志狼は。私ももっと強くなって、貴方の側に───)

 

「箒。この勝負はお前の勝ちだ。俺は運が良かっただけ。また戦ろう」

 

「うん。また、な・・・・」

 

 箒は志狼の言葉に笑みを浮かべると、そのまま意識を失った。

 

 

『打鉄操縦者の戦闘続行不能を確認。よって篠ノ之箒選手、リタイヤです』

 

 

 こうして、ひとつの戦いは終わった。だが、試合はまだ終わらない。そして───

 

 

「何やってんの!しっかりしろ乱!!」

 

 

 この試合を終わらせる引き金となる1人の少女の怒声がアリーナに轟いた。

 

 

 

 

 

 時は少し前に遡る。

 

 ブルー・ティアーズの作るレーザーの檻に逃げ場を失い、乱は追い詰められていた。

 

(どうする? どうすればいい!?)

 

 予想外の展開に乱は焦り、パニックを起こしていた。パートナーの志狼は箒の相手で手一杯で、こちらを救援出来そうにない。

 

(くっ、誤算だった。イギリスのBT兵器がこれ程使える物だとは思わなかった)

 

 

 事前にスペックデータやセシリアの過去の試合映像は視ていたが、ここまで器用な使い方はしていなかった。それもその筈、セシリアがこの戦法を試合で使うのは初めての事だ。

 切っ掛けは志狼となのはの模擬戦。なのはの戦い方に自分と相通じるものを感じて、過去の試合映像を視た時、アクセルシューターで相手の動きを封じる場面があった。これをBT兵器で出来ないかと考えたセシリアが、苦心の末に会得した戦法なのだ。確かに最低6個のアクセルシューターで前後左右上下の全方向を塞ぐなのはに比べ、セシリアのレーザーBTは4機しかなく、不完全であるのは否めないが、空いた箇所には自らがライフルで迎撃するように絶えず動き回る事でそれを補っている。

 

(試合で使うのは初めてでしたけど、上手くいきましたわ。箒さんには感謝しないといけませんわね)

 

 セシリアは試合で使えるようになるまで、訓練に付き合ってくれた箒に心の中で礼を言った。間もなくレーザーBTのエネルギーが切れる。一度ブルー・ティアーズに戻してエネルギーを補充しなければならないが、その前に決定的なダメージを与えておきたい。セシリアが行動を起こそうとしたその時、

 

 

「何やってんの!しっかりしろ乱!!」

 

 

 突然聞こえた怒声にセシリアは目を丸くした。

 

 

 

 

「全くあの娘は~、セシリア舐めてるからこんな目に合うのよ!」

 

 観客席の最前列でクラスメイトと観戦していた鈴は苛立ちのままに声を上げた。 

 鈴は先日の怪我も完治しておらず、左腕を三角巾で吊っているのを始め、右腕や太股などにも包帯や絆創膏を貼っている。鈴の夏服は露出が多く、それらがしっかり見えるのが妙に痛々しい。当然まだ痛むだろうに、それを忘れて鈴は従妹の戦い振りに憤慨していた。

 

(何泣きそうな顔してんのよ。アンタはいつまで昔のままなの!?)

 

 幼い頃、自分の後を付いて回っていた乱。たまに鈴に付いて来れず、1人置いて来てしまった時の不安そうな顔と今の乱が不意に重なった。

 

「あ~、もう! アタシより背も胸も大きくなったくせに、そんな顔すんな!!」

 

 鈴は突然立ち上がり、シールドバリアギリギリまで近付くと、

 

 

「何やってんの!しっかりしろ乱!!」

 

 

 マイクも使わないのにアリーナ中に響く怒声を上げた。

 

 

 

 

 

 その声に驚き、顔を向けると、鈴と目が合った。

 

「・・・・お姉、ちゃん?」

 

 思わず呆けた声を出す乱。鈴は何故か悔しそうにも、辛そうにも、怒っているようにも見える複雑な表情をしていた。

 

「アンタはいつまでも昔のままなの!? 違うんでしょ!? ならしっかりしろ、凰乱音!!」

 

「!!」

 

 鈴の檄に乱の闘志に再び火が点く。歯をきつく噛み締めると、乱は吼えた。

 

「あーーっ! 情けない情けない情けない! この程度の事で折れかけるなんて! そうよ、しっかりしろ! 私は、私は凰乱音だあっっ!!」

 

 気合一閃、乱は角武をしっかりと握り直すと力の限り振り回した。

 

「はああああーーーーっ!!」

 

 長大な角武を振り回し、発生した太刀風にBTが吹き飛ばされる。

 

「くっ、非常識な!・・・・こちらも限界ですわね、仕方がない!」

 

 セシリアはエネルギー切れ寸前だったBTをブルー・ティアーズに戻した。1機のエネルギー補充に約1分。それまでBTが使えなくなる。

 

「箒さんは負けてしまったようですね・・・・志狼さまが救援に来るのは時間の問題。せめて乱さんを倒せていれば・・・・全く、恨みますわよ鈴さん!」

 

 セシリアは今まさにに乱にとどめを刺そうとした矢先に檄を飛ばし、乱を甦らせてしまった鈴に文句を言った。

 その間に体勢を整えた乱が角武で斬りかかる。だが、あまりにも無造作に突撃して来る乱にまだ冷静さを取り戻してないと感じたセシリアは切り札を切った。

 

「どうやら頭はまだ冷えてないようですわね。ならば食らいなさい!」

 

 セシリアは乱に向かってミサイルBTを発射した。2機のミサイルBTはカウンターで甲龍・紫煙に命中する!

 

 

 ズガアアァァァンッッ!!

 

 

 凄まじい爆音と黒煙が上がる。

 

「やりましたわ!!」

 

 喜色を上げるセシリア。だが、次の瞬間、一条の光が黒煙を切り裂いた。

 

「な、何ですの、あれは!?」

 

 セシリアが驚くのも無理はない。黒煙の中から現れたのは、長い首を伸ばしこちらを睥睨する鋼鉄の龍だった。龍はその顎を開くと、充満した光をセシリア目掛けて放った。

 

「!!」

 

 咄嗟の判断で回避したのは正解だった。先程までセシリアがいた場所には大穴が空いていた。土埃が舞い上がり、高熱で溶解したその穴の状態にセシリアは見覚えがあった。

 

「これは───荷電粒子砲!?」

 

 閃光のビームライフルや華鋼の「春雷」が荷電粒子砲、所謂ビーム兵器だ。セシリアが使っているレーザー兵器とは一線を画す代物で、その威力は2人のバトルを観ていたセシリアもよく知っていた。だが鋼鉄の龍の放った光。その威力は今まで見たどのビーム兵器よりも威力は上だった。

 

「そう、これが甲龍・紫煙の龍雷咆。そして、これが甲龍・紫煙の真の姿よ!」

 

 ようやく黒煙が晴れる。そこにいたのは先程までとは全く違う姿の甲龍・紫煙だった。

 その姿は二本足の龍、と言うべきものだった。ピーコックブルーの機体色はそのままに、装甲には良く見ると龍の鱗のようなものが浮かんでいる。手足は鋭い爪を持つ龍の手足に変わり、三ツ又に分かれた尾はその先端部で更に三つに分かれ、計9門の砲口を形成している。最大の特徴は乱本人の頭上に浮遊する龍の首であろう。それが只の飾りじゃないのは証明済みだ。

 セシリアを始め、アリーナ中の人達が驚愕している。事前に話を聞いていた志狼すらも、その変貌には驚いていた。

 

「これが甲龍・紫煙の完全戦闘形態。名付けて『爆龍モード』よ!」

 

 

 

 

 ───爆龍モード

 

 

 甲龍・紫煙は元々中国が鈴の甲龍を基に進めていた次代の主力量産機であった。紆余曲折の末、その設計図が台湾に渡り、乱の専用機となったが、乱の専用機とするに当たり、台湾技術陣は先行試作機であるのをいい事に大幅な改修を施した。

 本来龍の頭を模した砲口には第3世代兵装である龍咆が搭載される筈だったが、それを取り止め、開発中だった荷電粒子砲『龍雷咆』を搭載している。

 他にも龍鱗装甲や甲尾・九葉、プラズマ龍爪など強大な戦闘力を持つ機体であるが、エネルギー消費が激しい為、この状態で戦闘出来るのは5分しかないと言う欠点も抱えている。

 

 

 

 

「出来ればボーデヴィッヒ戦まで温存しておきたかったけど、こうなっては仕方がないわね。セシリアさん覚悟! 全砲門、フルバースト!!」

 

 乱はそう叫ぶと龍雷咆と三ツ又に分かれた尾部の9門の砲口『甲尾・九葉』を一斉発射した。

 

「くっ! 駄目、避けきれない!? きゃあああーーーーっ!!」

 

 必死に回避するセシリアだったが、全てを避ける事は出来ず、とうとう捕まってしまった。そして───

 

 

『ブルー・ティアーズのSE残量0。よって、15分52秒で結城志狼&凰乱音組の勝利です!』

 

 

 ワアアアァァーーーーッ!!

 

 アナウンスの後、歓声が響く。

 

 志狼と乱はAブロックの優勝を果たした。

 

 

 

~side end

 

 

 

 

 




読んで頂きありがとうございます。

志狼の必殺パンチ。その正体は「B.B」の10㎝の爆弾です。空中では踏み込みが利かなくて、威力を発揮出来ませんが、今回は地上戦だった為、本来の威力を発揮出来ました。
因みにゴーレム戦で撃ったのもこれです。

篠ノ之流剣術については勝手に設定しました。
攻めの桜花と守りの梅花。モチーフは「新仮面ライダーSPIRITS」、スーパー1の赤心少林拳。奥義の名前は桜花繋がりで「サクラ大戦」から使わせて貰いました。

乱の設定については独自設定です。
以前も書きましたが、筆者はアーキタイプ・ブレイカー(以後AB)は未プレイです。従ってABのキャラ、ISについては設定しか知らず、どんな話し方や戦い方をするのか解りません。よって、独自設定過多になるのはご了承下さい。
イラストで乱が角武を構えているのを見て、「斬艦刀みたいだな~」と思ったのが切っ掛けで、乱は示現流の使い手のパワーファイターになりました。技の1号力の2号って事で(笑)。因みに師匠はリシュウ・トウゴウ先生です。
甲龍・紫煙の爆龍モード。名前でお解りかと思いますが、「忍者戦士飛影」の海魔・爆龍がモデルです。丁度飛影の位置に乱が収まっているのを想像して下さい。

次回はB~Dブロックの決勝の模様をお送りしたいと思います。




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第44話 学年別トーナメント③~迫り来る影



大変遅くなりましたが、第44話を投稿します。

モチベーションが下がっていた事に加え、新連載を2本始めてしまい、そちらにかかりきりになってこんなに遅れてしまいました。申し訳ありません。

因みに新連載はダンまちのSS「迷宮都市の影技使い」とハイスクールD×DのSS「ハイスクールD×G~駒王町の規格外品」の2本です。興味があればご覧下さい。尚、「ハイスクールD×G」の方はR-18ですのでご注意下さい。

それでは遅くなった上に短いですが、第44話をご覧下さい。




 

 

~all side

 

 

 1年生の部Aブロックは結城志狼&凰乱音組が優勝した。

 

 

「へえ~、あんなISもあるんだなあ」

 

 Wピットで一夏は甲龍・紫煙(シェンロン・スィーエ)の爆龍モードを見て、呆れとも感嘆とも取れる声を上げた。

 

「ふん。あんなのは只のこけ脅しに過ぎん。それより次は私達の番だ。いつも通り邪魔するなよ」

 

「な!? お前また1人で()るつもりかよ!?」

 

 一夏が批難するも、ラウラは涼しい顔で言い返した。

 

「当たり前だ。素人が戦場をウロウロするなど邪魔なだけだ」

 

「! お前っ!!」 

 

 カッとなりラウラに掴みかかる一夏。だがラウラは冷めた表情で迫る一夏の腕を捻り上げる。

 

「! 痛ててっ、は、離せ!!」

 

 ラウラは手を離すとつまらなそうに鼻を鳴らした。

 

「ふん。これに懲りたら口答えするな。お前は私に従っていればいいんだ。行くぞ」

 

「ちっ、勝手にしろ!」

 

 悪態を吐きながら一夏はラウラの後に続いた。

 

 

 

 

 Eピットに戻った志狼と乱をヴィシュヌが出迎えた。

 

「おめでとう志狼、乱。見事な戦いでした」

 

「アリガト、ヴィシュヌ」

 

「ありがとうヴィシュヌ。ただ、乱はともかく俺は勝ちを拾ったようなものだからなあ」

 

「ええ。正直、箒があそこまでやるとは思いませんでした。私も是非戦ってみたいものです」

 

「アハハハッ、ヴィシュヌらしいね。でも今は目の前の試合に集中だよ?」

 

「わ、分かってますよ、それくらい」

 

 ヴィシュヌの後ろから金髪碧眼のグラマラスな美少女が現れた。

 

「志狼は初めてでしたね。わたしのルームメイト兼パートナーの」

 

「2組のティナ・ハミルトンよ。よろしくね♪」

 

 ティナは明るい笑顔でウインクした。

 

「1組クラス代表の結城志狼だ。こちらこそよろしく、ハミルトンさん」

 

「アハハハッ、堅いなあ。ティナでいいよ」

 

「そうか? じゃあ俺も志狼でいい」

 

「OK志狼!」

 

 志狼とティナは握手を交わした。

 

「ボーデヴィッヒは強敵だぞ。何か対策はあるのか?」

 

「対策と言う程ではありませんが」

 

「まあ、見てのお楽しみって事よ♪」

 

 どうやらヴィシュヌ達には何か作戦があるようだ。

 

「そうか、じゃあ楽しみにしてるよ。頑張ってくれ」

 

「はい。では行きましょう、ティナ」

 

「OK、ヴィシュヌ!」

 

 2人は志狼と別れ、自分のISに乗り込んだ。

 

 

 

 

 先程の試合の興奮も冷めやらぬまま、Bブロック決勝が始まろうとしていた。

 先にEピットからヴィシュヌ・イサ・ギャラクシー&ティナ・ハミルトン組が入場した。2人は観客の声援に応え、手を振っている。尤も、ヴィシュヌの方はティナに言われてしてたので、若干恥ずかしげではあったが。

 だがその歓声もWピットから織斑一夏&ラウラ・ボーデヴィッヒ組が入場すると次第に消えて行く。これまでの試合で圧倒的な力を見せたラウラに皆が畏怖しているようだった。そんな雰囲気など気にもならないと、ラウラは堂々としていたが、一夏の方は居心地が悪そうだった。

 

 試合開始のブザーが鳴ると、いつものようにラウラが前に出る。そのラウラに向かって、ヴィシュヌとティナの駆るラファールが迫る。

 

「まずは小手調べです!」

 

 ヴィシュヌの駈る赤いラファールが左ハイキックを繰り出す。だが、

 

「甘い!」

 

 やはりシュヴァルツェア・レーゲンの停止結界(AIC )に阻まれてしまう。

 

「くっ、これが噂の停止結界! 成る程、動けませんね」

 

「我がシュヴァルツェア・レーゲンの停止結界の前にはいかなる攻撃も無意味だ!」

 

 ラウラはそう言うと、肩部レールカノンをヴィシュヌに向ける。だが、

 

「後ろががら空きだよ!」

 

 いつの間にかレーゲンの真後ろに位置していたティナの黄色いラファールがバズーカ砲を撃った。

 

「何!? ぐあああっ!!」

 

 命中した砲撃にラウラの集中力が削がれ、停止結界が弛んだ。ヴィシュヌはその隙を逃がさない。

 

「チャンス!」

 

 止められている左脚を軸に機体を捻らせ、右のハイキックを放った。

 

「ハッ!!」

 

「ぐっ!!」

 

 レーゲンがハイキックを食らい、吹っ飛ぶ。その光景を見た観客から歓声が沸き起こる。今までダメージを受ける事のなかったラウラが初めてダメージを受けたのだ。この予想外の展開に観客も盛り上がっていた。

 

「くっ、おのれ!!」

 

 予想外の反撃にラウラは怒りの声を上げる。冒頭の六人(ページワン)になりそこねた代表候補生と名も知らぬ一般生徒のペアなど一蹴出来ると高を括っていた所、いきなりレーゲンのSEを2割も削られてしまった。ラウラは屈辱に身を震わせた。

 

 

 ラウラになりそこねと評されたヴィシュヌは「肉体凶器」と呼ばれた元ムエタイチャンプの母から幼少の頃よりムエタイを叩き込まれ、公式戦無敗、非公式では大人すら倒す程の実力を身に付けていた。

 そんな彼女が量産型ISを偶然動かした事が切っ掛けでスカウトされ、代表候補生となった。それから高い適性と戦闘力を発揮して、たちまち頭角を現す事になる。

 代表候補生同士の模擬戦でも連勝を重ね、このまま行けば序列1位は確実とまで言われていたが、今年の序列決定戦では後半連敗を重ね、結果7位に終わった。

 後で分かった事だが、この日ヴィシュヌは風邪を引いて40℃の高熱を発しながら戦っていたそうで、全ての試合が終わった直後、倒れて病院に搬送された。

 事情を省みたIS委員会タイ支部から、序列決定戦のやり直しを提案されるも、ヴィシュヌは「肝心な時に体調を崩したのは自分の責任。その必要はない」と公言して提案を拒否。己を鍛え直す為にIS学園へ入学し、現在に至っている。尚、非公式ながらタイ本国では「無冠の女王」と呼ばれている。

 

 一方のティナ・ハミルトンは確かに紛う事無き一般生徒である。特徴を強いて挙げるなら、彼女の実家は軍人、それも代々戦車乗りの家系であった。その関係から彼女自身も幼い頃から戦車に慣れ親しみ、ミドルスクールでは仲間達と戦車の競技大会に出場し、見事優勝を果たしている。そのせいか、砲撃に関しては非凡な才能を発揮する。

 陽気で細かい事は気にしない典型的なアメリカン美少女だが、最近は日本のお菓子が気に入って、食べ過ぎで太らないかが悩みの種らしい。

 

 

 ───閑話休題(それはさておき)

 

 

 ヴィシュヌが止められたらティナが、ティナが止められたらヴィシュヌがと、2人は互いの位置を確認しながら巧みに攻撃を仕掛けて、ラウラにダメージを積み重ねて行った。

 2人同時攻撃ならば先の本音・癒子組もしていたのに、何故2人の攻撃は効かず、ヴィシュヌ・ティナ組の攻撃は効くのか。それはAICの欠点を巧く突いている為であった。

 AICは1対1では部類の強さを発揮するが、その発動にはいくつかの制限がある。ひとつは操縦者が多大な集中力を要する事。その為停止結界発動中は他の行動が出来ず、集中が切れると効果も消えてしまう。もうひとつは一方向にしか発動出来ない事。その為反対方向からの攻撃には対応し切れず、このようにダメージを受けてしまうのだ。

 ヴィシュヌは代表候補生の権限で国際IS委員会のデータバンクを閲覧出来る。それによってAICに関して調べ上げ、交互に攻撃すると言う作戦を考えたのだ。

 言ってしまえば単純な作戦だが、単純故にハマれば効果は絶大であった。現にラウラは対処しきれず、ダメージを積み重ねて行った。

 

 観客の誰もが番狂わせが起きるかと注目し、ヴィシュヌとティナはこのまま行けるかも、と思った。だが、ラウラ・ボーデヴィッヒはそんなに甘くなかった。

 

「きゃああああっ!!」

 

 突如ティナの悲鳴が上がる。砲撃の一瞬の隙を突き、瞬時加速(イグニッション・ブースト)で一気に近付いたラウラはプラズマ手刀を発動させ、ティナのラファールを切り裂いたのだ。いきなり目の前に現れたラウラにティナは対応出来ず、ヴィシュヌが救援に来るまでラウラの攻撃を成す術なく受け続けてしまった。

 

「ティナ! 無事ですか!?」

 

「Oh~、助かったよヴィシュヌ。危うく絶対防御が発動しちゃう所だったよ」

 

「それは良かった・・・・どうやら彼女は貴女をターゲットに定めたようですね」

 

「予想通りだね。私とヴィシュヌじゃどっちが与しやすいかは分かりきってるし。でも」

 

「ええ。やる事は変わりません。行きますよティナ!」

 

「OK、ヴィシュヌ!」

 

 2人はラウラをはさみ撃ちにしようと再度散った。

 

 

「成る程。IS委員会のデータベースでも漁ったか。AICの欠点を突いて来るとは小癪な。だが、このシュヴァルツェア・レーゲンをAICだけの機体とは思うなよ!」 

 

 一方、ラウラにしてみればAICの欠点を突かれるのは想定の範囲内。ただ予想してたより早かった為、虚を突かれ、ダメージを負ってしまった。これはラウラの油断であった。だが相手がAICの欠点を知っていて、それを軸に作戦を立てるなら、それなりの戦い方をすればいい。ラウラは迫り来るヴィシュヌ機とティナ機を迎え撃とうと、6本のワイヤーブレードを射出した。

 

「くっ!」

 

「うわっ!」

 

 6本のワイヤーブレードはまるで生き物のように2人に迫り、攻撃して来る。

 

「食らえ!」

 

 ワイヤーブレードに対処して足を止めたティナに、レーゲンのレールカノンが直撃した。

 

「きゃあああっ!!」

 

「ティナ!? おのれ!!」

 

 パートナーをやられた怒りに、ヴィシュヌはワイヤーブレードを振り切ってラウラに肉薄するが、

 

「ふっ、馬鹿め」

 

 ヴィシュヌの攻撃はレーゲンの停止結界に阻まれてしまう。

 

