淫蕩奉納 (飯妃旅立)
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淫蕩奉納(前) / 1

触れば跳ねる

狂えば溶ける

愛せば寄せる

殺せば群がる



淫蕩奉納

 

 しゃん、しゃん、しゃん。

 鈴の音が唄う。暗い部屋。灯りは部屋の中心の蝋燭だけ。この広い大広間を照らしだすには心許ない、軟すぎる光がゆらゆら揺れる。

 しゃん、しゃん、しゃん。

 鈴の音が歌う。部屋には靄がかかり、湿気を多量に含み、締め切られた窓に霜を付ける。窓に張り付けられた布が、水気によって黒く染まる。

 しゃん、しゃん、しゃん。

 鈴の音が謳う。灯りの近くに、複数人の人影。鈴の音はその中心の人物から鳴り響き、周囲の存在はそれに群がっている。

 しゃん、しゃん、しゃん。

 鈴の音が謡う――。

 しゃん、しゃん、しゃん。

 鈴の音が、詠い上げる。

 

 嗚呼。天に御座します彼身よ。捧げます、捧げます。

 悪しきを静め、荒々しきを沈め、狂わしきを鎮め。

 輪を持ち、鈴の音で、鱗を捧げます。

 嗚呼、嗚呼。ですからどうか、彼身よ。

 

 ――私を、思い出させてください。

 

淫蕩奉納 / 1

 

 高校時代の話だ。

 一つ上の学年の、二年の先輩に、そんな人がいるという噂があった。

 男子間のみで実しやかに囁かれていた、性に開放的な、所謂「頼めばヤらせてくれる」という先輩。僕はそういうことにとんと興味が無かったし、かといって噂をしている生徒たちを糾弾するほどの事にも思えなかったから、気にしたことは無かった。

 ただ、珍しい苗字と名前だったから、覚えていたんだと思う。

 津雲(つくも)絵児美(えにみ)

 名前はAnimiを当て字にしたものらしいぜ、とは学人の談。

 僕の覚えている情報はここまでで、式が昏睡状態に入った後はほとんど話を聞かなくなっていたと思う。

 だから、高校を卒業した後に、彼女の名前を聞くとは思っていなかった。

 それも妹の口から、その名が出てこようとは。

 

 

 津雲絵児美。

 ここ礼園女学院で、外部の人間の話が出る事は、少なからずある。しっかりとした申請を出せば外に出る事は可能だから。

 でも、その人のうわさで持ちきりになる、というのは珍しい事態だった。

 クラスごとに情報の隔離されているこの女学院においては、相当に。

 正直わたしはそんなことより気になって仕方のない事があったし、その噂も至極どうでもいいものだったから、無視を決め込んでいたのだけど。

 神だの魔術だのと名前が出て来れば、否応にも反応せざるを得ないというもので。

 ただ、師である蒼崎橙子にすぐさま相談するのは思う所があった。先日の件ではわたしから相談したわけではないけれど、余計な人材を放り込まれる結果となったわけだし、こうして一人、調査に身を乗り出している次第だ。

「……しかし」

 妙ね。そう呟く言葉は寸での所で止められた。

 素早く身を隠し、二人の生徒が通り過ぎるのを待つ。

「……」

 二人はこちらに気付くことなく、廊下の向こうへと消えて行った。

 何の怪しい所も無い、礼園女学院の制服を身に纏った少女二人。

 疑うべきところは何もない――あの二人そのものには。

 今が夜で、この時間帯は、生徒はおろか職員さえいないはず、という事実に目を瞑れば、何の怪しい所も無いのだ。

 気配を消して慎重に後を尾行(つけ)る。

 この二人は昼間に津雲絵美児について話していた二人だ。待ち伏せをしていたのではなく、とある知り合いの下等生物使い先輩にマークしておいてもらったものを追っている、というだけ。

 先輩の周囲でも話が上がってきているらしく、怒り心頭と言った様子だった。そういうことについて、嫌っているであろうことは、まぁ、わかる。

「……?」

 追っていくにつれ、夜の静けさには似つかわしくない、綺麗な高音が耳に着いた。

 鈴の音……だろうか?

 しゃん、しゃん、しゃん……と、規則的なんだか不規則なんだかわからないリズムで、それは夜の礼園に響いている。

 近い。

「……甘い、匂い……? ……まずっ!」

 それは鼻孔を通り抜け、一瞬にして脳へと届く。

 思いっきりバックステップで後退しても、もう遅い。一度嗅いでしまった匂いを認識した脳は、その効果を全身に行き渡らせる。

 燃やす――事も一瞬考えたけど、可燃性の気体であった場合、わたしでは制御しきれない可能性が高い。自分で出した炎ならともかく、膨れ上がった爆発は自分の身すらも焼き焦がすだろう。

「……幸い……気付かれて、ない、みたいだし……ここは一時撤退……!」

 毒物だろうか。

 動悸と息切れ、脈打つ心臓。

 今吸い込んだごく少量で死に至ると言う事は無いと思うけれど、毒ガスを吸った場合はとりあえず新鮮な空気の所へ!

