re.真・女神転生 Ⅲ Biginning king of chaos (ブラック・レイン)
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第1話 X回目のプロローグ

ブラック・レイン復活計画。始まります。まずはリハビリから……


 

『誰カ、ドウカ、救ッテクダサイ』

 

ノイズが走る思考で、悲鳴をあげる心で彼は懇願する。

 

彼は死体の山の上に立っていた。敵だったもの。味方だったもの。おぞましい化け物から神聖な存在まで様々な存在が物言わぬ骸と化していた。

 

皆、彼の手に掛かって死んだ。彼を守って死んだ。己の理想のために戦って、そして死んだ。

 

彼は生き残りだ。幾万と繰り返された闘争の生き残り。戦い、勝ち残り、力を得て、また戦う。その繰り返しの果てに生を勝ち得た者。

 

だから彼は手にいれるべきなのだ。願ったものを。理想が現実となったものを。荒んだ心を癒す、日常を。

 

なのに……

 

「酷い………」

 

それは拒絶された。

 

「酷すぎる……」

 

やり直しと言う形で。

 

「惨すぎる……!」

 

彼をループに閉じ込めるという形で。

 

「無意味に過ぎる……!!」

 

彼に結末を与えないという形で。

 

「嗚呼……」

 

彼は嘆いた。たった文字にしてたった二文字。そこに彼の全ての悲嘆が内包されていた。

幾億もの願いを踏み潰し、悪も善も骸に変え、積み重ね、その果てに得たのは『無』だったのだ。

 

「………止まれない」

 

それでも彼は歩みを止めなかった。否、止められなかった。ここまで築いて来たものが何者かの意思によって否定されたものなのだとしたら、なおのこと止まる訳にはいかなかった。

 

でなければ何のための戦いだったのか。何のための悲劇か。犠牲になった者は、何のために犠牲なったのか。

数えるのも馬鹿馬鹿しいくらいに命を奪ってきた彼だからこそ、彼は絶対に止まるわけにはいかなかった。

 

そして彼はまた死体の山を積み上げる。何度も何度も。

 

なのに……彼はまだ救われない。犠牲者に意味を持たせられない。

 

「誰カ、ドウカ、救ッテクダサイ」

 

彼は壊れていった。救いに餓えて、殺していって、また壊れて、それでもまだ救われず、また殺す。また壊れる。

 

「誰………カ………」

 

彼の名前は■■■■。もはや名前すら失った哀れな虐殺者。【人修羅】という忌み名のみが、もはや自分の名前になっていた。

 

そして、またプロローグが始まる。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼は何度目になるか分からないプロローグを迎えていた。

元は脆弱な人間だった人修羅は、すでにその身を悪魔に変えられている。

 

【マガタマ】

 

そう呼ばれる虫のような何かが人修羅の体内に寄生し、人修羅を悪魔に変えているのだ。

人修羅の周りには夥しい血痕がある。全て人修羅のものだ。【マガタマ】の肉体改造はここまでの流血を引き起こすらしいが、人修羅の身には今は何も傷はなかった。

 

『悪魔の再生力様々だな。まさに化け物』

 

人修羅は己を自嘲する。

 

見た目は人間だった頃とそこまで変わりはない。変わったことは三点。

 

一つ、全身に幾何学的な模様があること。

 

二つ、首の後ろに黒い角が生えていること。

 

三つ、瞳の色が灰色に変わっていること。

 

それらを除けば、人修羅の体の形は人間と変わりない。だが中身……つまりは身体能力その他諸々の力は人間を遥かに凌駕する。

 

現在、人修羅の身には悪魔の糧である【マガツヒ】と呼ばれる物質が不足している。これを多く保有している悪魔ほど強くなれるのだ。そしてこれは人修羅にも当てはまる。

 

だがプロローグを迎えたばかりの人修羅の身にはわずかな【マガツヒ】しか存在していない。エピローグを迎える時には万軍を相手に出来るほどの力を得ている人修羅だが、この時の人修羅には大した力は持っていないのだ。

 

早急に、かつ大量に【マガツヒ】を補充する必要があった。

 

しかし、その前に人修羅にはやることがあった。それは……

 

「起きなピクシー。朝だぞ」

 

人修羅は隣に寝転がっている小さな悪魔を指で突っついて起こしにかかる。

 

彼女の名前は【妖精 ピクシー】人修羅が一番始めに仲魔にした悪魔だ。

彼女もまた、この終わりのない輪廻に閉じ込められており、人修羅と一緒にこの世界をさまよい続けている存在である。

 

最も人修羅とは違い、記憶の欠損は無さそうだが。否、もしくは忘れていることに何の未練もないだけかもしれない。

なぜなら彼女は悪魔で妖精。『後悔』や『未練』といった人間臭い感情とは縁遠い存在なのだから。

 

人修羅はしばらく突っつき続けているとピクシーは「んん……」と可愛らしい声をあげて身じろぎし、人修羅の方を向くと目を開けた。

 

「おはよう」

 

「ん、おはよう……」

 

ふわぁと可愛らしい欠伸をしながらピクシーは人修羅の挨拶を返す。そして寝ていたことで固まってしまった体をグーンと伸ばすと彼女はキラキラ光る羽を羽ばたかせ、宙に飛んだ。

 

「さて、と。今回もやり直しか……またダメだったみたいね」

 

「ああ……残念ながらな」

 

人修羅は肩をすくめながら言う。その様はループしている事実について何一つ思ってないような素振りだったが本当は違う。ただ、それでくよくよしている方が時間の無駄だと心で理解してしまったのだ。

 

つまる話、涙が枯れてしまったのだ。

 

あの暖かい日々を諦めたくない。ただそんな意地が彼を突き動かしていた。たとえそれで自らが壊れてしまっても、構わなかった。

 

人修羅は立ち上がる。何度目になるか分からない、戦いへの歩みだ。

 

その一歩を踏み出そうとした時だった。

 

「ねぇ」

 

ピクシーが声をあげた。

 

「………どうした?」

 

人修羅が尋ねる。声をあげたピクシーはいつになく真剣で、ひたと人修羅を見据えていた。

 

「いつまでこうしているつもり?」

 

「…………」

 

それは人修羅にとって残酷な問いだった。

 

「何が言いたい?」

 

人修羅の金の瞳に剣呑な光が宿る。それを真っ向から受けながらピクシーは話を進める。

 

「諦めようよ。現実世界を諦めてさ、別のことをしようよ」

 

「……たとえば?」

 

「……そうねぇ」

 

問い返されたピクシーはいたずらっぽく笑いながら並べあげ始めた。

 

「まず、そこらの悪魔を殺して殺して殺していって……とにかく強くなるの。そしたらあなたの意にそぐわない……【創世】を目指す奴らを殺して、そして最後に空で偉そうにふんぞり反っているクソッタレカグツチを殺してこの世界を掌握するの」

 

「……そうしたら?」

 

「貴方は、この世界に悪魔達の王として降臨するの」

 

キラキラと眼を光らせてピクシーはその言葉を口にする。その姿は可愛らしく、なにより悪魔らしかった。

 

「ゾクゾクしない?ワクワクしない?あなたは億万もの悪魔の上に立つのよ?豊穣を司る悪魔達に食べ物を捧げてもらいましょう。酒作りの上手い悪魔達に極上のお酒を作ってもらいましょう。見目麗しい女悪魔達も、抱きたい放題よ?だから……」

 

ここでピクシーは表情を消し、言葉を止め、人修羅をひたと見据え、再度その言葉を投げ掛けた。

 

「現実世界を……諦めましょう?」

 

「…………」

 

まさしくそれは悪魔の囁きだった。

 

ピクシーの言うとおりにすればどれたけ楽に生きられるだろう。何も考えず、何者にも縛られず、頂点に君臨し続ければ彼は何も痛まなくて済む。

 

それに拍車をかけるのは今の人修羅ならそれが出来てしまうということだ。

 

人修羅もピクシーも、ループする以前の力を引き継げる訳ではない。カグツチと戦う最終決戦の時のような膨大な力は、ループする度にリセットされてしまう。

だが何一つ引き継げないわけではない。

 

例えば仲魔達。ボルテクス界の各地に存在する邪教の館と呼ばれる場所には【悪魔全書】と呼ばれる物がある。そこに彼は全ての仲魔達のことを記してあるのだ。

 

【悪魔全書】に記されている仲魔は邪教の館の主に相応のお金……この世界の通貨である【マッカ】を払えば召喚出来るのだ。それがどれほど強大な悪魔でも。

 

そして何より……【悪魔全書】の内容はこのループに引き継がれているという真実。膨大なループの果てに、そこに記してある仲魔達は膨大な戦闘経験を持ち、どれもこれも歴戦の猛者ばかりとなっている。

 

召喚に手間と時間はかかるが、人修羅は強大な悪魔の軍を保有していることに変わりなかった。

 

そしてもう1つは人修羅自身にある。

 

ループする度に人修羅の力はリセットされてしまうがそれは悪魔でもマガツヒとマガタマに関することのみなのだ。

 

例えば経験や教訓、仲魔達の教え、磨き続けてきた戦闘技術はリセットされない。今の人修羅でも、弱い悪魔の群れ程度なら瞬殺出来るだろう、

 

そんな人修羅が膨大な力を手にし、マガタマも揃えてしまえばどうなるか。最強の悪魔の完成である。

 

世界を手にする力は、人修羅の手に揃っているのだ。

 

だが………

 

「ダメだ」

 

人修羅は、その王道を頑として歩まなかった。

 

「お前の言うとおりに、きっと俺は出来るだろう。あいつらのことなんて忘れてしまえばきっと楽に生きられるだろうさ」

 

「でもそれじゃ、この虚ろな心は満たされないんだよ」

 

悲痛な顔で、人修羅はそう言う。

 

「失ったモノばっか数えて、それを埋めようとするその行為がどれだけ愚かしいか分かっている。無くなってしまったものは……きっと取り戻せないのだろうよ。でもな……虚しいんだよ。無くした物の代わりに得る栄華なんて」

 

「……私は、そうやって取り戻せないものを取り戻そうとしている今が、一番虚しいと思うのだけれど」

 

「あぁ、その言葉は間違ってないさ……」

 

自嘲の笑みを浮かべて、人修羅は肯定した。

 

「……結局、俺のやっていることは無駄なのだろうよ。もうあいつらは帰ってこないことが、決まってしまっているんだろうさ……それが運命ってやつだろうさ……」

 

だがな、と人修羅は眼を見開きピクシーに向けて叫んだ。

 

「俺はそんな運命だからといって止まるつもりは全くない!例え神に諦めろと諭されようが、悪魔に囁かれようが!俺はこの愚かな行為を続けてるんだよッ!!」

 

