ファイアーエムブレム 王の道 (悪役)
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平和の光


また新作を始めます。皆さん、出来る限り生暖かい目で見守っていただければ幸いです


 

 

 

 

闇が深く、鬱蒼とした森の中、一つの明かりが森を照らしていた。

そこには焚き木を組んで、夜を超えようとする一団があった。

テントを二つほど組み、その中央に焚き木の火を付けており、見る人がいれば旅人かと思うだろう。

夜も遅い故、テントからは近づけば寝息を聞くことが出来るが、そのテントの一つから長身の男性が出てきた。

背が男性の平均身長と比べても、高い事もそうだが、何よりもそれに見合った鍛え方をしているのか。

恐ろしいほどがっちりとした体を持った男は、それに見合う厳めしい顔…………とは言っても、そこまで年を重ねているようには見えないので、二つか三つくらい年を上に見れる程度の厳めしさだが。

ともあれ、その顔をぶら下げて、静かにテントから離れ、焚き木の方に歩み寄った。

 

 

 

 

勿論、それは単に起きてしまったから、とかではなく────────見張りの交代のタイミングだからだ。

 

 

 

否、厳密に言えば、それらを過ぎている、と訓練で作り出した体内時計が告げている。

今、見張りをしている人間の性格を考えると────────こちらの仕事を肩代わりにしようとしたか。あるいは…………と思いつつ、件の存在の傍に寄ったので、声をかける。

 

 

 

 

「エルス────────交代の時間だ」

 

 

 

エルス。

そう言われた人間は長身の男性に比べれば、背は小柄で、鍛えている事は確かだろうが、体質の問題か。

余り、表に出る事は無いような骨格をしており、見る目が無い人間が見れば、華奢という印象を持たれそうな姿であった。

しかし声をかけた大男はそんな事はないという事を良く知っていたので、そんな弱いイメージに惑わされることは無かった。

布団代わりにマントを体に纏い、利き腕の左に何時でも抜けるように剣を持っているのを見ながら、エルスが振り返るのを待った。

 

 

 

 

「ああ──────もうそんな時間か」

 

 

 

苦笑と共に漏れる美声に慣れている自分ですら、少し背筋が伸びるような気分を味わう。

何度も聞いていると音というか声というのも、一つの才能の一つなのだと考えてしまう。

透き通る声、という物を放つ、少年と青年の間のような音を放つエルスの顔は────────見えなかった。

 

 

 

 

何故ならエルスは顔を隠すように仮面を着けていたからだ。

 

 

 

顔全体を隠すようなものではなく、口元が露出した仮面ではあるが、当然、顔を見る事は叶わない。

付き合いは長いが、今まで一度もエルスの顔を見た事がないのだから、筋金入りだ。

何せ、水浴び中ですら外さないのだから、そこまで意固地になられたら、もう外したらどうだ、とは言えなくなった。

そんな風に思っていると最早、仮面程度で揺るがないくらいの信頼関係を結ぶに至ったのだから、奇縁と言うしかない。

そしてそんな事を素面で言い合えるような関係でもないので、本題の方を切り出すことになる。

 

 

 

「…………………余り俺達を甘やかすなエルス。他、二人はともかく速度馬鹿なぞテントを突き破って鼾をかいてうるさくてな…………」

 

「…………さっきから響いていた異音はそれか…………まぁ、明日には久しぶりに王都に着くんだ。態度には出さなかったが、やっぱり嬉しいんだろう」

 

「それはお前もか、エルス」

 

「そっくりそのまま返そうか? ゼル」

 

 

己の名を呼ばれた自分はうむ…………と言われた言葉に顎をさすり、早朝に髭を剃らなくてはと思いつつ

 

 

 

「…………確かに。それは否定は出来ないな。俺とて明日が楽しみな気持ちはある」

 

「生まれ故郷ではないんだけど……………………どうしても帰ってきた、と思ってしまうな」

 

「お前の場合は待っている人もいるからな」

 

 

からかい目的で告げると仮面に隠されている癖に、ポーカーフェイスはそうでもない男が唇を歪める。

仮面の利点を全く利用できていない男だ、と苦笑していると、実に不満たらたらに

 

 

「その言い方だと誤解を招く…………エセル王女はお優しい方だから、僕みたいな顔面不詳の不良騎士を気遣って下さるだけだ。余り、からかわないでくれ」

 

「不良騎士である事は自覚しているんだな…………」

 

「…………僕達の面子がまずそうだろう?」

 

「俺を一緒にするな。速度馬鹿に、腹黒馬鹿力、ナンパ小僧に仮面の騎士と個性豊かなお前らに比べれば、俺など影が薄い」

 

「ツッコミ所はキャラの濃さなのか…………」

 

 

お前らのドタバタ騒ぎを何時も見ていたら、悩みもする。

王都でも良くも悪くも知名度があるチームなのに、自分に関しての噂が、デカい、鎧……………………以上で終わるのだから、猶更である。

 

 

 

 

……………………まぁ、どちらも己、というものを表しているから不満を言うわけでは無いが。

 

 

 

「…………大体、待っている人がいるっていうのならゼルもそうだろ? 奥さん、待ち侘びているだろうに」

 

「む…………」

 

 

言われた言葉に、少しだけ顔を顰める。

別段、妻がいる事を恥じているというわけではないが…………からかった手前、同じ境遇のようなものだったと思い直しただけだ。

 

 

「土産も土産話も持ち帰れるな」

 

「…………帰ったら皆で家に来ないか。妻も何時もお前らが来ると子供が出来たみたいで嬉しい、とよく喜んでいたしな」

 

「ナチュラルに僕達を子供扱いしているな…………そんな大袈裟に年齢は離れていないのに…………」

 

 

 

少々天然が入ってるからな。

勿論、それを含めて、俺には勿体ない妻を迎えた、とは思っているが。

 

 

「…………いや、そうではない。本題が逸れた。余り、俺達を甘やかすな、と言いたかったのだ」

 

「ああ…………それは悪かった。星を見ていたら、時間の経過を見逃していた。今日は動物達も静かだったからな」

 

 

仮面から覗く口元から見える苦笑には演技の色は無い。

どうやら、本当のようだ、と呆れの色が多分に含められた吐息を吐きつつ

 

 

「…………やはり、お前も楽しみなのではないか」

 

「…………まぁ、それは否定出来ない」

 

 

勿論、責めているわけではない。

やはり、自分達にとってこれは帰郷なのだ、という思いが強いのだから。

 

 

「…………半年ぶり、か」

 

「"国を守るのならば、まずは国を知ろ"…………今のアルベルト王で無ければ言わないだろうな」

 

「争いこそ無いが……………………平和の世での英雄王の再来と言われた御方だからな」

 

「……………………でも、時々、密かに鍛錬に混じろうとされるからな。僕達もリアクションに困る」

 

「懐かしい…………その度に騎士団長が頭を抱え、お目付け役のヒューズ宰相が双戦斧を持って、激突していたな…………」

 

 

これだけ聞くととんでもない王に聞こえるが……………………しかし、命を懸けても文句が無い王だと誰もが知っている為、苦言を呈する者はいても批難をする人間など余り見た事が無い。

間違いなく、王という器に相応しい人だと臣下である自分達には断言できる。

 

 

 

 

……………………だからこそ、次代に悩んでおられるという噂が地方にまで届いておられたが……………………

 

 

 

王の責務としては最後の最後の問題。

次代に国を引き継がねばならない、という当たり前にして酷く大きな問題だ。

後継者……………………息子でもいれば、問題は無いのだろうが、王には一人娘のエセル王女しか子供がいない。

王女の例が無いわけでも無いが……………………それは、やはり特殊例だったり、才があったからこそ認められた例であるらしい。

エセル王女が才能が無い人というわけではない。

ただ……………………比べる相手が、賢王と名高き父親、アルベルト王になるのだ。

相手が悪過ぎる、としか言いようがない。

良い事にも問題が付随するという事なのだろう。

それ故に、エセル王女が次期国王というのが高いらしいが…………

 

 

 

 

「……………………」

 

 

 

仮面を着けている隣の騎士もその噂については知っている筈だが…………さて、どう思っているやら。

流石にそこまで踏み込む程、無粋でも無ければ、無礼になるわけにもいかない。

それに

 

 

 

 

待っている人が一人とも言っていないがな…………

 

 

 

天馬騎士団にいる少女の姿を思い浮かべれば、如何に相手が尽くすべき王女であるとはいえ、そちらを無下にする事も出来ない。

これは騎士としては不忠か、と思いつつ

 

 

 

「…………………見張りは俺が交代しよう。お前はそろそろ寝ろ」

 

「……………すまないな、ゼル。何かあったら何時でも起こしてくれ」

 

「非常時以外ならお前以外を起こすから気にするな」

 

 

最後にまた苦笑を見せて、テントに行く青年の背を見つつ、思う事はある。

短くはない付き合いだ。

青みがかかった少年のような青年の能力についても知れる所は知っている。

その上で上に行けるかどうかを考えるならば────────もう少し自分に自信を持てば化けそうなものを、と思いながら

 

 

 

 

「………………上から目線で語れる資格は持ち合わせていないか」

 

 

 

ただの一兵卒の人間が図る事ではないと己も苦笑しながら、エルスが見上げていた星空を自分も見上げる。

子供の頃から何も変わらない美しい星空だ。

幾年経とうと変わらぬこの星空のように、地上も平和な時だけ変わらぬ事があればな、と思い────────瞳を閉じる。

 

 

 

 

時期、夜が明ける。

 

何事も無ければ、明日の昼前には着く王都を夢想しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

王都、パレスティア。

 

 

アスティア王国において、最も活気づき、笑みが絶えない都。

誰も彼もが忙しそうに動き回りながら、しかしその顔には忙殺されているというより生きる為に動いているという笑みが浮かぶ街。

懸命に生きていく、という言葉を表現するような街の中で、一際大きな建物…………王宮の中でも懸命に生きていく人間の代表と言わんばかりに、一人の老人が書類仕事を行っていた。

豪奢な服を着つつ、華美ではなく、年を経ても、老いてはいても弱くなったとは見受けられない覇気を纏った老人────────現国王であるアルベルト王は一息を吐いて、書類とペンから手を離した。

 

 

 

 

「…………年を取ると書類仕事が面倒で溜まらん」

 

 

 

巷では賢王と言われ、民からも深い信頼を得ている王は、どこにでもいる仕事人のボヤキのような言葉を吐きながら、肩に手を置いてほぐしていると

 

 

 

「────────失礼、陛下」

 

 

酷く生真面目そうなノックの後にそれに沿った声が響いた。

聞きなれた真面目な声も、最早慣れたもので、即座に入れ、と言うと相手も直ぐに入ってくる。

入ってきた人間はアルベルトとほぼ似たような年齢の男であり、髪も自分と一緒で白髪に染まった老人であり────────自分と似たように老人になったというのに老いただけで、弱まった様子のない男であった。

 

 

 

名をヒューズ。

 

 

今でこそ己のお目付け役として、事務仕事をこなしているが、かつてこの国の元騎士団長を務めていた猛者である。

そして、ついでにアルベルトからしたら腐れ縁のような、信を置く友人でもある。

 

 

 

「ヒューズか。朝、届いていた書類は目を通しておいた。確認をしておいてくれ」

 

「はっ。後で必ず────────今日の報告は各地の警備に向かっていた騎士団の一部が今、門に到着したらしい、との事です」

 

「ほぅ…………確か今日帰ってくるメンバーは……………………我が王都において絶大な人気を誇っている悪餓鬼チームではないか」

 

「これが本当にただの悪餓鬼ならばいいのですが…………普通に真面目に取り組んだ結果、騒ぎを大きくしているのだから目も当てれません……………………」

 

 

不真面目であるのならば性格を矯正すれば幾らでも治る余地があるのだが、本気で真面目に取り組んだ上で騒ぎが大きくなるのだから、頭が痛くなるしかない。

目の前で大笑いしている王も含めてだが。

 

 

「ははははは!! いいではないか! 若いころは私も無茶無理無謀をしたものだ! そうした積み重ねこそが大人になって生きる! うむ! 私も負けていられないな…………これは書類仕事にかまけてばかりではいけない、という英雄王の有難き天啓…………!! では、ヒューズ宰相。私はこれから────────」

 

「勿論、午後も引き続き書類仕事に従事してください」

 

 

発現と共にどこに隠していたのか。

ドサドサドサ、という擬音と共に大量の書類が置かれた事に、アルベルト王は真顔になる。

何せその量は午前捌いた書類がまるで小山にしか思えない程の量だ。

山というよりその威容は最早、月に届くのではないか、と馬鹿げた感想を思わずにはいられない。

そんな一つの巨大な敵に対して、アルベルト王が次にした動作は……………………笑みを浮かべる事であった。

まるで、この程度取るに足りんわ、とでも言いたげな覇王の快笑。

もしも、ここが戦場で、兵がその笑みを見たならば、例えどれ程の絶望的状況であっても奇跡を信じられる程の輝き。

そして王はその期待に応えるかのようにゆっくり口を開き

 

 

 

「────────別に逃げてしまっていいのだろう?」

 

「いいわけないでしょうが」

 

 

数秒と持たずに惨敗した。

王の眼力でも語るが、お目付け役の眼力は完全に逃がさないと告げており、渋々と筆を握るしかなかった。

 

 

 

 

賢王アルベルト王

 

 

 

民から支持され、評価高き王とされている老人は、決して遊び心を失った堅物なだけの王では無いのであった。

勿論、それに慣れているヒューズは特別気にすることなく王の補佐をしながら、出来る限り王から楽しみを奪わないように話題だけは続けるのであった。

 

 

「今は入門の手続き中ですが…………天馬騎士の一人に使いを頼んだ為、恐らくそろそろ入れる頃かと」

 

「ほぅ…………天馬騎士の一人と言うと…………ははぁ。やるではないかヒューズ。お前も女心というのを理解してきたか。独身貴族には難しいと思っていたが…………!!」

 

「ええ───────亡き王妃に尻に敷かれていた王を思い出せば、何とかなるものです。あの時の絶望感漂う王の顔を思い出せれば、この年でも現役でいられるものです」

 

「貴様…………!!」

 

 

流石は長い付き合い。

容赦ない攻撃をしてくるものだ。

まぁ、これくらいウィットに富んだジョークが来ないと会話が定型化しがちだから、むしろ望むところなのだが、それはそれ。

後で、無理矢理脱走でもしてくれようか…………と思いつつ、頬杖をつきながら

 

 

「と、なると────────我が愛しの娘も突撃したかな?」

 

「………………いえ。エセル王女は聡明なお方です。そんな事をしたら自分がどう見られるか分かっているのでしょう。伝えはしましたが、今のところ外出する様子はないみたいです」

 

「…………そうか」

 

 

聡明。

確かに聡明なのだろう。

一国の王女が幾ら評価が良いとはいえ、仮面で顔を隠した自国の騎士と仲がいい姿を見せる事がどういう風に見られるかに繋がるかを考えて自粛するのは確かに聡明な判断だ。

一国の王の視点から見ても、正しいと言わざるを得ない。

別に仮面の騎士…………エルスを疑っているとかではない。

そこから疑う程、エルスの素行を無視しているわけでも無ければ、経歴を調べなかったわけでもないからだ。

ただ、少々経歴には不審な点が多々あるのは事実だが…………それでもこの国の騎士になる理由と態度が一致していると見極めたが故に、彼を騎士として迎えたのだ。

一個人としても気に入っているが故、娘の見る目は正しい、と自慢してもいいかもしれない────────が

 

 

「民には賢王。完璧な王と持ち上げられているが…………………勿論、私は自分が完璧であるなどと一欠けらも思っていない。これまでもそうだし、恐らくこれからであっても私は幾度も間違いを犯して生きていくのだろう。私に出来るのは完璧になるのではなく、完璧に近付けるよう努力するだけ…………人間にはこれが限界なのだろうな」

 

「…………」

 

唐突に始まった王の告解に、ヒューズは語らず、応じずの構えを取る。

今は己の言葉よりも王の言葉を聞く時だと思ったが故に、鉄のような男は不動の姿勢を己に強いた。

そんな対応に、礼を言わず、目礼のみで応じ、愚痴を続ける。

 

 

 

 

「しかしな…………完璧に近付けば近付くほど、人情味が薄くなっていく。王は民を優先するもの。より多くの人の幸福を考えながら、より少数の犠牲を求めている事に気付く。仕舞には最も大事な妻の形見である娘を国家の生贄だ────────王とは、残酷無残なシステムだな」

 

 

 

 

「────────」

 

 

確かにそういう面があるのは事実だ。

王の傍で仕事をしていれば、嫌でもその事実に気付く。

 

 

 

 

王とは決して華美でロマン溢れる立場に非ず

 

 

 

大多数の幸福の為に、如何に犠牲を少なくして資源を得れるか。

そんな現実とずっと戦っていたのだ。

こんな愚痴が零れるのを誰が攻められようか。

そう、戦っていたのだ。

大多数の為の少数の犠牲こそが現実と知りながら、王は決してその現実を妥協した事は無かった。

最後の最後まで苦しんでいたことを、臣下である自分は知っている。

その事だけは、例え何が相手であろうと私は声高らかに誇りであると叫んでいただろう。

 

 

 

 

 

だが……………………だからこそ、娘の、エセル王女の婚約相手についてはむしろ抗う事こそが許されない事だと思って、思い悩んでいる。

 

 

 

 

そんな王に対してヒューズも何も言えない。

言う資格が無い。

何故なら、己の理性もそれを是としていたからだ。

それが最も効率的で効果的だと────────冷めた思考が事実だと告げているのに…………何か言えるわけが無かった。

 

 

 

 

「…………ままならぬなぁ」

 

 

 

こちらからの無反応を、苦笑で返す主君に、臣下たらんとしているヒューズは何も返せなかった。

未熟、と老境になりつつある自分を、詰りながら、沈黙を貫くしかなかった。

 

 

 

 

 

 

王都の正門前で、ある集団……………………端的に言えばエルス達のチームが屯っていた。

騎士団とはいえ、当然、入るにはチェックが必要であるという事と……………………本来の到着時間よりも大幅に遅れた事が、今、こうして立ち往生の時間が長引いている原因であった。

 

 

 

 

