甘くて甘い日々 (イリス@)
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夜の隊長室で


エリ梅は尊い。
書いた理由はそれだけです。



 

 戦車道の世界において同性愛は決して珍しいものじゃない。

 

 元々、戦車道に力を入れる学校艦の大半は女子校、所謂お嬢様学校と言われる花の園であることから、必然的に異性との出会いが限られてしまう状況にある。

 勿論、学園艦に通う前の知り合いだったり、人づての紹介を経て知り合った異性と恋愛関係になる子もいないわけではないけれど、戦車道の練習で忙しい中、自ら積極的に出会いを求め、さらに恋人関係に発展したとしてもほぼ間違いなく遠距離恋愛が待っている。

 

 恋人を作るどころか関係を維持するだけでも相当の労力を惜しまなければならないのなら、無理して異性と付き合わなくても今は戦車道に注力した方が良い。

 そのように考えてしまう戦車乙女が大半である。

 しかし、そうは言っても皆恋に憧れる年頃の女の子であることには変わりない。

 恋愛感情を一切無くすことなんて出来るはずもなく、溜め込まれた感情は必然としてごく身近な相手。

 魅力的なチームの仲間だったり、同じ学校に通うファンの子に向けられることになる。

 

 こうした恋愛事情は私の通う黒森峰女学園でも同様で、「チーム内で誰と誰が付き合い始めた」なんて噂に一喜一憂したり、親しい仲間内で誰のことが好きなのか恋バナに花を咲かしたりする。

 

 かく言う私もそんな恋焦がれる乙女の1人で、想いを寄せている人がいる。

 正確に言えば、喜ばしいことにその想いは成就したので「かつてそうだった」と言うのが正しいかもしれない。

 

 

「どうしたのよ、人の顔をじろじろと見て」

 

 夜も更けた戦車道チームの隊長室。

 執務机を挟んで対面に腰かける私の恋人――チームの隊長であるエリカさんが自身の顔を凝視していた私を不自然に思ったのか、書類から顔を上げ、怪訝な表情を向けてくる。

 

「いえ、エリカさんはいつ見ても綺麗だなあと思いまして」

「……馬鹿なこと言ってないで書類仕事に戻りなさい。まだたくさん残ってるのよ」

 

 率直な言葉にエリカさんは照れくさいのか、顔を赤くして素っ気ない返事を返してくる。

 普段はあれだけ強気なのに、こうしてストレートに想いを伝えると受け身になってしまう。

 そんなエリカさんが愛おしくて可愛くて、つい笑みが零れてしまう。

 

「この辺で少し休憩しませんか? まだまだ先は長いんですから」

 

 積み重なった処理すべき書類はまだ半分ほど残っている。

 寮には遅くなる旨を伝えているので、時間を心配する必要はないのだから、ゆっくり確実に行った方が良い。

 そんな私の意図を理解したのか、エリカさんも書類を机に置くとソファから立ち上がる。

 

「あなたもコーヒーでいい?」

「エリカさんが淹れてくれるものなら何でも歓迎ですよ」

「そう言うからには何が出てこようと責任取ってちゃんと飲みなさいよ?」

「大丈夫ですよ。エリカさんはそんなことしないってわかってますから」

 

 他愛無い話をしながら備え付けのサーバーからコーヒーを注いでくれる。

 エリカさんは2人分のコーヒーカップを机に置き、私の横に腰掛けたかと思うと、そのまま私の肩に体を預けてくる。

 真っすぐで綺麗な銀色の髪がふわりと舞い、細かな繊維と良い匂いが私の鼻をくすぐる。

 

「……悪いわね。今日も遅くまで付き合わせちゃって」

「そんなの気にしなくていいんですよ。好きでやってることですから」

 

 寄りかかりながら申し訳なさそうにしている恋人の頭を撫ぜ、優しく慰める。

 

「去年とは忙しさの種類が違いますから全然苦になりませんよ。これも嬉しい悲鳴ってやつです」

 

 つい数週間前のこと。

 私たち黒森峰女学園は隊長であるエリカさんの元、3年ぶりの全国大会優勝を成し遂げた。

 優勝経験の無い全隊員、そして私たちにチームを託してくれた先輩方が何よりも切望していた悲願の達成。

 その喜びは今まで味わったことも無いほど素晴らしいもので、エリカさんにいたっては嬉しさのあまり皆の前にも関わらず号泣してしまうほどだった。

 

 西住隊長という偉大な先人から隊長職を引き継ぐ重圧。

 そしてOGや寄付者からの要求される王者奪還のプレッシャー。

 これらを一心に引き受けてきたエリカさんを労おうと直下さん主体で催された祝勝会は、これでもかというぐらい盛大に行われ、戦車道チームのみならず学園全体が数日間お祭り騒ぎに包まれた。

 

 ただ、あまりに盛り上がり過ぎてしまい、祝勝会後の片づけに隊員全員が忙殺される羽目になったことや、それに加えてエキシビジョンマッチの準備といった優勝の結果急増した業務によって日々の業務が圧迫される羽目になってしまったのが大きな誤算と言えた。

 滞っていた業務量は相当な量に上っていたものの、隊長としての責任感から「優勝したから気を抜いたなんて外野に思われたくない」「今年のお盆休みは全員が安心して帰郷できるようにしたい」と残務を必死に処理しようとするエリカさんの手助けをするのは私にとって当然のことだった。

 

「あなたがいてくれて本当に良かったわ……。ありがとう、小梅」

 

 顔を上げ、子犬のような目で見つめてくるエリカさんに思わず胸が高まってしまう。

 寄りかかっていたエリカさんの体を起こして、そのまま肩に手を回す。

 