「くっ、しまった!?」

 

「最後だ、食らえ!」

 

 レールカノンの砲口がヴィシュヌに向く。絶体絶命のピンチにありながら、ヴィシュヌは笑みを浮かべた。だが次の瞬間、その笑みが凍り付いた。そしてラウラの砲撃を至近距離で食らってしまった。

 

「きゃああああっ!!」

 

 ヴィシュヌのラファールがそのまま墜落する。その時、

 

 

『ラファール・リヴァイブのSE残量0。よってティナ・ハミルトン選手、リタイヤです』

 

 

 ティナのリタイヤを告げるアナウンスが響いた。

 

「何!?」

 

 そのアナウンスを不審に思い振り返ると、そこには雪片弐型を携えた白式がいた。

 

「危なかったな、ボーデヴィッヒ」

 

 一夏にそう言われるがラウラには何の事だか分からない。

 

「どう言う事だ、織斑一夏?」

 

 一夏は何があったかをラウラに説明した。 

 

 レールカノンの直撃により撃墜されたと思われたティナだったが、直撃する瞬間、隠し持っていたシールドで辛うじて防御に成功していた。砲撃の威力で吹き飛ばされはしたが、充分に戦闘可能であった。

 そして怒った振りをしたヴィシュヌが突撃し、1対1になったと思い込んだラウラが停止結界を発動させた隙に背後からティナが砲撃しようとしたのを一夏が強襲してティナを撃墜したのだ。

 全てはヴィシュヌとティナの策略であり、ラウラはまんまと策に嵌まった事になる。もし一夏がティナを撃墜しなければラウラは大ダメージを受け、場合によっては撃墜されていただろう。

 結果として一夏に助けられたラウラにしてみれば、屈辱以外の何物でもない。ラウラは機体をピットへ向けて飛び去ろうとする。

 

「おい! どこ行くんだよ!? まだ試合は終わってねーぞ!?」

 

「・・・・興が削がれた。後はお前がやれ」

 

「はあ!?」

 

「ギャラクシーのSEは残り1割もない。お前でもとどめぐらいは刺せるだろう・・・・」

 

 そう言ってラウラは今度こそピットの方へ飛び去ってしまった。

 

「何だよ。勝手な奴だな・・・・仕方がないか。こう言うのは好きじゃないんだけど、俺も負けられないんだ。悪いな」

 

 一夏はそう呟くと雪片弐型を構え、立ち上がったばかりのヴィシュヌに向かって突撃する。

 もうヴィシュヌには抵抗するだけの力は残っていなかった。

 

 

 試合時間13分57秒、1年生の部Bブロックは織斑一夏&ラウラ・ボーデヴィッヒ組が征した。 

 

 

 

 

 

「惜しかったな。後少しだったのに・・・・」 

 

 Eピットに戻って来たヴィシュヌとティナを志狼が労う。

 

「ええ。いい所まで行ったんですが」

 

「あそこで織斑が出て来るとは思わなかったよ~」

 

 そう、ヴィシュヌ達の敗因は一夏が絶対に動かないと思った事。一夏とラウラの仲は最悪だ。2人の間に信頼や友情なんてない。だからこそラウラが危機に陥っても一夏が助けに入るなんて普段の2人を知ってる者からすればあり得ない筈だった。だがラウラが撃破されれば自分が2対1で戦う羽目になると悟った一夏がティナを撃破した事で計算が狂ってしまったのだ。

 志狼も一夏は動かないと思っていた。自分達もヴィシュヌ達と同じ戦法を採ろうとしていた志狼は、作戦の立て直さねばと考えていた。

 

 

 

 

 

「くそっ! くそっ! くそっ!!」

 

 誰もいない廊下にラウラの怒声が響く。身の内の怒りを吐き出すが如く、ラウラはコンクリートの壁を叩き、そのままの体勢できつく唇を噛んだ。今、ラウラの心中は屈辱で一杯だった。

 格下と侮っていたヴィシュヌとティナの策に嵌まり、危うく撃墜される所だったのもあるが、

 

(よりによって織斑一夏(アイツ)に助けられるなんて───!!)

 

 何より腹立たしいのは、その危機を一夏に救われた事だった。

 大会のルール上仕方なくペアを組んではいるが、本来なら真っ先に始末したい相手に助けられるなんて、これ以上の屈辱はない。

 

「くそっ!!」

 

 ラウラは激情のままに再び壁を叩こうとした。だが、その手は壁を叩く前に何者かに掴まれた。

 

「! 誰だ!?」

 

 反射的に掴まれた手を振り払う。そして自分の手を掴んでいた者を見て、ラウラは驚愕した。

 

「───お前は!」

 

「お久し振り、ラウラ・ボーデヴィッヒ少尉。いえ、いまは少佐だったわね」

 

 紫色の長髪のまるで人形のように整った顔立ちの美女がそこにいた。2年前と変わらぬ冷たい美貌にラウラは見覚えがあった。

 

「何故お前がここに・・・・! まさか!?」

 

「まさかとはご挨拶だね。彼女は私の秘書だよ。私が行く所に同行するのは当然じゃないか?」

 

 コツコツと靴音が廊下に響く。暗がりから現れたのは白衣を着た長身の男。その男を見た途端にラウラは自分の身体が震えるのを自覚した。

 自分にとって未だに恐怖の象徴であり、ある意味自分の生みの親とも言うべき存在。その男の名は───

 

「ドクター、Dr.スカリエッティ!!」

 

 以前と変わらぬシニカルな笑みを浮かべて、Dr.ジェイル・スカリエッティは2年振りにラウラの前に姿を現した。

 

 

~side end

 

 

 

 

 

 




読んで頂きありがとうございます。

ティナのモデルは「ガールズ&パンツァー」のケイです。アメリカ人の美少女と言われパッと浮かんだのが彼女でした。ケイは好きなキャラなので神楽のようにモデルに引きずられ、ティナの出番が増えるかもしれません。戦車乗りの設定なんかは完全にケイに引きずられています。

ついに姿を現したDr.スカリエッティ。果たしてラウラに何をする気なのでしょうか。

次回は明日奈・シャル組対簪・沙夜組の対戦と決戦前夜までをなるべく早くお送りしたいと思います。



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第45話 学年別トーナメント④~4強、揃う



ご無沙汰してます。
投稿再開しますので、ご覧下さい。


 

 

~all side

 

 

「ド、ドクター!? 何故貴方がIS学園(ここ)に!?」

 

「おや? 閣下から聞いてなかったのかい? 私が来ると」

 

 昔と変わらぬシニカルな笑みを浮かべてDr.スカリエッティはラウラに近付いた。

 

 

 Dr.ジェイル・スカリエッティはドイツ科学局に在籍する科学者である。いつ頃からいたのか定かではないが、数々の新技術をドイツにもたらし、政府や軍部からの信任も厚い男だ。

 ラウラ・ボーデヴィッヒは軍が生体兵器として作り出した遺伝子強化試験体(アドヴァンスド)の1人。高い戦闘力を有するように遺伝子を操作され、所謂試験管ベビーとしてこの世に生を受けた(因みにこれもスカリエッティが軍の要請で行った事で、彼がラウラの生みの親と云われるのは強ち間違いではない)。

 戦う為の道具として作られたラウラは軍の期待に応えた。高い戦闘力を有し、あらゆる兵器の操縦方法や軍略を学び、いずれも好成績を修めて来た。

 やがて成長したラウラは特殊部隊に配属され、そこでもトップに昇りつめた。だが、それは長く続かなかった。

 世界最強の兵器ISが登場すると、ISとの適合性を高める為、部隊員全員に『越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)』という擬似ハイパーセンサーのナノマシン移植処理が命じられた。

 肉眼に行われるこの処理は、危険性の無い、理論上不適合も起きない筈であったが、ラウラの左目は金色に変質し、常時稼働状態のままオンオフの利かない制御不能に陥った。『越界の瞳』により絶えず入って来る情報量を処理し切れず、IS操縦訓練で大きく遅れを取ったラウラは、結果、部隊のトップから最下位にまで転落した。

 その処理を施したのもDr.スカリエッティであった。当時のラウラはスカリエッティを慕っており、彼ならば自分の現状も何とかしてくれるかもしれないと、藁をも掴む気持ちでスカリエッティに話しかけた。だが返って来たのは無機質な、まるで道端のゴミでも見るかのような、何の感情も感じない瞳だった。

 その時ラウラは、自分が見捨てられた事を知った。今から2年半程前の話である。

 

 

 そのスカリエッティが今、目の前にいる。

 あの時の無機質な瞳が嘘であるかのように親愛に満ちた瞳をラウラに向けて。

 

「訊いてはいましたが、何をしに来るかまでは訊いてませんでしたので・・・・」

 

「何を言ってるんだい。君を見に来たに決まっているじゃあないか」

 

「はあ!?」

 

 ラウラは訳が分からなかった。一度は見捨てた自分に一体何の用だとばかりに反発しそうになる。だが彼は国の重鎮。一介の代表候補生が無闇に逆らっていい相手ではない。

 

「・・・・そうでしたか。わざわざのご足労ありがとうございます」

 

 ラウラはグッと堪えて深く礼をする。こうすれば顔を見られない筈だと考えて。

 

「ああ。だが、些か見に来た甲斐のない試合だったね」

 

「!!」

 

 暗に先程の試合の不様さを指摘され、ラウラは胸に鋭い痛みを感じた。

 

「この調子で明日は大丈夫なのかい? 明日の相手は今まで以上の強敵なんだろう?」

 

「・・・・・・」

 

 ラウラは頭を下げたまま、唇を噛む。何とも答えられないのが悔しかった。

 スカリエッティはラウラが見てないのをいい事にほくそ笑んで、傍らにいる秘書、ウーノと視線を交わす。

 

「なに、案ずる事はない。私はその打開策を授ける為にここに来たんだからね」

 

「!?」

 

 スカリエッティのその言葉にラウラは咄嗟に顔を上げていた。

 

「打開策・・・・?」

 

「うむ。これだよ」

 

 スカリエッティは白衣のポケットから取り出した小さなパーツをラウラに渡した。

 ラウラ手のひらに収まる位の小さなパーツ。どうやら集積回路の一種ようだ。

 

「それをレーゲンに取り付けるといい。少なくとも現状より出力や反応速度が15%は上がる筈だ」

 

 ラウラはその言葉に訝しげな表情をする。

 

「・・・・まあ、使う使わないは君の判断に任せよう。ただ───」

 

「・・・・ただ、何です?」 

 

 スカリエッティはラウラを見下すように嘲笑(わら)って彼女の耳元で囁いた。

 

「───今日のような不様な姿は二度と許されない、と私は思うよ?」

 

「!!」

 

 その一言にラウラの呼吸が止まった。

 Dr.スカリエッティは政府にも軍部にも顔が効く。その男の言葉がこの場限りではなく現実になる可能性は極めて高い。ラウラはこのスカリエッティの言葉を彼からの最後通牒と判断した。

 

「では頑張りたまえ、ラウラ・ボーデヴィッヒ。行こうか、ウーノ」

 

「はい、ドクター」

 

 ラウラを残し、2人は去って行った。

 

(───私にはもう後がない。どうする? どうすればいい!?)

 

 ラウラの心は千々に乱れていた。

 

 

 

 

「よろしいのですか、ドクター?」

 

「ん?、何がだい?」

 

 廊下を歩きながらウーノがスカリエッティに尋ねる。

 

「例の物です。使うように命令した方が良かったのでは? あのままでは使わないおそれも「使うよ」・・・え?」

 

「あの娘は使うよ。必ずね」

 

「はあ・・・・」

 

 そう断言するスカリエッティをウーノは不思議そうに見つめる。

 

「君の最後の舞台だ。精々派手に踊って魅せてくれよ、ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 

 そう言って、スカリエッティは酷薄な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 中央アリーナでは1年生の部、Cブロック決勝が行われようとしていた。

 Eピットからは結城明日奈&シャルロット・デュノア組が、Wピットからは更識簪&沙々宮紗夜組が姿を現すと観客席から歓声が沸き上がった。

 この試合の見所は何と言っても明日奈と簪、2人の対決にあった。日本代表候補生の序列3位と4位、同時期に代表候補生入りした2人は周りからライバル同士と見なされていた。

 今年の年始に行われた序列決定戦に於いて、直接対決では明日奈が勝ったものの、総合成績から簪が3位、明日奈が4位となった。お互いに専用機を得てから初めての公式戦。ライバル対決に観客は否応にも盛り上がっていた。

 

 

「それじゃあシャルロット、手筈通りにお願い」

 

「分かってるよ明日奈。紗夜は私が抑えるから存分に戦って」

 

「うん。ありがとう」

 

 周りから思われているように、明日奈は簪にライバル意識を持っていた。序列決定戦に於いて直接対決では勝ったものの、序列が下になった事を内心悔しく思っていたのだ。

 明日奈は元々負けず嫌いな所があり、トーナメント表を見てから、この対決を心待ちにしていたのだった。

 

 

 

「簪、ファイト」

 

「うん。ありがとう紗夜」 

 

 いつもの無表情のまま、親指を立てて激励する紗夜に簪は頷いた。

 周りから思われている以上に簪は明日奈にライバル意識を持っていた。序列決定戦に於いて序列は上になったものの、直接対決で敗れた事をずっと悔しく思っていたのだ。

 簪には目指すべき()がいる。その人(楯無)に並び立てる自分になる為に過去の敗戦をそのままにしておけない。トーナメント表を見てから、この対決を心待ちにしていたのは簪も一緒だった。

 

 

 試合開始のブザーが鳴る。それと同時に閃光と華鋼が一気に距離を詰める。

 

「明日奈ああっ!」

「かんちゃん!」

 

 互いに瞳を反らさぬまま、閃光は細剣「ランベントライト」を、華鋼は超振動薙刀「夢現」を抜く。

 

「──この時を!!」

「──待ってた!!」

 

 アリーナ中央で2機のISが激突した!

 

 ギイィィィィィンッッ!!

 

 閃光のランベントライトと華鋼の夢現が打ち合い、激しい音を発する。

 

「くうっ!」

 

「まだよっ!」

 

 突きを主体とした攻撃で攻める明日奈。それに対し簪は夢現を縦横無尽に振るい、クリーンヒットをかわしつつ、隙あらば攻めに転ずる。一進一退の攻防に観客は熱狂した。

 

 

 

 

 一方のシャルロットと紗夜はアリーナ中央で戦う明日奈と簪を邪魔しないように砲撃戦を繰り広げていた。

 

「ど、ど~~ん」

 

 紗夜の駆る打鉄が腰だめに構えた大口径砲を発射する。

 

「うわわっ!?」

 

 大口径砲はその大きさに比例して、華鋼の春雷以上の威力がある。当たればカスタム機とは言え元は量産機のラファールでは一溜まりもない。だがシャルロットはラファールを巧みに操り、回避しながらも距離を詰める。

 

「むう」

 

 手にしたアサルトライフルを撃ちながら接近するシャルロットから辛くも逃げ切った紗夜は大口径砲のエネルギーを確認する。

 

(エネルギー充填70%・・・・充填完了まで約1分、それまで逃げ切らなくちゃ)

 

 紗夜の使っている大口径砲『39式光線砲ウォルフドーラ』は彼女の父親の作った特別性だ。

 紗夜の父は某大企業に勤める技術者だったが、会社の方針と対立、喧嘩別れをしてフリーに転身した経歴の持ち主で、紗夜は父親の技術力を証明する為にIS学園入学していた。

 そんな彼女にとって、この学年別トーナメントは絶好の舞台であった。

 

(お父さんの為にも、私は負けない──!)

 

 紗夜のIS適性はA-と一般生徒にしては高い上に、父親の研究室でシミュレーターによる操縦訓練を入学前から積み重ねて来た。シミュレーター限定とは言え、操縦経験は代表候補生である明日奈や簪以上で、紗夜自身も自分の操縦技術には少なからず自信があった。しかし、

 

「逃がさないよ!」

 

「むう!?」

 

 シャルロットは更にその上を行った。

 シャルロットは2年前からデュノア社でテストパイロットを務めていた。過酷とも言える環境下でテストパイロットとして実績を積んで来た彼女の操縦技術は並の代表候補生を凌駕するレベルに達していた。

 もし彼女が普通に代表候補生になっていたら、確実に冒頭の6人(ページワン)入りして次期フランス代表となっていただろう。

 

「貰ったあ!」

 

「!!」

 

 エネルギー充填80%。未だチャージが終わらない中、シャルロットの放った銃弾が沙夜に迫る。

 

「ふっ!!」

 

 カカカカンッ!!   

 

 誰もが紗夜の被弾を予感したこの状況で、観客は信じられないものを見た。銃弾が当たる間際、紗夜は腰を軸にしてウォルフドーラを回転させ、迫る銃弾を全て叩き落としたのだ。

 

「ウソォ!?」

 

 撃ったシャルロットもまた驚いていた。シャルロットの射撃は正確に打鉄のバーニアを撃ち抜き、紗夜の足を止める筈だったのに全て叩き落とされたのだ。

 これにより分かる事は2つ。1つは紗夜のウォルフドーラが恐ろしく頑丈で、アサルトライフル程度では破壊出来ない事。もう1つは紗夜は砲撃戦だけではなく近接戦闘も出来ると言う事だった。

 シャルロットの予測を裏付けるように、さっきまで逃げ回っていた紗夜が反転し、ウォルフドーラの銃把を持ち、まるで巨大なトンファーのように回転させつつ迫って来た。シャルロットはアサルトライフルを捨てて近接ブレードをコールし、すれ違い様に一閃する。

 

 ギイイインッッ!!

 

 近接ブレードとウォルフドーラがぶつかり合う。シャルロットはウォルフドーラのあまりの頑丈さに思わず呆れた顔をした。

 

(何なのアレ!? あんな使い方が出来るなんて、どれだけ頑丈なの!?)

 

 アサルトライフルの直撃にも壊れず、打撃武器としても使え、砲として高い攻撃力を持つ武器なんてどうやって作ったのか見当もつかない。各国の企業がさぞ欲しがる事だろう。その点では父親の技術力を知らしめるという紗夜の目的は達せられたと言える。後はこの試合に勝利すれば完璧。だから───

 

(ここで勝負を決める!!) 

 

 ウォルフドーラのエネルギーは既に100%に達し、いつでも撃てる状態だ。紗夜は接近戦を繰り広げながら機会を伺っていた。

 そして何合目かの打ち合いの末、紗夜の一撃がシャルロットの近接ブレードを上に弾き飛ばした。武器を失ったラファールが無防備な姿を晒す!

 

(今だ───!!)

 

 紗夜は降り上げた勢いのまま、ウォルフドーラを回転させ腰だめに構えると、至近距離からの砲撃を放った。

 

「!!」 

 

 光の奔流の中に飲み込まれるシャルロットのラファール。その光景を見た誰もが紗夜の勝利を確信した。

 だが、光が消えたそこには───

 

「───なっ!?」

 

 大盾を構えたラファールの姿があった。

 

「ふう。危なかった」

 

 シャルロットは近接ブレードを弾き飛ばされた瞬間、素早く拡張領域(バススロット)から大盾をコールし、ウォルフドーラの砲撃からその身を守ったのだ。

 

(これって高速切替(ラピッドスイッチ)───!?)

 

 そう。かつてクラス対抗戦でティアナが志狼を苦しめた高速切替(ラピッドスイッチ)。シャルロットはそれをティアナ以上の速さで行い、その技術(テクニック)によってその身を守る事に成功していた。

 

「今度はこっちの番だよ!」

 

 シャルロットは大盾を突き出すと、盾の装甲がパージされ、リボルバーと杭打ち機が融合した武装が姿を現した。

 これぞラファール・リヴァイブ・カスタムⅡ最大の切り札『灰色の鱗殼(グレー・スケイル)』。通称──盾殺し(シールド・ピアース)

 

「行っけええええーーーーっ!!」

 

 鋼鉄がぶつかり合うような凄まじい音がアリーナに2度響く。

 

(───ああ、負けちゃった。ゴメン簪、ゴメンお父さん・・・・)

 

 シャルロットの盾殺しの威力は紗夜の打鉄のSEを一気に削り、絶対防御を発動させるに至った。

 

 

『打鉄SE残量0。よって沙々宮選手、リタイヤです』

 

 

 8分51秒。シャルロット・デュノアと沙々宮紗夜のバトルはシャルロットに軍配が上がった。だが戦いはまだ終わらない───

 

 

 

 

 

 シャルロットの勝利を知らせるアナウンスを聞いて、明日奈は心の中で喝采を上げた。  

 

(流石シャルロット! きっちり仕事を果たしてくれたわ。後は私が決着を付けるのみ!)

 

 意気を上げて、明日奈は華鋼に斬りかかる。

  

 

 

 紗夜の敗退を知らせるアナウンスを聞いて、簪はパートナーの気持ちを思い、胸を痛めた。

 

(紗夜、悔しかったよね・・・・でも待ってて。明日奈もシャルロットも私が倒すから、明日の準決勝に2人で進もう!)