その声には、歴戦の強者だけが纏える覇気が籠められていた。ビリビリと空気が震え、人修羅の纏う空気が歪む。

 

「(あぁ、なんて……!)」

 

ピクシーはそんな人修羅に呆れの感情ではなく、感動を覚えていた。

 

無くした物に依存する人間の心は、悪魔であるピクシーには理解出来ない。だが、その心の強さは理解出来る。

 

今の人修羅の魂はボロボロだ。あと数回ループすれば、恐らくは崩壊するだろうと予測できるほどに。だがそれでも、目の前の悪魔は己を見失ってないのだ。

 

その強さがあるから、人修羅はここまでの境地にたどり着いたのだろう。

 

「愚かね」

 

「何を今さら」

 

ピクシーの軽口に、人修羅は口元をひん曲げて嗤う。

 

「そんな男に付いてくる……お前も大概だろうに」

 

「……それもそっか。じゃあ私達、人修羅とその仲魔達はバカばっかってことで」

 

「あぁ、そりゃどうしようもなく、迷惑な集団だな」

 

人修羅はそういってますます嗤う。

 

ひとしきり笑ったあと、人修羅はよしと扉に手をかけた。

 

「そんじゃ、ま。行きますか。人修羅御一行のどこまでも愚かしい旅をさ……」

 

「ええ、どこまでも付いていくわよ。地獄でも楽園でも、ね」

 

「そりゃ、素敵なことだ……」

 

そういって彼らは再び歩み始める。どこまでもどこまでも救われないその旅路を、再び。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人修羅、彼に似合うのは誰かの上に立つ王道ではなく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

屍の上に立つ、修羅道なのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




文法がある程度進歩していれば良いんですが……


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第2話 殺戮=作業 壊れた2体の悪魔

もっと速く投稿したかったなぁ……


たどり着くべき場所にたどり着けない。そんな旅路の何万回目のスタートを切った人修羅とピクシー。扉を開き、部屋から出ればそこは薄暗い通路だった。

 

ここは『シンジュク衛生病院』受胎の始まりの場所であり、人修羅にとっても始まりの場所。二人が今いるのはその地下通路である。

 

受胎の首謀者の1人、氷川はこの病院を拠点とし、この地下で受胎の準備を進めていたのだ。

 

人修羅の愛しき友である『新田 勇』曰く、元々この病院には『カルトの息がかかってる』だの『違法な人体実験が行われている』といった怪しい噂が後を絶たなかったそうだ。

 

恐らくは氷川も隠蔽工作はしていたのだろうが……噂になっている分どこかそれに詰めの甘さを感じざるを得ない部分がある。

 

人修羅は過去にこう考察していた。『恐らくは自分を止められる者などいないと考えていたのだろう』と。

 

氷川の持つ悪魔の軍事力は強大だ。夜魔や妖魔などの中級悪魔から魔王や邪神といった強大な種族の悪魔すら氷川の思想に賛同し、傘下にいるのだから。

 

軍としての力はいわずもがな、恐るべきは軍事施設とでも言える拠点を、受胎後に複数用意することが出来ているということだ。

 

対悪魔専用の大量殺戮兵器兼創生に必要なエネルギーである『マガツヒ』を大量に集める装置である『ナイトメア・システム』を有する拠点『ニヒロ機構』

 

そのナイトメア・システムの中枢である塔『オベリスク』

 

この2つは氷川率いる『ニヒロ』もしくは『シジマ』と呼ばれる集団の重要な拠点であり、その2つが存在する『ギンザ』『マルノウチ』『チヨダ』は氷川の領土と言っても過言ではない。

 

一応、氷川に楯突く勢力もいるにはいるが……彼らは言ってしまえばごろつきやならず者の分類に入る悪魔であり、軍としての機能は『ニヒロ』に大きく劣る。

 

『ニヒロ』に対抗出来る勢力は実質今は存在せず、今は氷川の独走状態にあるということだ。

 

一刻も早く、氷川の出鼻を挫くために人修羅はギンザに向かわねばならなかった。そのためには、この病院の急ぎ脱出が第一目標になる。

 

「まぁ、その前に……」

 

人修羅は通路を曲がった所にある1つの部屋に目を向けた。そこにはある男がいるのだ。

 

協力者であり、裏切り者である。哀れで愚かな男が。

 

「……別に会わなくても良くない?」

 

ピクシーがそう言うが人修羅は首を振る。

 

ヒジリはターミナル……正式名称『アマラ輪転鼓』の扱いに長けるようになる。人修羅もターミナルの扱いは出来なくもないが、簡単な操作しか出来ない。

 

ターミナルは『アマラ経絡』と呼ばれる巨大かつ複雑な回廊に繋がっており、そこからボルテクス界の様々な情報をヒジリは集めるのだ。

 

その情報収集能力は欠かせない。たとえ、裏切られるとしても。

 

人修羅はクッと拳を一瞬握った後、それを放し、扉に手をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人修羅がその部屋の扉を開けると部屋の中央にある巨大なオブジェを調べていたであろう男がビクンと体を震わせた。

 

「誰だ!!」

 

恐怖ゆえか顔をひきつらせていたが、人修羅を見るなりその顔を恐怖から驚愕のものに買えた。

 

「お前……公園であった小僧か……?」

 

「………あぁ」

 

ヒジリの問いかけに人修羅は一拍間を置いて肯定する。『公園であった』とヒジリは言うが、人修羅にその記憶はぼんやりとしか存在していなかった。

 

ぼんやりと光る人修羅の体の模様が気になるのか、キョロキョロと人修羅の全身を見るが、ふと人修羅の隣に飛ぶ者に気付き、ギョッと眼を剥いた。

 

「なっ、そいつは悪魔じゃないか!?なんでお前といるんだ!?」

 

仰天しながらヒジリはピクシーを指差す。その様にピクシーは堪に触ったのか、顔をしかめた。

 

「何よ。こんなプリティで愛らしいピクシーちゃんを見ておいて、まるで醜い怪物を見たみたいな反応するなんて失礼しちゃうわ!」

 

「お、おぉ……」

 

ピクシーの安い怒りの言葉にヒジリはどう反応して良いかわからない声をあげた。

 

このままだと会話に埒が開かない。そう判断した人修羅は話をもとに戻すように言葉を投げ掛けた。

 

「あ、あぁ……そうだな。こんなことしてる場合じゃなかった……」

 

見た目子供の人修羅に諭されたのが恥ずかしかったのか、ヒジリはばつの悪い顔をしながら話を進め始めた。

 

そこから先はヒジリに変化はなかった。多少の違いはあれど、ヒジリが人修羅に何が起こったのか問い、受胎が本当に起きたのかもと戦慄し、人修羅に調査を願う。この流れは、幾度のループの中で何度も何度も行われたことだ。

 

人修羅は調査に協力することを肯定した。普通の人間であるヒジリでは、最弱の悪魔であるウィルオウィスプにも劣る。

 

そして人修羅はターミナルのある部屋から出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて……ここまで来たわけだ……」

 

ヒジリの依頼を受け、人修羅はエレベーターの前にたどり着いた。

 

シンジュク衛生病院の地下から上階へと抜ける道は2つある。その1つがこのエレベーターだ。

 

もう1つ階段から上階へといくルートがあるが……そちらに行くには分院側からゲートを開けなければならず、人修羅が今いる本院側からは現在そのルートを使うことが出来ない。

 

今の人修羅にもっと力があればゲートをぶち抜く方法が取られるが……無い物をねだりしても仕方がないもの。行けるルートを取るしかないのである。

 

が、このルートに問題があった。

 

「また……仕掛けてくるんだろうな……」

 

人修羅は脳裏に車椅子に乗った老紳士を浮かべながら呟く。

 

「貴方なら簡単に突破出来るわよ。男でしょ?ビクビクしないで行くわよ!」

 

「……別にビビったわけじゃ……ないさ!」

 

ピクシーの安い軽口に返しながら人修羅はポチッとエレベーターの上に行くためのボタンを押す。エレベーターの現在位置を示す数字の点灯が2から1になり、そしてB1を指し示した。すると……

 

人修羅のピクシーは転移された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人修羅とピクシーは病院の暗い通路から赤い通路にいた。

 

ここは【アマラ深界】幾多の世界を内包した【アマラ宇宙】その最果てである。

 

何回目になるか。ループを繰り返す人修羅を謎の老紳士がここに誘うようにここに転移させたのがここに来た始まりになった。

 

老紳士の正体も、目的も人修羅は理解していた。だがその道は人修羅の願いを踏み潰すものでもあった。

 

故に、人修羅はここの最奥までたどり着いたことは一度もなかった。

 

だが………

 

「運命の打倒か……」

 

脳裏に浮かぶは、その五文字。

 

「……その道を行くのもありよ。人修羅」

 

「……冗談」

 

諦めきれないように言うピクシーに頭をふる人修羅。だがその声は弱々しかった。

 

それは恐らくこの繰り返しを断ち切る道になるだろう。

 

その真実が人修羅に囁くのだ。復讐せよ。運命を打倒せよと。それしか、お前に道はない、と。

 

「そんなわけない」

 

脳裏に浮かぶそんな考えを人修羅は一蹴し、歩む。

 

通路を少し進むと床に水が溜まっているエリアに出た。水位もそれなりにあり、人修羅のくるぶしまで浸かってしまう。

 

「………」

 

それに構わず、人修羅は進む。ザブザブと音をたてながら進む人修羅は一見無警戒だ。そこへ……

 

「オオン!!」

 

悪魔が現れた。

 

ピンク色の靄のような体を持った最弱の悪魔、外道 ウィルオウィスプ。それが()()

 

「……援護はいる?」

 

指先に電撃を走らせながらピクシーは人修羅に問う。

 

「……お前の手を、煩わせる必要もないよ」

 

首を振りながら人修羅はウィルオウィスプの群れに歩んでゆく。

 

「ウゥゥウウウッ!!」

 

狂乱の叫び声をあげながらウィルオウィスプ達は人修羅に突っ込んでゆく。数で上回っているという事実がそれに拍車を掛けてゆく。

 

それが、死への片道キップであることも知らずに。

 

先頭のウィルオウィスプと人修羅の間合いが五メートルを切ったその時だった。

 

バァン!と床に溜まった水が弾け、

 

人修羅がウィルオウィスプの群れを駆け抜け、

 

そして人修羅とピクシーだけが残った。

 

バッシャア!!という音が9つ響く。1つは人修羅が駆けるときに蹴り飛ばした水が地に落ちた音。残りの8つはウィルオウィスプが弾けた飛んだ音だ。

 

「サヨナラ」

 

無意味な別れの言葉を、無感情に告げる人修羅。それはまさに殺戮マシンという言葉がふさわしかった。

 

「また速くなったわね、人修羅」

 

「これだけ殺ってりゃあな」

 

ウィルオウィスプ達を殴り殺した感触が残る拳をグーパーしながらも、人修羅は歩みを止めない。殺しも、歩みも、人修羅には変わらない。

 

続いて現れる悪魔。幽鬼 ガキと地霊 コダマが()()()()

 

「コダマは私にちょうだい」

 

ピクシーの言葉に人修羅はうなずくと再び駆けた。今度はピクシーの放つ雷撃とともに。

 

バッシャア!!バチィ!!

