戦姫絶唱シンフォギア ーそれは破壊の力ー (雪原)
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プロローグ──ライブ前の物語
初陣


ついにやってしまった……


目の前に広がるのは廃墟、そして、炭の塊。

空からは、雨。

激しい雨が、体を打つ。

空は暗く、どんよりと、重苦しさを感じるような気がした。

 

『聞こえる?』

 

降り続ける雨の音だけを拾っていた耳に、聞き慣れた声が入る。通信機越しのその声は、隣に当人がいなくても、まるでそこにいるかのように明瞭だ。

 

「あなたが隣にいるみたい」

 

『それは重畳、遅延も確認されない。片手間に作った通信機だったけど、しっかり機能してるみたいだね』

 

「相変わらずね……標的は?」

 

『5秒後に視界に入ってくるよ。……来た』

 

廃ビルの角から、標的……特異災害、通称【ノイズ】が姿を表す。道路の真ん中に佇むこの身を見つけて、ゆっくりと歩を進めてくる。

足元に散らばる炭は、奴等の仕業だ。

触れた人間を自身諸とも炭素に転換する能力、自滅と引き換えに必ず人間を殺す。

彼等が何故存在するのか、何故人間を襲うのか、研究が続けられているらしいが、分かっていない。

 

『6時方向、アウフヴァッヘン波形を感知、形状は……天羽々斬、ガングニール』

 

「奴等ね」

 

『この速さはヘリかな?タイムリミットは……7分位、安全に部屋まで帰ってくるには5分以内かな』

 

「4分でやる」

 

ノイズには位相差障壁と言う特性がある。

詳しくは割愛、要は自身の存在を別世界に置く事で、どんな物理攻撃も通さないバリアの様なもの。

現状、ノイズに対抗するには攻撃の瞬間、存在をこの世界に置く刹那の時を狙って触れずにカウンターを叩き込む。

もしくは……

 

『自信満々だね……じゃあ4分で』

 

「彼女達の位置情報は常に送り続けて。ギアで急加速する可能性もあるから」

 

『もうやってるよ。気にしないで思いっきりやっちゃって』

 

「わかった。歌うよ」

 

世界に存在を秘匿され、日本のみが所有する対ノイズ用FG式回天特機装束。

名称──

 

「Inyurays laevateinn tron……」

 

──シンフォギアをその身に纏う事。

 

聖詠を唱え終わると同時に、身体が目映い光に包まれる。

ほんの少しの間目を瞑り、開く。

光は徐々に消えていって、今まで着ていた制服姿から、シンフォギアを纏った姿へと変わる。

 

『向こうも感知したみたい。今頃大騒ぎだろうねー』

 

「知らないシンフォギア装者が現れたのだから、そりゃね」

 

言いながら、右手を前に出す。開いた手の前に、前触れも無く剣が表れ、それを掴む。

縦に、横に、振るった剣は、雨粒を斬り裂く。

 

「アームドギア展開、異常は?」

 

『無し、適合係数も上々』

 

ここまでは完璧、ならば、後は実戦のみ。

迫るノイズに向けギアを構える、刀身から炎が迸り、触れた雨粒を蒸発させた。

ノイズがその身を槍の様に変形させ、こちらに向かって直進してくる。愚かにも一直線、その程度では、この身の敵ではない。

 

『カウントスタート、頑張って』

 

「……斬るッ!」

 

 

 

────────────

 

 

 

識別不明のアウフヴァッヘン波形を感知してから僅か6分後、雨が止み、曇り空になった上空、到着したヘリからシンフォギアを纏った二人組が着地した。

オレンジ色で槍を持った女性。第3号聖遺物『ガングニール』の適合者、天羽奏が炭へと姿を変えたノイズに触れる。

 

「熱っ」

 

「周辺にノイズもいない、あるのは炭だけ……」

 

青色で日本刀の様な剣を片手に持つ、第1号聖遺物『天羽々斬』の適合者、風鳴翼が周囲を見回す。

あるのは熱を持ったノイズの死骸である炭だけで、人の姿は何処にも見当たらなかった。

 

「だけど、誰かがここにいて、ノイズをぶっ殺したのは間違いないな」

 

「うん……、先程感知したアウフヴァッヘン波形は間違い無かったみたい」

 

『二人とも、どうだ?』

 

「司令」

 

二人の耳に、男性の声が響く。シンフォギアに搭載されている通信機能を使っての交信だ。通信相手は、風鳴弦十郎。

天羽奏、風鳴翼が所属する『特異災害対策機動部二課』の司令官であり、翼の叔父である。

 

「駄目だ、旦那。炭以外に何も残っちゃいない」

 

『そうか……』

 

『私の知らないシンフォギアなんて……一体誰が?何の聖遺物を使ったのかしらねぇ?』

 

通信に女性の声が割り込んで来た。

現場の二人はそれを全く気にしない。

その女性こそが、シンフォギアの生みの親であり、自分達の所属の技術主任なのだから。

 

『シンフォギアの製作には櫻井理論と聖遺物が不可欠、例え情報が漏れたとしても、簡単には造れないし、そもそもどうやって、どこから聖遺物を……』

 

『……兎に角だ、異常が無いなら帰還してくれ。詳しい話は戻ってきてからにしよう』

 

「りょーかいっ」

「わかりました」

 

 

 

────────

 

 

 

30分後、リディアン音楽院女子寮の一室。

 

真っ暗な部屋の中に、パソコンのキーボードを叩く音がする。

少女……日向唯は、恐るべき速さでキーボードを叩きつつ、モニターに映る映像を見てふんふんと唸っていた。

そんな事がずっと続いていた部屋に、急に明かりが付く。

唯が手を止めて玄関の方に顔を向けると、リディアンの制服を着た赤い髪の少女がため息混じりに立っていた。その手が延びた先には、部屋の明かりを付けるスイッチ。

 

「ただいま。……明かり位付けたら?」

 

「舞歌おかえりー。いやぁつい夢中になっちゃてね。なんせ貴重なデータだから」

 

そんな様子に、天海舞歌はもうひとつ溜め息を吐いて、鞄の中からペットボトルを取り出し、唯に手渡す、頼まれてた買い物だ。

唯はお礼もそこそこにキャップを開け、一気に中のコーラを流し込んだ。

 

「ん……くー、生き返ったー!」

 

「全く……で、どうだったの?」

 

舞歌の問いに、唯はキャップをきっちりと閉め、コーラを置いてモニターを指差した。

それを覗き込んでみる……様々なグラフと難解そうな記述が羅列していて、舞歌ではとても理解出来ない、唯一左上に表示されている『Complete』の文字が、成功を知らせてくれた。

 

「ちょっと製作には苦労したけど、それだけの見返りは充分。テスト前に設定した基準もぶっちぎりでクリア。完成ってことで問題なし!」

 

「『櫻井理論』を元に生み出されたシンフォギアの製作……聞いた時は絶句だったけど、ホントにやってのけちゃうなんてね」

 

「流石に『櫻井理論』と『聖遺物』を手に入れる為には危ない橋も渡らざるを得なかったよ?ちょっとでも痕跡残せばあっという間に辿られてバレちゃうしね」

 

この子は私の要求に答えてくれるんだからー、とパソコンを撫でる唯。

このパソコン1台で完全秘匿状態のシンフォギアを造るための要素を全て揃え、そして舞歌も知らない交友関係をフル活用し、実際に造り上げて見せたのだ。

そう、この日向唯と言う少女、超じゃ足りないレベルの天才だった。

 

「で、実際に使った感想は?」

 

そう問い掛けられ、舞歌は自分の首に掛かったペンダントを手に取る、赤い結晶、シンフォギアの待機状態だ。

 

「……感想、ね」

 

「うんうん」

 

「すごかった」

 

「うんうん……え」

 

「……」

 

「それだけ?」

 

「他に何を言えばいいの?」

 

「ほらもっと、手足の駆動がーとかアームドギアの展開がどうとか」

 

「そう言われても……だったら自分で動いてみれば?」

 

舞歌の言葉に唯は不貞腐れた様に眉を八の字に変え、不満です、と言った視線を舞歌にぶつける。

 

「私の運動能力は底辺の底辺の底辺ってこと、舞歌なら知ってるよね……!」

 

日向唯、体育は小学校から今に至るまで最低評価をキープ、跳び箱の4段も飛べない圧倒的運動音痴。天才の代償と舞歌の中で決定されている。

対して舞歌の身体能力は常人を置き去りにして飛び越えるレベルだと、唯は認識している。特に本人が我流と主張する剣術は、素人目に見ても他を圧倒する程。故にこのシンフォギアの聖遺物は、舞歌にうってつけとも言えた。

 

「……ま、いいや。舞歌の顔を見れば、気に入ったかどうか位すぐ分かるしね。大分お気に召した様じゃない?」

 

「そうね。悪くないわ……これからよろしく」

 

──レーヴァテイン

 

舞歌の言葉に反応するかのように、待機状態のレーヴァテインがキラリと輝いた。

 




取り敢えずプロローグをば。
完結まで頑張ります。


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お好み焼きと天羽奏

レーヴァテインの初起動、そしてノイズとの初戦闘から翌日、学校が終わった途端「アレの微調整をしてくる!門限までには戻るから!」と言って(アレとは勿論レーヴァテインの事だ)唯に置いてきぼりにされた舞歌は、リディアンから然程離れていない商店街に足を踏み入れた。

時間が夕方頃だけあって、商店街は中々の活気に包まれている。

そんな中を少し歩いて、目的の場所に辿り着く。気軽にその店に入ると、香ばしい匂いが鼻を擽った。

 

「いらっしゃい。……おや、舞歌ちゃん」

 

「こんにちは、おばちゃん」

 

お好み焼き屋『ふらわー』。

舞歌も唯も、一度食べてから魅せられすっかり常連になった店だ。

狙い通り来た時間は人が殆ど居らず、カウンター席に至っては全席が空いていた。

いつも座っている席に腰を下ろし、いつもと同じお好み焼きを注文。待っている間、昨日の事を思い出す。

 

──シンフォギア、ノイズとの戦い。そして、秘匿されている二課のシンフォギア装者。二課にこちらの事を明かさない理由。

唯が言うには『誰も知らない幻のシンフォギア、かっこよくない?』との事だが、当然それだけではない、何か目的がある、……多分。

 

「今日はメガネのあの娘は来ないの?」

 

「ん……ええ、何やら用事があるとかで、学校終わって直ぐに飛び出して行きました」

 

「そうかい、残念だねぇ。あの娘の食べっぷり、豪快だから」

 

「ですね、食いかすがたまに飛んでくるのが傷ですけど」

 

「それでも、一緒に来たかったんだね?ちょっと寂しそうだよ」

 

「はは……おばちゃんは流石ですね」

 

年の功……失礼、職業柄なのか、おばちゃんは人の心を察するのに長けている気がする。

気さくで喋ってくれるし、話す気分じゃないときは黙っていてくれる。そう言った気遣いが、 常連を生み出すのに一役買っているのだろう。

 

「そういえば最近、唯ちゃんみたいに豪快に食べてくれる娘がまた増えたんだよ」

 

「唯みたいに?珍しい娘ですね」

 

完成したお好み焼きが皿に盛られ、前に出される。いい匂いだ、たまらない。

食べやすい大きさにカットしつつ、舞歌はおばちゃんの言う新しい豪快娘に興味が行った。

何せ隣で見ている分唯の食べっぷりは相当だ、おばちゃんだって目の前で焼いているのだから分かっている。そんな唯に匹敵すると言われれば、気になる。

 

「旨い旨いって食べてくれるものだから、私もつい調子にのって出しちゃうのよねぇ……」

 

「ふーん……いいですね、会ってみたくなってきました、その娘」

 

言いつつお好み焼きを口に運ぶ。何時も通りの味だ、とても旨い。

一口行くと止まらなくなるのがこのお好み焼きで、がつがつと手が出てしまう。こうなるとおばちゃんも会話をやめて仕事に回る辺り、流石だ。

そんな風に静かにお好み焼きを満喫。大体半分を胃に投入した所で、何の前触れも無く、元気一杯に入口が開いた。

 

「おっす、おばちゃん!」

 

「あら、いらっしゃい。ちょうど今あなたの話をしてた所よ」

 

「あたしの?」

 

と言うことは今入ってきた彼女がその『豪快に食べてくれる娘』なのだろう。

気になっていた舞歌は、お好み焼きを飲み込んでからちらりと顔を入口に向け……

 

「んッ!?」

 

しっかり飲み込んでいた自分に感謝した。

だってその娘と言うのは。

 

「あたしの食べっぷりが早くも伝説になったってことか?ははっ」

 

「あ、天羽奏……?」

 

只今人気爆発のアーティスト「ツヴァイウィング」の1人だったとは。おばちゃんの交友関係恐るべし、と舞歌は内心驚愕していた。

 

 

 

──────

 

 

同時刻、特異災害対策機動部二課

 

弦十郎は借りていた映画をTATSUYAに返却し、二課にて腕を組みモニターとにらみ合いを開始していた。

モニターには様々な情報が表示されているが、そのどれもが弦十郎の目には入っていない。

頭を占めているのは先日、何の前触れも無く出現した新たなシンフォギアの事だ。

あの後、帰還した奏、翼も呼び改めてアウフヴァッヘン波形の照合を試みた所、ヒットは無し。

形状も天羽々斬、ガングニール、そして現在行方不明になっている第2号聖遺物『イチイバル』とも似てすらいない。

 

(やはり、此方の全く知り得ない聖遺物から造られたシンフォギアか……)

 

「あーん、つっかれたー」

 

思考に耽る弦十郎の後ろから、気の抜けた女性の声がした。

櫻井了子、二課の技術主任にして、シンフォギア・システムの開発者でもある。

 

「了子君、何か分かったか?」

 

「少しだけね」

 

「少し?」

 

了子は近くのモニターを手早く操作、弦十郎がにらみ合いを続けていたモニターにシンフォギアの分析が表示される。

 

「アウフヴァッヘン波形の形状はご存知の通り、合致無しだったわ。

分かったのは、まあ辛うじて属性って所かしらね」

 

「属性?」

 

「そ、例のシンフォギアは、炎が関係する聖遺物から造られたっぽいわ」

 

次にモニターに映し出されたのはシンフォギア使いが倒したとされるノイズの炭と、その隣に2つのグラフ。

 

「これは?」

 

「炭化したノイズの熱量よ、左が通常の……奏ちゃんと翼ちゃんが倒したノイズの物で、右がシンフォギア使いの物」

 

グラフは左に比べ右の物が圧倒的に高く伸び、その熱量の差がよくわかるようになっている。

つまり、このグラフを元に了子は予測を立てたと言うことなのだろう。

 

「熱量に関係すると言えば、ま単純に雷や炎だけど……これだけじゃ絞り混みは出来ないわ」

 

「確信に至るには程遠い、か……」

 

「奏ちゃんが熱の事に気づいてくれなかったら、これすらも分からなかったわね、お手柄だったわ」

 

「その奏は?今日はまだ姿を見ていないんだが……」

 

「彼女なら、お食事中よん。商店街にお気に入りの店があるんですって」

 

 

 

──────

 

 

 

「リディアンに?じゃあ翼と一緒なんだな」

 

「いえ、まだ中3ですから、一緒になるとしたら来年からです」

 

隣でお好み焼きにがっつく天羽奏と会話しながら、舞歌は思わぬ形で訪れた有名人との邂逅に世間の狭さを感じていた。お好み焼き屋でトップアーティストと遭遇するか普通、そのトップアーティストが一学生の自分とわいわい喋るか普通。

 

「そういや翼の着てた制服は違うのだったか。

ま、高等部に入ったら翼の事、よろしくしてやってくれよな!あいつ、真面目過ぎて友達が中々出来なくてな、あたしも困ってたんだ」

 

どうやら想像していたそれと風鳴翼の私生活は違っていたらしい。天羽奏程では無いにしろ友達付き合いは良好だと想像していた舞歌は、奏の言葉に「はぁ……」といった生返事を返すしか出来なかった。

 

「そうだ、そっちの事も教えてくれよ!えーと……日向唯だっけ?あたしに匹敵する食いっぷりの女、お目にかかってみたいからな!」

 

「唯の事ですか……まあ、私の知ってる範囲でよければ」

 

 

 

──────

 

 

 

「ただいま」

 

「おー、お帰り舞歌。私より遅いなんて珍しいね、何かあったの?」

 

ふらわーでの食事と天羽奏との邂逅の後、門限ギリギリに戻ってきた舞歌は既に部屋着に着替えてアイスを食べながらテレビを見ている唯を尻目に、鞄を投げて冷蔵庫へと歩く。

 

「ふらわーでご飯食べてきた」

 

「1人で?そりゃまた珍しい」

 

冷蔵庫を開けて、飲み掛けの烏龍茶を取り出し、コップに注いで一口。喉の潤いを感じる。

 

「あと、天羽奏に会った」

 

「へー、あのツヴァイウィングの……ぶうぇっ!?」

 

「汚い」

 

舞歌の爆弾発言に含んでいたアイスをテーブルに噴出させた唯に容赦なくティッシュ箱を投げつける。

当然取れるわけもなく頭に直撃しつつそれでテーブルを拭く。

 

「一体どこで会ったの?そんな有名人」

 

「ふらわーで、あちらさんも常連だって」

 

「へぇ、世間は狭いね」

 

舞歌と同じ感想を言いつつテーブルを拭き終えた唯の隣に腰を降ろしてテレビを眺める。

……ちょうど、ツヴァイウィングの特集をやっているようで、ステージの上で楽しそうに歌う天羽奏と風鳴翼の姿が映っている。

 

「すごいねー、流石トップアーティスト」

 

「この二人が、ガングニールと天羽々斬の装者だったりしてね」

 

「アーティスト活動と平行してるってこと?可能性としてはゼロじゃないだろうけど……まさかそんな」

 

「私も無いと思ってるから。

……そうそう、天羽奏に唯の話したら会ってみたいって言ってたよ、食べっぷりを見せろ、とか」

 

「おっ、マジ?ふらわーに行くの楽しみになってきたなー」

 

笑いながら言う唯はどうみてもウキウキしていて、そんなに見れない様子に舞歌は意外そうに目をぱちくりさせた。

 

「……意外とミーハー?」

 

「違うよ!ツヴァイウィングだけだから!」

 




おばちゃんの口調が不安……


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剣と炎

──────♪

 

夜、星が瞬く戦場に凛と渡る風鳴翼の歌と共に、ノイズが次々と炭に変わっていく。

逆羅刹の体勢から戻った翼は、未だかなりの数を残すノイズに顔を顰める。

いつも共に戦ってきた奏は今回、別方面に出現したノイズの対処に当たっていて、この場には翼一人しかいないのだ。

叔父である弦十郎からは無理と感じたら撤退しろと言われてはいるものの、それは奏と共に立ち、共に戦うことを誉れとする翼にとってとても容認出来ない事でもある。

アームドギアである剣を片手に、気を落ち着かせようと深く息を吸い、吐く。

苛立ちの募り始めていた頭は冷静に冴え、戦場を見渡す余裕を与えてくれた。

自身の周囲、後方を覗き取り囲むノイズは愚直に突っ込んでくるタイプの物もいれば、房に付いた実のようなものを飛ばしてくるタイプのノイズ、大型のサイズのノイズも確認できる。

冷静に考えてようやく気づいた事だが、どうやら自分は多い方を引き当ててしまったらしい、と戦意を滾らせる顔、口元が僅かに弧を描く。

しかし、負けるわけにはいかない。

痺れを切らしたように突撃してくるノイズ、中断していた歌唱を再開しつつ、構えた剣で迎え斬る。

機を窺うように迎撃に専念し、猛攻が途切れる一瞬の隙、そこを付き、高く跳躍。

眼下に群れるノイズを見据えて、剣を持っていない方の腕を勢い良く横に振る。

直後、呼応して翼の周囲に無数の刀剣が現れ、ノイズへ目掛けて雨の様に降り注ぐ

 

───千ノ落涙

 

剣の雨に貫かれたノイズは次々に炭へと姿を変え、数を減らしていく。

更に、重力に従い落下を始めながらも、駄目押しを掛けるかのように、剣を巨大な物へと形を変え、纏わせた強大なエネルギーを一閃として放つ!

 

───蒼ノ一閃

 

地面ごと斬り進む一閃は、直線状にいたノイズを一瞬で炭へと変えた。

それを見届けて、体勢を整えつつ着地する。

 

「……これでも、まだ半分……ッ!」

 

千ノ落涙、蒼ノ一閃でかなりの数を減らしたノイズだが、それでもまだ数は残っている。

自身の体力が尽きるのが先か、ノイズを殲滅するのが先か。

 

(とにかく今は、ノイズを倒すことだけを……はッ!?)

 

迫るノイズを一刀の元に切り捨てた翼だったが、その先に見えた光景に絶句する。

炭素分解していくノイズの真後ろに、実を発射した葡萄ノイズの姿が見えたのだ。

 

(駄目、間に合わない!)

 

跳躍、防御、回避、どれも到底間に合う距離ではない。この一撃だけで死にはしないだろうが中々のダメージは受けてしまうだろう。

何も出来ないまま、実が直撃しようとした瞬間───炎が、迸る。

 

───火閃一刀

 

「ふぅ……ッ!」

 

翼の目の前で赤い剣の煌きが奔り、実が燃えて消える。

唖然とした翼を置いてその姿は駆け走り、次々とノイズを斬って進む。

間を置いて気を落ち着かせて、翼は初めて見る自分と奏以外のシンフォギア装者を目に焼き付けた。

 

 

 

────────

 

 

 

走る足を止めること無く、ノイズを斬り、突き、燃やす。

身に纏ったレーヴァテインと一つになり、思いのままに剣を振るう。

 

『いやぁ、万が一にって顔隠し様の仮面を渡しといてよかったよ』

 

通信機越しに聞こえてくる唯の安堵の声には答えず、葡萄のような形をしたノイズを燃やし斬る。

最中、沈黙を保っていた風鳴翼の方に目を向けると、落ち着きは取り戻したようだがこちらを眺めて、舞歌の姿を覚えようとしているように見えた。

 

「呆けない」

 

「ぁ……え、ええ」

 

舞歌の咎める声にはっと気づいた翼が、剣を構えなおす。

一人では梃子摺ったノイズも、二人になればかなり余裕が生まれる。

猛攻に晒されて歌唱が乱れることも無ければ、体力の消費も抑えられる。

途中参戦故にコンディション万全な舞歌が前を突貫しノイズを翻弄、戦闘が長続きし消耗がある翼が後方から千ノ落涙や蒼ノ一閃で一網打尽にする。

初対面で急場凌ぎのコンビネーションと言えど、それぞれの役割を把握した二人の行動はしっかりと効果を表していく。

大勢のノイズは瞬く間に炭へと変わり、最後に残った大型を翼が蒼ノ一閃で真っ二つに分解し、その場には装者二人が残るのみとなった。

 

「これで全部ね」

 

周囲を策敵してもノイズの姿は無い。全滅を確認した舞歌はアームドギアを仕舞う。

翼はその手のアームドギアを握ったまま、眼前の舞歌をじっと見つめる。

仮面で隠した顔、謎のシンフォギア。武装を解除するには不安要素が多すぎるのだ。

 

「…………そんなに見つめられると困るわ」

 

「敵の敵は味方、と言う訳ではないのでしょう?」

 

『翼!』

 

「司令」

 

剣呑な雰囲気になりつつある中、翼に弦十郎からの通信が入った。

気を割いて良いか迷ったが、あのシンフォギア使いは動きを見せていない、視線は反らさずに短く返事を返す。

 

『状況はこちらでもモニターしている。今奏がそちらに急行中だ、俺も現場に向かう。そいつを逃がすなよ!』

 

「了解しました」

 

弦十郎が来る。相手がノイズでなければこれ程安心感を感じる言葉はない。

何せ生身の身でありつつもシンフォギアを纏った翼や奏より遥かに強いのだ。具体的には震脚でコンクリートを粉々に砕き散らしたり、十階建てのビル程度ならひと飛びで屋上まで届いたり。

とにかく人間じゃない。

 

「……手荒な真似はしたくありません。ご同行を」

 

舞歌は仮面の下で表情一つ動かさず沈黙する。

翼にはそれが不気味な物に見えて、だが不思議な違和感も感じていた。

 

「……それは、……」

 

「……?」

 

何かを言いかけて、また沈黙する。

 

「……指示を」

 

舞歌は当然この状況を見ているだろう唯へ、それが当たり前の様に問い掛けた。

 

『ったくもう……今二課に連れてかれちゃうのは私としてはNG、今回は翼さんが危なかったから手出しちゃったけど、これも本来予定に無いしね。

だから取り敢えず逃げて、追撃してくるなら相手を傷付けないように往なして』

 

「わかった」

 

「……返答を」

 

痺れを切らした翼の催促に、舞歌はくるりと背を向ける。

 

「要求には応じられないわ。あなたを助けたのだから、見逃してくれない?」

 

「痛いところを突く……しかし、そうもいきません。

繰り返します、ご同行を」

 

「ごめんなさい」

 

「……では、無理矢理にでも来て頂きます!」

 

明確な拒否、説得は不可と判断した翼はアームドギアを構える。

実力行使、察知した舞歌は、シンフォギアの身体能力を活かして脱兎の様に駆ける。

しかし走り始めた直後、進行方向から無数の刀剣が迫るのを視認した。

 

──千ノ落涙

 

「……!」

 

予想外の手に面食らう舞歌。しかし、レーヴァテインの一振りならば、自身に害をなす刀剣だけを切り払うのは容易い。

再びアームドギアを取り出し、刀身に炎を宿らせ、走る速度を落とさずに、袈裟に振るう。

 

──焔ノ一閃

 

刀身に宿った炎は翼の蒼ノ一閃の様にエネルギーとなって斬撃と化し、刀剣を蹴散らしていく。

千ノ落涙の間を抜けそのまま走り抜こうてした刹那、進行方向上空よりいつの間にか移動したのか、翼が巨大化した刀身にエネルギーを宿らせていた。

 

「天羽々斬の機動性……舐めて貰っては困る!」

 

──蒼ノ一閃

 

「ちッ!」

 

蒼ノ一閃は正面上空から放たれている、速度から考えるに潜り抜けるのは不可能に近く、走るのを中断し横に飛んで回避するしか選択肢は無かった。

 

(唯には傷付けるなと命令されている。

風鳴翼と戦わずにこの場を離脱する方法は……)

 

周囲を見回した舞歌の視界にあるものが映る、閃いた舞歌はそれを掴み取り、再び離脱する為に走り出す。

 

「懲りずにッ!」

 

着地した翼が走り出す舞歌を迎える様にアームドギアを構える。

対する舞歌もアームドギアを構え、進路を変える様子も見せず駆け走る。

距離はあっという間に縮まり、攻撃せんと天羽々斬を振るおうとした翼の顔は、舞歌の取った行動を見て驚愕に染まった。

 

「なッ!?」

 

舞歌が片足をブレーキに急停止、そして先程掴み取った物……ノイズのなれの果て、握っていた炭を翼の顔に投げつけた。

当然、攻撃してくるとばかり思っていた翼にこの奇襲を回避する余裕など与えられる筈もなく。

 

「くあッ!……目潰しとは、小癪な真似を……!」

 

一瞬で視界を潰された翼は顔を手で覆い、思わず膝を突く。

舞歌は翼の後ろに回り込み、レーヴァテインの柄で翼の首を打つ。

 

「……ま、まて……!」

 

急激におちていく意識の中、翼は手を伸ばす。

その先の舞歌はアームドギアを仕舞い、逃げ出そうとして、止まる。

 

「……レーヴァテイン」

 

「な、に……?」

 

「またね」

 

自身の纏うシンフォギアの元となった聖遺物。それを翼が聞き取り、気絶したのを確認、再び走り出す。

舞歌の逃走を邪魔する者は現れず、そのまま街の中に消えていった。

 

 

 

────

 

 

 

「……さ、翼!」

 

誰かが自分を呼ぶ声が聴こえて、翼は薄らと目を開けて、感じた痛みにきつく目を瞑る。

 