 

 こうして。

 わたしの調査一夜目は、見事な惨敗に終わった。

 ……想定外だったのは、あの気体の効果と、その持続時間である。

 …………あと、同室の子が妙に察しが良かったこと、かな。

 

/ 2

 

 寮に戻って自室に戻ると、当たり前だが同室の静音も部屋にいた。

 何故か顔を赤らめて、枕を抱きしめて、ベッドの上で正座をして。

「……えっと?」

「わかってるから」

「はい?」

 どういうことか、全く以てわからない。

 とりあえず戦闘に臨む前に削がれた火照りを鎮める為に、シャワーを浴びよう。

「わかってるから」

「……」

 シャワーを浴びるために、服を脱ぐことは何もおかしい事ではない。

 下着を脱ぐことも、なんらおかしい事ではない。

 熱い。暑い。早くシャワーを浴びなければ。

「わかってるから」

「……本当に?」

「……逃げる事も考えたけど、それだと鮮花ちゃんが苦しいと思うから……いいよ」

 そ、と。

 静音が抱きしめていた枕を横に置く。

 そこには、一糸まとわぬ白磁の身体が――。

「――ぁっ」

 もう我慢は出来なかった。

 頑張って無視しようとしたのに、静音が誘ってくるのが悪い。

 だからわたしのせいじゃない。この火照りだって、あの妙な匂いを嗅いだせいだ。

 無理矢理に正当化して、同室の、同性を――襲う。

 その事実に、その背徳に、わたしの中に”禁忌”が鎌首をもたげる。

 小さな躰を押し倒し、まずは首筋に舌を這わせた。甘い、甘い。甘ったるい匂いが自身の唾液から発せられて、それを塗りたくった静音の首筋が、さらに甘みを増す。

 まるで吸血鬼の様に、極上の首筋を楽しんだ。別に歯を立てたというわけではないけれど、うら若き乙女の柔肌を吸い尽くすのは、やはり吸血鬼が似合うと思うから。

「静音、そっちも触ってよ」

「う、うん……」

 受け入れはしたけど、乗り気ではない。そんなことは表情を見なくても伝わってくる。

 だけど、もう止められない。先程までのわたしは全身に火薬を詰められた爆発物で、こともあろうに静音本人が起爆剤となったのだ。どうにかこうにか、シャワールームで己を鎮めようとしていたわたしを、解き放ったのだ。

 ……それで鎮まりきるか疑問なほどに、昂っていたのは事実だけど。

「ふ……っふ……」

 息が荒い。わたしの? それとも静音の?

 どっちでもいい。

 炎を()るわたしが、火情に身を焼かれるなんて、本当に恥ずかしい事だとは思うけれど。昔からその資質はあったのだ。兄とそういう関係になりたい、なんて思うのだから。

 これはただの性処理で、気分を鎮めるためだけのもの。

 友人をそれに付き合わせてしまっている事は多分に申し訳ないけれど、もしここで発散しなければ、わたしは兄を襲いに行っていたかもしれない。

「ぅ……えぅ……」

 首筋を蛇のように這いずり、舐めまわっていた私の舌は、鎖骨を通り、またも首を通って、頬から口へと辿り着いた。

 静音の頭部をがっちりと両側から挟み込んで、唇を合わせる。

 無理矢理に唇を割り、舌先で歯と歯茎の間を丁寧に擦って、頬の内側の粘膜も削ぎ落とす。

 空気を欲して口を大きく開いた静音。でも、そう簡単に逃がさない。

 こちらも口を開いて彼女の口を覆い、歯の向こう側、口蓋と舌を蹂躙する。呼吸をしようと思っていたのだ、入ってきた酸素ではない異物に、静音の身体は拒否反応を示す。

 嗚咽。

 収縮する喉。口蓋垂が上下する。

 それを舌で揺らしてやれば、今度こそ静音は咳き込んだ。

「――っはぁ……っはぁ……」

 久しぶりの酸素に、深呼吸も出来ず、喘ぐ静音。

 その姿はどうにも愛おしい。昂りは鎮まりを見せる気配すらなく、むしろどんどん高まって行く。

「んむっ!?」

 まだ整え終わっていないのだろう呼吸を待っている余裕は無い。

 再度、キス。

 今度は最初から開いていたそこに舌肉を押し込み、硬い口蓋の粘膜を削ぐように往復する。かと思えば歯裏を撫でさすり、次の瞬間には舌根に舌先を這わす。

 慣れる暇を与えない。休む暇を与えない。反撃の隙は与えない。

「う、ぇっ」

 静音の舌を巻き取り、自身の下顎で挟んで、無理矢理引っ張り出す。

 一度唇で挟み、逃げられなくなったその舌肉に凌辱の限りを尽くす。

 舐め、噛み、吸って潰して、また噛んで。

 舌を引き戻さなければ唾液を飲み込めないのだろう。苦しそうな静音に若干の罪悪感と、盛大な背徳の香りを覚え、もっといじめたくなった。

 昂る。昂る。昂って仕方がない。

 さぁ、その淫蕩を彼の身に捧げましょう――。

「――ちょっと待って」

 静音の舌を解放して、彼女の上から退いて。

 反対側の自分のベッドへ行って、壁に手を突いて――思いっきり、頭をぶつけた。

「っつぅ……!」

「だ、だい、げほっ、丈夫、……?」

「……大丈夫。ごめん、静音。ありがとう。冷静になったわ」

 ふぅ……と深呼吸。

 正直、体は火照ったままだけど、思考はクリアになった。

 残念、他の子達と違って、わたしは敬虔なクリスチャンではないのだ。

 そういう思考操作は、却って逆効果。

「……香りによる催眠術……洗脳効果? 術者にすら会ってない状況で?」

 わたしは知らないけれど、そういう魔術がある可能性は無きにしも非ず。

 そして異能である可能性も、ゼロではない。

 少なくとも今の今までのわたしの思考は”マトモ”ではなかった。確実に操られていた。

 これは、わたし一人の手には余る案件かな。

 まぁ、やられたらやられたまま、なんて。わたしには到底、出来そうにないけど。

「そ、それじゃあ私シャワー浴びてくるからっ」

「あ、うん」

 焦ったように、シャワールームへ駆けこむ静音。着替え、持ってないけどいいのかな。

 

 