 

人修羅の速攻とピクシーの魔法の早撃ちは悪魔達に行動を一切許さない。現れたらその都度、殺す。

 

ウィルオウィスプとガキが同時に現れた。殺した。

 

コダマが5体現れた。殺した。

 

ガキが12体現れた。殺した。

 

殺した。殺した。殺した。

 

そして、静かになった。

 

「ネタ切れかね」

 

首を傾けて人修羅は言う。

 

「多分ね。フッ……」

 

電撃を放ちすぎて煙を上げる指先を、ピクシーは一息吹いて煙を消す。

 

その間も人修羅とピクシーは歩みを止めない。歩むその速さすら落ちてないのだ。疲れの色さえ、見せてない。

 

場数を踏みすぎた彼らにとって、この程度は障害にすらならないようだ。

 

もしそんな彼らに障害となるようなものがあるとするなら、それは……

 

「「…………」」

 

通路を抜けた先、そこにあの二人がいた。

 

謎の老紳士と喪服の淑女。このアマラ深界の主とその側近は二人を見て笑う。力強く、凶悪と言っても過言でない戦闘力を持つ二人が、まるで自分のことであるように楽しげに笑う。

 

そして老紳士は二人に指先を向ける。

 

すると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人はシンジュク衛生病院に戻っていた。

 

「………あの爺さんもさ。なんかくれないのかね」

 

「景品みたいなのが?」

 

「うん」

 

益体もない話をしながら人修羅とピクシーはエレベーターに乗る。その様はまるで学校のテストに愚痴る学生のよう。

 

普通戦闘をこなせば、勝とうが負けようが何がしかの心境の動きはあるはずなのだ。だが二人に落胆や興奮といった物は影も形もなかった。

 

彼らは壊れている。悪魔という破綻した存在の中でも、さらに壊れている。

 

山のように築き上げたキルスコア。大河の如く流した敵の血。

 

勝つのが当たり前、殺すのが当たり前。二人にとって殺しとは日頃から行われている作業なのである。

 

そこに感動などあろうものか。

 

人修羅とピクシーはエレベーターに乗り込むと一階に向かった。目指すは、この病院を現在我が物顔で占拠している哀れな悪魔。

 

名を、堕天使 フォルネウス

 

 

 

 

 

 



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第3話 殺戮と脱出

遅れて申し訳ない……


本当は、あいつらのことなんてどうでも良いのかも知れない。

 

殺すと言われたことは何億回とある。殺意もおんなじ数だけ向けられた。初めは怖かったもんだが、そんだけ回数重ねりゃあ、そりゃ慣れるわ。

 

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おかしな話だろう?想像してみ?日頃友だと信用してる奴にいきなり、本気で殺意を籠められて『死ね』と言われたら……何かしら心の傷を負うもんだ。そうだろ?

 

かつて俺も二人から死刑宣告を告げられて殺しにかかられた時はそりゃあ言葉に言い表せないほど傷ついたもんさ。悲しかった、はずだ。

 

はずだ……ってのはもう覚えてないからさ。情けないことに俺はもうその『悲しい』という感情が分かんねぇのよ。どうだったかってのも記憶にない。

 

つまり、だ。もう俺はあいつらに何を言われようが心が痛まない。つまり俺にとってあいつらはもうどうでもいいのよ。

 

現実世界の未練はあいつらだけじゃないだろうって?

 

俺はもう現実世界のことをほとんど覚えちゃいない。自分がかつてどういう名前だったのかも覚えてないんだ。

 

どう表現したもんか。砂の城のようにどんどん記憶と、人間にとって大切な『何か』が崩れていくんだ。最初はこの事実に恐怖した。このままじゃ自分が自分で無くなってしまうってな。

 

だがこのループを繰り返していくうちに……ふと思っちまった。このまま自分を語る全てが、何もかも無くなってしまえば楽なのにって。だというのに、かすかに残った、あの世界の暖かさが忘れられないんだ。

 

あぁ……どうせなら……いっそ今の世界のように……本当に何もかも無くなってしまえばよかったのに。

 

そうすりゃ……俺は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんども思うが……忌々しいという言葉しか出てこねぇなこりゃあ……」

 

「まったく……ねッ!!」

 

ピクシーは人修羅の言葉に賛同しながら瓦礫の山にジオを放つ。最下級の魔法でしかないそれは、瓦礫の山に焦げ1つ作れずに消えた。

 

シンジュク衛生病院本院一階エントランスホール。本来ならばここに出入口がある。が、何者かがその出入口を瓦礫に埋めてしまっていた。

 

ただの瓦礫じゃない。それに加えて瓦礫を固定する魔法がかけられている。これでは掘り進むことも出来ない。

 

「あのエイは……前はどうしたっけ?」

 

「人修羅が三枚おろしにして、カハクがそれを焼き魚にしたわ」

 

「……ん?ピクシーとシキガミがジオ連発して黒焦げにしたんじゃなかったっけ?」

 

「それは前の前よ」

 

「あぁ……そうか……」

 

ポリポリと頬を掻きながら人修羅はぼんやりと思い出す。あの時はとっとと病院を出たい気持ちが強くてエイに……フォルネウスに一言も喋らせずに瞬殺したような気がした。

 

「今回もそうしたいなぁ……」

 

「今回もっていうか……もう99回連続で私達、あのエイを瞬殺してるわよ」

 

「……よく数えてるな」

 

呆れた声をあげる人修羅。『だってそれぐらい面白く瞬殺していくんだもん』とピクシー。

 

その間にも二人は歩みを止めない。道筋はすでに分かっているのだから止まる必要はない。

 

フォルネウスがいるのは分院のエントランスホール。その悪魔はそこで病院から出ていこうとする悪魔を皆殺しにしている。

 

で、あれば人修羅は今いる本院から分院に行かなければならないのだが、現在2つある本院と分院の通路は塞がれている。

 

進むためには二階の本院と分院を分けるゲートを開けなければならないが、そのためにはゲートパスが必要になる。そしてそのゲートパスは本院にいるガキ達が持っている。

つまり、まず初めに人修羅がやらねばならないのはガキ退治ということになる。

 

「現時点で俺のレベルがあと10あればなぁ……ゲートをぶち抜くという手段がとれるんだが」

 

「無い物ねだりしてもしょうがないでしょ?さっさと行くわよ!」

 

「ん……」

 

気の入らない返事をしながら人修羅は歩を速める。目的がはっきりしているなら、後は迅速に行動するのみだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、ここまで来たわけだが………」

 

人修羅とピクシーはとある病室の前にいた。病室から、『喰イテー』だの『マガツヒィ…』だのと常人が聞けば悪寒が走るようなうめき声が溢れていた。

 

間違いなく、件のガキ達がいる部屋だ。

 

「さて、いつも通りに頼むよ。ピクシー」

 

「はいはい」

 

ピクシーはそう言うとコホンと小さく咳払いし、病室に向けてガキそっくりの声をあげた。

 

「マガツヒ……持ッテキタ……イッパイ…アル」

 

「マガツヒ!!」

 

「食イテー!」

 

効果はすぐに現れた。知能の低いガキ達はピクシーの嘘にまんまと引っ掛かり、欲望の赴くまま食いつくように扉を開けた。

 

それが『作業開始』の合図となった。

 

「………!」

 

扉が開けられた瞬間、人修羅は目にも止まらぬ速さで病室に突撃、一番近くにいたガキの顔面向けて拳を振り抜いた。

 

グシャ!!

 

哀れ、扉から一番近くにいたガキの頭は弾け飛んだ。

 

残る2体のガキは突如の来襲に一瞬行動が遅れたが、目の前の侵入者を敵と認めるや否や人修羅に攻撃を繰り出す。

 

「………」

 

人修羅の思考は戦闘に入った時点で極限まで加速している。濁った金の瞳で敵の攻撃を見るや、速度を一瞬で予測、一番最初に攻撃が届くガキを蹴り飛ばす。

 

「グギャ!!」

 

悲鳴を上げて吹き飛ぶガキ。致命傷には程遠いが次に来るガキに対して反撃する時間は得た。

 

続くニ体目のガキの攻撃。小さいが鋭利な爪で人修羅の脇腹を狙う。狙い済ますガキの目は仲魔の仇討ちに走る復讐者の目ではない。空腹に飢えた、捕食者の目だ。

 

そういう手合の攻撃は人修羅にとって読みやすい。速度と力に任せた、単調な攻撃しか繰り出せない。

 

「シッ!」

 

「ギャ!?」

 

人修羅はガキの攻撃を掻い潜ると同時に足を払い、ガキを転倒させる。人修羅は転倒したガキに向けて足を振り上げると……

 

「ヘァアッ!!」

 

気勢とともにガキの頭を踏み潰した。

 

無表情の人修羅の頬に数的の血が付着するがそれに構わず最後のガキに視線を向ける。

 

「グ、ギギ……!」

 

蹴り飛ばされたガキはふらつきながら立ち上がる。壁に衝突した際に脳が揺らされたか。

 

ガキの目は憤怒に燃えていた。殺してやると言葉に現さずとも、凄まじいまでの殺意をありありと放っていた。

 

そしてガキは怒りのまま、人修羅に飛びかかろうと身構えた。その時だった。

 

ガクンと人修羅の首が右に傾いた。

 

その瞬間、一瞬前まで人修羅の頭があった場所に電撃が駆け抜け、ガキを撃ち抜いた。

 

「ギ……ア……ッ!!」

 

心臓部分を撃ち抜かれたガキは壊れかけの機械のような金切り声をあげながら絶命していった。

 

「ナイスアシスト」

 

「どういたしまして」

 

傾けた首を左右に軽く動かしながら人修羅はピクシーを称賛し、ピクシーはそれに答える。

 

人修羅は三体目に殺したガキの手からゲートパスをひったくるように取ると、それを上に掲げてまじまじとそのパスを見た。

 

「傷なし。曲がりなし……と。問題なく通れそうだ」

 

「それじゃ、ここからとっとと出るわよ」

 

「そうさな。あのエイをどう料理したもんか。考えながら行きましょうかね」

 

人修羅は無事なゲートパスをアイテムボックスと名付けている人修羅が作り出す謎の異空間に放り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは夢だ。薄れゆく意識の中、フォルネウスは目の前の現実を認められずにいた。だってそうだろう。七十二柱の魔神の一柱を担う自分がこんな、こんな惨めな最期を迎える訳がないのだ。

 

だとしたら……これはなんだ?

