ルクリリといっしょ! (底抜け三角錐)
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はじまりは喫茶店で

横浜の街の港に近い一角にある小さな喫茶店の入り口をくぐる。

日曜日のお昼過ぎとあって、店内は飲み物やデザートを楽しむ女性でにぎわっていた。

「申し訳ありません、相席でもよろしいでしょうか?」店内に入るとそう問われた。

喫茶店で相席とは驚いたが、小さな店なので仕方がないのだろうと了承の旨を店員に伝えた。

案内されたのは一番奥の席で先客の女子高生くらいの清楚な女の子に軽く会釈しメニューを眺める。

窓からは、大きな空母のような形をした大型艦が存在感を醸し出している。

 

 

 

聖グロリアーナ女学院

私が大学を卒業し、教員として就職することになった大きな学園艦を持つ名門校では、イギリス風の文化が根付いていて教員もティータイムに招かれることがあるらしい。

私はいかんせん育ちがいいわけでもないので、ティータイムのマナーなんて心得ていない、しかし向こうで粗相をするはけにはいかないということで書店で買った「サルでもわかる、美しい紅茶の飲み方」をカバンに入れ今夜学園艦に乗り込む前に練習をしなければとこの店に立ち寄ったというわけだ。

 

 

 

注文した紅茶が私の前にやってきたので、さっそく例の本を取り出す。

 

 

「ふふっ」

 

 

前からかすかに笑い声が聞こえたような気がした。

少女がこの本のタイトルを見て思わず笑ってしまったのだろう。

確かに客観的に見れば滑稽だ。

私が本の影からチラッと視線をそちらに向けると、

その子と一瞬目があったがすぐにそらされてしまった。

美しい艶のある茶色いロングの髪をサイドで編み込んだその子は、お上品に紅茶を堪能し終えると席を立ちレジへと向かっていった。

 

 

 

 

私は気を取り直して本に書かれているお作法に目を通そうとした。

しかし視界の端に先ほどの女の子が戻ってくるのをとらえた。

彼女はそわそわとせわしなくテーブルの下を確認したり、自分のバッグをかき回したりしている。

おそらく財布が見当たらないのだろう。

自分の髪を忙しくかきあげながらあわあわとしている様子は気の毒であるが、すこし可愛らしかった。

一通りバッグの中をかき混ぜると、諦めた顔をして定員を呼びさらにもう一杯紅茶を注文した。

なるほど、解決策を見出すまでの間、ひとまず時間稼ぎをするのであろう。

私は完全に紅茶の事を忘れて、手に持った本の裏から少女を観察することを楽しんでいた。

 

 

 

 

その子はわずかに険しい表情で唇をぎゅっと結びながら携帯電話の画面とにらめっこしていた。

おおかた知人を応援に呼んで立て替えてもらおうか否か悩んでいるらしかった。

しかしうんうんとうなっている様子を見るに、それは彼女のプライドが許さないらしい。

2杯目の彼女の紅茶が運ばれてくると、彼女は首を横に振ったのち携帯電話をテーブルの上へ置いて、うつむきながらカップに手を伸ばした。

 

それにしても、ずいぶん綺麗に紅茶を飲むんだなぁ

 

紅茶の作法の知らない私でも、その飲み方は非常に美しくて優雅であった。

この子にお作法を教えてもらえれば、少なくとも学園艦で笑いものになることはないであろう。

そう思った私は、意を決して少し前かがみになって縮こまっている彼女に話しかけた。

 

「財布が見当たらないんです?」

 

彼女は突然話しかけられて驚いたのか、目を丸くしてこちらに顔を合わせた。

「あはは、お恥ずかしながら」

彼女はちょっぴり耳を赤くしてそう返答する。

 

予想は当たっていたようだ、ここは率直に切り出してみよう。

「ずいぶん優雅に紅茶を飲むんですね、良かったらご指導いただけませんか?お礼にここは私が払います。」

 

彼女の目は輝きを取り戻し、柔らかいまなざしでニコリと笑った。

「本当ですか!いやー助かります、こんな私でよければ喜んで」

 

 

 

 

 

私はもう不要になった本をカバンにしまい込み、彼女のお作法教室に耳を傾けた。

彼女は褒められたのが嬉しいのか、ドヤ顔で身振り手振り教えてくれる。

最初はカップのとっては左、ティースプーンの持ち手は右に運ばれてくるので、カップを逆時計回しにして取っ手が右手にくるようにする。

ティースプーンをカップの向こう側に置いて、取っ手をつまむようにして飲むらしい。

私は彼女に促されるまま紅茶を口に流し込んだ。

 

