堪らぬ狩りを、罪溢るる異端の地にて (ホワイニキ)
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番外編
サーヴァントステータス


今の段階で出せるステータスです。本編が進むと新しいマテリアルが追加されます。
また、「このサーヴァントとの会話が欲しい!」といったご要望やご意見お待ちしております。

追記:感想欄での意見要望等は規約に反するとのことなので、お手数ですがご意見・ご要望は活動報告にてお願いいたします


クラス:フォーリナー

 

真名:月の狩人

身長:185cm

体重:80kg

属性:混沌・中庸

 

 

[ステータス]

 

筋力 B

耐久 D

敏捷 C+

魔力 -

幸運 D

宝具 EX

 

 

[保有スキル]

 

《領域外の生命 EX》

 

詳細不明。おそらくフォーリナーにとって根幹にかかわる重大なスキル。

 

 

《神性(偽) C》

 

本来は“その体に神霊適性を持つかどうか、神性属性があるかないかの判定。ランクが高いほど、より物質的な神霊との混血とされる。より肉体的な忍耐力も強くなる。”というスキル。月の狩人の場合、上位者の青ざめた血が流れているため特例として獲得するに至った。

 

上位者とは人類文明の外側の存在である。それを神などと呼ぶとは、人間の思考の如何に低劣なることか。

 

 

《獣狩り A》

 

クー・フーリンが持つ獣殺しとは似て非なるもの。獣に対して特攻が入る。

狩人は如何なる獣に相対しても迷わず、驕らず、確実に仕留めるために行動する。また、獣であるかどうかは狩人が判断する。

 

世には人の皮を被る卑劣な獣も存在するだろう。それを見出し、屠るのもまた、狩人の務めなのだ。

 

 

《狩人の業 A++》

 

ヤーナムの狩人が持つ、基本的な能力の度合いを表すスキル。

ヤーナムにおける狩人とは獣の病に罹った者を殺す人々を指す。狩人各個人で持ち得る秘儀や技術は違うが、A++ともなればヤーナムに伝わるあらゆる技能、秘儀、秘文字を修めていると言っても過言ではない。

 

月の狩人にとって、狩人の業とは人を忘れないための(よすが)である。それは狩りに魅入られ血に酔おうとも、狩人であること、人であることを貫こうとした軌跡なのだろう。

 

 

《啓蒙 B》

 

偉大なる上位者の叡智の断片を授かったことを示すスキル。思考の次元を上げ、見えざるもの、感じざるものを見出し、感じとることができる。

 

かつてビルゲンワースのウィレームは喝破した。「われわれは思考の次元が低すぎる。もっと瞳が必要なのだ」

 

 

[宝具]

 

『■■■■■■■■■■■■■■』

 

ランク:EX

種別:対界宝具

レンジ:-

最大補足:-

 

かつてのビルゲンワース、メンシス学派、医療教会のいずれもが目指し、されど決してたどり着くことのできなかった極致であり境地。かつての奇蹟そのものの再現。

 

今の段階で語ることはない。叡智とは秘するべきものであり、いたずらに啓くものではないのだ。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

月の狩人 キャラビルド

 

名前 ■■■■■

過去 低能力者。うまれるべきではなかった。

 

体力:50

持久:30

筋力:45

技量:55

血質:50

神秘:50



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本編
プロローグ & 第1話


ああ、あんた。来ちまったのかい。それならしょうがない。存分に、獣狩りの夜を味わってくれ…。ヒヒ、ヒヒヒヒヒヒ。


「——全て、長い夜の夢だったよ…」

 

 

ああ、私は何度この憐れで偉大な老狩人の介錯をせねばならぬのだろうか。

 

彼の遺体を木の根元にある車椅子へと運びながら、そう考える。

 

数多くのループ(周回)を巡り、その度にヤーナムの街や悪夢の中を走り続けた。人として在るために、血に酔い、獣にならぬように。そして何より狩人であるがゆえに、幾多のループ(周回)の中で様々なことをしてきた。

 

烏の狩人と共闘した。獣に身を堕とした神父を殺した。各地に点在する人攫いどもの息の根を止めんとした。少女を救うため、診療所にカチコミを仕掛けてあまりに杜撰な警備態勢を整え、夜明けまであの女医とともに籠城させたこともあった。禁域の森に隠れ、人に化けていた醜悪なる獣の化けの皮を剥がし取り、月光の下に晒した。悪夢の主を止めた。獣と化した教会の英雄の介錯を務めた。

 

そして、そしてなにより。ロマを、アメンドーズを、エーブリエタースを、メルゴーの乳母を、ゴースの遺子を、目に付いた上位者たちを殺して回った。

 

全ては、このループ(周回)を覆すため。啓蒙を高め、真理を知り、ヤーナムに夜明けを齎すために。

 

だが、血に酔っていないかと問われれば、否、とは答えられぬやもしれない。獣どもを切り裂き、その生温かな体内に手を突き刺し臓腑をねじり取ったときなどは快感すら覚えたのだから。

 

ああ、だからか、だからだろうか。使命ともいうべきそれ、ヤーナムに夜明けを齎さねばならぬという義務感にも似たそれは、いつしか私のなかでは無意味になったのかもしれない。獣狩りの夜の終わりよりも、ただ狩りを求めていたのかもしれない。

 

それゆえだろうか。幾多も巡ったヤーナムの街に変わりはなく、訪れる結末も大差ない。夜は明けないがゆえに、狩りの終わりは訪れない。

 

 

「——なあ、貴公。夢を統べる上位者よ。私はどうすれば良いと思う?

なあ、青ざめた月の魔物よ。この狩りを全うするために、私は何をすればいいと思う? 今までのように、ただ狩りを続ければ良いのか?」

 

 

幾度となく見た景色。月より来訪し地に降り立った、もはや親しみすら覚える青ざめた血の持ち主にそう問う。

 

きっと私はどうかしていたのだろう。いまや私もそちら側に寄っているとはいえ、もともと根本より生命として異なる上位者に答えを求めるなど正気の沙汰ではない。

 

魔物が近付いてくる。私を抱きとめるためだ。私は一歩近づいた。

 

魔物が抱きとめる。私を新たな夢の楔にするためだ。私はその腕を受け入れた。

 

だが、きっと、魔物はいまにも私を離し、飛び去るだろう。魔物が求めるのは人間だ。三本の三本目を使い、半分上位者となった私をお気に召すわけがない。

 

そう、思っていた。

 

 

「——■■■■■■■」

 

 

私を抱きとめた月の魔物が何か言った。

それと同時に視界がぐらり、と歪んだ。急速に意識が遠のき始める。

 

 

「貴公、何を——」

 

 

私の脳内が困惑に彩られる。

薄れゆく意識の中、驚いた様子の私を見てか、無貌であるはずの月の魔物が笑ったような気がした。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

人理修復が終わり、いくばくか経った頃。アメリカに新たな亜種特異点が発見された、とのことなので戦力増強も兼ねて召喚をしよう!という流れになった。

 

本当はまずいのだが、藤丸立香はガチャ欲に勝てなかったらしい。彼女は欲望に忠実な人種のため、致し方ないといえば致し方ないのかもしれない。

 

 

「——来たれ、天秤の守り手よ!!」

 

 

立香の詠唱が終わるとともに、召喚サークルの周りに三つの輪が浮かぶ。サーヴァントが召喚されるサインだ。

 

 

「よっし! サーヴァント確定!」

 

「どんな方が来るんでしょうか……」

 

 

立香はガッツポーズをし、彼女の相棒でありデミサーヴァントのマシュ・キリエライトは期待と不安の半分半分の表情を浮かべる。

それもそのはず。今の彼女に戦闘能力はない。そのため、不測の事態には対応できないのだ。

 

まあ、害意があるようなサーヴァントはもとから呼ばれないため、要らぬ心配ではあると理解しているのだが、それでも心配してしまうのが人情というものであろう。

 

召喚サークルに閃光が奔る。そして間も無く光とともに魔法陣の中心から爆発が起きた。

白い、しかしどこか青ざめたようなスモークが辺りを覆う。召喚成功だ。

そしていくらかスモークが薄くなったその中心には人影が——!

 

 

「——サーヴァント・フォーリナー。貴公が私の新たな主人(ホスト)か。この狩りを全うする間という短い時間ではあるが、ひとつよろしく頼むとしよう」

 

 

スモークが晴れ、目の前に現れたのは革のマントと厚いコートを纏い、特徴的な斜め左右のつばが折れた三角帽子のような帽子を被り、マスクで口元を覆った人物。正直不審者にしか見えない、とマシュは警戒心を高める。

 

 

「きたーー!! 新しいサーヴァントォ!」

 

 

だが、そんな警戒状態のマシュを知らないでか、好奇心旺盛でコミュ力お化けな藤丸はぴょんぴょんと召喚されたサーヴァント——フォーリナーに駆け寄る。

 

 

「フォーリナー、だっけ? 珍しいクラスだねー。初めて聞いた」

 

「……珍しい、か。……まあクラス名などどうでもいいだろう、大して変わらぬさ。それよりマスター、私は何をすればいい? 狩りならば大歓迎だが」

 

「んにゃ、まだまだ出番は先だよ。ていうかフォーリナー、出番云々より先にするべきことあるでしょ?」

 

「するべきこと? ……別段、特にこれといってないと思うが」

 

 

はあ、と立香がため息をつく。このサーヴァントも変人だと理解したからであろうか。

 

 

「自己紹介だよ自己紹介! これからよろしくやってくんだから必要でしょ?」

 

「え、えぇ、私もそう思います、フォーリナーさん。いつまでクラス名、というのも寂しい気がします」

 

「……そういうものか。しかし自己紹介といっても…ううむ」

 

「? フォーリナーさん?」

 

「……いや、なんでもない。……コホン。では改めて自己紹介を。サーヴァントクラス・フォーリナー。真名は月の狩人。クラス名でも真名でも好きな方で読んでくれたまえ。これからよろしく頼む……ええと」

 

「私は立香! 藤丸立香だよ! 見ての通り私がマスター! これからよろしく!」

 

「クラス・シールダーのデミサーヴァント、マシュ・キリエライトと申します。よろしくお願いします、狩人さん」

 

「リツカにマシュか。ああ、覚えた」

 

 

フォーリナー……月の狩人が手を胸の前で折るお辞儀——狩人の一礼をする。

そんな狩人を見て、慌てて少女二人もぺこりとお辞儀する。

 

 

「でも月の狩人かぁ……。全然わっかんないや。マシュ知ってる?」

 

「すみません……。そもそもフォーリナーというクラス自体聞いたことのない不思議なクラスですし……私にもわかりません」

 

 

月の狩人といえばかの頭ぱっぱらぱーな女神が頭に浮かぶが、どう見ても目の前のサーヴァントの服装は近世から近代の服装。到底ギリシャ神話の人間とは考えづらい。

 

正直な話、怪しさマックスではあるが口調は優しく、丁寧な印象を受ける。さすがに出会って間もないため危険人物か否か測ってはいるが、あまり警戒はしなくてもいいかもしれない、とマシュは一人考える。

