ロクデナシっ^2 (3148)
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ロクデナシ教師と錬金術師 第一話

グレンと生徒達とラケル(オリジナルキャラ)の楽しい学園生活がスタートします(笑)
ロクデナシが二人に増えて前途多難ですが、生暖かい目で見守って頂ければ幸いです。

アニメの一話が終わった後、グレンとシスティーナとの対決が終わり、授業でグレンの評価が見直された所からのスタートです。

一応オリキャラの挿し絵(白黒)だけ出来たので投稿してます。


【挿絵表示】



「どうして、教師を続ける気になったんだ?」

セリカがグレン・レーダスに尋ねる。

「あいつらの……未来を見てみたくなったからな」

そういうと、下校するルミア・フィーベルと白猫ことシスティーナ・フィーベルを見送る。

「そうか、私も教師に推薦した甲斐があったよ」

自慢げに語るセリカにグレンは毒気つく。

「イクステイング・レイで消し炭になるのも嫌だからな」

フフッ、とセリカが笑うと少し考え込むような仕草をして、グレンに尋ねる。

「一人、任せたい生徒がいるんだが……いいか?」

露骨に嫌な顔をするグレンが、両手をクロスさせて拒否の意思を表す。

「まぁ、そう言うな。真面目で素直で、能力も魔力適正も問題ない。形としてはクラス替えになるのか、編入かは校長と話をしてからだが」

「素直で、真面目ねぇ……」

頭を掻き、屋上から校内に戻ろうとするグレン。

「どうせ断れないんだろ、別に一人や二人増えても問題ねぇよ」

そう言うと、すでにグレンの姿はなかった。セリカは手すりに背中を預けて、空に向けて呟いた。

「それと、お前に負けず劣らずの、トラブルメカーだ」

その言葉がグレンに届いていたのかどうかは、分からない。

 

『そう遠くない昔、大錬金術師と呼ばれる賢者がいました。百人が百人認める才能とその錬金術は周囲の尊敬を集め、東西南北あらゆる地から教えを乞いに来る者が後を絶ちませんでした。

「大錬金術師様、真理とはなんですか?」

ある日、一人の弟子に問われました。しかし、大錬金術師は答える事は出来ませんでした。

「真理とは、私にも手が届かぬ領域だ」

それから、大錬金術師は真理を追究し始めました。その途中で弟子達同士で争いが起こるようになりました。大錬金術師は呆れて人里離れた場所で静かに研究しました。

争いは続き、互いが取り返しの付かないほど消耗したところで大錬金術師がいなくなっていることに気がつきました。勝った側も負けた側もボロボロで、どうしようも無くなったときに始めて弟子達は気付きました。

「争いを起こしたことが、間違いだったのだ」

気付いたときにはすでに遅く、弟子達は衰退していきました―――』

 

 「えー、新しく編入して来たラケル・マグヌス君です。皆仲良く……あれ?」

名前を紹介しただけなのに、教室がざわつく。

「あー! あんたは!」

ウェンディが席を立ち、ラケルに指を差し叫ぶ。

「ん、なんだ知り合いか?」

グレンの問いに、悔しそうな顔でウェンディが答える。

「私の領地で出しているワインを買って、各地で売りさばいているマグヌス家の一人よ!」

ウェンディの言葉に小声で返す。

「それは唯の運送屋では……?」

「唯のじゃないわ! 出来が良い時は、早く買って高値で売りさばき、不作の時は売れ行きが悪くなったところで安値で各地に運ぶ姑息な商人なのよ!」

「商売上手ですね」

「……まぁ、なんとなくわかった」

家業でぶつかり合う間柄なのだろう、とグレンが呟くと別の声が聞こえた。

「グレン先生、質問ですが、本当にマグヌス家をこのクラスに加えるのですか?」

ギイブル・レイダン、錬金術が得意の眼鏡君だ。普段は冷静だが、どこか不穏な空気を醸し出している。

「ああ、俺の意思じゃないが、上の指示には従うさ」

責任転嫁をさりげなく行っていくスタイル。

「……正気を疑いますね。あんな没落貴族をこの学園に入れるとは、どうせ成金にお金で無理矢理ねじ込まれたのでしょうが」

苛立った雰囲気隠す様子もなく、ギイブルが眼鏡越しにラケルを睨む。それを感じてグレンがラケルに耳打ちする。

「おい、あんなこと言われてるけど……」

「ん? 大体合ってると思いますが、どうされましたグレン教諭」

頭の上にクエスチョンマークを浮かべたような顔でラケルが返事をする。その反応が意外だったのか、グレンは少し驚いたようだ。

「その行為が、恥曝しだと気付かない馬鹿親も問題外だと思いますがね」

ギイブルが不満を垂れ流しているのを、ルミア=ティンジェルが諫めようとしたが、それよりも早く、ラケルが反応した。

「これは僕個人の問題であり、父上と母上への侮辱は止めていただきたい、ギイブル殿」

ギイブルがラケルに反応しそうになるのをグレンとルミアが止める。

「まてまてまて! 早々にケンカを始めるな、面倒くせぇ!」

「そうだよ、ギイブル君も流石に言いすぎだよ!」

フン、と鼻を鳴らし、これ以上の諍いには発展しなかった。しかし、ギイブルが抱いている嫌悪感はクラスルームの皆も同様で、ラケルが座る席から誰もが離れて行った。

「はぁ……まぁいいや、授業はじめっぞ」

いつも通りにやる気のなさそうなグレンの言葉から講義が始まる。

 

 「グレン先生、どういうことなんですか!?」

最初の講義が終わり、休憩の時間になる。次は錬金術の講義なので、皆がそれぞれ準備を始めているのだが、システィーナ=フィーベルがグレンを問い詰める。

「なんのことだ?」

「惚けないでください! 流石に言葉にはしませんが、ギイブルが言ってる事は正論だと思います!」

どうやらシスティーナも、ギイブルと同意見だったらしい。だが、それにグレンは真面目に答えようとはしない。

「俺はべつにいいんじゃね、って思うけどな。入ってくる奴の大概が金持ち貴族のボンボンってだけで、入学してはいけないルールはなかったはずだぜ?」

グレンの言うとおり、身分や経歴への規則はないが、それ以前に無名の者やいかがわしい者は審査で弾かれており、暗黙の了解という形にはなっていた。

「システィ、言いすぎだよ? 何か理由があるかもしれないし、もしかしたら本当に凄い人かもしれないんだらか、ね?」

ルミアが横からシスティーナを宥める。

「意外と良い奴かもしれんぞ? 俺は知らないけど」

「どや顔で何言ってるんですか! このロクデナシ教師!」

そう言い、怒りを顕わにしながらも、席に戻るシスティーナ。それに併せてルミアも席に戻った。そうしてまもなくチャイムが鳴り、錬金術の講義が始まった。

 

 「え~、と言うわけで、これが錬金術の基礎となる詠唱になる。それぞれ、土、炎、水のルーンを現し、これを改変していくに当たって様々な物を作ったり、動かしたりしていく訳だが……勿論取り扱う魔術、物質に寄って、炎のルーンが詠唱省略に行われる傾向がある」

グレンがそう言うと、三小節の詠唱の真ん中の炎を現すルーン詠唱に丸を付ける。それに対し、ラケルが手を上げる。

「質問なのですが、どうして炎のルーンが省略されるのでしょうか?」

その言葉に、ギイブルが怒気を込めて答えた。

「過去に大錬金術師が『炎のルーンこそ、重要な要素である』と説いた事があるが、それはその時代での熱量のイメージが行いづらく、失敗例が多かった為で有り、現代における魔術において重要な要素とはなり得ない。錬金術の基礎の第七章に書いてある言葉だ! どうせその事を言ってるんだろう!?」

それに対しラケルが答える。

「あぁ、そんな本があるんですね。知りませんでした」

「てめぇん家の先祖が書いた文献だろうが! そんなことさえ知らずにここに来たのか! 馬鹿にも程があるぞ!」

激高したギイブルが指を指し、ラケルを睨みつけ、更に続ける。

「やっぱり、親が親なら、子も子ってことだな! お前の自慢の親も、とんでもない馬鹿なんだろうな!」

その言葉にグレンが反応し、ギイブルの元へ走り出す、しかしそれよりも早く、ラケルがギイブルの正面に立ち、首を締め上げる。

「……警告は、しましたよね?」

ギリギリと締め上げられ、ギイブルの口から泡がこぼれ出す。

「くっそ、俺より喧嘩っぱやいなんて聞いてねぇぞ!」

そう言いながら、ポケットにあるカードを手にし、固有魔術『愚者の世界』発動させる。勿論、その効果範囲内にギイブルとラケルも含まれており、あらゆる魔術の発動が制限される。

「……えっ?」

次の瞬間、ラケルが崩れ落ち、床に倒れ込む。解放されたギイブルは咳き込み苦しそうにしているが、大事には至っていないらしい。

「せ、先生! 流石にやり過ぎじゃ!?」

グレンは急いで固有魔術を解く。

「い、いや、そんなに大したことはしてないはずなんだが……」

グレンは少々驚きながらも、ラケルの状態を確認する。

「……息してねぇ、心臓も止まって脈も止まってる」

教室が一瞬で混乱の渦と化した、なにせ教師が生徒を殺したのだから、当然の反応だろう。

「……ゲホッ、ゲホッ」

しかし、その数秒後には息を吹き返したようだ。意識は失ったままだが、呼吸も正常で脈もある。

「と、とにかく俺はこいつを保健室に運ぶ、悪いがあとは自習だ」

そう言ってグレンが気絶しているラケルを背負い、運び出す。

「……くそっ、これだから野蛮人は」

「おい、ギイブル。それ以上は止めとけ貴族様の選民思想は分からなくもねぇけど、今のお前じゃ見苦しいだけだぞ」

グレンはそう言い残し、教室を後にした。乱暴に拳を机に叩き付けたギイブルは、その後一言も発しはしなかった。

 

 一面ほぼ真っ白な保健室、窓にはカーテンが掛けられており、ベッドが二つと移動式の仕切りがある。担当は不在のようでグレンがラケルをベッドに寝させる。

「……ん、ここは?」

「おっ、目が覚めたか。ここは保健室だよ、ぶっ倒れたお前を運んでやったんだ、感謝しろよ」

グレンは軽い感じで返事をした。

「ありがとうございます、お陰様で記憶障害もほぼなさそうです。一部筋繊維と関節に異常がありますが、それも問題無い程度ですので」

ラケルが当然のように頭を下げる。セリカの言ったとおり、真面目は真面目だが、色々とおかしい。

「んで、なんで倒れたのか教えて貰ってもいいか?」

ラケルは、勿論と返す。

「生まれつき体が弱く、内臓も筋繊維、果ては筋繊維や皮膚細胞、神経系も貧弱ですので、魔術で体を動かせるようにしてあるんです。ついでに、魔術を常に行使し続けなければ、体の一部の機能がストップしますが、流石グレン教諭の固有魔術には恐れ入りました。まさか、全て止められるとは思いませんでしたから」

ラケル本人は笑い事のように話すが、グレンは真剣にラケルを見る、いや見定めている。

「確かに、筋は通ってるな。んで、壊れた一部ってのは何時までに直せそうだ?」

グレンの問いに対して、直ぐにと返事をした。

「ア・ブラ・カ・タブラ」

その詠唱と共に、ラケルの全身に魔術陣が浮かび上がる。

「はい、直りました」

グレンが驚き、口を開く。

「お前、便利だなそれ」

「そうですか? マナも消費しますし、体内に魔方陣を刻まないといけないので、多用はおすすめ出来ませんよ?」

「げぇ、中に刻んでんのか。魔術制御が不安定な俺には無理だな」

そう言うとグレンは腰を上げる。

「どうせ午前の講義は自習だ。飯食う元気があるなら、食堂に直行していいぞ」

そうしてグレンは手を振りながら保健室を出て行った。

 

 




読了ありがとうございました。


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ロクデナシ教師と錬金術師 第二話

ラケル(オリジナルキャラ)の設定の回です。
なお、本人の設定はほとんど出てこない模様(笑)

システィーナは恋愛話は好きそうだなぁ、って思います。
まぁ、お年頃だと皆好きそうですが、イメージはルミアは聞き上手、システィーナは没頭しちゃう感じで……

そういえば、二話目で早々グレンの出番が無いんやが……(白目


 お昼休みになり、学食で食事をとっているラケル。人の数は多いが四人掛けのテーブルに一人で座っている形だ。先ほどの講義の噂が既に広まっているのだろう、席がなかったとしても、誰も近寄ろうとはしなかった。

「ちょっとルミア! 正気なの!?」

「もう、システィは心配しすぎだよ。ねぇ、ラケル君、同席してもいいかな?」

トレイを持ったルミアとシスティーナが、ラケルの向側の席に移動する。

「勿論どうぞ、お構いなく」

言葉遣いに対してか、困ったようにルミアが笑いながら席に着く。システィーナも渋々ルミアの隣に座る。

「ねぇ、体は大丈夫なの?」

ルミアがラケルに話しかける。

「はい、異常ありません」

「他に言い方はないの?」

システィーナがどこか機械的なラケルの言葉に少し苛立っているようだ。

「すみません、話し方が独特と言われるのですが、中々直らなくて」

「ふ~ん……」

訝しむようにシスティーナはラケルを睨む。

「ラケル君の両親のこと、聞いても良いかな?」

ルミアが切り出す。ギイブルとの喧嘩の件の発端でもあったので、ルミアもシスティーナも身構えている。

「良いですよ。父はマグヌス家の現当主で、母上は成金貴族の末女で、12年前に結婚しています。八年前に弟を産み、今は三人で……仲睦まじくとは言えませんが、仲良く暮らしているはずです」

「なんかちょっと、ひっかかる言い方だね」

ルミアが苦笑いをする。

「ええ、父上の博打好きと放浪癖が続いているので、母上から見つけたら家に帰すように、と言われているので。魔術の才能も博打の才能もないので、借金ばかりで母上が困っていますね」

システィーナが顔を歪める。

「なんか、似たようなロクデナシがいたような……」

「グレン先生と気が合うかもね。二人が出会った経緯って、どんなの?」

あまりその話題を続けるとシスティーナの機嫌を損ねそうなので、ルミアが話題を逸らした。

「切っ掛けは政略結婚です、成金貴族が権力を得るために貴族と、没落貴族が足りないお金を求めて、互いに良い条件だったのでしょう」

「政略結婚ね……同情するわ」

システィーナが呟く、なにやら思うところがあるらしい。

「二人が始めて出会ったとき、母上は遅れる事を恐れて、馬車を早めに走らせました。丁度約束の二時間前に着いたと聞いています。その時には既に父上も食事の会場に着いていたようで、後に着いた事を謝りに馬車を降りたのですが」

「そ、それで?」

システィーナの様子が変わり興味津々に聞いている。

「父上はそれを見て直ぐさま駆け寄ってこう言ったようです。『婚約相手がこんな美しい女性だなんて、僕は世界一の幸せ者だ!』と」

それを聞いたルミアは、苦笑する。

「ちょっと、恥ずかしいね」

「そうですね。そして母上は思っていた貴族のイメージから大きく離れた父上の姿に困惑しました。それにも関わらず、父上は執事にこう告げました、『食事まで時間はまだあるよね、少し彼女とデートしてくる!』それに執事は『料理長にはいつ来られても大丈夫なように準備させておきます』となれた対応で返したらしいです」

システィーナが呆れて話す。

「きっと、日常茶飯事だったんでしょうね」

ラケルは頷く。

「マグヌス家の三男で、派閥間の争いがなければ跡継ぎにはなれませんでしたから、あまり貴族らしい振る舞いは教えられなかったと聞いています。争いで父上の父上と御兄弟が亡くなられなければ、父上が当主になる事もなかったでしょうし」

「成る程、それでロクデナシ貴族になったわけね」

システィーナがため息を吐くように喋る。

「ちょっと、言い過ぎだよ、システィ」

ルミアがシスティーナをフォローしようとすると、ラケルが返事をする。

「はい、世間一般に言われる貴族からしてみれば、ロクデナシに該当すると思います。ただ、母上を連れて馬車に乗り、自分の土地を回り始めた父上は嬉しそうに領地の特徴や料理屋さんを母上に話し始めました。まだ緊張の解けない母上はその意図が分からず、どうしてそんな話をするのか、と尋ねました。父上は、『これから君と一緒に、領民と協力して暮らしていくんだから、君にも皆の良いところを知って貰いたくてね。それと……』父上がそう区切ると、徐々に町並みを抜け、小高い山道にでました。そこは大きく広がる湖と閑静な住宅街、そして、それを囲む山が見え、雄大な自然をそこに映し出していた、と聞いています。少し照れくさそうに父上は『君にも、この最高の風景を見て貰いたかったんだ』まるで子どものように笑う父上に、母上は恋をした、と言っていました」

「素敵な……お父さんですね」

ルミアが微笑む。ラケルの話でどこまで想像できたかは本人にしか分からないが、ラケルの両親を尊敬する気持ちが、少し分かった気がします、呟いた。

「母上は成金貴族という家柄と末女に産まれたことを負い目に感じていました。きっと結婚した後も、つらい目に遭うのだろう、そう思いながらも親に逆らえずに行われた婚約でしたが、『あの人と結婚出来て、私は幸せよ』と言っていました」

システィーナがハンカチで目元を拭く。

「何よ、良い両親じゃない! 政略結婚なんて関係ないじゃない!」

「もう、システィったら……」

ルミアが一人感極まっているシスティーナに、落ち着くように宥める。

「そ、それで? 他に話はないの?」

どうやらシスティーナはラケルの話を気に入ったらしく、もっとないのかと要求する。

「あるにはあるのですが……システィーナ殿は食事を取らなくて大丈夫ですか?」

ラケルがそう話すとテーブルの上には完食トレイが二つ、まともに手を着けていないトレイが一つあった。

「システィ、今からならまだ間に合う、と思うよ」

ルミアが控えめに早く食事するように勧める。急いで食べるシスティーナの姿はリスのようだった。

「それでは、話の続きはまたの機会、ということで」

そういうと、ラケルは静かに席を立つ。そうして、午後の講義は、不穏な空気は残しつつも騒動が起こることもなく、その日を終えた。

 




読了ありがとうございました。


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ロクデナシ教師と錬金術師 第三話

学園襲撃、皆大好きズドンさんと死霊術師さんとの対決です。

システィーナがヘタレ可愛いになった瞬間なので、結構好きです(小並感
なお、ここでは(ry




 「遅刻だー! 遅刻遅刻遅刻!」

寝坊して学園まで一直線に走るグレン、すでに一限目が始まる時間は過ぎているのだが、なんとか学園に辿り着く、と足を止める。

「……そこにいるんだろ? 出てこいよ」

「人避けの魔術を使用していたのですが、思ったよりも出来るみたいですね」

フードを被った怪しげな魔術師が現れる。普段であれば、警備が不審者を止めるはずだが、入り口に警備が立っていなかったということは、既に倒されているのだろう。

 

 「ズドン!」

軍用魔術がシスティーナの髪を掠る。その瞬間クラスルームの皆が理解した、敵勢力に責められていることを。

「ねぇ、ルミアちゃんはどこにいんの? 答えなかった奴からぶっ殺してくから」

そう脅すと、ルミアが席を立った。

「私が、ルミアです。他の人は関係ありません」

その言葉に帽子をかぶった男がゲラゲラと笑う。

「うん、知ってた。ルミアちゃんが名乗り出るまでぶっ殺してくゲームだったんだよね」

そう言うと、仲間であろうもう一人の男が口を出す。

「もう良いだろう、さっさとそいつを連れて行くぞ」

そうして教室を後にしようとした瞬間、ラケルが立ち上がった。

「あ!? なんだお前?」

「酷いですよ、僕が手引きしたのを忘れたんですか?」

その発言に、クラスメイトは驚愕する。

「その割には、教師とやらがいないようだが」

「教師の遅刻までは把握出来ませんでした

申し訳ないです」

帽子の男がゲラゲラと笑う。

「お前らも災難だったなぁ。こんな極悪非道な奴がクラスメイトなんてよぉ!」

 

元々休講日だったため、どこの教室も人気はなかったが、他の教室と比べ狭い、準備室なような場所に軍用魔術を操る男はシスティーナを連れ込んだ。

「へっへっへ、俺はあっちの芯の強そうな女より、お前みたいな強がってるやつの方が好みなんだよなぁ」

そう言うと、縛りあげた手を壁に押し付ける。

システィーナは小さく悲鳴を上げ、それでも男をにらみつける。

「いい加減にしなさい! こんなことをしてただで済むと思っているの!?」

気丈に振る舞うのも虚しく、指先は震えている。

「まさか、こんな状況で助けが来るなんて思ってる訳じゃないだろう? 先公も今頃入り口にいる仲間にやられてる頃だしなぁ!」

怯えを隠すために強がるシスティーナは、同じ教室にいるラケルに言葉を向ける。

「ラケル、あなた何を考えているの!? こんなことをしていいと思ってるの?」

「校則では、他者を学園に招いてはいけない規則はありませんので」

淡々と答えるラケルに、普段であれば呆れていたシスティーナも、おいつめられたこの環境では、恐怖に変わる。

「……冗談でしょ?」

普段から冗談など言わない変人だ。顔色一つ変えないラケルの言葉に、僅な希望が打ち砕かれる。

「はっはっは、もしかしたら俺よりもクズかもな!」

取り繕った仮面が剥がれ、少女はただ許しを請う。

「ゆ……許して」

消え入る様な少女の言葉に気分を良くしたのか、男は興奮する。

「なんだよ! 随分と落ちるのがはえぇじゃねぇか!」

その時、扉が開く音がする。

「……」

グレンが顔を覗かせると、低いテンションで一言だけ喋りドアを閉める。

「間違えましたー」

「いや! 助けなさいよ!」

 

 「少し、見てきます」

出て行ったグレンに直ぐに反応したのはラケルだった。扉を開けて追いかける様に教室を出ると、静けさがあたりを包む。

「一体なんなんだ?」

男もシスティーナも呆気にとられていると、再び扉が開いた。

「……どうだった、ってお前かよ!?」

戻ってきたのはグレンだった。ラケルの姿はなく、男は混乱している。

「まぁまぁ、そうあせんなって。あいつならその内戻ってくるだろ」

そう言って、警戒する様子も無く教室内に入ってくる。それに対し、システィーナが警告する。

「気をつけて下さい先生! この男軍用魔術を―――」

「遅ぇよ! ズドン」

一歩一歩近づいてきているグレンに、軍用魔術の省略詠唱を唱える。

「……え?」

システィーナが一瞬目を閉じた、だが何も変わらずグレンは近づいてくる。魔術が発動した様子はない。

「ズドン! ズドン! くそっ、なんで発動しねぇ!?」

グレンがポケットから一枚のカードを取り出す。そこには『愚者』と書かれていた。

「種明かしをしとくとな。これが俺の固有魔術、ザ・フールだ。効果は一定範囲内の魔術のは発動を停止する……残念ながら、俺の魔術も使えなくなっちまうんだが」

話している最中に駆け出す。予想外の事態に対応が遅れている男に、急接近する。

「まじかる☆ぱーんち」

振り上げられた右足が男のあごを強襲し、一撃で気絶させた。

「って、キックじゃないですか」

グレンがシスティーナに振り返りながら、答えた。

「その辺が、『まじかる』だ」

 

 グレンがシスティーナを縛っていた縄をほどき、教室の外に声を掛ける。

「そろそろいいぜ」

その言葉に応えるようにラケルが現れる。

「あっ、ラケル! 今更、何をしに来たのよ?」

現れたラケルに警戒するシスティーナだが、グレンは慣れた手つきで男の身動きが取れない様に縛り上げていく。

「さて、今何が起こってるのか、教えてくれるんだろ?」

驚くシスティーナを余所にラケルが答える。

「現在、この学校に天の知恵研究会の一派が侵攻しています。目的はルミア・ティンジェルですね。人数は三人と少数ですが、内部工作もあり、問題なく準備が整っていっています。グレン教諭が現れたこと以外は」

淡々と説明するラケルに、グレンは呟く。

「ルミアが目的、天の知恵研究会……どっちにしても碌でもない事は間違いなさそうだな」

そう言って立ち上がるグレンに意識を取り戻した男が声を上げる。

「くそっ、なんだよてめぇ、ここになって怖じ気づいたのか? 講師一人だっていうのに」

どうやらそれは、ラケルに向けられた言葉だったようだ。

「僕はグレン教諭とは相性が最悪ですので、敵対するのは得策ではないかと」

ラケルの返答に唾をはく男、不機嫌そうに呟く。

「そこの腰抜けと入り口の雑魚と同じと思わない方が良いぜ、あいつは比較にも……っと早速来たみたいだぜ」

どす黒い魔方陣から、幾つもの骸骨が現れる。

「死霊術士かよ、まじで碌でもないな」

 

 グレンの拳が骸骨の頭部を捉える、だがダメージは見られず逆にグレンが悲鳴を上げる。

「いってぇ! カルシウム取り過ぎだろう!?」

その姿を見て、システィーナが補助の魔術を行使する。

「ナイス、白猫っ」

「もう、ちゃんとして下さい!」

風の保護により、威力があがった拳は次々と現れる骸骨を砕いていく。だが、現れる数が多すぎる、処理しきれず段々と苦しくなっていく。

「あんたも何かしなさいよ!」

システィーナが隣に立つラケルに声を掛けるとラケルがグレンに声をかけ、骸骨が持っていた剣を奪う。

「お二人は先にどうぞ、引き留めますので」

的確に間接を打ち払い、動きを抑えていくラケル。時間が経てば復活するだろうが、崩れた骸骨は次々現れる死霊の邪魔になっている。

「……それじゃ、頼んだ!」

「ええっ!?」

グレンはシスティーナを抱え、教室を飛び出す。

「……ああ、貴方もこのままにしておくのは問題ですね」

縛られていた男に剣を振り下ろす。何事もなかったかのように、骸骨の相手を繰り返す。

 

「だ、大丈夫なんですか!?」

「知らんっ、だがなんか策はあるんだろ!」

少なくとも、自己犠牲とかそういうのには見えなかったからな、とグレンは逃げながら叫ぶ。二人で先ほどの部屋から逃げていくと、再び後ろから骸骨が現れる。

「ちっ、やっぱり追いつかれちまうか」

数が多いことと疲労がない以上追いつかれるのは予測が出来た。

「おい、白猫。あいつらを止める事は出来るか?」

実戦経験など一度も無いシスティーナは無茶だと言う。だが、出来なければ現状は変わらない、そのことも理解はしている。

「……やってみます」

覚悟をきめて、システィーナが足を止める。教科書通りの魔術では、威力も範囲も足りない。校舎の廊下という狭くて風が通る遮蔽物が無い環境でも、不特定多数を抑えることは簡単では無い。

「大いなる風よ……違う。つむじ風よ……範囲が狭すぎる」

詠唱を考えるシスティーナ。言葉はそのまま魔術に影響する。彼女が持つ経験、知識を総動員して、魔術改変を行う。

「荒れ狂う風よ 猛々しく駆けよ 『ゲイル・ブロウ』」

システィーナの放った風魔術は、暴風とも見間違う程、骸骨達を襲い、体勢を崩す。だが、決して相性が良くないのか、徐々に進み出そうとする。後ろから団子状態になって更に近づこうとする骸骨達。

「先生! やっぱり私じゃ……」

「十分だ、やるじゃないか白猫」

グレンがポケットから取り出したのは赤く輝く宝石。魔力の込められたそれは魔術の発動の補佐を行う。意識を深く集中させたグレンは、最上級魔術の詠唱を唱える。

「吹き飛べ、有象無象!」

グレンの正面に5層に渡る魔方陣が展開する。幾重に張り巡らされたそれに、魔力が注ぎ込まれ、過剰とも思えるほどに稼働する。

「『イクステンション・レイ』!」

目を覆いたくなるほどの閃光が放たれ、迫る骸骨達を呑み込み、光が収まった時には破壊の跡が残るだけだった。

 

 イクステンション・レイを放ったグレンは顔色が土気色に変わり、明らかな疲労の色が見えた。

「先生! 大丈夫ですか!?」

システィーナがグレンの元に走り寄る。二人共に明らかな疲労の色が見えた。そこに六本の剣を宙に浮かせ近づいてくる男の姿があった。

「まさか、イクステンション・レイまで使えるとはな。だが、もうマナも残っていないだろう……ん?」

グレンに意識を向けていると別方向から声が聞こえてきた。

「熱せ、叩け、冷やせ、叩け……」

幾度も幾度も繰り返されるその呪文と共に、刀身のみを携えたラケルが現れた。

「ラケル、大丈夫だったのか」

「なんだ貴様か、今更何をしに来た」

できあがった刀身に、白木の柄を取り付け、留め金をし、最後に簡素な鍔を取り付けるとラケルが答える。

「手こずっているようですので、様子を見にきました……状況は見たままのようですね」

そう言うと、日本刀を鞘に収める。

「まぁ、この状態になっちゃ……俺も流石に止められないな」

グレンがラケルを睨みつける。だが、マナ不足の状態では、満足に動けるわけでは無い。

「そうですね、万全であれば天敵ですが、今のグレン教諭の状態では邪魔されずに行動できそうです」

システィーナは驚きで言葉も出ないようだ。

「喋りすぎだ、それを油断というのだ」

男がラケルを諫めると、再び意識をグレンに戻す。それに対し、グレンが言葉を返す。

「てめぇらをぶっ飛ばして、ルミアを助けに行く! それが俺の今の仕事だ!」

そう叫ぶと、男があざ笑う。

「愚かな……」

そうして、刀が振り抜かれる。

「なっ……裏切るのか!?」

「校則第八条の二 生徒は先生の指示に従うこと、但し、その指示に不備がある場合はその限りではない。先ほどの指示に不備があるとは感じませんでしたので」

ラケルがそう言うと、二本の剣を真っ二つにした日本刀を、抜刀したまま翻す。

「僕が交わした契約は、日時、場所の誘導と転送方陣書き換えの協力とそちらの技術提供のみです。元より学生としてこの学園に所属する契約をしていますので」

すると再び、日本刀で二本の剣を真っ二つにする。だが、その衝撃で日本刀が折れてしまった。

「ふむ、課程を省略すると性能が落ちますね。備えておくべきでしたか」

そういうと、折れた日本刀を捨てる。魔術師が残った二つの剣で襲いかかる。

「な、なめるなぁ!」

舞うように剣を交わし、柄を掴みとる。

「な、なぜ私の剣が動かない!?」

何度も繰り返し、剣を操る魔術発動させるが、ラケルの手から剣が離れることは無く、無防備な両腕を切り落とされる。

「あなたが剣に掛けるエネルギーよりも、僕の握力の方が勝っているだけですよ」

そういうと、両腕の血管をふさぎ、出血死しないように魔術をかける。

「ラケル……味方、なのか?」

「僕はこの学園の生徒です。アルフォネア教授と契約しました。ですので、基本的には先生の指示に従いますよ」

それに対し、グレンが呆れる。

「敵を学園に招いておいて、よく言うぜ」

「規則に敵勢力については定められていませんでしたので。それに、僕が協力した段階だともう止められる状態じゃありませんでしたから」

「物は言い様だな……まぁいいや、とりあえず、今は信用するぞ、ラケル」

「ええ、まともな指示の範囲内なら従います」

ラケルは笑顔で返事をしながら、魔術師の足を踏みつけ折る。

「う、うぐぅあぁあ!!?」

痛みと恐怖で魔術師がうめき声を上げる。

「んで、そこまで痛めつける必要あんの?」

男の悲鳴を聞いて喜ぶ趣味は無いとグレンが呟く。もう一本の足を折って、魔術師が気絶したのを確認し、ラケルが答える。

「ええ、そろそろアレがきそうなタイミングですので、三対二だとちょっと厳しいかな、と」

嫌な予感がグレンを襲う。

「おい、それって……」

「あっ、来たみたいですよ」

グレンが開けた穴から毒と酸の雨が降り注いできた。

 

 




読了ありがとうございました。

ネクロマンサーさんなんか復活するらしいっすね(原作知らない
アニメ二期来ないかなぁ


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ロクデナシ教師と錬金術師 第四話

オリジナルの敵キャラです(二度目

小説読んでないので分からないのですが、復活したんですかね、ネクロマンサーさん?
設定間違えてるかもしれないけど、二次創作だから誤差だよ誤差(暴論
ヌッ(即死


 「あぶねぇ!」

グレンは間一髪、システィーナを抱えて横っ飛びで壁に隠れた、ラケルも同様に外壁側に背を預けて様子を見ている。

「新手か……?」

グレンの言葉に、ラケルが返す。

「いや、入り口で先生が一人倒したでしょう? その人ですよ」

「どういうこった? 身動き出来ないようにしておいたはずだけどな」

中庭の方から、確かにグレンが倒したはずの男が歩いてくる。

「説明、長くなりますけど」

「簡潔に頼むわ」

グレンが苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「理屈抜きでいいなら、倒した敵はほぼ全員一度復活します。一部は強力になっている可能性がありますが」

グレンが首を傾げる。確かに白魔術に体力を回復する物もある。だが、それを得意とした魔術師には見えなかったし、それに気絶した状態からこれだけ早く復活するとは思えない。

「まぁ、実際こっち来てるんだから、今は対処の方が……」

「先生! 一体どうなってるんですか!?」システィーナの混乱が極まったところで、叫び出す。

「おい、白猫。悪いが今それを聞いてる余裕はないんだ、走れ」

「えっ?」

グレンが曲がり角に滑り込むように走るのとほぼ同時のタイミングで、グレンが最初に倒したキャレル=マルドスが開けた穴から入ってきた。

「グレン先生、そっちはお任せしますよー」

「何言ってやがる、お前も―――」

グレンが文句を飛ばし終える前に、反対側から軍用魔術の詠唱が聞こえた。

「ズドン」

ライトニング・ピアスを、ラケルの剣が弾く。一発目を皮切りに、幾度となく閃光が瞬く。

「くそっ、あっちはあっちで手一杯ってことか」

「せ、先生、状況が全く分からないんですが……」

取りあえず言われるがままに壁を背に隠れたはいいが、システィーナはどうすればいいのか、誰が敵で誰が味方かも分からない状態のようだ。

「説明してる時間が無い、白猫、風魔法は使えるな?」

一瞬の戸惑いの後、返答する。

「詠唱省略は出来ないと思いますが、基礎的な呪文なら扱えると思います」

「よし、それじゃ思いっきり相手の方向にぶっ放せ、後は俺が何とかする」

そういうとポケットの中の愚者の世界に手を伸ばす。足音が段々と大きくなり、まもなくこちらに来るだろう。

「大いなる風よ 集い廻りて 防壁となれ!」

三節からなる詠唱で、風が吹き荒れ、酸の雨を押し返していく。

「ナイスだ、白猫!」

すぐさま魔術を解き、酸の雨を防ぐ術を唱える。

「もう、無茶ばっかり!」

一瞬の隙、酸の雨の魔術を解き、防ぐ魔術を行っただけだが、システィーナの風魔法を利用してグレンが接近するには十分過ぎた。

「この距離! 貰った!」

愚者の世界を発動させ、殴りかかろうとすると、異変が起こった。

「どういうこと、だ?」

先ほどまで動いていた人間が、全く動かなくなっていた。

 

 「一体なんだってんだ?」

二度倒れた男を警戒しながら近寄ると、反対側のライトニング・ピアスの光も収まっていた。

「……ラケル、これはどういうことだ」

グレンの問いに返事を送る。

「説明よりも先に、額に着いている赤い石の破壊を。それが復活した原因です」

固有魔術は切らさず、直接触れぬようにとラケルは付け加える。違和感を感じたのか、渋々と言った様子でグレンはラケルの言うとおりに行動する。

「壊したぜ、説明してくれるのか?」

「先ほど破壊したものは、『賢者の石』と呼ばれるものです。正式名称ではありませんが。形は様々で液体から個体まで、共通しているのは、外部からの光線をほぼ吸収し、エネルギー変換の際赤色光線を放つということです」

システィーナが驚き、声を大にする。

「賢者の石って、あの伝説の!?」

「いや、仮称だろうな。外見の特徴と魔術に応用されているから、そう呼ばれているだけだ。伝説の代物にしちゃ、お粗末過ぎるからな」

グレンがそう呟くと、ラケルが頷く。システィーナが肩を落とし落胆し、切り替えるように声を出した。

「ま、まぁ、取りあえず何とかなったわけだし、ルミアを……」

顔を上げた瞬間に瞳に入ったのは、先ほど腕を切り落とされたはずの剣使いの男だった。腕も足も元通りになり、四本の剣も元の通り繋がっている。

「白猫っ!」

浮かび上がる剣がきらめく。システィーナは動けず、グレンが身を挺して庇うのを見つめるだけだった。

「っ!?」

三本目が動き出す前に、剣使いの男はラケルの足払いで体勢を崩し、回転蹴りで建物の外へとはじき飛ばされる。

「……無事か?」

グレンがシスティーナへと問いかける。

「そんな……何で先生?」

恐らく己がいなければ回避できたであろう剣を、受けざるを得なかった事実にシスティーナは膝を崩す、そしてグレンに変化が訪れる。

「ぐはっ」

大量の吐血と傷口からの出血で意識が朦朧としているのか、途切れ途切れにグレンが言葉を紡ぐ。

「た……たすけ、て」

「め、メディッーク!」

 




読了ありがとうございました。


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ロクデナシ教師と錬金術師 第五話

死霊術師(二度目)とラケルのバトルです。
因縁の対決っぽくしたかったのですが、難しいですね。

因みにラケルは基本的に分析と格闘にステータス全降りです、遠距離は時間をかければ出来ないことはない程度。
適性はないです(オリキャラマイナス補正)

バトルは難しいですね!


 叫んだところで他に人がいるわけも無く。出血を止める為の応急手当の白魔術、低下したマナの補充をシスティーナがグレンに行った。

「ふぅ……致命傷で済んだぜ」

「冗談言わないで下さい、まだ無理出来ないですよ……」

時間をおいたことと、グレンの顔色が多少ましになったからかシスティーナも冷静さを少し取り戻した。外からは剣がぶつかり合う音がかすかに聞こえているので、ラケルと剣の男はまだ闘っているようだ。

「っし、あっちに加勢しねえとな」

「そんな!? 先生の体はボロボロなんですよ!?」

グレンが立ち上がろうとすると、痛みでよろける。しかし、歯を食いしばって、体勢を整える。

「ボロボロだろうがぐだぐだだろうが、ルミア助けるのに、あいつの情報が必要だからな。気は進まないけどな……」

そう言って、壊された廊下の壁から、外の中庭をのぞき込むと、予想外の光景が広がっていた。

「……なんだ、これは」

縦横無尽に飛び交う四本の剣、それを受け、流し、時には接近し体を狙うラケル。しかし、かすり傷程度であれば直ぐさま修復し、返す刃で再び剣が襲いかかる。時に波のように連続に、渦のように激烈に、天から落ちる稲妻と見紛う程の高速で。

「あれが……人間?」

四本の剣を操る男もそうだが、それを捌き、時に反撃するラケルもまた、常軌を逸していた。

 

 宙を舞う剣が、閃光のように閃く剣と打ち合い、火花が舞い、弾かれ、幾度となくぶつかる。

「はははっ、まさかこんな形で相見えるとはな、ラケル!」

剣戟は止まず、互いに急所を狙い、避け、時に鍔競り合う。

「僕が学園に所属している時点で、この展開は予測できていましたが」

顔色一つ変えず、ラケルは話す。

「はっ、そもそもお前が『所属』すると言うこと自体が、不自然きわまりないがな」

互いが言葉をかわしていても、剣戟が止むことは無い。操る剣は四本、構える剣は二対、硬度切れ味共に差はないが、持ち手は違えている。

「この体で互角とは、その程度か、ラケル・マグヌス!」

後一歩、四本の剣の内、一つが弾かれ、二つが躱されているが、避けた体勢ではもう一本の剣は避けられない。そうして、剣の一本が体を貫いた。

「……あと、五分ですね」

そう呟くと、ホーエンハイムに刺した剣を抜く。体内に埋め込まれた『賢者の石』を砕かれ、同時に絶命し、魂の消滅した体だけがその場に残る。

「魂が囚われているとはいえ、肉体はあなたの物。外道とはいえ、錬金術師であることに変わりなし」

二本の剣を互いに九〇度になるように突き合わせ、遺体に添える。

「炎よ、煌々と燃え、塵へと回帰せよ」

三節の呪文が終わると、瞬く間に炎が体を包み、灰となって散っていった。

 




読了ありがとうございました。


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ロクデナシ教師と錬金術師 第六話

今回で学園襲撃は終わり!閉廷!

いやぁ、正義の魔法使いの語りが好きですね(笑)

自分のやりたいことが、出来なくなったけど、諦められない、そんなストーリーが好きです(自分語

これからのシスティーナと膝をついたグレンの対比、だけどまだ二人ともこれからなのが、いいと思います(笑)


 「……勝った、のか?」

再び戻ってきたラケルに、おそるおそるグレンが尋ねる。

「勝つ、という概念が曖昧ですが、先ほどの剣使いは消滅しました。これでグレン先生は後顧の憂い無く、ルミア殿の元へ迎えますね」

そう言うと、頬に付いた返り血を拭う。

「場所はこの学院の転送陣のある部屋に、ヒューイ教諭といます。転送陣の書き換えがあと四分三十秒で終わります。それまでに辿り着いて下さい」

「先生! 私も行きます!」

一瞬躊躇したが、グレンはシスティーナの言葉を断る。

「白猫、お前は教室に行って他の皆を解放してくるんだ、万が一に備えてな」

システィーナは怒りを顕わにした。

「私だって、ルミアを助けたいんです! そんな遠回しに遠ざけようとしても……」

「そうですよ、教員以外の人間が入れないように結界も張ってありますし、転送方陣とサクリファイスの魔術を処理する技術はシスティーナ殿には無いと思われます」

割って入るラケルの意見に、二人は唖然とした。

「いや、なんでそこまで知ってるんだ?」

ラケルは答える。

「魔術協力を条件に、契約しましたので」

システィーナは問う。

「教員以外が入れないって、どうやってそんな結界を?」

ラケルは答える。

「今回の転送方陣書き換えについては、ヒューイ教諭の担当になりますので、万が一を備えての結界作成を魔術学院の教諭に該当する人間を感知し、それ以外を退ける形に構成しました。その形であれば、仮に数日間誰かがそれを見たとしても、違和感は覚えても追求はしない程度の不自然さなので」

再びシスティーナは問う。

「それを創ったのは?」

「僕です」

殴りかかろうとするシスティーナをグレンが止める。

「は、放して下さい! 一発ぶん殴らないと気が済みません!」

「気持ちは分かるが、今はルミアのことが先だろ!」

ぐぬぬ、と反論出来ずに大人しくなったシスティーナに、ラケルは無表情で詠唱する。

「集結せよ、生命の脈動、凝固せよ、円環の流動、奔り、拍動し、魂を満たし赤光せよ」

唱え終わると、システィーナがぐったりと倒れ込む。意識を失ったシスティーナをゆっくりと床に寝かせると、グレンが尋ねる。

「白猫に……何をした」

「システィーナ殿はマナの急激な消費によるショックで気絶しています。マナ欠乏症までは至りませんが、数分は眠っているでしょう」

そうして、ラケルはグレンに赤い宝石のような物を手渡す。

「かなり劣化した性能にはなりますが、触媒位には使えるはずです。どうぞ、持って行って下さい」

その対応にグレンは怒気を孕んだ問いをする。

「てめぇ、これもシナリオの内じゃないだろうな……」

それに対し、ラケルは淡々と答える。

「グレン教諭がルミア殿を助ける為に、現在のシスティーナ殿の行動は邪魔になると思われます。その為気絶させました、これはまぁ、気持ちとやらを汲むように努力した結果ですが」

どうにも失敗に終わったようです、と告げる。

「……くそ、あとでちゃんと説明しろよ!」

「ああ、行く前にアルフォネア教授の通話魔術器を貸して下さい、現状報告をしておきます」

振り向くこと無く走り出し、魔術器をラケルへと投げる。

「あー、あー、聞こえますか、アルフォネア教授……」

 

 「だぁらっしゃああぁ」

かけ声と共に、勢いよく扉が開かれる。

「グレン先生っ!?」

驚きと期待が混じった声がルミアからこぼれ出る。

「大丈夫、だったんですね……」

「いや、この姿が大丈夫に見えるなら眼科に言った方が良いぞ」

ある程度回復したとは言え、マナ欠乏症、腹部からの出血、万全とはとても言えない状況だ。

「まぁいい、これで悪趣味な試合も……」

「僕の勝ちです」

グレンが固有結界を構えると、前のめりにこける。ヒューイが言葉を放った瞬間、足下から魔方陣が展開し、ルミアを中心に五つ円が描かれ、その中心からヒューイに魔方陣が伸び、ヒューイを取り囲む形になる。

「けっ、サクリファイスの魔方陣とはな。天の知恵研究会は趣味の悪い魔術を使いやがる」

グレンが悪態を吐き、ルミアが嘆く。

「ヒューイ先生、もう止めて下さい! あんなに良い先生だったのに、どうして!?」

その問いにヒューイは戸惑う。

「どうして、でしょうね。何故かと聞かれれば、ラケル君が関わったことも、天の知恵研究会の面々に収集のサインを送っても見たことも無い彼が現れるのも理解できませんが。答えを知らない私が答えるなら、仕方なかった、ですかね」

そういったヒューイの表情には、少しの戸惑いが含まれた、絶望が見えた。

「そんな……」

ルミアが、苦痛に顔を歪める。彼の表情から何を察したのか知る術は無いが、ヒューイを責める事も出来ないのだと、感じたのかもしれない。

「はっ、そんな表情をしてられるのも今のうちだけだぜ! 俺には取って置きがあるんだからな!」

そう言って、グレンはラケルから手渡された触媒を手にし、魔術方陣の解除魔術を唱える。

「消滅せよ!」

 

 「なるほど、現在の状況は分かった」

通信機器から、セリカ・アルフォネアの声がする。それに対し、ラケルが答える。

「はい、それで今、グレン教諭がルミア殿の救出に向かっています」

ラケルの言葉に、セリカの深いため息が聞こえるが、気を取り直すように咳払いをして、話を続ける。

「天の知恵研究会への接触、および協力については後で詰問させて貰うとして、現状グレンの協力をしているのであれば問題ない。ちなみにラケル、君は今どこにいる?」

「はい、自分の研究室です」

「はいじゃないが」

一瞬の沈黙が流れ、セリカが焦る。

「じゃあ今、グレン単独で転送方陣に向かっているのか!? 大丈夫なのか!?」

「お答えできません」

「はっ倒すぞ!? いや、返ったら間違いなく一発殴る! さっき、触媒をグレンに渡したと言ったな、あれはどれ位のマナと強度がある?」

「一回程度です」

「転送方陣と書き換えた箇所、そしてその解除方法はグレンに伝えたのか?」

「伝えてません」

「……残り時間は?」

「三〇秒程度ですね」

通話器の向こうから、声にならない悲鳴が聞こえてくる。

「いますぐグレンの元へ向かって、協力しろ! 私が戻るまでに何かあったら――」

セリカの言葉を遮るように、ラケルが返事をする。

「終わったみたいですよ?」

 

 「……なん……だと?」

グレンが握っている『賢者の石』が砕け、魔方陣の一つが消え、ヒューイが驚く。

「……しょぼ」

魔方陣一つ分の魔術にしか耐えきれなかった、それは今や砂になり、視認する事すら難しい。

「うっそだろ、おまえ!?」

グレンが驚きのあまり、困惑する。

「はぁー、つっかえ。辞めたら、魔術師」

ルミアも極限状態を突破し、普段間違いなく使わない言葉を発している。

「……あと四つ魔方陣があるんですがそれは」

一瞬の沈黙、転送陣の発動までもう数分あるかという状態だ。そうして、ルミアが悟った雰囲気で言葉を紡ぐ。

「先生、もういいです。私は大丈夫だから……先生だけでも逃げて下さい」

状況を鑑みて、恐らく今から逃げることすら不可能だろう。それでもなお、現状を理解した上で、ルミアは他人を気遣う。

「少し黙ってろ!」

グレンの咆哮に、ルミアはたじろぐ。

「関係ないんだよ、助かるとか、そうじゃないとか……勝手に正義の魔術師に憧れて、血みどろの魔術の世界に飛び込んで、絶望した俺には。人の命を語る資格なんてないんだよ……」

正義の魔術師、それは市販に出回っている絵本で、悪の魔術師に対し、正義の魔術師が何度倒れても、立ち上がり立ち向かっていく、魔術師が善であるという思想を創るために作られたものだった。その言葉で、その場の人間は察した。希望を抱き、その手に血を染め、それでもなお歩み続けたその先で、膝を突き希望を失った末路を。

「俺が目指した正義の魔術師の道は、人生は無意味だった。時間と労力の無駄だったろうさ……」

そう言うと、自らの手首をかみ切り、血管から血があふれ出す。その血を持ってルーン文字を結界に上書きしていく。

「自らの血液を触媒にするとは、恐れ入ります」

マナとは生命活動を行うに当たって発生するエネルギーである。血液を失うことは生体活動に著しく損傷する行為で有り、なおかつマナを消費する魔術を行使する事は、自殺行為に他ならない。

「原初の理よ、新たなる理を持って、散滅せよ!」

外枠二つ目の魔方陣が消滅していく。残る魔方陣は三つ。

「先生! 無茶です!」

ルミアの悲鳴染みた叫びに、グレンは耳を貸さない。

「無茶だろうが何だろうが、やるしかねぇんだよ! 例え俺が歩んできた人生が無意味だったとしても……」

そうして、血液を触媒にし、三つ目の魔方陣を消滅させる。

「無価値にだけはさせられねぇんだよ、文句あっかくそったれぇ!」

四つ目の魔方陣を解除し、残るは一つ。それと同時に、グレンの体に異変が起き、血を吐き地に伏せる。

「そんな……グレン先生!?」

「三つの魔方陣を解除するとは見事ですが、マナが尽き、体も限界のようですね」

ヒューイが複雑な表情でグレンを見つめる。彼の今の姿は紛れもなく、絵本に描かれた正義の魔術師では無かったのか。その現実がこれでは、あまりにも残酷すぎる。

「んぐぅ……先生」

魔方陣が一つになったことで、弱まった結界の中からルミアが手を伸ばす。仮に魔術体勢のある学院制服を纏っていても、その手には激痛が走り、皮膚は焼け、反発する力に関節が悲鳴を上げるだろう。

「そんな……まさか」

恐らくグレンには前は見えていないだろう。度重なる出血とマナの損失で碌に体を動かすこともままならないはずだ。それでもなお、体を引きずり、地を這いつくばってでも、前へと進む。目の焦点は合わず、血にぬれ体を引きずった跡には夥しい血の跡が残る。それでもなおグレンは、最期の一瞬まで正義の魔術師であろうと、進み続ける。

「っ……届いた、先生が諦めなかったから」

ルミアの手が、僅かにグレンの手に触れる。それは指先が擦り合う程度だったかもしれない、だがそれで十分だった。黄金の輝きがルミアから溢れ、グレンの体を包んでいく。

「感応増幅者……触れた者のマナを何倍にも増幅させる異能者。まさか本当に存在するとは」

そして、グレンが咆哮と共に立ち上がる。

「原初の理よ、生命の流れを断ち切り、霧散せよ!」

 

 「ルミア!」

システィーナが部屋の中央にいるルミアに向かって走り出す。そこには倒れたヒューイとルミア、そして意識の失っているグレンがいた。駆け寄り近づくと、ルミアにジェスチャーで静かにするように伝えられる。

「……お疲れ様、先生」

 

 屋上にはセリカとグレンが、風に当たっている。時刻は日が落ちていき、講義の時間が終わって生徒によっては帰宅したり、その他の施設を利用したり、各々の時間を過ごす。

「それにしても、お前が先生を続けるなんて、一体どんな心の変化だ?」

セリカがグレンに尋ねる。それに対しグレンはぶっきらぼうに答える。

「そんな大したもんじゃねぇよ」

そうして、生徒達の流れの中にシスティーナとルミアがグレンの姿を見つける。

「せんせー!」

「グレン先生! 先ほどの授業でお聞きしたいことがあるんですが!」

その言葉に、軽く手を振り、そちらに向かうことを伝える。

「ただ、あいつらの未来を見てみたくなったのさ」

その言葉にセリカは驚き、そして安心する。

「そうか……ちなみにラケルには数日の謹慎処分と先日の事件の取り調べと私直々のごうも……説教を行っているところだ」

「……そいつは寛大な措置だな」

セリカや他の講師達がラケルを囲んでいるところ想像したのか、苦虫を噛み潰したような表情をするグレン。しかし、それで凹んでいる姿を想像できなかったのか、更に複雑な表情となっている。

「悪意は無く、己が魔術にのみ没頭する……それは魔術師として正しい」

「魔術は外道、魔術師として正しい程、人の道を外す。覚えてるさ……教えるのに骨は折れそうだけどな」

そうグレンは言って、過ぎ去っていった。

セリカにも一抹の不安はあったのだろう、手すりに背を預け、青空を仰ぎ見る。

「お前はこうなることを知っていたのか……アリストテレス」

言葉は風に流され、虚空へと散っていく。

 

 




読了ありがとうございました。


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魔術競技祭 第一話

魔術競技祭始まります(唐突)

とはいえ、まだ祭の話は少し先ですが(笑)

ラケルが教室に戻ってきたけど、まぁ受け入れられないよね、ってお話。

ロクデナシ教師に無能の称号が増えるよ、やったね(略


 騒動から三日が経ち、グレンのクラスメイト達も徐々に日常を取り戻しつつある中、珍しくルミアとシスティーナが校門を一番にくぐった。

「偶には、早起きもいいね」

「流石に、早起きが過ぎたかもしれないけどね……」

システィーナの手にはバスケット籠があり、表情はどことなく眠たげである。

「システィ、教室に着いたら少し休んだらどうかな?」

ルミアはシスティーナを気遣うように話す。端から見てもシスティーナの体調は良いとは言えない状態だった。

「ありがとルミア。少し眠ろうかな」

昼食作りに時間を取るため早起きしたのは良かったが、早起きも過ぎれば睡眠不足になる。何より普段から規則正しい生活を努めているシスティーナのような人間こそ、生活リズムを崩したときの反動も大きくなるものだ。

「ふふっ、美味しく出来てるといいね」

ルミアが意味ありげな微笑をシスティーナに向ける。

「な、なによ。別に私が食べるんだから美味しくなくても大丈夫なんだから!」

システィーナはルミアが誤解していると言いたげな表情だが、別にルミアは誰が食べるとは尋ねてはいない。気恥ずかしさを隠すためか、足早に教室の扉を開けると、ラケルが教科書を広げて座っているのが見える。