「よかった、起きたか、翼」

 

「かな、で……?」

 

「ああ」

 

寝ていた体を起こして、ソファーに背を預ける。

いつの間に移動したのか、二課の指令室に戻っていたようだ。

 

「心配したぜ、翼がやられたって言うからさ。ま、気絶させられただけで怪我は無いらしいぞ」

 

「そっか……ぅ、いたっ……」

 

「大丈夫か?目を良く洗った方が良い、目潰しをもろに食らったようだからな」

 

そう、確かにあの時、斬りかかって来るとばかり思っていた思い込みを突かれ、目潰しという攻撃に対応出来なかった。

痛む目は自分の甘さの代償なのだろう。

 

(次は必ず……)

 

「……翼?」

 

心中決意を新たにしていた翼に、奏が声を掛ける。

「大丈夫」て翼は返し、起き上がって指令室を出ようとする。

が、思い出したかのように立ち止まった。

 

「……レーヴァテイン」

 

「何?」

 

「あの装者が言っていました。レーヴァテイン、と」

 

そう言って翼は出ていった。

レーヴァテイン、よくわかっていない奏は首を傾げているが、二課の司令官たる弦十郎にはそれが何か、考え付くのに時間はいらなかった。

 

「レーヴァテイン……ラグナロクの際にスルトルが振るったとされる剣、か。

と言う事はあれはレーヴァテインから生み出されたシンフォギアなのか……了子君に報告しなければな」

 

 

 

──────

 

 

 

『……なんでバラしちゃったの?』

 

「……何でだろう、わからない」

 

唯の咎めるような声に、目を瞑ったまま静かに答える。

表面上は静かでも、舞歌の心中は少し荒れていた。自分の取った行動に。

あんなことは、唯にやれと言われていない。

 

『ま、いいけどね。聖遺物がバレた程度じゃどうってこと無いだろうし』

 

「ごめんなさい」

 

『自分で判断して行動した舞歌を見れたんだから、代償としては軽いもんだよ』

 

基本、舞歌は行動指針を他人に委ねる傾向が強い。

唯に出会う以前は舞歌のみが知る事だが、少なくとも唯が舞歌に初めて出会った時から、その特性は変わっていない。

 

「私が、自分で……ね」

 

『やっぱりシンフォギアを手に入れてなにか心境の変化が?』

 

「…………、……………………さぁ?」

 

『はい、聞いた私が馬鹿だった。

二課も追ってきてないみたいだし、戻ってきて。

ふらわー……は無理か。適当に作るから一緒にご飯食べよ』

 

「わかった」

 




『焔ノ一閃』

風鳴翼の技、『蒼ノ一閃』の舞歌版。
アームドギアの刀身に込めたエネルギーを炎熱属性を持つ斬撃に変換し、上段からの振り下ろしにて放つ技。
斬撃としての威力は『蒼ノ一閃』に劣るものの、炎熱の斬撃は着撃と共に周囲へと拡散し、複数の敵に攻撃を加える事が出来る。

『火閃一刀』

『焔ノ一閃』を発する際に刀身に込めるエネルギーをそのまま維持し、直接攻撃で込められたエネルギーを叩きつける技。
凝縮された力と、舞歌自身の剣術技能によって高い攻撃力を誇る。


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日常と友達

遅れましたごめんなさい、風邪引いてダウンしてました。季節の変わり目怖い……


翌日、放課後

 

「……これ?」

 

舞歌の姿はCDショップにあった。

唯にお使いを頼まれ学校終わりに直行し、入店後迷いなく最新ポップスのコーナーに走る。

目的の物は大々的に宣伝されており、探す手間は省けた。

 

「ツヴァイウィング……」

 

手に取ったのはツヴァイウィングの最新シングル。

さっさと購入して帰ろうと思いレジへと向かう際、CDが置いてある隣に視聴するためのヘッドホンがあるのを見つけた。

そういえば、唯の話に適当に相槌を打つ程度で、曲を真面目に聞いたことは無かった筈だ。

 

「…………聞いてみよ」

 

急ぐ用事もない。少し考えた後ヘッドホンを耳に着け、慣れない手つきで曲を再生する。

 

──────♪

 

(へぇ……)

 

耳に流れる旋律と歌声。確かにこれは良い、今まで聞かなかったのが勿体無かったと思わせる程に。

 

(心を惹き付けるような歌声……)

 

少し名残惜しいがヘッドホンを外し、レジへと向かう。

悪くない、この次のシングルからは唯に頼まれずとも買いに行こう。

そう思いつつ会計を済ませ、店を出る。

CDの入った袋を鞄に仕舞い、腕時計を見る。……帰るにはまだ早い、宿題も出ていないしCDは今日ならいいと言われている。次の行動を思案。

 

(ふらわーに行こう)

 

思案するまでも無く即決した。おばちゃんのお好み焼きに思いを馳せながら歩き出そうとした矢先、トントン、と軽く肩を叩かれた。疑問符を浮かべつつ振り向く。

 

「どうだった?あたしたちの歌は」

 

「奏さッ……!」

 

「叫ぶな叫ぶな、ばれちゃうだろ」

 

慌てたように人差し指を口に当てられ、はっと気付いた舞歌は周囲に目を向ける。

下校中の学生や買い物中の主婦等も多く歩いていて、人混みとは言わなくてもそこそこの数だ。よく見ると天羽奏も目立たないように帽子を深く被って目が良く見えないようにしている。

舞歌がこくりと頷くと、口に当てられていた指が離される。

 

「ふらわーに行こうぜ、あそこなら気を使わずに話せるからな」

 

丁度行こうと思っていたのだ、わかりました。と舞歌が返すと、天羽奏は満足そうに笑って歩き出した。

 

 

 

──────

 

 

 

「まさかあんな場所で奏さんに声を掛けられるとは思いませんでした」

 

「ここに来る途中で窓越しにあたしらの曲を聞いてる舞歌を見つけたんだ。楽しそうに聞いてるみたいだったから感想が気になってな」

 

ふらわーにて。

舞歌はいつもの席に、天羽奏はその隣に座って、おばちゃんが焼いてくれたお好み焼きにがっつく。 今は他に客も居らず、声を気にする必要も無い。

 

「それよりさ、どうだったんだよ、あたしと翼の歌」

 

「歌の感想なんて、ファンレターか何かでいっぱい送られてくるんじゃ?」

 

舞歌が最もな疑問を口にすると、天羽奏は「そりゃそうなんだけどさ」と苦笑を交える。ソースが満遍なく掛かったお好み焼きをがぶりと一口、噛むのもそこそこに飲み込み、水を一杯喉に送り込む。

 

「くはーっ。

……見ず知らずの人からの感想はそりゃ届くし、それに目を通すのも嬉しい。……けどさ、身近な人からの感想って、意外と聞かないんだよなー、一緒に歌ってる翼に聞くのもおかしいだろ?だから舞歌に聞いてみようかと思ったんだ」

 

「……奏さんが私を身近な人だと思ってたのが驚きです」

 

今日が2回目の遭遇で、初対面だって今日のようにお好み焼きを食べながら会話に勤しんだだけだ。

そんな人間を身近と言えるだろうか。そんな舞歌に、天羽奏はそれこそ意外だと表情を疑問のそれへと変えた。

 

「だってあたしら、もう友達だろ?」

 

「……友達」

 

友達。

それは心地好い響きになって、すっと入ってくる。

そう言われたのはいつ以来だったか、何年もなかった気がする。

それもそのはず、友達らしい友達なんて、唯以外には暫く居なかった。

 

「一緒にお好み焼きを食べただけで、友達?」

 

「知らないのか?友達になるには、一緒にふらわーのお好み焼きを食ってダベる!それで十分さ」

 

「なんですか、それ」

 

だけど、悪くない。

舞歌がクスリと笑みを漏らす。それを見た天羽奏が嫌ににやついた顔でうんうんと首を降っていた。

 

「どうしたんです?」

 

「いやぁ、舞歌が笑うの今始めてみたけどさ、結構、可愛いじゃん?」

 

「可愛い……」

 

可愛い?私が?

 

「……初めてです、そんな事言われたの」

 

「そうなのか?そりゃあたしもまだ二回しか会ってないからよくは知らないけどさ、今みたいな自然に漏れた笑顔、悪くないと思うぜ」

 

「…………」

 

言葉に詰まる、どう返せばいいか分からない、と言うより、何を返しても照れる、こっちが。

返答に切羽詰まった舞歌は照れ隠しのようにお好み焼きを食べる。

その最中、そういえば最初に質問されていた、と思い出した。

今までの話題を切り替えよう。

 

「そういえば、歌の感想を聞いてたんでしたね」

 

「んぐっ……と、そうだったそうだった。

で、どうだった?聞いたのは多分、フリューゲルだと思うけど」

 

確かに、逆光のフリューゲル、と言う曲だった筈だ。

頷いて、先程聞いた曲を思い返す、メロディーと歌詞、歌う二人の声から感じたのはどんな物だったか。

 

「……支え支えられ、手を繋ぎ空の先まで飛ぶ比翼連理の鳥」

 

「ほぉ?」

 

「なんと言うか……歌の中に強い意志があって。

君と行こう、何があっても、どんな時でも。

そんな眩しい意志の輝きを歌声から感じました。……なんか言ってて恥ずかしくなりますね、これ」

 

若干顔を赤くした舞歌が再び逃げるようにお好み焼きを食べ進める。

それを見ながら奏は今言われた言葉を頭の中で復唱。

比翼連理の鳥、君と往こう。

成程、わかる気がする。

奏はお好み焼きを食べる舞歌の頭に手を置くと、がしがしと撫でる。

 

「むぐっ、奏さん?」

 

「ありがとな、真面目に答えてくれて。……なんか嬉しくってさ」

 

「……どういたしまして?」

 

 

 

──────

 

 

 

(作っといてなんだけど、わっけわかんないなあコレ)

 

舞歌と奏がお好み焼きを食べている時間、唯は寮で一心不乱に自分のPCのキーを叩いていた。

次々とウィンドウが出ては消えてを繰り返すディスプレイ、そこからコードが伸び、それの先には何かの機器、それに待機状態のレーヴァテインが繋がっている。

唯が帰宅直後からレーヴァテインとの格闘を始めてもう暫く経つ。痺れてきた指の休憩の為に、その手を止めて立ち上がり、精一杯背中を伸ばす、ゴキゴキと骨が鳴った。

格闘と言っても実際に聖遺物と殴り合える訳もなく、レーヴァテイン……正確にはシンフォギア・システム、その解析に躍起になっているのだ。

盗み出した『櫻井理論』と、危ない橋を渡って手に入れた『聖遺物』を使って、某国の協力もあり製作できたシンフォギア・レーヴァテイン。

しかし、万全な設備と安全なバックがついて開発・運用している二課側(あちらがわ)に対し、自分は様々な場所に様々なアタックを掛け、手を尽くしに尽くしてようやっと一機だ。しかも造れたは良いものの、所詮は設計図の通りに作った様な物、全容を把握している訳ではない、それを知って装者になってくれている舞歌には感謝しきれないものだ。

……解りきっていた事だが、地盤の固さではあっちと勝負どころか敵として見るのも烏滸がましいのが現実であり、出来ること等たかが知れている。

 

「……ま、一学生、しかも中学生の身分でこんなこと出来るのが異常って言うのはわかってるけど」

 

挑んでいる相手が如何に強大なのかはよく理解している、それほどだ。だからこそ、打ち破ってみたい。

『その存在』を知ってしまった時点で、日向唯(天才)の目的は決まったのだから。

 

「目指せジャイアント・キリング……ってね」

 

そして十分な休憩を挟んだ唯は、再びシンフォギアとの格闘に精を出し始めた。

 

 

 

──────

 

 

 

日も落ちた頃には、お好み焼きもとっくに食べ終わりおばちゃんを交えての雑談に花を咲かせていた。

最近小麦粉が値上がりしてきついとか、この前あいつがバイクで飛ばしすぎて怒られたとか、友達がツヴァイウィングのファンで会いたがってたとか、そんな話をしながら舞歌がふと腕時計に目を落とすと、既に中々の時間になってきていた。

 

「そろそろ帰りますね、遅すぎると拗ねるのがいるので」

 

「もうそんな時間かー、じゃああたしも失礼すっかな」

 

「二人とも、帰りは気を付けるんだよ」

 

お会計を済ませ、おばちゃんに礼を言って店を出る。

 

「食った食ったー、こりゃ晩飯はいらないな」

 

「そうですね、夜更かししちゃうと夜食が欲しくなりそうですけど」

 

「お、夜更かしする方なのか?」

 

「まあ……でも唯に付き合わされるのが大半です」

 

途中まで帰路は一緒、ふらわーで話していたような何でもない会話を続けながら歩を進めていく。

これが学校に行って、帰りに寄り道して、友達と一緒に帰る。特筆することの無い、どこにでもあるような日常なんだろう。

まるで、ノイズやシンフォギア等、どこにも存在しないかのよう。

……くだらない話で盛り上がり、次のテストにうんざりし、買い食いしながら帰る。まるで遠い日の夢、日常。

 

(……憧れている?まさか)

 

自分の中で燻った感情を、それを理解した舞歌は即座に否定する。

意思無しの自分が何かに憧れるなんて考えられない。そもそも、唯にシンフォギアの事を頼まれ、わかったと言ったのは自分だ。それなのに今以上を期待するのは傲慢だろう。気楽故に大切な日常は、かなり昔に置いてきてしまった。

 

「……どうかしたか?」

 

「あ……いえ」

 

急に会話を切り、考え込んでしまった舞歌に声を掛ける、僅かに遅れて苦笑いが帰ってきた、奏はそんな様子に首を傾げる。

そうだ、裏でなにがあろうと、表ではこうやって日常を満喫出来ているじゃないか。何も憧れる必要なんてないんだ。

 

「少し、考え事をしてしまいました、ごめんなさい」

 

「そっか。……」

 

返事を返してはくれたが、奏の表情は宜しくない。何か不満げな顔をしているように舞歌は見えた。

この時、奏の心中は舞歌の予想通り不満だった。

 

(友達って、言った時は嬉しそうに見えたけど……なーんか距離あるんだよなぁ……)

 

そりゃあ会って2回目だし距離はあって当然だ。しかし、奏はそれを差し引いても距離を感じてしまう。

最も、舞歌当人は既に結構気を許している。少なくとも考え事と言う無防備を晒してしまう位には……なのだが。

それでも翼と仲良くなる為に踏み出した時の様な一歩目が、しっかりと地面を踏み切れていないような、何かが突っかかりになっている。

 

「奏さん?」

 

今度は奏が考え込んでしまった。怒らせてしまったかと不安げな表情の舞歌が奏を呼ぶ。

そこで、奏は何かに気付く。

 

(奏さん……さん、さん!それか!)

 

単純だった、敬語を使われているから距離を感じてしまうのだ。

勿論、舞歌は年下の為、年上の奏に敬語で接するのは間違っていない、寧ろ良い事だ。

実際、舞歌はそれをどうとも思っていないのだろう。

だが、奏にはそれがどうも、もどかしく感じてしまう。

 

「なぁ」

 

「はい?」

 

確信を得たように顔を上げた奏に舞歌は思わず少し仰け反った。真面目な顔をしていたかと思えば急に表情が変わる。

ころころと変わる表情は失礼かも知れないが、見ていて結構面白い。

 

「敬語、止め」

 

「……えっ?」

 

きょとん、と首を傾げる。

何をいっているのだろう、この赤毛の年上は。

 

「だからー、敬語、止めようぜ」

 

「でも、年上ですし」

 

「年上のあたしが良いって言ってんだからさ、な?名前も、奏、って」

 

「う……」

 

存外……でもないか、押しが強い。

とはいえ、本人がそう言うならば敬語を外しても構わないのだろう。別に敬語が苦手なわけではないが、普通に話して良いなら願ったりだ。

 

「……わかった、奏」

 

「へへ、おう、舞歌」

 

名前を呼びあって、どちらが先か、クスリと笑い出す。

一頻り笑った後、止まっていた歩みを再開した。

心なしか、敬語で接した時より楽な気持ちを感じる。と舞歌は思い、踏み切れなかった足がしっかり地面に付いた、と奏は実感した。

それから結局、帰路が別れる所まで再び開始した日常会話が途切れることはなかった。



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風が鳴り天が舞う(前)

神様をパクパクしてたら遅くなりました。いやもうほんとすいません……あと、後半に行くほどなんかワケわからなくなってる。


「…………」

 

「…………」

 

「翼ー、頑張れよー!」

 

「舞歌、負けたらご飯抜きだよー!」

 

「「……はぁ」」

 

場所は風鳴家の道場、舞歌は木刀を手に、対面にて構えは違えど同じように木刀を構える風鳴翼。

道場の隅には、ワクワクしているのだろう楽しげに声援を飛ばす唯と奏の姿、目の前の風鳴翼と同時に溜息を吐いたのを見ると、考えていることは同じだろうな、と舞歌は少し親近感を持った。

 

((……どうしてこうなった))

 

 

 

────

 

 

 

事の始まりは、舞歌が唯と共に買い出しに出掛け、その帰りに奏と風鳴翼の二人に遭遇してからだ。

 

「……あ、奏」

 

公園のベンチに腰掛けてアイスクリームを食べつつ、子供がキャッチボールをしている光景を眺めていた舞歌が、何気無く向いた先に居た、見覚えのある服装に言葉を漏らす。

相変わらず変装には気を使っている様で、奏が来ていた服が以前出会った時と似ている物でなければ気づかなかっただろう。

そんな何気無い呟きに、餌を撒かれた鯉のようにがっついたのは当然、隣で瓶コーラをがぶ飲みしていた唯だ。

 

「うぇげふっぉ!?どこどこ?」

 

「驚くかげっぷするかどっちかにしてよ。……ほら、あそこ」

 

舞歌が指差した先には、どこかに向かって手を振っている奏の姿がある。

一見そうは見えないと思った唯だが……

 

「…………ほんとだ、すっごい、本物を見れた」

 

おや、と舞歌は少し驚いて隣の唯に視線を向ける。もっと騒ぐと思っていたが、予想外に落ち着いているようだ。

そんな唯を尻目にアイスクリームをさっさと食べきって、挨拶の1つでもしようかと立ち上がった。

 

「唯」

 

「なに?今目に焼き付ける作業で忙しい」

 

なら放って置こう。

 

「じゃあ私だけでいいよね、ちょっと話してくる」

 

「行く行きます行かせてください舞歌様」

 

「宜しい」

 

 

 

────

 

 

 

天羽奏は深く被った帽子の奥から、先程まで自らも居た建物を見据えた。

気晴らし故の外出では大して用事もなく、先程まで一緒にいた翼に付き合うような形で買い物に出たが、奏にとって翼と一緒にいることはそれだけで楽しい物だ。だからこうやって太陽の下で待たされるのだって苦ではない、無いが……

 

(ちょっと遅すぎないか?翼……まさかバレたりしてないよな?)

 

まだそんなに暑くは無いから平気だが、こうやって一人で待ち呆けているのは暇だ。

ふと思い立ったよくない予想にキョロキョロと周囲を窺ってみるが、見た感じは騒ぎ立たれてない様子、バレてはいない……筈だ。

 

(…………暇だ)

 

中に戻って翼を探すことも考えたが、もし入れ違いにでもなったらまた待ち呆けることになってしまう。結局、このまま待ち続けるしか出来なさそうだ。

 

(しかし翼のやつ、一体何を買いに行ったんだ?興味を引くものなんてあったか……)

 

「……奏」

 

「ん?」

 

うんうん唸っていると、後ろから自分を呼ぶ声がした。

しかし下の名前だけで自分を呼ぶ人間等、そんなにいる訳ではない。

誰だ?と振り返った奏は、その先にいた、ごく最近仲良くなった赤い髪の女子……舞歌を見てぱあっと表情を明るくした。

 

 

 

 

────

 

 

 

「お前達もあそこに買い物だったのか」

 

「うん、あそこって何でもあるからね、そんな離れてもないし、よく行くよ」

 

「奏さんはお一人で来たんですか?」

 

「いや、翼も一緒だ。まだ中にいるんだけど、遅くてな……待ってた所だ」

 

「翼さんも!すっごいなー私幸せすぎるかも!」

 

場所はさっきまで唯と舞歌がいたベンチへ戻り、やっぱりミーハー……とでかかった言葉を飲み込んで、浮かれまくっている唯に大声を出すな、と額に手刀。

変装してるからいいものの、見付かったら貴重な休日を潰す事になるのだ。唯もすぐに気付いたようで、声量が小さくなった。

因みに話題には出していたが今日が初対面の唯と奏は、波長が合いでもしたのかすぐに仲良くなっていた。隔て無い奏と元からツヴァイウィングのファンだった唯ならそれも当然か。

 

「今更だけど、暇ならあたし達に付き合ってくれるか?翼にお前達を紹介したいからさ」

 

「大丈……「もっちろん、今日はもう暇ですから!」……人の言葉を遮らない」

 

「あははっ、やっぱ面白いな、お前ら!」

 

面白いのはこいつだ、と二度目の手刀を唯に打ち込んだ舞歌が、何かに気付くようにあ、と声を上げた。視線の先は奏の後ろ。

つられて奏が振り返ると、しきりにキョロキョロと周囲を見回しまくっている不審な青髪が1人。

 

「あれ、風鳴翼さん?」

 

「うえっ!?どこどこ?」

 

「あれだよあれ、あたしの事探してんのかな?」

 

何かの袋を片手に、困ったように周囲を探す風鳴翼。

奏がニヤニヤしているのを見ると、このまま困らせる算段らしい、傍迷惑な、悪くない。

よく見れば分かる筈だが、それとも3人でいるから分からないのか。

暫く探していた風鳴翼は、入れ違いになったと仮定したらしく、再び店内へ向かっていく。

あのまま入られてはまた待ち呆ける事になってしまう。

奏はいたずらに満足したのか笑いながら、「おーい」と一見誰に宛てたか分からない呼び方をする。

 

「それだけでいいの?」

 

「翼だからなー、……ほら」

 

奏の言った通り、声質だけで奏とわかったらしい風鳴翼は、神速の速さでぐるりと振り向き、手を振る奏に気付いて走って向かってきた。

 

「遅かったな、翼」

 

「ごめん、並んでて……えっと、この人達は?」

 

当然ながら、翼は初対面の二人が奏と一緒にいるのを見て小首を傾げる。

 

「あぁ、友達さ、ふらわーで知り合ったんだ。この前話したろ?」

 

「あぁ……」

 

「天海舞歌です」

 

「日向唯です!」

 

「初めまして、風鳴翼よ。よろしくね」

 

初対面じゃないんですけどね、思いっきり敵対しましたし。とは間違っても口に出さず、差し出された手を握る。

印象は悪くなさそうだな、と奏は二人と握手した翼を見て、嬉しそうに表情を緩めた。

 

「うっはー握手しちゃったよ私、一生のお宝だ……」

 

「そ、そんなに喜んでくれるの?」

 

「ファンの一人なもので!」

 

純粋に喜んでいる唯に、風鳴翼も驚きつつ、満更でも無さそうに笑っている。

……今更だが、こんな街中でトップアーティスト二人と一緒にいるこの状況って、とんでもなくラッキーな状態なのではないのだろうか?

いくらふらわーで何度か会話を交わし、友達になったとはいえ、一学生とは身分が違いすぎる。

そして、唯と言葉を交わす風鳴翼も、舞歌と言葉を交わす奏も、トップ中のトップに登り詰めようとしている。メディアへの露出も多く、ファン以外でも顔を知っている人間は日本中に沢山いるだろう。

……現に、周囲が僅かに、ざわつき始めた様だ。いくら変装しているとは言え、分かる人間にはわかってしまうのだ。

 

「……奏、不味いかも」

 

「お、鋭いな、あたしも今気付いた所だ。

……唯、翼、移動するぞ」

 

「……わかった、奏」

 

「へ?何何……あ、そう言う事か」

 

二人も周囲から集まってくる視線に気付いた様子、頷くと、それぞれの荷物を手に立ち上がった。

 

「んじゃ、どっか適当な場所にでも───」

 

「あ、危ない!」

 

急な大声に、四人がその声が聞こえた方向を見る。

そこには四人に……正確には唯に向かって飛んでくるボールがあった、しかも柔らかいお遊び用では無く、試合で使われる様なしっかりしたボールが、結構な速度で向かってくる、軟式か硬式かまではわからなかったが、当たれば結構な打撃には違いないだろう。そして当然、運動神経皆無の唯には視認した所で避ける反射神経がある筈もなく。

 

「やば…………!」

 

パシッ、と、人に当たったにしてはあまりにも軽い音が鳴った。

飛んできたボールは唯に命中する前に、いつの間にか唯の前に立っていた舞歌によって、完全に捕球されていた。

それこそ、舞歌の目の前にいた奏が、「え?」と声を漏らす程の速さで。

 

「貴女、今……「うわわわわわッ!?」あッ!?」

 

同じように舞歌の動きを見ていた翼が何かを喋ろうとした……が、目の前に迫る唯の背中に喋ろうとした言葉を失った。

結局ボールは舞歌の手に収まり、命中はしなかった。しかし、迫るボールに大きく仰け反っていた唯はそのままバランスを崩し、真後ろにいた翼を巻き込んで倒れこんでしまったのだ。

 

「いったー……あ、ごめんなさい!大丈夫ですか?」

 

「ええ、平気よ……あ」

 

倒れた際に軽く打った頭を撫でようとして、手をやった風鳴翼が不味い……所か一発終了の事態に気付いた。

今まで中々に特徴的だった風鳴翼の髪型を隠していた帽子が、地面に落下してしまったのだ。

当然、近くには一般人が多数、しかも此方に注目していた人も多い訳で。

 

「風鳴翼だ!」

 

勿論、こうなる。

 

「バレたな」

 

「バレたね」

 

「奏も舞歌も、なんでそんなに冷静なの!?」

 

「凄いなこの人達……うわッ!こっちも凄!」

 

誰かが叫んだ言葉は、瞬時に周りを伝わって行く。舞歌がボールを投げ返した時には、既に一般人が周りを固めつつあった。

 

「逃げよう、奏!」

 

「それしかないな、皆、あたしについてこい。適当な場所まで走るぞ」

 

「わかった、付いてきてよ、唯」

 

「……善処するけど、無理だったら置いてって。体力持つ自信ない……」

 

「頑張れ頑張れ。……いくぞッ!」

 

奏の合図で脱兎のごとく走り出した四人。

奏と風鳴翼は鍛えてるだけあって速く、舞歌も高い身体能力を活かして並走している。

唯だけは少し遅れていたが、不意を突いた事もあって追い掛けてくる人達からはだいぶ離れた様だ。

 

「速いな舞歌!」

 

「身体能力だけは胸張って誇れるから!」

 

「……貴女、やっぱり……」

 

 

 

「ちょ……速すぎ!待ってそれ以上……速くしたら……ほんとに追い付かないからぁ!」

 

 

 

────

 

 

 

「巻いたかな?」

 

「それっぽいのは見えないし、大丈夫だろ。悪いな、あたしらのせいで」

 

「原因作ったのはこっちだから、気にしないで」

 

ファンからの逃走で走ること数分、ブロック塀から顔だけ出した奏が走ってきた方向を見ながら確認する。暫く待っても人が来ないのを見ると、巻くのはうまくいった様だ。

手ぶらならともかく、荷物を色々持った状態で走るのは流石に堪えるらしく、3人は少し息を切らしている。

 

「……お疲れ様、大丈夫?」

 

舞歌が苦笑混じりに言った先には、ブロック塀に両手を付いて必死に呼吸を落ち着かせようとする唯がいた。

心臓もバクバク言ってるし汗だくだし足ガタガタ、しかしあの全力ダッシュで、しかも追っかけはしっかり巻けている事から考えれば自分が正常なのであって、あの3人の速さと持久力が異常なのだ。

そう必死に自分に言い聞かせる唯は、返事を返す余裕も無くゼーハー言いながら大丈夫じゃないから、と片手を力無く横に振って答えるしか出来なかった。

 

「大丈夫じゃなさそうだな」

 

「ええ……ねぇ、貴女たち」

 

「はい?」

 

「よければ、今から私の家に来ない?」

 

────────!?

