死を告げる剣士は光を知る (ナナシの作者)
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In order to know the light Settings


 初めましての方は初めまして! 前作を読んでくださった方はお久しぶりです! ナナシの作者でございます!

 こうして投稿したからには早速ストーリーを開始したいところですが、その前にまず、新規さんに向けての設定を投稿いたします。申し訳ありません。しかし、次回からはストーリーが始まりますので、よろしくお願いします!

 それでは、設定をどうぞ!


 

 前作「死に煌めく龍は闇夜に吼える」ストーリー

 

 大切な人に裏切られたことで他人を信じることができなくなってしまった主人公、詩旋零(しせんれい)が、命を司る女神にして《祖龍》の娘であるルクスによってモンスターハンターの世界に、かつての竜大戦で人類に《死をもたらす光》と恐れられた龍、《死煌龍》に転生させられ、その世界で出会った仲間たちと過ごしながら、生前に失ってしまったものを取り戻す物語。

 

 

 

・前作主要キャラクター

 

 詩旋零……言わずもがな、前作の主人公。かつては他人を信じることができなかったが、仲間たちとの出会い、生活、そして戦いを経て、失ってしまったものを取り戻した。

 

 現在は最高のパートナーであり、恋人であった少女ヴェリテと結婚し、二児の父親となっている。

 

 また、《死煌龍》として《絶島》を基に作られたモンスターの大陸、《龍の王国》を治めてもいる。

 

 

 ヴェリテ……数多のハンターたちの中でも特に強力な力を持つハンターにのみ与えられる称号、『モンスターハンター』を持つハンター。龍である零を愛し、妻として二児の母親となった。

 

 

 エリカ……元々は暗殺用に造られた人間だったが、自分の生まれた研究所を何者かに破壊され、《白疾風》の夫婦に育てられた。その後、後の夫となるザックと出会い、真っ当な人生を歩むこととなる。現在は戦死したザックとの間にできた息子と共に暮らしている。

 

 

 ザック……エリカの夫であり、二本の太刀を同時に使うハンター。闇に紛れて人殺しをしていたが、足を洗って真っ当な人生を歩んだ。復讐に燃える亡者たちのギルド《復讐者(リベンジャーズ)》の一員となった妹との一騎討ちに勝利するが、エリカの出産を見届けると同時に力尽き、死亡した。

 

 

 ルクス……命を司る女神にして、《祖龍》と《死煌龍》のハーフ。零をモンスターハンターの世界に転生させた張本人であり、零に溺愛している。基本的には幼女姿だが、自身の時の流れを操作することで一時的に成人になることも可能。かつてはヤンデレだったが、零がヴェリテと結婚したことによって、ヤンデレではなくなった。

 

 

・オリジナルモンスター

 

 《死煌龍》レーヴェン・スミェールチ……かつての竜大戦にて、《死をもたらす光》と恐れられた古龍。光を放つ、反射するもの全てを操り、完全形態である《光闇極めし死煌龍》の状態では、光速で行動することが可能。不老不死である。

 

 また、《死煌龍》はその器となる人間は限定されてはおらず、零の前にはシロウと呼ばれる男が《死煌龍》として生きていた。そしてこの男が、ルクスの父親である。

 

 

 《神龍》ミラルーツ・アライズ……《祖龍》と《死煌龍》の力を受け継いだ、ルクスが変身するモンスター。また《祖龍》と《死煌龍》の力を使うだけではなく、記憶した生物の遺伝子を自身に投影することによって、その能力を使うこともできる。

 

 

 《彗天龍》ヴリエーミャ・ガラッシア……シロウの親友、リュウセイが変身するモンスター。時間を司る神の龍であり、過去や未来からその時間の自分を呼び出しての共闘ができ、完全形態である《刻限支配す彗天龍》になれば、自分以外の全ての時間を停止することさえ可能。

 

 

 《邪龍》ウロボロス……サナトスが変身する、負の感情によって構成されている憎悪のモンスター。雲にも届きうる高さを誇り、翼を羽ばたかせれば左右の大陸にも強大な被害を及ぼす、本当の災厄。虚無を生み出すことであらゆる攻撃を無効化できる他、ブラックホールを作り出すこともできる。世界を破壊、再構築力し、新たな歴史を紡ぎ始めた生物を再び破壊するという、永遠に終わらない連鎖を続ける力を持っている。

 

 

 《龍の王国》の七頭の『王』……《獄焔龍》インフィエル・プラーミアと呼ばれるリオレウス。《凍雷獅》グラキエース・グロムと呼ばれるラージャン。《碧喰龍》ヴェール・エスティエインと呼ばれるイビルジョー。《金磁龍》クリューソス・マグネスと呼ばれるラギアクルス。《獄蒼龍》アンフェル・マーヴィーと呼ばれるリオレイア。《嵐雷龍》オラージュ・トゥオーノと呼ばれるジンオウガ。《白毒龍》ヴァイス・ヴェレーノと呼ばれるナルガクルガの七頭が、《龍の王国》各地を収める、『王』と呼ばれる存在である。

 

 彼らは《獄焔龍》からテオ・テスカトル、トア・テスカトラ、イナガミ、ルコディオラ、ナナ・テスカトリ、アマツマガツチ、オオナズチを喰らっており、その力を使うことが可能であり、実力も二つ名モンスターの超特殊個体をゆうに凌ぐ。

 

 

・地名、組織

 

 《龍の王国》……《死煌龍》レーヴェン・スミェールチが治めている大陸。大森林や火山地帯、湖畔などが存在し、その一つ一つにそれを支配する『王』と呼ばれる七頭のモンスターがいる。その七頭はかつてルクスが、母親から課せられた課題によって遺伝子操作したモンスターたちであり、各々が古龍種を喰らうことでその力を得、人間並みの知識を手に入れた。

 

 

 《復讐者(リベンジャーズ)》……この世に憤怒や絶望などといった強い負の感情を抱いて死んだハンターやモンスターたちが仮初めの命を得、生者への復讐を目的として構成されたギルド。そのリーダーであるサナトスはかつて世界を滅ぼした邪悪なモンスター、《邪龍》であり、今作の主人公クロウは、彼の息子である。

 

 

・特殊能力

 

 龍脈……モンハン小説に大抵はある力の源。古龍たちがこれを使用して自身を災厄たらしめる能力を使役するのと同義に、《死煌龍》もこれを使用して能力を発動する。

 

 

 死脈……サナトスとクロウが扱う、負の感情を基にした力。一度それに触れれば、彼らを形作る無限とも言える負の感情が一瞬にして脳内に流れ込み、大抵の生物は発狂死、運が良くても植物状態となってしまう。

 

 

 望灯(ぼうとう)……《邪龍》によって一度は敗北を喫した零たちであったが、死してなお失わなかった希望の光が力となったもの。その奇跡は破壊された世界さえ再構築し、《邪龍》を構成する怨念を一瞬で浄化し、サナトスを永遠の怨念の呪縛から解き放った。

 





 こんな感じですかね。次回からは物語が始まりますので、よろしくお願いします!


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Resume a meeting

 

 俺は負けた。

 

 あの黄金の姫に。愛の力を信じる、あの少女に。

 

 彼女の斬撃にこの身を切り裂かれた時、知りたいと思った。絆の力を、愛の素晴らしさを。

 

 純白の光に包まれながら、その光に手を伸ばす。

 

 知りたい。知りたい。知りたくてたまらない。どうか、教えてくれ。この俺に、絶望(やみ)しか知らない俺に、その希望(ひかり)を……

 

 

「イタ……ッ!」

 

 

 唐突に背中に固いものが当たり、頭を強く打つ。

 

 ズキズキと痛む後頭部を押さえながら辺りを見渡すと、先ほどまで俺を包んでいた光はなく、代わりに青い球体が無数に浮かんでいた。

 

 

「こんにちは、《復讐者(リベンジャーズ)》の王子様」

 

 

 後ろから声をかけられ、反射的に剣を振るう。しかし、後ろにいる誰かに当たることはなく、空を切る。

 

 

「いきなり攻撃してくるとは物騒ですね……。まぁ、仕方ありませんが」

 

 

 両手をあげて戦意はないと伝えてくるのは、黒いタキシードにシルクハットを被った、銀髪の男だ。

 

 特に驚異と思えそうなところはないので、武器を納めると、銀髪の男は身なりを整え、優雅にお辞儀をしてくる。

 

 

「驚かせるような真似をしてしまい、申し訳ございません。私の名はエピソード。あらゆる世界の歴史を管理する者でございます」

「歴史の、管理者、なんの、用」

「貴方が望んだからですよ、『絆の力、愛の素晴らしさを知りたい』とね」

 

 

 その願いを汲み取り、私は貴方をこの世界へお招きしました。

 

 そう銀髪の男、エピソードは口にした。

 

 

「わかります。実にわかります。私もかつてはそうだった。神の身であるために、人間の感情というものを知り得なかった当時の私も、貴方と同じ願いを抱いておりました。そして今の私は、それを叶えています……。ならばッ!」

 

 

 ずいっと顔が至近距離に近づき、思わず後ずさってしまう。

 

 

「今目の前に、かつての私と同じ者がいるならば、貴方にも教えてあげたいッ! 人の感情とは、実に、実に素晴らしいものだとッ!」

「エピソード、顔、近い」

「おっと、これは申し訳ありません。私としたことが、つい熱くなってしまいました……」

 

 

 こほんっと咳払いをしてから、平静を取り戻した歴史の管理者は続ける。

 

 

「しかし、貴方の参加した戦争中に貴方を送っても、なんの意味もありません。ですので貴方は、この戦争が終結してから十七年後の世界へと送って差し上げます」

「……負けた、のか。《復讐者(リベンジャーズ)》……」

「えぇ、ですが、だからといって彼らに復讐するのはよくありません。復讐していいことなど、一つもありませんから。……では、早速始めましょうか」

 

 

 足元の硬質な感覚がなくなる。思わず下に視線を動かした瞬間、一気に自分の体は下方へと吸い込まれていく。

 

 やがて見えてきたのは、太陽の光に照らされた砂浜。あまりにも唐突な出来事に受け身を取ることを忘れてしまった俺は、無様に落下してしまう。

 

 立ち昇る砂埃を吸い込んでしまったことで噎せ、周囲に舞う砂埃を払ってから、腰の剣を引き抜きながら立ち上がる。

 

 

「ここは、どこだ?」

 

 

 辺りを見渡す俺の脳内に、エピソードの声が響く。

 

 

『さぁ、物語を紡ぎましょう』

 

 

 それは歴史の管理者による、全ての始まりを告げる言葉。

 

 ここに俺の物語は、波のさざめきと、モンスターや虫などの鳴き声という音楽と共に始まった。

 

          ***

 

「ふぅ……こんな感じですね。そちらはどうですか?」

 

 

 薬草をポーチに納めながら少し離れた場所にいる弟と友人に訊ねると、二人も充分に集めたと返してきました。

 

 今回が初めてのクエストでしたが、ジャギィに遭遇しても難なく倒すことができたので、本当によかったです。後は、集めた薬草を納品すればクエストクリアです。

 

 

「では、ベースキャンプに戻って納品しましょーーー」

「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 

 突如として轟いた咆哮が、周囲の空気を揺らしました。

 

 

「な、なんだッ!?」

 

 

 父の形見である『隻眼将軍のダイトウ』を構えるハヤトさん。その隣に立っていた私の弟のジークも、背中の双剣、『ツインダガー』を引き抜きます。

 

 私も腰の片手剣、『ハンターナイフ』を引き抜いて構えて、これから現れるであろう存在を待ち受けます。

 

 やがて、生い茂る木々を薙ぎ倒して、先ほどの咆哮の主が姿を表しました。

 

 瞬間、私の体は自然と武器を納め、後ろにいる二人に叫びます。

 

 

「二人とも、早くベースキャンプへ走ってくださいッ! ここは、私が引きつけますッ!」

「ね、姉さんッ!?」

「なに言ってんだッ! 俺たちもーーー」

「いいから早くッ!」

「……ッ! 絶対、戻ってきてね! 行こう、ハヤト!」

「クソッ! ゼッテェ戻ってこいよッ!」

 

 

 二人がベースキャンプ目指して走り出しました。

 

 現れたモンスター、《轟竜》ティガレックスが二人を追おうとしますが、角笛を吹いた私にその鋭い眼光を放つ瞳を向けてきます。

 

 

「こっちです! 来なさいッ!」

 

 

 走り出す私を、ティガレックスが追いかけてきます。

 

 さて、これからどうしましょうか。



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Boy meets girl

 

「それで、まずは、なにを、すれば、いい?」

 

 

 森の中をふらふらと歩きながら訊ねる。こことは違う世界に存在する者からの答えは、すぐに返ってきた。

 

 

『そうですね……。では、人里を目指してみるのはどうでしょうか?』

「人里?」

『はい。人間の素晴らしさを知りたいのであれば、人間が多く存在する場所が最適です。ですので、人里を目指してはいかがでしょう』

「……一理、ある。採用。だが、場所、わからない」

『そう言われてしまうと、どうしようもありませんね。私も一応周囲を見ていますが……おや?』

「どうした?」

『近くでハンターたちがモンスターに追われていますね。装備を見る限り、新米ハンターらしいですね。助けますか?』

「……そうだな」

 

 

 ここに来る前は、助けるなどという選択肢などなかったが、人間の素晴らしさを知るためだ。

 

 

『一ついい忘れていましたが、貴方の武器の威力を抑えておきました。この場で使うには、貴方の武器はいささか強すぎますので』

「了解、した」

 

          ***

 

「はぁ……はぁ……はぁ……ッ!」

 

 

 後ろから木々を薙ぎ倒しながら追いかけてくる脅威に、息を切らしながら全力で逃げます。

 

 上手くジークたちから注意を逸らすことができましたが、追いかけてきているのはティガレックス。地上での行動に適した骨格をしているモンスターです。

 

 人間とモンスターの違いはその体格だけでなく、体力もあります。これまでは木々を利用して逃げてきましたが、このままでは、いずれ追いつかれてしまうでしょう。

 

 

「きゃっ!」

 

 

 大きめの石に躓いてしまい、盛大に転んでしまいます。全身を鈍い痛みが走り、呻き声をあげましたが、

 

 

「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 

 背後から轟いた咆哮が、それを掻き消しました。

 

 振り向くと、目の前の障害物を破壊しながら《轟竜》が迫ってきています。

 

 徐々に近づいてくる脅威に這いずって逃げようとするが、無意味なことです。

 

 

(誰か……誰か……ッ!)

 

 

 涙が溢れ出す目をぎゅっと閉じます。

 

 迫り来る轟音が聞こえる。

 

 大地が揺れる。

 

 死が、私を連れ去ろうとーーー

 

 

「グガアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 

 死は、私を連れ去りませんでした。

 

 目を開けると、目の前に巨大な切り傷を刻まれた《轟竜》の体。動かないあたり、もう生きていないのでしょう。そして、その前に、

 

 

「大丈夫、か?」

 

 

 漆黒の剣と盾を携え、翼を伸ばした一人の少年が立っていました。

 

 

「……? 大丈夫、か?」

 

 

 口を開けたままポカンとしていると、少年は訝しげに再び訊ねてきます。

 

 

「おかしい、生きている、はず。なのに、話さない。なぜ?」

「……て」

「て?」

「天使……様……?」

「……ふ、ふはははは!」

 

 

 思わず喉から零れた言葉に、少年は顔を押さえて笑い始めました。

 

 

「天使? お前、俺、天使に、見える、のか? 頭、打ったか?」

「で、ですが、その翼は……あれ?」

 

 

 気づけば翼は、私の視界から消え失せていました。ごしごしと目を擦って見ても、翼はありませんでした。

 

 

(気のせい……?)

「……? また、黙った。どうか、したか?」

「い、いえ……、なんでもありません。あの、助けていただき、ありがとうございました」

「気に、するな。立てる、か?」

「すみません、立てません……」

 

 

 恥ずかしながら、彼が脅威を取り除いてくれたことへの安堵からか、完全に腰が抜けてしまっていました。そんな私を見て、少年はため息を吐くと、武器を納めて私を抱えあげましたが、

 

 

(私、荷物扱いですか……)

 

 

 街を歩いていればよくすれ違う、肩に荷物を担いだ方々のように、私も少年の肩に担がれています。

 

 こういうのは女の子として、少し傷ついてしまいます。

 

 

「どこへ、行けば、いい?」

「えっと、ベースキャンプに……あ」

 

 

 今更ながらに、私はここがどこなのかわからないことに気づきました。

 

 

「すみません……。ベースキャンプへの道は、わかりません……」

「それは、空からは、見える、のか?」

「は、はい。森を切り開いて作られているので、上空からは見えるでしょうけど、いったいどうすーーーきゃあっ!?」

 

 

 膝を曲げたかと思いきや、眼下に先ほどまで私たちがいた森林が入り込んできました。

 

 

「どこ、だ?」

「あ、あそこです! あそこがベースキャンプです!」

 

 

 取り敢えず、再び地面に戻る前にベースキャンプへの場所を教えておくべきだと思い、微かに見えたベースキャンプを指差して叫ぶ。

 

 しかし私が指差しても、彼には見えないことに気づき、どうしようかと思った瞬間、

 

 

「わかった。しっかり、掴まって、ろ」

「え? わ、わぁっ!」

 

 

 木の枝を踏み台に、彼は私を抱えたままベースキャンプへと向かいます。そして数秒後、

 

 

「着いた、ぞ」

「イタッ!」

 

 

 着地したと思いきやいきなり下ろされ、強く頭を打ってしまいます。

 

 

「ね、姉さん……?」

 

 

 呻きながら目を開けると、逆さまになったジークの顔が映り込みました。

 



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Reunion with Princess Dragon

 

(……似ているな)

 

 

 助けた少女と、彼女と同じ色の髪と瞳を持つ少年を見て、俺は思う。

 

 彼女たちは、この時代からすれば十七年前の戦争で出会った、あの二人に似ている。恐らくは、

 

 

「姉さんを助けてくれて、本当にありがとう。よければ、名前を聞いてもいいか?」

「……クロウ」

「クロウか。俺はジーク。そんで、さっきお前が助けたのは、俺の姉さん、アリア。そしてこいつが……」

「ハヤトだ。よろしくな、クロウ」

 

 

 ハヤトが手を差し出してきた。しかし、思わずそれに身構えてしまう。

 

 

「……? どうした?」

「一つ、訊いても、いい、か?」

「なんだ?」

「その、手に、毒、ない?」

「はぁ? なに言ってんだよ、お前」

 

 

 訳がわからないと言いたげにそう答えるハヤトの差し出されたままの手を、恐る恐る握る。

 

 そこから伝わってくるのは、自分に害を与えるようなものなどではなく、男特有のゴツゴツとした感触と、人間の温もりだった。

 

 

「……俺を、嵌めよう、考え、なかった。よかった」

「誰がお前をハメるかよ。ハメるとしたら女だわ」

「ハヤト、きっとお前の言う『ハメる』とクロウの言う『嵌める』は違うと思う」

「ん? あぁ、そっちの方か。まぁ、安心しろよ。俺にお前を殺そうなんて考えはないからな。おっと、俺だけじゃねぇや。こいつらもな」

「当然です。私たちに貴方に害を与えるつもりなんてありませんから」

「……そう、か」

「そういえば、クロウさんはどうしてここに? なにかのクエストですか?」

「それは……」

 

 

 その質問にはどう答えればいいのか。『人間の素晴らしさを知るために来た』と答えても、あまりいい反応はくれないだろう。かといって、なにも答えないのもどうかと思う。さて、いったいどうしようか……。

 

 

「……いえ、この質問はなしにしましょう」

「え?」

「だってクロウさん、とても怖い顔をされていましたから。訊かれたくなかったんですよね、すみません」

「い、いや、別に、そんな、ことは……」

「無理はしなくていいんです。それより、帰りましょうか」

 

 

 押し切られてしまった。

 

 なにも言えなくなってしまった俺を他所に、アリアは二人を連れてなにかをボックスに入れてから、帰りの支度を始める。

 

 

「私たちはこれから帰りますけど、クロウさんはこれからどうするんですか?」

「……考えて、ない」

「でしたら、私たちの街に行きませんか? 家についてでしたら、お父様とお母様に相談してみて、了承を得られたら、居候として住んでもらってもいいですよ」

「それは、助かる」

「では、少し手伝ってくれませんか? なにしろこの作業、中々苦労するんですけど……」

「恩は、返す」

 

 

 見知らぬ自分に、親の許可を得られるかどうかはわからないとはいえ、居候として自宅に住んでもいいと言ってくれたのは普通に嬉しい。

 

 作業を手伝ったら、なぜかすぐに終わってしまった。

 

 宿泊用セットを纏めても、巨大な箱になっただけで片手で持てたのだが、それを見て三人が目を見開いたのは謎だ。

 

 

『クロウさん……、それ、軽く百キロは越えていますよ……?』

「知らない」

『……はぁ』

 

 

 エピソードの小さなため息を聞きながら竜車に荷物を乗せると、三人は感嘆の息を吐きながらパチパチと拍手をしてきた。

 

 竜車へ乗り込み、彼らの住む街へと向かっている最中、色々な話を聞いた。

 

 自分たちはまだ新米のハンターで、先ほどのが初めてのクエストだったこと。アリアとジークが産まれる前にはすでに、十七年前の起こった戦争の傷跡は人間とモンスターが共同で修復されたこと。

 

 

『人間とモンスターが手を取り合うなんてことは、これまでの歴史上なかったことなんです。歴史を管理する者として、嬉しい限りです』

「そういえば、なぜ、お前、来ない」

『多少の時間であれば行けますが、今はやめておきましょう』

「そう、か」

「どなたと話されているのですか?」

「気に、するな」

「じゃあ、今度はお前の話を聞かせてくれよ」

 

 

 傍らに太刀を立てかけたハヤトが俺に話をするよう促してくるが、俺がなにも答えないことに、少し不満げな表情になりながらも、うんうんと頷く。

 

 

「答えたくねぇなら、それでもいい。でも、話したくなったら、いつでも話してくれよ?」

 

 

 それからは竜車に揺られながら、街へと向かった。

 

 そして真上にあった太陽が傾き始めた頃、竜車は目的地へとたどり着いた。

 

 

「ここが私たちの街、《ドンドルマ》です」

 

 

 過ぎ行く街並みを見ながら紹介するアリアは、故郷へ帰ってきたことへの歓喜の笑顔を浮かべていた。

 

 ゆっくりと止まった竜車からアリアたちが降りると、彼女たちが通っていった道の反対から、見覚えのある人物が現れた。

 

 

「人間の街に訪れるのは久方ぶりですが、やはりいいですね」

「……エピソード」

「さて、そろそろ降りてはいかがですか? どうやら、懐かしい方がいらっしゃるようですよ?」

「懐かしい、人?」

 

 

 竜車から降りてみると、丁度アリアが誰かを連れてきていた。

 

 

「お母様、この方です」

「へぇ、この方が貴女を助けて……え?」

 

 

 俺を見た瞬間、その女性の顔が強張る。そして恐らく、自分も多少顔が強張っていることだろう。

 

 以前出会った時と比べて老けているが、その体から伝わる覇気は全く衰えた様子は見えない。

 

 

「あ、貴方は……」

 

 

 震える声で指差してくる女性に、心の動揺を悟られないよう気をつけながら口を開く。

 

 

「久しぶり、だな。ヴェリテ」

 



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Fear of parents


 しばらく投稿できず、申し訳ありませんでした! スマホの調子が戻ったので、再開します!



 

「な、なぜ貴方がここにッ!」

 

 

 咄嗟に身構えるかつて自分を打ち負かした相手を見て、これは正しい反応だと考える。

 

 

「色々、あった。あと、身構える、必要、ない。俺、お前たち、危害、加えない」

「その言葉を信用することはできません。《復讐者(リベンジャーズ)》である貴方の言葉は、信用に値しません」

「では、人間として(・・・・・)この世界に来たクロウさんの言葉なら、信用に値しますね」

「貴方は……?」

 

 

 クロウの隣に立っていることから、タキシードを着込んだ青年も警戒している様子のヴェリテに、エピソードは丁寧にお辞儀をしながら名乗る。

 

 

「自己紹介が遅れました。私はエピソード。あらゆる世界の歴史の管理する者です」

「歴史の管理者……? ということは、貴方は……」

「えぇ、種族的に言えば、神に当てはまります。彼は貴方に敗れた際に、『絆と愛の大切さを知りたい』と願いました。私はその願いを汲み取り、彼の力の一部を封じて、この世界に連れてきました。今の彼に、貴女方を傷つけるつもりは一切ありません」

「俺に、絆と、愛の、大切さ、知りたい、思わせた、相手、傷つける、理由、ない。すぐに、信用しろ、とは、言わない」

 

 

 そう断言したクロウの瞳に、嘘の感情は見当たらない。警戒心をほとんど解いたヴェリテは、構えていた両手を下ろし、頭を下げる。

 

 

「まだ完全とは言えませんが、その言葉を信じましょう。ですが、もし私たちに……子どもたちに危害を加えようものなら……」

 

 

 わかっていますよね? と言った一瞬だけ放たれた膨大な龍脈のエネルギーが、クロウの肌を撫でた。

 

 その圧倒的なまでの力に、クロウの足が自然と後ろに下がる。

 

 

「……子どもたちを助けてくれたこと、感謝します。三人とも、クロウさんにお礼は言いましたか?」

 

 

 アリア、ジーク、ハヤトが頷くと、どこからか彼らを呼ぶ声が聞こえてきた。

 

 三人だけでなく、クロウとエピソード、そしてヴェリテもその声の方向へ顔を動かす。

 

 

「お帰り~~。大丈夫だった? ……うん、その様子だと、大丈夫だったみたいだね」

「はい、この方のおかげで、なんとかクエストを達成できました」

「へぇ、この人が……ん?」

「……なんだ?」

 

 

 クロウに訝しげな視線を送る小さな少女は、クロウの質問に「……いや、なんでもないよ」と答えて、その小さな胸に手を当てながら、自己紹介をする。

 

 

「初めまして、私はルクス。アリアたちの友達だよ」

「……クロウ。よろしく」

「うん、よろしく♪ ……さて、なんで君がここにいるのかな?」

「おや? これはこれは、ルクスお嬢様でございませんか。あまりにも小さかったが故、気づけずにいて申し訳ありません」

 

 

 ジト目で見上げてくるルクスに、エピソードはわざとらしい口調で謝罪する。その様子に、ルクスは両手をバタバタさせて叫んだ。

 

 

「嘘つけ! 絶対気づいてた! こっちに来る時、目が合ったもん!」

「それは些か、自意識過剰ではありませんか? 私には貴女と目を合わせたという記憶はありませんが……」

「キィイイイッッ!! 無駄に背が高い君から言われると、この体が嫌になってくるよッ!」

「ルクスお姉様、エピソードさんと知り合いなのですか?」

「……そうよ。だけどアリア、こいつとはあんまり関わらない方がいいよ」

「なぜですか?」

「こいつって、ほんっっとよくわかんない奴なの! 『色んな国の言葉を知りたい』って言って旅に出たかと思いきや、色んな国の言語が混じった言葉を喋りながら帰ってくるし、『人間がこれまで出会ったことのない生物と会ってみたい』って理由でどこからかはわからないけど、なんかすっごいうねうねする触手を私に寄越してきて、危うく私の初めてが触手に奪われるところだったわ!」

 

 

 触手という言葉に反応したのか、ハッとした様子でなにかを訊ねようとしたハヤトの頭をジークがひっぱたいた。

 

 

「とにかく、こいつにはなるべく関わらないように! 下手すると、なにかとんでもないものを召喚する儀式を手伝わされることもあるからね!」

「いえ、そういうわけには……」

「大丈夫ですよ、私、普段そのようなことはしませんから。するとすれば、気が向いた時だけです」

「エピソードさん……」

「ところで貴女、ありとあらゆる世界の武術を修めた神がいるという話は聞いたことがありますか? よろしければ私と共に召喚してみませんか? かの神はこことは違う世界にいらっしゃいますのでーーー」

「早速巻き込もうとするんじゃないわよッ!」

 

 

 勢いよく降り下ろされた杖がエピソードの脳天に直撃し、エピソードは眩しい笑顔のまま崩れ落ちた。

 

 

「エピソード、大丈夫、か?」

 

 

 その質問にエピソードは答えない。ただ眩しい笑顔を空に向けながら石のように固まっていた。

 

 

「大丈夫だよ。こいつ、《祖龍》の雷を喰らっても平然としてるもん。だけど、この杖で叩くと気絶するから、その間にお仕置きとしてどこかに吊るしておこうよ」

「娘を怪しい誘いをかけたのは許せませんね。街の外に崖がありますので、そこに吊るしましょう」

「賛成。姉さんを怪しい誘いをかけたのは許せないから」

 

 

 ジークがエピソードを担ぎ上げる様子を見ているクロウに、ヴェリテが声をかける。

 

 

「クロウさん、住む場所がないのであれば、私たちの家に来ますか?」

「いい、のか?」

「はい。監視するという意味もありますが、ちゃんとお食事や眠る場所は用意します。どうですか?」

「……お言葉に、甘える」

「では、ここで待っててください。可愛い娘を怪しい誘いをかけた方を吊るしてきますので」

 

 

 笑顔で息子と共に歴史の神を吊るしに行くヴェリテを見て、クロウは思った。

 

 

(……レイ、どこ、いる?)

 

 

 クロウに心配されることなどなく、哀れな歴史の管理者は崖へと吊るされるのだった。

 



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The extremity of unreasonable

 

 戻ってきたヴェリテの案内に従って歩きながら、街の様子を眺める。

 

 十七年の時間が経過したことによって、いくつか見たことのある施設などが消えていたが、十七年前と比べてなにか大きな違いがあるというわけではないようだ。それ以上に俺の興味を引きつけたのは、この街の賑わいだ。

 

 街行く人、誰もが笑顔だ。時々見かける泣いている子どもも、家族の努力によって笑顔になっている。

 

 少し前まで、復讐だけを目的とした者たちの歪んだ顔しか見てこなかった自分からすれば、この世界は眩しすぎる。

 

 思わず俯いて彼らを視界から排除すると、隣を歩いているアリアが声をかけてきた。

 

 

「どうかしましたか?」

「……みんな、眩しい」

「え? ……あぁ、なるほど」

 

 

 納得したようにうんうんと頷くアリア。

 

 

「確かに皆さん、笑顔が眩しいですよね。でも、それってすごくいいことじゃないですか。貴方も笑ってみてはいかがですか?」

「笑う?」

「そうです。クロウさん、私が天使様と間違えた時、大笑いしてたじゃないですか? その時、どんな気分でしたか?」

「……明るい、気分、だった」

「ですよね? では、笑ってみてください。そうすると、眩しい皆さんの一員になれますよ?」

「……こう、か?」

「そ、それは……」

 

 

 試しに笑ってみせると、アリアが明らかに引いた。なにかおかしなところがあったかと、近くに流れる川に映る自分に笑ってみると、

 

 

(……これは、ダメだ、な)

 

 

 それはとても笑顔と呼べるものではない、凶悪なものだった。

 

 すぐに笑みではないその表情を消すと、川の中にいる俺もその表情を消し、無表情となった。

 

 

「ま、まぁ、上手く笑えないのは仕方ありません。今度、私と練習しましょう。ね?」

「……どうして」

「え?」

「どうして、見ず知らずの、俺に、そこまで、する?」

 

 

 訊ねると、アリアはなにを言っているのかと言いたげな表情になり、

 

 

「貴方は私の命の恩人ですし、友達ですから」

 

 

 そう答えた。

 

 

「友達……?」

 

 

 命の恩人ということは認めよう。だが、友となった記憶などない。どういうことなのだろうか?

 

 頭にハテナマークを浮かべていると、アリアは自信満々といった様子で、腰に手を当てた。

 

 

「これから同じ家に住むのですから、私たちは友達です!」

「なぜ、そうなる」

「小さいことは気にしなくていいんです! さぁ、早く行きましょう!」

「む……、納得、できない」

 

 

 小さく呟く俺を他所に、アリアは俺の手を引いて離れた場所にいる母親と弟の元へと走っていった。

 

 それからしばらく歩くと、俺たちの前に、他の家とは違う、大きな家が現れた。

 

 

「大きい、な」

「私も、実家ながら大きいと思います……。ですがこの街から与えられたものなので、返すわけにも……。四人家族といえど、ここまで大きいのはいらないのですが……」

 

 

 苦笑しながら門を開け、整理された庭を突っ切って屋敷に入る。

 

 

「ただいま戻りました」

「コン! コン!」

「コンコン!」

 

 

 どこからともなく現れた白い狐のような小型のモンスターたちが、一斉にヴェリテに群がった。その数、なんと二十匹。

 

 

「み、皆さん……! くすぐったいですよ……!」

 

 

 若干苦しそうな声をあげて狐たちを引き剥がそうとしているが、狐たちは知らぬ存ぜぬとばかりに舐め続ける。慌てて救出に入ったジークとアリアも巻き込み、家族三人仲良く狐たちに舐められ始める。

 

 

「ちょ、ちょっとシロスケ! 顔に乗るな! 息が……できない……ッ!」

「シラユキ……! そ、そんなところ舐めてはいけませーーーんぁっ! た、助けてくださいぃ~~!」

「待ってろ。すぐ、助ける」

 

 

 腰の剣を引き抜くと、この騒がしい中でもその音に気づいたのか、ヴェリテの声が純白の海から聞こえてきた。

 

 

「剣は使わずに、手で助けてください! 誰一人危害を加えるのは許しませんよ!」

「……わかった」

 

 

 剣を納め、まずは一番近くにいるアリアに群がっている狐たちを退()かしていく。しかし、退かしていく度に退かされた狐たちはアリアに群がるため、まるで切りがない。

 

 

「アリア、手を」

「は、はい……!」

 

 

 純白の海から伸ばされた手を握る。そして、勢いよく海から引き上げる。しかし、勢いがありすぎた。

 

 

「な……ッ!?」

「きゃっ!?」

 

 

 ゴッと後頭部を強く打ち、視界が真っ白に染まる。次の瞬間、唇に柔らかい感触。

 

 

「「んっ!?」」

 

 

 驚愕の声をあげたのは、同時だった。

 

 限界まで見開かれた白銀の瞳に、同じく限界まで見開かれた俺の瞳が映る。

 

 

(まさか、これは……)

 

 

 今自分たちがしていることがなにかを理解するのと、アリアが俺から離れるのは同時だった。

 

 

「……ッ! ~~~~~~~~~~~~ッッッ!!!」

 

 

 穢れを知らない真っ白な肌がみるみる赤く染まり、右手を振り上げる。

 

 しかし、それが降り下ろされることはなかった。

 

 

「その手を下ろしなさい、アリア」

「お、お母様……」

 

 

 今にも降り下ろされそうになった右手を掴んだヴェリテがアリアに優しく微笑むと、アリアは右手を下ろした。

 

 瞬間、腹に強烈な痛み。

 

 

「ぐ……が……ッ!?」

 

 

 扉を吹っ飛ばし、門に背中を叩きつけられた俺の体は為す術なく崩れ落ちた。

 

 

「どさくさ紛れに愛娘の唇を奪った罪は重いですよ? クロウさん?」

「誤解……、なんだ、が……」

 

 

 拳を握り締めながらにっこりと笑みを浮かべるヴェリテに、俺は呻きながら抗議するのだった。

 



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The girl's apprentice

 

「「…………」」

 

 

 あの騒動から二時間後、太陽が完全に沈んだ頃、俺とアリアは互いに気まずい空間を過ごしていた。

 

 夕食を作ろうとしたがその材料がないことに気づいたヴェリテがジークを連れて出ていってからというもの、俺たちの間で交わされる会話と言えば、自分の好きなものについての話のみだ。それも、俺が「特に、ない」と答えてすぐに終わってしまったのだが。

 

 

「……あの、すみませんでした」

 

 

 突然、アリアが頭を下げてきた。

 

 

「貴方はなにも悪くないのに、お腹を殴られてしまって……。もっと私が早く言っていれば……」

 

 

 声が震えていることから察するに、相当(こた)えているのだろう。自分が早く言い出さなかったから、俺がヴェリテに殴られるはめになったのだと思い込んでいるらしい。

 

 実際のところ、それは事実だろう。恐らく彼女がもっと早く言い出していれば、俺は殴られず、こうして気まずい空気になることもなかったはずだ。だが、

 

 

「もう、後の、祭り。それに、責任、俺に、ある」

 

 

 元はと言えば、俺の手を引く力が強すぎたことで起こってしまったことだ。アリアに悪い点など一つもない。

 

 そう告げると、今にも泣き出しそうだったアリアの表情が、少しだけ明るくなった。

 

 

「ありがとうございます、少しだけ気分が楽になりました。初めてを奪われてしまったのは癪ですが、貴方の言う通り、後の祭りですもんね。……そういえばクロウさんは、片手剣を使っていますよね?」

「そうだ、が?」

「その……、よければ私の、師匠になってくれませんか?」

「師匠……? なぜ、だ」

「私を助けてくださった時、ティガレックスを一撃で倒しましたよね? それは貴方の使う剣もありますが、貴方の技量があれを可能としたものだと、私は考えるのですが……」

「……確かに、そうだ、が。逆に、質問、いい、か?」

「構いませんよ」

「引き受けて、俺に、なんの、得が、ある?」

「ふぅむ……、そうですねぇ……」

 

 

 顎に手を当て、う~~んう~~んと考え込んでから数十秒後、「あっ! これがありました!」と満面の笑みを浮かべた。

 

 

「貴方は喋る時、途切れ途切れなので、ちゃんと区切るところは区切って、区切らなくてよいところは区切らないように練習しましょう! それと、笑顔の練習もです! 私がしっかりと教えますからね!」

「別に、いいんだ、が……」

「ダメです。ちゃんと喋れるようにならなければ、私の気が済みません!」

 

 

 それから間髪入れず、アリアは小さくなにか呟いた。

 

 

(思いつかなかったなんて、言えませんよ)……」

「なにか、言った、か?」

「いえ、なんでもありません。……それでは、早速修行に付き合ってください! お母様やジーク、お父様が帰ってくるまで、まだ時間がありますので」

「わかった。……? これ、は……?」

 

 

 様々なものが飾られている棚に立つそれに視線が引きつけられ、手に取る。

 

 そこには、今自分たちがいる屋敷を背後に立つ、四人と狐たちが描かれていた。しかし、絵にしてはあまりにも鮮明すぎる。まるで、時間を切り取ったのかようなものだ。

 

 

「それですか? それはですね、『写真』というものらしいですよ」

「写真?」

「はい、どのような仕組みかはわかりませんが、この『カメラ』と呼ばれるものが発した光が、この『レンズ』が収めるもの全てを切り取り、この写真ができるんだそうです。かの竜大戦が終結すると共に滅びたそうですが、最近、ある国がこのカメラの製作法を古文書から読み取ったらしく、大量に造られたそうです。これが、その国です」

 

 

 アリアが手に取った新聞には、『古代の産物、メヒャーリプ王国が製作に成功!』と大きく書かれていた。

 

 

「メヒャーリプ王国……?」

「百年前から栄えている、この世界で一番技術力が高いと言われている国です。近い内に家族で行きますので、クロウさんも来ますよね?」

「いや、俺は、別にーーー」

「来ますよね?」

「いーーー」

「来・ま・す・よ・ね?」

「……あぁ」

 

 

 半ば脅迫されるような形で了承すると、アリアは「ですよね! よかったです♪」と太陽のように朗らかに笑った。

 

 

「では、行きましょうか。しっかり教えてくださいね!」

 

 

 一瞬だけ見せた圧倒的な威圧感に気圧された俺を引きずるように、アリアは屋敷の庭に出た。

 

          ***

 

 新たな挑戦者を蹴散らし、彼らの住む大陸へと帰した後、モンスターの王は《ドンドルマ》近くに降り立った。

 

 その龍の名は、《死煌龍》レーヴェン・スミェールチ。光を司る、最強のモンスターの一頭だ。

 

 《死煌龍》の体を純白の光が包み込むと、《死煌龍》が白銀の髪を伸ばした男性へと変化した。

 

 

「さて、ヴェリテ~~、アリア~~、ジーク~~、シロたち~~! 今帰るぞ~~♪」

 

 

 仕事を終えた男は、愛する家族たちの顔を思い浮かべながら、鼻歌混じりに歩き出す。

 

 彼の周囲にいたモンスターたちは()に平伏し、襲う気など全く感じさせない。

 

 とうとう《ドンドルマ》の門へと近づきかけたその時、

 

 

「う~~みは見ぃ~~ている~~♪ せ~~かいの始まりも~~♪ う~~みは知ぃっている~~♪ 世界ぃ~~の終わりも~~♪」

(……! この歌は……)

 

 

 この世界に転生する前にいた世界で聴いた歌が聞こえ、その歌声の元へと移動する。

 

 

「だ~~から……おや? どなたかいらっしゃるのですか?」

「お前、なにしてんだ?」

 

 

 声の発生源は、崖の下から。杭で打ち付けられたロープにぐるぐる巻きにされた青年が、先ほどの歌を歌っていたのだ。

 

 崖に吊るされている青年を男が引き上げると、青年はあっはっはっはっと笑いながら感謝の言葉を述べた。

 

 

「助けていただき、ありがとうございます。私はエピソードと申します。貴方の名前は?」

「レイだ。それで? なんでお前はこんなところに吊るされてたんだ?」

「それは街に戻る間に説明しましょうか。いやはや、あのお方は本当に恐ろしい……」

 

 

 《ドンドルマ》に向けて足を動かし始めるエピソードの隣までレイは移動し、街に戻るまでエピソードが吊るされていた経緯を聞いた。

 



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Advice from the king

 

「違う。もっと、腰、落とす。そして、振る」

「こ、こうですか? あっ!」

 

 

 クロウさんに言われた通りに腰を落としてから片手剣を振るうと、これまでよりも勢いが乗っているように感じます。しかしそれで喜んでいると、クロウさんに頭を叩かれました。

 

 

「馬鹿。盾も、使う。武器は、剣だけ、じゃない。剣を、振った、隙、補える」

「は、はい!」

 

 

 盾を突き出す動きを加え、一通り攻撃を終えると、クロウさんがうんうんと頷きました。

 

 

「その、調子。流石、ヴェリテの、娘」

「…………」

「? どうした」

「お母様の娘だからって理由で褒められるのは、もう嫌なんです」

「なぜ、だ?」

「私は必死に努力してるのに、それが全部、私がお母様の娘だからという理由で片付けられてしまうんです。そう言われると、私の努力が認められていない気がしてならないんです……」

「……そう、か。すまない」

「いえ、いいんです。自覚なしに言っていることはわかっていますから。……それでは、続きをお願いしまーーー」

「アリア~~戻ったぞ~~!」

 

 

 練習の続きをしようとした瞬間、門を開け放ちながら父親が帰ってきました。その後ろにはお母様とジークもいました。

 

 

「あ、お父様! お帰りなさいです!」

 

 

 剣を納め、お父様に抱きつきます。硬い胸板に顔を擦り当てる私の頭をお父様が撫でます。

 

 しばらく撫でられてから体を離し、クロウさんにお父様を紹介しました。

 

 

「クロウさん、この方が私のお父様、レイ様です。……クロウさん?」

「…………」

 

 

 クロウさんの表情は、まるで岩のように堅く、なにかを宿した瞳でお父様を見ていました。否、睨みつけていました。

 

 

「……アリア、先に家に入っていろ。俺はこいつと話すことがある」

「え? あ、はい……」

 

 

 これまで感じたことのないほどの気迫をお父様から感じ、お母様たちと共に家に入ります。しかしエピソードさんだけは、お父様にここに残るようにと言われていました。

 

 家に入った私は、自室の閉められたカーテンの隙間から、庭に置かれた椅子に腰を下ろしたお父様とクロウさんを見ます。

 

 いったい、なにを話しているのでしょうか?

 

          ***

 

「……久しぶりだな、クロウ」

 

 

 椅子に腰かけた人間の姿をした最強のモンスターは、開口一番にそう言った。俺も「……久しぶり」と返し、一つ気になったことを訊ねた。

 

 

「なぜ、そんなに、老けた?」

 

 

 レイの姿は、以前見たものと比べてずいぶんと老けていた。俺の頭にある知識だと、《死煌龍》は不老不死の存在で、その《死煌龍》であるレイも年は取れど、老けはしないはずだ。

 

 

「これか? これはだな……、アリアとジークを護るためだ」

「アリアと、ジークを?」

「二人はこれまでの歴史上存在しない、龍と人間のハーフだ。それが世間に知られたら、二人の体を調べようとする輩が現れるかもしれない。それを防ぐため、俺はこうして、おっさんの姿をしてるってわけさ」

 

 

 パチンッと指を鳴らすと、三十代の男性の姿をしたレイの姿が、俺にも見覚えのある、少年の姿に変化した。

 

 

「いい、のか? アリアが……」

 

 

 視線だけアリアのいるであろう部屋に向けると、レイは心配ないと手を振る。

 

 

「お前たちの視界だけを弄った。お前たちが見るのは本来の人間の俺の姿だが、アリアが見るのはさっきの俺の姿と変わらない。……しかし、意外な形の再会だな。ヴェリテから話は聞いている。娘を助けてくれたこと、感謝する」

「人間の、素晴らしさを、知るため」

「人間の素晴らしさ、か……。まさか、あの男の息子がそれを知るために、俺の娘を助けるとはな……。人生、いや、俺の場合は龍生か、つくづく面白いものだな」

「俺も、こうなるとは、思わなかった」

「お前が人間の素晴らしさを知るために現れたのはわかっている。誰であろうと、学ぶことはいいことだ。だが、もし俺たちに危害を加えようものなら……」

 

 

 レイは周囲に無数の銀色の武具が作り出し、その矛先を俺に向けてきた。

 

 

「わかってる。俺は、人の、素晴らしさ、知るために、来た。殺すつもりは、ない」

「……その言葉、信じるぞ」

 

 

 武具を消滅させる。しかし、その表情は「完全には信用してはいないからな」と伝えてきていた。

 

 完全ではないとはいえ、信用してもらえたことは嬉しい。だが、

 

 

(こいつは、父上の、仇……)

 

 

 目の前で月を見上げている男は、今から十七年前に俺の父、サナトスを倒した男だ。過ごした時間は決して長くはないとはいえ、実の父親を倒した相手に対する怒りは消えない。それを感じ取ったのか、レイは月を見上げながら、

 

 

「サナトスなら、救われたよ」

 

 

 と言った。

 

 思わずポカンとしてしまった俺を横目に、レイは続ける。

 

 

「確かにサナトスは俺たちに負けた。だがその時、あいつの生前の仲間たちに迎えられて、失った光を取り戻すことができた。お前の父親は、救われたんだ」

「父上が……」

 

 

 レイに嘘を吐いている様子は見られない。本当に、父上は失った光を取り戻すことができたのだろう。父上の思い詰めた表情を何度も見てきた俺は、その言葉に思わず笑みが零れた。

 

 

「だから、お前もサナトスと同じように光を知るんだな。闇も大事だということは俺も知ってるが、光もそれと同等に大事なものだ。光を知ることができれば、(おの)ずとお前の目的を果たすこともできる。……そうだ、さっき見ていたが、お前はアリアの師匠になってくれたんだよな?」

「……そうだ、が?」

「だったら、アリアたちと行動を共にしてみたらどうだ? 俺も、ヴェリテたちと行動を共にして、失ったものを取り戻したんだ。ま、簡単に言えば、先輩からのアドバイスってやつだな」

「……わかった。やって、みる」

「だが、アリアたちに手を出したら、容赦はしないからな? そこら辺、しっかりと記憶しとけよ」

「もちろん」

 

 

 しっかりと頷くと、椅子から立ち上がったレイが手を差し出してくる。

 

 

「それじゃ、今日からお前は俺たちの仲間だ。よろしくな、クロウ」

「こちらこそ、よろしく、レイ」

 

 

 差し出された手を、俺は強く握り締めた。

 



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Praying for the souls


 昨日は投稿できず、申し訳ありませんでした! なので今夜は二本立てです!



 

 翌日、俺たちはレイに連れられて、ある一軒家へと訪れていた。レイがその扉をノックすると、そこから見覚えのある男が出てくる。

 

 

「あ、レイさん、おはようございます」

 

 

 ……なんだ? こいつは。

 

 

「おはよう、ハヤト。ごめんな、こんな朝早く」

「いえいえ、それで、どういったご用件でしょうか?」

「お前とエリカに話をするために来たんだ。エリカはいるよな?」

「いますよ。中にお入りください」

 

 

 レイたちが中に入っていくのを見ながら、俺はハヤトにどうしても気になったことを訊ねた。

 

 

「その、敬語は、なんだ?」

「ん? 母ちゃんが『年上の相手には敬語を使うの』ってうるせぇんだよ。でも、小さい頃から言われてるからか、今ではそれほど苦になっちゃいねぇんだけどな」

「よかった。昨日の、ハヤトだ」

「お前はさっきまで俺を誰だと思ったんだよ……」

「ハヤトの、偽物」

「酷い奴だなオメー。……まぁ、中に入れよ。レイさんたちも待ってる」

 

 

 家に入ると、リビングにはレイたちの他に、見覚えのある女性がいた。彼女は俺が来ることを知っていたらしく、特に目立つような行動は起こさなかったが、一瞬だけ眉を潜めたのを、俺は見逃さなかった。

 

 

「予想はしてたけど、やっぱりお前だったの」

「……お前は」

「自己紹介をしてなかったの。ハヤトの母、エリカなの」

 

 

 エリカに握手を求められ、握手をする。エリカに促されて椅子に座ると、早速レイが昨日俺と話した決めたことをエリカたちに伝えた。

 

 

「……なるほど、わかったの。クロウ、息子共々、よろしくお願いするの」

「こちらこそ、よろしく」

「……それで、用件はそれだけなの?」

「ん? あぁ、その通りだが」

「それなら、少しクロウを借りるの。クロウ、ついてくるの」

 

 

 エリカに従うと、エリカは自宅を離れ、俺をある墓地へと連れていった。その墓地は、うっすらとだが記憶に残っていた。

 

 

「ここがどこか、お前にはわかるはずなの」

「……あぁ、覚えて、いる」

 

 

 ここは彼女の夫の墓石がある墓地だ。

 

 ザック。それが隣に立つ小さな人妻の夫であり、《復讐者(リベンジャーズ)》となった妹との一騎討ちの際に受けた傷で命を落とした男の名だ。

 

 

「お前がザックの墓石を破壊したのは、なんらかのわけがあると思うの。だけど、それを謝罪しなくていいとは思っていないの。だから……」

 

 

 そこで口を閉ざしたエリカは、ここに来る途中に花屋で購入した花の内、数本を手渡してきた。

 

 お前も花を供え、彼の冥福を祈れ、ということだろう。

 

 頷き、墓石の前に花を供える。エリカも花を供え、両手を合わせる。

 

 しばらくの静寂が流れるが、俺が合わせた両手を離すと同時に、エリカによって破られた。

 

 

「ちゃんとできたの?」

「……あぁ」

「それなら、帰るの。みんな待たせてるの」

 

 

 エリカに従い、墓地を出る。その刹那、背後から気配を感じたのは、きっと気のせいだろう。

 

 それからエリカ宅に戻り、ハヤトは今日もクエストを受けるアリアたちに同行するということで一緒に行動することになり、エリカとはそこでお別れとなった。

 

 

「ジーク、今日受けるクエストは?」

「ドスジャギィの討伐だね。ジャギィたちを呼んでくるから、数の暴力で押される前に倒さないと……」

 

 

 そんな会話を聞いていると、俺はある問題にぶつかっていることに気づいた。それは、

 

 

(この、剣じゃ、圧勝……)

 

 

 そうなのだ。腰にある剣、『怨恨ノ深淵』は軽く振っただけでもティガレックスを殺すことができるのだ。そんなものをドスジャギィ相手に使ったりしたら、結果は火を見るよりも明らかだった。

 

 

「お困りのようだね、クロウ君?」

「……! ルクス……」

 

 

 振り向くと、五匹の子竜を率いたルクスがいた。そしてその小さな両手には、明らかに初心者向けの片手剣が乗せられていた。

 

 

「知り合いに頼んで初心者用の片手剣を買ってもらったよ。これで頑張ってね♪」

「……なんで、俺の、考え、わかった?」

「う~~ん……女の勘ってやつかな? さ、早くこれを装備しなよ。ちょっとキツくなってきた……」

 

 

 ルクスの言う通り、本来なら鍛えられた肉体を持つハンターが持つであろう片手剣を持つ両手はぷるぷると震えていた。それでも苦しそうな顔をしていないルクスを見ると、少し笑みが零れた。

 

 

「うわっ……なにその顔、ちょっと怖いよ……?」

「む……、笑った、つもり……」

 

 

 片手剣を受け取り、代わりに腰にある片手剣を渡そうとすると、

 

 

「流石にそれを持つのは勘弁……。君に渡したものより、絶対に重いでしょ」

 

 

 と、断られてしまった。

 

 事実その通りだったので、俺は『怨恨ノ深淵』を肩に下げ、アリアたちが乗る竜車に乗り込もうとすると、

 

 

「なにかあったら、護ってあげてね。なにか起こった時、あの子たちを護れるのは君だけなんだから」

 

 

 背中にかけられた声に、護らなかったら許さない、という感情が宿っていたのは言うまでもない。

 

 

「言われなくとも、その、つもり」

 

 

 振り向かずにそう答え、俺は竜車に乗り込んだ。

 



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Become a beast of rage


 今夜は二本立てですので、こちらから開いた方は前回からお読みになってください。



 

「ふぅ……ちょっと苦戦したが、クリアできたな」

 

 

 刀身についたドスジャギィの鮮血を振り払ってから納めたハヤトは、大きく息を吐き出す。

 

 俺たちの前には先ほど狩ったドスジャギィの死体が転がっており、その周囲にはドスジャギィが呼んだ手下のジャギィやジャギィノスたちの死体があった。

 

 

「お疲れ様でした、クロウさん。本当にすみません、ジャギィたちの相手を貴方だけに任せてしまって……」

「気に、するな」

 

 

 俺や姉さんと同じ、初心者向けの武器を納めたクロウと姉さんの会話している姿を見ると、ちょっとむっとしてしまう。

 

 

「おいおい嫉妬かぁ? お前どんだけシスコンなんだよ」

「うるさい」

 

 

 にやにやと嫌らしい笑みを浮かべながら絡んできたハヤトに一喝するが、幼なじみは懲りた様子を見せず、姉さんからクロウへと視線を移した。

 

 

「にしてもほんと、あいつって強ぇよな。いったい何者なんだ?」

「さぁ? 俺にもよくわかんない」

 

 

 突如彗星のごとく現れたクロウは、初心者向けの片手剣だというのに、それを一回振っただけでドスジャギィの体を吹っ飛ばしたのだ。それからはドスジャギィが呼んだジャギィたちの殲滅に移ったのだが、きっとあのまま戦っていれば、ドスジャギィはものの数秒で倒されていたことだろう。もしかしたら、俺たちのハンターとしての成長のためにそうしたのかもしれない。

 

 

(これでジャギィの防具とかは作れそうだな……)

 

 

 ドスジャギィとジャギィたちの死体から剥ぎ取った素材を見る限り、これでジャギィシリーズの防具一式に必要な素材は集まったはずだ。

 

 

「そういやよ、ジーク。お前の夢は相変わらず変わってねぇのか?」

「当たり前だろ。なに言ってんだ」

「いや、俺たち今回苦戦しただろ? この調子で強くなっても、そいつに勝てるのかどうか……」

「こんなの、まだまだ序の口だ。どんどん強くなって、夢を叶えてやるさ」

「ジークの、夢? なんだ、それは」

 

 

 俺たちの話を聞いていたのか、クロウが俺の夢について訊ねてきた。それに俺は堂々と答える。

 

 

「俺の夢はな、この世で最強って呼ばれてるモンスター、《死煌龍》レーヴェン・スミェールチを倒すことだッ!」

「なに……? 《死煌龍》……?」

「知らないのか? レーヴェン・スミェールチってのはな、光を司る古龍で、ここから大分離れた《龍の王国》って大陸を治めてる、正真正銘、モンスターの王なんだ! これまで何人もの先輩ハンターたちが挑んだけど、誰一人そいつには勝てなかったって話なんだ! これまで誰にも倒されたことのないモンスター……狩らなきゃダメだって気がするんだ!」

 

 

 俺が堂々と夢について語ると、クロウの目が細められた。しかし、その反応はもう見飽きている。スクールにいた時だって、そんな反応は何度も見てきた。だが、それを成し遂げてこそ、俺の人生はもっと明るくなるはずだ。

 

 名誉なんてものに、興味なんてない。ただ、最強と謳われるモンスターと戦って、勝ちたい。それが俺をハンターになることを決意させた理由だった。

 

 

「今はまだ弱いけど、これからもっと強くなって、必ず《死煌龍》と戦ってやるさ! お前も見てろよ、俺は絶対に勝ってやるからなッ!」

 

 

 ビシッとクロウに指を突きつけた瞬間、クロウの後ろの茂みが揺れた。

 

 

「……ッ! なんだ?」

 

 

 背中の双剣に引き抜き、構える。姉さんたちも構え、茂みを揺らした犯人が出てくるのを待つ。そして茂みから出てきたのは、

 

 

「ギャ?」

 

 

 ジャギィだった。しかし、その姿を見た俺の背筋に、これまで感じたのことない悪寒が走った。

 

 

「おいおいマジかよ……、このジャギィ、『煌光種』じゃねぇか!」

 

 

 『煌光種』。それは《龍の王国》に棲む、体のどこかの箇所が淡い光を放っているモンスターたちを総称する言葉だ。《死煌龍》は世界各地に煌光種を放ち、世界の状況を監視していると言われている。そして、王の下で働く彼らは、たとえハンターと出会っても、ハンター側から手を出さない限り襲ってくることはない。

 

 だが、

 

 

「ギャギャッ!」

 

 

 腹を空かせている場合、話は別だ。

 

 

「姉さんッ!」

 

 

 一番ジャギィの近くにいた姉さんの前に立ち、双剣を交差させる。

 

 

「がぁ……ッ!」

 

 

 蹴りの衝撃が双剣越しに直撃し、姉さん諸共吹き飛ばされる。姉さんごと背後の大木に叩きつけられ、一瞬意識が消えかかる。

 

 

「ね、姉さん……、大丈夫……?」

「は、はい……、なんとか……」

「よかった……。野郎ッ!」

 

 

 ズキズキと痛む両手で双剣を握り、走り出す。

 

 

「許さない……ッ! 俺はともかく、姉さんを襲おうとしたことは、絶対にッッ!!」

 

 

 怒りのボルテージが高まっていく。それは限界を越え、姉さんに襲いかかったジャギィを殺すことしか頭になくなる。

 

 

「お前は絶対に殺すッ! 俺の手でッッ!!」

 

 

 体に謎の浮遊感を感じながら、ジャギィに黄金と白銀の双剣(・・・・・・・・)を降り下ろす。

 

 ジャギィの目に映ったものを一瞬だけ見た時、ジャギィの体は影も形もなくなった。さらに、双剣を降り下ろした衝撃はその先に広がる森林さえも吹き飛ばした。

 

 地面を削りながら停止した俺は、目の前に広がる光景ではなく、先ほどジャギィの瞳に映った自分の姿に唖然とした。

 

 角の生えた額、鋭い眼光を放つ両目、そして、雄々しい白銀の翼と尻尾。その姿はまるで、

 

 

「怪物……」

 

 

 そう小さく呟いた瞬間、俺の意識は深い闇の底へと沈んでいった。

 



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To control the dragon pulse

 

(なんだったのでしょうか、さっきのは……)

 

 

 帰りの竜車に揺られながら、一人考える。

 

 ジークが、周囲の兄弟と比べても異様なくらい私を慕っていることは知っています。過去、スクールで私が誰かからイジメを受けていた時、古龍観測隊顔負けの情報収集で犯人を特定し、その翌日訓練所の裏に半殺しにされたイジメの犯人たちが宙吊りの状態で発見されたということがあり、先生方に救出された彼らは口々に、「怪物を見た」と証言しました。

 

 その『怪物』とは誰かを訊ねられても悲鳴をあげるのみで、ついぞその正体が判明することはなく、『訓練所裏の宙吊り怪物』というよくわからない噂が流れました。ジーク本人からイジメの犯人たちを懲らしめたのは自分だと告白されたのはそれから数日経った時のことです。

 

 まさか、彼らが言う『怪物』というものは、先ほどのジークの姿を見て思ったものなのでしょうか?

 

 

「……いいえ、今そんなことを考えてもなんにもなりませんね」

 

 

 膝に乗せたジークの頭を撫でると、ジークが唸りながら身動ぎしました。髪の毛が肌を擦って、少しくすぐったいです。

 

 しばらく弟の愛らしい寝顔を見つめていると、前から視線を向けられていることに気づきます。

 

 

「どうかされましたか? クロウさん」

「……やはり、レイの息子だということか」

「え?」

 

 

 なにを言っているかは聞き取れませんでしたが、私たちにとって大切なことであることは、彼の顔を見ればわかりました。

 

 それからは、なにを言ったのかと訊ねてもクロウさんははぐらかすばかりで、結局わからずじまいで私たちは《ドンドルマ》へと戻ってきました。

 

 

「お帰り、みんな。……ん? ジーク君、どうかしたの?」

「すみません。どうやら、疲れてしまったようで……」

「ふぅん……」

 

 

 私がおんぶしているジークを見上げるルクスお姉様の目が細められます。ルクスお姉様には、このことは話さない方がいいです。いくら私たちが赤ちゃんの頃からお世話になっているお姉様といえど、ジークが人間とは言えない姿に変身したと言うわけにはいきません。

 

 第一、お姉様も小さな頃にそれ以上成長できなくなってしまうという謎の病気にかかっていらっしゃるので、ジークについて話すのも気が引けます。

 

 

「まぁ、無事に帰ってきただけよかったよ。疲れてるのなら、家でしっかりと休ませないとね」

「はい。ルクスお姉様も来ますか? なにかご馳走しますよ」

「お、いいね。私も用事があったから丁度よかったよ。それじゃ、行こうか」

「俺もついてっていいか? 長年の親友が少し心配でな」

「もちろん、構いませんよ」

 

 

 家にたどり着き、扉を開け、「ただいま戻りました!」と言うと、丁度階段を降りてきていたお父様とお母様が私たちを迎えてくれました。

 

 

「ん? ジーク、どうかしたのか?」

「どうやら疲れてしまったみたいです。これから部屋で休ませるつもりです」

「そうか。ルクスとハヤト君も、ようこそ」

「今、お茶を用意しますね」

「あ、待ってください。お茶は私が淹れます。お母様はジークの様子を見てもらってもいいですか?」

「わかりました。では、ジークをこちらに……」

 

 

 ジークをお母様に渡すと、お母様はお父様たちと一緒に階段を上っていきます。

 

 

「ハヤト君、君はアリアといなさい。少しクロウと話したいことがあるからな」

「え? あ、はい」

 

 

 なぜクロウさんだけはついていってもいいのか不思議に思いましたが、今はお客様であるハヤトさんにお茶を淹れることにしましょう。

 

 

「ではハヤトさん、ついてきてください」

「おう」

 

          ***

 

「さて……、お前たち、感じるよな?」

「はい、感じます」

「当然だね」

「もちろん」

 

 

 ベッドで眠っているジークを囲んだ四人は頷き合う。クロウを除いた三人は、ジークに異変が起こった時、彼から放たれる力に気づいていた。

 

 

「まさか、こんなにも早く表れるなんてな……」

「どうしましょうか……、まだこの子には普通の人間として生きていてほしかったのですが……」

 

 

 ヴェリテの目が伏せられ、その様子からジークにこの変化が訪れてほしくはなかったという感情がありありと感じられた。

 

 アリアとジークは、モンスターと人間のハーフだ。そしてそのモンスターは、皮肉にもジークが将来倒したいと思っている龍、《死煌龍》レーヴェン・スミェールチだった。ジークが煌光種のジャギィを森林ごと吹き飛ばした際に変身した姿は、《死煌龍》や他の古龍種の力の源である龍脈が活動したことによってなるものだ。

 

 

「ルクス、龍脈の活動を抑えることはできるか?」

「うん。ジーク君の中にある龍脈を、それと同等の力を持つものと拮抗させれば、龍脈はその力の壁に阻まれて活動できなくなるよ。そしてそれに一番適しているのは……」

「龍脈、というわけですね」

「よし、じゃあ早速……」

 

 

 レイがジークの胸に手を置き、龍脈を注ぎ込む。しばらく経ってルクスが止めるように言うと、レイはジークの胸から手を離す。

 

 

「これでしばらくは大丈夫だと思う。だけど、定期的に龍脈かそれに近い力を与えないと、ジークの中の龍脈はまた活動を再開するよ」

「クロウ、俺たちは常にジークの傍にいることはできない。お前に任せてもいいか?」

「いいが、アリアは、大丈夫か?」

「アリアちゃんについては心配ないよ。あの娘はモンスターより、人間の血を多く受け継いでるからね」

「そうか」

「頼んだぞ、クロウ」

「任せろ」

 

 

 しっかりと頷いたクロウに、レイたちは頷き返した。

 

 しかし、彼らは気づいていない。

 

 その頃一階では、地獄が広がっていることに……。

 



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Could not have been predicted hell

 

「ふんふふんふふ~~ん♪」

 

 

 鼻唄を歌いながら、私はティーカップに紅茶を注いでいきます。香ばしい香りがキッチンに充満し、私の気分はさらに晴れやかなものになります。

 

 

「ハヤトさん、お茶が入りましたよ」

「ありがとう。……うん、やっぱアリアが淹れる紅茶は美味うめぇな」

「ふふ、ありがとうございます♪」

 

 

 私は紅茶を淹れるのが大好きです。紅茶を淹れている間が、一番気持ちが楽になります。いつかこれを家族以外の大切な人、俗にいう恋人に淹れるのが、私の些細な夢です。

 

 ……それにしても、

 

 

(お腹が空きましたね)

 

 

 思えば最後に食事をした時間から、もう十時間以上経っています。早く食事をしたいと急かすように、お腹がぐぐぅ……と鳴りました。

 

 

「……そうですね。丁度作りたいものもありましたし、作るとしましょうか。きっとハヤトさんたちもお腹を空かしている頃でしょうし」

 

 

 冷蔵庫から氷結晶で冷やされていた材料を取り出し、エプロンを着ます。

 

 

「さて、始めましょうか!」

 

 

 ナイフを片手に、私は気合いを入れて調理に取りかかりました。

 

          ***

 

 ジークの龍脈の抑制をしてから、俺たちはジークの部屋を出る。ルクスの話によると、彼女たちが使う龍脈と、《復讐者リベンジャーズ》の王子である俺と、俺の父親であるサナトスのみが使える憎悪の力、死脈はそれを形作るものは違えど、同じ星に流れる力であることに変わりはないらしく、ジークの龍脈の抑制に使えるというのだ。

 

 万が一の時には、俺がジークの龍脈の抑制を行うことになるが、俺はそれでも構わないと思っている。

 

 人間の素晴らしさについて教えてくれるかもしれない相手を、みすみす危険な目に遭わせるわけにはいかないからだ。

 

 

「う……ッ! なんだ、これは……ッ!」

 

 

 一階に続く階段に足を下ろした瞬間、これまで嗅いだことのない異臭を嗅ぎ取り、顔をしかめる。

 

 

「ま、まさか……この臭いは……」

「ぐ……ぐ……! 逃げ……ろ……ッ!」

「……ッ! ハヤトッ!」

 

 

 異臭漂う一階から、まるで生ける屍のように這いずりながらハヤトが現れた。相当顔色が悪く、今にも死んでしまいそうな顔だった。

 

 

「じ、地獄だ……ッ! ここは、地獄だ……ッ! うぇ……」

「は、早くこっちにッ!」

 

 

 レイが満身創痍のハヤトに肩を貸し、近くの窓を開けて新鮮な空気を吸わせる。

 

 

「深呼吸だ、深呼吸するんだ。だけど吐くなよ」

「は、はい……」

 

 

 何度も深呼吸を繰り返す内にハヤトの呼吸が安定し、顔色も平常なものに戻った。

 

 

「ハヤト、下で、なにが、起こって、いる?」

「ア、アリアが料理してた……。あんなの、もう勘弁なのに……」

 

 

 あまりにも恐ろしいのか、ハヤトの体は震えていた。そして、俺も実際に食べたことはおろか、見たこともないのだが、キッチンからここまで大分離れているだろうに、ここまで異臭が漂ってくることから、キッチンやその近くはさらなる地獄が広がっていることだろう。

 

 

「紅茶を淹れるだけのはずなのに、なんか時間がかかるなと思って覗いてみたら、その時にはもう……」

「レイ、ヴェリテ、なぜ、諌めなかった」

「いや、娘の作った料理を不味いとは言えないし、いや、あれは不味いのレベルを越えてたんだが……、とにかく、なんか笑顔で言わなきゃと思って、『美味い』と言ったらアリア、すごい嬉しそうな顔して……。あんな可愛い笑顔見ちゃったら、絶対『不味い』って言えねぇよこんちくしょうッ!」

「と、とにかく! まずはアリアの調理を止めるのが最優先事項です! また近所から苦情が来るのは嫌ですから!」

「なら、俺が、行く」

 

 

 そう言うと、四人は信じられないと言いたげな表情をした。

 

 

「臭いが、ダメなら、息を、止めて、行けば、いい。こんな、ことにも、気づけない、のか?」

「い、いや、待て。息を止めてもアリアの作る料理は……あ! 待て!」

 

 

 レイの言葉を無視し、外の新鮮な空気を肺に溜めてから、息を止めながら階段を降りる。階段に漂う異臭は息を止めていることから肺に流れ込むことはなく、「この勝負、勝った」と思った。

 

 

(確かキッチンはこっちのはず……)

 

 

 明らかな毒素が漂う廊下を歩き、リビングに入る。瞬間、

 

 

(な……ッ!? 体が、痺れる……ッ!)

 

 

 馬鹿な。息を止めているというのに、体が痺れてきた。アリアの作る料理には、こんな特性もあるのかッ! こんなのもう、料理とは言えない。ただの兵器だッ!

 

 

「ふふ♪ 出来ました! 完成です!」

 

 

 痺れてまともに足を動かせなくなった俺の鼓膜に、この兵器の開発者の声が響く。

 

 

「あ、クロウさん、お話は終わったようですね。どうですか? 今回は自信作なんですよ!」

「それは……なんだ……?」

 

 

 なるべく息を吸わないよう気をつけながら訊ねると、アリアはやり遂げた顔をして答えた。

 

 

「シチューです!」

 

 

 その地獄の沼のようなものの、どこにシチューと呼べるものがあるのだろうか。絶え間なく変色してるし、ポコポコと泡は出てきてるし、息を止めていてもその臭いが肌に染み込み、体の痺れをより強力なものに変える。

 

 

「そんなに口をパクパクさせて、余程お腹が空いてたんですね? ではここは、私が食べさせてあげましょう!」

 

 

 確かに腹が減っていることは認めよう。だが、それを食べたいとは微塵も思っていない!

 

 

「はい、あ~~ん♪」

 

 

 スプーンで掬われたそれは、俺の口の中へと運ばれていく。それが舌に触れた途端、口は自動的に閉じた。

 

 ……先ほど、これは兵器だと思ったが、どうやらそうではなかったらしい。この辛く、甘く、そしてしょっぱいこれは、

 

 

(暗黒物質(ダークマター)だ……)

 



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Gear of fate that begin around Let 's go on a trip

 

「……はっ!」

 

 

 目が覚めると、木造の天井が見えた。どうやら俺は、あの暗黒物質ダークマターを食わされてから今まで眠ってしまったらしい。夢だと思いたかったが、生憎舌先の感覚がないので現実なのだろう。

 

 

「ようやく起きたか」

「……レイ。それに……」

 

 

 俺を見下ろすレイの隣には、しゅんとした様子で縮こまっているアリアがいた。

 

 

「本当にすみません……。私、貴方にとんでもないものを食べさせてしまいましたよね……」

「もう、過ぎた、こと」

「で、ですがそれで、貴方が二日間も眠ってしまうことに……」

 

 

 二日間も眠っていたのか、俺は。恐るべし、暗黒物質ダークマター。

 

 

「装備、変わった。おめでとう」

 

 

 とりあえず、この暗い雰囲気を変えるために、目に入ったアリアの装備を話題に持ち上げる。

 

 

「はい。あのドスジャギィ討伐のクエストで素材は集まりましたので、防具一式は作れました。片手剣も強化しましたよ」

 

 

 先ほどまで暗かったアリアの表情が明るくなり、立ち上がって装備を見せてくれる。新米ハンターであるためか、弱いものでも、新しい装備を得られたことが嬉しいのだろう。

 

 

「昨日のクエストでも素材を集めて、ジークたちの装備も新しくなりましたよ。ですが今日から一ヶ月の間は、それを着用する機会はありませんね」

「なに? どういう、ことだ?」

「言い忘れてすまなかった。俺たち、今日から旅行に行くんだ。メヒャーリプ王国って知ってるか?」

 

 

 それなら聞いたことがある。この前アリアにカメラについて説明してもらった時に、軽くその国についても触れていた。

 

 頷くと、「それなら話は早い」とレイは立ち上がる。

 

 

「あと一時間ぐらいで出発する予定なんだ。その間に済ませるべきことは済ませておいてくれ。荷物はすでにまとめてある。お前はジークより少しデカイけど、ジークの着てるやつと同じサイズの服でも着れるだろ。立てるか?」

「特に、問題は、ない。でも、舌先の、感覚が、ない」

「う……。す、すみません……」

 

 

 立ち上がり、風呂に入って体を洗ってからヴェリテの作った料理で空腹を満たすと、丁度一時間経った。

 

 

「うし、じゃあ行くか。エリカたちやルクスも出発した頃合いだろ」

 

 

 荷物の入った鞄を背負ったレイを先頭に、メヒャーリプ王国行きの竜車のある場所まで歩く。すでにエリカたちは到着しており、荷物を預けて竜車に乗り込む。

 

 

「クロウ、どうして姉さんの料理を食べただけで二日間も寝込んだんだ? あれ、結構美味いのに」

「お前の、味覚が、おかしい、だけ」

「そうか? そんなことないと思うんだけどなぁ……」

 

 

 あんな料理を食って平然としていられるジークの顔を見ていると、やっぱり姉弟だなと感じる。

 

 ……姉弟、か。

 

 

「ジーク、アリアの、こと、どう、思って、いる?」

「どうって、好きに決まってるだろ? 姉だからね」

「その、『好き』とは、恋と、言える、のか?」

 

 

 この質問に、ジークは「いやいや」と苦笑しながら答える。

 

 

「流石にその『好き』ではないよ。俺が好きなのは姉としての姉さん。異性としてはとても見れないよ」

 

 

 産まれた時から一緒にいるから、異性として意識することができないだけかもしれないけどね。と続けるジークに、俺は新たな質問を投げかける。

 

 

「では、姉に、対する、『好き』と、異性に、対する、『好き』の、違いは、なんだ?」

「う~~む……わかんないなぁ。第一俺、初恋もまだだし」

「今年十七になっても初恋がまだなんて、俺ぁお前の将来が心配だぜ、親友」

「うっせ。お前は小さい頃からナンパしまくってんだろ。お前こそ好きな相手いるのかよ」

「いるぞ」

「即答!? え、誰だ!?」

「教えねぇ~~♪」

「おいおい、俺たちちっちゃい頃からの付き合いだろ? 教えてくれてもいいじゃないか、な? 俺たち親友だろ?」

「こういう時に親友の立場持ち出してくるのはどうかと思うんだけどな。ゼッテェ教えねぇわ」

「んだとこの野郎。ちょっと竜車降りろや」

「お、やるか? 今度は負けねぇぞ?」

「二人とも、喧嘩は止してください」

 

 

 ずっと外を眺めていたアリアが仲裁に入り、ジークとハヤトが喧嘩を始めることはなかった。

 

 

「確かにハヤトさんの好きな人が気になるのはわかりますが、そうしつこく訊く必要はありませんよ、ジーク」

「ごめんなさい、姉さん……」

「すまねぇ、アリア……」

「わかればいいんです」

「アリアは、好きな、相手、いる、のか?」

「今のところはいませんね。初恋もまだです」

「なんだ、お前もジークと同じなのか。恋する年頃なんだから、お前も恋しろよ。じゃなきゃ売れ残っちまうぞ」

「なんですって?」

 

 

 明らかに身に纏う雰囲気を変えたアリアが立ち上がってポキポキと両手の骨を鳴らし始めたので、羽交い締めにしてハヤトに手をあげないようにする。

 

 

「離してください、クロウさん。私、今すごく怒ってるんです」

「落ち着け。諌めた、こと、やろうと、してる」

「ちょっとクロウ? 姉さんにくっつきすぎじゃないかな? あんまりくっつきすぎると……ユルサナイカラナ?」

「や~~いや~~い! アリアの売れ残ゴッ!」

 

 

 脳天にジークの拳骨を受けたハヤトが沈み、後ろの竜車に乗っているレイたちが止めに入るまでこの揉め事は続いた。

 

 そして数日が経ち、俺たちはついにメヒャーリプ王国に到着した。

 



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Surprisingly too inn

 

「……広すぎる」

 

 

 竜車から降りての一言はそれだった。俺の後に降りてきたアリアたちも、それに同意するように頷いた。

 

 俺たちの眼下には、見事な城下町が広がっており、その中央に立派な城が聳えていた。その頂上には、この国がメヒャーリプ王国であることを証明する、二枚の歯車がX字のように噛み合った国旗が風に靡いていた。

 

 レイを先頭に城下町へと降りていく途中、俺の胸の内に感じたことのない感情が芽生えた。なぜなのか、あの眼前に広がる城下町や城を見ていると、どうしても胸の鼓動が収まらない。

 

 

「アリア、胸の、鼓動が、早い。なぜだ?」

「ふふ、それはですね、ワクワクしてるんですよ。クロウさんも楽しみなんですね」

「これが、ワクワク……」

 

 

 不思議だ。まるで心の中に水源があるみたいに、高揚感が高まっていく。自然と楽しみにしていたことに、少し愉快な気持ちになった。

 

 

「……ワクワク、いい。俺、ワクワク、好きだ」

「そうですね。私も大好きです♪」

 

 

 階段を降り、石造りの地面に足を踏み入れると、先ほどまで感じていた活気が一層強くなったような気がした。

 

 規模は違えど、この活気のよさは《ドンドルマ》と似ているものであり、俺の胸の内に広がる、ワクワクの感情も強くなった。

 

 

「お父様、前々から気になっていたんですが、私たちが泊まる宿ってどこなんですか?」

「それは秘密だ。きっと驚くぞぉ?」

 

 

 教えてくださいよぉと懇願するアリアにニヤニヤと笑みを浮かべるレイ。それほどまでにアリアたちが驚くことを期待しているのだろう。

 

 

(それだったら俺も、期待していいのだろうか?)

 

 

 二人を横目に見ながらそう考えていた次の瞬間、

 

 

「わっぷ!」

「……ん?」

 

 

 なにかが真正面から俺にぶつかり、尻餅をついた。幼い少女だ。長い黒髪に銀の歯車の髪飾りをつけた少女が、痛そうにお尻を擦っていた。

 

 

「大丈夫か?」

 

 

 助け起こすと、少女は身に纏う洋服についたゴミを払いながら、律儀にお辞儀をした。

 

 

「う、うん……。ありがとう、優しいお兄ちゃん」

「『お兄ちゃん』? お前は、《復讐者リベンジャーズ》なのか?」

「ふぇ? 『りべんじゃーず』? なにそれ?」

「……違う、のか。いや、それも、その通り、か」

 

 

 よくよく考えてみれば、《復讐者リベンジャーズ》は十七年前の戦争で、俺を残して全員死亡したのだ。それに仮に生き残っていたとしても、父上か俺がいなければ、父上が与えた仮初めの命は即座に消えてしまう。十七年前経った今でも生きている俺以外の《復讐者リベンジャーズ》は、いないといってもいいだろう。

 

 

「ロリア! どこにいるの!? ……ッ! ロリアッ!」

「あ、お姉ちゃん!」

 

 

 ロリアと呼ばれた少女とほぼ同じ外見ーーー髪飾りは黄金の歯車だがーーーの少女が、ロリアを強く抱き締めた。

 

 

「急にいなくならないでよ……! 心配したんだから……」

「そ、そんな強く抱き締めなくていいよぉ……! く、苦しい……」

「あ、ご、ごめん! ……それで」

 

 

 ロリアから離れた少女が俺を見上げると、

 

 

「このロリコンッ! 私の妹に手を出すつもりなんでしょ! この変態ッ! 変質者ッ!」

 

 

 いきなりボロクソ言ってきた。そういう性癖を持っている人間ならば快感を感じるだろうが、生憎俺にそんな性癖はない。

 

 妹を護るように両手を広げた少女は、今も俺を睨みつけながら、あらぬことを叫んでいる。

 

 

「覚悟してよねッ! 妹を傷つけた奴は、私がやっつけてやるんだからッ!」

 

 

 ……ほぅ? やっつける? 俺を? お前がか?

