時のターコイズ (遠藤さん)
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4部
(乙女)の秘密①


序章ってやつです。主人公が養子だってことがわかれば大丈夫。
閑話の類は短めにしております。次はそこそこ長いから覚悟して、どうぞ


「此処に1~6部までのそれぞれ第一巻が置いてある」

 

「はい」

「この中から一つ選んでおくんなまし」

 

 

私のマスターは、いわゆる「変人」の部類に入る人だ。いや、人かどうかはわからないけども。

マウスカーソルの矢印が立体的になったような姿かたちで、大きさはサッカーボールくらい。どこから声が出てるのか、どうやって生きてるのかもわからないし、名前だって「マスターとよんでおくれよン!」と言われたからそう呼んでいるだけ。

素性が知れない人だけど、唯一漫画やアニメなんかの趣味はピッタシハマるんだ。

だからこそ、今の私は困惑している。

 

「なぜ6部までなんですか?」

「私がそこまでしか持ってないから。というか六部はまだ読んでない」

「私だって四部の途中までしか読んでないです」

 

目の前に置かれた六冊のコミック本。目をつむるでも、無造作にでも、好きにでもいいから一つ選べ、と私は推された。なぜなのか、質問してもいいからいいからとなだめられてしまう。

仕方なしと私は一冊だけ選んだ。

 

「へー、やっぱそうだよね」

「なんか一番に頭にシーンが浮かぶんですよね。はまったきっかけっていうのもあるんでしょうけど……」

「OK,好みは把握した。楽しみにしといてよね」

「いったい何が始まるっていうの」

「第三次大戦だ」

 

コミックをどうやってか抱えたマスターさんは、どうやってかけらけら笑いながら部屋を出て行った。日暮れのことだった。

夕食をとり、風呂に入り、すこし絵を描いたら眠くなったので、そのまま眠った。

熱気でじんわりと苦しい中、やけにスムーズに眠気が襲ってきた気がした。

 

 

 

 

あおいちゃんのかみのけってきれいね。でもへんだよ。みんなとちがうね。

 

「うん……かくせいいでん、っていうんだって」

「へー。えきまえにね、うちがわだけ、あおいちゃんみたいなかみの人がいたの。

そのひともそうかなぁ?」

「わかんないなあ」

「そっかあ」

 

 

ヘンだよってね。みんな言うの。

おかあさんはね、とってもほめてくれた。宝石みたいできれいよって。それがすっごくうれしくて、夏場にあつくても、うっとおしくても、きれいに保って伸ばしてた。

あたまをなでてくれるのがうれしかった。梳いてくれるのがうれしかった。

今じゃあ、フトモモまで届くくらいなの。

父親はそうじゃなかった。気味悪がって、私を産んだお母さんもつっぱねた。

離婚した。お母さんは私を責めなかったけど、心のどこかで私を恨んでいたでしょうね。だってお母さんはあの男が大好きだったもの。いつだって恋する乙女の顔だった。

最終的には、盲目的にあの男を欲してしまって、私は都心から遠い場所で暮らすことになったの。

文句はないよ。だって、そうなるべきだったって確信が、「納得」が心の内側にあるもの。

だから謝らないで母さん。わたし、あなたの子どもで幸せよ。

 

 

 

胸の内側からはりさけそうなくらい熱くて苦しかったの。しんじゃうんじゃあないかって先生にすがったけど、

「あいつがしでかすだけだから問題ない。眠ってなさい」

って冷えた手で頭を撫でてくれるだけだった。いつかのかあさんの手のひらみたいにやわからかくて、安心できそのまますぐに眠ったの。ずっと兄さんが手を握っててくれたから、さみしくもならなかったの。

 

それでもあるとき、本当に心細くて、つらくて、だれにも気づかれたくなくて、隠れて泣いてたの。そしたらね、そのこがまほうをかけてくれたの。

道路の真ん中で泣いててもだれも私を気にしなくなって、思う存分私は泣きわめけたの。私にとってもよく似ていて、ずっと頭をなでてくれた。

 

先生が迎えに来てくれて、兄さんがだっこしてくれて一緒に帰るまで、そのこが一緒にいてくれたの。そのこはいつまでも私の隣にいてくれた。

家族のような存在。

私は、その子のことが、本当に、

 

 

 

*

 

 




琴葉葵 AOI KOTONOHA  牡牛座 B型
誕生日:4月25日 
趣味:漫画を読んだり絵を描いたり小説を読んだりすること
性格:温厚で涙もろい、面倒くさがり気味。
あまりにもショッキングなことがあると自分を見失う。
変だとか普通じゃないことが怖い。
家族:義父・義兄
好きな映画:パコと魔法の絵本(主題歌を聞くだけでボロ泣きする)
略歴:不明


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空条承太郎!東方仗助に会う

本編。割とはなからねつ造マシマシです。お付き合いのほどよろしくお願いいたします。


「…う…いや……でもちっとぐれーは……」

 

1999年、M県はS市、杜王町。

駅前のバスロータリー付近にはちょっとした池があって、そこには亀が住み着いている。

180はあるであろう体躯と立派なリーゼントをでかい図体ごと縮こませて、手をのばしたり引っ込めたり、ちょっとのばしてまた引っ込めている、ちょっといかつい少年(まぁ普通の少年よりひと回りは大きいけど)に、かたや一人の少女が軽々しく肩をポンッと弾いた。

 

「HEYおまえさん、またハチュールイと激闘を繰り広げるのかね」

「ウォオオオッ!?」

 

黒いセーラー服を着こなして、ポニーテールに結い上げたご自慢の黒髪が揺れる。

亀と格闘していた少年がものすごい勢いで振り返って驚愕している様を年相応になははははーと笑い飛ばし、相変わらず図体に似合わないねと、右手を腰にかけた。

ぱちぱちと目を開閉させて暫く惚けていた青年は、声をかけたのが知人だと分かると大きく安心したように、なんだ…と息を吐いた。

 

「まだだめなの?亀、こんなにかわいいのにね~」

「おれだってよー、好きで嫌いになってんじゃねーの。お前みたいによしよし~って撫でてやりてーよ?でもなんかこう…ヒヤっとしちまうんだよなぁ」

「ほーン……じゃあ、しかたないなぁ」

 

ホレ、と少女が亀を撫でていた手を差し出す。ウグッと息を呑み、睨むようにその白い嫋やかな手を凝視する少年。

はたから見ると甘酸っぱい青春の一ページのようだが、二人にとっては幼少期からのかわらない日常の一環だった。爬虫類苦手を直そう、と言い出したのはどちらだったか。幾年も前のことであまり覚えていないが、少女が爬虫類をかわいがり、そのままの手に少年が触れる。そうやって、間接的にでも慣らしていこう、というのが、爬虫類を前にした二人の習慣だった。つまり、彼はそれくらい亀とかイモリとかが苦手だった。つまり、それくらい少女が生き物に対してしたたかだった。

まさに恐る恐る、ごくりと生唾を飲みながらゆっくり、ゆ~~っくり、ゆ~~~~~っくりと手を伸ばす少年。急かしも咎めもせずに黙って手を差し出して制止する少女。あと少し、あと数センチ。あともう数ミリ……感覚ではすでに触れているという状態の時、どこかの輩から怒号が飛んできてしまった。

 

「何しとんじゃッ!」

「なんのつもりだきさまらッ!」

 

びく、と二人は同時に停止した。気づけば、二人をあからさまに不良って感じの四人が囲んでいた。後ろは池、前に不良。これが背水の陣か……などと、少女はのんきに考えた。

 

「なにって その……この池のカメが冬眠から さめたみたいなんでみてたんです

カメってちょっとニガテなもんで さわるるのも恐ろしいもんで…… その 怖さ克服しようかなァ~~と思って」

「それがどーして女とおてての触り合いっコになんだよ!」

「いや~昔からの習慣でして」

 

恐喝する不良とは裏腹にのほほんと受け答える二人。首だけ不良を見上げてる状態なので向かい合ってしゃがんだままである。

不良の先輩たちの腹は収まらないようで、立てッ!と怒鳴られ、しぶしぶといった形で二人は立ち上がった。

 

「ほほォ~~~

一年坊にしてはタッパあるっちゃ~~~っ

それに女の方は ヘェ~ッ結構いいカオしてんじゃねぇの、足も髪もなげぇしよ~っ。

新入りの女にしとくにはもったいねーよなあ、あ~ん!?」

「そりゃどうも」

 

リーダー格と思われる不良が少女に顔をググッと近づけて、嘗め回すように足先から眺める。少女は顔をゆがめたり嫌がることもなく、ただ視線を受け流していた。

 

「アン?おい、なんだおまえ 目がまっかっかじゃあねえか?」

「あー、ハイ、隔世遺伝です」

「んなわけあるか~ッ、カラコンなんぞ入れおって、生意気じゃねぇのか!?」

 

言う通り、よくよく見てみれば少女の黒目部分はウサギみたいに真っ赤だった。赤というよりマゼンタとかピンクに近く、およそ人がうまれつき持っているようには見えなかった。

目をつけられはしたものの、不良たちのいちゃもんの目的は少年の格好だったらしく、少女から目線は外れていった。

「おいスッタコ!だれの許可もらってそんなカッコウしとるの?」

中坊のときはツッパってたのかもしれねーがッ!と、取り巻きの一人。

リーダー格がいつのまにかさっきまで戯れていたカメを持っており、アイサツしないことに腹を立てて少年に突き出した。あっカメが、と少女がちょっぴり焦る。そりゃ、何年も克服に携わってきているほどなのだから、生き物とか動物が好きなんであろう。乱暴に不良につかまれたカメを心配して前に出ようとしたところを、少年に男らしく制されてしまった。

制しつつも、「コワイです~~~」とすこしおびえる少年。そのにやついたのが気に入らない不良に裏手のビンタを景気よい音で打ち込まれたが、その瞳は以外にも冷めていた。

さっと口元に手を当てる少女。不良の大きい声でちょっとした騒ぎになっていないかと、いまさらあたふたとしはじめる。友人であろう少年が入学初日から変な噂になってしまっては大変だ。登校時間の朝早くだったためか、人影は少なかったのでそれは杞憂に終わったが。

 

「ゴメンなさい 知りませんでした先輩!」

「知りませんでしたといって最後に見かけたのが病院だったってヤツぁ何人もいるぜ……」

キュっときっちり90度に腰を曲げて謝る少年。謝罪もすでに通じないとでもいうように、不良はカメを振り上げた。

「あ、ちょっと先輩さん!?カメを一体…」

「うるせーなッだまってろアマ!」

 

不良の右後方にたたきつけられるカメと、その腕の勢いのまま肘で押しのけられる少女。

強めの力で投げたのか、カメの甲羅にはひびが入り、血液が流れ始める。少女は地面に背中を打ったようで、ついでに引きずった白い肌に擦り傷をいくつか作った。

どこかからか、「さいてェー」とぼやく声が聞こえる。カメに当たり、少女を傷つけたことで自尊心が回復したのか、ガクランとボンタンと財布を置いていけばよいとカツアゲをはじめる先輩方。ボンタンまで所望する所をきくと、少年に恥をかかせる気マンマンのようである。少年は少女に不良の肘が当たった瞬間、すこーし眉をヒクつかせ、歯をちらりと見せたが、そのブルーの瞳はさめたまま。ただ、心なしか冷めるというよりかは冷徹である。見る人が見ればトボけているようでもある。

バス停に並ぶ人がこちらを気にし始めている。少女はケガして情けないやら、公衆の面前で虐げられて恥ずかしいやらで、鼻頭から頬の少しにカッと熱を帯びてしまう。

こちらを下に見て調子に乗っているのか、腰抜けとまで抜かす不良に名前を聞かれる少年。

少年は、

 

「はい 1年B組……東方 仗助です」

 

臆することなく、どもりもしなかった。

 

 

東方 仗助。ニンベンに丈夫の丈に助ける。従来の彼をしる少女は改めて、「名が体を表す」という言葉の意味を見た。

バカにしたようなあだなをつけられても、仗助はありがとうございます、と逆らわずに学ランのボタンに手をかける。

「おいアマ、オメーの名前も聞いとくぞコラ!生徒帳はーっと・・・・?

ンだこれ、なんて読むんだよオイ」

「おいおいカタカナがかいてあんだろーがよー!ア、オ、イ……美人な名前してるじゃねぇかアオイちゃ~~ん」

ギャハハハ、と下品な笑いが少女の脳内にこだまする。ぞわぞわと嫌な感覚が走るが、ぐぐっと下を向いてこらえる。格好や背丈は仗助とあまり変わらないのに、なぜこうも悪寒がするのか。今すぐに立ち上がって怒鳴ってやりたい気持ちがあるが、恐怖心だってある。考えてることが口にうまく出なかったなら、さらに恥をかくことになる。プスプスと音を立てて焦げるような怒りと混ざり合って、少女は口を開くことができなかった。下手に立ち上がることもできなかった。

遠くからバスが走ってきた。不良たちはそのバスに乗るようで、仗助の脱衣を急かす。ついでに、

「チンタラしてっと、そのアトムみてーな髪型もカリあげっど!」

蛇足のおまけつきで。

 

少女が勢いよく顔を上げた。その顔にはもうさっきまでの恥じと恐怖はない。代わりに、驚愕して見開いた瞳と焦燥。やってしまった、というように差した青み。

座り込んでスカートや背中についた土とか砂をなんともせず、仗助に向かって叱咤を飛ばす、が。

 

「まって仗助!もうちょっとこらえて___」

「おい…先輩 

あんた…今おれのこの頭のことなんつった!」

駆けだそうと手も伸ばしたが、ちょっとだけ間に合わなかった。

 

ユ、ラ、リ……と仗助の体がスローモーションのようにぶれた…と思うと、背後から恐ろしくたくましい右腕が弾丸のように放たれ、瞬間不良の顔が、仗助に与えたものよりも音高らかにふっとばされた。少女が、「あ~しまった」というように伸ばした手を顔に当てた。苦笑いになり、憑き物が取れたようにサっと立ち上がってお尻や膝をはたく。畏怖の悲鳴とともに仲間にぶち当たった不良から自分のカバンと生徒帳をむんずとひったくると、カメを拾う仗助のもとへ近寄っていく。

 

「悪ィ、葵。腕見せてくれ……クソ、けっこう擦ったな」

「うん、治してくれるのはいいけど、不良先輩さんを先に直した方がいいんじゃあないかな」

「あン?んまぁ、そっか」

 

いつのまにか傷が治っているカメを池に戻す仗助。その背後で倒れ伏したままだった不良が顔を上げると、グギギギ……と音が鳴るように、顔が治っていく。

仲間たちがそいつを指さしてまた叫ぶ。仗助に葵と呼ばれた少女は、ああ、新入生生活どうなっちゃうのかなあ、と空を仰いだ。

一方の仗助は、カメを直に触ることになったことをダシに、不良へとおよそ16の少年とは思えないようなガンを飛ばしていた。

 

 

 

*

 

 

東方仗助。1983年うまれ、母親は東方朋子。ジョセフ・ジョースターという不動産王との子。

いわゆる、隠し子というヤツ。朝っぱらから修羅場に遭遇した葵……琴葉葵と、広瀬康一は、なんというかいたたまれない気持ちで会話する二人の大男を見ていた。流れで巻き込まれてしまった者同士、なんとなく目線があってしまう。

 

「え、ええと……だ、大丈夫でしたか?さっき突き飛ばされてるのみちゃって」

「えっ!ああ、お恥ずかしいところを……というか、もしかしてぶどうヶ丘の新入生?だったら同い年じゃないかい?」

「本当!?僕は広瀬康一です、あなたは、あおい、さん」

「琴葉葵。楽器の琴に葉っぱ、葵の花の葵で、琴葉葵だよ。よろしく康一くん」

 

琴葉葵という人物について、広瀬康一からの第一印象は、「まるで美少女漫画から出てきたような人」だった。透き通った白い肌、インクでつぶしたような黒の、腰よりながいポニーテール。おそらく改造であろう、指定のものとは違う、半ぞでの黒いセーラー服。整った顔立ち、長い睫毛、薄い唇、かろやかな声……上げるときりがないのだが、彼女はいわゆる「美少女」であった。漫画から出てきたような、というのは、そのモノクロ調な姿格好からだろう。

だが、浮世離れしていたり、近づきがたいわけではなくフレンドリーなのは、その不思議な口調や動作、イントネーションに硬さがないからであろう。

 

こちらで会話が進んだうちに、あちらでも進んでいるようで、どうやら歩きながら説明されるらしい。仗助以上に大きな背丈の男性は「空条承太郎」というらしい。

名前を聞いた瞬間の葵の顔が何とも言えないものだったのが、康一には印象的だった。

 

 

「それと、杜王町に来たのは、もう一件あってな……こちらも人探しだ」

「人探し……ま、また血縁者、とかですか?」

 

承太郎がここへ来た経緯を説明し、仗助がそれに謝り、承太郎が彼への謎を深めたところで、新しく話を切り出した。

間違っちゃあいないが、合ってもねぇ。と承太郎が新しく紙を取り出す。それはずいぶん古いスケッチ画だった。紙は黄ばみ、ところどころ破れ、サインのような筆記体はかすれて読めなくなっている。

 

「おわ、美人っすね」

「ああ…アルセア・ローザという名前に聞き覚えは?」

「いや、ないっす。外国人ですか?」

「そんなところだ。俺たち、ジョースター家が全員この顔を知っている……いいか仗助、よく聞け。康一君もだ」

 

この女は人じゃあない。敵でもない。味方でもない。

 

「……どういうことっスか」

 

承太郎は語る。アルセア・ローザという人物は、いつもも同じ顔、同じ声…多少時代による差異はあるものの、似通う姿のまま、ジョースタ家の血筋にかかわっているという。家族関係、生年月日、親族関係……正確な記録はジョースター邸の消失により残っておらず、手掛かりはこのスケッチ画と、

「ターコイズブルーの髪の毛に、マゼンタより鮮やかな瞳……ってことだけだ」

「ブルー…って、青い髪の毛なんすか!?赤い目って……ほんとに人間とは思えないっすね」

「ああ。おれも因縁を感じざるを得ねー。それに赤い目なんて、よ」

 

女、という単語に、はっと康一が気づく。あたりを見回すと、ついさきほど交友を結んだ彼女の姿がない。

さきほど承太郎に怒号を飛ばされた女の子たちと一緒に行ってしまったのか、いつからいなくなったのか……話に夢中になっていた仗助も、承太郎も気づいていないようだった。

 

「ねぇ、仗助くん、葵さんがいないんだけど…」

「あ?ってほんとだ、いねーっ。……気ィつかわしてくれたのかな、込み入った話だったし」

「アオイ?」

 

承太郎が疑問を口に出す。ああ、そういえば、と仗助が説明をした。

 

「葵っつーのはさっき、おれと一緒にいたやつですよ。琴葉葵。おれとおんなじクラスで、同い年で、幼馴染っつーか、腐れ縁っつーか。そういうやつです……おれのこの能力も見えてるみたいっす」

「それは…スタンド使いということか?」

 

仗助が過去の記憶を巡らせる。確かに彼女は自分の背後にいる腕や足がみえているようだったが、彼女自身がそのような能力を使ったり片鱗をみせることはなかったはずだった。昔からずっとかわらないはず。

 

「たぶん違うと思いますよ。そういう力みしてもらったことはないです。ずーっとかわんねー。」

「……そうか、変わらないか」

 

「……もしかしてあいつを疑ってンすか、アンタ…」

 

ピリ、と仗助の空気が切れ味を増す。さっきのように「髪の毛をけなされたから怒った」のとは違い、張り詰めた冷徹さのある空気。いきなり殴りかかるでもなく、こちらを伺う、落ち着きすぎている空気である。これは……

(髪の毛についてと同格、いやそれよりちょっとばかし上の……触れちゃあいけねー話、か)

 