 静音も眠りに就いた、深夜。

 もう朝方に近いその時間。

 わたしは眠れずにいた。

「……くっ」

 躰の火照りは依然として消えない。消えないし、昂りが眠気を覚ます。

 布団の中で己を慰める。どうにか発散しなければ、明日一日にまで影響が出る。

 声を出さず、体も揺らさず。無論そんなことは無理だけど、枕に噛み付いて無理矢理声を殺す。

 布団の中で水音が響く。

 つらい。つらい。苦しい。気持ちよくなりたい。

 甘い言葉が耳朶を打ち、唾液から染み出す甘い匂いが思考力を奪っていく。

 あのまま静音と最後までやっていればよかった。そんな後悔が脳裏をチラつく。

 でも、それはダメだ。苛め抜いてしまう自信があったし、なによりソレを捧げるのは、兄と決めている。

 だからこうして独りで発散するのが一番いい。

「……」

 止まらない手とすり合わせ続ける脚。

 ダメだ。布団の中では。

 もう一度シャワーを浴びよう。

「――……っくぅぅううう……!!」

 二月の深夜。非常に寒いこの季節に、冷水。

 滝行たるや、という勢いで噴出されたそれに、流石の身体も悲鳴を上げた。刺激が気持ちいい、なんてことも多少、期待していたけれど。ガトリングガンで針を撃ち出されたかのような冷たさ――というか痛みは、わたしの身体から火照りと淫気を悉く奪い去ってくれた。

 寒い。

 ガタガタと震えながらシャワールームを出る。

「え」

 脱衣所には、毛布が置いてあった。

 さっきとは違う意味で、体温が向上するのを感じた。

 

 




九十九


付喪

憑物

全て、神


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淫蕩奉納(前) / 2

付喪神

調度の夢見た

子守唄




淫蕩奉納 / 2

 

「黒桐。animism(アニミズム)という言葉を知っているか?」

「……確か、自然界のものにはそれぞれの霊が宿る、という考え方……だったと思いますけど」

「そう。日本の付喪神信仰と酷似するその考え方は、19世紀にイギリスの数学者が定着させたものだ。生きとし生ける者だけでなく、無機物や大気に至るまでアニマ、つまり霊魂が存在している、という話」

「それが、どうかしたんですか?」

「……いや、特に意味は無いよ。強いて言えば、従業員の学力調査と言った所かな」

「はぁ……?」

 

 

 調査二夜目。

 といっても前日の調査一夜目からは二日ほど時間が開いている。

 理由は身体の火照りが一日で抜けきらなかったと言う事と、とあるものをとある下等種族使いの先輩に発注してもらっていた、という事に起因する。

 そのとあるもの。

「全く……いくら私の家が黄路だからと言って、全て私の思い通りになるというわけではないのですよ?」

「知ってる。けど、黄路先輩は後輩に頼られて無理とは言えないかなって思ったから」

「ぐ……。ま、まぁいいです! ……それで、最近礼園内に蔓延っている神だの魔術だのという噂は……本当にコレがあれば解決できますの?」

「解決はわからないです。けど、とりあえず正体不明の気体相手にコレ無しで行くのは無謀が過ぎると思うので」

「ふむ。まぁ、これ……()()()()()があればある程度はそうでしょうけど、魔術的な気体なのでしょう? 防げるかどうかは保証しませんわよ?」

 そう、ガスマスクである。

 それもフルフェイス。口元だけでなく、顔全体をばっちりガード。

 礼園の制服にこれをつけると、ミスマッチ過ぎて逆に似合う……ワケがないのだけど、見間違いだと思って一度目をこするぐらいの隙は与えられると思う。

「行動と思考力と集中力を阻害されるだけで、命に係わる毒物ではなさそうなので、これで防げなかったら黄路先輩の部屋に転がり込みますね」

「……? 別に構いませんが……」

「……いえ、やっぱりやめておきます」

 一瞬過ったその未来に自分で顔を顰める。

 鎮めきったはずの炎がチラりとその赤舌を覗かせるが、無視。

「それで、本当に助力はいりませんの? この下等生物がいれば、別に黒桐さんがいかなくとも問題ないと思うのですが」

「相手は姿も見せずにこちらを洗脳してくる術者ですよ? その下等生物が洗脳されて、わたし達に牙をむいてきたらどうするつもりなんですか」

「む……」

 確かにその策は真っ先に考えた策だ。

 そして真っ先に却下した策でもある。

「それより、黄路先輩にやってもらいたいことがあるんです」

「ええ、よくってよ」

 実はこの人、基本性能は凄く高い。追い詰められなければめちゃくちゃ頭がいいし。

「朝にどこかから帰ってくる生徒。その記憶を一時的に掠め取って欲しいんです」

「……それは。……いえ、黄路に二言はありません。やってあげますわ」

 別にその能力を失ったわけではないにも拘らず、下等生物を突撃させる、程度にしか使わなくなった黄路先輩。その理由には、少なからず自身の過ち……そしてトラウマのようなものが関わっているのだと思われる。

 でも今は、それが必要なのだ。

「それじゃ、いってきます」

「ええ、健闘を祈りますわ」

 ガスマスクを装着する。しゅこー。

 ……結構重いわね、これ。

 

 

 さて、例の場所……廊下を曲がって、非常口のあるその付近へとやってきた。

 この非常口を出ると、先は林。その奥には夏巳館という迎賓館があるのみだ。

 今のところ、体に不調は無い。黄路先輩のガスマスクの性能が良いのか、例の気体の性能がさほど高くないのか、どっちはわからない。けど、好都合だ。

 暗い廊下を突き進む。

 今のところ、誰ともすれ違っていない。ガスマスクをしているので気配は辿り辛いのだけど、多分大丈夫。

「……やっぱり」

 鈴の音が聞こえる。

 女学院本館ではなく、外から。

 フルフェイスを突きぬけて聞こえる辺り、余程大きい音なのか――匂いを嗅いだ者、全てに聞こえているのか。

 非常口のノブを掴む。

 やはり、開いている。

 わたしはそれを――思いっきり蹴破った。恐る恐るとか、わたしらしくないし。

「ッ……、これ……は」

 そしてその光景に、唾を飲んだ。

 

夜の林

月明かりに照らされて

堕ちるように輝く、闇色の夢

 

