ヒーローと魔法少女、或いは心理学カンストゴリラ (就鳥 ことり)
しおりを挟む

act0:東雲万智

閲覧ありがとうございます。


茹だるような暑い、夏の日だった。

蝉の声がベルのように絶えず鳴り響き、生ぬるい風が吹く、ただのと或る夏の1日。

僕にとっては生涯忘れない、忘れたくないそんな日。

 

 

「……失礼します って、先生!!? ちょっっ何を!!?」

 

窓枠に脚をかけるその姿に僕の脳内は白くなった。考えていた台詞も、抱えていた苛立ちも、何もかもが消散し、代わりに焦りが募る。

そんな僕のことなんか露知らず、僕の姿を捉えた彼女は、嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

「あっ晴臣。よく来たね。来て貰って早速悪いんだけれど。散歩に出たくてね、付き合ってよ」

 

「えっあっ、はい……じゃなくて!! 普通に出ましょっ」

 

「それじゃ、下で待ってるよ」

 

「せんせっ待って!! 此処2階っ!!!」

 

「ははは、また後でね」

 

「待っ」

 

僕の言葉が聞こえていないかのように(たぶん正しくは聞こうとしてない)、彼女は窓の向こうへと消えていった。

 

木の葉が激しく擦れる音がしたのち、ドスンという着地音が響く。

 

 

「先生ぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

 

誰も居なくなった病室に僕の悲痛な叫び声が木霊する。風に吹かれて膨らむカーテンだけが、僕を慰めるように揺られていた。

もうやだあの人嫌い……嘘、好きだけど……なんというかやだ。

 

先生……僕がそう慕う彼女は奇想天外とか自由奔放という言葉が良く似合う。今もこうして先生は病室の2階からするりと跳び去ってしまった。重病患者のすることじゃない。

 

先生はいつもそうだ。

 

先生はそこそこ名の知れたカウンセラーをしていて、僕はその助手というか一番弟子。まだまた未熟だから一応事務員として雇って貰っている。

 

大学の非常勤講師や本の出版、最近だと不登校の生徒を抱えた親や教師に向けたガイダンスでの講師役など、仕事も順調。

 

この前は僕の弟子入り記念日にちょっと高いお肉を食べさせてくれた。

 

 

それなのにだ。

 

 

唐突に突き付けられた解雇通知。

それはもう何重にもかけられた言葉の優しいクッションに包まれていたのだけど。それらを全て取り去ってみれば、なんてことない。事実上の解雇のお知らせだった。

いくら心理学カンスト間近の先生だとしても、長年傍にいればわかる。

丸め込まれてなんてやらないぞ、先生。

 

そして、納得なんてできない。

 

のらりくらりと躱す先生に根性で2ヶ月間詰め寄って(小細工は嘘発見器の先生に通じない)、やっと真実を知ったのが1週間前。

 

先生は余命3ヶ月を宣告された、末期癌の患者だった。

 

先生の計らいにより紹介された次の師匠への挨拶や、先生の事務所の整理等で遅くなったが。

 

今日は先生に直接会いにいく。

 

一番弟子の立場を乱用して恥を捨てて甘ったれる所存。まずはよく伸びる先生のほっぺたを抓って。それから僕の煮えたぎる胸の内を投げ付けて、先生に訂正させてやるのだ。そう息巻いて俺は病室をノックした。

 

なのに。先生ときたら、ベットから跳び降りるような気軽さで2階の窓から飛びだしたのだ。

勿論こんなことは初めてではないが、何度見ようが心臓に悪いことには変わらない。

こんなのに慣れてたまるか。

 

軽くパニックに陥った僕は、胸に渦巻いていた不満を忘れ、気付けば半泣きでナースコールを押していた。

 

 

 

**

 

 

 

 

「君は相変わらず大袈裟だなぁ」

 

医者と看護師に叱られた後だと言うのに先生はほけほけと笑う。

 

先生が余命を告げられたのはもう4ヶ月前。普通はあんなふうに動けるわけがないのだが、残り僅かな時間をあぁやって出来るだけ伸び伸び生きて欲しい。そんな願いから、ちょっとしたことは大目に見ているのだと、恥ずかしそうに医者達が言っていた。

 

先生の事だ、どうせまた人たらしを発揮したのだろう。あの人は流石というか、人の欲しい言葉を当てるのが本当に上手い。

 

 

「あーあー、よしよし。ほら鼻かんで、ちーん」

 

ひと騒ぎが落ち着いたかと思ったら、先生の方から「黙っていてごめんね」と切り出されたのだ。

あまりに素直に謝られたもんだから、色んなものが涙と一緒に湧き上がってきて、遠慮せず思う存分喚き散らした。うるさい、俺は今幼女なんだ!! 幼女は国宝!!全てが許される。

その全てに相槌を打って、先生は受け止めてくれたから俺は満足した。先生のチョロ助だなぁという呟きは聞こえないったら聞こえない。

ところで、晴臣。今何徹目?という問いには指を3本立てて返事した。この前まで、先生に対してぶうたれてたせいで書類溜まっていたとか絶対に言わない。

 

 

「さて、落ち着いたかい?」

 

「ばぃ……」

 

ずびっと鼻を啜る。

 

「それで? 金城先生はどうだった? 会って来たんでしょう?」

 

「はい。先生の師匠だったんですよね。とっても良い方でしたし、先生が紹介してくれた方なら僕はそこで頑張ります」

 

「そっか」

 

僕の返答に先生は安心したように、ほにゃっと相好を崩した。「本当は私が最後まで見てやりたかったんだけどね〜」ぐりぐりわしゃわしゃと僕の頭を掻き回す。乱雑なのに優しく暖かい先生の手にどうしようもなくまた泣きそうになる。

 

「泣き虫だねぇ。慣れない徹夜なんかするから、心と体のバランスが崩れるんだよ。暫くしたら起こしてあげるから寝てしまいなさい」

 

ほら、とベットをぽふぽふと叩いて催促する。

 

「えっ、いいですよ!! ちゃんと家で寝ますから!!」

 

先生は1度言い出したら中々曲げてくれない。僕の意思はほっといてテキパキと貰い物であろうタオルやクッションを投げ渡してきた。

 

 

「どうせ1日休みを取って来たんでしょ」

 

「そうですけど……わかりました」

 

渋々従って床に薄いクッションを敷き、うつ伏せになってベットに頭を預けた。

 

「そうだ、晴臣。君に頼みがあるんだけどいいかな?」

 

「なんですか?」

 

「そんな直ぐに死ぬつもりはないけれど、もし私が死んでしまったら。私が大切にしている円盤があるでしょう。あれ、一緒にお墓に入れて欲しい」

「円盤……? もしかしてあの女児向けアニメですか?」

 

「うん、全巻」

 

「えぇ……わ、わかりました」

 

先生はこれといった趣味は持っていないと聞いているが、このプリキュアの一作品目に関しては隠さずオタクをしている。勿論他のプリキュアシリーズも好きだが、初代は原点にして頂点、特別なんだと。

なんでも先生の原点でもあるそうだ。昔、話してくれたのを覚えている。

 

 

プリキュアと出会った頃先生は丁度小学生になった年で、どハマりしたその頃の先生の将来の夢はプリキュア一択だったそうだ。

でもそれはフィクションで、中学生になったとしてもプリキュアにはなれないのだと時を過ごすうちに悟った。

 

それならば。

 

それなら、プリキュアに近い何かになりたい。そう思ったそうだ。

 

先生は考えた。

 

プリキュアの見所はなんと行っても、美少女2人によるアクションと絆、勧善懲悪だ。

 

しかし、現実はプリキュアみたいな強い力を身に付けることはできない。あんなふうに殴り飛ばすべき巨大な悪もいない。憧れから少し格闘技をかじってきたが、ならば戦うことにこだわる必要は無いのかもしれない。

 

プリキュアは言葉で、苦しみに捕らわれた友達を、闇に捕らわれた大人を、本当の意味で救っている。

 

言葉なら、自分にもかけられる。あの世界と同じように、悩み苦しんだり、道を踏み外そうとしてる人なら、沢山いるんじゃないか。

 

 

その瞬間先生はこの道に進むことを決め……「晴臣」

 

「……何か余計なことを考えているね? いいから寝なさい。君は心配性なんだから……大丈夫、怖くない。起こす約束をしたからね、君が寝ている間に居なくなったりしないよ」

 

「やくそく……」

 

「あぁ、約束だよ。安心しておやすみ」

 

瞼に被された、温くて、優しい手に。僕の意識は闇に溶けて無くなった。

 

 

結論から言うと先生は約束を守ってくれた。起こしてくれたし、変わらず楽しそうに笑っていた。

 

ただ、起こしてくれたのは面会時間ギリギリの17時半少し前で。睨むように先生を見れば肩を震わせていた。「何時に起こすとは決めてなかったからね」そう笑っていた。

 

 

 

ただ、「暫くは死ぬつもりはない」と言っていたのに。

 

その3日後、先生は覚めない眠りに着いた。

 

 

ただ眠っているようにしか見えない先生は、呼びかければ目を開けて「騙されたね」と笑ってくれそうだった。

 

それでも手に触れた時、冷たく固まった手がそれを否定した。あの優しくてあったかい手は何処にも無かった。

 

 

 

こうなるのなら、あの時

 

 

 

「次に僕が来るまで死なないで」

 

 

 

そう約束しておけば、良かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

親愛なる貍塚晴臣様

 

先に言っておくけれど、あまり長くは書かないから期待しないように。知っての通り、こういったものは不得手なんだ、ごめんね。

 

君は今頃泣いているだろうか。いや、君は泣き虫だからね、きっと鼻水垂らして泣いてるだろうな。まずは鼻をかんで、ハンカチを用意して。或いはちゃんと読んでから泣いて欲しい。水性のペンでかいているからね、インクが滲んで君の大好きな師匠からの最後の言葉が読めなくなるよ。

 

君は私の自慢の弟子だ。物覚えが悪くて、ドジで、気が弱くて。だけれど、人一倍努力家で勤勉、誰より優しくて、私によく似て世話好きのお人好し。

 

私の生涯唯一の愛弟子。君はきっと沢山の心を救える素晴らしいカウンセラーになれる。私が蓄えてきたものを全て君にあげよう。

 

私の仕事机の引き出しには仕掛けがあってね、奥の板に摘みがあるんだ。それをちょいと捻ると小さな引き出しが開く。その中に金庫の鍵がある。君も知っているあの金庫だ。中には私の昔のノートやファイルが全て眠っている。きっと君の役にも立つはずさ。

 

学びに終わりは無い。学ぶことを止めるな、奢らず勤勉であれ。死ぬ程勉強するといいよ。大丈夫、死なないから。それを怠らないことが成長への近道だ。

 

 

それから、死をどうか嘆かないで欲しい。

 

君が私を心に置いてくれる限り私が死ぬことは無い。

 

『人は記憶の中では死なない』んだよ、晴臣。

 

どうしても会いたくなったら、私に殴られないような人生を送ったかどうか考えてから、胸を張って会いにおいで。

 

それまで少しだけお別れだ。

 

 

ちゃんと食べて寝て、死ぬ程勉強して。

 

それからちゃんと幸せになるんだよ。

 

 

 

君の大好きな先生______東雲万智

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第1部 1章 魔法☆幼女爆誕
act1:リスタート


私は死んだ。それは間違いない事実だ。

東雲万智は8月13日、お見舞いで頂いた花に水をやっている最中にぽっくり死んだ。のだが。

 

 

『こちらの都合である世界から1個体の魂を攫ったのだが、その空きを埋めるため急遽死にかけていた君の身体から魂を抜かせて貰った。さぞ沢山の者を良い方へ導いて来たのだろう。稀に見る形状をしておる。この魂を死なせるにはもったいないと思い勝手ながら、転生させることにした。

まぁ、延長戦だと思って楽しんでくれ』

 

 

だそうだ。

私よりも位が高い何かの意思により、どうやら私は死ぬことが許されなかったらしい。あれが俗に言う『神様』なんだろうか。まぁ何にせよ、私に抗う術は用意されていなかった。弟子を見守ることが出来ないことが残念だ。

 

暗い意識が弾き出されるように目を覚ますと、桜色の髪の女人に抱かれていた。もしかせずとも今世の母親だろう。

 

誰かの変わりとして産み落とされた先は陽向家、花屋の長女として新しい身体を得た。母親の桜色の髪に度肝を抜いたが、ニュースを見る限りここは変わらず『日本』一応日本ではあるらしい。

お人好しだが芯がハッキリとしている強い母と、他人に甘く自分に厳しい努力家で負けず嫌いな父。

私の両親は実に良い人達だった。

 

始めは慣れない赤子の世話にてんやわんやだった2人だが。何処で練習してきたのかみるみるうちに改善されてゆき、実に快適な赤子ライフだった。

喋れないなりにオムツか空腹でしか泣かず……と簡略化し、夜泣きに関しては一切せずと、2人の努力に報いようと私も頑張った。

 

 

「はなちゃーん」

 

「はーいっ」

 

おや、お母さんがお呼びだ……そういや今日はお祖母さまのビニールハウスに連れて行ってくれると言っていたな。現在、私は3歳。可愛い盛りの誰もが羨む幼女だ。

 

母の元へ駆け寄ると、後ろから伸びてきた腕が私の体をすくい上げた。お父さんは最近、肩車がブームのようで、隙あらば肩に乗せようとしてくるのだ。

特に抵抗する理由もないので、きゃっきゃと笑っておく。子供が親の笑顔に安心するように、子供の笑い声というのは親の安心感にも繋がるのた。

 

この通り両親との関係も良好、とても可愛がって頂いている。勿論、将来の夢はお花屋さんだ。

 

「おとうさん、おしごとおつかれさまでーす」

 

短くカットされた父の金髪をジョリジョリ撫で回し、疲れを労る。

「花恵、そのジョリジョリ好きかぁ?」

「すき~っ」

なぜか病みつきになる魔性の手触りだ。

それにしたって、純血日本人の地毛が金髪だとか前世では考えられなかった_もっとも、それを言うなら母の桜色なんて考えられないどころの騒ぎではないが_。

 

髪色だけでない。この世界と前世は少し人間の仕様が違うらしい。数十年前から『個性』と呼ばれる特異体質を持つ人間が現れ始め、現在世界人口の実に八割が何らかの特異体質を持つ時代なんだそうだ。髪色も個性の影響だと予想されている。

 

とある災害でのニュース中継で知ったのだが、その特異体質から前世では夢物語だった、『ヒーロー』という職業があるらしい。うちの花屋が店を構えているのも、有名ヒーロー事務所のある通りなんだそうだ。名前は忘れた。

 

両親にも例に漏れず個性があり、母は植物限定で『遺伝子操作』父は両手から太陽光を生み出せる『太陽光人間』。

個性はほぼ遺伝によって決まる、私も2人のどちらかに似た個性になるだろう。そしたら2人の手伝いをさせてもらえるかもしれない。今から個性の発現が楽しみだ。

 

 

 

 

と、思っていたのだが。

 

 

 

「んー……君のような個性は見たのは始めてだ。召喚獣系統のものだと思うですが。現段階ではその獣の特性等は特定しかねるので、経過を見ていきましょう」

 

「あら、まぁ」

 

医者の診断を受け、母は驚いたように、私に抱かれた白いモフモフを見やった。

 

「みゅー?」

 

当の本人は不思議そうに小首を傾げ、母や医師からの視線をものともせず私に擦り寄る。

このマイペースなやつが私の個性だそうだ。遺伝子どうした。

 

 

事が発覚したのは3歳になった年のクリスマスの朝のことだ。

 

布団をのければ枕元の確認をする前に目に入った、ふっくらお腹の上で丸まる真っ白な毛玉。円な黒いお目目と目が合う。

 

クリスマスの朝。見ならぬモノ。私の布団。この状況下で想像できるのは1つ。

もしかしなくてもクリスマスプレゼントだ。

ならば

 

「わぁーっすごぉーい!!可愛い!!」

 

娘の役目を全うするべく、毛玉を抱き上げてぴょんぴょんくるくると跳ね回って全力で喜びを表現する。

 

私は幼女、国宝だ。ふっくらした体型に、もちもちちぎりパンの四肢、ぷにぷにほっぺた、ふにゃふにゃの笑顔。私は今、何をしても可愛い最強の生き物、人生のピーク。幼女!!

故に、この行動に恥じるものはない!!!!

 

向こうで構えられているビデオカメラに向かって、幼女スマイル~もふもふキュートな動物を添えて~をキメる。それくらいのサービスはしなくては。

 

中身が三十路、それも今世の両親から見たら他人に育てられた他人の魂だと知ったらどう思うだろうか。

……無論、態々カミングアウトするつもりは微塵もないが、せめてもの罪滅ぼしに私は全力で無邪気でキュートな娘を演じている。

 

「おかーさん、おとーさん見てぇ~っ!!サンタさん来たよぉ!!」

 

真っ白毛玉を見せるため、とてとてビデオカメラへと駆け寄る。

しかしながら、この動物は何という動物なんだろうか。狐と狼とモルモットを足して割ったような顔立ちと足先、尻尾。そして兎のような体。耳や手足、尻尾の毛先が桃色がかった灰。なんというか、とてもファンタジー。

この世界特有の生き物だろうか。

 

「おとーさん、このこはだぁれ?」

 

ビデオカメラを、構えるお父さんの方へ尋ねる。が、動揺を映すその顔をみて瞬時に悟った。あ、これちゃう。チラッと振り向くと別の小包を見つけて、あ~っ枕元ォ……。と反省した。

一方で動揺から喜色へと変わっていく父の表情に違和感を覚える。

 

「さゆっ、さ、咲百合っこれって……!!」

 

感極まった様子の父を見て、母は嬉しそうに頷いた。どうやら、2人は何かしらを共有した模様。私にはさっぱりだ。大人に置いていかれて私の頭に?が乱立する。

さて、こんな時には小首を傾げて必殺、『ぼくにも教えてほしいな』!!!!! 両親よ、私にも分からせてほしい。

 

そんな私の様子に気づいた母は、幸せそうに私を抱きしめた。

 

「おめでとう、花恵!!その子はあなたの個性よ!!」

 

 

これが個性発現発覚の一部始終。

因みに本当のプレゼントの中身は幼女向け番組『プリマジ』の玩具だった。喜んで変身ごっこをした。

 

 

そんなこんなで。年末の休診前に滑りこんだのだが……

 

「この下の階、3階が個性検診、育成ルームになっていますので、後日そこでお子さんの個性を見て行きましょう。正月明けから1週間に1度は来てください」

 

私のもふもふ生物は、専門家も首を傾ける謎個性だった。

お前はなんなんだろうねぇ?モフ太郎?

 

 

「みゅーっ!! もきゅぴっ、みゅみゅーっ!!」

 

んーっごめんね。何言ってるかさっぱりだよ。

しかし、宿主すら意志がわからないとは難儀だな。

 

 

 

 

 

**

 

 

 

 

「みきゅきゅ! きゅぅっきゅっ、みゅーっみゅみゅーみゅ!!」

 

「うるちゃい……」

 

「もきゅぴっ!!?」

 

防犯ブザーのようにうるさく執拗い、頭に響く鳴き声に思わず手に握っていたクッションを投げ付ける。

幼女の微睡みを邪魔するとは、万死。もう少しで……なんだったかな。何の夢を見ていたか忘れたが、今いいところだったというのに……

 

「もきゅっ、みゅきゅぅぅ……」

 

か弱い、不服そうな声を最後に、謎生物は大人しくなった。私の個性、即ち私と一心同体の癖になぜ奴は眠くないのだ。なぜ、あんなに元気なんだ。

 

 

「はな〜……そろそろプリマジの時間だけれど起きれる? 録画しようか?」

 

「おきます……」

 

母の呼びかけに、むくりと身体を起こす。小さな手で目を擦り、意識の覚醒を図る。……駄目だ、眠い。ふっと力を抜いて布団に再び沈んだ。ぽふっ。あーんお布団が私を甘やかしてくるぅ~。

 

前世は3徹くらいなら屁でもなかったのだが、現在は8時間睡眠にプラスで3時間のお昼寝が活動の最低ライン。

昨日は1日遅れの個性発現祝いを行い、一個前のプリマジの映画のDVDをレンタルして視聴した。

そのため寝る時間が1時間ほどずれ込んだのだが……その結果がこの有様である。死ぬほど眠い。

 

 

「はなちゃん、無理しなくていいのよ。ママが録画しておくから」

 

「おきます」

 

母に引っ張り上げてもらい、洗面台に向かう。

プリマジ__プリティマジックの略だ__とは、女の子なら誰でも通る、幼児向け大人気変身ヒロインアニメシリーズだ。ちなみに今年で3作目と、前世のものと比べるとまだまだ歴史が浅い。

実はこの番組を認知してからというもの、やむを得ない事情(幼稚園の行事等)がない限りは、1度もリアタイ視聴をかかしていない。

 

何を隠そう、前世から変身ヒロインは大好きだ。

最推し初代に至っては全話脳内再生できるくらいに。

 

 

おもちゃ箱からプリマジの変身1式を引っ張り出して(これは、ちょっとした両親への家族サービスの一環だが)、テレビの前に座って待機する。

前世からの私の最推しである初代や、推しの魔法使いには及ばないが、こちらの世界のも中々にいい。

 

 

「「ジュエルセット、トランスレーション!!」」

 

キュピルーン。音質の悪い効果音が手元で鳴る。テレビの中のヒロインと同じように、コンパクト片手にぽふぽふ。

 

「「大きなリボンは可愛いの必需品!!プリティリボン!」」

 

「「エレガントなフリルは乙女の装備品!!プリティフリル!」」

 

「「「可愛いは女の子を強くする魔法、あなたの可愛くないトゲトゲハートもまぁるく可愛くしてあげる!!」」」

 

 

このとおり、口上も完璧だ。

こうしていると彼女達に憧れた昔を思い出す。

 

初めて出会った時、画面の向こうの世界の輝きに胸が高鳴ったのを覚えている。勿論、その輝きはずっと……いつだって、何十年経っても変わらない。褪せることなく、今このときだって

 

「カッコ悪くない‼ 大切な人を想って頑張ったはるちゃんがダサイ訳がない‼」

 

誰かを想って、戦うキラキラと輝く私の憧れ(ヒーロー)

 

「はるちゃんは最高に可愛い女の子よ‼ せっかく喜んで貰おうとはるちゃんが用意したのに。それを台無しにして嘲笑うなんて許せない‼」

 

いつも誰かのために一生懸命、自分を愛し他人を愛し、どんな壁も友を信じ、自分を信じ、乗り越えてゆく……そんな強くてカッコイイ女の子になりたかった。

 

「愛を忘れたその不細工な心‼」

 

「眠っている可愛い気持ち、私達が叩き起こしてあげる‼」

 

誰かの心を守れる存在になりたかった。

彼女達のようになりたくて、少しでも近付きたくてカウンセラーを目指した。

 

心を聞いて、触れて……初めて人が笑顔を取り戻した時の高揚を覚えている。

沢山の笑顔を、キラキラとした輝きが灯る瞬間を覚えている。

 

「「プリティーマジック‼ ラブハート……デコレーション‼‼」」

 

 

私は死んだ、東雲万智の人生は終わった。

ここにいるのは誰かの代わりで、東雲万智ではない。

それは覆しようのない事実だ。

けれど。

 

『先生は光みたいな人ですね』

『……これまた唐突だね』

『皆、大きな光の先生からみんな光を灯してもらって、自分の光を思い出しているみたいに見えます』

『大袈裟だなぁ……皆自分で見つけてるんだよ。私はそれをちょっと手伝ってるだけ。そんな大層なことはしてないし、出来ないよ』

『そんなことないです‼だって、先生は__』

 

 

「「可愛くなぁーれ‼」」

 

 

『__少なくとも僕にとっては光なんですから』

 

 

私は生きなくてはいけない、東雲万智は死んだけれど。この生が誰かの代わりであり私のものでは無いとしても。

私という魂が生きている限りは、私を慕ってくれた愛弟子に、憧れに、本来ここで生きているはずだった誰かに、恥じない生き方をするべきだ。

 

 

「はなちゃんは、プリマジみたいなヒーローになりたい?」

 

「なりたい‼ でも、わたしはね、まずはおかーさんとおとーさんのプリマジになるから、おはなやさんになるの。もう少し大きくなったらいっぱいお手伝いして、ふたりをたすけるからね‼」

 

将来の夢は、花屋。両親の立ち上げたフラワーショップを継ぎ栄えさせるのは、きっと一番の親孝行だ。私を育ててくれる2人への恩返しだ、これは生まれてからずっと決めていた。

 

そして、こちらでも資格を取って、無償のカウンセリング室も運営しよう。こっちは趣味でいい。思い詰めた人の顔はよく知っている、見つけるのは得意だ。世間話に交えて精神分析を振るのも得意だ(明らかな危険信号以外、そんないきなり振ったりしないが)。人通りの多いこの場所なら、悩み苦しむ人が多く訪れるかもしれない。

 

上手くいくかはわからない。でもやってみなくては何も始まらない。

 

 

勤勉であれ、学習に貪欲であれ。

憧れに近付くために。なりたい自分になるために。

まずは更なる心理への学びと、この世界での心理学も知らなくてはならない、それと新しい力の把握。

まだ3歳。大人になるまでに沢山知るべきことが山盛りだ。




『僕にとって、先生は僕の光なんです!』

『……まぁ、そう言われて悪い気はしないね』


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

act2:緑谷引子

緑谷家親戚を捏造しております。


「あけましておめでとうございます!! ひぃおばあちゃま」

 

「みゅーっ!!」

 

年末年始の里帰り。

母方の曾祖母、祖父母が暮らす檀操(だんそう)家にて親戚の大宴会。昨日の年越しに引き続き、今日はこの後お正月人生ゲーム大会が開催されるらしい。母の従兄弟達までが揃っている。

 

 

「あけましておめでとう、花恵。白いキツネさんも」

 

「朝ごはんができたの。ひいおばあちゃま、たべれますか?」

 

「ありがとう、頂こうかね」

 

 

曾祖母の寝室にお膳を運び、そこでちょっとだけ一緒に頂いて、少し残ったお膳を台所へと持ち返った。

 

「はなちゃん、おてつだいありがとうね」

「どういたしまして!!」

 

どんちゃんせずに早々におやすみした私と祖父母達は、起きない酔っ払い2度寝の大人達を放ってお雑煮を頂く。

 

「おばぁちゃん、わたしあんこがいいです」

 

「はいよ」

 

「はな、どうだ。じいじの取っておき、のり醤油餅もやろう」

 

「わーい……わっ。ふみおばあちゃん、ずんだ餅もあるの? たべたいです!!」

 

「喉に詰まらないように、ちゃんと噛むんだよ」

 

私が初曾孫、初孫なのもあり、とても可愛いがって頂いている。史子さんは祖父の妹に当たる人とで血は繋がってないが、彼女もこうして可愛いがってくれる。

この家の2人目となる曾孫、史子さんにとっての初孫はまだお腹の中なので、もうしばらくは私がこの家のアイドルだ。

 

 

「その犬っころも食べるのか?」

 

「うん、たべるよ!!」

 

 

本当に、なんでも食べる。人間である私の1部なのだと考えれば当然なのだが。カツ丼をもりもり食べる姿には正直びっくりした。お前さんスプーン使えるんか器用だな?

 

ケモ助は消したり出したり出来ず、常にふよふよ周囲に漂い続ける上、私のカロリーを消費して動いているらしい。幼女には耐えられず、1度ぶっ倒れてから私のおやつは豪華になった。1日6食だ。どすこい。

 

そして発覚して以来はケモ自身でもカロリー摂取して貰っている。

 

 

「おはようございます、遅くなりました」

 

「おはよう引子ちゃん」

 

「おはよう引子、お雑煮食べる?」

 

「食べる」

 

 

緑谷引子さん。史子さんの娘で、母の従姉妹に当たる。膨らんだお腹の中には噂の初孫くんが育っていて、予定日は3月だそうだ。

 

 

「引子しゃん、あけましておめでとうございます」

 

「明けましておめでとう、花恵ちゃん」

 

「あかちゃんも、おめでとう」

 

「ふふっ、ありがとう」

 

 

ふにゃっと微笑む笑顔に安堵した。うんうん、いい笑顔だ。少し前まで見せてた陰りはなりを潜めている。

 

実は引子さんには私と同い年の子がいる筈だった。彼女は母が懐妊する少し前に流産しており、無事に産まれた私を可愛がる一方で、流産してしまった自責に押し潰されそうになっている様子が見られた。

 

 

優しくて愛情深い、そして責任感の強さにより自分ばかりを責めてしまう不器用な人。

こういったケースだと、彼女には旦那さんや近しい人は勿論、他人からの優しい言葉掛けがあまり良く作用しないことが多い。どうやら引子さんもそのタイプだったらしく、「気にするな、あなたは悪くない(意訳)」と言われてもかえって負担になっている様子が伺えた。

 

この場合は自分で納得するまではいかずとも、折り合いを付け自分自身が自分を許す必要がある。

そして、それを補助するのには、たまた無知で他意の存在し得ない、幼児(わたし)のような存在からの肯定が存外覿面(てきめん)だったりするのだ。

 

 

とは言え流石に一歳半で精神分析を振る訳にも行かないので。遠回りになるが、ゆっくり少しづつ一緒に立ち上がっていこう……という方針を定め、私による乳幼女セラピーが始まったのだ。

とにかく安らいで癒されてもらうところから始まり、ちょっとづつ触れ合いの時間を増やし、偶に預かって貰った時には、辛くて泣きそうな引子さんを「よしよし、引子さん頑張ったねぇ」とちぎりパンの腕ともちもちな手をフル活用した撫で撫でコースを行い泣かせたりした。

 

 

その工程を繰り返すうちに、彼女は独り言のように心の内を零すようになった。

その度によしよしして泣かせ、少しづつ心に出来た塊を溶かして。

やがてそれが減り、引子さんは少しづつ私を見る目から影が消えていった。

 

 

「……はなちゃん、本当ありがとうね」

 

2年かけてゆっくり立ち上がった彼女は、前と比べて随分と逞しくなったように見える。

 

 

「んー?? なにが?」

 

「内緒。なんでもないよ~」

 

「え~っ!! 変なの~」

 

 

しかし私は中身がどんだけおばさんでも見た目は幼女。幼児とは記憶があまり持たないものだ。だから、私は泣いて泣いて強くなった彼女を知らない。

というより、そういうことにした方がいいとは思うのだが、『よしよし』が元気の出るおまじないだと言って、時偶に要求されることがあるので何とも言えない。まぁ、お望みとあらばいくらでも撫でるけど。それで元気が出るというのなら一向に構わん。

 

 

「そうだ、はなちゃん。その子には名前付けないの?」

 

「お名前かぁ。んー……お名前付けようとしたことはあります。でも、わたしの考えたお名前はぜんぜん気に入ってもらえなくて……」

 

眉を下げてしゅんと俯く。

……嘘はついてない。脚色を重ねがけしてるだけで。

 

そりゃまぁ、最初は考えた。

しかし、悩めば悩む程何が良いか分からなくなってきて、結果投げやりに「モフ太郎」と命名したところ案の定頂いた不服そうな反応にもう考えることをやめた。今はその時の気分で適当に呼んでいる。

 

「でも。やっぱりお名前は欲しいのかな」

 

 

そうこぼした瞬間餅を食べていたはずのケモが目を輝かせて飛んで来る。あ。やべっ聞こえてた。

 

「みゅややっ!! みきゅーっむきゅっ、 きゅー!!」

 

「……日本語でどうぞ?」

 

うーん、わからん。なんで君は私の話を理解出来るのに、私は聞き取れないんだろうね? まぁ、名前を欲する熱意は伝わった。

 

「ふふっ、名前を欲しがってるように見えるよ?」

 

「もきゅっ!!」

 

肯定すふように高く泣いて私に擦り寄る。

名前、名前、なぁ……やっぱりモフ太郎でよくない?

 

「もきゅっぴ!!」

 

あ、やっぱりダメ?

抗議するように尻尾をぴんと立て、私を叩く。ペちペち。

はいはい。気が向いたらまた考えてあげるから、落ち着こうね~?

 

「名前といえば赤ちゃんのお名前はきまったんですか?」

 

 

これ以上はこの毛玉が面倒なので、話題のスライドを試みる。するとこの話が終わることを察したらしく、哀愁漂わせてお餅の元へと帰っていった。聞き分けのいい子だ。

祖父が慰めながらさらなる餅を勧める……そのお酒を勧めるようなノリで餅をお皿に乗せるのなんなの。

うっ、急に生前愛していた日本酒が恋しくなってきた。お酒は20歳になってから!! 先生〜精神年齢20歳どころか三十路なんですが、成人ってことでいいですか〜? いいって言えよな?? 残念ながら御歳3歳の肝臓さまがアルコールは解釈違いの地雷だと喚くので黙る。生きるって決意してそうそう死ぬ訳にはいけない。くっ……!! 待ってろ成人したら必ず直ぐに迎えに行くからな!!!!

 

思いっきり思考が逸れた。

 

 

「あのね、はなちゃん。その事でお願いがあるんだけれど……」

 

 

 

 

 

**

 

 

 

 

 

『公園かぁ、子供っていいですよねぇ』

 

『……ブランコに乗りたいなら背を押してあげるよ。あの子らはたまに戦闘中ごっこをする仲だ、交渉して来ようか?』

 

『不要です…… って、いやそうじゃなくって!!……何してるんですか先生仕事は!!?』

 

『勿論休日の話だよ。ちなみに私はシノビ役ね。ゲームマスター兼レフリーは高島くんがしてくれるよ、ほらスーパー付近にある交番の』

 

『本当に先生何してるんですか、休日のお巡りさんまで巻き込んで……僕がいいなあってのは子供や家庭を持つ事です』

 

『わかってるよ。私は晴臣に結婚願望があって安心したよ』

 

『もう……そりゃぁ僕だって可愛い奥さんと子供がいたらなぁとか妄想したりしますよ』

 

『へぇ……どんな?』

 

『嫌ですよ、先生揶揄うでしょ〜!!』

 

『ははは、否定はしない。それで、息子と娘ならどっちがいいとかあったりするの?』

 

『……生まれてきてくれたらもうそれだけでいいですよどちらでも……あっやだ、お嫁に行かないで!! パパはまだソイツを認めてないから!!!!』

 

『こらこら戻っておいで、電柱にぶつかるぞ……言わんこっちゃない。気が早いにほどがあるよ、晴臣。大丈夫?』

 

『アイタタタ……すみません大丈夫です。でもそうだなぁ、名付け親は先生にお願いしたいなぁ。ね、先生!!』

 

『……まずは彼女を作ってこい、話はそれからだよ』

 

『へへっ。1番は僕ですからね、約束ですよ』

 

 

 

ハッ!!……罪悪感からだろうか、走馬灯が見えてしまった。

まぁ、なんだ。

 

 

「けんしん……健信。正直と信じることは人の美徳かぁ。そして何より健やかに……うん、すごく素敵。ありがとうはなちゃん」

 

 

……晴臣の子より先に名付け親になってしまった。

 

いや、普通3歳児に名付け親なんて頼まない。

話を聞いた時は正直(なんて?????)と固まったよね。

勿論私は「いやアカンやろ……」と思い、丁重に退いた。だって名前って1番最初の両親からのプレゼントでしょ? 3歳児には荷が重すぎやしないか??