「おっせぇーーーーーーーーーーー。ったくよぅ。少し遅れたくらいで大袈裟に待たせやがって…………もう少し柔らかく対処してくんねぇかねぇ?」

 

 

赤い鎧と赤い髪を乱雑に立たせている男が槍を適当に振り回しながら、現在の状況をぼやいている。

精悍な顔つきをしているが、その仕草と言動のせいで若干チンピラ感が出ているが、周りはそれを理解しているので、最早何も言わないが

 

 

 

 

「アインが朝に"肉だ! 肉食いてえな! 力出るからな!!"とか言ったせいで遅れたんだけど、馬鹿にはこのレベルは難しいか…………」

 

 

 

緑の鎧を付けた騎士はそんな男に躊躇わずにツッコミを入れた。

やれやれ口調の彼は顔つきはアインと呼ばれた男よりも爽やかさを感じる顔つきだが…………額に青筋が立っているので、ある意味で分かりにくいようで分かりやすい態度を作っていた。

己の愛馬の鬣を撫でながら────────その体には似合わない巨大な、斬馬刀に近い大剣を背に背負って、朝一の苦労に首を振っていた。

 

 

「ああん!!? ヴァイス。テメェだって、"肉かぁ。まぁ、あれば確かに欲しいねぇ"って同意したじゃねえか!」

 

「僕はあれば、とは言ったが、予定時刻を大幅にずらしてまで狩りをしたいとは一言も言ったないなぁ? あっれぇーーー? アイン君? 言葉通じているかなぁ? そっかぁーーー。いいかい? あれば、っていう言葉の意味は、あったら欲しいであって、無いから狩りに行くっていう意味じゃ無いんだよ?」

 

「良く言った見た目優男のキレキレ野郎…………! テメェの首から上はそろそろ見飽きてきたとこなんだよ…………!」

 

「おいおい────首から下の体は幾らでも見たいって事かい? まいったなぁ…………そんな趣味は僕には無いんだ…………」

 

「わざとらしく赤面して目を逸らすんじゃねえーーーーーー!!!」

 

 

ヴァイスと呼ばれた緑の騎士とアインの何時もの漫才を見ながら、エルスとゼルは笑って放置した。

 

 

「…………何時くらいに開くと思う」

 

「…………まぁ、そうは言っても愉快な二人がいるから、偽物にしてもこの漫才クオリティを真似るのは難しいと気付いてくれるさ」

 

「くらぁ!! そこの仮面野郎! 聞こえてんぞ!!」

 

「ははは。別に抑えてないんだから聞こえるに決まっているじゃないか? 皆の五感は優秀なんだから、聞き間違いでもないさ」

 

「堂々と言いやがったな…………!?」

 

 

アインのツッコミを全員総スルーして、それぞれ自由に時間を潰す。

今更過ぎた事を気にしても意味が無いのは全員理解しているので、もう後は中に入るまで何とか時間を潰すしかないのだ。

かと言って、流石に門の前で武器を振り回して鍛錬をするわけにはいかないので、馬の世話をするか、ぼーっとするか、談笑するか、もしくは

 

 

 

 

「~~~~~♪」

 

 

 

もう一人の隊員のように音楽を奏でるかのどれかである。

竪琴を使っての美しい調べ。

傍らに弓を置きながらも、竪琴と声を使って音楽を作り上げるその姿は実に様になっているとしか言いようがない。

先程まで、冗談とはいえ憤慨していたアインですら、響く音楽に完全に沈着…………とまではいかないが、それでも暴れようとする気を失い、適当に槍を振り回すに留まった。

そうして数分程、調べが続き…………曲が終わり、余韻が終了したと同時にエルス達はおろか周りで同じように立ち往生している人達からの拍手を受け、男は気障ったらしく一礼し、清聴を感謝した。

そんな男にヴァイスが最初に言葉を投げかけた。

 

 

 

「相も変わらず音楽関連は強いなジーンは。騎士団に入ったのが毎度不思議だ」

 

「なぁに。私は、音楽も愛していたが、弓も愛している。故に騎士団に入りながら、音楽も奏でている。凡夫なら二兎を追う者は一兎をも得ず、と言うのだろうが、私はほら。事、弓と竪琴に関しては天才だからね」

 

 

ジーンと呼ばれた青年は黒髪の長髪を先の方で纏め、ウィンク一つ投げかける。

仕草もそうだが、吐き出した言葉も酔っているようにしか見えないのだが、それが決して誇張に見えないのだから、チームのメンバー全員で苦笑してしまう。

何せ、事実だから否定しようがない。

弓にも音楽にも助けられているから、どちらも才能が無いとは口が裂けても言えない────が

 

 

「…………だからと言って、女を何人もナンパするのは良くないが」

 

「いい男には…………いい女も気付くっていう事さ」

 

 

愛妻家のゼルからのツッコミは柳に風である、と言わんばかりに流す馬鹿に全員が半目を向けるがジーンは気障な笑みを浮かべるだけで気にしない。

これだから、全員揃って不良騎士のチームと見られてしまうのである。

ゼルを除いて基本、何かしらの欠点がある為、場を混沌とさせる事だけは全員の特技である、

そんな光景を、仮面を着けながらもやれやれ、という顔を隠せていないエルスが

 

 

 

「…………ん?」

 

 

唐突に空を見上げる。

太陽が照り輝く以外で珍しいものなんてそうはない空だが……………………一つ大きな影がある事に気付いたのだ。

それに気づいた僕は微笑に近い苦笑を作る。

もう少しのんびりするかと思ったが、意外と早くに動かないといけないか、と思っていると周りも俺が空を見上げた事に気付いたのか、なんだなんだみたいな感じで俺を見る。

まだまだ空に対しての注意が足りないな、と思いつつ、冗談交じりに告げる。

 

 

 

 

「どうやら天使様が迎えに来てくれたみたいだよ」

 

 

 

 

チームの半分くらいがは? という顔と残りが痛々しい者を見る目で見てくるが気にしない。

そんな事を言っている内に、空にある影が急降下してくるのを見たからだ。

軌道を見る限り、僕には当たらないみたいなのでいいか、と思っていたが、流石に急降下してくると音が鳴るものだから気付いた者順に空を見上げ

 

 

 

 

「うわぁあああああああああああああ!!?」

 

 

 

一般人含めて批難するが、着陸地点は馬鹿二人の辺りなので一般人には被害は出ない。多分。

というよりは

 

 

 

 

「そんなヘマをするような子じゃないからな」

 

 

 

と、軽く問題を放棄して、そのまま立ち止まっておく。

周りが何故か正気を疑うような目でこちらを見てくるが、スルーする。

こういうのはフィーリングでいいのだ。

そう思っていると、まるで信頼に答えるように天から落ちてくる存在は、避けるように急降下から持ち上がるように角度を上に少しだけ向け。落ちる木の葉のように着地しようとする。

ちなみに着地点は丁度逃げようとしていたアインがいる場所であるのはさて、偶然か嫌がらせかなぁーーと思いながら、ま、いっか、と思う。

結果、ぐわぁーーーーと悲鳴が響いたが、余裕が有り有りだったので、特に問題なしだな、と思いつつ、空から降りてきたモノを見る。

 

 

 

 

 

単純に言って────────そこには突き抜けるような白さを誇りながら、それに沿う形で生えた翼を持つ馬……………………天馬がいた。

 

 

 

 

鳥と飛竜、天馬こそが空をかける事を許され、そして最も人に懐きやすい動物である。

まぁ、懐くと言っても何故か男は駄目であり、乙女だけに懐くのだが。

その事にアインが"なんだあの馬ども! 女の尻が目当てのセクハラ種馬か!!"などとダイレクトな言葉を言って折檻されていたが、案外、天馬もそれを知っていたのかもしれないなぁ、と思う。

 

 

 

 

ともあれ、天馬こそが、我が国が誇る天馬騎士の誇りにして戦友

 

 

 

 

 

当然、騎士団である以上、天馬の上には騎士が一人乗っているのは当たり前であった。

 

 

 

 

「こら。エル。余り馬鹿に触れていたら菌が移るわよ」

 

 

 

とても綺麗な青い髪を括って、ポニーテールに、凛とした顔と同じ色をした瞳が特徴的な綺麗な少女騎士がそこにいた。

天馬騎士として鎧と言うには軽装な物を装備し、槍を片手に持つ姿は誰が見ても騎士の一人に見えるだろう。

事実、外見はおろか中身も十分に騎士に相応しい人柄をしていると思うし、可憐な姿に見えて戦いは堅実かつ洗練された動きをするので、頼りになる少女だ。

そんな風にエルスが思っていると、エルと呼ばれた天馬に吹っ飛ばされた馬鹿が復活していた。

 

 

 

「くぉらぁ!! ミリルテメェ!! 天馬騎士には人を轢いてはいけねえっていう基本的な常識を教えられてねえのかぁ!!」

 

「何よ。こんだけ遅れたのはどうせあんたが馬鹿したせいでしょ。少しは責任感じてエルに轢かれなさいよ」

 

「可愛くねえ女…………!」

 

「あんたに可愛いと思われたくないから誉め言葉よ」

 

 

ふん、とアイン相手にも勇ましい所は他人はどう思うかは知らないが、僕からしたら美点だなぁ、と思っているとばっちり、と視線がかち合った。

僕は別にかち合っても、特に後ろめたさは無かったから、直ぐに軽く手を振ったのだが、少女────ミリルは一瞬、キョトンとしながら、しかす直ぐに少しだけ顔を赤らめつつ、髪とか服を気にするのだから、少し微笑ましく感じてしまう。

だけど、直ぐに自分の職務を思い出したのか。

一度だけ、咳ばらいをして間を置いた後、キリっとした顔を浮かべ、こちらに近付いて

 

 

 

「ひ、久しぶりエルス。馬鹿ばっかりのメンバーで苦労したでしょう?」

 

「まぁ、それは否定しないけど…………その分、力になって貰ったからプラマイゼロだったよ」

 

 

 

否定しろよ、とか俺との扱いの差とか周りから色々と声が聞こえたがお互い無視する。

 

 

 

「大きな問題とかは?」

 

「後で騎士団長にも報告するけど、どの町も今のところ、特別大きな問題は見当たらなかったかな。税の管理も民も不当に処されている所は見当たらなかった。食糧問題も今年も問題が特別あるわけじゃないらしい…………ただ……………………」

 

「…………次期国王が誰になるかで少し不安と期待をしている?」

 

 

 

ミリルから問われた言葉に、王都もそうなのか、と思いつつも、答えを返すことは出来ない。

ここは門の前とはいえ騎士団のメンバー以外にも人がいるのだ。

騎士である自分達が大きく民の考えている事を大きく口に出したら、それこそ緊張を覚えるかもしれないし、見張られているのかと不安に思うかもしれない。

幸い、ミリルからの問いはチームのメンバーにも聞こえないくらいの小さな問いだったから、ここで僕が大きく声に出しさえすれば広がらないだろう。

ミリルもそれを察したのか、特に返事を気にすることなく、音にはしない形で唇を動かすのを見た。

 

 

 

 

 

読唇術で読んだ内容が、ごめんなさい、だったのでますます見なかった振りをするしか無かった。

 

 

 

 

ともあれ、簡易的な報告は終わった。

本格的な報告は後で当然、報告書を作成したり、騎士団長に口頭で告げたりはしないといけないが、少なくとも門の前でする事はもう終わりだろう。

それをミリルも悟ったのか、また間を作る為に咳ばらいを一つし────次の瞬間には凛々しい騎士の顔つきでこちらを、チームのメンバー全員に視線を向け

 

 

 

 

「─────地方巡回の任務、ご苦労様でした。先の報告を持って、仮ではありますけど、任務の終了を団長の代わりに終わるのを見届けました」

 

 

 

右腕を折り曲げ、胸に平行するようにきっちりと持ち上げた綺麗な礼を前に、僕達のチームも自然と同じ構えを持って礼をする。

普段は馬鹿に見えるが、全員が全員騎士団である事を誇りにしているメンバーだ。

オンオフは激しくなるが、その分、仕事で手を抜かないと信じれるチームなので、そういう所は世辞抜きに頼もしいと思い、この隊の隊長である自分が代表として応じる言葉を吐き出した。

 

 

 

 

 

「了解しました。これよりエルス以下4名は隊舎に向かい、団長に改めて報告の上、そこで解散とします」

 

 

 

こちらの言葉の余韻が無くなる頃に、どちらともなく礼の構えを解く。

決めるところは決めるとはいえ、やはり、気心がある仲だとこんな風になってしまうのは怠慢だと罵られる所だろうか。

 

 

 

 

まぁ、でもうちの騎士団…………というより国の風潮が"自由たれ"だからな

 

 

 

これは別に何もかも好き勝手にしていい、という意味の自由ではない。

自由とは何をしてもいいという意味ではなく────確固たる己としてやりたい事、やらなければいけない事を成すのだ、という国という絶対的な物からの支援。

恥じる行為以外であるならば成せ、という応援なのだ。

それ故に、人々は堅苦しさよりも信頼と実績に重きを置くようになっているし、自然と上を目指す上昇意識を持っている人が多い気がする。

他国を良く知っているわけでは無いが…………それでも、アスティア王国は他の国に負けない王国であると自慢できる国だと思える。

だからこそ、次期国王に悩んでしまうのだろうけど。

 

 

 

 

「次期国王か…………」

 

 

 

現王家には子供は娘が一人しかいない。

女王の例が無いわけでは無いが、やはり、次の王も男である事を期待されているわけで、つまり王女である少女は王となる相手と番いになるのが決定されている。

王の娘という物にはそういう役割がある事を知っているし、自分が何かを出来る立場でも力があるわけでもないのは承知している。

 

 

 

 

 

自分には何も出来ないし、する気も無い……………………が、少女は…………エセル王女はどう思っておられるのだろうか?

 

 

 

それを問う権利も無いだろうに、と思いつつ、ミリアが門番と交渉して、開かれる門を見ながら下らない事を思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

現状維持など、誰にも出来ない、という結論を。

 

 

 

 

 

 

 




また新作ですがよろしくお願いします。


ちょっと一話で詰め込み過ぎたか、と思いますが…………まぁ、二話目以降、逆にそういった部分がマシになるかと思い、いっそこうしました。
現状、平和の世におけるお話なので、荒れるのはまだもう少し先です。



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先は見えず

 

 

 

 

門の向こう、久しぶりに入った王都は入った直後から騒がしい街だ、とアインは柄にもなくにやけてしまった。

騎士団に入った理由は単に腕っぽしと速さが取り柄だから、じゃあ手っ取り早く、それを生かせる騎士団に入るかで、自分の将来を決めたアインだが、その理由の幾つかに、弱い人を守れるんならいっか、というさっぱりとした目標もあったから、こういう目に見えて見える人がしっかりと生きている姿を見るのは好物だ。

 

 

 

 

門から入って直ぐ見える大通りは、活発の二字を表すのに相応しかった。

 

 

 

 

人の流れは止まる事を忘れるように流れ続けるし、話声や足音もそうだが、それを盛り上げるように子供達が楽しそうに笑ったり、叫んだりする姿があちこちにある。

大人たちもそれに負けないように、商売に走ったり、買い物に走ったり、あるいはのんびりと散歩を楽しむ者がいる。

流石に全員が全員、というには綺麗事になるから言わないが、それでも大半の者が前を向いて歩いている姿はまるでこれが人生だ、と主張しているように見えて、普通に好きだ。

これを見る度に、王都っていうのは悪くねえなぁっとアインですら思ってしまう。

自分が粗暴でガサツな男というのを自負しているが、かと言って平和がつまんねえ、と思うようなろくでなしでも無いので、こういう光景は実にいい。

日々武器を振り回して、重い鎧を付ける甲斐がある。

 

 

 

「よし! 今直ぐ何か買い食いするか!!」

 

「おい待て、そこのド阿呆」

 

 

 

離脱しようとした足が脳天にめり込む手刀のせいで、停止する。

ふぉぉぉぉぉぉ…………!! と思わず唸るが、これはマジで本気の唸り声である。

何せ、このヴァイスとかいう腹黒野郎は見た目に反して恐ろしいほどの脳筋である。

アーマーナイトには劣っていると思いたいところだが、こいつはリアルに怪力だから、ゼルとほぼ同等かもしれない腕力がある。

それが遠慮なく脳天に叩き落とされたら、当然、悶絶するしかない。

しかし、そこは俺も騎士の端くれ。

痛みを覚悟で押し退け、即座に立ち上がり、手刀をくれやがった緑のあん畜生に対して、奇襲の形で腕を振るう────────が、それを容易く首を傾けて避けるもんだから余計に怒りが募る。

 

 

 

「テメ、くら、避けんじゃねえ…………!!」

 

「馬鹿かい、君は。僕は拳を喜んで受け入れるような被虐趣味じゃないよ。それとも僕が公衆の面前でコーーーフンしてきたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! とか叫べと言うのかい。馬鹿か君は。馬鹿だな君は。すまん」

 

「勝手に結論出して哀れんでるんじゃねえ、このなんちゃってイケメンが! 今日こそ腹の中に詰まった暗黒面、引きずり出してやらぁ!!」

 

 

 

指を鳴らして、ぶっ殺す気満々でテンションを上げていると、向こうは実にさわやかな笑顔を浮かべ────────首を掻っ切る仕草をこちらに見せたので青筋が立つというもの。

だから、こいつはなんちゃってイケメンなのである。

顔つきだけはまるで喧嘩なんて出来ませーんってな感じで整っている癖に、性格は正逆で、むしろ俺と同レベルで喧嘩っ早い。

 

 

 

 

────────ただの陰険な奴よりは気が合うのが癪だが。

 

 

 

無論、そんなのは認めたくねえから今も、遠慮なく腹当たり狙って容赦なく朝食をゲロらせてやろうと意気込み────

 

 

 

 

 

「どうでもいいけど、僕達は先に報告に行くから、処罰は自分で受けてね?」

 

 

 

うちの隊の仮面男の鶴の一声で、ステレオで舌打ちをするしかなくなったのがマジで無念である。

ここで、喧嘩して遅れたら間違いなく、残りの3人は見捨てる、間違いなく俺達を切り捨てる。

罪状は恐らく馬鹿が馬鹿しているので、置いてきましただ。

流石にようやく王都に帰ってきて、いきなり始末書だったり便所掃除は避けたい。

何せ、一足先に報告に帰ったミリルもいるから、何があったら言い逃れるのは難しいだろう。

故にもう一度舌打ち…………またステレオになってしまったので、問題の相手を互いに睨み合いながら

 