「――っ! やっぱり、洗脳……!」 

 脳内に叩き込まれたイメージを振り払う。

 まるでファンタジー世界のようなイメージから目を覚ませば、そこは薄桃色の気体が充満するただの林。誤認では済まされない。催眠でもまだ足りない。対象へ無理矢理意思を植え付ける、橙子師の元で習った通りの洗脳魔術の特徴。精神改変、精神改革とかいう魔術を使うメイドもいるらしい。意味が解らない。

 ガスマスクで嗅覚は防げているようだけど、本来は視覚と嗅覚の両方から責めたてるもののようだ。効果は半減できている、かな。

「……やっぱりこの方角は、夏巳館の方よね」

 非常に厄介なつくりをしているあそこへ無策に入るのは余りにも危険。仕返しはするし怖気づいたつもりはないけれど、蛮勇と無謀を犯すつもりはない。

 今日は偵察だけ。

 そう決めて、林の奥へと歩き出した。

 わたしを監視していた、不可視の下等生物の事になんか、欠片も気付かずに。

 

 

「……ん?」

 あれ……わたしは確か、夏巳館を調べる為に林の奥へ進んで。

 何故、礼拝堂に?

「目が覚めましたか? まったく、あれだけ威勢よく出て行って、これですもの。呆れてしまいますわね」

「黄路先輩……? もしかして、わたしは」

「ええ、非常口の近くで倒れていましたのよ。すぐに起きると思って一度こちらに運びましたのに、なかなか起きないので困っていたところですの」

「ああ、それはご迷惑おかけしました。それで?」

「それで、とは?」

 にこにこしている黄路先輩に、失策を悟る。

 そうだ、生徒たちが洗脳されているのなら――その記憶を収集してしまった黄路先輩も。

「わかっていることを聞かないでください。何故、わたしは十字架に磔にされているんですか? ……それも、裸で」

「黒桐さんこそ、わかりきっていることを聞かないでくださいな。勿論、気持ちの良いことをするためです。すべては彼身に、淫蕩を捧げるために」

 壁に掛かっているものではないようだが、それと同じくらいの大きさの十字架に、私は磔にされていた。

 正直、羞恥と屈辱でどうにかなってしまいそうなくらい(はらわた)が煮えくり返っているけど、今は情報収集の時だと察する。

 黄路先輩は語りが好きだ。なら、そこから情報を引き出せるかもしれない。

「また神。神ってなんなんですか? っていうか、黄路先輩はクリスチャンでしたよね。キリスト教の神は淫蕩なんてものを欲するんですか?」

「神と彼身は違いますわ。そんなこともわからないで、クリスチャンを語らないでくださいます?」

 黄路先輩はゆっくりとした足取りでわたしに近づいてきて、縛られて強調されたわたしの胸をたぷたぷと触る。黄路先輩は洗脳されているだけなので燃やす事は出来ないし、なにより火蜥蜴の手袋も無い。文字通り全裸で、十字架に磔にされている。

「ふふ、羨ましいくらいのおっぱい。艶々で張りもあって……美味しそうですわね」

「あぁ、黄路先輩は薄いですもん、イギッ!?」

 グイ、と。

 強く、乳房を抓られた。ガスマスクの無い口や鼻は既に例の気体を吸っているらしく、体は非常に敏感で、熱い。今回は痛みが勝ったけど、場所によっては気持ちいいとさえ感じてしまうだろう程には、わたしの身体は発情していた。

「あらあら、黒桐さん。口に気を付けた方が良いですわよ? わたしの扱うモノが何か、お忘れですか?」

「は……うっ!?」

 ぴたりと閉じられているはずの――後ろの、穴。

 そこに、ナニカが……ぬるりと、その口をこじ開けて、入ってきた。

「ぅ、ぁ……!」

「前はお兄さんのためにとってあると、貴女の記憶にありましたから、触れないでおいてあげますわ。その代り、前以外のすべての場所に張り付いた五十を超える妖精たち。黒桐さん、貴女の態度によってはそれらがどうなるか……ふふ、聡明な貴女なら、想像が付くでしょう?」

 言われてから、ようやく意識出来た。

 敏感になった身体の上。皮膚を這いずる、無数の羽虫。一匹一匹が手のひら程の大きさで、羽が生えていて、脚があって、それが、ずるずると……わたしの裸に、舐めるように群がっているのだ。

「例えば、こんな風に」

「ッッ!」

 乳頭……否、乳首に鋭い痛みとくすぐったさにも似た快感が走る。

 どうやら齧られたらしい。通常であれば痛いだけのそれを、発情した身体は快感であると誤認する。

 黄路先輩はその類い稀なる並列思考により、五十強の妖精、その全てを同時に操る事が出来る。両手両足の指でそれぞれ違う絵を描く事より難しい。狙いその物は少々甘いが、この状況でそれはあまり良い要因にはなり得ない。むしろ、黄路先輩の狙った加減以上の刺激が来るかもしれないという、恐ろしい状況だ。

「そ、それで……わたしに、何を要求するつもりですか……ぅ、ふっ」

 後ろの穴に入った妖精が、その釣鐘型の身体を無理矢理押し込もうとしている。出て行くだけの不浄の穴に、余りにも不釣合いな大きさのソレが入ろうとしているのだ。

 さらには、さわさわと動く肢と、微振動する羽。それらが腸壁を無作為に詰る。

「淫蕩を」

「いん、とう」

「そう――妨害するな、とか。調査をやめろ、とか。そう言う事を要求するつもりはありませんわ。ただ、淫蕩を。彼身に捧げるための淫蕩を差し出してくれればよいのです」

「具体的、には?」

「気持ちよくなって頂ければよいのですわ」

「つ、ぶん゛っ!」

 引っかかっていた妖精がずぼんと腸内に張り込む。

 同時、胸に張り付いた九匹が微弱な振動を始める。右胸を囲う様に四匹。乳首に一匹。左胸を囲う様に四匹。

 腋や膝窩、足裏、首。

 それらに張り付いた妖精もまた、わさわさと肢を動かし始めた。

「ひぁ……あ、ぁぁ、ぁああ……」

 くすぐったい。痛みや苦しみにはある程度我慢が効くかもしれないけど、これはどうしようもない。

 単純にくすぐったくて――気持ちが良い。

「ふふ、可愛らしいですわね、黒桐さん。それでは私も失礼して……はむ」

 左胸の乳頭に、黄路先輩が口を付けた。

 敏感に屹立していた乳首は黄路先輩の吐息の圧をも感じ取って、乳房全体にその快感を伝える。妖精たちの振動がそれを増幅し、乳腺や筋肉が弛緩する。

 まずは舌先が、その後に舌の腹が。ざらざらとしたそれが少し動くたびに、薄甘いくすぐったさが左胸を駆け抜ける。次に来たのは歯。左胸の乳首を上下から挟み込み、甘く潰す。