 

 

「……やるか?」

「ま、待ってくださいクロウさん! その手を下ろしてください!」

「離せ、アリア。こいつが、本当に、俺を、倒せるか、確かめる」

「子どもの強がりを本気にしないでください!」

「ん? あ! お前たちはっ!」

「え? あっ! ロ、ロリア! 早く逃げるわよ!」

「う、うん! お姉ちゃん!」

 

 

 レイの姿を視認した瞬間、少女はロリアの手を引いて人混みの中へと姿を消してしまった。

 

 

「レイさん、知り合いなのですか?」

「ま、まあな。この国に仕事に来る時、たまに見かけるんだよ。あいつら、こんなところにまで来てるのか……」

 

 

 呆れたようにため息を吐いてから、俺たちに歩くよう急かしてくる。どうやら、俺たちの泊まる場所に知り合いを待たせているらしい。

 

 そして、しばらく歩いてたどり着いたのは、

 

 

「あの……お父様?」

 

 

 目の前の建物を見上げて唖然としている俺たちを代表して、アリアが父親に訊ねる。

 

 

「ここは、宿ではないと思うんですが……」

「だったらこんなところまで来ないだろ?」

「ということは、本当に?」

「あぁ、本当だ」

『え、えぇええええええええッッッ!??』

「……これには、驚く」

 

 

 俺たちが泊まる場所。

 

 それは、この国のシンボル。メヒャーリプ城だった。

 



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Request from prince

 

「遅いぞ。十分の遅刻だ」

 

 

 城内へ続く門の前に立つ燕尾服の青年が、お父様を睨みつけながらそう告げました。額に青筋が入っている辺り、相当怒っているのでしょう。

 

 

「仕方ないだろ。途中、道に迷ったんだから」

「それとこれとは話は別だ。お前たちが泊まるのは普通の宿でも、超高級の宿でもないんだぞ」

「わかってるから許してくれよ、な? ルクスも連れてきたから……」

「やっほ~~ボレアス! 久しぶりだね!」

「お、お嬢様、お久しゅうございます……」

 

 

 ルクスお姉様の姿を見た途端、ボレアスと呼ばれた執事は苦虫を噛み潰したかのような顔になり、ルクスお姉様がぷくっと頬を膨らませました。

 

 

「むぅ、なによその顔は。私と会うとなんか嫌なことでもあるの?」

「そ、そのようなことは一切ありません!」

「嘘! 絶対嘘吐いてる! 正直に言ってよ! これは主人としての命令よ!」

「……悩みの種が増えた、と思っておりました」

「誰が悩みの種よッ! このこのッ!」

 

 

 ポコポコとボレアスさんの胸板を叩くお姉様。しかしボレアスさんはけろっとしており、困った顔でお姉様を宥めようとしています。

 

 ボレアスさんのことは前々からお姉様に教えてもらっていますので、自己紹介する必要はありません。それにしても、

 

 

(お姉様、可愛いですね……♥)

 

 

 今のように必死にボレアスさんを叩いている姿も、先ほどの頬をぷくっと膨らませた姿も、お人形さんみたいな見た目だけあって、本当に可愛らしいです。

 

 

「えへ、えへへへへへ……」

「アリア、気持ち悪い」

「え、あ、すみません!」

 

 

 いけません。あまりの愛らしさについ(よだれ)が出てしまいました。すぐに袖で拭き取り、平静を保ちます。

 

 

「お見苦しいところをすみません……。私、昔から可愛いものに目がなくて……」

「気に、するな。女は、みんな、そんな、もん」

「あ~~……ボレアス? そろそろ案内してもらってもいいか?」

「もちろんだ。ついてこい」

「はぁ……はぁ……、絶対……絶対に許さないんだからぁッ!」

 

 

 悔しそうに叫ぶお姉様は、やっぱり可愛かったです。

 

 

「うわぁ……すごいです……」

 

 

 自宅の庭の数十倍の広さを誇る庭園を抜け、ついに城内へと足を踏み入れると、自然とその言葉が零れました。

 

 左右の壁には均等な間隔を開けて豪華絢爛な装飾品が飾られ、その間には有名な画家さんが描いたであろう絵画まであり、天井にはこちらも均等な間隔でシャンデリアがぶら下がっており、私の目を飽きさせません。

 

 

「す、すごい綺麗です……。いくらするのでしょうか……」

 

 

 ガラスケースの中にあるネックレスに釘付けになっていると、後ろからジークが、

 

 

「今の俺たちじゃ払えないレベル。というか、それは国王様のものだから買えない」

 

 

 と言ってきました。

 

 

「ですよね……。あぁでも、いつか私もこんな装飾品を身につけてみたいです……!」

 

 

 両手を握り、まだ見ぬ愛する人と、このネックレスを身につけて踊る自分の姿を思い浮かべます。

 

 そう、舞台は大きなホールで、演奏団の皆さんが織り成す音楽に合わせて優雅に踊り、最後にはその人が私の唇をーーー

 

 

「ただの、ネックレスで、なにを、考えて、いる」

 

 

 ……ムカッ、です。

 

 

「……乙女の心はいつだって、白竜の王子様を待っているんです。尤も、乙女心のわからない貴方には、一生理解できないでしょうけれど」

「乙女心……、それも、知るべき、もの、か?」

「知るべきものです! 今夜、とことん教えてあげますッ!」

「楽しみに、してる」

 

 

 少し乙女心のわからないクロウさんに対する怒りが湧きましたが、この後に見た数々の芸術品や装飾品を見ている内に、その怒りはどこかへ消えていってしまいました。

 

 階段を登って少し歩くと、ついに私たちが泊まる部屋へとたどり着きました。

 

 私とクロウさん、ジーク、そしてハヤトさんは同じ部屋で、お父様にお母様、お姉様とエリカさんはもう一室を使うということになり、早速荷物を置いて町へ繰り出そうとすると、後ろから声をかけられました。聞き慣れない声でした。

 

 

「君たちがボレアスさんの言ってたお客様かい?」

「え? あ、はい、そうですけど……」

「あ、自己紹介がまだだったね。僕はロウェル・メヒャーリプ。この国の王子です」

「お、王子様ッ!? わ、私はアリアと申します! これから一ヶ月間お世話になりますので、よろしくお願いします!」

 

 

 膝をつきかけた私を、ロウェル王子様は苦笑しながら手を振りました。

 

 

「いやいや、そんなに畏まらなくていいよ。僕は身分の差っていうのが嫌いでね、君たちにもいつも通りの態度を取ってほしいんだよ。その方が、お互い気が楽でしょ?」

「そ、それはそうですけど……、よろしいのですか?」

「うん、全然いいよ。それと、王子様って呼ぶのもやめてほしいかな? はい、それじゃあ握手」

 

 

 立ち上がった私は、ロウェルさんと握手を交わします。その後に、私の後ろにいるクロウさんたちが自己紹介をすると、ロウェルさんも「よろしく」と眩しい笑顔で三人と握手をしました。

 

 

「アリア君とジーク君は、あのレイさんのお子さんなんだよね? あの人には何度も助けられてね、近々この国に旅行に来るって言ってたから、これで少しは恩を返せたかな? あ、それはそれとして、君たち、ここに来る途中、色違いの歯車の髪飾りをつけた双子を見かけなかった?」

「あ、見かけましたよ。丁度、あそこ辺りです」

 

 

 竜車停留所の近くに指を向けると、ロウェルさんは頭を抱えて呻き始めた。

 

 

「なんてことだ……。まさかあんなところまで行っちゃうなんて……」

「あの双子とは知り合いなのですか?」

「知り合いもなにも、僕の妹たちだよ……。でも、腹違いの義理の妹だね……」

「えぇ!? な、なんでお姫様方があんなところにッ!?」

「あの娘たちは縛られるのが嫌いだから、こうして逃げ出すことがあるんだよ……。ありがとう、早く探しにーーー」

「王子! 国王様がお呼びです! 至急来るとのことです!」

 

 

 階段を降りてきた侍女さんがロウェルさんにそう告げ、ロウェルさんは茶髪を掻き毟りながら呻き声をあげた。

 

 

「ぐぉおおお……! お父上はこんな時に……ッ! ごめん、義妹たちを連れてきてくれないかな? 僕はお父上から呼ばれてしまったし、本当に申し訳ない……」

「任せてください。すぐに連れ戻してきます!」

「ありがとう。……わかってるよ! 今行く!」

 

 

 国王様の元へ行くよう急かしてくる侍女さんにそう返し、ロウェルさんは国王様がいるであろう上階へと登っていった。

 

 

「では、皆さん。手伝ってくれますよね?」

「お前だけ、行け」

「そうだそうだ。俺たちは疲れーーー」

「手伝ってくれますよね?」

「「…………」」

「ね?」

「「はい」」

 

 

 嫌がる二人を無理矢理従え、私は城を出ました。ジークは二人のようにつべこべ言わずについてきてくれました。流石、私の自慢の弟です。

 



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Messenger of the sun

 

 アリアに脅迫されるような形で城下町に出た俺たちは、アリアの提案によって散開して双子を探すことになった。

 

 散策する場所は俺たちが来た南西部。周囲に聞き込みをしていると、つい先ほど双子を見たという情報を得たが、なぜか俺が聞き込みをした人々は、彼女たちが姫であることを知らなかった。俺が彼女たちが姫であることを伝えても、人々は俺になにを言っているんだと言いたげな視線を送るだけで、返答は「この国に王女はいない。いるのは王子のみ」の一点張りだった。

 

 もしかしたらあの娘たちは、隠された王女というものなのだろうか。なにか特別な理由でもない限り、国民たちが彼女たちの存在を知らないなんてことはないだろう。

 

 

「お~~い! ロリア~~! どこだ~~!」

 

 

 こうして双子の妹の名前を呼ぶも、一向にあの幼い声が返ってくる気配はない。それに、もし俺の近くにいたとしても、あの姉がロリアを俺に近づけようとしないだろう。兄弟がいるというわけではないが、上の子は下の子を護るものだと思っている。アリアとジークの場合は逆だが、二人の場合はそういうものなのだろう。

 

 

「くそ……どこいやがんだ……。ん?」

 

 

 頭を掻きながら悪態を吐いていると、二人の小さな少女が建物の隙間に消えていくのが見えた。二人の頭に金と銀の歯車の髪飾りがあったので、二人がロリアたちであることは明確だった。

 

 道行く国民たちを上手く避けながら隙間へ入り込むと、デカイ国だけあって、裏路地も広かった。

 

 

「ったく……、デカイ国ってのも考えものだな。さてと、隠れた悪いお姫様たちはどこかな……?」

 

 

 隙間は左右と前にもあるが、俺たちが探していることに気づいた二人はなるべく表に出ないようにするだろう。幼いながらもお姫様だから、きっと頭は回る方のはずだ。

 

 なんとなく右の道を選び、大きなガラクタの影を確認しながら歩く。ベテランの先輩たちならば気配を察知して目標のものを見つけ出すことも可能だが、俺はまだその領域には足を踏み入れていない。一般人曰く、彼らは人間の領域を越えているという。……早く人間で人外になりてぇなぁ。

 

 

「……いねぇ。こっちじゃなかったか……」

 

 

 じゃなきゃこうして、元来た道を戻る必要はないだろう。先ほどの場所に戻り、先ほどは行かなかった左側の道に足を踏み入れた瞬間、

 

 

「な、なによあんたたちッ! 私たちになんの用ッ!?」

 

 

 幼い少女の叫び声が響き、すぐにその根源へ走る。

 

 見つけた。金と銀の歯車の髪飾りをつけている双子の少女。間違いない、ロリアたちだ。それを囲むように、複数の男たちが立っている。

 

 

「お、お姉ちゃん……怖いよ……」

「あんたたち、妹に手を出したら許さないからッ!」

「へへへ、こんなところに来る女は久しぶりだな。ここはな、悪ぅ~~い人たちがいるんだぜ? そいつらは見つけた可愛い女をーーー」

「ぶっ飛ばすッ!」

「なッ!? ぐべぇッ!」

 

 

 一番身近にいる男にドロップキックを喰らわせると、男は奥にあったゴミ溜めに体を埋めた。

 

 

「な、なんだぁお前はッ!」

「テメェらなんかに喋るつもりはねぇよ、この野郎ッ!」

 

 

 俺たちハンターは得物を人間に向けることはご法度とされている。だが、拳なら問題はねぇだろ。

 

 殴りかかってきた奴の力をそのままに背負い投げし、続けてやって来た男は拳を鳩尾に叩き込む。モンスター相手に戦っていると、こうして人間と喧嘩をしてる時は比較的平和だと思えてくる。命のやり取りと、ただの殴り合い。同じ戦いだってのに、こんなにも違うもんなんだな。

 

 

「ぐ、くそが……ッ! ボスッ! 助けてください!」

 

 

 腹を押さえて蹲る男が叫ぶと、角から屈強な男が出てきた。その背中にはハンマーが装備されており、彼がハンターであることを意味している。

 

 

「あぁ? なんだよテメェら、そのザマは」

「ボ、ボス……こいつ、メッチャ強いんです……! 頼みます……!」

「チッ、しょうがねぇな」

「ちょ、ちょっと待てよ!」

 

 

 男がハンマーを握ったので、即座に突っ込みを入れる。

 

 

「あ? なんだよ」

「得物を人間に向けることはハンターのご法度だぞッ! なにやってんだッ!?」

「そんなこと知らねぇよ。どぅらッ!」

「おわっ!」

 

 

 ズドンッと重々しい音を立てて降り下ろされたハンマーを中心に、地面にヒビが入る。なんとか武器を下ろすように促すも、男は聞く耳を持たず、何度もハンマーを降り下ろしてくる。

 

 

(す、素手じゃこいつには勝てねぇ……ッ! こうなったら……)

「え、ちょ、きゃあッ!?」

 

 

 双子を抱え、走り出す。母ちゃんから教わったことの中に、『勝てないと判断した相手からは、すぐに逃げる』というものがある。あいつは本気で俺を潰す気だ。それなら、逃げるしか方法はねぇ……ッ!

 

 

「待ちやがれッ!」

「待てと言われて待つのはただの馬鹿だぜッ! そんなこともわかんねぇのか、このババコンガ野郎ッ!」

「こ、この野郎……ッッ!! ここで死ねッッ!!」

 

 

 後ろから追いかけてくる圧力が強力なものになり、すぐ後ろにいることが嫌でも理解できた。

 

 

「ヤ、ヤベェッ!」

「だ、誰かぁあああああああああああッッ!!」

 

 

 俺たちを叩き潰そうとハンマーが降り下ろされかけたその時、

 

 

「そうはさせんぞッ!」

 

 

 視界が真っ白に染まった。それが閃光玉によって引き起こされた現象だということは、振り向いた時にハンマーを担いだ男が頭を振っていたからだ。そして間髪入れず、上空から人影が降りてくた。

 

 東洋風の紅と金の防具に身を包み、背中には紅蓮の炎が描かれた太刀を背負った男が、俺たちを護るように仁王立ちする。

 

 

「テ、テメェ……ッ! 何者だッ!」

「天が呼ぶ、地が呼ぶ、人が呼ぶッ! 悪を倒せと俺様を呼ぶッ! 俺様は熱き太陽の使者……」

 

 

 頭上に昇る灼熱の太陽を指差し、赤髪の青年は高らかに名乗る。

 

 

「ヘリオスッ! さぁ、かかってこい悪党どもッ! 貴様らの悪意、この俺様の拳で打ち砕いてやるッ!」

 

 

 ビシッと指をハンマー使いに突きつけると、俺たちに振り向かずに声をかけてくる。

 

 

「勇気ある少年よッ! ここは俺様に任せて、早く逃げるんだッ!」

「ありがとう!」

 

 

 再び走り出すと、後ろからヘリオスと名乗った太刀使いとハンマー使いの怒号が轟き、巨大なものが衝突する轟音が響いた。

 



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Audience to the king

 

「……お前、なにを、した?」

「んなもん知るか」

 

 

 城の前に戻ってきたクロウの訝しげな視線から逃げるように俯くと、俺の服を掴んで離さない二人の少女の姿が見える。彼女たちが俺に向けてくる視線は、間違いなくヒーローを見る視線だ。

 

 

「お前ら離れろ。動きずれぇだろうが」

「嫌だ! 絶対に離さないもん!」

「うん! 絶対に離さない!」

「お前ら……助けてくれ」

 

 

 どれほど言っても頑固で言うことを聞いてくれない双子に困り果て、三人に助けを求めるが、三人はもう諦めろと言いたげな表情をしていた。それによってついに俺は双子に離れてもらうことを諦め、大変動かしにくい体を動かして城内に入る。

 

 宿泊室のある階に登ると、父親との話が終わったのか、ロウェルが上階から降りてきた。双子が戻ってきたことに心底嬉しそうにし、俺たちに例を言った後は勝手に外出した双子を叱った。しかし二人は全く懲りた様子は見せず、近い内にまた勝手に外出するだろう。

 

 

「二人とも、みんなに自己紹介はしたのかい? まだなら、ここでしなさい」

「うん。……自己紹介してなくてごめんなさい。ルー・メヒャーリプよ。よろしくね」

「私はロリア・メヒャーリプです。よろしくお願いします」

 

 

 気が強いルーは姫というより王らしく堂々と胸を張って名乗るが、大人しめのロリアはぺこりと優雅にお辞儀をしてきた。俺たちも一通り自己紹介を終えると、ロウェルは二人に国王に会うように促す。二人は渋々と了承し、上階へと登っていく。

 

 

「そういや、母ちゃんたちはどこ行ったんだ?」

「そういえばそうですね。どこに行ってしまったんでしょう?」

「レイたちは、国王の、ところに、いる」

「こ、国王様のところへ!? というか、どうしてわかるのですか?」

「さっき、上階に、行くの、見えた。そんな、ことより、アリア」

「なんでしょうか?」

「言葉に、ついて、教える。俺が、お前の、師匠に、なる、条件を、忘れた、か?」

「あ、そうですね。では、しっかりと教えてあげます。貴方たちも手伝ってくれますよね?」

「あぁ、構わないぜ。どうせ暇だったし」

 

 

 またあの脅迫紛いのことをされるのも御免だしな。

 

 

「それはよかったです。では、始めましょうか」

 

          ***

 

「久しぶりじゃのぉ、レイ殿。そなたが来るのを楽しみにしとったぞ」

「それは光栄です、国王陛下」

 

 

 玉座から降りてきた国王と握手を交わし、後ろで膝をつくヴェリテたちを紹介する。

 

 

「おぉ、そなたがあの《黄金の龍姫》殿か! いやはや、まさかあの戦争を勝利に導いた英雄に会えるとは、人生とはつくづく面白いものよのぉ!」

「そ、その名前は言わないでくださいませ! は、恥ずかしいので……」

「おっと、これはすまないことをした。許しておくれ。……して、ボレアス」

 

 

 国王の視線がヴェリテからボレアスへと向くと、その眼光が鋭くなる。

 

 

「そなたはあの娘たちのお目付け役であったはず。何故(なにゆえ)ここにおるのだ?」

 

 

 自分に言われた言葉ではないのに、一般人からすればとてつもない威圧感が放たれる。しかし、ボレアスは伝説に名高い《黒龍》が人間に化けた姿。この程度の威圧感には怯むことなく答えられる。

 

 

「申し訳ございません。何分(なにぶん)、姫様方は私が苦手なご様子……。以前の二の舞になるのを避けたかったのでございます」

 

 

 そういえば、以前双子が勝手に外出した際はボレアスが連れ戻してきたのだが、即行で捕まえて窓から入ってきたやり方がいけなかったのか、幼い二人はあまりの怖さに泣いてしまったのだ。それ以降ボレアスは、二人のお目付け役であるはずなのに、こうして再び外出された時は連れ戻せずにいたのだ。

 

 

「まったく、貴方には心底呆れますよ。たった一つの失敗で、なにをうじうじしているんだか……」

 

 

 妙に高い声が、ボレアスを責める。それは国王の隣に立つ大臣、ギア・ローグのものだ。

 

 彼はこの国の大臣である他、科学者としても優秀であるため、この国で彼の名を知らぬ者はいないと言えるほど有名な男だ。……どこか他者を見下しているところが玉に瑕だが。

 

 

「陛下、この者は姫様方のお目付け役に相応しくありません。他の者に変更されてはいかがでしょうか?」

「むぅ……、確かにこの者は相応しくないかもしれん。だが、こやつはお目付け役になるに相応しい技量は平均以上に備えておる。しっかりと反省すれば、今以上にお目付け役の仕事を果たせることじゃろう」

「陛下……」

「安心せい、ボレアス。人間、失敗する時は必ずある。そこまで深く考える必要はありはせんよ」

「陛下、その一言で、このボレアス、救われます」

 

 

 深々と(こうべ)を垂れるボレアスに頷くと、国王は扉を見つめる。

 

 

「さて、我が愛しき孫娘たちを待つとしようかの。ふぉふぉふぉ……」

 



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Corridor full of trap

 

「あん? どこだここ」

 

 

 ルーたちを連れ戻した日から数日が経ち、たまには城の中を散策してみるのもいいかと考え、思い立ったら吉日とばかしに散策に繰り出したのだが、迷ってしまったようだ。

 

 それもそのはず。この国は地元の街の数十倍は大きく、この城に至っては周囲に広がる庭園も含めば《ドンドルマ》と同等の広さを誇っている。その中を迷わずに進むとなると、やはり慣れが必要となるだろう。

 

 使用人の姿も見えないし、どこに階段があるのかさえ忘れてしまった。この歳で物忘れが激しいとなると、我ながら将来が不安になってくる。

 

 

「ま、適当に歩いてりゃ階段も見つかるだろ」

 

 

 こんなところでうじうじしてても仕方ない。ポジティブシンキングでいこう。

 

 自作の鼻唄を歌いながら歩いていると、突然前に踏み出した足の下にあった床が沈んだ。

 

 

「ん? なんだこーーー」

 

 

 沈んだ床に気を取られていると、背後からズドンッと重厚な音が聞こえてきた。近くはないが、遠くもない音。そして、

 

 

「ま、マジかよ……ッ!? うぉおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」

 

 

 恐る恐る振り向くと、巨大な岩石が俺目掛けて転がってきていた。叫びながら、全速力で駆ける。

 

 

(岩ッ!? なんで城に岩ッ!? ……んッ!? あれはッ!)

 

 

 わけがわからないまま走り続けていると、先に扉があるのが見えた。それも俺んちとは違う、頑丈な鉄製の扉だ。

 

 しめたと思い、飛びつくように扉を開ける。

 

 

「……って、わぁッ!」

 

 

 開けた扉の先にあったのは道ではなく、無数の銃口が取りつけられたヘビィボウガンだった。俺が命の危機に瀕したことにより、眠っていた野生の本能が一時的に覚醒し、すぐさま伏せる。

 

 瞬間、轟音。

 

 誰もいないというのにヘビィボウガンは目にも止まらぬ早さで銃口を回転させ、無数の銃口から一気に何百発もの銃弾が飛び出し、今まさに俺を押し潰そうとしてきた岩石を粉砕した。

 

 出せる弾を出し尽くしたのか、回転を止めたヘビィボウガンの傍らに立つと、そのあまりの恐ろしさに震え上がる。もしかしたら俺は、足を踏み入れてはいけない場所に足を踏み入れてしまったのかもしれない。このまま戻ろうかと思ったが、もしこのヘビィボウガンが動き出したら……と考えると、とてもその気にはならなかった。

 

 この先にも、これらのような罠が絶対仕掛けられているはずだ。だが……

 

 

「行くしかねぇ……」

 

 

 このヘビィボウガンに打たれ、さっきの岩石の二の舞になるのは御免だ。意を決し、先に進む。

 

 そして案の定、罠は張られていた。しかも数え切れないほどに。それを懸命に乗り越えながら、必死に上か下の階へ続く階段を探していると、

 

 

「ハヤト……なにしてるの?」

 

 

 下に無数の針が見える落とし穴に落ちないよう蜘蛛のように両手両足を広げている俺の耳に、数日前から聞いていない声が聞こえてきた。

 

 

「ル、ルーなのか……? 頼む……、助けてくれ……」

「え? あ、うん」

 

 

 ポチッという音と共に、落とし穴がゆっくりと大理石の床によって消えていく。最後には大理石の上で大の字になるようにうつ伏せになった俺に、ルーがもう一度訊ねてくる。

 

 

「それで? ハヤトはなにをしてたのよ?」

「散策……」

「はぁ? よくただの散策でここに来れたわね。ここまで来るのに、色んな罠を仕掛けてたんだけど、それを全部乗り越えるなんてすごいじゃん、ハヤト」

 

 

 これまでの罠仕掛けたのテメェかよッ!

 

 

「へ、へぇ……そうなのか……」

「あら? そんなに驚いてなさそうね。もっとスリリングなのが好みなの?」

「察しろ馬鹿姫」

「ば、馬鹿ですってッ!? 言ってくれるじゃないの! 少なくともあんたよりは賢いって自信はあるわよッ!」

「じゃあ、今俺が思ってることを言い当ててみろ」

「『もっとスリリングなのが欲しい』って思ってる!」

「思ってるわけねぇだろッ! やっぱ馬鹿だなテメェッ!」

「なっ! ひ、姫である私を二度も馬鹿呼ばわりしたわねッ! このバーカバーカッ! ハヤトのバーカッ!」

「うっせぇんだよッ! テメェの方が……ぐぅッ!」

「ん? えっ!? ど、どうしたのッ!?」

「わ、わからねぇ……ッ! だが、体が……痛ぇ……ッ! なんだ……こりゃ……ッ!?」

 

 

 全身がズキズキと痛んで、まともに呼吸することすらできなくなってきた。ヤバい……、意識が……。

 

 ルーが誰かを呼んでいる声が聞こえる。それに答えた誰かが現れるが、意識が朦朧としているためか、その姿はボヤけていて、誰かはわからなかった。

 

 その誰かに目隠しをされ、背中に触れられると、全身に走っていた痛みがゆっくりと引いていった。

 

 

「……れで……な……だよ」

「あり……う! ……さん!」

「さ……、彼を……なきゃ。……ス!」

「……た」

 

 

 誰かに抱き上げられたのを感じたことを最後に、俺の意識は眠りにつくように消えていった。

 



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Black Dragon role

 

「ボレアス、しばらくハヤトの様子を見てて」

「かしこまりました」

 

 

 お嬢様が姫様方と共に部屋を出て行き、私はベッドで寝かされた少年を見下ろす。

 

 

「……ハヤト、大丈夫か?」

「当然のように入ってこないでください。秘密裏に作られた部屋と言えど、ここは王女が住まう部屋ですよ」

 

 

 僅かな熱と共に現れた深紅の外套と首元にマフラーを巻いた青年は、私の弟バルカン。その正体は、《紅龍》ミラバルカン。人間態の際は『レン』と名乗ってハンター稼業を営みながら、この世界のバランスを崩しかねない存在の排除をしているはずだが、なんの用だろうか。

 

 

「……異世界の神が現れた。それも、俺たちと同じ炎の神だ」

「異世界の炎の神? 私は感じませんでしたが、貴方の勘違いでは?」

「……決して兄上を馬鹿にしているわけではないが、兄上は俺より炎の力を扱えない。力を最小限まで抑えているつもりらしいが……」

 

 

 この者から、かすかにその力の波動を感じる。恐らく、その神のものだろう。そうハヤトを見下ろしながら続けた。

 

 

「その神の名はわかりますか?」

「……そこまでは、わからなかった。ごめん、兄上」

「気にしなくていいですよ。異世界の神がこちらの世界になんの用かはわかりませんが、警戒しておくに越したことはないでしょう」

 

 

 我々にも言えることだが、神々には色々な性格の者たちがいる。エピソードのような、どんなことにも興味を持つ好奇心の塊であったり、お嬢様や我々のように、人間として生活しながら人間界を見守っている神などがいい例だ。当然、その中にはあらゆる世界の破滅を望む神もいるにはいるのだが、もしそんなことをすれば自分の世界の神々ーーー場合によっては異世界の神々もーーーを相手にすることになるので、彼らも行動を起こすのはできないでいるのだ。

 

 話したいことはこれだけだと言い、最後に別れの言葉を口にしたバルカンは、再び僅かな熱と共に消えていった。それと同時に、ハヤトが呻きながらゆっくりと目蓋を持ち上げた。

 

 

「ここ、は……?」

「ルー姫様方の部屋だ。待て、起き上がるな。お前の体に入った毒はほとんど浄化されているが、それでもまだ安静にする必要はある。あまり体を動かすな」

「は、はい……」

「なにか食べたいもの、飲みたいものはあるか?」

「と、とりあえず水を……」

「わかった。少し待っていろ」

 

 

 部屋を出ると、少し焦げ臭い臭いが鼻孔を満たす。この部屋は姫様方に与えられた部屋であるが、それと同時に研究と開発を行っている部屋でもある。なにを研究しているのかと訊かれれば、それは当然、竜大戦にて失われた古代文明とその技術がまとめられている古文書だ。この国の近くで蔦に覆われた遺跡が発見されたことを期に、国の考古学者たちと研究員の必死の努力によって、過去に使われていたものがどんなものであるかを解読、その復元を成功させ、《メヒャーリプ王国》は一躍有名となった。その古文書の中にはかの竜騎兵の設計図もあったのだが、国民たちは《黒龍(わたし)》の裁きを恐れて設計図を破棄したらしい。

 

 私がこの国にいる理由はこれだ。確かにこの国は竜騎兵の設計図を破棄したと公言しているが、本当は破棄などせずに、再び我らモンスターを駆逐しようとする時を今か今かと待ち望んでいるのかもしれない。それが的中していた場合、製造されている竜騎兵を破壊、及びその設計図の焼却が私の役目だ。

 

 しかし、いざ潜入してみると、いきなり双子の幼き姫のお目付け役に任命されることとなってしまった。この部屋に住む双子は、ロウェル王子の今は亡き父親と庶民の女性との間に産まれた子どもたちで、王族の血筋のみで今までの歴史を紡いできたこの国にとって、彼女たちの存在は間違いなく汚点となる。よって彼女たちは、隠された王女としての生活を送り続けている。

 

 こういう国でよくあることとすれば、王はおろか使用人でさえ彼女たちをいないものとして扱うはずなのだが、彼女たちは歴代の天才たちの上をいく才能を、その小さな頭に宿していた。最近のカメラなどの復元も、ほとんどが彼女たちの努力によって成功してきたものだ。しかもそれが彼女たちの趣味の範囲で行われている(・・・・・・・・・・・・)ものなのだから、本当にこの子どもたちは天才だと思い知らされた。

 

 

「あ、ボレアス! ハヤトは起きたの?」

「はい、つい先ほど目覚めました。水を欲しているので、水道をお借りしたいのですが、よろしいですか?」

「いいですよ。というより、貴方もここに住んでいるのですから、自由に使ってくれてもいいんですよ?」

「姫様方専用の水道を自由に使うなんて畏れ多い……。では、お借りします」

 

 

 手に取ったコップに水を注ぎ、ハヤトの部屋へ向かおうとすると、

 

 

「バルカンから聞いたよ。異世界の神が来たんだって?」

「はい。まだ目立った行動はしていないようですが、警戒しておくに越したことはないでしょう。お嬢様もお気をつけて」

「わかってる」

「なに話してるの?」

「ううん、なんでもないよ。君たちには関係ない話だからね。ねぇ、他にも手伝えることはない?」

「あ、じゃあそのドライバーを持ってきて。ちょっと今手が離せないの」

「りょーかい!」

 

 

 新たな物品の復元に勤しむ三人の小さな少女たちを心中で応援しつつ、私はハヤトのいる部屋へと向かった。

 



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The childishness of the dark prince

 

「では言ってみてください」

「『騎士は、王女を、逃がす、ため、単身で、敵軍に、飛び込んだ』」

「ダメですね……、途切れ途切れです。『騎士は王女を逃がすため、単身で敵軍に飛び込んだ』。はい、どうぞ」

 

 

 誰もいない部屋で、私はクロウさんに発声練習をさせています。クロウさんはちゃんと声は出せるのですが、途切れ途切れなので、片手剣の師匠をしてもらう代わりに私が教えることとなったのですが、どんなに頑張ってもクロウさんは繋げて発声することができません。今も先ほど読み上げた文章をもう一度読み上げていますが、ダメです、やはり途切れてしまいます。

 

 

「……アリア、もう、止めよう。これ以上やっても、無理」

「いえ! まだまだです! クロウさんが『自分はできない』と思い込んでいるからできないだけです! では、この文を読んでください!」

「『騎士の、体には、矢が、突き刺さり、次々と、刃が、彼の、体を、斬りつけて、いく』。……やっぱり、ダメ」

「諦めてはダメです! もっと自分に自信を持ってください! 『俺はやれる!』って、強く思うんです!」

「もう、思ってる」

「でしたら……」

「でも、ダメ。これは、直らない。そんな、気が、する」

「ああもうッ! そんな後ろ向きな考えを持っているからできないんですよッ!」

 

 

 こうしてうじうじしているクロウさんを見ていると、ふつふつと怒りが沸いてきます。挑戦していることに対して、最初からできないと決めつけている方は、はっきり言って大嫌いです。私の頭の中では、『最初からできない=自分に自信を持っていない』と解釈しています。自分に自信が持てなければ、いずれどんなことにも無気力になってしまうと思いますから。あぁ……! そんなことを思い出したら、ますます怒りが高まってきました……ッ!

 

 

「アリア、顔が、赤い。熱か?」

「ふぇっ!?」

 

 

 気がつくと目と鼻の先にクロウさんがいました。そして、クロウさんのおでこは、私のおでこに触れています。

 

 

「や、やめてくださいッ!」

 

 

 思わず両手で突き飛ばしてしまい、しまったと思います。しかし、頭をぶつけてどこか様子がおかしくなったことはなく、いきなり突き飛ばされたことで不思議そうな顔をしているクロウさんを見ると、その気持ちもなくなりました。

 

 

「なにを、する、アリア」

「い、いきなり目の前に来ないでください! 驚いてしまったじゃないですか!」

「アリア、俺のこと、嫌いに、なった……?」

 

 

 そう儚げに訊ねてくるクロウさんの声はか細く、そして震えており、瞳には今にも溢れ出しそうなほどの涙が溜まっていました。

 

 

「い、いえ、そんなことはーーー」

「俺、アリアに、嫌われた……。よかれと、思って、やったのに……、うぅ……」

「な、泣かないでください! 私が悪かったです! 私が悪かったですから!」

「な、泣いてなんか、いない……! ひぐっ……!」

 

 

 説得力のない、クロウさんの嗚咽混じりの返答。強く閉ざされた瞳からはぽろぽろと涙が零れ出しています。唇も震えていますので、完全に泣いています。

 

 

(ど、どうしましょう……! まさか、クロウさんがこんなにも涙脆いなんて……! あっ! そうです!)

「ひっぐ……アリア……?」

 

 

 泣き続けるクロウさんの体を優しく抱き締めると、クロウさんは涙ぐんだ声で私の名を口にしました。

 

 

「昔の私が今の貴方のように泣いていた時、お母様はよくこうして抱き締めてくれました。……本当にすみません。まさか、貴方がこんなにも涙脆いなんて、夢にも思わなかったんです」

「アリア、俺のこと、嫌いに、ならない……?」

「なるもならないも、私は貴方のことを嫌ってなんかいませんよ。いきなり突き飛ばしてしまって、本当にすみません」

 

 

 ですから……、と、私はクロウさんを抱き締める力を少し強くします。

 

 

「お詫びといってはあれですが、泣き止むまで、私の胸を貸してあげます。思う存分、泣いてくださいね……?」

「……これが」

「……?」

「これが、『母親』……、というもの、なのか……?」

「……貴方に、母親はいないのですか?」

「母上と、呼べる相手は、いなかった……。俺には、父上しか、いなかった……。……アリア」

「はい?」

「今だけは、『母上』と、呼んでも、いいか……?」

「……はい、いいですよ。お母さんはここにいますから、貴方は安心してくださいね……?」

「……ッ! 母上……、母上ぇ……ッ!」

 

 

 この方はきっと、母親というものを知らずに生きてきたのでしょう。でなければ、こんなにも私のことを「母上」と呼び続けながら涙を流すはずがありません。見た目こそは私たちよりも一つか二つ歳上ですけど、中身はずっと幼いのでしょう。

 

 少し痛いくらいに、クロウさんは私を抱き締めています。それに苦言は漏らさず、私はクロウさんの頭を撫でます。柔らかい、艶のある黒髪。とても人間のそれとは思えないほど綺麗で、そして不気味な漆黒の髪に少しだけ心を奪われながら、私は一層強く抱き締めます。

 

 この方の幼い部分を覗いた私の、彼は基本的には無表情で、乙女心のわからない方というイメージに、『時には幼くて、壊れやすい』という言葉が加わりました。

 



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A person with the name of the goddess of the moon

 

「なぁクロウ、ナンパしに行こうぜ」

 

 

 アリアに母上として甘えさせてもらった翌日、朝食を取り終えた俺にハヤトが誘いをかけてきた。

 

 

「『なんぱ』……? なんだ、それは」

「これから城下町に繰り出して、可愛い女の子と一緒に遊ぶんだよ」

「興味ない。一人で、行け」

「つれねぇなぁ。俺とお前の仲だろ?」

「まだ、半月も、経っていない。それに、それを、して、俺に、なんの、メリットが、ある?」

「一緒に狩りに出て、同じ釜の飯を食ってんだから、俺はお前のこと、もう友達だと思ってるんだがな。メリットかぁ……。やっぱ、可愛い女の子と遊べるってこと?」

「ならば、一層、興味は、ない」

「そんなこと言わずに、とりあえず一回付き合えよ。それで決めてみようぜ?」

「……仕方ない」

 

 

 もしかしたらそれにも、人間の素晴らしさというものがあるのかもしれない。それに、昨日のことを思い出すと、今日一日は恥ずかしくてアリアと顔を合わせられない。自分でも意外なほどに、俺の精神は幼かったらしいが、それも仕方のないことだ。

 

 見た目こそはハヤトたちと歳が近い見た目であるが、俺はまだ生まれて一ヶ月も経っていないのだから、ああして甘えたくなってしまうのも納得のいくものだ。

 

 チラリと視線をハヤトの後ろへ動かすと、父親と話しているアリアが見えた。アリアの視線と俺の視線が交差すると、彼女は慈母のように温かな笑みを浮かべて手を振ってきた。その優しい笑みに、昨日の恥ずかしい記憶が蘇り、顔が真っ赤に染まるのを感じながら、こちらも手を振る。

 

 

「どうした? そんなに顔真っ赤にして」

「な、なんでも、ない」

 

 

 慌てて恥ずかしい気持ちをねじ伏せ、こほんと気分を入れ換えるために咳払いする。

 

 

(おかしい……。なんだ? この胸の高鳴りは……)

 

 

 胸に手を当てると、いつもより心臓の音が高く、そして早いのが感じ取れる。これまで一度も、こんなことは……いや、ある。

 

 ワクワクだ。これはワクワクと同じ胸の高鳴りだ。しかし、それとはどこか違う気がしないでもないが、今の俺にある知識には、それしか思い当たらない。

 

 

「行こう、ハヤト。ワクワク、してきた」

「よしきた! んじゃ、早速行こうぜ!」

 

 

 ぱあっと表情が明るくなったハヤトは、俺を引きずるようにして城下町へ繰り出した。

 

 

「ねぇ、お姉さん。もし暇なら、俺たちと遊ばないか?」

 

 

 さて、これで二十回目だ。女性たちの軽蔑の視線がハヤトに向けられるのは別に構わないが、付き添いできたとはいえ、それが俺にまで向くのは勘弁してもらえないだろうか。

 

 

「諦めろ、ハヤト。これ以上、しても、虚しい、だけだ」

「いいや! まだだ! 今日は上手くいかないだけだ! 成功する時は必ず来るッ!」

「やめろ、見苦しい」

 

 

 これまでの女性同様に軽蔑の視線を向けると、ハヤトは「やめろやめろ」と片手をひらひらとさせる。

 

 

「お前までそんな目すんなよ……。女はともかく、男にそんな目で見られたくはねぇ」

「女に、この目で、見られるのは、好きなのか?」

「あぁ、好きだね。かなりってわけじゃねぇが、軽くなら快感を得られる。少し前からそういう本を読んでてな。色んなジャンルがあって楽しいぞ?」

 

 

 お前も読むか? というハヤトの誘いを丁重にお断りし、近くにいる女性を指差す。

 

 

「あの、女は、どうだ?」

「ほぅ、中々の美人だな。お前、見る目あるじゃねぇか。後はその途切れ途切れの口調をなんとかすればいいな。そんじゃ……」

 

 

 陽気にハヤトがこちらに背を向けている女性に声をかけると、女性はそのポニーテールにまとめた銀髪を揺らして振り返った。

 

 

「私になにか用かしら?」

「綺麗な銀髪のお姉さん♪ 暇なら俺たちと遊ばないかい?」

「あら、ナンパ? 今時珍しいわね。……あら?」

「ん? なんだ?」

 

 

 ポニーテールの女性は俺を見ると、その緑色の瞳を細めた。

 

 

「……いえ、なんでもないわ。……それで? 貴方たちは何回失敗したの?」

「二十回目」

「そんなにも!? 根性あるわね……。いいわ! その誘い、乗ってあげる!」

「ま、マジか!?」

「えぇ、貴方たちのその根性を称賛してね。だけどその根性を見てると、アイツを思い出して仕方ないんだけど……。アイツったら年がら年中暑苦しくてうるさくて……、ほんっっとうにムカつくのよッ!」

「そ、そうなのか……」

「こほん。取り乱してごめんなさい。それじゃあ、どこに連れてってくれるの?」

「そんなもの、ノープランに決まってるだろ? 歩きながら決めるのさ」

「あら、自由なのね。お姉さん、そういう子好きよ」

「おや、そいつぁ嬉しいね。……そういえば、お姉さんの名前は?」

「私はルナよ。貴方たちは?」

「俺はハヤト! ここにいる間は違うが、ハンターだ。まだ新米だけどな」

「クロウ。……一応、新米」

「へぇ、貴方たち、ハンターなの。私もハンターなのよ。同じハンター同士、仲良くしましょ?」

「おう! よろしくな!」

 

 

 思わぬ幸運か、ナンパに成功した俺たちはルナを加えて、なにをしようかと話し合いながら歩き出すのだった。

 



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After a long time

 

「へぇ、ハヤトはあの英雄の息子なんだ。彼のことは、私も知っているよ」

「親父のことを知ってるのか?」

「《復讐者(リベンジャーズ)》になってしまった妹と一騎討ちし、舞台となった《ドンドルマ》を救ったけども、その傷が原因で命を落とした二本の太刀使い、ザック。なんでも、かの《龍の王国》に君臨する王の一頭と一人で戦って、そして認められたのよね? これまで七頭の王に認められて、その頂点に位置する《死煌龍》への挑戦権を得たハンターたちはいるにはいるけど、みんな四人パーティーで挑んでたから、その人は本当に強いのね」

 

 

 生きていたのなら、是非ともお会いしたかったわ。とルナは寂しそうに呟いた。

 

 

「でも、まさかその英雄の息子と会えるなんて、夢にも思わなかったわ。貴方も彼と同じ太刀を使ってるのよね?」

「あぁ、いつか親父みたいな男になって、大切な人を護れる強さを手に入れる。それが俺の目標なんだ」

「でも、死んだりしたらダメよ」

「わかってる。……おい、クロウ。お前も参加しろよ。さっきからずっと黙ってばっかじゃんか」

「その、話には、参加、できない」

「なんでだよ」

「……きっと、妹にも、なにか、思うところが、あった、かも、しれない」

「……そうかもね。その妹の名前、リーべといったかしら。彼女にも、なにか目的があっての行動だったと思うし。ほら、よくあるでしょ? 英雄と戦う悪役にも、その悪役なりの考えがあっての行動を起こしたってことは」

「……そうかもな。よし、この話はここまでだ! こっからは明るくいこうぜ!」

 

 

 ザックが拳を突き上げ、軽い足取りで歩き出す。俺たちもそれについていこうとすると、後ろから声をかけられた。

 

 

「おや、クロウさんではありませんか」

「む、エピソード。なぜ、ここに?」

「ここは技術の王国ですよ? 太古の昔に滅びた技術を、現代の力で復元し、活用する。これもまた、私の興味をそそるものです」

 

 

 つまり、好奇心が刺激されたからここに来たと言いたいのだろう。手元に持つ本を読みながらこの大衆の中を避けながら歩くとはこの男、意外と器用なのかもしれない。

 

 

「お~~い、クロウ! 来ないのか?」

「すまない、先に、行ってて、くれ」

「そうか。んじゃ、先行ってるぜ。あの店にいるから、話が終わったら来てくれよな」

「わかった」

 

 

 ハヤトとルナが店に入ると、エピソードが申し訳なさそうに口を開いた。

 

 

「わざわざすみませんね、クロウさん」

「それで? なんの、用だ。なにか、話したそうに、していた、だろ?」

「これはこれは。見抜かれてしまいましたか。実はですね……」

 

 

 エピソードが城を指差し、困ったように苦笑した。

 

 

「あそこに入ろうとしたら、止められてしまいまして。どうやったら入れるか、是非とも教えてもらいたいのです」

「……アホか、お前は」

「はい?」

「あそこは、この国の、支配者が、住まう、場所だ。簡単に、入れる、場所じゃ、ない」

「ほぅ、あそこにはこの国の王が……」

 

 

 城を眺めるエピソードの目が細められ、唇の端が吊り上がった。嫌な予感を感じ、即行で釘を指す。

 

 

「言っておくが、侵入は、やめておけ。あそこには、レイが、いる。いくら、お前でも、無理だ」

「えぇ、わかっていますとも。彼の力は、我々神々にも通用しうるものです。それに私は、あくまで歴史の管理が仕事。神々の戦いにも参加しているわけではありませんので、真っ向から立ち向かっても、無謀な戦いでしょう。しかし、悔しいですね……。まるで、お宝を前にお預けを喰らった海賊たちのような気分です」

 

 

 深いため息を吐くと、エピソードはなにかをねだるような目で俺を見てきた。それがなにを意味しているのかは、先ほどの言葉で理解できた。

 

 俺も同様にため息を吐き、頷いた。

 

 

「……わかった。レイに、訊いてみる。だが、さっきも、言ったが、あそこは、王の、住まう、場所だ。許可を、もらえる、可能性は、皆無」

「訊いてくれるだけでも嬉しいですよ。……では、私は別の場所に行きましょうかね。お返事は明日の朝、城の前で聞かせていただきましょう。それでは、また会いましょう」

「あぁ、また、会おう」

 

 

 エピソードは閉じていた本を再び開き、城下町を行き交う人々の中に消えていった。彼の背中が人混みの中へ完全に消えるのを見てから、俺はハヤトたちのいる店へと向かった。

 



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The relationship between dragons and people

 

「そうでしたか……、やはり無理という答えですか……」

 

 

 翌日、昨夜にレイにエピソードを城に入れても大丈夫かと訊いてみた結果、「ダメだ」と即答されたことを告げると、エピソードはその答えが来るのを知っていたかのように頷いた。元々、可能性は皆無に等しいものだったので、エピソード自身、期待はしていなかったのだろう。

 

 

「そんな顔はしないでください。私の些細な願いを聞いてくれただけでも、嬉しいですから。……それにしても」

 

 

 俺の後ろにそびえる巨大な城を見上げる。

 

 

「本当に大きいですね。ここまで大きく作った方たちの努力と苦労が想像できます」

「わかる気が、する」

「ですが」

 

 

 エピソードの笑みが消え、真剣な表情で俺を見てくる。

 

 

「国は大きければ大きいほど、内乱などが起こった時は、多大な犠牲が出るというものです。見たところ、多少の悪い部分はあれど治安はよいみたいですが、万が一ということもあります。用心しておくに越したことはないでしょう」

「その、気配は、ないように、見えるが」

「それでもです。幸い、力を抑えているとはいえ、貴方は《復讐者(リベンジャーズ)》。貴方を形作る悪意を感じる力は、他の方々と比べても圧倒的に強いです。今でも感じるはずです、この国に渦巻く、無数の悪意を」

「……だが、小さい」

 

 

 エピソードの言う通り、俺にはレイたち以上に他人の悪意を感じ取る力がある。今も微量ながらも、この国の至るところから悪意を感じ取っている。しかしそれは誰しもが心に宿す悪意なので、国を滅ぼしかねないほどのものではない。

 

 

「油断は禁物ですよ、クロウさん。お気をつけて。では、またいつか」

「あ、あぁ……」

 

 

 念を押すように俺に再度警告し、エピソードは城下町へ向かっていった。一人になった俺は、アリアから言葉の練習を受けるために城へと戻った。

 

          ***

 

「……違う。これじゃない」

 

 

 静寂に包まれた図書館の片隅で、俺は周りに積み上げた本に囲まれながら、俺はため息を吐きながら読み終わった本を閉じる。

 

 この本のタイトルは、『龍と人間の関係性』。文字通り、龍たちと俺たち人間の、太古から続く関係について記されているものだ。だが、その中に俺の求める情報は一つも記載されていなかった。

 

 以前仕留めた煌光種のジャギィの瞳に映った、モンスターのような姿をした俺。あの時、どうして俺の体はあんな姿になってしまったのか、あの日からずっと考え続けていた。そんな時に見つけたのが、この図書館だ。

 

 ここは書物が豊富で色々な情報を得られると父さんから聞いていたので来てみたものの、まだあの姿に関する有力な情報は得られていない。どれもこれも、かつての竜大戦での人類の過ちについて記されていた。竜大戦についても知りたいのは山々だが、今はそれよりも自分のことについてだ。

 

 

「次は……こいつにするか」

 

 

 次に俺が手に取ったのは、『黄金の龍と少女』という本。資料というよりお伽噺に近い話なのだが、物語は竜大戦が終結してから少し経った時、雪山を歩く人間の一団が、一頭の巨大な古龍と出会うというものだ。人間たちと出会った黄金の古龍は、仲間たちを護ろうとして自らの身を盾にしようとした少女の勇気に敬意を称し、一本の剣を与えたという。その剣は少女たちを、新しく住む場所へと導き、少女はその剣を神の恵みとして子孫に与え、代々剣はその家系に伝わっていったとされている。もしかしたらその剣は、この世界のどこかに存在するのかもしれない。

 

 だがこれにも、人間と龍の中間のような姿に変化するなどという話は記されていなかった。

 

 次に開いた本は、『《炎王龍》の血を継ぐ少女』。これが、ついに俺の求めている情報が記されているものだった。

 

 内容は、ある実験によって《炎王龍》と人間の女性との間に産まれた少女が、父親である《炎王龍》の力を使って自身を龍に近い体に変貌させ、相棒や仲間たちと共に巨大な悪に立ち向かったというものだ。その挿し絵に描かれている《炎王龍》の力を使って肉体を変化させた少女の姿は、あの時の俺と似ていた。

 

 

(まさか……)

 

 

 自分はこの少女と同じ、龍と人間の間に産まれた子どもなのだろうか。でなければ、あんな姿にはならないはずだし……。

 

 

「お悩みのようだね、ジーク君」

「……ルク姐」

 

 

 いつの間にいたのか、両肘を机についたルク姐が白銀の瞳で俺を見つめていた。

 

 

「よくこんなにも調べられるね。私には無理だよ。ジャンルは……へぇ、人とモンスターの関係性についてかぁ。なんで調べてるの?」

「む、昔からこういうのに興味があったんだよ。この図書館は《ドンドルマ》のよりもデカイし、色んな本があると思って。ルク姐はどうしてここに?」

「ん、単なる暇潰し。君の両親はお仕事だし、エリカはなんかハヤト君がナンパしてる気がするって言い出して、実際ナンパしてたからシメてるところだし。アリアとクロウ君は言葉の練習をしてるから、話し相手がいなかったんだよね。ねぇ、しばらく話し相手になってくれない?」

「うん、構わないよ。だけど、ここは図書館だから、なるべく静かにね」

「えへへ、ありがと♪」

 

 

 こうして俺は、ルク姐と話しながら新たな本に手を伸ばすのだった。

 



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A raid

 

「今日はあまり天気がよろしくないですが、今日も一日、頑張りましょう!」

 

 

 着替えた私は、窓から見える曇り空を見上げながら気合いを入れます。今日はクロウさんはジークと一緒に外出される予定ですので、今日の授業はお休みです。

 

 

(私も外出でもしましょうかね)

 

 

 折角お父様が用意してくださった一ヶ月旅行です。私も外に出て、この国の文化に触れてみることにしましょう。

 

 

「あ、君! ちょっと待ってくれ!」

 

 

 部屋を出た途端、後ろから声をかけられました。

 

 振り返ると、そこにはこの国の王子様、ロウェルさんがいらっしゃいました。

 

 

「ロウェルさん。どうかされましたか?」

「その様子だと、これから外出するように見えたから、よければ僕も同行してもいいかなといいかなと訊こうと思ったんだ」

「え、大丈夫なんですか? ロウェルさん、この国の王子様なんですよね。そのようなお方が、勝手に外出されて」

「流石にルーたちみたいにしょっちゅうというわけじゃないけど、僕はきちんとお父上から許可はもらってるし、ちゃんと変装してるよ」

 

 

 確かにロウェルさんの服装は、以前見たような王族の服装ではなく、よく私たちが身につけるようなものでした。

 

 

「万が一の時には、国民に化けているギア大臣直属の兵士がいるから大丈夫だよ。彼らはギア大臣の造った、最新式の武器があるからね」

「へぇ、どのような武器なのですか?」

「スタンガンっていう武器なんだけど、これまでハンターたちが使ってきた武器よりも小さいのに、一般人や下位のハンターなら気絶させられる電気を流すことができるんだよ」

「こ、怖いですね。それも大昔に使われていたものだと考えるも、本当に大昔の方々は相当な技術力を持っていたんですね」

「本当、そういう古文書とかを解読しているとそう思えてくるよ。それで? 僕はついていっても大丈夫かい?」

「それなら全然構いませんよ。一人より二人の方が絶対楽しいでしょうし」

「ありがとう。行き先は僕に構わず、君が選んでいいよ。くれぐれも、僕が王族だからって高級なところに行こうとはしないでね。なにしろ僕は……」

「身分の差は嫌い、なんですよね?」

「そう、その通りだよ。さぁ、行こう。あ、だけど外に出るには表向きのルートはダメだね。君は知らないだろうから、案内してあげる」

 

 

 ロウェルさんに連れられ、私は一階の壁に立つと、ロウェルさんはその壁の前に配置されている騎士の石像のうなじに手を回しました。カチッと音が聞こえると、大理石の床が削られながら石像が動き、小さな扉が現れました。

 

 

「ここは先代国王が作った隠し通路。お父上を初めとした、限られた人たちしか知らない道だよ。さ、中に入って。しばらくの間一本道だから、それが終わるまでは先に進んでて」

「わかりました。……う、結構低いですね」

 

 

 入ってみると、外から見た扉よりも通路は小さく、這いずるような形でしか動けません。しかし、それと比べて横は広いらしく、両腕を広げるくらいの広さはありました。それからしばらく進むと、急に開けた場所に出ました。先ほどまで進んでいた道を照らしていた光は、この開けた部屋に吊るされたランタンが原因だということに気づきますと、後ろからやって来たロウェルさんが立ち上がりました。

 

 

「ここからは普通に歩いていける。さっきまでの道は、この隠し通路を見つけて追ってくる兵士たちを詰まらせて、その間にさらに距離を引き伸ばすことを目的に作られた道なんだ。ここからは分かれ道があるから、ついてきて」

 

 

 ロウェルさんは蟻の巣のように無数に存在する通路を迷うことなく進んでいき、昔からここを通って外に出ていることが窺い知れました。

 

 

「ロウェルさんは何回ほどここを通っておられるのですか?」

「う~~ん……数えたことなんてないなぁ。でも、月に二、三回は通ってるから、それほど多くはないかな。寧ろ、ルーたちの方が何度も通ってるし、もしかしたら僕の知らない、さらに隠された道も見つけてるかもしれないね」

「あはは……、そういえば、現国王様はかなりのご老体ですよね? あのお歳で、貴方のお父様なのですか?」

「……少し違うね。本当は僕のお祖父様。お父上は、僕が産まれてしばらくしない内に亡くなってしまった……」

「あ、す、すみません……」

 

 

 訊いてはいけないことを訊いてしまったと思って謝罪すると、ロウェルさんは苦笑しながら首を振りました。

 

 

「気にしなくていいよ。お父上とお母上の記憶は、僕にはほとんどないんだ。あるとすれば、初めて目を開いた時に見た、お二人の嬉しそうな顔だけ……。もし、もし叶うのなら……」

 

 

 足を止め、ロウェルさんは天井を見上げて儚げに続けました。

 

 

「亡くなったお二人に、『僕を産んでくれてありがとう』って伝えたい」

 

 

 そう告げたロウェルさんの顔はとても哀しそうで、親を失ったことのない私には、その気持ちを理解しようともできないもので、とてつもないやるせなさが襲いかかってきます。

 

 

「こんな時に、《彗天龍》ヴリエーミャ・ガラッシアの力を借りることができれば……」

「時を司ると言われている、神と呼ばれし龍ですね。十七年前の戦争時にも姿を現し、私たちを護るために戦ってくださったと、お父様から教えられています」

「うん。だけど、()の龍はあの戦争以降、目撃情報はなくなってしまった。元々、あらゆる時間を駆ける龍だから、並みの古龍以上に目撃情報が少ないのは仕方ないんだけどね。……長話をしちゃったね、行こうか」

「はい、そうしーーー……ッ!」

 

 

 周囲から足音が響き、ロウェルさんを護るように立ちます。現れたのは黒ローブを纏った方々で、その手には、見たことのない長方形の物体が握られていました。

 

 

「き、君たちは何者だッ! どうやってここに気づいーーーぐぅ……ッ!」

「ロウェルさんッ! あぐ……ッ!」

 

 

 バチバチッとなにかが弾けるような音と共に倒れたロウェルさんに振り返った瞬間、背後になにかを押しつけられ、鋭い痛みが走ると同時に、意識はあっという間に消えてしまいました。

 



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Those who sleep in the basement

 

「アリア、どこにいるんだ……」

 

 

 雪が降り始めた城下町が見える窓を背後に、レイは髪の毛を掻き毟った。俺はそんなかつての英雄の姿を見て、彼がどれほどアリアを愛しているかが窺い知れる。ベッドに腰掛け、今にも泣き出しそうな顔をしているヴェリテもそうだ。

 

 この国中に龍脈を張り巡らせての探知も行っていたようだが、それでも見つからなかったらしい。つまり、消えたアリアがいる場所は、龍脈が届かない、またはその力が打ち消される特殊なところだということだ。前者の可能性は皆無だ。レイはやろうと思えば、この星全体を龍脈で覆い尽くすことはできる。後者は、極稀にだが、実際にそういう場所は存在するらしく、そこでは龍脈を使用しての攻撃や変身ができないため、レイたちにとっては最悪の場所と言っても過言ではない。

 

 

「もしかしたら、この国の外にいるかもしれない。煌光種たちの力を借りよう。……なんだ?」

「どうしたの? 零君」

 

 

 この星全体に存在する(しもべ)たちに命令を飛ばすために目を閉じたレイが、訝しげな口調で答える。

 

 

「待て、今ーーーぐぁッ!」

 

 

 突然レイの体が吹き飛ばされ、窓に叩きつけられる。窓にヒビが入り、倒れたレイに俺たちが駆け寄ると、レイは「大丈夫だ……」と呻きながらも答えてきた。

 

 

「なにが起こったの? こんなこと、これまでなかったけど……」

「わからない。だが一瞬、なにかが見えた」

「なにが、見えた?」

「真っ黒い奴だ。とてつもなく禍々しいオーラで姿が隠されていたが、この国の近くにいる……。だが、なぜだ? なぜ今までこの力を感じなかった……? とりあえず、近くの煌光種に奴の排除を……」

 

 

 レイが再び目を閉じて煌光種たちに命令を下し、目を開ける。

 

 

「これで一先ずは安心だ。もし奴がこの国にやって来たら、この国はすぐに壊滅状態に追い込まれるだろうからな。そんなことより、アリアのことだ。ロウェルの姿も見当たらないということだから、恐らくアリアと一緒に……」

「もしや、ロウェルさんが犯人という可能性は?」

 

 

 ヴェリテの疑問に、まさかとレイは首を振った。

 

 

「ロウェルは優しく、自分に正直な男だ。こんなことをする奴じゃない。彼が犯人だという可能性はないだろう。他に容疑者として挙げられるのはーーー待て、これはッ!」

「どうしたんですか!?」

「新しい場所だ。地下に通じている! アリアたちがそこにいるかもしれないッ!」

 

 

 こうしちゃいられないッ! と、レイが部屋を飛び出し、その後に俺たちが続く。レイは自分が今年老いている姿であるのを忘れているかのように若々しい動きで階段を下っていき、やがて一階のある石像の前で立ち止まった。

 

 

「ここだ。ここにわずかだが、別の場所に続く道がある」

「道があると言われましても、ここにはなにも……」

「ヴェリテったら甘いね。こういうのはね、どこかに隠し通路っていうのがあるんだよ。ちょっと無礼だけど、やるしかないよね。どれどれ……?」

 

 

 ルクスが石像に登ると、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

「ボタンがあったよ! 今押すね」

 

 

 ルクスが石像のうなじにあるであろうボタンを押すと、石像が大理石の床を削られながら移動し、小さな扉が出現した。

 

 

「ナイスだ、ルクス! よし、行くーーー」

「俺が、行く」

 

 

 扉を開けて狭い通路に入り込もうとするレイを押し退け、俺が先に入る。

 

 

「クロウ! どういうつもりだ!」

「アリアは、俺に、言葉を、教えて、くれてる。その、恩返し」

「待て! お前だけに任せておくのは不安だ! 俺も行く!」

「ジーク! ここは私が先です! 息子まで危険な目に遭わせるわけにはいきません!」

「なら私だって! 可愛いアリアを助けなきゃ!」

 

 

 そんな口論を聞きながら、俺は狭い道を進んでいく。

 

 そういえば、エリカがハヤトがいないと言っていたが、どこにいるのだろうか。

 

          ***

 

「ほぇ~~、こりゃまたスゲェなぁ」

 

 

 狭い通路から抜け出した俺は、ランタンが吊るされている開けた部屋を見渡しながら感嘆の息を吐く。

 

 

「ありがとな、ルー、ロリア。俺をここに連れてきてくれよ」

「ふ、ふん! 別に助けもらったお礼をしたくて連れてきたわけじゃないわよ! 勘違いしないでよね!」

「お姉ちゃんは本当に素直になれないね。ハヤトに声を駆ける前に、『お礼として秘密の通路を紹介してあげようかな』って言ってたのに」

「べ、別にそんなこと言ってないわよ!」

(ツンデレ幼女か……。中々いいな)

 

 

 顔を真っ赤に染め上げて俺からぷいっと顔をそらすルーにそんな考えを抱きながら、俺は硬い壁に指を這わせる。すると、俺でもようやく届くほど高い場所に、細長い縄が垂れていることに気づいた。

 

 

「おい、これはなんだ?」

「え? そんなの知らないよ。普通、天井なんて見ないからね」

「引いてみてもいいか?」

「まぁ、いいんじゃない? だけど、なんか危険な目に遭いそうだったら護ってよね」

「お任せください、お姫様」

 

 

 冗談っぽくそう言うと、ルーは元々赤かった顔をさらに赤くした。それを笑いながら、俺は縄を引っ張った。

 

 ゴゴゴゴ……と音を立てながら隣の壁が下がり、下へ伸びる階段が現れた。

 

 

「お前ら、ここで待ってろ」

 

 

 この奥になにがあるのかはわからない。だが、この先に姫である二人を連れていくわけにはいかない。俺は二人を残し、階段を降りていく。やがて階段を降り切った俺は、目の前に存在するものに絶句した。

 

 

「な、なんだ……こりゃ……」

 

 

 それは、見るも無惨なモンスターたちの亡骸と、その亡骸から奪ったであろう部位から造られた、数十頭にも渡る、おぞましい竜たちだった。

 



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The purpose of the Minister

 

 あまりにも醜悪な異形の竜たちを視界に収めないよう気をつけながら歩くと、主のいない机が見えた。その上には紙があり、それを手に取る。そこに書かれていたのは、

 

 

「竜騎兵の製造方法……だって……?」

 

 

 文章の内容についてはさっぱりだが、数多くのモンスターたちのどの部位を繋ぎ合わせれば、より強力で強固な竜騎兵の部品となることが説明されているであろう絵を見れば、大体のことは理解できた。

 

 竜騎兵の製造はこの世界で最大の禁忌とされていることだ。戦争から少し経った後、《死煌龍》の使いと名乗って現れた白銀の布を纏った老人により、当時も禁忌とされていた竜騎兵の製造は、さらに強く戒められ、もしそれを破れば、それに加担した者は容赦なく《死煌龍》かその使いによって懲らしめられることとなる。誰もがモンスターの王の威光を恐れ、竜騎兵の製造は永遠に消えるはずだったのだが、まさかこんなところにそんな命知らずの者たちがいるとは、思いもよらなかった。

 

 その他にある紙にも目を落とすと、これらの竜騎兵をどう使うかをまとめたものも置いてあり、それを実行するにはまだ数が足りないことに気づいた。そして、壁に貼りつけられた紙には、

 

 

『人体に古龍の力を宿すには』

 

 

 という、想像するだけでも恐ろしい文字がでかでかと書かれていた。

 

 古龍はこの星に起こる自然現象の申し子。謂わば、自然そのものなのだ。その力を人体に宿すとなれば、まずその人間はただじゃすまないだろう。人間とモンスターの体や血には、あり得ないほどの違いがあるのだから。

 

 

「……レイさんに報告すべきだな」

 

 

 自分には解決できないことでも、一国の王とも面識のあるあの人に報告すれば、このおぞましい竜たちはこれ以上造られることはないし、その素材となるモンスターたちの犠牲もなくなるだろう。そう考えた俺は、早速入り口に戻ろうとする。すると、奥から誰かの声が聞こえてきた。高さからして、女性だろう。そしてそれは、聞き覚えのありすぎるものだった。

 

 

「この声は、アリア……?」

 

 

 なぜこんなところに彼女がいるのかわからないが。こんな危険なところにいては大変だ。即刻、連れ戻さなくてはならない。

 

 入り口に戻るという考えを振り払い、俺はアリアの声が聞こえてきた場所へと足を進めた。

 

          ***

 

 目が覚めると、そこは見覚えのない場所でした。立ち上がろうとしても、体があまり言うことを聞かず、立ち上がれそうにありません。恐らく、あの時受けた電撃によって筋肉が麻痺しているのでしょう。しかし、どうやら口は自由に動かせるみたいです。隣には私と同じように、両手を縛られたロウェルさんがいらっしゃいました。

 

 

「ロウェルさん、大丈夫ですか?」

「な、なんとかね……。そっちこそ、大丈夫?」

「まだ体が痺れていますが、大丈夫です。それより、ここは……」

「わからない。僕も、こんなところを見るのは初めてだ」

「お目覚めのようですね、王子」

 

 

 コツコツと靴音を部屋に響かせながら歩いてきたのは、見知らぬ男性でした。しかし、彼の着用している白衣にこの国の紋章が描かれているので、この国に関係のある方であることは確かでした。

 

 

「ギア大臣! どうしてこんなことを!」

「ギア……大臣? え、ギアって確か……」

 

 

 思い出しました。ギアさんとは、メヒャーリプ王国に所属する技術者たちの統括を行っている方です。さらに、国の政治にも関わる大臣としても有名な方であると、昔読んだ新聞に書いてあったのを見た覚えがあります。ですがなぜ、そんな方が私たちを?

 

 

「王子、そのご質問にお答えする前に、こちらからのご質問にお答えしてもらいます。……王子、貴方様が新たな王となった時、貴方様はどのような世界を目指しますか?」

「決まっている。人間とモンスターが共存し、かつての竜大戦のような出来事が起こらない、そんな世界を目指す!」

 

 

 その答えに迷いはないと言うように、ロウェルさんの瞳には決意の炎が灯っていました。しかしそれを、ギアさんは真っ向から否定しました。

 

 

「それは絵空事の考えでしかないのです、王子ッ! 貴方様はお分かりになられていない、この世界がどれほど、我々人類に対して非情であるかをッ!」

 

 

 額に青筋まで浮かばせて激昂したギアさんは、ある壁を指差します。そこには数多くの古文書と、それの解読結果が書かれた紙がたくさん貼られていました。

 

 

「ここにあるものは、全てかの竜大戦時代のものです。どれもこれも、我々人類が下等なモンスターたちに蹂躙され、人類の滅びが迫っていることを鮮明に書いています。この星を治めるに相応しき者は、力を振るう者ではなく、知恵を振るう者ですッ! 我々人類はその知恵を持っているにも関わらず、モンスターたちに蹂躙されてきました。私はこの世界が憎いのですよ、王子! なぜ人類が、かような下等生物ごときに蹂躙されなければならないのか、わからないのですッ! ですから私は……」

 

 

 バンッと強く自身の胸を叩き、高らかに叫びました。

 

 

「モンスターを全滅させ、人間だけの世界を作ると決めたのですッ!」

 



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Taunt to the natural

 

「モンスターを全滅させ、人間だけの世界を作る……だってッ!? ふざけるなッ! そんなこと、断じて許されるものではないッ!」

 

 

 あんなに心優しいロウェルさんが、歯を剥き出して激昂しています。私も、彼ほどでありませんが、ギアさんに対する怒りがふつふつと沸いてきていました。

 

 

「そうです! 第一、こんなことが国王様にお知りになれば、貴方は……。それでもいいんですかッ!?」

「その点については抜かりないですよ、アリアさん」

「ど、どうして私の名前を?」

「貴方の父親は、政界では有名でしてね。十七年前の戦争が終わってしばらく経った後、突如彗星のごとく現れ、瞬く間に政界にその名を轟かせた、隠された若き政治家、レイ。彼はあの時現れた白銀の衣を纏った老人と同様、《死煌龍》に関係のある人物だと私は睨んでいます」

「お父様が、《死煌龍》に関係がある……?」

「はい。でなければ、あれほどの煌光種に関する知識を持っているはずがありません。尤も、そのあまりにも膨大な煌光種に関する知識の多さから表立って名前が取り上げられることはなかったのですが。しかし、そんな方でも大切な娘を人質に取られれば行動を起こすことはできないでしょう。歳上の私が言うのもあれですが、彼は老いています。十七年前と比べれば、力は大分落ちていることでしょう。国王様も同様です」

「お父上の力を侮らない方がいいよ、ギア大臣。貴方が思う以上に、お父上は強い権力を持っている」

「その点について、私が考えていないとでも? 連れてきなさい」

 

 

 ロウェルさんが部下に指示を出してしばらくすると、巨大な檻が運ばれてきました。所々湾曲している檻の中には、一頭の煌光種ドスジャギィがいました。しかし、ドスジャギィは私たちを見ても全く関心を示しませんでした。静かに私たちをじっと見つめています。

 

 

「これは私の研究成果の一つです。モンスターの頭蓋に特殊なチップを埋め込み、この腕輪を使うことで自在に操ることに成功したのです。試しにお見せしてあげましょう」

 

 

 ギアさんが妖しい輝きを放つ紫の宝石が埋め込まれた腕輪をつけた右腕を私たちに向けると、先ほどまで静かだったドスジャギィが突然動き出し、私たちに襲いかかろうとしてきました。しかし、それはギアさんが私たちに向けていた右腕を下ろすことによって収まりました。

 

 

「どうです? この技術はある科学者の研究成果をさらに追究し完成させたものですが、素晴らしいものでしょう? 中には上手く操れずに死んだモンスターたちもいましたが、それは竜騎兵の素材に使わせていただきました。竜騎兵たちを使うのはまだまだ先ですが、いずれ必ず我々の命令にのみ従う最強の兵器として動く日が来ることでしょう。その時が、憎きモンスターたちの全滅へのカウントダウンの始まりです」

「竜騎兵まで造っているなんて……、貴方方は間違っていますッ! こんなことをしても、なんにもなりませんよッ!」

「うるさいですよ、アリアさん。貴女には少し黙ってもらい……なんです?」

 

 

 怒りに眉をひそめたロウェルさんに、駆けつけてきた部下が報告をし始めました。

 

 その内容は、ここに侵入してきた男を捕縛したというものでした。

 

 

「よくやりました。連れてきなさい」

「了解しました」

 

 

 それからしばらくしない内に、全身をロープでぐるぐる巻きにされた方が連れてこられました。

 

 

「ハ、ハヤトさんッ!?」

「あ、アリアッ!? どうしてここに……。いや、そんなことはどうでもいい。無事でよかった」

「あの、大丈夫ですか? アザが……」

 

 

 よく見ると、ハヤトさんの顔には巨大なアザができていました。恐らく、反抗した際に強く殴られたのでしょう、とても痛そうでしたが、ハヤトさんは笑顔で大丈夫だと答えてくれました。

 

 

「再会の喜びを分かち合うのはここまでにしてもらいましょう。侵入者が現れた以上、新たな侵入者が現れる可能性は充分にあります。貴方方を、別の場所に連れていきましょう。あぁ、くれぐれも逃げようとは考えないように。逃げればどうなるか、わかりますよね?」

「……ここは素直についていくしかないね。行こう」

「はい」

 

 

 体の痺れはもう収まっていますが、逃げればあの煌光種ドスジャギィか、あの黒いローブを纏った方々に捕らえられるでしょう。自分に彼らを蹴散らすことのできる力がないことを悔しく思いながら立ち上がったその時、

 

 

「な、なんだ貴様はッ! がぁ……ッ!」

「お、お前……ハンターじゃないのーーーぎゃッ!」

 

 

 ハヤトさんが連れてこられた場所から、そんな男たちの悲鳴が聞こえてきました。その大きさはどんどん強くなり、彼らを倒している人物が近づいてきていることがすぐにわかりました。

 

 

「全員を連れていけるような状況ではないですね。こうなれば……!」

「ぐ……ッ! ギア、なにを……!」

 

 

 ロウェルさんの腕を掴んだギアさんは、そのままなにも言わずに数名の部下を引き連れて逃げていきました。

 

 やがて、先ほどから聞こえてきていた悲鳴は止み、コツコツと靴音を鳴らしながら現れたのは、

 

 

「お前ら、大丈夫、か?」

 

 

 柔らかい笑みを浮かべるクロウさんでした。

 



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The beginning of the switch

 

「どうした? 俺の、顔に、なにか、ついている、のか?」

 

 

 呆然と口をポカーンと間抜けに開けている二人に訊ねると、アリアが金魚のように口をパクパクさせながらも言葉を発した。

 

 

「あの、大丈夫でしたか……?」

「なにがだ?」

「俺はここに連れてこられるまで、何十人もの部下たちを見てきたぞ……。それを相手にして、大丈夫だったのか……?」

「その、点か。大丈夫、だ。全員、気絶、させた。殺しは、してない」

 

 

 そう答えると、二人はホッと胸を撫で下ろした。もう、二人は間抜けに口を開けていなかった。

 

 

「よかったです。先ほどの悲鳴が、貴方に殺されることを恐れてのものではなくて……。クロウさんが殺人をしていなくて、安心しました」

「そうか。なら、行くぞ。お前たちを、拐った、犯人は、どこに、行った?」

「あそこだ。ギアたちはあっちに行った。ロウェルを連れてな」

「そうか。犯人は、ギア、という、男か。レイから、話は、聞いて、いる。確か、この国の、大臣、だった、よな?」

「そうです。彼はモンスターの殲滅を企んでいます。この世界は人間とモンスターの共存によって成り立っています。それを崩されたら、大変なことになってしまいます! 絶対に阻止しましょう!」

 

 

 アリアがギアの走っていったであろう道を進み始める。それをハヤトと一緒に追いかけていると、ハヤトが俺の足元を見て眉を吊り上げた。

 

 

「お、クロウ、お前もあの気持ち悪ぃ場所を通ってきたのか」

「あの、モンスターの、死骸が、たくさん、あった、場所か。確かに、通った。なぜ、わかった?」

「後ろを見てみろよ」

 

 

 言われるがままに振り向くと、頭上のランタンに照らされた足跡がてらてらと赤く光っていた。その足跡を作っているのはもちろん、血だ。

 

 

「あそこはモンスターの血で地面が濡れてたからな。気味悪ぃったらありゃしねぇ。だけど変だな。あそこからここまで歩けば、足についた血もなくなると思うんだけどな」

「どうしたんですか? 早く行きますよ!」

「あぁ、悪ぃ! 今行く!」

 

 

 再び走り出すハヤト。それに少し遅れながら、俺も走り出す。

 

 どうやら、誤解してくれたそうだ(・・・・・・・・・・)

 

          ***

 

「な……ッ!」

「こ、これは……」

「酷いの……」

 

 

 先に奥へ進んだ父さんたちの驚愕の声が聞こえて俺も奥に進むと、そこには凄惨な光景が広がっていた。

 

 そこら中、死体が転がっていた。しかも、全員体のどこかが欠損していて、中には袈裟斬りをされたのか、二つに切り裂かれている死体さえあった。あまりにも予想外な光景に心の準備ができていなかった俺が数時間前に食ったものを全て吐き出していると、手に近くの死体から流れ出したであろう血がべっとりとついた。その温かさから、彼らが殺されて時間は全く経っていないことは嫌でも理解できた。

 

 俺の後をついてきたルーたちがこの光景を見てしまう前にエリカさんが二人を連れ出してくれたことには、本当に感謝したい。まだ幼いあの娘たちに、この光景はあまりにも強烈すぎる。

 

 

「俺たちを除いて最後にここに入ったのは、クロウ……だよね? 父さん」

「……ジーク。このことは、アリアたちには言うな。心配しなくても大丈夫だ。クロウは絶対にアリアたちを傷つけるようなことはしない」

 

 

 そう断言する父さんの気持ちが、俺には理解できなかった。数十もの人数を惨殺した男を、なぜそこまで信用できるのか、理解しようとしてもできなかった。

 

 

「クロウは俺と約束した。アリアたちには手を出さない、と。それを破ったらどうなるか、あいつは重々承知している。だから心配はいらない。もしアリアたちに被害が及ぼうとすれば、あいつは全力でアリアたちを護ってくれるはずだ。死なせても、あいつにはなんのメリットもないからな。……ジーク、ここからは大人たちの世界だ。お前はルーたちを連れて戻れ。その方が安全だ」

「でもーーー」

「いいから行けッ!」

「わ、わかったよ」

 

 

 父さんの体から放たれるとてつもない威圧感に圧され、俺は階段の先に立っているルーたちと、来た道を戻り始めた。

 

          ***

 

 

 隠し通路から脱出したギアは、懐から取り出したスイッチを押そうとする。

 

 

(これを押せば、国王様に危害が及ぶかもしれない。しかし……!)

 

 

 正体不明の侵入者によって、こちらの手元に置いておきたい一人を手放すことになってしまった。彼女はもう使い物にならない。即座に排除し、もう長くはないだろう国王の死後は、今隣にいる次期国王を利用し、表立ってモンスターたちの殲滅へ動き出す。その過程でより多くのモンスターたちを洗脳し、《死煌龍》も打ち砕く。その時こそ、人類の新たな時代の幕開けだ。

 

 

「これこそが、完全なる人類の時代への、第一歩ですッ!」

 

 

 高らかに叫び、ギアはスイッチを押した。

 



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Swordsman float a devil of a smile

 

 ギアさんたちが通った道を進んだ先にあった扉を押し開けると、そこは城の庭園でした。いつの間に降り始めたのか、上空から落ちてきた雪が降り積もって、美しい光景が広がっていました。本来ならゆっくりと眺め、この光景を記憶に刻みつけたいところですが、今はそれどころではありません。

 

 ロウェルさんを連れて逃げたギアさんを追いかけようとしたその時、銅鑼とは違う、甲高い音が周囲に響き渡りました。

 

 鼓膜が破れそうなほどの高さで響き続けるそれに耳を塞いでいると、私たちを囲むように地面に穴が開き、そこから鳥竜種モンスターが現れました。しかし、それは普通の鳥竜種モンスターではなく、色などが所々違い、しかもそれらを繋ぎ合わせたような、異形のモンスターたちでした。

 

 

「小型の、竜騎兵。気を、つけろ。こいつら、煌光種の、モンスターで、造られて、いる」

「クソッ! こう囲まれちゃあ逃げ場がねぇじゃねぇかッ!」

「どうしましょう……、私たち、武器を持っていません……! このままでは……」

『ギャギャッ!』

『ギャッ!』

 

 

 耳障りな鳴き声をあげながら、小型の竜騎兵たちは包囲網をじりじりと狭めていきます。それはどこか、彼らが元々群れで活動するモンスターであったことを感じさせました。

 

 

「……許せません」

 

 

 少しずつ後ろに下がりながら、私は拳を握り締めます。拳が震えているのは、寒さからではなく、怒りからだと、自然と理解していました。

 

 

「彼らも、好きでこんな姿にされたわけではないのに……。それを、自分勝手な考えで……ッ!」

「アリア……?」

「私は、絶対に許しませんッ! 必ずギアさんの野望を阻止し、この償い切ることのできない罪を、償わせますッ!」

『ギャギャッ!』

『ギャーーーッ!』

 

 

 怒りの叫びをあげるのと同時に、小型の竜騎兵たちは一斉に私たちに飛びかかってきました。その鋭利な爪が私の皮膚に突き刺さろうとした瞬間、

 

 

「やはり、お前は、護るに、値する」

 

 

 私の視界を埋め尽くした小型の竜騎兵の体が両断されました。さらに、後ろから誰の悲鳴も聞こえてこないことから、私以外の方に襲いかかっていた竜騎兵たちも切り裂かれたことに気づきます。

 

 振り向くと、そこには振り終えた漆黒の剣を下げたクロウさんが私を見ていました。

 

 

「クロウさん……、どこから、その剣を……?」

「お前の、怒りは、俺の、力に、なる。さぁ、怒れ。塵にも、等しい、怒りでも、強大な、敵を、滅ぼす、力に、なる」

 

 

 私の問いには答えず、クロウさんはあの邪悪な笑みを浮かべて、私にもっと怒るよう促してきます。

 

 悪魔。

 

 その笑みの奥底に宿る、得体の知れないなにかに恐れた私の頭に、その単語が浮かんできました。

 

 

「償い、切れない、罪は、死で、償わせる。お前は、そう、言いたい、んだろ? 俺が、それを、叶えて、やる。さぁ、言え、『ギアを、殺せ』、と」

 

 

 空いている左手を持ち上げ、悪魔は私に囁きます。その声には、他人を陥れようとする力があるように感じ、私から直接、そう告げるように促しているかのように感じました。

 

 しかし、

 

 

「ダメです。それだけは、絶対に」

「なぜだ? お前は、許さない、んだろう? ならば、なぜ、殺せと、言わない」

「確かにギアさんは許せません。ですが、だからと言って、ギアさんを殺していいとは限りませんッ! 貴方には、それすらわからないのですかッ!?」

 

 

 クロウさんの考えは間違っています。ギアさんは生きて、罪を償わなければなりません。そうでなければ、犠牲になったモンスターたちが許しはしないでしょう。

 

 私の新たな怒りの声に気圧されたのか、クロウさんは目を少しだけ見開き、やがて邪悪な笑みを消すと、剣を下ろしました。

 

 

「俺が、間違って、いた。許して、くれ」

「今後二度と、そんなことをしようとしないと約束してくれるのなら、許します。約束してくれますか?」

「約束、する」

「約束ですよ? ……では、ギアさんを探しましょう。もしかしたら、また竜騎兵が襲ってくるかもしれませんので、その時はよろしくお願いします」

「任せろ」

「おい! こっちに足跡があるぞ! 多分ギアたちのだ!」

「わかりました! クロウさん、行きましょう!」

「あぁ」

 

 

 白銀の大地に残された足跡を辿って、私たちはギアさんを追いかけ始めました。

 

          ***

 

 

 雪が降り積もってできた白銀の大地が踏み荒らされる。そこに立つのは、純白の大地とは正反対の漆黒のオーラを纏う人間。いや、彼を人間と呼ぶには、その姿はあまりにも似つかわしくない。彼の姿は、人間のそれとはかけ離れているからだ。

 

 悪魔のように邪悪な爪の伸びた翼、白銀の大地を砕く二本の尻尾。猫背で辺りを見渡す彼の瞳から放たれる血よりも緋い二つの光が炎のように揺らめく。さらに額に当たる部分には、二本の角が生えていた。これを、人間と呼べないだろう。呼ぶとすれば、人間と龍の中間、竜人をさらに龍に近づけたものだ。しかし、彼に理性などない。

 

 

「■■■ーーーッ!」

 

 

 声にならない声をあげ、彼はある一点を見つめる。そこにあるのは、彼の眼下に広がる国を治める王が住まう場所。

 

 

「■■■……■■■■■■■ーーーーーーッッッ!!!」 

 

 

 耳障りな咆哮をあげ、彼は翼を羽ばたかせて飛翔する。

 

 彼は獣。理性を捨て、しかしある者の志に賛同した、世界に絶望と哀しみ、怒りを振り撒く獣。

 



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Thing called mother

 

 地下通路から元来た道を戻って廊下に出た俺は、先に出てもらった二人の幼い姫を連れて走り出す。

 

 

「とりあえず、下に竜騎兵たちが造られていることを国王様に伝えておこう! 竜騎兵の製造はこの世界の禁忌だからな!」

「お祖父ちゃん、起きてるかな……? もう夜も遅いし……ふぁ……」

 

 

 後ろを走るルーが欠伸をする。その隣を走る妹の表情は緊迫したものであるというのに、ずいぶんと豪胆なお姫様だ。

 

 階段に足をかけようとした途端、上の階から悲鳴と共に何人もの使用人たちが我先にと階段をかけ降りてきた。

 

 

「みんな! どうしたのッ!?」

「姫様! この上にはモンスターがいます! 姫様も早く避難を!」

「待って! お祖父ちゃんはッ!? お祖父ちゃんはどうしたのッ!?」

「申し訳ありません、国王様の元へ行こうとしたのですが、なぜか王室への扉にモンスターが集中していて、連れ出せなかったのです……」

「そんな……」

「大丈夫だ」

 

 

 使用人の言葉に愕然とする二人の肩に手を置き、安心させるように続ける。

 

 

「俺が国王様を連れてくる。なんたって俺はハンターだからな」

「おぉ、ありがとうございます! 報酬はきっちりと払わせていただきます!」

「いや、報酬は要らない。ルーたちを頼む」

「わかりました。姫様、こちらへ」

「で、でも……」

「ルー、国王様は俺が必ず連れてくる。だから安心して逃げてくれ」

「お姉ちゃん、ここはジークに任せて先に行こ?」

「……わかったわよ! でも、絶対に助けてよね!」

「あぁ、約束だ」

 

 

 ルーたちを使用人に預け、俺は階段を駆け上がる。三階の廊下へ飛び出すと、俺の姿を確認したモンスターたちが一斉に襲いかかってきた。この廊下にいるだけあって体躯の小さいモンスターばかりで、これなら若干の不安はあれど、新米ハンターの俺でもやれそうだ。

 

 

「よし! かかってこ……あれ?」

 

 

 迫り来るモンスターたちを迎え撃つため、腰の双剣を引き抜こうとした両手はしかし、空を掴む。そこで俺は、自分がなにも装備していないという、最悪の状態であるということに気づいた。

 

 

「しまったぁあああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!! なにやってんだ俺の馬鹿野郎ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」

 

 

 丸腰でカッコつけようとしたさっきまでの自分に悶え死にそうになりながら、全速力でモンスターたちから逃げる。モンスターたちは目の前で全力疾走している俺に気を取られて下の階に降りないことは不幸中の幸いだが、ペースを考えずに走っているので、体力がどんどんなくなっていくのは最悪だった。

 

 やがて一周したらしく、視界の左側には明らかに国王様のものであう部屋に続く扉が映り込み、ありがたくないことに、その前に門番のように立っていたドスジャギィたちーーーしかも煌光種ーーーも見えてしまった。後ろから追いかけてくるモンスターたちが俺に向けて放った咆哮が聞こえたらしく、扉の前にいたドスジャギィたちが一斉にこちらに振り向き、向かってきた。

 

 

(あ、死んだわこれ……)

 

 

 前方からこちらに向かってくるドスジャギィたちの後ろに、血を流して倒れている衛兵たちを見て自分のこれからの運命を察した俺の足が止まり、迫り来る絶対の死を受け入れようと、

 

 

「ジークッ!」

 

 

 瞬間、母の声が聞こえた。

 

 諦めかけていた俺が顔をあげると、垂直であるはずの壁を走っている母さんの姿が見えた。

 

 

「か、母さんッ!?」

「伏せてくださいッ! やぁッ!」

 

 

 言われた通りに伏せた俺の真上を壁からジャンプした母さんが通り、後ろから凄まじい衝撃音が響く。次に、頭上をなにか大きなものが通り過ぎていく感覚。視線を動かすと、後ろから俺を追っていたドスジャギィが、前から迫ってきていた煌光種ドスジャギィにのしかかっていた。

 

 

「なにをやっているんですかッ! 武器も持たずに、一人でこんなところに来てッ! 私たちと同等の力を持つならまだしも、貴方はまだまだ未熟なのですよッ!?」

「ご、ごめんなさいッ!」

 

 

 激昂ラージャンのように金色の髪の毛を逆立てて肉薄してきた母さんに心の底から謝ると、母さんのテツカブラのような表情が少しだけ緩くなる。

 

 

「反省しているのなら、もう二度とこんな無謀なことはしないでください。ここに来る途中に聞きました。国王様はあの部屋にいますので、すぐに連れて逃げてください。私が時間を稼ぎます」

「でも母さんも武器が……!」

「貴方は母わたしを侮っていますよ、ジーク。母という者はですね……」

 

 

 瞬間、母さんの全身から圧倒的な力が漂い始める。それは俺にとってはとても安心できるものだったが、俺たちを囲むモンスターたちにとっては驚異以外の何物でもないだろう。

 

 

「愛する子どもを全身全霊で護り抜くものなんですよッッ!!」

 

 

 突風。母さんの姿が一瞬にして消え、その奥にいたモンスターたちが俺の頭上を飛んできたモンスターたちと激突した。ほんの一瞬で俺の後ろに動いた母さんが、モンスターたちを投げ飛ばしているのだ。

 

 

「さぁ、道は作りましたよ! 早く行きなさい!」

「ありがとう! 母さん!」

 

 

 俺のために戦ってくれる母親に感謝し、俺は王室への扉を開けた。

 



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Darkness that appears

 

「国王様! ご無事ですか!?」

 

 

 薄暗い王室へ飛び込むと、そこには国王様以外にも二人の人物がいた。一人はロウェルだとすぐにわかったが、もう一人の五十代前半辺りの見た目をしている男性には見覚えがない。

 

 俺が飛び込んできたことに驚いたのか固まっている男性を押し退け、国王様の肩に手を置く。しかし、国王様が反応を示すことはない。

 

 

「国王様? 国王様ッ!?」

 

 

 揺すろうと肩に置いた手を動かした途端、国王様の体が椅子からずり落ち、どさりと絨毯の上に倒れる。その時、仰向けに倒れている国王様の丁度心臓がある部分が黒く染まっているのが、窓から差し込む月明かりに照らされて見えた。

 

 

(まさか……!)