「どうですか?」

「おいしいけど、ちょっとぬるい」

 

「紅茶は暖かいまま頂くのが礼儀です、次からは出されたらすぐに頂くようにしてください」

「慌てる君のことを観察していたら、紅茶のこと忘れちゃって」と言い訳を

 

彼女は「なっ」と声をあげ、両手で頬を覆ってこちらを睨んできた。

この子、実に表情豊かで見ていて楽しい。

「まあいいです、次は…

 

 

 

 

 

 

 

〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓

 

 

 

 

 

 

 

こうして彼女の紅茶レッスンは終了し、私は教わったことを忘れまいとすかさず2杯目の紅茶を注文する。

この女の子と話していると、不思議と心が躍るので私は新たな話題を切り出す。

「ずいぶん詳しいんだね、こういうのってどこで習ったの?」

「ふふっ、ダージリン様に教わったんです。」

彼女は歯を見せて笑い、誇らしげにそう答えた。

んん?と思わず聞き返す、私の耳に入ったのは明らかに紅茶の名前であった。

「ああ、えっと高校の先輩です」

 

 

そういえば、聖グロリアーナ女学院では優秀な紅茶にちなんだニックネームを与える風習があるのだとか。

「というと、君は聖グロの生徒なのかい?」

「はい、今日は帰港日なのでこうしてゆっくりしています」

なんでも彼女は友人と買い物に来たのだが、各々目当ての店へ向かうため自由行動になったはいいが用もないのでここで時間をつぶしていたという。

なるほどどおりで今日は街中におしゃれなお嬢様方が多いわけだ。

 

 

 

 

その後も彼女と談笑を楽しんだ。

彼女は戦車道という武道をやっていて、選ばれし選手にしか与えられない紅茶の名前である「ルクリリ」という名前を授かったこと、

戦車道をしながら過ごす学園生活が充実していて幸せであるという話を意気揚々に話してくれた。

 

 

 

「あっ、もうこんな時間」彼女は肩を落として私にそろそろ待ち合わせの時間であるということを告げた。

私は約束通り2人分の会計を済ますと、すっかり人も少なくなった喫茶店を後にした

 

 

 

 

「今日はありがとうございました」ルクリリさんは礼儀正しくペコりと私にお辞儀する。

 

「いえいえ、こちらこそ楽しい時間をどうも」私もつられてペコりとお辞儀した。

 

「またご縁があれば、どこかで」そういって彼女は私にニカッと元気のよい笑顔を見せ、くるりとターンして歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女との会話の中で、私の口から自分が聖グロの教員になるという言葉はでてこなかった。

それは、表情豊かな彼女の驚く顔が見たいと心の奥底で思っていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、荷物を取りに行って出発しますか」

 

私は前日まで泊まっていたホテルに預かってもらっていた荷物を取りに行き、海に泊まる大きな大きな学園艦へと歩みを進めた。



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再会

妄想を文章化するのって難しい。
拙い文章ですがお楽しみいただけたら幸いです。


 

心地よい四月の朝、優しい太陽がこの学園艦で生活する人々に微笑む。

先日に始業式を終えた聖グロリアーナ女学院は授業が始まり、

私が歩いているこの通学路には、優雅に気品高く歩く上級生やまだ入学してまもない一年生がそれぞれの目的をもって足を運んでいる。

 

 

 

聖グロの生徒は行儀がよいのはもちろんのこと、思いのほか接しやすい。

今も前を行く、おそらく上級生であろう生徒は友人や通り過ぎる先生はもちろんのこと

道路を掃き掃除するおばあさんや、学園艦にある工場へ出勤するのであろうおじちゃんなど

街のありとあらゆる人間に丁寧に朝のあいさつをしている。

 

 

 

私が、そのブロンドの髪に大きい黒いリボンを身に着けたツリ目の子に追いつくと、

「おはようございます、先生」と微笑みながら挨拶をしてくれた。

聖グロの生徒はもっとお堅いものだと偏見を持っていたため、新任の私にもこうして挨拶をしてくれることが何よりも嬉しい。

「ああ、おはよう」思わず笑顔になり挨拶を返す。

 

 

 

そういえば、まだあの子と会っていないな。

 

 

私は学園艦に乗り込む前に知り合った少女、ルクリリの事をそれとなしに探していたのだが

ここで教鞭をとって数日、いまだに出会えないでいる。

 