 

 決意も新たにして、簪は閃光を迎え撃つ。

 

 

 

 明日奈と簪は一進一退、互角の戦いを繰り広げていた。

 今の閃光は高機動型の華鋼に対応する為に、同じ高機動型のフォースシルエットを装着している。エネルギー消費が激しい為に温存していたが、決着を付けるべく明日奈はここで切り札を切った。

 

 閃光が華鋼から大きく距離を取って静止した。そして、

 

「閃光!『V-MAX』発動!!」

 

『Ready』

 

 明日奈の声に機械音声が応えると、閃光の機体各部のスリットから一筋の閃光が疾る。光の尾を引き、高空へ舞い上がった閃光は白い光の繭に包まれ、その名の通り『閃光』と化した。

 

 

 

 

 ───V-MAXシステム

 

 

 閃光の第3世代兵装。元は緊急脱出用のシステムを転用したもので、システムを発動すると機体各部のスリットから閃光が疾り、光の繭を形成して超高速飛行が可能となる。

 そのスピードは通常のISの2~5倍に達し、光の繭にはバリア効果も発生する。そのまま敵に体当たりしてダメージを与えたり、敵の攻撃をある程度防ぐ事も出来る。1対1では無類の強さを発揮する攻防一体の兵装。

 但し、エネルギー消費が激しく60秒しか発動出来ない。60秒を過ぎると機体がオーバーヒートして、SE切れを起こしてしまう。

 一応他のタイプでも使えるが、システム最大の持ち味であるスピードを活かす為にフォースシルエットで使用する事が最も多い。

 因みに発動する時の「Ready」という機械音声は開発元であるモルゲンレーテ社の技術者によるこだわり。

 

 

 

 

「!!」

 

 簪は咄嗟にガードを固めたが、次の瞬間、激しい衝撃に跳ね飛ばされた。

 

「きゃああっ!?」

 

 閃光のスピードに華鋼は対処しきれず、右へ左へと跳ね飛ばされる。

 

「く、分かってはいたけど、これ程とは!でも!!」

 

 簪はいつか明日奈と戦う事を想定し、幾度もシミュレーションを重ねて来た。その結果『V-MAX』を使われたら自分に勝ち目はないと判断せざるを得なかった。

 圧倒的スピードによるヒット&アウェイは回避不能。出来るとすればガードを固めてカウンターを狙う位だが、あのスピードにカウンターを入れるには事前に必ず来る攻撃が分からないと難しい。結果、閃光に勝つにはV-MAXを使われる前に倒すしかない。そう思っていたある日、簪は偶然にも明日奈の攻撃パターンからその必ず来る攻撃を見付けた。だがそのチャンスはほんの一瞬しかない危険なものだった。

 

「でも勝つにはこれしかない!」

 

 激しい衝撃に絶えながら、簪はじっとその時を待つ。そして華鋼のSEが2割を切った時、閃光が大きく距離を取った。

 そう、最後の突撃を仕掛ける時、明日奈は必ず加速する為に大きく距離を取る。そして、閃光が加速した。

 

「ここだ!『山嵐』全弾発射!!」

 

 偶然見付けた唯一のチャンス。簪はこの一瞬に全てを賭け、山嵐を全弾叩き込んだ。6機×8門のミサイルポッドからミサイルの雨が閃光に向かって降り注ぐ!

 簪は今回華鋼の第3世代兵装『マルチロックオンシステム』を敢えて切り、閃光の予測進路にミサイルを集中させた。

 いくら閃光が驚異的なスピードを誇っていても、間断なく降り注ぐミサイルの雨は避けようがない。そして驚異的なスピード故に一度加速したら閃光は急停止出来ず、真っ直ぐ突っ込むしかない。光の繭のバリアも2、3発ならともかく48発全てには決して耐えられない。それこそが簪が見付けた勝利への道。そして───

 

 

 ドガアアァァァンンッ!!

 

 

 計48発のミサイルが一斉に着弾した轟音と衝撃がアリーナを揺さぶる。

 

「やった!!」

 

 簪が思わず声を上げる。あのミサイルの豪雨の中を突っ切るのは計算上不可能。簪は自分の勝利を確信した。しかし───

 

 

 

 

 結城明日奈は代表候補生になるまでは護身術程度しか学んだ事が無かった。でありながら序列決定戦に於いて簪を始めとした代表候補生達を倒し、序列4位にまでなっている。

 彼女がどこでそれ程の力を身に付けたのか? その答えは彼女の趣味であるVRMMOゲームにあった。

 VRMMOゲームはバーチャルリアリティー(VR)空間で行う大規模オンラインゲームで、視覚聴覚だけで無く5感全てで没入(フルダイブ)するタイプのゲームである(因みにこの技術もISの研究によりもたらされた副産物のひとつ)。プレイヤーはVR空間に創られた仮想世界で冒険したり生産活動をしたりと自由に生きていくのだ。

 明日奈はとある人気VRMMOゲームにて、攻略ギルドの副団長を務めるトッププレイヤーであった。勿論ゲームの中の話であり、現実でゲームのような動きが出来る訳無いが、ことISの操縦という点ではあながちそうとも言えなかった。

 ISの操縦に最も大切なのはイメージ。どういう動きをするか、より明確にイメージ出来れば、イメージフィードバックシステムによりISはその通りに動いてくれる。

 明日奈はゲームで培った感覚を明確にイメージする事で武術経験の無さを補い、序列4位にまで上り詰めたのだ。 

 そして、そのイマジネーションは今回も明日奈を救った。

 

 

 

 自分に迫り来るミサイル群を見て明日奈は唇を噛む。

 

(やられた! 完全にタイミングを読まれてた! どうする───!?)

 

 このまま進めば、いくらV-MAXにバリア効果があっても最終的にミサイルに捕まる可能性が高い。ならばどうするか、明日奈は刹那の間に決断すると機体をそのまま突っ込ませた。

 

「行くよ、閃光!!」

 

 その時明日奈はより速く、より鋭く山嵐のミサイル群を突っ切る閃光の姿をイメージして飛翔した。明日奈の明確なイメージはいつも以上のスピードを閃光にもたらし、すぐ近くにミサイルが着弾して爆風に煽られるもただ前に、真っ直ぐに突き進んだ。

 

「届けええええーーーーー!!」

 

 明日奈のイメージに閃光は応え、これまでの最高速度を上回り、ミサイルの豪雨を潜り抜けた。

 

 

 

 

 ミサイルの着弾する衝撃にアリーナが揺れる。爆煙が立ち込める中、簪はキラリと輝く光を見た。それに気付いた次の瞬間、その光に華鋼は貫かれていた。

 

(───そう、あれをかわしたの・・・・やっぱり明日奈は凄いや・・・・)

 

 衝撃の中、簪は己の敗北を悟った。

 

(ゴメン紗夜、私も勝てなかったよ───)

 

 華鋼を貫いた閃光がV-MAXを解除すると、機体各部のスリットから機体に籠った熱が排出される。そして───

 

 

『華鋼SE残量0、よって11分14秒でこの試合、結城明日奈&シャルロット・デュノア組の勝利です!』

 

 

 アリーナが歓声に包まれ、白熱したバトルを見せた4人に惜しみない喝采が贈られる。

 こうしてCブロックの勝者が決まった。

 

 

 

 

 続く1年生の部、Dブロックは8分35秒でティアナ・ランスター&中嶋昴組がブロック優勝を決めた。

 

 

 

 こうして1年生の部は以下のように各ブロックの優勝ペアが決定した。

 

A.結城志狼&凰乱音組

B.織斑一夏&ラウラ・ボーデヴィッヒ組

C.結城明日奈&シャルロット・デュノア組

D.ティアナ・ランスター&中嶋昴組

 

 以上のように今年の4強が揃った。

 

 

 因みに2年生の部はなのは&フェイト組、3年生の部はダリル&イレーネ組の優勝候補ペアが順当に勝ち進んでいた。

 

 

 

 

 

 その日の夜、志狼達は昨日と同じメンバーで夕食を摂っていた。

 

「ハア~、まさか乱さんの機体にあんな奥の手があるなんて・・・・」

 

「あはは、まあまあセシリア。でもインパクトあったよねえ~」

 

「うん。乱ちゃんおっきな龍、頭に乗っけてたもんね」

 

「いや、ナギさん、ゆっこさんも私が被り物してたような言い方しないで下さいよ」

 

 乱がナギと癒子の言い方に不満を漏らす。

 

「でも良かったの? あれって温存しときたかったんじゃ・・・・」

 

「まあ本音を言えばそうなんですけど、それだけセシリアさんに追い詰められてたから仕方がないかなって」

 

 静寐がそう訊くと、乱は正直に試合での心境を語った。

 

「だってさ。ほら、いい加減機嫌を直せってセシリア」

 

「ム~~、志狼さまがそうおっしゃるなら・・・・」

 

 志狼に嗜められ、セシリアも渋々ながら機嫌を直した。

 

「俺としては箒のあの剣について聞きたいな。あれは一体何なんだ?」

 

「そうね、私も聞きたいわ箒。今までの稽古でも見せた事なかったわよね?」

 

「うん・・・・あれは恐らく篠ノ之流剣術『一の秘剣・桜花放伸』、だと思う」

 

 志狼と神楽から訊ねられ、箒が答える。

 

「だと思うって、何だかはっきりしないわね」

 

「そう言われても困るぞ明日奈。私があの技を父に見せて貰ったのはまだ10歳位で、その父とも随分会ってないんだ。断定出来なくても仕方ないだろう?」

 

「え? じゃああれって意識して撃ったんじゃないの?」

 

「まあ、そうなる・・・・」

 

 明日奈に言われて反論する箒だったが、シャルロットに訪ねられ、偶々撃てた技だとばらしてしまう。

 

「な~んだ、偶然か~」

 

「な~んだ、マグレか~」

 

「ぐうっ、・・・・まあ本音と清香の言う通り、確かに偶然なんだがな・・・・」

 

「偶然だろうが何だろうが、撃てた事には変わらないだろ? でも箒、篠ノ之流の剣士ならすぐ側にいるじゃないか」

 

「え?・・・・あ、織斑先生!」

 

「ああ。織斑先生(あの人)は篠ノ之流剣術を修めてるんだろ。なら奥義の事も知ってるんじゃないか?」

 

「そうか・・・・ありがとう志狼、早速明日にでも聞いてみる!」

 

(あの技を自在に撃てるようになれば、私はもっと強くなれる。そうしたら私も志狼の隣に───!)

 

 自分の撃った技の正体が分かるかもしれないと、箒は目を輝かせた。

 

 皆でおしゃべりしながらの夕食が終わり、そのまま解散となった。志狼は席を立とうとして、携帯にメールが入っているのに気付いた。

 

「どうしたんですか、志狼さん?」

 

「いや、何でもない」

 

 メールを一瞥して、志狼は乱に答える。

 

『今夜10時、寮の屋上で待つ  凰 鈴音』

 

 メールの送り主は鈴だった。

 

 

~side end

 

 

 

 

~鈴音side

 

 

 午後10時、屋上の扉が開いて志狼が姿を見せた。

 

「よう、鈴」

 

「時間ピッタリね志狼。感心感心」

 

「そうか。で? こんな時間に呼び出すなんて、一体何の用だ?」

 

 志狼がそう前置きなしに訪ねて来る。志狼は明日も試合があるんだし、長く引き止めるのも悪いわね。さっさと用件を済ませましょうか。

 

「うん・・・・聞きたい事があるの。志狼、アンタはどうして乱をパートナーに選んだの?」

 

「乱から聞いてないのか? お前の仇を討ちたい乱と、ボーデヴィッヒの暴走を止めたい俺の利害が一致したからだよ」

 

「・・・・・それだけ?」

 

 確かに表向きの理由としては完璧だ。だからこそアタシには怪しく感じる。

 

「どう言う意味だ?」

 

「・・・・アンタもしかして乱を狙ってるんじゃないでしょうね!?」

 

「はあ!?」

 

 アタシがそう言うと、志狼は何とも言えない顔をしていた。

 

 

~side end

 

 

 

 

~志狼side

 

 

 俺は今、泣きたい気分になっていた。

 

「確かにあの娘はアタシに似て物凄い美少女だし、胸も悔しいけど年の割にあるわ。性格は生意気な所もあるけど根は素直ないい娘だし、アンタが目を付けるのも分かるわ。でもあの娘はまだ14歳、恋愛するにはまだ早すぎると思うの。アンタに箒やセシリアもいるんだし、何より明日奈がいるでしょ!? だから乱の事はそっとしておいて欲しいのよ。そもそも───」

 

 決闘の申し込みのようなメールで呼び出され、何事かと思いきや、どうやら鈴は俺が乱に手を出さないよう釘を刺してるみたいだ。だがそれはいつの間にか乱の昔話に変わり、鈴はどこか楽しそうに語っていた。

 ともあれ今の鈴の様子はどこかで見たような気がする。熱心に妹の自慢をし、人の話を全く聞かないこの様子は───

 

「ああそうか。簪の自慢をする刀奈にそっくりなんだ・・・・」

 

 気付いたら納得した。今の鈴は妹自慢をする刀奈そっくりだ。道理で既視感を感じると思ったが、つまりは鈴も刀奈と同レベルのシスコンだった訳だ。全く、この学園にはシスコンしかいないのか。(どこかから「お前もだろ!」ツッコまれた気がしたが、気のせいだろう)  

 そのシスコン()は未だに乱の昔話を垂れ流している。もしこの場に乱がいたら恥ずかしさのあまり悶絶するような内容になって来たので、いい加減止めなくては。

 

「いい加減落ち着け」

 

「ピャアッッ!!」

 

 奇っ怪な叫び声を上げて鈴が蹲る。軽く左肩を叩いただけなんだが、ちょうど鈴の負傷した箇所だったらしく、かなり痛かったようだ。

 

「あ、スマン。そんなに痛かったか?」

 

「痛いに決まってんでしょ! 何すんのよもう!!」

 

 鈴は涙目で怒鳴った。

 

「それは悪かったが、結局俺にどうしろと? 言っとくが乱に手を出す気は無いぞ?」

 

「何よ! 乱のどこが不満なのよ!?」

 

「ハア・・・・あのな鈴、手を出して欲しいのか欲しくないのかどっちかハッキリしてくれ」

 

 理不尽な怒りをぶつけて来る鈴に、流石に呆れた。

 

「とにかく、俺から乱にアプローチをかける気は無い。確かにいい娘だとは思うが、彼女とはあくまで利害の一致から今大会に限りペアを組んだだけ、他意はない。まあ、信じる信じないはお前次第だけどな」

 

「ムウ・・・・いいわ、取り敢えずアンタを信じるわよ」

 

 鈴は一応納得してくれたようで矛を収めた。

 

「・・・・それじゃあ俺はもう帰らせて貰うぞ」

 

「あっ、ま、待って志狼!」

 

 話は終わったとばかりに踵を返す俺を鈴が呼び止める。

 

「・・・・・今度は何だよ?」 

 

 ややうんざりしながら振り向くと、さっきまでと違う真剣な表情の鈴がいた。

 

「志狼、アンタに頼みがあるの───」

 

 

~side end  

 

 

 

 

~ラウラside

 

 

 間もなく日付が変わろうという時刻、IS学園の整備室に私はいた。

 整備台には整備が完了した『シュヴァルツェア・レーゲン』が鎮座している。勿論整備は私自身の手で行った。我がドイツの技術の結晶を素人同然の学園生徒になど触らせてなるものか。それに───

 

「・・・・・・」

 

 私は手にした小さなパーツを見つめる。今日の試合後、Dr.スカリエッティから渡された物だ。私はこれを使うべきなのだろうか。正直ドクターの作った物になぞ頼りたくはない。だが───

 

 

(───今日のような不様な姿は二度と許されない、と僕は思うよ?)

 

 

 あの時のドクターの言葉が頭から離れない。

 あの男の言う通り、私にはもう後がない。だったら私は───!

 

 

 

 

 ドクターから渡されたパーツを取り付けた後、去り際にふと『シュヴァルツェア・レーゲン』を見上げた。

 何故だろうか、レーゲンが哀しんでいるように私には思えた───

 

 

~side end

 

 

 

 




読んで頂きありがとうございます。
間が開きすぎて内容を忘れたという方、一部書き直している所もありますので、読み返して貰えたら幸いです。


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第46話 学年別トーナメント⑤~悪魔の誘い



復帰早々感想ならび誤字報告ありがとうございます。
今回は少し短めでお送りします。
ご覧下さい。


 

 

~all side

 

 

 大会4日目。本日は1年生の部の準決勝と決勝が行われる。2、3年生は休養日となり、明日の最終日に決勝戦が行われる。

 昨日まで勝ち進んだ各ブロックの優勝ペア4組8名の選手達は既に各ピットで待機しており、試合開始を刻一刻と待ちわびていた。

 まず最初にAブロックを征した結城志狼&凰乱音組とBブロックを征した織斑一夏&ラウラ・ボーデヴィッヒ組の対戦。続いてCブロックを征した結城明日奈&シャルロット・デュノア組とDブロックを征したティアナ・ランスター&中嶋昴組の対戦が行われ、其々の勝者ペアが午後の決勝戦で総合優勝の座を争う事になる。

 

 

 

 午前9時55分、中央(メイン)アリーナでは間もなく結城志狼&凰乱音組対織斑一夏&ラウラ・ボーデヴィッヒ組の試合が始まろうとしていた。選手達は既にISを展開し、試合開始の刻を待っていた。

 

「調子はどうだ、乱?」

 

「絶好調です!」

 

 乱は待望の時を迎え、やや意気込んでいるらしい。食い気味の返事に志狼は思わず苦笑する。

 

「落ち着けよ乱。気持ちは分かるが冷静に、な」

 

「う、は、はい」

 

 志狼に言われてようやく自分の状態を自覚したのか、乱は頬を赤くする。

 

「さて、あっちは・・・・どうやら何も変わらないみたいだな」

 

 乱が落ち着いたのを見計らい、志狼は対戦相手である一夏とラウラの様子を窺う。試合前だと言うのに打ち合わせもせず、お互い顔も合わせない2人に志狼は呆れたようにため息を吐いた。

 

「全く、随分と舐められた物です。だったら作戦通り行きましょう!」

 

 乱は怒りの籠った視線を対戦相手の2人に向けた。

 

「勝つぞ乱」

 

「はいっ!!」

 

 2人は拳を打ち合わせた。

 

 

 

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒは目を閉じて、静かに佇んでいるように見えた。

 

「おいボーデヴィッヒ。この試合どうするんだよ?」

 

 一夏が顔を合わせぬまま訊いて来た。

 

「どうするも何も今まで通りだ。私が全部やるからお前は手を出すな」

 

「──ってお前まだそんな事言ってるのかよ!? 昨日の試合を忘れたのか!?」

 

 痛い所を突かれたのか、ラウラは一夏を睨み付けた。

 

「黙れ! 何度も言うが素人が口を出すな! 気に入らんというなら、まずお前から片付けてやってもいいんだぞ!?」

 

 ラウラは殺気の籠った視線を一夏に向ける。

 

「───ちっ、勝手にしろ!」

 

 一夏は悪態を吐くとラウラから視線を外した。

 

(ドクターのパーツのせいか、確かに反応速度や出力が昨日より上がっている。あの男の手を借りるのは癪だが私にはもう後がない。やるしかないんだ!!)