「……は?」

ラケルは何事も無かったかのように机に向き合い、見たことも無い書物とノートを広げている。

「ラケル……くん?」

「はい」

「はいじゃないわよ! なんであんたがここにいるのよ!?」

システィーナが先ほどまでのだるそうな雰囲気から一転し、驚愕と怒りが入り交じったような表情で叫ぶ。

「学園の生徒ですので」

表情一つ変えずにラケルが答える。容器が膨張するように、言葉が溢れすぎてはき出すことが出来ない状態のシスティーナを横目に、比較的冷静なルミアが尋ねる。

「どうしてこの三日間、姿を現さなかったの?」

「先日の”天の知恵研究会”侵入事件について、詰問をされていたことと、謹慎処分を受けていたためです」

冷静に、端的にラケルは答える。

「あんたっ、あいつらの手引きをしていたのに、まだここにいられるつもり!?」

やっとのことで吐き出したシスティーナの言葉にラケルは応える。

「校則に、彼らについての規則は存在していませんので」

システィーナの血管が、ブチッと言う音と共に切れる。

「クラスメイトを危険に晒しておいてよくもそんないけしゃあしゃあと話せたものね! 学園もクラスもあんたなんかを受け入れると思うわけ!?」

いっそ殴りかかろうとするシスティーナを抑えるルミア。意に介した様子も無く、ラケルは変わらずに返答する。

「受け入れられるかどうかについては、個々の心象に寄るものなので分かりません。学園については詰問、処分の上で退学となってないことから、まだ利用価値があると判断されていると思ってます」

更に激昂するシスティーナとそれに対して、ルミアも怒りの色を隠さなくなってきた。

「ラケル君、あなたにどんな事情があったのかは知らないけれど、少なくとも私にはあなたがここに居て問題ない人間にはみえないよ」

そうやって睨みつけられると、ラケルは席を立つ。その事に注意し、システィーナとルミアは最大限の警戒を行う。

「なるほど、先日の事件を経て自分とクラスメイトの間に齟齬が出来ていることは理解しました。当事者二人がその反応であれば、他のクラスメイトも同様の反応が予測されますので、場所を変更します」

システィーナが叫ぶ。

「どこに行くつもり!?」

「グレン先生の研究室へ。生活安全の面の問題であればクラス担当教諭に相談するのが妥当かと」

ルミアとシスティーナは向き合い、疑問符を頭の上に浮かばせながらも、ラケルの後を追った。

 

 そこには、乱雑に放置された書類といくつかの魔術の素材、様々な書物と……食べかけの生ゴミや包装紙、言ってしまえばゴミ屋敷一歩手前程度の部屋だった。

「なんであんたが勝手に入り込んでるのよ?」

グレン=レーダスと書かれた看板の部屋に無言で入り、あまつさえ中にあるものを物色しているラケルを見て、システィーナが尋ねる。

「グレン教諭が特に理由も無く鍵を掛けずに外出する事が多いので、それと中に複数人入るには、少々散らかっていますので」

そう言うと麻袋を何枚か取り出し、箒とちり取りで床を、手で机の上とソファの上のゴミを適当に片付け綺麗とは言えないが、座れる状態にする。

「……手慣れてるね?」

ルミアがどうしてそうなっているのか、よく分からない状態で、ひねり出した言葉だった。

「はい、何度かここには入ったことがあるので」

それに対して、システィーナが鋭い目を向ける。

「基本的に、教師の許可なく出入りは禁止なはずよ?」

「次期の論文作成について、必要があったのでグレン教諭の許可は頂いています」

システィーナがラケルの言葉に疑問を抱く。

「どうしてあなたが論文を?」

「……もしかして、グレン先生の?」

ルミアがほぼほぼ事情を察する。

「そうですね。グレン教諭名義の論文を作成するので。基本的には外部での情報管理は好ましくないので、必然的にここでの管理になります」

そこでシスティーナが盛大にため息を吐く。

「あのロクデナシ講師……」

システィーナが頭痛に頭を悩ませるが、早朝に来たとは言え、然程始業まで時間があるわけではない。

「あんた、どうしてあの連中に手を貸したわけ?」

システィーナの問いに、ラケルが答える。

「転送魔術方陣の書き換え、及び省略技術提供、内部情報のリーク、そしてその情報を学園側に伝えないことを条件に、錬金術に関わる実験データを提出して貰ったからです」

そして、ルミアが違和感に気付く。

「学園側に伝えない、引き替えにデータを貰った? どういうこと?」

ルミアの言葉にシスティーナが尋ねる。

「え、え? どうしたのルミア?」

「ヒューイ先生ですら、”天の知恵研究会”の操り人形だった。だけど、今のラケル君の言い回しが真実なら、対等に取引をしていることにならない?」

その言葉にシスティーナは畏怖を覚える。あの日に起こった事件の真相を知る術は無かったが、確実に自分よりも深入りしながらも平然と日常に戻ってきているラケルが異常である事を始めて実感する。

「そんなことって……」

「そうですね、対等と呼ぶに相応しいかは判断が難しい所ですが、一方的な提案ではなく話し合った末の同意ではありました」

システィーナが絶句する。あの事件で軍用魔術を扱う相手に、一歩も引かずにねじ伏せるだけの力をラケルは持っているのだ。

「どうして、先生と相談しなかったの?」

「少し長くなりますが、よろしいですか?」

システィーナとルミアが息をのみ、頷く。

「事の始まりはヒューイ先生の失踪、約二ヶ月前になりますね。学園は外部には秘匿としながら、内密に彼の行方を捜索し始めました。それに対し、生徒内部に対しても、心当たりがないか、調べられていたのです」

その言葉を聞いて、二人はヒューイ先生の失踪の直後を思い出す。他のクラスの先生が交互に来て、授業を進めつつ、ヒューイ先生について普段の様子等を聞かれていたからだ。その時は単に授業の為だと思っていたが、それ以外の意図があったのだと気付く。

「そこで『ヒューイ先生の失踪』をラケル君が調べ始めた、ってこと?」

ルミアが確認する。

「はい、私にはヒューイ先生が今どこに居るのか、何か見つかったら報告して欲しいと言われました」

「それで、どうしたの?」

「まずはヒューイ先生の失踪前の行動を半年ほど洗い出し、魔術用品や書物の入手ルートを探り出し、学園に持ち込んでいる書物の中に、一般ルートで流れていないものが幾つか確認出来たので、そこから辿ると、非合法で流している仲介人に当たったので、そこに確認を取りに行きました」

「いや、ちょっと待って、話が早すぎない?」

頭を抱えるようにシスティーナが頭を抑える。

「どうして、ラケル君がそこまで分かるの?」

純粋な疑問として、ルミアが問う。

「母上の実家が運送業でして、こちら方面の幾つかの支部を父上名義で僕が管理しているんです。ですので、流通経路については詳しく、またその仲介人も知っている人間でしたので、アポイントを取るだけですみました」

呆気にとられている二人を置いて、更に説明を続ける。

「仲介人は基本的に取引相手については話しません、賄賂を渡しても信用を失えば仕事どころか首ごと失ってしまいますから。なので、何を取引したのかで辿り着いたのが、サクリファイスと転送魔術方陣についての書物である事が分かりました」

その二つ言葉にルミアが反応する。両方ともヒューイから聞いた言葉だったからだ。

「サクリファイスでは追えませんでしたが、転送魔術方陣となれば、学園にあるものと関わりがあると考え、探りに行くとヒューイ教諭の魔術の痕跡を見つけ、そして何をしようとしているのかを大凡の検討を着け、幾つかの情報屋から情報を買っていくと、とある酒場で偶然見つけたんです」

「……誰を?」

システィーナが声を殺して問う。

「ヒューイ教諭と今回潜入してきた”天の知恵研究会”の人間、ですね。丁度良かったのでササッと話しかけました」

「良くないよ!? 丁度どころかタイミング最悪じゃない!?」

ルミアが悲鳴に似た声を上げる。

「ヒューイ教諭の居場所と失踪理由を知る絶好の機会じゃないですか、まぁそこで始めて今回の事件について全貌を知ることになるのですが」

「知ってたなら止めなさいよ!?」

今度はシスティーナが叫ぶ。

「その時点で計画を止めた場合、勿論中止になり、ヒューイ教諭は殺処分、目的も明確にならないままですよ?」

「……だから、協力した、と?」

恐る恐るルミアが尋ねる。

「内部情報と学園側に計画当日まで情報を漏らさない事を条件に計画全容を知り、転送魔術方陣の省略と引き替えに個人的に必要な情報を得られました。結果論ではありますが、事件当日に僕が自由に動けたこと、グレン教諭が彼らの想定外の魔術師であったことで、人的被害無しで済みました」

「つまり、”天の知恵研究会”に協力したことも、情報を学園側に伝えなかったことも事情があった。結果的に人的被害無しで済んだことと、その結果に貢献したことで退学は免れた……そういうこと?」

システィーナがそこまでの話をまとめる。それに対してラケルは頷く。

「その通りです、問題が無いなら生徒として通常通りの行動を行うつもりでしたが」

そうは行かないみたいですね、とどこか他人事のように呟く。

「それって、私たちが納得しても、クラスの皆は難しいんじゃ……」

ルミアが呟く。

「それどころか、私も納得いかないわよ」

釈然としない表情でシスティーナが話す。納得は出来ないが、責める事も出来ない、そんな複雑な態度をとっている。そうしていると、部屋の扉が開いた。

「あれ? なんでお前らがいるんだ?」

件のロクデナシ講師だった。

 




読了ありがとうございました。


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魔術競技祭 第二話

まだ魔術競技祭は始まりません(タイトル詐欺

ラケル君がクラスメイトに認められるまで前編です、ついでにキャラ紹介的な感じで(キチガイっぷりを披露)

サムライソードは男のロマンです、異論は認める、だが私は謝らない!
他の武器が嫌いな訳じゃないよ、肉弾戦も好きだよ。
だけど、作成過程から好きなのは、やっぱり日本刀なんだよね(隙自語

ウェンディの挿絵を書いたので。

【挿絵表示】

何かコレ(キャラが)合わなくねぇか?


 「私に良い考えがある」

グレンにそう言われると、教室に向かうように指示されたシスティーナとルミア。今は講師が来るまで机に座っているが。

「嫌な予感しかしないわ……」

システィーナが頭を抱える。なんとかシスティーナを宥めるルミアも、内心複雑なのか、落ち着きの無い態度だ。

そんな会話をしていると、教室の扉が開く。

「おう、待たせたなお前ら」

グレンが堂々と入り、その後にラケルがついて行くように歩き、教卓の前で止まる。ラケルを見た瞬間に教室がざわつく。

「あ~、これから言うことをよく聞いて欲しい。直ぐには受け入れがたい事もあるかもしれないが、少しずつで良い、理解してくれ」

普段とは全く違う真剣な表情で語り始めるグレンに、クラスメイトは戸惑いながらも耳を傾ける。

「先日の事件の際、ラケルが敵を誘導したことは事実だ。だが、事件解決に協力したことを俺が証言する。そして何より、ラケルは偶発的に巻き込まれ、誘導せざるを得ない環境だった」

静かだった教室が、再びざわつく。グレンの意見を信用したとしても、ラケル自身が安全かどうかはまだ判断出来ないで居る。

「先生、仮にそれが真実だとしても、僕たちがそこにいる人間を信用する事は出来ません」

ギイブルがラケルを睨みながら言い放つ。

「まぁ、お前ならそう言うわな。ところが学園側にも色々と事情があってな、こいつを退学させられない理由が幾つかある。その一つがこいつ自身が凄腕の錬金術師だということだ」

「へぇ、第何階梯なんですの?」

答えを知りつつウェンディが問う。魔術師としての正式な登録がなければ、階梯の称号を得ることは出来ず、またラケルに正式な登録は行われていない。

「実際に登録されたら、まぁ、第五階梯になるんじゃないかな。つってもお前らは信用しないし、それがこいつが安全だって言う保証にはならん」

グレンが軽く発した言葉に全員が驚愕する。第五階梯とは常人が至ることができる域を超えた、ごく一部の天才のみが踏み込むことが出来る領域である。

「こいつがこのクラスに来た理由の一つに、俺と同等のポンコツでもあるってことだ。知っての通り、常識や倫理観の外側にいる人間で、ついでに俺の固有魔術が非常に苦手だ。即死レベルでな」

グレンが遠回しに『自分が居る限り安心だ』ということを口にすると、教室の困惑を無視して更に続ける。

「つまり、天才レベルの錬金術師が隣にいるわけだ。ぶっちゃけ、俺の知識を盗むよりこいつの知識を奪った方が良いぐらいだが、人にものを教えられるような人間でも無いからな。お前らにとっては危険ではあるが、教本にもなり得る存在だ、つまりこいつを利用しろ」

言葉を選ばないグレンに教室全体の混乱が頂点に達する。痺れを切らしたウェンディが言葉を放つ。

「っそもそも、その人が天才の錬金術師というのも信じられませんわ!」

その言葉を筆頭に、様々異論が飛び交う。自分の身を案ずるもの、驚異を感じるもの、困惑に踊らされるもの、様々だ。

「先生……確かに実力があるのは認めますが、第五階梯というのは私も信じられません。ウェンディの言うとおり、ラケルさんと共に……」

システィの言葉をグレンが途中で遮る。

「分かった分かった、お前らの言いたいことはよーく分かった!」

教室を静めさせる為に、大げさな芝居でグレンが前に出る。一同の注目を集めたところで発言をする。

「それなら、こいつの実力を測る為に、今日の一限目、錬金術の講義をこいつに任せてみようじゃないか!」

反対の意見が飛び交ったが、グレンは無視を決め込み、教卓から離れ、端の教師の机に着き、居眠りを始めた。

「あのロクデナシ講師……何考えてるのよ」

怒りで爆発しそうなシスティーナをルミアが宥める。

「まぁまぁ、案外上手くいくかもしれないよ?」

そういって、真面目に勉強する準備を始めるルミア。その姿を見て、渋々といった様子で同様に準備を始めるシスティーナ。クラスメイトの多くが困惑する中で、数少ない講義に耳を傾ける生徒だった。

 

 講義開始早々、黒板に錬金術の構築式を何も見ずに書き終える。

「え~と、先日グレン先生が説明した構築式、火、水、風を利用した、貴金属の変形・合成を現した図式になります」

説明に利用した部分を省略してはいるが、横三メトルに及ぶ黒板に埋め尽くされる陣とルーンの構成。単純に記憶できているのは錬金術に秀でているギイブルぐらいだろう。

「これを実際にこの教室で行おうと思います。ギイブルさん、手伝いをお願いできますか?」

露骨に嫌な顔をして、口を開き掛けた瞬間。

「ギイブル、やってやれ」

グレンが寝たままの姿勢で命令する。渋々と言った形で、従い教卓の前に立つ。

「それで、僕は何をすればいいですか?」

苛立ちを隠さず、怒気を込めた言葉をはなつが、ラケルは意にも介せず、説明を続ける。

「これから行う精錬は、サムライソードつまり刀を作成します。その為には、通常の鋳造と異なり、熱を加え、鉄を打つ行程をいれます」

教室全体が疑問符を浮かべる、意味が分からないと。

「何故そのような面倒な行程を経て、剣を作る必要があるのか、理解に苦しむね」

「それでは、ギイブルさん。あなたは純鉄を精製することが可能ですか? 靱性と強度に優れた玉鋼を打つ事は? そもそも鉄と炭素の複合比、不純物の排斥をどうやって行うつもりですか?」

その問いに、ギイブルは答えられなかった。答えを持っていないからだ、それでも反論したのは、彼の矜恃からだろう。

「そんなもの、知る必要があるか?」

「おや、知らずに錬金術を学ぶつもりですか。それは驚きです。混沌の源に辿り着くには、この知識は必要が無い、と」

グゥの音も出ないギイブルは、無言で準備を行う。

「火のルーンの調節をお願いします。温度は七五〇~八五〇度で、決して一五〇〇度を超えないように」

「……それだけか?」

それに返答をしないまま、鉄の塊を準備する。それを素手で持ち、ラケルが詠唱を始める。

「鋼鉄よ、たゆたう波のごとく、形を変えよ」

そう言うと魔術が発動し、鉄が平たい棒状に伸びる。それに応える様に、ギイブルが呪文を唱える。

「鋼鉄よ、赤熱せよ」

呪文と共にみるみる鉄が赤く染まり、熱を帯びる。

「風よ、鋼鉄を鋼鉄にて、打ちたたけ」

ガキィンと、鉄と鉄がぶつかり合う音が響き、火花が飛び散る。

「熱せ」

ギイブルの呪文で、再び鉄が赤みを帯びる。

「水よ、赤く昂ぶる灼鉄よ、静め給へ」

急激に鉄が冷やされ、表面に余分な炭素を含んだかけらが落ちる。

「熱せ」

「叩け」

「熱せ」

「冷やせ」

「熱せ」

「叩け」

「熱せ」

繰り返すこと九度、長く洗練された製鉄が作り出される。ラケルは慣れているためか、複数の魔術を平行で起動させても平然としているが、熱の魔術を使用しているギイブルは慣れない温度調節もあり、汗を流している。

「これで刀の心鉄と呼ばれる部分が準備出来ました。ギイブルさん、続いて棟金、刃金、側金もよろしくお願いします」

ギイブルは虚勢を張るが、引きつった笑顔を隠せなかった。

 




読了ありがとうございました。

因みに、ラケルがグレンの固有魔術を苦手とするのは

一、肉体を常に「一つの行動」に最適化する魔術を行使している
二、「一つの行動」にしか対応していないため、次の行動へ魔術で最適化する必要がある
三、最適化された肉体は、呼吸が出来ない、心臓や他の臓器が正常に稼働しない、異常な活動をする細胞等の特徴を持つことがある

上記の理由によって、グレンの固有魔術「愚者」の範囲内に入った場合、人としての最低限の活動が維持出来ない場合があります(ほとんど場合が死に至ります)
という訳で、「即死レベル」でグレンの固有魔術が苦手です。
正直説明が伝わらないのでは、という疑問もあります(震え声)


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魔術競技祭 第三話

今回で魔術競技祭の前置きは終了です。
長かったラケル君の魔術講義も終わりですね(暗黒微笑)

凄腕の魔術師は、やはり人間として逸脱しているのかもしれない(諦観

テレサさんの挿絵を追加しました。

【挿絵表示】

講義中にこっそり答を教えて欲しそうにしているテレサの絵です(真顔)


 教室の端に椅子を並べた簡易ベッドの上で、ルミアがギイブルに対して治癒魔術を施している。

「……慣れていないだけだ。僕だって、あれぐらいのことは」

息も絶え絶えだが、意識もあり、マナの消費も欠乏症に至るほどでは無い。マナの扱いが上手く、錬金術に長けているのは間違いなく、普通の魔術師であればラケルについて行くことすら不可能だろう。

「はい、心金、棟金、刃金、側金を重ね、鍛接していき、刀の形になります」

一方、ラケルは涼しい顔で、刀の精錬を続けている。

「この段階で刃先を三角に切り落とし、叩いて調節していきます。その後、刀身全体の形を調整し、表面の汚れ、削り跡を落とせば刀身は完成します」

そう言いながら魔術を行使し、行程を経て、緩やかな反りを持つ、直刃の刀が誕生した。

「こういった特定の行程を経て錬成するものを、本人の魔術特性などを用いて短縮する魔術も固有魔術と呼ばれるものになります。どちらにせよ、行程をしっかりと理解しなければ精錬に失敗するか、欠陥品になります」

ウェンディが動揺を隠せず、声を荒げる。

「七十二の魔術を平行発動するなんて、ありえませんわ! 何かのトリックに違いありません!」

「その位置からでは見えない部分がありましたね。正確には九十八の魔術式です、平行と言っても常に発動し続けている訳ではありませんし、使い回しも多いですよ」

ラケルが見当違いな訂正をした後、グレンが怠そうに話す。

「ウェンディ、お前偉いなぁ。俺は三十超えた時点で数えるのを止めたわ」

教室にいる全員が絶句する。勿論、魔術を続けて行うこと、平行して施行することは訓練次第では可能である。一つ一つが単純であれば、数を増やすことは容易かもしれない。だが、先ほどの精錬で行った工程数は常人に行える範疇にはなかった。それでもシスティーナが手を上げ尋ねる。

「ラケルさん、あなたの錬金術への練度は理解出来ました……ですが、先ほど行った錬金術が私たちの学ぶ事とどう関係があるのですか?」

一見すれば、挑発的にも聞こえるが、その意図はそれだけではないのだろう。緊張に引き締められたシスティーナの表情がそれを雄弁に語っている。

「私もまだ、真理にたどり着けない未熟者です。故にクラスの方々と道を違えることが当然あります。しかし、その方法の一つに現実にある物質を突き詰めて理解する。理解しているということは、復元する事が可能で有り、また発展に繋がります。理解する工程の中で復元を試み、仮説通りにならないトライアンドエラーもまた、真理にたどり着く為の一工程です」

そうして、息をのむシスティーナが、ラケルに問う。立場と質問を変え、彼に答えを求める。

「貴方は……魔術を何のために学ぶのですか?」

「真理にたどり着く為、混沌の渦へと踏み出す為です」

グレンが臨時講師として着任したときにシスティーナが出せなかった答えを、平然と口にする。そして、己がそこに至らないこと、そしてこれから努力を続ける事に微塵の躊躇いも見せない。その姿を見て、システィーナには、これ以上彼の資質を問う必要がなくなった。

「ありがとう、これからもよろしく、ラケル」

システィーナの言葉と共に、他のクラスメイトも徐々に彼の能力を認めていく。その中、ラケルは、ギイブルへと近づく。

「……なんだ?」

治癒魔術により、起き上がる程度の体力を取り戻したギイブル。しかし、未だに体調は良くないように見える。

「銘を」

切っ先を持ち、鍔元をギイブルに向ける。それは、決して自分自身だけで作った訳では無いという証を、刀に刻む行為になる。

「……くそっ」

火の魔術を用い、文字を刻む。彼の矜恃が拒んだのか、銘には一文字しか刻まれなかった。それに対し、言葉も無く、手早く白木の柄を通し、留め金を取り付け、留め金を隠すように白木を平坦になるように取り付け、魔術で接合する。予め用意してあった白木の鞘と合わせ、刀の完成である。

「これで、刀の精錬が完了となります」

そうラケルが告げると、グレンが感嘆の声を漏らす。

「そうですね、折角なので切れ味を試してみましょう」

ラケルはそう言うと、刀を腰だめに構え柄に手を添える。クラスメイトが気付いたのは刀を翻し、留め金が音を鳴らした瞬間、グレンですら抜いた事に反応出来なかった。そうして、教室の柱に対して刀を振り抜くと、鞘に刀を沿わせて収める。

「えっ、何が起こったの?」

システィーナが呟く。他のクラスメイトも何が起こったか分かっていない様子。

「流るる力よ、摂理の法則に逆らい、浮かび給へ、浮かび給へ」

唱え終えると、の中間部分三十センチメトル程、真横に動き出した。

「うそ……」

「ど、どうなってるの……?」

そうしてグレンが説明する。

「……今の二太刀で柱を切り裂いて、浮遊魔術で動かしている、ってことだろうが」

引きつった笑顔が収まらない。最早人間業では無いその技術に、驚きを隠すことが出来ないようだ。

「はい、浮遊魔術で柱の一部を抜き取っている状態です。残された柱部分の上部にも切断前と同等の反力を加えているので、倒壊する事もありません」

そう言って力を調整すると、教室全体がミシミシという音が鳴る。

「えっ、ななななななにこれ!? 大丈夫なの?」

ラケルが再び力を調整すると、音は収まる。

「はい、塑性範囲内の加重レベルで減力しただけですので大丈夫です。人工的に作られた物に関しても、正確な知識があれば、様々な角度からアプローチが出来る。そして、一見不可能に思えることでも、出来るようになります、人間にはその力があります。その証拠が、歴史です」

そう言うとクラスメイトが息をのむ。今まで何も思わずに使っていた物、築き上げられた魔術という歴史、その先人達の偉大さに、改めて衝撃を受ける。

「あの、質問してもいいですか……?」

意外にも大人しいテレサがラケルに声を掛ける。

「はい、勿論」

流石に教卓に立つ最早異常とも呼べる錬金術師におびえは隠せない。だがそれでも、声を振り絞る。

「そ、その柱……どうするんですか?」

「戻します」

ラケルが端的に返事をする。

「は……はぁ!?」

隣に座るウェンディが驚きに叫ぶ。一度切断した柱を戻すなど、理解が出来ないと言わんばかりだ。

「ふむ、戻す行程も説明した方が良さそうですか?」

ラケルがグレンに尋ねると、出来るだけ分かりやすく説明してくれ、と半ば諦めたような口ぶりで返事をした。

「では、まずこのままだと遊びが無いため少し現状柱上部を持ち上げます」

そう言うと近くの壁や窓の辺りがミシミシと悲鳴を上げるが、やがて収まる。

「これで一〇ミリメトル現在の角石よりも広くなりましたので、元のように納めます」

そうして、切った跡以外は正常に戻ったように見えるようになった。

「一応現状でも上部の加重に耐えられる程度の強度はありますが、それでは横からの加重や脆性破壊に繋がるので、再接合していきます」

浮遊魔術を解くと、再び詠唱を始める。

「解けゆく砂よ、小さき岩塊よ、大いなる水との結合により、流るる力を支えとし、再び地と天をつなぐ、柱となれ」

柱の切れた部分がじわりと溶け、凝固し、再び一本の柱として形作る。

「な、何をした!?」

ギイブルが簡易ベッドから起き上がり、その柱に注目する。その目には確かに、修復された柱が立っていた。

「接合部分を再度セメントペーストに分離させ、水和反応でコンクリート柱を結合しました。まぁ、ほかの部分と劣化の差がありますので強度の差は出てはいますが、必要耐力以上ですので、あと五年は大丈夫でしょう」

まれに起こる大地震でも無ければ、とラケルは付け足す。教室には最早、ラケルの実力を疑う者は居なくなった。

 

 数日後、再びラケルの錬金術の授業の講義が開かれる。

「それでは、今回は人工ダイヤモンドの精製を行っていきましょう」

そう呟くと、なにやら大量の魔術方陣が描かれた怪しげな壺と黒く艶めく石を取り出した。コトリと置くと約十センチメトル程度の壺を教卓の真ん中に置き、魔術式を黒板に書き出す。基本的にはありふれた魔術式を書き綴っていくがその量と必要な精度が、ラケルの異常さを現していく。

「えー、魔術式にあるとおり、壺の中には六角形の水の塊を作成するように魔術を発動させています。各六層における風と水のルーンに寄るエネルギーベクトルの操作、炎のルーンにおける断熱により、必要な圧力と熱を保った状態になっています」

確かに、ラケルの言っている事は理屈の上では正しく、恐らくその通りだろう、とクラスメイトは思うだろう。しかし、壺の中の深淵は覗き込むにはあまりにも暗く、まるで引きずり込まれてしまう錯覚を起こしてしまう。

「この中に、黒鉛、つまりダイヤモンドの元となる炭素を主とした材料とニッケルを入れ一日間掛けて圧縮、折出します」

実際に完成した物は明日以降、お見せします。そう言って鉛筆の芯のような石と鉱石を壺の中に落とす。音も無く沈み込んでいった指先ほどの大きさのそれは、最早その姿を見ることは叶わない。

「ラケルさん、壺に近づいて見ても良いですか?」

ウェンディが手を上げて発言する。ラケルもグレンも了承すると、ウェンディがゆっくりと歩み寄り、壺の外装を周囲からジロジロと睨みつける。

「……水で圧力を掛けるのに、外部に反発するエネルギーを正方形の反対側に均等に変換することで加速度的に圧力を掛けてるのですね。因みに圧力と熱はどれほどになっているのですの?」

「熱は千五百度、圧力は五ギガパスカルを維持しています」

眺めているウェンディの動きが止まり、汗が伝い床に落ちる。

「……パスカルって、どれ位なのかな?」

ルミアが呟くと、システィーナが震える声で答える。

「大気中の地表面が一気圧、つまり約十万パスカルね。それ以上はちょっと、私もわからない」

ずれた眼鏡を修正し、ギイブルが付け加える。

「ギガは基本単位の十の九乗だ。十万パスカルは、零点零々々一ギガパスカル。単純比較の対象では無いけれど、大凡五万倍の圧力、という計算になる……な」

想像できない数値が現れ、恐れおののくクラスメイト達、唯一分かっていることは、あの壺の中に入ってしまえば、ぺしゃんこ等という生易しい表現では済まなくなると言うことだけである。

「本当に、頭が痛くなりますわ……」

ウェンディが呟き、上から覗き込もうとした瞬間、ラケルがウェンディにタックルする。

「ぐぇっ」

仰向けに押さえつけられたウェンディがカエルが潰されたような声を出す。

「い、一体何の……」

「いや、今のはウェンディ、お前が不用心だぞ」

ウェンディの言葉を遮るようにグレンが喋る。そのグレンも、ウェンディの動きに反応して椅子から立ち上がっている。ラケルが被さるのを止め、座ってウェンディに説明する。

「申し訳ありません、ウェンディ殿。もしあのまま眺めることで髪の毛の一本でも壺の内部に入ってしまえば、最悪命を落とすケースもあり得ましたので……」

「……え!?」

「一本だけ抜ければ良いけどな。引っ張られて他の部分も連鎖的にひき摺り込まれたら、どこまで持ってかれたか分かった物じゃないぞ」

ぼりぼりと頭を掻き、失念していた事をばつの悪そうに呟く。

「布をかぶせて縛り、蓋をしておきます」

ラケルがそう言うと、グレンがそうしてくれと告げて、再び教席につく。その後は、壺について触れられず、魔術式についての解説でその日の講義が終わった。

 

 放課後、ラケルが教室を出て廊下を曲がると、テレサと出くわした。

「ねぇラケル君、少しこれから時間あるかな?」

唐突な誘いだが、表情一つ変えずに返答する。

「ええ、構いませんよテレサ殿」

そういうと、学院内にあるカフェ、から少し離れた休憩室で互いに飲み物を購入し、腰掛ける。

「ちょっと今日の講義の事で気になった事があってね、質問しても良いかな?」

テレサがラケルに問う。ラケルはどうぞ、と返した。

「もしあの時、私が手を上げていても、壺を見ることは出来たかな?」

それに対して、ラケルは答える。

「勿論、現在研究室で保管していますが、閲覧が希望であれば誰でも見ることが可能です」

それに対し、笑顔で頷くテレサ。

「それじゃあ、もし私が壺に近づくとき、警告してくれた?」

その言葉に、一瞬戸惑いを見せるラケル。

「そうですね、テレサ殿が壺を見る場合であれば、近づく際に注意喚起をしていた……と思います」

もしもの話だから、そんなに深く考えなくて良いよ、と告げるテレサ。しかし、ラケルは違和感を感じたのか、首を傾げている。

「最期にもう一つ、壺を覗き込んだのが私だったら、あんな風に助けてくれた?」

テレサはラケルの瞳を覗き込む様に話す。まるで瞳の奥にその答えがあるとでも言わんばかりに。

「……いいえ、違う方法をとっていたと思います」

あの時、突き飛ばす訳でも、魔術で触れさせない訳でも無く、身を挺してウェンディを助けた理由は、ラケルにも分からない。尚且つ、倒れたときに後頭部に手を添え、衝撃から守ろうともしていた。ウェンディで無ければ、その答えと理由は、ラケルにも分からないようだ。

「素直でよろしい。それじゃあ私はウェンディと一緒に帰るから、また明日ね」

飲み終えたカップをゴミ箱に放り込み、手を振って休憩室を出る。ラケルの手元には半分ほどに減ったコーヒーが、音も無く僅かに波を立てていた。

 

 「それでは、錬金術の講義を始めます」

生徒が生徒に講義をして、それを講師が見守る環境。異常とも言えるその環境にクラスメイト達は随分と馴染んできた。特定の者に至っては、今日は何を教えて貰えるのか、と心待ちにしているものがいるほどだ。

ガラリ――

突然に教室の扉が開く音。

「アルフォネア教授」

「げっ、セリカ……」

流れるように靡く金髪に目を奪われる。ラケルは普段と変わらず平坦に、グレンは動揺してセリカを見つめる。セリカは何も語らず、黙々と、端麗な文字でいつかロクデナシ教師が書いた言葉を黒板に浮かばせる。

「……じ、自習?」

事態が飲み込めていないシスティーナが零す。それに応えるかのようにセリカは咳払いをして、その口を開いた。

「突然ですまない。急な用件が入って、このば……グレンとラケルを借りなければならなくなった」

本日の講義は自習にはなるが、後日セリカが直接補修に来ると言う。それにルミアが疑問に感じたのか、手を上げ意見があることを示す。

「どうした、ルミア・ティンジェル? 私の補修では不満か?」

セリカの悪戯っぽい笑みに、困惑した表情になるが、言葉を選び喋るルミア。

「いえ……むしろアルフォネア教授にご指導頂けるのは大変有り難いです。ただ、その二人が呼び出されると言うことは……」

言葉にするのは難しいのだろう、もしも最悪の返事が返ってきた時のショックは計り知れない。

「安心しろ、ルミア。本当に野暮用だ、講義を邪魔するのも申し訳ない位にな。それでは、早めに終わらせてくるよ」

ルミアには女神のような微笑み、二人には阿修羅の様な怒りの面でセリカは出て行った。

「……本当に大丈夫なんでしょうね。あのロクデナシ二人は?」

嫌み半分でシスティーナが呟いた。

 

 そこは校長室、グレンとラケルは正座をさせられ、正面には腕を組んだセリカが立つ。ちなみに校長も同室してはいるが、本を読みまるで話が聞こえないとでも言いたげな姿勢だ。

「さて……貴様ら二人が何故ここに呼ばれたのか分かるか?」

そうして、ラケルとグレンは顔を見合わせ、同時に口を開く。

「「分かりません」」

ガガンッ

セリカの鉄拳が二人の頭部にたんこぶを作る。

「ラケルが錬金術の講義をしていることに決まっているだろう」

セリカの言葉に、ラケルが言葉を返す。

「しかし、講師監督の下生徒が講義を進行する事に関して、特に規定を設けられていないはずですが」

ラケルの言葉は正論だった。生徒中心に講義を進めることは少ないが、向上心の為に生徒に講義の進行を務めさせる事は異例ではなかった。そうして、グレンがその言葉に同意すると、セリカが鬼のような形相で睨みつける。

「ラケル、それは正論だ。確かにお前達の講義の形式自体は責められるものではない」

講師の態度についてはその限りでは無いが、とセリカは付け足す。しかし、それは本題では無いと言う。

「問題は講義の内容の方だ。日本刀の精錬、ダイヤモンドの結晶の作成、どちらも固有魔術に匹敵するほど精緻で訓練を必須とする、それを易々と生徒に伝える事の是非についてだ。ちなみに、今日は何を講義しようとしていた?」

それにはラケルが答える。

「白魔術に頼らない肉体強化についてです。筋繊維の強化、骨材の伸縮作用の追加、皮膚構造の多層化による追随性能、汗腺から体液分泌と形態変化による外骨格の構成、一連の行動を雷のルーンにおいて神経系制御、これらを纏めて肉体強化として講義とする予定でした」

それに付け加えて、グレンが口を出す。

「俺もチェックしたけど、基本魔術の応用のみで構成されている。むしろ教科書に載ってる方がグレーゾーンなくらいだ。ルーンについての理解を深める事、それを応用する……つまりは固有魔術に辿り着く為には良い内容だと思うんだが」

そこまで聞いて、セリカが額を抑える。どうやら何を言えば良いのか、言葉を選んでいる様子だ。

「……確かに、お前達の言っている事は、正しい。生徒達には良い刺激になるかもしれないし、魔術師として大成するには避けては通れない道だろう」

そこで一拍を置いて付け加える。

「だが、一歩間違えれば大怪我に繋がる内容だ。教室の中でならば、講師の目が届くから最悪の状況にはならないだろうが、一歩外に出て、誰も見られない所で事故を起こしてみろ、誰が責任をとるんだ」

そうして二人に答えを問うセリカ。グレンとラケルは目を見合わせて同時に答えた。

「「本人」」

 

 たんこぶを二つに増やした二人が、そろって教室へ足を向ける。

「……何が間違っていたんでしょうか?」

ラケルが呟く。先ほどのセリカとの会話の中で、基本的には正論しか言っていなかったはずだ、と。

「何がって、そりゃあ……」

グレンが面倒くさそうにポケットに手を突っ込み、あくびをしてから答える。

「人間として、間違ってるんだろ」

「……あぁ、成る程」

得心がいった、という表情でラケルは変わらず速度を変えず歩き続ける。

 




読了ありがとうございました。

日本刀も金剛石も肉体強化も書くのは楽しかったですが、一番書きたかったのは多分最後のセリカの説教ですね(笑)

俺は悪くねぇ! に対して「間が悪い」とか「頭が悪い 」とかって返したくなる中2病患者なので、ごめんなさいです(。・ω・。)ゞ


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魔術競技祭 第四話

魔術競技祭、始めました(始まってない)

今回は、クラスで参加する面子を決める話です。
ルミアの微妙に伝わってない感じが好きです(小並感)

後付けみたいな理由でラケルは参加出来ません、チートダメ絶対


 「困ったなぁ……」

クラスの中心としてシスティーナがクラスメイトに声をかけ続けるが、皆それを眺めるだけで反応する気配はない。

「魔術競技祭の競技に出ようと思う人、居ませんか?」

空席はないはずのクラスルームを叩く声に響く者はいない。黒板に書き上げられた種目欄が一つも埋まることはない。そうやって十数分、システィーナが肩を落としたその瞬間、教室の扉が開いた。

「おう、困ってるみたいだな!」

無言のまま、面倒な奴が来た、という顔をするシスティーナ。威風堂々とグレンが話を始める。

「魔術競技祭の出場者が決まらない? だったら、俺が決めてやるよ」

その言葉にギイブルが反応する。

「女王陛下が来られる競技祭で恥をかくような真似は誰もしたくないと思いますが」

魔術学院としては魔術競技祭と言えば一大イベントとして知られている。クラスごとに競われる魔術の腕は一般の人間を含め、魔術集団として知られる大手の教団がスカウトを含めて見に来る事も多い。なおかつ、毎回ゲストとして著名人を呼ぶようになったのだが、今回は女王陛下直々に来るとなると、盛り上がりは過去最大クラスになるのは間違いないだろう。

「まぁな、だから俺がお前らを一位にしてやるよ」

 

 時を遡ること一時間前。

「お願いします、お金が足りないんです! 給料の前借りをさせて下さい!」

汚物を見るような目で見下すセリカと困惑する学園長の前で綺麗に土下座をするグレン。

「しかしだねぇ、給料の前借りは出来ないんだよ」

学園長は基本的には優しい人間ではあるが、規則を覆してまで人を助けるには抵抗がある。むしろ自業自得のグレンの言葉に耳を傾けているだけでも、人の良さが見て取れる。

「自業自得だろう! 博打で金に困る人間に貸す馬鹿がどこにいるんだ!?」

セリカがグレンに対して諫める。それでもなお、グレンはその場を動かない。

「お願いします。ここ一週間水と草しか食べていないんです。ひもじすぎて命に関わる状態なんです!」

グレンにはグレンなりの理由、というより文字通り命に関わる問題だから必死にもなる。痺れを切らしたのか、学園長が口を開く。

「給料の前借りは出来ないが、特別賞与なら魔術競技祭に優勝したクラスの担当に与えることが出来る」

「学園長!」

セリカはその意見に否定的ではあったが、グレンはその言葉に瞳を輝かす。

「本当ですか!?」

「……ただし、ラケルは参加させるなよ」

セリカが渋々と言った様子で告げる。

「えっ、マジで?」

グレンが驚きを顕わにする。それに対し、学園長が答える。

「もう数十年前になるんだけどね。学年の優秀者を一クラスに集めた担当が居てね、勝負にすらならない年があったんだよ」

生徒もそのクラスに所属しているだけで評価され、担当も正規の手続きで編入した為に正当とは言えないまでも、評価された。しかし、それ以外のクラスについては外部から風当たりが厳しく、内部ではそのクラスに対しての風評が収まることは無かった。

「担当を責める事も出来なかったし、人事について能力が長けていることは正しかったが、次の年でも行われては魔術競技祭自体の存在意義に関わる、ということで半年以内に編入した生徒を参加させることは出来ないという制度を作ったんだ」

いわゆる妥協案だ、と学園長が呟く。今ではそういったことが行われなくなり、形骸化している制度だが、無効にはなっていない。

「ならいいじゃないですか、あいつがそういった目的で編入したわけじゃないでしょう」

グレンが抵抗するが、セリカが否定する。

「ダメだ。あいつを対外的に公にする事自体が進められることではない」

それに、こう言う時のための制度だ、と付け加える。グレンは納得がいかないという表情ではあったが、妥協案をだす。

「参加できない、なら競技祭に協力する事は問題ない訳だな?」

「……まぁ、そこまで否定する制度ではないな」

セリカにも、イベントに全く関われないというのは、抵抗があるのかもしれない。競技者として出ないのであれば良とした。

 

 「と言うわけで、この面子で魔術競技祭に参加するぞ!」

クラス全員を適材適所に割り振ったグレンの采配は、的を得ていた。但し、一点を除いて。

「本当にクラス全員で参加する気ですか? 他のクラスは成績上位者で固めるのが上席なのに」

ギイブルが苦言を呈す。それに続けてテレサも口を開く。

「私も、あんまり目立つのは好きでは無いので……」

その言葉に対し、システィーナが答える。

「グレン先生がクラス全員で一位をとろうって言ってるのよ! そうじゃないと意味が無いじゃ無い!」

グレンが微妙に困惑した表情をしているが、何も言葉に出来ないまま、クラスメイトのボルテージが上がる。

「何か、噛み合ってない気がする」

先生と生徒の温度差に感づくルミアだったが、その熱狂には言葉が届かないようだ。しかし、そこに一人水を差した。

「全員って、ラケルが入ってませんわよ?」

ウェンディのその言葉にシスティーナが固まる。薄々は気付いていたが、あえて気付かないふりをしていたようだった。

「規則に半年以内の編入者は参加できない決まりになっているので、僕は参加できません」

システィーナがその言葉に対し、グレンに確認をとると頷き肯定する。

「ラケルが直接参加する事は出来ない。しかし、大事な役割を持って貰う!」

グレンのその言葉に、クラスが静まり耳を傾ける。

「ギイブル、ウェンディ、テレサ。この三人にはラケルに直接指導を受けて貰う。大事な大事な得点源だ、絶対一位をもぎ取って貰うぜ!」

 




読了ありがとうございました。

こういう時、オリジナルキャラは参加した方が面白いのかな?
裏で動かしたかったのと、あまりアニメと違う展開を考え付かなかったので、こうなりましたが……参加したら無双する展開しか思い付かないorz



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魔術競技祭 第五話

魔術競技祭、始まってないです(震え声)

タタカエ……タタカエ……(小声)

という訳で修行回です、というか五話までタイトル詐欺してたことに驚き。次からは多分きっと大丈夫だと思う(駄目かもしれない)


 case1  ギイブル

 図書室にて待機していたギイブルは、本を広げて人を待つ。今頃は他の生徒達はグレンから魔術指導を受けているはずである。

「……納得がいかないな」

グレンの言葉に反発してはいたが、無理矢理押し切られた、仕方なく待つことにしているものの不満を隠しきれない表情をしている。

「ギイブル殿、お待たせしました」

その言葉の主にギイブルが目を向けると、ラケルが居た。

「それでは、決闘戦の魔術指導をする前に、錬金術の基礎から教えます」

挨拶もそこそこにギイブルの了承も得ずに言葉を続ける。予想に違わず、苛立つギイブルが反論する。

「グレン先生からの指示で嫌々お前の話を聞いてやってるんだ、決闘戦のことなら兎も角、錬金術について聞くつもりはない!」

語気を強め、明確に否定する。その言葉に淡々とラケルが返答する。

「なるほど、それでは錬金術以外での方向で検討しましょうか。ギイブル殿の錬金術では勝率は五割を切っていますので」

その言葉で限界が来たのか、ギイブルが席を立つ。

「もういい! お前に教わらずとも決闘戦で勝利する、僕自身の錬金術でな!」

そう言って席を立つギイブルの背を見ながら、表情を変えずに声を掛ける。

「困難な道ですが、頑張って下さい。これで僕の指導を終わりとしますね」

ギイブル殿が勝つというなら、これ以上は不要ですねと付け足すと返事も無くギイブルは図書室の奥へと姿を消す。それを見送ると、ラケルは図書室を出る。

「……あんなことして、ホントに大丈夫なんでしょうね」

システィーナがラケルに声を掛けると、それに併せてラケルの姿がぐにゃりと歪み、グレンの姿が現れる。

「お前と同じで元々素養はあるんだ。あとはやる気があれば大丈夫だろ。というか、あそこまで焚き付けれりゃ気をつけるのはオーバーワークの方だな」

扉を閉めた図書室の方に目を向ける。すでに戦闘戦の準備を始めているであろうギイブルに心配と期待を込めた視線を送る。

「任せるって言ったのは先生なのに、これで良いんですか?」

ルミアが尋ねる。

「良いんだよ、本当に厳しくなった時はあいつ自身が考える、それが出来るやつだからな」

そう言うと、訓練場に戻るように二人に指示し、自分も訓練場へと向かうグレン。

 

 CASE2 テレサ

 同時刻、教室にはほとんど人はいない、大半は訓練場に向かって魔術の訓練をしているのだが、テレサとラケルが教室に残り、向き合って話し合う形になっている。

「……魔術の練習では、ないんですね」

テレサの問いにラケルが返答する。

「目的と手段の明確性がなければ、訓練の意味がなくなってしまいます。浮遊魔術における理解を深め、発展魔術を身につけ、コンセントレーションを高める訓練を積んで始めて魔術本体の真価を発揮出来ますので」

言葉を追うのに必死だったテレサは、なんとか疑問に思った事を尋ねる。

「は、発展魔術?」

その言葉と表情にラケルが反応する。

「理解が追いついていない、と推測します。しかし、順序だてて説明しますので、まずは浮遊魔術の説明からで良いですか?」

感情が読み取れない会話に困惑の表情を浮かべつつも頷くテレサ。そうすると、ラケルは言葉を続ける。

「まずは浮遊魔術、これは風のルーンを基本としてくみ上げ、結果として重力に対抗して浮かび上がらせることを目的とした魔術となります。今回は規定の高さ、範囲を維持しながら魔術の時間を競う事になりますので、安定性と持続性を重要視します。その中で重要な部分は力のベクトルと外力の作用になります」

すでに幾つかクエスチョンマークを頭に浮かべているテレサだが、ラケルが少し方向性を変える。

「それではテレサ殿、どういった訓練を行う事で安定性と持続性を高める事が出来ると思いますか?」

ラケルが質問調でテレサに問いかける。少し思考したのち、テレサが迷いながら返答する。

「浮遊魔術の反復練習と魔力制御の訓練でしょうか」

自信のない回答にラケルが返事を返す。

「はい、それも間違いではありません。しかし、それは他のクラスも行う事ですので勝ち抜くのには、大変な努力が必要でしょう」

その言葉にテレサはそれ以外の訓練を行う、ということかと聞く。

「まずは安定性について、具体的なイメージを身につける事で安定性が増します」

そう言うと小さな箱をラケルが持つと指先で器用に支える。

「これが点ベクトル一つで支えた場合」

そこから更に二本、三本と増やしていき、最期は手のひら全体で箱を支える。

「どれが安定すると思いますか?」

「全部安定してたんだけど……」

普通は失敗例を見せるのでは無いか、と呟き落胆するテレサ。だが、ラケルの言いたいことは理解出来たようだ。

「つまり、支点は多く、そして面で支えるイメージを持つ訓練が必要なのね」

その答えに頷くラケル、そしてもう一つ続ける。

「次に持続性ですが、これは失敗例を考えていきましょう」

風が吹いてバランスが崩れたとき、浮かせている物体が傾き加重が偏った時、他人の魔力につられてコントロールが疎かになった時、時間による疲労による制御の低下、と次々に例を挙げていく。

「と言うように、外力に寄る失敗と魔術の制御性能の低下に寄る失敗になります」

「今度は失敗例ばっかり、極端なのよね……」

最早諦めた表情で耳を傾けるテレサだが、内容については理解出来ているようだ。

「つまり、外部の影響を受けないようにする訓練も同時に行う、ってことね」

再びラケルが頷くと、そこで改めて言葉にする。

「そこに改変魔術を使います」

そうして取り出した一枚の紙に一つの四角を書く。

「これが浮遊させる物質とすると、外力を掛からないようにするには、どうしますか?」

テレサが少し思考を巡らし、イメージを形作る。

「外から受ける力なら、外周を囲う形がいい。だけど、真四角なら表面積も力の偏りも大きい……なら」

そこまで呟き終えると、ラケルが書いた四角の廻りに楕円状の円を書き込む。

「表面積より少なく、尚且つ外力を受けやすくする、この形にします」

それを見て、ラケルは質問をする。

「表面積を少なく、と言う割には四角に接しないのですね」

確かに囲う様に描いた円は四角に接しておらず若干の隙間が空いている。

「……あ」

やってしまった、という顔をする。どうやらそうしようとして描いたわけでは無いみたいだ。

「恐らく、イメージの元が固い殻に囲まれたものでは無く、柔らかいクッションのイメージだったのでしょう」

それならば、外力に抵抗するよりも受け流すようにベクトル操作の方がテレサ殿には合いそうですね、と呟く。

「……確かに、あんまりガチガチの外殻は想像しにくいかも、ですね」

テレサが探り探りではあるが、そう呟く。魔術がルーン文字による深層心理に干渉する以上個人個人に合った魔術構築が有効になる。

「あとは当日のコンセントレーションを高める訓練ですが、これは要するに慣れですね」

そういうと、ラケルが幻術の魔術を唱える。

「……は!?」

教室全体に施された幻術はまるでスタジアムの中心にぽつんと立たされている感覚にされる。加えて、周囲からの歓声、審判の視線、集中を切れさせる要素は数え切れないほどある。そうして、数秒経つとラケルが幻術を解く。

「当日の感覚になれていきましょう。それと加えて反射行動を身につけておく事で当日安定した精神状態で臨むことが出来ます」

ラケルがこれで訓練の概要は終わりですと呟くと、改変魔術の構築に移っていく、テレサは誰にも聞こえない声でここまでするか、と呟いたが虚しく空中へ消えていった。

 

 case3 ウェンディ

 テレサの特訓開始から数日後、ある程度進歩が見られた事と、相談を含めてラケルの研究室へとテレサが足を向けた。

「失礼します」

丁寧にノックをすると、異常と言わざるを得ない光景が広がっていた。空中に浮く寸胴でシチューを煮込むラケル、何も無い所で少し宙に浮いて快適そうに眠っているウェンディ、壁際で何も言わずに空中椅子で本を読んでいるギイブル、そしてシチューをまだかまだかと待っているグレン。

「……なにこれ」

その言葉に反応したのはウェンディだった、眠そうな眼をこすり大きなあくびをして、おはようと時刻に合わない挨拶をする。

「テレサって此処来るの初めてか?」

グレンがそう尋ねるとウェンディが反応する。

「いっつも教室か訓練場で特訓してるから、初めてですわ、多分」

ウェンディの言葉にギイブルが簡素に説明する。

「この部屋には家具と言う概念がない。魔術による力を利用することで即席の机、椅子、寝具を準備したり、温湿度を管理出来るからだ」

本から視線を移さず、眼鏡をあげる動作をして読書を続けている。

「はぁ、つまりは浮遊魔術の応用ということですね」

実感の沸いていない様な反応をしているが、利点は見るだけで分かる。本来家具で必要とされるスペースが全て不要となるのだ。移動させる労力も無く、また必要な物を必要な分だけ、その場で用意出来るのは実に理にかなっている。

「ねぇねぇテレサ、私も出来るようになったのよ」

嬉しそうにテレサにウェンディが話しかけると、立ち上がり呪文を唱える。

「ふかふかの、ソファ」

魔術陣が浮かび上がり、何も無い空間が一瞬だけ揺らぐ、視覚的には何の変化もおこっていないが。

「ほら、ソファのできあがり!」

そう言うと飛び込む様にウェンディが腰を落とす。まるでそこにソファがあるかのように柔らかく、彼女の体重を受け止め端から見たらまるで空気椅子をしている様に見える。恐る恐るテレサが手を伸ばすと、ふんわりと反力を感じる。手で感じる感触を頼りに腰を落とすと、まるで上質なソファに腰掛けているような感覚を覚える。

「えへへ、いいでしょ?」

そう言って、ウェンディが寝転ぶように上体を倒すと、ラケルが口を開く。

「手すり、着け忘れてますよ」

体を倒した先には受け止める物は無く、勢いよく頭からウェンディが床に激突する。

 

 ウェンディが大きなたんこぶを頭に作るとテレサに話し掛ける。

「テレサはどれ位準備は進んでますの?」

明確では無いその問いにテレサは答える。

「改変魔術がまだ上手くいってないです。当日の雰囲気には少しずつ慣れてきたんですが……」

誤魔化すように笑顔を作る。それに対し、ウェンディが自信満々に話す。

「ふふ~ん、私なんかラケルが作った問題百五十問中百二十五問正解したんですのよ!」

どうやら、過去に出題された問題と今回の出題者の傾向などを照らし合わせて作った物らしい、だがラケルがそれに水を差す。

「一番進行度が遅いのはウェンディ殿ですけどね」

「そ、そんなことないですわ! ちゃんとやってるますの」

ウェンディの反論にも、最初の一日問題に眼をすら通さなかった事を突きつけるとぐぅの音も出ずに黙ってしまった。

「え~と、ギイブルもここに来るのね」

意外にもラケルの部屋にいるギイブルに違和感を覚えたのか、声を掛けた。

「ここには図書室では読めない書物もあるし、多少の魔術の使用も出来る。僕なりのやり方で勝利するとは言ったが、ラケルを利用しないとは言っていない」

書物から一切眼を話さず、そう言葉を紡ぐ。どうやらギイブルの精一杯の妥協点の様だ。

「大体、私たちには実力があるのですから――」

ウェンディが喋り始めると、ラケルが指でルーン文字を描き始める。

「ファイアウォール――そんなに無理にスケジュールを組む必要もありませんわ、体調を崩しても――」

再びラケルがルーン文字を空中に刻み、シチューの味見をする。

「黒魔術の基礎第二章 炎のルーンの基礎形成――元も子もないです。ちょっと位優遇されたって良いと思いません? ねぇ――」

そしてラケルが皿を準備しながら再びルーンを刻む。

「炎と水のルーンに寄る温湿度調節――そうでしょ、テレサ」

ウェンディの反応速度に驚きを覚えつつも、何の反応も無くラケルが見えないテーブルにシチューの皿を置いていく、しっかりと五人分用意してある。

「ウェンディは元々反応速度も理解力も高い。だけどおっちょこちょいなのは、早すぎる反応と周辺視野の広さから判断を早くしすぎている所為だ。だからああやって知識と経験を積ませて正当範囲を絞って最速回答をしていく方針だとさ」