 

いきなり現れたこの悪魔は、何体も悪魔を従えていた。数にモノを言わせた作戦を行うその悪魔を弱者とフォルネウスは判断した。群れるのは、弱者の行うことだ。

 

だとしたら……これはなんだ?

 

電撃魔法を何発も撃たれるのは予想の範囲内だった。弱点をついてくるのは基礎の基礎だ。その後に前衛が突撃してくるのも予想の範疇だ。フォルネウスは前衛も後衛もまとめて得意の氷結魔法で一網打尽にするつもりだったのだ。

 

だというのに……これはなんだ?

 

電撃魔法を撃たれ、痺れて動きが鈍くなったのを狙ってきた悪魔はあっという間にフォルネウスの体を爪でズタズタに引き裂いたのだ。

スキルでも、魔法でもない。純粋な力のみでフォルネウスは八つ裂きにされてしまったのだ。

 

あり得ない……あり得ない!!

 

この病院にこんな化け物がいたことに気付かないなんてあり得ない!

 

フォルネウスは否定したかった。自分の死を、目の前の悪魔の存在を夢だ嘘だと否定したかった。

 

だが耳に残る悪魔の言葉が焼き付いて離れない。

 

「瞬殺百回目。おめでとう」

 

何のことかは分からない。だが心胆を底冷えさせる無感情なその言葉にフォルネウスは隠しきれない、底なしの残虐性を見た。

 

恐怖と戦慄に震えながら、フォルネウスはその意識を永遠に閉ざした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、つまんね」

 

「まぁ、楽しめるわけがないんだけどねー。飽きるほど相手にした相手なんだし」

 

フォルネウスの骸に胡座をかく人修羅とその肩に座るピクシーの言葉である。

 

二人は分院に突入したあと、そこにいた悪魔達を殺し、あるいは仲魔にしたあとフォルネウスを急襲、これを惨殺した。言葉にするのは簡単だが、シンジュクに出没する脆弱な悪魔にそれをやるのは至難である。

 

それを行った人修羅とピクシーはこのシンジュク衛生病院の主のようになってしまった。一言で言えば、この衛生病院にいた悪魔は人修羅とピクシーを恐れて逃げてしまったのだ。

 

「ここでのマガツヒ集めはもう期待出来ない。とっととシブヤに行きますか」

 

「そうね。私達には、時間がないものね」

 

「無限に繰り返す時間に閉じ込められているのに、時間がないんだもんな。笑えん話だ」

 

そう嗤う人修羅に肩をすくめて答えるピクシー。フォルネウスの死体の上に座してしなければ、仲良しの二人組といった光景だった。

 

その周囲で、人修羅が仲魔にした悪魔達はフォルネウスが溜め込んでいた宝を嬉々として集めていた。集めてくれたら、何割か譲ってやると人修羅が言った瞬間から仲魔達はやる気を出して回収作業に入ったのだ。

 

「あー、外に出たらチンに突っつかれる……」

 

「アイツらね……うるさいのよね。声が」

 

「あと羽ばたきな」

 

「バサバサギャーギャーとはっきり言って害悪なのよね……」

 

愚痴る二人だが、決してただ無為な時間を過ごしているわけではない。椅子にしているフォルネウスのマガツヒを吸っているのだ。椅子にしているのも、そうすれば体に触れている面積が増え、マガツヒを奪う効率が上がるからであり、決して死体を椅子にする趣味があるわけではない。

 

「人修羅~、集め終わったわよ~!」

 

そのうち宝集めのメンバーの一体である地霊 カハクが回収終了の声をあげた。

 

「こっちも終わるところだ……おっと」

 

フォルネウスの死体からマガツヒを抜ききるとフォルネウスの死体が溶けるように消え、その上に乗っかっていた人修羅がストンと床に落ちた。

 

「きゃっ!もう何やってるのよ~」

 

「すまん。ぼんやりしてた」

 

間抜けをさらすそんな人修羅を先程まで生きていたフォルネウスが見ていたらきっと目を疑うだろう。それほど戦闘体勢の人修羅とそうでない人修羅には差があった。

 

集めた宝から何割かを約束通り仲魔に渡し、残りをアイテムボックスに放り込むと人修羅はルンルン気分の仲魔達を率いて病院の出口に向かった。

 

人修羅のX回目の物語は、まだ始まったばかりだ。

 

 

 

 



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第4話 理解されない弱さ

シンジュク衛生病院を抜け出した人修羅一行。薄暗い病院を抜け、人修羅達は明るい外の光を浴びる。それは、太陽の光……ではない。

 

無尽光 カグツチ。この世界を管理し、創生の流れを監視している創生戦争という『ゲーム』のゲームマスター。彼の放つ光が太陽に変わってこの世界を照らす光源たなっている。

 

その光をもたらすカグツチを、人修羅はつい一時間ぐらい前に殺した。死の間際に言い放つカグツチの捨て台詞が人修羅の耳にはこびりついていた。

 

『……お前は何一つ手に出来まい。人修羅。お前に安息がもたらされる日は来ないのだ……』

 

『……呪われ続けよ人修羅。お前に未来はない……』

 

その言葉を、もう何回聞いたことだろうか。それを否定したいがために人修羅は奔走し、今に至るのだが……未だに打開出来る希望すら見えてこない。

 

「……止まるものか」

 

憎々しげにカグツチを睨み、吐き捨てる人修羅は前を向く。消えかけの記憶を信じれば、そこには金髪の坊っちゃんと喪服の老婆が立ち、人修羅にカグツチのことを教えたのだ。

 

最初の一回以来、その二人は現れていない。まるで語るべきことは語った、とでも言うように。

 

「お前らの希望には……乗らんよ……」

 

確固たる言葉。しかしカグツチに吐いた恨みの言葉よりかは、力が弱かった。

 

人修羅は歩みを進める。その隣をピクシーが飛び、後から他の仲魔達がついていく。

 

人修羅の旅がまた始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

人修羅が去ったあと、そこに赤いコートをきた男が現れた。

 

「ここが、東京か」

 

男はそう言い、辺りを見渡した。

 

「どうやらスシだのゲイシャだのって雰囲気じゃなさそうだな」

 

男はそういうと舌打ちをした。

 

「まったくあのジジイ。厄介な依頼をもってきやがる…仕方ない、少し調べてみるか」

 

男はそういうとコートをなびかせながら、変貌したトウキョウの地を、ボルテクス界を歩き始めた。

 

男と人修羅。邂逅の時が来たのなら、その時は人修羅の無限の輪廻に変化がもたらされるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人修羅一行はシンジュクを抜けた後、まっすぐシブヤ方面に向かった。道中にあるヨヨギ公園を素通りし、人修羅が言ったとおりチンの群れにうんざりしながら。

 

シブヤについた頃には人修羅達は機嫌が悪くなっていた。チンに突っつかれ、羽ばたきを喰らい、もみくちゃにされていた。それでも人修羅達の損傷が軽いのは、人修羅とピクシーの数えきれない戦闘経験によるものだろう。

 

「さて、無事にシブヤに着いたわけだけど……どうする?」

 

「……先に回復だろう」

 

「ま、それもそうね」

 

このシブヤには悪魔のための施設がたくさんある。様々なアイテムがならぶジャンクショップ。悪魔合体が可能な邪教の館。ターミナル。そして回復の泉だ。

 

この回復の泉というのがなかなか不思議なもので、このボルテクス界のあちらこちらに点在する施設だ。

そして各所にある泉には必ず1人、泉の聖女と呼ばれる女性がいる。この泉の聖女が、泉の癒しの力を行使して様々な負傷や損耗した魔力、毒や呪いをたちまち治してくれるのだ。もちろん、有料だが。

 

この回復の泉は、どんなに人修羅とピクシーが戦闘経験を重ねて強大になろうとも、お世話になっていることに変わりはなかった。

 

回復優先とばかりに人修羅一行は回復の泉に向かう。損耗を回復出来るのなら、それを迅速に行うべきなのだ。

 

このボルテクスという地獄は、継戦能力も問われる。強いだけでいて、次に備えることを怠ると、たちまち死に繋がるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お行きなさい。こちらを振り返ってはなりませんよ……」

 

意味深なこの言葉を背に回復した人修羅一行はシブヤに地下街に出た。

 

「……振り返るな、か」

 

その言葉は、人修羅にある種の重みを感じさせた。今はないあの世界に未だに未練を残している人修羅は、振り返ってばかりだった。そして振り返ってみたその光景を、どんどん忘れていくばかり。

 

「………」

 

ふと、ある言葉が人修羅の頭に浮かぶ。

 

『こんな世界でフラフラと……何やってるんだろうな……俺たち……』

 

「嗚呼、本当に……何やってるんだろうな」

 

無駄だと分かってるのに、前の世界の帰還に焦がれる自分に人修羅は自己嫌悪に駆られる。そしてそんな感情を浮かべる自分自身に、さらに自己嫌悪を深める。

 

「……いっそ壊れろ……」

 

ボロボロになった己の魂に向かって、まるで威嚇する狼のように唸る人修羅。だが、未だに人の弱さを持つ人修羅の魂は、痛みを訴え続ける。

 

そしてそれは、人修羅の歩みを、ある少女の元に向かわせる。

 

それは後に、強者のみを求めて敵となる少女だ。

 

シブヤの地下街。その奥にあるディスコに、彼女はいた。

 

「……───」

 

人修羅にとって、それは苦痛の再開だ。それは間違いなく会いたかった親友の顔だ。そしてそれは同時に、殺すべき敵の、過去の姿でもあるということ。

 

自ら守護に変生し、ヨスガのコトワリを降ろす者。

 

橘 千晶が、そこにいた。

 

「…どんな顔したらいいのかな。こんな時。喜べばいいのかな。お互い無事でよかったね、とか……分かるわ■■君でしょ」

 

「……っ」

 

千晶がかつての人修羅の名前を呼ぶ。だが、まるでそこだけ欠落したかのように、その短い音が人修羅の耳に届く前に消える。

 

それに顔をしかめるが、面に出さず人修羅は返す。

 

「あぁ……その通りだ」

 

そして無理矢理笑ってみせる。ギギッとまるで錆び付いた機械のような、ぎこちない笑みの作り方だった。

 

それに対し、千晶も僅かに微笑むが、すぐにまた泣きたそうな顔になる。

 

「私、分かったの。泣いても……大声を出しても……この悪夢は覚めないって」

 

「……現実さ。残念ながらこれは」

 

突きつけるような人修羅の言葉に千晶は目を伏せる。

 

「そうね……少しだけ疲れちゃった。■■くんは……知ってるの?世界に、いったい何が起こったのか」

 

もちろん、人修羅はその答えを持っていた。それこそ受胎を引き起こした氷川以上に。だが、それを千晶に言う必要はなかった。ただ一言、人修羅は千晶に伝えた。

 

「どうやら、オカルト雑誌に載っていた受胎、という現象が起きたらしい……」

 

人修羅の言葉に、千晶は目を見開く。

 

「……受胎?それって、東京……受胎?■■くんの雑誌に載ってたあれが……現実になったってこと?」

 

信じられないという千晶だが、今の状態で人修羅が冗談を言うわけがないと思い直した。驚愕に見開かれた千晶の瞳が、再び伏せられる。

 

「そっか、嫌になるわね……」

 

「………」

 

『千晶。お前はボルテクスの表層を垣間見ただけだ。地獄はこれからだ。お前は、これからそこに俺を叩き落とすんだよ』

 

それが言えたらどれだけ楽だっただろうか。もし繰り返しの中で見つけた真実を全て千晶にぶつけられたら、どれだけ良かっただろうか。

 

だがそれはならない。物語を根底から覆すことは、人修羅に許されていない。

 

千晶は人修羅の心情を読み取ることなく、嘆き続ける。

 

「街の外がどうなってるか……もう見たでしょ?