 

「つ、翼が他人を、しかも今日会ったばかりの奴を家に誘った……!?」

 

「……そんなに驚くの?確かに、基本的に人は呼ばないけれど」

 

「私達は……「……い、いく……行きます……」でも、いいんですか?」

 

奏が唖然としているのを見れば一目瞭然、風鳴翼の知り合いから考えれば本当に意外で有り得ないお誘いなのだろう。

ただ奏の友達と言うだけで、自宅にまで誘う理由になるのだろうか?

こればかりは舞歌も、そして奏ですら、風鳴翼が何を考えているのかがわからなかった。

 

「大丈夫よ、それに……確かめたい事があるの」

 

「……?」

 

そう言った風鳴翼の目は、確りと舞歌を捉え、離さなかった。




冒頭へは次回。

シンフォギアの漫画版がどこの書店行っても無いんですがこれもウェル博士のせいなんですかね。


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風が鳴り天が舞う(後)

3期やったー!原作&脚本の金子氏曰くまだなにも決まってないそうなので一先ずこの小説は今まで通り行きます。そもそもまだ響と未来すら出てないですし……早く出したいデス……。


「……なんですか、このトンデモは」

 

「……これが、翼さんの……家?」

 

 あの後、唯の回復を待って、そこまで離れていないと言う風鳴翼の家へ向かった四人。

 風鳴翼の案内に従って歩く事数分、着いたは着いた、が、その家と言うのが、デカイ。とにかくデカイ。まさに和風の豪邸、といった程だろう。

 風鳴、と大きく彫られた木彫りの表札が自己主張をする入り口……門ですら、なんだか時代劇とかで見る代官所の入口を彷彿とさせる。

 

「あたしも初めて来た時は同じ反応だったな」

 

「……自覚はしてる」

 

 「着いてきて」と促されて門を潜ると、また広大な庭が姿を見せた。どうやら離れの様な建物や、「道場」とでかでかと彫ってある……まぁ道場なのだろう。庭には池があって、鯉が泳いでいた。確かに唯が言う通りトンデモだ。

 

「……翼、ダンナは?」

 

「しれ……叔父様なら、多分道場に……」

 

────ズガンッッ!!

 

「なッ!?」

 

「何、何の音今の!?」

 

 方角は道場だろうか。破壊音のような、爆発音の様な、筆舌し難い音が聞こえてきたのは。舞歌と唯は盛大に驚き、風鳴翼は呆れ、奏は笑っていた。二人が気楽なのを見ると、風鳴家では割とよくあるらしい。この屋敷怖いかもしれない、と素直に感想を抱いた唯を責める人間はいないだろう。

 

「呼んでくるわ、奏は二人と一緒に待ってて」

 

「ああ」

 

 奏が頷いたのを見て、風鳴翼は少しも変わらない何時も通りの足取りで道場へ向かって歩いていった。どうやら本当に日常茶飯事の様だ。

 一体どんな化物が出てくるのか戦々恐々としている唯に、奏はまた笑っていた、楽しそうだ。

 

「ダンナは確かにまあ……ちょっと人間止めてる節があるけど、性格はまともだから大丈夫さ、そんなに怖がることないぞ」

 

「ほ、本当……ですか?」

 

「あたしが信じられないか?」

 

「そりゃ信じたいですけどさっきのアレ聞いちゃったら無理ですよ!?」

 

「舞歌は?」

 

「楽しみ」

 

「なんてこった一般人は私だけだった……ッ!」

 

 そうこうしている内に、道場の方から3人を呼ぶ翼の声がした。振り向くと、中から体半分だけ出した風鳴翼が手招きしている。

 未だ怖がっている唯の手を舞歌が握り、先に歩き出した奏を追って道場へと足を向けた。

 

 

 

────

 

 

 

『それで?どこまでが貴方達の差し金なのかしら?』

 

『残念だが、今回の件に関しては我々も予想外だ』

 

『本当に?嘘を吐くとどうなるか、分からぬ貴方達じゃないでしょう』

 

『……我々単独でアレを製造することは不可能だ。貴様が一番知っているだろうに』

 

『当然。アレは……シンフォギア・システムは私にのみ許された玩具(オモチャ)。他人が造って良い道理などありはしない』

 

『フン……此方でも探ってはみよう』

 

『殊勝ね。自分達がやるより早くオモチャの作り方が割れてお怒りかしら?』

 

『…………』

 

「……切れた、図星ね……さて。

レーヴァテイン……何者なのかしらね。人のオモチャを勝手に使う悪い子にはお仕置きしないと……」

 

 

 

 

────

 

 

 

 

「ようこそ、風鳴家へ!俺は翼の叔父の風鳴弦十郎だ、よろしく!」

 

「天海舞歌です」

 

「ひゅ、日向唯です……」

 

 道場に足を踏み入れた一行は、赤い胴着を纏い爽やかに汗を拭うとても強そうな人がいた。なんかこう、凄そうな武術とかいっぱい知ってそうな感じだ。

 どうやら叔父の風鳴弦十郎からしても、翼が友人を連れて来るのは珍しいらしく、舞歌と唯の二人を見るや、年不相応にきらきらと目を輝かせている。視線を受けながら舞歌がちらりと風鳴翼を見ると、何やら神妙な顔をして、隣の部屋へと入っていった。

 

「ダンナ、さっきの音はなんだったんだ?」

 

「あぁ、昨日映画で見た技を試す為にちょっと岩をな」

 

「岩って何!?」

 

「やっぱり何時も通りだったか」

 

「何時も通りって何!?」

 

「興奮しすぎ」

 

「舞歌はなんで平然としてるの……?長いこと一緒にいるけど、わからないよ……」

 

「そうね……奏が大丈夫って言っているから、大丈夫でしょ?」

 

 表情一つ変えず言い切った信頼に、思わず奏と唯の双方が静止した。

 何か不味い事言ったかしら、と首を傾げる舞歌を、唯は信じられない物を見るような目付きで改めて驚愕していた。あれ、この人誰だっけ、とか。

 対して奏は、自分がそこまで信頼されていた事にだ。奏自身、『隠し事』(シンフォギア)を知らない友人と言うのは多くない。そしてツヴァイウィングとしての『天羽奏』もよく知らない彼女……天海舞歌は、装者でも無く、アーティストでも無く、ただの天羽奏を見て、信頼を置いてくれている。少し目頭が熱くなった。

 

「……なんだよー、嬉しい事言ってくれるじゃねーか。お姉さん泣いちゃいそうだぜ」

 

「むぅ……少し奏さんに嫉妬しちゃうわ、こんなに早く舞歌の信頼を勝ち取るなんて……一体どうやったんですか?」

 

「別に?ふらわーで飯食って敬語止めさせただけさ」

 

「……というか、いつから私は難攻不落の要塞みたいな扱いになったの」

 

「学校での自分をよく考えてみれば分かると思うよ」

 

「……」

 

 切り返されて舞歌は沈黙する。確かに、学校にいるときは一人が多く、話すのも唯ばかりだ。しかし、それとこれとに何の関係があるのだろうか。

 

「……奏、よかったな」

 

「ダンナ……」

 

 弦十郎は楽しそうな奏を見て、心底喜びを感じた。あの見るもの全てに食らい付く手負いの獣だった奏が、シンフォギアという裏はあるものの、日常を過ごせている。それは彼女を引き取った自分達にとって、最上位の報酬だ。

 

「今のあたしにはダンナや翼、舞歌に唯、皆がついてる。だから、あたしは今、すっげぇ幸せなんだ」

 

 歌にのせて人に幸せを運ぶには、先ずは自分がそうじゃないとな。と続けた奏に、舞歌と唯はだから、ツヴァイウィングの曲は人を惹き付ける魅力があるのだと感じた。自分が感じた沢山の幸せを、歌にのせていたのだ、と。

 

「……ん?」

 

 ふと、風鳴弦十郎が視線を反らす。その先には先程別の部屋に入った風鳴翼が出てきていて、手に二本の木刀を持っていた。

 

「翼?何故木刀を持ってきた、緒川は今留守にしているぞ」

 

「いえ、稽古ではありません」

 

 風鳴翼はまるで戦に赴く時の様な、鋭い気配を全身から滲ませて歩を進める。それは舞歌の前で止まり、不思議そうな面持ちの彼女にスッと木刀を差し出した。

 

「天海舞歌、私と試合して(たたかって)下さい」

 

「なッ!?」

 

「試合……だとぉッ!?」

 

「……」

 

 風鳴翼の行動に対する反応はそれぞれだ。奏と風鳴弦十郎は驚き、舞歌は沈黙。唯はピクリと眉を動かした物の、目立った反応はしなかった。

 数秒間の沈黙の後、舞歌は風鳴翼と木刀を交互に見て、口を開く。

 

「……何故?」

 

「先程、不意に飛んできたボールが唯に当たりそうになった時……貴女はあの場にいた誰よりも速く、軌道を読みきってボールを受け止めた」

 

「確かに」

 

「それ自体は、運動能力が高ければ誰でも出来る事です。ですが、唯の前に出た時の足捌きは、そうはいきません。隣にいた奏すら気付かない程一瞬の移動……生半可ではありません。これは私の予想ですが……舞歌、貴女は剣を使う人と見ます」

 

「…………ええ、そうです」

 

 疑問は本人が認めた事により事実へと変わる。実は違ったらどうしようとか心中思っていたりしたのは内に秘めたまま抹殺して置くとして。

 舞歌の気配が鋭くなっていくのを肌で感じつつ、翼は続ける。こんな機会、滅多に無いのだ。

 

「私は……防人として守るために、強くなりたい。その為に、お願いします」

 

「……」

 

 舞歌は答えず、横目で唯を見る。唯は少し考えるそぶりを見せた後、うんと頷いた。それを見て、舞歌は差し出された木刀を手に取った。

 

「わかりました、お相手しましょう」

 

「ありがとうございます」

 

「おいおい……本当にやるのか?言っとくが翼は強いぞ?」

 

「大丈夫ですよ、舞歌も強いですから」

 

 道場の隅に退きながら、隣を歩く唯に小声で忠告を送る奏。確かに風鳴翼は年齢に合わない強さを持っているだろう。そうでなければシンフォギアをああも巧く運用は出来ない。それでも唯は、にこにこと笑顔で、軽く素振りをする舞歌を止めようともしない。

 随分信頼しているらしいその態度に、奏は悪戯な笑みを浮かべてたった今思い付いた妙案を実行に移す事にした。

 

「なら……賭けるか?」

 

「何をです?」

 

「そうだなー……翼が勝ったら、舞歌を一日くれ」

 

「……えっ」

 

 風切り音を立てていた舞歌の木刀が止まる。まて、今何て言った。

 

「じゃあ、舞歌が勝ったら翼さんを一日下さい」

 

「おう、いいぜ」

 

「へっ!?ちょっと、奏!?」

 

「……お前ら、大人の俺がいる前で賭け事とは中々だな」

 

「「あっ」」

 

 そうだった、と奏が冷や汗を背中に垂らして首を向けた先には、ポキリと指を鳴らして笑顔の風鳴弦十郎がおられた。

あかん人生終わった、と唯が辞世の句を考え初め、奏が何とか言い訳を考え初める。

 しかしそんな二人の心中等知らず、風鳴弦十郎はその場にどかりと座り込んだ。

 

「奏、舞歌君と遊びにいくプランでも考えておいたらどうだ?」

 

「へっ……お、おう!」

 

 どうやら見逃してくれるらしい。二人はほっと胸を撫で下ろした。対して牙城が崩れた賭けの対象二人の意見はもれなく黙殺された。酷だ。

 

 

 

 

────

 

 

 

 

そして冒頭へ戻る。

 木刀を構え静かに視線を交わす。準備万端、後は風鳴弦十郎による開始の合図を待つのみ。

 風鳴弦十郎がゆっくりと片腕を上げ……

 

「始め!」

 

 降り下ろした。合図と共に風鳴翼は駆け走り、舞歌は動かずに、正面に木刀を構え続ける。

 待機する舞歌を試す様に、先ずは横からの薙ぎから入る。

 

「……ッ」

 

 乾いた音が響く、受け止められた。息を吐かせぬまま二撃、三撃と続けた打ち込みも、涼しい顔で防がれる。

 

(木刀とは言え、迫る太刀をこうも冷静に捌くとは……此方も未だ全力では無いけれど、容易ではない……)

 

 とは言え、この試合を吹っ掛けたのは自分であり、また訳の分からない賭け事の賞品にもなっている以上、負ける事は許されない。

 たたんっ、と軽快に跳び退き、すぅと息を吸う。相手はまだ動かない、試しているのか、それとも……否、余計な思考は剣筋を鈍らせる。左足を下げ、腰を僅かに降ろし、確りと床を踏む。

 

(速度を乗せた一撃にどう合わせるのか……!)

 

「……シッ!」

 

 溜めた力を弾くように、勢い良く、弾丸の様に相手の懐に飛び込み、木刀を槍と見立てた刺突の一撃。身軽さと速さは風鳴翼に取って自信を持てる得意。その速さを乗せた一撃が相手が見る以上に重い事も理解している。ただ受けるだけでは済ませない一撃をどう対処するのか。

 対して舞歌、取った行動は。

 

(刺突は速度と威力に長ける、点の攻撃を無策に受けるのは愚手。ならば……)

 

 迫る一撃、まさに命中しかけた瞬間。風鳴翼の視界から、舞歌の姿がフッ、と消えた。

 

(消えた!?……いや、下か!)

 

 風鳴翼が下を見た時には、屈んで牙突を回避した舞歌が、木刀を振っていた。伸びきった体で対処するのは不可能だ。下から切り上げられて風鳴翼の木刀が弾かれ、がら空きになった風鳴翼の腹部に追撃の舞歌の脚が飛ぶ。

 

「がッ……!」

 

 くの字に体が折れ、腹部から痛みが弾ける。それでも倒れまいと瞬時に態勢を整え、少し後ずさる形で着地した。

 

「くッ……蹴撃とは」

 

「剣縛り、と言う訳ではないですよね」

 

「……勿論」

 

 容易ではないと理解しているつもりだったが、まだ認識は甘かった様だ、と風鳴翼は舞歌に対する評価を引き上げる。今の斬り合いで油断を許される相手でない事も思い知った。手なんか抜いている場合じゃない。

 

「行きます」

 

「……」

 

 今度は舞歌が攻める。両手をだらりと降ろした舞歌は、ゆらり、と体ごと前へと倒れ始める。

 身構えた風鳴翼が疑問符を浮かべるより速く、舞歌は体の倒れる力を利用し、速さに変えて一気に接近。気付けば既に舞歌の木刀が眼前に迫っていた。

 

「しかしッ!」

 

 木刀に左手を添える事によって舞歌の木刀を受け止め、間を置かずに足で木刀を真上に弾き、柄頭で舞歌の鳩尾を打つ。

 

「があッ……!」

 

 一瞬視界が滅点する舞歌、その隙を逃すまいと振るわれた風鳴翼の木刀を、刹那のタイミングで正面から受け、そのまま鍔迫り合いに持ち込んだ。

 

(あの一撃をまともに受けてこうも速く立て直すとは……想像を越える、速さには分があるけど、力は向こうが上……様子見のさっきとは違う、一撃でも貰えば叩き伏せられる……)

 

(鳩尾に受けたのは不味かったか、痛みがしぶとく残る……しかも、重さでは此方が上でも速さは向こうが強い、今みたいに隙を突かれて急所に貰い続ければ力尽きる……)

 

 鍔迫り合いながら目の前の相手を冷静に分析し、勝ちへの道筋を組み立てていく。一撃で叩き伏せるか、急所に極めて落とすか……

 ギリギリと音を立てて続く力の押し合いは、二人が同時に後方にステップを踏んだことで終わりを告げた。

 

(下手に防御に回っては力で潰される、速度を活かして急所に狙いを定めるか……)

 

(無理に倒そうとして大振りにでもなれば間違いなくそこを突かれる。攻め手の中から隙を見つけ出して、一撃で極める)

 

 風鳴翼は下手に待つより果敢に攻める選択をし、舞歌も前に出る。再び互いの木刀がぶつかり合い、乾いた音が道場に鳴った。

 

 

 

 

────

 

 

 

 

「うっはー、舞歌の奴強いな!翼と互角とは思わなかったぜ」

 

「翼さんも凄いですね、正直私にはなにがなんだかな状態ですけど、舞歌にあんなに渡り合ってる同年代の人は初めて見ました」

 

横で会話している奏と唯を尻目に、弦十郎は翼とまともに打ち合える舞歌に驚愕とは別の感情を抱いていた。

 

(確かに強い、翼と対するだけでなく、一撃を入れることすらやってのけた。俺だって翼と同年代であんな動きを出来る奴はそう見ちゃいない。

……故に、何故だ?何故天海舞歌は、あんなにも強い?)

 

 彼女が持つ技術と力は、一般の学生には余りにも不相応な物だ。普通に暮らす上であの力は明らかに必要が無く、また日常生活で会得できる物でもない。

 目の前では、足払いを掛けられた舞歌が膝を曲げ飛び上がって回避し、そのまま上段から木刀を振り降ろし、間一髪翼に防御されている。

 速さでは劣るものの天地の差と言う程でも無く、攻めの苛烈さでは翼を上回っている。この身防人とシンフォギアを纏い、戦い続ける翼をだ。

 

(天性だけではあるまい。誰かに師事を受けたのか、それとも……翼や奏のように、強くならなければいけない理由があったのか……)

 

「おっ、そろそろ決まりそうだな」

 

 奏の声に弦十郎は耽っていた思考を破棄し、取り敢えずは、と目の前の決着に注視した。

 

 

 

 

────

 

 

 

 

 埒が開かない、と最初に判断したのは舞歌だった。互いの体力は減り、息は荒くなってきたが、それだけだ。序盤に互いに浴びせた一撃の他に有効打は無い。

このままではだらだらと続くだけだ。だから、次で決める。

 木刀を握り直し、一歩踏み出す。同時に風鳴翼も前に出る。成程、考えは同じらしい。

 

「「…………!」」

 

 同じタイミングで振り上げた木刀が、相手に向かって振り下ろされる。そして先程と同じように鍔迫り合いになる……と、舞歌だけが思っていた。

 互いの木刀が触れ合った瞬間、舞歌は瞬時に自分の失態に気付いた。

 

(力が来ない……しまったッ!)

 

 風鳴翼は木刀に力を入れていない、最初から先の攻撃で決めるつもりは無かったのだ。風鳴翼の木刀は舞歌の木刀を滑り、切っ先を逸らす。受け止める力が無くなった舞歌は、自身が狙い続けていた隙を、風鳴翼に思いっきり晒してしまった。

当然、それが見逃される筈もなく。

 

「はあッ!」

 

 がら空きの横腹に風鳴翼の渾身の一撃が決まる。勝った、と風鳴翼と風鳴弦十郎と奏が思った。

 

「まだだよ」

 

「えっ?」

 

「……まさか、防ぐとは」

 

 渾身の一撃は、いつの間にか逆手に持ち変えられた舞歌の木刀が横腹の前に滑り込んだ事で、威力が減衰されていた。

間を置かず、風鳴翼の木刀が弾かれる。

 

「──はあああッ!」

 

 試合の最中も声を張り上げなかった舞歌が叫ぶ。全力を込めて、木刀を振るう。

 

「──おおおッ!」

 

 風鳴翼も吼える。全力にて、剣を振った。

互いの全力が、ぶつかり合うッ!

 

────────バキィ!

 

「……ッ」

 

「……くッ」

 

 振り抜いた二人が自身の木刀を見る。衝突点から、ボッキリと折れていた。

 

「……いい試合だったッ。引き分けだ!」

 

 




戦闘描写は難しい……頭にある映像を言葉にできない。


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交差する想い

明けましておめでとうございます、遅いですよねすいません。悪いのはインフルエンザなんだ……!
急いで仕上げたらなんか色々おかしくなってしまった……。


 結局、互いの力を出し合った一戦は、双方の木刀か砕け散った事により、引き分けで決着。

 舞歌と翼が互いの力量を称賛し合っていたその横で、唯は渋い顔で奏と全く同じことを考えていた。

 

(賭け、どうする……?)

 

と。

 弦十郎は思案顔で考え事だし、対象の二人に至っては賭けの事等すっかり忘れて、不敵な笑みで拳を合わせたりしている始末。

 ジャンプかお前ら、と唯が突っ込もうと決めた所で、奏がそれを遮り、舞歌と翼の表情が凍る一言を放った。

 

「引き分けだからさ、両方の勝ちってことで!」

 

「……はッ?」

 

「奏さんは天才だった」

 

「だろ?」

 

「ちょっと待って……うぐぇ」

 

「はい舞歌頂き」

 

「か、奏……うわ!」

 

「翼さんもーらいッ」

 

 方や首根っこ掴まれた舞歌、方や腰に手を回され後ろから抱き付かれた翼。二人は早々に観念するしかなかった。

 深い溜め息を吐いた翼は、じんわりと額に滲んだ汗を拭いながら、脱力気味に呟いた。

 

「せめて、汗は流させて……」

 

 

 

 

────

 

 

 

 

「……奏」

 

「お、来たか」

 

 翼との一戦でかいた汗を流して着替え、離れの縁側で待ってるから、と言っていた奏の元へ向かう。棒アイスを食べていた奏は舞歌に気付くと、空いた手で自分の隣を軽く叩いた。意味を察した舞歌が隣に座る。

 

「どうだった?翼はさ」

 

「……翼さんは……」

 

 舞歌の脳内にさっきの一戦が再生される。鋭い目付きと相応の覚悟、強い意志の宿った一つ一つの攻撃。年不相応に高い技術に強い心。どれを取っても、舞歌が初めて出会うタイプの人間。

 

「……私には、眩しい人」

 

「眩しい?」

 

「あの人には確立した意志とそれを成すための力があって、そんな彼女を支えてくれる奏のような仲間がいる。私にはそれが眩しく見える」

 

「……舞歌には無いのか?力も、仲間も」

 

「……私には、そんなの、無いよ」

 

「唯は?」

 

「唯は……」

 

 ルームメイト、友達、仲間……様々な言葉が並んでは、霧散していく。仲が良いのも確かだろう、遠慮も無いし、少し位なら考えている事も分かる、付き合いも小学生の時、彼女が私の学校に転校してきて以来だ、そこそこには長い。

 それでも、そう言った関係とは何か違うと、心中が訴えていた。

 

「分からない……私と唯って、友達なのかな?」

 

「そりゃ、端から見ればそうだと思うけど……違うのか?」

 

「……分からない、そんな気もするし、違う気もする」

 

「なんだそりゃ」

 

 さすがに奏もよく分からないといった顔をしていた。無理もない、言った舞歌でさえよく分かっていないのだから。

 

「……あ、ごめん。なんか辛気臭い話になっちゃった」

 

「いいよ、舞歌はあたしを信頼してくれてるから、そういう事も話しちゃうんだよなー」

 

「う……面と向かって言われると結構恥ずかしいな……」

 

 にへらと笑顔の奏に、苦笑が漏れる。

 そんな話をしてる間に奏はアイスを食べ終えたようで、「ちょっと待ってな」と言って、ゴミになったアイスの棒をくるくる回しながら歩いていった。

 

「……友達、ねぇ……」

 

 

 

────

 

 

 

「翼さん!アイス、如何ですか?」

 

 舞歌と奏が離れで喋っている頃、シャワーで汗を流した翼が意味もなく庭にある池を泳ぐ鯉を眺めていると、後ろから唯の声がかかる。

 振り向くと、弦十郎から貰ってきたのだろう棒アイスが二つ、唯の手からぶら下がっていた。

 

「ありがとう、頂くわ……あ、ソーダ味の方で」

 

「了解でーす。じゃあ私はコーラ味、っと」

 

 唯からアイスを受け取り、包を破る。ごみを回収するためのビニール袋も持ってきている辺り、この娘は用意周到なのだなと感じていた。

 突っ立っていた翼の隣に並ぶと、キンキンに冷えたアイスにかぶり付く、シャク、と独特の音が翼の耳を打った。

 

「んん、美味し」

 

 そんな唯を見て自分も食べたくなった。翼もアイスを一口食べる。

 冷たさとソーダ味が口の中を支配して、何とも言えない気持ちよさを与えてくれる。時期的には秋だがまだ暑い日もあり、そんな日にアイスを食べるのはやはり良いものがあった。

 

「……そういえば、アイスを食べるのは久し振り」

 

「食べなかったんですか?弦十郎さんがアイス出してきた冷凍庫には沢山入ってましたよ?」

 

「あれは……奏が好きだからだと思うけど……気付いたらいつもあるのよ。誰かが買ってきてるみたい」

 

「羨ましいですねー、家にいつもアイスがあるなんて……食べ放題じゃないですか」

 

「それは、そうなんだけど……」

 

 そう言って翼が視線を落とした先には、衣服に隠れた自身の腹部。

 

「……成程。

【速報】風鳴翼、激太り!アーティスト活動に支障あり」

 

「うぁッ……や、やめなさい!それが嫌だからあまり食べたくないの……」

 

「あはは、まあ気持ちは分からなくもないですが……食べたいもの食べれないのは辛そうですね」

 

「……ええ、本当にね……」

 

 そう言った翼の脳裏に甦ったのは、好き勝手にアイスを食べ、ふらっと消えては「お好み焼き食ってきたー!」と笑顔の奏。それでいてスタイルは抜群、ある一点では完敗。何故、何故なのだ……

 

「翼さん?目が死んでますよ……?」

 

「大丈夫だ、羨ましくなんか無い、あのような(もの)、邪魔なだけだ……」

 

「うわぁ戻ってきてくださいー!」

 

 

 

────

 

 

 

「お待たせー、舞歌も食うか?」

 

 数分経った後、戻ってきた奏の手にはチョコレートのカップアイスが二つ乗っていた。先程平らげただけでは満足出来ず、おかわりを持ってきていたのだ。

 

「うん、ありがとう……そんなに食べて大丈夫なの?」

 

「ん?へーきへーき、腹も壊さないし不思議と太ったりもしないからな!」

 

 それは非常に羨ましい体質ですね、と思いつつ、受け取ったアイスを一口、うん、美味い。

 

「やっぱりアイスは良いね」

 

「だろ?美味いよなー」

 

 そのまま特に話す事も無く、揃って流れる雲を眺めながら無心にアイスを口に運んでいく。

 気まずい感じは無く、苦にならない無言の時間。

 

「……」

 

「……なぁ、舞歌」

 

「ん?」

 

「あたしの……あたしと翼の歌、間近で聞いてみる気は無いか?」

 

 そう言って奏はポケットに手を突っ込むと、そこから1枚の紙を出して舞歌の前に出してきた。受け取った舞歌はそれを見て、僅かに目を見開く。

 

「これ……ツヴァイウィングの」

 

「今度……単独ライブがあるんだ。舞歌さえ良ければ、歌っているあたし達の姿を、見てほしい」

 

 恐らく、普通に手に入れようとすればその難易度は計り知れない程の物だろう、ツヴァイウィングのライブのチケット。それが今、自分の手の中にある。

 返事を待っている奏は、確信を持っているような、でも何処か不安を覚えていそうな、そんな表情だ。

 そんな奏に、舞歌は笑みを漏らす。

 

「……ありがとう」

 

「……!」

 

「必ず、観に行くよ」

 

 そう言った時の奏の顔は、一生忘れないだろうな、と舞歌は確信した。だってそれは、その笑みはとても輝いていたから。

 

「……ありがとな!」

 

 

 

────

 

 

 

「大丈夫ですか?戻ってきました?」

 

「ええ、もう大丈夫よ。ごめんなさい……変な所を見せてしまって」

 

 死んだ目で虚空を眺めて呟いていた翼は、数分かかって現実世界に復帰してきた。呼び掛けていた唯はほっと胸を撫で下ろす。憧れの人のあんな姿、少しならいいが、長くは見ていたくない。

 

「……意外と、コンプレックスだったんですね、気にしないもんだと思ってました」

 

「……それは、まあ……私だって女だし、気にはなるわよ。奏はあれだし、舞歌も……結構……」

 

「……神様って、理不尽ですね」

 

 胸囲の格差社会。

 

「……あ、そうそう。

さっきの舞歌との試合、凄かったですね。……正直、私は舞歌が勝つと思ってたんですけど、翼さん、すっごく強くてビックリしました」

 

「私は、幼い頃から欠かさずに修練を積んでいるから……まだまだ至ってはいないけれど」

 

「あれで、ですか……?私には分からない世界です」

 

「……舞歌も、凄かった。あれは一体どこで身に付けたのかしら」

 

 翼の脳内に思い出されるのは、先程の一戦。

 的確で重い一撃に、淀みの無い体の動かし方、澄み切った気迫。あれで素人と思うのは無理があるし、本人も心得があると認めている。挑んだ時は気にならなかったが、今になってみるとあの力量をあの年にしてどうやって会得したのか、非常に気になる事だ。

 

「さあ……どこですかね……?」

 

「知らないの?」

 

 首を傾げた唯に、翼は意外そうだった。彼女からすれば、舞歌と仲の良い唯ならば多少は知っていると思ったのだろう。

 

「えっと、私が舞歌に初めて会ったのは小学4年、私が舞歌の学校に転校して出会ったんです。その時にはもうああいう動きは出来るようになってたみたいですけど……そういや、私も聞いたことなかったな……」

 

「小学4年から……」

 

 ならば独学は考え辛い、師がいると考えるのが妥当だろうか。

 顎に手を当てて考え込んでいた翼は、そこまで思案して人のプライベートに深入りしようとしてしまっている事に気付き、罪悪感に苛まれた。

 

「……止めましょう、プライベートだし、本人に聞いた方がいいわ」

 

「ん……そうですね。聞けば話してくれると思いますよ」

 

 私が知らないのは聞いてないからってだけですし、と続けて唯は食べ終えたアイスの棒をくるくる回して遊んでいる。ちなみに棒には【あたり】と書かれていた。

 

「……あ、そうだ。奏に頼まれていたの、忘れていたわ」

 

「はい?」

 

 同じく既に食べ終えていたアイスの棒を口に加えたまま、翼は服のポケットから1枚の紙を取り出して、唯に差し出す。奏が舞歌に渡したライブのチケットと同じものだ。

 受け取ってそれを見た唯は、目を白黒させてチケットから翼と視線を左右させた後、わぁぁと歓声を上げた。

 

「こ、これッ、チケット、いいんですか!? 」

 

「奏から、今日付き合ってくれたお礼だそうよ」

 

「ありがとうございます、絶対に見に行きます!」

 

「ええ、会場で待っているわ」

 

 

 

────

 

 

 

「……予定、空けとかないとね」

 

「勿論、ツヴァイウィングのライブなんて一生物の宝物だよ!」

 

 隣で心底楽しみにしている唯を見て、舞歌の口元が弛む。

 あの後また四人で談笑し、日が落ちてきたのでお開き、と言う事になったのだ。来るときはファンに追われて一生懸命に走っていた道だが、さすがに帰る時間まで張っていたファンはいない様で、周囲に人は見えなかった。

 

「ライブグッズ買うためのお金はあるの?無駄遣いしてない?」

 

「……舞歌は私のお母さんか何かですか、こんなこともあろうかと貯金しといたのがあるから大丈夫ですッ!」

 

「それはよかった」

 

 まだチケットを手に持って眺めたり撫でたりしてニヤニヤしている唯を尻目に、思い出されたのは翼の研ぎ澄まされた気迫と剣閃。

 奏と話している時から何度も思い出されたその光景は、今でも手に木刀を受けた感覚を甦らせた。

 

(……また思い出してる、これじゃまるでバトルマニアだ)

 

「……ん、どうしたの?」

 

 クスリと笑う。それを見た唯が尋ねたが、舞歌は何でもない、と返して帰路を歩く。シンフォギアを纏ってから随分周りが騒がしくなったな、なんて事を思いながら。

 だから、そう。

 

「キャーーーッ!」

 

「ノ、ノイズだぁぁッ!」

 

「ノイズ……!