 

しかしながら、「はなちゃんは覚えてないかもしれないけれど。今この子が私のお腹に居るのは、はなちゃんのおかげなんだ。久おじちゃんもはなちゃんにって言ってるんだけれど……だめかなぁ」そう言われてしまったら、幼女のボキャブラリーでは断れなかった。私悪くない、許せ愛弟子。

 

 

私だけでなく、ケモ助までなぜだか名前決めに食い付き、異様に意欲的に参加してくれた。なぜ君が私よりノリノリなんだ……

幼女が漢字を使いこなす訳にはいかず、漢字辞典広げてさも今調べながら決めました風を装い、さらにはそれとなく引子さんの希望を伺いつつ……頑張った。とにかく私は頑張った。

 

まだ見ぬ緑谷Jrよ、君の名前は健信になったぞ。

君のママも甚く気に入っていたようだから許して欲しい。

 

 

「くぁ……いんこさん、わたしおひるねだから……」

 

「あら、もうそんな時間……長い間考えてくれてありがとう。おばちゃんが連れてくからおいで」

 

 

一件落着と一安心したのとお昼寝の時間が近かったのもあり、ふと襲ってくる眠気にまけて大人しく引子さんにしがみついた。

 

 

そこから先は闇の中だ。目が覚めたらお布団でタオルケットしゃぶってた。

 

「もきゅぴっ!!」

 

 

おはよう。と挨拶してくれたのだろう。ぷにっと私の頬に肉球を押し当てる。うむ、これはなかなかに……

 

 

「あぁ。おはよう、___イズク」

 

 

そう名前を呼べば嬉しそうに尾を揺らす。

 

「君は本当にイズクって名前で良かったの? 亡くなった子の名前を無理に背負わなくたっていいんだよ」

 

 

イズク。基、出久とは引子さんの流産した子の名前だ。

 

 

私が引子さんに「わたしがいんこさんの赤ちゃんのお名前考えるから、いんこさんはわたしのケモケモにお名前考えてね!! お名前のこうかんこ!!」と子供っぽさ演出のために提案して、了承を頂けたところまでは良かった。

 

「イズク。私のもう1人の息子の名前を貰ってくれるかな。生きていたらはなちゃんと同い年でね、きっとその子とはなちゃんみたいに仲良しで一緒に大きくなってくれた筈なの。だから、その子に託しても……その子と一緒に先の未来に連れて行って貰ってもいい?」

 

どこか縋るように私を見つめる。明らかに3歳児に向けるには異質過ぎる視線だ。言葉の内容もそうだけど。彼女は何処か私に神的何かを見ているように見えた。やり過ぎちゃったか……まいったなぁ。と反省しつつ全力で幼女を演じた。わたしむずかしいお話わからない!!!!

 

「んー??? いんこさんのお話むずかしい……あっでもね! お名前もらうのはケモケモだからこの子が気に入ったなら、なんでもだいじょうぶです!!」

 

どうする〜?ってケモ助を見やったら、なんとも言えない、けれども大真面目そうな顔をして声高らかに鳴いて、引子さんをヨシヨシしてたから了承したのだと思う。

たぶん知能は私と同じだから、引子さんの話をモフ太郎は理解してる。ケモが本当にいいと思ってるなら言うことはない。

 

 

「もきゅぴ!!」

 

「ならいいけれど。イズク、みんなにお名前自慢しにいこうか」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

act3:魔法☆幼女

医者からの言いつけ通り定期的に個性検診に行っているものの、中々この個性の詳細は分からない。使い魔系の個性だと言うのが今のところの見解らしい。段階的に発現する子もいるらしく、ここから先があるのなら5歳までには確立するとのことだ。

 

冬休み明けから消したり出したり出来ないため、イズクと一緒に登園したところ。イズクは見事に友人達のおもちゃにされてしまった。まぁ予想はしてたけれど。活動エネルギーを共有している私達は揃って毎日ぐったりしてる。ちっちゃい子は元気でいいねぇ。疲労が酷いけれど、いいことだよ。

まあそんなこともあり、幼稚園でイズクは『どうぶつさんにやさしくしようね』というお話の題材にされた。イズクは絶対に噛まない攻撃しない優しいいい子なので、ふれあい体験も行われた。もみくちゃにされた。

 

また、疲労もそうだが、カロリー消費がやはりエグ過ぎる。間食なしにはぶっ倒れてしまうので、他の子が羨ましがらないように職員室で持参したカロリーメイトをこっそりもぐもぐしている。食費が馬鹿にならないが、こういった個性のために国からの補助金が出るので今のところは、余裕を持って過ごせている。

 

そんなこんなで、変わらず平和な日々が続いていた。

そう、超人社会のど真ん中とはいえ何かに巻き込まれたことは無かったし、初詣のおみくじでは大吉を引き当てていた。

この世界の現状を理解はしていても何処か他人事で油断していたとも言える。

 

 

「静かにしろ!!」

 

乾いた発砲音に、響く悲鳴。

2月13日の土曜日。私と母は人生初の銀行強盗に巻き込まれた。

 

この日は週1の個性検診だったのだけど、明日がバレンタインということでそれに向けて私たちはデパートに買い物に来ていた。デパ地下に潜って美味しいものを籠に入れ、私とイズクは上機嫌にるんるんと母の手を握り帰路についていた。途中、母が銀行に寄りたいと言うので着いて行ったところ、なんと間の悪いことか。

顔は隠れて無いが、黒のニット帽に黒いジャケットに拳銃。いかにも犯罪者な風貌の男が3人。今まさに店内を占拠しようとしていた所だった。

 

私達はあっという間に縛り上げられ、1部パニックを起こした客は猿轡を噛まされてしまった。私のような幼気な幼女までガムテープで手足を固く固定されてしまった。咄嗟の判断か私の腕に収まり動かなくなったイズクは、ぬいぐるみだと勘違いされたらしく、私の膝にフリーで置いてある。それが何になるのかはさておき、自由に動ける者がいるのはマイナスにはならない筈だ。うちのイズク、優秀。

 

 

彼らのうち主犯格と思わしき男は拳銃を使っているため個性は不明。

1人はじゃがりこでも爪に刺さってそうな長い爪を銀行員に突き立て現金を用意させている。

もう1人もまた、個性は不明。客の携帯、電子機器を集めている。警察、ヒーロー等への連絡をさせないためと見て間違いないだろう。

 

まぁ。その後まもなく駆けつけた警察とヒーローにより強盗達は籠城戦を強いられることになった。

店内に立てこもり、ヒーローからの呼びかけをBGMにこれからどうしたものかと3人が話し合う。

 

母は最初、焦り戸惑い恐怖に震えていた。当然だ。突然理不尽な暴力が襲って来たのだから。うちの近所はNo.2ヒーローのお膝元であり、そこらで悪事を働くような人間は早々居ない。居たとしてもたいした力のない者がほとんどで直ぐに鎮圧されてきた。日々暴れるヴィランの存在は画面越しに見ていても、実感が無かったのかもしれない。

母を落ち着かせようと、とりあえず体をくっつけ他者の体温を感じさせる。それからゆっくりとした呼吸を促して、副交感神経に働きかけた。

 

今は私の落ち着きぶりに、母もだいぶ平静を取り戻したらしくただ私を守るように身を寄せている。

 

ふと、感じた視線に顔を向ければ強盗犯と目が合う。……イヤな視線だ。不自然にならない程度にそっと視線を外して様子を伺う。……ふむ。あの主犯格、あまりこういったことに慣れてないのかもしれない。何処かグダグダとして計画性に乏しいのもそうだが、瞬きやら目の動きを見る限り相当緊張している。唇も頻繁に舐めているようだ。他2人の方がよっぽど余裕があるように見える。

 

……ん?

こちらに歩いてくるけど……これは私を見てるというか私に向かってきてないか??

 

「大人しくしてろよ」

 

「わっ」

 

「花恵!!」

 

乱暴に引っ張り上げられ、そのまま身体が宙に浮く。

母の悲痛に歪む顔に、大丈夫だと笑って大人しく抱えられた。おそらく人質にでもする腹積もりなのだろう。この主犯格はあまり肝が座ってないように見える。追い詰められたら暴走する可能性もあるけど、幼い子を殺せはしないだろう。勝ったな。

 

「待ってください!!」

 

響いた声に弾かれて後ろを振り向く。母が必死の形相で身を乗り出し倒れていた。

 

「お願いします、人質になら私が。私のことはどう傷付けても構いません!! お願いします。娘だけはどうか!!」

 

手足を縛られ不自由ながらも、縋るように這い寄り、懸命に訴える。

力強い眼差しの奥は不安と恐怖にどうしようもなく揺れているのに、どうしてこう母という生き物は強い。でも、家族を守りたいのは私も同じなんだよなぁ。今世こそはしっかり親孝行する。何もする前に親を失う訳にはいかない。

そして、私も死なない。

 

「おかあさん泣かないで。わたしだいじょうぶ」

 

母を安心させるように微笑み、強盗犯の方に顔を向けて、私がいかに都合のいい餓鬼かを売り込み、母を人質にするという選択肢をカッ消さねば。

 

「おにいさん、わたしおにいさんが『泣け』って言ったら泣いて助けてってするし、『黙れ』って言ったら一言もしゃべらないよ。こどもの方が守れなかったときに向く非難の声は大きいから、ヒーローや警察に効果はあるよ」

 

 

彼は得体の知れないモノを見るような目で私を見る。明らかに子供の言動としては気持ち悪いものだっただろう。しかし、私も背に腹は変えられない。

 

この主犯格は強制カウンセリングすれば、どうとでもなる気がしている。かなり凶悪そうな強面であるが、あまり気は強く無さそうだ。苦しそうに見えるのだ。傍に連れていかれるのが私なら、話す機会も出来るしまだなんとかなる筈だ。

 

「……わかった」

 

「へっ?」

 

てっきり上手くいったもんだと思っていた私はポイッとタイルの床に捨てられ、思わず間の抜けた声を上げる。代わりに布を引きずる音が聞こえ、顔を上げると母が腕を掴み上げられていた。なんでや工藤。

 

「どう傷付けても、いいんだな?」

 

「っ、えぇ!! だから娘は……」

 

「おかあさん!!」

 

「どうかあなたは無事で居てね、大人しくしてるのよ」

 

 

思った以上に彼は小心者だったらしい。

まじかよ。よく銀行強盗決行しようと思ったな???

アテが外れてしまい、苛立ちを誤魔化すように手をきつく握り締める。

 

母は安堵と戸惑い、不安と愛しさが混ざったようななんとも言えない表情で、でも名残惜しそうに見つめ引きずられ行ってしまった。

 

ぬいぐるみのフリをしているイズクの元までイモムシ、もしくはシャクトリムシのよな要領でニョキニョキ戻る。耳元で怒ったように小さく唸られ、小突かれた。ごめんね心配かけて。

 

ガラス窓越しに様子を伺えば、母と母にナイフを向ける強盗犯の1人が見えた。ふむ。あれは主犯格の男ではないな。やっぱり小心者は引っ込んでいるのか。まいったな……他の二人はあまり罪悪感を持っていない。それどころか、何処か楽しんでいる節を感じる。きっと、容赦なく母にナイフを突き立てることだってできるだろう。

……イヤな感じがする。

 

っ!!

不穏な波紋を感じた瞬間、鮮血が飛び散る。あの飛び散り方……嫌、そんな。でも、あの波を描くような吹き出し方するのは、動脈しか……

 

そこまで思考を進めてしまった刹那。目の前が真っ白になった。本来なら、そこで人質なのに死なせてしまっては意味がないことぐらい直ぐに思い至るのだが、思っていた以上に私にとって母の存在は大きかったらしい。

この時ばかりは思考回路がはち切れた。

 

「お母さんっ!!!!!!」

 

刹那。全身からエネルギーが吹き出した。薄紅に発光する花弁が発生し吹き荒れ、私を台風の目にするように荒々しい花吹雪が巻き起こる。

手足を拘束していたガムテープが花弁となって消し飛び、次に外と室内を隔てていた窓ガラスが花吹雪となって消散していった。それらを皮切りに直線上の障害物が次々と花弁と化して、母の元へと続く道が出来てゆく。

 

「なにが起こっていやがる!!??」

 

「何事だ!! 中で何をしているんだ!!」

 

「俺も知らねぇんだよクソが!!」

 

慌て騒がしくなる人垣に向けて、否。母の元へと向かって小さな幼女の歩みは力強く1歩、1歩と進んでゆく。

 

「みゅみゅっ!!」

 

心配そうに私の元へと飛び込んできたイズクを抱きしめたら、何故だか自然と口から音が零れた。

 

「__はーと、こねくと。るみえーる!!」

 

言霊と同時にイズクが光の粒子となり、私を覆い隠す程の竜巻にも似た花吹雪が巻き起こる。5秒程で収束し、それらが晴れるとようやっと思考が安定して我に返った。吹いていた花吹雪も止み、溢れていたエネルギーも内側に収まっているような感覚を覚える。

 

そして身を包む桜色と白を基調に差し色に黄色を使ったロリータのようなミニドレス。被っている魔法使いのような帽子には、あの兎と狼と狐の耳を大して割ったようなイズクと似た形状の獣耳が生えている。

 

 

????

 

……ナニコレ、魔法少女かな? いや少女にすらなってない幼女じゃん。成長バフはかからず四肢はもちもちのちぎりパン。どう見てもただのコスプレ幼女だ。ハロウィンかな? こんなんで戦えるの?? 殴りかかっても、むしろ殴った手が痛いみたいなことになりそうなんだけど。

前代未聞の魔法幼女に、小学生キュアパイセンもビックリだ。

 

冗談抜きになんでこうなった?? イズクは妖精さんだった??? どこの国がピンチなのかな? というかさっきの花吹雪は何?? ヤバない?? ただ分かるのは明らかにアカン。だってあれただの破壊活動。ガラスも壁も跡形もなく綺麗に無くなってしまったんだけれど。しかも、深層心理は置いとくとして、意図的に壊せた訳では無いと来た。どちらかと言うと破壊神として私がやっつけられそう。私は天性のヴィラン気質だった??? なるほどわからん。私は混乱している。

 

「え、何今の。女の子? 女の子だ!!」

 

「誰かあの子の保護に回れっ!!」

 

「リアル変身ヒロイン……? っていかんいかん。お嬢ちゃん!! 危ないから下がってなさい!!」

 

「花恵!!」

 

っ、お母さん。襲い来る混乱の中響いた母の声にハッとする。数十メートルばかり離れた先で血塗れの母を見つけた。見た目は酷いが、様子を見るに重症という訳でもなく元気そうだ。良かった……やはりあれは脅しか。いやよく考えてみずとも当たり前なんだけれど。人質が死んでは元も子もない。分かるはずだったんだけれどな。

どうしようもなく、焦った……

 

 

「おら、忘れんなよ? コッチにはまだ人質がいんだよ!! 餓鬼も来い!!」

 

 

怒声と共にナイフが再びお母さんの喉元にへ。あまり遠くて表情が伺えないが、心理学の知識がなくともわかる。先程までのアレコレで刺激してしまったようだ。

とりあえず、下手に動いてこれ以上刺激したくないので大人しく強盗の方へと駆け出した……

 

「ふぁっ!!??」

 

走りだすべく足を踏み込むと地面が抉れ、私の身体は猛スピードで前へと弾かれた。なるほど。超人的な身体能力の強化バフ……魔法少女と言うよりかはプリキュア仕様か。私のこのふにふにあんよからは想像のつかない爆速で、強盗犯との距離が縮まってゆく。

 

一方、強盗犯は爆走する幼女にギョッとして力んでしまっている様子。誤って母にナイフを当てかねない。

母が危ない。作戦を変更しよう。

速度から考えて、この身体能力の上昇ぶりなら急所攻撃ぐらいなら幼女ボディでも戦ってよさそう。20年以上昔のことだが一応護身術やら合気道はかじっている。とはいえ、脳にある知識に今世の身体がついて来るかは不安だ。

 

ナイフを蹴り飛ばせるのが最良なのだが……もっとも先程の壁のように消散してくれれば1番いいのだけどね。意図的な巻き起こし方なんて……ふむ。こうかな? 両手をペちっと合わせてナイフが消えたらいいなと念じる。するとどうだ。それは驚く程理想通りに花吹雪と化してくれた。中々に都合のいい仕様だな。さながらチュートリアルのよう。まぁ、私としては助かるんだけれど。

 

一瞬の出来事に目を瞬かせる強盗犯に考える隙を与えず、蹴り上げる。勢いを殺さず飛び上がり、躊躇することなく急所に狙いを定めた。可哀想だが、こちらも迷う暇はない。肉体強化されているとはいえ、幼女の格闘技が通じるかも不安だったからね。

 

蹴った箇所から花弁が舞い、中々にファンシーな効果音がする……男の急所から舞う花々とは中々にシュールな絵面である。

うめき声を上げて脱力する強盗犯をそのまま蹴り飛ばし、母の手をなるべく優しく引く。これで安全だ。

あとはヒーロー、警察に任せようと様子を見ると男性陣が股間を抑えて固まっていた。前世今世共に女の私には分からないが、つい庇ってしまう程痛いんだろうな。中には蹴られて失神する人間もいると聞く。

 

 

「お前ら!! 人質はその女だけじゃねぇぞ!!? いいからさっさと要求を呑め!!」

 

そう言えば荒々しいのがもう1人居たっけ。……ふむ。なるほど。これもチュートリアルかな。母の安全が確保されたためか、余裕を持った私はこの状況に少しワクワクしている。次はなんだろうね。掌に集まる熱に身を任せることにした。

 

 

「まっくらはーとにやすらぎのひかりをっ」

 

胸元でぎゅっと両手を握りしめエネルギを貯めて、弾くように開く。きゅぽんっと可愛らしい音と共に真っ白に輝くハート型のエネルギー体が現れた。そのまま身体が動くのに従って、浮かぶハートをパシッと握り、鉄砲のような形を作る。

 

「はーとふる、しょっと!!」

 

桜色の花吹雪が舞い上がり、指先からエネルギーが溢れ目の前に巨大なハートが飛び出した。

 

「ばきゅーーんっ!!!!」

 

巨大なハートは猛スピードで強盗達に放たれ、眩い光を放つ。あまりの眩しさにぎゅっと目を瞑った。なにこれ魔法少女。憧れを追体験してるようで興奮した。

 

 

「……ごめんなさいぃぃ」

「かあちゃぁぁぁん」

 

光が収まった先でわんわん泣いている強盗犯達。何事。

ふむ。私はとたたたっと駆け寄り女の子座りで泣きじゃくる強盗犯達をよしよしすることにした。もう暴れる気概も気力もないようだし、なにより私が泣かせちゃったようだからね!! 後始末しなくちゃいけない気がする。……あの光に3人は何を見たんだろうか。

 

「どうしたの、おにいさん。いたいいたいしちゃった? ごめんね、だいじょーぶ?」

 

あいあむ幼女!! 自己暗示をかけながら強盗達をナデナデ。変身の解き方よく分からんからそのままだ。

 

「がきのころをおもいだした。かあちゃんのおでんたべたい。つらいってうちにかえればよかった」

 

「ほんとはこわかった、こんなことするのこわかったぁ」

 

わんわん泣いている強盗達にうんうんそっかそっかぁと肯定を示しながら、警察やヒーローが回収しにくるまでずっとよしよししてた。

 

強盗達にばいばいってお手手振ったら唐突に変身が解けたのだが……また問題が起こった。

 

「お母さん、どうしよ」

 

花吹雪の嵐が止まらない。制御が出来ないのだ。もっかい変身する? どうしよう勝手に身体が動いてくれてたから出来たけれど、チュートリアル終わった今は何も感じない。そうこうしている間にも、私を中心に竜巻が吹き荒れさくら色に輝く花吹雪の柱が出来ている。とても、やばい。当然ものすごくエネルギーを消費するようでどんどんお腹も空いてくるし、意識が朦朧としてくる。

 

あ。だめ、ねる……

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

成長記録:幼稚園児編

母親、陽向咲百合視点の5歳までのダイジェスト記録になります。


9月10日。

私たちの愛の結晶が産声を上げた。初めて抱いた小さな体は温かく、顔を歪めて力の限り泣く子が愛おしくて早く笑う顔が見たいと思った。

 

名前を決めるのに7日もかかってしまったことをよく覚えてる。最近は生まれ持つであろう個性にあやかった名前を付けるのが流行りらしいのだけど、私はあまり好きではない。

今では珍しくもないためもう話題にすらならないけれど、平成後期に社会問題になった人名とは思えない『キラキラネーム』そのもの。個性をそのまま名前にするのは、祈りを込めるものではなく単なる識別番号を振るようで嫌なのだ。そして付けてから万が一にもその個性が発現しなかったら、子供になんて説明するのだ。

他人のはなんとも思わないけれど自分の子には付けたく無かった。そう思うのは私の母達がそういう名前を嫌う人だったからかも。

 

私の家系は遺伝子操作系の個性が宿る檀操家。家名は何代も前のご先祖様が「遺伝子操作→DNA操作→DAN操」なんて決め方をしたと聞いている。檀は当て字だとか。でもそう言う決め方の家名が、少し珍しいくらいで普通に受け入れられるような、そんな時代だったのだ。

 

私の祖母の名前は乳哺と書いて“ちほ”と読む。字面の通り哺乳類の1部遺伝子を一定の条件下で組み替えることができる。だけれど、字面が字面なだけあって散々揶揄われ、会う人会う人に同情の目を向けられてきため、祖母はそういう現代の名付けにとても批判的だ。経験者は語る。勿論祖母は独り立ちしてすぐに改名し、千歩と漢字を改めている。

 

そんな事があった祖母だから、父の名前は幸彦、叔母の名前は史子と個性に関係無く付けたし、子供の嫁や旦那ら名付け観の一致という条件を付けた。その間に生まれた私は咲百合と付けられた。意味は花が咲くような笑顔の子になって欲しい。百合のような、百合が似合う女性に……ということだった。願いの通りに私が育ったかは怪しいところだけれど、私はこの名前が好きだ。

 

一方私の夫は陽向太陽という個性をまんま反映されたような名前の男だ。でも名前の通り何があっても諦めない不屈の精神と、持ち前の陽気さで周りを巻き込んで照らす太陽のような人だった。私は何度もその明るさに救われたし、どうしようもなく惹かれてしまった。名前の問題はあれど好きになってしまったもんは仕方ない!! と結婚。

 

しかし、夫は個性を名前にしたい派の人間だったのだ。私の植物の遺伝子操作、夫の太陽光から考えて光粒子の操作を想定し操光(そうこ)と付けようと考えていたらしいのだ。ありえない。可愛くもない。却下だ却下。そもそも、私のは遺伝子操作だそこを間違えないで欲しい。

私も両親も許さなかった。

 

7日に渡る論争の結果勝ち取った命名権。夫にどういう意味を込めたいかは譲り、私が音と字の候補をあげ最終決定を夫に委ねる。という手法でどうにか収まった。

 

希望を聞いたところ

 

花のように可憐で愛らしく、和ませ癒せる人。

自分が花屋なのもあるけれど、娘にも花を好きになって欲しい。

思いやりのあって、賢い子に……

 

との事だった。

花という漢字を使って欲しそうだったのでいくつか候補を挙げた結果『花恵』が選ばれた。

あまり聞かない音で個性的だし、願いに漢字が1番合ってるとのこと。

音に関しては現代的どころか、曾祖母くらいの世代の名前だから古風なのだけれど。ご満悦な夫には黙って置くことにした。私は優花と智花を推していたのだけれど、約束だから仕方ない。

 

 

**

 

 

花恵は驚く程手のかからない赤子だった。初めこそてんやわんやだった私たちだったけれど、花恵が泣くのはオムツか空腹を訴えるものでしかなく、他では泣くことはなかった。夜泣きに関して全くしないという徹底ぶり。

あまりにも大人しいものだから、様子を伺ってみればキャッキャと笑いかけ、手を伸ばしてくれる。

 

友人知人から聞いていたような苦労は全くなかった。それはそれで少し寂しいけれど、余裕を持って育児に取り組むことは出来ていたし、その分色んな工夫を試せた。

 

初めて喋った言葉は“あーと”。それが、ありがとうだと解読するのに時間は掛かったが分かった瞬間うちの子は天才かもしれないと思った。

これは優しい子に育つ。そう思った私達はこの時2人で『ありがとう』をちゃんと言える子に育てようと方針を固めたのだった。私のことながら親バカだとは思う。

 

でも、言えるようになって以来ご飯の時もお風呂の時も何かする度に言ってくれるから、もうね? 仕方ないじゃない?

 

それから、ままとぱぱ、はーちゃ(自分の名前と推測)と徐々に話せる言葉が増えて、いっぱいお喋りしてくれた。一生懸命私達にお話してくれる姿は本当に可愛かった。

 

座れるようになり、手足が自由になると途端に家中を這い回るようになった。今までの大人しさはどうしたの? それ程に色んなものに興味を示しては物色していた。特にお気に入りだったのは椅子に座って新聞を広げてお父さんの真似をすること。

 

あんまり難しい顔で新聞を睨んでペラペラ捲るものだから、まさかと思いながら

 

「パパはなちゃん、今日のニュースはなんですか?」

 

と聞いてみたら、パッと顔をあげて

 

「ビルがばくはつした!!」

 

にぱぁっと満面の笑みで教えてくれた。私も思わず表情筋をだらっとさげて「そっかぁ〜」とだらし無く返していた記憶がある。なんならビデオに動かない証拠が残ってる。私の生徒達には絶対に見せられない。

 

閑話休題。

勿論そんな事件は新聞に載っていなかったので、テレビのニュースを見て言葉を覚えたんだと思う。安心すると共に、可愛かったので新聞を読む花恵にニュースを聞くのが毎日の日課になった。

花恵から聞くニュースはだいたいビルが爆発するか、内閣が解散してる。ほぼ毎日爆破されるビルと1週間に1度は解散する内閣。花恵の世界は大変そうだ。

 

そうそう。その頃夫がスマホのゲームにハマって私を蔑ろにするようになった時があってね。その時は私が話しかけても「今忙しいからあとにして」とピシャリと言い放って取り合ってくれなかった。

私もカチンと来て言い返そうとしたんだけれど、花恵が私の手を握り絵本を読んで欲しいとせがんだ事により逃がしてしまった。

 

でもそのあと。花恵が夫の前でいつもの『お父さんごっこ』をし始めた。休日だからめいいっぱい遊ぼうとしていた夫は新聞と睨み合う花恵に声をかけたんだけれど

 

「いまいそがしいから、あとにして!!」

 

花恵は新聞から目を離すことなくそう言ったのだ。突然の拒絶に動揺する夫に花恵はニコッと笑って

 

「パパのまね〜!!」

 

正直とても胸がすく思いだった。その後、夫は花恵の前で私に謝りそういった反応をする事は無かった。花恵もそれ以来言うことはなかった。

 

 

思えば私が花恵のこの力を垣間見たのはこれが初めだったと思う。

それから、私の従姉妹である引子のこと。

 

彼女は私の妊娠が発覚する数日前に第1子を流産していた。それがあって塞ぎ込んでいたし、無事に生まれた花恵を見ると辛くなると思って会わせないようにしてた。

 

しかし花恵が1歳と半年になった年末の集まりで会うことになってしまう。花恵に向ける目は優しいものだったが、どこか陰りを見せていた。やはり、辛いか。申し訳なく思ったその時、花恵の小さな手が引子の頬を撫でた。

 

「ねーちゃ、たいたいの?」

 

“お姉ちゃん、痛い痛いなの?”

 

それから、花恵は引子について回った。最初は刺激するだけだと思って花恵を回収していたのだけど、徐々に引子の表情から陰が消えていることに気付いた。それならば。と花恵を好きにさせることにした。

それから2年経って引子はすっかり立ち直り第2子を妊娠し、無事に出産した。その男の子の名前は花恵が名付け親となったそう。健信くん。中々のいい名前じゃない。その後2人はよく遊ぶようになり、まるで姉弟のように仲良しだ。

 

 

**

 

 

花恵に個性が発現した。クリスマスの朝に個性と思われる、狐のようなうさぎのような謎の生物を抱きしめてサンタさんがくれたとはしゃいでいたっけ。花恵さん、サンタさんからのはあっちの枕元の袋の中なんだけれどなぁ。

 

花恵の個性は『遺伝子はどうした?』と聴きたくなるような私達とは全く違った物だった。医者も首を傾けるよく分からない個性で、定期検診を勧められ週に一度通うことになった。

 

余談だけれど、それを受けて夫は「咲百合の言う通り、名前を個性で決めなくて良かった」と零していた。

 

それから1ヶ月後。花恵の個性は開花した。

私達の家はNo.2ヒーローエンデヴァーの事務所の反対車線側にあり。徒歩5分程しか離れていない。そんな街だから犯罪件数は少なく、日々報じられるヴィランの起こした騒動はどこか画面の向こうの話としていた節があったと自覚している。

 

それは突然に訪れた。

 

隣町のデパートにまで買い物に出かけた帰り道。お金を下ろそうと銀行に入ったその時、乾いた発砲音と響いた悲鳴が店内を埋めていた。口元まで黒のニット帽で埋めた男が3人、銃を突き付けこの場を支配しようとしていた。

幸い出入口付近だったため、逃げ出そうと私の手を引いて走った花恵。それが賢明だった。まだ間に合う。ここを出てヒーローや警察に連絡したら、あの中にある命を救える筈だ。

 

それなのに私の足は恐怖に固められた。鉛がまとわりついたように動かず私は尻もちを着いてしまった。その音でこちらに目を向けた強盗の1人に直ぐに拘束され、私達は出入口から離れた場所に座らされた。

 

情けなさと不甲斐なさが込み上げてどうにかなってしまいそうだった。もし、花恵に何かあったら。震えが止まらない。あの時、足が動いたなら。この銀行に来なければ。どうしようもない思考を巡らせては、怖いよね。ごめんね。ごめんね。謝ることしか出来なかった。

花恵はそんな私にぴっとりくっ付いて“だいじょうぶだよ。おかーさんがいっしょだから、こわくないよ”そう笑って私を守るように身体をずらし強盗との間に入ってくれた。

それから花恵の“すってー、はいてー”に合わせて一緒に深呼吸をしていたら、気が抜けた。

 

けれど、強盗の人質に花恵が指名された時は心臓が止まる思いだった。必死に叫んだことは覚えているけれど、焦りと不安で頭が真っ白だったからあまり覚えてない。どうにか人質を代わってもらって私は強盗犯と共に外に出た。服の中に吹き出す血糊の細工を施され、ナイフを突き付けられ乱雑に腕を引かれた。

 

中々強盗犯の要求を呑まない警察、ヒーローに痺れを切らし、彼は私の首に浅く切り傷を付け、仕掛けてあった血糊が吹き出す。私は切りつけられた痛みで顔を歪めて声をあげる。

 

瞬間。ポンっと大きな、それでいて可愛らしい音が背後で鳴り響く。驚いて顔を向ければ窓ガラスが無くなっていて、薄桃に輝く花弁が舞い踊っていた。そして吹き荒れた。強風に煽られ木々がしなり、私達も顔を覆う。

 

何事かと周囲が騒然とする中、晴れた花吹雪の中にはひらひらフリフリの可愛らしいミニドレスに身を包んだ花恵がいた。

 

私に突きつけられたナイフは花吹雪となり消え、強盗犯は急所を蹴りあげられた後に蹴り飛ばされてしまった。あっという間の救出激に惚けていると、残りの2人に向かってハートのビーム攻撃のようなものを浴びせた。さながら、毎週日曜日の朝に見ている変身ヒロインのよう。

 

その後警察に強盗犯が回収され、変身が解けるとやはりそこにいるのは私の愛しい宝物で。抱きしめようと手を伸ばした。刹那。その手はぶわっと吹き出した花弁に阻まれる。吹き荒れる花吹雪にどうしたのか問えば。抑えられないのだそうだ。ヒーロー達に囲まれながら、抑えようと奮闘する事5分。ふらふらとしてきた花恵はそのまま気絶し、吹雪は収まった。慌てて駆け寄れば、救急隊員に阻まれてしまう。どうやら眠っているだけとのこと。取り敢えずひと安心した。

 

その後運ばれた先の病院で点滴を打ち暫くすると花恵は目を覚ました。花恵の個性の1部であるイズクも飛び出し花恵にじゃれつく。良かった……と息を着いたのも束の間、吹き出した花吹雪は病室を掻き乱し大騒ぎとなってしまう。

体力を使い果たして再び気絶した花恵は、個室に移され、睡眠薬と栄養剤を投与することになった。このままだと個性を使いこなす訓練もままならないと、制御装置が必要になった。

 

制御装置と言っても個性を安定させるようなものはない。完全に個性を封じる、つまり無個性と変わらない状態にする装置を使用することになった。首輪のようであまり付けたくなかったが、現時点ではこの型しか無いため渋々取り付けた。

 

その後、一月ぶりに目を覚ました花恵はのんびりとした声で“おはよう、おかあさん”と笑ってくれて。その姿に感極まって夫と二人揃って泣いてしまったことを覚えている。日本の科学技術に感謝。

 

暫くして出てこないイズクに首を傾ける花恵。首の装置のことも含めて説明しようとしたら、ポムっと軽い破裂音と共にイズクが姿を現し私達はしんそこ驚いた。

装置の不備かとヒヤヒヤしたが、点検の結果これでも正常に作動しているらしい。あの花吹雪も起こらないし大丈夫だと判断され、私達は久方ぶりに平穏を取り戻した。

 

花恵が小学生になったら、制御装置がない状態でも居られるように訓練を始めることになった。今は身体への負担が大きく危険だと判断されたため、暫くは装置にお世話になることになる。他には成長と共に解決することもあるためだ。

 

 

幼稚園に復帰した花恵は変わらず楽しそうに日々を過ごしてる。日曜日にはプリ☆マジという幼児向け番組を見てごっこ遊びをし、よく食べて、よく遊んで、よく眠る。個性の制御不能以外はさして病気もせず、健康児そのものでほっとした。

幼稚園教諭からは、喧嘩の仲裁をしたり、怪我した子を連れて来てくれたり、面倒見のいいお姉ちゃんをしていると聞いている。

 

 

それから暫くして、私の研究室に生徒達が尋ねてきた。

個性の制御のために娘が付ける装置が首輪のようで嫌だと写真を見せながら研究室の生徒に愚痴ったことがあった。その話が回りに回った結果、ヒーロー技工士学科の子達に話が回ったそうだ。

 

私が研究員兼准教授として務める大学は、日本で指折りの理系難関大学で規模が大きいことでも有名。私のいる遺伝子研究を進める生物科学部から、個性をアシストするヒーロー御用達の発明家を育成する個性工学部まで幅広い。

 

その中の発明家の卵達に「娘さんの制御装置を改良させて欲しい」と名乗り出てくれたのだ。なんでも基盤となる装置の仕組みを小型化する研究をしているそうだ。

 

花恵の銀行強盗騒動はメディアが守ってくれているおかげでテレビ等で放映されることは無かったが、どうしてもSNS等までは手は回らない。そのため野次馬による動画が上がり“リアル変身ヒロイン”としてネット上ではそこそこな騒ぎとなっている。

 

彼らの研究室の教授も興味を示しているそうで、花恵がテスターを引き受けることと引き換えに試作品を無償で提供してくれるそうだ。

 

それから半年で命令式を布に組み込むチョーカー型に進化した。まだ首輪感が否めませんけれど……と渡してくれた。それでも充分機械の首輪よりかはずっと可愛らしい。しかもレースのリボンでとっても素敵じゃない!! ありがとう。女の子に身に付けるものという配慮がまた嬉しかった。

 

帰って花恵に見せると嬉しそうに「かわいいね!!」と笑った。首元を飾るリボンに顔を綻ばせる。そうだよね、小さくてもやっぱり女の子だものね。

 

それから花恵はお礼の手紙を画用紙にクレヨンでしたため、彼らに渡すようにお願いされたので、翌日早速渡してみたらとても喜んでくれた。

そのことを報告したら花恵は、嬉しそうな笑顔を咲かせた。喜んで貰えて良かったわね〜。

 

「あとね、これね。きょうのれぽーとです。ほーこくしょ!!」

 

はい?? レポート? え、どこで覚えたの?