 

流石にこのサイズの学園艦をもつ学校ともあり、生徒の数は尋常じゃないほどに多い。

このなかからお目当ての人物を探しあてるなど、それこそ藁の中から針を探すようなものだ。

 

 

 

そのうち会えるといいな。

 

 

 

再開した際の彼女の驚いた顔を想像して、私は口元が緩む。

 

 

 

なるべく早く、会えるといいな。

 

 

 

 

朝の職員会議に遅れないよう、急ぎ足で学校に向かっていると、突然後ろのほうからバタバタバタと足音が聞こえて、徐々に近づいてくる。

何事かと後ろを振り返ると、こちらにむかって紅い髪の生徒が全力疾走してくるのが視界に入った。

 

 

何とか避けようと体を動かそうとした瞬間、肩に重い衝撃が走った。

 

 

「うぉう」と間の抜けた声が私の口から飛び出す。

 

 

衝突事故が発生した事に気がついたのか、その子は急ブレーキをかけ私のほうに振り返った。

舞うはずもない土煙が宙を舞ったような気がした。

 

 

「申し訳ございませんですわー!!!」

 

 

 

なるほど、この学校にはいろんな生徒がいるんだな。

全員が一様にしっかりとお嬢様しているわけではないらしい。

私が「気を付けてね」と言うや否やその子は、

「朝練におくれてしまいますので、ごめんあそばせですわー!!!」と言い放つとスロットル全開で走り出してしまった。

 

 

 

まるで嵐のような子だ。

言葉遣いに若干のお嬢様要素が入っているが自分の本能を抑えきれていない。

 

私がポカンと開いた口をとじて再び歩き出そうとすると、

また後ろからパタパタと足音が聞こえてきた。

 

 

 

二度も衝突されてたまるか!

 

 

と私はすかさず道の端っこに移動するが、どうも先ほどの足音より迫力がない。

私は恐る恐る後ろを振り返ると、

 

「ローズヒップ!はぁはぁ、今日は朝練ないって言ってるでしょ!」

 

と息を荒げながら走っている編み込んだ茶色い髪をサイドにまわした女の子が目に映った。

 

 

その後ろでは先ほどのツリ目少女が面白そうにそれを眺めている。

 

 

走り慣れていないのであろう、肩で息をするその子の顔にどこが見覚えがあるように感じた。

 

もう一度彼女の事を注視すると、その子はあの財布忘れ少女 ルクリリさんで間違いないようだ。

 

やっと会えた、すこしばかり自分の胸が高鳴るのがわかる。

 

 

私は気がついてもらおうと、走る彼女の進行ルートに割り込んで手を振る。

ルクリリは私の顔を見ると驚いた顔をして、即座に急停止しようとした。

 

 

 

しようとしたようだったが、

 

 

 

勢いあまってすっ転んだ。

「うわっ、大丈夫かい」その見事な転びっぷりに私はあわてて彼女に手を差し出す。

 

 

ルクリリは私の手をとって立ち上がると、盛大に転んだため気恥ずかしくて何を言うか詰まったのだろう

「あ、えっと、おはようございます?」

ご丁寧に朝の挨拶を頂いた。

 

 

いや、そうじゃないだろう。そう思いつつも

えへへと笑う彼女をみると、全身の体温が上がっていくのを感じる。

やはりこの子のいろいろな表情を見るのは楽しい。

「はい、おはよう」思わず笑みがこぼれた。

 

 

 

「説明を希望します」

私がルクリリの顔を見てにやついていると、彼女は不服そうに私にこう言った。

「歩きながらね」いつまでもここで立ち話していると遅刻することになってしまうため、私は軽い足取りでゆっくりと足を動かし始めた。

 

 

学校の正門に通ずるこの道は、通学ラッシュ時間帯ともあってそれなりに登校する生徒でにぎわっていた。

「今年からこの学校で働くことになったんだ、紅茶の練習してたのはそれが理由」

私は彼女にこう伝えた。

 

「なんで教えてくれなかったんですか!」

ルクリリは頬をプクーっと含まらせ、ジロりとこちらを睨んでくる。

 

「いきなり会ったら驚くと思って、なかなか見つからなかったけど」

 

「そりゃあ驚きましたとも」彼女はふてくされながら答える。

 

「勢いよく転ぶくらいにね」笑みを浮かべながらそう答えると、彼女はさらにふくれてしまった。

 

 

 

 

 