「葵がアンジェロのように…俺に危害を加えるためになにかすると?その人間じゃねーって女とかかわりがあると…そう考えてるんスか」

 

ドスの効いた、静かな声に、康一の喉がひきつる。まるで16と思えない気配に、背中に冷や汗が流れるのを感じる。フー……と息を長く吐く。やれやれだぜと帽子のつばをさげ、疑っていないことを打ち明ければ、仗助の空気はいくばくか緩いものになった。

話はまた明日、と仗助、康一、承太郎は場所を去った。

 

 

 

承太郎は、仗助の「かわんねー」というところに違和感を抱いたままだった。

杜王グランドホテルに戻った承太郎は、ある所へと電話をつなげる。短い挨拶を告げ、そして、

 

「……琴葉葵という人物について調べる。そちらでもデータベースを漁ってほしい」

そう、告げた。

 

 

思えば、承太郎の時もそうだった。

彼女はずっと変わらなかった。違和感なんて覚えなかった。

ジョセフのときも、ジョナサンのときも。そこにいたことを疑う人はいなかった。

アルセア・ローザという人物は、正確にはジョースター家だけではない。ツェペリ一族、スピードワゴン本人、空条家など、数え切れないほどの「関り」をもっている。だが、それに一切誰も疑いを持ってこなかった。そこが謎だった。

仗助に見せた写真に写る男。謎の怪しい影。それを始めてみた時に、「なにかやばいもの」を感じ取った。それと同時に、また「彼女は現れるだろう」という確信を持った。彼女はジョースターの血が大きなことを成そうとするとき必ず姿を見せる。だから仗助にも伝えたし、承太郎自ら足を動かした。なぜこの血筋に彼女がかかわっているのかはわからない。わからないから調べる必要があった。

 

「……自分でも、なにをしているのかわからねーな。何もわかんねーのに、わかんねーことを疑ってこなかった……それを疑えたのが、てめーが死んだあとだったなんてよ」

 

スケッチ画の笑顔は変わらずに承太郎に向けられている。

 

 

 




アルセア・ローザ…一体何者なんだ…
彼女については4部終わっても判明しません。はてさてこの小説はいつ終わるのやら…

PS ターコイズブルー→アクアマリン→やっぱりターコイズにしよ。

追記2 アルセアさんのところをちょっと変えました。妄想するうちに楽しくなってきた


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(乙女)の秘密②

女の子は何でできている?
女の子は何でできている?
砂糖にスパイス
それに すてきなものばかり
そういったもので できている

あと秘密をひとさじ…


琴葉葵には、誰にも話せない秘密がある。なぜ秘密にするのか、理由は二つ。

一つは、家族以外に打ち明けてもぜったいに信じてもらえない、と思っているから。

最もう一つは、打ち明けたことで私が人と付き合っていくことができなくなるだろうから。

葵は物心ついたばかりの四歳のある日に、高熱を出して倒れこんでいた。その日はジョセフ・ジョースター率いる一行がDIOと対峙したその日であった。葵の保護者は病院に連れてゆくこともせず、ただ家のなかで熱がひくのを待っていた。

葵は高熱にうなされるさなか、ある夏の歴史を見た。それは自分の住む町の歴史。砕けぬ意思、黄金の心のきらめき。

目を閉じ眠っているはずなのに、あまりにもまぶしくて、そして力強く心を揺さぶられた。人は死んでいたし、涙もたくさん流れた。苦しくてたまらないこの闇の中からのぞいた光だった。光をのぞくとき、葵は後ろから語り掛けられるのを聞いた。自分と同じ声だが、背丈も体格も違った。でもあまりにも自分と似ていたので、その人は未来の自分なのだと思った。

その人は自分が「琴葉葵」だと言った。

その人は、「その光は本来なら、私が触れてはいけない光。介入してはいけない物語。何の因果か、私はそこで生きてしまっている。」と言った。

その人は、「私はそこに存在していいものではない。歓迎されるべきではない。生まれてくるべきではない。」と言った。

葵は自分が否定されている気がしたが、当たり前のように納得もした。先祖返りで伸びるこの髪と色づく目がそれを証明していたからだった。

その人は、「もうこの物語は、本筋から外されてしまった。外したのは私だ」と言った。

 

「だからもう、好きにしたらいいんだ。とっても恥ずかしいことだけど、変えてしまっていい。人が死なないように、涙を流さないようにしたらいい。自分を繕って、みんなが笑顔になれるようにしたらいい。もうこれは本来の話じゃあないんだから……」

 

その言葉が、葵には心で理解できた。

 

目が覚めた時、葵の熱は下がっていた。保護者の男は頭を撫でて、「よかったね」と語り掛けた。

熱は下がったのに胸が苦しくて、大声で泣きたい気分だった。足を動かして家から出た。道の真ん中で、葵はこらえられずに泣き出した。人の目があったが、そんなことを気にしていられるほどに心が安定していなかった。なんだか辛くて悲しくて泣き叫んだ。だれも葵に話しかけなかった。その時の葵にとって、それは奇跡だった。

ひとしきり泣きわめき、目を開ければ、四歳の葵よりすこし大きいくらいの生き物が、目の前に浮遊していた。一瞬驚きはしたものの、敵意もなにもないと分かったから、葵はその子を好きになれた。誰も話しかけてこないのはこの子のおかげなのだと葵は悟った。

 

「あのね、お願いがあるの。」

 

葵はそのこの頬に触れて、額を合わせた。

葵のお願いに、その子は何も言わなかった。

 

葵は、自分が「琴葉葵である」と自覚したことを保護者に伝えた。それはとても勇気のいることだったが、保護者ふたりはあっさりと受け入れてくれた。受け入れたうえで葵に言った。

「いいかい、葵。それを例えば、幼稚園のお友達やそのお母さん。知らない人、町長なんかに言えば、君の居場所はなくなる。これは君が読んでいたいつかの小説とは違うんだ。ぜったいに隠し通さなくてはいけない。そして、全てが終わったら、僕らはこの軸から消えなくちゃあならない。」

だれにも打ち明けてはいけない。保身のためにも、町のためにも。葵とその男はゆびきりげんまんをした。

 

 

 

 

『保護者のみなさま、本日はまことにおめでとうございます……』

 

ぶどうヶ丘高校入学式は、そんなことばと拍手で締められた。

グググーッと正し続けて疲れた肩を伸ばし、緊張の糸が切れて、盛大にため息が漏れる。1年B組の教室は、早速新入生の浮かれた空気でいっぱいだった。琴葉葵も例にもれず。

「ねえっねえっ、琴葉さん、葵ちゃんって呼んでもいいッ?」

「いいよ~。よろしくね、これから」

葵の周りには早速女子のグループができ始め、それを遠巻きに眺める男子たちもまた仲間をつくってゆく。

高校生活が華々しく幕を開けた。

 

 

 

「康一ーっ。一緒に帰ろうぜ」

 

校門に立っていた康一に話しかけたのは、今朝会ったばかりの仗助と葵。二人が並ぶ姿を見て、彼は口から「オオッ」と声が漏れた。

 

「どうした?なんかあったか?」

「ううん。僕がいてもいいの?二人とも、すごく仲良さそうだから、そういう関係なのかなって思ったんだけど…」

 

美男美女。16歳にしては身長も肩幅も顔つきも大人らしい仗助。海外の血もまじっているから鼻も高く、瞳は深い紫系。前述の通りみるからに美少女の葵と並ぶと、まさにベストカップル……不良と美少女というギャップが好きな人にはたまらない組み合わせでもあろう。

 

「そういう関係って、わたしと仗助が?」

「付き合ってるかっつーこと…?」

 

ウン、と康一は素直に首を縦に振る。二人は顔を見合わせた後、葵が焦ったように顔の前で大きく手を振った。仗助は微妙そうな顔をして頬をかく。

 

「そんなわけないよ~ッ!私なんてコイツと釣り合わないよ。というか、私みたいな女を選ぶような人は信用ならんね」

「ってよ、こいつ昔っからなんかあるとスグこー言うのよ。あんまり自分のこと下げんなよなあーっ?ま、おれだってお前はねーよ。家族みてーなもんだしよ」

「本当のこと言ってなにが悪いのさー」

「…やっぱり二人ともスゴク仲いいんだね」

 

からかい合うように笑う二人に、うらやましいかも、と康一はちょっと笑った。

 

三人で並んで下校をする。他愛もない話に花を咲かせるうち、康一が承太郎の話を詳しく聞いてみたい、という話題になった。自分の町のことだし、と。

 

「へー、わたしが別れた後、そんな話してたんだ」

「おう。そうだ、おまえいつの間に学校行っちまってたんだよ?」

「ン?だって、ジョースター不動産とか、隠し子とか…けっこう込み入って危なそうだったし。部外者が聞いてたらわるいかなって」

「それもそうだ…ごめんね仗助君」

「へーきだぜ康一。葵もわりぃな、せっかくカメのまで付き合ってくれてたのによ」

 

かまいやしないさ、と笑う葵。その気軽さとやさしさが詰まった表情に、幼馴染を面倒ごとに巻き込みそうだった仗助は安堵した。

スーパーによってから帰る、と葵は道を逸れていった。また明日と手を振り、康一と仗助はまたそろって歩き出していった。

 

 

 

二人から離れ、角を一回曲がった葵は駆けだしていた。

スーパーにいくなんてのは真っ赤な嘘で、葵は一刻も早く家に帰りたかった。スカートが翻るのなんて気にならない。はやくこの胸の内を吐き出したい一心で、仗助たちが通る道より入れ込んだ道を走った。

やっとたどり着いたドアのカギは開いている。

なだれ込むように葵は靴を乱雑に脱ぎ、廊下を走った。キッチンへ走った。

体重をかけてドアを開ければ、先生が腕を広げて待っていた。

 

「先生!先生ッ先生……!」

 

抱き着いて先生の胸にすがった。涙があふれてきた。まるで、道の真ん中で泣いたあの時みたいだった。

 

「始まっちゃった、始まっちゃったの!覚悟してたよッ、四歳のときから!あの日からずっとわかってたけど、ついに来てしまった!仗助君のおじいさんが、重清くんがしんじゃうかもしれないって……はじまっちゃったよぉお……ッ!」

「うん、うん。まずはおかえりだ。仗助くんや康一くんと同じクラスになったみたいだね…よかったね、高校生活一年目、楽しくなりそうだね」

 

焦って急いだ独白とは裏腹に、「先生」と呼ばれた男…水奈瀬コウそのひとは葵を抱きしめて顔を上げさせた。嗚咽のもれる背中を撫でてやり、しずくを拭った。

「葵、落ち着きなさい。まだ本当にしんじゃうって決まってない。順序を追いなさい……まず誰が危ないんだ?」

葵と目線を合わせ、肩を抱く。はなをすすり上げたままの葵は「仗助くんのおじいちゃん」と弱弱しく答えた。

 

「タイミングは?」

「わかんない…今日の帰り道でアクア・ネックレスに仗助くんは会うの。それからアンジェロに目を付けられて……正確な日にちはわからないんだけど、近いうちにかならず」

「そっか。じゃぁしばらく近くで見ていられる環境にいないとな。」

 

葵の肩を放し、水奈瀬はどこかに電話をかけ始める。短い挨拶と世間話を相手と交わし、相槌を打つと、「それじゃ」と言って電話を切った。受話器をカチリと戻し、葵に告げる。

 

「全部が終わるまで東方さんちにおせわになってきな。」

たまに帰ってくるでも自由でいいから…と。

 

ちょっと思考が追い付かなかったので、葵の目はまんまるだった。

 




水奈瀬コウ:葵ちゃんの扶養者。仕事は中学校教師。35~40歳くらい。
趣味は料理と絵描き。身内への愛が深い。
VOICEROID水奈瀬コウを買え


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突撃隣の仗助くん

ラブコメ(?)回です。馴れ初めの話とケガの話。


外側から見てる分にはよかったの。悲しくなっても、「現実のお話じゃあない」ッて思えたから。

でも、小さい頃から一緒にいて、過ごして来たら、知ってる人たちが傷つくのが怖くてたまらないの。現実味がありすぎる。だから、どんな人に言われようと、私が傷つこうと、できるだけあがいてみたいの。

 

 

「そういうワケでおまえんち泊まるわ」

「どーいうワケだコラ!!!!!!ちょぉっお袋!なんで勝手にオッケーしちゃうんだよ!」

「何よ、近所付き合いの延長線上みたいなものじゃない。小学生くらいのときはお互いの家に泊まりっこしてたでしょ?それとかわんないわよ」

 

それともアンタ不都合でもあるの?と、仗助の母、朋子はからかうように笑った。

仗助は思う。不都合以前に、モラルとか思春期とか、付き合ってない男女が同じ家にとか、いろいろあるだろうと。葵のことは嫌いじゃないし、家族の様に接するが、さすがに高校生にもなってはちょっとマズいでしょうがと、その他いろいろ思う。

そんなことを思って頭を抱える仗助の百面相をいざ知らず、朋子は葵を連れて階段を登ってゆく。気づいたときには、仗助の部屋の隣にある空き部屋の扉が閉まる音がして、お袋にはかてねぇ、と力なくうなだれた。

 

 

「朋子さん、お世話になるんだからって兄さんが持たせてくれました」

「あら、いい色の林檎!」

 

台所に立つ二人からきゃっきゃと黄色い花が咲く。葵ちゃんがいるから今日のご飯は張り切らなくっちゃね、と朋子。そんなにたべられませんよ~、お手伝いします!と葵。

若い女二人の空気に入れない仗助は、おとなしくリビングでテレビゲームにいそしんでいた。

カチカチとボタンを押しつつ、壁を挟んで聞こえてくる声をぼんやりと聞き流す。

数年前、大体中学校に入る前くらいまでは、この壁越しの声をよく聞いていた気がする。中学に上がると、思春期からか、別の理由か、葵は東方家に訪れることが少なくなった。

そういえば、いつだったっけかなァ。なんて、思い返してみる。

仗助がはじめて葵と出会ったのは、あの50日間の苦しみから奇跡的に復活した頃。経過観察のために、未だ入院期間が続いていたころだった。

 

もう立ち歩けるほどスッカリ元気になった仗助が、許可を得て院内を散歩していた時のこと。小児科の診察所から丁度出てきた葵と、久しぶりに病室の風景以外を眺め、新鮮な気持ちでキョロキョロしながら歩いていた仗助はぶつかってしまったのだった。

お互いにしりもちをつき、葵の親類と思われる青年がこちらへ駆け寄ってくる。

大丈夫か、ケガしてないか。葵にあたりまえの問答をして、青年はこちらを見やった。仗助は焦り立ち上がり、葵にごめんと謝った。へいきよ、と葵は言った。青年は仗助のことも心配してくれて、ケガがないかと確認すると、ポンポンと頭を撫でて、謝れてえらいな、と言った。それが、二人のファーストコンタクト。

仗助より二回りは体が小さかった葵の姿が今でも容易に思い出せる。後日、仗助の通う幼稚園に葵が転入してきたり、葵の父親が東方家に挨拶にきたこともあり、二人は幼馴染として仲良く育っていった。

たしかそんなはずだったかな、と、仗助は回想を打ち切った。

 

 

 

張り切っていた朋子と、手伝った葵の作る夕食に舌鼓を打ち、早めに風呂を済ませ、課題に取り掛かる。どうせ久々なのだから、と押し掛けた葵によって、その教室は仗助の自室になった。「だから思春期の男女がなあ」と一度は断った仗助だが、「そんな意識できるような女じゃあないでしょ私は」という常套句により、しぶしぶといった形で扉を開けた。お互いにサボったり授業中に寝るタイプではないので、習ったところをなぞればスムーズに事は進む。互いに質問することもあったが、一時間かそこらで課題は終わってしまった。

数分先に終えた葵が部屋の中を見回した。ブランドもののコートとか、革靴、スニーカー、いつもの改造制服とか。

 

「意外とキッチリきれいにしてるんだね」

「以外は余計だっつの……おシ、終わった!もうやることやったんだから自分の部屋行けよな、おれ明日の準備したらそのうち寝るしよ」

「んー?まぁ、そうだけど…ねぇ仗助」

 

あくびがてらに仗助が反応する。

 

「今日、私が別れた後なにもなかった?」

 

 

「……ああ、なんもなかったぜ」

 

さも当然のように彼は返答した。なぜそんなことを聞く?という表情つきで。

 

「そうかぁ、じゃあいいや。」

 

いやーだってさ、と葵が続ける。葵が今まで見てきた仗助はずいぶん優しいことで、人助けとかそういうのを進んでやる。ケガすることだってあるし、危機一髪の時がなかったといえばウソになる。葵はそういう仗助を手当てしたことが幾度となくあるし、そのたびに、あまり無茶しないでね、怖いよ。と言ってきた。

それに、葵は仗助がどうなるかを知っている。この町の今後を知っている。だからこそ、恐れている。顔や口に出す気は一切ないが、自分がいないところで、不確定な部分が出てくるかもしれない。

 

「知らないとこでケガしたって手当してあげないんだからなーッ?」

「へーきだって。葵はおれのこと心配しすぎだって……もっと信用しろよな」

「誰のせいだ心配してると思ってるんだ~~こいつ!!」

「ゲッいてぇ!足!毛を!毛を抜こうとすんじゃねぇ!!!」

 

ぎゃあぎゃあと夜は更けていった。

 

 




小説ネタの絵とかかいてるところ→@eny_thing_
そのうち挿絵も描きたいですね。
投稿日までに描いたやつのまとめはこれhttps://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=70370814


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東方仗助!アンジェロに会う①

書きたいところまでかけなったので次回更新は早めにしたいです。
良平おじいちゃんどうしようかと悩んでしまったので速足になってます。すまん。


「朋子さーん!スコップ、こっちの棚に入ってましたー!」

「あら、悪いわね。まったくムカつくったらありゃしないんだから…」

 

東方家に葵が泊まった次の朝のことである。

この家の目前に犬のフンがそのまま放置されていたのを見つけ、怒りを隠せない朋子に頼まれ、葵はスコップを探していた。朋子は車庫の棚を、こちらは玄関近くの棚を。見つかったのは葵の探していた棚の中で、葵は駆け寄り手渡しに向かっていた。

丁度牛乳屋と玄関前ですれ違い、おはようございます、と会釈を交わす。

牛乳が玄関前の階段に置かれ、牛乳屋が自転車へと戻っていく。スコップを渡し終え、玄関に戻ろうと振り返ると_

 

「牛乳屋さんッ!そこ気を付けてよッ!」

 

朋子の叫びは一瞬遅かったようで、牛乳屋のスニーカーは、犬のフンをチョコッとだけ踏みつけてしまっていた。

 

「…やっちゃった?」

「ええ…そのようです」

「わぁ…」

 

犬のフンと見知らぬ飼い主に怒りを露わにし、大分過激な報復を唱える朋子にたじろいだのか、そこに置いておきます、と告げると、牛乳屋は自転車へと踵を返してしまった。葵の家は牛乳を取っていないのでわからなかったが、どうやら今朝だけの臨時であるらしい。にこやかに言う彼に、細かいこと言うようだけれど…と朋子が続けた。

牛乳のフタがやぶけているらしい。配給した本人も気づかなかったくらいの小さな亀裂であるが、顔を近づけてみてようやく判明する。葵もつられてよく見てみれば、本当に少しだけ、小さくめくれあがっているようだった。

謝罪をする牛乳屋から新しいものを受け取り、葵と朋子は自転車を見送った。

 

 

 

 

 

朝食を終え、朋子が出かけて行っても、仗助は学校へ行こうとしなかった。

それもそのはず、先ほど母親の腹から引っ張り出したアンジェロのスタンド、アクア・ネックレスを承太郎へ引き渡す必要があったからである。

 

「あれ?仗助、学校行かないの?遅れちゃうよ?」

「え?あー…おれ、承太郎さん待ってんだよ。」

「なんで?」

 