シチューの皿に手を伸ばしつつ、グレンが説明する。あまりにも馴染みすぎているのか、ギイブルもウェンディも違和感を感じず、シチューに手を出している。

「最終的には出題から三秒以内の解答と正答率三割を目指しています。他の回答者へのプレッシャーも併せて、一位のラインがほぼ確定するのがこの数値と予測します」

ラケルのその言葉に、ウェンディが無茶なこと言うと思いませんの? とテレサに問いかける。テレサが苦笑いしか返せなかったのは、ウェンディの資質への驚きか、それともあまりにも異質な訓練環境への畏怖か。あまりにも奇怪光景に不釣り合いなほど、皿に盛られたシチューは絶品だった。

 




読了ありがとうございました。

奇人変人の巣窟へようこそ(愉悦)

天才枠 ウェンディ
奇人枠 ギイブル
秀才枠 テレサ

人間じゃない枠 ラケル

こんなイメージ(笑)


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魔術競技祭 第六話

魔術競技祭始まりました(第六話)

オリキャラ不在のストーリーですが、ウェンディとテレサメインですので割とぶっ飛んだ話です(笑)




 それぞれの思惑を胸に魔術競技祭が開催される。但し、そのスタジアムの中にラケルの姿はなかった。

「まぁ、人目についてもまずいからなぁ」

グレンが呟くと、それにへんとうするかのように腹の虫が鳴る。システィーナを中心にクラスのボルテージはマックスに近い。

「さぁ、全員で優勝するぞー!」

始まるとハーレイ教諭率いる一組と一位を競り合う形になっている。だが、どうしても劣勢を強いられる形になっている。

「さぁ、私の出番ね」

腕をぐるぐると回して、ステージに向かう。同学年の強豪達が競技が始まる時間を待ちわびている。

「ほう、ここでウェンディを使うのか、確かに単独で点数を取れる暗号解読なら、点数を獲得しやすいだろうな」

徐々にではあるが、点差を付け始めている一組は余裕の表情だった。それにシスティーナが反論する。

「ウェンディは絶対勝ちます! ここでしっかりと点差を埋めるんですから……」

そう言ってハーレイと向き合おうとするとグレンに首根っこを引っ張られる。

「な、なにするんですか、先生!?」

「ハーなんとか先輩のことは一旦置いとけ、じゃないと見逃すぞ」

さりげなくディスって行くグレンの瞳はステージの上のウェンディしか見ていなかった。

「はっ、仮に一位をとれたところで点差は然程埋まらんぞ」

一位から順に点数が振り分けられるこの競技では、勿論一位をとるだけでも優位に立てるが、それだけでは現在の点差を縮めるには心許ない。

「……お願い、ウェンディ」

両手を合わせ、祈るシスティーナ、冷めた目で見つめるグレン、思惑とは関わりなく、競技が始まる。

 

 「さあ、これより『暗号解読』の競技を始めます! 問題については僭越ながら私から出させて頂きます。なお、正解については私にも知らされておらず、回答者が正解した時点で問題用紙に反応するようになっておりますので、千里眼、精神探索の類での不正は事実上不可能となっておりますので、公正なジャッジが行われます」

解説兼出題役がマイクを持ち、ステージに立つ生徒達に準備はいいか、と確認をする。一組には昨年の優勝者が立ち、一位争いにどれだけ食い込めるか、そういった内容の前置きをして、出題へと移る。

「第一問 かみ―――」

「射程 三十メルトル」

出題から僅か二秒、ウェンディが解答する。出題者の手元の問題に変化が起き、解答が写しだされていく。一瞬の静寂がステージを包み、出題者の反応に注目が起こる。

「な、なんと……正解! 正解です!」

実況から数秒遅れて、スタジアムが歓声に見舞われる。他の参加者も驚き、ウェンディを呆然と見る。

「逆転出来ないのが残念だけど、しっかり一位は取らないとね」

ウェンディが一組を見下す。最早敵とすら認識しておらず、獲物として見ている。

 

 その後は全問正解とは行かず、十五問中五問をウェンディが得点する形になった。しかし、一組は完全にリズムを崩し、無理に得点を取るために早押しで取り逃したり、単純なミスで順位を落としていく。そうして迎えた十六問目。

「だ、第十六も―――」

問題文が出題される前に、ウェンディの解答が始まる。

「魔術競技祭の最終問題は最近の魔術、または来賓に関連のある問題が出される傾向があるわ。今年は女王陛下が来賓として来られている以上、王室関連の問題ね。暗号解読の講師と過去の出題傾向から、出されるのは『王族と魔術の歴史』から出題される可能性は高い。そして、出題者が出題前に一組を見た、つまりそれに関わる問題……去年に出された問題ということ」

長い前置きと一組にちらりと眼を向けるウェンディ、完全に戦意を失っている相手を更に叩きのめすかのように、正答を口に出す。

「『王族と魔術の歴史』第七章 引き継がれる固有魔術とその遍歴 それが答えですわ」

出題者が唖然とする。その驚愕に関わらず、問題用紙は無感情に正答を写しだす。答えはウェンディの言うとおりの内容だ。

「正解だー! 一体誰が予想したでしょうか! 二組ウェンディ選手の六点獲得による圧倒的一位です! 他の選手も健闘しましたが、異常とも言える解答速度に戸惑い、本来の実力を出し切れず、終わってみれば二位と二点差を付け、優勝候補はなんと三位に転落! 皆様、今一度、健闘した選手達に拍手をお願いします!!」

 

 「ば……馬鹿な」

確かにウェンディは学年に十人いるかどうかの第二階梯の魔術師だ。しかしここまで大差で敗北することを誰が予想できただろうか。

「す、凄いわ、ウェンディ」

システィーナも唖然として、ただただ賞賛することしか出来なかった。

「確かに凄いが、流石にやり過ぎだろラケルの奴。誰がここまで極めさせろって言ったんだよ……」

グレンがため息交じりで呟く。元々素養があったとは言え、短期間でここまで結果を出すとなると、常人とはとても言えない。教える側も結果をだす人間も、だ。二組も結果に驚きが収まらない内にウェンディが戻ってきた。

「見ていましたか、私の活躍を! 私の手に掛かれば、この程度お茶の子再々ですわ!」

いつも通り若干調子に乗り過ぎなウェンディに対し、クラスメイトは安心し、囲んで褒め称える。

「すげーよ、どうやったらあんな事出来るんだよ!?」

「ウェンディ、一位おめでとー!」

クラスの皆から褒めちぎられ、満足そうに胸を張るウェンディ。

「……くっ、だが次の浮遊魔術ではそうはいかんぞ」

ハーレイ教諭が悔しそうに呟くと、グレンが答える。

「いや、それは諦めといた方が良いっすよ、ハーレム先輩。流石にアレに勝つのは、俺たちでも厳しいんじゃないっすかね」

「誰がハーレムだ!? 私は……何、今なんと言った?」

ステージに目を移すと、そこにはテレサの姿があった。

 

 「よろしくお願いいたします」

行儀良くお辞儀をするテレサに、周囲は少し戸惑いを見せる。見た目は地味だが、抜群のプロポーションと穏やかな雰囲気で隠れファンも少なくないという。そして、実況のかけ声と共に、浮遊魔術競技が始まる。まずは一番軽い物から、徐々に重くなっていく物体を一定時間、一定以上の高さに維持し続けられるかを競う競技であり、最終的には一番重い重量を持ち上げられた者、重量が同じの場合は持ち上げられていた時間で競う競技なのだが。

「まずは一つ目、全員が軽々とクリアしていますね!」

実況はそう伝えている。その通り、誰一人として危なげなくクリアしている。その中、教諭陣が驚いている。

「なんだ……あれは?」

「いや、俺も訓練ちょこっと見せて貰ったんすけどね。全くぶれない上に、魔力供給も魔術自体の安定性が段違いなんですよ」

グレンの頬に冷や汗が流れる。ハーレイが唾を飲み込み、スタジアムを見る目が変わる。

「ど、どういう事ですか?」

未だ理解が追いつかないシスティーナも、競技が進んでいくに連れてその異常性に気付く。ウェンディ程インパクトは無いが、徐々にそれはしっかりと目に映る様になっていった。

「……重量も増していき、脱落者がでて、残りの人数は四人となりました。なりましたが……これは、どういう事でしょうか?」

驚愕に上手く実況が出来ていない。他の三人の選手は重くなった物体をふらつかせながらヤッとのこと落とさないようにしているのに比べて、テレサは最初の時と同じように、全くぶれずに物体の高さを維持し続けている。マナの消費に疲労を見せていく選手を横目に、僅かたりともマナ減少による疲労を見せない。

「そりゃあ……テレサがマナの扱いが上手いのは知ってるけど」

システィーナが徐々に現れた異常に戸惑いを見せると、グレンが口を挟む。

「実践でも百%発揮出来る訓練も積んでたんだろうな。ぶっちゃけ、俺の安定しない魔術だとあそこまでは無理だわ、すげーな」

グレンは正直に浮遊魔術についてはテレサのほうが優れている事を認めた。ハーレイも口に出すことはないが、ただ眺めていることしか出来ず実力を認めているのは明白だった。そうして、最後まで一分の隙も見せずテレサが一位を取る。その得点を持って、二組が一組への怒濤の追随、そして逆転の目が見え始める。

「射程距離内に入ったぜ、ハー何とか先輩」

「……ハーレイだ、二度と間違えるな」

そう言い残すと、踵を返して戻っていく。二連敗を喫した一組を激励しに行ったのだろう。

「うん、二人とも……凄かった」

システィーナが正直に賞賛の言葉を口にする。そうして、戻ってきたテレサを二組全員で盛大に褒め称える。そうしたことに慣れないのか恥ずかしそうに遠慮するテレサだったが、やはり努力が実って嬉しいのか、表情の端々に歓びの色が見えていた。

 




読了ありがとうございました。

やり方、考え方が全然違う人間が加わることで成果が出るのはある意味ロマンだと思います。
勿論、実力があって、尚且つ努力しているという設定ですが(笑)


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魔術競技祭 第七話

リィエル登場回です。

今回限りのオリキャラ(名前はありません)もいますが、書きたかっただけです(白目)


 システィーナのサンドイッチを知らずに食べ、女王陛下との邂逅とルミアの複雑な反応に些かの不安を覚えつつ、グレンは午後の競技が始まっても姿を見せないルミアを探す。

「しっかし、白猫の奴も様子がおかしかったが、競技は大丈夫か?」

あいつにも点を取って貰わないと、と見当違いな言葉を発しながら、学院の中庭を見渡すと俯いてベンチに座っているルミアの姿が見えた。

「こんなところで何してんだ?」

グレンが声を掛けると、ルミアが返事をする。

「女王陛下がどうお考えになっておられるのか分からなくて……私の反応が正かったかどうかすら」

胸に着けているロケットを握りしめ、不安そうな、辛そうな複雑な顔で再び俯く。

「そんなに深く考えなくても良いと思うけどな。親子なんだし、言いたいことぶつけても良いんじゃ無いか?」

グレンのアドバイスでも、ルミアの表情は変わらない。複雑な立場に立っていることを自覚しているからこそ、縛られ動くことが出来ないのだろう。恐らくは、母親を思う感情もまた、彼女を縛る鎖となっているのだろう。

「ルミア=ティンジェルだな」

そうして、ルミアとグレンが話していると、王族近衛部隊が一小隊現れた。

「……近衛部隊様が、ルミアに何の用っすかね」

不自然さを感じ取ったのか、グレンが警戒する。その内の一人が一歩前に出て、口を開く。

「ルミア=ティンジェル、一市民の分際で女王陛下暗殺を企てた罪で処刑する」

そういうとグレンが反論する。

「馬鹿言え! 女王陛下が裁判も無しにそんなことを……」

「これは女王陛下からの勅命である。一講師に口をはさむ権限はない」

それ以上反抗すると貴様も国家反逆罪となるぞ、と近衛騎士団が警告する。

「一市民の分際で、女王陛下の暗殺を企てた罪、この身をもって償います」

淡々と頭を垂れ、片膝を突き、首を差し出す。ルミアが何を考えているのか、有りもしない罪を認めたのは、生まれ背負った業故か、本来なら愛情を持ち合わせるはずの親子に宣告させられたからか。

「貴様は黙っていろ!」

騎士団の一人に手刀をたたき込まれ、地面に伏せるグレン、そして手を引かれ連れ去られるルミア。抵抗もなく、その場は静寂に包まれる。

 

 場所は変わり、スタジアムの外森林区に連れて来られたルミアは一本の木に縛り付けられている。

「急所を切る、動けば苦痛が長くなるだけだ」

そう言って近衛騎士団が剣を構える。覚悟を決めたルミアは、目を閉じ、震える体を押さえる。零れた一筋の涙は、誰を思ってかは、知る術は無かった。そうして剣が振り抜かれる一瞬、突然の閃光が騎士団を襲う。

「な、なんだ!?」

困惑する騎士団の声と打撃音、閃光による混乱が収まる頃には三人の騎士団の倒れている姿とグレンの姿があった。

「ったく、思いっきり殴りやがって」

「先生!? どうして……」

困惑からか、言葉にすることが出来ず、喉を詰まらせるかのようにルミアは何も言えなくなる。

「こんなおかしな事が起こるはずがないんだよ、それにな」

一人閃光に動じず立っている騎士団が剣を構え、振りかぶる。

「先生っ!?」

動けぬ己のみよりもグレンを案じるルミア、だがグレンはその剣に見向きもしない。そうして、振り抜かれた剣はルミアを縛る縄を切り抜く。動きが自由になったルミアは、再び困惑する。

「落ち着けよルミア、お前もそろそろ面を外せラケル」

グレンのその言葉に兜を取り外すと見知った顔が現れた。

「ら、ラケル君!? どうして!?」

その問いにラケルが答える。

「遠隔で競技祭を観戦していたのですが、二つほど気になる点があったので、目立たぬ格好に扮し、忍び込んでいたのです」

きょとん、とルミアが頭の上にクエスチョンマークをを浮かべると、グレンがそれを無視し、ラケルにとう。

「お前は一体どこまで知ってる? 騎士団が女王に反して勝手に動くことはねぇし、ましてやルミアに手を出す理屈もないはずだ」

この事態の全てがおかしいと言うグレンに返答をする。

「現在分かっている事は、ルミア殿を早急に処刑することが女王陛下からの勅命であること、そして近衛騎士団総員で夕没までに速やかに実行すること、この二つです。経緯に関しては知るところではありませんが、近衛騎士団及び女王陛下以外からの外部干渉による異常事態である可能性が高いと思われます」

そうなるとある程度予測を立てる事が出来るが、どちらにせよ真相に至るには遠い。

「推奨、現状維持のまま情報収集を行うこと及びルミア殿とグレン教諭の同行」

ラケルの提案に対し、グレンがぶっきらぼうに返事をする。

「んなことは分かってるんだよ。取りあえずスタジアムから離れすぎないように……市街地方面に身を隠すか」

「で、でも……先生?」

ルミアの不安そうな表情に、グレンが答える。

「安心しろ、お前が自分も女王陛下も信じられないなら、俺を信じろ。大丈夫だ」

ルミアは零れる涙と共に一度だけ頷く。

「数分後に改めて二小隊が此処に到達します。速やかな移動を提案します」

「言われなくても、よっと」

グレンがルミアを抱え、浮遊と肉体強化を合わせた魔術を唱え、軽々と城壁を昇り、市街地方面に走り出す。ラケルはそれを見送ると再び兜を被る。

 

 王族近衛騎士団二小隊がルミアとグレンが居た位置に辿り着くと、一人の兵士が立っていた。その目の前には三人の兵士が倒れている。小隊長と思しき大柄な兵士が部下に救護班の要請をだす。

「貴様、どうしてここにいる」

女王陛下の勅命は魔術師とはいえ、少女一人を処分する事、三人が倒れていることも、一人が呆然と立ち尽くしているこの状況も、不自然に映るのだろう。

「……学院の講師一人に、瞬く間に倒されました。一歩離れていた僕は襲われませんでしたが、追う事も……叶わず」

鎧の外からでは分かりづらいが、僅かに手が震えているのがわかる。もう一人に小隊長が耳打ちをする。

「嘘は、ついてないようです」

少し小柄な、声を聞く限り女性の兵士は、観察眼に優れ、体温の変化や僅かな挙動から偽装を見抜くことが出来るようだ。身体能力が然程高くなくとも小隊長に任命されたのも、その能力からだろう。

「処刑対象とその学院講師の行方は」

冷淡に大柄な小隊長が尋ねると、一人の兵士は答える。

「城壁を昇り、市街地方向へと逃亡するところまでは……確認しました」

その言葉と同時に二小隊が市街地方面へと移動を始める。

「任務を遂行出来なかった貴殿には後に厳罰が下される……だが、有用な情報を得られたのも貴殿のおかげだ」

すれ違う間際に大柄な小隊長が告げる。

「小隊に加われ、敵戦力を見たのはお前だけだ」

それに対し、兵士は遅れながらもはいと答える。そして、小隊の後ろに着くと軽いトーンで背の高く細身の兵士が声を掛ける。

「おい、どうせびびって闘えなかったんだろ? 安心しろよ、次びびってる時は、けつを蹴り上げてやるからよ」

その言葉に、背は少し低いが横幅に大きい兵士が諫める。

「軽口は慎み給え。重罪人とはいえ幼気な少女が対象だ、剣が鈍るのも仕方なしというものだ」

その言葉に背の高く細身の兵士が返事をする。

「そりゃあ、お前がロリコンだからだろ。一緒にすんな」

「ロリコンではない、フェミニストだ」

そんなやりとりをしていると、大柄な小隊長から小言が飛んでくる。二人は黙るが、緊張感があるとは言い難い雰囲気だ。

「良い部下ね」

大柄な小隊長は複雑な表情をする。

「良くも悪くもむらっけのある部下だ。余り落胆的にならないのは良いが、雰囲気が引き締まりにくい」

だから貴方が小隊長なのね、と女性の小隊長が微笑む。女王陛下の勅命というにはあまりにも緩い空気が流れながらも、一直線に目標に向かっていく。

 

 市街地を走ること数分、大凡の位置が掴めた。他の兵士からの連絡があったのだ。

「っ、先行します!」

合流した兵士は、風の魔術を巧みにあやつり、倍以上の早さで目的地へ向かう。

「馬鹿野郎、止まれ!」

続いて、細身の兵士が飛び出そうとするが、大柄な小隊長が止める。

「隊長!」

「既に一小隊を倒している相手だ、単独行動は命取りになる。任務を果たすためにも、団体行動を崩す訳にはいかない……あの馬鹿を助けるにも、隊列を崩すわけにはいかんのだ」

小隊長の言葉に、部下達は奥歯をかみしめる。女性の小隊長は部下を思う気持ちと不安からか、足取りが速く焦りが見える。

 

 スタジアムから遠くも近くも無く、市街地の一角でルミアを降ろし、グレンはセリカへと連絡を取る。

「セリカ、どうなってんだ!?」

「グレンか、私は何も言えないし、何もできない。いいか、私は何も言えないし、何も出来ない」

グレンが状況を告げる前に残酷な言葉が突き刺さる。状況は分かっているのかと聞くと、短く理解していると返事が来る。

「ふざけてる訳じゃ……ねぇな」

「ああ、この状況を打開できるのはグレン、お前だけだ。なんとかして女王陛下の元まで来い」

セリカはそれだけ告げると通信を切った。苛立たしそうに暴言を吐くグレンだが、女王陛下の隣にいるはずのセリカですら対応出来ない状況ということに焦燥感を抱く。そして同時に、気配を感じ、攻勢魔術を唱える。

「……なんだ、てめぇら」

大柄の男と小柄な少女、のように見えるシルエットにグレンの攻撃を大剣で受け止め、折れた大剣を投げ捨てると、錬金術によって大剣を再び創製する。

「ちっ……」

舌打ちするとグレンはルミアを庇う様に前に出る。小柄な少女は飛び上がり、大上段から大剣を振り下ろす、それと同時に後方の大柄な男が軍用魔術の構えを取る。

「く……そっ」

避ければ軍用魔術、庇えば恐らく受けきれない大技のコンビネーション。体勢が不十分な現状では、有効な奇襲だ。振り下ろされる大剣が、袈裟斬りに振るわれ、血飛沫が舞う。

「……うそ」

大剣に割り込んだのは兵士の格好をしていたラケルだった。肩から腹部まで切り裂かれ、鎧の為傷の深さまでは窺えないが、出血量は多い。

「……なっ、アルベルト、リィエルどういうつもりだ!?」

グレンが疑問をぶつけると、リィエルと呼ばれた少女答える。

「私とグレンの決着、まだついていない」

「言ってる場合かぁ!?」

グレンがそう言うと頭部をゲンコツでグリグリとお仕置きをする。

「イタイイタイ」

二人のやりとりを余所にアルベルト呼ばれた男が口を開く。

「王族近衛騎士団の様子がおかしく、監視任務として動いていた。唐突な学院の生徒を襲うというやり方には疑問を持っているが、どうやら内部も全員が状況を理解しているわけではないらしい」

そういうと、恐らく現状で理解しているのは、女王陛下、側近の隊長格、セリカ教授ぐらいだろう、と続ける。

「そうですね、少なくとも二小隊の会話を聞く限りは女王の勅命としか聞いてないようです」

何事も無く起き上がるラケルが返答した。それに対し、ルミアは驚く。

「ラケル君!? 無事だったの!?」

「はい、切れ味は想定の範囲でしたが、エンチャントの質の高さには驚かされました。複製しようと思うとかなり時間が掛かると思います」

見当違いの返答をするが、とりあえず無事である事に安心したのかルミアが胸をなで下ろす。グレンが呆れたように、それが目的かよ、と呟く。

「はぁ、とりあえずまだ情報は出そろってないってことか。それで、お前らは協力してくれるのか?」

グレンがアルベルトとリィエルに尋ねる。その眼光は、今までに無く鋭いものだった。

「私個人も、グレンお前に言いたいことは山ほどあるが、今は任務中だ。近衛騎士団の暴走を止めるのであれば、協力できるはずだ」

そう言って、協力の意思を告げると、グレンが提案する。

「セリカとの通信じゃあ、女王陛下の前まで来い、とさ。競技祭の優勝した組の講師には受賞する際に謁見出来る権利がある、なんとかしてそのチャンスを活かしたい」

その案にアルベルトが答える。

「そうなると、グレンとルミアには身を隠す必要があるな。それに、近衛騎士団の襲撃も避けなければならない」

それに対し、グレンが口を開く。

「そこで、だ。俺たちとお前達二人、入れ替わってくれないか? 幻術で姿だけで良い逃げ回っててくれ。その間俺たちはお前らの格好でうちのクラスに接触しておくから」

悪巧みをしている顔でグレンが提案する。しかし、冷静な提案をルミアがする。

「でも、幻術だけで騙せるでしょうか? それにお二人の格好でクラスに近づくのも違和感が……」

そういうルミアにわりいってラケルがしゃべり出す。

「それなら、僕が死んだふりをするので、もうすぐ来る二小隊の前で逃走してください。それで上手くいくはずです」

アルベルトとルミアが頭を抱えるが、結局は二人の案で行うことになった。

 




読了ありがとうございました。

ラケル君がちょこまか動いたせいで、色々と誤解が生まれていますが、まぁ大丈夫でしょう(適当)
近衛兵って、これから出る機会ってあるんですかね?


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魔術競技祭 第八話

小隊の話とギイブルのお話です。

一応、ギイブルは実力者枠で動かしたかったけど、思ったより動かし難い……気がする。

小隊長、お前の事は嫌いじゃなかったぜ(適当)


小隊が辿り着いた時には、既に兵士は倒れていて、血だまりができていた。折れた大剣は闘った跡なのか、血だまりに沈んでいる。出血量を見ると確認するまでもなく、致死量だと言うことが分かる。学院の講師と今回の処刑目標である二人は、小隊を一瞥して建物の屋根へと飛び上がり、逃走していく。

「……追うぞ」

大柄な小隊長が、小隊員に指示を出す。細身の兵士は壁を乱暴に殴りつけ、背が低く横幅の広い兵士は胸に十字を切る。

 追う二人の速度は速く、追いつくには時間が掛かりそうだ。仮に追いつけたとしても、再び逃げられる可能性がある。

「部隊を分けて、挟み撃ちにしましょう」

女性の小隊長が大柄な小隊長に提案する。

「承知した。二手に分かれて追い詰める。こちらの部隊の方が足が遅い、そちらで先回りを頼む」

その返答に頷き、女性の小隊長が部下へと指示を出す、その後確認するかのように大柄な小隊長に問う。

「ちゃんと冷静に判断出来てる? 口数が随分少ないけれど」

その問いに少しの間を開けて返答する。

「俺も人間だ、先ほどは動揺した。だが、今は冷静だ、任務を遂行するために最善と思われる行動をとっている」

まるで自分に言い聞かせるような言い方だったが、女性の小隊長はその言葉で満足したようだ。部隊を分ける前に告げる。

「貴方が冷静なら、それでいい。私は貴方が冷静かどうか分からないくらいには、激昂しているから」

そうして、小隊が分かれて行動を始める。大柄な小隊長は唇の端を噛み、血の味を感じる。

 

 小隊が離れてから数分後、ラケルは起き上がり、呪文を唱え、血糊と防具を素材として顔と体を隠すマントを作り上げる。

「一度ロッカーに戻って着替えと準備をしないと時間は……間に合いそうですね」

そう呟くと一瞬だけスタジアムの方に目を向ける。

「そろそろギイブル殿の競技の時間ですか、少し見ておきましょうか」

呪文を唱えるとスタジアム内に設置した魔方陣と網膜に刻んだ魔方陣がリンクし、スタジアムの映像が瞳に映る。

 

 「あ~っと、二組此処で一敗してしまったぁ! 逆転優勝を狙うにはもう一敗も出来ないぞ!」

会場を盛り上げるために解説が声を張り上げる、種目は最終競技、決闘となる。この競技が始まるまで、一組と二組は同点だったが、現在は一勝分一組が優勢だ。

「すまない、負けちまった……」

深々と頭を下げる、それに対しシスティは良い勝負だったと励ますが、ギイブルはいつもの調子で喋る。

「全く、君が勝っていたら僕がステージの上で優勝出来たものを……システィに渡すことになってしまうじゃないか」

そう言って、上着を預ける。

「そんな言い方――」

「いいんだ。ギイブルの言うとおりだ」

シャツ姿でステージに昇るギイブルが、システィに向けて言葉を放つ。

「システィ、優勝時のコメントの練習はしてきたか? どもったりすると女王陛下に見せる顔が無いぞ?」

そして、二人が気付く、ギイブルが一度たりとも負けたことをせめておらず、優勝することを疑いもしていないと言うことを。

「……言ってくれるじゃない、負けたら承知しないわよ!」

ギイブルがステージに立つと、相手の選手も既に立っていた。実況が前振りに選手の説明をし、一瞬の溜の後に試合開始を告げる。

「雷精よ!」

「炎よ」

ショックボルトがギイブルに直撃し、仰向けに倒れる。一方、一組の選手は何も変化は見えない。

「早撃ち勝負、ギイブル選手の敗北か!? しかし、魔術は発動したように見えましたが……炎のルーン、基礎魔術のようでしたが」

実況がそこまで言うと、一組の選手に異変が起こる。突然跪き、体全身を震えさせる。

「全く、ショックボルト対策していても、これほど衝撃があるとは、僕も研究不足だったらしい」

ギイブルが呟きながら立ち上がると服に付いたほこりを手で払う。平然とし、ダメージは全く受けていないようだ。

「こ、これは一体!?」

実況の疑問と共に、ネクタイの裏に潜ませていた銅線を外し、ズボンの裾、革靴の下まで伸びていたのを巻き取る。

「電気はより流れやすい方向に流れる。ショックボルト程度の電流なら、銅線程度で大幅の電流を地面に逃がすことが出来る、完全詠唱なら兎も角、一節詠唱ならなおさらね」

そう言うと相手の選手に近づくように歩む。

「僕たちの制服には魔術による温度調整が施されている。感知部分は主に脇下、首回り、股下の動脈がある部分だ。本来百度を超える高熱の場合、抵抗魔術と平均体温維持の魔術が発動するが」

言葉を続けながら、相手の選手を横切る。一組の選手はまだ、体を震わせ、動くことすらままならない。

「単純な炎のルーンによる加熱、四十~五十度程度なら冷却魔術が働く。約二十秒程だからまもなく効果は切れるだろうけどね」

制服の内側で発動していた炎のルーンが消え、冷え切ったからだを魔術により暖められ動けるようになるが。

「く……そっ」

急激な温度変化に神経が耐えられず、ふらつきよろめく。倒れそうになり伸ばした手をギイブルが掴み、体をねじり込んで背負い投げの形で、引き手を放す。一組の選手は宙を舞い、ステージ外へと放り出される。

「土よ、水よ、沼と成れ」

ギイブルの詠唱で、選手が落ちる場所の土と水がかき混ぜられ、小さな沼が出来る。沼がクッションとなり、軽傷で済むが急激な温度差とショックで目を回している。

「常温の沼の中で少し休むと良い。目が覚めてから保健室に行けば後遺症もないだろう」

そう言って眼鏡を中指で上げ、ステージから降りる。

「な、なんとぉ! 二戦目はギイブル選手の圧勝だぁ!」

二人の元に戻ったギイブルは上着を渡され、着直す。

「ありがとう、ギイブル」

「選手として当然のことをしたまでだ。それより、二組が優勝する様をゆっくり見よう。ステージよりは少し遠いけど、観客席よりは良いだろ?」

そう言って、クラスメイトに声を掛ける。不器用だけれど、彼なりの気遣いかもしれない。それに対し、システィが口を開く。

「なによ、随分と言ってくれるじゃない」

「分かりきったことじゃないか、女王陛下の御前だ。美しい勝負を期待してるよ」

ギイブルのその言葉に怒りを顕わにするが、直ぐに深呼吸をしてステージに向かう。

「よし、優勝してくる!」

 

 市街地の中で、二人組を追い詰める王族近衛騎士団。挟み込まれたタイミングで、幻術を解く。

「な……んだと?」

「残念だが、お前達の探し人は別の場所にいる」

アルベルトが口を開くと、小隊の何人かが魔術を撃つ構えを取る。

「死体はダミー、近衛騎士団は一人も死んでいない」

リィエルが馬鹿正直に話すと、アルベルトが頭を抱える。それに対し、大柄の小隊長は部下達を制し、問う。

「それは本当か?」

女性の小隊長が、アルベルトを見つめ、真偽を確かめる。

「事実だ。それと私たちは宮廷魔導師団に所属している」

その言葉に対し、女性の小隊長口を開く。

「……うそはついていないわ」

大柄の小隊長がそれを聞くと、大笑いをしてから再び話す。

「それで、宮廷魔道師団がここに何のようできていたのだ?」

リィエルが答えようとするが、口をふさぎアルベルトが答える。

「王族近衛騎士団の動きが最近おかしいと報告があってな、それを調査していたところだ。思い当たる節はないか?」

それに対し、大柄な小隊長は答える。

「確かに、最近の任務に違和感を感じることはある。しかし、隊長直下の命だ、おかしいと感じるのならば外部からの情報操作が原因だろう」

はっきりと言い切る大柄な小隊長。

「……なぜ、隊長を疑わない」

「愚問だな、内部を疑わなければならない貴公らには分からないだろうが、そうで無ければ隊長の下に集いはしない。我らは既に女王陛下に命を捧げた身。ましてや王族の命に全て説明が出来るはずも無し、だ」

一瞬戸惑いの色を見せたアルベルトだが、大柄の小隊長の命令で、一掃に引き上げようとする王族近衛隊に口を開く。

「……今回の命は女王陛下の本意ではない。外部からの影響によるものだ。それももうすぐ、解かれるはずだ」

アルベルトの話せる内容を伝える。これ以上の情報と成ると、一介の兵士に伝えて良いものでは無くなる。

「ははは、ならば我らは厳罰対象だな。お前ら、戻ったら覚悟しとけよ!」

大柄な小隊長は今回の件があった後でも、隊長も女王陛下を疑わない。まっすぐ馬鹿正直に生きている。

「あの人に代わって礼を言うわ。少しだけ、部下達も安堵すると思う」

女性の小隊長がアルベルトに囁く、厳罰を受けることに変わりはないけれどね、と付け足し早々とスタジアムの方向へ向かっていく。予定通り事が進んでいれば、今頃グレンが女王陛下の問題を解決してるはずだ。

「どうしたの、アルベルト?」

リィエルが覗き込むように上目遣いになる。

「……いや、なんでもない」

在りし日の少年を思い出し、首を振って疑問を振り払う。そうして、もう一つの任務へと足を向ける。

「支えが無くならなければ……いや、それは言うまい」

もしもの話しをするつもりはない、なによりあのグレンが人として存在出来ていることが、最悪では無いことの証明なのだから。

 




読了ありがとうございました。

大方、魔術競技祭のストーリーは完了です。
ここはほとんど裏方の話ばっかりだなぁ、と後で思いました(小並感)


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魔術競技祭 第九話

必殺技を叫んでいくスタイルぅ!(極めて平坦な声で)

今回で魔術競技祭は終わりです。
書いてないけど、二組は優勝しました(書けよ)


 魔術競技祭が終わりエレノア・スカーレットが市街地の狭路で立ち止まる。

「帝国の魔術師団も無能ばかりではなかったのですね」

前方と後方でアルベルトとリィエルが挟み撃ちを掛ける形になる。だが、その状態でも、エレノアは余裕の笑みを崩さなかった。

「それでも、一足遅かったようですわ……!?」

一瞬で跳び上がり、屋根の上に立つ。元に立っていた場所には魔方陣毎切り裂かれていた。

「居合『鎌鼬』」

漆塗りの鞘に、赤い留め金の刀を腰撓めに構え、ラケルが正面に立っていた。

「……貴方は」

「エレノア殿が持っているのは……『賢者の石』か?」

ラケルのその声に反応すると、服の内側から小瓶を取り出す。

「あら、これが目的だったのかしら?」

小瓶の中身が妖艶にきらめく。

「いや、それには興味はない」

エレノアはきょとんと間の抜けた表情をし、その隙にリィエルの剣戟が襲う。大きく屋根をえぐるそれを、軽々と躱し、屋根を飛び移る。

「市街地に仕掛けられたいくつもの魔法陣。全てがダミーであり、本物でもある。その『賢者の石』を触媒にすれば」

ラケルが口を開くと、正解だとエレノア返答する。

「それで、貴方が求めているものは何かしら?」

エレノアの首筋に、寒気が走る。本来であればあの時点で離脱していたはずなのに、転送魔方陣の発動よりも早く攻撃出来るラケルの存在は危険でしかない。

「制作者は、ホーエンハイムか?」

その一言で、エレノアは察する。そうして、提案する。

「日時は改めてですが、お目にかかる機会を作りましょう。その代わり、そこの二人の足止めをお願いできますか?」

その言葉にラケルは即答する。

「了解した。ここから最短距離の魔方陣の位置まで五百メトル、起動時間を含めて六百秒の足止めをする」

エレノアがにやりと笑うと、反対側へと飛び去っていく。それを追おうとするリィエルに剣戟が襲う。

「貴様、奴らに協力するつもりか?」

アルベルトの冷淡な瞳がラケルを貫く。それを意にも止めず、返事をする。

「互いに都合が良いから利用しているだけだ。対等な条件で契約をしている」

問答無用、と言わんばかりにリィエルは大剣を背後に構え、地に水平にし横薙の動作をする。

「居合、『鎌鼬』」

ラケルが刀を抜いた瞬間は見えなかった。だが、リィエルの大剣は刃の根元から断たれ、刀身が落ちる。それに気づき改めて錬金術を行おうとした瞬間、目の前にラケルが居た。

「―――っ!?」

移動した場所と、リィエルの手前に大きな窪みが残る。超スピードで移動していたということ、そして数百メトル先までリィエルが吹き飛ばされていた。それを見た瞬間にアルベルトが軍用魔術の構えを取るが、照準を合わせた次の瞬間には視界から消え、腹部に刀が突き立っている事に気付く。

「内蔵や血管は外していますが、動けば重傷になりかねませんよ」

刀は僅かに血を帯び、ゆっくりと伝い一滴だけ地面をぬらした。

「なぜ……殺さない」

「契約は足止めですので、必要であればそうしますが」

殺さずとも足止めできるから殺さない、ということだ。それは圧倒的な実力差の証明でもある。

「宮廷魔導師団を、敵に回してもか?」

その言葉に対し、躊躇いもなく答える。

「真理へと辿り着く為であれば」

アルベルトが、ため息をつく。それと同時にリィエルが戻ってきている。服こそボロボロだが、目立った外傷はない。

「なら、私たちがエレノアを追わないと言えば攻撃はされない、ということでいいか?」

アルベルトが両手を挙げて、降伏の意思を示す。

「ええ、追う素振りをあと三百二十秒しなければ攻撃する理由は消失します」

そういうと、他の部分を傷つけないように、刀を引き抜き、和紙を取り出し丁寧に血を拭き取ると鞘に刀を収める。

「それと、我々との交渉も可能か?」

アルベルトがラケルを睨みつける。

 




読了ありがとうございました。

エレノアしゃんが好きです(隙自語)
ただ、ラケル君がトラブルメーカー過ぎてエレノアさんも振り回されるという事態に(笑)

さぁ、外道魔術師はどっちだ(笑)?


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幕間 賭け事

グレン先生が生徒を連れて博打にいく話(ロクデナシ)

自分が負けるまで、負ける可能性に気付かないから負け越すんだよなぁ(絶望)



 ざわつく教室に、扉が開く音共にグレンが現れる。

「おー、皆揃ってんなぁ。講義始めるぞー」

魔術競技祭も終わり、普段通りの日常が戻ってきた。

 

 時間が過ぎ、放課後に成りグレンがラケルの部屋へ訪れるとテレサとウェンディがくつろいでいた。

「……いや、別に良いけどな」

誰もグレンを気にもとめず、己のすることに集中している。

「どうしたんですか、グレン教諭」

ラケルが声を掛けると、わざとらしくグレンが溜めて話す。

「ふっふっふ、なんと今日が給料日なのだ!」

その言葉に誰も特に反応しない。振り向きもせずにウェンディが口を開く。

「ご飯でもおごって下さいますの?」

いつもこの部屋にただ飯をたかりに来ているグレンからすれば、あり得ない事かもしれないが、それでも構わないと返答する。

「これから、この給料を倍にしに行くんだからな!」

 

 「それで結局、博打ですか……」

テレサはあきれ顔で呟く。ウェンディも同様に大きくため息を吐く。

「ほんっと、そんなんだから貧乏なままなのですわ」

どこか釈然としない表情でグレンが呟く。

「別に……お前ら二人には来いとは言ってないんだけどな」

この町で一番大きいギャンブル場へ向かうグレンと三人。そうして、ラケルが確認するように口を開く。

「それで、給料をコインに変換して、分割して増やすのが目的ってことでいいんですね」

それにグレンは頷く。

「それじゃ、テレサ二、ラケル一、私一で良いかしら?」

「えっ?」

グレンがその言葉に疑問を抱く。

「私が二ですか? 三人で等分でいいんじゃないですか」

テレサが控えめに自分の掛け分を減らすように提案する。

「あ……あの」

グレンが何か言いたそうにしているが、言葉に出来ない。

「僕もテレサ殿に多く掛けた方が、良い結果が得られると思います」

ラケルはウェンディの意見に同意するが、そこでグレンが発言する。

「待て待て待て! なんで俺がそこに入ってないんだ!?」

三人がきょとんとした顔になる。ウェンディが当たり前のように返事をする。

「負け馬に掛ける理由が無いですわ」

「大人の意地を見せてやるからな!」

 

 結局四等分する事に決まり、全員にコインを分ける。

「コインは全部で八十枚、一人二十枚ずつだな」

換金してきたグレンが三人に手渡す。

「それじゃあ、終わったら向かいの酒場で祝勝会だな!」

そう言い残すと、全力で中に走って行った。

「……今更あいつに何を言えばいいか分からないですわ」

溜息を吐きながら、ウェンディ達もギャンブル場に足を踏み入れる。中には大勢の人が居て、ポーカー、ブラックジャック、ルーレット、他にも様々なものがあるが、レースと言われる所に今日は人が集まっている。どうやらグレンもそこに行っているらしい。

「それでは、僕はブラブラしてきますね」

そう言って、一番手近なポーカーへとラケルが向かっていく。

「私は……ルーレットですかね~」

全体を見渡したテレサはルーレットに目を付けた。決まってからは足早に動く二人に残され、ウェンディは未だに決めかねている。そうしていると、スタッフの男性から声を掛けられる。

「お悩みなら、レースはどうですか? ルールも簡単ですし、今一番人気ですよ?」

賭博では何もしない人間は客とは思われない。物見遊山ではお金は動かないし、店にとっても利益にはなり得ない。

「ん~……少し、見てみますわ」

そう答えると、スタッフについて歩くようにレースへと向かう。

 

 向かう途中でルールを説明されたが、特に注意して聞くことも無く、その場に辿り着く。

「あら、満席のようですわ」

そうウェンディが呟くスタッフは返事をする。

「このレースが終われば、幾つか席が空くと思いますよ」

なるほどと答えると、ウェンディが歩き出す。

「それでは、席が空くまで見て回りますわ。ありがとう、スタッフさん」

それでは、良い一日をと頭を下げてスタッフは下がる。そうして、レースの廻りをぐるぐると回り始め、二周程で止めその場を離れる。

「……間抜けも居たものね」

後ろのポケットにレースに熱狂していた人間の一人から抜き取ったハートのエースのカードを入れる。

「あの手の賭けは、苦手なのよね」

ルーレットやレースのように、結果を胴元で操作できるものを確実に取るには、確率が高いものをとり続け勝ち逃げをするか、ディーラーに読み勝つ必要がある。勿論、ビギナーズラックということもあるが、それに賭ける様には教わってはいない。一つルーレットと違う点は、払い戻しが客同士の掛け額によって変わるということだ。その中から何割かを抜くことで、胴元が得をするシステムなのだが、大きく当てるには相当の訓練が必要となる。

「まぁ、最初からするつもりもなかったし、行きましょ」

そう呟くとブラックジャックのテーブルへとウェンディが向かう。

 

 その頃テレサはルーレットで勝ったり負けたりしていた。

「う~ん、少し負け越してる……かな」

周囲も余り慣れない手つきに、一点張りではなく、色掛けばかりしている初心者の賭け方にアドバイスをしたり、煽ったりしている。

「でかく一点張りしないと勝てないぜ?」

「そうそう、難しいとは思うけどね」

廻りから煽られて、テレサは答える。

「そうですね。少し怖いですけど、大きく賭けてみますね」

そう意って、持っているコイン十八枚、それを三つに分けて三つの数字にはめ込む。

「おお! 思い切ったねお嬢さん!」

「はははっ、本当に大丈夫かい?」

中々常連でも見られない賭け方に客は大騒ぎになっている。それに乗って同じ数字に賭けるもの、自分のリズムを崩さず別の数字や色に賭けるもの、様々だ。しかし、ディーラーだけは顔色が違った。

「さぁ、楽しいルーレットの時間ですね」

そのディーラーはこのギャンブル場では新参者だった。腕は悪くは無いが、経験が少なく、客への対応もお世辞にも上手くは無い。だが、狙った数字に落とすことも出来る。勿論百%とまではいかないが、成功率は高い。

「どうしました、ディーラーさん?」

テレサが声を掛ける。ディーラーは見誤っていた。見た目は若く、賭け方もまるで初心者、手持ちの半分も吐き出せば出て行く者だと思っていた、思い込んでいた。だが、違った。ディーラーは観察されていたのだ。今回決してその数字に落としたわけでは無い、だが自分が狙った数字に落とせる得意な三つの数字を、彼女は的確に賭けてきた。

(いや、落ち着け。この女の数字以外に落とせば良いだけだ)

得意とは言え、それ以外の数字を出せない訳では無い。一点張りは勿論色掛けよりも倍率が高く、もし彼女の数字に落としてしまえば百枚近くのコインの払い戻しになる。そうなってしまえば、一日分の働きどころか、大きなマイナスになる。だからこそ、ディーラーは背中に冷や汗をかくことになる。

「そ、それでは……入ります」

回転しているルーレットに小さい銀色の玉を転がす。その動作の間、常に彼女の視線が視界から外れない。まるで蛇に睨まれたカエルのような気分だ。

「っ!?」

言葉に成らない悲鳴が漏れる。それは、興奮している他の客には聞こえなかっただろう。だが、彼女の耳にはしっかりと届いていた。そして彼女の表情は、歓びでも安堵の表情でも無く、酷く冷たいものだった。まるで、使い古された玩具を見るような、呆れと落胆が混ざった表情だ。その瞳には最早、ディーラーは映って居なかった。

 

 「やりました! これでお父様に懐中時計を買って差し上げられますわ!」

わざと大喜びをして、周囲も驚きと歓声を上げている。そうして、放心しているディーラーを尻目に何の違和感も無くギャンブル場を後にする。大勝ちしてしまえば話題になり、勝ち逃げになれば店側も黙っていられない。勿論限度にもよるが、ただ今回は店側が、ディーラーの対処が遅れた。直ぐさま換金を済ませ、その場を離れる彼女を止める者は居なかった。

 

 ルーレットの方から歓声が聞こえる。どうやらテレサがやらかしたようだ。

「……テレサと同じテーブルにいなくて良かったですわ」

ブラックジャックを始めてから十数戦目。最初は降りたり、バーストを出してマイナスにはなっているが、何度かの勝ちによって大きく負け越した分を取り戻してはいる。

「おっ、嬢ちゃん調子が出てきたんじゃ無いか?」

「最初は散々だったのになぁ」

周囲のヤジに適当に返答をしつつも、配られるカードを見る。ブラックジャックはルーレットと違い、胴元から返ってくることはない。掛け合った当人同士でのコインのやりとりだ。つまり、勝てる手札の時に大きく稼ぎ、負けるときは降りて被害を小さく、或いははったりをかまして相手を降ろすか、になる。ディーラーがカードを操作することはなくはないが、回転を上げることで利益の上がる為、極端な例を含めて手元を注視するのはプレイヤーのみだ。そうして、配られてきたカードを開くとハートのクイーンだった。

「ふふふっ」

ウェンディが不敵な笑いをして、周囲の目を集める。

「レイズですわっ!」

わざと声を張り上げ、場を沸かせる。

「おお、良いカードが入ったのかい?」

流石にいきなりのレイズに驚いたのか、プレイヤーの一人が声を掛けた。

「ハートのクイーン、つまり勝利の女神ですわ! これぞ、チャンス! チャンスの女神は一度しか現れませんのよ!」

身を乗り出し、声を掛けてきたプレイヤーに指を指す。その言葉に、周囲は調子に乗っているだけだ、と勘違いする。

「なるほどなぁ、それなら俺もいっちょ賭けてみるか」

一人を皮切りにほとんどのプレイヤーがコールする。ウェンディは何度か大見得を切って無茶な賭けを何度かしてきた。その度に敗北を喫し、現在の負け越しの状態になった事を周囲も理解している。故に、周囲のプレイヤーは万が一の可能性に、気がつかなかった。

「それでは、オープン!」

その後もレイズを続け、掛け金を持ち金全部になったところでディーラーがカードを開く様に宣言する。

「なっ……!?」

周囲は絶句する。ウェンディの手元から開かれたカードがハートのエースであり、ブラックジャックだったことに。

「勝利の女神が微笑むのは、一度だけですのよ」

そう言うと、淡々と集められたコインを持って、ブラックジャックのテーブルを後にする。釣られたことに後悔する者、呆然とする者、それらを意にも介せずギャンブル場を後にする。

 

 酒場の扉が開かれ、ラケルが入ると既にテレサとウェンディがテーブルに付き、食事を頼んでいた。

「遅かったわね」

四人掛けのテーブルに腰掛けると、ラケルが口を開く。

「一応、付き合いのあるお店ですから。ある程度勝って、ちょい勝ちまでコインを吐いてを繰り返すと時間が掛かりました」

テレサが呆れた顔で口を開く。

「まぁ、大変でしたのね……」

「流石に私はそこまで考えてギャンブルなんてしませんわ」

理解出来ない、と言った様子でウェンディが喋ったとき、再び酒場の扉が開く。

「あ、グレン先生ですわ」

「こっちですよ~」

ウェンディとテレサが反応し、手を振る。しかし、グレンの様子は酷く落ち込み、負のオーラを纏っているように見える。

「……どうされました?」

ラケルの問いにも答えず、テーブルに付くグレン。

「なんで料理頼んでるんだよ……」

そういうと、頭を抱えるグレン。見るまでも無く大敗を喫したようだ。

「何でって、私たち勝ってるからですわ」

そのウェンディの言葉に、グレンが顔を上げる。

「い、幾らだ?」

ラケルが答える。

「四十枚」

ウェンディが答える。

「六十枚」

テレサが最後に口を開く。

「百枚、併せて二百枚ですわ。グレン先生は幾らですか?」

数を聞く毎に明るくなってるグレンは最後の問いに答えられずにいる。

「ほら、賭けにもならないですわ」

「まぁ、そうでしょうね……」

「予想通り、全部吐き出したんですね」

その言葉にグレンは逆ギレする。

「予想通りってなんだよ!? つかなんでお前らそんなに勝ってるんだよ!?」

グレンが大声を出すと、ウェンディがポケットからカードを取り出し、炎のルーンを唱えて燃やす。

「当然、勝てるから、ですわ」

何を当たり前なことを聞いているのか、痛げな反応にグレンは絶句した。

「まぁ、流石にサマでもテレサに叶わないのは、驚きましたわ」

「仕方ないですよ、新人のディーラーなんてあんなものですよ」

困ったように笑うテレサ。相手にもならなかったからか、不完全燃焼の様子だ。

「僕もテレサ殿の腕前には驚かされましたね、ウェンディ殿も素晴らしい演技でした」

満更でもなさそうにウェンディはありがとうと返事をする。

「……お前ら」

持つ者と持たざる者の差を見せつけられ絶句する。その後も四人で食事をしたが、元の給料よりも大幅に増えた額が手元に残った。

「い、いいのか。俺が全部貰って」

それにはテレサが答える。

「元はグレン先生のお金でしょう?」

ご飯も食べさせて貰いましたし、と付け足す。

「宵越しの、それもあぶく銭なんて持つものではありませんわ」

手をひらひらと振って、興味が無いと言う。

「元々、グレン教諭のお金を増やすという目的ですので」

ラケルがそういうと、テレサとウェンディを送って行く。残されたのは、金とグレンだけだった。

「そういや、あいつらからしたら端金だったか……」

増えた給料に、素直に喜べず、にけんめにもよらず、まっすぐと家に戻るグレンだった。

 




読了ありがとうございました。

ギャンブルの才能がある人間とない人間の話です。
僕のイメージですけど、博打を勝ち越せる視野を持つ人間は、わざわざ周りに言いふらしたりして自己満足を得ることもないのかなぁ、って思います。

何が言いたいかと言うと、勝ってCOOLに去るのが格好いいですよね(笑)


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幕間 錬金術師の日常 前編

ラケルが普段なにしてんの?っていうお話。

別に何しててもいいじゃんとかは言わないで、オナシャス




 時刻は黄昏時を過ぎ、太陽は西に沈み星と月だけが足下を照らす頃。人影を追う少女がいた。

「……どこに行く気かしら?」

髪型をツインテールにし、暗くてよく見えないが亜麻色の髪をたなびかせ、物陰に隠れ家なら、慣れない動きで跡をつける。

「怪しいにおいが、ぷんぷんしますわ」

楽しんでいるのか、抑揚が普段よりも高い。先を行く人影は市街地を抜け、工場区の方向へ向かっている。その跡を、静かに追いかけるウェンディ。

 

 時は遡り、三時間前。

「私気になりますわ!」

「それ以上はいけない」

放課後になり、人が居なくなった教室にテレサとウェンディが残っていた。

「月に三度、週に約一度、ラケルが夜中に学園を出ることがあるんですのよ!?」

それに対し、おっとりとした言葉で返事をするテレサ。

「むしろ、学園から出ていないことに驚くべきじゃないかな……」

とはいえ、確かに行き先は少し気になりますねと付け足す。

「これは……事件の香りがしますわ」

目を輝かせるウェンディとは対照的に、あまり乗り気ではないテレサ。

「夜中に出歩くのは危険ですよ、ウェンディ」

警告はしたが、いまいちウェンディには効果が無いようだ。跡をつける気満々の様子だ。

「はぁ、大変なことにならなければ良いけど」

帰る支度を調えながら、他人事のように呟く。一方ウェンディは準備をして出入り口で待機し、ラケルが出てくるのを待った。ラケルが出てきたのは黄昏時、太陽がもう沈みかけている時間だった。

 

 ラケルが角を曲がり、見失わないように追いかけると、大柄な二人に囲まれる。

「なっ、あんた達何ですの!?」

ウェンディの言葉に耳を貸さず、大柄な男二人が会話をする。

「兄ちゃん、貴族のお嬢さんっぽいよ。きっとお金持ちだよ」

「そうだな弟よ。捕まえれば大金が手に入るかもしれないぞ」

グフフと、気味の悪い笑みを浮かべ、じりじりと距離を詰めてくる。ウェンディは恐怖で足がすくみ、魔術を唱える余裕もなかった。

「だ、誰か……」

掠れるような声で助けを求めると、大柄な男の上から手刀が降ろされた。

「ラケル!?」

驚くウェンディに対し、狼狽える大柄の男達。

「金、銀、誘拐するなら計画を立ててから実行しろと教えたはずだが」

金と銀と呼ばれた大柄の男が、頭を下げ謝罪する。

「へぇ、すいませんラケルの兄貴!」

「すいやせんっした」

随分と訛り強い言葉で謝る横でウェンディが短く言葉を発する。

「違う、そうじゃない」

 

 話を聞くとどうやら金と銀はラケルの実家の運送業の社員で、今からその支部に向かう所だったらしい。

「全く、こんなのを雇うなんて、なんて会社なのかしら」

ウェンディがそう呟くと、ラケルが声を出す。

「この町で僕を誘拐しようとしてね。返り討ちにして話を聞くと仕事を失って困っていたようだから雇ったんだ」

その言葉にウェンディが絶句していると、大きな倉庫のような場所に辿り着く。

「ようこそ、支部へ」

ラケルがそう言うと、両開きの扉が鈍い音を立てて開いていく。

煉瓦造りの外見からは想像も付かないが、中は広大なスペースが広がり、馬小屋と四台の馬車、そして職員が作業すると思われる部屋と馬のえさや掃除用具、馬車の調整用の道具らしきものが壁に掛けられていた。

「へぇ~、凄―い。それでラケルはここでなにするんですの?」

ウェンディの問いに、後ろから付いてきている金と銀が答える。

「ラケル兄貴は支部長で、全体の管理をしてるっす!」

「ラケル兄貴は何でも出来るっす、凄い人っす!」

拙い敬語を使いながら二人はラケルを褒める。しかし、その当人は話を聞いていないようで、馬の前に立っていた。その馬はラケルが近づくと嬉しそうに鳴き、手入れ用のブラッシングにうっとりとしている。

「うん、健康状態は良好だ。歯の奥に物が詰まっているから、それだけ取り除いておこうか」

ラケルはそう言って、ポンポンと馬の首の横を叩く、そうすると、意図を理解したようで、自ら口を開く。ピンセットを口の中に入れ、素早く歯の間詰まっていた草を取り除く。

「これで良し、長旅で疲れただろう? 今日はゆっくりとお休み」

ラケルが頭を撫でると嬉しそうに尻尾を振るう、手を放すと疲れていたのだろうか、直ぐに藁が摘みあがっている寝床に横になる。この支部の中にいる馬は十六頭、それを一頭ずつ丁寧に見ていく。

「馬って、こんなに懐くものなの?」

過去に親に乗馬の体験をさせて貰った事のあるウェンディだが、大人しいロバでさえ、扱いが難しく、乗るのがやっとだったこと自分が未熟だということもあっただろうが、それでもラケルが丁寧に世話をしていることが窺える。

「おい金、蹄鉄変えてないだろ」

ラケルの言葉に、大柄の男が竦み上がる。冷や汗をだらだらと流しながら、答える。

「す、すいやせん! そいつだけ調子が良かったんで、うっかり……」

「うっかりで、済むと思うか?」

振り向きもせず言葉を発するラケルは、背筋が凍るような声を出す。そのまま作業を続け、蹄鉄を取り替え足の状態を中心に調べていく。

「特に異常はないな。ただ少し疲労の色は見える。ここに居る間は大丈夫だろうが、また此処を出るときには注意するように」

短く指示を出し、それに全力ではいと答える。そうして最後の馬を診ていると、他の馬に比べて鳴き声が大きい事にウェンディは気付いた。

「どうしたの?」

困った顔をして振り返るラケル。

「どうやら力が有り余っているみたいで、少し散歩をしたいらしい」

と言っても、この支部の中を多少歩くだけだけど、と言う。

「ねぇ、その馬って私も乗れますの?」

その問いに、首を傾げるとこう返す。

「乗馬ようの馬ではないですが、乗れますね」

荷馬車を引いてきているのだ、乗馬用の馬と比べ足も太く、背も小さい。力があるが乗馬程のスピードは出ないし、背中もごつごつしていて、乗り心地がいいものではないのだ。

「……ですわね」

何をはしゃいでいたのか、と反省しているウェンディを横目に檻の閂を外し、馬を宥めながら背中に鞍を取り付けていく。

「さぁ、どうぞ」

「えっ」

 

 結局一人では乗れず、ラケルの手を借りる形で乗ることになった。そうして、なんとか背中に乗ることは出来たが、恐怖でしがみつくような姿勢になってしまう。その途端馬の様子が変わった。

「な、なんですの!?」

身震いをし、振り下ろそうとしているのだろうか、背中に違和感を感じているのだろう。

「ウェンディ殿、自信を持って背筋を伸ばして下さい。乗り手の不安を馬は感じるんですよ」

ラケルの言葉に、やけくそ気味に強ばっていた体を一気に伸ばす。そうすると、世界が変わったように感じた。視界が開いて、見える範囲が増え、たった一メトルほど視線が上がっただけで、印象が変わる。

「はい、そのまま……歩きますよ」

「ふぇっ!?」

急に後ろに引かれる感触に、手綱を掴んで体勢を保つ。上下に揺れる振動と一歩ずつ世界が新しくなっていく感覚に、最初の緊張を忘れ、嬉々とした表情へと変わっていく。

「ねぇ、ラケル!」

「はい?」

視線はそのまま、まっすぐ前を見て、ウェンディが無邪気に話す。

「私、楽しい!」

「それは……何よりです」

ゆっくりと歩く時間はあっという間に過ぎ、馬から下りた後も感動は収まらず、落ち着きがないウェンディ。乗った馬は適度な疲労を感じたのか、自ら寝床へと向かう。鞍を外して身軽にさせ、ラケルが馬を労うと歓び、すやすやと眠る。

 




読了ありがとうございました。

ウェンディは貴族口調以外は割と普通の少女……だよね?


