鬼と骨がいく! (IMOTO)
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主人公説明

 PC名:酒呑童子

 異名:義と情に篤き鬼、戦略核兵器、課金泣かせ

 

 カルマ値:0(中立)

 

 レベル:100

 種族:鬼15LV

    鬼王15LV

    古代鬼15LV

    始祖鬼15LV

    神祖鬼10LV

 職業:修行僧(モンク)15LV

    破壊僧(クラッシャー)15LV

 

 ステータス

 HP:132

 MP:0

 物攻:202

 物防:158

 素早さ:121

 魔攻:0

 魔防:32

 総合耐性:59

 特殊:9

 総合値:713

 

 超がつく程の物理特化型。しかも種族補正によって職業スキルの多くが使用不能となり、更に武器も一切使用できず、魔法耐性もガバガバというかなり歪なビルド構成。

 ユグドラシルでは多くの職業をとって多彩なスキルを使う方が強いとされているが、それとはまるっきり真逆な構成でギルドのメンバーからも「なあにこれぇ?」「正気じゃない」「縛りプレイですか?」「アカウント作り直すべき」とドン引きされるほどのドリームビルダー。あまりの魔法耐性の低さは、プレアデスですら容易に大ダメージを与えれるほど。

 武器も装備できず防具も種類を限定され、スキルの大半が使用不能で格下の魔法ですら大ダメージを負いかねないという、一見すればロマンだけの産廃キャラでしかないのだが、こと接近戦においては最強の一角である。

 魔法攻撃を当てようにも高い機動力で回避された挙句一瞬で間合いを詰められ接近戦を強制され、100LVの前衛キャラでも圧倒的な防御力に阻まれ満足にダメージを与える事ができず、もはや「バグ」と呼べるほどの即死級の通常攻撃をしてくる様は悪夢でしかない。

 しかも常軌を逸したほどの体力と種族スキルで割合回復のリジェネ効果が付与されている事から無類のタフネスを誇り、ダメージ交換で勝つ事もほぼ不可能。

 器用貧乏としてガチ勢からはあまり好まれていない魔法剣士系で戦うか、回避できぬよう広範囲の高火力超位級魔法を数発ぶち込んで仲間もろとも焼くくらいしか真っ当に戦って勝てるすべはない。

 ナザリック内では、公式チートと呼ばれている戦士系最強職であるワールド・チャンピオンのたっち・みーと同等、或いはそれ以上ではないかと目されいる。

 多彩な魔法を使えるモモンガと非常に相性が良く、「骨と鬼が一緒だったら逃げろ」とプレイヤー達から二人の組み合わせは恐れられている。

 

 本名は大江 宮人。アーコロジーでは巨大複合企業の中でも上に位置する人間のためかなり豊かな生活を送っている。

 しかし元は貧民層の出自であり、そこから血の滲む思いで成り上がったために貧しい者の苦労を知っているため人情に篤い。優秀な人材であれば出自を問わず雇い、私財を投げ打って格安の教育機関を作ったり孤児院なども作った。

 その行為や人柄で貧民層の者たちには人気が高く、富裕層からは疎まれており実際に命を狙われていたが、本人は気にしていなかった。

 また現実世界でも大の大酒飲みであり、それで一度体を壊したが決して酒を止める事はなかった。

 その人柄ゆえかアインズ・ウール・ゴウン内外でも慕う者は多く、時にトラブルを引き起こしながらもモモンガと一緒にギルドを支え続けてきた。誰が呼んだか副リーダーとか副長などの肩書きがつけられている。

 御歳86才。

 

 

 種族スキル

 鬼種の剛体Ⅴ:体力増加Ⅴ、敏捷強化Ⅴ、刺突武器耐性Ⅴ、斬撃武器耐性Ⅴ、打撃武器耐性Ⅴ、物理耐性Ⅴ、精神系を除く状態異常の無効化、即死無効の複合スキル。

 鬼種の知覚Ⅴ:気配感知Ⅴ、聴覚強化Ⅴ:視覚強化Ⅴの複合スキル。

 鬼種の剛腕Ⅴ:素手攻撃強化Ⅴ、

 鬼掌天穴Ⅴ:アクティブスキル、1日の使用回数5回。HP25%消費で防御貫通効果、物理耐性無効化を付与。最終与ダメージ30%UP。

 鬼種の血Ⅴ:1秒毎にHPの0.7%分を回復する。

 討鬼討人Ⅴ:人間種に与えるダメージを40%UPし、人間種から受けるダメージを50%UPする。

 鬼の本気Ⅴ:HPがゼロになった際、HPの50%分を回復させる。このスキルが発動すると種族スキル・職業スキルは48時間無効化される。

 鬼の矜持Ⅴ:職業スキルのうち、アクティブスキルを使用不能にする。武器装備不可、重装防具装備不可、金属製防具装備不可、魔法使用不能、魔法攻撃値初期化、MP0、魔法攻撃脆弱Ⅹ。

 大酒飲み:酔い無効

 

 

 職業スキル

 武器破壊Ⅴ:破壊僧(クラッシャー)のパッシブスキル。素手による攻撃を相手が防御した際、攻撃ステータスに応じて割合で装備を破壊する。Ⅴの場合は攻撃ステータスの半分が割合となり、酒呑童子は202の攻撃ステータスを持つため特殊な耐性が無い限り必ず装備を破壊する。別名「課金殺し」。

 

 

 メンバー達との関係

 モモンガ「戦力としても友人としても最も信頼しているし尊敬している副リーダー」

 ウルベルト「たっち・みーとの喧嘩を何度も仲裁してくれて、最後は友人になれた」

 たっち・みー「メンバーからどっちが最強か気になるという声があったが装備が壊されるので勝負を避けた」

 タブラ「実はオンラインでTRPGをやった事があり、最初に酒呑童子の現実(リアル)を知った」

 ブルー・プラネット「昔の自然を写した資料を渡し、泣くほど感動した。お礼に酒が湧き出る泉を作った」

 ぶくぶく茶釜「ピンクの肉棒を気にせずギルドに誘ってくれた人。弟にああいう出来た人間になれと言っている」

 ペロロンチーノ「姉弟喧嘩ではよく仲裁してくれ、姉に色々と便宜を計ってくれる良い人。中の人との年齢差からエロの趣味は合わなかった」

 ぷにっと萌え「戦術を覆す暴力、戦略核兵器。自分の理論が唯一通じなかった相手。敵でなくて良かったと思ってる」

 武人建御雷「たっち・みーと同じく、打倒を目指していた一人。酒呑童子に届く刃を作っていたようだが……」

 弐式炎雷「同じ和風キャラ好きとして仲が良いが、同じドリームビルダーで攻撃特化キャラなのでライバル意識も持っている」

 ホワイトブリム「メイドたちに和服も着せたいと言ったがメイド服こそ至高!といわれ却下されてしまった」

 ベルリバー「相性で唯一酒呑童子と一対一で勝てる可能性がある。一回も攻撃を受けなければという前提だが」

 やまいこ「とりあえず酒呑童子に殴らせて相手の強さを測るという脳筋っぷり。それに付き合う酒呑童子も脳筋。ちなみに戦闘の相性はモモンガと同じくらい良い」

 るし★ふぁー「同じイタズラ仲間。だけど皆に大きな迷惑がかからないように上手く誘導されていたりする。ギルドのアイテムをちょろまかして一緒に怒られた」

 へろへろ「同じ装備破壊としてプレイヤーから嫌がられている。実は大江の会社の関連会社だった事が判明し、急いで会社の待遇改善を実施。少しは休みも取れているようだ」



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鬼と骨

「もう終わりだねぇ」

「……はい、もう、終わりですね」

 

 豪奢な円卓の間に、二人の声が寂しく木霊する。

 まるでなんでもないかのようの平然と呟くのは、一人の偉丈夫。艶やかに光る紫紺の髪を逆立てて派手な着物を着崩し、だらんと下げた手には朱漆の光沢を放つ瓢箪を持ち、円卓の上に足を乗せながらボーッと天井を見上げている。人間と呼ぶには額に生えた立派な角が存在を主張し、本性が人間ではない事を示す。

 彼の名前は酒呑童子。鬼の種族の中で最高位に位置する始祖鬼であり、誰が呼んだかのかいつのまにかアインズ・ウール・ゴウンの副リーダーという立ち位置になった男である。

 鬼の本来の姿は皮膚が赤だったり青だったり口から鋭い牙が生えているのだが、牙が邪魔で酒が呑めないという理由から課金して角以外はほとんど人間の姿という、ナザリックでは珍しい亜人種っぽい見た目の異形種である。

 

 その酒呑童子の言葉に答えるのが、全身が骨で構成された異形種。死の超越者(オーバーロード)と呼ばれ、アインズ・ウール・ゴウンのギルド長を務めているモモンガである。

 

 彼等がプレイしているのはDMMO─RPGユグドラシルと呼ばれ、その圧倒的な自由度から当時では絶大な人気を博したオンラインゲームである。

 しかし、人気というものにはいつか陰りができてしまうもの。

 プレイ人口は縮小の一途を辿り、それによる収入の下落によるサービス維持の困難。これらによってユグドラシルは本日を以ってサービスを終了する事となった。

 

「……なんで、なんで皆、こうも簡単に捨てられるんだ! ここは皆でつくった、ナザリック地下大墳墓なのにっ」

 

 最盛期では41人いたメンバーも今や9人しかおらず、そのほとんどが幽霊部員のようなもの。サービス終了日に来たのも4人だけで、軽い別れの挨拶だけ済まして出て行ってしまった。

 まるで、こんなものは所詮ゲームだと言われているみたいで、モモンガは円卓の上に拳を振り下ろす。

 

「仕方ないよモモンガくん。きっと皆もナザリックが好きで大切だったんだろうけど、それよりほんの少しだけ、現実の方が大事だったのさ。悲しいけど、仕方ない事なんだよ」

 

 声を荒げるモモンガとは対照的に、酒呑童子は落ち着いた口調だった。しかしそこに寂しさがあるのも事実。しかし仕方のない事と割り切ってはいた。

 アインズ・ウール・ゴウンの加入条件の一つ、それは社会人である事。当然、仕事もあれば家庭のある者だっている。どちらを大事にすべきかは本人が決めるべき事であり、他人がとやかく口を出す権利なんてない。

 

「逆に俺たちは、現実よりもナザリックが大事な大バカ者だったわけだ。リーダーも副リーダーも揃って大バカ者とは笑えるじゃないか!」

 

 ハッハッハ! と、愉快に笑い声をあげる酒呑童子。その気楽な姿に落ち込んでいたモモンガの気分も少しは晴れやかになった。

 

(思えば、この人のこういう所助けられてきたんだよな。ありがとう、酒呑童子さん)

 

 心の中で酒呑童子に礼を言い、今までの事を思い返す。

 初めて会ったのは、モモンガが異形種狩りにあっていた頃だ。フラッと現れてPKたちを簡単に倒して、そしてフラッとまた消えてしまった。

 後にたっち・みーに誘われた事でアインズ・ウール・ゴウンというギルドを立ち上げて名を広めていた時に酒呑童子と再会。ギルドを相手に喧嘩するというとんでもない事をしていた時に出会い、勧誘してみたら快く応じてくれた。

 人柄なのか皆からとても慕われており、メンバー同士の喧嘩を仲裁してくれたり、時にド派手な冒険をしてみたり、時にちょっとしたトラブルを引き起こしたりと、楽しい日々ばかりだったのを思い出す。

 その性格から対外交渉を引き受けてくれたりと補佐もしてくれるようになり、いつしかメンバー公認で副リーダーみたいな立ち位置になって、色々と助けてもらった。

 もし酒呑童子がいなかったら、今いるナザリックのメンバーももっと少なかっただろうし、きっと一人でユグドラシルの終わりを見ていた事だろう。

 そう思うと酒呑童子には感謝してもし足りないくらいだった。

 

「そうですね。俺も酒呑童子さんもどうしようもない大バカ者です。本当にありがとうございます、酒呑童子さん。最後まで、付き合ってくれて」

「何を言っているんだいモモンガくん、そんな辛気くさい別れを言うもんじゃない。どうせ別れるのなら笑顔でなくちゃね。それに、ユグドラシルの終わりが俺たちの最後ではないんだよ?」

「え」

 

 なにか含みのある声を出しながら、酒呑童子は一つのアイテムを円卓の上に置いた。

 モモンガもそれは知っている。

 記憶の水晶石(メモリアル・クリスタル)と呼ばれるプレイヤーの行動を録画する、仲間内で使う遊びアイテムのようなものだ。

 しかも一度きりの低位のものではなく、特定の時間まで何度も映像を保管できる上位版。課金アイテムで無駄に高かったと記憶している。

 訳もわからないモモンガに、副リーダーからの素敵なサプライズだよといって酒呑童子はアイテムを砕いた。

 

『……ええっと、その、お久しぶりです。モモンガさん』

「え、あ、たっちさん!?」

 

 空中に浮かび上がる半透明のディスプレイ。そこに映し出された人物を見て、モモンガは驚きの声をあげた。

 画面に映ったのはたっち・みーと呼ばれるキャラであり、モモンガを助けた恩人の一人。彼がいたからこそアインズ・ウール・ゴウンは生まれ、素敵な仲間たちに出会えたのだ。

 

『ユグドラシルが終わるからどうしても最後に会ってくれないかと酒呑童子さんにお願いされたのですが、どうしても仕事の都合で挨拶する事ができず、こうしてメッセージを残す事にしました』

「え、酒呑童子、さん?」

 

 何も理解できないといった感じで、酒呑童子を見つめる。

 ユグドラシルではキャラクターの表情までは再現できないはずなのに、何故か酒呑童子からはイタズラが大成功したような笑みを感じる。

 

「モモンガくんったら、ユグドラシルが終わるのが三ヶ月も前に告知されてたのに、一向に皆にメールを送らないんだから。どうせ仕事が忙しいから迷惑かなって遠慮でもしてたんでしょ? だから少しお節介して、皆の挨拶をこうして記録したんだ」

「え、み、みんなって……」

 

 モモンガがまだ驚きから回復しない中、映像が次々に切り替わる。

 

 ペロロンチーノ、ぶくぶく茶釜、ウルベルト、タブラ、弐式炎雷、武人建御雷、やまいこ、ヘロヘロ……これまでの大事な仲間達が次々と出てきて、思い思いの言葉を残す。

 