なんでって、と仗助は口ごもる。

仗助は、たった今ビンの中に入っているスタンドと遭遇したことを、昨晩葵に隠したばかりである。

葵を朋子のように脅威にさらすことはしたくないし、先日の承太郎は、どうにも葵を疑っているかのようだったから、なるべく合わせたくもなかった。

しどろもどろに、仗助は「別にたいしたことじゃあねーよ。お前こそ学校行けよ」

と言った。

 

葵の目がキューッと細くなる。

う、と仗助は息詰まる。

 

葵は知っている。「たいしたことない」とか、「どうってことない」とか、そういう様に仗助が言うときは、たいてい何か隠し事をしている。仗助が心配をかけまいと軽いけがや痣を隠していた時はずっとそうだった。

そういうことに感づく度に、葵は仗助をじろりと見つめるようにしているのだ。

顔を逸らす仗助に葵は告げる。

 

「たいしたことないなら私もいたっていいよね?」

「いや…その…」

「何か、隠してるんだよね?」

 

葵の攻める視線に耐え切れなくなりそうなころ、玄関のドアがガチャリと開いた。

ただいま、と帰還を告げる声を発したのは、仗助の祖父・東方良平であった。

 

「おや?葵ちゃんじゃあないか。久しぶりだな、元気にしとったか?」

「おじいちゃん!」

 

葵がさっと立ち上がり、玄関まで赴いていく。

 

「ひさしぶり、夜勤だったのー?おつかれさまー!」

 

仗助は救われた、というようにホッと息をついた。

 

 

 

「動くな」

 

ガチリ。

仗助の眉間のすぐそばに、良平が拳銃を突き当てていた。

 

持って帰っていいのかよ、なんて焦る仗助に、やかましいと良平が叱る。学校はどうしたと聞く良平に、人を待っているから、なんておののく仗助を見て、良平はいたずらっぽく笑った。

仗助に突き当てていたのはモデルガンであり、ひっかけてビビらせるのが目的だったらしい。すでに老齢であろうに若々しいいたずらをする良平に、なんだこのおやじ…と仗助はあきれた。

未だにヒヒヒと笑ったままの良平から背を向け、仗助はテレビ側へと、ソファーに座った体を向きなおす。

丁度そこには、ローカルニュースの話が舞い込んできたところだった。

 

「___目や耳の内部が破壊して死亡するという変死事件が本日未明で7人にのぼることがわかりました__」

 

 

「七人も…だと…?」

 

アナウンサーの告げる情報に驚く仗助。先ほどまで笑っていた良平も、ニュースを聞き、顔から笑みが消えている。

 

「この話は聞いている」

 

良平は自分の見解を述べる。

この事件には犯罪ののにおいがすると。この町には、なにかやばいものが潜んでいると。30年以上この町を守ってきた男は、すでに何かを感じ取っていたらしい。

アンジェロがやったであろうニュースによってもたらされた、静かな空気が流れる中、窓の外から車の駆動音がした。仗助はそれが承太郎の車だと気づき、窓へ近づいて行った。

 

窓を開け、片手で挨拶を済ませる仗助に、ビンをもって車に乗れと促す承太郎。

 

「人気のないところへ持っていこう…」

 

住宅街で事に及んでは、別の一般人に危害が加わる恐れがある。まだ土地開発の進んでいない山の方か、丘の方か。アンジェロの射程距離を測ることにもつながるだろう。

言うとおりにビンを取ろうと振り返ると、

 

 

 

 

「おじいちゃんッ!それ、ブランデーじゃあない!」

 

 

「え___」

 

葵のタックルが、ビンを持っていた良平に炸裂するところだった。

葵にふっとばされた良平は起き上がる事をせず、苦しそうにうめいている。どうやら、アクアネックレス入りのブランデーを少量飲み込んでしまったらしい。耳と口から血を噴出し、数度のけいれんの後、ぐったりと動かなくなった。

タックルの勢いで自分も倒れこんだ葵が、良平を見て悲鳴を上げた。

 

「おじいちゃんッ!?いやだ、おじいちゃんどうしたの!?」

 

すぐさまそばに膝をつき、葵は良平を揺する。普段の彼女なら倒れた人を揺するようなことは絶対にしないが、重度のパニックになっているのか、一心不乱に良平に声をかけ続けていた。

 

「ああっどうしよ、仗助!おじいちゃん…おじいちゃんが!ねぇ…」

 

涙を浮かべ、青ざめた顔で突っ立ったままの仗助を見上げる葵。

一方、仗助はある一点を見つめたまま動かないでいた。

 

 

「……仗助……?」

 

 

ジュルジュルと水の動く音がする。床を這い、いやらしい笑いが部屋に響いている。指を差し、こちらをあざけわらっている。

心臓を打つ音が嫌に早い気がする。背中に冷たいものが流れていく気がする。

葵の声が聞こえる気がする。なんて言っているのかわからないが、おびえた声がする。

目の前に。見えやすいところに。わざわざソイツは移動してくる。

 

「ああ~~~ッいいよな~~ッ、女の悲鳴だぜ、上玉の悲鳴だぜ…」

 

こらえきれないとばかりに笑いだすソイツは、仗助に視点を合わせて、バッチリ言い張った。

 

「東方仗助!おめーが悪いんだぜェ~~~~

このオレから目を離した おめーのせいなんだぜ こうなったのは!」

 

 

ミチミチと血管が切れる音がする。鼓動がさっきよりもずっと早まって、血の流れる音がする。

 

いい気になっていたと。そんな奴が絶望の淵に足を突っ込むのは、

 

 

 

「ああ~~~~~ッ気分が晴れるぜェェェェェ~~~~ッ」

 

まるで恍惚とでもいえる顔を浮かべるアクア・ネックレスを、次の瞬間にはバラバラになるほどラッシュを叩き込んでいた。

 

 




感想・UA・お気に入り感謝します。


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東方仗助!アンジェロに会う②

じゃぁジョジョ展行ってきますね…


 

「カンかビン詰めの飲料水か食糧以外は…」

 

 

小気味よい音とともに、承太郎の手によってペットボトルが開封される。

コップに内容量の半分ほどを注ぐと、テーブルに肘をつき、着席している仗助の手元に置いた。

仗助は何も言わない。

 

「やばいから口にするな」

 

もう半分を別のコップへと注ぎ、承太郎はそれをあおった。

怒気か、覇気か、別の気持ちか。

普段整えられているはずの見事なポンパドールは、ワックスで固められた毛束が浮き、どんどん崩れていく。

 

「アンジェロをブッ倒すまではな」

 

…その言葉を承太郎が発した途端、ダムが決壊したかのような気配が仗助から溢れかえる。髪が浮き上がり、仗助の表情はとてつもなく激しい怒りを露わにした。

承太郎も感づき、静かに仗助を見やる。口を引き絞ったままの仗助は何も言わず、おもむろに髪を整え始めた。

 

「別にきれちゃあいませんよ」

 

さも「おれは普通です、怒っていません」というような声色で、冷静ですよと仗助は言った。その割には全く笑っていないし、眉間にしわが寄っているし、何かを抑えるように顔や首がヒクヒクと蠢いている。チコッと頭に血が上っただけ。そういう仗助の背後は、仗助のスタンドによって破壊され、砕かれ、不可思議に直された、食器棚、時計、花瓶…そんな、家具だったもののオブジェが散乱していた。

 

 

 

 

結果として、東方良平は生きている。

 

仗助のスタンドによって傷が回復された後、一向に目覚めない良平。

死んだ者はどんなスタンドでも治せないし戻らない。危機を察知して乗り込んできた承太郎にそう言われ、良平を揺すり起そうとして持ち上げた警官服の襟を、仗助はゆっくりと下した。

 

東方良平。35年間、出世はせずとも、毎日この町を守ってきた男。

仗助の祖父。殺しのニュースを聞いたとき、町を守る男の目になった、この町の優しい警察官。承太郎は、アンジェロの殺しは趣味だからだと言った。見つかっていない町の人間も少なくはないと。これからも殺すだろうと。まずは仗助と朋子を殺してからだろうがと…

 

「おれがこの町とおふくろを守りますよ…」

 

この人の代わりに。どんなことが起ころうと。

そう決意した仗助の目は、確かに、良平の面影があった。

 

 

「…おじいちゃん?」

 

重い空気をかき消すように、葵のはっとしたような声が上がる。つられて男二人が振り返ると、葵が起きない良平の手を握っていた。正確には、手首を。

何かを確かめるように、先ほどの焦りとは打って変わった表情で葵は良平の胸部に耳を当て、片手を首筋にあてがう。

 

「おい、葵…」

「黙って」

 

何か言葉をかけようとした仗助を遮る。目を閉じ、葵はじっと動かない。固唾をのんで仗助と承太郎はそれを見守る。約一分後、葵は静かに呟いた。

 

「……脈がある…」

「なにッ!?」

「すっごく弱いけど、手首が脈打ってる!」

 

救急車を呼んで!と葵が叫ぶのと、仗助が受話器を取るのは、どちらが早かっただろうか。

騒ぎを聞きつけた朋子とともに、良平は病院へと緊急搬送を余儀なくされたのである。

 

良平は確かに生きていたが、一刻を争う状態であった。身体の傷はないにしても、脳へのダメージか、精神的なダメージが、原因不明の昏睡状態が向こう数か月は続くであろう、というのが、医師の診断結果であった。

朋子は良平に付き添い、東方家よりも病院に近い親せきの家へ。

そして仗助と承太郎はアンジェロを迎え撃つ運びとなった。

 

そして。

 

「…葵はどうした」

 

承太郎の問いかけに、仗助は親指で答えた。

その先には、窓のそばの椅子に腰かけ、外を見つめる葵がいた。こちらからは表情が読めない。

 

「あの場にいて、じいちゃんを助けたのはアイツです。狙われてもおかしくねーんで、居てもらってます…」

「そうか…おい、葵」

 

承太郎の問いかけに葵は反応しない。意識が窓の外へ行ってしまっているようだった。あいにくだが、承太郎には年ごろの娘の扱い方がわからない。ましてや、目の前で家族同然の人が死にかけた後の心境など。同じぐらいのころの承太郎は、一般的な16歳とは離れた胆力を持っていたうえ、あの過酷な旅を終えている。かける言葉が見つからなかった。

承太郎は、一つ椅子をもってきて、葵の向かい側に腰かけた。ここからなら、葵の表情が伺えるためだった。

「なにか気になるものでもあるのか」と承太郎が問いかける。ここまで近くに来て、やっと葵は気づいたようで、ビックリしたように承太郎を見た。

 

「…すまないが、君にはしばらくの間、一人で行動させるわけにはいかない

仗助からスタンドが見えるという話は聞いている…やつのスタンドは見えたか?」

「やつ…あの水に混じるやつだったら、はい。見えています。目玉がいっぱいついていました」

「なるほど。しかし、君は仗助やおれのように、特別なにか能力があるわけでないらしいな。ビジョン…この、おれの後ろにいろようなものは出せないのか?」

 

承太郎は背後にスタープラチナを出現させる。葵はそれを目で追い、そうです、と答え、視線を下げてうなだれた。

 

「良平さんの時。賢明な判断だったな…おれや仗助だったら気づかないまま、あのまま搬送できずに本当に亡くなっていたかもしれなかった……

救えたのは君のおかげだ」

「……ありがとうございます……」

 

葵の声に覇気はない。スタープラチナを伏せると、承太郎はため息をつき、椅子から立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

雨が降り出している。

葵はずっとあることを考えていた。

 

良平を助けたことで、昏睡状態の彼は、いつ目覚めるかわからないという。たしか原作では、彼はあの時亡くなるはずだった。それを葵が助けた。

でも、その代わりに、もう目覚めないんじゃあないか。死ぬ代わりに、ずっとあのまま眠ったままなんじゃあないか。そしていつか朋子さんや仗助が老衰したあとも、ずっと……。

そんなのは、死ぬより、ずっと辛いんじゃないか……

そんなことを、考えていた。

 

葵には、あの時のとっさの行動以外になにも思いつけなかった。血を吐いて気を失ったおじいちゃんを見た時、ほんとうに心臓が止まるかと思った。肝が冷えて、頭から血が抜けるような感じがした。あんなのを経験してしまって、自分はもう人と関わるのが辛く悲しいことにしか思えなくなりそうで。

親しくなればなるほど、失った時の悲しみがひとしおになる。

脈をとったときは本当にうれしくかったが、承太郎に褒められたときに、心がずっと重くなった。

ほめられたくて動いたんじゃないのに。承太郎さんだって、それはきっとわかってくれるのに。

なんだか体に黒くて大きなおもりがついたようで、体をかき抱いた葵の意識を現実に引っ張り戻したのは、頬に落ちてきたしずくだった。

 

「何?あまも・・・・り…」

 

じゃない。一滴の雫が口の中に落ちた瞬間から、葵の記憶はブラックアウトした。

 

 




次回、アンジェロ戦、終幕!(したらいいな)


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底知れぬ怒りはクレイジー

はじめはモズのはやにえ的展開で葵ちゃんを追い詰めようかと思ったけど良心の呵責にさいなまれててくびカッターに変更しました。
ちょっとグロ注意!グロ注意!



「さて仗助…お前ならこの状況、どう切り抜ける!?」

 

外は雨。家の中は蒸気と雨漏りで逃げ場なし。そこらじゅうを水気で攻め立てられて、あかるかったいつもの家屋の雰囲気はどこにもない。

湿気のせいか、焦りのせいか、それともどちらもなのか。アンジェロのスタンドの影響により多量の汗を流す承太郎に対し、仗助は案外冷静沈着だった。

数日前のあの時と比べても格段に。

 

「切り抜ける…?『切り抜ける』ってのは、ちょいと違いますね…」

 

湯気や蒸気が顔の穴という穴に迫る中、仗助は自慢のスタンドのスピードと腕力で、愛すべきこの我が家の壁をブチ抜いた。

その先は、仗助と承太郎が二人そろっていたことによりビッチャビチャになっていた壁や床や天井とは違い、まだまっさらに乾いた部屋だった。

承太郎を手招きし、仗助のスタンドによって壁は隙間なく見事に修復されてゆく。

感心するように押し黙る承太郎をよそに、仗助はとりあえず蒸気は防ぎましたね…と言いながら振り返ろうとして…

否、振り返ったところで、自分の目に映ったものを全力で疑うこととなった。

 

ここは確か、数日前からずっと。

あの幼馴染が、目の前で祖父同然の男を失いかけて、喪失感を露わにしていた幼馴染が、

小さいころからずっと一緒で、自分で傷を治せない定助を泣きながら手当てしてくれていた幼馴染が、運動が苦手で、人が傷つくのをを怖がって、それでも明るく笑ってくれる幼馴染が、

窓のそばでずっと外を眺めていた幼馴染が。

 

 

 

 

きれいに吹かれた窓ガラスのふちに頭をあずけて、手首から大量の血を噴出して、ぐったりと動かなくなっている。

 

 

 

*

 

 

 

 

体の中に何かがいるのを感じる。

それはたしか、月の暮れになればいつも呻き叫び出して、体に訴えかけてくるところ。

その中はすごく狭いけど、人がみんな始まるところで、大切なところ。

そこがひどく重たくて、苦しくて、水でも入ったかのように冷たい。

 

「まさかなあーっ。おめーみたいなちょうどいいのがこの家にいるなんてなぁ…

もし神様でもいるってんなら、オレのこの行いは案外許されてんじゃあねぇかよって思っちまうぜーッ!ウププ!」

 

体の中に響いてくる声はどうやら、腹の底からこみあげてくる笑いが止まらないようで、ウププ、ウププププ、と外見にピッタリの薄ら寒い声を上げている。

葵はどうか、もうどうか、無理とはわかっているけどどうか喋らないでくれと心の底から願っていた。

失念していた。忘れていた。そうだった。雨の中、屋根に穴をあけたり、やかんや風呂を必要以上に沸かしたりして、この片桐安十郎とかいう名前に安の字が入っているくせに実際の人格には全くかすりもしないこの男は、仗助や承太郎さんをこれでもかと追い立てるんだった。

葵は、あまりの自分の心の弱さに涙が出そうだった。いや、正直言って涙なら既にあふれている。

 

アンジェロのスタンドが葵の体に侵入を試みたのは、葵の口の中に、こればっかりは全く偶然水滴が落ちてきた時だった。葵は原作のあのタイミングに遭遇したことに気付き、とっさに水滴を吐き出した。どうやらギリギリ飲み込まなかったおかげか間に合ったようで、吐き出されたアクアネックレスは舌打ちをして壁のなかへ吸い込んでいった。

もう椅子に座ってなどいられなくなったことを理解し、結露する可能性のある窓から離れ、あたりを見渡せば、それはもうビッチャビチャのグチャグチャであった。

どうやらアンジェロは葵を操り人形にしたいらしく、葵のいる部屋の床はだんだんと水の膜が張ってきていた。天井からしたたり落ちる水滴も心なしか、水滴というには量が多い。自分の座っていた椅子の上に葵は避難したが、もう床に足を付けようものならすっころばされて口から侵入されるであろう。

まさに絶体絶命。

しかし、次の行動によって葵はさらに死に近づくこととなった。

葵の右手首を水が切り裂いた。

 

「水…の、カッター!?」

 

そんなもの原作で使っていたかと口に出そうになるのを飲み込み、葵の体は揺らぎ、著しく水の増えた床に見事に倒れこんでしまった。

 

「ウプププッ、ウプププ…白い肌には赤い血が似合うよなあーっ、お前仗助の幼馴染なんだってな、ウププ!」

「何、だったらなによ…」

 

パワーはないにしても、水で人体を貫いて殺すのがアンジェロのやり方である。それにスタンドは、「できる」と思い込むことが大切な精神エネルギーが作りだす(パワー)ある現像(ビジョン)。仗助に一度捕まったことから学び、なにか別の手段を考えてもおかしくはなかった。

葵は、この気持ち悪い、吐き気を催すものを喜ばせぬように、強気にふるまった。右手首から溢れだしていく己が血液のせいで、気分は悪くなる一方だし、頭も痛くなってきた。

もういっそ、殺すならさっさと殺してほしい。私が死ねば、良平おじいちゃんは息を吹き返すかもしれない。そんなことを葵が考え始めると、アクアネックレスは下品な笑みをさらにゆがめて、とんでもないことを口にした。

 

「気丈なところもあるのか、ヘェーっ、いいよなぁ、嫌いじゃあないぜ…

殺すなら殺せって、そういう強気でいられる女をよーっ、キャンキャン泣きわめかせるのにはよーっ、」

 

 

ここから入るのが、いちばんいいんだよなあ。

 

 

 

 

 

 

「あ、あおい…葵ィッ!」

「待てッ仗助!慌てるんじゃねぇ!」

 

すぐさま駆けだしそうな定助の前に手を出して必死の形相を呈する承太郎を、仗助はこの時ばかりはこころの底から恨んだのを覚えている。

目の前で、幼馴染が死にかけているというのに。自分の力ならすぐにだって治せるのに、なぜ止めるのか。

 

「なんでですか承太郎さんッ!葵が、今度は葵が!」

「ああ、わかってるぜ。だがよく観ろ。血液っていうのは粘度があって滑りやすい。ここから突っ走ってすっころびでもしたらどうなる」

「それは…」

 

思いを真摯にぶつければ、先ほど壁をぶっとばした時とは逆転して冷静な承太郎が、状況を判断して述べた。いわば、葵は俺たちをおびき出すためのエサだ。というその言葉に、仗助はさらに腸が煮えくり返るのを感じた。

葵の手首からとめどなく噴き出す血液は、へたり込んで壁から動けない葵の周囲にまき散らされている。おそらく体を乗っ取ったアンジェロがそうさせたのだろう。あそこにつっこんでいけば見事にスっ転んで、血液の中に潜伏しているかもしれないアクア・ネックレスに取りつかれるだろう。

そうでなくとも、この部屋も雨漏りが広がり始めている。部屋が蒸気や湿度で満たされるのも、時間の問題であろう。

そんな…と歯をかみしめる仗助に、葵の声でアンジェロが口を開いた。

 

「ねぇ、仗助ェ、こっちきて治してよ、死んじゃうよぉ…」

「て…めぇ…!!」

 

仗助の怒りはフルに達しそうになっている。そんな仗助を見て、葵の声でアンジェロがからからと笑い出した。

 

「かわいそーになあー、オメーがおとなしく殺されてれば、この子はこんな風になならなかったのによーッ!