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幕間 錬金術師の日常 中編

ラケルの父親が誘拐されるという日常(ロクデナシ)

淡々と仕事をこなすラケルは、本当に話しなさそう(小並感)


 「こ、腰が……」

喜んでいる間はあまり感じていなかったが、落ち着いてくると腰に受けたダメージを実感してきたのか、腰を押さえて膝を突いているウェンディの姿があった。

「あ、ラケルさん。来てたんすね」

二人の従業員らしき人が部屋から出てきた。

「さっき来たところです。積荷はどうですか?」

ラケルが問うと、返事をする。

「着いた時には夜だったんで、積荷は今日はストックしてます。大手と注文があったところにまわって、受け取りの確認だけ終わらせてきました」

金と銀と違ってはきはきと喋るこちらの従業員はまともに見えた。

「果実と鉄の売り先が大分買値を叩いてくるんすけど、どうします?」

もう一人が飄々と尋ねると、ラケルが指示をだす。

「いや、買値は僕が確認しにいく。市場が変化しているかもしれない。それより、大手が終わったなら後は積荷の保存状態だけ確認して休んでいいよ」

従業員二人が了解と答えると、積荷を確認していく。それと平行して、馬車の調子をチェックしていくラケル。車輪、車軸、馬とつなぐ手綱の劣化具合など、破損部があればその都度錬金術で修理していく。

「へぇ……本当に何でも出来るんだ」

ウェンディが素直に感心していると、金と銀が口を出す。

「ラケルの兄貴が居ないと、この支部は動かないっす!」

「立ち上げの時も、ラケルの兄貴ならってお上さんが許可出したみたいっす!」

ウェンディが改めて感心していると、自分と比べて大きな存在に見えた。学院内で世間知らずな言動をしているが、社会の一分として必要とされているラケルに、少し嫉妬した。

 

 馬車の修理が終わり、従業員達は部屋の中で休息を取っている。端に設けられた木製のベンチで、ウェンディとラケルが隣り合って座っている。

「あんたって、凄いのね」

ウェンディが少し俯きながら、呟くように話す。

「何がですか?」

ラケルの鈍さに少し苛立ち、それも呆れに変わって今度は背筋を伸ばして天井を見上げる。

「……何でも出来て、大人と対等以上に渡り合ってて。嘘でも冗談でもなく、商業を任されてるなんてね」

自分なんて、親の姿しか見てこなかった。自分は娘なので嫁ぐか、或いは婿入りで家業を継ぐかもしれないというのに、と呟く。

「ウェンディ殿が凄いというなら、きっと僕は凄いと思います。比較対象がハッキリとしないので僕は分かりません」

ラケルがそういうと、ウェンディは更に複雑な表情になった。出来て当たり前だと、そう言う態度も気に食わないのかもしれない。

「もし、ウェンディ殿が比較対象なら、僕が出来る事はウェンディ殿も出来るはずです」

ラケルのその言葉に、ウェンディはいじける。

「嫌み?」

ラケルはいつもの表情で答える。

「いえ、本当に出来ないのであれば、凄いではなく分からない、という表現になります。ウェンディ殿が凄いと思うのであれば、それはウェンディ殿が理解出来ているということで、ウェンディ殿の行く先の延長上にあるということですので」

ラケルは、僕が見る限りでは、然程時間は掛からないと思います、と続けた。何時だって言葉を選ばず正直なラケルにウェンディは肩の力を抜く。

「はぁ……私にも、ね。まぁ、出来なくても良いのですけど」

そもそも、現場で汗水垂らして動き回るのは性にあわないですわ、と話していると別の話題に切り替える。

「そう言えば、この仕事はラケルのお祖父さんの手伝いですわね。よくまだ学生に任せる気になりますものね」

ラケルへの評価とどうしてそうなったのかの疑問を含めた言葉をラケルに問うと、意外な返事が返ってきた。

「いえ、母上のお父様から任せて頂いた仕事です。実家にいた際にある程度貢献していたので、母上の推薦もあって任せて頂いてます」

その返答に、ウェンディは首を傾げる。

「ん、だからお祖父様ですわよね?」

ラケルは即答する。

「いえ、血縁関係はないので、祖父にはあたりませんね」

ウェンディが跳び上がり、驚きの表情で真意を問い詰めようとした瞬間、ラケルの腕から通信魔術の反応がする。

「父上、どうされました?」

ラケルがそう尋ねると、ラケルの父とは違う声が聞こえる。

「お前が、ラケルってガキか?」

太く鈍い声が響くと、その奥からラケルの父悲鳴が聞こえるが、銃声によって黙らせられる。

「ラケルですが、どういったご用件でしょうか?」

冷静なガキだな、と毒づきながら話が続けられる。

「お前の所の駄目親父が、うちの賭場で大負けしたんだよ。金が払えねぇっていうから、労働力として売り払おうと思ったんだが、お前さんなら金を持っているって言うもんでな。簡単な話だ、親父を助けたかったら工業地区の七番倉庫に、金を持ってこい」

野太い声に、ラケルが返事をする。

「承知しました。七番倉庫であれば急いでも三十分かかるので、その頃に向かわせて頂きます」

その言葉に、苛立った声で返事がくる。

「あぁ、三十分だぁ!? 金も払えねぇ泥棒野郎が何を抜かしてやがる!?」

通信具からの怒号に驚きもせず、淡々と返答をするラケル。

「夜分に出る馬車もありません。僕は急がせて頂きますが、それ以上にも以下にもする事は出来ません」

そう答えると、怒号が更に激しくなるが、やがて収まり最後に言葉を残す。

「三十分だ、それ以上待たせやがったら親父の命は無いと思え!」

その言葉を最後に、通信は途切れる。

「あぁ、ウェンディ殿、話を遮ってしまってすみません。何か質問がありましたか?」

「いや、それどころじゃないでしょう!?」

ラケルに対して、肩を持って揺さぶるウェンディ。かなり混乱している様だ。

 

 ウェンディの混乱が落ち着いて来た頃、ラケルが七番倉庫に向かう準備を始める。

「ほ、本当に大丈夫ですの!?」

ウェンディから見れば悠長に見えるのだろう。それに対し、ラケルが返答する。

「七番倉庫へはここから十分程度で着きます、そのことから相手は僕の居場所を把握出来ていない事が分かります。そして、銃声から銃を持っていること、手下が居ること、魔術師ではないと推測出来ます」

この御時世に銃を扱う魔術師は稀だ。錬金術による大砲や錬成、或いは対魔術用に使用する例もあるが、それも少ない。

「そして僕が馬車もないという言葉を聞いて対応出来なかったので、僕の現状、もしかすると詳細すら知らない可能性もあります」

先ほどの対話で相手の状況を把握し、問題ないとラケルは感じ取ったのだろう。しかし、その返答にウェンディが驚く。

「嘘ばっかりじゃないですの!? どうしてそんなに冷静なんですの!?」

普通ならば肉親が誘拐されていると言うのならば、焦るはずだ。一般的にはウェンディの対応が正常なのだが。

「慣れてますから」

その言葉にウェンディは絶句するしかなかった。

 

 ウェンディは紙に書かれた魔方陣と、覚えた詠唱を扱えるように繰り返す。場所は七番倉庫の裏、もう少しでラケルが正面から中に入るはずだ。

「……これだけで、大丈夫ですの?」

ラケルが出て行こうとする時に、ウェンディが無理矢理ついていく形になった。特に来る必要はないと言われたけれど、責任感からか、心配からか着いてくる事を選んだ。それに対して、ラケルは魔術を合図をしたタイミングで使って欲しい、という要望だったが。

「不安ですわ」

タイミングを待ち、息をのむウェンディの姿がぽつりと倉庫の裏にあった。

 




読了ありがとうございました。

何故血縁関係がないかは次回で説明します。
ちょっと特殊な出生なんです、ちょっとだけ。


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幕間 錬金術師の日常 後編

ラケルが強盗犯をしばいたり、仕事っぽいことしてたり、家族の昔話をしたりする回です。

ロクデナシが増えるよ、やったね(略)


 正面入り口へと向かうと門番らしき男が二人、立っていた。

「貴様がラケルか?」

それに対し、肯定すると門を開き、中へと招き入れられる。

「なんだ、まだ餓鬼じゃねぇか」

呆れたような声でラケルをにらみつける声の主は、通信で話していた男の声だ。

「約束通り、時間ぴったりか。まぁいい、金はもってるんだろうな?」

男の後ろ側でラケルの父が縛られ、こめかみに銃が突きつけられているのが見える。

「金は持ってきている。父上が借りたのは幾らですか?」

ラケルの言葉に対してくっくっくと笑うと男が答える。

「てめぇの親父はとんだギャンブル狂だな。俺達に金を借りてまで博打を打って、更に負けを増やした」

そう言って、金額が大きい事を主張するがラケルに反応はない。

「まぁ、今に始まったことじゃねぇってか。なら払って貰おうか、金貨十枚だ」

この時代の金貨は五枚もあれば、家が建つ程の金額だ。それに対しラケルは懐からプラスチックで束ねられた金貨を取り出す。

「二十枚で束ねてあります。十枚なら十分に足りますね」

その事実に、男が驚愕する。僅かに思考した後、言葉を付け足す。

「いいや、それは借りた金額だけの話だ。利息が付いて、金貨五十枚に跳ね上がってんだよ!」

そう大声を出すと、部下達が銃をラケルに向けて構える。

「……払えなければ、どうなりますか?」

ラケルの言葉に男がニヤリと笑うと、続ける。

「そりゃあ、てめぇも親父と一緒に売り捌くしかねぇな。てめぇの方が労働力としては高く付くだろうよ」

ガハハと品のない笑い方をすると、ラケルが金貨を懐に戻す動きを見て、睨みつける。

「何する気だ?」

その返答をせずに、服の袖に隠してあった拳銃のようなものを素早く取り出し、こう唱えた。

「ファイア、ファイア」

 

 突然の銃声に、周囲が驚き銃を構える。ラケルが放った弾は二発とも命中した。

「うぎゃああああああ、痛いいいいいいい!?」

ラケルの父の肩と太ももに一発ずつ、弾は小さいらしく、出血は多くはない。そうして拳銃らしき物を床に転がすと、ラケルは表情を変えずに父に話す。

「母上に、出会ったら二、三発殴っておいてくれ、と言われましたので。代わりに撃ちました」

ラケルの父が悲鳴混じりに叫ぶ。

「それは、今必要!?」

そのやりとりに、周囲の驚きが、緊張感へと変わる。部下の一人が再びラケルの父に銃を突きつけ、部下達はラケルに銃を向け、狙いを定める。

「なんのつもりだ」

先ほどとは打って変わって余裕もなければ、油断もない、冷めた目で男がラケルを睨む。

「話通りに父上が博打で借金をしたのならば、お金で解決します。だが、先ほどの言動から、どちらかというと、狙いは僕の様ですので」

そう言うと、リーダー格である男に歩み寄る。

「てめぇら、撃てぇ!」

合図と共に部下達全員が引き金を引くが、響くのは撃鉄が受け皿を叩く金属音のみ。銃撃音は聞こえない。

「この倉庫全体に一定以上温度が上がらない魔術を施させて頂きました。幾ら衝撃を与えても、火薬の爆発温度まで上昇しなければ、弾を発射することはできません」

ラケルの言葉に、男が吠える。

「いつの間にそんな魔術使っていたあ!?」

淡々と返事をする。

「いつから、魔術を使っていないと?」

その言葉に愕然とする男。銃が使えないだけであればまだ人数で取り囲めば何とかなるかもしれない。しかし、相手しているのは錬金術師であり、通信から短時間でこれほどの対策をしている。決して優位に立っていないことを悟る。

「ラケル、殺すなっ!」

ラケルの父が叫び、その言葉に反応した瞬間ラケルの手刀が、男の胸部を貫く。

「光の精霊よ、その導きにより、彼を導き給へ」

 

 男はその事実を、理解出来ないで居た。ラケルと呼ばれた少年の手刀は確かに胸部を貫き、即死してもおかしくない状態だというのに、痛みすらほとんどないことを。

「治癒魔術で貫いた部分の血管を修復しました。もともと他の臓器は避けていたので、あとは折れた肋骨ですが……他の部位に傷つけないようにはしてあります」

男は僅かに滲んだ血の跡から、ラケルの言うことを信用したようだ。しかし、先ほどの言葉から、明確に心臓を掴まれていることを理解してしまった。

「なにが……狙いだ?」

両手を挙げて降伏のポーズを取る。決してこの少年に手を出してはいけなかった、そう感じ取る。

「まずは父上の解放と、博打の真相を」

それに対して、男は答える。

「金を貸したのは事実だ。だが、店とつるんで、わざと勝たせてレートの高い所で、潰した」

「サマを認めるということは、お金を払う必要はないですね。それと、誰に頼まれました?」

男はゴクリと喉を鳴らし、口を開く。

「フードを被った女だ。顔は見てねぇ、前金で大層な額を貰って……お前を連れて来い、と」

正体は知らない、と首を振る。

「引き渡し場所は?」

「……白金術研究所だ、それ以上は知らない、本当だ」

そこまで聞き終えると、ラケルはその手を抜くと、再び治癒魔術を唱える。そうして、父の肩と太ももに入っている弾をピンセットで取り出すと、ガーゼで傷口を押さえ包帯を手早く巻いていく。それが終わると父に肩を貸して、倉庫を出て行こうとして、一歩出たところで口を開いた。

「伝言ありがとうございました。魔術は解いておきますが、美味しい話にはご用心を」

そう告げて去って行くラケルを追う者は誰も居なかった。

 

 一人の男性に肩を貸して歩いてくるラケルに、ウェンディが近づく。

「だ、大丈夫ですの?」

肩と太ももに巻かれた包帯を見て、ウェンディは驚く。

「あ、ああ。大丈夫だよ」

その男性が返事をする。顔色も悪くはなく、出血も止まっているようだ。肩を貸しているといっても足は動いているし、重傷ではないようだ。

「ウェンディ殿、こちらが僕の父上、ロジャー・マグヌスです」

その言葉に一瞬硬直し、素早くウェンディが一礼をする。

「初めまして、ラケルさんのクラスメイトのウェンディですわ」

「こちらこそ初めまして、可愛いクラスメイトさん」

そう言うと温和そうな笑みを浮かべるロジャー。三人で並んで先ほどまでいた会社の支部に向かっていると、ロジャーがウェンディに話しかける。

「ナーブレスさんところのお嬢さん、だよね。何度か会ってると思うんだけど、覚えてるかな?」

幼い頃だったから、忘れてるかな、と付け足すロジャー。ウェンディは少し困った顔で答える。

「覚えていますわ。ただ、話したことはなかったと思います」

マグヌス家は没落貴族、ナーブレス家の人間の認識もそれは変わりなかった。何も知らないウェンディは両親の言葉を鵜呑みにして、できる限り近づかないようにしていたのだ。

「よかった、顔だけでも覚えててくれて。ラケルに君のような素敵なガールフレンドがいるとは、驚いたよ」

ウェンディの頬が赤く染まる。否定する言葉が幾つか出てくるが、ラケルの返答にかき消される。

「女性の友人、ですね。最初に言ったとおりクラスメイトです」

無表情で話すラケルに、ウェンディは大きく溜息を吐く。

「ははは、ラケルの相手は難しいと思うけど、根は悪くないんだ。父親の僕がいうのもおかしいけれど。仲良くとまでは言わない、どうか一緒に居てあげてほしい」

ロジャーの笑みが少し陰る。その言葉にウェンディが疑問を抱く。

「ラケルさんは、その、特殊ですが、良いひ……悪い人ではないのは、分かります。ですがどうして、そんなことを仰りますの?」

歩むスピードは変わらない。会社の支部まで辿り着くのに、あと数分といったところだ。

「そうだね。少し、昔話をしようか」

 

 ロジャーはマグヌス家の三男で、いわゆる放蕩貴族だった。ある日、最後の抗争で父と兄弟を亡くすまでは。それから、気の進まなくても周りが勝手に話を進めて、結婚した。ロジャーは結婚については不満はなかった。少し控えめで、臆病な性格だが、優しくしっかりとした彼女のことを心の底から愛していた。

「ねぇ、ロジャー。どうするの?」

結婚による資金援助で何とかなっているものの、経営難には変わりない。妻の経理のおかげで首の皮一枚繋がっている状態だ。ロジャーも、赤字が進む鉱山を止め、農作を進めたり、他の地方の農法を真似したりと努力はしているが、如何せん才能がないのか、その目が出ることはない。日頃の忙しさは増す一方で、それでも火の車のマグヌス家を救う方法をロジャーは見いだした。

「ご先祖様の遺産を手に入れるんだ!」

突拍子もなく発せられたその言葉に、妻は落胆する。

「他の錬金術師達もアリストテレス様の遺産を探しましたわ。これ以上何か見つかるとは思いませんが」

「やってみないと分からないよ! 早速明日から捜索開始だ!」

言ったら聞かない人だと知っている妻は、これ以上は何も言わなかった。どうせ、三日もすれば飽きてまた戻ってくるだろう。過去に似たことを何度もしてきたのだから。

 

 意気揚々と臣下を五人従えて、アリストテレスが住んでいたとされる場所に着く。

「あのー、ロジャー様。このスコップは一体?」

自信ありげにロジャーが解説する。

「ふっふっふ、アリストテレス様の家が会った場所は誰もが捜索して、し尽くされている! なら、近くを掘って掘って、誰も見つけていない何かを見つけるんだ!」

近くとは一体、と臣下が呟くが、ロジャーは聞いていない。砂漠の砂金を探すような行為を朝から始め、碌に成果が出ないまま、夕方になる。

「……めっちゃしんどい」

ロジャーが持っていたスコップにもたれかかって休憩していると、臣下から怒声が聞こえる。

「早く見つけないと、奥様から連絡が来ますよ!」

「そんなこと言われたって……」

渋々と掘り続けると、砂を掘るのと違う音がした。

「な、なんか出た!?」

ロジャーの言葉に臣下が集まる。堀広げていくと、鉄板のようなものが広がっていることが分かる。

「……なにこれ?」

「なんでしょう、とりあえず堀広げても徒労になりそうなくらい大きいものの様ですが」

数人がかりで穴を広げても、一行に全容は見えない。発見の時の期待は薄まり、再び疑問が湧く。

「これ、遺産と関係ないんじゃ」

その言葉に何も言えないロジャーが、とりあえず休もうと言い出した

「そう言えば、アリストテレス様は地下で研究されていたと噂されていましたね」

人との交流に愛想が尽き、誰も知らぬ地下で研究を続けている、そう物語には示されていた。見つけたこれがそれならば、どこかに入り口があるはずだ。

「よし、一旦小屋で休憩しよう」

そうして、その日は休もうとテントを張った地点で休む。夜になり、明かりはランタンのみになる。持ってきた携帯食料でお腹を満たすと寝る前に気晴らしにと外に出てみた。百五十年前には集落があったはずだが、今ではその残骸と砂に浸食されて人の住める環境ではない。それを見ていると、ロジャーは悲しい気分になっていく。もしも、ご先祖が、こうなっていくのを見ながら、一族が争っているのを見ているのならば、一人になりたくなる気持ちは分かる。そして、どうしてそこまでして争わなければならなかったのか、そう思った。

「そりゃあ、逃げたくもなるよね……あれ?」

ロジャーが違和感を感じる。見つけた地下と、見つからない入り口。過去に誰も見つけられなかったのだろうか、或いは見つけても今の自分たちと同様に入り口が見つけられなかったかもしれない。

「いや、それはないな。僕たちよりももっと躍起になって探してたはずだ」

そうして、地面に触れて気付く、拾い上げた砂の塊がボロリと崩れ落ちる。つまり、魔術によって鉄板の周りを被う砂を固めて、見つからないようにしていたのだ。魔術が切れ、風化した今、始めて地下の上辺まで辿り着いた。

「それなら……入り口は、本当に掘るしかない、か」

そうして、翌日も堀広げていくが、堅い層に当たることもあり、難航する。

「……あるはずなんだけどなぁ」

ロジャーが呟くと、臣下も手を止める。闇雲に掘り続けても、先人達と同じ末路を辿る可能性がある。日が落ちかけている。そこで一人の臣下が呟く。

「入り口って普通、地上にあるもんじゃないっすか?」

「まぁ、出口でもあるからなぁ。でも、もしかしたら、入り口なんて無いかもな」

俗世に二度と出るつもりがないのならば、出入り口をふさいでいても不思議はない。

「或いは魔術で出入りしてた可能性も、だとしたら鉄板を破らないと?」

「中で何があるか分からないのに、そんなこと出来るわけ無いだろ!」

臣下達が考えてをぶつけ合っているのを見ていると、各々が考えを持って歩き始めた四方八方に散った臣下を見守り、座っているロジャー。

「お腹すいたなぁ」

 

 日が沈み、辺りが暗くなった頃、臣下に揺すられていることで、ロジャーは眠っていた事に気付いた。

「……どしたの?」

「見つかりました、井戸です!」

寝ぼけ眼のロジャーを引きずり、廃屋となった民家の井戸を指さす。

「あの下です!」

そう臣下がいうので、仕方なくと言った様子で井戸を覗き込むと、当然のように真っ暗だった。

「何も見えないよ」

「降りましょう」

新しく結び直したのであろうロープが垂れていて、臣下はランタンを手渡す。仕方なく、少しずつ降りていくとそう時間は掛からず底に辿り着いた。

「凄いにおい……なにこ、れ?」

そして、井戸の底に横穴がある事に気付く。通路のようなものではなく、でこぼこしているが、進めないことはなさそうだ。

「方向はあの鉄板を見つけた位置に伸びています。恐らくそこに、なにかあるはずです」

臣下の言うとおりに歩み続けること、数分。当然のことだが、鉄板がある場所への直線距離にそれはあった。

「梯子?」

何のために取り付けられたのかは分からないが、梯子を登っていくと、直ぐに登り切る。そこにあったのは、風化してしまった書物、紙、実験道具。壁には埋め尽くされるほどの魔方陣、そして、巨大な水槽の様な所に、五歳児程の少年が浮かんでいた。

「うわっ……ってなんだ、人か」

「いや、人じゃないでしょ。百五十年前の人間が生きてるわけ」

臣下がそう呟いた瞬間、ゴボリと子どもの口から空気が漏れた。

「生きてるぞ、早く助け出せ!」

 

 水槽の中から出てきた少年は、酷く体が弱かった。医者にも診せたが、余命は数日と勧告され、折角ロジャー見つけたというのに、結果は残酷なものだった。それでも、見つけてきたロジャーには、労りの言葉が必要だろう、とロジャーの元を尋ねた妻は、驚きに腰を抜かした。

「聞いてくれ! この子を僕たちの息子にしよう!」

そこには、少年のように目を輝かせているロジャーと子鹿のように震えながら、それでも両足で立とうとしている少年だった。

 

 ウェンディは驚きに目を見開く。

「それが、ラケル……だったんですの?」

それに対し、ロジャーは頷く。

「掠れて読めなかったけど、水槽には書いてあったのはラケルって文字だった。後で本人に聞いたら、魔術の知識は大量にあったから、試行錯誤で自分の体を改造していったんだってさ」

その言葉に、再び無言になるウェンディ。仮にラケルの父親が言っている事が本当であれば、大変な事ではないのだろうか、と。

「だから本当は、妻の血はラケルには流れていないんだ。それでも、僕たちの息子だって、言ってくれたんだけどね」

つまり、ラケルが父上と呼ぶ人間は、父親ではなかった。勿論、母上と呼ぶ人もまた、同様に。

「父上は、何も知らなくても、息子と呼んで下さいました。母上は、幾多の思索の末、それでも息子だと、認めて下さいました。二人がそう言って下さるのならば、父上と母上は家族だと、考えています」

そうラケルが呟くと、ウェンディは転入初日を思い出す。両親についてあれほどまでに繊細だったのは、ラケルにとっての、初めてのつながりだったからかもしれない。

「そう……でしたのね」

ウェンディが呟くと、ロジャーが誇らしげに話す。

「今では自慢の息子だよ。少し世間知らずだけどね」

「父上、母上から早く戻ってこいと伝言を預かってます」

「マジで!? 激怒プンプン丸だった?」

ロジャーの言葉に首を傾げながら、ラケルは答える。

「帰ってこなかったら、二度と敷居を跨がせないとは言っていましたが?」

その言葉に顔色が急に悪くなり、直ぐに帰るとロジャーは言う。会社の馬車が実家を通るので乗っていくことに決まり、ロジャーとはそこで分かれることになった。

 

 そうして二人、ラケルとウェンディは夜の街を歩く。

「ウェンディ殿、家まで送りますよ」

「いや、私今日は帰りませんわ」

ラケルがその返事に疑問を持っていると。

「日没までに帰らなかったら、閉めて良いって使用人に言っちゃった」

テヘペロ、と言うと悪気もなく、ウェンディが口に出す。

「ラケルの家に、泊めてくださいな」

 

 ラケルの家と言っても、結局の所寝泊まりしているのは学院内であり、いつもの研究室で一夜を明かす、ということになる。だが、ラケルは少し寄り道をしたいと告げた。

「どこに行きますの?」

辺りは当然のように暗く、人の声もない。そんな時間にどこに行くのか、想像も難しい。

「鉄と果実の卸先に、話しに行きます。大体は予想が付いていますが、余り日を延ばしても良い結果にはなりません」

それと、食料の買い足しもしなければ、と言う。場所はラケルしか分からないので、必然的にウェンディはラケルについて行くことになる。

「そこに段差がありますので、お気をつけて」

ラケルがそう言うと、月明かりの陰に隠れた段差にウェンディが気付く。

「よく分かるわね、慣れてますの?」

「慣れてますし、見えますね」

はっきりと帰ってきた返事に、深く追求しないまま目的地へと向かう。一際大きい洋館に辿り着くと、躊躇う事無くノックをする。時間が経ち、やがて使用人と思しき女性が僅かに扉を開く。

「こんな夜に、どういったご用でしょうか」

排他的な対応にウェンディが少し気分を害したようだが、ラケルは普段通りに答える。

「マグヌス商会のラケルが、買い物に来たと。夜分で申し訳ないですが、ご主人にお伝えできませんか」

ラケルがそう言うと、扉が閉められる。中で話し声が僅かに聞こえ、待つこと数分。応接室に招かれ、二人にお茶を出されて家主が現れるのを待つ。

「……此処で買い物?」

「そうですが、何か問題がありますか?」

嫌みでも何でも無く、単純に疑問としてウェンディに問いかけるラケル。想像していたものと大きく違っている事は言葉するまでもないが、ウェンディは言葉を発することなく時間が過ぎ、やがて家主が現れる。

「いやいや、お待たせしました。夜分の来られるとは急な用でありますかな?」

小太りの男は、ラケルとウェンディの正面に座り、話を聞く体勢になる。

「夜分に来させて頂くには不躾な用ですが、食料を買わせて頂きたいと思いまして」

そう言うと、必要な分の食材を書いたメモを使用人に手渡すと、家主が話す。

「いえいえ、いつも卸して頂いているラケルさんにお金は頂けません。お好きなだけ、持って行って下さい」

そう言うと、小太りの家主が使用人に準備するように命令する。

「いえ、私たちが卸し、卸先が売る。それに金額をつけるのはお互いの利益のためです。それに対して敬意を払わぬのは、商人として相応しくないと考えていますので」

そういうと、ラケルは売値分の金額を机の上に置く。

「はっは、そう言われますと私も受け取るのが礼儀ということですな。ちなみに、お隣の女性についてお聞きしてもよろしいですか?」

学院の制服を纏っているが、小太りの家主との面識はない。

「ああ、彼女はクラスメイトで、訳あって送って行く最中でして。夜中に外に待たせる訳にもいかず、失礼ですが同行させて頂いてます」

小太りの家主は、とんでもないと首を横に振る。他愛ない世間話、そのはずだった会話に、ラケルが本題を切り出す。

「そう言えば、今年の他地方の果実の取れ高は悪いみたいですね」

ぼそりと呟くように言った言葉は、小太りの家主に冷や汗を掻かせる。

「耳が早いですな。ただ、去年豊作だった故に今年の売り上げがどうなるか。マグヌス商会の取引先は変わらず豊作の様ですがね」

そういうと、小太りの家主の目の色が変わる。

「ええ、去年と同じ量を仕入れることが出来ました、有り難いことです。ただ、全体の総量が減ってしまうと、今まで付き合いのなかったところからも声が掛かってきますので、中々思うようにはいきませんね」

ラケルがそう返すと、小太りの家主の動揺の色が見えだした。

「はっは、今更ですな。やはり、ラケルさんの所は毎年しっかりと仕入れて下さるので、私たちも安定して暮らしていけます」

ラケルを持ち上げて、会話を変えようとするが、お茶を飲み干したラケルが最後に話す。

「ええ、とても交渉事にしては遅いと思います。それに、先見のない場所に卸しても、こちらとしても不利益ですしね。ただまぁ、誠実な取引であれば、話を聞かざるを得ないのが、難しい所ですね」

そう言うと、使用人から食料を受け取り、屋敷を後にする。帰るときにウェンディが振り返ると、うなだれる家主が扉の隙間からちらりと見えた。

 

 再び夜道を歩き出し、今度は鉄の卸先に向かうというラケル。その道中、ウェンディが尋ねる。

「ねぇ、さっきのはただの世間話?」

話し合いに違和感を感じたのか、ウェンディは興味本位聞くが、ラケルは正直に答える。

「いえ、果実の値段を買い叩きに来ていたので、それについて話していました」

その返答に、ウェンディは確認する。

「随分回りくどい言い方だったけど、要するに去年あんまり売れなかったから、安くしろって話に、それは出来ないって返事したってことですわよね?」

流れとしては合っているが、ラケルがそれに加える。

「その通りです。こちらの言い値が気食わないなら、他に流すと言いました。それでもまだ食い下がるような、取引先として切るだけですね」

顔色一つ変えず、淡々と話し、いつも通りの歩調で歩き続けるラケル。

「……ほんっと、容赦がないですわね」

 

 商業地域よりは学院に近く、住宅街の外れ、あまり人の寄りつかない場所に、ひっそりと明かりが付いている家があった。どうやら、何かの工場の様にも見え、外には中に見えないように垂れ幕は掛かってはいるものの、特に戸締まりをしてあると言うことではなさそうだ。

「こんばんは、ラケルです。夜分に失礼します」

躊躇いもなく垂れ幕をかき分け、中に入るラケル。後を追ってウェンディが中に入ると、様々な鉱石が値札をつけられておいてある。その奥から僅かな光が漏れている。

「作業中失礼します。お話を伺いたくてご訪問させて頂きました」

そう言うと僅かな光の下に行き、ラケルが一礼をする。そこには、顕微鏡で鉱石を覗き込む老人が一人、静かに座っていた。

「なんじゃ、鉄の件か。随分と早いの」

そういうと顕微鏡から目を離し、ラケルの方へと振り向く。

「ええ、鉄の売れ行きが悪いと聞きまして。今年は仕事がなさそうですか?」

その言葉に、ウェンディが周囲を見渡すと、鋤や鍬、果てには包丁など、様々な補修品が置いてあるのが目に付いた。

「まぁ、補修の依頼はいつも通りだ。それでも件数は少ないだろうな。値段の話か?」

「はい。どれ位の数量なら通常の金額で買いますか? やはり二キログラム程でしょうか」

ラケルが問うと、少し考え老人が答える。

「いや、一キロで十分じゃな。何せ職人が流れておるからな。態々此処で買うのも、補修するのも面倒じゃろう」

そう呟くと、ラケルが呟く。

「ああ、東の鉄道開拓がありましたか。しかし、今年に行われるのですか?」

余り進展について耳にしないのですが、とラケルは問う。

「職人が口を揃えて声を掛けられたと言っておる。大っぴらにはならんが、どうせ貴族か王族が急かしているだろうよ」

そう言うと機嫌が悪そうに机に向き直る。間接的にではあるが、仕事が減るのだ。面白い話ではない。

「分かりました。通常の八割で鉄を卸します。あとは東に流しても大丈夫ですね」

好きにしろ、とぶっきらぼうに老人が答えると、もう口をきく気はないようだ。それに納得したのか、ラケルは一歩引き、店を出ようとすると、ウェンディが一つの品物に目を引かれているのが見える。

「ああ……エメラルドの原石ですか」

ウェンディが眺めていたのは、エメラルドの原石だ。それも、直径八センチほど。安い買い物ではないが、相場と比べると破格の値段だ。

「それは、内部で割れが生じ、更に混合物が複雑に入り込んでいるので、磨いたあとは見た目以上に小さい塊になりますよ。売り値と磨き代が合わないので流れてきたものです」

そうラケルが説明すると、ウェンディがぎくりと驚く。やはり安いものにはそれなりの理由があるのだ。

「まぁ、触媒としては問題ないですけどね」

魔術用に使うのであれば、用途にも寄るが大きさや形を吟味する必要は少ない。勿論装飾品と比べての話だが。何も告げずにエメラルドの原石を抱えて先ほどの老人の所へ向かうウェンディ。それを見送りながら、ラケルは呟いた。

「磨きの構築は……今ある材料で間に合うかな」

どうせ、作業は自分に回ってくるだろう、そう予感しての一言だったのかもしれない。

 

 学院に入り、特に寄り道もせずにラケルの研究室に入る。

「と言うわけで、シチューにします」

的確に野菜を刻んでいき、鍋に水を入れ炎のルーンで熱していく。歩き疲れたのか、ソファの魔術を発動させて、寝転がるウェンディ。完全に料理に参加する気はなさそうだが、ラケルの一言で気が変わったようだ。

「味、つけます?」

 

 そうして鍋の前に二人が立つ。

「あんた、この前のシチューはどうしてたんですの?」

ウェンディの問いにラケルが答える。

「味付けはギイブル殿にして頂きました」

錬金術は台所から生まれた、という説があるくらいだからね、そう言うギイブルの姿が容易に想像できる。

「そんなこと言っても、私も料理したことないですわ」

「味付けの仕方は分かります。ただ、どのような味付けが好まれるかが分からないので、味見だけして頂ければ」

そう言って作り上げられたシチューは、普通の味に仕上がった。

 




読了ありがとうございました。

次回への伏線と、ラケルの出生の秘話?でした。
あんまり長い話だと分けた方が良いのかな、と思うけど話数だけ増えるのはどうかな、と思ってこんな形に……

まぁ、いっか(適当)


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課外授業 第一話

白金研究所に行く前の話です。

リィエルが学園に合流するところからで、やっぱりリィエルは天使かな(笑)


 システィーナとルミアはいつものように並んで投稿していると、噴水の前でグレンの姿を見つける。

「あ、グレン先生」

「よっす」

声を掛けられると、グレンは立ち上がり並んで学院へと向かう。

「毎日待って貰わなくてもいいのに」

少し困った顔でルミアが声を掛ける。魔術競技祭以降、グレンはいつもルミアとシスティーナの通学路に待っている形になる。

「べっつにー。偶々同じ時間に出勤してるだけだしー、待ってるわけじゃないしー」

ふわぁ、と欠伸をしながら間延びした声で返事をする。寝不足や疲労は普段のことだが、朝の登校時間に合わせるのは多少なりとも負担がかかるだろうことは想像に難くない。

「なんの意地をはってるんだか……」

システィーナがよく分からないと呟くと、二人の背後からの殺気にグレンが反応する。稲妻のように走り、身の丈程もある大剣を大上段から振り下ろし、すんでの所で白羽取りで受け止める。

「おはよう? グレン」

「いきなり何しやがる、リィエル!?」

リィエルの大剣を受け止めながら、叫ぶグレンそれに対し、普段通りの口調で返事をする。

「あいさつ? アルベルトからグレンと会ったらこうしろ、と言われた」

それで実行するやつがいるか! と怒鳴る

「しかし、軍が護衛を派遣するって言ってたけど、まさかお前が来るとはなぁ」

そういうと、グレンは不安そうに呟く。

「大丈夫、グレンは私が守る」

「いや、ちげぇよ! ルミアを守るんだよ!」

グレンの言葉は虚しく、リィエルには理解されていないようだった。

「大丈夫かなぁ……」

ルミアもシスティーナも多少の不安を残し、学院へと足を向けた。

 

 リィエルの珍妙な自己紹介を終え、ルミアとシスティーナのおかげで徐々にクラスに馴染みつつあるリィエル。そして、講義の一つに攻勢呪文のテストがあった。

「おおー、全弾命中か。やるな白猫」

想像以上に訓練の成果が出ていたのか、歓びと驚きの感情を見せるシスティーナ。

「次は私」

リィエルが狙撃対象を前に立つとクラス全員に緊張が走る。片手を上げ、詠唱を唱える。

「雷精よ 紫電を以て 打ち倒せ」

ショック・ヴォルト、学院での教わる攻勢呪文だ。しかし、システィーナの命中精度と比べると、悲惨と言うほか無い。

「五発ともハズレ、なんだ期待外れか」

そう言ってクラスメイトが落胆すると、リィエルがグレンに提案する。

「攻勢魔術であれば、問題ない?」

その問いにグレンは答える。

「ああ、だけど学院で学ぶ魔術で威力と射程があるのはショック・ヴォルトぐらいだけどな」

グレンが返事を聞き、明らかに別の魔術を唱え始めるリィエル。

「万象に乞い願う 我が腕に 解き放て」

そう呪文を唱え、地面に拳を叩き付ける。それと同時に現れる魔方陣とその中心から錬成される大剣、それを軽々と片手で持ち上げ、回転を加えて投げ飛ばす。

「なぁ!?」

クラスメイト、グレンを含めて全員が驚き、狙撃対象が粉々に吹っ飛ばされる。

「六発六中」

「言ってる場合か!?」

むちゃくちゃなやり方に評価の付け方を悩むグレン。そして、次に現れたのはラケルである。

「よろしくお願いします」

「ちょっとまて、その棒と腰に差してるのは何だ?」

あからさまに違和感を放つベルトにぐるぐる巻にされた四十センチメトル程度の棒とおそらく手に持つであろう形をした金属の塊を指さす。

「はい、今回テストに使用する道具ですが」

「う、うん? 攻勢呪文に対するテストだぞ、大丈夫か?」

グレンが首を傾げる。一応道具をしようしてはいけない決まりはない。極論を言えば制服も魔道具としての役割を果たしている面もあるので規制はないが、能力を測る意味もあり、道具を積極的に利用する生徒は少ない。そうしてラケルが狙撃対象を見つめ、棒を取り出し、金属の塊を棒に差し込むとガチャリと言う音がする。

「イクイップ」

省略詠唱された呪文が起動し、鉄の棒に巻かれたベルトが解け、長方形で二層に分かれ、鈍く光る本体が現れる。それと同時にベルトがラケルの腕に巻き付き、まるでその本体と一体化したかのようになっている。

「ちょっとまて、ストップ! ストーップ!」

完全に誤解して居るであろうラケルにグレンが制止をかける。

~※講師説明中※~

「成る程、性能試験(テスト)ではないのですね」

「おう、実力試験(テスト)だ。耐久性とか連射性とか、そういうのじゃねぇから」

どうやらラケル自身はテストの意味合いを取り違えたらしく、新しい魔道具の試し打ちをしようとしていたようだ。

「承知しました。ただ、今回のテストの条件である、基本的なルーンに寄る構成の魔術を使用し、一定距離の狙撃対象を破壊することはクリア出来ると考えます」

どこか釈然としないまま、グレンはテストを行うことを了解する。その魔道具の形を見て、思い当たる節があるのだろうか。視線がそれに釘付けになっているが、明確な答えは出ないようだ。流石にリィエルの後となるとこれ以上は驚かないだろう、と高をくくるクラスメイトを前に、ラケルが呪文を唱える。

「ファイア」

ズドン、と轟音が辺りを被う。明らかな爆発音で、二層に分かれた上部がスライドすることによって、薬莢がはじき出され、銃弾が装填される。

「……銃じゃねぇか!?」

グレンがようやくその魔道具について理解した時には遅く、短い詠唱を唱えること五回、全ての的が撃ち抜かれている。

「六発命中……ですが、精度に難ありですね」

「どうやら、銃身の螺旋の魔方陣と衝撃緩衝具の調整がまだまだみたいだね。射出時の弾道にぶれが生じてる」

ギイブルが眼鏡を上げながら呟くと、確かに的に当たりはしているものの、ど真ん中を射貫いているものはない。

「はぁ、撃鉄と雷管を炎のルーンで代用してるのか。構造はよりシンプルに、なおかつ螺旋軌道と魔術補助を組み合わせて飛距離とブレ補正だな。因みに火薬はなに使ってるんだ?」

興味津々に銃と呼ばれたそれを眺めるグレンと平然と答えるラケル。

「爆薬は水を使用しています。薬莢内に水を込めた後に弾丸を込め、密封した後に雷のルーンに寄る電気分解で水素と酸素に分解、この時点で体積が上昇するので量を調整しつつ、酸素結合による爆発の衝撃で弾丸を撃ち出します」

銃と呼ばれたものを元の状態に戻し、専用のベルトへと取り付ける。そうして、グリップ部分にあたるものを操作し、弾丸を一つ取り出す。

「帯による銃との一体化、それと同時に魔方陣におけるベクトル操作により、帯部分からの反動エネルギーを吸収かつ横方向への分散を行っていますね」

調整不足のため、若干左右へのブレが生じていますが、とギイブルが付け足す。

「はっは~ん、成る程な。銃身のほうにもベクトル操作系の魔方陣刻んでもいいんじゃねぇか? 微調整出来るくらいの空きスペックはあるだろ。というか、俺も目から鱗だわ。これなら消費マナ少ないし、弾丸、薬莢のリサイクル、現地精製も可能だよな?」

腕を組んでグレンが魔道具の可能性を分析していると、システィーナから声がかかる。

「もうっ、ちゃんと講義して下さい、先生!」

 

 時は移り変わり、二組は二台の馬車に揺られている。グレン含める男性陣と女性陣に分かれている。

「ほんっと、男って馬鹿ね」

システィが呟く先では、グレン筆頭にやましい考えを恥じることなく叫ぶ男子が居た。それに対し、女性の馬車の中では、別のトークが繰り広げられる。

「ねぇ、ウェンディ! ラケルと一泊したってホントなの?」

何気なく呟かれたそれは、ウェンディを明らかに動揺させ、周囲の注目を集める。

「ま、待って下さいまし。誤解ですのよ」

周囲がにじり寄り、後ずさるウェンディの背後には、テレサが座っていた。

「ね、ねぇ、テレサも何か言って……」

「ラケルと、一泊……したのですか?」

ひぃ、とウェンディの悲鳴が小さく上がる。テレサの目が明らかに笑っていないのだ。

 

 ひとまずルミアの介入により、暴動は避けられたものの、周囲の興味は以前変わらず、ウェンディが話し出すのを待っている。

「一泊したと言っても、学院のあの部屋ですのよ。それも、帰る時間が遅くなってしまったから仕方なく……」

「帰る時間が遅くなった!?」

周囲からの反応は更に大きく、期待はふくれあがる。ルミアやシスティーナは最初こそ抑える側に回ってはいたものの、今ではウェンディを急かしている。

「い、いやその……工業地域に行った際に誘拐されそうになりまして……」

「誘拐!?」

これまた別の意味で波及が広がる。周囲は驚きのワードが飛び出しすぎて、次の言葉が待ちきれない、と言った所だ。ウェンディは困惑しながら、なんとか周囲を納めようと言葉を選んでいるつもりだろうが、実に逆効果だ。

「そ、そこをラケルさんに助けられましたの」

「王子様キター!」

「おめでとう!」

「お姫様抱っこですか!?」

他の女子からの質問攻めでウィンディがもみくちゃにされているのを、ルミアとシスティーナは一歩引いた所で見ている。

「へ、へぇ……ウェンディとラケルが、そういう関係だったなんて」

顔を赤らめながらシスティーナが呟く。冷やかす側に着いていたが、あまりこういった話に耐性ははないようだ。

「でも、ラケル君は誤解されやすいけど根は真面目で正直だし、ウェンディもちょっとドジなところもあるけど、何でも出来るから意外と相性いいのかも?」

少し気分が高揚しているのか、ルミアの声も少しトーンが高い。いくら貴族とはいえ年頃の少女だ、浮いた話に興味が無いわけではないのだろう。一泊と言う言葉を呟きながら、更に顔を赤らめているシスティーナを余所にルミアはテレサに声をかける。

「ねぇ、テレサはどう思う?」

最初こそ関心のあるような素振りだったテレサだが、途中から興味を無くしたのか、窓の外の景色に視線を移していた。

「大体察しました。当たり前ですけど、一泊したっていうのは、本当に一晩一緒にいただけでしょうね」

溜息と一緒に呟いたその言葉は、落胆か安堵か。

「や、やっぱりそうよね!?」

何故か敏感に食いついてきたシスティーナ、ルミアは若干首を傾げている。

「どうしてそう思うの?」

やや突っ込んだ質問に、面白くなさそうな顔で答える。

「良くも悪くも、ラケルさんにとってはウェンディはクラスメイトですからね。というか、ラケルさんがそういう感情を持ってるかどうかが疑問ですけど」

工業地域ということは、職人崩れもいるし、あまり素行の良くない人間も見かける。そして、ラケルが支部を営んでいる事を知っているテレサは、どうしてそうなったのか、想像に難くなかったのだ。あの日、ウェンディにはなしかけられているので尚更。

「そっか、テレサはラケル君と以前に会ったことあるんだっけ?」

ルミアのその言葉に、思い出を探っているのか、遠い目をするテレサ。

「ええ、直接お会いしてはいないけれど。幼少の時に何度か姿を見たことはあります」

転入してきて気がつくまでに時間は掛かったけれど、と付け足す。その後ろではウェンディがまだ質問攻めに遭い、もう一台の馬車では別の話題で盛り上がる。その中で、テレサは一人、誰にも聞こえない声で呟く。

「……思い出の魔法使い、か」

幼少時に思い浮かべたそれは、余りにも幼稚で思い返せば馬鹿馬鹿しいものだった。だが、切り捨てるには余りにも、純粋で、透き通った輝きがある。素直に喜べず、安易に落胆も出来ず、複雑な表情で目的地へと近づいていく。

 




読了ありがとうございました。

テレサが昔の話を思い出しました(オリジナル)
実は昔に出会ったことがあったのだ!ってエロゲの王道ですね(笑)


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課外授業 第二話

白金研究所がチラッとでてきます。
ハゲのおっさんの名前あったんやな(適当)




 システィーナが意気揚々とリゾート地に降り立つと、その後に続いてクラスメイトが目的地へと向かう。そして最後にふらついているグレンの姿があった。

「どうして船酔いしやすいのに、この場所にしたんですか、先生?」

呆れたように呟いた言葉に、息も絶え絶えにグレンが答える。

「男には、意地を張らなきゃ行けないときが……うぷっ、あるんだよ」

「ほら先生、無理しないで」

ルミアが背中をさする。システィーナが溜息を吐くが、それでもなお、グレンの隣を歩き、彼を支えた。

「よーしお前ら、これから夕方まで、自由時間だ!」

グレンの声に、クラスメイト達が歓喜の声が上がる。

 

 青い空、青い海、そして輝く少女の水着姿。

「やっほーい!」

「おまえら、俺の言う通りだったろ!」

そうして、生徒達は各々遊び始める。あるものは海を泳ぎ、あるものは砂山を作る。その中に一人、制服のまま本を読んでいる生徒がいた。

「ギイブル、お前は遊ばないのか?」

グレンの問いにギイブルはさめた口調で答える。

「僕たちは学びに来たのであって、遊びに来たわけではないんです」

堅いなぁ、とグレンが呟くと思い出したようにギイブルに問う。

「そういえば、ラケルは見てないか?」

ふと周りを見渡すと、ラケルの姿は見当たらない。

「知りませんよ。どうして僕に聞くんですか?」

お前なら知ってるかなぁと思って、とグレンが答えると、ギイブルが溜息を吐いて答える。

「今頃生態系の調査でもしてるんじゃないですか? もしくは、錬金術の実験か……どちらにしても僕の知るところではないですね」

そう答えると、再び読書に戻るギイブル。その返答に納得したのか、考えることを放棄するかのように木に背を預け、まぶたを閉じる。だが、その安らぎは、柔らかな球体によって妨害される。

「あっ、せんせー。ごめんなさーい」

そう言ってかけよってくるのは、水着姿のルミア達だった。どうやらビーチバレーをしていて、流れ弾がぶつかったらしい。

「そうだ! 先生もバレーしませんか?」

「あのなぁ、俺がそんな遊びに参加するはずが……」

そういった数秒後には全力でビーチバレーをするグレンの姿が浜辺にあった。

 

 一方そのころ、ラケルは他の生徒とは別に白金研究所へと足を踏み入れていた。

「ようこそ、白金術研究所へ」

エレノアが恭しくお辞儀をすると、その中には二人立っていた。一人はこの白金研究所の所長のバークス=ブラウモン、もう一人は妖艶な美女だが、素性は分からない。

「……なぜ、このような子どもを此処に招いたのですか、エレノア殿」

不満げな様子を隠そうとせず、バークスは溜息を吐く。

「そんなことも分からないのなら、三流もいいところだけどね」

けらけらと妖艶な美女は笑う。その言葉に対して、怒りを顕わにするが、それを煽るように言葉を付け加える。

「なんなら、ご自慢の白金術で試してみると良い。あいつとあんたの違いってやつをね」

その言葉についに抑えきれなくなったのか、不意撃つように腕を巨大させ、ラケルになぐりかかる。部屋全体を振るわせるような衝撃音と共に、ラケルとバークスが拳を打ち合い、均衡が保っている状態になる。

「なん……だと?」

バークスは本気を出してはいなかったが、それでも少年の細腕で受け止められる様な威力ではなかったはずだ。

「同じエネルギーをぶつければ相殺され、釣り合いが取れる。当然じゃないか」

その言葉に、バークスは驚きを隠せない。

「そんなこと……ありえない」

バークスのその言葉にラケルが苛立った声で応える。

「可能性を探究する僕たちに、あり得ないという言葉は正しくないと思いますが」

その言葉に妖艶の美女が応える。

「あはは、だから三流、いや四流かな?」

そう言われた瞬間、妖艶の美女の方向にバークスが振り返ると、途端に膝を突き、立ち上がることすら出来なくなる。

「移動の魔術を十七回したんですね。確かに、避けなければ脳震盪が起こりますね」

何故避けなかったのかは分かりませんが、ラケルが告げる。それに対し、反感を持ったものの何も出来ずにバークスはただ地に伏せている。

「さぁ、不細工なキメラ共しかいないけれど、紛う事なき錬金術だ。一所にとどまって話すのも性に合わないし、少しあるかないか?」

妖艶の美女の提案を了承し、二人が通路の向こうに消えていくのを、所長は見守ることしか出来なかった。

「エレノア殿、あの二人は一体……」

バークスの言葉に、いつものように優雅に、冷静に答える。

「アリストテレス様の、忘れ形見ですわ」

 




読了ありがとうございました。

アリストテレス、ホーエンハイムそしてラケル、錬金術師が求めるモノとは一体……?