聖グロリアーナ女学院の正門が見えてきた。

そういえば、気のせいだろうか?先ほどから少しばかり、登校している生徒からの視線を感じる。

やはり学園艦の上の女子高で若い男女が歩いているのは珍しいのだろうか

 

 

隣を歩くルクリリが突然「そうだ!」と眉をあげてこちらを向く。

もうふくれるのはやめたみたいだ。

 

「私はまだ先生の名前を教えてもらってないのですが」

 

そうだ、名前を伝えるのを忘れていた。これからは失礼のないよう、自分から名乗るべきだな と心のうちで反省する。

「それはすまない、前田 誠です、以後お見知りおきを」

 

 

「うわっ、案外普通な名前ですね」彼女の顔を見ると、仕返しと言わんばかりにいたずらっぽい笑みを浮かべていた。

 

しかし……そうか、普通か。思わず苦笑いが出る。

「普通じゃないほうがよかったか…」

 

 

 

ときに、先ほど駆け抜けていった紅髪の少女はどうなったんだろうか。

まさかルクリリは忘れているのではなかろうか。一応聞いてみることにした。

 

 

「そういえばルクリリ、さっき走り去った子を追いかけてたんじゃなかったの?」

ルクリリはそういえば!と大きく声をあげ、片眉をなでた。

 

やっぱりか。

 

「すみません、私いかなきゃ」

 

そう言うと、彼女は急に歩みを止めた。

 

 

 

 

 

彼女は私の方に向き直ると、なにやらもじもじながら制服の袖をもてあそんでる。

 

 

 

 

そのまま 「また、会えますか?」 と問う彼女に、私は「もちろん」と答えた。

 

 

ルクリリはにっこりと笑うと、戦車道のガレージがある方向へ歩き出した…と思ったらいきなり走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後ろ姿が見えなくなるまで見送ったあと、雲一つない快晴の空を見上げる。

そういえば、今何時だろうと思い時計を確認すると、そろそろ朝の職員会議が始まる時間だった。

 

 

 

 

 

 

次はいつ会えるだろうか。

そう考えながら私もまた、小走りで職員室に向かった。

 




ああルクリリ尊い。
評価、感想等頂けたら励みになります。


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ランチタイムでいっしょ

本場のフィッシュアンドチップスはそれなりにおいしかったです。

しかしハギス、お前はダメだ。

今回も拙い文章ではありますが、お付き合い頂けると幸いです。


4限目の授業が終わり職員室で野暮用を片付けると、私の足は自動的に学生たちの集まる食堂へ向かう。

 

目的地につくと私は雄たけびを上げる自らの胃袋をたしなめながら、本日のメニューと書かれたプレートに目を走らせる。

 

 

 

 

 

 

フィッシュアンドチップス

 

フィッシュパイ

 

うなぎのゼリー寄せ

 

ハギス

 

魚のマーマイト煮込み

 

 

 

 

 

それを読み終えると、私の口から思わずため息が漏れる。

どの日も似たようなメニューだ。

 

 

 

学園艦に乗り込んだ当初はここの料理のことはあまり気にはならなかった。

私はもとよりイギリス料理など口にしたことなかったので、その独特なテイストを楽しむことができたのである。

 

 

 

しかしそれが連日ともなれば話は別である。

 

 

 

 

 

 

日本食が恋しい。

私の脳がそう訴える。

 

 

 

 

 

だが、ないものねだりをしても仕方がない。

 

夕食は学校から与えられたマンションの一室で自炊し、好きなものが食べられる上に、

朝も洗練されたイングリッシュ・ブレックファーストを楽しめるので問題はないのだからと自分に言い聞かせて私はフィッシュアンドチップスの列に並んだ。

 

 

 

順番がまわってくるまでの間、西洋風の建築がなされた食堂を見回す。

 

西洋の建築を模したこの広い建物のある一方には優雅にナイフとフォークでランチをする上級生が、はたまたまた一方には慣れないイギリス料理の連続に、グロッキーになりながらそれでもなお先輩を見習って美しく食事をする一年生などが見て取れた。

 

 

私の教える三年生のクラスの生徒曰く、

最初の一ヶ月を乗り越えればここの食生活に慣れるらしい。

 

 

 

あんまり慣れたくないなと心のうちで呟きながら料理を受け取ると、私は食堂の隅っこの席に足を向けた。

 

 

 

 

 

郷に入っては郷に従えと私が周りの生徒がそうしているように

ナイフとフォークでぎこちなくフィッシュアンドチップスを食べながら今日の夕飯は何にしようかと思案する。

 