オメーのせいだな東方仗助!オメーが悪いんだぜ!ウププ、ウププププ!」

 

アンジェロ貴様…と呻いたのは承太郎だ。仗助はもはや言葉を発することもできずに、血がにじむほど拳をにぎりしめている。息は荒く、獣のように、その顔は怒りで染まりあがっている。

葵の容態もまずいが、こちらもまずい。承太郎は仗助のクレイジーな部分をどうにか落ち着けなければ、と仗助に声をかけた。

 

「仗助、落ち着け…お袋さんの腹から捕まえたって時にようにはできねーのか」

「あの時は…あの時は、母さんの胃の中に行くのが見えましたけど…今はどこにいるのかわかんねーんですよ…

それに今、俺、頭に大分キてますから…うまく治せるかわかんねー…!」

 

苦々しく仗助が苦言する。

仗助がプッツンしたときにスタンド能力を行使すると、元通りに戻ると確定できない。承太郎もそのことはよく知っている。

しかしこの状態では、スタープラチナ・ザ・ワールドも意味がない。

仗助の力以外には思いつかい。それほど、追い詰められている。

葵の手首から血が止まらない。あの笑顔がもう見られない。じぶんを手当てしてくれない。

そんなのは嫌だ。絶対に嫌だ。

まるで、あの熱にうなされているかのような息苦しさが、仗助の頭を支配して冷静にさせてくれない!いっそ、いっそ、子供の様に泣き出してしまいたい!

 

 

「じょうすけ」

 

 

 

 

 

 

 

「…ここにいるよ。…じょうすけなら…できるから…」

 

 

 

 

 

 

 

できる。

 

 

 

葵がさすったそこを、スタンドによって踏み込んで加速した勢いのまま、壁も窓もそのまま突き破った。

 

 

 

 

……




決着ゥゥーーッッ!!!!
通算UA900超えありがとうございます。


以下余談

JOJO展行ってきました。荒木先生のガイドももちろん購入。
承太郎さんは神話のように描かれることに打って変わり、仗助は髪型にリーゼントを用いたことにより、近所の兄ちゃん感が出て好きなキャラクターになったとおっしゃっていたのが印象的です。
そんな二人が一緒に戦う四部…最高じゃないはずがないね。



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虹村兄弟①

MMDとかモデリングに手を出したり、三部OVAで十郎太郎やDIO様に興奮してたら遅れました。
俺は悪くない。JOJOが素晴らしいのが悪い(悪くない)
同人原稿も並行してるのでまぁ…お察し。小説書くより絵を優先しがちです。
許してくださあ~い!


あとの結果は、ご存知の通りである。

ビンのなかに再びアクアネックレスをとらえた仗助と承太郎はアンジェロを捕縛し、いくらかの情報を聞き出した後、口をすべらせたことにプッツンきれた仗助がアンジェロ岩を生成した。

葵は仗助のスタンド…クレイジー・ダイヤモンド(承太郎命名)により傷は修復されたが、過度の貧血と精神状態の危険により二日入院。カウンセリングと定期通院で経過観察の日々を送ることとなった。

 

……

 

 

葵が目覚めると、そこは病院のベッドの上。体が重い。気怠くて仕方がない。

 

「知らない天井だ…」

 

ガラガラに枯れた声を確認できたので、とりあえずナースコールを押した。

 

葵が目覚めたと連絡が入り、学校帰りに速攻で駆け付けた仗助は、ずいぶん面白かった。人の名前を叫びながらダッシュで部屋に飛び込んでくるなんて。ほかの患者のことを考えなさい、といえば、まるで今気づいたかのように看護婦さんや、同室の患者たちにに謝っていた。

仗助はしきりに葵に平気か、辛くないか、と聞き、そのたびに葵はへっちゃらだよ、と答える。

良平を完全に治せず未だ目覚めないことを仗助は悔いているようで、能力を過信していたことを反省しているらしく、葵の下腹部をぶちぬいたことに、

 

「なんかあったら責任…責任でいいのか…?とにかく、どうにかすっから」

 

と謝った。喜ばしいことに葵の大事なところは問題なく正常に機能しているらしく、医師の診断を聞いた仗助は大きくため息をついてよかった、と感嘆を漏らした。

その姿を見て、看護婦や葵の義父・水奈瀬が青春ですねーなんて言ったのを、葵はちょっと赤くなりながら「からかわないで!」と怒った。

その後、仕事を切り上げてお見舞いにやってきた葵の義兄と合わせ、琴葉家の保護者に承太郎が事情を説明。ヒステリックなことでも言われるかと思いきや、

 

「お疲れ様です。葵を守っていただいてありがとうございます」

 

と、当たり前のように受け入れられ、労われたことに、承太郎と仗助は少し腰を抜かした。

そのことについて葵は、「そういう人たちなの」と苦笑した。

そして、家族水入らずで話すこともあるだろう、と仗助と承太郎は病院を後にしたのである。

 

 

 

「あのね仗助、ああいうことは、めったに女の子に言うもんじゃないよ」

「ああいうこと?」

「おい、もーその話はいーだろっ!おれだって今思い返すとけっこー恥ずかしいんだからよ!」

 

ある日の帰り道。退院し学校に通い始めた葵と仗助、それに康一。最近は、この三人でよく帰る。

あの日その場に居合わせていなかった康一に葵が説明すると、ひゃーっなんて声をあげて、二人一緒に笑った。仗助は頬をかいて居心地が悪そうな、恥ずかしそうな顔をしている。

くすくすと笑う葵を見て、康一は、「元気になってよかったね」と嬉しそうに笑った。

 

「お見舞い行けなくてごめんね、葵さん」

「んーん、全然いいのよ。二日くらいしか入院してないし。ほとんど寝てたから気にしないで」

 

康一君はやさしいねぇ~と葵が笑うと、仕返しとばかりに、おめーも隅におけねーんじゃねーの?と仗助がにやついた。

互いに互いをからかい合って、三人は和やかに通学路を歩いて行く。

アンジェロ岩に挨拶も忘れずに。

 

「ところでさぁ、あの承太郎さんはどーしたの?」

「ああ、あの人はまだ……「杜王グランドホテル」に泊まってるぜ

…なんでもまだこの町について調べることがあるそーだぜ」

 

康一の問いかけに、おれはよく知らねーんだけどよ、と頭を指さす身振り付きで仗助が答えた。ふ~~ん、と納得したようなしていないような声を上げた康一が、またも仗助に質問をした。

 

「仗助くん…葵さん」

「うん?どしたよ」

「この家、3,4年ズウーッと空き家だよね…?」

 

彼が話すに、仗助を見上げて質問する際に、背後に建っているぼろぼろの廃屋の二階、こちら側から見上げられる位置の窓に、ろうそくを持った人影を見つけたらしい。

誰か住んでいるんじゃないかと不思議にその窓を指さす康一に、仗助と葵はクエスチョンマークを浮かべた。

実は、仗助と葵の家はここからほど近い場所にある。学校の帰り道やコンビニに行くときなんかもさんざ通るのだから、誰か引っ越してきたなら気づくはずなのだ。浮浪者対策で不動産屋が見回りにも来ていることも仗助は知っていた。

そのことを述べると、康一は、言われてみればとわずかに開いた門扉から内側へ顔をのぞかせて、南京錠が降りていることを確認した。

幽霊でも見たのかな…とぼやく康一に、幽霊はコワイぜ、と仗助が嫌な顔をする。

 

「ン~~??あれ?なんだっけ…私なんか忘れてる気がするんだけど…」

「どうした葵、お前まで頭抱えてよー…ま、まさか霊障とか言うんじゃあねーだろうな!?」

 

康一が敷地内へ顔をのぞかせているとき、一方の葵は頭を抱えていた。

先日の事件後、病院で目覚めてから、忘れていることがある気がして、ずっと頭に違和感が引っ掛かっているのである。思い出そうと切っ掛けを頭の中をひっかきまわしてみるも、どうにも思い出せない。

というか、正直あの事件のときのことも曖昧になっているのだ。医者に相談してみれば、ひどい有様だったから、なるべく思い出さないように、ショックを防いでいるのかもしれないといわれた。一応それで納得はしているが、事件の惨状とともに別のことも忘れてしまっている気がしてならない。

その違和感のわだかまりが、今この廃屋を目の前にしてひしひしと大きくなってきているのだった。

 

「言わないよ、ただなんか違和感があって…既視感みたいな?なんか忘れちゃいけないことがあったんだけど…思い出せなくって」

「思い出せないなら大したことじゃないんじゃねーの?事件のこともあるし…思い出さない方が身のためかもしれないしよ」

「仗助は私を心配しすぎ。そこまでヤワじゃないですー…まぁそのうち思い出せるといいんだけど。」

 

 

そんな二人の会話は、康一の何か気づいたような、察したような、一言の叫び声と、さびた蝶番のきしむ音で門扉の方へと引き戻された。

グエッ、と苦し気に喘ぐ声。はじかれたように葵と仗助がその方向を向けば、わずか見開いていたはずの鉄の門は閉じられ、そこから顔をのぞかせていた康一の首が間にはさまれ、人体から発するるべきではない音を言わせている。

独りでに閉まったのではない。大きな体躯から伸びる足でわざと康一をしめている人物が、門の向こう側に立っていた。

 

「ひとの家をのぞいてんじゃねーぜガキャア!」

 

文字通り足蹴にしている康一を見下ろし、ボンタンのポケットに手を突っ込んでにやついている少年。仗助と同じか少し小さいくらいの背丈で、$、billionなんて縫い合わせられている改造制服。髪型は仗助とは少し違うが見事な不良ヘアーで、その目は三白眼。

見るからに不良であり、仗助のような「いい不良」ではなく「いやな不良」の体をしていた。

康一くん!と切なげに叫んだ葵を背にかばい、仗助がにらみを利かせる。

 

「イカレてんのか?離しなよ」

 

語調は優しくあるものの、顔は怒りと苛立ちが表れている。向こうもこちらに気付いたのか、それとも声をかけられるまでは気にしていなかったのか。その冷淡な目をこちらに向けた。

尚喘ぎながら苦し気に呻く康一の首をもてあそび、背後の建物を親指で指してその不良の男が言った。

 

「おい!この家はおれのおやじが買った家だ…妙なせんさくはするんじゃねーぜ 二度とな」

「ンナことはきいてねっスよ、てめーに放せといってるだけだ」

 

早く放さねーと怒るぜと仗助が言い返せば、向こうはこちらを見下しているのか、指を差してニヤニヤと笑いながら、口の利き方がなっていないとか、初対面の人間に対しとか、それを言うなら失礼なのはそちらだと、仗助にかばわれている葵が思うような、ちょっとズレたことを「口のきき方知ってんのか?」と聞いてきた。

その言い分に仗助のボルテージが上がる。語気は荒げ、売り言葉に買い言葉と一触即発の空気が漂っていた。

 

その重く危ない空気をまさに切るように、何かとても素早いものが仗助の目の前、不良の背後の、先ほど康一が見上げていた窓。

この騒動の切っ掛けの場所から、康一の締められた喉に向かって、

 

「ぐえ」

 

刺さった。

 

 

*

 

葵には何が起こっているのか、いまいち理解できていない。さっき仗助にすぐかばわれて、見えるのは背中だけ。音だけで判断するにも、康一の呻き声や、仗助と不良の会話や、門扉のきしむ音が混ざってうまく聞こえない。

ただ、さっきから頭の中が、警笛でも爆音で鳴っているかのように痛い。思い出さなくちゃいけないことがある、と主張する声がする。

ただ、何かしらが壁になっているのか、事象を整理することもできない。うずくまりたいくらいに頭がガンガンと鳴っているが、それが仗助の足を引っ張ることになるのはわかる。

切っ掛けがあれば、それがあればこの頭痛はなくなる。思い出せばいいのだというのがわかる。

そのきっかけが欲しい。そのきっかけ、切っ掛けが…

 

「あっ」

 

窓から降ってきた。

 




虹村兄弟が終わったら、スムーズに事が運びやすくなると思います。
頻度上げたい。


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虹村兄弟②

展開上、高校生組と一緒に行動することが多いですが、ある程度まで進んだら変わり種を考えています。
そこまでだいぶ長いけど。
数年ぶりにガム噛んだら未だ抜けない乳歯がグラグラして冷汗かきました。


「『兄貴』……!?」

「なぜ矢で射ぬいたか聞きたいのか?そっちのヤツが東方仗助だからだ」

 

「…葵、もう少し下がってくれ」

「え、あ、うん」

 

足蹴にしていた康一の喉を自らの兄が射抜いたのは予想外であったらしい不良が、その「兄貴」の方を振り向いた。火蓋を切ったようなその矢じりは、康一の喉が飲み込んでいる。唐突な殺意のこもった、「友人の喉が射抜かれる」という展開は、一男子高校生の仗助には重い。事件のショックから退院したばかりの葵に見せるのも危ない。

距離を取るため、また葵を不良と不良の「兄貴」から遠ざけるため、仗助は葵ともども後退した。

 

「アンジェロを倒したやつだということはおれたちにとってもかなりじゃまなスタンド使いだ…」

「ほへ〰〰っ、こいつが東方仗助〰〰っ……!?」

「『スタンド使い』だと〰〰っ、てめーら『スタンド使い』なのか?」

 

どうやら、「兄貴」は仗助のことを知っているらしい。そしてスタンドも。おそらく能力も「兄貴」にはバレているだろう。仗助の周りには、最近現れた承太郎以外のスタンド使いが現れたことはない。目の前にスタンド使いが二人もいる、という事実は仗助を大いに困惑させた。

 

「『億泰』よ!東方仗助を消せ!」

 

いうが早いか、必要なしとでも言うように康一が解放され、意識のないからだがドサ!と音を立てて地面に落下した。白目をむき、吐血している。仗助のスタンドなら回復することができるが、康一の体よりもこちら側には「億泰」がいた。

康一は意識のないまま、体をけいれんさせてまた血を吐いた。

康一……………!と仗助は、焦りの籠った声を上げた。

 

「血を吐いたか」

 

「兄貴」は窓から依然こちらを見物しているらしく、康一のスタンド能力が目覚めることを期待したことからの行動だったらしいが、こりゃあだめだな、と康一の命を早くも見捨てたようだ。

仗助は、背後から葵の息をのむ音を聞いた。

 

「ど どけッ!まだ…今なら傷を治せる!」

「だめだ!」

 

仗助の進言は(あたりまえだが)あっけなく却下された。

「億泰」の身体が青いオーラに包まれたかと思うと、その背後からビジョンが浮かび上がってゆく。青と白を主体とした筋骨隆々の体躯、胸元に¥と弗のシンボル。どこか虚ろに半開きの口元を連れて、両手をこちら側へと見せるスタンド。

 

「東方仗助 おまえはこの虹村億泰の『ザ・ハンド』が消す!」

 

いくぜ〰〰っ、と、虹村億泰がまるで開戦ののろしのようなことを言った。

仗助は後ろ手で葵を『もっと離れていろ』と押し出すと、億泰とにらみ合った。

ふりかぶるのはどちらが早かったか。クレイジー・ダイヤモンドの右こぶしがザ・ハンドの体躯を力強く揺らした。スタンドを伝わり、億泰も共にのけ反るが、仗助が加減したのか、はたまたパワーが通用しなかったのか、大したダメージにはならなかったらしい。ニヤリと億泰は笑った。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

そう、あの矢はたしか「スタンドの矢」。適性がある人物、動物、物体なんかに刺さるとスタンド能力が発現する。葵の脳内は、まるで正月元旦の朝に新品のパンツを履いたようにスッキリと晴れ渡っている。どうやら、葵は「原作」のことを、気を失ってから忘れてしまっていたらしい。だが、理由はわからないが、おかげでさっきのような理解不能な事態からは脱却することができた。

しかし、葵はスタンドは見えてもビジョンも能力も「何故か」ない。下手に首を突っ込んで今どきよくいるみずから足かせになる面倒なヒロインにはなりたくないので、おとなしく仗助の背後から離れ、ごめんね康一君、と心で言いながら門扉からも離れようとして、ふと思いついた。

 

(もしかして…早めに事態が済めば、形兆さんが胸をブチ抜かれなくて済むんじゃ?

そうでなくとも、なにか対策を取ることができるのでは?)

 

「…仗助、後ろの塀、ここから少し右のところ。植木鉢あるよ」

 

なに?と仗助が聞き返してくるが、そう言い残して葵は門扉と仗助から離れた。億泰はこちらに気付いていないらしい。

下手に行動しようものなら、体をかきむしり身もだえながら読み漁ってきた恥ずかしい歴史たちの後を追うことになるが、今この状況における自分はもっと良い判断を下せるのではないだろうか。

具体的には、仗助が形兆と死闘を繰り広げている最中に弓と矢を確保するとか。形兆のスタンドは軍隊型故に、ボロ小屋に今侵入するのは非常に危険である。仗助を攻撃するために全戦力を集中させているときならそれも可能だろう、と葵は考えた。

ただ、弓と矢が保管されている部屋には虹村兄弟の父親がいる。彼が騒げば葵の存在はバレるだろう。

 

「………」

 

どうやら葵には頭脳戦は合わないらしい。自分がいることによってイレギュラーが起こる可能性は大いにある。

ある程度成り行きを見守る事を決めると、丁度植木鉢が億泰の顔と股間にヒットするところだったので、葵はちょっとお腹が痛くなった。

 

 

 

葵のいたところからは確認できなかったが、形兆が康一を屋内へと引きずり込んでしまったらしい。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「葵はここにいろ…いや、逃げた方がいいけど、億泰に追っかけられても困るだろ。なんかされたら大声で叫べ、いいな!」

「ええッ、うんそれはいいけど…あっちょっと仗助!」

 

葵の「うん」も言い終わらぬうちに、仗助は康一の血の跡を追って玄関へと駆けて行った。

庭先に残された葵と億泰(気絶)。気まずいにもほどがある。億泰はこのまますぐに目覚めて仗助を追っかけていくのだが、今は目の前で血を流してブッ倒れている。何かしようものなら、伸ばした手でも掴まれそうではあるが、何もしないワケにもいくまい。

億泰の傷は仗助が治してしまうのだから、彼が壁をブチ破って出てきた時用に、治療の準備をしておくことにした。といっても、応急処置くらいしかできないが。

 

葵の鞄には、小さめの救急箱が常備されている。内容は、ガーゼ・包帯・消毒液・ピンセット・ばんそうこう・etc、etc。

何かとケガの多い幼馴染を心配して、葵はつねにそれを持ち歩いている。彼だけではなくとも、転んだ子供やちょっと手を切った友人の処置もまれに行うので、応急処置としてはずいぶん手馴れていた。

中学時代にまるで母親みたいだとからかわれたことがあるが、この行為は葵のちょっとしたエゴと自己満足の上に成り立っている。葵は、治療を謝る事さえあれど、感謝されたいなんて思ったことも、実はなかった。

それに、知った顔がけがをしてるのは、誰だって気分の良くないものである。

 

「……っは!」

「おわぁ」

「な…おれ…オイ!仗助どっち行った!」

「げ、玄関…」

「ありがとよ!」

 

お礼言えるのか。

いきなり起き上がった億泰に、考え事と準備に専念していた葵はすこしビックリしたが、億泰に受け答える。不良の体をしていても「お礼が言えるいい子」と露呈させる億泰は、傷を負った体を引きずりながら玄関へと向かっていった。

 

「…90年代の男の子って元気だねぇ…」

 

残された葵は、のんきにそんなことをつぶやいた。

 