 

どれどれ、お母さんに見せてご覧。

 

 

『おにいさん、おねえさんのおかげで、うごきやすくなりました。きかいのほうと おなじくらいあんていしています。おともだちにもかわいいねっていわれました。きょうもありがとうございます』

 

 

ん〜っ100点!! 花丸!! 客観的にみてもうちの子偉い。

とりあえず夫に見せに行って、この気持ちを分け合いたかった。花の剪定? そんなの今はいいから見てこれ!!

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

act4:轟冷

閲覧ありがとうございます。
そしてお気に入り登録、しおり4件、ありがとうございます。
今回は少々長めになっています。


いやぁー。あれはびっくりしたね。3ヶ月寝たきりになるとは思わなかった。両親にも心配を掛けてしまった。さぞ寿命が縮まる思いをさせたのだろう、無事に目を覚ました私を2人揃って泣きながら抱きしめてくれた。ちょっと苦しかったけれど、それくらいは我慢した。

 

あれから半年過ぎて私は無事に4歳になった。個性の大暴走以外に大した不調もなく日々楽しく過ごしている。

 

そして私が睡眠薬とお友達している間に無事に生まれた健信くんと私は初対面を果たした。生後6ヶ月の健信くんは最高に可愛かった。私がニコッとすると健信くんもまた、にぱっと笑うのだ。生理的微笑だと分かっていても可愛いもんは可愛い。指も握ってもらった。

 

それからママ友会として、引子さんと母は以前より頻繁にお茶会を開くようになった。

 

私達は少しずつ、強盗事件から平穏を取り戻して行った。

 

 

 

**

 

 

 

何事も無く季節は巡り春が来た。強盗事件から一年経ち、すっかり平和に溶け込んだ日常が続いている。

 

この日は花かんむり作りの練習をするために、すぐ側の公園まで来ていた。というのも、老衰が進み寝たきりが多い曾祖母のために、花かんむりをプレゼントしたくてね。花かんむりは水を張った皿に飾っておけば暫くは美しい状態で持つのだ。子供らしくて、尚且つ可愛らしいだろう? プレゼントしたら曾祖母はきっと喜んでくれる。

 

野花を摘み取り、本を開いて図面に従って花を編んでいく。……ふむ。幼女のもみじのおててでは難しいものだね。幼女の不器用さに四苦八苦しながら、必死に手を動かす。その傍らで、イズクが茎を喰いちぎっては次の花を用意して待っていてくれていた。有難い。それを手に取り、また短い指を酷使し、指して捻ってを繰り返していく。

 

やがて日が高くなり、お腹の虫が情けなく音を上げた。それでも尚作業を続けようとしていると。休憩してお弁当を食べよう。そう言うように、イズクが私の袖を引いて主張する。

って、あぁっ。

待って待って、あともうちょっとだからさ。あ、だめ? うんうん。わかった、わかったからお袖を噛まないでほしい。伸びちゃうから、ね? そんな目で見なくともちゃんとご飯は食べるから。ほら、あそこのベンチに行こう。

 

 

「みゅーっみゅー!!」

 

「今日のお弁当はなんだろうね?」

 

背負っていた、うさぎの耳が生えたリュックをガサゴソと漁る。水筒とお菓子をかき分け、ランチボックスを取り出す。可愛らしいサイズのその蓋を開けてみれば、中にはこれまた小さなサンドイッチが詰まっている。

とても美味しそう。

 

「イズク、どれから食べたい?」

 

「みゅやっ」

 

サンドイッチのどれを選ぶでもなく、イズクは私の鼻先を肉球で押した。……ふむ。

 

「私が先に選んでいいのかい?」

 

「もきゅぴ!!」

 

「成程。おーけ、おーけ、あいしー。ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて……そうだね。卵貰おうかなぁ」

 

「みゅきゅ!!」

 

イズクは優しい。こういう時はいつでも私に譲ってくれるのだ。はぁーいい子〜。お礼にと、耳の付け根を掻くように撫でてやれば、イズクは気持ち良さそうにダラっと身体の力を抜いてしまう。うんうん。ここが弱いんだもんね? どうだ、気持ちいいだろう。

 

「きゅぅ~」

 

桃色の花をヒラヒラと舞わせながら、甘えた声で鳴くイズク。まさに骨抜きだ。

 

「どれ。イズクは何が食べたい?」

 

さっと手を止めればイズクもハッと我に返る。それから(いつもこうなのだが)、瞬時にイズクはぽんっと顔を真っ赤に染めて恥ずかしそうに顔を隠した。それから恨めしそうに私を見てはペシペシと私の肩を叩く。

 

「みゅみゅっ!!」

 

「ははは、愛いやつめ。……あた、あいたたた…いたい、痛い!! わかった、わかった、もう外ではしないから!! 許してイズク、ごめんて」

 

痛くないと、余裕ぶっていたら、容赦なくべしばしと叩き始めたイズクに慌てて許しを乞う。まるで外でイチャつこうとして怒る恋人のようだ。イズクは私の彼女かな? そう問えば、もふもふアイアンテールをくらう羽目になりそうなのでお口チャックだ。

 

イズクは、もうっ!! とでも言うように小さく鳴いて、ぷりぷりとカツサンドを咥えてそっぽを向いてしまう。

これはかの……いやよそう。

 

仲良く並んで、サンドイッチをもぐもぐ。

常にエネルギー消費の激しい私だが、胃袋は幼女の平均と変わらないので一度に多くは食べれない。それ故、リュックの中にはその他高カロリーな携帯非常食……という名のおやつがいっぱい詰まっているのだ。

これにより、空腹への対処は自分1人でもできる。さらに、私が早熟且つ聡い子供であると認識されていること、イズクもしっかりしており両親からの信頼を勝ち取ったこともあって、近場の公園程度なら1人でも長居する許可も得たのだ。

 

花屋、即ち我が家の裏から道を挟んで広がる大きな公園も私のテリトリーになったのだ。私は行動範囲が広がって大喜びだ。万歳。

仕方ないとは言え、幼女には制限が多くて窮屈だったからね。

 

次の目標は図書館に1人で行かせてもらうことだ。心理学に関する書籍を早く読み漁りたい。何処へ行くにも親の同伴を避けられない現状では、絵本しか読むことが出来ない。そうだ。子供向けのイソップやグリム童話の絵本の絵柄が少女マンガになっていたのには驚いた。その方が女の子受けはいいのだろうけれど、なんとも微妙な気分になる。

 

 

「ごちそうさまでした」

「もきゅ!!」

 

 

美味しい昼食を終え、再び花かんむり作成練習の続きに戻ろうと立ち上がると、イズクが私の袖を引く。おっ? どうした、どうした?

 

「みゅみゅ!! きゅーきゅっ、もきゅっぴ!!」

「おっけ、何一つわからん。大人しく着いてくからナビよろしくな」

 

意図を読むことを諦め、引かれるままに小山を登って下る。どこまで行くのさ。不思議に思いながらもとたとた走って行くと、ベンチに座って俯く女の人が見えた。

とりあえずあの人が目的地なのは理解した。しかし何故……?

あっ、そういうこと?

 

「いや、私まだ幼女。確かにSAN値ピンチそうなお姉さんだけれど!親戚だった引子さんとは訳が違うからね!!」

 

行きたい気持ちはいっぱいだが、私はまだ子供で何かあれば両親に責任がゆく。手前のケツを手前で拭けないうちはまだダメだ。

 

そんな私の声は聞かないイズクを引き留めようと、私はその体に手を伸ばすが、避けられる。こ、こいつぅ……大人しく捕まれっ!! このっ、このっ!! あっ。

勢いを付けて伸ばした手が宙を切り、頭とお尻が重たい幼児体型はコロンといとも簡単に転がった。そのままコロコロとギャグ漫画のように草むらを転がりアスファルトでべシャっと着地。その際にあちらこちらを擦りむいてしまった。

 

い、痛い……。うわ、生理的なやつだけど涙出てきた。この感じ、絶対血が出てるだろうなぁ。花かんむりは諦めて1度お家に帰らないと……。こんな怪我を見たら暫くは1人で出かけるのは無理になるだろう。残念だ。

 

「あららっ、痛かったねぇ、大丈夫だよ」

 

空から降ってきた優しい声に涙で潤んだ目を上げる。先程のお姉さんが心配そうに眉を下げ、背中を優しくトントンと叩いてくれた。

よし、泣くか。

 

「ふぇぁっ。ぅあああぁぁぁっいたいよぉぉ、いたいぃぃふぇえええ」

 

1拍遅れてわんわん声を張り上げ出した私に、お姉さんは焦ったように背をさすってくれる。それでも泣き止まないで居れば、躊躇いながらもそっと抱きしめて頭を撫でてくれた。

 

いやはや、手を煩わせてしまって申し訳ないが、見られてしまった以上はこちらも泣かない訳にはいかない。なんせ私は幼気な幼女、こういう場面では全力で泣かなくてはいけないのだ。

私は園で沢山の園児達を見てきたが、こんなに擦りむいて泣かない幼児は居ない。私は幼女。園のすっ転んで泣いていた友人達……いや、幼児パイセン達の姿を思い起こしながら精一杯泣き喚いた。演技の才は当然皆無なので、涙の出し方は知らない。生理的涙はこれ以上出ないのでそこは手で目を拭うフリをして誤魔化す。

 

体感3分程(実際はもっと短いかもしれないが)お姉さんにヨシヨシしてもらい。すんすん鼻を鳴らしながらお姉さんに手を引かれ水道で傷口を洗ってもらうことになった。何から何まで申し訳ない。

 

途中からわんわん泣く私に罪悪感でも覚えたのか、キューキュー鳴きながら心配そうに擦り寄るイズク。なんだ、元凶。心配せずとも中身三十路ババアは元気だよ。

 

「あいがと、っぐす。ござい、ます」

 

ぐずるフリをしながらお礼を言い、これで最後だとばかりに袖で目元を擦った。

 

「どういたしまして。うん。ちゃんと泣きやめて偉いね」

 

「あい、わたし、ひなたはなえっていいます。おねぇさんは?」

 

「おばちゃんは轟冷といいます」

 

「れーちゃん」

 

間違っても“おばちゃん”とは縁遠い見た目の冷さんに、突っ込む代わりに『れいちゃん』と呼ぶことにした。すると彼女は驚いたような顔をしてからふっと悲しげに微笑み、私を支える手に力が入った。ふむ。何か刺激してしまっただろうか。

 

「れいちゃんも“ママさん”なの?」

 

「えっ」

 

「だってやさしくて、バイキンもばいばいしてくれたもん。わたしのおかあさんといっしょ!!」

 

どうしたの? と無邪気を装って首を傾ければ、慌てて取り繕ったように「なんでもないよ」と私に笑いかける。苛立ちは見られない。私の『れいちゃん』が気に食わない訳では無いらしい。瞳孔の様子から“ママ”にも反応していたし、私の子供っぽさが彼女の心を揺すったのだろう。

それから「そうなの。はなえちゃんと同じくらいの子がいるよ」そう続けた冷さんに確信する。

成程、子供関連の悩みを抱えていそうだ。

 

陰を落として微笑む顔は他人から見ても分かるほどに(やつ)れている。ふむ。子供というだけ拒絶する程までは来ていないが、思った以上には弱っていそうだ。

 

しれっと心療内科とかを勧めよう。勿論私でなく身近な大人に勧めて貰うつもりだ。

こらこらイズク。そんなに小突いたって私はカウンセリング始めたりしないぞ。確かにあまり煮詰めていてもネグレクト等の虐待に発展する可能性はあるけれど、私がやっていい事ではない。

 

「みゅきゅぅ……」

 

そんな顔しなくても、放って置いたりもしないよ。

よーし、私は世界が羨む幼女だ。いいな? よってこれから行う行動は何も問題ない。素敵なお姉さんを母に『見て見て〜!! あのねあのね!!』ってしたいだけの幼気な幼女だ。

 

「そぉだ!! れーちゃん、わたしのおうち行こ!!」

 

「えっ? えぇっ?」

 

「すぐそこでね、お花屋さんなの!!」

困惑する冷さんの手をぎゅっと握り歩き出した。好き勝手に喋りながら、引っ張って進んで行く。助かることに、気が強い方ではないらしく冷さんは困惑しつつも私に着いてきてくれる。

大丈夫。苦しい時は苦しいって言ったっていいんだよ。

 

その時、ポツリと冷たい水が頬を掠めた。それはだんだんと強まりシャワーのように私達に降り注いだ。紛うことなき豪雨である。

 

「えっ……」

 

ゲリラ豪雨ってやつだ。えぇ……嘘だぁ。そんなことってある? そういや降水確率10%って言ってたもんなぁ。降らないとは言ってない、むしろ当たりだ。

 

「ごめんね、はなちゃん揺れるよ。お家どっちだっけ?」

 

思わず固まった私を、冷さんは抱き上げて駆け出してくれる。……ふむこの豪雨は好都合かもしれない。お人好しの母のことだ。ずぶ濡れの、しかも娘を助けた相手となれば、高確率で冷さんを家に入れるだろう。

 

 

「態々ありがとうございました」

 

「いえいえそんな。風邪をひくと悪いですから、早くはなえちゃんをお風呂に」

 

「あのね、あのね。わたし、ころんじゃってね、ないてたの。そしたらね、このお姉さんがお水でばいきんバイバイしてくれたの!! それでねっ」

 

「そうなの。風邪を引くといけないのは貴女もなんですから上がってくださいな。顔色も何だか優れないわ」

 

ほらね!! こっそりイズクと親指立て合う(サムズアップができるとは、まったく器用な獣である)。

 

「えっ、そんな、とんでもないです」

 

「わっ。れいちゃんおてて冷たい!! 風邪ひいちゃう!! はなちゃんとお風呂入ろ!! れいちゃん風邪ひいちゃったらやだぁ!!」

 

逃がしてたまるかと、私は更に騒ぐ。

 

「えぇっ」

 

「あらあら、うちのがごめんなさいね。でも良かったら温まっていってくれないかしら。娘を助けてくれた優しい人をこの雨の中出す訳にもいかないし」

 

私の珍しい駄々こねに不思議そうにしつつも、冷さんを家に上がらせることに成功し、さらに風呂場へと背を押してくれた。お母さんファインプレーだ。ナイスマム!!

 

「れいちゃんとお風呂!!」

 

「えっと、では、お邪魔します……」

 

何故か顔を真っ赤にして珍しく入って来ないイズクを放って置いて、れいちゃんをお風呂場に突っ込むと私も飛び込んで強制洗いっこをする。幼女の特権だ。

それから、なんて事ない無駄話をした。いやほんとに無駄な話が8割だ。なんせ私が子供らしく自分語りを披露したからね。隙あらば自分語り、幼児に多い傾向を流用させて頂いた。

それでも、優しい冷さんは全部聞いてくれた。それと、あまりお子さんのことには触れずに冷さんのこともちょっと聞いてみる。そしたら旦那さんの話もダメっぽい。……旦那さんがお子さんに虐待をしてるケースの反応に似ている。しかし、それにしては私への反応が気になる。心配だし気にもなるけれどまぁ、この辺りは勧めた先のプロに任せよう。

 

冷さんはここから少し離れた住宅街に住んでるそうだ。街の名前は聞いたことあるが、たしかバスで15分はかかるはず。そこの大きな日本家屋に住んでるそうだ。

以前、隣町へ行くために乗ったバスにて、その街を通り抜ける際に見えた大きな家がそうかと思って尋ねたら肯定されてしまった。えっ、あのお家かなり立派だった。裕福な家庭というのも大変なんだろう。

 

すっかり打ち解けた私達は、その後母の用意したおやつを一緒に食べることになった。主に私の我儘のせいで。

現在イズクは父と一緒にお風呂だ。 雨が酷いので一時的に閉店するらしい。この激しさを見るに通り雨だろう、父も同じ考えらしく様子を見て再開するつもりだと言っていた。

 

さて、私はココアとドーナツを両手に構え、幼女の上に更に猫を被る。前世で有名だった見た目は子供、中身は男子高校生な探偵のように。彼の『あれれ〜』の如く、私は『あのね〜』と勝手に冷さんの家庭事情(と言っても私と同じくらいの子供がいるよ〜ってくらいのことだ)を怪しまれない程度に話した。

母に同年代の子供を持つ仲間として親近感を持たせるためである。母からみた冷さんの好感度はかなり高い。なんせ、愛娘を大雨の中連れ帰って来てくれた恩人なのだ。冷さんの異変にさえ気付かせればもう、今回の私の役目はおしまいだ。

 

全力で空腹を訴える虫をドーナツで黙らせながら、ちょこちょこ口を挟んでママ友トークを誘導すること1時間。世間話を1周して子供の話に戻って暫くすると、母も冷さんの陰りに気づいた。

 

「轟さん、どうかした? 悩み事?」

 

「あ、いえ何も!! それで、はなえちゃんはどうなったんですか?」

 

「……無理してるでしょ。私の従姉妹も子供の事で昔そんな顔してたからわかるのよ。会ったばかりの私に言えとは言わないけれど。溜め込むのは良くないわ」

 

「……っ、はい。ありがとうございます」

 

「わたししってるよ!! 苦しいとき、お話聞いてくれるお仕事もあるんだって。おなまえかくしてね、おでんわでお話しできるところもあるんだよ!! わたしものしりさんだからね!!」

 

ここぞとばかりに補足して、エッヘンと胸を張る。よく知ってるね。と驚く2人にポスターで見たのだと伝える。そして同調する母に、とりあえず私のお仕事はお終ったとホッと息を吐き、ドーナツを頬張った。

 

 

**

 

 

甘かった。

 

勿論ドーナツがでは無い。

あれから3週間程して、再び冷さんはうちを訪れたらしい。その日は平日で母は出勤、私も登園。その間に先日のお礼だと、父はお菓子を受け取ったそうだ。

その時の彼女は、比較的鈍い父でも分かるほどに疲弊していたという。恐らくあの後も、心に巣食う重苦しい苦悩を誰にも言えずにいたのだろう。あの気の弱さとその様子を想えば、こんなことは想像に容易い

 

包装を解いてみれば両親は目をひん剥く程驚いていた。成程、どうやら中々お目にかかれない高級菓子だったようだ。母はお返しをしなくちゃと目を白黒させていた。

 

その時の私はお返しを渡すついでに冷さんの様子を見ようと少々、いや、かなり楽観視してしまっていた。

それが。私らしくない、結果を残してしまったのだ。

 

 

その翌週末、菓子折りを持って轟家を尋ねると。冷さんと揃いの綺麗な白髪(はくはつ)に赤毛が混ざった少女が戸を開けた。小学高学年か、中学1年生くらいのまだあどけなさの残るそんな少女は不安を滲ませた表情(かお)でこちらを伺う。

 

彼女は冷さんの娘だった。あの大学生と言われても違和感のない冷さんにもうこんなに大きな娘さんがいたとは驚きである。

 

冷さんを尋ねて来たのだと母が伝えると、少女は瞳を歪ませ絞り出すように、「母は精神科の病院に入院することになった、末の弟に煮え湯を掛けてしまって……」。

中学生だといってもまだ子供、本当はまだ事実を呑み込めていなかったのだろう。そんなことを全て他人にポロポロと話してしまう程度には。

 

私は救える筈だった1人の尊い心に手を伸ばさなかったのだ。そして。また、その余波を受け心にヒビを入れている少女がいる。

 

「おねえちゃん、いいこ、いいこ」

 

あぁ、遺してきた愛弟子に顔向けできないね。

今世の両親のことを考え、自らの行動選択を狭めたばっかりに、尊い心がこの手から滑り落ち、割れてしまった。

 

なんて、情けない。

 

 

私は東雲万智である前に、陽向花恵である。

それは当たり前で変わらない、ここにいるのは名をあげたカウンセラーでも心理学者でもない。親の庇護下にいる非力な幼女だ。

しかし、その事実と同時にもう1つの事実が存在する。

私は陽向花恵である前に、東雲万智でもあるのだ。

ただの幼女ではなく、知識と知恵がある。言葉の力と人間の心の繊細さを人より理解している。非力であるが、無力ではないのだ。

 

勿論今後も両親を困らせることは独り立ちするまで極力避けていく方針だが、それでも、もう二度と手を伸ばすことを躊躇わない。

他の誰でもない私のために。

 

 




閲覧ありがとうございました。
長文お疲れ様です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

act5:魔法幼女は小学生

陽向さんの中で小学生低学年までは幼女。
曰く、そこにいるだけで可愛い無敵期間、人生のピーク。


私は小学生になった。ちぎりパンのような愛らしい四肢とはお別れしてしまったが、今も変わらず私は可愛らしい幼女である。

 

今時のランドセルはカラフル且つお洒落なものが多い。ランドセルと学習机を見に行った私はとても驚いた。オレンジや水色、ピンク、青があることは知っていたけれど、ここまで来ていたとは。赤と黒の無地しか知らない昭和生まれには考えられない豪華さだ。

 

私は深緑に四葉の白詰草の刺繍されたデザインを選んだ。一目惚れと言ってもいい。両親は薄桃にカラフルな花の刺繍が施された、私の選んだものと比べて子供らしいデザインを推していたのだが、私の「こういうランドセルが似合う素敵な女の子になりたいの!!」で撃沈した。過去3年で些か親バカな傾向が見られるようになってきた両親のツボの押し方は心得ている。

 

世界の宝たる幼女とショタ達の無益な争いや涙を止めるうちに、幼稚園からの付き合いとなる友人達のお姉ちゃんポジションに収まることになった。慕ってくれるというのはとても嬉しく、その姿は大変可愛いらしい。役得である。友人達からは花恵の上2文字をとって“はなっち”という渾名も頂いた。

 

“〇〇っち”というあだ名は世代を問わず好かれるらしい。前世でも万智という名前から“まっち”と呼ばれていた。あぁ、そうだ。それを聞いた男子から“マッチ棒”と面白がって呼ばれていた思い出もある。

奴の名は姫路桃矢、喜んでピーチ姫と呼ばせて頂いた。

 

 

閑話休題(それはさておき)

 

 

学校にもイズクは付いて回るのだが、クラスメイトの集中力を欠くということで、授業中は廊下待機となった。まぁ、そうだよなぁ。と納得したのだが、その冬、寒い廊下にイズクを出しっぱなしにした結果、私とイズクが同時にクシャミをした。おっ? と思ったのも元束の間に、次第に揃って体調が悪化。

 

なるほど、私の体調の影響は受けない癖に、イズクの不調には引き摺られるのか。

それ以来、イズクは私に引っ付いて一緒に授業を受けることになった。イズクはお利口に私の頭の上か肩に乗って音も立てずにいる。元々、間の抜けた鳴き声とは裏腹に、知能は私と同等なので当然だ。

イズクは優秀な子なんです。

 

 

小学生に上がったことにより、私は2つのことが解放された。

 

まず1つはお店のお手伝い。

と言っても私にできることは幼女スマイルを振りまき、集客することと、お花の水やり。それから商品の受け渡しと、“また来てね♡”をすることの3つくらいだ。

 

私のちょっとした心理誘導と幼女力(主にこっち)を持ってすれば集客なんてお手の物だ。イージーモードである。私の幼女歴舐めんな? 子供好き、子供嫌いは1目で分かる。ふははは父よ、この幼女プロに任せなさい。

元々病院の付近であることや、此処が様々な企業の並ぶ町であることも味方して、売上を伸ばす私は花屋の看板幼女として着実に力を付けている。

 

それから暫くして、母の遺伝子組み換えに失敗した植物の花を育てるようになった。後述する私の個性制御装置を制作してくれている研究チームに、お礼も兼ねて見学に行ったついでに、母の研究室にも訪れた。そこで見つけた廃棄される失敗作の種を強請ったところ、譲って貰えることになったのだ。

 

成長過程でどうにも歪になる姿が愛らしくて、精一杯生きている姿が愛おしくって、いつしか私の部屋のベランダは彼らでいっぱいになった。

 

そして私のお店が出来た。と言っても無料配布なのだけれど。お店の片すみに里親募集の苗達を並べて置いている。私が育てた花々から取れた種達が芽吹いたのだ。

 

 

私の里親募集ブースが出来て間もなくのことだ。今日も元気に幼女スマイル全開で看板幼女をしていると、どう見てもSAN値ヤバそうなサラリーマンを見つけた。あっ、アカン。これ死に向かう人間の目だ。目と目が会った瞬間に、血の気が引きた。その目、私知ってる。アカン。

気付いてそっからはもう必死に精神分析振った。最初は鬱陶し気に睨まれたりしたけれど、食らいついた。お節介上等。リーマン兄ちゃんの塩対応にもめげることなく言葉をならべて尽くしてヨシヨシしたら、案の定相当参っていたらしく、兄ちゃんはポロポロ泣き出した。

 

道の端でポロポロ泣いているリーマンとヨシヨシする幼女。人の目が気になりだしたところで、助けてくれたのは店の隣でカフェを経営しているお姉さん(たまに試作品を食べさせてくれる、優しいお姉さんだ)。一部始終を見ていたらしく店内の隅に招き入れ、オレンジジュースとコーヒーを奢ってくれた。

お姉さんの好意に甘えて、そのまま幼児退行し始めた兄ちゃんの全肯定botと化した。10分くらいした頃、慌てて駆け込んできたのは私の父。事態を把握出来ないまま、父はリーマン兄ちゃんとお姉さんに頭を下げた。後悔はしてないけれど、申し訳ないとは思ってる。兄ちゃん、お父さん、ごめんなさい。どう考えても私が悪いので、私も一緒にごめんなさいした。

そしたら、兄ちゃんの方が頭を下げだしてお父さんは吃驚していた。それから困惑顔で父は私を見つめる。私は曖昧に笑うしかできない。重ね重ね申し訳ない。

 

それから、兄ちゃんは私のコレクションから1つ持って帰ることになった。

 

「これは、なんて名前の花なんだ?」

 

「この子達に名前はないよ。でも、そうだなぁ。お兄ちゃんのお名前は?」

 

孝幸(たかゆき)だけど……」

 

「じゃあ、そのお花の名前はたかゆき。そのお花を自分だと思ってだいじにしてあげて」

 

「……わかった、そうするよ」

 

「それとねっ、お兄ちゃんはおともだち!!」

 

「おう?」

 

「おともだちだから、いつでも来てね」

 

 

しんどくなったらいつでも来るんだぞ!! と手を振ってお兄ちゃんにバイバイする。

それから孝幸さんは時折私のところに来てはオレンジジュースを奢って、私にヨシヨシされて帰るようになった。それが、月に1回から3ヶ月に1回になり、半年に1回になり、やがて1年に1回になって。たまに手紙が届くようになった。“たかゆき”の成長の報告や、近況報告。誕生日を祝ってくれたりもした。

 

 

文通と言えばもう1人。2年経った今も返事を貰えないが、月に1度冷さんの病室にお花と簡単なメッセージカードを贈っている。返事は貰えないが、大事そうに飾ってくれていると看護師さんから聞いているので迷惑にはなってないと思いたい。

 

やっと冷さんから返事が来たのは3年生になってからだ。それから半年の文通を経て再び会えるようになったのはその年の秋口。久しぶりに見た彼女は酷く痩せて、ガラス玉のような瞳を濁らせていた。握りしめた手が震えた。これがあの時取りこぼしてしまった彼女の心の表れのようで。

それ以来、月に一度は病室を訪れ他愛もない話をすることが習慣になる。一緒に、カードゲームをしたり、漫画を読んでみたり。最初は大抵の人が目を逸らしたくなるほど疲弊していたが、少しづつ回復の兆しを見せる冷さんに看護師さん達もほっとしていた。

 

それ以降も数人、死にそうな人を見つけてはヨシヨシしてお話してということは続いた。余談だが、高学年にもなる頃には小学生の女児が大の大人をヨシヨシする光景は、カフェの常連客の間で名物と化していた。

 

 

そして小学生になって解禁されたもう1つのことは、個性の訓練だ。

 

これまで通りの定期検診後、そのまま1つ階段を降りた2階にある、個性成育ルームの一室をまるっと借りての訓練となった。部屋の中には私とイズク、そしてプロヒーローであるイレイザーヘッドである。彼の個性は視界内にいる者の個性無効化であり、危険になればすぐに私の個性を消してくれる。

早い話、彼の視界の中に収まっている限りは暴発しても安全というわけだ。

 

「おねがいします!!」

 

「あぁ」

 

あまり子供好きそうには見えないので、大人しくしてようと思う。そしたらやっぱりというか、案の定子供に容赦なかった。私は地球を守りまくる某野菜人にでもなるのかな? そう錯覚しそうになる程度にはスパルタだった。

この先生は合理的かどうかをよく気にしてる。私にする指示には、始めに「合理的ではないが」か、最後に「合理的選択だ」のどちらかの台詞が必ずと言ってもいい程に付く。

 

基礎体力の向上が必要だと、死ぬ程走らされた。それから体幹トレーニングに、筋トレ。どれもこれも幼女の身体にはきついものばかり。え、こんなのが続くの……? ハード過ぎない? これが普通なの? 最近の小学生凄いね?? 格闘技を習っていた当時の私もびっくりするようなトレーニングメニューに、思わず白目を向きつつも初日の訓練を終えた。

そして後日。初日の無茶振りは私の忍耐力と体力を見るためのものだと明かされた私は、思わず冷たいフローリングに突っ伏したよね。何が合理的判断だ、ちくしょう。

 

初日に本気を出した私は、これくらいなら大丈夫だと判断されてしまい。ゴリラ育成プログラムが始まってしまった。あれれ〜? おかしいぞぉ? 私は自転車の補助輪を取るだけのような気軽さで来たのに。それがどうだ。補助輪外すどころか、自転車競技の猛特訓が始まったようなレベルのギャップに驚きが隠せない。

ハードなメニューに幼女の身体機能は着いていかず、訓練後はいつもグロッキーだった。メンタルだけは大人なので、多少辛くとも母に泣きついたりしなかったこともあり、その後もハードモードから変わることは無かった。

 

しかし、吐くほど鍛えたところで、制御装置が無ければ相変わらず吹き出すハリケーン。なんでや、工藤。努力は裏切らないんとちゃうんか……。

こんなこともあろうかと室内には何も置いてない。念には念を入れて良かった。壁や床が花吹雪に変わりそうになった途端、先生が止めてくれた。ありがとうヒーロー。大人しく制御装置のスイッチを再び入れて、息をついた。

 

逞しい幼女に進化したのにも関わらず、制御能力の面で見れば何一つ進歩してなくてちょっと泣いた。

 

その後、暫く補助輪を外すことは一旦諦めることになり。とりあえず変身と変身の解除、からの制御装置の作動を上手く出来るようにする方へと移行した。

それから、変身した時の力加減の調整。

これらの項目は2年生になる頃に突破することができた。

その際、久しぶりに変身して驚いたのは、朧気な記憶と照らし合わせても断言できるほど、初回とは全く違うコスチュームを身にまとっていたことだ。その後も年に1、2度変更があったことから体型に合わせてその都度変わるらしい。成程、有能である。

 

さらに余談だが、それに伴い私は格闘技とチアダンス、新体操、ハープを習うようになった。格闘技を習いたかったのは、変身後の力加減を覚えた今、あの後憧れの動きを完璧にこなせるようになりたかった。コスプレと似た感覚かもしれない。せっかく彼女達と似た力を得たのだ、ごっこ遊びの延長くらい許してほしい。

そして後者3つは両親の希望だ。もっと女の子らしい習い事をして欲しかったらしい。私の我儘を聞いて貰うのだから両親の希望も全て呑むことにした。

結果、私の部屋にハープとバトンやらフープが追加された。

 

閑話休題。

 

そして再び補助輪を外す訓練に移ることになった。この頃の私は小学生低学年にして、だいぶ体力、筋力のある逞しい幼女に進化していた。学校の体力測定のシャトルランで校内、県内最高記録を叩き出したことは記憶に新しい。持久走も学年トップ、このまま陸上の道に進むことも一瞬考えたが、これ以上増やすと今後心理学に割く時間が削れるので止めた。小学生になってやっと、学区内まで私の行動可能範囲が広がったのだ。素晴らしい。

 

また話がずれた。

 

体力、体幹、筋力、これらを鍛えてきた結果、漸くこの個性の受け皿ができたらしい。じわじわと、本当に少しづつだけれど、制御できるようになってきたのだ。

6年かけて猛吹雪が、旋風に。無差別花弁化はある低度収まった。そしてこの状態はろくろく動けない上に、やはり消費カロリーが大きく、7分と持たずに気絶してしまう。

それでもこの進歩は大きいだろう。

 

しかし、喜んだのも束の間。制御装置なしでの生活は不可能であると判断され、個性訓練は小学校卒業式前に終了してしまった。6年頑張ったのに? と思わなくもないが、プロヒーローであり、ましてや合理主義な先生のことだ。暇じゃないのだろう。

あのどう見ても子供好きでは無さそうな先生だったが、猫を始めとする小動物が好きらしく。イズクを可愛がっていたのを私は知っている。

別れ際に私のコレクションの中から人口受粉によって配合させ育てたお気に入りの花と、猫のぬいぐるみをプレゼントした。すると先生も餞別だと、大きめの緑色のリボンの付いたヘアゴムと、お揃いでイズクに緑のリボンで出来たチョーカーをくれた。

 

「子供は好きじゃない。だが、教師になるのは悪くないかもしれないな」

 

そう言って初めて私の頭を撫でてくれた。褒められたことは無かったけれど、これは先生なりに褒めてくれたのだと思う。やっぱり幾つになっても褒められるのは嬉しいものだね。

 

 

そして、小学生時の出来事として忘れていけないのは、東都科学大学のヒーロー技工学科の様々な装置基盤の小型化研究チームの皆さんとの出会いだ。

 

全ては「娘の制御装置が首輪みたいで嫌だ」という母の愚痴から始まった。

 

警察からの根回しにより、私の大暴走した強盗事件はテレビや新聞には載らず、しっかりメディアが守ってくれた。しかし、この情報ネット社会はこのネタを放っておかない。盗撮していた野次馬がいたらしい、『リアル魔法幼女』としてSNS等で一時期話題になってしまった。私も見せてもらったところ、運のいいことに画質が悪く、小さくしか映ってないので顔はバレてはいなそうだった。

その女児が陽向准教授の娘であると知っているのは母の研究室の学生達だけであった。それでも人の口に戸は建てられぬ、母の愚痴と噂の魔法幼女の正体が噂として囁かれ、ヒーロー技術士の雛鳥達の耳に入った。

 

詳しい経緯は知らないがあれよあれよと話が進み、私がテスターとなった。母親のコネ万歳……と痛感した。首輪みたいで嫌だとは思わないがこの首が締まる感覚が気持ち悪くて好かない。これがどうにかなるのなら万々歳なので、研究チームの皆さんに手紙を書くことを決めた。それから年々改良に改良を重ねた結果最終的にペンダント型になって、オンとオフが音声認識にまでなったのだから驚きだ。

 

テスターとの事だったのでレポートが必要だと思い、幼女に許されるであろう範囲で感謝と機能の様子をまとめてみた。主に癒されたという面にではあるが、とても喜んで貰えたらしく、私も嬉しい。そうか、なら毎日書こう。

 

毎日送ったメッセージの結果、相手方からの私の印象は大変好感的だ。結果、研究チームのクリスマス会に招待され、向こうからの希望により目の前で変身してマジプリのOPを歌って踊る出しものをすることになった。チアで鍛えたダンスが火を吹くぜ。無類の可愛さを誇る幼女だからこそできること。現在の私は何しても可愛いのである。改めて感謝を述べれば喜んで貰えた。

……それ以来彼らのクリスマス会では毎年変身して歌って踊るようになるのだけれど。幼女という無敵状態から脱してしまった後にも続くとは思わなかった。

 

その後、大学卒業により研究室の離脱となっても私のことを気にかけてくれ、仕事の合間に趣味で作ったという発明品(おもちゃ)をくれたりと未だに交流がある。

しかしここ最近、不審者の撃退グッツばかり贈られるのには参った。確かに前世とは比べ物にならないくらい今世の顔は整っているが、周囲と比べればそこまで大差ない。この世界は平均の顔面偏差値が高いのだ。

そんなに心配なものか。と首を傾ける合間に、学習机の引き出しの中は唐辛子爆弾やら、シュールストレミング(世界一臭いとされる缶詰、中身はニシンの塩漬けだ)の臭い玉やらに徐々に占拠されてゆく。可愛がって貰っている自覚はあるけれど些か心配し過ぎである。安心させるため、姉貴分、兄貴分達の目の前で5枚瓦をかかと落としで割った後、瓦だった残骸を花吹雪に変えて消して見せた。小学5年生のクリスマスの話だ。

 




閲覧ありがとうございます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第1部 2章 ヒーローの卵達と魔法少女の邂逅
act.6:進路選択


2章まで進めたので通常公開に移りました。
お気に入り12件ありがとうございます。


「誰か!! ひったくりよ!! そいつ捕まえて!!」

 

後方から響いた女人の声に、なんだなんだと振り向けばすぐ横を男が走り去っていく。尋常ではない速さである。それがあのひったくり犯人の個性なんだろう。まぁ、指先に火を灯すだけの個性の俺がどうこうできる問題では無い。そもそもただの会社員である俺が、個性を用いて奴をどうこうしたらそれこそ警察のご厄介になる。気の毒だが、俺にできることは無い。

そう眼下の出来事に結論を出し歩き出した時、

 

「ふんっ」

 

猛スピードで何かが俺の頬をかすめた。その直後、ドスっという重い音が前方で鳴る。右横に向けていた視線を前方へと戻せば、大きめのスクールバッグの下敷きになりひったくり男は転んでいた。えっ、今かすめていったのってあの鞄か?