 

 

「…………負けた時の格好いい言い訳を考えておけよ」

 

「遺産分配はしておいた方がいいね」

 

 

けっ、と最後までたわけた事をほざく馬鹿を無視しながら、エルス達3人の後ろについていくことになるのだが……………………

 

 

 

「おお! 騎士団随一の問題児隊の帰還か! こりゃめでたいな!」

 

「はははは!! 綺麗所が戻ってくるか、こうあたしも肌が若返る気分だねえ! まだまだ現役現役!!」

 

「ジーンちゃーーーん!! また酒場(うち)で演奏頼むわーーー! ついでにまた今夜も…………!!」

 

「ゼルの旦那ーーー!! あんたの奥さん! 何かまたチンピラを天然で更生させてたぞーー! もうあれ何かの魔法じゃないか!?」

 

「おい! アイン! 天馬騎士の方でまた覗きスポットを見つけたぞ! 再チャレンジしようぜ!」

 

「あら。ヴァイス君。また新しい本が入荷したから、時間があれば来てね?」

 

「エルスお兄ちゃんの仮面、何か相変わらずかっけーー! ぼくも被りたいーーー!!」

 

 

騎士団の方に向かうまでに当然(目立つ仮面男がいるせいで)、自分達の帰参がばれてしまい、めっちゃもみくちゃにされるのであった。

何とか捌いて前進はしているのだが、超遅々としている。

こうやってもみくちゃにされると、改めて王都に帰ってきたと思ってしまう。

一部、告げられた言葉に気障に返す弓兵もいれば、頭を抱えるアーマーナイトの旦那がいたが気にしない。

奥さんの事を知っている俺らからしたらまたか…………としか言いようがないからである。

よくチンピラに囲まれていると通報されて、現場に辿り着いたら、何時も母よ…………!! と敬うチンピラ集団を聖母の如き笑みを浮かべて、よしよし、としているゼルの奥さんの姿を何度見た事か。

その度に胃を抑えるゼルを見るが、奥さんがとんでもなく器量よしでもあるから同情する気は無い。

 

 

 

 

胃ぐらい爆ぜやがれ

 

 

 

とは言っても、まぁ、不良騎士、問題児というのは絶対に俺もそうなるなぁ、とは思ったが、まさかここまでもみくちゃにされる程になるとはさすがに思ってもいなかった。

俺一人なら間違いなくたんこぶになっていたんだろうなぁ…………と思いつつ、うちの仮面の隊長を見る。

 

 

 

 

今でこそ、こうして受け入れられているが、当然、最初は顔を隠している男など信用される材料が一つも無かった。

 

 

 

 

入団の時も色々と問題になったし、それ以降も色々とあったものだが…………今となっては仮面じゃ色々と隠しきれない騎士で落ち着いているものなぁ。

ちなみに隠しきれていないに入るのは表情だったり、お人好しだったり、不器用さだったりと多種多様である。

お陰で今は、本人は気付いていないが、何時完全にデレて仮面を外すだろうか、で賭けが起きていたりする。

ちなみに俺は後、1年くらいすれば外すんじゃねえか、と予想して賭けている。二か月分を。

 

 

 

 

「おっ」

 

 

 

そうこうしている内に、大広場に出た。

大広場だけあって、人もかなりの数でおり、そこら中に警備の兵が立っているのだが────やはり、中心となるのはその中で立っている像だろう。

 

 

 

 

英雄王マルス

 

 

 

かつての伝説の英雄であり、王の像。

何時頃のマルスを象ったのかは分からないが、見た目だけ見るなら20代前半くらいの頃を象ったのか。

そんな英雄が凛々しく立っており、この国の人間ならば寝物語の代わりに語られた人物だから、最初に見た時はおぉー、と感動したものだが

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

…………一人、エルスだけがこの像を見た瞬間、顔つきがむすっとしたのを悟る。

ジーンが大袈裟に顔面に手を付くのを見て、密かにヴァイスが腹パンしている光景を無視しながら、ゼルの旦那と視線を合わせ、同時に嘆息する。

このエルスという男は何故か、英雄王が嫌い…………と言うほどではないかもしれないが、まぁ、確執を持っているようなのだ。

彼の口から何かを言ってた、というわけではないが…………こういった像を見る度に、微妙に不機嫌そうな雰囲気を出している時点でバレバレだ。

お前の仮面は顔しか隠せてないんだぞ、とツッコんでやりたいが、言っても認めない頑固野郎だから、流石に言い飽きた。

だから、無理矢理エルスの肩に腕を回して、視線が固定している不器用な隊長兼友人に対し

 

 

 

 

「とっとと帰ろうぜエルス。飯食いてえし、ゼルの旦那も嫁さんに早く会いたいってよ」

 

 

 

出汁に使ってしまったが、ゼルの旦那も苦笑するだけで、特に否定しないから、そこら辺はチンピラ気質の俺よりも器はやっぱでけえんだよなぁ、と素直に尊敬する。

ヴァイスはゼルの旦那の爪の垢を主食にするといい。くたばれ。

ともかく、こちらの言葉を正しく受け取ったのか。

肩に回った腕をどかしもせずに、口元を苦い笑みに形を変え

 

 

 

 

 

「そうだね…………もう直ぐだ。早く帰ろう」

 

 

 

その表情にアインは全く、と呆れる。

 

 

 

 

本当、お前────その仮面じゃ何も隠せていないって気付いてねえなぁ

 

 

 

 

 

 

 

「────エルス、以下4名。ただいま帰還しました」

 

「おう、ごくろうさん」

 

 

 

王宮に最も近い騎士団の詰所。

そこでエルスは隊長として代表して、隊の帰参を告げていた。

当然、告げるのは自身よりも上の…………今回は団長のに告げているのだが

 

 

 

 

「くくっ…………うちきっての問題児軍団が遂に帰還たぁな。次の愉快事件が楽しみでしょうがねえじゃねえか」

 

 

無精ひげを見苦しくない程度の生やし、鎧をつけた姿は実に貫録があるのだが…………浮かべている笑顔やら口調がなんだかそこらのおっさんみたいな感じを増強しているのだが、どうしたものか、とエルスは思う。

 

 

 

「問題児なのは否定しませんが…………そんな愉快な事件を多発させているような言い方は止めてくださいフリード団長」

 

「ほう? では、今回の見回り遠征では愉快な事は一切起きなかったって言うんだな?」

 

「────下手人はアインとヴァイスです。鞭打ち百回程で許してやってください」

 

「おい、こらぁ!!」

 

 

背後で馬鹿二人が叫んだが、気にしない。

奴らは今、敬礼をして、口答えなどしてはいけない筈なのだから、後ろの抗議は幻聴である。

疲れているのだろう、僕も。

まぁ、とは言ってもククク、と目の前で笑っている団長がいるのだから、特に問題は無いのだが。

 

 

 

「天馬騎士のミリルからもとりあえず報告は聞いているし、後はお前らもとっとと寮なり家なり帰って休め休め。今日一日は後は休暇だ。報告書の作成は後日でいい────エルスは別件で命があるがな」

 

「は…………?」

 

 

隊長である自分にだけ、という事か、と思うが、目の前の団長が超にやついている顔をしているのを見るとこれは違うな、と推理出来る。

そうなるとこの団長がニヤニヤしながらも、命令……………………することがあるとすれば

 

 

 

「おこと────」

 

「命令の拒否権は無い。受けろ。黙って行け。不器用マスクマン」

 

 

先手を打たれて、ぐぬぬ、と唸り────というかその不名誉な称号は止めて欲しい、と思いつつ、仲間になってくれないかと思って、ちらりと背後を見ると、そこには開け放たれた扉と消え去った仲間という事実であった。

裏切り者め…………、と思いつつ、小さく溜息を吐きながら

 

 

 

「……………………行って来ます」

 

「おう。うちの姫様のご機嫌取りをしてこい」

 

 

冗談じゃないのが笑えない所である、とエルスはツッコミを内心に止めた。

 

 

 

 

 

 

王宮に最も近しい詰め所であるここにも当然、騎士たちの訓練の為のグラウンドもあるが、憩いの場としてちょっとした庭のような場所がある。

勿論、そんな大きな場所でもないし、特別美しい花々があるというわけではない。

小さな家の庭よりは少し大きい程度の広さである。

そんなどこにでもあるような庭も────────相応しい人がそこにいるからか。

まるで御伽噺に出てくるような森のような幻想を見た。

 

 

 

 

そこにいるのは地上に現れた銀の月のような姫であった。

 

 

 

美しい銀の髪を日の光で照らし、輝かせ、紫水晶のような瞳が更にその美しさを際立たせている。

着ているドレスも華美でないのが、余計に素の素敵さを際立たせているようにも思える。

そんな儚さを体現したような少女が、この庭にあるただ一つのベンチに座って本を読んでいるのが、とてつもなく様になっている。

その静謐な空間を壊すことに一瞬、躊躇するが……………………命令であるので、観念して足を踏み入れる。

それに少女も現れた自分に視線を向け、笑みを向けているので無意味だ。

少女の眼前まで、歩を進め、片膝を着き、臣下の礼を取り

 

 

 

「遅れて申し訳ありません。エルス、ただいま帰還しました。エセル王女」

 

「構いませんよ。勝手に来たのは私ですし────誰かを待つのも嬉しいものです」

 

 

見た目に合わせたような音色のような声からそんな言葉を聞かされると騎士としては困るしかない。

 

 

 

「エセル王女殿下……………………失礼ながら、余り一人で動かれては危険が…………それに、たかが一兵卒にそんな言葉を投げかけては誤解が広まります」

 

「あら? どんな誤解が広まるのでしょうか?」

 

 

とても綺麗な笑みで問うてくるのだから、分かっておらっしゃる…………、と思うが、臣下である以上、答えるしかない。

 

 

 

「…………下世話な噂が流れかねない、という事です」

 

「確かにそれは困りますね────────誰かに見られたら、噂されますね」

 

 

ふふっ、と小さく王女が笑うのに合わせて自分も少し周りを見回してみたら、確かに人の気配が感じれない。

流石に一人で王女を歩かせているわけではないのだろうけど……………………その前に騎士とこんな風に密会させる方が駄目ではないだろうかと思うのだろうが…………

 

 

 

 

「……………………余り王を困らせぬようにして頂ければ」

 

「そこは大丈夫です────────多分、今頃気付いて、慌てています」

 

 

 

大丈夫とは何ぞや?

 

 

 

 

 

「……………………王よ。先程のエセル王女の報告は誤報でした。どうやら何時の間にか、王宮から脱走しておられたようで…………行先は恐らく…………」

 

「ぬぅ…………! 賢明な…………! 賢明な娘に…………! というより何故エセルが脱走したのに気づかれず、更には誤報などが起きているのだ!!」

 

「それが、どうやら侍女はおろか護衛をしている騎士などを買収、もしくは篭絡したご様子で────────王のダンディさよりもエセル王女の可憐さに命を懸けるべきだと思ったのではないかと今の状況から推測します」

 

「くっ…………! 流石は我が娘…………! よくぞそこまで成長した…………!」

 

 

 

 

 

今頃、王は荒れ狂っているのではないか、と戦々恐々しながら、本当にどうしたものか、と思っているとエセル王女はふふっ、と小さく笑う。

 

 

「そんなに心配しなくても大丈夫です。騎士団長や他の人にも頼んで、誰にも見られないようには頼んでいますから」

 

「……………………寛大な処置を感謝しま────────」

 

「そんな大げさな行為をしなくてはいけない事をしないで欲しい、と思われると逆にしたくなりますね」

 

「……………………」

 

「顔に出てますよ?」

 

 

仮面を着けている筈なのだが、何故か良く言われる言葉である。

もう全員が心を読むスキルを持っているとした方が精神衛生上良い様だ。

決して、自分が無駄に顔に出やすいだけ、とか思いたくないのである。

 

 

 

「エルスも帰ってきたばっかりで申し訳ありません。ただ、この時間くらいしか時間を取れなくて…………」

 

「────いえ。エセル王女の願いであるならば、疲労など関係なく王女殿下の元に向かいます」

 

 

己の嘘偽りのない本音を口にすると、一瞬、息を吸った音が聞こえたと思うと、顔を上げてください、と命じられる。

一瞬、迷うが、もうこの状況だと今更かと思い、観念して顔を上げると地上に現れた月のような王女が綺麗な微笑を浮かべていたので、ならば、自分は間違った答えを言わなかったのだ、と思ってしまい、逆に困る。

しかし、その笑みのまま、黙ってベンチの空いている箇所を叩くのを見たら、流石に真顔になる。

 

 

「いえ…………私はこのまま…………」

 

「…………」

 

「の、野宿にも慣れていますし、それに王女殿下の隣などふけ────────」

 

「────その王女殿下のお願いを聞かないのは不敬ではないのですか?」

 

「…………………………………………失礼します」

 

「はい、どうぞ♪」

 

 

間違いなくからかわれている……………………自分がこう立場だとか仮面だとか気にしている箇所をピンポイントに攻撃してきている…………

 

 

 

ある意味で、成長成された、と思えるから、これは喜ぶべきだろうか。

年は自分が4つか5つくらい上の筈なのだが、女の子は本当にこういった成長が早く感じてしまうのは、僕がおっさん思考なだけだろうか、と思いつつ、隣に座る。

ふわり、と鼻腔に華の匂いが広がっていくのを感じ取るが、流石にそれを表に出す程、初心でも無ければ若くも無かった。

しかし、次の瞬間、こちらの頬に添えるように手が来たとなると心臓が少しだけジャンプするのを避けれない。

 

 

「少し痩せましたか? ただでさえ、細い体なのに、これ以上、細くなると病人みたいで心配です」

 

「……………………勿体なきお言葉。ですが、心配ありません。ちゃんと健康には気を使っています。いざという時、エセル王女を守れない騎士など無用な騎士になってしまいますからね」

 

「まぁ」

 

 

憂いの顔を笑みに変えれた時、こんな自分でも誰かを喜ばせる事が出来るのか、と錯覚を覚えてしまいそうになる。

勝手な勘違いなど覚えないようにしなければいけない立場なのだ。

余り、そんな感情を覚えてはいけない────────覚えたら辛くなるだけだ。

だから、僕は何時も通りに仮面で出来る限り、顔を隠しながら、更に表情と言う名のもう一つの仮面を更に被せて、笑みを浮かべるのだ。

 

 

 

「この半年の、皆と一緒に得た旅の話でもしましょうか?」

 

「ええ。困った事に…………今日はそれが楽しみで仕方がなかったのです」

 

 

 

なら、最低限、その期待に応える事が自身の務めだろうと思い、己の記憶を脳内から引きずり出して、この少女が笑ってくれそうな思い出をピックアップする。

僕が出来る事なんて、精々その程度が関の山なのだから。

 

 

 

 

 

 

「────────と、そこでアインの馬鹿が罠で捕まえたイノシシ相手に調子に乗って近付いたら、罠を無理矢理破ったイノシシに思いっきりタックルを受けまして。全員で自業自得だと笑ったら、馬鹿が槍振り回すものだから、イノシシを含めての大乱闘になりまして」

 

 

「やんちゃですねぇ…………誰が最終的に勝ったんです?」

 

「僭越ながら私が────死んだ振りして、勝ち誇っている馬鹿を遠慮なく叩き伏せて」

 

「まぁ」

 

こういう時、あの馬鹿メンバーは役に立つものだ、と苦笑しながら、少女が楽しめるように色々な旅の話題を離していると何時の間にか日が傾いているのに気付く。

空が空けに染まっているのは美しいが、もう数十分すれば闇に染まるかもしれない時間帯だ。

警護する者はいるのだろうが、だからと言って夜中に帰っても大丈夫とは言えない。

それをエセル王女も理解したのだろう。

空を見上げ、少しだけ愁いを帯びた目で、夕焼けを紫の瞳に投影しながら

 

 

 

「今日はここまでですか…………楽しい時間は何時もあっという間に過ぎていってしまいますね」

 

「……………………また、何度でもお話しますよ。旅の話でなくても、これからの話を」

 

「……………………いいえ。それはもう、出来なくなりますよ」

 

 

唐突な少女の否定に、つい、少女の顔を見る。

夕暮れに焼けたその顔は、しかし輝いたままで────────だけど、その顔は仕方なさそうに笑っていた。

 

 

 

「民は、人々は笑っていましたか?」

 

 

 

続いて問われる疑問に、意図を掴めないまま、しかし決してお為ごかしではない真実で答えを返した。

 

 

 

「はい。どの街も、大人も、子供も、皆、笑っているように見えました」

 

「────────ですが、次代の王がどうなるのだろうか、という疑問が広がっていませんでしたか?」

 

「────────」

 

 

不意を打たれた言葉に、エルスは何も返せない自分を自覚するのに数秒かかってしまい────────それが致命的な隙である事に気付き、苦虫を噛んだ。

そんな自分の無様を、少女は微笑むだけ。

 

 

 

「私は、そう遠くない内に、誰かと結婚するでしょう。次代の王を、お父様のように立派な王となるのを支え、見守る為に」

 

「……………………」

 

 

王というシステム。

雄大のように見えて無情な人間社会における選別。

王は国民の代表であり、国民からの支えを受け取る事を許された存在であり───────代償としてその人生を国へと捧げる事になる。

無論、王の在り方次第では逆となる王もいるのだろうけど、目の前にある少女の未来に横たわっているのは滅私という形の王であった。

蝶よ花よと愛でられていた少女は、国の安泰の為に感情を無視し、納得という形で利用される。

それを残酷だ、と罵れるわけがない。

何せ、そのシステムに安心しきっているのが自分であり、国民だ。

 

 

 

 

少女に手を伸ばすことが出来ない自分がどの口でそんな事が言えるだろうか

 

 

 

 

 

「不幸だとは思ってはいません。その分、私は確かに民に支えられ、今までを生きてこれたのですから」

 

 

 

賢明な少女は当然、それを理解し、受け入れている。

なら、騎士として自分はこう言うべきだ。

立派だと。

それでこそ私が仕える主の一人であると誇るべきだ────────そう思うのに

 

 

 

 

「……………………」

 