わたしの家なんて、何処に建ってたかも分からなくなっちゃった……もしかしたら人間は世界中で私1人なのかもって、本気で考えてたわ。……■■くんに会えて良かった」

 

「……あぁ、俺もだ。一人ぼっちなんて、耐えられないよな」

 

心にもない同情の言葉を、千晶に投げ掛ける。弱々しく、人修羅の言葉に賛同する千晶。

 

「ちょっとだけ……希望が見えた気がする。無事だった人、他にもきっといるわよね。祐子先生だって、勇くんだって、何処かにいるかも知れない」

 

生存者の数だって、人修羅は知っていた。だが言葉に出さない。

 

「あぁ、居るさ。絶対居るさ」

 

何度も吐いた。そのセリフを人修羅はまた言う。今の千晶のように、受胎の被害を受けて右も左も分からない被害者を、人修羅は演じた。

 

伏せた目を再び見開いた千晶。その瞳には、弱々しいが確固たる覚悟を秘めていた。

 

「……私、探してみるわ」

 

「……この地獄みたいなところを?何のあてもなくか?」

 

人修羅はここで千晶の『引き留め』に入った。ここが人の千晶と、創生を目指す千晶との境界線だ。このボルテクス界をさまよう時を与えたのなら、千晶は己の真理を見つけてしまう。

 

だから、ここで千晶を止めたかった。それだけが、人修羅に出来る物語の反逆だった。

 

だが千晶は決意を鈍らせなかった。

 

「このままじゃ、済まないもの」

 

そういって、人修羅の恐れを抱かせる言葉をはねのけた。

 

「……そうかい」

 

ならば、ここで殺すべきか。人修羅の脳裏にその考えが浮かぶ。

 

真理を見つけてしまった千晶は守護を降ろすために何でもやる覚悟を持ってしまう。そして血の上に力の信仰を築き上げるのだ。

 

だが、だが……

 

「みんな、きっと生きてる……運命は、そんな残酷じゃない。そうじゃなきゃ……あんまりだわ……」

 

消え入るような千晶の言葉。それが人修羅の殺意を揺さぶる。

 

親友なのだ。

 

たとえ未来、人修羅の心をズタズタに引き裂こうとも、絆を否定されようとも、敵対しようとも、

 

人修羅にとって、今の彼女は親友、橘 千晶なのだ。

 

「……あぁ、そうだな。きっと俺たちは救われるさ」

 

だから人修羅はまたそんな嘘をつく。心にもない、どうしようもなくくだらない。そんな大嘘を。

 

そんな嘘に励まされ、千晶はしっかりとした歩みでディスコを去っていった。

 

「………嘘つき」

 

「知ってる」

 

ピクシーに咎めるような言葉に人修羅は自嘲の笑みを浮かべながらそれを肯定する。

 

「あぁ、そうだ。俺は嘘ばっかだ。千晶も、勇も、先生も、ヒジリも、そして自分にも嘘ばっかついてさ。本当にどうしようもねぇ……そんなことは知ってるさ」

 

だが、と人修羅は続ける。

 

「俺はあいつらの友達でありたい。()()()()()()。そんな自分自身の想いに嘘をつきたくないんだよ」

 

それは、切に人修羅に残された、最後の未練。

 

吐き出すような人修羅の心情の吐露をピクシーはかぶりを振った。理解できないとばかりに

 

「……私には分からないわ。その未練。裏切られると分かっていてなんで友達でありたいと願うのよ?」

 

人修羅はその問い掛けに対して答えられなかった。人間の、その言葉に出来ない複雑な心情を伝えることなど、人修羅には出来なかった。

 

そんな価値観の違いこそが、人修羅とピクシーを隔てる壁であった。

 

明確な答えを示せないまま、彼はディスコの出口に向かう。ピクシーは追求せずに人修羅の後を追う。分かっているのだ。追求したところで、ピクシーは、悪魔は人の弱さを理解出来ないということが。

 

理解されないまま彼らはゆく。ゆくしかないのだ。

 

 



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第5話 アマラに惑う

遅くなってしまった……


ヒョコヒョコ。落ち着きという言葉がないとばかりにその悪魔は動く。ヒョコヒョコヒョコヒョコと。

子供が作る雪だるまに手足を着けて、青い帽子を被せたかのような悪魔、妖精 ジャックフロストの開く店に人修羅はいた。

ジャンクショップの名前にふさわしく、店内にある商品の並び方は乱雑としており、店の狭さがそれに拍車をかけている。

人修羅がここにいる理由は当然買い物だ。傷薬や状態異常に対するアイテムの補充は、この世界を生き抜く中で言うまでもなくやるべきことだ。

おまけにこの店には人修羅の力の根元たるマガタマが売られている。それも買わないわけにはいかなかった。

 

「(しかしそれにしても……)」

 

人修羅は最大の目的と言っても良いマガタマに提示された金額を見て辟易した。

 

「(……高い)」

 

マガタマのイヨマンテとシラヌイ。双方のお値段はどう贔屓目に見ても高い。特に弱小悪魔ばかりのシンジュク・シブヤエリアにしかいられない今の時点では稼ぎ(強奪できる金銭)も少ない。お財布に深刻なダメージになるのは否めない。いくら人修羅が強くなろうが、財力だけは如何ともし難いのが常なのだ。

 

「(とはいえ、金をケチって死んだら元も子もなし……)」

 

人修羅はそう割りきって現状、大金とも言える額を店主のジャックフロスト……固有名をヒーホー君と言うらしい……に支払う。

 

「ヒホ!まいどあり~!」

 

懐が寒くなった人修羅に対して、大儲けのヒーホー君はその喜びを隠そうともせずにヒョコヒョコ跳ねる。

 

そんな彼(?)も、人修羅とはいずれ敵対関係になる運命にある。強力なマガタマを手にいれ、帝王を名乗って人修羅の目の前に立つのだ。

それを思えば、千晶や勇同様、このヒーホー君も人修羅と因縁浅からぬと言っても良いのだろう。違うのは、その後に復活して人修羅と行動を共にするようになるということか。

 

とはいえ、敵になるのは変わりない。人修羅はお調子者のヒーホー君に良い笑顔でこう言った。

 

「……覚悟しておけ」

 

「ヒホ!?」

 

現時点でヒーホー君は人修羅のことを何も知らない。ドスの聞いた声でそう言われて、ヒーホー君は人修羅に対してびた一文値切らなかったことに怒ってるのではとあながち間違いではない想像を働かせる。

そんなヒーホー君を他所に人修羅はひっそりとジャンクショップを出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、邪教の館にて悪魔合体を行い、パーティーの強化を行うと人修羅一行はシブヤ・ターミナルに向かう。そこには今までの流れと同じように、ある男がいた。

記者であり、現人修羅の協力者。ヒジリである。

 

「お前……驚いたな。自力でこの街まで歩いて来たのか。どうやら、大変な力を得たらしいな」

 

「嬉しくない話だがな。どんどん人間をやめていってるんだ。ちなみに今なら口から火が吹けるぞ?」

 

「………ここでやるなよ?」

 

「……それはやれってことか?」

 

「そうじゃねぇよバカ」

 

人修羅がわざとらしくすぅ~と息を吸うとわりと本気に見えたのかヒジリはターミナルを盾に隠れる。

そんな反応にくつくつと笑うと人修羅はヒジリに()()()()()()()

 

「で?アンタはどうやってここへ?まさか歩いて来たわけじゃないだろ?」

 

そりゃもちろんとヒジリは頷きながらコツンとターミナルを叩く。

 

「こいつを使ってな、少し前に来たのさ」

 

「ふうん」

 

気のない人修羅の相づち。人修羅は続くヒジリの言葉を知っている。故に気がない。

そんな人修羅の態度にヒジリは軽く眉をひそめるが、ヒジリは説明を続ける。

 

「覚えてるか……?同じ物が病院にもあっただろ。こいつはただのオブジェじゃねえ。トンデモねえ機能を秘めた装置だ。

1つ1つが回路のような不思議な空間でつながってるんだ。その回廊……『アマラ経絡』を使えば、何でも一瞬で離れた場所へ飛ばせる。その転送機能で、オレはここまで来たのさ」

 

「……そんなワケわからん代物をよく使おうだなんて思ったな」

 

「……お前の言うことはもっともだが、あの病院に何時までも閉じ籠ってるわけにもいかなかったからな」

 

呆れたような声をだす人修羅に肩をすくめながら返すヒジリ。そしてヒジリは話を本題に移していった。

 

「……恐らくこの装置はまだ幾つもあって、巨大なネットワークになってる。あの男…氷川の所にも必ずつながってるはずだ……よう、手を組まないか」

 

「……なるべく支援してやるから、それを使って氷川の所へ行けって?」

 

人修羅の言葉にヒジリは苦々しい表情になる。

 

「今の状況を変えるには氷川の影を追うしかない。現状、実力的にそれができるのはお前だけだ。

ウワサじゃ『創世』とやらを掲げる組織がギンザにあるそうじゃねえか。

しかも率いてるのは人間だってな。オレは……それが氷川の事だとにらんでる」

 

「……例えそれが真実だとしても俺が無事に氷川の下にたどり着ける保障がないのだが」

 

「……確かに危険だが、やみくもに歩き回るよりだいぶマシな提案だと思うぜ?」

 

ヒジリの言葉に人修羅はため息をつく。ヒジリの言葉は何回と行われたやり取りとほとんど変わらないものだ。ループの打開は、残念ながらここにはないようだ。

 