「……今は休憩時間だから、いいですよね?」

 

 返事を聞く時間も与えず、一気に顔を近づけて唇を塞ぐ。

 

「ん……んんっ……」

 

 何度口づけを交わしても蕩けるように柔らかいエリカさんの唇。

 私がその美味を味わいつくしていると、突然のことに一瞬戸惑っていたエリカさんも負けないとばかりに私の唇を味わいまいと吸い付いてくる。

 見つめ合いながらいつしか互いに舌を這わせ始め、キスはより深いものになっていった。

 

「お願い……もっと……もっとして……」

 

 他の人には決して見せないであろうエリカさんのおねだり。

 その恍惚とした表情は、私がエリカさんの恋人であると深く実感させてくれるもので、嬉しさのあまり、いつしか私の頬を涙が伝っていた。

 

「小梅、泣いているの」

 

 私の涙を見たエリカさんは「もしかして嫌だった?」とキスを中断して心配を声をかけてくれる。

 

「……違うんです。こんな風にエリカさんといられるのが夢だったから……本当に嬉しくて」

 

 

 エリカさんに初めて出会った時、その透き通るような銀髪、雪のように白い肌に目を奪われた。

 言い方がキツイこともあって、最初は少し苦手にしていたけれど、誰にも負けないくらい戦車道に真剣な姿勢や、2年前の全国大会の後、事情も知らないチーム外の生徒、心無い先輩やOGからナイフのような言葉を投げつけられる私やみほさんを守ってくれた優しさ。

 そしてどんなに厳しい状況であっても投げ出すことなく突き進むひた向きさにいつしか私は魅了されていた。

 

 でも、恋を自覚した私に待っていたのは厳しい障壁を目の当たりにすることになった。

 人目を惹く容姿を持ち、面倒見の良いエリカさんは隊内で西住隊長に次ぐ人気者で、同級生や後輩にはエリカさんに恋心を持つ子も多かった。

それどころか、先輩方の間では西住隊長を凌ぐほどの人気っぷりで、落ち込んでいる時の子犬のような姿が普段とのギャップを感じられて特に可愛く見えると評判だった。

 ただでさえライバルが多いのに、私は小柄でスタイルにも自身が無かったし、私自身が黒森峰の10連覇を阻んでしまった原因の1人だという負い目があった。

 それに何よりも、エリカさんは西住隊長のことを誰よりも尊敬し、想いを寄せているように感じていた。

 厳しくも優しく、どんな時でも冷静沈着で、人としての器も大きい。おまけにスタイルも抜群な西住隊長に私が勝てるはずがない。

 

 せめて想い人のことを助けてあげたい。

 そう考えた私は少しでもエリカさんの力になれればと支え続けてきた。

 でも、一緒にいればいるほど想いはよりいっそう強くなるばかりで苦しくなるばかりで、西住隊長がドイツへ留学して、エリカさんと2人きりになる時間が増えたことでその傾向はより顕著になった。

 募る感情に我慢出来なくなかった私は祝勝会の最中、エリカさんに思いの丈をぶちまけた。

 

『エリカさんのことが好きです! 私と付き合ってください!』

 

 突然の告白に周囲の隊員が驚愕する状況で一世一代の告白を聞いたエリカさんは今まで見たことも無いような凄い顔をしていた。

 そして、しばらくの沈黙の後『……本気なのよね? 冗談じゃなくて?』と確認するかのように私に問いかけてきた。

 

 私が肯定したところ、エリカさんは何かを呟いたかと思うと顔を真っ赤にしながら返事を返してくれた。

 

『……私なんかで良いなら……その……よろしく』

 

 想いが成就したと理解できた瞬間、瞳からは大粒の涙が溢れてしまい、

今みたいに泣き止むまでエリカさんに慰めてもらった。

 その直後、同級生や後輩たちから揉みくちゃにされ、会場全体から轟くキスコールの中、初めての口づけを交わしたことは忘れられない思い出だ。

 

 

「まったく、もう。あなたって意外と泣き虫なのね」

 

 エリカさんは呆れた声を出しながらもようやく涙が止まりかけた私を優しく抱きしめて、先程までとは少し違う、優しいキスを頬にしてくれた。

 

「今まで助けてもらった分、あなたがやりたいこと全部付き合ってあげるわ。だから、次から泣くのは止めなさい」

「……それは、キスより先のことも含めてですか?」

 

 魅惑的な言葉につい隠していた欲望が口から漏れ出してしまう。

 キスをするだけでも心が飛び上がるぐらい嬉しくてドキドキが止まらないけれど、交わせば交わすほど恋人としてもっと先の段階へ進みたいという衝動は溜まっていくばかりだ。

 許されるのなら、今すぐにでも先の関係に進みたいというのは私の偽らざる気持ちだった。

 

「そ、そういうのはまだちょっと早くないかしら? 私たちまだ高校生だし……」

 

 付き合い始めてからわかったことの一つとして、エリカさんは結構初心だということ。

 愛する者同士がするであろう行為を想像するだけで顔を真っ赤にしているのがその証拠だ。

 

「キスはすぐしてくれたのに、どうして他はダメなんですか?」

「……だって、キスは家族でも普通にするじゃない」

 

 家族同士でも普通はキスなんてしないとは思ったものの、お母さんが欧米系のハーフであるエリカさんのお家では私たち一般的な日本の家庭とは違って、キスをし合うのが当たり前なのかもしれない。

 それにしても、エリカさんといつでもキスが出来るなんてエリカさんの家族が羨ましくて仕方ない。

 