 

 

口も体も一切、動いてはくれなかった。

それをどう受け取ったのか、少女は愁いを帯びた顔を、少しだけさっきまでのように年相応な少女の微笑みを浮かべ

 

 

 

 

「少しは、ポーカーフェイスを磨かないといけませんよ?」

 

 

 

そんな事を告げて、少女は立ち上がった。

 

 

 

 

 

「今日はお疲れの所、楽しいお話をありがとうございました──────どうか、これからも健やかに」

 

 

 

一方的に別れの言葉を放ち、そのまま去っていった。

まるで、風のように颯爽と去っていく後ろ姿を見送りながら、姿が見えなくなったタイミングでベンチに全体重を押し付けた。

 

 

 

 

「……………………馬鹿か僕は…………」

 

 

 

何を一丁前に迷っているような素振りを見せているのだ。

 

 

 

 

どうせ、どれだけ迷おうが、自分には何も出来ないのだ。

 

 

騎士は王都同じで民に、国に、そして王に捧げられし剣。

矛先を敵に向ける事はあっても、内に向ける事などあってはいけない。

何より

 

 

 

「……………………」

 

 

 

片手で仮面を撫でる。

常に隠し続けている素顔。

憎しみすら抱いている顔。

 

 

 

 

 

自分は偽物なのだ(・・・・・・・・)、と突き付けるモノ

 

 

 

 

「……………………格好悪いなぁ」

 

 

自分の全てを表す言葉を漏らしながら、空を見上げる。

そこには何時の間にか闇が広がっていた。

 

 

 

 

 

これを夜、と言えない時点で自分は負け犬なのだ

 

 

 

 

 

 




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聖剣

 

 

 

エセルは勉学を終え、王宮を一人歩いている所であった。

一人と言うと語弊はあるとは思うのだが、仕事中の侍女や見張りの騎士を相手にするとつい、仕事中であると思って、一緒にいているという感覚が薄れてしまうのだ。

だから、こちらを見て、礼をする者を見るとつい、こちらも礼を返してしまうので、王宮の中とはいえ大変だ。

勿論、彼らを蔑ろにしている、というわけではなく、常にこちらを見守ってくれている人達に対して誇れる自分であれるか、という話だ。

中々これに関しては、自分で納得がいく、というのが難しい物です、と思いながら、エセルは目的の場所に辿り着いたのに気付く。

 

 

 

 

そこは王宮の中においても神聖さが醸し出されている扉

 

 

 

父の方針で、王宮は最低限の華美を保っているが、この部屋だけは別だ。

何故なら、この部屋の中にある物は王ですら讃える物。

伝説を空想ではなく、現実に存在したのだと証明する物がこの部屋に安置されているからだ。

 

 

 

 

「────────失礼します」

 

 

 

周りの騎士や侍女に一礼をした後に、自分はその扉に手を当て、開く。

開いた先には、王宮の中だというのに、緑の匂いと色が、目と鼻を刺激する光景が広がった。

 

 

 

 

 

そこは水と花々に囲まれた一つの祭壇のような場所であった。

 

 

 

 

王宮の中でも咲くよう特別にあしらわれた美しき花園。

豪奢という言葉は人間を表す言葉だが、清廉という言葉は自然である事こそと説明するような花園のような場所であり────────しかし、そこは花園ではなうやはり、神殿であり祭壇と言われるような場所であった。

 

 

 

 

 

何故ならその中央には、見慣れている私ですら思わず息を呑むような聖剣が刺さっていたからだ。

 

 

 

 

 

装飾も決して派手ではなく、刀身もよくある白金の刃であるだけだというのに────────強制的に惹きつけるような煌めきがその刃には存在した。

思わず、ホッと息を吐いてしまう。

そうでもしなければ、ふらふらと近寄り、抱きしめかねない程の清廉さが秘められているのだ。

それこそ、周りの風景を飲み込みかねない、人や自然からでは発声し得ない、幻想の美。

 

 

 

 

銘をファルシオン────────かつて、英雄王が暗黒竜メディウスを倒すのに使った聖剣とされる剣であった。

 

 

 

そんな剣を前に……………………自分の父親であり現国王であるアルベルト王は立っていた。

 

 

 

 

「来たか、エセル」

 

 

 

 

お待たせしました、お父様、と答えようとした口は動かなかった。

何故なら、お父様が、誰にでも分かるくらい腕を広げて、さぁ、胸に飛び込んでくるがいい娘よポーズをしていたからである。

先に言っておくと、別に私とお父様は不仲などでは決してない。

むしろ、王族の親子としてならば、破格なくらい仲が良いとは思う。

しかし、だからと言って一応、年頃の娘が父とはいえ異性相手に抱きつくのは少々無理がある。

だけど、万が一という事もあるので、一応、エセルは聞いてみる事にした。

 

 

 

「お父様? そのポーズは何でしょうか?」

 

「決まっていよう────────さぁ、娘よ。この偉大なるパパの胸に飛び込んで来い………………!! のポーズだとも」

 

 

 

どうやら父はご乱心らしい。

歴代最高の賢王と謳われた父も、年月の重みには耐えれなかったのだろうか。

もしくは、父曰く、年を経る度に亡き母に似ていくな、とボヤいていたから、遂にボケて母と勘違いしたか。

あ、でも、娘って言っているから、つまり娘と理解した上でこれか。

いえ、まぁ、冗談なのは分かって入るのですが、冗談の中での本気が垣間見えるので、一言断りを入れてからツッコミを入れるか決めようと思い

 

 

 

「あの、お父様。別にお父様が嫌いとかいうわけではないのですが、流石にこの年齢で抱き着くのははしたないと」

 

「家族のコミュニケーションだ…………躊躇う理由があろうか……………………!!」

 

 

これは駄目ですね、と思い────────持っている本の一つ、ウィンドの魔導書を手に取る。

 

 

 

 

「風よ…………」

 

 

 

本に触れ、込められた精霊の力に願うように祈るとそれに呼応するように一瞬、魔導書が光り────────眼前から無形の風が衝撃波となってお父様の顎を見事に撃ち抜いてしまった。

あ、と焦るがもう遅い。

顎を見事に撃ち抜かれたお父様は一瞬、時が止まったように硬直し……………………数秒後にドサリと倒れてしまった。

やり過ぎた……………………とは思うが、本当にどうしたものか、とおろおろしていると

 

 

 

 

「ぐ……………………む……………………み、見事な魔導の使い方、だ…………流石、は、自慢の娘……………………」

 

 

 

 

流石の頑丈さに感心しながら、ふるふる震える父に対して、苦笑しながら首を振る。

 

 

 

 

「まだまだです────────謝って、つい、痴漢退治くらいの出力でお父様を撃ってしまいましたから」

 

 

 

何故か父の顔色が真っ青になっていくが、小首を傾げると何でもない、と応じるので大丈夫だろう。

 

 

 

「お父様。呼び出した要件は何でしょうか?」

 

「ふふ、父が娘と会話するのに要件が必要か?」

 

「いえ、執務のサボりがばれたら、ヒューズさんにまた叱られるのでは?」

 

「…………………………………………大丈夫だ。何も問題ない」

 

 

随分と間が置いてからの大丈夫であったが、本人が納得したのならばいいのだろう。

ならば、結局、此処に呼び出したのは本当に親子として会話したいからだけなのだろうか、と思っていると

 

 

 

 

「────────先日、抜け出した時は楽しかったか?」

 

 

 

ああ、その話か、と思い、エセルは素直に頭を下げ、謝意を告げた。

 

 

 

「────────勝手に行動して申し訳ありません。ただ、あの時、私に助力してくれた皆さんは私の願いを聞いて頂いただけなので、責任は全て私に……………」

 

「────何。一人娘のお転婆の一度や二度、許せぬ程、狭量になった覚えはないとも」

 

 

苦笑の響きを聞き届け、顔を上げると父は何時の間にか再び、聖剣の方に体事、視線を向けていた。

だから、私もそれに合わせるように父の隣にまで移動し、聖剣を見る事にした。

何度見ても見飽きない美しい宝剣。

これが生み出されてどれ程の年月が経ったかは、歴史書を引っ繰り返しても、明確な時期を割り出せないが、少なくともこの国が出来た当初からは既に存在しており、軽く数百年は存在している事だけは証明されており────────そして一度も抜かれた事が無い、との事らしい。

 

 

 

 

「────聖剣ファルシオン。彼の偉大なる英雄王マルスが暗黒竜メディウスを滅ぼすのに使った神剣。そして、今はただ飾られるだけの宝剣だ。歴代の王は元より私や、お前が抜こうとしても抜けなかった選定の剣────────逆説的に考えれば、私は王か、英雄には成れる器では無かった、という事なのかもしれんな」

 

 

 

 

父の言葉に思わず、父に視線を向けると父は何時もの顔のまま────────酷く疲れているような影を出しており、思わずといった形で私は父に言葉を作った。

 

 

 

 

「お父様は立派に務めを果たしております。お父様がその事を誇りにせねば────────今も傍にいるお母さまがお怒りになられますよ」

 

「────────そこで、妻を出されたら頷くしかないな」

 

 

私の言葉でようやく顔に笑みを作ってくれたことにホッとし、出来る限り自然体で父を笑わそうと言葉をつづけた。

 

 

「お母さまの事です。弱音を吐いたら、それこそ"まっ。貴方がそんな有り様になったら、私は王の器ではない男の妻となった見る目のない女になるって事ですか?"と苦言を口にしますよ?」

 

「おお………………再現度の高い言い回し…………………夢に出てきそうだ…………!!」

 

 

今度こそ心底から笑って頂いたので、安心して父の顔を見れる。

それを理解したのか。

父は今度はファルシオンにまるで負けぬように視線を真っすぐに向け

 

 

 

 

「ああ、その通りだ。私は己が成せる事を成して、民に恥じぬ王の道を進んできたという自負がある。無論、全てが完璧に行えたとは思わないが────────民を思う気持ちだけならば、彼の英雄王にも負けぬ、という気概を持って、この人生を歩んできた」

 

 

 

娘である私ですら思わず、胸の奥が熱くなるような言葉を父は今、ファルシオンに向かって語った。

まるで、このファルシオンこそが自身が挑む敵なのだ、と言わんばかりの態度に、エセルは逆にそれでこそ、と思う事を己に許した。

聖剣ファルシオンが偉大な武器である事は理解しているつもりだし、英雄王マルスが歩んできた道に畏敬の念を覚えない、というわけではない。

だけど、それを理由に今を懸命に支えた父の方を尊敬しない理由にはならないのだ。

 

 

「はい。お母様もお喜びに────」

 

 

「────だが、そのせいで、私は、お前を幸福にしてやれん」

 

 

無理矢理に言葉を途切れさせられた私は、再び父の顔を除き見ると、父は苦い笑みを浮かべて、私を見ており

 

 

 

「…………もしも、お前が、この前、彼と密会した時……………彼と一緒に逃げ出していたならば、私は王として連れ戻そうと画策し……………父としてはそのままどこか逃げてくれても構わない、と思ったやもしれん」

 

 

 

父に言われた言葉を脳内で反芻し、言いたい事を理解した。

確かに、状況だけ見ればそんな風にも見えたかもしれない。

帰ってきた騎士に、まるで不幸なお姫様のように会いに行き、私をどこかに連れ去って、と願う。

まるで童話のような流れである、と思い、敢えてそれを無視して、その先の未来を思う。

 

 

 

成程。それは確かに、もしかしたら所謂、幸せの未来なのかもしれない。

 

 

 

女として全てを預けてもいい、と思える人に寄り添い、家庭を築く事が出来るかもしれない。

 

 

 

「────────そんな事をしたら、私、きっと心の底からは笑えない、罪悪感に満ちた人生を歩むと思います」

 

 

 

今度は私の言葉に振り返り、こちらを見る父に、私は出来る限り、自然の笑みを浮かべ、己の心を明かす。

 

 

 

 

「私は今の私を誇っています。父の娘として、母の娘として生まれた事を誇りに思っています。例え、今のまま、生まれを選ぶ権利を得たとしても、私は迷いなく、お父様とお母さまの娘として生まれる事を望みます」

 

 

 

何故なら

 

 

 

「だって────────私の人生は幸福に満ちていました。母が早くに亡くなった事だけは悲しかったですけど…………………でも、それも父が私に笑みをくれようと頑張ってくれましたから、あっという間に笑えるようになりました」

 

 

だから、大丈夫です、と伝わって欲しい。

これまでの幸せを支えてくれたのが父であり、母であり────────国であるという事くらいは理解している。

だから、自分はこれでいいのだ。

初恋の人と一緒になる事が出来ないのは辛い事だろう。

何時か、その事に泣く日が来るかもしれない。

だけど、その時は母を亡くした時のように、父が、いや、今度は自分で自分が笑えるように努力をするから。

だから、だから

 

 

 

 

 

「エセルはもう大丈夫です、お父様」

 

 

 

 

 

「────────」

 

 

娘の笑みに、アルベルト王は心の底からの驚きと共に瞠目した。

もう大丈夫、と笑う娘の笑みがどこかで見た事があって────────亡くした妻が浮かべてくれた一番見たいと思っていた笑みにそっくりで。

過去と現実が視界で混ざる。

今はお父様と呼ぶ少女が、舌足らずにおとーさん、と小さな体で自分の足に抱き着いていた時を見ながら、今は立派な淑女となった娘の姿を見る。

そんな風に過去と現実を見比べて、ようやく自分の娘がここまで成長したのだという、当たり前の事実に気付き、思わず、呟く。

 

 

 

「……………………もう、大丈夫、か」

 

「はい。もう貴方の娘は甘えるのが恥ずかしくなる年になってしまいましたから」

 

 

中々な冗談に苦笑しながら、娘の顔でも聖剣でもない、空を見上げる。

そこはステンド硝子で英雄王マルスが聖剣ファルシオンを手に入れた時の光景を想像で形作らせた物があったが、今はそんなのどうでもいい。

見るのは今は空の上にいる亡き妻だ。

もしも、今の娘の言葉を聞いたら、妻はどんな顔をするだろうか。

 

 

 

 

……………………いや、君の事だから、きっと………………

 

 

 

両手を腰に当て、勝気な笑顔で、どうですか? 私達の自慢の娘は? と言うだろう。

全く……………………女性には勝てないな、とは思うが、それ故に男として、父としてならば、と思う事がある。

 

 

 

 

そんな娘を、応援するのが私の役目か

 

 

 

空を見上げていた視線を再び、目の前に刺さっているファルシオンに目を向ける。

輝きを保った剣は、しかし、こちらにはまるで見向きもしていないようにも思えたが……………………今の自分には鼻フンをする余裕があった。

過去の光よりも、今の宝物(ひかり)の方が輝いていたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エルスは神は実は信じてはいないが、天罰、だけは信じてもいいかもしれないっと現状を見て、思った。

 

 

 

 

「さぁ、諸君………………!! 今こそ最強を決めるためのパーティの時間だ………………!!」

 

 

 

壇上の上で、叫ぶは我らが賢王、アルベルト王。

物凄くテンションを上げて、腕を振り上げるまでがワンシークエンスだが、それにおぉぉぉぉぉぉぉ……………………!! と乗る観客はまだ許せるが、騎士団はいいのか、と思う。

更には

 

 

 

 

「さぁ…………………!! 我が娘の手の甲に唇を落とすことが許される騎士は誰だ……………………!!!」

 

 

 

最早、王が言う事とは思えない事を叫ぶ王を見ながら、壇上で、こっちは影に座っている王の娘────────エセル王女を見る。

相も変わらず月のような娘は、しかし日の光に負けないくらいに微笑み、観客や騎士に対して手を振っていた。

王女に手を振られている事に気付いた馬鹿&観客達は更に盛り上がる始末。

 

 

「やっべ! 今、俺に手を振られたよ………………!!」

 

「ばっか! 俺に決まってんだろ!? このモブ風情が…………………!!」

 

「見向きもされない不細工共は黙ってろ!! この見た目イケメンの俺の方が姫様も見ていて気持ちいいだろうしな……………………!!!」

 

「貴様ぁ……………………!!!」

 

 

この騎士団は実は犯罪者の温床では無いのだろうか、と時々思う事があるが、辛い現実は見ない方がいい。

思わず、どうしたものか、とボーーッとエセル王女殿下の王を見ていると偶然か、気のせいか、目が合った気が感覚がした。

結構、距離は空いているが、自分の視力は良い方である。

王女殿下の表情まで見える目には、エセル王女殿下が、まるでこちらに向かって手を振っているように見える。

こちらとしたら、どうしようもないので、困っているのだが……………………周りからの殺意が酷く濃くなっている。

 

 

「おう、こら…………あん?」

 

「ああん……………………んん? あーーーん?」

 

「へーーーーーー? ほぉーーーーーー?」

 

擬音でこちらに喧嘩を売ってくる馬鹿共に対して、ぶちのめしてやろうか、と思うが、仮にも王の前ではやれない。

後で、終わったら叩きのめしてやる、と思いながら、無視するのみである。

ちなみに、うちのチームメンバーも周りにいるのだが、全員がハンドサインで”自業自得”と伝えてくる。

そんなハンドサインを作った覚えはないのだが、何故皆、一致団結して同じハンドサインを作り、そして何故僕は読み取れるのだろうか? コミュニケーション能力が意外と自分は高いのか……………………。

いや、別に今はそれは良い。

問題は今、王がテンションを挙げて息を吸い

 

 

 

 

 

「さぁ!! ────────騎士団強制参加によるバトルロワイヤルで生き残れる猛者は一体誰だ……………………!!」

 

 

 

 

と、ここに集う理由を叫んでいる事だろう。

さぁ、今日も街の巡回に行って人々の平和を守ろうと意気込んでいた自分を返して欲しい。

狡猾な事に、騎士団強制参加とは言っても全員ではなく、しっかりと王都を守れる人数を実はしっかりと残している辺りが有能である。

 

 

 

 

賢王に続いて、お祭り王と言われるだけある………………

 

 

 

 

悪い事ではないのだから良いとは思うのだが……………………いや、王も王女も、民も笑っているのだから良い事なのだろうと僕は納得して笑おうと思い

 

 

 

 

「ただし────────娘の手に口付けするような野郎は目の前で処刑してやるから覚悟していろ……………………!!!」

 

 