 

「原作」通り、仗助は億泰を連れて壁から転がり出てきた。スタンドの正体を教えない億泰を「死ぬこたあねー」とかちょっとカッコつけて(これは葵の思ったことだが)治し、再び屋内へ向かおうと足を向けた。

 

「はいちょっと待ちなさ~いおバカ。傷見せなさい」

「ああ!?康一には時間がねーんだって!止めんなよ!」

「止めるわけじゃないって。応急処置するだけだって。

それに、人質をそう簡単に殺したら人質の意味がないでしょうが。康一くんだってヤワじゃないよ。ホラ手出す!」

 

だがよ、としぶる仗助に、葵は「じっとしてたらすぐ終わるよ」と半ば強引に左手を掴んだ。

 

「血拭って包帯巻くだけ。かたづいたら病院行こうね」

 

むずがゆそうに仗助はしていたが、無言で血を拭う葵に感化されて、しだいにおとなしくなった。

 

 

 




Q.頭脳戦が似合わないのは投稿者のことですか?
A.じゃかしいわ



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虹村兄弟③

今回は心情描写が多めです。けっこう展開をねつ造したりはしょったりしてます。


「はい終わり。ついてこられたくないだろうから、予備の包帯ね…」

「お、おう…ありがとよ」

 

自分の目線の下にいる幼馴染を見て思う。

昔のように泣きこそせずとも、ずいぶん辛そうに包帯を手に取るものだと。

無茶をしたり、無理をしてケガを作ってくるおれを怒ったことは、覚えているうちにはない。いつも泣きそうに、つらそうに救急箱をどこかから持ってきては、どこか申し訳なさそうにおれに触れる。まるで、手当することに罪悪感でも抱いているような空気を漂わせる。

 

母さんは、まったくこんな傷作ってきて!とおれを心配するし叱る。

じいちゃんは、若いうちはケガの1つや2つするが、気をつけなさい。と気遣う。

でも、そういえば、葵はおれを責めたことがないな。

 

なぜだろうか。高校生になってから、他人からの気配に敏感になったんだろうか?思春期のせいだろうか?入学前まではそんなこと考えなかったな。

手当のばんそうこうが包帯になったのはいつだっただろうか。おれの体が急成長して筋肉質になってきたのはいつだったろうか。葵が泣かずに無言で患部に触るようになったのはいつからだったろうか。

そんなことを、葵が入院しているときとか、自分が眠る前とか、ぼーっとしているときに考えるようになった。

そして、この左手に包帯がきつく巻かれていた今も。

 

しかし、またゆっくりと考えるのは後だ。今は康一の命が危ない。はやくこのぼろっちい家に突入して、スタンドで康一を治してやらないといけない。

 

「お…おい!待て!なんでだ?仗助!?」

「あ?」

 

億泰に聞かれたことに回答するのは、康一への願いでもある。

死んだものはどうしようもない。

 

 

*

 

 

 

 

家から億泰が出てきた。もやもやしたような、腹に何かを抱えたような表情をしている。彼にとって正しいことは、彼の兄にとってはうれしくないこと。

億泰は父を無くした幼少期から、兄にくっついて生きてきた。でも、彼のやっていることは間違っていると思っている節がある。

 

「あ…おかえり」

「……お、おう…ただいま…」

 

おかえりといわれたらただいまと返す。やはり根はいいやつなのだ。兄に逆らうことも、兄が別の人を傷つけることもよくないことだとわかっている。でも、兄を慕っているからどちらにも踏み切れない。

葵はそれを「読んだから」知っている。彼がどうすればいいかも知っている。この後、どうなるかも知っている。でも、葵は教えない。導いてはいけないと知っている。彼が成長しなくてはいけないと知っている。それには兄の死が必要なのも、知っている。

これは葵のエゴ。

 

「なあ」

「あっ、へい」

 

億泰が葵に話しかけた。葵はこの後どうしようかな~と考え込んでいたので、ここでコンタクトを取られるとは思っていなかった。情けない返事を返してしまったが、気にされなかったようで、億泰が言葉をつづけた。

 

「あのよ…えっと、よお…あんた、兄貴、どうなると思う?

おれ、あんまそういうの詳しくなくてよぉ…あたまあんまよくなくてよ」

「兄貴さん?…そうね、順当にいけばつかまって施設送りかな」

「施設?」

「少年院。あの人結構大きかったけどまだ高校生くらいでしょ?あ、でも18歳超えてたら普通に逮捕かな…」

 

私も詳しいわけじゃあないよ、と葵は言った。億泰は、そうか…と言って、空を仰ぐ。

形兆は、杜王町の人間を複数殺してしまっている。年齢が年齢なら、死刑だって免れないし、一生牢屋の中で過ごすことだってあり得る。これはのちの億泰が語ることだが、犯した罪はめぐりめぐって自分に返ってくるものである。当然の報いだし、形兆はそういうことをした。でもやっぱり、億泰にとっては、面倒見のいい兄貴。家族。

テレビや新聞が極悪人に仕立てようとも、その印象が彼から消えることはないんだろう。

家族とは何ともねじれ曲がった縁でつながれているものだ、と葵は思った。

 

この葵は、家族という概念がよくわからない。

義父と義兄がいるものの、家族というより親せきと暮らしている感じである。

義父のことは「先生」と呼んでいる。義兄だって、「兄さん」とい呼ぶのはあだ名に近い。

母親のことは憎からず思っているが、顔も声ももう覚えていないし、父親のことは血の繋がりを持っているとも思っていない。

そりゃあ義父の作るご飯はおいしい。義兄とゲームをするのは楽しい。小さいころに絵本を読み聞かせてもらったことはたくさんあるし、いっそ風呂に一緒に入ったこともある。

でもなんだか違う。そうじゃない。

葵は「原作」を読んでよく思っていた。血縁とはよく言ったものだと。

 

(血の繋がりがないって、こんなにもさみしいものだったろうか)

 

億泰と葵の間には無言の時間が流れる。お互いが考え事をして、お互いの存在を忘れる。

でも、さすがに家の一室が爆発したときは一緒に窓を見上げて、顔を見合わせた。

 

 

 

*

 

 

 

「わああ〰〰お・・・・派手にやりましたね〰〰……」

 

虹村家二階、先ほど爆発した部屋。億泰と葵は、なぜか一緒にいた。

前述のとおり、葵は「知ってる顔がケガするのは好きじゃない」ので、自分のスタンドのミサイルでブチとばされた形兆の応急手当てをしに来たのである。仗助と形兆が戦ってる間に弓と矢をどうにかするのを忘れていたとかでは決してなく、形兆のけがを手当てすることが先決だと思ったまでのことである。

 

「お、おい、葵ィ~、兄貴は大丈夫なのかよ~っ!?」

 

億泰は兄貴に逆らったのがちょっと後ろめたいらしく、部屋の外、ドアのすぐそばで待機している。まぁかなりの大けがなので大丈夫ではないのだが、死んではいない。

さて、と葵はてきぱきと止血を始める。原作通りなら、仗助が屋根裏へと足を進め、おやじにすったもんだしているうちに形兆は目覚め、弓と矢を取り戻してしまうのだから、早いうちに済まさないと葵まで何かされかねないのだ。まったくこの世界の人間はどうしてこうも体が強いのか。精神が具現化する世界なのだから、といえばそれで終わりであるが。

億泰にんーまあまあかなーと生返事を返し、「どういうことだソレ!?」と言われながら消毒を始めたところで、消毒液が染みたのか、傷の痛みで目覚めたのか、気配を感づいたのか、形兆の目が薄く開いた。葵を視認すると目を見開き、大声を上げそうにしたので、とりあえず口に指をあて、子供をあやすように「シー」と言った。

 

「ビックリしたでしょうけど黙っててください。手がくるって消毒液が目に入ったって知りませんよ。痛いですよ消毒液。」

「てめ…恩着せようってのか…ッ」

「んなわけねーでしょ。幼馴染…あー、仗助のこと殺そうとした人に恩着せられるほど私馬鹿でもオタンコナスでもないです。」

 

じゃあなぜ、と形兆が言おうとしたところで、「黙る!」と葵が声を荒げたので、形兆は不満げに押し黙った。ようやく言うとおりに黙ったのがお気に召したのか、葵はいつも誰かを手当てするときよりかは、明るい表情で包帯をピンで止めた。

 

頭の大きな出血以外はいらん、と睨みをきかせられ怒られたので葵は手を止めた。クソッ、とか畜生、とか悪態をつきながら、ふらふらと形兆が立ち上がる。彼にもプライドがあるだろうし葵はそれを手助けしなかった。

ドアのそばにいる億泰に気付かないほど疲労しているらしく、危なげに壁に手を付きながら、屋根裏への階段を上がっていく形兆。そんな兄貴の背中を億泰は手を伸ばそうとしたりひっこめたりしながら見送っている。葵は手当した以外はとくになにもしなかった。

というより、この後起こることについて考えているので形兆どころではなかった。

いや、形兆のためのことではあるのだが。

 

なんとか階段を登り切った形兆は、屋根裏部屋、虹村兄弟のおやじがいる部屋へと、よろよろと入っていく。億泰はまだ踏ん切りがついていないのか、またもや部屋の入口の外に背中を預け、事の経緯を見守るらしい。葵も入ると仗助にどやされそうなので、億泰の傍に立った。

 

「…あれ、見えるかよ…おれと兄貴のおやじなんだ」

 

身体の形は人ではない何か。肌の色さえ変色し、ボコボコ気泡のような、膿のようなふくれで皮膚を包まれ、よだれをたらし、鼻水をたらし、目の高さも耳の位置も変わり果てた、見るからの怪物。億泰と形兆のことを家族だと認識できずに、日々屋根裏部屋でうめき声をあげ続ている…部屋の中からは聞こえにくい形兆のことばを、億泰は葵に教えてくれた。形兆は、それを見ると、「生きてる」ことに憎しみが湧くという。

暗い廊下で葵の見上げた億泰の顔は、ひどく歪み、歯を食いしばり、今にも泣きそうなものだった。

 

虹村兄弟の父親は、バブル真っただ中の今から約十年前、まさに負け犬同然の男として生きていたそうな。億泰や形兆をよく殴ったし、兄弟の母親は早くに亡くなっていたから、守る人もいなかった。

だが、あるときから急に、父親のもとに札束や宝石が転がり込むようになった。仕事はしていないはずだったのに。実は、その頃はDIOという男が世界中からスタンドの才能があるものを探し回っていたらしく、兄弟の父親にはその才覚があったらしい。だが、DIOは自身の信用できないものに「肉の芽」を埋め込み、好きな時に意のままに操ることができたのである。肉の芽はDIOの、吸血鬼の細胞。承太郎たち一行がDIOを殺し、制御のなくなった肉の芽は暴走し、兄弟の父親の細胞と一体化。普通の人間に耐えられるわけもなく……。

 

「最初の日から一年ぐらいでおれたちの息子だっつーこともわからねー肉のかたまりになったのさ!」

 

吐き捨てるように形兆が言った。それを聞く億泰の顔は、うつむきすぎてわからなかった。

形兆は、その父親を「殺してくれる」スタンド使いを探すため、この杜王町で弓と矢を行使していたそうだ。それを今の今まで止められなかったのは、億泰も、おやじをやすらかにしてやりたい、という気持ちがめいいっぱいあったからだろう。

 

「……億泰君、ちょっとお願いがあるんだけど」

「……な、なに…?」

 

ひそひそ声で葵が提案したのは、億泰にとっても実に簡単なことだった。

 

 




やっぱり原作の描写を小説に起こすと文字数が増えていいかんじですね。
むしろそれ以外の描写がオリジナルで作れないっていうのがちょっと残念ですけど……
次回、虹村兄弟編、終着。


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虹村兄弟④

入稿が間に合わなかったどっかのだれかの代わりに原稿を入稿したり脱稿できなさそうな神絵師の原稿手伝ったりイベント行ったり打ち上げでキャラの描かれたケーキ食らいつくしたり足に水膨れ作ったりCOC動画の編集してたらおそくなりました。 すまんこ。
葵ちゃんは果たしてどうなっちゃうんでしょうね。



十年間ぼろぼろの箱の中身を漁ることを繰り返していた、京兆と億泰の実の父親の、あさましく見える行動は、仗助のクレイジー・ダイヤモンドにより終わりを迎えた。多少欠けてはいるが、その紙は、いや家族写真には、在りし日の暖かな虹村家の姿があった。父親の嗚咽が室内に、家中に、京兆の頭の中に響いている。

京兆は、父親のことをただの肉の塊だと、あさましい人生の汚点だと、心から憎むべきものだと信じて疑わずに18年を生きてきた。だが、そこにヒビが入った。ヒビの向こうから、ほんの少しの希望と大きなショックが差し込んだ。胸の中はわけのわからない感情でいっぱいだった。

億泰も同じ。心の優しい彼は両目から大粒の涙の滝を流し、大声をあげまいと遠くを見つめて嗚咽を抑えている。ひきつった喉の音が廊下にこだましている。傍に立つ葵は、自分のポケットに生徒手帳とともに入れているハンカチを取り出して、握りこぶしを作る億泰の右手に無理やり握らせた。彼に今いちばん必要なものだろうから。

過呼吸気味になった息を必死に落ち着かせるように、億泰は乱雑に顔と鼻をぬぐった。

 

「…洗って返すぜ」

「いいよ、べつに」

 

彼が室内へと足を向けて言った。葵は気にしないとでもいうように、そっけなく返事をした。そうかよ、とそっけなく返すと億泰は、矢を持ち逃げようと足を引きずる兄に向か

っていった。

 

 

 

 

*

 

 

 

今、自分の兄は目の前でしりもちをついてマヌケ面をしている。でも、そんな兄よりずっとマヌケな顔をしているのは、自分の方だろう、と億泰は思った。

それは、おれの右手に、弓と矢が収まっているから。

 

億泰は、兄をどうにかして止めたいと、「こんなこと」はもうやめてほしいと思っていた。仗助は、おやじを治してくれるスタンド使いを一緒に探してくれると言った。協力してくれると言った。おやじの心には、まだしょんべんくせーガキだった俺たちとおふくろがいた。おやじは写真を見て泣いてたし、俺だって泣いた。

だから、兄貴を止めようと、弓と矢をつかんだんだ。兄貴がこれ以上逃げないように。兄貴がこれ以上傷つかないように。兄貴がこれ以上、泣かないように。おやじが治れば、治せるスタンド使いがいれば、兄貴は幸せになれる。

もちろんおれも。

 

仗助の幼馴染だとかいう葵ってやつは、そんなおれに「モノの引き合いに勝つやりかた」を教えてくれた。兄貴から弓矢を取り上げなくちゃいけないことをわかってくれていた。

そしてその方法は、頭の悪いおれだってできるくれー簡単なことだった。

 

「肉体は治んなくともよお〰、心と記憶は昔の父さんに戻るかもなあ〰」

 

「…………億泰

なにつかんでんだよ………?」

 

兄貴はもう戻れないと言った。俺のことをちゅうちょせず殺せるといった。さっきまで涙をドバドバ流していた兄貴は、顔に汗をいっぱいかいて、俺のことを弟と思っていないと言った。

 

形兆は焦っていた。自分の心の中に、ちょっとした希望が芽生えてしまったから。「後悔」がほんの少し現れたから。でも自分は、この町の人間を幾人も葬ってきた。戻れないところまできた。

そんな焦りが、形兆から俊敏な判断力を奪ったのだった。

 

億泰と形兆が互いに引き合っていた力が一瞬抜けた。

 

「…?!」

 

驚いたのは形兆だった。

形兆は強く弓と矢を引き寄せようとしていたために、いきなり軽くなった引力により後方にぐらついたのである。億泰はそんな一瞬に、また力を入れて弓と矢を奪い去ってしまったのだ。

 

「……億泰ゥ!てめぇッ…」

「ヘーイ億泰くーん!こっちにパス!」

 

どこでそんなマネを覚えてきたんだと形兆は焦った。それよりも焦ったのは、億泰のすぐ後ろのドアから顔をのぞかせる、仗助の幼馴染の女の存在だった。

さっきまで動揺していた明晰な頭脳はすぐに合点を打った。きっと、あの女が億泰にこんなことを教えたのだろうと。カッと苛立ちが顔に登り、形兆は彼女に対して怒りを抱いた。

 

「葵さん!?」

「あ、葵〰ッ!?てめぇ外で待ってろって…」

「億泰くん早く!」

「え!?あ、おう」

 

億泰は葵の声に導かれるようにして、奪った流れのママ弓と矢を投げ渡した。それをナイスパス!と葵はしっかり両の手で受け取る。

幾人もの命がかかった物体はいとも簡単に人の手に渡ってしまった。

 

ところで、この時点で電源コンセントに最も近い人物は誰であろうか。

まず、仗助と康一は違う。二人が入ってきたドアの位置は、葵・億泰・形兆より反対側である。

次に形兆。今さっきまで逃げさらばえようとしていたが現在は弓と矢を奪われ、無様なまでに怒りを露わにすることで手一杯である。

最後に億泰。原作では彼が一番コンセントに近く、それをかばった形兆が命を落としてしまうのだが、今回は違う。

一番近くて弓と矢を持っているのは葵である。

 

葵の足元からバチバチと膨れ上がった電源の熱は次第に形を持ち、鷹のような嘴を持つ像へと変貌していく。拳を振りかぶり、狙うはか細い腹。

葵は「なんでお腹ばっかり狙われるのかなあ」と疑問に抱きつつも、目線もくれないし逃げもしない。逃げれば犠牲になる人物は変わらないであろうし。

形兆や仗助が何やら叫んでいた様子だが、電流の流れる音がうるさくてよく聞こえない。ただ少しばかりの恐怖はあるので、両手の弓と矢を握りしめた。

葵の記憶は、肝心なところでいつもブラックアウトする。

 

 

 

 

 

「この弓と矢はおれがいただくぜ……利用させてもらうよ〰〰っ

虹村形兆ッ!あんたにこの『矢』でつらぬかれてスタンドの才能を引き出された

このオレがなーっ」

 

葵の意識はとうに無い。先ほどまで活発に動いていた両手はだらりと床を擦り、虚ろに力なく開いた口からは胃液と血液の混じった体液が床に水たまりを作った。足はとうに膝から折れている。

彼女の腹に穴が開くのを見るのはこれで二回目だ。

 

「き…きさまッ!きさまごときが「弓と矢」を…」

 

「あ、あ、葵さんのお腹に…穴が…」

 

ひどく困惑して怯えた康一が後ずさる。今の自分にできることはないと体を震わせ、仗助の電気に照らされた顔を見上げた。

見上げたが、見えなかった。

逆光で影ができているのではない。仗助の顔から真意を読み取れなかったのだ。

目が驚くほど平常に開いている。口を何事もないように結んでいる。それは何だろう、敵意と言うか、悔しさと言うか。

いや、そんな生易しいようなものではない。

殺意だ。

 

「虹村形兆…スタンドは精神力だといったな…

おれは成長したんだよ!それともわがスタンド「レッド・ホット・チリペッパー」が

こんなに成長すると思わなかったかい?」

 

ああそうか、仗助くんはあのスタンドを見ているんだ。顔を覚えているんだ。

次にあいまみえる時にこの気持ちを忘れないようにしているんだ。

 

康一はひそかに、心の中の仗助と葵の関係を塗り替えた。

 

「かしこい女だったな…顔はいいから殺すには惜しかったが、ま、仕方ねー。

弓と矢を手に入れるための必要犠牲だ。コラテラル・ダメージってヤツだ…」

「かしこいだと…?」

「ああそうだ…まあ今となっちゃあ、どうでもいい話だがなあ〰〰っ!」

 

圧倒的熱量を放出した電気のスタンド「レッド・ホット・チリペッパー」が一層光を増した。目を開けていられないほどの電光を放ち、葵だった肉塊と「弓と矢」を炙りながら電気へと変えて行く。