「あ……ひぃ、ぃぃ……いぃい!」

「ぇろ……ぇろ」

 唇が乳房へ貼り付き、唇と唇に挟まれた乳頭周辺が、じゅぼぼぼ……と吸い込まれ始める。息が続かなくなれば唇周辺を人差し指と親指で造った輪っかで抑え、息継ぎをしてからまた。 

 吸いながらも甘噛みと愛撫は止まらず、むしろ軽く鬱血している乳頭はさらに刺激に敏感になる。黄路先輩はまるで極上の果実を少しずつ啄むかのように、小さな範囲を執拗に責めたててきている。

「ずい、ぶん、と……手馴れてますね……! 後輩で練習でもした、ぁ、ぐ!?」

「っはぁ……。んんっ、いい味。ところで何かおっしゃいましたか? 随分と苦悶の表情を浮かべておられますけど……」

「ア、ンタ、がぁ、ぅアアッ!」

 ぶびゅっ、と下品な音を立てて飛び出した妖精が、今度は一匹だけではなく、三匹、後ろの穴に入って行く。形状上どうしても空気を巻き揉むその妖精によって、腸の中に空気が溜まって行く。

 穴を閉じようと括約筋に力を入れるも、他の場所からの快感が筋肉を弛緩させた。

「あぁ、安心なさいな。汚いものは全て妖精が食べてしまいますわ。ですから、今から貴女がひり出すのは、汚らしい音だけ。この礼拝堂に響き渡る程の――」

「ぐ、ぅぅ……ううう!」

 黄路先輩はするりとわたしに抱きついた。

 噛み付いてやろうとしたら、口の中に妖精が入ってくる。

 黄路先輩はわたしの肩口に顔を置き、腰から両腕を後ろに回し。

「えっ、やぁ! やええ!」

「おや、人間の言葉も忘れてしまいましたの?」

 尻たぶに、その両手を当てた。

 後ろの穴の出口付近に妖精たちが集まってきたのがわかる。まるで栓をするように。だけどそれは、より音を大きくするための加圧装置に過ぎない。

「さん,に――」

「ん、んんっ!」

 乳首と足裏、膝窩の振動が大きくなる。

 筋肉が弛緩する。

「ぜろ」

「う゛――」

 

 籠めようとしていた力のタイミングも外されて。

 開かれた尻たぶと、飛び出した妖精に我慢する事も出来ず。

 わたしは、神に声を届ける礼拝堂で、その大きな音を響かせた。

 

 

 ぷ、ぷ、ぷ……と、未だ出しきれない腸内の空気。

 だからといって、黄路先輩の責めが終わるわけではなかった。

「あぁ……貴女でも、そんな顔をするのですわね……。真赤になった頬に、目の端には涙。ふふ……これは、()()()()()()を責めたら、どんな顔をするのか……楽しみになってきましたわ」

「ふぅー……っ! ふぅー……っ! 黄路に、二言は……無いんじゃなかった、んです、ううっ」

 ぶふっ、と、また排気。

 黄路先輩はわたしのお腹をゆったりと撫でさすっている。それが余計、腸の動きを活発にして、排気を早めていた。

「ええ、勿論。婚前用の穴は、触りませんわ。触るのは、こ・ち・ら」

 お腹をさすっていない方の手で、その小指で、黄路先輩は前の穴……の、上部をツツ……となぞり上げた。肌ではない、肉にその爪が触れて、背筋をゾクゾクしたものが駆け上る。

「そこはっ! そんな、頭おかしいんじゃない!? ひゃんっ!?」

「ひゃん、ですって。可愛らしい声。よくってよ、黒桐さん。そして、頭がおかしくなるのは貴女、ですわ」

 黄路先輩が曖昧にした手のひらをそこへ近づける。

 見えない。視えない。けど――風圧が、肉芽を撫でる。

「無理……無理だから。そんなものは、絶対に……!」

「大丈夫。お尻に入れた妖精より、二回りほど小さいものですから……まぁ、その代わり水を飲む事は出来なくなってしまいましたが」

 ぴと、と。

 そこに――その穴に、肢がかかったのを感じた。

「御開帳、ですわ」

 にゅ、ににににっ……。

 外部から開かれることなぞ到底想定していない肉穴が、非力極まりない妖精の力で開かれていく。身体が反射的に閉じようと力を入れるが、かまうものかと妖精がその身体を穴に突き入れた。

「、っつぅぅうう~~~……!」

「最初は痛い、らしいですわね。私はやったことがありませんので、他の子の記憶ですが……でも、大丈夫。すぐに気持ちよくなります。その間、私は先程虐める事の出来なかった右胸を食べさせてもらいますわね」