 

 ラウラは迷いながらも、勝利する為に決意を固めた。

 

 

 

 

「いよいよだねえ~。やっぱり心配?」

 

「べ、別に乱の心配なんかしてないわよ!?」

 

「ん~? 私、らんらんの心配だなんて一言も言ってないよ~?」

 

「ぐっ、アンタアタシを揶揄ってんの!?」

 

「そんな事ないよ~、ほら、りんりんも一緒に応援しよ? しろりんもらんらんも頑張れ~」

 

 志狼&乱組のピットであるEピットに2、3年生の整備科や開発科の生徒がスタッフとして待機していた。その中に志狼の専属整備士である本音がいるのは分かる。だがピットには何故か鈴の姿もあった。 

 昨夜鈴は志狼へ強引に頼み込み、本来関係者以外立入禁止のピットへの入場パスを手に入れてここに来ていた。その根底には従妹である乱が心配だというのもあるが、大会が始まってからずっと嫌な予感がしているのも関係していた。

 

(何も起きなきゃいいけど・・・・乱、志狼、気をつけなさいよ・・・・)

 

 一抹の不安を拭えぬまま、鈴はモニターを見つめていた。

 

 

 

 

 志狼・乱組は開始位置に横に並び、一夏・ラウラ組はラウラのみが開始位置に待機し、一夏は後ろに下がるといういつもの陣形を取る。

 そして午前10時、試合開始のブザーがアリーナに鳴り響く。それと同時に孤狼と甲龍・紫煙(シェンロン・スィーエ)が一斉に飛び出した。

 

「ふん! 予想通りだな。さあ来い!!」

 

 2人を迎え撃とうと意識を集中するラウラ。

 だが孤狼と甲龍・紫煙はシュヴァルツェア・レーゲンを無視するようにその横をすり抜けた。

 

「な!? どういうつもりだ!?」

 

 2人はラウラを無視して、後方に位置する一夏の白式に襲いかかった。

 

「えっ!?」

 

 驚く一夏を尻目に孤狼はグランディネを、甲龍・紫煙はアサルトライフルを乱射する。

 

「なっ! ち、ちょっと待てよ!? お前ら2人掛かりなんて汚ねーぞ!!」

 

 一夏も何とか逃れようと白式を操るが、2人掛かりの弾幕に逃げ道を塞がれ、射撃武器を持たず反撃手段の無い白式は徐々にSEを削られて行った。

 

「くそ、なめるな!!」

 

 その時、一夏が振るった雪片弐型が迫り来る銃弾を弾き返した。それは云わば斬〇剣で銃弾を斬る石〇五右衛門の如き神業であり、一夏の剣の腕が着実に上がっている証拠でもあった。観客は一夏の剣技に驚愕の声を上げた。

 

「どうだ!!」

 

 自らの剣の冴えに得意になる一夏だったが、その時既に孤狼が目の前に迫っていた。

 

「うわあっ!?」

 

 孤狼は拳を光らせ『爆弾』を放つ。咄嗟にガードした一夏だったが、文字通り爆弾が爆発したかのような衝撃に吹き飛ばされ、フェンスに激突する。

 

「ぐはっ!!」

 

 フェンスからずり落ちる一夏に今度は乱が迫る。

 

「チェストオオオーーーーッッ!!」 

 

 大上段からの角武の一撃が白式に直撃した。

 

「うわあああーーーー!!」

 

 乱の一撃は白式のシールドバリアーを斬り裂き、絶対防御を発動させるに至った。そして、

 

『白式SE残量0。よって織斑選手、リタイアです』

 

 試合開始から僅か52秒で一夏は敗退した。

 

「これはタッグ戦だ。悪く思うなよ、織斑」

 

「恨むならパートナーとの連携を怠った自分を恨むのね」

 

 エネルギー切れで待機形態に戻っていく白式を尻目に、志狼と乱は去って行った。

 

「くっ・・・・ちくしょーーーーっ!!」

 

 一夏は悔しげに叫ぶと、右手を強くグラウンドに叩きつけた。

 

 

 

 

 実の所、志狼と乱も対ラウラ戦では昨日のヴィシュヌ&ティナ組と同様の作戦を考えていた。

 結果、一夏が動いた事によりヴィシュヌとティナは敗退した。

 ラウラが一夏の参戦を認めるとは思えないから一夏の独断なんだろうが、どの道一夏を無視する訳にはいかなくなった。

 志狼と乱は昨日の試合からラウラが一夏の参戦を認めるかもしれないと考えもしたが、試合前の様子からそれは無いと判断し、2人掛かりで真っ先に一夏を墜とそうと狙っていたのだ。それは見事に成功し、2対1の有利な状況を作り出せた。

 

「さて、本番はここからだぞ、乱」

 

「はい!!」

 

 気合を入れ直し、2人はアリーナ中央で待つラウラへと向かっていった。

 

 

 

 

「ふん、先に邪魔者を排除したか・・・・まあいい、これで私も心置き無く戦えると言うものだ」

 

 迫り来る孤狼と甲龍・紫煙を見据えて、ラウラは迎撃態勢を取る。

 

「行くぞボーデヴィッヒ!!」

 

「覚悟なさい!!」

 

 先ずは孤狼が拳を光らせて突撃する。

 

「甘いわ!」

 

 だがラウラはレーゲンのAICを発動させ、孤狼の突撃を停める。

 

「何度やってもレーゲンの停止結界は破れんぞ!」

 

「確かに停止結界は強力だ。但し1対1ならな───乱!」

 

 停止結界に止められ、動きを封じられながらも志狼が叫ぶ。

 

「はい!」

 

 志狼の反対側から乱が角武を振り上げて迫る。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ、覚悟!!」

 

「ふん!? なめるな!!」

 

 ラウラは肩部のレールカノンで迎撃するが、乱にはただの牽制だと見抜かれ、あっさりと回避される。そして、

 

「乱にばかり気を取られてていいのか? ご自慢の停止結界が弱まっているぞ」

 

「そんな事はーーーっ!!」 

 

 その声に振り向いたラウラが見たのは、両肩のカバーを開いた孤狼の姿だった。

 

「なっ!?」

 

「食らえ!!」

 

 孤狼必殺の『スクエア・クレイモア』が至近距離で炸裂する。

 8発のクレイモア地雷が誘爆を起こし、その爆発に孤狼諸共レーゲンは巻き込まれた。

 

「うわああああーーーーっっ!!」

 

 この一撃で孤狼とシュヴァルツェア・レーゲンのSEは半分近くまで減っていた。停止結界で威力を弱めていたから耐えられたが、まともに食らっていれば試合が終わっていたかもしれない。

 昨日の試合で停止結界の弱点が曝された時点で、今日の試合でも同じように攻められる事は予測していた。だがいきなり切り札の『スクエア・クレイモア』を、しかも自爆同然に使って来るとはラウラも予測していなかった。

 

(───ちっ、いきなり自爆同然で切り札を使って来るとは、何て無茶苦茶な奴だ・・・・昨日までのレーゲンでは危なかったかもしれんな)

 

 シュヴァルツェア・レーゲンの出力は昨日よりも上がっている。それがDr.スカリエッティによるものなのが気に入らないが今はそれ所ではない。すぐに反撃しなければと考えたラウラだったが、生憎ラウラの危機はまだ終わっていなかった。

 

「試合の最中に考え事? 案外余裕あるのね」

 

「!?」

 

 その声が聞こえた瞬間、ラウラは反射的に機体を動かした。

 

「ぐううっ!!」 

 

 微かに衝撃を受けつつ咄嗟に距離を取ったラウラが見たのは、角武を振り下ろした甲龍・紫煙の姿だった。どれ程のパワーを込めたのか、剣先がクレーター状に陥没している。

 

「くっ、馬鹿力め!」

 

 レーゲンもかすっただけだというのに1割もSEが削られていた。乱の一撃の威力にラウラの背筋は震えた。

 

(不味い、奴らの攻撃力がここまでとは!? 一旦距離を置いて態勢を整えねば!)

 

 距離を置き、態勢を整えようとするラウラに、そうはさせじと孤狼と甲龍・紫煙が肉薄する。

 

「くっ、こいつら───!?」

 

 ラウラは志狼と乱の連携に危機に追い込まれていた。

 孤狼と甲龍・紫煙は2対1の数的有利を利用し、常にレーゲンを挟み込むように攻撃し続けている。無論AICに止められるのを考慮し、時間差でだ。絶えず晒される猛攻にラウラは次第に追いつめられていった。

 普段のラウラなら2対1の状況下でも対処出来たのだろう。だが今のラウラは精神的にも追いつめられており、その焦りから冷静な判断を下せずにいた。

 そしてラウラは普段の彼女からはあり得ないミスを犯した。

 

 カチッ!

 

「───なっ!?」

 

 レールカノンの弾切れに気付かなかったのだ。

 

「チャンス!!」

 

 このミスを見逃す志狼では無い。ここぞとばかりに瞬時加速(イグニッション・ブースト)を発動し、一気に距離を詰めた。

 

「ステーク、行けえ!!」

 

「くっ、まだだあ!!」

 

 ラウラは咄嗟にAICで孤狼の動きを停めるが、レーゲンの背後には既に甲龍・紫煙が迫っていた。

 

「食らええええーーーーっっ!!」

 

 

 ───示現流・雷光斬り

 

 

 示現流の奥義の中でも最速を誇る秘剣がレーゲンのシールドバリアを斬り裂いた。

  

「ぐわあああっ!!」

 

 乱の渾身の一撃を受け、シュヴァルツェア・レーゲンのコンディションは一気に機体維持警告域(レッドゾーン)に突入した。

 

「ま、不味い、このままでは!」

 

 急ぎ機体を点検するラウラだったが、目の前に映るスクリーンは真っ赤に染まり、機体は既に戦闘不能に陥っていた。

 

「不味い。マズイマズイマズイマズイマズイ! 私が負ける!? この私が? ラウラ・ボーデヴィッヒがあんな奴等に負けるというのか!?」

 

 試合中の機体状況は管制室でもモニターされている。操縦者の安全を考え、試合を止められるのも時間の問題。その場合、当然ラウラの敗北が決まる。

 

(負ける? 負けたら私はどうなる? 力を示す所か不様に敗北したら私は───!?)

 

 ラウラの脳裏にかつて部隊の底辺まで墜ちた時の記憶がまざまざと甦る。

 上官からは期待外れと罵られ、部隊員から不様と嘲笑され、ドクターからはあっさり見捨てられた。あの時の苦しみや悲しみ、惨めさをまた繰り返すというのか───!?

 

「い、嫌だ。イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ!! 私は教官と出会い変わったんだ!私はこんな所で負ける訳にはいかないんだ!動けレーゲン!動け動け動け動け動けえええええーーーーっっ!!」

 

 

 

 ラウラの血を吐く様な叫びに応えたのは、果たして神か悪魔か───

 

 

 

《力が欲しい?》

 

 

 

 どちらでも構わなかった。自分に力を与えてくれるなら誰でも───だから、不意に聞こえた声にラウラは飛びついた。

 

 

「欲しい!」

 

 

《何の為に?》

 

 

「誰にも負けない為に!!」

 

 

《力を得た結果、どうなっても?》

 

 

「構わない! だから、だから私に力をっっ!!」

 

 

 

 最早自分が本末転倒している事に気付かない程、ラウラの精神は追いつめられていた。そして───

 

 

《いいわ。貴女に力をあげる───さよなら、ラウラ・ボーデヴィッヒ》

 

 

「───は?」

 

 

 その声を最後に真っ赤だったスクリーンが眩い光を発すると、ラウラは光に呑み込まれ、その光の中、さっきとは別の機械音声を聞いた。  

 

 

 Damage Level・・・・・D.

 

 Mind Condition・・・・・UpLift.

 

 Certification・・・・・Clear.

 

 

 《Valkyrie Trace System》・・・・・Boot.

 

 

 

(ヴァルキリー・・・トレースシステムだと!? バカな!? 何故あの禁断のシステムがレーゲンに───!?)

 

 不意にラウラの脳裏に昨日のスカリエッティとのやり取りが浮かび上がる。それと同時に自分がナニをレーゲンに取り付けたのかを悟った。

 

(───ではあれが!? 私は、私はまたしても奴に───!?)

 

 ラウラの胸に絶望が満ちる。そして───

 

「あ、ああ、あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ーーーーーっっ!?」

 

 絶望の中、ラウラ・ボーデヴィッヒは絶叫した。

 

 

~side end

 

 

 

 

~?side

 

 

 いくつかあるモニターの光しか光源の無い暗い部屋にカチャカチャとキーボードを打つ音だけが響いている。

 

「ん、よし、【ヴァルキリートレースシステム】の起動確認っと。後はドクター達にルートを指示するだけね」

 

 自分の仕事がほぼ終わった事に私が弾んだ声を上げると、

 

「終わったのか?」

 

 今まで気配も感じさせなかった姉の声がした。

 

「ええ。一応不測の事態に備えて待機はするけど、後はそっちに任せるわ」

 

「分かった。では私はドクターを迎えに行って来る」

 

 姉は部屋を出ようと踵を返すが私はひとつ伝え忘れてた事があるのに気付いた。

 

「ああ、それとセインちゃんは当然だけど、念の為チンクちゃんも連れて来るようにってドクターが」

 

 姉は私の声に歩みを止める。

 

「チンクまで? 随分と念入りだな」

 

「私もそう思うんだけど、ドクターが言うからには必要なんでしょ?」

 

「・・・・そうだな。分かった、行って来る」

 

「行ってらっしゃーーーい♪」

 

 姉は今度こそ部屋を出て行った。

 モニターには【ヴァルキリートレースシステム】により変形を始めたシュヴァルツェア・レーゲンの姿が映る。そして、そこに取り込まれるラウラ・ボーデヴィッヒの絶望に染まった表情も。

 

「ウフフ、素敵よラウラ・ボーデヴィッヒ。貴女の最後のステージ、存分に踊り狂って魅せて!」

 

 私は暗い部屋で1人、愉悦の表情を浮かべていた。

 

 

~side end

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。
次回はラウラ戦決着までお送りしたいと思います。


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第47話 学年別トーナメント⑥~VTシステムの脅威

 

ラウラ戦、決着です。


 

 

~志狼side

 

 

 乱の一撃を食らい、シュヴァルツェア・レーゲンが墜ちる。

 最早機体のダメージは限界を超えている。戦闘不能と判断され、俺達の勝利が決まるだろう。そう思っていた矢先──シュヴァルツェア・レーゲンからドス黒い光が発せられた。

 

「な、何これ!?」

 

 突然の状況に乱が困惑する。

 

「気をつけろ乱! まだ終わってないぞ!!」

 

 俺は乱に警告して様子を見る。

 黒い光の中、全身に紫電を漲らせシュヴァルツェア・レーゲンの装甲がドロリと溶けた。溶けた装甲はそのまま黒い泥のようにボーデヴィッヒの身体にまとわりつく。 

 

「た、助け・・・・」

 

 ボーデヴィッヒは絶望に染まった表情で手を伸ばしたが、微かな助けを求める声と共にそのまま黒い泥に取り込まれた。ボーデヴィッヒを取り込んだ黒い泥は、カタチを変え、やがて全身装甲(フルスキン)型のISの姿を形成していく。

 

「あれは・・・・?」

 

 まるで子供が作った粘土細工のIS──とでもいえるソレが一振りの剣、いや刀を振りかざし、

 

「! 避けろ乱!!」

 

 振り下ろす前に俺は叫んだ。

 

「!!」

 

 咄嗟に動いた事で乱は辛うじて助かった。

 さっきまで乱のいた場所は、黒いISの一撃で深く斬り裂かれている。この技に俺は見覚えが、いや受けた覚えがあった。

 

「この技は箒の、篠ノ之流の奥義・・・・!?」

 

 ヤツの繰り出した技に驚いていると、

 

『結城、凰、逃げろ! ソイツは私だ(・・・・・・)!!』

 

「「!!?」」

 

 突然織斑先生から訳の分からない通信が入る。だが、その時既にヤツは乱に襲いかかっていた。

 

「くっ、この!!」

 

 ヤツの剣を見て織斑先生の言った意味がようやく分かった。ヤツの剣は織斑先生の剣そのものだった。パワーやスピード、技の繋ぎやフェイントのタイミングまで、俺がほぼ毎朝相手している織斑先生の動きそのものなのだ。

 乱も必死に迎撃しようとするが、如何せん剣の腕が違い過ぎる。加えて乱の角武は大刀、一撃の威力には優れているが、取り回しが悪い。たちまち乱は防戦一方となり、SEを削られていった。

 

「不味い、このままでは───」

 

 乱の救援に向かおうとしたその時、

 

「うおおおおおーーーーっっ!!」 

 

 雄叫びを上げて織斑が目の前を駆け抜けた。

 

「な、何やってんだお前は!?」

 

 俺は慌てて織斑の腕を掴み、動きを止める。

 

「邪魔するな結城!・・・あいつふざけやがって、絶対にブッ飛ばしてやるっ!!」

 

 何だか分からんが織斑は激昂している。突然どうしたんだ?

 

「だからって生身でヤツに特攻してどうする!? 自殺行為だぞ!?」

 

 その時、緊急事態を報せるサイレンが響いた。

 

『緊急事態発生、緊急事態発生。トーナメントは一時中断します。観客の皆さんは係員の指示に従い避難して下さい。繰り返します。緊急事態発生───』

 

 真耶先生のアナウンスが響くと同時に管制室から通信が入る。

 

『こちら管制室の織斑だ。結城、凰、今のアナウンスは聞いたな? 制圧の為の教師部隊を派遣する。お前達は何とかして離脱しろ』

 

「織斑先生、そうしたいのは山々ですが、乱はヤツと交戦中で、俺の方も織斑が・・・・」

 

『織斑がどうした?』

 

「何故かメチャクチャ怒っていて、生身でヤツに特攻しようとしています」

 

『はあ!? 一夏、お前何する気だ!?』

 

「止めるなよ千冬姉!あいつは千冬姉の剣を汚した、絶対に許せねえ!!」

 

 その後も姉弟で言い合ってるが、要は織斑はヤツが織斑先生の剣を使うのが許せないらしい。だがどんな事であれ上達する為に先達の真似をするのは良くある事だし、ヤツが織斑先生の模倣をするのもやぶさかでないと思うんだが、織斑が何故こんなに怒ってるのか理解出来ない。

 こうしてる間にも乱が危ないと言うのに、いつまでもグダグダと・・・・いい加減業を煮やした俺は孤狼の右手のみ部分解除すると織斑に声を掛けた。

 

「織斑」

 

「何だよ!?」

 

 そして、振り向いた織斑の腹にボディブローを叩き込んだ。

 

「ぐふっ・・・結城、お前・・・・・」

 

 織斑の首が落ちる。よし、上手く気絶させられたみたいだ。

 

「織斑先生。非常事態につき織斑には寝て貰いました」

 

『結城、お前・・・・』

 

「俺は目の前で命を粗末にする奴を許すつもりはありません」

 

『・・・・そうだな。すまん結城』

 

 通信を聞いて、俺が何をしたか理解したのか、織斑先生はため息を吐いた。

 

「では俺は織斑をピットへ連れて行きます。先生方は乱の救助を」

 

『ああ、・・・どうした?・・・何!?・・・・くっ、やむを得んか・・・分かった、出撃を許可する

 

 通信の途中で先生の声が遠くなる。どうやら何か不味い事が起きたらしい。

 

「織斑先生? 何かありましたか?」

 

『結城、問題発生だ。教師部隊が出撃不能だ』

 

「何ですって!?」

 

『正確にはすぐには出撃出来ない。準備してあったISのエネルギーが抜かれていた。再チャージまで10分は掛かる』

 

「なっ!? それじゃあ乱が!?」

 

『そっちの救援は別口を手配した。お前は織斑を至急ピットに』

 

「くっ、了解!」

 

 俺は倒れた織斑を拾い上げピットへと急いだ。その途中、ピットから出て来た1機のISとすれ違う。

 

「乱を頼む!」

「任せなさい!!」

 

 すれ違い様、声を掛けると彼女──凰鈴音が頼もしい返事を返した。

 

 

~side end

 

 

 

 

~鈴音side

 

 

 ボーデヴィッヒのISが不気味な変化を遂げると、いきなり乱に襲い掛かった。

 ヤツの剣は速く、そして鋭い。あっという間に乱は防戦一方に追い詰められる。

 

「何よコレ、何なのよ!?」

 

 思わず声を荒げるアタシの耳に山田先生のアナウンスが飛び込んで来た。

 

『緊急事態発生、緊急事態発生。トーナメントは一時中断します。観客の皆さんは係員の指示に従い避難して下さい。繰り返します。緊急事態発生───』

 

「りんりん、避難命令だよ。私達も避難しなきゃ」

 

「ちょっと待ってよ! 乱はどうなるのよ!?」

 

「多分先生達が部隊を編成して救助する筈だよ。だから私達も急ご?」

 

「でも出て来ないじゃない! ああ、もう!!」

 

「ちょっと、りんりん───!?」 

 

 本音の静止も聞かずにパネルを適当いじくる。全く、嫌な予感的中だわ。何がどうなったのか焦っていると、通信機のスイッチが入ったのか声が聞こえて来た。

 

『ああ、「織斑先生、緊急事態です!」どうした?「教師部隊の出撃が出来ません」何!?』

 

 今、通信ではっきり聞こえた。教師部隊が出撃出来ないと。じゃあ乱は?あの娘はどうなるの?そう思った途端、アタシは口を挟んでいた。

 

「織斑先生! アタシに行かせて下さい!!」

 

『凰か!? 何故お前が「そんな事より先生達は出られないんですよね!? ならアタシに出撃の許可を!」・・・凰、お前の機体の状態は分かってるな?』

 

「はい。だから乱を救出したら先生達が出撃するまでの時間稼ぎに徹します」

 

『くっ、やむを得んか・・・・分かった、出撃を許可する。だが無理をするなよ、凰!』

 

「ありがとうございます!!」

 

 アタシは礼を言って通信を切る。

 

「りんりん、その状態でホントに出撃()るの?」

 

 全部聞いていた本音が眉根を寄せる。

 

「モチよ! あの織斑先生が今のアタシに出撃を許すくらいだもの。それだけ切羽詰まってるのよ。それに──」

 

「それに?」

 

「アタシはあの娘()従姉(あね)なんだから、従妹(いもうと)は絶対守らなきゃいけないのよ!」

 

 アタシは断固たる決意を込めて本音を見つめる。暫し視線が交差すると、本音はいつものフニャッとした顔に戻った。

 

「もう、仕方ないなあ~。気を付けてね、無茶しちゃダメだよ?」

 

「アリガト! 行って来るわ!!」

 

 本音に別れを告げて通用口からグラウンドへ。アタシは左手を吊っていた三角巾を外し、顕になった黒いブレスレットをそっと撫でる。

 

「ゴメンね。アンタがまだ戦える状態じゃないのは分かってるけど、アンタの力が必要なの。お願い、力を貸して」

 

 アタシがそう言うと、ブレスレットが一瞬ボウッと光った気がした。それはまるで「早く暴れさせろ!」と催促しているみたいで、アタシは相棒の頼もしさに思わず笑みを零した。

 

「よし、行くわよ、『甲龍(シェンロン)』!!」

 

 アタシの声にブレスレットが眩い光を発し、一瞬の後、アタシは赤みがかった黒い機体『甲龍』を纏っていた。

 そのまま機体を(はし)らせると、グラウンドからこちらへ向かって来る赤い機体とすれ違う。

 

「乱を頼む!」

「任せなさい!!」

 

 その操縦者──志狼と短い言葉を交わし、アタシは戦場へと踊り出た。

 

 

 

 

 グラウンドではヤツが乱を追い詰めている。良かった、まだ無事だ! アタシは2本の青龍刀『双天牙月』を手にヤツに襲い掛かる。

 

「いい加減にぃ、しろぉっ!!」

 

 だけどヤツはアタシの一撃をいとも容易く受け止めると、凄まじい力で弾き返した。

 

「くっ───!?」

 

 想定外の力に驚いたけど、弾かれた勢いのまま宙返りして軽やかに着地する。

 

「ちょっ───! 何でお姉ちゃんがここにいるの───!?」

 

 その隙にヤツから逃れた乱がアタシに食って掛かる。

 

「ご挨拶ね。助けに来てやったんだから、ありがたく思いなさい」

 

「何言ってんのよ! お姉ちゃんは戦える状態じゃないでしょ!? 怪我人は大人しくしててよ!」

 

 アタシ達はヤツから視線を外さないまま、口論を続ける。

 

「アタシもそうしたかったんだけど、先生達がすぐに出撃()られないらしくて、急遽代役を仰せつかったのよ。それに──」

 

「それに?」

 

「───カワイイ妹をイジメるヤツをお姉ちゃんは許さないのよ!!」

 

 ヤツの斬撃が(はし)る。アタシはそれをかわして左右の青龍刀を叩き込む。

 

「ハアッ!!」

 

 そのまま連続攻撃に入ってもヤツは余裕で受けきる。もっとだ、もっと迅く───

 

「ハアアアアーーーーーッッ!!」

 

 アタシはドンドン回転を上げて左右の連撃を叩き込む。流石のヤツもこの迅さは受けるので精一杯みたい。アタシも精一杯だけどこれだけ時間を稼げば───

 

「お姉ちゃん、どいてーーーーっ!!」

 

 乱の声に反応して咄嗟に跳ぶと、一瞬前までアタシのいた場所に光の奔流がほど走り、ヤツを吹き飛ばした。神龍・紫煙の第3世代兵装『龍雷咆』だ。

 

「ナイスタイミングよ、乱」

 

 甲龍の隣に『爆龍モード』に変形した甲龍・紫煙が並ぶ。

 

「あれだけ時間を稼いでくれたんだから、これくらい当然よ。・・・・アリガト、助けに来てくれて

 

 素直じゃない従妹(いもうと)の態度に思わず笑みが漏れる。でもあれくらいで気は抜けない。現にヤツは『龍雷咆』の直撃を受けた筈なのに平気な様子で立ち上がった。良く見ると黒い泥がウニョウニョと蠢き、受けた損傷を塞いでいく。

 

「ウエ~」

 

「気色わる・・・・」

 

 その不気味さにアタシ達は思わず嫌悪感を示した。

 

「どうやら簡単には終わりそうも無いわね。気合いを入れなさい乱!」

 

「分かってる!!」

 

 ヤツとの第2ラウンドが始まった!