「……分かった。行くよ」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「そうか、行ってくれるか。すまねぇな子供にこんな重荷を背負わせて」

 

「仕方がない。その代わり、しっかり働けるところは働けよ?」

 

「あぁ、分かってる………それじゃ転送するぜ?……死ぬなよ」

 

「あぁ」

 

人修羅が頷くとヒジリはターミナルを何やらいじり始める。するとターミナルが淡い青に発光しながらぐるぐると回転し始める。それを見つめていれば、ターミナルはますます光を強め、回転が速くなる。

 

そして次の瞬間。人修羅はターミナルに、アマラ経絡に引きずり込まれた。

 

ヒュオオという空気を猛スピードで切り裂く音が人修羅とピクシーの耳を打つ。人修羅もピクシーも何一つ動作を行っていないのに。体が何かに引っ張られて無限の回廊をかけていく。

目まぐるしいと感じるほど、何度も何度も回廊の曲がり角を曲がってゆき、どんどんと進んでいくが、途中で異変が起きた。

 

ジリジリと人修羅が見る光景に赤いスパークが走る。その瞬間、凄まじい音と共に人修羅とピクシーの体に急制動がかかる。

 

「おおっと……」

 

アマラ経絡の床に足をつけ、ふんばり、前のめりに転ぶことを難なく防ぐ。

 

何のことはない。これもまた()()()()()()()である。

 

「おい、大丈夫か?」

 

切羽詰まったようなヒジリの声に人修羅はあぁとだけ返す。

 

「そうか。無事で良かった……どうやら転送に失敗し、アマラ経絡に落っこちてしまったらしい」

 

「……ここからギンザまで徒歩で行けるか?」

 

「え?あぁ……路である以上、当然出口はあるし途中まで転送は成功していたから距離もそこまで遠くはないはずだが……」

 

「なら問題ない」

 

淡々とそう言う人修羅に頼もしいなと微かに呟くヒジリ。

 

「そっちは全然頼りにならないわね」

 

「うぐ……」

 

情け容赦なしのピクシーの言葉が深く突き刺さったようでヒジリは呻くような声をあげる。

 

「な、何か困ったらその時は俺に言え。これを操作すれば何とかなるかもしれん」

 

「はいはい」

 

期待しないわよーと言わんばかりのピクシーの言葉にヒジリはついにぐうの音も出なくなってしまった。

しかしピクシーの言葉も当然と言えば当然なのだ。今後のことを知っている人修羅達にとってヒジリのもたらすものはあまりプラスにならないものだ。

 

人修羅は頭の中に入っているアマラ経絡のマップを頼りに進み始める。あまりプラスにならないとはいえ、ギンザまでたどり着くためにはヒジリの協力は必要だ。

頼りにならないのなら、頼りになるようにしてやれば良い。人にも仲魔にも、人修羅は常にそうしてきたのだから。

 

とりあえず最初の弊害。アマラ経絡名物である封鎖される通路を目にするため、人修羅は進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アマラ経絡。経絡とは血の流れ、神経の流れの事を指し、すなわちアマラ経絡とは世界の血管であると仲魔の一人が人修羅にそう教えた……もっとも、流れるのは血でも神経の電気信号でもなく、大量のマガツヒなのだが。

 

すなわちマガツヒこそが世界の動力源であり、それは即ち人々の感情こそが世界の動力源に他ならないということでもある。

 

そしてマガツヒがある以上、この場所でも当然悪魔は生まれる。だが、ここにいる悪魔は外の悪魔とは少し様相が異なる。

外道や幽鬼、精霊や御霊といったアストラル体……つまり霊的存在の悪魔のみがここには出現する。これはこのアマラ経絡がマガツヒの流れる場所……言い方を変えれば『不特定多数の存在の意思が流れる場所』だからである。

 

外道や幽鬼は亡霊や怨霊と言った類いの者であるし、精霊は自然の意思の形。御霊は神の意思の側面の一つである。

 

そしてそれらはアマラ経絡の大量のマガツヒを吸って強大な存在になる…わけでもない。

 

このアマラ経絡のマガツヒを大量に得るためには、ターミナルよりも強力なアマラ経絡そのものに干渉出来る装置を用いるか、もしくは強大な力が必要になるのだ。

それがない悪魔にこのアマラ経絡のマガツヒを啜ることは不可能。もしくはこぼれたほんの僅かなマガツヒのみを得るのみである。

 

故に、人修羅にこのアマラ経絡のマガツヒを吸うことは不可能。手っ取り早く強くなる方法は、やはり敵対する悪魔を殺し、その遺体からマガツヒを奪うのみである。

あれこれ手を尽くしてこのアマラ経絡からマガツヒを得ようとして挫折した人修羅は、その結論に達していた。

 

だがアマラ経絡の特徴はマガツヒだけではない。様々な世界に繋がる路であるため、あちこちから貴重なアイテムが流れてくるのだ。

 

そしてそれに代表するものが、宝石である。

 

この世界において宝石は大した金銭的価値はない。悪魔は人間のように宝石に多大な値段を付けないからだ。

ならば何に使うのかと言えば、この先のギンザにある宝石店と物々交換するためだ。

 

パッと見て人間のようであるそこの店主は少々風変わりな商売をしている。ボルテクス界でも希少とされるような強力な力を持つアイテムや特別な力を持つ精霊や御霊を、宝石と交換するというものだ。

 

言葉による交渉には一切応じない御霊や精霊をどうやって己の手の内にしているのか甚だ疑問ではあるが、そんな彼からもたらされるものは確かに大きなものだ。

 

このアマラ経絡は、そのための交渉材料である宝石を集めるのに向いている。

 

だが欲に眩んでこの路をさまようのは大変よろしくない。この路はボルテクス界を歩くより危険なのだ。

アマラ経絡は無限の回廊であり、ヒジリのような協力者がいない限り確実に迷う。その上、アマラ経絡は常に形が一定であるとは限らないのだ。

 

無限の回廊に絶えず変化する路。それに加え、このアマラ経絡は人の心を狂わせ、変質させる魔性の力がある。

 

そしてそれは、ヒジリや勇を後戻り出来なくなるほどに変えていってしまうのだ。

 

そして人修羅もまた、そんなアマラに影響されつつある男の一人であった。

 

「……………」

 

絶えず変化する路、多数の悪魔を、そしてある意味アマラ経絡の主である外道 スペクターを倒し、ギンザへの路を拓いた人修羅。眩い光に包まれた出口を超え、たどり着いたその先は……()()()()()()()()()

 

アマラ深界

 

無限の回廊であるアマラ経絡を奥へ、さらに奥へと進んだ先にあるアマラ経絡の深奥の世界。様々な闇が蠢き、ひしめくこの地は、ボルテクス界とは比較にならないぐらいに危険だ。

 

心だけでも人としてありたいのならば、一刻も早くここから立ち去るべき。そんな言葉をこの地の思念体からかけられるぐらいに。

 

だが人修羅はこうして呼ばれてしまう。この地を、闇を統べる。堕ちた天使によって。

 

人修羅は今、魔法の覗き穴によって視界を奪われている。視界を奪われているというのは目を潰されているというわけではなく。言葉のまま、体は覗き穴の前にあったまま、人修羅の見える風景だけが、覗き穴の奥へ奥へと進んでいくのだ。

 

そしてその先にある舞台に、彼と彼女はいた。

 

それは車椅子に乗った老紳士と、老紳士が乗った車椅子を引く、顔を布で隠した喪服姿の若い女性であった。

 

女性の表情は伺えない。服と同じく、裏側を見せない黒の布に隠された表情は何なのだろうか?

 

人でありたいと言うのにこんな地に訪れ、これから先またこの地へ訪れる、矛盾した人修羅を嗤っているのだろうか?憐れんでいるのだろうか?何も分からない。

 

ただ一つだけ言えるのは喪服姿の女の立ち振舞いは、人修羅の恩師にとてもよく似ていた。

 

老紳士と女は覗き穴を見ている人修羅を見上げていた。その様は有名なニーチェのあの言葉を彷彿とさせるものだ。

人修羅は深淵を覗き、そんな人修羅を深淵にいる者達が見ている。まさにその通りだった。

 

老紳士と女。そして人修羅は言葉は交わさなかった。語るべきことは語っている。それ以上のことは、人修羅が老紳士によって示された復讐の道を行った時だけだろう。ただ一つ。無限のループの中で同じようにもたらされるものがあった。

 

それは鍵である。このアマラ深界を進むためにはそれは無くてはならないものだ。

 

そして災いである。これから先、人修羅は狙われる。人修羅の同族にして最悪の存在。魔人達に。

 

それを……王国のメノラーを手に取った人修羅はこの地から強制に退去させられる。この地を歩むためには、人修羅はまだ弱い。だから、ボルテクス界に戻るのだ。

 

ブラックアウトしてゆく視界の中で、人修羅は老紳士を見た。人修羅は老紳士がこちらに対して何か言ってることに気づく。

 

耳をすませてそれを聞こうとするが、転移されかかっている今の人修羅の耳がまともに機能するはずがなく、聞き取れなかった。ならせめて読唇術で読み取ってやろうと目をこらす。

 

それは、短い言葉だった。

 

「最後のチャンスだ」

 

「!?」

 

何のことだと問う暇もなかった。五感がまともに機能する頃には、人修羅はギンザのターミナルにいたのだ。

 

「……い、聞こえるか!」

 

「……あぁ、聞こえるよ」

 

ターミナルから吐き出される、慌てたようなヒジリの声に人修羅は心ここにあらずといった様子で返事をする。ほっと安堵したように息を吐くヒジリ。

 

「よかった。なんとかギンザについたようだな。途中、お前の気配が消えたから心配したんだぜ?アマラ経絡に引き込まれたんじゃないかって……」

 

「………」

 

ヒジリの心配は当たっている。人修羅は先ほどまでアマラ経絡に、その深奥に引き込まれていたのだから。

 

「……よし、次の行動に移ろう。次からはお前は足を使って氷川を追ってくれ。ギンザに手掛かりがあるはずだ」

 

「だといいんだがねぇ……さっきから全くツイてないからねぇ…」

 

人修羅はいつものセリフをヒジリに言う。これもまたぼんやりとした様子で。

 

その暗い声音を、恨みがましいものと勘違いしたヒジリはうぐ、と息をつまらせる。

 

「う、運はともかくお前には力があるんだ。きっと強い悪魔がいると思うがお前ならきっと勝てるさ……悪いが戦う力のない俺は俺なりに追うさ。

氷川を追っていればいずれまた会うこともあるだろう。………じゃあな、お互いに生きて会おう」

 

「あぁ……幸あらんことを……ってね……」

 

その会話を最後にヒジリの声が聞こえなくなった。

 

「………」

 