 

 

「それはもう少し落ち着いたら話すと約束しよう。……さて、それよりマスター。すべきことが何もないならば、拠点となるこの施設を案内してほしいのだが、良いだろうか?」

 

「ん、おっけー! 構わないよ! じゃあそうと決まったらすぐ行こう! 善は急げだ! ほらマシュも早く!」

 

「ちょ、先輩!? 待ってください!」

 

 

そう言って狩人の手を取り駆け出す立香と後を追うマシュ。

 

そんな騒がしい少女に引っ張られた狩人はどこか無機物じみた目でぼんやりと虚空を見つめる。まるで痴呆のように。糸が切れたマリオネットのように。

 

ただ、虚空を見つめていた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「へぇ、フォーリナーなんて聞かないクラスに、月の狩人……ねぇ。うーん、わっかんないなぁ」

 

「ダヴィンチちゃんでもわかんないかぁ……」

 

「うん。残念ながらね。でもまあそれはすぐに話してくれるんだろう? それに幸い敵意はなさそうだし」

 

 

立香が主導する新人へのお決まりと化したカルデア案内ツアーもいよいよ最後のフェーズを迎えたらしく、狩人は立香とマシュに連れられ、所長代理であり技術顧問でもあるレオナルド=ダ=ヴィンチの工房へ訪れていた。ダヴィンチちゃんと呼ばれたこの女性を交えて狩人の真名について聞くためである。

 

狩人の記憶が正しければレオナルド=ダ=ヴィンチとは男性の人物であり、決してモナ=リザのような女性ではなかったはずである。

 

だがまあ、世界にはそんなこともあるだろうと狩人はさほど気に留めなかった。そんなことをいちいち気にしてはあのヤーナムで狩人はつとまらぬ。

 

 

「ああ、無論敵意などないとも。私が狩るのは獣だ。決して人ではない」

 

「獣? 狩人ってばやっぱりハンターか何かだったの?」

 

 

こう、ぱきゅーんと。と言いながら立香が猟銃を撃つ仕草をする。

 

 

「そういえば狩人さん、召喚されたときにも狩りが云々とおっしゃってましたね」

 

 

少女二人が純粋な目で狩人を見上げ、ダヴィンチが興味深そうに目を細める。

 

 

「……私は以前、ヤーナムという田舎町で獣を狩っていてな。そこで数えきれないほどの獣を殺して殺して殺し回る毎日を過ごしていた。ひどく血濡れた日々だったよ」

 

「……ずいぶんと物騒な経歴だ。それも話してくれるんだろう?」

 

 

ダヴィンチが人数分の椅子とコーヒーを用意しながら狩人にそう聞く。

 

 

「無論だとも。貴公らは今の私の主人。包み隠さず、素性を話す」

 

 

狩人がダヴィンチからもらったコーヒーを飲む。彼は、はじめて飲んだような、さりとて懐かしいと感じているように見える表情を浮かべながら、狩人は自分が辿ってきた狩りの夜の話をし始めたのだった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「血の医療、古都ヤーナム。それに獣の病……」

 

「信じられぬかもしれぬが、それが真実だ。今も、私の身体はそこにある。私にとって、ここでこうして貴公らと話している今は、夢のようなものでしかないのだよ」

 

 

狩人は三人に、“狩人の夢”や“上位者”、“ループ(周回)”や“狩人の悪夢”などの詳しいことを抜いた、概ね真実と呼べるべきものを話した。ああ、嘘は言ってはいない。ただ、喋らなかったことが多少存在するが。

 

 

「……ダヴィンチちゃん」

 

「うん、並行世界だね。私たちの世界線とは全く異なっている。多分、初期の段階で別れたんだと思うよ」

 

 

ヤーナムなんて街、ヨーロッパに存在しないしね、と続けるダヴィンチちゃん。

 

 

「でも並行世界かぁ……。うん、それならフォーリナーというクラス名も頷ける」

 

「え? なんで?」

 

ポカンとした様子の立香が頭にハテナマークを浮かべる。

 

 

「フォーリナーは外国人って意味だけど、異邦人って意味もある。つまりはそういうことだろうさ」

 

「ふーん」

 

 

少しぬるくなったコーヒーを啜りながら気の抜けた返事をする。おつむは態度相応のようだ。理解しているのかどうか、怪しいものである。

 

そんなマスターを見て狩人は、この場を締めるように続けた。

 

 

「……並行世界だろうとなんだろうと、私のすることは変わらない。獣を狩る。それが私の存在意義だからな。

だからマスター、マシュ、ダヴィンチ女史。私を存分に使ってくれたまえ。私にはそれしかできないのだ。血で血を流し合う、えづくような狩りしかね……」

 

 

——そしてこの地の狩りの果てにも、血でむせ返るような、堪らぬ狩りがあることを。

狩人はマスクの下で凄惨な笑みを浮かべながら、そう心の中で続けたのだった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「ふぅ……やっと一息つけるな」

 

 

立香主導カルデア案内ツアーも終わり、割り振られたマイルームなるところで腰を下ろす。

 

 

「まさか月の魔物に掴まれた途端、異世界にワープ、サーヴァントなどというものに成り果てるとはな……」

 

 

そう、この狩人。出来るだけ接触を少なく、かつ良好な人間関係を築くために事情は全て分かっている、と言わんばかりの態度を取っていたが、実は一番混乱していたのである。

 

聖杯とやらから知識を一方的に渡されはしたが、その程度で現状を理解できるはずもなし。ヤーナムはどうなったのだろう。私は何をすれば帰れるのか。狩りがしたい。様々な思いが啓蒙により瞳を得た脳内を駆け巡る。

 

 

「半上位者といえど、未だ大成していない身。真の上位者たる魔物の思考は未だ分からぬ、か」

 

 

だが、あのとき私を掴み、抱き抱えた魔物からは“求め”のような欲望を感じたような気もする。

 

幾多のループのなかでも経験したことのない事態に、動揺するのは未だ人の身だからか。

なれば、なればこそ、さらなる啓蒙を求めねばならない。未知を既知に変える。それが人間の生きる理由であると信仰するが故に。解らぬことを、解らぬまま留めておくのは獣の所業だと思い込んでいるが故に。

 

だが、思考するには材料が足りない。なれば今それを考えていても仕方なかろう、と巡る思考の海から浮上する。

自分は腐っても狩人である。ならば、この地でもすべきことは変わらない。獣を狩り、上位者を狩り、上位者の思索を手に入れる。幼年期の始まりより先に進むためには、さらなる啓蒙が必要なのだ。

 

そう考え、ふと前を見る。そこにはあり得ないものが存在していた。

 

 

「……なんだと?」

 

 

ランプである。狩人の夢に通じるランプが先程まで何もなかった場所にあるのだ。

ふらふらと立ち上がり、ランプを点火する。

すると、一般的な美術観からすれば「きもい」と断定されて然るべき容貌の使者たちが、わらわらと地面より這い出てきた。

 

「……ああ、貴公ら。ひどく懐かしく感じるな」

 

彼の美術観からすれば可愛らしく思う使者に微笑み、ランプの前で屈み、手をかざす。

視界がぼやける。狩人の夢に入る合図だ。さほど体感的な時は経っていないはずなのだが、狩人にとってこの感覚すらも懐かしく感じたのだった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

気がつくと、やはり狩人の夢にいた。以前来た時には燃え盛っていた建物には火の手が上がっていない。

 

「おかえりなさい、狩人様」

 

人形が静かに出迎える。なんてことのない、既知に塗れた光景だ。

だが、精神的な疲れからか、今の狩人にはたったそれだけのことすら安心感を覚えるものになっていた。

 

「ああ。なあ、人形よ。ゲールマンはどうなった」

 

狩人の夢に来たからには一番の心残りであることを尋ねる。普段は月の魔物を倒し幾ばくか経ったあとループが始まるのだが、今回は違う。その先があるやもしれないのだ。

それゆえ、狩人にはそれだけが心残りだった。

老人を夢から救う。たったそれだけが、遥か昔、どこぞの不死人のように決意した使命であったから。

 

 

「ゲールマン様はお眠りになられましたよ。とても、とても安らかなお顔でございました」

 

 

ゲールマンが夢から解放された。あの哀れな老狩人に安寧の時が訪れたのだ。

 

ああ、よかった、と狩人は息を吐き出し、胸を撫で下ろした。

 

ゲールマンのその眠りは、またあの診療所に戻れば再び悪夢に引きずりこまれるような微睡みではあるが、ループさえ起きなければ安らかな眠りとなる。

所詮は狩人の自己満足に過ぎない使命ではあるが、それでも、狩人は安堵したのだ。

 

 

「……そうか。ならば月の魔物は、私を異界に送ったあの上位者はどうなった?」

 

「私にはわかりません。狩人様がどこかに行かれたと同時に、姿を消したようです」

 

 

月の魔物の行方は人形にすらわからないという。だが、この夢が存在している以上、生きていることは間違いないだろう。

 

 

「……そうか。ありがとう、ゲールマンを葬ってくれて。安心した」

 

「お礼には及びません。狩人様。ゲールマン様を愛しているのは、私もですから」

 

 

そう言って人形はあの大きな木の方向に視線を向ける。やはり、ゲールマンはそこに眠っているらしい。

 

 

「そうだな……。となると、次だな」

 

 

ヤーナムの地に移れるかどうか調べるため、墓石へと向かう。

 

だが、辺り一面調べたところ、やはりヤーナムや聖杯ダンジョンには転送はできないようだった。

 

 

——やはり、か。まあ、水盆の使者がいれば輸血液や水銀弾はなくなってもなんとかなる。幸い、血の遺志は腐るほどあるからな。

 

 

ふと辺りを見回すと一箇所だけ反応のある墓石が視界の端に入った。転移なぞできぬと思い込んでいた狩人は驚き、すぐさまその墓石に駆け寄る。

 

調べると、これであちらの世界のマイルームに戻れるようだ。やはり、あの地で果たすべき狩りがあるということだろうか。

 

——もう確認することもないか。

 

 

「……ではな、また戻る」

 

 

そう言って狩人は使者がうねっている墓石へ手をかざす。

そんな狩人に向けて人形は深々とお辞儀をしながら続ける。

 

 

「——いってらっしゃい、狩人様。あなたの目覚めが、有為なものでありますように」

 

 

もはやルーティンと化した人形の送り言葉を聞き、ぼやける視界の中、狩人は考える。

狩人の夢が未だ在るということは未だ月の魔物は存在しており、為すべき狩りがあるということ。

 

 

——いいだろう。月の魔物よ、貴公の導きに、月光の導きに従おう。私は狩人。目の前に堪らぬ狩りがあるならば、嬉々として飛び込むのが狩人だ。

 

 