……なんて威力だ。

 

思わず驚き固まっていると。その持ち主であろう少女が俺の横を駆け抜けた。少女は立ち上がり走り出した犯人に間一髪で追いつくと、素早く投げ倒す。そのまま慣れた手付きで腕を捻り上げそのまま地に組み敷いた。

 

「お願いします、抑えるのを手伝ってください。それと警察に連絡をおねがいします」

 

一瞬の出来事に呆然とする通行人達は少女の声にハッとして手を貸した。かく言う俺も自分のネクタイで犯人の脚を縛り、その身体の上にのしかかる。会社の時間が迫ってはいたが、自分の娘程に若い女の子が頑張ったのに素通りするのも忍びない。他の会社員達も俺を真似るようにネクタイで奴の手足を固定していく。周囲の協力により、無事にひったくり男を捉え鞄は女人の手に戻った。

 

お手柄少女はなんと今日が受験日だったらしく、中途半端にすみませんと頭を下げた。受験は今後の人生を左右する、満場一致で仕方ないと少女を送り出すことになった。

 

「嬢ちゃんはヒーロー科志望か?」

 

「はい、概ねそうです」

 

「そうか、頑張れよ!! 未来のヒーロー!!」

 

そう声を掛けられると少女は朗らかな笑顔浮かべ、もう一度頭を下げた後に走り去って行った。その後、間もなく到着した警察はネクタイで縛り上げられ、一般人達に押さえつけられるひったくり犯に目を見開いて驚いていた。まぁ、そうだよな。

 

被害者の女性にも感謝され、程なくして束の間のヒーロー達はまた会社員へと戻っていく。

あぁ、たまにはこういうのも悪くないかもしれない。

 

 

 

**

 

 

 

「みゅみゅ!!」

 

「お手柄だって? ありがとう」

 

緑のチョーカーを巻いた、兎と狐とフェレット、狼を足して割ったような、なんとも珍妙な生物がこれまた珍妙な鳴き声を上げる。勿論何を言っているかはサッパリだが、適当に相槌を打ち、さらに脚の回転を上げた。急がねば。

 

「んー!! 今日も日本は元気に犯罪大国だね!! まったく、何処ぞの米花町といい勝負だよ」

 

余裕をもって家を出たはずが、一悶着あったおかげですっかり間に合うかどうかの怪しい時間になってしまった。

参った。せっかく先生から貰った緑のリボンで高く髪を括り、気合いを入れて来たのだ。遅れるなんて冗談じゃない。

 

なんせ本日、高校入試。

受験先はヒーロー養成の名門校、雄英高校のヒーロー科。

毎年の受験倍率300倍とかいう、巫山戯た数値を叩き出しているエリート校である。両親も担任も私なら受かると信じて疑わない様子だったが、送られてきた資料を見てつい2度見した記憶がある。300倍て何? 高校入試で倍率300とか初めて見たんだけど。普通に考えて可笑しい。

 

確かに。座学は前世で一応それなりに心理学極めた身だから、そこは自信はあるけれど。心理学科ゆえ理数は勿論、国語力なんてカウンセラーに必須だし、論文も読み漁る必要があったから死ぬ気で英語もできるようになった。あとドイツ語もいける。強いてあげるなら、社会科だ。社会は平凡だったし。数十年を経て様々な知識が抜け落ちまくっていたのでそこは頑張った。

それでも300倍にはビビってこっそり過去問解いてみたよね。座学は余裕で合格ラインでほっとした。しかし油断は禁物、ちゃんと改めて復習しておくことにした。

 

学校での受験勉強時間に、数学滅べと数学を呪いながら、必死に参考書に齧り付く友人に前世の自分を重ねた。その気持ち超分かる。その当時は私も数学の問題にキレまくったもの。

特に意味なく動き出す点Pや、何故か同じ目的地に自転車と徒歩で別々に向う兄弟。私も定期テストの度に呪ってた。

だがしかし。大学でデータ分析のために3次関数やら微積やらと殴り合いの死闘を繰り広げてきた後だと、あら不思議。中学生の数学が本当に可愛らしく思える。悲しいかな、心理学は数学への勝利、そして和睦なしには紐解けないのだ。

 

話しが逸れたので戻すが、そう。受験とは人生で訪れるうちの大勝負の1つである。

いやほんと。そんな日に他人の世話してる場合かよってレベルの大イベントなんだけれど、ひったくりを放って置く訳にもいかない。その結果の猛ダッシュだ。ヒーロー科じゃなければもっと時間があったんだけどなぁ。実技がある分集合時間が早いのだ。

 

そもそも何故ヒーロー科? 花屋はどうした? と思うだろう。私も最初、花屋を継ぎつつ、カウンセラーとしても活動しようと考えていた。むしろそれしかないと思っていた。

それが何故こうなったか。始まりは両親からの猛プッシュだ。

 

中学生になり、そろそろ将来の進路について考える時期に差し掛かると、両親からそれとなく聞かれた。何になりたいのか。と。

私は幼少の頃から決めていたので、花屋とカウンセラーの2足のわらじを履こうとしている。そう迷うことなく即答したのだが。

 

両親は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして。そして焦ったように。

 

「花屋は俺がしたくてやってるだけなんだから気にするな!!」

「花恵が変身ヒロインに憧れていることも知ってるんだから!! そんなことを言わなくていいのよ!!」

 

なんとも度し難い。

私がヒーローになりたいと思ってると信じて疑わない両親VS花屋を繁栄させたい私の図式が完成した。

 

さらに私の格闘技大会での功績や魔法少女“モドキ”の個性に期待し、この中学から有名ヒーローを排出したい進路指導教員と担任が加わり、この構図はややこしい事になっていく。

 

そう。プリキュア完コピ大作戦のために習った格闘技により武術の基本を学んでいたのだが。意外や意外。両親の希望により習い始めたチアダンスと新体操。その過程でアクロバッティングな動きができるようになり、プリキュアごっこの完成度が高まったのだ。舞うような美しい戦い方を格闘技の師匠と共に追求し始めたら、プリキュアごっこが楽しくて仕方なくなってしまった。

 

私の我儘に付き合いお世話になった師匠に何か返したくて、最初にして中学最後の格闘技大会に参加することを決意。そこで大暴れした結果、見事全国大会まで上り詰め準優勝。

師匠は喜んでくれたが、学校や周囲に将来有望なヒーローの卵だと思われてしまった。

 

この問題を解決すべく、私は手始めに両親が本当に花屋を継がなくていい。と思っているのか探ることにした。私が花屋を継ごうとしてるのは主に親孝行のためだ。早い話、両親が望んでいないなら継ぐ必要はない。

いや。そうであってもどの道、父の愛している店を失くしたくはないのだけれど。

 

「いいか、花恵。花恵の花屋になりたいという気持ちも分かったし、嬉しくない訳では無いんだ。でもな、花恵。ヒーローになってからでも花屋にはなれる!! だが逆は難しいんだ」

 

しかし、探りを入れる前に父からそう諭され、私は頷いた。成程。その通りである。だがしかし、私はヒーローよりかはカウンセラーになりたいのだ。そこを強く主張させて頂きたい。

 

両親は私の“可能性”を潰してしまうのではないかと危惧している。私の生きていた前世とは違い、この現代はヒーローが芸能人達を凌ぐ程の花形職業だ。多くの人が憧れ、諦めてきた道ではある。確かに、いい歳してプリキュアに憧れる気持ちはあるが、その1点だけを見つめる程私は子供ではない。私はカウンセラーという仕事にそれ以上のものを感じているのだ。しかしまぁ、大昔夢見た憧れに手が届くというのは大変甘い囁きである。

 

困った、両親は私が後で後悔しないかをひたすらに心配している。まったく揺れてないといえば嘘になるのであまり強く否定出来ないのが痛いところだ。

 

そんなことがあり、私の中ではダークホースだったヒーロー科という道が出来た。

確かに、ヒーローになり名をあげることが出来れば両親に楽をさせてやれる。その上、私が有名になれば『ヒーロー御用達の工房』として、良くして貰った研究チームの皆さんのいい宣伝になれるし、恩を返せる。

そこは惹かれるなぁ。などと考えながら、少し両親ゴリ押しのヒーローの資格について調べるようになった。

 

それから三者面談にて、私はカウンセラーになりたいのだと力説し、前世で磨いてきた言いくるめ技術をフル活用して先生方を説き伏せた。

 

だが、その直後私は気付く、『ヒーロー資格の有効性』に。

 

簡単な話。行動可能範囲、行動選択が増えるのだ。犯罪者の心に手を伸ばせるという面において、カウンセラーとしてこの資格、相当使えるのではないか。と気付いたのである。

 

というのも、調べたところヒーロー免許を持ちながら医者や教職に着く人もいるという。いざと言う時のためだけに副職としてヒーローになったというのだ。ヒーローは起源が警察と違い公職ではなく、自営業なところがあったからこそできることである。

 

最も、そもそもとしてヒーローへの道というのは、本気でヒーローになりたい人でも挫折するような険しく厳しいものである。そんな道をべつの目標を持ちながら態々歩む人は早々いないのだが。幸いにも私にはその道を歩むに足りる条件が揃っている。

 

まず第1に、私が真に学びたい心理学は大学からしか学べない。つまり高校はどの勉学に励もうが、なにに打ち込もうが問題ないのだ。

 

第2に、大学受験についてだが前世とこちらの高校までの学習内容や出題範囲はほぼほぼ変わらない。前世で死ぬ程勉強していたおかげで、学習面において穴という穴は私にはなければ、センター入試の過去問を書店で立ち読みしたところ現時点で8割り理解出来た(立ち読みなので解いてはいない)。このまま学習を続けていれば困ることはないだろう。

 

第3に、私の個性は簡単に言うと身体強化であり、恐らくワンパンで家屋を破壊できる程度には強い。見た目も性能もヒーローを目指すに不足はない。目的は違えどこれまで培ってきた格闘術もある。

さらに確か、両親の言われるまま目を通した雄英という高校は高卒でプロヒーロー免許取得を目指すカリキュラムを敷いていたと記憶している。

 

以上のことから、私は思い至る。高卒と同時にヒーロー免許を取得後、大学、大学院にて心理学を学びカウンセラー兼ヒーローになったら最強なのでは……? と。

 

前世にて犯罪心理学も学んだ私は知っている、心に傷を負うのは被害者だけではないということを。犯罪行為そのものが救難信号になっているケースがあることも。

調べたところ、このヒーロー側を圧倒的正義に掲げる現代社会は犯罪者となった者へのアフターケアが笊だ。収容所に入れられ、メンタルケアどころか社会復帰が望まれるのはごく僅かだという。この事実を知った私の心は動いた。

 

 

(ヴィラン)を淘汰するヒーローではなく、敵の心に手を伸ばすカウンセリング主体のヒーローが必要なのではないか。

いや、私がそうなろう。

様々な社会環境に苦しむ、より多くの人が私という1つの逃げ込み口に気付いて貰えるように。

 

 

これにより、雄英高校のヒーロー科を受験することに決めた。

若いうちにヒーロー活動を活発に行い、ヒーロー達の間にコネを作り、そして現場で顔がきき動き易くなったところで全線をさがり、花屋とカウンセラーに重きを移すつもりだ。

万が一、私がヒーローへの道を甘く見すぎていたとしても、最終目標に届かなくなることはない。雄英はヒーロー界においての超名門校である。将来有望なヒーローの卵達とコネが作ることができれば、ヒーローになる目的は概ね達成できるのだ。

 

「もきゅぴ!!」

 

「うん、見えてきたね。間に合いそうだ」

 

腕時計に目をやれば思いの他時間に余裕がある。そのまま校門を潜ろうと駆けてゆこうとすると、足がもつれた。何故だ、受験前に転ぶとはなんとも縁起が悪い。ここはそのままハンドスプリングを決めて意地でも、僕転んでないよぉ!! ってするしかないな。

しかし判断したはいいものの、待てども待てども中々近づかない地面……ふむ。我、浮いてね?

 

「ごめんね、勝手に個性使って。でも受験前に転んじゃうのは縁起悪いもんね」

 

どこか訛りの混じったイントネーションが特徴的な可愛らしい声が聞こえ、顔をそちらへ向ける。ほっぺたが可愛い、ボブショートの少女が私に触れていた。成程、浮かせる個性。

 

「いいや、むしろ助かったよ。ありがとう」

 

「みゅきゅ!!」

 

「ええんよ、その可愛い子は君の個性?」

 

「そうなの、常時発動する系統でね。イズクっていうんだ」

 

「みゅやや!」

 

「ふふっ、可愛いなぁ。ってごめんな、足止めしてしまって。お互い頑張ろうね!!」

 

「あぁ。ありがとう」

 

ボブショートな彼女はパタパタと行ってしまった。くるくる変わる表情がなんとも愛いらしい。優しい、麗らか朗らか少女だった。その背をじっと見つめるイズクに気になって声を掛けると、何事も無かったように擦り寄って来たので気にすることをやめた。不可解な言動は今に始まった事じゃないからね。

 

 

**

 

 

筆記試験については特に語ることは無い。強いて言うならカンニング防止のためにイズクが締め出されて、寂しそうにしてたことぐらいだ。

次は実技試験とのことで、現在は説明を受け終えそれぞれの会場へと足を進めている最中だ。ここからは未知の領域。一応過去の課題を見て師匠と共に対策は立ててきたが、やはり緊張はする。イズクも興奮するように私の周囲を飛び回っていた。

 

いや、イズクの場合は大好きなラジオのMCたるヒーロー、プレゼント・マイクに会えて大興奮なのだろう。

 

イズクは私の個性であり、いわば私の1部である筈なのだが、ほぼ1個体として独立していると言って過言ではない。思考だけではなく、趣味趣向まで私とはまったく異なり、私はさして興味が無かったヒーロー達にどハマりしている。テレビや雑誌によくかじり付いては、なにやらブツブツと唸っている様子をよく見かけるし、出かけている最中にヴィランとヒーローの戦闘に出くわすと、野次馬して行こうとばかりに私の袖を咥えて引っ張っていくのだ(イズクのヒーローへの関心の高さが私の深層心理の表れだと両親に思い込まれていたことも、両親によるヒーローゴリ推し事案の原因の一つである)。

無邪気で大変可愛らしいのだけど、以前思っていた“知能も私と同等”というのは少し考え直す必要があるかもしれない。

 

今回の試験監督であるプロヒーロー、プレゼント・マイクもイズクの好きなヒーローの1人である。彼のラジオ番組は、私が勉強やら筋トレやらしてる傍らで毎週10分前から正座待機し放送中は微動だにしない。

 

 

「ほらほら、イズク。落ち着いて。試験会場Bはあれかな」

 

 

実技試験の内容とは雄英高校内にある模擬市街地にて(ヴィラン)を想定したロボットを行動不能及び破壊し、そのポイント数を見るというものだ。仮想敵の種類は4種類存在し隠種ごとに0〜3ポイントが与えられている。つまり、壊しても全く得点に繋がらないものもあるのだ。

 

制限時間は10分、持ち込み自由。

 

私の個性と相性がいい試験で助かった。が、格闘家としては個性を使用せずにどれ程私の実力が通じるのかというのも確認しておきたいので、できる限りは変身せず生身で挑もうとしている。

持ち込み自由らしいので、高カロリー且つ吸収されるのが早いゼリーが大量に入ったウエストバックを身につけている。

 

ふむ。ざっと見て40人程か。となるとイズクには空中から状況判断をしてもらって、ある程度点を稼いだ上で力試しという方が確実か。ロボットならば無生物だから大きさによっては花吹雪に変えてしまえばい……

 

「はい、スタート!!!!」

 

……? これは開始の合図でいいのだろうか? そう思い声のした方を伺おうとすると、背中をバシッと叩かれる。イズクだ。あ、イズクも行っていいと思う? よし行こうか。

 

「どうしたァー!! 実践にカウントダウンなんかねぇんだよ!!」

 

成程、その通りだ。ナイスジャッチ、イズク。おかげでまずは1歩、周囲より早く会場内へと踏み込むことが出来た。さて、入ったらまずは地形把握からか。

 

「イズク、頼んだよ」

 

「もきゅ!!」

 

さぁ、ゴリラ育成プログラムを経て立派な格闘家となった私の本領発揮といこう。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

act.7:本領発揮

お気に入り登録40件ありがとうございます。


「ざっくりでいいからフィールドを見回して。どう、10分で回れそう?」

 

「もきゅ!!」

 

私はイズクの言語を理解出来ない。だが、事前にYESとNOのサインは確認済みだ。了承、GOサインは「みきゅきゅ!!」否定や反対等は「もきゅ!!」。主に鳴き声の音数で判別できる。よってイズクからの返答は不可。ふむ、10分で1周できる広さではないか、ならば到達が制限時間後半になる中部から奥には何か仕掛けられてると見た方がいいかな。

 

「イズク、そのまま空から仮装敵の位置を把握出来そう?」

 

「みきゅきゅ!!」

 

「じゃぁ、ナビゲート頼んだよ」

 

「みゅきゅーっ!!」

 

イズクの視力は2.7とかなり良いため、索敵能力が抜群に高い。上空を飛んでいくイズクを追って建造物の合間を駆ける。すぐに「きゅっ!!」と短く高い警戒の鳴き声を受けた。慎重に右折すると、予告通り仮装敵のお出ましだ。

機体に2と書かれている他、事前に配られたプリントと照らし合わせても、2ポイントの仮想的と見て間違いない。

 

「ヒョウテキ……カクニン」

 

頭部であろう箇所に着いたレンズが私を捉える……。さて、この機械の心臓は頭部が胴か。その判断は分断した方が早い。小型の戦車が基盤となっているが、コイツは首が長く細い。頭部を固定し蹴り飛ばせば、ちぎれるまではいかずともダメージはいくはず。1点集中攻撃すれば或いは破壊も出来るかもしれない。

 

「でやァっ!!」

 

地面を蹴って飛び上がって頭部に手を付き、そこを支えに身体を捻って蹴りを入れる。ぐしゃっとアルミ缶が潰れるように軋む音。ふむ、ちょっと壊れやすく出来ているようだ。ポッキリと折れてしまった首をダラっと垂れ下げて、ちぎれた電線からはバチバチと放電が起こっている。完全停止……つまり頭部を潰せば破壊及び行動不能に出来るという訳だ。まだわからないが、おそらく他のポイントの機体も頭部が心臓部位になってるのだろう。

 

「イズク、次に行こう」

 

「きゅぷ!!」

 

先行するイズクを辿って行き、先々で出会った仮想敵の頭を蹴り潰して回る。着々と溜まるポイント数から考えると、変身せずに済みそうだ。中々の高ペースで破壊している私は恐らくペースだけを見れば基準以上。変身すれば効率は上がるが、周囲を見回して考察してもその点だけを考えるならば十分だろう。後半に大きな仕掛けがある可能性を考えるとカロリーは温存しておきたいのだ。

 

「それっ」

 

「みゅっきゅ〜っ!!」

 

「なになに? ヒーローみたいでカッコイイって? ありがとう」

 

「みゅや!!」

 

 

頭部が砕け放電している仮想敵の姿にイズクが興奮気味に歓声を上げる。その声に適当に相槌を返せば肯定するように私の周囲をくるくる飛び回る。うんうん、この場で誰よりも君が楽しそうだ。

それにしてもこのロボット、ちょっと脆いな。鉄パイプで破壊していた受験者もいたからそんなもんなのだろうけれど。何を隠そう、私の蹴りは鉄パイプより強い。

 

私は初代キュア様の足技、投げ技に大変憧れている。そのため、ついつい練習に多く熱を入れてしまっていがちだったから、殴るより蹴るほうが得意になるというのは当然の流れだろう。

しかし、自分で言うのもあれなのだけどそのレベルがエグい。拳では瓦2枚がやっとだというのに、小学生にして既に瓦5枚をかかと落としで割れるようになってしまっていた。さらに言うなら、中学生の青春を捧げた結果、蹴り1つでプラスチックや竹は砕け、鉄パイプも車も凹むようになってしまった。

 

努力は裏切らないとはいうが、まさかこんなになるとは思わない。初めて蹴りで竹を粉砕した時は興奮すると同じくらい、自分のことながらとても引いた。しかし、上には上がいる。私の師匠は拳の風圧でトラックを止める漢(猫が引かれそうだったらしい)。

ここは少年漫画か格闘ゲームの世界かなのではないかと何度思ったことだろう。だかしかし、これは現実であり、尚且つ個性使わずこの破壊力。残念ながら私達師弟はどう足掻いてもステータス異常のゴリラである。ただ、それでもオールマイトの腕力には遠く及ばないという事実が私を救った。良かった、私はまだ人間。

 

……クラスメイトの男子が見た目詐欺の大食いゴリラ女と己に言い聞かせるように度々呟いていることを私は知っているし、力仕事となれば男子よりも先に私に声がかかる。それが現実。

悲しいかな、私は自他ともに認めるステータスゴリラなのだ。オールマイトにはゴリラって言わないのにね? 平和の象徴?? うるせぇ、私をゴリラと称するなら彼のことはキングコングと呼べよな!!!!

それか口に出さずに内心に秘めておいて欲しい。

 

「せェィりゃァッ」

 

……これで56ポイント。耳に入る周囲の得点をカウントする声によると多い人で60、低いところだと10。しかし、点数に関わらず誰しもが焦りを滲ませながら争うようにロボットに襲いかかっている。……あぁ、成程。思い返せば仮想敵の数は伝えられていない。他の試験会場の様子も伺えないから周囲に勝っているから安心、という訳にもいかない。

 

「イズク、あと3分切ったから奥に向かって行こう」

 

試験監督の残り時間の告知と共にさらに奥に向かって走った。終盤ということもあり、既に壊れている仮想敵が道に無造作に崩れ落ちている。それらを飛び越え乗り越え、出会った個体にはラッキーとばかりに蹴りを見舞う。

 

「きゅきゅぅ……きゅッ!!」

 

何かを感じたのか、空を先行するイズクがピクリと耳を揺らし、そして警戒の高い声を上げる。その直後だ。

低く重たい地響きが鳴り、突如1歩先の地面が盛り上がる。反射で、後ろに飛びのき巻き込まれることを回避する。他の受験者はまだ中間程の区間で仮想敵を探し回っていたし、周囲には誰も見かけてない。学校側も流石に安全確認はしてくれているとは思いたい。これに巻き込まれた人がいなければいいのだけど……。

 

「もきゃ……」

 

砂煙が舞い視界が悪くなる中、大きな影はどんどん空へと伸びて行く。おっとぉ?

目測、30メートル、40メートル、50……えっ、まだ止まらんのか。やがて砂煙が晴れその巨体が姿を現す。

 

「わぁぉ……お金かかってんなぁ」

 

この入試に幾らかかってるんだろう。目の前に仁王立ちする100メートルの高さは優にあるであろう、鉄人兵器。巨大ロボットなのに、ガンダムよりも人食いの巨人の方がイメージに近い気がするのは、恐らくその寸胴のせいだろう。駆逐してやるぞ。

破壊してOKという辺り、再起不能になることも視野に入れているのだろう。正直言ってこの学校頭おかしい。過去に事務所を経営していた身からも言わせて頂きたい。お金はもっと大事にしよ!!!! 普通大赤字どころの騒ぎではない。小さな機械を性能や材質そのまま大きくできる個性でもあるなら別なのかもしれないけれど。そうじゃないなら文字通り湯水の如くお金を使うね?

破壊して回った私が言えたことじゃないけれど、資源も物もお金も大切にしよう? 特にここ国立なんだから税金とかさ……あっ考えるの止めよ。

 

おもむろに動き出した奴に警戒しながら距離を置く。……この姿は例の0ポイント。全然見かけないと思ったけど、そういうことだったのか。さて、私の後半に何か起こるという推察は当たったのだけれど、これはハズレか。判断ミスしたかもしれない。

 

こちらへと重たい足取りで前進する巨人。その動きはだんだん加速している。さてどうしたものか。まだ他の受験生達のいる区域まで50mはある。奴に背を向けないようにバックステップで下がりながら考える。

 

とりあえず、他の機体同様に個体識別して私を追って来てくれているのなら、受験者達の方へ連れていかず奥へと進もう。0ポイントのロボットだ、誰も戦いたくはないだろう。……あ、私をロックオンしている訳じゃないな、これ。これでは否応なく連れて行くしかない。

奴の速度は時速20キロ強程にもなり、私も流石に背を向けて駆ける。

 

すぐに他の受験者達の元へ連れてきてしまい、私より先を走り逃げる受験者達に続く形になった。怯えながらも必死に走る後ろ姿に、ヒーローを目指してどんなに身体をつくる努力をしていても、彼らはまだ中学生なのだと感じる。しかしまぁ。まだまだ子供なのに、この圧倒的力を前にしても動けるとは、中々に肝が座っている。最近の子供達って凄い逞しい。

 

関心してばかりもいられない。私も考えなくては。

この巨大ロボを配置した意図はなんだ。

鬼ごっこさせるにしては割に合わない、もっと素早く小回りの効くものにするはずだ。かといって戦わせたいならもっとこう、受験者が戦いたくなるような条件を付けて評価してくれるはずだ。それがましてや0ポイントの無評価対象なんて……あぁ、ノーリターン、ハイリスクか。そして脅威に立ち向かう精神も問われてるのかな。成程ね、うんうん。ヒーローを育成するんだもんなぁ、納得。

中学生に要求するものが些か大き過ぎやしないかい。

 

前方で転んで足を挫いた少女を拾って抱え、足がもつれそうになった少年を寸前で支え、足の遅い子の手を引き。先を駆ける姿を後ろから眺めながら、なるべく誰も遅れを取らないように支援に徹する。あんな巨体に轢かれたらたまらない。雄英は入試で重体患者を出すつもりか。救護班もいるのだろうけれど、シビアだな。

 

 

「みゅやや?」

 

変身しないの? とでも言いたげに私を見つめるイズク。確かに、逃げるよりさっさと倒してしまった方がいい気もする。これから奴が加速しない保証はない訳だし、変身後の腕力をもってすればアレは敵ではない。だがしかし、私の変身には10秒程かかってしまう。その間は完全に無敵の手出し無用状態になる私はいい。でも生物を抱いて変身したことはなく、どうなるか分からない。今抱えてる子を下ろして変身するにしても、10秒あればあのロボが追いついてしまう可能性も十分ある。故に今は

 

「彼女を任せられそうな子を探しているところなんだ」

 

「ごめんな、アンタも大切な受験なのに」

 

「気にしないでほしい。私もヒーローになるのだから、人を助けてこそだと思うんだ。それでなくても、危ないってわかっていて放って置く訳にもいかないよ」

 

居た堪れなそうに俯く少女を抱く腕に力を込める。安心させるように笑いかければ、彼女は「ありがとう」と頬を緩めた。さぁて、サイドテール少女。スピードを上げるぞ。これから揺れるから口を閉じていて欲しい。向こうの力がありそうな彼に任せるからさ。

 

マッチョ体型の少年にサイドテール少女を託すと、少年は快諾してくれた上にロボットの破壊に行く私を心配してくれた。優しい世界だ。

 

「さて、イズク。行く、よっ??? おっとぉ? どこへ連れていくのさ?」

 

「キュッ!!」

 

少年に追いつくために加速したためロボとの距離は十分に取れた。よし変身するぞっと思ったら、イズクが私の袖を引っ張ったため体制危うく崩しかけた。えっ、なに? どうしたの? そのままどこかへと私を引っ張るイズクに疑問符が尽きない。なんでや、せっかく距離を取ったのに。

 

何も考えなしに意味なく行動する子ではないので、大人しく後を着いて走れば、どんどん0ポイント仮想敵まで近づいて行く。え。なんで??

 

「イズク!! 何考えているか分からないけど、このままだと変身間に合わないよ? 大丈夫?」

 

「みきゅきゅっ!」

 

「……そう。何か考えがあるんだね。じゃあ着いていくよ」

 

「きゅぷっ!」

 

どうやら、この先に何かあるらしい。こちらへと逃げる受験者達を躱してすり抜けながら先へ先へと駆けて行く。ロボとの距離が目測50メートルを切った頃に、やっとイズクが見ていたものが見えた。2.7ってそんな遠くまで見えるのか。なんにせよ、お手柄だ。

 

「イズクは彼女を助けに行きたかったんだね」

 

前方には瓦礫に半身が埋もれて身動きが取れずにいる少女、先刻私を助けてくれた麗か朗らか少女だ。颯爽と助けたいところだけれど、生憎とあの瓦礫は変身しなければ退かせない上に変身が間に合わない。

 

「今助けるよ」

 

「君は、あの時の……?」

 

ならば、一か八か。まだまだ上手くコントロールできないけれど。

 

解除(アン・ロック)__」

 

 

ぶわっと桃色に輝く花弁が舞い上がり旋風が巻き起こる。大丈夫、大丈夫。吐くほど練習してきたんだ。上手くやりなよ、私。

視界に映して変に意識すると、家屋やビルなど余計なものまで消散してしまう。カロリーも、資源も勿体ない。避けるために目を閉じて情報をシャットアウトして、手で瓦礫に触れる。瓦礫の全体を思い浮かべながら無くなれと念を送ると、瞬時に手から感触が無くなり風が舞う。だいぶ密度が大きかったらしく、ごっそり気力が無くなった。直接的表現に直すと、お腹空いた。

 

生物である少女は対象外なので、他を映さないよう真っ直ぐ彼女を見つめて安否を確認する……良かった無事だ。すぐ後方に迫るロボに顔を真っ青にする彼女の身体を覆い、パッと素早く後方に視線を移して奴の頭部を捉える。ただ頭部だけを一点集中。流石にあれ全部消すにはカロリーが足りない。他の型と同じだと信じて、頭部だけ、頭部だけ、頭部、頭部……と念じる。

 

 

__きゅぴんっ

 

ファンシーな音と共に桃色に発光したのち、奴の上半身が爽やかな春色の風と共に花弁となった。

……せ、成功。お腹空いた無理。朦朧とする意識に叱咤して

 

制限(ロック)……ふぅ」

 

制御装置を再び起動し、吹き出していた花吹雪を収める。上半身を失い、動きを止めて放電する仮想敵に安堵して、ぐーぎゅぐーぎゅと糖脂質を求めるお腹にカロリーゼリーを2本流し込んで宥める。お腹空いたし眠い、非常に眠たい。あと残り時間は1分あっただろうか。

 

その後間もなく響いた終了を告げる声に、肩の力を抜く受験者達と揃えて私も息を吐いた。帰りはバイキングだ、絶対。私とエネルギーを共有しているイズクがふよふよとふらついているのでそっと捕まえて腕に抱えてやる。たぶん飛ぶより抱える方がエネルギー的にも楽だろう。

 

ぎゅるるる……。

きゅるるる……。

 

1人と1匹の腹の虫が声を揃えて力無く鳴いた。

はいはい、もうすぐご飯だから我慢しましょうね〜??