 

 

~side end

 

 

 

 

~志狼side

 

 

VT(ヴァルキリートレース)システム?」

 

 ピットに到着した俺はそこにいた本音に織斑を預け、グラウンドに戻ろうとしていた。その間に織斑先生からボーデヴィッヒの身に何が起きたのか聞いていた。

 

『ああ。簡単に言えば過去のIS競技世界大会 (モンド・グロッソ)部門別優勝者(ヴァルキリー)の動きをデータ化し、その動きを模倣(トレース)するというシステムだ』

 

 成る程。つまりヤツは世界女王(ブリュンヒルデ)である織斑先生の動きを模倣していたという訳か。

 

『確かに一時的には強くなるだろうが、世界最高峰の操縦者の動きを強制的に強いるんだ。その負荷は計り知れず、場合によっては廃人になりかねない危険なシステムだ。当然アラスカ条約で開発も研究も禁止されている』

 

「それが代表候補生、しかも序列1位の機体に仕掛けられていたなんて・・・・ボーデヴィッヒは知ってたと思いますか?」

 

『いや、あいつは知らないだろう。賭けてもいい』

 

「賭けになりませんよ。という事はドイツの・・・・」

 

『軍、もしくは政府の陰謀かもしれんな』

 

 何ともキナ臭くなってきたな・・・・・

 

「先生の見解ではどれくらいボーデヴィッヒは持つと思いますか?」

 

『かなり派手に動いているからな・・・・持って後5、6分という所か』

 

 かなり際どいな。ボーデヴィッヒを五体満足で助けるには、教師部隊の出撃前にヤツを何とかしなくてはならないのか。

 

『結城・・・・私が言うのも何だが、お前が無理する必要は無いんだぞ?』

 

 織斑先生が珍しく神妙な声を漏らす。どうやら以前「ボーデヴィッヒを頼む」と言った事を気にしているらしい。全くこの女性(ひと)は・・・・

 

「まあ、任せてくれとは言いません。でも、出来る限りの事はしてみますよ。以前生徒思いの先生とも約束しましたしね」

 

『結城・・・・』

 

「それに先生のデータと言っても過去のでしょう? 今の先生とどっちが強いんです?」

 

 俺が揶揄うように訊ねると、 

 

『フ、馬鹿にするなよ。今の方が100倍強いさ』

 

「俺はその先生とほぼ毎朝組手をしてるんですよ?」

 

『そうだったな・・・・よし、頼むぞ!』

 

「了解!!」

 

 俺は再び戦場へ踊り出た。

 

 

 

 

 戦いは互角の攻防が繰り広げられていた。

 鈴と乱は見事なコンビネーションでヤツを追い詰めていた。鈴は天性の勘でヤツの動きを読み、素早い動きで出鼻を挫く。乱は要所要所で強力な一撃を放ち、確実にダメージを与えている。

 だがいくらダメージを与えても黒い泥が蠢いてヤツの損傷を再生してしまう。織斑先生の動きを模倣(トレース)した攻撃力とその再生能力は脅威だ。ボーデヴィッヒ自身にも確実に負荷が蓄積されてるだろうし、もう時間が無い。

 

「すまん、遅くなった」

 

「遅いですよ志狼さん!」

 

「今更来たってアンタの出番は無いわよ?」

 

 鈴と乱から不敵な笑顔が零れる。

 有利な状況に心身共にノってるらしい。だがこの状態も今だけだ。乱の甲龍・紫煙は『爆龍モード』の使用でエネルギーが残り少なく、鈴が来るまで一方的に攻撃されていたのでかなりのダメージを受けている。鈴は元々機体、本人共に戦える状態では無い。

 かくいう俺も半ば自爆に近い状態でスクエア・クレイモアを使い、ダメージを受けている。

 つまり俺達はちょっとした事で簡単に崩れ落ちる綱渡りのような状態にあった。だが、これを後少しだけキープさせなくては。

 

「2人共力を貸してくれ。このままだとボーデヴィッヒが危ないらしい」

 

「えっ?」

 

「どういうコトよ?」

 

 俺は織斑先生から聞いたVTシステムの危険性を説明した。

 

 

 

 

「ふ~ん、そういうワケね」

 

「・・・・・・」

 

「2人共、ボーデヴィッヒを助けるのは気が進まないか?」

 

「ふん、ちょっと志狼? このアタシを誰だと思ってんのよ! 確かにあの娘は気に食わないけど、命が懸かってるんなら話は別よ! いいわ、力を貸したげる!」

 

「すまない鈴。乱、お前は?」

 

「・・・・正直あの人は好きになれません。でも、自分の意図しない国の思惑でああなってるなら、助けてあげたいと思います」

 

「そうか・・・・2人共ありがとう。では作戦を説明する。まずは───」

 

 

 

 

「OK、それでいきましょ!」

 

「分かりました。任せて下さい!」

 

「よし、それじゃあ行くぞ!!」

 

 俺の号令で鈴と乱が左右に散る。ヤツは俺を狙いつつも2人を気にしているようだ。

 狙うは一瞬、ヤツが2人と交差するほんの少し前に───!

 

「行くぞ!!」

 

 狼の咆哮のような独特のブースト音を響かせ、孤狼が飛び出す。リボルビング・ステークを構えヤツに迫る。

 だがヤツも織斑先生のデータを元に生まれた怪物。俺の突撃に合わせ、完璧なタイミングで刀を振り下ろした。このまま行けば俺は斬られるだろうが、そうはいかない。俺はここで瞬時加速(イグニッション・ブースト)を発動、スピードを上げてタイミングをずらした。

 このまま行けるかと思ったが、ヤツは返す刀で逆袈裟に斬り上げて来た。

 

「まだだ!!」

 

 ここで俺は二重瞬時加速(ダブルイグニッション)を発動、但し直進ではなく横方向へと加速した。流石のヤツもこれは読めなかったらしい。俺の狙いは斬り上げた刀を持つ両手、そこをヴァリアブル・ナックルで撃ち砕いた。

 これでヤツは武器を無くし、懐がガラ空きだ。

 

「鈴! 乱!」

 

 そこに甲龍が双天牙月を、甲龍・紫煙が角武を構え、左右同時に斬りかかった。

 

「ダブル!」

「シェンロン!」

 

「「クラッシュ!!」」

 

 2人の息の合った合体攻撃がヤツを斬り裂き、覆われていた黒泥が飛び散ってボーデヴィッヒの銀髪が顕になる。

 

「あっ・・・・・?」

 

 ボーデヴィッヒはどことなく呆けた顔をしていた。

 

「全く、手の掛かるお嬢さんだ」

 

 俺は孤狼の両手を部分解除し、ヤツに飛び付く。ボーデヴィッヒを救い上げようとした時、黒泥が俺の手に触れた。

 

「ぐうっ!」

「ああっ!」

 

 黒い泥に触れた瞬間、頭の中に様々な場面()が流れ込んで来た。

 培養槽から出たばかりの銀髪の少女、様々な訓練風景、部隊のトップになり上官から称賛される彼女、白衣の科学者と手術台、変質した金色の左目と暴走、周りから蔑まれる彼女、絶望の日々、教官との出会いと厳しい訓練、黒い眼帯と飛翔するIS、教官との別れ等々───

 

(───これは・・・・ボーデヴィッヒの記憶なのか?)

 

 その記憶に意識が囚われそうになった時、

 

「志狼さん!!」

 

 (パートナー)の声が雷のように響いた。

 

「!!」

 

 その声に覚醒した俺はボーデヴィッヒを抱えて上空へ逃れようとした。だが、

 

「なっ!?」

 

 ヤツの黒泥がボーデヴィッヒの足に絡み付き、逃げられない。ボーデヴィッヒという核さえ失えば跡形も無く崩れ去ると思っていたが、未だにヤツは黒泥を蠢かせ機体を再生しようとしていた。

 

「くそ、操縦者(ボーデヴィッヒ)を逃がさない気か!?」

 

 その時、ヤツの中で何かが光った。

 

《マスター! あの光を撃って!!》

 

 突然頭に響いた声に導かれ、俺はボーデヴィッヒを左腕に抱え直し、右腕にリボルビング・ステークを展開した。

 

「そこかあああーーーーっ!!」

 

 光に向けてステークを撃つと、何かを撃ち貫いた確かな手応えがした。俺は爆発を避けて上空へと退避する。

 ヤツは紫電を発しつつそのまま倒れると、周りに黒い泥を撒き散らしながら、今度こそ動きを止めた。

 

 上空からそれ見ていた俺はどうやら終わったと感じ、ホッと息を吐いた。ふと間近からの視線を感じそちらを見ると、眼帯の外れたボーデヴィッヒが紅と金の瞳を揺らして俺を見つめていた。

 

「悪夢は終わりだ。今は休め、ラウラ・ボーデヴィッヒ」 

 

 俺がマスクを開いて言うと、彼女はゆっくりと目を閉じる。

 

「ア、リ・・・ガ・・・ト・・・・・」

 

 微かな声が風に乗って、俺の耳許に届く。俺が再び視線を向けると、彼女はもう眠りに就いていた。

 

「お休み。せめて今だけはいい夢を」

 

 彼女の華奢な身体を抱えながら、俺は教師部隊が突入して来るのを眺めていた。 

 

 

~side end

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。


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第48話 学年別トーナメント⑦~ラウラ・ボーデヴィッヒ



感想、誤字報告ありがとうございます。

それでは第48話をご覧下さい。


 

 

~all side

 

 

 学園校舎の廊下を一組の男女が往く。Dr.スカリエッティとその秘書ウーノだ。

 来賓と言えど校舎内を自由に歩き回るのは許されていない。本来なら警備員が監視カメラで発見し、すぐ止められる筈がそんな気配すら無く、2人は優れた案内人の元、堂々と校舎内を闊歩していた。

 

『あ、ちょっと待って、ドクター』

 

 イヤホンから聞こえた声に2人は足を止める。

 

『はい、映像の差し替え完了、と。お待たせ、通っていいわよ』

 

 その声に従い、2人は再び歩き出した。

 さっきから同じ事を繰り返し、2人は警備員の目をかい潜っていた。

 やがて2人は校舎の外れにある1基のエレベーターにたどり着いた。だがそこには開閉ボタンが見当たらない。

 

「クアットロ、どうだい?」

 

『ちょっと待って・・・・これで・・・・』

 

 やがてチンッという音がして扉が開いた。

 

『お待たせ。それではIS学園地下特別区画に2名様ご案内しま~す♪』

 

 2人が乗ると扉が閉じ、エレベーターが下降し始める。約1分後、エレベーターが止まり扉が開いたが、そこには真っ暗な空間が広がっていた。

 

「クアットロ、明かりを」

 

『ハイハ~イ』

 

 案内人──クアットロの返事の後、照明が一斉に点いた。

 

「これは・・・・・!」

 

 照明の下姿を見せたのは1機のIS。その姿にウーノは思わず声を失った。でもそれも無理は無い。恐らく世界で一番有名な機体が変わり果てた姿を晒しているのだから・・・・

 

「『暮桜』・・・・かつて織斑千冬がモンド・グロッソを征した機体がこんな所に・・・・でもこの状態は?」

 

 暮桜は右腕と右脚が半ばから絶ち斬られ、美しかった純白の装甲は傷だらけで、まるで朽ち果てた石像の様な無惨な姿を晒していた。

 

「3年前の第2回IS競技世界大会(モンド・グロッソ)、その準決勝を最後にこの機体は公の場から姿を消した。何故だか分かるかい?」

 

 かつての雄姿が見る陰も無い『暮桜』を眺めつつスカリエッティが訊ねる。

 

「それは・・・織斑千冬が決勝戦を不戦敗した責任を取って現役を引退したからでは?」

 

 ウーノの言う通り、第2回モンド・グロッソの決勝戦は織斑千冬が試合に現れず、その結果不戦敗となりイタリア代表アリーシャ・ジョセスターフが優勝した。

 千冬は試合に来なかった理由を黙して語らず、不戦敗した責任を取り現役を引退した。

 因みにアリーシャはこの結果に納得いかないと千冬との再試合を望んだが叶わなかった。以来千冬と決着を付けない限り世界女王(ブリュンヒルデ)とは名乗らないと公言し、今でも世界女王(ブリュンヒルデ)の称号を持つのは千冬1人となっている。

 

「ふむ、まあ表向きはそんな所だろうね」

 

「真実は違うと?」

 

「私も聞いた話だから定かではないが、決勝戦のあったその日、織斑千冬は何者かと戦い敗北したらしい。そして暮桜を失い、その結果決勝戦に出場出来(でられ)なかった、とね」

 

 それを聞いてウーノは驚愕した。当時の織斑千冬と言えば常勝無敗、第2回モンド・グロッソも順調に勝ち進み、大会2連覇も確実視されていた文字通り世界最強の存在だった。その千冬が敗北したとは敬愛するスカリエッティの言葉とは言え、にわかには信じ難い。

 

「そんな・・・・! 一体誰が?」

 

「さてね? 私が今日ここに来たのはその話を聞いて、真実を確かめたかったからなんだが・・・・成る程、聞いた通りの状態だな。どうやら『彼』の話に間違いは無いようだ」

 

「では・・・・?」

 

「うん、決めたよ。『彼』の話に乗るとしよう。君もいいかい、クアットロ?」

 

『ドクターの決めた事に私達『姉妹』は従います。どうぞお心のままに。それとドクター、アリーナの事態が終息しました。そろそろお戻りを』

 

「分かった。行こうか、ウーノ」

 

「はい、ドクター」

 

 朽ち果てた暮桜を一瞥して、2人はエレベーターに乗り込んだ。

 

 

 

 

 扉が開き、エレベーターを降りたスカリエッティの首筋にピタリと鋭い何かが押し当てられる。

思わず足を止めたスカリエッティとウーノがその人物に驚愕の視線を向けた。

 

「何をしていらしたのかしら──ドイツ科学局のジェイル・スカリエッティ博士?」

 

「これはこれは──更識楯無生徒会長。何故ここに?」

 

 スカリエッティの言う通り、そこには鉄扇をスカリエッティの首に押し当てる楯無がいた。

 

「それはこちらが訊いてますのよドクター。ご自分の国の機体がご禁制のシステムを使い騒動を起こしたと言うのに、学園関係者でもごく一部の者しか知らない地下特別区画に侵入するなんて、一体どんな言い訳を聞かせて貰えるのかしら?」

 

 不敵な笑みを浮かべる楯無。だがその目は全く笑ってはいなかった。

 

「さて・・・・何と言い訳すれば見逃してくれるのかね?」

 

 スカリエッティはクアットロの監視網を潜り抜け、自分の前に現れた楯無に賞賛の視線を向けた。

 

「何と言われても駄目、現行犯よ。大人しく連行されれば良し、抵抗するなら・・・・」

 

 言いながら楯無は視線に殺気を込める。その殺気に当てられ自分の戦闘力では楯無に敵わない事を察したウーノは、ドクターの危機に何も出来ない自分に歯噛みした。

 

「おお、怖い怖い。言われずとも私は何もしないよ・・・・私は、ね」

 

 そうスカリエッティが言い切った途端、突如襲った衝撃に楯無は吹き飛ばされた。

 

「くぅっ───!?」

 

 自ら後ろに飛ぶ事で衝撃を吸収した楯無だったが、その為スカリエッティと大きく距離が開いてしまう。そして、

 

「ご無事ですか、ドクター?」

 

「ああ、助かったよ、トーレ」

 

 スカリエッティの前には楯無を吹き飛ばしたと思われる全身を青いボディスーツで固めた、紫色のショートヘアの美女が立っていた。

 

「首尾はどうだい、トーレ?」

 

 スカリエッティの問いに紫髪の美女──トーレが答える。

 

「はい。目的の物は既にセインが」

 

「そうか、では撤収しよう。セインは?」

 

「は~い、お待たせドクター」

 

 突如天井が光を発すると、その中からトーレと同じボディスーツを纏った水色の髪の美少女が現れた。

 

「やあセイン、ご苦労様」

 

「へへ、これくらい朝メシ前だよドクター」

 

「そうか。では頼むよ」

 

「OK。んじゃドクター、ウーノ姉もしっかり掴まって」

 

 水色の髪の美少女──セインを中央にスカリエッティとウーノが両側から掴まる。

 

「では更識会長、これで失礼するよ。縁があったらまた会おう」

 

「ちっ、待ちなさい!!」

 

 駆け出す楯無だったが、その前にトーレが立ち塞がる。互いに拳や蹴りを繰り出し、激しい格闘戦を繰り広げる2人。

 

「くっ──!?」

 

「ほう!?」

 

 戦う楯無は焦りを、トーレは感嘆を顔に浮かべる。

 その間にスカリエッティ達3人は床から発した光に沈むように姿を消した。

 3人が姿を消すと、激しく打ち合った2人は大きく距離を取る。

 

(くっ、迅い! この迅さ、フェイトちゃん並みだわ!?)

 

「驚いたな、私のスピードに付いて来るとは

・・・・更識楯無、君は本当に人間か?」

 

 トーレはスピードには絶対の自信を持っている。その自分のスピードに曲がり形にも付いて来る楯無に思わず感嘆の声が漏れた。

 

「失礼ね。人間に決まってるでしょ!? 貴女こそ一体何者なのかしら?」

 

「私達は『ナンバーズ』。ドクターによって生み出された、云わばドクターの私兵だよ」

 

 トーレの答えに楯無は思考を巡らす。

 

(『ナンバーズ』・・・・・Dr.スカリエッティにより生み出された(・・・・・・)って事はただの人間じゃない・・・? あんなのが最低でも3人はいるなんて厄介だわ・・・・とは言え、これは増々逃がす訳には行かなくなったわね!!)

 

 腰を落として始めて構えを取る楯無。そんな彼女を見てトーレもまた身構える。

 一触即発の空気の中、楯無が動いた。だが、その時彼女の瞳はトーレの背後の小柄な人影を映した。

 

(───ラウラちゃん!?)

 

 そう、その人影はここにいる筈の無いラウラ・ボーデヴィッヒそっくりだった。そして、

 

「IS【ランブルデトネイター】」

 

 静かな声を発したラウラそっくりの少女は手にしたナイフを投げつけた。猛スピードで迫るナイフを楯無は鉄扇で払い落とそうとする。だが、

 

 ズガァァァンッ!!