そう一人つぶやき、狩人は血に酔ったような凄惨な笑みを再び浮かべた。



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二話

こんな感じで不定期更新になると思います。息抜きですので。

追記:キャス子の描写を忘れてたので書き足しました。


召喚されて24時間が経過した。カルデアにいる英霊や職員との顔合わせもだいぶ済み、一息つこうと狩人はマイルームのベッドに腰を下ろす。

そういえば初めて召喚先で24時間過ごしたな、と取り留めのないことを考えていると、マイルームの扉からコンコンという音が鳴った。来客である。

 

「私!立香!管制室に集合だってさ!」

 

マスターである藤丸立香がドア越しに狩人へ声をかける。

待ちに待った狩りの始まりが近づいているらしい。狩人は目を見開き、口を三日月に歪ませた。

 

「……ククク。やっとか、ああ、待ち侘びたよ。先に行きたまえ。少々準備するのでね」

 

くつくつと愉悦を抑えながら笑う狩人。目は血走り、まるで飢えているような笑みを浮かべる。

狩人がそんな凶悪な笑みを浮かべているとは露知らず、立香は活発な様子で、また後でねー、と去っていく。

 

ーー鎮静剤、獣血の丸薬、発火ヤスリ、雷光ヤスリ、石ころ…秘儀や仕掛け武器も全てあるな。カレル文字は……右回り左回り拝領でいいか。

 

ノコギリ鉈を変形させ、一振り。変形しながらさらに一振り。武器の不調もないだろう、とインベントリにしまい込む。

 

ーーああ、楽しみだなぁ…ヒヒヒ。新たな地の狩りは、いったいどんなものであろうなぁ…。

 

そう笑いながら、狩人はマイルームを発つのだった。

 

 

 

管制室につくと、あらかたの説明が終わっていたらしい。

すまない遅れた、と謝罪をいれ、向こうの地での振る舞いについて簡単なブリーフィングを受ける。

 

「劇団…かね?」

 

「左様! 舞台は17世紀のアメリカ・セイレムなる村だということ聞いたでしょう? そこの現地民に疑われぬよう、扮装するのですよ。

まあ、貴方の場合その格好でも良さそうな気もしますがね!」

 

ウィリアム=シェイクスピアがニコニコと破顔しながら芝居かかった口調で言う。

 

「構わない。狩りに必要なことなんだろう?私から言うことは何もないとも」

 

「フン、ならその怪しさ満点の服装を変えたらどうだ。コートはまだしも、そのマスクは自分が不審者ですと公言しているようなものだ」

 

何故か少年の姿をした毒舌家、ハンス=クリスチャン=アンデルセンがヤジを飛ばす。もっともなことだったので、それもそうか、と狩人は枯れたような意匠の帽子とマスクをインベントリに入れ、トップハットをかぶる。

 

「…これで如何かな?」

 

「その帽子はどこから出したとかさっきの帽子はどこにしまったとか聞きたいことは山ほどあるが、まあいいさ…うん? どうした名探偵。黙りこくってらしくもない。気になることがあるんだろう?顔に出ているぞ」

 

「…ミスタ・アンデルセン。私は別にお喋りな人間というわけではないのだが…」

 

シャーロック・ホームズが溜息を吐きながらアンデルセンに苦言を呈する。アンデルセンは底意地の悪そうな笑みを浮かべながら答えた。

 

「おっと、こいつは失礼した。なんせいつも偉そうに無駄に的を得ないご講釈を垂れてるからな。てっきりそうなのだと思った」

 

「…皮肉が今日も冴え渡るようでなによりだ。

…話を戻そう。私が狩人君に聞きたいこと、だったかね? 聞きたいことというほど高尚なものではないさ。気になった、程度のものにすぎないよ」

 

「気になったことか。構わない。好きに聞いてくれたまえ」

 

「そうかい? では遠慮なく。君は私と同じ国の出身で、しかもヴィクトリア朝時代の人間だと聞いていたのだが、少々服装の意匠がロンドンの流行と微妙に異なっているのでね。そこが少々気になったのだよ」

 

「…ふむ。聞くに貴公は祖国で大流行した小説の名探偵、らしいな」

 

「え、ええ。ホームズさんは19世紀後半にアーサー・コナン・ドイル氏が書いた小説のシリーズに登場しますが…。…たしか狩人さんもその年代出身の方でしたよね? ご存知ないのですか? 文化様式や過去の出来事を聞いてみても私たちの世界線ともあまり変わりません。ですからシャーロックホームズシリーズの小説だけが存在しない、ということはないはずでしょうし…」

 

マシュが考え込む。彼女の言う通り、狩人の世界線とこちらの世界線の歴史や文化の違いはあまりなかった。違いは魔術があるかないか、というだけである。

 

「ああ、申し訳ないが、知らない。ヤーナムは山の中の都市だと話したことはあるだろう?」

 

「うん。たしか来るだけでも一苦労する超ど田舎のくせに摩天楼やらでっかい教会やらがたくさんある都市みたいな感じだって」

 

「ああ。その通りだ。それに加えてヤーナムの人間はよそ者を嫌う。そこにいるシェイクスピアをはじめとする文化やら何やらはよそから入ってはいるが、よその流行なんぞ入ってくるはずもない。ましてや本なぞヤーナムに持ち込もうとする酔狂な人間はもっといないさ。来るのは血の医療に縋るしかない重篤な患者だけだ。……私もずいぶんと酷くあしらわれたよ。『関わり合いになりたくないんだ、帰れ』とね」

 

「よそ者嫌い…ですか。それは嫌ですね…。

えっと、じゃあシャーロックホームズシリーズもロンドンの流行も入ってこなかったのはヤーナムの「よそ者嫌い」故だろう、ということですか?」

 

マシュが微妙な顔をしながら狩人の話を要約する。

 

「おそらくは、な」

 

「…ふむ、そうかね。ああ、納得したとも」

 

マシュもホームズもとりあえずは納得したらしい。マシュはともかく、ホームズの場合は何を考えているかわかったものではないが。

 

「…さて、どうするマスター。正直なところ、俺はこいつを信用できん。だが、最後に決めるのはおまえだ」

 

シェイクスピアとは対照的なニヤニヤとした笑みを浮かべ、立香にそう問いかける。

 

「いいんじゃない? 敵意はないっていうんだし、わざわざ異世界から駆けつけてくれたんだもん。絶対いい人だって!」

 

最悪のことなんて何も考えていませんと言わんばかりの返答をする立香。

気配はあったが、想像以上に随分とお人好しのようだ、と狩人は心のなかで苦笑する。

 

「…私としても賛同しかねるな。彼には良い気が感じられない。具体的に言えば、血生臭い。……経験上、そういう輩は何をするのかわからない」

 

立香の呑気すぎる態度を見てか、ジェロニモが不安そうに眉を寄せながら彼女にそう耳打ちする。

立香はまあ大丈夫大丈夫、とジェロニモをなだめ、狩人へと向き直る。

 

「だって狩人は積極的に人を襲わないんでしょ?」

 

「ああ、獣に成り果てなければな」

 

「そういう冗談言ってる場合じゃありませんよね!?」

 

マシュが狩人の予想外の返答にツッコミをいれる。この場で言うジョークにしては少々ブラックすぎるジョークだ。

…狩人としてはジョークなど口にしたつもりはないのだが、それは言わぬが花というものだろう。

 

「ははは。まあ立香君もこう言ってるんだし、多分大丈夫さ。本当に狂った人間はそんな冗談、口に出来ないだろうしね。

……さて!そろそろレムナントオーダー、その最後になる指令を下そう」

 

ダヴィンチが弛緩した空気を締めるよう声を張り上げる。

 

「マスター・藤丸立香は本時刻をもって特異点セイレムに着任。

この特例中の特例の異変を無事解決し、帰還するように!」

 

ダヴィンチの言葉を区切りにレイシフトなる便利な装置が起動する。知らない場所に時間空間問わず行けるという凄まじい装置(本当は数多くの制約があるのだが、ここでは明記しないこととする)に、たった二百年でここまで技術が進歩するとは、と狩人は戦慄しながらセイレムへと発っていった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「…どうだい? 名探偵。彼は信用できそうかい?」

 

「…明言しかねるね。だが、たしかに胡散臭い。胡散臭さで言えば私やそこのシェイクスピアといい勝負だ」

 

「はっはっは! いやぁ照れますなぁ!」

 

「褒めてない。褒めてないぞ」

 

高らかに笑うシェイクスピアに対して突っ込むアンデルセン。

 

「ただ…隠し事があるのは確かだろう」

 

「おや、今回は『今はそれを語るべき時ではない』とかなんとか言ってはぐらかさないのか?」

 

「優先順位が低い謎だからね。彼からは悪意が感じられない。ならば優先すべきはセイレムの謎だろう?」

 

「ははは! それはたしかにそうですな。それに吾輩、彼の素性にももちろん興味ありますが、それ以上に彼が何をしでかすか、ということが非常に興味深い! 主にネタとして!

まあどのみち、今から止めようとしてもレイシフトの燃料はあと片道一回分。もはや事は動いています。いわゆる『髭が生えかけているのさ(I have a beard coming.)』というやつでしょうな!」

 

「ふむ、それについては俺も同意見だ。実際のところそこな劇作家と同じように、今はイレギュラーに頼らねばならないほどネタが欲しいんだよ、切実にな」

 

「…はあ、まったくこのロクデナシ三人組からは緊張感というものが感じられない。いくら立香君に対して悪意のないサーヴァントだとしても未知の存在なんだ。少しは警戒すべきじゃないかな?」

 

「何を言う。おまえも奴が何をしでかすか楽しみなんだろう? 態度でバレバレだ。」

 

「おっとバレちゃ仕方ないね。

ま、我々は裏方役。せいぜい彼らのサポートをするとしようか」

 

そうダヴィンチが締めて仕事に掛かろうとしたその時、一息ついていたサーヴァントたちにありえないことが転がり込む。

 

「もうマスターは特異点に向かってしまったかしら!?」

 

管制室に立香とともにセイレムに向かったはずのメディアがひどく焦った様子で入室してきたのだ。

先程旅立ったはずのサーヴァントが実はカルデアにいた、という不可解なことが目の前で起き、四騎のサーヴァントは目を見開いて驚く。

 

「これは……一波乱起きそうだ」

 

そう不穏に呟きながらホームズはため息をつき、モニターに目を向けるのだった。




《ノコギリ鉈》

狩人が獣狩りに用いる、工房の「仕掛け武器」の1つ

変形前は人ならぬ獣の皮膚を裂くノコギリとして、変形後は遠心力を利用した長柄の鉈として、それぞれ機能する

刃を並べ血を削るノコギリは、特に獣狩りを象徴する武器であり、酷い獣化者にこそ有効であるとされていた


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三話

待ってくれ! 降参だ!俺はFGOのイベとかダクソ3の新しいデータとかGE2RBのフリプとかやらと色々あって執筆が遅れちまったんだ!
そんな感じで色々あったけどよぉ! 俺はこうやって執筆し、投稿したじゃねえか!だからノーカウントだ、ノーカウント!俺は悪くねえ!

