この自由気ままなヴィランライフに祝福を! (kdkd)
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プロローグ
助けてくれと何度も叫んだ。
暗い暗い部屋の中。饐えたような糞尿の匂いが充満し、俺はその中で血反吐をまき散らして明るい光の漏れる扉に手を伸ばす。
その光の向こうには人影があった。ソイツは下卑た笑顔を浮かべて俺を見下ろしていた。
殺したい。殺したいころしたいころしたいころしたいころしたいころしたいころしたいころしたい…。
何度もつぶやいた。絶望は殺意へ、希望は憤怒へ、俺の構成する全てが目の前にいる屑を、悪を虐殺しろと叫んだ。
男が背を向け、酒臭い匂いを振りまきながら部屋から出て行こうとする。
俺は、立ち上がって、ソイツに向かって手をかざし――――。
―――――――――――――――――
「やあ!君、どうしたのかなっ?」
ある夕方、オールマイトは一人の少年に話しかけた。
公園のベンチだ。夕方と言っても空は既に深い青色に染まり、茜色は地平線の向こうへとその姿を隠そうとしていた。カラスが姿も見せずに鳴いているのが聞こえた。
そんな公園のベンチに、目の前の少年――年にして小学生低学年程だろうか――はたった一人で座っていた。周りを見れば親も友達も兄妹も見えない。そのことが、久しぶりに言い渡された休暇の暇をつぶすためにパトロール中であったオールマイトの目に留まったのだ。
オールマイトに話しかけられた少年は、黒い髪の毛の中に金髪を混じらせたような特徴的な髪を微かに揺らし、ゆっくりとオールマイトを見上げた。
「…誰?」
「やあ、私はオールマイトさ!ずいぶんと暗い顔をしていたけれど、もう大丈夫!何故って?私が来た!」
「オールマイト…?」
「あれ…もしかしてしらない…?」
怪訝な顔を浮かべる少年に、オールマイトは微かに調子を崩された。うぬぼれではないがこれでも平和の象徴、第一位のヒーローとして活躍してきたのだ。オールマイトにとって、相手に知られていないという経験はあまりなかった。
しかし少年は小さく首を横に振った。
「知ってる。オールマイト、でしょ?」
「あ、うん!良かった、知っててくれなかったらいきなり現れてテンション高いまま話しかけてきた怪しいおじさんみたいな感じになっちゃうからね!」
HAHAHAHAHA、と笑うオールマイトを少年は見上げ続けた。
「それで、どうしたの?何か用?」
「いや、少年がこんなところで一人いるもんだから少し気になってね!少年、迷子かい?家まで送ってあげよう!」
「家…?ええ…いや、いいよ」
「でも、もう夜も遅いだろう?」
「…近いし、普通に帰れるよ」
「そうかい…?じゃあ、もうそろそろ帰った方がいい。夜は子どもには危険だからね!」
「…ありがとう」
少年は立ち上がって、オールマイトに腰を曲げて公園から出て行った。オールマイトはそれを見送る。
―――その時だった。
「…救ってくれなかったくせに」
「―――え?」
少年の口から、小さくそんな言葉が漏れたような気がした。
―――――――
「はは…あれが本物のヒーロー…オールマイト…すげえ。あの威圧感。マジで本物だ…」
日が落ち暗くなった街中を歩きながら、俺は小さくつぶやいた。
あれは偶然だったけど、今日オールマイトに会えて本当に良かった。本物のヒーロー。今日本で最も人を救っているはずのヒーロー。
だが、俺は今日本人に会う事で一つの事を確認できた。
俺は知っている。ヒーローにも救えない人々が確かにいるのだという事を。
そして俺は今日知った。オールマイトは本物だ。誰もかれもを救うのだろう。それができる力があるのだろう。
だが、そんなオールマイトですら救われなかった存在がいる。俺が生きているという事が、それを証明する最もたる証明だ。
「誰もかれもが救ってくれないなら、自分で救われるしかないじゃないか…なあ、親父?」
もうこの世にはいない唯一の肉親に呟きながら、俺はただ一人歩き続けた。
数週間後、腐った男の死体がとある家の一室で見つかったというニュースが、世間を微かににぎわせた。
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