 

「きゃああっ!!」

 

 鉄扇と接触したナイフは爆発を起こし、その衝撃に楯無は吹き飛ばされた。

 

「来たのかチンク」

 

 トーレがラウラ似の少女──チンクに親しげに声をかける。

 

「ああ、迎えに来たよトーレ姉さん。更識楯無は放っておいていいから早く戻るようにとドクターが」

 

「そうか。とは言えお前の【ランブルデトネイター】まともに受けたんだ。もう死んでるんじゃ・・・・おや!?」

 

 トーレが更に感嘆の声を上げる。爆煙が晴れた先には着ていた制服をボロボロにしながらも立ち上がる楯無の姿があった。  

 楯無は爆発の瞬間、咄嗟に『ミステリアス・レイディ』を部分展開して爆発からその身を守ったのだ。とは言え狭い校舎内でISを完全展開する訳にもいかず、楯無としては歯痒い状況にあった。

 

「本当に驚いたな・・・・改めて訊くが君は本当に人間か?」

 

「いやトーレ姉さん、どうやら爆発の瞬間にISを部分展開して防いだようだ。確かに人間離れしてはいるが出来ない訳じゃない」

 

「失礼ね・・・・そう言う貴女達こそISを使ってる訳じゃないのにその戦闘力、ただの人間じゃないわね・・・・貴女達ひょっとして戦闘機人?」

 

「ほう、戦闘機人(私達)を知っているのか」

 

「戦闘機人・・・・ISの登場によりもたらされた科学技術によって産み出された、人の身体に機械を融合させた戦闘用サイボーグ。噂には聞いてたけどこれ程の戦闘力とは・・・・手加減して勝てる相手じゃなさそうね」

 

 楯無が例え校舎を破壊してでも捕獲する、とISを使用する覚悟を決めたその時、

 

「は~いお待たせ。トーレ姉、チンク姉、迎えに来たよ」

 

 天井が光を発し、先程の水色の髪の美少女──セインが再び姿を現し、2人の間に着地した。

 

「セイン、ドクターは?」

 

「問題無し。安全な所で待ってるよ」

 

「そうか、ならば行こうか」

 

 そう言うとトーレとチンクはセインに寄り添い、セインは2人の腰に手を回した。

 

「更識楯無、今日はここまでだ。いずれまた」

 

「! 待ちなさい!!」

 

 楯無が鋭く声を発するも、3人の姿は床に沈むように消えてしまった。ISのハイパーセンサーを起動して周囲を探るも、3人の姿はどこにも見当たらなかった。

 

「・・・・くそっ、やられた!」

 

 今回の事件の黒幕であろうスカリエッティにまんまと逃げられ、悔しさに楯無は唇を噛む。

 

「それにしても、VTシステムに戦闘機人って禁則事項のオンパレードじゃない。一体何をしようと云うの? Dr.スカリエッティ・・・・」

 

 VTシステムや戦闘機人は人道的な理由で使用が禁じられている。その技術を用い、ましてや自らの私兵としているとは。

 Dr.スカリエッティの目的は何なのか、予想するも楯無には嫌な予感しかしなかった。

 

 

~side end

 

 

 

 

~千冬side

 

 

「あれ? 俺は一体・・・・・!?」

 

 医務室のベッドで寝ていた一夏の声がした。どうやら目を覚ましたようだ。

 

「イテテ・・・・ちくしょう、あいついきなり何を・・・」

 

「起きたか織斑」

 

 悪態を吐いて身体を起こす一夏に私は声をかける。

 

「千冬姉!?」 

 

 一夏は驚いたように声を上げた。全く、何度言っても直らんとは困った奴だ。

 

「織斑先生だ。それで織斑、身体の調子は?」 

 

「痛えよ。ちくしょう、結城の奴・・・・」

 

 私が訊くと、一夏は結城に悪態を吐きつつ答える。その様子に自分がどれだけ危険な事をしたか理解してないと感じ、私はため息を吐く。

 

「その結城に感謝するんだな。でなければこんな物では済まなかったろう」

 

「なっ!?」

 

 私が結城を擁護したのに驚いたのか、声を失っている一夏に向かって私は詰問する。

 

「そもそもお前は生身でIS相手に何をするつもりだったんだ?」

 

「そりゃあ、アイツに一発食らわしてやろうと・・・・」

 

「どうやって? エネルギー切れでISも展開出来ない、仮に展開出来たとしても零落白夜を使えないお前に一体何が出来ると言うんだ?」

 

「そ、それは・・・・・」 

 

 私の詰問に一夏は何も言い返せなかった。 

 大方、VTシステムが私の剣を模倣したのが許せなかったのだろう。そんな一夏に私は困ったようにため息を吐いた。

 

「全く・・・なあ一夏、お前が私を慕ってくれるのは嬉しい。だがな、お前が私を心配するように私もお前が心配なんだ。だから無駄に命を捨てるような真似はするな」

 

「千冬姉・・・・」

 

 私達はこの世でたった2人の姉弟だ。結城が無理矢理にでも止めてくれたから良かったが、もしそのまま突っ込んで命を落としていたら、そう考えると怖くてたまらない。

 3年前のモンド・グロッソ決勝前、一夏は何者かに誘拐された。開催地だったドイツ軍の力を借り、一夏の居場所をつかんだ私は専用機『暮桜』を駆り急行した。

 幸い一夏は救出出来たが、そこで謎のISと戦闘になり、私は敗北した。暮桜を失った私は決勝戦に出場出来ず、その責任を取り現役を引退した。

 まるでその時の恐怖が甦るようだ。だが私はそんな恐怖を握り潰し、何事も無かったかのように一夏に告げる。

 

「幸い事態は終息した。お前は目が覚めたら戻っていいと御門先生の許可も出ている。今回処罰は無いが、自分の行動が如何に危険だったかきちんと反省しろ」

 

「はい・・・・」

 

 一夏は落ち込んだ様子で医務室を出て行った。これで反省してくれたらいいんだが・・・・

 さて、どうやらもう1人の問題児も目を覚ましたようだな。こちらはどうなるか・・・・

 

 

~side end

 

 

 

 

~ラウラside

 

 

 ドクターに嵌められ絶望に支配された私はそのまま黒い泥のようなモノに取り込まれ、光が一切差し込まない暗い場所に引き摺り込まれた。

 

(もう、私には何も無い・・全部失くしてしまった・・・)

 

 強さも誇りも、名誉も栄光もラウラ・ボーデヴィッヒを形作るもの全てをだ。

 何もかも失って空っぽになった私は途端に怖くなった。

 

(私はこのまま消えてしまうのか?・・・そんなの嫌だ! 怖い、怖いよ、誰か助けて!!)

 

 助けを求めても誰も助けてはくれない。当たり前だ、誰が私なんかを助けてくれると言うのか。私はこのま独り寂しく消えていくのだと何もかも諦め、崩れ落ちそうになった時、目の前の暗闇が斬り裂かれて一条の光が私を照らした。

 その光はかつて私が感じた織斑千冬()と同じくらいに眩しく、そして暖かかった。

 

「全く、手の掛かるお嬢さんだ」

 

 そんな声と共に私の身体は一気に光の元に引き摺り出され、温もりに包まれていた。ふと目を開けると、私は赤いIS──孤狼に抱かれていた。

 

(結城、志狼・・・・? 何故・・・? どうしてお前が私を助けてくれるんだ・・・・? 私はお前にも、お前の仲間にもあれだけ酷い事をしたのに、どうして───?)

 

 私の視線を感じたのか、孤狼のマスクが開き、結城志狼が素顔を見せる。その黒い瞳は強い意思と深い優しさに満ちて、私を見つめていた。

 

「悪夢は終わりだ。今は休め、ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 

 彼にそう言われ、私は今まで感じた事の無い安らぎを感じていた。

 

(ああそうか、もう休んでもいいんだ───)

 

 そうして私は安らぎの中、目を閉じた。

 

「アリ・・・ガ・・・ト・・・・」

 

 自然と感謝の言葉が漏れる。私はそのまま眠りに落ちていった。 

 

 

 

 

 

「! ここは!?」

 

 それからどれくらい経ったのか、目を覚ました私は身体を起こそうとした。

 

「グッ!? ウウウ~~~!」

 

 途端に身体中に激痛が走った。身体がまともに動かない? 何だこれは? こんなに激しい痛みは始めてだぞ!?

 

「目を覚ましたか」

 

 その聞き覚えのある声に反射的にそちらを向こうとするが、

 

「~~~~~~~!!」

 

 途端に激痛が走り、声にならない叫びを上げた。

 

「無理をするな。身体に多大な負荷が掛かったせいでかなり痛む筈だぞ。ほら、寝てろ」

 

 激痛で動けない私を支え、ベッドに寝かせてくれたのは、あろう事か織斑教官だった。

 

「も、申し訳ありません織斑教官。ここは一体・・・・?」

 

「織斑先生だ。全くお前らは・・・・ここは医務室だ。お前自分の身に何が起きたか理解してるか?」

 

 そう言われて私は暫し目を閉じる。そうだ、分かってる。VTシステムに取り込まれた時の絶望も、暗闇に閉ざされた恐怖も、そして助けられた時の温もりと安らぎも、私は全部覚えている。

 

「はい・・・・VTシステム、あのシステムがレーゲンに搭載されていたのですね・・・それで結城志狼らと戦い、結局彼らに助けられた・・・フフ、私は一体何をしてるんでしょうね・・・」

 

 自嘲の笑みが漏れる。本当に私は何をしてるのか・・・・

 

「お前は何も知らなかったのか?」

 

「はい・・・・いえ、実は昨日ドクターに貰ったパーツがありまして」

 

「ドクター? Dr.スカリエッティか?」

 

「はい。昨日の試合の後、私の前にドクターが現れました。そして・・・・」

 

 私は昨日からの出来事を全て教官に話した。ドクターに渡されたパーツを取り付けた事、敗北しかけた時に女の声が聞こえた事、その声に導かれるようにVTシステムが起動した事など。

 知る事全てを話し終えて、私は教官からの沙汰を待った。

 

「全く・・・・らしくないなラウラ。普段のお前ならそんな怪しい誘いに乗ったりしないだろうに」

 

「はい・・・・・」

 

 教官の言う通りだ。私は一体、いつからおかしくなっていたのか・・・・

 

「ふぎゃっ!!」

 

 沈んだ私の額に突然痛みが走る。驚いて顔を上げるとどうやらデコピンされたらしい、指を弾いた姿勢の教官の姿があった。

 

「き、教官・・・・?」

 

「顔を上げろラウラ。・・・まあ、お前に力だけを教え、心まで教えられなかったのは私のミスだ。正直すまなかった」

 

 そう言ってあの織斑教官が私に頭を下げた。

 

「だが、その上で敢えて言うぞ。ラウラ、私を追いかけるのはやめろ」

 

「き、教官!?」

 

「どんなに頑張ってもお前はお前だ。私にはなれん」

 

「!!?」

 

 教官の言葉が私に突き刺さる。そう、私は教官のように、いや織斑千冬(・・・・)になりたかった。2年前、絶望の淵にいた私を救ってくれた恩人。その強さと美しさに私は強く惹かれた。

 いつしか私はあの人になりたいと思うようになった。VTシステムに取り込まれた私が教官の剣を使ったのがいい証拠だ。でも教官の言う通り、結局私は私でしか無い。では私はどうすれば良かったのだろう───

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ!」

 

「は、はい!」

 

 頭の中で色々な考えがグルグル回っていた私に、雷のように織斑教官の声が響く。

 

「お前は誰だ!?」

 

「は? わ、私、私は───」

 

 私は誰だ? ラウラ・ボーデヴィッヒ、ドイツ軍少佐で代表候補生。でもそれらは軍から与えられたもので、教官が訊いてるのは恐らくそういう事じゃない。でも何と答えればいいんだろう。分からない、私は───

 

「分からないか? 分からないならこれから探せ。幸い時間はたっぷりとある。何せお前は3年間この学園に籍を置くんだからな。自分が誰なのか悩み、考え、納得のいく答えを見つければいいさ」

 

 そう言って教官は私の頭を乱暴に撫でると、仕事に戻るのか部屋を出て行った。

 

「フ、フフ、ハハハ───」

 

 教官が出て行くのを呆然と見送った私から、不意に笑いの衝動が溢れて来た。全く、散々人を悩ませておいて、結局答えは自分で探せとは相変わらず厳しい人だ。でも、

 

「そうだな・・・・・探してみよう、私なりの答えを」

 

 病室のベッドから見上げた茜色の空は、昨日までと違って、どこか色鮮やかに見えた。

 

 

~side end

 

 

 

 

~志狼side

 

 

 ボーデヴィッヒを救出した後、俺達は簡単な事情聴取とメディカルチェックを受け解放された。俺と乱は問題無かったが、鈴はかなり無理してたらしく、全治までもう1週間延びてしまい、今は医務室のベッドで絶対安静を言い付けられていた。

 そんな鈴が戦う姿も当然放送され、一部メディアから「怪我で欠場した身で戦うなど、代表候補生の自覚に欠ける」と叩かれもしたが、従妹の乱の危機に自らの怪我も省みず戦うその姿は、あの戦いを観ていた多くの人達から称賛を受けた。最近いい所が無く評価が下がり気味の鈴だったが、従妹を助け戦う姿に「鈴にゃん復活!」とネット上で祭りが起きていた。

 

 ボーデヴィッヒは身体に多大な負荷が掛かりはしたが、幸い後遺症は無く今は眠っているという。俺達は間に合って良かったと胸を撫で下ろした。

 シュヴァルツェア・レーゲンはあんな物(VTシステム)を搭載していた事からIS委員会立ち合いの元、大々的な監査が入るそうで、その監査次第では廃棄もあり得るという。

 そして学年別トーナメントは───

 

 

 

 

 午後7時、昨日と同じメンバーで夕食を食べていると織斑先生と真耶先生がやって来た。

 そこで俺と乱は「決勝進出を辞退しないか」と打診を受けた。ボーデヴィッヒ(VTシステム)との戦いで孤狼も甲龍・紫煙もダメージレベルBと判定され、出場出来なくも無いがISが成長中の今、無理するのも良くないと言うのだ。

 

「最終的にはお2人の意思を尊重しますが、学園としては出場しない事をお薦めます。志狼君、凰さん、どうしますか?」

 

 真耶先生から決断を促され、俺と乱は顔を見合せた。乱が微笑み頷くと俺もまた彼女に頷き、真耶先生に返答する。

 

「分かりました。俺達は学園の申し出を受け入れ、決勝進出を辞退します」

 

 その一言に辺りが静まる。

 

「いいんだな、結城」

 

 織斑先生が念を押すように訊ねる。

 

「はい。俺と乱は元々ボーデヴィッヒを倒すのが目的でペアを組んだのだし、」

 

「その目的を果たせた今、これ以上IS(この娘)達に無理はさせられませんから・・・・」

 

 俺と乱がそう答えると、織斑先生が噛みしめるように頷いた。

 

「そうか・・・・分かった、お前達の決断を尊重する。では明日奈、デュノア!」

 

「「は、はい!?」」

 

「準決勝第2試合のカードを決勝戦に繰り上げる。お前達が決勝進出組(ファイナリスト)だ。準備しておけ」

 

「「! はい!!」」

 

 織斑先生の声に明日奈とシャルロットが気合いの篭った返事をする。

 こうして今日の試合は公式には無効試合となり、決勝戦は明日奈&シャルロット組とティアナ&昴組で行われる事になった。 

 

 

 

 

 その夜、自室で眠りに就いた筈の俺はまたもこの世界に来ていた。

 最初に来た時は白と黒しか無かった世界が彼女(・・)の成長に伴い、少しずつ色づき始めた。今では色にも濃淡が出始め、前に来た時よりも着実に現実の風景に近づいていた。

  

 いつもの様に学園の制服姿(ちゃんと夏服だ)の俺は砂浜を歩いて海にたどり着いた。寄せては返す波の音だけで無く心地よい風まで感じる。彼女は順調に成長しているようだ。

 辺りを見渡すと・・・・いた。波打ち際にいつもの白い少女の姿が。だがいつもと違い彼女の側にはもう1人の少女がいた。

 どういう事かと思ったが、この不思議な世界なら何でもありかと思い直して彼女の元に歩みを進める。

 

「! マスター!!」

 

 俺が近づくと、それに気づいた彼女が嬉しそうに抱きついて来た。

 

「おっと。やあ久し振り、また大きくなったね」

 

 受け止めた白い少女は7、8歳くらいにまで大きくなっていた。相変わらず大きな白い帽子で目元は見えないが、甘えるように頬を擦り付ける仕草が可愛らしく、俺は帽子越しに頭を撫でながら彼女の好きにさせていた。

 

「あのね、今日はお友だちがきてるの」

 

 しばらくして満足したのか彼女が言うと、俺はもう1人の少女に目を向けた。

 その長い黒髪の少女は年齢は10歳くらい、黒い軍服でガッチリと全身を固めていた。黒い軍帽のせいで目元は見えないが、何故だか緊張しているように見える。

 白い少女は軍服の少女の元に駆け寄ると、彼女の手を引いて俺の前に連れて来た。

 

「こんにちは。俺に何か用かな?」

 

 緊張している彼女と目線を合わせ、なるべく優しく声をかける。すると彼女は少しだけ緊張を解いて口を開いた。

 

「・・・ほ、本日は大変迷惑をかけた。謝罪する」

 

 軽く頭を下げる彼女を見つめ、俺は目を丸くした。この世界と白い少女の正体はおおよそ見当がついている。それを踏まえて軍服の少女の口振りから彼女の正体を察したからだ。

 

「驚いたな・・・・取り敢えず顔を上げてくれ。身体は・・・って言ってもいいのか?まあ、大丈夫なのか?」

 

「う、うむ。あのシステムは貴方が撃ち貫いてくれたからな。お陰で快調だ、感謝する」

 

「そうか、それは良かった。わざわざ礼を言いに来てくれたのか?」

 

「それもあるのだが・・・・本日は私のマスターに会って欲しいのだ」

 

「君のマスターって・・・そんな事出来るのか?」

 

「うむ。コアネットワークを使い心象世界を繋ぐだけだからな。貴方の許可があれば可能だ」

 

 何ともまあ・・・・彼女達が規格外の存在だと分かってはいたが最早何でもアリだな。

 

「いいよ。連れて来てくれ」

 

 俺がそう言うと彼女は「うむ!」と嬉しそうに返事をして目を閉じた。

 すると辺りが霧に包まれ、しばらくすると霧の向こうに人影が見えた。

 

「ここは一体・・・・?」

 

 霧の向こうから現れたのは軍服の少女のマスター、ラウラ・ボーデヴィッヒだった。

 

 

~side end

 

 

 

 

~ラウラside

 

 夢を見ていた。

 

 真っ白な霧に包まれ、自分がどこにいるか、どこに行けばいいかも分からなかった。

 そんな中、誰かに呼ばれたような気がした。その声に導かれるように進んでいると、いつしか霧は晴れて私の前には白い砂浜が広がっていた。

 

「ここは一体・・・・?」

 

 砂浜には先客がいた。夏用の白いワンピースを着た少女と黒い軍服の少女、そして学園の制服を着た男──結城志狼がいた。

 

「ようボーデヴィッヒ。身体は大丈夫か?」

 

「あ? ああ、少し痛むが問題は無い。それより結城志狼、ここは一体どこなんだ?」

 

 私は戸惑いながらも、普通に声をかけて来た結城志狼に訊ねる。

 

「推測で良ければ・・・・多分ここは『コアの世界』だ」

 

 

 

 ───コアの世界

 

 世界で唯1人、篠ノ之束にしか作れないISコア。ISの中枢を司る基幹であり、ISが無敵の兵器たる源でもあるこのパーツには人格が宿っているという。

 そのコア人格の心象世界が『コアの世界』と呼ばれる世界で、専用機持ちの操縦者は稀にこの世界に招かれ、コア人格と接触する事があるという。

 とは言え、実際に体験した事のある操縦者は数える程しかおらず、篠ノ之束も公式には何も語らない為、半ば都市伝説と化している。

 

 

 

「ここがコアの世界・・・・・・じゃああの娘達は───」

 

 私は驚きながらも2人の少女に目をやる。

 

「ああ、『孤狼』と『シュヴァルツェア・レーゲン』のコア人格だろう」

 

 私は2人の少女──正確には黒い軍服の少女を見つめる。彼女は私の視線を受け、こちらに歩いて来た。

 

「レーゲン・・・・なのか?」

 

 黒い軍服の少女──レーゲンが頷いた。

 その瞬間、力を失い私は膝から崩れ落ち、(こうべ)を垂れた。

 

「・・・・お前を酷い目に合わせてしまった。すまない、私は専用機持ち失格だ」

 

 VTシステムにより自分の身体を変貌させられたレーゲンの苦しみはどれ程だったろう。目の前の小さな少女にそんな苦しみを負わせてしまった私は自責の念に押し潰されそうだった。だが、

 

「マスターは悪くない。悪いのはVTシステム(あんな物)を私に取り付けた奴等だ。私なら大丈夫。だからマスター、その、元気を出して・・・・」

 

 彼女はそう言って、その小さな手で私の手を握る。彼女の手は不思議と暖かくて、不意に涙が滲んで来るのを抑えられなかった。

 

「ありがとうレーゲン」

 

 私は彼女の手をそっと握り返した。

 

 

 

 

「・・・・・恥ずかしい所を見せたな」

 

「気にするな。嬉しくて流す涙は恥じゃないさ」

 

 差し出されたハンカチを受け取って涙を拭いてから、このハンカチが誰の物か気づいて、恥ずかしさで一杯になった。

 

「今回は色々と迷惑をかけてしまったな。すまない・・・・」

 

 隣に座ったハンカチの持ち主──結城志狼に頭を下げる。試合で敗北したからか、助けてくれた恩人であるからか分からないが、以前彼に感じていた敵愾心は綺麗さっぱり無くなっていた。

 

「反省してくれたならいいさ。今回はお前もある意味被害者だからな」

 

「・・・・・・」

 

 そう言われ彼を見つめる。そんな時、ふと彼に助けられた時に流れ込んで来た記憶を思い出す。

 

(母を亡くして慟哭する少年。孤児院、そして新しい家族との生活。母との約束を守る為努力し続けた少年はやがて青年になり夢の第一歩を踏み出そうとした時、それを失った。そして青年は迷いながら新しい道を歩み始める───)

   

 あれは恐らく結城志狼の記憶なのだろう。あの黒泥を介して彼の記憶が流れ込んだのだと思われる。だとしたら───

 

「なあ結城志狼。ひょっとして私の記憶を・・・・」

 

「ああ、見た。その様子だとお前もか」

 

 やはり、私達はお互いの記憶を見てしまったようだ。

 

「ああ、見てしまった。すまない」

 

「いや、お互い様だ、気にするな」

 

 私達はお互い、勝手に記憶を見た後ろめたさを感じていた。

 

「なあ、私の記憶を見てどう思った?」

 

 そんな後ろめたさを隠す為か、私は気にしていた私事を彼に訊いてしまった。

 

「どう、とは?」

 

「お前は見たのだろう? 私が自然に生まれたのではなく作られた(・・・・)モノだと。それを見てどう思った?」

 

 今まで私の出自を知った者は誰もが忌避感や嫌悪感で見る目が変わった。彼もそうだろうと思ったが彼は、

 