というダブルスタンダートな言葉に思わず、周りにいるメンバーと一緒に真顔にいる中、王の傍で座っていた王女がどこからか取り出した本……………………法律関係だろうか。

とんでもなく分厚い本の角で思いっきり王の後頭部を叩きのめすのを目撃し、更に沈黙が広がった。

コホン、と可愛い仕草で空気を入れ替えようとする王女だが、騎士団メンバーの中には冷や汗を流しながら震えている男もいる……………………一部はアレが良いんだよ……………………!! と手を握っている業が深い男もいたが。

 

 

 

 

「お父様の失言、申し訳ありませんでした。父に代わり私が謝罪させて頂きます。お父様も最近、年で頭がおかし……………………お疲れのようで」

 

 

 

今、頭がおかしくなったって言おうとしなかったか……………………とアインが呟くのを見たが、隣でヴァイスが気のせいだ、と肘鉄を食らわせていたので良しとする。

ナイス行動に、今度、酒を奢ろうと決意する。

 

 

 

 

「倒れた父に代わって私からも説明を。父はどうやら今の平和を保てている事を良しとしていますが…………………同時にそれを支えている騎士団の人達の力を皆さんに知って欲しいと思って、今日の段取りになった、という事らしいです、騎士団の皆さんがいるから、皆さんも安心して生活をして欲しい、と」

 

 

 

おお……………………、とエルスは感嘆する。

流石、アルベルト王。賢王の名に相応しい人だと改めて実感する。

あの御方がいるから今日まで平和の世を維持できたのだと思うと、誇らしさに一杯になる、とエルスは感激し

 

 

 

 

「……………………まぁ、後は何か楽しい事もしたかったのだと思いますけど」

 

 

 

エルスは王も人……………………人なのだ……………………!! と自分を強く戒めた。

そう思っていると闘技場に集まっている騎士団の内、一人が代表として前に出、膝を着きながら王女に言葉を作っていた。

 

 

 

「エセル王女殿下。ご確認させて頂きたいのですが……………………つまり、今回の目的はある種のパフォーマンスであり、ルールとしては味方無しのバトルロワイヤルのような形式。勿論、鍛錬と同じような感覚で、という事でよろしいでしょうか?」

 

「はい。それで良いと思います。皆さんの活躍をご期待します……………………後………………」

 

 

再び、自分と彼女の目線が合ってしまったことに気付く。

いや、大丈夫……………………仮面がきっと僕の目線を隠してくれるはずだ………………と。

しかし、淡い希望は空の向こう。

エセル王女殿下はわざとらしくこちらに流し目らしきモノを送りながら、一言

 

 

 

 

 

「────────格好いい所を、見せて欲しいですね?」

 

 

 

 

今ほど、この透き通る美声を恨む時があるだろうか。

それ程、強く言っていないのに、この通りよう。もしかしたら、風の魔導書とかを使って、音を届けているのだろうか。

ちりちり、と首筋を焼く殺意を感じながら、アイン達がこそこそと僕から離れていくのを見て、この人でなし共、と思っていると先程、代表として皆の前から出ていて人間が急に腰の剣を抜く。

おかしい。

今日はこういうパーティというかイベントというか、まぁ、ほのぼの系だから、使う武器は加工した、殺す獲物にはならない、切れ味のない剣を使う予定だった筈なのに、彼が持っている剣はとても綺麗な滑らかさで自分の切れ味を主張している。

更には、何時の間にか、並ぶように立っていたはずの騎士団員は、まるで僕を囲うように立っているように見えて不思議だ。

ちなみに、こちらも武器は簡単に人を切れそうな感じである。

嫌な予感が広がる仲、代表として皆の前に立っていた騎士がこちらに振り返る。

異様に美しい笑みを向けられ、あ、これは駄目だな、と思った瞬間────────号令が発された。

 

 

 

 

 

「そこの仮面馬鹿をぼっこぼこにしろぉーーーーーー!!!」

 

 

 

 

もういいけど、私怨を叫ぶのは不味くないかな? と思いながら、周りの騎士達が一斉に獲物を抜き放つのを見て、エルスは溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

神を信じたことは無いけど、やっぱり、天罰は有りそうである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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乱痴気騒ぎ

 

 

 

 

 

「馬鹿ばっか………………」

 

 

ミリルは闘技場で行われているイベントの警護の一人として、空から天馬に乗りながら、乱痴気騒ぎに近い光景を見ていた。

天馬騎士になるのならば、五感の鋭さは当たり前に持っていないといけない。

天馬騎士にとって最も恐ろしいのは同じ天馬騎士やドラゴンナイトではなく、地上から撃たれる矢やなどこそが最も高い死因だからだ。

故に、空にありながら、一定の距離であるならば、地上を見れるくらいの視力や聴力が無いと、天馬騎士にはなれない。

そんな五感で見た光景は、正しく言葉通りであった。

王女殿下の分かりやすい言葉に引っかかって、馬鹿っぽく男共が突撃していく様は見ていて実に馬鹿っぽい。

男は幾つになっても子供、とか良く言うが、この光景を見ているとあながち間違いではない気がする。

恐らく、その中心になっているであろう、仮面の青年もその一員である事に対しても馬鹿っぽい、と呟こうとするのだが、何故だか口から吐き出されない。

自分の迷いに、女々しいミリルめ………………と自分で罵っていると、同僚の一人が近づいてくる。

何事か、と思っていると同僚の口元がにやにやしているのを見て、嫌な予感を膨らませる。

結果として、それは正しい予感であった。

 

 

 

 

「ミーーリーールーーー? 何を女の顔して下を見ているのさーー?」

 

 

 

槍を投げようとして止めた自分を褒めて欲しい所である。

幾ら親しい同僚とはいえ、唐突に女の顔をしている、とか言われて冷静さを保てるほど、年を取っていないのだ。

 

 

「………………誰が女の顔よ。私は普段通りの顔をしているわ」

 

「へーーー? その赤面顔が普段の顔なら、ちょっと常時興奮し過ぎじゃない?」

 

「だ、誰が常時興奮状態の痴女よ!? そんな特殊性癖持ってないし、これからも目覚めないわよ!!」

 

「じゃーーー、その赤い顔はなにかなーーーー?」

 

やっぱり、貫いてやろうか、と槍を握る手に力を籠めるとエルが小さく嘶く。

まるで、落ち着けーー、という風に嘶くものだからくっ…………! と唸って攻撃を止めるしかない。

流石に愛馬の戒めを聞かない程、信頼関係は薄くない……………………と思っているのだが、再び、目の前の同僚がにやにやするとなると話は別だ。

 

 

「………………何?」

 

「いやぁーー。そういや、その仔の名前、エルって言ったなぁって」

 

「別にいいでしょう? いい名前なんだから。エルも気に入っているみたいだし」

 

「確かに良い名前だねぇ────────あんたの片思い相手の名前から取った感があって素敵」

 

「……………………え?」

 

 

一瞬、何を言っているんだこいつは、と思ったが、数秒して気付く。

あ、確かに、見ようによってはそう見えなくもない、と。

 

 

 

「ち、違うわよ? エルの名前を付けたのは彼と出会う前に付けたんだから? 偶然よ偶然っ。ほら! エルも何か言って!」

 

 

無茶言うな、と言わんばかりに嘶く愛馬に対して、おどおどするしかない自分を自覚するが、実際、本当にエルの名前は偶然なのだ。

そこを突かれたのも今日が初めてだし、言われて本当に今、気付いた出来事である。

不覚とは正しくこの事であり、どうにか挽回しようと思って両手をわたわたさせていると、急に同僚がくすくす笑い出し

 

 

 

 

「────────片思いの相手っていうのはツッコまなくていいの?」

 

 

 

ミリルは完璧な不覚を悟って、エルに抱き着いた。

周りを警戒しつつ、もう完全に不貞寝したくなるモードに入るが、流石の同僚もからかい過ぎたと思ったのか、ごめんごめん、と苦笑して

 

 

 

 

「ほら。片思いかどうかはさておき、友人が頑張っているんだろ? 応援したら?」

 

「………………ふん。いらないわよ。あのメンバーには」

 

 

若干、まだ顔が赤いわね……………、と自覚している自分に腹立ちながら、ミリルは自分の言葉を改めて確認する。

そう、きっとあのメンバーには応援なんていらない。

何せ、騎士団メンバーにおいての生粋の問題児集団だ。

応援する方が馬鹿を見る────────どうせ色々やらかすのだ。

 

 

 

 

「馬鹿なんだから………………」

 

 

 

速度馬鹿のアインや女たらしのジーンは当然として、見た目優男のヴァイスも仮面で何もかもを隠せているつもりのエルスも。

唯一、ゼルさんだけがまともだが、戦闘力という意味ではまともではない。

だから、きっと下の乱痴気騒ぎは愉快なものになっているだろう。

 

 

 

 

※※※

 

 

 

「ほぅ………………」

 

エセルは感嘆の吐息を吐く自分の父を見た。

だけど、お父様? と問う理由もない。

何故なら、目の前の光景を見れば、そんな物は一目瞭然だからだ。

最初、代表として皆の前に出た騎士の号令の元、一気に彼に向かって人に雪崩れ込むかと思っていたのだが、それは違った。

戦いにおいて数は確かに有利な事を生む事が多いかもしれないが、密集地帯においてはそれは間違いだ、と示すかのように仮面の騎士に向かったのは一番、彼の近くにいた二人の騎士だけであった。

一人はアーマーナイトで、持っていた槍を彼の腹に突き刺すように突き出し、もう一人の騎士は剣を持って、上段から叩き割るように剣を振り落としたのだ。

お互い、何かコンタクトを取ったようには見えないが、連携を取れているという事は物凄く鍛錬をした事による成果なのだろう。

それだけで、十分に感嘆出来る事なのだが……………………父が、私が感嘆したのは残念ながらその事では無かった。

 

 

 

 

感嘆するべきはそれらの連携を────────まるで軽業師のように斬りかかってきた人間の肩や頭に足を乗せて避けた仮面の騎士を言うべきだろう。

己に対する攻撃に対して、まるで恐れなど知らぬと言わんばかりに、それらを逆に足掛かりにして跳び、そのまま人の頭や肩を足場にして跳ぶのだ。

煽った私が言うのもおかしいが、凄い、としか言えない光景である。

 

 

 

「あれもお前の仕込みか? フリード騎士団長?」

 

「いえ……………………あれはもう、本人の適性と才覚ですね。あそこのチームはもう体の羽後仕方も含めて独特で。もうベースとなった騎士剣術の欠片もありませんよ」

 

 

お父様が愉快そうに、騎士団長のフリード様にそんな風に問い、フリード様も王族に対しては少し砕けた言葉遣いで、しかし口調ではなくその言葉に込められた敬意に気付かされるような言葉で答えていた。

それに、お父様は楽しそうに笑うだけだったのだが

 

 

 

 

「………………フリード団長。王に対して不敬ですよ」

 

 

 

その事に冷ややかな言葉と共に指摘する声。

冷徹な一声に振り返るとそこにいるのは騎士団長であるフリード様と同じで、私やお父様の護衛の為にいる天馬騎士団を束ねる女団長────────ナタリア様がいる。

 

 

 

 

相変わらず綺麗な方です……………………

 

 

 

他人から見た自分に対する評価を棚に上げて、思わず同性でも見惚れる大人の女性を見る。

艶やかな緑の髪を腰辺りまで伸ばし、髪と同じ色をした瞳も綺麗な宝石のようで美しかった。

髪や瞳だけではなく、顔や体つきも同じ女性の視点でも、思わず羨ましいとしか言えないもので、時々、実は本当はもっと若い人なのではないかとつい、疑いそうになる。

年齢は本人が言うには30の後半と言っているし、何より

 

 

 

「おいおい、ナタリア。仮にも夫に対してそりゃないぜ」

 

「生憎と私は公私混同はしません。むしろ、身内がだらけているのを見れば、槍を握る腕にも力が入るという物。赤の他人を叩くよりかは罪悪感を感じません」

 

 

そう。

騎士団長であるフリード様とナタリア様は夫婦なのだ。

掛け合いからまるで熟年夫婦のようにも見えてしまうが、実は結婚したのはそう昔の話ではないという。

どういう経緯があったかは知らないが、お互い、独身を貫くみたいな態度を取っていたのに、気付けば付き合い、結婚をするという事になった、と知った時は私は当然としてお父様も、更にはヒューズ様も驚いていたのを覚えている。

電撃結婚とは正しくこの事である、と私も思ったものだ。

ちなみに、彼らには3歳になる子供がいたりもする。

 

 

「………………夫婦仲は良好のようだな。私も素直に嬉しい────────から、ここで惚気るでない」

 

「いや、すいません王よ────────私の嫁は世界一で」

 

「その喧嘩買った────────世界一の嫁は我が妻、アリシアだ! 異論なぞ認めぬぞ……………!!」

 

「ふっ……………………幾ら王でもそれだけは譲れません。ナタリア誇らずして誰が誇りまがっ!」

 

「────────何を馬鹿な事を言っていますか、フ・リー・ド騎士団長?」

 

 

ほのぼのした雰囲気から、修羅場になりつつあるので、私は密かに視線を切って、難を逃れる事にした。

決して、父とフリード様を見捨てたわけではない。

改めて闘技場を見れば、争いはもうエルス様だけを狙ったものではなく、正しくバトルロワイヤルになりつつあったので、特徴的な仮面の騎士を探すのも一苦労だった。

つい、あんな風に煽るような事を言ってしまったのは流石に失敗だとは思ったが、無事………………まぁ、無事試合になっているようで良かった、と思いつつ

 

 

 

「……………………頑張ってください」

 

 

 

つい、小声で応援するくらいは許して欲しい、と思った。

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

「────っらぁあああああああああああ!!!」

 

「ふんぬ………………!!」

 

アインはトレードマークである赤い鎧を着こなしながら、愛槍を自在に振り、突き刺していた。

相手は重騎士であり、その上、盾も装備していているから中々、その突き崩せなかったが、構いやしなかった。

 

 

 

 

アインにとって、強さとは速さであった。

 

 

 

単純な移動速度もそうだが、槍の取り回しや体術、反射速度も全て含めて一つの速さであり力だ。

敵が硬かろうが、怪力だろうが、速度を持てば貫く事も出来るし、斬られることも無いとアインは本気で信じている。

己が止まらなければ、例え騎士団長でもそう容易く負ける気も無い────────が、その純粋な信仰に待ったと物言いがあるのも武術の世界であった。

 

 

 

 

「ぬっ……………………!!」

 

 

天性の鋭敏な知覚が風切り音を知覚する。

周りの喧騒に比べれば、余りにも小さくて一瞬だったが……………………アインはそれを錯覚とは思わなかった。

何故なら

 

 

 

 

「勘だぁああああああああああああああ!!!」

 

 

 

叫びながら、アインは槍を引く動きに合わせ、背後に跳んだ。

瞬間、自分がいた場所に矢が4本、ついでに相手した奴の盾と鎧の隙間に吸い込まれるようにして首元に当たり、死亡判定を自覚した相手が悔しそうに舌打ちをするのを聞きながら、矢を放った相手が誰かを理解した。

 

 

 

 

「この出鱈目感………………ジーンだな!?」

 

 

 

乱闘騒ぎになっている闘技場の中で、口に出した名の青年を探したが、見当たらない。

 

 

 

 

出鱈目な……………………!!

 

 

 

自身も同等な事をしているのを棚に上げて、この開けた空間で隠形を保てる凄腕スナイパーには賞賛するしかねえ。

自分には間違いなく同じことも出来ねえって分かるから尚更に。

気配を消すとかまどろっこしくてやりたくねえし、そもそも弓自体が自分の足で走った方が速いんだよでおざなりである。

だから、やってくれる、と愉快で笑っていたら

 

 

 

 

「のわぁああああああああああああああああああああ!!!?」

 

 

 

何やら人の塊が一気に空から吹っ飛んできた。

2,3人が空から落ちてくるのを見ながら────────誰が見ても嫌な顔をしている、という表情を浮かべている自分に自覚する。

何故なら、この珍事の下手人を考えさせる事無く理解させる出来事だったからだ。

 

 

 

「…………ヴァーーイーーース君ーーー? 人を空に飛ばしたらいけないって習わなかったのかなぁ?」

 

「おや? 3流チンピラ口調が地の君がそんな高等な事を理解出来ていたのかい? そこが君の知能の限界なんだろうけど」

 

 

相も変わらずむかつく陰険な喋りに、青筋を立てながら、問題の馬鹿が現れるのを見る。

優男には似合わない巨大な、斬馬刀に近い刃を肩に預けながらも、片手で持ち上げる緑色の鎧が特徴な野郎がそこにいるので、自然と槍に力が入るのを見ながら、いい感じに殺意が高まる────────が

 

 

 

「どけよ雑魚。3位には興味ねえんだよ。今日の俺ぁ、1位にしか興味無くてなぁ」

 

「ははは────────同感ではあるけど、目の前に現れてしまったなら、聞けるわけがないじゃないか」

 

 

3位とか1位というのはこの乱痴気騒ぎによるものではない。

これは、うちの小隊だけの特別ルールだ。

上位が当然、実力者であり、最下位が一番負けているという当たり前のルールだが……………………この順位の繰り上げと繰り下げは勝ったものが勝った順位にまで跳ね上がる事が出来る、下克上が非常にしやすいルールだ。

極端な例を述べるなら、5位が1位に勝てば、五位の人間が1位に、1位の人間が5位になったりもするのだ。

これが、意外にも俺達を焚きつけるのだ。

何せ、順位が低い、という事は弱い、という事だ────────単純な事故に、それに我慢出来ない人間には効果的だ。

現在の順位は1位がエルスで2位が俺、3位がこいつで4位がゼルの旦那、そして最後がジーンとなっているが………………順位の変動は毎度激しい。

何せ、あらゆる行為が死なない限りOKとなっているので、奇襲から夜襲などやりたい放題だ。

最初の方は、それはケースによっちゃあ一方的な展開になるじゃねえかと不満を漏らしたが────────ルールの考案者である我らが隊長は仮面で顔を隠したまま、小さく首を傾げ

 

 

 

 

 

「────────君達は戦場で、卑怯だって負け犬台詞を吐いて死にたいのかい?」

 

 

 

 