※ GAミッション風のあらすじはネタです

10/10 獣狩りの散弾銃のテキストを後書きに追加しました。


作戦を説明する。

今回の雇い主はカルデア。目標は亜種特異点セイレムの排除、及び特異点のコアとなる聖杯の回収ないしは破壊だ。今回も例によって特異点の詳細は判明していない。

 

だがこの特異点は今までのものよりも異常らしくてな。今現在アメリカのマサチューセッツ州エセックス郡に展開されているんだが、おかしなことに中身は17世紀後半の街並みになっているらしい。

 

従って、今回はあちらさんの司令部から随分と奇抜な作戦初期計画が提示されている。要はカルデアらしさってやつだが、まあ聞いてくれ。

 

レイシフトで特異点に到着したらカルデアのマスターに従い、マスター率いる劇団の団員を装ってもらう。現地の人間から浮かないようにするための策ってやつらしい。

だが困ったことにその後の具体的な計画は今の段階では存在しない。あちらでの調査が進み次第、新たな作戦をマスター及び所長代理殿が立案するとのことだ。ま、簡単な話、臨機応変に対応するってことだろうよ。

ああ、それと言い忘れていたが今回の作戦には僚騎が随伴する。どれもカルデアのサーヴァントだ。実力は保証するぜ。

 

長々と続けたが、最終的にあんたのすることは単純だ。獣を見つけ、追い詰め、縊り殺す。今までとそう変わりはしないだろう?

 

こんなところか。

正直、今の段階では脅威度の判別がつかない危険な任務ではある。が、見返りは莫大だ。あんたほどの腕があるならそう悪い話ではないと思うぜ。

連絡を待ってる。

 

 

 

 

[ミッションを受諾しますか?]

 

 

ーYesー ーNoー

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

時刻は夜明け前。無事セイレム近郊の森林にレイシフトしたカルデア御一行は村の中心部に向かおうと森の中を歩いていた。

 

「…さすがはロビンフッド。夜目が利き、天体運行の知識に優れ、気配を探る術すら一流とは」

 

「世辞か? よしてくだせえよ。褒めたって何も出やしねえ」

 

「世辞などではないとも。貴公ほどの名はないが私とて狩人の端くれ。気配を探る術や夜目程度なら習得してある。だがその天体を見て時刻を推察する技術や、即座に周りの地形を把握する技術などは私にはできん。

…貴公の話を聞いているだけでも実に勉強になる」

 

同じ狩人だからだろうか。ロビンフッドと月の狩人はすっかり意気投合したようで、先程から周囲を警戒しつつ話していた。

 

「ま、こんなもんは慣れですよ、慣れ。昔からこういう小手先だけの陳腐な技術が得意でしてね。役に立ちそうなモンは片っ端から習得したんですわ」

 

飄々と肩をすくめながら自分を卑下するロビンフッド。

 

「クク、貴公、そういった小手先の技が窮地を救うことを知った上で言うかね」

 

どうもこの食えない古狩人はなかなか良い性格をしているらしい、と狩人はニヒルな笑みを浮かべる。

 

「…狩人さんとロビンさん、やはりおふたりとも狩りに携わる方だからでしょうか。あんなに早く打ち解けるなんて」

 

「うん。ロビン、サンソン先生と相性悪そうだったからちょっと心配してたけど……狩人とロビンは大丈夫そうだね」

 

そんな男二人を見て、マシュと立香はホッとする。ロビンと狩人との仲は悪くなさそうだ、と一安心したのだ。

 

何故そんな小学校の先生のような心配をしているのか。それは仲が悪い組み合わせがこの場に1組すでに存在しているからである。

 

話題の渦中の人物であるロビンフッドと少し離れた場所で歩いているサンソンは非常に気性の相性が悪いらしく、つい先程までは軽い口論すらしていたほどである。

その諍いはマタ・ハリが場を仲裁することで解決したが、どちらも引く様子はない。水と油というやつだろう。

 

それゆえに、これ以上仲が悪い組み合わせができてもかなわん、と立香とマシュはオロオロしていた、というわけだ。

 

「ーー待った、ストップだ。灯が見えた。ありゃ…焚き火か?」

 

「あら、もうセイレム村についたの?」

 

マタ・ハリがロビンに問う。

 

「いや…どうもそう言う感じじゃねえな。畑もねえし人家ってわけじゃなさそうだ」

 

「少々騒ぎ声も聞こえる。おそらく、少なくとも五匹以上は何かがいる」

 

狩人がロビンに続き情報を付け足す。

 

「………みんな、静かに近づこう。…現地の人だといいけど」

 

マスターである立香が指示を出す。他の者も異論はないようで、軽く首肯することで立香の呼びかけに答えた。

ゆっくりと近づくカルデア御一行。狩人が茂みからちらりと覗いてみると、少女たちが焚き火を囲んでいるのが目に入ってきた。

 

「ーーホワイトアッシュの枝は持った? これは魔法の杖よ! 扉を叩くわ!

大地を三回、見えない扉を三回! とんとんとん(rat a tat tap)!」

 

 

ーーこれは、まさか。

 

狩人の頭の中の瞳が蠢く。

啓蒙だ、啓蒙に属するものだーーと、そう直感でわかってしまったのだ。

 

ーー否、まだ決めつけるのは時期尚早か。

 

脳内でぐちゃりぐちゃりと奔り回る智慧を抑えつつ、続きを聞くために耳を澄ます。

 

「扉の先は外の世界へ通じているの! そうしたら私たちの前に聖霊が現れて、お告げを下さるわ!」

 

「どんなお告げなの? アビー?」

 

アビーと呼ばれた綺麗なブロンドの少女が至極真面目な顔で、熱に浮かされたように続ける。

 

「それはあなたの望む未来、私たちが待ち焦がれる誰か。ここではない何処か…私たちの知らない遠い遠い世界へーー」

 

 

ーークク、ククク……まさか…まさかまさかまさか! おお! まさか異世界にもいるか、見えぬ神、外なる宇宙の神が! ああ、いいなぁ。いい。それはいい……実に、実に実にいい……

 

 

なにやらサンソンやロビンがいる方が騒がしいが、そんなことは狩人の耳には入ってこない。

瞳が疼くのだ。更なる智慧を。更なる啓蒙を。そして更なる血と虐を。

心地よい、実に心地よい疼きを抑え、チェシャ猫をだいぶ邪悪にしたような笑みを浮かべる。

 

と、そんな風にトリップをしていると、辺りからこれまた懐かしい臭いが漂ってくる。

 

ーーおお、おお! 獣までいるか。素晴らしい、素晴らしいなぁ、この世界は! 選り取り見取りじゃあないか…クク…クックックックック……。

 

獣が少女が囲む篝火をさらに取り囲んでいたのである。やはりヤーナムのそれとは違うが、獣であることに、獲物であることに変わりはない。

 

マスターたちも遅れて気づいたようで、少女に飛びかからんとする獣の鼻先にロビンが矢を射つ。

だが狩人の方がマスターたちよりも早く動き出していた。ロビンの矢が獣に刺さる前にその命を刈ったのである。

 

「マスター! ここは本職たる私に任せてくれないか! 貴公らは少女を助け、宥めてくれ!」

 

「わかった! 気をつけて!」

 

なんと理解のある狩りの主人だろうと再度笑みを浮かべる狩人。

右手にはノコギリ鉈、左手には獣狩りの散弾銃。いつもの装備を懐から出し、銃を獣に向ける。

 

「獣狩りの夜の始まりだ」

 

そう言うや否や、狩人は引き金を引き、食いちぎらんと空中で牙を剥く獣の口内に水銀弾を叩き込むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

ノコギリとはなにか。木を切る道具である。

 

木を切るのに切れ味は要らず、木を効率よく切るためには邪魔な繊維を削らねばならない。そのため、ノコギリの刀身には小さな刃がずらりと並んでいるのだ。全ては堅い繊維を削り、引き裂き、抉るために。

 

だが、こんな「切る」より「削る」ことに特化した道具で、「殺す」より作業をするための道具で生物に切りかかればどうなるか。

十中八九、治りにくく痛みが激しい切り傷ができる。神経も肉も全て削られるためだ。

 

ゆえに、この「ノコギリ」というものを獣狩りに用いようとするのは至極真っ当な結論であると言えよう。悍ましい獣を殺すのだ。痛みも恐怖も倍々にしてくれてやらねば。

 

獣にはノコギリを。このことはヤーナムの狩人にとって、1+1=2と同等に常識なのだ。

 

 

「そらァッ!」

 

右上から袈裟懸けに振り下ろし、そのままの勢いで二、三と斬撃を続ける。四撃目で変形機構を使い、ノコギリから鉈へと変えて脳天を叩き潰すように振り下ろす。

 

「次ィッ!」

 

ノコギリに戻しながら吼え、同じように繰り返す。一、二、三。がしゃんと変形し、フィニッシュへ。

血を削り、肉を削ぐ。返り血が身体中を染め上げる。

普通の感性ならば不快に感じるそれは、狩人にとっては快感にしかならない。

 

ーーああ、まだだ。もっと、もっと血を浴びたい。もっと愚かな獣を縊り殺したい。

 

血を。血を。血が欲しいのだと猛り狂う。

そして動くものはどんどんと減り、地面に落ちている惨たらしく絶命した「生物だったもの」の残骸は増えていき、ついには生きている獣はいなくなった。

狩りの対象がいなくなり少々落ち着いた狩人は、こんなものか、とさすがに弱々しい獣に軽く落胆する。

 

ーーヤーナム大橋の罹患者の獣を見習え罹患者の獣を。まったく、あいつらのせいで何度狩人の夢に送られたことか…。しかもよく考えたらアレ倒さなくても回り道できるルートあったし……ああ、まずい。思い出すだけで腹が立ってくる。

 

そんな雑念を吹き飛ばすかのように駆け寄ってくるマスターにぼそりと告げる。

 

「…さて、私は周囲の見張りに行ってくる。いないとは思うが、逃げた獣がいても困るからな」

 

そう言うや否や、ヤーナムステップを駆使し、薄暗闇の中へ溶けていく狩人。

それは興奮収まらぬ顔を見られまいと思ったがゆえの行動であった。そして幸いなことに、その顔をマスターが見ることはなかったのだった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「……マタ・ハリ」

 

「…ええ。しかと見たわ」

 

「…あれは、彼の本性なのか? 邪悪な笑みを浮かべ、殺戮に酔い痴れるのが、彼の本性と?」

 

「…まだわからないわ。でもーー」

 

「ーーああ、わかっている。彼は危険だ。マスターはああ言っていたが、我々が彼を警戒しなくてはならない…!」

 

狩人が笑いながら獣を殺し尽くしていたのを目撃したのだ、この二人は。

なんと、なんと悍ましく、恐ろしいのだろう。あのサーヴァント・フォーリナーたる月の狩人は、危険人物やもしれぬと気を引き締める。

 

そして、それを、狩人の狩りを目撃したのはマタ・ハリとシャルル・アンリ・サンソンだけではなかった。

 

「に、逃げ…な…きゃ…。逃げ…なきゃ…!」

 