「とにかく、せっ……じゃなくて、えっちなこととキスはまた別なの! そ、そういうのはもっと時間をかけてするものでしょ?」

 

 赤い顔で必死に言いつくろうエリカさんがまたいじらしい。

 私の理性が後少しでも脆かったら、今すぐ押し倒して一線を越えてしまいかねない可愛さだと思う。

 

「仕方ないですね。そっちは追々にしてあげますから、今はいっぱいキスしましょう。それで許しちゃいます」

 

 ソファにエリカさんを押し倒し、覆いかぶさるようにして顔を寄せる。

 そのまま愛おしそうに目を瞑る恋人の唇に触れ、再度甘い口づけを交わした。

 

「大好きですよ、エリカさん……」

「……ええ、私もあなたのこと好きよ」

 

 

 ずっと夢に見ていた何よりも幸せで暖かい触れ合い。

 私たちは淹れ立てだったコーヒーも処理途中の書類のことも忘れて、時間の許す限りお互いの唇を求め続けた。

 



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恋人の部屋にて


今回はエリカ視点です。




 

 窓から差し込んだ光と胸に何かが押し付けられているような違和感で目が覚めた。

 半覚醒状態で起動した脳のクラッチを少しずつ吹かしながら周囲を見渡すと、どこか見覚えのある熊のぬいぐるみが視線に飛び込んでくる。

 眠気の残る頭で小梅が以前みほに貰った物だということを理解すると共に、昨夜は小梅の部屋に泊まったことを思い出す。

 

 胸元に目を視線を移したところ、両腕で私を抱きしめたまま小さな寝息を立てて眠る小梅の姿があった。

 胸に埋められた顔が呼吸をする度に伝わってくるむず痒い感覚、そしてお腹にぴったりと密着した胸の柔らかさ。

 パジャマ越しとはいえ、付き合い始めて一週間にも満たない私にとってあまりに刺激的過ぎた。

 

「これ、ヤバいわね……どうにかなっちゃいそう」

 

 体全体で感じられる小梅の体温と鼓動で興奮が収まらない。

 散々えっちなことはまだ駄目だと言っておいてなんだけど、小梅がキスの先をしたがる理由がよくわかってしまった。

 好きな人と触れ合うのは幸せ過ぎて、もっともっと触れ合いたくなってしまう。

 もっと小梅の柔らかいところや普段見えない所を擦ってみたい。

 どこかからか湧き上がってくる欲望を必死に抑えながら、理性の遠のきかけていた意識を無理やり引き戻す。

 そのまま、気持ち良さそうに眠る小梅を起こさないようにそっと体をずらして拘束から逃れようとするものの、体を腕から離そうとした瞬間、小梅の腕が再度伸びてくる。

 眠っているはずにも関わらず、その追跡はあまりに的確で、私は再度小梅という捕食者の手の内に戻ることとなった。

 

「ん……エリカ……さん」

 

 眠っているはずなのに、まるで私を抱きしめられたことを安心するかのように名前を呼ぶ小梅がどこか愛おしくて胸が疼く。

 

 昔だったら決して感じることのなかったであろう気持ちに自分でも驚きを隠せない。

 

「昔の私に言ってもきっと信じないわね、この子と付き合ってるなんて」

 

 

 最初は同級生なんてみほ以外の子は眼中に無くて、小梅は地味で目立たないその他大勢の1人に過ぎなかった。

 でも、みほと関わっていく内に成り行きで接する機会が増え、次第に戦車道への取り組みに対する熱意に圧倒されていた。

 小梅は私に負けないぐらい自主トレに励み、そして戦車道に真剣で、

全国大会で彼女が車長としてレギュラー入りを告げられた時には「うかうかしていられない」と競争心が芽生えたのはよく覚えている。

 

 その直向きさを何よりも実感したのは、あの全国大会の滑落事故以降のことだった。

 滑落したⅢ号の乗員だった小梅はみほや他の乗員とともに連覇を台無しにした敗戦の原因として、タチの悪いOGや一部の先輩、無関係な生徒から心無い言葉や嫌がらせをを受け続けた。

 そんな地獄のような状況であっても、小梅は変わることなく戦車道に対して熱心であり続けた。

 朝早く練習に出て、居残り練習もこなす。

 そんな姿を見ていたら放っておけなくなっている自分がいた。

 真面目に努力をし続けてきて結果を掴んだ子が努力もしなかった奴や無関係な外野に侮辱される理不尽さに腹が立ったというのもあるけれど、純粋に「この子は私が絶対に守ってあげなくちゃいけない」と思わずにはいられなかった。

 

 決意の元、私は小梅を守るためにあらゆる手をつくした。

 可能な限り小梅とは常に行動を共にし、私がいない時には他の同級生は勿論先輩方にも協力してもらって徹底した防衛体制を構築した。

 しばらくした後、隊長の尽力もあって悪意ある人たちは一掃され、小梅に付きっ切りになる必要はなくなったものの、慣れというものなのかいつしか小梅と一緒にいるのが当然のようになっていた。

 私が副隊長になり、そして隊長になってもその状況は変わらず、それどころか、これまでのお返しとばかりに私の世話を焼いてくれるようになった。

 仕事中にコーヒーを入れてくれたり、自主練や書類業務に付き合ってくれるのは勿論のこと、私が隊員に言い過ぎてしまった時にさりがなくフォローしてくれたり、西住隊長の後を担うプレッシャーで落ち詰められていた私を慰めて一緒に解決策を模索してくれたりと、その優しさ、気遣いの上手さに数えきれないぐらい何度助けられていくうちに、いつしか自分が小梅に惹かれていることを自覚した。

 