その後の集合時に空腹音を鳴り響かせ続けるという醜態を晒す羽目になり、近くにいたあの時のマッチョ少年がチョコレートマフィンをくれた。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

act.8:再会の春

評価ありがとうございます!
コメントも頂くのは初めて何と返そうかと悩みに悩んで早1週間。コメントがこんなに嬉しいものだとは……、これからはもっと積極的にコメントを残そうと思いました。
これを投稿したらいい加減すぐにお返事します!!

お気に入り69件ありがとうございます。


「んだとクソ花!! んで、てめぇがここに!! ヒーロー科にいんだよ!! あん?? ヒーローにはならねぇんじゃなかったか? ア"? 答えろクソ花!!」

 

「物申したい気持ちはわかるけど、とりあえず人を鼻糞みたいに言うのはやめてほしい」

 

入学初日から胸ぐら掴まれることになるとは思わない。

いやぁ、世界は狭いね? 勝己くん。

 

 

**

 

 

結果から言えば先程見ての通り私は合格だった。

 

翌日の稽古に備えてハープの練習をしていたところ、聞こえてきたのは何やら興奮気味にドアをガリガリ引っ掻く音。なんだなんだとドアを開ければイズクがぼふっと顔に突っ込んできた。何をそんなに興奮しているのかと思えば、咥えて振り回しているのは雄英からの合否通知だった。

 

ソワソワと落ち着きなく飛び回るイズクを宥めると、椅子に腰掛け封を切る。中から出てきたのは円形の厚さ数センチ程のディスクと、紙。手紙の方から目を通そうとすると、視界の端でイズクが機械をつつき始めた。こらこら。勝手に弄らないの。あ、こらっ

 

カチッ

 

『私が、投影された!!』

 

成程、映写機。壁に映し出されたのは誰もが知っているNo.1ヒーロー。かの有名な平和の象徴オールマイトその人だった。

そんな多忙を極めてそうな方が何故。やっぱり手紙から読むべきだったかと、オールマイトの話を聞き流しながら手紙に目を向ける。あれっ、入学案内? これは受かった? いや、合否通知かっ飛ばしてそれって可笑しくない? 合否通知って入っているものでは?

 

疑問符を浮かべながらも、とりあえず映像を見ることにして視線を映像へと移す。大好きなオールマイトに興奮で私をびしばしと叩くイズクをあしらいつつ、彼の話に耳を傾ける。

 

『私が投影されて驚いただろう。実は来年度の春から教師として雄英に務めることになったんだ』

 

成程、把握した。雄英教師としての初仕事がこの合否通知なんだそうだ。はぁ……。No.1ヒーローを雇えるとは雄英凄い。流石暫定日本一のヒーロー養成機関。

 

『さて、本題だが陽向少女。筆記は文句なし!! ヒーロー科一般入試の中ではトップだ。そして実技も58ポイントとこれまた申し分ない!!』

 

「みゅきゅゃやーーーーっ!!!!」

 

「ぐふっ」

 

大好きなオールマイトからの賞賛にイズクは思わず奇声を上げ、私の10倍は喜んでいる。そうだね、良かったね。君のおかげだよ。でもねイズクさん、痛いです。首が、締まる……っ。

 

「もきゅぅ……」

 

うん、気付いてくれてありがとう。しゅんと萎れて反省を示すイズクを撫でた。大丈夫だからそんなに落ち込まないで。

 

『さらに、私達が見ていたのはそれだけじゃない。戦闘能力を見るのが(ヴィラン)ポイントだとすると。ヒーローに必要なもう1つの基礎能力。その名もレスキューポイント!!』

 

成程。ヒーローは奉仕活動なところがある。元々は無償での活動で職業ではなかったと日本史の授業で習った。戦闘能力がヒーローの全てではない、現に災害時の救助活動を主にしているヒーローも多く居る。そういう事だ。

 

『陽向少女、凄いよ!! これも断トツだ。周囲をよく見れている。入試というこれからの未来がかかっている場で、自分の利を置いて他に気を回すことができる。君は自然にやってたのかもしれないが、中々できる事じゃない』

 

まぁ。中身は大人だからね。体感だけれど自分より若い子達が必死に逃げているのに、何も感じないわけがないんだよなぁ。それに、これで受からなければヒーロー職を軽視していたと思い直して、心理学1本に絞るつもりだったし。なんというか、それ程気負わず気楽に挑んでいたからだよね。うん、べた褒めがむず痒い。イズクは大変ご満悦のようだけど。

 

『それにあの土壇場での救出劇、見事だったね!! 強いて言うなら確実に止めるなら頭部より、まずは足元を崩した方が的確だったな!!』

 

確かに。あれで頭部が心臓部になっていなかったら、そのまま突っ込んできただろう。足を崩してすたこら逃げるか、足が無くなった反動で動けなくなった隙に変身してワンパンした方が確実……。成程、その通りだ。あの時の腹へり具合からして10分の変身くらいはできた。

 

『レスキューポイント、63ポイント。合計121ポイント。おめでとう、陽向少女。合格だ!! しかも今年の首席入学者さ!!』

 

「みゅやっ!!??」

 

「首席……!!?」

 

まさか、そこまでだとは。中身が大人なのはやはり相当なハンデだったのだろうか。少し申し訳ない気もするが、気にしたって仕方ない。師匠や先生からのご指導の賜だと思った方がいい。おかげ様で私は自他ともに認めるステータスゴリラだからね!! ゴリラって物凄く優しくて仲間思いな動物なんだよ。さらに、中には手話を理解し習得したゴリラもいる程に知能も高い。そういう事だ。

 

話が逸れた。

それに、これで両親や師匠、元研究室の皆さんにいい報告ができる。とりあえず、気になって仕方ないだろう両親にディスクを見せた後、お世話になった皆さんに合格の報告をして回った。

小学5年生になった健信くんに雄英合格を伝えると私以上に喜んでくれて、「カッコイイ!!」「すごい!! はな姉すごい!!」と嬉しそうに褒めてくれた。思惑通りである。健信くんにまで報告したのは、ヒーロー志望の可愛い再従兄弟(はとこ)にいい格好したいだけだった。全国中継の体育祭を必ず見ると言われてしまったからには、さらに気合いを入れなくては。

 

変わらず月一でお見舞いに通ってる私は、冷さんにも報告した。冷さんにはカウンセラーになりたい話もしているので「また夢に近づいたね、おめでとう花恵ちゃん。無理はしない程度に頑張って」と笑顔で応援してくれた。

痩せていた頬も戻って、血色も良くなった。ここ数年でさらによく笑うようにもなってくれた。一見、もう安定してすぐにでも退院できるように見えるが、冷さんは非定型うつ病と診断されている。定形のうつ病の常時塞ぎ込んでいるのはことなり、感情の起伏が激しいのが特徴とされる。冷さんは『起』の方はそこまででもなくほぼ健康時と同じように穏やかにすごせているのだが『伏』が激しい。彼女は症状の中でも特に不安抑うつ発作とフラッシュバックに苦しんでいる。今こうして和やかに笑ってくれているが、明日にはまた塞ぎ込んだりすることがあるのだ。

 

まぁ、彼女が退院できない理由はそれだけではないと、旦那さんの立場を知った今ではふつふつと感じている。なんせ旦那さんはあのNo.2ヒーローだったのだ。そう、事務所がご近所さんのあのエンデヴァーさんだ。そうなると色々あるのだろう。

彼が何を考えているのかは知らないが。しかしまぁ、毎月花が届くし(しかも近所なだけあってうちに買いに来るのだ。むしろそれがあったから分かったのだけれど)、たまに面会しようとしているという話は耳にしているから彼なりに歩み寄ろうとはしているのだろう。上手く収まると良いのだけれど。

 

他にもあのヨシヨシして泣かせたリーマン兄ちゃんこと、孝幸さんが久しぶりに尋ねて来たかと思えば彼女へのプロポーズに悩んでいて、カフェの常連さん達も一緒になって真剣に計画を立てた後、成功に導いたり。なんてこともあったけれど今回は置いておく。

 

そして、迎えた入学初日。両親に見送られ2ヶ月ぶりくらいに雄英の門を潜る。数多の有名ヒーローを排出してきたという学校を前にして、興奮が抑えきれないイズクが先に飛び出してしまった。あらら。イズクってば感激のあまり我を失ってるね。見たこともないスピードで校舎へと飛んでゆき、その姿はもう見えない。仕方ない、後で回収するとしよう。幸いお互いの位置は何となくわかるし。

 

「あっ、その綺麗な髪は花吹雪の人!!」

 

声につられて振り向けばあの時の麗らか朗らか少女が手を振って駆けてくる。その姿に何だか柔らかな気持ちになって、手を振り返すとすぐに駆け寄り手を握られた。

 

「お互い、合格おめでとうだね!! 改めて助けてくれてありがとう!! あなたの個性かっこ良かったよ! こう、ぶわっって」

 

身振り手振りで、再現して見せる彼女。無邪気か。とても微笑ましい。彼女の名前は麗日お茶子。名は体を表すとはまさにこのこと。麗らか朗らか少女は本当に『うららかさん』だった。とても可愛いらしい友人ができたと喜び、さらにクラスも同じと来て一緒に教室へ向かうことになった。途中でイズクを回収しようとイズクの元へ寄ることも麗日さんに伝えてイズクの気配のする方へと歩き出す。

 

「えっと、陽向さん。この先ってヒーロー科だよ、イズクちゃんはいいの?」

 

「あぁ、そうだね。どこか迷い込んでるかと思ったけれど、イズクは寄り道せず教室に向かえたみたいだ」

 

どうやらイズクは散策せずに真っ直ぐ向かって行ったたらしい。……うん? 何だか向こうが騒がしい。ふむ。あの子が何かしていないといいんだけれど。先に行くと断って廊下を駆けて教室のドアを開けた。

 

「きゅぷぅ〜っ」

 

「くっそ、離れろてめっ! なんでいんだよ!! クソ犬!! ご主人様はどうしたんだてめぇ!? まさか普通科にいんのか?」

 

目つきの悪い金髪少年に、じゃれつくイズク。彼の手から巻き起こされる爆発にビビりつつも一向に離れる素振りを見せない。

 

「やめないか! 君っ、小動物相手になんてことをするんだ!! 危ないだろう!!」

 

そしてそれを咎める眼鏡少年。とそれを遠巻きに眺めるクラスメイト達。うーん。世界は狭い。

 

「イズク。おいで」

 

「みゅや!! もきゅーぴ、ぴぷっ!!」

 

「うんうん、何ひとつ伝わらないけれど、大好きな彼に会えてご満悦なのはわかった。でも誰かに迷惑を掛けてはいけないよ」

 

「きゅぷぅ……」

 

私の声にご機嫌に飛び帰ってきたイズクを抱きとめ、それから小言を吐いて小突く。するとしゅんと萎んで私の右肩に乗り、首裏に隠れてしまった。頭隠して尻隠さず。大変愛らしいので気付かないフリをしてやる。

 

「皆さんも申し訳ありませんでした。何方か怪我や被害を受けた方はいらっしゃいますか?」

 

「きゅぷぅ」

 

私がガバッと頭を下げるれば、そんなことしてないもん。とばかりに首裏で小さく鳴いたイズク。そう拗ねないで。礼儀というか社交辞令というものがあってだね。

暫くの静けさの後、「大丈夫」「気にすんな」と声が聞こえてきた。が、まだ上げない。1番神経質そうなあの眼鏡少年からの許しを待った方がいい。程なくして「わかっているならいいが、気を付けてくれ」と言ってくれたので、もう一度謝罪を述べて顔を上げた……

アッ。目と目が合う〜。鬼の形相とはこの顔を言うのだろうね。恋なんて始まるわけがなかった。

 

「おい、てめぇ。んで、ここに居んだよ。普通科か?」

 

「いや、ヒーロー科だよ。ヒーローの免許が欲しくてね」

 

ここまで言葉を交わしたところで冒頭に戻る。

いやぁ、参ったなぁ。小学生時代の知人と高校生になって再会する、かぁ。ラブコメの常套手段だね!! しかし、相手方は出会い頭にヒロインの胸ぐら掴んでくるような奴である。ヒロインがいったい何をしたんだ。殴り合いを制した、それが答え。こんな殺意高いラブコメどこにも需要がないからやめよ?

また幼少の頃と同じように投げ飛ばしてやってもいいのだけれど、そうする理由も無ければ、やってもいいことは無い。

 

「嘘は吐いてないよ。本気でヒーローを目指している人達の前で言うのは少しはばかられるけど、今も変わらず目指すはカウンセラーだ。ヒーロー科に来たのは先の未来でヒーロー免許が役立つと思ったからだよ。勿論、本気で取得を目指すつもりだ」

 

「わざわざ難関のトップ校選んでか? 俺の道に立とうってんならぶっ潰す」

 

女子の胸ぐら掴むのはヤバい。そう止めにかかりそうなクラスメイト達を手で軽く制す。大丈夫、大丈夫。

 

「勝己くんが雄英を受けることは知らなかったし、ここを選んだのは1番カリキュラムがしっかりしていたことと大学並に揃っている書物の豊富さに惹かれたからだ。誓って君の邪魔をする意図はないよ」

 

「……」

 

「かと言って、手を抜くつもりもない。だから邪魔だと思うなら、潰しにかかって来い。踏み台にしてくれて構わないよ」

 

「っは、舐めてんじゃねぇぞ。クソ女」

 

時間も無いし、入口である扉の真ん前だし、そろそろ手を離してほしい。うーん、彼相手には話し合いじゃぁやっぱりダメか。仕方ない。奥の手といこう。

 

「……まさか」

 

そのまま、空いてる両手でぎゅっと抱きしめる。すると奴はギョッとして一瞬息を呑んだ。すぐさま私は腕を緩めて、すぐに解けるような緩い抱擁に移行する。

 

「確かに私が君を投げ飛ばしてばかりいたけれど、君はきっと私なんかすぐに踏み付けて高みへ行けてしまうよ。私は君が凄い人だとよく知っているからね」

 

ぽんと背を柔く叩けば、ビクっと体を震わせて私を突き飛ばし飛び退いた。予想通りの少年らしい反応に、素早く足を引いてバランスをとる。

すぐさま奴は何をするのだと、今にも人を殺しそうな顔をして吠えた。子供が見たら10人中10人が泣いてしまうだろう。ヒーローがしていい表情(かお)じゃない。彼がヒーローになったら、強面ヒーローとして有名になりそうだよね。確か『(ヴィラン)に見えるヒーローランキング』なるものが存在すると記憶している。やったね勝己くん!! 期待の新星だね!!

決して馬鹿にしてはいない。ないったらない。

 

「君が中々熱烈で離してくれないからね、私も応えてみたんだけれど気に入らなかったかな?」

 

「気に入らんわ!! 殺すぞ」

 

うーん。物騒。からかいすぎたかな。

彼は絶対殺す(直訳)という殺人予告を捨て台詞に席へと戻って行った。お騒がせして重ね重ね申し訳ない。そうクラスメイト達に頭を下げたら、ふいっと数名に顔を逸らされてしまった。ふむ。やらかした。

 

お話終わった? ねぇ、終わった? とばかりにこちらを覗き込んで首元に擦り寄るイズク。終わったよ。と告げれば喜び勇んで再び爆豪氏の元へと突っ込んで行った。そして爆破された。学ばない獣である。

 

「おいコラクソ女!!」

 

うん、ごめんね。

イズクを早急に回収して席に向かうと後ろからコソッと麗日さんが心配そうに

 

「陽向さん、あの爆破の子と知り合いなん? 大丈夫?」

 

「幼馴染とは違うけれど昔馴染みの知人だね。ちょっと殴り合いをした仲でまぁ、見ての通りさ。乱暴かつ横暴だけど、捨て猫に傘を差し出すどころか、舌打ちしつつも連れ帰って里親を探すような子だから大丈夫」

 

さっきは置いていってごめんね。と付け足せば「それはいいんやけど……」と口ごもらせた後。

 

「突っ込みどころが多すぎてどっから手をつけたらいいのかわからんよ」

 

後ろから「何勝手に妄言吐いてんだクソ花!!」と吠える声が聞こえるが無視を決め込んだ。はいはい照れ隠し、照れ隠し。クラスメイトから彼へ向けられる視線が柔らかくなった。良かったね!! 勝己くん。

 

彼は健信くんのご近所さんの元悪ガキ大将といったところなんだけれど、この話はまたにしよう。しかしまぁ、こんな所で彼に再会するとは思わなかった。本当に世界は狭いね。全く予想できないことではなかったけれど、3年以上会ってなかったから彼のことはちょっと失念していたというか。中学生活はプリキュアごっこに熱中し、さらには怒濤の進路選択に追われて彼を思い出す余地もなかったというかね。

彼はあれほど熱烈に覚えていてくれていたというのに申し訳ない。知らぬが仏。忘れてたとは口が裂けても言わない。

 

 

「はーい静かに」

 

にょき。声のする方を伺えば黄色い芋虫が教室の戸の側に倒れている。クラスメイト達のギョッとした視線をものともせず、這い出て来たのは全体的にモジャッとした中年1歩手前な男性。

……とても、見たことがあるというか、どう見ても我が恩師というか。

 

「1年A組の担任を受け持つことになった相澤消太だ、よろしくね」

 

イレイザーヘッドその人だった。

まさかの再会に私は思わず目を見開き固まる。え。先生が担任って言った? 言ったよね、どうしよう嬉しい。予想外の再会ラッシュに少し脳内が混乱しているが、嬉しいものは嬉しい。 そしてイズクもまた、大好きなイレイザーヘッドとの再会に大興奮の様子。すぐにでも飛びつこうとするイズクを間一髪で抑え込んで阻止した。ステイ、ステイ。気持ちはわかるけど今はダメだ。いいね?

 

しかしまぁ。思う以上に世界は狭い。

ね、イズク。




自己満足の好き勝手に書いてます!!(及び腰)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

act.9:成長報告

いつも閲覧ありがとうございます。
感想や、評価も頂けてとても嬉しいです。

コメントでご指摘を受けたので、少し補足を入れて見ました。


「資料で見ていたけれど自己主張が激しいね?」

 

濃いめの青地に、でかでかと上下に渡り白のラインで型どられるは『UA』の文字。

 

「そう? 私はそこまで気にならんけれどなぁ」

 

「みゅきゅ!!」

 

不思議そうに身に纏うジャージを見回すお茶子と、同意を示すイズク。あれ? 私だけ? そうか。

パチンとウェストポーチのベルトを留めて、中身を確認する。高カロリーゼリー飲料がぴっちり6本、ミニ救急箱、電気伝導警棒……は今日は要らないか。グローブ手袋やバッテリー類や臭い玉も取り出してロッカーに仕舞う。

 

「わ、陽向さんそれ何? ペンと、充電器……? みたいな」

 

「ああ、これらは知り合いの発明家から貰ったんだけれど……」

 

こっちは電気伝導体でできた警棒で、このグローブのコードにバッテリーを繋いで置くとグローブの掌部位から流れる電気が警棒にも伝わるという、まぁちょっと過激な不審者撃退グッツだよ。それでこちらも同じく撃退アイテムなんだけれど、こっちは世界一臭いと言われる缶詰の臭い玉だね。などとお茶子に見せると興味深そうにしてるので、後で触らせる約束をして指定されたグラウンドへと歩き出した。

 

少し余談になるが、入試時に世話になった優しいマッチョ少年の姿をクラス内に見つけた。彼も合格していた上に、同じクラスだったのだ。嬉しい。声を掛け、チョコレートマフィンの御礼と感想を伝えたところ、嬉しそうにまた作ると言ってくれた。お菓子作りは趣味なんだという彼の名前は砂藤力道。砂糖を摂取することで身体強化される個性で、お菓子作りはその副産物なんだそうだ。とても美味でした。また作ってくれるのが楽しみだ。

 

閑話休題。

 

今頃入学式だったと思うが、ジャージで移動とは? 私の両親が今か今かと体育館でスタンバっている筈だ。疑問符を浮かべているのは私だけではないらしく、皆多少の不信感を持ちながらゾロゾロと春空の下担任の元に再集結した。

 

「それじゃこれより個性把握テストを行う」

 

突拍子もない発言にクラスメイトの大半がオウム返しの如く「個性把握テスト!!??」と反応を示した。うんうん、わかるよ。私もそう思う。なんでや先生、これから入学式って放送あったよ。もしかして、ヒーロー科に入学式なんてものは無かった。いいね? な展開なの? そうなの?

 

「えっ、入学式は!? ガイダンスは!?」

 

私の心を代弁してくれたお茶子に拍手。良かった可笑しいと思ったの私だけじゃない。

 

「ヒーローになるならそんな悠長な行事、出る時間ないよ」

 

まさかの正解。ヒーロー科に人権は無かった。いいのかそれで。学校として大丈夫なのだろうか? 私としては両親に娘の高校生デビューを見せられないので、大変よろしくない。

 

「雄英は自由な校風が売り文句、そしてそれは先生側もまた然り」

 

つまり同じヒーロー科でもB組は普通に入学式してるのか。

成程、よろしくない。ごめん両親。今頃姿の見えない私にアワアワしていることだろう。

3年会わないうちに先生の合理主義がさらに重症化しているご様子。先生〜っ、昔はもっと甘かったじゃないか……もしかして、あれは小学生対応だった?? あんなに容赦なかったのに? 嘘やん、でも先生なら有り得る。幼女の私は生徒第1号だと言っていたから、私を小学生の基準にしてる可能性。ダメです。

 

うーん。その他の行事も参加不可となっていたらどうしようか。私はヒーローにそこまで執着してる訳でもないし、両親的には子供のそういう姿って見たいもの、だよね? でも、ヒーローという高い目標に向けて努力する姿の方が好ましいかもしれない。これはしれっと聞き出しておかねば。学科編入は確か可能だったはず。

 

それらは今考えても仕方ない。とりあえず今は大人しく先生の指示に従おう。どうやら中学生までにやってきた体力テストを個性使用ありで行うらしい。

 

「確か、実技のトップも陽向だったな」

 

「はい 」

 

ご指名だ。先生のその言葉に周囲の視線が私に向かう。若干1名は睨みつけているが気にしない。……先生、もしかして私のこと覚えてない? あまりに何の反応も無いと不安になってくるよね。先生は教師でプロだから表に出さないだけかもしれないけれど。

 

「中学生の時、ソフトボール投げ何メートルだった?」

 

「えーっと、40ちょいだったかと」

 

「じゃ、個性使ってやってみろ」

 

白線から出なければ何しても良いとのことだったので、とりあえず変身しておこう。麗日さんと砂糖くんからのエールに手を振り返し。風に気をつけるようクラスメイト達に注意喚起をする。大丈夫だとは思うけれど一応ね。

 

解除(アン・ロック)__いくよ、イズク」

 

「みゅや!!」

 

巻き起こる花吹雪を、神経を集中させて抑え込む。

そばを漂うイズクを手招きで呼び寄せ、抱きしめた。

 

「ハート・コネクト、ルミエール!!」

 

文言を唱えるとすぐさま私を覆い隠す花弁の竜巻が吹き荒れる。先が灰桜の白い獣耳の生えた、魔法使いを彷彿させる桃色の帽子。耳の上でストロベリーブロンドのシニョンが小さく2つ、付け根から細い三つ編みが腰まで流れる。詰襟に三段のダブルボタンと首元を飾るリボン、濃淡2色の桃色を基調としたなんとも形容し難いホットパンツ丈の繋ぎ。そのすぐ下まである編み上げブーツ。一見、二重になった生地により後ろの裾が長いワンピースにも見える。シルエットは強いて挙げるならプリンセスプリキュアに近い。

現時点のコスチュームは動きやすさ特化、ミニドレスタイプは過去数年見ていない。

 

竜巻が収まり、私の姿にざわめく周囲を一目する。驚かせてしまったようだけれど、見たところ風による被害はなさそうで安心した。

 

「それでは」

 

円のギリギリ後ろから、野球部の友人の姿を思い起こしながら左足を踏み込めばそこから花弁が舞い、軽く地面が抉れ土煙が上がる。……後でグランド整備するから許して欲しい。

 

「飛べっ!!」

 

勢いそのまま80度の角度に上空へと放り投げる。殴るように力を込めて右手を振り下ろせば、指先から花弁が零れ、いつものファンシーでどこか間の抜けた効果音と共に球は爆速で遥か上空へと飛んで行った。

 

球が見えなくなり、暫くすると先生の手元の端末が受信音を奏でる。

 

「718メートル」

 

おぉー。と素直な歓声を上げてくれるクラスメイト達に頭を軽く下げて、制御装置を起動する。きゅぴんっとファンシーな破裂音と共に光が弾けてイズクが飛び出し、私も元の体操着に戻った。変身中は個性が安定し低燃費になるとはいえ、そのカロリー消費は通常時とは天と地ほどの差がある。タイムラグ等が問題ない場合はこまめに変身を解いた方がカロリー消費を抑えられるのだ。

 

面白そうだと沸き立つクラスメイトに、先生の眉がひくついた。……鬼スイッチの入る音が私だけに聞こえた。説明しよう!! 鬼スイッチとは、生徒(私)が調子こいていると偶に押してしまうスイッチであり、先生からの課題がハードモードにモードチェンジするぞ!! 余裕ぶっていると地獄を見る。私は学んだ。

 

「面白そう、か。君らそんな腹積もりで3年間過ごすつもりかい? よし決めた。8種目総合成績で最下位の生徒は見込み無しと判断して除籍処分とする」

 

鬼だ。

理不尽だと。困惑を隠しきれないクラスメイト達に私も同意だ。倍率300倍に勝って念願の雄英入学、多少の浮かれくらい許してあげてほしい。いくらなんでも入学早々除籍処分は可哀想が過ぎる。

理不尽はこの現代社会人において付き物だし、それを乗り越えるのがヒーローだ。という先生の言葉に納得はしたけれど、流石ハードモード、容赦ない。最下位の子に心の中で合掌を送った。余裕ぶるつもりは無いし全力でやるけれど、身体能力爆上げ型の私に利があるのは明らか。たぶん最下位にはなり得ないだろう。

 

いやぁ、取れたらいいなと緩く気構えている私だけれど、手を抜くという選択肢は残念ながら持ち合わせていない。手を抜いて最下位になれば先生から軽蔑されることは避けられないし、入学初日で除籍とは両親にとても聞かせられる話じゃない。

それに、これから同じ目標へ向かう仲間なのだから、手を抜いてはどちらにせよ彼らに失礼だ。

 

何より、3年で成長した私を先生に見て欲しい。

制御装置切っても10分は少しはまともに動けるようになったんだよ、ドヤァ。ってしたい。とてもしたい。

 

ということでかっ飛ばして行こうと思う。

 

 

**

 

50メートル走か……何してもってことは走らなくてもいいのかな。現にレザービームの勢いだけで飛びきった子もいるし。いや、事前に個性を使ってお茶子は服や靴を無重力にするなどをしていたから、変身してからのスタートで問題ないのか。制御装置切ってもやれる姿を見せたかったけれど、よし。

 

「イズク、変身しておこうか」

「みゅきゅ!!」

 

機械の合図に従って地面を蹴れば身体は爆風に煽られたかのように飛び出す。滞空時間が長いが、速度がえげつないためタイムロスはしていない。その結果僅か3歩で50メートルを走り抜けるとは思わなかった。そして急には止まれない。……慣れないなぁ。体制を低くして足と手を地面に擦り付け、土煙を上げながら2秒強かけてやっと止まれた。練習しよ。

 

記録、3秒27。

エンジンの個性を持つ眼鏡少年に次いで2位。なかなかに上々では!?

先生っ、見た!? 見た!? ……見てない、おっけー次だ、次!!

 

 

反復横跳び。

 

「なにあれ凄い」

 

ぽよぽよと何かグミのような弾力性のある塊の間を跳ね返されて高速移動するぶどう頭の少年……なるほど頭いい。

私も何か工夫、工夫……思いつかない直球勝負だ!! 迷ったらいつだって物理思考でいこうぜ!! って師匠が言ってた。

 

「イズク」

「みゅきゅ!!」

 

脳筋では無いんだよ、師匠。ただ考える時間が短いからそう見えるだけで。対人戦においては相手をよく観察し、策を一瞬で練っちゃう凄い人なんだよ。私変身しても師匠に勝ったこと1度もない。

 

「……見た目魔法少女が反復横跳びってなんつーかシュールだな」

 

わかる。

 

 

立ち幅跳び。

 

立ち幅跳びかぁ……変身して普通に跳んでもそれなりの数値は叩き出せるけれど。

「先生」

 

「なんだ」

 

「個性の1部でこんなものもあるんですが」

 

念じるとぽんっという破裂音と花弁と共に30cm程の杖が握られる。まぁ、魔法少女あるあるのいわゆる『魔法の杖』や『プリキュアの武器』のようなものだ。と言ってもこれは伸縮自在なだけで、ビームやら魔法が出る訳ではないのだけれど。どちらかと言えば魔女の箒か、如意棒に近いかもしれない。

その見た目は先端には水晶の中に花弁が舞うスノードームのような物が付いており、杖との接続部分にはリボンが結ばれた大変可愛らしいデザインをしている。

 

「使用しても構わないでしょうか?」

 

「構わん、何したっていいよ」

 

許可を頂いたので杖を身長丈に伸ばして。その場で飛び乗り跨がれば、杖は空中浮遊を始める。そのまま前へと飛ばし進むと彗星の尾のように桃色に輝く花弁が散った。綺麗だけれど、敵を撒くために逃げるのにはあまり使えないのだ。けれどまぁ、今は関係ないだろう。最高時速は200キロで理論上は新幹線と並走することができる。しかしスピードが速ければ速いほどカロリーを消費するので、空腹との戦いとなるが。速度によっては走るよりはずっと楽に速く移動することもできるのだ。

 

記録はグランドの端まで飛んで着地したため1キロ弱。狡いと言われてしまったが、個性だと言い張らせて貰おう。あと何種目だっけ……やばいお腹空いてきた。水分補給してる子も致しいいよね!!とゼリー飲料を2本胃袋に流し込んだ。カロリーは取れても空腹感が埋まらないから辛い。お腹空いた。

 

 

 

握力。

 

……これにはあまりいい思い出がない。師匠に弟子入りして1年。右39キロという女児新記録を出したのが私のゴリラ伝説の始まりだった。その後急成長した私は小学生4年生にして生卵を握り潰し(1点に負荷をかけるように親指と人差し指、中指でベシャッだ)、中学生にしてじゃがいもやリンゴを粉砕。そして現在、片手くるみ割りに挑戦させられている系女子高生である。挑戦相手はオキクルミという殻の分厚いクルミで、80キロは必要との事だ。

ちなみに去年の握力測定は右76キロ、左72キロという記録を残した。勿論個性不使用で、だ。校内及び県内の最高記録を3年連続更新したことにより中学の握力、シャトルランの女子記録は全て私1色になってしまった。ちなみに20年間全国記録を塗りかえられてないのは我が師匠で、右250キロという男子最強記録をお持ちです。中学生にして250キロとは……末恐ろしい。過去に測定器を破壊して以来測っていないので、現在の数値は知らないとのことだ。壊したって、ひぇっ、師匠まじゴリラ。

 

「気乗りしないけれど、全力でいこうねイズク」

「もきゅっ!!」

 

「さん、びゃくじゅ、キロ!?? 陽向さん凄い!!! あれなん? リンゴとか握り潰したりできるん!!?」

 

「あはは……。この状態ならリンゴどころかコンクリもいけるかもね。通常時ならじゃがいも、人参、根菜ぐらいならなんでもござれ。だよ」

 

案の定、変身したことによりパワーアップした私の握力はいよいよ3桁に上った。麗日さんに女子らしからぬ数値を見られて死にそうになりながらも、無邪気な友人に癒された。今日も彼女は麗らか朗らか少女。

女子とは思えない男子すらも超越する怪力だなんて今更だけれど、ふとした瞬間なんとも言えない物悲しい気分になるよ。中身は三十路、通算精神年齢アラフィフとは言えど、私だって女子だからね。

 

「おぉ!!? すげぇな。540キロってゴリラじゃねぇか!! いやタコだったな??」

 

しかし、その後間もなく出会った右手三本により生まれた500越えの記録に感動することになる。思わず手を握ってしまい、学年で私より力強い人がいなかったから感動したのだと伝えれば、

 

「そうか。今後力仕事が必要な時は言ってくれ、力になろう。俺は障子目蔵だ」

 

ぐう紳士……!!

 

「私は陽向花恵、さっきは不躾に悪かったね。こちらこそ仲良くしてくれると嬉しい、よろしくね障子くん」

 

すると彼のそばにいた黒髪の元気そうな少年は、不思議そうに

 

「そんな感激するもんか? 陽向の個性って強化系だろ。使わなければ普通なんじゃねぇの? 気にすることないって、なぁ?」

 

それより、マジもんの変身ヒロインの方が感激したぜ!! と目を輝かせてくれる少年に、思わず苦笑が零れた。

 

「恥ずかしながら変身しなくても優に70キロは超えるんだ」

 

「おっと墓穴、それはすまん」

素直に謝ってくれた少年に気にしないでと告げて、そのまま麗日さんの元へと戻ることにする。

後方で「ひぇっ、ゴリラじゃん……」って言ったのちゃんと聞こえてるからな、ぶどう頭少年。その通りだから責めないけど!!