「いや、特に何も」

 

 淡々とそう答えた。

 

「は・・・・? いや、何かあるだろう!? 不自然だとか、薄気味悪いとか色々と!!」

 

 私がそう捲し立てても彼は態度を変えなかった。

 

「あのな、例えば不妊症などで子供が出来なくて、それでも子供が欲しいって人は沢山いるんだ。そういう人達が代理母や試験管ベビーで子供を求める事もある。お前もそれと大して変わらないだろう?」

 

「いや、だが私は遺伝子強化試験体として色々と調整されて・・・・」

 

「そのせいで寿命が短いとか、老化が早いとか、薬物投与を受け続けなきゃならないとかデメリットはあるのか?」

 

 言われてみればそんなのは聞いた事が無い。悔しいがドクターは本当に天才なのだろう。

 

「いや、聞いた事は無いが・・・・」

 

「なら気にする必要は無い。多少生まれ方が違っただけでお前は『人間』だよ」

 

「!!」

 

 そんな風に言ってくれた人は初めてだった。驚きつつも嬉しくて、涙がまた滲んで来た。 

 

「フ、フフフ、アハハハッ」

 

 こんな風に声を上げて笑う事が日に2度もあるとは思わなかった。全く、結城志狼(こいつ)といい織斑千冬(あの人)といい、どうして・・・・・

 

「・・・・そんな風に笑えるならお前はやっぱり人間だよ」

 

「そうか・・・・なあ、教えてくれ。どうしてお前はそんなに強いんだ?」

 

 私は思った事を素直に訊いてみた。だが、

 

「強い? 俺が?」

 

 結城志狼はキョトンとした顔で訊き返した。

 

「いや強いだろう!? 織斑教官を模倣(トレース)した私を倒したんだぞ? そのお前が強くない筈が無い!!」

 

 彼が強くないと言うなら、負けた私は何だと言うのか、私は否定されるのを怖れて声を荒げる。だが、

 

「・・・・なあボーデヴィッヒ、お前勘違いしてるぞ。強さと戦闘力は必ずしもイコールじゃない」

 

「なっ!?」

 

 あっさりと否定されてしまった。

 

「軍しか知らないお前では無理も無いが、強さにはいくつも種類あるんだ。心の強さや気持ちの強さ、結び付きの強さなんてのもある。鈴と乱の2人と戦った今のお前なら分かるんじゃないか?」

 

 そう言われて従姉(あね)の仇を打とうと私に戦いを挑んで来た凰乱音と従妹(いもうと)を助ける為、傷ついた身で救援に来た凰鈴音の姿を思い出す。

 確かにあの2人からは心の、結び付きの強さを感じた。でも私にそんな強さは無い。

 

「お前がその強さを知らないのも無理は無い。この手の強さは1人じゃ手に入らないものだからな」

 

「1人じゃ手に入らない強さ・・・・・」

 

「お前がこの先その強さを手に入れたいのなら、この学園は最適な場所だぞ。色々な主義主張を持った人間が沢山いるからな。そんな中でお前が織斑先生以外に1人でも大切な人を見つけられたのなら、その時にはお前もその強さを手に入れてるだろう」

 

 この時感じた気持ちは何と言うのだろう。私は彼の言葉にあの時と同じ光を感じた。

 

「見つかるかな、私にも・・・・・」

 

「それはお前次第だ。でもお前がその大切な誰かを見つけたいなら・・・・クラス代表だしな、俺が手伝ってやるよ」

 

 そう言って立ち上がると、結城志狼は私に手を伸ばした。差し出されたその手を取り、私も立ち上がった。握ったその手は大きく、そして温かかった。

 

「ありがとう。よろしく頼む、結城志狼」

 

「ああ、こちらこそ。ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 

 そんな私達を2人の少女が嬉しそうに見つめていた。

 

 

~side end

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。

暮桜の状態は原作で詳しく説明されてないので、独自の展開とさせていただいてます。

次回は学年別トーナメントのエピローグをお送りする予定です。


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第49話 学年別トーナメント⑧~閉幕、そして新しい関係



今回より感想の受付を止めさせていただきます。
今後送られても読みも返信もしない事をご了承下さい。理由は感想で酷い事を書かれたからです。
作品に関してであれば私の文章や構成など至らない点や人によって気に入らない点もあるでしょうが、私の人格や人間性まで否定され、憤りを感じ得ませんでした。
そもそも気に入らないなら読まなければいいのに、どうしてあそこまで貶められねばならないのか、本当に悲しくなりました。
読者からの感想は作家のモチベーションを上げも下げもします。感想のひとつひとつに一喜一憂し、感想が原因で書くのを止めてしまった作家もいます。
近くにはツイッターでの酷評が原因で自殺した芸能人もいるくらいですから、読者の皆さんには感想を送る前にどうか想像力を働かせて欲しいのです。あなたのその一言が人の心を傷付ける可能性があるという事を。

長々と愚痴ってしまいましたが第49話をお送りします。
今回で原作2巻分のエピソードが終わります。





 

 

~all side

 

 大会5日目、最終日。この日は若干予定を変更し、各学年の決勝戦が行われる。

 昨日、予期せぬトラブルが起きたが、事態が早急に鎮圧され、(一部の国以外)被害も少なかったせいか、アリーナは学園生や来賓、マスコミで今日も満員であった。

 試合は1年生から順に行われる為、アリーナには1年生の決勝進出組(ファイナリスト)、結城明日奈&シャルロット・デュノア組とティアナ・ランスター&中嶋昴組が姿を見せた。

 観客席から歓声が上がり、それに応える4人。そして試合開始のブザーが鳴り、1年生の部の決勝戦が始まった。

 

 Eピット側からはいつもと違い、最初から『ソードシルエット』に換装した明日奈専用機『閃光』が、Wピット側からは青く塗装された昴の駆る『打鉄』が飛び出し、アリーナ中央で激突した。

 

 

 ギイイィィィィンンッッ!!

 

 

 凄まじい音を発する激突は互角。志狼は出力(パワー)技量(テクニック)も上の明日奈と互角に打ち合う昴の実力に感心した。

 

「へえ、やるなぁ昴」 

 

「ええ。昴の格闘能力は1年生でもトップクラスに達しています。この大会で最も実力をつけた1人でしょう」

 

 志狼の声に一緒に観戦していたヴィシュヌが答える。

 昴の所属する3組は実技授業では4組と合同なので、志狼は彼女がどれくらいの実力なのか知らない。最近なのはから直々に教えを受けていると聞いてはいたが、明日奈と互角に打ち合えるとは思わなかった。

 

「昴さんだけではありません。彼女もまた、この大会で更に実力を伸ばしましたわ」

 

 セシリアの声に志狼は視線をオレンジ色のシャルロット専用機『ラファール・リヴァイブ・カスタムⅡ』と銃撃戦を繰り広げる白いラファールを駆るティアナに向ける。

 テストパイロット上がりのシャルロットの実力は代表候補生のページワンにも引けを取らない。そのシャルロットと互角に渡り合うティアナは志狼と戦った時より一段と力を付けていた。射撃に一家言あるセシリアが認めるくらいだから確かなのだろう。

 

「確かに2人共強くなった・・・・けど、やっぱり地力が違う」

 

 ポツリと簪が呟いた。そして彼女の言った通り試合が動く。徐々に昴の被弾が増えて来たのだ。

 両腕にリボルバーナックルという籠手を装着した格闘戦を得意とする昴が有効打を取るには、相手の懐に入り込まねばならない。試合開始時には想定以上の昴のパワーとスピードに驚いていた明日奈だったが、開始から5分もすると昴の戦い方にも慣れ、対処出来るようになっていた。

 元々『閃光』と呼ばれる程、スピードを生かした独特の剣技を使う上に格闘型との対戦は志狼との模擬戦で慣れている明日奈。昴の戦い方は志狼と良く似ているので対処もし安いだろう。現に先程から迫る昴を素早いサイドステップでかわし、鋭い突きを放ちSEを削っている。

 

「明日奈の突きは一級品だな。志狼、明日奈はどこでこれ程の剣技を身に付けたんだ?」

 

「ん? ああ・・・・・」

 

 箒の質問にまさか趣味のVRMMOゲームで身に付けたとは言えず、志狼は頭を掻いてごまかそうとしたが、

 

「あ、私も興味あります。教えて下さい志狼さん!」

 

 隣に座る乱までが聞いて来た。彼女も示現流の使い手なので剣術には興味津々のようだ。どう説明しようかと思ったその時、明日奈が必殺の一撃を放った。

  

 

 高速8連撃『スター・スプラッシュ』

 

 

 VRMMOゲームで明日奈が得意とした必殺技(ソードスキル)。突きと斬撃の8連撃をまともに受けた昴の打鉄はSEを全損した。

 

 

『打鉄SE残量0。よって中嶋選手、リタイヤです』

 

 

 昴は善戦したが、やはり地力に勝る明日奈が勝利を収めた。

 

 

 

 

 

「ありゃ~、やっぱり明日奈ちゃん相手はまだ早かったかあ」

 

 観客席でなのはが呟く。昴には素質もあるし本人も努力しているが、やはり地力の差は覆せなかった。

 

「これはやっぱり夏休みに『スーパーハードコース』が必要かな?」

 

 ニヤリと笑うなのはにフェイトのこめかみから一筋の汗が流れた。 

 

 

 

 

「勝ったんだね明日奈。なら私も!」 

 

 明日奈の勝利に意気を上げるシャルロット。

 

「負けるもんかっ!!」

 

 ティアナも負けじと気炎を発する。2人のバトルは激しさを増していた。

  二丁拳銃を主武装とした攻撃重視のティアナ。アサルトライフルと盾で武装したバランス重視のシャルロット。2人は高速切替(ラピッド・スイッチ)を駆使してバトルを繰り広げていた。

 二丁拳銃の銃撃から盾で身を守るシャルロット。それに業を煮やしたティアナはバズーカに切替え発射する。

 

「くうっ!」

 

 バズーカの威力に盾ごと吹き飛ばされるシャルロットにティアナはバズーカを二丁拳銃に切替え追撃する。しかしシャルロットはアサルトライフルをショットガンに切替え、ティアナの追撃を許さない。

 

「ちっ、やるわね!」

 

「貴女こそ!」

 

 シャルロットはショットガンを連射しながら距離を詰めると、ティアナに盾を叩きつけた。

 

「ぐっ!」

 

 一瞬シャルロットを見失ったティアナの前に長大なランスが迫る。辛うじて直撃を避けたティアナだったが、かすっただけでSEをガリガリと削られる。

 

「このっ!」

 

 二丁拳銃を構え反撃しようとしても、シャルロットの機影は既に射程外にあった。

 ティアナは後を追い、更に激しいバトルを繰り広げる。だがバトルの趨勢は次第にシャルロットへと傾いていった。

 2人の実力にほとんど差は無い。ならどこで差がついたのか、それは機体にあった。2人が使ってる機体は「空飛ぶ武器庫」の異名を持つラファール・リヴァイブ。だがシャルロットの機体は拡張領域(バススロット)を拡張したカスタム機だ。ティアナの通常型ラファールの搭載出来る武器は10個が限界。しかしシャルロットのラファール・リヴァイブ・カスタムⅡは実に20個もの武器を搭載出来るのだ。高速切替を駆使する2人に武器の差はそのまま戦闘力の差として反映する。

 加えてテストパイロットとしてあらゆる武器を使いこなす必要のあったシャルロットと自分の戦闘スタイルを早くから確立し、それを磨いて来たティアナでは対応力に差が出た。そして───

 

「行けええっ、『盾殺し(シールド・ピアース)』!!」

 

「きゃあああっ!!」

 

 シャルロットの『盾殺し』の一撃がティアナのラファールを貫き、SEを全損させた。

 

 

『ラファール・リヴァイブのSE残量0。よって学年別トーナメント1年生の部は結城明日奈&シャルロット・デュノア組の優勝です!!』

 

 

 真耶のアナウンスが響くと、アリーナが拍手と歓声に包まれた。

 歓声の中、笑顔でシャルロットに抱きつく明日奈と歓びの涙を浮かべるシャルロット。2人を祝福するように歓声が響いていた。

 

 

 

 

「優勝か・・・・やっぱりちょっと悔しいかも」

 

 乱がポツリと呟く。

 

「学年別トーナメントは毎年やってるんだ。また来年頑張ればいいさ」

 

「クスッ それは来年もペアを組もうっていうお誘いですか?」 

 

 志狼の言葉に乱が悪戯っぽく微笑む。

 

「ちょっと待て乱! 来年も志狼とペアを組もうだなんて許さんぞ!!」

 

「箒さんの言う通りです! 来年志狼さまとペアを組むのは私ですわ!!」

 

 2人のやり取りに箒とセシリアが途端にいきり立った。

 

「3人共、来年もタッグ戦になるとは限りませんよ」

 

「無駄だよヴィシュヌ。誰も聞いてないから」

 

 簪の呟きに志狼は苦笑を浮かべ、かしましく騒ぐ少女達を見つめていた。

 

 

 

 

「ティアナも負けちゃったか。残念だったねなのは・・・・なのは?」  

 

 試合が終わり、なのはに話かけたフェイトだったが、返事が無いのを不思議に思いそちらを向くと、笑顔でドス黒いオーラを漲らせるなのはがいた。

 フェイトのこめかみから再び一筋の汗が流れた。

 

「ウフフフ。そっかあ、ティアナも負けちゃったかあ~。これは『スーパーハードコース』じゃ足りないかな? なら夏休みは『ウルトラスーパーハードコース』に決まりだね。楽しみだなあ、ウフフフフ・・・・」

 

「な、なのは? そろそろ私達も用意しよう?」

 

 勇気を振り絞ってフェイトが声をかける。

 

「あ、そうだね。それじゃあ行こっか。このフラストレーションは全部試合にぶつけるとしようか、ウフフフフ

 

 なのはの後を追いながらフェイトは対戦相手に心の中で合掌した。

 

 

~side end

 

 

 

 

~乱side

 

 

 5日間に渡って繰り広げられた学年別トーナメントもようやく終わった。途中トラブルもあったが、今はこうして無事閉会式を迎えていた。

 学園長の総評や来賓の挨拶が終わり、今、アリーナでは各学年の優勝ペア6人が揃って表彰されていた。

 1年生の部の優勝ペアは明日奈さんとシャルロットさん。代表候補生とテストパイロットの2人は高い技量を誇り、試合でもその実力を遺憾無く発揮、見事優勝に輝いた。

 2年生の部の優勝ペアはなのはさんとフェイトさん。圧倒的な実力を見せつけて優勝した。特に決勝戦は圧巻で、なのはさん1人で対戦相手2人を瞬殺し、『白き魔王』の恐ろしさを改めて思い知らされた。

 3年生の部の優勝ペアはダリル・ケイシー先輩とイレーネ・ウルサイス先輩。下馬評通りの実力を発揮し優勝。アメリカ代表候補生序列1位のダリル先輩は元より、イレーネ先輩もIS学園3年生の実力の高さを世界中に見せつけた。

 

 

「昨日は納得していた筈なんですけど、こうして見てると、やっぱり悔しいですね・・・・」

 

 表彰台の6人を見つめ、私はポツリと呟いた。

 

「後悔してるか?」

 

 志狼さんに訊かれ、私は首を横に振った。

 

「ううん。ただ志狼さんと2人であそこに立ちたかったなって・・・・」

 

 そんな私に志狼さんは右手をそっと差し出した。

 

「志狼さん?」

 

 志狼さんの意図が分からず、小首を傾げると、

 

「ありがとう乱。俺がこの大会を戦い抜けたのは君のお陰だ。乱とペアを組めて良かった。だから、ありがとう」

 

「あ・・・・・・」

 

 志狼さんに言われ、私の胸に様々な想いが沸き上がった。

 今大会で私は概ね目標を達成する事が出来た。ラウラ・ボーデヴィッヒは打倒したし、ベスト4になり代表候補生としての面目も保てた。ついでにお姉ちゃんの評価も上がってるらしいし、達成出来なかった事と云えば優勝くらい。これも全て志狼さんというパートナーがいたからだ。 

 思えばこの数週間、最も多くの時間をこの男性(ひと)と一緒に過ごし、お互いのいい所も悪い所も知った。

 そんなペアとして過ごす期間が終わった今、私の胸によぎるのは寂しさだった。この男性(ひと)をもっと知りたい、この男性ともっと一緒にいたいという想いだった。 

 

「乱?」

 

「へ? あ、いえ、こ、こちらこそありがとうございます志狼さん」

 

 いつまでも反応しない私は志狼さんに声をかけられ、慌てて返事をして、差し出された右手を両手で握り返した。

 

(そう言えば初めて会った時もこんな風に握手したっけ・・・・)

 

 あの時と変わらない手の温もり。これを隣で感じられなくなるのは───

 

(嫌、だな・・・・・)

 

「乱?」

 

 いつまでも手を離さない私に志狼さんが声をかける。その声に押されるように、心の赴くままに私は動いた。

 

 

~side end

 

 

 

 

~志狼side  

 

 

 俺の手を握ったまま離さない乱にもう一度声をかける。

 

「乱? ら、んん!?」

 

 いきなり乱の顔がアップになると、一瞬、唇に微かな温もりを感じた・・・・・・え? これって乱にキスされたのか? 頬とかじゃなく唇に?・・・・いかん、いきなりの事で頭が働かない。

 

恋敵(ライバル)が多いのは分かってるけど、私も諦める気は無いですから・・・・だから、これからもよろしくお願いしますね、志狼さん♪」

 

 はにかみながらも悪戯っぽく微笑む乱はとても可愛らしく、

 

「あ、ああ」

 

 俺はそう返事するのが精一杯だった。幸い一瞬だったし、周りの皆は表彰式に目を奪われ、気づかれなかったようで助かったが、

 

(鈴に知られたら何て言われるかな・・・・・)

 

 つい先日釘を刺されたばかりの乱の従姉(あね)を思い浮かべ、俺はそっとため息を吐いた。

 

 

~side end

 

 

 

 

~真耶side

 

 

 5日間に渡って開催された学年別トーナメントも何とか終わりました。

 今年は2人1組のタッグ戦の為、例年より試合数は少なかったのですが、予想外のトラブルがあり、私達教師は事態の収拾に奔走していました。

 トラブルの原因であるボーデヴィッヒさんとシュヴァルツェア・レーゲンは機体、操縦者共にドイツ政府から引き渡しを要求されましたが、学園が証拠隠滅の恐れを各国政府や国際IS委員会に訴えると、各々がドイツ政府に圧力をかけ、要求を退ける事に成功しました。

 協議の末、ボーデヴィッヒさんの身柄はこのままIS学園で預かる事になり、機体はIS委員会の監査が入る事になりました。危険なVTシステムを搭載していたのだから当然の措置であり、その結果次第では廃棄処分もあり得るそうです。

 更にボーデヴィッヒさんの証言からドイツ科学局のDr.スカリエッティの関与が疑われました。また、生徒会長の更識さんからもDr.スカリエッティが学園地下特別区画に戦闘機人を連れて侵入し、更識さんとの戦闘の末、逃亡したとの報告がありました。

 ドイツ政府はスカリエッティの私邸を捜索しましたが、最初から雲隠れするつもりだったらしく既にもぬけの殻で、私財や研究成果など何も見つからず、今回の件が計画的犯行であると断定。これによりDr.ジェイル・スカリエッティは危険なテロリストとして国際的に指名手配される事になりました。

 

 

 

 

 時刻は午後6時、もうすぐ夕飯時です。私は連絡事項があって志狼君を捜していました。

 角を曲がると、ちょうど食堂へ向かう志狼君を発見しました。明日奈さんとデュノアさんも一緒です。

 

「志狼君!」

 

 私が声をかけると、志狼君が振り向きました。

 

「こんばんは真耶先生。先生も夕食ですか?」

 

「こんばんは志狼君。それがまだ仕事があるんですよ。明日奈さん、デュノアさん、優勝おめでとうございます。素晴らしいバトルでしたよ」

 

「「ありがとうございます!」」

 

 私の賛辞に2人は嬉しそうに声を揃えました。

 

「それで、何かご用ですか?」

 

 志狼君に聞かれ本題に入ります。

 

「あ、はい、朗報ですよ。何と今日から男子にも大浴場が開放される事になりました!」

 

 私がそう言うと、志狼君は嬉しそうに声を上げました。

 

「本当ですか!?」

 

「はい。学園側と交渉して、月1回のボイラー点検の日だけになりますけど、早速今日から入れますよ」

 

「おお! ありがとうございます真耶先生!!」

 

 志狼君は大喜びで私の手を握った。よく訓練が終わった後に「足を伸ばしてのんびり風呂に入りたい」と溢していましたから、珍しく全身で喜びを表しています。ここまで喜んでくれると私も頑張って交渉した甲斐があります。

 

「コホン、兄さん? いつまで真耶先生の手を握ってるのかしら?」

 

 明日奈さんに言われ、志狼君は慌てて手を離してしまいました。ちょっと残念に思ったのは内緒です。

 

「すいません真耶先生。ちょっと感激して・・・・」

 

「い、いえ、構いませんよ。コホンッ それと注意事項なんですが、男子は2人しかいませんから大浴場の使用時間が7時から9時までの2時間だけなのと、全部の施設が使える訳ではありませんから気をつけて下さいね」

 

「はい、分かりました」

 

「では、楽しんで来て下さいね」

 

「はい!」

 

 私はそう言って志狼君と別れました。さて、もう一頑張りして仕事を片付けるとしましょう。

 

 

~side end

 

 

 

 

~シャルロットside

 

 

 食堂へ向かう途中で山田先生から大浴場を使えると聞いた志狼は珍しく上機嫌だった。

 

「そんなに嬉しいの、志狼?」

 

「そりゃあそうさ。日本人はシャワーより風呂、足を伸ばしてゆっくり湯船に浸かるのは最高だぞ。シャルロットだって大浴場は使った事あるんだろう?」

 

 そう言われて初めて大浴場に入った時の事を思い出す。確かに学園の大浴場は広い。種類もサウナや水風呂、ジェットバスや打たせ湯なんかもあり、フランスにいた頃はシャワーばかりだった私も今ではお風呂の方が気に入っている。

 

「ん~、確かに大浴場のお風呂は気持ちいいよね」

 

「だろ? 皆から聞いて羨ましかったんだ。今から楽しみだよ」

 

「ふ~ん、そっか・・・・・」

 

 私は敢えて気の無い素振りをしたけど、これはチャンスかもしれない。

 今日表彰されている時、偶然観客席を見たら、志狼が乱ちゃんにキスされてた。

 驚いたけど、何より私の胸に浮かんだのは「やっぱり」とか「先を越された」という気持ちだった。大会でのパートナーは仕方なく譲ったけど、これ以上譲る気なんて無い。ただでさえ恋敵(ライバル)は多いのだから私も頑張らなくちゃ!