 とはいえ、私にとってそれは叶わぬ想いとして最初から諦めていたも同然だった。

 

 温厚で人当たりの良い小梅と違って、すぐカッとなって皮肉を口にする私は自分でも人に好かれるような人間とは思っていなかったし、それに何よりも小梅は恩人であるみほのことが好きなんだろうと思っていた。

 その間に入り込めるようなことは出来るはずもなかった。

 私に出来るのはせいぜいあの子が手にすることの出来なかった優勝を一緒に勝ち取ることぐらい。

 そう思っていた。

 

 だから祝勝会の日、やっと小梅を解放してあげられると胸を撫でおろしていた最中に皆の前で小梅から告白された時には思わず耳を疑った。

 想い人と両想いであったという予想もしていなかった事態に私の頭は軽いパニック状態に陥り、しばらくの間、言葉を発することすら出来なかった。

 

『……本気なのよね? 冗談じゃなくて?』

 

 冷静になり、口から出たのは告白が事実であることを確かめる言葉。

 小梅がそんなことをするはずはないとは思ってはいたけど、「もしかしたら、私を驚かすドッキリなのかもしれない」そんな不安が拭えず、恐る恐る問いかけてみたところ、私を安心させてくれるかのように小梅が真剣な顔で肯定してくれた。

 

 あまりの嬉しさに「私もあなたのずっと好きだったの」と一瞬言葉が出かかったものの、隊員や一般生徒といった大勢のギャラリーに囲まれたこの場で口に出すにはあまりに恥ずかしい台詞だった。

 沸騰冷めやらない頭でどうにか考え付いてひねり出した肯定の言葉はよく覚えていない。

 覚えているのはその後、服が皺だらけになるぐらい揉みくちゃにされ、キスコールの嵐が巻き起こってからだ。

 キス自体は小さい頃からママや姉さんとよくしているけれど、恋人同士、それもファーストキスを衆人環視の中で実行するなんて今となってはとても信じられなかった。

 きっとそれが気にならないくらいその時の私は大いに浮かれていたのだろう。

 

 

 

「何だか嬉しそうですね。良い夢でも見たんですか?」

 

 いつの間にか目を覚ましていた小梅が私の顔を見つめながら不思議そうにしている。

 その様子から見る限り、私はきっとあからさまな笑みを表情をしていたのだろう。

 

「……なんでもないわ。おはよう、小梅」

 

 恥ずかしい顔を見られた羞恥心の誤魔化しと朝の挨拶を兼ねて軽い口づけをしたところ、小梅は驚いたような表情をして顔を真っ赤にする。

 

「……不意打ちはずるいです」

 

 両手で顔を隠し、恥ずかしそうに顔を赤らめながら上目遣いでこちらを見つめるその仕草があまりに可愛らしくて、先程までの小梅を真似て胸元に顔を埋め、ぎゅっと恋人の体を抱きしめる。

 小柄な体格を考慮すると中々に豊かな胸の感触がとても心地良く、暖かい。

 

「もう、エリカさん。そんな胸にしがみ付くなんて子どもみたいですね」

 

 あなたもさっきまで似たようなことをしてじゃない、なんて無粋なことは口にせず、そのまま小梅の柔らかい体を堪能する。

 

「願いが叶うならいつまでもこうしていたいわね」

「もう、エリカさん今日から実家に帰るってお母さんやお姉さんと約束してたじゃないですか? ちゃんと間に合うように準備しないとダメですよ」

 

 今日から4日間はエキシビジョンマッチ前の短い完全休業期間でチームの練習は一切行われない。

 久しぶりの長期休暇、しかも3年ぶりの優勝を果たした直後ということもあって、ほぼ全ての隊員がこの休みを利用して親元帰省するらしい。

 

 私は実家が熊本市内で帰ろうと思えばいつでも帰れなくはないこともあり、当初はこの機会に引継ぎ資料の整理でもしようと思っていたものの、

休みの情報をどこかからか聞きつけたママと姉さんからの電話攻勢でその目論見は崩れ去った。

 

『最近は帰って来てもすぐとんぼ返りしちゃうしママ寂しいわ。今年はちゃんとゆっくり出来るのよね?』

『今年もエリちゃん帰って来ないなら私が黒森峰行くね。泊まるところ? エリちゃんの部屋でいいでしょ?』

 

 実際のところ、ここ数年はチームのゴタゴタや副隊長、隊長としての職務もあってゆっくり帰省したことがなく、後ろめたいところがあったのは確かで、そのあたりを突かれるとさすがの私も反論のしようもなく、帰省と長期の滞在を約束せざるをえなかった。

 

「そういうあなたこそ、大丈夫なの? 見た所、帰省の準備がしてあるようには見えないわよ」

 

 実家とはいえ、日用品の大半は現在共住している学園艦の寮の中にある。

 財布と携帯1つで帰宅する豪の者もいないことはないけど、それでも着替えを始め部屋からある程度の荷物を持っていく子が大半だ。

 小梅は部屋はしっかりと片づけられていて鞄やスーツケースといった運搬用具が目の届くところには存在せず、昨夜準備をしているような様子も無かった。

 

 ただ、なんとなく気になったので聞いてみただけだったのだけど、それを聞いた小梅は今まで見たことの無いような気まずそうな顔をした。

 

「心配しないでください。私、帰らないので」

「帰らないって……私が言えた口じゃないけどあなたも全然帰省してないじゃない。せっかくの機会なんだから少しは帰った方がいいわよ?」

 