という感じにしたいけど、特に深い内容はないよう(斬首)



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課外授業 第三話

プロジェクト・リヴァイヴ・ライフ始めました(禁則事項)

仲良し三人組を見て癒されるんだよぉ!(友情ブレイク)


 クラスの全員が決して緩くはない傾斜の坂を上っていく。目的地は今回の遠征の主目的白金研究所だ。

「リィエル、どうして昨日帰ってこなかったのかな……?」

ルミアが呟くと、システィーナが口をつぐむ。何があったのかは分からないが、昨晩リィエルは宿に戻らず、今日に至っても、俯き暗い雰囲気のなのだ。

「昨日は、あんなに楽しそうだったのに」

浜辺で遊び、三人で星空を見上げたときのリィエルの笑顔に嘘はない、二人はそう呟いた。誰が見ても沈んだ雰囲気の彼女に声を掛けるものはいなかった。

「あっ」

クラスの誰かが声を上げる。ほとんど山道の様な道は、木の根や凹凸が多く、つまずきやすい。ましてや、気を他にやってしまっている人間なら尚更に。

「リィエル!」

こけて膝をついたリィエルにルミアが駆け寄る。

「触らないで!」

ルミアが近づいた瞬間、リィエルはそう叫んだ。まるで幼子が駄々を捏ねるように。

「リィエル、ルミアは貴方のことを思って助けようとしたのよ。私たちも心配したんだから。特に、昨日の夜も帰ってこなかったっし……」

システィーナが諭す様にリィエルに話しかけるが、それに耳を傾けている様子はなかった。

「うるさい! 皆、大っ嫌い!」

振り向かずに走り出すリィエル。その姿を追う事は、誰も出来なかった。

「リィ……エル?」

システィーナもルミアも、リィエルの行動に驚きを隠せなかった。後ろから引率として歩いてきたグレンが、二人に声を掛ける。

「すまん、俺が昨日あいつに余計なこと言っちまったからな。それでちょっと……機嫌が悪いんだ」

そう言うと、他のクラスメイトにも気にしないでくれ、言葉を掛ける。

「その……俺が言うのもなんだけど、あいつちょっと不安定なんだ。だから、嫌いにならないで欲しい」

頼む、とグレンが頭を下げると、ラケルが口を挟んだ。

「女のこの日、というやつですか?」

無言でウェンディに殴られる。テレサからは、穏やかな笑みで少し黙るように諭されていた。

「大丈夫ですよ、先生! 私達がリィエルのこと嫌いにはなりませんから」

システィーナの笑みに、ルミアもその通りと頷く。責任を感じていたのか強ばっていたグレンお顔が少し穏やかになったようだ。

「ありがとな」

そういうと、クラスが再び足を進める、目的の場所へ。

 

 綺麗な水が流れ、木々が生い茂り、肺を満たす空気は、今まで感じた事の無いほど、澄んでいて上質なものだった。

「遠征のご協力ありがとうございます」

「いえいえ、こちらこそ互いに良き学びになると思います」

白金研究所所長バークスとグレンが握手を交わすと、山登りに疲れたクラスメイトも含め、研究所の中へと入っていく。

「白金術とは、白魔術と錬金術を組み合わせて行われる魔術の総称となります。生物同士を組み合わせキメラを創造したり、既存の生態に魔術的要素を組み合わせること、つまり命を扱う魔術になります」

バークスを先頭にクラスが着いていく形になり、周囲にはキメラを作成している実験のガラスケースがあり、研究員が確認や議論を交わしたりしている。

「それ故に、このように自然に恵まれた環境で、常に上質なマナに囲まれている必要があるんですな」

その後も白金術について語り続け、大きく開けたホールで各々が興味のある場所に向かう、自由時間になった。

「白金術かぁ、今まで考えもしてなかったけど、こういった研究職も良いんじゃないかなって思っちゃうな」

システィーナはガラスの中にあるキメラを眺め、その細部における魔術の精緻さに感動している。

「ルミアは、どう?」

システィーナと共に行動していたルミアは、白金術について問われる。

「私は、将来官僚志望だから……それに、あんまり研究に没頭しすぎると、あんまり良くない気がするし」

ルミアは控えめにだが、キメラを遠ざけていた。その感情は恐怖だったのかもしれない。

「……確かに、あまりにのめり込むと外道魔術師に落ちてしまうかも」

そう話していると、背後の方が騒がしい事に気付いた。

「何があったのかな」

ルミアが呟くと、二人とも自然とそちらに足を向ける。研究中らしいガラスケースの前で研究員二人とラケルが向かい合っていた。

「なにやってんのよ……」

システィーナが呆れると、三人の会話が聞こえてくる。

「こんな若造の指示に従えというのか?」

恐らくはその研究の管理者なのだろう。それに対し、研究員の一人が進言する。

「し、しかし、彼の言っている事は正しいと思われるのです」

研究員は困惑しつつも、自分の意見を変えるつもりはなさそうだ。

「だが、そいつの言うとおりに経過観察を一時間から十分毎に変えれば、今の三倍は人数を割く必要がある。それを出来るだけの人員はないぞ?」

その言葉は、確かに必要な行動だとは理解しているが、他の研究の手を遅らせてまでするべきか悩んでいる、という様子だ。

「そ、それは……」

研究員は言葉にすることは出来ない。研究員一人で解決する問題ではないから、管理者に相談をしているのだ。だが、上手く説得する事が出来ない。

「合成処理の経過は十五から三十分毎に変化します。一時間おきの確認であれば、正確なデータを取れず、また研究データにばらつきがでるでしょう。そして、現在進行中の大型キメラの生成、かつ白魔術の確認及び白魔術の更新については、二日おきで十分です。安定環境まで進んでいるので、変化はないでしょう」

ラケルがそう言うと、管理者は考え込む。確かにラケルの言う言葉は正確だ。なおかつ、大型キメラ研究は時間を掛けている分、管理を過剰にしていると感じる部分はある。失敗してしまえば、大きな損失、管理責任になるからだ。

「どうして君が、そこまで語る?」

あくまで部外者のラケルがここまで口を出すのかを不思議だと感じたのだろう。それに対しラケルはさも当然のように返答する。

「同じ錬金術士の研究に携わる貴重な機会です、当然でしょう」

ラケルにとっては、錬金術の研究を行い事象を仮説に、仮説を実証に、実証を現実にすることは当然なのだろう。そこに個人の利益や、責任の有無が介在する余地はないのだろう。躊躇いのないその言葉に嘘偽りはない、そう感じたようだ。

「よし、研究の編成を変える。大型キメラの配備している研究員を呼び戻せ」

研究員に指示をすると、全体の管理を行う為の準備を始める。

「り、了解しました! その、ラケルさんの指示通りに動く、ということですか?」

気の弱そうに尋ねる研究員に、管理者が一喝する。

「馬鹿者! 己の行う研究の善し悪しは己で判断しろ! それが出来るから、ここに居るのだろうが!」

「は、はい!」

そう言うと、こけそうになりながら奥に走って行く研究員。それを見送り、管理者もまた配置変更について指示を出していく。

「澄まないな、長く務めれば務めるほど、重圧に流されてしまうのだ。よければ、他の箇所も同行して貰えないだろうか」

それに対し、ラケルが答える。

「ええ、あと二十二箇所編成を変更する事で効率の上昇の見込めるので」

その言葉に管理者が何とも言えない表情になったが、それについては何も語らなかった。

「あはは、ラケル君は凄いね」

「一体、なにやってんのよ……」

研究員と同等以上に渡り合っていたこと、そして余所に来ても待ったくぶれない彼の行動に呆れたり、驚いたりしていた。

 

 少し落ち着くと、再び元の会話に戻った。

「でも、あの研究はもう行われることもないでしょうしね。かつて帝国が大々的に進めていた研究、命を復活させる白金術」

システィーナが言葉を発していると、バークスが横から口を挟んできた。

「命を複製する白金術、プロジェクト・リヴァイブ・ライフ。まさか学生からその言葉を聞くことが出来るとは、随分と勉強されてきている様ですな」

その言葉にシスティーナが首を振る。

「そ、そんな、それほどでもないですよ」

それに構わず、バークスが続ける。

「そんな謙遜しなくても。軍用キメラと動揺に禁忌とされている白金術、幾多の研究の末、人が踏み込む領域にあらず、と呼ばれています」

その説明に、ルミアが好奇心を膨らませる。

「その、プロジェクト・リヴァイブ・ライフって、どういうものなんですか?」

それに対し、グレンが口を挟んで説明した。

「肉体を複製した入れ物、魂を複製したアルターエーテル、そして、元の人間の記憶をコピーした記憶情報。それらを組み合わせる事によって、人間を複製しようって白金術だ」

「先生! 説明してくださるのは有り難いですが、何も横から口を挟まなくてもいいじゃないですか」

システィーナが声を上げると、ルミアが疑問を出す。

「でもそれって、人間の蘇生と言えるのでしょうか?」

その疑問にはバークスが答えた。

「確かにコピーとコピーを掛け合わせた、コピー人間を作り出す物です。命を蘇生させるものではありません」

そうして付け加える様に、グレンが続けた。

「つっても、アルターエーテルを作り出すのに、大量のマナや人間の命が必要になる。倫理的にも問題があったんだがな」

そう言うと、バークスが口を開く。

「その為、現在は研究は凍結されています。しかし……風の噂で天の知恵研究会が研究を進めているらしいが」

その言葉にグレンが顔を顰めるが、後ろの方から聞こえる声に話が途切れる。

「ちょっとあんた、今日は配置が違うって聞いてないんですの!? 貴方はB地区の研究に言って下さいな」

ウェンディがうろうろしていた研究員に指示を飛ばす。

「……見つけた。変異の前兆だ、確認とデータの蓄積を早く!」

ギイブルが覗き込んだ顕微鏡で何かを見つけたようだ、その周囲にいた研究員が驚き、作業を始める。

「詠唱に一小節付加することで、浮遊魔術をより安定させる事が出来ます」

そうテレサが話すと、他の研究員よりも遙かに高い精度で研究の補助の魔術を行う。遅々として進まなかった研究が、動き出す。

「本当に、お互いに勉強になりますな」

所長が頬を掻く。

「そうですね、俺も貴方から見たら若造でしょうけど、こいつらに教えられることが結構あったりするんすよね」

そういうと、グレンが生徒達を見て、少し笑う。

「はっはっは、とはいえ大人にもこれまで培ってきた経験と知識。そして、プライドがありますからな。例え未来に超えられることがあったとして、今私達大人も頑張りませんとな」

そういうと、グレンが複雑な顔をして、生徒達を見る。

「そう……ですね」

途中から話について行けなくなった二人が、少し困った様子を見ると、バークスは再び口を開く。

「まだ時間はある、色々と見てくると良い」

そうして、各々分かれていく。

 

 見学の時間が終わり、生徒達が夕食を食べるためにばらけていく。その輪から外れるようにリィエルが佇んでいる。

「ねぇ、ルミア。皆が食事行こうって。一緒に行かない?」

一人になっているリィエルを見守っていたルミアにシスティーナが声を掛ける。リィエルの様子に気付いていなかったのか、システィーナはルミアに近づいた瞬間短く声を上げる。

「……リィエル、大丈夫かな?」

つい先日顔を合わせたばかりだが、少しずつ仲良くなっていった友人に気をかけずには居られないようだ。

「ねぇ、リィエル。私達と一緒にご飯食べに行かない?」

システィーナが気さくにリィエルに声を掛ける、その言葉に対しやはり反応は変わらない。

「……話しかけないで」

その様子を見かねたグレンが、つい声を出してしまった。

「おいリィエル! その言い方はないだろ!」

グレン本人も、口に出してから気付いたのか、はっと我に返るような調子だ。

「嫌い嫌い、大っ嫌い! みんなみんな、グレンも嫌い!」

そう張り詰めるように叫んで、走り去っていく。反応が遅れたのか、誰も彼女を追えなかった。

「お、おいリィエル!?」

教師としての責任か、それともかつての仲間故か、リィエルの背を追おうとするが、ラケルがグレンを止める。

「警告」

短く発した言葉にグレンは反抗しようとしたが、己が冷静になっていないことに気付いたのか、足を止めた。

 

 




読了ありがとうございました。

リィエルは実質三歳児(確信)

明確な年表とかってあるのかな?
時系列破綻してたらごめんなさい(すっとぼけ)


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課外授業 第四話

突如現れたリィエルの兄!
そして、行くてを阻むエレノア!
特に理由のない銃弾がグレンを襲う!

グレン死す!? デュエルスタンバイ!


 日は暮れ、生徒達は宿舎に戻っていったが、リィエルが戻ってきてはいなかった。

「ねぇ、やっぱりリィエルを探しに行きましょう」

システィーナが提案する。ルミアもその案に賛成のようだったが、グレンがそれを止めた。

「いや、リィエルは俺が探してくる。どうせ腹を空かせているだろうからな、飯でも作って待っててやってくれ」

そういうと、グレンが歩き始める。

「これでも、あいつの教師なんでな」

その言葉にルミアとシスティーナは安心し、グレンの背を見送った。

 

 「分からない……私は、どうしたらいい?」

浜辺で一人佇んでいるリィエルが膝を抱え、ふさぎ込む。どれほどの時間そこにいたのか、もうリィエル自身にも分からない。

「リィエル」

「誰っ!?」

リィエルが驚き振り向くと、そこにはかつての兄の姿があった。

「そ……んな、兄さんは死んだはず?」

その言葉にリィエルの兄は応える。

「リィエル、君はあの時動揺していたんだ。だから気付かなかった、僅かに息があったことを。そして一命を取り留めた……だけどまだ、僕は天の知恵研究会に縛られている」

甘ったるいその言葉に、リィエルは目眩を起こしそうになっていた。まるで華の蜜のようで、一度刺されば抜けない薔薇のとげのようだった。

「兄さん……」

喉の奥に物が詰まったように、言葉が出ない。

「リィエル、君はあの夜逃げ出すことが出来た。だが僕はまだ……囚われ続けている。リィエル、助けてくれないか?」

そう言ってリィエルの兄が手を伸ばすと、リィエルは拒んだ。

「……あっ」

リィエルも意識してはいなかったようだ。ただ混乱して、手を払っただけだ。だがその事に、リィエルの兄は酷く悲しい表情をする、その表情にリィエルは耐えられなかった。

「どう……すればいいの?」

リィエルの兄が答える。

「組織はチャンスをくれたんだ。ルミア・ティンジェルをつれて来れば、僕にもチャンスがある……そしてそれには、グレン・レーダスが邪魔なんだ」

その言葉に、リィエルの混乱は極まっていく。

「にい、さん」

 

 遠隔魔術でその場の様子を見ていたアルベルトは、苦虫を潰した表情になる。

「ちっ、こうなってしまったか」

そうしてリィエル達の元に行こうとするが、目の前に狂気が現れる。

「貴様、エレノア・シャーロットだな」

その問いに、メイド服を纏った女性が恭しくお辞儀をする。

「ご機嫌麗しゅう、アルベルト様。私と踊って頂けないでしょうか? 冒涜的で背徳的で崩落的な一夜をお約束しますわ」

顔を上げて見える怪しげな笑みに、アルベルトは一切の容赦もなく、軍用魔術を放つ。

「吠えよ炎獅子」

「踊れ廃炎」

双者の炎がぶつかり合い、闘いの火蓋が切って落とされる。

 

 リィエルとその兄の元に、グレンが走り込む。

「大丈夫かリィエル!? この俺が来たからには、どんな魔術を使おうが無駄だぜ!」

外道魔術師と敵対していると思っていたのだろう、リィエルを庇う様に立つグレンに、余裕の笑みがこぼれる。

「あ、どうした?」

援軍が来た危機感ではない、余裕の笑みを浮かべる相手にグレンが違和感をもった瞬間爆音が鳴り響く。

ドォン

突然の銃声に驚き、グレンはその音の方向に目を向ける。

「ラケル! 何のつもりだ!?」

そのグレンの問いに、ラケルは答えない。どうやら銃弾はリィエルを狙った物のようで、錬金術で作られた剣で弾かれていた。驚きながらも、リィエルの心配に後ろを振り返るグレン。

「大丈夫かリィエル!? リィ……エル?」

グレンの言葉は、夜に吸い込まれていくように小さくなっていく。そして、感情を持たない鉄の塊が、銃身から打ち出される。

 

 グレンを挟んでラケルと対面する形になっていたリィエルは二度目の銃声に身構えていた。だが、弾丸は予想外の方向へ撃ち出されていた。

「えっ」

グレンの背から弾丸が飛び出し、大量の血がリィエルに降りかかる。

「グ……レン?」

予想だにしていたなかったのか、動揺を隠す様子もない。手が震え、現状がまるで理解出来ていない、といった様子だ。

「リィエル殿、貴女の役割はなんだ」

ラケルのその言葉で、リィエルはようやく動揺を少し落ち着ける。

「貴女の役割は、なんだ!」

語気を強めて放たれた言葉は、リィエルの困惑に、思考を取り戻させた。

「……ルミア?」

消え入りそうな言葉で、リィエルが呟く。その言葉をしっかりと聞き取ったのか、ラケルが再び言葉を放つ。

「行け」

地に伏せ血を流すグレンと兄の姿を見比べるリィエル。

「行け!」

再び語気を強めたラケルに圧倒されたのか、はじき出されるように飛び出すリィエル。

「あのままリィエルに殺させても良かったと思うんだけど、どうして邪魔をしたんだい?」

リィエルの兄が、ラケルに尋ねる。

「それが分からないなら、錬金術師を名乗らない方がいい」

そう言って、銃身をリィエルの兄に向ける。決して銃弾を放つ様子はないが、それでもこれ以上無いほどの敵意を向けていた。

「分かった、分かったから、その銃を下ろしてくれ。僕は白金研究所でリィエルの帰りを待つとするよ」

そういうと、冷や汗を掻いたリィエルの兄は足早にその場を去って行った。

 

 遠隔魔術で一部始終を見ていたアルベルトは、毒づく。

「ちっ、腑抜けがっ」

エレノアとの激しい魔術戦は続いていた。隙をついて、幾度かエレノアに魔術で攻撃を行っていたが、その度に傷が再生している。

「その再生能力、白魔術や再生術による物ではないな……もっとどす黒い、不浄の物だ」

自分の能力を端部でも理解されたことに、狂喜し、或いは惜しむかのように唇を歪ませる。

「流石はアルベルト様、素敵で熱くて熱くて……蕩けてしまいそうですわぁ」

妖艶に身をくねらせる彼女の姿は、美しい美女のそれで有り、深淵のように深くおぞましく理解出来ないものでもあった。

「おいでませ、おいでませ、おいでませ、おいでませ、おいでませぇ」

甲高い笑い声と共に現れるのは、女性の形をしてた何か。今ではもう死者と呼ばれる物だ。

「また醜悪な物を、ネクロマンサーが」

大勢の死者に囲まれながらも、その行動に一切の迷いはない。近距離拡散魔術を用い、周囲に群がっている死者達を一掃した。おぞましい死者を駆除する事は出来たが、その一瞬でエレノアは逃亡を済ませていた。

「ちっ、女狐が」

自らの失態を噛み締めるかの様に毒づいた後、拳を強く握りしめる。だが、アルベルトは直ぐに歩み始める、彼の任務はまだ終わっていないのだ。

 

 システィーナはリィエルとグレンが戻ってきた時にお腹をすかせているだろう、と言うことで少しの間食料の買い出しへと出ていた、それは幸か不幸か、荷物を持って部屋の扉を開けると、ルミアが待っているはずの部屋が一変していた。

「なに……これ」

割れた窓ガラス、部屋の中は荒らされ、恐らくそこから入ってきたであろう窓の付近はボロボロで、カーテンも切り裂かれていた。

「どういうことなの、リィエル!」

システィーナが叫ぶと荒らされている元凶だと思われるリィエルを睨みつける。そして、その脇にはルミアが抱えられていた。

「大丈夫、ルミアは死んでいない」

リィエルのその言葉に驚き、そして一先ずルミアが気絶させられただけだと言うことに安堵する。そうして、少しずつ状況を整理出来た段階で暗闇で分かりにくかったが、リィエルの服や体の所々に、赤黒いシミが付いていることが分かった。

「ルミアは……? グレン先生はどうしたの!?」

システィーナのその問いに少し間を開けゆっくりと話す。

「グレンは……死んだ」

システィーナはリィエルの服の汚れが、恐らくはグレンの血である事想像したのだろう、余りの衝撃に膝を突きそうになったが、親友の危機であること、そしてまだ本当にグレンが死んでいるのか不明である事で踏みとどまった。

「待ちなさい! ルミアを放さないと、撃つわよ!」

手のひらを突き出す形に構え、ショックボルトを放つ格好をしている。だがその行為にも、リィエルは微塵も怯えはしない。

「撃ちたいなら、そうすればいい。私がシスティに攻撃する理由はないから……」

息をのみシスティーナが身構える。手が震え、明らかに怯えている。それは人に対して攻勢魔術を放つことに対してか、或いは短いとはいえ、友人と思う相手だったからか。

「……時間切れ」

リィエルがそう呟くと窓の外に飛び出す。その姿を見送った後、システィーナが腰が抜け、力尽きたかのように膝を付いた。

「撃てるわけ無いじゃない、ルミアに当たるかもしれないし、なにより友達に向かって……」

あふれ出す言葉が、途中で止まる。悔しさに歯を噛み締めて、床に拳をたたきつける。

「言い訳ばっかり! こんなの、ただ臆病なだけじゃない! ルミアも、リィエルも守れない……」

そう言って悔しさに、涙を流していると背後から声が聞こえてくる。

「あ、すみません。ちょっとベッドをお借りしても良いですか?」

どうやら声の主はラケルのようだ。何もこんなタイミングで来なくてもと言わんばかりに、ぶっきらぼうに答える。

「態々こんなボロボロの部屋でいいなら、好きなのを使いなさいよ!」

「ありがとうございます」

そうラケルが言うと、ベッドからボスンと何か重たい物を放り投げたような音がした。流石にその音が何か気になったのか、システィーナが振り返る。

「グレン先生!?」

血まみれで、血色の悪いグレンが放り投げられていた。

 




読了ありがとうございました。

味方だと思ってるやつを背中から撃ち抜くのは楽しいですね(愉悦)

よし、これでロクデナシ要素が一つ減ったな(確信)


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課外授業 第五話

グレンが死んで……生き返る!(高速手のひら返し)

システィーナの初キッスはカットで(ゲス顔)


 事情も碌に説明されないまま、ラケルは淡々と魔方陣を作成していく。

「……いや、何か言いなさいよ」

困惑が極まったのか、システィーナが疑問をぶつける。

「ああ、余裕があるならグレン教諭にマナを分け与えてあげて下さい。多量の出血によるマナ不足になっていますので」

どうしてそうなったのか、については一切説明せず、ただ顔色の悪さや破れた衣服を見てただならない状況なのは一目で分かる。渋々ではあるが、ラケルの言うとおりにマナを分け与えていく。

「ねぇ、何があったのか、説明してくれないの?」

システィーナの言葉に反応し、淡々と作業は続けている物の、返事を返す。

「あ、呼吸が止まったので人工呼吸してくれませんか?」

その言葉にシスティーナは驚き、グレンの容態を確かめる。脈は止まっていないが、呼吸はしていない。

「わ、私がするの……?」

勿論、治療について否定する気はないだろうが、マウストウマウスとなると、システィーナもまだ少女と言っても差し支えない年齢だ。躊躇いもあるだろう。

「ん、出来ませんか? それなら僕が……」

そういうとラケルが手を止めてグレンに人工呼吸を行おうとするが、その直前でシスティーナが止める。

「ま、待って! 私がする……から」

そう言うと素直にラケルは引き下がり、作業を続ける。システィーナは深呼吸をし、何度もグレンの顔を見て、覚悟を決める。

 

 アルベルトが扉を開くとシスティーナがグレンに魔力を供給し、ラケルは外に出る準備をしている。どうやら、グレンの肉体の修復が終わっているようだ。銃弾を受けたときよりも、顔色が良くなっている。

「ああ、アルベルト殿ですか」

「アルベルトさん!? どうしてここに?」

着々と準備を続けるラケルと、対照的に驚きを隠せないシスティーナ。それに特に興味を持たず、アルベルトはグレンに目を移す。

「動けるのか、この馬鹿は」

少し目を細め、複雑な表情でグレンの様子を見ている。

「ええ、肉体的には問題なく。あとは意識を取り戻した時に、障害が残っていなければ問題ありません」

不吉なこと言わないで、横からシスティーナに口を挟まれる。特に二人とも気にしてない様子だが、グレンが僅かに動くと三人の視線が集まる。

「……ここは? そうだ、リィエルはどこだ!?」

目が覚めたばかりで、急激に起き上がったからか、撃ち抜かれた部分が痛みうずくまる。

「先生、大丈夫ですか!?」

システィーナが心配し、傾いたグレンの体を支える。

「錬成した肉体部分と白魔術で修復した部分に若干のずれがあったようですね。直ぐ痛みはなくなるでしょう」

その言葉に対し、グレンが怒り、ラケルを睨みつける。

「てめぇ、リィエルを撃っておいてよくそんなことが言えるな! 一体どの面下げてここに居るんだ!?」

その言葉に驚き、システィーナがラケルを見る。ラケルは否定をしない。

「そもそも、なんであの場でリィエルを止めなかった。あのタイミングで入ってきたってことは、見てたんだろうが! お前が全部しくんだ……」

ガン、と大きな音がしてグレンの体がベッドに叩き付けられる。アルベルトが思いっきりグーで殴ったからだ。

「先生!? 大丈夫ですか! 大変、鼻血が大量に!?」

隙だらけだったからか、綺麗に入った拳は鼻に直撃し、その奥の毛細血管を破壊したのだろう。元々からすでに荒らされていた部屋だったが、輪にかけて酷くなっていた。

「……いってぇ」

グレンが仰向けになったまま、ぼそりと呟く。

「少しは冷静になったか? 取りあえずこれで、私達の前から勝手に消えたことはチャラにしてやる」

そう言われるとグレンは何も反論出来ないらしい。同じような感情をリィエルにも抱いていたのかもしれない。

「はぁ、くそったれ。腹の虫はおさまっちゃいないが、頭の血はちょいと抜けたぜ。とりあえず、現状から教えてくれないか、ラケルさんよぉ」

起き上がりラケルを睨みつけるグレンだが、鼻血まみれの顔では迫力も何もなかった。

「まず現状として、リィエル殿とルミア殿は白金研究所の地下施設にいると思われます」

ラケルの言葉の後に、アルベルトが付け加える。

「敵は白金研究所の所長、エレノア・シャーロット、リィエルと錬金術師、そして」

アルベルトのその言葉の後にラケルが付け加える。

「ホーエンハイム、ですね。恐らく、エレノア・シャーロットはこちらが接近したことに感知した場合、戦闘を避けると思われます」

ラケルがそう言うとアルベルトがエレノアの捕縛、或いは討伐を提案するが、ラケルがその他の障害を説明し、苦虫を噛み潰したような顔で断念する。

「ちっ、仕方ないな」

その会話に、色々とついて行けていないグレンが口を開く。

「待て待て待て、色々とおかしいだろうが! リィエルが敵なわけがないだろうが。それにホーエンハイムってのは、この前の襲撃事件でラケルが倒したはずだろうが」

「ええ、ホーエンハイムは確かに学園で確かに倒しましたが、アレは意識共有体です。今回も同様ですが、前回と比べれば遙かに厄介です」

ラケルの返答に、グレンは嫌気が差したようだ。

「また面倒な……んで、リィエルが敵っていうのはどういうことだ?」

それに対して、アルベルトが返事をする。

「敵側の錬金術師と協力しているんだ。我々に敵意を以て妨害してくる事は間違いない。これは敵と見なすべきだろう」

アルベルトの説明にグレンは納得しない。グレンは吠える、アルベルトに対して。

「あいつは偽物の兄に騙されているだけだ! ちゃんと話せば敵になるはずがないだろうがっ!」

その言葉に反応したのは、意外にもラケルだった。

「だから?」

ラケルのその言葉に、グレンが意表を突かれる。混乱のままに、グレンは言葉を続ける。

「説得すれば、偽物に騙されていると分かったら、あいつが偽物に従う理由はないだろ!」

まるで氷の針を突き刺すようにラケルが言葉を返す。

「どうやって?」

本来のグレンであれば、その言葉は嫌がらせか、それとも相手が納得のいかない意見だと、割り切って耳を貸さなかっただろう。だが、それをしなかったのは、或いは出来なかったのは、ラケルの言葉がグレンが疑問に思っていた、遠回しに避けていた問題に突き刺さっていたからかもしれない。

「あ、操られてるわけじゃない、声も聞こえるだろう。話して説得すれば……」

「話になりませんね、グレン教諭は何故リィエル殿が離反したのか、理解出来ていない様です」

グレンの言葉を遮って、ラケルが突き放す。グレンはその言葉に、息を詰まらせた。それは、自分が言っていることに自信が無かったからかもしれない。

「どうしてリィエルが、裏切ったの?」

言葉に出来ないグレンに代わり、システィーナが問う。

「まず第一に、新しい環境と過去のグレン教諭との関係性において彼女自身どう対処すれば良いのか、分からずにいました」

ラケルが一つ指を立て、説明していく。

「二つ目、死んだはずの兄が現れ、困惑していた状態で選択を強いられました。急激に変わった過去の恩人と偽物かもしれない兄。しかし、そこで突きつけられたものは、『最愛の兄を二度裏切る』可能性です」

グレンがその言葉に、奥歯を噛み締める。あの時海岸でリィエルがグレンを裏切ったのは、可能性とはいえその恐怖に打ち勝てなかったからだろう。

「そして、最後に対話による解決が不可とするのは、既に一度ずつ両陣営を裏切っている意識をリィエル殿が持っているということです。仮に兄であることを否定する証拠があったとしても、リィエル殿自身が本物ではないという確証が無い限り、最悪の可能性を捨てきれないからです」

そこまで話を聞いて、グレンは項垂れる。

「……あの時、お前が俺を撃ったのはそういうことか」

もし仮に、リィエルがあの場でグレンを刃で貫いていたとしたら、グレン達を裏切ったではなく、殺したということになる。そうなってしまえば、剣を向けた相手の言葉を聞く余裕など、無いに等しい。裏切った相手の優しさなど、傷口をえぐる行為にしかならないのだから。

「それでも、リィエルが騙されているのなら、助けたい!」

グレンが落ち込んでいてもシスティーナが叫ぶ。その言葉にグレンは反応し、立ち上がる。

「……そりゃそうだ。どっちにしたって、あいつが俺の生徒って事には変わらないんだよ。どんな理由があろうと、助ける」

グレンのその言葉に、システィーナの表情が僅かに変わる。

「ええ、グレン教諭のその意思は間違っていないと思います」

ラケルの淡々としたその台詞に、グレンがこけそうになる。

「お前、一体どっちなんだよ?」

「方法について否定しただけですよ。グレン教諭の意思について僕が干渉するつもりはありませんが、教諭の指示に不備がある場合は検討する必要があったと感じましたので」

ラケルは一貫していると宣言するが、言葉も状況も選ばない為、その場の誰も頷かなかった。

「ルミアとリィエルを助けに行くんですよね? それなら私も行きます!」

システィーナが前のめりになりながら、言葉にする。

「白猫、お前は残ってろ。危険すぎる」

「そんな!」

グレンの言葉に、反抗する。

「システィーナ殿、来ないで下さい」

「……仕方ないわね」

ラケルの言葉に、項垂れて諦めるシスティーナ。その様子に違和感を持ったグレンが叫ぶ。

「いや、なんでラケルが言うと頷くんだよ! 普通は先生の言うこと聞くだろ!?」

そう言って、混乱しているグレンに、アルベルトが諭す。

「落ち着け、グレン。お前はいつも他人を案じすぎる、それだけのことだ」

「うん、先生は私のことを気遣って言ってくれる可能性があるんだけど……」

そう言って、ラケルの方を見つめるシスティーナ。

「はい、システィーナ殿が同行された場合、保護を優先してグレン教諭の機動力が削がれる可能性があります。勿論アルベルト殿も一般人が犠牲になることを良とはしないでしょう。なにより、何をされたか分からないまま死に至るか、或いは実験の材料にされる可能性が十分にありますので」

淡々と語られる言葉は確かに事実だったのだろう、グレンが話す内容とは全く違った。片方は身を案じた言葉、片方は純粋に目的遂行の為に良とされないと否定する言葉。

「良くも悪くも、ラケルは嘘を吐かないので……」

システィーナが小さく呟くと、一目見るだけでも分かるほど、落胆しているのが分かる。本音で話しているのであれば、躊躇いもなく役に立たないと告げられたも同然だからだ。

「そんな落ち込むなって、誰だってそんなときはあるさ。俺にもどうにも出来ないことは山ほどあるからな、そんなことの一つや二つで落ち込むぐらいなら、次に何をすればいいか考えろ。白猫が目指す未来に辿り着く為に、落ち込んでる暇なんて無いはずだろ?」

そう言ってグレンはシスティーナの頭を撫でる。その言葉に一瞬呆けるような顔をしていたが、直ぐにその手を振り払う。

「も、もう! 子ども扱いしないで下さい!」

顔を赤らめながら、そっぽを向くシスティーナ。

「うっし、じゃあ行ってくる。ささっと終わらせてくるから、此処で待っててくれよ」

まるで食事に出かけてくるような軽い口ぶりで部屋を出る。向かう先はけして楽な道のりではないはずなのに。

 




読了ありがとうございました。

ラケル君のロクデナシゲージが上がって行くぅ!(当社比調べ)

割と死ねば助かるのに状態でした、グレン先生にはあと何度か死んで貰いたい(ゲス)


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課外授業 第六話

白金研究所突入です、グレンとアルベルトとラケルの三人組です、こんだけおったら楽勝やろ(適当)

オリキャラはチート(敵キャラも含む)



 「はっはっは、流石だな! プロジェクトリヴァイブ・ライフのデータだけでなく、それに必要な三要素まで集めてくるとは」

バークスがそう言葉にすると、リィエルの兄が恭しく頭を下げる。

「お褒めにあずかり光栄です」

三つの研究様培養器とルミアが繋がれ、研究が進んでいる様だ。

「素晴らしいですわ、所長」

エレノアがこの研究を褒めていると、所長も気は悪くないらしく。自慢げに背を伸ばす。

「おーい、そんな研究より……お客様みたいだぜ?」

ホーエンハイムが遠巻きに声を掛けると、不機嫌になる所長だが、遠隔魔術を駆使し、侵入者を見つける。

「軍用キメラを向かわせる、簡単には進めんだろう」

所長のその言葉に、エレノアは静かに消え入るように呟いた。

「さぁ、それはどうでしょうか」

 

 金網の下に幾つものキメラが蠢いている床の上を走り、グレンが呟く。

「悪趣味だな。やっぱりろくなことしてないじゃねぇか」

グレンのその言葉に、ラケルが返事をする。

「軍用キメラやプロジェクト・リヴァイブ・ライフに関係しているのはごく一部の人間だけです。一般の研究員は正規に正しい研究をしていますよ」

その会話を遮るようにアルベルトが話す。

「そこまでにしておけ、どうやら簡単に通す気は無いようだ」

三人の目の前に現れたのは、三匹のキマイラ。獅子の顔に、鷹の翼、虎の足に、尻尾に蛇が付いている合成獣だ。

「軍用キメラは研究が禁止されてるっつうのに、あのハゲは……」

やれやれといった様子で対処に当たろうとするグレンをラケルが制す。

「グレン教諭、アルベルト殿貴方方はこの先に備えて温存して下さい。ここは僕がやります」

血に飢えたキマイラの前に悠々と歩き始めるラケル。歩く度にカン、カンと音が響き、キマイラの様子がおかしくなっていく。

「本来の生態系は、幾億年と積み上げられてきた進化、生存競争の結果です。それを悪戯に混ぜ合わせてしまえば」

顔の獅子や、尾の蛇は威嚇をしている。だが、足が竦み動かない様だ。

「天敵に対する警戒心とそれを制御する脳が乖離してしまえば、正常な動きを取り戻すことすら困難になる。ましてや、攻撃性のみを追求し、本来の生体の完成度を下げてしまうだけのキメラなど廃れて当然」

ラケルは三匹の中心まで何事もないかのように進むと、三節の簡単な白魔術を発動させる。それに反応するのは、獅子の首のみ。元の体を取り戻すかのように今の体を砕き、崩し、自らを崩壊へと進ませる。そもそも生命体として短い寿命の存在なのだが、それを更に推し進めているのだろう。やがてつなぎきれなくなった首が床に転がり落ちる。

「……軍用キメラって、危険だから禁止になったんじゃなかったっけ?」

その問いに対し、ラケルが普段と変わらぬ表情で答える。

「例え危険であっても、有用性があるのであれば魔術は研鑽されてしかるべしでしょう。むしろ危険性のない魔術など存在しない。危険というのは、理解が出来ぬ一般人に対する方便ですよ、錬金術を担うものから不要と切り捨てられた産物です」

それに、アルベルトが問う。

「キメラという研究自体が、か?」

それについては、直ぐさま否定する。

「生態系や動植物の可能性を模索するキメラ研究と殺害を主とした目的の軍用キメラは違います。その違いが分からない未熟者を誤った道を選択しないように『禁止』されているに過ぎないのですよ」

遠回しに、という程でもないが、白金研究所で軍用キメラの研究が行われていること自体を否定している事が問うまでもなくわかる。そうしている間に、更にもう一体、キメラが現れた。

「アダマンタイタイ、か」

全長三メトル、高さだけでもゆうに人の背丈を超え、重さに至っては比較するべくもない。歩く度に床が揺れ、爪や背中の甲羅に生成されている鉱物には、名に恥じぬ硬度だ。

「流石にこれは……やるんだな?」

グレンが先頭に立つ前に、ラケルが正面から向かい合う。低く地下全体を振るわせるような雄叫びを上げながら突進してくるアダマンタイタイに、ラケルは片足を踏み出した勢いと同時に掌底を甲羅の前面部分にぶつける。

「地の震えよ 輝石を尽く振るわせよ 『暗剄』」

重く響き渡る音は、双者がぶつかり合い、互いのエネルギーが相殺したと言うことだ。

「嘘だろ……」

何トンあるか分からない巨体の突進を片手で受け止めた、それと同等のエネルギーを瞬時に生み出した、そのことに他ならない。

「いや、それだけではない」

アルベルトが驚愕に顔を歪める。甲羅や爪の一部が、震え音を鳴らしている。それは鳴り止むことなく、徐々に震えを増していく。

「共鳴現象か!?」

グレンの叫んだあと、増していく振動は限界を迎え、鉱石部分の崩壊という形で、共鳴現象は突如終演を迎える。体内外の重要な部分が破損し、最早生命活動すらまともに行えなくなったアダマンタイタイは、その巨体のまま、地に這いつくばるしかなかった。

「進化の過程で、こういった変異体は消滅していく。存在するとすれば甲殻や体内の重要器官の間を多重構造にし、外部の振動で共鳴を起こさない個体が生き残るはずです。そういった、偏った環境にしか適応出来ない生命体を研究しつづけることに、意味は無い」

倒れた合成獣を哀れむように一瞥し、先へと歩を進める。ラケルを追うようにグレンとアルベルトも歩み始める。

 

 バークスやエレノア、ホーエンハイム達がいる部屋では、遠隔魔術でラケル達の様子が見られていた。軍用キメラでは相手にならない現状に痺れを切らし、所長自らが動き出す。

「ふんっ、生意気な! 私自らが叩き潰してやる!」

そう言って通路に歩き出し、その奥へと姿を消していく。それを見送った後、ホーエンハイムが口を開いた。

「潮時じゃねぇの、エレノア?」

プロジェクト・リヴァイブ・ライフは既に完成していると言っても過言ではない。必要な素材と経過は完了している。あとは時を満ちるのを待つのみだ。エレノアの手元にある記録装置も、計画の全容を記録している。

「そうですわね、そろそろお暇させて頂きましょう。ホーエンハイム様はどうなさりますか?」

エレノアの言葉ににやりと笑い、残酷な笑みで返答する。

「ここに研究素材が来るんだ。待つしか無いだろう? 待ち遠しいくらいさ、狂おしいほどに」

言葉とは裏腹に、妖艶にくねらせるその肢体は、美しくまるで人ではない何かのようにも見える。

「そう……でしたね。それでは、御機嫌よう」

そう言い残し、エレノアは姿を消す。まるで闇に溶け入るかのように。

 




読了ありがとうございました。

軍用キメラの設定は独自のものです、多分禁忌としかされてなかった……はず(多分)

結果的に効率良く戦争に使われる事はあっても、研究の主目的としてはあってはならない、そんなお話でした。

キメラってロクアカ世界ではあんまり強くないのかな?
アニメ見る限りでは、よく分かんないです(小並感)


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課外授業 第七話

ハゲぇ! 入場!


 三人が歩みを進めると、どうやら目的の研究室に近づいているようだ。人ぐらいの大きさの物を運んだ跡、耳を澄ます必要も無いほど響く駆動音。それらが徐々に大きくなっていると言うことは、まさにこの先で研究が行われているのだろう。

「そんで、ここであんたが出てくるのか」

立ちふさがるのは、白金研究所の所長。

「若造共に、これ以上好き勝手させるわけにはいきませんからな」

そう言うと、バークスが魔薬を使役し、体を膨張させ異常なまでの筋肉と図体に変化する。

「グレン殿、アルベルト殿、先に行って下さい」

ラケルが短くそう言うと、立ちふさがるバークスの間をすり抜けるように走り抜ける。それを止めようと手を動かした瞬間、肘から先がゴトリ、と床に落ちる。

「なん……だと?」

バークスがラケルの方を振り向くと、既に足下まで近づいていた。腕を切り落とした刃を翻し、斜めに振り下ろして左膝を切る。

「がぁぁ! こんなもの直ぐに再生を……」

骨、血管、筋肉が順に再生していく。だがしかし、それが収まるまでラケルは待ちはしないし、足を失ったことで崩れた体勢は持ち直せない。股下から振り上げるように右足の間接部を断ち切ると、そのまま左腕を肩から切り落とす。

「再生が……間に合わない!?」

そうして、ゆっくりと崩れ落ちていくバークスを踏みつけ、無理矢理地を這いつくばらせる。

「遅い、倒れることさえも」

そう言うとラケルは、頭部と首の付け根を後ろから着き貫く。バークスは四肢を切断され、中途半端に再生している状態で倒れている。貫かれた喉からは、血を勢いよく吹き出す。

「異能能力者を研究し、四肢を落とした程度では即座に修復してしまう。そんな魔薬を貴方は作り上げた」

ラケルがそう言葉にしているが、四肢は一行に再生する気配は無く、唯々マナの源である血液を吐き出し続けるだけだ。

「だがその魔薬の効果にも、制御は必要だ。再生はどの状態にするのか、治癒魔術はどの状態から発動するのか。そうしてできあがっている魔薬の制御部に干渉すれば、マナが尽きるまで血を吐き出し続ける人形に成り下がる」

首を突き貫かれても、意識を失うことすら叶わない所長は、自分が今どうなっているかすら知ることは叶わず、只管に痛みとマナがすり減っていく疲労感だけを感じ取っている。

「真理への道を自ら閉ざした貴方には、理解出来ないのかもしれませんが」

そうして、ラケルは血を吐き出すだけの人形を見下し続ける。憐憫か、或いは己がそうならないようにという戒めか。

 

 バークスの横をすり抜けると、直ぐに研究室があった。扉を開いて中に入ると、直ぐに実験に利用されているルミア、そしてリィエルの兄とそれを守るように立つリィエルが目に入った。

「リィエル! 目の前にいる奴は偽物だ! 目を覚ませ!」

グレンの叫びはリィエルには届かなかった。

「リィエル、彼が目の前で死ぬところを見ただろう? あいつこそ偽物なんだよ」

甘ったるい言葉で、リィエルの思考を奪う。その言葉に耳を傾けたリィエルは、曇った瞳で、はい兄様、と頷く。

「随分と彼女に御執心だなぁ。嫉妬してしまいそうだ!」

そう言って壁際の器具の上に座っていた女性が飛び降り、リィエル達とグレン達の間に立つ。それに反応し、グレンとアルベルトは直ぐさま距離を取る。

「あら? ルミアちゃんを取り戻すんじゃなかったのかな?」

そう言って、一歩ずつ近寄ってくるホーエンハイム、妖艶に歩む姿に嫌が応にも目を引き寄せられる。

「へっ、お前の能力なら知ってるんだぜ。二小節以下の魔術を単音で発生させられるんだろ? だが、二小節以下の魔術には威力も距離も限られてくる。つまり距離さえ取っていれば……」

そこまでグレンが喋って、違和感を覚える。

「嬉しいなぁ。そこまで理解していて尚、私に向かってきてくれるなんて。本当に、君たちがどんな動きをしてくれるのか、楽しみでしょうが無いよ」

アルベルトも警戒しながら距離を保つ。研究室の面積も広く、追い詰められると言うことはなさそうだが、隙をついてルミアの元に向かえるほどホーエンハイムの反応は低くない。

「罠だ、グレン!」

何かに気付いたのか、アルベルトが叫ぶが、気がついて時には既に遅かった。ホーエンハイムの言葉が紡がれる。

「さて、今まで私は何文字喋ったでしょうか?」

そう言葉を言い終えると、三人を囲んだ断絶結界が形成される。

「はっ、どっちみちお前は俺の『愚者の世界』でいちころってことは分かってんだよ」

そう言って、ポケットからタロットカードを取り出し、それと同時にアルベルトが軍用魔術を繰り出す。

「吠えろ 炎獅子」

「くるえ    」

その言葉と同時に、アルベルト目の前に爆炎が発生し、手元で爆発する。それを見ることもなく、グレンが駆け抜け、ホーエンハイムの元へと辿り着こうとするが。

「スペルインターセプト、ルーン言語を元に魔術を構成している以上、こういった芸当も可能なんだよ」

そうホーエンハイムが語り終えた後、グレンの目の前に光の刃が十六本現れる。狙いを見切ったのか、グレンは距離を取るように次々と襲いかかる光の刃を避ける。

「っぶねぇ! アルベルト、くたばってねぇよな!?」

爆炎の中からアルベルトが煙を払い、出てくる。

「当然だ。しかし、二小節という限定を超えるために、幾度も繰り返し発動させる事によって、更に上の魔術を繰り出す。それも通常の会話によって織り上げるのは、最早人間業ではないな」

そういって、ホーエンハイムと向き合う。人間業ではないと賞賛するものの、戦意は失っていない。

「ま、断絶結界にホーリーセイバーまで省略どころか、複数魔術の組み合わせで発動させてあるんだ。マナも体もボロボロだろうよ」

そういったグレンの視線の先には、衣服に所々血が滲んでいるホーエンハイムの姿があった。

「ふふっ、すごーい。でも、次は保つかな?」

獲物を震え上がらせるような、残忍な笑みを浮かべる。

 

 バークスに突き刺していた刃を引き抜き、紙で血を拭い鞘に収める。最早ほとんどマナが残っていないのか、最初の再生速度は見る影もない。だが、徐々に四肢を取り戻しつつある。

「なぜ、私を殺さない?」

バークスがラケルに問う。あと数十秒も突き刺し続ければ、マナは枯渇し、欠乏症か或いは心肺停止で命は失われていたはずだ。

「あと二十秒弱続ければ、貴方は死んでいました。しかし、僕の刀を二十秒間汚す理由がありませんでしたので」

そういうと、振り向かずに研究室へとラケルは駆けていった。それを呆然と見送るしかないバークス。

「ははっ、全てを失ってしまったな」

長年ため込み続けたマナも、異能者の研究から作りだした魔薬も。今回の軍用キメラやリィエル計画が発覚してしまえば、錬金術師としても天の知恵研究会としても居場所を失うだろう。

「参ったな、なにもすることがない」

これまで弱ってしまえば、彼らに殺されるか、協会に罰せられるか、誰かに利用されるか、それすら自分で道を選ぶことすら出来なくなった。

「そうだ、研究員の研究のスケジュールの組み直しを忘れていたな。休暇や担当の割り振りも見なければいけないし……ああ、錬金術の研究がしたいな」

いつから、人の道を踏み外し、外道になったのだろうか。才能はあった、環境も恵まれていた、だが、彼らのように只管に錬金術にまっすぐ生きることが出来なかった。

「なんだ、随分と寄り道をしてしまったな」

もう戻れない所まで来て、始めて目が覚めたような、そんな感覚だったのだろうか、彼の瞳からは涙がこぼれ落ちていた。

 




読了ありがとうございました。

ハゲぇ! 退場!

超速再生……虚かな?

取り敢えず今回はラケル君無双、これからもオリキャラ無双、たまにリィエルちゃん活躍(グレン? 知らない子ですね)予定


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課外授業 第八話

ラケル対リィエル、スタート!

刀対大剣です、ロマンのぶつかり合い、肉体言語の鎬の削りあい、良いよね!