ッ、舞歌、行って。人避けは私がやる!」

 

「わかった」

 

(こういう事も、起こる訳だ……!)

 

 服の内側からギアペンダントを取り出して、既に爆煙が上がっている方向へと走り出した。



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交差する思惑(前)

 ノイズの発生現場には、走って数分で到着することが出来た。

 周囲には既に人影は無く、建物の前や歩道、道路に炭が纏まって落ちているのみ。どうやら何人かは既に犠牲になってしまったらしい。

 しかしノイズ自体は未だその場に残っている様子で、今でも建物の陰に隠れた舞歌のすぐそばをノイズがゆっくりと歩いて行った。

 

「……結構、多い」

 

 陰に隠れて確認する限りでも、ノイズはかなりの数がいた。地上型が殆どだが、空を飛んでいるタイプも数体確認出来る。

 物陰に隠れる舞歌の上着のポケットが揺れる。中に入っていた携帯を取り出して、通話ボタンを押して耳に当てた。

 

『こっちはもう大丈夫、そっちはどう?』

 

「……かなりの数のノイズがいる。この前とは比べ物にならない」

 

『……やれる?』

 

「やれと言うなら、やるよ」

 

『…………じゃあ、お願い。もしかしたら尻尾が掴めるかもしれない……あ、仮面忘れないでね』

 

「勿論」

 

 通話を切って、胸のペンダントを撫でる。

 

「行こうか、レーヴァテイン」

 

 物陰から飛び出す、ノイズが気付くが、もう遅い。

 すうっと息を吸う、後はただ、唄うだけだ。

 

「inyurays laevateinn tron……」

 

 静かな空間に凛とした聖詠が鳴り渡り、舞歌を光が包む。私服が何処かへ消え去り、代わりに纏うのは赤い戦闘衣。レーヴァテインのシンフォギア。

 その名の通り身体にノイズが走っていた敵は、レーヴァテインに調律され位相を固定される。

 後はただ、ノイズを殲滅するだけ。アームドギア……赤い刀身の剣をその手に持って、舞歌はノイズの群れに向かって突っ込んで行った。

 

 

 

────

 

 

 

「ああ、此方でも確認した、今、翼と奏を……何ッ!?」

 

 場所は変わって舞歌と唯の二人が先程までお邪魔していた風鳴家。

 二課からの緊急通信に対応する弦十郎を尻目に素早く準備を済ませ現場に向かおうとした奏と翼の二人だが、聞こえて来た弦十郎の驚愕する声に足を止める。

 彼の表情からして不味い事が起こった訳では無さそうだが……気になった奏が振り向いた。

 

「分かった、モニターしておいてくれ、すぐに奏と翼を向かわせる」

 

「ダンナ、どうかしたのか?」

 

「……例の奴が現れた」

 

「例の奴……まさか、レーヴァテインのシンフォギア!?」

 

「そうだ。既に戦闘を開始している事から、俺達に連絡が入る前にノイズの出現を感知し、現着。そのまま戦闘に入ったのは間違いない」

 

 まさか、二課より早い対ノイズの行動等、と二人は驚愕した。それもその筈、特異災害対策機動部、その二課は対ノイズ戦に特化していると言ってもいい存在だ。現状、二課より素早く行動できる組織は存在しない。

 ……現実は、ただ単に近場にいたからと言う全く単純な理由である。とは、今の二課側が知る筈もなく。

 

「とはいえ、出現したノイズは今までより数が多い、レーヴァテインのシンフォギアのみでは処理しきれない可能性が高い。

装者達は至急、現場に急行だ!」

 

「了解」

「分かった!」

 

 

 

────

 

 

 

『舞歌、聞こえる?』

 

「……唯」

 

 戦闘開始から数分、淡々とノイズを殲滅する舞歌の耳に唯からの通信が入る。邪魔をするノイズを両断し、周囲に警戒を払いながら通信に耳を傾けた。

 

『風鳴邸の方向から反応2つが接近中。ガングニールと天羽々斬』

 

「わかってはいたけど……早いね」

 

『本当にね。お役所だから初動は遅れると思ってたけど……フットワークは軽いみたいだ』

 

「どうするの?後は任せて退く?」

 

『…………』

 

 通信越しに聞こえなくなった唯の声に、おや、と首を傾げた。

 いつも唯の指示には考える時間は存在せず、即決で指示が飛んでくる。しかし今回は、珍しく悩んでいる様子だ。考える唯を邪魔しないように舞歌は沈黙する。

 

『……戦闘を継続して。ガングニールと天羽々斬が来てもノイズを優先、向こうもノイズを殲滅するまでは手は出して来ないと思うから。その後はまた指示を出すよ』

 

「わかった」

 

 通信を切り再びノイズに対峙する舞歌。眼前の敵に斬りかかろうとした所で、上空から飛来する何かに気が付いた。

 

「あれは……竜巻?」

 

 竜巻のような風のうねりはノイズに向かって一直線に伸び、その威力でノイズを凪ぎ払っていく。竜巻が来た方向に目を凝らすと、2つの人影が降りてくるのが見えた。

 ガングニールと天羽々斬。風鳴翼と……

 

(…………やっぱり、か)

 

「……奏」

 

 地上に降りた二人と視線を交わす。最も、仮面に隠された舞歌の顔を見ることは出来ない。

 風鳴翼が天羽々斬の装者ならば、彼女の相方である天羽奏がガングニールの装者なのではないか……想像はしていたが、やはりと言うか、何と言うか。

 

「数が多いな。それに……あいつがレーヴァテインか」

 

「奏、先ずはノイズを」

 

「ああ、その後であいつから話を聞くとするか!」

 

 二人が左右に別れてノイズに突撃する。それがわかっていたかのように、舞歌もそれを目で追うに留めてノイズの群れに向かって走り出した。

 現状、ノイズの総数は舞歌によって出現時よりは減少している物の、未だその数は場数を踏んでいるツヴァイウィングさえ思わず息を呑んだ程である。

 時間の経過により自然消滅するのがノイズの特性とは言え、それまでの間に更なる犠牲者を出すわけにはいかず、またツヴァイウィングの二人には対ノイズに置けるシンフォギアの有用性を永田町の偉い方に示すと言う目的も存在する。

 故に数の不利で退く訳にはいかず、また三人ともその程度で怯むような性格はしていないのだ。

 

──♪

 

 戦場に鳴り響く奏の歌をBGMに、舞歌と翼が斬り、奏が槍で突く。 無数のノイズが瞬く間に炭へと変わっていき、あっという間に戦局は覆る。

 

「──奏!」

 

「ああ!」

 

 翼が名を呼ぶ、それだけで意図を把握した奏が大きく跳躍し、ビルの上に着地。

 全く同じタイミングで向かい側のビルに着地した翼と頷き合い、最後に残った眼下のノイズの群れを睨み付けた。

 

「纏めて仕留めてやるッ!」

 

 奏がアームドギアを振りかぶり、投擲。投げられたアームドギアは空中で無数に分裂し、同じタイミングで翼が放った無数の剣の雨と共に、ノイズを纏めて一気に殲滅する。

 

──STARDUST∞FOTON

──千ノ落涙

 

「やったか……?」

 

「……いや、少し残ったみたい」

 

 着弾の煙が晴れた先には、僅かに残るノイズ、雨の範囲から外れたようで、何体かが蠢いていた。

 

「あれくらいなら、直接……」

 

「──いえ、結構」

 

 不意に掛けられたその声(マシンボイス)に、二人がその方角を見上げる。

 

「降りると、巻き込まれるわ」

 

──焔ノ一閃

 

 いつの間にか二人のいるビルの更に上へ飛び上がった舞歌が、巨大化した刀身から炎熱の斬撃を放つ。着弾したそれは瞬時に炎となって周囲に拡散し、残ったノイズを纏めて焼滅させた。

 

「あいつ……あたしらが討ち漏らすことを考慮してたのか」

 

 奏の言葉通り、舞歌は二人の攻撃と同時にビルへ飛び上がり、さらにそこから空中へと飛び上がって、二人が仕留めきれなかった残りを排除するつもりでいた。

 考えが的中した舞歌は焔ノ一閃で残りを始末し……そのまま奏が立つビルへ着地する。

 舞歌と奏、二人が相対する。

 

「……あんた、何者なんだ?」

 

「…………」

 

 奏が舞歌に問い掛ける、訝しげな奏に対し、舞歌の表情は仮面によって隠され、見える事は無い。

 隣のビルから翼が飛び移り、奏と翼で舞歌を挟むように陣取る。逃げ道を塞ぐつもりだ。と何処か他人事のように舞歌は考える。通信を通しての指示は無い、唯は未だ沈黙している。

 

「じゃあ、質問を変えるか。……あんた、何で戦ってんだ?」

 

 奏の質問が、仮面の下にある舞歌の表情を揺らす。意図していなかった質問なのか、それともその質問そのものに、舞歌の心に刺激を与える何かがあったのか。

 

「……単純な事。そうしてくれと言われたから」

 

「……そうか、成る程な。だからあんた、歌ってないのか」

 

「歌…………?」

 

 納得がいったように頷いた奏、その様子に舞歌のみならず挟んで向かい側にいる翼も首を傾げた。

 

「いや、これはあたしが勝手に抱いてた疑問だ、気にすんな。

……こっからは本題だ。あたしたちと一緒に来てくれないか」

 

「…………」

 

「武器を持ったままのあたしらが言っても信用出来ないかもしれないが……こっちは別にあんたを拘束しようとか、危害を加えようって訳じゃないんだ。ただ、そのシンフォギアについて話を聞きたいだけなんだよ」

 

「…………保証は、ない」

 

「私達の直属の上司は信頼できる方です。決してあなたを悪いようにはしません。……同行していただけませんか」

 

 ここまで言い切るとなるとどうやら話を聞きたいだけと言うのは本当かもしれない、と舞歌は少し拍子が抜けたような気分になった。とはいえ、上司のそのまた上司はわからないが、とも思いはしたが。

 

(……唯、まだ?どうすればいいか、わからない……)

 

 未だアクションを起こさない、いや、起こせない舞歌、理由は単純、唯の反応が全く無いのだ。行動の全てを唯に依存している現状ではこういった時に動きに詰まる。わかってはいたのだが。

 

『…………舞歌!』

 

「ッ!」

 

 繋がった!と通信先でほっとしたような唯の声が聞こえた。思わず舞歌の口から安堵したような息が漏れる。

 

『ごめん、通信妨害が掛けられてたみたい、破るのに少し手間取ったけど…………これは逆にチャンスになり得るかも』

 

「どういう事?」

 

『尻尾が掴める……まではいかなくても、見える程度まではいくかもってこと。……さて、指示を出すよ』

 

「ん」

 

『といっても単純な話なんだけどね。同行は勿論拒否。そして今回は逃げないで一戦交えて欲しいんだ。出来れば戦いを長引かせるように』

 

「…………わかった」

 

『あの二人相手に難しいかもしれないけど、お願いね』

 

 通信が切れる。唯の言う通り難しい事だ、奏の実力はよくわかっていないがノイズ相手に平然と立ち向かい、翼とコンビネーションを取れているならば相応の実力の筈。翼に関しては生身なら互角、しかしギアの戦いでは経験から向こうに分があるのは確かだ。

 加えて此方……舞歌には、奏の言った通り、歌が無い。

 シンフォギアには欠かせない、その力の源となる歌が。

 

(私がレーヴァテインを纏い始めてから、今まで1度も歌えていない……奏は知っているのかな、その理由を)

 

 先程交わした問答の中に答えがあったのだろう。心当たりが無いわけではないが、今はその事を考えている時では無いだろう。

 

「同行は、出来ない」

 

「……理由を、聞かせていただけませんか」

 

「そう、言われたから。貴女達には、ついていくなと」

 

(言われた……先程も同じ事を。……なら、レーヴァテインに命令を下す存在がいる……?)

 

「……そうか、だけど悪いな、大人しく帰す訳にもいかないんだ。だから少しだけ……痛い目にあってくれ」

 

 奏が槍を構える、舞歌の後方で翼も剣を構えた。先ずは戦闘に入ると言う段階をクリア。次は出来る限り戦闘を継続させること。

 

「……自信は無いけど……やってみる」

 

 レーヴァテインのギア……赤い剣を片手に構え、走り出した。



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交差する思惑(後)

難産でした……しかもクオリティも宜しくない。悔しいなぁ


 舞歌とツヴァイウィングが戦闘を開始したのと同時刻、現場周辺の一般人の避難を一通り済ませた唯は既に寮の自室へと戻り、相棒のパソコンと共にひっそりと、もう1つの戦闘を開始しようとしていた。

 

「態々通信妨害まで掛けるって事は……」

 

 指が消えるような錯覚を起こす程の速さでキーボードを叩く。モニターには左下にシンフォギアを通じて舞歌の視覚を表示するウィンドウが開いていて、それ以外のスペースはひっきりなしにウィンドウが出たり消えたりしている。

 やがてウィンドウが画面に幾つか現れてモニターに隙間なく整頓された。

 

「よし、これで……」

 

 カタン、と唯の指がエンターキーを押した。直後、真っ黒だったウィンドウに映像が送信されてくる。

 市街地のような場所を映すそれは、まさに今舞歌達が戦っている場所。その近辺に設置されている監視カメラの映像を、ハッキングでリアルタイムに受信しているのだ。

 それぞれのウィンドウに僅かな異変も見逃すまいと監視しながら、パソコンに繋がっているヘッドセットのマイクに声を上げた。

 

「その調子、もう少し頑張って、舞歌!」

 

 

 

────

 

 

 

「わかった……とは言え、流石に……」

 

 場所は変わって現場に移る。唯の言う『尻尾』を誘き出す為に逃げずに戦っている舞歌。

 しかし、やはり相手が悪い。少しずつではあるが、疲労による動きの乱れが相手に付け入る隙を与え、思わぬ一撃を貰いかけることが増えてきている。現に今も、翼と打ち合った瞬間にタイミングを合わせた奏の槍の投擲に対応しきれずに腹部を掠めてしまった。

 翼の剣を弾く事で打ち合いを拒否し、距離を取るために後方に跳ぶ。

 

「……ッ!」

 

 が、着地の衝撃でたった今掠った傷が痛み、仮面の下の表情を歪める。戦況、不利は明らか。幸いしているのは向こうが出来るだけ無傷での拘束を試みている事。実際に先程の奏の投擲もアームドギアを弾き飛ばす為に投げた槍を、ギアを庇った結果掠めたと言う物、それ以外に目立った負傷も無い。

 無傷での拘束、聞こえは良いがそれは生半可な事では無く、相応の技量が求められる。そして……

 

「……あまり気分の良いものじゃ、ない」

 

 要は手加減されているのだ。

 相手に負傷を与えずに戦闘を行うと言うのは、圧倒的な戦力差があってこその行動。確かに向こうは二人でこちらは一人。加えて経験にも開きがある。

 だからと言って簡単にやられてしまっては唯に申し訳無いし、そもそも指示にも反する。

 故に、もっと向こうに慎重になってもらわないといけない。出来るだけ戦闘を長引かせるのが目的なのだから、押せ押せでは困る。

 何してるか知らないけど急いでよ、と心中で唯を急かしつつ、アームドギアを構え直す。

 

「まだやるのか?こう言っちゃなんだがあんたに勝ち目があるとは思えないがな」

 

「……勝利の意味合いなんて、人によって異なる物。負けるつもりで戦っている訳ではないわ」

 

「……そうか、なら何があんたにとっての勝利なのか……」

 

「あなたを拘束した上で、聞かせて頂きます!」

 

 戦闘再開。先ずは距離を取る、接近戦がメインの舞歌にとってはあまり良い手とは言い難いが、自身の目的と今戦っている地形を考えればやりようはある。

 襲い来る剣と槍の猛攻をなんとかギアで凌ぎ、二人に背を向けて脱兎の如く走り、足場になっていた10階建て程のビルから飛び降りる。

 

「飛び降りた!?」

 

「普通なら自殺だけど、ギア纏ってるからな……追うぞ翼、今までの様子から見るに逃げてはいないはずだ!」

 

「わかった!」

 

 先に飛び降りた舞歌を追うように二人もビルから飛び降りる。問題なく道路に着地しすぐに周りを見回す……しかし、舞歌の姿は見えない。

 

「いない……隠れた?」

 

「みたいだな……全く、何を狙ってんだ?」

 

 呆れた様に奏が呟いた。

 実際、あのレーヴァテインの行動は前回の接触時とは真逆と言っていい。

 翼に不意打ちまで仕掛けて最速での離脱を図った前回、二人を相手取っても戦闘を続ける今回。

 あまりに違いが大きすぎる彼女の行動に奏も、そしてこの光景をモニターしている弦十郎も頭を悩ませるしかない。最も、相手について解っている事が少なすぎる今ではそれも仕方ない事ではある。

 

(奴の後ろにいる何かが絡んでいるのは確実だが、あたしらにはわかりゃしねぇ)

 

 今までの会話もモニターされている、レーヴァテインに命令を下す存在については既に二課のオペレーター達が捜索している筈。

 

(結局、あたしらにやれるのはあいつを引っ張る事位か)

 

「……奏」

 

「ん、どうした?」

 

 心中で目標の再確認を終えた奏を、翼が小声で呼ぶ。

 警戒を怠らないまま目だけを向けると、翼は難しい顔をして周囲を見回していた。

 

「なんだか、気配が離れないの」

 

「気配?」

 

 自分には何も感じない、と奏は怪訝な顔付き、自分にはわからない感覚が翼にはあるのだろうと、何となくわかってはいたが。

 

「そう、姿は見えないのに、気配だけが近くに居座っている様な……」

 

「……あたしにはわかんねーけど、翼が言うならそうなんだろ。どうする?」

 

「此方から探しに行った方が良いかもしれない、留まるのは危険かも」

 

「成程、だけど……ちょっと遅かったみたいだ」

 

「えっ──」

 

「翼……避けろぉぉぉぉぉ!!」

 

 冷や汗たっぷりに叫んだ奏が見ている方向を見て、翼は絶句した。

 飛んできた、何が?車が。しかもかなりのスピードで。

 考える暇は無かった、全力を込めて地面を蹴り、真横に飛ぶ。

 受身も取れずに地面を転がってしまったが、数tにも及ぶ大質量との正面衝突は避けられた。あんな物にぶち当たってしまったら、いくらギアを纏っていても洒落にならない。翼は自身の慎ましい胸を撫で下ろした。

 

「うっ……ぐぁ!」

 

 直後、呻くような奏の声に弾かれたようにそちらを向く。

 翼と反対方向に飛んだ奏は翼と同じように地面を転がった物の無事。しかし起き上がる暇すら与えずに急襲したレーヴァテインの蹴撃を腹部に食らって吹っ飛ばされていた。

 

「奏!」

 

「げほっ……構うな!行け、翼!」

 

 壁に叩き付けられた奏のその言葉に、直ぐにでも駆け寄るつもりだった気持ちを抑えてレーヴァテインに向かう。対した相手は正眼の構えで、真っ直ぐに翼を睨み付ける。

 

(かかってこい、と?)

 

 その様子がこちらを誘っている様に見えなくもない。罠を疑った翼だったが、車を吹っ飛ばすような大事をしながら罠を仕掛ける時間があったとも思えない。レーヴァテインを追ってビルを降りてからまだ数分しか経っていないのだ。

 故にその可能性は低いと判断する。

 

「来なさい、天羽々斬」

 

 それに……

 

「……正面切って挑まれたからには、防人として、受けない訳にはいかない!」

 

「……重畳」

 

 仮面の裏で舞歌が笑う。凛々しさを感じる翼の姿に、眩しい物を感じて少し羨ましくなった。

 

「……参るッ!」

 

 掛け声と共に、舞歌と同じように正眼に剣を構えた翼が迫る。呼応するように舞歌も走り出し、二人が立っていた場所の中間地点で、同じタイミングで振った二人の剣がぶつかり合った。

 ギリギリと金属が擦り合う音が鳴り、一瞬そこで勢いが静止する。

 

「互角……いや……」

 

 一瞬だけ拮抗した鍔迫り合いだが、僅かに翼の剣が後退していく。

 

(力ではレーヴァテインに及ばないか……)

 

 純粋なパワーではレーヴァテインの装者に負けていると感じる。そしてそれは相手もわかっている筈だ、このままでは圧し切られて弾かれてしまう。

 ならば今の状態を嫌って後退するか、足技にて相手の体勢を崩しに行くか。

 しかしその両方の選択肢を即座に捨て去った翼は、舞歌にとって予想外の行動に出た。

 

「だからこそ……押し通すッ!」

 

 右足を一歩前へ、踏ん張りを利かせ、剣に全力を込める。

 急激な相手のパワー上げに体勢を崩された舞歌はそのまま剣を上に弾かれる、辛うじて手放す事はしなかったが、それによって右腕が上に伸びきり、右半身ががら空きになる。

 当然翼がそこを逃す理由は無い。素早く剣を逆手に持ち変えて柄頭で舞歌の右脇腹を強く打った。

 

「があっ……!」

 

 強烈な衝撃に一瞬視界が滅点する。追撃を掛ける翼の剣を剣で受け止め、強引に弾き返した。すぐに後退して距離を取り、痛みを訴える脇腹を手で押さえる。

 

(痛……でも、支障がある程じゃない、まだ戦える……)

 

「あたしを忘れんなよ?」

 

「!?」

 

 横から聞こえたその声に目を見開く。完全に頭から抜け落ちていた奏の姿を視界に捉えた時には、既に彼女のアームドギアが目前に迫っていた。

 

「貰ったッ!」

 

「させない……!」

 

 薙ぎ払われるギアが届く前に、後ろに倒れかねない勢いで思いっきり仰け反る。目の前を槍が物凄い勢いで通過していく。

 紙一重で奏のギアを回避し、そのまま地面についた両手を支えに両足で蹴りを放つ。完全な不意打ちを回避された奏は予想だにしなかった反撃を前に、左腕を前に出して防御、舞歌の両足の威力に吹っ飛ばされた。

 

「ぐぅ……!」

 

「心臓に悪い……」

 

 奏を蹴った反動で後ろに飛んだ舞歌は、上手くバランスを取って後方に着地する。

 そこを突け込むように迫る影が一つ。

 

「その隙は……」

 

「なッ!?」

 

「逃さないッ!」

 

 完全に不意を突かれた舞歌は防御する暇すら与えられずに翼の一閃を食らう。

 再び吹っ飛んだ舞歌は、今度は受身を取れずに地面に落ちる。一瞬揺らいだ意識を直ぐに引き締め、眼前の二人を仮面越しに睨み付ける。

 

(もう無理かも……唯、早く……)

 

 

 

────

 

 

 

「……どこだ、何処に……」

 

 徐々に追い詰められている舞歌をモニター越しに確認しながら、他のモニターを食い入るように見つめ、僅かな違和感も見逃さないように気を配る。

 

(私の予想が正しければ、必ずあの近くに、彼女達の戦闘を見ている筈……!)