 私はこれからの事を考え、決意を新たにした。

 

 

~side end

 

 

 

 

~志狼side

 

 

 カラカラと軽い音を立てて曇りガラスの扉を開けると、どこのスパリゾートかという光景が広がっていた。

 

「こりゃまた、凄いな・・・・・」

 

 IS学園大浴場は俺の予想を遥かに越えていた。

 一度に30人は座れそうな洗い場、温泉旅館のように大きな浴槽が用途別にいくつも用意されていた。更にはサウナや全方位シャワー、滝のようにお湯が落ちて来る打たせ湯なんかもあった(残念ながらいくつかは使用出来なかったが)。

 

「いやはや、これだけの施設ならたった2人に開放するのを無駄と思われても仕方がないか。甘く見てたな」

 

 そう。今まで男子に大浴場が開放されなかったのは予算の問題が第一だった。これ程の施設、維持管理費だけでどれだけの予算がかかるのか。それをたった2人に開放するとなれば予算の無駄と言われても仕方がない。本来は時間を決めて男女交代制にすればいいのだが、今のご時世男の先にも後にも入りたくないと主張する女は多い。ましてや年頃の少女ならば尚更だ。

 そんな中、こうして大浴場の使用許可が下りたのは、上と掛け合ってくれた副寮長の真耶先生のお陰だ。日頃から色々お世話になっている事だし、近い内に何かお礼したいものだ。

 

「! 結城・・・・」

 

 そんな事を考えていると、先に入っていたのか織斑が奥の方からやって来た。

 昨日気絶させてから顔を合わせていなかったので何か言われるかと思ったが、織斑は何も言わず大浴場を出て行った。いつものあいつなら噛みついて来るとばかり思っていたので少々拍子抜けした。あいつも少し変わったんだろうか。

 

「っと、そんな事より風呂だ風呂!」

 

 俺は備え付けの洗面器を手に取り、洗い場へ向かう。適当な所に陣取り、自前のシャンプーで頭を洗い始めた。

 泡を洗い流しているとカラカラと扉の開く音が聞こえた。織斑が忘れ物でもしたのかと思ったが、背後に人の気配を感じると、突然背中に柔らかなものが押しつけられた。

 

「えっと、背中流すね、志狼」

 

「シャ、シャルロット!?」

 

 そう、そこにはぴったりと俺に身体を押しつけているシャルロットがいた。バスタオル1枚のあられもない姿で。

 

「おまっ? 何やってんだ!?」

 

「あ、動かないで。ちゃんと洗えないよ」

 

「いや、そーゆう問題じゃなくて」

 

「お願いやらせて・・・・ダメ?」

 

 上目遣いで懇願する彼女に、不味いとは思いつつも、俺は身動きが出来なかった。

 

「・・・・分かった。なら背中だけ頼む」

 

「うん!」

 

 俺が観念すると、シャルロットは嬉しそうにタオルにボディソープを塗布して背中を擦る。彼女の優しい手つきが心地いい。

 

「んしょ。どう志狼、気持ちいい?」

 

「ああ、いい気持ちだ」

 

「ホント? 良かった。じゃあ、続けるね」

 

 シャルロットが嬉しそうに微笑む。

 

「志狼の背中ってやっぱり大きいね。男の人って感じがする」

 

「そりゃあ、男だしな」

 

「クスッ そうだね。さ、流すよ」

 

 シャルロットはシャワーノズルを手にすると、身体中の泡を丁寧に洗い流した。

 

「はい終わり! さっ、お風呂に入ろ!」

 

「ちょっ、おいシャルロット!?」

 

 強引に立たされると、そのまま背中を押され湯船に入れられた。

 

「おい、シャルロ、ット・・・・・・」

 

 湯船に足を入れつつ振り向くと、シャルロットは俺の目の前で身体を覆うバスタオルを解いた。

 

「!?」

 

 一糸纏わぬ裸身が俺の前に晒される。

 金色に輝く髪と濡れた紫の瞳。白い肌は熱いのか羞恥なのか赤く上気し、滑らかな曲線を描いている。案外胸は豊かで、よくこの大きさを隠していられたなと感心してしまう。

 薄紅色の頂も淡い金色の繁みも惜し気もなく曝す彼女に見蕩れ、俺は言葉を失っていた。

 今のシャルロットを見れば硬直してしまった織斑の気持ちも分かる気がする。と同時に織斑も見たのかと思うと、何となく腹が立った。

 

「そんなに見つめないで。恥ずかしいよ・・・・」

 

 益々顔を赤くして恥ずかし気に顔を反らすシャルロット。だが気になるのかチラチラとこちらを盗み見ている。当然ながら俺も全裸だ。しかもいきなり押しやられたせいか、隠す物は何も持っていないので丸出しだ。

 

「恥ずかしいならするなよ。で? 何故こんな真似をするんだ?」

 

「えっと、助けてくれたお礼と日頃の感謝を伝えたくて・・・・私に出来るのはこれくらいだし」

 

「だからってこんな真似は・・・・」

 

「あれ? 志狼ってこういうの好きだって聞いたんだけど・・・違った?」

 

 いや、好きか嫌いかで言えば間違いなく好きだが、何でシャルロットがそんな事知ってるんだ?

 

「・・・・・誰から聞いた?」

 

「明日奈から。以前やったら凄く喜んでくれたって教えてくれたけど?」

 

 お前か妹よ!! そりゃあ、やって貰った時は嬉しかったけど、お前が小学生の時の話だろ!?

 色々と誤解しているシャルロットにどう説明すればいいか頭を悩ませていると、彼女も湯船に入り、俺の目の前に立つ。

 

「シャルロット・・・・そんな真似をして俺が何もしないと思ってるのか? 正直我慢の限界なんだ、このまま食っちまうぞ?」

 

 昂りを抑えるのももう限界だ。こう言えば退いてくれるかと思ったんだが、

 

「・・・・・うん、いいよ。しても」 

 

 そう言ってシャルロットはぴったりと抱きついた。予想外の展開に心臓がドクンと跳ねる。

 

「シャルロット・・・・」

 

「我慢しないで志狼。私もその、き、興味はあるし、志狼が相手なら全然嫌じゃないよ」

 

「シャルロットお前、───んん!?」

 

 シャルロットが自分の想いを伝えるかのように、唇をそっと重ねる。彼女の唇の感触が、甘い吐息が、押しつけられた身体の柔らかさが俺の官能を刺激する。

 たっぷり数10秒してから唇を離し、シャルロットは微笑んだ。

 

「難しく考えないで、志狼。私はただ、好きな人に抱かれたい、誰よりも貴方を側で感じていたい、ただそれだけなの・・・・・それとも、私じゃダメ?」

 

 シャルロットは俺の頬に手を当て、上目遣いで俺をみつめる。紫の瞳が不安そうに揺れていた。

 不意に彼女に対する愛しさが胸に溢れる。ここまでされて俺もようやく覚悟を決めた。倫理観や道徳心やらを棚に置いて、俺はシャルロットを抱きしめた。

 

「・・・・いいんだな。途中で止めたりはしないぞ?」

 

 俺が最後に訊ねると、シャルロットは艶っぽく微笑んだ。

 

「うん、来て───」

 

 そして彼女はそっと目を閉じた。今度は俺から深く唇を重ね、彼女の裸身を強く抱きしめた。

 

 

~side end

 

 

 

 

~ウーノside

 

 

 妹達の活躍でIS学園から脱出した翌日、私とドクターは日本のとある街のカフェテリアで人を待っていました。

 今回の件ではドイツの庇護を失い、国際指名手配されましたが、こちらの目的は達成出来たので問題はありません。

 ドクターが今回の件(関係者の間ではVT事件と呼ばれているそうです)を起こしたのは、とある組織からスカウトされた事が切っ掛けでした。

 その組織からもたらされた情報に興味を持ったドクターは、その正否を確かめる為に学園地下特別区画への侵入を計画、その為シュヴァルツェア・レーゲンに秘密裏に搭載していたVTシステムを利用する事にしました。

 そしてラウラ・ボーデヴィッヒの不安を煽り、VTシステム起動の引き金となるパーツを渡して使うように仕向けたのです。

 発動したVTシステムにより学園は混乱に陥り、その混乱に乗じて私とドクターは地下特別区画に侵入しました。セイン達には混乱を長引かせる為、教師部隊のISからエネルギーを抜き、更に無人機の残骸の回収を命じました。あれを作ったのは恐らく篠ノ之束。今現在の彼女の技術力を知る貴重なサンプルとして是非欲しかった物です。

 そして地下特別区画にあった暮桜を確認し、組織の情報を正しさを認めたドクターは組織への参加を表明、組織のエージェントと会う為にここへ来ました。 

 

 約束の時間ピッタリに1人の女性が入店して来ました。年齢はよく分からない。20代にも40代にもとれるサングラスを掛けた金髪の美女でした。

 彼女はまっすぐにこちらへ近づいて来ます。

 

「初めまして、Dr.ジェイル・スカリエッティ。お待たせしてしまったかしら?」

 

「いや、時間通りだよ。こんな美女のお迎えとは光栄だね」

 

「あら、こんな可愛い娘を連れていながらお上手ですこと」

 

 その美女は艶然と微笑みながら、私に視線を向ける。私は小娘扱いされた気がして不機嫌そうに睨みつけるも、彼女は微笑を崩さず見つめていました。

 

「・・・・あまりうちの子を揶揄わないでくれるかな。それよりも早く連れて行ってくれないか。『彼』の元へ」

 

 ドクターの言葉に彼女は姿勢を正し、深々と一礼しました。

 

「失礼しました。それでは『あの方』の元へご案内しましょう」

 

 彼女に促され、私とドクターは席を立つ。外に向かう途中でドクターが思い出したように尋ねました。

 

「そういえば、まだ貴女の名を聞いてなかったな」

 

 すると彼女は振り返り、サングラスを取って名乗りました。

 

「申し遅れました。私はスコール。スコール・ミューゼルと申します。───Dr.スカリエッティ、ようこそ『亡国機業(ファントム・タスク)』へ」

 

 

~side end

 

 

 

 

~明日奈side

 

 

 週明けの月曜日。いつも通り兄さんと朝食を摂って登校する。

 

「おはよう、志狼、明日奈」

 

 寮の玄関でシャルロットに声をかけられ、一緒に登校する。

 登校中トーナメント優勝の影響か、私やシャルロットは周りから声をかけられた。男に成りすましていた件で彼女を良く思ってない人達の態度も軟化したようで、これからは学園でも過ごし安くなればいいな。

 彼女とペアを組んで過ごす内に私達もかなり打ち解け、今では親友と呼べる間柄だ。彼女の事情やら兄さんとの馴れ初めやらも聞かせて貰い、私も自分の事情を話してから、お互いを恋敵(とも)だと認識しあっていた。

 その彼女だけど、ここ最近兄さんとの距離が妙に近い。以前は拳一個分は空いていた距離が密着するまでに縮まっている。尤もそれはシャルロットだけじゃなく、乱ちゃんもなんだけど・・・・

 

 

 教室に着いてクラスメイトと雑談していると、ボーデヴィッヒさんが登校して来た。皆も彼女に気付き教室が静まる中、チャイムが鳴り先生方が入って来た。 

 真耶先生が教壇に立ち、HRを始めようとした時、勢い良くボーデヴィッヒさんが立ち上がった。

 

「失礼します織斑きょ、いや、先生。少しお時間を頂けませんか?」

 

 そうボーデヴィッヒさんに言われ、織斑先生は少し驚いていた。それは私達も同じ。彼女が織斑先生を「教官」と呼ばなかったのは初めてだったから。

 

「ふむ、まあいいだろう。何だ?」

 

 織斑先生がニヤリと笑って許可を出す。ボーデヴィッヒさんは先生に一礼すると、教卓前に移動して教室内を見渡してから口を開いた。

 

「───まずこの度は我がドイツの不手際で皆に迷惑をかけた。そして私の、皆に対する今までの態度についても謝罪したい。私は今まで軍という狭い世界で生きて来た。それ故にこの学園の雰囲気に馴染めず皆にもキツい態度を取ってしまった。だが私はいつまでもこのままではいけないと、変わらねばならないと悟った。今更虫のいい話だと思うが、改めてこのクラスの一員として受け入れて欲しい。───よろしく、お願いします」

 

 そう言ってボーデヴィッヒさんは深々と頭を下げた。

 突然の事に戸惑い、どうすればいいか分からなかったけど、兄さんが拍手し始めると、それに追随するように教室中に拍手が広がっていった。

 その拍手の中、「ありがとう」と呟き、皆に一礼したボーデヴィッヒさんは織斑君の前に移動し、再び頭を下げた。

 

「織斑一夏。お前にもすまない事をした。後程凰達にも謝罪するが、先ずはお前に──すまなかった」

 

「あ、ああ、分かった。鈴に謝るっていうなら俺も構わない。謝罪を受け入れるよ」

 

「そうか、ありがとう」

 

 織斑君に謝罪したボーデヴィッヒさんは次に兄さんの元にやって来た。

 2人は暫し視線を交わし、そして微笑み合った。その雰囲気はまるで親しい友人同士のようで、いつぞやの緊迫した空気は見る影も無かった。

 

「ようボーデヴィッヒ。身体は大丈夫か?」

 

「ああ、少し痛むが問題は無い・・・・改めてよろしく頼む、結城志狼」

 

「ああ、こちらこそ。ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 

 そして2人は握手を交わす。この親しげな雰囲気は何だろう? 一体いつの間にこんなに親しくなったのか、兄さんとは後で事情聴取(OHANASHI)する必要があるわね。私がそう決意する中、ボーデヴィッヒさんが兄さんを指差し、

 

「それと結城志狼、今日からお前は私の『嫁』だ! 異論は認めん!」

 

「・・・・・・は?」

 

 そう高らかに宣言した。

 

 

~side end

 

 

 

 

~志狼side

 

 

 ボーデヴィッヒの宣言に1年1組の教室にいる者は彼女以外皆呆然としていた(非常に珍しいが織斑先生すら目を丸くしていた)。

 

「あ~、ボーデヴィッヒ?」

 

「ムッ? 嫁よ、我々の間で遠慮は無しだ。私の事はラウラと呼ぶがいい」

 

「・・・・じゃあラウラ。何で嫁だ?」

 

「うむ。実は私の部下に日本通の者がいてな、その者に教わったんだが日本では気に入った相手を『嫁』と呼ぶ風習があると聞いた。だからお前は私の嫁だ!」

 

 ちょっとその部下を呼んで来い!と叫びたくなった。要するにラウラ自身恋愛感情からではなく、純然たる好意と勘違いで嫁と呼んでいるらしい。なまじ軍しか知らない純粋な彼女は部下の言葉を疑う事なく鵜呑みにしてしまったようだ。

 問題なのはその部下がわざとやったのか、それとも只の天然なのかだが、どちらにしても問題だな。ドイツ軍の特殊部隊(エリート)と聞いてたんだが、大丈夫かドイツ?

 

「ちょっとボーデヴィッヒさん!? 貴女は間違ってるわ!!」

 

「ムッ? なんだ結城明日奈、いや妹よ」

 

 明日奈がラウラの勘違いを正そうとする。

 

「誰が妹よ! それに兄さんは男なんだからするなら『お婿さん』でしょう!?」

 

 と思ったらこいつも混乱していた。

 

「志狼さまをお婿さんに!? す、素晴らしいですわ!!」

 

「し、志狼のお婿さん・・・隣にはウェディングドレスの私が・・・・ウフ、ウフフフフフ」

 

「いかん、志狼なら嫁でもいいと思ってしまった・・・・」

 

「あっ、私もさんせ~。しろりんなら嫁でも婿でもどっちでもいいかも~」

 

 混乱しているのかセシリアが、シャルロットが、箒が、そして本音までもが訳の分からない事を口走り、気付けば教室の至る所で皆が騒いでいた。

 こうなるともう駄目だ。俺はもうすぐ降臨するであろう怒れる閻魔様に備えて耳を塞いだ。そして、

 

 

「いい加減にしろ!! この大馬鹿者共がああああっ!!!」

 

 

 閻魔様(織斑先生)の大喝が雷の如く轟き、騒ぎはようやく治まった。

 

 

 

 

「さてラウラ。嫁云々はともかく心を入れ替え、皆に解け込もうという心掛けは立派だ。褒めてやる」

 

「あ、ありがとうございます、織斑先生!」

 

 珍しく織斑先生が素直にラウラを褒める。ラウラは感激したのか、瞳を輝かせる。

 

「だが、その前にお前には色々とやって貰わねばならない事がある」

 

「了解です!」

 

 ラウラがそう返事すると、織斑先生はニヤリと笑って高らかに言い放った。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ。ISの危険操縦並びに模擬戦で故意に対戦相手を痛めつけた件、それに教師からの警告無視と何度かの授業のサボり。以上を踏まえて、1週間の奉仕活動と反省文100枚、及びサボった授業のレポート提出を命じる」

 

「ハッ!・・・・・・は?」

 

「『VT事件』に関してはお前も被害者なので除外するが、他の件に関しては話は別だ。信賞必罰は軍人の常、お前も当然理解しているな?」

 

「は、はぁ・・・・」

 

「ちょうど専用機が使えないんだ、今の内に償っておけ」

 

「・・・・・・」

 

 さっきまで輝いてたラウラの瞳がどんよりと曇っている。

 とは言え織斑先生の言う通り「それはそれ、これはこれ」だ。『VT事件』では被害者だったかもしれないが、ラウラがこれまでに色々やらかしたのは紛れもない事実だしな。頑張れラウラ!

 

 

 などと思っていたが、後程俺は織斑先生直々にラウラの教育係に任じられ、彼女に一般常識を教えるよう命じられた。

 コアの世界でも約束した事だし仕方がない。取り敢えず嫁と呼ぶのをやめさせる事から始めるとするか。 

 

 

 ともあれ、こうしてラウラ・ボーデヴィッヒは改めてクラスの一員になった。

 

 

~side end

 

 

 

 

~束side

 

 

 「ゴッド○ァーザーのテーマ」が携帯から流れる。

 この着メロに設定しているのは1人だけ。私は即座に携帯を手に取った。

 

「は~~い、もすもす、ひねもす? 皆のアイドル束さんだよ!」

 

 出た途端に電話が切れた。あれ?なんで? もしかして皆のアイドルってのが不味かったかな?

 そのまま携帯を見つめていると、再度電話が鳴った。よし、今度こそ!

 

「は~~い、あ・な・たのアイドル束さん──って待って待ってちーちゃん! ステイステイ!!」

 

『ちーちゃん言うな! 後私は犬じゃないぞ!!』

 

「おっけい! 分かったよちーちゃん!」

 

『・・・・ハア、まあいい。今日は聞きたい事がある』

 

「ん? なになに?」

 

『束、お前今回の件──VTシステムに1枚噛んでるんじゃなかろうな?』

 

 私はちーちゃんの断定口調に唇を尖らせ抗議する。 

 

「ひどいよちーちゃん! この私があんな不細工で不完全なモノ作る訳ないじゃん! 私が誰か忘れたの? 完璧にして完全な篠ノ之束さんだよ?」 

 

 うふふ、と笑って私はきっぱりと言い切った。

 

『そうか。では邪魔をしたな』

 

「いやいや、邪魔だなんてそんな! ちーちゃんの為ならいつでもどこでも──(ガチャッ)・・・・」

 

 ありゃ、切れちゃった。もう、相変わらずせっかちなんだから・・・・・

 私はもう一度携帯を見つめてからまあいいか、とポイッと放り出した。けど携帯が空中でさっきとは違う着メロを奏で出すと、私は即座に宙に飛び上がり携帯をキャッチした。

 

(こ、この着メロは───!!)

 

 この着メロはパラパーでお馴染みの「必殺〇事人」のテーマ。待望のあの娘からのコールだ! 何があっても絶対に出なくては!!

 

「やあやあやあ! ひっさしぶりだねえーーー! ずっとずうっっと待ってたよ───箒ちゃん!!」

 

『───姉さん。その・・・・・』

 

 数年ぶりに聞いた妹の声に昂りが押さえきれない。

 

「うんうん大丈夫。用件は分かってるよ。欲しいんでしょ? 君だけの力、君だけのオンリーワン、そう、箒ちゃんの専用機が。モチロン用意してあるよ。最高性能(ハイエンド)にして規格外仕様(オーバースペック)。最新にして最強のIS。その名は───紅椿(あかつばき)

 

 

~side end

 

 

 

 

 

 




次回から原作3巻のエピソードに入ります。


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