 

 

 すぐに手首に指を押し当てるが、嫌な予感は的中してしまった。もう二度と動くことのない手首を下ろし、男性を睨む。その手には、赤黒い血がついたナイフが握られていた。

 

 

「お前が……お前がやったのか……ッ!」

「ま、待て! 私たちがここに来た時には、国王様はもうーーー」

「言い逃れは聞かないぞッ!」

「ぐぅ……ッ!」

 

 

 ナイフを握っている手を掴み上げ、ナイフが落ちるのを確認してから男性の胸ぐらを掴み上げる。新米ハンターでも、並みの人間を片手で持ち上げることは造作もない。

 

 

「ジーク君! ギアの言っていることは本当だ! 僕らがここに来た時には、お父様はもう亡くなっていたんだ! 嘘じゃない! 信じてくれ!」

「なんだと……? じゃあ、誰が……」

「わからない。だけど、彼はお父様を殺した犯人じゃない。だから、離してくれ」

「……わかった」

 

 

 胸ぐらを掴んでいた手を放すと、ギアという名前の男性は柔らかい絨毯の上に尻餅をつく。

 

 

「約束は守れなかったか……。すまない、ルー、ロリア……」

 

 

 ここにはいない二人の姫に謝罪の言葉を述べ、せめて遺体だけは持っていこうと思い、国王様の亡骸を抱える。

 

 モンスターの死体は何度も見てきた。初めて見た時は吐き気が込み上げてきたが、いくつかのクエストを受けている内にだんだん耐性ができてきた。しかし、人間の死体を見るのは初めてで、今となってはただの中身がなくなった器と化した国王様の体を抱えているだけでも、今すぐこれを下ろして逃げ出したいという思いに駆られる。しかし、そういうわけにはいかない。下の階では、この方の血を継いだ二人の姫が、今か今かと待っているのだ。二人が待ちわびる者はこうして亡くなってしまったが、せめてその体だけは……。

 

 

「ロウェル、行こう。下でルーたちが待ってる」

「うん。ギアも……あれ? ギア? どこにいるの?」

 

 

 部屋を見渡し始めたロウェルと同様に部屋を見渡すが、ギアの姿はどこにも見当たらなかった。たまが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 

 ロウェルにギアのことは後で捜索してもらうことにし、俺たちは廊下へ飛び出し、モンスターたちの相手をしていた母さんと一緒に階段を駆け降りる。

 

 

「……そうですか。国王様が……」

「誰に殺されたのかはわからないけど、絶対に犯人を見つけ出さないと!」

「そうですね。……ッ! 危ないッ!」

 

 

 一階に続く階段を駆け降りていると、突然母さんが俺を突き飛ばした。瞬間、鏡が割れる音と共に、先ほどまで俺がいた場所に、

 

 

「■■■■■■■ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!」

 

 

 漆黒のオーラを纏ったなにかがいた。

 

          ***

 

(なんとか逃げられましたね……)

 

 

 王室から隣の部屋にある暖炉から這い出たギアは、服についた煤を払い落としながら立ち上がり、亡くなった国王に思いを馳せる。

 

 

(誰が、誰が国王様を……)

 

 

 拳を握り締め、心に怒りの炎を燃え上がらせる。計画の達成に最も重要な存在はロウェルだが、彼が正式に国王に就任されるまでは現国王を使うつもりだったのだ。しかし、その現国王は自分たちが王室に入った時にはすでに何者かによって殺害されていた。

 

 計画を邪魔されたことにも怒りは感じたが、それ以上に、長い間仕え続けていた相手を殺された臣下としての怒りの方が強かった。

 

 ーーー絶対に犯人を見つけ出して、国王様を殺害したことを後悔させてやる。

 

 どこかにいる犯人にぶつけるべき怒りの炎を燃え上がらせ、歩き出そうとすると、

 

 

「いい怒りだな」

 

 

 後ろから声をかけられた。

 

 振り向くと、雲の隙間から顔を覗かせている月の放つ光を背に受けている男が立っていた。しかし、その顔は見れない。いや、見えてはいるのだが、視界に入った瞬間に情報を上書きされ、輪郭がはっきりとしないのだ。しかし、その立ち姿はどこか見覚えがあるように感じられた。

 

 

「お前に、その犯人を滅する力を与えてやろう。ただし、その力を得た場合、お前は人には戻れなくなる。それでも構わないのなら、俺はお前に力を与えてやる」

「……貴方は、何者ですか?」

「名乗る名などない。……もう一度問う。お前は人という存在を捨て、国王を殺した犯人を滅する力を欲するか?」

「……欲します。計画を邪魔したこと、国王様を殺害したことのツケを払わせてもらいます」

「いいだろう。ならば……」

「が……ッ!」

 

 

 右手に蒼い輝きを放つなにかを握った男は、ギアの胸元にそれを埋め込んだ。体内に完全に取り込まれたそれは、ギアのありとあらゆるものを変化させていく。

 

 灰になってしまいそうな熱さ、骨を無理矢理変化させられていく激痛と不快感。堪らず悲鳴をあげるギアに、男の声ははっきりと聞こえた。

 

 

「さぁ、怒れ。お前のその(いかり)が、世界を救うのだ」

 



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Roar of salvation

 

「ジークッ! ロウェルさんを連れて早くッ! この者は危険ですッ!」

 

 

 突如として現れた漆黒のオーラを纏う存在が恐ろしく凶悪で危険な存在であることを一瞬の内に理解したヴェリテは、息子に指示を飛ばす。頷いた息子が国王の遺骸を背負い直して王子を連れて階段を駆け降りていく。それを漆黒のオーラを纏う存在ーーー『獣』という言葉が相応しいと感じたーーーが追おうとするが、それよりも早く動いたヴェリテが獣の行く手を阻む。

 

 

「行かせませんッ! 貴方の相手は私ですッ!」

「■■■……■■■ーーーーーーッッッ!!!」

 

 

 くぐもった耳障りな咆哮と共に降り下ろされた邪悪な爪を避け、右拳を胸に当てる。右拳を中心に純白の光が周囲を照らし、獣がその光を目障りに思うかのように叫び声をあげていると、腹部に強烈な痛みが走った。

 

 獣の体が二階の天井に激突し、ヒビを残しながら落下する。しかし、そんなことは全く意に介さずに立ち上がる獣の前に、純白の輝きを放ちながら一人の女性が立つ。

 

 黄金のドレスを纏い、頭にティアラを被ったヴェリテは、背中に出現した金と銀の操虫棍……《救光棍エアレーズング》を構える。

 

 

「私は《死煌龍》の妻、ヴェリテッ! 貴方をこの世界の均衡を乱す存在と断定し、排除させていただきますッッ!!」

「■■■■■■■■ーーーーーーーーーッッッ!!!」

 

 

 《死煌龍》の力をよって生まれた操虫棍と血よりも紅い光を放つ爪が激突し、周囲に衝撃波を飛ばした。

 

          ***

 

 庭園へと続く扉を押し開け、白銀の大地を走る。頭上では夜の太陽である月が輝き、雪はすでに止みかけているが、これまでの間に降り積もった雪は時々俺の足を取って転ばせようとしてくる。もう何度も転びかけたかわからないが、俺はその度に大幅に片足を出すことで転倒を防いできた。

 

 地元の街とほぼ同じ広さを誇る庭園を抜けようと、足が積雪の冷たさによって(かじか)んでいることも忘れ、走る。出口は見えているが、それでも遠い。すると、俺たちを囲むように茂みから異形のモンスターたちが現れ、それらが小型の竜騎兵であることは、その継ぎ接ぎの体を見れば明らかだった。

 

 

「クソッ! こんな時に……ッ!」

「ジーク君! こっちに!」

 

 

 ロウェルに手を引かれ、俺たちは隣の茂みの中へ飛び込む。竜騎兵たちが追ってきているのが茂みの中から見えたが、平地を走ることに適した足の作りをしているのか、その大半が積雪に足を取られて盛大に転んでいた。

 

 

「この茂みの先に東門がある! そこから出よう! モンスターたちとはそこまで走ってる間にある程度の距離は取れる!」

「わかった!」

 

 

 なるべく国王様の遺体を傷つけないよう気をつけながら、ロウェルを先頭に走る。やがて視界が一気に開け、目の前に豪奢な門が出てきた。

 

 

「着いた! よし、早速門をーーー」

「ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 

 夜空に轟いた咆哮に身をすくませる。その根源がどこかを辺りを見渡していると、なにかが壊れる音が聞こえてきた。それから数秒、俺たちの影をより巨大な影が塗り潰した。

 

 

「ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 

 俺たちの前に積雪を蹴散らしながら着地してきたのは、《迅竜》ナルガクルガ。紅の瞳から放たれる眼光が俺たちを貫き、背筋が凍る。

 

 

「ナ、ナルガクルガ……ッ!? どうしてここに……ッ! それに、なんだ、あれは……?」

 

 

 俺の視線を引きつけたのは、ナルガクルガの背中にある、蒼い岩石だ。なぜナルガクルガの背中に岩石なんかがと思っていると、ナルガクルガはゆっくりと俺たちに近づいてきた。正確には、ロウェルにだが。そしてロウェルは、目の前に巨大な飛竜がいることへの恐怖か、全身が石像のように固まっていた。

 

 

「ロウェルッ! 逃げろッ!」

『ギャアギャアッ!』

「……ッ!」

 

 

 耳障りな鳴き声が聞こえて振り向くと、大分距離が開いていたはずの小型竜騎兵たちがいた。どうやら追いつかれてしまったらしい。しかも、ナルガクルガと小型竜騎兵たちが互いを敵と認めて戦わないので、さらに厄介な状況だ。

 

 

(マズイ……マズイマズイマズイマズイッ! いったいどうすれば……ッ! ……そうだッ!)

 

 

 あの時煌光種のジャギィを倒したあの姿になれば、この状況を打破できるかもしれない。だが、あの姿になる方法が思いつかない。だがあの時、俺の心にあったのは、姉さんを喰おうとしたジャギィを殺すという強い気持ちがあったのは覚えている。

 

 一か八かだが、やってみるしかない。

 

 国王様の遺体を下ろし、この状況を打破するための力が欲しいと心の中で叫ぶ。しかし、いくらそう思っても、体に変化は訪れない。失敗だ。

 

 俺がそんなことをしている内に、ナルガクルガはロウェルに、小型竜騎兵は俺に近づいてくる。武器さえあれば小型竜騎兵はなんとか倒せそうだが、ナルガクルガは絶対的に無理だ。

 

 

「誰か、助けてくれ……ッ!」

 

 

 絶体絶命の状況に、ついに口から助けを乞う声が漏れる。

 

 

「まだ俺は、こんなところで死ぬわけにはいかないんだ……ッ!」

 

 

 《死煌龍》に打ち勝つという夢を叶える日まで、俺は死ぬわけにはいかない。まだ見ぬ強敵と戦えないまま死ぬなんて嫌だ。

 

 そんな俺の気持ちを嘲笑うかのように、小型竜騎兵たちが俺に飛びかかってきた。その現実に耐え切れず、目を閉じたその時、

 

 

「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」

 

 

 龍の咆哮が轟いた。

 



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Judgment of the emperor

 

 咆哮に目を開けると、目の前には銀の武具によって積雪の大地に縫いつけられた小型竜騎兵たちがいた。それらを貫いて息の根を止めた武具は液体のようなものに形状を変え、空に向かっていく。それに釣られて俺も上空を見上げると、それはいた。

 

 雲の隙間から現れた月を背に、周囲に絶え間なく形状を変化させる白銀の液体を漂わせながら翼を羽ばたかせる龍。月光を反射して輝く巨大な体躯は、その翼と同じ白銀。その眼まなこには、明らかな怒りを宿し、先ほど刺し殺した小型竜騎兵たちを見下ろしていたが、小型竜騎兵たちがすでに絶命していることに気づいたのか、ゆっくりと俺の前に降りてきた。もしかしてと思いながら見上げていたその龍の正体は、俺の目の前にやって来たことで明らかなものとなった。

 

 

「《死煌龍》……レーヴェン・スミェールチ……!」

 

 

 目の前に立つ龍の姿は、太古の昔に起こった竜大戦について記された本で説明されていた《死煌龍》のそれと完全に当てはまっており、思わずその名を口にしてしまう。《死煌龍》はそんな俺を少しだけ見下ろした後、ゆっくりと俺の隣を歩き、俺と同様に固まっていた《迅竜》と対峙した。

 

          ***

 

「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」

「ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 

 同時に咆哮を轟かせ、最初に動いたのは《迅竜》。残像が残るほどの速さで動いた《迅竜》の鋭利な刃翼が首筋へと迫るが、《死煌龍》は全くと言っていいほど動かない。

 

 刃翼が《死煌龍》の首筋に直撃する。その衝撃は風圧となって周囲に降り積もった雪を吹き飛ばし、《迅竜》の視界を純白に染め上げる。

 

 勝った。《迅竜》がそう思った瞬間、巻き上がった雪を切り裂きながら尻尾が迫ってきた。これを予想していなかった《迅竜》は回避する隙も与えられずに尻尾に弾き飛ばされ、積雪を巻き上げながら大地を削る。とてつもない激痛。主に尻尾の一撃を喰らった右翼の骨が破壊され、それがさらなる激痛を呼ぶ。

 

 

(お前はただのモンスターじゃないな? この世界のモンスターは、俺の国のモンスターたちを除いても、そのほとんどが俺に攻撃しようとは思わない。あるとすれば、そういう支配は身に合わない、あの黒いリオレイアっぽい奴を始めて何頭かいるが、お前はそいつらとも違うみたいだな)

 

 

 その巨体からは不釣り合いなほどの若々しい声。しかしその口調には、全てのモンスターを統率する王者に相応しい貫禄があった。

 

 《迅竜》が粉々に破壊された右翼の刃を見つめて顔をしかめながら起き上がると、《死煌龍》は堂々とした態度で歩き始める。ただ歩いているだけなのに、その様子が《迅竜》にとっては死が一歩、また一歩と近づいてきているように見えた。

 

 

「ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 

 その恐れを振り払うように咆哮をあげ、再び攻撃に移る。まずは敵を撹乱させるために周囲を飛び回り、続けて四方八方からまだ破壊されていない刃翼で斬りつける。しかしその攻撃は直撃すれど、彼の体には傷一つつけることができなかった。たとえ目を狙ったとしても、それにすら刃が弾かれるのだ。

 

 そしてついに、《迅竜》は《死煌龍》の(あぎと)に捕らわれた。首筋に食い込んだ牙が筋肉に突き刺さり、激痛による叫びをあげようとしても首を押さえられているために叫ぶことができない。その牙から逃れようと何度足掻いても、牙はびくともしない。

 

 

(よくも息子に恐怖を与えてくれたな、《迅竜》。俺は父親として、息子を怯えさせたお前を許そうとは思わない。……ここで、龍の皇帝の判決を言い渡そう。貴様への判決は、死だ)

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、《迅竜》の背中を怖気が走った。だが、それを感じた時にはもう、遅かった。

 

 《迅竜》の体を投げ飛ばした《死煌龍》の瞳が強く輝く。《死煌龍》の周囲に出現した武具が七つの属性を纏い、その矛先を《迅竜》へと向ける。

 

 

(《死の色彩(デス・カラーズ)》)

 

 

 美しい輝きを放つ死が、一斉に《迅竜》に襲いかかる。音速で飛んできた武具を避ける術など持っているはずもなく、《迅竜》は立ち上がることすら許されずに飛来する裁きを受け入れた。

 

 爆音。断末魔の叫びすら掻き消して轟いたそれは爆風を伴って《死煌龍》と、その背後にいるジークたちの体に叩きつけられる。

 

 やがて、その煙の中から一人の男が現れた。全身をボロボロにした男は、足元から徐々に水晶のように透き通ったものに変化していき、頭までそれに変化した途端、風に運ばれていく砂のように、微かな光を残して消えていった。

 

 すると彼がいた場所に、蒼い輝きを放つ石が落ちてきた。

 



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Destruction by the beast

 

 気合いを込めて降り下ろされた黄金の刃を避けた獣は、右手の爪に赤黒い炎を宿してカウンターをしてくる。ヴェリテが右手を開くと、微かな光と共に黄金の蝶が無数に現れ、今まさに主人を切り裂こうとしていた爪を弾き返す。さらに爪を弾くだけではなく、獣の体も弾き飛ばした。しかし空中でバランスを整えた獣は壁に足をかけ、ヒビを残しながらヴェリテの左右の壁の間を飛び回る。ヴェリテがいつ攻撃を仕掛けてくるかと身構えた瞬間、頭上を飛び交う漆黒から青黒い球が放たれてきた。無数に繰り出される青黒い弾幕を切り裂きながら、ヴェリテは攻撃のチャンスを窺う。それに気づいていないのか、それとも気づいているのか、獣は弾幕を張り巡らす。

 

 

(まだです……まだ……)

 

 

 球を切り裂き、蝶で防ぎながら、ヴェリテはチャンスを待ち続ける。そして、ついにそれは来た。

 

 獣が次の跳躍のために体を回転させて壁に足をかけようとした瞬間、

 

 

「はぁッ!」

 

 

 消えたように見えるほどの速さで振るわれた操虫棍から飛び出した十字の形をした黄金と白銀の斬撃が、丁度壁に足をかけようとしていた獣に直撃した。

 

 

「■■……ッ!?」

 

 

 あまりの速さで行われた攻撃によって墜落した獣が驚愕したように唸る。そこへヴェリテが畳み掛けるようにジャンプからの上段斬りを繰り出す。間一髪で獣はそれを避け、片翼を広げる。

 

 飛ぶのかと警戒したヴェリテの予想を裏切り、獣が咆哮を轟かせると、片翼が骨が軋むような音を立てながら変形し、五本の鞭のような形状となった。その様子に目を見開くヴェリテに、獣は五本の鞭をまとめて作り上げた巨大な鞭を振るう。本能的な動きでヴェリテが伏せると、先ほどまで彼女の頭があった場所を鞭が薙いだ。次の瞬間、ヴェリテ目掛けて青黒いレーザーが放たれ、間一髪で得物でガードするも吹き飛ばされる。

 

 大理石の床を跳ねながらも獣を見ると、鞭へと変形した片翼と、ライトボウガンのような形に変形した片翼を広げていた。

 

 

(形状変化する翼……ッ!? バルファルクが人の姿を取った存在ですか……ッ!?)

 

 

 ヴェリテの脳内に、バルファルクと酷似した姿を持つ伝説の古龍である男の姿が思い浮かぶが、彼とは少し前に一度会っている。なにより、バルファルクの翼の形状と、今戦っている獣の翼の形状は異なっている。彼が獣の正体であるということはないだろう。

 

 立ち上がり、それぞれが不規則な動きで襲いかかってくる鞭や直線上に飛んでくるレーザーを弾きながら、ヴェリテは獣に向かう。獣は近づいてくる敵に対し、今の翼の形状は不利だと思ったのか、両翼の曲刀と似た形状に変化させ、走る。

 

 曲刀となった翼に両手の爪、合計四つの攻撃手段を手に入れた獣と、得物を構え、無数の蝶を従えるハンターが、同時に攻撃を繰り出す。

 

 頭上から主人を切り裂こうとしてくる曲刀を蝶が弾き、絶え間なく振るわれる獣の爪をヴェリテが操虫棍で迎え撃つ。

 

 

「はぁあああああああああああああッッッ!!!」

「■⬛■■■ーーーーーーーーーッッッ!!!」

 

 

 互いに気合いの叫びをあげながら、相手を押し負けさせようと攻撃を繰り出していく。目にも止まらぬ速さで繰り広げられた勝負は、

 

 

「これで……どうですッッ!!」

 

 

 ヴェリテの勝利に終わった。

 

 降り下ろされた両手を弾き、がら空きとなった胴体を斬りつけたのだ。先ほどまでの素早さはどこへ行ったのか、獣は唸り声を漏らしながらゆっくりと後退し、翼が元通りの形状に戻る。ヴェリテの渾身の一撃によってついた傷からは微かな光が零れており、それが獣の正体を遮る漆黒のオーラを少しずつ払っていく。

 

 

「■■■……ッ!」

「さぁ、見せてもらいますよ。貴方の正体を!」

 

 

 ヴェリテの操虫棍が輝くと、獣の闇を払う光の力が強くなり、より早く獣の纏う闇のオーラを飲み込んでいく。

 

 

「■■■……ッ! ve……ri……te……?」

「え……? 今の、声は……」

 

 

 その瞬間、一瞬だけだが獣の素顔が見えた。角や牙、皮膚は半ば鱗化しているため、ほぼ人間のそれではなくなっていたが、その輪郭は間違いなく……

 

 

「貴方は……まさかーーー」

「■■……ッッ!! ■⬛■■■■■■■ーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!」

 

 

 ヴェリテが脳内に浮かんだ人物の名を口にする寸前、獣の咆哮と共に闇のオーラが再び獣の全身を覆い尽くし、さらにその奔流がヴェリテを吹き飛ばした。

 

 

「ぐ……ッ!」

「■■■……ッ!」

「あっ! ま、待ってください!」

 

 

 獣の体が黒煙に変化し、ヴェリテとの戦闘中に破壊された窓から外へ飛び出した。ヴェリテは凄まじい速さで小さくなっていく黒煙を追おうとするが、先ほど見た獣の素顔が脳裏を横切り、窓から飛び出す気になれなかった。

 

          ***

 

 瞬間的な早さで終わってしまった《死煌龍》と《迅竜》の戦いに唖然としていると、《死煌龍》が俺に顔を動かしてきた。ただ見られているだけだというのに、俺の体は蛇に睨まれた蛙のように動かなくなってしまった。積雪を踏み潰しながら近づいてきた《死煌龍》は、俺にじっと顔を近づけ、そのザラザラとした舌で俺の顔を舐めてきた。

 

 

「あ、ありが、とう……」

「グルル……」

 

 

 掠れた声でお礼を言うと、《死煌龍》はコクりと頷き、翼を羽ばたかせようとする。しかし、《死煌龍》が弾かれたように顔を持ち上げたことにより、

それは中断された。それに釣られるように俺も《死煌龍》が見ている方へ顔を動かすと、そこには闇夜を漂う黒煙があった。しかもそれは、俺目掛けて迫ってきていた。

 

 

「ガァッ!」

 

 

 俺を護るように立った《死煌龍》が燃え盛る紅蓮の炎を吐き出すが、黒煙はまるで意思を持つようにそれを回避した。そして《死煌龍》の股を潜り抜け、俺の体を突き抜けていった。

 

 その刹那、自分の中にあるなにかが破壊された感覚が襲うと、俺の体を突き抜けていった黒煙に持ち去られるように、意識が薄れていった。

 



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Darkness that dwells in the pupil

 

「う、ん……?」

 

 

 目が覚めると、俺たちが泊まっている城の一室の天井が見えた。上半身を起き上がらせようとしても、体にどうしても拭いきれない脱力感を感じ、それを実行する気が全く起きなかった。

 

 あの時、俺の体を突き抜けていった黒煙はなんだったのか、なぜ《死煌龍》は見ず知らずの俺を護ろうとしたのか、あの夜からどれくらいの時間が経ったのかは知らないが、その謎について考えてみる。しかし、寝起きということもあってか、頭が上手い具合に回転してくれない。

 

 ……いや、別の理由があった。

 

 

「……腹、減ったな」

 

 

 ぐぅううう……と悩ましげに自己主張してきた腹を撫でながら呟く。先ほどから鼻孔を満たす美味そうな料理の香りが原因だ。しかし、辺りを見渡しても、俺の視界にその香りの根源である料理の姿は見当たらない。

 

 できることなら今すぐにでも立ち上がって探しに行きたいところだが、生憎体が動かないため、それはできない。しかし嬉しいことに、その匂いはどんどん強くなっていき、それが俺のいる場所へ近づいてきていることに気づいた。

 

 

「ジーク、起きてる、か?」

 

 

 扉を開けて入ってきたのは、両手でお粥を乗せたトレーを持つクロウだ。クロウは俺が目覚めていることに気づくと、特に表情を変えることなく俺の隣まで歩いてきた。

 

 

「目覚めた、か。体の、調子は、どうだ?」

「……まだよくない。でも、しばらくしたら動けるようになると思う」

「そうか。お粥は、ここに、置いて、おく。冷めない、内に、食べて、おけ」

「……待ってくれ」

 

 

 お粥を乗せたトレーを俺の寝ているベッドの隣にある机に置き、部屋を出ようとしたクロウは、俺が呼び止めると戻ってきた。

 

 

「……俺はどれくらい眠ってた?」

「二日、だ。お前の、家族たちは、心配、してた、ぞ? 二日も、お前が、目覚めない、から、な」

「そうか……。父さんたちには迷惑をかけちゃったな……」

「お前が、望むの、なら、呼んで、くるが?」

「……あぁ、頼む」

 

 

 頷いたクロウが部屋から出るために立ち上がった時、わずかにクロウの瞳が細められた気がした。どうしたのかと訊ねると、クロウは、

 

 

「お前の、目から、闇を、感じた。呑まれない、ように、気を、つけろ」

 

 

 そんな答えを返して、部屋から出ていった。

 

          ***

 

 あの夜が明けてしばらく経った時、国王が何者かに暗殺されたという知らせによって、この国に衝撃が走った。

 

 悪逆非道の王であれば、暗殺されることになんの違和感も感じられないが、暗殺されたのはそんな様子など微塵もない善良な国王だ。いったい誰がこんなことをと怒りに身を震わす国民たちを見れば、あの老人がどれほど民から慕われていたか理解できる。親族の死にロウェルたちは酷く哀しみ、彼に仕えていた使用人たちも哀しみの淵へ落とされた。すぐに国王暗殺事件の犯人の捜索が開始されたが、なにしろ証拠がないため、そう遠くない内にこの事件は迷宮入りすることになるだろう。

 

 そして事件が起きてから二日後の今日、先代国王が亡くなったことにより空席となった王の座にロウェルが就くこととなり、ジークが目覚める少し前にその載冠式が執り行われた。新たな国王の誕生に民たちは喜んでいたが、誰もがその目に先代国王の死を嘆く感情を宿していた。明るい笑顔で民たちに手を振っていたロウェルもその一人だ。

 

 まだ起動せずに地下に残された竜騎兵たちは、事件が収まった数時間後にレイが焼き払ったが、彼が焼き払ったことを知らない人々は、それが《死煌龍》によって派遣されてきたモンスターによるものだと考えていた。そして、その竜騎兵を造っていた者たちのまとめ役がギアだったことに驚愕し、国王暗殺事件の犯人と共に捜索することになったのだが、彼も犯人と同様行方不明になっており、こちらも迷宮入りすることになるだろう。

 

 階段を降り、丁度国王となったロウェルとその義妹であるルーたちと別れたレイたちを見つけ、ジークが目覚めたことを告げる。早速アリアたちがジークの元へ向かい始めるが、俺は隣を通りかかったレイを呼び止める。

 

 

「なんだ? 俺は早くジークの顔をーーー」

「ジークの、目に、闇が、見えた」

「……ッ! それって……」

「覚えて、いる、だろう? あの、夜に、現れた、黒煙」

 

 

 あの夜、月夜を飛んでいた黒煙。あれがジークの体を突き抜けていった次の瞬間にジークが倒れたことはレイから聞いている。恐らく、あの時にあの黒煙になにかされたのだろう。

 

 

「レイ、父親(お前)の、出番だ。息子(ジーク)を、救え。俺には、闇を、与えること、しか、できない」

「わかった。教えてくれてありがとう。……あぁ、そうだ」

 

 

 駆け出そうとしたレイが、再び俺に振り向く。

 

 

「アリアたちを護ってくれて、ありがとう。それと、お前は闇を与えることしかできないと言ったが、きっとお前なら、闇を払うこともできるんじゃないか?」

 

 

 その言葉に俺が答えるよりも先に、レイは息子の元へと走っていった。

 



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A family

 

 それから二週間経ち、ついに《ドンドルマ》へ帰る日が訪れた。

 

 昨夜は、明日の朝に帰る俺たちをロウェルたちは最後だからということでお別れのパーティーを催し、俺たちは食卓に並べられた豪華な料理を次々と食していった。そして今は、そのパーティーで疲れ果てた誰もが眠っている時間だ。

 

 現在の季節は冬であるため、まだ太陽は顔を出していない。今でも月が太陽の代わりとして、俺の立つ大地を照らしている。

 

 

「これで、この、旅行も、終わりか」

 

 

 肌寒い風を受けながら、近くの彫刻を見上げる。鱗の細部まで細かく削られた《火竜》リオレウスの彫刻は、今にも俺に襲いかかりそうなほど精巧に作られており、その偽物の視線の先には、茂みに囲まれたアプトノスの家族の彫刻があった。

 

 家族。互いの血を分け合い、助け、愛する組織。もし俺を挟む形で立つ彼らが本物であった場合、これから起こるのは、その愛によって作られた大切な時間の破壊。

 

 リオレウス(強者)アプトノス(弱者)を喰らう、自然ではごく当たり前な光景。俺は、それを少し弄くり、人間界に置き換えたことで溜まった負の感情によって生まれた。特に『クロウ』という存在を構成しているのは、そうして死んでいった子どもたちの魂だ。

 

 まだ世の中のことを詳しく知らない彼らでも、自分が殺される瞬間、『なぜ自分が殺されなければならないのか?』と無意識の内に思う。その疑問は死んだ後、地獄で自分を殺した相手の姿を見た時、悲しみや怒りへと変化する。分かりやすく説明するならば、透明な水に赤や青などの色をした液体などを垂らし、透明な水はそれと同じ色に変化するような感じだ。

 

 最初にそれによって生まれたのが、我が父サナトス。次に彼の体から漏れだした子どもたちの負の感情によって生まれたのが、この俺、クロウである。

 

 最初こそ、世の中の家族は誰だってこんな関係なのだろうと思っていた。しかし、それは間違いであったと、目覚めてしばらくした時に気づかされた。

 

 生者たちへの憎悪しかないはずの父上が、俺を気遣い、支えてくれたのだ。その時に浮かべた笑顔を、俺は一生忘れることはないだろう。そして、今俺が世話になっている、かつての敵の家族も、父上が浮かべたものと全く同じ笑顔で溢れていた。

 

 

「家族……、父上……」

 

 

 会いたい、父上に会いたい。

 

 そんな思いが込み上げてくる。しかし、それは叶わない。父上はもう、十七年前の戦争によって命を落としたのだから。

 

 リオレウスの彫刻に寄りかかり、涙を流す。こんな孤独感を抱くのは初めてだ。とても恐ろしく、哀しく、自分はこのまま独りぼっちで有り続けるのかとつい考えてしまう。

 

 欲しい。家族が欲しい。仮の家族ではなく、本物の、死者たちの嘆きの結晶である俺と愛を育むことができる相手と作る家族が。

 

 

「クロウさん? どうされたんですか……?」

 

 

 そんな時、後ろから声をかけられた。

 

 

「誰かがすすり泣く声が聞こえたので来てみましたが、貴方だったんですね」

「……アリア」

「はい、アリアですよ。……それで、なぜ泣いていたのでーーーえっ!? ちょ、ちょっとっ!?」

 

 

 俺が急に抱きついたことに驚いたのか、アリアはすっとんきょうな声をあげる。しかし、俺が嗚咽を漏らしながら抱きついているということを思い出したのか、わたわたとしていた体は徐々に落ち着いていった。

 

 

「母上、俺を、抱き締めて、くれ……」

「ふふ、クロウさんは本当に甘えん坊さんですね……。いいですよ。泣き止むまで、ずっと抱き締めていますよ」

(甘えん坊……か)

 

 

 その言葉を否定する気はない。この二週間の間、こうしてアリアに子どものように甘えたことは何度もあった。その度にアリアは慈愛の笑みを浮かべながら、俺を抱き締めてくれた。家族でも恋人でもない俺に、ここまで優しくしてくれていることが俺にとっては物凄く嬉しく、しかし多少の恥ずかしさもあった。

 

 まだ生まれて二~三ヶ月ほどしか経っていないとはいえ、俺の見た目はアリアと同年齢のものなのだ。恥ずかしいと思わない方がおかしい。

 

 

「旅行、終わっちゃいましたね。クロウさんは楽しめましたか?」

「……うん。母上は……?」

「私も楽しめましたよ♪ 《ドンドルマ》では見られないものをたくさん見られましたから! ここで作った思い出は、きっと忘れません!」

 

 

 俺を見上げるアリアの顔は太陽のように明るく輝いており、その言葉が嘘ではないことを語ってくる。

 

 

「……俺は、母上を……、アリアを、護る」

「え?」

「たとえ、相手が、どんなに、強くても、絶対に、アリア、お前を、護る。アリアは、俺に、光を、教えてくれる、人だから」

「えっ……あ、うぅ……!」

 

 

 顔を真っ赤にしたアリアが俯き、チラチラと俺の顔を見つめてくる。なぜそんな反応をするのか理解できないが、俺はアリアの背中に回していた腕を解く。

 

 

「……ありがとう、アリア。おかげで、気持ちが、落ち着いた」

「あ、はい……そ、それは、よ、よかったです、ね……」

「……? なぜ、俺と、似た、口調に、なって、いる?」

「な、なんでもありません! は、早く戻りましょう! 寒いです! ものすっごい寒いです! 早くお城に戻って暖まりましょうッ!」

「わ、わかった」

 

 

 蒸気が出そうなほどに顔を真っ赤にしたまま、アリアは足早に城へと戻っていき、俺もそれに続いた。

 



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Too surprising presents

 

「世話になったな。わざわざ一室を貸してくれて、本当にありがとう」

 

 

 太陽が完全に顔を出した頃、城門の前に立ったレイがロウェルに頭を下げると、ロウェルは両手を振りながら顔をあげるよう促す。

 

 

「いえいえ、王位を継承する前にたくさんアドバイスを戴いたお礼ですよ。まだまだ恩は返せないほどありますけど……」

「いや、これでかなり返してくれたと思うぞ。でも、貸しを作るためにアドバイスをしてわけではないこと、しっかり覚えておけよ。それに、お前はもう一国の王なんだ。ただの一介の政治家なんぞに、わざわざ恩を返さなくてもいいのに」

「そんな! そんなことはできませんよ!」

「まだまだ未熟だな。確かに恩は返すべきだが、一つ一つを丁寧に返すのはダメだ。ただ一言、感謝の言葉を告げれば、それだけで臣下は努力を報われた気持ちになる。くれぐれも、その人物のみ給料を増やしたり、徴収する税を軽減させるのはご法度だ」

「わかりました。貴方はずいぶんと、王としての在り方を理解しているようですね。どうしてですか?」

「なに、そういうことを知ってる知人がいるだけだよ。……さて、そろそろいい頃合いだな。俺たちは帰るとしよう。改めて、ありがとう」

「こちらこそ。いつでも遊びに来てね。国民共々、君たちを歓迎するよ。……そうだ。ルーたちが君たちに贈り物をしたいそうだよ」

 

 

 ロウェルの左右にいるルーたちが、使用人から受け取ったプレゼント箱を俺たちに渡してくる。それを渡してくる二人の顔は涙と鼻水で汚くなっており、思わず顔をしかめたくなるが、空気を読んで平静を保つ。

 

 レイたちと共に感謝の言葉を伝えると、二人は嗚咽を漏らしながらコクりと頷いた。その姿が愛らしく、少しだけ唇の端がつり上がる。

 

 

「それじゃあ、さよならだ」

「さよならです、体には気をつけてくださいね」

「ばいば~~い!」

「じゃあな、ロウェル! ルー! ロリア!」

「元気でなの」

「ルーちゃんたちもお元気で!」

「また会おうぜ!」

「また、会おう」

「うん、また来てね。次に来る時は、この国はもっと豊かになっているから、楽しみにしていてね」

 

 

 手を振り、城を後にする。そして竜車のある場所へと歩き出す。それまでの間に続く街並みを眺めながら、この一ヶ月の旅行で得た思い出を振り返っていく。途中、国王の暗殺という大事件が起きたことで、まだ街には哀しみの色が見られたが、それでも皆がその哀しみを乗り越えようと必死に生きているのが感じられた。

 

 やがて竜車のある場所へとたどり着くと、そこにはエピソードがいた。

 

 

「おや、クロウさん。貴方も《ドンドルマ》へ帰るのですか?」

「あぁ、そうだ。お前も、帰るの、か?」

「えぇ、その通りですよ。……おや、どうやら次の竜車が来られたようですね。乗車できる人数は……九人ですか。そちらは八人。すみませんが、私も乗せてくれませんか?」

「別に構わないさ。早速乗ろう」

 

 

 荷物を預け、竜車に乗り込む。竜車が進み出し、エピソードとこの国で体験したこと、できた思い出について語り始める。

 

 

「……なるほど、そんなことが。実に面白いですね。メモしておきましょう」

 

 

 懐から取り出したメモ帳に俺たちから聞いたことを書き留めながら、横目で俺たちが抱えているプレゼント箱を興味深そうに見てくる。

 

 

「そのプレゼント箱、中身はなんでしょうかね?」

「そうだな。ここで、開けるのも、いいかも、しれない」

「では、開けましょうか」

 

 

 全員揃ってプレゼント箱を開ける。俺の箱から現れたのは、歯車のネックレス。周囲を見渡すと、レイたちも、ネックレスではないが、歯車を主体としたなにかだった。そして俺の前に座るアリアが取り出したのは、

 

 

「なんでしょうか? これ」

 

 

 メヒャーリプ王国の紋章が入った小さな卵形の銀色の玉と、それから伸びた糸の先には一つのボタンが取りつけられた長方形の物体があった。それが姿を表した途端、大人連中ーーールクスも含むーーーが一斉に吹き出した。

 

 

「そ、それって……ま、まさか……ッ!?」

「ロ、ロロロロロロ……ッ!」

「え、えっ!? な、なんなんですかっ!? お、お父様! これはいったいなんなんですかっ!?」

「お、教えられるか! こういうのを知るのはまだ早ーーー」

「それはローターと言いまして、よく性交や自慰などに使われるものですね」

 

 

 この男、平然と言い切った。

 

 

「な、なななななななんてものを渡してきたんですかあのお姫様方はッッ!!」

 

 

 叩きつける勢いでローターをプレゼント箱へと戻したアリアが即座に蓋をしようとするが、その中にローター以外になにか入っていることに気づいた俺は、蓋を持ち上げたアリアの片手を掴む。

 

 

「待て。なにか、入って、いる」

「え? あ、本当です。なんでしょうか……」

 

 

 アリアが箱から取り出したのは、一通の手紙。それを開いて、アリアはその文章を読み上げる。

 

 

「『親愛なるアリアへ。一ヶ月間、同じ屋根の下で暮らし、同じご飯を食べた仲として、太古の昔に使われていたものを復元したものを渡したいと思います。古文書には相手を気持ちよくするものも記してありましたので、恐らくマッサージ専用の道具だと思いますので、是非とも使ってみてください。またメヒャーリプ王国へ訪れることを、心よりお待ちしております』……。知らなかったんですね……、あのお姫様方は……」

「知っていて渡してきてたら、それはそれで凄いけどな」

「姉さん、どうするの? それ」

「どうするもなにも、折角貰ったものですし……」

「使うの、か?」

「まぁ、そういったことには使わずに、肩凝りを解すときに使おうかと思っています」

「とかなんとか言って、本当は使うんだゴッ!」

 

 

 腹にエリカの拳をねじ込まれ、ハヤトは苦しそうに呻く。

 

 それからは少しの間気まずい空気が流れたが、やがてそれは薄れていき、俺らは気持ちを切り替えるために様々な話をするのだった。

 





 皆様にお知らせです。私、明日から二日間ディズニーリゾートに遊びに行ってきますので、その二日間小説投稿を中断させていただきます。三日後には投稿を再開しますので、よろしくお願いします。


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The turn of the season 1 Sudden call


 ただいま戻りました! これより、再開いたします!



 

 数日かけて《ドンドルマ》に帰った俺たちは、早速元通りの生活に戻り始めた。レイたちは仕事に行き、俺たちは一ヶ月間休業していたハンター稼業を再開。あの旅行から丁度一ヶ月が経ち、俺たちはいい感じに経験を積み上げていき、ハンターランクも着々と上がっていった。それ故か、俺たちは周囲の仕事仲間からは将来を感じさせてくれるハンターと思われているらしい。まぁ、それも当然と言えば当然だ。

 

 片や最強の龍と最強の人間の間に生まれた姉弟、片や最強のハンターであることを示す称号『モンスターハンター』を受け取っても申し分ないほどの強さを持つ男女の間に生まれた男がいるのだ。将来を感じさせてくれないわけがない。

 

 

「今回も楽勝だったね、姉さん」

 

 

 レウス装備に身を包んだジークがレイア装備に身を包んだ姉に声をかけると、アリアはそれに頷く。

 

 

「はい。ですが、ジーク? あまりハヤトさんと一緒に突っ込んでいかないでください。今はまだ下位なのでなんとかなりますが、これが上位やG級であれば、貴方たちの行動は自殺行為に近いものなんです。ですから、あまりあのような行動は控えてください」

「いいじゃねぇか別に。受け流しちまえばどうってことねぇだろ?」

 

 

 自分たちの行動を諫めてくるアリアにガルルガ装備のハヤトが文句を言うと、アリアはハヤトを厳しい目で見上げながら、自分がなぜハヤトたちの行動を諫めたのかを告げる。

 

 

「全て貴方の思い通りになるとは限りませんよ、ハヤトさん。私たちよりも上の世界では、カウンターをカウンターで返される話はよくあるそうですから」

「マジかよ……。じゃあ、カウンターをカウンターで返されたら、またカウンターを返すのはどうだ?」

「とりあえず、特攻するという考えは捨ててください! クロウさんもなにか言ってください!」

「確かに、返された、カウンターを、さらに、カウンターで、返すのは、できる。だが、お前は、まだ、その、レベルでは、ない。今は、アリアの、言葉が、一番、生き残るために、最適な、もの。ハンター稼業は、常に、死と、隣り合わせ」

「う……っ、た、確かにな」

 

 

 自分たちがクエストをクリアできていることに油断していたのか、どうやらこの男はハンター稼業というものを忘れかけていたらしい。

 

 姿だけ人間である俺は別として、彼ら人間はモンスターという脅威に対抗するための武器を持っているが、その身体能力は高が知れている。本に記されてあった竜大戦の時代から、人類とモンスターの間には決定的な差が出ているのだ。

 

 

「わかってくれたようでなによりです。では、明日に受けるクエストを確認してから帰るとしましょう」

「そうだね、日も暮れかかってるし、それがいいよ」

 

 

 そうして俺たちは受付嬢から受け取った、明日受けるクエストについて詳しく記されている紙を一通り確認してから、家に帰った。レイは数日前から出張ということで別の街に向かっているので、レイ抜きの状態で夕食を食べることとなった。

 

 

「なんだか今の貴方たちを見ていると、昔の自分を思い出します」

 

 

 エサをねだってくるシロたちにエサを与えるヴェリテがふとそんなことを呟き、懐かしいものを見るかのように俺たちを見てくる。

 

 

「お母様も、昔は私たちのように仲間たちと一緒に狩りに出かけていたんですか?」

「そうですよ。怖い目に遭ってこの仕事を辞めようかと思ったことは何度もあります。ハンターの仕事は稼ぎはいいですが、いつなにが起こるかわかりませんから。単身で狩りに出かけられるのは、自分に相当の自信を持っている方のみですね」

「強者にのみ許される特権かぁ、少し憧れるな」

「やらないでくださいね?」

「わかってるよ。俺も自分が未熟だってことは理解してるつもりだから、わざわざ釘を刺さなくて大丈夫だよ、姉さん」

「信じてますからね」

 

 

 そんなやり取りをしながら食事を終える。丁度いい頃合いだということで、今夜はもう眠ることとなった。明日も早くに出発するのだ。その判断は正しい。

 

 

「クロウさん、少しいいですか?」

 

 

 自室のある二階へと続く階段に足をかけようとした時、後ろから声をかけられた。

 

 

「お話があります。少しだけ付き合ってくれませんか?」

「俺だけ、か? アリアたち、は……」

「はい、その通りです。二人きりで、お話がしたいんです」

「……わかった」

 

 

 なんの話だろうか? アリアたちに対して、俺はなにもしていない。なのに、なんでそんな険しい表情をするのだろう。

 

 少しの不安を抱えながら、俺はリビングへ歩き出したヴェリテに続いた。

 



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Suspicion from the princess

 

「単刀直入にお訊ねします。ジークになにかしましたか?」

「……なんだ? その、質問は」

 

 

 リビングに置かれた机を挟んで向かい合った直後、唐突な疑いをかけられた俺の口から、思わずそんな言葉が出てしまう。詳しく説明を願うと、「(とぼ)けないでください」とヴェリテは口調を強めて返してきた。

 

 

「あの旅行中に起こった事件、その時に現れたあの黒い獣……。彼からは《復讐者(リベンジャーズ)》と似た力を感じました。もしや、貴方が使役していたというわけではありませんよね?」

「あの、黒煙の、こと、か? そんなわけ、ない。《復讐者(リベンジャーズ)》に、あの、ような、者は、見たことが、ない。第一、もし、仮に、そうであった、場合、俺は、即座に、その気配に、気づく。考えすぎ、だ」

「その言葉が真実かどうかがわからなければ、私は貴方を完全に信じることはできません。……あの旅行から一ヶ月、ジークの体や態度にはなんの変化もありませんでしたが、一つだけ、変わっていたものがありました」

「それは?」

「龍脈のリミッターですよ。あれはジークがどんなに力を高めても龍人態に変化しないためにレイさんがかけたものです。レイさんは今やこの世界最強とまで言われる《死煌龍》……そう簡単にはあの人がかけたリミッターが破壊されるわけがありません。ですが獣は、容易くそれを破壊しました。しかも、貴方の持つその《死脈》と似た力で」

「だから、俺に、疑いを、かけた、と?」

「改めてお訊ねします。ジークに、なにかしましたか?」

 

 

 流れる沈黙。わずかに身を乗り出してじっと俺を見据えるヴェリテの瞳には、『息子に闇を植えつけた張本人はこの男なのだろうか?』という疑惑と、『息子を傷つける相手は、絶対に許さない』という憤怒の感情が宿っていた。それに、俺は首を振って答えた。

 

 

「……そうですか」

 

 

 瞳に宿る感情が少しだけ収まるのと比例するように、それと同じ感情を宿していた口調も少しだけ柔らかいものに変化した。

 

 

「本当にしていないのですね?」

「嘘を、吐いて、なんの、メリットが、ある? 闇を、抱かせた、ところで、俺には、なんの、メリットも、ない。いくら、俺が、闇の、住民で、あったと、しても、そうして、疑うのは、止めて、ほしい」

「……すみません。私も、こういうのは嫌なんですよ。ですが、貴方はかつて多くの人々の命を奪った組織の長の息子。どうしても貴方と、あの男の姿が重なってしまいまして……」

「仕方ない。《復讐者(リベンジャーズ)》の、脅威を、目の当たりに、している、お前なら、そう、思うのも、当たり前。……話は、これで、終わり、か? なら、俺は、眠らせて、もらう。明日も、早い」

「あ、待ってください。最後に一つだけ」

 

 

 椅子から立ち上がりかけた俺を押し止め、ヴェリテは少し悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

 

「貴方、『どんなに強い相手でも、必ず護る』と、あの娘に言ったようですね?」

「な、なぜ、それを……」

「アリアから教えてもらったんですよ。あの娘ったら顔を真っ赤にして嬉しそうにしていて、とても可愛かったです♪」

 

 

 そう言い終えたヴェリテの顔は晴れやかなものであり、怒られるのではないかと緊張していた俺の心を(ほぐ)していった。

 

 

「言い切ったからには、護ってもらいますよ? 男に二言はありませんからね」

「完全に、信用できないんじゃ、なかった、のか?」

「確かに、私は貴方を完全に信じていません。ですが、なんとなくわかるんです。貴方が、あの娘をしっかりと護ってくれることを」

「その、根拠は、なんだ?」

 

 

 この質問に、ヴェリテは顎に手を当てながら少し沈黙し、やがてこう答えた。

 

 

「女の勘……というものですかね?」

 

          ***

 

「ここら辺がいいな」

 

 

 深夜の森林で、男は手に持つ蒼い石を放り投げる。すると、蒼い石から放たれる光が強くなり、巨大なものが落下する音と同時に、その光は収まった。

 

 

「グルルル……」

「さぁ、暴れるがいい。しかし、適度にだ。下位のハンターたちの元にクエストとして貼り出されるようにな」

 

 

 男の指示にモンスターは少しだけ不服そうな反応をして見せると、男は彼の反応は正しいということを肯定するように頷く。

 

 

「確かにそう思うだろう。だが、これも世界のためなのだ。許してくれ」

「グルルル……」

「……そうか、助かる。では、行ってこい」

 

 

 モンスターが大地を踏み鳴らしながら生い茂る木々の間に消えていくのを見送ると、男は頭上に昇る月を見上げる。

 

 

(まずは芽が出るのを待つとしよう。本格的に動くのはその後だ)

 

 

 少し強めの風が吹く。それが過ぎ去った頃には、その男は影も形もなくなっていた。

 



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Urgent quest

 

 それから数日後、上位ハンターに届きうる戦績を修めた俺たちは《集会所》のギルドマスターに呼び出され、そこにいるギルドマスター、ユミトにこう告げられた。

 

 

「《密林》に出現したブラキディオスを討伐してほしい」

「え? み、《密林》……ですか?」

「あぁ、にわかには信じがたい話だろう? 普段は火山地帯に生息しているはずのブラキディオスが、なぜか《密林》で猛威を振るっている。……といっても、その規模はあまり広くないから、まだ周辺の村に被害は出てないがな」

「そ、それで、なぜ私たちに依頼を?」

「規模が小さいならば、このブラキディオスは下位個体のはずだ。そこでお前たちに、このブラキディオスを討伐してもらいたいと思ったんだ。ブラキディオスは爆破属性を使う手強いモンスターだが、引き受けてくれるか? もちろん、報酬はきちんと払わせてもらう」

「どうしますか?」

 

 

 アリアの顔には、明らかな不安が浮かび上がっていた。ブラキディオスは恐ろしく危険なモンスターで、そのモンスターによって命を落とす者や、ハンター生活の断念を余儀なくされるハンターたちは後を絶たない。アリアの不安は、自分たちもその仲間に加わるのではないかというものだ。

 

 

「どうするって言われても、やるしかねぇだろ?」

「あぁ、ギルドマスター直々の依頼だ。断るわけにはいかないよ」

「俺も、同じ」

「……わかりました。その依頼、受けさせてもらいます」

「すまない。本当は俺が行きたいところなんだが、生憎まだ《死煌龍》との戦いでの傷が痛んでな。まとも武器を握れやしない」

 

 

 『モンスターハンター』の称号を持っているハンターでもあるギルドマスターは、包帯で巻かれた右腕を俺たちに見せつけるように持ち上げながら苦笑する。

 

 

「最高の仲間たちと一緒に配下の『王』たちには辛くも勝利できたんだが、《死煌龍》には手も足も出なかった……。改めて、《死煌龍》がヤバいモンスターだってのを思い知らされたぜ。あいつがもし敵だったらって思うと、ゾッとする……」

「そ、そんなに強いのか……?」

 

 

 《死煌龍》討伐を目標としているジークが恐る恐る訊ねると、ユミトは険しい表情で頷く。

 

 

「俺も全ハンター中最強って呼ばれてるが、あれには勝てる気がしない。お前たちも、いつかは俺たちみたいに『モンスターハンター』の称号を手に入れる日が来るかもしれないが、《龍の王国》に行くのなら相当の覚悟はしておけよ。殺しはしないとはいえ、かなりの恐怖を植えつけられるからな」

 

 

 まず《死煌龍》への挑戦権を得るためには、彼の治める《龍の王国》と呼ばれる大陸の各地にいる彼の配下である七頭の『王』を倒さなくてはならず、《死煌龍》への挑戦権を獲得したのはほんの一握りで、それ以外は自分の力不足を理解して修行に戻る者や、彼らの圧倒的なまでの力に当てられて武器を置く者たちがほとんどだ。

 

 

「おっと、話が逸れたな。それじゃあ、お前たちに依頼書を渡す。それを竜車の御者に見せれば連れてってくれるだろう。シェーン」

「どうぞ、こちらが依頼書です」

 

 

 こちらもハンターであり、ヴェリテの弟子であるシェーンから依頼書をアリアが受け取り、俺たちはアリアを囲むような形で立って依頼書を確認する。ギルドマスターの判子が押してあるため、これを見せれば御者も納得してくれるだろう。

 

 

「頼んだぞ」

「はい、お任せください。では皆さん、行きますよ!」

 

 

 《集会所》を後にし、しっかりと準備をしてから竜車のある場所へと向かう。御者にギルドマスター直々の依頼書を見せると、御者は早速といった様子で俺たちに竜車の乗り込むよう促し、俺たちは一同、《密林》を目指す。

 

 

「消臭玉は俺たち四人で合計四十個、誰かが爆破属性やられになっても対応できるな」

「そうですね。しかし、油断は禁物です。消臭玉があることに気を抜かないで、爆発する粘液に注意して戦いましょう」

「姉さん、陣形はどうする?」

「そうですね。ブラキディオスは近接攻撃をしてくるモンスターですが、その動きは単純なので、容易くカウンターはできるでしょう。それとジーク、攻撃を上手く避けながら攻撃を与えることはできますか?」

「もちろん。動きが単純なら、いつも通りにやれるはず」

「では、クロウさんは危ないと感じたら、即座にお二人をブラキディオスから引き剥がしてください。私も近づいて攻撃をしますが、お二人よりは状況を判断できますので、自分で退避できます」

「任せろ。だが、もし、危ないと、感じたら、アリアも、助ける。安心して、攻撃、しろ」

「ありがとうございます」

 

 

 大まかな作戦の確認を終え、俺たちは《密林》に到着する時を竜車に揺られながら待つのだった。

 



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A crushing dragon lurking in the jungle

 

 数日かけて《密林》に到着した私たちは、ここまで連れてきてくださった御者さんに感謝の言葉を述べ、ベースキャンプですでに送られていた支給品をポーチに入れてから、少しじめじめとする森の中を歩き始めます。

 

 

「焦げ臭いですね……」

 

 

 微かに漂う焦げた臭いに顔をしかめながら呟くと、後ろから「当然」という声が聞こえてきました。

 

 

「ここには、ブラキディオスが、いる。粘菌が、爆発、したんだろう。そこだ」

 

 

 クロウさんが指差した先には、粉々に破壊された木々の中心に、なにかが爆発したような跡がありました。恐らく、あれがブラキディオスの粘菌が爆発した場所なのでしょう。その規模の大きさに、改めて今回自分たちが相手にするモンスターは強力な存在だということを思い知らされます。

 

 

(これが上位やG級……そして《龍の王国》の個体となれば、どれほどまでの規模になるのでしょうか……)

 

 

 そんなことを考えるだけでも、背筋を冷たいなにかが通っていきます。わずかにぶるりと体を震わせると、それに気づいたのでしょうか、ジークが声をかけてきました。

 

 

「どうしたの? 姉さん」

「改めて、ブラキディオスは恐ろしいモンスターなんだと思ったんですよ。下位でもあの規模なのに、その上となれば、規模はどれほどまでの広まるのかと……」

「確かにあの爆発を喰らったら危ないけど、粘菌は自力では全く動けないから、爆発する前に離れれば大丈夫だ。それに、俺たちの誰かが爆破属性やられになったとしても、消臭玉があるから大丈夫」

「そうですけど、何度も言いますが、油断は禁物です。用心深くいきましょう」

「わかったる。もしなにかあっても、俺が姉さんを護るから。クロウにばっかカッコいい真似はさせない」

「ふふ、頼もしい弟ですね」

 

 

 自信に満ちた表情で意気込む弟を誇らしく思いながら、私たちは洞窟の中へ足を踏み込みます。

 

 どこからか落ちてきた水滴がピチョンッと落ち、その音は薄暗い洞窟内に山彦(やまびこ)のように響き渡り、やがてゆっくりと消えていきました。

 

 少しだけじめじめとした空気から解放されたことを嬉しく思いながら歩を進めると、ついにそれは現れました。

 

 

「あれが……ブラキディオス……」

 

 

 丸まってすやすやと寝息を立てている、黒曜石のように日光を反射する体。そして、わずかに見える頭部や前足にまとわりついている黄緑色に発光する粘菌。あれこそが、私たちの今回の獲物である、《砕竜》ブラキディオス。

 

 思わず呆然としてしまう私たちの存在を察知したのか、パチリと目を覚ましたブラキディオスが起き上がります。その際に前足に付着していた粘菌が《砕竜》の前の地面に付着し、少しずつ色を変え始めました。

 

 

「ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 

 完全に起き上がった《砕竜》が咆哮を轟かせると同時に、赤色に変色した粘菌が爆発します。咆哮が反響する洞窟の天井からパラパラと小石などが落ち、私の頭に当たります。やっと咆哮が収まり、私たちはそれぞれの得物を引き抜きます。

 

 

「いきますよ、皆さん。狩猟開始ですッ!」

「「おうッ!」」

「わかった」

(そこは合わせてくださいよ……)

 

 

 空気を読まずに答えてきたクロウさんに少しだけ苦笑しながらも、私たちは走り出します。《砕竜》が降り下ろしてきた右前足を避け、地面に付着した粘菌に注意しながら斬りつけます。しかし《砕竜》はそれを気にかけず、少しあげた右前足を横薙ぎに振りました。間一髪で左手に持つ盾で防ぎますが、その前足の力強さに押し負け、私の体は宙を舞います。回転しながら着地した私の前をジークとハヤトさんが走り、今度は左前足を降り下ろして攻撃してきた《砕竜》にハヤトさんがカウンターを与え、その後ろで風を切って振られた尻尾をジークが華麗に受け流しながら連続で斬りつけます。素早く離れる二人を追うように動き出した《砕竜》の前に立ちはだかったクロウさんが、今も使っている初心者用の片手剣を振るうと、今回もまたモンスターの体が大きく吹き飛ばされますが、《砕竜》はこれまでのモンスターたちとは違ってすぐに体勢を立て直し、両前足を舐めました。その動きの後にすることは、すでに図鑑で予習済みです。

 

 

「ハヤトさんッ!」

「わぁってるよッ! 狩技《鏡花の構え》ッ!」

 

 

 高くジャンプして両前足を叩きつけようとしてきた《砕竜》にハヤトさんが強力なカウンター技である狩技を発動させます。

 

 

「ギャァアアアアアアアアア……ッッ!!」

 

 

 まさか強力なカウンターを返されるとは思っていたのか、《砕竜》は大きくバランスを崩します。その隙を逃すはずはなく、私たちは一斉に攻撃を仕掛けました。しかし、硬い漆黒の肉体であるため、斬りつけてもあまりいいダメージは期待できそうにありません。

 

 やがて《砕竜》が起き上がり、私たちが即座に飛び退いて次の行動に備えると同時に、《砕竜》の身に纏う粘菌が変色します。これは……

 

 

(怒り状態……!)

「ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 

 黄色に変色した粘菌を纏った《砕竜》が、憤怒の咆哮を轟かせました。

 



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Obstinacy of Hayato

 

 怒り状態になった《砕竜》が俺に向かって右前足を叩きつけてくる。バックステップで回避するが、《砕竜》が興奮していることで活性化した粘菌が即座に爆発し、その風圧によって着地しようとしていた体のバランスが崩れ、背中を強く地面に打ちつけてしまう。その隙を逃すはずもなく、《砕竜》が今度は左前足を持ち上げて俺に下ろそうとしてくる。

 

 

「ハヤトッ!」

 

 

 間一髪でジークが俺の体を引きずって左前足の攻撃を回避することに成功し、俺は戦闘中だということも忘れて心底ホッとしてしまう。

 

 

「助かったぜジーク! この借りは絶対ぇ返してやるから、楽しみにしてなッ!」

「それは楽しみだ! それなら、絶対に生きて帰らないとなッ! ……ッ! 来るぞッ!」

「ガァッ!」

 

 

 《砕竜》が俺たちの頭上を跳び、背後に立った瞬間に回転しながら右前足で攻撃してくる。ジークの前に立った太刀を構え、迫りくる右前足にカウンターを与えた。

 

 

「お前は速ぇが、動きが単純なんだよッ!」

「ハヤトさんッ! 尻尾がッ!」

「あん? ぐぉ……ッ!」

 

 

 《砕竜》の動きに合わせて迫ってきた尻尾にカウンターする隙すら与えられず、弾き飛ばされる。地面を転がった俺の左右をアリアとクロウが駆け抜け、アリアは屈んだクロウの背中を踏み台に、《砕竜》の背中に飛び移った。

 

 

「大人しく……しなさいッ!」 

 

 

 アリアは腰の剥ぎ取り用のナイフを取り出し、自分を振り落とそうとする《砕竜》の体に必死にしがみつきながら連続で斬りつけていく。絶え間なく暴れる《砕竜》の巻き添えを喰らわないように俺たちが距離を取ろうとした途端、ついにアリアが《砕竜》から振り落とされ、地面に落下した。

 

 《砕竜》は自分にしがみついていた目障りな人間を排除すべく頭を地面に突き刺し、突き上げる。《砕竜》の前方が爆発し、それにアリアの体が包み込まれる。

 

 

「アリアッ!」

「姉さんッ!」

 

 

 思わず爆発に巻き込まれた友の名を叫ぶが、黒煙の中から彼女の返答は返ってこない。しかし、その代わりに黒煙の中から聞こえてきたのは、風を切るような音だった。それによるものなのか、黒煙は内側から破裂するように消え去り、現れたのは、

 

 

「大丈夫、か? アリア」

 

 

 残像が見えるほどの速さで片手剣を回転させるクロウと、間抜けにポカンと口を開けて呆然と彼を見上げているアリアの姿だった。見たところ、二人とも目立った外傷はないようだ。恐らく、あり得ないような話だが、クロウが片手剣を回転させて爆発を無効化したのだろう。

 

 

「まったく……ホントにオメェはわけがわかんなくて、頼もしい奴だなッ!」

 

 

 だが、クロウにばっかいいところを持っていかれても困る。太刀を担ぎ、両前足を舐めている《砕竜》に走る。俺が近づいてきていることに気づいた《砕竜》も走り出す。

 

 

「どうりゃあッッ!!」

「ガァッッ!!」

 

 

 太刀と右前足が激突し、せめぎ合いが始まる。俺を押し潰そうと力を込める《砕竜》に対し、俺は太刀を握る両手に力を込めて右前足を押し返そうとする。膝を曲げれば、ただでは済まないだろう。だが、そんな時こそ、生物はその真価を発揮するのだ。

 

 

「いくぜ……オラァッッ!!」

「ガァッ!?」

 

 

 不思議なほど力が湧いた俺は右前足を押し返し、狩技を発動させる。

 

 

「狩技《桜花気刃斬》ッッ!!」

 

 

 後方に跳び、全力の二撃を叩き込む。太刀を鞘に納めると、後ろから硬質なものが二つ破壊される音が聞こえた。振り向くと、そこには両前足が破壊された《砕竜》が俺に怒りの視線を向けていた。

 

 

「よしッ! 部位破壊成功! イテテ……」

 

 

 先ほどのせめぎ合いの影響か、両腕がじんじんと痛む。こちらに飛びかかってくる《砕竜》から逃げながらポーチから回復薬を取り出して一息に飲み干す。

 

 

「すまん! ちょっとだけ休ませてくれ! 一応回復薬は飲んだが、まだ太刀は握れそうにねぇ!」

「わかりました! 私たちも負けていられませんね! いきますよッ! クロウさん!」

「任せろ」

 

 

 クロウがポーチから取り出した角笛を吹くと、それに反応した《砕竜》が俺からクロウへと視線を移し、クロウに殴りかかる。それを容易く避けたクロウが片手剣を振るって《砕竜》を斬りつけ、それに続くようにアリアとジークが攻撃を仕掛ける。《砕竜》が大きく怯み、三人から距離を取るようにじりじりと後ずさりながら、再び両前足を再び舐めた。しかし、次に《砕竜》が取った行動は飛びかかりではなかった。

 

 

「あ! 待てッ!」

 

 

 急に方向転換した《砕竜》が、洞窟の外に向けて走り出したのだ。それを追ってジークを先頭に走り出す三人に続いて走ると、《砕竜》の様子に少し嫌な予感がした。そして、それは的中してしまった。

 

 突然ジャンプした《砕竜》が、壁を踏み台にして俺の前を走る三人に攻撃を仕掛けようとしていた。しかも、今の《砕竜》は怒り状態。あの前足が地面に触れた瞬間、即座に爆発が起こる。

 

 

「お前ら、どけぇええええええええええッッッ!!!」

 

 

 全力で足を動かし、迫りくる《砕竜》の前に立ち竦む三人を突き飛ばす。

 

 瞬間、視界が真っ赤に染まった。

 

 それが目の前に落ちてきた《砕竜》による爆発だと気づいたのと、打ち上がった俺の背中に強烈なアッパーを受けた衝撃と激痛が襲ってくるのは同時と思えるほど早かった。再び爆発が起こる。俺の体は天井に激突し、ヒビを残しながら落下していった。

 



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Overflowing darkness

 

「ハヤト……ッ!」

 

 

 俺たちを庇って《砕竜》の攻撃を受けた親友の元に駆け寄り、大の字になって倒れている体を揺さぶる。防具は傷だらけだが、特に腕や脚がおかしな方向に曲がってはいない。どうやら、防具が上手いこと親友の肉体を護ってくれたのだろう。

 

 しかし、少しだけ開けられたハヤトの口から呻き声は聞こえず、代わりに呼吸音が聞こえてくる。死んではいないようだが、危険な状態であることは間違いないだろう。すぐに秘薬を飲ませたいところだが、生憎そんな大層なものはまだ俺たちは持っていない。

 

 ハンターの危機を感じ取ったのか、どこからともなく荷車を押して二匹のアイルーが現れ、ハヤトを荷車に乗せてキャンプがある場所へと向かい始める。一先ずは彼らに任せても大丈夫なはずだ。

 

 

「お前……ッ! よくも……よくもハヤトを……ッッ!!」

 

 

 アリアとクロウと戦っている《砕竜》を睨む俺の声は、怒りに燃えていた。

 

 一度納めた双剣を抜き、その切っ先を向ける。

 

 

「お前は……貴様は……絶対に……ッ!」

 

 

 心の中に巣食う闇が、その牙を覗かせる。闇は水源から溢れ出す水のように俺の心を侵食していき、親友を傷つけたモンスターのみを収めている視界は歪み、目の前に黒いなにかが現れる。

 

 

「お前は誰だ」

 

 

 ーーー果てのなき闇。総てを呑み、喰らい、取り込む虚無。

 

 

「なにが目的だ」

 

 

 ーーー我が主の願望の完遂。闇が導く、平和の世界への到達。

 

 

「なぜ俺の中にいる」

 

 

 ーーー闇の増加と助力のため。

 

 

「俺に力を貸すのか?」

 

 

 ーーーそれこそが、平和の世界への到達に不可欠なもの。貴様が護りたい者全てを護る力、望むのならば与えよう。

 

 

「寄越せ、その力を寄越せ……ッ! 俺は奴を……許さないッ!」

 

 

 ーーー……それこそ、暗き深淵へと続く道。

 

 その言葉を最後に黒いなにかは姿を消し、再び視界に憎きモンスターが現れる。

 

 力が溢れる。心から溢れ出す闇が、俺の姿を塗り替えていく。《砕竜》の瞳に写る俺の姿は、いつの間にか人と龍の狭間の存在へと変化していた。

 

          ***

 

「あ、あの姿は……」

 

 

 人間とは言い切れない姿に変化した弟を呆然と見つめるアリアの口からそんな言葉が漏れる。しかし、確かに姿こそは、以前煌光種のジャギィを葬った時のものだが、色は禍々しい闇と紫に変色していた。そして、その両手に握る双剣も金と銀ではなく、両方とも総てを呑み込むような漆黒だ。

 

 

「闇の力……か」

「絶対ニ……絶対ニ殺ス……ッ! ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 

 翼のように鋭利な刃で構成された双剣を構えて、ジークが《砕竜》に攻撃を仕掛ける。音速の域にも届きうる速さで繰り出された攻撃をしかし、《砕竜》は避けてみせた。

 

 

「ジーク……!」

「待て、アリア」

 

 

 攻防を繰り広げるジークと《砕竜》の元へ向かおうとしたアリアを止めると、なぜ止めるのかと言いたげな表情で俺を見つめてくる。

 

 

「一つ、訊く。お前には、あいつらの、動きが、見える、か?」

「い、いえ……、全く見えません……」

「言っておくが、あの速さは、音速にも、届きうる。あの速さの、戦いに、飛び込めば、今の、お前では、間違いなく、死ぬ。もしかすると、ジークが、助けて、くれる、かも、しれないが、今の、様子だと、無理そうだ」

「そ、それなら、その音速の速さも捉えられているクロウさんが加勢しに……きゃあっ!」

「こんな、ことが、あるから、加勢には、いけない」

 

 

 俺たち目掛けて迫ってきた爆発を打ち消す。どうやら両者共に、今自分が戦っている相手以外は眼中にないらしい。アリアもそれを理解したのか、そそくさと俺の背後に身を隠した。しかし、顔だけはひょっこりと俺の肩から出して、なんとかしてジークと《砕竜》の戦いを見ようとしていた。

 

 

「むむぅ……やはり見えません……。すみません、今起こっていることを教えてくれませんか? 見れなくとも、応援はしたいんです」

「わかった」

 

 

 俺はアリアに頼まれたことを実行するために、ジークと《砕竜》の戦いを細かく伝えるために見始めた。

 

          ***

 

「どうだ? 彼の様子は」

「■■■……ッ!」

 

 

 絶え間なく衝撃音が鳴り響く洞窟の上に立つ男の問いに、隣に立つ獣が唸り声で返す。その答えに男は満足げな笑みを浮かべる。

 

 

「そうか、ならばいい」

 

 

 頷いた男は自分たちの下にいる《砕竜》に、次の命令を下す。

 

 

「その少年の闇を増幅させろ。いくら破壊しても構わん。だが、くれぐれも殺したりするんじゃないぞ」

 

 

 それに答えるかのように、足元から咆哮が轟いた。

 





 明日と明後日がテストなので、休ませていただきます。私事で投稿を休ませてしまい、申し訳ありません。


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Runaway of darkness


 お待たせしました! これより、再開いたします!