 

それが目の前の食事に失礼であると感じながらも私の頭の中はそのことでいっぱいだった。

 

 

「先生、ご一緒しても?」

 

私は手を止め見上げると、ルクリリがすました顔で私の前の席に座ろうとしていた。

 

 

「もちろん構わないとも」

私が声に出すや否や、彼女はさも当然のように席についていた。

 

「といっても、もうお昼は友達と食べちゃったんですけどね。」

 

といって彼女は後ろのほうをチラッと見る。

 

わたしもつられてそちらのほうを見ると、すでに食事を終えティータイムにしているグループと目が合った。

 

すると向こう方は慌てて目をそらした……と思ったがまたこちらの様子をうかがい始めた。

 

 

 

やはり教師と生徒がこうして一対一で食事をしているのは異様な光景なのであろう。

JK好き教師などとあらぬ噂話が出回らなければよいが。

 

 

 

「友達との食後のティータイムはいいの?」

私は彼女らの視線から逃げるようにルクリリの顔へ目のやり場を戻す。

 

「今日は断ってきました」

私が何故だろうという顔をすると、

 

「その……ほら先生一人だったし」

彼女は誰かに言い訳をするようにそう言った。

 

 

 

なるほど、私が一人で寂しく食事をとっている姿がなんとも無残だったのであろう。

「そうか、気を使わなくてもいいからね」

 

 

 

しかし彼女は眉をひそめキュッと体を縮めて、そういうわけではないですと呟いた。

 

 

 

 

私は正直まだ聖グロの雰囲気には慣れていない。

 

それ故、生徒と同じように紳士淑女の多いこの学校の職員に、気軽に一緒に食事がとれるような同期や先輩がいない。

 

そのため彼女のこのような心遣いは非常にありがたい。

 

しかしながら先程から周囲から視線を感じる。

私のために彼女を好奇の目にさらすのはあまり気持ちの良い事ではなかった。

 

 

 

さてどうしたものかと思慮しながら口元へ料理を運ぶ。

 

そんな私の心配をよそに彼女はニヤニヤと私の食事風景を見つめていた。

 

そんなに面白いものでもないだろうに、もしかしてなにかついているのだろうか。

 

多少の食べづらさを感じながらまた料理を口にする、心なしか先ほどよりもおいしく感じる。

 

私は思わず彼女につられて笑みを浮かべる。

なるほど、誰かと食事を共にするというのはいいものだ。

 

 

 

食べているのは私だけだが。

 

 

 

あれから少し沈黙の時間が流れるも、相変わらずルクリリは口も開かず私のことを見ているばかりだ。

 

「あーーー、勉強はどうだ?」

私は静寂の時間と視線に耐えきれなくなって、とりとめもない事を口に出してしまった。

その様子はまるで思春期の娘に何を話していいかわからない父親のようなのであろう。

 

 

 

「ふふっ、いきなりですね」彼女はクスクスと笑う。

 

 

「これでも紅茶の名前を授かっていますので、学業もきちんとこなしています。」

これ以上ないくらいのドヤ顔でそう返事が返ってきた。

 

「それが聞けて安心したよ、ルクリリは少しアホっぽいから」

そのドヤ顔にムッとした私はから、かいついでにそう呟く。

 

それを耳に入れたルクリリはジト目でこちらを睨みつけてきた。

「先生って時々失礼なことを口走りますよね、ヒップと一緒にダージリン様に躾てもらったほうがいいんじゃないですか?」

 

 

 

ヒップ、というのは戦車道履修生のローズヒップという子のことである。

かの交通事故の後、私の担当しているクラスで再会したのだが非常に落ち着きがない。

 

廊下は走る、紅茶はこぼす、カップは割る。

そのためおしとやかな子が多いこの学校では少し有名でだ。

 

先程ルクリリが言ったようにこの学校で紅茶の名を授かるには、戦車道の腕だけではなく

淑女らしさや学業成績の良さも必要なのである。

 

 

そのため落ち着きのないローズヒップが紅茶の名を授かっているということは、よほど後ろ2つが輝いているのであろう。

そう考えながら彼女の春休み明け学力テストを採点していたのだが、結果は散々なものだった。

 

授業中も落ち着きがないので対策は現在考え中だ。

 

 

さてどうしたものか...

 

 

「先生?」

ルクリリがこちらの顔を覗き込んでくるのが目に映る。

 

「おっと、すまん」

私はその声で思慮の世界から現実の世界へと引き戻された。

 

私はフィッシュアンドチップスの最後の一口を頬張る。

 

 

そういえば、生徒たちは夕飯はどうしているのであろうか?