ありゃあ、本当にさいっこうに頭にくる台詞だった、と今でも思いながら、だからこそ、現3位の力馬鹿を精一杯見下しながら

 

 

 

 

「当たんなきゃ勝てねえって単純な理屈を何度でも教えて欲しいって言ったらどうだ?」

 

「当たっても、そよ風のような攻撃じゃ意味がないってそろそろ理解して欲しい所だね」

 

 

 

互いの言葉を聞いた俺達は無言で、槍と斬馬刀を構える。

更には意識を隠れているジーンにも割かないといけないが、知った事ではない。

思考にあるのはきっと、お互い同じ気持ちだろう。

 

 

 

 

 

こいつに地べたを舐めさせてやる、と

 

 

 

瞬間、槍と剣が交差した。

 

 

 

 

※※※

 

 

 

空間を裂くように飛び跳ねながら、鞘から一瞬で剣を引き抜き、背に流れるマントを巻き込みながら回転し、そのまま敵の胴体を撫でるように刃を放ち、敵を敗北判定にするエルス。

地面に滑るように着地しつつ、止まらないようにしながら周りを見回す。

もう、5人くらいは倒したと思うが、やはり、それくらいになると周りの人数はかなり減ってきたようだ。

集団が集団と闘っているというよりも個々が孤立して戦っているような形になりつつある。

宴もたけなわという感じだ。

なら、自分も空気を読んで次の敵と接敵するか、と思っていたら、自分の前に影が出来た。

見たら、見覚えのある顔────────ゼルが丁度敵をタックルで倒したのか、肩を前面に相手を吹っ飛ばしている最中で、僕はその横に現れたような形であった。

 

 

 

 

「────────」

 

 

 

態勢としてはゼルの方は余りにも不利という状況だが────────当然、そこで仕切り直してからなどと言うつもりはない。

僕は持っている刃を即座に振り上げ、ゼルは躊躇う事無く、重騎士の分厚い鎧に覆われた籠手で弾いた。

鎧で覆われているとはいえ、刃に対して躊躇いなく拳を向けれるのは本人の勇気と経験によるものだと知っているから、危うく頼もしくて微笑みそうになるが、噛み殺し、弾かれた剣を無理矢理引き戻そうと態勢を取り戻している最中にゼルが片手に持っていたハルバードが勢いよく振り回され、こちらに迫ってきた。

いかん、と思い────────躊躇いなく、姿勢を崩す要因となっている剣を捨て、そのまま両断のように振り払われるハルバードの柄の部分を飛び越え、前宙する形で着地しながら、もう一本武器として携帯しているレイピアを引き抜く。

剣違って、打ち合うには心細いが、重騎士であるゼルからしたら軽い上に、鎧の隙間を貫くレイピアは天敵だろう……………が、それで引くような人ではない事も勿論知っている。

 

 

 

「…………現状、確か、私は4位だったな。ここで1位になれば、気分がいい」

 

「それは残念だね、ゼル。つまり、君の気分が良くなる事はないわけだ」

 

「妻がいる男に対して土産話をくれるつもりはないのか隊長殿は」

 

「義母さんの教えなんだ。戦うなら負けるつもりで戦うなって」

 

「いい教えだ。私も子供が出来たら、そう教えよう」

 

「…………奥さんに似たら、戦わずして勝ちそうな気が……………………」

 

「……………………」

 

 

ヒュゥ~~~、と冷たい風が自分達の間を通り抜けるのを感じ────────それを振り払うように一瞬で僕はゼルとの距離を詰めた。

 

 

 

 

「────────」

 

 

 

軽く5m程あった距離を即座に潰されたが、ゼルの瞳に一切の動揺が無いのは感じ取っている。

互いに手の内は知れている。

身体能力はおろか互いの武器の間合いすら知り合っている仲だ。

奇襲を行うには、最早ジーンのような隠形の達人以外には難しい仲になっている。

それを解決する方法は至って単純だ────────正々堂々真正面から倒せばいい。

 

 

 

 

「っ────────!」

 

 

 

漏れる呼気は最低限に。

必要最小限の動作を持って、刃というには細いレイピアを鎧の隙間……………今回は首の所に突き刺す。

決まれば一撃の致命打を、ゼルはほんの少し首を傾けただけで躱す。

正しく首の皮一枚という言葉を実演する部下に対して、見事とと思いながら、しかしエルスは躊躇わずに更に前に出る。

ゼルの武器は長大なハルバード。

如何に本人の怪力があろうと、振り回すのに適しているとは言い難い武器だ。

分かりやすい弱点を責めないわけがなく、そのまま至近距離で戦おうとし────────突き出していた腕が掴まれるのを悟った。

 

 

 

 

「…………おや?」

 

 

不審に思うのは彼が突き出した腕は左腕であり、これを掴むにはゼルは普通は右手を使わないといけないのだが、その手こそがハルバードを握っていたはずで、つまり、自分の腕を掴んでいるという事は

 

 

 

「切り替えが早いな……………………!!」

 

「何度も似たような攻撃をされていたらな……………………!」

 

 

左の怪腕が振りかぶられるのを理解し、無理矢理掴まれた腕を振り解こうとするが、解けない。

流石、と思う間もなくこちらも空いている腕でガードするが

 

 

 

「くっ…………!」

 

 

ミシミシ、と腕が鳴るのを耳で捉えながら、ガード事己が吹っ飛ばされる。

即座に受け身を取り、構えるがガードした右腕が痺れているのを悟り、舌打ちをしたくなるが、そんな余裕はない。

何せ、この距離はそれこそゼルの得意レンジ。

吹っ飛ばしたと同時にそこらに転ばしていたのであろうハルバードをもう振り上げ、そして振り下ろそうとするのを目視しながら────────即座に自分も己の体に速度を宿させた。

退くわけではない。

逆だ。

追い詰められているからこそ前に出る。

意地のようにも聞こえるが事実、意地だ────────敗北の際にただ背中を向けるような人間に先があるものか、という思いが自分を前に進ませる。

勿論、退き時を忘れるのはただの馬鹿だが……………………勝ち目から目を逸らすのはただの臆病者だ。

 

 

 

 

「…………!?」

 

 

追い詰めたと思っていた隊長が半身で前進してくるのは想定外だったのか。

ハルバードが自分の体の横、わずか1㎝程の距離を過ぎていくのを見るが、気にする必要はない。

今、必要なのは目の前の敵であるゼルを倒す事であり……………………諦めずにこぶしを握って攻撃しているという事実だ。

互いに唇を歪ませる。

お互いに必勝を願っているからこそ、勝った時の快感を自分達は知っているから。

己の攻撃が当たる事を疑わず、自分の勝ちだ、と言える瞬間を切望し────────互いの側頭部に矢が飛来している事に気付いた。

 

 

 

 

一瞬でそれを悟ったせいか、時間の感覚が遅くなる。

 

 

 

「うぉ……………………!?」

 

「くぅ……………………!?」

 

 

 

完全な奇襲を悟り、互いの勝利よりも生存を求める本能が働き、僕はそのままスライディングの態勢になる事により避け、ゼルは後ろにほぼ倒れこむ事によって避けるのを見ながら、即座に距離を離し、即座に下手人の方に向かう。

 

 

「ジーンだな!? どこだ!?」

 

「ご名答? だけど、気を付けた方が良いよ? 暴れ牛が二匹ほど近寄ってきているからね」

 

 

暴れ牛が二匹。

その言葉遊びに、僕も、恐らくゼルも同時に気付いた。

何故なら自分の視界に凄い速度で赤色────────アインが吹っ飛んできたからだ。

 

 

 

 

「────────」

 

 

 

視線が交錯される。

互いの瞳にあるのはやられた、という思いだが、だからと言って、目の前の相手から目を逸らすという事は出来ない。

逆にここまでされたら見事だ、と思いながら、即座にレイピアを突きこ────────もうとして

 

 

 

 

「しゃああああああああ!!!」

 

 

 

超反応で槍が突き込まれる光景が視界の全てとなった。

思わず、笑ってしまう。

最早、動物並みの超反応もそうだが、その反射に一瞬で肉体の全てを任せれるのは本気で羨ましくなる。

純粋戦士というのは正しく、アインのような人間を言うのだろうと思いながら────────フェイクで突き込もうとしたレイピアを手から離す。

 

 

 

 

「ああん!?」

 

 

 

こんな時までチンピラ風に驚くアインを無視しながら、そのまま突き込まれた槍の柄を握り、引き寄せる。

反射に全神経を注いでいたアインが対応できず、そのままこちらに引き寄せられる。

 

 

 

「こ……………………!!」

 

 

 

の野郎、とでも言いたかったのだろうが、もう遅い、

後は奴の鎧で掴み、足を引っかけ、体を捻る動きで奴の体を背で持ち上げれば、背負い投げとなり、そのまま地面に熱く激突する結果になる。

 

 

 

 

「くそ……………………!!」

 

 

心底からの悔しさの言葉を、敢えて無視して、周りを見回すとゼルとヴァイスがぶつかり合っているのが見える。

力という意味では同格の二人ならば、どう転ぶかは謎だな、と思いつつ、首を振って飛んできた矢を回避する。

 

 

 

 

「不用意に撃ち過ぎだ……………………!!」

 

 

 

如何に隠形が得意であっても、矢の軌跡までは消す事はどんな弓兵であっても出来ない。

即座に飛んできた方向に、疾走し、目を凝らす。

そこまでして、ジーンが今、倒れつつある兵の背後に立っていた事に気付く。

取る、という思いは殺意となり、それがジーンが弓では対処が難しいと判断し、即座に弓を捨てナイフを握る動作に移行する。

そして、そのまま目の前にいるのに、本当に体を消すのだから、暗殺者にも転向出来そうだなあの天才は、と考えながら、目を瞑る。

見えない以上、目に頼るよりは他の五感に頼った方がいいというもの。

それに────────隠形で自身の所作を隠す事は出来ても、物などの音までは消す事は出来ない。

 

 

 

 

 

例えば、抜き放ったナイフが風を切る音などは

 

 

 

 

瞬間、即座に首を捻ったのと同時に自分の後頭部の後ろからナイフを持った腕が突き出される。

頬が少し切れる感覚を得ながら、どうやって後ろに回ったんだと舌を巻きながら、突き込まれた腕を片手で掴みながら、後ろに肘を入れる。

 

 

 

 

「ごっ……………………!!」

 

 

 

鳩尾にめり込む感触を得ながら、油断せずに、そのまま逆に諸共後ろに倒れ込むように飛び、地面にジーンを縫い付ける。

これで、ようやく倒された、と思ったのか、ジーンが仕方なさそうに溜息を吐くのを見て、何とか勝ったか、と思い、直ぐに立ち上がると

 

 

 

 

「────────そこまで!!」

 

 

 

鋭い一声と共に、動こうとしていた体が止まるが、視線だけが動き何故なのか、と思えば

 

 

 

 

「…………あ」

 

 

 

何時の間にか、周りで立っているのは自分だけになっていた。

ゼルとヴァイスの方を見ると何やら互いに拳を顔面に入れて、そのまま倒れたみたいな形になっていた。

二人とも、武器はどうしたんだ、と思うが、まぁ、流れによるものだろう、と納得する。

観客の歓声も喜びや楽しみに満ちていたし、まぁ、見世物程度には頑張れたか、と苦笑して

 

 

 

 

「────────あ」

 

 

 

そういえば、勝ったら……………………姫様の手の甲にキスをする、とか言ってなかったか、と思い、つい貴賓席の方を見るとエセル王女殿下が嬉しそうに笑って手を振り、アルベルト王が楽しそうに笑いながら、親指を下に向け、何故かフリード騎士団長は倒れていた。

 

 

 

 

 

「…………後悔は先に立たず、か……………………」

 

 

 

ここ最近の自分の状況を表す言葉を口に出しながら────────とりあえず先の事を考えるのは放棄した。

つまり、現実逃避である。

 

 

 

 

 

 

 




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道の選択

 

 

 

 

 

 

「此度は見事な剣舞を見せた。以降も、お前には期待させてもらう」

 

「────────はっ。有難き幸せ」

 

 

 

この会話を聞いた人間の大半は、部下が立派な働きをしたから、上の者が褒め称えている光景に見えるのだろう。

実際、形としては部下である騎士が上司である王に膝を着いて、言葉を貰うシーンなのだから間違ってはいない。

 

 

 

違うとすれば王が騎士を見る視線に、娘に触れたクソ野郎が、という怨念のような殺意が籠っているのと、睨まれている騎士の背には冷や汗が恐ろしいほど、浮かび上がっているという所である。

 

 

 

仮面を着けた騎士は………………エルスはその視線を理不尽とは思わない。

どう言い繕うとも自分は確かに王の一人娘と接触し、王を不安にさせる原因を作った人間ではあるから、甘んじて怒りを受け入れるのは当然である。

────────いや、その…………………その怒りが、今までの事ではなく今日………………あの乱痴気騒ぎで優勝した人間として王女殿下の手の甲に口付けをするという事での憤慨であるならば、多少、理不尽を感じないでも無いが、累積罪だ……………………と思い、無理矢理納得する。

そうだ、目の前の王が周りには見えない角度で、あ~~~ん、とかおうおうおう、とメンチを切ってきても、自分が悪いから仕方がないのだ。

何故なら、私は王の隣にいるとんでもなく分厚い本を掲げた王女殿下とまるで付き合いをするかのように接して────────接して?

 

 

 

「えいっ」

 

 

可愛らしい声とは裏腹なドギツイ打撃音が響き渡り、王はごっ、という短い悲鳴と共に、崩れ落ちた。

二度目の殺人事件に、真っ青になりそうだが、相手は王族……………王族なのだ……………………と思って、無言で頭を下げたまま、目の前の光景は見ていない振りをする。

視界に入れば、この状況にツッコまないといけないのは不味い。

 

 

 

 

「申し訳ありません、エルス様。父は持病が発症しまして………………」

 

 

これに、騎士としてどう答えるのがいい、というのだ。

お気になさらず、と答えれば王がちょっと口には言えない病気持ちである事を肯定してしまうし、否定すれば、では、何なのですか、と問われ、ただの親馬鹿です、と答える結末が待っている気がする。

どうするべきか、と悩んだ末に浮かんだのは

 

 

 

………………団長!!

 

 

他力本願による解決法であった。

顔を挙げないまま、視線だけを騎士団長の方に向け、アイコンタクトで助けを求める。

すると、フリード団長は通じた、という風に頷きながら、そのままハンドサインを送ってきた。

 

 

 

 

あ・き・ら・め・ろ

 

 

 

余りの役立たずっ振りに、殺意すら湧かない辺り、確かに諦めて来たのかもしれない。

ここまでか……………と人生を振り返りそうになってきた所で、クスクス、と上品に笑う声が小さく響く。

危うく顔を挙げそうになったが、自分がどう思っているのかを悟ったのだろう。

エセル王女殿下が楽しそうな笑い声と共に、顔を挙げてください、と指示をするので、顔を挙げると、やはりそこにはとても綺麗な微笑みを浮かべたエセル王女殿下と………………何時の間にか立ち上がったアルベルト王が仕方なさそうに苦笑していた。

一瞬、何事か、と思ったが、直ぐに嵌められた、と思い………………しかし表情は仮面とポーカーフェイスで隠しながら、溜息を吐きそうになる自分を抑えた。

しかし、それすらも見切られたのか。

エセル王女殿下は笑いながら

 

 

 

「申し訳ありません………………貴方は何時も飽きさせてくれなくて………………」

 

「…………いえ。エセル王女殿下がご満足であるならば、私も道化になった甲斐があります」

 

「騎士でなくていいんですか?」

 

「僭越ながら、騎士団長が既に型破りなお方でして」

 

 

おいこら、俺を売るな、という誰かの声を遠慮なく無視して言うと、今度は笑ったのは王であった。

愉快気に笑いながら、騎士団長に向ける視線には一切の怒りも無ければ悪意も無い。

 

 

「どうやら見事にお前の教えは教え子に根付いているようだな。フリード団長。先代に団長の座を譲られた時、押し付けられたと嘆いていたというのに」

 

「いやぁ………………これは私というよりは教え子たちの気質ですよ王よ。私からの教えをしっかりと心に刻んでいたら、こんな悪餓鬼にならんでしょう?」

 

「よく言う」

 

 

王に対しても、最低限の警護で話す騎士団長に、天馬騎士団を率いるナタリア団長が目を細めて、口を開けようとする気配をエルスは察するが、それよりも早く、王が手を挙げ、ナタリア団長の言葉を止めた。

 

 

 

「よい。公の場では無いのだ。私としてもその方が好ましいというものだ」

 

「しかし………………示しがつきません」

 

「つくとも────────君の夫はどうでもいい人間に敬語を使う人間でも無ければ、見る目がない男ではない事は知っているだろう?」

 

 

沈黙するナタリア団長に、小さく笑うフリード団長の両方の気持ちがエルスには少しだけかもしれないが、理解できた。

その言葉にはフリード団長に対する信頼が込められたが………………それと同時に、自分がフリード団長にとって使えるに値する主君である、という自分に対する自信も込められた言葉だ。

思わず胸が熱くなると同時に────────自分には言えない言葉だ、と自嘲する。

そんな己に対する嘲りを、仮面の裏に隠しながら、伏せていると、王は何か思いついたのか。

ふむ、と前置きを置き、

 

 

「折角だ。エルスよ。我らと食を共にするがいい」

 

「はっ────────は?」

 

王の言葉に頷き───────頷いた後に、今、この王が何を言ったのか理解した上で理解出来なくなり、今度こそ顔を挙げて王を見ると、王は悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべているだけで、これに関しては周りも少し驚いており………………あ、いや、フリード団長だけが愉快そうに笑っている。

その笑いのお陰で、冷静さを取り戻し、直ぐに断ろうと口を開こうとして

 

 

 

「命令だ。拒否すると騎士の称号を剥奪するぞ?」

 

 

即座の脅しの言葉に抵抗する事が不可能であるという事実を得るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「どうだ。上手かろう? 何せ、王族が食べる料理であるからな。お陰で勝手に舌が肥える肥える。しかも、無駄に上手い故につい、手が出てしまう。そのせいか、前にエセルが自分のお腹を摘まみながら絶望したかがはっ!」

 

「お母さまの教えの一つに、女の体重を語る男性には容赦するな、というのがあるんですよ? お父様」

 

目の前に繰り広げられる王族ジョークに冷や汗を流しながら、エルスは何とかフォークやスプーンを使って、食事をしていた。

あの後、恐ろしいほどの手際で誘拐……………もとい招待された僕は、今、王族の方達と一緒に食事をするという栄誉という名の地獄にいた。

正直、庶民の出である自分には目の前のフルコースに対して、しっかりとマナーを守れているのかが不安過ぎて仕方がない。

一応、騎士として社交場での護衛などもあったりはするので、マナー自体は学んでいるのだが、それの実践など両手所か片手の数くらいしか無いくらいだ。

 

 

 

 

それも、今回は王族の方と一緒に食事だ。

 

 

 

お陰でさっきからご飯の味が全く感じれない。

恐らく、とんでもなく美味しい料理であるのは分かってはいるのだが、舌が緊張で機能していない為、意味がない。

 

 

 

 

止めてくださいよ団長達…………………!!