 ラケルが研究室に入ると、断絶結界とリィエル達、そしていまだ囚われたままのルミアの姿が見えた。

「おやおや、真打ちは遅れて、ってやつかな?」

リィエルの兄がそう言う瞬間に、リィエルが後ろに突き飛ばし、剣を構えながら後ろに飛ぶ。目でとらえることが難しいほどの速度で、抜刀しリィエルの剣を真っ二つにする。それと同時に服の一部が切り裂かれ、リィエルが後ろに跳んでいなければ死んでいたことを理解した。

「な、なんだこれは……?」

圧倒的なほど、ラケルが優位に立ち、常にリィエルが死地に立つ。ラケルの一刀毎に、体の一部が裂け、血が滴る。時には腕を、時には足を、背後から首を狙われることもあった。

「……こいつら、人間なのか?」

神速の刃を振るうラケルもそれを読み避けるリィエルも最早人間の域ではない。一般人の目では、刃の残光と踏み砕かれる床と壁しかとらえることは出来ない。残骸の一部がリィエルの兄に跳び、襲いかかるがリィエルの剣がそれを粉砕する。粉砕した剣を見逃し、再び鞘に刀を収め抜刀術の構えを取る。

「何故……殺さなかったの?」

リィエルの兄を庇う動きは、リィエルにとって隙を作る行為でしかなかった。それなのに、ラケルはその隙を突かず、それまでのぎりぎりの剣戟と正反対の行動にリィエルは困惑していた。

「グレン教諭から、リィエル殿を救う。そう指示があった」

ラケルのその言葉にリィエルの兄が応える。

「はっ、この後に及んでそんな甘いことを考えていたのか?」

そうやってラケルをあざ笑うリィエルの兄に目も向けず、更に腰を落として抜刀を早く、更に早くする構えを取る。

「選べ、兄との絆を選びここで共に死ぬか、グレン殿との絆を選び再び学院に戻るか」

その言葉に、リィエルが動揺する。自分がまだその二つの選択に悩み苦しんでいることを見抜かれていたことに。

「然もなくば、どちらとものつながりを保ったまま、逝くがいい。それはリィエル殿が選ぶことだ」

そう言うと、もう話す言葉は不要だ。リィエルも剣を握り直し、次の一撃に備える。

「……ありがとう」

常に死と隣り合わせの戦闘が再び始まる。

 

 グレン達はホーエンハイムの魔術を乗り越え、愚者の世界で活動停止に持ち込む必要がある。対してホーエンハイムは研究と言い、グレン達の行動を観察しているようすだ。しかし、ホーエンハイムにとっては、日常会話ですら魔術になる。

「てめぇ、何のためにここに居る?」

互いに距離を取ったまま硬直していると、グレンが言葉を放つ。

「対話かい? 嬉しいねぇ。何のためか、勿論君たちとラケル君の観察もあるんだけど、リィエルちゃんも気にはなっているんだよね」

ホーエンハイムの言葉にグレンが反応する。

「てめぇが、リィエルに何の用があるって言うんだよ?」

少し感情の入った言葉だが、グレンは冷静さを失っているわけではなさそうだ。

「何のようか、それは私が知りたいんだがね。何せ、ラケル君がリィエルちゃんを特別だと認識している節がある。リィエル計画、には余り興味を持っている訳ではなさそうだから、彼女自身の事だと思うのだけれど……」

そうして、考え込む仕草をするホーエンハイムは本当に真剣に悩んでいるようにも見える。

「あ? リィエルは普通の女の子だよ。例え生まれや育ちが特殊であっても、普通に感情があって、悩むし馬鹿もやる、普通の女の子で、俺の生徒なんだよ」

グレンは再び駆け出す。次々に紡がれるホーエンハイムの攻勢魔術を避けながら、少しずつ近づいていく。

「確かに、生まれや育ちは特殊だね。しかし、アルターエーテルや肉体の複製に目をつけた可能性も……」

そこまで呟いて、ある可能性に気付いたようだ。その僅かな隙を狙うかのようにアルベルトが吠える。

「蠢く煉獄よ 罪深き者に粛正を 災いの連鎖に終結を 黄泉の門を開け ニルヴァーナ」

灼熱の炎の柱が、うずまくようにホーエンハイムを囲む。高温、多重構造になる炎の渦は対象を燃やし、酸素を奪い呼吸を止め、確実に殺す魔術である。それでも、万が一の可能性がある。それを起こさせない為にグレンは近づき、愚者の世界発動させようとした。

「あはははははは! そういうことだったのか!」

人間であれば、抜け出ることの出来ない炎の渦を何の障害もなかったかのようにすり抜け、グレンの腕をはたき、タロットカードをはじき飛ばす。

「しまっ……」

愚者の世界を奪われてしまった上に、蹴り飛ばされ再び距離を取られてしまった。グレンに攻撃するその一瞬を狙いアルベルトが己の最も得意とする魔術を放つ。

「吠えよ 炎獅子」

「吠えよ 炎獅子」

それと同時にホーエンハイムが同じ詠唱をする。しかし、その結果は違った。アルベルトは高速で襲いかかる炎の獅子が一匹。それに対しホーエンハイムの詠唱からは三匹の炎の獣が生まれていた。一匹は打ち砕くが二匹目に敗れたアルベルトの魔術は霧散し、二匹が高速でアルベルトを襲う。

「アルベルトぉ!?」

グレンの悲痛な叫びが結界内に響き渡る。グレンも受けているダメージが少ないとは言い難いが、軍用魔術を同時に二つ受けては、訓練されているとはいえ無事では済まない。砂煙が晴れた後には、重傷で意識があるかどうかすら怪しいアルベルトが倒れている。

「いやぁ、すまない。加減を間違えてしまったようだ。君のおかげでリィエルちゃんの可能性に気付いてしまったからね。つい張り切ってしまった」

その言葉にグレンは顔を歪める。

「一応、冥土の土産に何に気付いたのか聞いといてやるよ」

その言葉に嬉々として応える。

「リィエルちゃんはね、死んだ後の記憶を持っているかもしれない。憶測に過ぎないが、記憶を引き継がせる固有魔術を兄が使用していて、その兄が死んだにも関わらず、死ぬ直前までの記憶を所持しているからね!」

グレンは理解出来なかった。死後の世界等というものを明確に想像したことはなかったし、有無についてもそれほど追求することはなかった。

「数学で偉大なる先人が零という概念を生み出した様に、彼女は死んだ後の無という世界を観測した可能性がある! つまりそれは、人が、地球が、宇宙が、世界が存在する前の『無』」

そこで一息区切り、それまでの熱のこもった演説とは違い、冷淡に凍えてしまいそうな言葉を紡ぐ。

「或いは、ルーン文字のあるべき場所、魔術の根底……真理へと至る場所かもしれない」

その言葉にグレンは恐怖を抱く。まるで理解出来ない、狂喜の沙汰だからだ。古代魔術の研究すら比較にならない、破滅への道筋。それも人が至ることが許されなかった、禁断の世界に干渉しようと言うのだ。

「ネジがぶっとんでるとは思ってたが、そこまでイカれてちゃどうしようもねぇな……最期にいいもん見せてやるよ」

そう言って、グレンは最大の切り札を切る。

「我は神を斬獲せし者」

唱え始めたグレンの周囲に、マナが渦巻いていく。

「我は神を斬獲せし者」

グレンが唱え始めたのと同時に掌をかざし、ホーエンハイムもまた唱える。

「我は始原の祖と終を知る者」

グレンが発動に必要な媒体を取りだし、握りしめる。

「我は始原の祖と終を知る者」

ホーエンハイムが唱えると、体に刻まれた刻印が輝きを放つ。

「其は摂理の円環へと帰還せよ」

魔方陣がグレンの眼前に展開する。

「其は摂理の円環へと帰還せよ」

二人の唱える魔術は同じ陣、同じルーンが刻まれているのにも関わらず、輝きは別物に見えた。

「五素より成りし物は五素に」

「五素より成りし物は五素に」

火のルーンが熱を生み、水のルーンが氷点下へと誘い、雷のルーンが稲光を呼ぶ。

「象と理を紡ぐ縁は乖離すべし」

「象と理を紡ぐ縁は乖離すべし」

それぞれのルーンが放つエネルギーが、ぶつかりあい、衝突し、別のエネルギーに分解されながら、なお加速度的にその力を高めていき、やがては別次元へと昇華される。

「いざ森羅の万象は須く此処に散滅せよ」

「いざ森羅の万象は須く此処に散滅せよ」

極限まで高められ、最早当初の在り方さえも面影を見せないそれは、只々その赴く先に微塵も残さない。

「遥かな虚無の果てに イクステンションレイ!」

「遥かな虚無の果てに イクステンションレイ」

詠唱もまったく同じ、最大威力の魔術がぶつかり合う。

 

 ラケルとリィエルが鎬を削り合う中、決着が付いたのか、断絶結界が綻びを帯び、崩れていく。それでもなお、二人の死闘は止まらない。一瞬でも気を抜けば、死に至るからだ。

「ホーエンハイムが……勝ったのか?」

中の様子が、ゆっくりと見えるようになる。アルベルトは仰向けに倒れ、グレンは意識こそあるが、マナ不足でまともに動くこともままならない。そして、ホーエンハイムは二人を見下すように立っていた。

「くそっ……なんでてめぇは、余裕ぶっこいてんだよ」

確かに、グレンはマナの総量も少なく、イクステンションレイを使用するだけで、マナ欠乏症に至る程だった。しかしそれはホーエンハイムも条件は同じ、例えマナの総量が大きくとも、熟練度の低い魔術であればマナの消耗は激しくなる。断絶結界、ホーリーセイバー、更には軍用魔術の連発となると肉体的にマナの量も無事で済むはずがない。

「ははは、やっぱり君は目が良いね。君の言うとおり、触媒もマナもかなりの量が必要だった」

そう呟くとホーエンハイムは、口から大量に吐血する。

「だからね、食道器官、それと腎臓もかな。全て稼働させてマナを生成した後、触媒として使ったのさ」

グレンは背筋に氷を差し込まれたかのような恐怖を感じる。内蔵を消費して魔術を発動するなど、人間業ではない。そうした後、一体どれほどの間、命が持つのかすら分からないのに。

「それでも、知りたかったのさ。グレン・レーダスという魂と記憶を。嗚呼、後数メトル先にまだ未知の世界があるというのなら、この命を使うに値する」

そう言って一歩目を踏み出すと、グズリと言う音と共に、前のめりに倒れる。どうやら消滅魔術がぶつかり合った際に、足の強度が歩行に耐えられなくなったらしい。それでもなお、進もうとするホーエンハイムは、体を引きずり、なお接近しようと試みる。

「くそっ、頭いかれてるよお前。確かに錬金術師としては、ぶっちぎりで凄いのかもしれねぇ。だがな、俺には守らなきゃいけない生徒が居るんだよ!」

そう吠えると、懐から銃を取り出す。魔術師時代に利用していた物をアルベルトから受け取っていたのだ。装填された銃弾が放たれると、ホーエンハイムの右肩を抉る。動く速度は遅くなったものの、まだ近づいてきている。グレンは再び銃弾を装填しようとするが、彼もまた虫の息だ。手元が震え、思うように装填できない。

「ち、くしょう」

目がかすみ、最早弾を込めることも出来ず、意識が薄れていく。悪魔の手がグレンに届く。

 

 グレンにホーエンハイムの手が届くその瞬間、剣が突き立てられ、腕が吹き飛ぶ。

「……君か」

ほぼ部屋の反対に位置する場所から、相当な速度で駆けつけたのだろう。空中で剣を投げることである程度減速したが、数メトル足で地面を削った跡が付いている。

「私は……グレンを、グレンの守りたいものを、ルミアやシスティ達を、守る」

彼女の瞳に最早迷いはない。ホーエンハイムの手はグレンに届かず、やがてその命は消えていく。

 




読了ありがとうございました。

リィエル覚醒、グレン死す(違)

あくまでホーエンハイムのセリフは憶測に過ぎないのですが、固有魔術によって人間が「理解の至らない」物を写す、或いは認識する可能性がリィエルにあったかもしれない、という感じです。

魔術の根底に「別世界の理」というルールがあったので、もしかすれば、死後の世界にも繋がってる可能性が微レ存?
そんな感じですので、適当に読み飛ばして頂ければ幸いです、要するにこいつ頭おかしいなって演出ですので(笑)


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課外授業 第九話

リィエル対リィエル、スタート!

三人に勝てるわけないだろ、いい加減にしろっ!(フラグ建築)


 リィエルの行動にリィエルの兄が叫ぶ。

「リィエル、お前はまた兄を裏切るのか!?」

リィエルの兄はそう言って、再びリィエルの迷いを引き摺り出そうとする。だが、もう彼女の表情は変わらない。

「少しだけ、思い出した。イルシアとシオン兄さんに……思うとおりに、生きろって」

そう言って、再び剣を手に持ちリィエルの兄に突きつける。

「私は、私の意思で貴方を裏切る。仮に本当のシオン兄さんだったとしても、イルシアとシオン兄さんは、そうなることを、望んでいなかったから」

その言葉には決意と、悲しみが入り交じっているようだった。命を懸けて助けようとしてくれた、間違いかもしれないと憂いながらも、新しく生まれた命に罪はない、と優しく語ってくれたシオンに恩を感じていないわけがない。

「くっくっく、そうか。やっぱり君は失敗作だな! 僕にはもう必要ない、さぁ出てこい!」

リィエルの兄がそう叫ぶと、三つの研究用施設が解放され、中からリィエルとうり二つの女性が三人現れた。

「この子達はリィエル計画によって生み出された、完璧なリィエル達だ。感情などと言う無駄なものを省いた完璧な存在だ!」

そう言うと、いとおしそうにカプセルから出てきたリィエル達を撫でる。そうするとラケルがリィエルに問う。

「疑問、手伝うべきか」

そのことばにリィエルが短く答える。

「不要、私があの子達を否定する。グレンは望まないかもしれないけど、感情のない私を私は望まない」

承知した、と短く答えてグレン達の元へラケルが向かう。どうやら、傷ついた二人を回復させるようだ。

「ははは、三人に勝てると思っているのか!?」

 

 相手は同じ能力を持つ三人。尚且つこちらは体力もマナも消耗している。普通であれば、問答無用で敗北するだろう。だが、この状況は普通ではない。

「感情のない私に、負ける気がしない」

誰にも聞こえない声で呟く。感情がないということは、一定の思考ルーチンで動き、同じ環境では同様に動くということ。そして、その思考ルーチンもリィエルと同じだということ。三対一で一人を倒すための動きは、間違いなく自分と同じだ。だからリィエルはそれの少しだけ上をいく。一列で突撃してくる相手に、剣を投擲する。通常の攻撃ではなく、自分の剣で受ければ、真っ二つになる程度の威力で、だ。そうすれば予測通り、前の二人は判断が間に合い、回避する。最後の一人が間に合わず、剣でガードしようとする。だが、剣の耐久に頼ったガードではこの投擲は耐えられない。ガードしていた剣は折れ、そのまま胴を貫かれて壁に磔にされる。

「くっ、だがまだ二人いるんだ!」

リィエルの兄だけが、声を放っている。相手のリィエル達は何も疑うことなく、ただ命令の通りにリィエルを殺すことに専念している。だからこそ、理解出来る。一人は先に飛び出し地上から剣を横なぎにする。それを避け跳び上がる。そうするともう一人はどこに避けても追撃が出来るように空中で投げる準備をしていた。回避と同時に飛びかかるように突っ込んだリィエルに若干反応が遅れた。それもそのはず、追撃の為に跳び上がっていたのだ、逆に飛び込んでくる事は想定していない。

「鋼の糸 紡ぐ糸 束ね束ねて 円を為せ」

リィエルがそう魔術を唱えると、投げることを放棄し、飛び込んできた相手を薙ぐことを選択する。

「な……馬鹿なっ!」

リィエルが使った錬金術は、文字通り糸を紡ぐ魔術。一本は相手の剣から伸び、天井を経由してリィエルの右手に、もう一本はリィエルの左手から相手の首に細く丈夫な輪を掛けた。その結果、猛スピードで振るわれた剣に連動するようにリィエルは天井に引っ張られ、一瞬で背後に回る。そして、首に掛けられた輪は、移動スピードと同じ速度で回転し、その内部を切断する。リィエルは両手の糸を手放し、自由落下に身を任せ着地する。その後相手が持っていた剣を掴み、引き抜く。

「どうしたの? 貴女が握っているそれは、人一人殺すのに、余分な程の代物」

相手が想定していなかった状況、三対一で瞬く間に二人倒され、一対一になった。しかしそれでも相手は動揺しない、唯々命令の通りに動く。感情がないから。相手は剣を肩に担ぎ、突進の後に大上段から振り下ろす構えをする。相手の防御の上から真っ二つにする構えだ。それに対し、リィエルは同じ上段ではあるが、剣先は相手に向け横向きに構える。勝負は一瞬、一撃で終わるか、返しの刃で決まるか。どちらにせよ、リィエルの能力であれば、決着が長引くことはない。誰の声もなく、合図もなく、相手は動き始めた。加速は一瞬、振り下ろす剣に迷いも躊躇もなし。ただどんな盾であっても真っ二つにするような豪快な大上段。それに対し、リィエルは構えた剣を斜めに肩に当て、タックルの形で剣とは斜めにぶつかる。激しい衝撃にリィエルの持つ剣は砕ける、そしてその衝撃で僅かに剣の軌道がズレ、リィエルを切り裂くことはない。飛び散る剣の破片が互いの体を引き裂き、リィエルはその破片を掴み、握りしめ、相手の心臓に突き立てる。負傷しながらも、三人目を戦闘不能にする事が出来た。

「そ、んな。僕のリィエル達が……僕の野望が!?」

絶望にひさを付くリィエルの兄だが、それとは構わずに、最初に戦闘不能にした相手の元へとリィエルが向かう。腹部に剣が突き刺さり、大量の出血に息も絶え絶えと言った様子だが、まだ微かに息があるようだ。

「私は、感情の無いリィエルを否定する。イルシアもシオン兄さんも……私も、人として生きていくことを望んでいたから」

そう言うと突き刺さっていた剣を引き抜き、同時に大量に出血し、絶命した。

「終わった……みたいですね」

リィエルにラケルが声を掛ける。

「うん、だけど、体力もマナも……もうない。左肩はほとんど動かないし、両手もボロボロ」

その答えにたいしラケルはいつもと同じように、淡々と返答する。

「承知しました。ゆっくり休んで下さい。グレン教諭もアルベルト殿も時間が経てば目を覚ますでしょう。ルミア殿の救出は、任せて下さい」

そう言うと、器具の一部を操作し、ルミアの拘束が解ける。そっと跳び上がり、ルミアを抱え安全な場所におろす。

「あ、ありがと。ちなみに、あの人はどうするの?」

ルミアがそう言うと、ラケルとリィエルの視線がリィエルの兄の姿をしているライネルに向けられる。

「ひ、ひぃ、助けてくれ」

腰を抜かして、まともに逃げることも出来ない無様な姿を見て、ラケルが呪文を唱える。

「雷精よ 紫電を以て 撃ち貫け」

三節詠唱のショックボルトが直撃したライネルは、大した外傷も無く気絶した。

「あとは、アルベルト殿とグレン殿に采配を託しましょう」

そう言ってラケルはその場を離れた。

 




読了ありがとうございました。

プロジェクト・リヴァイヴ・ライフを巡った争いはここで一旦終わりです。
感情のない人間は、一定のパターンで動くだけ……なのかもしれません。

リィエルについてもうちょっと書きたいので、あと一話続きます!


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課外授業 第十話

戦いが終わった後の日常に戻るまでの少しのお話。

欲しかった物を手放したり、改めて身近な人の手を繋いだり……


 目を覚ますと、真っ白く清潔感のある部屋だった。

「ここは?」

グレンが起き上がると、隣にルミアが座っている。グレンをベッドに寝かせてから、起きるまでの間、ずっと看病していたようだ。

「看病っていっても、少しの間治癒魔術を掛けていただけなんですけどね」

時計を見ると先ほどの闘いから十分も立っていない。マナ消費の疲労はあるが、体を動かす分には問題ないようだ。

「ちなみに、他のやつらは?」

グレンがルミアに尋ねると、ルミアが少し困った顔で返事をする。

「アルベルトさんは先に目を覚まされて、所長さんとライネルさんを引き渡すために外に出られました。ラケルさんは戦闘で破壊された部分で今後の研究活動に支障が出る分の直しをする、と」

そう言うと、グレンはルミアの言いたいことを何となく察したようだ。優しい声音で呟く。

「リィエルは、どこに?」

 

 グレンは一人で道を歩いていた。感覚的には徐々に下に降りていき、地下の空間に出るだろう。だが、進行方向から流れてくる空気は清らかで、どこまでも透き通っている。

「ルミアの奴、一人で行けって……まぁ、そんなもんか」

ようやく目的地に辿り着いたようだ。底には上流から流れてくる水が辿り着く湖のようで、岸壁からゆっくりと透明な水が流れてくる。そこに一人、少女の姿があった。

「リィエル、そこに居るのか?」

そう言うと、リィエルが振り向く。清らかな湖と一糸纏わぬ少女は、どこか絵画的な荘厳ささえ感じられた。

「なんで服着てないんだよ」

照れるわけでも無く、恥じるわけでも無く、普段通りにグレンが喋る。

「……サービス?」

何故か疑問系になっているリィエルに肩を落として落胆するグレン。だが、彼女の体をよく見ると、生傷古傷も含め、とても年相応の傷跡には見えない。特に今回のラケルとの闘いは、数え切れないほどの傷跡を残していっただろう。

「取りあえず、体冷やす前に体を拭け」

ルミアから渡されたタオルを手渡す。そうすると、リィエルが水から上がり、体を震わせ犬のように水気を払う。

「ちょ、お前、俺にもかかるだろうが!?」

グレンがそう叱るが、何事も無かったかのようにタオルを受け取り体を拭き始める。ある程度吹き終わったところで、衣服を着て、近くに設置されたベンチに腰掛ける。互いに少し距離を開けて座るが、沈黙が流れる。気まずさを感じたのか、グレンが口を開く。

「あ~、悪かったなリィエル」

謝罪を口にしたことにリィエルは疑問を覚えたようだ。

「どうして、グレンが謝るの?」

リィエルの言葉に、更に頭を抱えるグレン。確かに、謝罪はしたが、何については言及していない。そして、リィエルは更に話す。

「私はグレンを一度裏切った、むしろ謝るべきは私。それに、ルミアやシスティも……傷つけた。許されないかもしれないけど」

「あいつらが許さない訳ないだろ! もっと俺達を信じろよ! つか……お前が裏切ったのも、俺がお前の悩みを理解出来なかったからだろ」

そこで、リィエルが初めて最初に謝られたことを理解する。

「私は、少しだけ記憶を取り戻した。シオン兄さんやイルシアのこと」

唐突に話しているリィエルに耳を傾けるグレン。

「今までは、断片的な記憶が私だと思い込んでいた。それ以外の記憶が無いから、記憶という物は、自分じゃ無いような物だとおもってた。でも、グレンと一緒に過ごした日々の記憶は、鮮やかで鮮明で……それが変わってしまうと思うと、とても怖かった」

所詮記憶をコピーしただけで、その者の記憶では無い。肉体や魂と合致するはずが無いのだ。それを理解出来ず、簡単な記憶の障害として接していたグレンには、分からなかった痛みだろう。そのこと自体を理解するだけの能力もリィエルには無く、端から見れば常識の無い行動も、彼女自身にとっては適切な行動、のつもりだったのだ。

「そう、か。イルシアの記憶は、そういう風に見えてたんだな。少し思い出したって事は、やっぱり、まだ断片的に思い出しただけなのか?」

その言葉に、リィエルは首を傾げる。

「わから、ない。これが全てなのか、思い出すまで分からなかった。だけど、多分全てじゃ無いと思う」

その言葉に、グレンがリィエルの頭を撫でる。そして優しく呟く。

「安心しろ、俺達だって忘れることだってあるさ。ルミアもシスティも……ラケルは知らないけどな。だから、全然俺達と変わらないよ」

言い聞かせるように囁く言葉は、優しく甘く、身を委ねてしまいたい毒のようだった。そうだと理解していても、間違いかもしれないと思っても、従ってしまいたいほど。

「うん。だけど、違う。普通とは違う環境で生まれた人間。それでも、イルシアもシオン兄さんも、私を愛してくれた。グレンは……先生? になっちゃったけど、ルミアとシスティは友達、クラスの皆も……多分、友達だから」

その言葉は震え、続けるほどに細くなっていく。甘い毒に満たされてしまえば、己の思考を失う。イルシアから譲り受けた魂は、それを良とはしないのだろう。だけど、他の人間とは違う形であっても、繋がりはあった、絆を感じる事が出来た。孤独であっても、他の人間と同じように、感情の無いあの子達のようにはならないと決めたのだろう。

「ま~た小難しいこと言いやがって、らしくないぞリィエル」

そう言うと、肩を引き寄せ、リィエルを抱きしめる。

「頑張ったな、リィエル。でも大丈夫だ、怖いときも辛いときも一緒に居てやる……先生だからな」

そして、抱きしめられたまま、リィエルが震える声で問う。

「……兄さんは、偽物だったの?」

その問いに、疑問を抱き伺うように返答をする。

「ああ、あいつは偽物だったよ。本物じゃ無い」

グレンの言葉に、少しの間沈黙するリィエル。その沈黙の意味は、リィエルの言葉で伝わる。

「……シオン兄さんは、いないの?」

藁にもすがる様な気持ちで楽観的な思想でも、言葉にするしかなかったのだろう。例え嘘であっても、生きているかもしれない、そんな幻想で救われるかもしれないのだ。

「ああ、シオンは立派な兄だったよ。イルシアもライネルも助けようとして、努力していた。リィエル計画が完成したのも、あいつの努力が無ければあり得なかったよ。でも、あいつの最期は、確認した。非業だろうがなんだろうが、あいつが死んだことはまちがいない」

そういうと、リィエルはグレンにしがみつく。指は痛いほど食い込み、胸に埋めるその奥からは、押し殺した泣き声が聞こえる。認めたくなかっただろう、ほんの僅かの希望でもいい、縋り付きたかっただろう。それでも、前に進むために、過去と向き合わなければいけなかった。胸の傷をどれだけ深く抉られても、誤魔化すことだけは、したくなかったのだろう。グレンは何も言わずにリィエルを抱きしめる。強く、強く。過去を背負うには余りにも小さく、未来へと進むには余りにも細い体で、重さに潰されてしまいそうだ。けれども、グレンはそれを支えなければいけない、リィエルにとっての先生として。先に生きる者の役目として。

 

 「リィエル!」

ホテルへと向かうと、クラスの皆が待っていた。特にシスティーナはリィエルとグレンの姿を見た瞬間に、涙を零していた。

「……ごめん、なさい」

リィエルは自分がしたことを噛み締めるように、絞り出すような声で謝罪した。今なら、システィーナの流す涙の意味が、理解出来るのかもしれない。システィーナが駆け寄り、リィエルを抱きしめると、耳元でリィエルに囁く。

「いいの、リィエルが帰ってきてくれたなら。皆無事に、帰ってきてくれたから」

リィエルは、人肌のぬくもりに触れ、触発されたのか、泣き出してしまう。だが決して、その涙は悲しい涙では無かったように見えた。

 




読了ありがとうございました。

今回で課外授業編が終わりです。

グレンが戦友から先生になり、リィエルの知らない存在になったこと。
嘘だと知りつつ、万が一の可能性に怯え、間違いを犯したこと。
己のもつ記憶は、決して「生きてきた証」ではないこと。
そのどれもが、リィエルを恐怖に陥れたはずですが、それでもなお、彼女はグレンと友達と歩む事を選びました。

恐怖に抗う姿こそ人間にあるべき姿なら、彼女もコピーである依然に、一個としての人間である証明かも知れませんね。

まぁ、あとがきの8割嘘で出来てますので、適当に読んで頂ければ幸いです(笑)


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幕間 風のルーン 前編

オリジナルの話です。

ある日、ラケルが書いた魔導書をウェンディが手にしているのをグレンが見つける。
魔術師にとって、魔導書というのは自らの成長を促すと共に、危険に飛び込むようなものだということを、生徒達はまだ理解できていなかった。

だからといって、手痛い目に遇うかどうかは別のお話。


 課外授業も終え、少し季節の変わり目だろうか。外の風が少し冷たく感じられるころ。学生達は変わらずに制服を着ている。温度調節が可能な制服なのだから当然と言えば当然なのだが。なんでもない日の放課後に、ラケルの研究室で、それは起こった。

「ウェンディ、何読んでるんだ?」

よく食料面でラケルにたかりに来るグレンもこの部屋の常連だ。そして、ほぼほぼ毎日のようにここに来てはだらけたり、本を読んだり、アナログゲームに手を出したりとやりたい放題しているのが、今読書をしているウェンディだ。

「ラケルの本……の写し? 何が書いてあるのか良くわかんないけど、魔術の本だし、パズルというか、クイズみたいで面白いですわ」

そう言ってグレンがさらっと取り上げると、中身をパラパラと読み進める。

「なぁ、ラケル。確か芋が実家から届いたって言ってたよな?」

その言葉に嫌な予感を覚えたのか、グレンから本を取り返そうと努力したが、叶わず凹んでいるウェンディだった。

 

 パチパチと小気味よく音を立てるたき火、秋に似つかわしい雰囲気に男二人がアルミホイルに巻いた芋に棒を突き刺し、焼き加減を見ている。芯まで火が通っていることを確認して、芋をたき火の中から取り出す。両端を持ち、真ん中から割ると、ほかほかの湯気、ほんのりと香る甘いにおい、焦げ付いた皮の中から現れる黄金の実。それを口に運び、ウェンディが叫んだ。

「なんで私の本燃やしているのよー!?」

当然だが、たき火の一部に、先ほどウェンディから取り上げた本が含まれている。残りは枯れ葉と枯れ枝、それと着火剤ぐらいだろうか。

「芋うめぇ」

ウェンディの声に全く耳を貸さないグレン。ラケルも同様に、返答をしようとするいしすら感じられない。

「無視しない、ですわ! どうして私の本が燃やされなくてはならないのですか?」

そう感情を吐き出しながら、あつあつの芋にしゃぶりついている。

「坊やだからさ」

鼻で笑い、グレンが芋を食べる。

「ぐぬぬ」

「なーにが、ぐぬぬ、ですか。教諭には生徒が危険をもたらす可能性がある物の処分を校内に限り有しているのは校則できまっていますよ」

ラケルが平然と言葉を放つ。それに対し、ウェンディが反論する。

「だ、か、ら、何故あの本が私に危険をもたらすのか分からないのですわ。まだあの本の解読が一割も出来てませんのに。ラケルさんも、様々な魔術が書き込まれている、特別な魔導書だと仰っていましたわ」

それに対し、グレンがSAN値が下がりそうだな、と呟く。

「内容がそもそも学院で習う範疇を逸脱してる、っていうのもあるが。さっきの解読が出来ていない、って時点で駄目だろ」

平前と話すグレンがウェンディが首を傾げているのを見て言葉を付け足す。

「魔導書の解読なんか、数ヶ月掛けて行うもんだ。しちゃいけない規則はないが、解読って行為自体に読者に負担を掛ける行動だ。ましてや、学院の範疇にない魔導書がやばくないわけないだろ……せめて俺か、ラケルいるところでやれ。と言うわけで、写本は不要な」

そう言うと、芋をがつがつと食べきってその場を去ろうとするが、ウェンディが一言口を滑らした。

 

 朝日が昇り、学院も門を開く。幾多の生徒が学院にむかったり、路上で商売をしていたり、行き交う人々は様々だ。その中に、道ばたに咲いた花のように少しだけ華やかな二人が歩いていた。

「システィ、ホントに大丈夫?」

「大丈夫よ、平気平気」

ルミアは通常通りだが、システィは顔が赤く、目の下にクマができている。それともう一つ厚めの本を一冊大事そうに抱えている。

「あっ、グレン先生。おはようございます」

ルミアが学院までの道中にグレンを見つけ手を振って挨拶をする。システィも挨拶はするが、普段よりボリュームもトーンも数段低い。

「おいシスティ、珍しい本持ってるな。どうしたんだ?」

大事そうに抱えた本を見て、グレンが尋ねる。

「べ、別にいいでしょ。人が何読んでも」

そう言うと、本を隠すようにそっぽを向く。だがしかし、ルミアが代わりに返事をする。

「ラケルさんに貰った魔導書の写本です。風の魔術についての本みたいなんですけど、とても難しくて……システィも夢中になって寝不足なんです」

その言葉に、へぇと生返事をする。システィーナが文句を言うために振り返った瞬間、グレンがその本を奪い取る。

「そんじゃ、一生借りてくぜ~」

「なっ!?」

言うが早いか、まるで疾風のように走り去っていくグレン。システィーナがそれを追おうとしたが、体調が優れないからか足がもつれ、転びそうになるのを堪える。

「……それって、借りるって言わないんじゃ無いかな?」

ルミアはシスティーナの罵声に何の反応も示さず、グレンを見送る。

 

 学院についたが、体調は悪いままのシスティーナ。それでも授業を受けようと教室に向かおうとすると、ラケルが道を塞ぐように立ちはだかる。

「ルミア殿は通す、システィーナ殿は通さない」

その言葉にルミアは驚く、普段他人の体調を気遣う事はほぼほぼないラケルが、態々他人に積極的に接触するのは、学院内では珍しい。

「もしかして、グレン先生から何か言われたの?」

思い浮かぶ節が今朝あったのだ、ほぼ間違いないだろうが、確認のためにラケルに質問をする。

「はい、システィーナ殿の寝不足と知恵熱を処理するようにと聞いて居ます」

処理って、と呟きながら肩を落とすルミア。仮にもクラスメイトなのだからもう少し言い方を考えてもいいものだろう。

「私は大丈夫、授業を受けてから休むから」

システィーナが横を通ろうとすると、ラケルに手を掴まれる。

「脳の過剰処理により、睡眠不足、ホルモンバランスの乱れ、血圧の変化、頭部の発熱の処置に二時間ほど必要ですので、教室では無く医務室にて処置します」

弱っていなくともシスティーナがラケルに力で勝てるはずがないのだ。力なく暴れるが、なすすべ無く引きずられていく。

「う……ん、いいのかな、これで?」

ラケルがシスティーナの現状を本人以上に把握していることを良しとするべきか、どういう治療の仕方をするのかを不安に思うべきか、複雑な表情で親友を見送るルミアだった。

 

 医務室につき、ようやく諦めたのか、システィーナは大人しくベッドに横になる。彼女自身も体調不良にはきづいてるのだ。ただ、プライドと己の探究心による自己管理不足だからこそ、気丈に振る舞っていたいという気持ちだったのだろう。それも、抵抗するよりも休んで快復を待つ方が早いと思える状態まで来てしまった。

「はい」

そういって、ラケルがシスティーナの額にガーゼにジェルのようなものを貼り付けたものをおく。

「つめたっ!? はいって何よ!?」

見たことも無いものをつけられて動揺するシスティーナ。だが、貼り付けられた瞬間こそ驚いたものの、熱くなっている頭をほどよく冷ましてくれるそれに、心地よさを覚える。

「これは?」

システィーナの問いにラケルが答える。

「冷えピタです」

「そのまんま過ぎない?」

システィーナの言うとおり、そのままの効果を発揮する。少しずつではあるが、頭痛が治まりつつある。そして、コップの底に僅かに溜まった白く濁った液体をシスティーナの目の前に差し出す。

「どうぞ」

「違う、そうじゃない」

何から指摘すれば良いのか、何に怒れば良いのか分からないが、とりあえず現状が異常であることを強調するために声にするシスティーナ。

「まず、これは何?」

「医務室に来る前に話した症状を和らげるために必要な成分を混ぜ合わせた物です」

折角治まったはずの頭痛が、再度うねり出す。

「どうして、こんなにどろっとしているのかな」

「成分の中に、液体で摂取しないと吸収されにくい物がありますので」

液体と言うが、コップを傾けてもドロリとゆっくり流れるのみである。システィーナの感性にこれを飲料物とするものはなかったようだ。

「飲めるの?(危険性はないかどうか)」

「飲めます(経口摂取が可能)」

どうやらシスティーナがラケルに真実を問うことは難しい様子だ。あとはシスティーナの判断になるが。

「ええぃ、こうなりゃやけよ!」

コップをひっくり返し、口の中に流し込む。液体が舌に触れた瞬間、シビれる様な感覚が走り、瞬時に口を閉じる。だが、塊となって勢いよく落ちてきたそれは、全て口の中に入ってしまった。吐き出そうにも舌に張り付く。そもそも刺激が続く限り、口を開くことすら容易ではない。最早何かを考える余裕も無く、他に方法がない、と飲み込むとほぼ同時にシスティーナは意識を失った。

 

 二時限目から授業に復帰したものの、ひらりひらりと質問を避けるグレンに苛立ちを覚えるシスティーナは、放課後直接グレンの研究室の扉を叩いた。

「ちょっとグレン先生! 本を返して下さい!」

怒鳴り込んで扉を開いたものの、中にはグレンの姿は無かった。教室を足早にさったグレンは研究室に向かったという目撃情報があったのだが、何故だろうか。

「ねぇシスティ、もしかしたらラケル君の部屋かもしれないよ。それか、セリカ教授の所にいるかも」

そう言って、ルミアが別の提案をする。余り納得出来ないような表情だったが、その場を後にする二人。

 

 生徒達が全員帰った頃、グレンはセリカと校長のところで、頭を下げていた。

「お願いします! どうしてもこの論文を発表したいんです!」

論文の発表日は週末、提出期限は二週間前だ。基本的には問答無用どころか、いつも論文をすっぽかしているグレンに対しては処罰があって然るべしなのだが。

「お前の意気込みを汲んでやりたいのはやまやまだが、流石に直前に持ってこられてもどうにも出来ないぞ。普段真面目にやっていれば、そりゃあなんとか出来たかもしれないが……」

セリカは、複雑そうな、残念そうな表情をする。グレンの論文等、見るのは学生時代以来ではないだろうか。恐らく急造だと分かる整っていない紙の束。だが、量は多い。校長が先に中身を見ているので、分からないが、立場の有無を差し引けば、なんとか手を貸したい気持ちはある。

「……グレン君、条件次第では、考えよう」

「校長!?」

校長の意外な言葉に、心底驚いた声を上げるセリカ。校長から資料を受け取ると、驚きに目を開く。

「一つ、発表の選考には加えるが、君の実績にはならない。当然、今月の給与査定にも影響はしない」

その言葉にグレンは、息をのむ。万年金欠のグレンにとっては、衣食に関わる重要項目である。

「二つ、私達学院はこの研究を君が行う事を許可しない。よって、この論文を提出しても、君がこの学院でこの研究を進める事を認めない」

要求は更に過酷になる。必死に紡いできた研究を完全に閉ざされると言うことだ。組織に属する魔術師にとっては、解雇宣言に等しい。

「最後に、君にこの研究の所有権の主張を認めない。よって、学会に発表された後、君が黙秘権を行使する事は出来ない。それでも、構わないなら選考への参加を特別に認めよう」

その校長の言葉は、脅しでも何でも無く、本気でそれを実行するということだ。なんの躊躇いも無く、魔術師の努力を全て奪い取ると宣言している。

「それでも、お願いします」

グレンの言葉は、変わらなかった。

 

 学会当日、参加する魔術師はそう多くなく、会場もそこまで大きくはない。その中にハーレイ先生の姿も、セリカや校長の姿もある。

「以上で、発表をおわります」

そして、グレンの前の発表が終わり、室内は少しざわつく。研究の発表はプレゼンに近い物があり、ここに来るのは、発表者の弟子や近い研究をしている者、スポンサーとして契約している者、己の利益の為にただただ参加している者ぐらいしかいない。発表内容や発表者によっては規模が変わることはあるが、年に一度あれば良い方だろう。その中で、グレンが檀に上がる。

「それでは、ルーンにおいて、風の定義について発表します」

一瞬、会場がざわつく。今まで耳にしたことも無い研究テーマだからだ。ルーン文字において風を意味するものがある。だが、そのルーン文字が意味している風を具体的に何かと問う文献は少ない。実際に研究したとしても、実を結ぶ事は少ないし、そもそも風が意味する範囲を決めたところで、意味があるのかというそもそもの疑問に行き着き、風魔術を得意とする魔術師ですら、議論することも少ない事だ。

「まず、風についてですが、基本的には温度差による空気の移動を一般的なイメージとしてあります。そこに自然現象の台風、北風、突風などの言葉で風のルーンを表す傾向があります」

ここまでは、誰にでも分かる自然現象としての風のことだ。

「しかし、もう一つ風のルーンに内包される意味に、ベクトル。つまり、力の向き、流れが含まれます」

会場が再びざわめく、各々に意見を呟く。否定する者、興味深いと前のめりになる者、ハーレイ先生は腕を組み、変わらずグレンを見ていた。

「その例として、水や炎の魔術に方向性を持たせる為に流れ、つまり風のルーンを用いる事が多く見られます」

そういうと、グレンは各自に配られている資料に目を向けるように誘導する。

「勿論、風魔術については三大魔術よりマナ変換効率が下がることは周知の事実であります。しかし、火、水属性の魔術の親和性については、他の追随を許さない数字を出しています」

誘導にしたがって資料に目を通す者は、一様に目を見張る。結果を疑う者もいれば、納得する者もいる。そして、ハーレイ先生が手を上げた。

「確かに、グレン先生の研究はもっともな内容だと感じました。しかし、風のルーンの性質が理解出来たとして、今後の魔術展開はどう考えられているのですか?」

ハーレイ先生の意見は感情的な者では無く、むしろ会場の総意といっても過言では無い。新しい発見である事には違いないが、無意識に行っていたことを明確にして、何がかわるいうのだろうか。

「え~、率直に申し上げますと、今後の展開については全く考えていません」

その言葉に怒鳴り上げようとしたハーレイ先生を校長が止める。

「グレン先生、何故ここまでの研究をして今後を考えていないのですか?」

校長の言葉に、迷うこと無く応える。

「それはですね、風魔術の為に研究していた訳ではないんですよ。勿論、僕の専攻も違いますしね。ただ、研究の途中に風のルーンに違和感を覚えて、何故そうなったのか追求した結果がこの発表になります」

一見他の研究者を馬鹿にしたような発言とも取れるが、あながち有り無くもない事でもある。専攻であるが故に、根本的な事に疑問を持てない事、万有引力の法則のように当たり前が何故当たり前なのかを追求するには、それこそ常識を覆す様な出来事に気付かなければならないのだ。

「それでは、何故この発表を?」

セリカが質問をする。それに対してもまた、即座に返答する。

「気付いて、研究したのはいいんですが、風のルーンについて研究を続けても、僕にはメリットがないんですよ」

その言葉に、再度全員がグレンに視線を集める。魔術師でなくとも、自分の発見をむやみにばらまく者はいない。つまり、学会で発表することにメリットはないはずなのだ。

「なので、この研究、論文の所有権を譲渡したいと思います。僕が抱えても意味は無くても、風魔術を専攻してる人や他の研究してる人にメリットになると思うんで」

異例過ぎる発言の連発に、ハーレイ先生は腰を抜かし、他の会場の人間も呆気にとられている。その中で、校長とセリカだけが、動揺していなかった。

「成る程、では学院がその研究を買い取りましょう。他が為というならば、研究者と生徒を抱える学院に、貴方の言うメリットが存在するはずです」

その言葉に、グレンは前のめりになって返答する。

「あ、いいっすね、それ。そうしましょう!」

グレンの研究発表はあっという間に終わってしまった。会場にいた人間にとっては何が起こったのかは分からないといった様子だ。

「……くそ、双方の合意による権利の発生前譲渡か。これで、学院は本来巨額で競われる著作権、所有権をアイツに少量の金を握らせるだけで手に入れる、というシナリオか」

更には、この発表は話題となり、直ぐに広まっていくだろう。そして、気付いたときには学院に許可を得なければ、閲覧することすら出来ないという状態だ。一教師一人に渡す金を考えれば、おつりが帰ってくるような話だ。

「通りで常識外の選考を学院がするわけだ、あのロクデナシが……」

文字通りグレンの発表が無ければ今壇上に立っていたのはハーレイのはずだったのだ。学会に出るというだけで、学院に所属する者としては箔が付く。上手く利用すれば、更に研究を進めるきっかけにもなり得るチャンスだったのだが、生憎逃してしまったようだ。だが、いつもほどの苛立ちは無い。グレンの態度自体に苛立つことはあっても、ハーレイもまた、この研究の恩恵を受ける側の人間だから、かもしれない。

 

 研究発表の翌週、朝一番に、セリカの研究室にシスティーナが駆け込んできた。

「すみません! 風のルーンについての論文が学院内で交付されるとお聞きしたのですが、拝見することは出来るのでしょうか!?」

普段とは想像も付かない慌てように、セリカは微笑む。

「ああ、勿論だ。だがな、システィーナ。発行されたその日に閲覧は、少し気が早いんじゃ無いか?」

セリカに窘められ、頬を染め頭を下げるシスティーナ。

「ほら、確認用の論文だ。私個人の管理になるから、閲覧日にはちゃんと返しに来ること」

そう言って、セリカの手からシスティーナにポンとまだ一般に開放されていない論文が手渡される。

大きく頭を下げ、必ず約束は守ると宣言しシスティーナが退出する。名義は学院の物になっているので、システィーナがグレンが発表した者と気付くまで、まだ少し時間がかかるだろう。

「ふんっ、結局こうしたかったんだろう?」

その問いかけは、誰にも届かず、返事も無かった。きっと直接聞いても、正直には答えないだろう。そういう性格なのだ。だがそれでも、結果論でも構わないのかもしれない。一人の教師が行った事が、生徒の成長に繋がるのなら。

 




読了ありがとうございました。

今回はオリジナル魔術の前編システィーナ編です。
普段はやる気のないロクデナシも、やる時はやるかもしれない、そんな感じですね(笑)

あと、魔導書はやっぱりSAN値がピンチになるイメージですね(´・ω・`)


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幕間 風のルーン 後編

オリジナルの話です。

魔導書の話、テレサ編です。
ちょっとだけ、テレサの過去も書きました(笑)
乙女テックでロマンテックでうふふあははな話が書けない(絶望)



 風のルーンについての追求は、研究者の間で静かに広まっていった。専攻をしている風の魔術師は勿論、他の魔術師にも、ルーンの意味を追求するべきか否か、そういった議題が生まれ、少しずつ普及される知識の中で、社会に流れが生まれ出す。だが、まだそれは川で例えれば支流に過ぎず、僅かな反発で途絶えてしまうようなものだ。今は、それが未来を変えるかどうかは分からないが、学院の中で確かに影響を受けている者がいる。

「大いなる風よ 天と地をかき回し 空へと導け」

そう唱えると、目の前に僅かに視界が歪む空間が生まれた。ゆっくりと彼女は足を乗せ、体重を乗せていくが、上手くバランスが取れず、階段を踏み外したようにこける。

「いたた、難しいですね……」

黒く長い髪に木の葉を絡ませ、地面にぶつけた臀部をさする。その呪文は先日校内に公表された風のルーンについての魔術書に記載されていた魔術の一つ。

「『空を歩く人』、理論と魔術構成自体は簡単ですが、調節がここまで難しいなんて」

『空を歩く人』とは、風のルーンを中心にくみ上げられた魔術であり。術者の意図した位置に反発をもたらし、地を踏むように空を歩く魔術だ。人間一人程度の重さであれば然程マナも少なく、魔術構成も簡単なのだが、己の重さを知ることが案外難しい。更に、地面と同様に風などの他の外力に抵抗する必要があるため、熟練の技術が必要となる。尚、習得してしまえば、マナの消費自体は少ないので、風のルーンに適正があるものは早々に身につける魔術でもある。

「システィは、あんなに簡単に覚えたのに……」

勿論、テレサも資質の違いと理解してはいるものの、それでも自分が身につけたい技術を早々に友達が得てしまえば、嫉妬ぐらいするものだ。

「もう、いち……」

そう言って呪文を唱えようとした時、おのれのマナの消費に気付く。鍛錬を続けるにも、帰宅するにも体力が心許ない。そうであれば、少し休憩することで選択肢はどちらともとれる。

「少しだけなら」

そう言って、校内のベンチに横になる。

 

 テレサは夢を見た。幼き日の遙か遠い夢。切っ掛けが無ければ、思い出さなかったはずの、夢。或いは記憶。

「マグヌス家には近づいてはいけません」

そう言われたテレサは、貿易の関連で連れて来られた商談で、暇をもてあましていた。大人達が喋る言葉は、いつも同じだ。それが良いのか悪いのか、まだ理解こそ出来ないものの、断片的には分かる。上っ面だけの会話、腹の探り合い、何が楽しいのか、幼少のテレサには理解が出来なかった。

「そ、それはですね、あの……」

まだ他と比べれば若い男性が、しどろもどろで答える。そこを問い詰める様にテレサの父が言葉を広げていく。

「それでは、先日お話ししたことと違うではありませんか。約束を違うというのであれば、こちらも考えがあります」

強者が弱者を押しつぶすようなそんな絵だ。テレサは行く先々で見る光景に最早興味は無い。大手の貿易を担っていることも有り、大抵の交渉はこういう形になる。なってしまう。一方的な蹂躙に、次を残すための情けを施すだけ。足早とその場を去り、他に興味のある場所はないかと歩む。

「どこだろう……」

商談の場を離れ、うろうろとしていると馬や馬車を管理している建物を見つけた。それは見た目こそ良くは無いものの、この時既に魔術を学んでいたテレサには、そこで何らかの魔術が発動している、ということは分かった。こっそりと、隙間から覗き込むと白髪の少年が、馬車を修理しているのが見える。その姿は今まで見たどんな魔術師とも違う、汗と泥にまみれ、しかし、精密で無駄の無い造作には美しさすら、感じてしまった。白髪の少年は仕事を終えると、足早に去って行く、その動作に微塵のまよいもなく、流れるようだ。それに心を奪われ、街灯に群がる虫のように、その建物の中に導かれ、その中で驚愕の事実を知る。

「すごい……」

テレサはその馬車に触れて、まるで魔法だと思った。どれだけ精緻な魔術であれば、車軸をここまで綺麗に出来るのだろうか、強くしなやかに無駄も無く作り上げられている。

「まるで、魔法使いの馬車みたい」

ばかげた話かもしれないがまさにテレサの感想の通り、とてもではないが数十キルメトル走ってきた馬車には見えない。熟練の職人に今作らせたばかりと言われても、微塵の違和感も無い。精緻を極めた馬車は、内外部とも今まで知りもしない技術で作られていて、内部には商品を個別に鮮度を保って運べるように、炎と水のルーンに寄る温度操作。あらゆる地形に対応するための車軸と車輪の間におけるサスペンションなど、職人の腕を持って、再現できるかどうかという世界だ。

 

 それから、テレサはマグヌスの馬車が来る度に、それを見に行くようになった。マグヌス家の人間とは直接会わないように心がけてはいたが、思わぬ気の緩みで、マグヌス家の妻、ラケルの母親と遭遇する。

「あら、貴女は……確か、テレサさんでしたか?」

相手は一回りは優に違う子供に対しても丁寧な対応をしている。テレサは警戒心を持ちながらも、周囲とは違う、上からの目線では無い会話に新鮮さを感じていた。

「ああ、あの子の魔術? が気になっていたのかしら。ごめんなさいね、私には才能が無くて分からないの。それより、マグヌス家の人間と関わらないように、でしょう?」

そうラケルの母親はテレサの背中を押す。自らを蔑む言葉ではあったが、その会話に迷いは無い。自分の立場を理解して尚、現状に立ちむかおうとする強い意志を感じる。

「あの……この馬車は、マグヌスさんが?」

たどたどしい言葉でテレサが尋ねる。本来であれば伝わりにくい言葉だったはずだが、ラケルの母親はその手の質問になれているのだろう。言いたいことを理解し、直ぐさま返答をする。

「ええ、息子のラケルがいつもしているわ。最初は何をしているのか分からなかったけど、今ではあの子無しでは運送業も立ちゆかないの。良かったら直接……いえ、それは貴女に対して失礼ね」

ごめんなさい、と丁重にラケルの母親は頭を下げる。両親から聞いて居たマグヌス家のイメージと全く違い、困惑を表に出すテレサ。それを優しく窘めるようにラケルの母親が言葉を掛ける。

「ねぇ、どうしてラケルの魔術に興味を持ったの?」

その言葉に、テレサは即答した。

「まるで、カボチャの馬車の魔法使いみたいだから!」

とある童話の魔法使いのことだろう。決して主役では無いが、悲劇のヒロインを窮地から救いだす魔法使いの事だ。その言葉に、ラケルの母親は一瞬驚き、再度言葉を掛ける。

「ねぇ、貴女は魔法使いと王女様、どちらになりたいの?」

 

 その女性に対しテレサがどう答えたのか、思い出せないまま、目を覚ます。見覚えのある部屋。どうやら、眠りすぎて、ラケルの部屋に運ばれてしまったようだ。

「『空を歩く人』の訓練で疲労していたので、外で休むよりは良いかと」

そう言って、ラケルは直ぐ近くで本を読んでいた。一瞬テレサは驚いた者の、むしろ見られていた事への羞恥が上回ったようで、話を逸らす。

「今、何時頃ですか?」

窓の外を眺めると、もう日は落ち星が輝いていた。

「テレサ殿が休まれてから三時間ほど、大凡十九時頃ですね。マナの貯蔵量は快復しているのではないのでしょうか?」

テレサはそう言われて、自分の体を顧みる。特に異常は見当たらず、多少の倦怠感は感じるものの特に問題はなさそうだ。

「はぁ、ご迷惑をおかけしました。失礼します」

そう言ってテレサが部屋を出て行こうとすると、ラケルが声を掛ける。

「『空を歩く人』の訓練はいいのですか?」

 

 ラケルの一言であれよあれよという間に何故か、二人で訓練すると言うことになってしまった。テレサはやんわり断ったが、効率が悪い点をいくつか指摘されると協力して貰うのが一番覚えが早い、という結論になり、夜の学院の中庭でラケルとテレサの二人で空を歩く訓練を行う事になった。

「どうして、こんなことに」

別に意識することでも、頭を抱えるような事でも無いかもしれないが、夢を見た後だからか、ラケルのことを意識してしまうのだろう。

「さぁ、始めましょう」

そう言って、ラケルは両手を差し出す。その意味をテレサはくみ取れず、首を傾げる。

「イメージを固めるための訓練ですので、既に空を歩いている人と接触している方が良いと思われます」

個人差はありますが、と付け足すが特に理由が無ければそのまましてしまえ、といった様子である。遠慮等という言葉と無縁なラケルに問うことも無いと思ったのか、一瞬の躊躇いの後、ラケルへと手を伸ばす。

「よろしくお願いします」

ラケルの手を繋いだテレサ。二人同時に詠唱を始める。

「大いなる風よ 天と地をかき回し 空へと導け」

「大いなる風よ 天と地をかき回し 空へと導け」

まずは一歩、ラケルが宙に足を乗せる。まだテレサは足を地に着け、歩いているだけだ。そしてもう一歩、ラケルが完全に地を離れ、両足とも宙を踏みしめる。

(こんなの、ずるい)

テレサは、近くにいるラケルにすら聞こえないような声で呟く。テレサには見えているのだろう、ラケルが踏みしめていった足跡が。輝くほど、足が離れた後でも、瞼を閉じても尚、目に焼き付くほど。彼の踏みしめた後の宙が、自分に歩けないはずが無い、自信ではなく、最早すり込みや洗脳に近いかもしれない。優しく、暖かい微睡みに囚われるかのような、意識が睡眠と覚醒の間に囚われるような感覚。だが、それに身を任せることが幸福であるということが、はっきりと感じられる。ラケルの三歩目と共に、テレサが宙への一歩目を踏み出した。己が調節しているはずなのに、昼間に転んでいたのが嘘のようだ。四歩目、完全に足が地を離れる、今ではもう、どうして自分が地に足をつけていたのかすら、思い出せない。空を歩いていることが、当然だと思い込む必要すら無い、赤ん坊が四つん這いから立ち上がるように、テレサの足は地から離れ、宙を歩く。

「ようこそ、地に足をつけない人々の世界へ」

皮肉交じりにラケルが手を放す。一瞬よろめいたが、それでも地に落ちることは無かった。そこに立てる事が、当たり前なのだ。

「はぁ……当然のことでしょう?」

迷わず、躊躇わず歩き出せば、安定する。それが例え、道理や常識の埒外にあったとしても、暗闇を模索し進み続けるのが魔導士なのだ。

 

 『空を歩く人』の魔術を覚えた記念として、お祝いをすると言って、自分の部屋に戻ったラケルに取り残され、夜風に火照った体を晒すテレサ。

「最後の一言がなければ、良かったのですが」

良いことがあれば、お祝いするのが決まりだ! とグレン教諭が仰っていたので、と付け加えなければ、正直に喜ぶことが出来たのだろう。しかし、ラケルがその情緒を理解出来ないことも、テレサは理解してしまう。ただそれとは関係も無く熱を持つ身体は、そっと熱を持ち去る風を心地よく寄りそおうとする。

「まぁ、念願の魔術を習得できたわけですし」

そう言葉にして、もう一つ心の中にわだかまりを誤魔化す。自分自身が確証も持てないその感情を表に出すことをテレサ自身が良と思えない。

「お待たせしました」

そう言って現れたラケルは、その手に一本のワインを持っていた。

「……それは?」

テレサがそのワインを指さし尋ねる。

「ウェンディ殿の商店から買い取った今年のワインです。熟成はしていませんが、出来が良いと聞いて居ますので、味は間違いないかと」

まだコルクも抜いていないそれを、どうやって飲むのだろうか。そもそもグラスもないのに、どうするつもりなのか、テレサには全く理解出来ない。

「さぁ、こちらへ」

そうラケルが囁くと、まるでエスコートするように空へと歩き出す。言われるがままにテレサも呪文を唱え、導かれるままに空へと歩き出す。地上がかすみ、校舎が水平に見えるほどの高さに辿り着いた頃、ラケルが振り返り、ワインを宙に置く。瓶の中の紅色の液体が僅かに揺れるが、少し時間が経つとそれも収まる。

「ミス・テレサ、おかけ下さい」

ワインから五十センチメトル程度だろうか、手を差し出し恭しく頭を下げる。テレサがそれを見て漸く理解出来たのか、溜息をつく。

「いつの間に、そんなことを覚えたんですか?」

満更でも無い笑みを零し、スカートがめくれないように手を添えて、空に座る。何も無いはずの空間に、まるで椅子とテーブルがあるかのように。

「システィーナ殿から、教えて頂きました」

そう言うと、テーブルの反対側のような位置にラケルが腰を掛ける。そこには何も無いはずだが、然も当然のように、第三者だけが、テーブルと椅子が見えていないようだった。

「おっと、少しワインを冷やしましょうか。その方が美味しく頂けます」

そう言うと、まるで氷の入れた入れ物につけるように、ワインを持ち上げ置き直す。本来ならば、カランと氷と容器がぶつかり合う音が鳴るはずだが、どちらとも無いのだ音が鳴るはずも無い。しかし、ワインだけが揺れ、紅色の液体がゆっくりと円を描きながら波打つ。

「ふふっ」

テレサが、堪えきれないと言った様子で笑みを零す。

「どうしました?」

疑問符が見えるようにラケルが首を傾げる。

「いえ、ラケルさんがそんなことをしているのが、少々意外で」

傍から見れば、そんなことが問題では無いのだが、今ここにいる二人には、空でテーブルを囲っていることは、当たり前なのだ。ラケルがワインが冷えたことを確認して、瓶の口周りで指を回す。それに応える様にコルクがゆっくりと周り、圧縮された空気がはじけるようにポンというと音と共にコルクがラケルの手に落ちる。それをゆっくりと目の前に下ろし、空に転がす。そしてワインの底を持ち、テレサに言葉を伝える。

「グラスを」

ラケルの言葉に、まるでグラスを持っているかのような手つきで、左手を差し出すテレサ。少しずつ傾けるそれが、何も無い空中で溜まり、まるでグラスの中に注がれるようだった。

「それでは、ラケルさんも」

そうテレサが呟くと、ワインを受け取る。ラケルも同様に右手を差し出し、グラスの形に添うようにワインが注ぎ込まれる。二人の声と、時たま風に囁く木々の声、街からの喧騒は遠い。静寂といっても差し支えも無い星空の下で、何も無い空のど真ん中で、互いにワインを傾ける。

「「乾杯」」

校舎の向こうに輝く正円の月明かりはいつもより大きく輝き、時刻ににつかわない程瞬く星々は、昼間よりも二人が傾けるワインを色鮮やかに照らしていた。

 

 いつも通りの昼間の食堂。システィーナ、ルミア、リィエルに珍しくテレサがテーブルを囲っていた。

「すごーい、そんなロマンチックな事があったんだね!」

前のめりに話を聞いていたルミアは、会話を聞き終えると上機嫌になる。ほほがやや染まり、血色が良いようにも見えるし、興奮してるようにも見えなくも無い。

「ふふっ、ラケルもそんなアプローチするなんて。テレサも満更じゃないんじゃない?」

システィーナが茶化すようにテレサに言葉を掛ける。彼女達は生まれは少々特殊だが、年頃の少女なのだ。浮いた話にはやはり興味がある。

「ラケルさんに限って、それはないでしょう。そもそも、恋愛感情があるかどうかすら……」

溜息と共に、紅茶を口に運ぶテレサ。あの日以来、ラケルがテレサに対して変わると言うことは無かった。良くも悪くも、お茶会に誘われる依然と何も変わらない。

「というか、男女の違いがわかってるかすら、疑問ですし」

テレサの落胆は期待の裏返しか、大きな溜息と共に吐き出される。何とかルミアとシスティーナがフォローしようとするが、言葉が出ない。そこにイチゴタルトに夢中だったリィエルが、クリームを口の端につけながら喋る。

「会話の途中で『ミス・テレサ』と使っていた、少なくともラケルが男女の認識がある事は間違いないと思われる。感情の有無は分からないけど、ラケルがお祝いの意味を理解していないとは思えない。それが示す意図は分からないけど」

そう言うと、再びイチゴタルトに齧り付く。その言葉にシスティーナとルミアが頷き、テレサにフォローを入れようとするが、その前にテレサが席を立つ。

「し、失礼します」

そう言ってトレイを持って足早に去るテレサ。

「ね、どうだと思う、システィ?」

珍しく意地悪な笑みを浮かべるルミア。

「私はラケルが色恋沙汰になるのが想像できないわ。精々、仲の良い友達じゃない?」

テレサからすれば、分からないけど、とシスティーナが付け加える。無粋な憶測であることを承知で友人の恋路をおかずに昼食をたしなむ。リィエルは何を笑っているのか分からない様子だが、それも含めて日常の風景だった。

 




読了ありがとうございました。

魔術師のディナー、テーブルの食器もないけれど、確かにそれがあるかのような晩餐です(笑)
バトルも勿論大好きですけど、こういうのも書いてて楽しいですね(´・ω・`)
風のルーンでベクトル操作を行い、グラスやテーブルがあるのと同じ様な反作用を発生させるという、魔術でするより皿持ってきた方が早そうな気がしますが、魔術習得のお祝いですので(適当)
月夜をバックに、見えないグラスを揺らすのもいいんじゃないかな(超絶適当)


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レオン参上 第一話

レオン登場です!