目を潤ませ、声を殺し、ガタガタと震える少女ーーラヴィニア・ウェイトリー。彼女も見てしまったのだ、あの疎ましい狩りを。悍ましい狂祭を。

恐ろしい、今まで見てきた何よりも恐ろしい。なんだあれは、人なのか、と。あれこそが悪魔なのではないか、と。彼女は恐怖する。

 

かくして狩人は知らずして幼気な少女一人にトラウマを植え付けた。

やはり狩人の業とは、かくも深いものである。




《獣狩りの散弾銃》

狩人が獣狩りに用いる、工房製の銃

獣狩りの銃は特別製で、水銀に自らの血を混ぜ、これを弾丸とすることで獣への威力を確保している

また、衝撃により獣のはやい動きに対処する部分も大きく、特に散弾を用いるこの銃は当てやすく効果が高い


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四話

月の狩人のFate風ステータスって需要ありますかね……?
他の方がお書きになったSSにはステータスがよく載ってますが、あれって考えなきゃいけないやつなんです? 要らないなら要らないで余計な手m……面d……げふんげふん。ネタバレのもとになるものは書かずに済むのですが。


昨晩、獣に襲われ、怪しげな儀式をしていた中心人物の一人であるアビーことアビゲイルとその他大勢の少女を助けた後、一悶着ありつつも藤丸立香一座はアビゲイルの伯父を名乗る男ーーランドルフ・カーターなる人物の家で一晩明かすことになった。よく眠れたとは言いがたいが、宿があるだけマシというもの。地べたに寝転び夜を過ごすよりは断然いい環境だった。

 

そして迎える翌日の朝ーーすなわち今朝。カルデア御一行の皆は用意してもらったオートミールを食べながら“これからどう動くか”という趣旨の会議と今まででわかったことの報告会をしていた。

 

「ーーさて、我々が擬似的に受肉していることは皆わかっているな。そうなった以上、空腹や戦闘能力の低下は避けられない」

 

サンソンがこの場を代表して話を切り出す。

そう、何故かはわからないがこの場にいる全てのサーヴァントが受肉していたのだ。それ故に戦闘力は低下し、腹は減り、眠気を感じる。

ああ、サーヴァントとはなんと都合の良い存在だったのだ、とこの場の誰もが思うだろうーー狩人以外のサーヴァントは。

 

なぜ狩人はそのようなことを感じないのか。それは単純な理由である。この狩人、霊体などというものにまったくもって縁などなく、つい2日ほど前までは元気に身一つで獣と血塗れで踊り狂っていたのだ。経験のない以上、霊体化、なるものがどういったものであるかなどわかりはしない。

 

まあ、カルデアにいた間はその霊体なるものだったのだが、そんなことの検証なぞ狩人がするはずもなく、聖杯から知識をもらおうと「見えなくなる? 青い秘薬を使わずに? そんなことできるか、アメンドーズでもあるまいし」などと思っていたのだ。

 

つまり、端的に言って頭が硬いということだろう。時代の流れについていけないタイプの男である。

 

問題の一つである「戦闘能力の低下」についても狩人は気にしていない。能力が変動するのは別世界に繋がる(オンラインの)狩人にはよくある話であるためだ。

まったく頭が硬いのか柔らかいのかハッキリとしてほしいものである。

 

ちなみに某火の時代の不死とは違い、別世界に侵入したり協力しにいったりするときは生身である。闇霊だとか白霊だとかにはならない。

 

「通信機の調子も悪い……マシュ、まだ繋がらない?」

 

お気楽思考の権化たる藤丸立香もさすがに真面目な顔でマシュに問いかける。

 

「はい……もう一度試してみたのですが……」

 

「それは困ったな……。ダヴィンチの発明も常にうまくいくとは限らないが、連絡が取れないというのは……」

 

「まふはあほへいふひほんはいははふほへは」

 

「まずはその粥を飲み込め、哪吒。おまえさんもうちょい知的なキャラじゃなかったかい?」

 

眉をひそめるサンソンに、何を言っているのかわからぬ哪吒。そしてそれを咎めるロビンフッド。

 

「しかしこの様子を見るに豊かな村ではないと見えるな」

 

「……同じ材料でも私のほうがよほど上手に作れる。料理に関心を払う余裕がこの街にはないのよ」

 

陰気な雰囲気を見てか、またもや暗い表情を浮かべる一同。

 

「私のほうは一通り村の様子を探ってきたわ。劇団の売り込みも軽くしておいたから、皆も話を合わせてちょうだい」

 

「もう周辺の調査を終えられたんですか? この午前中に?」

 

「さすが姐さんだ。やるべきことは迅速にってな」

 

マタ・ハリが言うには、ここは昨晩アビゲイルから教えてもらった通りの西暦1692年のセイレムで、村民のほとんどはピューリタンーー英国系の植民者であるという。

さらに彼女曰く、波止場には倉庫が立ち並び、英国本土や西インド諸島へ向かう船も停泊していたらしい。

 

だが史実上、1692年のセイレムには波止場など存在しない。

その上、村民の照らし合わせをしてみても史実上のセイレム村民と特異点のセイレム村民の顔ぶれが違っているという。

 

ロビンフッドが調査してきたという地形の情報もカルデアの歴史資料と異なる部分が多数あったらしく、前述したマタ・ハリの話も合わせると、ここが史実そのもののセイレムではないのではない可能性が浮かんでくるのは当然のことだろう。

 

「じゃあ……ここは偽物のセイレムってこと?」

 

「おそらくは……そうでしょうね」

 

ここが偽物のセイレムであり真に過去に戻ったわけではないのだとすれば、決して無視できない疑問が一つ浮かび上がる。

本来の住民である五万人の人間はどこへ行ったのか、である。

 

「さっきざっと見回って来たが……五万の人間が幽閉されてるような場所は見当たらなかったっすねえ」

 

「では、彼らはいったいどこへ行ったのでしょうか……。

……それともう一つ大きな疑問が。魔女裁判はどうなったのでしょう」

 

史実では1692年の時点で魔女裁判の告発が飛び交い始めている頃だ。だが現実には今現在のセイレムではそんな噂など出回っていないという。

これも、このセイレムが史実から逸脱したものだと判断しうる証拠になり得るのではないか?

 

「ここは平和な田舎の村だわ。……でも、それは表面的なものにも見えた。土地の所有権の食い違いが元で、険悪な様子で言い争っている農夫たちもいた。

……篤い信仰心の奥底に、きっと少なからず不満を抑え込んでいるのでしょうね……。年若い娘たちが昨晩みたいに抜け出して羽を伸ばそうとする気持ちもわかるわ」

 

「穀物庫も覗かせてもらったが、食料の蓄えも相当厳しそうだった。不作続きなんだろうよ。切り詰めて切り詰めて、やっとこさ冬を乗り越えた感じだ」

 

ロビンフッドが壁、天井と家の中を一通り見回しながら言う。ここは相当裕福な家なのだ、と。

 

「そもそも、近未来観測レンズ“シバ”が突発的に見せた映像が誤りだったのではなくて?」

 

「それは否定できませんがーー」

 

「おんやおや……もうお芝居のご相談ですか? よく眠れましたかねぇ、お客様がた」

 

会議がヒートアップしかけたところでカーター家の召使いーーティテュバが帰宅した。

流石にこんな怪しさマックスな会議を続けるわけにはいかないため、皆押し黙る。

 

「あ……はい。ありがとうございます。朝食まで用意してくださって……」

 

「いえいえ。お客様ですから」

 

マシュとそんな気の抜けたやり取りをしていたティテュバに、ちょうど良い機会だ、と今まで沈黙を貫いていた狩人が尋ねる。

 

「……貴公、一つ尋ねたい。先程、あの少女と親しげに話していたな。彼女との付き合いは長いのか?」

 

「へえ、カーター様にお仕えする前はアビーお嬢様のお父さまにお仕えしていました。アビーお嬢様とはその時からのご縁で」

 

「あの、アビゲイルさんのご両親は亡くなられた、と聞きましたが……」

 

「…………ええ。お二人とも、森で先住民に殺されましてねぇ……。アビーお嬢様も長いこと塞ぎ込んでしまって……本当にお可哀想でした。伯父のカーター様がいらしてくれなかったら、どうなっていたことか」

 

「……そうか、ありがとう。言いづらいことを不躾に聞いてしまってすまなかった」

 

「いえいえ、お構いなく」

 

「すまない、一つ尋ねたい。昨夜アビゲイルの友人とは別に、もう一人のーー」

 

「おんや、いけない。それじゃ、わたしは仕事がありますんで失礼します。どうぞごゆっくり」

 

会話が終わったタイミングでサンソンが何かを言いかけるが、ティテュバはそれに気づいた様子はなく、仕事へと戻るため、外に出ていってしまった。

そんなティテュバを見て、綺麗な人だなぁ、とぼけーっとしていたマスターにメディアがなにやら話しかけるのを尻目に見ながら、狩人は考える。

 

昨夜、脳が疼いたのは彼女たちがしていた儀式に対してなのか、それとも彼女たちの誰かになのか。

 

前者ならば話は簡単である。その儀式とやらはきっと上位者への道だろう。自分が率先してその儀式を為せば良いのだ。無論、メンシス学派のような大規模なことはできないが、それでも狩人は幾多のヤーナムを巡った身。多少は神秘のことにも詳しい。

 

だが、後者であったならば少し厄介だ。なにせ残念ながら、夜が明けてからというもの、あの心地よい感覚はめっきりなくなってしまったのだ。ヤーナムで行ったように、上位者に繋がるアイテム探しを一からせねばならない。新たな地での探索はそれはそれで乙なものだが、無論面倒であることには変わりない。出来る限り避けたいものだ。

 

ーーああ、楽しみだなぁ。ヒヒヒ。

 

だが、この地に上位者の足跡があるのは確実なのだ。素晴らしいことだ、と改めて感じる。オドン教会のアイツのようなセリフが出てしまうくらいには舞い上がっているらしい。

 

そんな不穏に尽きる思考を巡らせていると、外からマスターとあの少女ーーアビゲイルの声が聞こえてきた。

ふと辺りを見れば、狩人以外誰もいない。いつの間にやら皆狩人を置いて外に出ていったようだ。

 

狩人が家から出ると、件のアビゲイルが走り去っていくのが見えた。少々出遅れた感が否めないが、そこはそれ、狩人は思考の片隅に追いやり、カーター氏とティテュバ、マスターたちがいる場へと歩み寄る。

 

「ーーティテュバ、もう子供たちに故郷のことを決して話さないと誓いなさい。いいね」

 

「はい、誓います旦那さま……申し訳ありません」

 

どうやら全て片付いたらしく、カーター氏とティテュバはすぐに離れていった。本当に出遅れていたらしい。

 

狩人にとっては後から聞いた話だが、どうやらアビゲイルが昨晩行なっていた儀式がキリスト教ならぬ異教の儀式、それもティテュバの故郷の儀式だと言うのだ。

それを聞いたカーター氏はティテュバに罰を与えようとしたが、アビゲイルがそこに止めに入る。そのまま口論となり、マスターが仲介に入るものの、アビゲイルは感極まって走り去っていった、らしい。