 『今までお疲れ様でした』『ナザリックを守ってくれてありがとうございます』『またどこかでお会いしましょう』『ゆっくりお休みください』『今まで楽しかったです』

 

 もう会えないと思っていた仲間たちからの、別れの言葉。再会できた嬉しさと、本当にもう会えないんだという気持ちごちゃ混ぜになり、涙が溢れ出ていた。

 

「酒呑、童子さん、ありが、ありがとう、ございますっ。みん、なに会えて、声を、聞けてっ……」

 

 これ程の事をしてくれて、自分はどうやって恩を返せばいいのか。上手く言葉が出せない中で、モモンガは何度も何度もありがとうと酒呑童子に伝えた。

 

「そうかそうか、喜んでもらえて何よりだよ。でもね、実はこれだけじゃないんだよ? 実はアインズ・ウール・ゴウンお疲れ様会って名前のオフ会を計画していてね、そこで本当の皆と集まろうって計画を立てていたんだ」

 

 そのために今日来れない人達が多くてね。と言葉を付け足した。

 ユグドラシルではなく、本当の皆と実際に会える。それがどれだけの喜びか、最早言葉に言い表せない。

 

「本当に、酒呑童子さんには敵いませんね。俺よりもよっぽどギルドマスターに向いてるんじゃないですか?」

「いやいや、モモンガくんがしっかりと責任感を持っていたからこそ、ナザリックは今まで続いていたんだよ。俺たちのためを想ってくれてたからこそ、皆はモモンガくんの信頼に応えようとしていたのさ。何より、俺は責任とかそういうの嫌だから」

「あ、それが本音でしょ酒呑童子さん!」

 

 円卓の間に、楽しげな笑い声が響いた。そこに悲哀の情はなく、ただただ未来への楽しさが詰まっていた。

 

「そろそろ時間ですね。酒呑童子さん、どうせなら玉座の間で最後をむかえませんか?」

「いいねそれ。結局は誰も攻め込まなかったけど、最後は……あ」

「どうしました?」

「いやぁ、この最後の日に向けて上等な酒を買ってしまってね。ちょっとだけ飲みにいくよ」

「えぇ!? 今日だってもうかなり飲んでるじゃないですか! そんな事してるから体壊しちゃうんですよ!」

 

 酒呑童子の中の人はナザリックでも有名な大酒飲みで、プレイ中でもよく酒を飲んでいた。それでいて全く酔った素振りを見せないから、メンバー内ではウワバミとよく呼ばれていた。

 実際過去には飲酒のし過ぎで倒れた事もあったのだが、それでも禁酒するような事はなく、モモンガからプレイ禁止の療養命令が出ても従わなかった。

 曰く、好きなもの飲んで体に悪いのは理に適ってないらしい。

 これには流石にモモンガも呆れて何も言えなかった。

 

「あとちょっとで終わっちゃうんですから、飲んだらはやくきてくださいよ」

「大丈夫だって。俺は最後までリーダーと一緒だから」

 

 調子が良いんだから、と言葉を漏らしてモモンガは先に玉座の間へと向かう。

 一度も使う事がなかったギルド武器を手に取り、従者を引き連れ玉座の間へとついたモモンガは、大事な片腕の到着を待つ。

 

「酒呑童子さん、まだ飲んでるのかな? もう3分切っちゃいましたよ」

 

 そう独言るモモンガは、酒呑童子が来るまでNPCの設定を覗いていたりと時間を潰していたが、ようやく酒呑童子が扉を開けてやってきた。

 

「ごめんねモモンガくん、お待たせしちゃったね」

「あと1分しかないですよ酒呑童子さん、ほら隣に立って」

 

 玉座に腰を下ろす骸骨の王と、隣にいるのは最も信頼する片腕であり最強の暴力を持つ鬼。そして眼前には主人に仕えし忠義ある従者。まるでどこぞのラスボスのような光景にテンションが上がり、モモンガはこれをユグドラシル最後の思い出にしようとスクショした。ちゃっかしVサインしながら。

 

「本当に終わっちゃうんですね、ユグドラシルが」

「けど、俺たちは終わらないよ。まだまだこれから先があるんだから」

「そうですよね。俺たちにはこれから先があるんですものね」

 

 少しずつ、決して違える事のない速さで時が進んでいく。

 全ての数字が0となり、新たな1が刻まれた瞬間にこの世界は終わる。

 酒呑童子を見ると、お互いに通じあっているように頷きあった。

 そして、時間が訪れた。

 

「「アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ!」」




原作との違い。
主人公のおかげで最後までナザリックに在籍していたメンバーの数が増えている。


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鬼、カルネ村と遭遇

「……どうして強制ログアウトされない?」

 

 おかしい、ユグドラシルのサービス終了時間になっても強制的にログアウトされない。

 ラグで処理が遅れているのかもと思ったが、ログアウトボタンが表示されずGMコールも使えなくなっている。

 明日は4時に起きなきゃいけないのに、何をしてるんだ糞運営。運営は最後まで糞運営だったな。

 

 と思ったが、何故かNPCが動き出していた。

 喋り出すし動くし表情があるし、何より自分もしっかり感触を感じられるし匂いも感じ取れるようになっている。

 運営がなんの告知もなくユグドラシルの後継タイトルをリリースしたのか? いや、だとしても感覚が現実(リアル)すぎる。

 あまりの異常事態に隣にいる酒呑童子さんに聞こうとしたが、隣にいたはずの酒呑童子さんが消えている。

 

「酒呑童子さん? どこですか、どこにいるんですか酒呑童子さん!」

 

 まさか酒呑童子さんだけログアウトした?

 いや、それは考えられない。酒呑童子さんは俺と一緒にサービス終了時間まで一緒にいたはずだ。俺だけが残って酒呑童子さんが消える辻褄が合わない。

 だとしたらどこにいる? いや、まずは状況を把握しないとな。

 

「セバス、プレアデスを連れてナザリック周辺の状況を調査せよ。特に、我々に危害を及ぼし得る存在の有無を徹底的にな。危険と判断したら即時撤退を厳命する」

「はっ」

 

 勢いで命令してしまったが、従ってくれてよかった。

 おそらく他のNPC達も生きているんだろうが、反抗される事はないだろう。いや、それは楽観的すぎるか?

 

「アルベドよ、お前も酒呑童子さんを見ていたと思うが、彼が消えた瞬間を見ていたか?」

「申し訳ありませんモモンガ様。至高の御方をお守りする守護者の統括役でありながら、酒呑童子様が消えた瞬間も、どのように消えたのかも認識する事ができませんでした。かくなるうえは自害を以って謝罪を……」

「待て待て! そう早まるんじゃないアルベド! この私とて酒呑童子さんが消えた瞬間を見る事ができなかったんだ。お前の不備を許そう。至急これより守護者たちを集め、酒呑童子さんの探索隊を組織する。お前の不在こそが私の最大の損失と知れ」

 

 酒呑童子さんはナザリックでも最強の戦力の一角だけど、弱点がないわけじゃない。

 物理においてはとことん強いけど、魔法になるととことん弱い。魔法職についてちょっとでもレベルを上げてたら、簡単に酒呑童子さんにダメージを与える事ができる。ステータスを見せてもらった時、思わず正気ですか? と言った程だ。実際、40レベル近く離れているナーベラルの魔法ですら大ダメージを与える事ができる。もし周囲が高位の魔法を使えるものたちばかりであれば、酒呑童子さんだって危ない。

 それに何より、酒呑童子さんは俺の大事な相棒であり副ギルドマスターだ。失う事だけは絶対に……って、アルベドさん? どうしてそんな息を荒くしてるの?

 

「あ、ああ! モモンガ様は私をそのように大切に……愛してくださっているのですね!」

「え」

「そのような大胆な告白をされては私も我慢などできません! 不肖の身ではありますが、今ここでモモンガ様の寵愛をいただきたいと思います!」

「ちょ、まっ、アルベ……ぎゃあぁぁぁっ!」

 

 なんで俺、女性に押し倒されてるの!? あ、アルベド凄い力、前衛職だから当たり前か。って呑気に分析してる場合じゃなくてこのままじゃ俺の貞操が!

 酒呑童子さんを待っている時につい変更した設定がこんな事になるなんて……酒呑童子さん助けてぇぇ!

 

 ……騒ぎを聞きつけたらしいデミウルゴスが駆けつけてくれて、なんとか俺の貞操は守られました。ぐすん。

 

 

 

 *****

 

 

 

「さて、ここはどこだろうね?」

 

 気が付いたら、見知らぬ森の中に立っていた。

 ユグドラシルのサービス終了時間が来て、本来なら強制的にログアウトされる筈なんだけど、ログアウトされるどころかナザリックですらない場所に立っている。

 

「違うゲーム……ではないね。ユグドラシルのキャラのままだ」

 

 装備もユグドラシルのままだし、額には鬼の証である角がちゃんとある。

 あれ? ユグドラシルは感触を制限されていた筈だけど、触った感触がたしかにある。それに匂いも感じられるし、これってもしかしてかなり昔に流行っていた、転移ものや転生ものって呼ばれる展開かな?

 

「モモンガくんもいないようだし、連絡する手段もなし。状況がわからないけど、どこか心地いい場所だね」

 

 思いっきり深呼吸をすれば、瑞々しく感じるほどの自然の匂いが満ちている。木々の青々とした香りや土の匂い、そこかしこに生命の息吹が感じられる。

 アーコロジーにも僅かに自然が残っていたけど、人工的に手入れされていたあそこじゃこれ程の雄大さはなかった。

 それに空を見上げれば、星々の明かりが空を埋め尽くすように煌めいていて、夜だというのに道が照らされている。

 プラネットくんが作った六階層の夜景にも劣らない光景に、少しばかり見惚れていた。

 

 手に持っていた瓢箪、枯不乃瓢(カレズノヒサゴ)に目をやる。

 ユグドラシルでは鬼の種族でしかまともに飲めない特殊な酒を無限に出せるという、ランクだけなら神器級(ゴッズ)というほぼ最高位のアイテム。ユグドラシルでは味覚と嗅覚が遮断されていたのだが、今ならもしかして……。

 胸の内に大きな期待感を抱きながら、勢いよく口をつけた。

 

「──っ!? ぷはぁ! 旨い! ただただ旨い!」

 

 おそらく、人生で一二を争う程の感動であった。

 現実(リアル)でも多くの酒を飲んできたが、やはりあの世界ではそもそも水が駄目なので雑味や濁りが強く、科学的に味を整えたものなので味も良くなかった。多額の私費を投じて昔の酒を再現する事をしていたが、この酒は俺が目指すべき執着点そのものだ。

 するりと転がり落ちるように喉へ流れるが、決して薄いというわけではなく、流れる際に芳醇な薫りが口内を満たし鼻から抜ける。そして後からやってくる、まるで焼けるような喉の熱さ。

 本当の酒とは舌だけで味わうものではなく、口の中に広がる薫りと熱を帯びた喉で味わうものだと気付かされた。

 いや、それだけじゃない。この飲み込まれてしまいそうな雄大に広がる星空を見て、風に揺れる木の葉の音を聞く。すなわち五感全てによって味わうものなのだ。

 かつて酒好きと自称していたのが恥ずかしい。今この時まで、俺は酒を飲んだ事など一度もなかったのだ。

 俺はひたすら、まさに浴びるように酒を飲み続けた。

 

「──っと、いけない。まずはモモンガくんと合流しないと。近くにいてくれればいいんだけど……」

 

 しばらくその場で酒を飲み続けていたが、今の状態に気付いてひとまず酒宴は御開きとする。

 まだ断定はできないけど、やけに現実味がある事からユグドラシルのキャラとして実体化したと考えてもいいだろう。

 もしかしたらモモンガくん以外のプレイヤーもいると仮定したら、俺たちも色々と恨まれているからPK行為に及ぶ連中もいるかもしれない。

 もし死亡したらゲームと同じで復活できる保証などもないし、早くモモンガくんと合流しないと。

 

「ユグドラシルのキャラだとして、スキルもそのまま使えるのだろうか? パッシブスキルが殆どだから確認のしようがないな」

 

 この体の戦闘能力も確認したいが、種族特性でMPがゼロという事で確認できない。HPを消費して使うスキルがあるが、この状況ではHPを消耗するのは避けたほうがいい。

 スキルの有無を調べる事はできなかったが、肉体の能力は大丈夫のようだ。現実(リアル)と比べて体が軽いし、力が隅々まで充満しているのを感じる。

 試しに木の幹を握ってみたら、砂でも掴んだかのように木を握り潰してしまった。

 

 肉体としては申し分ない事が確認できたが、新たな問題が浮上してきた。

 

「お腹、減ってきたな。まさか食欲も感じてしまうなんてな」

 

 ぎゅるると、腹から空腹を報せる音が鳴った。

 ユグドラシルだと空腹時にペナルティが発生するだけだが、ここだとそのまま餓死してしまうのだろうか。さっきまでかなりの量の酒を飲んでいたんだが、やっぱり飲み物で腹は膨れないらしい。

 こんな事なら空腹無効のアイテムでも持っておけばよかった。ロールプレイに拘りすぎて、まさか飢え死にの危機に立たされるなんて。

 

「はやく人のいる場所を見つけるか、最悪適当な木の実や獣でも狩るか、アウトドアなんて未経験だから……ん?」

 

 森の匂いに混じって、なにか別の匂いがする。それにこれは……人の声? どうやら近くに人がいるようだ。しかも人が多いようで、きっと村かなにかだろう。

 人の気配がする場所へ急いで向かうと、手付かずだった自然が整理されたものへと代わり、地面も少しは舗装それていた。

 そして目の前には、簡素な木の家が並ぶ小さな村があった。

 

 ユグドラシルでは見覚えのない村だな。てっきりユグドラシルそのものが現実になったのかと推察していたが、違うのか?