 

 振るわれる前足を体を回転させて回避し、着地と同時に足のバネを使って跳躍。一気に天井まで到達したジークは漆黒のオーラを放つ翼を広げ、真下にいる《砕竜》目掛けて急降下する。《砕竜》は後ろに跳んで降り下ろされた刃を避け、ジグザグに動いてジークを撹乱し、頭部でジークを弾き飛ばした。弾き飛ばされたジークは翼を羽ばたかせて滞空し、《砕竜》の頭上を飛び回る。そして四方八方から、《砕竜》の体を切り裂き始めた。その風圧は鎌鼬(かまいたち)となり、俺たちに向かってくる。それを剣で防ぎながら、俺は後ろに隠れるアリアに状況を説明する。

 

 

「す、すごいですね……。ですが、少し怖いです……」

「当然だ。人は、自分と、違う、存在には、怯える、ものだ。だが、お前も……」

「え?」

「……いや、なんでもない」

「な、なんですか!? 教えてください!」

「む、ジークが、殴られた」

「えぇ!? じょ、状況を説明してください!」

 

 

 流石に、「お前もジークと同じく、完全に人とは言えない」と言うわけにはいかない。それに、先ほど俺が言ったことは事実だ。今はもう体勢を整えているが、ジークは確かにその前足によって殴り飛ばされているのだ。その際に起こる爆発など、彼は気にもかけてなどいない。それほど、あの肉体は頑丈なものなのか、はたまた、痛みすら忘れるほどの怒りをその身に宿しているのか。

 

 

「サッサト……クタバレッッ!!」

「グギャアッ!!」

 

 

 半ば龍化している足で繰り出された回し蹴りに《砕竜》が怯み、その遠心力を殺さずにジークが双剣を投げ飛ばす。空気を切り裂きながら飛んでいった双剣は回転しながら《砕竜》の硬質な体を切り裂き、再びジークの両手に収まった。先ほどまで互角かのように見えていた戦いだったが、どうやら勝敗は決まったようだ。

 

 

「コレデ終ワリダ……ッ! オォ……ッ!」

 

 

 腕を広げたジークの背中の翼が広がり、全身から立ち昇っている漆黒のオーラがその勢いを増していく。もちろん、《砕竜》もただそれを眺めているわけではない。

 

 両前足と頭部に付着している粘菌の色が爆発寸前のような朱色へと変化し、なにかをしようとしていた。この両者を見ると、次の行動はとてつもない被害を出しそうだ。

 

 

「アリア、ここから、離れるぞ」

「は、はい!」

 

 

 嫌な予感を感じていたのはアリアも同じらしく、俺たちは一緒に洞窟の出口へ走り出す。だがどうやら、アリアの早さに合わせて走った場合、ジークたちの巻き添えを受けるのは免れそうにない。

 

 

「きゃっ!? な、なにをっ!?」

「黙って、ただ、掴まって、いろ」

 

 

 隣を走るアリアを抱え、アリアでも耐えられる速さで走って出口に向かう。だが、

 

 

「む……出口が……」

 

 

 地震が起こったかのように揺れている洞窟の天井から落ちてきた落石によって、出口が塞がれてしまった。黙っているが、どうするのかと無言の視線を送ってくるアリアの瞳には、明らかな助けを求める感情が宿っていた。

 

 

「仕方ない。少々、荒っぽく、いくぞ」

 

 

 降り注ぐ落石を踏み台にして、少しずつ作られていく新たな出口へ向かう。

 

 やがて視界が光で染め上げられ、眼下に緑が広がる。その瞬間、視界の片隅に二人の人影が見えた。それを確認すべく顔を動かすが、そこには誰もいなかった。だが、今はそんなことを気にかけている場合ではない。俺たちが抜け出した洞窟内から衝撃音が轟き、無数の岩石が俺たちに向かってくる。再びそれを踏み台にして、今度は地上を目指す。

 

 着地した俺は、上空から俺たちへと降り注ぐ岩石を剣を振るって破壊する。パラパラと落ちてくる小石が目に入らないよう気をつけながらアリアを下ろし、少々大きめの石はさらに破壊する。アリアもその程度のことはできるらしく、しっかりとタイミングを見極めて石を破壊してくれている。やがて完全に上空に石がなくなり、俺たちは警戒しながら洞窟があった場所へと足を動かす。

 

 

「ジーク……どこにいるんですか……?」

「恐らく、ブラキディオス諸共、この、瓦礫の、下敷き。……だが」

 

 

 ドンッ! と、大地が揺れる。

 

 

「心配する、必要は、ない、ようだ」

 

 

 一ヶ所の瓦礫が吹き飛ばされ、そこから漆黒の龍人態のジークが現れた。その手には、先ほどまで戦っていた《砕竜》の首があった。

 

 

「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 

 《砕竜》の首を放り投げたジークが野生に生きる獣のように勝利の咆哮を轟かせ、俺たちに視線を向けてくる。

 

 

「ジーク! よかったです……本当……え?」

「……ッ! アリアッ!」

 

 

 アリアに向けて双剣を振り下ろそうとしたジークから即座にアリアを引き離し、斬撃は空を切る。

 

 

「ジ、ジークっ!? どうされたんですかっ!?」

「敵……オ前タチモ……敵ダ……ッ!」

 

 

 殺意を含んだ視線にアリアが怯えたように後退り、俺はアリアの前に立つ。

 

 

「闇の、暴走……。まだ、早すぎた、か」

「ガ……ッ!」

 

 

 ジークの溝に拳を捩じ込み、今使える死脈をできるだけ送り込み、彼の体を変化させている龍脈を抑制するリミッターを構成する。ジークの姿がどんどん人間のそれに戻っていき、完全に戻ると気を失った。

 

 

「アリア、もう、大丈夫だ」

「ほ、本当ですか……?」

「あぁ、《砕竜》も、倒したし、クエストも、クリアだ。ハヤトの、ことも、気になる。早く、帰ろう」

「は、はい……」

(しかし……)

 

 

 ジークを担ぎながらキャンプに向かいながら、俺は彼の体内にリミッターを構築した時に感じたことを思い返す。確かにリミッターは構築できたが、恐らくは……

 

 

(……レイたちに話しておくべきか)

 

 

 そんなことを考えながら、アリアに遅いと言われた俺は足を早めた。

 



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The promise of cherry blossoms Cherry blossom village

 

「クロウさん、本当に大丈夫でしょうか……?」

「わからない。だが、賭けるしか、ない」

 

 

 竜車に揺すられながら、私は私とクロウさんの間で寝かされているジークとハヤトさんへ視線を落とします。

 

 あれからベースキャンプへ戻った私たちは、すでにアイルーたちによって戻されていたハヤトさんの容態を確認しました。しかし、ハヤトさんが目覚めることはなく、未だに気を失ったままのジークも連れて近くの村の医者を訪ねました。しかし、そこの医者はハヤトさんがどのような状態に陥っているかを理解することはできず、私たちはある人物の元に行けば治してもらえるかもしれないという情報を便りに、クエストをクリアしたことを伝えないまま、その方がいらっしゃる村へと向かいました。

 

 私たちが向かう先は、《エアクス村》。これまで数多くの有名な医師を輩出してきた、世界に名高い村です。その他にも、一年中桜が咲き誇っているため、観光地としても有名です。そして、どうやらそこに、あらゆる病気に対する薬品を次々と開発している方がいらっしゃるそうです。そこまでの道のりは然程(さほど)ないらしく、数時間でたどり着くようです。しかし、その間にジークの身に再び異様な変化が起きないか、ハヤトさんの容態が悪化しないか、気が気でなりません。ですが、

 

 

「どうしてクロウさんは、そんなに平然としていられるのですか……」

 

 

 目の前に座る彼の表情は、至って普通なものでした。きっと今の私はとても辛い表情をしているはずなのに、どうしてクロウさんは、いつものように平然とした様子でいられるのでしょうか。

 

 

「こういうのは、慣れている」

「え……? どういうことですか、それ……」

「体験は、していないが、している、と、言ったところ、だ」

「体験はしていないけど、している……?」

 

 

 それはどういうことかと訊ねようと口を開きかけた私を右手をあげて止めたクロウさんは、「今は、まだ、話せない」と言いました。

 

 

「まだ、それを、話すほど、俺と、お前は、仲良く、ない」

「で、ですがお互い何度もクエストを行った仲です! それでも、教えてくださらないのですか?」

「ダメだ」

 

 

 そうキッパリと言い返すクロウさんは、本当に私に話すつもりはないそうです。少なくとも今は。

 

 

「……欠けている、か?」

「え?」

「俺には、他人を、心配する、心が、欠けている、のか?」

「……ないとは言えません。でなければあの時、貴方はあんな言葉をかけてはきませんよ」

 

 

 《メヒャーリプ王国》でギア大臣に捕らわれていた私とハヤトさんを助けに来てくださった時のクロウさんの台詞を思い出します。すると、どうやらクロウさんもそのことを思い出されたらしく、「あぁ、あれか」と布の天井を見上げます。

 

 

「あの時、胸が、締めつけられる、感覚が、した。あれが、『心配』、というもの、か?」

「そうです。それが『心配』です。それがあるということは、貴方は誰かを心配する心を持っているんですよ」

「少し、嬉しい」

 

 

 俯いたクロウさんの頬が少し綻びましたが、すぐにその小さな笑みは消え去り、再び顔をあげます。その顔には、明らかな心配の感情が張りついていました。

 

 それからはお互い無言のままジークとハヤトさんの状態を確認し続け、ついに私たちの乗る竜車は《エアクス村》へ到着しました。すでにこの場所を紹介してくださった医者が伝書鳩を飛ばしてくださったらしく、そこで待っていた方々がお二人を担架に乗せて歩き始めました。それについていくと、私たちは一軒家にたどり着きました。

 

 

「先生! 患者を連れてきました!」

 

 

 扉の前でハヤトさんを乗せた担架を持つ方の声に、扉の向こうからくぐもった声が返り、扉が開けられます。

 

 そこから現れたのは、白衣に身を包んだ男性でした。年齢は私たちと同じぐらいで、茶色の髪の毛はボサボサ。片方だけの眼鏡をかけたその方は、恐らくは助手か弟子である方々の担架に乗せられたジークたちを一目見ると、「早く入って」と私たちを家に招き入れました。

 

 

「フィーレ、シーツは取り替えてる?」

「えぇ、すでに取り替え……え?」

 

 

 フィーレと呼ばれた桜色のポニーテールの少女の視線がハヤトさんに一瞬だけ向けられましたが、すぐに首を左右に振り、お二人をベッドに寝かせました。

 

 

「少し確認したいから、君たちは廊下で待ってて」

「はい」

 

 

 言われた通りに私とクロウさんは廊下に出て、そこに置かれていた椅子に腰を下ろします。

 

 

「大丈夫でしょうか……」

「きっと、大丈夫だ。信じて、待とう」

 

 

 数十分後、閉められていた扉が開かれ、そこから先ほどの茶髪の少年が出てきました。その顔には笑みが浮かんでおり、それが意味することを悟った私は思わず安堵のため息を吐きます。

 

 

「本当に、本当にありがとうございます」

 

 

 額を擦りつけそうなほどに頭を下げた私に彼は顔をあげるよう言い、私が顔をあげると、峠は越したと続けました。改めてそう言われると、また安堵のため息が出ました。

 

 

「まだ眠ってるけど、しばらくしたら目覚めるよ。……そういえば、自己紹介がまだだったね」

 

 

 右目だけにかけられている眼鏡を拭き、再びかけ直した彼は自身の胸に手を当て、自分の名前を口にします。

 

 

「僕はハイレーン。早速だけど、君たちの名前を教えてくれないかい?」

 



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Visitors from another world

 

「……なるほど、そんなことが。とりあえず、クエストクリアおめでとう」

「ありがとうございます。それで、お二人の様子は……」

「ハヤトさんは体内に《砕竜》の粘菌が入り込んでた。だけど活性化していない粘菌だったから、採取した血を調べて、すぐに血液に溶け込んだ粘菌の成分のみを消す薬品を作ったから、問題はないはずだよ。ジークさんはあの様子から昏睡状態かと思ったけど、どうやらそれに近い睡眠状態だったみたいだね。さっきも言ったけど、二人ともしばらくしたら目覚めるよ」

「あぁ、よかったです……」

 

 

 改めてジークたちが無事であることを聞かされて、全身から力が抜けていきます。まだ心に重くのしかかっていた暗い感情も、それと一緒に消えていきました。

 

 

「そういえば君たち、今夜泊まる場所は決まってるのかい?」

「いえ、まだですね」

「それなら……」

 

 

 ハイレーンさんはご自分の座るソファの隣にある棚から取り出したこの村の地図を広げ、現在私たちがいる場所からそう離れていない場所を指差しました。

 

 

「ここがいいね。ここはこの村でも比較的安いし、出される食事も美味しい。本当なら家に泊めたいところなんだけど、生憎他の患者で埋まっちゃってて……。これで足りるはずだから、許してくれるかい?」

 

 

 そう言ってハイレーンさんが机の上に空いた袋の中には、明らかに大金だとわかるほどのお金が入っていました。試しに持ってみると、じゃら……と金属が擦れる音と確かな重みが伝わってきました。

 

 

「こ、こんな大金いりませんよ!」

「そうじゃないと申し訳が立たないよ。言っておくけど、返しは聞かないからね」

「わ、わかりました……。ありがたく戴きます……」

 

 

 それでいいんだよ、とにこやかに微笑むハイレーンさんに別れを告げ、私たちは先ほど紹介された宿へと向かいます。ちなみに、料金は新しい薬品を開発できたということで無料にしてくださいました。

 

 

「本当にタダでよろしかったのでしょうか。やはり、申し訳ない気分がします」

「後に、助かる、命も、ある。ハヤトは、それに、必要な、ものを、生み出した。タダに、なるのも、当然、かも」

「見返りとしては当然、でしょうね。……そうですね。折角戴いたのですから、使わない手はありませんよね!」

「その通りだ、アリア」

「では、行きましょう! そろそろ日が暮れますからね」

 

 

 ハイレーンさんから得たお金の入った袋をポーチに大事に収め、私たちは宿に入ります。そして、そこにいたのは、

 

 

「あれ? レイさん」

「どうした? ……アリア? どうしてここに……」

「お、お父様にお母様?」

 

 

 丁度宿泊の手続きをしていた、両親でした。

 

          ***

 

「夜桜を見るのは久しぶりだが、やはり綺麗だな」

 

 

 《エアクス村》を囲む山の一角に立つ男は、眼下に広がる桜の村を見下ろしながら、懐から蒼い石を取り出し、投げる。

 

 眩い光と共に現れたモンスターに指示を送り、モンスターはそれに頷いて森の中へ消えていく。

 

 

「これは少し気が引けるが、世界のためだ。お前たちには犠牲になってもらおう。……ほぅ?」

 

 

 足元から消えかけた男は一度それを中断させ、振り返る。そこには、一ヶ所だけ青色の黒髪を伸ばした男が、右肩から生えた、槍状に変形させた翼を男の首筋に当てていた。

 

 

「やっと見つけたぞ。今度はなにを企んでやがる」

 

 

 相手を威圧するための殺気を放ちながら、男……《彗天龍》ヴリエーミャ・ガラッシアことリュウセイは質問する。

 

 

「ふん、お前なんぞに教えるほどのものではない。だが、至極単純なものだということだけは教えてやろう」

「あの村を破壊する気か?」

「さて、どうだろうな」

 

 

 笑みを浮かべたような気配がしたが、リュウセイの目には彼の顔は靄がかかったように男の顔が見えないため、彼が本当に笑みを浮かべているのかは視認できない。

 

 

「……まぁいい。こっちにも、ちょっとした作戦があるからな」

「『作戦』? なんだそれは」

「正体不明の奴に教えるほどの、俺は甘くないんでな」

「ふん、ならその『作戦』とやらを楽しみにさせてもらおうか」

「……ッ! 待てッ!」

 

 

 消えていく男を捕まえようとリュウセイは手を伸ばすが、その手が触れるより先に男はどこかへと姿を消していた。

 

          ***

 

「うぉおおおおおおッッ!?」

 

 

 リュウセイが男を逃がしてしまった時と同刻、夜空に開いた次元の扉から一人の男性が落ちてくる。先ほどまで生まれ故郷にいたはずの男性は、自分がなぜ現在進行形で大地に向かっているのかが理解できなかった。しかし彼の体は、彼の頭が状況を判断する前に反応し、体を回転させて着地する。

 

 

「なんだ……? ここ……。月……?」

 

 

 頭上に昇る夜の太陽を見上げた男性の目が細められる。自分は昼にクエストを受けていたはずだ。なのになぜ、今頭上にあるはずのないものがあるのか。

 

 

「幻術にでもかかったか? いや、それはないか……。敵は……、いないみたいだな。とりあえず、あの村に行ってみるか」

 

 

 愛用の操虫棍を改良した薙刀を納めた別世界の住人(・・・・・・)は、眼下に広がる桜の村へ足を動かすのだった。

 



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Mysterious blue ore

 

「またジークが龍人態になったか……。大きな龍脈の活性化を感じたから、薄々そうだろうとは感じていたが……」

 

 

 アリアとヴェリテが食事に行っている間に、俺がレイに《砕竜》討伐クエストでの出来事を告げると、向かいの座布団に座るレイは顎に手を当てながら俯いた。

 

 

「《メヒャーリプ王国》に、現れた、存在が、今回の、ジークの、龍人化の、原因だと、思う。獣……、だったか?」

「一応な。ヴェリテからの情報によると、奴は龍人化した人間だそうだ。でも、その基になったモンスターがなんなのかまではわからなかったらしい。これまで数多くのモンスターを狩ってきたヴェリテが見たことのないモンスターだ。もしかしたら、俺ややリュウセイのように太古の時代に存在していた者かもしれない。あれから色々ツテを使って太古の時代に記された古文書を調べてみたんだが、ヴェリテから聞いた外見に合致するモンスターの情報はなかった」

「獣の、捜索は、しているのか?」

「当たり前だ。各地に配置している煌光種を総動員させて捜索させている。《龍の王国》にいる七王(あいつら)にも協力してもらってる。だが、まだこれといった情報はないが……」

「あんな、存在する、だけでも、災害を、起こしそうな、奴らを、使って、大丈夫、なのか?」

 

 

 《龍の王国》の支配者である《死煌龍》への挑戦権を欲するハンターたちが相手にする、《死煌龍》の仕える七頭のモンスターたち。彼らは誰もがその強力な力で自身の棲む場所の状態を維持しているが、それは裏を返せば、一度外界に出れば災害が起きかねないというものだ。

 

 そんな俺の気持ちを察したのか、レイは「問題ない」と言ってきた。

 

 

「あいつらもあいつらで、自分の力がどれだけ凄まじいものかというのは理解できてる。ちゃんと力を制御して捜索しているぞ」

「それなら、いい」

「それと、この前の騒動で現れた《迅竜》についてなんだが……」

「あぁ、お前が、倒した、《迅竜》か。なんでも、背中から、蒼い、石が、突き出てた、ようだな」

「そうだ。そいつが消えた場所に、こんなのが落ちてたんだ」

 

 

 そう言うとレイは、懐から取り出した布に包まれたなにかを机の上に置き、布を退かす。

 

 そこから現れたのは、眩い蒼色の輝きを放つ石だった。明るい部屋の中だというのに、その輝きはそれよりも強く俺の目を刺激し、俺は思わず目を細めてしまう。

 

 

「こんな石は初めて見た。俺の支配する場所は地下にあって、俺たちの龍脈を浴びて性質が変化する鉱石もあるから洞窟や地底に棲むモンスターを使って研究をさせてるんだが、こいつは見たことがない。それに、得体の知れない力を秘めているようだ。全く持って未知の鉱石だ」

「なら、なぜ、俺に、これを、見せた?」

「お前は俺たちの使えない死脈を使える。試しに龍脈の力を纏わせた手で触れてみたんだが、特にこれといった変化はなかった。だがもしかしたら、死脈にはなにか反応を示すんじゃないかと思ってな。頼まれてくれるか?」

「わかった」

 

 

 少量の死脈を纏わせた右手を鉱石に伸ばす。すると、

 

 

「ぐ……ッ!?」

 

 

 とてつもない激痛が右手を中心にして全身へと駆け抜け、すぐに右手を鉱石から離す。見ると、指先が鉱石と同じ、蒼色で透明なものへと変化していた。

 

 

「大丈夫かッ!?」

「……どうやら、大丈夫な、ようだ」

 

 

 別のものへと変化していた指先が徐々に元に戻っていく。どうやら先ほどのものは一時的なものらしい。だが、もうこれには触れない方がいいだろう。あんな痛みは受けたくない。

 

 

「エピソードなら、なにか、知っているかも、しれない。あいつは、あらゆる、世界の、歴史を、管理している、から」

「お呼びですかな?」

 

 

 突然の声にベランダに振り向くと、夜桜を背景に椅子に腰かけたエピソードがいた。

 

 

「い、いつの間に……」

「面白そうな話が聞こえたものでして、ついつい私の世界からやって来てしまいました」

「お前の、世界?」

「お忘れですか? 貴方と私が初めて会った場所ですよ。……その顔を見る限り、思い出したようですね。さて、私になにかご用で?」

「そうだ。この鉱石に見覚えはないか?」

 

 

 リビングに入ってきたエピソードがレイから受け取った鉱石を眺め、「これは……」と訝しげに目を細める。

 

 

「……確かにこれには見覚えがあります。ですが、この鉱石があった世界は大昔に滅びているはずです。原因はわかりませんが、この世界に流れ着いたようですね」

「この世界のものではない……? 名前と性質も教えてくれるか?」

「これはメモリア鉱石。触れた存在と記憶を記録するというものです。かつてこれが存在した世界では、この鉱石に刻まれた存在を出現させる技術があり、特別な行事や、太古のモンスターの研究に使われていました。しかし、それを悪用した者たちによってその世界は滅び、メモリア鉱石も世界と運命を共にした……。私はそう思っていました」

「この、中には、何者かの、存在は、記憶されている、のか?」

「いえ、どうやらないみたいですね。記憶されていれば、その鉱石に記憶された存在の姿が映し出されます。しかし、その鉱石には映し出されていないので、空っぽと考えてもよろしいでしょう。ですが、クロウさんはこれに触れない方がよろしいかと」

「なぜだ?」

「それは、この鉱石は絶望や憤怒といった負の感情を吸収する力もあるからです。《復讐者(リベンジャーズ)》の貴方にとって、これ以上危険なものはないでジョッ!」

 

 

 突然エピソードの語尾がおかしくなったのは、彼の後ろにあるベランダから入ってきた人物の両足が彼の背中を押したからだ。

 

 

「ハヤトは……ハヤトはどこなのッ!?」

 

 

 倒れて呻き声を漏らすエピソードのことなど意にも介さず、ハヤトの母エリカは俺に詰め寄ってくるのだった。

 



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Two of the reunion

 

(……誰か来ているな)

 

 

 誰もが寝静まった頃、俺はこちらに近づいてくる何者かの気配を感じて目を覚ます。

 

 これまで感じたことのない、異様な気配だ。少しレイと似ている気もするが、近づいてくる気配はそれとは本質的になにかが違う。

 

 右手に黒炎と共に現れた『怨恨ノ深淵』を握り、ベランダから飛び降りる。ジャリ……ジャリ……と足元の小石が互いに擦れる音を聞きながら歩を進めていくと、薄暗い道の先に男性の姿が現れる。

 

 

(アビスシリーズ……相当な実力者だな。武器は……薙刀? 用心した方がいいな)

 

 

 男性の身につけている装備を一通り確認してから、俺は警戒心を強め、殺気を少しだけ解放する。すると、遠くにいる男性も警戒心を強くし、背中の薙刀に手をかけようとする。

 

 

「シッ!」

 

 

 男性の指先が柄に触れかけた時には俺は彼との距離を縮めており、下から剣を振り上げる。男は自身の首筋へ迫る剣を見もせずに避け、背中から薙刀を引き抜く。俺は、俺から距離を取った男に剣の切っ先を向ける。

 

 

「貴様、何者だ」

「そっちこそ誰だよ! いきなり攻撃しやがって!」

「殺気を、放ちながら、向かってきた、貴様の、せいだ。抑えていても、俺は、敏感な、ものでな」

「ば、バレてたのかよ……。極力抑えていたつもりなんだがなぁ……。……うっせぇよ。黙ってろ」

「……? 誰と、話して、いる?」

「教えたらヤバそうだから言わねぇ」

「ならば、殺す」

 

 

 今度は後ろに回り込み、剣を降り下ろす。男も俺の動きを読んでいたのか、振り向きながら薙刀を振るう。二本の刃が火花を散らそうと触れ合おうとした瞬間、

 

 

「待て待て待て待てッ!」

「「……ッ!?」」

 

 

 突如として割り込んできたレイが、二本の刃を摘まんで受け止めた。引き抜こうとしても、片手だけだというのにレイの手は微動だにしない。それは男も同じだった。

 

 

「レイ、なにを、する? こいつは、殺気を、放ちながら、向かって、きていたんだぞ?」

「確かにこいつは殺気を放ってたが、それは俺に向けてだ! 決してお前にじゃない! とにかく、二人とも武器を納めろ!」

「……本当に、納めて、いいのか?」

 

 

 俺の問いに頷いたレイを信じ、俺は剣を消滅させる。男も薙刀を背中に納めると、先ほどとは打って変わって不敵な笑みを浮かべた。

 

 

「よぉ、久しぶりだな、レイ。ある程度殺気は抑えてたつもりだったんだが、気づいてたみてぇだな」

「少しの殺気でも俺は気づくから、甘く見るんじゃないぞ? ……それで、確かに久しぶりなんだが、なんでこの世界にいるんだ? ケイナ」

「こっちだって知りてぇよ。なんせ、里帰りしてた時にいきなり飛ばされたんだからよ」

 

 

 まるで友人との会話のように殺意のない会話をする二人に、二人は知り合いなのかと訊ねる。それに対し、二人はコクりと頷いた。

 

 

「お前が来る少し前にどんぱちやった仲だ。こいつはケイナ。こことは違う、別世界のハンターだ。ケイナ、こいつはクロウ。訳あって、うちに居候しているんだ」

「クロウか。俺はケイナ・セイラン。よろしくな」

「よろしく、セイラン」

 

 

 先ほどの真剣モードはどこへやら、笑みを浮かべて握手を求めてくるセイランの右手を握り、握手を交わす。

 

 

「さて、会いたい奴には会えたが、これからどうしようかねぇ……。こんな村はうちの世界にはねぇから観光したい気分だけど、流石に店は空いてなさそうだし」

「当たり前だろ。今は真夜中だぞ。空いてるとしたら、居酒屋あたりだな」

「んじゃ、そこで少し飲むか。クロウは……未成年か」

「確かに、酒は、飲めないが、他は、食べれる。それに、目も、冴えたし、付き合う。お前の、世界とやらに、ついて、聞きたい、ことも、ある」

「お、いいぜ。答えられないこともあるだろうが、答えられる質問には答えてやる」

 

 

 こうして俺たちは、どこかこの時間帯でやっている居酒屋はないかと歩き始めるのだった。

 

          ***

 

 うっすらと目蓋を持ち上げると、薄暗い世界が飛び込んでくる。顔を動かすと、風に靡くカーテンの隙間から月光が入り込んでおり、時々宙に浮かぶ埃が見える。視線を動かせば点滴が見えたので、ここがどこかの病院だというのが理解できた。

 

 

(そうか、俺、ブラキディオスにやられたんだよな……。とりあえず、起きるか)

 

 

 起き上がるため力を込めるが、しかし、

 

 

「あぁ……? ち、力が入らねぇ……」

 

 

 全くと言っていいほど、全身に力が入らない。体が鉛のように重く、現在出せる最大の力を使っても少し背中が浮かび上がる程度で、すぐに柔らかいシーツに落ちてしまう。それに、《砕竜》の強力な攻撃を二発も受けたことが原因か、体の節々が痛い。

 

 

「動けなくなんのは嫌なんだがなぁ……」

「貴方はそれでいいのよ。そっちの方が、こっちも色々と好都合だからね」

 

 

 足音と共に誰かが近づいてくる。声のトーンからして、女性のようだ。やがて、天井のみが写っていた俺の視界に、桜色の髪を持つ女性の顔が写り込んできた。それを見た途端、俺は自分の心臓が明らかに強く鼓動したことを感じた。

 

 

「おはよう、それと久しぶり、ハヤト」

「フィ、フィーレ……?」

 

 

 間違いない。彼女は、俺が昔から想いを寄せてきた相手、フィーレだった。

 



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Midnight conversation

 

「まったく……貴方って本当に怪我をするわね」

 

 

 俺の横たわるベッドの隣にある椅子に腰かけたフィーレが呆れたように息を吐く。その口調には、少しばかりトゲがあるような気がした。

 

 

「昔から変わらないけど、まぁ、無事でよかったわ」

「へっ、お前に言われるまでもねぇよ。俺はいつでも無事に帰ってきてるからな」

「それは三途の川からということかしら? だったら貴方の亡くなったご家族も大変ね。毎回毎回川を渡りかける貴方を追い返してるんだから。ていうか、そんなに死にかけてるの?」

「悪ぃ、冗談だ」

「止めてよね。ただでさえハンターの仕事は死者が多く出るんだから……」

「なんだ? 俺のこと心配してくれてんのか?」

「えぇ、心配ね。何度無茶して怪我をした貴方をエリカさんと一緒に叱ったと思ってるのよ」

「うげ、嫌なこと思い出させるなよ……」

 

 

 子どもの頃に無茶して木登りし、そして背中から落ちた時に二人から思いっきり怒られた記憶が蘇り、苦虫を噛み潰したような気持ちになる。あの時の二人といったらまぁ鬼の形相で俺に怒鳴り散らしてくるのだから、当時の俺はそのあまりの恐ろしさに泣いてしまったものだ。

 

 

「一応報告しておくけど、数時間前にエリカさんが来たわ。眠ってる貴方を見て、とっても心配していたわ」

「母ちゃんには悪いことしちまったな……。わざわざここまで足を運んでもらって」

「流石に閉店しているのにお客さんを長くいさせるわけにもいかないから帰したんだけど、明日来たらちゃんと『ありがとう』って言うのよ?」

「わぁってるよ。てか、いつまでお前はここにいんだ。明日も早いだろ? 早く寝ろ」

「……そうね。そうさせてもらうわ」

 

 

 扉へと向かうフィーレの足音が病室に響き渡り、俺は思わずフィーレを呼び止めたくなる。だが、どうしてか俺の口は開こうとしない。高鳴る心臓が、それをさせないようにしている感じがする。しかし、俺はそれを必死に無視し、呼び止めるまでにはいかなくとも、ある一言は言えた。

 

 

「……ありがとよ」

 

 

 視界に映るフィーレの体が一瞬強張ったような気がしたが、次には「どういたしまして」と震えた声で答えながら、俺の想い人は病室から出ていった。再び静寂が戻ってきた病室で、俺は一人呟く。

 

 

「なんで、『好き』って言えねぇのかねぇ……。まぁ、それを言うようなシチュエーションではなかったけどよ……」

 

 

 その小さな呟きは、主以外の誰の耳にも届くことはなく、静寂に包まれた病室に消えていった。 

 

          ***

 

 ……ぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!

 

 

(馬鹿馬鹿ッ! なんであそこで『好き』って言えなかったのよぉおおおおおおッ!?)

 

 

 自室に戻った私は、言おう言おうと思っていたことを言えなかったことの悔しさを枕に叩きつけていた。

 

 「好き」って言うようなシチュエーションではなかったことぐらいわかっている。だけど、この十年間続いてきた胸の鼓動は、久しぶりに再会した彼に告白しろと命じてくる。

 

 本当ならすぐにでも告白したかったところなのだが、どうしても不安な気持ちが邪魔をしてしまう。フラれたらどうしよう。もう誰か恋人がいるのではないか。そんな考えが否応なしに私の脳内を侵食していき、ついにはトゲのある口調になってしまった。

 

 

(『心配だから来た』なんて、恥ずかしくて言えない!)

 

 

 あの時の私は見回り中にハヤトの部屋に来たという体で話をしていたが、本当は彼が心配で心配で堪らなくて、つい行ってしまったのだ。想い人が大怪我をして眠っているのに行かなくては、私のプライドが許さない。

 

 

「十年ぶりに会ったけど……ハヤト、格好よくなったなぁ……」

 

 

 そんなことを口にした瞬間、一気に首から耳まで沸騰するように熱くなるのを感じた。

 

 検査をするために上半身の防具を脱がしたのだが、その時に現れた胴体はいくつかアザがあったが、それと同時にハンターとして鍛え上げられた肉体も露になり、危険な状態であるのにも関わらず、思わず見惚れてしまったものだ。

 

 これまでは文通でお互いの近況について話していたが、こうして面と向かって再会するのは十年ぶりなのだ。なんとかして会いたいなぁ、と思っていた矢先に会えたことは嬉しい。どこかにいるかもしれない運命の神様にお礼を言いたいところだが、大怪我をさせたことに関しては許せない。その点については一発ひっぱたいてやりたいところだ。

 

 

(でも、もう過ぎたことなんだし、うじうじ考えてても仕方ないわよね)

 

 

 とにかく、ハヤトは無事なのだ。明日は朝イチで来るお客さんがいたはずだ。ハヤトの言葉にも一理あるし、私も寝るとしよう。

 

 

「ごほっ、ごほっ」

 

 

 そう思った瞬間、唐突に咳き込んだ。

 

 おかしいな、体調管理には気をつけているはずなのに……。ハヤトが心配すぎてストレスが溜まってしまったのかもしれない。でも、

 

 

(この胸騒ぎはなんだろう……?)

 

 

 そんな嫌な予感を感じながら、私はベッドに潜り込むのだった。

 



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Conversation in the tavern

 

 運よく近くに今の時間帯でもやっていた居酒屋があったので、そこに入った俺たちは早速注文をし、それが来るまで話をすることになった。そして、それは料理が届いてからも続けられることとなったのだが。

 

 

「にしても、俺たちの世界とお前たちの世界って、ホントに時差が激しいよな。この前会った時はまだ俺と同い年ぐらいだったのに、次会った時は思いっきり老けてるし」

 

 

 タレをたっぷりとかけられた焼き鳥を頬張りながら喋るセイランに、レイも焼き鳥を頬張りながら答える。

 

 

「あの時はすまなかったな。こっちもこっちで事情があったんだ」

「お前のガキのことか? 確か、アリアとジークだったっけ?」

「よく覚えてたな。その通りだ」

「世にも珍しい別世界の友人の話だ。印象に残らねぇわけがねぇだろ?」

「ははは、確かにな」

 

 

 二人の笑い声が、レイの隣で黙々とレバーを食べていた俺の鼓膜に響く。しかし次のセイランの言葉に、その笑い声は消えることとなる。

 

 

「なぁ、いきなり真剣な話に移してすまねぇって思うが、正体はいつ明かすつもりなんだ?」

 

 

 瞬間、先ほどまで朗らかな笑みを浮かべていたレイの表情が、迷いを感じる表情へと変化する。

 

 

「正直なところ、まだわからないんだ。ジークは《死煌龍》を倒すことを目的にしてる。親として、その夢は応援したいさ。だけど、目標としているモンスターが実の父親だってことを知ったら、あいつは本気で俺に挑めなくなる。夢を壊すようなことはしたくないんだ」

「本当にそれでいいのか? 俺にはもう親父がいないし、お前みたいに誰かの父親になったこともないから、お前の気持ちを理解することは無理だけどよ。お前はそれでいいのか?」

 

 

 改めて出されたその問いに、レイはジョッキに注がれた酒を飲んで天井を見上げる。

 

 

「……できるなら、話したいさ。だけど、それが後のジークのハンター生活に支障を来すのが、怖いんだ。でもそんな感情とは裏腹に、正体が俺だと知っていても、本気でかかってくる息子の姿を見たい……、そんな願望もあるんだよ」

「なら、話せばいいじゃねぇか。秘密を持ったまま戦うより、全部打ち明けた上で戦う方が、勝っても負けてもいい結果になると思うぜ?」

「俺も、セイランの、意見に、賛成だ」

 

 

 秘密を抱えるよりも、なにも抱えない方が清々しい気分になれるのは、俺にも当てはまる。アリアたちに正体を隠して生活している時は、どこか窮屈な気がしてならないが、俺の正体を知っているレイたちといる時は、そんな気は全くしないのだから。

 

 

「まぁ、今すぐに答えを出せって言ってるわけじゃねえから、じっくりと考えるんだな」

「……そうさせてもらう。ありがとな」

「いいって。友人の悩みに付き合ってやらねぇほど、俺は鬼畜じゃねぇからな。……そんじゃ、話を変えるとすっか。クロウ」

「なんだ?」

「さっきから気になってたんだが、なんでそんな途切れ途切れで喋るんだ?」

「あぁ、そのことに、ついてだが……」

 

 

 こいつには喋っていいのかとレイに視線で訊ねると、レイは問題ないと頷いて返してきた。それに頷き、俺はセイランに、自分がかつてこの星を襲った死者たちのギルド《復讐者(リベンジャーズ)》のリーダーの息子であること。そして口調が途切れ途切れなのは、自分が主に子どもの魂で構成されているのではないかということを伝えた。

 

 

「《復讐者(リベンジャーズ)》……。とんでもねぇ連中もいたもんだな。特にそのサナトスって奴は相当な力を持ってんだな。たった一発のブレスで世界そのものを破壊するなんて。そんな奴の息子が、どうしてこんなところにいるのかねぇ……?」

「絆の、素晴らしさを、知るため」

「絆……か。世界の負しか知らないはずのお前が、そんなことを知りたがるなんてな。それも、こいつの嫁さんのおかげか?」

 

 

 どうやらセイランは、すでにレイから俺は一度ヴェリテに倒されていることを知っているらしい。正確には倒されていないのだが、あの一撃をまともに受けたら俺は間違いなく死んでいたのだから、倒されたと言っても過言ではないだろう。

 

 

「よし! それなら俺も、お前の目的の達成に付き合ってやるとしますかね。初めて異世界に来たんだ。色々と楽しませてもらうぜ?」

「いいのか? そっちの世界の仲間たちは……」

「まぁ、大丈夫なんじゃね? なんかそんな気がするし」

「本当に、大丈夫、なのか? それに、宿は、どうする、つもりだ?」

「止めてくれ。だんだん不安になってくる。宿かぁ……、こんな時間に空いてる宿なんてないだろうし、今日ばかりは野宿かな? キャンプの道具は持ってるし」

 

 

 すると、セイランの顔の右の空間が歪み、そこに手を突っ込んだセイランがなにかの端を引っ張り出す。全体は見えないが、おそらくテントだろう。

 

 

「見たことない、力だな。それも、龍脈の、応用か?」

「いや、俺はチャクラってのを使ってるんだ。それについては後で教えてやるよ」

「相変わらず不思議な力だな、チャクラってやつは。……丁度いい時間だし、帰るか」

 

 

 お勘定を払い、俺たちはセイランと後々会うことを約束し、宿へと戻る。そこで待ち受けていたヴェリテとアリアにこっぴどく怒られたのは言うまでもない。

 



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Fury of parents

 

 翌日、目覚めた俺たちは早めに朝食を取り、宿を出る。すでにセイランは宿の前におり、初対面であるヴェリテとアリア、そしてエリカはレイによる紹介を受け、二人揃ってセイランに挨拶した。

 

 

「へぇ、お前たちがレイの……。改めて自己紹介を……、ケイナ・セイランだ。よろしくな」

 

 

 セイランが二人と握手を交わし、これからどうするのかという話になる。それについてはもう決まっている。ジークとハヤトのお見舞いだ。

 

 あれからまだ一日しか経っていないが、俺たちは宿の女将から得た地図を頼りに進んでいくと、巨大な病棟にたどり着いた。あの時は急いでいたため気づけなかったが、以前俺たちが行った場所はこの病棟の近くにあるハイレーンの自宅らしく、どうやらこの病棟とハイレーンの自宅は繋がってるようだ。

 

 受付に話を通し、俺たちは二人のいる病室へと向かう。すでに二人は目覚めており、俺たちが来ると嬉しそうに笑みを浮かべ、後ろにいるセイランについて訊ねてきた。

 

 

「へぇ、父さんの知り合いなんだ。俺はジーク、よろしく」

「俺はハヤトだ。よろしくな、ケイナ」

「こちらこそ、よろしく。……ほぅ? 中々面白いな……」

「なにがた?」

「いや、なんでもねぇよ」

「二人とも、調子はどうだい?」

 

 

 扉を開けて入ってきたハイレーンの言葉に二人が大丈夫だそうだと答えると、ハイレーンは満足げに頷いた。

 

 

「よかった。特にハヤトさん。フィーレから聞いたんだけど、もう昨夜には目覚めてたんだね。その時も特に異常は見られなかったって聞いてるから、そう遠くない内に退院できるよ」

「マジか! そりゃ嬉しい!」

「あぁ、ハヤト……、本当に心配したの……」

「ちょっ、や、止めてくれよ……、恥ずかしいじゃないか……」

 

 

 目に涙を溜めたエリカが愛する息子を抱き締めると、息子は赤面して嫌がりながらも母親の背中に回した腕を解こうとしない。

 

 

「でも……」

 

 

 抱き締め合う二人の姿に幸せな笑みを浮かべていたハイレーンの表情が曇り、その視線はジークへと移る。

 

 

「ジークさんの体に起こっていることは、本当によくわからないんだ。ダメージを受けていたのは、ハヤトさんよりもジークさんの方なのに、ジークさんの体には明らかな致命傷であるはずの傷が無数にあったのにも関わらず、その全てが完治してると言ってもいいほどに回復してるんだ。回復力があるのはいいことだけど、ここまでとなると流石に異常って言わざるを得ない……」

 

 

 その言葉を聞いた俺の視線が、無意識にレイへと向く。それに、どうやら視線を彼に移したのは俺だけではなく、ヴェリテとエリカ、そしてセイランもらしい。

 

 

(《死煌龍》の自然治癒力か……)

 

 

 恐らく、ジークの回復力が人間のそれを越えているのはそれが原因だろう。《死煌龍》は強力な自然治癒力を持つ、不老不死のモンスターだ。その息子たるジークに、不老不死とはいかずとも、一晩で致命傷ですら完治に近い状態にまで回復させる力が遺伝するのも当然といえば当然だろう。

 

 

「ご両親の前で言うのはなんだけど、君の体は異常そのものだ。はっきり言って、僕は君が人間だとは思えない」

「「……ッ!」」

 

 

 レイとヴェリテの顔が強張った瞬間、病室の室温が一気に低下したような感覚に襲われる。原因はもちろん、この二人だ。

 

 

「おい……人の息子を『人間だとは思えない』だと……ッ!? ふざけるんじゃないぞ……ッ!」

「そうです。貴方がジークのなにがわかるんですかッ!? ふざけるのも大概にしてくださいッ!」

「お、お父様、お母様、落ち着いてくださーーー」

「アリアは黙ってろッ!」

「アリアは黙っていなさいッ!」

 

 

 仲介に入ろうとした娘を一喝した二人の顔は、憤怒の彩られていた。それに比例するように、室温がさらに低下している気がした。レイの右手が素早く動き、ハイレーンの胸ぐらを掴もうとしたその時、

 

 

「やめろ、レイ」

 

 

 セイランが光の速さに到達しかけたレイの右手を掴んだ。レイがセイランに口を開こうとするよりも早く、セイランはレイの行動を諫める。

 

 

「怒るのは仕方ねぇことだ。だけどな、その怒りをこいつにぶつけても、なんにもなんねぇだろ? ヴェリテも、それくらいのことはわかってるだろ?」

「……確かに、そうだな」

「そうですね……」

 

 

 まだ息は荒いが、レイとヴェリテは怒りを鎮めてくれたようだ。二人は先のことをハイレーンに謝罪すると、ハイレーンも胸ぐらを掴まれ、怒鳴り散らされることは覚悟していたらしく、快く許してくれた。

 

 

「とにかく、さっきも言ったけどジークさんの回復力は人間の比じゃない。だけどこれは、新しい薬の製作に使えるかもしれない。さっきのことをなんとも思っていないわけじゃないけど、ジークさんの血液を少しだけ僕にくれませんか? ジークさんの血を解析すれば、これから救える人々の数をさらに増やせるかもしれないんです」

「ジーク、お前の意見は?」

 

 

 レイはハイレーンの申し出に答えず、ジークに問いかける。血液が欲しいと言われたら、その持ち主に訊ねるのが一番なのだろう。それに答えるべきなのは、両親(レイたち)ではないのだから。

 

 

「……あげるよ。俺の血で、より多くの人々が救われるのなら、喜んで」

「ありがとう。さっきの言葉は言い過ぎた、傷つけてしまったら、ごめん」

「いや、大丈夫だ。自分でも薄々感じてたからな。……それで、俺はいつ頃退院できるんだ?」

 

 

 ジークの問いに、ハイレーンは白衣の内ポケットから注射器を取り出しながら答える。どうやら、あの白衣の中には色々な治療道具が入っているようだ。

 

 

「君は回復力が強いから、もう退院してもいいってくらいなんだけど、あと一日辺り安静にしてもらいたい。大分治ったとはいえ、傷が開いたら危ないからね」

「よかったですね、ジーク」

「うん!」

「てことは明日に俺たちは退院できんのか。退院したらなにをしようかねぇ?」

「もちろん、帰るの」

「マジかよ……まだ帰りたくねぇんだが」

 

 

 ハヤトはハヤトで、この村に留まりたい理由があるのだろうか。その時、先ほどのエリカの言葉は実現することはないと、俺の心が囁いてきた。その理由を俺が知るのは、もう少し先の話。

 



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Offer from a friend

 

「レイ、ちょっといいか?」

 

 

 病院を後にした俺たちはジークとハヤトが退院したら少しだけこの村を観光することに決定し、二手にわかれて観光場所を考えていると、隣を歩くケイナに声をかけられた。

 

 

「いいけど、なんの話だ?」

「ジークとハヤトのことについてなんだが、話してもいいか?」

「あぁ、構わないぞ。聞かれたらマズイ相手もいないからな」

 

 

 今俺と行動しているのはケイナ、クロウだ。ヴェリテとアリア、エリカは別ルートで回っている。少し離れた場所にいたクロウを呼び、近くのベンチに座る。

 

 

「さっきの見舞いの時に感じたんだけどよ、結構面白れぇな、あの二人。いや待て、別に異常だって思ってるわけじゃねぇからな? 俺が思ったのは、二人とも普通の人間とは違うってことだ。常人よりも伸びしろがある」

「まぁ、確かにそうだな」

 

 

 ハヤトは戦闘用に特化にした人造人間であるエリカと、今は亡き『モンスターハンター』の称号を得ても不思議じゃない実力を持っていたハンターであるザックの間にできた子どもで、ジークは言うまでもなく最強のモンスターである俺と最強の女ハンターであるヴェリテの息子なのだから。

 

 

「特にハヤト、あいつからは俺の《須佐能乎》と似た力を感じた。なぁ、クロウ? ハヤトが化身みたいなのを出したことはあるか?」

「見たこと、ない、な」

「あぁ、多分それはザックが原因だな。あいつは生前、《隻眼》イャンガルルガの力と狩技《妖刀羅刹》を同時に発動させている間、でっかい太刀を持った化身みたいなのが出てたからな。名前はないみたいだから、差し詰め、《無名ノ剣豪》ってとこか?」

「《無名ノ剣豪》……一度でいいから見てぇなぁ。まぁ、それを使ってる奴が死んじまってんなら仕方ねぇか」

 

 

 残念そうにしゅんとするケイナだったが、すぐに表情を元に戻し、今度はジークへと話題を変える。

 

 

「ジークってお前と同じようにモンスターのすがたにはなれないのか?」

「無理だな。ジークはモンスターと人間のハーフで、いくらアリアよりも俺の血を受け継いでいるとはいえ、完全なモンスターにはなれないはずだ。できて龍と人間の中間……龍人態になれる程度だな。だけど、父親()がモンスターだってことをジークは知らないから、変身しても自分がどうなっているかは理解できていないし、なにより力の制御ができていない」

「力の制御ができていない……か」

 

 

 ケイナがなにかを考え込むように顎に手を当てながら空を見上げる。やがて、なにかが閃いたような笑みを浮かべて、空から俺に視線を移す。その次に彼の口から放たれた言葉は、俺を動揺させるに相応しいものだった。

 

 

「なぁ、レイ、ジークが龍人態の力を制御できるように修行させてもいいか?」

 

 

 それを言われた時、俺はどう返せばいいのかわからなかった。その突然すぎる申し出に呆然としていると、クロウに肘で小突かれた。

 

 

「レイ、返事」

「あ、あぁ……それなんだが、まだ俺はジークに秘密を打ち明けてないって言ったよな……? まさか……」

「いや、忘れてなんかねぇよ。もしお前がジークに秘密を打ち明けて、その事実をジークが受け入れてくれたらの話だ。俺も昔はアメの力を制御できなかったから、その点についてはお前よりも知識があると思うぜ?」

 

 

 そのことについては、確かに俺も考えていた。ケイナは生粋の龍である俺とは違い、アメという名の《嵐龍》をその身に宿し、文字通り一心同体の関係を築いている。《嵐龍》の力を解放しても、龍人態と酷似した姿になって身体能力が極限まで上がるだけなので、いつか父親の真実を受け入れたジークの師匠になってはくれないかと思っていたが、これは思わぬ僥倖(ぎょうこう)だ。

 

 正直なところ、最近のジークを見ていると、少しずつとだが確実にリミッターをかけていたはずの龍脈は溢れ出しており、いつまたダムが決壊して龍人態に変化してしまうのかと考えると不安で仕方がなかったのだ。

 

 ここは是非ともケイナの申し出を受け入れたいところだが、ここで俺の心にジークに自分の正体を告げることへの恐怖が生まれる。ジークは自分の父親がモンスターであること、自分は完全な人間ではない存在であるという事実を受け入れられるのだろうか。もし、受け入れられなかったら、息子はどんな行動に出てしまうのだろうか……? 絶え間なく浮かび上がってくる最悪の未来を想像してしまい、その一歩を踏み出すことができない。だが、

 

 

「……わかった。お前にジークの師匠を任せる。だけどそれは、俺がジークに正体を明かしてからの話だからな」

「わかってるって。頑張れよ」

「それと、これは普通に俺からのお願いなんだが……」

「なんだ?」

「アリアに体捌きと格上の相手にはどう立ち回ればいいのかを教えてもらいたいんだ。武器の扱いについてはクロウがやってくれてるんだが、どうもそれ以外のことになると、こいつは教えるのが下手になるらしい」

「少し、悔しい」

 

 

 珍しくしゅんとしているクロウを慰めるようにケイナが「誰だって得手不得手はあるんだから気にすんな」と声をかけ、

 

 

「わかった。友人からの頼みだ。喜んで受けさせてもらうぜ」

「ありがとう、ケイナ。……さて、しばらく話し込んじゃったな。行くか」

 

 

 椅子から立ち上がり、俺たちはジークとハヤトの退院後に回る場所を探すべく歩き始めた。



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True colors

 

 翌日、無事退院した俺たちは父さんたちと一緒に《エアクス村》を観光して回った。どうやら昨日、俺たちの見舞いを終えた父さんたちはみんなで協力して俺たちの退院祝いとしてこの村を観光することを計画してくれていたらしく、それはとてもいい思い出となった。特にこの村限定販売の桜餅はとても美味しく、何個でも食べたいと思ってしまったくらいだ。それを姉さんがイビルジョーのようにむしゃむしゃと頬張るのだから、俺は思わずおかしくて笑ってしまい、姉さんは自分がしていることを思い返して羞恥に顔を真っ赤に染めていた。

 

 そして嬉しいことに、明日からケイナが俺と姉さんの師匠になってくれるそうだ。ケイナの実力は父さんのお墨付きで、どんなことを教えてくれるのか楽しみだ。

 

 やがて日が暮れ、父さんたちの泊まっている宿の別室に泊まることとなった俺たちが風呂や食事を済ませると、母さんに父さんが俺を呼んでいるということを聞いた。どうやら、二人きりで話したいことがあるらしい。なにを話すのか、少し怖い。ただでさえ怒ると怖い父さんが二人きりで話をしたいというのだから、なにか説教のようなものを受けるのかという不安を抱えながら、俺は父さんが待つ、村から少し離れた森に足を踏み入れた。

 

 

「早かったな、ジーク」

 

 

 夜桜の舞う夜景を眺めていた父さんが俺に振り向き、隣にある切り株に座り、自分の前にある切り株を指差す。座れ、ということなのだろう。俺が切り株に座ると、父さんは緊張している俺の心を(ほぐ)すように口を開いた。

 

 

「そんなに身構えなくてもいい。別に怒ろうだなって思ってないからな。逆に緊張してるのは俺なんだが……。うぅ、さっきトイレに行ってきたのに、また行きたくなってきた……。心配しなくて大丈夫だよ、緊張すれば仕方のないことさ」

 

 

 苦虫を噛み潰したような表情で腹を押さえる父が俺の表情に気づいて苦笑しながらそう言うと、次の瞬間にはその表情は消え去り、真剣そのものになる。

 

 

「お前を呼び出したのは、俺の秘密を打ち明けるためだ。そしてこれは、お前の夢にも影響を与えるものだ」

 

 

 その言葉に、俺は自ずと生唾を飲み込む。父さんは一旦目を閉じ、何度も深呼吸して緊張した心を解し、自分の心に書いた言葉を口にする。

 

 

 

「俺は、《死煌龍》レーヴェン・スミェールチ。ジーク、お前が将来倒したいと願う、この世界最強のモンスターだ」

 

 

 

 ……なにを言われたのか、わからなかった。

 

 

「は、はは……な、なにを言ってるんだよ、父さん……。そんな冗談はーーー」

「冗談なんかじゃない。この顔が、嘘を言ってるとでも思っているのか?」

 

 

 僅かな可能性をかけて零した言葉を言い終わる前に、今の父の顔を見てその希望は脆く崩れ去った。

 

 

「う、嘘だよね……? だって、父さんは人間だもん……、モンスターなわけが……」

「これは龍脈というものを使って変身しているもので、本当の俺の姿じゃないんだ。お前もどこかで聞いたことがあるはずだ。『古龍が人間の姿を取って人間社会に紛れ込んでいる』、という話を」

 

 

 それはもちろん、ハンターの世界ではよく囁かれている話だ。特別力を持った古龍は自身を俺たちと同じ人間の姿へと変化させ、実力を認めたハンターには自分へ挑む依頼書……挑戦状を叩きつけるのだ。俺も、もしその話が本当なら、是非とも人間の姿を取った古龍に挑戦状を叩きつけられたいと思ったものだ。でもまさか、父さんがその古龍だったなんて。しかも、俺が目指している、《死煌龍》そのものだったなんて……。

 

 

「しょ、証拠は? 証拠を見せてもらわなきゃ、俺は納得ができない」

 

 

 本当はわかっている。父さんが嘘を吐いていないことくらい。でも、諦めの悪い俺の心は、なんとしてもその事実から目を背けようとしている。

 

 俺の言葉に、元々険しかった表情をより一層強めた父さんが立ち上がり、俺から少し距離を取る。その途端、父さんの体が眩い光に包まれ、俺は咄嗟に両腕で目を庇う。光が収まり、目を庇っていた両腕を下ろす。

 

 そこにいたのは、世界最強のモンスター。

 

 妖しい月光を浴びて煌めく銀の体躯、頭部から伸びる二本の角、それぞれ相反する属性を宿す爪の揃った前足。それがなんなのか、俺はわからないはずがなかった。

 

 《死煌龍》レーヴェン・スミェールチ。俺が打倒を目指すモンスターであり、俺の実の父親。信じまいとしていた俺の心は、目の前に現れた存在によって打ち砕かれた。

 

 

「そんな……父さんが……《死煌龍》……?」

 

 

 我知らず、足が《死煌龍》から離れようと動き出す。あり得ない、信じたくない、その二つの感情が混ざり合って、俺は堪らず森を駆け出す。

 

 《死煌龍》……いや、父さんは、そんな俺を追いかけようとも、呼び止めようともしなかった。

 



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Tatsuto's determination

 

 お父様となにかお話をしたらしいジークが帰ってきましたが、その顔はとても複雑そうな表情をしており、ぶつぶつと「嘘だ……嘘だ……」と涙声で繰り返しながら私の隣を歩いていきました。彼を呼び止めようと声をかけましたが、ジークの耳に私の声は届いておらず、そのまま自分の泊まっている部屋へ入ってしまいました。

 

 

(ジーク、いったいどうしたんですか……?)

 

 

 閉じられた扉を見つめながら、私は彼に伸ばしかけた手を下ろします。そこへ、後ろからお母様に声をかけられました。

 

 

「どうしたんですか? アリア」

「お母様、ジークの様子がおかしいんです。すごく苦しそうな顔でしたので声をかけたんですが、それに答えることなく部屋に入ってしまって……」

 

 

 本当にどうしたのでしょう、と改めてジークの泊まっている部屋の扉へと視線を移すと、お母様はなにかを察したように「あぁ……」と俯きました。

 

 

「アリア、恐らくこのことは、貴女が関与するべきことではないかもしれません。それに、もう遅い時間です。貴女はもう寝なさい」

「私はジークの姉です! その私が関与するべきことではないって、どういうことですか!?」

「事情の知らない貴女は、ジークの苦しみを理解できはしないからです」

「え……?」

 

 

 それはどういうことかと訊くよりも早くお母様が歩き出し、すれ違い様に言いました。

 

 

「ここは私に任せてください。大丈夫、貴女の分まで頑張りますから」

 

 

 振り向いた頃には、もうお母様はジークの部屋へと続く扉を開けており、呼び止める前に閉められてしまいました。それと入れ替わりに、ハヤトさんが出てきます。

 

 

「あ、アリア」

「ハヤトさん、ジークの様子はどんな感じでしたか?」

 

 

 私の質問に、ハヤトさんはジークを心配するように俯き、答えました。

 

 

「なんか、すごく辛そうな顔してた。なにがあったのか訊いても答えてくれなくてな、ヴェリテさんに任せることにした」

「そうですか……」

「俺はこれから母ちゃんのところに行ってくる。お前はどうするんだ?」

「もう寝ようかなと思っています」

「そうか。んじゃ、また明日な」

「はい、おやすみなさい」

 

 

 手を振ってエリカさんの部屋に入っていくハヤトさんの背中を見送ってから、私は部屋に入ります。

 

 辛そうな顔をしていたジークも、お母様に任せていれば大丈夫でしょう。明日になれば、きっとジークはいつもの笑顔を見せてくれるはずです。ですが、

 

 

(省かれるのは、嫌です)

 

 

 私だけ省かれていては我慢なりません。話に付き合うことはできなくとも、悪いことですが、盗み聞きをしましょう。そうすれば、ジークを苛むなにかを知ることはできるはずです。

 

 幸い、ジークとハヤトさんの泊まる部屋は私たちの部屋の隣です。ベランダに行けば、聞こえるかもしれません。

 

          ***

 

「ジーク、少しいいですか?」

 

 

 ベランダ近くの壁に背を預け、膝を抱えて蹲っている俺の前に母さんが正座する。俺が少しだけ顔をあげると、母さんは次の言葉を発する。

 

 

「レイさんから教えられたんですよね? 自分の正体は《死煌龍》だと」

「……知ってたの?」

「もうずいぶん前ですがね」

「怖く、なかったの?」

「なにがですか? 確かに最初はレイさんが《死煌龍》だと知って驚きましたが、あの人と過ごす内に、いつの間にか好きになっていましたよ。我ながら自分の運命には驚かされています。まさか、モンスターに恋をする日が来るなんて……」

 

 

 そう言いながらも、母さんの表情は太陽のように晴れ晴れとしている。昔を懐かしむかのように、少しだけ目をうっとりとさせてもいた。

 

 

「レイさんは自分の本質は龍だと言っていますが、私はあの人の本質は、人間だと思っています。だって、人類(私たち)をあそこまで気にかけて行動するモンスターなんて、レイさんだけだと思っていますから」

 

 

 といっても、他の方々も人類(私たち)を気にかけていますがね。と、母さんはうっすらと笑みを浮かべて言い終えた。

 

 

「自分がモンスターと人間のハーフであることや、自分の父親が倒すべき目標である《死煌龍》であること……、色々悩みはあると思います。ですがレイさんは、その事実を受け入れて自分に向かってくる貴方の姿を是非とも見たいと言っていました。『いつかジークが、俺を越える日が来ないかな』と、期待するように言っていましたよ」

「父さんが……期待……?」

「はい、貴方はアリアよりもレイさんの血を受け継いでいますから、龍と人間の中間の姿を取ることができます。というより、まだ制御はできていないようですが……」

 

 

 苦笑して立ち上がり、母さんは出口へと向かう。

 

 

「私に言えることはこれだけです。その力は、貴方の想いによって、善にも悪にも変わります。それを決めるのは、貴方次第です」

 

 

 言い残し、母さんは部屋から出ていった。

 

 

(善にも悪にも……。……姉さん)

 

 

 俺の脳裏に大切な人の顔が浮かぶ。それを護るための力は、俺の手にある。

 

 

「俺は、受け入れてみせる……! この運命も……力も……ッ!」

 

 

 父さんが《死煌龍》であること、俺が人ならざる存在であること、今はまだ無理でも、必ず俺は受け入れてみせる。拳を握り締め、夜空に浮かぶ月を見上げながら、俺は固く決意した。

 

          ***

 

 ……信じられなかったです。私たちが、モンスターと人間のハーフだったなんて。ですが、聞こえてきたジークの決意の言葉に、私も決心しました。

 

 お母様の話を聞く限り、私には龍と人間の中間の姿を取ることができないそうですが、きっと身体能力に関しては人間よりも高いはずです。ならば、私は無力な人々を護るために、この運命を受け入れましょう。

 

 

「私も受け入れましょう、この運命を!」

 

 

 無力な人々を護り、自然のバランスを取る。私は拳を握り締め、決意の言葉を口にしました。

 



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Hayato and Fire

 

 母ちゃんの泊まる部屋に入ると、そこには母ちゃんと、なぜかフィーレがいた。

 

 

「フィ、フィーレ? なんでここに……」

「少しあんたのことで聞きたいことがあってね」

「昔、私と一緒にハヤトを叱ってたフィーレと会えるとは思えなかったの。これは好機だと思って、ハヤトがフィーレに送った手紙に書かれてた文章について間違えていることを教えてたの」

「なっ!?」

「あんた、ナンパしまくってたらしいわね? さぞかし楽しかったでしょうねぇ?」

 

 

 唇を尖らせてジト目で俺を見上げてくる。それに少し気圧されながら、俺は目の前に置かれている椅子に腰を下ろす。

 

 

「それで? 楽しかったんでしょ? 色んな女を手込めにして」

「その言い方は止めてくれ……。俺がクズみたいじゃねぇか」

「えぇ、クズよ。紛れもないクズよ! この前あんた言ったわよね!? 『好きな人ができた』って!」

「それは十年前の話だろッ!? 俺はもうあの頃の俺とは違うんだよ! その割にはお前のその絶壁は変わんねぇなぁ? しっかり栄養補給しなきゃブッ!」

 

 

 フィーレが自分の尻が乗っていた座布団を俺の顔面に投げつけてくる。座布団についていたフィーレの甘い匂いが悩ましい。

 

 

「な、なんてこと言うのよ! こ、これでも毎日牛乳は飲んでるし、起きた時と寝る前には何度も揉んでるわよぉッ!」

「フィーレ、それは大声で言うべきことじゃないの。聞いてるこっちまで恥ずかしくなるの」

「あ、ご、ごめんなさい……」

 

 

 自分がなにを叫んでいたかを思い出したフィーレが顔を真っ赤に染め上げて母ちゃんに謝る。俺には謝んねぇのかよ。

 

 

「でも、こうして成長した二人が十年ぶりに再会するなんて、本当に幸運なことなの」

「そ、そうか……?」

「そうなの。だから、二人とも……」

 

 

 気持ちを切り替えるためにお茶を啜る俺たちに、悪戯っぽい笑みで、母さんは衝撃の言葉を告げてくる。

 

 

「早く私に孫の顔を見させてほしいの」

「「ブーッ!!」」

 

 

 ほぼ同時に口内から噴き出したお茶は空中衝突し、びちゃびちゃと机に薄緑色の水溜まりを作る。

 

 

「な、ななななななにを言ってるんだよ母ちゃんッ!」

「そ、そそそそそそうですよッ! いきなりなにを言うんですかッ!」

「二人はとても気が合うの。それに、『喧嘩するほど仲がいい』という(ことわざ)もあるの。きっと交際も上手くいくはずなの」

「「誰がこんな奴とッ!」」

 

 

 同時に机のお茶を備え付けられていたタオルをお互いに突きつけると、母ちゃんはふふっと笑いながら続けてきた。

 

 

「その割にはタオルの突きつけのタイミングは同じだし、私への抗議の台詞も見事にハモっているの。というか、同じ過ぎて逆に怖いの」

「も、もう……茶化さないでください……。うぅ、まさかあんたの噴き出したお茶を拭くはめになるなんて……」

「俺も同感だ。お前の噴き出したお茶を拭く日が来るなんてな」

 

 

 キッと俺たちは互いに睨み合い、机のお茶を拭いていく。すると、ちょんっとフィーレの柔らかい手が俺の手に触れた。

 

 

「うおわっ!」

「きゃあっ!」

 

 

 大袈裟過ぎるほどに飛び退いた俺たちは、口角泡を飛ばしながら叫び合う。

 

 

「なに触ってきてんだよ! 気持ち悪ぃんだよッ!」

「そっちこそいきなり私の手に触れてきてなによッ! 不覚にもドキッてしちゃったじゃないッ!」

「はぁッ!? なぁにドキッとしてんだよッ!」

「う、うっさいッ! そう言うあんたこそ、本当はドキッてしてるんじゃないのッ!?」

「んなわけあるかッ!」

 

 

 ドキッとしていた。今でもあの一瞬の間に触れたフィーレの肌の感触が手に残っているように感じる。できることなら、もう一度触れたい。何度でも触れたい。しかし、それをしたらフィーレに嫌われそうで怖い。この態度からすると、フィーレはかなりと言ってもいいほど俺を嫌っているはずだ。これ以上好感度を下げるわけにもいかない。かといって、どうすれば好感度を上げられるかというのもわからない。本気で好きな相手に対しては、積み上げてきたナンパの技術が効くなんて思っていない。

 

 

「二人とも、口喧嘩するのは結構だけど、周囲のことも考えるの。忘れてると思うけど、もう遅い時間なの」

「「はい……」」

 

 

 叱責された俺たちは母ちゃんに頭を下げ、静かに机を拭き始める。その間、俺は机を拭きながらフィーレの横顔を眺めていた。

 

 外に咲く美しい桜と同じ色の長髪、それを止める花びらの形をした髪止め。黄色の瞳に艶やかな唇。そのどれもが、俺の視線を惹きつけて止まない。

 

 

(本当によく育ったな……。もっと可愛くなってやがる)

「な、なによ。私の顔になにかついてる?」

「い、いや、なんでもない」

 

 

 もう少し眺めていたいが、とりあえず今は机を拭くことに専念しよう。そう思って俺が机を拭いていると、

 

 

「じ~~……」

「…………」

 

 

 フィーレがじっと俺を見ているような気がする。いや、これは確実に見ている。

 

 

「な、なんだよ……俺の顔になんかついてんのか?」

「いえ? なにもついてないわ。あんたの顔が見たくて見てたわけじゃないから、勘違いしないでよね」

「そ、そうか……。ありゃ、床にも垂れてやがる」

「あ……」

 

 

 俺が床に垂れたお茶を拭くために膝を曲げると、フィーレが少し哀しそうな声を出した。それがなにを意味するのかを理解できないまま、俺はお茶を拭き終わり、自宅に戻るフィーレを見送ったのだった。

 



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Kaena training

 

 翌日、俺たちは朝早くから宿の前に来ていたケイナに連れられ、村から少し離れた森に入る。肌を冷たい風に撫でられて身震いする俺たちに、ケイナは全く身震いする様子を見せずに口を開く。

 

 

「さて、今日からお前たちの師匠を努めさせてもらうが、生半可なもんじゃないから、覚悟して挑めよ?」

「当然だ」

「いい返事だな。その覚悟が本気のものか、見極めさせてもらうぜ? まずは……これだな」

 

 

 ケイナが隣の大木を殴ると、すでに準備していたのか、縄を巻かれた丸太がぶら下がってきた。それを確認してから、ケイナは次々と俺たちの回りにある大木を殴っていき、その度に丸太がぶら下がる。

 

 

「まずは基礎中の基礎、気配の察知だ。今からお前たちにこの目隠しをつけてもらって、迫ってくるこの丸太を避けてもらう。安心しろ、当たりそうになったら俺が止めてやる」

 

 

 どこからかケイナが取り出した目隠しを俺たちが着けると、閉ざされた世界にケイナの始めの声が聞こえてくる。

 

 瞬間、突風と共に無数の風切り音。俺は無数に聞こえてくるそれらを混合させないよう気を付けながら頭を動かそうと、

 

 

「はい、終わり」

「え?」

 

 

 予想外の出来事に裏返った声が出てしまい、目隠しを外す。視界に入ってきたのは、薄い茶色だった。それが俺の頭と同じ大きさの丸太だと気づくと、それに指を食い込ませて止めていたケイナが俺たちにアドバイスをしてくる。

 

 

「いいか? 確かに音で状況を判断すんものありだ。でも、時には音を聴いてもどうにもなんねぇことがある。それがこれさ。お前たちは二人とも自分に迫ってくる丸太の音を分別して避けようとしてたが、まだ完全にはできてねぇ。俺が止めてなかったら、お前らの顔面にこの丸太がぶつかってたぜ?」

 

 

 視界を埋め尽くしていた丸太が顔面にぶつかるとなると、相当な激痛を伴うだろう。少なくとも、鼻は折れそうな気がする。ゾッとする俺たちに、ケイナはアドバイスを続ける。

 

 

「音を聴くのも大事だが、今回お前たちに教えるのは気配の察知だ。はっきり言って、そっちの方が強敵と渡り合うのに向いてる。それじゃ、もう一回行くぞ」

 

 

 それから俺たちは、何度もこの特訓に失敗した。中断された時に目隠しを外せば、必ずと言っていいほど俺の視界を丸太が埋め尽くしていた。しかし、それを繰り返していく内に、俺たちもだんだんとそれに慣れていき、日が暮れた頃には充分に気配を察知できることができるようになっていた。

 

 

「お前ら中々やるじゃねぇか! こんなに早く気配を察知できるようになるなんてよ!」

「はぁ……はぁ……ど、どんなもんですか……」

「はぁ……はぁ……つ、疲れた……」

 

 

 地面に座り込むと、思い出したように全身から汗が吹き出す。額に吹き出たそれを拭っていると、ケイナが水を渡してきてくれた。それを頭上から垂らすと、冷たい水が全身を滑り落ち、火照った体を冷やしてくれる。

 

 

「じゃあ、明日は音での状況判断だな。お前ら、しっかりと飯食って明日に備えろよ」

「おう」

「はい」

 

 

 宿に戻り、風呂に入ってから晩御飯を食べる。ハヤトはフィーレという俺たちと同い年の少女が来たのでその相手をするためにエリカさんの部屋に行っている。すでに寝巻きに着替えた俺が、そろそろ寝ようかと思って布団を敷こうとしたその時、ベランダに誰かの気配を感じた。

 

 

「……! なんだ、ケイナか」

 

 

 どうやってここまで来たのか、ベランダに立っているケイナが口を開く。

 

 

「よぉ、ジーク。寝ようとしてたとこ悪ぃけど、お前用の特訓をしようと思ってな」

「俺用の特訓? そんなの、明日でもいいんじゃないか?」

「ところがどっこい、そういうわけにもいかねぇんだよ。……お前の龍人化の特訓だよ」

「……ッ! ど、どこでそれを……」

 

 

 声を潜めて発せられた言葉に思わず身構えると、ケイナは「そんなに警戒しなくていい」と、苦笑しながら返してきた。

 

 

「なに、俺も似たようなもんだし、レイの正体を知ってる連中の一人だからな。お前のこともレイから聞いてる」

「ケイナも父さんの正体を?」

「あぁ、ていうか、戦ったこともあるな。引き分けになっちまったけど、あのまま戦っても俺に勝算はあまりなかっただろうな」

 

 

 ケイナが相当な実力者であろうことはなんとなくだが感じていた。気配を察知できるようになったことで、ケイナから放たれる圧倒的なパワーによって形作られた気配を実際に肌で感じたからだ。それに、先ほどの言葉。もしかしたら、

 

 

「ケイナも、龍と人間のハーフなのか?」

「ハーフというより、俺の中にそいつの魂があるって言う方がいいな。アメって名前の《嵐龍》なんだが、俺とそいつは一心同体。『人柱力』って言うんだが、それになった人間はその身に宿る存在を抜き取られると死んじまうんだよ。俺はこの世界の存在について全て知ってるわけじゃねぇが、少なくとも俺からアメを抜き取れる存在はいないはずだ。そんなに心配する必要はねぇよ。……さて、この特訓は人があまり外に出ない夜にだけできることだ。さっさと行くぞ」

「おう」

 

 

 私服に着替えてから、俺はケイナと共に森に入った。

 



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Sealed dragon

 

 再び戻ってきた森は、木々の間から月光が差し込んでおり、朝や昼とは全く違う場所のように感じてしまう。明かりとなりうるものが月光しかないために目の前の空間は闇に近い状態になっているが、意識を集中させれば目の前にある木々の気配を感じられるので問題ない。

 

 

「ここでやるぞ」

 

 

 かなり拓けた場所に出たケイナに頷き、俺はケイナの言葉に耳を傾ける。

 

 

「まず、龍化ってのは自分の内に宿る存在と向き合わない限り発現することはできねぇ。大抵はそいつと会話して、使う力の取り分を決めたりするんだが、お前の場合、会話することはできそうにねぇよな」

「あぁ、俺はケイナと違ってモンスターを封印してるってわけじゃないからな」

「そこが問題なんだよなぁ。俺とは違う方法でやらせなきゃいけねえから、とりあえず思いつく限りのことをやらせるつもりだが、それでもいいか?」

 

 

 俺が頷くと、ケイナは「ありがとう」と言ってから続ける。

 

 

「まずは、自分の内に宿る存在を感じることだ。これをやるには瞑想が一番だな。やってみろ」

「わかった」

 

 

 正座し、気持ちを落ち着けるべく目を閉じる。

 

 

(……腹、減ったな)

 

 

 そういえばここまで来る途中、意外と長い距離を歩かされたし、最後に飯を食べたのも今から五時間ほど前だ。ここで腹が減るのは当然ーーー

 

 

「馬鹿野郎、なに考えごとしてんだ」

「イタッ!」

 

 

 ケイナが近くに転がっていた枝で俺の頭を叩いてきた。思わず叩かれた場所を押さえていると、ケイナは肩に枝を担ぎながらため息を吐いた。

 

 

「いやな? 腹減ってんのはわかるよ? だけど今は特訓中だぜ? 食欲に取り憑かれてないで、早く自分の内の存在を探し出せ」 

「は、はい」

 

 

 気持ちを入れ換え、目を閉じる。今度は欲望についてはなにも考えておらず、必死に俺の中にいる別の存在への接触を試みかけた時、またケイナから止めが入った。

 

 

「ダメだ、ジーク。そんなんじゃ、内に宿る存在とは会えねぇぞ」

「どういうことだ?」

「お前はさっき、必死に自分の中にいる存在と接触しようとしてたが、それをしてる時点で瞑想できてねぇんだよ。瞑想ってのは心を落ち着けて、あらゆる煩悩を振り払うことだ。今回は無心になることを目指してやるんだな。俺の予想じゃ、無心になったその時こそ、お前は自分の内に宿る存在と会えると思うぜ?」

「無心になる、か……」

 

 

 この言葉を口にしてから、三度目の正直とばかりに瞑想を始める。なにも考えず、内の存在と接触したいという気持ちも鎮ませる。すると、なにか俺の中に気配を感じた。俺とは違う、全く別の気配。

 

 

『誰だ、お前は』

 

 

 直接脳内に語りかけてくるような声に目を開けると、そこにはケイナも夜の森もなく、ただ巨大な鉄格子があった。俺のいる場所もそうだが、若干浸水しているその奥には、

 

 

「《死煌龍》……レーヴェン・スミェールチ……」

 

 

 体の至るところに鎖が巻きつき、その場に拘束されている龍の王の姿があった。

 

 

『俺の名前を知ってるのか。そういうお前は誰だ? 俺の領域に足を踏み入れられるなら、ただの人間じゃないと思うが……』

「俺はジーク。お前の息子だ」

 

 

 俺の言葉に《死煌龍》は僅かに首をもたげ、彼の体をその場に固定させている鎖がジャラ……と音を立てる。次の瞬間、《死煌龍》はおかしそうに笑い声をあげた。

 

 

『息子だと? よもやこの俺に息子ができるなんてな。しかも、人間とのハーフと来た。これはあまりにも滑稽すぎる。といことは、この封印を施したのはお前の親である俺か?』

「そういう話は聞いたことがないけど、たぶんそうだろうな」

『ふん。本体の俺とは気が合わんかもしれんな。わざわざ自分の息子にとっては最強の力である俺を封印するなんて。……いや、これはどちらかと言うと制御か。まだ扱えない俺の力から、お前を護るための。ははは、これまた面白い』

「なんでそこまで、お前は父さん(お前)を卑下するような言い方をするんだ? 同じ《死煌龍》なんだろ?」

 

 

 すると《死煌龍》は、首や前足に巻きついた鎖を鬱陶しそうに身じろぎしながら吐き捨てるように答えてきた。

 

 

『俺は確かに《死煌龍》だ。だがな、俺はあくまでレイという名で生きる《死煌龍》とは違って、レイの前にこの体を使っていた者も合わせた、謂わば《死煌龍》の魂だ。竜大戦のことも鮮明に覚えている。だから、人間がどれほど愚かで醜い生物かを知っているんだよ』

 

 

 竜大戦。太古の昔に起こった、竜と人間の戦争。当時の人類は一頭でも多くのモンスターを狩猟し、討伐したモンスターから剥ぎ取った素材から最恐の兵器、竜騎兵を造り上げた。それがどれほどの惨劇をもたらしたのかは、今でも現存している古文書から知ることができる。

 

 

「……俺は竜大戦を実際に見たことがないけど、古文書から当時の人類がどれほどお前たちを苦しめてきたのかは学んでる。お前の持つ記憶と比べりゃ塵にも等しいものだろうけどよ」

『ふん、言っておくが、力を貸してほしいと言われても貸しはせんぞ? 俺は人間が嫌いからな。誰かを護るため、なんていう自己満足に近い願いを叶えてやるつもりはない』

 

 

 どうやら《死煌龍》は、俺がここに来た理由を知っていたらしい。この様子だと、俺の願いは受け入れてくれないだろう。だが、ここで引くわけにいかない。

 

 

「いや、是が非でも貸してもらうぞ。たとえ、お前を倒してでも」

『ほぅ?』

 

 

 瞬間、俺たちを隔てる鉄格子が消え、《死煌龍》は自身を拘束する鎖を引き千切る。

 

 

『倒す、だと? 俺を、お前がか? 思い上がるのも程々にしろッ!』

 

 

 飛びかかってきた《死煌龍》を転がって回避すると、いつの間にか俺の手には双剣《ツインフレイム》が握られていた。

 

 

「俺はお前を倒す。そして、その力を貰うぞ、《死煌龍》ッ!」

 

 

 双剣を構え、俺は《死煌龍》に走り出した。

 



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Ordeal of the dragon king

 

 繰り出される炎を纏った爪での引っ掻きを避け、懐に潜り込んで斬りつける。しかし、《死煌龍》の強固な肉体には傷一つつけられず、火花のみが虚しく飛び散る。《死煌龍》が僅かに身じろぎした気配を感じて飛び退くと、それを待っていたかのように《死煌龍》が咆哮を轟かせてきた。耳栓はおろか、防具もつけていない俺の鼓膜に至近距離で放たれた咆哮が響き、さらにそれは《轟竜》の咆哮のように武器となるものであり、俺は全身に壁が叩きつけられたような痛みを感じながら吹き飛ぶ。

 

 着地した俺に、《死煌龍》は追撃してこない。まるで俺から攻撃を仕掛けてくるのを待っているようだ。その龍の顔には、明らかな余裕が浮かんでいた。

 

 

『これがお前の本気か? レイ()の息子だから期待していたんだが、見事に裏切られたな』

「ま、まだだ!」

 

 

 激痛を訴える全身を根性で無視し、俺は走り出す。

 

 ここは俺の心の中にある彼の世界であるが、それだからといって俺がなにか強化されることなどない。俺はあくまで下位のハンター。そして相手は龍の王。実力差など、天と地では言い表せない。はっきり言えば別次元の領域だ。それでも俺が彼に攻撃できているのは、彼が俺を取るに足らない相手と思っているからだ。

 

 

「うぉおおおおおッ!」

『ふん、遅い、遅すぎる。それに軽すぎる。これでは遊びにもならん』

 

 

 何度振るっても、《死煌龍》にダメージが入った感覚は全くない。俺が大きく双剣を振り上げると、《死煌龍》はまるで虫を払うように尻尾で俺を弾き飛ばした。

 

 

「ぐぅ……ッ!」

『諦めろ。お前が俺に勝つことは不可能だ』

 

 

 少しだけ浸水している地面をゴム(まり)のように跳ねた俺に、《死煌龍》は憐れむような視線を送ってくる。それに俺は答えず、ただ立ち上がって双剣を構え直した。

 

 右目になにかが染み、そのなにかは目蓋を閉じたことでできた橋を渡って頬を伝い、顎から落ちる。その生暖かさから、俺は自分が出血していることに気づく。下を見れば、俺から滴り落ちた血が透明な水面の一点を紅く染めているのが見える。

 

 

『そんな状態になっても、まだ俺に挑んでくるか。見上げた根性だ。そこまで俺に勝利したいか』

「当たり前……だろ……! 俺は……護るんだ……みんなを、姉さんを……ッ!」

『ふむ……、大切な存在を護りたいその気持ち、わかるかもしれん。……では、勝利条件を提示してやろう』

「なに……?」

 

 

 俺の前まで来た《死煌龍》は俺の数倍の高さにある首を下ろし、俺に言い聞かせるように勝利条件を口にする。

 

 

『この二本の角の内、どちらかに触れればお前の勝ちだ。俺は素直に敗北を認め、お前に力を貸そう。どうだ? 今のお前にこの条件は難しいと思うが……おっと、危ない』

「くそ……ッ!」

 

 

 一瞬右手に持つ刃が角に触れかけたが、その前に《死煌龍》が首を動かしたことによって刃は対象に当たることなく空を切る。

 

 

『説明途中に攻撃してくるとは、余程俺に力を貸してもらいたいんだな』

「うるさいッ! はぁッ!」

『だが、無駄だ』

 

 

 翼の羽ばたきによって起こされた突風が、俺を紙ごみのように吹き飛ばす。しかし即座に立ち上がり、攻撃を繰り出す。《死煌龍》は身動きもせずにそれを受け止め、俺に反撃の一撃を喰らわせようとしてくる。俺は身を捩って冷気を伴って迫る爪を回避し、左手に持つ刃を上空へ投げ飛ばす。空いた片手で右手に持つ剣の柄を握り、改めて《死煌龍》と対峙する。

 

 

『一本で挑むのか? ナメられたものだな』

 

 

 俺は水滴を飛ばしながら《死煌龍》を囲うように走り、次々と攻撃を仕掛ける。これも《死煌龍》は動かずに受けるが、今の俺はこの白銀の体にダメージを与えることなんて考えちゃいない。

 

 

『どうした? 攻撃すべき場所は角だぞ? なぜ足ばかり狙う。……なるほどな』

 

 

 やがて《死煌龍》の頭上から、先ほど投げ飛ばした剣が落ちてくる。しかしそれを、《死煌龍》はコツンと鼻先で押して落とした。落ちてきた剣は俺の前に突き刺さったことから、《死煌龍》が二本の剣を使った方が角に触れられる可能性が増えるということを勧めてきていることが窺い知れる。しかし、俺の目的はそれではない。

 

 

「届……けッ!」 

 

 

 突き刺さった剣の柄を踏み台にして飛び上がった俺は、右手に持つ剣を渾身の力を込めて《死煌龍》の角目掛けて投擲した。空気を切り裂きながら剣は《死煌龍》の角に触れようと、

 

 

『無駄なことだな』

 

 

 《死煌龍》は再び、剣を鼻先で押して俺に返してきた。弾かれた剣は乾いた音と共に俺の元へ戻ってくる。だが、これこそ、俺の本当の狙い!

 

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」

『なにッ!?』

 

 

 俺は返された剣をさらに踏み台にして、《死煌龍》の頭上を取った。こんな所業は下位ハンターである俺には到底できないことだと思っていたのか、《死煌龍》は呆気に取られて硬直していたのか、やがて俺が迫っていることに気づいたのか、首を逸らそうとする。だが、もう遅い!

 

 

『……見事だ』

 

 

 微かな、しかし確かな感触。俺の伸ばした右手は《死煌龍》の角に触れ、《死煌龍》の賞賛の声が、それを確固たる事実に変えた。

 



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Contract of dragon king Metropolitan

 

『油断していたとは言え、まさか本当に触れられるとはな』

「どんな……はぁ……もんだ……! 俺には、簡単な……ことだ……」

『全身傷だらけで倒れているお前に言われても、説得力は皆無だな』

 

 

 冷たい地面に大の字になって倒れる俺を見下ろす《死煌龍》がため息を吐く。しかし、フッと微笑んだのか、僅かに歪んだ《死煌龍》の口から唸り声が漏れた。

 

 

『しかし、お前の努力は認めてやる。現に俺の角に触れたのだからな。約束だ、お前に力を貸してやろう。だが』

「だが、なんだよ?」

 

 

 上半身を起こした俺と向き合うように座った《死煌龍》は、俺の疑問に答える。

 

 

『お前はまだ、完全な俺の力を使うほどの器には達していない。よって、最初にお前に貸す力は、本来の力の二割だ。それ以上貸したらお前が暴走する恐れがある。お前の言う護りたい存在のために振るう力を、その存在に向けては元も子もないだろう?』

「まぁ……そうだな」

『その他にも、龍人態に変身できたとしてもすぐに解除されてしまう可能性もある。しかも、龍人態はお前の体に大きな負担をかけるものだ。何度も変身してはお前の体が壊れるぞ』

「マジかよ……。ん? なぁ、一つ訊いてもいいか?」

『なんだ?』

「前のブラキディオス戦の時、俺に力を貸してくれたのはお前か?」

 

 

 この問いに対する王の反応は、否定だった。その素振りから、彼はなにも知らないことを告げている。

 

 

「お前じゃない……? だったら、誰が……」

『お前に心に干渉する存在が外にいるとは、世界とは本当に広いものだ。……さて、お前がここにいる意味ももうないだろう。とっとと帰るがいい。戻り方はここに来る時と同じだ』

「ありがとよ。それと、これからよろしくな」

『ふん、お前が我が本領を使う時は、いつになるのだろうな。最近ご無沙汰だったから、いい暇潰しなる。精々楽しませてくれよ?』

「いつか必ず、な」

 

 

 《死煌龍》に別れを告げ、俺は瞑想をする。

 

 次に目を覚ますと、俺の前に《死煌龍》の姿はなく、ケイナと夜の森が映り込んできた。

 

 

「できたか? ジーク」

「あぁ、バッチリだ。まだ二割しか貸してくれないらしいけど」

「いや、全力じゃなくても大した成果だ。こんなにも早く力を借りられるようにするなんてよ。俺も若ぇ頃にアメの力を扱えるようになったがよ、お前ほど早くはなかったぜ」

「そうなのか」

「最初こそ、お前が暴走したら止めるつもりだったんだが、その心配はいらなかったみてぇだな。改めて、おめでとう」

「ありがとう、ケイナ」

「なに、弟子の成功を祝うのは師匠として当然のことだ。……ッ!? 誰だッ!」

 

 

 突然ケイナがどこからか取り出したナイフのようなものを遠くに生える大木に投げる。俺では視認できないほどの速さで飛んでいったそれは、しかし大木に潜む何者かによって弾き返された。

 

 

「バレたか。気配は殺していたはずだったんだが……」

 

 

 成人男性の若干悔しそうな声と共に、大木を包む葉っぱから人影が飛び出してくる。一回転して華麗に着地した人物を前に、ケイナは俺を護るように立つ。

 

 

「テメェ、何者だ?」

「名乗るほどの者では……いや、ここでは名乗っておこう。ミデンだ」

 

 

 立ち上がった男、ミデンの顔はなにかに塗り潰されているかのようで、その全貌を確かめることは不可能だった。しかし、その体から溢れる力に、俺の前に立つケイナは背中の薙刀に手を伸ばす。

 

 

「俺たちになんの用だ」

「とりあえず、その手を下ろしてもらおうか。俺に戦う力はないのでな」

「はっ、見え透いた嘘だな。そんな力を発しながら、戦う力がないだと? それに、その敵意だ。俺たちを完全に殺すべき存在だと捉えてやがんな」

「だったらどうする?」

「殺られる前に殺るに決まってんだろッ!」

 

 

 突風が吹き荒れる。気付けは俺の前にいたケイナの姿は、いつの間にかミデンの前に移動していた。しかし、ケイナが繰り出した攻撃はミデンには届いていない。なぜなら、

 

 

「■■■■■ーーーーーーッッッ!!!」

「なにッ!? ぐぁッ!」

 

 

 ケイナとミデンの間に割って入った、漆黒の獣が受け止めたからだ。さらに獣からの反撃を受けたケイナが俺の前にまで吹き飛ばされ、薙刀を構える。それに対し、獣も戦闘体制に入るが、

 

 

「止めろ。今回の目的はそれではない」

 

 

 ミデンが獣の行動を諫めると、獣は低い唸り声を発しながら戦闘体制を解除する。

 

 

「我が友が失礼をした。ここで我らは退場とさせてもらおう。だがその前に……」

 

 

 持ち上げられた右手から、強い光が放たれる。咄嗟に身構える俺たちだったが、光はただ眩いだけで、俺たちにはなんの影響もなかった。

 

 

「これでいい。では、さらばだ」

「ま、待てッ!」

 

 

 ケイナが斬りかかるが、その頃にはもうミデンと獣の姿はどこにもなくなっていた。標的を失った薙刀の斬撃は直線上にある無数の大木を吹き飛ばし、ぱらぱらと破壊された大木の欠片が降り注ぐ。

 

 

「チッ、逃がしたか。おい、ジーク。早めに帰るぞ。このことはレイに相談すべき事案だ」

「わかってる。それに、あの獣もいるんだ。早めに話しておかないと……」

 

 

 ミデンと獣。彼らがなぜ俺たちの元に現れたのかは不明だが、とりあえずはこのことを、父さんに知らせなければならない。それが、今の俺たちにできる唯一のことだ。

 



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Faceless man

 

 宿に戻った俺たちは、足早に父さんの泊まる部屋に飛び込んだ。いきなり俺たちが飛び込んできたことに驚いた父さんと母さんに、先ほどの出来事を伝えた。最初は父さんだけに話すつもりだったが、以前に獣と交戦した経験のある母さんにも話しておくべきだと思ったからだ。

 

 

「ミデンに獣……か。ミデンは初めてだが、まさか獣がここに来たとはな」

「彼らの目的は未だに不明ですが、とにかく、二人とも無事でよかったです」

 

 

 俺たちの無事に頬を綻ばせる母さんは、次にケイナに、ミデンと獣を前に俺を護ってくれようとしてくれたことに対する感謝の言葉を告げた。

 

 

「いいって、なんたって、レイの子どもだ。ダチの子どもを護るのに、理由なんていらねぇよ」

「本当にありがとう、ケイナ。ジークになにかあったら、俺たちは……」

「そんな暗い顔しないでよ、二人とも。俺は無事なんだから、ネガティブな考えは止めて」

「そうだな。あぁ、ジーク……」

 

 

 よっぽど俺の無事を喜んでいるのだろう。父さんが俺を抱き締めてきた。正体が龍であるとは思えない、人間特有の柔らかい温かさが俺を包み込む。俺の存在を確かめるように父さんが俺の頭を撫で、さらに母さんまでもが抱きついてきた。

 

 

「や、止めてくれよ、恥ずかしいじゃないか……」

「いいえ、止めません。よく無事で……、あぁ、本当によかった……!」

「まったくだ、本当によかった……」

 

 

 そんな震えた言葉をかけながら、二人は俺を強く抱き締め続ける。そんなことをされていると、どんどん俺の涙腺も壊れていき、いつしか俺も涙を流していた。俺も気付かぬ内に、奴らに怯えていたのだろう。溢れ出した涙は止まることを知らず、ついには嗚咽まで漏れ始める始末だった。

 

 やがて俺が泣き止み、二人が俺を解放すると、先ほどまでの自分たちの姿をケイナ他人に見られていたことを恥ずかしく感じたのか、顔を真っ赤に染めながら咳払いをした。そんな二人を、ケイナはニヤニヤとしながら見つめていた。

 

 

「これが親としてのレイの顔か。まったく、いいもん見させてもらったぜ」

「う、うるさい。それより、ちゃんとジークは龍脈を制御できるようになったのか?」

「おう、お前の血に宿る《死煌龍》の力と向き合えたらしいぞ。ここに来る前に一度試してもらったが、しっかり龍人態になれてた」

「いきなり変身した時と比べると、まだまだって感じがするけどな」

 

 

 一度龍人態に変身した時は自分の体に起こった変化に改めて驚いたものだが、これまで二度ーーー二度目は異なる姿だったがーーー見ているからか、それほど強いものではなかった。しかし、それらの時と比べると、今の俺はそれの半分の力も持っていないことを感じた。これがあの《死煌龍》の魂の言う、本来の力の二割なのだろう。

 

 

「いや、まだ二割でも、これから色んなモンスターと戦うことになるんだ。お前の実力もメキメキ上がるはずだし、いつか十割の力を扱える時が来るはずだ」

「ふふ、その時のジークは、恐らく『モンスターハンター』の称号を得ている頃でしょうね。今から楽しみです♪ アリアももしかしたら……」

 

 

 母さんは未来の俺たちの姿を想像しているのか、でへへと珍しくだらしのない笑みを浮かべている。父さんはそんな妻に苦笑していたが、やがて俺へと視線を移し、言い聞かせてくる。

 

 

「ジーク、その力は世界をあるべき姿のまま保たせるための力だ。誰かを護りたいという気持ちのために使うのは別に責めたりしないが、自分の欲望のために使うのだけは止めろ。そうなった瞬間、その力はお前の意思を喰らい尽くすぞ」

「……うん、わかってる」

 

 

 一度、『ブラキディオスを倒したい』という怒りという名の欲望に取り憑かれた俺は、自分の意思の制御すら出来ずに暴走してしまった。いくら敵を倒すためとは言え、あんなのは、もう二度と起こしたくない。

 

 俺の返答に頷いた父さんは、俺たちに眠るように促してくる。気付けば、もう完全な真夜中だ。

 

 俺は二人と別れ、部屋に向かう。きっと今頃はハヤトが掛け布団を蹴り飛ばして腹を出しながらイビキをかいていることだろう。しかし、俺の分の布団はきちんと用意していたりするのだ。そこに親友の細やかな気遣いを感じられる。

 

 そんなことを考えながら薄暗い廊下を歩いていると、一つの扉が開かれ、そこから姉さんが出てくる。

 

 

「あ、ジーク。お帰りなさい」

「ただいま、姉さん。……ん? どうしたの? そんなに疲れきった顔をして」

 

 

 姉さんの目元にはクマができており、その顔は今にも眠ってしまいそうなほどにこっくりこっくりとしている。

 

 

「あ、いえ……先ほどまでずっとケイナさんに教わっていましたので……。すごいですよ、ケイナさん。強敵との戦い方をとてもわかりやすく、説明してくれました。ふぁ……」

 

 

 姉さんが口元に手を隠しながら大きな欠伸をする。

 

 ……ん? ケイナに教わっていた……?