 

 

**

 

 

その後もボール投げから上体起こしまで難なくこなし、前屈では新体操で磨いた体の柔らかさが火を吹いた。ボール投げでは、ボールを無重力にした麗日さんが無限という記録を叩き出し、場を騒然とした。無限……私も大概だけれど、彼女も中々に。そう言えば彼女は立ち幅跳びでも超人的な記録を出していたけれど、その後グロッキーになっていたなぁ。大丈夫だって言っていたが、恐らく自分にかけるのは不得手なのかもしれない。

あとは「死ねぇ!!」という掛け声でボールを放った勝己君にもビビった。その後記録が僅か5m私に及ばなかったらしく、思いっきり睨まれつつ盛大なる舌打ちを頂いた。

 

雄英ではシャトルランではなく持久走を行うらしく、その距離5キロ。まぁ、体力作りのために昔から死ぬ程走ってた私の敵ではないね。エンジンの彼には叶わなかったけれど難なくこなし、総合成績はかなりの上位にくい込んでいた自信がある。

きゅるきゅるぐぅぐぅと情けない声を上げるお腹の虫を恨めしく思いながら先生からの講評を待つことになった。お昼ご飯が待ち遠しい。






花恵は何やらチート臭い感じがしますが、早熟なだけです(あと怪力)。逆に言えばもう伸び代があまりないとも言えてしまう。あとは追い抜かれるだけ。きっと主人公は爆豪さんで、いつか越えるラスボス的ライバルが花恵のポジションなんだと思います。爆豪さんにとって、出久くんとはまた違った形で目の上のたんこぶになってます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

act.10:意地悪以上、鬼畜未満

お久しぶりの更新です。


「久しいな、花恵」

 

「はい、先生も変わらずお元気そうで。どうです。3年で身長もかなり伸びて、見違えたでしょう?」

 

放課後に呼び出しを受け、私は応接室を尋ねていた。良かった、先生ちゃんと私のこと覚えていてくれてた。今は我慢しなくていいんだと思ったのか、イズクが先生に体当たりして挨拶する。それから、もきゅもきゅと鳴いて思いの丈を伝えようとするが、

 

「……花恵」

「すみません。私にもさっぱりなので適当に相槌打ってやってください」

 

残念ながら伝わらない。でも「大好きだ」という熱は伝わってるはずだ。可愛がって貰ってたもんね。

 

「これ、付けててくれてるのか。似合ってるぞ」

 

「みゅきゅーっ、もきゃ!!」

 

イズクは首元をチョーカーの上から撫でられキャッキャと喜ぶ。乙女かな? 勿論そのチョーカーは以前「餞別だ」と先生がくれたものだ。先生からもらったそれが大層お気に入りらしく、洗濯時を除いて毎日身につけている。

 

「とっても気に入ってるみたいで毎朝付けて欲しいとせがまれますよ。私も先生から貰ったリボン大事にしてて、気合いを入れたい時に付けるようにしてるんです」

 

そういや、入試の時も付けてたな。と呟いた先生にご利益ありましたよ、と冗談めかして返せば、先生はほんの少し口元を緩めた。

 

それから、呼び出した建前であろうプリントをホッチキスで留めながらも、先生が私から手を引いた後も頑張ったんだぞ! という話を聞いてもらった。少しの間制御装置を切って作業して見せたりとかね。先生の感心した反応を頂けて私は満足だ。やったね。

 

先生は無駄話好きじゃないと思ってたからこんなに聞いてもらえるとは思わなかったなぁ。これは嬉しい誤算だ。先生の不機嫌信号を受信するまでは喜んでお話を聞いて貰おう。勿論、その間一切手は止めない。スピードは不自然じゃない程度にのんびりだけれどね。だって速く終わらせたら、それまでで切り上げられそうだからね。

残りの部数が薄くなった頃合に、そろそろかなと。

 

「ところで、先生。何か本題があると身構えていたのですが、私の杞憂でしょうか」

 

「……察しが良くて助かる。高校での教師と生徒という関係になるからには、お前を特別扱いはできないししないから、そのつもりで……まぁ、お前なら言われずともだとは思ったけど一応ね」

 

ふむ。そんな当然のことだけのために態々……なんというか

 

「先生、個性把握テストで結局除籍処分しなかった事といい、優しくなりましたね?」

 

そう、結局あの個性把握テストでは除籍処分は行われなかったのだ。私や1部の全種目上位にくい込んでいた生徒を除いて、大半の生徒は皆気が気で無かっただろうに。まさかの『合理的虚偽』。先生のことだからあっさり無慈悲に除籍処分してしまうものだと考えていた。え? 私の中の先生の人物像? 優しいけど、訓練に関しては容赦無用のスパルタ合理主義者な人だよ。あぁ、あと猫好きだから良い人。猫好きに悪い奴はいないって師匠の奥様が言ってた。

話が逸れた。

確かにあの嘘は理にかなってはいたし、実際に効果覿面だったけれど。私としてはつい、遠い日の『合理的判断だ』の個性訓練初日を思い出した。

 

「大人を揶揄うんじゃないよ。俺も『先生』として成長したってことだ。あぁでも、過去に受け持ったクラスは必ず除籍処分は何名かしてるから、お前が思った程甘くはなってないから安心しろ」

 

「安心とは」

 

今のセリフのどこに安心できる要素があったというのだろうか。教えて先生? 全く安心できないというか、むしろ不安で不穏なのだけれど。

 

「話はそれだけだ。雑用ありがとう、終わったら帰っていいぞ。またな、陽向、イズク」

 

「はい、先生。さようなら」

 

「みゅや!」

 

 

**

 

 

今日は何だか皆ソワソワしてるようだ、イズクも興奮したように落ち着きなく私の周りを飛び回る。

なんて言ったって今日のヒーロー基礎学はあの平和の象徴、No.1ヒーロー、オールマイトの授業なのだ。憧れのスーパーアイドルに会うようなものだ仕方ない。まだかまだかとソワソワするクラスメイト達の様子が何だか微笑ましいね。

 

「私が〜っ、普通にドアから来た!!!!」

 

ご登場だ。途端に教室内が控えめながらも沸き立つ。今日は戦闘訓練を行うそうで、ヒーローコスチュームに着替えてグランドβ(入試の時の模擬市街地かも)へと向かうように指示を受けた。

 

ヒーローコスチュームとは、系列のサポート会社に入学前届け出た個性届けと要望に沿って誂えられた自分専用の戦闘服。そりゃ興奮もするよね、少年(少女)らしく年相応に目を輝かやかせるクラスメイト達に続いて、私もコスチュームの入ったアタッシュケースを受け取った。

 

そこまで複雑な衣装でもないため、ササッと着替えてグランドβに向かう。案の上そこは入試時に使った模擬市街地だった。ご機嫌に鼻歌のように鳴きながら周囲を飛び回るイズクが大変愛らしい。新しい衣装にルンルンなのだろう。私のフードに付いたロップイヤーのようにイズクのケープのフードにもちゃんと被れるように耳が付いているのだ。先程から定期的に私のロップイヤーを咥えて振り回し、執拗にお揃いをアピールしている。わかった、わかったから。うん、私もお揃いで嬉しいよ。

 

暫くすると入口に麗日さんが見えたので、手を振りこっちだと示すと、ぱっと頬を緩めてこちらへと駆けてくれた。とても可愛らしい。きゅんとした。

 

「麗日さんのコスチューム」

 

「言わんといて!! 恥ずかしい……要望ちゃんと書いとけば良かったよ。パツパツスーツんなってしまった」

 

「どうして? カッコイイよ、ヒーローらしくていいね」

 

本心からそう伝えたのだが、彼女の表情は明るくはならない。彼女は個性のキャパオーバーで酔いやすく、その症状として酷い吐き気をもよおすそうだ。その対策の要望ばかりに気を取られてデザインについて書くことをすっかり忘れてしまったという話だ。

 

確かにボディラインが丸わかりなボディスーツタイプだが、桃色が基調だけれど外側のラインがネイビーなため引き締まって見えるいいデザインだ。それに、そういったスーツタイプの女性ヒーローも多くいるし、ヒーローって感じがしていいと思う。ヘッドセットに始まり、腕や腰、足のパーツは全部丸みを帯びたデザインをしており、柔らかな印象を与える。そこに麗日さんの性格が表されているようで私は好きだ。

 

「陽向さんのは……なんというか黒いね?」

 

「私は変身してしまえばあまり、コスチュームは関係ないからね。この姿で戦うとしたら隠密行動やイズクが捕らわれたりして変身できない時だろうから」

 

黒の伸縮性の高いインナーとタイツに同じく黒の鳩尾丈の防弾チョッキパーカー、カーキーの短パン、黒のスパイクシューズ。圧倒的黒ずくめ。私のストロベリーブロンドの髪と白い毛並みのイズクが映えるいいデザインだが、ヒーローというより女スパイ感が否めない。

膝当てとスパイク、それから足先に合金鋼が宛てがわれており、私の蹴りの威力が爆上がりだ。重りにはなるが、師匠に育てられた私にはこれくらいは屁でもない。後方から「ドラゴンボールかよ……」という少年の呟きが聞こえた。重りの修行はあの漫画の鉄板だもんね。わかる。

 

「あ、フードに耳がついてるんだ。イズクちゃんの耳みたいで可愛いね」

 

「これは業者さんが勝手にね。まぁイズクが嬉しそうだからいいんだけれど」

 

あぁ、忘れてた。ウェストポーチからバッテリーを取り出し胸ポケットに仕込んでコードをグローブ手袋に繋ぐ。これでよし。

 

「あ、昨日見せてくれたやつだ!! その手のひらの鉄板から電気流れるん?」

 

「そうそう。1秒以上の接触でスタンガン並のが流れるんだ。授業終わりにでも約束通り貸すからね」

 

麗日さんとたわいもない話をするうちに全員が揃い、オールマイトによる説明が始まった。

 

「ヴィラン退治は主に屋外で行われるが、統計で見れば屋内の方が凶悪ヴィラン出現率が高いんだ」

 

そんなわけで今回はヒーロー組とヴィラン組に別れて2対2の屋内戦闘訓練をするそうだ。筋書きはこう。核兵器を隠し持つヴィランのアジトを突き止めたヒーロー、ヴィランの捕縛または核兵器回収でヒーローチームの勝利。逆に制限時間内の核兵器保持の逃げ切り、ヒーロー捕縛でヴィランチームの勝利。チーム決め及び対戦相手は全てくじで決めるとのこと。

 

「僕は君とか。よろしく頼むよ陽向くん」

 

「こちらこそ、よろしくお願いします飯田くん」

 

私はチームD、コンビ相手は昨日の個性把握テストで50メートル走、持久走にてトップ成績だったあのメガネ少年だ。心強い。

 

「ひひひ、陽向さんどうしよ。私あの爆発の子と一緒や」

 

「大丈夫、大丈夫。頭に血が登ってなきゃ話も通じるし、ある程度ブチ切れてても冷静な判断下せる天才君だから。超強い戦力だよ」

 

ひぇーっと脅える麗日さんを宥めて組み分けが終わるのを待った。大丈夫、大丈夫。あはは、信用ないなぁ。

 

「それでは第1試合!! ヒーローチームF、ヴィランチームDだ、チームDは早速準備だ、ヴィランになりきってヴィランの思考を学ぶんだ。怪我を恐れず存分にやるんだぞ」

 

早速か。相手のFっていうと

 

「早速、しかも陽向さんとかぁ。お互い頑張ろ!!」

 

「おい、コラ花恵。昔のまんまだと思うんじゃねぇぞ、てめぇを踏み潰してどっちが上か教えてやんよ」

 

麗日、爆豪チームだ。

 

「うん、二人ともよろしくね」

 

麗日さんと握手を交わし、勝己くんには唾を吐かれ、挨拶もそこそこに。残りの生徒達を連れてモニタールームへと向かうオールマイトの背中を見送って私たちもビルの中へと踏み入った。

 

「これが核兵器か、まるでハリボテだな。さて陽向くん、君は何処にこれを置くのがいいと思う?」

 

「ほんとだこれなら軽そうだ。ベタだけれどやっぱり最上階がいいと思う。少しイズクと君と私でできる策があるんだ、聞いてくれるかな」

 

「みゅや?」

 

 

 

*No side*

 

 

『スタート!!』

 

「どうしよ爆豪くん」

 

「あ? んなのは正面突破に決まってんだろうが、置いてくぞ丸顔!!」

 

「まっ、まるがお!!? ちょっと待って!!」

 

合図と共に爆豪はビルの中へと飛び込んだ。置いてかれまいとその後ろを麗日が追いかける。中の通路はまるで迷路のように複雑に入り組んでいて、安易に突き進むのはあまり得策とは言えなそうだ。。キョロキョロと見回しながらも、足を止めた爆豪に追いつきその隣に並ぼうとする。少し作戦を立てたいし、もの申したい。彼女は不満を声に滲ませて彼の名を口にしようとした、が

 

「っ。どけ丸顔!!」

 

首根っこを捕まれ後ろに引かれた衝撃により叶わなかった。目の前を猛スピードで何かが横切る。

 

「クソ、外したか。よく気づいたな、ヒーロー。だが次はないぞ!!」

 

ヴィランになりきっている飯田だ。角々としたいつもの物言いからは想像つかないが、彼の真面目さゆえの結果だろう。今も麗日達を指差し高笑いをしている。

 

「チッ、くたばれくそ犬!!」

 

真面目だなぁ飯田くん。と和む小休止を挟む間もなく、今度は爆発音がすぐ後方で鳴り、思わず彼女は体をビクつかせる。何事かと麗日が後方を確認すると、恐らく直撃したのだろう。か弱い鳴き声を上げ、飛ばされたイズクが視界の端に留まった。全く容赦ない男だ。力なく地面に落ちると、そのままピクリとも動かないその姿がなんとも痛々しい。

 

「イズクちゃん!」

 

心優しい彼女は思わず敵チームであるイズクを気にかけ駆け寄り手を伸ばした。

 

「待てや丸顔!!」

 

「えっ?」

 

傍に寄ってきた麗日目掛けて、白い毛玉は飛び上がる。彼女は口に咥えられた白いテープを間一髪で躱して、バックステップでイズクと距離をとった。

 

「あ、危なかった……あれ巻かれたら捕縛されたことなるんだもんね」

 

「もきゅや!! きゅーきゅっきゅっきゅっきゅ!!」

 

何を言ってるのかさっぱり理解できないが、何やら高笑いしているのは分かる。「見事な高笑いだ、やるなイズク君」と関心する飯田をよそにイズクは果敢に麗日へとタックルを続ける。

 

「こっちだクソ犬、それともなんだ? ご主人様は俺なんざ眼中にねぇってか? あん?」

そこへ横槍を入れるかのように爆風がイズクを薙ぐ。味方であるはずの麗日をも巻き込む勢いの雑な攻撃。

 

「わっ……危ないなぁ」

 

「もきゅや〜……」

 

飛び上がって回避したイズクは呆れの混ざったような鳴き声を上げた。当然、そんなものはただ彼を逆上させるだけなのだが。そしてそれは

 

「死ねやクソ犬!!」

 

第2ラウンドのゴングとなった。ファイッ

 

 

 

**

 

 

「荒れてんなぁ爆豪」

 

モニターで観戦していた生徒__上鳴電気は誰に言うでもなく、しかし独り言とするには些か大きかったそれは誰の耳にも等しく届いた。

 

「なぁんか、陽向さんのこと敵視してんもんねぇ」

 

桃肌の女子生徒__芦戸三奈が上鳴の言葉を拾いごちる。

入学初日、早々に穏やかでないやり取りを見ていた彼らは何となく2人に流れる因縁のようなものを感じていた。

噛み付く爆豪と飄々と躱す陽向。短い言葉の端々からヒエラルキーは陽向の方が上なのは察するところだ。だからこそプライドの高そうな爆豪は一矢報いたくて、しかし姿を表さない陽向に苛立っているのだろう。

 

 

『邪魔だクソメガネ、死ねぇっ』

 

容赦ない爆発が飯田を襲う。麗日の妨害をしたいイズクを爆豪が襲い、機動力のある飯田が爆豪に付こうと攻撃……故に

 

『_陽向くんダメだ、麗日くんがフリーになってしまう』

 

『_イズクを通して把握してるよ。仕方ない、作戦通りに行こう』

 

飯田は狙いを変えて麗日へと迫ることにしたようだ。イズクも麗日にちょっかいをかけるのをやめ爆豪に標的を変える。プランBだ。

 

「まぁ、そうなるよな。このまま足止めしてしまえばタイムオーバーで飯田達の勝ちだ」

 

『っち、丸顔!! クソメガネはてめぇが抑えとけよ』

 

『えっ爆豪くん?』

 

このままでは埒が明かないと判断したのだろう。飯田が出てきたなら、陽向は近くには居ない。目の前のイズクをぶっ殺したいところだが、核兵器と共に居るであろう陽向に届く前に時間切れでは笑えない。爆豪が目指すのは完膚なきまでの勝利。陽向に自分の力を見せつけるのは勿論だが、そもそもの勝利条件である核も回収できなければ話にならない、満足なんかしない。

 

「あっ動いた」

 

爆発の衝撃を利用し飛び出した爆豪は上を目指す。2階、3階、4階を総スルーし、最上階へと駆け上がっていった。

 

『アレの性格からして上だ、そうだよなぁ!!? ……出てこいクソ花ァ!!』

 

威嚇射撃、派手に爆発音を鳴らすがそれに陽向が応じる様子はない。衝動のままに部屋の扉を爆発で吹き飛ばすも、広がるのは床に穴が空いてるだけで、既にもぬけの殻。盛大なる舌打ちがモニタールームに響いた。

 

「……嫌なことしてくれんなぁ」

 

「完全に爆豪の動きを読んでやがる」

 

そう。爆豪が3階をスルーした時点で、陽向は床を花びらに変えて穴を開けていたのだ。陽向のそれは風と多少の効果音はするが、振動や派手な音はしない。故に、ただでもストレスにより視野が狭まっている爆豪が気付ける訳もなかった。

 

陽向の動きを全て見ていたモニタールーム勢は少しばかり爆豪に同情した。フラストレーションが溜まっていくのは目に見えて明らかであり、陽向の作戦は嫌な手でしかない。

 

「いえ、爆豪さんの動きを読んでいると言うよりはあの獣を通して陽向さんに筒抜けなのでしょう。勿論多少の読みもあるでしょうけれど」

 

八百万が示す先には、よく見ると隅の方にイズクが映っている。成程、どうりでタイミングよく入れ違いになるように下の階に逃げ果せた訳だ。

陽向は4階にも穴を開け、さらに下に穴を開けた上でその階の別の部屋に核兵器と共に入っていく。成程下の階に逃げたように見せかけて、実はその階にいるという。敵対することを考えると、なんとも嫌な手である。

 

「ストレスを貯めさせて視野を狭くして、穴を開けて逃亡を印象付けた上で、再び誘導する……策士だわ」

 

「俺はあまり好きじゃねぇなぁ。陽向なら真っ向勝負でもやり合えんだろ」

 

 

 

*Side change*

 

 

……非常に心苦しいね。

穴が空いてるおかげか彼の咆哮がここまで響く。苛立って、苛立って。でも、それをどこにも発散するものがなくて。とても、しんどそうだ。

勝つためとはいえ、意地悪が過ぎるだろうか。

 

『残り時間。5分』

 

正々堂々と、殴り合いでも良かったんだけれど。せっかく悪役なのだ。少しはしゃいでしまったというか、ついここぞとばかりに悪知恵を働かせてしまった。悪役は悪役らしく姑息に。ってね。

 

「出てこいクソ花ァ!!」

「っ……」

 

獣のように叫ぶ声に胸が痛む。

……無駄に彼の心を乱しているのがよく分かる。これでいいのだろうか。

あと5分こうしていれば勝てる。これはチーム戦だ。

自分勝手で動けばチームメイトにも迷惑がかかる。

そして何よりこの作戦の言い出しっぺ。

なんだけれど、

 

「あー。ダメだ」

 

でもやっぱりダメだ向いてないね。

私がなりたいのは違う。

これは、このやり方は違うのだ。

 

だって私らしくない。

 

うん。こういうのは性に合わないや。

本当は核兵器の上で膝でも組んで「待ってたよ」とか待ち構えてみたかったけれど。

 

『_飯田くん、ごめんなさい。爆豪くんとの戦闘に入る、絶対負けないから許してね』

 

『_陽向くん!!?』

 

 

仕方ないね、呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん。そんなしんどそうに、呼ばれたら行かない訳にはいかないよ、

 

「ね、イズク」

 

「みゅきゃぁーっ」

 

飛んできたイズクを抱きとめそのまま変身してしまう。騒音の方へと駆け出せば

 

「やっと、見つけたァ。花恵」

 

「君に呼ばれたからね」

 

飢えて目をギラつかせた勝己くんが、ニタリと不気味に笑った。

 




甘いんだよなぁ。精神年齢50歳間近のおばちゃんだから、年下の若者にあまり意地悪できない。気に入った子を相手をおちょくり、揶揄い、困らせるのは好きだけど。
あと、苦しそうにしてるのに弱い。格闘術含めて磨いた技術は誰かを救うためであって、苦しめるためじゃない。たとえ敵対してる人間が相手であっても、無理。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

act.11:猛省せよ

少し読み返したら唐突に、これは花恵さんの思考回路じゃないな? 違うな?? となり1度取り下げました。すみません。
主な改稿は後半部分。

お気に入り135件ありがとうございます。


「踏み潰してやんよ」

「……久しいね、こうして手を合わせるの。なんだか懐かしいや。ね、かっちゃん」

 

うーん。殺意が高いすぎませんかね。

ぎらついた目で睨まれ、思わず昔の可愛かった『かっちゃん』を思い返す。

 

__おれさまとしょーぶしろ!!

きょうこそはっ、ぶっころしてやるよ!!

 

あ。昔から物騒だった。舌っ足らずの可愛さでカバーされてたけれど、普通に言ってることは今と変わらなかった。

 

しかしまぁ。あんなに小さかった男の子が、もうこんなに背も伸びて立派に努力の証である筋肉も付けて……。なんというか感慨深いものを感じちゃうね。

 

可愛い弟分である健信くんへの教育に悪いからと、公園を我が物顔で選挙占拠していた彼に苦言を呈しては、殴りかかられ、その度に返り討ちにしていたのが懐かしい。そのせいで会う度噛みつかれるようになったのもご愛嬌だ。可愛かったなぁ。

 

「いつと比べてんだァ、ふざけんな死ねぇ!!」

 

飛び出して来た彼に目を凝らす。右か。すぐさま右肘を立て、防御体制に移る。初手は敢えてくらって、爆発の威力を知っておきたい。

 

ボムっ

 

……っと。過去には無かった重みを右腕で全体でも感じる。うん、やっぱり威力が上がってる。動きも鋭さが増してて、見ないうちに随分と腕を上げたものだ。昔は足を払ってやれば、すってんころりんと容易く転がったのにね。

それもこれも、昔よりずっと逞しくなった体付きが努力を物語ってる。トレーニング頑張ったんだろうなぁ。

 

火傷するような痛みでは無いけれど、殴られるとはまた違う衝撃に骨を圧迫される。

でも、それだけだ。

これくらいなら今はまだ、当たる箇所さえ気をつければくらったところで動きに支障は無さそう。腹部や喉をやられない限り大丈夫かな。

 

彼を舐める訳ではないが、考えて欲しい。日頃の私が組手してるのは拳一振でトラック解体を終えてしまう人間ゴリラたる師匠だ。師匠相手なら衝撃波含めて当たらない所へと飛び回らなくてはならないが、当たっても少し痛いくらいで済むなら考慮する必要が無い。

……脳筋?

師弟は似るっていうからね、仕方ないね。

 

しかし、脳筋とも言ってられない。爆発の勢いそのまま背後から仕掛けてきたところに、顔面を狙って肘を突き出す。勢いは付けてない、相手の速度を考えればこれで充分だろう。変身して戦う以上、私は力加減に神経を尖らせなければいけない。

なんせ根菜類を拳で砕く女、それが私だ。

 

それが変身の身体強化により、そのパワーは格段に上がっている。当然、全力で肘打ちをしようものなら顔面骨折不回避だ。放送事故もいいところな、中々にグロテスクな見た目になってしまう。立派なR18のグロ指定だ。それは頂けない。なぜならこれは手合わせであり、淘汰する相手では無いからね。それにまだ皆18歳以下だし。

オールマイトは怪我を恐れずって言ってたけれど、限度があると思うんだ。

 

そのため細心の注意を払わなければならないので、どうしても若干動きが鈍ってしまう。なんなら、そんな気を使わなくていい分対人戦においては変身しない方が存分に実力を発揮できるだろう。正直、変身した私は対人戦が苦手だ。

 

……でも彼のことだからね。変身しないで相手しようものならへそを曲げられてしまうのは目に見えてる。彼の精神衛生上よろしくない。

 

「急所ががら空きだよ」

 

とは言え、手を抜くとは一言も言ってない。

先程の肘打ちにより体制を崩したところへ鳩尾、喉、顎、と力加減をする代わりに素早く打撃を打ち込む。……もう少し強く打つべきだった、脳を揺らすには足りない。やっぱりまだ加減が難しい。

カハッと苦しそうに胃液を吐く姿に、ジクリと胸が刺される。

残念ながら痛め付ける趣味はない。格闘技はそもそもプリキュアごっこの延長戦でしかなく。人を殴る蹴るするのに抵抗が無いといえば嘘になる。師匠? あれは筋肉という名の鎧を来ているので問題ない。私の鉄パイプもへし折る蹴りでは、うんともすんとも言わないのだ。そんな化け物相手に遠慮も何も無い。

えーと。テープを巻いてしまえばいいんだっけ

 

「っ、てめぇもなァ!!」

 

「しまっ」

 

た。……嘘やん。普通急所連打で膝を着いた状態から、そんな一瞬の隙なんて突けないというか、反射神経可笑しい。

テープを巻いてしまおうと1目ポーチに目を向けた。ら次の瞬間目の前で爆発。多分、目くらましだ。もう一度言う、君の反射神経どうなってんのさ。おかしい。

気を抜くつもりは毛頭なかったし、ポーチのポケットを確認したらすぐ目を向けるつもりだったのに。

本当にすごいよ、勝己くん。

 

反射で目を閉じた所を……恐らく背後に回られた。くっ、だめだ目が開かない。集中しろ、空気の流れと勘で……やっぱできない無理!! 師匠じゃないからそんな芸当できない。おっと、手首が捕まれっ……あ、まずい、投げられる。

 

「てめぇお得意の投げ技だァ!! 死ねぇ!!」

 

……っ、よしいける!!

背負われたそのまま体を左に捻り重心をずらす。投げられるままの勢いを膝のバネで殺して着地し、素早く足を払う。転んだ所をを上に乗って捻り上げたい所だが、手から爆破を起こされては吹き飛ばされてしまいそうだ。

意識を落とした方がいいな。よいしょ!!

 

「っ、__施錠(ロック)……!!」

 

立ち上がり体制が整う前に蹴り飛ばし、急いで変身を解く。焦るな。急な身体能力の変化に酔いそうになりながらも、足を動かす。よし、すぐさま間合いを詰めて。それから後ろに回って、首裏に手刀を。こればかりは力加減をしっかりしないと。首の骨が折れたらそれだけで一生残る麻痺を負うことになる。加減をしきれない変身したままではいけない。

 

「舐めんなよ、クソ花ァァ!!」

 

「っ、」

 

だめか。生身じゃ速度が足りない。すぐさま建て直し今までに無い構えを取る勝己くん……何か、くる。このまま突っ込むのは悪手だろう。足を止め、警戒しながら私も構えを取る。

 

「んで。変身解いてんだクソ」

 

あ。やば。見られる前に落とすつもりだったから……なんて。うん私が悪い。そら、君はキレるよなぁ。

 

「いやぁ恥ずかしい話、まだ変身した時の力に慣れてなくてね。だからこっちの方が武術的には本気が出せるんだよ」

 

断じて舐めてないよ!! 全部本当のことだ。前世で鍛えた言いくるめ能力の見せ場、なんだけど。勝己くんはこれしきで納得しちゃぁ、くれないよなぁ。

 

「チッ、そうかよ……俺の爆破は掌の汗腺からニトロみてぇなもん出して爆発させてる。俺の要望通りの設計ならソイツを内部に貯めて」

 

あっ、嫌な予感。というか、もしかしなくても貯めたニトログリセリン擬きを一気に爆破させれる的なやつだよねこれ、……威力を、想定したくない。

 

『ストップだ!! 爆豪少年!! 殺す気か!!』

「あ、察した」

 

監督者たるオールマイトの制止の声に、予想が外れる余地がないということを悟った。嫌な予感ほど外れてくれないよね、わかる。

 

雄英さんよ、そんな殺傷能力高いもん子供にホイホイ与えちゃダメだと思うな、私!! あっ、入試で殺意高い巨大ロボット導入してるような学校だもんね!! 今更だったね!! 無理。

 

「当たんなきゃ死なねぇよ!!!!」

 

何言ってんのコイツ。

勝己くん、勝己くん。よく考えて。ここ廊下の突き当たりだから、逃げ場なんてないんだなぁ。当たるよ? 死ぬよ??

 

「なァ? 花恵!!」

「いや無理だってっ、!!」

 

あーっ、引き金引いちゃったよこの子!! これは流石の花恵さんもこれは逃げの一択。

無理無理……えーと、ここは3階か。うーん、ワンチャンダイブある。

 

背に腹はかえられない。思い切って爆破から逃れるように窓を割って飛び出した。両親の手前控えていたけれど、私はアグレッシブな方でね。これくらいの高さなら、前世(むかし)はよく逃げ出したものさ。勿論、こんなクッションになるものが無いとこで、飛び降りはしなかったけどね!! っ、イズク!!

 

「_解錠(アン・ロック)!! ハートコネクト、ルミエールっ!!」

 

耳を劈く爆発音。それから空中で爆風に煽られバランスを崩される。例の浮かぶ如意棒を握り何とか持ちこたえたけど、肝が冷えたね。久しぶりのダイナミックエスケープ……涙目の愛弟子の顔が浮かんだ。いつも心配かけてばかりで、申し訳ないとはちょっと思ってたよ。

 

『陽向少女っ、陽向少女!! 応答してくれ!!』

「はい、なんとか生きてますよ」

 

……死ぬかと思った。普通に。本当、友人の殺意が高すぎて無理。まぁ、今回は私がフラストレーション貯めさせちゃったのもあるから半分自業自得で一概に責らんないけど。

 

『良かった、動けるかい』

「はい、演習続行可能です」

 

いやぁ、ここで死んだら勝己くんのヒーローへの道に影が差すからね、死ねないよ。私もやることまだまだやってないし。

しかしまぁ本当に。私相手じゃなかったら大変なことになってたぞ、勝己くん。

 

『_陽向くん、無事か? 応答してくれ』

「無事だよ、大丈夫」

 

飯田くんからの通信に、応答していると不満そうな勝己くんの声がする。

 

「なぁ、避けてんだろ? 花恵、出てこいよ。コイツはなァ、貯まれば貯まるほど威力が上がるんだぜ? なァ、力加減とかいいからよォ、全力でこいや」

 

貯まりに貯まったフラストレーションにより、内に内にと押し込めていたものが吹き出しているようだ。どう考えても私の悪どい焦らし作戦のせいである。弁解の余地がない、直接言うのは逆効果でしかないので心の中で深々と頭を下げた。

 

どうやら今の彼は私が思っていたよりずっと不安定で、危うい。思春期だもんね。っう、そんな思春期の不安定な心を弄ぶような策を取ってしまったこと、とても反省してる。自分のやらかし具合にも凹むし、罪悪感が津波のように押し寄せてくる。

 

「その上で叩き潰してやんよ」

 

しかしながら、その内に秘めてた部分が思ってた以上によろしくなさそう。これはちょっとヒーローとしては難ありというか、思考が少し犯罪者寄りな気がする。

それを無理矢理に矯正するつもりはないけれど、友人としては放っては置きたくない。

 

だってもし私じゃなかったらリカバリーガールが控えているとはいえ、あの爆破で死んでいたかもしれない。そしたら、彼のヒーロー人生はそれどころではないだろう。

 

「ねえ、勝己くん。君はすごいよ。戦闘センスがあって努力もできる」

 

「あ?」

 

「でも、君がなりたいヒーローってそれでいいの?」

 

__少なくとも、君が憧れるオールマイトはそんな個性の使い方、しない筈だよ。

 

ビルの裏から回り、背後から飛びつく。右腕を首に回し、後頭部を左手で圧迫する……所謂バックチョーク、絞め技の1種だ。打撃の手刀と違って、徐々に力を加えていけるから、力加減がしやすい。

 

「っ!! くそ、が……」

 

絞め技はあまり使わないし、そんなに得意じゃないんだけれど。分かりやすく血管をキュッとして落とせるから、気絶させる手段として少しだけ覚えてる。実戦で使う予定は無かったけれど、なんでも覚えておくものだね。

 

ふっと力の抜けた身体をそっと抱きとめてテープを巻いた。

 

「飯田くん、ヒーロー捕縛完了。応援に向かうよ」

『_了解した』

 

すぐさま飯田くんの元へ行こうとするも、その間のなく試合終了を告げる音が鳴る。

 

『タイムアァーップ!! ヴィランチーム、Win!!!!』

 

終わったぁ……ふっと息を吐いて変身を解く。

飯田くんには悪いことしたなぁ。後で改めて謝っておこう。

 

「お疲れ様だね、イズク」

「みゅーきゅ」

 

ぐっきゅーるるるる。

ぐーぎゅ。

 

「もきゅぁ……」

 

1人と1匹の腹の虫は気が抜けたのか揃って空腹を訴えた。お腹空いたねぇ……お昼はカツ丼大盛りとスタミナカレー食べようね。

 

「みゅきゅ!!」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

act.12:爆豪さんは挫けない

早いうちに敗北を知ってるので原作に比べて自尊心低め。それでも十分高いんですけど。

お気に入り150件超えました!! ありがとうございます。


俺はなんでも、人よりできる。

 

「かっちゃん足はぇぇ」

「まってぇ」

 

いつも上にいた。

 

「かっちゃんもう個性でたの? はやーい」

「かつきくんの個性かっこいいね」

「すごぉい」

 

個性が出んのも、扱いを覚えんのも1番早かった。

 

「お前らこんなのもできねぇのかよ」

「だって高いの怖い」

「木なんて登れないもん」

 

かけっこも、縄跳びも、折り紙も、ひらがなも。

なんだって俺が1番だった。

 

なんで、皆できねぇんだ?