 

 

 

そう疑問に思った私はすぐさまルクリリに問う。

 

「ああ、夜もこの学食が開いていますよ。メニューは殆ど変わりませんが」

 

そう答えると、彼女はさらに

 

「稀にコンビニや外食で済ます生徒もいますが、聖グロではそういう行為はタブー視されています。」と続ける。

 

なるほど、ではここの生徒は毎日三食イギリス料理を嗜んでいるのか。

 

 

それがこの学校の淑女のありかたなのであろうが、私だったら裸足で逃げ出すであろう。

 

 

 

 

そうだ

 

 

 

私の頭の中でひらめきが生まれる。

「ルクリリは恋しい食べ物ってある?」

 

その言葉を聞いたルクリリは突拍子のない質問に驚いた顔をしたが、

すぐにその口をへの字に曲げうーんと唸りながら解答を考える。

 

 

しばしの沈黙の後、ルクリリの顔がぱっと晴れたものになる。

相応しい食べ物が見つかったのであろう、私がその答えを求めると

 

 

 

 

 

「もつ煮込みです」

 

 

 

 

 

と満足げに答えた。私は思わず口に出して笑ってしまう。

「なっ、なんで笑うんですか!!」と不満そうに彼女は声を荒げた。

 

年頃の女の子の答えとしては地味すぎる。

 

 

「いや、聖グロの生徒として、一人の女子高生としてアウトでしょ」

そういうところがまた、彼女の親しみやすさを生んでいるのだが。

 

 

「悪かったですね!おっさんくさい食べ物が好みで!」彼女はぷくーっと頬を膨らませて腕を組む。

いや、そこまで言ってない。しかし本当に表情がコロコロ変わってみていて面白い。

 

 

 

彼女は納得いかなそうにズイッとこちらにせまると、

「それで、それがどうかしたんですか?」と聞き返した。

 

「今日の夕飯を決めかねてたから、ルクリリの言った食べ物にしようと思ってさ」私は素直に自白する。

 

「今日の夕飯はもつ煮に決定しました。」

 

そう言うと、彼女はいいなぁと呟きうらまやしそうな顔をすると私に向き直ってこう言った。

 

「では、今晩お邪魔してごちそうになります」彼女は続けたぺこりとお辞儀をする。

 

「だめです」私が即座に断りを入れると、彼女は「ケチ」とでも言いたげに頬を膨らませる。

 

 

彼女を部屋へ招き入れ夕食を共にするのは非常に魅力的な話である。

それがかなえばどんなに楽しい時間を過ごすことができるであろうか。

 

 

しかしやはり教師と高校生という関係上、一応踏み込んではいけないラインは線引きしている。

それに人の目がある、下手な人物に目撃されでもしたら私の社会的立場は崩落するであろう。

 

 

 

わたしがそれをどう言葉にするかと考えていると、

すかさずキーンコーンカーンコンというビッグ・ベンの鐘を模した予鈴が私に助け舟を出す。

 

それを聞いたまわりの生徒たちはいそいそと片づけを開始する。

 

 

 

 

「あ、私いかなきゃ、この話考えといてくださいね」

彼女はそう言いながら席を立つとこちらに手を振りながら去っていった。

 

 

 

 

 

私はその後姿を見送ると、次の授業のため

周りの生徒と同じようにいそいそと食器を片すのだった。

 

 

 

 

それも、今日帰りに買って帰るもつ煮込みの材料を考えながら。




おじさんっぽい食べ物が好きだとギャップでなお可愛い…可愛くない?



カワ(・∀・)イイ!!


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図書館でいっしょ


更新頻度ですが、このくらいのペースで投稿出来たらなと思っています。

拙い文章ですが、お楽しみいただけたら幸いです。


学園内にある、この建物の大きな窓ガラスは、

美しく遠くまで広がる水平線に昼の王者である太陽が沈んでいく様子を映している。

この時間はほとんどの生徒が寮に帰っているか、食堂で食事にしている時間帯ということもあり「カチカチ」と時計の鳴る音だけが響いている。

ただ薄明るい蛍光ランプに照らされながら床に立って列をなしている本棚の群れは、

どこか寂しそうに影を作っていた。

昼間は列のできる古いパソコンも、画面は真っ暗になって一時の休息をとっているようだ。

 

 

 