 私が知る限り小梅は年末年始も長期休暇も学園艦に残っていて、私がとんぼ返りする前と後もそれは変わらなかった。

 きっと2年前のことを気にしていて、少しでも隊のために尽力しようとしていたのかと思っていたのだけれど、今彼女が見せている表情はとてもそんな風には見えなかった。

 

「家に帰っても誰もいませんし、それなら学園艦でいいかなって思って……」

 

 その言葉を良い方に解釈するのであれば、今年はたまたま仕事等で家を空けているから帰省しない、というように解釈することも出来る。

 でも、小梅のどこか寂しそうな顔を見てしまったら良い方の意味にはとても取れなかった。

 

「……どこかに出張でも言ってるの?」

「お母さんは私が小学生の頃に亡くなって……。お父さんは生きてるんですけど、ちょっと事情があって偶にしか会えないんです」

 

 まるで砲弾で頭を殴打されたかのような衝撃だった。

 なんとなく想像はしていたものの、実際に口にされたその言葉はあまりに暗く、重いもので、まるで胸が握り潰されるような鈍い痛みを感じた。

 

「ごめんなさい。言い辛いこと聞いちゃったわね」

「気にしないでください。いつかは話さないといけないなって思ってましたから」

 

 私に気を遣ってか、小梅はいつもどおりの穏やかな表情で、明るく振舞おうとしている。

 でも、普段のより角度の下がった優しそうなタレ目がそれは空元気だと主張しているように見えて辛かった。

 

「確かに寂しいなって思うこともありますけど、今の私にはエリカさんがいますから……だから何があっても大丈夫です」

「……小梅っ!?」

 

 痛ましくも気丈に振舞う恋人を思わず抱きしめる。

 小梅はこんな辛い境遇にありながら、2年前の悲痛な状況にもずっと耐え忍んできたのだ。

 それなのに、今も私のことを思って明るく振舞って暮れている。

 こんな健気な子に私が出来ることは最早1つしかなかった。

 

「あなた、これから一緒に私の家まで来なさい」

「え? でもせっかくの家族団らんなのに……んんっ……」

 

 反論しようとする小梅の口を唇で塞ぐ。

 そんな寂びそうな顔した恋人を置いて呑気に帰省するなんてこと私のプライドが許さない。

 いくら小梅が拒否しようと引きづってでも家まで連れて行く。

 これはもう決定事項だ。

 

「ん……ん……んんっ……」

 

 言わんとすることを目で訴えながら小梅の口内を舌で蹂躙する。

 突然の強襲になされるがままにされるその姿に若干の興奮を覚えつつも、抵抗する気がなくなるまでひたすら口づけをし続ける。

 

「エリカ……さん……」

 

 いつしか小梅は息絶え絶えとなり、蕩けるような目でベッドに倒れ込む。

 そんな小梅の目を私は真剣かつまっすぐな視線で見つめた。

 

「私の家族に、あなたのこと紹介させて。凄く素敵で可愛い子だって知ってて欲しいから」

 

 私の想いを察したのか、小梅は無言で首を縦に振り、実家への同行を承諾してくれた。

 無理やりだというのは充分承知しているけれど、意固地になった小梅はこれぐらい強引に引っ張りあげない限り自分の意志を変えない。

 それを考えれば、仕方ない選択だった。

 

「エリカさんはズルいです。そんなこと言われたら断れるわけないじゃないですか」

「甘いわね。私はまどろっこしいのが嫌いなの。あなただってよく理解してたことでしょう?」

「ふふ、そうでしたね。エリカさんのそういうところ、私大好きです」

 

 先程までの暗い空気が嘘のように二人して笑い合う。

 そのまま、見つめ合いながらベッドに倒れこんで今日何度目かもわからないキスを交わす。

 

 

 久方ぶりの帰省は久しぶりの長期滞在どころではなく、恋人同伴に変更されたことを知ったら、ママや姉さんがどれだけ驚くのかは少し気になったけど、今はそんなことどうでも良かった。

 

 ただ愛しい小梅が楽しそうに笑っていてくれさえすれば、それだけで私は幸せだった。

 



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日陰の中で

 

 久しぶりに乗る電車の振動に揺られながら、私は外の景色をぼんやりと眺めていた。

 目に入る街並みや建物はどれも見慣れぬものばかりで、自分が知らない土地に向かっていることを否が応にも認識させられる。

 

「次の駅で降りるわよ」

 

 隣に座るエリカさんが目的地――熊本市内にあるエリカさんの実家まであとほんの僅かな所まで来ていることを教えてくれた。

 想像していたよりも遥かに唐突な恋人の家族との対面。

 それが目前にまで迫っていることを意識してしまい、張り詰めていた緊張がより高まっていくのが自分でもわかってしまう。

 

 朝のやり取りの最中、「1人でいるのは寂しくない」なんて強がりを言ってしまったものの、本当は誰もいない寮で孤独に過ごすのが寂しくて寂しくて、お母さんのことを思い出して泣いてしまったことだってある。

 だから、エリカさんが実家に来なさいと誘ってくれた時は本当に嬉しくて嬉しくて、どうかなってしまいそうだった。

 でも、愛しい人と一緒にいられる喜びと同時に不安な気持ちも宿ってしまった。

 エリカさんの話を聞く限り、きっとエリカさんのご家族は皆エリカさんのことを愛してくれる良い家族なんだろうと容易に想像できる。

 そんな仲の良い家族の久しぶりの団らんを私なんかが邪魔していいのだろうか。

 それ以前にエリカさんの恋人として受け入れてもらえるのだろうか。

 ほんの少しだったはずの疑念は時間が経つ度に少しずつ膨れがっていって、私の心を圧迫していった。

 冷房が効いた車内にも関わらず、頬を汗が滴り、手が震えてしまう。

 