 だとしたらユグドラシルではない異世界に転移……いや、考えるのは後にしよう。さっきからずっと腹が減って辛い。

 そういえば鬼の種族って大食らいって設定ですぐ空腹ゲージが上がっていたが、それも適用されているのか? だとしたら厄介だな。

 村の人たちから食べ物を貰えたら嬉しいけど、どうなるかな。

 

 

 

 *****

 

 

 

 はじめに異変に気付いたのは、夜の見回りをしていた青年だった。

 森の方からナニかが近付いてくる。モンスターのような唸り声もあげずゆっくりと、それが逆に不気味であった。

 獣ではないのなら野党か? 青年は他の者たちを呼んでソレを待ち構えた。

 

「──やあ、今日は随分と気持ちの良い夜空だね」

 

 暗闇から出てきたのは、見たこともない、けれど高価だと思われる衣服をまとった偉丈夫。きっと2m近くあるんじゃないだろうか。

 親しみやすい笑顔で話しかけてきたが、目につくのは偉丈夫の額から生えし異様な一本の角。それが決して人間ではないと語っていた。

 

「も、モンスター!? いや亜人か! このカルネ村になんの用だ!」

 

 モンスターか、それとも亜人か、いずれにせよ人間とは敵対するものの出現。青年たちは粗雑な武器を異形に向けたが、異形は笑みを崩さず無抵抗であると両手をあげた。

 

「いや、驚かせて悪かったね。森の中を迷っていた時に君たちの村を見つけただけなんだ。それでお腹が減ってしまって、パンや残り物でもいいから分けてもらえないかい?」

 

 ぐぎゅるると、タイミングよく鳴る腹の音が青年たちにも聞こえた。

 異形も聴こえていたのだろう、恥ずかしげに頬をかいていた。

 本当に食べ物を恵みに来ただけなのか、それとも俺たちを喰らうために油断させようとしているのか、あまりに人間味のある異形を相手に判断に困っていたところ、騒ぎを聞きつけたのか村長がやってきた。

 

「どうしたんだ、いったいなんの騒ぎだ?」

「村長、それが食べ物をくれないかと亜人っぽいのがやってきて……」

 

 村長も件の人物を見るが、その異様は今まで見た事のないものだった。

 額に生えた天を突くかのように伸びた一本の角。それさえなければ人間となんら変わらない容姿。噂に聞くエルフかと思ったが、耳は尖ってないので違うだろう。

 

「貴方がこの村の村長さんか。こんな夜分に騒ぎを起こしてしまってすまない。お腹が減ってしまって食べ物を恵んでくれるとありがたいのだが、無理にとは言わない。食べられる木の実や野草、獣とかを教えてくれたらすぐに村から離れるよ」

 

 加えてこの理知的な言動。亜人はそもそも下等種である人間に礼儀など払わないし、中には食料としか見ない者もいる。それに着ている衣服も、風変わりではあるが綺麗で高価なものに映る。

 

「わかりました。少しのパンと水、それと空き家しか提供できませんが、それでよろしいですか?」

「お心遣い感謝する。この多大な恩義、酒呑童子が必ずやお返しする」

 

 もしかしたら何か力になってくれるかもという打算もあったが、空腹がどれだけ辛い事か村長もよく知っていた。だからこそ、お腹を空かしている異形の青年を放っておけなかった。

 酒呑童子という聞きなれない響きの名前を名乗った青年は深々と頭を下げて、村長の案内に従った。




という事で主人公だけがナザリックの外に飛ばされ、カルネ村と接触。この時点でナザリック最強の暴力が常駐してるので、原作にあった襲撃はどうなる事やら。


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鬼、暴力を振るう

 カルネ村についてから、二日という時が流れた。

 どうやらこの世界では人間以外の種族は珍しいらしく、鬼という種族を警戒していた皆だったが少しずつ打ち解けるようになってきた。

 

「酒呑童子さん、抜けない切り株があって困ってるんですが……」

「よし、任せなさい」

 

 ここは未開の地を開拓するための村のようで、木を切ったり切り株を抜いたりと大変な力仕事が多い。

 彼等と比べて俺の力は圧倒的に強いので、一宿一飯の恩として働かせてもらっている。

 大きな木を切った際に残った切り株を抜くのは大変だけど、俺からしたら何でもない。

 

「ほいっと」

 

 ちょっとだけ力を込めて切り株の中に手を突っ込み、力任せに引き抜けば簡単に切り株を取り出せる。

 他にも、畑の開墾中に大きな岩があったら取り出したり、家を建てるために何十本もの丸太を担いだり、たまにモンスターが出てきたらそれを倒したり、微力ながら村を手伝っていた。

 

「鬼さん! あそぼ!」

「おお、ネムじゃないか!」

 

 仕事がひと段落した時、一人の女の子が元気よく足に飛びついてきた。

 鬼だというのに怖がる事もなく、一番最初に俺に懐いてくれた女の子ネム。子供にはちょっと言いづらいのか俺の名前を上手く呼べず、鬼さんと呼んでくる。お兄さんとかけているのかな?

 

「こらネム! 酒呑童子さんは仕事で忙しいんだから邪魔しないの!」

 

 ネムの後を追いかけてきたのが、姉であるエンリ。ネムとは違って落ち着いていて、飯を作ってくれたりと今では色々と世話を焼いてくれている。

 

「大丈夫だよエンリ、仕事はだいぶ片付いたから遊ぶ時間くらいある。それじゃあネム、何して遊ぶ?」

「かたぐるま!」

「ネムはそれが好きだな。よし、じゃあちゃんと捕まってるんだぞ」

 

 この体には10歳の女の子なんて重さすら感じず、ひょいっとネムを肩に乗せてやる。

 

「凄い! 凄い! 高い! 高い! お姉ちゃんよりずっと高くなった!」

 

 俺は村の男たちと比べても背が高いようで、ネムはその肩に乗っかるのがとても好きらしい。

 現実(リアル)では家族のいない身だったから、まるで娘や孫ができたみたいでこっちも楽しい。

 

「すみません酒呑童子さん、いつもネムがワガママ言って」

「気にする事はないよエンリ。寧ろ、俺もこうして遊んでて楽しいからね。なんだったら、エンリも肩車してあげるよ?」

「は、恥ずかしいので遠慮します」

 

 エンリくらいの女の子でも今の体なら余裕なのだが、残念だ。いや、年頃の女の子に流石に失礼だったか?

 どうもこの体になってから、村の女性たちへ異性の感情がわかなくなっている。いや、年齢も性別も関係なく人間という一括りでしか認識できなくなっているな。

 少し気をつけないと。

 

「鬼さん? どうしたの?」

「なんでもないよネム。よし、今日は村の周りを一周してみよっか」

「わーい!」

 

 うんうん、ネムの笑顔は俺の人間としての心を思い出させてくれる。

 ネムを肩に乗せながら、俺たちは風を切りながら村を走るのだった。

 

 

 

 *****

 

 

 

 異変は、村の人たちと薬草や木の実を摘んでいた時だった。

 この体は遠くの気配や音も容易に感じ取れるので、村に近づいてくる集団に気づいた。

 

「酒呑童子さん、どうしたんですか?」

「馬に乗った集団が村に近付いて来てるんだが、心当たりはあるかい?」

「集団? 思い当たるのは税を納めている領主さまぐらいだが、 もう税の徴収に来たのか?」

「いや、それにしては多すぎると思うよ。少なくとも二十から三十はいるな」

 

 それだけの集団が村に来る心当たりはないようで、村人たちは慌ててだした。

 野盗かもしれないと慌てる村人たちを落ち着かせて、ひとまず村に戻るように指示をする。

 

「まずは村に戻って、皆を安全な所に集めるように。俺は村の外に出て、お客さんを出迎えるよ」

 

 この世界で初めての人間との戦闘。モンスターは雑魚ばかりだったが、これから来る集団も同じとは限らない。ちょっと早計だったろうか?

 いや、村の人たちには世話になったんだ。決して豊かではないのに飯をくれ、雨風をしのげる場所も提供してくれた。それにこの世界では人間以外の種族は恐れられ忌避されているのに、快く受け入れてもくれた。

 その恩を返せれるのなら、危険の一つや二つ喜んで飛び込んでやるさ。

 村の外で一人佇み、村に押し寄せる集団を待ち構えた。

 

 

 

 *****

 

 

 

 ベリュースはこの任務が不満だった。

 任務の内容は、王国領内にある村々を襲撃せよという簡潔な内容。それ以上の詳しい内容は説明されず、その裏には本当の任務があるのだろうと推測できるが、そんなものはどうでもいい。

 隊を率いて部隊を指揮した。欲しいのはその実績だけだ。家名と自身に箔をつけるために金を使って隊長の座についたのだが、気に入らないのが部下の連中だ。

 元より殺す者たちだ。女の一人や二人犯したところで問題ないだろうに、その度に部下が止めにくる。特にロンデスとかいう男が気に食わない。

 任務が終わり本国に戻れば、命令違反として必ず部下どもを処罰してやる。

 それにこれから襲う村は近くに深い森がある。娘の一人を森に逃げるように誘導してやれば、あとはどのようにするも自由。

 下卑た妄想に笑みを浮かべていたベリュースだったが、先頭を走っていた馬が速度を落とした。

 

「なんだ、なぜ止まる! 目的の村まであと少しでは……」

 

 部下を怒鳴り散らすベリュースの言葉は、目の前の存在を捉えて何も言えなくなった。

 

「──よぉあんたら、そんな物騒なモン持って、村になんか用か?」

 

 視線の先に、一人の偉丈夫が地面に座っていた。

 こちらが武装をし、しかも集団だと言うのに男は余裕な笑みを浮かべて胡座をかき、手に持っている瓢箪から明らかに内容量以上の酒を飲んでいる。

 異国であろう華美な服が目につくが、それ以上に異様なのは額に生えた真紅の角。人間と同じ外見をしてはいるが、目の前にいるにはベリュースたちの国が敵としている存在だ。

 

「亜人だと!? なぜ汚らわしい亜人なんかがここにいる!? 何者だ貴様!」

 

 報告にもなかった亜人の存在。謎の異形に怒鳴りながらその正体を訪ねるベリュースの言葉にも、やっぱりこの世界は人間以外の種族は異端なのか、と一人呟き相手にすらしない異形。

 

「迷って困っていたところを村の皆に助けられてな。世話になっていたところ、あんたらが村にやってきたのに気付いたんだ。剣から血の臭いもするし、どう見てもこれから襲おうって様子にしか見えないけど、まさか違うよな?」

 

 笑顔を保ったまま、スッと細められる眼。妖しげな紫の瞳にネコ科を思わせる縦長の瞳孔が僅かに覗かせ、まるで獲物を前にした獰猛な獣を思わせる。

 もし騎士たちの中に実力者、或いは危険を察知する能力に長けていたならば、目の前から発せられる暴力的な死に気付けていただろう。

 

「うあ!? な、なんだ! 馬が勝手にっ」

 

 唯一目前の脅威に気付けたのは、騎士が跨っていた馬たちであった。

 捕食者を前にして生命の危機を感じ取った馬たちは主人を置き去りにして一目散に逃げていってしまった。

 

「貴様、何かの武技を使ったのか! 元よりあの村は消すつもりだったが、その前に貴様を殺してやる!」

 

 そして憐れにも気付く事のなかった騎士たちは、それをなんらかの攻撃と捉え剣を抜いて構えた。

 それだけであれば、なんかの誤解だとして酒呑童子も戦うつもりはなかった。

 だが不用意にも、ベリュースは口走ってしまったのだ。村を、カルネ村を消すと。

 

「……へぇ、やっぱりカルネ村を襲うつもりだったのかぁ。俺が世話になり、恩のある村を消すかぁ、へぇ」

 

 ゆらりと、緩慢な動作で立ち上がる姿は、まるで噴火直前の火山を思わせるような静かな荒々しさを内包していた。

 全てを飲み込む埒外の暴力。それが今まさに世に放たれようとしている。

 酒呑童子の顔から、笑顔が消えた。

 

「──貴様らぁ、五体満足に死ねると思うなよ?」

 

 地面が砕けた。圧倒的な脚力より放たれた踏み込みは容易に地面に小さなクレーターを作り、酒呑童子はその場から消えた。

 

「ぇ……」

 

 小さな呟きを騎士が漏らすが、その先を発する事はなかった。

 突如として眼前に現れた酒呑童子は、その鋭利に尖った爪を振り上げる。

 斬られたとか、裂かれたとか、そんな彼らの常識で済ませられるものではない。攻撃された騎士は、二本の足だけを残して文字通り消えた(・・・)

 

 その光景に、全ての騎士たちは時が止まったかのように静止した。あまりの突然の出来事に、そして彼らの理解を超えた現象に、脳は処理しきれなかった。

 いち早く復活したのは、消えた騎士の後ろにいた者たち。

 体を吹き飛ばした際にぶちまけられた血は後ろにいた彼らにかかり、血の臭いや足元に散らばる臓物であろうナニカのカケラを見て、異常を理解した。

 

「うおおぁぁお!」

 

 アレは、目の前にいるアレは化け物だ。

 恐怖を打ち消すように雄叫びをあげながら、二人の騎士が左右から酒呑童子に斬りかかる。

 

 斬りかかった騎士たちが感じた感覚は何だろうか。

 まるで、見上げてもなお山頂の頂が見えぬ巨大な山。それに剣を突き立てたところで、山は動かず傷もない。

 一切の防御もせず剣を受けた酒呑童子は無傷であり、着ていた服すら傷を与える事はできなかった。

 

「魔法対策で物理攻撃には強くない防具なんだがな」

 

 何やら困惑しているような表情を浮かべていた酒呑童子であったが、斬りかかった騎士はそこで視界が暗転した。

 大きく広げていた両手が、二人の騎士をそのまま押し潰したのだ。

 まるで砂場で作ったお城を崩すかのような容易さで、鎧ごと骨と肉を潰された騎士たちは見事に上半身と下半身が分かれてそのまま地面に落ちた。

 

「こ、この化け物めぇ!」

 

 更にもう一人、一際屈強そうな騎士が酒呑童子に斬りかかった。

 服が刃を止めた事から騎士──ロンデスはその衣服が強力な物理耐性の装備ではないかと推測。ならば装備に守られていない箇所、それも生物において急所である首を狙って剣を振り下ろす。

 いかに強力な生物といえど、首は骨で守られているわけではなく、覆っているのは脆弱な筋肉のみ。致命傷を与えるべく叩き込まれた渾身の一撃は、剣と共に粉々に砕かれた。

 まるで鋼鉄にでも剣をぶつけたかのような、そんな感触をロンデスは感じた。

 

「お前たちの力じゃ、俺にダメージを与えるの無理そうだな」

 

 万力のような強さでロンデスの腕を掴んだ酒呑童子は、鎧を着込んだ屈強な体躯を持つはずのロンデスを軽々と振り上げ、ブオォン! と風切り音を鳴らしながら地面に叩きつける。

 パシャっと、まるで水溜りを踏んだ時のような軽い音。

 凄まじい力で振り下ろされたロンデスの体は地面に叩きつけられたと同時に弾けた(・・・・)。掴んでいた腕から先がなくなり、地面には夥しいほどの血が広がりそこら中に臓物やら骨が飛び散っていた。