 

 

「ちょ、ちょっと待ってよ。俺、さっきまでケイナと一緒にいたんだけど……」

「え? そんなわけないですよ。ケイナさんはずっと私といたんですから」

「え?」

「え?」

 

 

 俺たちは互いに顔を見合わせながら、

 

 

「「えぇ?」」

 

 

 と、すっとんきょうな声をあげるのだった。

 



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Promise to you

 

 翌朝、ジークたちは早速帰宅の準備を開始し始めた。俺たちの治療も終わったので、もうここにいる理由もないということだ。ちゃんと仲のいい仕事仲間へのお土産も買ったので、これといったやり残したことはみんななかった。

 

 ……だけど、俺にはあった。それはもちろん、

 

 

「フィーレ……」

「ん? なにか言ったか? ハヤト」

「い、いや? なんも言ってねぇぞ?」

「そうか? なんか言ってた気がするんだが……」

「げ、幻聴なんじゃねぇか? 一度医者に診てもらった方がいいと思うぜ? はは、あはははは」

 

 

 自分でも下手だと思う笑い声をあげながら、俺は昔の記憶を思い起こす。

 

          ***

 

 あの日は、そう、今から十年前の話だ。

 

 お互い近所だったことで幼馴染みとして一緒に過ごしてきたフィーレが、父親の都合により突然引っ越すことになってしまったのだ。内容は仕事関係。この村に咲く桜の花には、特別な治療薬の生成に必要な成分が取れるので、その採集のためだという。別に取り寄せでもその成分は手に入るのだが、こちらに運ばれてくる間にその成分はほとんどが死滅してしまうそうなのだ。生き残っていたものがあっても、それらは力の大半が失われてしまっている。

 

 フィーレの家系はあの竜大戦よりも前から代々続く医者の家系だった。これまで俺たちハンターの狩猟に欠かせないものだった回復薬や鬼人薬などの名だたる薬は、全て当時のこの家系の人物が筆頭として作り上げたものだ。新たな薬品を開発し、それを人類に与えることで、種としてのさらなる進化を図る。それがこの家系の家訓の一つだと、フィーレは俺に教えてくれた。

 

 そして歴代の偉大な医師たちさえ上回る技術を持っていると言われているのが、この村にいるフィーレの親戚、ハイレーンだった。

 

 彼は若くして数々の新薬を開発し続け、まだ十にも満たない年齢の時には、世界の医者たちのスピーチコンテストで優勝したほどなのだ。

 

 後の彼の助手となるフィーレは、両親から徹底的に英才教育を施された。その間、俺たちが会うことは滅多になく、俺はひたすらに彼女に会いたいと願い続けた。

 

 そして、ついにフィーレの引っ越す日がやって来た。まだ別れの挨拶をしていなかった俺は母ちゃんに必死に頼み込み、フィーレの引っ越し先である《エアクス村》まで連れていってもらった。そこで俺と再び顔を会わせたフィーレの驚きようは、今でも忘れられない。

 

 フィーレの両親から少しばかりの時間をもらって、夜桜の下に移動した俺は、将来の夢をフィーレに告げた。

 

 

『俺の夢は一人前のハンターになって、自然との調和を誰より図ることだ! あの《死煌龍》以上にな!』

 

 

 それを言った時のフィーレの表情は、まだ世の中を知らない俺に対する呆れが浮かんでいた。しかしどこか、そんな日が来るといいなと言いたげな表情でもあった。

 

 

『止めてよね。あんたが怪我すると、私があんたの治療をしなきゃいけないのよ? それがどんなにめんどくさいことかわかってるの?』

 

 

 当時の俺はひたすら動き回ることが好きで、その度に怪我をし、大きなものだろうと小さなものだろうと、必ずフィーレが治療してくれていた。

 

 

『悪ぃ、全然わかんねぇ』

『だったら……』

『だけどよ、怪我した俺を一生懸命に治してくれるお前、俺は好きだぜ?』

『ふぇ!? きゅ、急になに言うのよ!』

『だから俺は、強くなる。だけど、それまでの間にはたくさん怪我をするだろうから、そん時はいつものように治してくれよな?』

『あ、あんたの隣に私がいたらね……?』

『いいや、俺が行く。お前のいる場所に』

『え……?』

『俺、バカだからよ。どんな風にすれば薬が作れるかなんて知りもしねぇし、お前以外の奴に治療されるとなると、なにされるかわかんなくて怖ぇ。だから、いつになるかはわかんねぇけど、俺は絶対にハンターになって、お前のところに行ってやる。そん時の俺は、きっと怪我も気にしねぇくらい戦って自然との調和を図ることしか脳にねぇ、いつものバカ野郎になってると思う。だからそん時にはさ……』

 

 

 フィーレに近づき、手を取る。

 

 

『お前に治してもらいてぇんだ、フィーレ。お前じゃなきゃ、いけないんだ』

『…………カ』

『あん?』

『バカ! バカバカバカバカ! なんでお別れの時にそんなこと言うのっ!? バカなのっ!? 死ぬのッ!?』

 

 

 涙ぐんだ叫びをあげながら、フィーレは何度も俺の頭をバシバシと叩いてくる。それに俺が痛がると、フィーレは慌てたように謝り、しばらく俯いてから口を開いた。

 

 

『そんなこと……言われたら、期待しちゃうじゃない……。大きくなったあんたが、私に会いに来てくれるのが……』

『絶対ぇ会いに行ってやるよ。俺はまだ、お前と一緒にいてぇんだ』

『……あんたって、本当にバカ。でも……』

 

 

 顔をあげたフィーレの顔は、涙を流してはいるものの、とても晴れやかなものだった。

 

 

『待ってる。私も、あんたと一緒にいたいから……』

『おうともさ。約束だ!』

『うん……約束……!』

 

 

 俺たちは再会を約束した。この村に咲く、夜桜の下で。

 

          ***

 

(……まさか、本当に再会することになるなんてな)

 

 

 運命って、本当に不思議なものなんだなと、一人笑う。あれはもう会えないかもしれない現実の中で生きる俺たちが、お互いに無意識の内にした、告白にも似た約束だった。

 

 でも、約束は叶ったとはいえ、きっとこの気持ちは伝えられないだろう。俺はもう《ドンドルマ》に帰っちまうし、フィーレもここで助手としての仕事を全うしなきゃならねぇから。

 

 

(また、会えるといいな……)

 

 

 名残惜しい。名残惜しくて堪んない。それでも俺の手は、俺に諦めろとでも言うかのように荷物を整えていく。気がつけば、もう片付けるべきものは一つとなっていた。

 

 

(今度会うのは、いつになるんだろうな?)

 

 

 一人そんなことを考えながら、俺はそれに手を伸ばそうとして……

 

 

「ハヤト、フィーレがハヤトに会いたいって言ってるの」

 

 

 そんな、俺にチャンスを与えてくれた一言が、俺の耳に届いた。

 



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It tells us the feelings

 

 荷物を整えてから宿の入り口に出ると、そこには白衣に身を包んだフィーレがいた。朝日に照らされた桜色の髪が風に靡き、それを押さえている想い人の姿は絵になっていて、思わず見惚れてしまう。

 

 

「な、なんだよ、いきなり呼び出して……」

 

 

 すぐに自分が見惚れていることに気づいて平静を取り戻してから訊くと、フィーレは俺の手を引いて歩き始めた。

 

 

「フィ、フィーレ? 俺たち、これから帰らなきゃならねぇんだが……」

「そんなに時間はかけないわ。すぐに終わる」

「と、とりあえず、なんで俺を連れ出したのか教えてくれねぇか?」

「秘密よ。いいから黙ってついてきなさい」

 

 

 俺の手を握るフィーレの柔らかい手がぎゅっと強く握ってきた。それに心臓が高鳴り、俺は自分の顔が真っ赤になっているのを感じながら、黙ってフィーレに連れられていく。

 

 やがて、「止まって」という一言に足を止めた俺が俯けていた顔をあげると、巨大な桃色が視界に飛び込んできた。

 

 

「こ、ここって……」

「あら? 覚えてるの?」

「忘れるわけねぇだろ……、ここは……俺たちが約束した場所じゃねぇか」

 

 

 頭上の桃色を見上げながら、俺は答える。そうだ、間違いない。ここは間違いなく、十年前に俺たちが再会の約束をした、あの桜の木の下だ。

 

 座るように促され、俺は根元に腰を下ろす。すると、フィーレは俺の真横に腰を下ろしてきた。しかも、肩と肩が触れてしまいそうな、それこそなにも知らない人が見たら恋仲だと思われても仕方がないほどの距離感でだ。

 

 

「お、おい、こんなとこ、誰かに見られたら……」

「え? 私は別に恥ずかしくないわよ? それともなにかしら? あんたは恥ずかしいってわけ?」

「じょ、冗談じゃねぇ! 全っ然恥ずかしくねぇわッ! んじゃあ逆に質問するけどよ、どうしてお前はそんなに顔真っ赤なんだ?」

「こ、これはあんたが近くにいるから暑いだけよ!」

「だったら離れろよ! その方が暑くねぇだろ!」

「イヤ! 離れたくないッ!」

「なんでだよッ! わけわかんねぇッ!」

 

 

 さらにこれ以上縮めようの無さそうな距離を縮めてきたフィーレにドキドキとしながら抵抗するが、フィーレは断固として俺から離れようとしない。素直に言って嬉しいが、心臓に悪くて堪ったもんじゃない。

 

 

「……ねぇ」

「あん?」

「さっきさ、『帰らなきゃいけない』って言ったわよね……? もしかして、もう帰っちゃうの?」

「……まぁ、うん。あくまで《エアクス村》に来たのは俺とジークの治療のためだからな。それが終わったから、俺たちは《ドンドルマ》に帰らなきゃいけねぇ。クエストを達成したことも報告しなきゃいけねぇし」

「そう……」

「なんだよ、その湿気た面は。もしかして、俺が帰るのが嫌なのか?」

「うん、イヤ」

 

 

 その返答に、俺は愕然としてしまう。冗談で言ったつもりなのに、即答で返されてしまった。しかも、潤んだ瞳で俺を見つめてくるというおまけ付きだ。

 

 

「へ、へぇ……? い、嫌なのか……」

「えぇ、全くもってその通りよ。私はあんたとまた離ればなれになるのが、本当にイヤ」

「な、なんで……?」

「またハヤトと会えるのが、いつになるかわかんないなら……。ずっと、想い続けてきたから……」

「え……? そ、それって……」

「ハ、ハヤト……、わ、私、ね……?」

 

 

 湯気でも出そうなほどに真っ赤な顔を俯かせたフィーレの口から、途切れ途切れに声が発せられる。

 

 

「ハ、ハヤトのことが、好きなのッッ!!」

 

 

 精一杯の勇気を込めたのだろう。フィーレが勇気を振り絞って出した一声は、至近距離で聞いていた俺の鼓膜を破らんばかりのものだった。

 

 近くを歩いていた人々の視線が俺たちに向けられるのを感じるが、そんなことを気にかけられるほど、俺の心は安定していなかった。

 

 

「す、好き……? お、俺が……?」

 

 

 こくりと、頷く。

 

 

「う、嘘じゃねぇよな……?」

 

 

 また、頷く。

 

 

「ほ、本当の本当に……なのか……?」

「そ、そうよッ! 本当の本当に、私はハヤトのことが好きッ! 大好きッッ!! だから……」

 

 

 一度あげた顔をまた俯かせ、先ほどとは比べ物にならないくらいか細い声で訊ねてくる。

 

 

「ハヤトの返事、聞かせてよ……」

 

 

 返事、だと?

 

 そんなの、決まっている。

 

 

「俺……」

 

 

 俺は、

 

 

「俺も……」

 

 

 ずっと前から、

 

 

「フィーレのことが……」 

 

 

 ……そう、

 

 

「好きだ」

 



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Dating with you

 

 訪れる静寂。全ての時間が止まったような錯覚にさえ襲われる世界の中で、俺はフィーレの顔を視界に収め続ける。フィーレの唇は俺が答えを口にするのと同時に、まるで壊れたブリキのように震えている。

 

 

「ほ、本当……? ハ、ハヤトが……私のこと……好きって……」

 

 

 ようやく震える唇から出てきた言葉は、そんな力の全くこもっていないものだった。それに俺が頭をこくりを上下に動かして答えると、その目が大きく見開かれた。

 

 

「は、ぁ……!」

「お、おい! フィーレ!?」

 

 

 突然糸の切れた人形のように倒れてきたフィーレを受け止める。しかし、体勢が悪かったのか、俺もフィーレの重さを支えきれずに倒れてしまう。

 

 背中に芝生の柔らかさが伝わってくる。そして胸元には、俺の大切な人の頭が乗っかっている。そこから僅かに啜り泣くような声が聞こえた瞬間、

 

 

「う、うわぁあああああああああんッ!」

 

 

 顔をあげたフィーレが、顔面を酷く歪めながら号泣し始めた。それに唖然としている俺の胸にもう一度頭を埋めたフィーレは、何度もしゃっくりや鼻水を啜りながら顔を動かす。

 

 

「えぐっ……こ、怖かったよぉ……っ! ハヤトにフラれるんじゃないかって……ひっく……うぅ……っ!」

「そ、そんなわけねぇだろ……? 俺はずっと、お前のことが好きだったんだから……」

「バ、バカぁ……! ひぐっ……私の気も……知らない……ひっく……でぇ……!」

「す、すまねぇ、フィーレ……」

「許さない! もう離さない! どこにも行かせないんだからッ!」

「わ、わかったから! とりあえず退いてく……」

「イヤ! このままがいい! ずっとこうしていたい!」

 

 

 俺の言葉を遮ったフィーレはさらに強く俺の胸に自分の頭を押し当てた。こうなってしまうと、俺はもう抵抗することができなくなってしまう。

 

 文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、流石にこの状況でそれを口にするほど、俺はバカではない。

 

 諦めのため息を吐いて、俺は未だに泣き続けるフィーレの頭を撫でる。フィーレはずっと俺に頭を撫でられながら、俺の胸を涙と鼻水で汚していくのだった。

 

 

「……ごめんなさい」

「いやいいって。お前はただ泣いてただけだし、お前に非はねぇよ」

 

 

 ようやく泣き止んだフィーレに謝られたが、俺はそんなことはどうでもいいとばかりにヒラヒラと手を振る。

 

 今、俺は近くの川でずいぶんと汚れてしまった上着を洗っていた。涙は別にいいとはいえ、流石に鼻水は洗っておきたい。フィーレに泣きつかれている間は特に気にならなかったが、少しの時間を置くと途端に気持ち悪いという感情が顔を出してくる。

 

 

「うし、こんなもんかな」

 

 

 充分に洗った上着を羽織ると、フィーレの心配そうな視線が俺に向けられる。

 

 

「大丈夫? そんな濡れてる服着ると、風邪引くわよ?」

「へっ、心配ご無用だ。なんたって俺はバカだからな。バカは風邪を引かないってよく言うだろ?」

「それでも心配するわよ。だって……」

「だって?」

「だってハヤトは、私の恋人だもん」

 

 

 恥ずかしそうに俯きながら発せられた言葉に、俺は胸が撃ち抜かれた。

 

 

「ぐふぅッ!」

「ちょっ!? ハ、ハヤトッ!? いきなりどうしたのッ!?」

 

 

 危ない危ない。あまりの可愛さに吐血しかけちまったよ……。

 

 

「な、なんでもねぇよ……。それよりほら、行くぞ」

「大丈夫なのよね?」

「あ、あぁ……ホントだ。なんだよ、俺が信用できねぇってか?」

「べ、別にそんなんじゃないわよ。……でも、よかった。なんにもなくて」

「それに、もし俺が怪我しても、お前が治してくれるだろ? 頼りにしてんだぜ? 俺」

 

 

 宿に向かいながらそう言うと、フィーレは恥ずかしさと嬉しさが混じった表情で、俺の腕に自分の腕を絡ませてきた。

 

 

「えぇ、頼りにしなさい♪ あんたがどんな傷を負っても、私がちょちょいのちょいで治してあげるんだから!」

「へへ、それならなにも心配することはねぇな! ……だけど、どうしようかねぇ」

「なにが?」

「こうして恋人になれたのは嬉しいんだけどよ、結局は遠距離恋愛なんだよなぁ……。俺、帰っちまうし」

「だったら、ここに留まってみるのはどうなの?」

「「え?」」

 

 

 俺たちの会話に割って入ってきた声の根源を探して辺りを見渡すと、俺たちの隣に生えていた桜の木から母ちゃんが飛び降りてきた。

 

 

「か、母ちゃんっ!? いつからそこに……」

「フィーレがハヤトを連れ出してからなの」

「それって最初からってことじゃねぇか! うっわ、恥っっっずッ!」

 

 

 まさか俺たちの告白を母ちゃんに見られていたとは思いもしなかったので、俺はあまりの恥ずかしさに髪を掻き毟った。

 

 

「ジークたちとは合流するような形でクエストを受ければ、いつも通りのメンバーで狩りに行くことができるの。でもその代わり、ジークたちと過ごす時間はかなり少なくなるの。どうするの? ハヤト」

「う~む……」

 

 

 顎に手を当て、考え込む。しかし、答えなんて決まってると言っても過言ではない。

 

 

「母ちゃん、俺はーーー」

 

 

 俺が答えを告げようとした途端、遠くから人々の悲鳴が聞こえてきた。

 



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Beast who go mad

 

 悲鳴の聞こえてきた場所に到着すると、そこには凄惨な光景が広がっていた。

 

 家屋は破壊され、地面には倒れている人々から溢れ出した赤い水溜まりがそこら中に作られ、その根源たる人々を小型のモンスターたちが喰らっていた。

 

 

「ぅ……ッ!」

 

 

 このあまりにもグロテスクな光景に口元を押さえるフィーレを落ち着かせようとするが、その努力も虚しく、フィーレは胃から込み上げてきたものを吐き出した。

 

 少しだけ背中を擦って気分を落ち着かせ、母ちゃんにフィーレを連れて逃げるよう促す。頷いた母ちゃんがフィーレを連れて離れていき、俺は背中の太刀を引き抜く。

 

 

(狂竜化か……)

 

 

 俺に気づき、こちらに向かってくるモンスターたちの状態を確認した俺は、一発も攻撃を受けまいと身構える。

 

 狂竜化。かつてある山に現れた一頭の古龍によって生まれた地獄の一因となった、その古龍から放たれるウィルスによって起こる現象。感染したモンスターはたとえ群れを作って生活している者であろうとも関係なく、自分以外の存在を殺し続けるという、最悪の病。しかもこれは俺たち人間にも感染し、モンスターのように他人を襲うこともある他、傷の回復を遅らせるという恐ろしい力も持っている。

 

 俺が斬り捨てているモンスターたちは、大半がジャギィやランポスなどの小型の鳥竜種だ。こいつらは弱いし、もしその統率者であるドスジャギィやドスランポスが現れたとしても全然対応できる。しかし、こいつらは狂竜化している。つまり、

 

 

(この村の近くに、ゴア・マガラがいる。でも、おかしい。こいつらは狂竜ウィルスに感染してんのに、仲間を攻撃しようとしてねぇ……。どうなってやがんだ?)

「ハヤト!」

 

 

 前方の二匹のジャギィを斬り飛ばすと、後ろから走ってきたジークたちが俺の左右を走り抜け、モンスターたちを攻撃し始めた。

 

 

「お前ら! 来てくれたか!」

「当たり前です! 怪我はありませんか?」

「へっ! ご覧の通り無傷だぜ!」

 

 

 頼れる仲間たちが駆けつけてきてくれたので、俺も負けられないとばかりに太刀を握って走り出す。飛びかかってくるジャギィの爪を受け流し、素早く背後に回って一閃。斬ったジャギィが赤黒い血を流しながら倒れると、背後から三頭のランポスがけたたましい鳴き声をあげながら迫ってくる。

 

 

「狩技《鏡花の構え》」

 

 

 振り向き様に狩技を発動させ、太刀を構える。三頭の内の一頭が攻撃してきた瞬間、俺は素早く太刀を握る両手を動かし、三頭まとめて斬り捨てた。

 

 

「はっ! どんなもんだ!」

「ハヤト、危ないッ!」

「あん? ぐぉ……ッ!」

 

 

 突然背後からなにかに打ち上げられた俺は空中で体勢を整えて着地する。太刀を構え直した俺の前には、狂竜化したドスジャギィがいた。

 

 

「親玉の登場ってか。そんじゃあ、早速……」

 

 

 この場所に到着し、この惨状を見た時から抱いていた感情を太刀を握る両手に込める。

 

 

「この村を襲った罪を、償ってもらおうかッ!」

 

 

 ここはフィーレがいる村だ。護るべき恋人が住む村は、俺の護るべき場所だ。それをお前たちなんかに、荒らさせたりはしねぇッ!

 

 振り下ろした刃を避けたドスジャギィがジャギィの何倍も大きい尻尾を振ってくる。それを受け流した俺はもう一度上段斬りを繰り出す。今度は当たり、ドスジャギィの体に一本の切り傷ができるが、ドスジャギィは怯まずに俺に食らいつこうと、狂竜ウィルスが放出されているアギトを開く。

 

 

「テメェの動きは、もう見切ってんだよッ!」

「ガァアアッ!?」

 

 

 迫り来るアギトにタイミングを合わせ、カウンターの一閃を喰らわせる。アギトから赤黒い血を流しながら後退するドスジャギィに、俺は鬼人斬りを繰り出す。普段の斬撃を繰り出すよりも強い力を込められた刃は、まず横に一閃、次に振り下ろしから半月を描くように振り上げる。たったこの連撃だけでドスジャギィが吹き飛び、時間をかけて起き上がる。その体を支える両足は、僅かながら震えていた。ダメージを受けすぎて、まともに立っていられない状態なのだ。

 

 

「オラオラどうしたッ! この程度がッ! ……な、なんだ……ッ!?」

 

 

 追撃を喰らわせようと足を前に踏み出すのと同時、突如として地面が震え始めた。バランスを崩しまいと踏ん張っていると、俺の視線の先にいたドスジャギィが、地面から出てきたなにかに噛み砕かれた。

 

 あまりにも予想外の出来事に全身が硬直してしまう俺の前に、ドスジャギィを噛み砕いた者が現れる。

 

 巨大な体躯。数々の返り血を浴びた、太陽の光を浴びて鈍い光を放つ全身。そして、先ほどドスジャギィを噛み砕いたことでついた血が垂れる、狂竜化の証であるウィルスを放つ凶悪な顎。

 

 それは紛れもなく、数多のハンターに恐れられる、最恐のモンスターたちの一角。

 

 

「こいつぁ……マズイな……」

「ゴガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 

 狂竜化イビルジョーは、全ての破壊の開始することを告げる咆哮を轟かせた。

 



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Sun shine

 

「ゴガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

「うぉおおおおッ!?」

 

 

 すでに臭いで気づいていたのか、咆哮を轟かせた《恐暴竜》が地響きを起こしながら迫ってくるのを、俺は心の底から出てきた叫び声をあげながら飛び退く。次の瞬間、先ほどまで俺がいた場所を《恐暴竜》のアギトが通り過ぎていった。もしあのまま突っ立っていたら、俺は間違いなく奴に丸飲みにされていたところのはずだ。その『もしも』が実現した時の自分を想像し、そのあまりの恐ろしさに身の毛がよだつ。

 

 喰らうべき対象を逃したのが気に食わなかったのか、それともただ単に俺という餌を喰いたいだけなのか、《恐暴竜》は自分の近くで戦っているジークたちには目もくれず、再び俺に近づいてくる。

 

 仲間たちを狙わず、俺にのみ狙いを定めてくれるのは嬉しいことだが、それ故に不安もある。

 

 俺はまだ、上位に軽く足は踏み込んではいるだろうが、下位のハンターだ。そんな俺が、こんな奴相手に勝ち目があるかと訊かれれば、ハッキリ言ってゼロに等しい。なんたってこいつは、たとえ下位個体だとしても、上位のハンターが喰われるなんて事件が多発するモンスターなのだ。そんな奴にソロで挑むなんて、愚の骨頂にも等しい行為だ。唯一の希望と言えるものは、

 

 

(こいつか……)

 

 

 今俺が握っている太刀《隻眼将軍のダイトウ》は、親父が生前に愛用していた太刀だ。もちろん、あの『モンスターハンター』の称号を得るに相応しい実力の持ち主だったので、最終強化まで行われている。これを上手く使いさえすれば、こいつに勝てる確率は格段に上昇するだろう。だが、改めて言うが俺は下位のハンターだ。この太刀の性質をまだ完全にわかっていない。

 

 二つ名モンスターの素材から作られた武器や防具にはそのモンスターの魂が宿っていると言われているが、それを感じることすら、今の俺には無理なことだろう。

 

 

「ゴルァッ!」

「チッ!」

 

 

 飛びかかってきた《恐暴竜》から離れ、反撃の一閃を見舞う。しかし、《恐暴竜》へ対する恐怖が俺の太刀を握る両手の力を弱くさせ、全くといっていいほどダメージは入らなかった。

 

 

「ハヤト」

 

 

 振り向き様に俺を喰らおうとした《恐暴竜》から俺を救ったクロウが、漆黒の剣をだらしなく下げながら俺の前に立つ。

 

 

「ここは、俺に、任せろ。お前は、ジークたちの、手伝いに、行け」

「だ、だけど……」

「行け。心配は、いらな……」

「悪いが、そのモンスターは俺様に狩らせてもらおうッ!」

 

 

 どこからか聞き覚えのある声が響き、俺たちと《恐暴竜》の間に人影が降りてくる。

 

 燃えるような赤髪に、東洋風の紅と金の防具。そして背中に背負う紅蓮の炎の彩飾が施された太刀は、かつて《メヒャーリプ王国》で俺と小さな双子の姫を救ってくれた人物と同じものだった。その名は、

 

 

「ヘリオス……」

「む? 俺様の名を口にしたな? 少年。いかにも、俺様こそ、あの熱き太陽の使者、ヘリオスである!」

 

 

 ヘリオスが頭上に昇る太陽を指差すと、一瞬だけ太陽の輝きが強くなった気がした。

 

 鋭い音を立てながら紅の刀身を持つ太刀を引き抜いたヘリオスは、目の前の《恐暴竜》へその切っ先を向ける。

 

 

「生態系を破壊する、暴食なるモンスターよ! 貴様はこの俺様が気に入った村を襲った! その罪、貴様の命で償ってもらうぞッ!」

「ゴガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 

 うるさいと言わんばかりに咆哮をあげた《恐暴竜》の攻撃を避けたヘリオスが、どういうことなのか、灼熱の炎を纏った太刀を振り下ろすと、《恐暴竜》はその苦痛に呻き声をあげながら僅かに体のバランスを崩した。が、すぐにバランスを整えて反撃の一撃を喰らわせようとしてくる。

 

 

「甘いわ!」

 

 

 しかしそれを読んでいたのか、ヘリオスが太刀を素早く回転させ、カウンターの一閃を繰り出した。その速度は、一瞬太刀が消えたようにも見えるほどのものだった。

 

 カウンターの入った《恐暴竜》の顔が大きく打ち上げられ、大きく後ずさる。その隙を逃さず、ヘリオスは強く足を踏み込んで追撃を行う。

 

 

「ス、スゲェ……!」

 

 

 楽々と《恐暴竜》の攻撃を避け続け、次々と炎を纏う斬撃を叩き込んでいくヘリオスの姿に、俺の口から思わずそんな言葉が漏れた。

 

 

「見事な、太刀筋だ。あんなに、綺麗で、苛烈な、攻撃は、見たことが、ない……」

 

 

 あのクロウでさえそんな言葉を口にさせるほどの剣技を繰り出し続けるヘリオスの一閃が再び《恐暴竜》を大きく後退させると、ヘリオスは俺に視線を向けてくる。

 

 

「少年よ! 心して聞くがいい! 真なる強者となるには、その心に巣食う恐怖を我が物とすることだ! さすれば少年、お前は真なる強者となるッ!」

「恐怖を……俺の物に……」

「その通りだ! 見ているがいい、少年。これこそ、真の強者たる者の炎よッ! 我が真意に答えよ、《灼焔刀・煉華》ッ! 今こそ、暴食の王を討つ時だッ!」

 

 

 炎の太刀を回転させて肩に担いだヘリオスが、体勢を立て直した《恐暴竜》を見据える。

 

 

「その罪を、煉獄にて償うがいい……ッ! 狩技……《極焔の桜華》ッッ!!」

 

 

 ヘリオスが片手で持っていた太刀を再び両手で握り、斜めに振り下ろした。さらに強力なものとなった炎が刀身を伸ばして繰り出された斬撃は、まるで灼熱の火山地帯にいるかのような感覚を覚えさせるほどの高熱を発しながら《恐暴竜》に直撃し、とてつもない衝撃波が俺の体を吹き飛ばした。

 

 後頭部を強く打ち付けた俺がじんじんと痛む後頭部を擦りながら上半身を起こすと、見事なまでに融解した《恐暴竜》の体を前に立つヘリオスが、パチンッと音を立てて太刀を納める姿が視界に飛び込んできた。その姿に俺は、何者にも劣ることのない、太陽の輝きを見た。

 

 

「ヘリオス……、ヘリオス……さん……」

 

 

 俺の足は自然と体を動かし、ヘリオスの前まで移動する。突然近づいてきた俺に怪訝な表情をするヘリオスに、俺は膝をついて、叫んだ。

 

 

「俺を、弟子にしてくださいッ!」

 



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Dragon that begins to move

 

「はぁ!? たった二回しか面識のない相手に弟子入りしたぁッ!?」

 

 

 宿に戻った俺が母ちゃんたちに説明すると、フィーレがあり得ないと言いたげに叫んだ。先ほどの青ざめた顔はもうどこにもなく、今は怒りによって真っ赤に染まっていた。

 

 そう、俺はあの後、心が叫ぶままにヘリオスに弟子入りを志願したのだ。その結果、ヘリオスは俺を弟子にしてくれたのだ。俺の願いに了承する言葉を聞いた俺はうきうきとした気分で仲間たちと宿に戻ったのだが、やはりあの行動がいけなかったのか、こうしてフィーレに怒られてしまっていた。

 

 

「あんたねぇ、まだそんなにしか会ってない人間をそう簡単に信用するんじゃないわよ! もし危ない人だったらどうするのよ!」

「で、でもよ! 俺が思うにヘリオスさんは嘘を吐かねぇ方だと思ってんだけどーーー」

「いい? 見せかけに騙されちゃダメなの。しっかりと相手の内まで観察しないと、後々痛い目に遭うわよ。ハヤト? 私はね、あんたがそんなわけのわかんない奴の弟子になって、あんたまでわけのわかんない奴になるのがイヤなの!」

「け、経験がおありで……?」

「わ、私にはないわよ! 昔の友達がそうなっちゃっただけ! でもその子、ハイレーンお兄さんが治してくれたから、今ではいつも通りの生活を送ってるけどね。……でも! 治ったとはいえ一度わけのわかんない奴になっちゃったのは事実だから、ハヤトもその道を進んでもらっちゃイヤなのよ!」

「まぁまぁ、そこまでにするの。フィーレ」

 

 

 俺に言いつけるように怒鳴り散らしているフィーレの怒りを母ちゃんが鎮めようと口を開く。

 

 

「確かにハヤトの行動は浅はかなものだったのかもしれないの。でも、私から見る限り、あのヘリオスとかいう男は、信用してもいい人間だと思うの」

「で、ですが……」

「私の言葉を信用できないのなら、ヴェリテに聞いてみるの。ヴェリテはモンスターを相手にしても一騎当千だけど、人間を相手にしても、その相手の心の内の大半はわかるの」

 

 

 母ちゃんの言葉に俺の恋人はヴェリテさんへと顔を動かし、「本当なんですか?」と心底不安そうに訊ねる。

 

 

「はい。あの人は信用に値する方だと思いますよ。きっと、裏表のない素敵な方ですから」

「素敵……。俺以外の男に素敵って……」

「あぁ! ご、ごめんなさい、レイさん! わ、私にとって本当に素敵な方はレイさんだけですから、どうかお気を確かに!」

「ほ、本当か……?」

「はい! 本当です!」

「も、もう一回言ってくれ……」

「わ、私にとって本当に素敵な方は、レイさんだけですよ……?」

「ヴェリテ……。俺も、お前がこの世界で一番綺麗な女性だって思ってるぞ」

「そ、そんな……、照れますよ……♥」

「や、止めてよ二人とも……。恥ずかしいじゃないか!」

「そうですよ! うぅ、恥ずかしい……」

「これが、夫婦、という、ものか……」

 

 

 なんか勝手にイチャつき始めたレイさんとヴェリテさんに各々の反応を示すジークたちから、関わらない方がいいと思ったのか視線を外すフィーレ。

 

 

「ま、まぁ、あのヴェリテさんがそう言うんなら、信じてあげます。でも!」

 

 

 ずいっと俺に顔を近づけたフィーレが、俺の肩を掴んで見つめてくる。

 

 

「もしなにかあったら、絶対に私たちに言うんだよ? わかったわねッ!?」

「は、はい!」

 

 

 俺が何度も頷くと、フィーレは満足げに頷いて、俺を抱き締めてくる。

 

 

「フィ、フィーレ……? どうしたんだよ、いきなり……」

「……カッコよかったわよ、ハヤトの戦ってる姿。ありがとう、私たちの村を護ってくれて」

 

 

 ちゅっ、と、俺の頬に柔らかいなにかが当てられる。俺から体を離したフィーレの顔は、まるで林檎のように真っ赤になっていた。

 

 

「こ、ここここれはね!? あくまでこの村を護ってくれたお礼だからッ! 決して、惚れ直したからキスをしたくてわけじゃないんだからねッ!?」

「お、おう……」

 

 

 俺は俺を指差しながら恥ずかしそうにしているフィーレにこくこくと頷いて返しているが、実際のところ、その言葉は全く俺に届いていない。突然のキスに、頭が上手く回らないのだ。

 

 とにかく、これで話は終わりを迎え、フィーレが帰ると、俺は母ちゃんに言い忘れていたことを告げた。

 

 

「母ちゃん、俺、この村に残りたい。もう、フィーレと離れたくない」

 

 

 母ちゃんは俺の告白に、フッと笑みを零した。

 

 

「……わかったの。フィーレには……伝えない方がいいの?」

「あぁ、ジークたちが帰る頃に言って、驚かせてやろうと思う」

 

 

 狂竜化したモンスターが現れたので、しばらくはこの村から出られそうにないが、それは後々解決することとなるだろう。それでジークたちが帰る時になったら言うとしよう。

 

 

「それはいい考えなの。きっとフィーレも驚くの。でも……」

 

 

 腕を擦りながら母ちゃんが顔を伏せ、不安そうな小さな声を出した。

 

 

「なんだか、嫌な予感がするの……」

 

          ***

 

 《エアクス村》を囲む山の一角。その頂上には、古くからその場にあるという巨大な桜の樹がある。竜大戦の時代から今も残っているその生きた化石は、静かに山頂から《エアクス村》を見守っている。

 

 しかし、今、その桜に魔の手が忍び寄りつつある。

 

 

「グルルル……」

 

 

 その桜の前にいるのは、《黒蝕竜》ゴア・マガラ。しかし、その外見は通常の個体とは違い、その黒き衣にも似た翼には、巨大な蒼い鉱石が突き出ていた。

 

 《黒蝕竜》の体から放出される狂竜ウィルスが静かに目の前の桜へと付着し、その幹の中へと染み込んでいく。

 

 

「キシャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 

 徐々に根本から青黒く変色していくそれを見上げながら、《黒蝕竜》は咆哮を轟かせた。

 



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Crow jealousy of

 

「むぅ……」

「…………」

 

 

 なんでしょう……? クロウさんが唇を尖らせながら私を見てきています。

 

 

「ど、どうかされましたか? クロウさん」

「アリア、取られた。俺、悲しい」

「え? 取られた、とは……?」

「ん? ……あぁ、なるほどな」

 

 

 私に強敵を相手にどう立ち回ればいいのかを教えていたケイナさんがうんうんと頷きます。しかし、その理由がわからない私が首を傾げると、またクロウさんが拗ねてしまいました。それに耐えかたのでしょうか、ケイナさんが説明してくれました。

 

 

「こいつはな? アリア。最近は俺がお前の師匠みたいな立場についてるから、拗ねてるんだよ。まるでガキみてぇな奴だな」

「そうなんですか?」

 

 

 試しに訊ねてみると、クロウさんはこくりと頷きました。

 

 

「合ってる。最近じゃ、俺の、剣の、指導よりも、こっちの、方に、集中してる、気がする……」

「う……、ひ、否定できませんね……」

「ふむ……。じゃあ、今日のところはここまでにすっか。アリアは飲み込みが早いし、昨日の狂竜化した連中相手にも、これまで以上にいい立ち回りができたと思うし、正直なところ、もう教えられることはほとんどねぇんだよな」

「え? そうなんですか?」

「あぁ、あまりにも飲み込みが早すぎるからちょっと怖ぇくらいだ。行ってこい」

「ありがとうございます。では、クロウさん。剣の指導、よろしくお願いします」

「……! うん……!」

 

 

 無表情ですが、先ほどと比べて勢いよく頷いたクロウさんは嬉しそうで、少し可愛かったです。

 

 

「……なんだか、こうしてクロウさんにみっちりしごかれるのも久しぶりのような気がしますね。あ、ここは腰を落としておいた方がいいですか?」

 

 

 近くの森に移動した私が早速腰から抜いた剣を振りながら訊ねると、クロウさんは首を左右に振りました。

 

 

「いや、そのままで、大丈夫」

「わかりました。……しかし、どうしてあそこまで拗ねていたのですか? 確かに弟子を取られるのは悔しいことだと思いますが、なにもあそこまで子どもじみた態度を取る必要は……」

 

 

 素振りを続ける私の質問に、クロウさんは少しだけ無言になり、それから答えました。

 

 

「……わからない。でも、ケイナが、羨ましくて、妬ましい、気持ちに、なった」

「え、それって……」

 

 

 思わず素振りを止めてしまった私を前に、クロウさんは「わからない」とぶつぶつと呟きながら額を押さえています。

 

 

「わからない。アリア、教えてくれ。この、感情は、なんだ?」

「それは、『嫉妬』というものです。話を聞く限り、それで間違いないと思います。……しかし、クロウさんがケイナさんに嫉妬ですか……」

 

 

 だからあんなに子どもみたいな態度を取っていたんですね。納得です。それに、やはりこの方は見た目に反して精神年齢はかなり幼いようなので、また可愛いと思ってしまいました。

 

 私がふふっ、と口元を隠しながら笑い声を漏らすと、クロウさんはムッと不機嫌ぎみに顔を歪めました。

 

 

「アリアは、俺が、ケイナに、嫉妬するのが、面白いと、思ってる?」

「ち、違いますよ! 嫉妬して子どもみたいな態度を取っていた貴方が可愛い、と思っただけです!」

「か、可愛い……。俺、男、なんだが……」

「可愛いに男も女も関係ありませんよ。だから、そんなに落ち込まないで、もっと私に剣の扱い方を教えてください」

「……うん。じゃあ、あそこと、あそこを飛び交いながら、剣を、振れ」

 

 

 そう言ってクロウさんは、私の左斜め後ろに立つ木から、自分の右斜め後ろの木を指差しました。

 

「え? ちょ、ちょっとクロウさん!?」

「最低でも、十回は、振れなきゃ、困る。それが、できるまで、ずっと、やる」

「ま、待ってください! いきなりハードル上げすぎじゃないですか!?」

 

 

 クロウさんが指差した二本の木は、目測で二十メートルはあります。とても今の私ではできそうにない距離です。

 

 

「実力の、ある、ハンターは、壁や、天井も、足場に、する。今の、内に、練習しておいて、損は、ない」

「も、もしかして、怒ってます……?」

「いいから、やれ」

「は、はい!」

 

 

 クロウさんに強制され、私はそれにより一層背筋を正してから、木に走ります。そして木に近づいた時にジャンプし、幹に足をつけて、

 

 

「わっ、きゃあっ!」

 

 

 バランスを保てず、落下してしまいました。顔面を強く打ちつけてしまったので、顔面がじんじんと痛みます。そこへ近づいてきたクロウさんがアドバイスをしてくれました。

 

 

「遅い。落ちる、前に、跳べ」

「む、無理ですよ! 流石にそれは!」

「大丈夫だ。アリアなら、できる」

「その言葉は嬉しいですけど、できる気がしません……」

「でなきゃ、お前は、ずっと、弱いままだ。いずれ、ジークたちに、置いて、いかれるぞ」

「う……、そ、それは嫌です!」

「なら、つべこべ言わず、続ける」

「は、はい! やぁあああッ!」

 

 

 木から充分に距離を取ってから走り、再び足をつけますが、また私は地面に落ちてしまいました。

 



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Voice of nature

 

「いいか? ハヤト。よく聞くがよい」

 

 

 木々のざわめきや鳥の囀(さえ)ずりを聞きながら正座している俺に、同じく正座したヘリオスさんが目を閉じながら語りかけてくる。

 

 

「強者への道は、ただ勝てばよいというものではない。(おの)が精神を刃のように研ぎ澄ませ、自分の信じる道を切り開いてこそ、真の強者というものよ」

「精神を研ぎ澄ませる……」

「その通りだ。試しに、目を閉じてみるがいい。そこでハヤト、お前はなにを感じる?」

 

 

 言われた通りに目を閉じる。しかし聞こえてくるのは、目を閉じる前にも聞こえていた、木々のざわめきや鳥の囀ずりのみだ。

 

 思ったままのことを答えると、閉ざされた視界にヘリオスさんの声が響く。

 

 

「そうだ。しかし、ただそれだけの答えで終わらせてはならない。さらに深く、考えるのだ」

「はい」

 

 

 浅はかな考えだけを持つのではなく、そのさらに奥深くまで考えを巡らせる。すると、俺はついにそれに気づいた。

 

 

「……この一つ一つが、命」

「そう! (まさ)しくその通りだ! 今我々が感じているものは、その全てが命によって作り出されているのだ。風が起こす木々のざわめきは、その『木』という名の命がなければ起こるものではなく、したがってこの鳥の囀ずりも、『鳥』という命がなければ聞くことのできないものだ。ここでは聞くことは叶わないが、川のせせらぎだってそうだ」

「川は命と呼べるものでは……」

「うむ。確かに川は命ではない。だが、その川はどこからやって来た? そう、この大地の下に位置する空間からだ。そして、この水を作るのはなんだ? この星だ。つまり」

「この星も、一つの命……!」

 

 

 俺の答えに、師匠は大きく頷いた。

 

 

「そうだ。我ら剣士の真髄、それはハンター(我々)が護るべき自然と、完全に一つになること。それを成した時、ハヤト、お前は真の強者となるのだ」

 

 

 護るべき自然と一体化した時こそ、真の強者になれる。そうすれば俺は、俺の夢を叶えることができるかもしれない。だったら、

 

 

「……やってやる。やってやるぞ……!」

 

 

 拳を握り締め、俺は傍らに置いていた太刀を掴む。

 

 

「ヘリオスさん、俺に稽古をつけてください!」

「うむ! その意気だ、ハヤト! ならば、かかってくるがよいッ!」

「うぉおおおおおッッ!!」

 

 

 抜刀はせず、鞘に納めたまま駆け出す。それに対し、ヘリオスさんは身構えもせずに俺を待ち続ける。俺が鞘を振り下ろそうと柄に力を込めた瞬間、風を切る音と共にヘリオスさんの体が動き、俺の腹に拳を捩じ込んだ。

 

 

「こふ……っ」

 

 

 腹を中心に発生する鈍い痛み。殴られた衝撃によって吹き飛ばされそうになるが、両足で踏ん張ってその場に留まる。そこへヘリオスが、次々と攻撃を仕掛けてくる。風を切り裂きながら迫ってくる拳を両腕を交差させて防御するが、一発殴られる度に襲ってくる衝撃が、俺を一歩ずつ後退させていく。

 

 

「ぬんッ!

「が……ッ!」

 

 

 拳による攻撃から身を守っていたため、がら空きの脇腹にヘリオスさんの回し蹴りが入ってしまった。蹴り飛ばされた俺は木の幹に叩きつけられ、その拍子に両手から太刀を離してしまった。

 

 

「バカ者ッ! それではただ防御しているだけだッ! 声だ! 自然の声に耳を貸すのだ!」

 

 

 立ち上がった俺の顔面目掛けて迫ってきた拳を間一髪で避けると、俺の髪の毛を拳の纏っていた風が弄っていった。間髪入れずに繰り出された蹴りをバク転して避け、次々と繰り出されてくる攻撃を防ぎ続ける。

 

 

「どうした! 防戦一方ではないかッ!」

「く……ッ! まだいけますッ!」

「耐えてばかりではどうにもならんぞッ! ふんッ!」

「……ッ!」

 

 

 腹に向かってくる拳を受け止めると、俺の体を風が通り抜けていった。

 

 受け止められるとは思っていなかったのだろう、ヘリオスさんが硬直した一瞬を捉え、俺はその顔面に拳を叩き込んだ。

 

 

「く……ッ! 中々やるではないか……。では、これならどうだッ!」

「な……ッ!?」

 

 

 ヘリオスさんの姿が消え、周囲の木々が激しく葉を揺らす。風が原因ではない。これは、ヘリオスさんが周囲の木々を踏み台にして跳び回っているのだ。

 

 

「くそ……、ぐぁッ!」

 

 

 頬を殴られた俺は、ヘリオスさんがいるであろう場所を蹴るが、そこに目標は存在せず、虚しく空を切っただけだった。

 

 

「遅いぞッ!」

「がぁ……ッ!?」

 

 

 いつの間に回られたのか、後ろにいたヘリオスさんに蹴り飛ばされた俺は空中で体勢を立て直して着地するが、やはりヘリオスさんの姿を視界に収めることは叶わない。

 

 いったいどうすれば……、と周囲を見渡しながら考え込んでいると、

 

 ーーー左から来るよ。

 

 

「……ッ!?」

 

 

 突然聞こえてきた声に戸惑いながらも、俺の体は自然と左に動く。瞬間、俺の左に拳を振り抜いたヘリオスさんの姿が現れた。

 

 

「なにッ!?」

「うぉおおッ!」

「ぐぅ……ッ!」

 

 

 丁度屈むような姿勢だったヘリオスさんの腹を蹴りあげると、ヘリオスさんの体が打ち上げられる。空中で体勢を立て直したヘリオスさんが着地すると、俺が蹴りあげた箇所を擦りながら不敵な笑みを浮かべた。

 

 

「素晴らしい、素晴らしいぞ! 我が弟子よ! 本来ならばこのまま続けたいところだが、これ以上やってはお前の体が壊れてしまいそうだな。休息といこうか」

「あ、ありがとうございます……」

「なに、弟子を精一杯鍛えるのは師匠の務めよ。……む? これはいい」

 

 

 ヘリオスさんが近くの木から林檎を取り、俺に投げ渡してくる。それに感謝してから林檎をかじり、ヘリオスさんも林檎を食べ始める。

 

 

「しばらくしたら再び始める。それまでの間、ゆっくりと休むがよい」

「はい」

 

 

 雲の浮かぶ空を見上げ、俺はまた林檎をかじるのだった。

 



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Dream of hell

 

「こほっ、こほっ」

「大丈夫かい? フィーレ」

 

 

 薬品の整理の最中に咳き込んだ私を気にかけたハイレーンが声をかけてくる。それに私は、咳が止まった時を見計らって答える。

 

 

「は、はい……。少し埃が……こほっ」

「埃……? ……確かに、ここはさっき掃除したばっかりだから、まだ少なからず埃は舞っているだろうね。でも、本当に大丈夫なんだろうね?」

「はい……こほっ、ですが一応、咳止めを飲んで……こほっ、おきます……」

 

 

 謎の咳は数日前から続いているので、私は予め白衣のポケットに入れておいた咳止めを取り出す。それを口に含み、近くを流れる川から引いてきた水をコップに満たして飲み干す。

 

 

「ふぅ……、なんとかなりそうね」

「それならよかった。……そういえば、ハヤトさんと恋人になったんだったね? 従兄弟として、おめでとうと言わせてもらうよ」

「あぁ、ありがとうございます。ですが、いったいどこでその話を?」

「君は気づいていないみたいだけど、君はこの村じゃ結構な美人の部類に入ってたんだよ。そんな君に彼氏ができたとなったら、そりゃ基本的に家か病院(ここ)に籠りがちな僕の耳にも届くよ」

「え、そ、そうなんですか?」

 

 

 僕が嘘を吐いてるとでも思う? と言いたげにハイレーンは心外そうな顔で見つめてくる。それに思わず謝ってしまうと、ハイレーンは「別に大丈夫だよ」と返してくれた。

 

 

「さて、この話はもう君には関係のない話だし、少し横になっといた方がいいよ」

「あ、はい。では、失礼します」

 

 

 後の作業をハイレーンに任せ、私は自宅に戻る。

 

 私の家はハイレーンと共有のものであり、いつどんな患者が担ぎ込まれた場合でも即座に対応できるようになっている。

 

 自室のベッドに潜り込んだ私は眠るべく目を閉じる。

 

 そこで私は、夢を見た。

 

 私の前に立つのは、巨大な桜。しかし、それはいつも見るような美しいそれではなく、思わず逃げ出してしまいそうなくらいの禍々しさを放つものだった。

 

 今すぐに逃げろと本能が急かす。しかし、強大な恐怖を前に私の足は駆け出そうとはせず、ただ何秒もかけてゆっくりと後退りしていくだけ。何十秒もかけて数歩後退したその時、私の頭上を通ったなにかが落ちてきた。

 

 骨が砕ける嫌な音と共に落ちてきたのは、

 

 

「……ッッ!! ハ、ハヤト……」

 

 

 間違いない。私の前に落ちてきた、身動きを全く取らない死体は、私が愛した人、ハヤトだった。

 

 息を呑んだ私は彼の死体をこれ以上視界に収めたくなくて顔を逸らす。すると今度は、別のものが見えた。

 

 

「グルルルル……」

 

 

 一頭のモンスターが、微かな唸り声をあげていた。その視線は私やハヤトには向けられておらず、全く別の方向へと向けられている。その視線の先にはなにがあるのか、と、私の目は私の制御を効かずに視線の先へと動く。

 

 地獄。その言葉を使うとすれば、この状況はあまりにも適当すぎる。

 

 私の住む村、《エアクス村》は、業火の炎に包まれていた。立ち昇る黒煙、山頂であるにも関わらず漂ってくる、あらゆるものが焼け焦げた臭い。そして、それと同様に私の鼓膜に響く、無数の悲鳴。

 

 村を完全に包んだ炎は、次々とその赤い手を伸ばして、全てを包み込まんとばかりに周囲の森さえ赤く燃え上がらせ、地獄を広げていく。

 

 

「ふふふ……ふははははははッッ!!」

 

 

 次第に広がっていく地獄に呆然とする私の耳に、この光景には似つかわしくない笑い声が聞こえ、その根源を視界に収める。

 

 いつの間にいたのか、私の隣に立っていた、顔の見えない男が、両腕を広げて、宝かに笑っていた。まるで、目的を果たしたことを喜ぶように。人々の絶望を笑う悪魔のように。そして、人々の無意味な足掻きを嗤う神のように。

 

 その後方には、彼に付き従うように立つ漆黒のなにかと、黒い外套を被った二人の男女が立っている。彼らも、彼らの前で大声で笑う男までとはいかなくとも、この光景を見て笑っているように見えた。

 

 彼らは、私たちと同じ存在ではない。狂人……いや、その言葉は彼らには合わない。そう、彼らに当てはまるとするならば、たった一つ。

 

 

「化け物……」

 

 

 自然と口から零れた言葉に反応したのか、顔の見えない男が私に向く。見えなくとも、見られていることを理解した私の体は硬直し、愉快な笑い声を漏らしながら近づいてくる男から逃れることはできない。

 

 彼の手が伸ばされる。開かれた右手は私の顔を掴み、そして……

 

 

「……(レ!) (フィーレ!) フィーレ!」

 

 

 いつの間にか、私の視界にはあの男の手ではなく、愛する人の顔になっていた。

 

 

「ハ、ハヤト……?」

 

 

 恐る恐る震える声で訊くと、彼はしっかりと頷いてくれた。

 

 

「あぁ、俺だ、ハヤトだ」

「ハヤト……ハヤト……!」

 

 

 心配するように見つめてくる恋人に、私は飛びつくような勢いで抱きついた。ハヤトはそんな私に驚いたような声をあげるが、やがて子どもをあやすように背中をぽんぽんと叩いてきた。

 

 

「大丈夫か? すごいうなされてたけど……」

「うん……すごい、怖い夢を……ごほっ、ごほっ……」

「お、おい、フィーレ!」

 

 

 咳き込んだ私はハンガーにかけておいた白衣から咳止めを取り出し、水なしで飲み込む。しかし、咳は止むことはなく、むしろより咳き込む回数が増えてしまった。

 

 確かに、咳止めの効果はすぐには現れないが、私は寝る前に一度飲んでいるのだ。今頃はその効果が現れていてもおかしくないというのに、どういうことなのだろうか?

 

 

「だ、大丈夫よ……。ただの、ごほっ、咳……、ごほっ、ごほっ、だから……」

 

 

 私がそう答えた刹那、開かれた窓から、遠くからの竜の咆哮が聞こえてきた。それに呼応するように、私の咳も激しくなり、意識が薄れ始めていく。

 

 

「フィーレ? フィーレッ!」

「ハ、ハヤト……! 助け、て……」

 

 

 無我夢中で目の前の恋人に助けを請う私の手が、恋人の防具を掴む。その瞬間、私は驚愕した。

 

 

 私の肌が、ゆっくりと、青黒く変色していっていた。

 

 



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Swordsman runs. For lover

 

「ハイレーン! ハイレーンッ!」

 

 

 俺の防具を掴んだ途端に気を失ったフィーレを抱えて、俺は入り口を蹴り飛ばして病院に入る。そこで俺の視界に入ったのは、

 

 

「大丈夫です。すぐに薬品を投与いたしますので……」

「すみません! こちらの患者の容態が悪化しました! どなたか手伝ってくださいませんか!?」

「こちらの患者もです! すみませんが、どなたか手伝いを……!」

 

 

 呻き声をあげて苦しむ大量の患者たちを相手に奮闘する医師たちの姿だった。一人の患者の相手を終えた彼らの中心的存在であるハイレーンが俺の叫びに反応し、駆け寄ってくる。

 

 

「ハヤトさん! もしかしてフィーレも……」

「頼む! なんとかしてくれ! フィーレが……」

 

 

 抱えるフィーレの姿がよく見えるようにすると、ハイレーンが息を呑むのを感じた。

 

 

「そんな……、フィーレまで……。とにかく、こっちに来て!」

 

 

 慌ただしい人々の間を縫うように歩いて、ハイレーンに「ここに置いて」と指差された、床に広げられた巨大なシーツにフィーレを寝かせる。このシーツには他にも無数の患者がいて、彼らの相手を数少ない医師たちが必死に務めていた。

 

 

「やっぱり、ただの咳なんかじゃなかったんだ……」

「おい、それってどういうことだよ」

「わからない。僕もこんな症状を見るのが初めてだ。これまでの歴史上、こんな病気が流行ったなんて話も聞いたことがない。間違いなくこれは、新種の病気だ……」

「おい、お前天才なんだろ!? ならなんとかしてくれよ!」

「医師は神じゃない! そう簡単に治せると思うなッ!」

 

 

 俺を一喝して黙らせたハイレーンは、そのボサボサな髪を掻き毟りながら「いったいどうすれば……」とぶうぶつと呟く。

 

 

「誰かから血液を貰って薬品を作るか……? いや、注射器はもうほとんど残っていない……。だったらどうする……? 考えろ……考えるんだ僕……! ……そうだ!」

 

 

 突然顔をあげたハイレーンが、俺に自分が考えついたことを説明してきた。

 

 

「ハヤトさん、この病院の近くに山に入る道があるんだけど、その先にはこの村の守り神と呼ばれている桜の巨木があるんだ。その根元には毎週、その巨木の枝が落ちてくるから、それを取ってきてほしいんだ。以前調べた時、それはとてつもない治癒力を持っていることがわかったんだ」

「在庫は……ないか」

「残念なことに……。あれは巨木から落ちると数時間で朽ちるから、できるだけ早めに持ってきて。でも、仮にも守り神の枝。くれぐれも丁重に持ってくることだよ」

「わかった」

「進行はそれほど早くない……。でも、今から一時間以内に持ってこないと危ない。早く!」

「あぁ! 待ってろよ、フィーレ」

 

 

 謎の病に身を蝕まれている恋人の頭を撫でてから、俺は病院を飛び出して守り神へと続く道に入る。

 

 

「チッ! 邪魔な奴らだ……」

 

 

 しかし、俺の行く手を阻むように現れたモンスターたちが襲いかかってきたことにより、俺は足を止めざるを得なかった。どのモンスターも狂竜症を発症しており、元から凶悪な眼差しがより邪悪なものに感じられる。

 

 

「どけ……ッ! テメェらの相手をしてる暇なんざねぇんだよッッ!!」

 

 

 俺が背中の太刀を握って引き抜こうと構えた瞬間、俺の左右を走り抜けた無数の人影が狂竜化モンスターたちに攻撃を仕掛けた。

 

 

「ハヤト、ここは俺たちに任せて、お前は先に行けッ!」

「大事な、奴が、危険、なんだろう? なら、こんな、奴らには、構って、いないで、先に、行け」

「私たちもモンスターたちを倒したらすぐに向かいます! ですので早く!」

「……すまねぇッ! 恩に着るッ!」

 

 

 頭を下げ、俺は止めていた足を動かす。途中何頭もの狂竜化モンスターたちが現れたが、無視して走り続ける。

 

 数えるのも億劫になるくらいの階段を駆け上り、俺はついに、ハイレーンから教えられた守り神と崇められる桜の前に到着した。

 

 荘厳な、そしてどこか触れてはいけないような神聖な雰囲気を漂わせているそれに思わず見惚れそうになるが、俺はその気持ちを捩じ伏せて走り出す。

 

 俺の進む先には、その巨木から落ちてきたであろう、一本の大きな枝があった。あれを持ち帰れば、フィーレの病気は治る。

 

 俺の頬が自然と緩み始めた、その時だった。

 

 俺と枝の間に割って入るように、モンスターが現れた。そのモンスターは黒き衣のような翼を靡かせながら、ゆっくりとなにかを探るように顔を動かす。やがて俺を見つけたのか、俺を真っ直ぐと、その目のない顔で睨みつけてくる。

 

 

「グルル……キシャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 

 膨大な狂竜ウィルスを放出しながら、《黒蝕竜》ゴア・マガラは戦闘開始を告げる咆哮をあげた。

 



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My late father

 

 戦闘を始めた剣士の少年と《黒蝕竜》。剣士の少年は、まだ下位のハンターだとは思えないほどの速さで太刀を振るい、少しずつ《黒蝕竜》の体に傷を作っていく。対して《黒蝕竜》も負けてはおらず、狂竜ウィルスを凝縮させて作り出したブレスで少年を吹き飛ばし、追撃を加えようと走り出す。それを少年が受け流し、強力なカウンターを喰らわせた。

 

 中々見所がある。そう、遠い場所から彼らの戦いを見ていた獣は思った。ミデン(リーダー)の許可さえあれば、今すぐにでも彼に闇を植えつけ、自身の傀儡に変えることはできる。しかし、ミデンからそのような許可を得られるはずなどなく、むしろ「殺せ」と命令されることだろう。

 

 確かに、このまま彼に戦わせては《黒蝕竜》も危険だろう。本気になればあの程度のハンター如き、簡単に圧倒できるのだが、その状況を引っくり返すほどの力を秘めているのが、人間という存在だ。不確定要素は取り除いた方がいい。

 

 

「■■■…………ッ!」

 

 

 唸り声をあげた獣は両手を凶悪な龍のそれに変化させ、彼らの元へ向かうために腰を屈める。瞬間、獣は自分へ向けて誰かが攻撃を仕掛けたことに気づいた。

 

 

「■■……ッッ!!」

 

 

 迫ってきた巨大な斬撃を邪悪なオーラを纏う爪で相殺した獣の前に、薙刀を構えた青年が立っていた。

 

 

「よぅ、また会ったな」

「■■……! ■■■……ッ!」

「なに言ってんのかわかんねぇな。アメ、わかるか?」

『ダメだ。全くわからない。こんな言語、初めてだ』

 

 

 ケイナに宿る《嵐龍》のアメでさえ理解できない言語を口にする獣は、自分の前に立つ存在の危険性を見極めていた。

 

 

「■■……■■■……」

「見た目的には俺と似てたから、龍の言語に近いものかと思ってたんだが、どうやらハズレだったみてぇだな。……だが、今となっちゃそんなことはどうでもいい」

 

 

 薙刀の切っ先を獣に向け、威圧するように殺気を放つ。

 

 

「テメェには悪ぃが、ここで死んでもらうぜ。さっきから俺の本能が急かすんだよ。『こいつを倒せ』ってなッ!」

「■■■……ッ! ■■■■■■■ーーーーーーッッッ!!!」

 

 

 走り出したケイナに、獣は両手の爪で迎え撃った。

 

          ***

 

「ぐ……ッ! き、効かねぇなぁッッ!!」

「グルァ……ッ!」

 

 

 《黒蝕竜》のブレスが爆発し、それを避け損ねた俺は体が吹き飛びそうになるのを堪え、反撃の一閃を見舞う。顔に横一文字に赤い線が浮かび上がった《黒蝕竜》が忌々しげに呻きながら後退するが、俺はその距離をすぐに縮めて追撃を繰り出す。しかし、それは《黒蝕竜》の翼が受け止め、器用に俺を投げ飛ばした。

 

 空中で回転して体勢を整えた俺目掛けて飛んでくる三つのブレスを受け止めようとするが、空中にいるためか、力を思うように入らない。

 

 

「ぐぁ……ッ!」

 

 

 押し返せずに俺の全身に三つのブレスが激突し、墜落する。地面を二度、三度跳ねた俺は、視界に映る自分の右腕に狂竜ウィルスがまとわりついているのに気がついた。

 

 狂竜ウィルスは発症してしまえば自然回復能力がなくなってしまい、狂竜化モンスター(特にゴア・マガラ)から受けるダメージが大きくなってしまうが、その前に克服してしまえば問題ではない。

 

 念のため、ポーチから取り出したウチケシの実を噛み砕き、飲み込んでから太刀を構える。《黒蝕竜》はもう一度俺を吹き飛ばそうというのか、小さな地ならしを起こしながら突進してきていた。だが、その程度の攻撃、避ける必要もない。

 

 

「狩技《鏡花の構え》」

 

 

 太刀の構えを変えて、タイミングを見極める。そして、《黒蝕竜》の頭が俺の太刀の攻撃範囲に入った瞬間、太刀を振るおうと……

 

 《黒蝕竜》が、俺の頭上を飛び越した。

 

 

「なんだとッ!? がは……ッ!」

 

 

 強力な威力を伴ったカウンターは空を切り、代わりに俺の背後に降り立った《黒蝕竜》の長い尻尾が俺の脇腹を強打し、俺は再び地面を跳ねる。

 

 

「ぐは……ッ! クソ……痛ぇ……ッ!」

 

 

 口から血を吐き出して脇腹に触れると、とてつもない激痛が走った。意識も朦朧としている。どうやら、相当ヤバイ状況のようだ。

 

 

「クソが……こんなところで、死ぬわけにはいかねぇんだよッッ!!」

 

 

 だが、ここで倒れるわけにはいかない。俺が倒れたら、誰が病に侵されている人々を、フィーレを救うというのだ。

 

 

「俺は負けねぇ……ッ! テメェなんざ、敵でもねぇんだよッ!」

 

 

 上空へと羽ばたき、俺に突っ込んでくる《黒蝕竜》に吼えた、その瞬間、

 

 

「その意気だせッ! ハヤトッ!」

「私たちも力を貸すのッ!」

 

 

 どこからともなく飛んできた一本の太刀と双剣が、《黒蝕竜》を叩き落とした。それは普通であればあり得ないような軌道を描いて、俺の後方へと飛んでいく。思わず脇腹の痛みも忘れて振り向くと、そこには二人の男女がいた。

 

 

「ハヤト、助太刀に来たのッ!」

「母ちゃん! それに……」

 

 

 《白疾風》の装備に身を包んだ母ちゃんの隣に立つ男性は、黒い模様が入った太刀を持ち、闇夜に紛れて生きる暗殺者のような黒い外套を纏っており、その髪は俺と似てツンツンとしている。

 

 

「よぉ、ハヤト。こうして会うのは、初めてだな」

「まさか……」

 

 

 その姿は、昔から母ちゃんからよく聞かされていた話と合致している。でも、その人はもうこの世にいないはずだ。あり得るはずがない。

 

 しかし、あり得ないとわかっていても、俺の口は自然とそれを発した。

 

 

「親父……?」

 



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Green dragon king

 

「お、親父……なのか……?」

「なんでもう一度訊いてんだよ。まぁ、そうだ。俺はザック。ハヤト、お前の父親だ」

 

 

 親指で自分の顔を指して不敵な笑みを浮かべる父親を、俺は未だに現実を受け入れずに見つめていた。母ちゃんがそんな俺に苦笑する。

 

 

「まぁ、そんな反応するのも仕方ないの。私も私で最初はあり得ないと思ったの。でも、ザックを連れてきたのが誰かわかったら、普通に納得できたの」

「だ、誰なんだよ……?」

「聞いて驚け! なんと、《彗天龍》ヴリエーミャ・ガラッシアだッ!」

「す、《彗天龍》ッ!? それって、あの伝説のッ!?」

 

 

 心の底から驚く俺に親父はしてやったりと唇の端を吊り上げる。

 

 

「おう! 《彗天龍》の奴、『お前の息子に危機が迫ってる』って言ってきやがってな。行かなきゃ親父失格だし、それに成長した息子にも会ってみてぇから来たってわけだ。……本当ならもっと話してぇところだが、今はそんな状況じゃねぇんだろ? いつまでこの時間にいられるかわからねぇが、話はあいつを片付けた後だ」

「あぁ!」

「わかってるの!」

 

 

 俺たちはそれぞれの得物を構え、《黒蝕竜》と対峙する。《黒蝕竜》は新たに増えた二人の人間に忌々しげに唸り、翼を展開させる。

 

 

「キシャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 

 翼と同化している爪が大地を掴み、その翼から突き出ている蒼い石が煌めきを強める。頭から紫色に輝く二本の角が現れ、周囲にこれまで以上の狂竜ウィルスを放出しながら《黒蝕竜》はより凶悪な咆哮を轟かせた。

 

 

「行くぜお前たち。俺たち家族が力を合わせりゃ、どんな敵にも負けやしねぇよッ!」

「「おうッ!」」

 

          ***

 

 最後の狂竜化モンスターを倒した直後、いきなり頭上に広がる空を暗雲が覆い尽くし、ハヤトが向かった先から《黒蝕竜》の咆哮が轟く。それが《黒蝕竜》が本気を出し始めた合図であることを知っていた俺たちは、すぐにハヤトの元へと向かおうとするが、なぜかクロウがそれを止めた。

 

 

「なんだよ、クロウ! このままじゃハヤトが危ないだろッ!」

「心配、するな。向こうには、強力な、助っ人が、いる」

「助っ人? 助っ人とはどなたのことですか?」

「それは、言えない。だが、一人は、エリカだ」

「エリカさんが? ……そういえば、あの人も昔は凄腕のハンターだったという噂を聞いたことがあります……。ジーク、クロウさんの言う通り、ハヤトさんはエリカさんと他の助っ人に任せましょう。私たちは村に戻って、他の狂竜化モンスターが来ないように見張らなければ……」

「……いや」

 

 

 振り向いた拍子に視界に飛び込んできた光景を今も眺めながら、俺は続けた。

 

 

「見張る必要は、もうないよ」

 

 

 俺たちがいる場所を除き、《エアクス村》を囲む山の木々が倒れる音が響き、その木々の揺れは徐々に村へと向かっていた。それを遅まきながら見たであろう姉さんが、息を呑むのが聞こえた。

 

 

「そ、そんな……! このままじゃ《エアクス村》が……。……ッ!」

「あ、ね、姉さん!」

 

 

 走り出した姉さんを追いかけ、俺たちも山道を下り始める。このパーティーでの指揮官は姉さんだ。指揮官は常に状況を判断して的確な指示を出さなければならないのに、今の姉さんは完全に私情のために走っているだろう。追いついた時に一瞬だけ見えた姉さんの表情が、それを裏付けていた。

 

 

「姉さん! 村を護りたい気持ちはわかるけど、俺たちだけじゃ無謀にも程があるよ!」

「それでも……! それでも護りたいんですッ! 見捨てるなんてことはできませんッ!」

「姉さん……」

「アリアの、言う通りだ。無謀でも、一頭でも、多く、モンスターを、倒して、村に出る、被害を、抑える」

「……わかった!」

 

 

 俺たちが《エアクス村》へと向かう足をさらに動かし始めたその時、《エアクス村》の前に巨大なモンスターが現れた。

 

 新しい敵かと思ったが、その姿を見て、俺は即座にその考えを取り消す。

 

 しなやかな緑の体躯に、その巨体と凶悪なアギトには似合わないほどの慈愛の気配を感じさせるそのモンスターは、俺の目標を果たすために通らねばならない通過点の一つ。

 

 

「……! あれは……」

「まさか……」

「マジかよ……。こんなところで見れるなんて……。あれは……」

 

 

 そのモンスターが大地を力強く踏み締めると、地面から生えてきた巨大な蔓が村を覆うように伸びていく。やがて、完全に地上からも上空からも手出しができないようにドーム状に覆われた村を背後に、モンスターは咆哮を轟かせた。

 

 その咆哮は、他者の破壊を目的とした殺戮者のものではなく、護るべき者を護る、守護者の咆哮。

 

 俺たちの父親である、あらゆるモンスターの頂点に立つ《死煌龍》に仕える一頭にして、《龍の王国》を支配する絶対者の一頭。

 

 そう、()のモンスターの名は、

 

 

「《碧喰龍》ヴェール・エスティエイン……!」

 



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Ray's troubles

 

「壁は張れたな。それじゃあ、迎撃を頼む」

(皇帝の命ずるままに)

 

 

 《碧喰龍》ヴェール・エスティエインことリュイはレイ(皇帝)の指示に頷くと、小さな緑色の瞳が強く輝く。すると、《エアクス村》をドーム状に囲む蔓から伸びてきた新たな蔓が、迫り来る狂竜化モンスター郡を薙ぎ払い始めた。

 

 

「しかしまぁ、近くにお前がいてくれて助かった。俺でも一応護ることはできるが、こんな風に護ることはできないからな」

(そんな、滅相もない。私如きにできることを貴方様ができないことはありません)

「ていうか、それはともかく、その敬語はなんとかしてくれないか? 俺は確かに皇帝という座についているが、それほどの器を持ってるってわけじゃない」

 

 

 そう告げるレイに、一人と一頭の会話を聞いていたヴェリテが異義を申し立てる。

 

 

「ですがレイさん。《龍の王国》の状況を解析してリュイさんたちに指示を出しているのは貴方ですよね。それに、これまで目立った問題は一度も起きていないとも聞きます。貴方は自分が皇帝に相応しい器ではないと言っていますが、実際のところ、その素質はあるのでは?」

「ヴェリテまで……。……まぁ、時々そう感じることはある。就職してからは各国の王や皇帝たちと会話してきたから、たぶんそれで学んだんだろうな。……はぁ」

 

 

 突然ため息を吐いた夫に、妻が「どうかしましたか?」と訊ねると、夫は肩を竦め、かつての恥ずかしい記憶を思い出しながら答えた。

 

 

「ずっと思ってたんだけどさ。《龍の王国(・・)》って名前なのに、なんで俺は皇帝(・・)って名乗ってるんだよ……。王はすでにリュイたちがなってるから、自然とこの立場に収まることになるのはわかってるんだが、これなら普通に《龍の帝国》の方がよかったんじゃないか……?」

((そんな下らない悩みをずっと……?))

 

 

 同時にそう思った自然を支配する龍王と龍の皇妃は、再びため息を吐いたレイを見つめる。

 

 彼らは下らないと切り捨てたが、《龍の王国》全土の支配者であるレイからすると、これはかなり重要なことだと思えるものであった。

 

 十七年前の戦争が起こる二年前に、レイは《彗天龍》ことリュウセイ、そして《黒龍》ことボレアスと協力して《絶島》の支配者たる《大巌竜》ラヴィエンテを討伐し、主が不在となった《絶島》を改造して巨大な大陸を作り上げ、その無名の大陸を《龍の王国》と名付けたのだ。

 

 数多のモンスターたちが自由に生き、他の大陸では見られない独自の生態系を築いてほしい……。そんな願いを込めて、レイはこう名付けた……。

 

 ……というわけではないのだ。

 

 実際のところ、レイが無名の大陸をそう名付けたのは、『かっこいい名前だから』という、子どもじみた理由からだった。

 

 これは後に、《復讐者(リベンジャーズ)》との戦争を終えたレイが抱える問題の一つになる。

 

 完成した当時は《復讐者(リベンジャーズ)》との戦争はどうすれば有利に戦況を進められるかについて仲間たちと考えることで忙しかったため、名前を気にする余裕など皆無に等しかった。

 

 しかし、戦争が終結して数ヶ月経ち、ようやく人類もモンスターも元通りの生活を送れるくらいまでになった頃、ついにレイはこの壁にぶち当たった。

 

 

『自分は皇帝と名乗っているのに、その治める大陸の名前が《龍の王国》っておかしくね?』

 

 

 いつしか心の中には、絶え間なくそう囁き続けるもう一人の自分が生まれていた。周りからすれば下らないことだろうが、治める立場にある自分からすると、これはとてつもなく気になる問題だった。

 

 アホな間違いではないのか? 全モンスターの頂点に君臨する存在が、こんなアホな間違いをしてもいいのか?

 

 どれだけ仕事に集中しても、その自分へ対する疑問は常に頭のどこかに居座り、一瞬でも隙を見せれば即座に顔を出してくる。

 

 改名しようにも、『今さら改名するのはいかがなものか……?』という新たな疑問が生まれ、それに追従するように『なんでもっと考えなかった!』と自分に対する怒りまで沸き、再び振り出しに戻るというこの始末。

 

 終わらないスパイラル。完全に(いたち)ごっこだ。

 

 

「改名はしたい……。でも今さら改名するのも恥ずかしい……。はぁ、いったいどうすれば……」

「なに下らないこと考えてんだよ、レイ」

 

 

 上空から蒼い龍光エネルギーを噴出しながら降りてきた《彗天龍》ヴリエーミャ・ガラッシアことリュウセイが呆れた表情をし、レイの頭を叩く。

 

 

「そんなこと考えてないで、今はこの村を護ることを優先しろ。リュイが護ってくれてるとはいえ、強力なモンスターもいるかもしれないからな」

「……そうだな。今はこんなことを考えてる場合じゃなかった」

「父さん! 母さん!」

「……ッ! お前たち! よく無事に戻ってきたな!」

 

 

 戻ってきた息子たちを抱き締める。三人とも大きな怪我はなく、レイたちは一安心する。しかし、自分たちの隣に立つ王は大丈夫なのかと考えるが、どうやら三人とも大丈夫のようだ。自分の正体を告げてはいないはずのアリアも、特に問題はないようだ。

 

 

「アリア、ジーク、クロウ。後は俺たちに任せて、お前たちは休んでろ」

「でも、父さん……。……ッ!」

 

 

 ジークが振り向くと、木々をへし折りながら狂竜化した《轟竜》が現れる。《碧喰龍》がそれを排除すべく踏み出しかけるが、レイがそれを右手をあげて制止させる。

 

 

「ジーク、よく見てろ。これがお前の父親、お前の越えたい存在の力の片鱗だ」

 

 

 レイの全身から光が放たれ、《死煌龍》が現れる。ジークたちの視線を受けながら、《死煌龍》は《轟竜》へ攻撃を仕掛けた。

 



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Mother and assailants

 

 三方向からの斬撃が《黒蝕竜》の体に傷を入れる。翼を羽ばたかせて上空へ飛んだ《黒蝕竜》がブレスを吐いてくるが、それらは全て俺たちの前に立った親父が斬り捨ててくれた。

 

 

「ハヤトッ! エリカッ!」

 

 

 着地した親父が屈み、その意図を理解した俺は親父の背中を踏んでジャンプ。すると、母ちゃんが親父と俺の背中を踏み台にしてさらに高くジャンプし、両手に持つ《白疾風》ナルガクルガの素材から作られる双剣《曙光輪爪【賜風】》を投擲する。

 

 高速回転しながら飛ぶ六つの刃は、空気を切り裂きながら《黒蝕竜》の翼に直撃し、大量の血飛沫が舞う。

 

 《黒蝕竜》がバランスを崩して墜落すると、そこへ俺たちがそれぞれ愛用の太刀を振るって攻撃する。

 

 親父が使っているのは、《白毒刀【還滅】》。あの《龍の王国》の一角を統べる王の一頭から作られる太刀だそうだ。前に一度、母ちゃんが俺に見せてくれたことがある。今ではそれは《龍の王国》にあると言われているが、こうして親父が使っているのは、きっとそれは過去のものなのだろう。しかし、あの時見た際に感じた異常なまでの強力な力は変わってなどいなく、今でも俺の全身を撫でている。

 

 だが、怖くはない。むしろ、強力な誰かに護られているような気までするほどだ。それ故だろうか、俺がこんなにも、自分でも驚くほどに力を発揮できているのは。

 

 

「ハヤト、狩技行くぞッ!」

「おうッ!」

 

 

 俺たちは同時に左右へ跳び、太刀を構える。

 

 

「「狩技《桜花気刃斬り》ッッ!!」」

 

 

 横薙ぎに二回振るわれた太刀を納めると、遅れて合計四回の強力な威力を伴った斬撃が《黒蝕竜》の全身から血を噴き上がらせる。

 

 

「狩技……《血風独楽》ッッ!!」

 

 

 さらに上空から回転しながら落ちてきた母ちゃんの斬撃も直撃し、《黒蝕竜》のいる大地にクレーターが出来上がった。

 

 

「ひゅう! やっぱエリカは強ぇなぁ! ババアになってっから弱くなってんのかとボゲェ……ッ!」

 

 

 母ちゃんの飛び蹴りが親父の腹にめり込み、親父が大木に叩きつけられる。

 

 

「お、親父ッ!?」

「バカなこと言わないの。このミニマムボディのどこがババアなの」

「せ、成長しない体だからこそのその姿だろ……。これが合法ロリって奴ーーー」

 

 

 ドンッ! と母ちゃんの足が親父の顔のすぐ横に飛び、幹に食い込む。

 

 

「誰がロリなの……?」

「す、すんませんッ! エリカさんはちゃんとした大人の女性ッスッ!」

 

 

 目を見開き、明らかに怯えた様子で失言を撤回する親父に満足したのか、母ちゃんはうんうんと頷きながら足を下ろした。

 

 

「認めてくれてなによりなの。……それじゃあ、おふざけはここまでにして、そろそろ構えるの」

「お、おう……」

「母ちゃん、怖ぇ……!」

「母はどの家庭においても最強なの。ほら、さっさと構えるの」

「「は、はい!」」

 

 

 母ちゃんの恐ろしさに震えている俺と親父に母ちゃんの少し口調を強くした声がかけられ、俺たちは即座に太刀を構える。

 

 なんだろう。味方なはずなのに、母ちゃんが凶悪ななにかにしか思えない。命令に従わなければ、即行で殺されてしまいそうだ。

 

 親父も俺と同じことを思っていたのか、その体は僅かながら震えている。しかし、起き上がった《黒蝕竜》を視界に収めたからか、その震えはなくなり、太刀を握る両手には力がこもっていた。それを見倣うように、俺も母ちゃんの恐ろしさから意識を《黒蝕竜》へ移し、太刀を握る両手に力を込める。

 

 それを見た親父が、不敵な笑みを浮かべた。

 

 

「よし……そんじゃ行くぞッ!」

 

          ***

 

 一秒もかけずに狂竜化した《轟竜》を絶命させた《死煌龍》に、俺と姉さんは唖然とするしかなかった。先ほどまで狂竜ウィルスに感染して狂暴化していたはずの《轟竜》は瞬きの間にその生命活動を停止させ、大地に倒れ伏している。《轟竜》を中心に広がっていく血溜まりがそれを証明している。

 

 

(これが……《死煌龍》の力……。強すぎる……)

 

 

 一度《メヒャーリプ王国》で彼の戦いを見たことがあるが、今回の経験を得て俺は改めて《死煌龍》がどれほどに強大な存在かを認識した。

 

 しかも、今の《死煌龍》は銀の姿であるため、本来の姿である《光闇極めし死煌龍》は、今よりもっと強くなることだろう。ぶっちゃけ、このまま精進しても勝てる気が全くしない。でも、それ故に俺は、()を尊敬し、倒したいと思う。

 

 《死煌龍》を光が包み込み、それが収まると人間の姿になった父さんが現れる。誇らしげな笑みをしており、「俺、かっこよかったろ?」と言いたげな表情だった。

 

 

「どうだ? ジーク。これがお前の目標……、《死煌龍》の力の片鱗だ」

「す、すごすぎて、言葉が出ない……」

「はは。まぁ、今はそれでもいいよ。しっかり実力をつけて、俺に挑んでこい」

「う、うん……」

 

 

 勝てる気が全くしないが、とりあえず頷いておく。すると父さんは、嬉しそうに頷き返してきた。

 

 

「楽しみにしてるからな、ジーク! ……ッ!? 誰だッ!」

 

 

 突然父さんが振り向くと、先ほど《轟竜》が現れた場所から黒い外套を纏った者が出てきた。

 

 その手には見たことのない三日月のような形をした双剣が握られており、そいつがハンターであることがわかる。

 

 

「……お前もハンターか? なら、助けてくれーーー」

「《死煌龍》、貴様を排除する」

 

 

 声の高さからして女性なのだろう。黒い外套を纏った彼女は父さんの言葉を遮り、双剣を構えて飛びかかった。

 



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Settlement of the dragon of the Black disease

 

 飛びかかってきた《黒蝕竜》を避け、振るわれる翼爪を受け止める。大地をしっかりと踏み締めて爪を受け止めている間に親父と母ちゃんが攻撃する。それを見計らって翼爪を頭上を打ち上げ、懐に飛び込んで横薙ぎに太刀を振るう。しかし、《黒蝕竜》もただやられてばかりではなく、後方へ大きく飛び退くと同時に放ったブレスが俺を吹き飛ばす。

 

 地面に足がついた瞬間に宙返りをして体勢を立て直す俺に大丈夫かと訊いてくる二人に問題ないと返し、走り出す。

 

 ここまでの戦いで培った経験はすぐに俺の体に反映し始めたらしく、振るう刃がより速く、より鋭く、より強くなってるような気がした。

 

 

「グルァア……!」

 

 

 頭に新たな切り傷が刻まれた《黒蝕竜》が呻き、一歩後退する。よく見ると、その体を支えている四本の足は僅かに震えており、奴の体力が限界に近づいてきているのがわかる。

 

 

「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 

 最後の意地を見せるつもりなのか、《黒蝕竜》はその翼を広げ、それを叩きつけようとしてくる。

 

 

「そうは……」

「させないのッッ!!」

 

 

 しかし、俺目掛けて叩きつけられそうになったそれを前に跳んできた二人が弾いた。《黒蝕竜》は攻撃を妨害されたことによって、その胴ががら空きとなる。

 

 

「「ハヤトッッ!!」」

 

 

 振り向いて叫ぶ二人に感謝しながら、俺は後方に飛び退いて太刀を握る。

 

 

「狩技《桜花気刃斬り》ッッッ!!!」

 

 

 回転して繰り出した斬撃は、《黒蝕竜》の体を切り裂き、その動きが止まる。

 

 

「これで……終わりだ」

 

 

 《黒蝕竜》の背後で止まった俺は、ゆっくりと太刀を鞘に納める。背後で遅れて繰り出された二回の斬撃が、周囲に幻想の桜を撒き散らす。

 

 

「キシャァアアアアアアアア…………ッッ!!」

 

 

 恨み言を吐き出すように最期の叫びをあげた《黒蝕竜》が、地響きと共にその巨体を沈めた。

 

 

「よし! 俺たちの勝利だッ!」

「ハヤト、早くその枝を」

「あぁ、ありがとう! 親父、母ちゃん!」

 

 

 巨木の根元にある枝を取る。

 

 これで、フィーレや村の人たちは助かる。後はこれを持ち帰るだけだ。

 

 枝を握り締め、俺ははるか麓にある《エアクス村》に走った。

 

         ***

 

「《雷遁・螺旋手裏剣・零距離》ッ!」

 

 

 ケイナは右手に作り出した手裏剣の形をした力、チャクラを獣の腹に捩じ込む。獣は堪らずその威力に吹き飛ばされるが、その邪悪な翼を羽ばたかせて上空へ飛翔すると、周囲に出現させた黒い玉から剣を何本も射出する。それをケイナは、薙刀を振り回して弾き飛ばしていく。

 

 

(これは……流体金属でできてるのか)

 

 

 色こそ違うが、どうやらこれは流体金属でできているらしい。であれば、あの獣の周囲に浮いている無数の玉がなくならない限り、この剣の雨は続くだろう。しかも、その一本一本が音速。いつしか自分の周りに木々は存在せず、着々と巨大なクレーターが作り上げられていく。

 

 

「■■■■ーーーーーーッッッ!!!」

「チッ! アメッ!」

『任せろッ!』

 

 

 ケイナの肉体に宿る《嵐龍》からのチャクラを受け取り、ケイナの動きはさらに鋭さを増していく。そこへ急降下してきた獣が踵落としを繰り出すが、ケイナはそれを薙刀で防ぎ、その足を掴んで投げ飛ばす。投げ飛ばされながらも獣は翼を槍に似た形状に変化させ、突き出す。

 

 空を切り裂いて串刺しにしてこようとする二本の槍となった翼を潜り抜け、ケイナは薙刀を振り上げる。

 

 確かな手応えを感じ、赤黒い血がケイナの視界に映る。ケイナは目にも止まらぬ速さで薙刀を構え直し、追撃を繰り出そうとする。しかし、すでに獣は先ほどの攻撃が全く通用しなかったのか、降り下ろされた刃を右手で払った。

 

 

「なに……ッ!?」

「■■■ッッ!!」

 

 

 繰り出された回し蹴りを上半身を逸らして避けると、回し蹴りをした足に、流体金属で作られた刃がつけられているのが見えた。

 

 

(あっぶねぇッ! 避けるのが遅かったら首切られてたぞッ!)