「小梅、大丈夫?」

 

 おそらく私の不自然な様子に気付いたのだろう。

 心配そうな顔をしたエリカさんが私の顔を覗きこみながら声をかけてくる。

 緊張のあまり、無言で首を縦に振るのが精一杯だった私を察してか、エリカさんは何も言わずに手を差し出して私の手を握ってくれた。

 私よりほんの少し大きくて、体温の高い手のひら。

 柔らかくもしっかりとしたその感触は、どこか安心できて徐々に不安感が薄れてくる。

 

「安心なさい。うちの家族はお人好しだし、良くも悪くも私に関してはだだ甘なのよ。だから連れてきた恋人を無下に扱ったりなんかしないわ」

「そうだと嬉しいんですけど……」

「むしろ、歓迎のあまり過剰に接してこないか心配なぐらいよ。マ……母さんと姉さんは何も言わないとスキンシップがどんどんエスカレートしていくから……。あなたも遠慮しないで嫌な時は嫌って言わないとダメよ」

 

 慰めていたはずなのにいつの間にか溜息をついているエリカさんがどこか可笑しくてつい笑みが零れる。

 過剰なスキンシップに困ってはいるのだろうけど、不快感や嫌悪感といった負の感情が見られないあたり、エリカさんもお母さんやお姉さんのことを愛しているのが良くわかる。

 

「ほら、心配なんて後にしてさっさと降りましょう」

 

 話に夢中になっている間に、いつの間にか電車はスピードを緩め、ちょうど駅に停車するところだった。

 エリカさんに手を引かれるままに立ち上がって、開いた扉からホームに出る。

 電車を降りた瞬間、短時間とはいえ、電車の冷房に順応してしまった体に容赦なく強い日差しと立ち込める熱気が襲い掛かって来る。

 

「暑いですね」

「そうね」

 

 元々熊本は夏の暑さが厳しい所ではあるものの、その中でも今日は特に暑く感じられる。

 夏休み中とはいえ平日の昼間、それも閑静な住宅街ということは勿論考慮しなくてはいけないだろうけど、この強烈な暑さのせいか人通りはほぼ0に等しい。

 

「家はここから近いんですか?」

「歩くと20分ってところね。でも今日は姉さんが迎えに来てくれるみたいだから暑い中歩かなくても大丈夫よ」

「なら安心ですね。私は平気ですけど、エリカさんは暑いのダメですし」

 

 エリカさんは戦車内の熱気による暑さは全然苦にならないらしいけど、

色白なこともあってか照りつける日差しに起因する暑さは苦手にしている。

 今も日差しを避けるためかタオルを頭にかけているぐらいだから、この暑さは相当堪えるのだろう。

 

「……これぐらいなら平気よ。どうしてもダメな時はちゃんと言うから安心して」

 

 降り注ぐ強烈な日差しに顔をしかめるエリカさんが少々心配になるものの、昔ならともかく今のエリカさんは辛い時や大変な時にちゃんと助けを求めてくれることは私が一番わかっている。

 

「とりあえず、あっちの日陰でお姉さんを待ちましょうか」

 

 暑さで顔の火照ったエリカさんの手を引いて、交差点の脇の日陰に設置されたベンチに移る。

 地面からの熱気こそ変わりないものの、直射日光が遮られるだけでかなり暑さが軽減されたように感じられる。

 

「はい、エリカさんもどうぞ」

「ん……ありがと」

 

 買っておいたスポーツドリンクを取り出し、片方をエリカさんに手渡す。

 そのままボトルの封を開けて中身をそのまま流し込むと、暑さですっかり温くなってしまったドリンクが火照った体に浸透していく。

 

「生き返るわ」

 

 日陰に入ったことと水分補給で体感気温もだいぶ改善されたのだろう。

 エリカさんの表情や顔色は先程までと比べてだいぶ落ち着いている。

 残ったドリンクも飲み干し、一息ついたエリカさんは手持無沙汰なのか腕をもそもそと動かしたかと思えば、空いた手をそっと私の手に重ねてきた。

 

「小梅の手、冷たくて気持ちいいわね」

 

 私より少し暖かいエリカさんの白い腕。

 灼熱の暑さの中にあっても、その繋がりから得られる心の温かさに比べれば多少の温度差ぐらい気にもしないレベルだ。

 嬉しくなってその手を優しく握り返すと向こうも同じように優しく触れてくれる。

 

「あんまり良いことばかりじゃないですよ。冬の朝なんて本当に動かすのも辛くて困りますから」

「なら、冬は私が温めてあがげるわ。その代わり夏はあなたの担当ね」

「仕方ありませんね。その役割分担引き受けましょう」

 

 他愛無い会話に2人して笑い合う。

 傍目から見れば本当に、何でもない雑談なのかもしれない。

 それでも、私にとってみればずっと憧れてきた大切な人との営みであることに変わりはなく、何事にも代えられない素晴らしい時間であることは言うまでも無い。

 

「姉さん遅いわね。今日は早く出られるって言ってたのに……まだ病院にいるのかしら」

 

 会話の最中、ふと近くの時計を目にしたエリカさんはお姉さんがまだ来ないことをぼやいている。

 エリカさんの視線の方向にある時計に目を向けると既に駅についてから15分ほど経過しているのがわかる。

 遅れているのに連絡が無いことも心配ではあるけど、エリカさんの発した『病院』という言葉に少し引っかかりを覚えた。

 

 お姉さんはどこか体の具合が悪いのだろうか。

 そんな状態で無理して迎えに来てもらって大丈夫なのか、漠然とした不安に襲われる。

 