「ず、ぁ。ぁあっ、ああ、あああっ!」

 ゆっくり、ゆっくり。

 摩擦と炎症で熱を発するその道を、本来とは逆の方向に入ってくる妖精。

 手足と羽が擦れて、今にも決壊してしまいそうな甘い快感と痛みが下半身を覆う。

 もちろん胸の快感も相当な物だけど、今まで感じた事の無い異物感は、下半身の方が上。

「んちゅ、るるるる……はむ。うぃぎうぃぎ」

「噛むな、ぁ! あ、そ、その、その奥は!」

 ぶひゅぅ! と最後の排気と共に、下腹部の水源へ、ソイツが到達したのを悟った。

「さて、それでは、脚を上げましょうね、黒桐さん」

「う、うそ」

 足の縄が片方解かれる。蹴ってやろうとしたけど、弛緩した筋肉にそれは不可だった。

 膝に巻かれた縄が腕の縄にかかり、わたしは股間を黄路先輩に見せつけるような体勢になる。

 反対の足も、同じように。

 これで正しく張付けられたというわけだ。

 ぶぅぅう……と、先程が最後だと思っていた腸内の空気が吐き出された。

「見事なM字開脚。私、非常に気分が良いですわ。黒桐さんのこんな姿を見る事が出来たんですもの」

 黄路先輩はわたしのヘソに指を入れる。

 そして、ぐりぐりと穿ち始めた。

 例の穴が刺激される。

「うぅぅう……ふぅぅうう……!」

「さて、()()()()。このまま我慢させて最後に決壊、というのが個人的には一番好きなのですけど……もう朝も近いですから、早めに終わらせましょう。えいっ」

 軽い掛け声で。

 ちゅぽん、と抜け出た妖精と、穴を左右に引っ張った妖精によって。

「あ、あ、あ――!」

 わたしは礼拝堂に、それを、盛大にぶちまけた。

 

 




母の腕に

揺られ微笑む


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淫蕩奉納(中) / 3

愛してほしいから、媚びる

捜してほしいから、失せる

壊してほしいから、癒える

集めてほしいから、捨てる



淫蕩奉納 / 3

 

 排泄を行う事に快感を覚えてしまった人間は、食事をなんと捉えるのか。

 出すための補充。そう考えるようになるのは、生物としての思考バグであると同時に、欲望に忠実な人間であればこその結果だと言えるだろう。

 目的と手段が入れ替わる、という話ではない。どちらかと言えば、目的を手段に代替する、という話。

 そんな人間が排泄の概念を忘れてしまったら、食事をどう捉えるか。無為と断ずる? 無駄と切り捨てる?

 違う。

 それしかないと。それしか残されていないと。それをしなければ──取り戻せないと。躍起になる。暴走する。必死になる。

 だからそいつは、食事を繰り返すだろう。永遠に。腹が裂けようとも、永遠に。

 その時こそ使われるべきだ。目的と手段が入れ替わる、という言葉は。

 

 

 気まずい空気が流れている。

 不味い、なんてものではない。ともすれば命の取り合いでも始まってしまいそうなほど、ピリついた空気。発しているのはお互い。

 即ち、わたしと、黄路先輩。

「──」

 黄路先輩は意を決したように息を吸っては、決意がほどけたように息を吐いて。時折自らの手を見つめては、頬を赤らめ、一瞬わたしの方を見て、顔をぶんぶんと横に振って、涎をぬぐって、顔を覆う。

 指と指の間から覗く細めた瞳はわたしの顔、ではなく体を見つめていて、舐めるように、眺めるように、見透かすように、その眼球を動かす。紛う方無き変態の視線。それを咎めるように睨みつければ、驚いた表情で軽い悲鳴。その後息を吸って──以下繰り返し。

 残念なことに。まことに。残念なことに。

 覚えている、ようなのだ。あれから一度も会話をしていないのではっきりとしたことは言えないが、その。

「……」

 黄路先輩は、わたしの痴態を覚えている。

 自らの行いと失態を含め、あの礼拝堂の一件、すべてを。

「──……その」

 ようやく。

 ようやく、一声。このままじゃ時間ばかりが過ぎていくと判断して──わたしから。

「忘れられないと思うけど、忘れましょ。こうしていても時間の無駄だから。それよりも対策を考えないと──……黄路先輩?」

 気まずいのはわかっている。むざむざと洗脳され、味方を攻撃したのだ。けど、それは過ぎた事。そのあたりの切り替えのスイッチは速い方だと思っていたけど。

「え……ええ、そう、です。そうです、か……ああ、ええと……」

 しどろもどろ。

 こんなにハッキリしない黄路先輩など初めて……でもないけれど、どこか上の空。

 そういえば何故、黄路先輩はわたしの体を凝視していたのだろう。たとえ礼拝堂の一件が記憶に残っていたとしても、むしろ恥ずべき事としてすぐにでも視線を逸らすはず。少なくとも、黄路先輩はそれなりに淑女的な人なので、凝視なんてしない。

 それが、何故。

「──あ」

 あ。

 思い至った。思い当たった。

 少なくとも。黄路先輩は、わたしを運ぶために非常口のところまで来たはずなのだ。洗脳が下等生物を介して行われたのだとしても、それはそれ。わたしたちが今直面している敵──その手法は単なる洗脳だけでなく。

「もしかして黄路先輩、今かなり火照っているんじゃないですか?」

「──……」

 直球。

 体中から例の気体が抜けきってクリアになった思考から放たれる言葉は、いつも通りの……若干気が立っているからさらに鋭い言葉。

 黄路先輩は、彼女は、体をひしっと抱きしめた。両腕で、寒がるように。けれどその首筋や頬は、黄路先輩の体温が常よりも高い事を示すが如く、赤く染まっている。

「そう、ですよね。だって──だから、その」

 無理矢理に、とはいえ。

 発散させられたのは、わたしだけなのだ。礼拝堂での無様──アレは全て黄路先輩の責めによるもので、黄路先輩自身は燻ぶったまま、昂ったまま。多少、わたしの痴態を見て快感を覚えていたようだけれど、そんな些細なもので解決できる性欲でないことぐらい、わたしが一番わかっている。