 

「警戒はしていたんだが、ただの取り越し苦労だったみたいだな。俺を倒すなら魔法で挑まないとダメだぞ?」

 

 持っていたロンデスの手を放り投げパンパンと手を叩き、再び両手を僅かに広げて無防備に構える。

 防御すら必要ない。相手の攻撃を受けた上で反撃するという、傲慢にすら見える強者の余裕。

 相手の実力を判別できない騎士たちでも、たった数分の内に引き起こされたこの惨状を見て理解した。

 アレは、我等の理より外にいるモノ。意思を持った暴力、すなわち神が振るう天災そのもの。我々が、人間が挑もうなどと烏滸がまかったのだ。

 嵐や地震、火山の噴火が目の前で起こったら人間はどうする? それに挑もうとはしない、ただ助かるために逃げるしかないのだ。

 

「う、うあああぁぁぁああ!」

 

 一人の悲鳴が、皆の理性という堤防を決壊させた。

 恐怖に支配された彼らは次々とその場に武器を捨て、兜を脱ぎ、盾を放り投げ、少しでも生存の確率を高めようと逃げ出した。

 彼らの中に共通する意思はただ一つ、一刻も早くこの生きる災害から逃げる事。そのために恥も外聞もなく、涙を流し悲鳴をあげながら彼らは走る。

 

 ──しかし、彼らの前にもう一つの絶望がやってきた。




はい、カルネ村には誰一人として被害者は出ませんでした。
なんでかって? 主人公の性格なら、村の一人でも殺したらマジ切れして、騎士の鎧から判断して帝国か、或いは法国だとバレたらその国が文字通り消えて物語が成立しないからです。
エンリは果たして覇王となるのか? それは作者も知りません。


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鬼、骨と再会する

 酒呑童子さんが消えてから、既に四日という時間が流れた。

 守護者たちは、ちょっと高すぎるけど忠誠心を持ってくれていたし、皆も酒呑童子さんを好意的に思っていてくれて、探索隊には全員が志願してくれた。

 俺の大切な友人である酒呑童子さんを皆も慕ってくれている。それがとても嬉しい事なのに、いつも精神が抑制されてしまう。

 けど、ナザリックの全戦力を投入しても酒呑童子さんを発見する事はできなかった。

 ナザリックが転移した場所は広大な森林が広がっており、それを調べ尽くすのも大変な作業だ。加えて、酒呑童子さんがナザリックの近くにいるという保証もない。

 調べてみたが、ナザリックでは他に転移した者たちはいなかった。酒呑童子さんはたった一人で、俺たちを探しているに違いない。

 

「もし酒呑童子さんを傷つける奴がいるなら、ナザリックにある全ての恐怖を味あわせてから殺してやるっ」

 

 最悪な結果が頭を過る度に、どうしようもない不安と抑制でも抑えきれない怒りが湧いてくる。

 酒呑童子さんは俺よりはるかに強いけど、弱点も多くある。ナザリックでは最強の一人だけど、決して無敵ではないんだ。

 早く酒呑童子さんを見つけて無事を確認したいが、ナザリックの防衛網を新たに構築しなければいけない仕事もある。

 酒呑童子さんを探したいという思いを必死に堪え、今は遠隔視の鏡を見てナザリックの防衛網作成に役立てている。

 

「……駄目だ、まったく集中できない」

「酒呑童子様は、モモンガ様と同じく最後まで残っていただいた慈悲深きお方。そして側で常に支えられていた、モモンガ様にとってかけがえのないお方。モモンガ様の御心痛は我等では想像もできません」

 

 俺にとって恩人の一人であるたっちさんが作ったNPC、セバスが悲痛な面持ちで語りかけてくる。

 セバスにとっては親も同然であるたっちさんと酒呑童子さんはとても仲が良かった。

 ナザリックに於いて最強の個である二人は常に戦闘の最前線にいて、互いを良きパートナーだと思っていた。最終的には仲の良くなかったウルベルトさんと和解するために一役かってくれて、ゲーム越しで三人でよく飲む仲になったらしい。

 たまに問題児のるし★ふぁーさんと結託して、タッチさんの鎧を真っ黒にペイントしたりウルベルトさんのマントに花のアップリケを大量につけたりとイタズラして二人に怒られていたけど。

 

「すまなかったなセバス。トップである私が慌てていればお前たちも不安に駆られるだろう。こんな状況下だからこそ、私が冷静にならないとな」

「とんでも御座いません。至高の御方であらせられるモモンガ様と酒呑童子様を命を賭してお守りする事こどが私たちの存在意義。だというのに酒呑童子様が消えてしまわれた時にお守りする事ができなかったこの大失態、本来であればこの命を捧げて償いをするべき不始末です」

「……セバスよ、皆にも言ったが安易に命を捨てての償いを私は求めていない。お前たちは決して替えの利く代替品などではなく、失う事こそがナザリックにとって何よりの損失だ。それにお前たちは私の仲間たちが創造した大事な子供たち、私にとっても家族同然の存在だ。自らの命を軽んじる行為は同時に私の好意を軽んじていると知れ」

「モ、モモンガ様と家族などと畏れ多い……! しかしそのようにして私たちを愛してくださっているとは、モモンガ様の慈悲深さと寛大さに歓喜で身を震わす気持ちで御座います!」

 

 やれやれ、NPCたちが俺に誠心誠意尽くしてくれるのは嬉しいけど、何かある度に命を差し出すとか首を落としますとか言われるのは堪らないよ。

 こっちが必死に説得しなきゃ本当に実行するつもりだし、そんな事やってたら一ヶ月経たない内にナザリックのNPCたちが半数に減ってそうだ。

 しかも説得する度に彼等のカンストした好感度が更に上がるから、本当に始末に負えない。

 セバスは目頭を抑えながら肩を震わして、メイドであるシクススにいたっては床に座り込んで涙を溢れさせている。

 きっと、この話も今日中にナザリックに伝わって皆から崇めらるだろうなぁと、ここ最近で慣れてしまったお約束の流れを想像して胃が痛くなる。胃なんてないけど。

 

 おかげで心が虚無になれたので、再び周辺の地形を確認する。

 まるでスマホのように風景をスクロールしていくと、争いでもしてるのか集団が騒がしく動いているのが見えた。

 

「人間たちの争い事か? 逃げた連中が万が一にでもナザリックを見つけたら厄介──ハァ!?」

 

 確認がてら見た光景に映っていた人物を見て、驚きで声を上げ椅子も倒してしまった。

 しかそんな事を気にしている余裕なんてない。何故ならそこで大立ち回りを演じていたのは。

 

「酒呑童子さん!!」

 

 ナザリックの総力をあげて捜索し、いまだ見つかっていない酒呑童子さんだった。

 見つけられた事の喜び、無事な姿を見れた事の安堵。精神の抑圧が間に合わない程の感情が昂ぶる。

 

「見つけた、ようやく見つけましたよ酒呑童子さん! ああ、本当に無事でよかった! ……ちっ、抑圧されたか。しかしあそこは既に捜索された筈。どこかで見落としたのか? いや、そもそもなんで酒呑童子さんはあの騎士たちと戦闘行為に及んでいるんだ?」

「モモンガ様、たしかあそこにはカルネ村という小さな開拓村があったと記憶しています。おそらくあの騎士たちが村を襲おうとしたのを、酒呑童子様が止めに入って戦闘状態になったのではと……」

「はは、酒呑童子さんらしいな。けど相手の強さをちゃんと調べないと危ないって……まあ、あれなら大丈夫か」

 

 騎士の持ってる武器がなんらかの特異性を持ってないか警戒するが、どうやらなんの効果もない最下級のようだ。魔法を扱う者もいないようだし、物理属性で酒呑童子さんと戦うのは自殺と同じ。対抗できるのはたっちさんのようなワールド・チャンピオンくらいだろう。

 あ、騎士の一人が地面に叩きつけられて弾けた。うひゃグロい。

 

「セバス、今から酒呑童子さんの所に向かうぞ。同行しろ」

「モモンガ様、それでは戦力バランスが些か不安定かと。防御に秀でたアルベド様か、回復をこなせるシャルティア様をお連れするべきかと」

「ふふふ、セバスよ、お前は知らぬだろうが、私と酒呑童子さんのタッグはユグドラシルでもかなり恐れられていたのだぞ? 伏兵がいないか偵察役に誰かは向かわせるが、あの連中ならば遅れを取る事はない。それにもしかしたら村での交渉をする場面があるかもしれない。その時は守護者たちの中でも穏健なお前が適役だと判断したまでだ」

 

 うん、我ながらペラペラと弁舌が回るな。

 万全を期すならアルベドとシャルティアを連れていくべきなのだろうが、肉食獣みたいな二人と一緒にいるとストレスがマッハで俺がヤバい。

 それに俺と酒呑童子さんとのタッグは本当に相性が良い。

 後方火力と支援の両方が出来る俺と、最強格の前線火力を提供でき尚且つ膨大な体力とリジェネ効果で壁役もこなせる酒呑童子さん。ユグドラシル末期ではよく二人でPKしようとしてくる連中を返り討ちにしてた。

 ネットでは『今日の骨と鬼の出現場所』っていう、他のプレイヤーに注意喚起してたサイトもあった。なんでだよ。

 

「かしこまりました。それでは不肖の身ではありますが、私がご一緒させていただきます」

「うむ、では行くぞ。──〈ゲート〉」

 

 

 

 *****

 

 

 

 逃走を始めた騎士たち、彼らの頭上に突如として空間が歪みだした。

 そこから出てきたのは、豪奢な衣服に身を包んだ骸骨と、最高級とわかる執事服を着た逞しい体躯の老執事。その光景を見て騎士たちは一様に思った。

 死の王が現れたと。

 

「お、モモンガくんじゃないか! 久し振りにだねぇ!」

「酒呑童子さん! 無事でよかったです!」

 

 しかし死の王は騎士たちの人垣など無視して酒呑童子へと走りだした。

 この時、モモンガは嬉しさのあまり絶望のオーラⅤを発動させてしまい、通りがかった騎士たちは絶命した。

 恐ろしい姿の骸骨が両手を上げて走ってくる光景などホラーでしかなく、それを間近で見た者たちは最大の恐怖を抱きながら死んでいったのだろう。

 だがそんな事などお構いなしに、二人は再会の喜びに抱き合った。

 

「どうやら心配させたようだね。けど君も無事でよかったよ」

「はい、俺の場合はナザリックと一緒にこの世界に来てましたから」

「ん? ナザリックも一緒に転移しちゃったのかい? という事はモモンガくんと一緒に来たのは……セバスかい?」

「はい。酒呑童子様のご無事なお姿を見られて何よりで御座います。この度は酒呑童子様を守れず危険な状況を招いてしまい、深く謝罪いたします」

「え、なに、え……?」

 

 NPCが意思を持っているというのにも十分驚いているのに、いきなり深く頭を下げている状況についてこれずポカンとしている酒呑童子。その横ではうんうんと一人頷き、彼らの畏まりすぎた態度に困惑していた時を思い出すモモンガ。

 

「それで酒呑童子さん、どうしてあの騎士たちと戦っていたんですか?」

「ああ、どうやらあの連中、この向こうにあるカルネ村を襲うつもりだったんだって。森の中で迷って飢えて困っていたところをあの村に救われた身として、ちょっとした恩返しのつもり」

「相変わらずですね酒呑童子さんは。俺の助けなんて必要なさそうですけど、ちょっと分けて貰ってもいいですか? 調べたい事があるんで」

「構わないよ。あ、でもあいつらから詳しく事情を聞きたいから一人か二人くらいは残しておいて」

「分かりました。……さて、それじゃあここからは選手交代だな。私の実験に付き合ってもらうぞ騎士諸君」

 

 声音を変えて彼らに振り向く姿は、まさしくこの世にある死の全てを具現化したような悍ましいものだった。

 酒呑童子を例えるならば、それは暴力的な『死』であり、地震や火山の噴火といった人の手に余る超自然的な災害。

 しかしモモンガの場合は、絶望による『死』であった。あらゆる悪意に指向性を持たせたそれは、明確な意思を以って彼らに絶望を味あわせる。

 彼らの理解には及ばない魔法の数々を放ち、そして死体を蘇らせたかと思うと大きな盾と波打つ剣を持った悍ましい騎士を召喚し、辺りを血と恐怖で蹂躙した。

 酒呑童子の提案通り適当な騎士二人は殺さず生かしていたが、彼らは恐怖のあまり糞尿を垂れ流していた。死んでいった騎士たちは、生かされた騎士と比べてこの上なく幸運であったろう。もうこれ以上の絶望を味合わずに済んだのだから。

 

「うんうん、上々の成果なんじゃないのかな?」

「こちらも色々と面白い事が分かりました。やっぱり実戦は何にも勝る経験ですね」

 

 辺り一面を血の海にするという惨劇を引き起こしておきながら、モモンガと酒呑童子は何事もなく会話をしていた。

 ユグドラシルとのスキルの差異を確認できたのは大きな収穫だし、騎士たちからも有用な情報を聞くこともできた。

 

 自分たちはバハルス帝国の兵に偽装したスレイン法国の兵士であり、周辺の村々を襲撃して回っていたそうだ。

 なぜそのような任務をしていたのかは、情報の秘匿のためそれ以外の情報は知らないとの事。嘘という可能性もあったが、糞尿を撒き散らしながら涙と鼻水を垂らしながら助けを求める姿勢に嘘はないだろうと判断。

 

「な、なあ、知ってる事は全て話したんだ! だからお願いだ! 頼むよ! 助けてくれ、見逃してくれ!」

「いいや、それは駄目だ。俺たちにコネや人脈というものがなくてな。お前らを引き渡せば王国とのコネクションを築きやすくなるだろう。それまでは生かしておくがな」

 

 騎士たちの必死な嘆願も酒呑童子ににべもなく却下された。

 今のところ、判明している大きな勢力は、リ・エスティーゼ王国とバハルス帝国とスレイン法国の三つ。少なくともどれか一つの国には身分を保証、或いは隠れ蓑にする必要がある。

 現状では、王国内の領土を荒らしていたスレイン法国の人間を捕まえたとしてリ・エスティーゼ王国に恩を売っておくべきだろうか。三ヶ国の詳しい情報がないので、ひとまず保留にしておいた。

 

 ひとまず、ある程度の情報を得る事は成功したし、何よりモモンガと再会する事もできだ。

 戦果としてはこれ以上にないくらい最上のものだろう。

 酒呑童子たちは騎士を連行しながらカルネ村へ戻るのだった。




モモンガ「酒呑童子さ〜ん!」両手を上げて小走り
騎士たち「ヒッ」絶望のオーラにより死亡
骨と鬼、ハグ。

ギャグかな?