「エリカさんのお姉さんって確か大学生でしたよね? どこか悪いんですか?」

「そういえば言ってなかったわね。姉さん医学部の学生で、今は病院で実習中なのよ。体は健康そのものだから気にする必要ないわ」

 

 どうやら私の取り越し苦労だったみたいだ。

 お母さんが病気で苦しんでいた経験もあって『病院にいる=怪我や病気』といった悪いイメージで考えてしまったけれど、言われてみれば大学生といっても医学部や看護学部といった医療系の学部はあるわけだから、

少々早計だったかもしれない。

 

「そうだったんですか。医学部なんてお姉さん凄いですね」

 

 医学部はとても難しいところという印象があるので、そこに入学できたというだけでもお姉さんはきっととても勉強が出来る人なのだろう。

 それに、エリカさんも戦車道は勿論のこと、勉強の方も学年トップクラスに入るほどレベルが高いので、姉妹揃って優秀なんだなあと感心してしまう。

 

「……まあ成績は優秀かもしれないけど、いつも私にベタベタしてくるし、いい歳して妹離れしてくれない困った人なのよ」

「いいじゃないですか。きっとエリカさんのこと大好きなんですよ」

「そうそう。大好きな妹に触れ合いたいと思うのは当然のことだから仕方ないの」

 

 突然聞こえてきた声に驚いて顔を正面に向ける。

 一瞬女性の姿が目に入ったと思いきや、その人影は予想外の速さで私の前を通り、エリカさん目掛けて飛びついた。

 

「エ~リちゃん、久しぶり! 元気だった?」

 

 暑さで集中力を欠いていたエリカさんは突然の奇襲に対応できず、聞いたことも無いような変な声を上げる。

 唖然とする私の目の前で、襲撃者は愛おしそうにエリカさんの体を抱きしめた。

 

「遅くなっちゃってごめんね。後でエリちゃんの好きなケーキ買ってあげるから許して」

 

 親しげに話かけるその女性は銀色の髪に青い瞳、色白の肌、そしてエリカさんが少し大人びたような容姿で、一目見てエリカさんのお姉さんだと判断出来た。

 

「ちょ、ちょっと姉さん……止めてよ。恥ずかしい」

「ダ~メ。久しぶりなんだし、もうちょっとエリちゃん分補充させてくれないと嫌」

 

 よほどエリカさんに会えたのが嬉しかったのだろう。

 お姉さんはエリカさんを抱き締めながら頬ずりして、嬉しそうに微笑んでいる。

 想像していた以上に愛されているエリカさんの少し困ったような仕草がとても新鮮で微笑ましい。

 

「わかった、わかったからもういい加減離して! ただでさえ暑いのにこれ以上くっつかないでよ」

「しょうがないなあ。じゃあ、いつものしてくれたら終わるね」

 

 お姉さんはエリカさんを離すとそのまま慣れた動きでエリカさんの頬にキスをする。

 エリカさんは顔を赤くして恥ずかしそうにしながらキスを受け止めるとそのままお姉さんの頬にそっとキスをし返していた。

 人目を惹く綺麗な2人のやり取りについ見とれてしまい、思わず胸の鼓動が高まる。

 

「それでそれで、この子がエリちゃんの彼女なの?」

 

 エリカさんから離れたお姉さんは嬉しそうな表情を浮かべながら、私の方に視線を向ける。

 

「は、はじめまして。赤星小梅といいます。エリカさんと……その……お付き合いさせていただいてます」

 

 先程までの胸の高まりも治まらぬまま、恋人の家族と対面することになってしまい緊張が止まらない。

 道中にしっかりと考えていたはずの挨拶も、残念なことにひどくありきたりなものになってしまった。

 

「……ちょっと待って。私恋人を連れてくるなんて一言も言ってないんだけど。どうして知ってるのよ?」

 

 エリカさんの疑問は私も同感だった。

 黒森峰を出る前にエリカさんがご家族に電話を入れた時には『家に連れて行きたい子がいる』としか伝えていない。

 それなのにどうしてお姉さんは私がエリカさんの恋人だと判断したのだろうか。

 怪訝な表情の私たちを前に、お姉さんは苦笑しながら手を指差す。

 

「だって、いくら日陰とはいえ、こんな暑い時に絡ませるように互いの手を握るなんて恋人同士でもないとしないでしょ?」

「あ……」

 

 至極当然な指摘に2人して顔を見合わせる。

 お姉さんがエリカさんに飛びつくまで会話を弾ませながらずっと手を繋いでいたのは間違えようも無い事実で、そこを見られていたのなら確かに言い訳のしようがない。

 恥ずかしさのあまり俯こうとした瞬間、突然お姉さんが私の正面まで近寄ったかと思えば、そのまま両手で私の体を思い切り抱きしめてきた。

 

「あ、あの……お姉さん?」

 

 突然のことに、なされるがままに背中まで腕が回され、すぐ横にお姉さんの顔が近づく。

 

「いやあ、奥手だと思ってたエリちゃんがこんなかわいい子を付連れてくるなんて。人生何があるかわからないね」

 

 嬉しそうに語るお姉さんは私の体を抱きしめたまま、正面から向き合うとする。

 その瞳はエリカさんと透き通るような青色で、私の顔を興味深そうにじっと見つめている。

 間近で見る綺麗な顔、微かに漂う心地良い香りに心が揺さぶられそうになる。

 

「妹のことを大切にしてくれてありがとう。これからもよろしくね」

 