意識のない肉には抵抗しようもなく、コンセント内部へとやがて収束した。

 

 

 





Q.お腹に穴開けるの好きなんですか?
A.好きです///

Q.仗助君は葵ちゃんが好きなんですか?
A.もしそうだったとしたら幸せになれないね

すごい間を開けてしまいました。ひと月立ってる。
例のごとく駆け足になってしまった。


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閑話 

短めです。葵ちゃんはかわいいなあ。


 

「自分が生まれてきた意味を考えたことはあるかい?」

 

その人がそっと電柱に手をかけた。目線をよこさないままこちらに語り掛けてくる。

 

「俺はある。俺はあの人と出会うためだと思っている。それ以外にないと思っている。」

 

水の中に手を突っ込むように、とぷん、とその人の手が電柱に食い込んだ。

目的のものをつかんだのか、グググと重たそうに何かを引き寄せている。

やがて電柱の水面から顔を出したのは莫大な光を放出する電気、いや電流の塊。

人一人分はあろうかという大きな光の塊に、思わず顔を覆って目を背けた。

その人は目をそらさずに、光が形を変え、腕の中である形に変形していくのをじっと眺めている。

 

「あの人は…どうかな。聞いたことがないな」

 

やがてある形に変わり終わった光はだんだんと明るさを失い、やがて腹に穴の開いた人の姿に整った。

 

「……ボケッとしてないで傷を塞いであげてほしいんだが。

安心しろよ、来週にはケロッと学校行ってるから」

 

息はしていない。

 

 

 

 

 

うん?うちにいる先生以外の男?ああ、あの人。

あの人はねー、なんだろ、先生の息子?というか恋人とか家族の方が表現としては近いかも…私にもよくわかんない。

でもいい人だよ。私があの家に来た時からずっと一緒に居たし。

うん、兄貴みたいな感じ。いろいろ楽しい人。

 

葵がそう言っていたのを覚えている。

名前はタカハシさん。下の名前はない、というよりも、「タカハシ」も本名かどうかわからないらしい。本人がそう名乗っているだけであるらしい。免許証や保険証なんかも見せてもらったことはない、というか病院に厄介になるところすら見たことがないらしい。お酒を飲んでいるから、おそらく20は超えているだろうと。

家族であるはずの葵本人が首をひねって苦笑いしていた。

 

 

 

虹村形兆の身柄はSPW財団に拘束された。虹村億泰はこの町に滞在することにしたらしく、今もあの家で父親と暮らしている。

葵は葵の義兄が自宅に連れ帰り「また来週」と言ったきりだ。電話をかけたが葵の義父が

 

「葵?まだ寝てるよ。起こす?…やめとけってハシが言ってる。

無理やり起こすとヘソ曲げちゃうからまた今度でいい?」

 

とはぐらかしているのかもわからないことを言って、通話を終えてしまった。

 

仗助、康一、そして億泰はあの日以来仲良くなったらしく、たびたび一緒にいることが多くなった。週明けまで少しある。一人だけが居ない虚無感は、心の温度がぐっと低くなったようだった。

 

 

 

 

 

「来たぜぬるりと」

「あまりにもナチュラルに入ってきてんじゃねーよ」

 

次の週の月曜日、葵はちゃっかりしっかり登校してきた。ご心配おかけしましたーとあっけらかんに言う葵は、血の引いた肌の青さも血液で膠のようになった制服も、その影はどこにもない。あの日のあの時の直前に完全に成形されていた。

 

「まさか軽い風邪をこじらせるとは…ねー、授業どこまで進んだ?ノート見せてよ」

「風邪?」

「うん、風邪。熱っぽかったとは思うけど嘔吐も併発するとは思ってなかった。

ああ仗助電話くれたんだっけ?出れなくてごめんね」

「…………いや…しっかり治すためには仕方ねーよ。」

 

元気になってよかったなと素直に伝えれば、私がいなくて寂しかったー?などと宣う。逆に静かでよかったぜとからかえば、薄情なヤツだと眉をひそめて笑った。

白い歯を見せる口の中はピンク色に染まってなんかいないし、背中をバシバシと元気に叩いてくる腕はエネルギーがちゃんと通っている。

生きている。

だけど、彼女は風邪をひいたから学校にこれなかったといった。あのボロ屋敷のこと、虹村兄弟の父親のこと、形兆のこと、億泰のこと。口に出すどころか覚えている素振りも見せない。それどころか彼女の中ではあの日のことが「なかったこと」に書き換わっている。以前のアクア・ネックレスの後の様に現実逃避でもしているのだろうか。自己防衛の為なのか。

 

まさかあの男のせいか?

 

葵の義兄だという男。身元も本名も素行も不明。しかもレッド・ホット・チリペッパーの手から葵を救い出したのはその男本人である。

あの男が葵の記憶を改ざんしたのだろうか。急かされるままに傷を治したのは仗助のクレイジー・ダイヤモンドであるが、「治す」ことに「蘇生」は含まれない。あの時の葵は、スタンド越しに触る冷たい体から嫌でも分かった。確実に死んでいた。じゃあ誰が葵を蘇生した?

 

「へー、転校生?この時期に珍しいねえ」

 

 

 

「ああ、億泰っつーんだぜ」

 

仗助の中の何かが気にしてはいけないと思考を止めた。

 

 

 




通算UA6000超えやら感想のお声やらまことにありがとうございます励みになります。
また誤字報告もありがとうございます。助かります。
そういえば表紙もどきを本小説説明欄に置いておきました。進むにつれて増やしていこうと思います。
あと海馬社長誕生日おめでとう。
東北ずん子ちゃんもおめでとう。


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間田敏和(サーフィス)①

な、何ィ〰〰〰ッッ!!??7000UA超えッ!?
それにツイッターのフォロワーから教えてもらった情報によるとランキングに入ってたらしいぜ〰〰〰〰〰ッ!?
メール通知死んでるんじゃあないかッ!プレッシャーかかるから何位かは知りたくないけども!!!
誠にありがとうございます。

【挿絵表示】



 

 

 

「記憶を書き換えるスタンド使い?」

 

ある日の放課後。

授業も終わり人のまばらになった教室から校門へ歩く途中、康一が仗助へと問いかけた。

 

「ああ。つっても生年月日とか自分の名前とかそうゆーのは覚えてんのよ。忘れてるのはアンジェロの時のこととか、この前の屋敷の…こととか」

「屋敷の…それってつまり、葵さんを敵対してるわけではないんじゃないかな。

その、葵さんがひどい目に合ったところだけ変わってるってことなんでしょ?それにホラ、脳が逃避させてるとか、そういう可能性もあるんじゃないの?」

「そんな都合よくいくかねェー。アンジェロの後の時はおぼろげに覚えてたけどよ、今じゃそのこともスッカリ書き換わってんだぜ」

 

アンジェロ戦後、目覚めた葵は当時のことをあまり覚えていないと言った。つまり、「アンジェロ戦でイヤなことがあった」ことや、「アンジェロの存在」などは覚えていた。あの屋敷前で思い出すことも、本人以外あずかり知らぬことだが「話の内容」も理解していた。

しかし今回は違う。本日も変わりなく登校してきた葵に仗助は「ウチに泊まった時に忘れ物してったぜ。後で取りに来いよな」とカマをかけた。それに対して、

 

「前に泊まった時って何年前だったっけ、そんなに忘れてたんならもう仗助ン家のものみたいじゃんねェ」

 

と苦笑いした。仗助は動揺を顔に出さぬように「おう、たぶんそうだったからおれも気付かなかったんだろーな」と返したが、正直ビビった。

久々に朋子とキッチンに並んだことも、からかい合いながら課題をこなしたことも、良平が未だ入院中のことも、キレイさっぱり頭の中から隠されてしまっている。一度死んだも同然だからなのではという思考が一瞬脳を過ったが、目の前で昼食を取ったり掃除のほうきをスタンドマイクのように扱ったりする姿には全く似合わなかったので、すぐに思考停止した。

 

「もし脳が変だったとしてもよ、アイツ『変』だとか『他と変わってる』っていうのスゲー気にするんだよなあ。『おまえ脳みそ可笑しいから病院行くぞ』なんて言ったら、アイツ部屋に閉じこもってそれこそ変になっちまうぜ」

「ええっ?そ、そうなの?そんな空気みじんも出さないから知らなかったよ…それになんていうか、こう言っちゃ悪いんだけど、仗助くんと一緒にいるのにすごいね…」

「全くだよなあ…承太郎さんには言うなよ」

「うん、それはわかってるよ」

 

承太郎に言うなよ。康一は、仗助が葵について何か話すときに毎回終わりにそうくぎを刺される。屋敷でみたあの表情に近い声でいうものだから鵜呑みにうなづいているが、ずっと疑問に思っていた。

仗助はなぜ、ここまで葵に入れ込んでいるのだろう。

デキてるんじゃあないか?というのは以前両者から否定されたから詮索するのはよくないだろう。幼馴染だから?友達以上恋人未満という言葉もある。ありえなくはない。だがそれとは違うとカンが告げている。

春に出会ったばかりの友人二人の関係でこんなに悩むとは思っていなかった康一は、思い切って質問してみよう、と小さく拳を作り、ウンとうなずいた。

 

「ねぇ仗助くん、仗助君はさ…」

「康一どのォーッ」

 

その思い切りは、先日康一の家で大分やらかした康一の男気と勇気にあてられた男、小林玉美によって遮られた。

のちに考えれば、質問しなくてよかったのだろう。

 

 

 

 

「葵ちゃん、ちょっといい?」

 

その日の葵の班は掃除当番で、放課後の教室を、級友とおしゃべりしながらマイペースに片づけていた。さっきまでスタンドマイクに見立てて遊んでいたほうきをロッカーに仕舞い、机を整えようと支柱に手をかけたその時、別の場所を掃除していたクラスメイトが廊下から話しかけてきた。

 

「なあに?」

「隣のクラスの人が呼んでるの。ホラ…」

 

話を聞いたそのままの視線を教室のあけ放たれたドアへと向けると、そこには綺麗な女子生徒が立っていた。刺繍のついた改造制服が良く似合っている。

葵は同じ班の生徒に断りを入れると、用があるという彼女の方へ駆け寄った。

すらっと背の高いスレンダーな美人。少し強気な眉と長い睫毛、つややかな唇。そんな美女が自分に何の用か、と葵は頭の引き出しをひっかきまわしてみるが、隣のクラスとの交流は浅いし、もともと葵は交流を広くもつタイプではなかったために覚えがない。そもそも人間関係は面倒くさいもので、むやみに知人を作るものでもない、とも思っていた。

 

「えっと、ご用とは」

 

女子生徒を少し見上げて葵が言った。近づけば余計に背の高さがわかる。葵の背丈は平均よりすこし大きい程度、約155~160センチ程度。彼女はそれよりも背丈が高い。物珍しさからか、つい視線を巡らせてしまう。

 

「……ついてきて」

「はい?」

「いいからついてきなさい」

 

眉毛の通りか語気が多少強いようだ。言い残すと背を向けて歩き出してしまう。長い脚で気遣いなく歩くものだから、葵は少し駆け足で着いていった。

 

 

「あなた…康一くんとどういう関係なの?」

 

彼女が足を止めたのは人気のない空き教室だった。着いた矢先にそんなことを聞かれ、葵は頭にはてなを浮かべた。康一君とは、おそらく広瀬康一のことであろう。

 

「関係…友達かなあ、いや、知人?顔見知りかも…」

「ほぼ毎日一緒に帰っていて顔見知りってわけないでしょう…

単刀直入に言うわ。康一くんに近づかないで頂戴」

 

ほんとにものすごく単刀直入だ、と葵は思った。ここまでハッキリと言われるのは気持ちのいいものがある。葵は少し目を丸くして、考え込むそぶりをした。

 

「質問してもいいですか?近づかない、というのはどの範囲なんでしょう」

「嫌がらないのね」

「ああ、まあ、はい。自分のかかわる人間関係にそこまで執着がないもんで…」

 

エヘヘと葵が頬を掻いた。呼び出した彼女は怪訝そうな顔をすると、窓に体を向きなおして、下校する生徒たちを見下ろした。

 

「お名前を聞いても?」

「…山岸由花子よ」

「教えてくれるんですね」

「ええ。はじめはあなたのこと疑ってたの。康一くんに近づく雌猫なんじゃないかって…私と康一くんの間を引き裂こうとしてるんじゃないかって。

でも違うって今、わかったわ。あなた、あまりに自分に興味がないんだもの。自分に興味がない人が、他人に恋できるワケないじゃないの」

 

(自分に興味がない、か。)

 

その言葉がストンと胸の中に落ちた。納得がいったのだ。

 

前述の通り、葵は人間関係が苦手である。それは葵の秘密や経緯に比例する。

まだ葵が「琴葉葵を得忘れていなかった」幼少期、葵は他人と違うところがたくさんあった。人間とは大勢の他人と少数が何らかの形で違っていた場合、その少数をひどく嫌う傾向がある。葵はそれを「琴葉葵」の記憶で知っていた。彼女の思う人間社会において、当然のことだったからだ。

葵は他人からひどく嫌われたことはないが、嫌われる恐ろしさを知っている。

だから彼女は周りに合わせる事を学んだ。

幼少期から積み上げてきた対人術は功を奏し、葵は平凡に人生を流されてきた。

 

「山岸さんは康一くんが好きなんですね」

「ええ。きっと、人生であの人以上に好きになれる人はないわ」

「それは素敵なことですね」

 

葵の口調には慈愛の気持ちが籠っていることだろう。人の幸せを願うことは人として正しい行いだからだ。そして、由花子の恋路の邪魔になっているというのなら、道を譲り、むしろ背中を押してあげるべきだろう。

 

「由花子さん、あなたの背中を押しましょうか」

 

 

しかし、現実は非情なものである。

葵の「人間らしいいい子」という思想はエスカレートしている。葵は、「人の役に立ちたい、人の役にたてる人になりたい」という優しい心の反面、「人の役に立てないなら生きる価値はない」と思っている。そして、その思いを「自分のエゴを人に預ける嫌なもの」だと思っている。

だから小さいころから仗助の手当てをするし、手当をすると「自分の思想に仗助を使ってしまった」と悲しい気持ちになる。

誰かがけがをすると「その人の役に立てなかった」と悲しい気持ちになる。

 

控え目に言っても、葵は葵の目指す「世間一般で言う普通のいい子」ではないのだ。

 




正直今回の更新内容は名に伝えたいのかわからないと思われます。
つまり、葵ちゃんは人の役に立ちたい自己犠牲が高くて自尊心が低い子だってことです。

冬コミに受かってしまいました。二日目東5ヒ48bです。
一応本小説のネタも仕込む予定なので、よかったら遊びに来てくださいね。
そしてそれにより更新はかなり遅くなります。毎回遅いじゃんって言われちゃうと言い返せません。


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(乙女)の秘密③

葵ちゃん主観多めで、本編にはあんまりかかわってません。
更新しないって言うてたやろ?まあ…うん…


ぱたぱたと鞄をもった腕を振りながら葵は帰路についている。

コンクリートで固められた地面を歩く足は一歩一歩が遅くやる気がない。もったりもったりとゆらゆら揺れながらマイペースに歩を進めていた。

 

結構衝撃的な出来事だった。正直今の葵の心境はあやふやだ。

琴葉葵の記憶を保持していた状態だったのなら、「まずい見破られたか」とでも思うかもしれないが、今の葵には今現在の「琴葉葵」が過ごしてきた時間の中の記憶しかない。自分の指針になっていたものを無くして、ふらふらとさまよっている最中なのだ。

そんな中、山岸由花子に「自分に興味がない」と教えてもらった。これは自分自身を鑑みる指針になりうることだった。

 

「私はじぶんに興味がないのか…そうか、予想外だな…」

 

思い返せば、自分が自分をどう思ってるかなんて考えたこともなかった。人の役に立とう、人の迷惑にならないようにしよう、いい子でいよう、人の言うことを聞こう。ただそれだけを生きる指針にしていた。「好きなようにしていい」という、あの夢の中に現れた琴葉葵の言葉などもう覚えちゃいない葵は、ただただ日常生活を過ごす以外に生きる意味を失っていたも同然だった。葵には普通がわからない。普通の女の子じゃないのだから。

とすれば、そんな普通じゃない人間が周りの役に立てるだろうか。人の言うことを正しく聞けるだろうか。誰かと一緒にいられるのだろうか。

仗助と一緒にいちゃいけないのではないか。

 

「背中を押すと啖呵を切っておいて、無様だなあこりゃ」

 

いつのまにか視線が下を向いている。足取りが重い。

なんだか力を入れられなくて、だらしなく持っていた鞄を取り落としてしまった。

あっと思った時には止まり切れなかった足がそれを蹴飛ばして、勢いよく道の先まですっとんで行ってしまった。もやもやした思考を振り切ってばたばたと追いかけていく。

鞄は人の足にぶつかって止まった。人の迷惑に、なんて考えていた矢先にこんなことだ。今日の私はダメかもしれないと内心苦汁を飲み、謝りながら鞄を拾った人影の方へ向かった。

 

「すみません、ご迷惑を…あ」

「あん?」

「どーしたんスか間田さん」

「じょ……」

 

葵にとって今一番合いたくない人の顔だった。その特徴的なシルエットに気付かないほど自分は参っていたらしい。冷汗がたらりと背首筋に伝うのを感じて、葵はサッと顔をそらし、鞄を拾ってくれた男子生徒の方を向いた。

 

「すみません、鞄蹴飛ばしちゃって…ありがとうございます、お怪我は?」

「んえッ!?い、いやあ、ない、ないよ全然平気!」

「そうですか、よかったです、えと、一応お名前を…」

「ハッ、間田、三年C組の間田敏和!」

「間田先輩ですか、私は一年の琴葉葵と申します。この度は本当にご迷惑を…」

「いや、いいっていいって。鞄くらい誰だって落とすし」

 

良かった、人相に似合わずけっこう優しい人のようだった。このあたりの学生にありがちな罵声や怒号を浴びせるタイプではなかったことに葵は一安心した。それもそうだ、仗助と一緒にいるんだから、過激な人ではないはずだった。

名前は覚えたので、今度改めてお詫びをしに行くことを心の中で決めた。とりあえず、今は家に帰ってひと眠りしたい気分だ。仗助には無視をするようで悪いが、鞄を受け取ると葵は駆け足で家路を急いだ。

 

 

「…間田さん知り合いですか?」

「いや、お前を見た時の反応からするに仗助の知り合いかダレかだろうな。

チクショ~ッあんなカワイイ子まさか彼女か~ッ!?許せねぇぜ東方仗助!