 

この時点で狩人は一からアイテム探しをせねばならないことが決定した。

そしてこんな神秘に関わるどころか神秘そのものな身内話はマスターにはできないため、マスターとサーヴァント連中から隠れながらせねばならない。

このことに思い至った狩人は、道は長いな、と天を仰ぐことになるのだが、狩人の探索とは往々にしてそういうものだ。致し方なし、である。

 

閑話休題(はなしをもどそう)

 

そんないざこざがあったその後、マスターの発案でカルデア御一行はそれぞれ分かれて調査と劇団の呼び込みをすることになった。

 

哪吒とロビンフッドは海へ。

 

マタ・ハリとサンソンは村の中心へ。

 

メディアは家に待機し、ティテュバとカーター氏について。

 

マスターとマシュはアビゲイルの捜索と村の比較的安全な外周周辺の調査を。

 

そして狩人は本人の希望もあって村より外側の獣や敵対エネミーの調査をすることになった。無論、朝からずっと狩人を警戒しているサンソンがじっと自分を見つめていたことにも気づいている。

だがしかし。狩人にとって人から警戒されるのは慣れていること。それゆえにあまり気にしてはいなかった。むしろ警戒のけの字もないカルデアのマスターが異端なのだ。

 

そんなこんなでカルデア御一行はその通りに分かれ、調査を始めるのだった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

マスターとサーヴァントたちから分かれた後、狩人は昨晩レイシフトした場所に来ていた。狩人の夢へと帰り、この地に戻ってくる拠点となるランプを探すためだ。

 

多少例外はあるが、基本的に使者たちは転移などで着く場所にランプを掲げる。そのため狩人は落ち着いたら探索に来るために、と昨晩目印にこっそり硬貨を撒いておいたのだ。

 

だがしかし、カーター氏の家につき、貨幣経済がまだ存在していることに狩人は気がついたと同時に冷や汗を垂らす。

なにせ未来の硬貨とはいえ天下のグレートブリテン王国の硬貨。使われている金属もおそらく希少価値の高いものだろう。今回は無事だったが、硬貨を拾われでもされたら目印として成り立たなくなってしまう。

そのため、この手段は多用すまい、と狩人は肝に銘じたのだった。

 

「この辺りか」

 

硬貨を回収しつつ歩き続けると、少し開けた場所に着いた。篝火の跡もある。間違いない、昨晩アビゲイルたちが集っていた場所だ。

 

「……やはりここにあったか」

 

その篝火の跡に刺さっているのは見慣れたランプ。さすがは使者たちだ、と賞賛の言葉を口にして狩人は指を鳴らし、ランプを点灯させる。

 

「良し…と」

 

これで目覚める場所は確保できた。流石に死ぬことはないだろうが、武器が壊れでもしたときに夢に帰れなかった場合、大変なことになる。それゆえに是非やっておきたかったことを終え、狩人は肩から荷が降りたような気分を味わう。ヤーナムでは久しく味わっていなかった感覚だ。

 

「……あまり損傷はないだろうが、大事をとって一応やっておくか」

 

おそらくは大丈夫なはずだがもしものこともある、と狩人は水銀弾の補充と武器の整備のため、一度夢に帰還するのだった。




《輝く硬貨》

特に輝きを放つ雑多な硬貨。

獣狩りの夜に商うものなど皆無だが、夜道に撒けば道標くらいにはなるものだろう。

あるいは、遠い夜明けまで貯め込んでおくとよい。


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五話

Bloodborneの小説が増えてきたので初投稿です

追記
こんな見切り発車の拙作を閲覧、評価していただきいつもありがとうございます。
この度、お気に入り数が1100件を突破しました。これも皆様読者の方々のおかげです。相変わらず遅い更新ではありますが、これからも見守っていただけると幸いです。

お目汚し、失礼いたしました。


少女、ラヴィニア・ウェイトリーは恐怖した。必ずかの邪智暴虐で悍ましい狩人の記憶を消し去らんと決意した。

だが悲しきかな。トラウマとなった衝撃映像はこびりついて離れず、昨夜は一睡すらできなかった。そのおかげで目の下のクマがさらに濃くなったのは言うまでもあるまい。

 

「……はぁ……」

 

とぼとぼと村はずれを歩く。ウェイトリー家は村の中でも浮いている。そのため中心に近づこうものなら陰口後ろ指は当たり前のこと。ゆえに彼女はよっぽどのことがなければ近づかない。

そして浮いているがため、何より彼女自身の雰囲気も暗いため、アビー以外の友達と呼べる人物もついぞできたことはなかった。それどころか視界の端に己が入ろうものなら同年代の子は脱兎のごとく逃げるのだ。これには流石のラヴィニアとて傷つく。

そんなこんながあり、己から他者近づこうとはしなかったがため、そしてアビーとも疎遠——彼女自らが負い目から避けているのだが——なため、彼女はいわゆるぼっちというものに成り果てていた。

だが構わない。私は外なる神を降ろせればそれでいい。一族の悲願を達成できればそれでいい。

 

だがしかし、強がってみてもぼっちであるがゆえにとぼとぼと歩くことくらいしか暇をつぶす方法は彼女のなかには存在しない。

それに加え、今日はトラウマという爆弾を抱えているのだ。非常に、非常に憂鬱な気分であった。

 

そして最悪な事に、くだんの狩人が村のはずれ、昨夜の現場に近づいていくのが見えてしまった。

鮮明に蘇る昨夜のスプラッタ映像。ラヴィニアは1/1D8のSANチェックです。ラヴィニアが何をしたっていうんだ!

 

ぴしりと固まるラヴィニア。あまりの恐怖に身体が動かなくなったのだろうか、目尻にうっすらと涙がたまっている。

 

だが狩人はラヴィニアには気づかずに森の中へ入っていった。

無論、ラヴィニアは今すぐ逃げ出したかったが、賢明な彼女は狩人がアビーの家がある方向から歩いて来たことに気がついた。気がついてしまったのだ。

 

——ま、さか。

 

そう、思い至ってしまったのだ。狩人がアビーの家で寝泊まりをしている可能性に。

もし彼が、あの危険人物がほんとうに彼女の家に寝泊まりしているのなら——

 

——だ、め。守らなきゃ…私が守らなきゃ……!!

 

げに素晴らしきは人の勇気か。ラヴィニアは今、自らのトラウマを乗り越え友のために奮い立ったのだ!

 

——守護らねばならぬ。他ならぬ、このラヴィニア・ウェイトリーがっ!

 

そうして彼女は狩人が入っていった森に入っていく。彼が何者かつきとめるため、そしてアビーを守るために。

 

「……っ、……っ…!」

 

まあ、腰が引けていて涙目でおっかなびっくりそろりそろりと進んでいるのは多少の愛嬌だ。見逃しても良いのではないか。

 

ーーーーーー

 

森の中。ラヴィニアは狩人を視界に入れることすら恐怖なため、狩人が残した足跡などを辿り、かの篝火跡まで来ていた。昼とはいえ、ここは大人すらめったに寄り付かぬ森の中。いつ獣が出て来てもおかしくはない。それに加えてさらに鮮明に蘇るスプラッタ映像。ラヴィニアはさらに涙目になる。

 

そんなサド気質のありそうな大きいお友達にとっては非常にそそられる状態になっていたラヴィニアは、篝火跡に刺さっている、灯りの灯っていないランプのようなものを見つけた。

 

「……なに、これ」

 

一見するとなんの変哲のないランプ。魔術のまの字も感じられぬ、ただの物。しかし、ラヴィニアはなんとも言い知れぬ違和感を感じた。

 

「……?」

 

なにが自分の琴線にふれるのか、ラヴィニアは考える。しかし、一向にわからない。彼女は首を傾げる。

 

「……あいつの足跡もここで途切れてる……まさか、気づかれた?」

 

否。己の隠蔽は完璧だったはずだ。魔術を使った気配遮断は常人であれば決して破れない。

いや、彼が常人である可能性は限りなく低いのだが、彼からは魔術の匂いはしなかった。

 

——それどころか、恐ろしく、悍ましく、しかしどこか甘美な——

 

待て。今私はなんと感じたのか?

 

甘美、甘美だと? いったいアレのどこに甘美なるモノを感じたのか。

わからない、全くもってわからない。

 

私は決して虐殺に酔い痴れたいと願う異常者ではない。では何故、何故アレに甘美なる匂いを感じたのか。

 

「……ひとまず、離れよう」

 

まさしく謎が謎を呼ぶとはこのことか。

今考えても詮無いことと判断したラヴィニアは来た道を歩いていく。

 

ヤーナムの血もなく、啓蒙を授かってもいない彼女がランプを認識できたこと、それ自体が異常であるということには気づかずに。

ランプの付け根にいる数人の使者の全員が、じっと彼女を見つめていたことには気づかずに。

そして何より。ああ何より。ある■■■すらも彼女を見つめていたことには気づかずに。

 

ただ、神秘のひとかけらも得ることもできず、彼女はこの場を去っていってしまったのだ。

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

狩人の夢から目覚め、あたりに徘徊していた獣を千景の錆にしてすることもなくなった狩人はアビーの家に帰宅していた。神秘の残り香を探すためである。

しかし、狩人はこの世界の『魔術』なる技術などは知りもしないため、まったくもって無駄骨としか言いようがない。収穫は当たり前だがゼロである。

 

アビーの家はダメだと判断した狩人は村はずれを歩く。ただなんとなく、そうすれば道があるような気がしたのだ。

ヤーナムでのあの敷かれたレールの上を歩いてエリアを歩くような感覚に似たものが、ある種の直感にも似たものが狩人を駆り立てていた。

 

のどかな田舎だ、と狩人は考える。

きっとヤーナムではこれほどのどかな場所はないだろう。自然溢れる場所ならばあのクソッタレた森があるが、普通は人喰い豚やら星界の使者やら蛇が頭から生えてくるやつやら巨大なヒュドラ的なエネミーがいる森はのどかとは呼ばない。

 

——ふざけんなあの蛇男三人。なんだあの頭悪い配置。巧妙に上からアイテムの存在がわかるように置きやがって。悪意か?フ○ムの悪意なのか?三人に勝てるわけないだろってか?ふざけんなちくしょうが死ね。上位者(プレイヤー)どもめ、おまえら少しは毎回毎回儚い瞳の島に突撃しては死に突撃しては死ぬ我々狩人や不死人、デーモンを殺す方の身を案じろ。糞が死に晒せ。

 

狩人はまた一つ恨みを募らせる。非常に危ないことを言っているが、これも啓蒙の為せる業である。狩人すら自分が何を言っているのかさっぱりわかっていない。

 

そんなこんなでてくてくと散策していく。

ふと傍を見ると、なにやら気になる館がぽつんと一軒だけ佇んでいた。

 

——なんだ? この時代に一軒だけの家とは珍しい。気難しい住人なのか、それとも村八分にでもあっているのか。

 

なんとなく気になる狩人。それをじっと見つめる。

 

そう。見つめてしまったのだ(・・・・・・・・・・)

 

 

——ぞくり。

 

 

ああ。

 

 

——ちょろり。

 

 

あれだ。

 

 

——ぐじゅり。

 

 

あれだ。

 

 

——ぐじゅり。ぐじゅり。

 

 

あれに違いない。

 

 

——ぐじゅりぐじゅり。ぐじゅりぐじゅり。

 

 

きっとそう。そうとしか考えられない。

 

 

——ぐじゅり。ぐじゅりぐじゅりぐじゅりぐじゅりぐじゅりぐじゅりぐじゅりぐじゅりぐじゅりぐじゅりぐじゅりぐじゅりぐじゅりぐじゅりぐじゅりぐじゅりぐじゅりぐじゅりぐじゅりぐじゅりぐじゅりぐじゅりぐじゅりぐじゅりぐじゅりぐじゅりぐじゅりぐじゅりぐじゅり——

 

 

「ハハッ ハハァハハハハハァハハハハァァハハハハハハハハハハァァッ!」

 

狩人は歓喜の叫びをあげ、思わず『喜び』のジェスチャーをする。

 

——見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけたァッ!