 満面の笑みで微笑んだお姉さんはごく当たり前のように顔を私の頬の方へ向ける。

 先程までの姉妹のやり取りを見て、お姉さんが頬にキスをしようとしているとすぐに想像はついた。

 相手がエリカさんのお姉さんとはいえ、恋人以外の人からのキス。

 受け入れてしまってもいいのか少し思い悩んだものの、せっかく私たちの関係を祝福してくれているお姉さんの想いを断るのも失礼に当たるのではないかと考え直すものの、やはり恥ずかしい気持ちは消えそうになかった。

 思わず目を閉じてドキドキしながら、キスが終わるのを待っていたものの、何故かいつまで経っても頬への感触はやって来ない。

 どうしてだろうかと不思議に思って視線を横に向けたところ、エリカさんがお姉さんの顔を両手で掴んで強引に動きを止めていた。

 

「ねえエリちゃん、掴まれてるとこ凄く痛いんだけど……どうして止めようとするの?」

「当たり前じゃない! 人の恋人に何しようとしているのよ!?」

 

 エリカさんはお姉さんが私の頬にキスをしようとしたのがご立腹だったらしい。

 お姉さんを無理やり私から引き離すと、そのままボディーガードのように私の間に割って入った。

 

「え~、だって小梅ちゃんはエリちゃんと付き合ってるわけだし、実質私の妹みたいなものだよね?」

「……まあそこは間違ってはいないけど」

「なら、家族も同然なんだからキスしたって別にいいでしょ? 私とエリちゃんだっていつもしてるんだし」

「それとこれとは別よ! 小梅とキスするのは絶対許さないから!」

 

 必死になって私へのキスを阻もうとするエリカさん。

 その姿は私のことを強く想ってくれていることが示すには充分過ぎるくらいで、恋人としてとても嬉しかった半面、自分たちの熱愛っぷりをアピールしているも同然とあってかなりの恥ずかしさを覚えてしまうのも

また事実だった。

 

「とにかく小梅は私のなの! 小梅にキスをされるのもするのも、していいのは……わ……私だけなんだから!」

 

 エリカさんもさすがに自分が言っている内容の恥ずかしさに気付いたのか、休息で元に戻ったはずの顔色は再びで赤みを帯びる。

 後には引けなくなって途中言い淀みながらも、そのまま強引に最後まで言い切るところは実にエリカさんらしい。

 

「へえ、もうキスまでしちゃってるんだ。いつもどんな風にしてるの?」

「そ、そんなこと姉さんには関係ないじゃない……」

 

 興味深そうにグイグイ尋ねてくるお姉さんに、エリカさんは口を割ろうとしない。

 

「教えてくれないならいいもん。ねえねえ小梅ちゃん、エリちゃんどんなキスしてくるの? お姉ちゃんに教えて」

 

 お姉さんの目標は黙秘を貫くエリカさんから私へと移動する。

 思わぬ事態にどうしたものかと頭を働かせていると、エリカさんがじと目をこちらに向けていて、「言わないで」と視線で訴えかけているのがわかる。

 

「2人きりになったら間違いなくします。今朝はエリカさんに押し倒されていっぱいキスされちゃいました」

「こ、小梅!?」

「そうなんだ。エリちゃんは絶対受け身だと思ってたのに意外と積極的なんだね」

 

 まさか私が話すとは思っていなかったのだろう。

 驚愕の声を上げるエリカさんの頬に触れ、そのままいつものように唇を奪う。

 羞恥心からエリカさんの顔はさらに赤く染まり、体を暴れさせるものの、両手でしっかり体を掴んで身動きを取らせなかった。

 

「いいじゃないですか、愛し合ってるって証明みたいなものですよ」

 

 お姉さんがいることも気にせず、ついいつものようにキスをしてしまったことに恥ずかしさも勿論あったけど、エリカさんのあたふたする仕草がとてもいじらしくて新鮮で、ついつい意地悪をしたくなってしまった。

 あんな姿を見せられて、我慢が出来るはずが無い。

 

「ふふふ、2人はラブラブなのね。でも、お姉ちゃんとしてちょっと妬けちゃうかも」

 

 突然目の前で行われたキスにも関わらず、お姉さんは微笑みを絶やすことなく、私とエリカさんの仲の良さをとても喜んでいるように感じられた。

 

「……後で覚えてなさいよ」

 

 羞恥心からか、赤く染まった顔を手で覆い隠すエリカさんが小さな声で呟く。

 そんなエリカさんの姿を見て、さすがにやり過ぎてしまったと反省する。

 

「ごめんなさい。お詫びに今度いっぱい意地悪していいですよ。……どんなエッチなことでも」

 

 お姉さんに聞こえないようこっそりお詫びの言葉を耳元で囁くものの、

その一言がどうもエリカさんには刺激的過ぎたのか、顔どころか耳元まで真っ赤になっていく。

 

「じゃあ2人とも、そろそろ家に向かいましょうか。ママが美味しいお菓子を用意して待ってるわ」

 

 出発を宣言したお姉さんは「むこうに車停めてあるから付いて来て」と日差しの中を歩み始める。

 私はまだ恥ずかしがっているエリカさんの手を取り、お姉さんに続いて再び日差しの中に足を踏み入れた。

 

 

 エリカさんの手を引きながら、私はエリカさんが実家に誘ってくれたことを心の底から感謝していた。

 もし誘ってくれなかったとしたら、エリカさんのこれだけ強い想いを耳にすることも、普段見られないような可愛い姿も見られなかったし、何より、まだお姉さんだけとはいえ、大切な家族の恋人として受け入れてもらった幸せをこうして実感することも出来なかったわけだから。

 

 本当に、今の私は一番の幸せ者だ。

 

 願わくばこんな幸福な時間がずっと続きますように。

 



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