イケメン、文武両道と天に二物を与えられた様な人間が婚約者颯爽登場!

ロクデナシ二人はイケメンに勝てるのか!?(違)


本来宿無しだったリィエルが、公園の隅や様々な場所でホームレス暮らしをしているのを見かねて、システィーナとルミアがティンベル家に住むことを提案した。システィーナのご両親共にYESロリコンNOタッチなので二つ返事で受け入れてくれる。勿論経済的な余裕と懐の深さがあって成り立つものだが、本人達は同居人が増える事に大いに歓迎している。

「ああ! この家に三人目の天使が舞い降りたようだ! 素晴らしいな、母さん!」

テンションがはち切れんばかりのシスティーナの父親は、夕食の場でリィエルを大歓迎する。少々そのテンションについて行けないルミアとシスティーナだが、母親も満更では無い様子だ。

「ええ、本当に気兼ねなくこの家にいてくれていいのよ。私達は帝都への出張があるからあまり顔を合わせられないかもしれないけれど、遠慮しないでね」

そういった母親の表情は本当に家族が増えたような慈悲深い笑みと可愛い娘と会うことの出来ない現状の悲しみに複雑に彩られていた。

「あ、ははは。ありがとうお父さん、お母さん」

システィーナが複雑な表情をしつつも、両親の懐の深さに感謝する。一方リィエルは我関せずという様子で必死に夕食にかじりついている。

「……おっと、何かシスティーナに伝えなければならないことがあったような。思い出せん」

父親が首を傾げると、母親が口を挟む。

「忘れてしまうのなら、その程度の事ですよ。また思い出したときで良いでは無いですか」

それもそうだ、と父親は返答し楽しい夕食が続いていく。リィエル自信は気付いていないかもしれないが、優しく、暖かい家庭というものを味わうのは、これが初めてだった。

 

 リィエルを迎え入れて翌日、いつものように噴水の前で待つグレンにルミアが声を掛けると眠たそうに返事をする。いつもと違うのは、それなりの勢いで馬車が突っ込んで来たことぐらいだろうか。完全に気が抜けているグレンを吹き飛ばし兼ねない勢いの馬車から呪文の詠唱が囁かれた。

「おぅあ!?」

宙に浮き間一髪のところで馬車との接触を避ける。馬車は急停車し、中から整った顔立ちの金髪の好青年が降りてくる。

「失礼、少々急いでいたもので怪我はありませんか?」

そうして呪文を解くとグレンは元の居場所に再び立つ。ルミアとリィエルは珍しいこともある物だ、位にしかとらえていなかったが、システィーナ一人だけが明らかに要すがおかしい。

「レオン!? どうしてここに!?」

レオンと呼ばれた好青年は人を魅了するような笑みで返答する。

「学院の臨時講師として呼ばれました。システィのお父様には予めお伝えしていたのですが、どうやら入れ違いになってしまったようですね」

目まぐるしく変化していくシスティーナの表情に言葉を詰まらせていたが、グレンが割って入る。

「ぐ、グレン先生!?」

「おいゴラァ、免許持ってんのかぁ!」

あまりにも場違いないちゃもんの付け方にシスティーナが言葉を失うが、レオンは一切取り乱すこと無く対応する。

「申し訳ありません、急いでいたもので。ただ、グレン教諭であれば、何事もないと思っていましたが」

グレンが自分の名前が知られていることに警戒する。そうしている間にも時間は過ぎ、予鈴までの時間は近づいている。

「こんなところで立ち話もなんですし、目的地は同じです。とりあえず学院に行きましょうか」

不穏な空気を感じながらも、一同は学院に足を向ける。

 

 レオンと呼ばれた好青年は、魔術適正が高く階層も深い。専攻は軍用魔術、適正も高く実力も高い。若くして実績を積み上げ、他の魔術師からもかなり評価されている。彼は臨時教師として生徒達に魔術を教えている。その魔術行使としての姿は様になっており、生徒達は物珍しさと端正な笑顔に公私関わらず囲まれて動けずにいるようだ。

「……意外と真面目に講義してんなぁ」

「そうですね。魔術を活用するという視点では、かなり素晴らしいですね」

何故かグレンとラケルはレオンの講義を聴いていました。二人は終わった後で感想を言い合っている。

「まぁ、俺は『理解出来ない』奴達の事は分かるが、『素養がある奴』の理解は出来ないからな。その辺も分かるからアイツの方が教師には向いてるよな」

それに頷き、ラケルもしゃべり出す。

「僕は前提として、『理解している』状態なので先生の言う『理解していない』状態を分からないので、その状態へ導くことが出来ません」

そう言って、二人ともレオンの教師としての資質は確かだとたたえる。

「……自分たちの欠点は理解してるのに、直す気はないのね」

システィーナが溜息を吐くと、グレンが応える。

「どうやって直すのか分からないからなぁ」

悪びれもせずグレンは動かない。ラケルも同様に、むしろ何故直す必要があるのか、と聞かんばかりだ。

「システィ、講義を聴いてくれていたんですね。どうでしたか?」

質疑が終わったのか、レオンがシスティーナ達のところまで来ていた。黙って見に来ていたことに罪悪感があったのか、少し困惑して返事をする。

「え、ええ。とても分かりやすい講義だったと思うわ」

旧い友人に対してどう対応したら良いのか分からない、そういった様子のシスティーナに追い打ちを掛けるようにレオンが言葉を続ける。

「良かった。未来の夫としては及第点、といったところでしょうか」

その言葉に、システィーナが頬を赤く染める。

「な、なにを言ってるのレオン!?」

慌てふためくシスティーナにグレンが言葉を挟む。

「止めとけ止めとけ。確かに顔と料理については上々だろうが、子供体型と贔屓とプライドを混合わせた様な女だぜ?」

呆れたようなグレンにレオンは少し苛立ちの様子を見せた。

「グレン先生、例え担任の教師とはいえ、システィへの失言は見過ごせませんよ」

まるで恋敵を見るかのような、強い瞳でグレンを睨みつける。不穏な空気に焦りを覚えたシスティーナは場を和ませようとする。

「ま、まあまあ。グレン先生はいつもこんな感じで、悪気はないの……多分。それより、講義の事で聞きたいことが私もあるんだけど」

あまり納得した、という雰囲気ではなかったが、システィーナの顔を立てたのか大人しく引き下がるレオン。

「そう、ですね。それだけ親しみのある教師ということにしておきましょう。それよりシスティ、質問も含めてよければランチをご一緒しませんか?」

にこやかに提案するレオンに、システィーナは何も反論出来なかった。

 




読了ありがとうございました。

アニメだとあくまでイケメンとして描かれているだけで、掘り下げがあんまりなかった気がします。
けどやっぱり、こういうのを書くのも楽しいのかなと思いました(愉悦


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レオン参上 第二話

レオンの求婚と決闘の話です(´・ω・`)

昔はシスティーナとレオンはお祖父様の元で共に過ごしてたんですよね……


 中庭の木陰でもそもそとパンの耳を口にしているグレンが独り言を愚痴る。

「あー、さわやかイケメンってだけでも有罪なのに、その上ハイスペックとかどれだけ罪を重ねれば気が済むんだよ。ちくしょー、不幸だー」

やる気のない声で只管吐き出す呪詛を耳にしたのか、ルミアが近寄り声を掛けてきた。

「先生、あんまり人のこと悪く言っちゃいけませんよ。それにほら、噂をすれば……ってやつですよ」

そう言って指さす茂みの先にはシスティーナとレオンが二人で中庭を歩いている様子だ。ルミアはリィエルと一緒に行動していたようで、茂みに隠れながら二人の様子を見ている。

「出歯亀は感心しないぞ?」

大して興味の無い様子のグレンとリィエルとは正反対にルミアは興味津々のようだ。

「でも、気になるじゃないですか」

二人には気付かれないように、静かにその先を覗き込む。

 

 食事を終えたシスティーナとレオンは、ぎこちないながらも会話をしながら、中庭を散歩していた。

「こうして歩いていると、昔お祖父様と一緒に遊んでいた頃を思い出さないかい?」

そう問いかけるレオンにシスティーナは返答する。

「……そうね、あの頃はまだ私もレオンも小さくて、よく駆け回って遊んでいたわね」

頬を撫でる風は、過去の友人に対する気恥ずかしさから来る熱を奪っていく。突然の出来事に困惑してばかりだったが、落ち着きを取り戻せば、居心地の悪さも無くなっていく。

「システィーナ、あの時の約束を覚えていますか?」

少し歩く速度を速めてシスティーナの前に立って向かい合うレオン。その様子に違和感を感じながらも、過去を思い出そうとするがシスティーナに心当たりはなさそうだ。

「約束って言われても、子供の頃じゃない。色々と話し合ったけど、どれのことだか……」

そう言って優しく微笑むシスティーナに、真剣な眼差しでレオンが言葉を紡ぐ。

「なら、今もう一度約束を。結婚して頂けませんか、システィーナ」

中庭のど真ん中で、ド直球ドストライクの告白をしてみせるイケメンの鏡。これはいわゆるイケメンに限るというアレで、限られた人種にのみ許された非人道的行動である。

「そ、そんな。それは、ただの子供の頃の約束じゃない……」

そう呟いて赤く染まる顔を隠す。長く流れる銀色の髪を手でいじり、緊張と困惑を隠す素振りをしているが、嫌気はなさそうだ。

「だからこそ、今一度改めて、僕と一緒に軍用魔術の道を歩んで欲しいんです。生涯を共にする伴侶として」

その鮮やかに彩られた言葉の中に、一つの異物が混じる。言葉自体におかしいところはないが、システィーナにとっては、それまで熱くなっていた身体を凍てつかせてしまう程度には、おぞましい言葉だった。

「軍用……魔術?」

 

 想像だにしていなった言葉に、絶句するシスティーナ。聞き間違いと思いたかったようだが、更にレオンが絶望を叩き付ける。

「古代魔術なんかの研究などという叶わぬ夢は捨てて、共に軍用魔術を研究しましょう。お祖父様も、偉大なるフィーベル家の名を落とすことは望まないはずですよ」

システィーナがよろける。子供の頃に共にお祖父様に憧れた旧友が、一度は恋心を抱き、色あせようとも無くなることのない思い人が、ここまで変わってしまった事に。ふらつき、足場が無くなってしまったような感覚に膝が崩れるが、抱きかかえられ、何とか倒れずに済む。

「そいつは、聞き捨てならないな。古代魔術はこいつの夢だ、他人にとやかく言われる事じゃ無いはずだぜ?」

いつの間にか茂みから飛び出していたグレンが、システィーナを抱きかかえていた。

「貴方こそ、口を挟むべきでは無いでしょう。僕たち二人の問題なのですから」

強く、更に強く語気を強めていくレオンの勢いを止めたのは、意外にもシスティーナだった。

「……関係なら、あります」

一瞬の沈黙の間に、レオンが尋ねる。

「システィ、今なんて言いました?」

レオンの売り言葉に買い言葉を返すように、システィーナは涙目で言い放つ。

「グレン先生にも関係はあります! なぜなら、私とグレン先生は将来を誓い合った仲なのですから!」

勢いよくシスティーナの口から出た言葉は周囲の人間全てを驚かせた。そして、一度レオンが口を開く。

「それは、間違いないのですね」

信じがたい、そう言いたげだ。

「そうだ、俺と白猫はふかーい仲なんだよ。とはいえ、俺だって鬼じゃねぇ」

グレンが自分の手袋をレオンに投げつける。

「貴方がシスティーナをかどかわした男だと言うことは理解しました。システィーナに相応しいのはどちらか、決闘を以て証明して見せましょう」

グレンはいつだったか、システィーナに受けたときと変わらず、立場が真逆になっている。

「まさか、怖じ気づくなんて事はないだろうな」

「日時と内容は追って伝える。これ以上、貴方と口をきくのも、彼女の口から妄言を聞くこともしたくないからな」

そう言うと踵を返し、早々とレオンは立ち去ってしまった。

 

 レオンが立ち去った後、悪びれもせずグレンが呟く。

「やっちまったぜ♪」

「やっちまったぜ♪ じゃないですよ! どうするんですか!?」

システィーナが半狂乱になりながらグレンの胸ぐらを掴んで揺する。

「そんなこと言ったって、先にふっかけたのは白猫のほうじゃ無いか。なるようになるだろ」

そう、システィーナの意図を理解してグレンは芝居を打ったのだが、予想外の事が起こってしまったということだ。むしろ、グレンとしてはよくやったと思われるが、拗れてしまった以上、システィーナには問題にしかならない。

「あ、これでもし白猫と結婚したら逆玉じゃね? それはそれでありか」

とても教師とは思えない発言に絶句しつつ、頭を抱えて崩れ落ちた。

 




読了ありがとうございました。

システィーナとレオンの過去って触れられてるのかな?
仲の良い子供だったはずだけど、お祖父様との関わりはあまり描かれていなかった、気がする、多分、恐らく、めいびー
ということで、仲が良くて、たまに喧嘩して、共にお祖父様から学んだって解釈しております(適当)


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レオン参上 第三話

魔術連帯戦が始まるまでのお話です。

グレンはシスティーナを手込め(適当)にするために、クラスはシスティーナの不当な対応に対処するために、闘う力を身につけていく……


 「え~、と言うわけで、俺の逆玉の為に戦闘訓練の講義を始めます」

グレンの一声から始まった講義は大ブーイングを巻き起こした。翌日にはレオンから連絡が来て、魔術連帯戦で勝利を手にした方がシスティーナと結婚する、そう綴られていた。

「気に入りませんわ!」

机を叩き大声を出した主は、ウェンディだった。

「う、ウェンディ?」

その行動が意外だったのか、ルミアが困惑のことばを零す。

「システィーナ、貴女はどうしたいんですの?」

睨みつけるような瞳と、優柔不断な態度を許さない言動にシスティーナはびくりと怯える。

「えっ、その……レオンは悪い人ではない、と思うけど。話が早すぎるというか」

クラスの面子には先日のやりとりがあったとしても、好青年のイメージが拭いきれない。そもそも、魔導考古学を目指すことと軍用魔術を専攻するのであれば、主流は後者だ。魔術研究における条件や待遇は天と地ほどあると思ってもいい。レオンの言葉はシスティーナを傷つけたものの、決して間違いではない。

「それでは……あまり聞きたくありませんが、グレン先生はどうですの?」

「なんで聞きたくないんだよ」

システィーナよりも早くグレンが突っ込みを入れる。

「あら、騒動の流れとは言え、一生徒をむりやり手込めにしようとする教師に対して聞く耳はないですよ」

文句の言いたげなグレンをテレサが納める。ややうがった言い方ではあるが、間違いでは無い。多分に悪意が含まれているだけだ。

「そ、そんなの、その場の流れでそうなったに決まってるじゃ無い! じゃなきゃこんなロクデナシ教師となんか……」

尻すぼみに声が小さくなっていくが、システィーナは望んでいないと発言する。表情や仕草に複雑な心境は現れてはいるが、今の状況が不本意なのは間違いないだろう。

「なら、悩む必要はない」

ギイブルが眼鏡を光らせ、口を開いた。

「レオンという臨時教師の発言も気に入らないが、へらへらと他人を利用しようとするロクデナシの行動はもっと気に入らない。だったら、二人ともの主張を潰すだけだ」

ギイブルのその言葉に、ルミアが問いかける。

「潰すって、どうやって?」

「魔術連帯戦で勝利することで勝者が決まるのであれば、引き分けにしてしまえば、この勝負は無効になりますわ!」

ウェンディが代わりに返事をする。クラスの面子もウェンディやギイブルの意見に賛同しているようだ。

「んじゃ、魔術連帯戦の講義をはじめっぞ」

そういうと普段と同じように、グレンが講義を始めようとする。

「え、先生。今の流れで講義が始まるんですか!?」

ルミアの疑問にグレンは、逆にわからないと言った表情で応える。

「クラスで方針がすでに決まったんだ。あとは俺がやることは教えることだけ。作戦考えるのも、質疑応答もするさ。例え目的が違っても、一応教師だからな」

そういうと、システィーナが少し明るい表情になる。

「グレン、悪いこと考えている時の顔してる」

リィエルが何気なく放った言葉で、グレンの後頭部に教科書が飛来する。

「さいってい!」

 

 ハーレイ先生の監督の下、魔術連帯戦が始まる。互いの生徒達が配置につき、始まりの合図が響き渡る。

「しかし、魔術連帯戦であればレオン先生が圧倒的有利。攻撃、防御、回復のスリーマンセルをこの短期間で行えるようにしたレオン先生の手腕には驚きを禁じ得ない……な!?」

戦況が見渡せる遠隔魔術でハーレイ先生がグレン先生サイドの陣形を見た瞬間、驚愕する。

 

 少し小高い岡ノ上でグレンが呟く。

「うわ、マジでスリーマンセルを教え込んで来やがった。やっぱりすげーな、アイツ」

のんびりと構えるグレンの横には護衛としてルミアとシスティーナがいる。

「そんなのんびり構えてる場合ですか! 凄い速度で進軍してきますよ!?」

想像以上のスピードに、システィーナが慌てふためいているのを見るが、そんなこと関係無しにグレンの様子は変わらない。

「すげーよな。最新の戦術をぶつけて来やがったんだ、この短期間でな。だったら仕方ないよな、こっちは古くさい戦法で闘うしか無いよな」

グレンのその言葉に、ルミアが疑問を呈する。

「投石兵って……ホントにいいのかなぁ」

 

 




読了ありがとうございました。

魔導考古学と軍用魔術は、後者の方が現状有用とされており、他者から優遇されるのは軍用魔術である。
だが、それは軍用魔術が必要される世の中であり、その先に子供達が望む未来があるのか……
だが、既に先に踏み込んだレオンは何を見たのか……特に回収されない伏線は本編に必要ないね!


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レオン参上 第四話

魔術連帯戦の話です(前半)

石を投げろ!
落とし穴を掘れ!
よし、皆丸太は持ったか!?(錯乱)


 ウェンディの合図で次々と魔術でつくられた石や砂の塊が投擲される。次々と降り注ぐ石つぶて達は、まるで雨のようにレオン側の陣営をむしばんでいく。

「成る程、最新の戦術を組み込めないのであれば、古ぼけた遠距離戦に持ち込もう、という魂胆でしょうか」

レオンは冷静に状況を分析しつつ、指示は変えない。投石攻撃での被害はほぼゼロに近い。その為の防御役であり、三人という比較的少ない範囲のカバーであれば、専念すれば難しい事では無い。勿論、消耗がないということはないが、投石攻撃ほど魔力を消費することは無いだろう。

「せ、先生! レオン先生!?」

遠隔魔術により、レオンに連絡が伝わる。

「成る程、こんな手駒までもっていたのですね」

手元の映像には、砂煙の中、リィエルが各部隊を強襲している。投石の意図は砂煙を起こし、視界を遮ることでもあったようだ。

「構いません、全速力で砂煙を抜けなさい。その為のスリーマンセルです」

各部隊に突破力と継戦能力、そして生存性能を持たせるための部隊編成だ。一個人への対応で無闇に戦力を削るのであれば、早々に突破してしまえばいい。

「……おや?」

部隊が前線を上げようと進軍する中、レオンは違和感を覚えた。

 

 ウェンディが作戦指揮をとり、投石魔術を使用したクラスメイトはマナをほとんど使い切り、その場でへたり込んでいる。

「思ったより早かったようですわ。テレサ、お願いいたしますわ!」

ウェンディが指示を出すと、テレサ率いる浮力制御部隊が一斉に魔術を解除する。

「投石で地面が凹凸になり、砂煙で視界も遮られました。さぁ、貴方方の立っている場所は、本当に地面ですか?」

リィエルという単独強襲兵がいる中、視界の悪い砂煙を進軍するのは厳しい。しかし、指示通りに動き、周囲に警戒を怠らず進み続けるレオンの生徒達は優れていると言っても過言では無い。だがしかし、視線は周囲に向けられていて、足下には向いていない。まさか、自分たちが立っているのが、魔力で作られた足場とも知らず。

「凹凸併せて三十センチメトル程度で充分。足を取られて転び、漸く投石の衝撃と巻き上げられた砂と石の上を歩いていた事に気付いたときには手遅れ、己の四肢すら信じられず、地を這うしかできないでしょう」

ふふふ、と邪悪な笑みを浮かべるテレサ。

「テレサって、こんなキャラだっけ?」

ルミアが少し引きながら疑問に思う。そんな中、ウェンディからギイブルへ、指示が飛ぶ。

「Aの十八、二十七、Bの二、三十六、Fの二十二、Hの六、Kの十二、Nの十五」

ウェンディの手元には碁盤の目のように戦で区切られている戦場の地図が書かれている。探査魔術により把握した敵の位置だ。素早くギイブルが反応し、他の隊員達も同様に唱える。

「地よ 水よ 降り注ぐ灰よ 創世の御手によりて 再び形を得よ」

 

 部隊で行動しているレオンの生徒達は、何人かはこけていたが、ほとんどがよろけるだけで済んでいた。ただ、足を止めざるを得ない状況で追撃の魔術が襲いかかる。

「な、なんだこれ?」

投石の石と砂、他にも様々なものが混ざり合い、隊員達の四肢に絡みつき固まる。体勢を崩していたものほど接着面は広く、動きが制限される。

「くそっ、これじゃ前に進めない!?」

ほぼ全部隊が足止めを食らっている中、再度レオンから連絡が来る。

「動けない者は、己で対応し後方支援へ。それすら出来ないものは、救助にあたれ。それ以外で動ける者でスリーマンセルを再編成し、前線をあげる」

クラス全員に伝わるその指示に、動揺が伝わったが、直ぐさまレオンがフォローを入れる。

「相手は大規模魔術でほとんどの部隊が行動不能状態だ。ここから先の戦闘は、グレン先生のみと考えて良い。さあ、勝利をつかみにいくぞ!」

全員を鼓舞するその声に、生徒達は応える。だが、いまだ、視界が晴れきらない中、どこまで進軍できるかは分からない。

 

 レオンが指示を出し終えると、違和感を正面に感じる。部隊では無い、単独だ。

「やあやあやあ、我こそはマグヌス家が一人、ラケル・マグヌスなり。軍用魔術の使い手レオン殿、相手にとって不足無し、推して参る」

砂煙の中、誰一人気付かれること無く一直線に敵陣最奥部まで、ラケルが駆け抜けていた。

 




読了ありがとうございました。

最先端の技術対古めかしい戦術は何かロマンを感じると思います。
ただ、ロマンが描けているとは言ってない。


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レオン参上 第五話

レオン対ラケルのお話です。

そんなに長くないです。


 作戦が進む中、リィエルがルミアの膝枕でうたた寝をしている。

「これはどんな作戦なんですか!? というか、リィエルがここで寝てて大丈夫なんですか!?」

システィーナがグレンに対し絶叫する。

「相手が最先端なら、こっちは古くさい戦法をとるっていったろ? 攻撃は二人、あとは全員補助だ。中世より前の一騎打ち形式だよ。前線に集まる部隊には『リィエルが現れるかもしれない』恐怖で、足を止めてもらうから、まぁ時間一杯まで逃げれるだろ。あとは……」

その先の言葉は、グレンは呟かなかった。

 

 レオンが構え、詠唱を唱える。

「捉えろ風塵」

一小節の詠唱で、竜巻が起こりラケルを中心に徐々に被い囲むように縮まっていく。

「吠えろ炎獅子」

「轟け雷狼」

「唸れ水竜」

炎が猛り竜巻の中を貫き、稲妻が駆け抜け、押し流す水流が風に乗り天に昇る。

「燃えさかる炎よ 轟く雷鳴よ 呑み込む大海よ 逃げ惑う民草を鏖せ」

炎が地を焼き尽くし、雷が尽く蹂躙し、水が全てを押し流す。その軍用魔術が起きた後の地には何も残らない、はずだった。

「なん……だと!?」

制服の一部を焦がし、破けながらも、ラケルはその魔術を回避していた。

「炎、電気、水の三種の軍用魔術の完成度もさることながら、風の魔術による精密制御、素晴らしい技術です。しかし、軍用魔術でありながら、過去の……魔導考古学に近い術式パターンが組み込まれていますね」

針の穴のような三種の魔術の隙間を、手に持つ銃と刀で捻広げ、被害を最小限に抑えている。

「見切った、というのか?」

確かに、魔方陣と発声において魔術の解析は可能ではある。軍用魔術において秘匿性は非常に重要なものであり、詠唱の短略化、高速発生により対応させないように発展している魔術に対して、瞬時に適応しているラケルの反応速度は異常と言わざるを得ない。

「壁よ」

「ファイア」

ラケルの炎魔術により撃ち出された銃弾は、レオンの防衛魔術によりあっさりと防がれる。

「鉛弾程度では、貫通しないぞ?」

「成る程」

返すように飛びかかる炎の獅子を、刀で切り裂き後退を余儀なくされるラケル。

「何故、魔導考古学をここまで研究しておきながら、軍用魔術を専攻されているのですか」

ラケルが本当に気になっているだけのように尋ねる。その意図に困惑を示しつつも、レオンが応える。

「魔導考古学なんかでは……名を上げることが出来ないからだ」

肩で息をしながら、吐き出すように言葉を続ける。

「お祖父様が発見した考古学の論文が、今何に発展しているか、知っているか?」

レオンの問いに、躊躇いも無く答える。

「軍用魔術に転用されていますね。メルガリウスにまつわる魔術に、攻勢魔術の関わりがあったことが近年発見されています」

苦々しく吐きすて、レオンが言葉を続ける。

「そうだ。お祖父様が生涯を賭して積み上げた研究は軍用魔術に使用されている。そして、メルガリウス自体が攻勢魔術の発展による滅亡の可能性があるとさえ言われている。そうであれば、軍用魔術の発展は不可欠なんだ」

苦虫を噛み潰したような表情で、地面に拳を叩き付ける。

「一部の天才の発見を、僅か数年でその他大勢が発展させ、そちらが注目される。更に言えば、時間をかければ、誰が望むとも無くメルガリウスに辿り着くだろう。その時に、同じ結末を迎えないための努力をしなければならない」

レオンは、幼少時から魔導考古学を夢見ていたが、自信の才能との食い違い、周囲からの圧力から思うように道を進むことが出来ず、更には尊敬するお祖父様の研究が軍用魔術に関わる事に寄り、そう言って己を誤魔化すしか無かったのかもしれない。

「なにより、茨の道を歩むようなことをシスティに望むことが……あるはずがない」

「本人が進む道は本人が決定するものです。例えそれが、望むと望まざると関わらず。本人の意思に反しても、レオン教諭は、システィ殿にそれを強制するのですか?」

ラケルは善意も悪意もなく、好奇心のままに尋ねる。

「……もし仮に、それでシスティに恨まれることになろうとも、正しいと信じている」

そう呟くレオンは、マナ欠乏症の兆候が現れ始めていた。ラケルとの対戦におけるマナ消費が大きすぎたのかもしれない。

「そう、ですか。少し、レオン教諭とシスティーナ殿の未来を見てみたいと思いました」

そういうと、ラケルが踵を返し、グレンの陣営へと向かっていった。

「ど、どういうことだ?」

その場に一人残されたレオンは、ただ立ち尽くすだけだった。ただこの決闘に残された時間は然程ない。

 




読了ありがとうございました。

メルガリウスの天空城はンニャピ、よく分かんないです(困惑)
攻勢魔術に関しては創作ですので、ご容赦をお願いいたします。
ただ、レオンは最初の志を決して忘れてしまったわけではないと、そんな話なのです。


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レオン参上 第六話

魔術連帯戦後編の話です。

闘いが終わり、システィーナの受難は終わりかと思いきや、なにやら雲行きが怪しい……のか?


 「ん?」

リィエルが何かに気付き、目を覚ます。

「どうしたの?」

ルミアが心配そうにリィエルに尋ねると、直ぐさま戦闘態勢に切り替わる。

「ウェンディ、テレサ、ギイブル……来たよ」

そう呟いたリィエルは、風のように駆け出した。

「えっ、えっ、なにしてんの?」

グレンは何が起こっているのか分からないようだが、ウェンディとテレサの魔術に照らされ、何かが起ころうとしている。

 

 錬成された大剣を手に持ち、人外の速度で突撃するリィエル。その先には、同様に人外の速度で奔るラケルの姿がある。

「一撃……それだけでいい」

演習の残る時間は僅か、最早多くの生徒達は半ば終わったと勘違いし、気を抜いている者も少なくはない。一手を打つ時間もないが、その時間でも形勢揺るがしうる可能性は、ゼロでは無い。

「大将首……頂申す」

ラケルが狙うのは、大将首、つまりはグレンのノックアウトただ一つ。腰に掃いた刀の柄を握り、リィエルと一瞬の交錯、リィエルは大剣による一閃、必殺の一撃を放つ。

「……後は任せた、ウェンディ」

虚しく空を切る大剣をあとにし、ラケルは駆ける。

 

 「う、ウェンディ、これはどういうことだ?」

「うるさい! 黙ってじっとしてなさいな」

グレンとウェンディが密閉された空間で密着している。なぜこういう状態になっているのかというと、テレサとギイブルの協力魔術により、土で出来た人形の中に閉じ込められている格好になっている。

「はぁ……こんなことしか出来ないのですね」

「まぁ、これであいつの足止めが出来るなら上等だろう」

テレサが溜息をつき、ギイブルが興味なさそうに呟く。実際に限られた時間で対応出来ること自体が能力の高さを示している。

「あら、来ましたね」

テレサやギイブルには目もくれず、グレンとウェンディを包んでいる土人形へと接近する。

「……成る程」

二人纏めて攻撃することは可能だが、ラケルにとってはウェンディは自軍であり攻撃することは出来ない。レオンによる指示によりグレンのみ攻撃対象になってはいるため、攻撃手段が限られている。土人形に包まれていることで、視覚的に困難になり、また直接攻撃が出来なくなっている。また、ウェンディが密着していることにより、土人形ごと攻撃することが不可能になっている。また、攻撃手段が限られているため、更に少ない時間がより限られてくる。

「どうですの!? いくらラケルさんといっても、この状況が打開できますの?」

自信満々にウェンディが叫んでいると、二人を包んでいる土人形にヒビが入っていく。

「え……なに、どうなってぇぇぇぇえええ!?」

異変がグレンの周囲に集まっていく。

「オラ オラ オラ オラ オラ オラ!」

ラケルが土人形に拳を連続で叩き付けていく。一撃一撃を打ち込む毎に、短唱魔術が発動していき、拳の物理エネルギーを操作されていく。そのエネルギーはグレンに収束していく。

「う、うわああああぁぁぁぁぁああああ!??」

「演習、終了!」

演習終了の声と同時にグレンの身体が吹っ飛ぶ。土人形がバラバラになって、中からウェンディが現れる。

「流石にラケルさんでも、時間が足りなかったようですわね」

ウェンディが自信満々にラケルに語りかける。

「……ええ、ウェンディ殿達の作戦を超えることは出来ませんでした」

表情を変えずにラケルが答える。だがその声色に少し曇りがあったかもしれない。

 

 「結局、対決は引き分けだったね」

ルミアがそう呟くと、システィは胸をなで下ろす。

「おう、俺はボロボロだけどな」

グレンがところどころ大げさに包帯を巻いている。最後のラケルの一撃は勝敗には影響しなかったものの与えたダメージは大きかった。そうしていると、レオンのクラスからも声が上がっている。

「先生! 大丈夫ですか、先生!」

生徒に支えられてレオンが現れる。その姿は憔悴仕切っていると言ってもいい、目の下に隈ができ、顔色は悪い。

「……調子、悪そうだな」

グレンは、言葉にしづらそうにしている。

「今回は、引き分けだったか……だが、これで引き下がるつもりはない。システィを……貴様にシスティを任せるつもりはない」

そういうと、手袋を外し、グレンへと投げつける。奇しくも、決闘が申し込まれたときと真逆の構図となった。生徒達に支えられ、レオンが馬車に乗り込む。

 

 馬車の運転手がレオンに声をかける。

「あなた、もういいですよ」

そう呟くと、レオンの身体がゆっくり倒れる。元々、マナ不足によりふらついていたが、それとは別に、彼の命令で自らの意思で馬車から落ちていったようにも見えた。

「成る程、恐ろしいな」

もう一人、馬車に乗り込んでいた男が呟く。

「貴方ほどではありませんよ、大錬金術師殿」

そう運転手が答えると、馬車は走る速度を速める。その言葉に、馬車に乗っている男は返答する。

「ははは、大錬金術師とは恐れ多い。しかし、彼を簡単に切り捨ててしまってよかったのですか?」

その言葉に運転手はこう答えた。

「なに、ここまで来てしまえばどうとでもなりますよ」

 

 馬車が通り抜けた後に、死にかけている男が横たわっている。本人は既に死を確信しており、最早生き残ろうという意思は感じられない。

「ああ、ここに居られたのですね。まだ死んでいないようでなによりです」

まるで無感情に呟いたその言葉は、彼に届いていたのかどうかは分からない。

 




読了ありがとうございました。

レオンが死んだ!
このひとでなし!

まぁ、まだ死にきってはいないのですが(笑)



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レオン参上 第七話

レオンとの一騎討ち(約束の前日)でグレンが敗北した後のお話です。

なんか、錬金術でグレンはやられました(適当)



 深夜の校舎、レオンとの一騎打ちに敗れたグレンは、闘うことを決意した。

「くそっ……このままじゃ、勝ち目はない。今のまま、じゃ……」

そういって、校舎を後にしようとしたとき、ラケルの姿が見えた。

「あいつ……」

普段から校舎に住み込んでいるラケルを見かけるのは特段不思議なことでは無かったのだが、特殊な状況だったからかもしれない。

「あいつ……なにして」

ラケルの研究室に入り込んだ瞬間、グレンの目が驚愕にそまる。

「なっ、なんでてめぇが此処に!?」

グレンが反応した先には、ベッドに仰向けに眠っている男性だった。

「ああ、グレン教諭。決闘は終わったみたいですね」

何事も無く手元の作業を続けているが、グレンが訝しむ表情を止めはしない。

「おう……なんでさっき決闘してきた奴が、そこで倒れているんだ?」

 

 信じられない、といった表情でグレンがそのベッドに眠る男を見つめる。

「まさかこいつが、マナ欠乏症……まぁ、クラス対抗戦の後で様子はおかしかったしな。今日の時点でやたら調子良さそうにしてたのもまぁ、今となってはおかしいよな」

グレンが腕を組んで考え込んでいる。夜は更に更けていき、月も傾き落ちかけている。星明かりだけが窓から見える。

「そんで、俺が会ったレオンは、偽物で確定なんだな?」

グレンがラケルに問いかける。

「そうですね、先日のクラス対抗戦の段階から彼がこの部屋を出ることは不可能でしたので、偽物で間違いないかと」

あくまでその偽物に対する情報はないと、答えるかのように。そこでグレンは溜息をついた。

「それで、こいつはなんでこんなことになってんの? まさか対抗戦やった程度でこうはならんだろ」

そうして、ラケルからレオンに視線を移すと、未だ目を覚まさない様子だ。

「ああ、薬物による中毒症状ですね。思考の偏り強制とマナ制御を司る部分の脳機能が著しく低下してます。低下が激しいので分かりにくいですが、病原菌やウィルスではなく、人工物の摂取による兆候が見られますので……断定しても良いかと」

ラケルの言葉にグレンは一瞬で気を引き締める。その症状に、ききおぼえがあったのだ。

「まさか、あいつが……なんでここに?」

突然のことに動揺するグレン。脳裏をよぎる姿に、恐怖と驚愕を覚えている。

「心当たりがあるんですね。それなら話が早い」

そう呟くと、ラケルはレオンに対し、治療を進めていく。治療と呼ぶにはあまりにも単純な、行為。

「肉体的な損傷についてはマナの欠乏症のみになりますので、マナを補充すれば意識は戻るはずです」

もっとも、漏れ続けるマナを止める術はないですが、と言葉を付け加える。その行為に反応するように、レオンが目を覚ます。

「……くっ、一体なんだっていうんだ。って、君は!?」

レオンが驚く、どうやら混乱しているようだ。

「よぅ、それはこっちの台詞だよ。さっきお前の偽物にぼこぼこにされてきたところだってのに」

その言葉に、レオンが反応する。

「偽物……ジャティス様か!?」

その言葉に、グレンは抱いていた恐怖が現実に変わったことを確信する。

「そんなことできんのも、アイツくらいだからな」

盛大に溜息をつくグレン。

「そんで、どうしてジャティス様なんて気味の悪い呼び方で呼んでんだ?」

理由は理解してても、因縁の相手に対してそうであることは、やはり気に食わないのだろう。

「ああ、それは僕から説明します。思考の偏りの強制のため、特定の人物に関連する事象を認識した際に幸福感を感じる様になっています。その期間が長くなれば、自然とその人物に対する尊敬を抱くようになります。一応、現状を説明したのですが」

「仮に、君が説明している事が事実でも、私が行動することは変わらない」

この有様です、とラケルが示す。正常な思考が出来る状態では無いのだろう。

「元に戻す方法はあるのか?」

「ないですね。ですが、一時的に思考をこの状態になる前に近づける方法ならあります」

その言葉に、グレンは驚く。必死になって解明しようとしてきた不治の病に対して、対抗策があるかもしれない、その言葉に。

「彼の目を潰せば良いんですよ」

 

 時間は無情に過ぎていき、婚約当日となった。花嫁姿のシスティは、レオンの姿をした花婿に怯えるように式場に佇んでいる。

「……これで、良かったのかな」

ルミアは現状に違和感を持ちながら、行動を起こせないでいる。親友が決めたことに、口を挟めるほどの確信がなく、ただ見過ごせるほどの確信もない。

「……ルミア、ウェンディ達がいないけど、ラケルも」

多くのクラスメイトが集まる中で、ウェンディ、テレサ、ギイブルの姿が無い。他にもちらほらと出席の無いもの達もいるが、元々行事ごとに出席しない者、忙しい者もいる。勿論、全てのイベントに出席している訳では無い面子だが、一斉にいないとなると違和感がある。

「もしかして……でも、どうすればいいの?」

もう式の段取りは完了しつつあり、今更行動するには遅すぎる。

「ちょーっと待ったー!」

そう、今この場にいない人間を除いては。

 

 「……どうして、先生がここに」

先日の決闘の際に、レオンに敗北したはずのグレンが今日この式に現れるなど、システィに取っては夢物語でしかなかったはずなのに。

「どうしてって? 生徒が大変な目にあってんのに、現れない先生がいるわけないだろ」

本来であれば、無粋な横槍者を追い出すはずの花婿は、苛立つ様子も無く、まるで玩具を手に入れた子供のように、笑みを浮かべる。

「おや、不戦敗をしたグレン先生じゃないですか。随分と遅い登場ですが、祝いに来て貰ったということですよね?」

言葉の上では、来訪者に対して平穏を装っているけれど、殺気を隠す気はないらしい。しかし、行動はグレンの方が早かった。

「雷精よ 紫電を以て 打ち砕け!」

グレンが放ったショックボルトは、システィと花婿の間を裂くようにはなたれた。土煙に紛れ、グレンは一目散にシスティを抱え、式場の外へと駆けだしていく。

「……追おうか」

ゆっくりと、しかし軽やかにグレンの跡を追う。

 

 「ちょっと先生! 放して下さい! いい加減にしてください!」

「いい加減にって、俺はお前を助け……いってぇな!?」

腕の中で暴れるシスティーナの拳がグレンにヒットする。式場から少し離れた場所、人気のない路地でシスティを降ろす。

「私は……もう覚悟を決めてるの! ルミアの為に、私が犠牲になれば」

「あ、そういうの後にして貰って良いっすか?」

システィの必死の説得に、グレンは耳を傾けるつもりはないようだ。まるで死人のように意思もなく、ただ命令につられて行動しているかのように二人に襲いかかろうとしている。

「白猫、ちょっと目を閉じとけ」

グレンがシスティに指示をだす。半信半疑ながらも、グレンに急かされ、言われるがままに目を閉じるシスティーナ。その瞬間から、怯えることも無く、怯むこともなく、躊躇うことも無く、まだ生きている人間を魔術による強化が施された鞭や拳銃で急所を的確に撃ち抜いていく。銃声と魔術音が鳴り止む頃に目を開くと、多くの死体と返り血を浴びたグレンの姿があった。

「ひっ……」

声にならない悲鳴が、静かに木霊する。グレンはシスティーナの怯える姿を見て、無言で手を引く。システィーナは抵抗することも出来ず奔るが、闘いが起こった場所から数分も離れない位置で、システィーナがグレンの手をふりほどく。

「あっ……」

システィーナがふりほどいたグレンの手を見て、目をそらす。その手を握り、震えている。

「……まぁ、そりゃそうだな。白猫、怖いか?」

そう尋ねられたシスティーナは、唇を結び、声を荒げる。

「怖くなんかありません! 私はただ……」

次の言葉は出てこない。グレンと向き合うことも出来ず、動き出すことも出来ない。恐怖に足が震えていても、何もすることも出来ていない。

「白猫、落ち着いて考えろ。あいつらは俺を狙って動いてる。狙われないことはないだろうが……俺と離れた方が安全だ。それに、こんなものは、なるべく見ない方が良い」

そう言って、その場を離れるグレン、離れて行くグレンを引き留めたかったのか、システィーナの手が伸びるが、届くことも無くシスティーナが一人残される。

 




読了ありがとうございました。

グレンが昔に戻っても、今の気持ちを無くしてなかったらこんな感じなのかなと思いました(小並感)

力が足りないことだけに固執しているのではなく、目的が見えてさえいれば、生徒への対応もきっと変わっていた……のかな? 多分、めいびー


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レオン参上 第八話

ジャティス対グレンに横槍を刺すお話です。

ジャティスの錬金術の弱点ってなんかあるのかな?って考えたら、逆算、解析に弱いってことにしました(笑)


 もはや変身の魔術を解いたジャティスが、グレンと相対する。その姿は余裕に満ちている。魔術の相性が悪く、グレンの固有魔術がほとんど機能しない。その上、遠近共に対応できる優秀な魔術に対抗しようとするには、グレンには魔力量も魔術適正もない。あるいは、戦闘経験と発想でジャティスを上回らなければならない。

「まぁ、それなりにやりますか」

 

 道具を扱う魔術と搦め手をつかっていくが、ジャティスも経験者であり実力者、機転を利かした攻撃も有効打にはならず、互いの体力だけが削られていくが、消耗戦になるとグレンの分が悪い。

「あぁ、どうやらもう限界の用ですね」

勝ち誇った顔で、ジャティスがグレンを見下す。膝をついてグレン、息が上がり、虚勢を張ってはいるが、顔色が悪くなってきていて、マナ量が減ってきているのは明確だ。

「……はぁ、やっぱ無理かぁ」

そういうと、全身脱力して、仰向けに倒れる。

「なんのつもりだ?」

ジャティスがその行動を理解出来ないでいると、グレンがそのまま答える。

「いやいや、やっぱり俺一人で出来る事って、たかがしれてるんだよ。今回のことでよーくわかった。やっぱり俺は一人じゃお前に勝てないんだよ」

「くっくっく、負けを認めておかしくなったか? まぁいい、諦めたのならそのまま死ね!」

そう言って、魔術をグレンに放つと、閃光が魔術を貫き、グレンを守る。

「なっ……!?」

「言ったろ? 俺一人じゃ、お前に勝てないって。ちなみに同じ錬金術師が言ってたぜ」

ジャティスが閃光が跳んできた方向を見るが、少なくとも目に見える範囲にはいない。

「お前の魔術は、アイツから見ると何考えてるかまでお見通し……らしいぜ」

 

 「ホントに当てるんですわね」

ラケルがスナイプライフルを構え、目をつぶってウェンディの声に耳を傾ける。

「ええ、魔術とは深層心理に働きかけ、別世界の理に則って行使するものです。常に魔術を発動している、スイッチ無しでの常時催眠下に自分を置くと言うことは、魔術を解析すれば思考パターンさえも相手に晒す、ということです」

それに対し、ウェンディが呆れる。

「それは出来ないと思いますわ……普通は」

頭を抱えるウェンディが自分の魔術に集中する。ウェンディが行っているのは、注視の魔術、遠隔で見えている風見をラケルに伝えるだけだ。

「東2 北東1・5 東1・8!」

その言葉を受けて、ラケルが照準を定める。狙いはジャティスが撃ち出した魔術。

「路地の中だと、狙い撃てませんわ」

悔しそうにウェンディが唇をかむ。しかし、ラケルはその意見を否定する。

「いえ、瓦礫と廃屋のおかげでテレサ殿の位置が把握されていません。このままで良いかと考えます」

ジャティスを倒すことに意識はない。むしろ、全体の安全を確保することに意識を向けている。そうして、躊躇うこともなく引き金を引く。爆発音と共に、大口径の薬莢が落ちる。弾丸が向かった先も確認せずに次弾を装填している。

「……必中ですわ」

 

 「はぁ、こんな役割でいいのかな」

ラケルに言われたとおりに、的を中空に浮かせているだけのテレサ。勿論、独りでいることに恐怖を抱いていないとは言えない。だがそれ以上に、ラケルに任されたと言う事実は、テレサをいつも以上に行動的にしているようだ。

「はぁ、ウェンディさんの役割の方がよかったかも……なんて」

ウェンディでは出来ない役割、だが離れた場所での作業という複雑な立場に、自分が敵に襲われてもおかしくないという立ち位置だと言うことを見失っていた。

 

 「やれやれ、どうして僕がこんなことを」

そういいながら、建物の上で全体の様子を双眼鏡で見渡すギイブル。状況は予想したとおりになっている。あとは自分に任せられた役割をこなすだけだ。

 

 余裕があったジャティスも、自慢の錬金術を次々と撃ち抜かれ、余裕が無くなってきた。勿論、マナが減ってきているということもあるが、なにより真正面でグレンが余裕綽々でいることが、負担になっているようだ。

「……怖い顔してるなぁ、っていいたいところだけど。この状態で楽観視するタイプでもないだろ」

グレンはようやく起き上がり、胡座を掻いて座る。単純な直感である可能性が高いが、ジャティスに声を掛ける。

「切り札……っていうよりは、増援か?」

その言葉に、ジャティスが応える。

「答える必要はないけれど、そうだよ。もうすぐお前達は数での不利で敗北することになる。僕の正義の前にね」

ジャティスの笑みが醜く歪む。

 

 フラフラとおぼつかない足取りで歩いていたシスティの前に、人影が浮かぶ。

「だ、誰!?」

その人影は、壁伝いにゆっくりと歩いており、システィの声を聞いて止まった。

「システィ……かい。よかった」

少しやせ、両のまぶたに眼帯をしているようで、一瞬見分けは付かなかったようだが、システィーナは気付いた。

「れ……レオンなの?」

真実を知らされていなかったシスティーナも幼なじみの変わり果てた姿を見て、自分が見ていた事に違和感を感じた。強引な結婚騒ぎ、急変した幼なじみ、そして安易に想像できる残酷な未来。

「ねぇ、レオン。体調が悪そうだけど……無理して大丈夫なの?」

残酷な未来が現実ではないと、そう信じ込みたいがための質問。しかし、現実は非情だった。

「いや、もう長くない。こうやっている間にもマナが体中から流れ出そうになっている。体中に刻んだ魔術でせき止めてはいるけれど。根本的な解決にはなっていないんだ」

その言葉に、システィーナが息を飲む。そして、気丈に振る舞おうと躍起になる。

「あ、あなたはレオンの名を騙る偽物ね! 私を騙そうとしたって……」

システィーナは最後まで話すことが出来ない。希望に縋り付く形の言葉で、信じこみたかったのだろうが、それは許されなかった。

「よく聞いて欲しい、システィ。僕は君を愛している。これは嘘じゃ無い。そして、君が魔導考古学を目指している事を否定したことも……嘘じゃ無かったんだ」

「いや! そんなこと聞きたくない! どうして、そんなこと、今更になって……私が犠牲になれば、済むんじゃ、ないの?」

偽物の甘言に騙され、鵜呑みにして行動することを止めた、それこそが正しい事だと自分に言い聞かせて、結局は自分が傷つきたくないだけだったのかもしれない。

「システィ……大丈夫かい? あっ!?」

システィーナに寄り添おうとしたのか、近づこうとしたが、瓦礫に躓き膝をつくレオン。

「レオンっ!?」

心配からかレオンに駆け寄るが、ずれた眼帯の奥をシスティーナは覗き込んでしまった。

「ひっ!?」

そこには何も無かった。本来あるはずの、白も瞳も、光を反射するものは、なにも。

「……簡潔に説明するとね、僕は魔術を掛けられて正気を失っていたんだ。それはとても強力で、一度掛かってしまえば、死は避けられないほどに……だけど、唯一正気を取り戻す方法が、五感のうちの視力を失うことだったんだ」

思考の根本を揺るがしかねない魔術ではあるが、脳が正常でなくなれば、その魔術も正常に働かなくなる可能性もある。対象を認識した際に発現する魔術だったので、今までと同じように認識できなくしたのだ。それで、これまで操られていた思考をあやふやなものにした。

「それで、両目を?」

だが、完全に正気に戻った、と言うわけでは無い。あくまで、術を掛けられる前に近づいたというだけだ。

「ああ、だがこれでいい。最後に君に話すことが出来るなら」

システィーナはレオンに近づけない。近づいて、一度手を払ってしまったから、レオンが見えないことをいいことに善意を振りかぶるような事になってしまいそうだから。

「こうなってようやく、気付いたんだ。魔導考古学に、天空城の謎に挑みたい、それが願いだって。お祖父様もきっと、同じだったんだ。叶わなくても、無理だと分かっていても、そうしないと自分が自分で無くなってしまうんだ、と。それを理解出来ずに君に酷い言葉で傷つけてしまった……謝らせて欲しい」