 

 姿の見えない「誰か」を見付けるために、ひたすらにモニターに目を走らせる。そして……

 

「ッ!!」

 

 

 

────

 

 

 

「……はぁ……はぁ……」

 

 迫る槍を受け止めて、何とか弾き返す。何度繰り返したか分からない攻防は、確実に舞歌の体力を削る。

 呼吸が荒くなる、最初に貰ったかすり傷と、先程の翼の一撃が重くのし掛かる。スタミナも無い、いよいよ不味い……。

 このままだと体力切れで動けなくなり、捕らえられてしまう。進退極まったか。そう舞歌が覚悟した直後だった。

 

『ハロー、ハロー、聞こえますか?』

 

「……唯」

 

『待たせてごめんね、楽しかった?』

 

「まあまあね」

 

 嘘だ、正直すぐにでも帰りたい。そう口には出さずに精一杯の虚勢を唯に返す。通信の向こうでくすくすと笑われた。

 

『残念ながら顔を見ることは出来なかったけど、存在を確認することは出来たよ。やっぱり直接見に来てた』

 

「それは重畳。……撤退していい?」

 

『うん。舞歌の好きなシュークリーム用意して待ってるよ』

 

「すぐ帰る」

 

 通信を切って、仮面の下の口元が弛む。

 布石は打ってある、逃げるのはそう難しくない……筈だ。

 

「さて……天羽々斬、ガングニール……いや、風鳴翼と天羽奏」

 

「ん……」

 

「どうした?諦めてくれたのか?」

 

「いや……目的は果たした、つまりは……」

 

 駆け出した舞歌は、すぐ近くに建つ廃ビルの中に入っていく。追い掛けようとした二人だが、それよりも早く舞歌が出てきた。手にあるものを持って。

 

「あれは……ガスボンベ?」

 

「危ないから離れたほうがいい。……そらッ!」

 

 両手に持ったガスボンベを二人に向かって放り投げる。直後にアームドギアを展開し、刀身にエネルギーを込める。そのままギアを上段に構え、一気に降り下ろす。

 

──焔ノ一閃

 

「……しまった!」

 

 意図に気付いた翼が声を上げるも既に遅し。真っ二つに切り裂かれたボンベから漏れ出したガスが、炎熱を纏った斬撃に反応し、轟音を上げて爆発する。

 

「そういう、事か……!」

 

 爆発を直接受ける事は無かったが、爆煙によって視界が遮られる。それが晴れた頃には、舞歌の姿はどこにもなかった。

 



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影を追う

立花響バースデー!
お話回です。


「ちっ、逃がしたな」

 

「うん……」

 

 舞歌がいなくなった戦場、二人は揃ってアームドギアを仕舞う。目標を逃がした事を悔しがる奏の隣で、翼は思案顔で顎に手を当てる。

 

「どうした、翼」

 

「あ……えっと……」

 

 奏が顔を覗き込むと、翼は僅かに顔を朱に染めながら、言っていいものかと悩む。今の戦闘で気になった事があるとは言え、あくまで気になった程度のものだ、態々奏を混乱させることも……

 

『二人とも、ご苦労だった』

 

 そんな最中、二課にいる弦十郎からの通信が入る。翼はこれ幸いと、この話を打ち切ることにした。

 

「いえ、周辺にノイズの反応はありますか?」

 

『うむ……反応は無いな。もう大丈夫だ、二人とも、帰ってきてくれ』

 

「了解、帰還します」

 

 通信を切断して、シンフォギアを解除する。一瞬光を纏って私服姿に戻ると、何と無く気分が落ち着いたような気がした。

 翼と同じ様にギアを解除した奏が、顔に疑問符を浮かべながら翼に視線を向ける。

 

「なぁ翼、さっきの……」

 

「大丈夫、ちょっと気になった事があっただけ。帰ろう、奏」

 

「お、おう……?」

 

 確証は無い、だから態々口に出す事も無いだろう。そう思いながら、不思議そうな奏を連れて、自宅へと足を向けた。

 

 

──

 

 

「ただいま……」

 

「おかえり、舞歌」

 

 戦闘終了から約1時間後、全身から疲れを滲ませながら帰宅した舞歌を迎えたのは、コーラを飲みながら呑気にテレビ番組を眺めている唯の姿だった。思わず顔を歪めた舞歌だったが、だからと言って唯に戦えと言うのも……まぁ、酷なのでここは我慢することに決めた。はぁと溜息を吐いて冷蔵庫に直行、中からペットボトルの麦茶を取り出して、キャップを開け一口、冷たい感覚が喉を通る感覚に心地好さを感じる。

 

「さすがに2対1は辛かった?」

 

「ふぅ……まあ、ね。二人とも私より手練れだし、正直もう限界だった。あれ以上続けてたら今頃ここには帰って来れなかったかも」

 

「うは……ギリギリのタイミングだったんだね……」

 

「……で、そこまで私にさせて一体何を求めてたの?」

 

 当然の疑問、と言った風に問い掛けた舞歌に、唯は一つ頷いてテレビを消し、立ち上がる。足が向かった先は、部屋の一角に鎮座するパソコンの前。いつものように椅子に座るとスリープ状態になっているそれをボタンを押して立ち上がらせ、手早くキーを叩く。

 

「……これ」

 

 唯の後ろに位置取り、パソコンの画面を覗く。幾つかのウィンドウが開く画面、その真ん中に一際大きく開かれたウィンドウがある、その中には一枚の画像が表示されている。

 

「これ……さっき私が戦っていた?」

 

「そう、あの周辺に設置されている監視カメラのネットワークを片っ端からハックして、このパソコンから映像を見れるようにしていたの、途中に食らった通信妨害の突破に手間取ったせいで、舞歌には負担かけちゃったけどね。で……これ」

 

 唯が指差したのはやはり真ん中の画像、一見ただ街並みが写っているのみに見える。しかし、目を凝らすとそこに妙なモノが写っているのがわかった。

 

「……右上の、これ……人影?」

 

「そう、ここに誰かがいたの。このカメラだけじゃ何もわからないから、この周辺のカメラに写っている映像をくっつけて切り取ると……」

 

 舞歌にはよくわからない処理が繰り返される画面、大人しくそれを待っていると、その処理はすぐに終了し、また新しく画像が表示された。無理矢理に切り貼りされたその画像に写っていたのは……

 

「……下半身だけ」

 

「そ、残念ながら上は覗けなかったんだー

……でも、今は存在が確認出来た、それだけで十分」

 

「存在……?」

 

「確証は無かったから舞歌には黙ってたけどね。けど、こうやって存在は確定したし、舞歌が帰ってきたら話そうと思ってた」

 

 カチリ、マウスのクリック音が鳴り、ウィンドウが切り替わる。デスクトップの壁紙は相変わらずツヴァイウィングだ。モニターから目を離して、傍らにあったペンをくるくると回しながら、唯は口を開き始めた。

 

「FG式回天特機装束シンフォギア。それは確かに、 直接的な干渉が実質不可能だった災害、ノイズに対して圧倒的とも言える効力を発揮した。その力は扱ってる舞歌ならわかってるよね」

 

「勿論」

 

「シンフォギアは特異災害対策機動部二課……通称、特機部二(とっきぶつ)に所属する科学者、櫻井 了子(さくらい りょうこ)と言う人物が造り上げたような物なの」

 

「櫻井理論の提唱者……」

 

「彼女によって生み出されたシンフォギアは幾つかあるんだけど、その中でも実戦力として運用されているのは二つ」

 

「天羽々斬と、ガングニール?」

 

「そう。表に出ていない物だと、五つ……いや、四つかな、後は彼女が関わっていないレーヴァテイン……まあそれはいいとして。

このシンフォギアって物さ、どうもおかしいと思わない?」

 

「おかしい……とは?」

 

「だって明らかにオーバースペックでしょ、これ。現状の科学技術で造り上げられる物じゃない、正しく異端技術の結晶って訳。いくら櫻井了子が稀代の超天才でも、こんなのを造れるとはとても思えない。

なら、何故シンフォギアは存在しているのか、誰が作ったのか……私はそれに、さっきの人影が関わってると思う」

 

「櫻井了子……若しくは特機部二に、私達の想像も付かないようなバックがいて、その人物がシンフォギア等の異端技術に関与している……って事?」

 

 うん、と唯は頷いて、喋り続けて乾いた喉を潤すようにコーラをぐいと飲む。

 

「んっ……まぁ、本当に櫻井了子が自力でシンフォギアを造り上げた可能性も無いわけじゃないんだ。寧ろそっちの方が辻褄が合うことには合うし……」

 

「辻褄?」

 

「ああ、これはこっちの話、気にしないで。まだ私にもよく分かってない事だから。

……で、例の人影が私の仮説の通りに実在するなら、自身が関与してないシンフォギアが稼働していたら興味を示すと思ったの。

後は舞歌を適度に戦わせて、相手方の反応を見たり、あわよくば直接見に来てくれたり……なんて思ってた。結果は上々だったよ」

 

 成程、私を餌に釣り上げようとしたわけか、と他人事のように思いながら、舞歌は自身の首から下がるペンダントに触れる。例の人影が関与していないシンフォギア。目の前の少女が造ったそれは、その人影にとってどれだけの影響力があったのだろうか。

 

「……兎も角、唯が考えていたことは分かった。そして第一目標が達せられた事も」

 

「……流石舞歌さん。理解してるね」

 

 そう、ただ見つけただけでは終わる筈が無い。疑問を解けば新たな疑問が浮かび上がる。唯は勿論、舞歌にとっても、例の人影の存在はそういった、調べてみたい疑問の内に入っていた。

 

「とはいえ、向こうが明確に姿を現さない以上、こちらから取れる行動は殆ど無いし……特機部二に殴り込みかける訳にもいかないしね。まず本部の場所分からないし。

だから……シンフォギアの研究を進めつつ、向こうの装者と小競り合い……まあ、今までとあまり変わらないよ」

 

「わかった。……私も、レーヴァテインをもっと使いこなせるようにならないといけないね」

 

 舞歌の頭に、奏の一言が甦る。シンフォギアの力、その根元にあるのは、ギアが奏でる旋律と、装者の歌。翼も歌っていた。奏も歌っていた。しかし舞歌は、まだ。ギアから旋律が流れた事も無い。

 戦闘に入る直前の問答。納得がいったような奏の様子。あの時にも思った通り、彼女は舞歌が歌えない理由を知っているのだろう。

 

「そのシンフォギア……レーヴァテインは向こうの2つと同じ手順を踏んで製作された物。相違点は開発者のチェックが入ってない事だけど……今までの稼働状況を見るにシステム自体に問題があるようには見えない。聖詠にはしっかり反応するし、身体機能の上昇、位相差障壁の無効化、バリアコーティング機能は問題無く動いてる……なら、原因は一つ」

 

「……やっぱり、私に問題があるね」

 

「間違い無く」

 

(…………問題か。まあ、粗方の検討は付いているけれど。でもこの問題は、私には難易度が高い)

 

 深く溜息を吐いた舞歌は、ふるふると頭を振って踵を返した。向かう先に気付いた唯が疑問符を浮かべる。

 

「出かけるの?もう門限過ぎちゃうよ?」

 

「少し、気晴らしに。バレないように戻ってくるから……」

 

 カチャリ、ドアの閉まる音が聞こえた。

 再び一人になった唯は、持っていたペンを後ろに放り投げて、椅子の背凭れに身体を預けて肩を竦めていた。顔には呆れたような表情を浮かべて、ひっそりと呟く。

 

「芽吹きは遠そうだ……」

 

 放り投げたペンは後ろのテーブルに置いてあったペン立てに吸い込まれるように入っていった。

 

「終わりの名、ねぇ……」

 

 

──

 

 

「……おー、結構寒いな」

 

 二課本部にて先程の一戦についての話し合いを終え帰路に付いた奏は、意味もなく立ち寄った人気の消えた公園のベンチに腰を降ろす。ひんやりとした夜の風が肌を打ち、ふるりと身体を震わせた。しかし、戦闘を終えて火照った体と頭を沈めるには丁度良い。

 

「……あ」

 

「ん?」

 

 横から人の声。もしかしてファンに見付かったか?と奏が振り向くと、そこには少し前に別れた少女が立っていた。

 

「よ、舞歌、さっきぶりだな」

 

「奏……」

 

「こんな時間にどうした、何かの用事か?」

 

「ううん……ちょっと気晴らしにね」

 

「そうか、なら少し話でもしようぜ。座りなよ」

 

 お言葉に甘えて、と奏の隣に腰を降ろす。

 昼間と違って少し元気がないように見える舞歌に気付いた奏は、小首を傾げる。翼の家で別れた後、何かあったのだろうか。

 そんな舞歌に、奏は自身のポケットから取り出した缶コーヒー……近くの自販機のアタリで取った奴……を舞歌の頬に押し当てた。

 

「んむ?」

 

「あったかいの、やるよ」

 

「ん、どうも……」

 

 プルタブを引っ張って開け、軽く飲む。程好い苦さが喉を通っていく。

 

「……あったかい」

 

「そいつは良かった」

 

 微笑む舞歌だが、やはり僅かに陰りが見える。そう感じた奏は、お節介だと、余計なお世話だと自覚しつつも、友達の世話を焼いてやることにした。

 

「何か、悩みでもあるのか?」

 

「え……」

 

「翼の家で話した時より、落ち込んでるように見えてな。吐き出すだけ吐き出してみろ、楽になるぞ?」

 

 その言葉に言い淀むような仕草を見せる舞歌。何を隠そう、悩みの種にそう言ってくれたご本人が関わっているのだから。

 当然、正体を明かす訳にはいかず、しかし、奏に話を聞けば何かがわかるかもしれない。押し黙ったまま天秤を揺らしていたが、やがてそれが片方に傾いた。

 

「ねぇ……奏」

 

「なんだ?」

 

「奏は何で…………」

 

 舞歌が言いかけた刹那、奏が今までの朗らかな表情から一転、険しい顔でそれを制す。

 奏は感じていた。この異様な感覚、不快な感覚は…………

 

「ノイズだ!」

 

 叫ぶ奏と同時に、周囲から様々なノイズが姿を現す。前だけではなく、後ろからもだ。

 

「囲まれた……これじゃ、逃げられない……ッ!」

 

「くっ……」

 

 奏は迷った。今すぐにこの場でギアを纏えば、この唐突に襲った窮地を脱することは出来る。それはガングニールならば容易い事だ。しかし、シンフォギアは秘匿される兵器。舞歌が見ている前では……

 

「くそっ、どうする……!?」

 

「奏……」

 

 舞歌も同じような迷いを抱えていた。特機部二に所属しているだろう奏は、他人の目がある場所でギアを纏う事が出来ない筈だ。対して、自分ならばそういった制約は無い。聖詠を唱えればレーヴァテインを纏い、ノイズを殲滅出来る。

しかし、舞歌にはそれが出来ない。理由は無い。……いや、あるとするならば、それは意志力の欠如。誰かに行動を委ねる事しかしない舞歌は、こういった時に自分の意志で動く事が出来ない。故に何も出来ないまま、ノイズとの距離が縮まっていく。

 やがて最早目前といった辺りまで近寄られた時、舞歌の隣から、何かを決意したような、そんな声色が漏れた。

 

「……大丈夫だ」

 

 そう呟いて、奏が前に出る。舞歌を庇うように立って、顔だけ振り向いて、ニカッと頼もしげに笑った。

 

「あたしが守ってやるから、そこから動くなよ」

 

「それって……」

 

 つまり、決心したのだ。舞歌が選べなかった選択肢を、奏は選んだのだ。

 

(やっぱり、奏は強い)

 

「Croitzal ronzell Gungnir zizzl……」

 

 夜の闇を晴らすように、眩い光が奏を包む。光が収まると、ガングニールのシンフォギアを纏った奏が、アームドギアを手に、ノイズを睨み付けていた。

 

(私は、弱いな……)

 

「待ってろ舞歌、直ぐに……終わらせるッ!」



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理由

半年以上も開けてしまうとは、なんたる不覚……ッ!


 薄ら寒いような、暗い気配を感じさせるような一室で、一つの人影が大型のモニターと向き合っていた。モニターには現在のノイズの発生地点、奏と舞歌がいる公園を一望出来るように表示されている。人影が膝下のキーボードを手早く操作すると、モニターは今正に戦闘が始まった所をズームして映し出した。

 クスクスと、人影の口から笑みが零れる。楽しげに感じられるその音の通り、ガングニールを纏い勇ましく戦う奏を見る顔は、喜悦に歪む。

 

「仕込みは順調……これくらいでいいかしら」

 

 人影は一枚の紙を取る。A4サイズのその資料には、奏の顔写真と、様々な情報が記されてあった。その中でも一際目立つのが、『LiNKER』と書かれた欄にある数値、真っ赤な色でそこに書かれた数値は、隣にある平常値を大きく下回っている。

 

「不安要素が無い訳ではないけれど、今の所アレの目的も素性も読めないし……似合わないけれど、そちらは神頼みという事になってしまうわね。あとは……この二つ」

 

 人影はその資料を放ると、映像の無かった小さなモニターの電源を入れる。

それには、舞歌と同じ位に見える銀髪の少女と、二課が保管する第4号聖遺物『ネフシュタンの鎧』が映っていた。

 

「楽しみね……本当に」

 

──

 

 結論から言うと、奏とノイズの戦闘は数分かかることもなく、呆気なく終了した。

 二人を取り囲んだノイズは、数こそそこそこ多かった物の今までの程でもなく、また割と密集するように出現したことから、奏の範囲技で一気に殲滅された。

 そんな奏のギア姿を後ろから見つめる。ノイズの増援が来ないか警戒を払うその姿は、一片の曇りも無いように見えた。

 しかし、そこに見える僅かな違和感。

 

(……あれ、奏……疲れてる?)

 

 良く見なければわからない程度だが、奏の肩が上下しているように見える。表情は見えないが……注視すると、アームドギアも何かを訴えるように滅点する箇所があった。今日一日で二戦もする羽目になってしまったからだろうか。そう考えると申し訳無さを感じるのと同時に、自分に対しての苛立ちも覚えた。

 

「大丈夫みたいだな」

 

 呟いた奏が落ち着かせるように息を吐き、ギアを解除する。光がパアッと一瞬だけ舞い、次の瞬間には遭遇した時のラフな服装に戻っていた。

 

「奏……」

 

「あー、その……えっとだな……」

 

 人命救助の為とは言え、奏は一般人と思っている舞歌にシンフォギアを晒してしまったのだ。どう説明すればいいかわからず頭を悩ませる。正直に話してしまってもいいが、その場合彼女に不便な思いをさせてしまうかもしれない。しかし、このまま説明無しと言うわけにもいかないのは明白。

 

「なんて説明すればいいか……」

 

 幸い、まだ通信は入ってきておらず、二課の方はまだ状況を把握していない様子だ。ならば、奏の報告次第でどうとでも出来ると言うこと。そのことを思い立った奏は、身内に嘘を付く事になるのを内心で謝罪しつつ、うんと大きく頷いた。

 

「舞歌、頼みがある」

 

「頼み……?」

 

「今日、あたしはここでノイズに襲われた。『一人』だったあたしはその場で力を使って、ノイズを撃退した……そうだよな?」

 

 奏の言葉の意味はすぐに察した。要は、一人でこの公園に暇潰しに来た奏は偶々ノイズに襲われ、周りに誰もいないからシンフォギアを纏ってノイズを全滅させた。そこに天海舞歌等という人間は存在しなかった……そういう事らしい。

 舞歌にとってもこの提案は悪くない物だ。シンフォギアを見たと報告されてしまえば、特機部二による事情説明はまだしも、監視等を受けることになるかもしれない。そうなれば此方の行動に支障を来すのは明白。そう頭の中で結論付けた舞歌は、こくりと頷いた。

 

「奏が、そう望むなら」

 

「そうか、ありがとな。今の事に付いては……出来る限りで説明するから」

 

 

──

 

 

「……えっとな、つまり……シンフォギアは対ノイズ専用の……パワードスーツみたいな物なんだ。で、あたしはそれを使って、ノイズを倒して回ってる」

 

「そう、なんだ……」

 

 上記の言葉を最後に終了した奏によるシンフォギアの説明は、聖遺物関係等の言いにくい事柄を上手くはぐらかし、尚且つ説得力のある絶妙な物だった。シンフォギアの概要を粗方把握している舞歌にはそれを見破る事は容易かったが、言及する意味も理由も無いので素直に頷いておく。

 

「人には黙って怪物を倒すなんて、奏は特撮のヒーローみたいね」

 

「ははっ、仮面ライダーみたいなか?そう言われると、悪い気はしないな」

 

 笑いながら、変身ポーズをとって見せる。それが微妙に古い物のなのは気にしないことにして。

 

「……ねぇ、奏」

 

「ん?」

 

「どうして奏は……その、シンフォギアを使おうって思ったの?」

 

「シンフォギアを?」

 

「だって、それは奏である必要がある?他の誰かでもいい。任せればいい。

……なのに、何で奏は、態々自分を危険に晒すような決断を出来たの?」

 

 一瞬呆けたような顔をした奏は、質問を理解すると、苦虫を噛み潰したような顔を作った。舞歌の問いは、奏の過去に由来する物でもある。軽々しく人に話して良いものではないということも重々承知していた。

 簡単には話せない。そう思った奏はそれには答えずに、質問を投げ掛ける。

 

「どうして聞きたいんだ?」

 

「それは……」

 

 この答え次第、それで話すかどうかを決めよう。そう結論付けた奏は

静かに舞歌の答えを待つ。

 数十秒かの時間を置いて、舞歌はゆっくりと口を開く。

 

「私は、自分で何かを決めることが出来ないから。自分の意志で、何かを決めることが出来るように、その道を探すために。私は、奏がシンフォギアを使う理由を聞きたい」

 

「そうか」

 

 この時、奏は舞歌に話してやってもいいと思った。理由を語った時の舞歌の表情は、風鳴邸で翼の事を聞いた時のような、苦しみを滲ませた顔をしていたから。そして、自分の言葉が今の彼女に道を与える小さなきっかけになれると、不思議な確信があったから。

 

「……最初はな、復讐だったんだ」

 

「復、讐……?」

 

 思い出されるのは、最悪の記憶、天羽奏の運命を大きく歪めた悲劇の記憶。

 

「ノイズに家族を殺されたんだ。だから最初はノイズを一体残らず殺し尽くす事しか考えなくて、その為にこの力……シンフォギアを追い求めた」

 

「復讐の、為……」

 

「散々苦労して、やっとシンフォギアを手に入れて……暫く戦ってきてな。

色々あって……いつだったか、気付いたんだ。こんな理由で槍を取ったあたしでも、誰かを笑顔にする事が出来るって事に。

それからは、ノイズに襲われている誰かを助ける為に、そいつの笑顔を守る為に。それが理由になった。

復讐を忘れた訳じゃない、それでも、それ以上に、あたしにはそれが大きな理由になったんだ」

 

「誰かを助ける為に……」

 

「そうさ」

 

 微笑みながらそう言った奏は、照れたように頬を掻いた。

 

「……自分語りってのは、恥ずかしいもんだな。

ま、これがあたしの理由って奴だ」

 

「…………ありがとう。ごめん、辛いこと思い出させて」

 

「気にすんな、舞歌の為だ」

 

 さらっと言ってのけた奏に、舞歌はなんだか気恥ずかしくなって俯いた。それをみた奏は朗らかに笑って、舞歌の頭に手を乗せる。

 

「自分で何かを決めるなんて、舞歌が考えているみたいに難しくないんだ。その時が来れば、自然と決断を迫られる。その時にどうするか、さ」

 

「私に来るかな、そんな時が」

 

「それが来るか来ないかは、自分が決める事だ。そうだろ?」

 

「……そうだね……」

 

 自身の頭を撫でる奏の手に、暖かい何かを感じて、目を細める。辛い過去を口にしてまで舞歌の願いに答えてくれた奏に、大きいありがとうの気持ちを感じながら。

 

「……お、結構時間経ったな」

 

 奏が指差した公園の時計、時針は9を指していた。そろそろ寮に帰らないと、誤魔化すのも厳しくなって来るだろう。舞歌はほんの少し、名残惜しさを感じながら、座っていたベンチから立ち上がった。

 

「そろそろ戻らないと」

 

「そうだな、あたしも帰るとすっかー」

 

「……本当にありがとう、奏」

 

「おいおい、あんまり感謝されるとちょっと調子のっちまうぞ。

……そうだ」

 

 まるでいいことを思い付いたと言わんばかりの顔で、人差し指をすっと立てる。

 

「今度はあたしが困った時に、助けてくれよな。約束だぞ?」

 

「あ……」

 

 それはほんの小さな、どこにでもあるような約束。それでも舞歌には、それがとても心地よく心中に響いた。だから、笑う奏に笑い返す。拳を突き出して、確りと答えた。

 

「……勿論!」



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運命の日 前

プロローグのラストです、前後編の予定。これが終わったらいよいよシンフォギアのストーリーに入ると思われます。


 はぁ、と溜め息を吐いたのは今日何回目だっただろうか。時間はまだ朝、眼前で騒ぎまくる唯も、呆れて溜め息を吐き続ける舞歌も、まだ起きてから数時間と経っていない。

 テーブルに置かれた二枚のチケットには、今日の日付が記されている。夜の公園で奏と言葉を交わしたあの日から数日。今日は唯が待ちに待った、ついでに舞歌も結構楽しみにしていたツヴァイウィングのライブの日なのだ。

 

「ついに来たねこの日が……!いやーもう楽しみすぎてあんまり寝れなくって私もうたまらんってやつですよ舞歌わかるこの気持ちなんかもう今なら何でも出来そうな気がするああ表現しきれないこの気持ちどうすればいいんだろう教えて舞歌さん!」

 

「うるさい」

 

「辛辣ッ!?」

 

 うんざり、といった様子を隠しもしない舞歌だが、このハイテンションが起きてからずっと続いていて、且つそれを受け止めるのが自分しかいないという現状ならば舞歌だって言葉の一つ位は辛辣になってしまうだろう。

 

「いい加減落ち着きなよ、ライブは夕方からなんだから、今からそのテンションじゃ疲れるよ?」

 

「んぐ……でもさあ……初めてのライブだし、楽しみだもん。舞歌だってさっきから口元弛んでるよ?」

 

「……まあ……」

 

 知らず知らずの内に顔に出ていたらしい、と舞歌は今更、意味も無く表情を引き締めてみる。しかし、よくよく思えば今引き締めてどうするんだと言うことで、すぐにいつもの無表情に変化した、溜め息付きで。

 

「うわー何の曲から始まるのかなー個人的にはORBITAL BEATだと思ってるけど、逆光のフリューゲルもあるよね!この二つのどっちかだと思うんだけど舞歌さんどう思いますか心の内をお聞かせ願いたいッ!」

 

「うっざい」

 

「更に酷くなった!」

 

「いっそ夕方まで寝てもらうか……」

 

「なにその不吉なこと……ちょっと待ってなぜギアペンダントを手に取るんですかうわあああ落ち着くから待ってやめて!」

 

 

―――――

 

 

「ったく……」

 

 そんな朝の喧騒から数時間後、諸々の準備を済ませて寮を出た二人は現在、ライブが開催されるドームに向かって移動する電車に揺られていた。周囲を見回すとツヴァイウィングのグッズを持った人達がちらほらと見受けられ、改めてあの二人の人気が高いことを思い知らされる。そういえば電車に乗った駅のホームでは、臨時の追加電車が出るという話も聞いた、末恐ろしい話だ。朝から騒ぎっぱなしで疲れたらしい唯が自分の肩を枕にして眠っている事に呆れながら、次々と流れていく景色をぼうっと眺める。

 暇な時間になると色々と考える物で、授業の事や唯との下らない雑談の事などを適当に思い返していると、ふと先日の一件が脳裏に浮かび上がった。

 それは、本当に忙しく騒がしかったあの一日、その最後に起こった出来事。奏と二人でいるときにノイズに襲われたあの時。

 

(あの時、確かに奏は疲労しているように見えた……でも、ノイズに襲われる前や戦闘後にはそんな素振りは全く見せなかった。

私を安心させるため?……いや、そういった感じでは無かった。なら、ギアを纏っている時だけ疲労感に襲われる?でも、私のシンフォギアにそんな特徴は無い。ガングニールだけ、と言ってしまえばそれまでだけど……何か、引っ掛かる)

 

 喉に引っ掛かった小骨のような、そんな小さいけれど強く残る違和感。しかし、自分が得ている情報程度ではこの疑問に答えを出すことは出来ないだろう。そう断じて、思考を一旦リセットする為に大きく息を吐いた。それと同時に、ずっと肩に掛かっていた重りがふるりと身じろぎしたのを感じた。

 

「んぁー……」

 

「よく眠れたみたいだね」

 

「んー、やっぱり朝騒ぎすぎたー……」

 

「ま、疲れたままライブ行くよりよかったんじゃないの?」

 

「そうだね。あ、次の駅だよ」

 

「わかった」

 

 

―――――

 

 

「フフ……」

 

 間近に迫ったライブに会場の周辺が賑わい始める中、その極近くの何処かで人影が嗤う。ツヴァイウィングしか目に入っていない愚かな衆人を嘲るように。

 