 

上位者の残り香だ。そう、きっとそうに違いない。

なにせ、瞳が疼くから。

脳の瞳が昨夜よりも激しく蠢き回るのだ。

 

ああ、愛しい上位者だ。新たな、ヤーナムのモノではない新たな上位者だ。

今度の上位者とはどんな堪らない狩りができるのだろう。今度の上位者の血はどんな味なのだろう。そして何より、どんな新しい思索を授けてくれるのだろう。

 

——ああ、僅かだが匂うぞ……。甘美で甘露な、青ざめた香りだ。くっくっくっくっく……。

 

そして、館から匂いが漂ってくるということは、上位者を調べている何者かがいるということ。すなわち、上位者に繋がる糸が存在しているということ。

 

——ついている。ああ、ついているなぁ。

 

生憎、月の狩人はウィレームやローレンス、ロマにカレル、そしてミコラーシュのような学者ではない。まったくの門外漢である。狩人にとって、出来ることなぞ思索することぐらい。それで精一杯なのだ。

それゆえに、人体実験などでデータを取っていたりアイテムを揃えていたりする研究者は非常にありがたい。それを強奪して、思索の根拠にすることができるからだ。

 

——実験棟は素晴らしかったなぁ……。データの宝の山だ。教会がアレを秘密にしているはずだよ。アレをメンシス学派にでも見られれば、恥をかくとともに貴重な智慧が奪われるのだからなぁ。

 

くつくつと笑いながら狩人は館に向けて歩を進める。

願わくば、貴重なアイテムやデータ(テキスト)があらんことを。

 

ーーーーーー

 

青い秘薬を飲み、開いていた窓から入り込む。

青い秘薬は純然たる医療薬であるため、魔術師にもよほどのことがない限りは気づかれない。こういった侵入等に適した狩り道具だ。

 

狩人は手当たり次第に部屋に入り、上位者に関係ありそうな書類やアイテムを探していく。

 

——二階より上にはないな。匂いがしない。であれば、一階、もしくは地下か。

 

そう考えていると、本棚がひとりでに動き出した。隠し扉である。

狩人はすぐさま物陰に潜んだ。

隠し扉の向こうからは家主と思われる偏屈そうな爺がのそりのそりと出てくる。そして、匂いも爺が出てきた扉の向こうからするようだった。

 

扉が閉まる瞬間、爺に気づかれない速度で滑り込む。お目当てのものがすぐ目の前にある。狩人は興奮が抑えられなかった。

 

——ああ、もうすぐだ。楽しみだなぁ。

 

昼間だというのに随分と暗い。どうやら通気孔だけで、窓の類はないらしい。狩人は携帯ランプを腰につけた。

薄暗い通路を歩き、地下に繋がる階段を降りていく。

 

ギィと音のなるほど古びた扉を開けるとそこにあったのは、狩人には見覚えのない、錬金術師の魔術工房だった。

おそらくは当たりである。これほど怪しいものを隠しているということは見つかっては困るものだということ。

魔女裁判の件もあることだし、これが村のピューリタンにとって冒涜的なものであるという自覚はこの館の家主にもあるらしい。

 

狩人は辺りを見回すと、ライティングデスクの上にある日記を見つけた。おそらくは家主のものであろう。

 

狩人は日記を開いた。

 

 

————●年▽月△日

 

ああ、外なる神よ。何故この地に降臨なさらないのか。

我らは特別な知恵がある。かの神が真実だということ。現実におわすということだ。

だが何故、ああ何故我ら一族の現前ににその身を現してくださらないのか。ああ、何故。ああ。

 

 

————△年▽月△日

 

私はたまにしか日記を書かないが、まさか何年もの間が空くとは思いもよらなかった。

以前いたとされる外なる神の信奉者の遺した書を読み解き、一つのことが分かった。

外なる神が降りる条件は祈りではない。物質的な何かだ。

病魔が巣食う獣の内蔵か? 生きたままホルマリン漬けにした畸形のネズミか? わからない。だが、諦めん。諦めんぞ。実験を繰り返し、必ず突き止めてやる。

 

 

————☆年$月◆日

 

様々なことを試した。

生きた獣を八つ裂きにし取り出した内蔵。錬金術で組み替えたキメラ。虐待に虐待を重ねた獣の怨念が篭った脳。いずれもダメだ。

そろそろ別のものを試す頃合いかもしれない。

次は人間のパーツを使ってみよう。

 

 

————▲月△年◎日

 

生きた赤子の頭はダメだった。削ぎ落とした罪人の指もダメ。

森で彷徨ってた子から取り出した新鮮な心臓も。脳も。もちろん奇形児のパーツもダメだ。

いったい何が必要なんだ。何が。

 

 

————☆▲年$月☆日

 

なぜか水夫が象牙の書の写本を持っていた。無論、頂戴したとも。

これを読み解けば、悲願は達成されるのだ。やっとだ。待ちわびた。素晴らしい、素晴らしいなぁ。

 

 

————●●年▽月◆日

 

象牙の書をやっと読み解けた。

今までの研究はなんだったのだと思った内容ではあったが、無駄ではない。

今までの結果をもとにできた魔術触媒もあることだ。これからが楽しみだ。

 

 

————●●年◎月▽日

 

そうだ。依り代が必要だったのだ。特定の何かではないのだ。

かの神が降臨するには縁が必要。だが今現在それは地球上には存在しない。

ならば作ればよい。他ならぬ、外なる神を知る我々が。

偽りの主を信奉する愚かなピューリタンどもに目にものを見せてやる。

主などいない。決して、そんなものが存在してはならない。

 

 

————●●年◎月△日

 

我が娘だ。依り代には我が娘を使えばいい。母胎となれる娘を使い、神を降ろすのだ。

ああ、これしかない。娘には幸運なことに前々から外なる神に関する術式を教え込んでいる。何という僥倖。まさしくこのためだけに存在していたのだ、我が娘は。

さて、そう決まったのなら早速準備をしよう。いあ、いあ。

 

 

————●●年◎月□日

 

儀式は失敗した。何故だ。象牙の書に従い、呼ぶところまでは上手くいったのに。何が足りなかったんだ。

だが諦めん。諦めんぞ。外なる神を呼んでやるのだ、いつか。いつか必ず。我が一族の手で。

 

 

狩人は歓喜した。喜びの叫び声を上げるのを我慢するので精一杯だった。

象牙の書などの魔導書。なんとしてでも手に入れなければ。

 

狩人は目につく内蔵やホルマリン漬けなどの冒涜的アイテムや書類、本。何かに使う道具やお目当ての象牙の書になぜかあったネクロノミコンなる書をかき集め、全てしまい込んだ。

 

そして、まるで引越しの準備が終わった後のようになった地下室を一瞥し、青い秘薬を飲む。

狩人は階段を登り、本棚の隠し扉を教会の石鎚で叩き壊し、窓をまたもや石槌で叩き壊して館からすみやかに脱出する。

 

一つ歌でも歌い出したくなるほど上機嫌な狩人は、背後から響く野太い悲鳴をBGMに、スキップをしながらカーター氏の家に帰るのであった。




《青い秘薬》

医療教会の上位医療者が、怪しげな実験に用いる飲み薬。それは脳を麻痺させる、精神麻酔の類である。

だが狩人は、遺志により意識を保ち、その副作用だけを利用する。すなわち、動きを止め、己が存在そのものを薄れさせるのだ。


《教会の石槌》

特に医療教会の狩人が用いる「仕掛け武器」。

扱いやすい銀の剣と巨大な石の鈍器という、極端な二面性をもち、特にその後者は「重打」の特性と大きな衝撃力が特徴となる。

医療教会の工房は、狩人の「仕掛け武器」の二派の一方であり、かつて聖堂街のどこかに、ひっそりとあったという。


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六話

アメンドーズに連れ去られてたため初投稿です。

めちゃめちゃ間が空いてすいませんでした。次いつ出せるかわかりませんが、完結目指して頑張ります。

あと隻狼ラスボスちょっと強すぎじゃない?


突然だが、後悔という二字熟語は「後に悔いる」という意味を持ち、上の字が下の字を修飾する形をとる。

 

後悔。後々になってすでに修補不可能な己の言動に対して怒り、哀しみ、諦め、そして悔いること。

『テストの解答欄ズラし』や『会社の企画書の推敲不足』など、生きていれば誰であろうと襲われる、前述したような例を筆頭に重大になればなるほど無力感に包まれやる気そのものが消失するような、やるせない感情。

 

それは——

 

 

「ちっがーう!! だからもっと感情こめて役に入り込めって言ってんの!! これ何回言わせんのさこのすっとこどっこい!!」

 

「————」

 

 

——すなわち、普段の死んだ魚の目をさらに腐らせたような目をしながら、「何故己は劇もやってみせると安請け合いしたのだ」と考えつつも、開かれる劇の突貫稽古に臨む今の狩人が抱く感情それそのものであった。

 

 

 

話は数刻前に遡る。

 

狩人はウェイトリー家の智慧を根こそぎかっぱらい、上機嫌なまま『狩人の確かな徴』を使って森に移動した後、狩人の夢をつたいアビーの家近辺に建てられたランプに移動していた。

久々にいい収穫をした、とランプのそばにある大木の陰で、ヤーナムにおいて空前の大ヒットを成したあのオルゴールの鼻歌を歌いながらがさごそと戦利品(とうなんひん)を漁る。はたから見れば紛れもなく小悪党な犯罪者である。

 

 

『狩人。聞こえる?』

 

 

そんなどう見てもマジェスティックではない様子の狩人を知らないでか、突然立香の声が脳内に響く。以前教えてもらった"念話"なる技術だと思い至った彼はすぐさまその声に応じ、返答した。

 

 

『マスターか。何かあったのかね』

 