「そんな! 謝るなんて、必要ない!」

レオンの言葉に、嘘は無かった。システィーナが魔導考古学を探究することは、己を傷つける可能性も充分にあるからだ。

「だけど、僕は魔術にかかったから死ぬんじゃ無い。正気に戻ったから意見を変えるんじゃ無い……理解しなくてもいい、分からなくてもいい。ただ、覚えていて欲しい」

「……レオン?」

システィーナは、耳を傾ける。

「君を愛している、幸せになって欲しい」

 




読了ありがとうございました。

ジャティスの弱点は創作です、ついでに遠距離射撃してるのは以前作った拳銃ではなく、スナイプライフルを改めて製造してます。
ちなみに天使の粉の対処法も創作ですので、延命処置があるくらいに見てもらえれば幸いです。

システィーナの幼なじみポジションのレオンに意味のある死に方をしてもらいたいなぁ、と思って書いていたのですが、これやってるとシスティーナに負担がかかってくる仕様になってると気づきました。
いやぁ、楽しくなって参りました(愉悦)


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レオン参上 第九話

レオン参上、最終回です。

アニメストーリーはここまで?ですがもうちょっとだけ続くのです(´・ω・`)

システィーナのオリジナル衣装です。
書くの難し過ぎて断念した案件

【挿絵表示】



 ジャティスとグレンの戦闘は均衡していた。どちらとも攻めの一手が撃てない中、現れたのはシスティーナだった。

「誰かと思えば、甘ちゃんじゃないか。全く、闘う覚悟も無い子供は、邪魔だよ」

そう言って、躊躇いも無く術を放った。だがそれは、システィーナには届かなかった。風の魔術に対して相性が悪いのもある。

「……白猫、大丈夫か?」

グレンはシスティーナの表情を見ずに尋ねる。彼女の目には、涙の後があったが、けして絶望はしてなかった。

「誰に言ってるんですか、先生」

ジャティスは舌打ちをする、確かに一般生徒程度普段であれば一蹴出来る。だが、この状態で尚且つ、錬金術と相性の悪い風属性の魔術師となると、分が良いとは言えない。

「レオンと約束しましたから」

その言葉にジャティスが反応する。恐らく好機と見たのだろう。

「どうした? 独りじゃ何も出来ない馬鹿者に、敵を討ってくれ、とでも言われたのか?」

激昂して考え無しに突っ込んでくれば、対処のしようはあった、だがシスティーナはそれをしなかった。飛びかかる錬金術を冷静に捌きながら、徐々に髪飾りが輝きをます。

「……憎しみも、悲しみも、レオンのものだって。私には必要ないって」

更に輝きは増していき、システィーナの身体を包み込み、纏っていたウェディングドレスが形を変える。白く純白のドレスのまま、まばゆく輝く白い翼、動きやすいスカートに形状を変える。肩から脇までが露出しており、ところどころ魔術を扱うのに適度な露出を保っている。

「だから、私がレオンと約束したの。貴方をぶっとばす!」

目尻には涙が溢れ、悲しみを隠しきることは出来なかった。だが、彼女の強い意志は立ちふさがる壁を全て打ち砕き、前へと進む。

「く、くそがぁ!?」

「いっけぇえええええ!」

システィーナのゲイルブロウはジャティスの魔術の全てを呑み込み、吹き飛ばしていく。

 

 システィーナが肩で息をして、吹き飛んだジャティスの方向を睨みつけている。確かに吹き飛ばした後も一向に気を緩める様子がなかったので、グレンが肩に手を置いて話しかける。

「よく頑張ったな、白猫」

「……先生」

漸く張り詰めていた糸が緩んだのか、少し落ち着いた様子で肩の力を抜く。

「当然です、レオンが、力を貸してくれたから」

背中から伸びる四枚の羽と、動きやすいデザインのドレスは、魔力感知の低いグレンにも分かるほど、魔術的に優れていた。

「自分を触媒として魔術を発動させるサクリファイス、あいつは自分自身を触媒とすることでそのぶっ飛んだ衣装を作り上げた。マナの制御が出来ないなら、魔方陣を刻み込んで、体内に押さえ込むようにすることで、一定時間の間マナ欠乏症にならないようにすることも……自分で考えやがったんだよ。出来ねぇよ、そんなこと。例え惚れた相手だったとしてもな」

何の比喩でも無く、命を懸けてシスティーナを守ることを選んだのだ。せめて自分の命を、死ぬことに価値を持たせたいと考えたとしても、出来る事では無い。例え無価値になったとしても、相手のために死ぬ覚悟が出来る人間なんて数えるほどしかいないだろう。

「レオンは、凄かったんですね。本当に。どうして……こんな事になってしまったの?」

まだ20も生きていない、少女と言ってもいい年齢の子供に人の命を背負うなど、重すぎる。重圧に潰れて動けなくなりそうなものだが、システィーナはそれでも前に進もうとしている。彼女を支えるものをグレンは本当に理解出来ているとは言い難いが、支えなければならない。それが先生としての役割なのだ、と感じながら。

「それじゃ白猫、とっととアイツを捕まえて帰ろうか。流石に、疲れたろ」

そう言って手を貸すグレン。最初は恥ずかしがってその手を掴もうとしなかったが、己の疲労が想像以上だったのか、膝が崩れかけたのを支えられてからは素直に手をとり歩き始めた。

「さ~て、そろそろ年貢の納め時だな、ジャティス……な!?」

瓦礫に埋もれて身動きが取れないジャティスの前にラケルの姿があった。

「ラケル、何で此処に?」

入れ違いの格好でここに来たシスティーナは訳も分からず、普段通り話しかけようとする。その状況が異常だと気付いたのはグレンだった。

「まて白猫……お前はラケルなんだよな?」

システィーナの腕を引き、ラケルと距離をとる。

「……てめぇ、遅いだろうが」

沈黙を破ったのはジャティスだった。ラケルに対して、怒りを顕わにしている。

「手助けは必要ない。脱出の際に協力する、という契約だったと覚えていますが。ジャティス殿が手を引くタイミングまで待っていましたが、あまり良さそうでは無かったみたいですね」

ラケルは興味なさそうに呟く。腰にはいつも差している脇差しともう一本短めの脇差しを差して。

「答えろ、ラケル!」

グレンが吠えると、ゆっくりとラケルが振り返る。

「ああ、すみません。この身体にまだ慣れていないもので。遅くなりました、私はホーエンハイムと申します。一度、おめにかかったとは思いますが、理解しにくい部分もあると思いますので」

「なん……だと?」

「どうしたのラケル、様子が……変よ?」

システィーナも異変を感じ取ってはいるが、状況が飲み込めていない。だがそんなことはお構いなしに、ホーエンハイムは行動を起こしていく。

「ああ、ウェンディ殿がまだ500メルトル先の屋上にいるはずなので保護をお願いします。彼女も、状況を理解出来ていないでしょうから」

ホーエンハイムが転送魔術を発動させる。制止しようとグレンが手を伸ばすが、それは間に合わなかった。

「……くそっ、他の奴らは無事か!?」

 

 時は少し遡り―――

 

 「順調に当てて……動きが無くなりましたわね。どうしま……す?」

そうウェンディがラケルの方を見ようとした瞬間、突き飛ばされて屋上の隅に尻餅をつく。

「いったぁ、なにすんの……よ?」

痛みに一瞬気を取られてラケルのことを糾弾しようとすると、目の前に広がる光景に舌をまく。現れた刃渡り60センチメトルほどの刀を振るう男の刃をラケルも刀で受け止める。はじき返すと少し距離を取り、今度はラケルが切り返す。受け止められるが、少し押し込み体勢が崩れる、そのまま袈裟斬りに一太刀を入れ、襲ってきた男が倒れる。

「ははは、流石に易々とやられてはくれないな」

ラケルが刀を振るい、ついた血を払う。

「まぁ、そちらも一体目で終わるとは思ってないでしょう。念のためではありますが、彼女には手を出さないようお願い致します」

ラケルは喋りながらも、腰を低くして抜刀の構えをとる。

「それじゃ、次は俺が行くぜぇ!」

外壁を駆け上り、大上段からの振り下ろしでラケルを狙う。腰を落とした状態から滑るように横に避け、返しの一太刀をいれようとするが、黒塗りの鞘に阻まれる。

「ったく、戦場に女連れ込んで手を出すななんてなぁ……ホントにこいつが相手なのか、よっと!」

鞘で弾くと、打刀としては随分と分厚い造りの刀を振るい、ラケルはそれを避ける。

「まぁ、強けりゃそれ……で?」

腹部に違和感を感じた瞬間、赤く染まる鎧に防ぎ切れていない事を察した。気を取られたのは一瞬だったが、ラケルにとってはそれで充分だった。高速の突進からの突きは刃を避け、鞘を真っ二つにして腹部を過たずに貫く。

「……ひっ」

崩れ落ちる音だけを残し、物言わぬ人型となったそれに目もくれることも無い。人を殺しているにも関わらず、一切の興味がないように見える。

「手を出すつもりはないが……場所を移して貰った方が良いように見えるが?」

太刀を腰に掃き、悠然と佇むその姿に、何故か美しささえ感じそうな男が、ウェンディに目を向ける。

「な、なんですの……負けているからって、私を狙おうとしても」

そこで、ウェンディが言葉を止める。男の背後から、気配が幾つも現れたからだ。

「いやなに、我々の狙いもラケルではあるが、これから起こる事は少女にとっては少々酷かもしれん、と思ってな。まぁ、子供とは言え戦場に出ているのだ、侮るのは失礼という者だな、忘れてくれ」

そう言って、また次の刀を構える。

「さぁ、殺し合いはまだまだ続くぞ」

 

 「ウェンディ、大丈夫か!?」

グレンが近寄り、ウェンディに声を掛ける。ビルの屋上で放心状態だったウェンディは漸く我に返ったらしい。

「グレン先生、ラケルが……ラケルが!?」

酷く怯えているのか、両手を掴んで、訴えかける。それをテレサが宥め、普通通りに話が出来るようになるまで、少し時間がかかった。

「……ラケルは、どうなりましたの?」

それに対して、グレンが答える。

「ホーエンハイムってやつの魔術で、乗っ取られてる」

「乗っ取られてる? 何を言ってますの? そんな魔術なんて聞いたことがありませんわ!」

ウェンディが見た光景は、そういった言葉とは違う何かをみていたらしい。

「ウェンディ、お前は何をみたんだ?」

「あれは……」

 

 最初の男が、太刀を抜き構える。

「さて、そろそろ頃合いかな」

対してラケルは満身創痍だ。左腕はろくに動かず、それでもなお動きが衰える事はない。

「まだ、そちらは残っているようですが」

闘う意思は全くおとろえていない。そして、身体は傷ついているが。

「はっはっは、今の貴方と互角に戦えるのはこのタイミングになるからなぁ。さぁ、やろうか」

ウェンディが隅で座っていると、ラケルが刀を構える。

「そうですね……いざ、勝負」

振りかぶって大上段に振り下ろす男の剣戟を紙一重で躱して返しの刃で切りつける。攻撃はかすり、血が流れるが、決定打ではない。

「はっはっは、そろそろ俺も本気をだすか!」

そう男がいうと、構えが変わる。今までの雰囲気と打って変わって確実に殺すという意識が感じられる。ラケルもまた傷を負いながらも集中力は切れてはいない。互いの刃が四肢を削り、鎬を削り合う。実力は互角、互いに闘いの中で成長しているのだ。

「う……そ」

ラケルの大上段からの切り下ろし、男の突きが交差し、互いの身体を貫く。どうみてもどちらとも致命傷に至っている。吐血し、互いが互いの血で染まっていく。

「……これで、良いんだな」

「良きかな……よき、かな」

二人がそう呟いたあと、血によって魔方陣が紡がれていく。二人を中心として一つになるように。

「どうなった……ですの?」

魔術の光が収まるとラケルが中から現れた。雰囲気が違うのは衣装が替わっていたからか、それとも際程までの傷だらけだった身体が無傷になっていたからか。

「ああ……これで漸く、目標にちかづきましたね」

あるいは、胸に怪しく光る赤い石が、彼の全てを変えてしまったかのように見えたからか。ラケルはウェンディの事を振り返ることも無く去って行く。他の男達は、ラケルが居なくなったからか、それぞれ散り散りに去って行った。残されたのはウェンディ独り。

 




読了ありがとうございました。

ラケルがホーエンハイムになりました(錯乱)
な、何をいっているのか(略

ホーエンハイムは賢者の石を通して、記憶、知識、思考を共有しています。
つまり、別に乗っ取りとか支配とかそんなものが有るわけではないのです。
但し、人の一生分を簡単に越える記憶量と知識を持った人間が人格を保てるかと聞かれるとそうではないと思います。

元々の意識や記憶をそのままに、自分自身をホーエンハイムと認識している状態ですね(適当)


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ロクデナシ教師とロクデナシ錬金術師 第一話

オリジナルの話です。

ラケルとホーエンハイムの目的は一体なんなのか?
それは作者にも分からない!(適当)


 「おはよう、ルミア」

「おはよう、システィ」

学院には、平和が戻ってきた。レオンについての問題も表面上は収まり、いつも通り魔術へと打ち込む日々へと戻る。

「あ、先生」

二人が歩いていると、一枚の紙を睨みつけて考え込んでいるグレンが見えた。朝時間よりも早く来ていること自体稀なのだが、真剣な顔つきということも合わせて、異常というしかなかった。

「何かあったんですか、先生」

心配そうにシスティーナが声を掛ける。漸くグレンも気付いたのか、紙をしまって二人に振り返る。

「ん、ああ、なんでもねぇよ。とっとと教室にいけ」

そういうと、グレンは自室に戻っていく。

「ねぇ、システィ……」

「うん、多分」

思い当たる節があるのだろう、二人とも。

 

 教室でグレンを待っていると、疲労しているウェンディの姿を見つけた。

「ウェンディ、大丈夫?」

それに対し、ゆっくりと二人の方を見る。

「……あぁ、ちょっとね」

そう言って、直ぐにうつぶせになる。それに対して、テレサがフォローを入れる。

「ごめんね、ラケルの運送業のほうで手伝ってるの。やっぱり私達だけだとむずかしくて……」

そう答えたテレサの顔色も良くない。詳しく聞くと、ラケルの父親がいなくなったラケルの代わりに務めていたようだがすぐに滞っていることがテレサとウェンディに発覚。ギイブルにも手伝って貰い、なんとか業務が進むようにはしているのだが、安定しているとは言い難い。

「ほとんどラケルの残したマニュアルに沿って動いてるだけですの。トラブルは私とテレサの方でもみ消してはいますが……メリットがなくなれば直ぐにでも打ち切りですわね」

協力会社からすれば、急に運送が止まるというのは困るため、多少の支援はでるだろう。しかし、そう長続きはしない。それまでに対応を考えなければならない。

「私達でも、出来る事をしましょう」

システィがルミアに告げる。不安そうな感情を押し殺し、首を縦に振る。

 

 放課後授業が終わった後に、システィ、ルミア、リィエルでラケルを助ける為の作戦会議を始める。勿論、何の手がかりも無いため碌に進みはしないが。

「兎にも角にも、手がかりを探さないと」

と言うことで、初日は地道な聞き込み、市内の調査という形になった。各人思い思いの場所を調べるものの余り結果は良いとは言えない。

「……今日はここまでね」

日も暮れ、システィが全員に告げ、各自帰路につく。次の日も同様に探し続けるが、結果は芳しくない。

「……効果的じゃ無い」

誰もが理解していたが、三日目にしてリィエルが声に出した。むしろ飽き性なリィエルにしてはよく耐えた方かもしれない。

「確かに、このまま続けても、結果が出るとは限らない。どこか違う場所を……」

そう呟くと、一カ所思い当たる場所があった。

「意外と簡単に許可が出たね」

ラケルの部屋の合い鍵を借りラケルの部屋を訪れる。置いてある物は実験に使う物、魔術書が置いてある本棚、後は魔方陣くらいのものだ。

「簡素な部屋……何か分かるかな」

そう言って、魔術書を始め、各人で探し始めるが、特別手がかりとなるものを見つけられない。何かあるのかもしれないが、このメンバーでは、解読するのに時間が掛かりすぎて時間が足りないのだ。結局この日も成果は得られないまま、日が暮れる。

「……今日も駄目ね、引き上げましょう」

疲れが見える表情でも気を張って皆に指示をだすシスティ。翌日も同様にラケルの部屋を調べていると、グレンの姿が現れる。

「おい……流石に止めとけ。これ以上は時間の無駄だろ」

時間の無駄、それは各人が感じていた事だったが、それでも誰一人彼を探す努力を止めようとはしなかった。

「そうだ! グレン先生、何か持ってましたよね。あの時隠した紙は、何かラケルに関係あるものじゃないんですか!?」

システィが詰め寄ると、グレンは依然として態度を変えない。

「関係ない。それにお前達ももうやめろ。遊び半分で首突っ込んで良い話じゃ無いぞ」

その言葉に、システィがグレンの襟首を掴み締め上げる。

「遊び半分なんかじゃない! 手遅れになれば……また、失うかもしれないんですよ!?」

疲労故か、グレンを掴む腕にも力が入っていないように見える。グレンも、その言葉に自分の至らなさに気づき、それでも言葉を続ける。

「遊びじゃ無いなら、尚更だ。馬鹿一人捜すために、お前達を危険にさらせるか。セリカや他の先生も動いてるし、俺だって何もしてないわけじゃ無い。いいか、お前達が何も出来ない、っていうつもりもないし、子供だからじゃない。俺が守り切れないかもしれないから、関わって欲しくないんだ」

そうグレンがシスティーナに語る。その言葉は真摯で心からの言葉に聞こえる。だが、それでもシスティーナは調べるのを止めようとはしない。

「おいっ、聞いてたか白猫」

「放してっ!」

乱暴に振りほどいた手は、グレンの腕を傷つけた。滲む血とシスティーナの目に浮かぶ涙、その意味を理解出来ないグレンにシスティーナが叫ぶ。

「グレン先生の言っている事が正しい事は分かります! でも、正しいからと止められないから、何かあってから貴方の所為に出来ないから、行動しなかった自分を……許せないから」

溢れる涙を袖で拭い、行き先の無い怒りと背後に忍び寄る恐怖に耐えられない少女の姿があった。

「すみません、少し頭を冷やしてきます」

「……白猫」

グレンの横をすり抜けるように、ラケルの部屋から出て行くシスティーナ。

「先生、システィの事は任せて下さい。私が……私がついてますから」

システィーナの後を追って、ルミアがラケルの部屋から出る。

「何やってんだ、俺は」

ラケルの捜索が難航しているのは、システィーナ達だけではない。グレン達もまた、足取りを掴めないでいる。

「グレン、こっちは何も分かっていないに等しい。何か手がかりがあるなら、私達で分かることがあるなら情報を共有すべき」

自分から意思表示をすることが珍しいリィエルに、反射的にグレンは尋ねた。

「ウェンディやテレサは分かるんだが……どうして、お前や白猫も躍起になるんだ?」

勿論、クラスメイトが失踪したという大事ではあるものの、多くの生徒は必要以上に関わろうとはしない。理由の一つに接点が少なすぎて関わりづらいということもあるのだが、よっぽど関係が深い人間で無ければ積極的にはなり得ない。

「私は、一度助けられている。グレンやラケルから見れば違う様に見えているかもしれないけれど、彼の選択で私はグレンを切らず済んだ。それと、過去と向き合う事が出来た、借りを返せるというなら行動に移す」

リィエルは自分の意見を述べた上で、話を続ける。

「システィは、目の前で誰かが居なくなるのが耐えられない、そう言っていた。ウェンディやテレサを見る度に苦しそうな表情をしていた。ラケルを見つける事で助けられるなら、私はそうしたい」

「馬鹿野郎……」

システィーナは恐らくレオンを失った自分と姿を重ねているのだ。もう少し時間空けば、冷静に判断出来るかもしれないが、立て続けとなると、そうはいかない。彼女が言っていたとおり、レオンを助けることが出来なかったシスティーナは、次同じことになる可能性がある限り、何もしないということは出来ない。仮にそれが比較的に良い選択に見えたとしても、だ。

「今俺達が分かっている情報はこれだけだ」

そういってポケットから、一枚の紙をとりだす。

「魔方陣?」

巨大な円の中に更に円が五つ入ってる形だ。円の中には様々な文字や記号が描かれている。

「ああ、ラケルが目的としているのが、この魔術の実現、ってとこまでは分かってる。そんで魔方陣の解析もほとんど終わってる」

それを聞いてリィエルは疑問府を頭の上に浮かべている。

「だが、これで何が出来るのか、何が目的なのか、さっぱり見えてこない。火、雷、水、土、風の五属性の魔術なのは見りゃ分かるんだが、実際に魔術を起動させても、いまいち何が起こってるのか分からん」

各属性の魔術が次第に規模を大きくしていくが、いずれ頭打ちになる。となると、そこが魔術の結果になるはずなのだが、何も起こらない。それ故にこの魔方陣が正しいのかどうか、精査がグレン達で行われている所になっている。

「目的が、分からない?」

リィエルがそう話すと、グレンは頷く。

「ああ、ここまであっけなく分かったんだが、目的が分からなきゃ、その先が追えない。色々当たっては見てるし、この部屋もその一つだったが……」

ラケルの部屋について、探しているリィエル達も分かるとおり、直接的なヒントにはなり得ない。何か切っ掛けがあれば、繋がるかもしれないが。

「ラケル……目的。確か、ラケルが私のことを調べてた、ような?」

そう言われて、白金研究所のことについて思い出す。リィエルというよりは、リィエルが生み出される課程に使用された固有魔術のことだが。それで何かに気付き、グレンは動きだし、ラケルの部屋の魔術書を幾つか取り出し、調べ魔方陣の紙に書き込んでいく。

「……おいおいおい、なんてこと考えつきやがる」

頭を掻き、どうやら真相に辿り着いたようだ。

「……グレン?」

「ちょっとセリカに報告してくる。それと他の連中にも、だ。学園の外に出てくるから、白猫達にはここで待つように伝えてくれ、頼んだぞ」

そういうとグレンは足早に学園の外に出ようとする。

 

 「くそっ、こう言う時に限って繋がりにくい……街がやべぇってときによ!」

グレンが学園の外に出て、人通りの少ない路地でセリカに通信をしていると背後から人影を感じた。

「どうしたグレン、何か分かったのか?」

その姿は、リィエルの同僚のアルベルトだ。長身の男で、グレンの元同僚で今回の調査にも関わっているはず。

「アルベルト……じゃねぇな、誰だ?」

グレンがアルベルトを睨みつけると、アルベルトが意外そうな顔を浮かべる。

「どうした? 考えすぎで頭がおかしくなったのか?」

おかしくなった親友を気遣うように話しかけるが、グレンは警戒を解かない。

「アルベルトなら俺がセリカと通信できることを知ってる。俺がセリカに伝える事なら……それを何かと問うことは、あいつなら絶対に無い。上下関係に厳しいアイツなら、絶対にな」

その発言を聞いて、魔術を解くとエレノアの姿が現れる。

「あらあらそれは……アルベルト様にとんだ失礼をしてしまいましたわ」

エレノアはそう呟くと、グレンと相見える。グレンも固有魔術のザ・フールを隠し持ち魔術を唱える体勢を整える。

 




読了ありがとうございました。

はい、システィーナがレオンに対して罪悪感を抱いた場合こうなるかな、と思いました。
そういえば、アニメしか見てないから分からんだけかも知れないけどね(笑)

よく分からないけど、間違いかも知れないけど、行動する、そうしていく間に泥沼にはまっていくヒロインが見たいです(愉悦)


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ロクデナシ教師とロクデナシ錬金術師 第二話

ロクデナシ錬金術師の話の続きです。

エレノアと闘わなかったりします。



 グレンが気を張り、エレノアの一挙手一投足に集中するが、一向に動く気配がない。

「なんのつもりだ?」

「いえいえ、私とグレン様の相性は悪くありませんので、グレン様の動き次第でも……というのが一つ。正直に言えば、話し合いで解決出来るのであれば、そのほうが私達にとっても有り難いのです」

「話し合い、ってよくもまぁそんな提案が出来るものだな」

グレンが気を抜くこともなく、エレノアと会話を続ける。

「ええ、戦闘をするとなれば私の方が現状有利ですので。待ち伏せしていたようにも見えたでしょう? それと、ラケルとホーエンハイム、彼らの情報をお渡しします。それと対価に」

「ラケルの魔術の目的を教えろ……いや、ラケルとホーエンハイムの、ってことになるか。しっかし、単独で出待ちってことは相当切羽詰まってるのか。お互い狂人に振り回されるのは厳しいな」

グレンがそう返すと警戒を解く。

「……侮れませんね。敵相手にそうも簡単に警戒を解かれるとは」

「情報収集に武力行使は悪手だからな。特に手に入れる手段が聞き出すしかなくなると、魔術による強制は誤情報の精査で時間を食う。お前が単独で出しゃばる理由は、その辺だしな」

エレノアの表情が険しくなる。敵対勢力による情報収集では無く、第三者勢力間での情報収集になるので、戦闘はむしろ戦力軽減になる。目的が明確にならない以上、悪手となる行為は避けたいのは確かだが。

「いいでしょう。ややこしい交渉事がなくなったと考えるとします。こちらの情報から先に出します。貴方方がラケルと呼称しているのは、正式名称パラケルスス、大錬金術師と呼ばれたアルキメデスが自分の遺伝子を操作し、人工授精で生まれた個体です」

その言葉にグレンは絶句する。

「あいつ、まじでアルキメデスの子供だったのかよ。ってなると、年代がおかしいことになるが」

「おそらく、育成装置の為でしょう。培養液の中に50年程存在し、意識を持ち始めたのも30年ほど、と聞いて居ます。多少の誤差はあるでしょうが、概ねあっているはずです」

ホーエンハイムの情報は貴方の情報の後で、どう告げるとエレノアは黙り込んだ。

「ほらよ、こいつをくれてやるよ」

市内の全体が描かれた地図を渡す。それには手書きの円が書き込まれている。

「ラケルの行動範囲と魔方陣から割り出した実際の魔方陣のスケールだ。市内全域を使って大型魔術を行うつもりらしいぜ」

それを拾い、改めて大規模の魔術に目をむく。エレノアはグレンに疑問を投げかける。

「この範囲になる根拠は?」

「ホーエンハイム、つったか。そいつが言ってたんだが、リィエルに記憶を移植した魔術が死後だのなんだのを写してる可能性があるとか言っててな。ついでにラケルが求め続けていたのは、魔術の原点、混沌の渦に至ること、錬金術のこの世の理をひもとく、ってやつだな。そいつ踏まえて読むと」

エレノアがグレンの話を理解して、もう一度市内の地図に目を落とす。

「数十人単位での基礎魔術の拡大。これは……門の形成ですか?」

それに対し、グレンが答える。

「恐らく、これもまた実験にすぎねぇ。あいつらにとっては、これだけの規模の魔術を行えば、魔術の根本たる別世界の理が見える可能性があるってところだ。個人でやれば、感知することも難しい世界のズレを大規模で行って、観測するつもり……らしいぜ」

信じられないことにな、とグレンは付け足す。その言葉に、納得したのかエレノアは語る。

「ホーエンハイムは、ご存じの通り百五十年前に死に絶えています。肉体、の話ですが。脳と記憶データのみを賢者の石の中に残し、媒体を作り続け今日まで生き延びています。本人曰く、最早自我は残っていないので、記憶と思考を共有するだけの代物だそうですが、何百年の百人足らずの思考と記憶を取り込めば自我を喪失し、ホーエンハイムという意識共同体にならざるを得ない、だそうです」

エレノアは最後に一言だけ言い残して、暗闇に消えていった。

「あくまで、それに耐えうる人材が居なかった、だけのようですが」

グレンもエレノアを追う事はしなかった。エレノアの後を追うことはグレンにとってもリスキーだからである。むしろ、被害も無く離れられたことを幸運に思わなければならない。

「っと、本当に遅いぜセリカ」

セリカからの通信を確認し、グレンは気付いたことと、エレノアから手に入れた情報を伝える。

 

 セリカに内容を伝えるとその夜に学園のセリカの部屋で緊急会議が開かれることになった。そこには、アルベルト、リィエル、グレンの四人が集まっている。

「……集まって貰ったのは他でもない、ラケルが起こそうとしている事件のことだが」

そこでセリカが次に放った言葉に三人は驚愕する。

「お前達は何もしなくて良い。好きにしろ」

以上、と言って会議を終わらせ、ワインを開けようとするとグレンがセリカを止める。

「いやいや、緊急事態だろうが! アイツを止める準備をしないといけないんじゃないのかよ!」

グレンの疑問にセリカが短く答える。

「いやぁ、女王陛下はやはり物わかりの良い御方で助かるよ。早速勅命が届いてね」

セリカが机の上の封筒の中身を取り出し、三人に見えるように広げる。

「今回の件は、私で全て責任を取るように指示された。緊急時における優先レベルも最大にしてある」

それを聞いてアルベルトが身震いをする。

「それは……つまり」

「セリカが自由に動ける……ってことか」

生唾を呑み込むと、漸くセリカの余裕の理由を知ることが出来た。第七階梯の魔術師からすれば、どんな状況になったとしても手遅れになることは無いのだから。

 




読了ありがとうございました。

アニメだとまだアルフォネア教授の活躍が見れてない(泣)
ザワールドが見てみたい!(違

ぶっちゃけ、自由に動けるならあいつ一人で良いんじゃないキャラだと思ってます(笑)


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ロクデナシ教師とロクデナシ錬金術師 第三話

セリカ無双の話です。

まぁ、第五階悌レベルだとこんなもんでしょ(適当


 夜も更け、星明かりだけが頼りになる空の元、ラケルが学園へと足を踏み入れる。

「これはまた……大所帯ですね」

システィーナ、ルミア、ウェンディ、テレサが揃ってラケルを迎える。

「ラケルっ、思い直して下さい!」

普段聞くことのない、テレサの叫び声が響く。テレサの声にラケルは感情を顕わにせずに返答する。

「思い直す……僕はラケルだった頃から、行動は大きく変化していないと考えていますが」

その言葉にルミアが声を出す。

「このまま、魔術を行えば他の人に迷惑を掛けることになるんだよ!」

その言葉にもまた、表情を変えず答える。

「他人への配慮は……あまり得意ではないですが」

そもそも、誰かに遠慮して行動を起こさないなどと言うことはあり得ない。

「既に、先生達が動いています! 今からでもまだ間に合います。大人しくして下さい」

そう叫んだのは、システィーナだ。その言葉でも、ラケルは行動を変えることは無い。

「目的に対し行動していることに対して、他の方からの妨害は想定しています」

そう言うとラケルは歩みを再び始める。目指すは学園の中庭、学園の中心地点。

「私達と敵対しても、貴方は目標に向かうのを止めませんのね?」

それに対して、ラケルは一瞬表情が揺れたが、足を止めることはなかった。

「はい、止めません」

そういうとラケルはウェンディはすれ違う。

「まぁ、この魔術について止める必要はないと考えてはいるが、思うがままに行動されるのは気に食わんからな」

その言葉と同時に現れたのは、セリカだった。

「……あなたがここに現れるとは」

ラケルとセリカが向かい合う。ラケルが刀を構える。セリカは構えを取らず、悠然と立ちはだかる。合図はなく、ただ純粋に突進からの抜刀を行う。

「炎よ」

短節詠唱でも、十分の威力のある火柱が上がり、ラケルが距離を取る。

「まぁ、講師として命令を下せば一応止めるのだろうが……不当な理由なり何なりも準備してるだろうし」

会話の中に詠唱を紛れ込ませ、魔術を行使する。

「貫けホーリーセイバー、絡め取れ土の茨、這い寄れ炎の蛇よ」

白く輝く白い剣がラケルを貫こうと高速で迫るが、それ以上の速度で動くラケルに追いつくことが出来ない。同時に発動した土魔術で地面から泥の茨が迫り、根元から火が蛇のように迫り寄ってくる。

「……厄介な」

のびる茨を刀で切り落としながら、逃げ回る。だが、壁際まできた瞬間、ラケルが呪文を唱えた。

「はじけろ 土塊 破岩せよ」

壁につけた足から魔力が伝わり、爆発するかのように壁が崩壊する。そのエネルギーを全身に受け、目にも映らない速度でセリカに迫る。

「『世界』」

首元まで刃が迫るその瞬間、セリカの固有魔術が発動する。時間が止まり、ただセリカのみが動くことが許される世界が広がっていく。

「私に固有魔術を使わせたことを、誇るが良い。そして、刃を向けた意味を知り」

ホーリーセイバーを手に創造し、胸の中心に突き刺す。

「土に帰れ、錬金術師」

 

 ラケルは勢いをそのままに、地面に転がる。早すぎたが故に、地面にぶつかるだけで悲惨な姿になっていく。

「ラケルっ!」

ウェンディ達の叫び声が響く、そして、それと同時にセリカが目を見開く。

「あ  ぶラ カ  DAぶラ」

その瞬間から、ラケルの全身が再構成される、貫かれ血を吹き出していた心臓でさえも。そして同時に刀を構え、セリカの喉を切り裂く。固有魔術を使った反動か、或いは殺したと判断した油断からか、あっさりとのど元を切り裂かれるが、セリカの右腕が血の線をなぞると、傷がふさがっていく。

「互いに、そう易々とは死ねないようだな」

セリカほどの魔術師になれば、切り裂かれただけの傷など、瞬時に再生してしまう。ましてや、刀として破格の切れ味を誇る一刀であれば、なおさら傷口を塞ぐのはたやすい。

「……セリカ殿と、比べられるほどではありませんが」

夥しいほどの魔術が、ラケルを覆う。その一つ一つが必殺の威力を秘めていたとしても、ラケルが諦めることはなかった。

 

 「ああ、そろそろ時間だな。かつての大錬金術師でもここまで闘えたかどうか、戦闘能力だけで言えば充分驚異だ」

セリカが、腕を組みラケルに対して評価を下す。袖は一部敗れ、裾に付いたほこりを払う仕草をする。対してラケルは、満身創痍膝を突き、肩で息をしている。魔力もラケル個人に残っているのは然程ないだろう。だが、学園外からとてつもない魔力が学園の中心に向かって伸びてくる。

「なに、これ!?」

システィーナが驚きの声を上げる。そらには火、水、風、雷、土のマナが輝き、独りでは制御すらも難しく、星の光ですら霞む程で、市内の空を一変させた。

「テレサっ!」

「分かってます」

ウェンディとテレサがラケルに向かって走り出す。ルミアの制止の声は間に合わず、中心に座るラケルに向かって手を伸ばす。

「……っ!?」

 




読了ありがとうございました。

セリカの戦闘シーンは難しいですね、圧倒的な姿を書きながら、猫対ネズミぐらいの雰囲気にしたかったです(適当)
まぁ、食べられはしないでしょ(愉悦)


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ロクデナシ教師とロクデナシ錬金術師 第四話

ラケルを説得するために、二人が無茶をするお話です。

ラケルと意識共同体になったホーエンハイムが、目指した場所とは……?


 そこは、魔術の中心。ラケルが立ち魔術をコントロールしている。溢れ遡るマナにより、一般陣であれば、姿を保つことも、一介の魔術師程度であれば意識を保つことも出来ない場所に、ウェンディとテレサも立っている。

「……無茶をしますね」

ラケルが、二人にそう語りかける。セリカに挑んだラケルほどでは無いと、ウェンディは呟く。そして、ウェンディは短く問う。

「ラケル、終わったらちゃんと帰ってきますの?」

ラケルがその問いに頷くと、ウェンディは翻し魔方陣の外に出ようとする。

「そ、そんなウェンディ……それだけ?」

テレサが動揺して声を掛けるが、ウェンディは歩みを止めない。

「ラケルに振り回されて疲れてますの。それにここに居ても何も出来ないし、また後でね」

手を振って光に呑まれていくウェンディ、それを見送った後ラケルも、テレサに話しかける。

「一応保護魔術を行使しては居ますが、あまり身体に良いとは言えません。テレサ殿も……」

その言葉に、テレサが怒る。

「ウェンディもウェンディだけど、一番悪いのはラケルなんだからね! 一言も無しにいなくなるし、訳分からない魔術の為に、気付いたら大変なことになってるし……なんだか、私一人だけ心配してるみたいになっってるし」

そうテレサがいうと、ラケルの胸元に手を伸ばし、身を寄せる。

「すみません、ホーエンハイムになるとは予想していたのですが、お伝えしていればよかったですね」

テレサの肩に手を乗せ、ラケルも近づく。

「ラケルは、今ラケルなの?」

「はい、ホーエンハイムと意識共有体になっては居ますが、自意識もハッキリしています。この魔術が終われば、恐らくは戻れると思います」

その言葉に、テレサは決心し、ラケルの唇と己の唇を合わせる。

「絶対、帰ってきて下さい! 約束ですからね!」

そう叫んで、足早に魔方陣から外に出て行く。それを見送るラケルは少し寂しそうな表情をしていたのかも知れない。

 

 そこは、真っ白な空間。自分以外に何も見えない場所。

「やぁ、こんなところに人間が来るのは久しぶりだ。何時以来だったかなぁ」

子供のような、男のような、女性のようなあやふやな輪郭をもつものが、突然現れた。いや、現れたように見えただけで最初からそこに居たのかもしれない。

「お前が悪魔か」

それは、悪魔と呼ばれる。或いは天使、或いは妖怪、神、妖精――― 人とは違う理にある、人間とは異なる位相に存在する者。

「そうだね、君たちがそう呼ぶならそうなんじゃないかな。魔法と呼ばれる理をもつ種族だ。まぁ、僕たちからすれば、君たちの世界が異界になるんだけど」

その異界の住人が尋ねる。

「君は、本当にこちらに来るのかい? 上も下も天も地も、朝も昼も夜も太陽も月も存在しない世界で、君たち人間は存在することが可能なのかい?」

その問いかけに身震いをする。当然のことではあるが、自分は今まで生きてきた世界を離れるのであれば、命の保証はない。自分を認識すること無く、消滅する可能性も充分にある。

「まぁ、それはその通りだな」

それでも、魔術に魔術を重ね、異界への門を開いた。そして、その中でなお自分が自分であると認識出来たのは、パラケルススという自分の容れ物があったからである。

「それで諦めるなんて、ホーエンハイムの名が廃るってもんだ」

そう言って、異界に向かうことを決意するホーエンハイム、その最後に悪魔が思い出したかのように語る。

「そうだ、君たちで言うところの一五〇年前、老人が一人来ていたね。名前は……」

その名前は思い出せなかったようだが、ホーエンハイムが知る限り、そんなことが出来る人間はただ一人しか居ない。

「ったく、あの糞じじい。ようやく追いついたと思ったら、先に行ってやがったのかよ」

そう言うと、光の先へとホーエンハイムは消えていく。

 




読了ありがとうございました。

ホーエンハイムは『あちら側』に行ってしまいました。大錬金術師が目指した、魔法の世界があるという想定です。
まぁ、本当は全て幻想だったかも知れませんが(愉悦

本来であれば、人間の肉体も精神も魂さえも存在出来ない世界ですが、全て失った上でラケル達との接続のお陰で再構成されたという設定です(笑)


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ロクデナシ教師とロクデナシ錬金術師 第五話

今回は事件が終わった後のお話です。

ただ、めちゃくちゃデカイ魔術が行われて問題にならない訳がないんですよね~(´・ω・`)

もしもしポリスメーン? この人です(愉悦


 ほの暗い檻の中、そこには罪を重ねた者、或いは今容疑を疑われている者がかくまわれている監獄、そこにラケルの姿があった。響く足音と共に、現れたのはグレンだった。

「元気そうだな、檻の中だってのに」

それを言うと、ラケルは普段と変わらない声色で答える。

「ええ、自信の健康状態については特に異常は見当たりません」

嫌みが通じないのも普段通りだ。

「そんで、記憶は思い出せないのか?」

それに対し、ラケルは答える。

「ホーエンハイムの共有記憶に関する部分はアクセス出来ません。それと、それに関する部分で思い出すことが出来ない細部はありますが、大方記憶の消失は見られませんね」

そうラケルが答えた時、グレンは溜息をつく。

「まぁ、確かにお前は死んでなかったから他の連中とは違うんだろうな、ってのは分かるが。それでも、今お前が置かれてる状況は良くないぞ」

そうラケルは今、国家反逆罪の罪に問われ牢獄に囚われている。勿論、原因は先ほどの巨大魔術による異界への干渉によるものだが。

「世間的には、巨大魔術の失敗、ということになっていますね」

そして、その魔術の首謀者はラケル、という事になっている。ホーエンハイムに賢者の石によって意識共有体になっていた人間達の多くは生きた状態だったので、ラケルと同じように多少の記憶混乱はあるが日常に復帰している。

「つか、意識がはっきりしてるから主犯になるのも、どうだかとは思うけどな」

他にも現場証拠などもあったが、ラケルがその事件の主犯格と認識される原因で大きかったことは間違いない。何より、世間一般にはなにが目的だったのかすら明らかになっていない。ただ、周囲への被害はセリカによって防がれた、ということになっているだけだ。

「もうちょっと手回ししてれば良かったんだが……正直こうなるとは思ってなかったからな」

再度グレンが溜息を吐くと、ラケルは特に気にしては居ないようだ。

「そうですね、グレン教諭の責任では無いと思いますが、学園に戻れないのは問題ですね」

そう言うと、グレンが疑問をぶつける。

「そうなのか?」

「ええ、戻ると約束しましたので」

そう答えると、グレンは少し気分を良くしたようだ。

「それじゃ、何とか戻る方法を考えないとな」

だが、グレンからすると妙案は出てこない。しばらく悩んでいると隣から声が聞こえる。

「死ねば、助かるのに」

その言葉の主を探すと、先日の学園襲撃の犯人がそこに囚われていた。

「てめぇ、何が言いたい?」

意味ありげなことを言ったが、理解出来なかったからか怒りを顕わにするグレン。

「簡単ですよ。事件の首謀者、ホーエンハイムが死ねば、今回の件に関してラケル君が罪に問われることはありません」

ヒューイの言葉にラケルは理解を示したようだ。

「ああ、成る程。一度死ねばいいんですね」

 

 「死ねば良いって……そういう訳にはいかねぇだろうが」

グレンは会話の意図が掴めない様子だ。それに、ヒューイが答える。

「事件の主犯格が死んだ事になれば、裁判は終わる。晴れてラケルさんが疑われることはなくなるということですよ」

つまり、ラケルが死んだふりをすれば良いと言うことだ。確かに事件の主犯に明確な人物像があった訳ではない。主犯格を別人にして死んだ事にしてしまえば、ラケル自身がこの事件に関係していた事を追求される事は無いだろう。

「つったって……ラケルに自殺でもしろってのか?」

その言葉にヒューイが惚けた顔で応える。

「おかしいですね、あなたならそれが出来るし、する理由があったと思うのですが?」

 

 裁判所でラケルが被告として扱われている。観覧席にはちらほらと人気があるが、主に裁判をするためだけのようだ。

「それでは、国家反逆罪の罪でホーエンハイムを死罪と……」

そう裁判長が判決を下そうとした瞬間、観覧席から一つの影が飛び出し、ラケルの前に立つ。その瞬間にラケルが膝から崩れ落ち、倒れる。

「誰だ、貴様はっ!?」

裁判官達が驚き、その影の正体を見破ろうとする。だが、それを観覧席にいたセリカが止める。

「急に申し訳ありません。しかし、大罪人ホーエンハイムは、今命を落としました。判決の必要もございません」

セリカに対して、知識があった裁判官はセリカに理由を問う。

「ホーエンハイムは極めて危険な魔術を行おうとしておりました。今回は事前に防ぎましたが、他国の心ない人間達からも狙われるようなそういった代物です。秘密裏に処理しなければならず……裁判で処理されたとなれば、関わった人間が危険に晒されるほどの」

皆様にご迷惑の掛からないように、被疑者は突然死し、遺体も行方不明となったとする必要があると伝える。その言葉に、幾つかの人間は理解をしたが、一部の人間は法によって裁かれるべきだと訴える。すると、影が声を出した。

「世界の理を揺るがす魔術に、触れようというのか……?」

低く響く声に怯え、その場の人間がセリカの言葉に従う。その影がラケルの遺体を担ぎ、裁判所から姿を消した。

 

 場所はラケルの部屋。ベッドの上に眠らされているラケルは裁判以来目を覚ましていない。

「グレンの固有魔術で仮死状態にしたんだが……何時目を覚ますのか」

セリカが体調に関しては問題ないことを示唆する。ラケルが学園に戻ってから、毎日テレサは看病と共に、回復魔術をかけ続けている。ウェンディも毎日訪れ、様子を見ているが変化はない。

「帰ってきたって、眠ったままじゃ意味ないですのよ」

授業はいつも通り行われ、日々の喧噪は徐々に取り戻されていった。だが、少しだけ何かが足りないという違和感を残したまま。

「ウェンディ、大丈夫?」

ラケルの会社自体は、ほとんど父親がきりもり出来るようになっていった。勿論、業績が芳しいとは言い難いが、彼女達に出来る事は元からそう多くは無かったのだ。

「勿論ですわ、ラケルがいないからって何も変わりませんのよ」

その言葉は強がりだと誰もが感じた。親しい友人がいなくなれば、誰だって気が滅入る。だが、ウェンディは弱みを見せたくないとしている。

「テレサも、無理してない?」

ルミアがテレサの身を案じるが、テレサも笑顔で答える。

「ええ、大丈夫です。看病と言っても帰る前に少し様子を見る程度ですので」

よく見ると少し目の下に隈ができているだろうか。体調が万全とは言い難いが、周りには何も出来ない、そんな日々が続いていた。

 

 アルベルトが再び白金研究所に足を踏み入れる。事件があったことなど思えないように研究員が慌ただしく研究に没頭している。ただ少し、以前より効率が良くなったのか余裕があるように見える。

「ああ、お待ちしておりました、アルベルト殿」

アルベルトを迎えたのは、リィエル事件の主犯格だった。

 

 「少し、やせたようだな」

テーブルをはさんで向かい合う様に座る。それに対し、所長は笑顔で答える。

「ええ、この間のこともありましたからね。まぁ、研究を続けれる程度には体調は快復しましたが」

鷹のように鋭い眼が所長を貫くが、動揺した様子は無い。

「……経過観察の状態なのだが、こうも不審な点がないのは逆に怪しいな」

「はっはっは、隠すことも無くなってしまえば気楽になれますな」

一度はお縄についた局長だが、事件自体が表沙汰に出来ない為、監視下のもと職場に復帰している。以前ほどの権力はないはずだが、与えられた範囲内で研究に没頭しているようだ。

「それで、監視下の私を訪ねるとは、何か事情があったのでは?」

そうして、アルベルトはラケルの置かれている現状を説明する。

「なるほど、どうして目が覚めないのか……肉体的には問題がないはずだ、と」

藁にもすがる思いでグレンがアルベルトに尋ねたのだ。人間の体に詳しい錬金術師であれば、何か方法が分かるのでは無いか、と。

「長時間の仮死状態の弊害であれば、普通であれば植物状態になることも考えられます。ただ、ラケル殿であれば別の可能性も考えられますね」

アルベルトが続きを促す。

「彼は魔術による肉体制御を徹底しています。そして、脳さえ正常に稼働してさえいれば魔術を発動することが出来ます。言ってしまえば、覚醒状態でなくても、魔術を使用して覚醒出来るはずなのです」

何十年間も試験管の中で思考実験を繰り返していたラケルにとっては、造作も無いことだった。

「つまり、取り返しの付かない状態だと?」

その問いに所長が首を横に振る。

「その可能性はゼロではありませんが、単純に時間が掛かっているのでは無いかと考えられますね。なにせ、魔術の根幹にまで手を掛けたのですから」

是非、長い目で見守ってあげて下さいとアルベルトに伝える。その言葉をそのままグレンに伝えると返事をし、アルベルトは席を立つ。部屋を出る直前に、ふと浮かんだ疑問をたずねた。

「何故、我々に協力しようと?」

「知りたいと望むから、錬金術師になったのです。今、研究を続けるためには貴方達への協力が不可欠だと考えていますので」

何故か、未だ目の覚めない錬金術師の影を重ねてしまう。その原因に思いをはせながら帰路についていると、思い当たる節に辿り着いた。

「誇りも矜恃もない、飽くなき探究心故か」

 

 夕方が近く、ラケルの部屋で看病をしていると、うたた寝をしてしまったことに気付くテレサ。なんとなく、ラケルと魔術の訓練をした時のことを思い出し、恥ずかしいと首を振ると違和感を覚えた。少し、ラケルが動いたような気がした。恐る恐る近づくと、目がゆっくりと開く。

「ら……ける? ラケル!? 目が覚めたの!?」

テレサがラケルの肩を掴み揺さぶると、完全に意識を覚醒させたラケルが呟いた。

「テレサ殿? どうして貴女が此処に?」

 




読了ありがとうございました。

はい、ヒューイさんと所長は出したかっただけです。
死ねば助かるのにも言いたかっただけです(遺言

本編だったら所長タヒぬんだよなぁ(適当


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ロクデナシ教師とロクデナシ錬金術師 第六話

記憶を失ったラケルとウェンディとテレサのお話……のつもりです。

失ったと言っても、ちょこっとだけなので、日常生活は問題……あったりなかったりします(笑)


 「どうやら、記憶障害だな。ホーエンハイムの一件で不安定になってたのもあわせて、一時期の記憶が思い出しにくくなっているようだ」

セリカがぶっきらぼうに言い放つと、部屋の外でグレンを残し去って行く。グレンが部屋に入ると、システィーナやルミアがラケルを質問攻めにしていた。

「白金研究所の事は覚えているの?」

「ええ、ですが一部を思い出すことが出来ません。ホテル内の出来事と、研究所にいた人物に関する一部の記憶が思い出せないですね」

一部というのは、ホーエンハイムの事だ。そして、ホテル内のというのは。

「体育祭のこと、覚えてる?」

ルミアの問いにラケルが一瞬答えが遅れる。

「……体育祭があったことは、記憶しています。直接関わりがなかったので、競技に対する記憶はほとんどありませんが」

その言葉にグレンが質問をかける。

「まて、競技に関わってないって……ウェンディとテレサのことは覚えてないのか?」

その質問に対し、ラケルは惚けたように答える。

「ウェンディ殿とテレサ殿? 何か競技に参加されていたのですか?」

 

 グレンが中に入ろうとしたテレサを呼び止める。

「先生、どうしたんですか?」

「いや、お前はまだラケルに会わない方が良いんじゃ無いか?」

言葉に迷って、グレンはテレサがラケルと会わないようにと話す。そうすると、テレサは微笑んだ。

「分かってます。最近の事、思い出せないんですよね。仲良くなってからの、数ヶ月間のこと……でも、思い出すかもしれませんし」

グレンの言葉を聞いても尚、ラケルの部屋に入ろうと扉に手を掛ける。

「優しいんですね、先生。でも、思い出せなくっても、いいんです」

横目に見送るが、テレサにとって本当に良いのかどうか、迷っていた。ラケルが目覚める前と後、どちらが彼女にとって良いのかなんて、分からない。

「ねぇ、ラケルさん。体調はどうですか?」

そのテレサの言葉に、ラケルは無表情で応える。

「問題ありません。四肢も体機能にも異常は見られません」

いつもと変わらない言葉、何度通っても同じ。記憶を失う前のラケルであれば、少しは変化していたかもしれない。そんなことを考える度に、テレサの胸に針が刺さったように痛みが奔る。

「ごめんね、ラケル君。もうここに来るのは最後にするね」

きっと苦しむだけならば、最初の関係に戻った方が良い。周りにも迷惑を掛けているし、何より今のラケルと接することが苦痛でしかなくなってしまうことが、怖かった。

「ええ、分かりました」

何の感情も無い返事に、テレサは落胆する。だが、その後にテレサの顔を覗き込むラケルに疑問をもつ。

「ラケル君、どうしたの?」

「いえ、テレサ殿の表情が体調が悪そうに見えたので」

少し、寝不足でしょうか。とラケルが呟く。いつもと変わらない言葉に、動揺し、また落胆する。

「テレサ殿、原因に心当たりはありますか?」

テレサは溜息をついて、ラケルに逆に質問する。

「どうして、ラケル君がそれを聞くの?」

その問いに対し、少し迷って言葉にする。

「テレサ殿がそんな表情をしているのが……なんといえばいいのでしょうか。嫌だと、感じました」

自分が言っていることに違和感を感じている。しかし、理論的では無い言葉が、感情的な言葉をテレサはラケルから初めて耳にしたのかもしれない。

「あ、あははは。そっか、そうだよね」

記憶は失ったかもしれない。だが、過ごした日々は、時間は確かにラケルにも影響を与えていたのだ。忘れてしまったからと言って無くなってしまったわけではない。その事が、テレサの痛みを少しだけ和らげた。

「それと、大型魔術の日、テレサ殿と何か話していたことを、思い出せそうな……」

「思い出さなくて良いからっ!」

柄にも無く大声を出して、ラケルの言葉を遮る。顔を赤く染めたのは、過去を思い出したからか、夕日が彼女を照らしたからかは分からない。

 

 放課後、珍しくラケルとウェンディが図書館で向かい合わせに座っている。勿論、魔術について学んでいるのだが。

「ねぇ、本当に思い出せないんですの?」

ウェンディがジト目でラケルを見つめるが、いつものひょうじょうと変わらずに答える。

「はい、この数ヶ月間の記憶が曖昧ですね」

その言葉に、ウェンディは溜息を吐く。何か問題があるわけでも、何か日々が変わったわけでも無い。だが、期待していた予定が無くなってしまったような、そんな喪失感が残っている。それでも、ウェンディは言葉を続ける。

「まぁ、それでもこれからもラケルさんにお世話になりますし……今度私のおうちに来て下さいね」

そう言うと、招待状をラケルに手渡す。

「分かりました」

特に感情もなく返答するラケル。それに対し、ウェンディはつまらなさそうにしている。ただ、ラケルは少し嬉しそうにしていた。

「ウェンディ殿」

「……ん?」

表情は変わっていなかったので、ウェンディは少し違うラケルの様子に気付くことは無い。

「出来の良い果物が入ったので、それも持っていきましょうか」

その言葉に特に気に懸けることもなく、ウェンディは魔術の勉強を続ける。代わり映えのしない日々が続いていく。

 




これにてラケルの物語は第一部完です。

ウェンディとテレサとのこれからの妄想はあるのですが、まぁ、その辺はロクアカ二期が出たら書きます(書くとはいってない

ウェンディが正妻ポジなのに、ドジかわ枠をテレサにしたくなってしまった。批判はあると思う、だが私は謝らない。

ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。それだけで、作者冥利に尽きます、感謝です。

また次作を書く機会があれば読んで頂ければ幸いです。



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