「■■ッッ!!」

「しまったッ!」

 

 

 一瞬だけ獣から意識が逸れてしまったことが仇となり、足払いを受けたケイナが地面に落ちる前に、獣はケイナを蹴り飛ばした。

 

 無数の木々を破壊しながら別の山にまで飛ばされたケイナが起き上がると、その心臓を狙って獣が爪を突き立てようとしてくる。

 

 

「《神威》ッ!」

 

 

 爪が防具を破壊し、心臓を貫く前に動いたケイナの左手が獣に触れた瞬間、二人の位置が逆転する。

 

 先ほどまで目の前にいたはずの獲物がいなくなったことに驚愕する獣のがら空きの背中に、ケイナは薙刀を突き刺した。

 

 

「■■■ーーーーーーッッッ!!!」

「くそッ! なんつー馬鹿力だ……ッ!」

 

 

 確実に刃は体を貫き、その体には耐え難い激痛が走っているはずなのに、獣はそんなこと関係ないと言わんばかりに暴れ出す。翼の形状が肉食モンスターのアギトのような形状に変化し、背後にいるケイナを噛み千切ろうと動き始める。しかし、それを予測していたケイナは、余裕をもって叫ぶ。

 

 

「アメッ! 今だッ!」

『行くぞッ! 《仙術龍人モード》ッッ!!』

 

 

 圧倒的な力の奔流によって獣がケイナから吹き飛ばされ、その瞬間にケイナは獣を貫いていた薙刀を抜く。

 

 次に獣が振り向くと、そこには純白の鱗や甲殻に(ひれ)を纏ったケイナが立っており、獣は警戒の唸り声をあげる。

 

 

「覚悟しろ、ここからは本気の本気だッッ!!」

 



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Unexpected stormed's

 

 アメのチャクラから作り出された激流槍を爪で相殺した獣に今度は《神威》で取り出したクナイを投げ飛ばす。クナイが獣の体に突き刺さった瞬間、ケイナは頭上に作った雨雲から雷を落とす。

 

 

「■■■■■ーーーーーーーーーッッッ!!!」

 

 

 落雷に身を打たれた獣が咆哮を轟かせて続けて襲い来る落雷を破壊し、ケイナに拳を振り下ろす。それを受け流したケイナがお返しにと拳に龍属性を纏わせて背中にパンチを叩き込む。

 

 獣の体が地面にめり込み、その衝撃で土砂崩れが起きる。本来なら麓にある村に被害が及ぶが、そこにはすでに《碧喰龍》が築いた自然の砦があるため被害はなく、逆にその村へ殺到していた狂竜化モンスターたちを生き埋めにした。

 

 流石にこの一撃は効いたのか、起き上がった獣の体が一瞬だけ揺らいだ。その隙を逃すケイナではなく、今度は自身のチャクラと防具から引き出した雷属性を纏わせた蹴りを放つ。獣は両腕を交差させて防御するが、その威力は絶大なもので、堪らず蹴り飛ばされる。

 

 

「アメ、残りのチャクラは?」

『まだ余裕がある。どうやらこっちの世界の自然エネルギーは質がいいみたいだし、豊富だ。早々使いきることはないだろうが、油断はできない』

「そうか。なら、手っ取り早く終わらせねぇとなッ!」

 

 

 無数の武具を射出しながら走ってくる獣に向かいながら、ケイナは《月読》を発動させる。

 

 紅い軌跡を残しながら動く獣と目が合った瞬間、獣の動きが止まる。

 

 

(かかった!)

 

 

 《月読》は一瞬の間に最高で三日間分の幻を目を合わせた相手に見せる力を持つ力だ。幻が故に物理的なダメージこそないが、この力が与えるのは精神へのダメージ。見せる幻によっては、相手を精神崩壊にまで追い込むことすらできる強力な力である。

 

 獣の動きが止まると同時に先ほどまでの怒濤の漆黒の武具の嵐は嘘のように収まり、その隙だらけの脳天にケイナは薙刀を振り下ろそうと、

 

 

「■■■■ーーーーーーーーーッッッ!!!」

 

 

 突如咆哮を轟かせた獣が薙刀を受け止め、ケイナの首を掴んだ。

 

 

「ぐ……ッ!」

「■■■…………■■■■……ッ!」

 

 

 なにかを話した獣の微かに見える口元が歪む。それが笑みだと気づいた途端、ケイナはもう一つの事実にも気づいた。

 

 

(こいつ……《月読》の力を理解してやがるッ!)

 

 

 《月読》の効果を受けた対象は一瞬だけ動きが止まり、その間に幻を見ることになる。しかし獣は、それを受けても尚ケイナの攻撃を防ぎ、首を掴んだ。

 

 まるで、(・・・・)最初から(・・・・)知っていたかのよ(・・・・・・・・)うに(・・)

 

 

「テ、テメェ……いったいなにもんだ……ッ!」

 

 

 あと少しでも力を入れられてしまえば、即座に折られてしまいそうなほどの握力で首を掴みあげる獣は、その問いに答えない。

 

 

「■■■■■■ーーーーーーッッッ!!!」

「ぐぉ……ッ! がぁ……ッ!」

 

 

 投げ飛ばされたケイナは体勢を立て直すこともできずに地面を跳ね、倒れる。

 

 

『大丈夫か!? ケイナ』

「げほっげほっ……な、なんとかな……」

『まさか《月読》が読まれていたなんて……。これはかなり苦戦するぞ……』

「読まれていたというか、すでに《月読》の効果を理解していたように見えた。もしかしたら……。いや、そんなはずはねぇ」

 

 

 ケイナは頭に浮かんだ仮説を振り払い、歩いてくる獣を見据える。

 

 獣の体についた傷は漆黒のオーラに包まれると瞬時に回復し、そのオーラが消えた頃にはほとんど完治している。戦闘力だけでなく自然回復力も高い彼を倒すには、彼に回復の余地を与えずに攻撃を続ける、または一撃で肉片一つ残さずに消滅させるかだ。いや、もしかしたら彼が意識した時に傷は回復し始めるかもしれないので、後者を取る必要はないかもしれない。

 

 

「こっちはまだまだいけるぜ? さぁ、続きといこうーーー」

『ケイナッ! 避けろッッ!!』

「な……ッ!?」

 

 

 突如上空から六発の龍光弾が撃ち込まれ、間一髪で避ける。薙刀を構えて上空を見上げたケイナは、そこにありえない存在を見た。

 

 

「て、《天帝龍》……」

 

 

 それは間違いなく、ケイナの世界に存在する龍、《天帝龍》イラアマウスだった。バルファルクに酷似した体を持ち、その眼から放たれる鋭い眼光は明らかな殺意を伴ってケイナに当てられている。

 

 

『な、なんで《天帝龍》がこっちの世界に……』

 

 

 《天帝龍》はなにも言わずに龍光エネルギーを噴射し、ケイナの前に降り立つ。しかしケイナは、そこである違和感に気づく。

 

 

「この前感じた気配とは違う……。お前、偽者だな?」

 

 

 そうケイナが問いかけても、偽《天帝龍》は答える素振りを見せず、獣に顔を向ける。

 

 

「■■……」

 

 

 なにかを察したのか、獣はこくりと頷き、自らを黒煙へと変えて逃げ始める。それをケイナが追おうとするが、その前に偽《天帝龍》が立ちはだかる。

 

 

「邪魔だ、偽者の《天帝龍》ッ! あいつを庇うのなら、お前も……ッ!?」

 

 

 ケイナが薙刀を振ろうとした瞬間、そこにはもう偽《天帝龍》の姿はなかった。ケイナがいくら集中して気配を探っても、偽《天帝龍》のものらしき気配は感じられない。

 

 

「いったい、どういうことだ……?」

 

 

 一人呆然と立ち尽くしていると、後ろからチャリ……となにかが落ちる音が聞こえた。

 

 罠かもしれないので、警戒しながら音の根源へ近づいていく。薙刀を握る手に力を込め、勢いよくそこへ刃を振るうが、そこには誰もいなかった。

 

 

「誰もいねぇか……。……ん? これは……」

 

 

 薙刀を下ろし、レイたちの元へ向かおうとしたケイナの足がなにかを蹴った。軽い音を響かせながら地面を跳ねたそれを、ケイナは持ち上げる。

 

 

「ハートの……ネックレス……?」

 

 

 それは左半分が欠けたデザインの、ハート型のネックレスだった。

 



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Dragons and humans

 

「レイさん!」

(来るなッ! お前はジークたちを護っててくれッ!)

 

 

 自分と謎の黒い外套の女の戦いに参戦しようとしたヴェリテにそう告げ、《死煌龍》は冷気を纏った爪で攻撃する。瞬時に大地を凍てつかせながら迫る絶対零度の冷気を避けた女に、《死煌龍》は灼熱の豪炎弾を撃つ。しかし、近くにヴェリテたちがいるため本気を出せない《死煌龍》の豪炎弾の威力は高が知れており、女はその弱点を突くように素早い身のこなしで《死煌龍》に近づき、双剣を振るう。

 

 《死煌龍》は上空へ飛翔してそれを避けるが、女は一瞬にして《死煌龍》に追いつき、その脳天に双剣を叩きつけた。

 

 地面に叩き落とされた《死煌龍》は、この姿では思うように戦えないと悟り、龍人態に姿を変える。

 

 目の前に着地した女に、龍と人間が混ざった姿を取ったレイが流体金属で作った剣を向ける。

 

 

「お前が何者かは知らない。だが、攻撃された以上、俺はお前を倒すのみだ」

「ならば……」

 

 

 腰を屈めた女に、レイは警戒の意を込めて柄を握る。

 

 

「行くぞ」

 

 

 女の姿が消えると同時に、レイは剣を横に振る。ガキンッ! という音を立ててレイに振り下ろされかけていた双剣が受け止められ、レイは女を蹴り飛ばす。女は体を回転させて木に足をかけ、その木を破壊して再び斬りかかってくる。

 

 それをレイが避けると、再び女は木を破壊して攻撃してくる。今度は回避は難しそうだと判断したレイは剣を巨大な盾に変化させて攻撃を防ぐが、彼の後方へ着地した女がレイが振り向くよりも早く動き、その背中を斬りつけた。

 

 

「父さん!」

「お父様!」

 

 

 激痛に呻き声をあげた父親に息子と娘が叫ぶ。レイはその叫びに答えるように痛みを堪え、振り向き様に回し蹴りを繰り出す。女は宙返りしてそれを容易く避けるが、そこへレイが上空に待機させていた銀色の武具が殺到する。

 

 

「……ッ!」

 

 

 迫り来る致死の雨に気づいた女が残像が残るほどの速さで次々と武具を弾き返していくが、そこへレイが《死煌龍》の力で生み出した光の槍を持って突っ込む。

 

 銀色の雨は容赦なくレイの体に突き刺さるが、レイは不老不死の《死煌龍》であるため、その傷は瞬時に回復していく。

 

 

「と、父さん……」

「ずいぶんと、無茶な、戦いを、するな」

 

 

 未だに銀の雨を降らしながら女と攻防を繰り広げる父の姿に唖然とする二人を他所に、クロウは目を細める。

 

 

「レイさん! そんな戦い方は止めてください! いくら不死だとはいえ、こんなのは……」

 

 

 ついに自身の攻撃に身を貫かれながらも戦う夫の姿を見かねたヴェリテが止めるよう叫ぶが、レイはそれに答えず、ただ一瞬だけヴェリテに視線を送っただけだった。

 

 

「!」

 

 

 それでも、今レイが思っていることはヴェリテに伝わったようだ。

 

 レイは、この姿で戦っても勝率は低いと言っているのだ。それを裏付けるように、今も女は飛んでくる銀色の雨を弾きながらレイと攻防を続けている。恐らく戦闘力に関しては、彼女はヴェリテ以上だろう。それを相手に本気を出せないこの状況では、確かにレイの勝率は低い。だからこうして、少しでも攻撃が当たるようにと無茶な戦い方をしているというわけだ。

 

 しかし、そうだからといって引き下がる(ヴェリテ)ではない。

 

 

「リュウセイさん、リュイさん、クロウさん。ジークとアリアを頼みます」

「お、おい、ヴェリテ」

「目の前で夫がピンチなのに助けに行かなくては、なにが妻ですか!」

 

 

 怒鳴ったヴェリテが、右手を胸に当てる。純白の輝きがヴェリテの全身を包み、《死煌龍》の装備が装着される。

 

 

「ぐ……ッ!」

 

 

 レイの手から槍が離れ、光の粒子となって消えていく。得物がなくなり、丸腰となったレイに女は双剣の片方を突き刺そうとするが、その前に操虫棍を抜いたヴェリテがそれを弾き飛ばした。

 

 

「やぁあああッッ!!」

 

 

 突然の乱入者に身を強張らせた女を蹴り飛ばしたヴェリテが、片膝をついたレイの前に立つ。

 

 

「ヴェリテ……」

「貴方だけでの勝率が低いのなら、私も加わります。私も加われば、きっと勝てます! だから、そんな無茶な戦いは止めてください……」

 

 

 怒りと哀しみで震えた声に、レイの目が見開かれる。そして、自分の考えが間違っていたということに気づいた。

 

 

「……すまない。一緒に戦ってくれ」

「ようやく正直になってくれましたね。もちろんです」

 

 

 レイがヴェリテの隣に立ち、共にその切っ先を女へ向ける。

 

 

「たかが一人増えた程度……。すぐに滅してくれる」

「どうかな。さっきまではやられっぱなしだったが、今度はそうはいかないぞ」

「貴女に見せてあげましょう。私たちの絆の力、私たちの愛の力をッ!」

 

 

 走り出した三人の得物がぶつかり合い、周囲に衝撃波が飛んだ。

 



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Those who should protect

 

「はぁあああッッ!!」

「やぁあああッッ!!」

 

 

 二人の息の合った攻撃が女の防御を崩し、がら空きとなった腹に同時に蹴りを入れる。地面を削りながら女が後退するが、特にダメージが入った様子はない。

 

 

「中々やる。久しぶりに楽しめそうだ」

 

 

 蹴られた腹を擦る女の微かに見える口元が笑みを浮かべる。左手に持つ剣をレイに向けて投げ飛ばし、女は走り出す。

 

 レイが柄を掴んで女の眉間を狙って投げ返すが、女はそれを受け止めて右手に持つ剣の柄を合わせる。

 

 光と共に二本の剣が合体し、その刀身が湾曲する。

 

 

「別の武器に……ッ!?」

「レイさん、気を付けてくださいッ!」

 

 

 弓となった双剣にどこからか取り出した矢をつがえ、放つ。左右に避けた二人の間を矢が通り抜けていくと、後ろから爆発音が聞こえた。ヴェリテが振り向くと、そこには破壊された哀れな木々の残骸がぱらぱらと落ちていく光景が広がっていた。その広さ、およそ百メートル。

 

 たった一本の矢でここまでの被害を出した女に戦慄したヴェリテは、すぐにそれをレイに伝える。

 

 

「レイさん! 矢には気を付けてください! 当たれば大ダメージは免れられませんッ!」

「わかったッ! ヴェリテも気を付けろよッ!」

「はいッ!」

 

 

 レイとヴェリテは走る速度をあげ、なるべく女から距離を取られないようにしながら攻撃を繰り出す。

 

 確かに矢の威力は桁違いだが、遠距離攻撃を行う相手には至近距離での攻撃が有効だ。十七年前の戦争で数え切れないほどの死者のガンナーたちを倒してきた二人はそれを熟知しており、見事な連携で女に距離を取られないように戦う。しかし、それでやられるほど、彼女も甘くはない。

 

 

「フッ!」

 

 

 レイの持つ双剣による攻撃をジャンプして避け、さらにその刀身を踏み台にしてジャンプした女が矢を放つ。レイが自分とヴェリテの周りに龍脈で強化した流体金属で作った防壁を張るも、一発目は防げたが続けて放たれた二発目によってヒビが入り、次の三発目によって完全に破壊されてしまった。

 

 黒煙を払って飛翔したレイが女に踵落としを喰らわせて落とすと、そこへヴェリテが左手から放った無数の蝶が襲いかかる。女は矢をつがえながら宙返りして無数の蝶から距離を取り、一番蝶が固まっている場所目掛けて放った。

 

 爆発と共に大半の光の蝶が消滅し、その爆風によって矢の爆発から逃れた蝶たちも消滅する。

 

 上空から急降下してきたレイの背中を踏み台にして再び上を取った女はレイが自分を見上げる前に矢を放つ。背中に直撃し、吹き飛ばされたレイが振り向いた瞬間にもう一本矢を放つ。レイの眉間に迫ったそれはしかし、ヴェリテに斬り捨てられる。

 

 

「大丈夫ですか?」

「悪い、助かった。それにしても……」

「はい、やはり強いです。実力からして『モンスターハンター』の称号を持っていそうですが、あのような戦い方をする方は見たことがありません」

「となると、まだ『モンスターハンター』の称号を持っていないハンターか?」

「恐らくは。ですが……」

 

 

 次々と放たれる矢を避け、時に斬り捨てながら会話を続ける。

 

 

「どことなく、あの方が人間ではない気がしてならないのです。竜人とも違うし、かと言って貴方と同じというようにも思えない……。強いて言うなら、ルクスちゃんやボレアスさんに近い気がします」

 

 

 つまりそれは、今自分たちが戦っているのは、神かそれに近い存在であるということだ。レイも、それは薄々とだが感じていた。彼女から放たれる異質な気配。それはあの幼き女神や地獄の管理者の放つ気配と似ているのだから。

 

 

(じゃあ、なんであの女はいきなり俺に攻撃を仕掛けてきたんだ……? ……ダメだ。全く理由が思い当たらない……)

「戦闘中に考え事とは、ずいぶんと余裕なことだな」

「……ッ!」

 

 

 胸目掛けて飛んできた矢を弾くと、女は再びレイに向けて矢をつがえる。そこへヴェリテが飛び込んで矢を射る動作を中断させる。

 

 

「必死なことだな。では、これはどうだ」

「ヴェリテ……ッ!」

 

 

 弓で殴り飛ばされた妻の体を支えたレイを見ながら、女は筒から矢を取り出す。

 

 

「狩技《シジッロ・ルア》」

 

 

 上空へ向けて飛んだ矢が分裂し、不規則な軌道を描き、蒼い軌跡を残しながらレイたちに襲いかかる。出現させた武具でそれらを相殺していくレイだが、その内の数本が自分たち以外にも向かっていることに気づき、視線を動かす。

 

 そこには、迫り来る蒼い矢から未熟な姉弟を護るように立ち、次々と矢を破壊していくリュウセイ、クロウ、そして《碧喰龍》の姿があった。しかし、本来ならあり得ない速度で軌道を描く矢を受け、彼らは吹き飛ばされていく。

 

 

「……ッ! アリアッッ!! ジークッッ!!」

 

 

 護るべき者がいなくなり、無防備になってしまった二人目掛けて飛んでいく無数の矢よりも速く動いたレイは、両腕を広げて二人の前に立った。

 

 瞬間、直撃、爆発。

 

 全身に矢を受けたレイの変身が解け、ボロボロになった体が、固い地面に倒れた。

 

 

「レイさんッ!」

「父さんッ!」

「お父様ッ!」

 

 

 三人の悲痛な叫びを聞きながら倒れたレイの前まで歩いた女が懐から蒼い鉱石……メモリア鉱石を取り出し、レイに向ける。

 

 

「《死煌龍》、貴様の力、我らの計画に利用させてもらおう」

 

 

 鉱石の輝きが強くなった瞬間、レイの体が蒼い光の粒子となって、鉱石の中へと吸い込まれていった。

 

 

「目的は果たした。では、さらばだ」

「……ッ! 待てッ!」

 

 

 父親を吸収した鉱石を懐にしまった女に掴みかかろうとするジークだったが、その前に女は地面に矢を放って黒煙を舞い上がらせる。

 

 

「父さんを……父さんを返せッ! 返せぇッッ!!」

 

 

 黒煙を振り払った先に女の姿はなく、立ち尽くすジークを嘲笑うように、どこからともなく彼女の笑い声が響いた。

 



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Persuasion of the mother

 

 親父と母ちゃんに襲い来る狂竜化モンスターたちを狩ってもらいながら、俺はついに山の麓にたどり着く。いつの間にか先ほどまで村を覆っていた壁はなくなっており、俺はすぐに病院内に駆け込む。

 

 

「ハイレーンッ! 枝、持ってきたぞッ!」

「そうか! そうとなったら、すぐに薬を……」

 

 

 俺から枝を受け取ったハイレーンが助手たちと一緒に研究室に駆け込んでいく様子を横目に、俺はフィーレの元へ向かう。

 

 俺の愛しい女性は、今も巨大なシーツの上で眠っている。青黒く変色した肌は喉にまで進行しており、呼吸は酷く苦しそうだ。しかしその呼吸が、まだ彼女が生きているということを証明してくれるものだった。

 

 

「フィーレ……」

 

 

 手を握り、名前を呼ぶ。これで彼女が目覚めるなんてことは思っちゃいないが、それでも彼女の名前を口にしたかった。

 

 微かに感じる暖かさと、女特有の柔らかい肌を持った手を握り、ハイレーンたちが早く薬を調合してくれることを祈っていると、後ろから声をかけられた。

 

 

「お前ら……」

 

 

 俺の後ろに立つ仲間たちーーー知らない奴もいたがーーーの顔には、明らかな絶望が張りついており、なにが起こったのかを訊こうとした途端、俺はそれに気づく。

 

 

「レイさんは……」

「拐われた……、あの女に……あの女に……ッッ!!」

 

 

 膝から崩れ落ちたジークが、怒りに震える拳を床に叩きつける。木製の床は、呆気なくジークの拳によって破壊された。

 

 

「護られたッ! 庇われたッ! 俺たちが非力なばかりに、父さんは拐われたッッ!! その時にあいつ、笑っていやがったッッ!! クソッ! クソぉ……ッ!」

 

 

 目から大粒の涙を流しながら、ジークは蹲る。何度も涙ぐんだ声で「クソ……クソ……」と悔しそうに連呼する姿はとても痛々しく、まるでその周りに立つアリアやジークたちの気持ちも代弁しているようだ。

 

 

「許さない……ッ! あの女だけは許さない……ッッ!! 絶対に見つけ出して、父さんを取り戻す……ッッ!! そして……」

 

 

 握られた拳の震えが激しくなり、ジークが顔をあげる。

 

 

「あの女を……殺す……ッッ!!」

「ジークッ!」

 

 

 燃え立つ紅蓮の炎のような憤怒を宿した目でそう告げた弟を姉が諫めようと手を伸ばすが、ジークはその手を振り払った。

 

 

「あいつがいなくなってから、まだ時間はそんなに経っていない……。まだ近くにいるはずだ……」

 

 

 ぶつぶつと呟きながら踵を返して歩き出すジークの前に、ヴェリテさんが立ちはだかる。

 

 

「ジーク、どこへ行くつもりですか?」

「あの女を探しに行く。まだ近くにいるはずだから……」

「あの戦いを見ていなかったのですか? 今の貴方では、あの方には勝てませんよ」

「それでも、俺にはあの力(・・・)があるッ! あれさえ使えば、あんな奴ーーー」

「いい加減にしなさいッ! ジークッッ!!」

 

 

 自分の言葉を遮って怒鳴った母親を目を見開いて見つめるジークに詰め寄り、ヴェリテさんは言葉を続ける。

 

 

その力(・・・)は貴方の怒りを晴らすための手段ではありませんッ! それは誰かを助けるためのものですッ!」

 

 

 ヴェリテさんの言う『その力』とは、恐らく龍人態のことだろう。以前、ジーク本人から聞いたことがある。

 

 

「だったら使ってもいいだろッ! 俺は父さんを取り戻そうと……」

「どの口がそんなことを言うんですかッ! 貴方の目に宿っているのは、敵意と殺意だけですッ! ジーク、貴方の目的はレイさんを取り戻すことではなく、あの方の命を奪うことですッ!」

 

 

 図星だったのかジークが押し黙るが、やがて開き直ったように怒鳴り始める。

 

 

「だったらなんだッ!? 母さんはあの女が憎くないのかッ!? 自分の夫が拐った女だぞッ! まさか、『自分じゃ勝てないから追えない』なんて思ってるんじゃないだろうなッ!」

「ジーク! お母様に対してなんてことをーーー」

「止めなさい、アリア」

 

 

 母親に言葉を遮られたことに、なぜと言いたげな表情を浮かべるアリア。

 

 

「ジーク、貴方がどれだけあの方を憎んでいるかは重々承知しています。私だって、貴方と同じ気持ちを抱いていますから」

「だったら……」

「ですが、だからと言ってあの方を殺していいわけではありません。貴方に、人殺しはさせたくない……」

「俺には、たとえ人殺しの汚名を受けることになっても父さんを助ける覚悟があるッ!」

「それは、口先だけの言葉です。貴方に、本当に人殺しができるとは到底思えません。それでも自分に、その覚悟があると言うのなら……」

 

 

 ジークの腰にある双剣を指差し、ヴェリテさんは言った。

 

 

「今ここで、邪魔者()を殺してみなさい。本当に人殺しの覚悟があるのなら、これくらい造作もないことですよね?」

『……ッ!』

 

 

 ジークだけでなく、この場にいる全員が息を呑んだ。ジークの手が震え始め、ゆっくりとその柄へ近づいていく。

 

 

「俺は……」

 

 

 震える手が、柄を握る。

 

 

「俺は……ッ!」

 

 

 震える声をあげながら、鞘から引き抜いていく。しかし、完全に剣が引き抜かれる前に、ジークはその手を離した。

 

 

「それが貴方の限界です、ジーク」

「…………」

 

 

 俯き、だらしなく柄を握っていた片手を下げているジークの肩に手を置き、「それでいいのです」とヴェリテさんは女神のような笑みを浮かべる。

 

 

「人殺しは償うことのできない大罪です。それに手を染めず、別の方法を探しましょう。あの人もきっと、それを望んでいるはずですから……」

 

 

 その言葉に、ジークは小さく頷くのだった。

 



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Hypothesis of a hunter

 

 俺は、大馬鹿野郎だ。

 

 昨日、母さんの頷くしかない言葉に頷いていながらも、未だに俺の心はあの女への怒りに呻いている。母さんがあんなに必死に俺を止めてくれたのに、その俺が納得できなかったなんて、笑い話もいいところだ。

 

 あの後、見事に薬が完成し、それによって謎の病に侵された人々は救われた。ハヤトの恋人フィーレも回復し、神聖な巨木の枝を使ったからか、リハビリもなしに歩けるようにもなっていた。それどころか、病にかかる前より身体能力が上がっているくらいだ。

 

 恋人の全快をなによりも喜んだハヤトは、早速二人で近くにある桜まで歩いていき、そこで話をしたそうだ。やがて二人が帰ってきた時、《彗天龍》の力で過去から来たハヤトの父親のザックが息子に応援の一言を残して過去へと帰っていった。

 

 

『そう泣くなって。確かにこの時間じゃ俺は死んでるが、俺はしっかりと、お前の心の中に生きてんだ。挫けそうになった時には、胸に手を当てるんだ。お前の中の俺が、お前に力を貸してくれる』

 

 

 滝のように涙を流す息子の頭を撫でながらのその言葉の意味は、遠い過去に死んだ彼だからこそ、より強いものへと変化していた。

 

 《彗天龍》であるリュウセイが開けた過去へと続く扉から彼が元の時代へ帰っていくと、リュウセイはケイナも元の世界へ帰そうかと口にした。

 

 驚くことに、ケイナは俺たちとは別の世界に住む人間だったらしく、俺に龍人態への変身の仕方を教えた時に、姉さんに強力なモンスターを相手にした立ち回り方を教えていたのは、その世界に伝わる力によって可能にしたものだったらしい。

 

 

『俺も元の世界に帰りてぇところだが、まだ残るわ。やり残したことがあるからな』

 

 

 しかしケイナは、それを断った。リュウセイも理由を訊ねるなどの追求はせず、ただ『帰りたくなったらいつでも呼べ』と残して、空の彼方へ飛んでいった。

 

 そして一日が経ち、各々がそれぞれのするべきことをし始めても、俺は未だにこの感情の沼から抜け出せずにいた。

 

 絶え間なく響く心の声を聞きながら外の桜を眺めていると、突然その前に人影が現れる。

 

 

「ちょっといいか?」

 

          ***

 

「なんだよ、突然連れ出して」

 

 

 後ろを歩くジークの声に振り向かずに、ケイナは答える。

 

 

「お前の手助けをしてやろうと思ってな。この前は龍人態への変身の仕方を教えてやったが、それだけじゃ先が不安だ。だから、体術と連撃を教えてやる」

 

 

 以前に二人が行ったことのある拓けた場所に出た師匠に、ジークは別の質問を投げかける。

 

 

「どうしてそんなことをしてくれるんだ?」

「以前、レイからある鉱石を見せてもらった。そいつはお前たちから聞いた、その女が持っていたやつと同一の存在である確率が高い」

 

 

 ジークは、あの女が持っていた父親を吸収した鉱石を思い出しながら頷く。

 

 

「クロウの知り合いによると、本来別の世界に存在したはずのそれは、その内部にある存在を操ることができる力を持っているそうだ。そして昨日、ハヤトたちが戦った《黒蝕竜》の翼には、蒼い光を放つ鉱石があったらしい。これは仮説なんだが、今回の事件はあの女が計画したことじゃねぇかって、俺は踏んでる」

「今回の事件が、計画されたものだった……?」

「たぶんな。でも、確率は高い。そして、その鉱石にレイが吸収されたとなったら……」

 

 

 ーーーお前の父親が、多大な被害を出す事件を起こすかもしれない。

 

 そうケイナは、苦しそうに言い終えた。

 

 それを聞いたジークは拳を強く握り、改めて怒りの炎を心に灯す。

 

 

「だが、操られたレイが事件を起こす前に、それを未然に防ぐ方法はある」

「あの女から、父さんが封じ込められた鉱石を奪う」

「そう、それだ。だが、あの女は強い。レイとヴェリテが一緒に挑んでも勝てなかった相手だ。もう一度会うことがあっても、今のお前じゃ絶対に勝てない。たとえ龍人態に変身したとしてもな」

 

 

 なるほど、だからこそ体術と連撃を教えてくれるのか。ジークはここに来る途中にケイナが言ったことを思い出して納得する。

 

 

「本当は俺も一緒に戦いてぇところだが、ここは俺の住む世界じゃねぇ。やるのは、この世界の住人(お前たち)の役目だ。俺は手助けをするだけだってことを忘れんなよ?」

「あぁ、わかってる。……俺を鍛えてくれ、ケイナ」

「任せろ。みっちりしごいてやる」

 

          ***

 

 《龍の王国》のリーダーであるレイがいなくなってしまったので、彼の代わりにヴェリテが龍脈を通じて各地を飛んでいる七頭の龍王たちと会話をしていると、扉がノックされた。

 

 通信を切って扉を開けると、そこにはケイナが立っていた。しかし、彼は確かにケイナであるが、その正体は本物のケイナが彼の世界に伝わる術の一つから作り出したものだ。自分を複製することができる能力を少しだけ羨ましく思いながら「どうかされたのですか?」と訊ねると、ケイナの分身は、懐から片側が欠けたハートのネックレスを取り出す。瞬間、ヴェリテの全身が強張る。

 

 

「このネックレスに見覚えはあるか?」

 



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Owner unknown necklace

 

 机を挟んで座ったケイナとヴェリテの内、ヴェリテは机の上に置かれているものを、信じられないものを見るかのような目で見下ろす。

 

 机の上におかれているのは、片側が欠けたハートのネックレス。しかし、元々持っていたはずの銀色の輝きは永い年月を経たのか鈍くなっており、所々に小さな傷もあった。

 

 

「改めてお訊きします。このネックレスは、どこで手に入れましたか?」

「獣が逃げてからすぐ。山の中でだ。……そんで? こいつはなんなんだ? その顔を見るに、見覚えがあるらしいが……」

「見覚えがあるもなにも、これは私がレイさんにプレゼントしたものです。私もこれとは逆の形をしたネックレスを持っています。所謂、ペアルックですね」

 

 

 ヴェリテが首にかけている片側が欠けた片側が欠けたハートのネックレスを取り出し、机に置いていたネックレスと合わせてみる。二つは寸分違わずに合わさり、完全なハート形となった。

 

 

「私のと同じもの……。ですが、あり得ません。これはあの夢か現実かわからない世界で手に入れたネックレス。この世界にそれが存在するとすれば、私とレイさんのものだけでしたのに……」

「ヴェリテが知らない間に売られてたんじゃないか?」

「いえ、そんなことはありません。私はレイさんの秘書として仕事をしていますが、帰る際には必ずアリアたちにお土産を買っていきます。ですが、これまでのお土産屋さんでこれを見かけたことは一度もありません」

「ちなみに、それにかけた時間は?」

「五時間です」

 

 

 一瞬、その答えの意味がわからなかった。

 

 目をぱちくりさせるケイナを無視して、ヴェリテは腕を組んで続ける。

 

 

「どのお土産も魅力的なものでして、あの二人は私と似て意外と食べるのでお土産としてはその地限定のお菓子などを選んでいるのですが、その他にもその街や村の象徴を基に作られた商品もあるので、それも買います。貴方はご存じないと思いますが、私たちの家は屋敷でして、お土産が多くても大した問題にはならないのです。食べ物は私たちが一緒に食べますのですぐなくなり、食べられないものは全てペットのシロたちの玩具……宝物になってどこかへ消えていきます。お金も充分にあって困ることはないのですが、それでもやはりお土産はお土産。しっかりと見極めて購入する必要がーーー」

「もういい! わかった! わかったから!」

「なんですか? 貴方もいつかはどなたかにお土産を買う時が来るはずですので、十七年の研究を経て私が見つけたお土産選出の方法についての話はまだまだ続きますよ?」

「確かにちょっと聞きてぇけども! 今はその話をする時じゃねぇだろ! このネックレスについてだったろッ!?」

「あ、そ、そうでした……すみません」

 

 

 自分が完全に話を脱線させていたことに気づいたヴェリテが頬を赤らめて謝り、話題と感情を入れ換えるために咳払いする。

 

 

「とまぁ、このような感じでお土産を購入している私ですから、もしお土産屋さんにこれがあったとしたらすぐに見つけるはずです。しかし、私はこれが商品として売られているのを見たことがありません」

「となると、やっぱお前たち以外の誰かのものである可能性は低いか……」

 

 

 二人してうぅむ……と悩んでいると、ヴェリテがパッと顔をあげる。

 

 

「あ、これが私たちのものか誰かのものであるかを証明する手段がひらめきました」

「本当か!?」

「はい! 私、レイさんのネックレスに、あの人に気づかれない程度の薄~~い龍脈を込めていまして、万が一レイさんが他の女性に陥落されそうになった際には、その龍脈によってレイさんの全身にちょっとした痛みを走らせるようにしているんです。私以外の女になびくなんて許しがたい行為ですが、夫の悪い点を正すのも、妻の役目ですよね?」

「あぁ……あ?」

「? なんですか?」

「い、いや、なんでもねぇ……」

 

 

 一瞬ヴェリテの細められた目から光が消えていたが、それを詮索すると危ない気がしたので止める。

 

 

「それでですね? 私が込めた龍脈なのですから、私が感知できないはずがないのです。では……」

 

 

 ヴェリテがネックレスに手をかざして目を閉じる。しかし、先ほどまで自信満々だった表情は次第に曇っていき、やがて手を下ろした頃には、完全に落ち込んでいた。

 

 

「私の龍脈が……感知できません……」

「ということは、こいつはレイのものではないのか」

「あり得ないことですが……その結論しか……あら?」

 

 

 酷く落ち込んだヴェリテがなにかに気づき、もう一度ネックレスに手をかざす。どうしたのかと訊ねようとしたケイナに黙るよう告げ、ヴェリテは精神を集中させる。

 

 

(これは……どこかで感じたことのある……レイさんのとは違う……しかしどこか似ている龍脈……)

「お、おい! ヴェリテ!」

(もう少し……もう少しで……!)

「ヴェリテッ! 危ねぇッ!」

「え、きゃあっ!?」

 

 

 ケイナの叫びに目を開けたヴェリテの視界に、眩い輝きを放ちながら迫ってくるネックレスが映る。咄嗟に顔を横に逸らすと、ネックレスはヴェリテの長い金髪を巻き上がらせて、空の彼方へ消えていった。

 



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Farewell of the teacher

 

 ついに《ドンドルマ》へ帰る時が来た。

 

 竜車を背後に立つ俺たちに、この村の村長から感謝の言葉を告げられる。どうやら、あの事件の際には、俺たちの他にもこの村専属のハンターや護衛兵も動いていたらしいが、その中で一番活躍したのは俺たちだったらしい。村長からお礼に俺たちへ村の勇者へ贈呈される、桜の絵が彫られたメダルが渡され、ハンターたちからは自分たちの村を護ってくれてありがとうという感謝の言葉を告げられた。それに素直に頷くと、彼らは俺たちにこれからの狩りが成功することを祈ってくれた。本当にいい人たちだ。

 

 そして、ここで驚くべきことを知らされる。

 

 なんと、ハヤトがこの村に引っ越すこととなったのだ。理由はもちろん、恋人のフィーレと一緒にいるため。それを堂々と口にした彼氏の足をフィーレが「そんな堂々と言わないで!」と踵で踏んづけたが、どことなく幸せそうな笑みを浮かべていた。それを見た姉さんが、「私もいつかあんな風に……!」と羨望とやる気に満ち溢れた呟きを発したのを、俺は聞き逃さなかった。しかし、ここに引っ越す前に一応《ドンドルマ》の集会所でギルドマスターに移籍の報告や、今となってはほとんど忘れてしまっているが、《砕竜》の討伐依頼を達成したということも報告しなければならないので、一度《ドンドルマ》に来てもらう必要がある。なので、ハヤトとの別れはもう少し先だ。

 

 

「約束、果たせたみたいだな。親友として誇らしいぞ」

「お、サンキュー。こっからはハンター稼業もそうだが、お前らが羨むほどイチャイチャしてやるよ」

「ハ、ハヤト! こんな人がいっぱいるところでそんなことーーー」

「「「……ッッッ!!!」」」

 

 

 再び顔を赤らめて諫めようとしたフィーレの唇をハヤトが自身の唇で塞いだことに、俺も含んだ全員が息を呑んだ。フィーレから唇を離したハヤトは、悪戯っぽい笑みを浮かべながら言った。

 

 

「へへっ、これからもよろしくな、フィーレ!」

「あ、あんたってば本当に……!」

「い……ッ!?」

 

 

 拳を震わせる恋人にハヤトが怯むが、その拳は彼の体に当てられることはなく、ぽふっとその胸にフィーレが寄りかかった。

 

 

「お、怒ってない……?」

「怒ってるわよ、バカ。……でも、あんたと一緒にいられるのは、何物にも変えがたい幸せよ。だから、許してあげる……」

「フィーレ……」

「ははっ、お熱いことだね、お二人さん」

 

 

 ハイレーンのその言葉を切っ掛けに、俺たちは一斉に笑い出す。それに二人が顔を真っ赤にして俯くが、お互い顔を見合わせると、とても幸せな笑みを浮かべた。そして、一通り笑い終えると、俺の肩を姉さんが叩いてきた。

 

 

「どうしたの? 姉さん」

「ジーク、ケイナさんの姿が見えませんが、どこに行かれたのでしょうか……」

「言われてみれば……ん?」

 

 

 辺りを見渡してケイナの姿を探していると、頭上に広がる夜空を蒼色の流星が横切り、森の一角へ落ちていくのが見えた。直感的に村人の波を押し分けながら向かうと、そこにはリュウセイとケイナの姿が見えた。

 

 

「ありゃ、バレちまったか。どうしてここがわかったんだ?」

「《彗天龍》が見えたから、きっとここにいるんだろうって思ったんだ」

「テメェ……、わざとこいつらに見える速さで来たな」

「はて、なんのことやら」

 

 

 リュウセイは手を頭の後ろに組んで口笛を吹く。完璧に誤魔化そうとしている。それを指摘しようとしたケイナだったが、指摘したところでなんにもならないことに気づいたのか、開きかけた口を閉じた。

 

 

「どうして私たちになにも言わずに帰ろうとしたんですか?」

「俺はこの世界の住人じゃないからな。俺の弟子がこの村を救ったのは素直に誇らしいが、次にはもう会えなくなるかもしれないって思うと、途端に怖くなってな……。ははっ、こんなことで怖がるなんて、俺もまだまだだな」

 

 

 自嘲ぎみに笑ったケイナだったが、その笑みは次の瞬間には純粋な笑みに変わっていた。

 

 

「……でも、お前らが来てくれたこと、俺は嬉しいぜ。これで、心置きなく帰れそうだ」

「ケイナ……」

「ジーク、アリアにも言えるが、お前はこの俺が直々に育てたんだ。簡単に負けたりしたら許さねぇからな」

「……あぁ」

「アリア、お前は誰かを護りたいって気持ちが強いから、立ち回り方や自力で戦うための体捌きも教えた。それを活かして、これからも頑張れよ」

「はい!」

「さて、伝えることも伝えたし、俺は帰りますかね。……いや待て、まだ伝えてないことがあった」

 

 

 ケイナは俺に向き直り、言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

 

 

「お前は怒りに身を任せる癖をなんとかしろ。怒りに身を任せても、なんにもならねぇし、生まれるのは哀しみだけだ。それに、ヴェリテも言ってただろ? お前に人殺しはできねぇ。あの言葉は、俺も納得できる。……これは師匠からの言葉じゃなく、ケイナという一人の人間からの言葉として受け取ってほしい。お前は、全うな道を歩んでくれ。俺みたいには(・・・・・・)、ならないでくれ」

「ケイナ……?」

 

 

 ケイナの顔が途端に悲哀を帯びたことに疑問を感じた俺がそれを口にする前に、ケイナはリュウセイが開けた空間の歪みに歩み寄る。

 

 

「俺はここまでだが、お前たちの親父を……レイを頼んだ。住む世界は違ぇが、応援してるぜ。じゃあな!」

 

 

 片手をヒラヒラと俺たちに振ったケイナは、その頼もしく大きな背中を俺たちに向けながら、空間の歪みへ飛び込んだ。

 




 これにて、ケイナ君とはお別れで、四章も終了です。ヒイラギ龍さん、コラボありがとうございました!


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The turn of the season 2 Gu long invasion

 

 数日かけて私たちが《ドンドルマ》に帰ってきてから、予想外の出来事が次々と起きました。

 

 まず最初に、ハンターとしての強さを示すハンターランクが驚くほどに上昇しました。緊急クエストである《砕竜》討伐を達成したのはもちろん、《エアクス村》での多数の狂竜化モンスターの狩猟がその理由ですが、驚くべきことはその上がり方の尋常さです。

 

 まず、《砕竜》討伐に向かう前は下位のハンターの枠に収まっていた私たちは、今回の件で一気に上位のさらに上の段階……つまりG級の世界にまで片足を突っ込んだ状態になったことです。多少の強化をしていたとはいえ、下位の武器を手に数々の狂竜化モンスターたちを狩猟したことは、ハンターランクの管理をする方々に大きな衝撃を与えたそうです。こうして実力をあげるハンターなど滅多に存在せず、いたとすれば現在ギルドマスターを務めていらっしゃるユミトさんを含めた『モンスターハンター』の称号を持つ先輩ハンターの何人かしかいないのだそうです。そしてその中には、お母様の名前もありました。

 

 

『師匠に連れられて、何十頭ものモンスターたちと戦わされましたよ……。しかも当時の私は下位の装備しか整えられなかったので、あの時は本当に死ぬと思いました……』

 

 

 と、思い出したくない記憶を思い出したお母様が恐怖で震えた声で発した言葉に思わずあのギルドマスターへ恐怖を抱きました。今も現役でハンター稼業を続けているとはいえ、そこまでスパルタな修行を弟子に課すとは思っていなかったからです。

 

 

『まぁ、なんにしても、ハンターランクが上がったことはいいことです。これからも頑張ってください』

『はい! お母様!』

『クロウさん。これからもアリアの指導役、お願いしますね?』

『任せろ』

 

 

 頷いたクロウさんにお母様は頷きましたが、その一瞬、僅かに笑みが曇ったのを、ケイナさんから色々なことを教わった私は見逃しませんでした。

 

 

「どうした? アリア」

「え? な、なにがですか?」

 

 

 稽古中、剣を振り終えた私にクロウさんが訊ねてきます。

 

 

「お前の、剣に、雑念が、見えた。剣に、雑念が、宿れば、その、切れ味は、悪くなる。なにが、お前の、剣に、雑念を、抱かせる?」

「…………」

「もしや、レイの、ことか?」

「……やはり、わかっていたんですね」

「わからない、方が、おかしい」

 

 

 そう、私が毎日教えているにも関わらず、今でも途切れ途切れな口調で話すクロウさんに、私はこくりと頷きます。

 

 

「お父様がどこへ連れていかれたのか、不安で仕方がないのです。今すぐにでも探しに行きたいですが、どれほど新聞を読んでも、お父様についてのことは記されていませんし……」

「それは、そうだ。レイは、政治家だが、表立って、行動は、しなかった、からな。……《龍の王国》に、ついての、情報は?」

「確認していないと思いませんでしたか? ありませんでしたよ。そもそも、あの大陸のことが取り上げられることなんて、ほとんどありませんから」

「そうか……。レイには……、いや、正確には、ヴェリテにだが、俺は、借り・・がある。それを、早く、返したいの、だが……」

 

 

 クロウさんの目が伏せられます。彼も彼で、お父様のことを心配しているのでしょう。それは嬉しいことです。しかし、先ほどの言葉に気になる点がありました。

 

 

「クロウさん、その『借り』とは、いったいなんなのですか?」

「……二人は、俺に、絆の、力と、愛の、素晴らしさを、教えて、くれた。それまで、闇しか、知らなかった、俺に。だから、それを、教えて、くれた、借りは、返したい」

「闇しか知らなかった……? それはどういうーーー」

 

 

 ことか、と訊ねようとした時、甲高い銅鑼の音が響きました。この街に長年住んでいれば、誰しもがわかるこの音が告げるのは、

 

 

「これは……古龍の襲撃ッ!?」

 

          ***

 

 古龍襲来を告げる銅鑼の音が鳴り響く空を駆けるのは、その力で天災をも引き起こす古龍の一頭にして悪天候を司るモンスター、《鋼龍》クシャルダオラ。しかし、それはただの《鋼龍》ではない。

 

 永年の時を経て錆びた全身とは釣り合わない、額から突き出たメモリア鉱石。これは彼かの龍が、メモリア鉱石に封印されていたモンスターであることを証明するものである。

 

 

「…………」

 

 

 そしてその背中に、すさまじい強風を叩きつけられながらも平然としている男。《鋼龍》の力によって降り始めた雨を龍脈の壁で弾きながら、右手に絶対零度の冷気を纏わせ、《鋼龍》の背中へ当てる。

 

 真っ白な冷気が《鋼龍》の体に溶け込むように消えると、《鋼龍》は全身に力が漲るのを感じた。

 

 

「…………行け」

「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 

 機械のように冷徹な声で告げられる命令に、《鋼龍》は咆哮を轟かせて翼を羽ばたかせた。

 



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Dragon responsible for bad weather

 

 私たちが無力な人々を避難させている間に、街を囲む砦から射出された大砲やバリスタの弾が迫り来る古龍の進行方向を一点に絞り、《戦闘街》へと誘導します。既に古龍観測隊からの情報を得ていた方の話によると、どうやら今回この街に近づいてきているのは、脱皮直後で錆びた体を持つ《鋼龍》……所謂、《錆鋼龍》だそうです。《錆鋼龍》は脱皮直後であるため通常よりも気性が荒く、本来ならば敵と認めない一般人にすら牙を剥くモンスター。彼の龍を止められなければ、この街は壊滅してしまうことでしょう。

 

 避難誘導を終えた私たちは、《エアクス村》の一件を解決したことの褒美にと与えられた、《龍歴院》という組織によって開発された武器を手に、《錆鋼龍》が着陸した《戦闘街》へと向かいます。

 

 

「私たちにとって初めての古龍戦が、まさかこんな形ですることになるとは思いませんでしたよ」

「いや、この街に住んでいれば、不定期だけど必ず古龍は現れる。今回の事件がなかったにしても、いずれ戦ってたんじゃないかな?」

「まぁ、そうなんですけど……」

 

 

 この街には、なにが目的なのか古龍種がよく襲撃してきます。どこかで聞いた噂では、古龍種は仲間の亡骸を取り返すために現れると言われているようですが、その真偽は定かではありません。

 

 

「ハヤトが、いれば、心強かった、んだが……」

 

 

 私の少し後ろを走るクロウさんがそんなことを呟きます。

 

 確かに、一度古龍との勝負を経験している仲間がいれば心強くはありますが、ハヤトさんは既に《エアクス村》へ引っ越してしまい、ここにはいません。幼馴染みがいなくなってしまったことに若干の空虚さを感じながら、私は足を動かします。

 

 数人の先輩方や同輩のハンターが私たちを追い越していき、次々と《錆鋼龍》のいる場所へ走っていきます。私たちも速度をあげ、ついにその場所にたどり着きました。

 

 

「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 

 私たちを含め、二十人ほどのハンターが見下ろす先に広がる大きく作られた大地に立つ《錆鋼龍》は、その憤怒に彩られた咆哮を轟かせていました。その頭には、お父様を吸収したものと酷似した鉱石がありました。

 

 

「来るぞ、気を、つけろ」

 

 

 クロウさんがそう忠告した途端、《錆鋼龍》が私たちのいる場所目掛けて風球ブレスを放ってきます。それが直撃する前に飛び降りた私たちの背中を炸裂した風が押し、私たちは背中からそれぞれの得物を取り出します。

 

 私は《インシニアダガー》を、ジークは《イストリアエッジ》を、クロウさんは《怨恨ノ深淵》を構え、《錆鋼龍》と対峙しました。

 

 

「二人とも、いきますよッ!」

「「おうッ!」」

 

 

 私たちが《錆鋼龍》と戦闘を開始した瞬間、頭上から仲間たちを鼓舞する声が聞こえてきます。

 

      

「テメェらぁッ! 後輩にばっかカッコいい真似させんなッ! 行くぞぉッッ!!」

『オオオオオオオオオオッッッ!!!』

 

 

 ハンマーを担いだ巨漢の先輩ハンターに鼓舞され、数多のハンターたちが次々と《錆鋼龍》に殺到していきます。《錆鋼龍》は私の攻撃を避けると、そんな彼らに向けて風球ブレスを吐き、その内の数人を吹き飛ばしますが、鎧が擦れ合う音は留まることを知らず、数々の武器が上空を飛び回る《錆鋼龍》へ攻撃を当てようとします。しかし、我々人間とは違って大空を自由に駆けることができる肉体を持って生まれたモンスターは、その優位を充分に活用し、地上でしか満足な攻撃を繰り出せない人類を嘲笑するように、二本の竜巻を発生させました。

 

 激痛による叫びをあげながら打ち上げられるハンターを自らを護る風が弾き飛ばしながら、《錆鋼龍》は次の竜巻を発生させようとします。

 

 

「させませんッ! ジークッ!」

「了解ッ! 姉さんッ!」

 

 

 双剣をクロスさせて作った足場に私が飛び乗ると、ジークはその細い体では想像できない力で、私を上空へ投げ飛ばしました。打ち上げられた私と《錆鋼龍》との距離は広く、私の得物は届きそうにありませんが、それは計算済みです。

 

 

「クロウさんッ!」

「了解だ」

 

 

 己の脚力だけで私と同じ高度まで達したクロウさんが盾を構えます。今度はそれを踏み台にし、《錆鋼龍》へ跳びます。《エアクス村》でのクロウさんに課せられた修行によって身につけた技術を活かして接近する私に気づいた《錆鋼龍》が、私にブレスを放ってきます。

 

 それを私は体を捻って、唯一私に危害を加えない風の道を進んでいきます。ケイナさんから教えていただいた避け方でブレスを空中で受け流すことに成功した私は、左手に握る剣を《錆鋼龍》の頭を叩きつけます。

 

 避けられるとは思っていなかったことによる動揺か、それとも私が振り下ろした力が強かったのか《錆鋼龍》が墜落し、そこへ地上にいたハンターたちが攻撃を繰り出していきます。私も地上に降りたらすぐに攻撃に加わろうと思っていると、なにかが私に向かってきているのに気づきました。間一髪で弾いたそれは、白銀の剣でした。

 

 

「貴様は油断ならない敵だ。ここで始末してやる」

 

 

 地面に突き立った剣を引き抜いたのは、《錆鋼龍》の頭部にある鉱石と同じく蒼い輝きを放つ瞳を持つ、黒い外套に身を包んだ男性でした。

 



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Fury of rust steel dragon

 

 蒼い瞳を持つ黒い外套の男を前にした俺は、すぐにアリアの前に立って剣を構える。

 

 

「アリア、ジーク。お前たちは、《錆鋼龍》の、元へ、行け。こいつは、俺が、食い止める」

「で、ですが……!」

 

 

 アリアが心配の視線を俺に向けてくる。彼女がそう思うのも仕方がない。なんせあの黒い外套は、二人の両親ですら勝てなかった相手が身につけていたもの。つまり、この男があの女の仲間である可能性が高いのだ。そんな相手に、この俺が務まるのか心配なのだろう。

 

 

「心配、するな。ここは、俺に、任せて、お前たちは、《錆鋼龍》を」

「クロウさん……」

「お前の、師匠は、こんな奴には、負けない。それに、こいつの、目的は、お前だ。俺は、お前を、護る。お前には、指一本、触れさせや、しない」

「……頼みます」

 

 

 ここは俺に任せた方がいいという考えが勝ったアリアの言葉に頷き、アリアたちが走り出す。それに向けて白銀の剣を投擲しようとした男の前に立ち、喉元に剣を突きつける。

 

 

「悪いな、アリアを、殺らせは、しない」

「……小癪な奴だ。まずは貴様から排除してやる」

 

 

 互いの得物を持つ手が同時に動き、空中で火花が散った。

 

          ***

 

 クロウさんに謎の黒い外套の男性の相手を任せ、私たちは《錆鋼龍》に向かいます。既に起き上がった《錆鋼龍》が周囲のハンターを吹き飛ばして飛翔すると、その全身を覆う風が黒く変色し、これまで以上の風圧が私たちの体に打ちつけられます。さらに、上空を覆う暗雲からも豪雨と呼べるほどの雨が降り始め、時折雷の音も聞こえてきます。

 

 

「ガァアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 

 《錆鋼龍》が咆哮を轟かせると、上空の暗雲が渦を巻き、私たちのいる場所に落ちてきます。合計四つの漆黒の竜巻が大地に降り立ち、それから逃げようと走り出すハンターを打ち上げていきます。打ち上げられたハンターは受け身を取ることさえ叶わずに落下していきます。

 

 

「うわぁあああああああああああああッッッ!!!」

 

 

 恐怖の叫び声をあげながら私の前に落ちてきたハンターの首からゴキリという音が聞こえ、私は思わず「ひっ……」と立ち止まってしまいます。

 

 

「姉さんッ!」

 

 

 飛び込んできたジークが私の体を抱えて走ると、先ほどまで私がいた場所に《錆鋼龍》が放ったブレスが直撃しました。

 

 

「姉さん、大丈夫?」

「あ、ありがとうございます……」

 

 

 感謝の言葉を口にした私の体は、震えていました。それを感じたのか、弟は私の気持ちを鎮めるように背中を撫で始めます。

 

 

「姉さん、俺たちはただ、運が良かっただけなんだ。一歩間違えれば、あんな簡単に命を落とす……。ハンターの世界じゃ、これは普通のことなんだ。授業で習っただろ?」

「は、はい……」

 

 

 そんなこと、わかりきっています。狩りに出かけて死亡した家族や恋人の話を聞かされて慟哭する方々はこれまで何度も見てきましたが、こうしてモンスターに殺された方を見るのは初めてでした。

 

 ジークに手を借りながら立ち上がると、足が微かに震えていました。気持ちを整理しても、本能を騙すことはできなかったようです。

 

 

「姉さん、あの竜巻は俺に任せて。あの力を使えば、あの竜巻を破壊できるかもしれない」

「あの力……? ……なるほど、確かにそうかもしれません」

「姉さん……? あの力のことを知ってるの?」

「盗み聞きしてしまいました……すみません」

「……ううん、大丈夫。姉さんに秘密にしなくていいってだけでも、すごく安心できるんだから」

「ですが、あまり他人には見られないようにしてくださいね? 貴方が突然あの姿になったら、これ以上の混乱が起きます」

「わかってる。無事でいてね」

「そちらこそ、無事で戻ってきてくださいね」

 

 

 ジークが走り出し、竜巻へと向かっていきます。そして、彼もケイナさんから教えていただいた方法で竜巻のダメージを受けずに漆黒の竜巻の中へと入ると、そこから眩い輝きが漏れ始めます。それはすさまじい速さで上に昇っていくと、己を囲む竜巻を破壊しました。

 

 あの時お母様と共に黒い外套の女性と戦った際のお父様と酷似した姿になったジークの姿が消えると、次々と地上で猛威を振るっていた竜巻が破壊されていきます。あっという間に竜巻が消え、回復薬や秘薬などで体力を回復したハンターたちがそれに驚きながらも《錆鋼龍》へ反撃を開始します。

 

 全方位から投擲された毒を含んだナイフが《錆鋼龍》に刺さり、《錆鋼龍》を護る漆黒の風の風圧が弱まります。

 

 

「よし! 毒が回り始めた! テメェら、一斉攻撃だッ!」

 

 

 剣士が、ガンナーが、一斉に《錆鋼龍》へ攻撃をすべく動き出します。しかし《錆鋼龍》はそれに気圧されることなく、むしろ(・・・)待っていた(・・・・・)かのように(・・・・・)目を細めたのを、私は見逃しませんでした。

 

 

「まさか……! みなさんッ! 《錆鋼龍》から離れてくださいッッ!!」

 

 

 しかし、《錆鋼龍》が本領を発揮できないというチャンスに目が眩んだハンターたちが私の叫びに応えることはありませんでした。

 

 迫り来るハンターたちに囲まれた《錆鋼龍》の体を包む風の鎧を視認できるほどの冷気が覆った次の瞬間、

 

 

「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 

 全方位へ放たれた冷気から作られた蒼の槍が、彼らを串刺しにしました。

 



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Man of black cloak

 

 黒い外套の男をアリアたちがいる場所から離した俺は、音速で俺と並走する男と何度も剣を交わす。二本の剣が互いの隙を生み出そうと火花を散らし、その余波が周囲の建物を破壊していく。

 

 

(やはりこいつも、剣の達人か……!)

 

 

 刃が交わる度にわかる。この男はあの女と同様、自身が扱う武器について熟知している。洗練された無駄のない完璧な動き、いつでも俺の急所を狙えるように心を乱さない精神力。これを達人と呼ばずしてなんというのか?

 

 アリアたちから引き離したとは言え、このまま《戦闘街》からも引き離すわけにはいかない。避難した人々がいる《ドンドルマ》での戦いになれば、被害は甚大なものとなる。それはなんとしても避けたい。

 

 ジャンプした俺を追ってジャンプした男を右手の盾で叩き落とそうとするが、男は盾の先を掴んで俺の背後に回り、脇腹に蹴りを入れてくる。鈍い痛みが広がるより早く、俺はバリスタの弾などが収納された弾薬庫に叩きつけられる。

 

 ゴロゴロと箱の束縛から解放された大砲の弾が俺の周りを転がっていき、立ち上がった俺を見下ろす男はその指に深紅の炎を灯す。

 

 

「マズイ……ッ!」

 

 

 俺が背後の壁を破壊して飛び降りた瞬間、後ろの弾薬庫が大爆発を起こした。男の放った炎が、無数に存在する大砲の弾を爆破したのだ。地面を転がり、近くの人一人分隠れられる大きさの瓦礫に身を隠し、この状況を打破できる可能性を持つ人物を呼び出す。

 

 

「エピソード」

「はい、どのようなご用件で?」

 

 

 まるで執事のように待機していたかのように、俺の前にある瓦礫から顔だけを出してきた歴史の管理者に、俺は彼を呼んだ理由を告げる。

 

 

「お前が、抑制した、死脈を、解放しろ。あいつは、今の、俺じゃ、勝てない」

「死脈の解放ですか……。それをなくしては勝てないと、貴方は思うのですか?」

「……悔しいが、その通り、だ」

「わかりました。では、周囲に影響を与えない程度に解放しましょう」

 

 

 途端、俺の体が少し軽くなったような気がした。俺の体を構成する、負の感情がいくらか戻ってきたからだろう。できれば全力を解放してもらいたいところだが、それをしてしまうとアリアたちにも死脈が影響を与えてしまうだろう。片手を握ったり開いたりして力の確認をしていると、エピソードはシルクハットのつばを摘まむ。

 

 

「では、私はこれにて失礼しまーーー」

「待て、エピソード」

 

 

 消えかけたエピソードの肩を掴んだ俺に驚いたエピソードの顔が強張り、それ故か少し震えた声でどうしたのかと訊ねてくる。

 

 

「お前も、手伝え」

「な、なにを仰るのですか……! 私は歴史の管理者であって、戦う力などありませんよ!」

「転移は、できる、よな?」

 

 

 この質問にエピソードは息を詰まらせる。彼が自身の世界に戻る際には、必ず転移しなければならない。そうしなければ、彼の住む世界には行けないのだから。

 

 

「ならば、それを、使って、俺を、転移、しろ」

「ク、クロウさん……? 顔が怖いですよ……?」

「知るか。さっさと、俺を、送れ。転移先は、あいつの、後ろだ」

「わ、わかりましたよ……」

 

 

 渋々とエピソードが頷くと、俺の視界から彼が消え、代わりに俺を探していたであろう男の背中が映り込む。

 

 

「なに……? く……ッ!」

 

 

 背後に出現した気配を察知して振り向きかけた男の背中を斜めに切り裂こうとするが、それは男の纏う外套によって威力を殺されてしまう。だが、本来の力の二割ほど取り戻した俺の攻撃はその外套で完全に防げるものではなく、外套は破け、体には刃が届かなかったが、その衝撃が彼を大地へ叩きつけた。

 

 背中に強大な衝撃が走ったことで噎せている隙を逃さず、俺はその首を落とすべく、死脈で構成した翼を羽ばたかせ、急降下する。己の首を落とそうとする俺に男は剣で迎え撃つが、受け止める体勢と取ることができず、力が入っていない。男の防御が崩れ、右手に握られていた白銀の剣が乾いた音を立てて地面へ落ちる。

 

 

「これで、終わりだ」

 

 

 体を回転させ、丸腰となった男に突っ込む。男が地面に落ちた剣を取るべく動き始めるが、もう遅い。

 

 斬った音もなく、斬られた音もなく、俺の刃は男の首を撥ね飛ばした。頭部を失った首から噴水のように鮮血が噴き出し、残された胴体はどさりと倒れる。

 

 降り注ぐ赤黒い雨を受けながら、俺は剣を鞘に納める。振り向けば、そこには赤黒い水溜まりの中心に倒れる男の体。その体が動くことは、もうない。首を切り落としたのだから。

 

 

「アリアを、狙った、罪、地獄で、反省しろ」

 

 

 男の骸にそう言葉を投げ、アリアたちの助太刀に行こうとしたその時、

 

 

「ぐ……ッ!?」

 

 

 俺の腹から、俺の血で濡れた刀身が突き出した。吐血しながら振り向くと、そこには男の骸ではなく、

 

 

「……油断していた。まさか、首を撥ねられるとは……」

 

 

 自身の首に手を這わせてその感触を確かめる、男の姿があった。

 

 

「ば、バカな……ッ!? なぜ、生きて……。い、いや、そんなことは、どうでもいい……! なぜ、お前が……敵に……ッ!」

 

 

 男の顔があがり、先ほどよりも鮮明に俺の視界に映り込む。血の一滴もついてはいないその顔は、人形のように感情のこもらない空虚なもの。その顔は、十七年前の戦争で俺を倒した少女の恋人のもの。

 

 

「レイ……ッ!」

 



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The thunder of salvation

 

「イ、イテェ……ッ!」

「あ、が……!」

「あ、足がぁ……ッ!」

 

 

 氷槍に貫かれた皆さんが、それぞれ貫かれた箇所を押さえながら苦悶の声をあげます。一瞬にして形勢を逆転させた《錆鋼龍》は、まるで道を歩く虫を踏み潰すように歩き、一人、また一人と踏み潰していきます。

 

 踏み潰された方々の悲鳴と骨の砕ける音を響かせながら歩くその姿は、彼の龍が脱皮直後で凶暴化している状態であることを忘れてしまうほど静かなもので、それが私に、あの龍が普通の《錆鋼龍》ではないことを教えます。

 

 

「ガァアアア……」

 

 

 開いたアギトから、まるでこの殺戮を楽しむような声が漏れます。それを私は、ただ震えて見ることしかできませんでした。

 

 ついに最後の一人を踏み潰した《錆鋼龍》が、唯一無事だった私に顔を動かします。その瞬間に私の体は、蛇に睨まれた蛙のように動かなくなってしまいます。

 

 

「はぁッ!」

 

 

 《錆鋼龍》から放たれた風球ブレスが私に直撃する前に、私の前に降りてきたジークが双剣を振るってブレスを相殺させます。

 

 

「大丈夫ッ!? 姉さん」

「ぁ……ジー……ク」

「姉さん? 姉さん!」

 

 

 力なく膝から崩れ落ちた私の肩に手を置いて、何度も私を呼ぶジーク。しかしその背後で、上空へ舞い上がった《錆鋼龍》が私たちへ向けて竜巻を発生させました。その規模はこれまでの攻撃に利用していた竜巻の比ではなく、とてつもなく大きなものでした。それに気づいたジークが私を護ろうと立ちかけますが、私はその鱗に覆われた手に、自分の震える指先を当てました。

 

 

「ジーク……お願いです……逃げてください……! 貴方まで失ったら……私は……!」

「姉さん……」

 

 

 先ほど亡くなられた方々の中には、見習い時代の私たちの教師だった方々もいらっしゃいました。その他にも、私たちがハンターになってから、簡単なことを教えてくださった先輩も多くいらっしゃいました。あれほどの竜巻に巻き込まれれば、たとえ龍人態へ変身したジークといえど、ただでは済まないでしょう。

 

 せめて、弟だけは生き延びてほしい。弟まで失ったら、私はこの先、二度と立ち直れそうにない。この気持ちを込めて触れた私の指を見下ろしているジークは、やがてゆっくりと(かぶり)を振りました。

 

 

「ごめん、それはできないよ」

「どうして……どうしてですかッ!? この中では、貴方が一番生き残れる確率があるというのにーーー」

「姉さんを失ったら、俺はもう立ち直れないッ!」

 

 

 私の言葉を遮って放たれた叫びに、私は息を呑みます。

 

 

「姉さんが『()を失いたくない』って思うのと同じで、俺だって姉さんを失いたくないッ! この力は、俺が護りたいものを護るために使う力だッ! だから俺は、姉さんを護るために、この力を使うッッ!!」

 

 

 胸に手を当ててそう言い終えたジークは、残る外敵を排除しようと接近してくる竜巻を睨みつけます。

 

 

「確かにあの竜巻に巻き込まれたら、この状態でも危ない……。でも、姉さんを護れるなら、俺はそれでも構わないッ!」

「ジークッ!」

 

 

 翼を広げ、ジークが金と銀の双剣で巨大な竜巻を受け止めます。ぶつかっているのは竜巻なはずなのに、すさまじい量の火花が飛び散り、その威力を思い知らされます。

 

 

「ぐ……ッ! くそ……ッ!」

 

 

 ジークの足が下がった時、竜巻の後ろにいるであろう《錆鋼龍》の咆哮が轟きました。その瞬間、ジークを押していた竜巻がさらに強くなり、ジークの体が吹き飛ばされそうになります。そして、ついにジークの防御が崩れ、竜巻が彼の体を巻き込もうとしたその時、

 

 

 

「はいそこまで~~!」

 

 

 

 この場には似合わない陽気な声と共に上空から落ちてきた緋色の雷が、今まさにジークを巻き込もうとしていた竜巻を破壊しました。

 

 

「すごい龍脈のエネルギーを感じたから来てみれば、まさかこんなことになっていたなんてね」

「ル、ルク姐ッ!?」

「ルクスお姉様ッ!?」

 

 

 いつの間にいたのでしょう? 私の隣に立っていたルクスお姉様は、その幼い見た目に相応しい太陽のように明るい笑みを浮かべます。

 

 

「二人とも、無事でよかった♪ ジーク君も、話に聞いた通りに龍人態を制御できてるみたいだね。感心感心♪」

「こ、この姿を見ても、平気なのか……?」

「平気もなにも、私はなんでも知ってるんだから当然だよ! ……さて」

 

 

 ルクスお姉様の全身から、その見た目からは到底考えられない威圧感が放たれます。

 

 

「よくも私の大切な人たちを殺そうとしてくれたね? 《錆鋼龍》。この罪、君の命で償ってもらうから、覚悟しなよ?」

 

 

 お姉様が右手に持つ杖を天高く掲げると、お姉様の全身を暗雲から降り注いだいくつもの落雷が包み込みます。それを唖然として見つめていると、やがて落雷を払い退け、一頭のモンスターが現れました。

 

 白銀の巨体に二本の角、緋色の雷が絶えず這い回る紅に染まった胴体。その姿は正しく、かつての竜大戦で数多の龍を率いて人類を追い詰めた古龍の内の一頭、《祖龍》ミラルーツでした。

 

 

(君如きに《神龍》の力を使うのはもったいないから、使わないであげる。でも、生きて帰れるなんて思わないことだねッ!)

「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 

 新たな敵を排除するためか、それとも恐れから自暴自棄になってしまったのか、《錆鋼龍》が《祖龍》に突進してきます。しかし、爆音を轟かせながら《祖龍》は《錆鋼龍》を軽々と受け止めてしまいました。

 

 

(じゃあね)

 

 

 錆びた翼を掴んでいる《祖龍》から走った緋色の電撃が《錆鋼龍》の全身を包み込み、それが収まった頃には、《錆鋼龍》は既にその命を終えていました。

 

 

「大丈夫? アリアちゃん、ジーク君」

 

 

 バチバチと電流が這う《錆鋼龍》の骸を前に《祖龍》から人間の姿へ戻ったルクスお姉様は、やり切ったと言いたげな満面の笑みを浮かべました。

 



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Miden and Ray

 

「がは……ッ!」

 

 

 激痛から新たに吐血した俺が膝をつくと、傷が完治したレイがゆっくりと歩み寄ってくる。腹から突き出ている刀身を押して抜こうとする俺を蹴り飛ばし、壁に背中をぶつける。その際にまだ体を貫いていなかった刀身が体内に潜り込み、俺はまた呻き声をあげた。

 

 

「貴様も我らの計画に必要不可避なものだ。一緒に来てもらおう」

「……ッ!」

 

 

 俺のうなじを掴もうと伸ばされた手を、俺は残された力を使って払う。払われた手を見、レイはかつての彼からは考えられないほど冷たい視線を向けてくる。

 

 

「まだ力が残っていたのか。だが、今さらどう足掻いても無駄だ」

 

 

 レイが片手を持ち上げると、俺の頭上に、俺を取り囲むように白銀の剣が現れる。俺がなにかしら抵抗しても、即座に無力化できるという意思表示のつもりだろう。

 

 

「四肢を切り刻まれて連れていかれるか、その体が腹以外無事なまま来るか。どちらがいいかは、貴様でも理解できるだろうな?」

「…………」

 

 

 俺が返答できずにいると、それを後者だと判断したレイが「それでいい」と鋼のように冷たい声で言い、俺を持ち上げようと、

 

 

「待て、《死煌龍》」

 

 

 俺に伸ばされた腕を、顔のない男が掴んでいた。腕や胴体などは見えるというのに、顔だけは何者かに塗り潰されたように見えない男。彼の名を、俺は聞いたことがある。

 

 

(ミデン……!)

 

 

 こいつは、まだレイがメモリア鉱石に吸収されていなかった頃に聞いた『顔のない男』その人だ。今回は一人だけのようで、その傍らにはあの漆黒のオーラを纏う獣はいない。

 

 

「邪魔をするな、ミデン。俺はこいつを連れていこうとーーー」

「傀儡の分際で主人に口出しをするな。身の程を知れ、愚か者が」

「俺の主人はあの女だ。貴様ではない」

「奴の上に立つのはこの俺だ。それに、今回の命令を下したのもこの俺だ。よって、貴様は俺に従う義務があるはずだが?」

「答えになっていないぞ、ミデーーー」

「黙れ、貴様の声を聞いていると虫酸が走る。それに俺は言ったはずだ。『あくまで手傷を負わせるだけで、連れてこなくていい』と。なのに貴様は、なぜこの少年を連れてこようとする。まだ貴様の心が残っているとでも言うのか?」

「……そうかもな」

 

 

 レイの口から出た返答に、ミデンの体が僅かに震える。しかし次の瞬間には、冷たい笑いが彼から発せられていた。

 

 

「心が残っているだと? 笑わせてくれる。心など要らないのだ。この俺の力を使えば、貴様の心を壊すことくらい可能なんだぞ? 貴様の大切な家族のことなど、もう思い出せないようにすることもな。それが嫌ならば、『連れていくふりをして逃がそう』などという無駄な考えは止した方がいい」

「ならば消すがいい、ミデン。それが貴様の計画にどんな影響を及ぼすのかは、火を見るより明らかだがな」

「……ッ! 道具風情が……ッ!」

 

 

 自らの怒りに触れたミデンの気配が一瞬だけ別のものに変化した途端、レイが吹き飛ばされた。

 

 

「ふはは……消せないか、消せないよなぁ、ミデン?」

 

 

 瓦礫から身を起こしたレイがミデンを嘲笑する。

 

 

「俺の心を消せば、貴様の計画に支障が出る。僅かに心を残した俺を、俺の家族と争わせて負のエネルギーを集めるのが貴様の計画の一部なのだろう? なにしろ、その方が効率がいいからな」

「言わせておけば……ッ!」

 

 

 ミデンの右手に光が灯るが、その光はすぐに消えてしまう。恐らく、あれがレイの心を消す力を持つ光なのだろう。しかし、レイの言っていることは図星だったようで、光を消したミデンは荒い呼吸を繰り返していた。

 

 

「元はと……元はと言えば貴様が悪いのだ、《死煌龍》ッ! 貴様がこの世界を希望で染め上げたりするから……ッ!」

「だからと言って、この世界を絶望で染め上げようとする貴様に賛同はできんな、ミデン。今でこそ俺はお前たちの操り人形だが、自由を手にした暁には、貴様らを必ず打ち倒してやる」

「はっ! やれるものならやってみるがいいさ。しかしそれでも、この俺の計画は止められない。最後に引き金を引くのは、俺たちではないのだからな」

 

 

 ミデンの視線が、一瞬俺に向けられた気がした。その意味を俺が理解しようとしている間に、ミデンは言葉を続ける。

 

 

「貴様が絶望の表情を浮かべるのが楽しみだ。俺は貴様が嫌いだからな」

「ふん、どんなことがあろうと、俺の心は屈しないぞ」

「ずいぶんと生意気なことだ」

 

 

 言い終えたミデンが俺を見下ろす。顔面は見えないが、その目がどんな風に俺を見ているのかは、なんとなくわかる気がした。

 

 

「《復讐者(リベンジャーズ)》の王子よ、貴様の決断に期待しているぞ。ふふふ……ふはははは……」

 

 

 絶対の自信を持っているが故の笑い声をあげながら、ミデンはその姿を消した。辺りを見渡してみると、いつの間にかレイの姿も消えていた。

 



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Surviving and thinking

 

 多くの犠牲者を出した防衛戦は、乱入してきたルクスお姉様、もとい《祖龍》ミラルーツによって幕を下ろしました。《錆鋼龍》に踏み潰され、最早身元すら確認ができそうにない方々の遺体はご遺族の元へ帰ることも叶わぬままに葬られ、それをご遺族の方々が、ついに帰ってくることのなかった自分の夫や息子、恋人の名を口にし、涙を流しながら見送りました。

 

 謎の黒い外套の男性と交戦していたクロウさんは、お腹に刺し傷がありました。どこからか見つけた包帯を巻いていましたので、大事には至らなかったそうですが、一応お医者様に見てもらうことになったそうです。あの男性のことについて訊くと、彼はばつが悪そうな表情をして、なにも答えてはくれませんでした。

 

 ジークは竜巻に巻き込まれなかったとはいえ、それを受け止めている間にかなりのダメージを受けていたらしく、龍人態を解除した時の体は全身が鎌鼬でできた切り傷が無数にありました。

 

 しかし、それはルクスお姉様が右手に持つ杖を軽く振ると、完璧に治癒してしまいました。そこで、お姉様自身から自分が命を司る女神様であることを教えてもらいました。そして、先ほど私たちが見た通り、《祖龍》であるということも。最初こそは信じられませんでしたが、実際にお姉様は私たちの前で伝説に語られるモンスターに変身しましたし、弟の傷を治した力も、命を司る女神様であることを裏付けていましたので、信じざるを得ませんでした。

 

 そして、私はというと……

 

 

「姉さん、母さんが簡単なご飯を作ってくれたけど、食べる?」

「……いえ、お二人で食べていてください」

「そうか……。わかった」

 

 

 扉越しに遠ざかっていく弟の足音が聞こえてきます。私は自分の体温で暖められた柔らかいベッドを感じながら寝返りを打ちます。

 

 今ではもう太陽は沈んでしまい、次に現れた星が太陽の代わりを担っている時間。私は開け放った窓から射し込んでくる優しい光をじっと眺めています。

 

 本来なら聞こえてくるはずの夜の街の喧騒もなく、ただ哀しみにまみれた静寂のみが外の世界に広がり、それは私の部屋にもその手を伸ばしてきていました。

 

 

(私に力があれば、皆さんを救えたのでしょうか……)

 

 

 目を閉じれば、あの惨状が嫌でも浮かんできます。悪天候を司る古龍によって次々と命を奪われ、倒れていく仲間たち。あの時、私に力があれば、叫ばずとも彼らを救えたのではないのか? 自分が弱かったから、あのような結果を招いてしまったのか? そんな自分の無力さを呪うような言葉が、絶え間なく頭の中を駆け巡ります。

 

 

「コン」

「……フブキ」

 

 

 いつの間にいたのでしょうか、私の頭を飛び越えて視界に入ってきたシラユキギツネのフブキがおでこにその小さな前足を当ててきました。ぷにぷにとした柔らかい肉球の感触に思わず笑顔になり、フブキを抱き締めます。

 

 

「優しいですね、貴方は」

「コン? コン!」

「あはは、くすぐったいですよ!」

 

 

 フブキが私のほっぺたを舐め回し、それがくすぐったくて自然と笑い声が漏れてきました。フブキが私から離れ、起き上がった私は彼にお礼を言いました。

 

 

「ありがとうございます、フブキ。お陰で気分が楽になりました」

「コン♪ コンコン♪」

 

 

 フブキが嬉しそうに跳ね回り、その真っ白な毛で覆われた頭を撫でると、フブキはくすぐったそうに身動ぎしました。

 

 しばらくフブキの頭を撫でていると、扉がノックされました。この独特な気配からすると、どうやらお医者様の検査を終えたクロウさんが帰ってきたようです。

 

 

「アリア、いるか?」

「あ、クロウさん。お帰りなさいです」

「入っても、いいか?」

「どうぞ」

 

 

 部屋に入ってきたクロウさんの両手には、お母様が作ったであろう夕食の乗ったトレイがありました。

 

 

「気分は、大丈夫そう、だな」

「はい、フブキのお陰で大分楽になりました。あ、夕食はそこの机に置いてください」

「わかった。……ジークから、話は、聞いた。彼の、言う通り、あのような、ことは、よく、ある、ことだ。アリアが、自分を、責める、ことじゃ、ない」

「……やっぱり、そうなんですよね……」

「それが、現実、という、ものだ」

 

 

 窓際まで歩き、夜空に浮かぶ月を見上げるクロウさん。窓から流れ込んできた冷たい夜風が、彼の闇のように黒い髪の毛を揺らします。

 

 

「今回の、事件で、家族を、失った、彼らの、気持ち、俺には、わかる。俺も、父親を、失った」

「クロウさんのお父様も、ハンターだったのですか?」

「ハンターでは、なかった。ある、一団の、リーダーを、務めていた。もう、十七年前の、ことだが、な」

「十七年前……? それって……」

「……この、話は、止めよう。お前には、関係のない、話だ」

 

 

 ドアノブに手をかけたクロウさんが、横目で私を見つめてきます。その瞳にはどこか、怒りの近い感情が込められていました。

 

 

「俺の、父親は、お前たちに、牙を、剥いた、からな」

「え……?」

「食べ終わったら、ちゃんと、戻しに、来い」

 

 

 言い残し、クロウさんは部屋から出ていきました。残された私は、膝にフブキの体温を感じながら、先ほどのクロウさんの目を思い出します。

 

 

(まさか、クロウさんのお父様とは……。いえ、そんなことは、あり得るはずが……)

 

 

 しかし、先ほどの彼の目を思い出すと、私の頭に浮かんだ考えは否定できないものでした。

 



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Midnight sun floating in rough seas Partner-held of favor

 

 《錆鋼龍》の襲来から数日が経ち、太陽が真上に昇った頃。俺がシラユキギツネたちにおやつをあげていると、同じくおやつをあげていたアリアがある質問をしてきた。

 

 

「クロウさん、『白夜』って知っていますか?」

「白夜? なんだ、それは」

「白夜というのは、夜になっても太陽が沈まないことを言うんですよ。先ほど新聞で見たのですが、なんでも一夜だけ白夜になる港があるらしいですよ」

 

 

 アリアから差し出された新聞には、『白夜祭、今年も《エスタマの港》にて開催!』とあり、その見出しの下には前回の祭りの状況について事細かに書かれていた。

 

 

「私たち、お父様を拐っていった黒い外套を羽織った女性についての情報を集めることと、ついでにこのお祭りに参加するという目的で行くんですよ。クロウさんも来てくれますよね?」

「断る、理由は、ない。この街(ここ)では、レイの、情報は、得られなかった、からな。どこか、違う、場所で、訊きたいと、思って、いた」

「ですよね! では、準備しましょう! 出発は今から一週間後ですが、準備は早めに終わらせといた方がいいですからね」

「当然、だな」

 

 

 ぶっちゃけ、もうあの脅しに近い台詞を言われるのは嫌だからそう答えたのだが。目の前の少女の実力は現時点では弱者の類いに入るが、あの時の威圧感のみは強者の類いに入る。なぜあの時のみあそこまで俺を威圧することができるのだろう、不思議で仕方がない。

 

 

「? どうかされましたか?」

「いや、なんでも、ない」

「そうですか。……そういえば、ハヤトさんから手紙があったんですよ。ハヤトさん、元気に過ごせているようですよ。フィーレさんとの交際も上手くいっているようで、少し羨ましいです」

「アリアも、恋人が、欲しい、のか?」

「まるで恋人が物みたいな言い方は止めてください……。まぁ、確かにそんな気持ちはありますね。ですが、恋人ができたことはおろか、初恋もまだですからね……」

「……大丈夫、なのか? そのまま、大人には、なるなよ」

「だ、大丈夫ですよ! 流石にそれまでには初恋をしてるはずです! それに、好きになれそうな相手はもういますから……」

 

 

 少しだけ頬を赤らめたアリアの最後の言葉に純粋に好奇心をくすぐられた俺は眉をつり上げる。

 

 

「ほぅ? どんな、男だ?」

「え!? い、言えませんよそんなことッ! 恥ずかしいですッ!」

「そうか……。一度、見てみたい、な。アリアが、好意を、持てる、相手」

「まぁ、その人からすると、私に好意を持たれることをした自覚がないと思うんですけどね。(今もそうですし)……」

「ずいぶんと、鈍感な、男、なのだな」

「はい……そうなんですよ……。はぁ……」

 

 

 額を押さえてため息を吐くアリアに、俺は災難だなと思う。まだ完全に好意を持っているというわけではないそうだが、完全に持った時こそ、アリアはその鈍感男を自分に惚れさせることにかなり苦労することになるだろう。

 

 密かに心の中で応援をアリアに送っていると、逆にアリアが俺に質問をしてきた。

 

 

「では、クロウさんが好きになれそうな相手はいらっしゃらないのですか?」

「いないな」

「そ、即答ですか……」

「当然だ。なにせ、恋は、できないと、思って、いるから、な」

「ずいぶんと悲しいことを平然と口にするんですね、クロウさん……。初恋すらまだな私が言うのもどうかと思いますが、恋をするというのは、とても素晴らしいことだと思いますし、貴方の目的に必要なものだと思いますよ?」

「俺の、目的に、必要、か……。なら、恋を、するには、どうすれば、いい?」

「えぇ……? どうすればいいとは……う~ん……」

 

 

 顎に指を当てて考え込むアリア。やがて答えが出たのか、彼女は俺に答えてくる。

 

 

「これといって、ないんじゃないですかね?」

「それは、どういう、ことだ?」

「恋とは、知らず知らずの内にしているものだと思うからですよ。だからなにかしておく必要とかはないと思います」

「なるほど……。じゃあ、俺が、お前に、恋を、する、可能性も、ある、のか」

「はい、その可能性も充分あ……り……」

「……? アリア?」

「はわ……はわわわわわわ……!」

 

 

 なぜか顔を真っ赤に染め上げてわなわなと震えているアリアが、その大きく見開かれた母親譲りの蒼色の瞳で俺を見てきていた。

 

 

「どうした? なにか、あった、のか?」

「な、なななななんでもありませんッ! なんでもないったらないんですぅ~~ッッ!!」

「アリアッ!? まだ、シロたちに、おやつを……」

「コンッ!?」

「コン!」

「コンコーン!」

 

 

 おやつを握り締めながら廊下へ飛び出していったアリアを数匹のシラユキギツネが追いかけていき、俺と残りのシラユキギツネが残される。

 

 

「……なんなんだ、いったい……」

「コン」

「む、まだ、欲しい、のか? 仕方の、ない、奴らだ」

「コンコン♪」

 

 

 おやつをねだるペットたちにおやつをあげながら、俺はアリアが戻ってくるのを待つのだった。

 



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Ancient heroes and monsters

 

 アリアと好意の持てる相手についての話をした日から一週間後、俺たちは数時間かけて《エスタマの港》に到着した。

 

 メンバーはいつも通りの面子に加え、エピソードとリュウセイ。エピソードは単純に白夜を見たいという理由で同行し、リュウセイは急な仕事が入ってしまったため来れなくなってしまったヴェリテの代行者として、レイと彼を拐った黒い外套の女性についての情報を集めるべく同行してきた。

 

 ちなみに、レイのもう一つの仕事である《龍の王国》の管理は、彼と同等かそれ以上の力を持つ《神龍》であるルクスと、この補佐として《煉黒龍》グラン・ミラオスと《煌黒龍》アルバトリオンがすることとなった。彼女たちを含めた禁忌のモンスターは全て《神龍》ミラルーツ・アライズに仕える古龍なので、ルクスがそう命じない限り、《龍の王国》を統治する七頭の王を攻撃しようとはしないだろう。彼らも禁忌のモンスターの恐ろしさは理解しているはずだが、もし喧嘩が起こったりした時の対処は彼女たちが行うことになっている。

 

 

「さて、お祭りがあるのは一週間後ですから、それまでの間はお父様や黒い外套の女性についての情報収集、そして軽く観光に費やしましょう。その前に、宿探しをすることになりますが、それは既にリストアップ済みです。行きましょう」

 

 

 アリアを先頭に歩きながら、俺は周囲を見渡す。

 

 潮風を運んでくる海、そこに浮かんでいる数隻の船。この海ではなぜか大型モンスターの出現がほとんどないらしく、他の港に比べると圧倒的な安全性があることで有名だと本に書いてあった。海から目を離せば、《ドンドルマ》とは違う作りの家屋が無数に立ち並び、中にはやって来たハンターたちに狩猟に欠かせない道具などを販売している所もある。さらにそこから目を動かせば、今度は緑色に覆われた山が映り込んでくる。この港は海と山に挟まれた場所であるため、どちらの幸も楽しめるということだ。これは母親譲りの食いしん坊なアリアやジークにとっては嬉しいことだろう。

 

 

「ん……? なんだ、あれは」

 

 

 一通り確認し終えたので、もう一度海を見ようと思って視線を動かすと、簡単に見たので気づけなかったのか、海の端に小さな島があった。

 

 

「あぁ、あれは《守護の小島》と呼ばれる島ですね。なんでも、あそこには竜大戦の折にこの地を襲撃してきたモンスターたちを一人になっても倒した戦士が使っていたとされる剣が納められているようで、それ以降、この港付近の海でのモンスターの被害が出なくなったらしいですよ。当時この港に住んでいた方々は、彼を英雄として崇め、白夜祭の時には彼に感謝の意を告げるべく、灯籠を空に飛ばすようで、それは永い年月が経った現在でも行われているんです」

「その、英雄の、名前は?」

「名前……ですか? えっと……」

 

 

 アリアがこの港について書かれている本をパラパラとめくり、「この方です」と言って見せてきた。

 

 

「ブランカ・ナイツ。この港を今でも守護しているとされる、片手剣を扱っていた方の名前です」

 

          ***

 

 海水に満たされた古代遺跡の道を、漆黒の玉が通っていく。永い年月を経て穴が開いた壁を住み処にしていた魚たちはそれが近づいてきていることを察すると、すぐに巣に引っ込んでいく。

 

 周囲に龍脈でも死脈でもない力で構成されている黒い玉の中にいるのは、ミデンの側近である獣。黒い玉で海水の侵入を防ぎながら道を進んでいくと、なにかが見えてきた。

 

 

「■■■■……」

 

 

 紅い瞳が映すのは、鎖で繋がれたモンスター。太古の昔、とあるハンターによって封印された彼は、そのハンターの使う剣によって作り出された鎖によって作り出された鎖に繋がれながらも、その憎悪は消えていない。

 

 

「■■■■……!」

 

 

 獣が周囲に作り出した武具でモンスターを縛る鎖を切断すると、モンスターは目の前の獣を喰らおうとそのアギトを開いて襲いかかってきた。

 

 

「■■■■■ーーーーーーッッッ!!!」

 

 

 しかし、獣が邪悪なオーラを纏わせた右手を横薙ぎに振ったことで発生した渦がモンスターを拘束し、それを突っ切ってモンスターの頭を掴んだ獣は彼を壁目掛けて投げ飛ばした。

 

 すさまじい衝撃と地響きが起きるが、投げ飛ばされたモンスターは効かないと言わんばかりに瓦礫を押し退けて迫ってくる。その瞬間、獣は片手に持っていたメモリア鉱石をモンスターへ掲げた。

 

 

「グォ……ッ!? グルァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァ…………ッッッ!!!」

 

 

 眩い光が空間を覆い尽くし、モンスターの全身が光の粒子となって鉱石へ吸い込まれていく。光が収まり、獣はモンスターが封印された鉱石を見つめる。

 

 そこにあるのは、先ほどまでにはなかった、モンスターの全身が映し出されていた。それを見た獣は満足げに頷き、遺跡の天井を破壊して海上へ飛び出した。

 



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Call for father

 

 お祭りが行われる一週間前に港に行くと計画したのは急な仕事で来れなくなってしまったお母様なのですが、それは情報収集を主な目的としてやって来た私たちに有利に働きました。

 

 まず、お祭りの一週間前だけあって、まだ観光客やお祭り目当てに来る方々が少なく、聴き込みがスムーズに行えました。村長さんとも上手く話ができ、彼らの方からも情報収集に協力してくれることになりました。彼の話によると、以前に一度お父様に、当時港が抱えていた問題について話したところ、熱心に解決に動いてくれたので、その借りを返すため、娘である私の願いを受けてくれたそうです。

 

 その他には、リストアップしていた宿に今回のメンバー全員分の空きがあったので、誰かが別の宿に泊まるということがなかったのもあります。この港の宿は基本的には予約制なのですが、お祭りの一週間前に予約するという方は中々いないのか、簡単に予約できたのでよかったです。

 

 ……さて、ここまで順調に事を進めることができましたが、ここからが問題でした。

 

 

(情報が、集まりません……)

 

 

 薄々感じてはいましたが、こうしてその壁にぶつかってみると、やはり苦しいものを感じます。こんな広い港でお父様の情報が見つかるなんて、幸運にも程があります。しかも、もしかしたら山にまで捜索範囲が広がるかもしれないので、そうなってしまえば情報を得るのは至難の技です。村長さんの方に情報が届いているかと訊ねても、一向に首を振るばかり……。情報収集という目的は、一つの情報も得られないままに終わるのかと思ったその時、ある情報が私たちの所へ舞い込んできました。

 

 

「『白銀の龍を見た』?」

「はい、その方は十七年前の戦争にも参加していまして、そこで一回《死煌龍》の姿を見たことがあるのだそうです。以前見たモンスターは、その《死煌龍》と酷似していたそうなのです」

「《鋼龍》の、可能性は?」

「ないでしょうね。《鋼龍》はその場にいるだけで周囲の天候を変えてしまいます。ですが、その龍を見た時は悪天候どころか雲一つもなく、月も見えたそうですよ」

「そ、その場所は訊きましたか?」

「《守護の小島》です。有名なパワースポットですから、是非行きたいと思って行ったところ、その龍を見たそうです。すぐに逃げようかと思ったそうですが、その龍に戦意は全く感じられず、気がつくと消えていたそうですよ」

「い、行きましょう! 今すぐ!」

「あ、姉さん! 俺たちを置いていかないで!」

 

 

 弟の慌てた呼び止めを背中に、私は《守護の小島》へ走ります。道行く人たちの間を走り抜け、小島へと続く木のトンネルを潜り、《守護の小島》が……

 

 

「あ!」

 

 

 ドンッと、私の方が向こうから歩いてきた女性に当たってしまいました。勢いよく走っていたため、尻餅をついてしまった銀のポニーテールの女性が痛そうにお尻を擦っていました。

 

 

「あぁ! ご、ごめんなさい! お怪我はありませんかッ!?」

「そんなに焦らなくて大丈夫よ……あいたたた……」

「や、やっぱりどこか痛めて……!」

「だ、大丈夫だから! 尻餅をついて痛かっただけだから。それより、なにやら急いでるようね? 理由はわからないけど、早く行きなさい」

「は、はい」

 

 

 パンパンとお尻についた土を払って立ち上がった女性にもう一度謝罪してから、足を動かします。それからしばらくしない内に、私は《守護の小島》に到着しました。

 

 

「お父様……お父様……!」

 

 

 かつての英雄の武器が納められているという洞窟の穴の前に立って辺りを見渡してみるも、噂の龍はおろか、人っ子一人も視界に入りません。なにか見逃したものはないかと何度辺りを見渡しても、やはりなにもいませんでした。

 

 

「……いませんか。……?」

 

 

 見渡すのを止めた私がため息を吐こうとした時、誰かの声が聞こえた気がしました。

 

 

 ーーー(アリア!)