「天羽奏……僅かな命を燃やし尽くしなさい。それが私を助けることになるのよ……」

 

 闇は笑う。間もなく訪れる災厄を楽しみに。

 

 

―――――

 

 

「すごい人だかりだね」

 

「うわー……まるで夏冬の祭典みたい」

 

 見渡す限り人、人、人……ごった返すような人の波に二人そろって唖然としてしまう。何度も実感させられたが、これほどまでにあの二人の人気を思い知ったのは初めてだった。

 この中に入っていくのか、と多少不安になる舞歌を尻目に、唯はパンフレットを改めて見直し始める。

 

「とりあえず、始まる前に買いたい物があるからそっちを消化しておこう。まだ時間もあるし多分大丈夫だから」

 

「わかった、けど……本当にこの中に入るの?ちょっと不安なんだけど」

 

「まぁーツヴァイウィングだからね……さすがにこれだけいるのは予想外だったけど。でも大丈夫だよ」

 

 にかっと笑った唯が舞歌の手をしっかり握る。これで逸れないよ?とでも言いたげなその表情に、舞歌もクスリと笑みを浮かべた。

 

「じゃーまずはTシャツとキーホルダーだね!サイリウムとかは入場してからだから、売り切れる前にグッズを確保しなきゃ!」

 

「……やっぱり少し不安だ」

 

 

―――――

 

 

「いやー買った買った!」

 

「重い……」

 

「まぁ色々買ったからねー。パンフによると臨時に設置したロッカーがあるらしいから、そこに荷物を置いてから入ろう。そろそろ入場時間だから」

 

「んー」

 

 ドサリ……とまではいかないが、それなりの重さを誇る荷物を地面に降ろし、パンフレットを流し読みしながら唯が言う。指差した先には、人の波で少し見えにくいが確かにロッカーの姿があった。行こうか、と言った舞歌に従って唯も降ろした荷物を持ち直し。ロッカーへと向かう。

 目視で見えただけあって数分も掛からずに到着し、使える場所は無いか、そろって探す。ほんの数秒で舞歌が空いたロッカーを二つほど見つけ、そこに荷物を入れようかと言うことになった。

 

「200円か。結構良心的な方じゃない?」

 

「だね、最近は500円とかそこら辺が多いから」

 

 お金を投入して、ロッカーを開ける。そこにライブに不必要な荷物を次々と入れていき、しっかりと閉めて鍵を掛ける。荷物が無くなって開放的になった唯が、んー、と伸びをした。

 

「これで身軽になったねー」

 

「鍵、無くさないでよ」

 

「もっちろん。大事なお預け物が入ってるんだから。んじゃ後は入場するだけ……ん?」

 

 急に言葉を中断した唯に何事かと顔を向けると、唯の視線は一点に集中していた。同じ方向を見るが、舞歌には人の波が左右している様子しか見えない。

 

「どうしたの?」

 

「いや……あそこ、見える?女の子」

 

 指差された先を注視すると、確かに人ごみにまぎれて一人の女の子の姿が見えた。しきりに左右を見回して首を傾げているように見えなくも無い。よく見つけたなー、と心中で感心する舞歌。

 

「困ってるのかな」

 

「そう見えるね、道にでも迷ったのかな」

 

「パンフ持ってないのかなー。……よっし」

 

「え、ちょっと唯……」

 

 一人意気込んだ唯は、人ごみを掻き分けて進み始めた。目標は明らかに件の少女で、上手く進んでいく。

 

「……お節介なんて、珍しい」

 

 意外そうに呟いて、舞歌もすぐに後を追う。距離自体はそこまでは離れていなかったようで、多少の人の流れに逆らう程度ですぐにたどり着くことが出来た。二人と同じか少し下位の少女に、唯は軽快な口調で話しかける。

 

「あれー……どっちなんだろう……」

 

「君、どうかしたの?」

 

「うぇ!?あ、えっと、その……」

 

「あ、ごめんね驚かせて。何だか困ってるみたいだったからさ」

 

「はい、まぁ……って、そんなに困ってそうでした?私……」

 

「まぁね、結構わかりやすいくらいには」

 

 目に見えて落胆する少女にあははと苦笑を返しながら、出来るなら力になるよ?と唯は口を開いた。

 

「ね?」

 

「……まぁ、唯がそう言うなら」

 

「で、でも……」

 

「大丈夫、私たちもライブは初参加だけど、それなりに準備とかはしてきてるから、助けにはなれるよ?」

 

「気にしなくていいよ、私たちももう用事は済ませてるから、暇になった所だし」

 

「……ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて……えっと、実はどこに行けばいいのか分からなくて……ドームの中に入りたいんですけど」

 

「そっか、それなら丁度よかった」

 

「え?」

 

「私たちも中に入ろうと思ってたの、君さえいいなら、一緒に入場しよっか?」

 

 唯からの思いがけない提案に、少女は渡りに船といわんばかりにはい!、と返事を返した。さっきまでの困惑気から一転、元気一杯の返事に思わず笑みがこぼれる。

 

「じゃ、いこっか。……と、その前に自己紹介だね。私は日向唯、こっちは天海舞歌。よろしくね!」

 

「よろしく」

 

「立花響と言います!唯さん、舞歌さん、よろしくお願いします!」

 

 

────

 

 

「とんでもない偶然もある物だね」

 

「本当ですよ!座席のチケットがお二人の隣だなんて!」

 

「何か運命みたいだねぇ……あ、あそこでサイリウム売ってるよ」

 

「おぉー、やっぱりすごい並んでますねぇー……」

 

 立花響と名乗った少女を引き連れて、人ごみに押し潰されそうになりながらなんとか入場、中をぐるりと回った後、ライブの定番であるサイリウムを購入しようとその売場を探す。唯がそれを発見したが、そこにはやはりというべきか、結構な数が並んでいた。回りは早そうだが、それでも少し長く待ちそうに見える。

 

「時間まではまだ少しあるね……ここに並んで買う位なら問題ないよ」

 

「よかった、未来にこれは買っておいたほうがいいよって言われてたんですよね!」

 

 未来、というのは響の友達なのだろう、話を聞いた限りでは、友人と来る予定だった筈が急な用事が入って……まぁ、所謂ドタキャンだ。その友人と言うのが、彼女の言う未来という人なのだろう。名前の響きからして女性だろうか。

 そんなことを考えつつ、舞歌は早々と意気投合した響と唯の漫才染みた会話を聞いている。二人の会話は変に息が合っていて面白い。

 そのまま待つこと数分、思った以上の早さで列は進み、素早くサイリウムを購入することが出来た。店員の仕事の早さに驚きつつ、会計を済ませて代物を受け取る。

これを最後に回るところも無くなった三人は、いち早く席へ付くことに決めた。唯の案内で歩を進め、会場の中に入る。

 

「……わぁ……!」

 

 響が感嘆の声を上げる。舞歌も声すらあげなかったが、これがあの二人のためだけに用意されたステージと考えるとなんとも言えない気分にさせられる。ツヴァイウィングとはここまで……と。

 

「ライブが始まったらもっと凄いんだろうね、この会場を埋め尽くす程の人間が、たった二人に意識のすべてを向けて、熱中する」

 

「……いやはや、全く」

 

 恐ろしいものを敵に回しているな、と言った感じの舞歌の溜息に、唯も苦笑で答えた。

 

 

────

 

「……いよいよか」

 

 その姿は嗤う、後の惨劇を予感して。

 

「下準備は万全……後は座して待てばいい。すべては私に転がって来る……フフ」



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運命の日 中

一年半ですよ一年半!
お待たせしました、前後編の予定でしたが中が挟まりました。



────それは、私にとって、忘れることの出来ない日になった。

空に舞う黒い灰、阿鼻叫喚、地獄絵図。

そんな言葉が似合うような場所で、綺麗で、儚い光。

私達の胸に、心に、命に宿ったその光は、永久に消えることのない……

 

 

 

────────

 

 

 薄く点いていた照明が落ちて、一瞬の静寂。そして一番目の曲のイントロがかかると同時に湧き上がる大歓声。

舞い散る羽と共に一斉にサイリウムが光り、ステージの中心に空から降りてくる二人。

 

(なぜだろう……まだ歌ってもいないのに、あの二人があそこに立っただけで気持ちが熱くなる。全身の血液が湧き上がるようなこの感情は……)

 

「逆光のフリューゲル!最高ーッ!」

 

「わぁ……イェーイ!」

 

 その感情は二人が歌い始めると更に強くなる。唯は既に興奮の極致にいるし、響もまた、雰囲気に呑まれるように歓声を上げる。

 手に持ったサイリウムの存在すら忘れて、ただ見入ることしか出来ない。しかし、それでも、確かに今、この身に受けている衝撃はあの二人が巻き起こしている物なのだと。

 

「これが……歌というモノ。これが、歌に込められた思いがもたらす力」

 

 自分がその身に持たない物、持たなければいけないもの。その全容を目の当たりにした舞歌の口元は、確かに笑みを浮かべていた。

 ほんの数分、たったそれだけの時間であっという間に観客のすべてを虜にした一曲が終わる。余韻に浸る間も無く歓声が巻き起こり、答えるようにステージの二人が大きく手を振っている。

 

「……どう?生で聞いた感想は!」

 

「気持ちが落ち着かない。跳ね回る心臓を抑えるのに必死で……そう、これが……ライブなんだね」

 

「……そっか、響ちゃんは?」

 

「私も、ドキドキして、ずっと目が離せなくて……すごい、です!」

 

「そっか、よかった。……でも、まだまだライブは始まったばかりだよ」

 

 それぞれの返答を聞いた唯が楽しそうに笑う。そうだ、まだ一曲目、ライブは今スタートしたばかりなのだ。

 

『まだまだいくぞーッ!』

 

 観客を煽る奏の叫びに、ボルテージは更に上がっていく。興奮が冷め遣らぬまま次の曲がかかり始める。

 

「おぉ、ORBITAL BEAT!本当に最初から全力だねぇ!」

 

 そしてライブを更に盛り上げようと二人が歌いだそうとした瞬間─────ステージの中央に起こった爆発と共に、興奮は一気に恐怖の叫びへと変わることになってしまった。

 

──────

 

「あれはッ!?」

 

「演出……な訳ないか。あんな場所で爆発なんて、一体……」

 

 なんらかの原因による事故、テロ……様々な原因が唯の頭の中を駆け巡る。しかし、その予想は響の悲鳴のような叫びに一瞬で覆された。

 

「あれは……ノイズですッ!!」

 

 響が指差した先……爆煙の中から姿を現したのは、怪獣のような見た目を持った半透明の化け物、即ち、ノイズ。

 

「ノイズがなぜここに……!?」

 

「わからないけど……舞歌、響ちゃん。とにかく今は!」

 

「は、はいッ!」

 

「逃げないと……ねッ!」

 

──────

 

「なんで今、ノイズが……!?」

 

 その頃、ステージ上にいたツヴァイウィングも困惑の表情を浮かべていた。確かにノイズはいつどこにでも現れる可能性があるのは間違いない。しかし、よりにもよって、このライブの時に現れるとは。

 

「……ッ!」

 

 自分たちの歌を聞きに、見に来てくれた人たちがまさに今、生死の危機に立たされている。ノイズという通常の手段では敵う事のない敵。

 

(けど……)

 

 

 しかし、今は……と、ペンダントを取ろうとした手が止まる。思い出されるのは今朝、櫻井了子と二人っきりで交わした会話。

 

───

 

「ギアを纏うな……?」

 

「そうよ、理由は……わかってるわよね」

 

 了子が真剣な表情で放った言葉に、こくりと頷く。今回のライブ……その裏の目的である、ネフシュタンの鎧の起動実験。奏はその実験に不確定要素を持ち込まないために、自身がガングニールを纏うために不可欠な薬品、LiNKERの摂取を絶っている。それはつまり、シンフォギアからのバックファイア……人体を過剰に蝕むそれが、奏の身体に襲い掛かるということだ。

 

「けど、今日はライブだぞ?確かにネフシュタンの実験はやるが、あたしがギアを纏うような状況にはならないんじゃないか?」

 

「それに越したことはないんだどね。でも、相手はノイズよ。いつ、どこに現れるのか、誰にもわからないんだから……」

 

 それもよくわかる。先日もふらりと立ち寄った公園でノイズに襲われているのだ。

 

「もし会場にノイズが現れたのなら、対処は翼ちゃんに任せて、あなたは下がってちょうだい。

……約束、できる?」

 

「……ああ、わかったよ」

 

───

 

「このままシンフォギアにこの身を委ねれば、あたしはどうなっちまうかな」

 

 思わず呟く、本当は口にしなくたってわかっている。ただでさえ適合の為に、そして今までにシンフォギアを纏い戦う中で自分の身体を虐めてきた。そんなぼろぼろのこの身で歌を歌えば……

 

(だけど大丈夫だ、覚悟はある)

 

 それでも、天羽奏(あたし)が手にした力は、こんな時の為に振るわれるべきだと。それを、信じているから。

 

「飛ぶぞ、翼」

 

「え……」

 

「この場に槍と剣を携えているのは、あたし達だけだ」

 

「でも、指令からは何も……」

 

「翼!」

 

 戸惑う翼に向き直り、真っ直ぐに視線を合わせる。綺麗な瞳の色は困惑に揺らいでいた。奏はふっと笑うと、右手でくしゃりと翼の頭を撫でる。

 

「支え支えられ、手を繋ぎ空の先まで飛ぶ比翼連理の鳥」

 

「え……」

 

「一人では飛べなくても、二人でなら飛べる。そうだろ?」

 

「奏……」

 

 優しげなその表情に、翼は目を閉じて一呼吸置いた後、目を開く。そこには戸惑いでは無く、決意の炎が宿っていた。

 

「ごめん、ありがとう、奏。……行こう!」

 

「ああ、それでこそ、翼だッ!」

 

 

──────

 

「唯、響……!く、はぐれたみたいね」

 

 人混みに潰されるのを避けながら避難していた舞歌は、自分の周囲から知った顔がいなくなっていることに気付いた。自分の避難に手一杯で、二人にまで気を回せなかったようだ。

 

「取り敢えず、避難しないと……二人とも、無事でいてよ」

 

 心中で二人の無事を願い、足を進めようとした。だが……

 

「……この、音は」

 

 悲鳴が飛び交う中で、確かにその音が聞こえた。

 

「……いや、この歌はッ!」

 

 弾かれるように視線はその歌の聞こえる方角へ。

 

「……ッ!」

 

 ステージの方向に体を向けた先には、響き渡る歌と共にノイズを殲滅する二人の姿があった。

 

「奏、翼……」

 

 助けなきゃ、そう一歩踏み出そうとして、足が止まる。そう、だ。逃げないといけない、逃げないと……

 

「……ッ」

 

 逃げなければいけない、そうわかっているのに、足が動かない。

恐怖では無い。自身の内に渦巻く二つの感情がぶつかり合って、心が動けなくなってしまっている。(命令)(想い)が膨らんで、わけがわからなくなる。

 

「頭が……痛い……ッ」

 

 いつの間にかキリキリと痛み始める頭、言うことを聞かない身体が膝を突く。意識が吹っ飛びそうな程の頭痛に屈しようとした。

 

「……え?」

 

 唐突に、頭の中に映像が浮かび上がる。それはこの前の、奏との一時。

 

 

───本当にありがとう、奏

 

 

「これ、は……」

 

 

──おいおい、あんまり感謝されるとちょっと調子のっちまうぞ。

……そうだ

 

 

 冗談交じりにも取られるような、気軽に交わしたその約束。

 

「約束……」

 

その約束に舞歌(人形)が放った言葉。それは……

 

「……そうだね、奏」

 

 揺らぐ視界でステージを見る。そこには、本来の調子が出ない様子で、ノイズの多さに苦戦する奏の姿があった。

 

「約束したから……」

 

 まだ頭は痛む。だけど、力は入る、体は動く。懐から顔隠しの仮面を取り出して、顔に付ける。

服の内側に潜ませていたギアペンダントを取り出す。ただの無機物の筈のレーヴァテインは、心なしかキラリと光ったように見えた。クスリと笑みを零す。

 

「もう、迷わない……ッ!」

 

≪Inyurays laevateinn tron≫

 

 聖詠に答えるように、ギアが装着されていく。あとは感情のままに、好きに行動すればいい。

 

 

──今度はあたしが困った時に、助けてくれよな。約束だぞ?

 

 

「……勿論ッ!」

 

 

 最後に響いた思い出に、あの時と同じ答えを返して、強く地面を蹴った。

 

 

 



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運命の日 後

絶唱周りのお話は独自設定が多めというワケダ。
書き方が全く安定してないけどぶん投げてしまえの方針


(……くっ、ちょっとマズイな)

 

 立ち塞がるノイズを薙ぎ払いながら、奏は心中で毒づいた。

 

(随分経った様な気がするが、あんまりノイズの数が減ってねぇ。倒した側から増えているのか……?)

 

「翼は……ッ、結構離れちまったな……」

 

 見れば、声で意思疎通を図るには離れすぎた位置で剣を振るう翼の姿。戦っている内に随分と距離が離れてしまったらしい。らしくない、と舌打ちし再び正面を見据える。

 眼前には山程のノイズの姿、特徴的なその姿もいつもなら笑い飛ばせる所だが、そんな余裕すら今の奏にはあるはずもなかった。

 

(体が、重い……)

 

 ネフシュタンの起動実験に伴い、万全を期すという目的でLiNKERの摂取を行っていなかった影響がダイレクトに奏を蝕んでいく。低下した適合係数によりギアから装者へのバックファイアは増大し、ギアを使えば使うほど、命を磨り減らす結果となる。

 チカチカ、とガングニールのアームドギアが点滅する。これ以上ギアを纏うのは危険だと言わんばかりに。

 

「まだ避難も終わってねぇ、翼1人でどうにかなる数でもねぇ。そんなんであたしが引っ込む訳にいくかよ……!」

 

 気合を入れ直す。奏の意気に答えるように、ガングニールがその点滅を収め、夕日を反射してキラと光った。眼前のノイズを殲滅するために、一歩踏み出す。葡萄型のノイズに向けギアを一突き、返す勢いのままぐるりと回転し、周囲のノイズを薙ぎ払う。

 

「まだまだ……ッ!」

 

 迫るノイズを撃ち払いながら、奏の脳裏には様々な光景が去来していく。両親との生活、一瞬にして激変した境遇、獣のように吠え復讐を誓ったあの時、翼との邂逅、ツヴァイウィングとしての日々。

そのどれもが、今の奏を形作る大事な出来事。何の前触れも無く再生されるそれに、自嘲じみた笑みが浮かぶ。

 

「いけるさ……あたしにはまだ、やりたいことも、やらなきゃいけないこともあるんだ」

 

 何度構え直したかわからない覚悟、自らの意志を奮うように呟いて、眼前の巨大なノイズに槍を向ける。

 

「おおおおぁぁぁぁぁぁッッ!」

 

―――LAST∞METEOR

 

 旋回したガングニールから放たれた暴風がノイズを蹂躙し、吹き飛ばす。

 

「……くッ!?」

 

 しかし、疲弊した状態での大技、奏に掛かる負荷も尋常、くらりと足がふらつき、膝を突く。その隙を見逃すまいと、ノイズが迫る。

立ち上がらなければ、そう思って足を動かすも、反応が鈍い。これではノイズに……

 

「……ッッ!!」

 

 攻撃が迫る、反射的に身を縮こまらせ目を瞑り、衝撃を待つ。

……しかし、待てども自分の体には何の接触も無く、不思議に思った奏が恐る恐る目を開ける。

 

「な、おまえ……」

 

 眼前に映るその刀身は、相棒の物ではない。それは、今までに何度か刃を合わせたあの刀。

 奏に背を向けてそこに立っていたレーヴァテインの装者……天海舞歌は、眼前のノイズを瞬く間に斬り捨てた。

 

「……大丈夫?」

 

「あ、あぁ……」

 

 予想外の登場に呆けていた思考が、無機質なマシンボイスで引き戻される。ガングニールを杖代わりに立ち上がると、奏は訝しげな視線を向けた。

 

「……どうして助けたのか、って顔をしている」

 

「ん、まぁ……そりゃ、そうだろ」

 

 舞歌と奏はシンフォギア装者としては、敵対していると言っても過言ではない、そう奏は思っていた。故に今起こった事は予想の外を行き過ぎている。確かに、初の邂逅の際は危機に陥った翼を援護したとも聞いていたが、その後はこちらの要請も受け付けず、自分たちを翻弄し続けている。

 

「……ツヴァイウィング」

 

「ん?」

 

「ファンなんだ、私」

 

「……は、あたしらのファンって、お前……たったそれだけの理由で、この死地に飛び込んで来たってのか」

 

「見たんだ」

 

 奏の問いに答えず、舞歌は呟く。

 

「ステージで、輝く貴方達を見て。あの時私は、確かな熱を感じた」

 

「熱……?」

 

「その時感じた想いに、芽生えた心に、私は従っただけ」

 

「……馬鹿だなぁ、お前」

 

 舞歌の独白を受けて、奏はあははと笑う。舞歌の気持ちにどんな変化が生じたのかは、奏にはわからない。だけど、それでも。

 

「どんな時でも、どんな場所でも、あたし達の歌を受け止めてくれる存在はいるってことか。なら……ここで終わるわけにはいかないな」

 

 ガシン、とガングニールを地面に打ち付ける。体は満身創痍、眼前には山のようなノイズ。しかしまだ戦っている翼がいる、自分を助けてくれるヤツがいる。

 

「そうさ、それだけで、あたしが立ち上がるには充分すぎる」

 

 目に光が灯る、天羽奏の命は、まだここで潰える訳にはいかないと。

 

「すまねぇが、手を貸してくれるかい?」

 

「勿論、そのために、私は来た……約束を、果たすために」

 

「約束?」

 

「ン……私事、気にしないで」

 

「へ、まぁいいや……そんじゃ行きますか!レーヴァテインの装者さんよぉ!」

 

「うん……!」

 

 

 

 

 

 

「へぇ、殻が破れたのかな?……いや、一時的な物か。根付いたモノを変えるにはそう簡単では罷り通らない……」

 

 影は嗤う。眼下の戦闘を滑稽と断じるように。

 影は笑う。小さな芽生えを喜ぶように。

 

「ま、こんなのは序ノ口、これから襲ってくる色々な事で何か変わるかもしれない、けど……楽しみね」

 

 

 

 

 

 

 舞歌扮するレーヴァテインの参戦により、有利へ運ぶかと思われた戦線。しかし、そんな儚い夢想は間髪入れずに打ち砕かれることになる。

 騙し騙し戦っていた奏のガングニールが、遂に限界を迎え始めていた。

飛びかかってきたノイズに穂先を突き刺し、LAST∞METEORで周囲のノイズ毎薙ぎ払う。しかし、地面に着地した直後、再びガングニールの滅点が起こる。

 

「時限式はここまでかよ……ッ!」

 

気を取られた奏にノイズの攻撃が迫る。とっさに槍を掲げて防いだは良いが、既にその威力を殺し切る膂力も無く、大きく後退る。

 

「しまった……!」

 

 それを見た舞歌は助けに動こうとするが、ノイズに囲まれてソレができない。

 

「ならば、無理にでも……ッ!?」

 

 駆け出そうとした舞歌の足元に影が映る。弾かれたように見上げれば、そこには天羽奏の片翼の姿があった。

 

―――千ノ落涙

 

 小剣が舞歌の周囲のノイズを貫き、風鳴翼が悠々と降り立つ。

 

「風鳴、翼」

 

「聞きたいことは山程ありますが、今は問いません」

 

「……」

 

「あなたは奏を助けてくれた。だから今は、私もあなたを信じます」

 

「ありがとう」

 

 そうしている間にもノイズは迫る。二人は頷き合い、同時に走る。翼が前面に立ち、舞歌が後方の奏の元へ。

みると奏は逃げ遅れた観客の盾となり、ノイズの放射攻撃を防いでいる様子。だが、満身創痍の奏にそう長く抑えられる物ではない。

 

「天羽奏!」

 

「ッ!お前か、あたしはいい、後ろの子を頼む……!」

 

「わかった!」

 

 すぐに戻る、とすれ違い様に付け加え、瓦礫に倒れる少女に駆け寄る。

しかし、舞歌が間に合うより速く、ノイズの二撃目が迫る。

 

「ぐ……うぅぅぅッ!」

 

唯でさえ重い攻撃、それが2つ重なって奏に迫る。回転した槍が留めている物の、ギアが徐々に破損し、破片が吹き飛んでいくほどの衝撃。

そして、その吹き飛んだ破片が、走る舞歌の横を通り抜ける。

 

「……な」

 

「え……!?」

 

 小さい破片でも、弾丸のような速さのそれは、人体を破壊するには充分すぎる。その破片は、逃げ遅れた少女の胸に深々と突き刺さり、反動で吹き飛ぶ少女の胸からは尋常ならざる出血があった。

 

「奏ぇ!」

 

「間に合わなかった……!」

 

「く、そがァ!」

 

 翼が奏を護るようにその前に躍り出て、迫るノイズを堰き止めようとする。舞歌は吹き飛んだ少女が地面に打ち付けられる前に抱える事には成功したが、その少女の顔を見て、仮面の下の顔を驚愕に歪めることになった。

 

「そんな、響ちゃん……!」

 

「おい、死ぬな!」

 

駆け寄った奏が槍を投げ捨てて、響に声を掛ける。しかし、響は激しい出血により既に虫の息になっていた。

 

「駄目だ、響ちゃん、死なないで……!」

 

「そうだ、死んじゃダメだ!……生きるのを、生きるのを、諦めるな!」

 

 ……奏の魂の叫び、それが届いたのか、響は薄っすらと目を開けた。

 

「……!」

 

 この少女は生きるのを諦めなかった。そう確信した奏は、笑顔を携えて一つ頷いて、すっと立ち上がる。

投げ捨てた槍を拾い上げると、まるで散歩でもするかのように、ゆっくりと、眼前に佇むノイズの群れの前に立った。

 

「天羽、奏……?」

 

「そいつを人のいる所に、頼む」

 

 嫌な予感に支配された舞歌だったが、響の身の安全の為に承諾。しっかりと抱え、観客席を駆け上がっていく。

それを見届けて、奏は覚悟を決めたように頷いた。

 

「奏……?」

 

「よぉ翼、護ってくれてありがとうな」

 

「それは、そんなこと……」

 

「観客はお前とノイズだけになっちまったが……聞いてってくれ、あたしの……最期の歌」

 

「最期……って、まさか!」

 

(いつか、心と体、全部空っぽにして……思いっきり、歌いたかったんだよな)

 

 後悔もある、心残りもある。だけど、それでも。

 

(今日はこんなにたくさんの連中が聞いてくれるんだ。だからあたしも……出し惜しみなしでいく。とっておきの歌を……絶唱を)

 

 

 

 

 

 

(嫌な予感が止まらないッ!こんなこと初めてだ!)