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鬼と骨、ガゼフと出会う

気付いたら評価付いていてビックリΣ( ̄。 ̄ノ)ノ
おかげでモチベーション爆上がりですわ。


「酒呑童子さん! ご無事でした──ヒッ!」

 

 村に武装した集団が近づいている。その情報を聞いて家に避難していたが、酒呑童子の姿を確認して飛び出した村長は軽い悲鳴をあげた。

 酒呑童子の後ろには、ピシッとした執事服を着た老齢の執事。一目で高貴な方に仕える人物だと分かるが、問題はその執事が付き従う存在。

 豪奢なローブに身を包んでいるが、首の上から、そして裾から覗かせているのは白骨化した手と頭。生者を憎む存在と伝えられているアンデッドである。

 その恐ろしい容貌に村長は悲鳴をあげた。

 

「あ、ごめんモモンガくん、少なくともこの地域って人間種以外は恐ろしい存在なんだって。その怖い骨しまって」

「しまえる物じゃありませんよ! というかそいう事は早く言ってください!?」

 

 失敬失敬、と頬を掻きながら愉快に笑う酒呑童子。酒呑童子としても己の姿が受け入れられて事からすっかり失念していたのだ。

 

「驚かせて済まないね村長。こっちはモモンガくんといって、私の大事な相棒、そして隣にいるのはモモンガくんの従者であるセバス・チャン。森で逸れてしまったけど、戦闘を聞きつけた再会できたんだ。アンデッドだけど悪い骨じゃないよ」

「初めまして、カルネ村の村長殿。先ほど紹介されましたが、私はモモンガ。大事な仲間である酒呑童子さんを助けてもらい、私からも感謝します」

「あ、いえ、こちらも酒呑童子さんには助けてもらったので……」

 

 礼儀正しく頭を下げる白骨死体に、村長は、周りで見ていた村人たちも驚く。

 伝え聞く話では、アンデッドは知恵と呼べるものは持ち合わせておらず、ただ生きている者を襲う。思考能力を持つ上位のアンデッドもいるが、少なくとも礼節を持つような存在ではない。

 酒呑童子という例外も重なり、村の人たちにある異形種の考えが傾きつつあった。

 

「鬼さん! 大丈夫だったの!?」

 

 するとそこに、ネムが駆け寄って酒呑童子の足元に抱きついた。

 一人で戦いに出た酒呑童子を心配していたのか、涙を堪えながら酒呑童子の足にしがみついた。

 

「ごめんねネム、心配をかけちゃったみたいで。でも大丈夫だよ、怪我もしてないしね」

 

 安心させるようにネムの頭を撫でたあと、優しく抱き上げて次は背中を優しく叩く。

 酒呑童子の無事を確認したのか、ネムは堪えた涙を流しながら笑みを浮かべて。

 

「うわー、俺がいない所でもう攻略しちゃってるとかー、しかも幼女とかー、酒呑童子さんはどこのエロゲ主人公ですか?」

「僻むな僻むな白骨。骨の顔面じゃイケメンも何もないからな。これがキャラクリでイケメンに設定した奴との差だ。どやぁ」

「うぜー、マジうぜー、〈内部爆散〉(インプロージョン)すんぞ飲んだくれ」

 

 モモンガは虚空から泣いているのか怒っているのかわからない奇妙な仮面を被る。

 その仮面の名は、通称嫉妬マスク。持たざる者が持つ者を怨む怨恨の念を具現化したアイテム。特に効果はないが、これを付けた者は男女仲睦まじい光景を見ると襲わずにはいられない衝動に支配される呪われしアイテム。

 モモンガはよくこれを付けてイチャイチャしてる連中に〈内部爆散〉(インプロージョン)をブチかまし、酒呑童子は「ハッピー死ね!」と言いながら男性キャラを殴り殺していた。

 持たざる者と持つ者として決別したモモンガは嫉妬マスクをつけながら中腰になってサササッと酒呑童子の周りをクルクルと動く。

 この動きはアインズ・ウール・ゴウン伝統の踊りであり、リア充のメンバーを他のメンバーが取り囲むものである。

 今まではたっち・みーぐらいしか標的にいなかったのだが、晴れて酒呑童子も対象に加わったようだ。

 しかし、何も知らぬ者が見たら変な仮面をつけたアンデッドが中腰になってクルクル回る行動はただの奇行でしかない。しかも無駄に高いステータスで異様に機敏な動きであった。

 

「あ、あの、これはいったい……」

「気にしないでください村長どの。これは喜びを表す際に踊る私たちの地方独自の風習なのです。それと酒呑童子さんと少し話がしたいので、どこか落ち着いて話せる場所はないでしょうか?」

 

 困惑している様子の村人たちは無視して、一通り悪ふざけをしたモモンガと酒呑童子はそれぞれの情報を共有する事にした。

 村長は話し合いの場として自らの家を提供してくれた。

 

「さて、それじゃまず状況を整理していきましょうか。ここはユグドラシルの世界ではない、転移した原因も不明。ここまでは互いに知っている情報という事でいいですね?」

「そうだね。加えて、ユグドラシルでは見慣れていた異形種はここでは忌避される存在、場合によっては有無言わさず討伐されるものである。これは交渉に於いて大きなデメリットになる可能性が高い」

「ナザリックでは異形種が殆どですからね。見た目が人間種にそっくりであればなんとかできますが……」

「少数だからね、表立って活動するのは難しいだろうね。ところでナザリックはどこのあるんだい?」

「この村から10kmほど離れたところです。森を抜けて、平野の中にポツンと建ってますよ。幸いな事に人間といった存在は近くになく、一番近くてこのカルネ村でしょうね。今は隠蔽工作を進めているところです」

「そうか。なれならナザリックが人目に触れる事はなさそうだね。流石ギルマス、この世界に来て2日しか経ってないのに手際が良いね」

「え、二日? ナザリックが転移して四日は経っていますよ」

「んん?」

 

 ここに来て、両者に微妙な食い違いが発生した。

 酒呑童子がカルネ村に辿り着き、それから過ごしてきた日数は二日。これは間違いない。

 対してモモンガも、この世界に来て流れた四日という時間に間違いはない。

 互いの時間軸に大きなズレがある事を認識した二人だったが。

 

「酒呑童子さん! モモンガさん! 馬に乗った武装集団が再び村に近付いてきてるようです!」

 

 村長が慌てた様子で入ってきたので、ひとまず話し合いは保留する事にした。

 

「それじゃあ村の人たちは念のために再び避難の準備を。俺とモモンガくんとセバス、それと村長でその集団を応対するとしよう。セバス、万が一戦闘に発展したら村長を守って退避を」

「はっ、かしこまりました」

「……酒呑童子さん、さっきの奴等の本隊が来たという事ですかね?」

「いや、それにしては行動が早すぎる。魔法による伝達も考えらえるけど、可能性としては微妙かな。既に他の村が襲われている事から、王国側の治安組織が追ってきたと考えるのが自然かな」

「やっぱりそうですよね。となると俺たちの種族は隠しておいた方がいいですね」

「だね。モモンガくんはその嫉妬マスクで誤魔化せるけど、同じ仮面を付けていくのは流石に怪しすぎるか。んー、なんか良いのあったかな?」

 

 虚空に手を突っ込み、無限の背負い袋の中をゴチャゴチャとかき混ぜる。

 本来はショートカットを用いて取り出しやすいように設定できるのだが、特に装備を変更する事のない酒呑童子は回復系のアイテムだけショートカット登録して、あとは物置のように乱雑に放り込んでいた。

 どうやら目当ての品物が見つかったようで、酒呑童子が取り出したのは首にかける事ができるお守りのような小さな布袋。

 

「あ、それってたしか人化之御石(ヒトバカシノゴイシ)ですよね? 珍しい上に懐かしい」

「最近使う事もなかったからね。これを使えば種族スキルは使えたまま人間種と誤認させる事ができるからね。昔はよく相手を油断させるために使っていたんだ」

 

 ユグドラシルでも人間状態にするアイテムやスキルは数多くあるが、そうすると内部データも一時的に人間種と変更されるので異形種由来のスキルや能力は使用できなくなる。特に酒呑童子の場合はその強さの恩恵は全て種族特性によるものなので、それらが使用不能となると一気に弱体化してしまう。

 しかしこの人化之御石(ヒトバカシノゴイシ)という装備は外見のみを人間種に変更できるので、種族スキルには一切の制約はかからない。代わり異形種かどうか判別するアイテムやスキルといったものや、感知系の魔法を使われるとすぐにバレてしまうのだが、それは仕方ないと諦めるしかない。

 酒呑童子がそれを首にかけると、鬼だと示す大きな角が消えてしまい、見た目には人間にしか見えなくなった。

 

「よぉしこれで変装はバッチリ! それじゃお客さんを出迎えるとしますか」

 

 変装という意味ではもっと対策をするべきだと思うが、それを言うならセバスだって酒呑童子とそう変わらない状態なので、モモンガも特に何か言う事はなかった。

 モモンガの読みが正しければ、この地の人間との初めての交渉となる。まるで営業先に行って契約を交わすかの如き気構えでモモンガも向かうのだった。

 

 

 

 *****

 

 

 

 戦士団を率いて先頭を疾走していた王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフは四人の存在を確認した。

 奥にある民家からも火の手は上がっていないように見えるし、今度は間に合ってくれたのだと安堵した。

 しかし同時に、村に近付くにつれ不安も募ってきた。

 一人は、身なりから察するにこの村の村長だろうか。だが他の三人は身なりも、そして纏っている雰囲気も遥かに別種のそれであった。

 一人は、奇妙な仮面をかぶっている人物。その豪奢なローブは貴族、或いは王族が来ているのよりも遥かに上等なものであろう。魔法詠唱者(マジックキャスター)は往々にして珍妙な身なりをしていると聞くが、きっと魔法詠唱者(マジックキャスター)だろうか。

 もう一人は、その珍妙な魔法詠唱者(マジックキャスター)に付き従っている老執事。これもまた、浅学な己が見ても一級品と思われる執事服を着こなしている。だが服の上からでも分かるように逞しい体躯をしており、老齢でありながらもしかしたら己以上かもしれない。全くブレる事なく一本の棒のように立っている姿は執事よりも武人という感想を抱かせ、己以上の実力者であると直感で理解した。

 

 そして最後の一人……アレは一体なんだ?

 その見慣れぬ衣服は、自身の体にも流れている南方の地にあるという着物と呼ばれる衣服であろうか。そういえば、南方の地である刀と呼ばれる武器を操る好敵手がいたなと昔を思い出す。

 目の前の男は親しみやすい、または獰猛とも思える笑みを浮かべながらの、奇妙な容器から何か透明な液体を飲んでいる。

 鍛えられてはいるが、体躯は己が上回っている……などと阿呆な事は考えない。目の前にいるアレは、限りなく『力』というものを凝縮した存在。悪意も敵意もなく、ただ透き通るほどにまで純粋な『力』の結晶は、ある種の神秘さすら感じさせる。

 まるで、この世の全てを埋め尽くす溶岩を溜め込んだ巨大な山であるかのように……己の心に畏怖という感情を塗りつけてくる。

 

「私の名は王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフである。この周辺を襲っている戝を討伐するために派遣されたのだが、そのような輩を見てはいないだろうか?」

「王国戦士長!? このような辺鄙な村まで来ていただけるとは……」

「村長、王国戦士長とはどのような人で?」

 

 村長と話をしている仮面の男の話を聞いて、ガゼフはこの人物たちがますます怪しく思えてきた。

 王国戦士長という肩書きは、自慢のように聞こえるがこの周辺では知らぬ者などいないと思える程に有名だと思っている。自国である王国はもちろん、スレイン法国や戦争しているバハルス帝国の二カ国にも名が轟いている程に。

 しかし村長と話している人物は、その事に全く心当たりがない様子。いったいどこの国から来たのか問い質さねばならない。

 

「失礼だが、そこのお三方は? 随分とその……ちぐはぐな身なりをしていると思うのだが」

「これは申し遅れました。私の名はモモンガ、そして友である酒呑童子と従者のセバス・チャンと申します。遠方の地より旅をしていたのですが、この村が襲われそうになっているのを見つけたので、お節介ながら助けた次第です」

「なんと!? それは本当か! 恩人に対して馬上からとは大変失礼した。この村を助けていただき、無辜の命を救っていただき、感謝の念が絶えません! ありがとう、本当にありがとう!」

 

 馬から降りて、モモンガの手を両手で握りしめて深く頭を下げるガゼフ。そしてセバスと酒呑童子にも同じく感謝を述べる姿に、三人は内心で感心していた。

 話を聞く限りではそれなりの地位にいるのだと察しがつくが、そういう人間はプライドだけは高く頭を下げる事などしない。

 しかしガゼフの行動は本心からによるもので、媚びるつもりやおべっかという気持ちは一切なかった。

 現実(リアル)の世界でも滅多に見ない実直な人柄にモモンガはガゼフの評価を高め、善の属性を持っているセバスはガゼフの心に共感を覚え、その心意気に酒呑童子は気に入った。

 

「頭を上げてくれガゼフさん、こっちとしては恩義のある村を守っただけの、ただの普通の事だ。そう大袈裟にされるとこっちが恐縮しちゃうよ」

「はは、なるほど、普通の事か。酒呑童子殿の気持ちの良い心意気には感服するばかり。久しく見る事のない御仁たちであるな!」

 

 あっさりと意気投合し、互いに親しみの感情を得ていた四名。晴れて無事に戝も退治できた事だし、これで一件落着かと思いきや偵察に走らせていたガゼフの部下が息を切らして走ってきた。

 

「ガゼフ戦士長! 謎の集団が村を囲むように包囲してます!」

「なんだと!?」

 

 酒呑童子の知覚も反応した。まだ微かにだが、怪しげな衣服を着た集団が村の外に陣取り、ジワジワと包囲を狭めている。

 その手際の良さに思わず感心する。時間をかければかめるほど包囲の隙は狭まっていく。

 立て続けに起こる面倒なイベントにモモンガは辟易としていた。

 

「……やれやれ、一難去ってまた一難か。次から次へと厄介ごとが」

「はいはい愚痴は後でねモモンガくん。イタズラに時間を浪費すると包囲の密度が高まるからすぐに作戦会議といこうか。ひとまず家の中へ退避」

 

 パンパンと手を叩き、気怠そうなモモンガの背中を押しながら村人たちが退避していた家へと避難する。

 手口や動きから見るに、少なくとも鈍を振り回して粋がっていた先ほどの連中とは比べものにならないだろう。

 王国最強と謳われているガゼフの強さから察するにユグドラシルでは当たり前であったカンストプレイヤー並みの力を持つ者はいないらしいが、しかし万が一という事もあって一応警戒だけはしておく。

 警戒と、少しの興味を持ち、酒呑童子は外にいる集団を見つめるのだった。




こっちのモモンガは、酒呑童子がいると少し油断というか、慢心しちゃってます。誰よりも酒呑童子の強さを知っているから、信頼してるんでしょうね。おかげで原作よりかは幾分心に余裕があります。


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骨、少しだけワガママになる

んー、やっぱり5千文字前後だとあまりストーリーが進まないですね。
もうちょっと一話あたりの文字数を多くした方がいいですかね?