 

 

「この声……お父様……?」

 

 

 ーーー(ここだ、アリア!)

 

 

「お父様……?」

 

 

 どこからともなく聞こえてくるお父様の小さな声に導かれ、私は自分の前にある巨大な洞窟の穴に入っていきます。左右の壁に均等な距離で設置された松明に照らされた階段を降りていく毎に、私に呼びかける声は大きくなっていきます。

 

 

 ーーー(こっちだ! 助けてくれ、アリア!)

 

 

「お父様……!」 

 

 

 ついに洞窟の最深部にたどり着くと、まず最初にその幻想的な雰囲気が私を包み込みました。

 

 どこからか湧き出た青白い光を放つ水が足元を覆い、松明を必要としないくらい明るい部屋の奥に、波のような刀身を持つ剣が岩に突き立っており、その次に、その隣にある空間に目が行きます。

 

 ヒビの入った鏡のように、ヒビが入った空間がそこにはあり、お父様の声はそこから聞こえていました。

 

 

「お父様、今、助けます!」

 

 

 絶え間なく私を呼ぶ声に応え、私はその空間に身を投じました。

 

 

「……ッ!? ここは……」

 

 

 そこで私が見たものは、いくつもの蒼い鉱石が浮かぶ、不思議な世界でした。

 



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The world of memory

 

「お父様……? どこにいるんですか……?」

 

 

 言い知れぬ恐怖を胸に抱きながら、私は謎の世界を歩いていきます。明かりになるのは周囲を漂う無数の鉱石だけで、しかし足元はあらゆる光を喰らう闇のように見えず、いきなり落ちてしまわないかという恐怖が私の身をすくませます。お父様の声はもう聞こえません。よって私は、自分の呼吸音だけが木霊する世界で、独りお父様を探すことになりました。

 

 

「お父様……お父様……」

 

 

 黙ったままこの世界を歩き続けていると、いつか心が壊れてしまうんじゃないかという予感がして、何度もそれを繰り返し言います。震える両手を胸の前で握って歩き続けていると、これまで見てきたものよりも大きな鉱石ーーーいえ、あの大きさですと原石の方がいいかもしれませんーーーが見えてきました。

 

 

「……! これって……」

 

 

 私の前に浮かぶ原石の内部には、《迅竜》ナルガクルガがいました。眠っているのか、それとも死んでいるのか、《迅竜》はその瞳を瞑っていました。視線を動かすと、次は人間が別の原石の中にいるのが見えました。

 

 

「ギ、ギアさん……」

 

 

 そこで《迅竜》同様瞳を閉じているのは、以前の旅行で訪れた《メヒャーリプ王国》の大臣、ギア・ローグさんでした。意を決してギアさんのいる原石を叩いてみますが、ギアさんからの反応はありませんでしたが、

 

 

「……ッ!? い、今のは……ッ!?」

 

 

 一瞬だけ、私の脳内になにかが入り込んできました。視界に現れたそれがなんなのかはわかりませんでしたが、私はもう一度それを見ようと、再び原石に手を当てます。

 

 

『本当に使えるのか? この男は』

『なに、確かにこの男が抱える怒りは塵にも等しいものだが、それでも役には立つ』

『私にはそう思えないが……』

『よく言うじゃないか。「塵も積もれば山となる」ってな』

「……ッ! はぁ……ッ!」

 

 

 溜まった息を吐いて手を離すと、視界に映っていた光景は霧のように消えてしまいました。

 

 

(い、今の光景は……)

 

 

 何度か深呼吸をして気持ちを整えた私は、先ほど見た光景を思い出します。

 

 私が見たのは、ギアさんのいるこの原石の前で、顔のない男ミデンさんが、黒い外套の女性と会話していた光景でした。しかし、今では彼らの姿はどこにも見えず、気配を探っても察知できません。再び原石に触れると、もう一度その光景が見え、手を離すと、やはり消えました。

 

 

(今のはもしかして……過去の光景……?)

 

 

 触れただけで過去が見れるという原石があるという話は聞いたことがないので確証は持てませんが、なんとなく、「それで間違いない」という考えが、私にはありました。

 

 他のものでも見れるのかと思い、《迅竜》の原石に触れてみると、予想通り別の光景が流れ込んできました。

 

 

『■■■……?』

『あぁ、どうやらこの世界でもメモリア鉱石は使えるようだ。どうせならと人間の体にも埋め込んでみたが、これも成功だ』

『■■■■!』

『大丈夫だ。鉱石はまだまだある。一個の損傷など気にしなくていい。……さて、次の行動に移るぞ。次は……こいつがいいな』

 

 

 そこで光景は消え、また私一人だけの世界に戻ります。

 

 今見えたのは、獣とミデンさん。どうやら、このメモリア鉱石と呼ばれる鉱石を使って、なんらかの実験を行っていたそうです。人間の体に埋め込むという、非道な行為をしていたそうですが、その実験にも成功したようです。そして恐らく、その被験者はギアさんでしょう。あの時現れた《迅竜》と、時を同じくして行方不明となったギアさん……辻褄は合います。

 

 

(もしかしたらお父様も、ギアさんと同じように……)

 

 

 あの様子だと、別の実験も行っているような気がしてなりませんですが、あの鉱石を埋め込まれたギアさんがあのような状態だったので、お父様も彼と同じような状態でどこかにいるかもしれません。思い立ったが吉日、早速探しに行こうと足を踏み出したその時、

 

 

「誰だ」

「……ッ!」

 

 

 突如男性の声が聞こえ、私は《迅竜》の原石に身を隠して気配を探ります。

 

 ……どうやら、先ほどの声の主は私の反対方向にいるようです。足音が聞こえないので、気配を感じながら彼から離れていきます。

 

 

「おい、臭うか?」

「■■■■……」

(い、いつの間に……ッ!?)

 

 

 先ほどまで感じられなかったはずの獣の気配も感じ、思わず息を呑みます。その時、原石の向こう側にいるであろう獣の視線が、原石越しに私に向けられるのを感じました。

 

 

「ネズミはそこか。捕らえろ」

「■■■■■■ーーーーーーッッッ!!!」

「……ッッ!!」

 

 

 獣の咆哮が聞こえ、私は踵を返して全速力で走り出します。背後から聞こえてくる獣の息遣いが次第に大きくなってくる恐怖に足がもつれそうになりますが、気持ちを保ってもつれるのを防ぎます。周囲に漂う大小様々なメモリア鉱石を使って獣の追走を避けていくと、奥に眩い光が見えました。恐らく、あの光のある場所にたどり着けば、この世界から脱出できるはずです。

 

 限界はとうに来ています。しかし、唯一の脱出手段を見つけた私はそれを振り切り、速度をあげます。

 

 

(もう少し……もう少しで……!)

「■■■■■ーーーーーーーーーッッッ!!!」

「が……ッ!」

 

 

 あと数メートルというところで後頭部を掴まれ、地面に押しつけられました。視線を動かすと、私を睨む紅の光が見えました。

 

 

「お……とう……さ……ま…………」

 

 

 後頭部を掴む右手のオーラの勢いが強まった瞬間、意識は深い闇の底へと落ちていきました。

 



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Clue of the disappeared girl

 

「姉さん……」

「ジーク、アリアは、きっと、大丈夫だ。だから、そんなに、落ち込むな」

 

 

 《守護の小島》に向かったはずのアリアが姿を消してから、俺たちの間にはどんよりとした空気が満ちていた。普段暗い雰囲気が漂っていればそれを解消していたのはアリアだったので、彼女がいないとそれが解消できず、暗い雰囲気は今でも漂い続けている。

 

 

「リュウセイさん、貴方の力でアリアさんがどこへ行ったのかはわからないのですか?」

「やってみたさ。だけど、なぜかその時間への入り口が見当たらなかったんだよ。本来ならそんなこと、あり得るはずがないんだが……」

「となると……」

 

 

 まさかと言いたげな表情のエピソードに、リュウセイは重々しく頷いた。

 

 

「恐らく、誰かの手によって塞がれている。こんなことをできるのは、俺と同等の力を使える存在……神、またはそれに近い者だ」

「心当たりは、ある、のか?」

「ない。だからこそ怖いんだ。俺たちの邪魔をしているのは明確だが、それを行った理由、目的がわからない以上、こっちからは手が出せない。エピソード、お前は歴史の管理者……というより、歴史を司る神だろ? こういうことに関しては俺よりお前の方が適任だ。やってくれるか?」

「すみません。既に試したのですが、私の力を以てしても、それが誰の手によって行われたものかは……」

「そうか……」

 

 

 望みが潰えたと項垂れるジークだったが、「しかし」とエピソードが続けたことによってもう一度頭をあげる。

 

 

「アリアさんがどこで行方不明になったかは把握することができました」

「そ、そこはッ!? そこはどこなんだッ!?」

「《守護の小島》の内部……この港で英雄として語り継がれているブランカ・ナイツさんの剣が納められた最深部です。色々と試行錯誤を繰り返してみたところ、ようやくそこまでは把握できました。しかし、やっとの思いで私が把握できたのはここまで……。これも、まだ神として未熟な私の責任です。申し訳ありません」

「いや、お前の、お陰で、希望が、見えて、きた。もう一度、《守護の小島》に、行って、みよう」

 

 

 早速《守護の小島》に行き、アリアが消えたとされる最深部に足を踏み入れる。最初に来た時とほとんど変わらない光景だが、前回よりも隈無く手がかりを探し始める。

 

 すると、早速二柱の神々が同時に訝しげな表情を浮かべた。

 

 

「……エピソード」

「えぇ、感じますね。これは、神の気配です」

「神の気配? 俺たちにはなにも感じねぇが……」

 

 

 岩の影に顔を覗かせていたハヤトに「それもそうです」と頷くエピソード。

 

 

「人と神の放つ気配はその本質から違うのですよ、ハヤトさん。……そう気にすることではありません。人間の身でありながら神の気配を察知することは至難の技ですし、第一この辺りに漂っている気配からするに、恐らくその神がこの場を訪れたのは昨日のことでしょうから、感じ取れなくても仕方のないことです。そして、その気配が途中まで感じられなかったのは……」

「人間社会に完全に溶け込むためだろうな。気配を感じることに相当手慣れている奴らにバレないように、自分の気配を弄ったんだろう。これは神にしかできないことだ」

「おや? リュウセイさんはそれを行ったことがおありで?」

「竜大戦の頃にはそんな奴らがゴロゴロいたからな。それができなきゃやっていけなかった。……とりあえず、この気配については放っておいてもいいだろう。今俺たちがやるべきことは手がかりを探すことだ」

 

 

 再び手がかりを探すべく辺りを動き回るリュウセイに倣って俺たちも手がかり探しを再開する。

 

 しかし、数時間かけて行われた捜査は実を結ばず、結局手がかりを見つけることはできなかった。

 

 

「結局手がかりは見つかんなかったか……はぁ……」

 

 

 夕焼けが照らす港を歩きながら肩を落とすジークに、ハヤトが安心させるように声をかける。

 

 

「そうへこたれるんじゃねぇよ、親友。時間が経てば、また新しい手がかりになりそうな場所とかが見つかるかもしれねぇじゃねぇか」

「確かにそうなんだが、やっぱり姉さんがいないと寂しくて……」

「オメェって本当にシスコンだよな。まぁ、そんだけアリアのことが好きってことがわかるんだけどな」

「うるさいぞ、ハヤト。……でも、ありがとう」

「んあ?」

「俺を少しでも安心させようとしてくれたんだよな。嬉しいよ」

「へっ、これも親友としての役目だと思ったからな。もっと感謝しやがれ」

「あぁ、感謝してる」

 

 

 そんな固い友情で結ばれた二人の会話を小耳に挟みながら歩いていると、隣を歩くエピソードが声をかけてきた。

 

 

「貴方も心配しているようですね、クロウさん」

「……? なぜ、わかる?」

「その顔を見ればわかりますよ。とても思い詰めた顔をしていますからね。貴方が求めたものは、もう少しで手に入るかもしれませんね」

「……それは、嬉しい、こと、だな」

 

 

 俺がそう答えたその時、港にモンスターの咆哮が轟いた。

 



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Crow rage

 

 逃げ惑う人々の間を走り抜けた先にいたのは、《水竜》ガノトトス。《守護の小島》に納められている剣の影響で現れるはずのないモンスターによって、その周辺の家屋は既に破壊されており、《水竜》の鋭い牙が覗く口からはだらだらと赤い血が垂れていた。俺たちの存在に気づいた《水竜》がその魚と酷似した顔を左右に動かして口を開けると、血に染まった人間の腕が見えた。

 

 

「お前……ッ!」

 

 

 腰の双剣を引き抜いて走り出した俺に対し《水竜》は海へ飛び込み、大きな水飛沫があがる。立ち止まった俺たちに海から顔を出した《水竜》が、自分が有利な立場であることを証明するかのように何度も水流ブレスを放ってきた。

 

 

「あの野郎ッ! 水中にいれば俺たちからの攻撃をあまり受けないことを知ってやがるなッ!?」

「なら、引きずり出せば、いい」

 

 

 クロウがポーチから取り出した玉を丁度《水竜》がいるであろう場所へ投げつけると、耳をつんざく甲高い音が響いた。

 

 

「グァアアアッ!?」

 

 

 突然の音爆弾に驚いて海面から飛び出した《水竜》の体がすさまじい勢いで俺たちの後ろに落ちてきた。その背後に、さっきまで俺の隣にいたはずのクロウの姿が見えた。

 

 

「今の、内に、攻撃だ」

 

 

 そして、いつの間にか再び俺の隣に戻っているクロウが陸に落ちた魚の如く跳ねる《水竜》に向かい始めた。

 

 

(さ、さりげなく高等テクニックを決めた……)

 

 

 濡れている箇所と言えば足しかなく、《水竜》に切り傷がないことから推測するに、この男は《水竜》が海に戻る前に海面を走って背後に回り、俺たちの方へ蹴り飛ばしてきたのだろう。

 

 

(やっぱりこいつは、只者じゃない!)

 

 

 改めて《水竜》に攻撃している友人の尋常なさに感嘆し、俺も負けじと攻撃をする。

 

 《水竜》はこれまで俺たちが狩ってきたモンスターたちと違って起き上がるのが早く、今回も同様に素早く起き上がった《水竜》は反撃とばかりにタックルの構えに入る。俺たちがそれぞれの武器を構えると同時に、タックルによる衝撃が襲ってくる。俺たちの何倍もの体を誇る《水竜》によって繰り出されたタックルの威力は強烈なもので、一瞬でも気を抜けば吹き飛ばされてしまいそうだ。

 

 しかし、体を支える両足に力を込めている俺たちとは違い、やはりクロウは平然としていた。衝撃に耐えるように歯を食い縛っているわけでもなく、吹き飛ばされないように踏ん張っているわけでもなく、ごく普通の生活を送っている時のような表情をしていた。

 

 

「……(うざいな)

 

 

 微かに動いたクロウの口から小さな呟きが漏れた途端、凍てつくような寒気を感じた。

 

 《水竜》の巨体が吹き飛ばされ、背後にあった家屋に叩きつけられる。

 

 なにが起こったか理解できなかった俺だったが、片足をあげた体勢のクロウを見て、こいつが蹴り飛ばしたのだと理解する。

 

 

「ク、クロウ……?」

「アリアが、いないと、手加減する気も、起きない」

 

 

 俺のことなど眼中にないかのように言うクロウの目には、明らかな怒りが宿っていた。これまで一度も見たことがなかったクロウの怒りに唖然とする俺たちを無視して、クロウは足元に転がっている破壊された手頃な大きさの木材を拾い上げる。そして、起き上がった《水竜》に投擲。

 

 

「「なぁ……ッ!?」」

 

 

 次の瞬間に起こった出来事に、俺たちは目を見開いた。

 

 さっきまで元気いっぱいだった《水竜》の顔に穴が開き、その奥の山が見えていた。しかもその山には、なにか巨大なものが直撃したかのようなクレーターまで出来ていた。

 

 クロウが投げたのは、僅か数十センチ程度の木材。それであの巨体に穴を開けるなんて、普通ではできるはずがない。できるとすれば、それは『モンスターハンター』の称号を持つハンターぐらいしかいない。

 

 

「クロウ……お前、もしかして……」

「……狩りは、終わった。村長に、報告に、行くぞ」

「あ、あぁ……。……ッ!?」

 

 

 足元の散乱した木材を砕き、躊躇なく血溜まりを踏み締めていくクロウの姿が、一瞬変わったような気がした。

 

 しかし、瞬きをした頃には、クロウはいつも通りの見た目をしており、一向に歩き出そうとしない俺たちを訝しげに見つめていた。

 

 

「どうした? 早く、行くぞ」

「わ、わかってる……」

 

 

 頷いて歩き始めると、ハヤトがクロウに聞こえないようにボリュームを押さえて訊いてきた。

 

 

「み、見たか? さっきの姿……」

「ということは、お前も見たのか……?」

「あぁ……なんだったんだ? さっきのは……」

「わからない。たぶん、気のせいだと思う」

「だといいんだけどな……」

 

 

 一瞬だけ見えた友人の姿を思い浮かべながら、俺は歩を進める。

 

 その時、どこからかこの世を呪う者たちの囁きが聞こえたような気がした。

 



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Gift from residents

 

 突如出現した《水竜》を討伐したことを村長に告げ、涙ながらの感謝を受けた俺たちが村長の家からでて歩いていると、どこで俺たちが狩ったということを知ったのか、港の住人が俺たちを見つけるごとに何度も感謝の言葉を言ってきた。

 

 俺たち三人の中で最もそれを言われたのは、《水竜》を殺した俺だった。もちろん、ジークやハヤトにも感謝の言葉を告げる者もいるが、俺にそれを言ってくる者たちと比べればその差は言うまでもない。

 

 

「港を救ってくれてありがとうございます!」

「息子が貴方みたいなハンターになりたいと言うので、手を握ってあげてください!」

「最近粋のいい魚が手に入ったので、どうぞお食べになってください」

 

 

 そんなことを言いながら俺に詰め寄ってくる人々を見て、俺が思うのはただ一つ、

 

 

(……邪魔だ)

 

 

 こいつらの顔を見ればわかる。確かにこいつらは俺たちが港を護るべく立ち上がってくれて、しかもその脅威を排除してくれたのだから感謝するのは当然なのだが、実際のところはずっとこの場に残って港を護ってほしいと思っているのだ。そう思えてくるほどに、彼らの言葉の裏には貪欲さが感じられた。昔から彼らはこの港に配属されているハンターたちには、信頼を持っていないのかとも思ってしまう。しかし、この無限とも言えるほどの感謝の言葉の嵐を無下にしてしまえば後々面倒なことになるはずなので、嫌々ながらも俺は彼らの要望に答えた。

 

 握手をしている俺に「人気者だな、クロウ」と声をかけてきたジークに軽く頷き、他の人の要望に答えていく。やっと周りの港の住人たちが満足してそれぞれの家に帰ったことには、俺は疲れ果てていた。

 

 

「あんなに、多くの、人に、感謝される、のは、苦手だ……」

「まぁまぁそう言わずに。彼らも彼らなりのやり方で感謝したかったんですよ。彼らの気持ちを無下にしてはいけません」

 

 

 どうぞ、と差し出された水を飲んでいると、エピソードは俺の前に並べられた貰い物の数々を吟味し始めた。

 

 

「このドス大食いマグロは中々に油が乗っていますね。おやおや、これはキングロブスタではありませんか。先の《水竜》はこれを狙って現れたのでしょうかねぇ。おぉ! これは……」

 

 

 そう独り言をぶつぶつと呟きながら貰い物を手に取って職人のように至る方向から眺めるエピソードから視線を外し、窓の向こうに見える海を眺める。そこに漁船は一隻もない。《水竜》による被害によってそれどころではないのもあるが、これまで長い間大型モンスターの襲撃がなかったこともあって村長たちが漁業を一時的に中止しているからだ。賑わいも《水竜》襲撃前と比べるとだいぶ落ちており、またモンスターが襲ってこないかという不安の声が聞こえてきそうな雰囲気だった。

 

 

「ジークさんから聞きましたよ。ずいぶんと怒っていたそうですね?」

「なんだ? 吟味は、終わった、のか?」

「えぇ、どれもこれも素晴らしいものでしたよ。食事の際にはこのエピソードにも恵んでくださいませ」

「検討、しておく」

「それは嬉しいですね。……それで?」

「……まぁ、確かに、怒った。アリアが、消えて、気持ちが、落ちた、時に、いきなり、来たからな。不機嫌に、なる、のは、仕方ない」

「本当にそれだけですかねぇ……?」

「なにが、言いたい」

 

 

 意味ありげな視線を送ってくる歴史の管理者を軽く睨むが、彼はやれやれと肩を落とすばかり。

 

 

「行方不明となった友人を心配している時に突然の襲撃……不機嫌になるのは当然でしょう。ですが、それ以外にも貴方が怒る原因があるかも……と思いましてね。もしそれが……フフフ」

「……?」

「はぁ……少し期待していた自分が馬鹿でしたよ。それより、この貰い物の数々はどうするのですか? 吟味していて思ったのですが、流石に多すぎますよね」

「それは、俺も、思って、いた」

 

 

 エピソードの言う通り、俺の前に置かれている貰い物はどれも大きなものばかりで、いくら大食漢のジークがいたとしても消費するのは難しそうだ。しかもそのほとんどが生物(なまもの)なので、日が経てば腐ってしまいそうで怖い。

 

 

「ルクスお嬢様にでも送っておきますか? 今あの方がいらっしゃる《龍の王国》には王もいますし、だいぶなくなると思いますが」

「好きに、しろ」

「では、いくつか戴いていきますね」

 

 

 そう言って、エピソードは懐に手を入れたところで「おっと失礼」となぜか謝罪し、どこからか取り出した本を開く。すると、貰い物の内、俺が処理に困っていた大きなものの大半が本に吸い込まれていき、あっという間に貰い物の数が減った。

 

 

「それでは、また後程」

 

 

 律儀に一礼したエピソードが《龍の王国》へ向かうために消える。その瞬間、先ほどエピソードが手を入れかけた懐から、蒼い光が漏れているのが見た。

 



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The moon,freezing

 

 太陽が傾き、そろそろ夜がやってくる頃。俺は絶え間なく波が押し寄せる崖に腰を下ろし、港の住人たちから貰った骨煎餅を食べながら夕焼けを眺めていた。

 

 俺の髪を弄ぶ潮風に、海の上を飛んで海中の魚を狙う鳥たち。そして、夕焼けを反射してキラキラと宝石のように輝く海。

 

 

(……綺麗だな)

 

 

 骨煎餅を噛み砕きながら、目の前に広がる景色の感想を心中で呟く。父さん譲りなのか、俺は昔から骨煎餅というものが好きで、こうして大好物を頬張りながら絶景を眺めるというのはいいことだなと思う。

 

 口内の大好物を飲み込み、近くの川から取ってきた水で喉を潤し、俺は景色を眺め続ける。この場には俺以外誰もいないので、俺が口を開かない限りこの波の立てる音は消えることがなく、まるで時が止まったかのような世界が展開される。

 

 

(姉さん……どこにいるんだろ)

 

 

 行方不明になってしまった姉を想うと、思わず隣を見てしまう。もちろん、そこには誰もいない。でも、どうしても「ここに姉さんがいたら……」と考えてしまう。もしここに姉さんがいたら、俺と同じように黙ってこの景色を眺めているのか、それともなにか変化を見つけたらそこを指差しながら俺に言ってくるのか……

 

 

(たぶん、後者だろうな。姉さん、こういう場所で起こったことはなんでも誰かに話したがるし。……日も暮れたし、そろそろ戻るか)

 

 

 太陽が完全に海へ沈んだのを見た俺は、周りにゴミがないか確認をし、ないと判断すると崖から飛び降りる。

 

 俺の体に流れる《死煌龍》の血の力を発動し、背中に翼を生やして滞空、続いて誰かに見つからないように気を付けながら飛行する。ただ眺めていた時と比べて潮風の存在をより強く感じ、今度来る時は飛んでみるのもありかもしれないと考えていると、この港の観光名所である《守護の小島》が……

 

 

「……ッ!? あれは……ッ!」

 

 

 そこにいた存在を視界に収めた俺は、スピードをあげて小島へ向かう。芝生に覆われた島に降り立つと同時に、その存在も俺に気づいて振り向く。

 

 

「貴様は……《死煌龍》の息子か」

「ようやく見つけたぞ……ッ! 父さんはどこだッ!」

 

 

 昇ってきた月が怪しく照らす海を背景に立つ黒い外套の女に、俺は腰から引き抜いた双剣を向ける。フードに隠された女の視線が自分へ向けられる切っ先へ向けられ、その手が腰の三日月型の双剣を引き抜いた。

 

 

「予定とは少し違うが、まぁいいだろう。貴様も我らの傀儡となるがいい」

「簡単にいくと思うなよ……ッ!」

 

 

 質問に答える気はないらしい。屈んだ女が遥か高くまでジャンプし、双剣を振るう。刃の形と同じ三日月型の斬撃が襲いかかり、俺も双剣を左右に振るって放った斬撃で相殺する。次々と頭上から降り注ぐ斬撃を相殺しながら、俺は翼を羽ばたかせて飛翔する。相手の女は翼がないので空中を自由に移動できないので、この点では翼がある俺の方が有利だ。

 

 龍人態に変身したことで変異した右手に握る白銀の剣を投げ飛ばす。空気を切り裂きながら剣は女に飛んでいくが、女は右手の剣でそれを弾いた。弾かれた白銀の剣はあらぬ方向へ飛んでいくか、俺が右手を広げると、剣は回転しながら俺の手に収まる。

 

 星の引力に逆らって飛ぶ俺と、引力に逆らうことができない女の目が合うと同時に、互いに握る得物を衝突させた。発生した衝撃波で互いの体が離れ、落ちていく女に尻尾を叩きつける。吹き飛ばされた女が海へ落ち、巨大な水柱が立つ。そこへ双剣を投げ飛ばすと、少しだけ海が割れた。浅い場所だったのか、一瞬だけ海の底に広がる大地が見える。しかし、あの女の気配は感じられない。どこに行ったのかと思ったその時、

 

 

(後ろにいるッ!)

 

 

 一瞬にして現れた背後の気配を感じ取り、尻尾を振る。しかしそれはなにか鋭いものに受け止められ、背中に激痛が走る。さらにその衝撃によって、今度は俺が海へ飛び込むこととなった。

 

 海中から飛び出し、微かに開けた口から入り込んだ塩分を多量に含んだ海水を噎せて吐き出す。その隙を逃す女ではなく、首を絞められた。

 

 

「は、放せ……ッ!」

「私が本気を出すまでのほどではないが……その実力は大したものだ」

 

 

 彼女も龍脈を扱えるのか、海面に立った女が俺を《守護の小島》へ投げ飛ばした。受け身を取ることさえできずに大地を削った俺の前に降り立った女は、懐から蒼い鉱石を取り出す。

 

 

「ミデンからの課題だ。少し怖いが、やってみるとしよう」

 

 

 女が鉱石を砕くと、破片は眩い蒼の煌めきが彼女の全身を包み込み、白銀の龍が現れる。

 

 足元の大地を凍りつかせる冷気を纏った体と、それよりも強く冷気を放つ一本の角。月のように妖しげな色を持つ眼が動き、蒼い爪の生えた前足を見下ろす。

 

 

(《死煌龍》の力の半分を宿したメモリア鉱石での変身実験は成功……。さて、次はどれくらい長く維持できるかの実験だな。……いや、その前にこの姿の名前を決めるとしよう。そうだな……)

 

 

 驚愕する俺を前に、龍は頭上の月を見上げながら告げた。

 

 

(《月凍龍》ルナ・レアダス。実験に付き合ってもらうぞ、《死煌龍》の息子よ)

 



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Faking dragon

 

 俺から距離を取った《月凍龍》の足元の海面が一斉に氷の大地へと変化し、口から絶対零度の冷気で作られたブレスが飛んでくる。横へ飛び退き、続けて飛んでくるブレスを掻い潜りながら接近していくと、《月凍龍》は右前足を持ち上げ、氷の大地へ叩きつける。砕け散る氷の欠片を新たな冷気の衝撃波が凍りつかせ、俺も凍てつかせようと迫る。

 

 体を横にして次々と突き出る氷の槍を避ける。今度は飛来してくる氷弾を切り裂き、ついに《月凍龍》との距離が縮まった。

 

 

『ジーク、俺の方からも力を貸そう』

「助かる……ッ! ダァアッッ!!」

 

 

 俺の心に宿る《死煌龍》の魂から与えられた強大な力が、左右に伸ばした双剣の刀身を伸長させる。金と銀の軌跡を残して振るわれた二本の剣は、見事に《月凍龍》の体を切り裂いた。

 

 切り裂かれた銀の体から鮮血が噴き出し、追撃を加えかけたところで《月凍龍》の黄色の目が強く輝く。

 

 《月凍龍》の姿が霧のように霞み、俺がそれを切り裂いた頃には残像のようなものとなっていた。

 

 

『ジーク、後ろだッ!』

「……ッ! ぐ……ッ!」

 

 

 いつの間に背後を取られていたのか、降り下ろされた両前足を受け止める。《月凍龍》の重さと絶対零度の冷気が同時に俺の腕に負担を与え、少しずつ俺の膝が折れていく。

 

 

『足元の氷に集中しろッ!』

「く……おぉッ!」

 

 

 言われた通りに足元の氷に意識を向けると、《月凍龍》の下に広がる大地のみが隆起し、《月凍龍》が空へ打ち上げられた。すかさずジャンプし、《月凍龍》の腹へ何度も斬撃を叩き込む。相手の体を斬りつける度に金と銀の煌めきが走り、最後に《月凍龍》よりも高く飛んだ俺は、より一層強く輝く双剣を高く掲げる。

 

 

「堕ちろぉおおおおおおおおおッッッ!!!」

 

 

 二つの煌めきの柱が背中へ叩き込まれ、《月凍龍》が氷の大地へ落下した。ヒビの入った大地に降り立った俺を睨む《月凍龍》に睨み返しながら、頭の中で《死煌龍》の魂と会話する。

 

 

(どうしたんだ? いきなり手助けなんかして)

『あいつは俺の力を使って変身した紛い物だ。俺以外の《死煌龍》が存在するのは許せない』

(つまり、癪に触れたから倒したいんだな)

『そうとも言うな。来るぞ、気をつけろ』

「ガァアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 

 その場で回転した《月凍龍》から五本の氷槍が飛び出し、不規則な軌道を描きながら迫ってくる。

 

 先ほど氷の大地を操った時と同じように迫り来る氷槍へ意識を集中させると、俺を串刺しにしようとしていた氷槍はその進行方向を変えて《月凍龍》へ向かう。しかし、半分の力を使って変身したとはいえ本質は《死煌龍》。《月凍龍》の眼が再び輝き、氷槍は再び俺に向かって飛んでくる。

 

 双剣を構えて意識を強く集中させ、飛来してくる槍の主導権を奪おうとする。槍は俺と《月凍龍》の間で震えながら停止し、俺と《月凍龍》の精神力の勝負が始まる。

 

 俺の足元の大地にヒビが入り、それと同様に《月凍龍》の足元にもヒビが入る。そして、その拮抗はついに破られる。

 

 

「ぐぅ……ッ!」

 

 

 主導権を握られなかった俺の周囲に槍が降り注ぎ、その内の一本が俺の腹に突き刺さった。他四本の槍が俺に当たらなかったのは主導権の奪い合いで操作が狂ったことによるもので、もし完璧に操れていたら、今頃俺は死んでいたことだろう。

 

 

『おい、大丈夫か』

「これで大丈夫だと……思うか……?」

『……その状態じゃ戦えないな。代われ』

「なに……? うっ!」

 

 

 なにかが内側から溢れ、意識が塗り変わるのを感じる。気づいた頃には、俺は(・・)俺を(・・)見ていた(・・・・)

 

          ***

 

「貴様……よくもやってくれたな……」

 

 

 ジークの人格を乗っ取ったことによって雰囲気が変わったことを察したのか、警戒心を強める紛い物を睨みながら、俺は腹に突き刺さった槍を引き抜いた。栓を抜いたことで穴から鮮血が溢れるが、俺が手を翳しただけでその穴は塞がれ、血は完全に止まった。

 

 

「これでよし」

『おい! いったいなにが起こってるんだ!』

 

 

 俺の中で叫ぶジークを無視し、《月凍龍》を彼以上の眼力で睨む。

 

 

(貴様……)

「黙れ。貴様の声など聞きたくもないわ」

 

 

 大地に突き刺さった双剣を引き抜き、軽く走る。それだけで紛い物との距離が縮まり、右手の剣の柄で顎を打ち上げた。大きく仰け反った巨大な体に尻尾を叩きつけると、紛い物は面白いほどに吹き飛ぶ。

 

 まだこの体は《死煌龍》の力を完全に引き出すには不充分なので四割程度しか出せないが、それでもこれくらいのことはできる。

 

 起き上がった紛い物に追撃を加えようとすると、紛い物の姿が一瞬歪んだ。その瞬間、首を撥ね飛ばすべく俺が振るった双剣は空を斬り、下からの衝撃が俺を吹き飛ばした。着地した俺は得物を構えるが、そこにいる女性を見て、小馬鹿にするように笑う。

 

 

「ふんっ、時間切れというものか」

「……戦闘可能時間は三分。いいタイムだな」

 

 

 俺とジークと戦っている間にもカウントしていたのか、女は自分が龍として戦えた時間を口にし、得物を納める。

 

 

「貴様には感謝している。実験に付き合ってくれたのだからな」

「貴様……簡単に帰れると思うなよ」

 

 

 俺は女に双剣を投げ飛ばすが、女は大地を強く踏み、真っ白な爆発が起きる。次の瞬間には、もうそこに女の姿はなかった。

 



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Angel of the moon

 

 《月凍龍》という龍へ変身した女との戦闘から一夜明け、俺は活気のある港をとぼとぼと歩いていた。

 

 最後には《月凍龍》の状態を維持できる時間がなくなって女が姿を消すことで決着が戦闘は終わったが、もし《死煌龍》の魂に体を乗っ取っられずにあのままの状態で戦っていれば、今頃俺はあの世にいたことだろう。

 

 

『お前もお前の姉や親友のように師匠を持ったらどうだ? あのケイナとかいう奴の教えも中々のものだったが、双剣の扱いは誰か師匠を持った方がいいと思うぞ』

 

 

 あの後《死煌龍》の魂から言われた言葉が脳内をよぎる。俺も薄々それを思ってはいたのだが、いかんせん俺の師匠になれそうなほどの実力者はいそうにないし、双剣使いの知り合いはいるにはいるが、彼らも彼らの仕事で忙しいのでとても無理だ。

 

 どうしようかと悩んでいると、遠くから騒ぎ声が聞こえてきた。モンスターの襲撃かと思ったが、どうやら違うらしい。

 

 なんとなくそこへ行ってみると、そこには台車へ縛られた合計五頭の大型モンスターが十頭のアプトノスに引かれているのが見えた。どのモンスターもここいらでは危険度が高いモンスターで、それを捕獲してくるとは中々のものだ。

 

 

「これを一人で捕獲したんだからすごいよなぁ」

「あぁ、なんでも舞ってるように双剣を振るってモンスターを圧倒してたらしいぜ?」

「昔はそういう仕事でもしていたのかしら?」

 

 

 人混みの中から聞こえてきたそんな会話を捉えた俺は、それを口にした三人組に声をかける。

 

 

「なぁ、このモンスターたちを捕獲したのはソロハンターなのか?」

「ん? あぁ、そうだよ。ほら、あそこにいる人がそう」

「へぇ……」

 

 

 男に指差された先にいたのは、柔らかい笑みを周りに振り撒きながら手を振る女性がいた。

 

 天女のような装備に身を包んだ彼女の太陽の光を受けてキラキラと輝く銀のポニーテールが美しく、思わずその姿に見惚れてしまった。

 

 

「え? ちょ、ちょっと君!?」

 

 

 あまりの美しさに心を打たれた俺の足が勝手に動き、「あ、あの……」と彼女の背中に声をかける。

 

 

「あら、どうしたの?」

「あ、貴女の名前は……?」

「私? 私はルナ。貴方の名前は?」

「ジ、ジーク」

 

 

 思わず言葉に詰まりながらも名前を口にすると、ルナさんは「そう。よろしくね、ジーク」と俺の手を握り、その視線が俺の腰にある双剣へと向けられる。

 

 

「へぇ、貴方も双剣使いなのね。私も同じなのよ」

 

 

 ルナさんが腰に装備された得物を見せてくる。

 

 スタイルのいい肉体を覆う鎧と似合う扇に近い形状をした双剣で、そこには月に映る龍の影が描かれていた。

 

 

「この子の名前は《月影【龍宿】》。新米の頃から一緒に戦ってきた、私の相棒よ。あ、これギルドカードね」

「あ、俺の方からも……」

 

 

 互いに懐から取り出したギルドカードを交換し、軽く目を通す。

 

 

(プロハンだ……)

 

 

 まず第一に思ったのはそれだった。ハンターランクは最高の九百九十九。そしてその隣には、現在確認されている全ての二つ名モンスターを狩った証である黄金の王冠が描かれていた。しかし、こういうハンターには必ずあるであろう『モンスターハンター』の称号を表すマークはどこに見当たらない。

 

 

「ルナさんは『モンスターハンター』の称号を持っていないのですか?」

「ルナで結構だし、ため口でもいいわよ。……まぁ、そうね。元々その称号に興味はなかったし」

(『モンスターハンター』に興味がないなんて、変わった人だな)

「ふふ、確かにそうかもね」

「こ、心を読まれた!?」

「『興味がない』って言うと、みんなそんな顔をするのよ。だからもう慣れっこよ。それで? 私の前まで来たのは、わざわざ声をかけるためだけじゃないでしょ?」

「あ、え、えっと……」

 

 

 どうしよう。あまりの美しさに見惚れて声をかけてしまっただけに、なにか話すことを考えていなかった。しどろもどろになってあわあわとしていた俺に、

 

 

『なにやってんだッ! ここでそいつに弟子入りしやがれッ!』

「はうわッ!」

「ッ!?」

 

 

 突然の《死煌龍》の魂の怒鳴り声で叫んでしまった俺を訝しげに見つめてくるルナに「な、なんでもない……」と言い、こほんと咳払いを挟んでから続けた。

 

 

「そ、その……弟子入りを、したいんだ」

「え? で、弟子入り?」

「む、無理だよな! いきなりこんなお願い! お、俺はこれで……」

「別にいいけど?」

「え……?」

 

 

 一瞬なにを言われたのか理解できずにポカンとしていると、クスクスと笑ったルナが笑いながら言ってきた。

 

 

「ふふ、長いことハンター稼業をしてきたけど、弟子入りを志願してきた子なんて貴方が始めよ。いいわ、記念すべき第一号として、貴方を弟子にしてあげるわ」

「あ、ありがとう!」

「これからよろしくね、ジーク!」

「こちらこそ、ルナ!」

 

 

 差し出された手を強く握る。

 

 こうして俺は、ルナの弟子第一号となった。

 



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Unexpected appearance

 

 五頭のモンスターを捕獲した報酬を受け取る手続きを終えたルナに連れられてたどり着いたのは、人気がない砂場。さざ波の音が心地よく、ルナのお気に入りの場所らしい。こんなところで特訓を受けてもいいのだろうかと思っていると、それを察したのかルナは「大丈夫よ」と言ってくれた。

 

 

「お気に入りの場所で弟子を特訓させるっていうのは私が新米の頃に持ってた夢なの。もう叶わないと思ってたんだけど、やっぱり生きてみるものね。はい、じゃあ武器を抜いて」

 

 

 背中から双剣を引き抜くと、ルナは足元にあった丁度いい大きさの貝殻をいきなり投げつけてきた。

 

 条件反射で右手が動き、飛んでくる貝殻を真っ二つに切り裂いた。しかし、そんな俺を見てルナはため息を吐いていた。

 

 

「あのね? 条件反射で動くのはいいんだけど、そうして斬るだけじゃダメなの。双剣は手数が多い代わりに攻撃力が低い武器よ。だからそういう避けられそうな攻撃は切り捨てるんじゃなくて、受け流すものなのよ。そうした方が切れ味を消耗させなくて済むわ」

「でも、体が勝手に動いちゃうんだが……」

「う~ん……そうなると、根本的な点から作り直さないとダメね。……あ、この手があったわね」

 

 

 なにか閃いたルナが、自分の豊満な胸を強調するように持ち上げ、悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

 

「貴方が私の投げるものを完璧に受け流せるようになったら、私の胸を好きなだけ触らせてあげる」

「なぁッ!?」

 

 

 いきなりとんでもないことを言い出した師匠に目を見開くと、師匠はさらに胸を強調するように何度も上下に動かした。

 

 

「どうかしら? 貴方にはすごい大チャンスかと思うんだけど」

「ダ、ダメに決まってるだろッ! いいのかッ!? 好きでもない相手に自分の胸を触らせて!」

「え? なにが?」

「なにがって……」

「私がいた場所じゃ近親相姦なんてよくあったことだし、私も何度も胸を触られてるし、処女でもないわよ?」

「経験がおありでッ!?」

「もちろんよ。最初はーーー」

「いやいいッ! 言わなくていいからッ!」

 

 

 ルナから視線を外し、熱くなっている顔面を手で覆う。

 

 

「あ、あのですね師匠。いくら経験がおありだからと言って、それを平然と他人に話すのは止めていただきたいのですが……」

「いきなり敬語なんて使い始めてどうしたのよ。ため口でいいって言ったわよね?」

「師匠がもうそのことについて話さないというのであれば止めます」

「わ、わかったわよ。この話はもうしないわ」

「それでいいんでしよ……はぁ」

 

 

 まだ会って間もないので当然なのだが、師匠はよくわからない人だ。いきなり胸を触らせると言ってくるわ、自分の初めての相手を口にしようとするわ……、とにかく、俺より年上なのだから、もう少し恥じらいを持ってほしい。

 

 

「とにかく! その褒美はなし! もう少しまともな褒美はないのか?」

「えっと……じゃあ、踏んであげる?」

「俺はMじゃないんだが……」

「キス?」

「却下」

「えぇ……? う~んと……え~と……」

 

 

 しばらく悩み込むルナ。もう少しまともな褒美は思いつかないのだろうか?

 

 

「あ、じゃあ頭を撫で撫でしてあげる!」

「それは……まぁ、いいな」

 

 

 ようやく俺も納得のいく妥当な褒美が提示され、それに頷くが、ルナは「少し物足りない気がするけど、まぁいいか」と若干諦め切れない様子でいた。その独り言に俺がキッと睨みつけると、ルナはビクッとしてうんうんと頷いた。どうやら、諦めてくれたようだ。

 

 

「じゃ、じゃあ始めるわよ。幸い、ここには貝殻の他にも石とかもたくさんあるし、投げるものに困ったりはしないわね」

「おう」

「それじゃ、いくわよ~♪」

 

 

 爆音。俺の全身を突風が叩きつけた瞬間に聞こえてきたそれに振り向くと、俺の二百メートルほど後ろにあった天然の壁に小さなクレーターができていた。いや、小さいのは遠くから見ている影響だからなので、近づけばかなりデカイクレーターだということがわかるだろう。

 

 

「さっきは全然力を入れてなかったけど、これからは特訓だし、私もちょっと力を出して頑張っちゃうわ♪ ほらほら、どんどんいくわよ♪」

「こんなの受け流せるかぁーーーッッ!!」

 

 

 次々と貝殻や石が投げられ、その度に起こる突風に吹き飛ばされながら、俺はそう叫ぶのだった。

 

          ***

 

「よし、こんなものかな」

 

 

 港が定めた海域で漁業をしていた漁師は、自分と仲間たちで集めた魚の数を数えて大きく頷いた。

 

 今日は豊作だ。なにせ、こんなにも油が乗った美味そうな魚が何匹も網にかかっていたのだから。これだけ多ければ、自宅で待つ家族にも何匹かは持って帰れそうだ。

 

 

(今夜は家でも豪華な飯が食えそうだ)

 

 

 そんなことを考えていると、突如漁船に大きな揺れが走った。咄嗟に手近なものに掴まって海に落ちないようにしてから、漁師は仲間たちに無事かと叫ぶ。すぐに仲間たちの声が返ってきたので、ホッと胸を撫で下ろす。そして、なにがぶつかったのかと、海を覗き込むと、

 

 

「な、なんだ……こりゃ……」

 

 

 海が血のように真っ赤に染まっていた。仲間たちのどよめきを聞きながら海を見ていると、なにか巨大な影がよぎったのが見えた。

 

 

「おい、なにかいるぞ。銛を持ってこい」

 

 

 仲間から銛を受け取り、もう一度影がよぎった瞬間に投擲する。小さな水飛沫があがって、銛がなにかに突き刺さる感覚があったその時、漁船が打ち上げられた。

 

 

「え?」

 

 

 自分たちが今どういう状況なのかを確認するため、漁師たちが下を見る。

 

 そこには、自分たちをあの世へと送る、無数の牙があった。

 



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Incarnation of the sea

 

 港で一隻の漁船が巨大なモンスターによって破壊され、乗組員が全員死亡したという噂が流れ始めたのは太陽が黄金の光で大地を照らし始めた頃だった。

 

 現在この港にいるハンターで有力な者たちのみを集めた村長の表情は真剣そのもの。いつもの優しげな時とは打って変わって、この港に住む人々をなんとしても護ろうとしている顔は、やはり彼はこの港の最高権力者であることを思い知らされる。

 

 

「今回集まってもらったのは他でもない。貴方方に謎の巨大モンスターの討伐を依頼したい」

 

 

 謎の巨大モンスターと聞いて室内をざわめきが覆うが、村長が続けて口を開いたことで収まる。

 

 

「しかし、『謎』と言っても、わしはこのモンスターの正体に検討はついておる。じゃが、貴方方にとっては間違いなく謎のモンスターと言っても過言ではないじゃろう」

 

 

 村長の合図を受けた住人が巻物を取り出し、俺たちに見せてくる。恐らく竜大戦時代に描かれたであろうそれには、一頭のモンスターが描かれていた。

 

 

「遠目で件のモンスターを見たという者の話によれば、そのモンスターが現れた海面は血のように赤く染まっていたようじゃ。それはこの古文書に記されているモンスターが現れる時に起こる現象と同じものじゃ」

「つまり、その古代のモンスターが船を沈めたってことか?」

 

 

 ハヤトの質問に重々しく頷いた村長は、その古文書に記されている文章を読み上げる。

 

 

「『その龍現れし時、原初の海は命を喰らうべく赤く染め上がり、我らの死を誘う。彼の龍が牙を剥く時、我らの命は終わりを告げる。畏れよ、彼の龍を。畏れて待て、帝王の裁きを』。……この文章はわしらの先祖がそのモンスターを怖れて書いたものじゃ。そのモンスターの名は……」

 

 

 そこで一度目を瞑った村長は、やがて覚悟を決めたように目を開け、言い放った。

 

 

「《海帝龍》ネプチューン。あらゆる海の命の頂点に君臨する、真の海の支配者じゃ」

 

          ***

 

「う、うぅん……」

 

 

 うっすらと目を開けると、視界を目蓋を閉じている時と変わらない、漆黒の闇が入ってきました。しかし顔をあげれば、闇以外にも大小様々な大きさを持つメモリア鉱石が見えました。

 

 

(私、生きているんですか……?)

 

 

 意識が消える寸前、押さえつけられた私を上から睨みつけていたあの恐ろしい紅の揺らめきを見た時、私はここで死ぬのだと直感的に感じていましたが、どうやらまだ生きているようです。しかし、ずっとこの場にいてはまたあの獣に見つかるかもしれません。

 

 

「……え? か、体が……」

 

 

 前へ踏み出そうとした足が動きません。腕も動かそうとしてみますが、足と同じで微動だにしません。どうやら顔だけは動かせるようですが、それ以外の場所は足同様に動かせないようです。

 

 

「ようやく目覚めたか」

「あ、貴方は……!」

 

 

 コツコツと靴音を響かせながら歩いてきたミデンさんは、身動きができない私を頭から爪先までじっくりと視線を這わせていきます。顔が見えない相手に自分の体を見られていることに対する不快感が募っていく中、ミデンさんは軽く手を振ります。

 

 石のように動かなかった私の体に自由が戻り、なんとか動こうとしていた私はいきなりの出来事に膝をつきます。

 

 

「ゼロが手荒い真似をして申し訳ない。奴は俺の言うことを聞いてはくれるのだが、時折力加減ができない時があるんだ」

「え、あ、はい……。あの……『ゼロ』というのは?」

「む? そうか、お前は知らなかったな。あの時お前を捕まえた者の名だ。かつてはれっきとした人間だったんだが、ある時自らの内に宿る龍の魂に器が耐え切れなくなってな。もう人語を話すのは叶わないだろうな」

(あの獣が……元は人間?)

 

 

 簡単には信じられないものでした。あれほど同じ人間とは思えないほど禍々しい気配を放ち、ただ破壊のみを求める咆哮をあげる存在が、かつては人間であったことなど。

 

 

「まぁ、簡単には信じられないだろうな。だが考えてもみろ。お前の父親は人間の姿から龍の姿へと変わるのだぞ? ゼロとは少し違うとはいえ、ゼロが今あの姿でいるのは、あの男と同じ原理なのだ。そう思えば、然程不思議ではあるまい」

「あ……た、確かに……」

 

 

 なぜそんな簡単なことにも気づかなかったのでしょう。少し恥ずかしいです。

 

 

「今となっては人語などほとんど話せぬ身となってしまったが、長い間共に過ごしているとなにを言いたいのかはわかってくる。……いや、この話は今関係ないな。関係ないことをうっかり長く話してしまう、昔からの悪い癖だ。本題に移させてもらおう」

 

 

 ため息を吐いたミデンさんでしたが、ずいっと顔を近づけてきました。

 

 その時、ミデンさんが微笑んだのを、私は直感しました。

 

 

 

「お前には、あるモンスターに喰われてもらう。多くの人間の恐怖と絶望を集めるためにな」

 



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Attack of the sea king

 

 祭りが後二日と迫ってきた頃、普段ならばそれを目当てにやって来る観光客で賑わうであろう港だが、今回ばかりは話が違うため彼らの姿を見ることはなく、それどころか港の住人の姿もここから遠く離れた村や町へと逃げているためほとんど見かけない。それもそのはず。古くから畏れられてきたモンスターが再びその姿を現したのだから、避難するのも当然である。現在この港にいるのは、俺を含んだハンターや港の権力者たち、そして、進んで見張り役を引き受けてくれた漁師たちだ。

 

 命を失う確率が最も高い、自殺行為と言っても過言ではないその役目を彼らが受けたのは、彼らがそれほど自分の生まれ育った故郷を護りたいという気持ちを持っていたからだ。家族と一緒に避難しなかったのはなぜか、と訊いてみたところ、彼らの答えは全く同じだった。

 

 

『またこの場所で家族が安心して生活できるようにしたいから』

 

 

 ……本当に、人間というのは不思議だ。誰かのために命を張るなんて、今の俺にはできそうにないことだ。

 

 あの時の彼らの答えを思い出し、彼らの家族の幸せのためにも頑張ってみようと思っていると、海からなにかが爆発するような音が聞こえてきた。視線を動かすと、見張りをしていた漁船の一隻が粉々に破壊され、海に沈んでいくのが見えた。その船が沈んでいく海面は、血のように赤く染まっていた。

 

 

(来たか)

 

 

 モンスターの襲撃を告げる銅鑼が鳴る。各地で各々の作業をしていたハンターたちが一斉に手を止め、それぞれの持ち場につく。俺も自分に与えられた役割を果たすべく、バリスタの弾を持って固定砲台に立つ。

 

 村長が考えた作戦はこうだ。まず大砲やバリスタの弾で《海帝龍》の進行方向を限定し、充分に狭めたところで拘束弾を発射。《海帝龍》を命中したら、腕っぷしが強いハンター総出でワイヤーを引っ張って《海帝龍》を地上へ引きずり出す。そこからは大砲やバリスタの弾を撃っていた者たちも加わって一気に畳み掛ける。ハンターの数が多いので少なくない犠牲が出ることも承知の上で行う、人海戦術だ。しかし、その作戦を聞いた誰もが反論を挙げることはなかった。元より死ぬことを覚悟していた連中だ。人海戦術を用いるからといって逃げるなんていう腰抜けはこの場にはいない。

 

 人体から溢れ出す鮮血のように徐々に広がっていく赤い海の端に、《海帝龍》のものであろう二枚の上ヒレが現れる。そこへ一斉に撃ち込まれる無数の弾。上ヒレの前方へと撃ち込まれた弾によってヒレの動きが止まり、別の方向へと進んでいこうとする。しかしそこへも次々と弾が撃ち込まれ、ヒレの行動範囲がどんどん狭まっていく。

 

 

「バリスタ用拘束弾、撃てぇッッ!!」

 

 

 司令官の命令を受けると同時に俺たちは拘束弾を発射する。海へと吸い込まれていったそれに括りつけられたワイヤーに、拘束弾が上ヒレの持ち主に触れたことを告げる振動が走った途端、海から獰猛な咆哮が轟いた。待機していた筋肉質なハンターたちが動き出し、拘束弾のワイヤーを引っ張り始める。それによって抜けてしまうのではという疑問もあるのだが、どうやら体に深く刺さっているらしく、その心配はないらしい。

 

 だが、海中にいるモンスターは相当重いのだろう。ワイヤーを引っ張っているハンターたちの額には青筋が浮かび、逆に海へ引きずり込まれないようにと踏ん張っていたが、それも徐々に海へ近づいていっている。このままでは彼らが海へ引きずり込まれるのも時間の問題だ。彼らの班には割り振られていないが、手助けをすることにしよう。

 

 ワイヤーを引っ張るハンターたちの最後尾まで走った俺はワイヤーを掴み、未だにエピソードによって解放されている死脈の力を発動する。

 

 

「ぬんッッ!!」

「「「うわぁああああああああああああッッ!?」」」

(あ、やり過ぎた)

 

 

 予想以上に力んでしまったのか、俺が引っ張ったワイヤーを握っていたハンターたちが驚愕の叫びをあげながら吹っ飛び、しかも一ヶ所だけを強く引っ張ってしまったので拘束弾も抜けてしまった。ガシャンッと甲高い音を立てて落ちてきたバリスタ用拘束弾が俺を責めるように太陽の輝きを跳ね返す。その光を鬱陶しく思いながら右手で遮断していると、どこからともなく発せられたどよめきが俺の鼓膜に響く。

 

 

「おい……あそこにある船、ヤバくないか?」

「マジかよ……ただの小舟じゃねぇか……」

 

 

 近くのハンターが指差した方向を見ると、そこには一隻の小舟が海に浮かんでいた。すでに見張り役を行っていた漁船は戻ってきているが、あれは逃げ遅れた漁船なのだろうか?

 

 その小舟に誰か乗ってないかと目を細めたその瞬間、俺は驚愕する。

 

 

「アリア……!」

 

 

 そこに乗っていたのは紛れもない、行方不明となっていた少女だった。

 



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Relief and rage

 

 あの不思議な世界で体を縛られて小舟に乗せられると、一瞬にして世界を太陽の光が満たしていき、大砲やバリスタの弾を撃つ際に放たれる轟音が絶え間なく鼓膜を襲ってきました。思わず耳を塞ごうとしても、棒に縛りつけられた私の腕は全く動かず、ようやくその轟音が鳴り止んで安心したのも束の間、今度は私になにか巨大な気配が迫ってきました。

 

 赤く染まった海面がすさまじい速さで私に接近し、小舟が打ち上げられます。真下からの衝撃によって小舟が粉々に破壊されたことにより、私を縛っていた縄が巻かれていた棒もなくなりますが、私は海面から飛び出してきた、その凶悪な牙が並んだアギトを眺めるくらいしかできませんでした。

 

 死。

 

 その単語が、脳裏をよぎっていきます。世界の早さが抑制されたようにゆっくりになり、私は私を喰らおうとするモンスターのアギトが閉じていくのを感じます。

 

 

(嫌です……! まだ……死にたくありません……!)

 

 

 暗い絶望が、頭の中を支配していきます。もう助かる術もなく、私はただ、この身があの凶悪な牙に引き裂かれるのを……

 

 

「アリアぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」

 

 

 牙が私の頭に触れかけたその時、そう叫びながら誰かが横から私の体を抱えて、死のアギトから逃れました。ガチンッという牙と牙が噛み合う音が聞こえないほどの速さで海上を飛ぶ誰かに抱えられた私は、それは誰かと閉じかけていた目を開けます。

 

 

「……ッ! ク、クロウさん……ッ!」

「大丈夫か、アリアッ!? どこか怪我はしてないかッ!?」

 

 

 二度も私を救ってくれた命の恩人は、本気で心配そうな顔で私を見てきます。私を見つめてくる漆黒の瞳を見た途端、私は自分の目からぽろぽろと涙が零れていくのがわかりました。

 

 

「ク、クロウさん……!」

 

 

 命の恩人の首に腕を回し、私はその逞しい胸に顔を押しつけます。クロウさんが息を呑むのが聞こえましたが、今の私にはそんなこと関係ありませんでした。

 

 

「こ、怖かったです……! 怖かったですよぉ……!」

「ア、アリア……! あまり、抱きつかれると、上手く、飛べない……」

「うぅ……うわぁあああああああああんッッ!!」

 

 

 クロウさんの言葉を無視して子どものように泣き出すのと、ついにバランスを崩したクロウさんが地面に落ちるのは同時でした。何度も強い衝撃が全身に走りますが、その度に我が子を護る親鳥のように翼で私を覆ったクロウさんの存在を感じました。

 

 ようやく衝撃が収まり、私を包み込んでいた翼が退きます。土に汚れたクロウさんは私の下敷きになっており、未だに涙を流しながらも私は謝罪しました。

 

 

「これくらいの、ことは、大丈夫……だ。それより、怪我は……?」

「だ、大丈夫……です……ひっく……うぅ……」

「あぁ、泣くな。ほら」

「あ、ありがとう、ございます……」

 

 

 受け取ったハンカチで目元を拭いてから、私は深呼吸を繰り返します。目からぽろぽろと零れていた涙が徐々に引いていき、ようやく落ち着きを取り戻せました。

 

 

「その、改めて、ありがとうございます、クロウさん」

「助けたいから、助けた。当然の、ことだ」

(また途切れてしまっていますね……)

 

 

 あのモンスターから私を助けてくれた時はちゃんと喋れていたのですが、今はいつも通りの口調に戻ってしまっています。しかし、私がずっと教えていた甲斐があったと考えると、とても誇らしい気持ちになりました。

 

 

「とにかく、こんなことを、している、暇は、ない」

「はい!」

 

 

 助けてもらったとはいえ、まだモンスターは倒せていません。走り出すクロウさんの後ろ姿を追いかけます。

 

          ***

 

「クソッ! しくじったかッッ!!」

 

 

 《死煌龍》の娘が《海帝龍》のアギトに噛み砕かれることを確信していたところをあの少年に阻止され、ミデンは近くのメモリア鉱石に拳を叩きつけた。

 

 

「ずいぶんと苛立っているようだな」

「当たり前だッ! こうなったら計画を変えざるを得ない……ゼロッ!」

 

 

 ミデンに呼ばれた獣、ゼロは頷いて姿を消す。それを端から見ていたのは、黒い外套を羽織っている人物。しかし、その体型は女性のものではなく、男性のものだった。

 

 

「またゼロか。たまには我にも暴れさせてもらいたいものだ」

「いや、お前はもう少し待て。万が一ということもあり得る。その時に出てもらうぞ」

「『その時』が来ることを祈らせてもらおうか」

 

 

 背後に浮かんでいるメモリア鉱石に背を預けた男から、ミデンは視線を外す。

 

 

「覚悟しろよ、《復讐者(リベンジャーズ)》の王子……ッ! この俺を怒らせたこと、後悔させてくれる……ッッ!!」

 

 

 ミデンはある力で隠した素顔で、水晶に映るクロウの姿を忌々しげに睨みつけるのだった。

 



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Threat of Emperor

 

「姉さん!」

「ジーク!」

 

 

 私が港に降りると、ジークが大きく両腕を広げて飛びついてきました。それを私が受け止めると、弟は戦闘中であるにも関わらず私の胸に顔を埋めました。

 

 

「ジ、ジーク……もう子どもじゃないんですから……」

「だって心配だったんだもん……」

「うふふ、心配をかけましたね。クロウさんから話は聞いています。ここからは私も参加させてもらいます!」

「うん……だけど、その必要はもうないみたいだね」

「え?」

「グルァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 

 港にモンスターの咆哮が轟き、巨大な水飛沫が上がります。そしてズドンッと地響きを起こしながら地上にあがったモンスターは唸り声をあげながら自分を囲むハンターたちを見渡します。

 

 見た目は《海竜》ラギアクルスに近い骨格をしており、頭には二本の湾曲した角、全身は返り血を浴びたような真紅でした。しかし、それらよりも私の目を引きつけたのは、その背中から突き出ている四本のメモリア鉱石でした。

 

 

「これが……《海帝龍》ネプチューン……」

「……来るぞ」

「グルァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 

 《海帝龍》の背中のメモリア鉱石に赤い稲妻が走り、それが一気に放出されます。近くにいたハンターを吹き飛ばしたそれは地面を這い回ります。ハンターたちが怒号をあげながら走り出しますが、《海帝龍》はその長い体を回転させて吹き飛ばし、さらに口から五発の雷球ブレスを吐き出してきました。

 

 左手の剣で切り裂き、クロウさんと一緒に走り出します。あちらこちらから爆発音と悲鳴が聞こえてくる中、クロウさんは私に迫る雷球ブレスを的確に切り裂き、私の進む道を作り続けてくれています。その努力に応えるために、私は一段と強く足を踏み出しました。

 

 木で作られた床に亀裂が入れて一気に距離を縮め、剣を降り下ろします。剣は《海帝龍》の脳天に直撃すると思いましたが、しかしそれは黒い影に受け止められました。

 

 

(ゼロさんッ!)

「■■■■■■■■ーーーーーーーーーッッッ!!!」

 

 

 ゼロさんの槍状に変形した片翼が、逆に私の頭を貫こうと迫ってきます。しかし今度は、それをクロウさんが受け止めました。

 

 

「シッ!」

「■■……ッ!」

 

 

 甲高い金属音が鳴り響き、クロウさんのカウンターがゼロさんを弾き飛ばしました。そこへ《海帝龍》が至近距離に近づいた私たちを喰らおうとアギトを開けますが、ジークとハヤトさんによる下からの斬り上げで顎が閉じられました。

 

 

「大丈夫かッ!?」

「助かりましたッ!」

「グルァアアアアアッッ!!」

「狩技……《鏡花の構え》ッ!」

 

 

 噛みつこうとしてきた《海帝龍》に強烈なカウンター技が入り、《海帝龍》が大きく怯みます。

 

 

「■■■ッッ!!」

「そうはさせねぇよッ!」

 

 

 ハヤトさんに攻撃を仕掛けようとしたゼロさんを受け止めたのは、ジークのように龍人態に変身したリュウセイさんでした。

 

 着地してゼロさんを警戒しながら、リュウセイさんは振り向かずに叫びます。

 

 

「お前ら、こいつは俺に任せろッ!」

「頼みます、リュウセイさん!」

「へっ……いくぜ、獣ぉッッ!!」

「ryuuuuuuuuuuuuuuuseeeeeeeeeeeeeiッッッ!!!」

 

 

 背中から生えている《彗天龍》の翼から蒼い龍光エネルギーを噴射して距離を縮めるリュウセイさんに対し、ゼロさんは明らかにリュウセイさんの名を叫びながら周囲に漆黒の武具を出現させて備えました。

 

 

「姉さん、サポートよろしく!」

「はい! いきますよ、ジークッ!」

 

 

 頭上に構えた盾を踏み台にして跳んだジークは、強く空中を蹴って進行方向を変え、回転しながら《海帝龍》の背中を斬りつけていきました。ジークが着地すると同時に鮮血が飛び散り、呻き声をあげる《海帝龍》に私たちが追撃を行います。

 

 

「「狩技《ラウンドフォース》!」」

「狩技《桜花気刃斬》ッ!」

 

 

 三つの狩技を受けた巨体が再び怯み、次々と他のハンターたちの攻撃が浴びせられていきます。《海帝龍》は鮮血を撒き散らしながらも体を回転させて周囲のハンターを薙ぎ払うと、巨大な三つの雷球を作り出しました。

 

 《海竜》のそれとは違うそれらは《海帝龍》を護るように回転し続け、その間を潜り抜けようとしたハンターにはその主からの攻撃を受けてしまいます。

 

 なんとか隙を見つけようと私たちを含めた多くのハンターたちは様子を見ますが、それを許すほど、海の帝王は甘くありませんでした。

 

 

「グルァアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 

 《海帝龍》の全身から一瞬だけ強力な電磁波が飛ぶと、その周りにあるハンターの亡骸が動き出しました。操り人形のようにカクカクと動きながら起き上がった彼らは、歪な動きをしながら武器を構え、私たちに攻撃してきました。

 



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Puppet teacher of the sea

 

 ガチャガチャと鎧が軽く触れ合う音を立てながら、亡くなられたはずのハンターたちが私たちを攻撃し始め、有利だったはずの戦況は大きく変わりました。突然の事態に驚いた仲間たちに敵となったかつての仲間たちがそれぞれの得物を突き刺し、そこかしこから激痛に呻く声や叫び声が聞こえ始めてきます。

 

 私を殺そうと降り下ろされた太刀を受け止めますが、モンスター相手にはできていたカウンターを行う気がどうしても起こりません。それを利用するように、私の前にいるハンターは太刀を握る力を強めます。

 

 膝が折れそうになったその時、ハンターの背後に現れたクロウさんが、ハンターの首を撥ね飛ばしました。切断面から噴き出した赤黒い血を呆然と受け止めていると、クロウさんは私の肩に手を置いてきました。

 

 

「しっかり、しろ。こいつらは、死人だ」

「え……? し、死人……?」

 

 

 あり得ない言葉に驚愕していると、クロウさんはその通りだと言わんばかりに頷きました。

 

 

「こいつらが、動き出した、のは、《海帝龍》の、仕業、だろう。体外へ、放出した、電気で、こいつらを、いや、こいつらの、着てる、防具を、操っている、んだろう。見ろ、どいつも、こいつも、電気を、通し、易そうな、防具を、着てる」

 

 

 辺りを見渡してみると、確かに彼の言う通り、突然動き出したかつての仲間たちはいかにも電気を通し易そうな防具を身につけていました。しかし、なぜだか先ほどより数が増えているような気がしました。

 

 

「恐らく、殺された、奴も、《海帝龍》の、力で、動き出した、んだろう。これを、可能に、している、のは、あの、背中の、鉱石だ。あれを、破壊しない、限り、戦況は、不利な、ままだ」

「わかりました。ジーク! ハヤトさん!」

 

 

 それぞれに降り下ろされた武器を避けて振り返った二人にこれから《海帝龍》の背中にあるメモリア鉱石を破壊しにいくことを告げると、二人は大きく頷いて《海帝龍》の注意を引きつけるべく動き始めました。

 

 

「ジーク、俺のやりたいこと、わかるか?」

「何年の付き合いだよ! いくぞッ!」

「へへっ、そうこなくっちゃなぁッ!」

 

 

 高くジャンプしたハヤトさんが武器を高く掲げると、彼を撃ち落とそうと《海帝龍》が雷球ブレスを飛ばしてきます。それを龍人態に変身したジークが切り裂くと、なにも持っていない左手でハヤトさんの足を掴み、投げ飛ばしました。

 

 

「うぉおおおおおおりゃぁあああああああッッ!!」

 

 

 気合いの叫びをあげながら縦に回転するハヤトさんの刃が毒々しい紫色に輝き、《海帝龍》の背中に直撃しました。

 

 

「グォオオオオオオッ!?」

「おおう……目が回る……」

 

 

 ジークに投げ飛ばされたことによる威力のブーストの加わった一撃に驚く《海帝龍》から、目を回してふらふらと覚束ない足取りをしているハヤトさんをジークが放しました。

 

 

「ありがとうございます! ジーク、ハヤトさん! クロウさん、私がサポートしますので、破壊は任せます!」

「了解した」

 

 

 クロウさんを弾き飛ばそうと振るわれる尻尾をカウンターすると、流石クロウさんと言うべきでしょうか、クロウさんは的確に背中への最も簡単かつ安全な道を見つけ出し、見事背中のメモリア鉱石の内二本を破壊しました。

 

 一瞬だけ《海帝龍》が怯んだ隙に距離を取った私たちはどちらかが先というわけでもなくハイタッチをしました。

 

 

「やりましたね、クロウさん! 残り二本です!」

「このまま、いくぞ」

「グルァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 

 私たちに背中の鉱石の半分を破壊されたことに怒ったのか、怒りの咆哮をあげた《海帝龍》の放電を避けた私たちは同時に胸部へ攻撃を叩きつけます。そこへ戻ってきた二人が背後から攻撃を仕掛け、《海帝龍》の巨大な尻尾が宙を舞いました。

 

 先がない尻尾の切断面から(おびただ)しい量の血が流れ出して足元を濡らしていく中、《海帝龍》は再び三つの雷球を作り出し、自身を護るように配置させました。

 

 

「姉さん、今度は俺と合わせてくれる?」

「もちろんですよ!」

 

 

 ジークが翼を羽ばたかせて天高く飛翔すると同時に動いた私に《海帝龍》が電撃を溜めたアギトで噛みつこうとしてきます。それを紙一重で避けた私はその頭へ盾を叩きつけます。攻撃を受けたことによってできる数えることもできない間の時間に天から急降下してきたジークが《死煌龍》の力でリーチを伸ばした双剣を背中に叩きつけました。

 

 

「グギャァアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

 今度は確かな悲鳴と共に残りのメモリア鉱石が破壊された音が響くと、私はすぐに振り向きます。

 

 

「やりました! 成功です!」

 

 

 《海帝龍》の支配を解かれたハンターたちが次々と倒れていく光景に思わずガッツポーズをしてしまいました。

 

 

「……! 姉さんッ! 《海帝龍》の傷が……」

「え? ……そ、そんな……!」

 

 

 先ほどまで私たちの攻撃によって傷だらけだった《海帝龍》の体が、バチバチと電気の弾ける音を立てながら回復しているのが見えました。

 

 

「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」

 

 

 その光景に驚いて無防備になった私たちに、《海帝龍》の放電が浴びせられました。

 



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Only hope

 

 放電で受けた傷による激痛に顔を歪めながら立ち上がると、強力な電撃によって所々が黒くなってしまっている防具にバチバチと電流が這い回りました。それが私の体の自由を奪いかけますが、なんとか気合いで持ちこたえます。クロウさんたちも私と同じ状態で、全員満身創痍と言える状況でした。しかも、《海帝龍》は謎の驚異的な回復力によってその傷の大半をすでに癒しており、戦況はあっという間に覆されてしまいました。

 

 

「み、みなさん……大丈夫ですか……?」

「ぐ……不覚を、取った……」

「い、一応生きてるけど……ぐぅ……ッ!」

「くそ……頭が……チカチカしやがる……!」

 

 

 どうやら三人とも死にはしなかったようです。やはり放電によるダメージが大きかったのか、今にも崩れ落ちそうです。

 

 痺れてほとんど感覚のない手を動かしてポーチを探り、秘薬を飲み込むと、体の傷が一気に回復しました。しかし痺れの方は、ウチケシの実を飲んでも治ることはありませんでした。それでも先ほどと比べれば大分良くなっていることに代わりはありません。クロウさんたちも秘薬を飲んだことによって体力を回復し、それぞれの武器を握ろうとしますが、痺れていることで力が入らないのか、上手く持ち上げられていません。かくいう私も、例外ではないのですが。

 

 

(これは……非常にマズイ状況ですね……)

 

 

 体力は回復しているが唯一の対抗手段である武器を握れない自分たちと、傷の大半を完治させ、武器を握る必要のない《海帝龍》……。どちらが優勢かは、考えるまでもありません。

 

 《海帝龍》がその長い舌で舌ナメずりながら、まともに身動きすることもできない私たちに迫ってきます。微かに開かれたアギトから垂れる唾液が、海の帝王がお腹を空かせていることを語っています。

 

 ついに《海帝龍》が私たちを捕食できる距離まで近づき、もうダメかと思ったその時、

 

 

「そこまでよッ!」

 

 

 空気を切り裂いて飛んできた二本の刃が、《海帝龍》の頭に直撃しました。私たちの前に突き立ったそれらを拾ったのは、私やジークと同じ白銀の髪の毛を持つ、美しい女性でした。

 

 

「はぁああッッ!!」

 

 

 彼女は突然の攻撃に怯んだ《海帝龍》の胸部へその扇のような形をした双剣を振るい、《海帝龍》を吹き飛ばしました。

 

 

「ル、ルナ……!」

 

 

 ジークが彼女の名前だろうと思う言葉を苦し紛れに口にすると、ルナと呼ばれた女性は弟へ頼もしい笑みを見せました。

 

 

「遅くなってごめんなさいね。ちょっと野暮用があって、遠くの所へ行ってたの。だけど……間に合わなかったみたいね」

 

 

 《海帝龍》によって破壊された家屋の残骸とハンターたちの遺体を見渡したルナさんの目が細められ、《海帝龍》へ向けられます。

 

 

「《海帝龍》……やっぱり普通の攻撃じゃ倒すことは不可能なのね……」

「え……? ど、どういうことだ……?」

「この港に伝えられている古文書には記されていないのだけど、《海帝龍》を倒すことは実質不可能なことなの。でもね」

 

 

 遠くにいる《海帝龍》が放った雷球ブレスを切り裂き、ルナさんは説明を続けます。

 

 

「この港を守護するあの剣(・・・)を使えば、倒すことはできずとも、永い封印を施すことができるわ」

「『あの剣』……? ……それって、もしかして……!」

 

 

 ルナさんの話す剣の正体に行き当たった私に、ルナさんは頷きました。

 

 

「えぇ、この港の英雄ブランカ・ナイツが愛用していた片手剣、《帝封剣メア》こそ、《海帝龍》の回復力を無効化し、封印することのできる唯一の希望よ。あの剣は《守護の小島》にあるらしいから、それを取ってこれれば、《海帝龍》に勝てるかもしないわ」

「なら……俺が、取って、こよう。自己中という、わけじゃ、ないが、俺なら、間違いなく、《海帝龍》に、勝てる、はずだ」

 

 

 確かにクロウさんはこの中でも、ルナさんを除いたら最強です。彼が《帝封剣メア》を手にすれば、《海帝龍》に勝つことは造作もないでしょう。しかし、

 

 

「残念だけど、貴方には無理よ」

「なに? どういう、ことだ」

「《帝封剣メア》は穢れのない純潔の少女にしか扱えない武器なの。伝説の英雄ブランカ・ナイツも、名前こそ男だけど、その正体は年端もいかない少女だったらしいわ。英雄が男性とされているのは、男勝りな性格をしていた彼女自身のリクエストだそうよ。できることなら私が取りに行きたいところだけど、私が双剣以外に使えるのは弓だけだし、なにより大切な弟子を放って取りに行くことはできないわ」

 

 

 そこで一旦言葉を区切ったルナさんは、私をじっと見つめてきます。

 

 

「貴女がジークの話していたアリアって娘ね? 一つ訊くけど、貴女は処女かしら?」

「と、当然です!」

「なら問題ないわね。でも、そこまで連れていくにはどうしたら……」

「エピソード」

「はい、なんでしょう?」

 

 

 当然のように言葉を発したエピソードさんに周囲が驚く中、クロウさんはエピソードに訊ねます。

 

 

「話は、聞いて、いたな?」

「もちろんです。アリアさん、しっかり掴まってください」

「は、はい……」

 

 

 私を背負ったエピソードさんは、せっせと《守護の小島》へと運んでいくのでした。

 



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Old sword

 

 エピソードさんにおんぶされて《守護の小島》の最奥部へ到着した私は、彼に手を引かれながら痺れる足を懸命に動かして唯一の希望の前に立ちます。

 

 荒波を勇ましさと、さざ波の清らかさを合わせ持ったその剣の柄を掴み、引き抜こうとします。しかし、痺れている私の両手は力が入らず、どう頑張っても引き抜けそうにありません。

 

 

「アリアさん、頑張ってください」

「は、はい……ふんっ……んっ……んんーーーッッ!!」

 

 

 現時点で出せる最高の力を両手に込めますが、やはり剣はびくともしません。まるで、剣自体が私に引き抜かれることを拒んでいるようです。しかし、諦めるわけにはいきません。

 

 

(私がやらないと……クロウさんたちが……。そんなの……そんなの絶対に嫌です!)