 

 廊下を駆ける舞歌は響の安全を最優先にしつつ、身を急かす焦燥感に不安を抱いていた。

走ること数分、見つけたのは臨時に設置されたであろう救護室のような部屋、叩き付けるようにドアを蹴り破り、些か乱暴な入室を果たす。

 

「な、何だァ!?」

 

「急患だ!出血が止まらない、速く!」

 

 急な入室に加え、シンフォギアを纏ったままの舞歌に面食らった様子のレスキュー隊員だったが、その腕に抱えられた響を一目見て、直ぐ様正気を取り戻しベッドに寝かせるように指示を出す。

 

「どう!?」

 

「……出血は酷いが、意識はある。胸部以外の外傷は膝の擦り傷程度で、打ち付けた様子も無い。これなら、まだ処置は間に合う筈だ」

 

「そう……」

 

自分が彼女にできることはここまでだろう。後はその道のプロである彼らに任せるしかない。舞歌はほっと一息付いて、未だに朧げながらも意識を保っている響の傍らに膝を付いた。

 

「……後は大丈夫、君はちゃんと助かるよ」

 

「あ……う……」

 

「私は……奏を助けにいかなきゃいけない」

 

「か……なで……さん……」

 

「そう、奏が君を助けたんだ。もし、その光景を、奏の言葉を覚えているのなら……それを、忘れないで」

 

「ぅ……」

 

「生きるのを、諦めないで」

 

 仮面越しにでも笑いかけて、立ち上がる。今度は速度に遠慮する必要は無く、すぐに会場に戻ることはできるだろう。

 

「あんた一体、何者なんだ……!?」

 

 響を見てくれた隊員が問い掛ける。

 

「……通りすがりの、お人好しとでも」

 

 

 

 

 

 

 舞歌がその場に戻ったのは、その歌が歌い終わるのと同時だった。

戦場には似つかわしく無い、けれど命を込めて放たれた最後の歌……絶唱。唯からその存在を聞かされていた舞歌は、当然、現状を見てその使い方が常識のそれとは異なることもすぐに理解出来た。

 荒れ狂うエネルギーの奔流に、ノイズは為す術も無く駆逐されていく。やがて全てのノイズが消え去って、絶唱を放った奏はあっけなく地に倒れた。

 翼が悲鳴を上げながら奏に駆け寄って、その身体を抱き起こす。倒れている奏に必死に呼びかけている。

 

「絶唱は……歌によって増幅されたエネルギーを放出することによって対象を殲滅するシンフォギアの最終手段……でも、過剰な破壊力の代償となる壮絶なバックファイアが容赦無く装者を蝕むって唯が言っていた……」

 

 客席を飛び降りて、奏の元へ走る。泣き叫ぶ翼の悲鳴が耳に刺さる。

 

「嫌だ……奏、死ぬのは駄目……私、もっと奏と歌いたいんだ……!」

 

「嬉しい事言ってくれるじゃないか……お……」

 

「天羽、奏」

 

絞り出すような舞歌の声に、奏が首を向ける、翼はこちらに顔を向ける余裕も無いのか、俯いたまま奏を支えていた。

 

「あの子はどうなった……?」

 

「救急隊員に預けてきた、命に別状は無いらしい」

 

「そっか……フフ、そいつは良かった」

 

「絶唱を……歌ったのね」

 

「そうさ、出来ればあんたにも、あたしの最後の歌……、聞いて欲しかったけどな」

 

「最後の歌……」

 

 光を失った目から涙が零れ落ちる、このままなら、奏の命はあっけなく消えてしまうだろう。

 

「……いいや、最後の歌にはさせない」

 

「え……」

 

「風鳴翼、少し離れていて」

 

「でも……」

 

「可能性は高くない、だけど、助けることが出来るかも知れない」

 

「!?」

 

 弾かれたように舞歌の顔を見上げる。仮面越しにはわからないその表情、マシンボイスに阻まれて読みにくい声色。それでも、その時だけは。この装者は本気で奏を助けようとしているのだと、それだけは理解出来た。

 ゆっくりと奏を地面に横たわらせると、流れた涙を拭いながら舞歌の後ろに下がる。

 

「……ふ」

 

 初めてかも知れない、誰かのために歌うのは。初めてかも知れない、自身の決意を以て、唄を謳い上げるのは……!

 

――Gatrandis babel ziggurat edenal

 

「な……」

 

「絶唱……!?どうして!」

 

 初めての歌を歌い上げながら、脳裏に浮かぶのは、絶唱の存在を教えてくれた唯の、何気ないような語り口。

 

――絶唱と言うのは、歌によって増幅されたシンフォギアのエネルギーをアームドギアを介して放出し、対象にとんでもないダメージを与える攻撃手段と言うのが一般的なお話。でもね、私はそれだけではないと思っているの。

 

――それだけじゃない?

 

――そ、元々のエネルギーはシンフォギアの防護機能や、生命維持に活用されているのと同一なの。絶唱はそれを攻撃的なエネルギーに変換して、アームドギアを仲介したり、肉体から直接放射したりして攻撃に扱う訳。……だったらさ、変換というプロセスを省いたらどうなると思う?

 

――……まさか

 

――歌っていうのは本来攻撃的でなはくて、優しさや愛、温かみのエネルギーなんだ。もしそれをそのまま放つことが出来たとしたら……

 

(私の奏を助けたいと思う気持ちが偽りでないのなら、レーヴァテインのシンフォギアはきっと、この想いに応えてくれる)

 

「な、なんだ……こりゃ」

 

「これは、奏が歌った絶唱とは違う……?」

 

 謳い上げながらアームドギアの刀を展開する舞歌、その刀身にはいつもの燃え盛る炎熱ではなく、暖かさ、優しさを感じる緑色の光が宿っていた。

 

――Emustolronzen fine el zizzl

 

 謳い終えた舞歌は、光の宿る刀身を静かに、奏の身体に重ねる。刀身はするりと奏の体内へと入っていき、その光が全身へと広がっていった。

 

「ああ……コイツは、凄いな……」

 

「ッ……そう、だ、ね」

 

 身体が軋み上げるのを自覚しながら、舞歌は堪え切れず膝を付いた。今更ながら、恐ろしい程のバックファイアだと痛感する。同時に、パキリ、と何かが罅割れる音。

 

「あっ」

 

 声を漏らす、今の今まで自分の顔を覆っていた仮面が、真っ二つに割けて、地面に落ちていった。ゆっくりと視線を奏に向けると、きっと今の自分も同じような顔をしているんだろうなという、呆けた顔。その目には、光が戻っていた。

 

「なんだよ……そうか、お前だったのか」

 

「……奏」

 

「へへ、約束、守ってくれたんだな」

 

「……うん」

 

「……なぁ、舞歌」

 

「ん……?」

 

「あたしを救ったのはお前だ、……お前が決断したから私が救われたんだ」

 

「あ……そっか、私が……」

 

「決断の時は、存外早かったみたいだけどな」

 

「そうだね……本当に」

 

「ありがとな」

 

「っ……うん」

 

 それだけ言って、奏は静かに目を閉じた。そっと胸元に手を置くと、ゆっくりと、それでも確実に上下している。舞歌はその手を強く握りしめた。

 

「奏は……?」

 

 後ろから翼の声が聞こえる、会話は聞こえていなかったようで、その声色は依然不安げなまま。舞歌は振り向くことはせずに、すっと立ち上がる。

そして、拳を横に突き出して、ぐっと親指を立てた。

 

「……!」

 

 舞歌が数歩後退るのと同時に、翼が飛び出してくる。奏を抱きかかえて、その身体にはっきりと息があるのを感じると、再び堪え切れずに涙を流した。

 

「良かった……奏……!」

 

 眠っている奏を抱えたまま、立ち上がる。恩人に言葉では尽くせない程の礼を感じながら、振り返って……

 

「あ……」

 

 そこにはもう誰もおらず、舞歌が顔隠しに使っていた割れた仮面だけが落ちていた。

 

 



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爪痕は浅くなく

原作前、ラストになります


「…………」

 

 浮上した意識が真っ先に感じたのは、軽快なタッチで叩かれるキーボードの打鍵音だった。不規則なリズムで響くその音を聞き流しながら、寝起きの鈍い頭がゆっくりと動き出す。

 

(あの後……)

 

 あのツヴァイウィングのライブ。そしてノイズの襲撃、命を散らそうとする奏を助けるために賭けに出て、絶唱を使って奏の命を繋ぎ留めて、それで……

 

「気が付いた?」

 

 不意に掛けられた声、その方向に首を動かす。……それだけの動作でも、体が軋む感じがした。

 

「私、は……」

 

「ドームの外で待ってた私の眼の前に落ちてきたの、そりゃもうドカーンと。覚えてる?」

 

 そうだ、翼が奏に気を取られている内に会場を離脱したんだった。だけど絶唱の負荷に耐えきれなくなって途中で意識を失って、運良く唯の前に落下したのか。そしてそのまま回収されて、寮に運ばれた……

 

「なんとなく、ね……痛ッ」

 

「丸一日起きなかったんだし、まだ寝てなさい、とは言わないけど……暫くは身体中ガタガタかもねー」

 

 椅子に座ったままこちらを伺っていた唯は、くるりと椅子を回転させてパソコンに向き直る。カタカタと何かを打ち込んでいる様子だけど、ディスプレイに映る図面や文字数字なんかはちょっと私の理解が及ぶ所ではなかった。

 

「ギアからのバックファイアが凄いしフォニックゲインの流れもバラバラ。レーヴァテインにも相当負荷が掛かってたみたいだねー、現場は全く見れなかったけど、なんとなく分かるよ。……絶唱、使ったんでしょ」

 

「……ん」

 

 隠す理由もないので素直に頷く、顔で促す唯に私はあの会場で起こった一部始終を話した。

 

「そっか、私がいない間にそんなことが……」

 

 くるくるとペンを回しながら考え込むような動作をする唯。けれどそれも一瞬の事で、軽快に椅子から立ち上がると、そのペンでコツンと私の頭を小突く

 

「いたっ」

 

「日頃無茶させてる私が言うのもなんだけど、あんまり無理しないでよ」

 

「……ん」

 

 どの口が、と思ったけれど、心配掛けたのは事実、ここは大人しく頷いておいた。

 

「そういえば、唯」

 

「うーん?」

 

「二課の人とかは、来てないの?」

 

「どうして?」

 

「いや……奏に顔を見られたから、てっきりそこからバレてると……」

 

「あー……なるほどね、丁度良いし、舞歌が寝てた間の事、少し整理しようか」

 

 どうやら私が眠っていた1日で動きがあった様だ、椅子に座り直した唯はペンを指揮棒のように振りながら喋り始める。

 

「まずは今舞歌が言った事だけど……現状、私達の素性がバレた様子は見受けられません」

 

「どうして?」

 

「これは二課のデータベースにちょちょいっと侵入してわかった事なんだけど、奏さんはあのライブの後、目を覚ましていないようなの」

 

「そんな……!」

 

 絶唱のエネルギーを利用した治癒により、確かにあの時、奏は目前の死から生を取り返した筈だった、見えていなかった視界も回復していたし、心臓も確かに動いていたのに。

 

「かと言って死亡した訳でもなく、意識不明状態のようだね……現状、命に別状はない様子だから、そこは安心していいと思う」

 

 あそこの医療設備は下手な病院よりハイレベルだしね、と付け加えられた言葉に、ふっと胸を撫で下ろした。意識が戻らないのは不安だけど、それでも生きていてくれて良かった。

 

「……全く、随分奏さんに懐いちゃってまぁ。

さて、次に行こうか」

 

 切り替えるように唯が声を張る。椅子から立ち上がってテーブルにあるなにかを手に取ると、ん、とそれを私に差し出した。新聞のようだ。受け取ってバサリと広げてみると、1面にでかでかと写し出されているドームが目に入った。

 

「ツヴァイウィングのライブにノイズ襲撃、か。死者、行方不明者併せてざっと1万人……」

 

「今後もっと増えていくだろうけど……ね」

 

「……あの子は、響ちゃんは、生き延びることは出来たのかな」

 

「現時点でリストアップされている被害者の中に、立花響って名前は無かったよ。あくまで今の所はだけど」

 

「まだ、わからないか。生きていると信じたいけど……」

 

「それなりの重要人物ならいくらでも生死を掴む術はあるんだけど、さすがにまるっきりの一般人じゃ私でもね……さて、世間一般の認識するライブ会場での事故は、粗方把握したかな?」

 

 会話をしながら読み取った新聞の情報で大体を把握して、唯の言葉に頷く。よろしい、と言って、唯は再び椅子に腰掛けた。

 

「それじゃあ、ここからは表には決して出てこない、あのライブに隠された裏のお話」

 

「裏のお話……」

 

「そ。それには、私が追う影もがっつりみっちり関わっちゃってるって事」

 

 そう言ってキーボードを軽快に叩き、パチリと音を立ててエンターキーを押す。そうするとモニターの画面が切り替わり、中央に文字が表示された。

 

 

【Project:N】と……

 

 

 

 

――

 

 

 

 

「まさか、絶唱を使って天羽奏を救うとは……レーヴァテインとその装者、思っていたよりもずっとやり手のようね」

 

「……レーヴァテイン?」

 

「そうよ、北欧神話にある武器の一つ……剣であったり炎であったり、他の武器と同一視されていたり、謎の多い存在ではあるのだけれど」

 

「……あんたなら、わかるんじゃないのか?」

 

「フフ……さて、ね。

ともかく、先日に私を覗き見しようとした不埒者と同一か、若しくは関係者か……どちらにせよ、計画を進める上で無視出来ない存在ではあるわ」

 

「あんたの計画……」

 

「前に言った通り、あなたの夢にも繋がることよ、叶えたければ……」

 

「あんたの手足になれっていうんだろう?……それで望みが叶うなら、あたしはそれでいい」

 

「いいわ……忠実な子は好きよ」

 

「……ッ」

 

「痛みだけが人の心を絆と結ぶ……仲良くやっていきましょう?クリス……」

 

「……」

 

 

 

 

――

 

 

 

 

「…………」

 

 目が覚める。規則正しく流れる音、眩しい光、ぼーっと働かない頭が状況の把握を遅らせる。

すぐ近くには手術着を纏った人間が二人、何かをしている。鼻と口を覆うように何かが付けられていて、身動きは取れそうにも無かった。

 

「……ぅ……」

 

 声も上手く出ない。自分は何故こんな事になっているんだろう。混乱した頭はやがて落ち着き、意識を失う前の記憶が蘇ってくる。

 

――死なないで。

 

――生きるのを諦めるな。

 

……あぁ、そうだ。私は、あの時。

 

「……生き、てる……」

 

 また意識が途絶えそうになる、起きようにも起きれない、それならいっそ眠ってしまおうと目を瞑る。きっと私は途轍もない怪我をしたのだろう。それでも今、こうやって息をしている、命を放さないでいる。

 

(あぁ、私は幸せ者だ……未来……会いたいなぁ……)

 

 次に目が覚めたら、一番に視界に入るのがきっと涙目の親友なんだろうな。そう思いながら、また意識を手放した。

 

 

 

 

――

 

 

 

 

「……さて、大体の現状把握も済んだところで、これから私達が取る行動だけれども」

 

「これから?」

 

「そ、これから。ここで引き下がったら今までやってきたことの意味がないでしょ?舞歌にはまだまだ付き合ってもらうよ」

 

「……わかった」

 

「よろしい。とは言え、私達は学生だからね。あくまで生活の基準は学校、そこはしっかり一般学生やるとして……ね、舞歌」

 

「うん?」

 

「学生には勿論、ながーいお休み期間があるよね」

 

「冬休みとか、夏休みとか?」

 

「正解。冬休みはもう過ぎちゃったから……夏休み!」

 

「夏休み」

 

「ちょーっと、お出かけしない?」

 

「いいけど、どこに?」

 

「ふふん、それはなんと、海外!」

 

「海外?」

 

「アメリカ!!!」

 

「アメ……は、えっ?」

 

 

 

 

――舞台は2年後へ。




なんだかすっっっっっごい時間が掛かったきがするけどこれにて過去編終了となります(5年)

これは1期終わるころには次の次のオリンピック終わってそうだな?
持ってくれオラのやる気……


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第一期──
覚醒の鼓動


――空を見上げる。立ち上る橙色の閃光は一瞬だけその姿を見せて、何も無かったように掻き消える。普通の人が見れば目の錯覚だと疑うような、本当に一瞬の、眩い光。

 

「……あの、光」

 

 人気の無い路地からその光を見上げた人影は、複雑そうな表情を浮かべて、胸のペンダントに手を伸ばす。

 

「アウフヴァッヘン波形……そっかぁ……」

 

 胸のペンダント……ギアペンダントはその橙色の光に呼応するようにキラリと光を反射する。人影はそれをみてふふと苦笑いを浮かべると、光が見えた方向へゆっくりと歩き出した。

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 まるで、夢を見ているようだ。と風鳴翼は心中で呟いた。ノイズの襲来、ここ最近になって更に頻度が増しているそれは、悪い意味での日常と化しつつあった。しかし、出撃しようとした矢先に現れたアウフヴァッヘン波形、ありえないタイミングでのそれに加え、照合されたパターンはそれ以上にありえない聖遺物。

 

「ガング、ニール……」

 

 それは、2年前の惨劇で命を燃やした相棒が纏っていたシンフォギア。彼女以外にガングニールを扱う……と言うよりも、現状シンフォギアの装者は風鳴翼、そしてあのライブ以来ぱったりと姿を見せなくなってしまったレーヴァテインの装者しかいないのだ。

 そんな状況で現れたガングニールのシンフォギア反応。叔父であり、自身がその身を置く二課の総司令を務める風鳴弦十郎の指示を受け、翼は逸る気持ちを抑えて現場に急行することになった。

 既にシンフォギアを纏っている翼は、現在走っている工場地帯の中でも一際高い建物の屋上を蹴って飛び上がる。その眼下には、少女を抱えて走る姿。

 

「形状は少し違う、けれど……」

 

『どうだ、翼?』

 

「……私には、あれがガングニール以外のシンフォギアには見えません」

 

『やっぱりか……まずは、わかっているな?』

 

「はい」

 

 弦十郎の指示に短く応答を返して、自身のアームドギアである剣を展開、それを横薙ぎに振るうと、合わせるように大量の小剣を具現化させる。

 

「そこのあなたッ!!」

 

『うぇッ!?急に声が!?』

 

「そのまま真っ直ぐ、一直線に走りなさい!左右に動かないように!」

 

『は、はいッ!』

 

 一方的に通信回線を開き、呼び掛ける。対象は随分と困惑した様子を見せたが、力のある翼の言葉に従って走り続ける。翼はガングニールの装者の進行コースを避けるように、展開した小剣を一気に投下した。

 

──千ノ落涙

 

 放たれた小剣は的確にガングニールを追うノイズを貫いていく、それを尻目に翼は空中で姿勢を整え、ノイズに立ちふさがるように着地、手に持つ剣を巨大化させる

 

「一気に殲滅させる!」

 

──蒼ノ一閃

 

 巨大化させた剣を横薙ぎに構え、全力で振るう。それに合わせるように剣から巨大な斬撃が放たれ、追い縋るノイズ達を一気に両断していく。

 たった2発の技で大半のノイズを炭に変えた翼は、油断すること無く巨大化させた剣を通常のサイズに戻し、残ったノイズへと翔ける。そのまま培った剣技を存分に活かし、ノイズに反撃の糸口を与える事なく蹂躙していった。

 

「……すごい」

 

 安全圏まで走り抜け、抱えていた少女を降ろしたガングニールの装者は、たった一人で大量のノイズを殲滅していく翼をただ眺めている。その脳裏には、2年前のあの時の姿が重なって見えていた。

 

「やっぱり、翼さんは、ツヴァイウィングは……あれは、夢なんかじゃなかった……」

 

 

 

 

――

 

 

 

 

「……翼さん、凄いね。あの時からもっと強くなってる」

 

 翼が戦闘を行っている区域の直ぐ側にある建物の屋上に立つ人影は、洗練された動きを見せる翼に感嘆するように溜息を吐いた。シンフォギアを強引に振り回すのではなく、自身の特性を活かし、ある時は力強く、ある時は流れるように素早く、ノイズを斬っては貫く。2年前とは見違える様だと感じる。

 

「それと……」

 

 呟いて人影は視線を移す、その先にはガングニールのシンフォギアを身に纏い、少女を守るように立っている女の子の姿。

 

「ガングニールのシンフォギア……か、何の因果なんだろうね、奏……」

 

 

 

 

――

 

 

 

 

「これで、最後ッ!」

 

 一閃、光の軌跡さえ見えてきそうな太刀筋で最後のノイズを切り裂いた翼は、後続のノイズが現れないことを確認すると、アームドギアを収納、そのままシンフォギアも解除した。

 軽く息を吐いて振り返ると、大人しく立っているガングニールのシンフォギア装者と、それに守られていた少女。歩き出そうとした刹那、一瞬の静寂に包まれていた現場を裂くように車のエンジン音が響いた。

 

「え?うわわッ!」

 

 数台の車両は三人を囲むように停車すると、中からは黒いスーツを着た人間と、作業着を着た人間がぞろぞろと降りてくる。それらは他には目もくれずに、現場の検証を始めていた。

 

「なんなのぉ……一体……」

 

 困惑する様子を隠さないガングニールの装者に、翼は歩み寄る。彼女は歩いてくる翼に気づいたのか、あ、と声を漏らした。

 

「怪我は無い?」

 

「あ、……は、はい。私もこの子も全然、ダイジョブです」

 

「そう、良かった……色々聞きたいことは、まぁ……こちらにもあるし、そちらにもあるのだろうけど……まずは、この子の命を守ってくれてありがとう、あなたのおかげで、命が救われたわ」

 

「そんな、私は……ただ、なんとかしなきゃって思って、夢中で……それに、私には託された言葉と、想いがありますから!」

 

「言葉と、想い……」

 

「生きるのを、諦めるな」

 

「……ッ!」

 

 ガングニールの装者から飛び出した言葉、それは忘れることは決して無い、あの惨劇。その最中に、相棒が死にかけの少女に放った言葉……

 

「私、立花響って言います!……実は、翼さんに助けられるのは、これで二度目なんです!」




1期、始まります(大分端折った模様


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再び舞う炎

実はもうちょっと早く、かつ内容ももっと多く投稿する予定だったんですが、ちょっとした事情で体調を崩していたためまたもや短めの投稿になってしまいました。



熱中症には気を付けましょう!(白目


『聞こえる?』

 

 一部始終を覗き見していた人影の耳に、鮮明な声が響く。2年に渡り使い続けている古株の通信機だと言うのに、その音質には一切の劣化が無い。目線は未だに作業を続ける二課の人間から離さずに、そっと耳に手を当てる。

 

「感度良好、何時も通りの高音質」

 

『それは重畳。さて……どうだった?舞歌』

 

「……新しいガングニールの装者が現れた」

 

『ガングニールの!?うそ、あの人以外にガングニールを持ってる人がいたの!?』

 

「その割には、様子がおかしいみたいだけど……あ、手錠掛けられてる」

 

『手錠?』

 

「翼さんと黒スーツの人となにか話して……車に乗ったね」

 

『車?』

 

「あ、そのまま連れて行かれた」

 

『えぇ……』

 

 舞歌の簡素な報告に通信の相手である唯が困惑気味に呟く。状況が状況ではあるが、知らない人が見れば誘拐か何かと勘違いしそうな光景だ。最も、送られる先の予想が付いている舞歌に慌てる様子は無い。

 

「一通り見ていたけど、彼女は今初めてシンフォギアを纏ったみたい。戦う……というよりは、訳も分からず逃げまくってた、って感じだった」

 

『ノイズが現れた現場で初めてシンフォギアを纏って、訳も分からず逃げる……どういうこと?』

 

「さぁ。でも、あの子の事は知ってる」

 

 思い起こされるのは2年前、あの時救急隊員に預けて、今の今に至るまでその生死を確認出来なかった少女。

 

「立花響……あの子が、新しいガングニールの担い手……」

 

『立花響って……あの時の!』

 

「生きていてくれたのは嬉しいけれど……こんな形で知ることになるとは思わなかった」

 

『本当にね、よし。それじゃ舞歌、今日のやることはおしまい。例の女の子に狙われてないかだけ確認して、寮に戻ってきてね!』

 

「了解」

 

 

 

 

――

 

 

 

 

「……はい、例の装者を確保しました。今はそちらに向かっています」

 

『わかった。こちらでも受け入れ態勢を整えておく。聞きたい事、聞かなければならない事は幾らでもあるが……通信越しよりは直接顔を合わせてからの方が良いだろう。どれ位掛かる?』

 

「そうですね、30分程でそちらに到着すると思います」

 

『よし、では緒川、こちらに到着するまでは任せたぞ』

 

「はい、では……」

 

 司令部に構える弦十郎と会話を終えた緒川は通信を切る。バックミラー越しに後ろを見ると、緊張した面持ちの響と、こちらも何時もよりは少し気を張っているような面持ちの翼が座っている。

 

「今……どこに向かっているんですか?」

 

「まだお教えすることは出来ません。あぁでも、立花さんも知っている場所ではありますよ」

 

「知っている場所?どこだろう……」

 

「ふふ、楽しみに……いえ、あんまり楽しみには出来ない状況ですよね……」

 

「あ、あはは……」

 

 苦笑いを浮かべる響、その両腕には手錠が掛けられていた、それも通常のでは無く、大きくて頑丈な物。

 

「こういうのって、凶悪犯とかが付けてるやつじゃ……」

 

「すみません、一応規則なので。もう少しだけ我慢してください」

 

「はぁーい……」

 

 そんな響と緒川の会話を聞く翼は、顔には出さず、けれども困惑が胸中を占めていた。

 

(見た目も普通、動き方や喋りも一般人そのもの……どうしてこの娘にシンフォギアが?