『うん。申し訳ないんだけど、ちょっと家の中に来て欲しいんだ。みんなもういるからできるだけ早く来てくれると助かるかなーって……』

 

『了解した。至急向かおう』

 

 

急な用事、しかも手前勝手な理由のもののためか申し訳なさげなマスターの招集に狩人は二つ返事で頷く。

そしてすぐさま彼は目の前に拡げた資料をしまい込み、ほんの少ししか離れていないアビーの家にむけて歩き出した。

 

 

少しして、アビーの家に着いた狩人は木造の扉を開け、すでに揃って卓を囲んでいる同僚のサーヴァントやマスターを一瞥し、空いていた椅子に座り、一言礼儀として謝罪する。

 

 

「すまない、遅くなった」

 

「いやいや! こっちこそ急なことでごめんなさい。でもすぐにみんなで内容を把握しなきゃいけないことなんだ。それで、狩人にも聞いて欲しくって」

 

「そうか。それで、聞いて欲しいこととは?」

 

「実は——」

 

 

ほんの小さなことに、素直にぺこりと頭を下げる立香に好感を持つ狩人。

狩人にとっての普通の人間とは己への忌避感を隠さず塩対応と呼ぶのすら生温い対応をしてくる連中である。

そのため、礼儀もきちんとしている日本人気質な立香は、狩人の中ではすでに好ましい召喚主(ホスト)程度から素晴らしい善良召喚主(ホスト)となっていた。

 

ちなみに、再誕者の上階に篭ったままボスは青に任せるような奴や、赤を倒した後ひたすら煽るような奴など、人間的にちょっとどうかと思う人物——つまり俗に言うクソホストは狩人の好感度のなかで底辺に位置する。

上位者へと至ったかの人物の『神の怒り』、もとい『彼方への呼びかけ』を至近距離で食らって死ねばいいとすら思っている。「クソホストはのこりひとらず制裁だぁ!」である。

 

閑話休題(そんな話はさて置き)

 

さて、名状しがたき電波のような啓蒙を巡らせていた狩人に迫っていたのは、栄えある藤丸立香演劇一座の初公演であった。当然一座の一員である狩人とて無関係ではいられない。

 

そこで、生前は一級のスパイであったマタ・ハリと座長の立香主導のもと、演劇指導が始まったのである。

マタ・ハリは世界で最も有名な女スパイである。生前から間者の役割を果たしていたため演じる技術は折り紙つきだ。

しかもその演技に関しては、彼女の右に出るものなど人理深しとはいえどおそらくは両の指で数えられるほどだろう。今回の件に最も適した人材であった。

 

だが、それ以外のメンツは正直言って微妙である。神代の魔術師に中国トップクラスの知名度、戦闘力を誇る武神、医者に戦闘力のないデミ・サーヴァントとばらついている。字面からして演技が上手そうではない。演技技能がまだマシそうに見えるのは義賊であったロビンフットのみだ。

とはいえこの場に揃っているのは各人分野は違えど人理に名を轟かせるほどの業を修めた一種のエキスパートばかり。目の肥えたプロに見せるわけでもなし、立香とマタ・ハリは「なんとかなるだろう」とタカを括っていた。

 

約1名、地雷と呼んでも過言ではない、とんでもない大根役者がいるとも知らずに。

 

そんなこんなで始まった練習によってなんとか演劇の形にはなり、リハーサルもうまくいったと形容しても良い出来ではあった。

先述した地雷を抜きにすれば、という枕詞がなければの話だが。

 

 

「フォーリナー、能面のような無表情を貫いたままじゃお客さんも話に入り込めないわ。百歩譲って表情はまだなんとかなるにしても、声の抑揚や身振り手振りもぎこちない。こんなことじゃ舞台には立てないわよ〜」

 

「——承知した」

 

「狩人ー! だからといって急に声の緩急を馬鹿みたいにつけたり大ぶりの演技したってアホにしか見えないよー! 下手な歌舞伎かっ!」

 

「——承知」

 

「あら、またぎこちなくなった。うーん、進歩がないわね〜」

 

 

散々である。これには上位者の軌跡を見つけ、るんるん気分であった狩人とて堪らない。正直自棄になりたい気分である。

 

 

「ま、まあ先輩にマタ・ハリさん。人には向き不向きがありますし、これからの課題ということにしてもう終わられては……。夜も遅いですし……」

 

「ぐぬぬ……。まさかこんな落とし穴があるなんて……。しょうがない! 狩人! あんたは明日も探索ね! 劇は私たちでやるから!」

 

「…………御意」

 

 

挙げ句の果てに食らったのはリストラである。是非もないよネ!

 

達成感などはない。やっと終わった、という疲労感と諦観の混じり合ったネガティヴな感慨しか湧いてこない。

端的に言ってあまり気分は良くなかったが、自分が人より劣っていたのは事実である。

 

やはり己は生まれるべきではなかったのだな……とトボトボ肩を落としながら狩人は狩りなんかよりもよほど辛かった稽古から抜け出すのであった。

 

 

 

 

 

翌日。劇を行うため準備に取り掛かっている立香に一言いれ、狩人は前々から気になっていたことを実行するため、人目の少ない森近辺に向かっていた。

 

狩人は歩きながら思案する。

やはりこのセイレムという場所はこう、パッとしない。土地は痩せているわけではないが、肥えてもいない。村も栄えてるわけではないが、寂れているわけでもなし。何とも評価に苦しむタイプの村だ。

 

だが、この並ではあるが実状余裕のないセイレムには、それ故に娯楽が少ない。

劇など産まれてこのかた見たことない、という人間が多くいるほどに。唯一の娯楽といえば、酒くらいだろうか。

しかし清廉潔白なセイレムにおいて、昼間からの飲酒はよろしくない。

そのため、住民は酒を飲み忘れる、などと言う現実逃避(酒に浸ること)もできなかった。憐れなことだ。

 

だがやはり彼らとて人間である。心の深奥には娯楽への欲があったのだ。

 

それ故だろうか、辺りを歩く人々は心なしか嬉しそうに見える。

 

その様子を見ながら狩人はひたすら歩き続け、ついに目的の場所にたどり着く。

 

やはり、住民の頭は開かれる劇のことでいっぱいになっているらしく、普段から人気ないこの森周辺はさらに閑散としていた。

時折聞こえてくる遠吠えや鳥の囀りを除けば全くの無音である。

 

 

 

「さて、この辺りでいいか」

 

 

そう言いながら狩人は歩みを止め、立ち止まり、口を開いた。

 

 

「出てきたまえよ。尾行しているのはわかっているのだ」

 

 

なんのことはない、気軽に挨拶をするような普段通りの抑揚。

それ故に狩人を尾けていた人物——ラヴィニア・ウェイトリーに、まるで喉元に刃を突きつけられたような寒気を伴った驚愕が襲いかかる。

 

 

——何故……!? 認識阻害と気配遮断の魔術は上手くいっていたはず……! 魔術師でもないアイツにバレるだなんて、あり得ない……!

 

 

ラヴィニアはバクバクと脈打つ心臓を抑え、考える。

 

狩人は本当に尾行者がいることがわかった上で言っているのか、否か。

おそらくは半信半疑なのではないか。あの悍ましい狩人は疑惑を晴らすためになんとなく言ってみただけではないか。

 

ラヴィニアの脳裏に浮かぶのはそうであったらいいという希望論に過ぎぬ思考。端的に言って、彼女は混乱の極みにあった。

 

 

「……やれやれ。こう言わねば判らぬか。出てくるが良い、ラヴィニア・ウェイトリー。貴公の居る場所はわかっているのだ」

 

 

——は?

 

 

彼女は停止した。呼吸も、思考も、心臓の鼓動さえも、仰天と形容することすら生温いほどの驚愕に襲われて。

その様子を言葉で無理に表すのならば、茫然自失という四字熟語が適当であろうか。

彼女はいま、狩人の言葉を認識することができず、呆気にとられ自らを失うほどに固まっているのだ。

 

 

——何故なんでどうして嫌だわからないなにゆえ私のことがバレているあいつは私のことなんて知らないはず嫌だ理解できない怖いなんで知っている怖いわからない怖いわからない怖いわからない怖い怖いわからない怖い怖い怖い怖い——

 

 

「ヒッ」

 

 

やっとのことで狩人の言葉の意味を飲み込んだラヴィニアは次に純然たる恐怖に襲われる。

 

それもそうだろう。あちらは明らかな確信をもって、己を尾けていた人物をラヴィニア・ウェイトリーだと断言したのだ。接点など全くなかったというのに。

それ故の恐怖。未知に対する怖気。ラヴィニアは今、それに襲われている。

彼女もこれほどの恐怖は産まれて二度もないほどのものだったろう。これを怖がらずになにを怖がれと言う。

 

だが、腐っても魔術師の端くれであったラヴィニアは咄嗟に魔術の重ねがけをする。

 

 

——け、気配、遮断にとと透明化、に、にに認識阻害も、か、か重ねがけして音もも消して……これ、だけ、これだけやれば、む、向こうも私の居、場所はわからない、はず……!

 

 

だが、怖気づいたならばしておかねばならぬこと。それを怠ったゆえに、ラヴィニアはさらなる驚愕に襲われる。

 

 

「頭隠して尻隠さず、とでも形容しようか。うむ、ピッタリだな。そうは思わないかね、ウェイトリー嬢」

 

「あ、あ、あ……」

 

 

ポン、と何かがラヴィニアの肩に触れた。

ボソリ、と誰かがラヴィニアに語りかけた。

 

これが誰で、何処にいるのか。すなわち、狩人が背後にいる、なんて冷静に考えればわかるはずのことだ。

 

わかるはずだが、わかりたくはなかった。脳が理解を拒んでいた。

このまま気を失うことができれば、どれほど楽なことだろう。

だが、それは許されない。こんな状況で気を失いでもしたら、それこそ永遠の眠りになりかねない。

 

まあ、ラヴィニアはこの程度のことすら考えることのできぬほど混乱しているのだが。気を失わないのは、ひとえに恐怖と驚愕が一周回って意識をハイにさせているだけなのだが。

 

ラヴィニアはぎちぎちぎちと擬音のつきそうなほどぎこちなく緩慢な動作で振り向く。

本当は振り向きたくなどないが、身体が言うことをきかず、勝手に動いていたのだ。

 

 

「少し話そう。色々と、積もる話もあるだろう」

 

 

にっこりとマスクに覆われた顔が笑みを浮かべる。

だがしかし、眼前にいるのはトラウマそれそのもの。恐怖でしかない。

それに、今回のことも彼女のトラウマその2になるであろうことは言うまでもなく。

 

 

「ふ、ふえぇ……」

 

 

色々と限界だったラヴィニアは泣いてしまうのだった。




《狩人の確かな徴》

狩人の脳裏に刻まれた逆さ吊のルーン。これを模し、よりはっきりとしたヴィジョンを可能にする呪符。

これにより、血の遺志を捨てず、狩人は目覚めをやり直せる。まことに都合のよい技術である。


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