手早く要件を済ませてしまおう、と私はいくつかの資料を探すために目当ての本棚へと足を運ぶ。

幸いにも私の望んでいたものは簡単に見つけ出すことが出来た。

 

私が回れ右をして、この部屋の一角にあるコピー機へと向かう途中に「コロコロ」とペンの落ちる音が聞こえた。

 

 

 

 

こんな時間に珍しい、と思いそちらのほうに目をやると、

窓辺の席で夕日を浴びながら営々と勉強に励むルクリリの姿が見えた。

 

 

 

邪魔してはいけないな、とコピー機の電源を入れ手早く資料をセットしボタンを押す。

すると、目の前の機械の大きな音がこの空間の静寂を破った。

 

 

その機械音に気がついたのであろう、窓辺で一人勉強をしていたルクリリがこちらに振り返る。

そして私の存在に気がつくと、いつものようにニカッと笑顔をつくってみせた。

 

 

見返り美人とはよく言ったもので、夕陽が照らす彼女の美しさに撃たれ、思わず胸がしびれた。

 

 

 

 

「お仕事ですか?」彼女は遠くからそう問いかけてきたので、

「そんなかんじ、お気になさらず」と返す。

 

私はコピー機が作業を終えるまで、近くにある椅子に腰を下ろして待つことにした。

 

 

 

 

すると、それを見た彼女がチョイチョイと手招きをしながら言った。

「どうせなら、こっちで待ちましょうよ」

 

 

確かにそれもいい。

しかしせっかく生徒がひとりせっせと勉強しているところに水を差すわけにはいかない。

「いや、邪魔するのは悪いから遠慮しておくよ」と手を横に振った。

 

 

すると彼女は、

 

「じゃあこうしましょう、わからない所があるので教えてください」

 

こうすれば断れまいと彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべる。

 

 

私は観念して、腰を上げてルクリリのいる窓辺の机に足を運ぶ。

しかし邪魔はするまいと、彼女とは少し離れた席に座ろうとする。

 

するとルクリリが「先生」と声をかけてくる。

 

なんだろうと顔をあげると、また先ほどのように手招きをして「お隣にどうぞ」とはにかんだ。

 

 

 

私は再度諦めて彼女の隣に座る。

彼女のノートはすこし乱雑ではあるが、びっしりと計算式などが詰まっている。

机の端には問題集や教科書などが積み上げられており、そこから顔をだす沢山の付箋が彼女が努力家だということを表している。

 

「遅くまでご苦労様です、偉いな」

頭で考える前に、口からねぎらいの言葉がでた。

 

 

「こうでもしないと、追いつけませんので」と彼女は照れくさそうに頬をかく。

 

戦車道履修者は勉強時間があまり確保できず苦労する者が多いと聞いたが、こうしてしっかりと学生としての義務を果たす彼女を見て私は率直に感動した。

 

 

 

少しでも勉強の邪魔をしないようにと、

私は鞄から課題で提出された生徒のレポートを取り出して目を通す。

ルクリリも私が作業を始めたのを察して、止まっていた手を再び動かし始めた。

 

 

暫くの間、コピー機のなる音とサラサラとペンの走る音だけが図書館に響く。

 

 

 

 

いくらか時計の針が進んだころ、ルクリリが口を開いた。

「先生、ここ」私がルクリリのほうに目をやると、彼女は問題集のある問題を指さしていた。

 

わからないから教えろ、ということなのであろう。

しかしその教科は私の専門外とする英語であった、少し考えてみるも全くわからないので、

 

「先生もわかんない」

とグーサインを突き出した。

 

 

彼女はそれを見て笑み交じりの呆れた顔をする。

「役立たずですね」と彼女はため息を漏らす。

 

 

「担当外だから仕方がない」私はそれを追うように言い訳をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

ひとしきりの静寂が流れては、またルクリリが質問をして、私が答えたり答えなかったり。

お互い手が止まると、僅かの間だけ談笑を楽しんだり。

そのやりとりを何回か繰り返すと、窓の外の太陽はもうすっかり沈んでいた。

そして周囲の音に耳を傾ければ、いつの間にかコピー機の音は鳴りやんでいるようであった。

 

私はレポートを鞄にしまうと席を立ち、コピー機のほうへ向かった。

 

 

 

 

 

 

後ろから「もう帰っちゃうんですか?」と声がかかる。

 

 

私は歩きながら振り返ると、ルクリリもまた振り返ってこちらを見つめている。

 

月明かりとテーブルランプに照らされるその顔は心なしか、名残惜しそうでもあった。

 