人修羅はふぅと細長い息を吐くと。壁にもたれ掛かり、重力に負けたかのようにずるずると背を引きずりながら座っていった。

 

「どうしたのよ?」

 

様子がおかしいと気付いたピクシーが問いかける。

 

「……あいつが、あの魔王が俺に言ったんだ。最後のチャンスだって……」

 

「最後の……チャンス……」

 

反芻するかのように、その言葉を口にするピクシー。

 

「……言葉通りなら、今回のループであいつは俺を引き込むことを最後にするという意味なんだが……何故だかあいつの言葉が頭から離れない。もっと、何か重大なことがある気がする……」

 

語る人修羅の声に覇気がない。ここまでずっと戦いっぱなしだったのだ。いくら百戦錬磨の人修羅とはいえ疲れはてるだろう。その上で、あの老紳士の意味深な言葉が掛けられた。それがまるで呪詛のように、人修羅の壊れた心を蝕むのだ。

 

このままではいけない。そう思ったピクシーは反射的にこう言った。

 

()()()()()

 

スキル、子守り歌。発動。精神属性に位置付けされるそのスキルは本来妖精 ピクシーが用いる者ではない。

 

だが生憎、人修羅のそばにいるこのピクシーは、ただのピクシーではない。

 

イヨマンテのマガタマを取り込んでいる人修羅は現在、精神攻撃に対して絶大な守りを持っている。だというのに人修羅の意識は鉛のように重たくなっていく。

 

「……眠りなさい人修羅。見張りは……私がしてあげるから、ね?」

 

小さな手で幼い子供を撫でるかのように人修羅の頭を撫でるピクシー。すると人修羅は少しだけ、ほんの少しだけだけ安堵したような表情をすると。

 

「……───」

 

ガクリと意識を失うかのように眠りについた。

 

それを見届けるとピクシーはふぅと、少し疲れたように息を吐いた。

 

「精神無効を貫通させるのは……やっぱ大変ね。魔力をごっそり持ってかれるわ」

 

そう言いながらピクシーは人修羅の肩に着地し、そのまま座り込む。そして、人修羅の言葉を再び口にする。

 

「………最後のチャンス、か」

 

ピクシーの言葉はまるでその意味を知っているかのように重たかった。

 

「……人修羅。可哀想なアクマ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。あぁ本当に、悲しい話だわ。悪魔の私でも、そう感じるくらいに」

 

その声はまるで大切なモノを失って泣く小さな子供をあやすかのように優しく、憐れみに満ちたものだった。

 

そしてピクシーは人修羅に寄り添うかのように、人修羅の頬に体を預けると、人修羅が起きるまで、そのまま慰めるかのようにその頬を撫で続けた。

 



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第6話 静寂と真言の境界線で

え?俺とピクシーは恋仲にあるのかって?…仲魔内にも、そうやってからかってくる奴はいたなぁ…。

 

答えはノーだ。俺は彼女に、少なくとも恋慕は抱いてはいない。俺と彼女の関係は、恋人同士というよりは先生と生徒、もしくは姉弟のようなものだと俺は思う。

 

彼女は俺に悪魔としてのいろはを教えてくれた。時に振り回され、時に励まされ、時には導いてくれる。そんな感じの、姉のような存在だ。

 

そんな俺にとって頼りになるピクシーだが、残念ながらこの世界を生き抜くには少し……いや、かなり力不足だった。ギンザから力不足を感じ始め、ニヒロ機構攻略時にはそれが決定的になった。故に最初のループではその身を、より上位の悪魔に変異させるしかなかった。

 

この世界の悪魔はある程度のマガツヒを摂取すると、別の存在に変異する悪魔がいる。妖魔 コッパテングが妖魔 カラステングになり、さらにマガツヒを吸うと幻魔 クラマテングになるといったように。

 

妖精 ピクシーはこの変異する類いの悪魔でシブヤに行き着く頃には妖精 ハイピクシーになり、さらに多くのマガツヒを吸って夜魔 クイーンメイブになった。

 

そして一度変異した悪魔は二度と元には戻れない。摂取したマガツヒを抜かれようとも、あるのは退化ではなく、死だ。

しかし彼女はアマラ深界においてその前提を覆した。真なる友の部屋と呼ばれる小さな部屋に来たとたん、クイーンメイブは異変を起こし、そして次の瞬間にはなんとピクシーの姿に戻っていたのだ。しかもクイーンメイブよりもさらに強力な力を得て。

だが、この時まではまだ全盛期の俺より一歩下の力しか持っていなかった。

そして俺は、そんなピクシーや他の強力な力を持った仲魔達とともに守護を倒し、カグツチを倒し、そしてループに閉じ込められた。

 

『最初』に戻された俺達は、最初の時と同じ力しか持っていなかった。ピクシーもまた、アマラ深界で得た力を無かったことにされていた。再び力を得ても、カグツチを討ち取った瞬間にそれはおじゃんになった。

それはつまり、ピクシーも変異しては戻りを繰り返していたというわけだ。

 

だが、いつからだろうか?彼女がどんなにマガツヒを得ても、変異しなくなったのは。そして、自分の知らない力を得るようになったのは。

彼女のレベル。つまり分かりやすくした強さの値についてだが、それすら分からなくなってしまった。

 

俺にはどの悪魔にもない特殊能力がある。仲魔にした悪魔ならばその保有する力を一瞬にして見抜くと言うものだ。

が、そんな能力もいつしか彼女には通用しなくなってしまった。レベルの高さ、どんなスキルを保有しているのか、力、速、体、魔、運。そのどの値もいずれも分からなくなってしまったのだ。

 

ピクシーは一体、このループの果てに何に成り果ててしまったのか?

 

そしてそれは、彼女にとって本意だったのか?

 

俺は……彼女を歪めてしまったのではないか?

 

姉のように慕う彼女のことを、俺は分かっていない。分からないのだ。

 

ホント……俺は真に大切なモノを分かっていないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギンザ。シブヤと同じく、受胎を生き延びた都市であり、その繁栄を人間から悪魔に受け継がれた街である。だが、このギンザはシブヤと大きく違うことが一点ある。

 

それは、ある一つの勢力によって統治されているということである。その勢力の名前は『ニヒロ機構』そしてその勢力の頂点に立つ者こそが、人修羅が憎悪する氷川である。

ならば人修羅が行うことは氷川の抹殺……というわけにはいかなかった。

 

現在、ギンザにあるニヒロ機構の施設および、ニヒロ機構の最重要施設があるマルノウチにはニヒロの本隊が居座っている。魔王や邪神といった強力な悪魔で構成された部隊であり、さらに厄介なことにそれらが軍として機能しているということだ。

 

人修羅はギンザに来る前と後で、ある一つの区切りを着けている。それは、敵に知恵が回るかどうかということだ。

 

言ってしまえば、今まで人修羅が戦ってきたのは猛獣の分類に入れてしまえる。というのも、シンジュクやシブヤ、そしてアマラ経絡にいる悪魔は組織を持とうという考えに至ることが出来ない知能の低い悪魔だけしかいないからだ。集団を形成しようとしても、せいぜいが『群れ』である。

 

だがギンザからは違う。ギンザからは『人と変わらない、もしくはそれ以上の知恵を持つ悪魔』が『合理的に構成された集団』を形成し、『圧倒的な力を振るってくる』のだ。これにより、10の戦力を持つ悪魔が100にも200にもなる。それだけ軍というのは厄介なのだ。

 

例え今、ニヒロに敵対行為を行おうとしたのならば、例え人修羅だろうとその圧倒的な戦力で簡単に押し潰されてしまうだろう。

例え逃げようとも、数でローラー作戦に出られれば詰みである。人修羅にはどうやっても勝ち目がないのだ。

 

そういうわけで、人修羅はニヒロと同等の組織戦力が必要になる。そしてそのあては、イケブクロにあった。

 

イケブクロもギンザ同様、受胎の影響から生き残った都市であり、一つの勢力によって統治されている。

勢力の名前は『マントラ軍』力こそが正義。力ある者こそが正しいと信じて疑わない荒くれ者達の集団。

 

そのマントラ軍をニヒロにぶつけ、その隙に氷川の命を狩る。それが人修羅の目標だ。最も、何度も失敗しているが。

 

そのため目を覚ました人修羅はすぐさま()()()()()()()イケブクロに向かう準備をした。

ギンザのバーにいる情報通のママさん(正体は夜魔 ニュクスという上級悪魔である)から情報をもらい、悪魔をそろえて、バーの隣にあるロキの部屋からある目的のために千円札をくすね、ギンザからハルミへ向かう。何一つ、変わらない出来事だった。

 

ハルミにある倉庫の地下には『ギンザ大地下道』と呼ばれる地下道がある。ギンザからイケブクロまで徒歩で向かうには残念ながらこの道を通るしかない。ないのだが……

 

「………」

 

人修羅はハルミの倉庫にあるギンザ大地下道へと続くハシゴを苦い顔で睨み付けていた。

 

「……()()()が嫌なの?」

 

「……好きになれるのはよっぽど狂った奴だと思うぞ、()()()に限らず、魔人という種族は」

 

「あら?私はあなたのこと好きよ?」

 

「……ふん」

 

ストレートなピクシーの物言いに少し緩みかけた頬をすぐに引き戻すと人修羅はハシゴをむんずと掴み、トントンと音をたてながらギンザ大地下道に向かって降りていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギンザ大地下道は名前の通り、かなり長い。それはつまり人修羅達にとっては長丁場の戦いになるということだ。

だが歩きっぱなしになることはない。大地下道をある程度行ったところに『休憩所』があるのだ。それは……

 

「うわぁ!悪魔だ!?マントラ軍の悪魔だ!!」

 

「もうダメだ!おしまいだぁ!」

 

「……相変わらずうるさい奴等ねぇ」

 

「……賛成だが、『ジオ』を撃とうとするのを止めろ。それこそうるさくなるぞ」

 

「『ジオ』じゃないわ。『マハジオダイン』よ。一撃で一切合切何もかも片付けてやるわ」

 

「止めろって……」

 

人修羅としては何故今のピクシーが『マハジオダイン』を使えるのか気になるが、問うてもはぐらかされるのは目に見えているのでただ止める。

 

ピクシーが今、『マハジオダイン』の標的にしようとしているのは悪魔……ではなく『マネカタ』と呼ばれる存在である。見た目は人間そっくりだが、正体はマガツヒを取り込んだ泥人形である。

 

彼らは思念体と同じく、現実世界にいた人間達の亡霊のようなもので本当に人のように行動するのだ。

そんな彼らはこのボルテクス界のヒエラルキーにおいて最低の部類に入る。人間を模した彼らは人間と同じか、少し上の力しか持たない。悪魔達からしたら格好のエサである。マネカタ達がこんな薄汚れた地下道に住んでいるのも、悪魔から隠れ住むためである。