 村を取り囲む新たな集団に備えて隠れてた家の窓から覗き込むと、とても面白いものが見えた。

 

「モモンガくん、アレ見てアレ、炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)じゃない?」

「本当ですね、ユグドラシルのモンスターもここにいるなんて」

「モモンガ殿や酒呑童子殿はあの天使たちをご存知で?」

「ええ、あれは第3位階による召喚魔法で呼び出された天使の一種です」

「しかも魔法が込められていない攻撃じゃうまくダメージも与える事もできない、物理のみじゃ面倒な相手だ。あんた達の装備じゃ……」

「相性は最悪、という事か。実に厄介な相手だな」

 

 そうは言いつつも、ガゼフの表情に悲観はなかった。

 ガゼフの装備、隊員たちの実力、相手の人数、敵との相性……それらの要素を考えると、どうひっくり返ってもガゼフたちに勝ち目はない。

 だというのに、死を目前としたガゼフに悲壮感はなかった。かといって諦めて自暴自棄になっているわけでもない。今この時点で、自身が行える最善を尽くす。そういう決意に満ちた漢の眼をしていた。

 

「モモンガ殿たちには迷惑をかけてしまったな。敵の目的はおそらく私の暗殺だ。どうも今回の任務には作為的なもの感じてはいたが、まさかスレイン法国を使ってまで私を消すつもりとは……自国の面倒ごとに付き合わせてしまって申し訳ない」

「ガゼフさんよ、あんたは王国で最強戦力の筈だろ? なんで自国の人間があんたを消そうとするんだ?」

「自国の恥ゆえあまり聞かせたくはないが、我が国は王と貴族によって半ば分裂状態になっている。私が死ねば、さぞ貴族たちにとって都合が良いのだろうさ」

 

 ガゼフのような人間たちが多ければ王国との協力関係を築こうと思っていたのだが、聞けば聞く程その内情は酷いものだった。

 権力を持つ勢力が二つもあり、しかも互いに半目しあっている。しかも八本指とかいう巨大な犯罪組織も入り込んでいて、麻薬がばら撒かれているは権力者たちは甘い汁を啜って法なんてあってないようなものだわで治安も国力も低下。更にバハルス帝国との戦争で貴重な労働力が失われているにも関わらず領主たちは贅沢を求め重税を課す。まるで教科書にでも載せたいくらいに典型的ばロクでもない国家で、少なくとも権力者には関わるべきではないと二人は結論を下した。

 同時に、そんな腐った国にあっても実直な性格であるガゼフに対して相対的に評価が上がった。

 

「モモンガ殿、最後にどうか私の願いを聞き届けてはくれないか?」

「……内容によっては」

「これから我々は敵陣のど真ん中を突き破って奴らを引きつける。それで奴らが追いかけてくれればいいのだが、万が一私の力及ばずこの村にも危険が迫ったら、もう一度だけこの村を救ってはいただけないだろうか?」

 

 深々と頭を下げるガゼフの姿に、アンデッドとなったモモンガの骨の体に、僅かに熱が灯るのを感じた。その感情は、憧憬というものだろうか? 人が持つ意思の輝きに、魂の強さにモモンガの心は惹かれていた。

 最早残りカスしか残っていなかった鈴木悟という魂が、ガゼフという人間を好いていたのだ。

 

「……わかりました。我が名と我が友にかけて、この村をお守りすると誓います」

「そうか! ならば心置き無く私は死地へと飛び込める! 少し待ってくれモモンガ殿、これより書状をしたためる。これを王国にいる私の部下に渡せば、少ないが私の遺した財産を貴殿に差し上げる事ができる。どうかこれを、感謝の印として受け取ってほしい」

「厚意に感謝します。と言いたいところですが、それを受け取る事はできません。私たちはガゼフ殿の願いを聞き届けただけで、報酬のやり取りをする間柄ではありません。……それに、私としても貴方とは金銭を交えた関係を築きたくはありません」

 

 認めよう。たしかにモモンガは、ガゼフの事を得難い人物であると認識していた。それはこの異世界に来て初めての、友と呼べる感情。そこに金銭という下劣な事柄を混ぜたくなかった。この素晴らしい出会いが、汚泥に汚されたようで。

 しかし心の中では、友と呼ぶべきはアインズ・ウール・ゴウンのメンバーだけだという感情もある。どっちつかずな感情は結局右往左往するばかりで、決め兼ねたモモンガはプイッと顔を逸らしたのであった。

 

「そうか……いやいや、無粋な事を言ってしまったようだな。ではどうだろうか、酒でも酌み交わすというのは……」

「いや、私は──」

「すまないねガゼフさん、モモンガくんは下戸ですぐ潰れちゃうんだ。代わりに俺と呑み交そうじゃないか。酒はこっちで工面してやるよ」

 

 飲み食いができないアンデッドの体が露見しかけてヒヤッとしたが、すぐに酒呑童子が助け舟を出してくれた。

 酒呑童子もガゼフの一本筋の通った性格を気に入って、自前の酒を取り出す。

 生憎とお気に入りの枯不乃瓢(カレズノヒサゴ)は鬼の種族しか飲めず、それ以外の種族が飲むと強烈なデバフが付与されてしまうので別の酒にする。

 懐を探るような動きをしながら無限の背負い袋から取り出したのは、不思議な威圧感を放つ黒漆で塗られた瓢箪。同じく懐から赤漆で塗られた小さな盃を二杯取り出し、そこに並々と酒を注ぐ。

 

「アンタの末期の酒として、一等立派な酒を見繕ってみた。酒豪すら酩酊するかなりの一品だが、これから死地に飛び込む男が一口の酒で潰れるなんてないよな?」

「それは挑戦という事でいいのかな酒呑童子殿? ならばこの一献、受けて立とう!」

 

 明らかに挑発と取れる笑みを浮かべ、床に腰を下ろしながら盃を掲げる酒呑童子。

 ガゼフも鍛練の終わりや休日には酒を愉しみ、有り余った給金のいくつかは国の内外問わず酒を買い込む酒豪であると自負している。実際、戦士団と酒を呑み交わした際は最後まで潰れる事なく呑んでいた。

 酒への挑戦と大きな興味、そしてこれが最期であると理解しているからこそ、ガゼフも床に座り込みもう片方の盃を掲げる。

 互いに交錯する笑み……どちらが示し合わせる事もなく、二人はほぼ同時に盃の酒を一口で呑み干した。

 

「──グッ!? んっ、うぅ、なる、ほど……たしかにこれは、強烈な一品……喉が、焼けて、腹の中まで燃えているようだ……」

 

 まるで液体化した炎をそのまま飲んだかのような熱さであった。

 喉を通り過ぎると同時に脳天に稲妻のように走る酒精は酔うという状態すら超えて意識を朦朧とさせる。しかし腹へと流れついた酒が燃えているかのような熱を吹き上げている事で、辛うじてまだ意識は保っていた。

 たった一口、それだけでこれ程の衝撃を秘めている酒があるとは。もう一度呑めば確実に意識が昏倒するだろう。

 耐えようとあらん限りの力で盃を握りしめているのだが、盃は砕けるどころかヒビすら入ってない。

 

「ガッハッハ! いいねぇ、気持ちの良い呑みっぷりだぜアンタ。どうだい、もう一杯いっとくか?」

「いいや、遠慮しておこう。これ以上は盛り上がって朝まで飲み明かしてしまいそうだ」

 

 強烈な酒精にもまったく動じた様子のない酒呑童子は自分の杯に二杯目を注ぎ、ガゼフの盃にも注ごうとするが、ガゼフは盃を酒呑童子の足元に置き辞退の意を示す。

 これ以上は間違いなく意識が落ちてしまうので、そうなると戦うどころの話ではなくなってしまう。かと言って素直に言うのも負けを認めたようでガゼフのプライドが許さなかったので虚勢を張ってみるが、やはり酒呑童子にはバレていた様子。しかしそれを追求する事はなく、酒呑童子は二杯目も一口で呑み干した。

 

「そうかい、そりゃ残念だ」

「申し訳ない。もし私が無事に逃げ切る事ができたら、その時こそは朝まで飲み明かそう」

「ハッハ! そん時がきたら樽一杯の量を抱えてくるから覚悟しとくんだな」

「望むところだ!」

 

 酒呑童子と固く握手を交わしてから、モモンガとセバスにも握手を交わし、晴れたような笑顔を浮かべてガゼフは外に繋げていた馬にまたがり、部下たちを率いて敵の集団へ向けて走り出した。

 その背中が消えるまで見つめ続けていたモモンガは、絞り出すように呟いた。

 

「……俺の判断は、間違っていたのだろうか」

 

 冷静になって思い返せば、ガゼフを相手にもっと上手く立ち回れたはずだ。

 ガゼフから書状を受け取っておけばこの世界の金銭を得る事はできたし、情報を引き出したり己の立場を有利にしたりと、やり方はいくらでもあった。

 実際そのような考えは幾度も頭をよぎったのだが、モモンガはそれを無視した。あの場に於いてモモンガは、ナザリックの利益よりも己の感情を優先させてしまったのだ。

 こんな事では、ナザリックの支配者として失格ではないか。そのような疑念がモモンガの口からこぼれ落ちた。

 

「モモンガ様、私のような者がモモンガ様の行いに是非を問えるような資格も能力も有していりませんが、しかしこれだけは確信を持って申せます。我々の支配者に相応しきお方はモモンガ様を於いて他に存在しません。どうぞ、その御心のままに為したい事を為さってください」

「セバス……」

 

 深々と頭を下げるセバスの表情は、笑みに満ちていた。

 アインズ・ウール・ゴウンは悪を標榜とするギルドであり、メンバーや創造されたNPC達の多くは悪を好み、悪を率先していた。

 その中で数少ない善を良しとするセバスは守護者たちの悪性に首を傾げる事はあっても、しかしそれが至高の御方のご命令とあらば悪であろうとも即座に実行する忠義を持っている。しかし、叶う事ならば自身の創造主であるたっち・みーと同じ善を行いたいという気持ちも心の奥底に確かにあった。

 ガゼフの善性を良しとし、喜びを見出していた先ほどのモモンガは、セバスが心の奥に秘めていた願望に近いものであった。意識しても、ついつい顔が綻んでしまう。

 

「おやぁセバス、一応俺もアインズ・ウール・ゴウンの副リーダーだったんだが、お前の中じゃ俺は相応しくないのかなぁ?」

「はっ! い、いえ酒呑童子様、決してそのような事は……もちろん酒呑童子様も支配者として相応しきお方でありますので──」

「はは! ただの冗談さ、間に受けなくていい。だけどセバスの言う通り、モモンガくんほどギルマスに相応しい人物なんていないよ。俺も含めてあんなに癖の強い連中をまとめて、自分より皆を第一に想っていたからこそ皆もモモンガくんに酬いようと団結したいたんだから、ただ、もう少しワガママを言うべきとは他のメンバーにも言われていたけどね。セバスの言う通り、君がやりたいと思った事を言ったっていいんだよ?」

「酒呑童子さん……」

「さてモモンガくん、君は何をしたい? ガゼフ・ストロノーフをどうしたいんだい?」

 

 見定めるように、酒呑童子の眼がモモンガを見つめる。

 それが例え悪であろうと、善であろうと中道であろうと構わない。酒呑童子が計るのはただ一つ、それがモモンガが望んでの行動なのか否か。

 ナザリックのためでも守護者たちのためでも、況してやアインズ・ウール・ゴウンのためでもない。一人の人間として、己の心が何を為すのかを見定める。

 

「…………俺は、ガゼフのような人間はこんな所で死ぬべきではないと思ってます。ガゼフはきっと、これから先も多くの事を為す男です。俺はガゼフがどのような事を為すのか、ガゼフという一人の人間が歩む道を見てみたいです」

 

 モモンガは、ガゼフという男に対して強い憧れを抱いていた。

 決してガゼフが強いからというわけではない。自身と比べたら脆弱極まりなく、戦いとなったら一方的に勝てると確信している。

 モモンガが憧れたのはガゼフという男の人間性、すなわち心である。

 彼のような男は、これからも多くの事を成し遂げるだろう。そんな人間を、こんな中途半端な所で終わらせるのは嫌だ。もっともっと、彼の行く末を見ていたかった。

 その感情は、果たして溺れまいと必死に足掻く小動物を見てるような気持ちか、または面白い映画を最後まで見ていたいとい観客としての気持ちか、或いは友を無駄死にさせまいという友情なのか、まだモモンガはこの感情に判断をくだせない。

 

「……うん、そうか。それがモモンガくんの気持ちなら、俺も喜んでそれに応えよう。滅多にないギルマスのワガママだからね。俺も張り切って頑張るとするよ」

「ありがとうございます酒呑童子さん。それと、振り回してしまってすみません」

「そういうのはナシ! 遠慮なんてする必要ないんだから。それに俺もガゼフという男が気に入ってね、少しばかりお節介をしておいたんだ」

「もしかして、さっき飲み交わしていた酒ですか? 酒呑童子さんの事だから普通の酒ではないだろうなと思ってましたけど」

 