私はコピー機から産出されたプリントをとったら帰ろうかと考えていたのだが、

 

その顔を見て思わず「まだここに居ようかな」と返事をした。

 

 

 

 

 

少し暖かい紙の束を鞄にしまうと、

私は資料を本棚に戻すついでに適当な本を手にとり席へと戻る。

そしてまたルクリリの隣に座ると、彼女もまた手を動かし始めた。

 

 

 

そしてこれまた幾ばくかの静寂が流れると、隣から

 

 

 

きゅ~~

 

 

 

と可愛らしい腹の虫がなった音がした。

彼女のほうを見ると、すこし赤く染まった顔を紙で隠して肩を丸めていた。

私は思わず「ふっ」と笑い声をこぼすと、わき腹を思い切りつつかれた。

 

 

 

それなりに痛い。

 

 

 

 

私もつられてお腹が空いてくる、そういえばこの間のモツ煮は美味しかった。

そして、まだ今日の夕飯の献立を決めていない事に気がつく。

 

 

 

「そうだ」とまたある考えが浮かぶ。

 

 

 

「ルクリリ、今何が食べたい?」私は先日と似たような質問を彼女に投げかける。

ルクリリは、ピタリと手を止めて顔をあげた。

そして、またかという顔をしつつも口にペンをあてて返事を考え始めた。

 

 

 

 

そうとう長い間考え込んだ末、彼女の出した回答は

「カレイの煮つけ」であった。

彼女のほうを見ると、なにやらまた満足げな顔をしていた。

 

 

なるほど、カレイね。

 

「採用です」と、私はうなずいてみせた。

彼女とは食の趣味が合いそうである。

 

 

「ではルクリリは今日もイギリス料理を楽しんでください」

と私が嫌味っぽく満面の笑みでかえすと彼女は頬を膨らませ

 

「いーなー、私もたべたいなー」とジタバタと騒いでいる。

私はそれを適当にいなして本に目を移す。

 

 

幸せな時間だ…なんともいえないがそう感じた。

 

 

 

 

 

 

きゅ~~

 

 

 

 

 

 

 

再び可愛らしい音がしたので音の出所を確認すると、ルクリリがお腹を隠すように机に突っ伏していた。ちらりと髪の隙間から見えた耳はすこし赤みがかっている。

 

 

「図書館ではお静かに」と私が満面の笑みで言うと、

前回の倍くらいの力でわき腹を肘で殴られた。

あまりの衝撃に「うぉっ」と声をあげて私が机に突っ伏してわき腹を抱えると、

それを見たルクリリがパンパンと机を叩きながら笑い声をあげる。

 

 

私もなんだか可笑しくなってきたのでそれに同調するように笑声をもらした。

静寂だった図書館が一気に騒がしいものとなると、

突然後ろからコツコツと強く床を蹴る音が聞こえる。

 

 

 

我々のほかに誰かいたのか。

 

 

 

2人してそちらのほうを振り返ると、本棚の裏から黒いリボンが特徴的な生徒が出てきた。

どうやら我々からは見えないスペースで読書をしていたらしい。

 

 

それを見たルクリリは「アッサム様?!」と声をあげて椅子から立ち上がりペコりとおじぎする。

私もつられて席から立ち上がると彼女は口の前に指を立て、

 

 

「図書館ではお静かに…それとごちそうさま」

 

と口にした後、すたすたと出口の方へと歩いていった。

 

 

 

 

あたりに何ともいいえぬ空気が流れる。

 

 

 

「気がつかなかった…邪魔しちゃったか」この空気を破るため私は声に出す。

 

「そうですね、これは明日戦車道でシゴかれます」彼女はうつむくとため息をついた。

 

 

 

ぐるるるるる

 

 

 

今度は私の腹の虫がまた沈黙をやぶる。

 

 

それを聞いた彼女が仕返しと言わんばかりに隣で大きく声をあげて笑った。

そしてひとしきり笑った後、

 

「カレイもいいですけど、せっかくなので一緒に食堂で食べていきませんか?」

彼女は私にこう提案した。

 

 

 

なるほど魅力的な提案だ。

例え食べる料理がイギリス料理しかなくても、

ルクリリがいれば楽しい食事になることは間違いない。

 

 

私はすぐにそれを了承すると、手にしていた本を棚へと戻しに行くことにした。

 

そして我々は一通り身の回りを片づけると、少し離れた食堂へと並んで歩いていくのであった。

 

 

 



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