 

いや違う。

 

俺がすげぇんだ。俺が偉いんだ。

 

そう思ってた。

そこに現れたのは

 

「ねぇ、お兄ちゃん達。ブランコ1つ譲ってくれないかな」

 

「あ? ここは今おれさまの城なんだよ」

 

「そうだ!! かっちゃんに逆らうと痛い目見るぞぉ」

 

「あっちいってろ、ぶーす!!」

 

歳の近そうな女の餓鬼と3つくらいの小さな餓鬼。

 

「はなねっぼく、砂遊びでいいよ。こわい」

 

「お兄ちゃん達ずっと使ってるでしょ、あの時計の長い針が5から7になるまででいいから。ね、ちょっとだけ貸して」

 

「うるせぇ!!」

「かっちゃんに、勝てるもんなら勝ってみろ」

 

ボムっ。周りに囃されるまま、執拗い女の餓鬼の顔を思いっきり殴った。

叩いたのは女の餓鬼でそいつじゃねぇのに、チビの方が涙をためて、後ろに隠れて怯えてた癖に前に庇って俺を睨むから。

 

「はなねぇに、いじわるしちゃ、だめっ!!」

 

生意気で、無性にに腹が立って。

つい手を挙げたのを覚えてる。

 

弱虫のくせに、偉そうにすんじゃねぇ。

 

掌いっぱいに爆発を起こしてぶん殴った。

ぶん殴ろうとした。

瞬間景色が回った。何が起こったのかもわからなくて。

気が付いたらそっと背を地面に付けていた。

 

 

「お兄ちゃん、すごくかっこいい個性だけれど。使い方がかっこ悪いよ」

 

 

個性も使ってない、しかも女に負けた。

その時、俺を囲っていた子供の万能感、無敵感が音を立てて転げ落ちた気がした。

 

 

**

 

 

「お疲れ様!! よく避けたというか、よく飛び出したよ!!」

「土壇場での判断力、凄かったわ」

「こないだの個性把握テストもそうだけど、やっぱすごいねアンタ」

 

「ありがとう。えっと芦戸さん、蛙吹さん、耳郎さん」

 

結局オールマイトが医務室に連れてってくれたから1人で戻って来たんけれど、最初は勝己くんを担ぎだそうとしたからほか2人より一歩遅れることになった。

 

モニター室に戻るとすぐさま気付いて声をかけてくれた優しいクラスメイト達に、座席表の名前と顔の記憶を手繰り寄せてお礼を言えば

 

「やだなぁ、名前で呼んでよ。三奈って」

「えぇ、梅雨ちゃんと呼んで」

「……ウチはどっちでもいいけど」

「そう? なら私のことも花恵って呼んでくれると嬉しいな。三奈ちゃん、梅雨ちゃん、響香ちゃん」

 

改めて名前を呼び返せば、各々に満足そうに笑い返してくれた。あっ、仲良くなれそう。ねぇねぇ麗日さん、私友達増えたよ!

 

「えっ、やだ。うちもうちも!! 私、陽向さんの友達1号やもん!!」

 

可愛いかよ……。

今日も彼女は麗らか朗らか少女。大変可愛らしい。

 

「んー? 何がいやなの? お茶子」

「くっ、それはずるいよ花恵さん……すき」

「勿論わざとだよお茶子さん」

 

胸を抑えて崩れたお茶子さん。

「ケロケロ。可愛いわね、お茶子ちゃん」

ほんとそれな。

私の友人の反応がコミカルで素直可愛い。

 

「おっ!! 見てたぜ、陽向!! あ、俺切島な!! なんつーかあれだな。窓割って飛び降りんのも凄かったけど、基本的な格闘術もすげぇのな!!」

 

赤髪ツンツンが特徴的な切島くんは、私に気が付くと目を輝かせて来てくれた。少年の幼さの残る無邪気な反応が可愛い。

 

「ありがとう切島くん。総合格闘技をやってる師匠の所に小学生の頃から通ってたから、それなりにできるんだ」

 

人間の急所は粗方頭に入ってるよ。そう言えば、さらにすげぇ!! と褒めてくれた。素直な反応がなんとも心地いい。これはどこへ行っても目上の人に可愛がられるだろうなぁ。

 

その後、砂糖くんも労りに来てくれて、主に腹減り具合を心配してくれた。そこで私が言葉にするより先にお腹の虫が返事したため、

「……バナナマフィン食うか?」

「食べます」

穴があったら埋まりたい、自重して私のお腹。思わず羞恥に頬が火照る。

しかし、かなりお腹空いてるのは事実なので有難く頂戴することにした。お昼までまだ時間があるからありがたい。まぁ、授業終わりまでもまだまだ時間があるんだけどね。だって私たち初戦。

 

それから、私の格闘技に興味を示してくれた子にちょっと解説していたのだが、オールマイトと勝己くんが戻って来たのでそれも間もなくお開きとなった。

女の子達にモフられていたイズクが、すぐさま勝己くんの所へ飛んでゆこうとするのを間一髪で抑える。ステイステイ、落ち着いたばっかりだろうから下手に刺激するんじゃない。それに、あの子は他人からの慰めが要らない人だ。

 

「さて、今回の講評だが。まずはヴィランチーム。なんと言っても陽向少女、良く土壇場で動けたな!!」

「肝は冷えたましたけどね。イズクのおかげです。ね、イズク」

「もきゅっぴ!!」

 

改めてイズクにお礼を伝えると、ご機嫌に頬を擦り寄せてくれた。

本当に、冗談抜きで死ぬかと思った。過去最速で変身してくれたイズクに感謝。

 

「まぁ、今回のMVPは飯田少年だけどな!!」

 

あら。やっぱり核兵器捨てて飛び出したのはダメだったかぁ。

 

「んー。なんでかなぁ、なんでかなぁ? はいっわかる人!!」

「もきゅ!!」

「はいっ、オールマイト先生」

 

オールマイトからの呼び掛けに真っ先に挙手したのはうちの獣と、ポニテ少女だった。

 

「え。えーと」

「うちのがすみません、八百万さんどうぞ」

「もきゃぁ……」

 

そっと強制的にイズクの手を下ろす。上目遣いで不服そうに鳴いても、ダメだ。憧れの大好きなオールマイトからの問いかけに答えたいのはとても分かるけど、君のもきゅもきゅは解読不可能だから諦めて。

 

「お可愛らしい……えー。コホン。では、イズクさんの分も私が述べさせて頂きます。

まず爆豪さんの行動は戦闘を見る限り私怨丸出しの独断、そして屋内での大規模な攻撃行為は愚策も愚策。

陽向さんも爆豪さんに感化されたように見受けられます。(ヴィラン)の思想を学ぶのが今回の目的である以上、核兵器を捨てて飛び出すのは悪手でしかありませんわ。

麗日さんは気の緩みと演習への意識の低さ。本当に本番を想定して動いていたなら、敵側(ヴィランサイド)のイズクさんに駆け寄ったりしないはず

その点飯田さんは、突然の陽向さんの飛び出しにも臨機応変に対応し、ハリボテを核兵器として扱っていたからこそあのまま麗日さんの足止めをするのでは無く、個性で引き離して核を守りに行った。飯田さん以外有り得ませんわ」

 

おぉ……よく見てる。イズクも文句なしなようで感激とばかりに八百万さんの周りを飛び回る。勿論すぐさま回収しに向かう。うーん。おかしいなぁ、中学生の頃は何があっても授業中はしっかり大人しくしてたのに。

 

「うーん、飯田少年もまだ硬すぎる節はあったりする訳だが……まぁ。正解だ」

 

「すごいね、八百万さん。よく人を見てる」

「当然です。常に下学上達、一意専心に励まねばトップヒーローになどなれませんので」

 

下学上達、一意専心とはどういう意味か分からないけれど、自意識と向上心の高い子なのは分かった。理解していないことを察したのか

 

「下学上達とは、身近で容易なことから学び、次第に進歩向上していくこと。一意専心とは他に心を動かされず1つの物事に心を集中させることです」

 

丁寧に解説してくれた。優しい。

 

「成程、その通りだね。大きな目標を見据える上で大切な心得だと私も思う。ありがとう八百万さん、おかげで1つ賢くなれたよ」

 

素直に感謝を述べると、彼女は少し照れたように「これくらい、お易い御用です」そう目を逸らした。可愛いなぁ。あまり、人と接するのに慣れてないのかな? 人見知りとか物怖じする訳では無いけれど、不慣れそうな感じがする。……ただの、ちょっとしたツンデレさんなのかもしれないけれど。

 

「それでは移動して次のチームいってみよう!!」

 

それからクラスメイトを知るためにも、彼女を見習って戦局を見守ってたんだけれど。うちのクラス超強いね。流石倍率300倍を勝ち抜いた猛者達。特に凄かったのはやっぱり轟焦凍くんだ。ビルを丸ごと凍結させて瞬殺。退治した相手が素足だったのもあり、氷で固められた足を下手に動すと皮が剥けてしまう。強い。

 

「成程、相手の戦力を削ぐことにもなるのか。流石八百万さん、よく気付く。勉強になるよ」

 

八百万さんの解説を聞きながら見てると尚面白い。互いに気付いた所を話しながら観戦してると、やっぱり1人で見てるよりもずっと勉強になる。彼女の着眼点がいいのも勿論あるのだけれど。

そして何より、八百万さんの気づかなかった箇所を指摘して、褒められたのは素直に嬉しかった。

 

 

**

 

 

「陽向、そんなに持って大丈夫かよ」

「うん、平気。鍛えてるからね。……中学の時も力仕事と言えば私だとばかりに、友人から先生から。いろんな人達にパシられてたよ」

 

半分以上の冊数を腕に積み上げた私に若干引き気味な彼に苦笑いを返す。

実は先生に頼まれて教材を上鳴くんと取りに来ていた。本当はお茶子が声掛けれてたんだけれど、量があるらしいし私の方が力があるからと代わることにしたのだ。

 

「んー。まぁ確かに、中学ん時は陽向ん周りに力あるやついなかったかもだけど。ここじゃそれなりに鍛えているやつばっかだし、俺も鍛えてんだから頼れって」

 

そう言って私から半分かっさらって残りを抱えた上鳴くんだったが、

 

「嘘だろ、くそ重てぇじゃん。言った傍からかっこ悪ぃけど、やっぱ頼りにしてんぞ!! 陽向!!」

 

大半が私に返却された。

清々しいまでの変わり身の早さ。いいと思うよ。

「うん任せて」

適材適所、大事なことだ。

2人でたわいもない話をしながら教室に帰ると

 

「そうだ陽向、今度メシ行かねぇ? 何好きなん?」

「お肉と炊きたてのご飯」

「んじゃ、焼肉だな」

「1000円で食べ放題のやっすいとこ知ってるよ、せっかくなら皆誘ってみようか。って、あれ。イズクがいない」

 

モフりたいと、控えめにお願いしてきた八百万さんに預けてたはずなのだけれど、その姿が見えない。

 

「陽向さん!! 申し訳ありません!! つい先程帰られた爆豪さんを追って飛び出してしまって、追いかけようとしたのですが」

「うーん、イズクぅ……わかった、追いかけて来るよ。ありがとう八百万さん」

 

本当、勝己くん大好きだからなぁ、うちのイズクさん。ちゃっちゃと早いとこ回収しないと……

あ、見えたっあーーーっ圧倒的手遅れ感。もう今日はやらかしてばっかりだ。1秒も惜しくて、昇降口を飛び出し上履きのまま駆け出した。

 

「イズク!!」

「みゅきゃあ!!」

 

勝己くんに首根っこ掴まれたまま、返ってきたのは嬉しそうないいお返事。イズクの名誉にかけて、この子は賢い子なんです。好きなことになるとちょっと理性がはち切れちゃうだけで。

 

「本当に何度もごめんね、勝己くん」

「おん……」

「ほらイズク、行くよ。勝己くんもまた明日ね」

 

多分彼に余計な声がけは要らない。

イズクを呼び戻して背を向ける。大丈夫、あの子は強い子だから。

 

「こっからだァ!!!!」

 

っわ、びっくりした。急な叫びに驚いて思わず肩が跳ねる。……意外。聞かせてくれるんだ。

 

「うん」

私は足止めてしっかり向き直り、彼を真っ直ぐ見つめ返した。零してくれるのなら、私も心してその言葉を聞きたいと思ったからだ。

 

「今日っまたてめぇに勝てなかった!」

「……うん」

 

「俺が培った3年より倍も強くなってるてめぇに、越えらんねぇかもって。一瞬でも考えちまった!! クソッ!!」

「うん」

 

「氷のやつを見て、適わねぇんじゃって、思っちまった!! クソが!!!!」

「うん」

 

「ポニーテールのやつの言うことに、納得しちまった!!」

「うん」

 

「くそっ、クソッ、クソォっ!! また、こっからだ!! 俺はこっから強くなってやる!! 誰にもっ、負けねぇ!!」

 

涙を滲ませながらも、一際強く私をその強い眼差しが射抜く。

あぁ、なんだ。

本当に心配要らなかったね。

 

「てめぇもだ!! いいかァ、てめぇも踏み付けて、俺はっここで1番になってやる!!!!」

「うんっ!」

 

ほんと、強いよ君は。

 

「私も! 君の期待を裏切らない、踏み付け甲斐のある奴でいるよ!!」

 

「……チッ、俺が勝つまで負けんじゃねぇぞ、クソ花」

 

背を向け歩き出したのを見送って、私たちも教室へと戻る。上履きのままだし、飛び出して来ちゃったから荷物も置きっぱなしだからね。

 

突如旋風が私を煽った。なに、今の。

暴風が吹き抜け一瞬身体が浮く。驚いてつい振り返ると、勝己くんの所にオールマイトがいた。あ。察し。成程、発生源はオールマイト。恐らく、私達のやり取りが終わるのを待っててくれたのだろう。そして帰りそうな勝己くんに慌てて飛び出した。と言う具合か。さて、

 

「イズク。気になるのは分かるけど、聞き耳立てるのは野暮ってものだよ。行こ」

「みゅきゅ!!」

 




三奈ちゃん
「なんだったの。今の」
お茶子さん
「昔の因縁ってやつです(`・ω・ )フンスッ!」
梅雨ちゃん
「爆豪ちゃんが一方的に何か叫んでたみたいだったけれど……」

お茶子さん
「昔の因縁ってやつです!! (`・ω・ )フンスッ!!!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

act.13:魔法少女の休日

いつも閲覧頂きありがとうございます。


土曜日の昼下がり、1ヵ月ぶりに私はその門を叩いた。

 

「頼もぉーう!!」

「きゅぴーっ!!」

 

「……来たか」

 

スープの匂いと、焦げたニンニクと油の香りが鼻をくすぐりお腹の虫が物欲しそうに鳴く。今この時ばかりは、それも恥ではない。

 

「そろそろ来る頃立と思って仕込みは万全だ。今日こそは音を上げさせてやるよ、嬢ちゃん、犬っころ」

 

「今日も全力で味わいつつ、美味しく素早く平らげさせて頂きます!!」

「もきゅ!!」

 

用意された席に1人と1匹は気合い充分に腰をかける。常連と化したイズクには専用の椅子があるのだ(これだけでわかる通り店長は超絶いい人)。

ここは4代続く老舗のラーメン屋、一善。コスパがよく、小盛りから特大盛りまで揃った食べ盛りな男子学生の味方。サイドメニューも豊富でチャーハン、餃子は勿論。みんな大好き鶏カラやフライドポテトなんてものもある。素晴らしい。

 

そして月に一度(私が来る前は毎週だった)、第2土曜日には

 

「それではこれより50分以内にこれらを完食してください。超過した場合は2名分半額の1200円、残した場合は全額を支払って頂きます」

 

タイムアタックな大食いのフードファイトが開催される。

 

「そして勿論、時間内の完食で全額無料とさせて頂きます」

 

ことり、と机に並べられた大皿には山盛りのチャーハンとそのまわりに並べられた餃子。そして特大盛りの豚骨ラーメンである。

美味しそう、いや。すこぶる美味しいとよく知ってる。開始の合図が待ち遠しい。

 

「それでは、どうぞ」

 

「頂きます!!」

「もきゅぴ!!」

 

パキンっ

 

そして今、1人と1匹は同時に箸を割った。これが開戦のゴングである。

 

 

**

 

 

「ご馳走様でした」

「きゅぷっ」

 

完食の合図に、見物客が沸き立つ。3年前から毎月行われる私達の挑戦は、繰り返される内にすっかりこの店の恒例行事となっている。

もっとも、途中からは私が店長に挑戦してるのか、店長が私の胃袋に挑戦してるのか分からなくなってきているんだけれど。

調理時間を変えず、味を落とさず。如何に量を作るか。彼曰く私達は好敵手らしい。そう言って笑ってくれるのも店長の優しさなのだろうけどね。

 

「胃袋ブラックホールかよ……。しっかしまぁ本当にいい食べっぷりだよ。しかもお前らは美味そうに食ってくれる。俺も作りがいがあるってもんよ」

 

「今日もとっても美味しかったです!! いつもありがとうございます」

「もきゃ!! きゅーっ、きゅ!! もきゅぴ!! ぴ!!」

 

昔は年相応だった可愛らしい容量だった胃袋も、成長するにつれ容量が巨大化していき、今ではすっかり物理法則を無視した量が入るようになってしまった。そして増大する食欲。親が大学教授で裕福な方だとはいえ、年々増える食費に危機感を覚えて道場破りのようにフードファイトに挑むようになったのが中学1年生の秋だ。

 

「おう、また来いよ」

 

様々なお店に挑むうちに挑戦を断られるようになってしまったお店も数しれず。そんな中でもこうして、私の個性と消費カロリーの事情を知って、ある意味お腹いっぱいタダ飯を食べさせてくれる。そんな仏のように超絶優しい人達も居てくれて。彼らのおかげで胃袋ブラックホールな私でも週に1度は満腹感を味わえる。

 

お腹いっぱいごはんが食べれる幸せ。

 

それがどんなに幸せなことか、今世になってからはそれをひしひしと心と身体で感じている。週変わりでフードファイトに参加させてくれるお店の皆様には、本当に感謝してもしきれない。

 

ちゃんと自分でお金稼げるようになったら、フードファイトじゃなくてちゃんと沢山注文して、お金落として恩返しするから!!

もし有名ヒーローにもなれたら、エピソードと共にしっかりバッチリお世話にもなったオススメのお店だって紹介するからね!!

 

『おう、出世払いしてくれよ。今は腹いっぱい食え。月一の赤字なんてトータルで見りゃ黒字だ黒字。餓鬼は黙って食え』

 

そう言ってくれたのは誰だったか。

彼らは皆似た言葉を返して、山盛りの美味しいご飯を食べさせてくれるのだ。

 

……私には恩返しする相手がいっぱいだ。でもそれは、それだけ優しい人達に恵まれているということで。

 

「私は幸せ者だね、イズク」

「みゅや!!」

 

あ。そうだ。私が有名になれずともだ。ヒーロー養成の名門校なら、有名ヒーローの1人や2人、と言わず何人も出るだろうから今のうちに友人達に紹介しよ。というか、連れてこよ。

 

「誰を連れてこようか。イズク」

 

後日談としては。

有言実行とばかりに放課後に友人達の嗜好に合わせて、それぞれのお店に顔を出した。そこでオススメしたり、特盛り1杯を普通に注文して食した所までは良かったんだけれど。立ち去ろうとすると先々で「お前そんなんじゃ足りないだろ?? 大丈夫か?」と言いたげな視線を貰うことになり、お店によっては奢りだと追加してくれるお店もあって。その優しさが嬉しいやら、申し訳ないやら。

今度はお小遣いもっと握って来て、皆が安心できるほど食べてやろうと私は誓うことになる。

そして近い未来、これらの店舗は雄英生の行きつけとなるのだが。

 

それもこれも全部、また先の話だ。

 

 

**

 

 

フードファイトを終えて帰った私達は自宅の花屋……ではなく隣の喫茶店に入る。

 

「おじさん、昼休憩から戻りました!」

「もきゅ!!」

「おぉ、おかえり。どうだった、フードファイト」

「バッチリ完食してきましたよ、二人分」

 

そう、イズクと胃袋……というかエネルギーを共有しているので実質2回分の特大盛り豚骨ラーメンと餃子乗せ特大盛りチャーハンを食したことになるのだ。改めて考えると我ながら中々に気持ち悪い胃袋してんね? やだぁ。

 

「行かせてくれてありがとうございました」

「いいんだよそれくらい。私としては陽向さん家の看板娘を借りてしまって申し訳ないくらいだ」

「そんなそんな。理沙さんには昔からお世話になってましたから、こうして頼って貰えて嬉しいです」

 

そう、いつもなら休日は家の手伝いをしているのだが。今日は違う。

 

「バイトの方が見つかるまでは、お店は私がお手伝いしますから。理沙さんには安心して元気な赤ちゃんを産んでもらいましょう!」

「もきゅぴ!!」

 

なんと、理沙さん__試作品を食べさせてくれたり、道端でポロポロ泣いてるリーマンとヨシヨシ幼女という異様な光景を受け入れてくれた、あのお姉さんだ__はもう間もなく出産予定日を迎える妊婦さんで、昨日から入院しているのだ。

 

そんな訳で、忙しくなる休日のお昼から夕方にかけて(今日は初日なので朝から)、新しいバイトさんが見つかるまではお姉さんの代わりに給仕をすることになった。

ちなみにマスターたってのご希望でイズクも給仕をしている。あの人語を話せない小さなイズクを給仕にしようと考えるマスターも大概だが、こなせてしまうイズクも大概だというものだ。

 

「もきゅきゅ、きゅ。みゅやや、きゅぴ!!(※お待たせしました、こちら珈琲になります。みたいな内容だと思われる)」

「ありがとうイズクちゃん。いやぁ理沙ちゃんもお母さんかぁ。めでたいね、これでマスターも爺さん仲間だ」

「ありがとうございます。先輩お爺ちゃん」

「ほんと、花ちゃんが連れてきた学生と結婚したって聞いた時にゃ驚いたものさ」

 

そう。聞いて驚け。彼女が結婚したのは一昨年なのだが、そのお相手がなんと。小学生の私がよしよしすべく捕獲……じゃなくて。連れてきた大学生だったのだ。

 

その当時は、理沙さんもちょうど大学生で年が近かったこともあり、気になって私の全肯定botモードに参加したのがきっかけだ。

 

一方の大学生のお兄さん__叶人さんも、歳の近い柔らかな雰囲気の理沙さんに気を許しそうな気配を察知した私。あ、これはいける。とばかりに間を取り持ち、2人を店員と客から友達に昇格させたのが、そのまま馴れ初めとなってしまった。だって、鬱々とした気持ちを話せる友人って大事。

 

その後もお話を聞いて、吐き出させてを繰り返し、問題に向き合い心身共に健康になる頃には、すっかりここが居心地のいい場所なったらしい。

私が呼ばれなくなった後も見かけてたから友交が続いているのは知っていたけれど、いつの間にか付き合い出してて、まさか結婚するとは思わない。

 

結婚するんだと直々に報告に来てくれた時はびっくりした。でもまぁ。隣で聞いてたイズクが叫んで飛び回って軽く私の3倍は驚いてくれたから、なんというか私は平静でいれたよね。

それから2人でお祝いのフラワーボックスを作った。

運命の相手がどこから降ってくるなんてわからないものだね。

 

そしてさらに

 

『私達を引き合わせてくれたキューピットちゃんには、是非リングボーイならぬリングガールをして欲しいな』

 

ま?

 

驚きが止まらない。

つい当時の級友の口癖が移る程度には動揺した。

リングガールって小さく愛らしい幼女がやるから、天使みたいで可愛らしくていいものなのだと思うのだけど。

……ちなみに私はもう立派な中学生で、残念ながら愛くるしい幼女とは程遠い見た目をしてる。

ちょっと(かなり)無理がある気がした。

 

しかし聞き返しても、その都度熱烈にお願いされては断る理由はない。花嫁さんのお願いだよ? 叶えないわけが無い。

どうやら幼い時から私を知ってる彼女には、変わらず私は『かわいい はなえちゃん』らしい。

喜んで務めさせてもらった。

 

その時イズクもフラワーガールをしてたんだけれど、それがすごく好評だった。というのも、宙を駆ける白くて小さい愛らしい獣が、花嫁達を先導し花びらを散らす。それがなんとも幻想的で、本当あれはいい仕事をした。

 

あ、そうそう!!

結婚式といえば、この前プロポーズ大作戦と称して皆でプロポーズ計画を立てた孝幸さんは見事大成功したらしく、ついこの先週成功のお知らせが手紙で届いた。文面から滲み出る幸せオーラ、ご馳走様です。嬉しいね。

 

皆さんにも伝えて欲しいとのことだったので、この手紙はカフェに張り出された。今月末にカフェに挨拶に行くと書いてあったので、その時の常連さん達がちょっとしたサプライズを計画してるところだ。まったく、優しくてお茶目な人達である。ここのマスターがそういう素敵な方だから、そんな人達が集まるのだろう。

 

そして面白いことにはとことん乗っかりたい私も主犯の1人なので、混ぜてもらって楽しく画策してる。

 

「お願いします」

「はい、伺います」

「いやぁ、本当におっきくなったねぇ花恵ちゃん。そりゃ俺も歳とるわけだ」

 

そうしみじみと言うのは常連さんの1人、塚内さん。温厚で気さくな方で、お仕事はなんとお巡りさん。将来のコネとしても是非とも仲良くしていきたいところだ。

 

「30代なんてまだまだこれからですよ! 父なんて間もなくアラフィフですけれど、まだまだ心は18だーっていつも言ってます」

 

リーマン兄ちゃんこと、孝幸さんの初回ヨシヨシ以来、私はすっかり常連の仲間入り((ただし)SAN値ピンチな大人付き)を果たすことになったのだが。上記括弧(カッコ)内通りの異様な光景も合わさってバッチリ常連さん達にその幼女は認知され、いつの日か有難いことに可愛がられるようになっていたのだ。

 

うん。振り返ってみても、なぜそうなったのかはよく分からない。気が付けばいつの間にか常連さん達の輪に私も溶け込んでいたのだ。

 

「そうだ、花ちゃんのお悩み相談は今月は何日だっけ。俺の友人の相談に乗って欲しいんだ」

「すみません、今月はもう終わってて。急ぎでしたら予定空けますよ。来月はえーと、確か17日の金曜日だったかと」

「急ぎじゃないから大丈夫。来月予約しとくから頼むよ」

「はーい」

 

そう。このカフェには『花ちゃんのお悩み相談』なるものが存在する。

私の全肯定よしよしbotを見てた常連さんが巫山戯て「俺の悩みも聞いてよ花ちゃん」とか言い出したことが全ての始まりで、面白がったマスターが採用して月一で予約があれば『花ちゃんのお悩み相談』が開かれることになったのだ。

やっぱり振り返ってみてもよく分からないし。なんなら聞かれても成り行きでそうなったとしか言い様がない。

 

私としても溜め込む前に話してくれるなら、それに越したことはないかと了承し、えーと何年だ? 小学4年生の夏からだから……間もなく6年になる。思いの外経ってるなぁ。

 

勿論予約がない月も沢山あるし、相談と称して私と話したいだけのおじいちゃん、おばあちゃんもいるんだけれど。こうして真面目な相談を受けることもあるのだ。

 

 

 

**

 

 

 

「冷さん、こんにちは」

「もきゅぴ!!」

 

翌日、4月の第3日曜日。

今日は高校生になってからは初めてのお見舞いになる。

 

「いらっしゃい、花ちゃん、イズクちゃん」

「お邪魔します。今日は体調の方はどうですか?」

「今日は調子が良くてね、お昼前に少しお散歩して来たところなの! ほら、病院に中庭あるのわかる? 躑躅が綺麗だったよ」

 

……ニコニコと少女のように話してくれる。楽しそうに話してくれるのは嬉しいのだけれど。調子がいい、元気そうなのを手放しで喜べないのが双極性の痛いところだ。とはいえ彼女はピーク時でも多弁になるくらいで済むから、そこまで深刻に構えることはないけれど。それでも気にかけるに越したことはない。

 

「あーっ、今の時期は綺麗だもんね。躑躅が終われば次は菖蒲や紫陽花ですよ。確かここにも植えてあったはず、楽しみだね」

「ええ。あっ! 今日もお花持ってきてくれたの。いつもありがとう」

「冷さんが嬉しそうにしてくれるから、私も育てがいがあるんだぁ。今月のお花はチューリップとスイートピー。まだ蕾のもあるから長く飾れると思う」

 

タイミングよく水を汲んで来てくれた花瓶をイズクから受け取る。本当よく気が利くよね。今日もイズクさんが有能。

受け取った花瓶に花を生けて、どこからでもよく見えるサイドテーブルに飾った。

 

「いい香り」

「スイートピーは、訳すと甘いさやえんどうって意味になって、その名の通りとてもいい匂いがするんですよ。気に入って貰えて良かった」

「もきゅ〜!!」

 

それからいつもの通り2人と1匹でトランプをしたり、お茶を飲んだりたわいない話をして過ごした。それでそのうち私の学校生活になったんだけど

 

「ねぇ花ちゃん、焦凍とは学校で会った?」

 

彼女からそう聞かれて察せない私ではない。というか瞬間、納得した。正直彼の苗字と個性を見て確信はせずとも薄々は気付いてた。たぶん、イズクも。元々同い年だと聞いていたし、火傷も、スパルタなヒーロー教育してたのも聞いてたからね。

勘づかない方が無理だと思う。まぁ、冷さんから言われてた訳でも、轟くんと面識がある訳でもない(下の名前すら知らなかった)から何をする訳でもないけれど。

 

「轟くんとは同じクラスだけれど……もしかして冷さんのお子さんだったり?」

「言ってなかったけか。私の息子なの……どう? 友達できてた?」

「道理で!! そうかなぁっては思ってた。えーとどうかなぁ。まだ始まったばかりで何とも。でも、凄かったよ。この前戦闘訓練があったんだけれど……」

 

それから私は、轟くんの様子を知る限りで語って聞かせた。

関わりがないから、ほんの少し迷った。私が話しちゃっていいものかと。ずっと病院に顔を出してないって聞いてるから、根の浅い問題では無いのだと思うけれど。

でも、背中を押せば存外簡単に乗り越えてしまえる人もいる。こういった話も轟くんの口から冷さんに話した方が1番だし、もし轟くんが後者なら是非とも彼が真っ先に話して欲しい。だからちょっとだけ迷った。

 

冷さんが私からの話も聞きたいのもわかってるから、結局話しちゃうんだけれど。

 

「あ、そう言えば。たまたま食堂でみかけたんですけれど笊蕎麦食べてましたよ」

「そう、そうなの。ふふ。あのね、あの子昔からお蕎麦や素麺は好きだったの」

 

まぁ、なんにしても話してみないとだね。轟くんが冷さんの息子さんだとハッキリした訳だし。

彼、メンタル死亡直前みたいな顔はしてなかったけれど、ピリ付いてる雰囲気はあるし。何か胸に巣食うものがあるのは確かだ。

 

当然、無理矢理は言語道断だし轟くんの様子を見てだが、それでつつけそうならちょいちょいちょっかいをかけてみよう。

 

「ねぇ花ちゃん」

「なぁに、冷さん」

 

「花ちゃん、焦凍のこと見てあげて」

 

私の手にそっと白くて柔く冷たい手を重ねる。いつか、「冷たいでしょ、冷え性なの」と笑ってたことを思い出した。

 

「お願い花ちゃん。弱くて守れなかった私のかわりに、その手を引っ張ってあげて」

 

私を見つけてくれたみたいに。

そう緩く微笑む彼女に私も笑い返して

 

「大丈夫だよ、冷ちゃん」

 

たぶん、冷さんもお母さんだから。離れていても何か感じるものがあるのかもしれない。私も母を見てると思うのだ、母という生き物はどうしてこうわかってしまうのだろう。と。経験のない私にはわからないが、母親の勘というやつだと思う。たぶん、冷さんもそうだ。

 

でも、冷さんの中の轟くんは昔の幼い轟くんのままなんだと思う。

だから、私と同じく今の轟くんを少し見たイズクも、冷さんの肩に飛び乗り頬を寄せる。大丈夫だと。

 

「たぶん轟くんは冷ちゃんが思ってるより強くて逞しくなってるから。大丈夫」

 

第一印象だし偏見でしかないけど、轟くん根っこが強そうじゃんか。私ができるのは背中を押すか清々並走くらいだと思う。たぶん仲間に「引っ張って」はない。

 

そして何よりお母さん(冷さん)の代わりなんてできないし、要らないんだよ。

他でもない貴女がいるんだから。

 

「それに、子供(轟くん)の手を引いてあげるのは(冷ちゃん)の特権なんだよ」

 

「……そんなこと」

「あるよ。大丈夫だから、待ってて」

 

友達の手を引くのと、母が子の手を引くのとは訳が違う。そういうことだよ。

 

冷さんをどう思ってるかは聞いてみないとわからないし、冷さんを母親と見れるのかは確かに轟くん次第でしかない。冷さんはそれが不安なのも分かるんだけれど。

 

「まだお母さんで居てもいいのかな、焦凍」

 

大丈夫、大丈夫。男の子は基本皆マザコンだから。

それに事件の経緯聞いてる限りだと、苦労するのは確実にエンデヴァー(パパ)さんの方だと思うし。




あまり納得できる文が書けない。丸一日こねくり回してるけれど、先に進みたいので行っちゃいます!
主に後半部になりますが、暫くしたら改稿するかもしれません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

act.14:単騎出陣

涼しくて過ごしやすいですねぇ……。有難い。

皆様、誤字報告ありがとうございます。5回は読み返してから投下してるのですがどうにも私の目は節穴だらけなようで。助かっております。極力無いよう気を付けておりますが、ゴジゴジの実の能力者にして節穴の目を持つ私には見落としが多いようです。今後も誤字脱字ございましたらそっと修正してくださいますと大変助かります。

お気に入り300件超えました!!ありがとうございます!!