ぜってえとっちめて傷心したところを慰めて寝とってやる!ヒヒヒ・・・」

「あんたそーゆートコロだと思うっスよ~…」

 

 

 

 

扉を自分が入るだけの隙間を開けてすぐに滑り込む。鞄を投げ出し靴下を放り出し、ベッドの上に勢いよく飛び込んだ。

息を深く吸って吐くを繰り返し、手探りでいつも一緒に寝ている抱き枕のクマを手繰り寄せた。顔をうずめて目を閉じていたら、なんだか泣きたくなってきた。

何も考えないようにして、葵は数時間眠った。

 

 

「葵、葵」

 

体をやさしく揺すり起されて、けだるげに葵は声の方を向いた。

廊下から差し込む明かりを背に、そばにいたのはコウだった。

 

「せんせい」

「ご飯だよ。食べられる?今日は鮭だよ」

「しゃけ…………たべる」

「うん。降りておいで」

 

電気の消えた部屋から後ろ姿が出ていく姿を眺めたまま、しばらく葵はベッドの上で呆けていた。

悩みがあって強く当たっても怒らない。わがままを言っても「しかたないなあ」と笑って受け入れる。たまに怒るとすごく怖いけど、頭ごなしに否定したり、大声を上げたりしない。作ってくれるご飯はおいしい。心から葵が尊敬する大人で、親。血はつながっていなくとも、葵の母のような父のような人。葵はコウが大好きだった。

 

自室のある二階からリビングのある一階へと降りる。鮭の焼ける香ばしい香りが一階に充満していて、帰ってから間食もなにも取っていない葵のお腹がかわいらしく鳴った。

そういえば口を開けて寝ていたのか、喉もカラカラだ。食事の準備をする義父のいるキッチンへ向かい、冷蔵庫から作り置きのレモン水の入ったボトルを取り出し、二つのコップに注ぐ。一つは自分用、もう一つはコウ用に。

すでに味噌汁や白米のよそわれた椀が食卓の両サイドを挟むように置かれ、葵はその片側の椅子に座った。誕生日席に当たる場所には何も置かれておらず、今日の夕餉は葵とコウ、二人だけの様だった。

 

「兄さんは?」

「仕事だってさ。最近夜遅いこと多いけど…春先の年度初めだからかな」

「まあ、そうじゃない?そのうち落ち着くよ」

 

そうだねえと返事を返しながら、焼き立ての塩鮭が乗せられた皿が目の前に置かれた。そのほか、きゅうりの漬物の入った小鉢が鮭の器の傍に置かれる。

すべての料理を置き終わると、コウは葵の向かいの席につき、「食べようか」と手を合わせた。

ひとまず、口の中の渇きを癒すために水を呷る。よく冷えた水が柑橘系の香りをまとって胃に落ちていく。コップの半分ほどを一気に飲み干し、一息ついた。

 

「今日はどうしたの。何かあった?」

「え?」

 

鮭の小骨を取り除いていたコウが口を開いた。思いがけない問いかけだったのだろうが、優しいコウの心理とは裏腹に葵はギクリと顔をひきつらせた。まさか、自分の生きてる意味が分からなくなっって思い詰めていたなどと曖昧な悩みを言えるわけがない。生みの親ではないにしろ、子供の存在する責任を負う親にはさらにとても言えない。葵はコップを持ったまま、視線をあっちへこっちへさまよわせた。

コウはこちらの応答を待っているのか、口出しをすることはないようで、小骨を除き終わった鮭を口に運んで咀嚼している。

 

「そ、その、

ちょっと思い詰めてて」

「うん」

「あのー、大したことじゃあ……ないんだけど……」

「うん」

「あのー……」

 

何か口に出そうと思ってもうまくまとまらず、えっと、あの、など絞り出すような接続詞しか出てこない。急かさないコウの無言が逆に辛くなって、いたたまれないまま箸をもって味噌汁をすすった。下げていた視線を恐る恐る向かい側へ上げると、こちらを見つめているコウの視線とかち合った。

頬杖をつき、こちらの話を聞く姿勢に入っている。椀も箸もコップも持っていない。合ってしまった視線を逸らせずに、葵は味噌汁の腕を置くことしかできなかった。

しばらく無言のまま二人は向かい合っていた。

 

「……ごめんな、葵」

 

ふと、コウが呟いた。

眉を少し上下げて、口元をすこし緩ませて。苦々しいように笑って言った。

 

「ごめんねって、むしろわたしのほうがごめんって…」

「イヤ、ね?高校生になってから、しばらくゆっくり話す機会がなかったでしょう。

だからいろいろため込んでても聞いてあげられなかったからさあ。」

「……先生のせいじゃないよ、わたしも、うまく伝えられなくて…」

 

うまく伝えるとはなんだろう。

私は、何を伝えようと思ったのだろう。口に出してから葵は思った。

自分の人生をどうしたらいいのか、とか?それとも別のことを?言えば迷惑をかけてしまうから、吐き出せなくて悩んでいる?そんなのいいわけで、言えないのをコウや周りのせいにしているんじゃないのか?そう考えだすと、さらに何も言えなくなってしまう。

いつのまにかうつむいて、じんわり熱を帯び始めた目元を伏せた。

 

なんだかここのところ私はおかしくなっている。

仗助に変な質問をされる。前に泊まりに行ったとき?小学生のころじゃなかっただろうか。人の目が余計に気になる。身だしなみに気を使ったりするのではなく、自分の一挙一動が心配になる。自分の思想に疑問を持つ。急に生きる意味がわからなくなってしまって、生きていける自身がなくなって、おまけに自分に興味がないと言われてしまった。自分磨きをしないとか、そういう意味ではないのは明白だった。

そういうことを想い詰めているときは決まって頭が痛くなる。胸の奥がツキンと痛んで苦しくなる。なにもかもに無気力になって、そう、死にたいという気持ちが湯水のようにわいて、溢れそうになる。

 

「葵、明日は学校さぼって遊びに行こうか」

 

そういえば、コウの突飛的な発言に助けられたのは、最近のことだった気がする。

葵はだまって首を縦に振った。

 

 




葵ちゃんの思想は自分の思想に近かったりします。うつ病かなんかなんじゃねーのって?ヘヘヘ!!!
原稿ぜんぜん進みません。動画も進みません。しんど。
次回もあんまり本編にかかわりません。

―追伸―
新しい表紙?をかきました。C95にものってる1枚です。

【挿絵表示】

情報ページには今まで描いたのも併せて掲載しておきます。

―追伸の2―
お椀二回置いていたので後者の方を修正しました。
考えながら書くからこうなる。


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パパ友談義①

EOHのアナスイの発言が完全に変態アリスフィリア野郎でドン引き承太郎さんなの好きです。
更新がクソ遅かったのはザ・ワールド16の原稿がやばかったからです。4月ごろまで原稿ないのでまたいっぱい更新します。
本年もよろしくお願いします。


葵が目を覚ましたのは、フライパンの上でハムが踊る香りが漂う朝9時のことだった。昨日の夜、コウに言いかけた自分の中の不思議が後を引いたおかげでうまく寝付くことができず、意識が落ちたのは25時を優に過ぎたころだった。いつもなら23時には布団に身を預け、6時には寝ぼけ眼をぬるま湯でたたき起こしている。

でも、今日だけは特別。電話のベルがうるさくないのは、おそらくコウがすでに学校へ連絡を入れてくれたからだろう。あの電子音が嫌いな葵は、起きたばかりの脳にあの音を刻まなくて済むことに心底安堵した。

 

「いや~いい朝だよ、葵!今日の朝ごはんは果物もつけちゃうもんね~」

 

おはよう!と朗らかに笑うコウは、なんだかいつもの朝よりもずっと元気そうで、嬉しそうだった。葵の朝ごはんは決まってハムエッグとトーストで、時間がないときはサンドイッチのように挟んで学校へ向かいながら手早く食べることもある。

でも、今日だけは特別。ハムだと思っていたのはベーコンで、トーストの焼き加減はいつもよりいい具合のきつね色。普段葵が支度をしている間に淹れられる紅茶は、あつあつで湯気が天井の換気扇へスルスルと巻かれていった。そしてコウの言う通り、ベーコンエッグトーストの皿の傍に苺、マスカット、オレンジの収まったガラスの小綺麗な器。

マスカットなんてこの時期は季節外れではないだろうか。

 

「いつ買いに行ったの?昨日の夜は野菜室になかったよね」

「ン~?今朝。」

「け、今朝」

「いつもより早く目が覚めたから、散歩がてらちょっと遠くの直売所まで~。奮発しちゃった~!」

 

イエ~イなんて普段はしないようなジェスチャー付きで、コウは歯を見せて笑っている。一体本当にどうしてしまったのだろう。優しいのはいつものこと、今日は不気味なほど機嫌がいい。キッチンに立つ背中は鼻歌混じりに足でリズムを刻んでいる。フライ返しを指揮棒のようにチョイチョイと動かしてはフライパンの様子を見る。

どうにも不思議すぎたので、トーストをかじりながら葵はコウに問いかけた。

 

「ねー。なんでそんなに機嫌がいいって言うか…うれしそうなの?」

「うん?ふふふ」

 

そうして彼はまた笑うのだ。

 

「かわいいかわいい思春期の愛娘と一日一緒に出掛けられるなんて、うれしいに決まってるよねえ」

 

そう云われれば、葵は何も言い返せないのだった。

 

 

 

「今日はどこに行くつもりなの?」

 

口腔内の蜜で張り詰めた膜をプチンと割りながら、葵はコウに問いかけた。少し冷めて飲みやすくなったコーヒーをすすりながらコウはう~ん、と唸った。

 

「特に決めてないな」

「決めてないの?それで、どうして今日遊ぼうなんて誘ったの?」

「いやあ、葵、学校行けるような状態じゃないでしょ。ストレスでいっぱいになって、もう私はダメなんだーって気持ちが表情にあふれてたからさあ。とりあえず気晴らしになるところへ行こうとは思ってるよ」

 

教師職だから生徒の顔色を見るのには慣れっこなんだよ、とやさしく言った。

口に出せなかった気持ちが顔にわかりやすく出ていたことを知った葵は少しだけショックだったが、大丈夫じゃない自分に気付いてくれていたことは素直に喜べた。親に迷惑をかけないようにと気配っている葵ではあったが、それでいたって子供らしく親にはわかってほしいことがある。ちょっと目線をそらして照れながら、葵は最後のマスカットを頬張った。

 

「別に、そんなに遠くへ行かなくたっていいよ…ゆっくり心が休まればそれでいい。散歩するとか、公園に行くとか…」

「ああ、いいね、公園。じゃあ、すこし遊びに行こうか。お昼には家へ帰ってきてなにかおいしいものを食べよう。」

 

公園に行くというだけなのに、ここまで心が躍るのは小学校以来だろう。まるで遊園地に遊びに行く前夜の子供の用に、腹のそこがむずがゆくてキュウっと締まる。久しぶりのその感覚は、葵の心を大いに労わった。

 

 

 

 

小さいころ、まだ足がとどかなくて一人でブランコを漕げなかった。

鉄の鎖で吊られた樹脂の土台に座って、暮れていく太陽を黙って見つめていた。こういう色を茜色というんだろう。そんなふうにただボンヤリと遠くを見つめるのが、小さいころの葵の趣味でもあり、流れていく時間をつぶすための行為だった。

少し冷えた春先の気温で冷えた体を、夕焼け太陽が温かくじんわりと照らす。揺れるブランコがまるでゆりかごのようで、穏やかなまどろみを誘った。

そんな葵の眠気を力強く吹き飛ばした張本人こそ、水奈瀬コウその人だった。

コウは、葵が悲しいとき、つらいとき、何をどう察知したのかそばにいる。泣き止むまで背中をさすり、泣き止めば鬱々しい空気を払拭するように、底抜けて明るい笑顔を見せる。

振り子運動を刻み戻ってきた葵の背中を、またコウがやさしく押し出す。だんだんと高い位置に上がっていく足は、地面につけるどころではない。夕焼けを眺める余裕なんてない。

コウのお日様のような笑顔につられて葵も笑う。

いつしか、日の落ち行く公園には二人の明るい笑い声が響いていて、ただただ流れゆく時間に身を任せることなんて、葵にはできなくなっていたんだ。

 

 

 

いつしか一人でブランコを漕げるようになった一人娘を見て、コウは思う。

ああ、また遠くを見つめているんだなあ、と。

 

こんなに大きくなっても、根っこの部分は変わっていないことに心配と安堵を覚える。もう背中を押さなくたって、高く高く足を振り上げて、自分で振り子になれる。けれど、つらいこと、悲しいこと、悩んでいることは自分から打ち明けてくれないまんま。奔放に育てすぎたかな。うーん、とコウは喉を鳴らした。

 

高校生になった葵は、「原作をなるべく守ったうえで、死人が出ないように立ち回りたい」と意気込んでいたのを覚えている。

仮にも自分の娘の意見を尊重したいコウは、葵が横たわる病室のベッドのそばで、心配や後悔を顔に出さないように必死だった。コウは「原作」を知らない。下手に手を出して葵の計画を頓挫させることはしたくない。でも、蒼白の顔で目覚めない娘を見たいわけじゃないのだ。

あの空条承太郎とかいう男が事情を説明しにノコノコ病室へやってきた時など、責任を問いただしたい気持ちでいっぱいだった。どうして守ってやれなかったんだ。大人なのに。子供を守るのは当然の義務だろう。聞けば、仗助くんをも危ない目に合わせたという。親類さえ守れないのに葵を家へ帰さなかったなんて。頭がおかしいんじゃないのか。自分を過信しすぎているんじゃないのかと、叱咤した気持ちでいっぱいだった。

家族しかいない病室で、そうやってタカハシに泣きついたのも、久しぶりだった。

 

でも、あの家で、あの瞬間で、まだ目覚めない葵の望んでいる「親」はそうじゃない。

葵の望む「水奈瀬コウ」は、受け入れて、許して、今後もよろしくとサッパリしている。

だからそうする。

 

我が子がどんなに自分を信頼して、自分が親であることを望んでくれているか知っているから。人を過度に信じないように 、愛さないように期待しないように、それでいて角が立たないように、気取らぬように目立たぬように、誰一人傷つけぬように、虐めぬように、殺さぬように、そんな偽善がバレないように、威張らないように。

当然のことに恐れておびえて苦悩する、かわいいかわいい一人娘を知っているから。たとえ血がつながってなくたって。母親じゃなくたって。おなかを痛めてやれなかったからって。きっと、その気持ちは、この世のどんなへその緒よりも強くやさしい糸で伝わるから。

自分の子になる前の葵が、どうだったかを知っているから。

その前の葵がどんな女の子だったかを、ずっとそばで見ていたから…。

 

だからこそ、もうブランコは押してやれない。

 

 

昼下がりの公園で、年甲斐もなくはしゃいで笑って騒いでから2時間近くたった。春を過ぎた初夏の屋外はなかなかに暑い。葵もコウもほどよく疲れて、木漏れ日の光る木陰のベンチへと腰かけた。

 

「あ~~~笑った~~……もう、どれくらいこんなにバカ騒ぎしてないかなあ~~」

 

「いや~、さすがに暑いね。喉かわくな…自販機行ってくるから待ってて」

 

「はあい、いってらっしゃい」

 

気持ちのいい汗を流した葵はいい顔をしている。昔のようにまた笑わせてあげられる力がじぶんにあったことに、コウは内心驚いていた。それがまた、まだ「葵」を知覚する前の葵のままであることを証明しているようでうれしかった。

自分より頭のぬけた赤い自販機の前で物色する。コーラやスパライトなんかの炭酸はダメだ。コーヒーや紅茶も、この暑さでは残業中のサラリーマンくらいにしかモテないだろう。無難にお茶や水、アコエリアスなんかのスポーツ飲料が好ましいだろう。さんざん暴れてもポケットから飛び出なかった財布に感謝しながら小銭を確認する。500円玉がちょうど入っている。気分がいいので2本買ってやろうと、600円を食わせてやり、ピースサインで500ミリリットルのお茶と250ミリリットルの水を同時押しした。

 

「気分がよさそうですね」

 

「……ちょうど気分を害されたところですよ、空条さん」

 

 




4月まで原稿がないといったな?あれは嘘だ。
(3月末にイベント入れるアホがひとり登場~~)

ジョジョカテゴリのおもしろい小説がふえててジェラったので更新します。
短くないかって?前まで考えてた内容覚えてなくてここで切ったほうがいいかなって思ったんです…すいません…誤ってばっかりだなこいつ…

ある曲の歌詞をちょっとだけ引用しました。だいすき。

アニメ すごい ね


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パパ友談義②

やっと葵ちゃんの身に起こる不自然を、ちょっとずつ追及していきます。
描きたいところいくまでにどんだけかかるんだ…


「敬語、お得意じゃないんでしょう。いりませんよ」

 

「……助かる」

 

なぜこんな昼下がりに、小さな公園の自販機にこの男がいるのか。いやそれよりも、愛する娘との愛すべき昼下がりにこの男と出会ってしまったことが一番問題だった。

前述のとおり、コウはこの空条承太郎が好きではない。いっそ嫌いの部類に入る。正面切って「嫌い」と思わない…思わないようにしているのは、コウの性格に由来するのだが、この話はまた別の話である。

コウから見た承太郎の印象は、”自分の力と外見を過信するふがいない男”に尽きる。実際はそんなことは断じてないだろう。コウは承太郎をよく知らないからこのような印象に固まるのだ。承太郎も、申し開き様はいくらでもあろうにそれを口に出さないし、そんな言い訳まがいの行動をする性格でもない故の、相互の行き違いなのだ。

ともかく、コウは承太郎になるべく会いたくない。コウの中では、娘を守れなかった男というレッテルをベッタリと貼られているのだから当たり前だ。普段は嫌味なんて滅多に言わない彼が毒を吐くほどには、承太郎に会いたくなかったのだ。

ましてや、当の娘と甘い時間を過ごしている最中なのだから。

 

「あなたに少々聞きたいことがある」

 

「いったいどうして承太郎さんがここにいるのかは気にしませんが、その意見は聞き入れられませんよ。あなたが僕をどのようなものと思っているのか、知ろうとも思いませんんが、自分の娘を危険にさらした成人男性に答えることは一つもないと思うのですが…それでもよろしければどうぞ」

 

コウは職業上人に強く当たることはない。おそらく年下であろうこの男にも、職場や仕事中に会うことがあれば、厚い面の皮を被っただろう。

だが、一対一で対面している今、私はあなたが嫌いですよというオーラを隠す必要は一切ない。聞きたいこととやらを聞かれても一切答えるつもりはないし、音を立てて落ちてきた冷たい麦茶を早く葵のところへ持っていきたかった。

 

「彼女の出生について…てめーの養子になる前のことについてだ」

 

ゴングが鳴る幻聴がした。

 

この男…引き下がらないのか。ましてや娘について土足で踏み込んでくるなど、デリカシーがないどころの話ではない。うら若き16の乙女の生まれを、成人した巨躯の男が知りたいというだけで犯罪集がムンムン湧いてくるものだが、それを威ともしないその姿勢。そして、多少礼儀をわきまえていた口調を完全に崩してくるとは。なるほど。

少々意地になっても仕方がないな?