 

 

 その思いを力に変えたその時、どこからか声が聞こえてきました。

 

 

『誰かを護るため……か。その思いは、本当のものなのか?』

 

 

 突如として聞こえてきた声に若干驚きましたが、私は当然と答えるために頷きます。その返答に、声は疑うように声を低くして訊ねてきます。

 

 

『本当は、自分が死にたくないからというだけで逃げてきたのではないか? この剣を引き抜きに行くという名目で逃げたのではないのか?』

(そんなことありません!)

『どうだか。それがお前の本心か、それともただの偽りか……』

「さっきからなんなんですかッ! いったい誰なんですか、あなたはッ!」

 

 

 正体不明の声に思わず怒鳴り散らすと、声は微塵も驚いた様子を感じさせずに、こう返してきました。

 

 

『私は《帝封剣メア》に宿る、ブランカ・ナイツの魂。そういうお前は何者だ?』

(アリア。私の名前はアリアです。人間と龍の間に生まれた者です)

『人間と龍の間に……? これはまた面白い者が現れたものだ。なら、尚更お前に力を貸すわけにはいかない』

(ど、どういうことですか?)

『普通の人間ならまだしも、あの忌まわしい龍たちの血を引くお前は信用ならん。この剣を悪用されては困るからな』

(そ、そんなことしませんよ! 信じてください!)

 

 

 しかしブランカ・ナイツさんの魂は、私の声に耳を貸そうとしません。彼女はモンスターと人類が全面戦争をしている時代に生まれた人間なのですから、当然と言えば当然です。

 

 

『第一お前は欲がない。人間ならば欲を持つべきだと、私は思うんだがな』

(よ、欲ですか……?)

『あぁ、欲がないお前を見ていると、同じ人間だとは思えなくてな。いや、お前は完全な人間とは言えないか』

 

 

 蔑むように漏らされる笑い声に神経が逆撫でされ、ふつふつと怒りが沸いてきます。

 

 

『悪いが、欲もないようじゃ力を貸す気も起きん。撃退までならできるはずだから、精々頑張って……』

「…………さい」

『ん? よく聞こえなかったな。もう一度言ってみろ』

「つべこべ言ってないで、さっさと私に力を貸しなさいッッ!! 私はなんとしても、仲間を救いたいんですッッ!!」

 

 

 唯一この戦況を打破できる可能性のある力を貸す気を起こさない英雄の魂に堪忍袋の緒が切れた私は、ついに先ほどよりも大きな、そして怒りの籠った叫びをあげました。

 

 しん……と洞窟内を満たした沈黙は、やがて英雄の魂が噴き出したことによって破られました。

 

 

『ぷっ……ふふ、あはははははは! そうだ、それだよ! それこそが欲だ! あはははははは!』

 

 

 体があればきっとお腹を抱えて笑い転げていると思えるほど愉快そうに笑った魂は、笑い続けて苦しそうな声で言ってきました。

 

 

『よしよし! お前のこと、気に入った! 力を貸してやろう! 私の剣の力、存分に振るうがいいッ!』

 

 

 びくともしなかった剣が引き抜かれ、勢い余った私は無様に尻餅をついてしまいます。防具の隙間から入り込んでくる床の水の感覚も忘れて呆然と両手に握るずっしりと重みのある剣を見下ろしていると、いつの間にか体の痺れが取れていることに気づきました。

 

 

『この剣の能力さ。《海帝龍》の電撃で受ける麻痺は通常の手段じゃ治せないから、この力を使って仲間たちの痺れも治しな』

「あ、ありがとうございます!」

『さぁ、ぐずくずしてる暇はないぞ? 早く行け!』

「はい!」

 

 

 勝利の可能性を秘めた剣を片手に、ここまで連れてきてくれたエピソードさんにお礼を言おうと振り向きますが、

 

 

「あれ? エピソードさん?」

 

 

 あの不思議な方の姿は、どこにもありませんでした。

 

          ***

 

「……クク、やっとか」

 

 

 ついにリーダーからの命令を受けた黒い外套の男は、傍らに置いていた太刀を担いで不敵な笑みを浮かべる。

 

 今回リーダーから与えられた役目は、《帝封剣メア》という剣を手に入れた少女の殺害。しかし、それは今すぐに実行するものではなく、《海帝龍》との勝負がついてから行うというものになっている。その方が《海帝龍》との戦闘で疲弊した彼女を殺しやすく、遺された彼女の仲間たちからより強い負の感情を集められるからだ。

 

 ゼロは《彗天龍》と互角の勝負をしているというので手助けはいらないのだそうだ。できることならあの時間を司る神とも手合わせ願いたいところだが、リーダーからの命令以上、従わざるを得ない。だがその分、きっと面白いものが見れることだろう。そう考えると、男の唇がさらに歪んだ。

 



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A blow of seal

 

 私が《帝封剣メア》を持って港に戻ると、残像が残る速さでクロウさんたちに放たれた雷球ブレスを切り捨てていくルナさんが、ついに一発の雷球ブレスに直撃してしまい、全身に電気を這わせながら膝をつく姿が見えました。クロウさんたちを護ることに徹していたようで、《海帝龍》に攻撃することができそうになかったようです。彼女ほどのハンターなら、後ろの三人から離れて攻撃することも可能だったはずでしょうが、そのチャンスすらも自ら手放して護ってくれていたとしたら、本当に素晴らしい人です。

 

 悔しそうに歯噛みをするルナさんに、《海帝龍》がトドメとばかりに特大の雷球ブレスを放ちました。

 

 

「そうはさせませんッ!」

 

 

 彼女を包み込もうとした特大雷球ブレスの前に着地した私は、左手に持つ大海の剣を振るいました。

 

 剣が残した蒼の軌跡によって真っ二つに切断された特大雷球ブレスは、一瞬の時間を置いて爆散しました。

 

 ビリッと頬に微かな電撃が感じながら、片手剣を構えます。

 

 

「ルナさん、クロウさんたちを護ってくれて、ありがとうございました。今、麻痺を解除させます」

 

 

 使い方はここに来るまでの間にブランカ・ナイツさんから伝えられています。私が剣を高く掲げると、さざ波のようなオーラが辺りを包み込み、今までまともに動くことのできなかった仲間たちが驚いた表情をしながら立ち上がり、自分の手を握ったり開いたりし始めました。

 

 

「スゲェ! 痺れが取れたぞ!」

「これなら、戦える」

 

 

 お互いに頷き合ったクロウさんとハヤトさんがそれぞれの武器を引き抜き、《海帝龍》に向かい始めました。その後をジークとルナさんが追います。

 

 

(私も負けていられませんね!)

 

 

 麻痺から回復し、港の脅威に攻撃を浴びせていく仲間たちの姿を見て自分に気合いを入れ直し、《海帝龍》へ走ります。

 

 

「……ッ! グルァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

 私が手にしている剣の存在に気づいた《海帝龍》が憤怒の咆哮をあげ、木造の地面に電撃を残しながら滑ってきます。私が右手を体の前に構えると、蒼い波紋と共に盾が現れ、《海帝龍》の突進を真正面から受け止めました。

 

 ダメージはおろか、衝撃すら感じさせないほどの片手剣のそれにしては信じられない防御力を持つ盾を下ろした私は目の前にある巨大な頭を踏み越え、私を追って持ち上げられた頭を一閃しました。

 

 荒波が崖に激突する音が響いて《海帝龍》が怯み、すかさず背中に乗ります。

 

 背中に乗った私を振り落とそうと《海帝龍》が暴れだしますが、私は振り落とされないようしがみつきます。今度は私がいる場所にある発電器官を使って弾き飛ばそうとしますが、《海帝龍》の天敵とも言える能力を備えた《帝封剣メア》によって、その小さな放電は無効化されました。

 

 

「やぁあッ!」

 

 

 放電が収まった瞬間を見計らって、今度は私が暴れます。長い首を走って頭へ移動して何度も剣を降り下ろし、最後に狩技《ラウンドフォース》を発動させました。

 

 元々強力な攻撃である狩技と《海帝龍》に対しては絶大な力を発揮する《帝封剣メア》の威力は凄まじいもので、《海帝龍》を切り裂いた円形の斬撃は巨体越しの地面を破壊し、上空に浮かぶ雲を裂きました。

 

 《海帝龍》の頭が大きく跳ね、体勢を崩します。着地した私の号令に合わせて動き出した仲間たちが一斉に《海帝龍》の体に傷を作っていきます。しかし、彼らの武器は私の持つ英雄の剣のような力は持たないので、その傷は少しずつ回復していっています。

 

 起き上がった《海帝龍》がとぐろを巻いて振るった尻尾を飛び退いて回避した彼らに代わって出た私は、横から迫る尻尾を受け流して横薙ぎに二回斬り

つけます。傷口から噴き出した鮮血に視界を遮られないよう飛び退くと、丁度私に顔を向けてきた《海帝龍》と目が合います。

 

 

「グルルルル…………」

 

 

 威嚇の唸りをあげる古の龍ですが、その巨体が私を……《帝封剣メア》から逃げるようにじりじりと後ろへ下がっていきます。それほどまでに、この剣は《海帝龍》にとって危険な代物なのでしょう。

 

 

「グルァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 

 突如咆哮をあげた《海帝龍》のアギトに背中の発電器官から送られた電気が集っていきます。天敵である剣を操る私を噛み千切ろうと迫ってくる《海帝龍》を、私は紙一重で避け、高くジャンプします。

 

 

「これで終わりですッ!」

 

 

 かつてこの剣を愛用していた英雄が使用していた、歴史に残されることのなかった狩技。この剣を手に入れてから頭の中に入ってきたやり方を思い出しながら、右手を前へ、剣を持つ左手を後ろへ構えます。

 

 海から吸い寄せられるように向かってきた海水が剣を中心に渦潮のように回転し、私の体を包み込みます。

 

 これこそ、恐るべき海の帝王を封じる、希望の一撃。その名も、

 

 

「狩技……《オセリオンフォース》ッッ!!」

 

 

 剣を突き出すと同時に、溜め込まれていた海水が一気に爆発し、凄まじい速さで《海帝龍》へ向かっていきます。頭上にいる私を見上げる形で後ろ足で立っていた《海帝龍》が迎撃しようと開けたアギトに突っ込み、その背中を突き破って着地します。

 

 

「グルル……グルァアアアアアアアアァァァァァァァ…………ッッッ!!!」

 

 

 怨みの叫びにも似た咆哮を轟かせた《海帝龍》の全身が光に包まれ、やがて小さな粒となって海へと吸い込まれていきました。

 

 

「や……やった……」

 

 

 《海帝龍》がいなくなった港を見渡し、私は溜まっていた息を吐き出しました。

 

 これでもう大丈夫。《海帝龍》は再び封印された。

 

 ーーーそう思った時でした。

 

 

「邪魔な《海帝龍》は消えたか。ククク、なら、次はこの我と戦ってもらおうかな? 《死煌龍》の娘よ」

 

 

 黒い外套を纏う男性が、青黒い炎を纏う太刀を降り下ろしてきたのは。

 



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Black flame sword

 

 私を両断しようと迫ってきた太刀を間一髪で弾くと、男はその黒いフードから少しだけ見える口元を歪ませ、面白そうに笑いました。

 

 

「ククク、今の攻撃を弾くとはな。やはり見込みはありそうだ」

「あ、貴方はいったい……ッ!?」

「名乗るほどのものではないさ。ただ、貴様を殺す者とだけ言わせてもらおう」

 

 

 振るわれる太刀を伏せて避けると、頭上に焼けるような熱さを感じました。間髪入れずに視界に迫ってくる膝を払い、頭上から貫いてこようとする太刀の切っ先を拾い上げた盾で受け止め、それを流しながら男の足元を狙います。

 

 男が舌打ちしながら足払いを避けると、太刀の纏う青黒い炎の激しさが増し、巨大な斬撃となって飛んできます。しかしそれは、私の前に飛んできたクロウさんとジークが弾きました。

 

 

「貴様、レイを、拐った、女の、仲間か」

「ご名答。我が名はイフリート。我が友ミデンの願いを叶えるために動く者だ」

「イフリート、お前の仲間が連れ去った父さんはどこだッ!」

「ふん、貴様なんぞに教えるほど、我も甘くはないわ。……ミデンからの命令には、そこの娘だけを殺せとあったが、死体が一つや二つ増えたところで、奴も文句は言わんだろう」

 

 

 太刀の柄を強く握るイフリートさんに合わせ、私たちも柄を握る力を強めます。

 

 

「ゆくぞ、貴様らの命、我が友の理想へと捧げよ!」

 

 

 残像を残して近づいてきたイフリートさんはクロウさんが降り下ろした剣を避け、その心臓を貫くべく切っ先をクロウさんの胸へと向けます。それをジークが火花を散らしながら弾くと、ハヤトさんとルナさんがイフリートさんに攻撃を仕掛けます。

 

 

「どうりゃあッッ!!」

「やぁッッ!!」

「ふッ!」

 

 

 強く息を吐いて振るわれた太刀に吹き飛ばされた二人を受け止め、今度は私が攻撃します。下から斬りあげた剣をイフリートさんは体を軽く逸らして容易く回避し、左手で私の首を掴んできます。

 

 

「かっ……はぁっ……!」

「どれ、このまま首をへし折ってやろうか。それとも、投げ飛ばして切り刻んでやろうか……」

「そうは、させない!」

 

 

 イフリートさんと同じく、残像を残して動いたクロウさんがイフリートさんの腕を掴みます。骨が軋む嫌な音が響いて私の首を締め上げる手の力が緩み、膝から崩れ落ちた私が蒸せ込みます。視線だけイフリートさんとクロウさんへ向けると、そこには絶え間ない金属音を立てながらお互いの刃を打ち合わせていました。

 

 

「ククク! まさかここまでやれるとはなッ! ならば、これはどうかなッ!?」

 

 

 イフリートさんの手が背中の鞘へと動き、振るわれます。空気を裂いて振るわれた鞘はクロウさんが斬りあげた剣を弾き、がら空きとなった胴に太刀の切っ先が迫ります。

 

 

「クロウさんッ!」

 

 

 思うよりも先に動いた体は左手に持った剣で太刀を受け止め、右手の盾でイフリートさんを弾き飛ばしました。後ずさったイフリートさんは、不気味に笑いながら懐からメモリア鉱石を取り出します。そこには、龍の姿を取ったお父様の姿がありました。

 

 

「あれは……」

「レイよ……貴様の力……使わせてもらおうッ! ふんッ!」

 

 

 砕かれたメモリア鉱石が灼熱の炎を思わせる紅い光の粒子となってイフリートさんを包み込みます。そして恐ろしい熱量の爆炎と共に現れたのは、《死煌龍》とはまるで違うモンスター。

 

 後方へと伸びる二本の角は燃え盛る炎を宿し、太陽のように真っ赤な瞳に、深紅の爪を生やした龍は、自分の体を見下ろしてから嬉しそうに笑いました。

 

 

(友よ、実験は成功したぞ! 太陽の龍……《陽焔龍》サン・フィアンマの誕生だッ!)

「アリア、俺の、後ろに」

 

 

 一目であのモンスターが危険な存在だと見抜いたクロウさんが私に促してきますが、私は首を振って拒否します。しかし、彼はそんな私に首を振り返してきました。

 

 

「ダメだ。お前は、《海帝龍》との、戦いで、体力が、ない、はずだ。休んで、いろ」

「グォオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

 

 

 《陽焔龍》の燃え盛る爪を受け止めたクロウさんが強く蹴りあげると、《陽焔龍》の白銀の体が少し揺らぎます。その体が一瞬だけ浮かんだ隙を突いて繰り出された刺突で吹き飛んだ《陽焔龍》は、大きく開いた口から巨大な豪炎ブレスを放ちます。

 

 

「掴まれ」

「は、はい!」

 

 

 受け止めたら余波で私にダメージが及ぶと考えたのかそう言ってくるクロウさんに掴まると、クロウさんは私という重りがありながらも驚くべき跳躍力で豪炎ブレスを避けました。そこへ《陽焔龍》の尻尾が迫りますが、それはルナさんとジークが防ぎ、二人の肩からジャンプしたハヤトさんが、《陽焔龍》の頭へ太刀を叩きつけます。しかし、彼がダメージを受けた様子は全く見受けられず、その白銀の巨体から発せられた熱風が私たちを吹き飛ばしました。

 

 

(素晴らしい! これが《死煌龍》の力の片鱗か! もっとだ、もっとッ!)

「それ以上はさせるかよッ!」

 

 

 私たちの間に割り込んできたリュウセイさんの両翼から発射された龍光弾が《陽焔龍》に直撃し、《陽焔龍》が墜ちてきました。

 

 

(貴様……ゼロはどうしたッ!)

「へっ、不利だと思ったのか逃げたぜ?」

(なんだと……。ならば貴様はここで……なんだ?)

 

 

 《陽焔龍》が怪訝な声を出して数秒間だけ黙り込みますが、やがて少し悔しそうな声で言いました。

 

 

(ミデンからの命令だ。我はこれにて失礼させてもらおう。《死煌龍》の娘よ。次会ったその時が貴様の最期だ。それを覚えておけ)

 

 

 最後に私を睨みつけてから、《陽焔龍》は紅蓮の竜巻と共に消えていきました。

 



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Beating of mystery

 

 イフリートさんたちがいなくなってから、時間はあっという間に過ぎ去っていきました。《海帝龍》によって命を落とした方々の埋葬に、破壊された家屋の修復……。それらをしている間に時は流れ、白夜祭の日になりました。

 

 

「やっぱり、お客さんの数は少ないですね」

 

 

 僅かながらに活気を取り戻した《エスタマの港》を歩く観光客の数は《海帝龍》の襲撃が原因で例年よりも圧倒的に少ないです。しかし、それでも愛想よく観光客を迎えている港の方々には頭が下がります。それは彼らが、私があの小島の最奥部に納めた、このかつてこの港を護った英雄の剣が再びその力を発揮し、海からのモンスターの襲撃がなくなったことを知っていたこともあるでしょうが。

 

 

「そんなことは、ない。モンスターの、襲撃から、まだ、二日しか、経って、いない。それなのに、こんなに、集まる、なんて、ことは、ほとんど、ない」

「まぁ、お客さんの数は少なくても、彼らはちゃんと来てくれたんだ。そのことには感謝しようよ」

「……はい、そうですね」

「それじゃ、俺はハヤトとルナと一緒に回ってくる。姉さんたちも、お祭り楽しんで」

「いってらっしゃい、ジーク」

「うん。また後で」

 

 

 手を振って人混みの中へ消えていくジークの背中を見送ってから、私はクロウさんに視線を移します。たこ焼きを口の中へ入れようとしていたクロウさんは、自分をじっと見つめてくる私に気づいたのか、食べかけたたこ焼きを箱に戻します。

 

 

「なんだ?」

「その……あの時はありがとうございました。私を助けてくれて」

「? ……あぁ、そのことか。当然の、ことを、した、までだ」

 

 

 《海帝龍》に食べられてしまいそうになった私を自分が助けたことを思い出したクロウさんがそうそっけない答えを返し、たこ焼きを頬張ります。

 

 

「……熱い」

「そりゃそうですよ! いきなり口の中に入れたら!」

 

 

 何度もはふはふと口内にあるたこ焼きを必死に冷まし、ようやく飲み込んだクロウさんは、じと……とたこ焼きを睨みつけます。

 

 

「食料の、分際で、俺に、喧嘩を、売るか。面白い、その、喧嘩、買った」

「……ぷっ」

 

 

 爪楊枝で新たなたこ焼きを頬張ろうとした彼の姿に思わず吹き出してしまうと、クロウさんは心外といった表情をしました。

 

 

「なにが、可笑しい」

「だってクロウさん、子どもみたいなんですよ……ふふふっ」

「実際、子どもだ」

「そうは言っても、見た目とのギャップがすごいんですよ……あははっ」

 

 

 声をあげて笑う私をむぅ……と可愛らしく頬を膨らませたクロウさんは、八つ当たりをするようにたこ焼きを食べます。しかし、先ほどと同じように食べる前に冷まさなかったので、今回も同じように熱そうにしていました。

 

 

「アリア、助けてくれ……」

「はいはい、水ですよ」

 

 

 私から水の入った瓶を受け取ったクロウさんは一気にそれを口の中に入れ、内部で猛威を振るっているであろうたこ焼きと一緒に飲み干しました。

 

 

「……たこ焼き、苦手だ」

「いやいや! そんな簡単に嫌いにならないでくださいよ! ほら、私がやってあげますから、爪楊枝を貸してください」

 

 

 受け取った爪楊枝をたこ焼きに刺し、何度か息を吹きかけて冷まし、クロウさんに差し出します。

 

 

「はい、どうぞ」

「ん……」

 

 

 私が差し出したたこ焼きはクロウさんの口の中へと消えていき、ゆっくりと咀嚼されていきます。今度はもう熱がる素振りは見せずに飲み込んだクロウさんは、やっと嬉しそうな笑顔を浮かべました。

 

 

「……美味い」

「ですよね? ほら、まだありますから、もっと食べてください」

 

 

 箱の中にあるたこ焼きに爪楊枝を刺して冷ましてから差し出すと、クロウさんはすぐにそれを食べました。

 

 

(あれ? これって……)

 

 

 また嬉しそうに咀嚼する彼と、自分が持つ爪楊枝を交互に見た私は、今感じた違和感に気づきました。

 

 

(こ、これって……俗にいう『あ~ん』というものでは……ッ!?)

 

 

 思わず周りを見てみると、そこにはニヤニヤとしながらラブラブのカップルを見るかのように見てくる方々が何人かいました。

 

 

「はわ……はわわわわわ……!」

 

 

 ようやく、自分たちが恋人同然のことをしていることに気づき、恥ずかしさのあまり視線を隣に広がる海へ向けます。夜になっても沈むことのない太陽に照らされる海を眺めながら真っ赤に染まった顔を冷まそうと奮闘している私のことなど気にかけず、「もっと、くれ」とせがんできているクロウさんが少し憎いです。

 

 

(この人は気づいてないのでしょうか……?)

 

 

 現在進行形で恥ずかしい目に遭っている私にこうしてまたたこ焼きを食べさせてほしくてせがんでいきている彼が、そんな意地悪な性格をしているとは思えませんが、一度考えてしまうと頭から離れません。

 

 

「……? アリア、早く」

「わ、わかりましたよ! で、ですが! これが最後ですからね!」

 

 

 なるべく顔を見られないように俯きながら差し出したたこ焼きをもぐもぐと食べているクロウさんの顔を、微かに動く彼の体を見て想像します。

 

 

「アリア」

「なんですか?」

 

 

 ……そこで顔をあげたのが、失敗でした。

 

 

「ありがとう」

()……」

 

 

 微かに漏れた声は、その眩しく、優しい笑顔を見た結果。強く高鳴る心臓の鼓動を感じながら、私はその笑顔を見つめ続けます。

 

 

「……? どうか、したか?」

「い、いえ……なんでも、ありません……」

「そうか」

 

 

 私からたこ焼きの入っている箱へ視線を移したクロウさんが再びたこ焼きを食べるのを見ながら、私はそっと胸に手を当てます。

 

 この、今まで感じたことのない感情。そして冷めることのない頬に、高鳴る鼓動……。

 

 それがなにを原因に起こるものなのか、この時の私にはわかりませんでした。

 



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The turn of the season 3 Thought to him

 

 《エスタマの港》から帰った私たちは、早速お母様やルクスお姉様方にお土産を渡しました。お土産を受け取って嬉しそうに笑うみなさんの顔にこちらまで嬉しくなり、買ってきてよかったと思えました。

 

 《海帝龍》襲撃事件の噂はすでに《ドンドルマ》にも広まっており、その解決に最も貢献したと言える私たちは到着早々多くの人々に囲まれ、英雄と言われてしまいました。子どもの頃に憧れていた『英雄』という存在になれたことを思い出すと、今でも思わずニヤニヤとしてしまいます。

 

 

「ずいぶんと嬉しそうだね、アリア」

「はい、そうなんですよ! 『英雄』なんて言われるのは少し恥ずかしいですが、本当に嬉しいです! ジークもそうですよね?」

 

 

 ペットのシロたちと遊んでいた弟にそう訊きますが、ジークはあまり嬉しそうな顔はしていませんでした。

 

 

「う~ん……確かに嬉しいって気持ちはあるけど、俺は別にそんな呼び名はいらないなぁ。俺の目標は父さんであって、『英雄』って称号じゃないから」

「そ、そうなんですか」

「まぁ、どう思おうがその人次第だよ」

「その通りです。ですが、ついに貴女たちもその領域に足を踏み入れましたか。感慨深いものですね」

 

 

 紅茶を飲んでいた、『英雄』の称号を持つ者としては大先輩であるお母様の言葉に、知らず知らずの内に背筋を伸ばします。

 

 

「私、いつかはお母様のような強くて優しい人になりたいです!」

「ふふふ、昔の貴女もそんなことを言っていましたよ? それに、もう貴女はなっているじゃないですか」

「え? そ、そうですか?」

「えぇ。……そういえば、クロウさんはどこへ?」

「クロウならエピソードと一緒に外食に行ったぞ。なんでも、エピソードがこの街で食べ歩きをしたいと言ったらしい。クロウもそれに興味があったらしいから、今頃談笑しながらどこか歩いてるだろうな」

「うぅ……エピソードがそんなこと言い出すと決まって嫌なことがあったから、ちょっと不安……。でも、あれからかなり経ってるからもう大丈夫だと思うけど……」

 

 

 エピソードさん絡みで体験した出来事があまり良くないものだったらしいお姉様が苦虫を噛み潰した表情になります。

 

 

「二人も気を付けてね。あいつはなにしでかすかわからないから」

「信用ないんですね……」

「当たり前だよ。一度あんな目に遭うと、そう簡単にあいつを信じられなくなっちゃう……うぅ、思い出しただけで寒気が……」

 

 

 ぶるりと体を震わせたお姉様でしたが、まるでその嫌な思い出を忘れようとするかのように話を変えてきました。

 

 

「そういえばアリア、最近クロウ君のことをよく見てるよね。どうかしたの?」

「え? そ、そうですか?」

「うんうん。いつもクロウ君のこと見てる。もしかして、自覚ないの?」

「は、はい……」

「ほぅ」

 

 

 お母様とお姉様、そして弟の目線が一斉に私へ注がれます。唐突に注がれる三つの視線におろおろとしていると、お姉様は真剣な面持ちで見つめてきます。

 

 

「アリア、これからいくつか質問するけど、構わない?」

「え? あ、はい」

「じゃあ一つ目。知らず知らずの内にクロウ君を見始めるようになったのはいつ頃から?」

「えっと……《エスタマの港》の《海帝龍》襲撃事件からです」

「その時、なにかクロウ君絡みでいいことはあった?」

「ミデンさんの計画で《海帝龍》に食べられそうになったところを、クロウさんに助けていただきました」

「えぇッ!?」

「なんですってッ!?」

 

 

 瞬間、お姉様とお母様の顔が憤怒に彩られました。

 

 

「私の娘をモンスターに食べさせようと……ッ!? 許せません、断っっじて許せませんッッ!!」

「今度会った時は即行焼き尽くす……ッッ!!」

 

 

 拳を握り締める二人から発せられる絶対強者のオーラが屋敷を揺らします。外から動揺する声が多く聞こえてきたので、恐らくこの揺れは屋敷の外まで及んでいるようです。

 

 

「お、おおおお落ち着いてください! もう過ぎたことです! 過ぎたことですからぁ!」

 

 

 そう叫んで宥めること数分、ようやく二人は落ち着きを取り戻してくれました。

 

 

「とりあえず、今度そのミデンって奴に会ったら消滅させるのは確定事項として、最後の質問だよ。……クロウ君と話していたり、彼を見ていたりする時、ドキドキするってことはある?」

「え? ええっと……」

 

 

 顎に指を当てながら記憶の網を手繰り寄せ、お姉様に言われたシチュエーションの記憶を呼び起こします。

 

 

「……はい、あります。なんだか、あの人と一緒にいると、こう……胸の中がぽかぽかして、心臓の鼓動も早くなって、今もそうなんですが、彼がいないと少し落ち着きません。でもその分、彼といると、とっても幸せな気持ちになるんです」

 

 

 胸に手を当ててその時のことを思い浮かべると、やはりと言うべきでしょうか、とくん……と一瞬だけ強く胸が高鳴り、幸せな気持ちになりました。そんな私を他所に、三人はお互いの顔を見合わせて、大きく頷きました。

 

 

「アリア、それは紛れもない『恋』です」

「え? こ、恋、ですか?」

「そうそう。そんなにクロウ君のことが気になってるんだから、間違いなく恋だよ。先輩の私が言うんだから間違いない!」

「おめでとう、姉さん。弟として嬉しいよ」

 

 

 口々にそれは恋だと言ってくる三人に思いつく限りの相槌を打ちながら、私は物思いに更けます。

 

 

(この気持ちが……恋……)

 

 

 ……そうでしたか。やっとわかりました。私は……

 

 

(クロウさんのことが、好き……なんですね)

 



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Smile of administrators

 

「これより、『アリアの恋人にクロウさんは相応しいか会議』を始めたいと思います!」

 

 

 太陽の光が差し込むリビングでヴェリテが開始の一言を口にすると、ルクス、リュウセイが拍手する。

 

 

「二人もご存じの通り、クロウさんはあの《復讐者(リベンジャーズ)》の王、サナトスさんの息子です。エピソードさんが言うに、彼は『人間として』この世界へ来たようですが、やはり死者の魂の集合体であることに変わりはありません。娘に恋人ができるとなれば、私も嬉しいことですが、私だけで考えるのもどうかと思ったので、こうしてみなさんに協力を仰ぎました」

「なぁ、こうして話すよりもさ、クロウを呼んで色々質問をした方が手っ取り早く答えを出せるんじゃないのか?」

「私もそれにしようかと思ったのですが、これほど十七年前の戦争で暴れていた者たちが集まっていれば、流石にクロウさんも警戒して、まともに答えることはないでしょう。なので、こうしました。クロウさんとアリアは今外出していますので、出来るだけ早く終わらせるつもりです。……さて、早速訊きたいのですが、二人はクロウさんがアリアと付き合うことについてどう思いますか?」

「私は賛成だね。クロウ君は私たちに危害を加える気はないみたいだし」

 

 

 ルクスはニコニコと太陽のように朗らかな笑顔で答えるが、リュウセイは少し気難しそうな表情で答えた。

 

 

「俺は……反対だな」

「どうして?」

「クロウは《復讐者(リベンジャーズ)》だ。今は危害を加える気がなくとも、いつかは『生者への怨みを晴らす』という本能があいつを突き動かすかもしれない。そんな危険な奴に、アリアは渡したくない。そのくらいのこと、お前たちなら百も承知だと思うが、俺はその時が怖い。もしレイがここにいれば、俺と同じことを口にするかもな」

「……実を言うと、私も貴方と同じなんですよ。十七年前、数々の悲劇を起こしてきた者たちの首領の息子に、娘を渡しては危険ではないのか、と」

 

 

 十七年前、突如として現れた死霊のギルド《復讐者(リベンジャーズ)》によって滅ぼされた街や村は多く、現在でもその傷跡が残っている場所は多数存在する。自分が見てきたそれらを思い出すと、やはり彼もいつかは……という不安が押し寄せてくる。

 

 

「……ですが、現在はエピソードさんが彼の力を抑えてくれているので、もし仮に本能に体を乗っ取られてしまったとしても、今のあの子たちなら充分太刀打ちできるはずです。その時にはもちろん、私も参戦させてもらいますが」

「私たちも忘れてもらっちゃ困るよ、ヴェリテ」

「あぁ、まったくだ」

「ありがとうございます、ルクスちゃん、リュウセイさん。では、次の議題を提示させてもらいます」

 

 

 ペコリと二柱の神に頭を下げ、ヴェリテは次の話題へと話を移すのだった。

 

          ***

 

「ハクシュッ!」

「わぁっ! だ、大丈夫ですか? クロウさん」

 

 

 いきなりくしゃみをしたクロウさんは「大丈夫」だと返してきますが、またくしゃみをしました。あまり大丈夫そうには見えません。

 

 

「あの、無理をされているようなら、家に戻って休んだ方がいいのでは?」

「心配は、いらない。どこかで、誰かが、噂でも、してるん、だろう」

「そうでしたらいいんですが……」

 

 

 そう言って歩き出してしばらくしない内に、クロウさんのお腹が空腹を訴えてきました。お腹を押さえたクロウさんが食べ歩きのできるものを買いに行くと言っていなくなると、少し物寂しい気分になりました。

 

 

(クロウさん……早く戻ってきてくれませんかね)

「おや、貴女は……」

「あ、エピソードさん」

 

 

 クロウさんと入れ替わるようにやって来たのは、もはや彼の側近なのではと思うほど彼の言葉に従う方でした。

 

 

「あの、《エスタマの港》での件はありがとうございました。貴方がいなければ、私たちはきっと……」

「そんな、お恥ずかしい。当然のことをしたまでですよ。ですから頭をあげてください」

 

 

 感謝の言葉を言いながら頭を下げた私をエピソードさんが少し慌てた様子で返してきました。

 

 

「それはそうと、私から見ると、貴女はクロウさんに好意を寄せているように見えるのですが、気のせいでしょうか?」

「ふぇっ!? い、いきなりなにをっ!?」

「私はいついかなる時でも彼の呼び出しに応えられるよう待機しているのですが、貴女の行動があまりにも恋をするうら若き乙女そのものでしたので」

「そ、そんなにわかりやすいんですか……? まさか、クロウさんも……」

 

 

 彼もそれに気づいているのではないかと危惧する私に、エピソードさんは真顔でビシッとこう返答してきました。

 

 

「いや、それはないでしょう。彼、戦闘に関しては洞察力はありますが、それ以外のことについては本物の鈍感です。貴女がどれほど見ていたとしても、彼が気づくことはないでしょう」

「う……そう言われると、少しキツいですね……」

「まぁ、貴女が彼のことを好きであれば、私はその恋を応援させてもらいますよ。それに、その方が……」

「? なんですか?」

「……いえ、なんでもありません。では、またどこかで」

「え、あ、はい……」

 

 

 人混みの中へ身を投じるエピソードさんの背中を見つめながら、私は先ほど彼が浮かべていた笑顔を思い出します。

 

 あの時、彼の笑顔が一瞬だけ邪悪なもの(・・・・・)へと変わった(・・・・・・)のは、気のせいでしょうか?

 



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The enemy of the name of insensitivity

 

 エピソードさんの言葉から、自分から言わなければ彼に想いは伝わらないと考えた私は、一晩かけてクロウさんに私の恋心を伝えるために考えたプランを実行すべく、朝食後クロウさんに言いました。

 

 

「クロウさん! 食べ歩きをしましょう!」

「食べ歩き? 昨日、した、だろう? なぜ、今日も、行く? それに、俺は、エピソードとも、食べ歩きを、した。もう、飽きたぞ」

 

 

 早々の冷たい返しにうっとなりながらも、私は私の誘いを断ろうとする想い人に詰め寄ります。

 

 

「どうしても行きたいんです!」

「だったら、アリア、一人で、行けば……」

「あ・な・た・と・い・っ・しょ・にッ!」

「わ、わかった。わかったから、離れて、くれ……」

「え? あっ!」

 

 

 そこで私は、私とクロウさんの鼻がくっつきそうになるくらい近くにいることに気づき、すぐに飛び退きました。

 

 顔が燃えるくらいに熱くなるのを感じながら謝ると、クロウさんは快く許してくれました。

 

 そしてお互いに準備を整え、街に繰り出します。ここからが勝負です!

 

 

「クロウさん、まずはあそこにしませんか?」

「ん、いいぞ」

 

 

 最初に向かったのは、片手サイズのモスジャーキーが販売されているお店で、そこで売られるモスジャーキーはその店自慢のタレでその美味しさが倍増していることで有名で、私の大好物でもあります。もちろん、一緒に長い時間を過ごしているクロウさんは、これが私の大好物であることを知っています。それを表すように、クロウさんは店から漂うお肉の焼けるいい匂いを嗅ぎながら呆れたような顔をしていました。

 

 

「アリアは、本当に、ここが、好きだな」

「当然です。さ、早く買いましょう!」

 

 

 クロウさんの手を引いて列に並び、自分たちの番を待ちます。その間に私は、昨晩何度も頭の中でシミュレーションした、この場でクロウさんに告白する場面を思い浮かべます。

 

 まず最初に、いつも通り私がモスジャーキーを食べて満足げにします。それを見たクロウさんが若干呆れながらも「そんなに、美味いか?」と訊いてきます。そこへ私がこう返すのです!

 

 

『クロウさんの方が……このお肉よりも何倍も好きですよ?』

 

 

 素晴らしい! こう返せば、きっと本物の鈍感とされるクロウさんでも私の気持ちに気づくはずです!

 

 

「モスジャーキー、買って、きたぞ」

「あ、ありがとうございます。……あれ? お金は……」

「お前の、分も、払って、きた。礼は、いらない。俺が、したいと、思った、までだ」

 

 

 さ、さりげなく奢ってくれました……。私的にかなりポイントが高いです……。い、いえ! ここで少しドキッとしてないで、シミュレーション通りに行動を!

 

 

「う~ん♪ やっぱりここのお肉は美味しいです♪」

 

 

 一回噛むごとに溢れ出す肉汁とタレによって引き出された旨みが口内を満たし、思わず頬に手を当てます。そんな私を、クロウさんは呆れたように見ています。

 

 

「そんなに、美味いか?」

(ここですッ!)

 

 

 予想通りの台詞に、私はすかさず返します。

 

 

「クロウさんの方が……このお肉よりも何倍も好きですよ?」

「え……」

 

 

 来ました! 来ましたよ! この時が! 勝ちました! アリアさん大勝利です!

 

 

「アリア、俺を、喰う、気か?」

 

 

 あああああああああああああああああああああああそう受け取られましたかぁあああああああああああああああッッッ!!!

 

 そうでした! こんなシチュエーションでこんなことを言えば、本物の鈍感であるクロウさんはそう解釈する他ありませんッ! 

 

 

「ち、違いますよ! クロウさんを食べたりなんてしません! 絶対! 断固として!」

「だったら、いいんだが……。そうだよな。アリアが、そんなこと、しない、もんな」

 

 

 決死の弁解に納得してくれたのか、クロウさんはうんうんと頷きます。これではダメです。別のプランに移ります!

 

 

「クロウさん、次はあちらへ!」

「了解、した」

 

 

 新たなお店を指差し、私はなんとかして想いを告げるべく歩き出しました。

 

 そして、日が暮れた頃……。

 

 

「見事に撃沈しましたか」

「ぐすっ……はい……」

 

 

 思いつく限り考えた数々のプランを、あの鈍感さんは悉く崩していきました。その度に私のメンタルはごりごりと削られていき、今に至ります。

 

 

「まぁ、そう簡単に自分の思うように動かないのが人生です。めげずに頑張りなさい」

「お母様はどうやってお父様に告白したのですか……うぅっ……教えてください……」 

「わ、私ですか? 私の場合少し、いえかなり特殊なので、全くアドバイスになりませんよ?」

「それでもいいので、教えてください!」

 

 

 そして、お母様とお父様が恋人になった話を聞いたのですが、お母様の言う通りあまりにも特殊すぎたので、全くアドバイスになりませんでした。

 



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She's in a cold coffin

 

「■■■」

「ん? どうした、ゼロ」

 

 

 暗黒の世界を照らすメモリア鉱石に刻まれた数々のモンスターの姿を見つめていたミデンは、自らの側近であるゼロに振り向く。他人からすれば唸り声にしか聞こえない側近の言葉に、ミデンは軽く笑いながら頷く。

 

 

「あぁ、大丈夫だ。もう過ぎたことだし、ずるずる引きずるのは好きじゃないんだ」

「■■■■……」

「次はどうする、か……。そうだな……、小規模での被害は起こしてはいるが、まだまだ目的を果たせる量の負の感情は集まっていない」

 

 

 規模の小さい村や集落にもハンターはいるが、それでもその実力は高が知れている。五頭ぐらい大型モンスターを送れば、時間はかかるが確実に壊滅させられる。死ぬ者は天敵たるモンスターに喰われる、襲われる恐怖に(おのの)き、僅かに生き残った者も、故郷が滅びたことに対する絶望や、この先どうすればいいかという不安が募る……。そうして生まれる負のエネルギーを集めてこそ、我らの目的を完遂させるために必要なことだ。

 

 だがそれでも、やはり必要な分のエネルギーを集め切るにはまだまだだ。最近は《死煌龍》の家族の周りに集中して事件を起こしているが、次は彼らから離れた場所で大規模な事件を起こすべきかもしれない。

 

 

(奴らも事件を乗り越える度に強くなっている。これ以上強くなられては困るのだ……)

 

 

 ミデンが単独で行っている計画にとってはそれは大変嬉しいことなのだが、全体的な面で考えればそれは真逆になる。もしあの時、《死煌龍》の娘が《海帝龍》に喰われていれば、こんなことにはならなかったはずなのだが……。

 

 

(……いや、この考えはよそう。ずるずる引きずるのは好きじゃないって言ったじゃないか)

 

 

 首を振ってその考えを振り払うミデンを見つめるゼロの紅の灯火が揺れる。今となってはそれが彼の瞳の場所を知ることができるもので、こうして揺れているのは相手を訝しんでいる証拠だ。

 

 

「いや、なんでもない。ただ考え事をしていただけだ。……《死煌龍》の様子はどうだ?」

「■■■……? ■■■■■……■■■■……」

「そうか。奴が死んでも、俺には知ったことではないが、そうなっては計画に支障が出てしまうな……。さて、どうしたものか……」

 

 

 ゼロからの答えは、『死んではいないが、かなり衰弱している』というものだった。無理に《死煌龍》を形作る太陽と月の力を奪って、それぞれの龍を作り出したことが原因だろう。そのせいで《死煌龍》はかなりのパワーダウンに加え、変身能力も失ってしまった。なんと、龍人態にまで変身できない始末だ。身体能力こそは全力でやれば『モンスターハンター』の称号を持つハンターと同等だし、不老不死の力は残っているが、無理に動かせば壊れてしまうのは火を見るより明らかだ。

 

 

「ゼロ、少しだけ《死煌龍》を自由にしてやれ。だが、この部屋にだけは入れないようにするんだ。ここにあるものを見られれば、間違いなく厄介なことになる。俺とお前の正体にも気づかれるかもしれない」

 

 

 ミデンの命令に漆黒の獣は当然とばかりに頷く。この部屋にあるものは、どれもこれも彼に見せてはならないものだ。特に、今自分たちの前に浮かぶ、この巨大なメモリア鉱石に刻まれた者は。

 

 

「……俺たちはもう、『彼』とは違う存在だ。人の道を外れ、悪の道へと堕ちた。しかし、この胸に宿る想いは、決して偽物なんかじゃない。そうだ、そのはずだ……」

 

 

 強く握った拳を見つめながら、ミデンは自分たちに言い聞かせる。ゼロはその言葉に頷き、部屋を後にしていく。扉が閉まる音が響き、一人残されたミデンは、そっと目の前に浮かぶメモリア鉱石に触れる。

 

 

「計画の完遂にはまだ程遠いが、いつか必ず、果たしてみせる」

 

 

 鉱石の中で眠る者は応えない。否、応える(・・・)ことなど(・・・・)できない(・・・・)。それでもミデンは、そんな『彼女』に話し続ける。

 

 

「愛……? 絆……? そんなもん、糞食らえだ……! 希望だけが満ちる世界こそ、破壊すべき世界だ……! そんな世界があったから……!」

 

 

 いつしか彼の頬には、滝のように涙が伝っていっていた。嗚咽を漏らしながら、膝をついたミデンは、唯一の心の拠り所である鉱石に身を委ねる。

 

 

「なぁ、覚えてるよな……? あの時の約束……。絶対に、果たすから……。君を取り戻して……一緒に……永遠に……!」

 

 

 ダメだ。こんなみっともない姿、彼女に見せてはいけない。立ち上がったミデンは、袖で涙を拭い、扉へと歩を進める。扉の前で足を止めたミデンは、一度だけ彼女に振り向く。

 

 

「どんな犠牲を払ってでも、君を取り戻す……取り戻してみせる……。その為なら俺は……」

 

 

 扉を押し開け、暗黒の世界へ足を踏み込む。

 

 

「全てを滅ぼす、悪にだってなってやる」

 



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Trapped light

 

 この牢に囚われてから、いったいどれほどの時間が経過したのだろう。メモリア鉱石から解放されたレイは、その両手に嵌められた手枷を見つめながら考える。

 

 妻たちは無事だろうか。元気にしているだろうか。いや、俺がいなくともヴェリテ(彼女)がいるから、きっと大丈夫だ。レイはそんな自問自答を何度も繰り返しながら暗い牢に繋がれていた。

 

 《ドンドルマ》でクロウと交戦したことを最後に、メモリア鉱石の力を有しても心まで操ることは叶わなかったレイを危険視したミデンにより、《死煌龍》の力を奪われてからというもの、どことなく体が重く感じる。きっと、大半の力を奪われてしまったことからだろう。それでも力は残っているし、食事は六時間置きに運ばれてくる辺り、まだ無事と言えば無事だろう。

 

 

「……なんの用だ? まだ飯の時間じゃないだろ」

 

 

 自分に知らない素材で作られたであろう鉄格子の向こう側に立つ者の気配を感じ取ったレイを無視し、彼は鉄格子の扉をゆっくりと開け、レイをその場に固定させている手枷を外した。

 

 

「■■■■……」

 

 

 出ろ、ということだろうか、開け放たれた扉の先にあるメモリア鉱石が照らす暗黒の世界を指差すゼローーーミデンが彼をそう呼ぶのが聞こえたから、きっと名前なのだろうと思うーーーに従い、レイは牢から出る。長い間動いていなかった為、凝り固まった体は思うように動かない。それでも、歩いていれば自然と治るだろう。

 

 歩き始めたレイの後ろを、ゼロは付かず離れずの距離を保ちながらついてくる。恐らく、自分がなにかしでかさないように監視の役目を担っているのだろう。尤も、力の大半を奪われ、体力もほとんどない彼に、なにかを引き起こすことなどできはしないのだが。

 

 監獄の囚われた罪人たちに与えられる自由時間というのはこういうものなのだろうか、と呑気な考え事をしながらレイは歩く。

 

 そこかしこに浮かぶメモリア鉱石には、決まってなにかのモンスターの姿が刻まれており、それらを見たレイはまともな答えを返してくれるという淡い期待を抱きながら、ゼロに彼らも封印されているのか、と訊ねてみる。それに対する彼の答えは、

 

 

「■■■■」

 

 

 やはり、人の言葉とも龍の言葉とも思えない唸り声に近い声での返答だった。微かに抱いていた期待を裏切られたが、こうなることは予想できていたので、それほど苦でもない。なんとなく近くに浮いていた《火竜》の姿が刻まれた鉱石に触れてみると、突然世界が変わった。足元に広がる凄まじい早さで動く森に驚いて一歩後ずさるが、落ちないことに気づくと思わず安堵の息を吐く。

 

 

「これは貴様が触れた《火竜》の記憶。餌を捕らえ、家族の元へ戻る最中に見た光景だ」

 

 

 足元に現れた山を踏み締めて現れたミデンが指鳴らしをすると、《火竜》の記憶の世界は一瞬にして消滅した。

 

 

「この先は見ない方がいい。彼にとって、地獄とも言える世界が広がっているからな」

「なぜ、俺を解放した。ゼロに命令したのはお前だろ?」

「いかにも。《死煌龍》への変身能力を失った貴様に利用価値などないが、壊れてしまっては困るからな」

「俺の力はどこへやった」

「俺が心から信頼できる友たちに渡した。制限時間などのデメリットもあるが、充分な戦力になっている。特に月の力を使って変身する龍、《月凍龍》は貴様の息子に手痛い一撃を見舞ったからな」

「な……ッ! ジークが……だと……ッ!」

「そうだとも。実に愉快だったよ、父親の力によって苦痛に顔を歪める彼の姿は」

「……ッ! 貴様ぁ……ッ!」

 

 

 楽しそうに笑う顔の見えない男に殴りかかろうと拳を振り上げるが、ミデンは容易くそれを受け流した。バランスを崩して倒れるレイを見下ろしながら、ミデンは拳を受け流した左手を握ったり開いたりする。

 

 

「戦う力はないとはいえ、貴様の攻撃を受け流すほどのことはできる。そして……」

「が……ッ!」

「こうして貴様に明確なダメージを与えることもな」

 

 

 蹴られた腹を押さえたレイは、その威力に驚愕する。これまで数々の痛みを経験してきた彼からすれば、この激痛からなにが起こったか簡単に予想できる。

 

 内蔵が破裂している。これが自分に戦う力はないと言う男の一撃だとは到底思えない。

 

 不老不死の力で破壊された内蔵が回復していくのを感じながらよろよろと立ち上がるレイを他所に、ミデンは彼に背を向ける。

 

 

「ゼロ、もうしばらく奴に散歩させてやれ。俺は次の計画の準備を始める」

「ま、待て……!」

 

 

 呼び止められたミデンは相変わらずの冷たい目線をレイに送りながら「なんだ?」と訊ねてくる。

 

 

「お前たちの……目的は……なんなんだ。なぜ、こんなことを……続ける……」

「■■■……!」

「待て。……いいだろう、教えてやる。俺たちの目的についてな」

 

 

 黙れと言うかのように右手を振り上げたゼロを制止し、ミデンはレイに自分たちの目的について話し始めた。

 



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The dying world

 

「貴様が知らない間にも、俺たちは多くの村や集落をこのメモリア鉱石に封印したモンスターたちを使って滅ぼしてきた。それは貴様らからすれば紛れもなく『悪』の行為だが、違う。我々が行っていること、これは『正義(・・)』の行いだ」

「正義……だと? ふざけるなッ! 多くの命を奪っておいて、そのなにが正義の行いだと言い切れるッ!」

 

 

 激昂するレイに、やはりこいつはわかっていないと(かぶり)を振るミデンが再び指鳴らしをすると、彼らの周りに一つの映像が映し出された。

 

 

「貴様らの住む星、地球は十七年前、死霊のギルド《復讐者(リベンジャーズ)》に襲われた。その最終決戦にて、貴様らは死者の王サナトスが変身した《邪龍》ウロボロスによって敗北した。しかし……」

 

 

 雲にまで届きうる高さを誇る怨念の権化である《邪龍》のみが存在する暗闇の世界に眩い輝きが満ち、世界が再生される。驚愕する《邪龍》の前には、人々の希望を背負って《邪龍》に新たな姿へと変化したレイ……《死煌龍》とヴェリテの姿があった。

 

 

「人々の希望を背負う、神の如き輝きを放つ《死煌龍》……いや、《神煌龍》と言った方がいいか。貴様らの活躍により《邪龍》は打ち倒され、世界には平穏が訪れた。強大な悪を打ち倒す、微少な光の物語……、そしてその結末は全員笑顔のハッピーエンド……よくある話だ」

「それがどうした。まさか、それがいけなかったって言うわけじゃないよな」

「正しくその通り」

 

 

 真っ向からキッパリと言い切られたことに絶句するレイを他所に、ミデンは周囲で展開している映像を消去し、説明を続ける。

 

 

「《邪龍》によって破壊された世界が再生したのは、貴様らの希望の力だ。希望が滅びた世界を埋め尽くし、世界を甦らせた。だが、それがいけなかったのだ。この世界は今、保たれるべき均衡が乱されている。さて、ここで一つ問題だ。なぜ今、保たれるべき均衡が乱されているか、その原因はなんだと思う?」

「それは……ーーー……ッ!」

 

 

 お前たちのせいだと答えようとする前に、レイの頭は正しい答えを導き出した。導き出してしまった。

 

 あり得ないとばかりに目を見開くレイに、ミデンは淡々と告げた。

 

 

「答えは至極簡単。この均衡を乱しているのは、貴様らの(・・・・)希望そのもの(・・・・・・)()

 

 

 突きつけられた事実に、レイが後ずさる。ミデンはそんなレイを責めるように指を突きつけながらゆっくりと近づいていく。

 

 

「俺たちのせいで……世界の均衡が……?」

「そうだ、その通りだ! 貴様らが希望という邪悪でこの世界を染め上げたことが原因だ! 希望のみが存在する世界なんぞに、未来など存在するはずなどない! 希望は絶望と均等でなければならない。それが崩れた今、世界の破滅は刻一刻と迫ってきている。もう一度希望で世界を再生させようとしても意味のない、本当の破滅がなッ! これを見ろ!」

 

 

 ミデンが広げた右手を地面へ向けると、今度は荒廃した世界の映像が周囲に映し出された。それを見てレイが抱いた感想は、『なにもない』だ。

 

 どこを見渡しても、広がるのは砂漠のみ。ありとあらゆる生物が姿を消した、砂塵が吹き荒ぶ世界。これが希望のみが存在した世界の末路なのかと思うと、恐ろしくて体が震えてくる。

 

 

「こうなってしまえば、最早どうにもならない。救う手段など、皆無なのだ。希望が満ちたことにより、あらゆるものが消滅した世界……《無の世界(ノー・ワールド)》とでも呼ぼうか」

「《無の世界(ノー・ワールド)》……」

「この最悪の未来を回避するために、我々は負の感情を集める効果のあるメモリア鉱石を使い、数々の悲劇を起こしてきた。だが、それでもやはり足りない。小さな村や集落の悲劇や、そこから派生して手に入る負の感情にしても、この未来を回避するために必要な分と比べれば塵も同然だ」

「ど、どうすれば、この未来を回避できるんだ! 教えてくれ!」

 

 

 レイは敵の首魁であるミデンに対して、土下座する覚悟で訊いた。決して自分の為などではない。ただ、妻を始めとした愛する人々が消えるなんて未来は、なんとしても回避したかった。

 

 必死の表情で情報を得ようとする彼に、ミデンは指を立てる。

 

 

「一つだけ、最適かつ素早くこの未来を回避する方法がある。まだ実行に移せるほどではないがな」

「な、なんなんだそれは! 頼む、教えてくれッ!」

「それは……」

 

 

 ミデンがレイに告げた方法に、レイはまたしても驚愕する。

 

 

「そんな……そんな……こと……」

「どうした? 貴様の得たい情報はそれだ。まさか、怖じ気づいたと言うわけじゃないよな?」

「く……ッ!」

 

 

 俯いたレイは、必死に頭を回転させて考える。本当にそれが正しいことなのかと。そんなことをして、許されるのだろうかと。

 

 苦悶するレイに、ミデンは返事を急かす。

 

 

「選べ。その選択が、世界の行く末を決めるのだ」

 

 

 その時のミデンの顔には、苦悶に顔を歪めるレイを嘲笑うかのような、悪魔のように獰猛な笑みが浮かんでいた。

 



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Tea time of the gods

 

「~♪ ~♪」

 

 

 陽気に鼻唄を歌いながら、ルクスは人々が行き交う道を歩いていく。その幼いながらも人形のように華奢な体や透き通るような歌声に思わず振り向くことに気づくことなく歩いているルクスに、男性の声がかけられる。誰だろうと思いながら顔を動かすと、そこにはティーカップを片手に手を振るエピソードの姿が。

 

 

「なに? エピソード」

「いえ、ずいぶんと人々の視線を集めているなと思い、声をかけたまでです」

「え? そうなの? じゃあ、私はこのまま散歩を続けるけど……」

「そうおっしゃらずに、一緒にお茶でもいかがですか?」

「……まぁ、いいかな。暇だから散歩してたし、うん、いいよ」

 

 

 椅子に腰かけたルクスがエピソードの傍らに立つウェイトレスにエピソードと同じ紅茶を注文する。

 

 

「それにしても、なんだか最近事件がよく起こるね。それも、アリアたちの言う『ミデン』って奴の仕業なのかな?」

「その可能性は充分にありますね。しかも、大きな事件は比較的アリアさん方の近くで起きているそうです。《死煌龍》の血を引く存在だからでしょうか、早々に排除したいようですね」

「この前はアリアがモンスターに食べられる光景を人々に見せて、恐怖や絶望のエネルギーを集めようとしたみたいだよ。本っっっ当に許せないッ!」

 

 

 拳を叩きつけられた机の立てた音に振り返る人々に気づいて、ルクスは慌てて謝罪する。真っ赤な顔で俯く同族に、エピソードは面白そうに笑う。

 

 

「笑わないでよ! すっごい恥ずかしいんだから!」

「いやはや、私よりも年寄りというのに、なぜここまで可愛らしいのですかね?」

「真ん中の言葉はいらないよ。叩くよ?」

 

 

 エピソードにとって唯一の弱点である杖を取り出すと、エピソードはそれを恐れるように上半身を反らしながら両手を振る。少しやり返せた気分になったルクスは杖を立てかけ、運ばれてきた紅茶を飲む。

 

 

「……苦い」

「あはは、まだ味覚がお子様なお嬢様には、この店の紅茶の味はわかりませんでしたか。……わ、悪かったですから! その杖を下ろしてください!」

「わかってると思うけど、私の方があんたよりも何万歳も年上なんだからね! そこんところ、よぉく頭に刻みつけておいて!」

「しょ、承知しました!」

「まったく……」

 

 

 振り上げていた杖を下ろし、ルクスはため息を吐く。こいつと話していると、なんだかどっと疲れてが押し寄せてくる。この人を食ったような態度と笑顔が苦手だからだろうか。

 

 苦い紅茶を一口飲んで心に巣食う嫌な感情を洗い流し、エピソードに訊ねる。

 

 

「ねぇ、なんでミデンはさ、こんなことをするのかな? こんなことをして、いったいなんのメリットがあるって言うの?」

「さぁ? 私は彼ではないので理解に苦しみます。ですが、なにかしらの大きな目的を持っての行動だということは理解できます」

「それでも、大勢の命を犠牲にするのは、やっぱり間違っている気がする……」

「確かにそうかもしれませんね。しかし……」

 

 

 エピソードは紅茶を飲み、その苦さの中にある旨味を舌先に感じながら続ける。

 

 

「Nobody's perfect……完璧なんて、どこにもありはしないんですよ。犠牲なくして目的を果たそうなんて考えは、ただの無知な子どもの発想です。この砂糖のように、どこまでも甘い、甘い考えですよ。まぁ、それをするのは、その方の自由なんですがね」

 

 

 どうぞ、と差し出された砂糖の入った袋を受け取ったルクスが、それを自分の紅茶の中へ流し込んでいく。さらさらと落ちていく純白の滝は、茶色い水面と混ざり合い、甘みを加えていく。

 

 

「だとしても、本当にそれでいいのかな……」

「だからこそ、彼はその行動に出たのです。どこまでも甘い考えを持つのですね、貴女は」

「仕方ないでしょ、こういう性分なんだから」

「ではお訊きしますが、もし仮にこの世界が滅びた場合、それがなにかの欠損によって起こされたものなら、貴女はどうします?」

「……諦めるだろうね。たとえその欠損した部分を持ってきたとしても、その世界はもう死んじゃってるんだから」

「なるほど、貴女はそう考えますか」

「うん……ん?」

「おや? どうかされましたか?」

 

 

 エピソードの問いには答えず、ルクスはゆっくりと椅子から立ち上がる。驚愕に見開いた目で人混みの中から彼女を見つめる男に、彼女は覚束ない足取りで近づいていく。

 

 

「零君……零君!」

 

 

 走り出したルクスは、じっと彼女を見つめていた男、レイに抱きついた。涙を流しながらかつての想い人の体に自分の顔を擦りつける幼き女神の頭を、レイは優しく撫でる。

 

 

「……ただいま、ルクス」

「うん……うん……! おかえり、零君!」

 

 

 同じ笑顔を浮かべる二人を眺めながら、エピソードは先のルクスの答えを思い浮かべる。

 

 ーーーたとえその欠損した部分を持ってきたとしても、その世界はもう死んじゃってるんだから。

 

 

(確かに、その通りかもしれません。ですが、私の場合は……)

 

 

 袋から砂糖を紅茶に流し込み、マドラースプーンを使って混ぜていく。時計回りに動くマドラースプーンによって、砂糖の存在を裏づける白色はゆっくりと動いていき、紅茶の色を変えていく。

 

 

「僅かにあるであろう可能性に賭けて、どこか別の場所から、その欠損した部分を持ってくるでしょうね」

 

 

 一通り混ぜ終えたのを確認してから、エピソードは甘くなった紅茶を一気に飲み干した。

 

 口内を満たす甘さを感じながら、自分のこの考えは、諦めの悪い子どもが抱く甘い考えなのかもしれないと、エピソードは思った。

 





 物語も半分終わったので、念のために質問コーナーを設けたいと思います。質問したいことがあれば、私の名前をタップまたはクリックして、「死を告げる剣士は光を知る 質問コーナー」のタップまたはクリックです!


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Sacrifice to despair The fox's destination

 

 お父様が帰ってきてから、今まで薄暗い雰囲気が漂っていた我が家は一変しました。私たちもお父様が帰ってきたことを喜びましたが、一番喜んでいたのはお母様でした。現在、お母様は数ヵ月間会えなかった期間を埋めるかのようにお父様とイチャイチャしています。お母様は今年で三十五歳だというのに、まるで少女のようにお父様に甘え、またお父様もお母様と同じようにしているのか、お母様に甘えています。……そうなると、自ずと出てくる問題があります。

 

 まず、イチャイチャしすぎです。イチャイチャするにも限度というものがあるということを絶対知らないであろう二人はどこでも構わずイチャイチャしまくりますので、私たちが落ち着けるような場所がありません。なので私たちは今、二人だけの世界と化している屋敷の前に広がる庭でペットたちと遊んでいました。

 

 

「まさか、あそこまでイチャイチャするとは……。羨ましいを通り越して、少し呆れます」

「仕方ないよ。両方ともお互いにぞっこんなんだから」

「いいなぁ。私も零君とイチャイチャしたい」

「レイは、既婚者だ。そんな、気は、起こすな」

「そうそう。あの人を怒らせちまったら、その日は地獄を見るからな」

 

 

 羨ましげに屋敷を見上げるお姉様は「わかってるよ、そんなこと」と言ってボールを投げます。それを追って駆けていったシラユキギツネのシロたちが一個しかないボールを取り合います。

 

 

「なんだか、犬みたいですね。キツネなのに」

「まぁ、『犬みたいな行動をするキツネ』として創ったからねぇ、そうなるのも当然だよ」

 

 

 ようやく決着がついたらしく、メスのスノーがボールを咥えてトコトコと歩いてきました。彼女から受け取ったボールをもう一度投げると、今度は遠くで待機していたフブキたちが取り合いを始めます。

 

 

「そういや、こいつらの宝物ってどこに隠されてんだ? ちっちゃい頃からこの屋敷に来てるが、そんな場所見たことねぇしよ」

「それがですね、私たちにもわからないんですよ。何度も探してみたのですが、結局見つけることはできませんでした」

 

 

 私とジークは、これまで何度と彼らの宝物が収められた場所を探そうとしてきました。しかし、ベッドの下を探っても、茂みを掻き分けても、見つかることはありませんでした。

 

 

(本当にどこにあるんでしょうか……。飼い主の一人として、知っておきたいのですが……)

「アリア」

「はい?」

「あの棒、さっきまで、あったか?」

「え? ……あ、本当です。どこから持ってきたのでしょうか」

 

 

 クロウさんの指が差す場所には、縄を編んで作られた薄汚れた棒を咥えたメスのシラユキギツネ、コナユキがいました。私たちが持ってきたのは数個のボールだったので、コナユキが咥えている棒には見覚えがありません。

 

 

「コナユキ、おいで」

 

 

 手招きをしたジークの元にコナユキが行き、ジークが彼女から棒を受け取ると、その目が見開かれました。

 

 

「これ、俺がちっちゃい頃に持ってたやつだよ! これですごい遊んでたから覚えてる!」

「あ、た、確かにそうです! 間違いありません!」

 

 

 ジークが持つ棒は、まだ幼かった私たちが遊びに使っていた棒そのものでした。一本しかなかったそれをジークと取り合って喧嘩したのは今でも覚えていますので、この棒がそれであることは確信できました。あれからこの棒の姿を見ることはありませんでしたが、この子たちの宝物になっていたんですか。

 

 

「コン! コン!」

「はいはい、そらっ!」

 

 

 早く投げてと急かすコナユキに頷いたジークが投げた棒を見事に空中でキャッチしたコナユキは、元気よくジークの元へ向かっていきます。

 

 しかし、後少しでジークの手が届く距離になったところでコナユキの足がピタッと止まりました。

 

 

「? コナユキ? どうしたの? ……えっ!? ちょ、コナユキッ!?」

 

 

 突然、コナユキがあらぬ方向へと走り出しました。それを慌てて追いかけていくジークの後に続くと、その後ろをさらに残りのシラユキギツネたちが追いかけてきました。

 

 

「コナユキちゃん、いきなりどうしたのっ!?」

「わかりません! ですが、とりあえず追いかけましょう!」

 

 

 そうして追いかけていくと、ようやくコナユキの姿が見えてきました。純白の尻尾を引きずりながら走る小さな体が急に方向転換し、茂みの中へと消えていきます。

 

 

「待て、コナユキ! わぁッ!?」

「ジークッ!?」

 

 

 コナユキを追いかけるべく茂みに入ろうとした弟の体がなにかに引っ張られるように茂みの中へと飛び込んでいき、それを見た私たちの足が止まります。

 

 

「……ジーク?」

 

 

 試しに声をかけてみましたが、返答はありません。少し嫌な予感を感じながら恐る恐る近づいていくと、突然手首が何者かに掴まれる感覚に襲われました。

 

 

「ひっ! きゃあッ!」

「アリア! なッ!?」

「クロウ君! わぁッ!?」

「ルクス! うわぁッ!?」

「コンコン!」

「コンコンコン!」

 

 

 転びかけた私の手を掴んだクロウさんの手を掴んだお姉様、そしてその手を掴んだハヤトさん、さらにその足にしがみつくシロたちで繋がれた私たちは、その謎の引力に抗うことすらできず、茂みの中へと吸い込まれていきました。

 



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An endless night town

 

「んっ……んん……?」

「む、起きたか」

「…………ふぇっ!?」

 

 

 目を覚ますと、視界いっぱいにこちらを覗き込むクロウさんの顔が見え、思わず裏返った声が出てしまいます。かなり高い音程で発した声に耳を塞ぎながら、クロウさんが私から離れます。

 

 

「いきなり、うるさいな。耳鳴りが、するぞ……」

「す、すみません! ですが、いきなり顔を覗き込むクロウさんも悪いです! それより、ここは?」

 

 

 自分の体温で暖められたふかふかのベッドから身を起こした私は自分たちのいる部屋を見渡します。見た感じ、大きさ的には私たちの住む屋敷と同じくらいですが、内装が自宅とは全く違うので、他人の屋敷であることは明確でしょう。

 

 

「俺にも、わからない。だが……」

 

 

 クロウさんがベッドに近い場所にある窓に近寄り、閉ざされたカーテンを一気に開きます。

 

 

「ここは、俺たちの、世界とは、違う、世界ということは、わかる」

 

 

 その先に広がっていたのは、毒々しい緑色の灯りが照らす、真夜中の街でした。私たちの世界ではあり得ない色の灯りに呆然としながらも、私はクロウさんに訊ねます。

 

 

「で、ですが、どうして私たちはここに? 私たち、屋敷の庭にいましたよね?」

「もしかしたら、あそこが、この、世界に、続く、扉、だったのかも、しれない。エピソードに、訊こうと、思ったが、なぜか、来てくれない」

「そ、そんな……。お父様たちになにも断っていないのに……」

「こんな、状況で、よく、そんな、ことが、考えられるな。……ッ!」

「ク、クロウさんッ!?」

 

 

 突然剣を引き抜いて私の前に立ったクロウさんが唇に人差し指を当てます。『静かに』、ということでしょうか、私は彼の指示に従い、口を閉じます。それから数秒と経たない内に、彼が睨む扉が開き、そこから杖を持った老人がずるずると羽織っているローブを引きずりながら部屋に入ってきました。

 

 

「……違うか」

 

 

 若干安堵したため息を吐いたクロウさんが剣を納めると、老人は左目にだけかけている眼鏡の位置を整えながらしわがれた声で言ってきました。

 

 

「はて? 先程、剣のようなものが見えた気がするのじゃが、気のせいかの?」

「いや、俺は、剣をーーー」

「は、はい! そ、その通りです!」

 

 

 素直に事実を伝えようとしたクロウさんの口を塞ぎ、慌てて老人の言葉を肯定します。白髪で隠された目から放たれる眼光が一瞬だけ私たちを貫きましたが、やがて「ほっほっほっ」と笑い出しました。

 

 

「いやはや、わしももう歳じゃのう……。気のせいとはいえ、まさか幻覚が見えるとは思いもしなかったわい。ほっほっほっ」

「あ、あの、ここは貴方の家なんですか?」

「いかにも。と言っても、現在この屋敷の主は、わしの孫娘が勤めているのじゃが。わしゃもうボケの回ったジジィじゃ。まともに家族の生計を立てることさえ叶わん」

「その孫娘さんは、今どちらに? ここを貸してくださったお礼がしたいんです」

「ほっほっ、これは礼儀正しい娘じゃ。あの娘はーーー」

「ここにいるわよ」

 

 

 老人の声を遮って現れたのは、長い金髪に可愛らしいドクロの髪飾りを着けた、透き通るような蒼い瞳を持つ、ルクスお姉様と同じくらい小さな少女でした。

 

 

「おぉ、アリス。丁度いいところに。紹介しよう、わしの孫娘にしてこの《オスリクタ》の実質的支配者、アリス・ファウスト。我がファウスト家の偉大なる当主じゃ」

「お祖父ちゃん、そんな大袈裟に言わなくていいよ……。それより、そっちこそ自己紹介はしたの?」

「おっと、忘れておった。ほっほっほっ」

 

 

 まるで王様に対するように深々とお辞儀をする祖父は、アリスさんにかけられた言葉に自嘲ぎみに笑いながら、私たちに自己紹介してきました。

 

 

「自己紹介が遅れて申し訳ない。アルカード・ファウストじゃ。して、そちらは?」

「私はアリアです。こちらは友人のクロウです。よろしくお願いします、アリスさん、アルカードさん」

「さん付けは止めてよ。そっちの方が年上でしょ?」

「そうですけど、いいんですか?」

「全然構わないわ」

「それじゃあ、アリス……ちゃん?」

「まぁ、それが一番妥当ね。よろしく、アリアさん」

 

 

 妙に大人びた雰囲気を纏うアリスちゃんと握手を交わし、私はあることに気づきます。

 

 

「あの、ここに私と同じ銀髪の男の子と貴女ぐらいの小さな女の子、そして黒髪の男の子はいませんか? それと、二十匹の白い狐も」

「うん? 見てないよ。お祖父ちゃんは?」

「いや、わしも見てないのぉ。それに、いればフェンリールが気づくじゃろ」

「そうですか……」

 

 

 その答えに、私は肩を落とします。ここにいないとしたら恐らく、あの時茂みの中に引き込まれた際に離れてしまったのでしょう。

 

 そんな肩を落とす私を見かねたのか、アリスちゃんはドンッとそのまっ平らな胸を叩きます。

 

 

「仕方ないわね。探すのを手伝ってあげるわ。うちには使用人がたくさんいるから、全員使えばすぐ見つかるはずよ」

「え? い、いいんですか?」

「もちろん! あ、それと、帰る日まではこの部屋を使ってもらって結構だからね」

「あ、ありがとうございます!」

 

 

 寛大な心を持つ小さな当主に、私は深々と頭を下げ、早速とばかりに部屋から出ようとしました。しかし、それは「待って!」とアリスちゃんによって阻止されました。

 

 

「なんですか? 私はなんとしてもジークたちに会いたいんですけど……」

「うん。それはまぁ、いいんだけどさ……。ちょっと、問題があってね」

「問題?」

「あのね、これから言うことを落ち着いて聞いてほしいの」

 

 

 アリスちゃんは何度か深呼吸をしてから、とんでもないことを口にしました。

 

 

「君の弟は、処刑されることになるかもしれない」

 



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Big sinner

 

「処刑されるって……どういうことですかッ!?」

 

 

 私の叫びに、アリスちゃんは本棚に収められていた一冊の本を取り出して見せてきました。その本のタイトルは、『この世の大罪人』。ずいぶんと物騒な本を取り出したなと思いつつページを捲っていくと、アリスちゃんがあるページで指を挟んできました。

 

 『歴史上最悪の大罪人、ゼロ』。そのページには、そう書かれていました。

 

 

(『ゼロ』……? 『ゼロ』というのは、もしかして……)

「彼は、最年少で『モンスターハンター』の称号を得たハンター、ヴェリテとその(・・・・・・・)仲間を(・・・・)殺害(・・)し、あらゆる街を破壊、そして最後には、この世界から太陽の光を奪った、最強最悪の大罪人。その外見が、君の弟と全く同じなのよ」

「そ、そんな……」

 

 

 平行世界なんていうものの存在は、かつての私とジークの師匠だったケイナさんによって知っていましたが、こんな世界もあるなんて思いもしませんでした。

 

 

(この世界に、お母様はいない……)

 

 

 私たちの世界とは違うとはいえ、自分の母親がいないという事実を押しつけれ、膝から崩れ落ちました。

 

 

「大丈夫? アリアさん」

「こ、この世界では、お母様が……うっ……うぅっ……」

「アリア、落ち着け。ここは、俺たちの、世界じゃ、ない」

「そ、それでも……うぁ……お母様……お母様ぁ……ッ!」

 

 

 耐え難い哀しみにうちひしがれ、涙を流します。嗚咽を漏らし続ける私と、私の背中を擦るクロウさんを見るアリスちゃんたちは、なにが起こっているのかわからないと言いたげでした。

 

 ようやく、クロウさんの必死の慰めによって落ち着きを取り戻した私は、いきなり泣き出してしまったことを二人に謝罪しました。二人は快く許してくれて、しかも私が口にした言葉に突っ込みもしませんでした。気を利かせてくれたのでしょうが、変な人間だと思われてはいないかと不安になってしまいます。

 

 

「とにかく、ジークたちはこのことを知らないはずですから、一刻も早くジークたちを見つけましょう!」

「だが、どうやって、見つける? この街は、広いぞ」

「そこは大丈夫だと思う」

「どういう、ことだ?」

 

 

 クロウさんの質問に、アリスちゃんは窓の向こうに広がる真夜中の街を眺めながら答えます。そこからは、小さいながらも無数の野太い声が室内に流れ込んでいます。

 

 

「この声がする方に行けば、絶対会えるよ」

 

          ***

 

「「「うぉおおおおおおおおッッッ!!!」」」

「「「待てぇえええええええッッッ!!!」」」

 

 

 後ろから轟く衛兵たちの叫びに対抗するように叫びながら、俺たちは緑の街灯が照らす街中を走る。

 

 突然見たこともない街で目が覚めたと思いきや、突然衛兵たちに追いかけられるわ、シロたちともはぐれてしまうわ、逃げ続ける度に追いかけてくる衛兵の数が増えるわと嫌なことが連続で起こった俺たちは、全速力で衛兵たちから逃げていた。

 

 

「おいジークッ! いったいなんだよこの状況はッ!」

「知るかッ! とりあえず逃げるぞッ! なにがなんでも逃げ切るんだッ!」

「うわぁんッ! 怖いよぉーーーッ!」

「コンコンッ!」

 

 

 肩に乗っているフブキの指示に従い、俺たちは狭い裏路地に入り込む。かなり入り組んでいる裏路地を走り抜けて拓けた場所へ出ると、俺たちを見つけた衛兵たちが追いかけてくる。裏路地に入った俺たちを包囲すべく分かれたことにより、俺たちを追いかけてくる衛兵たちの数が減っていることを確認した俺はフブキの頭を撫でる。こんな状況でもこのペットは嬉しそうに鳴き、それが少し羨ましいと思いながら走り続ける。しかし、いつまで体力が続くはずもなく、

 

 

「はぁ……はぁ……も、もうダメぇ……!」

「ルク姐!?」

 

 

 ついに体力切れを起こして立ち止まったルク姐の手を掴むために若干息が切れている俺たちが振り向くと、俺たち目掛けて鬼の形相で走ってくる衛兵たちの姿が見えた。その顔には明らかな疲労が見えるが、まだまだ走れそうな気配を感じる。

 

 

「ハヤト、ルク姐! 俺の後ろにッ!」

「わかった!」

「うん!」

「フブキ、飛ばされないようしっかり掴まってて」

「コン!」

 

 

 二人が俺の後ろに回るのを確認してから、俺は龍人態に変化する。俺の姿が変化したことに衛兵たちの足が止まり、その隙をついて俺は黄金と白銀の双剣を地面に叩きつける。

 

 巨大な爆発音と共に煙が上がり、俺は二人を抱えて夜空を飛翔する。翼を羽ばたかせたことで煙が晴れ、先ほどまでそこにいたはずの俺たちがいないことに驚く衛兵たちのどよめきを聞きながら、俺は近くの山頂に降りる。

 

 

「つ、疲れたぁ!」

 

 

 二人を下ろし、龍人態を解除した俺は近くにあった手頃な大きさのなにかに背を預ける。

 

 

「本当、なんだったんだろうね……? 私たち、なにかしたかなぁ?」

「いや、狙われてたのはジークだけじゃないか? あいつら、ジークのことを『ゼロ』って呼んでたが……」

「さぁ……? とりあえず、今は休もう……」

「コン」

「ん? どうした? フブキ」

 

 

 袖を引っ張るフブキに顔を向けると、フブキは俺が背を預けているものに視線を向ける。それにつられて俺も自分が背を預けているなにかに目を向けると、ある一行の文章が見えた。

 

 

『勇敢なるハンター、ヴェリテ ここに眠る』

 

 

 それは、見間違うこともない、母さんの墓石だった。

 



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The identity of the black beast

 

「なんとなく感じていたけど、やっぱりここは私たちの世界じゃないみたいだね。だから、私たちの世界にいるヴェリテのお墓があるんだよ」

「そうか……。この世界じゃ、母さんは……」

 

 

 見つめていた母さんの墓石から視線を動かしてみると、その他にもいくつかの墓石があった。その墓石には、ザック、エリカの名前が刻まれており、彼らもこの世界では故人であることを証明している。それ以外にも多くの墓石があるので、どうやらここは墓地のようだ。

 

 

「私のお墓はないみたいだから、死んではいないのかな? それとも、元々この世界には『私』の存在がないのか……」

「あるのか? そんなこと」

「うん。平行世界と言っても、なにもかもが同じってわけじゃない。現に私たちの世界にいるヴェリテたちはこの世界じゃ死んじゃってるし、あの街は私たちの世界にはなかったものだし」

 

 

 緑色の街灯が照らす街を見下ろしたルク姐が、「ママはいるのかな……」と哀しげに呟くが、その考えを振り払うように頭を振って、母さんの墓石に視線を移す。

 

 

「それにしても、あの花は誰が供えてくれたんだろうね?」

 

 

 母さんたちの墓石に供えられている小さな花は、どこからか運ばれてきた風を受けて揺れる。

 

 

「紫のヒヤシンス……、花言葉は『悲しみ』や『悲哀』、西洋の言葉だと『I'm sorry(ごめんなさい)』、『please forgive me(許してください)』。あの花を供えたのはたぶん、昔ヴェリテたちに対して酷いことをしちゃった人が供えたんだろうね。でも、普通死者には冥福を祈るんだから、この花を選んだ人はちょっとお馬鹿さんなのかも」

「そうかもな。……ッ! 誰か来る」

 

 

 俺はルク姐とハヤト、フブキと一緒に木の後ろに身を隠す。それから数秒と経たない内に、翼が羽ばたく音と大きなものが着地する音が聞こえてきた。

 

 

「■■■■…………」

(……ッ! この声は……)

 

 

 一瞬だけ二人と顔を合わせてから、俺はこっそりと顔を出す。

 

 そこにいたのは紛れもない、あのミデンの側近の獣だった。この暗い中でも視認できるほどの闇のオーラを纏う彼の手には、彼とは不釣り合いな白い花弁を持った、美しい花が握られていた。

 

 

「Verite……、Zack……、Erika……」

 

 

 墓石に刻まれた三人の名前を呟きながら、獣はその手に持った花を供えていく。一通り花を供え終えると、獣は母さんの墓石の前に座り、その無限に放出されている闇のオーラを消滅させる。暗いためシルエットしか確認できないが、外見からして身長は俺と同じくらいだろうか。

 

 

「……スマナイ、ミンナ……。俺ガアノ時、闇ヲ制御デキテイタラ……コンナコトニハ……」

 

 

 雑音が混じったような声で、獣は母さんたちに謝罪する。その声は、どこかで聞いたことのあるような声だった。嗚咽を漏らし、肩を震わせながら、獣だった人間は母さんの墓石に手を置く。

 

 

「『好き』ッテ言ワレタノニ……俺ハ、ナンテコトヲ……! 許シテクレ……許シテクレ……!」

 

 

 まるで神に懺悔するかのように、男は何度も「許シテクレ」と呟き続ける。しかし、その謝罪に答える者などどこにもいない。ただ冷たい風が、周囲の木々を揺らすだけだ。

 

 やがて立ち上がった男の横顔が、街から運ばれてくる光に照らされる。それを見た時、俺は自分が息を飲んだのを感じた。

 

 彼は、黒みがかった白銀の髪を持つことを除けば、父さんにそっくり(・・・・・・・・)だった(・・・)からだ(・・・)

 

 息を飲む俺に気づくことなく、父さんと瓜二つの姿を持つ彼は自身の体を再び獣のそれに変化させ、翼を羽ばたかせて飛んでいった。

 

 

「ジーク君? どうしたの?」

 

 

 獣が去っても動くことのない俺を訝しげに見上げるルク姐に袖を引っ張られて、俺はようやく声を絞り出せた。

 

 

「ルク姐……平行世界にも、父さんはいるのか……?」

「? そうだけど、それがどうしたの?」

 

 

 首を傾げるルク姐に、俺は先ほど見た獣の横顔が、父さんと瓜二つだったということを告げた。それを聞いたルク姐は、「まさか……そんなはずは……」と呟き、「……いや、そうとしか考えられない」と、まるで受け止めたくない事実を受け止めるように頷いた。

 

 

「あの獣の正体、わかったかもしれない」

「ということは、やっぱり……」

 

 

 俺の言葉に、ルク姐は大きく頷く。

 

 

「たぶん、あの獣の正体は……この世界(・・・・)の零君だよ(・・・・・)

 

          ***

 

 緑色の輝きを発する街の上空を飛びながら、ゼロは下界に視線を向ける。この暗黒の世界にも馴れ、賑わいが聞こえてくる街を見下ろしていると、その超人的なまでの視力が酷く焦っている様子で走っている少女を見つけた。

 

 長い銀髪を乱して、周囲を見渡す彼女は確か、かつて自分と共に旅を少女の娘だったはず。確かその名前は、

 

 

「Aria……」

 

 

 ゼロは彼女の姿を記憶に焼きつけながら、どこまでも続く、果てしない夜空を飛翔した。

 



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The flame given by the devil

 

 衛兵たちの声がする場所へ向かってみたものの、ジークたちの姿はありません。走っている最中に見たあの爆発音と巨大な煙からし