 

 

この国の代表的な二つの騎士団二人の団長の姿を思い浮かべるが、二人はこんな状況で、片方は腹抱えて笑い、もう一人は申し訳なさそうに佇みながら、笑っている方の男に拳骨を落としていた。

笑った男の方は無視するとして、ナタリア団長がこういう時に自分を助けないのは珍しいような気がする。

自他共に認められる厳格な方だ。

それなのに、たかだか一騎士でしかない自分が王族と食事を共にするという事について、咎めないというのはおかしい気がする………………。

そう思っていると

 

 

 

 

「何。簡単だ。あの二人もこんな風に勧誘して、団長にまで昇った口でな。自分がされた事で他人を咎めるのは難しいという事だ」

 

 

まるで、心が読まれたようなタイミングで聞きたい言葉を言われたので、危うくナイフを落としそうになったが、ぎりぎりで掴んで、落とす無礼をせずに済むのにホッとしながら、王の方を見ると

 

 

 

「顔に出ている。もう少しポーカーフェイスを磨くべきだな」

 

 

苦笑と共に、何か前にも聞いた言葉を言われて、思わず、エセル王女殿下の方を見ると、彼女はこちらから顔を逸らして……………………肩を震わせているので、もうどうしようもない、と思いながら、とりあえず何事も無いようにして、改めて聞く事にした。

 

 

 

「あの二人………………フリード団長とナタリア団長も、その…………王に食事に誘われて?」

 

「ナタリアはそうだな。フリードは私の鍛錬に付き合わせてだったが」

 

 

 

そうだったのか……………………、と上司とその妻の意外な過去のような物を聞けたので、流石に意外な声を隠す事が出来ない。

 

 

 

「知っての通り、二人は市井の出でな。しかし、才という事に関しては抜きんでいた故、当時の騎士団長と天馬騎士団の団長と相談しながらな。能力はいいから、後は人柄はどうだろう、と思って、思い切って、招待し、そして付き合わせたのだよ。フリードは昔から悪餓鬼ではあったが、私を前にしたら、ナタリアと同じくらい固くなりおったわ当時は」

 

 

くくく、と笑う口調には過去を慈しむ色が見える。

当時の二人を思い出したからか。それとも、単純に過去を思い返すのが楽しいからか。

どちらであっても、王が楽しそうに笑うのならば、それは良い事だ、と思い、自分も微笑を隠すことを止めると同じタイミングでエセル王女殿下と笑うタイミングが合う。

思わず、視線が合うとエセル王女はあら? と少しだけ硬直するが、次の瞬間、直ぐにまた微笑むので、自分も仕方なく笑ってしまう。

そんな風に笑っていると

 

 

 

 

「そうだ。エセル。最近、習っているという紅茶を私達に淹れてくれないか?」

 

 

 

王の言葉に、エルスは遂に来たか、と思ったが、声をかけられたエセル王女殿下は意図が読めなかったのか、一度、小さく首を傾げ、困ったような表情を浮かべる。

 

 

 

「まだ、そんな誰かに飲ませる程、上達していないのですが……………………」

 

「何。娘の紅茶を邪険にする父もいなければ、騎士もおらぬよ」

 

 

ここで、出汁にされるとは思っていなかったが、しかし、確かに騎士として答えるしかないのかもしれないと思い、慣れない口を頑張って利用する時だと思い、口を開く。

 

 

「王と、エセル王女殿下がお許しになるのならば、私も興味があります」

 

「…………もう。煽てても上手くなりませんからね」

 

 

苦笑しながら、出ていく王女殿下に何とかなったか、と少しだけホッとするが、出ていく前に、王女殿下が急にアルベルト王に振り返ったと思うと

 

 

 

 

「余り、エルス様を虐めないで下さいね?」

 

 

 

と、一言、残して出ていく中、僕と王は一緒に真顔で沈黙する。

ほんの数秒の間の沈黙ではあったとは思うが、酷く長く感じれた中、先に口を開いたのは王であった。

 

 

「…………最近、女の子の成長が怖いと思う事ないかね?」

 

「…………最近、実感しております……………………」

 

 

王と騎士というより男二人の感想になってしまった事に不敬を感じるが、しかし、同意するしかない状況だったが故に、つい口から漏れてしまったが、王は気にせず、うむ、と心底からの同意を一度しながら、ひらひらと手を振り

 

 

「娘からもああ言われた以上、私からこれ以上、何かを言うつもりはない、エルス。君は娘のお転婆に付き合った騎士、としておくがいい」

 

「いえ…………それではエセル王女殿下に傷が……………」

 

「物の例えだ。それでも思ってしまうのなら言い直そう。君は娘の憧れに付き合った一騎士だ。これ以上の口答えは聞くつもりは無いからな」

 

「は……………………」

 

正直、物申したい事は幾つかはあったが、王がそう言う以上、口を出し過ぎるのも不忠かと思い、頷くしかなかった。

それに………………こうして呼んだ上でその話はもう無しだ、という事は………………本題があるという事だと思い、改めて背筋を伸ばし、王の話を聞く事に集中する。

王もこちらの意識の切り替えに悟ったのか。

聡いな、と苦笑しながら王も背筋を伸ばし、紅茶で一度舌を濡らしてから………………改めて告げた。

 

 

 

 

「────────もう後継者を発表しなければいけない時期だ」

 

 

 

半ば予想した言葉であった為、驚く事はしなかった。

既にアルベルト王がご高齢であるのは周知の事実。

幾ら、アルベルト王が類稀な賢王であったとしても、積み重なる年月に勝つ事は人間には不可能なのだ。

だから、王が引退するという事は誰もが理解し、認め────────そして不安に思う事であった。

人間は誰しも現状維持を望む故に、こういうあからさまな変化が起きる、となると誰しも不安に思うものだ。

特に国民からしたら、自分達を守ってくれている天上の人間が変化するというのは先が読めない事で不安に思っている。

民が今、次代の安心を欲しているのは明らかであった。

そんな、王として最後の仕事を、自分に告げた事に理由を問う気は無かった。

自分は一騎士だ。

つまり、騎士として自分に何かを命じるからこそ、自分はここにおり、そして、それを行う為に、自分は騎士としてこの国に自分を捧げたのだ。

その覚悟を無言で、示しながら、王の次の言葉を待つ。

それを理解したのか、王も特に言葉を重ねず、必要な事だけを告げる為に息を吸う。

 

 

 

 

「娘は、エセルはその次代を支える皇妃とならねばならん────が、私が思う相手も、そして娘も若い。力が必要だ」

 

 

次代の王が誰かを告げる事はしなかったが、語り口から察するに、エセル王女殿下とそう年が離れていない者を選ぶような口調であった────────きっと自分以外の。

痛む資格なんて無い自分は黙って、その言葉に頷いた。

次期国王になる人間がどういう能力や人柄をしているかは分からないが、少なくともエセル王女殿下の事なら分かる。

王女殿下は聡明な方だ。

何れは王に負けない大器だと僕は信じているが……………当たり前だが、直ぐに何もかもが出来る人間はいな

い。

 

 

 

 

最初の10年は研鑽と苦労の時節となるだろう

 

 

 

つまり、その10年を超える為の人手が欲しい、という事なのだろう、と理解するが

 

 

 

「…………私は一介の騎士です。政略などに詳しいわけでは……………」

 

「流石にそこまでを求めているわけではない。あくまで騎士として、目となり、手となり、力となって貰いたいだけだ」

 

 

王の言葉に自分なりに理解を得る為に脳を回す。

つまり、国を保つ秩序を維持するために、次の王と王女殿下に情報を届け、時には手伝い、守護する…………………という形だろうか。

成程、確かにそれならば、騎士である自分でも力にはなれるだろう。

 

 

「当然、君一人に任せるわけではない。騎士団きっての問題児集団────────且つ最優秀とされている君の小隊メンバーも誘いたいと思っている」

 

「そうですね……………ゼルとヴァイス辺りを常駐とさせ、私やアイン、ジーンで外の情報を収集、且つ問題があった場合の排除などが一番、分かりやすい形でしょうか」

 

「そうなるな。便座上、親衛隊、とでも名付けようか。恐らく、次の代が軌道に乗れば、直ぐに解散されるような役職とはなるが………………甘やかし過ぎか、とは思うが、つい、大事を取ってしまう」

 

「いえ……………失礼を承知で言わせてもらうなら、石橋を叩く事は決して、臆病でも無ければ、不要でもないと思います。臆病となるのは、叩いた後、その上を歩けない事だと思います。勿論、叩いた後に崩れそうな石橋と気付いたなら、退くのも勇気ですが」

 

「…………上手い例えだ。成程、臆病と謗られるのは、安全と確認を得た後に踏み出せない事か……………」

 

 

成程、成程、と頷く王に、思わず、自分如きの言葉でそこまで深く感銘を受けなくても………………と思っていると

 

 

 

 

 

「────────では、今もその仮面を取らない君は臆病者の謗りを甘んじて受ける、と?」

 

 

 

 

─────顔面に冷水をかけられたような感覚が身を震わせた。

 

 

 

思わず、王と視線を合わせると、王の眼には決して非難の感情は無かったが…………………決して小さくはない失望の色が見えた。

 

 

 

「正直な事を言おうか。私は何度か血迷って、君をどうにか取り立てれないか、と思った────────が、その度に、私は君が一回の騎士であるという事実と───私はおろか、エセルにすら仮面を取らない男に、娘を預けれるか、という思いに襲われた」

 

 

語りかけられる言葉は、失望を抱いてしまった理由。

王所か、娘に──────想いを向けてくれる少女に対しても真正面から見れないのか、という糾弾であった。

思わず、仮面に……………顔に手をかける。

 

 

 

 

…………………王の言うとおりである。

 

 

別にこの仮面の裏には大きな怪我があるからとか、醜い素顔があるからでもなく────────ただ、比べられるのが嫌だったから隠しているだけだ。

無様でとんでもなく格好悪い理由があるだけだ。

たかだか、その程度の理由で俺は友人にも、忠誠を尽くす王に対しても…………………誰に対しても心を隠す恥知らずな事をしている。

もういいだろ、という思いを何度も抱いて………………しかし、という臆病風に吹かれ続けていた。

 

 

 

何て愚かな事だ。

 

 

刃を向けて、果てる覚悟は済ましている癖に、子供でも出来る顔を晒す勇気が持てないなんて。

だから、自分は何時まで経っても偽物なのだ、と────────

 

 

 

 

「…………落ち着きなさい、エルス。私が先に言い出したとはいえ、流石に自分自身を追い詰め過ぎだ」

 

 

 

王の言葉を受け、思わず、瞬きをすると目の中に汗が入り、慌てて拭き取ろうとすると、自分の体が何時の間にか汗だらけになっている事に気付く。

そんな自分の状態に、王は一つ溜息を吐き

 

 

 

「すまない。流石に踏み込み過ぎたな……………」

 

「…………いえ。王の言葉に何も間違いなどありません。確かに、私が未だ顔を隠しているのは周囲に甘えている私の無様さによるものです……………私は……………未だに勇気を持てない愚か者です……………………」

 

「────それは違うエルス」

 

 

一瞬にして、視線を引き寄せられるような言葉に、エルスは顔を挙げる。

そこには、先程までの失意を告げるような顔でも無ければ、エセル王女殿下に見せる親の顔でも無かった。

 

 

 

そこにいるのは人の上に立つもの。

 

 

 

王としての風格と威風を感じ取ったエルスは思わず、椅子から立ち上がり、膝を着こうと思ったが、王が手でいい、と指示されるとまるで意思を掌握されたかのように体が止まり、しかしその事に一切の不快感がない。

むしろ、ある種の全能感さえ感じながら、エルスは王の言葉を聞いた。

 

 

 

 

「君は自分の無様さを認めている。それは決して知も恥も知らない人間がする事ではない。君は少なくとも、己が正しさを貫けていないと認める勇気は持っているのだ────────だから、エルス。君はもう少し、君自身を許すことを覚えるがいい」

 

 

 

僕自身を許す

 

 

その言葉で思い出すのは………………死んだ己の義母であった。

女手一人で捨て子であった己を育ててくれた母は、死に抱かれる中、微笑みながら僕を抱きしめ

 

 

 

 

「────────少しは自分の事を許してあげなさい」

 

 

 

それを言われた時は、何を言われたのか全く理解できなかったが………………剣の腕くらいしか役に立つ物を持っていない自分は、せめて亡くなった親が生きたこの街を守ろうと思い、騎士になる事を決めた。

そして、今、自分に同じことを言う王がいる。

許すことを成せ、と言われた僕は…………………直ぐに返事をすることが出来ず、沈黙するしか出来なかった。

王も、僕の態度から直ぐには難しいと思ったのか、顔を少し緩め、ゆっくりやっていいのだ、と示し

 

 

 

「……………一か月後、何かあるのかは知っているな?」

 

「は……………………建国祭ですね?」

 

「それが終われば、私は国民に未来を語るつもりだ。まだ親衛隊は本格的に動かすつもりは無いが……………この一月には少しは動いてもらう事になるだろう………………うちの娘のお転婆に付き合ったりな」

 

 

 

つまり、建国祭を終えたらアルベルト王は引退し………………エセル王女殿下の婚約も発表するという事か。

もしかしたら、建国祭にて招待する誰かに意思を求めた後に、決めるのかもしれないが………………この偉大なる王が王を止める、という事はやはり、少し、辛い事ではあるが、でも

 

 

 

 

 

「分かりました………………まだ、早いかもしれませんが、国民を代表してお礼を────────王は、私達に生きる光をくれました。その事実だけは、例え誰が否定しようとも、どうか王が誇りとして頂ければ」

 

 

 

 

────────この齢まで王として国を、民を支えてくれた偉大なる人が、自由になる事を、幸いと思わない臣下などいてはならない。

 

 

 

自分の言葉に王は、一度目を開き、驚愕の表情を浮かべ………………苦笑を浮かべる。

その笑みには何故か、またか、という色が見えたが、王はそれについては一切触れず、やれやれ、と呟き

 

 

 

 

 

 

「────────10年早いわ」

 

 

 

 

などと、告げるのであった。

 

 

 

 

 

 

 




次回は、本文で語った一月後の建国祭まで一気に跳びます。
そこから序章の終わりが始まる感じです。


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最後の一日を

 

 

 

 

王都パレスティアは常以上の喧騒に包まれながらも、喧騒に混じる声には喜怒哀楽の内、喜と楽の感情が多分に込められていた。

 

 

 

 

何故なら、今日、この日はアスティア王国の建国記念日という祭りの日だからである。

 

 

 

普段仕事をしている者は休みを取って祭りを満喫する者もいれば、逆に今日、売り上げを伸ばす絶好のチャンスと息巻いている者もいる。

思惑はどうあれ、誰しもがこの祭りに対して、期待と喜びを持って迎えていた────────ごく、一部を除いて。

 

 

 

「らっしゃいらっしゃいーー! 今日は祭りにちなんで商品、安売り中だよーーー!! お! どうだい!? そこのお兄さん達! 何かいらないかい!?」

 

 

甘菓子を売っていた商売人の男は、連れ添って歩いている二人に声をかけた。

その声に、反応した男二人は笑顔でそれに対して、あーーちょっと、と断るにはどうすればいいかなぁ、という風に苦笑を浮かべ、応じていた────────声をかけられる寸前まで、まるで人形のような無表情を貫いていたのを隠して。

 

 

「いやぁーー。俺達、王都の建国祭に来たの久しぶりで。もうちょい、辺りを散策させてからにするから、今回は勘弁してくれ」

 

「おう? 何だ、あんたら他の街から来た奴らか。しかも、久しぶりに王都に来たのか。そりゃしょうがねえなぁ………………んじゃ、せめてうちの試食のを食ってから行ってくれよ。俺っちの店のは上手いから他のを見回しても、ぜってぇ帰ってくるって思わすぜぇ?」

 

 

商売人の男は人懐っこい笑みを浮かべながら、試食用に切り分けている甘菓子をもって、男二人に差し向ける。

男二人も困ったなぁ…………と頬を掻きながら、まぁ、折角という事で貰っていき、そのまま去っていった。

商売人の男は、それにとりあえず満足しながら…………………ふと違和感を感じた。

 

 

 

商売人の男はこの王都で、古株とは言えなくても、長い間、商売してきた人間だ

 

 

 

そうやって客商売をしていたら、物の味方や手段の検討などの経験を得る事もだが、もっと色々と分かる事がある。

それは、歩き方だ────────知らない場所を歩いているような人間と既知の道を歩いている人間の。

外から来た……………さっきの男達のような人間が来た場合、よく来ているとかで無い限り、大抵が、やはり、歩き方に迷いが生じるのだ。

知らない道、知らない街、知らない人間。

それらの要素が全て合わされば、大人であっても足取りに確かな物は生まれない。

 

 

 

 

しかし、先程の二人には、その迷いが無かったのだ。

 

 

 

あの二人は久しぶりに王都に来たという。

年齢は20代後半辺りに見えたから、久しぶりとなると子供の時か、それ以降のどこかと思われるが………………そんな古い記憶で足取りから迷いが消える事があるだろうか。

例え、地図を見ていたとしても、迷い足は無くならないものなのに………………勘が鈍ったか、と店主の男は疑問を感じながら………………しかし、次にターゲットになりそうな客を見て、直ぐに大声をあげて、客寄せをするルーチンワークに入ると、疑問はあっという間に吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