 思考を埋め尽くすほどの火情。洗脳の解けた今、黄路先輩は掻き集められる限りの理性と自制と、この人が善人である証拠たる多大な罪悪感でようやく抑えつけているのだ。

 その、わたしに襲い掛かりたい、という欲望を。

「……ふぅ」

 ここで出ていきましょうか、と問うのは非情だろうか。

 一人で慰めさせるのは、一応事情を知っている者として……酷な選択だろうか。

 わたしも静音に付き合ってもらったというのに、ここで見捨てるのは……。だけれど、黄路先輩と静音では、色々と違う。あの時は静音が誘ってきたのが悪い、とは言わないけれど。それは流石に責任転嫁、だけれど。そもそもの関係として、わたしと黄路先輩はそんな深い事をする仲ではないし、否、静音とならする仲なのかと問われれば些か疑問の生じるところなのではあるけれど──。

 ぐるぐる、ぐるぐる。悩む。

 悩む。熱に浮かされた瞳のまま、ぺたん、と床に両膝をついている黄路先輩──床に?

 ……あぁ、冷たいのが気持ちいいんだ。

 少しでも熱い体を鎮めようと。薄い寝間着。己のベッドから降りて、黄路先輩は尻を……というか多分、あれは、股を。 

 冷たい床に押し付け、ぐりぐりと腰を前後に動かして……う。

 無意識なのだろう。完全に自制が行き届いていない、黄路先輩自身ですらわかっていないのだろうその腰の動きは、だれがどう見ても──自慰行為だ。わたしが目の前にいるにも拘らず。

「……なさい……」

「え──」

「ごめん、なさい……!」

 突然、黄路先輩が謝りだす。今まで必死に体を抑えていた──体に抑えつける事で自由を奪っていた両の手が、それぞれ黄路先輩の股座と胸に伸びていく。

 恐らくは、連鎖的なもの。無意識の自慰行為が昂りを呼び、意識のタガが外れてしまった。

 わたしを襲いに来ないのは、その自制心が故か。本来は黄路の名に恥じぬ高潔な人だ。本来は。

 ただ、それでもわたしをじっと見つめて。一心不乱に指を動かす。

「あ、その……じゃあわたしは外に出ていますから……」

 その淫靡さに耐え切れなくなって、そそくさと黄路先輩の部屋を出る。出ようとした。

「待って」

「……」

「お願い、します、わ……お願いだから、私の前にいて……」

 まるで夜闇が怖くて眠れない幼子のように。ただしその顔は淫蕩に濡れ、両手の指はいやらしく蠢き、その声には少なからず嬌声の入り混じるソレである。

 懇願だ。黄路先輩は懇願している。

 わたしに、自分の自慰行為を見てほしいと。違う。

「……わたしで、興奮したいってことですか」

「……──、……はい」

 一瞬というには長い沈黙の後、黄路先輩は頷いた。

 黄路先輩はわたしの体を食い入るように見つめている。わたしの首。鎖骨。肩。胸、腕、くびれ、腹に臍に──股。太腿や脹脛、踝、足先。全身。蕩けるような表情(かお)で、淫らに染まり切った瞳で。

 ぐちゅぐちゅ、くちゅくちゅという音が大きく響いている。隠す気もないのだろう。既に寝間着は半分以上が(はだ)けていて、肌には玉のような汗。

 加えて、見えないけれど……いる。

 例の下等生物。アレは黄路先輩にとって手足のようなものであるのだから、自慰行為に使われるのも当然なのだろう。

 黄路先輩はわざわざわたしに見せつけるような体勢──わたしがされたものと同じく、足をM字に開脚した状態で、自らの陰核をぐにぐにと弄っていた。時折肛門や尿道口が不自然に開くのは、つまりそういうことだろう。

「ごめんなさい……ごめんなさい」

 ああ。

 わかった。わかってしまった。

 何故黄路先輩が今謝っているのか。自慰行為に耽りながら、謝罪を繰り返しているのか。その理由。

「……そんなに、気持ちよさそうでしたか」

「うっ……」

 こちらまで頬が赤熱するのを感じた。

 黄路先輩は、覚えているのだ。

 礼拝堂でのわたしの痴態を。何をされたか──どのようにして、辱めを受けたのか。

 そのイメージを持ったまま、火照りを鎮められないままに洗脳が解け、わたしと二人きり。

 自身の性欲の発散をする──となれば、直近。最も気持ちよさそうだったイメージを理想とする。

 それは、だから。その。

「ごめんなさい……黒桐さん、私は、こんなことを貴女にっ、ぁ、ぁあっ!」

 罪悪感が余計に火情を煽る。快感がわたしの気持ちを勝手に推し量る。

 ついには声を抑える事も辞めて喘ぎだした黄路先輩は、しかし物足りなさを覚えているようだった。

 それはやはり、そうなのだろう。どこまで行っても自慰行為。下等生物たちも自分で動かしているのだ、先ほどこそ初めての快感だったのやもしれないけど、慣れてしまえば既知の刺激。

 いくら気持ちいとはいえ、構えることが出来てしまう。

 この淫蕩の発散には足りない。

「黒桐さん、黒桐さん──、私は、あぁ、気持ちいいのに、どうして……私は、私は」

 名前を呼ばれる。まるで恋慕の向かう相手のように。

 彼女の手が胸を離れ、縋るようにこちらに伸びてくる。

 この手を払うことは、簡単だ。知らぬと逃げてしまえば今の黄路先輩では追いつけないだろう。付き合ってはいられないと、拒絶する。それは、容易なのだ。

「黒桐さん──」

「……はぁ。はい、はいはい。わかりました。わかりましたから。言っておきますけどわたしは黄路先輩にソウイウ感情は無いです。だからわたしも愛してあげよう、とかわたしにも気持ちよくなってもらいたい、とか、変な気を起こさないでくださいね」

 今なお、肛門や尿道を出たり入ったりしている不可視の生物を一匹、摘まみ上げる。

 きぃきぃと音を発するソレを、黄路先輩の顔につきつけて。

「じゃあ。優しいのと激しいの、どっちがいいですか」

 黄路先輩は輝くような笑顔でそれに応えた。

 