特に弱者=悪のマントラ軍にとってはマネカタは永遠に許容できない存在であり、現にマントラ軍はマネカタを奴隷のような扱いをしている。

 

やがて、マネカタの一人が人修羅をマントラ軍の悪魔じゃないことに気づくとあれだけ騒いでいたマネカタは「なんだ……」だの「心配して損した」だの言いながら散っていった。

 

「本当に勝手な奴等ね!勝手に騒いだ挙げ句アレよ!?腹立つわ!」

 

「まぁまぁ……」

 

ぷんすかと怒り狂うピクシーを宥めながら人修羅はさらに進んでいく。マネカタが隠れ住む大地下道のエリア。その一角にいるマネカタに会うために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう!君優しい悪魔なんだね!」

 

「……等価交換だぞ?優しくはないだろ」

 

「いやいや、これは相当貴重品だよ?作ることも出来ないんだから。それをゲートを開ける手筈をするだけでもらえるのだから僕としてはラッキーだよ!」

 

「お、おう……」

 

大興奮といった様子でそう捲し立てるのは、通称『ガタクタ集めのマネカタ』と呼ばれるマネカタだ。

 

人間と同じく、マネカタにも変わり者というものがいる。その一人が『ガタクタ集めのマネカタ』である。彼は宝石や神器といった貴重品には目もくれず、人間が使っていたガタクタをせっせと集めてはコレクションしているのだ。

 

そんな彼はしょっちゅうギンザ大地下道を抜け出し、ボルテクス界を探索してガタクタを探している。そのため、イケブクロ方向にあるゲートを管理しているマネカタに顔が利くのである。

イケブクロに穏便に行くためには、このゲートを開けてもらわなければならない。人修羅がわざわざロキから千円札をくすねてきたのはそのためである。

 

「はい、どうぞ。これを渡せばゲートを開けてくれるはずだよ」

 

「ん、分かった」

 

人修羅はガタクタ集めのマネカタから差し出された手紙をピッと手に取るとガタクタ集めのマネカタが住処にしている大地下道の一室から出ていこうと出口に向かった。

 

目指すはイケブクロ。だがその前に、打倒せねばならない存在が一つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「出たー!死神だッ!!死神が出たー!」

 

進んでいくと通路の死角から飛び出るように走り去っていくマネカタが一体。

 

「いるな」

 

その様子を見て人修羅は確信したように声を発し、目を細める。魔人が持つ能力、空間創造によって作られたアイテムを収納する空間からメノラーを取り出す。

 

いつも通りなら、『彼』がいる。いつも通りなら、メノラーが引き合って『彼』は人修羅を引きずり込む。

 

メノラーをめぐる、死闘の舞台に。

 

やがて人修羅の予想通り、メノラーの灯す火が風もないのに揺らめき始める。これこそがメノラー同士が引き合っているという現象なのである。

 

そして、どこからともなく声が聞こえる……はずだった。

 

「ッ!?」

 

それはいきなりのことだった。人修羅の足首をいきなり何者かがむんずと掴んだのだ。

人修羅の足首を掴むその手は、白骨化した手だった。間違いなくそれは人修羅が知る彼の手だった。その手は人修羅の足元に展開された小さな空間の穴から伸びていた。

 

そしてその空間の穴は突如広がり、人修羅がギリギリ通れる位の大きさにまでなると、人修羅を掴むその手が空間の穴に引きずり込むように凄まじい力で引っ張り出したのだ。

 

「おま……ッ!?」

 

これまでも彼は強引に人修羅達を自分の空間に引きずり込んでいた。だが、ここまで直接的じゃなかった。床に空間の入口を設置し、人修羅達を落とすだけだったのである。まして直接引きずり込むなんて突然の暴挙に出るのは初めてだった。

 

いつもと違う展開に面食らい、人修羅はあっという間に空間の穴の中に引きずり込まれてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!」

 

魔人が持つ空間創造能力。だが彼を筆頭とする魔人達が使うそれは人修羅が物置として使う空間とは規模が違う。

 

荒れ狂う天候に乱される空がある。

 

常に赤い稲妻に撃たれ続ける荒野がある。

 

これこそが魔人が展開する死合舞台。どちらかが死ぬまで脱出不可能。それがたとえこれを創りあげた本人だったとしても。

 

そしてその舞台を創り、人修羅と相対するは……

 

闘牛士(マタドール)……」

 

人修羅はその名前を口にする。

 

魔人 マタドール。闘牛士の名前を冠するにふさわしく、片手に赤い布を持ち、洒落た服装に身を包む姿は、とても死闘に誘う狂戦士には見えない。

 

だが肉と皮のない髑髏の顔。もう一方の手に持つ細身の剣。そして身に纏う雰囲気が言葉にせずとも語る。

 

『私は死神だ』と。

 

「………」

 

「………」

 

両者は何も言わない。人修羅はいつもと違うマタドールの引き込み方に疑問を抱くが、魔人がこの空間を生成し、それに誘ったとならば行われることは一つ。どっちが死ぬまで続く死闘だ。

ならばと人修羅は脳裏に浮かぶ疑問を振り払う。そして思考を、完全に殺しのために最適化させる。拳を握り、今、この瞬間に攻撃を繰り出さんとした。

 

だが、ここでマタドールの口が動いた。

 

「また会ったな。人修羅殿」

 

思わず、人修羅はハッとした。

 

マタドールは……この時間軸で初めて会うはずのマタドールは人修羅と知己であると言葉にしたのである。

 

「お前……記憶が……?」

 

今までそんなことは……今の人修羅の記憶は信憑性に欠ける部分が多いが……無かったのだ。人修羅やピクシー以外で記憶が引き継がれるのは、あくまでも悪魔全書の記憶による召喚を行った時のみなのだ。

だか今、目の前にいるマタドールは違う。恐らくはあの堕ちた天使によって召喚された者である。記憶はないはずだった。だが……

 

「覚えている。覚えているとも。貴殿と戦い、敗北し、悪魔合体にて私を呼び出したのも。その後は貴殿の仲魔として幾度も死線をくぐったのも、な」

 

今でも思い出す度に心踊ると、マタドールは宣い、カタカタと笑う。が、それも一瞬だった。

 

「……──」

 

人修羅は息を呑んだ。骸骨故に表情が分かりづらいが人修羅には、否、例え人修羅でなくとも分かるだろう。マタドールが狂ってしまうほどの怒りの感情を抱いているのだと。

 

「何度も。何度も貴殿と戦った。貴殿は勝ち続けた。古今東西あらゆる悪魔を討ち、仲魔にし、創世の野望を持つ哀れで愚かな人間とそれらに召喚された守護を殲滅し、そしてボルテクス界の中心に座すカグツチを討ち滅ぼした……貴殿は正に、悪魔の王にふさわしい力と資格を得た。だが……」

 

耐えられないと。堪えきれないとばかりにキリリとマタドールの歯が食い縛られる。

 

「だと言うに……人修羅殿は未だ人間世界に夢を馳せると言うのか……?その心は、輪廻の果てに紛れもなく人でなくなったと言うのに……!」

 

「……ッ」

 

その言葉に今度は人修羅の怒りの火がついた。

 

「お前も……お前も言うのか……!無理だと……俺にもうあの日を甘受することは無理だと!?」

 

人修羅は激昂する。己の胸中にあるドロドロとした感情が一気に噴き出した。

 

「然り!!」

 

だがマタドールは人修羅の言葉を斬って捨てるかの如くそう言い放った。

 

「無理だ……無理だとも!その魂の!その思考の!その心のどこが人間というのか!?もはやそこまで堕ちきった貴様にッ!人の世での居場所が在るものか!例え貴様の願い叶ったとしても、貴様にも備わっている魔人の死の性質が遅かれ早かれ世界を殺すわッ!!」

 

マタドールは人修羅に残酷にそう言い放つ。そして人修羅は言葉を失った。なまじマタドールの言葉が、心のどこかで真実であると認めてしまっているが故に。

 

そんな人修羅の心臓に向けて、マタドールは剣先を向ける。

 

「堕ちよ人修羅。混沌に堕ちよ。貴様には……貴殿にはもはやそれしか道はない。ないのだ」

 

その声は、先とは一転して怒りに満ちた声ではなかった。まるで聞き分けのない子供を諭すような、そんな声音だった。

 

だが人修羅は首を横に振る。

 

「嫌だ……そんなの……そんなわけがない……!そんなわけにはいかないんだ……!」

 

「ならばさらばだ。人修羅」

 

チャキという硬い音とともにマタドールが剣を持つ手に力を込める。もはや語ることはないとばかりに。

 

「さらば死ね」

 

「ほざけ……!」

 

食い縛られた歯の隙間から人修羅は殺意に満ちた声を絞り出す。

それと並行するように人修羅は仲魔の召喚を行う。さしもの人修羅でも今のマタドールに単騎で当たるほど分が悪い勝負を行おうとは思わなかった。

 

しかし、それは失敗した。

 

「なんだ……?」

 

人修羅は眉をひそめた。仲魔達に号令し、ここに呼び寄せようとしたのだが全く仲魔達から応答がない。それどころか……

 

「なんだ……仲魔達との繋がりが感じられない……?」

 

人修羅と仲魔達には魔力の繋がりがある。それを用いて人修羅は仲魔達を召喚することが出来るのだが、その繋がりがまるで感じ取れなくなっていた。

 

まるで、誰かに隠されたみたいに。

 

「何をした……?」

 

もし本当にそうなのだとしたら、犯人などすぐに分かる。マタドール以外、あり得なかった。

 

「貴殿の持つ召喚能力を封じさせてもらった。何のために、直接貴殿のみを引き込んだと思っている?」

 

「……それがあの乱暴な引き込み方の理由か!」

 

それで全て合点がいった。だがそれが何になると言うのか。

 

もはや外部からの助けは期待出来ない。状況の打開は望めないのだ。

 

「貴殿の持つ戦闘能力は脅威だ。だが貴殿の戦術は仲魔による支援があって成り立つ部分が少なくあるまい?私はこの死闘に勝ちにきたのだ……そして……」

 

バサリとマタドールの持つ闘牛士のトレードマークとも言える赤い布……カポーテが翻る。風もないのに激しく動くそれは、マタドールの殺意を如実に示していた。

 

「全力で貴殿を殺す。覚悟せよ!」

 

事ここに来てようやく人修羅は悟った。マタドールの殺しの覚悟を。己の命を取らんとする、意思の高さを。

 

死ぬ。人修羅は一合と交えずに悟った。俺はここで終わるのだと。

そう脳裏に思考が浮かぶほど、目の前に立つ魔人剣士は恐ろしかったのだ。

 

 

 



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