────────もしも天が見ていれば、嘆かざるを得ない瞬間であった。

 

 

 

 

この疑問が広がっていれば、嘆きが生まれる事は無かったのに、と。

 

 

 

 

 

 

「…………暇だ」

 

「暇だねぇ……………」

 

 

アインと欠伸を、ヴァイスを溜息を堪えながら、現状を憂いでいた。

現在、アインとヴァイスはそれぞれのトレードマークの鎧を着つつ、しかし、何時もとは違う王宮にいた。

理由としては一か月前に、急に自分達……………エルスの小隊メンバーは急に親衛隊とかいうメンバーにされた事に起因する。

所属としては騎士団というより王家直属の私兵みたいな形になるらしく、命令系統も騎士団であるフリード団長ではなく、王家のアルベルト国王とエセル王女殿下、両名の直接の命となっている。

そんな物を作り出す理由は、これから先、アルベルト王が引退した時、王女殿下と、まだ見ぬ&知らぬ次期国王の直接の手足が必要になると思ったからこそ、という事らしい。

流石に、今回の人事に関しては小隊メンバー全員が驚き、アインは宮廷作法なんて常に赤点だぞ! と嘆い、他のメンバーが誰も期待していないから気にするな、の一言と共に乱闘が起き、何故かジーンが窓から叩き落とされた。ちなみに三階からであったが、ジーンは無傷で生還した。

ともあれ、騎士である以上、王の命令を承るのは当然としてまだ発足はしていないが、とりあえず、仮親衛隊として動いては見たのだが……………………当然だが、この一月で自分達が親衛隊らしい仕事など皆無であった。

 

 

 

 

当たり前と言えば当たり前

 

 

 

何故なら、まだアルベルト王が在位中であるから、まずそこまで自分達が必要になる事は無い。

時折、書類仕事から逃げ出そうとするアルベルト王を追い詰めるという仕事があったが、結果、アインが一本背負いで地面に叩き落とされる光景が生まれた。

当時の記憶を思い出した速度馬鹿は、後にこう語る。

 

 

 

 

「……………いや、あの人……………本当年取ってんのか? すっげぇ、腕してたぜアルベルト王……………………」

 

 

 

どうやら書類仕事に追われながらも、鍛錬は怠っていないらしい。

もしくあ書類仕事が逆に鍛錬になってるやもしれない、と親衛隊メンバーは戦々恐々としていたが、騒ぎを聞きつけたヒューズ宰相が直ぐに王にラリアットを食らわせて引きずる光景を見たら、自分達の修行不足である事実に矜持を傷付けられるのであった。

まぁ、それはさておいて、ならば、自分達の指揮権を持っているもう一人────────エセル王女殿下はどうかと問われたら、もっとする事が無い。

王女殿下も出来うる限り王の執政の手伝いをしているとはいえ、悪く言えば、未だ王の手伝いをしているような状態だ。

まだ、王妃になっていないのだから、十分なのかもしれないが、やはり、親衛隊を動かす程の事は無い。

精々、王女殿下の護衛をしたりするくらいである。

 

 

「平和の世の中っつうのもこれはこれで大変だなぁ」

 

「問題発言だよこの馬鹿。平和の世を嘆くなぞ、屑がやる事だ」

 

「わぁってるよ。俺らが暇って事は民が幸せに暮らせている照明だっつうんだろ? 流石の俺もそこまで堕ちねえわ────────単に仕事がねえってだけだ」

 

「さて……………案外、次の王になったら仕事が盛り沢山かもしれないよ? 開拓事業とか何かに手を出したりするような王かもしれないしね……………まぁ、保守的な王の可能性もあるけど」

 

「最低限、周りを気にする王なら十分なんだけどな……………まぁ、アルベルト王が選ぶんなら間違いはねえと思うけど」

 

 

それは確かに同意できるとヴァイスは頷き、アインはふぅ、と溜息を吐く。

……………………さて、頑張って、会話で間を持たせてみたが、流石に限界である、とお互い思い……………………視線を合わせる。

 

 

「……………………今、俺ら、エセル王女殿下の民衆への挨拶の護衛の為の待機だよな?」

 

「ああ。そして、今、その為のドレスの着替えの為の待ち時間で、野郎である僕らは空気を読んで離れていたけど、何故か途中でエルスだけが呼ばれ、かれこれ15分くらい待機しているね」

 

 

ちなみにゼルとジーンは国王の方の手伝いに駆り出されている為、この場にはいない。

エルスが呼ばれるまでで、大体、10数分。その後に、エルスが呼ばれて今、丁度15分。

ドレスを着る時間もそうだが、十分に、王女殿下が準備完了でここまで来て良い時間である。

となるとこれは

 

 

「嵌められたかなぁ?」

 

「あの王女さん、すっげぇ行動派だもんなぁ」

 

 

ケタケタ笑う馬鹿に不敬だろ、とツッコみながら入れられた紅茶を飲む。

速度馬鹿も出されたクッキーに手を伸ばして、食べるので、何となく声をかけてみる。

 

 

「アイン。護衛として探しに行かないのかい?」

 

「お前こそ。真面目堅物馬鹿は行かなくていいのかよ?」

 

 

これは茶番にすらならないか、と同時に溜息を吐き……………………互いに真似をするな、と視線でやり合いながら、とりあえず結論をヴァイスから出す事にする。

 

 

 

「エルスがいるから大丈夫だろう────────それに、これが王女殿下の最後の恋になるなら、邪魔をする方が不忠だよ」

 

「かーーーーっ、馬鹿は無駄に着飾った言葉を使い回しやがる」

 

 

躊躇わず、速攻でクッキーを取った手でそのまま馬鹿の顔面に叩きつけるが、持ち前の反射神経で躱したうえでクッキーを受け取るものだから、青筋が立つというもの。

しかし、その怒りも次の馬鹿の言葉を聞いたら、急速に冷めていった。

 

 

 

 

「結局、あの馬鹿はどっちを選んだろうな」

 

 

クッキーを片手で適当に弄っているアインを見て、この場合の馬鹿が、誰の事を言っているのかを理解し、一つ溜息を吐きながら、自分もクッキーを一つ手に取る。

 

 

 

「選ぶってどれを?」

 

「王女殿下か、夢か」

 

 

馬鹿はこの辺り、恐れ知らずに言えるから羨ましいような困ったような気分である。

 

 

「仮に、このまま王女殿下を選べば、彼は僕達の敵になるかもしれないんだけど?」

 

「自分で選んだ道だ。納得の上なら、あっちも俺も後悔はしねえだろ」

 

 

これだから馬鹿は……………………と本気で、ちくしょう、と言いそうになり、自制する。

知能云々ならば、この男は間違いなく馬鹿だが………………馬鹿故に大事な事柄だけはしっかりと理解しているから性質が悪い。

一握りの大事な事だけを選べる馬鹿はこれだから、と思いながら、ヴァイスはそれを隠しながら、何時も通りの対応をする。

 

 

「それは君の場合の話だろ? 言っては何だけど、二人の関係は余りにも厳しい。身分もそうだけど、そもそも────────」

 

「────王女殿下は態度で示しているけど、エルスの馬鹿は煮え切らない態度だしな」

 

 

そう。

今まで、王女殿下は誰が見てもという感じで分かりやすかったが、エルスの方は何時もそんな王女殿下に対して、一線退く態度であった。

良く言えば、騎士である自分が王女殿下に過ちを起こさない為、退いていると見えるかもしれないが………………

 

 

「あんなのただの逃げだろ。自分では分不相応だからってな。馬鹿らしい。んなの逃げる理由になるわけねえだろ。八方美人かましてる阿呆だわ」

 

「……………………まぁ、それに関しては同感かな」

 

 

確かに、そういう面もある。

煮え切らない態度で常に逃げているエルスも普通に悪い。

選ぶことが出来ないならはっきりと選べないというのも立派な恋や愛の対応だというのに、不器用というか………………どうすればいいか分かっていないという感じである。

 

 

 

 

…………………まぁ、相手が王女殿下であるならば、多少は理解は出来るけどね………………

 

 

 

尊き血筋の御方が相手だ。

ただ、否定するには余りにも苦しくなる、というのも理解は出来る。

この馬鹿はそこら辺、余り理解が出来ないのだろうけど、まぁ、アインの言う事も真実ではあるので敢えて伝える事もない。

それに…………………この話の場合、辛いのはエルスではない。

それを言うのは本来、不敬ではあるが………………目の前の馬鹿が余りにも正直だから、つい自分もポロリと口から本音を漏らしてしまった。

 

 

「……………………辛いな、エセル王女殿下も」

 

「………………全くだ。次期国王ってのがあの王女殿下に釣り合う男じゃ無かったら、エルスを殴りたくなる」

 

 

あんまり同意してばかりだと、気色悪いので、ヴァイスはクッキーを食べる事によって無言の代弁とさせて貰った。

 

 

 

 

 

 

「わぁ……………!」

 

エルスは銀髪の少女が特徴的な姿を帽子と眼鏡で隠しながらも、祭りの高揚感に声を上げるのを聞いていた。

エルスは正直、こんな事をしていいのか、とは思っていたが、その声を聞いたら、後悔が晴れていくのだから不思議である。

こんな事になってしまったのは約20分前の出来事である。

この祭りにおける、エセル王女殿下の挨拶の為の準備で、ドレスに着替える際に、別室で待機していた時、アインとヴァイスを置いて、自分だけが呼ばれたのだ。

最初は訝しんだが、もしかしてエスコート役かと思い、納得して、部屋に入ると

 

 

 

 

「似合います?」

 

 

 

ドレスではなく、何故か一般人が着るような服装をして、その上で眼鏡と帽子を着けて変装している王女殿下の姿であった。

予想外の姿に、呆然としながらお似合いです、とつい、本心ではなく本音が漏れてしまい、硬直しそうになって何とか取り直したが、少女が目を細めて笑う姿を見たら手遅れだった、と理解させられる。

仕方なく、諦め、何故、そんな恰好をしているのかと聞く。

当たり前の疑問を口にしただけだったが────────目の前に浮かべられた、あらゆる美女を置き去りにする程の美しい笑みを引き出せてしまった事に、本当に息を止められ、次の言葉で止めを刺された。

 

 

 

 

「────貴方に盛大に振って欲しくて」

 

 

 

余りにも完璧(つうれつ)な言葉に、反論所か、抗う事すら思い浮かべれなかったのであった。

結果、エルスは半ば強引に、街に連れ出され、お忍びの手伝いをしている。

ちなみに、自分も今までの目立つ仮面では直ぐにばれてしまうという事で、お祭りで出されている玩具用の仮面を着けさせられている。

ちなみに、アルベルト王顔のマスクである。

余計に目立つのではないかと思ったが、案外、一般人の大人も着けているから問題なさそうである。

それにしても

 

 

 

 

…………………じゃあ、王女殿下の挨拶はどうやって誤魔化しているのだろうか………………?

 

 

 

 

 

 

「民よ………………私の演奏を聴きに来てありがとう………………今回もまた、私は美しい子猫ちゃんの為に我が歌を捧げよう………………!!」

 

 

民衆の前、何時もアルベルト王やエセル王女殿下が挨拶に使っているバルコニーから出てきたのは、何時もから外れるメンバー…………………ジーンであった。

ジーンは誰にでも分かるくらい自分に酔った態度と表情で、楽器を掴んで、演奏を始めていたが…………………エセル王女を見るのを楽しみにしていたメンバー、特に男達はあっという間に怒りに支配され、野次が飛び交う結果に陥った。

 

 

「ふざけんなーーー!!」

 

「イケメンは帰れーーーー!!」

 

「テメ、うちの娘にも手を出した癖に、まさかエセル王女にも手を出したのか……………………!!」

 

「くそ………………イケメン死すべき法とか王様作ってくんねえかなぁ……………………!!」

 

 

見事の大批判にも、基本的に天才のジーンは耳を貸さない。

というか、そもそも野郎の野次には興味がない。

 

 

 

 

欲するは少女、女の声のみ

 

 

 

故にジーンは躊躇わず、この怒りと驚愕のライブ会場を支配するために、楽器を弾くのであった。

 

 

「………………これは、私にも影響を受けていないか、ゼル君」

 

「…………………失礼ながら。お祭り男っぽいという理由で、ジーンを選んだのが………………本当にお祭り男なので……………………」

 

「ぬぅ…………! 君達は本当に個性豊かだな…………………!!」

 

 

裏方で王と騎士がそんな風に叫んでいたりするのだが、当然、野郎の言葉だからジーンには届いていなかった。

 

 

 

 

 

 

何やら城の方から凄い歓声が響いてきたが、もしかしたら王が何かしたのかもしれない。

アフターケアも完璧か、とエルスは深く頷きながら、小声で、王女殿下に語り掛ける。

 

 

「……………エセル王女殿────────」

 

「今はお忍びなので、王女殿下ではなくエセル……………でもばれますから、エルと呼んでください」

 

 

開幕から、とんでもない言葉を放つ王女殿下にぬぅ…………! と深く言葉を漏らす。

もしかして、僕は女の子に勝てない宿命にあるのではないのか、と思ってきたが、どうしようもない気がする。

それは流石に………………と否定しようにも、王女殿下はわざわざ上目遣いで駄目ですか? と言う風に見上げているので、これは男には勝てない……………………、と納得するしかなかった。

 

 

「……………………エル、お、お嬢様」

 

「………………聞こえませんーー。エルだけです。お嬢様は余計です」

 

天を仰ぎ見る僕は、実は神様に許されていないのだろうか。

有り得る被害妄想を信じそうになるが、もうここまで来たら自棄になれ、というお告げかもしれない、と思い

 

 

 

 

「……………エル。どこに行きましょうか」

 

 

 

諦めて、遠慮なくそう告げる事にした。

勿論、少女の顔を見る気は無い。

例え、耳に、嬉しそうに笑う声が入ったとしても、見る事だけはしたくない。

断固反抗である。

 

 

「そうですね。とりあえず、一通り色々歩きましょう。食べ物もそうですが、色々見て楽しみたいです」

 

「それはまた、責任重大ですね」

 

「男は女を楽しませる度量持たないといけない、ですよ?」

 

「お父上の言葉ですか?」

 

「いえ。お母様の言葉です。何時もお父様に強気で……………でも、私達に優しくて、格好いい人でした」

 

過去形で語られる事に、ツッコむ程、事情知らずでもなければ、無礼でもない僕は深くは聞かず、ただ頷き

 

 

 

「素敵なおかあ………………いえ、素敵なご両親ですね」

 

「はい。私の自慢で、誇りです─────エルス様のご両親はどんな人なのですか?」

 

「僕ですか? 僕は捨て子だったみたいなので、本当の両親は………………」

 

 

普通に、自分の事情を途中まで語って、あっ、と気付いた時には遅かった。

自分のそう言った話は一般………………というより普通の人には重い話であるという事を忘れていた。

他の小隊メンバーでこの話をした時、ゼル以外、ふーーーん程度で終わってたから油断していた。

チラリと振り返ると、やはり少女は聞いてはいけない事を聞いてしまった、という風に顔を歪ませているから、僕は慌てて、フォローの言葉を連ねる。

 

 

「あ、いや、そんな不幸とは思いませんでしたよ。拾ってくれた義母はとても良くしてくれました。こんな風に騎士になれるくらいに」

 

「……………良くして……………くれました?」

 

「う………………はい。騎士になる前に亡くなったのですが………………でも、本当に僕は僕自身を不幸だとは思っていないので、お気になさらず。義母は亡くなっても、義母がしてくれた事は、常に胸の内に残っています────────最近は馬……………仲間もいますしね」

 

「……………もう。そこまで言ってしまったのなら、最後まで言っても同じじゃないのですか?」

 

 

ようやく笑みを浮かべてくれたので、ホッとする。

どうも、女の子との会話を上手くこなせないなぁ、と思う。

ジーンとか、何時刺されてもおかしくない程、ナンパしているけど、口論になっている所を見た事がないという事は、少なくとも女の人に対する話術は凄腕という事なのだろう。

羨ましいとは思わないが、ある意味で生きていく為に必要なテクニックを磨きに磨いているという事か、と思っていると、エセル王女殿下に手を取られる。

 

 

「さぁ。見回りましょう。折角の祭りなんですから、出来る限り見回りたいんです」

 

「食べ物に限定しても、それだけ見回ったら、一日じゃ回り切れないし、太りますよ?」

 

「う…………………意地悪です………………」

 

お腹を押さえて恨めしそうに、こちらを見る姿は、服装も相まって本当にどこにでもいる少女だ。

……………………否、どこにでもいる少女なのだ。

ただ、王族に生まれただけの、普通の女の子だ。

特別な生まれが、特別な人間を生むわけではない事を知っている。

 

 

 

 

そんな普通の少女が……………………盛大に振って欲しい、と笑って言うのが………………どれ程の勇気だったか

 

 

 

本来ならば、それは自分が言わなければいけない言葉だ。

それを主で……………………少女である人に、先に言わせるなんて騎士所か、男としても不甲斐無い。

恥の上塗り、とは正しくこの現状だが……………………愚かな事に、エルスは更に恥を積み重ねる質問をしてしまった。

 

 

 

 

「…………………私は…………貴方を傷付けなければ、いけないのでしょうか?」

 

 

脈絡もない言葉に、エセル王女殿下は一度、瞳を大きく開くが、直ぐに理解して……………………またとても綺麗な微笑みを浮かべ

 

 

 

 

「────ええ。そして貴方も傷付いてもらいます」

 

 

 

 

────────笑みと共に告げられた言葉は断罪の言葉であり……………………許しの言葉であった

 

 

 

最後の最後に見せる優しさは時々、痛みへと変わる事を少女は知っていてやっているのか、やっていないのか。

どっちの可能性も十分にあるから口にしては言い辛い。

その上で……………………仕方がないか、と思う。

 

 

 

 

ずっと何もかもに逃げてきたツケが今支払われる

 

 

 

これは、そういう事だ、とエルスは苦笑し、少女の手に引かれるまま歩き出す。

そして思うは、またしても恥の上塗り。

もう何重に上塗りしているのだ、と内心で自嘲しながらも思う事は一つであった。

 

 

 

 

 

 

────────少女として相対する最後が、泣き顔で終わるのかもと思うのは………………とてつもなく辛い

 

 

 

 

 

 



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