 

 火蜥蜴の皮で作られた手袋の感触を確かめつつ、ガスマスクを装着。

 夜中だというのに少しばかり騒がしい寮内を抜け、暗闇に包まれた礼園に入る。

 黄路先輩は違うのです、とか、あれは私じゃありませんから、とか、ジタバタジタバタしていたので置いてきた。鬱憤も込めて気絶するまで責め尽くしたあと放置したはずなのだが、けろっとした顔で授業に顔を出した。かと思えば授業後自身の部屋へとわたしを連れ込み、違うのです違うのですの連呼なものだから、流石というべきか、なんというか。

 ともかく黄路先輩の下等生物が情報収集にすら役立たない事が判明したので、彼女はお留守番。無論攻撃手段としてはそれなりに優秀かもしれないけれど、バックアップが一人いた方がいいというのも事実。

 ……なにより黄路先輩はまだ、わたしの体……鎖骨や足を見るだけで、顔を赤らめるのだ。ストッキング越しでもなお。戦力外通告である。

「……いた」

 内憂外患をここで使うには意味と規模が違いすぎるのだけど、少なくとも外患──というか外敵であるだろうソレの姿を捉えて、身を屈める。

 手を繋ぎ、薄桃色の気体が漂う林の中へと入っていく二人の女生徒。

 否、二人だけではない。続々と……林の中へ、必ず二人組の少女たちが誘われていく。

「これは、本当に対処しきれる規模じゃないかもしれないわね……」

 呟く。大丈夫、ガスマスクは機能している。

 黄路先輩の扱う下等生物のような気配──大気中の不自然な熱もない。

 このままここで観察を続けるのもアリ。

「……いや、ナシ」

 弱気な思考を振り払う。橙子師に協力を仰ぐ、というのはずっと考えていた。

 けどもっとよく考えた。とても考えた。

 橙子師が何か解決策を講じた場合──来るのは当然式である。ついでに兄は礼園周辺の調査をさせられるだろう。

 もし。もしも、である。

 もしも──万が一、式が調査に来て……例の気体を体に取り入れた場合。

 ……否、考えたくもない。

 迫るのも、迫られるのも、絶対にイヤ。

「なら、自分で解決するしかない」

 決意新たに、少女たちを深く観察する。彼女らの歩くルートはほぼ一定。まるで紐かなにかで引かれるように、林の中に道でもあるかのように歩いていくのがわかる。ならば、そのルートに重ならないように林の中を身を屈めて行けば良い、はず。

 一秒。躊躇。

 しかし二秒目で決断していた。行こう。林の中へ。その先へ。

 

 

 しゃん、しゃん、しゃん──。

 鈴の音が段々と近づいて行っている。

 時折叩きつけるように送られてくる幻想的なイメージは、ある程度意識がしっかりしていれば振り払える。

 しゃん、しゃん、しゃん。

 しゃん、しゃん、しゃん。

 しゃん、しゃん、しゃん──。

 不規則か規則的か。どうも、不規則を規則的に繰り返している、というような印象を受けた。

 鈴の音は近い。ゆらゆらと林の中を歩く女生徒の列も、その方向へ繋がっている。

 濃くなっていく薄桃色の気体。しかしさすがは黄路先輩の用意したガスマスク。かなり上質なものらしく、気体の一切を通さない。

 しゃん、しゃん、しゃん。 

 しゃん、しゃん、しゃん。

 しゃん、しゃん、しゃん──。

 気付いた。気付いて、がちん、と。歯を鳴らす。何故鳴らしたのかはわからない──否、今わかった。

 己の本能的な防衛に感謝をする。

「音でも、ね……」

 これも洗脳だ。嗅覚、視覚。そして聴覚。

 意識を奪われかけていた。違うリズムを挟み込むだけで解かれる脆い洗脳も、それまでの道中にあの薄桃色の気体を吸い込んでいれば抵抗は難しい。

 そうして。

 細心の注意を払って進んだ林の先──やはり、思った通り。

 そこには豪華な洋館──夏巳館(なつみかん)が鎮座していた。

 そのロビーに、少女の列が繋がっている。

 ……これ以上は危険。そう判断する。

 少なくとも生徒たちがこれだけいる場所で魔術の行使をするわけにはいかない。神秘の漏洩も勿論だけど、わたしのソレは、被害が出すぎる。どんな相手かも知れない首謀者が、女生徒たちを人質に取らないとも限らないのだから。

「……津雲、絵児美……だっけ」

 礼園全体で持ち切りになっている、魔術だの神だのの噂。

 わかっていることは少ない。外部の人間らしい事。神降ろしができるだの、魔術を使えるだの、何かを集めているだの。確かなのは外部の人間である事だけで、他は疎らな情報。故意に撒き散らされた情報のようにも思えるけれど、どれも繋がっているようにも思える。

 ……橙子師に、事件の詳細は伝えず人物だけ調べてもらう……というのはどうだろうか。

 それなら行ける、気がする。多分。バレないように。式が送り込まれないように。

「……撤退」

 鈴の音が響く。

 こちらが気取られた様子もなく、ただずっと。

 しゃん、しゃん、しゃん。

 しゃん、しゃん、しゃん。

 しゃん、しゃん、しゃん──。

 時折歯を鳴らして、わたしはその場からの離脱に成功した。

 

 

 ただ。

「黒桐さん……」

「黄路、先輩……」

 例の薄桃色の気体が衣服に染みつく性質があったことは、わたしにとっても、黄路先輩にとっても最悪の誤算だったと言えるだろう。

 ()()()()()()()()()静音を巻き込まなくて良かったと言っておく。

 





「愛して」
「私を」「愛して」「愛して」
「愛して」「愛して」「私を」
「愛して「」愛して」
「愛して「」愛して」
「愛を」
「私を」
「私に」


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