 あまり武器や防具といった装備に拘らない酒呑童子だが、ただ一つだけ酒という種類のアイテムには並々ならぬ執着を抱いていた。

 周囲が引く程の酒好きである彼は、ユグドラシルであっても様々な酒を蒐集していた。時には最高難度のダンジョンに単身で挑み、時には明らかに釣り合っていない装備とトレードをしたり、アイテムコレクターであるモモンガも、酒のアイテムに関しては酒呑童子に負ける。

 そして酒は、酔いというバッドステータスが発生する可能性がある代わりに色々なバフを付与する事ができる補助アイテムである。

 種族特性で酔いを無効化できる酒呑童子とは相性抜群のアイテムであり、ガゼフが飲んだ酒も何かしらのバフを付与するものだろうと推測した。

 

「ふっふ、それは見てからのお楽しみって事で。それじゃあモモンガくん、不可視化魔法をかけてガゼフの所に行ってみようか。この世界じゃトップに位置するガゼフの実力、お手並み拝見させてもらおう」

 

 どうやらモモンガにも秘密にするみたいで。含みのある笑顔を浮かべながら軽い足取りでガゼフの所へ走っていく酒呑童子。それを慌てながら追いかけて、酒呑童子とセバスと自分に完全不可視化の魔法をかける。

 三人は姿を消して、ガゼフが向かった死地へと飛び込むのだった。




アルベドではなく善に偏ったセバスを連れて行った。
ガゼフと原作以上に仲良くなった。
酒呑童子が一緒にいる。
少しだけ自分の本心を優先させた。

モモンガの魔王ゲージがダウン。


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鬼と骨VS陽光聖典と天使

主人公紹介において酒呑童子のスキル説明に少しだけ変更を加えました。


 完全不可視化の魔法を施して姿を消したモモンガたち三人は、一足早く戦場となるであろう場所にて空中で待機していた。

 顔も覆い隠したローブの集団が半円の形で陣取っており、傍らには天使たちが浮遊している。

 

「見たところ、召喚系の魔法に特化した集団って感じですかね? 前衛が一人もいないなんてバランス悪いなぁ」

 

 集団の能力を考察していたモモンガは思わず呟いた。

 ユグドラシルではパーティーを組む際、魔法火力役、物理火力役、探索役、防御役、回復役、その他役といったそれぞれの役割を担当させる者を用意するのが常識中の常識である。

 同じ能力のメンバーだけを揃えるのはたしかに見栄えやロマンがあるが、バランスが偏りすぎていて実用性がなさすぎる。ユグドラシルならば確実にカモにされていただろう。

 ちなみにパーティーの役割だが、モモンガと酒呑童子の二人ならば回復役とその他を除いた四つの役割を同時にこなす事ができる。

 

「でもなんだか懐かしいね。ほら、ユグドラシルの初期って召喚系が環境トップだったじゃん」

「ああ確かに! あの時は苦労しましたね」

 

 ユグドラシルを最初期からプレイしていたモモンガと酒呑童子は、かつての思い出に浸った。

 全くといっていいほど情報が不明であったユグドラシルの初期、当時では召喚系こそが最強という風潮があった。

 プレイヤーを含めて戦力を単純に二倍にできる召喚魔法は当時では最強と持て囃され、まだ対策もされていなかったあの時ではPKなどで猛威を振るっていた。かくいうモモンガと酒呑童子も、当時は召喚魔法による数の暴力で苦労させられていた。

 尤も、プレイヤーたちの情報が蓄積されて各々が適した役割に徹するという新たな基本戦法が確立されてからは召喚魔法だけのパーティーはただのカモにされ、遂にはモモンガと酒呑童子が編み出したある攻略法によって完全に廃れてしまった。

 

 二人で昔のユグドラシル談義をしていると、遠くから馬の蹄の鳴る音が聴こえてきた。

 ガゼフ率いる戦士団が馬の蹄を鳴らしながら突撃を仕掛けてきてのだ。

 

「──お前たち! 例え死んでも奴らの腑に喰いついてやれぇ!」

 

 応ッ!! とガゼフの言葉に隊員たちの戦意が昂ぶる。

 充溢した戦意を身にまとい、戦士団は馬上から一斉に弓を射かける。しかし魔法による防御か、放たれた矢の悉くが見えない何かによって弾かれた。

 

「くそっ、弓は使えないか。総員、抜剣ッ!」

 

 ガゼフの指示により隊員は一斉に腰から剣を抜き、敵の集団に突っ込む。

 騎馬の突撃は、それだけで人を簡単に轢死させる恐ろしい攻撃だが、敵も中々どうして有能なようで、天使たちで自分たちの身を守り目的であるガゼフだけを騎馬から引きずり下ろした。

 地面を転がるガゼフが顔を上げると、すぐ目の前には二体の天使が左右からガゼフに迫って襲いかかっていた。

 

「武技〈戦気梱封〉! うおおぉ!!」

 

 雄叫びと共に一閃。豪腕と共に振り抜かれたガゼフの剣は、迫り来る天使二体をまとめて両断せしめた。

 その光景に天使を操っていた魔法詠唱者(マジックキャスター)の集団も、ガゼフ本人ですらも驚いていた。

 

(今の力は一体……それに体もかつてない程に軽い。全身の隅々まで力が行き渡っている。もしや、酒呑童子殿と飲み交わしたあの酒か?)

 

 ガゼフはあの村で出会った、豪放磊落といった言葉を体現した御仁を思い浮かべた。

 如何なる権力も受け付けないであろう、人の手が及ばないまるで大空のような性格。加えて絶対強者だというのにそれを誇るというわけでもなく、全てを受け入れるような親しげのある人柄。酒豪と自負していた己以上の大酒豪であり、それと共に飲み交わした一杯の酒。あの燃えるような熱さは、今でもガゼフの体内に残っている。

 

「これは、なんとしても生き残って酒呑童子殿に礼を言わねばな。しかし、私の手持ちであの酒を超えるような一品はあっただろうか?」

 

 独り言を呟きながら、次々と襲い来る天使たちを両断する。ある天使は胴体を裂かれ、ある天使は脳天から真っ二つに断たれる。

 圧倒的な戦力差の中で孤軍奮闘する様は、まさに益荒男そのものであった。

 

「酒呑童子さん、結局ガゼフに飲ませた酒はなんだったんですか?」

「正解はコレ、活躰豪酒(カッタイゴウシュ)・大吟醸。攻撃値と防御値と敏捷値に固定値の上昇を施すアイテムだ」

「固定値バフですか? また珍しい効果を持つアイテムですね」

 

 ユグドラシルのバフやデバフは、基本的にパーセンテージで計算されている。基礎能力が高い程にバフやデバフの効果が大きくなるが、逆に低レベルキャラのように基本値が低ければ高倍率のバフを付与しても思ったような効果を得られない事もある。

 カンスト勢からしてみれば、固定値上昇のバフは有用性のない代物であった。

 

「レベルの低いガゼフならコレの方が効果が高いでしょ。固定値上昇だけど、中々のレアリティだからガゼフからしたら結構な助けになってるはずだよ」

「本当ですね。これならもしかしたら、ガゼフ一人でもいけるかも」

 

 眼下に行われている戦いを観察する。

 気炎を吐きながら、ガゼフは群がってくる天使たちを次々と薙ぎ倒していく。その身に少ないながらの傷を負ってはいるが、バフのおかげで軽傷だけで済んでいる。

 一騎当千と呼ぶに相応しい戦いぶりを見て、敵の指揮官であるニグンは混乱していた。

 

(馬鹿な!? 何故ガゼフがあれ程の力を持っているのだ! 王国の連中はちゃんとガゼフの装備を取り上げたのか! いや、そもそも何故ガゼフ・ストロノーフの実力がこうも違うのだ、風花聖典の無能どもめ!)

 

 口には出さなかったが、内心ではこの状況を招いた連中に対して思いつくままの悪態をつく。

 任務の成功に於いて最も重要なのは情報であるとニグンは思っている。敵の戦力、人員、装備、そういった情報を許にして作戦を遂行していくべきだというのに、裏切り者を追跡するために風花聖典は殆ど手を貸さなかった。そして実際、戦力を見誤ったガゼフに苦戦を強いられているのだ。仲間の怠慢に思わず舌打ちする。

 天使たちを集中させればガゼフの足止めはできるが、魔力も無限ではない。ガゼフが力尽きるより先にこちらの魔力が尽きれば、敗北は確定。

 一進一退の攻防に歯噛みする状況で、ニグンは足元から振動を感じ背後から馬の嗎が聞こえた。

 

「──我ら戦士団! ガゼフ戦士長と共にぃ!!」

「「「応ッ!!」」」

 

 振り返れば、ガゼフを置いて逃げたと思っていた戦士団が背後から強襲を仕掛けてきた。

 逃げたと思った、取るに足らない雑魚の集まり。しかしそんな小さな存在が、戦いの趨勢を決めた。

 

「へぇ、ガゼフだけだと思ったが中々どうして……肝の据わってる連中じゃないか」

「いや、それにしても全員で戻ってちゃ意味ありませんよ。数人はそのまま逃げないと、もし全滅したらどうするつもりなんだ?」

 

 空中で待機していたモモンガたちは、ガゼフの部下が途中で反転した行動も見ていた。実力差があるにも関わらず、ガゼフを助けようとする意気込みに酒呑童子は感心したように笑みを浮かべて、モモンガは彼らの詰めの甘さに額に手を当てる。

 たしかに一人でも多く戦えば勝利する確率も上がるが、しかし情報というのは時にはその場の勝利よりも大切だ。

 ガゼフと戦った連中がどういう輩なのか国に報告すべきなのに、これで全滅でもしたら情報も失われるではないか。

 

「まあまあ、それもガゼフの人徳っていう事で。しかし、他の隊員たちじゃ絶望的に勝ち目がないな。下手したら本当に全滅するぞ?」

 

 援護は嬉しいが、これでは焼け石に水だ。隊員のレベルが低すぎるし、持っている武器じゃ天使たちを倒す事はできない。よくて足止めぐらいだろうか。

 実際、隊員たちは次々と天使によって倒されている。

 

「…………」

「セバス、彼らを助けたいか?」

 

 一方的な戦いを見て、横で拳を握り締めているセバスを見て、酒呑童子は尋ねた。

 

「い、いえ、酒呑童子様、私はお二方をお守りする事こそが使命であり……」

「使命とお前さんがやりたい事は別だ。モモンガくんも俺も今回は好きにやったわけだし、セバスも好きにすればいい。構わないよねモモンガくん?」

「もちろんです。セバス、治療用のポーションをお前に渡しておく。ただし不可視化の魔法が解けるから攻撃はせず、無理のない範囲で助けろよ」

「はい、かしこまりましたっ」

 

 自らの願望を果たせる歓喜、それを許してくれる優しき御方に思わず涙を浮かべて、深く頭を下げてセバスは地上に降りてこっそりと負傷者を回収して治療にあたった。

 流石に既に息絶えた隊員を救う事はできないが、これで死亡する隊員の数はかなり少なくなるだろう。

 

 セバスが負傷者の回収と治療に奔走している中、ガゼフも動いた。

 仲間たちの援護によって、僅かに緩んだ天使たちの包囲。それらを斬り伏せ、指揮官と思われる男へ一気に駆ける。

 

「て、天使たちをガゼフに集中させよ! 奴とて無敵ではない!」

「邪魔ぁするなァ! 〈六光連斬〉! 〈流水加速〉!」

 

 煌めく六本の光、同時に振るわれた六本の斬撃が天使たちを屠り、続く天使たちの追撃を機敏な動作で紙一重で回避。

 他に障害物のない今こそが千載一遇の好機! 天使たちが追いきれぬ程の加速をし指揮官の元へ一気に駆け寄り、剣を振り上げる。

 

監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)! 私を守護せよ!」

「諸共に斬りふせる! 〈斬撃〉!」

 

 大気を唸らせ、裂帛の気合いと共に振り下ろされた乾坤一擲の一撃。まるで時が止まったかのように、辺りを静寂が支配した。

 

「……一手、あと一手足りずか。まさか時間切れとは、惜しかったなガゼフ」

 

 誰も聞こえぬ中、酒呑童子は呟く。

 振り下ろされたガゼフの剣は、ニグンの天使を断つには至らなかった。いや、本当ならば天使ごとニグンを斬り伏せていたのだろう。しかし時の悪戯か、酒呑童子によって付与されていたバフが、直前になって効果が切れてしまったのだ。

 惜しかった、本当に惜しかった。あと一秒、それが明暗を分けた。

 

「て、天使たち! ガゼフを仕留めよ!」

 

 攻撃を防がれ、無防備となったガゼフに天使たちの攻撃が押し寄せる。

 先ほどまでの機敏な動きはなく、次々と叩き込まれていく天使たちの猛攻。やがて天使の一体がガゼフの腹に剣を突き立て、地面に崩れ落ちた。

 

「ぐっ、くっ……」

「はあ、はあ、随分と手こずらせたなガゼフ・ストロノーフ。あの異様な力は謎だったが、それがなければもう貴様に勝ち目はない。その健闘を称えて一息に殺してやろう」

「──さて、そろそろか」

 

 不気味にゆっくりと天使たちがガゼフに集まり、天使の剣がガゼフを切り刻もうとする寸前、空から謎の声が聞こえ、地面へと突撃し煙を巻き上げた。

 突然の事態に天使たちは一斉に動きを止め、空から降ってきた何かを見つめる。

 

「よぉガゼフさん、やっぱり心配になったんで助けに来たぜ」

「酒呑童子殿! それにモモンガ殿も!」

 

 煙が晴れてそこにいたのは、着物を着崩した偉丈夫である酒呑童子と、豪奢なローブと仮面で素顔を隠したモモンガであった。

 この殺伐とした空気には似つかわしくない、緊張感の欠けた声で呑気にガゼフに手を振っていた。

 一応、一部始終を見ていたのがバレると不信感を抱かれるかもしれないから急いで救援に来たという設定にしてある。

 

「その負傷、どうやらかなりの死闘だったようですね。セバス、ガゼフ殿にポーションを」

「かしこまりました。さあガゼフ様、治癒のポーションをお飲みください。それと他の隊員の皆様も既に治療はしてありますのでご安心を」

「そうか、そうでしたか。セバス殿、まことに忝い」

 

 隊員たちが無事だと知って、思わず安堵の涙を浮かべるガゼフ。

 セバスから手渡されたのは見た事のない赤いポーションであったが、この御仁たちが騙すような事などしない。一切の警戒なくポーションを飲み干すと、傷が瞬時に回復した。

 

「よし、傷は治ったみたいだな。あとは俺たちに任せてくれ。全部片付けるからよ」

 