 

「まだ5月だってのにこんなに暑くて…空条さんそのコートよく着ていられますね」

 

「おれが個人的に調べた結果、彼女の出生した場所は東京だ。そしてトラブルが起こっててめーの養子になった。それは確実だろう」

 

「ああ、よかったら水でも飲みますか?ちょうど自販機が目の前にあることですし、貸しってことでおごりますよ」

 

「だが彼女とおめーに親戚関係はねー。もう一人の家族の男もだ。その男については一切の情報も出てこなかった。どういうことか話してもらうぜ」

 

「夏じゃなくても熱中症にはなるんだからちゃんと水分とらないといけませんよ?あ~、スポーツ飲料のほうがいいですか?水よりちょっと値が張りますけど。でも塩分過多で糖尿にでもなったらアレですよね…」

 

お互いの瞳から閃光の光るエフェクトが見えるようだった。絶対にコウは答えることはない。だが、承太郎にも並々ならぬ理由がある。物腰柔らかに接しているように見える言動にはイバラがそこかしこに敷き詰められていて、こちらの意見を受け入れる様子が全くない。だが、すべての進言を無視され逆方向への返答が返ってくるのは、神経を逆なでされるようで気持ちのいいものではない。

 

やれやれ、この手はなるべく使いたくなかったんだがな…と、内心苦言すると、承太郎はハッキリと発した。

 

「あんたが答えないのなら彼女自身に聞こう」

「それだけは絶対に許さない!!!!!」

 

しん、と場が静まった。

 

承太郎はなんとなく、これを言えば両成敗になるだろうと察していた。腹を痛めたわけでも、血が遠いところでつながっているわけでもないのに、この男は異様に彼女に愛情を注ぐ。そしてその理由は絶対に語らない。いままで出会ってきたスタンド使いたちのようだったなら、容赦せずに聞き出せていたことだろう。だが、コウは承太郎が苦手とするタイプの性格だった。下種でもなく、悪に染まってもいない上に、金でどうこうなるものでもない。どうにかして聞き出そうとは思っていたものの、ほとんど脅しになるようなこの一言は、なるべく使いたくなかった。

その理由というのが、無償の愛に限りなく近いものであると、なんとなくわかっていたから。

 

コウの叩きつけた拳によって、缶コーヒーが取り出し口に現れた。

 

 

「一つ聞きましょう。それを知り君はどうするんだ」

 

「無論口外はしない。仗助のことは最近になって分かったばかりなんでな…それに、この杜王町へおれが来たのは仗助だけじゃない。もう一つ探し物をしててな。その探し物に、あんたの娘が関係あるんじゃねーかと…経験上勘が働いたからだ」

 

「ほーお、ずいぶんといいセンスをしてる勘だな。その探し物とやら、僕はあいにくだが知らないよ」

 

コウの顔は、先の一言からずっと険しいままだった。軽蔑するように細められた目線、シワのより固まった眉間、曲がった口。隠そうとしない明らかな敵意を承太郎はバシバシと感じている。やはり先ほどの言葉は得策ではなかったな…と冷や汗をかいた。この男からは今後信頼も言葉も勝ち取ることはできないだろう。早急に謝罪し踵を返すか、と思った時のことだった。

 

「いいだろう。語ろう。嘘偽りなく、君の知りたいことを話そうじゃないか」

 

「何?」

 

「君の知りたいことを語ると言っているんだ。聞くがいいさ。だが忘れるなよ空条承太郎。僕のなかで君の順位は今最低ラインにほど近い場所にいるし、そこから上昇するには大きな障害が芽生えることを。それと、僕は教え子によく言って聞かせるんだが…」

 

 

「『人は声から忘れていく』。」

 

 

語ろう。

 




ねむい


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人は声から忘れていく①

勃発。


 

 

コウが葵と別れたときまで遡る。

 

大いに笑って大いに汗を流した葵は、ほどよい疲れが体にあふれるのを感じていた。青々とした木々が日陰を作るベンチは非常に心地よく、目を閉じればすぐにでも昼寝に入れそうだった。ああ、今寝たら確実に気持ちいいだろうな、という感覚である。

春風がほてった肢体をやさしく冷やす。

桜の花はとうに枯れてしまったが、太陽がさんさんと輝くようになってゆくのだから、木々にとってのうれしい季節はこれからだろう。

と、自身の悩みを一時忘れ、のんきなことを考えていた。

 

ふと、木漏れ日の隙間から空を見上げていた葵に影が差した。

 

 

「貴様…やはり生きていたか。億泰のヤツが言ってたことは本当らしいな」

 

葵の前に立ちはだかったのは、金髪にギロリととがった瞳、派手な改造制服と、一般の男子高校生とは一線を画す背丈と気迫。昼下がりの心地よい空気とは裏腹に、氷山のような冷たい視線。

葵はスッカリ覚えていない、いや既に知らない人と化してしまったが、虹村億泰の兄・虹村形兆だった。

 

「弓と矢を奪っておきながら、敵に一撃を食らってあっけなく死んだものだと思っていたが…億泰が『あいつは学校に来ている』なんて言うからな…

他人の空似とも考えたが、アイツはそこまでバカじゃあない。ただ、この目で見るまでは信じがたかっただけだ」

 

「え、えっと」

 

「貴様のおかげで弓と矢はあの電気野郎に持っていかれたままだ。礼を言うぞ」

 

表情に太陽の影を落としながら、形兆は皮肉を言った。ニヒルに歪んだ冷徹な笑みを添えて。

 

一方の葵は、突然現れた強面の不良におののき、知らないところで自分がやらかしたという事象を右から左へと聞き流していた。この怖いヤンキーさんの話によれば、自分は弓と矢?をこの人から奪った?らしい。そのまま別の敵?に攻撃されて昏倒でもしたらしい。今の葵にはそんな危険な場所に身を置いていた記憶も自覚もない。そんな、ただただ混乱する葵を見て、形兆はもともと深かった眉間のシワをさらに深める。形兆の目には、自分から目的を達成するための手段をかっさらっていった女がしらばっくれているようにしか見えないのだ。しかも、あの屋敷で相まみえた時の気丈さと強かさの影がどこにもない。

忌々しい、という一言が頭の中をでとぐろをまいて居座った。

 

「あ、の…あなたは、虹村くんのお兄さん なんですか?」

 

「…………ああ、そうさ。」

 

葵の問いに形兆はみじかく答えた。

 

「その…私は、あ、あなたの言っていることが…えっと、身に覚えがなくて。

その、弓と矢とか…虹村く…億泰くんだって、最近知り合ったばかりなんです。風邪でしばらく寝込んでて、1週間くらい…そのときに初めてで、」

 

「風邪!風邪だと!?」

 

形兆が張り上げた声に思わず葵は肩を揺らす。葵には、「一週間ほど風邪をこじらせて家で寝込んでいた」という記憶しかないのだから、形兆が何に憤っているのか全く分からないのだ。自分の記憶とすれ違い続ける目の前のすっトボけた女に形兆は激高した。怒りのままに、ポケットにつっこんでいた手で葵の胸倉をつかみ上げる。引っ張られるままに立ち上げさせられ、慄いた葵がちいさく悲鳴を漏らした。

 

「あんな風穴をこの腸に空けておきながら!まるでピアスの穴がいつのまにか塞がったように!何を困惑していやがるんだ、貴様は!

わからないという顔をしやがって……貴様は一度死んでいるんだ!!」

 

腸を分からせるように、形兆のもう左手の拳が葵の腹部に押し当てられる。

 

「俺はお前が床に作った血だまりを見て思ったさ!弓と矢がお前に奪われていなかったら、死んでいたのは俺だったろうとな!!億泰に何を吹き込んだか知らんが、俺…達の家の問題を、何の関係もない名前も知らない貴様がひっかきまわしやがった!そして呆気なく死んだんだよ!

なぜ生きている!死んだ人間がなぜ生きている!あの男は貴様になにを――――」

 

瞬間、形兆の眉間を掌底が襲った。

 

 

 

*

 

 

 

 

「…………本当に答えて、くれるのか」

 

「なんだよ、僕だって男だ。二言はないね。サッサとしろよ、葵が喉乾かして待ってるんだ」

 

非常にイヤそうに、ダルそうに、コウが自動販売機にもたれかかって腕を組んだ。承太郎はには目の前の男の心情が全く分からなくなったが、話を聞けるのなら……情報を出すというのなら、ためらうこともない。

まず前提として、と承太郎は語り始めた。

 

「…俺の一族…ジョースター家は、代々世界を脅かす巨悪と戦ってきた。ファンタジーやメルヘンな思考と思われても構わないが、事実だという前提で話を進めさせてもらう。

その巨悪と戦うとき、ジョースター家やその戦友のそばには一人の女がいた。調べによれば、名前は変わるものの容姿はほぼ同じ。髪型やちょっとした性格の違いくらいの差異しかない。主な特徴は、「通常はありえないトルコ石色の長い頭髪」「ガーネットに近い色素の瞳」の2つだ。

一族への関わり方にはさまざまなバリエーションがあるらしいが…ほとんど記録残っていない」

 

「フゥン。で、その女の人とウチの葵がどう関係あると思ってるんだ」

 

「まず、仗助の周りの女を調べるに当たり、「幼少期から一緒にいる」 「仗助から過度の感情がある」「身体的特徴が一致する」をとりあえずの捜索目標として絞った。どの目標も一応例があるものだ。…葵に当てはまったのは前者の二つ」

 

承太郎は説明を続ける。

一つ、葵と仗助は幼少期…代替4、5歳のころから交流が家族ぐるみで続いている。

ふたつ、前者の幼少期からの交流も含め、仗助と葵はかなり親密な関係にある。友愛にせよべつのものにせよ、一般の友人というカテゴリには収まらないだろうという。

 

「おれが思うには…まあ、片思いというところか」

 

どちらとは言えないが。と、少し呆れるように承太郎が帽子のつばを下げた。

コウもうまく表せないような、むず痒いような苦笑いをこぼした。

 

「まあね、見てればなんとな~くわかるような…友達以上恋人未満のラインをず~っとユラユラしてる。高校生になれば周りの空気に感化されて、進展するか後退するかと思ったけど、まあ、今は難しいか…」

 

承太郎を睨んでいた目線を、慈しむようなやさしさをまとわせた目線に変えて、コウはベンチに座る遠くの葵を眺めた。

そして、何か言うのか口を開こうとしたところで、血相を変えてその場から駆け出した。跳ねられるようにして承太郎が目線を移せば、形兆…実は、矢を射った場所を聞き出すために同行していた虹村形兆が、葵の胸倉をつかみ上げているところだった。

 




週一投稿なら…できないかな…

再来週、アニメで自分の推しがこう…アレするのでもう気が気じゃないです。


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人は声から忘れていく②

週刊投稿でもしないとコレ終わらんわコレ。
こういうことを書こう!とだけ考えてあとは行き当たりばったりで打ち込んでるので行き違いがあるかもしれません。
おとなはうそつきではないのです…
原稿は終わりません。


あれで18。10年前の自分のように大人らしいところがあるのだと思っていたが、その度を越えてなにかが爆発したのだろうか。承太郎の突飛な一般とは線を引いた人生経験は、形兆には当てはまらないのだ。環境も境遇も違った相手の思想を見誤ったのはこれが初めてではないが、承太郎は『また』、自分の少しばかり苛烈な過去を悔いた。

 

 

承太郎が駆け付けた頃には、形兆の手から葵はすでに取り上げられていた。

勢いよくこめかみに一撃をくらった形兆はうずくまり、頭を手で押さえ呻いている。

コウは、混乱と恐怖でひどく動揺している葵を腕に抱え、背中をさすっていた。

 

「安心したよ……なんとも、安心した。僕の考えは間違ってなかったね、空条承太郎……」

 

荒い呼吸を繰り返す葵を落ち着かせながらコウが言った。

その声色は、慈愛に満ちたわけでも、突き放すような怒りでもなかった。

 

「貴方が葵のことを何も考えてないって、何も認識できてないって、ハッキリわかった。きっと、そう、目的のためなら、人を殺すこともいとわないんだろうってハッキリしました。とても参考になった……」

 

次第に涙まで流し嗚咽するようになった葵を抱きかかえると、承太郎や形兆の方へ視線を移すこともなくコウは歩き出した。

 

「!待て、話は……」

 

「話す、そう、話すって言いましたね。でもダメだ。貴方はすぐ忘れる人だ。忠告したって意味ないんだ。そうやすやすと語れることでもなかったのに、一瞬でもこの大呆けに理解させてやろうと意気込んだのが間違いだったんだ……」

 

引き留めようと声をかけた承太郎に、いっそ人間味も感じられない機械的な声でコウが返した。背を向けてしまったコウの表情は読み取れない。

 

承太郎は困惑した。

例えば、仗助から聞いた話。

 

「葵の親、スか?そうっすねー、母親はいないみたいなんですけど、父親はいますよ。性格?えっと、すごく優しいっすよ。ウチの母ちゃんとも仲いいですし」

 

例えば、葵や仗助の担任から聞いた話。

 

「ええ、水奈瀬さんですか?結構淡泊な方でいらっしゃいますよ。なぜそのようなことを…調査、はあ」

 

ここですでに食い違っているのだ。

苗字の違う遠い親戚の娘を引き取って育てるやさしさがあるのに、別の人物への対応は全く違う。

そして今と先ほどの反応。葵について過剰に反応したのは親心故と思っていたが違う。葵を抱える手つきは確かにやさしいが、裏腹にどうしてそんな声色が出せるのか。行動と思想に差をつけることなどやろうと思えば誰だってできるのだろうが、それも違う。むしろ承太郎がその「誰だって」なのだ。経験があるからこそ承太郎は困惑し、腹の底が冷えるような温度を、コウの声色から感じていた。

 

承太郎が思考したまま行動を見守っていると、またコウが口を開いた。

 

「それともう一つも確認出来て、多いに結構。やっぱり『覚えて』…いや、『忘れて』いるんですね。茜は…ちゃんと葵と一緒にいるんだ…」

 

振り返らずにコウが続けた。

 

「空条承太郎、あなたが探しているのは、『赤い目』で『青い髪』の『女』なんですよね?」

 

コウの発する声を聴く脳のどこかで警笛が鳴りやまない。

いつの間にか回復した形兆も、同じくどこか不気味な現象を感じていた。

ただ文章を読み上げるときのような、意味も内容もへったくれも詰まっていないその声は、承太郎と形兆の脳髄に響いて、「そしてすぐに薄れていった。」

 

「この子は……葵は赤い目で青い髪ですが……違うんですか?」

 

何を当たり前のことを、と承太郎は思う。

葵が『青い髪で赤い目』なのは、会った時から知っている。

認識している。ずっとそばにいた仗助でさえ、『女』は『葵ではない』と認識しているのだ。

おかしい。響く水奈瀬コウの声に、かすんだように頭が雲ってしまう。

そんなの、

 

「違うにきまっているだろう」

 

振り返ったコウの笑みに人の香りはしなかった。

 

 

 

 




認識災害~!!!歌でも歌いたくなりますね!
ちゃんとこの小説が完結したらこの話が理解できるように
なると思うんで…まっててください…

明日はいい天気だ。また来週。


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山岸由花子は恋をする

Q 週刊投稿はできましたか…?
A 1月に二冊本をだすとできないことがわかりました


「髪型変えたのね」

 

承太郎がコウの身の内をほんのすこし感じ取ったその次の週。

なんだかんだ女同士で仲が良くなった葵と由花子は、昼休みを共にしていた。二人とも友人がいないわけではないが、由花子が改まって「相談がある」というので、葵がクラスメイトよりも由花子を優先しただけである。

ただ、この時の葵にとっては都合がとてもよかった。

 

少し前までは仗助と昼休みを過ごしていたのだが、葵が1週間休んだ明けの日から、仗助と顔を合わせるのがなんとなく嫌だったのだ。由花子に変なくぎを刺されたときからそれは明確になった。思えば、葵は元来ああいった光の中でさらに光を発するような人はなかなか好きになれない。なぜいままで一緒に過ごしてきたのだろうか。家が近いからと言って深く関わる理由にはならないはずなのに。

そう自覚してから、仗助が挨拶をしてくれることも、登下校を共にしていたことも、想像するだけで、なんだかもやもやとして背筋をかきむしりたくなるような錯覚に陥った。

おかしいとは思う。少し前まであんなに好意的に感じていたのに、どうして突然こんな気持ちになってしまったのだろう。高校へ入学してからしばらく経つが、はじめはこんなこと考えもしなかったのだ。もっと明るくて、光の中にいる彼にも劣らないくらい笑っていたのに。今ではすっかり自分の影が浮き彫りになっている。

学校をずる休みしてコウと一日を過ごした次の日から、葵はさらに仗助に顔向けができなくなった。無視してしまった彼に一言くらい言えばよかったのだろうか。変わらず昼休みを誘ってくれる仗助の文句をどう断ろうかと頭を悩ませていた。だからこそ、由花子の誘いはとてもありがたかった。

 

「え?ああ、うん…ちょっと気分転換で」

 

「そう。なんだか、おろしていたほうがしっくりくるわね」

 

「あはは、ありがと。私もこっちのほうが落ち着く」

 

葵は改造制服とポニーテールをやめた。なんだかすごく恥ずかしいことをしている気分になったのだ。学校指定の制服に身を包み、ヘアアレンジは軽くリボンをつけるだけにした。このくらいのオシャレなら、不良の多いこの高校なら許されるだろうと思った。それに、由花子の言う通り、すべて結い上げてしまうよりおろしていたほうが、しっくりくるし落ち着くのだ。理由はないが安心感がある。今朝、突然イメージチェンジした娘を見たコウも、驚きこそすれど、「そっちのほうがいいね」と肯定してくれた。

そういえば、仗助はどんな表情をしていただろうか。あまり気にならないので、自分にとってたいしたことではなくなったのかもしれない。

 

「それで、相談って?」

 

葵が話を切り出した。

 

「ああ…そう。わたし…康一くんに告白しようと思うの」

 

「………………お、おお……」

 

葵は素直に感心した。

 

「なに、その反応…以外かしら」

 

「いや、すごいなあと思って…」

 

由花子の拗ねるような視線を受けながら、葵は改めて由花子の女の子らしさを知った。

自分が好きな人ができたらまず告白できるできないなんて考えないが、由花子は自分の思いを伝える決心をしたのだ。友人?として、女性として、その勇気は素直に尊敬する。

 

「私が好きな人ができても釣り合わないな~とか考えちゃうし…すごいなあって…」

 

「あなたつくづく自分に自信がないのね…ねえ、断られたらどうしたらいいと思う?」

 

「由花子さん美人だから大丈夫だと思うけど、そーだな。友達でいてくださいって言う?」

 

「やっぱり、そうよね。」

 

それはどっちの「そうよね」なんだ。

葵は疑問に思ったが口に出さないことにして、冷えて少し固まった白米を咀嚼した。まあ、実際由花子は美人だし、友達でいてくれともいえるだろうけど。

彼女の心の強さを葵はよく知っている。

 

「いつ告白するの?」

 

「今日の放課後よ。ドゥ・マゴに呼び出したの…来てくれるかしら」

 

「あ、すでに決行済みなんだね!?来るでしょ。彼優しいし。」

 

「知ってるわ、康一くんがやさしいことなんて。でもそれでも心配になるじゃない。」

 

「うーん、そうか。そうだよね」

 

由花子は目を伏せ、心配そうに眉を下げた。まさに恋する乙女そのものの顔をしている。実に絵になるもので、まるで少女漫画から切り取ってきたかのようだ。

美人だなあ、と改めて、自分の髪をいじりながら葵は思った。

 

この青い髪は生まれつきだ。つい先日まで黒く染めていたがやめにした。意味がないと思ったからだ。

ここまで伸びてしまったのも、切ってしまおうかとも考えた時に、唯一生まれた時からずっと一緒にいるのだから、と手を付けなかっただけのこと。

そもそも、染めていたのを落としたこともだれも気付かないようだった。

釈明する手間が省けたので全く構わないのだが、ちょっと寂しかった。

 

…仗助は気づいたのかな。

 

「いや、東方君は関係ないじゃん…?」

 

思考に踏み入ってくる仗助の顔に呆れるように、額に手を当てた。

今考えるべきなのは由花子の恋の応援方法。自分の悩みなどそのへんに置いておくのだ。というか彼についてはあんまり考えたくないから遠くへ投げ捨てたい。

というか、こうやって何度も考えてしまう意味がわからない!迷惑だ、だれのせいなんだコレは!というか今までよくもまあ一緒に育ってこれたなあ!若気の至りなのか!?

 

「…ねえ、あなたもついてきてくれない?」

 

「え?うん…」

 

アレ、なんだ。考えないようにと思えば思うほど陥ってしまうじゃないか…

葵はブンブンと頭を振って無理やり思考を止め―――

 

うん?

 

「うん?」

 

「本当!?実はとっても心細かったの!あなたに康一くんに近づかないでなんて言った手前、もっと強く心をもたなきゃって思ってたんだけど、あなたと話しているうちになんだか心配になってきちゃって…でもやっぱりこうやって相談してよかったわ!ありがとう、葵!一緒にドゥ・マゴまで行きましょうね!」

 

「え、へぇっ……?はぁ…はい…」

 

葵は頼まれると断れないタイプである。

今度はちゃんと話を聞こうと思った。




原作の存在を忘れたことにより、「ジョジョの世界でただの琴葉葵として生きた場合」の人格になっちゃった葵ちゃん。
はたしてこの後どうなってしまうのか…
いやあ別に、「これぜったい葵ちゃんがどうなってんのかわかってもらえてないよな」って思って蛇足してるわけじゃあないです ほんとだよ

全然わからない 俺たちはフィーリングで小説を書いている

次回もまあ遅くなるかもしれませんが本業?が絵なので…あと動画もちょこっとやってるので…いろいろ手を出してるので…すいません 気長に待っててください
書きたい気持ちはいっぱいですから


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