あのライブ会場にいたから?まさか、それなら今頃装者が溢れている筈……しかも、よりにもよってガングニール……)

 

「……翼、さん?」

 

「ッ、何かしら」

 

「あ、いえ……ずっとこっちを見てたので、その……」

 

「ッあ、あぁ……ごめんなさい、なんでもないの」

 

(いけない、戦闘後とは言え、つい考えにかまけて気が緩んでしまった。二課に付くまでは気を引き締めないと。それに、疑問の答えは遠くない内に分かる筈……)

 

 

 

 

――

 

 

 

 

「……うーん」

 

 これは困ってしまった、と舞歌は頭を掻いた。

 前方、ノイズ

 右方、ノイズ

 左方、ノイズ

 後方、壁&ノイズ

 

「囲まれてしまった……」

 

 響ちゃんが二課に連行されていく現場を後にして、そのまま寄り道せずに寮に戻る予定だった……しかし、不意に前方に現れたノイズを皮切りに、我も我もと流れるように出現するノイズ達。

 

「意図的?それとも、野良ノイズ……?」

 

 首を傾げて見ても、見た目的にその判断は全くつかないのがノイズであり。取り敢えず、唯に通信を……

 

「唯、ノイズが……唯?」

 

 耳元の通信機をトントンと叩いても、帰ってくる音は無い。不調?今までずっと使っててこんな事一度も……

 想定外の不調に顔を顰めるが、それで状況が変わるわけも無く。ノイズはじりじりと距離を詰め、包囲網は狭まっていく。

 このままではどうしようも無いと考えた舞歌は、気を落ち着かせるように深呼吸をして、服の中に隠しておいたそれを取り出した。

 

「行くよ、レーヴァテイン」

 

 舞歌の呼びかけに反応するように、手のギアペンダントが夜の光を反射してキラリと光を見せた。それを見た舞歌がクスリと笑みを浮かべ、ペンダントを握り締めた。

 

――Inyurays laevateinn tron……

 

 透き通るような聖詠、呼応したギアペンダントが眩い光を放つ。光はそのまま舞歌を包み……それが晴れた時には、レーヴァテインのシンフォギアを纏った舞歌の姿があった。

 その姿は2年前とほぼ変わらず。しかし、顔を覆い隠していた仮面は無くなり、代わりに目元を隠すように黒い色のバイザーが展開されるように変更されていた。

 何度か右手を握っては開き感触を確かめた舞歌は、そのまま右手を開き、前に突き出す。いつものようにその手の前にアームドギアが展開され、それを握り、左から右へ、空気を斬るように振り下ろす。問題なく展開されたアームドギアは、手慣れた感触を舞歌に返した。

 舞歌は前方のノイズをバイザー越しに睨み付ける。これで全ての準備は整った。

 

「余計なモノを呼び寄せる前に……速攻で片を付ける!」



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鞭と剣

「ン……なんだぁ?こんな時間にどこでドンパチしてやがる。

どこぞの不良だか知らんが……いや、もしかしたら……仕方ねぇ、行ってみるとすっか」

 

 

──

 

 

──焔ノ一閃

 

 ごう、と燃え盛った炎の斬撃がノイズを貫き、その身を炭に変える。息つく暇もなく、振り向きながら一閃。背後に迫っていた3体のノイズを真っ二つに斬り裂く。そしてそのまま正面のノイズに向けて走る。ノイズは当然のように両手のような触覚を伸ばして迎撃してくるが、舞歌はそれを屈んで回避。同時に下から触覚を斬り飛ばし、動きを止めること無くノイズの前面に躍り出ると、走った速度をそのまま生かした蹴りをノイズの腹に叩き込む。炭化するそれを確認する余裕すら惜しいと言わんばかりに、その場で地を蹴り飛翔。再び刀身を巨大化、炎を宿らせ『焔ノ一閃』を放つ。直撃し燃え上がるノイズを尻目に、空中で姿勢を整え高台に着地した。

 眼下に広がるノイズ、その総数は戦闘開始時と比較すると3分の1程だろうか。中々な数を相手に立ち回った舞歌は体に溜まった空気を入れ替えるように深呼吸をした。

 

「唯、唯……駄目、か」

 

 機能を停止している通信機は未だに何の音沙汰も無く、連絡を取ることは出来そうに無い。結局の所、このノイズ達を殲滅するしか道が無いと改めて認識した舞歌は、気合を入れ直す様にもう一度深呼吸し、ギアを構える。

 そして、残りを斬る為に飛び降りようとした瞬間……

 

「遂に見付けたぜ、コソコソと嗅ぎ回る鼠野郎!」

 

「ッ!?」

 

 唐突な第三者の声、弾かれた様にそれの出処を見上げる。そこには銀色の鎧の様な物を纏った人の姿。声からして少女だ、と舞歌が認識するのと同時に、その少女は空中へ飛び上がる。肩から伸びている鞭の様な形状の武装を振りかぶると、その先端から巨大な光球が生み出された。

 

「まずはゴミ掃除だ!そらよォッ!」

 

 少女が叫ぶと共に光球を振り下ろす。放たれたそれは地上に残ったノイズ達の中心に落下し、着弾と同時に大爆発を起こした。

 

「……ッ、なんて威力」

 

 高台にいた舞歌にまで届く強い爆風。その破壊力にノイズ程度ではひとたまりも無く、今の今までノイズが跋扈していたその場所は、クレーターの様に抉れた地面が残るのみとなっていた。

 ノイズは居なくなった。しかし、それより何倍も厄介なものを引き付けてしまった様だ。

 

「レーヴァテインの装者……随分探したぜ」

 

「私を……?」

 

 楽しげに少女は言い放つと、舞歌の立つ高台に向かって飛び降りてくる。警戒心を隠さない舞歌に向かい合う様に少女は立つと、不敵に笑みを浮かべて見せた。

 同じ場所に立った事で、少女の姿がより鮮明に把握できる。鱗の様な形状の鎧、肩から伸びる鎖の様な鞭。そして先程の高威力の攻撃。

 

(唯に教えられた事と一致する、それじゃ、まさかこれが……)

 

「……ネフシュタン」

 

「ほーう?この鎧の事知ってんのか。って事は、勿論出自も把握済みって所か?」

 

「当然……その場に私もいたのだから」

 

「ハッ、そういやそうだったか……ま、そんなのはどうでもいいんだ。

レーヴァテイン……てめぇに用がある。大人しくあたしと一緒に来てもらおうか?」

 

 ネフシュタンの少女が手を伸ばす、その手を取れば手荒な真似はしないと言う意思表示なのだろう、つまり、その手を跳ね除ければ……

 舞歌は伸ばされた手を一瞥し、深く息を吐くと手に持つアームドギア、その刀身を真っ直ぐに突き付けた。

 明確な拒絶、そう受け取った少女は、伸ばした手を握り締め、獰猛な笑みを見せる。

 

「そうだよなァ、大人しく付いてこられちゃあこっちも興醒めだ。

それじゃあわかりやすく……ブッ倒して引っ張ってくとするかァッ!!」

 

「ッ……!」

 

 気炎を揚げながら、少女が鞭を振るう。一直線に伸びるそれを左にステップして回避、アームドギアの刀身に炎を宿らせ、それを斬撃として放つ

 

──焔ノ一閃

 

 迫る斬撃に少女はもう片方の鞭を横に構えると、迎撃するようにそれを薙ぐ。衝突した斬撃は鞭の威力に屈しその軌道を真横に弾かれ、あらぬ方向へと着弾する。それならば、と舞歌は距離を詰めようと走り出す。瞬く間にアームドギアの攻撃範囲まで距離を縮めると、再び刀身に炎を宿らせる。宿った炎は先程の様に飛ぶ斬撃として放たれることは無く、そのまま少女に向かって放たれる

 

──火閃一刀

 

 当たれば唯では済まない炎の斬撃。命中したように見えたそれは、引き戻された鞭によって少女の体に届く直前で防がれていた。防がれた刀身を素早く引き、再び斬撃。それも同じ様に鞭で防がれる。

 

(読まれている……それに、あの鞭。攻防一体とは厄介な……ッ!)

 

 次の手を考える間も無く少女の反撃が飛ぶ。振るわれた鞭はアームドギアを上へ強く弾く。当然舞歌の腕も上がり、上半身、その右側はがら空き。それを逃さないと鞭が迫る。大人しく食らうつもりは毛頭無い舞歌は、咄嗟に身を屈めて横薙ぎの鞭をやり過ごす。

 

「ッハァ!!」

 

 しかし、少女はそれを待っていたかのように屈んだ舞歌に向かっての蹴撃。迫る足に舞歌は回避は間に合いそうも無いと判断すると、その蹴撃を空いた掌でガシリと受け止めた。予想外の対応に驚く少女の隙を逃すまいと、地を蹴った舞歌は返すように少女に向かって蹴撃を放つ。少女は咄嗟に腕を出して蹴りを受け止めるが、それを予想していた舞歌はその体勢のまま唐竹割りの様にアームドギアを振り下ろした。

 

「ッく……そがぁッ!!」

 

 振り下ろされたアームドギアを頭に受ける直前に空いた腕でなんとか防いだ少女は、がむしゃらに腕を振って舞歌の足と剣を振り払う。振り払われた舞歌は数メートル程離れた所に足を付けた。

 

(鎧の防御力と鞭の威力もそうだけど、彼女自身のバトルセンスも相当高い……やっぱり、生半可な相手じゃないか……)

 

「ギアの力に振り回されるペーペーかと思いきや、存外やりやがる……なら、これでどうだ!!」

 

 叫びながら少女が取り出したのは不思議な形状をした杖のようなもの。それを掲げると、杖の先から光線のようなものが放たれる。身構えた舞歌だが、光線自体は適当な地面に着弾。しかし、そこから予想外の物が現れた。

 

「……ノイズ!?」

 

 本来、自然現象的に発生するのがノイズの習性。しかし、このノイズは明らかにあの杖によって呼び出された存在。舞歌は以前に唯に聞かされていた話を思い出す。

 曰く、ノイズを自在に呼び出す聖遺物が存在していて、米国政府に保管されていたそれを譲渡された何者かがいる。

 

「そうか、ソロモンの杖……!」

 

「コイツの事も知ってるのか、物知りな奴だ」

 

「既に起動しているとまでは、知らなかったけど」

 

「こいつを使った以上、もう時間は掛けねぇ。あたしも全力で相手をしてやる。

行きな、塵芥共!」

 

 形様々なノイズが少女の声に反応し、舞歌に向けて進軍を開始する。数は多くても所詮はノイズ、と普段なら高を括る事も出来たが、今はそんな余裕も無い。見れば既に光球を生み出して今にも投げ飛ばそうとしている少女の姿がある。

 

「どう考えても状況は悪いけれど、なんとかするしかないか」

 

 未だ通信は繋がらず、少女の戦闘力から考えるに逃げることも厳しいだろう。ノイズがいるなら尚更。それでも、潔くやられるつもりだけは毛頭無かった。

 

(戻ってきてね、って言われたからね)

 

「……さぁ、もう少し頑張ろう。レーヴァテイン」

 

 呟くような舞歌の言葉に、レーヴァテインが誰にも気付かれないような一瞬だけ、薄く赤い光を灯していた。

 

 

 

 

 

──

 

 

 

 

 

 どうせ大したことは無いと、この完全聖遺物の手にかかればあっという間に片は付くと、そう思っていた。

 慢心と言われればそうだろう。しかし、そう思うのも無理は無いほどの力がこのネフシュタンにはあった。過信でも何でも無く、自分は戦いに長ける能力があると自覚していた。それが好ましいかはともかくとして。

 

(なのに、何でだ!?)

 

 初手の打ち合いは完全に互角だった、無論こちらは全力ではなかったけれど、それは相手もそうだったかもしれない。たらればの話をすればキリがないが、圧倒するつもりで挑んだ結果があれだったのは事実。

 ならば、とソロモンの杖を持ち出し、自身も油断を捨てて全力で望むことした。ノイズを召喚してしまった以上、特機部二に察知されるのは時間の問題だからだ。

 それがどうだ、あの装者はまだ健在じゃないか。

 ノイズを利用しての攻めは効果を発揮し、着実にレーヴァテインを追い詰めつつあった。

 そう、追い詰めつつあるという程度に落ち着いてしまってるのだ。

 こちらは無傷、相手は確実にダメージを負ってきている、今だって、振るった鞭がノイズ諸共レーヴァテインの横腹を薙ぎ、吹っ飛んだ先で壁に激突していた。

 

(いい加減にこれで……)

 

 それでも、レーヴァテインの装者は倒れる事はなく、ギアを支えにではあるが立ち上がってみせる。

 

(ウソだろ!?今のは完全に入ってたじゃねぇか!!)

 

「くッ……まだ立ち上がるってのか!?戦力差は明らか、お前はもうボロボロだ!なのに……」

 

「敵の……心配、してくれるの?」

 

「な……」

 

「ふふ……意外と、優しいんだね」

 

「はァッ!?」

 

 顔が赤くなるのを感じる。それは明らかに羞恥からで、そしてそんな反応を返すということは少なからずそんな意思が自分の中に芽生えていたという証拠でもあって。

 

「まぁ確かに、このまま倒れればこれ以上傷付くことは今の所は無いかもしれない」

 

 世迷言を、と断じようと開いた口は、レーヴァテインの装者が静かに語り始めた言葉に行き場を無くすように閉じられる。

 

「それでも、何だろうね……戻ってこい、と言われたからなのか……

いや、違う、なんとなくだけどそうじゃないような気がする」

 

「あァ?」

 

「上手く言葉に出来ないけど……私の中の何かが、負けるなと言っている気がするんだ。

だから、私はここで倒れるわけにはいかない。あなたを突破して、あの子の所へ帰らないといけない」

 

「訳の分からねー事を言いやがる!いいさ、そんなにぶっ飛ばされてぇなら存分に……」

 

『クリス』

 

「ッ!?」

 

 激高しながら振り上げた鞭は、突然脳内に響いた声にピタリと静止する。怪訝に首を傾げたレーヴァテインの装者を尻目に、唐突な念話の主に声を荒らげた。

 

『何だよ!今忙しいんだ、あんたの言ってた装者を追い詰めてる所なんだぞ!?』

 

『熱くなってるのね、珍しい事。

けど残念、時間切れよ。風鳴翼がそちらに向かっているわ』

 

『……!クソ、時間をかけ過ぎちまったか!』

 

『接敵までそう時間は無い。レーヴァテインの装者は惜しいけれど……ネフシュタンを見せるのはまだ早いわ。

今は大人しく退きなさい、いいわね?』

 

『……ああ、わかったよ。だいぶ頭も冷えた』

 

『いい子ね、それじゃ』

 

 聞こえなくなった声から念話が切れた事を確認すると、身体に滾ってていた熱を吐き出すかの様に大きな溜息をついて、両手の鞭を収める。

 

「時間切れだとよ、運が良かったな」

 

「時間切れ……?」

 

「次は逃さねぇ、首でも洗って待ってなよ。アウトローの装者さんよ」

 

 そう言い残すと、少女はふわりと宙に浮き、そのまま空を飛び撤退していった。その姿が見えなくなったのを確認して、舞歌は堪えきれないといった様に尻餅を付く。

 

「はぁ……助かった、って事なのかな」

 

『……か、舞歌、聞こえる?』

 

「唯?」

 

『ああ、良かった。急に通信できなくなっちゃって……取り敢えず、至急そこから離れられる?

状況はよくわからないけど、翼さんがそっちに向かってるみたい。すぐ動かないと接触しちゃう』

 

「翼さんが……ま、これだけ暴れればそりゃ見つかるか……」

 

『暴れる?やっぱり何かあったんだね』

 

「ま、その話は後で……」

 

『おっけー、取り敢えず安全圏まで距離を離したら知らせるから、そこからはギアを解除して帰ってきてね』

 

「了解……」

 

 ギアを支えにして再び立ち上がる。出血もあるし身体の節々も悲鳴を上げているが、この場から離れる程度はなんとかなりそうだ。そう判断すると、必要なくなったアームドギアを収納し、現場を離れるために走り出した。

 

 

 

 

──

 

 

 

 

 舞歌がその場を後にしてから数分後、戦闘の爪痕が残るその場に翼がギアを纏った姿で到着する。確認するように周囲を見回すが、そこに人の姿は既に無く、どうやら一手遅かった様だと判断した。

 

「……司令、現場に到着しました」

 

『そうか、状況はどうだ?』

 

「やはり何者かが戦闘を行っていたようです、ノイズが炭化したと思われる炭と……地面にクレーターの様な爆発痕が。壁には斬撃で付いたような傷もあります」

 

『うむ……ただの人間が生み出せる状態では無さそうだな』

 

「やはりシンフォギアの装者でしょうか?」

 

『アウフヴァッヘン波形を感知出来なかったのが不思議ではあるが、そうと思う他あるまい』

 

 通信をしながら翼は、何気なく壁に付いた斬撃痕に触れる。

 

「……温かい?熱を……まさか」

 

『どうした、翼?』

 

「レーヴァテイン……」

 

『レーヴァテイン……だと?』

 

「可能性はあります。シンフォギアとして稼働していて、今も所在がわからないのはアレだけですし……」

 

『2年もの間姿を見せなかったレーヴァテイン……この国から離れたかとも思っていたが……状況は把握できた。後の処理はこちらでやっておく。とんぼ返りで悪いが、翼はこちらに帰還してくれ』

 

「了解。これより帰還します」

 

 

 

──

 

 

 

『……で、結果は』

 

「兆しアリ、って所?二年前に一時的に活性化してからは鳴りを潜めていたけれど、今回の一戦でまた反応を見せたみたい」

 

『ほう……となると、第一種適合者との接触が鍵か?』

 

「それもあるけれど……一番大きなファクターはやはり装者本人であると推測するよ。

二年前の活性化も、風鳴翼よりは天羽奏との接触が大きく作用したようだし」

 

『なるほどな、担い手の意志に呼応する……腐ってもシンフォギアということか。

しかし、あまり悠長にもやっていられん。事を起こすにはまだまだと言った所だが……何年も待てるものでもない、覚醒の兆し程度で終わってもらっては困る』

 

「そこら辺はあまり心配していないよ。ネフシュタンの鎧に新たなガングニール、二年の時を経て再び姿を見せたレーヴァテイン……何かが起きるには十分すぎるほど、状況が動き始めている」

 

『運頼みなのが気に入らんがな。より盤石に事を運ぶためにこちらから手出しはできん、しくじるなよ』

 

「わかってる、そっちはそっち、こっちはこっちでね」




翼さんあっちいったりこっちいったり忙しそう……一体誰がこんな重労働を……


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再会

響ちゃんの誕生日となれば彼女がメインのお話をする他あるまいと思い、割と突貫で書き殴りました

いえーい!響ちゃんはぴばー!


「……ん……」

 

 身体が重い、と言うより痛い。ついでに瞼も重い。意識だけがふわふわと浮いている様な感覚、これは、眠りから覚めた時によく起きる感覚だ。

 

「おーい、朝だよー」

 

 声がする、うるさい。

 

「起こしてって言ったの舞歌でしょー」

 

 確かに昨日、疲れ果てて帰ってきてあの時の事を話した後、シャワーだけ浴びて倒れ込むように眠った気がする。その時に明日起こしてほしいと言った気もする。でも仕方ない、頭が勝手に起きるのを拒否しているから、そう、仕方ない。

 

「んぅ……」

 

「はーん、そうですかまだ頭が起きてないみたいですねー

私としても心苦しいけどーこれ以上寝られると遅刻しちゃうから仕方ないねー、そう、仕方ない!」

 

 唯が何か言っている気がする、眠っているから聞き取れない、聞こえてないから仕方ない、仕方な

 

「そぉい!!!」

 

スパァン!!

 

 

──

 

 

「……痛かった」

 

「朝も言ったけど、起こしてって言ったのは舞歌でしょ。

ま、昨日が昨日だから寝てたい気持ちも分かるけど……私達学生だからね

、お昼まで寝まくるとか毎日したいよねぇ」

 

 寝惚けた頭をハリセンで文字通り叩き起こされた舞歌は、叩かれた頭を触りながら廊下を歩く。その隣には唯の姿があった。

 時間は午前の授業を終え、昼休みに入った所。二人は昼食を取るために、学生達がわいわいと騒ぐ廊下を歩く。

 

「結局睡眠不足で居眠りしちゃったけど」

 

「思いっきり怒られてたね、天海さぁん!!って」

 

「むぅ……」

 

「走らないでって、危ないよ!」

 

「だいじょーぶだって、未来は心配性だなー!」

 

 くすくすと笑う唯に不満げな顔をしながら歩き続けていると、案じるような声と、やんちゃ坊主のような快活な声が聞こえた。

 

「1年生かな?元気だねぇ」

 

「そうだね」

 

「いやー私も小学の頃はアレくらい……あ、舞歌、危ない!」

 

「え?」

 

 唯が指さした方向を見る、そこには目前まで迫った女の子の姿。

 

「うわわわわ!」

 

「ちょッ……!?」

 

 こっちは思わず立ち止まってしまい、向こうは走っていたらしく止まれる訳も無い。今騒いでいたのはこの娘か、と舞歌が思い立ったのと同時に、ごちん!と鈍い音を立てて、二人の頭が激突する。あちゃー、と肩を竦める唯を尻目に、勢いを殺しきれない少女が舞歌を押し倒す形で床に倒れ込んだ。

 

「う、ぇ……痛……」

 

「あ、頭が……あッ、す、すいません!大丈夫ですか!?」

 

「な、なんとか大丈夫……あ」

 

 結構な痛みに堪えながら、自分に跨ったまま慌てて謝る少女に答える。反射的に浮かんだ涙を拭ってその少女の顔を見て、舞歌は呆けたように声を上げた。少女の方も舞歌の顔を見て、一瞬固まった後、その双眼を見開いた。

 

「もしかして、舞歌さん……!?」

 

「響ちゃん……!?」

 

 

 

──

 

 

 

「いやー、まさかこんな所で舞歌さんと唯さんに会えるなんて!今日の私は呪われてない!?」

 

「私達もびっくりしたよ、響ちゃんがリディアンに入学してたなんてね!」

 

「響がすいません……本当に大丈夫ですか?」

 

「うん、もう大丈夫。ありがとう未来ちゃん」

 

 まだ少し赤みが残る額を撫でながら、申し訳なさげに謝る小日向未来と名乗った娘に返す。彼女は目の前で唯とはしゃぐ響の幼馴染のようで、小、中とずっと同じ学校で過ごし、大の付くほどの親友らしい。なんでも彼女がリディアンの入学を目指していると聞いて、響も一緒に行くと即決した程だと言う。

 舞歌は未来と会話を続けながら、昨日の出来事と今の響の様子を見て思案する。

 

(昨日の今日でしっかり登校してるってことは……昨日二課の人達に連れて行かれた後、軽い事情聴取と説明だけで帰された。って所かな、恐らく今日改めて詳しい説明を受けるんだろうね)

 

 あの時、奏のガングニールの破片を胸に受けた響。あの時以降、昨日ガングニールを纏っている姿を見るまで彼女の様体を掴むことは出来なかった。

 

(ガングニールの破片を受けた響ちゃんが、ガングニールのシンフォギアを纏う……それは、まるで)

 

 まるで、力を継承したかのようだ。

 そう考えて、その考えを振り払うように頭を振る。それではまるで、響も装者として戦う運命にいたかのようで、それはなんとも言えないような嫌な感じを舞歌に覚えさせた。

 

「……舞歌さん?」

 

「ん、どうかした?」

 

「いえ、険しい顔してたので……まだ痛いのかな、って」

 

「あ、あぁ。違うよ、ちょっと考え事をね。

ごめんね、喋ってる途中に」

 

「そんな、大丈夫ですよ。響なんて喋ってる途中でも興味持ったものにすぐ向かっちゃったりするし……」

 

 困ったように言う未来だが、口ではそう言っていても表情は嬉しそうに綻ぶ。きっとそういう面も含めて好きなのだろう、と。

 

「あぁ、唯も似たような時があるね、言っても聞かないから正直困る時も……」

 

「なんか、境遇似てますね……」

 

「全く……」

 

「む?何か後ろが辛気臭いね」

 

「んぇ?ほんとだ。未来も舞歌さんもどうしたのー?溜息つくと幸せが逃げるって言うよ!」

 

「そうだよー、笑顔でやってかないとね!」

 

 誰のせいだよ。と出かかった言葉を引っ込めながら、未来と舞歌は同時に溜息を吐いた。

 

 

 

──

 

 

 

「……」

 

「……」

 

「……で、どう思うの?」

 

「うーん……」

 

 放課後。学校を出て寮の部屋に到着し、舞歌は手に持っていたカバンを降ろしながら唯に問う。

 あの後、昼食を二人と共に済ませ、連絡先を交換。それからは至って何時も通りの学校生活を過ごし、今に至る。

 唯が考えているのは、立花響という存在。そして彼女が纏うガングニールの事。

 

「舞歌、もう一度聞くけれど。

奏さんが纏っていたガングニール、ノイズの攻撃を受けて破損したその破片が、響ちゃんの胸に突き刺さった。これは間違いない?」

 

「間違いない」

 

「多量に出血していて、駆け寄った時には気絶してたんだっけ?」

 

「そう、私と奏が呼びかけたら、朦朧としてはいたと思うけど、意識は取り戻してた」

 

「そして舞歌が響ちゃんを抱きかかえて、救急隊の所に預けた……ふーむ」

 

 ライブ会場で起きた事を改めて聞きながら、考え込むように顎に手を当てる。

 暫くの沈黙。舞歌が喉を潤す為に冷蔵庫に入れておいた麦茶をコップに注ぎ、ぐいっと一口。飲み終えた所で唯が「これは仮説だけど」と前置きして話し始めた。

 

「あの時響ちゃんに突き刺さった破片。意識を刈り取って大量出血するほどだから、結構な勢いで刺さったんだよね」

 

「……そうだね、身体が少し吹き飛ぶ位だったから、貫通してないのが不思議な位」

 

「もし、その破片がまだ響ちゃんの中に残っていたとしたら?」

 

「……まさか、それが?」

 

 唯の言わんとしていることは、ここまで説明されれば舞歌にも理解できる。つまり、奏のガングニールの破片が未だに響の体内に残っており。それによって響がガングニールのシンフォギアを纏うに至ったのではないか、という仮説。

 

「でも、それは……」

 

「ま、基本そういうものは手術で取り除かれるのが普通だけど……心臓や重要な血管の付近にまで食い込んだ異物は、取り除けない。もしガングニールの破片がそこまで食い込んでいたとしたら」

 

「確かに、それなら体内に破片が残っているのはわかるけど……ただの破片が、シンフォギアを纏わせるまでの力を持ってるの?」

 

「私もそれが一番の疑問だと思う。こう言ってはなんだけど、奏さんはガングニールとの適合率がそんなに高いとは言えなかった筈。そんな彼女が纏っていたガングニール、更にそのほんの一部分の破片。たったそれだけの物にそこまでの影響力があるのか……でも、現状それ以外に考えられる原因が無いのも事実」

 

 シンフォギアは聖遺物を利用して製作される兵器なのだ。自然的に発生する力では無く、舞歌や唯の様な特別な理由がなければ、ただの一般人が手に入れ、使用できるような物ではない。

 

「勿論二課でもこの事は把握済みだろうし、既に調査を始めていると思う。

でも一応、私達の方でも響ちゃんの動向には気を付けておこう」

 

「響ちゃんがこのまま日常生活に戻るのなら良し。

けど、もし、シンフォギアを使う決断をしたなら……」

 

「何が起こるか、分からない。何も起きないかもしれないし、響ちゃんの生命に影響が及ぶ事になるかもしれない」

 

 立花響の、命。舞歌の脳内に浮かんだのは、響と楽しそうに会話する未来の姿。あれだけ仲が良かったのだ、2年前も未来は随分と気を揉んだだろう。不安な思いもしたはずだ。まだ出会ったばかりの娘ではあったが、そんな想いをまたさせてしまう訳にはいかないだろう。

 

「前途多難だねぇ」

 

「そうだね……」

 

 

 

──

 

 

 

「……私の持つ、この力で……誰かを助けることができるんですよね?」

 

 放課後、昨日のように翼に連れられて二課の本部へと再び招かれた響は、自身が纏ったシンフォギアについての説明を受けた。その上で、司令官の弦十郎から受けた協力要請。

 得体のしれない力、怖いと言われればきっと否定することは出来ない。ここで嫌だと言ってしまっても、この人達は多分、悪いようにはしないのだろう。

 ……それでも、偶然でも手にしたこの力で、誰かを助けることができるのなら、きっとそれは、立花響(ワタシ)が望む事、やりたいことなんだ。

 弦十郎と、自分の身体を調べてくれた了子が頷く。それを見て、響は決断した。

 

「わかりました、これから、よろしくおねがいします!」

 

「やってくれるか……ありがとう!」

 

「じゃあこれからは同僚ね!よろしくね、響ちゃん」

 

「はい!」

 

──

 

「……あ、翼さん」

 

「あら……話は終わったのね」

 

「はい」

 

 協力要請を受諾して暫定的ではあるが、二課の一員となった響。弦十郎と固い握手を交わした後、彼は響に来てほしい場所がある、と言った。その場所へ行くには少し時間が必要らしく、響はその間二課の内部を見学がてらあるきまわっていた。そんな中、休憩スペースのような場所に、翼がいることに気づく。思わず声を上げると、向こうも気付いたようで読んでいた雑誌を閉じた。

 

「……私、戦うことにしました」

 

 響の言葉に、翼の瞳が揺れる。二課が彼女に協力を要請するつもりでいたのは、予め弦十郎から聞いていたし、それに異議を唱えるつもりは無かった。彼女がどのような選択をしたとしても、それを受け入れる程には、自分の心も落ち着いていると思っていた。

 しかし、いざ面と向かって言われると、平静であろうとした心中がざわめき立つのを感じた。

 

(奏のガングニール……私もまだ、引き摺っているのね)

 

「慣れない身ではありますが、頑張ります!

だから……一緒に、戦ってくれればと、思います」

 

 そう言って、差し出される手。それを見て、翼は手を出さなかった。

 

「ぁ……」

 

 手を握ってもらえなかった。受け入れて貰えなかったのだろうか、不安げに目を伏せる響に、翼は深呼吸を一つして、ゆっくりと口を開く。

 

「シンフォギアを纏い戦うということは、その生命を失う可能性もあるということ……いえ、その覚悟は司令と櫻井女史が既に見定めているのでしょう。ならば、それについて言うことはありません。

ただ、分かって欲しいの。言葉だけではなく、実際に見て、感じて、そして考えて。その上でまだその覚悟が揺らがないのなら……」

 

 そこまで言った所で、二つの足音が二人の耳に入る。揃って顔を向けると、そこには神妙な面持ちの弦十郎と了子がいた。

 

「待たせたな、響君。君に……会ってもらいたい人物がいる」

 

「私に?」

 

「ええ、そうよ。その人はあなたにとって、とても重要な人物。

もちろん、あなたの隣にいる翼ちゃんにとっても、ね」

 

「翼さんにとっても……」

 

「翼、お前も来るか」

 

「……はい」

 

 頷いた翼は、響と共に歩き出した。響がそれを見て、何を思うか、何を考えるかを確かめるために。




これで翼さんの激務が多少改善する可能性が……?


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