 酒呑童子たちは、陽光聖典の連中を眼前におさめる。

 

「初めまして、スレイン法国の皆さん。私はモモンガ、そして隣にいるのが友人の酒呑童子です。皆さんが殺そうとしていたガゼフ戦士長とは知己の間柄で、それを助けに来た者です」

「つまりはあんた達にとっちゃ邪魔者、敵って事だ。特に怨みがあるって訳じゃないんだが、悪いがあんた達にはここで死んでもらおうと思ってる」

「敵? 我等の敵だと? そう宣ったのか貴様らは? ふっ、何者かと思えばとんだ愚か者だな。見よ、いまだ多くいる天使の軍団を! それに比べて貴様らはたったの二人、いやそこの老人を入れて三人か? あまりに愚か過ぎて、いっそ憐れみすら感じるぞ!」

 

 酒呑童子の敵対宣言に、嘲笑と侮蔑をもって返答するニグン。しかし酒呑童子は変わらず、大胆不敵な笑みしか浮かべていなかった。

 

「貴様らのような愚か者と会話するだけ時間の無駄だ。天使たちよ、あの馬鹿を殺せ」

「酒呑童子殿!」

 

 ガゼフの叫びも虚しく、天使たちは容赦なく手に持つ光の剣を酒呑童子へと突き立てた。そこから想像される光景に目を覆いたくなるガゼフであったが、しかし目の前では不可思議な現象が起こっていた。

 

「軽いなぁ、こんな雑魚を幾ら寄越した所で俺には無駄だぜ」

 

 両手を僅かに上げ、無防備に佇む酒呑童子。天使たちが突き立てた剣は酒呑童子を貫く事なく、強靭な肉体に阻まれていた。

 そして、ゆらぁと上げられる右の腕。ギュッ! と音が鳴る程に強く握り締めた拳を天使たちに振りかざすと、風圧で地面を削りながら天使たちを粉微塵に粉砕した。

 

「へ……」

 

 その呟きは、誰から漏れたものだろうか。もしかしたら自分かもしれない。それ程までに、目の前で起こった事は理解に追いつくのに困難であった。

 まず、どんな強靭な肉体を持っていても人の肉体は刃を止める事はできない。物理に耐性がある天使たちを拳一つで滅ぼしたり、その余波で地面が削れるなど常軌を逸している。

 

「さあさあ、もう終わりか? だったら俺から行かせてもらうぜ」

 

 消えた。と思ったら、酒呑童子は天使が集結していたど真ん中にいつのまにか居た。

 そして再び、握り拳を真横に振り抜く。先ほど以上の力が込められた拳は余波だけで大気を喰い千切り、竜巻のような暴風を巻き起こして天使たちを光の塵へと還した。

 

「ば、かな……あれだけに天使を、ただの拳で、しかも一撃でだと? お前たち、あいつを無視してガゼフを先に殺せ!」

 

 理解の域を超えた超然たる暴力。それに恐怖したニグンたちは酒呑童子を無視してガゼフに攻撃を集中した。

 

「やれやれ、お前たちの遊び相手は私たちだと言っただろう」

 

 ガゼフに殺到する魔法の攻撃。しかしモモンガが立ち塞がる事で攻撃の全てを受けるが、モモンガには傷一つ付かない。

 そして意趣返しとばかりに、敵の使った魔法と同じものを放った術者に向けて発動した。

 

〈衝撃波〉(ショック・ウェーブ)

「ぎゃ──」

 

 短い悲鳴。モモンガの放った魔法は大気と景色を歪ませながら突撃し、敵の体をバラバラに四散させた。

 空中に舞い上がった手足や肉と骨が降り注ぎ恐怖と静寂に包まれる中、モモンガは粛々と丁寧に一人に一つずつちゃんと魔法を届ける。中にはモモンガが習得していない魔法もあったが、そこは別の魔法でちゃんと命を奪ってやった。

 

 拳を振るえば災害の如き暴力を撒き散らす男、同じ魔法で惨状を引き起こす仮面の魔法詠唱者(マジックキャスター)。たった二人の、しかしどうしようもない絶望を前に、敵は恐怖の只中に叩き落とされた。

 

「くっ、舐めるなよ愚か者風情が! 貴様らには、この最高位天使の力で以って滅ぼしてくれる!!」

「む」

 

 ニグンの懐から取り出された水晶、しかもそれは、超位級魔法以外を封じ込める事ができる最高ランクのものであった。

 ユグドラシルのアイテムがこの世界にもあるという事は判明したが、今はそれよりも最大限の警戒をする。

 

「最高位天使、つまりは熾天使(セラフ)クラスの天使という事か」

「どの熾天使(セラフ)にしろ、俺や酒呑童子さんとの相性は最悪ですね」

 

 ユグドラシルに於ける天使の最高位、熾天使(セラフ)。種類はいくつかあれど、それら全てはモモンガと酒呑童子にとって相性が悪く、全力で相手をせねばならない強敵だ。

 属性が悪に偏っているモモンガはもちろんだが、高い物理耐性や高威力の魔法攻撃を放つ相手は酒呑童子も苦手としている。

 二人はニグンの認識を改めた。奴は、こちらが全力で迎え撃つべき強敵であると。

 

「……モモンガくん、久々の召喚狩りをするよ。準備はいいね?」

「任せてください」

 

 この戦い、酒呑童子は初めて構えをとった。

 獣が飛び出す寸前のように身を低く屈んで、左手と両足の三点で体重を支え、右手にあらん限りの力を溜め込む。

 

「なんだその構えは? 命乞いでもするか? それとも、人類では勝てぬ存在に挑むつもりなのか? 無駄な足掻きはよせ愚か者共め。我が最高位天使の輝きを前に──」

〈全能力強化〉(フルポテンシャル)〈上位全能力強化〉(グレーターフルポテンシャル)〈上位幸運〉(グレーターラック)〈幸運上昇〉(ラック)〈致命率上昇〉(クリティカルアップ)〈上位致命率上昇〉(グレータークリティカルアップ)〈加速〉(ヘイスト)〈一撃負属性付与〉(ワン・ネガティブエンチャント)〈一撃邪悪属性付与〉(ワン・ダークエンチャント)〈筋力強化〉(ストレングス)〈上位筋力強化〉(グレーターストレングス)

枯不乃瓢(カレズノヒサゴ)、剛力」

 

 ニグンは自身満々にご高説を述べている間に、モモンガは時間が許す限りのバフを酒呑童子に付与する。

 そして酒呑童子も、腰に下げていた枯不乃瓢(カレズノヒサゴ)を吞み干す。

 他の酒と違い、枯不乃瓢(カレズノヒサゴ)は回数制限のないアイテム、一種のアーティファクトと言っていいアイテムであり、そしてその効果は使用者に任意のバフを付与するというものである。

 ランクの高い酒となると一度に複数のバフを付与する事ができるが、枯不乃瓢(カレズノヒサゴ)は数ある種類から一つだけ任意に選択し付与する事ができる。しかもどれもが高倍率であり、酒呑童子の能力を一点に特化する事ができる。

 モモンガたちが存分に強化を重ねている間に、ニグンの演説も終わったようだ。

 

「見よ! そして慄くがいい! これこそが人類を守護せし、魔神をも滅ぼす最高位天使の輝きだ!」

 

 暗雲を裂いて、天より眩い光の柱が降り注ぐ。その中から、徐々に形を持つ輝く存在。敵が救いと希望を見出している中、モモンガと酒呑童子はソレ(・・)が来るのを待つ。

 

「攻撃判定有効化まで3、2、1……今です!」

「──〈鬼掌天穴〉(キショウテンケツ)!」

 

 酒呑童子が消えると同時に、破裂音と共に地面が砕ける。すなわち、空気の壁を破り酒呑童子は音の速度を超えた。

 いまだ姿も朧げな最高位天使へと突撃した酒呑童子は、勢いをそのままに自身が使用できる唯一のスキルを使用した。

 鬼掌天穴(キショウテンケツ)。それは鬼の種族が共通して唯一使う事ができるアクティブスキル。HPの25%も消費して放つリスクの高いスキルだが、その威力はまさに空前絶後。

 相手の防御耐性を無視、更には防御値までも無視して相手のHPに直接ダメージを与えるものであり、最高レベルであるⅤまでいくと最終与ダメージを30%も上げる事ができる。

 モモンガは断言するが、この攻撃を受けて耐えられるプレイヤーは存在しない。防御絶対不可のこの一撃は、回避するか蘇生アイテムで蘇るしかないという、モモンガの持つスキルと似通った性質を持っている。

 

 ちなみに、ユグドラシルでは様々な歴代記録があり、その中に最高与ダメージランキングがあるのだが、個人部門とパーティー部門のそれぞれで酒呑童子は1位に君臨している。

 一度ギルドのメンバーで酒呑童子以外はバフ要員というネタパーティーを編成し、画面を埋め尽くす程のバフをかけまくって高HPのレイドボスと戦い、酒呑童子の一撃でレイドボスを倒してしまった際はメンバー全員が真顔になってたのをモモンガは思い出す。

 それで余りに暴れたものだから運営がムキになったのか、次のレイドボスイベントから馬鹿みたいなHPを持つレイドボスが次々と実装され、クリアできないと他のプレイヤーから苦情が殺到し、一部は原因である自分たちにも苦情半分の呆れ半分のメールが来ていた。

 

 モモンガだけのバフとはいえ、二人はこれまで同じ方法で何体もの熾天使(セラフ)クラスの天使を倒してきた。

 二人が編み出した戦法、通称召喚狩り。

 それは召喚モンスターが召喚され、攻撃判定が有効化されたと同時に攻撃するという単純にして難易度の高い戦法である。

 召喚モンスターは術者の命令を受けてから行動するので、その際にほんの僅かなタイムラグが存在する。その1秒にも満たない隙を狙わなければいけないというかなりタイミングがシビアな戦法だが、これを駆使してモモンガたちは召喚系を最強という位置から引き摺り下ろして、当時の環境トップを塗り替えた。

 

 今回もこの召喚狩りを行い熾天使(セラフ)を倒すつもりだったのだが、しかし二人の予想と反しニグンが呼び出したのは主天使(ドミニオン)クラスという明らかに格下な相手であり、確実にオーバーキルであった。

 そして二人は失念していたが、この世界はユグドラシルのルールが適用されているが同時に物理法則も働いているのだ。

 結果、天使の体を砕いた拳は止まらず空へと突き上げ、周囲一面に広がっていた雲を霧散させ、地上にある全てを空へとぶち撒けた。

 幸いガゼフの部下たちはセバスが遠くへ運んでおり、近くにいたガゼフはモモンガとセバスに掴まれ巻き込まれずに済んだが、不幸なのは陽光聖典の連中であろう。

 運悪く近くにいた者は酒呑童子が拳を振り上げたと同時に風に吸い込まれ空高くへと舞い上がり、その際に強烈な重力や衝撃に晒され内臓が弾けたり体のどこかが千切れてそのまま死んだ。運良く生き残っていた者がいたとしても、地上数百メートルからの落下では生きてはいないだろう。当然、最も酒呑童子の近くにいたニグンも巻き込まれており、暴力の余波によって影も形もなく文字通りバラバラとなった。

 これが、たった数秒で引き起こされた惨事である。

 

「あー痛ってぇ、右腕が完全に潰れちまったぞ、痛みも再現されているからこのスキルはあんまし使いたくないな」

 

 だが酒呑童子はこの惨状を気にするわけでもなく、顔を顰めながら自身の右腕を見つめる。

 これがスキルによる代償なのか、骨という骨が砕けて腕は歪に曲がり、肉が裂けて砕けた骨が飛び出している。

 酒呑童子は枯不乃瓢(カレズノヒサゴ)を呑み、自己回復倍加を己に付与。20秒と経たずに腕は元どおりになった

 

「お疲れ様です酒呑童子さん。まさか最高位天使が主天使(ドミニオン)クラスだったなんて、酷い肩透かしでしたね」

「まったくだよ! あれなら普通に殴るだけよかったのに、無駄にダメージ負ったよ。まあ、アレをブラフにして俺たちの切り札を使わせるって作戦なら巧いとと思うけどね」

「いやいや、わざわざ高レアの課金アイテムをブラフに使うとか廃課金プレイヤーじゃないですか。この世界では全体的に、ユグドラシルと比べてレベルが下なようですね」

 

 周囲の思考が停止している中、モモンガと酒呑童子は呑気に談笑に興じていた。

 

「……あ」

「どしたのモモンガくん?」

「今、監視魔法が発動されたのを感じました。俺の攻性防壁ですぐに反撃しましたけど」

「あの水晶を使うと同時に発動したのかな? まあどのみち、奴らには何もできないけど。──まだやるかい?」

 

 酒呑童子の一言で、生き残った僅かな陽光聖典は装備を脱ぎ出し、下着姿で降伏の意思を示した。

 当然だ。人では勝てないとされている最高位天使を拳で殴る殺す連中だ。そんな化け物を相手に戦うなど命を捨てると同義。隊長のニグンならば最後まで抵抗するかもしれないが、その隊長は跡形もなく消えてしまった。ならばと、彼らは自らの命を何よりも優先した。

 

「うん、潔い連中だ。そいつらの連中の処理はガゼフさんたちに任せるよ。俺たちは村に戻る」

 

 降伏した連中に興味はないのか、一瞥する事なく酒呑童子たちは村へと戻っていった。

 酒呑童子たちの姿が見えなくなると同時に、ガゼフはその場に崩れ落ちる。別に傷が治っていないわけではない。ただ、あまりにも理解からかけ離れた事が次から次へと押し寄せたせいで、脳が悲鳴をあげていたのだ。

 精神も限界を超えており、隊員たちも同じだろう。勝利を祝う気分すら湧かず、ガゼフたちも疲労困憊の足取りで一度村に戻るのだった。




「モモンガと酒呑童子、召喚モンスターが攻撃を受け付けるタイミングで同時に攻撃できるんだと」
「まあ骨と鬼だし」
「見てみろよ、ユグドラシル歴代与ダメージトップ、個人とパーティー部門の両方で酒呑童子だって」
「まあ骨と鬼だし」
「あいつらレイドボスも一撃で倒すから、運営がキレて体力を倍にしたらしいぜ」
「まあ骨と鬼だし──ふざけんなよ骨と鬼ぃ!」

『あなたたちのせいでレイドイベントが進まないんですけど』
「知らんがな」


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