……心無しかダルい気がしないでもない。

「あら、珍しいね。花恵が熱だなんて。きっと、疲れが溜まってたのね。ゆっくり休んで」

プツリと昨晩意識が溶けて目が覚めたこれである。

 

「お母さん38度は熱に入らないから大丈夫だよ。薬も飲んだし学校行かなきゃ」

「休みなさい」

「もきゅ!!」

 

額に冷えピタをビターンっ!! と貼り付けて母は欠席連絡をしに行ってしまった。母に同意するように鳴くと、イズクは私のパジャマを咥えて横になるよう促す。わかった、わかった。ちゃんと寝るよ!! 寝るから、引っ張んないで……。相変わらず私の不調には引っ張られないようで、今日もイズクさんは絶好調。

 

このまま夕方まで下がらなければ道場には行かせて貰えないだろう。……熱出したなんて師匠には絶対言えないな。

 

「花恵、お父さん今日はビニールハウスに行ってて夕方まで戻らないだろうから何かあったら私に連絡してね。お昼以降なら動けるから」

「はい……」

 

もったいないことしたなぁ。今日は座学とはいえヒーロー基礎学フルスロットルの日なのに……勿体ない。お茶子に電気伝導体の警棒触らせる約束も延期してたのに。

 

「もきゃ!! みゅややや、みゅきゃ!!」

 

……イズクがもきゅもきゅ言ってる。うんうん、心配してくれて

「ありがとう、いずく」

 

その後の記憶は玄関のチャイムが鳴るまで全く無い。

 

 

*No side*

 

 

「イズクちゃん花恵ちゃんは? ずっと見当たらんけど」

「もきゃっ、みゅややや」

 

__アッ……聞ぃといてどうしよ、わからん。

 

イズクが教室に入って来てから、その宿主である陽向が姿を見せないことへの一同の疑問。しかし誰もが越えられない言語の壁に触れずにいたのだ。

それを打開しようとした麗日だったが、呆気なく言語の壁を前に撃沈してしまった。

 

イズクの弾けんばかりのいい笑顔に、麗日は「そっかぁ〜」と曖昧な返事を返すしかない。

 

「あー、赤いマフラー? かっこいいね」

「みゅぷ」

 

その結果何を思ったのか、デートで話題に困って取り敢えず服を褒める男子のような対応をすることになった。頑張れ麗日。

 

そしてイズクは我が物顔で陽向の机に鎮座し、周囲に見守られる中、首から下げたポシェットから小さなメモ帳と筆記用具を取り出した。

 

__授業受ける気だ!!!!

 

多少の差異はあるにしても、クラス全体の思考が重なった瞬間である。そしてその推察は大正解だ。

 

「もしかして花恵ちゃん、お休み?」

「もきゅっ、みゅややや、みゃっ」

 

そして行き着いた答えを確認してみれば、麗日にはやはり何を言っているのかはわからない。しかし頷いてくれたことにより、とりあえず陽向は来ていないということはわかった。

 

「どうしよう、とりあえず花恵ちゃんに連絡した方がいいよね」

「あぁ、そうだな。場合によっては監督不行届とも言える」

 

「ふみゃ……っ!!」

 

ダメだとばかりに麗日のスマホに飛び付いたイズク。……連絡されるのは嫌だときた。たぶん、というか確実に陽向はイズクが学校に来たことを知らないのだろう。

その通りだ。

 

イズクは微睡みに主人が溶けるのを見送ってから登校している。陽向はイズクが出たかけた時には既に深い夢の中だった。さらに言えば。イズクが自分の傍を離れたことがかつて1度も無かったことにより、彼女は知らないどころかなんなら一緒に寝てるもんだと思っている。

 

そうとなれば殊更連絡しない訳にはいかない。麗日や飯田にイヤイヤと訴えるイズクを横目に、連絡先を知る者達は迷わずメッセージアプリを開いた。賢明かつ的確な判断だ。

 

しかし一向に既読はつかない。天はイズクに味方した。その実、昔から丈夫な子で病気と無縁だった陽向は、薬の耐性が全くと言っていいほどない。一般薬の案内通りの量を摂取したら、当然のように副作用が大張り切りで仕事し絶賛おねんね中である。すやぁ。

 

「はい、席に付け……陽向来てんのか。あの馬鹿、38度は立派な熱だ大人しく寝とけよ」

 

さすが幼少の頃からの先生、3年のブランクがあれど陽向の思考回路はバッチリお見通しである。

 

「いやぁ。先生、それが花恵ちゃんに黙ってイズクちゃん1人で来たみたいで」

「帰れ」

 

一瞬驚いた後、すぐあからさまに面倒くさそうな顔をする相澤。心中お察しする。しかし、残念ながらここで大人しく帰るような根性をイズクはしていない。

 

「むきゃっみゅきゃぁっ!! ぷきゅ!! みゅやや?」

 

どやぁっ

 

そんな副音声が聞こえるばかりの表情である。なにやらドヤっているはわかるのだが、悲しいことに何一つ主張が伝わらない。

 

「はぁ……。口田、それか従魔繋がりでダークシャドウ。どうだ、いけるか」

 

「ダークシャドウ。奴の言うことわかるか」

「あいよっ」

 

なんだかんだ甘い男である。

口田もコクコクと頷き通訳可能であると示すが、ダークシャドウの方が早かったため彼に任せることになった。

 

※通訳中※

 

「みゅーみゅ、みきゅっ」

「あーな」

「もきゅや、もきゅぴ、ぷぴ!!」

「おうおうわかった」

 

「『花恵は身体を休めて、元気なボクが代わりにお勉強する。記憶は共有できるからね。合理的判断だ!! ドヤァ…!』。らしいぜ!」

「みきゅっ!!」

 

__確かに合理的っちゃ、合理的かもしれない!

 

まさかの宿主を差し置いて、イズクの半生において初の意思疎通が行われてしまった。

 

「……登校するには制服の着用が義務付けられてる」

「もきゃっ!!」

「抜かりないってよ!!」

 

「……それネクタイか」

 

ご名答。スカーフのように首に巻かれた赤い布は、陽向のネクタイである。屁理屈のようだが制服の着用も満たしていれば、しっかりポシェットには学生証も入ってる。イズクはとても優秀な獣なのだ。

 

「もきゅやぁ」

 

キラキラとした眼差しと睨み合うことに30秒。ついに相沢が折れた。公私混同はしないプロとはいえ、イズクのその視線は、小動物に弱い相澤には弱点を永遠に突かれるようなものである。

 

「……出席扱いにはできない。各教科担任に入室を許可された時に限り参加を認める、邪魔するようなら即帰宅だ。いいな」

「もきゃっ」

 

基本陽向にベッタリなイズクがこうして単独行動に出ることが、非常に珍しい。突発的に離れても半径100m以内である。しかしこれからこのように別行動ができるようになれば、陽向の行動選択も増えるというものだ。いい機会だ、1人に馴れさせるのも大事だろう。という先生のご判断である。断じて小動物の目に負けただけではない。

 

「あと爆豪」

「あ?」

「授業外の時間はイズクの面倒見てやれ。先週の戦闘訓練の映像データ見せてもらった。いつまでもガキみてぇなことしてんじゃねぇよ」

「っ、わぁーってるよ」

 

つまりそれは肯定。爆豪の言語においては間違いなく了承を示すものだ。それを聞いた爆豪大好きイズクは大歓喜である。抑えきれない喜びが薄紅の花びらとなってヒラヒラと吹き出した。うーんセウト。ダメだイズクさん、それは刀剣が乱舞してしまう。

 

「!! もきゅあっ」

「今日だけだわ調子乗んな殺すぞ!!」

 

一方、キラっキラの笑顔を向けられた爆豪は掌で小規模な爆破を起こして即威嚇を返した。しかし幼少の頃から慣れっ子なイズクには効果はあまりない。察した爆豪も悪態をつきつつ矛を収めたのだが

 

「つーかてめぇ、花恵と離れて平気なんか」

「……」

 

瞬間時が止まった。まるで思い出してはいけないことを思い出してしまったかのように、ピシャリとイズクが固まる。

そう、爆豪は見つけてはいけない地雷を的確に踏み抜いたのだ。

 

「……もきゃぁぁ」

 

ちなみに訳すと「……ほんとだぁ」となる。つまり

 

__嘘だろ今気付いたのかよ!!??

 

そういうことだ。

皆心に留め口に出さないだけ優しい。

 

名誉のために述べるが、普段イズクの知能は下手な大人よりかはずっと高く、思考力も発想力も高い優秀なモフモフだ。

 

しかし、宿主含め誰も知らない事実がある。陽向は自分の不調にイズクは関係ないと考えているが、それは間違いだ。現在イズクは陽向の高熱の影響を受け著しく知能指数が低下している。

一見いつもと変わらず無邪気で愛らしい獣なようだが、その実知能は小学生低学年並に下がっているのだ。

 

今更ながら勢いとノリで飛び出してしまったことに気付いたイズクさん。

 

「……帰るか?」

「もきゅゃ」

 

ふるふると身を震わせる姿に相澤が呆れ混じりに声をかけるも、イズクはメモ帳を抱き締めてブンブン首を横に振る。そう、決めたのだ。学校に来れない陽向に今日の授業内容をしっかり伝えると。

ボク頑張るんだもん!!

 

そんな姿に1-A教室内における脳内BGMは某幼児のおつかいを見届ける番組である。頑張れイズクちゃん!! 皆応援してるよ!!

 

 

**

 

 

「クゥン、キュゥン」

ガシガシガシガシ……

 

__噛んどる……

__噛んでるわね

__ホームシックか

 

三限終わりの休み時間。イズクは自身に巻き付けたネクタイを(しき)りに噛んでいた。陽向の匂いがするのだろう、不安感を紛らわせるように噛んで噛んで噛みまくる。

 

きゅるるるる……。

 

お腹も減った。帰りたい、頑張りたい、帰りたい、頑張りたい。

 

「イズクちゃん、大丈夫?」

「ケロケロ。無理は良くないわ、4限目のノート明日花恵ちゃんに見せてあげるから」

 

そろそろ限界を迎えそうなイズクに、女子達が気遣わしげに声をかけた。するとハッと我に返ったのか、すかさずキリッと表情を変え気丈に振る舞う。

 

「きゅっ!!」

 

イヤイヤと首を振り、大丈夫!! ボクはやるんだもん!! そう言い聞かせるように鋭く鳴いた。

 

「おうおう、頑張るってなら止めねぇけどよ。頑張りすぎんなよ」

 

ほら、腹減ったんだろ。と差し出されたのはチョコレート。おずおずと受けとり口に含めば、とろりと甘さが広がる。瀬呂はその大きな手で優しくチョコを頬張るイズクを撫でた。

 

「よし。5限以降は1時間目とやることチェンジした委員決めとかだって言ってたから、受けなくても支障はねぇだろ。あと1時間セメントス先生の授業頑張ろうな」

「きゅぷ!!」

 

良い兄ちゃんだ。

 

「おいコラクソ犬」

乱雑に開け放たれた扉から聞こえた声にイズクは耳を震わせる。三限終わってすぐ何処かに行ったかと思ったら、成程。こういうところが彼がスパダリみがあるとされる由縁なんだろう。机に並べられたのは菓子パンや栄養補給菓子の数々。たぶん、軽く野口さん一人は飛んでる。

 

「……食えや。んで、そのクソうるせぇ腹ん虫黙らせろ」

「ぷっきゃぁぁあ」

 

しゅきぃ……。もしイズクが雌豚系オタクだったなら迷わずそう遺言を残していただろう。

現に大喜びで爆豪の周囲を飛び回り全身で『好き』と『嬉しい』を表している。すぐに鬱陶しいとばかりに爆破されたのだが。

 

 

**

 

 

「今日の授業はここまで。お疲れ様」

 

「ありがとうございました」

「みきゅきゅや!!」

 

「お疲れ様〜」

「頑張ったわねイズクちゃん、花恵ちゃんに胸を張って帰れるわ。でも、ちゃんと謝らなくちゃダメよ」

 

無事に4限目を生き抜いたイズクに、気にかけていた優しいクラスメイト達揃ってイズクを労う。そして口に出さないにしても内心拍手を送っていた。

 

「クソ犬」

「もきゃ?」

「飯だ、てめぇも食うだろうが」

 

早くしろとせっつかれ。イズクは大喜びで爆豪の肩に飛び乗ると、ご機嫌に擦り寄る。爆破してこない爆豪に不思議に思いつつも、甘んじることにしたイズクはその首に丸まった。乱暴な言動が目立つ爆豪だが、なんだかんだ優しい奴なのだ。

 

食堂でも、もきゅもきゅ食べたいものを主張するイズクにキレながらも注文をこなし、お金あるよとポシェットを漁るイズクに「うっせえ黙って食えや」と笑う子も泣き出すような顔で奢り、食べこぼしを拭いてやったりと中々の世話焼きっぷりを発揮したのだった。

 

『セキュリティⅢが突発されました、生徒達は速やかに屋外へ避難してください』

 

「あ?」

 

イズクが美味しかった。とお腹をさすっていた時だ。けたたましく鳴り響いた警戒を促すサイレンベルと、非常事態を知らせるアナウンス。

 

その不穏な放送にどうしようもない不安が生徒間にどんどん伝染し、広まってゆく。

 

「おいコラてめぇ、セキュリティⅢってのはなんだ」

 

春先のこの季節。避難訓練もまだ受けていない爆豪達には、いまいち状況を把握するには情報が足りない。

そこで、逃げなくちゃと席を立った隣の生徒を捕まえて訊ねることにした。この緊急時にガン飛ばされ縮こまる男子生徒には同情を禁じ得ない。

紛うことなきチンピラである。そんな爆豪に怯えながらも優しい生徒は丁寧に説明してくれた。

 

曰く、校内に誰かが侵入して来たらしい。

雄英高校には、生徒を守るため最新鋭のセキュリティシステムが敷かれており、ここ数年で近付く不届き者は居ても侵入されたことはなかったそうだ。そんなことができるような人物が相当な手練れであり、且つ真っ当な人間ではないのは、プロヒーローの巣窟でもあるこの雄英に不法侵入しようとする時点でお察しである。

 

道理で生徒達はパニックにもなる訳だ。すっかり入り口付近から、もう既に大渋滞である。

 

「イズク。てめぇいけんな? できる範囲でいいから様子見てこいや」

「みきゅきゅ!!」

 

大好きな爆豪にお使いを命じられたイズクは大喜びで食堂を飛び出した。小さく空中を闊歩することの出来るイズクは余裕で生徒の頭上をすり抜ける。

 

……侵入したってことは外に出て見た方が何かわかるかもしれない。

そう考えイズクは窓へと視線を向ける。

 

「みゅや……!!」

 

そこにはわかり易いまでの答えが広がっていた。

100人単位の人だかりに見える大きなカメラや音響マイク。イズクは知っているあれはテレビ局の人達が使う機材だと。つまり侵入者の正体は大勢の報道陣だったのだ。

 

ということは、何もそんなにパニックになる必要も危険もないのでは??

その通りである。

 

瞬時に導き出した解答に、イズクはこのパニックを収める方法を考えだした。人を止めるのは大きな声と情報伝達だ。

 

取り敢えず、窓きわにいた生徒達をつついてみる。しかし残念ながら無反応で相手にして貰えない。こうなれば仕方ない。その生徒の額に自分の額を当て、今見た映像を流す。

 

「これは……っ、おい外見てみろってもしかして……」

 

ハッとしたように窓の外へと顔を向けた生徒は近くの生徒に呼びかた。そしてそれは廊下の窓際を中心に広まる。

あとは勝手に共有してくれることだろう。イズクは次なる情報源を作ろうと先へと飛ぶ。

 

すると見知った顔が見えた。

 

「もきゅっ」

「君は、イズクくん」

 

真面目カクカク飯田くんである。イズクはすぐさま額を押し当て情報を共有を行い、皆に伝えて欲しいという念を送った。

 

「これは、確かなのか」

 

イズクはコクコクと全力で頷き、窓の外を足で指し示す。指示にしたがい窓の外を確認しした飯田は頷く。

 

「わかった……しかしどうやって」

「もきゃっ」

 

飯田の後ろに見えたお茶子にも映像を共有する。情報を受け取ったお茶子は、神妙な顔で「お手柄だよイズクちゃん、ありがとう」と頷き飯田との合流を図る。

 

あとは2人も考えてくれる。何故かあの二人にさえ伝われば後は何となる。そう直感したのだ。

イズクは自分にできることを続けることにした。

窓際の生徒に映像を流し込み、また情報が広がる。

 

そして何人か目に映像を送ろうとした時だ。ごった返した廊下にガンっという大きな衝突音が鳴り響く。

 

「皆さん!! だいっじょーぶっ!!!!」

 

そのよく通る声を受け、波を打ったように静まった一同は呆気に取られ、非常口の上に張り付く発生源を見上げた。

 

「ただのマスコミです、何もパニックになることはありません!! 大丈夫!! ここは雄英、最高峰の人間に相応しい行動を取りましょう!!」

 

その後聴こえたサイレンに警察の到着を察したこともあり、廊下は落ち着きを取り戻して行った。その後食堂に戻ったイズクは、爆豪からのおつかいである“ほうれんそう”をすっかり忘れていたことを思い出し、全力で反省の意を示すことになる。

 

 

 

*Side Change*

 

 

ピンポーン

 

「ん。んん……今何時?」

 

玄関から聞こえた呼び鈴の音で目が覚めた。窓から差し込む夕焼けに相当な時間眠っていた事を察する。

そして、スマホの画面を見ると大量の通知。私が休むのはそんなに意外だったのか。連絡先を交換したきり、まだあまり話せてない子からもわんさかスタンプが届いていた。つい、時間よりも気になってチャットアプリを開いてしまう。

 

『お茶子:イズクちゃん来とるけど大丈夫なん?』

『お茶子:イズクちゃん頑張っとるよ』

『お茶子:寂しそうにしとる……帰ったら褒めてあげて!!』

 

……?????

お茶子からの連絡をすべて目を通し、その他クラスメイト達からのメッセージにもすべて目を通したけれども理解が追いつかない。何事?? だってイズクは私から離れられないはずだ。家に置いて学校に行こうとしたら、キュンキュン寂しそうに泣いた後当然のように私の周りをぐるりと飛び回っているのだ。あの子は瞬間移動のようなものが使えるのだろう。そうでなくちゃ鍵をかけた部屋から一瞬で私の隣に戻ってくるなんて有り得ない。って、今はそうじゃない。

「っ、イズク!!」

 

部屋をぐるり見渡しても姿のないイズクに慌てて名前を呼ぶ。私が呼べばこんな風に姿の見えない時でも直ぐに現れたものだ。

しかし現れないもふもふに、熱で溶けた脳みそなりに事態を把握していく。なんてこった。回収に行かねば。

 

ピンポーン

 

着替えようとタンスに伸ばした手を止める。……お父さん帰ってないんだ。2度目のチャイムに父が戻ってないこと察した私は、カーディガンを羽織って玄関へと向かう。

 

「はーい、どちら様ですか……勝己くん!」

 

「おら、届けもんだ。起きろやクソ犬」

「いずふぐぁっ!!??」

「もきゅあっ!! きゅー、きゅー、ぷぅ」

 

ドアを開けたら相変わらず不機嫌そうに眉を顰めた勝己くんの姿があった。その手には首根っこを掴まれたイズクがスヤスヤと眠っていた。その体制で眠れるのかと、落ち着いて疑問を考察する間もなく、すぐさま飛び起きたイズクが私の顔面へとタックルを決める。

 

「っと……ありがとう」

 

衝撃のまま後方へと倒れるも、咄嗟に掴まれた腕により事なきを得た。

 

「おう。気ぃつけろやクソ犬」

「みきゅぅ……」

 

「熱はもういいんか」

「うん、だいぶ下がったから。明日はいけるよ。今日イズクが迷惑かけたみたいでごめんね」

「なんもしてねぇし、こんなクソ犬1匹問題ねぇわクソ」

 

顔からイズクを引き剥がしながら謝れば、彼は舌打ちと共にそんな言葉を吐いた。優しいんだよなぁ。そして差し出されたゼリー類を受け取り玄関先で別れた。何から何まで申し訳ない。御礼しなくちゃなぁ。勝己くん何が好きだろう、光己さんに聞いてみよう。

 

ひとしきり労り、小言を並べた後。イズクが受けてきたという授業の記憶を見せてもらった。

記憶を覗くということはその時考えていたこともわかるということである。

お察しの通り後半部分は『寂しい』『帰りたい』『頑張る』というイズクの思念に埋め尽くされてしまい、授業内容は全くわからなかった。しかし一生懸命頑張ってきてくれたイズクには黙っておこうと思う。

明日みんなにも謝らないとなぁ……。

 

ちなみに道場にも行かせて貰えなかった。

 




シャーペンクオリティではありますが、花恵さんのイメージ画置いときます。

見てみたいけど、私の画力によるという方のために被爆する前の下調べ用にイズクさんも置いておきます。

↓イズクさん

【挿絵表示】


↓花恵さんとお茶子さん

【挿絵表示】


↓変身後

【挿絵表示】



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

act.15:会敵

「みゅーや、もきゅきゅ」

 

照れ混じりにもきゅもきゅ鳴くイズク。何とも言えない緊張が走り背筋が伸びる。イズクとは10年以上の付き合いになるが、今日この日初めての意思疎通の伴った会話を行おうとしているのだ。

 

「ダークシャドウくん、イズクはなんて?」

「『こう改まると緊張するね』だとよ」

「私も緊張してる。いっつも何となく適当で相槌してたから」

 

それと記憶共有の時に思考が読み取れる程度。こうしてしっかりと会話したこと後がなかった。

先日のイズクの暴走により、なんとダークシャドウがイズクの言葉が分かる事が判明したのだ!! そうなればちゃんと話してみたいと思い、通訳をお願いしてみたのだ。

 

「もきゅっ、もきゅーきゅ!! きゅぷぷ……みゅきゅぴ」

「『いつも僕を大事にしてくれてありがとう!! だいすき』かぁーっ照れるぜ」

「えぇ……可愛いこと言うね。私もイズクのことが好きだよ」

 

「もっ、もきゃーっ!!」

「『恥ずかしい』ってよ」

「君から言い始めたんじゃんか。あぁ、せっかく話せると思ったのに逃げられちゃった。ありがとうねダークシャドウ」

 

もう無理!! と言わんばかりにぴゅーっと飛んで行ってしまった。残念。

 

「常闇くんも時間取らせてごめんね、ありがとう」

「この程度のこと構わない。またいつでも言ってくれ」

「おうとも!! 俺に任せな」

 

 

 

「さぁ皆!! スムーズにバスに乗り込めるよう2列に並んでおこう」

 

けたたましくホイッスルを響かせ、カクカクシカジカ飯田くんは今日も絶好調だ。

 

「委員長、飯田くんに決まったんだってね。うんうん、しっくりくるよ」

 

キャラに合ってる。

 

「そうなんよ。ほんと似合っとるね。でもイズクちゃんは花恵ちゃんが選ばれなくて悔しそうにしとったよ。イズクちゃん、花恵 ちゃんならこの人に入れるって、別の人に入れたみたいなんだけど。なんで誰も入れてないんだ〜って」

 

「うん、イズクの記憶で見たよ。ほんとに昨日はごめんね」

 

そう、基本的に皆して委員長をやりたいから自分自身に投票するということもあり、私(の代理でイズク)は八百万さんに入れたため見事0票で落選したのだ。そのくせ誰も私に投票しなかったことが不服だったらしく、イズクが少し吠えてしまったらしい。重ね重ね申し訳ない限りだ。

 

「もういいって。謝って貰って侘び菓子も貰っちゃったし、皆ももう気にしてないよ」

 

美味しかった。と笑うお茶子。笑顔が素敵な女の子は無条件に愛らしいね。朝一で職員室に菓子折り片手に謝罪し、クラスメイト達にも深々と頭を下げて昨日の失態を詫びた。優しい友人達は快く許してくれたが、先生方からはお小言を頂いた。叱られたばかりで気落ちしていた(何年経っても怒られたらちょっと落ち込むものだ)が、彼女がそう笑ってくれると、気も晴れる。今日も彼女は麗らか朗らか少女、おかげで肩が軽くなるよ。

 

「あれ、花恵ちゃん。そういえばイズクちゃんは?」

「あぁ、イズクなら」

 

__BOMB!!

「みゅやぁぁぁ」

「朝っぱら鬱陶しいわ!! 離れろやクソ犬!!」

 

「ハートが目に見えるようだぁ。成程、爆豪くんにベッタリなのね」

「昨日良くしてもらったみたいでね、もう懐き度が上がったというか。そうでなくてもあの子は基本的に勝己くん大好きだから、一日に1度は引っ付かないと気が済まないんだよ」

 

「おいコラくそ花!!!!」

「はいはいごめんね、今行きますよ!」

 

想定していたバスのシートと異なっていたバスに落ち込む飯田くんを労る。そういうこともあるよ。

 

「ずっと思ってたんだけど、はなはなの髪の毛って綺麗だよね。なんだっけそういう色、えーと」

「ケロ、ストロベリーブロンドね」

「そうそうそれそれ」

「光の反射で金にもピンクにも見えて超イケてるよね!! 地毛? それとも染めた?」

「もきゅや!!」

 

そうだろう。とばかりに胸を張るイズク。なんで君が誇らしげなのさ。ありがとうね。君の白い毛並みに交じる優しいミルクカラーのミントや、耳先の灰桜も素敵だよ。

 

「地毛なんだ。珍しい遺伝の仕方をしたようでね。ある種そこの轟くんと似た感じかな」

「ん、俺か? ……まぁ、確かにそうだな」

 

少し会話を振れば、目線を下げられてしまったため位置関係上その表情は伺えない。しかしその声音は消して明るいものでは無い。……幼少の事象が原因となれば想像に容易い事だが、やはり複雑そうだ。ゆっくりつついていこう。

 

「その2人は見た目もそうだけど、何より個性が派手で良いよなぁ」

「演習凄かったもんなこの2人。俺は電気系統だけれど、帯電できるだけで電撃を飛ばしたりとかは出来ねぇしなぁ」

「それなら君にこれを貸してあげるよ。今日役に立つかは分からないけれどね」

 

そう言ってポーチの中から電気伝導体で出来た警棒を取り出す。元々今後警察官も個性使用可能になる時代を見越して、電気系統の警官のためにって設計されたものだ。彼にピッタリなんじゃないかな。

 

「私はこのグローブに仕掛けられた簡易スタンガンのようなのも合わせて使うんだけれど、帯電できる君には持ってこいじゃないかな。折り畳み式で持ち運びに便利でね、このぽっちを押すと伸びて30センチくらいになる。警棒として開発されただけあって刃物にも強いし、腹部を殴れば涙目必須な優れものだよ」

 

真向かいの彼にはよく見えないだろうから、後で見せながらゆっくり説明した方が良さそうだ。

 

「おぉ〜!! サンキュ陽向!!」

「まぁ、知り合いからの頂き物だから値段を知らないという恐ろしいところはあるんだけれど、もし気に入ったなら掛け合ってみるからね。詳しい説明は着いてからにしようか、その時渡すよ」

「おう」

 

ニカッと少年の笑みを向けられ、私も笑い返しこの話は一旦終了となる。

 

「良かったな、上鳴。俺の硬化は対人には強ぇけど如何せん地味でなぁ。ほらヒーローって結構人気職な所あるだろ」

「僕のネビルレーザーなら派手さも強さもバッチリさ」

 

確か50m走でレーザー射出の勢いを使ってた子だ。確かにあの空色の光線は綺麗だった。レーザーと言うくらいだ、当たったら焼けてしまうのだろうか。範囲も広かったし、加減を間違えれば致命傷を負わせかねない。難しいそうな個性だ。

 

「でもお腹壊しちゃうのは良くないね」

「うっ」

 

それは確かに困るね。

 

「でも、やっぱ派手と言ったら轟や陽向、爆豪だろ」

「あ?……けっ」

柄が悪いなぁ、勝己くん。

 

「でも爆豪ちゃんはキレてばかりだから人気でなそう」

「言うね梅雨ちゃん」

「あぁ!!? んだとコラ出すわ!!!!」

「ほら」

 

ね、と指さし言われて、否定できる要素が思いつかなかった。健信くんのことは可愛がってたけれど、今では小さい子ですら構わず睨みつけるし、キレ散らかすし。

 

「もきゃっ!! きゅーっきゅ!! きゅぴっ」

何やら慰めるように勝己くんの周りを飛び回る。

『例え人気が出なくても私は勝己くんのファンだよ!! 』みたいな感じだろうか。恐らく勝己くんにもそのニュアンスは伝わったのだろう、形相が凄まじいことになっている。

 

「いや、この付き合いの浅さでクソを下水で煮込んだような性格と認識されてるってすげぇよ」

「あぁ!!? てめぇのそのボキャブラリーは何だこの殺すぞ!!!!」

「まぁまぁ。確かに彼はキレてばかりだけれど、性格が悪い訳じゃないんだよ。その例えで行くならクソが下水で煮込まれたようで、実は煮込まれたことで煮沸消毒されているため無菌状態……うん?」

「てめぇも訳の分からねぇフォロー入れんなぶっ飛ばすぞ!!!!」

「うんごめん、適当な事言った」

 

暫くクラスメイト達と談笑していれば到着はあっという間だった。今日は災害救助訓練のため、外部施設へと出かけているのだ。

その風貌はまるでテーマパーク。「USJみてぇ!!」 と興奮するクラスメイト達に、今世の日本にもUSJがあることを知った。

 

さて、そのUSJ(仮)だが中身は勿論そんな楽しいものでは無い。地震、山岳救助、火災、水難なんでもござれ、その名も『嘘の災害や事故ルーム』略してUSJだそうだ。……本当にUSJだった。

そして、特別指導員に災害救助のスペシャリスト、スペースヒーロー13号を迎えての演習訓練となる。13号の登場に目を輝かせて興奮を顕にするイズクを宥めて彼の言葉に耳を傾けた。

 

「君たちは一歩間違えたら容易に人を殺せてしまう行き過ぎた力を個々が持っていることを忘れないでください。君たちの力は人を傷付けるためにあるのではない、救けるためにあるのだと心得て帰ってくださいな。以上、ご清聴ありがとうございました」

 

本当にその通りだ。

まだ上手く力加減ができない私は改めて気を引き締めた。対人戦において私のそれは、1歩間違えば殺しかねない。今の私には手に余る力だと自覚している。だからこそ、日々修行に明け暮れているのだけれど。13号先生の言葉は人より直に響いた。

 

「ようし、そんじゃまずは……お前ら!! ひとまとまりになって動くな! 13号、生徒を守れ!!」

 

「ん、なんだあれ?」

 

しみじみと13号先生の言葉を脳内で復唱している時だ。先生の緊張で尖った声に弾かれ顔を上げれば、少し先の開けた所に黒々としたモヤが沸き立つのが見えた。間もなくそこからは無数の人間が顔を出す。チンピラのような風貌の大人達の中に、あからさまに堅気では無さそうなのがちらほら。

 

「なんだありゃ、入試の時みてぇなもう始まってんぞパターン?」

「動くな! あれは(ヴィラン)だ。やはり先日のアレはクソども仕業か」

 

まともそうな連中には見えなかったけれど、やっぱりそうか。少なく見積もっても50は優に居る。(おびただ)しい数だな。襲撃か。どうしてこんなところに? いやそれよりだ。

 

「先生、私を使いますか?」

「駄目だ、わかるだろう」

「そうですね」

 

ここの初手で私を使うのが1番手っ取り早い。遠い昔、強盗達を戦意喪失させたあれである。解析の結果、恨み妬み等の憎悪により人を害そうとする感情を抑圧する他、極度のリラックス効果を与える。現段階ではそう判定されている。冷静に見てしまえば、要は1種の洗脳のような物だ。

 

当然こんなの使う機会がそうそう無く、効果が分かりきっていないため相手に悪影響を与えないとも限らない。そんな状況では安易に使えない。

そもそも、本職カウンセラーとしては禁じ手レベルで使いたい手では無いのだが。

 

しかし、この緊急事態にそうも言ってはいられない。

 

そう思って是非を問うたのだが、やはり先生は私が生徒であることを尊重してくれたようだ。

 

「侵入者センサーが反応してないということは、向こうにそういうことが出来るやつがいるってことだ。電話線もやられてるだろう。上鳴、お前の個性でも外部との連絡を試せ」

 

「うす!!」

「13号、あとは頼んだぞ」

「はい。皆さん、こちらです!」

 

「きゅうぅ……」

「大丈夫、行くよ」

心配そうに背中を見つめるイズクを撫でる。

1人飛び出した先生を見送り、大人しく13号の指示に従って避難しようと入口へと向かう。

「そうはさせませんよ」

しかし、そう平和には終わらないようだ。物腰柔らかそうな声が響いたかと思えば、目の前にあの闇色のモヤが立て込んだ。ワープ系統か。

 

「初めまして、我々は敵連合。僭越ながらこの度ヒーローの巣窟、雄英高校に入らせて頂いたのは平和の象徴、オールマイトに息絶えて頂きたいと思ってのことでして」

 

その言葉に周囲の緊張がさらに張り詰めたのを感じる。オールマイト……あの文字通り筋力で殴れば大抵が解決してしまうスーパー野菜人を? あの人間辞めてるお師匠様が認める程の人を殺す? 私は彼の戦いを映像でしか見たことがないが、師匠が超人と呼ぶ人だぞ。戦闘機を用意しても勝てる未来が見えないのだが、どうやって殺すつもり……

あぁ、私達子供が人質か。ワープ個性というのもある。すぐには助けに来られない場所にでも人質を連れ去り、いたぶる様子をテレビ電話でお届けすれば、あの善人の塊のような人は抵抗が難しいだろう。

それならなぶり殺せそうだ。

でも、逆に考えれば捕まらなければ負ける気はしないな。

 

「上鳴くん、説明する暇が無さそうだけれどこれは君が持ってて。きっと役に立つ」

 

幸い傍にいた上鳴くんにあの伝導体警棒を握らせる。話を聞くに彼には武器はあった方がいい。

「いいのかよ、俺に渡して大丈夫なんか?」

「うん。それは元々個性が使えない場面用に、備えてるものだから平気」

それに、元はプリキュア完コピ作戦のためとはいえ、私は格闘家の端くれだからね。武器を使うより蹴りの方が得意だ。

さて、逃げ切れば勝ちだとすれば

 

「本来ならばここにオールマイトがいらっしゃるはず。何か変更があったのでしょうか。まぁそれとは関係なく、私の役目は」

 

私の役目は堪らず飛び出しそうな勝己くんを窘、あっ

 

「でらぁ!!」

「おらぁ!!」

 

……窘めることだと思ったんだけどなぁ。

モヤ男へと突っ込んで行った背中に肝が冷えた。思考が遅かったかぁ、勝己くんはそうだと思ってたんだよ。

切島くんもそういうタイプだったかぁ。

13号先生より前線に出てしまった2人に、さてどうしようかと頭を捻る。

 

「危ない危ない、生徒といえど優秀な金の卵」

「いけない!! 2人とも下がりなさい!!」

 

相手が動くのを察知した先生が対抗する間もなく、膨れ上がったモヤが周囲に立ち込める。モヤに覆われ周りがよく見えない。イズクは傍にいただろうか。

 

「私の役目は散らしてなぶり殺すこと」

 

あれ、なぶり殺されるのか。どうやら人質ではなかったらしい。

読みが外れた。

 

「これは、危ないな。下手に動くと方向感覚が無くなりそうだ」

 

視界を覆う黒い霧に慌ててイズクを呼ぼうとして気付く。体感100メートル以上離れた場所にイズクが移動している事に。……ワープさせられた?

 

確信にも近い予想が頭をよぎったその時、不意に足場が無くなった。

ふぁっ、お、落ちてる!!!!



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。